保科孝一著 大正日本文法 上卷 東京【合資会社】育英書院發兌
 
(1)大正日本文法 上卷
 
      目  次
 
第一編 總 説
   第一章 主語と述語…………………………一
     練 習……………………………………二
   第二章 主語の成分…………………………三
     練 習……………………………………六
   第三章 述語の成分…………………………七
     練 習……………………………………九
   第四章 文の接續…………………………一〇
(2)    練 習…………………………………一二
第二編 品 詞
   第一章 名 詞……………………………一三
     練 習…………………………………一五
   第二章 代名詞……………………………一七
        一 人代名詞…………………一七
        二 指示代名詞………………二一
     練 習…………………………………二六
   第三章 動 詞……………………………二八
        一 正格活用の勤飼…………三〇
     練 習…………………………………三八
(3)       二 變格活用の動詞…………四一
     練 習…………………………………四六
        三 形容動詞…………………四八
     練 習…………………………………五〇
   第四章 形容詞……………………………五一
        一 久活用……………………五三
        二 志久活用…………………五四
     練 習…………………………………五七
   第五章 副 詞……………………………五九
     練 習…………………………………六二
   第六章 接續詞……………………………六四
(4)    練 習…………………………………六九
   第七章 感動詞……………………………七一
     練 習…………………………………七五
   第八草 助動詞……………………………七七
     練 習………………………………一〇〇
   第九章 助 詞…………………………一〇五
     練 習………………………………一一二
   第十章 品 詞…………………………一一四
     練 習………………………………一一五
 
(1)大正日本文法 上巻
          文學士 保 科 孝 一 著
 
  第一編 總 説
 
   第一章 主語と述語
 
   雨降る。 水流る。 風吹く。 山あり。 川あり。 人が走る。 犬がかける。 雪が晴れた。 脊高し。 品行がよい。
 
【一】 右の文例はいづれも或る思想を言ひあらはして居る
(2)が、かやうに一のまとまつた思想を言ひあらはすには、先づ第一に言ひあらはすべき目的物、第二に其目的物に伴ふ動作・存在等が必要である。即ち雨・水・風・山・川・人・犬・雪・脊・品行は其目的物、降る・流る・吹く・あり・走る・かける・晴れる・高し・よいは目的物に件ふ動作・存在又は性質を言ひあらはしたものである。
右のやうな目的物を言ひあらはすものを主語といひ、動作・存在又は性質を言ひあらはすものを述語といふ。又主語と述語の結び付いたものを文といふ。
 
     練 習
(3)一左の例により主語と述語とを説明せよ。
   (1)梅の花散しきぬ。
   (2)光陰は矢の如し。
   (3)雨の音やむ。
   (4)遊客少からず。
   (5)中禅寺湖あり。
   (6)木枯の風が物凄い。
   (7)友達が來ました。
   (8)私が致しませう。
二国語讀本から主語と述語の結び付いた文例を集めよ。
 
   第二章 主語の成分
 
(4)   風〔傍点〕吹き來れり。精神〔二字傍点〕も快活なり。夜〔傍点〕も更けぬ。天気〔二字傍点〕が怪しい。心持〔二字傍点〕がわるい。
 
【二】 右の文例中風・精神・夜・天氣・心持は文の主語である。かやうに物事を言ひあらはすものを名詞といふ。
 
   汝〔傍点〕一人のみ。われ〔二字傍点〕も人なり。彼〔傍点〕も人なり。かしこ〔三字傍点〕は一寒村なり。私〔傍点〕もまゐりませう。あなた〔三字傍点〕はお止めですか。
 
【三】 右の文例中汝・われ・彼・かしこ・私・あなたは文の主語である。かやうに物事の名稱でなくして、その代りに用ゐられるものを代名詞といふ。
 
(5)   暖き〔二字傍点〕風吹く。怪しき〔三字傍点〕雲あらはれ出づ。悲しき〔三字傍点〕日近づきぬ。大きい〔三字傍点〕波が寄せて來る。大人しい〔四字傍点〕君でさへ默つて居るまい。
 
【四】 右の文例中暖き風・怪しき雲・悲しき日・大きい波・大人しい君はいづれも主語である。その中風・雲・日・波は名詞、君は代名詞で、暖き・怪しき・悲しき・大きい・大人しいは名詞や代名詞を形容して居るものである。かやうに名詞や代名詞を形容するものを形容詞といふ。
 
【五】 名詞及び代名詞を含めて體言ともいふ。
 
(6)    練 習
一左の文例について、名詞・代名詞及び形容詞を指示せよ。
  (1)或人其の奉侍する君主の逆鱗に触れ、「汝の罪死に當る。覺悟せよ」
といふ嚴命を蒙つた。彼顔を地に擦附けて、「どうぞ命だけ御助け下さるやう」と嘆願に及んだ。「それは相成らぬ。併し死に方は汝の選擇に委す。如何なる方法で死にたきか即答せよ」
  (2)疎き板敷の中央に爐を切りたり。
  (3)脚下は薄黒き雲の波一面にはびこる。
  (4)崖の上には赤い躑躅が照つてゐる。
  (5)翠濃い丘陵の際に巨刹の屋根が見える。
二國語讀本から文の主語たる名詞・代名詞及び之に附屬す(7)る形容詞を集めよ。
 
   第三章 述語の成分
 
   雨やむ〔二字傍点〕。通信の機關備はる〔三字傍点〕。 人々あわてふためく〔七字傍点〕。獅子が居る〔二字傍点〕。花が散る〔二字傍点〕。猫がねむる〔三字傍点〕。
 
【六】 右の文例中やむ・備はる・あわてふためく・居る・散る・ねむるは文の述語である。かやうに動作又は存在を言ひあらはすものを動詞といふ。
 
   夜の風寒し〔二字傍点〕。叫び聲喧し〔二字傍点〕。顔の色が青い〔二字傍点〕。ランプが暗い〔二字傍点〕。
 
(8)【七】 右の文例中寒し・喧し・青い・暗いは文の述語である。かやうに性質を言ひあらはすものを形容詞といふ。
 
   疾甚だ〔二字傍点〕篤し。斡旋頗る〔二字傍点〕つとむ。風はげしく〔四字傍点〕吹く。友人もぢきに〔三字傍点〕來ます。花が大層〔二字傍点〕咲いてゐる。
 
【八】 右の文例中甚だ・頗る・はげしく・ぢきに・大層は動詞や形容詞を修飾して居るもので、これを副詞といふ。
 
   支那軍艦一隻來航したり〔二字傍点〕。終日勉強せり〔二字傍点〕。昔男ありけり〔二字傍点〕。我も行かむ〔傍点〕。日なほ高かりき〔傍点〕。正成は忠臣なり〔二字傍点〕。雪なほやまず〔傍点〕。櫻がもう散ります〔二字傍点〕。
 
(9)【九】 右の文例中たり・せり・けり・き・む・ず・ますは動詞やその他の語に附屬していろ/\の意味をあらはすもので、これを助勤詞といふ。
 
【十】 動詞・形容詞及び助動詞を含めて用言ともいふ。
 
    練 習
左の文例により述語・動詞・形容詞・副詞及び助動詞を指示せよ。
  (1)探海燈はいなづか、水雷はげに雷か。
  (2)中佐の姿はやもなし。
  (3)御書面確に拜見仕候。
(10)  (4)堅田・唐崎は指顧の間にあり。
  (5)百草皆枯る。
  (6)高經また來り攻む。
  (7)高橋東岡は三十二歳なりき。
  (8)官軍が今にも乘込むだらう。
  (9)いろ/\むづかしい議論もありませう。
  (10)人見といふものが尋ねてまゐりました。
  (11)その状恰も人間に似たり。
  (12)横濱丸は本月到着すべし。
  (13)老人もありませう。
 
   第四章 文の接續
 
(11)   品行方正にして且つ〔二字傍点〕勤勉なり。學説は頗る穩健なり、然れども〔四字傍点〕清新の氣に乏し。英佛および〔三字傍点〕露はかたく決心せり。大佐又は〔二字傍点〕少將一名。性質善良なれども〔二字傍点〕、學力足らず。風は吹いてゐますが〔傍点〕、雨は降りません。友達が來ると〔傍点〕、子供が喜びます。
 
【十一】 右の文例中且つ・然れども・および・又は・ども・が・とは語句を結びつけるもので、これを接續詞といふ。
 
【十二】 ども・が・と・の・はのごとく、語句を結びつけ、又はその關係をあらはすものを助詞といふ。
 
(12)    練 習
一接續詞を含む文例を作れ。
二左の文例中の助詞を指摘せよ。
   (1)あけゆく空に響き渡る銅羅の音一黨いづれも溢るゝばかりの笑顔に駈集り、人數を改め姓名を呼び上げし後、かねての退口、整々として裏門より立出づれば、旭日東天に昇りて、滿目の雪紅に、匂ひぬ。
   (2)一粒の米一寸の紙も大切にすべし。米粒・寸紙を粗末にする人は、必ず天罰を蒙りて、身を亡し家を滅す人なり。米粒・寸紙を惜しむは吝嗇にあらず、小量にあらず、天物を暴殄せざるの大道なり。古より大功業を建つる人は、麁豪にして浮氣・粗心の人には非ず。
 
(13)  第二編 品 詞
 
   第一章 名 詞
 
   いつしか木々〔二字傍点〕もうら枯れて。寂しき庭〔傍点〕の山茶花〔三字傍点〕や。北風〔二字傍点〕寒き薮蔭〔二字傍点〕に。びはの花〔四字傍点〕咲く年の暮〔三字傍点〕。
 
【十三】 右の文例中木々・庭・さざん花・北風・薮蔭・びはの花・年の暮は物事の名稱であるから、いづれも名詞である。
 
   石山寺〔三字傍点〕の秋の月〔三字右○〕。雲〔傍点〕をさまりて影〔右○〕清し。
   春〔右○〕よりさきに咲く花〔右○〕は。比良〔二字傍点〕の高嶺〔二字右○〕の暮の雪〔三字右○〕。
 
(14)【十四】 右の文例中石山寺はある一つのきまつた寺の名稱、比良はある一つのきまつた山の名稱であるから、これを固有名詞といふ。人の名や土地の名は、すべて固有名詞である。秋の月・雲・影・春・花・高嶺・暮の雪はひろく通じて用ゐられるものであるから、これを普通名詞といふ。
 
【十五】 名詞を複數にするには、山々・川々・國々・寺々・人々のごとく同語を繰返すこともあり、子ら・生徒ら・乙女らのごとく「ら」を結びつけることもある。口語においても名詞の用例は別に變らない.たゞ人物をあらはす名詞(15)に左のごとき一種の慣用が生じて居る。
 會員がた〔四字傍点〕がみな御集になりました。
 奥樣がた〔四字傍点〕はまだ御出になりません。
 車夫ども〔四字傍点〕の言葉が實にきたない。
 生徒たち〔四字傍点〕はまことに元氣です。
 子供ら〔三字傍点〕はもう寢ました。
右の會員がた・奥樣がた・車夫ども・生徒たち・子供らは、複數をあらはすと同時に、待遇を示し、或は意味を少し漠然と言ひあらはす。
    練 習
一左の文例から固有名詞と普通名詞を摘出せよ。
   (1)彦根去り、草津來り、煙は早くも瀬田川に横たはりて京都も近くなりぬ。(16)朝日將軍の遺跡何れのところぞ、問へど答へず。霞にたゝまる遠近の山影或は淡く、或は濃く、鳰の浦風波に眠りて粟津の松原ひとり昔を語り顔なり。
   (2)ビスマルクはドイツの片田舎なる貴族の家にうまれたりしが、その家庭は頗る嚴格にして、彼はいとけなき頃より、決して他の貴族の子弟のごとき悠長なる生活を許されざりき。六歳に達せし時、母は彼を國都ベルリンに送りて、某博士の家塾に入學せしめたり。その家塾はスパルタ流の教育を重んじ、體操の外に游詠の課目もありて、過激なるまでに體育を行へり。
二複数の名詞を有する文例を作れ。
三がた・ども・たち・らを人物をあらはすいろ/\の名詞に結びつけよ。
 
(17)   第二章 代名詞
 
   汝〔傍点〕よく此の〔二字傍点〕書を學ばゝ、遂に王者の師たらむ。十餘年の後我〔傍点〕また汝〔傍点〕を見るべし。畝傍山の東南に橿原神宮あり。こゝ〔二字傍点〕に詣づるもの誰〔傍点〕かは其の〔二字傍点〕かみを思ひ出でゝ、皇室の御威徳を仰がざらむ。
 
【十六】 右の文例中汝・我・此の・こゝ・誰・其のは物事の名稱の代りに用ゐられるもので、いづれも代名詞である。
 
      一 人代名詞
 
(18)   われ〔二字傍点〕すでに老いたり。これひとへに汝〔傍点〕の力による。僕〔傍点〕もまた君〔傍点〕の例にならはん。あなた〔三字傍点〕は近頃御病氣でしたか。あのかた〔四字傍点〕はどなた〔三字傍点〕ですか。
 
【十七】 右の文例中われ・汝・僕・君・あなた・あのかた・どなたは人物の名稱の代りに用ゐられるもので、之を人代名詞といふ。
 
【十八】 人代名詞を複数にするには、われら・汝ら・かれら・某らのごとく「ら」を結びつける。(19)口語ではわれ/\の如く同語を繰返すこともあり.又左の如くかた・ども・たち・らを結びつけることもある
 あなたがた〔五字傍点〕はもう宜しう御座います。
 あのかた/”\〔五字傍点〕は海軍ですか。
 私ども〔三字傍点〕もさう考へます。
 私たち〔三字傍点〕はどう致しませう。
 君たち〔三字傍点〕は自由行動をお取なさい。
 僕ら〔二字傍点〕は駄目だらう。
 これら〔三字傍点〕はもつと働かなければいけない。
右は複數をあらはすと同時に待遇を示し、或は意味を少し漠然と言ひあらはす。
 
(20)【十九】 われ・わたくし・僕の如く、自身の名稱の代りに用ゐられるものを自稱といひ、汝・君・あなた・おまへの如く、相手の名稱の代りに用ゐられるものを對稱、かれ・あれ・これ・あのかた・このかたの如く、他人の名稱の代りに用ゐられるものを他稱、たれ・だれ・どなた・どのかたの如く、不定な人物の名稱の代りに用ゐられるものを不定稱といふ。
 
 自稱    對稱   他稱   不定稱
 わ     なんぢ  かれ   た
 われ    君    あれ   たれ
 おのれ   なれ   かの人  なにがし
(21)それがし いまし  あのもの
 余     みまし
 僕
   注意〔二字右●〕 この外候文に用ゐられる人代名詞が澤山ある。
 
口語において專ら用ゐられる人代名詞は左の通、
 自稱      對稱     他稱      不定稱
 私       あなた    あれ      だれ
 わたし     おまへ    これ      どなた
 自分      君      それ      どのかた
 僕              あのかた    どなた
                このかた    どのかた 
                そのかた  
 〔自称の三つにラ・タチ・ドモの接尾語、自称の僕にラ・タチの接尾語、 對稱のあなたにガタの接尾語、おまへ、君にラの接尾語、他稱の上三つにラの接尾語、下三つにガタの接尾語、不定稱のどなた、どのかたにガタの接尾語がそれぞれある〕
 
 二 指示代名詞
 
(22)   これ〔二字傍点〕よりも寧ろかれ〔二字傍点〕を選ばむ。
   この〔二字傍点〕人もかの〔二字傍点〕人も米國の移住民なり。
   この〔二字傍点〕麓を過ぐるに、山の靈水の流の面白さに思はずもこゝ〔二字傍点〕に詣づ。
   夜はそこ〔二字傍点〕に念佛してあかしたり。
   いづれ〔三字傍点〕がわが住家ぞと立ち惑ふ。
   たま/\こゝかしこ〔五字傍点〕に殘る家に人住めり。
   いづこ〔三字傍点〕に宿らんあてもなし。
   いづち〔三字傍点〕行きけむ影だに見えず。
 
【二十】 右の文例中これ・かれ・この・こゝ・そこ・いづれ・こゝ・かし(23)こ・いづこ・いづちは事物・方角・場所を指し示すもので、これを指示代名詞といふ。
 
【二十一】 これ・それ・あれ・かれ・いづれ・なには事物を指し示すもの、こゝ・そこ・かしこ・いづく・いづこは場所を、こなた・そなた・あなた・かなた・いづかた・いづちは方角を指し示すものである。たゞしこの・かの・あの・そのはいづれにも通じて用ゐられる。
 
【二十二】 これ・こゝ・こなたを近稱、それ・そこ・そなたを中稱、あれ・かれ・かしこ・あなた・かなたを遠稱、いづれ・なに・いづこ・いづく・いづかた・いづちを不定稱といふ。
 
(24)  近稱  中稱  遠稱  不定稱
事物  これ  それ  あれ  いづれ
            かれ  なに
場所  こゝ  そこ  あそこ いづこ
            かしこ いづく
方角  こなた そなた あなた いづち
            かなた 
 
口語において專ら用ゐられる指示代名詞は左の通、
    近稱  中稱  遠稱   不定稱
事物  これ  それ  あれ   どれ
    これら それら あれら  なに
    こちら そちら あちら  どちら
(25)場所 こゝ そこ  あそこ  どこ
    こゝら そこら あすこ  どこら
            あそこら 
            あすこら 
方角  こつち そつち あつち  どつち
    こちら そちら あちら  どちら
 
(1) 方角をあらはす代名詞中、こつち・そつち・あつち・どつちよりは、こちら・そちら・あちら・どちらの方が丁寧である。
(2) 語尾に「ら」を添へたものは、集團又は周邊を表示するか、或は漠然たる意味を言ひあらはす。
(3) これ/\・それ/\・どれ/\・どこ/\・なに/\の如き疊語は、唯繰返すのみで複數の意味はない。又どこそこ・そここゝ・あちらこちら・あつちこつちの如く二語を結びつけたものは、その意味を漠然と言ひあら(26)はす。
(4)、 方角を指し示すこちら・そちら・あちら・どちらは人代名詞に用ゐられる。これにさま・のかたをつけて用ゐられることもある。
    練習
一左の文例から人代名詞と指示代名詞を摘出せよ。
   こゝに一人の茶道坊主嘗てその士の恩を受けたることありしが、今この有樣をいたみ、夜潜かに燒飯を携へゆきて與へたり。かの士「汝が只今の振舞あらはれなば、われよりも罪重からん。われ飯を食ひたりとて命助かるべきにあらざればとくかへれ」といふ。
二左の文例中事物・場所・方角を指し示す代名詞を指示せよ。
  (1)岸の此方にて眺むる人あり、かなたの坂を登りゆく人あり。
(27)  (2)いづれの方面にも登山口あり。
  (3)この人にしてそのものにあらず。
  (4)百姓家があちこちに散らばつてゐる。
  (5)いづくをさして行くあてもなし。
  (6)こゝを出づれば木盡き草稀なり。
  (7)そこに警告として一枚の紙がある。
  (8)いづこからともなく集つて來た。
  (9)これを御影と稱す。
  (10)こちらに私と友人と立つてゐた。
  (11)竹村がくれ夕餉たく煙ぞ靡くこゝかしこ。
  (12)かれの繁華に代ふるにこれの幽趣あり。
 
三複数の人代名詞につき、その文例を作れ。
 
(28)   第三章 動詞
 
   花咲く〔二字傍点〕。
   書を讀む〔二字傍点〕。
   鳥が空を飛ぶ〔二字傍点〕。
   子三人あり〔二字傍点〕。
   彼の力與つて多きに居り〔二字傍点〕。
   上野公國に動物園がございます〔五字傍点〕。
 
【二十三】 右の文例中咲く・讀む・飛ぶ・あり・居り・ございますはいづれも動詞で、咲く・讀む・飛ぶは動作、あり・居り・ございます(29)は存在をあらはす。
 
   われもともに行か〔二字傍点〕む。
   昨日も相撲見物に行き〔二字傍点〕たり。
   花は未だ散ら〔二字傍点〕ず。
   紅葉ことな/”\く散り〔二字傍点〕しきぬ。
   試驗を受く〔二字傍点〕。
   試驗を受くる〔三字傍点〕に及ばず。
 
【二十四】 動詞は右の文例における行く・散る・受くのごとく、用ゐ方によつて語尾がいろ/\に變化する。かゝる語尾の變化を動詞の活用といふ。動詞の活用にはいろ/\の(30)種類がある。
 
     一 正格活用の動詞
 
   停車場にて君を待た〔二字傍点〕む。すでに三日待ち〔二字傍点〕たり。手紙を待つ〔二字傍点〕。他に待つ〔二字傍点〕ものなし。しばし待て〔二字傍点〕ばよき便あり。こゝに待て〔二字傍点〕。
 
【二十五】 右の動詞待つは持タ・待チ・待ツ・待ツ・待テ・待テと語尾が變化する。これを四段活用といふ。
四段活用の動詞はカ・サ・タ・ハ・マ・ラの六行に存在する.
 
(31) 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 カ 咲 カ キ ク ク ケ ケ
 サ 貸 サ シ ス ス セ セ
 タ 打 タ チ ツ ツ テ テ
 ハ 買 ハ ヒ フ フ ヘ ヘ
 マ 住 マ ミ ム ム メ メ
 ラ 借 ラ リ ル ル レ レ
 
 四段活用の語尾變化は口語においても同樣であるが、ただし以上の外「死ぬ」といふ動詞がナ行にも存在する。
 
   月を見〔傍点〕む。花を見〔傍点〕て懷を述ぶ。
 
(32)古文書を見る〔二字傍点〕。子を見る〔二字傍点〕こと親に若かず。花をし見れ〔二字傍点〕ば物思もなし。寫眞を見〔傍点〕よ。
 
【二十六】 右の動詞見るは見・見・見ル・見ル・見レ・見と語尾が變化する。これを上一段活用といふ。
上一段活用の動詞はア・カ・ナ・ハ・マ・ワの六行に存在する。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 ア 射 イ イ イル イル イレ イ
 カ 着 キ キ キリ キル キレ キ
 ナ 煮 ニ ニ ニル ニル ニレ ニ
 ハ 干 ヒ ヒ ヒル ヒル ヒレ ヒ
 マ 見 ミ ミ ミル ミル ミレ ミ
(33) ワ 用 ヰ ヰ ヰル ヰル ヰル ヰ
 注意〔二字右●〕 『用』を波行上二段活用に用ゐる人もある。
 
上一段活用の語尾變化は口語においても同樣である。ただし口語ではこれに屬する動詞が佐行の外各行に存在する。
飽く・借る・足るは四段活用に屬する動詞であるが、口語ではこれを上一段活用に用ゐる地方が少くない。
射るを四段活用に用ゐる地方もある。
 
   鞠を蹴〔傍点〕む。鞠を蹴〔傍点〕て遊ぶ。鞠を蹴る〔二字傍点〕。かしこに鞠る〔二字傍点〕大宮人あり。ながく鞠を臓れ〔二字傍点〕ば足疲る。運動のため鞠を蹴〔傍点〕よ。
 
(34)【二十七】 右の動詞蹴るは蹴・蹴・蹴ル・蹴ル・蹴レ・蹴と語尾が變化する。これを下一段活用といふ。
下一段活用に屬する動詞にして普通に用ゐられるものは、『蹴』のみである。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 カ 蹴 ケ ケ ケル ケル ケレ ケ
 
 下一段活用の語尾變化は口語においても同樣であるが、但し口語ではこれに屬する動詞が阿行から和行に至るすべてに存在する。
蹴は口語において概ね四段活用に用ゐられる。
 
   明朝はやく起き〔二字傍点〕む。朝早く起き〔二字傍点〕て散歩せり。(35)毎日午前六時に起く〔二字傍点〕。朝早く起くる〔三字傍点〕人は幸あり。午前五時に起くれ〔三字傍点〕ば間に合ふ。朝六時に起き〔二字傍点〕よ。
 
【二十八】 右の動詞起くは起キ・起キ・起ク・起クル・起クレ・起キと語尾が變化する。これを上二段活用といふ。
上二段活用の動詞はカ・タ・ハ・マ・ヤ・ラの六行に存在する。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 カ 盡 キ キ ク クル クレ キ
 タ 落 チ チ ツ ツル ツレ チ
 ハ 強 ヒ ヒ フ フル フレ ヒ
 マ 恨 ミ ミ ム ムル ムレ ミ
 ユ 老 イ イ ユ ユル ユレ イ
(36)ラ懲 リ リ ル ルル ルレ リ
    注量〔二字右●〕『恨』は四段活用に用ゐても差支ない。
 
上二段活用の動詞は口語においてまつたく上一段活用に變化して居る。
 
   來春試驗を受け〔二字傍点〕む。之を受け〔二字傍点〕て見よ。はげしく質問を受く〔二字傍点〕。 訪問を受くる〔三字傍点〕日一定せり。賞を受くれ〔三字傍点〕ば滿足すべし。今年は必ず試驗を受け〔二字傍点〕よ。
 
【二十九】 右の動詞受くは受ケ・受ケ・受ク・受クル・受クレ・受ケと語尾が變化する。これを。下二段活用といふ。
 
 下二段活用の動詞はア行からワ行に至るすべてに存在す(37)る。
 
行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 ア 得 エ エ ウ ウル ウレ エ
 カ 掛 ケ ケ ク クル クレ ケ
 サ 寄 セ セ ス スル スレ セ
 タ 捨 テ テ ツ ツル ツレ テ
 ナ 重 ネ ネ ヌ ヌル ヌレ ネ
 ハ 與 ヘ ヘ フ フル フレ ヘ
 マ 責 メ メ ム ムル ムレ メ
 ヤ 消 エ エ ユ ユル ユレ エ
 ラ 荒 レ レ ル ルル ルレ レ
 ワ 植 ヱ ヱ ウ ウル ウレ ヱ
 
(38)下二段活用の動詞は口語においてまつたく下一段活用に變化して居る。
 
【三十】 以上に列擧した四段活用・上一段活用・下一段活用上二段活用および下二段活用の五種を正格活用といふ。口語では正格活用が四段活用・上一段活用および下一段活用の三種である。
    練習
一左の文例の中から正格活用に屬する動詞を摘出し、その活用を説明せよ。
(39) (1)用意の小笛は音冴えて、曉の空に響き渡りぬ。いづれも我を忘れて駈來る一黨前後左右より立寄りて首筋を捉へ、その額を打守れども。老の皺のみ、それかと思ふ創痕もなし。さらに引出して小袖を脱がすればあら嬉しや紛ふ方なき先君が無念の御大刀筋、消えもやらず二年越し、あり/\と殘りぬ。大願成就今更胸に通りて言葉も出でず。せき來る涙に兩眼を曇らせ、中には嬉しさの餘り大地に打伏し聲を擧げ、雪中に號哭するものあり。
 (2)降りたる雪の少きにや、朝餉終りて草鞋の緒結びし時は、日のさす處は大方消えて、木の蔭、山の裾、谷の底に其の名殘を留めしのみなり。
 (3)懷かしの故郷や、藤太郎は昔覺えし山川・草木を眼の前に見て、忽ち足の疲も打忘れ、路を急ぎて我が家の方へ向ひけり。夜は漸く明けたれども雪天の寒さに閉ぢられてや、道々の家は未だ多く起出でず。彼の家(40)は我が友の家なりけり、此の家には我に優しき老人ありきなど、昔の事を想ひ出で、坐ろに哀を催しつゝ、須臾にして我が家の前に來れり。
二口語における上一段活用及び下一段活用の活用表を作れ。
三左の如き動詞はいかに活用するか。
 
   飽く 似る 舞ふ 急ぐ 點頭く 起く 盡く 傾く 裂く 欺く 餘す 妬む 促す 揉む 朽つ 落つ 明く 潜む 擧ぐ 押す 枯らす 痛む 聞食す 受く 煮る 割る 鑄る 借る 居る 干る 恥づ 消す 糺す 配る 費やす 臥す 召す 攣る 植う 媚ぶ 強ふ 打つ 育つ 商ふ 放つ 閉づ 能ふ 誘ふ 生ふ 延ぶ 綻ぶ 罵る 載す 貪る 任す 認む 出づ 折る 尋ぬ 與ふ 給ふ 寢ぬ 堪ふ 追ふ 移ろふ 計ふ 聳ゆ 恨む 老ゆ (41)報ゆ 懲る 諫む 恐る 慎む 譽む 崩る 拜む 馴る 嘲る 被る 終ゆ 消ゆ
 
      二 變格活用の動詞
 
   又來〔傍点〕む春を待て。横濱へ來〔傍点〕て一泊す。海賊追ひ來《ク》〔傍点〕。又來る〔二字傍点〕時もあらむ。この秋に來れ〔二字傍点〕ば好都合なり。明朝六時に來〔傍点〕よ。
 
【三十一】 右の動詞來は來《コ》・來《キ》・來《ク》・來《ク》ル・來レ・來《コ》と語根・語尾が變化する。これを加行變格活用といふ。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 カ 來 コ キ ク クル クレ コ
 
(42)注意〔二字右●〕 現代文では『來《キタ》ル』といふ四段活用の動詞が一般に用ゐられる。
 
加行變格活用の動詞は口語においてコ・キ・クル・クレ・コと語根・語尾が變化する。
 
   食事をせ〔傍点〕ず。出世をし〔傍点〕て親を喜ばす。兄と旅行をす〔傍点〕。旅行をする〔二字傍点〕好機會なし。たえず手習をすれ〔二字傍点〕ば上手になる。熱心に勉強をせ〔傍点〕よ。
 
【三十二】 右の動詞|爲《セ》は爲《セ》・シ・ス・スル・スレ・セと語根・語尾が變化する。これを佐行變格活用といふ。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
(43) サ 爲 セ シ ス スル スレ セ
 
佐行變格活用の動詞は口語に於て【セシ】・シ・スル・スル・スレ・【セシ】と語根・語尾が變化する。
國語の名詞又は漢語を動詞として用ゐる場合には、すべて佐行變格に活用する例であるが、口語ではその慣用が左の如く甚だ區々である。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 勉強 【セシ】 シ スル スル スレ 【セシ】
 察   シ   シ シル シル シレ シ
 案   ジ   ジ ジル ジル ジレ ジ
 議   サ   シ ス  ス  セ  セ
 解《ゲ》セ   セ セル セル セレ 
(44)  注意〔二字右●〕 國語の名詞として取扱はれる「甘ミ」「疎ミ」「輕ミ」「重ミ」
 
「安ミ」等を動詞として用ゐるときに、「甘ンジル」「疎ンジル」「輕ンジル」「重ンジル」「安ンジル」と佐行上一段に活用する人が多い。
 
   もろともに死な〔二字傍点〕む。虎は死に〔二字傍点〕ても皮をのこす。毒を飲めば死ぬ〔二字傍点〕。人の死ぬる〔三字傍点〕時その言やよし。
彼死ぬれ〔三字傍点〕ば血統絶ゆ。われとともに死ね〔二字傍点〕。
 
【三十三】 右の動詞死ぬは死ナ・死ニ・死ヌ・死ヌル・死ヌレ・死ネと語尾が變化する。これを奈行變格活用といふ。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 ナ 死 ナ ニ ヌ ヌル ヌレ ネ
  注意〔二字右●〕 『死ヌ』を四段活用の動詞として用ゐることは現代文において許容されもる。
 
(45)奈行變格活用の動詞は、口語において四段活用に變化して居る。
 
   明朝告別式あらむ〔三字傍点〕。やゝしばし對面あり〔二字傍点〕て退出し給へり。兄弟三人あり〔二字傍点〕。もし差支ある〔二字傍点〕場合には通知すべし。差支あれ〔二字傍点〕ば至急御一報を乞ふ。願くは君に幸あれ〔二字傍点〕。
 
【三十四】 右の動詞あるはアラ・アリ・アリ・アル・アレ・アレと語尾が變化する。これを良行變格活用といふ。
 
 行 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 ラ 在 アラ アリ アル アル アレ アレ
 注意〔二字右●〕 『居り』を四段活用として用ゐることは現代文において許容される。
 
(46)良行變格活用の動詞は口語において四段活用に變化した。
 
【三十五】 以上に列擧した加行變格活用・佐行變格活用・奈行變格活用および良行變格活用の四種を變格活用といふ。口語では變格活用が加行變格活用と佐行變格活用の二種である。
    練習
一左の文例の中から變格活用に屬する動詞を摘出して、その活用形を説明せよ。
 (1)神の月日はこゝにも照れば、四季も來り、風雨・幸霰かはる/\到りて、興(47)淺からず。喋來りて舞ひ、蝉來りて鳴き、小鳥來りて遊び、秋蛩また吟ず。しづかに觀ずれば宇宙の富は殆ど三坪の庭に溢るゝを覺ゆ。
 (2)余は改めてケンブリツヂ在學中少しく金錢を浪費せしを謝し、ビーグルに乘船中は深く注意すべきを誓ふ。
 (3)この夜余は他の二人を誘ひて、共に公の側に侍りき。
 (4)仔細に見れば桃の花あり、櫻の花あり、椿の花瓣あり、山吹の花あり、李の花あり。
 (5)恥を忍びて故郷に歸るは、後に死なんためなり。
 (6)敵艦大破して全減に歸したり。
 (7)深く自重して活躍の気を養ひ居り申候。
 (8)この事を父にておはせし人に語り申しけり。
 (9)ペンギンは海を隔てた北の方から泳いで渡って來るのである。
(48) (10)隨分勉強薩をしたから首尾よく及第した.
二口語における加行變格活用と佐行變格活用の活用表を作れ。
三左の如き漢語を動詞として用ゐる場合にはいかに活用するか。
  散歩 運動 旅行 達 罰 發 決 關 存 評 命 報 焙 封 感 信 滅 混 論 判 煎 損 辯 賀 辭 愛 沿 譯 略 熟 祝
 
      三 形容動詞
 
   天気晴朗にして波靜なり〔三字傍点〕。
(49)   理非きはめて明なり〔三字傍点〕。
   論旨まことに穩なり〔三字傍点〕。
   夏涼しくして冬も暖なり〔三字傍点〕。
 
【三十六】 右の文例における靜なり・明なり・穩なり・暖なりは性質を言ひあらはして居るから、これを形容動詞といふ。
 動詞 【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 静 ナラ ナリ ナリ ナル ナレ ナレ
 麗 ナラ ナリ ナリ ナル ナレ ナレ
 穩 ナラ ナリ ナリ ナル ナレ ナレ
 確 ナラ ナリ ナリ ナル ナレ ナレ
 
(50)形容動詞は口語において靜デ・靜ダ・穩デ・穩ダ、あるひは僅デ・僅デアル、明デ・明デアルといふやうに用ゐられる。
    練習
−左の文例の中から形容動詞を摘出せよ
 (1)忽ちlこして百千筋の金光きら/\として八方に散じ、天地全く明なり。
 (2)水澄みて水なきが如く、水底地よりも鮮かなり。
 (3)十戸にも足らぬ草の屋根が並んで野仕事の間の午下りが朝の如く鮮である。
 (4)須磨・明石の長汀曲浦に淡路島をあしらつた景色は繪のやうに綺麗だ。
 (5)今日は風もなく、海が大層靜だ。
二既習の讀本教材から、形容動詞を集めよ。
 
(51)   第四章 形容詞
 
   神澄み氣清し〔二字傍点〕。
   疾すこぶる篤し〔二字傍点〕。
   波甚だ高し〔二字傍点〕。
   山里の冬の夜はことに寂し〔二字傍点〕。
   本年の寒さは昨年よりも厳し〔二字傍点〕。
 
【三十七】 右の文例中清し・篤し・高し・寂し・嚴しは物事の性質を言ひあらはして居るもので、いづれも形容詞である。
 
(52)   風次第に強く〔二字傍点〕吹き来れり。
   力強き〔二字傍点〕男に出あひぬ。
   彼の任や頗る重し〔二字傍点〕といふべし。
   父の疾重けれ〔三字傍点〕ば竊に心を痛めぬ。
   敵より烈しき〔三字傍点〕攻撃を受けたり。
   風力頗る烈し〔二字傍点〕。
 
【三十八】  形容詞は右の文例における強し・重し・烈しのごとく、用ゐ方によつて語尾がいろゝに變化する。かゝる語尾の變化を形容詞の活用といふ。形容詞の活用に二の種類がある。
 
(53)      一 久活用
 
   空晴れ渡りて、島影遠く〔二字傍点〕あらはる。遠き〔二字傍点〕山々霞に隱れて見えずなりぬ。日暮れて道遠し〔二字傍点〕。麓まではなほ遠けれ〔三字傍点〕ば、車を※[人偏+就]ひぬ。
 
【三十九】 右の形容詞遠しは遠ク・遠シ・遠キ・遠ケレと語尾が變化する。これを久活用といふ。
 形容詞【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 遠 ク ク シ キ ケレ 
 深 ク ク シ キ ケレ 
 低 ク ク シ キ ケレ 
 輕 ク ク シ キ ケレ 
(54) 白 ク ク シ キ ケレ 
 
久活用の形容詞は口語において
 善く來た。人が善い。大層善い家だ。これで善ければ上げよう。
といふやうに、その語尾が善ク・善イ・善イ・善ケレと變化する。
 
    二 志久活用
 
   空麗はし〔三字傍点〕く晴れ渡れり。麗しき〔三字傍点〕御顔を拜し奉りぬ。日高くさしのぼりていと麗し〔二字傍点〕。心麗しけれ〔四字傍点〕ば、徳自ら備はる。
 
(55) 【四十】 右の形容詞麗しは麗シク・麗シ・麗シキ・麗シケレと語尾が變化する。これを志久活用といふ。
形容詞【第一】活用形 【第二】活用形 【第三】活用形 【第四】活用形 【第五】活用形 【第六】活用形
 烈 シク シク シ シキ シケレ
 嬉 シク シク シ シキ シケレ
 惡 シク シク シ シキ シケレ
 寂 シク シク シ シキ シケレ
 嚴 シク シク シ シキ シケレ
 
志久活用の形容詞は口語において、
   烈しく〔三字傍点〕降つて來た。寒さが烈しい〔三字傍点〕。烈しい〔三字傍点〕寒さだ。寒さが烈しけれ〔四字傍点〕ば、豐年だ。
(56)といふやうに、その語尾が烈シク・烈シイ・烈シイ・烈シケレと變化する。
 
【四十一】 以上の外明ケク・明ケシ・明ケキと活用する語彙が、形容詞に若干ある。
 口語において、左の如き語彙は一種の形容詞として用ゐられ、之を準形容詞といつて居る。
  一、靜な 明な 僅な 長閑な 暖な 穩な 確な 賑な  二、聊な 可笑な 小さな
  三、手狹な 氣早な 氣輕な 眞圓な 眞赤な 松遠な 身重な
  四、こんな そんな あんな どんな
  五、この樣な その樣な 面白さうな 降りさうな
(57)  六、立派な 綺麗な 上等な 十分な 大抵な 案外な 感心な
  七、御尤な 御盛な 盛な 哀な
    練習
−左の文例の中から久活用や志久活用に屬する形容詞を摘出せよ。
 (1)上下心を一にして、入るや虎穴の奥深く、この大任は船底に積める石より尚重し。
 (2)月益々淡く東漸々白し。
 (3)命より名こそ惜しけれ武士の道にかふべき道しなければ。
 (4)しづけき夏の夜半の空、遠き蛙の歌きけば、無聲にまさるさびなれや。
 (5)天明より文化・文政まで、久しく文壇の牛耳を執りたる太田甫畝翁の事