若山牧水全集第六巻、雄鷄社、526頁、600円、1958.6.30

 

紀行・隨筆 二

 

   目次

 

靜かなる旅をゆきつつ

 

   上編

 

富士裾野の三日……………………………………………………………九

溪より溪へ…………………………………………………………………三八

落葉松林の中の湯…………………………………………………………五六

信濃の晩秋…………………………………………………………………七一

二晩泊り……………………………………………………………………八一

水郷めぐり…………………………………………………………………八八

ヶ島より…………………………………………………………………九三

箱根と富士………………………………………………………………一〇

 

   中編

 

溪ばたの温泉……………………………………………………………一一一

上州草津…………………………………………………………………一二二

草津より澁へ……………………………………………………………一三五

山腹の友が家……………………………………………………………一四八

木曾路……………………………………………………………………一五九

利根の奥へ………………………………………………………………一七三

みなかみへ………………………………………………………………一九七

利根より吾妻へ…………………………………………………………二〇六

吾妻川……………………………………………………………………二一八

吾妻の溪より六里が原へ………………………………………………二二七

 

   下編

 

子供の入學………………………………………………………………二五九

香貫山……………………………………………………………………二六四

發動機船の音……………………………………………………………二七二

村住居の秋………………………………………………………………二八〇

雪のおもひ出……………………………………………………………二八七

櫻咲くころ………………………………………………………………二九四

溪のながれ木……………………………………………………………三〇〇

溪をおもふ………………………………………………………………三〇五

土を愛する村……………………………………………………………三一二

入江の奥…………………………………………………………………三二六

 

みなかみ紀行

 

みなかみ紀行……………………………………………………………三三八

大野原の夏草……………………………………………………………四〇一

追憶と眼前の風景………………………………………………………四一〇

杜鵑を聽きに……………………………………………………………四三四

白骨温泉…………………………………………………………………四四三

通蔓草の實………………………………………………………………四四九

山路………………………………………………………………………四五八

或る旅と繪葉書…………………………………………………………四七〇

野なかの瀧………………………………………………………………四八三

或る島の半日……………………………………………………………四八三

伊豆紀行…………………………………………………………………五〇三

雪の天城越………………………………………………………………五一九

 

靜かなる旅をゆきつつ


  序に代へて

 

とにかくに自分はいま旅に出てゐる。

何處へでもいい、とにかくに行け。

眼を開くな、眼を瞑ぢよ。

さうして、

思ふ存分、

靜かに靜かにその心を遊ばせよ。

斯う思ひつづけてゐると、

汽車は誠に心地よくわが身體を搖つて、

眠れ、眠れ、といふがごとく、

靜かに靜かに走つてゆく

                   ――『利根の奥へ』の一節――

 

(5)    例言

 

 私は旅を好む。旅に出てをる間に、僅かに解放せられた眞實の自分に歸つてゐるのだと思ふ樣な場合が甚だ多い。

 この『靜かなる旅をゆきつつ』はそれらの旅から歸つて、或はその旅さきで、書いた紀行文を主として輯め、それに机の側に籠りながら折々書いてゐた小品文を加へて一册としたものである。これらは曾て各種の雜誌新聞に出したものだが、すべて行數や時間の制限のあるなかに書いたゝめに、それ/”\文章の長短筆致に一致を缺き、且つ諸所重複した所などのあるのを憾みとする。ことに一つの連續した旅、たとへば何日に出て何日に歸つた或る一期間の紀行が數篇に分つて書かれ、それらがとり/”\に右の事情の下に置かれてあるのなどに對しては一層この感が深い。

 

『利根の奥へ』『みなかみへ』『利根より吾妻へ』『吾妻川』『吾妻の溪より六里ケ原へ』等は右の續きものゝ紀行の一つであつた。最後の六里ケ原からは高山鐵道を想はせらるゝ私設の汽車に乘(6)つて芒と楢との冬枯れはてた高原を横切り輕井澤に出、それから信越線で戸倉温泉にゆき一泊、翌日松本在の淺間温泉に行き二泊、賑やかな歌會を濟ませて更らに桔梗ケ原の中にある妻の在所を訪ね、廿六日に東京に歸つたのであつた。大正七年秋のことである。同じく連續したものに「落葉松林の中の湯』『信濃の晩秋』がある。これは大正八年の晩秋で、大町からは其處の友人(これは『山腹の友が家』の中に出て居る友人のことである)が忙しい中を松本在の村井驛まで送つて來、一泊してその翌日東西に別れて私は東京へ歸つた。も一つ長く續いたものに『溪ばたの温泉』から『上州草津』『草津より澁へ』『山腹の友が家』を経て『木曾路』に終つてゐるものがある。これは前に通つた吾妻の溪から草津に曲り、信州へ出たものであつた。木曾からは名古屋に一泊、小さな歌會を開いて歸つて來た。大正九年の初夏であつた。『水郷めぐり』のあとは潮來から下總水海道町に廻つて其處の友人を訪ね、翌日三人して筑波山に登り、山腹の町に一泊して歸つた。これは八年の初夏であつた。それ/”\の旅の終りまで書いておけばよかつたが、殘念にもそれをしなかつた。その他『溪をおもふ』『溪のながれ木』は大正八年、『櫻咲くころ』『溪より溪へ』『二晩泊り』等は同九年東京在住時代の執筆で、あとはみな同年夏駿河沼津町在に移り住んでからそのをり/\に書いたものである。永い後の自分の思ひ出のために書き添へておく。

 

(7) 彌次善多式のも時に惡くないが、ほんたうに靜かな旅、心を遊ばせ解き放つ旅、われとわが足音に聽き入る樣な旅をするとならば、ひとり旅に限る樣である。そして行くさきざきでも人に逢はぬことである。本書を校正しながらいよ/\この感を強くした。これからの私の旅は多分おほくこの傾向を帶びるであらうと思ふ。

 

 この本の文章はまことに幼く、且つ拙い。獨りで苦笑し赤面し心痛しながら、いま校正刷を見つつある所である。然し、この一册を編んだことによつてこれからは幾らか自分にもよき文章――といふよりよき旅を、なすことが出來るかも知れぬといふ氣がしてゐる。

   大正十年六月廿二日

                       駿河沼津在楊原村にて

                           若山牧水

 

(9)上編

 

 富士裾野の三日

 

 十月九日午後一時、沼津驛を發した汽車が三島を經て裾野の傾斜を登り始めた頃、私の腰掛けた側《がは》の窓には柔かな日影が射してゐた。然し空には何處《どこ》となく雨氣を含んで、汽車の直ぐ横手に聳えてゐる愛鷹山の墨色は眼に見えて深かつた。この山はいつも落ちついた墨色をしてゐる木深い山であるが、けふはとりわけ濕つて見えた。峰から空にかけては乳の樣な白雲が渦を卷いて、富士はその奥に隱れて見えなかつた。

   駿河なる沼津より見れば富士が嶺《ね》の前に垣なせる愛鷹の山

   眞黒なる愛鷹の山に卷き立てる雨雲の奥に富士は籠《こも》りつ

 私の掛けてゐる背後の席には大工か指物師と見ゆる二人連が頻りに自分たちの爲事《しごと》のことを語(10)り續けてゐた。揃つて老人らしいその聲音《こわね》がいかにもこの窓の小春日に似つかはしく聞きなされた。

『俺《わし》は前かたあの愛鷹の奥から出たちふ樫を手にかけた事があつたが固えの固くねえのつて、まるで飽《かんな》をかん/\撥《は》ねつ返すだからナ。』

『さうづらナ、何しろあゝ見えて山が深えだから。』

『まだ/\何と云つたつてあん奥の方に入つて行けアいゝ木があるづらに。』

『天城道を通つてもこてえられねヱ木がざらに眼につくだからナ。』

 次第に登るにつれていつとなく窓の日影も消えて行つた。そして汽車が御殿場の驛に入るか入らぬに、

『きてえに雨の來る處だでなア。』

 と言ひながら立ち上つた背後の老人たちのあとから私も昇降口を下りて行つた。なるほど驛前の廣場には粒の荒い雨が降り出してゐた。

 見ればその山上の町は祭禮であつた。揃ひの着物を着て襷を掛けながら顔に紅白粉《べにおしろい》を塗つた子供達が其處の廣場には大勢群れてゐた。驛前から續いた一筋町の軒並にはみな提灯を吊して、造花や幕で美しく飾られてゐた。其處《そこ》へこの驟雨が來たので、提灯をはづす、飾りものを取り入れ(11)る、着飾つた女が走る、濡れそぼたれて子供が呼ぶ、たいへんな騷ぎが始つてゐるところであつた。

 私もツイ手近の休茶屋に飛び込んだ。其處にも雨をかぶつた男女が多くは立つたまゝに高聲で何やらめい/\に喋舌《しやべ》り立てゝゐた。その間で私は辛うじて今夜は須山《すやま》泊りにし、明日|十里木《じふりぎ》を經て大宮に出るがいゝだらう、印野《いんの》を通るが本統の十里木街道ではあるが印野には宿屋がない、十里木にも無論ない、大宮までは到底行けつこない、といふ事などを二三の人の口を繼ぎ合はせて聞き出し得た。その時がもう二時半を過ぎてゐた。それから須山といふ村まで三里の雨道も私にとつては餘り樂ではなかつたが、此儘この祭禮の町にまごついてゐるのも本意ではなかつた。で、追はるゝ樣に洋傘《かうもり》を開いて雨の中へ出て行つた。

 恰も其處に御輿《みこし》と山車《だし》とが來懸《きかか》つてゐた。神輿には醉拂《よつぱら》つた若者どもが雨も何も知らぬげに取りついて騷いでゐたが、山車は靜かなだけにみじめであつた。二條の綱につかまつた一列の行列が苦笑しながらひつそりと濡れてゐた。ことにその先登に立つた三四人の藝者の手古舞姿《てこまひすがた》はわざわざ塗りあげた両腕の刺青《いれずみ》の溶けてゐるだけでも悲慘《ひさん》であつた。大急ぎでその人ごみの中を通り拔け、神社の前を過ぎ、火の見の櫓《やぐら》の下を右に曲ると其處はもう祭禮も人聲も無い蕭條《せうでう》たる雨の野原であつた。

(12) 道幅は意外に廣く、且つ眞直ぐであつた。そして大きい轍《わだち》の痕《あと》が一尺二尺の深さで掘られてゐるのを見るとこの邊にあると聞いた砲兵聯隊の道路である事が解《わか》つた。そのどるゝん、どるゝんといふ底響きのする砲の音は、沼津に移り住んで以來殆んど毎日聞き馴らしたものであつた。さう思ひながら耳を澄ましてもけふは唯だ一面の雨ばかりで、小銃一つ聞えない。雨はまつたくよく降つた。低くさした洋傘からはやがて雫が漏《も》り始めて、羽織の袖も裾も見る/\びつしよりになつてしまつた。その大降りが小一時間も續いた。

 富士がツイ右手に聳えてゐる筈なのだが、唯だ雨ばかりが四方を閉ざして、山を包んでゐる雲の影すらもよく見えなかつた。折々路傍に体茶屋らしい小家など眼に入るが、雨の調子と脚の調子と、イヤ洋傘を兩手に握り込んで前かゞみに急いでゐる身體全體の調子とが、今は非常によく合つて、それを亂すのが惜しい氣持でたゞ只管《ひたすら》に急いだ。そして雫《しづく》の垂れる洋傘の下には常に道の兩側に沿うた野の一部が見えて、其處には必ず枯れかけた草むらに松蟲草《まつむしそう》の紫の花が眼についてゐた。折々は荒れた垣根になつて木槿《もくげ》の咲いてゐるのも見えた。その垣根も木槿の花も極めてとび/\に道ばたに見らるるのみで、數軒の家が集つて一部落を成してゐるといふ樣な所は見えなかつた。

   道ばたの木槿《もくげ》は馬に食はれけり

(13) 不圖この句が雨に硬くなつてゐる頭の中に思ひ出でられた。道ばたの木槿は馬に食はれけり、それはどうでも埃などうす白くかぶつてゐる木槿でなくてはならぬと思はるゝのだが、また斯うした雨中の路傍にもよくぴつたりと當てはまるのが沁々《しみじみ》と感ぜられるのであつた。それからは口のうちで、また聲に出してその句ばかりを脚に合はせて誦《そら》んじながら急《いそ》いだ。道ばたの木槿は馬に食はれけり、道ばたの木槿は馬に…………。

 野砲兵第十五聯隊、と云つたと思ふ、看板の懸つた兵營の門前まで來た時、漸く身體を眞直ぐにして歩けるほどの小降りになつてゐた。そして改めて周圍の大きな野原を見廻す事が出来た。富士は全く見えなかつた。足柄の方にはいま自分の濡れて來たのが降り懸つてゐるのか雲の樣に濃い雨脚《あまあし》が山を包んでゐた。たゞ眼の前の愛鷹のみはくつきりと野の中に浮き出て、夕方近い冷たい色を湛《たた》へてゐた。行列をなしたのには一度だけであつたが、一騎か二騎づつ馳けてゐる兵士には幾度となく出逢つた。馬も人も光る樣に濡れてゐた。中には荷馬車の上に据風呂《すゑぶろ》ほどの大きな眞鍮《しんちゆう》の湯沸釜を積み、微かな煙をあげながら引いてゆくのにも逢つた。この曠席《くわうげん》に散らばつてゐる隊から隊に飲料を配つて歩くものだらうと想はれた。其處此處で喇叭《らつば》の鳴るのも寂しく聞えた。

 野の中のかさな坂にかゝつてゐる時であつた。その頃いよ/\雨も降りやんで、うすら冷たい(14)風が立つてゐた。坂に沿うたかなりの廣さの窪みの中に雨外套をつけて立つてゐる一人の兵士が遠くから見えてゐたが、やがて私の近づくと共に彼は矢庭《やには》に擧手の禮をして言葉をかけた。

『燐寸をお持ちではありますまいか。』

 私は直ぐ煙草の火だと思つた。そして袂からその箱を取り出しながら、

『空箱をお出しなさい、半分わけませう。』

 と道端に寄つて行つた。

『イエ一寸それを貸して下さい、いまこの丘の向側に野營してゐるのでありますが火を消してしまつて…………』

『それではなか/\燃えつきますまい…………』

『イエナニ火は穴を掘つて燃《も》してゐるのでありますから……』

 言ふうちに彼は下から手を延ばして私の燐寸を受取るや否や厚く着ぶくれた身をかへして丘の方へ馳けて行つた。この雨の後で一本や二本の燐寸で火がつくか知ら。また、ついた所でそのあとを如何《どう》するだらうと、私は其處に手持無沙汰に佇みながら考へた。時計を出して見ると四時を少し廻つてゐた。いつそのことあれを遣るからと言つてしまへばよかつた、燐寸に未練を殘さないにせよ此儘立ち去つてはいまの兵士が歸つて來て困るだらう、それとも本統に返しに來るか知(15)ら……、いろ/\に考へてゐると、下から見上げた顔の赤らんだ可愛らしさが思ひ浮べられた。いづれにせよもう少し待つて見ようと、泥草鞋《どろわらぢ》の重さを今更の樣に感じながら三四分間もそこらをぶら/\と歩いてゐた。するといま馳けて行つたと同じ所から彼は現れて來た。そして割合に上品な顔に笑《ゑ》みを湛《たた》へながら馳けて來て擧手の禮をした。

『つきましたか。』

『つきました、ありがたくありました。』

 と手を延べてその小きな箱をさし出した。

『それは君にあげませう、此處で一本煙草につけて行けば程なく僕は須山に着きませうから………』

『イヱもういゝのであります、火は洞穴を掘つて燃してゐるのでありますから。』

『でも心細いでせう、一寸お待ちなさい。』

 と言つてゐるうちに彼は三四歩飛びすざつてまた不動の姿勢をとり、

『イヱもういゝのであります。』

 と禮をして以前の樣に丘の方に馳けて行つた。何といふことなく微笑を誘はれながらそのうしろ影を見送つてゐたが、それが隱れてしまふと急に身に浸む心細さを覺えた。そして急にまた速(16)力を加へて歩き出した、どんな所に何人位集つて野營してゐるのであらうと丘の蔭のその一團の事などを想像しながら。

 あたりの野は大抵草原のまゝであつた。芒が大方で、その間に松蟲草が咲いてゐた。耕された所には必ず桑と玉蜀黍《たうもろこし》とが一緒に作られて、桑はまだ青く、玉蜀黍は葉も幹も枯れてゐた。が、その枯れた中にまだ實の取り殘したのがあるらしく、漸く暮れかけて來た夕闇の畑でがさがさと音を立てゝその實をもいでゐるのを見掛けた。おもふに土地の者はこの玉蜀黍を常食の一部にしてゐるに相違ない。畑といふ畑に食用物とては大抵こればかりで、道ばたに見るあばら屋の壁には必ず皮をむいたこの實の束が眞赤に掛け渡されてあつた。そしてそゞろに思ひ起さるゝのは自分の郷里の事であつた。自分の郷里といふうちにも例の天孫降臨の地の高千穗附近の高原がまるでこの通りであるのであつた。十歳から十二三歳の頃の記憶がそれに續いてうすら寒く思ひ起されて來たりした。兵隊とマツチの事のあつてからは人家とは全く離れて、愛鷹の山は益々近く、今はその山の裏手に歩みかゝつて來てゐるのであつた。そして葦原の野に杉の木立がとび/\に見え出し、やがてこれが一帶の森となつて連つてゐる邊へ來ると、道は次第にゆるやかな登りになつて、ぽつり/\と行手の薄闇の中に灯影が見え出した。そしてこれが石油の灯でなくて電燈である事が解ると、疲れた身には何だか不思議な事でゞもある樣に思ひなされたりした。御殿場(17)の祭禮の忙しいなかで聞いて來た須山村はさうした野原の末の丘の上に在る小さな宿場であつた。

 二軒あると聞いた宿屋の清水館といふへ寄つた。その家は丘の上でも最高地に位置する樣に見えた。通された二階の部屋の高い腰窓をあけると、それこそ其處は見ゆるかぎりの涯《はて》ない原野で、一帶に闇のおりた近い木立やとほい野末に向つて立つただけでそゞろに身の引き繁るのを覺えた。

 危ぶんで來た風呂も沸いてゐた。わざと雨戸を締めさせないで廣々とあけ放つたまゝ、火鉢に火をどつさりと熾《おこ》して、盃を取つた。身にこたふる寒さである。御殿場から比べて餘程登つて來てゐるに相違ない。寒さを消すまでがぶり/\と飲んでゐると眼の前の空の其處此處にゆくりなくも星が光り出した。そして見る/\うちにその數は繁く、やがて一面氷つた樣な靜かな星月夜となつてしまつた。

 床を延べに來た女中もその星には驚いた樣に暫く窓際に立つてゐた。

『そのツイ下の處に大きな電燈が二つ點いてゐるが、彼處は何だね。』

『何でもありません、百姓の庭ですよ。』

『百姓の庭ね?』

(18)『大きい百姓は忙しくなりますと夜までも庭で爲事をしますから………‥』

 と言ひながらがら/\と雨戸を締めてしまつた。

 

 便所の窓から見てゐるうちは、晴れたやうにも曇りのやうにもあつたが、私の癖の長い用を終つて部屋に歸つて窓を繰つて見ると疑ひもなき晴天である。しかも無類の日和を思はせる空だ。

 まだ日は出てゐなかつた。何とも言へぬ微妙な、宏大な傾斜を引いて遙かに足柄の方に下り擴《ひろ》ごり行いてゐる曠野はまだ夜露の濡れたまゝであつた。そしてその端《はし》から端にかけ、あまねく吹き渡つてゐる冷たい風がはつきりと眼にも見え心にも感ぜられた。ことに宿の眼下の窪地一帶に吹くそれは例の薄黄に枯れた玉蜀黍の葉から葉へあざやかな音を立て、枯葉にまじる桑の青葉の露の色はことさらに深く見えた。瞳を据ゑてこの廣い景色に向つてゐると、遠く喇叭のひゞきが聞え、汽車の喘ぎが聞ゆる。見れば遙かな野末を御殿場へ急ぐそれの煙が眞白く細く地に這うて見えてゐた。

 ふと心づをながら慌てゝ頭を擧げやうとすると、これはまたどうであらう。やゝその窓からは斜めうしろに恰度この荒れた宿屋の背戸のところにくつきりとして我が富士が巓《ね》はその錆色の姿をあらはに立ちはだかつてゐるのであつた。や、わが富士よ、と手をもさし伸べたいツイ其處(19)に、そのいたゞきにはすでに薄紫の日影を浴びてにこやかに聳えてゐるのであつた。

 日は足柄の上から昇つて來つゝあつた。一段々々と照らされゆく眞裸體《まはだか》の富士、やがてその日の影が裾野に及ぶと其處を流れてゐる風は一齊《いつせい》に光り始めた。芒が光り、玉蜀黍が光り、この部落を圍んでとび/\に立つてゐる杉の黒い木立が光る樣になると、もうその鮮かな日光は私の立つてゐる高い窓までもやつて來てゐるのであつた。

 尻端折に草鞋ばき洋傘一本を手に提げて宿屋を出かけた私の姿は昨日自宅の門を出た時と同じであつたが、心持はもうすつかり旅の者になり切つてゐた。昨日の午前、私は非常に忙しい爲事を果すために机に向つてゐた。が、どうしたものか一向にそれが捗らなかつた。書き損ねの原稿紙が膝の横に堆《うづたか》くなるのみであつた。はては肝癪の頭痛まで起つて來るので、私も諦めて書齋を出て早晝の飯を催促した。そして晩酌のために取つてある酒の壜を持ち出して一人でちびちびと飲み始めてゐると、先刻《さつき》から心の隅に湧いてゐた慾望が次第に大きくなつて來た。今年の八月、私たちが沼津に移住した日から毎日々々座敷の中からも縁側からも門さきからも見て暮す二つの相重つた高い山があつた。一つは富士で一つは愛鷹である。一つは雲に隱れて見えぬ日でもその前に横たはつている愛鷹山は大抵の雨ではよく仰がれた。その二つの山は家から見ては二つ直ちに相|繋《つなが》つてゐる樣だが、實はその間に十里四方の廣さがあるために呼ぷ十里木といふ野原がある(20)といふ事を土地の人より聞かされたのであつた。思ひがけぬその事を聞いた日から私の好奇心は動いてゐた。よし、早速行つて見よう、少し涼しくなつたら行かう、と。

 忙しい爲事を仕損ねたといふその午前は十月の九日、空に薄雲は見えながら晴れてゐた。そして幾枚もの原稿紙を書き破りながら、私はその日不思議なほど朝のうちからその廣い野原のことを考へてゐたのであつた。爲事の思ふやうに出來なかつたのも一つはそのためであつたかも知れない。そして晝飯の席で飲み始めた一二合の酒は、容易《たやす》く私に一つの決心を與へた、よし、思ひ切つて今日これから其處へ出懸けて見よう、と。大急ぎで停車場に行くと辛うじて一時發の汽車に間に合つた。御殿場までの切符は買つたものゝ、果して其處から道があるのかどうかもよくは知れなかつた。それに約束の爲事の日限を遲らす苦痛も充分に心の中に根を張つてゐた。私は汽車の中で微醉の後の身體を日に照らされながら斯んなことを考へてゐた、とにかく御殿場まで行く、其處でよく訊いて見て都合がよかつたらその野原へ行つて見る、若し不便だつたら夕方まで其處等で遊んで家に引返して爲事を續けることにしようと。ところが思ひもかけぬ御殿場での雨と混雜とは却つて私を狼狽させて殆んどあとさきなく追つ立てる樣にして暴雨の野原へ歩き込ましたのであつた。

 今朝はそれが全く異つてゐた。今まで聞いた事も想像したこともない野中の村に端なくも通り(21)かゝつて昨夜、夜を過した事が既に私の心を改めてゐた。それに珍しい昨夜から今朝にかけての天氣である。私はもう今朝は完全に爲事からも何からも解放されて一個の者として一心に唯だこの野の奥へ行き度い心になつてゐたのだ。

 宿の前から道は登りになつてゐた。傘を開いてうしろかつぎに強い朝日に乾しながら、てく/\と登り始める。十軒あまりの家の間を行き過ぎると直ぐ杉の森に入つた。少し登ると、幾程もなく杉は盡きて灌木の荒い林となつた。富士はいよ/\明かにその林の向うに大きく親しく見えて居る。宿の前から續いた急な坂が一しきり切れた所に休んで居ると、下から一人の馬子が登つて來た。道を問ふ樣にして聲をかけ、馬のあとについて登り始めた。そして聞けばその馬子も十里木の宿まで行くといふ。これ幸ひと私はそれに頼んで乘せて貰ふことにした。須山から十里木まで二里、其處から大宮まで五里、ことにこの五里の道の惡さはひどからうと今朝聞いて來てゐるので少しでも脚を大事にしでおきたいからであつた。

 馬の背からは淺い林を越えて一面の野原が見渡された。左手には愛鷹の裏山が――この山は沼津あたりの海岸からは唯一つの峰を持つた裾廣い穏かな山にしか見えぬが、正面の峰の裏にはそれより高い峰が三つも竝んで聳えてゐるのであつた、地圖には愛鷹から次第に奥にして位牌嶽、呼子獄、越前獄、と記してある、いづれもその七八合目から上は御料林だといふ事でいかにも茂(22)つた山となつて居る――薄い深い紅葉の色を見せて木深く靜かにうねつて居る。いま通つて居るのはつまりその山の根で、それから富士の根がたまで二里か三里か、富士を正面にして左右に亘る野原の廣さはそれこそ十里か十五里か、見る涯もない裾野である。そのなかでも恰度馬から見て過ぎる其處の野は唯だ一面の穗芒の原で、それに豐かに朝日が宿つてゐるのであつた。餘りの美しさに馬を止めさせで煙草にしてゐると、夫婦者の一組が追ひついてこれも煙管を取り出した。彼はこの邊の地理に明るく、それから通りかゝつた或る小さな峠風《たうげふう》の所は昔此處に關所のあつたあとだと教へた。この邊に、といぶかると、この道は昔箱根の拔け道に當つてゐたのでそれを見張つてゐたのだといふ。彼等夫婦は同じく十里木まで竹細工の出稼ぎにゆく者であつた。

 關所のあとだといつたあたりからまた林に入つた道はゆるやかな下りになつて、やがて其處に五六軒の茅家《かやや》の集ってゐる所が見えた。十里木である。夫婦者の教へるまゝに其の村に唯だ一軒あるといふ茶店の前で私は馬から下りた。馬の上の朝風はかなりに寒かつた。で、竹細工屋のするまゝに私も泥草鞋を其處の大きな圍爐裡に踏み込んで榾火《ほたび》にあたつた。見れば其處の棚の上に小さな酒樽があつたので私は竹細工屋への禮心地に茶店の老婆に徳利をつけて貰つた。そして盃をさゝうとすれば側から女房が慌てゝ止めた。

『ハアレ、お前は六百六號を注射したばかりだによ。』

(23)『もう、五日もたつてるだで、一杯ぐれえいゝづらによ。』

 と笑ひながら彼はそれを受けた。

『ほんによ、お前んとこぢア此間中えれえ惡かつたちふでねえかよ。』

 店の老婆はその女房に話しかけた。

『初めはの、頭が割るゝごと痛えちふだで氷で冷してばつかり居つたがよ、醫者の言ふにや身體のしんに毒があるからだで、一本拾圓もする六百六號ちふ譯を二本も注射したゞよ。』

『幾らしてもよ、利《き》けばいゝがよ、おらがの樣に…………』

 三人の間には暫く老婆の不幸話がとり交はされた。『生きてせえ居ればよ、おら乞食してゞも三百里が五百里でも迎えに行くと云ふだ』といふ樣な月並な嘆きもこの山中の老婆の口から聞けば其處に僞ならぬ力が感ぜられた。老婆には一人娘で、去年から普請にかゝつて漸く分家が出來上つて婿や子供とそちらに移ると同時にこの春四十歳で死んだのだ相だ。

 榾火に草鞋をあぶりながら、半ば横になつたまゝ見上ぐる軒先に富士山があつた。店の前の道幅は其處だけ幾らか廣くなつて、馬などを繋ぐ場所となつてゐた。つまり其處は西の野と東の野との運送品を交換する場所に當つてゐる事を私はあとで知つた。その廣場の端に古びた木の鳥居が立つてゐた。その鳥居の眞上に富士山は仰がるゝのだ。初めそれを富士の神を遙拜するための(24)鳥居だとばかり私は思つてゐたが、暫く鳥居の方から小さな徑が玉蜀黍畑を横切つて向うの笹山に通じ、その山の根に小きな嗣《ほこら》のあることが解《わか》つた。山はまことに笹ばかり繁茂して、青く圓く横たはつてゐるさまが眞上の富士のあるだけに手にもとりたい愛らしさであつた。その笹でこの部落の者は生活してゐるのださうである、竹行李を編みパイプを作つたりして。現に私の前に同じく横になつて榾火にあたつてゐる色の蒼い四十男もこの竹を目的に登つて來た者であつた。

 私は先刻《さつき》から思ひついてゐた事を老婆に打ち出して見た、どうか今夜一晩を此家に泊めて呉れ、喰べるものは何もいらぬ、酒と布團とがあればよいからといふのであつた。不思議な人間だといふ風で初めは相手にもしなかつたが、竹細工屋まで口添へして呉れて、たうとう老婆も承知した。それを聞くと私は急に圍爐裡から飛び降りた。そして洋傘や羽織を其處に置いて身輕になりながらいま來た道の方へ引返して歩いた。馬から見て過ぎた芒の野原をもう一度とつくと見て來たかつたからであつた。

 近いと思つたに一里がほど灌木林を歩いてから美しい野には出た。日の闌《た》けたせゐか穗芒のつやは先刻《さつき》ほどでなかつたが、見れば見るほど廣い野であつた。美しい野であつた。

 野は唯だいちめんの平野ではない。さながら大海の中に出て見るうねりのやうに無數の柔かな圓い高みがあつて、高みは高みに續き、はてしなくゆるやかに續き下つて其處に無縫無碍《むほうむげ》の大き(25)な裾野を成してゐるのである。その一つ一つの小高いうねりの、また、いかばかり優しく美しくあることか。一帶の地面には青い芝草が生《は》えてゐる。東京の郊外の植木屋などが育てゝゐる芝である。その芝の中に松蟲草が伸び出でゝ濃《こ》むらさき薄《うす》むらさきの花を咲き盛らせ、その花よりなほ丈《たけ》高く輕やかに抽《ぬき》んで咲いてゐるのは芒である。これはまたこの草ばかりが茂りに茂つて、上に咲き揃つたその穗などはまるで厚い織物の樣にも見えてゐる所があつた。或る窪みには芒が茂り、或る高みには松蟲草が咲き、その二つが相寄り相混つて咲き擴がつてゐる場所もあり、それがさきからさきと續いて美しいつやのある大きなうねりを其處にうねり輝かしてゐるのである。

 富士山はこのうねりの野の端から端に臨んで唯だ大きく近く聳えてゐた。私は兼ねてから斯ういふ感じを持つてゐた、多くの山もさうだが、ことに富士は遠くから見るべきだ、近づいて見る山ではない、と。要するにそれも眞實に近づいて見ぬかがごとであつた。斯うしてこの日仰いだ富士は全くの眞裸體であつた。あたりに一片の雲なく、唯だ或る一點だけ萬年雪の殘つてゐるほかは頂上近くにすらまだ雪を置いてゐなかつた。頂上からこの野のはての根がたまで唯だ赤裸々《せきらら》にその地肌を露《あら》はして立つてゐるのみである。ことに其處からは世にいふ森林帶の山麓にもたゞ僅かにあるかなきかの樹木を一わたり置いてゐるのを見るに過ぎぬのであつた。このあらはな土の山、石の山、岩の山が寂《せき》として中空に聳えてゐる姿を私はまことに如何《いか》に形容したらよかつた(26)であらう。生れたばかりの山にも見え、全く年月といふものを超越した山にも見えた。ことにどうであらう、四邊《あたり》にどれ一つこの山と手をとつて立つてゐる山もないのであつた。地に一つ、空に一つ、何處をどう見てもたつた一つのこの眞裸體の山が嶺は柔かに鋭く聳えて天に迫り、下はおほらかに而かも嶮しく垂り下つて大地に根を張つてゐる。前なく後なく、西もなく東もない。

 山に見入つてゐた瞳を下してこの大きな野を見ると其處に早や既に一種の狹苦しさが感ぜられた。私はとある小高い所から馳け降りて他の小高い所へ移つて行つた。更に他の一つへ走つた。鶉の鳥がそのまろい姿を地面から現はして、鋭く啼きながら飛んで行つた。あとからも立つのを見た。

 

 この見ごとな野原の一端に出て來て、野を見、山を仰いだ私は一時まつたく茫然としてしまつた。そしてその時間が過ぎ去ると更にまた新しい心で眼前の風景に對した。海中のうねりにさながらの野原のうねり、その無數のうねりをなす圓みを帶びた丘のうちで、どれが最もすぐれて高く且つ見ごとであるかを眼で調べ始めた。そして、やがて脱兎のごとく最初に立つた一點から走り出した。

(27) どの丘が一番高いといふことは、謂はゞ不可能のことであつた。眼《め》分量で計つて認めた一つの高い丘へ馳け上つて見ると、更にまたそれより高い樣な丘がその先にあつた。二つ三つと馳け廻つた後、私も諦めて或る一つの丘の上にどつかりと身對を横たへてしまつた。柔かな草の上に仰向けにころがると、富士は全く私の顔を覗《のぞ》き込む樣にして眞上に近く聳えてゐるのであつた。そして其處から正面に見ゆる山腹に刳《ゑぐ》つた樣な途方もなく大きな崩壞の場所が見え、その崩れた下の端に鳶の喙《くちばし》に似た恰好をして不意に一個所隆起してゐる所が見えた。即ち寶永山である。刳れた場所は或る頃の噴火の痕《あと》で、その時噴き出されたものが凝つてこの寶永山を成したのだといふ。

 富士の山肌の地色の複雜さを私は寢ながらに沁々《しみじみ》と見た。遠くから見れば先づ一色に黒く見ゆるのみであるが、決して唯の黒さでない、その中に緑青《ろくしやう》に似た青みを含み、薄く散らした斑《まだ》らな朱の色も其處らに吹き出てゐる。黄もまじり、紫も見ゆる。そして山全體にわたつて刻まれた細かな襞が、襞に宿る空の色が、更にそれらの色彩に或る複雜と微妙とを現はしてゐるのである。富士山は唯だ遠くから望むべきもの、ことに雪なき頃のそれは見る可《べ》からざるものといふ風に思つてゐた私の富士觀は全く狂つてしまつた。要するに今日までは私は多く概念的にこの山を見てゐたのであつた。けふ初めて赤裸々なこの山と相接して生きものにも似た親しさを覺え始めたの(28)である。一種流行化したいはゆる『富士登山』をも私は忌み嫌つて今まで執拗にもこの山に登らなかつたが、斯うなつて來るとその考へも怪しくなつた。早速來年の夏はあの頂上まで登つてゆきたいものだなどと、鮮かに晴れた其處を仰いで微笑せられた。

 寢轉んでゐる芝草の中に六七寸高さの純白な花の群りさいた草を私は見附けた。何處となく見覺えのある草花である。摘み取つて匂ひを嗅ぎながら思ひ出した。俗にせんぷりと稱《とな》へ、腹痛の藥になると云つて幼い頃よく故郷の野で摘み集めた草であつた。見れば其處らに澤山さいてゐる。珍しさや昔戀しさに私はそゞろに立ちよつてそれを摘み始めた。芒や松蟲草などの蔭に、ほんとに限りなく咲き擴がつてゐるのであつた。

 をり/\鶉が飛んだ。じゆつ/\、じゆるん/\といふ風の啼聲をば初めから耳にしてゐたのであつたが、草から出て飛ぶのを見るまでは何の鳥だかはつきり解らなかつた。一つの丘からまひ立つては直ぐ近くの芒の中にまひ下る。見れば誰一人ゐないと思つた野原の中にも矢張りそちこちと人影が見えるのであつた。遠くの丘の頭などに馬の立つてゐるのも見ゆる。人は多く芒を刈つてゐるのであつた。大きな鎌を、遠くから見たのでは自身の身體よりも大きい樣に見ゆる鎌を兩手に振つて、振子の動く樣な姿で刈つてゐるのである。或る所をば荷馬串が二臺續いて通つてゐた。白い芒の中から現れてはまたその波に隱れてゆく。さながらに沖に出てゐる小舟の樣な(29)ものであつた。

 せんぷり草はいつか兩手に餘るほどになつた。いつ何處に生れたともない微かな白い雲が空に浮んでは富士の方に寄つて來て、またいつとなく消えてゆく。丘から丘に歩いてゐるうちに私の心は次第に靜かに、次第に寂しくなつて來た。あたりに輝く芒の穗も、飛んでゐる鶉も、いづれも私の心に今までにない鮮かな影を投ぐる樣になつた。歩くのが苦しく、私はまた一つの高みの上に坐つてしまつた。が、永くは坐つても居られなかつた。そして賢くも最初目標としておいた野の端の杉木立の方へいつとなく私は小走りに走つてゐた。心のうちで、または口に出して、『左樣なら、左樣なら』と言ひながら、今はまさしく西日の色に染まりつゝある野の中を極めて穏かな心持で小走りに走つてゐた。

 一里餘りを急いで先刻の茶店まで歸つて來ると、老婆は居ずに圍爐裡の榾火が僅かに煙つてゐた。急に寒さを覺えて、勝手口から新しい榾を運びながら草鞋もまだとらぬまゝに圍爐裡に足を踏み込んだ。そしてとろ/\と火の燃え出すのを見て、仰向けに疊の上に寢てしまつた。軒さきには例の富士が眞赤に夕日を浴びて聳えてゐるのだ。

『もぎたてをお前に喰はすべいと患つて玉蜀黍を取りに行つてたゞアよ。』

 と言ひながらまだうす青いそれを抱へて丸い樣になつて老婆が何處からか歸つて來た。

(30) 何とも云へぬうまいものに燒きたての灰だらけの奴を噛りながら、

『お婆さん、これをさかなに一本熱くしてつけて呉れ。』

 と甘えて言ふと、

『どうせ泊るだら、まア草鞋でもとつてから飲んだ方がよかんべいによ。』

 といふ。

 足を洗ひに背戸の方へ出てゆくと、うすら寒い夕日がそこにも射してゐた。そして親指ほどの大きさの赤い色をした見馴れぬ豆が乾してあつた。名を訊くと、聞いたこともない名であつた。

『喰べたいなア、直ぐこれを煮て貰へないかなア。』

『うまくも何ともねヱだよ。』

 と言ひながら早速それを鍋に入れて圍爐裡にかけて呉れた。私がせつせと榾をさしくべてゐると間もなくその鍋の蓋はごと/\と音を立てゝ泡を吹き出した。

 そこへ平べつたい箱を二つづゝ重ねて天秤で擔いだ五十歳ほどの男が西の坂から登つて來た。

『おばア、今日は生魚だよ、どつさり買つて貰うだ。』

 爐端の私を不思議さうに見ながらその魚賣は家に入つて來た。丁度私の頼んだ酒を徳利に移してゐた老婆は振り向きもしないで、

(31)『生魚《なまうを》はおつかねヱからおらやアだよ。」

 と素つ氣もなく言つた。

『馬鹿言ふでねヱ、下田から發動で持つて來たばかりの奴を擔いで來たゞによ、まだぴん/\跳ねてらア。』

 老婆はのそり/\と石段を降りて行つた。私も横になつたまゝ背伸びをして老婆のあけた箱を覗いて見た。中には小鯵と大きな鯖とが入つてゐた。

『小鯵を十も貰つとくべヱ。』

 と老婆は片手に掴んで入つて來た。これが伊豆の下田の沖でとれたものかと思ふと、その枯木の樣な指の間に見えてゐる青い小魚が私には何だか不思議なものゝ樣に眺められた。

『鯵ぢァつまらねヱ、鯖を頼むだよ、八疋持つて來た奴がよ、まだ一疋も賣れねヱだ。』

 魚賣は慌てゝ飛んで降りて自分で鯖を捏げて來た。然し、『鯖はおつかねヱ、おらやアだ。』とばかしで老婆はどうしても買はうと言はなかつた。初め八貫と言つたのを七貫五百から七貫にするとまで言つたが矢張り買はなかつた。

『僕の方で買はうか』と私も餘程言ひたかつたが、何だか老婆の氣が量《はか》られて言ひ出しにくかつた。見たところ、喰ひたくもないものではあるが、この年寄の魚賣もあはれであつた。何處から(32)來たのか知らないが、とにかく五六里の山坂を擔ぎ上げて來たのである。

『此處の奥の谷によ、××の山の衆が來てゐるだで、彼處に把持つて行くがいゝだ、彼處ならおめえの言ふ値で買ふによ。』

 と老婆は早速鍋の豆を皿にとつてその小鯵に代へながら言つた。

『さうかネ、をれならまア行つて見べえ。』

 と出て行つた。

 私の一本の徳利がまだ終らぬ頃にその魚賣は歸つて來た。

『やんやらやつと二本だけ押し込んで來た。』

 と笑ひながら一服吸つて、小鯵の錢を受取つてまた坂道を降りて行つた。

 やがて四邊《あたり》がうす暗くなつても老婆はなか/\洋燈《ランプ》をつけなかつた。寒さが次第に背に浸みて來るのに戸も締めなかつた。富士の頂上のみはまだ流石に明るくうす赤く見えて、片空に夕燒でもしてゐるらしい風であつた。この分では明日もまた上天氣に相違ないと私は思つた。

 大きな男がのそりと入つて氣て、

『おばア、酒を一升五合がとこ何かにつめてくろ。』

 と、噛みつける樣に言つた。老婆がうろたへて空壜を探し出したり洗つたりしてゐる所へ、急(33)にズドンといふ銃の音がツイ十間とも離れてゐぬらしい所へ起つた。そして間もなく銃と一羽の鷄とを提げた大きな男が同じくのそりと入つて來た。

『ハレマア、お前ちは鯖二疋ぢア足りねヱのかえ――』

 と、それを見た老婆は驚いて腰を伸しながら叫んだ。

 二人の大男が出て行つたあとに酒を二合呉れ醤油を一合呉れといつて汚い女房や小娘が三四人もやつて來た。丸くなつて動いてゐる老婆にはせつせと私の焚く榾火の影が映つて、いつか軒端の富士もうす暗くなつて來た。そこへまた今度は山戻りらしい老爺が入つて來て、立ちながらコップ酒を飲み始めた。初め私を憚つてゐたらしいが、漸く洋燈を點《とも》しにかゝつた老婆が一二度聲をかけると、やがて彼は私に挨拶しながら圍爐裡に草鞋を踏み入れた。その頃、私の徳利も三本か四本目になつてゐて、かなりにもう醉つてゐた。で、老爺のコツプの空《す》くのを待つて私の熱いのをついでやつた。そのあとにまた一人、同じ樣なコツプ酒の男が來て――彼等はこれを毎日の樂しみとしてゐるらしかつた――それも同じぐ圍爐裡に並んだ。そのうちに晝間の竹細工屋が裾長く着物を着てにこ/\しながら入つて來た。

 

 十月十一日 快晴

(34) 眞暗な闇の中に眼の覺めた時は、惡酒の後の頭の痲痺で一切前後の事が解らなかつた。何處に寢てゐるのかも、どうしてゐるのかも一向に解らなかつた。用便を催して眼が覺めたのであつたが、それすらどうして果していゝか解らなかつた。そのうちに雨戸の節穴らしい明るみが眼についた。それで漸く昨夜自分の泊つた場所と事情だけは解つた。とりあへずその節穴をたよりに起き出して、手さぐりに雨戸をあけた。

 戸外は月かとも思はれる星月夜であつた。或は月が何處かに傾きながら照つてゐたのかも知れぬ。眼の前の笹の山から空にかけてくつきりとよく見える。そして骨にしみる寒さである。用便を濟まして雨戸をそのまゝに床に來てみると、枕許には手燭も水も置いてあつた。灯を點けて時計を見ると丁度二時半であつた。續けざまに氷つたやうな水を飲んでゐると、老婆が次の間から聲をかけた。聞けば、昨夜竹細工屋の來たのを最後に私の記憶は切れてゐるのであるがその後また一人村の男が加はつたのださうだ。そして老婆の止めるもきかずにそれらの人に酒を強ひて、果ては皆醉拂つて自身初め他の人まで唄など唄ひ出したのださうだ。そのうちに自分は足を榾にかざしたまゝそこに眠つたのを竹細工屋が抱いてこの床の上に連れて來たのだといふ。

 三時を過ぎると老婆も私も起き上つて爐に火を作つた。そして、お茶代りにまた一本つけて貰つて、老婆と話しながらちび/\と飲んで夜の明けるのを待つた。昨日の夕方煮て貰つた豆が今(35)朝はしみじみとうまかつた。二つかみほど分けて貰つて持つて歸ることにする。漸くほの/”\と明るんで來るのを待つて老婆は通りに向つた戸をあけた。冷たい空に富士はいち早く明けてゐた。全く、拜み度い日和である。

 老婆に別れてその十里木の里を出た。まだ何處でも眠つてゐた。總てゞ十七戸あるといふその村も見たところではほんの七八軒にすぎぬ樣にしか見えなかつた。他は大方掘立小屋に近いもののみであるのだ。富士に日のさして來るのを樂しみながら、自から小走りになる坂道を面白く下つてゆく。道は富士と愛鷹との間の澤を下るのだが、昨日より谷あひが狹かつた。露を帶びた芒の原では鶉が頻りに啼いた。

 一里ほど下つたところに十里木より少し大きい部落があつた。世古辻《(せこのつじ》といふ。そこからはもう駿河灣の一部が望まれた。そして靄に眠りながらそのあたり東海道の沿岸が見えて來ると、僅か一日か二日あゝした處を歩いて來た後でも言ひ難い嬉しさが湧いて來て、漸く心の安堵するのを覺えた。

 そこから吉原に下るのが最も近く道もよいのださうだ。餘程さうしようかと考へたが、矢張り初め考へた通り、そこから斜めに見渡さるゝ裾野を横切つて大宮町に降りてゆく事に決心した。四里あまりあるといふ。

(36) それから四時間ばかり、殆んど淺い森の中を歩いた。折々仰いで見る富士の形も次第に變つて、一二度ならず道をも違へた。道と出水のあとのかさな谷とがすべて白茶けた小石原となつてゐてどれがどれだかよく解らないのである。よく/\迷つて來れば何はともあれ左手に降りてゆきさへすれば開けた所に出られるといふ心があるので、迷つたのも構はずに歩いたりした。灌木林が盡き、杉林となり、桑畑となり、やがて茶畑となる頃になつて初めて人家を見た。その邊一帶の裾野はいま頻りに開墾中だとのことで、家のない前科者や、トロール船に追はれて生計を失つた小さな漁師たちが寄つて一つの部落を成しつゝあると聞いてゐたのであつたが、通りがゝりにはそれらしい所も見えなかつた。たゞ、或る村を通りかゝると路傍に小さな小學校があつてその門札に何々村開墾地分教場と記してあるのを見た。教場と同じ棟の端に先生の家族の居宅が設けられて、生徒の遊んでゐる庭に張物の板の乾してあるのなどは、自分の生れた村の學校などが思ひ出でられて可懷《なつか》しかつた。村は極めて直線的に斜めに傾いた大平野の一點に當つてゐて、そこからは斜め上に富士が見え、斜め下に駿河灣が見下された。

 その邊に来ると宿醉《ふつかよひ》と空腹と惡路とにすつかり勞れ果てゝ、脚も痛み、時々氣の遠くなるのを覺えた。大宮の町に降りたらば早速旅館兼料理屋といふ風の家を探してとにかく大いに喰ひ飲み且つ一睡りしたいものと咽喉を鳴らしながらふら/\と急いだが、なか/\にはかゞ行かなかつ(37)た。富士は微笑んだ樣に大きく高く眞上に聳え、遙かの麓の平野にはその大宮の町がいつまでもほの白く小さく見えてゐるのであつた。

 

(38) 溪より溪へ

 

 四月六日

 熊谷で乘換ふべき秩父鐵道の發車時間がこの四月一日とかから改正されて、一時間あまり待たねばならぬことになつてゐた。で、驛から近くの土堤に出て見る。

 櫻が大分色めいてふくらんでゐた。しつとりと雨氣をふくんで垂れ下つた大空の雲の下だけに一層そのうす紅が鮮かに眼に沁《し》みた。この土堤の櫻は大抵が、みな重々と枝を垂れて、枝いつぱいにうるほひのある大きな蕾を持つてゐるさまは却つて滿開の時よりも靜かでいゝと思つた。花を見るとも見ぬともつかぬ人たちがめい/\に傘を持つて堤のうへを往來して居る。私もふら/\と櫻の木の盡きるはづれまで歩いて行つた。そして、川原に降りて砂のうへに暫く腰をおろす。

 眼のまへの廣々した川原から、その向うに續いた平野、それらの涯を限つてずつと低く山脈が垣をなしてゐる。山には一帶にほの白い雲が懸つてゐた。ずつと遠くの、見覺えのある越後境あ(39)たりの高山には却つて淡い夕日が射して、そこの殘雪を照らしてゐた。近々と雲の垂れた空にはしきりに雲雀が啼いて、廣い川原には砂を運ぶトロが何かの蟲の樣にあちこちと動いてゐる。

   乘換の汽車を待つとて出でて見つ熊谷土堤《くまがやどて》のつぼみざくらを

   雨ぐもり重きつぼみの咲くとして紅《あか》らみなびく土堤の櫻は

   枝のさきわれより低く垂りさがり老木櫻の蕾しげきかも

   蟻の蟲這ひありきをりうす紅《べに》につぼみふふめるさくらの幹を

   雨雲の空にのぼりて啼きすます雲雀はしげし晴近からむ

   まひ立つと羽づくろひするくごもりの雲雀の聲は草むらに聞ゆ

   身ふたつに曲げてトロ押す少年の鳥打帽につぼすみれ挿せり

   をちかたに澄みて見えたる鐵端の川下うすく夕づく日させり

 

 小さな汽車が寄居町を過ぎると、谷が眼下に見え出した。數日來の雨で、水量は豐かだが、薄く濁つて居る。青白く露出した岩床いつぱいに溢れて、うねりながら流れて居る。對岸の山腹には杉山とまだはつきりと芽ぐまぬ雜木林とが諸所に入り混つて、その間の畑の畔などに梅の老木とも彼岸櫻とも見ゆる淡紅色の花がをり/\眼につき、峰には雨を含んだ雲が垂れ下つてゐて、(40)いかにも春の夕暮らしい。

 波久禮、樋口、本野上などの停車場を過ぎる間、暫くけはしい溪に沿うてゐたが、やがて桑畑の中に入つて寶登山驛に着くと私は汽車を降りた。そして車中で聞いて來た溪喘の宿長生館といふに行く。藝者なども置いてある料理屋兼旅館といふので多少心配して來たのであつたが、部屋に通されて見ると意外にもひつそりしてゐる。障子をあけると疎らな庭木立をとほして直ぐ溪が見えた。荒々しい岩のはびこつた間に豐かに湛へて流れて居る。汽車づかれの身でぼんやり縁側に立つてゐると、瀬の音がしみ/”\と骨身に浸みて來た。

 湯を訊《き》くと、いまは客が無いので毎晩は立てずに居る、ツイ近所に親類の宅があつて其處に立つてゐるから案内しますといふ。二三丁の所を連れられて其處へ行く。少しぬるいから、とて茶の間の樣な部屋で待たされた。見れば三味線などが幾つも懸つてゐて、それらしい着物も散らばり、ちやうど夕暮時で若い女が幾人も出たり入つたりしてゐる。藝者屋だナ、と私は思つた。白粉くさい湯から出て、それでもほつかりしながら、宿屋の小娘の提げた豆提灯の灯影をなつかしく思ひつゝ泥濘《ぬかるみ》の道を歸る。初め通る時には氣のつかなかつた梅の花片が、泥濘のうへにほの白く散り敷いてゐるのが幾所でも眼を惹いた。

 廣い建物のなかに今夜の客は私一人であるのださうだ。飲まうと思つたゞけ酒を豫《あらかじ》め取り寄せ(41)て置き、火鉢に炭をついで自ら燗を爲ながらゆつくりと飲む。そして思ひがけなく久しぶりの旅心地になることが出來た。

 

 四月七日

 實によく睡れた。少し過ぎたかと思つた酒も頭に殘つてゐない。かつきりと眠が覺めると、枕もとのガラス戸ごしに、まだ充分明けきらぬ空が見ゆる。たしかに青みを帶びた空だ。この幾日、隨分と雨に苦しめられたので、眼のまよひかと思はれたが、確かに晴れてゐる。

 起き上つて縁側に出て見ると、矢張り晴れてゐた。まだ日の光のとほらぬ青空に風の出るらしい雲が片寄つて浮んではゐるが、實に久しぶりに見る爽かさである。少し寒いのを我慢して立つてゐると何處で啼くのか實にいろ/\な鳥が啼いてゐる。彼等もこの天氣をよろこぶらしい。そして昨夜とはまた違つた瀬のひゞきである。

   溪の音とほく澄みゐて春の夜の明けやらぬ庭にうぐひすの啼く

 

 宿の者の起きるのを待ちかねて顔も洗はず、一人川原に降りて行つた。宿のツイ下から長さにして約二三丁、幅五六十間の廣さの岩床が水に沿うて起り、二三間の高さで波型に起伏してゐ(42)る。その對岸はやゝ小高い岩壁となつて、其處に小さな瀧も懸つて居る。溪の水は濁つた儘かなりの急流となつてそれらの岩の間をゆたかに流れてゐる。此處がいはゆる秩父の赤壁とか長瀞とか耶馬溪とか呼ばれてゐる所なのである。唯だ通りがかりに見るには一寸眼をひく場所だが、そんな名稱を附せられて見るとまるで子供だましとしか感ぜられない。繊道經營者たちの方便から呼ばれた名稱でゞもあらうが、若しそれらの名からさうした深い景色を樂しんで行く人があつたとすると失望するであらう。私は先づ適當に豫期して來た方であつた。多少オヤ/\とは思つたが、落膽するといふほどでもなかつた。

 何よりうれしいのは此朝の靜けさであつた。朝じめりか雨の名殘か、うす黒くうるほつた岩の原に木や枝の形から粉米櫻に似た小さな白色の花が其處此處とむらがり咲いて、まだ日のささぬ間の春の朝の冷たさが岩の上から水のおもてに漂うて居る。對岸の斷崖を滴り落つる細い瀧のひびきが、遠近《をちこち》におほらかに滿ちてゐる川瀬の音のなかに濁り澄んでゐるのも靜かである。

   きりぎしの向つ岩根にかかりたるちひさき瀧のおとは澄めれや

 

 宿に歸ると部屋の掃除が濟んで、障子が悉く開け放つてあつた。朝日は私の部屋の眞向うの峰の蔭から昇るのである。峰の輪郭が墨繪の樣に浮いて、その輪郭に沿うて日光が煙の樣に四方の(43)空に散つてゐる。そして、程なく柔かな紅みを帶びたそれが、私の坐つてゐる縁側の柱の根にまで落ちて來た。縁は東に向ひ、南に向いては窓があつた。窓さきにはまだ充分に伸び開かない楓のわか葉がいよ/\柔く見えながらその鮮かな日光のなかに浮んで居る。まだ寂びの出ぬ新しい庭さきには荒い砂土のうへに蕗の薹が白い花となつて幾つも散らばり、海棠の花も昨日今日漸く咲いたらしい鮮紅なのが二三輪珍しい日光を吸つてゐる。漸く私の身のたけ位ゐのわか木の梅が二本、川原に下る崖の頭に褪せながら咲いて、あたりの濕つた地にいちめんに花びらを散らしてゐる。その梅の木の根がたに、恰度きら/\輝きながら豐かな溪のながれは眺められた。

   部屋にゐて見やる庭木の木がくれに溪おほらかに流れたるかな

   朝あがり霑《うるほ》へる庭に一もとのわか木の梅は花散らしたり

   朝づく日さしこもりつつくれなゐの海棠の花は三つばかり咲けり

   眞青なる笹のひろ葉に風ありて光りそよげり梅散るところ

 

 櫻の咲かうといふ季節に、實に根氣よく今年は雨が降り續いた。つく/”\それに飽き果てた末、何處でもいゝから何處か冷たアいところへ行きたい、さう思ひながら昨日の朝、まだじめ/\と降つてゐるなかを私は自宅を出たのであつた。そして友人を訪ねて、地圖を借りたり、行先(44)を相談したりして、兎も角も東京を離れて見度いばつかりに此處まで出て來たのであつた。今朝のこの晴、この靜けさは實に私には拾ひものゝ樣にも嬉しいのである。冷たいといふ感じには少し明るすぎもし、柔かすぎもするが、兎に角に難有い。

 まつ白な飯の盛られるのを見てゐたが、どうもそれだけ喰ふのが勿體なく、斯んな朝だけに醉つてはいけないと思ひながら私は酒を註文した。そして自身も、膳も朝日のなかにさらされながら、眩しい樣な氣持で私は思ひついたことがあつた。我等の歌の社中の一人で今度日本郵船會社の紐育支店詰になつて渡米する青年がある。それに何か餞別をしたいといふ樣な事からなまじな品物を贈るより、二人して何處ぞ靜かな所へ一泊位ゐの旅行をする方がよいかも知れぬと思ひ、その青年にも話して置いたのであつた。これは此處に遊ぶに限る、早速電報を打たうと思ひ立つた。そして女中を呼んで用紙を頼むと、この村では電報は打てないといふ。郵便局も無いのださうである。

 思ひ立つた事が齟齬すると何でもないことにもひどく心の平靜を失ふ性癖が私にはある。今朝もそれであつた。膳を下げさせて、また庭から川原に降りて見たが何となく眼前のものに先刻ほどの親しさが覺えられない。部屋に歸つて地圖をひろげながら、もう少し溪奥へ、三峰山《みつみねさん》のあたりまでも行つて見ようかと思つたりし始めた。それにしては少しゆつくりしすぎたが、兎に角秩(45)父町まで行つて見よう、都合ではまた今夜此處へ引返して來てもいゝなどゝ思ひながら、その宿を立ち出でた。

 汽車を待ちながら日のあたる停車場の構内をぶら/\してゐると、風の出るらしい雲も次第に四方の峰々に下りて行つて、多少の曇を帶びては來たが、うらゝかな日和である。このあたりは――秩父の盆地とでも云ひたい所であるが――何となく甲斐の平野に似て、やゝ小さい感じのする所である。溪の流域に沿うて狹い平地があり、その四方をさまで高からぬ山脈が赤錆びた色をして繞《めぐ》つて居る。甲斐ほどすべてが荒くないだけに落ちついた感じをも持つ。謂はゞけふの樣な梅日和によくふさふ國である樣に思はれた。梅といへば、小さな停車場の建物をとりまいて澤山の紅梅がさかりを過ぎたままいつぱいに咲き散つて居た。私一人の乘つた小さな車室にも柔かな日が流れてゐた。暫くまた溪に沿うて走る。ゆく/\其處此處と梅の花のみが眼につく。挑もあるが、これはまだ眞盛りとは云へない。東京と比べて季節の遲れてゐる事が解るが、眼前寒いなどゝは少しも思はれない。

   わが汽車に追ひあふられて蝶々の溪あひふかくまひ落つるあはれ

   山窪に伐り殘されしわか杉の森は眞青き列をつくれり

(46) 秩父町の停車場前の茶店に寄らうとすると恰も其處に一臺の馬車が出立しかけてゐるところであつた。そして三峰へ行くのなら早く乘れ、と私に聲かけた。好都合ではあるが、同じ行くにしても今日は私は歩き度かつた。迷つてゐると、早く行かないと泊る所も無くなるといふ。今日と明日とかゞ山の祭で縣知事の參詣もあるのださうだ。それと聞くと私はまた落膽《がつかり》した。そして喜んだ、早く此處でそれと聞いてよかつた、向うへ行つてさうした場合に出會つたのでは嘸ぞ困つたらうと思へたからである。手を振つて馬車を斷り、茶店に寄つた。

 地圖をひろげながら、私は餘り苦しまずにまた新しい行程を立てた。三峰行の代りにこの内秩父から外秩父の飯能町に出るか、若しくはもう一つ向うの青梅《あうめ》地方に出ようといふのである。いづれにしても一つ乃至二つの峠を越さねばならぬ。茶店の老人を相手にいろ/\考へた末、道も細く山も險しいといふ妻坂峠を越えて名栗川の方へ出る事に決心した。そして明日は一つ小澤峠を經て多摩川の岸に出ようと。さうなると少しも時間が惜しいので、急いで辨當を拵へて貰ひ二合壜や千柿などをも用意してあたふたと其處を出た。

 素通りでもして見たいと思つた秩父見物を諦めて停車場横から直ぐ田圃路《たんぼみち》に出た。耳につくのは梭《ひ》の音である。町はづれの片側町の屋並から、または田圃の中に立つ古びた草屋から、殆んど軒別に機を織るその音が起つて居る。男女聲を合せて何やら唄つてゐる家もある。幾らか曇りか(47)けた日ざしにも褪せそめた梅の花にも似つかはしいその音色である。それに路傍の水田から聞えて來る蛙もまたなつかしかつた。小さな坂を登るとうす黒くものさびた秩父の一すぢ町がやゝ遠く見下された。

   秩父町出はづれ來れば機織の唄ごゑきこゆ古りし屋並に

   春の田の鋤きかへされて背水銹《あをみさび》着くとはしつつ蛙鳴くなり

   朝晴のいつか曇りて眞白雲峰にふかきにかはづ鳴くなり

   桐畑《きりばた》の桐の木の間に植ゑられてたけひくき梅の花ざかりかも

 

 茶店を出たのが十時半であつた。此頃あまり元気でもない身體にこれから峠一つを越えて夕方までに七里の道はかなりの冒險である。心細く思ひながら幼い興味に追はれて急いだ。一里ほど行くといよ/\路は右に折れて杉の深い峽間《はざま》に入込んだ。清らかな小溪が湛へつ碎けつして流れて居る。路は斷えずそれに沿うて登つてゆくのである。峽間の右手に武甲山といふ附近第一の高山が聳えて居る。地圖には千三百三十六米突の高さと出て居るが、頂上からは遙かに品川の海東京の市街が見えるさうだ。斑らに白く仰がるゝのは雪らしい。其處までも登つて見度い氣で急いだ。

(48) が、矢張り身體が駄目だ。二時間ほども登つて來るとびどく疲れてしまつた。そして頂上までは我慢しようと思つてゐた辨當を途中で開く事にした。十二時をば夙《と》うに過ぎてゐたのである。渓が或る場所で瀧の樣に落ちて來て岩と岩との間に狹いけれど深い淵を作つてゐる所があつた。岩と水との間に約三尺四方位ゐ眞白な砂が溜つて乾いてゐた。其處へ路から降りて行つて席を作つた。岩の蔭、岩の裂目、砂原の隅などにいちめんに土筆が萌え立つて居る。その間に蕗の花の白いのも見ゆる。岩の蔭に動いてゐる風は冷たいが、それでも薄い日が正面から射してゐた。實に心たのしく二合壜の口を開く。淵の水面に近く何やらの羽蟲が數多まひ交はしてゐる。それを目がけて小さな青笹の葉の樣な小魚がをり/\飛び上る。それをうつとりと身近に眺めながら冷たい酒を飲んでゐると、心が次第に暖く靜かになつて來た。飛沐《しぶき》を擧げて居る水のひゞきも何となくやはらかな思ひを誘ふ樣で、眼の前からすぐそゝり立つて峰まで續いてゐる眞青な杉の林も、狹間の空にほの白く浮んで居る雲の影も、みな靜かな明らかな春のはじめの調子をなして居る。

 砂のうへに置いた時計の針にせかれて、其處を立ち上る時はまつたく名殘惜しいおもひがした。一生のうち二度と此處に來べき自分でない、といふ樣なことなどまで涙ぐましく心の奥に思ひ出されてゐた。

(49)『左樣なら、左樣なら。』

 と口に出しながら、またうす暗い杉の蔭の路を歩き出した。ほどよい醉と、辨當の荷の減つたためにまた暫く元氣よく急いだ。

   下拂ひ清らになせし杉山の明るき行けばうぐひすの啼く

   つぎ/\に繼ぎて落ちたぎち杉山の峽間《はざま》の渓は遙けくし見ゆ

   岩がくれ落ち落つる水は八十《やそ》にあまり分れてぞ落つ岩あらき渓に

   めづらしき大木の馬醉木山渓の斷崖《きりぎし》に生《お》ひて咲き枝垂《しだ》れたり

   冬咲くはおほかた白く黄色なるもろ木の花の此處にまた咲けり

 

 武甲山の頂上に在るといふ武甲神社の一の鳥居の所までは殆んど杉の蔭のみを歩いて來た。路もぬかつてゐたが割合にいゝ路であつた。が、其處からは急に林が斷えて路幅も狹く險しくもなつた。今まで斷えずその側に沿うてゐた渓の流がその邊からは殆んど形をなさぬ程に小さくなつたことも何となくさびしかつた。今まで我慢しい/\履《は》いて來た日和下駄をぬいで、跣足《はだし》になりながら這ふ樣にして登る。いよ/\勞れて來ると、自分の知つてゐる唯一の藝である伊奈節を聲に出して唄ひながら登つた。その間がかれこれ十四五丁もあつたであらう。辛うじてその妻坂峠(50)の頂上に出る事が出來た。時計は三時であつた。

 頂上にはかなり冷たい風が吹いてゐた。遙かに遠くの空を限つて居る上州信州甲州あたりの連山には寂しい日の光の下にみな白々と雪が輝いて居る。眼の前には武甲山の尖つた蜂が孤立して聳え、その山とこの峠との間に見下される麓には秩父の平野が溪のなりに狹く遠く連つて居るのが見ゆる。峠の南面には名栗川の流域が樹木の深い幾つかの小山となつて、夕づきかけた日光にうち煙つて眺められた。この峠の高さは八百三十九米突あるのださうだ。

 下りは路はよかつたが、足の痛みは段々はげしくなつた。思ひもかけぬ山深い所に一軒家の樣な家があつて、路を訊くに便利であつた。

   菅山のいただき近く枯菅の枯れなびくところ岩が根の見ゆ

   春あさみいまだ芽ぐまぬとほ山の雜木の林見つつさびしき

   山深きかかる溪間に棲み古りて植ゑにし梅の花ざかりかも

 

 足の痛みに泣顔をしながら降りてゐると、思ひがけなく背後から來て聲をかける人があった。見ると夏のインバネスを羽織つた中年の紳士態の人である。彼も同じく秩父町から越えて來たのであつた。暫く話して行くうちに、私はこの人が今度この山の麓の名栗村の小學校から昨日私の(51)汽車で過ぎて來た青梅町の川向うに、二三里引き込んだ某村の小學校に轉任になつた校長である事を知つた。

『どうも秩父は不便な所でしてネ、此處から其處まで家財を運ぶにすべて東京經由にしなくてはならないのです。』

 といふ。成程さう聞くと大變なことである。確かに十倍か廿倍の廻り道をせねばならぬわけだ。それから種々と秩父に就いての話を聞く。この名栗川一帶は村としても財政が豐かで人情も厚いが、今度の轉任先は埼玉縣でも有名な人氣の荒い所だなどゝいふ話も出た。

 道連の出來たお蔭で割合に早く麓の村に出た。村に辿り着いた所に小さな小學校が建つてゐたが、其處に暇乞に寄ると云つて校長は別れて行つた。峠のこちら側もすぐと溪に沿うて下りて來たのであつたが、麓に着くとそれよりは大きな溪流が他の峽間から流れて來てゐた。即ち名栗川である。其處の岸には眞新しい材木が一杯積まれてあつた。其處此處の山から、また溪から持ち運ばれたものに相違ない。私はまた一人になりながらその溪に沿うて尚ほ三里ほどの道を歩かねばならなかつた。こちら側の溪間は内秩父の方より氣候も幾らか暖いとみえ、同じく到る所に見かけらるゝ梅の花があらかた既《も》う褪《あ》せてゐた。

   楢の落葉まだ散り殘る山かげの畠のくろに蟇《ひき》のなくなり

(52)   假橋のひた/\水にひたりたる板の橋わたり梅の花見つ

   谷の端《ハタ》褪せし老木の梅に隣り一もとの梅は眞さかりにさく

   春立つとけしきばみたる磐蔭の裸木の根を水の洗へり

   岩ばかり土の氣もあらぬ溪合の岩のうへの木芽ぐみたる見ゆ

 

 午後七時、名栗街道から三四丁折れ込んだ峽間の杉山の蔭の鑛泉旅館に漸く辿り着くことが出來た。その時はもう階子段を上るにも手離しでは登り得ぬ程疲れてゐた。

 

 四月八日

 今朝の眼覺にもさやかな溪の音が聞えてゐた。天氣を氣づかひながら床から出て窓の雨戸をあけて見ると、雲は深いが降つては居らぬ。戸をあけたまゝまた暫く床に入ってけふの事を考へる。大きな杉の生《お》ひ茂つた小山の峰が寢ながらに見えて矢張り靜かな旅心地である。

 昨日の豫定では今日は此處から小澤峠を越えて多摩川の上流に出る筈であつた。が、もう昨日だけで山みちは澤山である。珍しいランプの灯を枕もとに仰ぎながら睡れもせぬ程昨夜は疲れ過ぎてゐたのであつた。足も痛い。いつそ今日は此處でゆつくりと休んで、明日の氣持で多摩川へ(53)なり、また名栗川に沿うて飯能へなり出る事にしようときめた。

 やがて日が薄らかに射して來た。藪鶯がしきりに啼く。八時になると湯が沸いた。ラヂウムだといふ事で、リウマチによく利くさうだ。唯だ、小ぎたないのに弱るが、斯うした鑛泉の常だと思へば濟むわけである。宿の前をさゝやかな溪が流れ、岸に竝べて植ゑられた紅梅の花が斷間なくその淺瀬に散つてゐる。私の泊つたのは名栗館といふので、其處から三四丁杉の峽間を奥へ入るともう一軒湯基館といふやゝ大きい宿屋があるがいまは休業してゐた。その邊まで散歩をしたり、歩き/\書きつけて來た一昨日からの歌を見直したりしてゐるうち晝になつた。

 晝前から少し催してゐたが、正午になると村の人たちらしいのが大勢繰り込んで來た。それら老若男女が湯殿で騷ぐ、座敷で騷ぐ、小さな疎末な宿屋がめき/\いふ程騷ぐのである。

 そして中の若者が、お釋迦樣さへ甘茶にだまされまつぱだかといふ樣な唄を呶鳴るのを聞いて思ひ出すと、けふは四月八日である。道理でこの休日を彼等は斯うして騷がうといふのだ。

 また豫定を變へて私はその宿を出た。とても彼等とおつきあかが出來さうにないからである。そして痛む足を引きずり/\四里の道をずつと名栗川の岸に沿うて飯能町まで歩いた。難有いことに日は次第によく晴れて、路傍到る所につき坐つて休んでも惡い心地のせぬ麗日となつて呉れた。

(54)   何やらむ羽蟲の群のまひむれて溪ばたの梅の花につどへり

   白梅の老木の花はあらき瀬のとびとびの岩に散りたまりたり

   ひろき瀬の流れせばまりしらじらと飛沫《しぶき》うちあげ山の根をゆく

   清らけき淺瀬ながらにうねりあひて杉山の根に流れどよめり

   白々と流れはるけきすぎやまのあひの淺瀬に河鹿なくなり

   杉山に檜山まじらひ眞青くぞ花ぐもり日をしづまりて見ゆ

   草の芽を口にふくみてわが吹ける笛のねいろは鵯鳥《ひよどり》の聲

   ところ/”\枯草|生《お》ふる春の日の溪の岩原に鶺鴒の啼く

   谷堰きて引きたる井手の清らかに流れつつ啼く蛙は聞ゆ

   蛙鳴く田なかの道をはせちがふ自轉車の鈴鳴りひびくかな

   黒々とおたまじやくしの群れあそぷ田尻の水は淺き瀬をなせり

 

 七時發の終列車に漸く間に合ひ、池袋を經て家に歸つた。勞れ切つて歸つた身に、妻の顔が明るく映つた。

 

(55) 四月九日

 朝、眼がさめて机の側の窓をあけるとツイ眞向うの櫻の大木が、二三日溪から溪を廻り歩いて來た間に實にうらゝかに咲き垂れてゐた。


(56) 落葉松林の中の湯

 

 信州星野温泉は淺間山の南裾野一帶にひろがり渡つてゐる落葉松林《からまつばやし》の端の方、信越線沓掛驛から北へ二十町ほど入り込んだ所にある。落葉松林の奥から流れ出た溪流に沿うて温泉宿が唯だ一軒あるのみだ。輕井澤驛からこの邊にかけては信州のうちでも最も寒氣が烈しいと云はれてゐる處だけに、殆んど夏場のみを目的に經營せられてゐる樣なもので、私が初めてその名を教へられて出かけて行つたのは今年の十月末であつたが、ひよつとするともう休業してゐるかも知れぬからよく沓掛で樣子を訊いて入り込むがよいと言はれた程であつた。温泉と云つても湧き出した湯の温度が低いために火を焚いて温めてゐるのだ。行つてみると休んではゐなかつた。雪が積つても休まないさうである。その頃は恰度農閑季に入るので附近の農夫達でもやつて來るのであらうと想像された。湯は胃腸によく利くと云ふ。

 注意せられた通り沓掛驛で降りると直ぐ驛員に同温泉の事を訊いて、では汽車ごとに其處から馬車が來てゐる相だが、と更にたづぬると若い驛員は笑ひながら、いゝえそれは夏だけのことで(57)すと答へて歩み去つた。馬車どころか近所を探しても人力車一つ無かつた。爲方なしにやゝ大型なトランクを提げて昔は中仙道でもやゝ著名であつたその沓掛の寂びはてた宿場を出はづれると、路は玉菜の作つてある畑を過ぎて直ぐ落葉松の間に入つた。十月の末、この邊のこの樹木は半ば既に落葉してゐる。散り殘りのその黄葉《もみぢ》もすつかり褪せ果てゝ、眞直ぐな幹と細かい枝とがはつきりと見透され、廣い林の中も極めて明るい。その奥にこの宿場の飲食店の酌婦らしいのがただ獨りで腰を屈めて頻りに何かあさつてゐた。茸らしい。先刻通りすぎた或る家の前にも蓆一杯に小さなしめじが乾されてあつた。泥濘の乾き切らぬ路にはこまごました落葉が眞新しく散り敷いてゐるのだ。

 ツイ右手に起つて居る溪の響をなつかしく聞きながら、午過から照り出した薄暖い日光を背に受けてぼんやりと歩いてゐると、間もなく林を拔けた。其處に一軒の茶店があつて、庭の隅に一臺の俥《くるま》が置いてある。聲をかけると内儀らしいのが此方には返事をせずにあらぬ方を向いて何か言つた。すると一人の若い男がその茶店の一部になつてゐる鍛冶場の奥から出て來た。爲事を爲てゐたと見え、手には何か光つた金屬の棒を持つてゐた。私等(私は若い學生を一人伴つてゐた)を見るといかにも在郷軍人らしいお辭儀をしてやがてその俸を持つて來た。一臺きり無いので學生は遲れて歩かなくてはならなかつた。もつとも荷物さへ無くば私でも歩き度い日和なり路(58)なりではあつたのだ。

 俥はすぐ溪に沿うた。溪の向うは例の寂びはてた廣大な落葉松林で、白々と石の露《あらは》れてゐる其處此處には枯薄が叢を作つて、その蔭からこの蔭へと眞白な水泡《みなわ》をあげながら氷つた樣に流れて居る。ああ久しぶりに聞くその寒い、ほしいまゝな水のひゞき!

 

 さうした覺束ない寂しい場所を選んだのは、其處にひつそりと籠つて是非この十日ほどの間に爲《し》上げねばならぬ或る爲事《しごと》を持つてゐたからであつた。それに温泉場ならば此頃また起つて居る持病の痔の痛みを我慢するにも都合がよいといふ理由もあつた。で、其處がよし休業してゐないとしても、その温泉宿の模樣がこの目的に添はぬ樣ならば直ぐにも其處を出て他の場所、更に靜かな温泉場を選ぶつもりであつたのである。二階の部屋に案内せらるゝと直ぐ私は坐りもせずに一方の窓の障子をあけてみた。落葉松が十本ばかり、ツイ軒さきに沿うて寂然《じやくねん》と立つてゐる。それの落葉は障子の根方から板屋根いちめんにまで褐色鮮かなまゝに散り渡つてゐる。その木立を透いて溪の枯薄原が見え、木立の上には早や夕づいた山の雲が寒い紅色を宿して澱《おど》んで居る。一方の窓を引きあけると例の溪の水が小さく寄り合ひながら白々と流れ下つて、向うの山腹には夕日の影が黄葉を染めて漂つて居る。

(59) 其儘窓に腰かけて何といふ事なく頭痛に似た疲勞を覺えて居ると、その夕日の射して居る邊に啼く樫鳥の聲が烈しく溪を越えて聞えて來た。相距てゝ啼くらしい幾羽かの鳥の烈しい聲と水の響とのほか唯だはつきりと寒さが身に浸みるのみで、何の物音も何の人聲も聞えて來ない。

『これはいゝ所だ、ねエ君、此處に定《き》めませうよ。』

 私は遲れて着いた學生の顔を見るなり眠が覺めた樣な氣で斯う呼びかけた。彼も出來たら短い小説なり書いて行きたいと言つてゐたのである。

 私の樣な怠け者が早速その翌日から爲事《しごと》にかゝつた。東京ではその頃馬鹿に雨が續いて、現に信州へ向けて立つて來る朝までもじめ/\と降つてゐた。それが碓氷《うすひ》を越ゆる頃から晴れて滯在中大抵はよく晴れてゐた。初め一方の窓の障子にあたつてゐた日光はやがてまた他の一方に移つて、折々窓をあけてみると溪の流は眩い樣に終日光り輝いてゐるのだ。勞れると湯に入つた。湯は朝の八九時頃から沸いて、時に熱かつたりぬるかつたりするが、とにかく大變に温まる湯である。湯殿が廣くて明るいのも氣持がよかつた。季節だけに湯治の客と云つても二三囘やつて來た團體を除いて常の日は私等のほかに三人ほどしかゐなかつた。

 湯から出て來て專念に筆を執つて居ると、何處でかよく冴えた音いろでかすかにかん/\、(60)かん/\といふ風な音が聞ゆる。幾度も重なるので氣をつけてみると日があたつて張り切つて居る障子からその音は出て來てゐる。筆を持つたまゝぢつと見てゐると、それは庭の落葉松の落葉が風に吹かれて飛んで來てはその障子にあたつて音を立てゝゐるのである事が解つた。思はず立ち上つて障子を開くと、それこそほんとにちひさな生きものゝ樣に群つてたけ高いその梢から枝のさきからいつせいに散りなびいてゐるのであつた。

 

 東南に溪をめぐらしたその宿の北には小さな岡がある。例により全部落葉松のみが生えてをる。散歩に出るには初めの日に通つて來た樣に溪に沿うて沓掛の方へ出るか、またはこの岡を越えて更に無限に打開けた裾野の林の中に入り込むかするよりほか行く處がない。餘りの麗かな日光に誘はれて或る午前私等は庭の大部分を占めて居る廣い池の側を通つてその岡へ登つて行つた。岡には落葉松の間に宿の別莊風の家が三四軒立つてゐる。雨戸はみないづれも固く閉されてあるのだ。庭木として植ゑられた楓が濡れた紅ゐを湛へて寂びはてた庭のうへに散りみだれてゐる。石とも土ともつかぬ火山性の白茶けた土地のうへに散つてゐるだけにことにそれが眼に立つ。が、その楓も私等の行つた初め二三日の間だけが盛りであつたらしく、やがて惶しく散り失せてしまつた。

(61) 岡の背を超すとそれらの別莊と一寸建て樣の違つた一つの建物があつた。半分は和風、半分は洋風に建てゝある。見るともなく見ると門標に「山本畫室」としてある。少からず私は驚いた。友人山本鼎君の畫室が沓掛の附近に出來てゐるといふ事を聞いてはゐたが、思ひもかけぬ斯んな場合に見出さうとは思はなかつた。間違ひもなく見馴れた彼の筆蹟である。それを見てゐると、行違つて二三年も逢はずにゐる友の顔がまさしく其處に見える樣にも感ぜられて來た。雨戸は此處も閉されて川原の樣なその庭には側の林から吹き送らるゝ落葉松のおち葉が一面に散り敷いて、矢張り其處にも一本|眞紅《しんく》な楓が立つてゐた。

 林のなかに入つて行くと、今更の樣に今日の靜けさが身に浸んで來る。やゝ疎らになつた林の梢からはそれこそ誠に靜心《しづごころ》なく例のこまかい黄色い木の葉がはら/\はら/\と散つてゐるのだ。幾年かの間に散り積つた松葉のうへにいかにも匂ひ立つ樣に鮮かに散り重なりつゝあるのである。耳を澄せば散り合ふ音が何處といふことなしに林のなかに起つてゐるのが感ぜらるゝ。さうして、その落葉朽葉の薄れた邊に小さな茸が生えてゐる。たゞの白茶色のしめじと黄しめじとがとび/\に生えてゐる樣だ。その小さな茸の濕つた圓味のある笠のうへにもまた落葉松の葉は散り渡つてゐる。

 ぼんやりとその落葉するさまを見上げて立つてゐると、一寸には氣のつかなかつた松毬《まつかさ》より一(62)層小さいぼどの鳥が、ちい/\啼きながら葉の散る枝から枝を飛んでゐる。山雀《やまがら》らしい。氣がつけば其處にも此處にも殆んど林全體に渡つて細い澄んだ聲で啼き交しながら遊んでゐる樣だ。

 その岡の小さな林を通り拔けると其處には意外な大きい道路が通じてゐた。まだ最近開かれたらしく、後で聞いて知つたがそれは昨年あたりから着手せられた千ヶ瀧遊園地といふのゝ爲に設けられた道路なのだ相だ。その道ばたから眞正面に淺間火山が仰がれた。まる/\と高まつて行つたその山嶺にはその朝極めて微かの煙しか認められなかつた。しかもいつもの樣に白々と立ちのぼる事をせず、うらゝかに射した日光の下にやゝうすい紫を帶びた黝《くろ》さをもつて僅かの山の窪みを傳ひながら其處に纒《まつは》り澱《おど》んで居る。山の八合目あたりから下は一帶に植林地帶らしい褪《あ》せはてた黄葉《もみぢ》の原となつてゐる。

 道路を踏み切つて少許の荒野があり、それを過ぐるとまた例の林となつて居る。しかも既う何處まで行つても盡きさうもない深いそれとなつてをる。其處の縁の日向に遊んでゐると突然一疋の犬が馳け寄つた。そのあとから豫想の通り獵服の男が出て來た。雉子三羽と山鳩を二三羽打つて居る。二三服煙草を吸ひながら彼は立話をして行つた。

『どうも見ごとな落葉ですね。』

 私は又しても耳に入る林一帶のその微かな音色に心を取られながら彼に言つた。

(63)『えゝ今日はまだ風が少いからだが、少しひどい日に林の中を通つてゐると、まるで先の見えない位ゐ散つて來る事がありますよ、吹雪と同じです。』

 雉子の多いことだの、今年はさほどまだ寒くないことだの話してゐるうちに、犬は何か嗅ぎつけたと見え、烈しく尾を振りながら林沿ひの雜草の中へ馳け入つた。

 

 千ケ瀧遊園地といふへも或日行つてみた。この遊園地の目的は夏の避暑地を作らうといふのである。ツイお隣の輕井澤にも劣らぬ立派な處にしようといふ意氣込で着手したのだといふ。落葉松林の一部をやゝ薄くして、その林の中にとび/\に小さな貸別莊が幾つとなく建築せられつゝあつた。既に立派に出來上つてゐるのもある。来年の夏までには是非五十軒とか八十軒とかを作りあげる事になつてゐるさうだ。ずつと奥の方に溪に臨んで建てられて青く塗られた倶樂部と呼ばるゝ家などはなか/\立派なものらしかつた。

 遊園地の中央ほどに出來てゐる共同浴場も變つてゐる。其處此處に雪白な白樺の幹の立ち混つてゐる落葉松の林の中に玄關などには大理石を用ゐた小綺麗な建築で、内部には脱衣室と浴室とがあるきりで番人とてもついて居ずがらん洞だ。浴室は三面廣やかな明るい硝子張となつて居り、湯に浸りながら飽くなく林の風情を眺めらるゝ趣向になつて居る。私等の入つてみた時には(64)現に程よく湯が沸いてゐて、入浴隨意といふのだが、あまり明るすぎ、靜かすぎて、一寸裸體になる勇氣がなくて終つた。いま一つの特色はこの浴場には火を焚く場所がないといふ事だ。それは浴場から一町ほど離れた上手に釜を置き、其處で沸して地中をこちらに送る樣になつてゐるといふ。

 その日の歸り、極めて僅かの傾斜を持つた野のずつと下手の方から附近に似合はしからぬ一臺の幌馬車の走つて來るのを――そしてそのあとから幾臺かの人力車の續いて來るのを――不思議に思ひながら眺めたのであつたが、宿に歸つてからきけばその遊園地經營者が東京の何とかいふ華族樣を案内して連れて來たのであつた相だ。藝者衆をも束京から連れて來たのだ相だ。さう聞いてあの森閑たる林の中の浴場に眞晝間から湯のみが獨り沸いてゐた理由が讀めた。入浴隨意と書いてあつたのは平常の事で、今日お先に失敬しやうものなら大變な事になるのだつたねと私達は笑ひ合つた。それにしても――さうだ、あの倶樂部といふ家にもその時土地者らしくない若い女たちが頻りと廣さうな二階を掃除して或者は床の軸など懸けてゐるのを見たのであつた――あんな林のたゞ中でその夜どんな宴樂が催された事であらうと想ふとそゞろに微笑せずにはゐられなかつた。

四五日もゐるうちに日をきめて其處に泊つてゐる湯治客とはすつかり顔馴になつてしまつた。矢張り最初に推察した通り、全部で三人しか泊つてはゐず、みな胃の病《わる》い人のみで、中にも上州松井田の人といふ老人と私は浴室で落ち合ふ事を喜んだ。障子窓を透して日のよくさしこむ廣いながしにお互ひ裸體のまゝ汗を流しながら坐り込んで永い事話し合ふ事があつた。

『僅か三四人の客に終日斯う沸し通しにするのでは燃料だけでも大變でせうね。』

 と私がいふと、

『なあにネ、其處等にある落葉松ばかり焚いてるだから大層な事もありますまいよ、それにソラ宿の入口にある製板所も此處の宿でやつてるだから、彼處で出來る木の端片だつてなか/\のものでせうし、一度沸いてからなら鋸屑《のこくづ》の乾したのだつて結構間に合ひませうよ。』

 痩せた、田舍者らしくもない老人は靜かに斯う答へながら、

『近いうちに電氣で沸す樣にしたいものだと言つてますがね、うまく行きますか如何だか。』

 と附け加へた。

『それだけの電力を引くのはまた大變なものでせう、一體何處から斯んな所に電氣が引いてあるのです。』

 薄赤く煤けたランプをのみ寧ろなつかしい氣持で想像して來たのに、夕方ぱつと點つた電燈に(66)驚いたこの宿の第一夜の事を思ひ出しながら私が不審がると、老人は笑ふともなく笑ひながら、

『なあにネ、あの電氣は自分で起して使つてるのですわ。』

 といふ。

 飲み込めない顔をして彼の眼を見ると、

『ソラ、入口に製板所がありませう、その隣に小さな小屋があつて晝間はその屋根の側の樋《とひ》から水が落ちてゐますぢアろ、あの小屋が發電所で、自分の家で使ふだけの電氣をば彼處で起してるのですよ。』

 との事である。

『小さな機械でせうから幾らの電氣も出はしますまいがネ……、昨年でしたかあの横械に故障が起つて、東京からその道の技師を高い金を出して二人とか呼んだ相ですがネ、どうしても直らない、主人も既う諦めてゐた所へ、恰度泊り合せてゐた小諸町の時計屋の亭主が一寸私にも見せて呉れと言つて何かちよいといぢつた所がそれで急にまた以前の通りになつてまア今日になつてるのだ相ですがね、妙な事もあるものですよ。』

 斯んな話がいかにも面白く私には聞かれたのであつた。明暗常無き電燈もその話を聞いた夜からは何だかしみ/”\眺めらるゝ氣などした。

(67) 或日二階の縁側に出て日向ぼつこをしてゐた所へ背の高い、粗野ではあるが高尚な顔をした青年が突然その隣室から出て來て、あなたは若山牧水さんぢアないかといふ。意外に思ひながらさうだと答へると、自分は美術院のY――といふ者で今度山本さんの畫室を借りて此處に繪をかきに來てゐる、あなたの事は兼々山本さんから噂を聞いてよく知つてゐたが斯んな所で逢はうとは思はなかつたといふ。私も驚いた。食事をばこの宿へ來て喰べて、夜もその畫室に寢る樣にしてゐるのだ相だ。

 その人の行つてゐる時に私はその「山本畫室」を訪ねて行つた。そしてその室内にも入つて見た。何といふ明るさと靜けさと冷たさとを其處は持つてゐたことだらう。大きなストーヴと卓子と椅子ときりない極めて簡單なその室の一方の高い窓には、殆んど正面に淺間の禿山が仰がれた。そして窓から下はすぐ一つの溪間と落ち降つてゐて、その窪みの両側とも例の黄葉した林である。林から林が續き、やがて近々と淺間の山が起つて行つてゐる。眼下の溪間からずうつと打續いて行つた林と、淺間の山と、をれに連つた名も知らぬやゝ低い山脈とがこの室とは何だか關りもないものゝ樣に近く遠く寂然《じやくねん》と見渡されて、深碧な空からは實に多量の冷たい光線が曇りのない窓障子を透して室内に落ちてゐるのである。よく晴れたその日の日光は廊下に距てられて室内には何の影響もない。

(68) ものを言ふのも惜しい樣な氣持で暫く室の眞中の椅子に凭《よ》つてゐるうちに全身の精力は何だかすべて耳の邊に吸ひ寄せられて行つてしまひさうで、後ではその邊の神經が痛み出して來るのを感じた。

 

 その邊の風物は既に冬枯れて見ゆるのにまだ「秋」といふ言葉に關聯した團體旅行などがその寂しい温泉場にもやつて來た。雉子の獵場といふだけにそんな人達も折々來て泊つた。或朝、十時頃百人餘りの團體が押しかけて來た。折惡く時雨れてゐたが、宿にゐた所が到底爲事など出來はせぬと考へたので、傘をさしながら私等は沓掛まで出かけ、其處から汽車で小諸町まで裾野を降りて行つた。一時間ばかりの汽車はずうつとなだらかな傾斜を降つてゆくのだが、右も左もすべて裾野の林である。雨中の黄葉が褪せながらにも美しく眺められた。そこの町には知人があるので訪ねてみたが生憎く留守であつた。床屋にも寄りたし、買物もしたしといふのであるが何しろ寒いので會つて七八年前この町に滯在してゐた時よく來た事のある驛の前の小料理屋へ上つた。

 特に熱くつけさせてちび/\と飲み始めたが一向に氣が冴えない。留守であつた知人といふのはよく飲む男なので久しぶりに大いに飲まうと樂しんで來た的が外れて、何となく心がぐれてし(69)まつたのだ。一緒に行つた學生はまた素下戸《すげこ》で一杯の對手にもならず、庭先の冬木から石燈籠に降るこまかい雨を眺めながら飲めども/\醉はない。女中を呼んで、酒の飲める藝者がゐるかと訊くと、居るといふ。とにかくそれを呼んで貰ふ事にして、二人とも殆んど物を言はず、一方はたゞ食ひ一方はたゞ飲んでゐた。

 歩いて來たとみえ、袖を濡らしながらそのいはゆる左利きなる女が入つて來た。案外にも若い。まだ二十歳を出ない位ゐだ。女中奴、出鱈目を言ひ居つたと思ひながら杯をさしてみると、なるほどよく受ける。そして飲む。唯だにやり/\と笑ひながら飲んでゐる。顔はなか/\美人だが、どうも少し足らないらしい。何處にか低能の相を持つて居る。これもまた黙り込んで唯だ水を飲むが如くにして飲むだけだ。オヤ/\と思ひながらそれでも豫定の四時間あまりを其處に過し、團對客の歸り去るといふ時間に宿に着く樣に加減して汽単に乘つた。

 雨はその時きれいにあがつてゐた。いつか風が出て、顔や手足が隨分冷たい。そして行きがけには雲にとざされて見えなかつた淺間山が、星の影の一つ二つと見えそめた紺青の夕空にくつきりと冴えて汽車の窓から仰がれた。よく見るとその山嶺には今までに見えなかつた薄雪が鹿の子まだらに積つてゐるのだつた。

(70) 爲事も片附いたので私達は滯在十日足らずでその裾野の中の温泉場とも云へぬ温泉場を引上げた。立つ日はまた朝から誠に暖に晴れてゐた。畫室に一寸暇乞に寄ると畫をかきさしたまゝY――君は沓掛の停車場まで送つて來て呉れた。寢衣《ねまき》のまゝで幅廣な眞黒な帽子を被つた背の高い彼は溪沿ひの小春日にも、人影の無い停車場にも誠に相應《ふさ》はしく眺められた。程なく輕井澤の方から煙を上げて來た小さな汽車に乘つて私達は別れを告げた。來る時には碓氷を越えて、今度は篠の井を廻つて松本を經、甲州路を通つて東京へ歸らうといふのである。そしてその夜は松本近くの淺間温泉に泊るつもりであつた。が、急に豫定を變へ、松本から輕便繊道に移つて二時間ばかり、北安曇の大町まで行つてしまつた。雪積み渡した大きな山岳の麓にあたるその寒驛に降り立つと月が寒々と冴えてゐた。

 

(71) 信濃の晩秋

 

 私達が十一月六日の朝星野温泉を立つて沓掛驛から乘つた汽車は輕井澤發新潟行といふ極めて小さな汽車であつた。小型な車室が四つ五つ連結されたまゝで、がた/\と搖れながら黒い小犬の樣に淺間の裾野を馳け下るのである。

 日はこゝちよく晴れてゐた。初め私は朝日のあたる左手の窓に席を取つてゐたが、小春日にしては少し強すぎる位ゐの光線なので、やがて右手に移つた。淺間山が近々と仰がるゝ。二三日前薄く積つてゐた頂上の雪は今朝はもう解けて見えない。湯來の樣な噴煙が穩かに眞直ぐに立昇つてゐる。まつたく靜かな天氣だ。

 輕井澤から小諸まで一時間あまり、この線路の汽車は全然淺間火山の裾野の林のなかを走る樣なものである。時に細い小さな田があり、畑が見ゆるが、それとても極めて稀である。林は多く廣々した落葉松林《からまつばやし》で、間に雜木林を混へて居る。それらが少しもう褪せてはゐるが一面の紅葉の世界を作つて居るのだ。雜木の中に立つ白樺の雪白な幹なども我等の眼を惹く。車窓から續いて(72)それら紅葉の原にうらゝかに日のさしてゐるのを見渡しながら、明るい靜かな何といふ事なく醉つた樣な氣持になつてゐると、その裾野のはて、遙かに南から西へかけて連り渡つた山脈の雄々しい姿も自づと眼に映つて來る。中でも蓼科山《たでしなやま》と想はるゝ秀《すぐ》れて高い一角には眞白に雪の輝いてゐるのが見ゆる。程なく小諸驛に着いた。

 小諸町は私にとつて追懷の深い所である。廿四か五歳早稻田の學校を出て初めて勤めた新聞社の為事も面白くなく、一二年が間夫婦の樣にして暮してゐた女との間も段々氣拙《きまづ》い事ばかりになり、それと共に生れつき強かつた空想癖は次第に強くなつて、はてはさうした間に於ける自暴自棄的に荒んだ生活が當然齎す身體の不健康、さうした種々から到頭東京に居るのが厭になつて、諸國に歌の上の知合の多いのを便宜に三四年間の計畫であてのない旅行に出てしまつた。そして第一に足を留めたのが小諸であつた。幸ひ其處の知合の一人は醫者であつた。土地にしては割に大きい或る病院に勤めて、熱心に歌を作つてゐた。私は先づ彼によつて身體に浸み込んでゐる不快な病毒を除いて貰ひ、それから更に樂しい寂しい長途の旅に上らうと思つたのである。かれこれ四ヶ月も其處には居たであらう。そんな場合のことで、見るもの、聞くもの、すべてが心を傷《いた》ましめないものは無いと云つていゝ位ゐであつた。その小諸驛を通るごとに、その甘い樣な酸いやうな昔戀しい記憶は必ずのやうに心の底から出て來るのが常であつた。ことにその朝の樣に落(73)ちついた、靜かな心地の場合、一層それを感じないわけに行かなかつた。  其處へ小柄な洋服姿の男が惶しく車室へ入つて來た。一度入つて席を取つておくと同時にまた惶しく身をかへして飛び出した。その顔を見て私はハッと思つた。立ち上つて窓ガラスをあけながら見廻したが、何處に行つたかもう影も見えない。ときめく心に私は思はず微笑んだ。屹度彼に相違ない、當時其處の病院に私が訪ねて行つた岩崎君に酷似《そつくり》だと思つたからである。程なく彼は手に大きな荷物を提げて轉ぶ樣にブリツヂを降りて來た。その惶てた顔! まさしく彼は醫師岩崎樫郎に相違なかつた。昔も今も彼の惶て癖は直らぬものと見える。

 彼のあとから八九歳の少年と白髪の老婆とが、これも急いで降りて來た。見送りらしい人達も二三引續いた。荷物の世話や惶しい別れの挨拶などが交されてゐる間に汽車は動き出した。發車しても彼はなほ何か惶てゝゐた。そしてそれこれとポケツトを探してゐたが、舌打をすると共に、『しまつた、切符を落して來た!』

 と呟いた。私は立ち上つて彼の前に行つた。まだ席に着く事もせずにゐた彼はツイ眼の前に思かもかけぬ男が笑ひながら立つてゐるので、ひどく驚いた。

『やア、如何《どう》したんです?』

 彼は私の行つてゐた頃から少し經《た》つて小諸の病院を辭し、郷里の靜岡へ歸つて開業したが、思(74)ふ樣に行かぬのでまた小諸へ戻り、やがて今度諏訪郡の或る山村に單獨で開業し、ずつと其處に居るのだといふ事を人づてに私は聞いて知つてゐた。で、小諸で彼を見やうとは私には意外であつた。聞けば慈惠醫院卒業生で信州に開業してゐる者の懇親會が一昨日上田で開かれ、その歸りを小諸に廻つて以前の病院を訪問し、今日諏訪の方へ歸るところなのださうだ。

『隨分久しぶりですねえ、何年になりますかネ、さうだ、十一年、既《も》うさうなりますか、それでもよく一目で僕だと解りましたね。』

『だつて一向變つてゐないぢアありませんか。』

『眞實《まつたく》さうだ、あなただつて變つてはしませんよ。』

 立つたまゝ相共に大きな聲で笑つた。變つてゐない事もない、彼は私より一つ歳上であつたと思ふが、スルトいま三十六歳、惶てることを除いては何處にかそれだけの面影を宿して來た。

『阿母さんですか?』

『さうです。これが長男です、コラ、お辭儀をせんか、もうこれで二年生です。』

 私は老人に挨拶した。痩せた、利《き》かぬ氣らしい老女と對しながら、彼が二度目の小諸時代に迎へた妻とこの人との間がうまく行かなくて困つてゐるといふ噂を聞いた事など自づと思ひ出されたりした。

(75) 小諸を離れると汽車は直ちに千曲川に沿ふ樣になる。今までの森や林とも離れるが、引く續いて裾野の穩かな傾斜を降つてゆくのだ。日は益々澄んで、まるで酒にも似た熱と匂とを包んで來た。千曲の岸や流を眺めて居ると、一層しみ/”\と當時の事が思ひ出されて來る。四ヶ月の間恰も夏の末から秋にかけてゞあつた、病院に寢てゐなければ、私は多くこの千曲の岸に出てゐた。さなくば町の裏手を登つて無限に廣い落葉松林の中に入つて行つた。疲勞と、悔恨と、失望と、空想と、それらで五體を滿しながら殆んど毎日の樣にふら/\と出て歩いてゐたものであつた。やがて可懷《なつか》しい布引山が眼の前に見えて來た。飛沫をあげながら深碧に流れてゐる千曲の岸から急にそゝり立つた斷崖の山には、眞黒な岩壁と、黄葉との配合が誠に鮮かに眺められた。

 二三の思ひ出話が續いて出たが、どうも氣がそぐはない。この若いドクトルは一分の手も休めないで見失つた切符を探してゐるのだ。はては老人も手傳つて探すことになつた。宛《あたか》もこの小さい寫室全體がその氣分や動かされてゐる樣にも見ゆるまでに。その間に田中を過ぎ、大屋を過ぎ、上田を過ぎた。どの土地にも私の追懷の殘つてゐない處はない。考へてみれば私はまつたくよくこの近所をば彷徨したものだ。切符は終《つひ》に出なかつたが、上田を過ぎてからは彼もやゝ落ちついて談話の裡に入つて來た。話して居れば十一年の間に當時其處で知り合ひになつた幾人もない中の二人の若い人が死んで居る事などが解つた。二人とも肺で倒れたといふ。

(76) 篠の井驛乘換、其處で私は酒を買つて乘つたが彼は昔の通り殆んど一滴も飲まなかつた。私一人でちび/\と重ねながら姨捨の山を登る。いつ見ても見飽かぬ風景だが、今日はこの天氣だけに一層趣が深い。うち渡す田も川も遠くを圍んだ山々も皆しんみりと光り煙つて居る。岩崎君は寫眞機を取出してあれこれと寫してゐた。

『もう歌は止めて今はこれですよ、この方が僕の樣な氣の短い者には手取早くていゝ。』

 長い隧道《トンネル》を越えて麻績、それから西條、明科、田澤と過ぎて午後三時過ぎ松本驛着、私は其處でこの舊友とその家族とに別れて同伴の學生門林君と共に下車した。門林君は關西生れで今度一緒に信州に來て見て彼は初めて山らしい山を見たと言つて喜んでゐたのであつた。星野あたりで見る山もいゝにはいゝが、松本市の在にある淺間温泉から眺むる日本アルプスは更に雄大なものである、是非其處の山を見てお置きなさいと勸めて此處へ降りたのである。

 松本停車場から淺間温泉へ行くには驛前の乘合自動車に乘るのを常としてゐたので、のこ/\と改札口を出てその發着所へ歩いて行くと既に大勢の人が其處に集つてゐる、何かの團體客らしい。そして自動車は一臺も見えない。幾度にも往復してこの團體を送り込まうといふのであらう。オヤ/\と思ひながら兎に角驛の待合室に入つて、見るともなく時間表を見てゐるうちに不圖或る事を私は考へついた。そして門林君を顧みた。

(77)『ねヱ君、君ハアルプスの山を遠くから望むのがいゝか、それとも直ぐその麓から見上ぐるのがいいか。」

 けゞんな顔をしてゐた彼は、

『それは麓からの方がよささうに思はれます。』といふ。

『では君これからいゝ處へ行かう、淺間よりその方がよさ相だ。』

 惶てゝ私は切符を買ふと、とある汽車に乘り移つた。此處からこの輕便繊道によつて終點に當つている北安曇郡の大町まで行かうと思ひついたのだ。山を見るにもよく、ことに其處には親しい友人もゐるので、急に逢ひたくもなつたのであつた。

 今朝沓掛から篠の井まで乘つたのより更に小さい車室の汽車がごとごとと走り出すと、私は急に身體の疲勞を感じた。今迄は珍しく會つた友人に氣を取られて忘れてゐたのであらうが兎に角|既《も》う六時間あまり坂路ばかりの汽車に乘り續けて來てゐるのである。昨今の自分の身體の疲れるのも無理はないなどゝ思ひ出すと、矢張り淺間まで一里あまり、俥でゞも行つてゆつくりと綺麗な温泉に入る方がよかつたか知れぬと、心細い愚痴が出て來たが、もう追ひ附かなかつた。これから大町まで二時間ほどかゝる、どうかして眠つてゞも行き度いと努めたが、謝體の動搖の烈しいのと、これも急に身に浸みて來た寒さとで到底眠れさうもない。唯だ眼を瞑《つむ》つて小さくなつて(78)ゐた。

 山國の事で、暮れるとなると瞬く間に日は落ちてしまふ。何といふ山だか、豐かに雪を被つた上にうす赤く夕日が殘つてゐたが程なくそれも消え去ると忽ちのうちに夜が襲つ來た。近々と其處等に迫つて聳えて居るとり/”\の山の峰にはいつの間にか雲が深く降りて來た。麓から麓にかけては暮靄《ぼあい》が長く/\棚引いて、芥火《あくたび》でもあるか諸所に赤い炎の上つてゐる所も見ゆる。輕鐵《けいてつ》の事で、驛々の停車時間も極めて區々である。或所では十分も二十分も停つてゐる樣に思はれた。車室から出て見ると今まで氣がつかなかつたが、月が出てゐた。仰げば眼上《まうへ》に迫つて幾重にも重りながら雲を帶びてゐるアルプス連山の一列前に確かに有明山だと思はるゝ富士型の峰が孤立した樣に半面に月を受け、半面は墨繪の色ふかく高々と聳えて居る。この山にのみ雲が居ない。然し、何といふ寒さだらう、永くは立つてもゐられない。

 寒さと心細さに小さくなつてゐる間に午後六時何分、漸く大町に着いた。友人中村柊花は此町の郡役所に勤めてゐるのだが、此頃引き移つたその下宿をばすつかり私は忘れてゐた。兎に角彼に逢つて置き度いと思つたので停車場とは反對の位置に町を突き拔けた所に在るといふ郡役所まで先づ行つて見る事に決めた。九時間近くの汽車で筋張り果てた脚には寧ろ歩くことが快かつたが山下しの風がひしひしと耳の邊を刺すには弱つた。片割月が冬枯れ果てた町の上に森《しん》として(79)照つてゐる。郡役所には灯が明るく點つて宿直の人らしいのが爲事《しごと》をしてゐた。中村君の下宿を聞いて更に其處に行く。老婆が二人、圍爐裡に寄つて茶を飲んでゐたが當《たう》の友人はゐなかつた。多分何處ぞの茶屋で宴會でもあるらしいといふ事であつた。多分そんな事になりはせぬかと心配して來たのであつたが、運惡く的中した。附近の宿屋の名を老婆に訊ねて、名刺を置きながら、其處を出た。

 宿は對山館といつた。思ひ出せばかねてから折々聞いてゐたその名である。アルプスに登る人で、といふより廣く登山に興味を持つ人でこの名を知らぬ人は少なからう位ゐに思はれるまでその道の人のために有名な宿なのだ。通されたのは三階の馬鹿に廣い部屋であつた。やれ/\と手足を投げて長くなつた。兎に角先づ風呂に行く。指先一つ動かざず、唯茫然と温つてゐる所へ、女中が來て、『中村さんつて方がいらつしやいました。』といふ。

『えツ!』と思はず湯の中で立上つた。若しかすると、といふ希望で心當りの料理屋に電話をかけて貰ふやうに女中に頼んでおいたのであつたが、それがうまく的中したのであつた。

 急に周章《うろた》へて湯から出た。既に眞赤に醉つてゐる中村柊花は坐りもやらず廣い部屋の眞中に突立つてゐた。

 固く手を握り合つたまゝ、二三語も發せぬうちに私は彼に引張られて宿を出た。驚いてゐる門(80)林君も一緒であつた。今迄彼等が飲んでゐたといふのゝ隣の料理屋に上つて、早速酒が始つた。肴は土地名物の燒鳥である。疲れと心細さで凍つてゐた五體を燒きながら廻つてゆく酒の味は全く何にたとへ樣もなかつた。其處へ同じく舊知の榛葉胡鬼子君も中村君の注進によつて馳けつけて來た。一別以來の挨拶や噂話が混雜しながら一渡り取り交はされると漸く座も落ち着いて、改めて歌の話や我等の間で出してゐる雜誌の話などがしんみりと出て來た。その頃には既《も》ういち早く酒の醉も廻つてゐた。やがて一人二人と加つていつの間にか五六人にもなつてゐた藝者たちの躍が始まる樣になると大男同志の中村君も榛葉君もよろ/\と立上つて一緒になつて躍り出した。

   木曾のおん嶽、夏でも寒い、袷やりたや、足袋添へて、

   袷ばかりは、やられもせまい、襦袢したてゝ、帯そへて、

   木曾へ木曾へと、皆行きたがる、木曾は居よいか、住みよいか、

 宿屋に歸つて床についたは二時か三時、水を飲み度さに眼を覺すと荒らかに屋根に雨らしい音が聞ゆる。昨夜料理屋の三階から見た月の山嶽の眺めはまだ心に殘つてゐるものをと不思議に思ひながら、起き上つて雨戸を細目にあけて見ると、夜はいつやら明け離れて、四顧茫々と唯だ雲か霧かが立て罩めたなかに、これはまた大粒の雨がしゆつ/\と矢の樣に降り注いでゐるのであつた。

 

(81) 二晩どまり

 

 三四人のお醫者さまを中心とし、それに陸軍教授大学助教授といふ風の人たちが寄つて一つの歌の團體が出來てゐる。私もその中の一人である。毎月一囘づゝ寄り合つて歌を作つたり批評し合つたりしてゐるのであるが、この四月はそれを止めて何處ぞへ一泊がけの旅を爲ようといふ事になつた。みな忙しい人たちなので、時間の都合から行先をきめるに大分迷つたが、とにかく誰も行つた事のないのを興味に木更津へ行つて見ようといふことになつた。そして去る十日土曜日の午後四時半兩國驛發ときまつた。それも行く事にきまつた六人が一緒には立てないで、四人だけ先發、殘り二人はその日の終列車であとを追ふといふ事になつた。

 私等先發の四人が木更津に着いた時は日が暮れてゐた。先づ宿をきめて、それを停車場の告知板に書きつけて置くのが急務であつた。驛で訊くとこの土地で重な宿屋と呼ばれてゐるのが四軒ある、何屋に何屋だと教へて呉れた。中でどれが一等いゝんですと尋ねると、それはどうとも言へない、大抵似たものだと笑つて居る。海岸に最も近いのをいゝとしようといふ説や、いや兎に(82)角極く靜かな所を選むがよいといふ意見など出て、同じ汽車を降りた人達がみな停車場から消え去つて了ふまで其處に四人して立つてゐたが、何屋といふのは名がいゝから其處に行つて見ようといふのでぶら/\歩き出した。が、其處は滿員だと云ふ事で女中たちが忙しさうに立働いてゐた。次の何屋もまた同樣であつた。オヤ/\と言ひながら、通りかゝりの若者に何々屋といふ宿屋はどこだと訊くと、ツイ筋向うの家を指して、彼家です、あの帳場に坐つて横を向いてゐるのが有名な松井須磨子の前の亭主です、と意外な事まで附け加へた。どうも大變な宿屋だナ、そんな所は止しませうよ、と帳場を窺《のぞ》いただけで通り過ぎたが、四軒のうち殘るのは一軒になつた。それは料理屋町らしい處に在つた。賑かな三味線太鼓が四邊《あたり》に聞えて、その家にもさうした客があるらしかつた。明るい玄關をやゝ遠くから眺めながら四人はまた暫く佇んだが、其所をば諦めてもと來た方へ引き返した。そして終《つひ》にその四軒のほかの謂はゞ第二流の何々屋といふのへ泊る事になつた。それも二部屋欲しいといふ希望は駄目で、僅かに八疊一間で我慢せねばならなかつた。土曜日の上に選擧騷ぎのため斯うこんでゐるのだ相だ。これが自分一人か乃至は同じ浪人仲間だつたら風釆から斷られたとも僻《ひが》むのだが、けふの連はみな堂々たる紳士であつた。

 然し、却つて面白かつた。床に挿した法外に大きい櫻の枝も鄙びてゐて、膳を丸く寄せて酒を酌んでゐると、殆んど頭上にさし出たその花が誠に珍しく見上げられた。頭を突き合せるやうに(83)して二列に八疊の間へ六つの床を敷く、そしてその中へ潜り込んで雜談を交してゐる所へ、十一時すぎて後發の二人が着く。中の一人が持つて來たウヰスキーの壜を見ると、私もまた起き上つて他の人の寢てゐる枕許で三人して飲み始めた。そのため一時眠りについた人も眼を覺して、談話がひどく賑かになつた。隣室のことも氣には懸るが、押へられない可笑しさ面白さである。四十歳前後のいゝ歳をした連中が、まるで中學の修學旅行に出かけた形であつた。

 翌朝は意外に早く皆が眼を覺ました。中に一人、精神病専門U――醫學土だけはシミンセイ氏といふ名を貰つた。彼は他が全部着物を着換へてしまふまでもぐつたり眠つてゐた。二三日前の新聞に十四日間眠り通した嗜眠性腦炎とかいふ病人のあつた記事が出てゐたのださうだ。八時幾分發の汽車で一同北條に向つて立つ。

 汽車の中も賑かであつた。一行のうち、見ごとな禿《はげ》を持つてゐる人が二人、ちゞれ毛が一人、その他天神髯、發賣禁止髯など種々あつて、どうした機會かそれら髪や髯の惡口を言ふ事が始められた。それも三十一文字、二十六文字、十七文字等の形式に於てゞある。一吟一詠、どつといふ笑聲が起つて、車室全體知るも知らぬも皆我等と同一氣分に滿ち搖ぐまでになつた。鋸山の麓を走る頃から海の眺めが甚だよくなつた。そして海岸の山から山には思ひがけなかつた山櫻が白々と咲いて、天はこの上もなく麗かに晴れて來た。

(84) 那古船形驛下車、那古の觀音船形の觀音双方に詣つて、海岸ぞひの路を北條へ歩いて行つた。路の兩側は殆んど桃畑のみ續いてゐるかのように、紅いその花が眼についた。東京ではまだ氣のつかなかつた燕が地上低く飛び廻つて、松原の蔭の水田から蛙の聲がしきりに聞える。路傍の生垣の若葉といひ、路に立つ埃といひ、もういつの間にやら、夏に入つた樣な心地がした。

 北條では海に近い宿屋で、輝く沖を眺めながら海老だ、鮑だ、※〔魚+是〕《しこ》のぬただと勝手な事を言ひ言ひゆつくりと晝食をとつた。いつまでも盃を嘗めてゐる者、夙くに飯を濟まして二階つづきの納凉臺に出て仰向けに寢てゐる人、さま/”\である。シミンセイ氏は此所でもまた出立の際に引起された。

 三時幾分かの汽車で五人の人は歸つて行つた。そして私だけ一人殘る事になつた。これは昨日東京を立つ時に打合せて來た事で、私の友人の一人で今度日本郵船の紐育支店詰になつて渡米するのが居る。その出發前に一緒に東京を離れた靜かな所で一日ゆつくり遊び度いといふ希望から斯うしたのであつた。打合せ通り都合よく行けば午後四時半の汽車で彼は來る筈である。その時間に私は停車場へ出て待つてゐたが、來なかつた。次は六時三十分である。それにも見えなかつた。何と云つてもあと三四日のうちに船に乘らなければならぬ人である。而も突然の任命ではあつたし、種々の出立用意で來られぬのかも知れぬと私は半ば諦めながら告知板に宿の名を書いた(85)まゝ、宿に帰つてそれまで待たせてあつた夕餉の膳を取り寄せた。部屋の直ぐ下が小さな川の川口となつてゐて、星が澤山その上汐らしい豐かな水面に映つて居る。そして四邊《あたり》は雨の樣な蛙の聲だ。先刻まで賑かであつたゞけ私は淋しくて、膳をもそこ/\に下げさせ、床を延べて寢てしまつた。某所へ背の高い友人はせか/\としてやつて來た。矢張り何彼と忙しくて豫定のに乘れず、辛うじて終列車に間に合つたのださうだ。納凉臺に出て闇の中で暫らく話す。沖には鯖釣だといふ火が一列鮮かに浮んで居る。宿ではもう遲いから何所かへ出て飲まうかと勸めて見たが、ひどく疲れてるといふので其儘床を竝べてやすむ。

 明くる日もよく晴れた。渚に寄る小波の音も聞えぬ位ゐよく凪いで居る。舟を雇つて鷹の島から沖の島めぐりをすることにした。この二つの島は館山灣の一里ほど沖に二つ竝んで小さく浮んでゐるのである。先づ手近の鷹の島に舟を着けた。この島には水産學校の實驗所とかいふのが建つてゐて、普通の人家は無く、島全體が繁茂した密林となつてゐる。林の木は風のためかみな丈低く枝を張つて、見るからに硬さうな葉が屋根の樣に日光を遮つて居る。或る所では椿の花が一面に散つて腐つてゐた。海岸に砂原は少く、大抵は岩の荒い磯となつて居る。その磯を二人で廻りながら波に濡れて貝を拾つた。幼い頃の記憶で、喰べられる貝の大抵をば覺えてゐた。

 その島を廻り終ると沖の島へ出た。其處には人家らしいものもなく、唯だ一面の森のみだ。そ(86)して意外にもその森の中に二三本の山櫻の大きな木が混つてゐて今をさかりに咲いてゐるのを發見した。海に浮んだ森の中のこの清らかな花を見て私は思はず驚きと歡びの聲をあげた。私は櫻の中で最もこの深山の花らしい山櫻を愛してゐるのである。一本のその木の大きな枝がずつと他の木を拔いて海の方に咲き枝垂《しだ》れた蔭に清い砂原があつた。其處に用意して來た辨當を運ばせて、私は先づ冷たい洒を含んだ。ツイ近くには柔かな波が岩を越え、岩を滑りして日に光つて居る。

 ゆつくり話さう、などゝ言つて出會つたのだが、この年若い友人とは平常繁く往來してゐるので別にもう話す事とても無かつた。そして彼は餘り酒を嗜《たしな》まなかつた。やがて彼は其所等に散らばつてゐる流木を集めて火をつけた。よく乾いたそれは直ちに赤い炎をあげてとろとろと燃え出した。すると今度は附近から石を集めて來て火の周圍に大きな竈を造り始めた。見てゐても可笑しい位ゐの苦心で彼は火の三方に石を積み、平たい石で屋根を拵《こしら》へ、その背後に煙を出す穴まで爲上《しあ》げてしまつた。

『だつて、斯んな遊びをするのは一生のうちもうこれがおしまひですよ。』

 と私の笑ひに答へながら、

『そうら御覽なさい、よく煙が出ませう。』

(87) と言つて更に遠くへ出かけて五尺八九寸の身を屈めながら一心に流木を集めて居る。今年歳廿四、紐育には多分五年程居る筈で、其後も出來るなら日本には歸り度くないと彼は言つて居る。父一人子一人の彼は物心のつく頃からその父と合はず、高等商業を卒業する一年程前から終《つひ》に獨力で勉強もしたのであつた。今度の事もまだ父には告げず、唯だ波止場でだけ一寸逢つて行きませうなどゝ言つてゐるのだ。

 一時近く舟に乘つた。そして眞直に宿には歸らず館山町の方に上つて行つて、其所の料理屋で藝者などを呼んで大いに騷いだ。おとなしい彼も終に醉払つて、膝頭までもない宿屋の褞袍《どてら》を踏みはだけながら得意の吉右衛門ばりなどが出たりした。

 夕方、俥で宿に歸り、直ぐ停車場に行くと終列車が将將に動き出さうといふ所であつた。