若山牧水全集第五巻、雄鷄社、500頁、600円、1958.8.30
 
紀行・隨筆一
 
目次
旅とふる郷………………………………… 三
第一編
山の變死人………………………………… 五
空想者の手紙…………………………… 一二
曇り日の座談…………………………… 一八
第二編
林間の燒肉……………………………… 二五
鹿………………………………………… 三〇
火山の麓………………………………… 三三
雪と淋しき人々………………………… 四一
第三編
山より妻へ……………………………… 五二
野州行…………………………………… 五六
御牧が原………………………………… 五九
春日の湯………………………………… 六八
山湯日記………………………………… 七四
第四編
椿………………………………………… 七七
河豚……………………………………… 七九
青める岫………………………………… 八三
鷹………………………………………… 八五
砂丘の蔭………………………………… 八七
浪と蛸とヂンの酒……………………… 九四
岬の端(青空文庫)…………………… 一〇四
秋亂題…………………………………… 一一四
第五編
旅の歌…………………………………… 一二五
海より山より…………………………… 一五一
上編
浴泉記…………………………………… 一五三
北國紀行………………………………… 一七六
南信紀行………………………………… 一八五
鹽釜行…………………………………… 一九五
津輕野…………………………………… 二〇一
松島村…………………………………… 二〇九
板留温泉………………………………… 二一四
板留より………………………………… 二一八
その後…………………………………… 二二七
旅から歸つて…………………………… 二三七
中編
燈臺守…………………………………… 二四三
裾野……………………………………… 二六七
下編
元旦記…………………………………… 三〇六
線路のそば……………………………… 三一三
春の一日………………………………… 三二一
廻り網…………………………………… 三二六
夏の花…………………………………… 三三〇
夏の鳥…………………………………… 三三二
ダリアの花……………………………… 三三五
物置の二階……………………………… 三三八
屋根の草………………………………… 三四四
立秋雜記………………………………… 三五一
私と酒…………………………………… 三五六
比叡と熊野……………………………… 三六九
上巻
旅日記…………………………………… 三七一
比叡山(青空文庫)…………………… 三八一
山寺(青空文庫)……………………… 三九二
旅の或る日……………………………… 四〇二
熊野奈智山(青空文庫)……………… 四〇八
下卷
おもひでの記…………………………… 四三一
秋草の原………………………………… 四六七
或る日曜の朝…………………………… 四七一
山上湖へ………………………………… 四七九
 
旅とふる郷
 
(5)第一編
 
 山の變死人
 
 東京にて、R――君へ。
 
 昨夜、と云つても今朝の三時近くだ。床に入つたが、睡れないので、まだ灯を點けたまゝ雨漏で煤け切つた天井に洋燈《ランプ》の火さきのうす赤く揺曳するのをぼんやり眺めてゐた。僕の留守中は殆んど物置見たやうになつてゐるガラン洞な古い大きな二階へ、此頃は毎晩僕一人|睡《ね》ることになつてゐる。其處へ、惶しい勢ひで下の大戸を叩く音が起つた。母がやがて起きて行つて何か應待してゐる。田舍者の癖で、而かも急きこんでゐるから一層高調子だ。首縊りがあつたから直ぐ來て呉れと云ふのだ。久しく睡着かれないで神經が昂奮し易くなつてゐるところだつたので、それを聞くとひとしく僕の動悸は急に烈しくなつた。まるでその變事が我等に關係ある如くにまで思(6)はれた。聞耳立てゝ事情をくはしく知らうと力めたが、それからはひそ/\話になつて、一向解らない。すると、やがてして階子段口の襖があいた。愈々たゞ事ならず驚いてゐると、提灯をさきにして父が顔だけ此方に見せながら、
『首縊りがあつたげな、行て見んか。』
『行かう!』
 言下に跳ね起きて、父のあとについた。
 家を出ると、冷たい月の夜だ。
 山が漆のやうに黒く、山と山との間を流れ下る長い溪の瀬が凍つたやうに白く輝いて居る。
『今夜あたり、霜でも降りさうだな。』
 父はまろく肩をつぼめて小刻みに急いでゐる。死んだ男の名などを聞いても何年振りかに村に歸つて來た身には一向誰ともわからない。理由は、父を迎へに來た兩個《ふたり》の若者も知らんと言ふ。一番鷄の啼くのが、月光の底から平たく慄へて響いて來る。
 藁家が四軒か集つてゐる部落の一番西の端の家に男は縊つてゐた。家の上は推の樹山で屋根の半分はその蔭で眞黒だ。庭の方にのみ月が際立つて明るい。その月光のなかに十人ほどの人數が一|團《かたま》りになつて何やら呟いてゐる。見ると、丁度家の出入口の軒さきに、ブラリと下つてゐる。(7)巡査も來てゐた。巡査と、醫者である父との指圖で尻ごみをする若い者を叱りつけて、それを庭の眞中に持つて來て轉がした。着物をば漸く腰の端に纒ひ着かせたぎりの双肌ぬぎで、頭をば青々と剃つて居る。月光と松明の明りとで凍てたやうになつてゐるその顔をよく見ると、何處やら見覺えがあるので、先刻聞いた名前を思ひ合せて見ると、漸く解つた。博勞をしてゐた男で、名代の酔漢《のんだくれ》であつた。
 追々遠近の部落のものが集つて來てよほど賑かになつた。そして、高い笑聲も起つた。この家に年ごろの娘がゐて、それが情人の所へ夜遊びに行き、歸つて來て戸口を入らうとすると、ひよいとこのブラリを發見して腰を拔かしてしまひ、庭中這ひ廻つたのださうだ。その娘の兄と、この博勞と宵のくちに喧嘩をして、博勞も喧嘩強い男ではあつたが血氣盛りの者には敵せずに散々に打ちすゑられた。
『今夜、汝《われ》が家《とこ》に行《い》て首を縊るけ、さう思ふとれ!』 と地に倒れて泣き乍ら罵つてゐたのださうだ。そして果して約束を遽げたのであつた。
『此《こり》う、どうし置《ちよ》こか。』
 檢視もすんで、誰かゞ屍體を指しながら斯う言つた。
『近《ち》けぢアねえか、彼處《あすこ》に置いちよけ、蓆《むしろ》でも被《かぶ》せち。』
(8) 一人が椎の樹山を振返つてさう言つた。其處は、墓場だ。
 歸る路は僕が提灯を持つて、父と兩人《ふたり》であつた。
『今夜はこりア初霜が降りるぞ。』
 年|老《と》つた父は同じ樣なことを繰返しながら僕のあとに小刻みについて來た。
 
 もう一つは、十日程前の暴風雨の時だ。雨が烈しくて、瞬くうちにこの峽間の村を貫いてゐる溪が三四丈も増水して、田も畑もあつたものでなかつた。僕の家の下などは、忽ち十間四方位ゐの巨大な渦卷きの淵となつて、まだ壞れぬまゝの家などがくる/\と廻つて流れて來たりした。馬の流れるのも見えた。斯んな風なら屹度死人もあつたらうと言つてゐると、果してあつた。家財だけでも流すまいとして溺れ込んだのが二人、一人はわれからこの濁流のなかに跳び込んだのださうだ。それから毎日、各部落から人が出てこの溪から下の大河筋、遠くその海岸あたりまで三個の屍體を探すべく、幾組も/\彷徨してゐた。そして漸く發見したのが、自分から跳び込んだといふ女|一個《ひとり》であつた。齢は二十六歳で、妊娠中であつたさうだ。しかもこの前の洪水の時にはその妹が同じく跳び込んで死んだのださうだ。
 その女の家の祖父に當る人とかゞ、その父を青孟宗竹で手足を縛つたまゝ山に棄てゝおいて殺(9)したことがあるさうだ。それで姉妹《きやうだい》とも斯んなに村に迷惑をかけるやうな死態《しにざま》をせねばならぬのだと言つて、屍體探しの人達は口々に罵つてゐた。
 それは兎も角、三四日目に探し出した屍體を擔いで通る時は實にいやであつた。暴風雨後《あいけあと》の秋の日光がかん/\照り輝いてゐる道路を、十四五人の一團が蟻のやうに眞黒に群つて、ひとつは臭氣をふせぐ方便でもあつたらう、大束の線香をその屍體の箱の隅に山のやうに燃《も》し立てゝ、足早やに通り過ぎた。その煙を入れまいとして、僕の家では障子を悉く閉めさせた。
 
 是はやゝ舊聞だが、話の主人公が僕の舊友であつたゞけに附加へておく。
 話は簡單で、僕のツイ近所の家の二男に竹造といふ僕より一つ歳うへの男がゐた。極く氣さくな面白い性質《たち》で、顔もよくそれに適つてゐた。僕とは村の尋常小學に出てゐる頃、朝夕一緒に遊んでゐたものだ。その男が、今年の早稻の植付のころ、繊抱腹を切つて死んだ。その前二年間ほど、竹造には情婦《をんな》が出來てゐた。その情婦といふのも僕の小學校の仲間であつた一人なのだが……。それが豐後からとか出稼ぎに來てゐる男とをかしくなつた。それを竹造は見て見ぬふりをして、ずゐぶん永い間我慢をしてゐた。とう/\耐へ兼ねたものか、夜遲く女の家に行つて門口から呼び出しにかかつた。けれどもいつもと調子が違ふので、女が聞えぬふりをしてゐると、戸(10)をあけて入つて來る樣子なので、女は自分の床を這ひ出して父親の床に潜り込んで息を殺してゐた。男が内に入つてあちこち探し廻る時、女はたしかに男が鐵砲を持つてゐるのを見たのださうだ。やがてして一たん男は外に出たがやゝしばらくしてまた戻つて來て、もとの樣に戸口から二聲三聲呼び立てた。なほ息を殺してゐると、突然鐵砲の音がして、男は血に染んで倒れてゐた。
 女はそれからまだまる半年もたゝぬのに、もうまた他の新しい男を作つてゐるのださうだ。それでも、この盂蘭盆と彼岸とには死んだ男の墓参りをしたとやらで、評判がだいへん好い。
 僕がまだ十歳位ゐの時だつた。この竹造の家にあそびに行くと、丁度彼は親爺と喧嘩をしてゐた。そして突然《いきなり》驅け出して、その日も洪水《でみづ》で溪は黒濁りになつてゐたが、そのなかへ跳び込んでしまつた。親爺も直ぐそれに續いて、烈しい奔流のなかを三四町も流されて行つて、辛うじて竹造を引上げて來たことがある。親爺も竹造も半死半生であつた。倒れてゐる竹造を睨みつけながら、畜生、畜生、と矢張り其側に倒れたまゝ親爺は唸つてゐた。その時の竹造の蒼かつた顔を、鐵砲腹の話を聞きながら、僕はまじ/\と恩ひ浮べた。
 
 R――君、
 このごろ、靜かな日和が續いてくれるので何よりうれしい。四方の山々には、秋だのに薄く霞(11)がたなびいてゐる。昨夜よく睡なかつたので、僕のこゝろも何だかぼんやりして居る。變死人の話は、まだ幾つもある。心のはつきりした時しみ/”\と筆がとつて見たいと思ふ。
 
(12) 空想者の手紙
 
 東京にて、M――君。
 
 書くこともなく、書きたくもなく、書かずに居れば甚だ無事なんだが……、イヤ實際いま僕は地に埋れた小さい黒い石か、木の實のやうな氣持で居たいんだ。
 
 單色の山脈が幾つも/\起き伏してゐるなかのひとつの溪間に爲すこともなくぼんやりして居る身にとつては、空想がほんに唯一の糧なんだ、油なんだ。ほとんど眞空めいた、風もないところへほそぼそ點つて居るいのちの燈《ともし》に、ぽとりぽとり滴り落ちる油なんだ。
 
 斯うして居ると、人間はよほどノンキになつて來る。斯うして居ると、には多少の説明が必要だが、めんだうだから、やめにする。要するに僕が斯うして故郷に歸つて居るのは、まるで知ら(13)ぬ異國へ突然持つて行かれて居るやうなものだ。歸つた當座は火や氷のやうな怨恨、嘲罵、皮肉及びそれらのあらゆるものが家族親族郷黨等によつて僕の身邊に注がれたが、反應のない仕事に彼等自身倦んでしまつた。いまでは向うでも僕を、妙な、えたいの知れぬ奴が入つて來て居るといふ樣な風に眺めて居る。
 
 僕は朝起きると飯を喰つてすぐ背戸口からうしろの小さな峠を越える。其處を越えるとすつかりもう山と空とのみの世界だ。人間と云つたら僕獨りのやうなものだ。細かにしらべたら炭をやいたり材木を伐つたり、案外な數の人間が居るであらうが、居ないに等しい。小さな山が、洋心の波浪のやうに、おだやかに重なり合つて遠くまで續いて居る。そのはてに、可なり高い峰が聳えて寂しい天を劃《かぎ》つて居る。信濃の山岳の峻嚴は無いが、中央亞細亞のあたりの蒼茫をしのばする。朝の月でも空に殘つてゐて見給へ、僕は實際小羊のごとくに、そこら小山の麓のみちを、木の雫に濡れながら頭を垂れて彷徨する。 一時間ばかり歩いて家に歸る。家では二階の西の隅の小さな暗い部屋を居室ときめて、便所と飲食とのほかには終日めつたに其處から出ない。眼に見える仕事といつたら、東京から來た新聞と雜誌と手紙とを讀むことだ。
(14) 夕方、もう一度、然しこれは寒かつたらやめにするが、背戸の峠を越えることが習慣になつて居る。この時の、山々のなつかしさよ!
 さだかに見えなかつた高いあたりの山の襞がほんのりと赤い夕日に浮きいづるもこの時である。あたりの雜木山に立つ赤松の陰影の長く明かになるもこの時である。鵯の啼く音のさむしく悲しくなるのもこの時である。山の向うを眼に見えず流れ行く水の音がかすかに胸の動悸を誘ふもこの時である。盡く夕日に染められた自分の袖や肩に赤い山の蜻蛉の來てとまるもこの時である。
 峠を超えて歸つて來ると家の臺所には火が燃え立つて居る。その側でこのごろ漸く少しづつ飲め始めた父と共に毎晩小一時間位ゐづつ酒を飲む。僕が現實にかへつてゐるのはほんのこの間のみかも知れない。この間だけは何も思はず何も考へず、手の忙しく銚子に行き、盃に行き、箸に行くにつれて無念無想の空漠な時を過す。醉へば直ぐ睡る癖がついてきた。夜なかに必ず三四時間位ゐづつ眼のさめてゐるのも癖になつた。
 
 睡眠以外の右のいづれの時間も、すべて僕の空想の時間である。瞑想となる時もあり、妄想と形を墮《おと》す時もある。バカげきつたことを實に眞劍な顔をして考へてゐるのなどに、ひよつと林の(15)なかあたりで氣がつくと、近くの木の枝に對してさへ頬を染めることがある。
 
 この一兩日、空想の主題となつてゐるものを御紹介しようか。
 僕の村から五里ほどの所に美々津《みみつ》といふ古い港がある。岬になつてゐるので、さうでなくてさへ日向洋《ほうがなだ》の浪は高いのに、風の曰など其處のはなに來て立つ浪と云つたら、實にすさまじいものだ。一個の浪、うねりといふのか、の長さが一町から二町に亙り、いよ/\碎けたつ時の高さは二間または三間に及ぶ。濱が遠く續いてゐるので一二里の間はその浪がずつと見渡され、すゑは潮けぶりのなかに重く消えて居る。潮のいろは、濃密な紺碧だ。
 その美々津の崎の尖端になつてゐる岩の間に、といふより浪のそこに、堅牢な書齋が造り度いといふのだ。
 崎には松などが茂つてゐて、峻嶮な崖になつて居る。その崖のはなを深く碎いて、赤煉瓦か何かで、窓にはいかなる浪にも耐ふる堅牢なガラスを用ゐ、潮引き風凪いだ午前午後などにはその窓をあけて蝋のやうになつた額を日光に晒し、膠《にかは》の如くになつた瞼、うすいガラスのやうになつた瞳に遠い潮の光を痛々しく滲み込ませ、潮滿ち、窓に及ぶやうになつた時は、靜かにその障子の戸を閉める。若しそれ、此處の海の特色の激浪怒濤の荒れ狂ふ時となつたら、更に更にその戸(16)を堅く閉ざして、屋根も、あたりの岩も嶮崖も悉く浪の底となつたなかに、靜かに蝋燭か小洋燈に火を點じて、愛する讀書に耽り、空想に溺れてゐたい!(卓子《テーブル》の蔭には時のこゝろに任せて、赤い、青い濃密な液體にコップを滿たし度い!)
 君、驚き給ふな、そんな時に穿くスリッパの色あひまで僕は既に考案を了して居る。
 
 その他、何、また何。
 憐れな空想兒の彷徨ふ世界は誠に痛ましいほど廣いものだ。
 
 M――君、君も斯んなことを埒もなく書さ立てられては迷惑だらうと傍ら恐縮して居る。近刊の詩集の批許でも書くと可いと思ひながら右の状態で、書けはしない。僕の一身はまだどうなるやら解らずに居る。どうしてもよそへ出さぬと親などは言つてゐるが、すると、中學か小學の教師、または村役場にでも出るのだらう。自分も、出てもいゝと思つて居る。とにかく、僕の藝術のためにも此所に斯うして引込んで居ることがなか/\にいゝと思ふ。たゞ、さうしてゐられまいかと思はれることもあるので、悲觀して居る。
 秋の更けゆくにつれてこの山の村は次第に好くなつて來る。靜かな日の續くせゐであらう、批(17)判の心がまことに明かになり高くなりして、自身にはづかしくて拙いものは作れぬ。氣持のいゝものを作り度くて、心は燃えて居る。『死か藝術か』を見るのが、もう苦痛になつた。まだほんとうの藝術にはよほど間が遠い。これから僕のものも少しはどうにかなるだらう。「夏の悲哀」は君の雜誌ではだいぶ評判がわるかつたが、あれは評者がわからないからだ。あのなかに僕の出發點にもならうかと思はれるものが二つ三つあつたのだ。心細いものだが、それでもその芽を哀しくいとしく思ふ。
 
 甚だ意をつくさないものだが、締切日を考へ出して、俄かに斯んなことにして送り出す。君のために、僕のために、平靜の日の續けかしと祈る。(十月十三日郷里に於て)
 
(18) 曇り日の座談
 
 今日は朝から曇つて居る。溪の瀬の音がひとり澄んで響いて居る。
 いま、背戸口から小さな丘を越えて腹こなしに歩いてると、その丘の中腹に在る薩摩芋畑で近所の者が芋を掘つて居るのに出合つた。掘つてしまふには少し早いぢアないかと越えをかけると、是を見なさい、こんな有樣だから早くつても掘つてしまはなくてはならぬのだといふので、よく見ると鍬の行《とど》かぬあたりがだいぶ烈しく荒らされてゐる。猪《しし》だナといふと、左樣です大きな奴と小さな奴と昨夜二三疋で荒らしたものらしいと怒つた樣な顔をして掘つて居る。まだ斯ういふ所あたりまで猪が出るのかナと内心私も驚いた。
 その畑に出たとすると山の形からどうでも咋夜あたり斯うして私が机を置いてゐる二階の部屋と僅かに二間ぐらゐを隔てた前の山の杯のなかをその二三疋が通つて行つたものと見ねばならぬ。昨夜は私は二時頃までも灯をつけて起きてゐた。オヤ/\と何だか呆《あき》れ度くなつた。
(19) そんな風で、今でも附近の山からその猪を獵《か》つて來ることがあるが、自分の十歳《とを位ゐの頃のやうには多くない。その頃はまだ縣道といふものが開けず、全く世の中とかけ離れてゐたので、この山里にはいろ/\の野獣と山民とが雜居してゐた樣な形だつた。近くの港に大阪商船の航路が開け、次いで縣道といふ樣なものが通じて來てからは、手近の北海道か臺灣のつもりになつて諸國から種々な山師共が入り込んで來たゝめ、この靜かな未開の地が一時非常な混亂を里したことがあつた。それから猪も鹿も次第に影を斷つやうになつた。
 鹿は時々山から人里まで追ひ出されて來た。猪の逃げる所をば見たことがないが、雜木原や茅原を走る時はその鎌形の牙のためにさつ/\と木や草が刈り落されるさうだ。その牙のために命を落した人や犬の數も少なくない。犬では自分の家に飼つてゐた樫《かし》といふのが肋骨を二三枚も割き破られて死んだまゝ擔ぎ込まれたことがある。樫は近郷に聞えた名犬で、自分の父はその死骸に取りついて男泣きに泣いたさうだ。人ではこれもその道の名人と稱せられた喜兵衛といふ爺さんが愈々手負|猪《じし》(手負になるまでこの獣は極めておとなしいが、手負になると非常な勢を以て反抗して來る相だ)に追ひ縋られた時、馴れた事で直ぐ手近の木の枝に飛びついてぶら下つた。生憎《あいに》くとその木が何とかいふ撓み易い木であつたので終《つひ》にその片足を切り取られたのださうだ。爺さんは其後家に籠儀つて火繩ばかり綯《よ》つてゐたが、今も存命中であるか如何かと思ふ。猪狩《ししがり》にはい(20)ろいろ面白い形式が行はれてゐる。幾人か組んでゆくのであるが、その中の大將ともいふべきは勢子と呼んで、先づ陣地の手配りをする。それから一手に獵犬を使ふといふやうな役である。猪が取れれば組の多少に係はらず必ずその頭だけはその勢子に分配される。それからその致命傷の彈をあてた者が同じく片股一本、その他の部分をば更に組々の人數で等分するのである。若しその致命彈を打つたのが生れて初めての者(多くは若者)であつたならば忽ちその猪一頭をその男に進上する。そしてその男の家ではそれを肴に一同の者に酒を振舞つて祝はねばならぬ。猪を切り割くにもいろ/\法があるが、そんなことは柳田國男さんがこの土地に来られた折詳しく調べて一册の書物にして居られる。
 兎に角、猪の肉はうまい。特にあの皮の所がうまい。あの皮肉《かはみ》の厚薄によつてその猪の値段はきまるのだ。
 
 猪打ちには行つたことがないが、狐や狸をばよく取りに行つた。彼等が山を歩くには矢張り一定の路すぢをきめて歩く。だから其處だけが幅二三寸の路らしいものとなつて落葉の間に殘つてゐる。それをうぢと稱へてゐる。うぢを拾ひ/\辿つて行くと終《つひ》にはその穴に到達するのである。そして穴の口に枯枝に唐辛子を混ぜて火をつけ、その煙をせつせと穴の中にあふぎ込む。暫(21)くすると妙なうなり聲が漏れて、やがてその主人公が蹌踉として出現に及ぶ。其處を重り合つて打ち殺すのだ。考へてみれば殘酷な話サ、到底いまは出來さうにない。
 一時、日清戰爭の頃であつたと思ふ、狐や狸の皮の値段が馬鹿々々しく上つたことがある。で、右の樣な方法では間遠しいので例の爆發藥ダイナマイトを鰯か何かに包んでおいて、それを食はせて取つたことがある。冬の夜、爐邊に集つてゐると、さうだ、其頃はまだ洋燈がなく爐の中に高い臺を据ゑ、それに松の節を焚いて燈明としてゐたものだ、不意にどう――んといふ音が遠くで起る。オ、またやつたナ、と皆して顔を見合せたものだが、一發二發と續いて鳴る事などある、子供心にも非常にそれが淋しかつたものだ。けれどさうして取つたのは頭部が裂けて値が惡いといふので、私などはまた他の秘法を發明して、――或る藥を魚肉などに配合して――それを右のうぢ傍《ばた》に置いておく。翌朝未明に其處に行つてみるとその魚が無い。サテはといふのでそのうぢについて探してゆく。屹度谷ばたに降りて水の近くに死んでゐた。探してゐる間も、いよ/\長くなつて死んでゐた所を見附けた時も、其處等に霧の深い朝など多く、實に不氣味で、さびしかつた。現にその心持が身體の何處かに殘つてゐさうな氣がする。
 
 これこそは現在全く影を斷つたらしい、土地でにくと呼んでゐる獣がゐた。一本の角がうしろ(22)向きに頭部に生えて、黒い毛の、小柄なものであつた。これは自分の家の前面に聳えてゐる尾鈴山の、しかも北側でなくては栖んでゐなかつた相だ。この尾鈴といふ山は南側は海ばたから極めて柔かな傾斜を起して次第に四千尺位ゐの高さに及び、それから一轉して殆んど直角に近い角度で切れ落ちてゐる。だから北側は全面殆んど岩の斷崖で、その裂目々々に僅かに林が出來てゐる位ゐだ。私の家は溪を距てゝその斷崖に面してゐる。その斷崖面の、日光を受くる事も少ないやうな場所にこの獣は栖んでゐた。獵師に追はれて逃場に困つた時など、よく數丈の崖を飛び降りて逃げた相だ。いま全く居なくなつたと思ふと、二三度見たあの愛らしい野獣の姿を可懷しく思ひ浮べる。その角で曾て印形《いんぎやう》を彫つておいた事があるが、いつかそれも失くしてしまつた。
 尾鈴といふ山はそれからそれと隨分奥が深いので種々な獣がゐた相だ。熊や狼や山猫などといふものもよく取れたといふ。松茸とりに行つて母たちの曾て出會つたといふうす赤い大きな不思議な獣は屹度山猫であつたらうといふことになつてゐる。
 
 肥後の宮地町から豐後の方へ越えやうと、二三里が間は坦々たる平道であつたが、たしか坂梨といつたと思ふ、其處まで行くと、はたとその道は杜絶《とだ》えて前面には削り立つたやうな急坂が、寧ろ嶮山が、聳えてゐた。無論車も馬も通じはせぬ。九十九折《つづらをり》の坂路を辛うじて這つて登つた。(23)冬近いその山坂に山茶花の咲いてゐたのを今にも忘れえぬ。サテ愈々登り終つて前の方を見渡すと、再び驚いた。眼のかぎりなだらかな平野が微かな傾斜を帶びてうち靡いてゐる.この急坂はつまり太古の阿蘇の舊噴火口の跡であるのだ相だ。小諸から見える浅間の牙山《ぎつぱやま》といふ屏風のやうな岩山もまたさうだといふ。親しくさうした場所に臨んだ場合、何とも云へぬ悠久な、なつかしい思ひの起るのが常であるが、この尾鈴山の北面にも一寸さういふ趣きがある。ことに雨の日が好い。重《かさな》り重つた大きな山の襞々に白い雲が屯して、一部の山の外輪《アウトライン》だけがくつきりと雲の中に浮び出る。雨が烈しいか、幾日か續けば、遠目によく解らなかつた大きな瀧が其處にも此處にも現れて來る。
 山櫻も多い。ほの/”\と其處此處に匂ひ出る頃になると、この嶮しい山が急に優しく見え出すのも可笑しい。陰の多い山だけにこの花が特に眼に立つやうだ。
 松の多かつた頃は松茸がよく取れた。何しろ山が山であるため、路もない所を踏み分けて歩くのだが、迷ふ事も極めて多い。だから一晩二晩野宿の覺悟でゆくのが多い。野宿するには炭燒竈を探してそれに寢るのだ。新しいのならば小屋があるから其中へ寢る。古いのになると竈の中に入つて寢るのだ。自分も一度古竈に寢たことがあるが其處等に何やら鳴いてゐるやうで恐くてとても睡れなかつた。
(24) 山の襞々からうす青い炭燒の煙が昇つてゐるのを仰ぐのも靜かなものである。
 
 溪のことを言はなかつた。名を呼ばれたのを聞かぬが、村が坪谷《つぼや》だから坪谷川とも云ふのであらう、尾鈴山の麓についてこの村を率ゐて流れてゐる。自分の家もこの溪に臨んでゐる。亡き祖父は我が家を呼んで省淵廬と言つてゐた。自分がよく獨りでこの溪に遊んだころは到る所岩床で、瀬にしろ瀧にしろ、また淵にしろ、まことに風情があつたが、今は濫伐から來る毎年の洪水のため悉く礫原に變じて甚だ淺間しくなつた。使徒が祭壇にでも近づくやうに恐る/\あの淵、あの瀧へ寄つて行つた自分の少年の頃が自ら恩ひ出される。
 噫、それでも今日はまつたく溪の音がよく冴えてゐる。難有い心地だ。
 階下《した》で松脂《まつやに》を煮る匂ひがする。
 父が膏藥を造つてゐるのである。
 窓の前を猪の通るやうな山の村の、今は極めて老いたる醫者である父は、まことに神さまのやうに、善き、尊きひとであるのだ。
 彼のために、健康を祈つてくれたまへ。(十一月五日午後二時)
 
(25)第二編
 
 林間の燒肉
 
 西から東に並行して居る二つの嶮しい山の峽間《はざま》を一條の河が流れ、その河に沿うて二戸三戸と小さな茅屋《あばらや》が續いて朝夕に微かな煙をあげながら、古い寂しい一個の村を成して居る。彼はその中の一軒に獨り子として生ひ立つた。
 樹木の繁茂した、人跡の稀なこの山國には數多の獣類が繁殖してゐた。冬になれば野猪《のじし》の群がよく人里に出て、僅かばかりの畑を荒すことが多かつた。限られた狹い天地で先祖からの山の仕事に從つて變化のない日を送つてゐる村の住民に取つて、この猪《しし》を獵《か》ることは寧ろ樂しみの一つとして期待せられてゐた。各自の家には必ず一挺の鐵砲が備へられ、臺所か納戸の濕氣の無い場所を選んで二三條の火繩が懸けられてある。彼等の多くはまだ新式の獵銃を知らなかつた。
 この村から何處へ出るにしても是非いづれかの峠を越さなくてはならなかつた。二人か三人、(26)或は五六人の一團がこの峠を越して山深く分け入つた日の夕方には、殆んど必ずのやうに彼等が朝のうちに越して行つた峠の方に、一發若しくは二發の銃聲の起るのが常であつた。彼等はその峠からその日の獵の成績を銃聲によつて村の者に報告するのである、一頭を獲《う》れば一發、二頭を獲れば二發と云ふやうに……
 その銃聲は漸く雲の降りかけた峽《はざま》から峽に反響して、夕暮の靜かな村に殘りなく響き渡つた。村では女房共が夕餉の仕度に忙しい頃で、構ひつけられぬ子供連中は、各自寄り集つて寒い夕風に凍えながら焚火をしてゐる者もあり、晝から續いた根つ木の遊びにまだ夢中になつてゐるものもあつた。そして、峠からの銃聲を先づ第一に聞きつけるのは此等子供の群である。それを聞くや否や、背負つた赤子をも振落さむばかりにその峠を目がけて走り出す。彼の少年もまたその中の一人であつた。
 峠からは物々しい山裝束をした男が四五人、一個の四足獣の足を縛つて其間に一本の青木の棒をさし貫《とほ》し、さも重さうにシヅ/\と村の方に擔いで降りて來る。他の者は各自大きな火繩銃を肩にして、恰もそれを保護する樣に從つた。枯草の香に似た火繩の匂ひはこの一群に縷《いと》の樣に着き纒うてゐる。
 多くは河畔の木立の中にこの獲物は擔ぎ込まれる。そして勢子《せこ》とよぶ一群の中の長者は、手を(27)洗ひ口をゆすぎ、柴を切つて水に浸し、それを四邊《あたり》に振りながら何かの咒文を唱へて先づ山神に祈祷を捧ぐる。そしてやをら腰に帶びた山刀をぬいて徐ろにその獲物をさばきに懸る。さばくとは猪の四肢五體を切り分くる謂ひである。
 仰向けに置かれた獣の肋に鋭い山刀の刀が當ると見る間に、音を立てゝ荒い皮や骨が切りさかれる。その胸の邊には脂ぎつた鮮血が朱のやうに豐かに湛へてゐる。勢子は赤く滲んだ山刀の手を止めて、先づ自ら口をつけてその鮮血を十分に吸ひながら、さアと目顔で皆に合圖する。すると殘りの者も等しく顔をさし寄せてその血を貪り吸ふのである。吸ひ終つた彼等の眉や鼻や鬚には赤いものがぽとぽとと滴つてゐるのもある。猪の生血は精氣の藥であると彼等は信じて疑はなかつた。
 其場に馳け集つて來た子供等は逸早く四邊《あたり》から枯木の類を集めて火を作る。炎々と燃えあがる炎と煙との間に立ち交りながら獵師の山刀を借りて大きな串を作る。そして勢子から渡された猪の臓腑や肉の斷片をそれに突きさして燃え立つた火の中に投ずるのである。そして火の周圍を圓く取卷きながら、燒け滴る肉の脂肪の音と匂ひとに聞き入りつゝ、眼を輝かしてその燒くるのを待つてゐる。して、まだ燒け兼ねて血の滴《た》れてゐるのにも頓着なく獵師の用意して來た鹽を借りて、恰も骨をも噛み割かむばかりに貪り始める。煙は彼等の目鼻を襲ひ、飛び火は彼等の脛を襲(28)ふがそれにすら頓着せぬ。これは恐らく彼等が一年中に味ひ得る食物中の最も美味なるものであつたらう。燃え盛る火光に照らされて、獵師を初め、子供等の喜悦に滿ちた顔は夕闇の中に赤々と浮き出してゐる。その家が土地の豪族たる故を以て、彼の少年はそれ等の中でも最も傲《おご》つて見えた。
 或者は二本の毛深い脚を、或者はまだ瞳の瞑ぢ切らぬ猛獣の頭を提げながら、獵師はそれ/”\家に歸り去つた。未練の多い子供も終にはその火を見棄てねばならぬ。一人去り二人去り、とう/\火と煙と匂ひとがうす暗い木立の中に殘された。雲は愈々溪間に深く降りて來る。やがては火も煙も消えはて、僅かに殘つた肉の匂ひに誘はれて四邊《あたり》に棲む小さな獣がうろん臭い眼つきをして寄り集つて來るのであらう。
 
 十年あまり經つた。
 東京の或る繁華な一街路に沿うた西洋料理屋《レストラン》の二階で杯を擧げてゐる一人の青年があつた。濃密な料理の匂ひと酒の香りと電燈の灯影とは、さながら青い液體のやうに彼の身體を埋めて居る。眼の前に並んだ大きな花瓶には秋草の花が露を含んで咲きみだれ、それらの間を行交ふ男女も、壁に懸つた油繪の額も、あらゆる一切の裝飾もみな打煙つて見えた。青年は恍惚として大き(29)な杯を置きながら前に置かれた燒肉の一片を切り取つて噛みしめた。ついぞ覺えぬ鮮かな味覺を誘ふ空腹の身に浸み渡つてゆくその味ひは、久しく忘れてゐた遠い追憶をこの青年の上に呼び起さしむるに十分であつた。燒肉、燒肉、野猪と牧牛との差こそあれ、彼は彼が曾つて十歳未滿の少年たりし日に貪り馴れた彼の林間の燒肉に寸分違はぬ味と匂ひとをこの白磁の皿の上の肉片に由つて感じ出したのであつた。
 彼の倚り懸つた二階の窓の下の明るい秋の夜の街路をば、數多の男女が三々伍々相伴うて逍遥して居る。
 微かな身慄ひをさへ覺えて、急に靜かになつた彼の心には、年來忘れてゐた山の姿と水の流れと、銃の音と、火繩の匂ひと、火と煙と、それに走る幼なかりし自身の小さい姿とが鮮かに影を投げてゐた。
 
(30) 鹿
 
 梅雨が霽れて、峽間《はざま》の狹い畑に熟れすぎた麥を刈るに山の農夫の忙しい時であつた。黄いろな畑と畑との間に一條の河が流れて、その水の深く湛へて淵となつた邊には、特に一叢の木立が青暗く茂つてゐた。一人の少年はその茂みの端に小さく身を置いて、獨りで糸を垂れてゐた。時たまほそい糸のさきに上つて來るものは、口の邊の薄赤い山鮠《やまはえ》かいだであつた。思ひの外に大きいこの木立の中の淵は上下の瀬の音にさへ遠ざかり、碧い水の上には日光《ひざし》と雲の影とが所々斑らに落ちてゐた。
 突然、無心の少年の耳に時ならぬ物音が響いて來た。峽から峽に反響して落ちて來たその物音は疑ひも無く銃《つつ》の音である。この音に馴染んでゐる少年は、發作的に胸をときめかせて立上つた。音はまた續いた。
 彼はすぐさま小暗い木立の中を走り始めた。そして漸く其林を出外れて麥畑の一端に馳けつけた時彼は其處よ此處よと走り騷ぐ幾人かの農夫を發見した。犬をも見た。そして最後に一頭の大(31)きな鹿が畑の中を驀地《まつしぐら》に走つてゐるのを見出した。彼の顔は紅くなつた。そして殆んど夢中に自分の家に走つた。彼の家は其處から遠からぬ山腹に在る。
 家から出て來た彼は尚ほ走ることを續けて、他と同じく麥畑の方に向つた。彼の右手には先頃彼の父が大阪土産として持ち歸つた小さな杖銃《スチツクガン》が握られてゐた。
 燻《い》ぶるやうに照り渡つた梅雨霽の日光がこの峽間の山畑に重々しく澱《をど》んでゐるなかに、火繩の匂ひと煙硝の匂ひとは諸所に起つた。力のない銃音《つつおと》が二度も三度も續いた。
 丁度鹿は少年が家を馳け出た方向に飛んでゐた。彼は驚きのあまり、殆んど狙ひも定めず、その動物の前面に突きつけるやうに一發を放つた。鹿はすぐ方向を變へて附近の木立の中へ走り込んだ。木立の中には以前の淵があるのである。
 續いてその跡を追うた少年は既に淵の中に泳いでゐる鹿を見た。二度目の狙ひをつけやうとする時に、二頭の大きな犬が同じく淵の中に弾丸の樣に飛び込んだ。その中の眞白な一頭は少年の家に永らく愛飼せられてゐる「樫」と呼ぶ獵犬であつた。彼は引金に指を入れたまゝ、狼狽した。そして二頭の犬と、角の美しい獣との間の慘しい爭闘を凝現して木蔭の岩に突立つてゐた。
 爭闘は永く續績かなかつた。鹿は水に入らざる前、既に一二ケ所の手傷を負うてゐたのである。大きさも鹿に劣らぬ獵犬「樫」は、曾つて幾頭の野猪《のじし》をさへ噛み殺した經驗を持つてゐた。
(32) やがて馳け集つた農夫共に圍まれて、鹿の屍體は木の間に靜かに横たはつた。その手の銃に彈丸の籠つてゐるのに氣のついた少年は、歡喜のあまり、狂氣のやうに矢庭にその屍體の頭に小鳥打用の散弾を打込んだ。そして彼の傍に引添うてまだ牙をむき由してゐる「樫」の濡れた顔に頬摺りした。
 季節を憚つて、――麥の熟れる頃は全ての銃獵は國法に依つて禁ぜられてある――そのまゝ林の中で鹿の屍體はさばかれた。案の如く鹿の腹には生るゝに間もない子が孕まれてゐた。
 
 その翌くる日も少年は、また林の蔭に坐して、獨り糸を垂れてゐた。
 
(33) 火山の麓
 
 日光《ひざし》の淡い日であつた。
 正午《ひる》少し下つた頃、私は獨り碓氷峠の絶頂の古茶屋の庭の床几に腰かけて居た。ツイ眼の前から幾多の山が浪を打つて遠くの方へ續いて居る。曇つたともつかぬ淡い雲の中の太陽は夫等の峯から峯、峽《はざま》から峽へ鈍紫《にびむらさき》の澱《をど》んだ光を投げて居る。中にも鋭い角度をなして幾つともなく空に突き出て居る妙義山の峯々の輪郭がしよんぼりとその光線の中に浮いてゐるのが取分けてうら寂しい。山の麓からは關東平原の一角が開け始めて白く光る河も見え、河に沿うた道路、または小石の集つた樣な平原的の宿驛などが、何れも薄い日光《ひざし》の底に黙然として沈んで居るのが見ゆる。遠いはては雲が暗く烟つてゐて解らない。風も無ければ鳥も啼かぬ、私の瞳の動くさきへは或る寂寥が影を引いて流れてゐる樣な日であつた。
 私は繪葉書を二三枚書いた、其一枚は東京の友人T――君へ、一枚はT――君の細君へ。
 二年前のことである。夏のころ、私はT君と一緒に暫くこの碓氷の麓の輕井澤に遊んでゐた。(34)この峠にも幾度か登つて來た。或時などは詩歌を解する米國人の某牧師をも誘つて來て此茶屋から少し奥に行つた林の蔭でT君と私とは和歌を咏み、温良なる牧師は短いソンネツト風の英詩を作つた。そして銀のかざりのある萬年筆を取出して、繪葉書に書きつけてT君と私とへ分けて呉れた。その原詩をばいま忘れたが、山を越え、山を越えて靜かに急げ、泉の樣な幸福が卿等《けいら》若人を待つて居るといふ樣なものであつたと覺えて居る。私等の和歌は多く戀を歌つたものであつた。T君にしろ私にしろ、丁度その頃は夢の樣に戀に醉つて居るさかりであつた。
 葉書を書いてゐると、當時の記憶が、澱んだ胸の底から青暗い光を帶びて浮いて來る。私は筆を擱いてその林の蔭へ行つて見た。木立の少しく疎らになつた所で、白ぼけた薄がむら/\と亂れて四邊《あたり》の灌木の葉はみな黄色に染つて下葉から散りかけて居る。少し眼を遠くへ移せば例の寂しい山脈が其處らに浪を打つて續いて居る。妙義山などは宛然《まるで》壞れ去つた古い殿堂の圓柱のみが立ち並んでゐる樣だ。私はまた茶屋の床几に歸つた。靜かな心が妙に波立つて少しも落着かないので、何だかうしろ髪を引かるる樣な心持を懷《いだ》きながら山を降ることにした。
 茶店を出た私のうしろには久しく犬が吠えてゐた。この峠は往時中仙道唯一の要所で關所のあつた所である。今は僅か十軒足らずの人家があるのみで、それも此峠にある熊野權現の神官か何からしい。道の右手の古い大きな家の庭には白い繭が一ぱい乾してあつた。その隣の家は近所で(35)の豪家らしく、窓には郡内の蒲團と廣い熊の皮が乾してあつた。雨續きの後の天氣でこの山上の十軒も今日は何となく忙《せは》し相に見えた。山を下りて行くうちに日はよく晴れて來た。まだ紅葉には間のある頃で、誰一人行き逢ふものもない。ほか/\と照らす日光《ひざし》に雨後の秋の草木から發する香が何だか酒精分でも含んで居る樣で汗の浸む私の身體《からだ》にしんみりと迫つて來る。路の直ぐ傍らに二本の大きな古木があつて風もないのに、ひらり/\と細かい黄色な葉を高い梢から落してゐるのを見た。其姿が如何にも可懷《なつか》しい。歌に咏まうとしたが出來なかつた。山を降り盡くさうとする所に深い森があつて、其奥から洋琴《オルガン》の音の漏れて來るのを聞いた。歸りおくれた避暑の洋人でも住んで居るのであらう。森の端《はづ》れに谷がある。この夏の洪水で眞白な河原ばかりが徒らに廣くなつて居る。河原を渡れば舊輕井澤の宿《しゆく》である。
 八九分通り避暑客の歸つたあとの此職場は宛然《まるで》空家ばかり並んで居る樣だ。砂つぼい道路をぽくぽく歩いて行くと、南側の仰々しい金ぴかや色文字の英語などの看板ばかりが眼に立つて、人には極く稀にしか行き逢はない。一軒の料理屋に寄つて斷られ、蕎麥屋でも斷られ、辛うじてと或る宿屋に上つて漸くにありついた。數日中に此處を引拂つて歸るといふ下女の投げやりな酌を斷つて、雨戸の年分閉めてある薄暗い二階で私は獨りで一杯々々と熱いのを徐ろに飲み下した。空き腹だからでもあつたらうが、直ぐ醉つた。醉ふにつれて心は穩かな物なつかしい哀感に(36)滿ちて來た。顔まで子供々々しくなつた樣に思はれて、瞼も頬も稀《めづら》しく熱して來る、獨りで旅に出て居てよく出逢ふ心持である。
 私は眼に見えぬ或るものに手を引かるゝ樣な氣持で宿屋を出た。そして急いで本道を右に折れた。來て見れば目的《あて》にした例の家は矢張り舊《もと》の通りに立つてゐた。
 例の家とは私等が二年前に借りて暮して居た家である。今年の借手も既に歸つたと見え二階も階下《した》も雨戸がしめられて庭には草が延びて居る。二階からは正面に淺間が見えたがと振返つて空を見上ぐると、可懷《なつか》しい火山は今日はよく晴れて細い烟を僅かに東に流して居る。私等はT君と私の友人のM君(同じ學校の商科生であつた)と三人で、階下だけ借りて自炊して居た。縁側を下りるとすぐ小さな流れがあつて、毎日其處で食器などを洗つて居た。流れを距てた向うの家には東京の某女學校生徒の一團が來てゐて同じく自炊をしてゐた。そして私等の食事の用意などするのを見てはいつも指《ゆびさ》して笑ひ合つて居たものである。其小さな流れにも變化はない。葱の栽ゑてあつた壁横の畑には今年も同じ野菜が片隅に青く取り殘されて居る。葱畑の隣の小さな風呂屋には以前と同じく細い煙突から煙が立つて居る。
 僅か二年前! けれ共私には既に一世紀も距つてゐる昔の樣な氣がしてならない。あの時分にはT君も私も水々しい少年清教徒であつた。私の戀といふものゝ殆んど極度に達して居た頃で、(37)輕井澤に來てゐながらも殆んど二十四時間の全部を捧げて私は戀人のことを思つてゐた。四邊《あたり》の野は月見草の盛りで、秋草の花も深かつた。T君と二人で朝から夜まで、多くは夫等草花の咲き茂つて居る野を逍遥《さまよ》ひながらお互に感情の赴くまゝに色々なことを打ち明けて話し合つた。T君は其の以前から小學校の時同窓であつた某孃に切りにおもひを寄せて居た頃である。彼は人知れず摘み集めた草花の一定の量に達するのを待つては直ぐ小包にして某孃の許に贈つてゐた。其頃私の戀人の兄は瀕死の病氣にかかつてゐた。不幸な家庭にある彼女が命を賭して兄の看病に從つてゐる有樣は鉛筆の走り書きの彼女の消息で眼に見える樣で絶えず私をはら/\させて居たものである。其うち彼女自身の上に容易ならぬ動搖の起りかけた事を知らして來た時、私は直ぐ其日に輕井澤を立つた。よしや歸つた所で私の力で如何することも出來ぬ事をば知り拔いてゐたが其儘《そのまま》ぢつとしてゐることは出來ず、騷ぐ心を暫らくも瞞着せむため、わざと汽車にも乘らずに雲の懸つてゐる碓氷峠を歩いて越えた。麓まで送つて來て呉れたT、M両君に後で逢つた時、山に登つて行く君の姿が馬鹿に寂しかつたと言はれたが、實際私のさうした感情は其時限りに破れて了つたものと云つてもいゝ。それから上野停車場に着いて以後今日になるまでの自身の生涯の動搖は次第に暗く、打續いて來てゐるのである。
 甘い追憶に滿ちた私の身體《からだ》はいつかその家を離れて附近の野原をぶら/\と歩いてゐた。曾て(38)T君と一緒に多くは無言のまゝ花を摘み歩いた原である。日はぽか/\と照つて、醉つた五體に長い歩行を許さぬ。其處此處に倒れて下らないことばかり考へてゐた。この夏の洪水で此土地の荒された事も非常である。もと草の茂つてゐた野原が七分通り砂原となつて居る。家の倒れたもの、木の枯れたものなど到る所で眼につく。平地や四邊《あたり》の丘に在る粗造の洋館の多くは朱色に塗られたものが既に悉く戸を閉してゐるのなども荒凉の觀を添へて居る。美しかつた秋草の風情など露ほども認め難い。時計を出して見て驚いて私は輕井澤を離れた。
 路を舊中仙道の方に取つて少し元氣よく歩き始めたが、醉はまださめぬので直ぐ疲れて來る。輕井澤を少し出て離山《はなれやま》の眞下あたりに來ると、此處は洪水の影響もなく、依然とした深い秋草の天地である。何百町歩とも知れぬ廣い區域に薄の穗が波を打つて、其間には月見草、女郎花、吾木香、桔梗、野菊、其他名も知らぬ草花が一面に咲き亂れて居る。野のはてには草刈らしい人の姿が小さく見えて、其外には何もゐない。私は非常に自由な天地へ出て來た樣な氣がして、帽子を遠くへ投げやり下駄をも脱ぎ棄てゝ、就中《なかんづく》柔か相に茂つて居る草の中へ倒れ臥した。出來るなら裸體《はだか》にでもなつて見たい程だ。
 先刻《さつき》碓氷峠でT君夫妻へ宛てゝ何だかひどく述懷めかしい事を書いた葉書を出して來たのを悔《くや》しく思ひ始めた。T君の細君は彼が當時秋草の花を小包で迭つた其人であつた。子供も二三ケ月(39)前に出來てゐる。彼は斯くして極めて幸福な家庭を作つて、事もなく毎日某社へ出勤して居るのである。それに自分が斯ういふ風になって、斯ういふ所からあんな葉書を出したら、あの人の惡いT君があれに對して果してどんな冷笑を浴びせることであらうと想ふと、思はず五體がぞつとした。そして斯うして草の上に横つて居る自分の姿の寂しさ淺間しさが痛いまで明かに眼に映る。T君を初め、某君、某君などの落着いて生活を營んで居る樣が次から次へと眼の前に並んで表はれる。尚引續いて此頃までの自身の荒んだ自暴的の生活も浮んで來る。強からぬ者は、その自暴的生活にさへどん底までは落ち着くことが出來ないで、旅へ、旅へ、とさながら母を慕ふ小兒の樣に斯うして旅に逃れ出て來たではないか。それほど慕つて來た旅が汝に與へたものは果して何であらう!
 『では一體如何すればいゝ、僕にはあゝいふ生活に辛抱して居る事はとても出來んのだ。』
 思はず聲に出して、身體を起した。恐らくその顔は死人の樣に蒼ざめてゐたに相違ない。女郎花ともう一つ名の知れぬ黄色い草花が起き上つた私の頬や額にうるさく觸れて居る。それを拂ふのも五月蠅いので、眼を瞑ぢて石の樣に凝然《ぢつ》として居ると、頭はくら/\と痛んで今にも眩暈《めまひ》が起り相だ。思はず背後《うしろ》の方を振り返ると、今まで私の背に敷かれてゐた草や花がぽつり/\と身を起しつゝある、私はまたその上へ倒れ伏した。眼を瞑れば色々な妄想が浮んで來る。見開いて(40)ゐると額の上に枝垂《しだ》れかゝつた草花が點々と見えて居る。私はたうとう友だちにでも話す樣に此等の花に他愛もなく物を言ひかけて見た。心が落着いて來るに從つて、今度はまた沈んだ寂しさが身を浸す。輕く瞼を合せて呼吸をもあるか無いかに續けて居ると、其處ら此處らに細々と蟲の鳴いて居るのが聞えて來る。背には地の冷たさが傳つて來た。
 起き上つた時には身體がまだよろ/\してゐた。けれ共もう歩調をも確かにして、今まで二三時間内の自分を思ひ切り冷笑しながら暮れかゝつた路を大股に急いだ。輕井澤から追分の宿まで淺間の麓に沿うて三里半、よほど急がねば夜が深くなる。馬鹿なことをして居る間に大分時間を空費した。
 
(41) 雪と淋しき人々
 
 淺間火山の連山の一つに籠の塔といふ海拔八千尺近い山がある。八分通りは草山だが、絶頂に近い僅かの部分が眞黒な堰松の林となつて居る。その林の端が深い黄色な草原となりかけた所へ、落葉した白樺と落葉松とが二三十本疎らに立つて金屬性のやうな固い細かな枝を張つてゐる。まだ十一月の初めだといふのに、林にも此等の樹の根もとにも斑らに白く雪が積つて居た。
 溪間の眞白な白樺の木の間を縫うて一條の細い徑がこの山上へ通じて居る。或る麗らかな日であつた、二人の青年がこの徑を傳つて麓から登つて來た。そして愈々これから徑が下り坂になるのだと知つて、彼等は附近の雪を氣にしながら、日の嘗つた草原を選んで腰を下した。軟かな青い煙草のけむりが細々と葉の落ちた枝の間を昇り始めた。
 險阻な所を登つて來たゝめ、二人の顔は薄紅く熱してゐた。額には微かな汗さへ殘つて瞳は昂奮に潤《うるほ》つてゐた。そしてその瞳には彼等の面した半空を劃つて遠く東南西の三方に連つた甲州境の山岳から日本アルプスの諸高山の白雪が幻影のやうに映つてゐるのである。いま彼等の登つて(42)居る山の麓の廣い裾野と、一條の河と、河向ひに連亙《れんこう》した高原とを挾んで中ぞらに群り亙つた一帶の高い山脈には何處と云はず雪が日光に光つて居る、或山には暗く、或山には鈍い紫に、そして正面《まとも》に日光を受けた山には古銀のやうな白いかゞやきに。
 
『私は實際斯う云ふ崇嚴な、廣大な雪の景色を見るのは生れて初めてゞす、第一私などは東京に出て初めて足もとに積んだ雪を見たのですからねえ。』
『すると、お國には雪は無いのですか……貴君《あなた》のお國はたしか日向でしたネ。』
『さうです、日向です、……全然無いといふのではありません。けれども高い山のいたゞきに僅かに白く積るのを見るくらゐなものです。それも一年のうらに極く稀なのですから……。朝、母に起されて山の頂上が白くなつてるのを見た時などは大した歡喜《よろこび》でした。そして稀らしくばらばらとその人里などまで降つてゞも來やうものならそれこそ大騷ぎでしたよ、みんな戸外に出て飛び廻つたものです……。その少年の一人なのですからねえ、私がこの雪の山を見て驚くのも無理は無いでせう。』
 彼は聲に出して輕く笑つた。この信濃に生れて信濃に育つた彼の同伴者《つれ》は、如何にも不思議な話を聞くやうに驚いた顔をしてゐたが、やがて一緒になつて笑ひ出した。
(43)『それでも東京にはよく降るでせう。』
『降るには降つても、これとは全然趣きが違ひます。』
 惶しく打消して、はたと思ひ當つたやうに彼は瞳を上げて同伴者を見返つた。
『左樣です、一度ほゞこれと似通つた景色に出會つたことがありました。それも餘程感じは違つてゐますがね……。一昨年の一月でした、私は少し頭を惡くして暫く三浦半島の三崎に行つてゐたことがあります。その時のことです、非常に風の荒れた夜の翌朝で……私の宿は直ぐ海に臨んだ海岸にあつたものですから風の當りも特別に強くて殆んど船のやうに搖れ續いていたのです。その上に恐しく浪も荒れて睡ることも出來ずに、夜の明けるのを待つてゐますと、明方になつて急に凪いで漸くとろとろと睡着《ねつ》くことが出來ました。そして起きて見ますと……何處でもさうでせうが特に海岸の風のあとには一種云ふに云はれぬ新鮮《フレツシユ》な明るい感じが漲つてゐるもので、特にそれが好く晴れた朝ではあつたし一段と快感を覺えさせずにはおきません。で、大喜びで早速|渡船場《わたしば》に馳附けて城ケ島へ渡りました。城ケ島といふのは三崎の町から七八町も離れた小さな島で、その島の住民と町との間に渡船場が設けられてあります。
 町中のものがみな出て來たといふやうに朝日の明るい海岸には澤山な人が出てゐました。船を繕ふ者や唯だ馬鹿噺をして笑つて居る者、または急いで沖へ漕ぎ出す者など全く微塵曇りのない(44)活氣に滿ちてゐるのです。あゝいふ光景は斯んな寒い山國では一寸見ることが困難でせう……。港に碇泊してゐる數十艘の帆前船は潮沫《しぶき》に濡れた帆布を乾すやら船の掃除やら、高い聲が其處等に滿ちて大變な騷ぎです。渡船に乘つて港を横切りながらも斯ういふ光景に見恍《みと》れて獨りで喜んでゐますと、宿屋から一緒に伴れ立つて來た男が惶しく私を呼びますので、振返つて見ますと西の方に向けて指ざししてゐます。その方へ眼を移すと同時に私は實際飛び立ちました。
 それがその雪なのです。ほゞ此と似た場面ですが、船から向つて左手の端が伊豆牛島の端で、青い海から起つた半島の岬そも/\から眞白な雪です。その岬から天城山《あまぎさん》を中心とした伊豆牛島が悉く眞白で、それから足柄箱根の連山、引續いて富士、富士を越えてからは名も知らぬ相模路の山々がみな豐かに白衣を着なしてゐるのです。それまでも富士やその近所の二三の山には雪が見えてゐましたが斯う一帶に、而かも一夜のうちに白くなり終らうとは全く意外であつたのです。斯ういふことは全く稀だと船頭も珍しがつてゐました。私がどれだけ歡んだかは、もう言はなくともいゝでせう。』
 彼は晴やかに微笑してまた一人を見返つた。聽者《ききて》の方では雪のことより自身にとつて珍しい海の話に深く耳を傾けてゐたのである。この山國の若人はまだ海を知らないのだ。で、あとを促すやうに無言に強く語者《かたりて》の瞳を見詰めた。
(45)『島に着きますと……島にはたゞ一ケ所だけ小さな漁村が丘のやうな山の麓に薄暗く固つてゐるのです。私共はそれを拔けて山へ登りました。山から見渡すと渡船《わたし》の中よりもまた一段と眺望が廣くなつてゐます。特に私の眼を惹いたのは大島の火山です。海に浮いで寂しい噴烟《けむり》を揚げてゐながらその日は同じく純白な雪を冠つて遙かの沖に見えてゐるのです。この淺間などとは又違つた寂しみをその火山は帶びてゐるのです。』
 言ひかけて背後《うしろ》を顧みたが、噴烟の末が少し空に流れてゐるばかりで淺間はそこから見えなかつた。
『海には昨日の名殘で、恐しく巨きなうねりが青く白く日光に輝きながら見渡す限りの洋上にうねり渡つてゐるのです。そのうねりに浮ぶ伊豆から相模の群山の雪、私共は改めて讃美の言葉を發することもせず、唯だ石のやうに黙つて此の大景に對したのでした。』
 ほんの行き懸りから語り出した追懷談は次第に彼の心を落着かしめた。そして更に深い明かな記憶が萌《きざ》し始めた。
『それから其丘を越えて、私共は島の南側の磯に降りました。其處の磯は非常に廣いもので、眞黒な巌石の原野です。矢張りひどい風のあとゝいふ氣勢《けはひ》はそれ等大きな巌石の間にもあり/\と動いてゐて、目の前の海はきら/\と日に輝き渡つてゐますし、何となく身の引緊るやうに感ぜ(46)られて、暫くは兩人とも茫然《ぼんやり》してしまひました。
 左樣だ、私はまだ貴君《あなた》に、その日一緒に島に渡つた同伴者《つれ》の男のことをお話しませんでしたが……彼は肺病患者なのです。打明けてさうだとは彼も言ひませんでしたが、確かにさうです。その男を初めて私が知つたのは……話がだんだん後へ歸りますけども……』
 彼は言葉を斷つて、微笑の齒を見せながら煙草を一本吸ひつけた。脚絆を着けた兩人の脚はうす黄いろな枯草のなかに靜かに日を受けてゐる。
『元來私はその頃、我々の時代に誰しもかゝり易い懊悩病にかゝつてゐたものですから、非常に肉體も精神も衰へて、終《つひ》には親しい友人の顔を見るのすら苦痛な位ゐになつたのです。ですから誰にもかくしてこつそり東京を逃げ出して、三崎に行つてゐたのです。そして海際の親切な宿屋に心地よく三四日寢起してゐますと、或日の夕方、私の隣の室に來て泊つた男がゐました。室に入るなり非常に元氣な態度を示して盛んに下女にからかつたりなどしてゐましたが、それが如何いふわけだか私には初めから附元氣らしく聞えて仕樣がないのです。それも恰度隣室の私に當てつけてやつてゐるのかとまで思はれる位ゐで、私は最初から不快に感じてゐたのです。所が食事も濟んで下女の下つた後で、彼は頻りに咳き初めました。それは/\力の無い、聞いてゐると此方も咽喉の邊が變になるやうな、厭アな咳なのです。それでなくてさへも眠り難い時でしたから、(47)私は殆んど一晩その咳を聞き明かしたやうなものでした。それでも一晩だけ泊つて明日は他處《よそ》へ行くのだらうと樂しにみにしてゐますと、翌朝の食事の時下女に二三週間滯在する樣なことを言つてゐます。是は助からぬ、早速自分から宿を變へるか部屋を移すかせねばならぬと氣を揉みましたが、私の居た部屋といふのがまた素敵に好い部屋で、部屋を移すとすれば海の見えぬ所へ行かねばならぬし、宿を代へるとすれば折角馴染になつた親切な人達に別れねばならぬのです。それも厭やで、ぐづ/\してゐるうちにその日も暮れました。夕方散歩から歸つて來て、特に酒を註文して此方でも元氣をつけてやらうと試みました。そして少しづつ飲んで居るうちに何時か本氣に醉つて了つて隣室の客のことなどは忘れてしまひ、大きな聲で曾て自分の作つた和歌などをうたつてゐますと、不圖|低聲《こごゑ》に私に合はせて歌つてゐるのが聞えました。驚いて歌ひ止めると直ぐ向ふでもやめましたが、それはその隣室の男がやつてゐたのです。私は其時からその男を不快に恩ふ心が餘程薄らぎました。その翌日、宿の老人が私の室にやつて來て、これから用があつて三浦城址の方に出かけるが見物に行かないかと誘つて呉れました。早速同意して身仕度をしてゐますと、老人は隣室の男にも聲をかけてゐます。けれども男は何だか煮え切らぬ返事をしてゐましたが、愈々私達が門口を出かけますと後から追つて來ました。齢《とし》は確かに私より二つか三つ下ですが、何處となく顔の老《ふ》けた痩せた男です。私を見て快活に挨拶して、後には昨夜の歌のことな(48)ども話し出しましたが、私は好い加減に返事して、名前さへ言ひませんでした。向うでも老人にばかり五月蠅い位ゐ種々なことを話しかけて、自分獨りの老人だぞといふ風にも見えるほどでした。その晩は別しても咳いてゐた樣です。その翌日です、私がその男と島に渡つたのは。
 私が島に渡るつもりで、渡船場《わたしば》で舟に乘つて乘合を待つてゐますと、その男がぶら/\と蒼い顔をしてやつて來ました。私を見附けると妙に人懷しいやうな笑ひ方をして、何處へ行くのかと訊きますから、島に渡るのだ君も行かないかと思はず誘ひますと、行きませうと直ぐ元氣よく舟に飛び乘つたのです。
 ……。で、その黒光りに光つてゐる廣い磯で、私達は餘り話もせず、貝を拾つたり、暖かな砂原に寢轉んだりしてゐました。その男の臆病なことは夥《おびただ》しいもので、浪打際には少しもよう近寄らず、風のある巌の端にもよう行かないのです。そして私が干潮に乘じて浪を冒して烏貝や榮螺《さざえ》などを拾ふのをさも驚いたやうに見守つて、巌のかげに小さくなつてゐるのです。實際その時彼はもう餘程勞れてゐたらしいので、口には出しませんが如何にも宿に歸り度い風でした。で私も歸る氣になつて、ぶら/\歩いて來ますと突然私達を呼留めた者が居ます。驚いて振返ると、巨大な巌と巌との間に潮がさし込んで小さな入江見たいになつてゐる所へ舟を浮べて一人の老漁師が今迄魚を突いてゐたらしく手に金突《かなつき》を持つて立つてゐるのです。そしてこれから町の方へ歸(49)るのだが旦那達もこの舟に乘つて行かないか、極く安くで乘せて行くから、と言ふのです。喜んだのは同伴《つれ》の男で直ぐにも乘り相にしますから、君は舟に乘れるのかとその磯端浪の高いのを氣にして訊きますと、舟なら幾らでも乘れる、櫓も漕げると打つて變つた元氣です。私も元來は思ひがけなく斯んな所に舟のあつたことをひどく歡んでゐたのですから、踊るやうにして飛び乘りました。
 この城ケ島の磯といふのは三崎の港になつてゐる正反對の側にあるのですから、謂はゞ三浦半島の尖瑞で直接に大洋に面してゐるのです。ですから平常でさへ隨分浪が荒いのに、其日は前夜の風の後でせう、さア荒れる/\、眞青な奴が山のやうにうねつて來ては巌に當つて瀑布のやうに碎ける、眞白な泡を湛へてどろ/\と大きな渦が卷く、流石手馴れた老漁師の手にも殆んど舟が自由にならない位ゐです。私はまた斯ういふ所が大好きなのですから、噛みつくやうに漁師に叱られながらも小さな舟一杯になつて浮れ出しました。同伴《つれ》の男も術無さ相に私に調子を合はせてはゐましたが、それも決して本當の元氣ではない、次第に彼の顔の蒼くなつて行くのに氣はつきましたが、別に心にも留めず、私は唯だもう夢中でした。舟の近くの青い大きなうねりの中に魚の居たのを見附けては歡び、切り取つた樣な斷崖の中腹に数十羽の鵜が群れてゐるのを見ては鐵砲を欲しがりしてゐたのです。其中、舟は漸く外洋の磯の瑞を曲つて港の中に入りました。其(50)處は浪も靜かで、青い水底に藻草の動いてゐるのがよく見えます。漁師はこれで漸く安堵したといふ風に櫓から手を離して煙草入を取出しました。すると今迄黙つてゐた同伴の男は突然立ち上つて代つて櫓を握りました。本當に漕げるのだなと珍しいものを見る樣にその方を見てゐますと、不圖此方を向いた其時の彼の顔の蒼さ! 本當に恨み死《じに》に死んだやうな顔でした。
 とかくして舟が岸に着くや否や彼はよろ/\として岸に上つて、もう耐《たま》らぬといつた風に砂原に坐つてしまひました。漁師に錢を渡してから、如何かしましたかと彼の側に行つて訊ねますと、鋭い瞳で微笑しながら、何か言はうとして、つと立上つて物蔭の海端に走りました。そしてせきあげて物を嘔吐《もど》す氣勢《けはひ》がします。私も周章《うろた》へて走つて行つて見ますと、如何でせう、俯伏しになつた彼の前には赤いものが砂の上に飛び散つてゐるのです!
 
 それから五日ほど經つた時、私は一日がけでまた城ケ島に遊びに行つて、宿に歸つて見ますと、その男はもう宿を立つてゐました。宿の者も醫者も頻りに留めたが、如何《どう》しても聽かないで、自宅へ歸るとか云つて午後から俥で立つたのだ相です。私には半切《はんきれ》の端に三四行ほど、不意に思ひ立つて歸る、此處で死んでは餘計にお世話をかけるから、と書いたものが殘してありました。宿帳に認めてあつた東京小石川區白山御殿町の彼の宿所を宛に私からもすぐ手紙を出しましたが、(51)さういふ者は居ないとの附箋づきでまた返つて來ました。自分の宿所までも隱し歩いてるのですかねと言つて、宿屋の者は不快《いや》な顔をしてゐましたつけが……』
『その男は如何しましたでせう。』
『さう、如何ですか、何だか矢張りあの調子でやつてゐるやうに思はれてなりません。』
 兩個《ふたり》の間には尚ほ暫く談話が續いてゐたが、やがて立上つてお互ひに着物についた枯草を拂ひ合つて歩き出した。
 彼等のうち一人はこの籠の塔の峠を超して上州の方へ行つて了ふ旅の身である。一人はそれを送つて峠の裏にある鹿澤《かざは》温泉まで行つて其處に一晩だけ一緒に泊つて明日は信州に歸るべき約束になつて居る。
 彼等の立ち去つたあとの堰松の根の雪は一層明らかに白かつた。夕暮の風につれて淺間の噴煙《けむり》が彼等の眼に近く垂下つて來た頃には、曲り蜒《くね》つた坂路の向うに、むら/\と湯氣を吐いてゐる温泉が見下された。