(1)   新刊萬葉集管見凡例
一、萬葉集管見の傳本は、東京帝國大學の國語研究室に一部、水戸の彰考館文庫に一部、京都羽倉信眞氏に一部が存したのみである。國語研究室本は、著者の自筆本であって、最信憑すべきものであったが、大正十二年九月一日の地震に因る火炎の爲に燒失した。羽倉信眞氏蔵本は、萬葉集卷第一から四までの分四冊の零本である。その第一册の前半は、荷田春滿の自筆に係る。彰考館文庫本は、著者自筆本に依つてかなり忠實に寫した本と認められる。寫本四册になつてゐて、第一册に第一卷から第四卷まで、第二册に第五卷から第十卷まで、第三册に第十一卷から第十四卷まで、第四册に第十五卷以下を收めてゐる。今の刊行は、彰考館文庫本を、新に影寫せしめた本によつた。この謄寫につき、徳川侯爵家および彰考館文庫主事雨谷毅氏の好意に、深く感謝の意を表する。橋本進吉氏は、國語研究室本に就いて其深き研究をかつて「國學院雜誌」および「自然」の誌上に發表せられた。國語研究室本の萬葉集管見が、下河邊長流の著書であり、かつ著者の自筆本であることは、全くその研究によつて明になつたのである。故に、同氏に請うて、その研究を本書に載せて、以つて、萬葉集叢書の例なる、解説の文に代へることとした。讀者はこれによつて、本書の性質、價値等を明にすることを得るであらう。ここに、同氏に對して、感謝の意を致(2)す次第である。
一、すべて原本の面目を損せざらむことに注意を拂つた。修正の如きも、原文と修正の文とを併せ出して、いかなる文字が、いかに修正せられてあるかを明にした。ただし、もとの字が讀みにくい爲に修正したと認められ、原字も修正も同字であるものの如きは、別に注意することを略した。
一、刊行に際して新に句讀點を加へた。その他、校者の新に加へた文字には、すべて括弧を施してこれを分つた。
一、原本は著者自筆の本によつて、かなり忠實に書寫してゐるとは認められるが、もとより自筆本その儘であるとは云ひ得ない。故に自筆本の詞句と本書との間に、時には多少の相違の存するもののあるもまた止むを得ぬところである。殊に自筆本が紙を切り繼ぎした部分の如きは、この原本では一切を知ることを得ない。
   大正十四年二月
                   校訂者識
 
(1)  下河邊長流の「萬葉集管見」
                   橋本進吉
 
       一
 
 下河邊長流の萬葉集に精しかりし事は、契沖の萬葉代匠記編述の由來と共に吾人の耳に熟せる所なれども、其の、萬葉集に關する考説の實際に至つては、萬葉集名寄、枕詞燭明抄等の著書と、契沖が代匠記に引用せる所とによりて、僅に一端を窺ふを得るに過ぎず。吾人、徒に其の名を開いて、未だ其の實を詳にせざるを憾みたりき。然るに今、萬葉集管見を得て、其の全般を見るを得るは、斯學研究の爲に幸とする所なり。
 萬葉集管見の名は、既に群書一覽に見ゆ。即、同書卷四、撰集類の部に
  萬葉集管見 寫本  二卷
   作者つまびらかならず予がみる所第一卷より第四卷に至る蓋闕本也
とあり。かくの如く、一覽には著者不詳としたれども、木村博士の萬葉集書目提要には、初に一覽の文を引き、次に
(2)  正辭云代匠記の首巻に似閑の書入ありて下河邊長流撰とあり
と書き添へたり(同書下巻四十八頁)。此に由つて見れば、長流の著なるが如しと雖、年山紀聞卷二、長流の傳中にも之を擧げず。近代名家著述目録等にも亦所見なければ、之を以て長流の著とせんこと疑ふべきが如し。萬葉集書目提要にも、萬葉集管見の題目の下に撰者未詳とあるを以て見れば、木村博士も、此の説を、未だ確實とは認められざりしなるべし。
 近比、東京帝國大學文科大學國語研究室に於て、萬葉集管見十册(寫本)を得たり。各册の表紙には萬葉集抄とあれども、第一册の卷頭には萬葉集管見と題せり。萬葉卷一より順次に難解なる語句を抄出して注解を加へたるものにして、各部二十卷、二卷を合して一册とし、總て十册あり。序なく跋なく又撰者の名を識さず、撰者の由來歳月等、一も知るを得ず。之を、彼の群書一覽に云ふ所のものに比するに、彼は二卷にして、此は十册なりと雖、彼は闕本にして、第一卷より第四卷に至ると云へば、正に、比の書の第一第二の兩册に當るものとなすを得べし。然れども一覽には其の内容體裁等に關しては少しも説く所無きを以て、此の書と全然同一なりや否やを詳にする事能はず。木村博士は、未だ管見を實見せられざるものゝ如く、萬葉集書目提要に云ふ所も、また一覽の外に出でず。されば、假に一覽と提要とに云ふ所の管見を以て長流の著とする事疑なしとなすとも、之によつて、直に、國語研究室の管見を長流の著と斷定する事能はざるなり。况んや、一覽に載する所の管見を以て長流の著と(3)すること未だ確實なりと認むべからざるをや。
 長流が義公の命を受けて稿を起しゝ萬葉集の注は成就せざりしかど、猶此の外に、萬葉集を釋せる長流の著ありし事は、契沖の萬葉代匠記序に
  彼翁【○即長流なり】がまだいとわかゝりし時かたばかりしるしおけるにおのがおろかなる心を添て萬葉代匠記と名付て是をさゝぐ
といへるに依つて知るを得。又、今井似閑の代匠記序を見るに、中に、長流について説ける所あり。曰く
  長流は大和國の人にして和歌にのみ心をよせ萬葉集等の古歌をそらんする事書にむかふことし古人の説に私の意をくはへ萬葉管見鈔を初め抄出する所の書數部なり
 之によつて、長流の著に萬葉管見鈔といふものある事明なり。更に萬葉代匠記(初稿本)を檢するに、卷四上「玉きぬのさゐ/\しづみ」の歌の注に
  長流か管見抄に先賢の説にさゐ/\はきぬの音なひのさわ/\とするこゝろなりしつみは其音のしつまりて居る心といへり
とあり。この管見抄は似閑の云へる萬葉管見鈔と同一のものたる事疑なし。此の書が、また、契沖の代匠記序に云へる、長流がまだいとわかゝりし時かたばかりしるしおけるものなりや否やの論は姑く措き、先づ、此の長流の管見抄と、萬葉集管見との異同を檢せんと欲す。
(4) 萬葉代匠記の初稿本(初稿本とは精撰本に對していふ。初稿本にも亦數種あるべし。今、東京文科大學國語研究室なる享保二年書寫の奥書ある寫本による)には、長流の説及び著書を引用せる事甚多く、管見抄も亦屡引用せられ卷四より卷十に至り四十二筒所に及ぶ(卷四に二十一、卷五に八、卷六に四、卷七に七、卷九に一、卷十に一、合せて四十二箇所)。これ、管見抄の面目を窺ふべき恰好の材料なりとす。今、此を以て萬葉集管見に比するに、啻に其の説の同じきのみならず、語句に至るまで、殆どすべて一致す。試に二三の例を擧げんに、先に引用したる卷四「玉きぬのさゐ/\しづみ」の歌の註は管見には
  先賢の説にさゐ/\は衣の音なひのさは/\トスル心也しつむは其音の閑まりて居る心といへりされとうたの心に難叶にや
とありて全然一致す。
 卷四「小歴木莫苅そ」の註
  (代匠記)管見抄にわかくぬ木とあるも心を得たれとなかりそといふことのあまればあやまれり
  (管見)さほ川のきしのつかさの若くぬ木
 卷五「いつくゆかしわかきたりし」の註
  (代匠記)管見抄には皺之來しとこゝろへたり
  (管見)くれなゐの面の上にいつくゆかしはか來たり
(5) 卷五「人もねの」の註
  (代匠記)管見抄にひともねは人皆也もねみな共に五音かよへりといへり
  (管見)ヒトモネハ人皆也もねみな共に五音かよへり
 卷六「かゝよふ玉」の註
  (代匠記)かゝよふは管見抄にほのめく心と註せり
  (管見)かゞよふはほのめく心也
 卷九「よこもりに」の註
  (代匠記)夜こもるを管見抄に夜をこめて出くる月といはんかことしといへり
  (管見)夜こもりに出くる月  夜をこめて出くる月といはんかことし
大概かくの如し。最差異あるものと雖
 卷九「身はたなしらず」の註
  (代匠記)管見抄にはたゝしらずといへり
  (管見)たなは只なりたなしりトモよめりたなしりを或物にはたなしりそトいふ心也とかけりあしき説ナリ
の如く、唯語句に小異あるのみにして、其の説に至つては全く同じ。而も、かくの如きは、代匠記中(6)に管見抄を引用せる箇所總數四十二箇の中、唯一箇のみにして、殘餘の四十一箇所は、一字一句も差ふ所なし。
 以上の事實に依つて、代匠記に引ける管見抄が、國語研究室なる萬葉集管見と同一なる事明亮にして、而して管見抄の長流の著なること上述の如しとすれば、萬葉集管見の長流の著なる事、確實にして疑ふ能はざるなり。
         二
 萬葉集管見の作者は既に之を明にするを得たり。次に、其の編著の年代如何といふに、此は書中にも記する所なく、又他書にも載するものなければ、容易に知り難かりしが、管見の説を代匠記に引ける長流の説と比較して考察したる結果、僅に其の一端を捉ふるを得たり。
 代匠記(初稿本)に長流の説を引用せるを見るに、「燭明鈔」「續哥林良材集」「管見抄」などの如く、其の書名を明示せるあり。又、「長流が抄に」「長流が本に」「長流が昔の抄に」など云ひて書名を掲げざるあり。唯、漠然と「長流いはく」「長流申」「長流は……と心得たり」など云ひて、著書より引けるか、直話によれるか明ならざるありて、仔細に檢し來れば、其の引用の形式甚多樣なり。今試に書名を明示せざる長流の説を管見と比較するに「長流が抄」「長流が本」「長流が昔の抄」「長流が昔の本」「長流が若(7)きときかける抄」「長流が注」などの名を以て引用せるものは、すべて管見の説に一致し、其の多くは、語句に至るまで、毫も之に違ふ所なし。之によつて、此等は、其の出所を明記せざれども、すべて、萬葉集管見より引けるものなるを知るべきなり。
 猶他の方面より考ふるに、代匠記中にて、管見抄の名の始めて見ゆるは卷四にして、其の以前の卷々に於て、管見より出でたりと認めらるゝものは、卷一に「長流がわかき時かける抄に」といへるを初とし、次には「長流が抄に」とあり。卷二には「長流が本に」「長流が昔の本に」及び「長流が昔の抄に」とて引用し、卷三には長流が昔の抄」及び「長流が本」とて引き、卷四に至りて、始めて「長流が管見抄に」と云へり。其より後、管見抄の名甚多くあらはる。依て思ふに、長流の萬葉集管見は、當時未だ世に流布せざりしが故に、其の書名をあげて之を引用すとも、世人の解せざらん事を恐れ、初は「長流がわかき時かける抄」又は「長流が昔の抄」など説明的の名稱を用ゐ、又、之を略して「長流が抄」「長流が本」などとも記せるものなるが、後には其の本來の名をあらはし、まづ「長流が管見抄」とて、特に著者の名を冠して「長流が昔の抄」「長流が抄」などゝ同一のものなるを示し、然る後、只、「管見抄」とのみ云ひたるものなるが如し。果して然らば、「長流が抄」「長流が本」「長流が昔の抄」などゝ其の名稱は區々なれども、すべて皆、萬葉集管見をさせるものなりと云ふべきなり。かくの如き、管見の種々の異名(もし、異名と名づくべくんば)のうち、特に注意すべきは「長流が昔の抄」「長流が昔の本」及び「長(8)流がわかき時かける抄」といへるものにして、吾人は之に依つて、管見が長流の「昔」即「わかき時かける」ものなるを知る事を得。
 代匠記卷二に「長流の老後にかけるには」とて引用せるもの一箇所あり。之を管見に比するに、説同じからず。之に依つて、管見の老後に書けるものにあらざるを證し得べく、以て其の「わかき時かける」ものなるを確ひるに足れり。唯、やゝ不審なるは、同書卷二に「長流がわかき時かける物に」とて引ける一箇條の管見に見えざることなれども、管見を「わかき時かける抄〔右○〕」といへるに比すれば、此は恐らく管見にあらずして、同じく若き時書きたる他の書を指せるものなるべし。
 かくの如くにして、吾人は萬葉集管見の長流壯年の著なるを明にし得たり。此に於て、吾人の想起するを禁ずる能はざるは、契沖の代匠記序にいへる、長流が「まだいとわかゝりし時かたばかりしるしおけるもの」にして、其の、管見と同じものならざるかとの疑は自ら起り來らざるを得ず。契沖はこの長流の記に私案を加へて代匠記を成したりと云へば、管見と代匠記とを比較し、管見が果して代匠記の基をなせりや否やを見れば、此の疑問は、おのづから解決し得べきなり。吾人は、未だ代匠記全部に亘りてこの調査をなしたるにはあらざれども、試に教箇所について檢したる所によれば、管見は洵に代匠記の根元をなせるものにして、從つて、長流が「いとわかゝりし時に、かたばかりしるしおけるもの」の管見なるべきを確め得たり(委しくは後に述ぶべし)。
(9) 以上の研究によつて、管見が長流の「若き時」の著なるを明にし得たるのみならず、また其の「いと〔二字右○〕若き時」の著なるを知り得たり。「若き時」といひ「いと若き時」といふ、共に漠然たるを免れずと雖、代匠記によつては、此以上詳細なる事實を知ること能はず。されば吾人は、更に、方法を新にして、再び、此の問題を研究せんと欲す。
         三
 長流の著書中、注釋に關するものは、萬葉集管見を除いては、萬葉集名寄(一名萬葉集名所部類抄)神佛二聖和歌注、枕詞燭明抄、百人一首三奥抄、歌仙抄及び六々歌人賛の六種なるが、六々歌人賛は歌の大意を釋したるものにして箇々の語の解釋は無きが故に、萬葉集管見と比較して、其の説の異同を檢し得べきものは、他の五種のみ。又、續歌林良材集あり。歌にあらはれたる故事を説きたるものにして、語釋を主とせるものにはあらざれども、間、語句の解釋に渉れる所ありて、亦參考に資すべし。而して、此等の書は、歌仙抄を除きては、何れも其の著作の時代を詳にせずと雖、百人一首三奥抄の外は、卷末の識語によつて其の出版又は跋語成稿の年代を知るべく、著作の年代、亦之によつて揣摩し得べからざるにあらず。管見の説を此等の書と比較し、以て兩者の年代の前後を推測するを得ば、管見著作の年代、亦幾分か闡明し得べきなり。
(10) 萬葉集名寄は萬葉集中の名所を國わけとなし、歌を出して、所々に傍註を加へたるもの、今、此の傍註の説を管見に比するに、大概一致すれども、また往々違へるものあり。説に差異あるは、著者の考の變じたるものにして、以て、名寄と管見との著作年代の同じからざるを知るべしと雖、其の何れが先に成れるものなるかは、未だ決するを得ず。然るに、茲に、興味ある事實あり。國語研究室の管見を見るに、所々に、朱又は墨を以て、行間又は餘白に語句を書き入れたる處あり。又、本文を塗抹して、傍に書き改めたる所あり。其の字體、本文と同一手に出でたるものゝ如し。その語句體裁等を見るに、單に、書寫の際に起れる誤謬を訂し、脱漏を補ひたるものとは見るべからずして、稿成れる後、何人か訂正増補を加へたるものなる事疑なし。而して、この補訂の後人の所爲にあらずして、長流のなせるものなるべきは、代匠記の所説によつて明なり。即、萬葉集卷十三「赤駒の厩を立て」の歌なる「床敷而」の注、代匠記には、
  床敷而……長流はゆかしくてといふなるべしといへり。
とあり。管見を見るに、本文には
  とこしきにわか待君  とこしきは不斷也ときしくといふ詞に同じ
とありて、代匠紀にいふ所と合はず。却つて本文の下に朱にて
  床敷而トカキタリユカシクテワカ待きみトいふナルヘシ
(11)と二行に細書せるもの代匠記に一致す。又、卷十四「庭にたつあさでこぶすま」の歌なる「つまよしこさね」の注、代匠記には
  つまよしこねさ 長流がいはくつまよしかさねといふ心かといへり
とあり。管見の本文には
  つまよしこさね  妻よし來たれト也
とありて代匠記と合はず。其の下に、朱にて二行に
  又云しこさねしかさねトいふ心歟
と細書せるもの、却つて之に一致す。又、卷五「うちひさす宮へのほると」の長歌なる「とけしもの」の注、代匠記には(此の條國語研究室の代匠記には缺けて存せず。今、之を、似閑の序ある代匠記に依つて補へる代匠記脱漏による)
  とけしもの打こいふしては管見抄に霜の解る樣に命しぬるよし也ともいひ又床しも【○の脱か】といふことかと聞えたりと云
といへり。管見を見るに、本文には
  とけしもは霜(ノ)解(ル)やうにうちふして命死ヌルよし也といへり
とありて、傍に朱にて
(12)  とけしものは床しものもトいふ心か床ニフストいふコトかときこえたり
と細書せり。即、代匠記には、管見の書き入れの説をも共に長流又は管見抄の説として引用せるを見るべし。此等の書き入れが長流の手になれるものなる事、之によつて明亮なり。此の例を以て推すに本文を塗抹して、傍に書けるも亦長流のなせるものなるべし。蓋、管見稿成るの後、恐らくは幾年を經て、著者自ら補訂を加へたるものならん。
 如上の事實を認めて名寄と管見とを對照するに、名寄上の二難波宮の條にあげたる萬葉卷六の「やすみしゝわが大君のありかよふなにはの宮はいさなとり海かたつさて」の「いさなとり」の傍に「魚トル也」と注せり。管見を見るに、卷二「いさなとる近江の海」の條には
  くしらは魚の中にすくれていさけく大きなる魚なれば海をいはんトテハ先くしら取海とはいふなり
とありて、朱にて「くしらは」より「先」までを塗抹し、更に墨にて傍に「淮南子に鯨鯢魚之王也トアレバ海ヲ領スル心ヲ以テ」と書し、又「いふなり」の次に「くしらヲ人ノトラユル心ニハアラス」と書き加へたり。之に依て見れば、名寄の説は、管見のもとの説に同じくして、改訂したるものと等しからず。又、名寄下之二紀伊國牟婁江の條にあげたる萬葉集卷十三「紀のくにの室の江の邊に」の歌の中なる「なく子なす靱とりさくり」の傍に「泣子ヲタツサヘナクナムルヤウニ腰ニサグル物ナレバ也」と註せ(13)り。管見には、
  いときなき子ノ泣ヲハ脇はさみもちてなぐさむる也ゆきハ靱ナリ腰につけてありくはなく子をたつさへもてるかことしよつてかくつゞけたりさぐりハ腰にさくる也
とあるを、墨にて全文を塗抹し、傍に
  行取左具利トカキタレトモ靱トリ探リトいふ心ナリ又靱トリテ腰サクル心歟
と記せり。又、名寄、同じ歌の「しのきはをふたつたはさみ」の傍注に「三ツ羽アレハシノキ羽ト云」
とあり。管見には、
  矢は三つ羽有て其羽を切そろへたるは刀(ノ)しのき(ノ)ことくなれはかくいふふたつ手ばさみは諸矢をいふ也
とあるを、すべて墨にて消し、傍に「しのきはは矢ヲいふしのくはおかす心也矢ハ敵ヲオカスウツハモノナレハナリ」と朱書せり。此等も、名寄の説が、管見のもとの説に一致し、改訂したる説に一致せざる例なり。
 かくの如くして、名寄が、管見の増訂より以前に成れるものなるを明め得たりと雖、而も、管見と名寄との年代の前後は猶不明なりと云はざるべからず。然るに、幸に之を決定すべき一事を發見せり。名寄下之二の終に近く、萬葉集第十四卷東歌之中と題せる一項ありて、中に「伎波都久岡」の名見ゆ。而(14)して、此の項の最後に「已上四十三首は彼集に國未勘の由しるされ畢さらにあらためて不可定」とあれば、伎波都久岡を所在未詳と認めたるものなること論なし。しかるに、管見卷十四を見るに、「きはつく(ノ)岡常陸國なり」とありて、疑をだに挾まず。若し、名寄著作の時、その常陸國に在るを知らば、必之を常陸國の部に入るべきに、之を未勘國の部に入れたるは、名寄著作當時は、未だ之を知らざりしが、後に徴を得て常陸國なりと定めたりとせんこと、最當を得たるが如し。此の推測にして誤らずんば、管見は名寄の後に成れる者といふべきなり。而して、此の兩書の間に説を同じくせざるものあるは、前説の非を覺りて、之を改めたるものと認めざるべからざるを以て、その間に、少くとも一兩年の歳月を隔つるものと見て可なるべし。
 歌仙抄中、管見と對照すべきは、赤人の歌なる「かたをなみ」の解、及び遍照の歌なる「たらちね」の注(管見にては卷十一「たらちねの母がかふこの眉こもり」の歌の條にあり)にして、歌仙抄の方、遙に詳細なれども、其の説は全く相同じくして、年代の前後を定むること能はず。
 神佛二聖和歌注の中にては、「さす竹の君はやなき」の一句の解のみ管見と對照し得べし。即、同書には
  此さす竹と申詞は萬葉集におほく刺竹の大宮人とつゝけたりさす竹とは垣なとにさしならふる竹也いくらともなくさせば多き心にて大宮人とつゝけたり又刺竹は矢の事なり矢は尻籠《ンコ》にもさしえ(15)ひらにも胡※[竹冠/録]にもさして武士の背中におふ物なれば大宮人とつゝけたるか共いへり大宮とは帝の御座所なりされば刺竹の君いはゆる帝王の御事也されはかの飢人親なしに成たりとも君やはいまさぬ正しく君は國民の父母にていますにいかにして其惠に洩たるやうにて爰には飢てふしたるそと打かへしあはれみ給ふ心にや但此飢人は南天竺國の香至大王の第三の皇子にておはしけれは夫をさして汝則さす竹の君にあらずやいかで飯うゑしてふせるそと讀せ給ふ心にや
とあり。管見卷六「刺竹の大宮人」の條には
  さす竹は殖ル竹の心ナリ刺柳などいふがごとし殖ふるも地にさす心也竹のいくもと共なくおほく立ならふによせて大宮人とはいへり十六卷竹取翁かうたに刺竹のとねり男と讀るも舍人(ノ)アマタ侍らふ心也後々 うたにはさゝ竹の大宮人ともよめり聖徳皇子の御歌にさすたけの君ト有も御身大宮人にてましますをよませ給ふとぞきこえたる(「御身」以下、朱を以て塗抹し、傍に「その飢人が宮仕フル君ハナキにやトノ御歌ナルベシ」と書けり)
とありて、二聖和歌注の説は、管見のもとの説とも後の説とも一致せず。思ふに、これ、此の兩書成稿の間に、年月の隔りあるが爲なるべし。然らば、二聖和歌注の著作は管見よりも前か、管見の補訂よりも後か、管見の稿成りたる後にして、補訂を加へざる前か、今遽に決するを得ず。
 次に、管見を燭明抄に比するに、説の一致せるもの多けれど、一致せざるものも亦少しとせず。概(16)して燭明抄の方委しくして、諸説を擧ぐること多けれど、また管見の方、多くの説をあげたる所あり。又燭明抄に見えざる私案を加へたる所もありて、その年代の前後を定むること困難なり。されど、管見卷三に
  あら玉のきえ行とし  年月のむなしく過るは消行がことくナリト也萬葉の歌(ノ)ならひ中(ニ)句を隔て枕詞ををくこといとおほし
とある傍に朱にて
  古軍記に尾張國美夜受比賣哥ニアラタマノツキハキエユクト云リ
と細書せるもの、燭明抄下巻「あら玉の」の條に
  古事記を考るに尾張(ノ)國美夜受賣か日本式尊に奉るうたにいはく
とて「あらたまの月はきえ行く」の歌を引けると其の趣を同じうし、管見「いさなとり」の條に
  くしらは魚の中にすくれていさけく大きなる魚なれば海をいはんトテハ先くしら取海とはいふなり
とあるを、最初より「先」までを朱にて消して傍に墨にて
  淮南子に鯨鯢魚之王也トアレハ海を領スル心ヲ以テ
と書し、「いふなり」の後に
(17)  くじらヲ人ノトラユル心ニハアラス
と書き加へたるもの、燭明抄下巻「くちらとる」の條に
  くちらとる海とは鯨の海を領するこゝろ也淮南子に鯨鯢(ハ)魚之|王也《キミナリト》云々魚の中の王にて海をとるの心也世を取國を取なといふに同し心なり
とあるに一致す。此等の例に依って見れば、燭明抄は管見のもとの説と異り、寧補訂したるものに一致す。則、管見は燭明抄よりも先に成れるを知るべし。
 次に管見を續歌林良材集に比するに、其の説、概同じけれども、一二異るものなきにあらず。中に注意すべきは萬葉巻二「青旗の木はたの上をかよふとは」の歌の注にして、續歌林良材集巻上、「天智天皇登仙の車」の條に、此の歌を引きて
  (天智天皇)大津宮に世をしろしめすこと十年のしはすに山城國山科に幸まし/\て御馬にめしながら天に上りてうせさせ給ひしかは御沓のおちとまれる所に御陵をつかうまつれり御はかをはかゝみの山と名付たりよつて后の御うたに木幡の上にかよふとは目には見れともたゝにあはぬかもとよませ給ふ心は天皇生なから山しなのこはたの山の上をさして天にのぼらせ給へば猶此世の空にかよひ給ふとはみれどたゝに相見ることなしとよませ給ふよし也
と説けるは、管見に
(18)  青旗の木はた  天子皇子等の葬禮にはたをさゝけて御をくり仕うまつる其はたをよめる也木はたとは木に其はたをつくること也
とあると同じからず。されど、管見には、朱にて最後の「也」の字を消して傍に「か」と記せり。「也」と斷定せる管見のもとの説は、續歌林良材集の説とは相容れずと雖、「か」と疑へる後の説は、必しも之と※[手偏+干]格するものにあらず。想ふに、最初は、管見の本文の説の如く解せしが、後、續歌林良材に戴するが如き説を得て、前説に疑を生じたる爲、かく、管見に改訂を加へたるものなるべし。果して然らば續歌林良材は、管見の後に成れるものといふべきなり。
 
         四
 以上の研究によつて、管見の成れるは名寄より後、燭明抄及び續歌林良材集よりも前なるを推知し得たり。此等の書の成れる年代は、未だ明ならざれども、名寄には萬治二年僧祖冲の跋ありて、中に「弟子纂而開板」とあれば、恐らく其の頃刊行せしなるべく、燭明抄は寛文十年の開板にして、續歌林良材集は、之に後るゝ事七年、延寶五年の開板なれば、假に、刊行の時を以て稿成れる時なりとせば管見は萬治二年より寛文十年に至る十一箇年の間に成れるものとせざるべからず。而して、前述の如く、管見は、名寄とも燭明抄とも其の説を同じくせざるものあるを以て、この兩書の成稿より、少くと(19)も一兩年を隔つるものとせば、管見脱稿の年代は、前の推定より、前後に於て各一二年を減じて、寛文の初より同七八年までの間となすを得べし。又、二聖和歌注を説同じからざるを以て、之と一二年以上の隔りあるものとし、此の書成功の年代を、假に其の跋(野鴨子記)の成れる寛文七年頃とせば、管見を、其より後に成れりとするは、燭明抄に基づきての推定と牴觸する所あるが故に、勢其よりも前に成れるものと認めざるべからず。然らば、管見は、寛文初年に脱稿せるものといはざるを得ざるなり。
 長流は、貞享三年六十三歳にて歿したりと云へば、寛文元年は其の三十八歳の時に當るを以て、右の推定によれば管見の成りたるは、長流三十八歳より四十一二歳までの間とせざるべからず。もし然らば、代匠記に此の書をさして、「長流がわかき時かける抄」といへるに對してはあまりに年闌けたりとの感なき能はず。况んや代匠記序に「いと〔二字右○〕若かりし時」と云へるには、斷じて稱ふべからざるなり。されど長流の享年については異説なきにあらず。吾人の見聞する所によれば、世に廣く行はるゝ六十三歳説の出處は年山紀聞なるが如し。然るに、圓珠庵に藏する過去帳及び長流の位牌には六十二歳とありといふ。この位牌或は過去帳が、契沖在世のり時にありしものならば、史料として、年山紀聞よりも確實なるものと認むべきを以て、管見なれる時の長流の年齢は、右にあげたるものより一歳を減ずることゝなるなり。されど、吾人は、この位牌及び過去帳を實見せざれば、その幾何の價値あるもの(20)なるかを判斷する事能はず。
 長流の享年に關する異説は、たゞ此のみにあらざるなり。長流の自撰晩花集刊本卷初に延寶九年五月廿日五十五歳自集の旨を記し、若冲編三家和歌集卷中なる長龍和歌延寶集(自撰晩花集の原本)の卷初にも、「延寶九年五月廿日下河邊長龍五十五歳自集」とある由なれば(文學博士佐々木信綱氏の直話による)之より算するに、長流の歿したる貞享三年は正に六十歳にして、年山紀聞の傳ふる所より少きこと三歳、圓珠庵の位牌に記する所より少きこと二歳なり。此の延寶九年云々の識語は、長流の自記なるか、はた、若冲の記するところなるか、今明ならざれども、假に之を若冲の記なりとしても、若冲は親しく長流の教を受けしものなるが故に、猶、一の有力なる説たるを失はず。されど、吾人は此の書成立の由來等より見て、寧、長流の自記たるを信ぜんと欲す(自撰漫吟集刊本の序を見るに、清水濱臣も、しか解せるものゝ如し)。果して然らば、これ、最確實なるものと云ふべきなり。此の説によれば、寛文元年は長流三十五歳の時にして、管見著作の時代が、吾人の推定せる如くならば、管見は、三十五歳より四十歳以前までの間に成れるものと定むべきなり。されども、三十五歳の時としても或は「若き時」とは云ひ得ぺけんも「いと〔二字右○〕若き時」といはんは當を失したるが如し。依つて想ふに、吾人が、管見著作年代推定の一方の基礎として用ゐたる萬葉集名寄は、萬治二年の祖冲の跋によつて、其の開板を萬治二年頃と推定し、假に其の頃に脱稿したるものと見たれども、草稿夙に成りて、數年の(21)後、之に跋を添へて出版するは、往々あることなれば、名寄も、其の出版は萬治二年(長流三十三の時)頃なりと雖、稿は、既に數年前に成りたりしものにして、從つて、管見の脱稿は、前に推定せしよりも猶早く、或は長流三十歳前後の時ならんもまた知るべからざるなり。
 然りと雖、かくの如きは、單に吾人の臆測に過ぎず。吾人は、唯、管見は長流の「若き時」、ことに「いと〔二字右○〕若き時」の著にして、其の製作の年代は、恐らく萬葉集名寄よりも後にして、寛文初年を下らざるものなるべきを推定し得べきのみ。
 
         五
 萬葉集管見の著者及び著作の年代は既に之を明にしたれば、進んで内容の研究に入り、其の説の基づく所を究め、舊來の諸説に比して幾何の進歩を示せるかを檢し、又、後の學者の説と比較して、之に如何なる影響を與へたりしかを見、以て、此の書の價値と功績とを定むるは、有益にして又興味ある事なれども、吾人は、專ら之に從事する暇を有せざるを以て、委細は專攻の士の研究に俟つことゝし、今は、唯二三の例によつて、其の一般を窺ふにとゞめんとす。
 便宜上、其の、後の學者に對する關係の研究より始めん。
 先、萬葉代匠記との關係を見んに、代匠記中に管見を引ける處甚だ多く、「管見抄に」として引ける(22)ものゝ外、「長流が抄」「長流が本」「長流が昔の本」「長流が若き時かける抄」「長流が注」など種々の名目にて引用せるものも、亦此の書より出でたるものなる事、既に述べたるが如し。其の他、長流は………と心得たり」「長流は………と書けり」「長流がいはく」又は「長流いへり」とて引けるものも、二三出所不明なるものあれども、概、管見の説なること疑なし。されど、今、吾人の特に知らんと欲するは管見に據りたる事を明示せずして、而も、其の説を採れることなきか如何にあり。試に、萬葉集卷頭の「こもよみこもち」の歌について見るに、代匠記初稿本には、
  此御歌ふたつにわかちて見るべしなつけさねといふまではすこに家と名とを問はせ給ふ也そらみつといふより下はみかど御みづからの上をすこに告きかせたまふなり。こもよみこもちふくしもよみふくしもちはかこもよきかこをもちふくしもよきふくしをもちて也ふくしとはかねにてへらのやうにこしらへて菜摘女のもつ物にてこれにてそのねをさし切てとるなり。常にはふくせといへりしとせと五音通すれはふくせともいへる〔こもよみ〜右○〕也和名集云唐韻云※[金+讒の旁]【音讒一音漢暫語抄云加奈布久之】犂鐵又士具也此字也すきの具にも此字あり又土具也といへるがふぐしなれば是まてを上七字下十一宇に二句によむべし〔上七〜右○〕七字四字七字と三句にも讀へしといへとも古風をおもふに二句なるへし二句に讀につきて上の句はこもと心にきるやうにおもひてよみこもちとよみ下の句はふくしもときるやうにてよみふくしもちとつゞくべしこもよみとつゞけてこもちとよみふくしもよみとつゝけてふくしもちと(23)よむべからず月夜よみ山高みなとこそいへよきといふべきところによみとあるは古風のことば也(圜點は今附したるなり)
とあり。管見には、
  こもよみこもちふくしもよみふくしもち 籠もよき籠をもちふくしもよきふくしをもちといふ心也ふくしといへるはかねを平にこしらへて菜摘女のもつ物にてこれにて其根をさし切てとるなりつねにはふくせといへりしとせと五音相通なればふくせ共いへるなり此御歌の發端は四文字三文字六文字五もし〔四文〜傍線〕に讀へきなり(朱にて「四文字三文字」をけして「七字」と傍書し「六文字五もし」をけして「十一字」と傍書せり)
とありて、代匠記中圜點を加へたる部分に殆ど全く相同じ。句切を論ずる處に於て、代匠記が管見の改訂せる説に從ひ、そのもとの説を駁せるは殊に興味多し。かくて、代匠記の増補せる所は、一は歌全體に關する説にして、他は管見の説を敷衍し、之に例證を加へたるものなり。代匠記精撰本に至つては、
  籠モヨミ籠モチはかごもよきかご持なり後は月清み山高みなどこそよめよきと云へき所によみとあるは古語なり和名曰唐韻云※[金+讒の旁]【音讒一音漢暫語抄云加奈布久之】犂鐵又士具也此土具の註即ふぐしなり犂鐵の事は農具の所に見えたりふぐしは鐵ならで木にてもする物なり俗には士堀子の三字を用てふぐせと云(24)しとせと音通す橋を矢橋の時やばせと云ひ年を一年の時ひとゝせと云がごとし仙覺抄に採菜器と註せられたるは此に叶へども廣くかゝることに用る物なるを狹く云ひなされたり袖中抄のまてかたの注に鍬にて沙を掻て馬蛤の有所を知てまでかりと云具にて刺取るやうを云へる所に又鍬ならねど上手はふぐせにてもすなごをかくといへるにて知べし〔橋を〜傍点〕是にては七字四字七字と三句によむべしといへども古風を思ふに二句なるべし上の句はこもの二字を心に切やうにてよみこもちまてを一句によみ下句をふぐしもの四字を切やうにてよみふくしもちの七字をよみつゞくべしこもよみとつゞけてこもちとよみふくしもよみとつゞけてふくしもちとよむべからず(傍點は今附けたるなり)
とありて、之を初稿本に比するに、一首全體に關する説は之を除き去り、他の部分は説明の順序は同じからざれども、其の語句は概同じく、唯、しとせと通ずる實例をあげたると、仙覺抄と袖中抄とを引きたるとが異なるのみにして(異る所には傍點を附したり)、即、初稿本に比して、更に例證を増加し、一層説明を委しくしたるを見るべし。而して、此の次に
  今按仙覺抄を見るに※[手偏+總の旁]じて此御歌に兩種の古點ありとて出さる中にも初よりふぐしもちまで共に字にも叶はず理もなければ中々取も出ず彼抄を見て知べし今の點は仙覺の改められたるにて字にもよく叶ひ理も能聞えたりされ共古歌の習とは云ひながら今のまゝに讀出ては餘りに歌の發句と(25)も聞えぬにや神代紀の下に籠の字をカタマとよみ又堅間ともかけりかたま〔三字右○〕はかたみに同じければカタミモヨと讀べきかかたみも〔四字右○〕四字一句よみかたみもち〔七字右○〕七字一句下のふぐしも〔四字右○〕又四字一句よみふぐし持〔六字右○〕又七字一句如此よまば可然にや
とて、始めて契沖の創意を出せり。
 次の「菜摘須兒」の注は、代匠記初稿本には
  すことは賤しきものゝ名也第十に山田もるすことよめり男女に通じていふべし今は女也
とあり、精撰本には
  須兒賤しき者を云男女に通ずる名なり今は女なり此集十卷に山田もるすことよめるは男なり
とありて、共に管見に
  すこ  賤しきものゝ名也山田守すこ共いへり
とあるに基づき、初稿本にては、男女に通じて云ふとの事を附加したるを、精撰本にては、更に男に用ゐたる例證を擧げたるなり。
 次の句「家吉閑名告沙根」の注は、管見に
  家きかなつけさね  きかなはきかんな也つけさねは告よといふ詞なり
と云へるを、代匠記初稿本には、
(26)  家きかん名告さね 家のある所もきかせは名をも告よと也告の字のるともよめばなのらさねとよむべし第五卷山上憶良歌になが名のらさねとよめり告ねといふにさの字のそはれるなりさはそへてよむ事おほき字也なのりといふにも名乘とかくはかりて書也それかしと名を告ることなれば心は名告也
とて少しく之を改めたり。精撰本には
  家キカは家をきかせよなり按するに此集多分呉音を用たれば家キケとよみて家きけよと心得べきか來よと云ふべきをことのみもよめばきけよといはされど語勢しか聞ゆるなり常にも云ひきかせよと云ことを云きけよと申めりきかとよみては事たらぬやうに侍りナツケサネは名を告ねと云にさの字をそへたる也第九にもあまの處女子なか名告さねとありさは添てよむことの多き言也此卷の下に至て小松がしたの草をかりさねと云類也今案告字ノルともよめば名ノラサネとよむべきか第五憶良歌になかなのらさねとよめるを奈何名能良佐禰と書り此明證なり名のりと云にも名乘と書は假て書也其と名を告るとなれば意は名告也勅をみことのりと云も詔の字はかけども意は尊告《ミコトノリ》なり
とて、更に多くの例證を引いて自己の説を確にしたり。
 以上擧ぐる所の極めて僅少なる例によつても、萬葉代匠記が管見の説に増補訂正を施し、多くの例(27)證を加へたるものにして、殊に初稿本に於て、明に管見の面目を保存せるものなるを窺ひ得べし。猶萬葉卷十四卷初の一二の歌について見るに、「つくばねの新桑繭のきぬはあれど」の歌、管見に
  つくばねの新桑眉(ノ)きぬ 蠶は春夏飼ふに先春はじめてかひたる蠶のきぬがことによき也よつて衣(ノ)すくれたるを云んトテ新桑眉といふ也
  あやにきほしも アヤハねんころ也きほしもは着《キ》まほしきなり
とあり。代匠記初稿本には
  まよはまゆなり神代記云時保食神已死矣【云々】眉上蠶和名集桑※[爾/虫]唐韻云※[虫/象]【音象和名久波萬由】桑※[爾/虫]即桑蠶也蠶は春夏飼ふにまつ春はしめてかひたる蠶のきぬがことによき也みけしは日本紀に衣裳とかきてよめりあやにきほしもはねんころにきまほしき也
とありて管見の説に基きて、例證を加へ、漏れたるを補へり。精撰本に至りては更に委しく、新桑まゆの解に他の一説をも出し「きみがみけし」の「君」に兩解あるべきを説けり。
 次の歌「つくばねに雪かもふらる」の注、管見に
  雪かもにらる 雪かふれるなり
  いなをかも  いやかおふかなり
  かなしき子呂 眞實にふかく思ふ妹也(以上朱にて消し、傍に「思ふコトノ切ナルヲかなしむトい(28)ふ也」と書けり)子呂ノ呂ハ東俗ノ詞に何れも呂といふ助詞也
  にのほさるかも 布干《ヌノホセ》ルかトいふ詞也
とあり。代匠記初稿本には
  ふらるはふれる也いなをかもいやさにはあらぬかも也〔いや〜傍点〕かなしきころはかなしきこらかなり思ふことの切なるをかなしふといふ也ろは東俗つねに何にもつけていふ詞也にのほさるかもはぬのほせるかなり
とありて、「いなをかも」の解、やゝ趣を異にせる外は、殆ど全く管見に同じ。精撰本に於ては、語句は必しも同一ならざれども、説は、大概初稿本と同じくして、更に袖中抄の説をも加へたり。
 かくの如く代匠記の説が管見に基づけるものなる例は、到る處に發見せらる。されば、契沖が代匠記序に長流がいと若かりし時かたばかりしるし置けるものと云へるもの、即此の管見なること疑ふべからず。實に代匠記は管見の説に契沖の私案を加へて成れるものにして、殊に、初稿本に於ては、管見の本文と契沖の増補訂正せる部分とが、概、劃然としてわかれ、之を萬葉集管見證註と名づけんも不當にあらざるが如し。精撰本に至つては、補訂は更に一層を加へ、管見に基づける迹漸く不分明なるに至れりと雖も、而も、其の根本は管見によれるものなることを否むべからず。しかして、代匠記の精撰本は水戸の文庫に藏せられて久しく世に出でず、徳川時代の學者の引用せるは、却つて比較的よ(29)く管見の面目を保存せる初稿本なりしなり。代記匠が後の萬葉註釋書の基礎をなせるものなる事今更に説くを要せず。長流の萬葉集管見は、此の代匠記の基づく所なること上述の如しとすれば、之を、徳川時代に於ける萬葉集新解釋の源泉なりと云ふとも過言にあらざるべし。果して然らば、此の書は啻に長流の著述として注目すべきもの、又は契沖の萬葉集註解の據る所として重んずべきものたるのみならず、また我が國文献學史上重要なる地位を占むるものと云ふべきなり。
 かくの如く、萬葉集管見は、代匠記中に攝取せられて間接に後の學者に影響を及ぼしたりと雖、而も、直接に之に影響を與へたる跡は認むべからず。想ふに、此の書世上に流布すること極めて少く、從つて後の學者の目に觸れざりしによつてなるべし。されど、管見の説は概皆代匠記中に採られたるのみならず、更に例證を加へて詳細に説かれたれば、たとひ、管見、後の學者の目に觸れたりとも、學者は恐らく之を捨てゝ代匠記をとるべく、從つて管見は之に多大なる影響を與ふる事能はざりしならん。たゞ、吾人の看過しがたきは、北村季吟の萬葉集拾穗抄に管見の説を採れることなり。此は伴蒿蹊も既に指摘せる事にして、近世畸人傳卷三長流の條に
  又季吟拾穗抄に或説とて出されしは此人の説とおぼし
と記せり。
 試に拾穗抄卷一卷二卷三及び卷十四の四卷について檢したる所によるに、一説又は或説とて擧げた(30)るは多くは管見の説に一致す。拾穗抄第一卷の成りたるは天和二年にして長流の歿したる貞享三年に先だつ四年なれば、長流壯年の作なる管見の寫本既に世に傳はるありて、季吟の目に入りたるものなるべく、古來の諸抄を集めて大成せる季吟は、此の新著をも採つて自己の著述の材料となしたるならん。而して畸人傳には、
  其流儀の説にあらねば不用とのみ書かれしにかへりて道理にあたれるが多し
と云へれど、吾が見たる範圍内に於ては、季吟が管見の説を排斥したるは、唯一個處に過ぎず。他は恐らく採用すべきもの或は少くとも一説として存すべきものと謎めたるなるべし。
 代匠記の中に入りて、萬葉の新註釋の根元となりたる管見の説が、舊來の説を襲へる歌學者の著書に採録せられしは、また興味あることなれども、拾穗抄の價値に至つては、世既に定評あり、此書によつて管見が後世に及ほせる影響の如き、固より云ふに足らざるなり。
 
         六
 萬葉集管見の後の學者に對する關係は既に之を説きたれば、今溯りて其の以前の諸説との關係を檢せんとするに當り、先、思ひ出さるゝは、契沖の代匠記序中の左の一節なり。
  下河邊長流と云ものつたへおける文ありてよくこの集をとくよしを(光圀)聞たまひこれが抄つく(31)るべきよしをおほせらる
 此處に「傳へおける文」といへるは、世に傳へ置ける文、即、世に公にしたる書の義にして、管見又は萬葉集名寄などの長流の著書を指すものか、又は、他より傳へたる書の義にして、長流が受け傳へたる傳授書の如きものありて、之によつてよく萬葉集を解くとの意なるか、今、分明ならざれども、前後の閑係より見れば、後の解、稍勝れりとすべきに似たり。されど、當時萬葉集の傳受ありとの事を聞かざれば、此の解、猶疑なきにあらず。さはれ、師説の弟子に及ぼす影響はまた大なるものあれば、長流の受學の師の何人たりしかを知るは、管見の説の由來を究むるに缺くべからざる事なれども之については從來何の傳ふる所もなく、今また探るに由なきを遺憾とす。
 かくの如く、外部の資料よりは何等の解決を下す能はざるを以て、直に、管見の内容の研究に入り其の所説と、以前の諸説と比較して異同を檢し、其の間の關係を明にせんと欲す。
 管見中に引用せるものは、奥義抄あり、清輔、俊頼、顯昭の説あり、或説とて出所を明示せざるもあり。又、恐らく他の説に據りながら、其の由をことわらざるもあるべし。是等について一々其の出所をたゞさんは吾が堪へ得ざる所なるを以て、唯二三の例について調査したる所を擧げて、其の一端を示さん。
 今、便宜の爲、前節に引用したる萬葉集卷頭の歌について見るに、「こもよみこもち」の注は仙覺の萬(32)葉集註釋(仙覺抄)及び宗紙の萬葉集註抄書に同じく、「ふぐし」の解も、説明の繁簡は大に異なれども、其の説は仙覺抄に同じ。「すこ」も亦仙覺及び宗祇の抄に一致す。唯「家きかなつけさね」の注は仙覺抄、宗祇の抄及び萬葉目安などゝ大に其の説を異にせり。萬葉卷十四「つくばねの新桑まゆの」の歌の「新桑まゆ」の注は仙覺抄及宗祇の抄に、「きほしも」の注は宗祇の抄及び色葉和歌集に同じけれども、「あやに」の解は宗祇の抄及び色葉和歌集と異なり、歌林良材集にも同じからず。「つくばねに雪かもふらる」の歌「いなをかも」の解は仙覺抄及び宗祇の抄とは稍趣を異にすれど、「ふらる」「にぬほさるかも」の解は全く仙覺抄に同じ。其の次の歌「あらたまのきへのはやしになをたてゝ」の注に、管見に
  なをたてゝ 汝をたてゝ也たてゝト云ハ我を待トテ妹かたてる心也名をたてゝ(ノ)説不可用
といへる「名をたてゝの説」は仙覺抄に見え、
  ゆきかつましゝ 行か飛し也雪積ル(ノ)説不可用
といへる「雪積るの説」は仙覺抄及び萬葉目安に出づ。
 猶二三の例をあげんに、管見卷四に「うつたへに」を「偏にといふ心也」と注せるは奥義抄に見え、袖中抄、色葉和難集にも之を引き、色葉和歌集、八雲御抄、歌林良材集亦説を同じうす。管見卷十四に「しひのこやで」を「椎の木(ノ)小技也ト云云」と釋せるは歌林良材集と全く同じくして、袖中抄より出でたるものなり。管見卷二十「玉箒」の註に或説とて引けるは奥義抄の説にして、次に俊頼の説とて引ける(33)は俊頼口傳に見ゆ。此の奥義抄の説は色葉和歌集に説く所と同じく俊頼の説は詞林採葉抄にも之を引き、袖中抄にも八雲御抄及び歌林良材集にも引用せり。而して、此の兩説を併せ擧げたるものには色葉和歌集あり。これ最管見に類似せるものなり。
 かくの如く、管見の説は從來の諸書の説に一致するもの少からず。之に依つて、在に其の書に據りたりと斷定するは、固より輕擧たるを免れずと雖、直接或は間接に、其の説を用ゐたりとせんは、決して不當にあらず。然らば、果して、直接に此等の書より引用したりしか、はた、間接に、此等の諸書に基づける他人の説又は著書に據りたるものなるかを定むるは、極めて困難なる事なれども、長流の歌學に精しかりしを思ひ、殊に、萬葉集には特に心を用ゐたりしを思へば、萬葉集に關係ある種々の註抄を渉獵して諸説を聚め、之を取捨して管見を成せるものなるべく、從つて、管見の説は、多くは、直接に此等の書より出でたるものなるべし。
 かくの如く、管見の説は、從來の諸書に負ふ所多しと雖、管見は單に此等の諸書に據つてのみ成れるにあらずして、更に其の外に一歩を進めて、著者獨創の見を加へたるべきは、長流が此の書を管見〔二字右○〕と名づけたる事、萬葉集名寄の序に「僻案〔二字右○〕の註釋をさへ所々に書きつけ侍りぬ」と云へる事、代匠記の似閑の序に、長流が「古人の説に私の意を加へ〔六字右○〕」萬葉集管見抄等を著せりと云へる事などに依つて推測し得べきのみならず、管見の説が、古來の註抄を集めて大成せる給穗抄に引用せられたると、他(34)書に出處を認むる能はざるものあるとによつて明なりとす。
 長流が古歌の解釋に非凡の識見を有するは、歌仙抄百人一首三奥抄などの書を讀めるものゝ等しく認むる所、此の萬葉集管見に於ても、其の説多くは妥當にして、古來の諸説の可否を判斷して謬らず處々自己の創案を出して、よく當を失はざりしを見る。往々誤謬あるは、固より免れざる所なりと雖之を從來の諸書に比すれば、概して正鵠に中れるもの多く、當時に於ては最進歩したるものと云ふを憚らず。契沖が萬葉集の解釋を試むるに當り、此の諸を以て底本となせしは、洵に當を得たりと謂ふべきなり。
 唯、此の書の缺點は、解説の簡略に過ぎたることにして、古來の説を批判し、自己の創案を擧ぐるに當りて、唯、研究の結果のみを示して、根據となるべき事實を擧ぐる事詳ならず。たとへば、萬葉卷六、赤人の歌なる「かたをなみ」の解の如き、管見には、唯
  鹽みちくればかたをなみ 鹽のみちきたりて潟のなくなる心ナリ片男波ト心得るハ誤なり
とあるのみにして、歌仙抄なる同じ歌の解
  此かたをなみをばむかしよりもあやまり來れる説有て片男波と心得たる人おほきにや波に男浪女浪とて有をかの所にて男浪はかりよせて女浪はよらね故に扨片男狼とはいふとおもへりひがことなり既に萬葉集に澳乎無美《カタヲナミ》とかけりこれは彼浦の干潟に下居るたつの鹽みちきたりて其潟のなく(35)なれば葦邊をさして鳴行こゝろ也あし邊にはたつも居にくからめどかたのなくなればかなはで鳴わたる眼前の意を有/\とよめる歌なり又かたをなみを方の字と心得ていつくともなく鳴わたる事也と釋したる説も有是又誤りなり萬葉の心にかなはずぞ侍る柿本人丸歌にもいはみの海つのゝうらわを浦なみと人こそ見らめかたなみと人こそ見らめよしえやしうらはなく共よしえやしかたはなく共とよめるも浦のなく潟のなきといふ心なり八雲御抄にも鹽みちて潟のなきよしをあそはせりもし又かの浦に片男波といふこと有共歌の理に不2相叶1不v足2信用1こと也
の明確にして委曲を盡せるに如かず。かくの如きは、決して、人をして信ずること厚からしむる所以にあらず。誠に此の諸の爲に惜むべきなり。かくて此の諸は契沖の所謂「かたばかりしるしおけるもの」たるに止まれりと雖、しかも、長流の萬葉集に關する考説の發達を考ふるに、猶、進歩の跡見るべきものあり。かの萬葉集名寄は、集中の名所に關する歌を集め、旁註を加へたるものなれば、一方より見れば、萬葉集傍註といふを得べし。而して、此の書が果して吾が推定せし如く、管見より先になれるものとせば、是、長流の萬葉集註解の最初の試作にして、萬葉集管見の先驅をなすものといふも不可なし。名寄は、唯、所々に旁註を加へたるものにして、もとより全解にあらず。管見は、註解を加へたる語句は名寄よりも多けれども、是亦全解にあらず。名寄は、名所によりて歌を集めたるもの、管見は、第一卷より順序に抄出したるものなれば、其の順序體裁等は大に異なれども、解釋は歌の語句(36)のみにして、歌題、序詞、作者等に殆全く及ばざりしは兩者相似たり。此の兩書の異る點は註解の精粗具略にあり。名寄は、恐らく、其の書の目的と體裁とに制せられたる爲なるべしと雖、其の解甚簡略にして、全く研究の結果のみを示せるもの、管見は之に比しては遙に詳細にして、諸家の説を引き或は例證を擧げ、しか解すべき所以を論じたる處少からず。又、其の説、名寄と異るものあるは、恐らく前説の非を覺り改めたるなるべし。されば、名寄を以て、長流が萬葉集解釋の最初の成績を示せるものとせば、管見は之を大に増補し訂正し、猶、不完全ながら多少論斷の根據をも示したるものと云ふを得べし。而して、長流が、管見成れる後も猶増訂を怠らず、殊に、自説を確むべき論證を加ふるに勉めたりしは、管見の本文に改訂を施し、且、顯昭俊頼などの説、及び日本紀古事記等の文をも書き入れたるを見ても明なりとす。
 以上擧ぐるが如き僅少なる材料に依つても、猶長流が萬葉註釋の業の、年と共に進歩したる跡を窺ふに足れり。されば、其の晩年に義公の囑を受けて稿を起しし萬葉の注、若し成れりとせば、恐らく更に一層の進歩を示したるべきに、稿を成すに至らずして遠逝せしは遺憾に堪へず。されど、長流の歿後、彼と水魚の交ありし契沖出でて此の業を繼ぎ、管見の説に基づきて更に大に論證を添へ、且つ自己の創案をも加へて學術上多大の價値あるものとなしゝを想へば、長流の功、竟に空しからざるなり。契沖が、萬葉集の註釋に於て不朽の業を成すを得しは、其の天賦の才によれること勿論なれども(37)また、此の長流の著に負ふ所大なるべく、契沖は此の先輩を得てよく其の大をなし、長流は此の後繼者を得て能く其の功を全うしたりと謂つべきなり。
 
         七
 萬葉集管見に就いて吾人の知り得たる所は茲に盡きたり。吾人は、今此の篇をとぢめんとするに當り、特に東京文科大學國語研究室なる管見の寫本につき一言する必要あるを覺ゆ。
 同書は丈七寸六分、巾五寸五分、半紙版にして幅稍廣し。淡青色の表紙を附し、用紙墨色等甚古色あり。處々塗抹改竄の痕あれども、是、後人の所爲にあらずして、著者の自らなししものなるべき事前述の如し。又、紙を截り去りて別紙をつぎて之を補ひ、其の上に書きたる處あり。想ふに、稿なつて後、改訂を加ふる時、長文を塗抹する代りに、之を截り去り、紙を補ひて書き改めたるものなるべし。全篇を通覽するに、二三書損と思はるゝもの無きにあらざれども、轉寫の誤と見るべきは一もあることなし。因つて、竊に思ふ。此の書は轉寫本にあらずして、長流の自筆にはあらざるかと。
 此の疑問を解決するには、此の書の筆跡と長流の眞蹟とを比較して異同を檢すれば足れりとす。しかるに、確實なる長流の筆迹を見るを得ずして、久しく、此の問題を解くこと能はざりしが、偶、萬葉集名寄の刊本を見るに及び、其の文字の、かの管見と同一人に出づるものなるを發見せり。而して(38)名寄の刊本に關しては、書※[人偏+會]贅筆に、
  下河邊長流大人の自ら淨書して版本に出來しは、萬葉名寄五冊萍水和歌集二册曾丹集一冊已上三部ながらともに板木燒うせて今傳らず枕詞燭明抄も自筆版下なり此書計りいまに傳へり
とありて、長流の自筆によりて刻せるものなるが如しと雖、同じく長流の自筆版下と傳ふる萍水和歌集及び燭明抄を見るに(曾丹集は未だ見ず)、名寄と手蹟を異にせるものゝ如くなれば、此の説猶疑なき能はず。しかるに、明治四十四年十二月、親しく上賀茂三手文庫に到りて、長流の筆なる「萬葉古事詞」「愚聞雜記」等を見るに、正しく、かの管見と筆跡を同じうせり。此に於て、此の書の長流の筆なること、確實にして疑なきに至れり。されば國語研究室の管見は、長流自筆の原本にして、無二の正本と云ふべきなり。(【明治四十四年一月稿四十五年五月補訂】)
 (以前「國學院雜誌」第拾八卷第五號第六號【明治四十五年五六月發行】掲載)
       ――――――――――
   下河邊長流の萬葉集管見に就いて
                     橋本進吉
 
 下河邊長流が萬葉集に精しかつた事は水戸の義公が之に嘱して萬葉集の註を作らしめた事によつて(39)も明である。しかしながら長流の萬葉集研究が實際如何なるものであつたか、如何なる程度まで進んで居たかを實地に徴すべき資料にいたつては、義公の囑を受けた萬葉の註が成功しなかつた爲、唯僅に萬葉集名寄中の歌に附した箇單な傍註と枕詞燭明抄其の他の著作中に散見する零碎な考説とが殘つて居るばかりであつて、萬葉研究史上に於ける長流の地位と功績とを詳にするに困難を感じて居たのである。然るに近年にいたつて長流の萬葉全部の註釋書が現に存する事が明になり、この書によつて萬葉研究者としての長流の價値を明にする事が出來たのは幸といはなければならない。この萬葉註釋書は即萬葉集管見(寫本二十卷)である。
 此の書は極めて稀なものではあるが、しかも從來全く知られなかつたのではない。水戸の彰考館には夙に一本を藏して同館の書目にも其の名を載せ、尾崎雅嘉もその零卷を得たと見えて、群書一覽に解題を掲げて居る。しかも、此の書は、中に著者の名を識さず序跋の類も無いので誰の作かわからなかつたと見えて彰考館の書目にも群書一覽にも著者の名を擧げて居ない。然るに木村博士の萬葉集書目提要には群書一覽を引いて此の書の解題をあげ、その後に「代匠記の首卷に似閑の書入ありて下河邊長流撰とあり」と附記してある。長流に萬葉管見鈔といふ著があつた事は、長流及び契沖の教を受けた今井似閑が自ら書入をした萬葉代匠記の序(似閑が書いたもの)及び契沖の萬葉代匠記初稿本卷四上「玉き田のさゐさゐしづみ」の條に明證があるが、此の萬葉管見鈔が現に存する萬葉集管見といふ書(40)と同一のものであるといふ事は、代匠記初稿本に管見抄から引用した文すべて四十二個處を、一々管見の文と比較して見てはじめて明になつたのであつて、かくて萬葉集管見が長流の著である事疑無きにいたつたのである。さうして、猶精密に調査すると、代匠記初稿本の中に管見の文と一致する個處が到る處に發見せられるのであつて、契沖は管見を土臺として、之に例證を加へ私見を添へて代匠記を作つたものである事が明になり、管見は江戸時代に起つた萬葉集の新註釋の源泉として萬葉集研究史上に重要なる位置を占むべきものである事が知られたのである。
 以上の事實は、明治の末葉、東京帝國大學國語研究室の藏に歸した萬葉集管見の一本(これは後に長流自筆の本である事がわかつた)について調査した結果知り得た所であつて、既に「下河邊長流の萬葉集管見」と題する拙稿(國學院雜誌第十八卷第五號第六號所載)中に載せて置いたのであるが、其後同書に關する薪な資料を得て、これまでの推測をたしかめると共に、又未知の事實を明にする事が出來たから左に之を開陳したいとおもふ。
 此の資料といふのは、數年前自身が坊間の書肆で獲た
   契沖法師著
        萬葉集中枕辭大概
   徳川光圀卿閲
と題する寫本中の一節である。我々はその文を掲げる前にこの書が如何なる性質のものであるかを考(41)へて置く必要がある。右にあげた此の書の題號は後人が表紙に書いたもので、もとからあつたものでないから直に信ずる事は出來ないが、本文は契沖の自筆を影寫したものと覺しく、さながら契沖の筆蹟を見るやうである(用紙は美濃版薄樣紙である)。最初に此集中枕詞と題し、本文にはまづ下河邊長流の枕詞燭明抄の序を引いて枕詞の一般的性質を論じ、萬葉集中の枕詞の燭明抄に載せてあるものゝ中、自己の今案あるものゝみを註する事を述べ、次に「久かた」以下の枕詞について一々例證をあげて意義を説いて居る。これを萬葉代匠記惣釋中の枕詞の條とくらべて見るに、精撰本(代匠記に二種ある。一は最初に出來た初稿本、一は之に改訂を加へて書き直した精撰本である。木村博士が出版せられた活版本は精撰本である)とは大に趣を異にし、初稿本の内でも似閑本に最近くして之と殆同一である。似閑本は初稿本の原形に近いものと考へられるから、此の書は著者自筆の初稿本代匠討惣釋中の此集中枕詞の條を影寫したものと認められる。此の枕詞のことが此の書の殆全部を占めて居るのであるが、その最後の半葉に次の如き文があつて、其の後半が管見抄に關するものである。
  此集の哥を物にたとへば庭に野山を造るに山は高く野は廣くして石をたて草木をうふる事大かた有のまゝにして精工をもとめさるかことし古今集の評は石をたて草木をうふる事やゝおもしろし山の高さ野の廣さはすこしたかふ事もや侍らむ新古今集の哥は野山の體裁より石を立草木をうふるにいたるまで精工をきはめむとするゆへにかへりて天然の景趣をうしなふ所有ぬべしこれむか(42)しと後とのをのつからしからしむるなるべし。
  長流か管見抄はわかゝりし時かけるゆへに老後にくいて人にもやふりすてつと申きしかはあれと此記彼抄を取用る事おほしたかへる所も今のあやまり有ぬへし。
 これは前の枕詞に關するものとは直接關聯したものではないが、體裁は相同じく、やはり契沖自筆本の影寫と認められ、且、平假名を用ゐた事、定家假名遣によつた事など代匠記初稿本の特徴を具へて居る(精撰本は片假名を用ゐ契沖の創めた正しい假名遣によつて居る)。又「此記彼抄を取用る事おほし」とあるのも、代匠記に管見を引用した所が極めて多いといふ事實に一致する。されば、これもやはり代匠記初稿本の一部であらうとおもはれる。然るに今傳はつて居る代匠記初稿本にはどの種類の本にもかやうな文は見當らない。しかし精撰本には惣釋雜説の中に萬葉の歌と後世の歌とを比較して論じた一節があつて(活版本代匠記惣釋首卷第六頁)、右の文の前半と趣旨を同じうしてしかも文は同じからず、概して思想が複雜になつて居るのは、恐らく右の文に改訂を加へて書き改めたものであらうと考へられる。又、右の文の後半管見抄に關するものは精撰本では惣釋雜記の中の古來の註釋書の事を書いた條にでもありさうな事柄であるが、これは精撰本にも全く見えない。しかしこの文はたとひ初稿本にあつたとしても、精撰本には之を省き去つたらうと考ふべき理由がある。契沖は初稿本に於て管見から引用した事を明記して居る個處でも、精撰本に於ては悉く管見の名を削り去つてしまつ(43)た。又初稿本惣釋枕詞の條に屡引用した長流の枕詞燭明抄の名も、また精撰本に於ては除き去つて居るのである。かやうな契沖の態度から觀れば、管見抄に關する右の文が初稿本にあつたとしても、精撰本に於ては之を除き去るのが當然である。
 かやうに精撰本との關係から考へても、右の文は初稿本代匠記にあつたものと見て少しも不合理な點が無いのであるが、しかも寶際現存の初稿本に見えないのは何故であらうか。これは恐らくは脱落であらうと考へられる。代匠記の精撰本は草稿までも水戸へ送つて契沖の手許に殘さなかつたといふ事である。初稿本はそれほどではなく、多分草稿は手許に殘つて居たであらうが、惣釋の部など整頓したものは手許に無かつたのではあるまいか。もしさうだとすれば、右の文は、契沖が自ら淨書して水戸へ上つた初稿本から影寫したもので、契沖の手許の草稿本にはこの部分が無かつた爲、之を轉寫した諸本にはこの條が脱して居るのではあるまいか。(水戸にある契沖自筆の初稿本は缺本であつて、惣釋も缺けて居る。その缺けた部分が多くは殘葉となつて坊間に散在して居る。又、初稿本の寫本は皆圓珠庵の本から出たものらしく、水戸の本から出たものはないやうである。)
 とにかく右の文は、その體裁及び内容から觀て代匠記初稿本か然らずとも之に近いもので契沖の筆に成つたものである事疑無い。さすれば、その管見に關する記事は長流と親交のあつた契沖の手に出たものとして最信憑するに足るのである。
(44) さてこの文によつて吾々が知り得る事は
  一、管見は長流の若い時の著である事
  二、長流は老後に悔いて破棄したと云つて居た事
  三、管見を代匠記に多く引用した事
 以上三つであるが、第一の、管見が長流壯年の著である事は代匠記初稿本に「長流が若きときかける抄」及び「長流が昔の抄」として引用せるものが皆管見から出て居る事、又代匠記序に長流が「まだいとわかゝりし時かたばかりしるしおけるに、おのがおろかなる心を添て萬葉代匠記と名付て之をさゝく」とあるが、實際に於て代匠記が管見の説を士臺として居る事、並に管見のもとの説(加筆改訂以前の説)が萬葉集名寄の如き早い時代の著書の説と一致する事などを根據として既に自分が推定した事であるが(前掲拙稿參照)、今此の文によつて最明瞭に最簡單に知る事が出來るのである。第二の事實は徒來全く知られなかつたものであつて、最耳新しい。老後に悔いたといふのは、壯年の著で論證も不充分であり考も未熟であつたのを恥ぢたのであらう。これは長流がみづから管見に朱又は墨で筆を加へて、前説を改め又古書の例證を書入れて居るのに合せて考ふべき事柄である。さうして又一方に於て管見か世に流布しなかつた理由をおのづから説明するものである。第三の、管見を代匠記に多く引用した事は、兩書を比較すれば容易に且碓實に知られる事であり、又上に引いた代匠記の序文中の一節も、(45)其の事を言つて居るのであるけれども、或は間接であり或は曖昧であるを免れない。今此の文を得て契沖自身の口から直接に明白に聞く事が出來るのである。
 されば此の契沖の文は、甚簡單なものではあるけれども、萬葉集管見の性質、管見と代匠記との關係について二三の重要な點を最要領よく我々に語るものである。
          (以前「自然」第二卷第一號【大正十二年九月發行】掲載)
 
(1)萬葉集管見
 
     第一卷
 
1こもよみこもちふくしもよみふくしもち  籠も、よき籠をもち、ふくしも、よきふくしをもちといふ心也。ふくしといへるは、かねを平にこしらへて、菜摘女のもつ物にて、これにて、其根をさして(【一字朱にて消せり】)切てとる也。つねにはふくせといへり。しとせと五音相通なれは、ふくせともいへる也。此御歌の發端は四文字三文字《「七字」(朱)》六文字五文字《「十一字」(朱)》もし(【以上十二字朱にて消せり】に讀へき也。
 
すこ  賤しきものゝ名也。山田守すこ共いへり。
家きかなつけさね  きかなは、きかんな也。つけさねは、告よといふ詞なり。
 
そらみつやまとの國  日本紀に、饒速日《ニキハヤヒノ》命、天の磐船に駕して、太虚をめくりて、是郷《コノクニ》を見て、こゝにあまくたり給ふ故に、虚空見日本《ソラミツヤマトノ》國とはいふ也。饒速日は、天孫|瓊々杵《ニヽキノ》尊のこのかみの神の名也。
 
せな  女の詞に夫をいふなり。
 
(2)2むら山  山のおほきをいふ詞なり。
 
とりよろふ  とりこめたること也。
 
國見をすれは  帝王の、高山に上らせ給て、國の盛衰を見そなはし給ふと也。但、たゝの人も、たかきにのほりて、遠く其國の有さまをうかゝふをは、國見するとよめる也。
 
かまめ立たつ  かもめのおほく立心也。まとめと五音相通なれは、かまめ共いふなり。
 
あきつ嶋やまと  日本紀に、神武天皇、腋上※[口+兼]間丘《ワキノカミホヽマノオカ》に登らせ給ふて、國の形をのそみゝて、かけろふの臀※[口+舌]《トナメセル》ごとくも有かなと、仰られしより、はしめて秋つ嶋の名有。あきつは、虫の名、蜻蛉のこと也。わが國の形、此虫に似たりとなり。
 
3やすみしゝわかおほ君  やすみは、八隅ともかけるによりて、八方の國をしろしめす天皇といふ心なりといへり。但、此國の名を、大八洲といへは、此八洲國しろしめす天皇と申奉る心なるへし。すみとしまと。共に五音相通なれは、嶋をすみとは讀るなり。
 
いよせ立  いは發語の詞なり。只よせたつる心なり。行クをい行トいひ、かよふをいかよふなとゝも讀り。皆發語なり。此類おほし。なすらへて心得へし。
 
御とらしの梓の弓のなか弭  みとらしは御手にトラストいふ詞。梓ハ木ノ名、弓作る木なれは、梓弓といふ也。なか弭とは、うらはす也。うら弭ハながく作れは、長弭といふ也。弓の絃うちの音も、(3)此うら弭の所にあたりてきこゆる物なれは、なか弭の音すとはよめり。
 
4玉きはるうちの大野  此玉きはるうちとつゝく詞につき、其釋區々なり。ひとつには、玉きとは、毯打の玉のこと也。年ノ始に此玉をうつ故に、玉き春うちトハつゝくトいへり。ひとつには玉のかきりをいふ。内ハ禁中によせたり。玉のかきりをもて、作りみかきたる大内とつゝく心也トいへり。ひとつには、玉ハ玉しゐ也。きはるハきはま也。命のきはまる内トつゝく詞といへり。山上憶良歌に玉きはるうちのかきりとよめるは、正しく命のきはまる内とよめるにうたかひなし。但、上の二説、いつれもいはれ有。時に隨、所によりて、いつれをか用さらん。内ノ大野は、大和の國宇智の郡に有野也。これ古へ帝王の御狩場の其一也。
 
5わつきもしらす たつきもしらすと同し詞也。わとたと同韻相通なり。たよりなき心なり。【「和豆肝シラストカキタルシタニ、ムラ肝ノ心ヲイタミトツヽケタレハ、ヤハラカナル肝ノクタグルヲモシラスト云カ、用カタシ。」(以下五十四字朱、旁書)】
 
むらきもの心をいたみ  切にもの思ひなけくとき、肝のくたけて村々になるといふ心なり。
 
ぬえ子鳥うらなきおれは  ぬえことりといへと、たゝヌヱ鳥なり。うらなくトハ、下なくトいふ心也。たかく聲をもたてず、喉《ノト》こゑにて、つふやくやうになく鳥也。それにたとへて、我も下になくといふ心也。
 
玉たすきかけてのよろしく遠つ神わか大君  玉たすきハ、かけてよきものなれは、かくつゝけんた(4)め也。遠つ神わか大君トハ、帝ノ御位、高く遠くして、及ヒナキ故に申也。かくるといふ詞は、遠きものにいひ、又はたかきものにいふ詞也。遠つかみといはんとて、かけのよろしくとはいふ也。惣して、帝王をは、神とひとつに申奉るものなれは、すへらきの神のみことゝもよめり。
 
6山こしの風のひとりおるわか衣手に朝ゆふにかへらひぬれは  かへらひぬれはとは、衣の袖をふきかへすといふ心なりといへり。但い行キかへらひなとよめ|り《(るカ)》詞ニ思合せて見れは、只衣手に風のふきかよふことゝもいふへきにや。
 
網の浦  名所共いへ共、只網引する浦なるへし。
 
時しみ  時しくといふ詞に同し。日本紀に、非時トかきて、時しくとよめり。不斷の心なり。
 
ぬる夜おちす  毎夜不闕の心也。一夜も落ず、夢にみるなと讀る同し心也。
 
家なる妹をかけてしのひつ  旅にしてよめる歌ナレハ、いもか家を遠く忍ふ心にかけてとはいへり。
 
7み草かりふき  み草はすゝき也。秋草の中にすくれたる草なれは、薄をほめていふ詞也。
 
うちの宮このかりいほ  うちの都は、行宮也。かりいほとは、旅にてかりにやとる心なり。
 
8しはもかなひぬ今はこきこな  鹽時のよくなりて、舟にのらんと思ふ心にかなふよし也。こきこなは、こがんなといふ心也。こき來よといふ心にあらす。
 
9夕月のあふきてとひしわかせこ  あふくは、たかきものに對する心也。相見る前の人を、あかむる(5)心にて、かくいふ也。わかせこは、夫婦にかよはしていふ詞也。女のうたによむ時は、おつとをいひ、男のうたにては我妻をいふなり。
 
いたゝせるかね  いは上にいふかことく、發語ノ詞也。たゝせるかねは、たゝせるかにといふ詞也。
 
13うねひおゝし  うねひハ、山の名、おゝしハ男《ヲノコ》しきといふ詞也。山のかたちをよしといふ心なり。
 
うつ蝉もつまを相うつらしき  うつせみ、此うたにてはうつくしき蝉といふ心也。蝉のはのうつくしきに、女の髪をたとへて、詩にも作れり。されは、うつせみのつま共妹共つゝけてよめり。相うつらしきはうつくしむ心といへり。相格良之吉とかけり。これをはあらそふらしきとよむへし。此歌は、三山のたゝかひといふことの有をよませ給へる也。やまとの國に、かく山うねひ山みゝなし山とて、相ならへる山有。其中にかく山ハめ山にして、うねひ耳梨のふたつハ男山なり。むかしは、山といへ共、ふうふのかたらひをなしけるなり。しかるに、うねひみゝなしふたつの山、共にかく山をけそうして、相たゝかひけれは、これを三山のたゝかひとはいへり。其ことをよませ給へは、あらそふらしきとそいふへき。
 
14たちて見にこしいなひ國はら  此三山のたゝかふときゝて、出雲國に、阿菩の大神と申が、其たゝかひするをいさめんとおほして、はりまの國迄上り來り給ふ時に、山のたゝかふハやみにけりといへり。されは、立てといへるは、出雲國を、かの大神の立て、はりまのくにのいなみといふ所にい(6)たり給ふときこえたるにや。いなみハ郡の名也。郡をも國と號すること、其例おほし。いなみの國とよめるとそきこえたる。
 
15わたつみのとよはた雲  とよはた雲とは、ゆふへに西のかたに、なかくたな引わたる雲をいふ也。とよハゆたかなる心なれは、雲の、なか/\しく引わたれるをいふ也。旗をなひかしたることくなれは、とよはたくもとはつゝけたり。此雲に入日のうつろひて、あかくみゆるは、日よりのよき相なれは、今夜の月夜すみあかくこそとは讀り。
 
16冬こなり春さりくれは  冬こなり、冬木成とかけり。冬木と成て、枯たれ共、春の來たりて、木の目ノ張るものなれは、かやうにつゝけたり。春さりトハ春に有り來れはといふ詞也。
 
そこしうらめし  そこはくうらめしといふ詞也。ばくの二字を畧して、助詞にしと入たる也。
 
17うまさかの三輪  先達の説に、うまさかはあま酒也。みとつゝくるは、あま酒には、みのうきて有ものなれは、かくいふといへり。但みわとは、神に奉る酒の名なり。神酒とかきて、みわとよめり。されは、神にそなふる酒をほめて、むまさけのみわとは讀るなるへし。日本紀第五、崇神天皇の御歌に、むまさけみわのとのゝ、あさとにもよませ給へるも、大物主に祭し酒をよませ給ふる也。大物ぬしと申は、三わの大神の御名なり。又伊與國の風土記に、三わ川の水をもつて、大神のために酒を釀といへり。かた/\神に奉る酒のことゝそいふへき。
 
(7)青丹よしなら  清輔朝臣云、あをによしならとは、ものゝ色をいふに、丹青をむねとする也。されは畫圖にも色々あれと、丹青といふなり。黄は丹の色の薄也。紫は青の色のこき也。ならの都のめてたきをほめて、青によしならとはいふ也。顯昭か云、考日本記云、崇神天皇十年秋七月|武埴安彦《タケハニヤスヒコ》與2妻|吾田媛《アタヒメ》1、謀反《ムホン》して、軍發して忽《タチマチ》至りて、各路を配りて夫ハ山背より婦ハ大阪より入て、帝京を襲とす。時に天皇|五十狹芹彦命《イサセリヒコノミコト》をつかはして、吾田媛ヲころして、悉に其軍を斷つ。後大彦與v彦國葺《ヒコクニフク》をつかはして、山背に向て、埴安彦ヲ撃《ウチ》つ。こゝに忌※[分/瓦]《イハヒヱ》をもつて、和珥《ワニ》の武※[金+操の旁]坂《タケスキサカ》の上に鎭坐《チンサ》して則精兵を率て、進て那羅山登テ、軍たつ時に、官軍|屯《イハミ》聚て草木をふみならす。因て其山をなら山といふ也。爰に忌※[分/瓦]を以テ、和珥の武※[金+操の旁]坂の上に鎭坐といへり。此忌※[分/瓦]は、青※[次/瓦]《アヲシナリ》。仍テ青※[次/瓦]よきならとは可號也。青によしとは、訛《ヨコナマレル》也。委見日本紀第五云々。又或説に云、青には青和幣なり。にきては、しなやかにして、なら/\とまとはるゝものなれは、青によしとは和幣をほめて、さてならとはつゝくるなりと云々。
 
道のくま  道の行まがる所なり。
 
18かくさふ  かくし障る心なり。
 
19そまかたのはやし  木のしけき所は、杣の入山のかたちに似たれは、そまかたとはいふ也。
 
20あかねさす紫野行しめ野行  此うたは、天智天皇の蒲生野に御かりの時のうたなれは、野をほめて(8)紫野とはよめり。名所の紫野にあらす。しめ野も、名所にあらす。此かまふ野、我君の御かり野にしめをける心なり。あかねさすとは、日月の光のあかきをもいひ、又、十六卷のうたに、あかねさす君共よめり。人をほむる詞に、其かたちのてりかゝやく心にいへり。天子をは高てらす日なとゝ申奉れは、君の御幸有野なれは、あかねさすとはよあり。萬葉のうたのならひ、かくのみ有ことおほし。俊頼朝臣のうたに紫の御かりはゆゝしとよめるも、此うたの心也。匡房卿は、かまふのゝしめのとよまれたり。されは紫野と云も、しめ野と云も、皆蒲生野をいふと心うへし。
 
野守  御かり野をまもるものゝ事也。
 
22河上のゆつはの村  此ゆつはの村を、名所といひつたへたれと、あやまりなるへし。題に、波多横山(ニ)巌を見て、吹黄刀自か作るうたとかけり。歌には湯都磐村とかけり。されは、是をゆついはむらと讀へし。いはのおほきをいはむらトハいふ也。湯都ハ五百津といふ詞也。日本紀に、天安河邊《アマノヤスカハベ》に有所の五百津石村《イヲツイハムラ》トいへること有。さて末に、草むさずとつゝけよめるも、磐石のことくきこえたり。
 
23うつ麻をおみのおほきみ  麻苧のうつくしきをいはんとて、うつ麻といひ、其麻を苧にうむとつゝけていへる詞也。
 
25くまも落す思つゝそ來る其山道を  此心は、吉のゝ幸有道の、はるかにてくま/\おほかれと、そ(9)のくま/\ことに、御心をとめて、思しめすトいふ心也。よしのゝ山をほめて作れる御歌なり。
 
29玉《「口傳」朱》たすきうねひの山  玉たすきハ、田をほめて、玉田を耜トいふ心也。畝ハ田に有ものなれは、かくつゝけたり。
 
かし原のひしりの御代  神武天皇即位五十九年に、東征有テ、葦原ノ中洲《ナカツクニ》にはしめて都を作り給ふ。これをうねひ山のかし原の宮と號す。其地かしの木のしけく生たるをきりはらひて、宮室を作り給ふ故なり。是我朝帝都のはしめなり。ひしりの御世ハ、聖代といふ心なり。
 
あれましゝ神の顯はすとかの木のいやつき/\  あれますハ生れまします也。神武より代々の帝王を、おしなへて神と申奉る也。さて神のあらはすとかの木とつゝくるは、神明あきらかに人のおかせる科を見あらはし給ふものなれは、かくいひつゝけて、やかて木の名にいひかけたり。いやつき/\とは、とかの木は、よくしけくおひそふ木なれは、おひつき/\、未のさかふるにたとえて、代々の帝をほめていはへる詞也。
 
天さかるひな  ひなとは、都に遠きいやしき國を云。遠く空をのそめは、天もひきく成て地に落たるやうにみゆれは、天さかるひなとはいふ也。又云、天さかるは、遠さかる儀なり。日の光の遠く虚空にさかり行ものなれは、ひといふ詞をとりいてん爲に天さかるとハをけるなりト云々。
 
石はしるあはみの國  水の淡のうかひて、石の上をはしるものなれは、かくつゝけたり。近江國、(10)もと淡海國とかけり。【「紀云、天智天皇六年、春三月辛酉朔己卯、遷都于近江」(以上二十一字旁書)
 
さゝなみの大津の宮  さゝなみもあふみといわん枕ことはなれ共、かの國の水海ちかき名所には、いつれにもさゝなみとをくへき也。さゝなみは、さゝと立浪也。浪にうかふ淡といふ心に、さゝなみのあふみとはいふ也。
 
かすみ立春日のきれる  きれるハ霧流とかけり。かすみわたりて、くもるといふ心也。天きる雲といふも、空のくもるなり。くもるは雲によせ、きれるは霧によせていふ詞なり。
 
もゝしきの大宮所  禁中には、百の司の座する所あれは、もゝしきといふ也。
 
30しかのから崎さきくあれと  から崎さきくトかけたる詞なり。から崎は幸《サイハヒ》アレトいふ心也。
 
しかの大わた  わたとは、水の入こみてまはれる所なり。水のみわたといふ同しこと也。水海の入たる所にて、廣き所なれは、大わたとはいへり。
 
33さゝなみの國御かみの浦  さゝなみの國即近江なり。みかみの浦トハ、天智天皇大津に宮居ましませしにより、神のいませし浦といわんため也。【「地祇トカキテ、クニツカミトヨム也。山王七社ノ中ニ、二宮ヲ地主權現ト申。此神ハ、天照大神ノ御子、地神第二ノ神ニテマシマセハ、日本國ノ主ナリ。其神のまします所ナレハ、しがの浦ヲハ、國つ神の浦ト申也。」(以上八十六字、朱芳書)
 
34濱松かえの手向草  松を結ひて手向トする心也。たむけ草は、たゝた向をいふ也。松にかきらす、花もみちをも折て、神に手向ることの有は、其時によるたむけなり。
 
(11)36さはにあれ共  さはゝおゝきこと也。日本紀多ノ字さわとよめり。
 
とこなめ  磐ノこと也。つねになめらかなるといふ心也。
 
よしの川たきつ河内  山の中に有川なれは、河内とはいふなり。
 
たゝなはる青垣山  たゝなはるは、たゝみかさねたるの心也。山のめくり立ておほきを、青垣山とはよめり。たゝなつく青垣山とよめる、同しこと也。
 
ゆふ川の神も大みけにつかうまつる  ゆふ川は、よしのに有河の名。つねにはゆ川といふ所也。大御食は、帝王の供御にまいるものゝ心也。
 
神の御代かも  これ神代のことにあらす。當帝の御代を申詞也。
 
41たちはきのたふしの崎  たふしか崎は、伊勢に有所の名也。太刀をは、手にとりはく物ナレハ、たちはく手とつゝけ、さて手には節のあれは、たふしとはそえよめる也。
 
42しほさゐ  鹽のさし合所をいふ也。
 
43おきつものかくれの山  かくれの山はいせなり。沖に有藻ノ、浪にかくれたるによりて、かく云つつけたり。
 
45こもりくのはつ瀬  泊瀕ハ山の奥に入りたる所にて、口のこもりたるによりかくいふといへり。或は、かくらくとも讀。同しこと也。しかれとも、日本紀雄略天皇の御歌にも、こもりくのはつせと(12)有。古語をしたひて、此集にはいくたひもこもりくと可讀也。またこもり江といふは、いかさまにも誤り來れる詞なれ共、改へきにあらす。此こもりくの泊瀬のことは、上の説よろしかるへし。但今案るにこもりくとは、口に隱ルトいふ心也。齒は口の中にかくれこもりて有れは、はといふ詞を云いてん爲に、こもりくの泊瀬トハつゝけたるとそきこえ侍る。
 
眞木立るあら山道を岩かねのふせきおしなみ坂鳥の朝越まして  あら山道は、難儀の道をいふ。岩ねの構たはり、しけ木の生ならひて、道をふせく山なれとも、皇子供奉の兵のおほくて、其岩木をも押なびけ、踏とをるといふ心也。坂鳥とは、朝鳥の山の尾をとひ越るをいふ也。其鳥の坂を越ることく、朝越ましますとなり。
 
かけろふのゆふさりくれは  かけろふは虫の名也。此虫ゆふへの空に出て、かげろひとぶものなれは、かくつゝけたり。夕くれにいのちかけたるかけろふトよめることも有。
 
はたすゝき  薄の、ほにいてゝ、はたのなひくにゝたれは、かくいふなり。
 
しのをおしなみ  しのも薄のこと也。しのといふは、さゝの類也。其はに似たる薄を、しのすゝきといふ也。
 
47葉過ゆく君  葉過行とは、木のはの風にふかれて、行衛なく散行にたとへて、死せる人をいふ也。こゝにいふ君は、日並皇子の薨し給ひしことを讀る也。
 
(13)48東野のけふりの立る所  此東野とよめる、名所にはあらす。やまとの國の野といふ心也。神武天皇五十九年に、日向國を立て、東を征し給ふといふは、此やまとの國をさしていふ也。つねには坂東の諸國を、東路と號すれ共、うたの習にて、かやうには詠ることのおほきなり。けむりの立る所といへるは、野ヲハヤクコトアレハ、其ケムリノ心歟。又日並皇子の薨し給ふを、もゆる火のきえしことく思ひてよめるにやともきこえ侍なり。
 
49日ならめし皇子の尊  日並の皇子と申奉る心也。天武天皇の御子、草壁大子の御名也。
 
50あらたえの藤原か上  あらたえの、たえの字は、くはしき心也。あらきことをねんころにいふ詞也。あらたえの藤とつゝくは、藤衣によせたり。藤衣ハ麁布の名也。あらたえの衣と讀る、此藤衣をいふ。人の服衣に用る布也。されはあらたえの藤衣と社つゝくへけれとも、歌のならひは、かやうに一字をとりてもよむこと、其例おほし。
 
をし國  しろしめす國といふ心也。
 
天地もよりてあれこそ  天地も、ともによりて相あふ時と、當代をほめたる詞なり。
 
衣手のたなかみ山の眞木さく檜のつま手  衣手といふは袖也。手の上にかゝりて有れは、たなかみとつゝく。手のかみといふ心也。眞木さくとは、宮造の良材を、きりこなけて柱に作りなすを、さくとはいふ也。檜の木は、万木にすくれて、宮木に用へきよし、素盞烏の尊の、定めをかせたまい(14)し木なれは、今も宮木に用る也。つま手といふは、其木のふし立ル所もなく、白くうつくしさをほめていふ也。
 
鴨しもの  かもに此身をよそへていふ也。
 
日の御門  これも帝王を日にたとえ申詞也。
 
いその國よりこせちより  やまとに石の上といふ所の有を、國とはよめり。巨勢道も、同しく和州名所也。
 
ふみおへるあやしき龜も新代《アタヲヨ》と  むかし伏義の時、龜の背に八卦を負て出たる、是聖代の祥瑞なれは、其神龜も出て來ると、いはひの心によめる也。新代とは藤原の新都をいふ心也。
 
いそはくみるは神のまゝならし  いそはくは、いそひあらそふ心也。宮木をはこふ民共が、我先にとあらそふ心也。神のまゝ、此神も、當帝の御事也。かやうにあらそひ運へは、帝の御心のまゝに宮造も不已に出來んと也。
 
52埴安《ハニヤス》のつゝみ  日本紀、神武天皇、天のかく山に埴土《ハニツチ》をとりて、八十平※[分/瓦]《ヤソヒラカ》を作り給ふ。其埴とりたる所ヲ、埴安とはいふ也。埴安の池有。其堤なり。
 
日のたて  東西をいふ也。
 
しみさひたてり  しみはしけき心也。さひは詞のたすけにいへる也。しけく立るといふこと也。
 
(15)うねひの此みつ山  上に見えたる三山を云也。
 
日のぬき  南北を云也。
 
そともかけとも  山の北をそともといひ、南の日あたりの方をかけともといふ。
 
名くはしきよし野の山  こゝをよし野とつけたる、名をほむる詞也。
 
たかしるや天乃御蔭《アメノミカケ》  天の御かけとは、大空のみとりなるか、井の水にうつろふをいへるなり。
 
54つら/\椿  しけく生ならひたるつはきなり。たつの木をつらつはきといへは、其こと歟といへる説有。不可用ゆ。
 
55朝もよひ木人  朝もよひは、朝たに飯かしくもよほしに、先薪をとれは、朝もよひ木とはいふ也。木人ハ樵夫をいふと云ル説あれとも、誤レり。紀の國の人なり。まつち山は、大和と紀の國とのさかひに、行かふ山也。よりて行來とみらん紀人ともしもとはよめり。ともしとは、人なき也。朝もよひのこと、今案るに、あさもとハ、麻布の裳なり。よひはよき也。青によしなと云心に同し。しかれは麻裳よし衣に着んといふ心に、かくつゝけたるときこえたるにや。
 
57引馬野ににほふ榛《ハギ》原  はきはら、榛《ハリ》といふ木也。つねにはむの木といふ。此木の皮をもつて、衣をそむる、其色黄也。よりて衣にほはせとはよめり。秋の萩にあらす。
 
58こきたみ行し  榜《コギ》めくるをいふ也。
 
(16)59なからふる妻ふく風  衣裳のつまは、すそになかれて、なかくあれは、かくいふ也。ふるは、なるゝ心也。つまふく風の寒き夜とよめり。しかれは夜ルの衣のことゝきこゆ。
 
61とも矢  ともは共也。欠一手をいふ心也。外ニ異説共有。用かたし。「得物矢トカキタレハ、狩ニ物ヲウル矢といふか。是顯昭の説也。用かたし。」(以上三十字旁書)
 
62有根よしつしま  對馬は、もろこしにわたる船路に、此國の有に、舟をつけて、日よりをも待故に此島をよしとほめたる也。つしまのたかねとて、山のあれは、有根よしとはつゝけたり。
 
63いさ子共  我か子をいさなふ詞にあらす。惣して人人をいさなふ心也。
 
64かものはかひ  羽をうちゝかえてたゝむ故に、羽かへとも云也。
 
65住のえのをとひむすめ  をとひのひ、助文字也。をとのむすめといふ心也。美女をほむるに。小女《ヲトムスメ》といふこと有。おと/\に生れたる女《ムスメ》ハ、ことに其母のいつくしむものなれは、かく云也。此御歌ハ清江《スミエ》の娘子《ヲトメ》に給るうたなれは、かくいへり。
 
67もの戀しきのなくことも  鴫のなくによそへて、古郷戀しく思ふ心をいへり。
 
69きしのはにふ  土也。黄ナルをも赤キをもいふ也。
 
72しきたえの枕  枕は、かしらにしきてぬるものなれは、かく云。たえは、あらたえ白たへといふことく、くはしき心也。つねに枕をしきなるゝ故也。
 
(17)73やまとなるわれ松つはき  我を待といひかけたり。皇子の宮に、松つはき殖をかれたるを、旅に思ひやりてよませ給ふ詞也。
 
74はたやこよひも  またや今夜もなり。
 
77すめ神  皇神也。神をたふとみて申詞也。
 
79みことかしこみ  勅命をおそれたると云心也。
 
柔備にし家  にきはやはらかなりとよむ字也。住よき家をいふ也。備はそへたる詞也。「【亦云賑ハヽし家ト云心也。】(以上十一字朱書)
 
河くまの八十隈  河水のまがり/\のおほき心也。
 
玉ほこの道  此玉ほこに樣々異説おほし。いにしへ道ありく人ことに、鉾をもちて兵具のそなへにしけり。玉は其鉾をほめたる詞也と云々。これはさもやと聞えたり。但或先賢のつたえに云、いにしへは、國々の道のかよひさたかにもあらて、踏たかふルことのおほかりけれは、遠くしてまとひぬへき道々には、所々にたかく木をたてゝ、それに旗をかけて、これをしるへにしけり。件のしるしを、はたほこと申めり。玉ハ上ノ説のことく、此はたほこをほめて、さて玉ほこの道とはいふなり。此はたほこは、道のしるしはかりにもあらす、郷村のしるしにも皆たて置けり。されは、玉ほこの里共、此集によめりといへり。此説をよしと思はん人は、可用之。此玉ほこのことにつき、秦(18)の始皇、漢の高祖の兵具、たま鉾の説々等有。信用に不足事歟。
 
栲《タヱ》のほに夜の霜ふり  こゝにいへるたえの字の心は、白きをいふ詞也。穗の字は、ほに出るなといふ心のことく、ものゝそれと顯はるゝこと也。夜の霜白く目に見えて、ふれるをいふ詞也。
 
岩床《イハトコ》と河の水《ヒ》こりて  岩床は、石の面のたひらにて、座すへきをいふ。とこ岩といふも、同しこと也。其岩床のたいらなるやうに、凍の一面に閉かたまれるをいふ也。今案るに、萬葉の文字のならひ、こと文字を可用も有。用ましきも有。これによりて、此集を釋るに、文字にかゝはりて、ことはりを立んとすれは、あやまること多し。されは岩床とかける共、とこは常といふ字の心なるへし。岩のつねになめらかにして有ことく、氷の面もなめらか也といふなるへし。
 
81見かてり  見がてら也。
 
神風のいせ  此かみ風いせとつゝくること、先賢の釋しをかれたること、樣々有。其説々、こと長くして、不載之。此ことは、伊勢國の風土記に見えたり。いせといふは神の名也。むかし此國を領して住る神を、伊勢津彦と號す。しかるに神武天皇東征の時、天日別命《アマノヒハケノミコト》、天皇の詔をうけて、此國に入て、此神にことのよしをのへて、汝か國天皇に奉るへきよしをのへていへる時に、此神うけがひ不申。こゝに日別命、兵をすゝめて其神をうたんとす。其時、神おそれおのゝきて、しからはわか國悉くに天皇に奉りて、我はこれより東のかたに行ん。我此國を去しるしを見給へとて、其夜の(19)夜中はかりに、四方に士風をおこし、大なみさゝなみを上け、ひかりかゝやくこと日のことくにして海陸をてらし、浪に乘て東に去にけり。古きことはに、神風いせの國とは此謂也と云々。即天日別命、此國をたひらけて、天皇にことのよし申時、國の名はよろしく其神の名もつてつくへしと仰られけるより、いせの國とは名付たり。
 
82うらさふる心さまみし うらさふるは、只ものゝさひしき心なり。うらさひしくといふ同し心也。心さまみしは、心寒しといふ詞也。或心さまを見るとゆふ心にいへる説有。これ誤なり。うたの心に難叶そきこえたる。心さまみし、清て讀へし。
 
天のしくれの流あふ見れは  雨も雪も空より下るものなれば、なかれあふとはよめり。
 
    第二卷
 
85君か行氣長く成ぬ  けは息き也。もの思ひの、むねにたまりてくるしき時、長きいきのつかるゝこと也。此御うたは、君か、わかもとより行て、又來る迄の間に、もの思ひのつもるといふ心也。
 
86戀つゝあらすは  戀つゝあられすはと云心也。此あらすはと云詞、あわすはと云に叶へる所も有。此御うたにては、いつれにいひても理にかなふへし。らとは同韻相通なり。あわすをあらず共いふへし。
 
(20)岩根し卷て死ましものを  岩根を卷とは、枕にする心也。人の墓所には、磐をかまへて、中に其棺を納る故に、岩を枕にて死ましものとはよめる也。
 
88いつへのかた  いづくの方なり。
 
89ぬは玉のわか黒髪  此ぬは玉といふ詞、先賢の釋する所區々なり。或は夜とつゝけ、或は闇とつゝけ、又はゆふへともいひかけたり。皆以くろきことにいふ枕詞也。萬葉にさま/\其文字をかへてかける中に、野干玉とかきてぬは玉とよめる所有。顯昭法師か心に、射干とかきてこれをからす扇とよめり。此からす扇の實《ミ》まろくして、黒きもの也。野干、射干、其聲同し。しかれは、からすあふきの實によせて、むは玉のくろかみとはつゝけよめりと云よ。其草の名を、からすあふきとつゝけたれは、あるひは烏玉共烏羽玉とかけるにやと心得られぬ。もとは黒かみといふより起りて、夜とも闇ともいふは、歌のつねのならひ也。他の説々あまたにて信用に足さるは不載之。喜撰か和歌式には、むは玉、ぬは玉、別々に用たり。されとをしなへてひとつ詞也。
 
93玉くしけおほふをやすみ  くしけは箱也。ほめて玉くしけとはいふ。おほふはふた也。
 
96みくさかるしなのゝ眞弓  みくさは、水薦とかけり。因てこれをみこも刈共よめること有。惣してこもといひ、かやといふは、皆草の惣名なり。されはみこもとよめるも、強てあしからす。これは草かる野とつゝくへきためにいへる也。眞弓は只弓也。眞砂眞管等同しこと也。或抄に、信濃國|御(21)射《ミサ》山の一神を祭るに、薄をかりて穗屋作ること有。みくさは薄の名也。これによりてみくさ刈しなのとはつゝけたりと云々
 
うま人  人をほめたる詞也。酒のよきを、むま酒といひ、國のよきを、うまし國といふかことし。
 
99梓弓つらをとりはけ  つらをとりはけは、絃をとりはぐる也。
 
100東人の荷向のはこ  坂東の國々よりみつき奉る、其物を箱に入、馬に負せて上るを云也。
 
101玉かつら實ならぬ木にはちはやふる神そつくといふ  玉かつらは、惣してかつらのたぐひをほめていふ詞也。かつらに實のならぬものといふにあらす。いまたみのならぬ心也。これは玉かつらを、女にたとえていへるなり.女のおとこすへきよはひにて、いまた男もたぬをいふ心也。さやうの女をは、鬼神のわか物になして、男もなきといひつたふ。其心をよめる也。
 
104わか岡のをかみ  おかみは※[雨/龍]也。日本紀に高※[雨/龍]ト云、これ也。雲をおこし、雨雪等をふらする龍の名也。
 
109大舟のつもりのうら  舟のつく所を津といへは、かくはつゝけたり。是は津守連通といふ人、うらなひせしことをよませ給ふ御うたなれは、かくのことし。
 
110おふなこをゝちかた野邊  是日並皇子の、石川女郎といふ女に賜御うたの詞也。おほなごは彼石川女郎か名也。をちかたは彼方也。しかれは我か思し召かけたる女郎は、遠くかなたに有といふ心也。
 
(22)かる草のつかの間  草かりてつかねる事也。しはしの間といはんとて也。
 
113玉松かえ  松をほむることはなり。
 
はしきかも  此はしきといふ詞、此集中に尤おほし。はしき妻共、はしき妹共、又ははしきよし、はしきやし共、はしけやし共いへり。おしなへてひとつ心也。愛するによきといふ詞也。
 
114ことたかり共  人のものいひいたく有共といふ心也。こちたみも人ノいふ言のいたく有なり。
 
117鬼のますら雄  雄々しきますらおといふこゝろ也。又これをしこのますらおとも訓す。其時はきたなしといふ詞也。
 
118わかもとゆひのひちてぬれけれ  もとゆひとはいふともたゝ髪のこと也。此ぬれけれとよめる詞は髪のぬれ/\とまとはるゝこと也。
 
123たけはぬれたかねは長きいもかかみ  たけはたくる也。ぬれはまとはるゝ也。
 
125八ちまたにものをそ思ふ  道のちまたのおほくわかれ行を、やちまたといふ。其に色々なる思ひをたとふる也。
 
126おそのたはれ男  たはれおとは、色をこのみ、情有るやうのをのこなり。おそは、おそきといふ詞おそろしき心なり。まこと風流の男にはあらて、おそきたはれおといふ心也。又云、おそは河おそといふ獣也。此もの、はしめはたはるゝやうに、後にはくひあふと有。其にたとへて、おそのたは(23)れと云なり。
 
128あしかひのあなへくわかせ  あしかひは、あしの葉のわか立なり。人のあしのうつくしきによそへて、あしかひのあなへくとよめり。あなへく足痛とかけり。あしのはのわかきは、折れやすくて、ものにいたむ心なり。大伴の田主といふ人の、足の疾を問うたなれは也。
 
つとめたふへし  つとめ給ふへしといふ心也。
 
129手わらは  おさなきものは、力すくなきによりて、手よはきわらはといふ也。
 
131よしゑやし  よしやよしといふ詞也。しゑやとはかりもよめり。同し詞也。
 
か青なる玉も  かもじは、たゝ發語の詞也。青く生る玉もといふ心也。
 
朝羽ふる風ゆふはふる浪  鳥の羽をうちふるごとくとたとへて、朝風ゆふ浪の立さはくことをよめる也。玄々奇妙の詞なり。
 
浪のむた  浪とゝもになり。
 
夏草の思ひしなへて  夏草は、しけきものなれは、それに思をよそへたり。さて夏の草は、日影のつよきになへしほるゝものなれは、もの思ふ身の、心よはくうちふしなとするにたとへたり。
 
いもか門みんなひけ此山  山はうこかぬものを、かくいふは、いもかあたりの見えぬを佗てなり。凡慮にて作り出かたき詞也。
 
(24)135つのさはふ石見の海  顯昭云、つのとは石見の國ニ角といふ所有。其所をさへてみせぬ石といふ心と云々。此うたにては、さこそと聞えたり。されと、つのさはふは、只石と云ル枕ことは也。日本紀に、つのさはふ磐余とつゝけ、又此集には、石村山ともよめり。石見の海にかきらす。されは、此詞は、つのゝおはきといふ心なり。つのは角《カド》なり。いはにかと/\多くあれはいふ也。異説に云かもしかといふ獣は、ひたいに角有。此つのをは、岩にかけて睡るなり。されは角をさゆるいはといふといへり。
 
さぬる夜  只ぬること也。すこしぬるといへるは誤なり。
 
肝むかふ心をいたみ  もの思なけく時、肝と心とのふたつの臓を、いたましむるといふ心也。むかふは對様の心なり。肝に對する心といふ也。
 
つまこもるやかみの山  人の妻は、つま屋とて、つねに其屋にかくれいて、外の人にまみえぬものなり。よつて妻こもる屋とはつゝけたり。
 
天つたふ入日  日は、大空を傳ひ行心也。
 
しきたえの衣の袖  袖をは枕にして、つねにぬるものなれはかくよめり。
 
ことさえくからの崎なるいくりにそ玉もはおふる  ことさえくは、言《コト》のさはること也。からの人のものいふは、こゝの人の耳にさはりて、聞知ことのかたけれは、かくはつゝけたり。支那高麗新羅(25)百濟等の國々、皆以からくにとはいふ也。辛の崎は、石見の名所なれ共、から國によせたり。ことさえく百濟の原ともよめり。同し心なり。いくりといへるは石の名なり。
 
141岩代の濱松かえを引結ひ  此岩代の結松のおこりは、齊明天皇の御宇に、有馬皇子、謀反の心有なから、本意のとけかたからんことをうれえて、紀州岩代といふ所にて、松を結、手向としていのり給ふ歌也。其|志《コヽロサシ》とけすして、つゐにころされ給ふ。よつて此うたを挽歌とはいふ也。
 
142笥《ケ》にもる飯  むかしは飯もる器を、苧笥《ヲノケ》のことくして、もれるといへり。
 
145鳥|翔《ハ》なす有かよひつゝ  鳥の翅をもつてかよふことくかよはんと也。
 
146小松かうれ  うれは上なり。うらといふも同し。
 
148青旗の木はた  天子皇子等の葬禮に、はたをさゝけて御をくり仕うまつる。其はたをよめるか。木はたとは、木に其はたをつくること也。
 
149玉かつらかげに見えつゝ  玉かつらハ女の髪のかさりなり。かつらを懸るといふ心に影共いへり。
 
150うつ蝉し神にたへねば  蝉は、命みしかきものにいふ也。莊子に、※[虫+惠]※[虫+古](ハ)不v知2春秋(ヲ)1と有。これ蝉の命のはかなくみしかき心也。されはうつせみの命と讀。うつせみの世といふも、其たとへなり。此うたは天智天皇崩御の時、婦人のよみ給ふるなり。神にたえぬといふ心は、天子は神にてまし/\なから、御命の堪てなかくもましまさす、只蝉の命のことく也といへる心也。
 
(26)きその夜  きのふの夜也。
 
153いさなとるあふみの海  いさなは鯨魚とるとかけり。くしらをいさといふこと壹岐國の風土記にも見ゑたり。《淮南子ニ鯨鯢魚之王也トアレハ海ヲ領スル心ヲ以テ》くしらは魚の中にすくれていさげく大きなる魚なれば海をいはんとては先(【以上三十三字朱にて消せり】)くしら取海とはいふ也。くしらを、人のとらゆる心にはあらす。されと、近江湖水に鯨有へくもなし。いかんといふ不審をたつる人有り。うたハかくのみいふこと、つねのならひなり。鳥といへと雲井迄かけらぬも有。木にいぬもおほけれとも、をしなへて雲をかけり、木を栖とするやうに讀なすなり。河にいさなとるとかいはるまし。海といはんには、くしらとるといひて、なとかあしかるらん。
 
わか草のつま  先達色々にいひ論しけること有。これは春くさの、わかやかにして、めつらしきによそへて、我か目につく妻の、いつもめつらかにさかんなるやうに覺ゆれは、わか草のつまとはつゝけたり。つまは、男女に通していふ詞也。
 
156みもろの神の神杉すくにをし  神杉すぐるとつゝけていはん序也。すくにをしは、過るかおしさと也。十市皇女薨し給ふを、おしとよめる御歌也。
 
157まそゆふみしかゆふ  眞苧にて作る木綿《ユフ》を、まそゆふとはいふ。麻にてするは、あさゆふ也。眞苧は麻の苧よりみしかけれは、まそゆふ、みしかゆふと、かさねてよめり。麻にてしたるは、長ゆふ(27)といへる也。
 
159あやにかなしみ  色々にかなしき也。
 
あらたへの衣  麁衣《アラヌノ》とて藤衣の名也。見上。
 
160もゆる火もとりてつゝみて  これは火うちを、ものにつゝみて袋に入て持心なり。
 
おもしるなくも  をもしるは、つねに相見る顔をいふ也。睦ましくむかへる人の、なくなれるをよめる心なり。面しる子らか見えぬ共よめり。
 
162鹽けのみかほれる國  鹽けとは、鹽のいげなり。鹽ぐもりとて、海のくもるをいふ。けふりに似たれは、かほれるとはいふ也。鹽けたつあら礒ともよめり。日本紀こ、伊弉諾尊曰、我所生之國、唯有朝霧而薫滿之哉とのたまふといへり。きりも、けふりににたれは、かくいへり。
 
味凝《アヂコリ》のあやにともしき  よきことの集りよれるを、味凝といふ。あやは、にしきなとにをり付たる紋をいふ也。うつくしく目につける紋は、みたらぬ心にて、ともしきとはゆふ也。見《ミ》のともしき、聞《キヽ》のともしきとよあるも、見たらず聞たらず也。
 
166いその上に生るつゝし  岩の上也。
 
167神はかり  神たちのはからひなり。
 
あし原の水ほのくに  秋つ嶋の名也。
 
(28)天地のより相のきはみ  きはみは果《ハテ》也。地のはては、天とひとつによりあふ心なり。
 
神あがり  天子崩御を申す詞也。
 
大舟の思たのみて  大舟は、のる心のたのもしけなるものなれは、かくいふ也。
 
あまつ水仰《アフキ》てまつ  天つ水は雨也。日てりに雨のくたるを待《マツ》心也。
 
よしもなきまゆみの岡  より所のなきといふ詞也。まゆみの岡、和州に有。
 
172はなち鳥  鳥のつはさをきりて、池にはなち飼ふをいふ也。
 
あらひな行そ  あれな行そ也。
 
178にはたつみ  雨ふりて庭にながるゝ水也。
 
182とぐらたて飼しかりの子  とくらは鳥屋也。かりの子は鳧《カモ》の子なり。
 
183とことは  只ときは也。
 
185水つたふいそのうらは  石を水のつたふものなれは也。いそは岩をいふことおほし。
 
いはつゝしもくさく道  もく咲ハ色々にさく心也。
 
189まうらかなしも  まことにうら悲しき也。
 
191け衣  鳥けたものゝ毛をもつて、をれる衣なり。また云、け衣は皮ころも也。鹿の皮を、狩場《カリハ》のむかばきに今も用ゆ。これなとを云へしと云々。
 
(29)192なく鳥の夜なきかはらふ  鳥のかなたにとひ、こなたにとひて、泣ことく、人々も行かふに皆泣よし也。
 
193やたこら  ものゝふの名也。やたは八尺の心也。 日本紀ニ、八咫烏といへる、烏の大きなるか、神武天皇の御軍の先導つかうまつれることも有。只つよきものゝふを丈夫といふに同し心也。第五卷に。よちこらとよめるもこれ也。子らは人よと云詞也。【「私ニヤタコラハ、奴等トいふ詞か。五音通したる也。」(以上二十一字旁書)】
 
194たゝなつくやははた  やははだ、やはらかなるはた也。やはらかなるものは、よくたゝまりて、ものにつくなり。女のやはらかなるはたへに添てふす時、我身にたゝなはりつくと覺ゆる也。玄妙の詞也。
 
しきもあふやど  裳をしきてねる家といふ心也。敷藻相とかゝれたれとも、例の文字にかゝはるましきなり。
 
玉もはひつち  玉藻とはかけれとも、衣裳をほめたる詞也。ひつちはひたすなり。
 
ころふせは  ころひふせばなり。
 
196うつそみ  うつせみなり。
 
君と時々御幸して  春ハ花の時、秋ハもみぢの時々なり。
 
御食《ミケ》むかふこかめの宮  食を備ふる時、其食ニむかふことく前ちかく有ものを、皆かくはいふ也。(30)此集に、みけ向ふみなふち山、みけ向ふ淡路ともよめり。
 
味さはふ目辭《マコト》もたえぬ  味さはふは、上に味こりと云ルかことし。うつくしきことのおほき也。美人の目見《マミ》のえもいわす媚有をいふ也。味さはふいもか目共よめり。さて目ことも絶ぬとは、相まみゆることの絶たりと也「又只ものいわぬヲ、まこと不問なと、日本紀ニハ見えたれは、死し給ひて御聲きかぬといふ心歟。」(以上四十字小字)
 
ぬえ鳥の片戀つま  ぬえとりは、上にも、うらなき居るといへり。惣して、音をなくものは、鳥もけたものもみな妻を戀るよしに讀なす、歌のならひ也。かほとりも片戀すとよめる同し心也。其ぬえ鳥の下に鳴て戀ることく、我も戀るつま也といへり。
 
たゆたふ  やすらふ心なり。大舟のといへるは、おほきなる船は、早くもゆかぬやうにたゆたふ也。
 
197なかるゝ水ものとにかあらまし  のとにかを、のどかといふは誤也。淀にか有まし也。せかるゝ水は、よとむものなれは、古今集にも、瀬をせけば淵と成てもよとみけりと讀り。のとよと同韻なり。
 
199かけまくもゆゝしきかも  かけて申もいま/\しきといふ詞也。高市皇子の薨御をいふうたなれは皇子の御くらゐを、たかくあふきて、かけてとは云なり。
 
天つ御門  天子の御門なれはたかく申詞也。
 
(31)こまつるきわさみか原  こまは高麗也。高麗人のつるきには、輪をかけてあれは、かくつゝけたり。
 
やすもりまして  やすまりましますと也。
 
鳥かなくあつま  夜の白みて、明ること、東よりなれは、曉に鳥のなく時、同しき故に、鳥かなく東とゆふ也。異説有共信用すへからす。さて坂東の諸國をあつまといふは、日本武天皇、東の國々を征して、上り給ふに、上野國うすひの坂にいたり給ふ。其よりさき、其妃たち花姫、海に入てうせ給ふを、こゝに思出て、東南をかへりみ、吾か嬬はやとのたまへる、それより東とはいふ也。委見日本紀。さて上野の國に、吾妻の郷有。即此處也と云々。
 
まつろはぬ國  隨たてまつらぬ國なり。
 
あともひ給ひ  集め給ふと也。
 
小つの聲  軍にふくふえ也。兼名苑注云(ク)、角(ハ)本出(ツ)2胡中(ヨリ)1或云出(ツ)2呉越(ヨリ)1以(テ)象(トル)2龍吟(ニ)1也。楊氏漢語抄云、大角【波良乃布江】小角【久太乃布江】。
 
敵見有《アタミタル》  かたきの軍みたるゝなり。
 
あらしかもい卷わたる  いは例の發語なり。あらしの木葉吹まくこと也。
 
ゆく鳥のあらそふはしに  鳥のうちつれて行は、我先たゝんとするもの也。其ことく、軍に兵の先をあらそふ心也。はしは始めなり。
 
(32)しゝしものいはひふしつゝ  しゝは鹿猪をいふ。けたもののふす時、膝を折てはひふす也。
 
うつらなすいはひもとをり  うつ|ゝ《(ら)》の野をはひめくること也、もとをりは、行かへる心也。うつらなすといふは、人の躰もうつらのやうになすと也。
 
春鳥のさまよひぬれは  春の鳥は霞にまよふ心也。
 
200天にしらるゝ君  崩御を神あかりと申すも、其神靈の天にあかり給ふ心也。よりて天にしらるゝ君共よめり。
 
201かくれぬの行衛もしらす  かくれたる沼水は、行衛しらぬ心なり。
 
202みわすへいのれ共  上に云ことく、神酒を社の前にすへそなへて、いのる心なり。
 
高日《タカヒ》しられぬ  天にしらるゝ君と讀り。同し心也。
 
203よこもりの猪養の岡  ゐのしゝは、草木の中に、よくこもりかくれて、有ものなれは、かくいふ也
 今案るに、ゐといふは、いぬる心なり。夜ルハね所にこもりて、宿ものなれは、かくはつゝけたるかともきこゆ。
 
206しかさゝれ浪しく/\に  しき浪といへる同しもの也。立かさね/\する浪の心なり。
 
207天とふやかるの路《ミチ》  かるは雁也。空を雁の路とする心をもつて、大和に輕といふ所の道によみなしたり。
 
(33)まねくゆかば  まなく行かば也。
 
さねかつら後も相んと  さねかつらは、惣してかつらのたくひ也。かやを、さねかやとよめるに同し。眞葛なとの眞の字、さね共よむへし。しかれは、まかつらと云んかことし。後も相んとつゝくる心は、かつらは方々にわかるれ共、長くはひめくりて、末に行あふ也。よつて末なかく頼中は、方々にわかれ居ても彼にあふと也。
 
梓弓をとに聞つゝ  弓の絃音によせたり。
 
かけろふの石垣淵のかくれのみ  此かけろふは、火のこと也。火の影といふを、うらかへしていふ詞也。ふは火也。古事記に、かけろひのもゆる家むらと、履中天皇よませ給ふも、火のもゆること也。さて石とつゝくるは、石火とて、石の中に、をのつから火の有によりて也。石垣淵は、垣のことく立る石かけに有淵也。よつて隱れのみとよめり。
 
210とりもちて我かふたりみし  夫婦手をとりかはしてふたりと也。
 
こち/\の枝 枝のかなたこなたにさすと也。
 
かけろふのもゆる荒野  此うた、柿本人丸の妻なくなれるを、火葬にしてよめるうたなれは也。
 
白たえの天ひれかくれ  《ひれはかしらのカサリ也又》ひれは(【三字朱にて消せり。】)帶のことくにして、女の肩ニかくるもの也。天ひれとは天人の身をかさるに、此ひれを先着する也。
 
(34)みとり子のこひなくことに  乳を戀てなくこと也。
 
鳥しものわきはさみもち  鳥の子をそたつるに、兩の羽の下に其ひなをはさみて居る也。
 
まくらつく嬬屋  つねにわか妻の手を枕にしなれて、ねる故に、枕つくつま屋とつゝくる也。
 
石根さくみをなつみこし  山道の難儀なるを分來る心也。さくみは石ほのさけたる中に、道ふみてなつむよし也。
 
212衾道を引手の山  ふすまを引く手とつゝけたり。
 
213灰してませは  灰に成てましませは也。
 
217秋山のしたへる妹  したへるは下照也。黄葉の山下てらすを、いもか形の、日にうつくしきによそへたり。
 
なゆたけのとをよる子ら  なゆたけハ、なよ竹也。なよやかなる竹と云心也。とをよるは、とをになひきよるといふ也。女のすかたの、たはやかにして、我になひき寄とたとへたり。
 
たくなは  たくる繩也。
 
219あまかそふおほつの子か相し日を  あまかそふは、三句日の、相し日といふにかけてよめる五文字也。日は、天をわたりて、かそふは日數といふこと也。凡津の子ハ、吉備津釆女かこと也。
 
おほにみしかは  大よそにみしかは也。
 
(35)220こゝたかしこき  こゝたは、そこはく也。こきたく、こゝはく共よみ、こゝとはかりもよめり。
 
神の御面  是讃岐の國のことをよめり。舊事紀に云、伊弉册尊、生伊與二名嶋、此島者身一而有四面、毎面有名、伊與國謂愛止比賣【西南角】、讃岐國謂依飯比古【西北角】、阿波土佐の名ハ不及載也。
 
あとゐ浪たち  行舟の跡ニゐたる浪の、又立と也。
 
行ふねの梶引折て  かちといへとも、櫓のことなり。引折るとは、横に引たをりて、舟をやること也。
 
おほゝしく  いふかしく共よむへし。おほつかなき心也。
 
おしき妻  上にいへるはしき妻、同しこと也。
 
221とりてたきまし  取抱《トリイダ》かんとなり。
 
野上のうはぎ過にけらすや  うはきは、を芽子《ハギ》なり。はきか花の散によせて、死せる人を過にけりとよめる也。けらすや、清《スミ》テよむへし。
 
226あら浪によりくる玉を枕にて  浪ニよる玉といふは、石也。石を玉かしはなとゝいへは其 なり。
 
230手火の光  御葬送の供奉に、人々手ことに火をさゝけともして、御をくり仕る。これを手火とはいふ也。
 
(36)    第三卷
 
235いかつちの岡  雄暑天皇御宇、小子部栖輕《チイサコベスカル》と云兵、勅命によりて、いかつちを捕ふと云傳る也。そのいかつちの落たる所なり。
 
238あことゝのふる  網子は、あみ引ものなり。とゝのふとは、集むる心なり。
 
239馬なめて  馬をならふるなり。
 
わかこもをかり路の池  こもを刈と云つゝけたり。
 
天行月を網にさしわか大きみはきぬがさにせり  きぬかさは、皇子御獵にめしたる笠なり。絹をもつてぬへる御笠なり。その御かさの丸《マロ》なるをほめんとて、月を網てしたるみかさといふ心なり。奇妙のたとへといふべし。
 
245水嶋  肥後の國なり。景行天皇、此嶋に御食《ミケ》きこしめす時、にはかにし水わき出しより、水嶋とは名付たり。委見日本紀。
 
248隼人の薩摩のせと  むかし隼人の神有りて、磐を蹴やふりて、此國に出たりけるより、かくいふと云々。そのとをわたる跡、迫門となれり。
 
256にはよくあらし  海上日よりよきをいふなり。
 
(37)257あもりつく天のかく山  阿波國風土記に、此山はしめ天に有り。其山所々にわかれて落たり。かく山は、そのひとつなりといへり。あもり付は、天降付とかけり。その心なるべし。さてかく山は、たかき山といふ詞なり。幡磨國風土記には、鹿來りて山に立る故に、かく山といふと見えたり。
 
木《コ》のくれしけき  木しけき陰のくらき心なり。木の下やみなといふ心なり。
 
あちむらたかへ  いつれも鴨のたくひの水鳥なり。味むらは、おほくむらかりとふ鳥の、羽の音たかく、大風なとのふくやうなれは、あちむらさはくとは、とりわけよめるなり。
 
259鉾杉かもと  わかき杉の名といへり。あるひは、ほこ杉共よめり。杉の木はすくに立のひて、ほこをつきたてたるやうにみゆる故なり。
 
262矢釣山  これをいこま山とよめるは誤なり。やつり山なり。八釣川一所なり。
 
263いきなめて  息をしけく衝心なり。
 
264ものゝふのやそうち河  ものゝふの氏姓おほき故に、八十うち河とはつゝけたり。あるひは、ものゝふの矢とつゝく心共いひ、あるひは、むかし應神天皇の御宇に、やそ氏といふものゝふに、家所給はりて、此河のほとりに、をかせ給ふより、やそうち川とはいふなりと云々。
 
266心もしの|き《(に)》いにしへそ思ふ  しのとは、しけきと云詞なり。
 
267山のさつ雄  薩人といふも同し。弓をよく射て、つねに山に入て獵するものゝふの名也。
 
(38)268千鳥なくなり嶋待かねて  嶋とは河洲。千鳥は河洲にあそふものなれは、水なと増りて、河洲のかくれた《(る脱)》時は居所なきまゝ、其嶋の出來るを待かねてなく心なり。
 
270あけのそほ舟  あけとは舟に丹ぬりてあかく色とれることなり。そほ舟はすこしき舟なり。
 
272たなゝし小舟  大ふねには棚といふものあれとも、ちいさきにはそのたなのなき故なり。
 
281白菅の眞野のはき原  しら菅とは、菅をかりほして、白くなるによりていふ。刈ほさね共、生なからも枯ぬれは、白くなるものなり。菅のほの、白き故にいふと有は、信用しかたし。菅をは、眞菅といへは、即白すけの眞野とはいふ也。
 
284燒つ邊  日本武尊、東征し給ふ時、するかの國にて、かの國の賊共か、尊をたはかり出し奉りて、野に獵し給ふ時、火をつけて燒ころし奉らんとせし所なり。委見日本紀。
 
285たくひれのかけまくほしき  たくは白き心なり。ひれは女のかたにかくるもの也。委上に注す。
 
289白眞弓張てかけたる  是月をよめる歌なり。天照《アマテル》神のおとうとの神、月弓尊と申す。即月神の御名なり。よつてかくいふ也。但、今案るに、題に、初月のうたといへり。これ只上絃の月の常に、弓張月とよむ心なるべし。
 
291《(ま脱カ)》きのはのしなふせの山  しなふとは、しなやかになひく心なり。せの山は紀州に有。
 
292久かたの天のさく女か石船  久かたは、天といはん枕ことはなり。わか國開闢のはしめをいふにも(39)天先成て地後に定ると云々。よりて久しく堅しといふ心なり。天のさく女は、鬼の名なり。むかし天孫を、天くたし奉りて、葦原の國のあるしとなさんと思しめしけるに、其國に邪神おほかりけれは、先そのあしき神をたいらけよとて、天稚彦といふ神に、天津神の弓矢をたまはせて、くたし給ふ時に、天の探女もともに天の磐船にのりてくたりて、難波の高津にとまれることをよめるなり。そのいは舟なりとて、大きなる岩の埋れて、今に此所には侍るなり。
 
293みつの海士めかくゝつもち  三津といふは、大さゝきの天皇の后、磐姫、紀の國に遊行有て、熊野の村にいたり、其所の御綱かしはをとりて、かへりて、此海に其かしはをなけ入給ふ。よりて、こゝを、かし葉ちらしの海と名付。しかれは、御つなかしはを捨給ふによつて、御津のうみともいふ也。くはしく日本紀并古事記風土記等に見えたり。さてくゝつといへるは、繩を以て、籠にくみて海士人か、藻なとかりいるゝものゝ名なり。
 
304すめろきのとをのみかと  遠の朝庭とかけり。朝庭は内裏なり。しかれ共、遠國といへ共、此秋津島のうちは、皆わか君のしきます國にして、朝庭の心なり。
 
蟻かよふ  蟻はおほく集りて、行ちかふなり。これをはありの通路と云。其蟻のたえす行見ることくにかよふことなり。また有かよふともよめり。これはかやうに有てまたもかよふといふ詞なり。
 
305もとな  よしなきといへる詞なり。
 
(40)307しのすゝきくめの若子かいましける三ほのいはや  此うた、しのすゝきといひ出たる、下句に、三穗の岩屋と云んため也。くめとつゝくこと葉にはあらす。すゝきの穗といふ詞なり。くめの若子は久米の仙かことなり。此いはやに行《ヲコナヒ》けるを思ひいてゝよめる也。
 
310市の殖木の木足まて  木の年ふりて、老木となれは枝の垂《タリ》て、地につくやうになる心なり。
 
311とよ國  豐前の國なり。豐後をもよむへし。
 
312今は宮ひと備りにけり  都ひたるといふ詞なり。
 
314さゝれ波いそこせ路なるのとせ川  さゝれ波は、さゝらなみともいふへし。すこしき浪なり、いそは岩なり。浪の岩を越るをいふ心に云かけたり。こせ路は和州に有名所なり。
     
317神さひてた《(か脱)》くたふときするかなるふしのたかね  此神さひてといふ詞、先達色々に釋して、さひしきことにいへる説おほし。しからす。これは神備たるといふ詞に、さ文字をそへたるなり。神備は神めきたるといふ心なり。上に、都備といへるも、同し心也。神の其位たかく、たふときによせて此山にはよめるなり。奥に、神さふる生駒たかねとよめるも、ひとつなり。また神さひてと、古き詞に用る所も有。これは、世に久しきもの、神の垂迹にてましませは、をのつから古き心にかなへり。ふるの神杉、神備てもとよみ、能登の嶋山いく代神備そとよめる、皆久しく古き心なり。また神の社には、けかれ有ものをきらひ給ふか故に、人もちかく參よらす、森々と木ふかけれは、さひ(41)しき心も、本より有へき理り也。
 
白雲もいさりはゝかり  ふしの山の、たかくたうときこと、神のことくなれは、雲も恐れはゝかりて、たかねをよきてたな引心なり。い去ノい、例の發語なり。
 
時しくそ雪はふりける  此詞上に注せり。ふだんの心也。非時とかけり。雪は、惣して、時有て降ものなれとも、此山はかり、いつといふことなく、時にあらすしてふるといふ心なり。
 
かたりつぎいひつきゆかん  末の代にいたるまても、絶す此山の名、いひつたへんとなり。
 
319なまよみのかひの國  香《カウ》は、生《ナマ》しきをよしとす。よつて生しうて、よき香火とつゝけたる詞也。
 
うちよするするかの國  波うちよする洲とつゝけたる心なり。但古老つたへて云、むかしは、するかの國ふしの山と、あしたか山との間を、東海道の驛路とせり。横走の關とは、此ふし、葦たかのあはひに有ける關なり。こゝを、あまたの人のとをりける間、重服觸穢のものゝ、朝ゆふに行かよふを、あしからの神のいとはせ給ひて、今のうきしまか原といふは、はるかに南海の中にうかひ有きけるを、うちよせられて今の道は出來にけりと、申つたへては侍るなりと云々。
 
石花《セ》の海  ふしのすそに、大なる沼有。これをせの海とはいふなり。
 
322いよのたかねのいさにはの岡  むかし聖徳太子、いよの湯に幸有て、湯の岡に碑をたて、其文をかゝせ給へるを、國の人ともか、つねにいさなひきたりて、其碑を見けるより、いさにはの岡とはい(42)ふなり。かの國の風土記に見えたり。
 
うたふ思いふ思ひせし【此讀いかゝと云々】  心に思ふことをうたにうたひ、ことはにいひあらはすなり。【「うた思ひこと思ひせし、是碑ノ文を思ひめくらせ給ふ心なり。(以上二十七字、朱旁書)】
 
こむらをみれはおみの木も  木村は、木のしけみ也。草のしけみを、草むらと云ことし。おみの木は、今俗に、もみの木といふものなり。
 
なく鳥の聲もかはらす  岡本天皇の、皇后とゝもに、此湯に幸し給ふ時・大殿の上に臣《ヲミ》の木有。其木にあつまる鳥を、いかるか、しめといふ。天皇詔して、其木の枝に稻をかけて、かの鳥を養せ給ふと、彼國風土記に見えたり。其ことを思ひしたひて、今も鳥の聲かはらすとはよめるなり。
 
324山たかみ河とほしろし  山は高さをたうとみ、河は流の遠さをほむるなり。とほしろしは遠白の躰なり。
 
みかほし  見まほしきなり。
 
夕きりに蛙はさはく  むかしは、蛙を秋のものによめることおほし。第十卷にも蝦をは秋の題に上られたり。
 
立霧の思すくへき  きりは、白氣なり。もの思ひのむねにくるしき時、つき出すいきの白きを、霧にたとふ。なけきの霧なとよめる同しことなり。思すくすとは、むねに有思を外にやりすくすこと(43)なり。しかれは、此川きりの、みち/\て晴やらぬことく、むねなる思ひも、やるかたなしといふ心なり。
 
326ともす火のほにそ出ぬる  火をともせは、ほのほもえ出る心なり。
 
327うれもそ  むへもそといふ詞なり。むへとも、うへ共、いへり。これ皆同しことなり。けにもといふ心也。
 
331わかさかりまたかへれやも  わかさかりとは、年のわかき時のことなり。これは、老ての後、もとのさかりにかへれやといふ心なり。
 
335ゆめのわた  夢のあいたといふ心なり。すこしの間といはんとてなり。
 
336しらぬひのつくし 日本紀を考に、景行天皇、巡狩して、筑紫國にいたります。夏五月、葦北より舟發《ミフナタチ》して、火の國にいたる時、日くれぬ。夜くらふして、岸につくことをしらす。はるかに火の光みゆ。天皇|挾抄《カチトリ》に詔して、直に火の處《モト》をさして、御舟をこかしむるに、即つくことを得たり。天皇其火の光處をとはせ給ふに、國人こたへて申さく、是八代ノ縣豊村なり。亦其火をたつねて、是誰人の火そと問せ給ふに、主を得す。こゝに、此火は人の火に非すとしりて、其國を名つけて、火の國といふと云々。此心にて、不知火のつくしとはよめるなるへし。
 
339酒の名をひしりと負しいにしへ  むかし魏の武帝の時、天下に酒をいましめられしこと有。其時に(44)徐※[しんにょう+(貌の旁が艮)]といふ人、酒をこのむものにて、わたくしにかくし置て呑けり。こゝに趙達といふ人、公事によりて、※[しんにょう+(貌の旁が艮)]かもとへ行けるに、折ふし醉ふしており。大やけのかへりことをは申さす。只中聖人とはかり云けり。趙達かへりて、此由申すに、武帝いかりて、いかなる事をと問給ふに、鮮于輔といふ人の云、むかし酒を愛せしものゝ詞に、すめる酒を聖人といひ、にこれるを賢人と名付。※[しんにょう+(貌の旁が艮)]ひとり酒にえゝることを申さむとて、かくは云る歟と答たりと云々。
 
340いにしへの七のかしこき人  竹林七賢かこと也。所謂※[(禾+尤)/山]康。阮籍、阮咸、向秀、王戎、劉伶、山濤なり。いつれも酒をこのみける人なり。
 
341さかしら  かしこだてをすることなり。
 
346夜ひかる玉  趙壁とて、趙王のもてる玉のこと也。ひかりかゝやきて、宮中をてらすに、夜るもくらきことのなかりけれは、夜光の玉とは云ける也。
 
351朝ひらき  夜の明てあかくなるは、たてこめたる戸なとを開きあくることくなれは、かくいふ也。日神、天岩戸を開き出させ給ふ心を、本縁にしてよめる詞なり。
 
354鹽やくけふり夕されは行過かねて  けふりの、空に立行んとするか、風に横折て、え上りえぬ心なり。
 
355大なんちすくな彦名  大己貴《ヲホナムチ》の神は、大三輪の神の御名なり。すさのをの尊の子なり。すくな彦の(45)神は高皇産靈《タカミムスヒノ》尊の子、一千五百座《ヒトチイヲハシラ》いませし、そのひとりなり。此大已貴、少彦名の二神、共に力をあはせ、心をひとつにして、天か下を經營し、山川の名を定め給ふ神なり。くはしくは、見日本紀。
 
357そかひに見ゆる  背向とかけり。そむき共いふへし。うしろむきにみゆるなり。
 
360濱つと  つとは、つゝみものなり。濱邊よりもてくるみやけなり。山つと家つとなといへる、同しことなり。
 
363みさこゐるあら礒  水砂《ミツイサゴ》居るなり。鳥の名にはあらすと云々。みさこ居る洲に居る舟ともよめる、同しことなり。案るに、いつれも雎《ミサコ》なるへし。詩に、關々たる雎鳩《シヨキウ》、河の洲に有といへり。此本文を用ゆへし。此鳥は、人をおそるゝ心ふかくて、必浪あらき礒に住ものなり。集には、美沙共、美佐呉共かけり。例の文字にかゝはるましきものなり。鴨長明か記にも、みさこはあら礒に居る、則人をおそるゝなりとそかける。かたく思合すへし。
 
名のりそ  神馬草といふものなり。神のめす馬なれは、人なのりそといふ心と云々。考日本紀に、允恭天皇十一年、茅渟宮に幸し給ふに、衣通姫歌曰、とこしへに君もあへやも、いさなとり、うみの濱ものよるとき/\を。天皇謂衣通姫曰、是歌不可聆他人。皇后きかしめは、必大に恨みなん。故に時人、號濱藻謂奈能利曾毛也と云々。しかれは、只海の濱もを、おしなへて、名のりそとはいふへきなり。
 
(46)365馬そつまつく家戀らしも  旅行人を、家にて戀る妻のあれは、其乘馬の爪つきなつむとなり。
 
366こしの海の角鹿の濱  日本紀に、御間城天皇の御世、額に有角人、舟に乘來て、こしの國笥飯浦に泊。其人云、我は意富加羅國王の子なり。都奴我阿羅斯等と名つく。日本國に聖皇いますと、傳にうけ給りて、以歸伏之といへり。其泊處を角鹿と號するなり。
 
あへきつゝわか榜來れは  あへくとは、いさつきくるしき心なり。こく舟に力を入急く躰なり。
 
ますらおの手結か浦  手結とは、武士の籠手《コヲ》をいふなり。よつてますらおのとはいひかけたり。
 
わたつみの手にまかしたる玉たすきかけてしのひつ  わたつみ、海神也。手にまく玉とは、玉をつらねて、手にぬき持を手玉といひ、足にかさるを足玉といふ。海神にかきらぬものなれとも、水底よりはよろつの玉の出來るによりて、かくはよめるなり。此歌、ことに海路の作なれは、其より所有詞なり。玉たすきと云つゝけたるは、かけてといふ詞、まふけむためなり。
 
370とのくもる夜  棚くもるといふ、ひとつ詞なり。ととたと五音通す。段々くもるを、たなくもるとはいふ也。
 
372春の日をかすかの山  これは文字をもつていひかさねたるはかりなり。とふ鳥のあすかと云かことし。
 
たかくらの御笠の山  高くらは帝王の御座なり。上に天《テン》蓋《カイ・カサ》を張る故に、かくはつゝけたり。
 
(47)朝さらす  朝ことになり。夕さらすと云、同し心なり。
 
かほとりのまなくしはなく  春の鳥なり。きしをいふといへと、只おしはかりなり。又春の末つかた、夏のはしめ、かほ/\となく鳥有。それをいふともいへり。但不用。
 
376あきつ羽の袖ふるいも  あきつは蜻※[虫+廷]なり。其羽のうつくしきに、いもか袖をよせて、いふとなり。第十卷歌に、秋津葉ににほへる衣とよめるは、正しく秋の木葉なり。紅なる衣といふ心なり。女の衣には、紅を賞翫すれは、秋つ葉の袖ときこえたるにや。
 
379さかきのえたに白香つく木綿とりつけて  しらかつくとは、木綿四手の白きをほめて、白く香ほりのつけるといふ心なり。香は鼻に入をのみいふにあらす。ものをほめんとていふ詞なり。
 
いはひへ  日本紀に忌※[分/瓦]とかける、是正字なり。神に奉る酒瓶なり。
 
竹玉をしゝにぬきたれ  竹をつぶ/\と切て、糸につらぬきて、神に奉るものなり。しゝはしけきなり。
 
たはやめかあふひとりかけ  葵をかづらにして、かしらにかくるゆへに、それを女のかつらによせて、たはやめがと云かけたるなり。
 
380ゆふたゝみ  木綿を切かさねたる心なり。
 
382明神《アキツカミ》のかしこき山のともたちのみかほし山  これつくは山をよめるなり。つくはにふたつの嶺相な(48)らへり。たかきを男の神といひ、ひききを女の神と名つく。ふたつの嶺、ならひ立たる故に、とも立といふ。二なみのつくはとよめるも、ふたつならふ心なり.三わ山をはしめ、ふし、足から、つくは等、皆其山を神躰とは申めり。みかほし山とは、見まくほしき山といふ心なり。
 
385あられふるきしみか嶽  あられふるきしみとつゝけたるは、あられふる音のかしましといふ心なり。きとかと五音通なり。みとまと又通す。さてきしみかたけは、肥前國杵島の山なり。彼國風土記に、毎歳の春秋、かの所の士女、酒をもち琴をかゝへ、手を携て此たけに上りて、樂飲し歌舞し曲つきてかへる時の歌に云、あられふるきしまかだけをさかしみと、草とりかてゝいもか手をとると云々。
 
386柘《ツミ》のさ枝  此木、桑に似て、枝に刺有といへり。さ枝は、ちいさき枝なり。
 
386座待《ヰマチ》月あかしのとには  十八日の月を、居待月といふ。あかしとは、月のあかきと云かけたるなり。
 
あへて|わき《(こ)》出む  あへては、ましはる心なり。もろともに舟こがんとなり。
 
391とふさたて足から山に舟木きり  とふさは、鳥總なり。木切に、こけらのたつを、鳥の毛のちるやうに見て、かくはよめるなり。舟木は、舟つくる木なり。先達さま/\に釋しをかれたれ共、たしかにもあらぬは不載之。
 
(49)403朝にけに  朝とはよめれ共、只けふといふ心なり。歌にけさとよみて、今日といふ心なることおほし。朝夕/\にまさる心なり。有しよりけにといふ、同し心なり。此歌は、家持か、我妻坂上の大孃をよめるなり。女は、朝けのすかたとて、ことにめてたきものにいへは、朝な/\にいやまさると云心なるべし。
 
407春日の里にうへこなき苗なりといひし  こなきは水草なり。其花紫にさく故、女にはよそへよめるなり。草を引うふるをも苗とはいふなり。
 
412いなたきにきすめる玉  いなたきはいたゝき也。さすめるは着たる玉といふ心なり。
 
414石根こゝしみ  こゝしみは、石根の凝かたまれる也。こりしく共いふ、同し詞なり。
 
415いもか手まかん  妹か手枕せんなり。
 
416もゝつたふ磐余《イハレ》の池  もゝに傳る五十《イソ》とつゝく詞なり。もゝたらぬ五十共つゝく。亦もゝつたふ八十共いへり。五十六十七十八十なといひつゝけて、百につたはる故にいふなり。
 
419石戸わる手ちからもかな  日神、天石戸にこもり給ふを、諸神なけきて、神樂といふこと、はしめ給ふに、日神あやしと思しめして、石戸を細目にあけて、見そなはし給ふ時、思兼の神の子、たちから雄の命、其石戸をおしくたき、日神の御手を給はりて引出、新殿にうつし奉ると云々。其ことを思よせてよめるなり。手ちからはちからつよき神の名なり。
 
(50)420さにつらふわか大君  さにつかふとよめるも同し詞《コトハ》なり。らとかと同音通す。さにはあかきいろなり。つかふハ附經《ツキフル》の心なり。人の顔はせのうつくしきを、紅顔といふによりて、わか大君とほめたるなり。さにつかふ妹共云、同し心なり。丹をものにつけて、色とるものなれは、つかふとはいへるなり。
 
神さひにいつきいます  いつきは、いはふと同し心なり。齋の宮を、いはひの宮ともよめり。しかれは、神をやしろつくりていはひ奉るやうに、いはひ置といふ心なり。
 
玉つさの人そいひつる  玉つさをつたふる人なり。たゝつかひする人を、おしてかくいふなり。
 
をよつれか  音つれかといふ詞なり。
 
まがこと  まが/\しき詞なり。
 
天雲のそくへのきはみ  そくへは、しりへのといふ心なり。天の果《ハツ》る所を、そくへのきはみといふ。きはみは、きはまりなり。天地のそこいのうらともよめり。天と水と、ひとつに成て集る所をそこいの浦といふなり。
 
ゆふけ問  辻うらを問ことなり。占をきかんとするものは、夕さりつかた、ちまたに出て、きくなり。よつてゆふけとふとも、亦ゆふうらともよめり。
 
石うらもちて  石を踏てうらなふ。足うらしてなとよめるも、何にても踏こゝろみて、うらなふを(51)いふなり。其心なり。景行天皇、土蛛をうたせ給はんとて、石をふみてこゝろみ給こと、見日本紀。これらをはしめといふへきにや。
 
わかやとに御もろをたてゝ  みもろは三むろなり。神社をみもろといふ。みむろの山も、神のいます山の名なり。
 
ゆふたすき  木綿は かくるものなれは、たすきといふなり。
 
天なるやささらのをのゝ七相管手にとりもちて久かたの天の河原に出たちてみそきてましを  第十六卷にも、天なるやさゝらの小野にちかや刈とよめり。さゝらの小野とは、天上に有といふ野の名なり。七相菅は、たなはたの、七月七日に、天の河原に出相ふことあれは、これによせていふなり。但、猶不審なり。
 
高山のいはほの上にいましつるかも  上に注すことく、人をおさめはうむるに、岩を下にしき、めくりにもたてゝ、中に其棺槨を置心なり。
 
423花たちはなを玉にぬきかつらにせんと  これは、五月五日に、五色の糸を組て、玉につらぬき、長命縷と號して、居たる屋の内にもかけ、亦肘にもかくる、これを藥玉といふなり。くす玉といふ心は、このいとをかけつれは、惡氣をはらひて、命なかく生るといふ故に、かくは名付たり。是にあやめの根、花橘をも具するは、其時に相あふものゝ、共にいはふものなれは、かくのことし。かつ(52)らとは、糸を色/\にして、長くかくる故也。
 
はふくすのいや遠なかく  葛のかつらの、なかくはふものなれはかくつゝけたり。
 
424泊瀬をちめ  泊瀬の女なり。をちめはをとめなり。小女のいまた男せぬを、をとめとはいふ也。
 
426家またなくに  つねには待ものなきを、またなくにとよめとも、此歌はまつべきにといふ心なり。またなの、な文字、無の字にあらす。またんなといふ、なもしなり。くにとをけるは、戀らくになといふ心なり。
 
429山のはにいつもの子ら  雲は、山のはより立出るものなれは、かくはつゝけたり。此こと次にしるす。
 
430八雲たつ出雲  これは、むかしすさのをのみこと、出雲國にいたり給ふ時、簸の川上の山より、八色の雲のたちしをみて、八雲たついつもとよみはしめ給ふより、かくそ讀ならへり。國の名を出雲といふも、山よりかの八色の雲のいてたるによりてなり。委見日本紀。
 
なつさふ  なつきしたかふ心なり。
 
431しつはたの帶ときかへて  賤かをれるはた布をたちて、帶に用るを言なり。帶ときかへてとは、男と女とあふ時、共に帶をとく心なり。此しつはた帶を、あるひはしつかはた織時、尻卷とて、せ中にあつる帶のやうなるもの也ともいへり。こゝには相叶へくもなし。
 
(53)ふせや立妻とひしけん  屋には軒のつまといふことあれは、其によせてかくつゝけたり。
 
かつしかのまゝのてこなか奥槨を  下總の國葛餝郡眞間といふ所に、ひとりの美女有。てこは女の稱なり。石井のてこ共よめり。なほ付字なり。其女の墓所をよめるうたなれは、まゝのてこなか奥つきとよめる、奥は、ふかく納る心なり。つきは、塚に築こめたりといふ心なり。
 
松か根や遠く久しき  松の根は、なかくはふものゝよはひ久しきによりて、かくはよめるなり。
 
435みつ/\しくめのわか子かいふれけんいその草根  此みつ/\し久米のわか子とつゝくことは、日本紀にみつ/\し久めの子らか、垣もとにと、神武天皇の御歌に有。其古きことはを用たり。みつ/\は、瑞々なり。ものをほむる詞なり。久めのわか子は、上に注するくめの仙なり。いふれけんいそとよめる、いそは石なり。いはやの中に、卅餘年行し仙なれは、かくして石にふれたりといふ心なり。此歌、只いそと云詞をまふけんとて、上の句は云つゝけたるなり。
 
441大あらきの時にはあらねと  此つゝけやうのことは、いかにともきこえかたし。顯昭法師か袖中抄にも、其理たしかならす。或ものにかきて侍りしは、大荒城は森の名なり。時にあらねとゝつゝくるは、かさねことはのおもむきなり。大あらきのきの字を、時の字にかさね、あらをはあらねどゝかさねたるなりと云々。古歌のならひ、かくいひつゝくるおほくて、上に云いたす詞は、其うたの心に不叶こと有るにも、かさねことはの趣とも聞えたるにや。
 
(54)443天雲のむかふす國  遠國の心なり。むかふす、向伏とかけり。遠く空をのそめは、天雲も地に落たるやうにむかひふしてみゆるなり。
 
神の御門に外重《トハ》に立候《タチマチ》内重《ウチハ》につかへ  外重は、禁庭の外なり。内重は禁裏なり。神のみかとは、天子のまします宮門の心なり。
 
にきたへ布  にきたへは、うつくしうやはらかにおれる布なり。和幣《ニキテ》といふも、此布を用る幣なれはなり。神代に七夕つめのおれる布を、和たへといふよし、古語拾遺に見えたり。
 
神をこひのみ  こひは祈なり。のみはかしらをたゝくことなり。
 
ひくあみのなつさひ來むと  網引時、其綱を手にかけて引けは、いつく迄もしたかひ來るものなれは、かくよめり。牛留鳥《ヒキアミ》とかけり。牛をは、ひくものなり。鳥をとゝむるものは網なり。或は是をくろあみのとよめり。うしにも黒きにあらぬもあれと、おしなへてくろうしといへは、牛といふ字をくろとも讀へし。さてあみといふは、海に住鳥なり。水くゝるあみのはかひなとよめる鳥なり。その鳥は、せ中のくろきものなり。夫婦よくさそはれありく故に、くろあみのなつさひ來むとはよめると云々。にほとり、あしかもなとを、なつさひ行なと、おほくよみたれは、けにもあみと云鳥の事共云へし。
 
おしてるやなには  おし照ハ、潮照なり。鹽うみをいふ枕ことはなり。水うみをは、湖てるといふ(55)なり。照はものをほむる詞にそへたり。なにはとおほくよめるは、此海をほめてなり。むかし神武天皇、東征し給ふ時、此浦に御舟よせんとする、浪はやくして御舟つくことを得す。よつて浪速《ナミハヤ》と名付たり。今難波といふは訛なり。委見日本紀。或説におしてるといふは、舟をおし出すなにはと云心なりと云よ。
 
あら玉のとし  これはたゝあらたまる心なり。年月のかはり行によりて、あら玉の月日なともよめり。
 
446とこ世  常住にしてかはらぬ世界なり。仙境をとこ世といふなり。こゝによめるは、たゝときはの心なり。むろの木の色かはらぬによりてなり。
 
458みとり子のはひたもとおり朝ゆふにねにそわかなく  かなしみの切なる時は、いときなきこのことく、足もたゝずはひめくりてなくといふ心なり。日本紀に、いさなみのうせ給ふ時に、伊弉諾尊、其|頭邊《マクラヘ》に匍匐《ハラハヒ》、脚邊《アトヘ》に匍匐而《ハラハイテ》、哭泣流涕《ナキイサチカナシミタマフ》焉と云々。其ことを思てよめるなるへし。
 
460たくつのゝ白《シラ》きの國  栲角とかけり。第廿卷にも、たくつのゝしらひけの上にとよめり。たくは上に注するごとく、白きと云詞なり。よつてしらきとつゝけたり。
 
うち日さすみやこしみゝに  うち日さす宮とつつく心は、大宮作のてりかゝやくやうなるを、ほめ申ことはに、内に日のさす宮といふ心なり。つねの人の住屋は、外に日のさせ共、内はくらきもの(56)なり。天子の御座は、内に日のさしかがやくといふ詞なり。しみはしけきなり。
 
しきたへの家  家は、人の住なれ、しきふるすゆへに、かくそいへる。
 
466水鴨なすふたりならひ居  水に住かもといふ心なり。ふたりとは、かの鳥のつかひはなれぬをうらやみて、我も夫婦ふたりならひおらんものをとなり。
 
そこ思ひに  そこはく、ものを思ふよしなり。
 
471家さかり  家に遠さかりなり。
 
475大やまとくにの宮古  久邇の都は、山しろの國みかの原といふ所に、聖武天皇のつくらせ給ふ新京なり。大やまとは、日本國の名なり。大日本國の宮古と云つゝけたる心なり。
 
うち靡春さりぬれは  うちなひきは春といはん枕詞なり。なひくは、なひき隨ふこゝろなり。惣國おしなへて、なひき來る春といふ心なり。四季いつれも同しことゝいへとも、古とし改《アラタマ》りて、新しき春になれは、とり分てかくはいへるなり。
 
花咲をせり  をせりの、をの字は、助字なり。花咲せりといふ詞なり。また云、花咲をれり也。
 
鮎こさはしり  さは助字なり。鮎は石川に住故に、石をはしる魚といふ心なり。
 
いや日けに  日をへていよ/\増ることなり。
 
ひつちなけ共  ひつちは泥土とかけり。泥土のかはく時なきやうに、なく泪をいふなり。
 
(57)476おほにそみける  大よそにみけるといふ心なり。
 
478ものゝふの八十伴のお  伴は大伴の氏なり。伴氏は、皆武士なり。八十は其氏族のおほきこと也。委下に注之。
 
木立のしゝに  しゝはしけきなり。
 
ますらおの心ふり起し  たけき心をおこす也。
 
さはゑなすさはくとねり  さはゑは、五月の蠅なり。おほくむらかりさはくものなり。とねりは御隨身の侍なり。
 
480大ともの名におふ靱負て  大伴は、上にいふごとく、ものゝふの氏なり。よりて其名におふ靱を負てとよめり。靱は矢をさすものゝ名なり。
 
481ことゝはぬものにはあれと  ものいはぬ物なれともといふ心なり。
 
よすか  かたみなり。つねには、たよりといふ心なり。
 
   第四卷
 
485味むらのいざとはゆげと  あちむらの己か友をさそひたてゝ、むらかりとひ行心なり。
 
あかしつらくも  明しつるもといふ詞なり。らくは戀らくなといへる、此らくの字は、るに同し。
 
(58)487けのころ/\  ねんころなり。ねもころ/\とよめる、同しことなり。けとねと、のともと、皆同韻相通なり。
 
491いつもの花  いつは、いつくしきもの花といふ心なり。
 
492衣手にとりとゝこほりなく兒にも  みとり子か、親の袖にすかりてなくを、ふり捨んとすれとも、はなれねは、取滯りといふなり。
 
495朝日影にほへる山  朝日の、紅にうつろふ心なり。
 
496みくまのゝ浦の濱ゆふ  はまゆふは、草の名なり。其葉芭蕉に似たるとなり。其皮は紙のやうにて白くいく重共なくかさなれるものなれは、もゝ重なるとはよめり。波の白くかさなれるか、ゆふをたゝめるに似たれは、濱ゆふ共名付たり。
 
501をとめらか袖ふる山  やまと、ふるの山なり。袖ふる山とはいひかけたるはかりなり。袖ふる河共よめり。
 
502をしかのつのゝつかの間  鹿の角は、夏のはしめにおとして、さて生するか、いまたみしかくて、手一束はかりなれは、つかのまとはいふなり。
 
503玉きぬさゐ/\しつむ家のいも  先賢の説に、さゐ/\は衣《キヌ》の音なひの、さは/\とする心なり。しつむは其音の閑まりて、居る心といへり。されとうたの心に難叶にや。此うた、さゐ/\は(59)さあゐ/\といふ心なり。さは例の助字にして、ゐは藍なり。衣を藍にそむるを、度々其藍入たる器におししつめてそむれは、色のこくなるなり。しかれは、藍といふを、相見るといふ心によせて家のいもに相みるたひ/\に、思ふ色の増といふ儀なり。玉きぬは、きぬをほむることは、是も下心に、わか妹をうつくしゝといふ心をこめたり。奇妙の詞、不可及凡慮。
 
506火にも水にも我ならなくに  上に注せる、家またなくにとよめる、同しおもむきなり。火にも水にも、我なるへきにといふ詞なり。これは女の心さしを、其夫君にあらはして、もしふたりか中に、こと出來たらは、ともに水にも火にも入らんものぞ、ものな思ひそとよめる歌なり。
 
507枕を|つ《(く)》ゝる泪  涙の川となる心をいはんとて也。
 
509臣女《マウトメ》  宮つかへする官女のことなり。
 
あけくれの朝霧かくれ  夜の明んとて、しはしくらくなるを、明くれといふなり。
 
青旗のかつらき山  木にかつらのはひ上りて、其末の、其木にはひあまりて、なひく躰の、はたの手のやうなれは、青はたの葛木とはつゝけたり。
 
かこのこゑよひ  水手を鹿子といふことは、日本紀に、應神天皇の御宇に、日向國諸縣若牛といふ人有。御門につかうまつりけるか、年老て致仕しけれ共、女に髪長媛トテ、かたちよきを帝に奉りて、後わか國にかへらんと思けるに、其かみ、天皇、淡路の嶋に獵し給ふとて、海上をのそみて、(60)西の方を御覽しけれは、牛數十頭、海にうかひて見えたり。あやしと思しめして、御つかひをつかはして、見せ給へは、角つきたる鹿子の皮をきたる人共也。御使人、たれそと問けれは、諸縣の若牛と申ものなり。年老て致仕すといへ共、みかとを別奉ることを得す。女を奉るよし申けれは、御つかひかへりて、此由奏するに、天皇聞めし悦せ給て、御舟にめして、つかうまつらしめ給ふ。其所をは、かこの湊とは申なり。舟子をも、それよりかことはいふなり。
 
いなひ妻うらみを過て  幡摩國印南といふ浦を過るといふ心なり。いなひはいやといふ心なり。我をいやとて、いとふ妻を、いなひつまといへは、所の名をもそれにいひなす。浦みは浦邊なり。
 
512ほ田のかりはのかよりあはゞ  ほに出て刈しほになれる田を、かりはといふ。かよりの、かは助字なり。よりあはゝとは、其いねのなひき寄によりてなり。
 
513大原の此市柴  此大原は、大きなる原なり。名所にはあらす。たとへは、大野らとよめるがことし。市柴は、市に出て賣柴のことなといへと、さにはあらす。市は、いつとよむへし。いつくしき心なり。柴は燒柴にはあらす。芝、柴、よみひとつなれは、いつくしき芝原といふことなり。道のへのいつしは原とよめるも芝也。
 
516三つ相によれる糸  糸三すじをより合せたるなり。つよき糸といはん心なり。
 
518よそりなく  よそへよることなくなり。
 
(61)520雨つゝみ  雨がくれなり。亦云、雨をつゝしむ也。或は、後々の歌に、簑にもよめり。
 
521麻手かりほし  麻のはの、人の手をひろけたるに似たれは、かく云なり。亦麻をは、夏引の手引の糸なといへは、あさ手小衾なとよめるは、手引の麻苧にてつくれる、衾共いふへきにや。
 
524あつ衾なこやか下  なこやかは、やはらかなる心なり。あつ衾のやはらかなる下といふ也。
 
529さほ川のきしのつかさの若くぬ木  此つかさといふ詞、のつかさ、山のつかさ共よめり。或は、きしのきは共釋し、或はきしのつゝき共いへり。思ふに、つかさは、ものゝたかき所をいふ詞なり。山のたかきをかさといふ。しかれは、山も、野も、きしも、高き所をつかさといふへし。
 
530むまおり  馬柵とかけり。これは、さくの木とて、垣のことく結て、馬ふせきにするものなり。
 
531梓弓つま引夜音  隨身か夜るの陣にて絃うちする音をいふなり。つま引は爪引なり。
 
533鹽干のなこり  鹽の干かたに、のこれるたまり水なり。
 
534道をたとをみ  たは助字なり。只遠きこと也。
 
543あそゝにはかつはしれ共  あそゝは、あそ/\也。ものを推し心得たる詞なり。
 
しかすかに  さすがになり。
 
552わけ  我なり。
 
554きひの酒  吉備の國にて造れる酒をいふ。備後の酒なり。亦云、黍にて造れる酒也。
 
(62)貫簀  すをあみて、たらいの上にかけて、手あらふ時、其水の前にとはしりかゝらぬ用意にするものなり。
 
555君かためかみし待酒  待酒は、君か來る時のませんとて、其待まうけにかもする酒也。又云、かみ酒とは、むかし洒つくるすべをよくしらさる時は、人おほく集りて、面々に米をかみて、水にはき入て作りしことなり。此事、大隅の國の風土紀にみえたり。
 
559おひなみに  老の身なり。
 
561大野なる御笠の森  筑前の國なり。考日本紀に、神功皇后元年、荷持田《ノトリタ》の村《フレ》に、羽白熊《ハシロクマ》鷲といふもの有。其ひとゝなりこはくこはし。身に翼《ツハサ》有て、よく飛てたかくかける。皇命にしたかはす、つねに百姓を掠む。天皇、くまわしをうたんとおほして、かひの宮より松峽《マツヲ》の宮にうつり給ふ。時に、つむち風忽にたつて、御笠ふけおとされぬ。時の人、其處を名付て、御かさといふと云々。
 
562人の眉根をいたつらにかゝしめつゝも  眉のかゆきは、思ふ人にあはんの相なり.眉をかゝしめてもあはぬは、いたつらことなりといへるなり。まゆねは、眉めといふ心なり。遊仙窟に、昨夜眼皮※[目+閏]《キノフノヨマユメカユカリ》、今朝良人見《ケサヨキヒトヲミル》ト云々。
 
564山菅のみならぬことを  山菅は、實のなるものなり。いまたならぬをよめる心なり。かやうのことをあしく心得つれは、山菅は惣してみならぬやうに覺ゆるなり。
 
(63)575あなたつ/\し  たと/\しきなり。
 
583月草のうつろひやすく  月草は露草といふものなり。月の光をみてさく故に、月草とはいふなり。朝かほなとのことく、朝たはかりさかりにて、はやく色のかはり、しほみ果れは、うつろひやすしといふなり。
 
588白鳥のとは山松  同し鳥といふことはをもつて、かさねたるなり。
 
589衣手をうちわの里  衣をうつといひかけたる也。うちわのさと、山城といへり。
 
594ゆふかけ草  草の名にあらす。只、夕景に有所の草なり。
 
596奥津嶋守  嶋をまもる神のことなり。
 
604何のさとしそ  何たるあやしみそといふ心也。
 
605天地の神もことはりなくはこそ  天神地祇を證據とするを、神のことはる中なとよめり。日本紀廿三、山背大兄王のたまはく、我豈※[殄/食]天下、唯顯聆事耳、則天神地祇共證之と云々。
 
606おほなわに  ねんころなる心なり。おふな/\とよめる同し詞なり。
 
607皆人をねよとのかね  初夜のかねなりといへり。夜つくかねなれは、人をねよといふの心なり。
 
608大寺の餓鬼のしりへ  大寺には佛をすへ置は、云に不及。餓鬼のかたちも作りて、人にしめすなり。餓鬼の後なり。
 
(64)ぬかつく  禮拜する心なり。額突なとかけり。額は、ひたいなり。つくは地につくなり。かしらを地につきて、ふしおかむ心なり。
 
612もたもあらましを  もだしてもあらんをと云心なり。
 
616つるきたち名のおしけくも  つるきには其鍛冶の銘をきりつくるなり。よつてつるきたち名のおしけくとはつゝけたり。
 
619浪のむたなひく玉も  むたは浪と共にといふ心なり。
 
あからひく日もくるゝ迄  赤らは、只あかき也。あから小舟とよめるも、あかく色とれる舟也。是は女のあか紐を、長く結ひたれて、引といふ心に、赤ら引ひもとはつゝけたり。
 
623月はゆつりぬ  月はうつりぬなり。
 
625もふしつか鮒  鮒は、池の底に居て、もにふすなり。束ふなは、手一つかねはかり有ふななり。
 
631うはへなきものかも人は  うはへなきは、情なき心といへり。
 
633枕かたさり夢に見えこし  此うた、いふかしき所有なり。枕かたさらすと有へき所なり。片の字は心なき助字也。聞を、片きくと云、まふくるを片まけてとよめるも、片の字皆以助字也。しかれはよる/\枕さらずして、思ふ人の夢にみゆるといはんうたなり。いかさまにも、不片去と有む不の字落たりと見ゆるうたなり。
 
(65)641やきだちのへつかふことは  やき太刀とは、たちに刃をつけたる心なり。へは邊なり。つかふは付といふ心なり。太刀は、ものゝふの身をはなたぬものなれは、いつも其人の邊に、付經《ツキフ》るの心なり。舟をよめる詞にも、へつかふといへり。これは、いそ邊に舟のつきて有の心なり。此やきたちの歌も其定に心得へし。
 
642戀てみたるゝくるへきにかけて  此歌は、戀に心のみたれたるを、糸によせてかくいへるなり。くるへきとは、糸をかくる器、反轉とかけり。よつてくるへきにかけてなとはつゝけたり。古歌のならひ、糸といふ詞は、いはね共、かやうに、下心にはよせてよめることおほし。
 
644いきの緒に思ひし君  いきの長くして、絶ねは、いきの緒とはいふ也。上に注する、けなかく戀るなとよめるに、同しことなり。
 
ゆるさく思へは  ゆるさんと思ふ心なり。折角に思へども、かなはぬ時、思ひよはりてゆるむよし也。
 
650とこ世の國  此とこ世の國は、そこと定める國共きこえす。或は蓬莱嶋をもいひ、又は胡國のことをもいへり。雁の來るとこ世といふは、此胡國をいふと見えたり。すへて仙人の住る堺なとは、常住不變なるによりて、とこ世と申ならはせり。
 
654をそろ  をそは、きたなしといふ心なり。呂は助詞なり。
 
(66)655神もしるかにさとれさかはり  神は神道にて、いはぬことをも、亦いつはることをもかくさとり給ふなり。さかはりの、さ文字は、例の助字なり。神も人の心に入かはりたるやうにさとれとなり。
 
656ことのなくさそ  言葉のなくさめなり。
 
657はねす色のうつろひやすき  はね寸は木芙蓉の花なり。夏さく花なり。
 
659おきもいかゝあらも  おきとは、行末のことなり。おくかなし、亦おくかしらすとよめるも、皆行末のことなり。いかゝあらもとは、いかゝあらんといふ心なり。もとむと五音通す。
 
662さての崎さてはへし子  此詞、先達さま/\に釋しをかれたれとも、其儀たしかならす。此さての崎は、伊勢の國の名所なり。下句に、さてはへし子といはんために、とり出たるもの也。さてはへし子といへるは、人にいひさはかれし女のことなり。上に注する、さはへなすさはくとねりとよめるもひとつなり。さはへし子といふへけれ共、さての崎といひて、其よりつゝけたれは、さてはへしとはよめるなり。わか心かよはしなとしたる女を、人にとかくいひさはかれて、遠く隔りたれとも、思ふによりて夢にはみゆるといふ心なり。
 
664石上ふる共雨に  石の上ふるとつゝけてよめるは、やまとの國いその上といふ所に、布留の明神いますによりてなり。うたのならひ、ふるといふ詞いはんとては、雨のふるにも、又ふるきといふことにも、石上とは云かくるなり。
 
(67)667しはしはありまて  しはし待てあれといふ心なり。
 
669山橘の色にいてゝ  山たちはなは、岩まなとに生る草の、實《ミ》の色赤きものなり。よつて色に出るとは讀り。
 
670月讀の光  月弓尊、又月夜見尊共名つくるなり。委上に注之。
 
672しつたまきかすにもあらね  たまきは、手にまつふ玉の名なり。いやしき賤のめも、むかしは手玉足玉とてかけたり。しつかたまきなれは、かすにもあらぬとは云なり。しつのをた卷といへは、苧《ヲ》をまきて、へそといふものにしたるなり。よく是をわかつべし。
 
674眞玉つくをちこち  玉をは、緒につらぬきて、付るものなれは、玉をつくる、をと、つゝけたるなり。
 
675花かつみ  眞こもの名なり。先達説々あれとも、とかく眞こものことく聞えたり。
 
678命にむかふわか戀  命に對する心なり。命はかり、捨かたきものなきに、戀も思捨かたきは、命に同しき也。
 
685二鞘の家  家二ツ也。家をさやといふは、人の入居る故なり。太刀の身を入る故に、さやといふかことし。
 
690てれる日をやみに見なしてなく泪  泪ぐもりとて、泪におほれぬれは、目も不見ことはりなり。
 
(68)691もゝしきの大宮人  禁裏には、百の官の著座有故に、かくいふなり。
 
693たな引くもの過とはなしに  上に注する、川霧の思すくへき戀にあらなくにといへるに、同し心なり。雲きりなとにいふ時、過るとは晴行心なり。
 
694戀草  戀のさま/\しけきをいふ。草の名にあらす。され共をのつから草にもいひなすなり。
 
ちから車になゝくるま  力車は、荷をつゝみはこふ車なり。つよく作りて、おも荷をつむ故に、ちから車とはいふなり。七車は必車七輌にあらす。おほくの車といふ心なり。
 
696戀過めやも  思過めやといふ、同し心なり。え思ひ捨ぬ戀といふ心なり。
 
697君かたゝ香  君か正香とよめるも、同しことなり。たゝかとは、君か事を有のまゝにきくやうのこゝろなり。香はものをほむるには、何にも香といふなり。君かことをいふにつけて、香とはいふなり。
 
701はつ/\に人を相見て  ものゝたらはぬことをはつ/\とはいふなり。しかれは、しはしか間、人に相て、相見たらぬ心なり。
 
704たく繩のなかき命  たくはたくる也。繩をたくるかことくに長きいのちといふ心也。
 
705はねかつら今するいも  はねかつらは、花かづら也。なとねと五音通るによりて、花をはねといへり。かつらは、女のかんさしすることなり。其かんさしのかざりに、花を作るものなれは、かくい(69)ふ。今するいもとは、始てかんざしする女なり。
 
707片|※[土+完]《モイ》のそこ  ※[土+完]とは、土にて作り、それを燒て、食物なと盛椀の事なり。底のふかきものなれは、かくいへり。片は、上に注することく、只助詞なれは心なし。
 
713垣ほなす人言  垣ほは、ものを隔るものなり。思合むとする男女の中を、とかく云へたてゝ、遠さくる人をいふなり。
 
714よしをなみ  より處のなきことなり。
 
719みつれにみつれ  みたれに亂れといふ心なり。
 
723小金門  かとの戸ひら、柱なとのかさりに、金物作りてつくるものなれは、金門といふなり。
 
わか子のとし  刀自は、女にいふ詞なり。母とし、妹としなといふ、同しことなり。後撰集の、さくさめのとし、同しこと也。此うた、坂上郎女か女子大孃にをくるうたなれは、わか子のとしといへるなり。
 
724朝髪の思みたれて  朝ねかみなり。みたれたるたとへに云ル也。
 
727わすれ草  くわん草なり。
 
鬼のしこ草  先達、紫苑のことにいへる説多し。顯昭法師袖中抄にいへる、其ことはり、尤可信。鬼はかたちみにくきものなり。しこは醜の字、日本紀にしこめききたなきの國といへること有。鬼(70)のしこはかさねことはノ趣き也。忘れ草といへ共、え忘れぬは、きたなき草也とそしる心なり。
 
732今しはし  しばしといふにあらす。今はといふ心なり。しはしの、しもじ、ふたつなから助語なり。
 
733うつせみの世やも二行  同し世に住と思へ共、君と我と相見ることのなきは、此世の中も二ツにわかれて經るにやといふ心なり。
 
735心くゝ  心くるしくと(以上六字朱にて消せり)いふ詞なり《くゝはあやしくといふ」(以上朱)》いふ詞ナリ。
 
743千引の石  千人して引石ナリ。
 
神のもろふし  此詞、先賢ノ釋あれとも、たしかならす。神と置は、もろトいはん爲也。御室トハ神のやしろ也。みもろ共いふ也。しかれハ、神のみもろトいふ心にいひかけたるはかりなれは、神に心なし。只思ふ人ともろ共にふすといふ心なり。
 
751くるひにくるひ  來る日ごとにといふ心なり。
 
754夜のほとろ  ほとは、夜ノほからかに明るの心也。ものゝひかりあかきを、ほてりといふに同し心也。
 
756ことはかりせよ  ことのたはかりせよといふ心也。
 
760うちわたす  遠き所を見わたす心也。竹田の原とつゝけたり。古今に、うちわたすおちかた人共よめり。同し心なり。
 
(71)762やゝおほや  八也多八とかけり。只おほくのことをいはんとて、八ノ字をおほくかさねたる詞なり
 
763玉のをゝあはをによりて  あはをハ合せたるをと云々。沫緒とかけり。水の沫もむすぶものなれは其によせて、あはをによりて結ふといへるにやとそ覺え侍る。
 
764もゝとせに老舌いてゝよとむ共  老たる人は、齒皆落て、ものなといふ時は口へ舌のいつる也。よとむとは、其齡まて世になからへ居る心也。
 
765ひとへ山  名所にあらす。只一重隔る心なり。もゝへ山、五百重山なといふかことし。
 
767うけひてぬれと  ねかふ心なり。日本紀に、誓約をうけふとよめり。其はちかひする心なり。
 
771いつはりも似つきてそする  似たるけの付たる事には僞もせらるゝと也。
 
うちしきも  しきは、しき/\しく/\なとよめるに同し。かさね/\の心なり。うちは只詞のかかりにいひはしむる字也。
 
772ほとけども  欲すれ共といふ詞也。
 
773ことゝはぬ木すら味さゐもろちらか練の村戸  此詞、先達の釋有なから、たしかにもきこえす。木すら味さゐとは、上に注せし味さはふと云詞也。物いはぬ木も、工《タクミ》に相て、うつくしうけつりなせは、味ひ出來て、よき板戸共なる心也。もろちらか練とつゝくるは、衣をねるに茅《チ》かやといふものを刈集めて、あくに煮て、それにてねる也。ねりたるきぬは、白くうつくしうなることく、木をよ(72)く削りしらけて、板に作るを、練の戸とはいふ也。もろちらは、もろ/\の茅かやといふ心也。うたによめる心は、人の心には思はぬことをもいつはりかさりて、詞をたくみに、きゝのよきやうにいひなすを、ねりの戸にたとへて、さてこそねりの村戸にあさむかれけれとはよめる也。風の音の戸をたゝくか、人かと思へは、さもなくて、我をあさむくといふ心也なといへるは、入ほかなる釋なり。不可用。やかて次の歌には、もろちらか練のこと葉し我たのまずとよめり。こと葉をよくして、あさむく人の心をは、我はたのまぬとなり。二首引合せて、よく可心得也。
 
776なはしろ水の中淀  なはしろ水は、田にたねをおろす時、河水をかけ入なとする也。田にせき入たる水は、のとかになれは、中淀とはよめり。よどむ心なり。
 
778うつたへに  偏にといふ心なり。
 
779黒木のやね  家を作るに、皮の付たる木を其まゝ用るを黒木といひ、削りたるを白木とは云也。
 
780つとめしりきとほめんともせす  つとむとは、人に志をつとむれ共、其をほめよろこはむ共せすといふ心也.我心根をも見しらすして、つらき人を恨るこゝろなり。
 
781路のなか手  通の遠きを繩手なかき路と云心なり。
 
786春の雨はいやしきふるに  春の長雨の心なり。いよ/\日をかさねて、ふるといふ心也。此しきといふことはを、しきりにふる心也といふ説あれと、不可用。
 
(73)788うらわかみ  只わかきこと也。但草木にいふ時は、うらは上也。末也。末葉のわかき心なり。
 
792いまたふくめり  花の未開こと也。ひらくは口をひらくにたとへたる詞なれは、ふくめるはつほめる也。ふゝめりとよめるも同しこと也。
 
    第五卷
 
793いよゝます/\  彌益々なり。
 
794なく子なすしたひ來まして  なく子ノ、親をしたひ來ルにたとふる詞ナリ。
 
うちなひきこやしぬれ  草のなひきふすになすらへて、うちふして死せる妹をよめる也。こやしぬれトハ、只うちふせる躰也。日本紀廿二、推古天皇廿一年、皇太子【上宮皇子】片岡山に遊行《イテマス》の時、飢人有テ道にふせり。其姓名ヲ問せ給ふに、ものいはす。太子飯食をあたへさせ給ひて、衣裳を以て飢者《ウヱヒト》ヲ覆《ヲヽヒ》、安ク臥せとのたまひ、御うたよみして曰、しなてるや片岡山に、いひにゑてこやせる、其たひとあはれ、おやなしになれなりけめや、さすたけの君はやなき、いひにゑてこやせる、そのたひとあはれと云々。此御うたの、こやせるといへる詞を以て、こやしぬれトハよめる也。【「輾転トカキテハ、コヒマロヒトヨメリ。こやしぬれ、此心歟。」(以上二十四字朱)】
 
石木をもとひさけしらす  死せる人ヲ、山ふかく葬り納るによりてかくいへり。其魂魄の、行方も(74)なく成をいはんトテ、石をさき木を飛越て、今はふかき山を知身トなれりといふ心也。天にしらるゝ君ナトよあるたくひ也。
 
いものみこと  妹をうやまふ心に、命とはよめり。第十三卷に、わかすへらきよと讀るも、我か妻ナリ。わか君といふやうノ心なり。
 
あれをばも  我をば也。もは助詞也。
 
にほとりのふたりならひ居かたらひし  鳰は水鳥ナリ。雌雄よくともなふものナレハ、我妻トつねになれかたらひしによせていへる也。
 
797青丹よしくぬちこと/\  青によしのこと、上にくはしくしるせり。ならトいふ枕詞ナレ共、こゝに、くぬちこと/\とよめる、くぬちは、國土なり。其比ハ、ならの京のさかりナレハ、都をさして國トハいへり。たとへは、なにはの國、よし野の國、泊瀬の國トよめるも、皆京地ニテ有ける故ナリ。しかれは、青によしならの國トいふ心也。こと/\は悉く也。
 
799おきその風に霧立わたる  おきハ息也。そは助詞。ふき出るいきは風也。其いきの白くみゆるを、霧にはたとへり。此趣、上にくはしく注せり。なけきの霧トよめるも同し心也。
 
800妻子みれはめづしうつくし  めつしは日本紀に愛の字をよめり。女子のなつかしき也。
 
もち鳥のかゝれはしもよ  もちハ、木の枝なトに引て、鳥をトルもの也。もちトいふ木の、かはを(75)もつてこしらふれは、もちトいふ。此もちに、鳥かゝるものなれは、かゝれはしもとつゝけんかためナリ。
 
うきくつをぬきつることく  はける沓を、うしと思テ、ふみぬくこと也。
 
ゆくちふ人は  行てふ人はナリ。
 
なか名のらさね  汝か名をなのれよといふ心也。
 
谷くゝのさはたるきはみ  谷くゝトハ、谷水也。岩をくくるによりて、谷くゝトいふ。さわたるノさは助字也。きはみはきはまり也。水のなかれわたる果迄といふ心也。
 
きこしをす  きこしめす也。
 
國のまほらそ  まほらそトハ、眞原トいふ也。國の廣きを國原トいふ心なり。眞ノ字、こゝにてはほめたる詞なり。日本紀、景行天皇御歌に、やまとは國のまほらト云々。古き詞なり。
 
801家にかへりてなりをしまさに  なりは業也。家にかへりて、其家業をし給へよといふ心也。まさにはまさねといふに同し。五音通ナリ。
 
802うりはめは  瓜食ハナリ。
 
くりはめは  栗食は也。
 
しのはゆ  しのはるトいふ心也。ゆトるト同音なり。
 
(76)まなかひに  眼の邊なり。
 
やすくなさの  やすくいをもねさせぬト也。のとねと五音かよへり。
 
804とし月はなかるゝことし  水はなかれて二たひかへらぬものナレハ、年月の行こと早くして、昔にかへらぬにたとへたり。
 
おひくるものはもゝくさにせめより來たる  老の來《ク》ることのはやく、百年の齢も、いつとなくせまり寄《ヨセ》タルトナリ。
 
をとめらか乙女さひすとから玉をたもとにまかし  こゝのことはは、淨見原天皇、よし野の瀧の室にまし/\て、琴を彈して、御心をすまし給ふに、むかふの嶺に、あやしき雲立て、天女のかたちをあらはし、舞ふことしはし也。其時みかと、乙女こかをとめさひすも、から玉を袂に卷て、をとめさひすもと、御うたよませ給ふ也。其詞ヲ其まゝとれり。乙女さひは、神さひトいへることく、乙女ノふるまひするナリ。から玉を袂にまくトハ、もろこし人は、玉を其身にかさる。天女のすかたもさのことく也。よつて女をほめいふ心也。
 
よちこら  上に、やたこらト有。同し事也。ものゝふの名也。やた、よち、五音かよへり。
 
みなのわたかくろき髪  みなは、みなこトいふ貝也。其腸のくろきものナレハ、髪にいひかけたり。かくろきの、かの字助字也。
 
(77)くれなゐの面の上にいつくゆかしはか來たりし  くれなゐのおもては、紅顔のこと也。いつくゆかはいつくよりか也。
 
ますらおのおとこさひすと  男子のふるまひ也。
 
さつゆみ  薩弓也。上に注せり。
 
あか駒にしつくらうち置  馬の毛も色々アレトモ、赤き毛ノ多けれは、あかこまといふ也。しつくらトハ下鞍也。たとつと五音かよへり。
 
をとめらかさなす板戸  さなすは、さぬるト云心也。女の閨の戸さし也。
 
いたとりよりて  いハ發語ナリ。たとり寄て也。
 
ま玉手の玉手さしかへ  男女共に手さしかへて、手枕かはすこと也。玉手はほめたる詞也。
 
いくたもあらねは  いくらもアラネハナリ。
 
手《タ》つかつえこしにたかねて  手束杖なり。弓ヲたつか弓トいふかことし。手ににきる心なり。こしにたかねてとは、腰につかゑてなり。老者のさまナリ。
 
人にいとはゑ  いとはれ也。
 
人ににくまゑ  にくまれ也。
 
およしをは  およそは也。大むねノ心ナリ。
 
(78)806たつのま  龍馬とて、早き馬ノ名ナリ。
 
810人のひさのへわかまくらせん  ひさのへは、膝の上なり。此うたの詞は、つしまの國結石山の、桐の孫枝にて作る和琴有。其琴、夢中に娘子と化して、帥大伴卿にまみえてよめる歌也。名物ノ琴トいふへし。
 
812たなれのみこと  手なるゝ御琴也。
 
つちにをかめいも  地にをかめやもなり。
 
813たらしひめ神のみことの  息長足姫尊、神功皇后の御名ナリ。
 
からくにをむけたいらけて  新羅、百濟、高麗の三韓國を征討有しこと也。《日本紀、平ムケト云々。むけたいらけは重詞也。」(以上十九字朱旁書)》むけは、なびけ也。
 
いとらして  いは發語ノ詞也。御手に取せ給ふ也。
 
うなかみ  海上なり。
 
くしみたま  くしは奇ノ字也。み玉は美玉也。
 
いまのをつゝ  今の現《ウツゝ》になり。
 
たふときろかも  貴きかもなり。ろは助詞也。
 
814しかしけらしも  しかはかく也。かくしけりト也。
 
815む月たち 正月ノ名也。むつまし月と云心なり。
 
(79)816わかへの薗  我か家のそのナリ。わきへの苑トいふも同しこと也。
 
820思ふとち  思ふ友達なり。
 
827木ぬれかくりて 木ぬれは木村《コムラ》也。かくりては、かくれてなり。
 
梅がしつえに  下枝なり。
 
831うへも咲たる梅花  うへはむべなり。
 
833としのは  毎歳のこと也。
 
838をかひ  岡邊ナリ。
 
844いもかへに  妹か家になり。
 
847わがさかりいたくくたちぬ  くたちはくたる也。齡のヲトロヘかたふく心也。
 
雲にとふ藥  仙人ノ藥也。むかし淮南王劉安、仙藥を合せ服して、即仙を得て飛うせぬ。其藥衝たる臼の、猶庭前に殘りて有けるに、※[奚+隹]犬此藥の臼に付たるをくらひて、共に道を得て飛アカリ、雲の中にて各聲せしといへり。古今に、けたものゝ雲にほえけん心地してトよめる是なり。
 
848くすりはむよは  藥はむよりはなり。
 
852いめにかたらく  夢にかたらふなり。
 
みやひたる  みやひは、しつかなる心も有。亦はやさしき心も有。こゝはやさしき心にかなへり。(80)今案るに、みやひは都ひたるといへるなるへし。いやしきをひなひたるトいひ、ふる舞やさしきを都ひタルト云也。
 
あれもふ  我レ思ふ也。あかもふ共よめり。
 
853あさりする海士の子共  泉部は、海邊に任て、水に浮アリキ、或は浪の底に入テ、貝つものヲ取ナトスル、ひとへに水鳥のかつくに似たり。よつて其有さまを鳥るいにたくへて、アサリスルトモ、さえつる共、かつくともよめるナリ。アサリは鳥のはむことなり。
 
みるにしらゑぬ  しられぬ也。
 
854きみをやさしみ  やさしみは恥かしみなり。
 
855松浦河かはのせひかりあゆつると  まつら川に、鮎釣の因縁は、神功皇后、新羅ヲうたんト思しめして、火前國松浦縣にいたり、玉嶋の里小河の側に、御食きこしめす時、皇后手つから釣針をもちて、河中の石にのほり、うけひて曰ク、朕、西のかた、たからの國をもとめんトす。若事成らは、河ノ魚鈎くへトテ、即竿をあけさせ給ふに、細鱗ノ魚、其鈎にかゝれり。時に皇后、めつらもの也と仰られけるより、其處ヲ梅豆羅國ト名つく。今松浦といふは訛なり。こゝヲ以テ、其國の女人、としことの四月上旬、鈎を以テ河中に投テ、年魚を捕事、今に不絶。唯男夫のみ釣といへトモ、不能獲魚と云々。委見日本紀。しかれは、あゆつるをとめか事も、此よしなり。河のせひかりは、かの(81)女のかたちノヒカルやうナルをいはんとてなり。
 
857遠つ人まつらの河  遠き人を待といひつゝけたる詞ナリ。
 
わかゆつる  若點つる也。
 
859わきへの里  わか家の里也。名所にアラズ。
 
860なゝせの淀  七瀬は只セヽノ多き也。
 
865君をまつ松らの浦  是亦かさね詞に云たる也。
 
869たらし姫神のみことのなつらす  なは魚也。つらすはつりする也。かの鮎つらしめ給へること也。
 
みたゝしせりし  御立せりし也。
 
870もゝかしも  百日しも也。
 
871松浦さ夜ひめ妻戀に  欽明天皇御宇、大伴佐提彦、からくにゝわたりし時、其妻さ夜ヒめ、別をしたひ、松浦山にのほりて、遙かに其舟の行を、ひれをふりて招きしより、其山ヲひれフル山トハ名付たる也。
 
872此山のへに  山の上也。
 
875行舟をふりとゝみかね  ふりは、ひれをふりて招きしか共、とゝめかねたりト也。
 
877ひともねのうらふれおるに  ヒトモネハ、人皆也。もね、みな共に五音かよへり。うらふれは、う(82)れへおる心也。
 
みまちかつかは  御馬近づかはトいふ心也。
 
878とのしくも  ともしくも也。ノトモ同韻ナリ。
 
879みかとさらずて  宮門不去して也。
 
880都のてぶり  先達ノ説々有といへとも、只都のふるまひ也。ひなふりトいへは、いなかの風俗ナリ。あふみぶり、しはつ山ふりナト云モ、其國其所ノふるまひ也。
 
881あら玉のきえ行とし  年月のむなしく過るは、消行かことくナリト也。万葉の歌ノならひ、中ニ句を隔て、枕詞をゝくこと、いとおほし。【「古事記」に尾張國美夜受比賣歌ニ、アラタマノツキハキエユクト云リ。」(以上二十九字、朱旁書)】
 
882あがのしのみ玉たまひて  あかのしは我がぬし也。我か主君トいふことし。其陰ヲたのむ人ヲ、わかぬしトハいふ也。我か身ノことを、あがぬしといへるよしは、此うたノ理に不叶。み玉は御魂也。さて玉しゐは心なり。御心さし給はりてトいふ心也。
 
めさけ給はね  めさせ給へ也。けトせ同韻ナリ。亦召あけ給へトいふ心共いへり。
 
884おほゝしく  おぼ/\しく也。覺束ナキ心ナリ。
 
886たらちしやはゝか手はなれ  たらちし、常にたらちねといふ詞也。母ノ、乳味を垂てやしなひ立らるるによりて、たらちねトハいふ也。し文字は助詞也。
 
(83)國のおくか  國の奥トハ、遠心也。かの奥州をは、道の奥トいふかことし。上にいふかことく、おくかは行末の心なり。
 
道のまに/\草手折しはとりしきて  道のまに/\、こゝにては、道の間々也。草折柴とりしくは旅ねの哀なるなり。
 
とけしものうちこいふして  とけしもは、霜ノ解ルやうに、うちふして命死タルよし也といへり。【「とけしものは、床しものトいふ心か。床ニフストいふコトかときこえたり。」(以上三十一字朱旁書)
 
いぬしもの道にふしてや命過なん  犬の死スルハ、道に行倒レテ死スル也。旅行にてしする故に、かくはたとへたり。亦云、つねの俗語に、犬死スルトいふも、アハレム人もなくて、空しく道路ナトニ死ぬること也。
 
886道のなかてをくれ/\と  道の長手ノことはり、上に注ス。くれ/\とは來《キタ》りト來《キタ》るなり。
 
かりてはなしに  かりてとは、族に宿をかりて、其|代《カハリ》に其宿ぬしに取スル餞ノ事也。一本かれひはなしにと云々。是時《コノトキ》はかれ飯ナリ。
 
890あをまたすらん  吾を待すらんナリ。
 
892かた鹽をとりつゝしろひ  かた鹽は、やきかためたる鹽也。トリつゝしろひは、つきしろふ也。面々に箸とりて、つゝきあふこと也。
 
(84)かす湯酒うちすゝろひて  酒の糟を、湯につけて、うち※[口+綴の旁]ルなり。貧しきことの有さま也。
 
しはふかひ鼻《ハナ》ひし/\に  しはふきし鼻ひる也。ひし/\はかさねことは也。糟湯にむせたる有サマ也。
 
しかとあらぬ髭かきなてゝ  ひけもつくろふことなくして、はへみたれたる心也。
 
ほころへト  ほこれとも也。
 
あさふすま引かゝふり  引かふり也。
 
ぬのかたきぬ有のこと/\  ぬのきぬノみしかくて、肩計にきるやうナル也。アリノコト/\は、有トアルヲ悉なり。
 
わくらま  まれなること也。
 
ぬのかたきぬのみるのことわゝけさかれるかゝふのみ  ぬのきぬの、やれほつれて、わかれ/\に成て、さかれるか、海松のことく也トなり。かゝふとはつゝれの名なり。
 
ふせいほのまきいほの内にひたつちにわら解しきて  ふせいほは、ふしいほの心也。淺ましき屋の、地にふしたるやうなるをいふ。まきいほは、丸屋ナトいふ心也。角《カド》モなきいほのさまなり。ひた土は、ひたすらの士邊也。すかきもなき家のこと也。
 
こしきにはくものすかきて  飯かしくこともなけれは、こしきには蛛ノすをかく也。くもの家作る(85)は、すかきのやうなれはなり。うち捨をく器には、必蛛の住家ヲなすなり。
 
ぬえ鳥ののとよひおるに  上に此こと注せり。ぬえ鳥はよみつ鳥共いふ。怪鳥なれは、聲きくもいま/\しき也。人をよひて、黄泉にさそひ行トいひならへり。わか住家のわひしさに、此鳥も來りてよふト也。のとよひは、喉聲になくよし也。
 
いとのきて  いとゝトといふ詞ナり。
 
たかの取いとらか聲  いとらはうつら也。いとうと、とトつト皆五音通へり。此鳥モ、荒タルやとの草ふかきに、入來りてなく也。貧家のうきことを、かすヲつくしてよめる也。
 
894すへかみのいつくしき國  すへ神のことは上に注ス。いつくしきは、いつく國トいふ心也。いつくはいはふ也。
 
こと玉のさきはふ國  こと玉トいへるも、神靈なり。神も鬼も、惣しテ目に見えぬ玉しゐノしるし有ヲいふナリ。さきはふ國は幸國《サイハイ》トいふ心也。
 
海原のへにも奥にも神つまりうしはきいますもろ/\の大御神達  海のへトハ濱なり。日本紀に、海濱トかきて、うみへたトいふ、これナリ。俗に海はたト云。神つまりは、神ノトマリ給ふ也。うしはき給ふトハ、牛はらふトいふ心也。むかし仲哀天皇御宇に、異國より塵輪鬼といふ鬼、わか國に來レり。其鬼のかたち、かしら八アリ。手に弓矢をもちて、帝をなやまし奉むとす。天皇、安倍(86)の高丸介丸トいふ兵に勅してかの鬼を射させらるゝに、雲の中より其かしらを射落す。塵輪もまた矢を放つ。此矢みかとの御身にあたりて、終に崩し給へり。其後、后神功皇后、三韓をうたんと思しめして、御舟にめして、西の國におもむき給ふに、備前ノ海にして、ひとつの大牛いて來りて、御舟をくつかへさんとす。こゝに、住吉の御神、忽に老翁ノ形に顯れいてゝ、件ノうしの角をとりて、投倒させ給ふ。此うしは、其塵輪鬼か化生したる也。かの牛を投倒し給ふ所を、牛轉と名つく。今牛窓といふ所是なり。これより神のしるしいますをは、うしはく神とはよむなり。此集のうたに、住よしのあら人神の、舟のへにうしはき給ひ共よめり。上の事を思てよめるとそきこえたる。亦、或説に、うじは虫也。わくは涌也。神のおほくましますヲ、うしわく神と云トいへり。日本紀に、さはゑなす神、螢火のかゝやく神ナトいへるは、皆よこしまなるあしき神なり。しかれはよき神を以テ、うしわくなとは不可云。
 
やまとなる大國みたま  これ三輪の大神の御名也。大國玉尊と號し奉ル也。
 
墨なはをはへたることく  はへたるとは、うちのはしタル心也。延ノ字ハエテトよめり。
 
あてかをし  あてかひしトいふ詞也。墨繩をは、木のもとゝ末へかけてあてかふ心也。
 
ちかのくきより  ちか、肥前の國千加ノ嶋也。くきとは、其鳩山ノくきなり。
 
896紐ときさけて立はしりせん  トキサケテは、トキのけて也。衣ヲモぬき捨て走らんト也。(以上十二(87)字、朱にて消せり)《「紐ムスフ迄もなく急き立はしらんト也」。(以上十七字朱旁書)》
 
897もなくもあらん  もはわさはひなり。伊勢ものかたりに、我さへもなくトよめる、同しこと也。
 
おもき馬荷にうは荷うつ  もとより荷ノおもき馬に、其上に亦荷つくる心也。
 
こと/\はしなゝト思へと  こゝに、ことことはトよめるは、かくのこと、かくのことならはトいふ心也。しなゝは、死んト思ふ也。
 
うつてゝは  うち捨てハトいふ心也。
 
いなゝと思へと  いなんト思へト也。
 
こらにさやりぬ  子共に障りぬといふ心也。
 
900くたし捨らん  くさらかし捨らんなり。
 
902みなはなすもろき命  みなはトハ、水の沫也。經に、如夢幻泡影トいへり。命ノもろきは、水の沫のことく也。
 
たくなわの千尋  七尺を一尋とす。或云、八尺なり。ちひろといへは、はかりなく長きこと也。
 
904七くさの寶  七寶トいふもの也。所謂、金銀、瑠璃、※[石+車]※[石+渠]、※[石+馬]※[石+脳の旁]、珊瑚、琥珀。
 
しら玉のわか子  我か子ヲほめて、玉ノ光アル子トいふ心也。日本紀豐玉姫の歌に、あか玉の光ハアリと人はいへとゝよめる、産給ふ御子ノことをかくはよめる也。かゝる古語を用たり。
 
(88)明星のあくる朝た  夜の明んトテ出る大星なれは、あかほしトいふ也。
 
ゆふつゝのゆふへになれは  辰星トテ、よひノ間に出る大星を、ゆふつゝトハ名付たり。
 
ちゝ母もうへはなさかりさき草の中にをねんと  こゝに、うへトよめるは、ほとりトいふ心也。なさかりは、さかることなくトいふ心也。雲たな引ことなかれトいふことを、くもなたな引トよめるかことし。ちゝ母かほとりを、遠さかることなしにトいふ心也。さきくさは、三枝トかけり。木にても、草にても、三枝相ならへるを、さき草トいふ。こゝにたとへたるは、夫婦ふたりか中に、ヒトリ有子をくわへて、三枝トハいへり。さき草の中にをねんトいへる心は、ちゝ母左右にねて、中に子をねよといふ心なり。中にをノ、を文字は、助ことは也。此さきくさのこと、或は檜ノ木ヲも云、亦別にさき草といふ草も有こと也。され共此うたには、不及取出スルニ。
 
おもはぬに横風のにもしく/\かにしく/\かにおほひ來ぬれは 横風トハ、人の身にアタリテ、病トなる風の心也。ものゝあしきをは、よこしまトいふ、其心也。にもしく/\トよめる、にもの詞、未辨之。若野もしく/\トいふ心にや。にとのト五音かよへれは、さにやあらんと推スルはかり也。しく/\は、風のふきしき、ふきしき、ふせくべきやうなき心也。おほひ來ルトハ、風の大きにふく心ナリ。
 
たちあさり  立あせりトいふ心也。
 
(89)かたちくつほり  形のくつをるゝ也。
 
足すりさけひ  蹉※[足偏+它]トかきて、足すりトよめり。いときなき子の、むつかりてなく時、足すりをスル也。かなしみにたへかねぬれは、人の親としても足すりなけくトナり。
 
むねうちなけき  かなしみの切ナル時は、胸板をうちたゝくものなり。
 
あか子とばしつ  死して行さきの、いつく共なきは、鳥の飛去ルがことく也。
 
905まひはせん  まひなひをせんトナり。
 
したへのつかひおひてとをらせ したへは下邊なり。黄泉ノ心也。詩にも、上ハ碧落、下ハ黄泉ト作レり。さて下邊のつかひトハ、人既に死スルノ時、閻王より使を遣して、其魂魄を具して、かへるといへり。其心也。おひては、背に負て通らせよとナリ。
 
906あぜむかす  不v欺なり。
 
たゝにい行てあまちしらしめ  たゝは、たゝちに也。すくに天路に行て、天上に生れよといふ心也。
 
    第六卷
 
907御舟の山に水枝さししゝに生たるとかの木  水枝さすトハ、河ちかき木のえたの影は、水の底なる(90)をいふ心ナり。しゝに生たるとかの木、第一卷に注。
 
みよしのゝ蜻蛉《アキツ》の宮  あきつの小野、トいふ所に有都なり。こゝをあきつと名つくるは、日本紀に、雄畧天皇四年、秋八月、吉野に行幸して、河上ノ小野に御かりし給ふ時、あむトいふ虫きたりて、みかとの御|臂《タヽムキ》をくらふ。こゝに蜻蛉といふ虫きたりて、其虻をくひころしてけり。天皇よろこひ給ふて、群臣に詔して、其蜻蛉をほめて、朕かためにうたよめと仰給ふに、よむ人なし。天皇乃口號曰ト云々。其御歌こと長けれは、不及載之。其より其處を名つけて、蜻蛉野トいふ也。
 
909白ゆふ花に落たきつたきの河内  ゆふの白きを、ゆふ花トハいふ。瀧のいとのなかく白くして落るは、白ゆふ花のことくなるものなり。
 
912泊瀬女のつくるゆふ花  泊瀬女は、はつせの女ナリ。女のわさに作るといふは、上に注スルまそゆふ、麻ゆふ等、皆女の手引のいとしてつくるものなり。大三輪の神の御ために、かの所の女か作るゆふ也。
 
917わか大きみの常宮《トコミヤ》  いつ迄もかはるましき宮所ナレハ、とこ宮トいふ也。
 
919鹽みちくれはかたをなみ  鹽のみちきたりて、潟のなくなる心ナリ。片男浪ト心得るは誤なり。
 
922たきの床磐  此こと上にくはしく注せり。常なる石のことく心得へし。
 
923花咲をゝり  花咲上りトいふ詞也。
 
(91)925久木生る清河原  楸といふ木也。きよきかはらは、よしのゝ河をほめたる詞也。
 
926み山にはせこ立わたり  み山は御山トかけり。御狩の山トいふ心也。たとへは、かたのゝ御野ナト申詞ナリ。せこは山に立わたりて、鳥けたもの追出スもの也。
 
春のしけ野  草木ノしけき野也。
 
928續《(績)》麻なす長|柄《ヱ》の宮  うめる苧ノなかくといひつゝけたる也。
 
おきつ鳥あちふの原  味むらは奥にすむものナレハ、かくつゝけたり。奥といふは、海に不限、河にも、池にも、田にもよめり。水の面のハルカナルヲいふ也。
 
931しら浪のいさきめくれる住のえの濱  白浪ノ花のことくなれは、さきめくれるト云り。さきノいは、例ノ發語ナリ。日本紀、天孫《スメミマ》又問(ハシテ)曰(ク)|其於秀起浪穗之上《カノサキタツルナミホノウヘニ》、起八尋殿而《タテヽヤイロノトノ》、手玉玲玲瓏織※[糸+任]之少女者《タダマモユラニハタヲルノヲトメハ》、是誰之子女耶《コレタガムスメソヤト》云々。
 
933御食都國《ミケツクニ》  天子のまいりもの奉ル國也。こゝにいへるは、淡路ノ嶋ノ海士か、海ノ肴取テ奉ル心也。
 
鰒珠《アハヒタマ》さはにかつきて  あはひの腹に有ル珠を眞珠トいふ也。允恭天皇十四年秋九月に、淡路嶋に御狩し給ふに、嶋の神ノをしへによりて、赤石の海にして、ひとつの大鰒を得させ給ふ。其腹を割て見そなはすに、眞珠有。其大サ桃子ノことし。乃《スナハチ》祠(ル)2嶋神(ヲ)1ト云ふ。あはひ玉は、まれナルものナ(92)レトモ、さはにかつきてトハ、かやうノめつらしき珠も、君か代には多クかつき出ルトいふ也。
 
937しきるしら浪  しき寄ル白波といふ心也。
 
939いさり  あさ人リトひとつ也。朝にスルヲアサリトいひ、夕《ユウ》へにするをいさりトいふなと申めれと、たゝ同し詞也。皆鳥ノ餌《ヱ》ハムヲイサリアサリトいへり。上にいふことく、海士ヲ鳥にたくへていふ也。
 
943からにの嶋  辛荷ノ嶋トかけれは、或は是をからかの島共よめり、幡磨國風土記に曰、韓荷《カラカノ》島(ハ)韓人破(ル)v船(ヲ)、所v漂《タタエウ》之物、漂《タヽエイテ》就《ツケリ》2於此島(ニ)1、故(ニ)云2韓荷(ノ)島(ト)1云々。
 
944やまとへ上るまくま野の舟  此うたノ詞ハ、山部赤人幡磨國にてよめるうたナレハ、みくまのゝ舟を此海を※[手偏+旁]上ルへきにあらす。日本紀に、熊野の諸手《モロタ》船といへるは、櫓二丁をたてゝ、こく舟ノこと也。其ことを思て、みくまのゝ舟とはよめるなるべし。
 
946みけ向ふ淡路  此こと、第二卷に委しるせり。
 
948折ふしもしき繼《ツギ》みなしこゝにつぎ  折ふしは、春夏秋冬ノ節々也。しきつぎノし、助詞也。來たりつゝくこと也。みなしノし、亦助字也。
 
菅の根とりてしのふ草はらへてましを  菅は、祓の具に用ルこと上に注せり。中臣祓に、天津菅角《アマツスカツノ》日本苅斷《ヒモトカリタチ》、末苅切《スヱカリキリテ》、八針取辟《ヤツハリニトリサキテ》ト云々。しのぶぐさトよめるは、菅の根の、しのひ/\にな(93)とよめる心也」菅は、根なかく土ノ下にはへは、しのひ/\共よめり、しかれは、こゝにしのふ草とよめるは、只菅ノこと也。
 
949梅柳すくらくおしみ  此心は、梅柳ノ時節ヲ空しく過さんかおしきと也。
 
951いそかくれかゞよふ玉  かゝよふはほのめく心也。
 
952から衣きならの山  衣ヲきならすトいふ心也。
 
955刺竹の大宮人 さす竹は殖ル竹の心ナリ。刺柳なといふかことし。殖ふるも、地にさす心也。竹のいくもと共なく、おほく立ならふによせて、大宮人トハいへり。十六卷竹取翁かうたに刺竹のとねり男と讀るも、舍人ノアマタ侍らふ心也。後々ノうたには、さゝ竹の大宮人トモよめり。聖徳皇子ノ御うたにさすたけの君ト有も、御身大宮人にてましますをよませ給ふとそきこえたる。(【以上二十四字朱にて消せり】)《「かの飢人か宮仕フル君ハナキにやトノ御歌ナルヘシ」(以上二十三字、朱旁書)》
 
958時つ風  春秋冬、いつにても其時々にふく風ナリ。亦云、鹽時の風ノ事也ト云々。こゝによめるはさにやあらむトきこえたり。所によるへき也。
 
960隼人のせとのいはほ  上に注せる、はや人ノ薩摩の迫門のことなるへし。
 
962おく山の磐に蘿《コケ》むしてかしこくも  かしこきは、おそろしき也。おく山に年へて、こけ生《ムセ》るいはほの上にのそむは、身モヒヱテ恐しき也。
 
(94)964戀わすれ貝  うつくしき貝也。此貝ヲトレハ其うつくしさに目うつり、心なくさみて、思ふことの忘らるゝとなり。
 
967やまと路のきひの小嶋  其比の帝都は、大和國なりけれは、田舍より上る路をは、皆やまと路トいふナリ。吉備の小嶋は、備前ノ國の兒嶋ナリ。
 
968水くきの水|城《キ》の上  水くきとは、水のなかく入こみタル所をいふ也。水城は、天智天皇三年、於(テ)2筑紫(ニ)1筑《キツイテ》2大堤(ヲ)1貯《タクハウ》v水(ヲ)、名(ヲ)曰《イフ》2水城(ト)1卜云々。是異國より山賊|襲來《ヲソイキタル・シウライ》するをふせくためなり。
 
970さしすきのくるすの小野  さしすきは、刺つくトいふ詞也。くるすは栗栖トかけり、くりのいかを云。くりのいかは、針のことくとかりて、さしつくトいふ心に云かけたり。此うた、題に大納言大伴卿|在《アリテ》寧藥家《ナラノイヱニ》1思(フ)2故郷(ヲ)1歌トいへり。こゝに故郷トかけるは、飛鳥ノ京なり。しかれは此くるすの小野は、山城の國に有くるす野のことには有へからす。只くりの木のしけく生たる野を、くるす野ト云ルなるへし。古事記、雄畧天皇御製歌に、ひき田のわかくるす原トよませ給ふるは、泊瀬に有所ナリ。あすかの京は、泊瀬にちかし。さあれは、此うたのくるすの小野も、其くるす原ノことゝ心得へし。
 
971あたまもるつくし  異國ノ寇を守りふせく國なれは、あた守るつくしトいふ也。抑、九州をつくしと名つくるは、國のかたち、木菟《ツク》トいふ鳥に似たれは、かくいふ也。つく鳥の嶋共いへり。
 
(95)山のそき野のそき  山の崎、野の崎ナリ。或抄に云、山のそき、野のそきは、つゞきト云詞と云り。誤也。此集に、崎守トよめるは、異國の寇《アダ》をふせかんトテつくしの崎々を守ル兵ヲいふ也。しかれは、山の崎、野のさきトいふこと正しき也。さトそト五音かよへり。何の故に、つゝきトハいふへきや。
 
とものへ  ともは大伴氏の兵也。へは其部類也。
 
丹《ニ》つゝじ  赤キつゝしなり。
 
山たつ  山に入テ木をきり出スものゝ名也。材木《サイモク》を斷木《タツキ》トいへは、山にて木ヲ斷きる心也。【(亦云斧ノ名也)】
【(以上六字朱書)】
 
972ことあけせす  ことあげは、言上ナリ。君にも神にももの申を、ことあけスルトいふ也。亦、詞に出て、ものをたかくいふヲも、こと上ゲトハよめり。
 
973うつの御手もて  うつはいつナリ。嚴ノ字・日本紀に、稜威之高鞆《イツノタカトモ》なといへるも、此心也。位《クラヰ》アルやうの詞なり。
 
そねぎ給ひ  そは助字也。ねぎはいのる心也。
 
豐御酒  豐は上に注スル、ゆたかナリトいふ字也。酒は心をのへ愁ヲしるかゆへにいふナリト云々。案るに、豐は神に申詞也。トヨ御幣《ミテグラ》、トヨすめ神ナトいへり。しかれは、酒は先神に備るかもと也。(96)よりてとよ御酒とはいふトそきこえたる。
 
976まくはしみ  目に見所《ミトコロ》のおほきものをいふ也。
 
980雨こもりみかさの山  雨ふれは、笠の下にかくるゝものナレハ、雨にこもる御笠トいひかけたり。
 
983さゝらえおとこ  月の名也。天上にさゝらの小野あり。其野ヲ得たる男トいふ心也ト云々。
 
985月よみおとこ  月讀尊男神とす。よつて月讀おとこ共、月人男共、かつら男トモいふ也。亦兼名苑トいふ文にいはく、月中有河、々上ニ有桂、高さ五百丈。下に一人アリ。姓ハ呉、名ハ剛文、西河人ナリ。年十六、仙を學得てこゝに有と云々。これを桂おとこと云なり共いへり。但和歌によまんに、わか國ノ書の説をさし置て、何そ他ノ國の文を用むや。
 
986大のびにかも  大きにのひやかナル心也。
 
989やきだちのかとうちはなつますらお  太刀をもつていはのかとをも、うちはなつほとの、兵トいふ心也トいへり。此説も其いはれなきにあらす。亦云、太刀のかとゝ云は、しのきをいふ也。兵ノ、共《トモ》に太刀|取向《トリムカヒ》テ相うつ時、しのきをうちはなつ心也ト云々。岩をもとめすして、けにもとそきこえたる。
 
991たきちなかるゝ泊瀬川  たきつナカルヽトいふ心也。つとちと、五音かよへり。
 
993たゞみか月のまゆ根かき  蛾眉《ガヒ》トいひて、女の眉のうつくしくまがれるか、みか月に似たれはかく(97)いへり。亦此集に、三日月みれは、ひとめみし人の眉引思はるゝともよめり。
 
996みたから  御民トかけり。日本紀には、百姓トかきて、おほんたからト、よめり。同しこと也。國の寶は、百姓なれは、かくいふ也。御ノ字を、ゝくは、卒土の兆民は、皆、王民トいふこゝろなり。
 
997住のえのこ濱のしゞみ開《アケ》もみずしのひてのみや  此しゝみの事、先達ノ釋に異説おほし。しゝみト云は、貝ノちいさき物也。其貝の口|相《アヒ》テ、明《アク》るよしもなく、中に身ハコモリテアレハ、其貝に、わかしのふ心のアラハレヌを、たとへてよめる也。【亦これを、こすのとこ夏さくも不見ト、むかしよりよめる説あり」。(以上二十六字朱書)】
 
998眉のこと雲居にみゆるあはの山  山の色ノ青さを黛にたとふる也。
 
1007ことゝはぬ木すらいもとせ  いもせは兄弟也。いさなきいさなみノ尊、兄弟陰陽の神にましませは、夫婦をもいもせといふ也。
 
1009橘は實さへ花さへ其葉さへ  此御歌は、天平八年冬十一月、左大臣葛城王に、橘姓を賜る時、聖武帝の御製なり。たち花は、實も花も葉も、共にめてたきものト、ほめたる心なり。
 
1010おく山の眞木の葉しのきふる雪  しのくは、凌の字なり。木草ヲもおしふせて、雪ノふる心也。
 
1012おゝりにおゝり鶯のなくわか嶋そ  をゝりは上ル也。鶯の木にてなく時、先下枝より鳴て、梢に鳴上ルなり。わか嶋トよめるは、家の庭に作れる池の中嶋ナトをいふ也。此わか嶋ヲ、名所といへり。(98)可用からすと云々。
 
1015竹そかに  くれ竹のすかひ/\也。すかひは透間の心なり。
 
1017ゆふたゝみ手向の山  こゝによめるは、相坂山ナリ。相坂は、東山道に行道のはしめにて、爰にゆふをとりて、手向をいのる山ナレハ、かく云也。
 
1019馬しもの繩とりつけてしゝしもの弓欠かこみて  此うたは、石上乙磨、土佐國に配流ノ時のうた也。馬に繩かけたることく、科有人ヲ搦たる也。しゝしものは、鹿猪ノたくひ也。弓矢かこむトハ、狩場に鹿猪を卷こめて、虞人ノ、トリにかさしトかこむ心也。流罪ノ人を、ものゝふのうちかこむも其ごとく也。
 
古衣まつち山  古き衣ヲハ、解アラヒテ、亦砧にのせテうつ也。まつちトハ、亦打トいふ心也。
 
1021草つゝみやまひあらせす  此草つゝみやまひト云つゝけたる詞、或物にかけるは、いにしへは、人の病して、なをるましきをは、草につゝみてもて出て、野山なとに捨しゆへにかくいふ也。其より、草つゝみといへは、病のこと也と云々。
 
1022われはまな子そ  實子トいふ心也。
 
かしこの坂  恐坂はやまとの國也。見日本紀。先達不釋之。よつて載之なり。【遣紀臣大音、令守懼坂道云々。見天武天皇紀。】
 
1025奥まへて  奥は海ノ沖也。遠くふかきたとへに取也。まへては、まことに經て也。おきまへてわか(99)おもふ君トハ、ふかく思ふトいふこと也。
 
1030いもに戀わかの松原  妹に戀スル我と云かけタル也。
 
1031ゆふとりしてゝ  ゆふを取、四手にしてトいふ心也。
 
1033みけつ國志麻ノアマならし  御食つ國、上に注ス。志摩の國の海士の肴取テ奉ル也。
 
1034老人のわかゆてふ水そ  もろこし南陽※[麗+おおざと]縣トいふ所に、甘谷有。其山に菊花多し。其しつく積りて、なかれと成てくたる。其水ヲ呑に、甘美ナリ。谷中に住者、卅餘家。井をほらすして、此水を飲。上壽を得たる者は二千歳、中壽は八百歳、下壽は二百歳ト云々。これを菊水といひならへり。此ことを思よせてよめるナリ。
 
1045ならの都のうつろふみれは  うつろふは、うつろひかはる也。聖武天皇、山背城くにの都をたてゝうつり給ふことをよめる也。
 
1046石綱のまたわかゝへり  石つなは、石にはふ蔦《ツタ》ナリ。なトたと同韻なり。つたのかれても、亦若はヘスルによりて、亦わかゝへりトハいへり。一説に云、綱はなかきものナレハ、たえぬ心ヲこめたりト有。げにもときこゆ。
 
1047かけろふの春にしなれは  かけろふのこと、さま/\に釋しをかれて、いつれにつかん共、定かたし。しかれトモ、たゝしき理をたてゝいふに、かけろふは上に注スル火のもゆる影ナリ。よつてか(100)けろふのもゆる春日共よまれたり。春は陽也。陽は火なり。よつて春の氣は、をのつからアタヽカになることはりなり。もゆる火の影ろふ處は、あたゝかにあれは、かけろふの春とはつゝくる也。
 
いこま山とふ火か塊  とふ火とは、烽燧トいふもの也。もろこしに軍おこらんトスル時、外國ノ兵ヲめすに、遠キ堺イを速《ハヤ》ク告しらせんよしなけれは、烽燧トテ、たかき所に火をたてぬれは、其を見て、方々に立つゝくれは、一日一夜ノ間にも遠國に及ふ也。是をならひて、我朝にも此とふ火を置れし事有。國史云、天智天皇三年、於對馬壹岐筑前等、置防與烽云々。亦和銅五年正月、廢高安烽、始置高見及大和國春日烽、以通平城ト云り。亦、延暦十五年、山城大和兩國、相共便所置彼烽燧。思ふに、烽火は、たかき山のたよりよきに置トアレハ、ならの都ノ時、春日野にもをかれしか、亦いこま山にもをかれしなるへし。くれは、つちくれトいふ字也。※[火+逢]火をゝくに、たかく土をつきてをく故ナリ。
 
はきか枝をしからみちらしさをしかは  しからみトハ、河に井|杭《グイ》をうちて、それに竹をからみつけて、水のふせきにするもの也。鹿のはき原に入テ、うちふしナトスレハ、萩のおれ横たはりて、みたるゝか、彼しからみに似たるなり。
 
新世のことにしアレハ  久邇ノ新京ヲいふ心也。
 
1050天の下八嶋の中に  八島は、我朝ノ名也。日本紀に、伊弉册ノ尊、生(ム)2大|日本豊《ヤマトトヨ》秋津嶋(ヲ)1、次(ニ)生(ム)2伊與(ノ)(101)二名(ノ)洲《シマヲ》1、次(ニ)生(ム)2筑紫(ノ)洲(ヲ)1、次(ニ)双3生《フタゴウム》隱岐洲(ト)與(ヲ)2佐渡(ノ)洲《シマ》1、次(ニ)生(ム)v越(ノ)洲(ヲ)、次(ニ)生2大|洲《シマヲ》1、次(ニ)生(ム)2吉備《キビノ》小洲(ヲ)1、由(テ)v是(ニ)始(メテ)起《ヲコル》2大八洲國(ノ)之|號《ナ》1ト云々。
 
山なみ  山のナラビ也。
 
川次《カハナミ》  河のつゞける也。
 
1052神しみゆかん  神さひゆかんナリ。しみ、ナビ、皆五音通なり。神のみゆかんトよめるは誤ナリ。
 
1056をとめらかうみをかくてふかせの山  かせトハ、をうみてかくる木也。よつてかくつゝけたり。
 
1059みもろつくかせ山際に  みもろは、神社也。上に注スルガことし。神社には、彼うみ苧《ヲ》がせヲ齋《イハヒ》こむる事侍るといへり。さては其心に、みもろつくかせトはつゝくるなるへし。
 
もゝ鳥の聲なつかしく  あまたの鳥の心也。
 
1062海かたつきて  海につきて也。片(ノ)字は、心さしてなき只助字也。亦、片よりてつく心も有へし。、
 
かゞひの聲きこゆ  かゝひとは、いやしきものゝうたふ曲なり。かかふかゝひとよめる、同しこと也。こゝによめるは、なにはにて泉郎共かうたふ聲也。
 
1065八千桙の神の御代より  やちほこの神は、三輪の神の御名也。此神ノ名、すへて七つ有。大國主の神、大物主神、國作大己貴命、葦原醜男、八千戈神、大國玉神、顯國玉神、以上。
 
みぬめの浦  みぬめとは、神ノ名也。むかし神功皇后、新羅ノ國に向はせ給ふ時、當國能勢郡、み(102)ぬめの山の神ノおしへにまかせて、かのみぬめの山ノ杉の木ヲトリテ、皇后ノ御舟をつくらしむ。かの國に向ふに、其舟の鳴《ナリ》ひゝくこと牛の吼ルかことし。さて彼國たいらきて、かへらせ給ふ時、此浦におゐて、其神を祭ると、風土記に見えたり。
 
1066もゝ舟 千舟  これ只舟ノ多きをいふ詞也。
 
   第七卷
 
1068天の海に雲の浪たち月の舟星の林  天の海トハ大空の碧に廣き故也。月の舟星の林も、みな其もの/\にたとへたる也。
 
1070ますらをの弓すゑふりたてかるたかの野邊  かるたか野は、大和國なり。弓すゑふりたて獵ト云かけタル詞也。
 
1073こすの間とをし  廉の隙より見とをす心也。
 
1083霜くもりすとにかあらん  此うたの心は、月のナキ夜に、霜ノふれるをいへる也。霜には、月の清ものなれ共、此夜しも月の見えぬは、霜くもりするかと也。降りものには、惣して月のくもる故に、霜にもくもるかとよめる也。あしく心得れは、霜に必ス月もくもると思ふなり。
 
1086靱かくる伴の雄廣き大伴に國さかへむと  件の男はものゝふナレハ、靱かくるといふ。八十ともの(103)雄とよめることく、伴氏は部類廣けれは、とものお廣きトハよめり。其伴氏ノ、廣ク榮ふることく、國もさかへむといふ心なり。
 
89たゆたふ浪  たゆたふは、やすらふ心也。沖の浪ノいつく共よる方ナキ心也。
 
1093こらの手を卷もく山  こらは、女ヲいふ。いもか手を枕にスルトいふ心に、かくつゝけたり。
 
1094むま酒のみむろの山  むまさけノこと、上に注し終リヌ。みむろ山トいふも、神南備山トいふも、皆三わ山ノ名ナレハ、むまさかの三室共、亦むまさかの神なひ山ともつゝくる也。枕ことはノ用やう、かくのことくノ事多し。
 
1095みもろつく三わ山  こゝによめるは、三わ山に神の御室アル故也ト云々。思ふに、三わは、上に注スル、神に奉ル酒也。三室は祠《ヤシロ》也。しかれは、かの神酒ヲ備ル三室トいふ心につゝけたりトそきこえたり。
 
1097わかせこをこちこせ山  此詞のつゝきは、此せこを、こなたへこせトいふ心に云かけたる也。しかれは、只巨勢山をよまんトテいへる也。こちこせ山ヲ、皆山の名ト心得るは誤なり 【「但俊頼卿もこちこせ山トよめり。」】【(以上十四字朱書)】
 
1098くしあけの二かみ山も妹こそ有けれ  くしあげの箱ノふたトいひかけたる也。たとへは、玉くしけふたかみ山ト云かことし。二上山とは、山ノ二つならべるによりて也。二つ有嶺ノ、たかきヲこの(104)かみとし、ひきゝヲ妹《イモウト》とす。よりてかくはよめり。此くしあけを、くしかみのト讀來れるは、誤ルなり。
 
1103今しくはみめやと思ひし  今しくノしくノ字は、詞の助也。さひしく、久しく、佗しくナトいふも、皆助ナリ。今ハトいふヲ、詞たら|ぬ《ね》は今しくハトいふ也。
 
1108水尾  河中に水のふかくなかるゝ筋をいふ也。
 
ゐてこす浪  ゐてハ堤テリ。或説に、ヒキヽ堤を、井手といふト云り。此井手のこと、よく尋るに、よのつねの堤にはあらす。河水を、田なとにまかせ入ルトテ、其河ヲせき切てをく堤ヲ、ゐてトハいふ也。田に入水の、アマリテハ此井手ヲ流れこゆる也ト云々。
 
1109さひのくまひのくま河  さひは檜の木也。さは助字にをけり。さ夜、さむしろナトいふに同し。檜の木にかくれたる所ヲ、さひノくまト云。ひのくま河は、やまとの國の名所ナリ。
 
1110湯だねまき荒木ノ小田  此湯たねトいへるは五百たねトいふ心也《「湯たねハユタカナルたねトいふか。顯昭説ナリ。」(以上二十字、朱旁書)》。上に注せし湯津いは村は、五百津磐村なり。此集に、湯ざゝか上トよめるも、さゝの、しげく生たるヲ、五百篠トいふ心也。稻種にも、さま/\アレハ、五百種トいへる也。或物にかきて傳しは、種をまくに、はやくはやさんトテハ、湯ヲぬるくして其たねをひたして、其後に田にまくナリ。よつて湯たねトハいへりト云々。此説いかゝ。信用に不足か。たゝ湯篠、亦湯つ桂なとの湯に思合スへし。さて、荒木の小田トハ、(105)新キ田ヲいふ也。
 
足結《アユヒ》  あしにさしはくもの名也。手にさしはくヲ、たゆひト云、脛にさしはくヲ足結ト云。亦ものゝふにいふ時は、籠手臑當ナリ。
 
1119行川の過行人  此歌、道過る人に云タルにアラス。河水の行て不歸ことくに、命過にし古人ノ事を思てよめる也。
 
1120こけむしろ  日蔭トいふもの也。長くはひヒロゴリタルハ、むしろをしけるやうなり。
 
1121しのすゝき  しのトいふものゝ葉に似たるすゝきを、しのすゝきトいふ也。ほに出ぬ物なりト云は誤リ也。ほに出るものなれ共、いまたいてぬヲ、忍ふ思ひになすらへて、よめることの有を、あしく心得て、必スほにいてぬやうにいふにこそ。さてしのトハ、さゝの一名なり。
 
1122山きはにわたる秋沙  あきさは鴨のたくひ也。
 
浪たつなゆめ  ゆめはゆめ/\なり。
 
1128あしひなすさかへし君  あしひは、木の名なり。よく生しける木なれは人の榮ユルを是によせり。
 
1129琴の下樋  ことの腹なり。樋のことくに作れは、かくいへり。
 
1134よし野河いはとがしは  此石迹柏のこと、顯昭法師は、いはに生たる柏の木と釋せり。いはもとかしはとよめるなと、柏の木なれは、さもや共きこへたり。但石とかしはとは、只石の名なり。考日(106)本紀に、景行天皇、土蜘蛛をうたんと思しめして、柏峽大野にやとり給ふに、其野に石有、長サ六尺、廣サ三尺、厚サ一尺五寸。天皇祈之曰、朕士くもを滅ス事を得んとならは、此石をふまんに、柏の葉のことくしてあかれとの給ひて、是をけさせ給ふに、則柏のちることくにて、虚空に上りぬ。故に其石をなづけて、蹈石といふ也と云々。これをことのもとにして、石をは、かしはといひならへり。俊頼朝臣が、なには江の、もに哩もるゝ玉かしはとよめるも、石なり。或者、先賢のつたへに云、石をかしはにたとふるは、色の青きをいふ也。ときはといふを、青きものにいひならはす、此心也と云々。可秘々々。
 
1135あしろ人  網代は宇治河に氷魚トルもの也。其網代をかまへ置人ノ名也。或云、宇治にあしろトいふ所有。それに住人ナリ。
 
1136菅藻  すけのはにゝて、うち川に生ルト也。人のくふもの也と云々。
 
1137うち人のたとへのあじろ  たとへノ網代トいへるは、我身ヲ此あしろにたとへていふ歌ナレハ也。
 
1139ちはや人宇治河浪  うちはもと菟路トかけり、うさきのはしる道なり。ちはやは、道早しトいふ心也。ものゝふの道とく走ルものをは、ちはや人ト云。うさきも、路はしることの早きものナレハ、ちはや人ヲ菟にたとへて、かくつゝくる也。ちはやふるうちトいふも、此心也。
 
1140しなか鳥ゐな野  此こと、先達の釋、さま/\多くして、いつれ本説共辨かたし。其中に心よせナ(107)ルヲ、一説二説をこゝに上へし。むかし雄略天皇、御獵に此所へ出給ふに、白き鹿のみとられて、猪のなかりけれは、しなかとり猪無野トそいひつけたるなり。しゝをしなともいふ。同韻相通なり。又云、しなか鳥トハ、ゐのしゝの異名ナリ。よつてしなかトリ猪名トハいふナリ。
 
1142石《イハ》そゝくたるみの水  たるみは、垂水トかけり。石よりしたゝる水トいふ心也。此たるみの水トいふは、つの國に有所なり。
 
1151大とものみつの濱邊  大伴のみつトいふは、或物にかきて侍しは、神武天皇東征の時、大伴氏遠祖、日の臣ノ命、大功有。よつてつの國に恩所ヲ給れり。其より大伴の海とは、難波ノ海ヲ名付たる也。これに依テ、大とものみつトモ大伴のたかし共いふなりト云々。【「日本紀にみつ/\し久目ノ子らか垣もとにト神武天皇ノよませ給に。みつ/\しは瑞々しなり。ほめたる詞也。久目は大伴氏ノ遠祖也。しかれは、大伴のみつトいふ心か。玉かきのみつの湊トヨメルハ、神かきをハ瑞籬トいふニヨリテ、つゝけたるたり。大伴のみつトいふかもとなれ共、同し所ナレハ、大伴のたかしとも詠る歟。古歌ノならひ、かくのこときことおほかり。」(以上百五十四字朱旁書)】
 
1153玉拾しく  しくは助詞なり。只玉拾ふ也。
 
1155なこの海の朝げの名殘  朝鹽の引タル名殘也。なこりの事、上に注之。
 
1162まとかたの湊のす鳥  まとかたの湊は、伊せの國也。彼國風土記云、的形浦者此浦地形似的、故以爲名也、今已跡絶成江湖也ト云々。す鳥と云は、洲におり居る鳥也。驚、鴎、千鳥ノ類、おしなへテす鳥といふへし。或説に、洲鳥はみさこ也ト云々。さもときこえたり。
 
(108)1164鹽ひれはともかたに出てなく鶴  此ともかた、名所にはあらす。鹽のひると共に、潟ノ出來ル、其かたに出てなくたつ也。鹽ひのむたとよめる、同しこと也。
 
1168白浪の八重折  八重は、大海を、八重ノ鹽路ト云心ナリ。浪のいく重共なくかさなるをいふ。さて浪の折るといふは、うちよせてかへり/\スル躰也。折共、しく共、たゝむ共いふ、同し心也。
 
1173ひた人  ひたたくみといふも同し。番匠ノ事也。
 
1174あられふりかしまか崎  あられふる音のかしましきト云かけたる也。
 
1176夏そ引うなかみ潟  奥義抄云、夏そ引トよみては、かならすうとつゝく。それは、麻の生たる所をは、畝トいふなり。あさうト云、うもしをとらんトて、夏そ引とはいふ。亦云、をゝは、刈て後に、うはかわをとりて捨るものにて有を、引トハいふ也と云々。さてうなかみかたは、上總國なり。
 
1183ますらおの手に卷もたる鞆のうらわ  鞆は、弓ゐる時、左手にさしはくもの也。革を以てつくれるものゝ名ナリ。よつて手にまきもたると云々。日本紀ニ天照神《アマテラスヲヽムカミ》、臂《タヽムキニ》著《ハキ》2稜威之高鞆《イツノヌカトモヲ》1ト云々。
 
1190舟はてゝかしふり立て  舟はてゝは、泊ルコト也。かしは舟つなく木也。舟つなかんト思ふ所に、大キなる木の、梢を下にして振たつる、これをいふ也。つねには、かせ共いへり。
 
1193ことゆるすやも  人のいふ言にしたかふ心也。
 
1200むかへ舟片待かてら  片は助ことは也。見待かてらなり。
 
(109)1205奥津梶しは/\しふ  しふは強《シフ》ル心也。
 
1206へつ藻  へつもは、濱藻也。濱をへたトいふ。くはしく上に注ス。
 
1214あたへ行をすての山  あたへは、安太氏ノものナリ。部は、とものヘナトいふことく、安太氏ノ部類なり。神武天皇吉野にいたります時、川に梁《ヤナ》作《ウチ》てすなとる者有。天皇問せ給ふに、答て申さく、臣は是|苞苴擔之《ニヱモチカ》子ナリト。此《コレ》則《スナハチ》阿太《アタノ》鵜飼等《ウカヒラ》か始祖《トヲツヲヤ》也ト云々。委見日本紀。しかれは、阿太人のやなうちわたすトよめる、此心也。今のうた、安太部去小爲手の山トつゝくる、此をすての山は、紀のくに也。吉野川ノ末をは、此國にて紀の川トいふ。をすての山は、紀川ノ邊ニ有。よつて紀の川ニ梁うつトテ、彼あた氏ノ人共か、此をすての山ヲ行かよふにつきて、かくはつゝけたり。
 
1216わたつみの神か手わたる  わたつみは、海龍王ナリ。海を領したる神ナレハ、海をわたるをいはんとて、わたつみの神か手わたるトハよめり。此手わたるをは、とわたると讀へし。手ヲトヽよむこと多し。
 
1221わか舟かぢはな引そ  上に梶引折トいふ所に、くはしく注せり。かち引は、櫓ヲ引たてゝ、舟こく心なり。
 
1226よき道はなしに  よきみちは、よけ道也。道のあしき所ヲよきて、あらぬ道を行ヲ、よけ道トいふ。其よけ道はなきにトいふ心也。
 
(110)1231日かたふくらし  ひつし申ノ方よりふく風也。
 
1231水くきの岡の湊  こゝによめるは、筑前國名所也。彼國風土記云、※[手偏+烏]※[舟+可]縣之東側、有大江口、名曰※[手偏+烏]※[舟+可]水門と云々。水くきは、上に注スルことく、水のなかく入こみたる所也。
 
1233をとめらか織はたの上をまぐしもてかゝげたく嶋  かゝけたく嶋は、名所也。未勘國。はた織に、糸筋のまかはぬために、櫛を以テ、はたものゝ上を掻也。たくは上に注スルたくる也。かゝけは、機ものゝ縁、たくは糸ノ縁ナレハ、かくはつゝけたり。
 
1237此屋とをしにきゝつゝおれは  家の内ニ居りなから、外ナル音ヲきく心也。
 
1239いそもとゆすりたつ浪  いそもとは、石《イハ》もと也。石をも、ゆすりうこかすやうに、大浪ノたつこと也。
 
1240玉くしけみもろと山  箱ノみトいひかけたる也。
 
1244をとめらか放チノかみ  いまた髪ヲ上ぬによりて、はなちノかみトハいふ也。ふり分かみ共よめり。肩のほとにふりわかれて、また結上ぬ心也。
 
1252人こそはおほにもいはめ  大よそにもいはめなり。
 
1256春かすみ井|上《カミ》にたゝに道ハアレト  井上は、所ノ名、大和國ナリ。春かすみの居ルト云かけたる也。たゝに道のアルトハ、すく道なり。
 
(111)1257草深ゆりの花ゑみ  ゆりは、夏ふかき草にましりてさくものナレハ、草ふかゆりト云。花ゑみはさくこと也。
 
1260またら衣  色々にそめ分たる衣也。またら衾とよめるも、同し心也。
 
1260衣はり原  衣ヲ張ト云かけたり。さてはり原は、ハリトいふ木ノ、しけく生たる所也。此木のこと、上に注。
 
1262八岑  嶺のおほき心ナリ。
 
しか待君かいはひつま  しか待君トハ、獵人の心也。いはひは、上に注ス。鹿の草むらにはひかくれて有ことく、あふこともなきこもり妻ナリト、たとへたる也。鹿のつまトいふにわか妻ヲよせたり。
 
1264めならめす  只ひとりみる心也。目不並トかけり。
 
かへりし絹の商しこりかも  商ひものにするきぬヲ、かふト云つゝけたる也。しこりとはしきりトいふ心。コトキト、五音かよへり。
 
1265ことし行新嶋守  新といはんとて、ことし行トハ云り。新嶋守とは、流人ノことゝ申めれト、さにはアラス。此集に、新崎守トよめる、同し人也。異國の寇ふせかんために、東ノ兵をつくしにつかはしてかの嶋を守らせらるゝをいふ也。國々ノ兵、相かはり/\行故に、今年ノ役にて行ものを、(112)新嶋守とはいふ也。
 
あさ衣肩のまよひ  上に、山上憶良か歌に、ぬの肩きぬトよめるに同し。肩のまよひは、ぬのきぬのやふれ果テ、いつくをトリテ、肩にかくべき共みえわかねは、肩の迷ひトハいふ也。こゝによめる心は、彼嶋守に行人か、旅にきふるしたる衣ノ心也。
 
1266大舟を荒海《アルミ》にこき出八舟たき  八舟とは、舟ノおほかる數にはアラス。八度舟をたくトいふ心也。舟たくは、海のあらき所にて、舟ノくつかへらしつまんトスルヲ、ちからをくわへて引心也。土佐日記に、ゆくりなく風ふきて、たけ共/\、しりへしそきにしそきて、をとゝろしくうちほめつへしト云々。
 
1270泊瀬の山にてる月はみちかけしてそ  月みつるは滿月ナリ。十五夜にみちて、其よりかくる也。人間世にたとふる也。易云、日中則昃、月盈則食、天地盈虚、與時消息。
 
1272たちのしり鞘に納《イル》野  たちのしりは、切先ナリ。さやいるゝと云かけたり。入野は名所也。國たしかならす。
 
1273波つま君  波ノ白たヘナルハ、うつくしき故に、我かつま君をほめんトテいへる也。十三卷に、浪雲のうつくしつまトよめるに思合スヘシ。
 
1275いやしかもなし  賤しくもなし也。
 
(113)しのひ田  私田トかけり。大やけにかくれて作る田也。こゝによめるは、妹をしのふトいふ心によせたり。
 
1277天なるやひめすか原  天に有や、日ト云かけたる詞也。ひめすか原は、姫すか原なり。菅をうつくしゝト云ントテ也。姫松ト云こゝろナリ。
 
1278夏影のねやの下には  夏かけトハ、夏のあつき比は、木にもアレ、何にもあれ、は陰の涼しき所にねるゆへに、夏かけノねやの下トハいふ也。
 
1279梓弓引津邊に有  梓弓は、引つトいはんためナリ。引津は名所なり。井ノ水ヲ引つトいふナトいへり。心得られぬ説なり。
 
1282橋立のくらはし山  はし立は、くらトいはん枕ことは也。高倉には、梯をたてゝ、おり上りする故に、かくつゝけたり。くらはし山は、和州ニ有。くらはし川も同所也。日本紀に、隼總別皇子ノ歌に、はし立のさかしき山ト有も、山のたかくけはしきには、梯ヲたてねは上りかたし。其によりて、かくよめる也。しかるに、此はし立ヲ、丹後國の橋立に思アヤマリテ、くらはし河ヲも、丹後國の名所トいふ説アリ。あしきことなり。
 
1283みざかりに  壯子時トかけり。わか身ノわかく、さかり成し時なり。
 
1284河のしつ菅  靜管トかけれ共、しつかナル心ニアラス。しつは下也。水の下にかくれて生る菅也。
 
(114)2862水かげに生る山すけ、亦水くまか菅トよめるも、水にかくれタル心也。
 
1287青みつらよさみか原  よさみか原は名所ナリ。青みつらトハ、青きかつら也。髪ヲみつらトハいへとも、こゝは青きかつら也。、苔のみつらナトよめるうたも有。苔の長くはふは、髪ノなかきに似たれは也。よさみか原は、依網トかけり。かづらの、なかくはひよりて、網ヲあむかことくになれは、かくいふ也U
 
1292江林にやとるしゝやも  江林は、名所トいへトモ、未勘國。案るに、え林は、小林トいふにや有らん。えトをと、五音かよへる也。林は鹿猪のやとる所也。
 
1293あられふる遠つ江に有あと川柳  アラレフルとゝつゝく也。音《ヲト》ヲ、トヽはかりよむ。其例、浪の音ヲ、浪のとゝいひ、梓弓つま引夜音ナトいへり。あと川は名所ナリ。
 
1294朝月日向の山の月たちてみゆ  朝つく日は、たゝ朝日なり。つくは、みもろつくみわ山ナトよめるつくの字ノ心也。朝月日トかけるによりて、朝に月ののこるが、日にむかふ心ナリトいへ共、さあらは、むかひの山ノ月たちてみゆト、かさねて月をいふへきにアラス。此集のならひ、かやうノ文字つかひにまとふ人おはきなり。夕つく日も此定ナリ。
 
1308大海のまもるみなと  湊は、アマタノ舟ノ出入所ナレハ、大やけより守る人ををかるゝ、其心也。
 
1310雲かくれ小嶋の神のかしこくは  嶋は、はるかの奥に、雲かくれて有ものナレハ、かくいふ。小嶋(115)の神トハ、嶋々は皆其躰、神ナリ。舊事紀には、我國々の嶋、悉ク神ノ名をあらはせり。かしこくはトハ、おそろしくハトいふ詞ナリ。こゝノ小嶋、名所にアラス。
 
1311つるはみノ衣きし人はことなしと  橡は、木の名、つねにとくりトいふ。其皮にてそめたるきぬなり。此つるはみノきぬヲきぬれは、身にことなしと云ならへり。
 
1316河内女  河内の國の女ナリ。
 
1320しつく白玉  水底にしつみて有玉也。
 
1325玉おほれする  玉のをき所を、人のとへは、知なから、しらぬよしをいふ心也。空おほれトいふ心也。
 
1326てるさつか手にまきふるす玉  照は、ものをほむる詞、さつは薩男也。手にまきふるす玉トハ、手玉のふるくナルをは、ぬき捨るをいふ也。をのこに古されし女を、玉によせてよめるうた也。
 
1330細川山に立まゆみ弓束まくまて  細川山は、大和なり。立まゆみは、まゆみトいふ木也。下ノ句につゝけては、弓ノことにいひかけたり。ゆつかまくトハ、弓ノにきりに卷革ノこと也。
 
1338土針  草の名ナリ。針トいふ名によせても、かた/\衣にすらゆなトハよめるなるへし。
 
衣にすらゆな  すらるな也。
 
1341眞玉つくをちのすか原  越のすか原トかけるによりてこしのすか原と讀。或は是を名所トいへり。(116)誤なり。越はおちとよむへし。此こと、上に注し畢ヌ。
 
1344まとり住うなての森  まとりは、鵜ノ名ナリ。うなては、美作ノ國に有森ノ名也。まとりは、うなれは、うなてトつゝくトいへトモ、住といふ字に心得かたし。鵜は、海に住ものナレハ、マトリ住|海《ウナ》ト云かけタルもの也。
 
1345つねならぬ人國山  人國山は、和州ニ有。つねならぬは、人トいはんため也。人間世ノ無常ナル心にて、かくつゝけたり。
 
1347君にゝる草とみしよりわかしめし野山ノ淺茅  此うた、淺ちを君にゝル草トよめるを、或抄物に、淺ちはひとすぢ/\言ものナレハ、君か心さしの□ナルにたとへて、君にゝるとはいふ也ト云々。此義、よし共きこえす。淺茅トハ、芝草也。此しはをは、いつしは原トよめる、其理上に注し畢ヌ。いつは、いつくしき也。君かゝたちのうつくしきに、芝ヲもいつしばトいへは、似たるものにはいへり。心の一すちヲ、淺ちの一すちにたとへたるは、入ほがといふへし。
 
1350やはしのしのを矢にはがで  矢橋のしのナラハ、矢ニつくるへきヲ、矢につくらぬは、まこと有にはなしト也。
 
1355いさゝめに  かりそめの心ナリ。或抄物に、いさゝか也。此儀おもしろし。
 
1356さゝめきし  さゝやくなり。
 
(117)1357たらちねノ母の薗ナル桑  蠶《カイコ》は、かふ子ノ心ナレハ、母の、乳味にて子をやしなひ立るにたくへて、母のそのなる桑トいへり。はゝかかふ子の眉こもりトいへる、同しこと也。
 
1359花待いま  花待間也。いは例ノ發語ナリ。
 
1360山ちさの花  ちさといふ木アリ。其花ナリ。
 
1367むさゝひの鳥待かことわれ待やせん  むさゝひは、木にトとりつき居て、アタリヘ鳥ノ來ルヲ待て、鳥來れは捕くらふ獣也。鳥捕ルこと稀ナレハ、つねにうへて居るもの也。されは、詩にも、飢※[鼠+吾]トつくれり。我も君待トテハ、食ものにも心いらて待|痩《ヤセ》なんト也。
 
1381廣瀬川袖つくばかり淺|せ《(をカ)》や  廣瀬川は、名所なから、瀬の廣き心になして、袖つくはかり淺しトハよめり。わたれは、袖の、水にやう/\つくほとナル川ト也。
 
1384水こもりにいきつきアマリ  いきつくは、上に度々注せり。思切ナル心ナリ。水こもりは、人の身ノ、水にかくれてトいふにはアラス。水の下ナルものは、見えぬかことく、其にたとへてかくはいへりト云々。案るに、水の中に入ては、息ツクへきやうなく、くるしきによりて、水こもりに息ツきアマリトハよめるとそきこえたる。
 
1385まかなもて弓削のかはら  鉋《カンナ》を以テ、弓ヲ削《ケツ》ルト云かけたるなり。ゆけのかはら、河内の國に有。
 
1387ふし超にゆかましものを間《ヒマ》もりにうちぬらされぬ  ふしこえは、富士越也。上に注せる、ふじの山(118)ト、あし高のアハヒの道ヲいふ也。ひまもりは、清見か關ノ道也。此所、浪のあらくて、あしく行かゝれは、浪にとられし也。よつて浪ノひま/\ヲ、よく守りてトヲリける故に、浪のひま守トハいふ。今久岐か崎トいふ所に、清見か關は有けると云々。しかれは、ひま守にうちぬらさるトハ、浪にぬれたるトいはんため也。
 
1390あふみの海浪かしこしと風守  風まもりトハ、風のふかぬまをまもること也。
 
1392紫の名高の浦  紫は、よろつの色の中に、ことにすくれて、名のたかきトつゝくる也。
 
1394鹽みては入ぬる礒  鹽のみつれは、水の入來ル礒といふ心也。
 
1400足はやの小舟  舟のかろくてとく行をいふ。舟の足トハ、水に入所をいふ也。
 
1401みなきり相  漲《ミナキリ》あふといふにハアラス。風アラクテ、浪ノくたけてちるか、霧ノことくなれはいふナリ。水霧相トかけり。
 
1402ことさけば  ことに遠さけんならば也。
 
1403神のはふりかいはふ杉原たき木に伐《キリ》ほと/\しくに  ほと/\とは、木切斧のをとの、ほと/\トナル心ナリ。さて、ほと/\しくは、おそろしき心にいへり。
 
1405蜻《アキツ》野を人のかくれはあさ蒔し  人のかくるは、人のいふコトナリ。此野のことを、人ノ云出ればトいふ心也。
 
(119)1412さき竹のそかひにねしく  さき竹トハ、竹ヲわれは、せ中合せになるを、辟竹ノ背《ソカヒ》向トいふ也。ねしくトハ、寢しトいふ心、しくは助詞也、こゝによめる心は、思ふ人トねるに、若恨むる心ナトアレハ、そむき/\にてねるを、さきたる竹にたとへたる也。
 
1413にはつとりかけのたれ尾  庭つとりノつは、やすめ字也。きじを野|へ《(つカ)》鳥トいふかことし。にはトリの異名を、かけトいふは、一説に家鷄なりトいへり。神樂ノ歌に、庭鳥はかけろト鳴ぬトよめり。これはかの鳥の聲か、かけろトいふやうにきこゆれはなり。或ものにかきて侍しは、鷄のかけろトなくは、可見路なり。夜明テハ路のみゆへしトいふ心にテ、旅立人ヲすゝむる心也ト云々。しかれは、鳥なく聲によりて、かけトは名付たる共いひつへし。
 
1415玉つさの妹は玉かも  玉つさのいもとつゝけたるは、つねに思ふことを、玉つさにかきかはしたる妹といふ心ニかくはつゝけたり。
 
1417海中にかこそなくなる  水手を、かこといふことは、上にくはしく注せり。鹿子トいふにつけて、なくトハよめり。舟子ノうたふこゑヲよめる也。
 
     第八卷
 
1421春山のさくのをすくろにわかな摘  さくのとよめるは、名所ときこえたり。未勘國。春山は、花さ(120)くにより、さく野トいはんトテ、春山トハいへり。をすくろの、をは、助詞也。すくろトハ、春野ヲやくに、やけたる灰の殘りて、荻すゝきの、すに入て有れは、すくろノ薄ナトいふ。其草のやけ跡より生るわかなをつむ心ナリ。顯昭法師ハ、春、薄のはしめて生る末のくろくみゆるヲ、すくろノ薄とはいふなりト云々。
 
1423いこして殖し  いは例ノ發語なり。こしてトハ、根こしにしてトいふ心也。日本紀に云、忌部遠祖太玉命、掘天香山之五百箇眞坂樹ト云々。ほり殖るを、根こしにするトハいふ也。
 
1429國のはたてにさきにける櫻の花  顯昭法師は、國の廣き心に、はたてトハいふと、釋せれト、其義よくもきこえかたし。はたては、旗手ならんか。櫻ノ花のさきみたれたるか、旗ノなひきにゝたりトいふ心ナルへし。はたては、國ニかけてみるへからす。櫻につけて心得へし。花のにしきナトいへは、錦ノ旗、亦赤白旗ナトを立つゝけたることく也トいふ心なるべし。
 
1431くたら野  和州名所也。くたらの原トいふ、同所也。異説に、冬野ヲいふトいへ共、たしかならす。此うたに、鶯の春待よし讀たれは、さて冬野トハ釋スル歟。
 
1433うちあくるさほのかはら  うち上るさほトつゝくるは、機織《ハタヲル》梭《カイ》のこと也。うち上るは、うちなくるト云心也。十三卷うたに、なぐるさの遠さかり居てトよめり。光陰ノ、早く過るを、|一飛ノ梭《ヒサ》ト詩にも作れり。さをなくる間トいへは、しはしノ事也∪さほトいふ左ノ字をとらんトテ、うち上るト(121)ハいひかけたる也。
 
1448なそへつゝみん  なすらへて見むトナリ。
 
1451かもの羽色の春山  みとりなる心ナリ。
 
1456おほろかにすな  おろかにすなト也。
 
1460わけかため  和君かためナリ。
 
わか手もすまに  すまは隙なくトいふ心也。
 
1465五月の玉  藥玉也。委上に注之。
 
1470ものゝふのいは瀬の杜  ものゝふの屯集《イハム》トいふ心にいひかけたる也。いはむは陣ヲ張居ル心也。
 
山のと陰に  つねに山陰にトいふ心也。
 
1483やとの橘花をよみ  花|吉《ヨキ》トいふ心也。月夜よみナトノ同し詞也。
 
1490あやめくさ玉にぬく日  五月五日ナリ。委右に注。
 
1495木のまたちくゝ  木間をくゝるナリ。
 
1500姫ゆり  ゆりを、うつくしきものにしていふ也。ひめ松、ヒメ菅原なといふことし。
 
1503さゆり花ゆりとしいへはうたはぬに似る  うたふは、只ものいはぬ心也。ゆりノ花の、よくもヒラケヌ心を云なり。ものいひ、うたうたふトテハ、口を開くものなれは、うたはぬに似るは、ひらけ(122)ぬ花の心ナリ。
 
1507いかといかと有わかやと  い門い門なり。いハ、例ノ發語なり。門々有トいふ心也。
 
さ月をちかみあへぬかに  あへんかにトいふ詞也。あゆるは、ものゝましはる心也。
 
うれたきや  日本紀に、慨哉《ウレタキカナヤ》トかけり。うれはしき心ナリ。
 
1508もちくたち清き月夜  もちは、十五夜也。くたちは、くたる心ナレハ、十五夜より以後の月の心ナリ。
 
1512をとめらかおれる紅葉  もみちノ錦ノ心也。
 
1514淺ちか花  つ花ナリ。
 
1518紐ときまけな  ヒモトキまふけんト也。
 
1519わがりきまさん  わかりは我か許ナリ。
 
1520いなうしろ河にむきたち  いなうしろは、いなむしろ也。日本紀、顯宗天皇御うたに、いなむしろ河そひ柳、水ゆけはト云々。これによりて、いなむしろトハ、柳の枝の、水になひきふしたる、稻のむしろをしきたるに似たれは、かくいふと云々。さて後々ノうたに、きしの柳ノいなむしろナトよめり。しかれは、河柳をいはんために、いなむしろとはいひ出るときこえたり。こゝのうたノ詞ハ、柳トいふ詞なくて、只河にいひかけたり。いかにして河とはつゝくる共、難決。先賢ノ説に、(123)水の底に、石のしけることくナルを、みなむしろトいふ共いへり。亦水の底に生たる藻の、稻むしろに似たる故に、いなむしろ川とハつゝく共いふ。これら皆、心々に思よりたる所を釋するものナリ。是ふるき詞のつゝきなれは、いかさま故有へきなり。
 
さにぬりの小舟  舟に、丹ぬり色トリたる也。さにのさは、助字なり。
 
玉まきのまかひもかな  まかひは、舟の枴也。かひをほめんトテ、玉卷トハいへるナリ。
 
朝なきにいかきわたり  眞枴かきたてゝわたる心也
 
よいもねてしかも  よきいをもねてしかもといふ心也。
 
1522たふてにもなけこしつへき  たふては、つふてナリ。とふてトモいふ。※[石+飛]と云字ナリ。
 
1531玉くしけあしきの河  玉くしけ、あとつゝけたるなり。つねには、明るとつゝく。其あもし、ひとへをとれる也。
 
1539ほ田をかりかね  穗に出たる田ヲ、刈ト云かけたる也。田を刈時分に來る鳥ナレハ、かくハいふ也。
 
1541はつはきの花つま  芽子《ハギ》のさく比、しかの其はき原になれて、起ふしなとする故に、秋はきをは、さほしかの妻トハ云ならはせり。
 
1545たなはたの袖つくよる  袖つくは、まくらトするの心也。牽牛織女の星の、手さしかはして、枕を(124)つく心なり。まくら妻屋ト云に思合すへし。
 
1547あふさわに  あふことのおほき心ナリト云々。案るに、おほなわにといふ詞ト、もし同し心にや。
 
1548奥手なるなかき心  いねのおそきを、おくてトいへは、よろつの草木も、をくれて花咲なとするを、奥手トいふトいへり。さも有べし。思ふに、おく手トよめるハ、わかおくノ手ナトよめる心ナリ。かいなの、袂よりおくにかくれたる所を、おくの手ト云。なかき心トつゝくるも、袖より出る所はみしかく、袖にかくれたる所はなかけれは、奥手ナルなかき心トハ、よめるとそきこえたる。
 
1549射目たてゝとみの岡邊  射目とは、弓ゐるものゝ、眼にたてゝ鳥を見ルトいふ心に、かくはつゝけたり。第十三卷に、山のた折にいめたてゝ、鹿待かこととよめり。獵人ノ、目にたてゝ鳥けたものを見付んトスル也。とみの岡は、大和國ニ有。日本紀に、神武天皇の帥、長髓彦トたゝかひて、かつことあたはす。時に、忽に天陰而雨氷、乃有金色異鵄、とひ來りて止于皇弓弭。其とひ、てりかゝやきて、かたちいな光のことし。長髓彦か軍、皆迷眩、不復力戰。時の人、其所を號して、鵄邑トいふ。今云鳥見、是訛ト云々。
 
1560いもか目を見そめの崎  いもか目ハ見そむるトいはんためナリ。始見の崎も、和州(ニ)有。
 
1562こゆなきわたる  こゝに鳴わたるナリ。
 
1576をしか踏おこしうかねらひ  うかゝひねらふこと也。或云、うかは大鹿なり。
 
(125)1577來《コ》しくもしるく  來しもしるく也。
 
しきて見む  かさね/\見んト也。上(ニ)委注ス。
 
1592五百代小田  田は、五十代を一反トス。しかれハ、いをしろは、一町の田ナリ。
 
田ふせ  田を守ふせやなり。
 
1614なか月の其はつかりの使  雁のつかひノことは、漢の武帝ノ時、蘇武トいふ者、大將を奉りて、胡國に向テ、狄トたゝかふに、終に漢ノ軍やふれテ、蘇武ハ胡にとらはれぬ。古郷を思ふこと切にして秋雁に書をかけて、漢にをくりつかはすト云々。これより雁のつかひトよむ也。
 
1618秋はきのウレわゝら葉  うれは上也。わゝらばトハ、若葉なり。童葉トいふよし也。
 
1629山鳥こそは峯向に妻問すといへ  山鳥ハ、雌雄、晝は一所にアレトモ、夜るは山の尾を中に置テ、かなたこなたの谷にねるなりといへり。
 
こゝ思へは  こゝはくに思へハナリ。
 
1630かを花  其花トさして不定。只秋ノ花の、うつくしくさけるをいふなり。
 
1634水しふ  田に有水の、きたなきをいふ。
 
引板  なるこ也。
 
1636大くちのまかみの原  眞神か原ハ、和州に有。口にものをかむといふ心に、かくはつゝけたり。
 
(126)1637尾はなさかふき  すゝきの穗を外になして、本を内にふける家なり。
 
1639沫雪のほとろ/\  夜のほとろトいふこと、上に注ス。其に同し心也。雪の光ノアカキ心なり。或云、邊々なり。雪はつもるに、先日のうとき垣ねナトよりつもれは、邊々トいふ心也。
 
      第九卷
 
1678紀國のむかし弓雄  紀伊國の風土紀に、たつか弓トハ、弓のとつかを、大きにする也、其ハ紀伊國雄山の關守かもつ弓也と云々。亦古歌に、朝もよひきの關守かたつか弓とよめる是なり。しかれは、むかし弓雄とは、雄山の關守か、弓よく射けるによりて、かくはいひつゝけたりトきこゆるにや。
 
1679つまよりこさね  妻よりこよトいふ詞ナリ。
 
1682とこしへに  つねにといふ心なり。とこしなへトいふこと也と、或先賢申されけり。
 
1689ありそ邊につきてこくあま  ありそは、礒の惣名ナリ。亦越中ノ國に、有そ海トいへるは、別也。
 
1693衣手かれてひとりかもねむ  衣手かれてトハ、妹か手まくらをかれたるの心なり。
 
1694細ひれの鷺坂山  鷺のかしらに、細キ毛のなかくうしろさまに生たるか、女のひれトいふものかけたるにゝたれは、ほそひれノ鷺さかトハつゝけたり。此細ひれを、たくひれ共よめり。其時は、白きトいふ心なり。鷺の毛ノ白けれは、是もよく相かなへり。
 
(127)1696衣手のなきの河邊  名木ノ川は、山背なり。衣手トつゝけていへるは、衣の袖をは、泪にぬらすものなれは、衣手のなきトハいひかけたり。猶異説等有といへ共、其義よし共きこえす。
 
1699いめ人の伏見  いめ人はゆめ人ナリ。夢はふして見ルものなれは、かくつゝけたり。亦云、射目人とは、第八卷のうたに、射目たてゝ、とみの岡へトよめる所にしるせることく、山に入て獵スルものゝ、鹿を射ルト目をつけてみる也。其かり人ヲ、いめ人トハいふへし。さて鹿待とては、草むらノ中なとに、ふかくかくれ、かたちのみえぬやうにぬはれふして居る也。そのゆへに、いめ人の伏見トハいふ也。
 
1704うち手折たむの山ぎり  うち手折手トつゝけたる也。たむの山は、和州たふの峯なり。
 
1706衣手の高屋の上  衣手の手トつゝく詞也。衣手のたな上山トいへるかことし。たかやは、和州高野原トいふ所なり。
 
1707春は張つゝ  春は木眼ノ張をいふ。
 
1708春くさを馬|咋《クヒ》山  春草ノわかきをは、馬のこのみてくふものナレハ、取分てかくはつゝけたり。
 
1722たきの浦  よしのゝ河のひろきをほむることはに、浦とはいへる也。よしのゝ川の奥共よかれは、浦ともいふへきなり。亦或先達ノ申されしは、きのうらは裏也ト云々。
 
1725いにしへのかしこき人の遊けんよし野のかはら  此うたにいへる、古の賢き人とは、誰ト定レル人(128)にはあらす。神武天皇、はしめて此川に行幸有しより、代々のみかと、此所に行幸有ことおほし。しかれは、こゝをよし野ト名つけて、遊けん人は、賢き人ノ詞とほめていふ心也。第一卷、天武天皇御製に、よき人のよしトよくみて、よしといひし吉野よく見よトよませ給ふるに、同し心なり。
 
1735我か疊《タヽミ》三重のかはら  疊をは、しきかさぬる心にて、かくつゝけたり。
 
1738水長鳥《ミナガトリ》安房《アハ》につきたる梓弓末の珠名  此みなか鳥、あはトつゝく詞、其釋有といへ共、たしかならす。水長鳥は、水中鳥トいふ心ナリ。長トにごる文字を、中ト用ること有ましきと、うたかふ人あらん。此集の文字づかひは、かくのこときのこと有。雉を岸にも用たり。しかれは、長を中共用ゆへし。さて水中鳥とは、水に住鳥なり。あはは、水の沫によせたり。水の泡ノ、浪にうきてありくは、水鳥のおよくにゝたれは、水中鳥あはトハつゝくる也。此歌は、むかし上總國に、末の珠名トいひける美女の有しを、よめるなれは、あはにつきたるトハ、安房ノ國につゝける、上總の國をいふ心也。梓弓は、すゑの玉名トいはん爲ナリ。弓ノうら弭をは、玉をもつて作れるにつき、かくはつゝくる也。第十四卷東歌ノ中に、梓弓末に玉まきトよめる、其心ナリ。玉は、こかね白かね等也。
 
むなわきの廣きわきも腰ほそのすかるをとめ  これ、美人ノ形のよきをいへる也。むねと腋との、廣く有は、腰のほそき故に、かくみゆる也。こしの細きことを云んトテ、むなわきの廣きトハいへ(129)り。かゝる詞、よく思わくへきナリ。むかし、楚王、細腰ヲこのみて、宮中に飢死したる女おほかりトいへり。しかれは、もろこしにも、女は腰のほそきをよしトス。さて、又、すかるとは、蜂の異名也。蜂ハ、腰ほそき虫ナレハ、其によせて、すかるをとめトハいへり。すかるきをとめといふこと也といへ共、不可用。十六卷、竹取翁のうたに、わたつみのとのゝ御笠に、とびかけるすかるのことき、腰細にとよめり。日本紀にも、すかるは蜂のことゝ見えたり。
 
身はたなしらす  たなは、只なり。たなしりトモよめり。たなしりを、或物には、はたなしりそトいふ心なとかけり。あしき説ナリ。
 
1740つり舟のとをらふみれは  とをらふの、と文字は、發語ノ詞ナリ。行《ユク》を、と行てとよめるたくひ也。をらふハ、居ルなり。亦云、とをらふハ、舟をこぎとをる也ト云々。
 
水の江のうら嶋の子  丹後ノ國水江トいふ所に、浦嶋といへるもの有。かれかこと也。浦嶋といふもの有し、其が子といふはあしゝ。久米人を、くめの子ナトいへるかことし。此うら嶋は、雄略天皇ノ御宇に有し人ナリ。日本紀にいへるは、雄略天皇廿二年、秋七月、うら嶋の子、舟に乘て釣しけるか、大なる龜を得たり。其かめ、女に化したりけれは、やかて己か妻とし、其女にしたかひて、海に入テ、蓬莱にいたれりと云は此集には、女とつれて、龍宮城に行たるよしよめり。すこしの相違なり。此うら嶋か子、後にハ神となれる也。丹後國與謝郡に、阿佐茂河の明神と申は、浦島の(130)子ト云つたへたり。
 
いこぎわしらひ  いこきは、舟なり。わしらひは、はしり相なり。舟こきはしるトテ、かの女に相たる心也。
 
しれたる人  愚人トかけり。うら嶋か子、よしなきコトに、古郷へかへらんト思ふ心を、愚なりトいふ也。
 
そこらくに  そこは、そこばく、らくは助詞也。
 
ゆな/\  夜な/\なり。
 
つるきたちさが心から  此ことはノつゝきを、あしう心得たる人は、つるきたちさがとつゝけてみる故に、きこえかたき釋をもつくる也。つるきたちは、心からトいはんため也。枕ことばをも、中に別ノ詞をゝきて、うけたることあまた有。上にも此こと注し畢ぬ。さて、たちには心といふもの有。柄にさし入ルかたを、中心トいふ。からトいふハ、即柄なり。よつてつるきたち、さか心からトいふ也。
 
をぞや此君  をぞは、きたなき心ト、おそろしき心をかねたる詞也。此君は、浦嶋の子をさしてよめるなり。
 
1742しなてるや片足羽河  しなてるや片トつゝくるは、古きことは也。聖徳皇子、片岡山に、よみ出さ(131)せ給ふる詞なり。しなは級、亦階トいふ字也。はしのきざみをしなといふ。さてきざはしは、片さがりなるものナレハ、片トハつゝくる也。片足羽川トハ、片方はかりの足トいふ心によせたれは、片足なるものは、片さがりに形も有ならひナリ。照トそへたるは、おしてる、にをてるなと添たるに同し。
 
山藍もてすれる衣服て  藍を、山藍トいふ心は、山畑なとに作るもの也卜云ルハあしき也。山は青山トて青きにいふ。しかれは、山藍トいへるも、其青山の色したる藍といふ心ナリ。
 
かしの實《ミ》のひとりかぬらん  かしのみは、ひとつつゝかさの中に出來れは、ひとり有ものにたとへたり。其ほかのこのみも、ひとつつゝ出來るは多かれ共、先目にちかきをたとへにとれる也。
 
1744かもそ羽ねきる  羽ふく心ナリ。
 
1745みつ栗の中に  栗は、いがの中に、大かた三つつゝいでくるものなり。よつて、みつぐりの中トハいへり。日本紀、應神天皇御うたに、三栗の中つえト有。ふるき詞ナリ。
 
遠妻し高に有せは  たかに有セハトハ、人を待心也。たかく待とは、來る人をあふきて待ゆへ也。たか/\に妹か待らんナトよめり。同し心也。遠妻の、我をたかく待ならハトいへる心也。
 
1747ほつ枝  末の枝なり。
 
1748龍田彦  龍田明神の名也。日本紀に云、伊弉諾尊曰、我所生之國、唯有朝霧、而薫滿之哉、乃吹撥(132)之氣、化爲神、號曰級長戸邊命、亦曰級長津彦命、是風神也ト云々。天武天皇の御宇に、此神を、龍田立野に祭ると云々。風神にてましませは、此花、風にちらすなとはよめる也。
 
1751嶋山をい行もとほる  こゝに、嶋山トよめるは、立田山なり。河を帶て、嶋めきたる山ノ境地也。
 
名に負る杜に風祭りせな  是も、立田の明神の御事也。風神ナレハ、名におふ杜に風祭りせんトハいへる也。杜トハ、神のまします所を申す也。風まつりは、風神ヲ祭りて、其心をなこむれは、風のしつまる故也。風祭せなは、せんなトいふ詞也。
 
1753衣手のひたちの國  彼國風土記云、往來道路、不隔江海之津濟、那郷之境堺、相經山川之峯谷、庄近通之義、以即名稱焉。亦衣手のひたちトいふは、倭武尊、巡狩東夷之國、幸過新沼之縣、所遣國造昆那良珠命、新命堀井、流泉淨澄、尤有好愛、時停乘與、翫水洗手、御衣之袖、垂水而沼、依漬袖之義、以爲此國之名、風俗諺云、筑波山黒雲掛、衣袖漬國是矣ト云々。しかれは、衣ノ袖を水にひたすと云心に、衣手のひたちトハつゝけ、亦始にいへる風土記の心は、道のつゝきノ直《スグ》ナル故に直道《ヒタチ》といふ心なり。
 
ふたなみのつくはの山  此山、嶺二つ相ならへり。高キを、男神トいひ、ひきゝを、女ノ神トいふ也。
 
根とりするうそふき上り  山を上るに、高けれは口ぶえをふくなり。根とり枚笛ノ曲ナリ。よつて(133)かくつゝけたり。
 
女の神もちはひ給ひて  ちはひハ祝ヒナリ。
 
1755鶯のかひ子の中にほとゝきすひとり生れて  うくひすの巣ノ中より、ほとゝきすノひなノ出來ること、今も有こと也。巣ごとに有ものにはアラス。まれ/\出來る也。しかれは、ほとゝきすノ父母ハ、共に鶯ナリ。
 
1757草枕旅のうれへ  草枕たひトハ、たかきトいふ心ナリ、トいへ共、いかゝトそきこゆる。こもまくらは、高トつゝくと、枕のたかきトいふ心也。只、草まくら旅トハ、旅に出ては、野山ヲ宿として伏す故に、草をまくらトスル心也。
 
1758すそわの田井  山のすそにめくれる田也。田井トハ、田中の井戸ナトいへる心に、田のほとりにほれる井をいふトモいへ共、こゝによめるなとは、只田の事也。田には水有ものなれは田井トいふ。田舍にてきくに、水ふかき田の廣きは、奥ノ田井卜云ならへり。
 
1759をとめおとこの行つとひからふかゝひ  此うた、題(ニ)云、登《ノホリテ》2筑波嶺《ツクハノミネニ》1爲《ナス》2※[女+濯の旁]歌《カヽヒノ》會(ヲ)1日作歌ト云々。かゝひノこと、上にしるせり。いやしきものゝうたふ曲也。常陸ノ國の風俗に、春秋男女、したしきも、うときも、わかずつくは山にいさなひのほりて、歌舞をして遊ふこと有。これをかゝひの會トハいふ也。童蒙抄に、かゝひトハ、男に捨られたる女をいふトテ、仲實朝臣ノうたに、人こふるか(134)ゝひもわをはいとひけり、わしのけゝなくしら根こゆれドヽよめる歌ヲモ引り。先賢ノつたへ背くへきにアラネ共、上にも、かゝひの聲きこゆトよめるは、うたの曲ナレハ、こゝも其ことゝそいふべき。
 
目くしもみるな  くしは、あやしきトいふ心也。あやしめみることもすなトいふ心也。
 
1761妻をまかんと  つまをまつはさんトなり。古事紀(ニ)、大己貴神うたに、八千ほこの神のみこと、やしま國妻まきかねてと云々。古き詞ナリ。【亦日本紀(ニ)國不見トカキテクニマキストヨミタレハ、妻ヲモトムルトいふ心歟。】
 
1763夜こもりに出くる月  夜をこめて出くる月といはんかごとし。
 
1766わきも子はくしろにあら南《ナ》  くしろハ釧の字ナリ。在2指(ノ)上1名v鐶《タマキト》1在2臂《ヒチノ》上1名v釧《クシロト》ト云々。しかれは、くしろトハ、かねをもてこしらへて、臂にぬき入てをくものゝ名也。わか奥ノ手にまかんトいへる、其心ナリ。
 
1767いつかりませは  いハ例ノ發語、つかりは、つきてましませはトいふ心也。
 
1773神なひの神より板にする杉の  神なひノ神とは、みわの御神也。みわ山に生たる杉は、みわの神杉といふ。布留の山ナルヲハ、ふるの神杉といふかことし。神は、ものに託して、もの仰らるゝを、皆以よりましト申也。よつて此山に生たる杉に、神もより給トいふ心也。さて、杉は、板にもけづるものナレハ、板にする杉トハよめり。神より板トつゝけて、不可見。神は此杉により、亦板に作(135)る杉ト、ふたつの事にとりてよめる也。
 
1774たらちねの母の命《ミコト》  母を貴みていふ也。ちゝのみことゝ云も同し。
 
1779いのちをしませ久しかれ  ませは、まさきくトいふ詞を畧したる也。幸ノ字、まさきくトよめり。幸有て、久しく生《イケ》らんの心ナリ。いのちさち、久しきよしもとよめる、同しこと也。
 
1780ことひうしのみやけの酒にさしむかふ鹿嶋か崎  牛は熱きことをくるしむものなれは、酒をくらひては、身のやくるやうにいきつきすたく也。依テみやけ酒トハいふ也。さて、酒をは、盃とりては、人にむかひてさすによりて、さしむかふトハいふ。かしまといふハ、常陸ノ國かしまより、下總國海上乃津トいふ所にむかへる所ナレハ、かくよめる也、
 
ゆふしほの滿のとゝみに  鹽の、よくみちてたゝへたる心ナリ。鹽のとゝひト云に同し。
 
濱もセに  庭もセ、宿もせナト云、同し心也。濱面なり。こゝは狹き心にアラス。
 
1783松かへりしひにてあれやは  此詞第十七卷、大伴家持かうたにもよめり。或説に、待にかへりたるを、強テトいふ心にいへり。其義たしかにもきこえす。此詞は松の木のまかれることくに有|臂《ヒチ》といふ心なり。人ノ臂ノうつくしくもなきをたとへていへる也。松反四臂而有八羽とかけり。松かへりシトいふ迄の發端ノことは也。【(以上百二十四字朱にて消せり)「未決。日ノコトヽ聞エタリ。惡日ノ中ニ有コト歟。此詞十七卷、家持か哥ニモ見エタリ。可尋之。」(以上三十八字朱旁書)】
 
1786みこし路  越前越中越後、以上みこし路なり。北陸道を、惣して越路トハいふ也。
 
(136)1792白玉の人の其名  しら玉トハ、何にてもほめんトテいふ。しら玉ノわが子トよめるに同し。娘子ヲ思てよめるうたナレハ、其女をさして白玉の人トハいへり、
 
ことの緒のべす  ものいひつゝくることの長きを緒にはたとへたる也。
 
下檜山下行水の上にいてす  下樋山は、つの國に有。かの國風土記云、昔有大神、云天津鰐、化爲鷲、下止此山、十人往者五人|去《(マヽ)》、五人留、有久波乎者、來此山、伏下樋而屆於神許、從此樋内通而祷祭、由是曰下樋山云々。しかれは、下樋をふせたる山なれは、下行水共よめる也。
 
1793人の横言  よこしまにものいひ、さまタグル也。
 
795妹らがり今木の嶺  いもがもとへ今來ルト云かけたる也。
 
1797鹽けたつ荒いそ  鹽けは鹽ノいげ也。上に委しく注之。
 
1800小垣内の麻を引ほし  麻つくる薗ヲハ、垣ゆひまはすによりて、垣内トハいへり。麻を引ほしトハ、麻ヲ手引ノ苧にして、日にほすこと也。
 
いもなね  いも姉トいふ心也。衣織きするは、女のしわさなれは、妹姉の作りきせけんトよめり。
 
東の國のかしこみや神の御坂  あしからの明神ノ神躰は、即此山なり。よつて足からの坂をは、神の御坂といふなり。
 
にきたまの衣さむらに  にきたまの衣は、にきたへの衣トひとつならんか。但、此うたは、死せル(137)人をよめるうたなれは、和靈ノ衣トハ、其玉しゐはかりになれるをいふにこそ共きこえたり。
 
ますらおのゆきのすゝみにこゝにふしたり  たけき兵は死スルことをかへりみ|に《(す)》すゝみ行て、野にも山にもたふれ死スル心なり。
 
1801あしのやのうなひをとめ  むかし、つの國葦屋といふ所に、ひとりの女有。それをうなひをとめと云。うなひは、蒐原の郡なり。そこにすめりける女をいふ也。此女ノことは、大和ものかたりに委しく見えたり。
 
天雲のしりへのかきり  天雲ノ果也。上に、天雲のそくへのきはみトよめる同し心也。くはしく右に注し畢ぬ。
 
1802いにしへのさゝ田おとこ  大和ものかたりに、此女をよはふおとこ、ひとりはいつみの國のをのこ、姓はちぬといひ、ひとりはつの國の男、姓ハう原に有けるといへは、さゝた男トいふことは不見。さるによりて、或抄物には、兵ノよきをは、いさゝけきトいへは、其心に、さゝた男トハいふ也ト云々。小竹田トかける、田の字心得かたし。是を思ふに、此さゝ田おとこは、いつみの國のちぬおとこか別名なるへし、小竹トかきては、しのトモよめり。いつみに、しのだトいふ所アレハ、しの田おとこといふ心にいへるを、さゝ田トハいへるか。大かたは、しのトよむへきを、さゝ田トハよみ誤リテ、來ぬるなるへし。
 
(138)1804ちゝはゝかなしのまに/\箸向ふ弟のみこと  此うた、弟のみまかりぬるをかなしむうたト、題にあり。ちゝはゝかなしのまに/\トハ、わか親ふたりの中より生したてゝ、人トなしたるまゝトいふ心なり、はしむかふトいへるは、箸は、物|食《く》ふに一箭ヲ取ものなり。しかれは、只、兄弟ふたり有けるをは、いはんとて、箸ノ一前有ことく、向へる弟トいふ心なり、弟ノみことは、其弟をいとおしむ心よりいへるなり。
 
朝つゆのけやすき命神のむたあらそひかねて  朝つゆの消やスキハ、人ノ命也。神ハ死スルコトなき命なれは、神トあらそひかねてトハいふ也。
 
射るしゝの心をいたみ  獵人の矢にかゝる鹿ノことく、心をいたましむると也、
 
あちさはふよるひるいはす  味さはふは、上に注スル、よきことのおほく集ること也。こゝに、夜るトつゝくるは、夜ルを、よきことのかきりにしたる也、思ふ人なとに、相見てぬる心よりいへる詞也。
 
かけろふの心もえつゝ  心も火のことくもゆること也。かけろふのこと、上に委注せり。
 
1807かつしかのまゝのてこな麻衣に青衿《アヲフスマ》きてひたさをゝ裳にハ織きて  まゝのてこなかこと、上にしるせり。ひたさをノ、さ文字ハ、助字也。ひたはひたすら也。身にきるものは、ひたすら麻苧を織テきると也。衣裳ノよからぬヲいふ也。
 
(139)にしきあやの中につゝめるいつき子も妹にしかめや  にしきあやにつゝみて、いつきかしづかるゝ兒トハ、やむことなき家のむすめをいふ。こゝにいもト云るは、かのまゝのてこなか事也。家富、位たかき人の子の、あやにしきの中にそ立たるも、只麻衣のみきたる、てこなにはしかすトなり。
 
望月のみてる面輪  滿月ノ光かゝやきて、うつくしさに、美人ノ貌ヲたとふる也。
 
夏虫の火に入かこと  其てこなに戀スル人共の、身を捨んとするを、火に入虫によセタル也、
 
1809うなひをとめの八年兒の片生の時ゆ  八とせ子トハ、かならす八歳になる時をいふにはあらさるへし。としのやう/\かさなる心ナリ。片なりは、美人のかたちの、いまたとゝのほらぬなり。
 
ならひ居る家にも見えす  ならひ居家は、隣家なり。年のすこしおとなふより、人目をはち、家の内ヲはなれねは、隣にも見えぬ心ナリ。
 
そらゆふのかくれてませは  此そらゆふを、或物には、遊糸《アソフイト》ノことゝいへり。空に有て、いとゆふトいはるゝものなれは、さもいひてん。遊糸の有かなきかにかくれたりといふ心にいへり。案るに、虚木綿、是をは、うつゆふト可讀。日本紀に、内木綿トいへり。これうつくしきゆふトいふ心ナリ。かくれてトつゝくるは、木綿をは懸るものなれはなり。たとひ亦、か《(そカ)》らゆふとよむ共、白ゆふト心得へし。しとそと五音かよへれはなり。
 
いふせき  いふかしき也。覺束ナキノ心也。
 
(140)ちぬ男うなひおとこのふせやもえすゝしきほひて  此心はかのふたりの男の思ノ、切ナル心也。ふせやは、かの男共か家也。ふせやもえトハ、ふせやにて火ヲたけは、其屋の煤《スヽ》くるを、すゝしきほひてトハいふナり。下には、此壯士共か、思ひにもゆる心をこめ、さて、すゝしきほふトハ、互に進みきほふトいふ心にいへり。きほふは、あらそふなり。
 
やき太刀のたかひ押ねり  たかひトハ、太刀ノつか也。日本紀に、天照大神、すさのをの命に向ひ給ふ時、振2起《フリタテ》弓※[弓+肅]《ユハスヲ》1急2握《トリシハリ》劔柄《タチカヒヲ》1と云々。おしねりは、押にきるなり。にきノ二字ヲ、つゝめて、ねとはいへり。
 
しゝくしろよみに待んと  しゝくしろトハ、鹿の肉を串刺にして、燒たるもの也。ろハ、助詞なり。味のよきによりて、よみトハつゝけたり。よみハ、黄泉冥途のこと也。日本紀に、勾大兄皇子の御歌にも、しゝくしろうまいねしとにト云々。しゝくしろは、味ひむましトいふ心也。
 
かくれぬの下はひをきて  かくれぬ、上に注ス。下はひをきては、はひ行てなり。
 
もころ男《オ》にまけてはあらし  もころハ、如《コトキ》トいふ字也。己れがごとき男とちに、まけてハ有ましきと也。
 
懸はきの小太刀  太刀をは、紐ときては懸置、亦は取はくものナレハ、かけつ、はきつトいふ心也。
 
(141)さねかつらたつねゆけれは  かつらは、長くはひて未のしれねハ、たつね行トハいへり。
 
ゆへよしきゝて  由來因縁ヲきゝて也。
 
薪裳ノことも音《ネ》なきつるかも  かのうなひをとめ、ふたりノ壯士かことは、久しき世のことナレト、只今うせたる、人の裳《(喪)》に相て、なくやうに泣るゝト也。
 
     第十卷
 
1813卷向のひはらに立る春かすみくれし思ひ  春がすみくれしは、かすみノ立て晴やらぬを、わが思ひにはよせたる也。
 
1814いにしへの人ノ殖けん杉かえに  杉は、年久しきものなれは、昔殖けんトなり。
 
1815子らか手を卷もく山  子らか手を、枕に卷トいふ心に、かくつゝけたり。
 
1816さつ人の弓月かたけ  薩人は上にも注スル獵人なり。仍て弓トハつゝけたり。神樂歌に、さつてゝがもたせのまゆみ、おく山にとかりすらしもトよめり。
 
1818子らか名にあけのよろしき朝妻の片山きし  此心は、女は、朝けの姿とて、うつくしきことにするものなれは、あけてよろしき朝つまトハ、つゝけたり。
 
1823朝ゐてにきなくかほ鳥  夜明て、此鳥の、川邊にきてなく心也。ゐてはつゝみ也。上に注ス。
 
(142)1825紫の根はふ横野  むらさきノ根の、よこにはふといふ心にいへり。紫ならねと、木も草も、横に根のはふは、つねのことなれとも、紫の根は、ことに、ははでハかなはぬものナレハ、別而紫の根はふよこ野トハいふ也。
 
1830さゝのめに尾羽うちふれて鶯なくも  さゝのめとは、春になれは、さゝもめくみ出る也。其さゝ原に、尾も羽もうちふれてなくト也。小竹の米ヲ、しのゝめトもよめり。其時も、しのといふものゝ目さし也。曉のことにはあらす。
 
1831朝きりにしぬゝにぬれて  しとゝにぬれて共よむへし。しぬゝトいふ時は、しげくぬるゝ心也。しととにぬるゝトハ、しと/\トぬるゝよし也。
 
1835かけろふのもゆる春邊  上にくはしく注したり。春のあたゝかになるを、火のもゆるにたとへたり。
 
1839えく摘  芹ノこと也。えごといふ草也トいふ説アレト、信用しかたし。後のうたには、えこ摘共よめる事有。それハえこトいふ草たるべし。
 
1840梅かえに鳴てうつろふ鶯  毛詩に、出《イテヽ》2幽谷《ユウコクヲ》1遷《ウツル》2喬木《キヤウモクニ》1といへり。うつろふトよむ詩の詞也。
 
1845鶯の春に成らし  うくひすは、春を知そむる鳥ナレハ、此鳥ノ春をは領したる心に、鶯の春に成らしトハいへり。ほとゝきすは五月になけは、をのか五月トよむかことし。
 
(143)1851みたれぬ伊間に  みたれぬ間也。いは助詞也。
 
1859馬なめてたかき山邊  こゝのつゝけやうは、高山ヲ越るに、歩にては難義なれは、馬に乘て、越んの心にいへるなりト云々。亦、馬ハ、たけたかきものナレハ、其故にもいふにや。
 
1863去年咲し久木今さく  こゝに久木とよめるは、久しき木ノ心也。去年咲し花の後は、久しくして、亦此春、咲トいふ心也。或先賢の云、惣して此集に、久木トよめる濱ひさ木ナトモ、濱に久しき木ノ心なりト云々。けにもと覺る也。
 
1867阿保山のさねきノ花  さね木トハ、合歡《ネフ》ノ木ノことともいへり。此木、ひるハ葉のひらけて、夜るにナレハ、葉のよりあふもの也。たとへは、人の目をふたくやうに有れは、眠の木といふ也。此花も、春さくものなれは、此集、春の歌に入りト云々。亦云、さね木ハ眞《サネ》木なり。ま木といふらんかことし。万木おしなへて、さね木トいふへし。されハ、木の花は、大やう春さくものなれは、只木の花トいふ心也ト云々。後のうたには、山のさな木共いへり。眞《サネ》かつらを、サナ葛共いへは、五音かよへり。さな木共いふべし。
 
1879春野のおはぎつみてにらしも  おはきは、はぎの若たち也。菟のこのみてくふものナレハ、うばき共いへり。或ものには、おはきトいふ草、別に有と申めり。摘てにらしといへは、人のくふもの也。
 
(144)1886住よしの里を得しかは  此住よしの里は、名所ニアラス、住よき里なり。第六卷ノうたに、住よし里ノ、アレまくおしもト讀るは、久邇の都のこと也。いつくにても、里の富貴にてよきをは、住よし里トいふへし。
 
1888白雪のとこしく冬  つねに降しく心也。
 
1895春されは先さきくさのさきくあらは  春は花さく時ノはしめナレハ、先さき草トいひて、末にさきくあらはトいはんためなり。さき草、/\とは五卷にくはしく注せり。檜の木ヲ、さきくきの三葉四ツばにトよめることも有れは、こゝをは、檜の木共心得へし。それも三つトいふ詞ヲとらんトテ、さ木草トいへるかともきこえたれ共、清少納言か枕草紙に、檜の木のことをいふ詞に、人近からぬものなれ共、みつはよつはのとの作りもおかしと云々。
 
1897春されはもすの草くきみえす共  此もすの草くきのこと、其釋さま/\也。一説に云、鵙は、もと時鳥の沓ぬいにて有けるに、沓代ヲトリテ、かへさゝりけれは、其くつ手こひかへさんとて、夏のはしめより、時鳥の出てなきありく。ほとゝきすトいふ名ハ、鵙烏の本名也、其名をよふとて、ほとゝきす/\トなくを、人ノきゝて、其聲によりて、時鳥トハかへつて、をのか名にいはるゝなり。さて、もす鳥の、かの沓代かへさゝる、其かはりに、もすのはやにゑトいふことをして、生たる虫とりテ、草ののきなとに刺はさみて、其身は時鳥にしのひかくるゝなり。其はやにゑヲ、草くきト(145)モいふなり。春になれは、草木しけく成て、いつくに有共みえぬゆへに、かくはよめりト云々。是も、ふるくよりいひつたへたれは、捨かたし。奥儀抄云、むかし男、野を行に、女に相ぬ。とかくかたらひつきて、其家を問に、女、もすの居たる草くきをさして、わか家は、此草くきノすちにあたる里にて有なりとおしゆ。おとこ、後にかならす尋ぬへきよしいひ契て、行わかれぬ。其後、心には思なから、大やけにつかふまつり、わたくしをかへりみるほとに、いとまなくして、ゆかすなりぬ。つきのとしの春、たま/\有し野に行てをしへし草をみるに、かすみこと/\くそひきて、すへて見えす。日ねもすになかめて、むなしくかへりぬトいへり。これ、故匠作の傳へ也ト云々。八雲御抄にも、此説を上られたり。亦顯昭法師は、鵙の草くゝることゝいへり。此集ノ中に、其證歌ヲ引て、ことはれる所、正しき義なれは、いつれをも所によりて用へき也。
 
1899うの花くたし  長雨ふりて、卯花のくさること也。うの花ヲくたすなかめノ水はな共よめり。
 
1901藤なみのさける春野にはふ葛の下夜の戀  葛は、木の下なといふものナレハ、はふくすの、下トハうけたる也、下夜ノ戀トハ、夜ルしのひアルキナトスル心也。
 
1902さく花のかく成まてに  花さきては      ル心なり。
 
1905をみなへしさく野に生る白つゝし  さく野のこと、第八卷に注せり。只名所トきこえたり。女郎花トいふは、只さくトいふ詞とらんためナレハ、時節にかまはぬ枕詞ノおもむき也、さく野トいふ野(146)につゝしノ花さけるをよめる歌なり。
 
1907山ふきのやむ時もなく  かさねことはにいひかけたる也。山ブキノやマヌトいふ也。
 
1908春されは水草の上にをく霜のけつゝも  此水草は、上にいふすゝきノことゝもいひかたし。水草トかきたれ共、水より生ル草共いひかたし。只何となく草のことゝきこえたり。眞《マ》ノ字、眞《ミ》トモ用ゆれは、木の惣名ヲ眞木トいひ、草の惣名ヲ眞《ミ》草、ま草共いふなるへし。
 
1912たま木春わが山の上に立かすみ  玉きはるのこと、上に説々を上たり。こゝは、毬打、玉木春トいふ心にきこえたるにや、亦、たまきはる我かトつゝけたれは、わが命ノきはまるによせたる歟。
 
1919國栖らかわかな摘らんしはの野のしは/\  國栖等とは、よしのゝ、國栖トいふものゝ事也。日本紀ヲ考に、應神天皇十九年、冬十月、幸吉野宮、時國※[木+巣]人來朝之、因以釀酒、献于天皇ト云々。其國※[木+巣]人、つねに山のこのみをとりて、くらふ。亦蝦蟆を※[者/火]て、味よきものト思へり。其國よしのゝ河上に居り。此後しは/\參赴て、土毛を奉ル。其土毛は、栗、菌、及年魚の類也トいへり。しはの野は、よしのゝ川上に有野也、よつて、國栖らかわかなつむらんトハいへり。さて、し《(は脱)》のゝハ、しは/\と云んためなり。しめの野トよめるハ誤ナリ。
 
1921すかの根の長き春日  山菅ノ根のなかくはふものナレハ、かくつゝけたり。
 
1923しらま弓今春山  しらま弓ハ白木ノ弓也。今張と云つゝけたり。
(147)春山のあせみの花のにくからぬ  人を咒※[口+且]スルとき、あせみの花を用ること有。香にたくなともいへり。人をにくしト思て、のらふなれは、あせみの花のにくからぬトハいへりと云々。馬醉木トかけるは、馬の毒トナル木ナレハナリ。馬醉木は、つゝし共よめり。つゝしの古根の、あせみトなる故に、俊頼朝臣、つつしかけたに、あせみ花さく共よめり。しかれは、つゝしも、あせみモ、其もと同しき也。馬醉木、あるひはつゝし共、あせみ共、よむへし。にくからぬナトつゝくる時は、アセミトよむへきものなり。
 
1908さのかたハ實《ミ》にならす共  さのかた、藤の異名ナリ。花は、おほく咲て、みはすこしなるもの也。
 
1937ますら男に出たち向ふふる郷の神なひ山  ますらおは、たけき兵也。出たち向ふハ、軍にいてたちて向ふ心なり。此うたは、向ふトいふ詞いはんために、かくつゝけたり。ふる郷は飛鳥の都也。あすかの都の向ひに、此山有れは、其心にかくよめり。
 
1938旅にして妻戀すらしほとゝきす  旅行人は、古郷にのこしをく妻を戀て、なくによりて、時鳥も、たひにてやなくらんトなり。
 
1945うの花邊  卯花さけるあたり也。
 
1953卯花月夜  うの花の白くさく故にいふ也。まことの月夜にアラス。
 
1962もとつ人ほとゝきすをや  もとつ人トハ、むかし相シレル友をもいひ、亦むかしの妻をもいふこと(148)有。ここはほとゝきすノ聲ヲ、もとより聞なれたれは、むかしの友ト思ひて、かくいへる也。鳥けたもの、草木迄も、人トハよむならひなり。
 
1967かくはしき花たちはな  香ノ有かぎりトノヲリタル花トいふ心也。
 
1975うの花の五月をまたば  卯花は、卯月にさくものなれ共、五月にもよみならへり。五月山うの花月夜トよめるにてしるへし。うの花のさく五月といふ心ニ、かくはつゝけたり。
 
1977しのゝにぬれて  しぬゝといふ同しこと也。
 
1979春されはすかるなす野の時鳥ほと/\いもに  此うた、其釋有トいへトモ、よろしきもなし。かくよみつゝけたるは、此集のうたのならひにおほし。すかるなすは、此下ノ句に、妹をいはんため也。郭公は、ほと/\といふ詞とらんため也、上に注スルことく、すかるハ蜂也。すかるなすいもは、腰細ノいもといふこと也。其腰ほそき妹に、殆不相といふ心に、詞のつゝきは、とかくみたれてよめるうた也。さてほとゝきすは、野には居かたき鳥ナレトモ、野山をは、ひとつにいふならひナレハ、野ノほとゝきす共いふ也。
 
1993紅の末摘花  へにの花ナリ。末より其花ヲつみトルゆへなり。
 
1996あまの川水さへにてる舟きはひ  これは、彦星ノ舟のよそひをほめて、水さへてりかゝやくトいへる也。さにぬりノ小舟トよあるも、七夕の舟にいへは、天の川水の照なるべし。
 
(149)1997天のかはらにぬえ鳥のうらなきましつ  ぬえとりのうらなくトいふこと、既に上にしるし畢ぬ。此うた、ぬえ鳥の、天の川にてなくにハアラス。牽牛織女の、あふことかたき思ひにて、かのぬえ鳥のなくらんやうに、下なきましますト也。ぬえ鳥の上をよま|ゝ《(は)》、うらなきてましますトハいふべくもなきにや。
 
1999あから引しきたへの子  あから引は、上に注せり。しきたへの子ト、織女をいへるは、夜ル相見ゆる妻なれはなるへし。枕、袖、床ヲ、皆々しきたへトいふも、夜ルしきなれてねるゆへなり。
 
2003丹の穗の面  これ女のかほのうつくしきをいふ。上にさにつかふトいへる心なり。丹は、紅顔也。穗は、ものゝそれと顯はるゝ心也。女の面の、ほのかにあかみて、うつくしきこゝろなり。
 
2004ともしつま  あふことのともしきつまトいふ心也。己か妻ともしき子らトよめる、同しこと也。
 
2005をのかつましかそ手に有  手に有トハ、己か妻トもてるの心なり。
 
2007みなし河  天川の名なり。
 
2012しら玉の五百つつとへを解もみず  玉のおほきをいはんトテ、いをつ集トいふ。是ハ、女の帶に玉をかざりさくる心也。其帶ヲ、解も不見ト也。
 
吾者于可太奴《ワレハウカタヌ》  われは置ぬなり。
 
2013天川水かげ草  河邊に生る草ノ陰、水にうつろへは、水かげ草トいふ。亦水にかくれて生る草ヲも(150)いふべし。或説に、稻を水かけ草、天の川の水トハ雨也、雨かゝりて出來る草は、いねのこと也トいへ共、皆私ノ考也。歌のならひに、天ノ河も、川の名アレハ、千鳥たつヲもよめり。水かけ草も、天ノかはらに生る草也。
 
2015うら戀おれは  下に戀おれば也。
 
2019むかしよりあげてし衣かへりみす  此あげてし衣とよめるは、或説に、たなはたの河わたらんトテ、衣のすををあけたることゝいへり。これ亦愚ナル釋ナリ。織女は、神代より、にきたへノ衣おれる故に、たなはたつめといふ名を得たり。あけてし衣は、布おらんトテ、機にはあげ置たれ共、彦里を待戀る心の專ナル故に、其はたものをもかへりみぬよし也。さてこそ、昔よりとよめる心は、相叶ひ侍るへけれ。
 
2022いなの目の明行にけり  いなのめは曉なり。稻のほに出そむるを、いなの目トいふ。それに、夜ノほの/\とあくるをたとへたり。しのゝめトいふも、小竹のめぐみそむるに、夜ノアクルヲよせたる也。
 
2032なぬかの夜のみあふ人の  七夕は星なれ共、あふ人トいふは、うたのならひなり。
 
2033天の河やすの河原  安のかはらも、天川の一名ナリ。日本紀に見えたり。
 
2034七夕の五百機たてゝ織ぬのゝ秋さり衣  いほはたは、只おほかる機也。秋さり衣は、秋に有衣トい(151)ふ心なり。秋《アキ》さりハナトよめる心也。
 
2046八十の舟津  舟こき入る津の多き也。
 
2050玉床  床をほめたるなり。
 
2052かいのちるかも  枴のしづくの散なり。
 
2053八十瀬  瀬のおほかる也。
 
2057續こせぬかも  續來ぬかもなり。
 
2062はたものゝふみ木  はた織時にふまゆる木也。
 
2063たなはたの雲ノ衣  天上に住織女ナレハ、かくいふ也。
 
2065足玉も手玉もゆらに織はた  足玉手玉トテ、手にもあしにも、玉をまつふに、はたおれは足手をはたらかすゆへに、其玉の緒のゆら/\とスル也。
 
2078玉かつら絶ぬものから  かつらは長くはふゆへ也。
 
2089やすのかはらの有かよふ出々のわたりにくほ舟の  出出のわたりトハ、年ことに舟出しなれたる湊ヲいふ心也。有かよふ出々とつゝく、其心ナリ。くほ舟ハ、具穗船トかけり。くは、つぶさ也。穗は舟ノ穗トいふ心に、あかく色トレル舟ノ心也。ものをねんころにほめんトテ、つふさに彩リタル舟トいへるなり。
 
(152)はたあらしもと葉もくせに秋風のふきくるくれに  此はたあらしを、或ものに、初嵐ナリトかきたれと、たしかにもあらす。もとはもくせにトつゝける詞も、其儀なし。はたあらしトハ、舟をかさるには、旗を舟屋形に立る也。あらしトハ、秋風ノ旗を吹なひかして、あらき心也。もとはもくせトハ、旗竿ノもともゆかむはかりに、風ノあらき也。さてつゝけて、天川白浪しのき落たきつ、はや瀬わたりてトよめり。風浪のあらけれはこそしのぐトハよみたれ。歌の理をたゝすに不及して、詞はかりを釋せんトするにより、わたくしの義をいひたてゝ、人をまとはすなり。異説を不可用。可怖々々。
 
2090こまにしき紐ときかへて  こまは、麗のにしき也、からにしきトいへるがごとし。にしきの紐トハほめる也。ときかへてトハ、我もとき、人もとく心也、星のあふ夜なれは、かくよめり。
 
2091さ小舟のと行て  さは助詞、只小舟也。と行ての、ともじ、亦助字ナリ。上にも注せり。
 
2092おほきみの天のかはら  帝王ノ御名ハ、天皇共、天子トモ申せは、大|王《キミ》の天《アマ》トハつゝけたり。
 
解きぬの思みたれて  ときたるきぬは、みたるゝものなれは、かやうにつらねたり。
 
2113たきそなへ殖し  たぐは、たくるなれば、引心也。ひきそなへて植《ウヘ》しト也。或云、いたきそなへて殖たるなり。
 
2117をとめらに行相のわせ  女に行相はうれしきによりて、別而をとめらトハいひかけたり。さて行相(153)のわせは、立田山に、行相ノ坂トいふ所有。そこに有田のいね也と、顯昭はいへり。或説に云、行相のわせトいふは、夏田ヲうふる時、苗のたらされは、同し苗にもあらぬを、殖つぐ也。これを行相のいねト云ト、民間には申すとかけり。民間にさへさやうに云ならはしたらは、是を正論トすべし。
 
2124しみゝ  しけき心なり。
 
2134おきの葉さやき  さやきはさはき也。
 
2139をのか名をつぐ  雁は、己か名なく鳥也。後撰歌に、かり/\トなくトよめり。此心也。
 
2140夜わたる我れを問人や|な《(た)》れ  雁のこと也。名乘スル鳥ナレハ、わか名ヲ問人やたれト、雁の身に成テ云る歌のこゝろナリ。
 
2142さをしかのつまとゝのふトなく聲  つまよひ集るなり。芽子《ハキ》ヲ妻としてよめる、うたの心なり。
 
2145さをしかの聲いつぎ/\  聲續々ナリ。
 
2149さつおのねらひ  ねらひかりトいふもの也。
 
2156山田もるすこ  スコハ、賤しきものゝ名也。
 
2159影草の生たるやとのゆふ陰  かけ草は、山のかけ草、岩のかけ草なとは、其かくれ/\に生るをいふ也。こゝにいへるは、夕陰草トいはんトテ、先かけ草トハ云出しヲ、下にゆふ影トをける也。
 
(154)2160秋付にけり  秋《アキ》に成たりトいふ心也。
 
2166いもか手をとり子ノ池  手を取トいひかけたり。或本には、とらしの地卜云々。取石トかけり。
 
2167片きけわきも  片はしをきけトいふ也卜云々。案るに、片は助詞也。只きけトいふ由なるへし。
 
2170枝もとをゝ  たはゝトいふも、ひとつ詞也。たはむ心也。
 
2173芽子《ハキ》のあそひせん  はきの咲たる野にいてゝあそふをいふなり。
 
2176秋田かる苫手うこく也  此とま手トいふことを、田をかる人ノ手也ト釋せり。非なり。苫トいふ字、不分明。これは秋田刈時分、其田のほとりに作りて、住菴なり。かりほのいほの苫をあらみトよめるに同し。苫手トハ、其苫ぶきノ戸さし也。手ヲハ戸トよめること、上に注し侍りぬ。末の句に、白つゆは、をくほ田なしト告に來ぬらしトよめる、其心は、秋田皆刈タレハ、露のをくへき所なきよしを、かの苫ノ戸さしヲたゝきうごかして、告に來たるトいふ心なり。うたの理を不辨して、詞を釋スレハ、誤出來るなり。
 
2178つまこもる矢野の神山  妻こもる屋トつゝけたる也。やのゝかみ山、國たしかならす。
 
2184秋山をゆめ人かくな  かくなは、ないひそト也。
 
2187いもか袖卷きの山  袖を枕にヌルノ心也。
 
2188つまなしの木  梨ノ木、無トいふ心になして、妻なしトハいふ也。
 
(155)2198吾か松原  わかせこを、わか松原トよめる、其心也。松を人待心にいへる也。
 
2201馬にくら置ていこま山  鞍置テ居ル駒トいひなしたる也。
 
2202月人のかつらの枝  月人おとこ、かつら男共いへは、かくはつゝけたり。
 
2206まそかゝみみな淵山  かゝみ見《ミル》ト云かけたり。
 
2211いもか紐とくト結てたつ田山  紐とくトテもたち、結てもたつト云かけたる也。此歌、後撰集には、とくトむすふとたつ田山トいへり。其時は、とくにも結ふにも立ト也。
 
2219山田つくる子ひです共  ほに出るを秀トいふ也。
 
2223天の海に月の舟うけ桂かぢ  桂は、月中ノ木ナレハ、其木をかぢにて、月ノ舟ハこくといふ心也。文選に、桂ノ棹《サホ》といへり。舟さす竿にも、桂ヲ用るにこそ。
 
2228はきか花さく野をふたしをみよとかも月夜のきよき  はきか花に月をそへて、ふたしほと見よといふ心也。
 
2229白つゆを玉につくれるなか月ノ有明の月夜  露に、有明の月の、光相たるを、月のみかける玉とみたる也。露似眞珠、月似弓と、白居易か詩有。よく相かなへるなり。
 
2233此嶺もせに笠たちてみちさかりナル秋の香のよさ  笠たちては、もみちのにしきを、衣がさにたちて山のいたゞきにきするトいへる也。みちさかりは、紅葉の嶺もせばき迄、充滿したる也。秋の香(156)トハ、色のかうばしき也。鼻に入香にアラズ。此こと、上にもしるしぬ。
 
2238かりの翅のおほひ羽  かりの羽を廣けたるをいふ心也。鳥に雨おゝひノ毛トいふは、背中より尾の上にかゝれる毛也。こゝは其雨おゝひノ毛にハアラズ。
 
2239したひか下  舌日か下トかきたれ共、下檜か下といふ心也。或云、秋の山は、もみちして、下照トモよみ、山下ヒカルもみちは共いへり。下ひは、下ひかるトいふ心也トいへり。此義、けにもとそ覺る。
 
2244住よしのきしを田にはり  田にはりは、田に開く也。拾遺には、此うた、田に掘りト云々。
 
2245たちのしり玉まく田井  こゝに、太刀ノしりトいふは、鞘尻ナリ。玉まくは、金銀ナトテ、さや尻ヲ張也。さて、田には種ヲまくにより、玉まく田井トハつゝけよめり。
 
2251橘を守への家の門田わせ  橘の實になりたるを守るトいふ心にいへり。守部トハ、守人トいふ心なり。人をは、へトいふ。雜《新カ》羅人を、しらきへトよめるかごとしト云々。思ふに、橘は、とこ世より來りて、名木ナリ。實ならず共、家に秘藏すへき木也。守るとは、大切に思ふものヲハ、何にても守也。
 
2263しくれの雨の山霧のけふきわが胸  しくれに曇り相て、霧ふかき山のことく、むねの思ヒもはれやらぬ心也。けふきは、けふたきむね也。
 
(157)2265かひ屋かしたになく蛙  先達説、區々なり。顯昭法師は、蠶かふ屋を、かひやトいひ、清輔朝臣は河にて魚を飼つけてとる屋をいへり。俊成ノ卿ハ、山田ノ庵に煙をたてゝ、鹿をおふ火を、かひやトいへり。万葉には、蛙を、秋の虫によめり。しかれは、山田守屋は、水ノなかれちかく作れは、其屋の下に入來りて、蛙のなかんこと疑なし。此集に、山田もる翁のをくかひトもよみたれは、鹿火の説をよしと申さんにや。朝かすみ、かひやトつゝくるは、鹿火ノけふりの、たな引心也。かすみは、春のものナレトモ、古歌は、春にも不限にや。秋の田のほの上きり相朝かすみ共云り。亦、敦隆朝臣か類聚古集には、此歌夏ノ歌にして、蚊火ノ部に入たり。各思ふ所、別々なり。
 
2270を花か下の思草  おもひ草は、只思をよむなり。戀草ことなし草なといふ、同しこと也。下にもの思ふといはんトテ、尾花か下ノとハつゝけたるはかり也。或説に、淺茅ヲいふトアレトモ、信用しかたし。亦古今集に、秋のゝの尾花にましりさく花ト有ヲ、定家卿は、龍膽ノ花ト有。ゆへに、思草トハ、りうたんのことゝも云ならはせり。
 
2272水草の花のあへぬかに  是すゝきのことゝいふ説有。され共、よろつノ草ヲ、みくさといひて、秋は草トいふ草ニ、花咲ましれは、あへぬかといふにもよくかなひてきこゆるにや。
 
2275朝かほのほには咲いてず  薄、稻なとの、ほに出るをも、花薄、稻花《テンクハ》トいひ、あしのほ、たてのほも、花トよめり。草の花は、皆穗に出るといふ也。朝かほはかりに不可限。
 
(158)2281朝つゆに咲すさひたるつき草  此すさひは、手すさひ、くちすさひなとの心也。花ナレハ、さくを其わざとする心也。
 
いさなみに  いさとさそふ也。いさなひ也。
 
2284秋はきのしなひ  柳のしなひト同し心也、芽子《ハキ》かえのたはやかナルなり。
 
2288いはゝしのまゝに生たるかほ花  石走は、岩《イハ》の橋に作れるにハアラス。石はしるナト云テ、石の上ヲハ、ものゝ走ルによりていふ也。只岩間/\に生たる也。かほ花、上に注ス。
 
2289藤原のふりにし郷  藤原ノ都の、古京トナレル也。
 
2298しなへうらふれ  思ひしなへうれへたる也。
 
2304秋つはにゝほへる衣  紅葉の心ナリ。上にくはしく注畢ヌ。
 
2310きり/\すわか床のへに鳴つゝもとな  詩に、十月蟋蟀、入我床下の心なり。
 
2312あられ手はしり  たはしりは、とはしる也。只はしること也。あられは、玉のやうにてはしる也。
 
2317ことふらは  ことさらに降らは也。すくれてみ雪のふらはトいふ心也。
 
2318庭もはたら  はたれト同し。右に注ス。
 
2336道のへのゆざゝか上  此湯さゝのこと、上にもくはしくしるせり。湯ハ、五百トいふこと也。さゝのしけく生るを、五百篠トいふ心也。其證據、第十三卷に、百《モヽ》さゝとよめることも有。
 
(159)2346うからふ  うかゞふなり。らトか、五音かよへり。
 
2347海士小舟はつせの山  舟|泊《ハツ》るとうけたる也。これをトマセの山共よめるは、古キ誤ナレトモ、かやうのこと、名人ノ歌にも有れは、其まゝに用ルこと有。
 
ふる雪のけなかく戀し  雪ノ消トつゝけたり。氣長くの心なり。上にくはしく注ス。
 
      第十一卷
 
2351新室のかへ草  あたらしく造れる屋は、先草を刈て、壁をもかこふ心なり。
 
2352新室の踏しつの子のた玉ならしも  あたらしく造れる屋に入移りて、居しつむるトいふ心に、かくはつゝけたり。居所をは、膝をいるゝナトいへは、其心に、踏しつムルトいへトモ、只居しつまる也。さて、しつノ子トいふは、賤の女ナリ。女をは子らトよむ事、ならひなり。手玉ノ事は、上に度々注し畢ヌ。
 
2353はつせの弓槻か下  槻弓トハ、槻の木ニテ作れる弓也。弓に作る木ナレハ、弓槻トハいふ也。
 
2354天地のかよひてる共  日月は天に出て、てらす所は地也。よつて、かよひてるトモいへり。天と地トハ、陰陽とて、はなれたる物ニアラネハ、通スル心也。日共月共いはねと、かくよむは古歌ノつねナリ。
 
(160)思たけひて  思たけりて也。兵ノ心ナリ。
 
2357君か足結をぬらす露原  あゆひは、足にさしはくもの也。露原トハ、露のしけく有所ナリ。
 
2359ふく風にあらはしは/\あふへきものを  風は、人の目に不見して、いつく迄もいたらぬ所なし。わか身、ふく風にあらは、人目いとふことなく、しは/\かよひて、相んものをとなり。
 
2360人の親のをとめ子すへて守山へから  をとめ子は、ちいさきむすめ也。親の小女を愛するとては、前ニ居置てまもる也。よつてかくは云かけたり。守山は、近江に有山なるへし。
 
2361天なるやひとつ棚橋いかて行らん  天に有日ト云かけたる也ト云々。亦云、天川に棚橋わたすト、七夕の歌に見えたり。亦トなき橋ナレハ、其心に、ひとつたな橋トハよめるなり。
 
2362山しろのくせの若子  山しろに久世ノ郡有。くせのわか子トよめる、此うたノ趣は、たひ/\我ヲ欲トいふは、其子ノくせトいへるなり。わか子は、わかき女ナリ。歌ノ終に、われ欲といふ、山しろのくせトとゝめたり。ほしトいふは、口くせナリト云詞也。
 
2363岡崎のたみたる道  岡ノ崎ヲ行めくる所の道なり。たみはめくる心ナリ。【「多味足道トカキタレハ、是ヲオホミアシ路トモヨミタリ。おほく足ヲハコフトいふ心ナリ。俊頼朝臣モ、オホミアシチトヨメリ。」(以上五十三字朱書)】
 
2364玉たれのこすのすけき  すたれの透ナリ。け文字は、助字なり。さむきを寒けきト云、あつきをあつけきトいふかことし。きけきト讀《ヨミ》來れるは、誤歟。
 
(161)2367大舟のゆたに有らん  ゆたは寛なり。大ふねなれは、ゆたとハいふ。たゆたふトいふ心にアラス。
 
2369うまいもいねず  むまきトハ思ふ人トねる心ナリ。
 
2376ますらおのうつゝ心  うつゝの心ナリ。ますらおの心は、つよく有をつねの心トいふ。され共、戀すれは心よはくなる故に、うつゝ心なしトいふ也。
 
2382宮路の人はみちゆけと  おほく行こと也。宮中に出入人ヲいふ也。
 
2386いはほすら行通るへきますら男  石をも踏さきて、トヲルへき兵トいふ心也。ますらおの事、上にいまた不注。これはます/\荒キ男トいふ心也。
 
2389あから引朝行君  紅の裳ヲ引ていにたる君也。
 
2391玉ゆらに  しはしのこと也トいへり。案るに、此うた、しはしの心にして、心得られす。玉ゆらは、上にいふ、手玉もゆらノ心ナリ。玉をつらぬきたる糸の、ゆら/\ト長きをいふ。しかれは、玉ゆらにきのふノゆふへみしものをと讀るは、心しつかにして相見しものを、けさは亦かやうに戀るかといふうた也。
 
2394朝かけにわか身はなりぬ  わか身戀にやせて、影のことくに成といふ心也。朝かけ夕かけナトハ、只詞のつゝきにいへるはかり也。
 
2399あから引はだもふれずてねたれ共  あから引はだトハ、つゝきたる詞にあらす。あから引は、女の、(162)紅の衣ノすそ引ありく姿なり。赤ものすかた、引ものすかたトいふは、其女をほむる也。しかれは、あから引女ト、はたもふれすしてねるといはむを、詞アマレハ、かくいふ也。古歌のならひ、皆かくのことくなり。
 
2400利心  トキ心也。ものゝふの心をいふ。
 
2407もゝさかの舟かつきいるゝ八うら刺  もゝさかの舟は、或説に、米百石を積舟トいへり。かつき入ルハ、其米ヲ舟へかつきいるゝトいへり。ことの外ノ非義ナリ。百積《モヽサカ》は、百|尺《サカ》なり。尺ハ、積《ツモ》ル心ナレハ、尺積ひとつ也。しかれは、長十丈の舟ナリ。かつき入るは、水中をトヲルものナレハ、かつくトハいふナリ。八うらは、浦のおほきことを、度々うらなひするにたとへたり。木ノ高きをも、橋ノわたり長キをも、百さかトよめり。何そ、米百石つむ舟といはんや。
 
2417ふるの神杉神となる戀をも我は  ふるの神杉の、年へたるに、久しき戀をよせたり。
 
2423路のしりふかつ嶋山  路のしりは、道の終ナリ。常陸奥州ノ兩國をいふ。是東山道東海道の果にて、遠キ國ノかきりナレハなり。東路の道の果ナルヒタチ帶トよみ、亦みちのくは、道ノ奥トいふ心也。ふかつ嶋山は、國たしかならねト、いかさま兩國の名所タルヘシ。風土記に、路のしりたなめノ山トよめるは、常陸のくに也。深つ嶋山も、常陸歟。【「私云、越後丹後豐後筑後肥後ナト、いつれモ後ノ字付タル國ハ、道の尻トよむ也。しかれは、これらノ國ノ中か、可考。いかさまにも、深つ島山は國不慥歟。」(以上八十二字朱傍書)】
 
(163)2424紐かゝみのとかの山  或説に、ひもは、氷面《ヒモ》也。氷《コホリ》の面《ヲモテ》のかゝみにゝて、水の音もなけれは、のとかの山トつゝけたりと云々。亦、或先達ノ申をかれしは、鏡をは秘藏するものにて綾にも錦にもつゝみて、紐を以テゆふなり。のとかトつゝくるは、なとかトいふ心也。紐をみたりには、なトキソトいふ心也。のトなと、五音かよへれは、なとかヲのとかトよめる也ト云々。案るに、後ノ説、正説たるへし。其故は、此うたの終に、のとかの山もたれ故か、君きませるに、紐とかすねんトよめり。首尾相かなへり。
 
2431かも河の後瀬しつけみ  後瀬トいふは、次ノ瀬トいふ心也。先浪たかきはや瀬ノ有て、さて後のせナレハ、しつけみトハよめり。後のあふせによせたり。
 
2433水の上にかすかくごときわか命  水に、ものかけは跡《あと》なく消うせて、行かたなし。其ことくナル命トいふ也。
 
うけひつる哉  ねかふ心なり。上に注せり。
 
2436大ふねのかとりの海  かとりは揖取《カンドリ》なり。よつて大舟のかとりトハいへり。
 
2443こもりつのさは泉なる石根  こもりつは、かくれたる所トいふ心也。かくれたる澤に、水のわき出る石根也。
 
2444しらまゆみいそへの山  弓射ルト云かけたり
 
(164)ぬは玉の隙しらみつゝ  夜トいはねト、こゝハ夜ノこと也。かやうによむは歌ノ習ナリ。ヒマ白ムトは、閨ノひまのしらみて明る也。
 
2449おほゝしく  おほ/\しくなり。
 
2451あたし手枕  思ふ人をゝきて、亦よの人の手枕スること也。
 
2453春柳かつらき山  柳のかつらトいひかけたる也。
 
2460月の面  月のかほトいふに同し。
 
2464うたて  あまりにといふ心也。
 
2466あさち原小野にしめゆふ空事  しめゆふとは、しめなは結まはして、野ヲも山をも、人のものとなさじト、わが爲にすること也。狩場にも、亦はわかな摘所にも、しめゆふこと也。よつて小野にしめゆふト、おほくはよめり。亦空にしめゆふトハ、我心の中に、此野をは、わか爲よと思て有心なり。空にしめゆふトいふ心によせて、小野にしめゆふ空言《ソラコト》トハつゝけたり。
 
2468みなとあしにましれる草のしり草の  しり草トハ、水に生る草、鷺ノ尻刺トいふもの也。
 
2471山しろのいつみノ小菅おしなみに  おしなみは、菅原おしなびかすトいふことを、おしなへての心にいへるうた也。
 
2473菅の根のしのびに  菅ハ、根なく、土ノ中にかくれてはふものナレハ、しのふトいへり。
 
(165)2478秋柏ぬるや河邊のしのゝめ  秋かしはトハ書タレ共、明ノ字ノ心なるへし。此卷に、朝柏ぬるや河邊ノしのゝめともよめり。柏木は、陰凉しきものなれは、河べに似合たる也。ぬるや河邊は、水にぬるゝ心を、夜を寢ル心によせ、しのゝめは曉のことなれは、先五文字に、明かしは共、朝柏共、いひ出せるなり。或物には、石を玉かしはトいひ、いはとかしはトいへは、秋柏ぬるやトつゝくるは、水中ノ石ナレハ、ぬるゝ心トいへり。さも有へし。
 
2480道の邊のいちしの花  いちこの花なり。
 
2488いその上にたちまふ瀧  岩の上なり。
                     
2495たらちねの母のかふ子の眉こもり  □《(蠶カ)》は養ふ子トいふにより、母の乳のませて、そたつる子トいふ心なり。
 
2496肥人のひたひかみゆふそめゆふの  肥人を、こゑ人とよめれ共、其義なし。うま人トよむへし。鳥モ魚も、獣の肉も、肥タルハうまき也。うま人トよむへきなり。うま人は、上に注スル、高貴富有ノ人なり。髪ゆふもとゆひヲも、染紙を用る心に云る也。
 
2497早人の名におふ夜こゑ  早人はものゝふ也。夜の陣に名乘する聲トいふ心也。
 
2498つるきたちもろは  つるきたちは、只太刀ノ名ナレ共、こゝによめるは、兩匁の劔なり。
 
2500朝つく日むかふつげぐし  朝月日トかきたれ共、月ト日ト、ふたつノことゝいふはあしゝ。此こと、(166)上にしるし畢ぬ。むかふトつゝくるは、日にはむかふトいふ也。日向トかきて、日なたトよむ。日にアタルものは、皆其日にむかふ故なり。さてむかふつけくしトハ、髪に櫛をさすは、むかふ髪にさすゆへ、かくつゝけたり。
 
2501まそかゝみ床のへさらす夢には見えよ  ますかゝみ床トハつゞかず。末に夢には見えよといふ、見ノ字にかけて心得へし。
 
2506ことたまの八十のちまたにゆふけ問  ことたまは、目に見えぬ神靈なり。うらを問きく時は、神ノ靈《ミタマ》の、人に託して、其吉凶を告しらしめ給ふ。八十のちまたトハ、道のちまたノおほき也。
 
2511とよ泊瀬路  トよは、神ノ御事に申詞也。はつせ路には、みわの神のまします故也。
 
2517いましも我も  いましは汝也。
 
2520かりこものひと重をしきて  こもは筵也。菅にても、藺にても、菰草にても、むしろにうたんトテハ、刈ほしてうつ故に、かりこもトいふ也。
 
2525わか心との  利《ト》心トいふ詞ヲ、上下に云かへたる也。
 
2530あら玉のすこか竹垣  アラ玉ノすとつゝくことは也。すはすたれ也。玉をかさりてさけたるを、玉たれトも玉すたれ共いふ故に、かくはつゝけたり。す戸我竹垣、これをす戸《ド》か竹垣共よめり。すどゝいへは、竹を簀に網て、戸にしたる也。すこトいへは、賤しき者の家に、竹垣したる也。是二説(167)ナリ。
 
2538綾むしろ  むしろに紋織つけたる也。
 
2539いなをかも  いやかおふかトいふ詞也。
 
2541たちとまり往箕の  立トヽマリテハ、又ゆくトいふ心につゝけたり。
 
2542わか草の新手枕  わか草は、わかき女によせたり。新手枕は、はしめて手枕かはすこと也。
 
2555旦戸遣を早くなあけそ  夜明ヲ、遣戸をあくる音のくるしけれは、早く明るなトいふ也。
 
2558めくらや  あくらトいふ詞也。愛ノ字、正字ナリ。
 
2562里人のことよせ妻  里人トハ、おほくノ人ノ心にいへり。人ノアマタ心かけて詞ヲよする女ナリ。
 
2565花くはし葦垣こし  あしの花をほめたる也。
 
2571友のそめき  友ノさはぎなり。
 
2574戀のやつこ  ふたやうにいへり。戀に身ノつかはるゝトテ、我かことをもいへり。亦いつくに行共《ユケドモ》、戀ハ身ヲはなれすして、我にしたかひくる心にて、戀ヲ奴トいふ也。後の説そ、此歌には相かなへる。
 
2576ことぞさたおほき  さたは比トいふ心也。此比、人ノものいひノおほきとなり。
 
2581ことにいへはみゝにたやすし  ふかき思ヲも、詞にいへは、きく人ノ耳にはたやすきやうに入ル也。(168)詞にいひつくサレヌ思ヲいはんトテ也。
 
2587大原のふりにし郷《サト》  名所にハアラス。大原ハ大野らナリ。ふりタル里は、野トなる心也。
 
2609袖はまよひぬ  袖のやれたる心也。 かたのまよひトいふ心なり。
 
2610わか黒髪を引ぬらし  引まとはし也。
 
2616眞木の板戸を音速み  戸アクル音ノたかき心也。
 
2617山櫻戸  櫻ノ木ヲ板にして作れる戸也。猶異説アリ。よろしからす。
 
2623くれなゐの八しほの衣  八たひそめたる衣トいふナリ。八は度々のこと也。
 
2626古衣うち捨人  古き衣は、うちてもきす、捨をく也。人に古されて、捨らるゝ身によせたり。
 
2628いにしへのさ織の帶  せはく織たる帶也。いにしへトをくは、古き帶ト云んトテ也。
 
2639かつらきの其津彦《ツツヒコ》眞弓  考日本紀に、神功皇后五年、葛城襲津彦トいふ人、將軍として、新羅に詣ト見えたり。同六十二年にも、同し人新羅ヲ撃ト云々。其人ノもてる弓ノことなるへし。
 
2649山田守翁のをく蚊火  山田守は、秋ナレトモ、蚊ものこるへけれは、蚊遣火をゝくことも有へし。たゝし大かたは、鹿追のくるためノ火なるへし。
 
2651すゝたれと  煤の垂ルヽ也。
 
2653馬の音のとゝ共すれは  馬ノ音は、馬の足音也。とゝは動《トヽロ》の心なり。
 
(169)2656かるのやしろのいはひ槻  輕の社には、槻の木ノおほく有けるなるへし。神木ナレハ齋槻トハいへり。
 
2657神なひにひもろ木たてゝ  一説、史紀を引て、神にそなふる食物を、ひもろきトいふと云々。日本紀に、天津神籬トいへり。神のみつかき也。ヒモロキたてゝトよむ上ハ、神籬のことを用へし。
 
2661たまちはふ神  神は、其靈の死スルことましまさねは、たまちはふト云也。ちはふは、いはふ心、上に注せり。よつて、人も命長からんトテハ、神ヲいのる也。
 
2664ゆふつく夜あかつきやみ  六日七日比の月ヲ、夕月夜トハいふ。其月は早く入ル故に、曉やみトナル也。
 
2679あし引のあらしふく夜  山トなくても、山ノことに用ゆ。うは玉トはかりいひて、夜のことゝするかことし。
 
2683をちかたのはにふの小屋  はにふトハ、赤土黄土也。土にてかべぬりたる小家也。宮殿ナトハ、白土ヲ用れは、淺ましき屋は、皆はにふ也。遠かたトをけるは、壁ぬらんために、外より土とりきたりて用れは、彼方トハいふ歟。
 
2687櫻あさのおふの下草  櫻ノ色したる麻有。それをいふトもいへり。亦櫻さく比、麻ノたねまく故に、櫻麻トいふ共いへり。猶異儀有トいへ共、此二説にはをとれり。麻は、たけたかく生るものナレハ、(170)其下にかくれたる草ヲ、おふの下草トいふ也。
 
2689こまかへり  老てふたゝひわかく成心也。
 
2694山鳥の尾の一岑《ヒトヲ》越ひとめみし子  山鳥ノ尾の一尾トつゝけたる也。さて山鳥は、山の尾をへたてゝ妻を見る心によせたり。
 
2696しはせ山せめてとふ共  しはせ山ノ、せノ字を取ヲ、せめてトハつゝけたり。
 
2699あた人のやなうちわたす  上に注し畢ぬ。鵜飼スルものゝ名也。よつて梁ヲもうつ也。
 
2710いさとをきこせ  いさは不知也。きこせハきかせよトいふ也。
 
2717井堤こす浪のせてふにも  瀬トいふにも也。
 
2722わきもこか笠のかりてのわさみのに  わさみ野トハ、みのゝ國に有野也。かさのかり手は、笠に緒つくる所に、輪をして付るなり。そこをかりてトいふ。よつてかりてのわトつゝくる詞なり。
 
2724あき風の千江ノうらわ ちえは千枝也。風はつねにふけ共、とり分、秋風は、木ことにアタリヲふくものナレハ、秋風ノ千枝トハつゝけたり。近江名所也。
 
2725白細砂三津のはにふ  白きいさこの、滿タリトいふ心也ト云々。亦云、白細砂トいふヲ、白キ眼に取なして、見つトハつゝくる也。人をにらむ眼を白眼トいふ也。
 
2732さたの浦の此さた過て  此さた過てトいはん爲に、此浦ノ名ヲ取出たり。此さたは、此比也。
 
(171)2736風をいたみいた振浪  いたく振浪也。上に夕羽ふる浪トよめる詞有。そこに注し畢ぬ。但こゝにては、只浪の震動スルをいふ歟。
 
2747味かまの鹽津をさしてこく舟ノ名はいひてしを  舟には、とも綱、へつな、亦帆なは、ほづゝしめなは、いかり繩なとゝて、繩ノおほく有也。こく舟のなはトハ、繩によせていふなり。
 
2750馬しものあへ立花  あへ橘トいふは一つ有。爾雅云、橙它耕反、和名安倍太知波奈、似柚小者也ト云々。馬しものと云かけたるは、馬は、つねに立て居るもの也。あへトハ、堪タリト云詞也。たへて立トいふ心に、かくは云かけたり。
 
2751あちの住すさの入江  此あちは、魚ノ名に鯵トいふもの也と云々。八雲御抄にも、此分也。今案るに、あちハ味むらトいへる鳥の、海河ノ洲によくアツマリ居ものなれは、味むらノ住洲ト云かけたりトソきこえたる。
 
2752わきも子をきゝつが野へのなひきねふ  妹かことを、きゝつぐトいひ、なひきねふはなひきてねるといふ心にいひかけたり。
 
2756月草のかりなる命  月草は、露草ナレハ、かりなる命トいへり。
 
2759ほたて古幹《フルカラ》つみはやし  古からは、ふるきから摘テ、亦はやすトいふ心なり。
 
2762あしかきノ中のにこくさ にこ草は、わかくやわらかナル草也。それト定ル草にアラス。にこよか(172)トつゝくるは、女ノえめるかほのよき也。
 
2763くれなゐの淺はの野ら  紅は、色こきも淺きもあれは、淺はトつゝけたり。
 
2766入江のこもを刈にこそ  刈ヲかりそめノ心に云ル也。
 
2770道の邊のいつ柴原  柴といふ字はかきたれトモ、芝原ナリ。上に注し侍ぬ。
 
2777たゝみごもへだてあむかずかよひせは  薦を、網には、こもづちトいふものに緒ヲ卷て、ふたつノつちを取ちがへ/\アム也。行《ユケ》ハかへり/\することの、隙なきたとへにいへる也。隔あむトハ一符つゝアム心也。
 
人の遠名を立へきものか  遠名トかきたれ共、十名トいふ心也。おほく名の立かすをいへる也。
 
2792玉の緒のしま心  玉ノ緒をしむるといひかけたる也。しま心トハ、心にしめて有思也。
 
2793玉の緒のあひだもをかす  玉をつらぬくは、間もなき心なり。
 
2794こもりへの澤たつみなる石根  上に、さは泉なる石根トよめる所に注し畢ヌ。たつみトいふも、水のたまれる也。庭たつみトいふかことし。
 
2798あはひノ貝のかた思にして  鰒貝は、片方はかり有レハ、かた思によせたり。
 
2801あらいその渚《ス》鳥朝な/\  洲に居る鳥の、アサルトいふ心に、朝な/\トハ云かけたり。
 
2805なきけるたつのとゝろにも  つるのアマタ集りて、なきとよむる聲ノ心なり。
 
(173)2808眉根かき鼻ひ紐とけ まゆねかきは、上に注す。はなひ紐とく、皆思ふ人にあはん相也。
 
2813袖かへす夜の夢ならし  夢に思ふ人をみんとては、夜ノ衣ヲかへすトいひならへり。此集には、袖おりかへすナトよめり。袖おり入てぬる心也。
 
2818かきつはたさくぬの菅  かきつはたのさく沼に有菅なり。
 
2822たくひれの白濱浪  たくは、白きトいふ詞也。此たくひれノことは、第九卷に注し畢ぬ。
 
2832山河に筌《ウヱ》をふせをきてもりあへす  筌ハ、魚トルもの也。山川に石をたゝみよせて、水の早く落る所に、丸く簀を網て、簀ノ尻をひとつにくゝりて、魚ノいてぬやうにして、其水落にアテヽをく也。さて人にもとられし、鳥けたものにもとられしトテ、其側に人は居て守る也。よつて、もりアヘズトよめり。盛トいふ字かきたれ共、守ル心也。
 
2833まけみぞかたに  池水をはなたん爲に、まふけタル溝なり。
 
2834日のもとの室原のけもゝ  わか國ノ名を大日本《ヲホヤマト》トいふ。しかれは日のもとゝよむもやまと也。大和の國に、ムロトいふ所有。孝安天皇宮居有し所也。 しかれは、やまとの室トいふ所ノけもゝトいふ心也。
 
2837みよしのゝ水ぐまか菅  水のくまは、水のいりまかりタル所也。河くまトいふ心也。其水のくまに有菅也。
 
(174)2839大あらきの浮田の杜  大あらきの森、浮田のもり、同しく山城の名所なり。同し杜ノ名ヲ、大アラキ共、浮田のもり共いふト云々。案るに大あらきは、うき田といはん爲歟。あらきノ小田トハ、あらし置たる田なり。上に注し畢ぬ。さて田にハ、浮士トテ、土のうきて有ものナレハ、アラき田の浮トつゝくる詞にやと心得られぬ。
 
2840わかせこか御名のこゝたく瀧もとゝろに  せこか名のたつことの、人にいひサハカルヽハ、瀧の水のとゝろくことく也トいふ也。古今集に、名のたつは、よしのゝ川ノたきつせノことくよめるに同し心也。
 
      第十二卷
 
しら玉は目にや遠けん  しら玉トハ、人のかたちのうつくしくてりかゝやくを、玉によせていふ。上にも、しら玉の人ノ其名トよめる所に、釋し畢ぬ。わがうつくしト思ふ妹に、久し|て《(くカ)》アハズトいふ心を、しら玉は目にや遠けんトよまれたり。
 
2855新《ニヰ》はりの今作る道さやかにも  新《アタラ》しく開《ヒラ》くを、新治《ニヰハリ》トいふ。今のはり道トよめるも是也。あらたに作る道なれは、清《サヤ》かにもつゝけたり。
 
2859あすか川高河とをし越てくる  アスカ川の水の、たかく出たる時を、高川トハよめる也。此川を隔(175)テ遠き所より越て來れる使トいふ心也。
 
2861いその上に生る小松の名をゝしみ  いその上は、岩ノ上也。松は石上に生て立《タテ》るものなれは、立名ノおしきといへる心也。一本ノうたに、いはの上に立る小松の名をおしみト云々。
 
2863淺は野に立みわ小菅  神古菅トかきて、みわこすけトよめり。神ヲハ、みわトよむ也。さてみわこ菅トハ、菅ハ神ノめて給ふ草也。※[禾+(ノ/友)]ノ具にも用。亦山菅占トテ、菅ノはにてうらなひするも、神のより給ふ草ゆへ也。杉を神杉なといふことくに、神《ミワ》小菅トハよめる也。
 
2865玉つるき卷ぬる妹  玉つるきは、ほめたる也。ものゝふは、太刀をはなたず、夜ルも枕にしてねる也。よつて妹か手をも卷てぬるによせたり。玉つるきノ玉は、妹か手を玉手さしかへナトよめれは、そこを思てよめるにやトきこえたり。【私云、第七卷ニ太刀ノ尻玉マク田井トヨメルハ、太刀ノ鞘ノ尻ヲ金銀にて張ヲ云なれは、玉つるき卷トハ其こゝろか」。(以上四十九字朱書)】
 
2870しこりこめやも  しこりハしきりなり。
 
2875天地にすこしいたらぬますらおと思へる我  兵の心つかひの、高く大きなるは、天地にも大かたは至るへきと思ふにより、すこしいたらぬトいへる也。
 
2877うたゝ  うたてトいふ同し詞、アマリニトいふ心也。
 
2879み空行名のおしけく  空に名のたつトいふに同し心也。名の空迄立行ト也。
 
2885枕もそよになけきつるかも  そよは、そよぐトいふ心也。なく聲にて、枕もそよぐトいふ心也。
 
(176)2889いでいかに  いては我心をおこしていふ詞也。
 
2896うたかたもいひつゝも有か  うたかたは、ふたつの心あり。水にうく沫のつぽのごとく有ヲ、うたかたといふ。亦|寧《ムシロ》なといふ心によめる所も有。此うたも、ふたつのことにいひかけてよめりトきこゆ。
 
2903うすきまゆね  眉ノ毛のうすきか。遊仙窟に、眼皮※[目+潤の旁]トいふ時ハ、目皮《マカハ》ノうすきことなるへし。
 
2916玉かつま相んといふ  此玉かつまは、或説に、妻をほめていふトいへり。或説には、櫛をいふト有リ。亦櫛笥をいふなとゝいへり。此うた壹首によらは、妻共云へし。亦、くしげ共いふへし。相んトよめるは、妻ノ縁にも、亦箱の縁にも成る故なり。此卷に、玉勝間安倍嶋山ノ夕露にトモ讀、亦、玉かつま嶋くま山の夕くれに共よめり。此二首は嶋トつゝけ、亦夕トつゝけたり。案るに、玉かつまは、若玉の緒ヲいふ歟。上に、玉の緒ノ嶋心トいへり。これは玉を緒にてしむるといふ心也。後二首ノうたに共に嶋トいふ字ヲよみたるは、其心なるへし。亦夕トつゝけたるは、緒ヲ結心によせたりトきこゆ。こゝのうたに、玉かつま相んトいふはトよめる、玉の緒ヲハ合するものなれは、かくつゝくへし。かれこれ引よせて心得るに、玉の緒の心なるへしト覺ゆる也。
 
2925みとり子のまもりめのと  緑子ノ守《モリ》ヲスルめのとトいふ心也。
 
2928をのかしゝ  をのれ/\の心なり。
 
(177)2940出る日の入わきしらす  朝ゆふのわかちもなくもの思くるしき心也。
 
2941かたちも我ハ今はなし  戀にやせおとろへて、影のことくに成を云んため也。
 
2951つは市の八十のちまたに立ならし結ひし紐  市には、出る人の方々より來集る道のおほけれは、八十のちまたトいふ也。さて市に出るをは、立トいふ。紐結ふトテも、立ものナレハ、立ならしむすひし紐ト云んとて、市をは取出せり。市ノ場にて、紐むすふことの有にはアラズ。
 
2960うつ蝉のうつし心  只うつトいふ詞トラン爲ナリ。蝉には用なし。かゝるよみやう、尤おほし。
 
2961うつせみのつねのことは  こゝによめる心は、うつせみの、うつの字、むなしきトいふ心にとれり。人のつねにいふ詞の、皆跡かたなき虚言トなれは、かくはつゝけたり。
 
2970あらかちの淺らの衣  褐《カチ》ハ、しかまノかちナトいふ、藍にてそむる布也。あしくそめたる褐は、色の淺きによりて、淺らの衣トいへり。
 
2971大きみの鹽やくあまの藤衣  國々の民は、皆其所々ノ物を、土毛《クニツモノ》に奉る也。海邊に鹽やくことを業トスル海士ハ、鹽ヲ以て大やけに奉ル也。依テ大君の鹽やく海士トハよめり。藤衣は、あらき布ノ賤しきものゝきる衣也。
 
2972赤帛《アカギヌ》のすみうら衣  或説に、面もうらも、赤ききぬ也ト云り。さにはあらす。うら衣トハ、下衣トいふ心也。下戀をうら戀ナトいふに思合すへし。すみは色のふかきこと也。
 
(178)2977紐の緒の心に入て  紐の片方ヲわなにして、さし入て結ふ。古今集に、入紐トよある。これ也。よつて心にいりてトよめり。
 
2981いはふみもろのますかゝみ  鏡は、神の御かたちなれは、神社には是をかけ奉ルなり。
 
2983こまつるぎさがかげゆへに  つるきのあきらかナルには、影ノうつれは、さがかげ故トよめるなり。さがかげハ、景迹トかけり。考ふるに、日本紀に、景迹ヲ心はせトよめり。しかれはさが心ゆへトよむへきなり。上にもつるぎたちさが心からトよめり。心とつゝくることは、既に上にしるし侍りぬ。
 
2990うみをのたゝり  をゝうみてかくる木の名也。
 
2999水をおほみあけにたねまき  日本紀に、高田トかきて、あけ田トよめり。山のたかみに有やうノ田也。くぼ田には、水おほくて、高田にたねまくト云心也。
 
3000たまあヘハ  たま/\あへはトいふこと也。
 
小山田のしゝ田  四々十六歩なといふ説アレトモ、よろしからす。山田には、ゐのしゝ、かのしゝなとの、つきてあらす故に、しゝ田守とよめる也。
 
3006足うらして  よ所へ出行時、足にて、ものヲも踏なとして、うらなふことをいふ也。
 
3009衣ときあらひまつち山  古衣まつち山ト、上にもよめり。亦打トいふ心也。
 
(179)3012とのぐもり  棚ぐもりトいふ心也。トヽタト、五音かよへり。たな引くもるなり。
 
3015神のこときこゆる瀧のしら浪の面しる子ら  神は、なる神也。瀧の音を、いかつちのやうにきく心ナリ。しらなみは、面知トつゝけんためナリ。
 
3018たか瀬なるのとせの川  のとせは、淀瀬トいふ心にいへり。たかき瀬に淀む瀬も有トいふ心也。
あらひきぬとりかへ川  衣洗ふトテハ、取かへテ別の衣ヲきるによりて、かくつゝけたり。
3020いかるかのよるかの池  やまとの國に、いかるかといふ所有。聖徳皇子の住せ給ふ所也。其に有所ノ池也トいへトモ、たしかならす。案るに、いかるがトいふ鳥は、友ノ聲をしたひて、より集るものナリ。よつてよるといふ詞とらんトテ、いかるかトハいへるなるへし。よるかの池は、よろしくトつゝけんため也。
 
3025石はしるたるみの水のはしきやし  走ルトいふ詞をうけて、はしきやしトいはんため也。たるみの水、亦はしきやしノ詞、上に注しぬ。
 
3033わか山にもゆるけふりノよ所に見ましを  我家所の山ヲ、わが山トハよめり。わが岡、わが嶋ナトいふ、同し心也。もゆるけふりトハ、春は、山やくことの有をいへるなるへし。けふりノ立は、よ所よりしてみゆる故に、かくつゝけたり。わがもの思ヒにもゆる心によそへたる也。
 
3034むねをやき朝戸あくれはみゆる霧かも  夜もすから思にこかれて、さて朝戸押あけて、つくいきの(180)白くみゆれは、かくよめり。上によく/\注し侍り。
 
3046さゝ浪ノ波こすあさにふる小雨  あさは、水の淺ミヲいふ心也。或説に、田ノアセ越ス心也ト云々。
 
3050わか思ふ人はいや遠長に  行末長くト思ふよし也。
 
3057こゝろくみ  心くるしみ也。(以上六字朱にて消せり)「くみはあやしむ心也。」(以上九字朱書)
 
3058月草ノうつし心  うつり心也。
 
3061あかつきの目さまし草ト是をたにみつゝいまして  此うたは、人に忘れかたみをくりて、よめるとそ聞ゆる。目さまし草は、何にても目に見てなくさむもの也。曉トをけるは、目さます時節ナレハ、目さましくさいはんため也。
 
3068水くきの岡のくすはを吹かへし面しる子らか  
葛は葉のうら白き也。面しるは、白といふ詞に同しよみなれはかくつゝけんため也。葛はヲ風のふきかへすによりてうらかへりて白くみゆる也《「葛を風のフキカヘセハうらかへりて葉の面の見えヌニヨリテ、おもしる子らか見えぬとつゝけたり。」(以上四十三字朱傍書)》。【以上六十一字朱にて消せり)】
 
3069あかこまのい行はゝかるまくす原  葛は、地をはひて、まとはるゝものナレハ、駒も行ことを憚ルノ心也。駒のつまつく青つゝらナトよめる、同し心也。此赤こまのうたは、日本紀天智天皇ノ紀に見えたり。
 
(181)3070ゆふたゝみ田上山  木綿をたゝむも、手にてスルことなれはゆふたゝむ手トつゝくる心也。
 
3073ゆふつゝみ  白月山トつゝくは、木綿つゝみも、ゆふたたみ也。つトたト、五音かよへり。一本には、ゆふたゝみト有。ゆふは白キものナレハ、白月山トつゝけたり。
 
3075藤浪のたゝ一目のみ見し人  或先賢ノつたへに云、藤浪トいへトモ、淵ノこと也。ふかき淵ノ浪は、おそろしくて、一目のそみ見ては、亦えみぬ心ナリト云り。藤ヲハ、惣して淵によすれはさそ有へき。
 
3078浪のむたなひく玉もの片思に  浪にしたかひてなひく藻は、片方になひく故に、片思によせたり。
 
3086桑子  蠶也。桑ノはヲ飼テそ立ル故也。
 
3087眞菅よしそかの川原  そかの川原は、すかの川原也。よつて、眞菅よし、すがトかさね詞につゝけたる也。日本紀に、すさのおの尊、出雲國に至りて、我か心|清《スカ》々しトの給ひけるより、其所をすがの地ト名づく。そこに有河なり。
 
3088戀衣きならの山  衣きならすト云かけたり。
 
3089遠つ人かり道の池  此かり路の池は、或説に、加賀の國に有ト云。亦一説に、石見國トいふ。兩國共に、遠き國ナレハ、遠つ人ノ狩路トいふ心なるへし。長皇子ノ、かりちノ池に御狩有ノ時、柿本人丸よめる歌、第三卷にも見えたり。
 
(182)3092白まゆみひたの細江  弓引トいふ心にいひかけたり。引ノ字、ひトはかりもよむ也。引板トかきて、ひたトよむたくひ也。
 
3093さゝの上に來ゐてなく鳥目を安み  十卷うたに、さゝのめに尾羽うちふれて鶯なくもトよめる所ニ、注したることく、目を安みは、さゝノ目によせたり。目やすきトいふ心也。
 
3096ませこしに麥はむ駒  ませこしは垣こし也。麥はむは、青麥はむなり。
 
のらるれト  馬を乘トいふによせたり。のらるゝトハ、人にしからるゝなり。
 
3098あし毛馬の面高ふたに  馬は、つねにかしらをたかくさし上て有ものナレハ、面高き駄トいふ也。高安王によせたり。
 
3101紫ははひさすものそ  紫には、灰を合せてものヲそむるなり。末の句に、アヘル子やたれトいはん爲なり。
 
3118ぬす人のほれる穴より  ぬす人は、人ノ屋の壁ナト、うがちて入をいふ也。
 
3120あら玉のまた夜も落す  かくつゝけたるは、あら玉の眞玉ト云かけたる重詞の趣ナリ。または、まつたくの心なり。
 
3127わたらゑの大川のへのわかくぬ木われ久にあらは  此うたは、わたらゑの川邊に有くぬ木の、年久しく立るにたとへて、我旅に出て、久しくあらは、妹戀んトよめる也。
 
3130きくの濱松心にも  松を待によせて、つねにわれは心のうちに待といふよし也。
 
3138朝かけに待らんいも  影のことくに成て、我を待やせん妹トいふ心也。上に注し畢ぬ。
 
3144さにつらふ紐  赤紐ノ心ナリ。さにつらふノこと、上ニくはしく注之。
 
3162みをつくし心つくして  水のふかみに立る木ヲ、みをつくしトいふ。舟のしるへにする木也。この歌は、只戀に身ヲも心ヲもつくすトよめる也。
 
3165ほとゝきすとばたの浦  ほとゝきすノ飛トいひかけたるなり。
 
3168衣ての眞若の浦  衣手ハ袖ナリ。眞袖トいふ心によりて、衣手の眞トハつゝけたり。しら菅ノ眞野なとゝつゝくるかことし。
 
3172うらわこくよし野舟附めつらしく  或説に、よし野舟つきトハ、水の江のよしのゝ浦トいふ所の舟《フナ》つきといへり。或先賢ノ云、吉野河の舟を、浦にこきいてたる心なれは、めつらしくトハよめる也ト云々。よしのゝ川は、末紀州にいてゝ海に入る也。川つたひに、紀ノくにの浦にこき出して、海ノめつらしき所には舟をつけて見る心なるへし。【「よし野の山ニ切タル木にて作レル舟ヲいふか。足から小舟トよめるは、足から山ノ木ニて造レル舟ナレハいふ、其心歟。」(以上五十字朱傍書)】
 
3173松浦舟みたれほり江  攝津國ノ堀江に、松浦舟ノおほく入來りたるなり。人丸うたにも、小夜ふけてほり江こくなる松浦舟トよめり。日本紀に、仁徳天皇十一年、冬十月、堀(テ)2宮北之郊原(ヲ)1、引(テ)2南水(ヲ)1(184)以入(ル)2西(ノ方)海1、因(テ)以(テ)號(テ)2其水(ヲ)1曰(フト)2堀江(ト)1云々。
 
3174海部《アマ》ノかぢ音ゆくらかに ゆるやかの心也。舟いそかぬ心也。
 
いもか心に乘にけるかも  わか心に妹か乘トいふなり。心にのるは、心にかゝるトいふやうノ心なり。
 
3180うらもなくいにし君故 うらもなかりし君か、いにしゆへにトいふ詞ヲ、かくつゝけたる也。うらなきは、底にうたかふへき心ものこらす、みゆる君也。心に表裏なき也。
 
3184あまたくやしも  悔しきことのおほき也。
 
3186くもる夜のたときもしらす山こえて  夜ノ空の、くもれるにはアラズ。こもり夜トいふ心也。たとへは、夜をこめてトいふかことし。たときは、たつきもしらす也。夜道に山越れは、たよりなき心也。
 
3187たゝなつく青垣山  たゝなつくは、疊付《タヽマリツク》トいふ詞ナリ。青垣山は、青山ノ、垣のことく、立めくり重なれる也。上にも注ストいへトモ、所々に見知らせんためなり。日本紀、景行天皇御うたに、やまとハ國のまほらは、たゝなつく青垣山、こもれるやまとのと云々。ふるき詞也。青山ノ重れるには、いつくにもよむへけれ共、大かたは、大和國によみならへり。たゝなはる青垣山トよめるも、同し詞也。
 
(185)3192草陰のあら藺《ヰ》か崎の笠嶋  藺《ヰ》は、むしろにうつ草也。枝葉といふこともなく、ひとすち/\生たるものなれは、陰ノあらきといふ心にて、かくはつゝけたり。むさしノ國の名所トいへり。可尋之。
 
3195岩木山たゞ越來ませ  直《スグ》に越てましませトいふ也。山路難義也トテ、遠く廻りなせそト云心也。
 
3197あはち嶋あはれと君を  あはちの淡ヲトリテ、あはれトいはんため也。かやうの詞つゝきは、いくらも有之。悉くに不可注。皆准て可知也。
 
3198あすよりはいなむの河  あすはいなんトいふ心にいへり。印南《イナミ》河なり。
 
3206つくし路  九州に至ラネ共、西ノくにへ趣く海路は、山陽道ヲも、つくし路トいふ也。
 
3210君にをくれてうつしけめやも  君にをくれては、うつゝノ心もえ有ましきトいふ心也。
 
3212八十梶かけこき出ん舟  かぢハ櫓なり。櫓ヲいくらも立る心に、八十トハいへり。
 
3211玉の緒のうつし心  緒ヲくむをは、うつとも云也。よつてうつし心トつゝけたる也。
 
3217ぬさまつり  幣たてまつりなり。またすといふも、奉の字なり。
 
     第十三卷
 
3222三諸者人のもり山  人のもり山とは人のもりする山といふ心也。此歌、終りノ句に、なく子もる山とよめり。二たひ其ことはりをいふ、古歌のならひ也。ななく子もるとは、いときなき子の泣ヲ、乳(186)母がよくなくさめて、もる時は、泣をとゝむる也。其ことくに、此山のなくさみおほきをはめたる也。
 
うらくはし山そ  此山の見所多きをほめて、くはしきとはいふ也。うらは、うらさひし、うらかなしなとよめるたくひなり。
 
3223かみときのひかるみ空  かみときは、いなひかりなり。或は、神とけ共よめり。きとけと五音相通へり。
 
神なひの清き三田屋の垣つ田  みわの大神の御田なれは、清きとも云なるへし。御田屋トハ、神田を守る屋也。神の御田なとは、秘して垣ゆひ廻すゆへに、垣つ田トいふ也。垣つノつハ助詞也。
 
もゝたらぬ三十の槻枝  百にたらぬトハ、三十に不限、五十八十をもよめり。十つゝかそへ上けて、百に及フ故に、百つたふ三十、八十ともよめり。くはしく上に注し侍ぬ。さて、三十の槻枝トハ槻ノ木ノ枝ノたかく延タルをいはんトテ、長ケ三十丈にも及ふトいふ心也。
 
秋のもみちは眞さきもち  枝を折取ヲも、さくといふ也。或物にかきて侍しは、もみちの枝おし折て、手にさけもちたる也トいへり。此義よろしからす。わたくしなる釋なり。眞さきノ眞ハ、只助詞也。
 
小すゝもゆらにたはやめに  女には、手玉トテ、玉を手にまつはしむるに、小鈴をも加ふる也。ち(187)からなき女は、手をあつかふこともしつかなれは、鈴の音もゆら/\となる也。手玉もゆらトよめる、同し心也。手はやめ、たよはきといふ詞也。
 
峯もとをゝにうち手折  爰にとをゝトよめるは、枝もとをゝなとの詞にアラズ。十ノ尾上に、もみちを折トいふ心也。峯々ノおはきをいふ心也。
 
3226さゝれ浪うきてなかるゝ泊瀬川よるへきいそのなきか  此反歌の心は、長歌ノ詞に、泊瀬川に浦なきか、舟のよりこぬと有ヲうけて、よるへきいその無かさひしさトハ、舟のよりこぬをいふ也。
 
みもろの神の帶にせるあすかの川のみを早みいきためかたき石枕  みわの御神は、其山を神體トス。仍て、神の帶にスルトよめること、みむろの山の帶にセルトいふに同しことはり也。いきためかたきは、息休めかたきトいふ心也。水の早きをいふ心也。石枕トは、石のそはたちたてるか、枕に似たれはいふ也。つねに、いは枕といふは、石を枕にして、旅ねナトスルヲいへと、こゝにては、只石のかたちを枕といふ也。よく思わくへし。いきためかたきいはトハ、堅キ石ト云かけたる詞のつゝき也。
 
あたら世のよし行かよはん  集には、新夜トかきたれとも、世の心也。世の、いつ迄も古り行ことなく、新しくて、我も命なかくかよはんトいふ心也。
 
3229いくしたて  串に幣をさしはさみて立る、五十串トかけり。あなかち幣串ノ五十といふにアラす。(188)只おほかるかすなり。
 
神ぬしのうすの玉かけ  神ぬしは神事をつかさトル人の名也。うすは、冠ノかさりに作れる花也。日本記に、髻華トかきて、うすとよめり。まことは、鈿ノ字なり。或ハ金銀、或ハ赤かねにても作る。其位の高下によることなり。かねを以てつくるものヲハ、おしなへて玉とよむなり。弓弭、太刀ノ尻にも、玉まくとよめる、皆かねにて張るヲいふ也。
 
3230みてくらをならより出て  みてくらのやはらかにして、なら/\とたゝまるゝ心にて、かくつゝけたり。
 
水たでノほつみにいたり  蓼は、水邊によく生る故こ、水たてトいふ。たてのほを摘ト云心につゝけたり。
 
鳥網はる坂手《サカト》を過て  鳥の坂トヒ越る所に、網ヲ張てとる故に、坂といはんトテ、鳥網張トハいへり。上に、坂とりの朝越ましてトいへる歌有。其心ナリ。
 
石はしる神なひ山  神は石をも蹴やふりテ、道行給ふことの早けれは、かくはつゝけたり。
 
3231とつ宮所  とこつ宮所トいふ心也。常にしてさかふる皇居の心也。
 
3232丹生の檜山  此山に檜原生たれは、檜山トよめり。和州ノ名所也。
 
3234朝日なすまくはしもゆふ日なすうらくはしも  朝日の光に映して、ものゝくはしくみゆるにより(189)て、まくはしもといへり。ゆふ日も同しことはりなれとも、すこし詞をかへて、うらくはしもとはよめる也。
 
春山のしなひさかへて  春は、よろつノ草木、若葉するかゆへに、しなひさかふるとはよめり。木のわかは、草のわかたち、皆やはらかにしてしなふ也。
 
3235をのつから成れる錦  花もみちのにしきは、人の織出すものに不有して、自然ト成れるもの也。
 
3236ちはやふるうちのわたり  菟《ウサギ》ノ、道はしることの早けれハ、道早振菟路トいふ也。上に注之。
 
3237ものゝふの氏川わたり  八十氏川トいふ心にて、只氏川ともいへる也。亦云、ものゝふの道行こと早きを、菟によせて、ものゝふの蒐路トいふともきこえたり。千はや人うちとよめるに同し。
 
奥つ浪きよる濱へをくれ/\ト  くれ/\は、來り來るトいふ也。
 
いもか目をほり  妹にまみゆることを欲する也。
 
3238相坂をうち出てみれはあふみの海  或先賢ノ云、近江にうち出の濱トいふは、此うたより云ならへり。
 
3239有たてる花橘  立て有ルトいふ心也。
 
ほつえにもち引かけ  もちは鳥とるもち也。
 
いそはひおるよいかるかとしめと  いハ發語ノ詞也。そばへ居るといふ心也。或云、いそふはあら(190)そふ也。あらそひおるといふ心也ト云々。いかるか、しめは、ふたつの鳥なり。其かたちよく似て、つれたちありくなり。
 
3240つるきたち鞘をぬきいてゝいかこ山いかゝわれせん  或抄物に、さやをぬき出れは、いかめしきと云心なりと云々。其釋よろしからす。是は、たちをぬきて、いかくトいふ心也。いは、例ノ發語也。かくト云は、たちにてうつこと也。日本紀に、八廻弄槍八廻撃刀《ヤタヒホコユチシヤタヒタチカキス》ト云々。さていかこ山、いかゝとは重ね詞につゝけたる也。
 
3242もゝくきね三野の國  もゝくきのみのトいふ詞也。ねとのト五音通スレハ、もゝくきねとモいへり。これは、箕を作るに、さゝめといふ草を刈て、其莖を用ル故に、もゝはおほき心也。おほくノ草のくきにて、したる簑トいふ心也。此卷に、もゝさゝのみのゝおほきみトいふうた有。可思合。亦云、もゝさゝのみのトハ、篠に實《ミ》のなる故に、或はさゝのはの、み山トもつゝく、其心也とも云り。
高北のくゝりノ宮  日本記、景行天皇御幸有しこと有。泳《クヽリノ》宮トかけり。
 
みのゝ山なひけと人はふめ共かくよれと人はつけ共  足を以て山ヲふミ、手を以てつく心なり。
 
3243濱菜摘  磯菜といふに同し。みるめ、わかめ、あらめなとのたぐひ、皆濱菜なり。
 
玉もゆらゝ  ゆら/\なり。
 
(191)3245天橋も長くもかも 天の浮標のことなり。伊弉諾、いさなみノ二神、御立せし所也。
 
月よみの持こせる水  月は水の精なるかゆへに、月の持《モテ》る水といふ心也。
 
3248藤浪の思まとはし  藤のかづらノ、ものにまとはるゝ心也。遍昭ノ歌に、藤花はひまつはれよといへり。
 
わか草の思つきにし  わか草の、めつらかにうるはしくて、思つかるゝ君トいふ心也。
 
3250行影の月もへ行は  月影ノ行こと也。それを月次ノ過るに云かけたり。
 
かけろふノ日もかさなりて  日と火は、其精ひとつ也。よつてかけろふノ日トつゝく。玉限《カケロフ》、是を玉きはるとよめるは誤り也。
 
3252久かたの都  帝王の御代久しくて、かはらぬ都なりトいふ心也。久しく堅キなり。
 
3253つゝかなく  事なきをいふ也。ふるくより云傳ふる説に、いにしへわか國にも、から國にも、人の家居なかりし時は、土ノ中に穴ほりて入おれり。しかるに恙トいふ毒虫有て、人をさしころしけり。穴ヲよくかまへて、かの虫の難にあはさるを、つゝかなしトいふ心也。
 
あら磯浪有てもみんと  あらいそノあらノ字とりて、有てもみんとつゝけたり。
 
3255夏そ引命をつみて  或説に、夏そ引、トレルからをは、みことゝいふトかけり。心得かたし。こゝノ詞は、夏そを苧にうみためタルヲ、貯《ツミ》トハいふ也。つむトいはんトテ、夏そトハいへり。此集歌、(192)わきも子がつみし麻みつゝともよめり。
 
かりこもの心もしのに  しのはしけき也。刈たる薦《コモ》のみたるゝによせて、心もしげく思みたるゝト也。
 
3257石はしとなづみそわが來る  石はしは、石ノ上ヲはしること也。石ふむ道の難儀ナレハ、なつむトよめり。
 
3258天地に思たらはし  天地はかきりなく廣きものナレ共、其天地にも足《タル》ほどの思なりトいへる也。古今集歌に、わか戀はむなしき空に滿ぬらしナトよめる、同し心なり。
 
母かかふ子ノ眉こもりいきつきわたり  せはき所にこもりおれは、息ぐるしき心也。上にも此事注し畢ぬ。蠶ノ息つきくるしむにはあらす。こもなといふ詞によりて、かくつゝけたり。
 
しらゆふノわか衣手  白たへノ袖トいはんかことし。
 
3260あゆちの水  年魚道トかけるは、あゆの上る川水を云こゝろなり。あゆは、清き水に住もの也。よつて、人も其水ヲ隙なく飲トハよめり。
 
3263いくゐをうち  いは發語ノ詞、只くひうちたる也。ゐ關ノくゐナレハ、ゐくひトいふことも有。
 
眞くひをうち  眞ハ助詞也。
 
眞玉なすわかおもふ妹もかゝみなすわか思ふいもゝ  玉もかゝみも、うるはしく見ることあかぬも(193)のなれは、わか思ふ妹を、此二つノものによせたり。
 
3266うまさかをかみなひ山  酒を醴といふ心につゝけたりトモいへり。神なひ山は、みわ山のことなれは、むまさかの神なひともつゝくること、同し心也。上にくはしく注之。
 
3270さしやかん小屋ノしき屋  ちいさき屋は、内に火ヲたく時、やくべく見ゆるによりて、かくいへり。しきやは、しこやトいふ心也。しこは、きたなきトいふ詞ナレハ、小屋ノ内の煤たれてきたなき心也。
 
かゝれおらん鬼のしき手  鬼のしき手は、しこ手也。上に鬼のしこ草といふ心也。是もきたなき手也。鬼ノ手は、おそろしう爪のとかりて、掻ことに、いひならへれは、かゝれおらんトいふ也。賤男か有さまを、鬼にたとへていふうた也。此鬼ノしきてに異説アリ。不可用。
 
ひるはしみらに  終日也。しめらともいへり。
 
此床のひしとなるまてなけきつるかも  或抄物に、ひしトハ、洲ノ事也。海中ナトノ洲ヲ、ひしトいふことは、大隅國風土記に見えたり。しかれは、泪ノ、海のことくなれは、床ハ其洲トなるノ心にいへり。しからす。ひしトなるは、ひし/\ト、床のひしめくこと也。なけく聲にひゝきて、床もひしめくトいふ也。上に、枕もそよになけくトよめり。亦|負《ヲヒ》そ矢《ヤ》ノそよとなるまて、なけきつるかもとよめるも、皆々なく聲のひゝきにて、そよめくノ心なり。比師跡鳴左右《ヒシトナルマテ》ト文字にはかけ(194)り。ひし/\トなるトいふ心、うたかひなし。源氏ゆふかほに、ものゝ足をと、ひし/\トふみならしつゝ、うしろよりくる心ちすといへるも、なにかしノ院にて、板敷のひしめくやうに有し也。
 
3272うちはへて思し小野  しめとは、云いたさねとも、しめはへて思し野トいふ心也。やかて下ノ句に、其さと人ノしめいふときゝてし日よりトよめり。
 
あま雲の行まく/\に  まくノ字は、助詞也。見まく、いはまくなとの心なり。
 
みたれ麻《ヲ》の麻筒《ヲノケ》をなみトわか戀る  麻笥は、女ノ麻うみ入るゝ器なり。其麻ノみたれたるは、我か思ノみたれたるに及はぬトいふ心に、麻笥もなしといふ也。
 
3273つねの帶を三重に結へく  つねは一重結たる帶ナレト、戀にやせて、三重に結へく成たると也。
 
3274石とこの根はへる門  石《イハ》根をも、木の根にたくへて、長く有をは、石の根はふトいへり。石の角《カト》ヲ門にいひなしたるうた也。石とこノ事、上に注しぬ。
 
3276百たらぬ山田の道  百にたらぬ八トいふ心也。百より内のかすをは、いつれをも百たらぬトよむへき也。
 
浪雲のうつくし妻  浪も雲も白たへにうつくしけれは、さてかくつゝけたり。
 
八尺のなけき  長きなけきといはんトテ也。
 
3278たか山の嶺の手折にいめたてゝ  嶺ヲこなたより上りて、あなたへおるゝ道ヲ手折トいふ。い目た(195)てゝは、上に其旨注しぬ。
 
とこしきにわか待君  とこしきは不斷也。ときしくといふ詞に同し。「床敷而トカキタリ。ユカシクテわか待きみといふナルヘシ。」(以上二十五字朱)
 
3279あし垣の末かき分て君こゆと  さいはらノうたに、葦垣まかきかきわけててふこすトうたふは、此歌をもとゝせるなるへし。
 
3280み袖もて  眞軸もてなり。
 
あまのあしや  集に天之足夜トかきたれ共、海士ノ葦屋なり。
 
3286しつぬさ  しつかはた布にて、したる幣なれは、かくいふなり。
 
3289御はかしをつるきノ池  御はかしをノ、をノ字は、のゝ字の心なり。同韻ノ字也。つるきノ池は、大和に有。應神天皇十一年冬十月、此池をつくらしむト云々。
 
母きこせとも  きかせとも也。
 
わか心清隅の地  心きよくすむト云かけたる也。此池も和洲ニ有。
 
3291ひなさかる國  天さかるひなの國といふ心也。上に委ク注したり。
 
3293みよしのゝ御金ノたけに  歳王權現の、金をうつみをかれて、彌勒の出世を待トいふ山也。つねに金ノ御嶽トそ申める。
 
(196)3295うつくつノ三宅ノ原にひた土にあとをつらねテ  うつくつは、うつくしき沓トいふ也。三宅トつゝける詞にはあらす。ひた士に跡をつらねてトいふは、沓の跡の、土につらなる心なれは、かくつゝけたり。三宅の原といふ道を、しけくかよふ時のうた也。
 
かくろきかみにまゆふもてあさゝゆひたれ  まゆふはもとゆひ也。あさゝは、朝/\也。朝ことに髪ゆふこと也。
 
日のもとのつけのをくしをおさへさす刺たへの子  上に、朝つく日むかふつけくしトよめる心也。日のもとは日の出るもと也。朝日に向ふといふ心に、むかふかみに櫛をさすことをよめる也。刺たへノ子トハ、たへは、ものをくはしくトほむる詞也。されは、朝な/\髪ゆひたれて、櫛をさしなれたる妹トいふこと也。
 
3296夏野の草をなつみ來るかも  夏草のたかき野道は、分來るか難儀なりと也。
 
3300引つらひ  引つるゝなり。
 
有なみすれと  ならび有んトすれトモ也。
 
いひつらひ  ものいひつるゝなり。
 
3301またみる  海松にハ、俣ノアルゆへなり。人ヲ亦見ルの詞にいひかけんかためなり。
 
深海松  色の深みとりなる故にいふ也。
 
(197)3302なく子なすゆきとりさぐり  行取左具利トカキタレトモ、靫トリ探りトいふ心ナリ。又靫トリテ腰ニサクル心歟。【「いときなき子ノ泣ヲハ、脇ハサミもちてなくさむる也。ゆきは靫なり。腰につけてありくは、なく子をたつさへいてるかことし。よつてかくつゝけたり。さぐりは腰にさぐる也。」(以上七十三字傍書。但、朱ニテ消セリ。)】
 
しのきはをふたつ手はさみ  しのきはは矢ヲいふ。しのくは、おかす心也。矢は敵ヲマカスウツハモノナレハナリ。《「しのきはは矢ヲいふ。しのくはおかす心也。矢ハ敵ヲオカスウツハモノナレハナリ。」(以上三十五字朱傍書)》【(以上三十五字、朱ニテ消セリ)「矢はミツ羽有テ、其羽ヲキリそろへたるは刀のしのきのことくなれはかくいふ。ふたつの手はさみは、諸矢をいふ也。」(以上四十九字、傍書。但、朱ニテ消セリ)】
 
3307年の八歳をきる髪のわか身を過て  年ノ八歳トハ、としのやう/\重りて、おとなしくなること也。女のとしのよきほとになれは、髪上といふことして、髪ノ先をは、そぐなり。髪そきトいふこと有は、これなり。切ルかみトハ、かみそぎ也。さて髪のなかくて、其長ケにもアマル心を、其身ヲすくるトハいふ也。
 
3310さぐもり雨はふりきぬ  さは助詞、只くもる也。さとくもるなとあれとも、只くもる也。
 
3312我がすへらぎよ  戀にいふ君かことなれ共、わかすへらきよといふは、妹を貴みていふ也。妹のみことなどいふに同し。
 
3313川のせの岩とわたりて  岩とは、岩とこトいふ心也。
 
3314つきねふ山しろの道  嶺のつぎ/\つゞける山トいふ心也。是亦、ふるき詞也。日本記、仁明天皇の后、磐姫ノ御うたに、つきねふ山しろ河を、かはのぼりわがのほれは、河くまにと云々。
 
蜻《アキ》つひれ  とんぼうノ羽のことくに、うつくしきひれなり。
 
(198)3320石瀬ふみ  河せの石有所をふむ心也。いは瀬といふ所にまかはしトテ注之。
 
3323しなたてるつくまさのかた息長の遠ちの小菅  しなたてるは、しなひたてる也。菅のことをいはんトテ云出たる詞也。つくまは、近江のつくま也。さのかたの、さは助字也。つくま野のかたトいふ心也。雉子ヲ野つとりトいふを、さ野つどりともよめり。さは万のものに付る詞ナリ。藤の名ヲさのかたトいふは、別なり。或ものには、爰によめるさのかたも、藤のことゝいへり。是あしく心得たる也。息長も、あふみに有所ノ名也。遠ちハとを道なり。つくま野ト、息長ノ遠道、二所に、菅ノ有をよめるうた也。菅の長く生延テ、しなひたてる心也。
 
わをしのはしむ息長の遠ちの小菅  我《ワレ》をしのはしむるといふ也。息長は、氣長くノ心なれは、息長の小菅を刈て、來たるゆへに、我も人をしのふ思ヒの、つけるといふ心也。
 
3324もち月のたゝはしけむトわか思ふみ子の命  月のたかく出るを、立トハいふ也。上にも、月たちてみゆとよめり。思合すへし。み子ノ御ことは、皇子の尊也。天子にそなはり、位にいつかたゝせ給はんト思しよしを、月によせてよめる詞也。
 
殖槻のうへの遠つ人まつの下道ゆ  槻の木ヲ殖たるほとりに、松も立ならひて有。其下道也。うへトよめるは、惣してほとりトいふ詞に用ることおほし。上の字、ほとりトよむ故也。遠つ人トをけるは、まつトいはんため也。上に注し侍ぬ。松の下道ゆトハ、下道よりトいふことは也。待之下道(199)トかけるを、まちし下道トよめるハ誤なり。
 
さすやなき根張梓を御手にとらし給ひて  刺柳は、うへたる柳也。柳は、枝切て土にさせはよく生《ヲヒ》つくによりて、いふトいへとも、刺竹ナトいふ詞もアレハ、只うふること也。根はるは、根のはひヒロゴル心ともいふへけれとも、目張をいふ詞なるへし。ねトめト同韻なるかゆへなり。柳ノ目ノ張ヲ、弓ヲ張トいふにことよせて、梓ヲ御手にとらし給ふトハ、梓弓ノこと也。
 
大とのをふりさけみれは白たへのかさりまつりて  皇子薨し給ひて、殯宮ノよそほひ也。白たへのは、布なり。衣裳を、一の二のトいふも、布トいふ字也。白キ布にて、かさり奉ルトいふ心也。
 
たへのほに麻衣きるは  白麻衣きるよし也。たへのほといふことはり、上に注したり。
 
くもり夜の迷へる時  爰も、こもり夜ノ心也。夜道は、まよふによせたり。
 
3326殿くもりくまりいませは  殿ごもりなり。殯宮ノ心をいへる也。
 
3327百さゝのみのゝおほ君  上にもゝくきねみのと有所ニ、くほしく注之。
 
3328衣手のあしけの馬  衣手は、白たへ也。色々にそむるトいへとも、本色は白きか衣ノ色ナリ。よつて白たへノ袖とはよめる也。あし毛馬は、白けれは、かくつゝけたり。あしぎぬなといふ説は誤なり。
 
3329天地にことはをみてゝ戀るかも  戀しき/\トいふ詞は、天地かきりナキ間にも滿たりト也。右に(200)此ことはり注したれとも、心すこし替る故に亦注之。
 
かたりつがへと  かたりつげと也。
 
3330鵜を八頭《ヤヅ》ひたし  おほくの鵜をつかふ心也。八頭は、鵜一荷なといふ説、よろしからす。第十六卷、乞食者のうたに、からくにの虎といふ神を、いけとりに八頭トりもち來トよめり。鵜に不限詞也。
 
あゆをくはしめ  くはし女にあゆをあたらしといはんため也。くはし女トハ、女ノかたち、悉くトヽノヲリテ、くはしき姿トいふ詞ナリ。あゆは、あゆるトいふ詞ニテ、其女に相ましはる心也。あかぬ心にて、あたらしトハいふ。日本記、安閑天皇ノ御うた、古事記大己貴神ノ御うたにも、くはし女トいふ詞見えたり。
 
なぐるさの遠さかり居て  さは、機織|梭《ヒ》ヲなくること也。委上に注し畢ぬ。
 
3331はしり出のよろしき山の出たちのくはしき山  走り出てむかひ、出たちて向ふにも、見所多くよき山といふ心也。日本記、雄略天皇御歌に、こもりくの泊せの山は、いまたちのよろしき山、わしりてのよろしき山のト云々。或云、山の顯れ出たるかたちヲホムル也。
 
3333わか心つくしの山  心つくしト云テ、筑紫の山也。
 
ひたす川  河洲ノおほきをいふ也。ひたすら、洲の有川トいふ也。
 
3335ふく風ものどにはふかず  長閑にはふかす也。
 
(201)たつ浪もおほにはたゝず  大ようにはたゝすト也。つよくたつ心也。
 
3336蛾葉ノきぬ  蛾は、火むしトいふ虫也。其羽のうすきものナレハ、薄き衣トいふ心也。日本記に、夏むしの火虫ノ衣ト有、是なり。
 
うらもなくふしたる君  爰にいへるは、心もなく也。うらは、心をよめる事も有。死せる人ノ何の心もなくうちふせるよし也。
 
3338浪のふさげる海路  海の、アレテ浪たかけれは、舟行かぬるによりテ、海路ヲふさく心也。
 
3339※[さんずい+内]潭  波の居しつまれるふち也。亦入タル淵也。※[さんずい+内]浪ノ來よする濱ト、次ノうたにいへる、入心なり。
 
3344螢なすほのかにきゝて  ほたるの火によせて、ほのかとはいふ也。
 
杖たらぬ八尺ノなけき  杖にてうつとも、及かたく長キ歎といふ也。
 
射るしゝの行も死なんト  狩人に射らるゝ鹿猪によせて、行もしなむト也。
 
3345君かおひくし投矢  君かおひくしトハ、靱をとりテ腰につくる《「箙ナト取テ背中ニおふ」(以上十字朱傍書)》(以上十字朱にて消せり)心也。ぐしハ具スル也。矢をなぐ矢トいふは、遠く射捨る心なり。
 
3346ことさけば  ことさらに遠さけばトいふ心也。上に注ス。琴酒者トかけり。こゝも文字にかゝはらす。其訓はかりを取所也。
 
(202)旅のけ  たひにして氣なかき思ひ也。
 
      第十四卷
 
3350つくはねの新桑眉ノきぬ  蠶は春夏飼ふに、先春はしめてかひたる蠶のきぬが、ことによき也。よつて衣ノすくれたるを云んトテ、新桑眉トいふ也。
 
あやにきほしも  アヤハ、ねんころ也。きほしもハ、着《き》まほしきなり。
 
3351雪かもふらる  雪かふれるなり。
 
いなをかも  いやかおふかなり。
 
かなしき子ろ  眞實にふかく思ふ妹也。《「思ふコトノ切ナルヲかなしむトいふ也。」(以上十七字朱旁書)》(以上十字朱にて消せり)子ろノろは、東俗ノ詞に、何にもろトいふ助詞也。
 
にのほさるかも  布干《ヌノホセ》ルかトいふ詞也。
 
3352ほとゝきすなく聲きけハ時すきにけり  ほとゝきすは、農をすゝめて、過時不熟トなくト、ふるくよりいへり。
 
3353あら玉のきへの林  あら玉は、遠江國麁玉ノ郡に、きへの林有なり。
 
なをたてゝ  汝をたてゝ也。たてゝト云は、我を待トテ妹かたてる心也。名ヲたてゝノ説、不可用。
 
(203)ゆきかつましゝ  行か飛《トビ》し也。雪積ルノ説、不可用。
 
いをさきたゞに  いほさきは、するかの國庵崎トいふ所より、たゞちに飛行やうに來しトいへる也。
 
3354またら衾にわたさはた  またら衾は、色々にそめ分たる心也。わたさはたは、綿おほく也。さはたの、たは助詞ナリ。
 
いもかおどこに  妹か小床也。ねどころノ心也。
 
3355天の原ふしのしは山  此山きはめてたかく、虚空にそひへたれハ、天の原ふじトハいふ也。しは山は、しけ山なり。
 
木のくれ  木の下くらきなり。
 
時ゆつりなは  時うつりなは也。
 
3356いもかりとへは  妹がりといへはなり。
 
けによはすきぬ  けにはことに也。よはずは、迷はずきたりぬトいふよし也。
 
3358ふしのたかねノなる澤  此山ノいたゝきに大なる澤アリ。山のもゆる火ノ氣ト、其澤ノ水ト相尅して、つねにわきかへりなりひゝく故に、なる澤トいふ。或本ノ歌に、いつのたかねのなる澤トよめるは、走り湯トいふ所也ト云々。
 
(204)3359するかのうみおしべ  おしへはいそ邊なり。
 
いましをたのみ  汝をたのみなり。
 
3361足からのをてもこのも  をてもは、をちもといふ詞也。ちトてト五音かよへり。彼方《エオチ》も此方《コノモ》也。
 
さすわなのかなるましつみ  さすわなは、鳥トラムトテのわなさす也。日本記云、時有川鴈、嬰※[横目/絹]因厄ト云々。かなるましつみは、かゝらましと見てトいふ詞也。わなによせていふ也。わなのアヤツリノほつれて鴨《ナル》ナトいへるは、僻ことなり。
 
ころあれ紐とく  妹ト吾ト紐ときてねる也。
 
3362をみねみそぐし  小嶺見過し也。
 
わをねしなくな  わをは我也。音《ネ》しなくトいふ心也。一本歌に、あをねしなくるト有。音しなかる也。
 
3363わかせこをやまとへやりて  其比は、大和に帝都有けれは、いなかより上る人ハ、やまとに行心也。
 
まつしたす  待《マチ》し立トいふ心也。(以上八字朱にて消せり)「但猶河尋」(以上四字朱書)「奉ル也」(三字朱傍書)
 
3365かまくらのみこしか崎のいはくゑの  岩ノくゆる也。浪ノアラキ所トいへり。
 
3366まかなしみ  まことにかなしく也。
 
(205)鹽みつなんか  みつらんか也。らトなト同韻たり。
 
3367足から小舟アルキおほみ  足から山ノ木ヲ切て作れる舟也。足から山に舟木きりト、上にもよめり。さて、舟の早きをは、足かろきトいへは、ありくことのおほきトよめり。
 
目こそかるらめ  目見ゆることのナキヲ、目かるゝトいふ也。
 
こゝろはもへと  心には思へドなり。
 
3369足かりの  足からのトいふ、ひとつ也。
 
よにもたよらに  よにもは、よもやトいふ詞ノ心也。たよらハ平《タヒ》らに也。
 
3369あぜかまかさん  アゼは、なせといふ詞也。何しにか、まかせんト也。菅枕ヲハ、何かまかんト也。
 
ころせたまくら  妹か手枕させよト也。
 
3371あか下はへを  下はへは、下よばひ也。あがは、我が也。
 
こちてつるかも  言《コト》に出つるかもなり。
 
3373手つくり  布也。麻手つくらすトよめる心也。夏そを、手引ノ糸にしてつくる布ナレハ、手つくりトいふ。
 
3374むさし野にうらべかたやき  日神、天の石戸にかくれまし/\ける時、いかにしてか出まさんことをはしらんトテ、思兼の神ノはかりことに、天ノ香久山ノ鹿をとらへて、其肩のほねヲぬきトリ、(206)鹿ヲハはなちやりテ、同しくかく山の葉わかノ木ヲ根こしにして、かの肩の骨ヲやき、うらなひし給ふ。其うらにまかせて、神樂といふことせしかは、日神ふたゝひ石戸を出給ひしより、うらなひするヲハ、うらべかたやきトいふ也。思兼神は、占部氏か祖なり。今も其規のこりて、龜の甲ヲやきて、うらなふにも、はわかの木ヲ用ゆトいへり。むさし野も、鹿のおほキ所なれは、東俗か、肩やくうらなひするなるへし。
 
まさてにも  正しくもといふ心也。正手也。
 
のらぬ君か名  名のらぬ君か名なり。
 
3375むさしのゝをぐきがきけし立わかれ  をぐきノ)、をは、助字也。くきは、草くきトいへる心に、此野ノ草ヲくゞる心也。きけしハ雉子《キヽス》也。日本記には、きじをきゝしトいふ。きけしも、五音通スレハ、同しこと也。立わかれとは、きじノ立行によせたる也。きじは、つねに草の中にくゞりアリケバかくいふ也。
 
3376うけらか花  白朮ノ花也。ひらけぬもの也。
 
3377草はもろむき  諸向トいふ心也。かなた此方になひきむかふ也。
 
3378いはゐづら  はへるかつら也。ゐつらは、みつらトいふ心也。苔のみづらトよめるも、日蔭トいふものゝ、なかくはふ心也。かつらは、髪ノなかきによせたれは、みづらトいふもひとつ也。いはノ(207)二字は、いはへるトいふ詞也。ゐつらノゐ文字ヲ、いはひノひもしにもとれる也。亦云、岩ゐつらトいふこと也。石にはへるかつら也。此義面白し。或抄物に、藺ノこと也ト有。うけられず。
 
ひかばぬる/\  ぬる/\は、かつらのなかく引よせらるゝ心也。ひかはぬれつゝトいへるも、同しこと也。
 
わになたえそね  我にな絶そトいふこと也。
 
3379あとかもいはむ  何とかもいはんなり。
 
3380ことなたえそね  言なたえそなり。
 
3381夏そ引うなひをさして  夏そ引は、うといはん爲也。上に注したり。海邊トかきて、うなひトいふ也。
 
3382ぬれてわきなば  濡て我來たりなば也。
 
なはこふばそも  汝は戀なせそ也。
 
3383かくり居  かくれ居也。
 
くにのとをかば  國遠くば也。
 
なかめほりせん  汝か目見んことを、欲せんト也。
 
3384われによすとふ  我によるトいふ也。
 
(208)3385まゝのおすひに  まゝノいそへ也。おしへト云るに同し。
 
3386にほとりのかつしかわせをにゑす共  鳰鳥は、水にかづくものナレハ、かつトいふ詞いはんトテ、かくいひ出せる也。かつしかは、下總國葛餝トいふ所に作れる早稻ヲ、かりて、はしめて飯に※[者/火]て、人々よひ集めて、くはしむること也。無名抄、奥儀抄等に、くはしくしるされたれは、畧之。にほとりヲ、新取《ニヰトリ》トいへる説は、いかゝとも心得がたし。
 
とにたてめやも 外にはえたゝせましきト也。
 
3388ゐねてやらさね  いねさせてやれよと也。
 
3389いや遠そきぬ  彌遠退《イヨ/\トヲノキ》ぬ也。
 
3390かゝなくわし  かゝはこゝ也。こゝらなくトいふ詞也。
 
3391あしかるとがも  惡ク有ル科も也。
 
さね見えなくに  さねハ眞也。まことには不見ト也。
 
3392よにもたゆらに  よも平らに也。たよらトいへるニ同。
 
3393もりへすゑ 守ル人を居《スヱ》置也。
 
はゝこもれとも  母子守れ共なり。
 
3394さころものをつくはねろ  衣ノ緒トハ、紐なり。わらはへなとの服には、紐つくるものナレハ、か(209)くつゝけたり。
 
わすらゑこはこそ  忘られ來らはこそ也。
 
なをかけなはめ  汝を、詞にかけてはいはめ也。
 
3395つくたし  月立也。月のたかく出たる也。
 
あひたよハ  相しよりはなり。
 
さはたなりぬを  おほく成ぬるを也。
 
3396めゆかなをみん  目にか汝をみん也。
 
さねさらなくに  さねずはあらなくに也。
 
3397あとかたえせん  なとか絶せん也。
 
3398はにしなの石井のてこが  信濃ノ國|埴科《ハニシナ》ノ郡石井トいふ所に有し、美女也。まゝノてこなといふがことし。てこは、女なり。手よはき兒トいふよし也。
 
3400さゝれし  さゝれ石なり。
 
3401中まなにうきおる舟  河中ノまなごにすはれる舟ノこと也。
 
3399かりはね  刈タル草木ノ、根ノ殘りたる也。
 
3402ひのぐれにうすひの山  ひのぐれは、くるゝことにアラズ。日のくもる也。くもれは、うすくなる(210)故に、薄日トいふ心にてつゝけたり。
 
せなのか袖もさやに  せなか袖なり。さやはさやか也。
 
3403まさかもかなし  正しくかなしき也。
 
草枕たこの入野  野には、草枕してねる故に、かくつゝけたり。草枕たかくトつゝくトいへるは、いかゝ侍らん。
 
おふもかなしも  おふは、苧原なり。
 
3404まそむらかきむたき  まそむらは、眞苧村也。かきむたきは、かき抱き也。眞麻ヲ刈て、たはねて、かきいたくことくに、妹をいたきてねるよし也。
 
3405をとのたとりか河ぢにも  をとは、小渡也。河ノわたりスル所なり。たどりか河ぢトハ、河わたる道は、たど/\しき心也。一本うたに、を野ゝたとりかあはちにもト云々。あはちも河路也。アトカト、同韻ナリ。
 
子らはあはなも  あはなんト也。
 
3406さのゝくゝたち折はやし  くゝたちは莖《クキ》たちなり。菜ノ莖立ル也。折て亦|生《ハヤ》スなり。
 
あれはまたんゑ  我はまたんよトいへる也。
 
3407まぐはしまどに朝日さし  朝日なすまくはしもと云歌、十三卷に注せり。まとは、圓かに日のさし(211)て、よくものゝわけ見ゆる心也。窓に日のさすトいふ説、不謂事歟。
 
まきらはしもな  朝日に向ふことの、まはゆきにより、え向はぬ也。目に嫌はしきといふ心也。
 
3408根にはつかなゝ  根は、にいた山の根也。つかなゝは、つけなくトいふ詞也。
 
わによそりはしなるなら  我には、よ所へよりて、つくかたもなく、半《ハシ》たにて有妹ト、いふこと也。
 
3409いかほろに天雲いつき  いかほの山也。ろは助ことは、いつきノいは、例ノ發語。天雲ノ立つぎて、はれぬこと也。雨雲トいふ説、不謂。
 
かぬまつく  かは助字、沼につくトいふ心也。ぬまはいかほの沼ノ事也。
 
ひとゝをたはふ  人とたはふるゝ也。をハ助詞也。
 
いさねしめとら  いは、發語。さねしめト也。らは亦助字なり。ろトいふ文字を添るに同し。
 
3410そひのはり原  そは、岨《ソハ》也。ひは邊ナリ。はり原は榛トいふ木のしけみなり。
 
おくをなかねそ  行衛ヲなかけそト也。
 
まさかしよかば  正しくよくばなり。
 
3411たこのねによせつなはへて  よせづなは、蔦のはひよる心なり。石つなトいへは、蔦《ツタ》也。異説不可用。
 
(212)あにくやしつの其かほよきに  あにくやは、あなにこやトいふ也。かほよきをほむる詞也。
 
3412くずばかた  葛葉が也。たは助字也。
 
3413なみにあふのすあへる君かも  川わたるに、たかき浪にあふことく、恐しくて君にあふト也。のすは、成すトいふ心也。螢なす、みかもなすナトいふかごとし。
 
3414やさかの井でに立のじの  八尺ノ井堤也。つゝみの長き水上より立虹也。
 
3416あをなたえそね  我をな絶そ也。
 
3417よ所に見しよは  よ所に見しよりハ也。
 
3418むらなへに  苗のおほき心也。村草、村竹といふかことし。
 
3419中なかしけに思とろくまこそしつト  中トいふ字、長に通はしてよめり。上に注し畢ぬ。長々しき氣に思ふトいふこと也。くまは思のくま也。思ふ心ノかくれて、うたかはしき所ヲ、心のくまトモいふ。長き氣に思ふ心にすこしくまハ有共トいふよし也。【「又云、くまこそしつトハ、來こそシツ共トいふか。」(以上二十字朱書)】
 
わすれせなふも  忘れはせなく也。もは助詞也。
 
3420わはさかるかへ  我は速さかるかはトいふ心也。
 
3421神なゝりそね  いかつちな鳴そトいふ心也。
 
わかへには  我か家には也。
 
(213)ゆゑはなけ共  なけれとも也。
 
3423ふるよきの行過かてぬ  ふる雪ノ行トつゝけたる詞也。過かてぬは、過かねぬ也。
 
3424みかもの山のこならのすまぐはし子ろ  小ならは、小楢の木トいふ説、不用。木ぬれトいふ詞、ひとつ也。まことは、木村《コムラ》なり。みかもの山に木のおほく生たるは、み所おはきによせて、まくはし子ろトいふ也。のすは、成ストいふ心、右にも注したり。
 
たかけかもたん  高くか待たんトいふ也。此義上に注したり。手懸か待んノ説、淺ましき釋也、不可用。
 
3425そらゆときぬよ  空より來たりぬト也。心空にして、足ノふむ所もしらすトいふ心也。
 
なが心のれ  汝がことの、心にかゝりてト也。
 
3426くにをさとをみ  さは助詞也。度々注し畢ぬ。
 
しのひにせもと  しのびにせんトなり。
 
3427かとりをとめ  香取トいふ所ノ女なり。
 
3428ねとなさりそね  ねは、あたゝら山の根也、なさりそトハ、根ト間《アイタ》遠く、な去そトいふ心也。
 
3430よしなしにこぐらめかもよ  よしなしは、よる所なく也。
 
なしこさるらめ  汝來さるらめといふよし也。汝ヲ、なといふ。なしノし文字は助詞也。
 
(214)3431秋名の山にひこ舟のしりひかしもよ  秋名ノ山のふもとは海にて、其山へよせんト引舟ノ心也。舟のしりは、舳也。とも綱引かしめよといふ心也。
 
こゝはこがたに  こゝは、こゝはく也。こかたは、子か方トいふ心也。
 
3432わをかけ山のかつノ木のわをかつさねも  かつの木は、樫の木也、木を切れるかぶノ殘れるナトいふは、信用しかたし。足から山には、かしの木多し。東俗の語には、かつの木トいふなるへし。わをかつさねもトいはんトテ、上は、とり出たる詞也。我《ワレ》かつさ寢《ネ》むトいふこゝろ也。さねんトいふは、妹トねんノ心也。
 
かつさかす共  此詞も、かつの木トいへるを、亦いひなす也。かつは、かく也。さかす共は、遠さけす共といふ心也。木を切こなくるを、割トいへは、それによせたり。
 
3433たきゝこるかまくら山  たき木ヲ切鎌といひかけたる也。此山に、あなかち薪きるにはあらさるへし。
 
こたる木をまつトなかいはゝ  こたる木は、上に注ス。松(【以上二十三字朱書行間】)を待にとりなして、待と汝かいはゝトいふ也。
 
3435そひのはり原わか衣につきよらしもよ  榛トいふ木の皮にて、衣ヲすれは、つきよらしめよと也。
 
3436しらとほふをにいた山  此しらとほふトいへるは、いかにいへるにか、辨かたし。
 
(215)うらかれせなゝ  うらかれは、木も草も、先のかるゝ也 せなゝは、うらかれすな/\ト也。
 
3437あたゝら真弓はじき置てさらしめきなハ  はじきは、彈ノ字也。さらしめは、反《ソツ(マヽ)》しめ也。弓ノ弦をはつせは、はじきて反《ソリ》かへる心也。
 
つらはかめかも  弦はけめやもといふ心也。
 
3438かむしたのとのゝなかちしとかりすらしも  かむしたは、上下也。とのといふは、東國には、所々にて威有武士をは、殿といひならはす也。なかちしは、中父トいへる詞也。上下中《カミシモナカ》トつゝけて、さて父トいふは、其ものゝふノ、年もおとなしさをいふ也。神樂ノうたに、薩てゝがもたせの眞弓、おく山にとがりすらしもといふは、薩男か父といふこと也。おとなしき者ヲハ、父老トいふ心也。此集に、ちゝ母ヲ、ちしはゝトよめることおほし。神樂ノ、さつてゝが鳥獵スルになすらへテ、中父ト心得へし。一本歌には、とのゝわく子し、とかりすらしもと有。わく子は、若子也。ものゝふのわかきは、わく子トいへは、おとなしきは、父トいはん事、必定なり。
 
3439はゆまむまや  重詞の趣ナリ。驛路《ムマヤチ》、日本記には、はいま路トよめり。ゆトいト、五音かよへり。
 
つゝみ井  堤井なり。これは、池水ナド放つ、細き川の水をいふ。或抄物に、水を秘したる井ナトいふは用べからす。つねに、井みそなといふ、小川ノ事也。
 
水をたまへないもがたゞてよ  水をたべんな、妹か正《マサ》しき手よりトいふ詞也。
 
(216)3440朝菜あらふ子なれもあれもちよをぞもてる  子トハ、女也。なれは汝、あれハ吾也。若菜はいはふものにすれは、千代をぞ持るトいふ也。
 
いで子たばりに  いで子共|給《タマハ》りにトいふ心也。
 
3443うらもなくわか行道  何心もなくト也。
 
ものもひつゝも  物思つゝも也。
 
3444きはつくの岡のくゝみら  くゝみら、莖だてる薤なり。きはつくノ岡、常陸國なり。
 
こにものたなふ  籠に物なしトいふ也。ものたノ、た文字は、助字なり。
 
3445玉小菅  菅をほめたる也。
 
床《トコ》のへたしに  菅を刈來れ、莚に網て、夫婦ぬる床を廣くせんト也、へたしは、隔足なり。隔は、莚ヲ一符つゝ隔《ヘタ》て網をいふ也。
 
3446いもなろかつかふ河津  いもなろモ、妹也。なろノ二字、皆助詞也。つかふは、つき經ル也。つねに河津にあそふ女の心也。
 
さゝらをき  ちいさき荻なり。或先賢ノ云、さゝらハ荻に風ノふく音なり。
 
あしとひとごと  人言惡と也。
 
3447草かけのあのとなゆかんとはりし道  あのは、わぬ也。我ナリ。なは汝なり。我と汝とゆかんト思(217)テ、草陰に作りたる道トいふ心也。
 
あらくさ立ぬ  荒草生立ぬ也リ。
 
3448むかつをのをなのをの  むかつをは、向ひたる峯《ヲ》也。をなのをは、峯ノ中ノ峯トいふ也。たかき峯の中にも、すくれテたかきヲいふ心也。
 
ひしにつくさまて  こゝにいへるは、海中ノ洲なり。つくさまでノ、さは、助詞也。ひしにつく迄也。
 
3449衣の袖をまくらがよ海士こぎくみゆ  まくらかは、名所なり。袖を枕にするものナレハ、云かけたり。まくらかよは、よりトいふ詞也。まくらかのこかのわたりトよめる、同所なるへし。
 
3450をくさをとをくさすけをトしほ舟のならへてみれは  此うたは、小草かる男ト、菅かる男と、ならひて刈心也。舟は、こぎつるゝによせて、ならべてトいはん爲に、鹽舟のとはをける也。
 
3451かなしきが駒はたく共  かなしきがトハ、かなしきせながといふ心也。駒はたく共は引共也。
 
わはそともはじ  我はそれ共思はじ也。
 
3452ふる草ににゐ草ましり  春野ノ體也。古草新草也。
 
3453風のとのとをきわきも  風のとは、音也。此うたは、夫ノ旅に行て、國にのこし置妹がことつてヲきくが、風の昔つれにきこえて、遠きトいふ心也。
 
(218)たもとのくたり  袂よりはしめて、すそ迄ノ心也。
 
3454あさ手小ぶすま  手つくりノ布衾なり。麻ヲ手引にするによりて、麻手と社いふを、麻のからをならへたれは、人ノ手に似たりなといふ義は、淺ましきかんかへなり。
 
つまよしこさね  妻よし來たれト也。【「又云、しこさね、しかさねトいふ心歟。」(以上十五字朱書)】
 
3455かきつやき  垣に有柳なり。
 
3456うつせみのよそことのへはしけく共  よそことは、世ノ言也。ことのへは、言ノ隔也。世の人ノものいひへたつるは、しけく有ともトいふよし也。
 
あをことなすな  我を事出來らすなトいふ也。
 
3457やまとめのひさまくことに  大和女也。ひさまくは、膝ヲ枕にするごとにといふ也。
 
3458なせの子よとりのをかちし  なせノ子は、夫をいふ也。とりのをかちしは、いかにいへるにか、辨がたし。とのゝなかちしト、上にいへる、同しこと歟。とりノ岡トいふ、名所なりなと申は、うけられす。
 
なかたをれ  中絶れ也。
 
いくつくまてに  息つくまて也。
 
3459いねつけはかゝるあか手を  此うたは、いやしきものゝよめるにこそ。稻つけは、かく荒々しき手(219)をといふ也。
 
3460にふなみ  にふ/\トいふ心也。「又云新嘗歟。」(以上五字朱書)
 
わけせ  わかせこなり。
 
3461まひくれて  眞日くれて也。
 
よひなはこなに  よひはこなくにト也。よひなノな、助詞也。
 
あけぬしたくる  明ぬる朝た、來る也。
 
3462山さは人の人さは  山澤にいひなして、おほくの人トいふ心也。
 
まなといふ子  まなは眞也。まめなる女也。
 
3463さとのみなか  里ノ眞中也。
 
3464まをこものおやしまくら  まをごもは、眞こも也。おやしは同し也。こもまくらのこと也。
 
3465ぬるかへに  寢るか上に也。
 
あせゝろトかも  何とせよとかも也。
 
3466さねなへは  さぬることなけれは也。
 
こ|ゝ《(マヽ)》のをろに  心の緒也。ろは、例ノ助字也。
 
3467槇の板戸をとゝとして  戸あくるをとの、とゞとなること也。
 
(220)いりきてなさね  入來りてねよト也。
 
3468山鳥のをろのはつ尾にかゝみかけ  をろは、雄也。ろは、助ことは。初尾は、尾の上にすくれて長き尾の有をいふ也。さて、山とりのかゝみのこと、古くより二やうに申つたふ。ひとつは、山鳥の、友をはなれてなかさるに、かゝみをかけてみせけれは、よろこひてなきけるといへり。ひとつは、山とりの雌雄、山の尾を隔てゝぬるに、曉かたに成て、お鳥のはつ尾に、女鳥の影のうつりて見ゆれは、なくト云々。始ノ一説は、俊頼朝臣抄に、古事を引のせられたり。清少納言に云、山とりは、友を戀てなくに、かゝみをみせたれはなくさむらん。いとわかう哀ナリ。谷隔たるほとなと、いと心くるしト云々。
 
となふへみこそなによそりけめ  となふはなく心也。鷄人曉唱なといへは、なくこと也。なによそりけめトハ、なかんトテコソ、汝にはよそへよ|め《(マ、)》けめト也。
 
3469ゆふけにもこよひトのらろ  ゆふけは、辻占也。上に注ス。のらろは、告ルトいふこと也。告ノ字、ノルトよめり。名乘といふは、名を人に告ル也。
 
3470千年やいぬる  いねるは、行ぬる也。
 
あれやしかもふ  しか思ふ也。
 
3471しまらくは  しばらく也。
 
(221)3473さの山にうつやをのと  さの山は、其山也。をのとは斧にて木をうつ音也。
 
ねもとか子ろか  ねんとかなり。
 
をゆに見えつる  をゆは、及ひにみゆるト也。
 
3474うへたけのもとさへとよみ  植竹は、もとゝいはん爲ナリ。もとは、妹かもとによせり。いもがり行たれは、人の何かと、ものいひとよまして出て來るトいふ心也。
 
いつしむきてか  いつちへむかひてか也。
 
3476うへこなはわぬにこふなも  うへは、むべ也。こなは、女なり。はぬにこふなもは、我に戀らんト也。
 
たとつくのぬかなへ行ケハ  たとつくは、立月也。ぬかなは半ば也。一月たちて、其月も半は經行まて、相みねは、戀しかるらんトよめるうた也。
 
3478とをしとふ  遠しトいふ也。
 
あほしたもあはのへした|り《(も)》  あひても、あはずしてもトいふ心也。のへは、なくトいふノ心也。アハなく也。
 
なにこそよされ  汝にこそよれト也。
 
3479草ねかりそけ  刈のけなり。
 
(222)あはずかへ  あはざるか上也。
 
3480よたちきぬかも  夜る立來ぬるかも也。
 
3481ありきぬのさゑ/\しつみ  アリきぬは、有衣ナリ。さゑ/\も、さゐ/\しつみに同し。委上に注。
 
3482から衣すそのうちかへ  うちかへは、うちゝかへ也。上がへト、下かへノ妻をいふ也。一本に、う○《ち(朱)》ちかひト有、同しこと也。
 
けしき心  あたし心トいふに同し。怪心なり。
 
3484あさをらををけにふすさにうます共  麻苧ヲ、麻笥に、房にうまず共トいふ心也。
 
あすきせさめや  明日きせさらめやナ也。女ノ心さしに、夜ノ間にも麻をうみそへ、衣におりてあすはきせんものをといふ心也。
 
いさゝおとこに  勇《イサメル》おとこなり。女は、たよはきをよしといひ、男はいさゝけきをほむる也。
 
3485ねにそ泣つるてこにあらなくに  てこは、女也。女は、心よはくて、なくものなれは、男に有なから、女しく泣ことよといへるなり。
 
3486ゆづかなへまき  弓束は、弓ノにぎり也。にきりには、革をならべまく心也。
 
もごろお  男ノ身は、人も我も同しト也。如男《モコロヲ》。
 
(223)いやかたましに  彌勝ましにトいふ心也。人に何かはまけてあらん。かたんものをト也。
 
3487梓弓末に玉まき  此こと、第九卷に注し畢ぬ。
 
かくすゝそ  かくのことくし、かくのことくしてそトいふ、かさね詞ナリ。
 
おくをかぬ/\  行衛をかね、行衛をかね也。男女ノ行末ヲ、かねて契りをく心也。
 
3488おふしもと木のもと山のましは  おふしもとは、多杖トいふ心也。日本記云、其聚脚、如弱木林ト云々。是は野に猪鹿の、おほく集り立る脚を、しもと原のことく也、たとへて申たる詞也。しもと原は、桑原なり。桑の木は、杖に作る木ナレハなり。しかれは桑ノ生たる原のことく、木の本しけき山の眞柴トいふ心也。ましはをは、正しくトいふ詞に云かけたり。
 
のらぬいもか名かたに出むかも  名のらぬ妹か名の、占かたにや出んト、なけく心也。
 
3489梓弓よらの山邊のしけかくに  弓は、引時、もと末の、我かたへよるものナレハ、かくつゝけたり。しけかくは、木のしけきにトいふ心也。
 
さねとはらふも  さね問《トフ》トいふ心也。人トふたりねて、かたらふを、さねとふトいふ也。
 
3490なをはしにをけれ  汝を、半たにては置たれといふ心也。身ちかくよせんトすれは、人の見る目あり。さりトテ遠さからんもうけれは、半にて置トナリ。
 
3492池のつゝみのさす柳なりもならすも  刺たる柳の、よく生つくを、なるトいふ。生つかでかるゝも(224)あれは、なりもならすもとはよめり。
 
3493をそはやも  遅く共トいふ心也。
 
しひのこやて  椎の木ノ小技也ト云々。
 
3494わかかへるで  若楓ナリ。葉のやうが、蝦ノ手に似たれは、かへてトハ名付たり。
 
ねもとわはもふなはあとかもふ  ねんト我は思ふ。汝は何とか思ふト也。
 
3495いはほろのそひのわか松  岩ほのさかしき山の、そひに有ル松也。わか松は、若松トいふ儀、不可用。上にも、いもに戀わが松原ナトいふに同し。松を、人待心になすらへて、わが松トハよめり。よつて、かぎりとやトハつゝけたり。待かきりト云心也。
 
うらもとなくも  心もとなくもといふ也。
 
3496たち花のこはのはなり  こはのはなりトは、葉トいふ字を、かさねていはんため也。橘の木葉ト云かけたる也。さて、はなりトいふは、女ノ、いまたふりわけかみにて有ヲいふ。十六卷ノうたにうなひはなりは、髪上つらんかとよめる、是なり。ふり分がみヲハ、放の髪トいふ。はなりも同し字也。たち花の木は、よくさかへて、トキハナレハ、かの女をほむる心にて、とりわけ、橘のこはノはなりトハつゝけたるなるべし。
 
いてあれはいかな  いでや、我は行かんな也。
 
(225)3497かは上の根しろたかゝや  たかゝやは、高く生立タル萱也。或先賢ノ云、川かみノトいへるは、水にあらはれて、根の白くみゆるかやトいはんため也。
 
3498海原のねやはら小菅  海ぎはに生たる菅は、鹽に相て、根のやはらかなるといふ也。女ノはだの、やはらかなるとねる心によそへて、ねやはら小菅とはよめるうた也。
 
3499をかによせ我かかるかやノさねかや  をかによせとは、岡に寄せて刈ト也。さねかやはさねかつらナトいふことくに、そへたる詞也。
 
まことなこよは  まことに今夜はトいふ心也。
 
ねろとへなかも  ねてかたらへなトいふ心也。さねとへトいふよし也。かもノ二字は、助詞也。
 
3500紫は根をかもおふる  根かもおふる也。をもしは助テをくこと、いとおほし。
 
うらかなしけを  うらかなしきを也。只かくいひても、かなしく思ふ妹かこと也。
 
根をゝへなくに  紫は、根かもおふる。我は、かなしく思ふ妹トねることもなしトいふ心也。
 
3501あはをろノをろ田におはるたはみつら  あはをろは、所ノ名トきこえたり。をろは、助ことばなり。をろ田は、小田トいふに、亦ろもじをくはへたる也。おはるは、生る也。たはみづらは、たはやかにはひたるかづら也。
 
3502わか目つま  我カ相見る妻也。
 
(226)朝かほのとしさへこゝとわはさかるかへ  此朝かほトハ、わか妻のかほよきをいへる也。女は、朝たに假粧スルかほをほめて、朝かほノ花にもたとへたり。としさへこゝは、こゝらの年月、相見る妻ノかほも、朝かほの花のことく、めつらかにうつくしく見れは、人は、さけんトスレトモ、我は、さかるかはトいふ心也。
 
3503鹽干のゆた  干かたの遙かなるを、ゆたかなりといふ心也。
 
3504藤のうらはのうらやすに  藤のうらはは、うらやすトつゝけんため也。うらやすは、心やすく也。
 
3505みやの瀬川のかほ花の戀てかぬらん  かほ花は、只草花のうつくしき也。此うたも、かほよき女によせてよめる也。きのふ今夜わが行ねは、女は戀てそねぬらんト也。
 
3506新室のこどきにいたれは  こゝによめるは、人の家のあたらしきトほめていふ心也。こときは、け時といふ也。夕け朝けトテ、飯かしく時也。異説不可用。
 
3508芝つきのみうら崎なるねつこ草相みすあらは  此うた、芝つきのみうらトつゝけるには、アラス。これは、芝草生たる所に、ねつこ草も、生つきて有ノ心也。ねつこ草、不分明。根のつく草トいふ心にて、只芝ノことを、重ていへるにやあらん。いかさまにも、人と寢付といふ心によせて、相みすあらは、戀めやもトよめるには有なり。或ものに、ねこ草トかやいふもの也トかきたれ共、只おしはかりトきこえたり。
 
(227)3509たくふすましら山風のねなへ共  たくは、白き衾也。よつて、白トハつゝけたり。山風のふく時は、ねられぬものなれは、ねなへ共とつゝけたり。、ねることなく共ト云心なり。
 
ころかおそぎのあろこそえしも  おそきの、薄衣なり。あろこそえしもは、有こそよしも也。
 
3511あを根ろ  名所にはあらさるへし。只青山ノ嶺トいふ心にきこえたり。
 
ものあをそおもふ  ものを吾そ思ふ也。
 
3512ひとねろにいはるものから  こゝによめるねろは、なろトいふ詞也。妹なろナトよめる助詞也。人にいはるト云心也。
 
いさよふくものよそり妻  いさよふ雲トハ、つく方なくやすらふ雲也。雲は、遠く成行ものにたとへて、よそり妻とよめり。人にとかくいはるれは、えよらぬも、いさよふ雲の心也。
 
3513み山をさらぬにの雲  にのくもは、布雲トいふ心也。白く引はへたれは、布にゝたるもの也。
 
3514たかき根に雲のつくのす  高き嶺には、つねに雪のつきて有ことくに、我も成て、君につかんとよめるうた也。のすは、成すトいふ詞也。或物に、のすを、虹ノことゝいへり。不可用。わたくしノ説也。
 
たかねともひて  高根ト思て也。
 
3515あかおものわすれんしたハ  わか面を、忘れてはといふ心也。或先賢云、忘れんあしたはトいふ心也。
 
(228)くにはふり根にたつ雲  雲は、遠く行めくるものなれは、國はふトいへり。はふは、延ノ字、長くいつくの國にもいたるトいふ心也。
 
3516つしまのねはしたくもあらなふかむのねにたな引くも  したくもは、下雲也。あらなふは、あらなくトいふ詞也。下に雲はなし、上の根にたな引くもを、見てしのはんトよめる也。あらなふノ、ふもじを、下にトリテ、ふかむノ根トいふ名所なといふは誤也。
 
3517こゝはかなしけ  こゝはくかなしき也。
 
3519ながはゝにこられあはゆく  なんぢか母にきらはれて、我ハ出行ト也。おとこのよめる也。こられは、こらされトいふ詞也トいへるは、あしき義也。
 
3520おもかたの忘れんしたは  おもかたは、面形也。かほのかたち也。
 
3521からすとふ大おそ鳥  からすとふは、からすトいふ大きにおそき鳥トいふ心也。からす飛ト心得たるものも有けりトテ、先賢ノわらはれしこと侍り。東俗は、からすを、大をそ鳥とつねにいひならはすによりて、よ所にてはからすといふ大をそ鳥也トよめるなり。おそトいふ詞は、恐ろしきといふ心と、きたなしトいふ心とにかよへり。或ものかたりに、いせノくにゝて、郡司か家に、子うみける鴉の、夫烏死したりけれは、こと鳥を夫にして、子をはあたゝめすして、くさらかしてけり。されは、からすをは、うきものにして、かくハよめりト侍り。さりなから、させる證文もなきこと(229)也。惣して、からすは、書にも貧鳥トいひて、心貪欲に非常なるものに云ならはしたり。人ノ屍、牛馬ノ斃たるをも、つゝきくらふ鳥ナレハ恐ろしき鳥也。亦日本記に、似烏食糞トいへり。とかくおそきといふ詞は、上に注スルことく、おそろしき心にて、をのつ○《か(朱)》らき  き心も有なれは、いつれにことはりてもたかふへからす。
 
ころくとそなく  鴉のなくこゑノ、ころくトいふやうなれは、兒ろか來ルトなくかと聞心也。
 
3523坂こへてあへのたのもにゐるたつのともしき君  此うたは、たつの、山越てあなたノ田に下居るを、出ていにし夫ノ、遠く行て、亦相かたきにくらへてよめるうた也。
 
3524まをこものふのみしかくてあはなへは  ふのみしかくてトハ、薦を網ムに、苻をいくらもかさぬれは、長く成て、屋ノ内にしくによく合也。苻をみしかくすれは、敷合せられねは、かくよめり。あはなへはトハ、あふことなけれはトいふ心也。上に注せり。其こもによせて、人に相ぬことをよめる也。
 
奥つまかもの歎きそあかする  奥は、海にかきらす、池にも、川にも、田にもいふこと也。水の廣みをいふ也。かもは奥に住ものナレハ、かくいふ。惣して、水鳥は、水の底に入心にて、かものなけきトいふ。水に入ては、息くるしくて、うかひ上りて、長き息ヲつくノ心に、沖つまかもの歎きトハよめる也。其かものなけきを、我もするといふこと也。
 
(230)3525水くゝ野にかものはほのす子ろか上にことをろはへて  水くゝ野は、所ノ名ナレトモ、水をくゞるトいふ心にて、かものはほのすトハよめり。はほは、鴨のはふこと也。のすは、成ス也。鴨の、遠くはふごとくに、わかことばヲも、妹か方へ思ふよしはいひのべて、いまたねずトいへる也。子ろか上といふは、子ろかほとりトいふ也、鴨の、羽ほのめかすトいへる義、まことに不可然。
 
3526ぬまふたつかよはとりかす  是はふたつノ沼に水鳥のかよひて住トいふ心也。
 
あか心ふた行なもとなよもはりそね  ふた行なもは、行らん也。水鳥の、二ノ沼にかよひ住共、わか心は、君ひとりかかたにのみ行也。二行らんトハ、な思はれそトいふ心なり。君をゝきて、亦かよふ方はなしトノ心也。
 
3527奥にすもをかものもころやさか鳥いきつく妹  奥にすもは、住なり。をかものもごろは、雄鴨のごとく也。やさか鳥は、或抄物に、坂鳥のことゝいへり。さらに不相叶。これは、かものいきつきくるしみて、歎きする心也。上に、八尺のなげきトいふこと、委しく注し侍ぬ。鴨のなけきノ、なかき心にて、八尺鳥トいふ也。其鳥のことく、我も妹かためにいきつくトいふ心也。
 
3528水鳥のたゝんよそひ  水鳥の立ヲ、わか旅にたつ心によめり。水鳥は、ことに夫婦を愛するものなれは、わか妹をとゝめ置て、旅に立行をは、水鳥にたとふへき理有て、哀也。よそひは、旅の装束スルこと也。
 
(231)いものらに  いもなろトいふ、同し詞也。
 
3529とやの野にをさきねらはりをさ/\も  とやの野は、所ノ名、をさきねらはりは、菟ねらふトいふことば也。をさ/\もとつゝけ、亦者、ねなへ子故といはんため也。をとうト、五音かよへれは、菟《ササギ》、をさき、ひとつ也、獵師ノ、うさきをもねらふことあれは、かくよめり。をさ/\は、頗といふ字の心ナリ。
 
ねなへ子故に母にころはへ  をさ/\もねぬ子ゆへに、母にきらはるゝト也。
 
3530ゆかくしえしも  ゆかくは、行也。しえしもは、しよしもといふ心也。
 
3531まよひきのよこ山へろ  まよ引は、眉引也。眉は、横に有ものなれは、横山へろトつゝけたり。
 
しゝなす思へる  しゝは、獵人に射ころさるゝによりて、心いたましむるもの也。其ことくに、我も物思ふト也。
 
3532草はむこまの口やますわをしのふらん  春草に、駒のつきては、口をも休めすくふもの也。さて我をしのふトテ、戀し/\なと、口をやすめす、妹かいひおらんよといふ心也。
 
3533人の子のかなしけしたは  人ノ子トハ、人ノむすめ也。かなしけしたはトハ、かなしくては也。
 
濱すとりあなゆむ駒のおしけくもなし  濱すとりトハ、洲に居ル鳥也。すなこノ上をアルクによりて、足ノなやむを、我のれる駒ノ、足ノつかるゝによせたり。人の子の、かなしくて行かよふに、(232)のれる駒は、足をなやむまてになれ共、駒はおしくもなしとよめる也。
 
3535をのがをゝおほにな思ひそ  をのがをゝトハ、己か上をといふ心也。おほは、大よそにな思そ也。
 
ゑますがからに  ゑますは、わらふからにトいふ心也。
 
3536赤駒をうちてさを引心引  うち出て、其を引心も、我かたへ引て、いかなるせなか來んトいふ心也。
 
わかり  我ががり也。わか許なり。
 
3537くへこしにむきはむこうまのはつ/\に  くへは、垣也。くへ垣ナトもよめり。垣こしにかしらさし入て、むきはまは、よくもはまれずして、はつ/\なるへき也。こうまは、駒也。小馬トいふ心也。一本に、うませこしと有。ませも、垣也。同し心也。
 
3538ひろはしを馬こしかねて  ひろは、尋の字なり。一尋はかり有小川なとに、細くかけたる橋なれは、馬こしかねてトいへり。
 
を林に駒をはさゝけ  是一本ノうた也。を林は、只林也。小林トかくべし。駒をはさゝけトハ、駒ノはなれ馳行て、林の中へ遠さかり入て、のるへき駒のなけれは、心のみ、いもがりやるト也。
 
3539あすの上に駒をつなきて  葦の上也。葦邊トいふ心也。
 
あやほかと  あやうくといふ詞也。
 
3540さわたりのて子にい行相  さわたりは、只わたる心也。道中にて、外へわたる女に行相たること也。
 
(233)3541あすへから駒のゆこなす  あすへ、あし邊也。ゆこなすは、行なす也。
 
あやはとも  是もあやうくト云心也。
 
まゆかせらふも  まひなひかせんも也。
 
3542さゝれいしに駒をはさせて  さゝれ石ト、こゝによめるは、河原ノ心也。駒を馳せさせてトいふ也。とりにかしたること也。
 
3543むろかやのつるのつゝみのなりぬかに  むろかやトハ、かやをかりては、人の家に葺故に、室かやトいふ也。つるのつゝみは、所ノ名か、たしかならす。或抄物に、つゝみに、かやを室のことく、刈つみたれは、わたるとて、足のつる/\トはいることゝいへトモ、信用しかたし。案るに、つるは、つらトいふ心なるへし。椿のしげく生ならひたるを、つら/\つはきトいふ心に、かや原の生つゝきたる堤を、むろかやのつるのつゝみと云ときこえたり。なりぬかは、かやノ生立心によせて、なりぬかとよめるなり、上に、池のつゝみのさす柳、なりもならすもといへるうたに思合せて、うたかひなく侍るにや。さてなりぬといふは、思ふことの成によせてよむ也。
 
3546青柳のはらろ河とに  はらろは、柳ノ目ノ張レル河とゝいふ心也。
 
せみとはくます  せみトハ、瀬見也、川瀬を見にとては來ずトいふ心也。
 
3548なるせろにきつノよすなす  なるせろは、河瀬の鳴《ナル》所也。きつノよすなすは、狐のよるなくことゝ(234)いふ義、不可用。きつは、木つみトいふもの也。木つみトハ、木のえた、木のはなとの、水になかれてよること也。よすなすトハ、其こつみのよるやうに成してトいふ也。
 
3549いつゆかも  いつくよりかも也。
 
3550おしていなといねはつかねと  いねつくは、稻つくことを、寢付心によみなす也。此うたは、ねがたき夜をおしてねんとはせね共トいふ心也。
 
なみのほのいたふらしもよ  なみのほは、浪ノ穗也。泊の白く立こと也。いたふらしトハ、いたくふるふトいふ也。浪の、たちさはく音の、たかき心也。日本記に、秀起浪穗之上ト云々。
 
3551あちかまのかたにさ|ゝ《さ(朱)》なみ  さ|く《さ(朱)》(一字朱ニテ消セリ)浪トハ、立こと也。秀起の心なり。上にもくはしく注し侍ぬ。
 
ひらせ 平湍也。たいらかなる瀬也。
 
3552まつかうらにさわゑうらたちまひとごと  まつかうらは、所ノ名也。さわゑは、さはゑ也。うらたちは、むれ立也。ま人ことは、人ノものいひ也。五月蠅ノむれたつごとくに、人のものいひさはくこと也。此うたにも、異説をいへることおほし。わたくしなる儀共也。不可用。
 
おもほすなもろ  おもほすなよ、妹ろトいふ詞也。いもじを畧していへる也。
 
わかもほのすも  わかおもほしなす妹トいふ心也。
 
(235)3553かけのみなとは入しほのこてたすくもか  鹽の入來るものなれは、其によせて、來ずしてすぎめか、入てねむトよめる也。すくもを藻のことゝいふ義是亦あしき説なり。こでたノたもじ、助ことば也。
 
3555まくらかのこかのわたりのから梶の  此うた、枕かのといふを、枕ことはト、むかしより云つたふるは、誤レルかと覺ゆる也。枕香の、こがるゝなとつゝけたりト釋之。しかれとも、上のうたに、まくらがより、、海士のこきくるとよめれは、枕かトいふも、所ノ名、こかのわたりも、同所の名所なりときこえたり。たとへは、かつしかのまゝの浦わトつゝけ、難波のみつナトいふことくなり。さて、からかちは、唐櫓トいふもの也。
 
音たかしもな  かち音ノたかきを、人のものいひにたとへたり。
 
3556鹽ふねのをかれハかなし  をかれは、をくるゝことゝいふ説アレト、うたの理に不叶。をかれトハ、をけれ|ハ《(トカ)》いふ也。舟を捨置によせてよめるうた也。
 
なをとかもしむ  何とかもせん也。
 
3557こく舟の忘れハせなゝ  こく舟は、つねにわが乘故に忘れをかぬの心なり。
 
いやもひますも  彌思ヒ益ト也。
 
3559大ふねをへゆもともゆもかためてしこその里人  へゆもともゆもトハ、臚よりも舳よりも也。舟は、へづな、ともつなつけて、むすふゆへに、男女ノ中を、今も行末も、よくかためをくによせたり。(236)こそは、去年なり。かやうにかためしは、去年よりノことなれは、里人ノきゝもらして、世にや顯れんトよめる也。
 
3560まかねふくにふのまそほの色にでゝ  まかぬふくトハ、黒かねふく也。にふは、所ノ名也。にふは、亦赤キ土ナり。よつてまそほの色にいてゝトハつゝけたり。まそほは、眞蘇芳トいふこと也。丹生は、所ノ名なれトモ、赤土にいひつゝくるは、うたのならひ也、或物に、まそほとは、黒かねふく火ノほのほ也トいふ。此儀不可然。火ヲまそほといふこと。未其證を不見。
 
3561かなとて  金門出なり。かどてすること也。
 
あらかきまゆみひかのれは  あらかき、荒木ノ弓也。ひかのれはトハ、門出する時、妹か、名殘おしみて、袖ヲひかへて有ヲいはんトテ、弓ヲハトリよせてよめる也。
 
あめをまとのす君をとまとも  あめは、雨也。雨ヲ待とては、空ヲあふぎて待ものナレハ、夫ノかへり來ルを待心によせたり。君をとまとも、君を待もトよめる也。のすは、なす也。或抄に、雨待虹ト云リ。不可用。
 
3562ありそやに生る玉も  有磯なり。やは助詞也。
 
3563いそのわかめのたちみたゑ  立みたれナリ。
 
わをかまつなも  我をか待らん也。
 
(237)3564あとすゝか  何としてかトいふ心也。
 
3565はたすゝきうら野山  うらは、上なり。薄が上トいふ心にて、うらのゝ山トハつゝけたり。
 
つくかたよるも  月の片寄也。夜ノ明て、山のはちかく月のかたふきかくること也。上にも、月ノ片よるトよめる歌、七卷に見えたり。
 
3566そわゑかも神におふせん  そわゑは、五月蠅《サハヱ》ナリ。そハさに通し、わハはに同韻ナリ。さはゑなす神とて、あしくよこしまなる神をいふ也。此うたも、戀に死なは、其心をはしらて、五月蠅なす神のために、トリモころされたりトテ、神にや、とがをおふせんト也。
 
3569崎守  異國よりノあたを守らしむるに、東國の武士を、かはる/\つくしにつかはして、崎 ヲかためさせられし也。防人トいへる、是ナリ。第廿卷に、猶くはしく見えたり。
 
3570なをはしぬはむ  汝をは忍はん也。
 
3571をのつま  をのが妻なり。
 
3572あともへか  何と思へか也。
 
ゆつるは  ゆづりは。
 
ふゝまる時  ふゝまるは、いまたひらけぬ若葉ノ心也。含ノ字也。
 
3573山かつらかけましはにもえかたきかけを  山かつらとよめるは、さま/\有。舞姫なとの、日蔭ト(238)いふものをかさしにするをも、山かつらといひ、亦は、曉かたの雲を、山かつらともよめり、歌によるへし。こゝによめるは、山に柴トルものゝかつらを、ねりそトいふものにして、其柴を結こと也。よつて、山かつらかけ、ましはにもトハつゝけたり。えかたきかけとは、其かつらを尋もとめて、まれ/\に得たる心也。たとへうたなれは、其かづらをは、女にたとへたり。
 
3574をさとなる花たち花  をさとは、小郷トいふ心也。小ハ只そへたる字也。小川小野ナトいふに同し。橘ハ人家に殖るものナレハ、郷に有花たち花トいふ也。此うたも、人ノ郷ナルたち花ヲ、女にたとへたり。
 
3575かほか花  かほ花に同し。女にたとへたり。
 
3576なはしろの小なきか花  こなきは、上に注せり。水草の花、紫にさく故に、女にたとへたり。なはしろトいふは、田に苗代せる比、花さくもの也トいへれ共、しからず。こなきのたねを、水にうふるを、なはしろとはよめる也。第四卷に、春日のさとにうへこなき、苗なりトいひし、枝はさしにけんトよみ、亦此卷、上野國のうたに、いかほの沼にうへこなき、かく戀んとや、たねもとめけんトもいへり。
 
あせかかなしけ  何か悲しき也。
 
3577山すけのそかひにねしく  第七卷ノうたに、さき竹ノそかひにねしくトよめる歌に、詞心かはる所(239)なし。竹ヲ、菅にかへたるはかり也。山すけノそかひト云ルハ、山のそかひに、菅の生る心也。山の背《ウシロ》と、山の背とむかふことくに、夫婦せ中合せてねたること也。さて、此うたは、菅ノ根トいふによりて、そかひにねしくとつゝけたりトきこえたり。
 
      第十五卷
 
3578むこのうらの入江のす鳥はくゝもる君をはなれて  此心は、鳥のひなをそ立るに、羽かひノ下にくゝみもちて、あたゝめそ立るなり。ちゝ母の、子をはくゝむトいふも其心なり。たゝし、此うたは、新羅へつかひする人か、妹をはなれて行トテよめるなり。妹かはたへのあたゝかなりしを、わかれて行ては、鳥のひなか母とりの羽かひをはなるゝごとくにて、旅に死ぬへしトよめるなり。
 
3582大ふねをあるみに出し  あるみは荒海なり。
 
つゝむことなく  つゝしむことなくなり。
 
3590いはねふむ生駒の山  いこま山にいはね有ノ心にはあらす。石ふむ駒トいひかけたる詞也。毛詩に、渉彼高崗、我馬玄黄と云々。此心にて、いはふむ駒とはよめる也。
 
3600はなれそにたてるむろの木うたかたも  はなれそははなれたる磯なり。こゝにうたかたとよめるは、寧なといふ心といひたれと、うたゝトいふ詞に、かもじをくはへてよめるにやト覺ゆる也。うたゝ(240)は、アマリにといふやうノ心なれは、久しく此むろノ木ノ立るをあまりなる年をへたりトよめるときこえたり。
 
3601しましくも  しはしもトいふ詞に、くもしを助にをけるなり。嶋によせてよめり。
 
3603青柳のえた切おろしゆたねまきゆゝしき君  青柳の枝切おろしとは、田のほとりには、柳をさし置もの也。小山田の池のつゝみにさす柳トよめる、これ也。春小田にたねまかむトテハ、田つらの堤をしけく行かよふに、柳かえたのはひこりなとしたれは、さはりとなるまゝ、杖きりおろすなり。ゆたねのことは上ニ委くしるせり。ゆたねまきはゆゝしきトいふ詞まふけんかために、上の一句は總して序によみかけたり。ゆゝしきは、いま/\しきといふ心也。
 
3606玉もかるをとめを過て  これはつのくにのをとめといふ所有をとめ塚のこと也。上にくはしく釋之。玉もかるトをけるは海士をとめかしわさに、もをかるものなれは、かくつゝけたり。
 
夏草の野嶋か崎  夏草は野トいはんためなり。野には草の生るに、ことに夏は草のしけりあふ時なれは、とり分て夏草の野島トハよめる也。
 
いほりすわれは  或物にいは宿《イヌル》也。ほりほ欲する也。よつてねんことをもとむる心なりトかけり。僻案也。いほりは菴也。旅ねスルかり菴なり。我は野嶋かさきにかりの菴スルトよめる也。
 
3607しろたへの藤江の浦  上に、あらたへの藤江のうらとよめるに同しこと也。藤は、藤衣によせたれ(241)は、白たへトもいへる也。
 
3613海原をやそ嶋かくり  八十嶋は、只海路には嶋々のかすおはき心也。かくりはかくれなり。
 
3614沖つしら玉ひりひてゆかな  ひりひては拾ひて也。ゆかなはゆかんな也。
 
3616わきも子かなけきの霧  上に此ことくはしく注し畢ぬ。こゝに畧之。
 
3617いはゝしる瀧もとゝろになく蝉  蝉の聲の瀧のことくかしましきといふ義、僻事也。亦瀧の水ノ落るアタリに蝉もなくトいふ儀、共に以僻案也。これは瀧もとゝろになる瀬見トいひかけたる詞也。鳴の字、なるトもよむ。せノなる心を、やかてたきもとゝろになく蝉とはつゝけよめり。
 
3619いそのまゆたきつ山川  いそは石《イハ》也。石まより瀧つ山川トいふこと也。
 
3621かむさひわたる  神さひわたる也。
 
3626たつかなき  たつきなき也。
 
3627いもか手にまくかゝみなすみつの濱ひ  妹かかたちヲよそふに、かたみを手にまつはかしならす心也。かゝみを見つト云かけたり。濱ひハはま邊也。
 
たゝむかふみぬめをさして  みぬめハ所ノ名、上に注したり。たゝむかふハ正しく向ふ目ト云かけたる也。
 
あかこゝろあかしの浦  吾心をは、とけるかゝみのことくにと思ふ故に、心アキラカといひかけた(242)る詞也。
 
あまのをとめは小舟のりつらゝにうけり  つらゝはつら/\なり。列々と、こきならべたる心也。
 
あかとき  あかつき也。
 
わたつみのたまきの玉  わたつみハ海神也。上にくはしく注し畢ぬ。
 
3636家人はかへりはやこといはひしま  たひに出たる人をは、其家人かいはひて、早くかへり來れとねかふ也。祝島トいふ所を、海路にてよむ故、かくはいへるなり。
 
3637たひ行人をいはひしまいく代ふる迄  いはひ嶋の心は、上にいふかことし。嶋は久しきものナレハ、いく代ふるまて祝來ぬらんトハよめり。
 
3638うつしほに玉も刈とふ  うつ鹽ハ落鹽トいふことなるへし。うトおと五音通ス。鹽干に、もをハ刈なれは、落鹽とそ心得られぬる。
 
3646奥つみ浦  海ハ海龍王のしらしむるによりて、奥つ御浦といふ也。
 
3653あかしつるうほ  夜あかして釣魚也。
 
3656君か御舟のつなしとりては  鋼とらではあらしといふ心也。
 
3665いのねらゑぬ  いのねられね也。
 
3667このあがけるいもか衣  此我がきる也。
 
(243)3684なそこゝはいのねられぬト  何そこゝはねられぬ也。
 
3688すめろきの遠のみかとゝから國  遠のみかとのこと、上にくはしく注ス。新羅ハ我か國にしたかひ奉れるから國なれは、遠のみかとゝよめる也。高麗百齊等も遠の朝廷といふへし。
 
家人のいはひまたねかたゝみかもあやまちしけむ  これは旅に死せる人をよめる詞也。家人かいはゝねばか、あやまちはしけむとなり。たゝみかもとは、あやまちといはんため也。たゝみご|り《(もカ〕》)也。たゝみに紋を織つくる、これをあやむしろトいふ。上に見えたり。よつて、たゝみこもあやまちしけんトハつゝけたり。
 
はゝにまをして  母に申して也。
 
3694ゆきの海士のほつてのうらへをかたやきて  ゆきは壹岐の嶋のあま也。ほつては帆手トいふこと也。帆縄ノこと也。海士のことにほつてといひ、さて手といふ字より、うらへをかたやくとは、つゝけよめる也。手占、うら手なといひて、手にてうらなひする故なり。うらへかたやきのことは、上にくはしく注したり。
 
3696しらきへ  新羅人也。
 
家にかゝへるゆきの嶋  かゝへるノ上の加もじハ助字也。かゝよふトよめることし。家にしてかよふといふ心也。抱《カヽ》へるトいふ説、僻こと也。
 
(244)3697もみたひにけり  紅葉しけり也。
 
3712ぬは玉のいもかほすへくあらなくにわか衣手をぬれていかにせん  此うた、ぬは玉といひいてゝ、夜とも黒ともつゝけす。只いもといはんためと見えたり。案るにつねにぬれたる袖をも、妹とぬる夜ハ、ほすもの也。袖卷ほさんいもゝなとよめる、其心なり。しかれは、いもがほすべくといふ所に、夜るぬる心あれはぬは玉とはいひ出せる也。
 
3724君か行道の長手をくりたゝね  道の繩手トいふ心にくりたゝねトハいへり。たゝねはたゝみ也。くりよせたゝみよせて也。
       
あめの火もか|を《(も)》  火は日の精なれは、天の火もかもとよめり。
 
3726あけておちより  明てのちより也。
 
3728ならのおほち  ならの大道ナリ。
 
3731思ふゑにあふものならは  思ふ縁にトいふ也。
 
3732ものもひ  ものおもひなり。
 
3747戀しなぬとに  戀しなぬ間トいふ心也。
 
3748すむやけく  すみやけく也。速ノ心也。
 
3750天地のそこひの浦に  そこひは地の果るかきり也。浦といふは、國の外は大海原にてはつる心也。
 
(245)人はさねあらし  さねはまことにあらしト也。
 
3752春の日のうらかなしき  春の日はうら/\ト有ものナレハうらかなしきとつゝけたり。
 
3755山川を中にへなりて  へなりは隔ト成て也。
 
3759思ひあふれて  思佗て也。
 
3761すゑのたねから  すゑハ先トいふ心なり。先世ノ業界をいふ。今ノ世によきもあしきも、皆さきノ世の殖したねによるといふこと也。
 
3765まつりたす  奉《タテマツ》るなり。
 
3772ほと/\しにき  おとろく心なり。
 
      第十六卷
 
3790足ひきの玉かつらの子  足引とはかりいひても、山に用。むは玉のといへは、をのつから夜ノ心有かことし。かつらは、山に生る故に、あし引の玉かつらトハつゝけたり。
 
いつれのくまを見つゝ來にけん  くまトハ、ものゝかくれたる所をいふ。彼かつら子ハ、人にしのひかくれて、身を投しことをあやしむ心也。
 
3791緑子のわか子かみにはたらちゝの母にいたかれ  此長歌一首并九娘子かよめるうた、此集において(246)難義の第一なり。先賢所釋之、後々僻案の士是を注スルこと有といへトモ用るにたらす。よつて是をさしをくもの也。
 
3806ことしあらは小泊瀬山の石木にもこもらは共に  ことしあらはトハ、此壯士と女としのひてかたらふこと、父母のせめこはくして、事出來りなは、共に死して同し塚に埋れはする共、心かはりはあらしとよめる也。或抄物に、石木にこもるトハ、にけかくれて、共に山に入らんトいふこと也トかけり。僻事也。石城トかけり。石をかまへて作れるおきつきの心なり。同穴のかたらひをなさんノ心是なり。
 
3807淺か山影さへみゆる山の井の淺くは人を  影さへみゆるは、水のきよくしてかゝみのことく万物の影うつろふ心也。山の影ノうつるといひ、人影ノうつるなといふは僻こと也。あさか山トいふ詞によりて、淺くはトうけてよめり。水の淺き心にとるへからすトいへり。
 
3808さか妻すらをかゝみと見つも  己かつまノかほよきは見るにあかす、朝な/\の鏡と覺る心也。つね相見る妻は、めつらしかるましきものゝ、めつらかにあかねは、さかつますらトハよめり。
 
3809商かはりしらすとの御法  商(ナヒ)ものに、價とりかゆることを、商かはりトいふ。しらすは、わかものに領するの心なり。御法トハ法令なり。
 
3810味いひを水にかみなし  男女ふかく思かはしたるはたとへは深味をトヽのへたる飯のことし。しか(247)るを心さしノ變するは、水にかみなしたることし。水は何の味ひなきゆへ也。
 
3811うらへすゑかめもなやきそ  伏羲之時、龜八卦ヲ負て出たるより、龜は吉凶をしめすトしりて、其甲をやき、けふりにつけてうらなひすることゝはなれる也。
 
3817かるはすは田ふせのもとに  此かるはすハトいふことは、いかにいへるにか辨かたし。稻をかる心にていへるとはきこえたれと、はすはトいふ詞、不決之。尋ぬへし。
 
3821つのゝふくれ  見にくゝ賤しきものゝかたちを、鬼にたとへていふ心也。
 
しくひ相にけん  つねにしぐむトいふ詞也。
 
3822うなひはなり  上に注したり。
 
3825すごもしき  薦ひとへはかりしく心也。
 
3831池神の力士まひかも白鷺のほこくひもちて  鷺は池に住むものなれは地神の力士かといふ。力士は神のちから有をいふ。金剛神を金剛力士トいふも、ちからつよけれは也。力士は、鉾をもてるゆへに、白鷺ノ木ノ枝くはへて、トビアルキたるは、鉾を横たへもてるに似たれは、かくよめる也。まひかもとは、鷺ノ空をめくる心なり。力士ノまひをまふかといふ心也。
 
3832くそ遠くまれ  日本紙に、素盞烏尊、見天照大神當新甞時、則陰放※[尸/矢]於新宮ト云々。不淨をなすを、くそまるといふ也。
 
(248)くし造るとし  刀自は女なり。女のわさにくしをはつくるもの也。
 
3834なしなつめきみにあはつき  きみは黍ナリ。或先賢云、君にあふトいふ心也。
 
3836なら山のこの手かしはのふた面に  能因哥枕に云、かしはをは、このてかしトいふ。ひらて共いふと云々。このてかしはと號して、別にはあらす。只かしはなり。小兒の手によくにたる故にいふ也。早蕨を人手をにきると詩に作れるかことし。二面トハ、手にたな心と、たなうらと有によせたり。かにもかくにもねちけ人トつゝけんため也。亦草に、このてかしはとよめることも有。其は別のことなり。
 
3839つふれ石  つふて石なり。
 
3840寺々のめがき申さくおほうわのおがきたはりて  寺には餓鬼を作り置こと有。めがき男がきとて有こと也。大神朝臣奥守か其身やせたる故に、女餓鬼か申しやうに、わか夫に此人給はらん、子をはらまんトいへるといふ心也。
 
3841水たまる池田の朝臣  池田トいはんトテ水たまるとは云かけたり。
 
3842八ほたてをほつみノ朝臣  八ほたてトハほのおほかるといふこと也。 (蓼カ)ハ穗を摘とるものなれはかくはつゝけたり。
 
わき草  腋毛なり。
 
(249)3843こもたゝみへくりの朝臣  こもたゝみ隔とつゝくることは也。上にこもたゝみ隔たてあむかすトよめる、其心にへくり共つゝけたり。日本紀景行天皇の御うたに、こもたゝみへくりノ山の白かしト云々。
 
3844ぬは玉のひたの大黒  ぬは玉は、下に大黒トいはむため也。
 
3845駒つくる土師のしひまろ  土師氏は土を以て人形つくれるより始れり。駒をもつくる故にかくはよめるなり。
 
3847檀越や  檀那ノこと也。佛書に出たり。
 
3848あらき田のしゝ田のいねをくらにつみあたうた/\し  あらき田のしゝ田、上にくはしく注し畢ぬ。あなうた/\しトハ、稻をうつトいふ心にいひかけたり。さてうた/\しは、うと/\しなといふ儀あれト、ひがこと也。うた/\は、うたゝトいふ心也。うたゝは、アマリナルトいふ心なれは、わが戀らくノあまりなりトハよめる也。
 
3849生死のふたつの海  生死の苦海トいふことなり。此きし彼きしノ間を海に比したり。
 
しほひの山  海は鹽干、山はかるゝことの有ル、皆死する相を見する也。次ノうたに、くしらとる海や死する、山や死する。しねはこそ、海は鹽干て、山はかれすれトよめり。同し心也。
 
3853むなき  うなきトいふ魚也。うトむト同音にて、むめをうめトいひ、うまむまなと、ことに通して(250)よむことおほし。此むなきを、草といふ説有か、ことの外の僻事也。水葱トいふ水草のあれは、それ歟と思ひ誤れるにや。
 
3855ふちの木にはひおほとれるくそかつら  ふちの木とは、さいかいしトいふ木也。はひおほとれるとは、はひはびこれるといふ也。くそかつらは、かつらの一名なり。
 
3856婆羅門の作れる小田  はらもんは天竺四姓の其ひとつ也。こゝにてはものゝふやうのもの也。或はいはく、俗にして佛法修するもの也。
 
はたほこ  里のしるしにたつるはた也。其はたつくる木をはたほこトいふ也。
 
3851無何有の郷藐孤射の山  此二所は神仙の住家なり。荘子に見えたり。
 
3858わが戀ちからしるし集め功に申さは  戀に身をくるしめ力をつくしたるは、軍にたちて功をなしたるに同しきトいふ心也。
 
3860あら雄ら  筑前國志加ノ嶋ノ男海士也。
 
3865としの八歳をまてト來まさぬ  あまたのとしを待とこぬと也。
 
3867奥つ鳥かもといふ舟  舟をかもといふこと也。水にうきて行かへるは、鳥のをよくに似たる故也。日本紀、産火々出見尊、豐玉姫に賜るうたに、沖つとりかもつく嶋にわかいねしト有。かもつく嶋は舟つく島トいふ心也。
 
(251)3868あから小舟  あかき小舟也。舟に丹ぬり色とれるをいふ也。
 
3869大舟に小舟引そへかづく共  かつくは舟こくこと也。舟ヲ鳥にたとへて、かつくトハいふ也。十一卷ノうたに、もゝさか舟かつきいるゝトよあるを、舟に米かつき入て積トいへるは、誤なるよし、既に注し畢ぬ。此うたにて思合すへし。
 
3870むらさきのこかたの海にかつく鳥  紫ノ色こきトいふ心にて、こかたの海トハつゝけたり。こゝにかつく鳥トよめるは海士のこと也。
 
3872わか門のえのみもりはむもゝち鳥  もりはむは、盛テはむ也。鳥のこのみくらふに、器に盛ことなけれ共、惣してくいものをは、盛てはむならひナレハ、かくよむこと、ならひなり。もゝちとりは、何となくよろつのちいさき鳥ノ集ルこと也。鶯をいふ説アレト此うたには不叶也。八雲御抄に、鶯はえのみをくふトいへりト云々。これ此うたによりていひならはれる説を、上させ給ふめれと、鶯は榎のみくふものにはあらす。
 
3874射るしかをとむるかは邊のにこ草の身わかきかへに  射る鹿をとむるとは、獵人か鹿を射んとて、もとめ行也。かは邊とは、鹿の皮によせてつゝけたる也。にこ草はわか草のやはらかなるヲいふ。妹かはたへにたとへて、身わかきかへにさねし子らはもとはよめり。
 
3875琴酒をおしたれ小野  琴をは押へ、酒をはたるゝによりて、おしたれ小野トハつゝけたり。琴ト酒(252)ハ賢人隱士ノ愛スル二物なれは、ことさけと、つらねてはいふなり。
 
ひや水の心もけやに思ほゆる音のすくなき道に相ぬかもすくなきよ道にあへるさは  心もけやとは、心もきやといふ心也。ものゝ恐ろしき時は、身もひへ心もいたく肝きえするよし也。音のすくなきトハ人ノ行來たえて、もの音もせぬ夜道ノもの恐ろしき有さま也。
 
いろちせるすか笠小笠  いろちせるは、いとちせるといふ也。糸にてトヂタル笠ノ心也。すか笠小笠は重詞也。菅のを笠トいふ心也。
 
わかうなける玉のなゝつをとりかへても  うなけるは嬰ノ字也。かしらにまつふ玉の心也。下照姫のうたに、をとたなはたのうなかせる玉のみすまるトいへる、同しことは也。玉のなゝつトハ、おほかるかす也。八つを陰數のかきりとす。八つに及ぶかすナレば七つトよめるもおほきこと也。
 
3878はしたてのくま木のやらに新羅斧をとし入わし  はし立ノ倉とつゝく心にて、くまトもいひかけるにや。やらは水の底なる泥を、北國の俗にいふならへり。しらき斧トハ、新羅の國人ハ斧を兵具に持ゆへ也。白木ノ斧トいふ義も有。斧ノ柄をけつりたる心にいふなり。わしは、汝といふノ心也。人を和といふ心なり。
 
3879くま木さかやにまのらるのわし  まのらるの眞ノ字ハ助詞也。のらるハ罵ノ字、酒にえひたる人の、心狂して、詞あらくいさかふ心也。源氏に、醉なきこそのりあひいさかひてトいへる心也。
 
(253)さすひたてゐてきなましを  さすひはさそひたて也。ゐては率《ヒキヰ》て也。
 
3880そもたねのつくゑの嶋のしたゝみを  そもたねのつくゑノ嶋は所ノ名也。したゝみは小貝也。
 
から鹽にこゝともみ  こゝはこゝはく也。
 
めつちこのまけ  女童也。女つちごといふ心也。まけはまふけ也。
 
みめちこノまけ  眉目よき兒トいふ心也。女わらはをいはんとて也。
 
3882ふたかみ山にわしそ子うむといふさし羽にも君かみために  さし羽とは、鷲の羽を矢にさしはぐノ心也。天皇に奉りて御とらしノ矢の羽に用ル心にて、君かみためとはよめる也。
 
3883あなに神さひ  あやに神さひトいふ心也。なとやと同韵なり。あやはくはしき心也。
 
3885いと古き名兄の君  名兄のなは助詞也。兄の君ナルか故に、いと古きトいふ也。年ノたかき心也。
 
から國のとらトいふ神  虎は百獣の中にすくれて武く、道は千里をもかけるはやきけたものなれは、神とはいふ也。日本紀には、狼を汝(ハ)是|貴神《カシコキカミ》トいへり、我朝には、すくれたるけたものナレハ、かくいふ成べし。
 
八重たゝみへくりの山  上にこもたゝみへくりトいへるに同し心也。
 
う月とさ月のほとにくすり獵  くすり狩は草ヲほりなとして、藥ヲもとむるといふ義よろしからす。夏獵して鹿を捕をいふ也。日本紀、推古天皇十九年、夏五月五日、兎田野にしてくすりがりす。鷄(254)鳴時を取て、藤原池上につとひて、あけほのを以テ往之ト云々。きそひかりトよめるも此藥がり也。
 
梓弓やつたはさみひめかふら八手はさみ  やつト云ハ狩人ノあまた弓矢を對スルノ心也。ひめかふらは蟇目鏑矢のこと也。
 
わか角は御笠のはやし  はやしは林の字ノ心也。ものゝかさりトなすノ心ナリ。御笠ノいたゝきに鹿の角をたつることの有けると也。
坪坪
 
わか耳はみ墨のつぼに  鹿のみゝを墨の坩《坪》に用ルにはあらす、御墨の坩《坪》に似たる故なり。
 
わが目らはますみのかゝみ  目ノあきらかなる心也。是もしかの眼をかゝみに用ルにはなけれ共たとへにいふ也。
 
わか爪は御弓の弓弭わか毛らは御筆のはやしわか皮は御箱のかはに  いつれも其もの/\に用らるゝことをよめり。御箱ノかはとは、箱のおほひトスル心也。
 
わかしゝはみなますはやしわか肝もみなますはやし  鹿の肉《シヽムラ》、亦肝は、鱠に作りて、大御食に奉ル故なり。
 
わかみきは御鹽のはやし  みきトハ鹿ノ身にむまき汁ノ有ヲ酒にたとへていふ也。酒を以て食物ノあちはひをとゝのふるによりていふ也。俗にさかしほトいふ其心也。
 
(255)わか身ひとつに七重花さく八重花さく  鹿の身ニ有ト有所、皆用ルに殘る所なし。よつて七重八重花さくトほめたる也。林々トをけるに相應セル讀やう也。
 
3886難波の小江に菴つくりかたまりておるあし蟹を  小江トハ只そへたる字也。小比叡ナトよめるかことし。蟹のあし原に集り居るを、葦ノ庵つくりてかたまり居るとはよめる也。
 
うた人トわをめすらめや笛吹トわをめすらめや  此うた人トハ哥ヲ詠スルにはあらす。うたふ心也。蟹ノ白き沫をふく時に、聲ノきこゆる故に、うたよくうたふト大君にきこしめしてめさるゝかといふ心也。笛ふきト云も其沫をふくによりて也。
 
こと引トわをめすらめや  蟹は爪ノトガレルものゝ琴ヲも引へく手のかずおほき故にかくいふ也。
 
けふ/\トあすかにいたり  今日明日とつゝけんため也。あすかに帝都の有故に、君にめされて、難波よりまいりて、あすかに至ルト也。あすかに宮居し給へる天皇は、先、遠明日香の宮允恭天皇、近飛鳥八釣宮顯宗天皇、飛鳥岡本宮舒明天皇、明日香川原宮皇極天皇、飛鳥清見原宮天武天皇、同藤原宮に持統文武元明三代まし/\けり。こゝによめるは三代ノ内なるべし。
 
馬にこそふもたしかくも  ふもたしは馬のおもかひト云もの也「ふもたしはほたし也。」(以上九字朱書)
 
此片山のもむにれを五百枝はきたれ天てるや日のけにほして  もむトハ百トいふ詞也。にれは木の名也。百木ノにれトいふ心也。五百枝はきたれは、にれノ木の皮を剥て、日にほして、うすにつき、(256)粉にして、賤のくふものなり。日のけトハすくれてよく照日也。
 
さひつるやからうすにつき  からうすは韓國より來れるうす也。さひつるやは、からめきたるトいふ心也。からびたるうすト也。
 
難波の小江のはつたれ  初めてたれたる鹽也。よき鹽を云んト也。
 
陶人のつくれる瓶  瓶壺ノたぐひをつくるを、すゑものつくるトいふ。其人を陶人トハいふ也。鹽ノ器に瓶を用ル故也。
 
我目らに鹽ぬりたべト  蟹を鹽につけむトテ陶人ノつくれる瓶に鹽を盛て、其瓶に蟹をもつくる心也。
 
3888奥つ國しらせし君かそめ屋形  奥つ國トハ、海路を隔たる遠嶋國也。其國を領したる人をしらせし君トハいふ也。そめ屋形は、染物スル屋トいふ義アレトモこゝに不相叶。色とりたる舟ノ屋形也。下句に黄ぞめの屋形、神のとわたるとよめり。其屋かた舟の、海をわたる心也。海は、海龍王ノ住る所ナレハ、神のとわたるトハいふ也。此ことはり、上にくはしく注之。
 
3889人たまのさをなる君  人たまは、人の玉しゐの、火のやうにて飛をいふ也。さをは、只青きこと也。さもしは助字也。人玉は、色ノ青き火也。さて白き色の、あまりに過ぬれは、かならす青み出來るもの也。人の色も白きを猶よくほめんトテさをナル君トハいふ也。源氏ものかたりに、色は、雪は(257)つかしくしろふてさをにト云々。女ノ白色をいへる詞也。
 
      第十七卷
 
3895玉はやすむこのわたり  玉はやすは、玉の林といふ心ナリ。むこの浦をほめて玉しきみてるわたり也トよめるなり。
 
3898あま雲のたときもしらすうたこつわかせ  天雲ノ浮たることくに便りなき也。うたこつは歌乞トかけり。うたかふわかせとそいはまし。よるかたもなくわか身ノ行衛ノうたかはしきよしなるべし。「うたこつの詞未決と云々。」(以上十一字朱旁書)
 
3902櫻花みやまとしみに有ともや  みやまとしみとは櫻は花おほくさけ共、實のくなき心也。まとしみは貧しくの心也。
 
3908たてなめていつみの河  たてをならへて、いとむトいふ心也。崇神天皇十年秋九月に、官軍すゝみて輪韓川にいたる。埴安彦か兵、河をへたてゝ共ニいとみたゝかふ。時の人、其河ノ名を改めて挑川と云。今泉河トいふは訛也と云々。委見日本紀。
 
3910玉にぬくあふち  樗ノ實ノ玉のことくなれは也。
 
3911木のまたちくき  木ま立くゝる心也。
 
(258)3915野つかさ  一説野のきは也。亦云、野のつゞき也。案ルに野つかさは野のかさトいふ心ならん。たかき所をかさといふ故也。上にくはしく注也。或説には、鶯の名也。春野ノ司トなる心なり。
 
3919もとほとゝきす  上にもとつ人ほとゝきすトよめるに同し心也。
 
3921きそひかり  きはひかり也。藥かりトよめるに同し。夏四五月に鹿獵スルこと也。
 
3924山のかひ  山のあひなり。
 
3925とよの年  民のなりはひよくて、國ゆたかならん年なり。
 
3930みちの中くにつみかみ  旅の路中に有神社なり。地祇トかきてくにつかみトよめり。「越中國也。こしの道の中といふ也。」(以上十四字朱旁書)
 
たひゆきもしゝらぬ君  はしめて旅行人ノ心ナリ。しゝらぬハ只しらぬトいふ詞也。文字ひとつたらねは上へ字をかさねて、しゝらぬトハよめり。
 
めくみたまはな  めくみ給はねトいふ也。
 
3940わかせこかつみしをみつゝ  つみしをトハ麻笥にうみをけるをの積れること也。
 
3941うくひすのなくくらたに  毛詩に出幽谷とつくれる心也。ふかき谷は日の目も見えすくらき故也。
 
3942松の花はなかすにしもわかせこかおもへらなくに  松ノ花ハ初春に有もの也。しかれ共まことに花とも見えす、うるはしからぬものナレハ、花のかすトハ思へらすトいへり。わか身人かす共せこ(259)か思はしトたとへたり。
 
3943ふさたおりけるをみなへし  手ふさトいふは手のこと也。上下になしてふさた折トハよめり。遍昭うたに、折つれは手ふさにけかるトよめる同しこと也。
 
3946をかひから  岡邊から也。上にもしるせり。
 
3947遠つ人鴈か來なん  鳥けたもの草木をも人とよむはならひ也。上にも度々しるし畢ぬ。鴈は遠き國よりまたれて來鳴ものナレハかくよめり。
 
3952いもか家にいくりノ森  妹か家に行ト云かけたる也。
 
3956ふなたなうちて  ふなはたうちて也。或云舟ノ棚うつ心也。
 
3957大君のまけのまに/\  まけはむけのまに/\といふ心也。向ノ字也。さし向給ふに任スル心也。
 
3962道をたとをみ  たは助詞也。
 
あらしお  あらち男トいふ心也。あらき男トいふ兵ノ名也。
 
3969いらなけく  いらちなけく心也。「いらなくなり。」(以上六字朱旁書)
 
山きへなりて  山來隔て也。
 
春の野のしけみとひくゝ鶯  飛くゞる也。
 
むるはしみ  うるはしみ也。
 
(260)3973山ひには  山邊には也。
 
ことはたなゆひ  たなは只也。こと葉はたゝ云トいへるこゝろ也。
 
3978心ぐし目ぐしもなしに  心ぐるしきことも見ルにくるしきこともなしと也。【「くしはあやしきなり。奇ノ字。」(以上十二字朱旁書)】
 
わかおく妻  奥つまトいふ也。妻を寶と思ひて秘藏しをく故也。
 
うつゝにしたゝにあらねば  たゝは正しく也。アラネハトハあはねはトいふ也。
 
玉ほこの道はし遠く  路橋遠く也。
 
あふみ路にいゆきのり立  のりたちはのほり立トいふ心也。
 
わをまつトなすらん妹  或抄に、なすらんはなやむらんトいふ心也ト云り。僻事也。われを待身ト成らん妹トいふ詞也。
 
3985そこはとうとき  そこはく貴さ也。
 
すそみの山  すそ邊ノ山トいふこと也。山のスソヲいふ也。
 
3991馬なめてうちこちふりの白浪のアリソによする  馬ならへてむちうつといふ心にいひかけて、をちこちふりトつゝけたる也。ふりは白浪の振トいふ心也。上に此儀くはしく注したり。
 
か行かくゆき  と行かくゆき也。とかくトいふ詞ヲハ此集にかもかくもとよめり。
 
行むわかれす  ゆきもわかれす也。
 
(261)3993まかちかいぬき  櫓枴ぬくこと也。
 
3995みぬ日さまねみ  みぬ日まなくトいふ詞也。さもじは例ノ助ことば也。
 
3998花たち花を花こめに  花こめは花を共にトいふ心也。
 
4000あまさかるひなになかゝすこしの中くぬちこと/\  なかゝすは名立すトいふ也。カトタトカヨヘリ。名のたつトハ名にきこゆる也。こしの中は越中ノ國也。くぬちこと/\、上に注之。
 
とこ夏に雪ふりしきて  とこなつは不斷ノ心也。
 
4001かむからならし  神からならんト也。
 
4003しら雲の千重を押わけあまをゝりたかき立山  あまそゝりトハ天にそゝり上《アケ》たることく高き立山とよめる也。
 
4004かむなからとそ  神なからトいへる也。
 
4006かきかそふふたかみ山  かきかそふトハゆひを折かゝめてかそふること也。ひとつふたつトかそふる心にて、二上山とつゝけたり。
 
あゆの風  越俗詞に東風ヲアユノ風トいふ也。
 
すめろきのおしくになれはみこともち  みこともちは國司なり。日本紀に 司、亦宰。
 
そこもへは  そこはく思へは也。
 
(262)4008わか草のあゆひたつくり  わか草のあゆひトつゝけよめるわか草は只若き心也。若き足は、旅行道につかれ安きことをいはんトテ也。あゆひは、足結とかく。足にさしはくもの也。たひに行時、かならすはくもの也。たつくりは足結をつくる也。たは助ことはなり。亦云、手にてつくる心にたつくりトもいふ歟。
 
4011嶋つとりうかひかとも  嶋つ鳥は鵜をいふ也。嶋は海川の洲なり。洲にゐる鳥は、皆嶋つとりトいふ人|そ《(あ)》れ共、おほかたは鵜のことによみ來れり。日本紀、神武天皇東征之時、官軍ノたゝかひにつかれたるをなくさめて、御うたよみしてのたまはく、たゝなめていなさの山の、この間ゆもいゆきまもらひ、たゝかへは、われはやえぬ、嶋つ鳥うかひか友、いますけにこねと云々。うかひか伴トハ、上に注する安太氏ノ者、鵜をつかふ、其伴類也。嶋つ鳥のこと、今ノ代にも鵜の中に、大きなるを嶋つトハ申めり。
 
やかた尾のあか大黒  鷹の尾にさかり符トテ、符のすちかひに、もとのかたさまへき|わ《(りカ)》たるをやかた尾トハいふ也。大黒トハ大鷹の黒符ナルをいふ也。我か大くろトいふ心也。「大黒符といふは尾スケノ毛迄符ヲ切たるわいふトナリ。」(以上二十四字朱旁書)
 
しらぬりの鈴とりつけて  鈴をよくみかきたる故にしらぬりトハいふ也。「ヌリハ鐸ノ字。日本紀ニヌリテ又ヌテ共ヨメリ。鈴ノ一名也。」(以上二十五字旁書)
 
(263)朝かりにいをつ鳥たてゆふかりに千鳥踏たて  いをつは五百津鳥也。野に雉子ノおほかるをいはんトテ五百鳥千鳥トハよめる也。
 
たはなれもおちかもやすき  手放つトハ手なれし鷹の、そるゝこと也。おちかもやすきトハ鷹の死スルを落ルトハいふ也。わか秘藏せる鷹を思ふ心にて、たはなれやせん、亦死スルこともやト氣つかふよし也。異説皆僻事也。所《(不)》可用。
 
さならへる鷹はなけんト  さは助字也。此鷹にならふ鷹はなけんトいふ心也。
 
たふれたるしこつ翁  たふれたるは、たはれたるといふ心也といへトモ其義しかるへからす。たふれは手古たるといふ心ならん。しこつおきなはしこ翁なり。みにくき翁トいふ心也。しかれは風流の心不相叶歟。年より鷹をすゆる手も古たる翁とよめるなるへし。「タフレタル、日本紀に狂ノ字其こゝろなり。狂したる翁かしわさよとそしりよめる也。」(以上三十六字朱旁書)
 
しはふれつくれ  しはふきしつゝものを告ルノ心也。老者ノ躰也。源氏ものかたりにも、老者はしはふきかち也ト見えたり。
 
けたしくも  蓋ノ字なり。
 
となみはり  鳥網張なり。
 
神の社にてる鏡しつにとり添  しつはしつぬさなり。上に注し畢ぬ。明らかなるかゝみに幣とりそ(264)へて、社に奉りいのるよし也。
 
つなしとるひみの江  つなしは魚ノ名也。ちいさき魚ナリ。
 
いまにつけつる  夢に告つる也。いめト云に同し。皆五音通ノ故なり。
 
4014まつかへりしひにてあれかも  上にくはしく注之。
 
さやまたのおちか  さ山たの、さ文字は助詞也。山田ノ老翁トいふ也。彼鷹そらしめたる翁か氏、山田にて有けれはいふなるへし。日本紀に老翁トかきて、おちとよめり。
 
4015すかなくのみや  しけき心也。
 
4021あしつきとる  河に生ふるもの也。みるのことしト云々。
 
4024立山の雪しくらしも  雪しけらしもといふ心也。雪ノ消こしといふこと也。
 
河のわたり瀬あふみつかすも  河をわたるに水まサリテ乘る馬の鐙につくトいふ心也。
 
4028みなうらはへてな  みなうらは水占也。河の神にうらなひとふ心也。「此こと猶不審なり。」(以上八字朱旁書)
 
4031なかとみのふとのりトこといひはらへあかふいのち  昔天照太神、磐戸にこもり給ふ時、もろ/\の神たち、はかりて、神樂といふことし給ふに、天兒屋根の命、太諄《フトノリ》辭を申て、ふたゝひ日神ノ出させ給ふより、中臣氏、神祇をつかさとり、其太諄辭をつたふ。中臣氏は、天兒屋根命ノ末也。ふとのりトハおほひにすなをなる詞はトいふ心也。中臣祓ノことはこれなり。あかふトハ贖の字也。(265)かの祓を、いひはらへて、有りト有罪科をあかなひて、神ノ御心をなこめ、命なかく成故也。酒を造るにも、此中臣祓をいひて作るならひ也。酒は先神にそなふるものゝゆへ也。
 
      第十八卷
 
4054ともし火をつく夜になそへ  ともし火ノ影ノ明らかなるを月夜になそらへトいふ心也。
 
4058橘のとをのたちはなやつよにも  とをハ十也。香菓ノかす也。十に對して、八代トハよめり。やつ代とはアマタノ代々トいふ心也。
 
4059さかみつき  或説に、御酒宴ノこと也トいへり。いかにしてか、宴をみつきトハいへるならん。案るにさかみトハ榮へトいふ心也《「酒宴ましますの説也」(以上九字朱)》。つきは繼心也。さかへつゝき給はんトよめるなるべし。
 
4060あから橘  赤きたちはな也。色つきたる心也。
 
4063とこ世もの此橘のいやてりに  たちはなはとこ世の國より來れる香菓ナレハ、とこ世ものトいふ也。
 考日本紀に云、垂仁天皇九十年、春二月庚子朔、天皇、命田道間守、遣常世國、令求非時香菓、今橘是也。九十九年、秋七月戊午朔、天皇崩於纏向宮、時年百四十歳。冬十二月癸卯朔壬子、葬於菅原伏見陵。明年春三月辛辛朔壬午、田道間守、至自常世國、則賚物也、非時香菓八竿八縵焉。田道間守、於是泣悲歎之曰、受命天朝、遠往絶域、万里踏浪、遙度弱水、是常世國、則神仙秘區、俗非(266)所臻、是以往來之間、自經十年、豈期獨凌峻瀾、更亦向本土乎、然頼聖帝之神靈、僅得還來、今天皇既崩、不得復命、臣雖生之、亦何益矣。乃向天皇之陵、叫哭而自死、群臣聞皆流涙也。田道間守是三宅連之始祖也ト云々。いやてりは、其實ノ色ヲホメテいふ也。
 
4064とのゝ橘  天子ノまします大殿に有橘ナリ。
 
4065かちの音ノつはら/\  つはら/\はつまひらかトいふ詞也。楫ノ音によせたり。
 
4066ふゝりたり共  ふゝりはふゝみトいふに同し心也。花のいまたひらけさる也。
 
4071しなさかる越  しなは、しなてるやトいふに同し心なり。級階ノ字也。位階トテ位の次第/\アルヲ階ノきさみにたとふ。こしは越路の國也。遠國にして、國も賤しき心に、しなさかるトハいへる也。
 
4078こふトいふはえもなつけたり  戀といふはよくも名付たりといふ心也。
 
4081かた思を馬にふつまにおふせもて  ふつまトハふと馬トいふ心也。太く強き馬に負せんト思ひノおもき心をいへる也。
 
ひとかたはんかも  人のかとはさんかもト也。
 
4082ひなのみやこに  いなかの國々にも、國のも中をは符といふ也。ひなの都は、其心也ト云々。但、此義に先賢ノ傳へられし説有。
 
(267)あめひとしかく戀すらは  あめ人は天人也。人ヲあかめていふ詞也。
 
4085やきたちをとなみの關  刀をとく砥《ト》トいふ心也。やきたちをのヲノ字は乃ゝ字ノ心也。
 
4088さゆりはなゆりも相んと  ゆり花ノゆりとつゝけたる也。ものをゆり合スルハよく合ノ心也。ゆりヲ百合花とかく、其心也。
 
4089たかみくら天の日繼とすめろきの  天子御即位の時、高御座につかせ給ひ、群卿百寮、是ヲ拜し奉ルこと也。天ノ日繼ト申ハ地神五代ノ始、天照大神より皇統相つゝき、日神ノ御跡ヲつかせ給ふによりて也。
 
ひるくらし夜わたし  ヒルくらしは日くらしトいふ心、終日ノこと也。夜わたしは、夜もすから也。
 
心つこきし  心つくし也。
 
4091ほとゝきすいやめつらしも名乘なく  此鳥己レカ名をなく故に、名乘トいふ也。上に注畢。
 
4092いとねたけくは  いとねたましきハト也。
 
4094あし原のみつほの國を天くたりしらしめしけるすめろきの  天孫瓊々|桙《(杵)》尊、あし原ノ國のあるしとならせ給はんトテ、日向國たかちほの嶽《タゲ》に天くたり給ふ御事也。委奥に注也。
 
山川をひろみあつみト奉ル御つき寶  ヒロミアツミトハ廣く厚キ心也。
 
(268)たのしけく  樂く也。
 
したなやますに  下に御心なやますなり。
 
あめつちの神あひうつなひ  うつなひは現形し給ふ心也。天神地祇、相共にアラハレ給ふ心也。
 
すめろきの御靈たすけて  すめろきトハこゝにいへるは皇祖也、神靈ノ助させ給ふ心也。
 
大ともの遠つかみおやノ其名をは大久目もりトおひもちてつかへし司  天孫、天降らせ給ふとき、天の穗日、大來目部、御前に立て、たかちほの嶽にくたれる也。是大伴ノ遠祖也。此こと猶くはしく奥に注之。
 
海行はみつくかはね山行は草むすかはね大きみのへにこそしなめ  大來目部は、御前に立たるものゝふのはしめなれは、海路に死なは水つくかはね、山路に死なは草むス屍トいふ也。大君のへは邊也。君邊トいふ心也。天皇ノ御ために我か命をはかへりみじと言立《コトタテ》したると也。
 
なかさへる親の子共そ  なかさへるは流セルトいふ心也。子々孫々を末流トいふ故也。
 
われをゝきて亦人はあらしトいやたて思しまさる  上にかへりみはせしトこと立トいふによりて、いよ/\くりかへして其言ヲ立ル心也。
 
4096しるくしめたて  しめたては、しめ結立よと也。
 
4097みちのく山に金花さく  天平感寶元年に陸奥國小田トいふ山にて、金をほり出せるをよめるうたの(269)心也。山に万木の花のさく故に、みちのく山には金ノ花さけりトよめる也。奇妙ノ詞也。
 
4101奥つみかみにいわたりて  龍神ノしれる海ナレハ、海のことを奥つみ神トハいふ也。上に度々注し置トいへトモ、見安からんか爲也。いわたりノいハ助ことは也。
 
夜床かたこり朝ねかみ  かたよりトいふ心なりひ コトヨト同韵相通なり。
 
4105しら玉のいほつつとひ  五百つ集《ツトヒ》也。
 
むかしくも有か  ゆかしくも有哉也。 むトゆト同韵相通なり。
 
4106紐のをのいつかり相テ  いつかりはつかり相也。紐ヲつくる心に人ト相ことをよせたり。
 
4108さふる子にさとはす君かみやてしりふり  さふる子は遊女か名也。家持か越中守たりし時、かたらひける也。さトハスノサハ助ことは、トハスハ相かたらふ心也。君トよめるは、我ながら我かことをいふ也。みやては宮路也。皇居をこそ宮路トいふに、いかてかわか家路を宮路トハいふト、うたかふ人あらん。戀のうたノならひにかゝること有。わか妻ヲわかすめろきよとよめることも有。わか身ヲも君トよめは家路ヲ宮てトもいふ也。しりふりトハ行かよふトテ尻うちふりてあるくノ心也。
 
4109つるはみのなれにし衣に  つるはみノ衣のことは、上に注したり。なれにし衣は本ノ妻によせたり。
 
(270)4110すゝかけぬはゆまくたれり  これは驛路の鈴トいふことの有をよめる也。其れは官使として七道へ趣く人は、鈴をきゝて馬やノ長か馬のまふけヲもスル也。大やけに七ツノ鈴を以て、ひとりつゝに給るに、其中に口のかけたる鈴有。其鈴を給はれる使は、道ノほと、よろつにつけて惡しトハいへり。はゆまははいま也。驛路ヲ、日本紀に、はいまちトよめり。此うたは、家持か、もとの妻、都よりおして越中國にくたれることを驚く心にて、鈴もかけぬ驛使のくたれりトハよめる也。
 
4111すめろきの神の大御代に田道まもりとこ世にわたり八ほこもちまゐてこし時々しくのかくのこのみ  こゝに神ノ大御代トハ、垂仁天皇ノ御宇ヲさして申ス也。ことは上にくはしく注之。日本紀のことはを其まゝよめるうた也。
 
春されは孫枝もいつゝ  孫枝トハ、人ノ孫によせて、枝より枝のさまをいふ也。もいつゝトハもえつゝといふ心也。
 
からしみ  かなしみ也。
 
いやさかはえに  彌榮《イヤサカ》へに也。
 
4113まきたまふ  向《ム》ケ給ふ也。
 
4116とりもちてつかふる國  みこともちて國ノ政つかふまつる心也。
 
としの内のことかたねもち  年中ノこと共かさねもちといふ心也。
 
(271)4122馬ノ爪いつくすきはみ  馬ノヒツメノかよふかきりといふ心也。いつくすノいハ發語ナリ。瓜衝心也。
 
わたつみの奥つみやへに  龍宮城なり。
 
4123雲ほひこりて  はひこりて也。
 
心たらひに  心足也。
 
4125うながけり  天かけり也。皆同韵通スル字也。
 
くすしみ  くるしみ也。
 
4126そのへゆも  其上よりも也。
 
4129はりふくろ  針ふくろ也。旅行人に送ルもの也。
 
をのともをのや  をのは己《ヲノ》れ也。
 
4130おひつゝけなから  帶つけなから也。
 
てらさびアリケド  或説に、寺さひといへり。僻ことなり。照さひアリく也。はり袋ヲ帶て身ノかざりとし照らす心也。
 
4131ふさへしに行んト思へと  おさへしにトいふ心也。國のをさへトなる心也。
 
よしもさねなし  まことによしなしト也。
 
(272)4132たゝさにも  立サトいふ心也。たひ立時をいふ也。行さかへるさノさもしに同じ。
 
かにもよこさも  金もおこせよといふ心也。旅行に金をゝくることなれは也。「たゝさよこさはたてさまにも横さまにも也。」(以上十九字朱旁書)
 
やつことそあれは有ける  奴にて我は有トいふ也。よつこともよめり。同しこと也。
 
ぬしのとのとに  ぬしは主君トいふ心也。とのとは殿外にトいふ心也。亦云、殿戸也。日本紀に、崇神天皇ノ御うたに、みわのとのとにト云々。
 
4133すりふくろ  火打を入ル袋也。火をすり出すものなれはかくよめり。
 
おきなさひせん  老のされはみたるともいへり。うたにもよるべし。只翁めかんトいふ心也。
 
4136山のこぬれのほよとりて  ほやトいふもの也。寄生トかけり。やとり木共いふ也。ほやは、或は古き木の俣ナトに、こと木ノはへ出たるをいふことも有。また木にハヒかゝりて有かつらをもいふ也。こゝによめるはかつらのこと也。
 
ちとせほくとそ  ほくはいはふ心也。日本紀に、祝ノ字、ほきてトよめり。
 
4137ときしけめやも  トきしくやもといふ也。ときしくは不斷ノ心なり。上に度々注之。
 
4138春雨にこもりつゝむ  雨こもり雨つゝみなり。
 
(273)      第十九卷
 
4139もゝの花下照道に出たつ妹  桃花の紅なれは、下てる道といふ。詩に、桃の夭々たるといへるも、女のたとえなり。よつて桃花のもとに出立る妹といふ也。
 
4140はたれのいまた殘りたるかも  殘雪の心也。
 
4141羽ふりなくしぎ  鳥はなかんとて羽をふるう也。
 
4143かたかこの花  春花さく草也。かたかしの花といへるはあやまれる也。
 
4144つはめくる時に成ぬと鴈金は  燕と雁とは同く、とこ世に住鳥也。春秋かはる/\に往來するもの也。
 
4148さをとるきゝす  さは例の助ことは、躍るきじ也。山野をおとりありく心也。
 
4149足引の八峯のきゝす  足引は山也。八峯は、嶺のおほき心也。或説に、雉子はたけき鳥にて、奥山に住時、八の峯を領して、外の鳥をよせすなといへり。此鳥のたけきは定なれ共、八峯領するの事は、不可然。八峯の椿共よめるに同し心也。
 
4152八峯の椿つはらかに  椿はつはらかとつゝけんとて也。つはらかは、つまひらか也。
 
4153から人も舟をうかへてあそふてふけふそ  是は三月三日曲水宴の心をよめる也。此宴は、周成王の時、周公旦、城洛邑にして流水に酒をうかへ、宴をなし、群臣を集めて、たのしみをなすを始とす(274)と云々。秦昭王、三月上巳に、此宴をなす時、金人出來りて、劔をさゝけて、君をして秦及西夏をたもたしめ、天下に覇王たらしめんと申てさりぬ。其ことはに不違、昭主終に諸侯の覇王となれりけり。魏文より後、三月三日をさためて、上巳を不用と也。將亦此日もろこし人舟にのりてあそふこと、其證多かり。文集にも開成二年三月三日、河南尹李待價洛濱に禊するの時、白居易劉禹○《「錫」(朱)》等、一十五人を率して、舟中に宴して、斗亭より魏堤栢津橋を歴て、あしたより暮に及て遊興し、たのしみをきはむと見えたり。
 
4154ことはさけ見さくる  物いふこと相見ることの共に遠さかれる也。
 
4155ましろの鷹  目の上の白き鷹也といへとも、只眞白符の鷹ときこえたり。
 
4158鵜やつかつきて  八頭は上に注せり。かつきてとは、鵜を籠に入、になひ出ることゝいふ儀有。案るに、水の中にかつきて、魚とる鳥なればかく云也。
 
4159いその上のつまゝ  いそは岩也。つまゝは木の名なり。先賢のつたえ、別に有。
 
4160にはたつみ  雨ふりて庭にたまる水也。
 
4164ちゝのみのちゝのみことはゝそ葉の母のみこと  ちゝの實は木の實也。葉は山もゝのことくして、實は胡黏子のことしと云々、伊豆國に此木多しといへり。ちゝのみことゝつゝけんためにいへる也。はゝそはは柞の木の葉也。母とつゝけんか爲也。
 
(275)おほろか  おろそかなり。
 
なくやもち千尋射わたし  七尺を一尋といふ。或は云八尺也。千尋は遠く射わたす心也。
 
さしまくる心障らす  さしまくるは差向ル心也。戰場に向心なり。
 
4166八千くさに草木花さく  草木の數かきりなく花さく心也。
 
しなえうらふれ  思しなへうれふる心也。
 
鶯のうつしま子かも  うつしは現也。ま子は眞子也。鶯の現在の眞子かといふ心也。時鳥のひなは、鶯の巣より出ること、上に注し畢ぬ。
 
4169松柏のさかえいまさね  かえとはかやの木也。松柏は、霜にもかれぬものにいへり。人のさかりも此木のことくに、ときはにさかえましませといふ心也。
 
4182とりてなつけな  とりてなつけんなといふ也。
 
4183時鳥飼とらせらは  ことしの夏とりて、來年まてのこと也。
 
4187小舟つらなめ  つらねならふる心也。
 
4191とらさん鮎のしかはたは  しかとは其かといふ心なり。はたは初《ハツ》ほといふ心也。鮎をとりて、其ほつをは、我にかきむけ得させよと也。
 
4192青柳の細き眉根をえみまかり  柳の細き眉根とは、みとりの眉の心也。えみまかりとは、わらふ時、(276)ほそき眉の、三日月なとのことく、まかる心也。
 
ゆふ月夜かそけき  かすけきといふ詞也。幽なり。
 
4195いつへの山  いつくの山といふ心也。名所に用來るは僻こと也。
 
4197いもに似る草とみしよりわかしめし野への山吹  山吹のにほひやかなるを、妹かかたちに似たりと也。山吹にもかきらす、うつくしうたはやかに咲たる花をは、何をも妹にはたとふへし。
 
4204ほゝかしは  朴の木の葉也。かしはのことく也。衣蓋に似たりとは、葉の青やかに廣き故也。
 
4206月夜あきてん  月夜あかく有てんとの心也。
 
4207時をまたしみ  時いまたしき也。
 
4211くすはしき  若しきといふ心也。或云くはしきといふ詞也。
 
なひく玉ものふしのまも  玉ものなひきふす心にいひかけたり。ふしのまは、しはし也。
 
つけをくししかさしけらし生てなひけり  是はうなひをとめか塚の上に、女のしるしにて、つけの小櫛をさしたれば、其まゝ生つきて、なひくまてになりたりと也。
 
4217卯花をくたすなかめの水はな  五月に長雨ふりて、卯の花をくたすを、卯花くたしといふ也。長雨なれは、大水の出來る也。
 
4220おきつ浪とをむまよひき  奥つ浪は、とトつゝけんため也。浪の音を浪音《ナミト》とよむ故に、かく云かけ(277)たり。とをむまは、十馬也。よ引はより引こと也。
 
4225山のもみちにしつく相てちらん山路  紅葉と山の雫と相あふて散こと也。
 
4227大とのゝ此もとをりの雪  大とのとは宮所也。もとをりとはめくりといふ心也。
 
4230ふる雪をこしになつみて  腰といふ字をかきたれ共、越路のこと也といふ義よろしからす。腰のたけにふりつもれる雪の中を、なつみ來れる也。夏草を腰になつみて、ともに上によめり。草のたかきこゝろ也。此所、雪の積こと四尺と云々。
 
4232雪嶋のいはほに生るなてしこ  雪島とは名所にあらす。雪の巖につもれるかたちをいふ也。なてしことよめるは、まことのなてしこにあらす。なてしこは岩に生立て、花さくものなれは、岩に雪のふりかゝれるか花とみゆれは、なてしこは是也とよめる也。
 
4235天雲をほろにふみあたしなる神  或説に、ほろにふみあたしは、はれにいたしといふ心也と云々。不可然歟。ほろとは、原といふこと也。五音通也。國の眞原をは、まほらといふかことし。天雲を天の原に踏わたして、なる神といふこと也。古今集に、天の原ふみとゝろかし、なる神とよめるに思合すへし。
 
4236ひかる神《カミ》鳴《ナリ》はたをとめ  いなひかりして神なりはためくの心にて、いひかけたり。はたをとめとは、はたおるをとめといふ心也。案るに、なりはためく音といふ心に、はたをとめとはつゝけたり。
 
(278)4239ふたかみの峰上のしゝにこもにしは  しゝはしけ木なり。こもにしはこもりしなり。
 
4245日の入國  もろこしの心也。日本より西にあたりて遠けれはかくいふ也。
 
4254蜻島やまとの國を天雲にいは舟うけてと|り《(も)》にへにまかひしゝぬきいこきつゝ國見しせして  日本紀に、饒速日命、天磐船に駕して、大空をめくりて、此郷を見て、こゝに天降給ふ。これによつて空見山迹國とは名つくといへり。上に注し畢ぬ。
 
よもの人をもあてさはす  あてさはすとは煩らはさすといふ心也。
 
たひみねく たゆみなく也。
 
こまぬきてことなき御世  こまぬくとは、兩袂を前にして、左右の手をくみちかへて居ること也。世治りて無事なる時は、手を安めて有躰也。
 
4262からくにゝ行たらはして  行足の心也。
 
4263くしもみじ屋中もはかじ  夫の旅に出たる跡には、三日其妻は櫛をとらす、屋中をもはかぬことゝいひならへり。
 
4264大神のしつむる國  神の中にすくれたるを大神と申なり。大かたは大三輪神をさしてよむ也。
 
よつの船  遣唐の船也。もろこしへつかはすには、大使、副使、判官、主典の四人をさしつかはすによりて、四つのふねとよめる也。
 
(279)4265しらかつきわかものすそにしてゝまたなん  しらかつきは木綿のこと也。
 
4266とよのあかりみせますけふは  とよのあかりの節會は、十一月中辰日也。昨日新甞會行はれて、神に供せられし※[月+乍]《ヒモロギ》を、今日天子もきこしめし、臣下にも賜はんために、節會行るゝを申也。此うたは其心なり。但、諸の節會を、とよのあかりと申へきよしは宣命に見えたりと云々。
 
嶋山にあかる橘うすにさし  嶋山とは蓬莱ノこと也。たちはなは蓬莱より取來れる菓なれは、かくよめり。あかるとは、あから橘といふかことし。うすは、かむりのかさり也。くはしく上に之を注之。
 
千とせほきほきゝとよもしえら/\につかへまつる  ほきは祝也。上に注ス。とよもしは、とよむ也。千歳といはふ聲々のとよめくこと也。えら/\とは、ゆら/\といふ詞也。玉のをのゆらく心に長くと云んかため也。
 
4274天にはも五百つ綱はふ  いをつ鋼はふとは、たとへは、皇居たてらるゝの地に鋼を張て、定るこゝろ也。天《アメ》といふは、天皇のおらしめ給ふによつて也。
 
4275黒酒白酒《クロキシロキ》  酒に黒つくり白つくりとて有こと也。
 
4277袖たれて  袂ゆたかなとよめる心也。
 
4278山下日かけかつらける  新甞に預ル人々、小忌衣を着し、日蔭をかさす也。日蔭の糸とて、くみたる糸にて、此かつらを結ひつくると也。
 
(280)4280しき嶋の人はわれしくいはひてまたん  しき嶋とは、此秋つ國の惣名にもいへとも、こゝにいへるは大和の國也、日のもとの室原とよめるかことし。大和國に、しきといふ所も有、欽明天皇の皇居にしき嶋金刺宮とて有し所也。後々の歌に、しき嶋やたかまと山なとよめるも、やまとのたかまと山といふ心也。大和國は、豐葦原の國のも中なれは、わか國の惣名をあらはす也。われしくのしくの字は、助詞也。
 
4284いむれてをれは  いは發語、群《ムレ》て居る也。
 
4291いさゝむら竹  ちいさく生たる竹也。
 
4292うら/\にてれる春日  うら/\は遲々とかけり。春日の永くして、くるゝことの遲きこと也といふ儀も有共、只日の空を○《「わたる」(三字朱)》影の遲きゆ|え《(ゑ)》也。さのみは、たかはさる心也。
 
      第二十卷
 
4293足引の山  我か國のはしめ、泥土よりなりて、いまたかはかさるの間、人皆山によりて住り。しかる間、往來の人跡、○《「山」(朱)》にのこりける故に、足引の山迹とはいへり。それより此かた、足引の山とはかりもいひならへり。異説樣々有といへとも不可用。
 
4299とし月はあたら/\に  新々なり、うつりかはることのはやき心也。
 
(281)あからかしは  赤き柏なり。
 
4310あまの河いしなみをかは  石並へ置はといふ心也。
 
4315宮人の袖つき衣秋はきに  袖つきは繼心にいへる説、僻こと也。袖着衣也。ものにつく心也。こゝによめるは、秋はきの花の色に、すりつきたる衣の心也。
 
4316たかまとの宮のすそみの  たかまとの宮は※[草冠+峰の旁]上にあれは、其山のすそをは、宮のすそみといふ也。すそみは、すそ邊といふ心也。
 
4317をとこをみなの花  をとこをみなは大とちといふ草也。女良花のことくにて、花の白くさく也。これをはこのてかしはともいふと云々。
 
4320ますらをのよひたてしかはさをしかの  ものゝふの、野に入て、獵聲をたてゝ鹿を追出す心也。或ものには、獵師か笛をふきて、鹿よふことゝ云へり。不可用。哥の理りを思ふへし。
 
4321かしこきやみことか|ゝ《「ら」(朱)》(一字朱ニテ消セリ)ふり  かしこき命は勅命也。かゝふりはかうむりといふ心也。
 
あすゆりや  明日よりやといふ心也。
 
かゑかいむたねをいむなしにして  かゑかいむとは、かれか妹といふこと也。たねはとねといふ心也。かの妹とねたるを、あすよりは妹○《「なし」(朱)》にせんとよめる也。
 
4322のむ水にかこさへ見えて  かこは影也。ことけと五音通せり。或抄にかこは貌《カホ》也といへり。不宜。
 
(282)4323何すれそはゝとふ花  何すれそは、何とすればそといふ也。はゝとふは、母といふ花也。
 
4324とへたをみ  遠江なり
 
こともかゆはん  言もかよはん也U
 
4326ちゝはゝかと|の《(マヽ)》しりへのもゝよ草  ちゝはゝか居たる殿の後なり。もゝよ草は、先賢の傳、別に有。
 
4327いつまもか  いとまもがなといふ心也。
 
4328いそにふりうのはらわたる  磯《イソ》に觸《フレテ》、海原《ウナハラ》わたるといふ也。海路を行心也。
 
4329やそ國  八十ある図にあらす。只おほくの國々也。
 
舟かさりあかせんひろを  舟かさりは海に發たる時の心也。あかせんは、我かせん也。ひろは日也。ろは助詞也。舟たちする日の心也。
 
4330いたてまからん  立罷ラムなり。いは例の發語也。
 
4331あしか散なには  葦の花のちる難波といふ心也。
 
つゝまはす  つゝみなくといふ心也。上に注之。
 
4336さきもりの堀江こき出るいつて舟  崎守のほり汀とて有やうにいへり。僻こと也。是はつくしの崎を守りにとて、つかはさるゝものゝふ共か、なにはの堀江より發船して行心也。いつて舟は、五手(283)舟也。櫓二丁立るを一手といふなれは、十丁立るを五手舟といふ也。亦、伊豆出舟といふことも有。應神天皇三年冬十月に、伊豆國におふせて、長サ十丈の舟をつくらしむ。海にうかふるに、かろくはやくして、疾行事馳るかことし。其名を枯野と云と云々。委見日本紀。
 
4337ものはすきにて  物いはす來てといふ心也。
 
4338たゝみけめむらしかいそ  たゝみけめはたゝみ薦也。こも草かり集めたるを村といふ心にて、たゝみけめ、むらしか磯とはつゝけたり。するかの國名所也。
 
はなりそ  はなれそなり。上に注ス。
 
4339あとりかまけり  あとりは我レひとり也。かまけりのか文字は助詞也。われひとりまかりと云詞也。
 
4340みつくしら玉  しつく白玉といふに同し。
 
4341たちはなのみゑりの里  橘の實をゑるといふ心(一字朱)に云かけたり。
 
4342おめかはりせす  面かはりせすと也。
 
4343わろたひは  我たびはといふ也。
 
たひとおめほと  をめほとはをもへどゝいふ心也。
 
こめちやすらん  こめちは思ひといふ詞也。ことをと同韵也。めともと五音かよへり。ちとひと亦同韵也。思ひに痩らんといふ詞也。
 
(284)4345わきめこ  わきも子なり。
 
うちゑするするかのねら  うちよする駿河の根ろとつゝくる詞也。上に注し畢ぬ。
 
くふしくめあるか  戀しくも有哉と云心也。
 
4346さくあれていひし詞  或抄に、さくあれとは、さくりしてなく/\いひしことはといへり。僻こと也。幸有《サキクア》レトいへる詞也。旅行わか子を祝ひていふ心也。さくあれとゝいふを、あれてといへるは五音のかよへる也。
 
4349もゝくまの道  百曲の道なり。遠きをいふ心也。
 
4350にはなかのあすはの神にこしはさし  上總國に阿陬方の明神と申神のましますに、其神にいのりせんとては、庭に小柴をさして祈ることのあるなりと、俊頼朝臣いへるなり。異説あれ共不可用。
 
4351旅衣やつえかさねて  八重重て也。
 
4352道の邊のうまらのうれにはほまめのからまる君  うまらはむはら也。はほまめははふ大豆《マメ》也。まめのつるか、むはらの末にからまれることく○《「つね」(朱)》にまつはれたる君とたとえたる也。
 
4353いへかせは日に/\ふけと  わか古郷のかたよりふきくる風の心にて、家風とはよめり。つねに家のかせとよめる儀にはたがへり。
 
4354たちこものたちのさはき  たちこもは立鴨也。鴨の水をたつ時、おほくさはきし心にていへり。
 
(285)4355みてやわたらも  見てや渡らん也。
 
4357あしかきのくまとに立て  葦垣のくみ戸と云心也。
 
袖もしほゝになきしそもはゆ  しほゝはしほ/\也。泣しそもはゆは、泣しそ思はるゝと云こと也。
 
4358わぬとりつきて  我にとりつきて也。我を和奴といふこと、上にも注之。
 
4359つくしへにへむかる舟  筑紫の邊へ、へ先のむかふ舟といふ心也。
 
くにゝへむかも  國の方へ、いつかへむかんと也。
 
4360今のをにたえすいひつゝ  今のをは緒と云心也。年のつゝくを年の緒と云心にて、たえすとはつゝけたりときこえたり。
 
あま小舟はららに浮て  はら/\とうかひて、おほくつとふ心也、或先賢云、はららは、みたれたる心也。
 
そきたくも  そこはくと同しこと也。
 
おきろなきかも  をくかなきと云詞に同し。おきろのろもしは助詞也。行衙なき心也。
 
こきはくも  こゝはくといふ詞に同し。
 
4363み舟おろすゑやそかぬき  おろすゑは舟をろしすゑなり。やそかぬきは八十楫貫也。
 
(286)4367あかもてのわすれもしたは  アガモテハわか面テ也。
 
4369さゆるの花のゆ床にも  さゆるは、さゆりの花なり。ゆ床は、夜とこ也。ゆりは、ゆり合スルの心にて、妹と相共にぬる夜どことは云心也。亦云、さゆるのゆもじをとりて、ゆ床とはつゝけたり。
 
4370すめらみくさ  皇御軍《スメラキノミイクサ》也。官兵にさゝれて來たれるよしよめるうた也。異説皆僻こと也。
 
4372足からのみ坂たまはり  たまはりのたは助ことは也。只マハル心也。
 
あれはくゑゆく  吾は越行也。
 
たしやはゝかる  立や憚ル也。
 
むまの爪つくしの崎にちまり居て  馬の爪衝といひかけたり。ちまり居ては、とまり居て也。
 
もろ/\はさけくとまをす  もろ/\は衆の字の心也。つくしに發向の軍衆也。さけくとますは幸《サキク》と申也。
 
4373大君のしこのみたてと出たつ  しこはそこといふ心也。みたては、楯也。異國のあた防かんとて、むかふは、敵軍の矢先の楯となる心也。「日本紀捕鳥部萬(カ)曰、爲(テ)2天皇|楯《ミタテトモ》將v効《アラハサント》其勇(ヲ)、而不2推問《トヒタマハ》翻《カヘリテ》致(ス)3逼迫(コトヲ)2於此窮(ニ)1。」(以上二十七字及訓點朱書行間)
 
4374さつやぬき  薩失貫也。失いくすちをもさす心なり。さつはものゝふのこと也。
 
4375いは人  家人なり。
 
(287)たゝりしもころ  立りしことくといふ心也。
 
4376あもしゝ  父母といふ詞也。妹といふ儀不可用。
 
4377あもとし  母刀自也。刀自は女ノつくる詞也。
 
4378つくひよは  月夜也といふ儀不可用。月日ノ事なり。
 
すくはゆけ共  過は行ケ共也。
 
忘れせなふも  忘れせなくも也。
 
4382ふたほかみあしけひとなり  此ふたほかみといへる詞未決。異説アレトモ用かたし。哥の心を以テ案るに、此たひ、筑紫の崎守共をもよほしたてし、國の守をやよめるとそきこえたる。あしけひとなりは、其ひとゝなり、あしきとそしる詞也。
 
あたゆまゆ  價《アタヒ》まひなひ也。
 
さきもりにさす 崎守にさし定メタルノ心也。
 
4383舟よそひたしてもときに  ふなよそほひたちてん時といふ詞也。
 
4384あかときのかはたれ時  あかときは曉也。曉のほのくらきを、かはたれ時とよめる也。彼は誰そといふ心也。黄昏ヲ、たそかれ時といふに同し。
 
しまかきをこきにし舟  嶋かくれをこく舟也。
 
(288)4385ゆこさきになみなとえらひしるへには子をらつまをらをきてらも來ぬ  ゆこさきは行先也。なみなとえらひは、浪の渡を得る心也。東兵かつくしへ趣くによりて也。 しるへはしりへ也。後《ウシロ》ノ心なり。行先には海路ヲ得、跡のかたには、子と妻とを置て來れりといふ心也。しるへを指南《シルベ》なといふ儀は、大に僻《「める儀也。」(朱)》こと。
 
4386わか門のいつもと柳いつも/\  五もと柳はいつも/\とつゝけんため也、晋の陶淵明か門に五もとの柳を殖テ、五柳先生といはれしことを思てよめるならん。
 
おもかこひすゝなりましつしも  おもは阿母トいふに同しこと也。こひすゝは戀する也。なりましつしもとは、なりましまさんつもといふ詞也。われを、わか母の戀すとなり給ふらんトいふ心也。
 
4387ちはのぬのこのてかしはのほゝまれと  千葉の野なり。このてかしはは上に注ス。ほゝまるはふゝまると同し心也。
 
たかきぬ  高く來たりぬ也。ます高に山も越きぬとよめる心也。たかきは、をのつから遠き心なれは、只はる/\と來るよし也。
 
4388たひとへどまたびに成ぬ  旅といへとも、しはしのたびは、たひ共なし。わかたびこそは、眞《マコト》の旅には成たれと云心也。日數をふる旅をいはんため也。
 
いへのもがきせし衣  家の妹かきせし衣也。
 
(289)4389にはしくも  海上日よりのよきを、にはと云。しくは助ことはにそへたり。
 
おもはへなくに  をもほえなくに也。
 
4390むらたまのくるにくきさしかためとし  むらたまはかすおほき玉也。くるにくきさしとは、緒をさしとをす也。玉をぬけは、莖とは云也。くるとは玉の緒なれは、くるといふ。かためとしは、かためてしといふ心也。玉のかす/\みたれぬやうに、莖さしかためてしといふ也。わか妹と、かたく契置てあたし心出來まじきのたとえ也。
 
いもかこゝりはあよくなめかも  妹か心はあやうくもなきといふ詞也。
 
7392あめつし  天地なり。
 
4393みことにされは  命にしあれはといふ詞也。
 
4394ゆみのみに  夢而已なり。
 
4398はろ/\に  はる/\になり。
 
負そ矢のそよとなるまてなけきつるかも  泣聲のたかく響くにつけて、背に負たる征矢もそよぐと云心也。
 
4401おもなしにして  母なしにてと云心也。
 
4404つけしひもがを  ひもがのがもし助字也。著たる紐なり。
 
(290)4406わかいはろに  わか家也。ろは助ことは也。
 
4407日なくもりうすひの坂  日のくもりて薄日といひかけたる詞也。
 
戀《(忘)》らゑぬかも  戀《(忘)》られぬ也。
 
4408たくつのゝしらひけの上  たくつのは、たくひれといふに同し。ひれは、かしらにもかくるものなれは、角ともいふ也。たくは白きといふ詞なれは、しらひけとはつゝけたり。
 
なけきのたはく  歎きのたまはく也。
 
かこしもの只ひとりして  鹿は子をうむに、大かたひとつつゝうむ也。よりて人も、ひとり子もてるをは、鹿子によする也。
 
かくみ居  かこみ居ること也。
 
をかのさきいたむことに  岡の崎也。イタムルノイハ發語也。まはるを、たむるといふ也。
 
4410みそら行雲もつかひ  雲の使せし例はなけれ共、はる/\とわか思ふ方へも行かへるものなれは、雲もつかひとはいへる也。
 
4413せろか馬きこん  せろは夫也。きこんは重詞也。
 
つくのしらなく  月のしらぬ也。
 
4414うつくしきま子か手はなれ  ま子は孫にあらす、眞子也。
 
(291)4415白玉を手にとりもしてみるのすも  とりもしてはとり持て也。みるのすは、みる成すと云心也。上に此詞おほかり。注之畢ぬ。
 
4417あか駒を山野にはかしとりかにて  はかしは馳しと云こと也。馬をにがしたる心也。とりかにては捕かねて也。
 
玉のよこ山かしゆかやらん  むさしの國横山は、兒玉の郡なれは、玉のよこ山といふ也ト云々。かしゆかやらんは、歩よりかやらんと也。
 
4418まことなれ  まこと汝と云ふ心也。
 
つちに落もかも  地に落むかりも《(マヽ)》。
 
4419あしふたけとも  葦火たけ共也。
 
戀しけりはも  戀しくもやもと云心也。
 
4420あかてとつけろ  吾か手とつけよ也。
 
これのはるもし  此針を持てと云心也。
 
4421あしからの嶺はほ雲  嶺はふ雲也。長くたな引わたるを、はふとはよむ也。
 
4422あやにかもねも  あやはものゝくはしき詞なれは、あやにかなしきなどよめり。こゝによめる心も、あやにかなしくてかも霞むといへる心なるへし。思ふ心のよみつくしかたくては、詞を略すること、(292)古き哥のならひ也。あやに戀しくてともいふべし。
 
4423あしからのみ坂にたして  御坂に立て也。
 
さやにみもかも  さや○《「か」(朱)》にみむかも也。
 
4424みさかたはらば  たはらはとは、手折らはといふ詞也。山のかたおり、嶺の手折とて、こなたより上りて、かなたへ下る所也。亦左のかたへ行て、右横をる道をも、手折るとはいふ、同し心也。
 
4425ものもひもせす  もの思もせず也。
 
4427まゆすひにすひし紐  眞結にふすひし紐といふこと也。
 
とくらくもへは  解ル思へば也。
 
4428わかせなをつくしはやりて  筑紫へやりて也。
 
えひはとかなゝ  帶は解ことなくといふ也。
 
4429馬屋なるなはたつこまのをくるかへいもかいひしを
此うたは、馬やにつなける駒の繩○《「たへ」(朱)》て馳るは、早きもの也。をくるがへはをくるゝかは也。旅に、夫の出行とき、其妻のしたひて、をくるましきよしいひしといふこと也。或説に、ふしたる馬の起ることなといへり。淺ましさ僻こと也。
 
4430あらしをのいをさたはさみむかひたち  あらしをはあらち男也。いをさたはさみは、五百矢手挾なり。或抄物に、いは弓のこと也といへり。是亦僻こと也。むかひたちは、弓をとりて的にむかふと(293)いへるも、皆わろし。是は彼崎守に、國を出て發向する心也。やとサと同韵なれは、五百さ手はさみとはよめり。日本紀に、天照太神、五百箭之靱を負給ふと云よ。矢のかすおほくさせるをい|わ《(は)》むとて也。
 
かなるましつみ  なりをしつむる心といふ儀不可用。かゝらましとゝいふ心也。
 
4431さゝかはのさやく霜夜  さやくは、さはく也。ささのはの音さむき霜夜也。
 
4432さえなえねみことにあれは  さえなへぬは障なき也。みことは勅命也。勅をはうけかはぬものとてなけれは、障なしと也。
 
4434ひはりあかる春へとさやになりぬれは  春へはこゝにては春日なり。へとひと五音かよへり。春日さやかに照スこゝろ也。
 
4446いやおちにさけ  彌後にさけといふ也。
 
4449うつら/\見まくのほしき  うつら/\はつら/\也。ねん比にみたきといふ心也。
 
4453秋かせの吹こきしける花のには  吹こきしけるとは、秋の花共をこきをろすことく、ちらせるによりてかくいふ也。俊頼朝臣か、み山おろしは手もなくて、いかて木葉をこきおろすらんとよめるも此心なり。
 
4455ひるはたゝひて  たゝひては、立てといふ心也。
 
(294)4458にほ鳥のおきなか川  おきなかは息長川也。にほ鳥は水にかつき入て、久し有てうき出ル鳥なれは、いき長しといふ心にてかくつゝけたり。息長川は、近江國に有とそいへる。奥中川といふ儀は不可然にや。
 
4460ほり江こくいつての舟のかちつくめ  いつて舟のことは右に注畢。かちつくめは束ぬる心也。
 
をとしは立ぬ  音しば/\立也。
 
4462みや子とり  伊せものかたりに、はしと足とあかくて、しきの大きさなる鳥の白きか、いををくふといへり。其かたち、くはしくかのものかたりにしるせり。何そ異儀を用むや。
 
4465久かたの天の戸ひらきたかちほのたけにあもりしすめろきの  日本紀云、皇孫、乃離天磐座、且排分天八重雲、稜威之送別道別而、天降於日向襲之高千穗峯矣ト云々。日向國風土記云、天津彦々火瓊々杵尊、離天磐座、排天八雲稜之道別々々、天降於日向之高千穗二上之峰、時暗冥晝夜不別、人物矢道、物色難別、於茲有土蜘蛛、名曰大※[金+耳]小※[金+耳]、二人奏言皇孫尊、以尊御手、拔稻千穗爲籾投散、四方得開晴、于時、如大※[金+耳]等所奏、※[手偏+差]千穗爲籾投散、即天開晴、日月照光、因曰高千穗二上峯、後人改號知鋪ト云々。
 
はしゆみをたにきりもたしまかこやをたはさみそえておほくめのますらたけおを先にたてゆきとりおふせ山川をいはねさくみてふみとをりくにまきしつゝ  日本紀云、天津彦國光彦火瓊々杵尊、則引(295)開天磐戸、排分天八重雲、以奉隆之、于時、大伴連遠祖、天忍日命、師來目部遠祖天※[木+患]津大來目、背負天磐靱、臂著稜威高鞆、○《「手設天梔弓天羽羽矢及副持八因鳴鏑」(以上十六字朱書)》又帶頭槌劔、而立天孫之前遊行、降來到於日向襲之高千穗※[木+患]日二上峯天浮橋、而立於浮渚在之平地、※[旅/肉]宍空國、自頓丘※[不/見]國行去ト云々。はじゆみははしといふ木ニテ切レル弓也。まかごや、日本紀○《「 本」(朱)》に眞鹿兒矢ト有。鹿ヲ射取矢ノ心也。
 
神をことむけ  言向なり。いひなひくる心也。
 
人をもよはし  人をもよほしといふ心也。
 
かくさはぬあかき心  かくさわぬは隱し障らぬ也。あかき心は、あきらかなる心也。ものゝふの野心なき心也。
 
すめらへに  皇邊也。君邊と云心也。
 
うみの子のいやつき/\に  子々孫々とかきて、うみの子の八十つゝきとよめり、其心也。
 
むなこ共  むまこ共也。
 
4470みつほなすかれる身そとは  みつほは水つほ也。うたかたといふに同し。かれるとは水のかはくによせたり。
 
4476しきみの花の其ことやしく/\君に  しきみといふによりて、しく/\とつゝけたり。
 
4478うすらひ  薄氷なり。
 
(296)4480あめのみかと  天智天皇の御事也。
 
4481やつをの椿つら/\に  つら/\椿といへる心也。
 
4482忘らゆましめ  忘られましと示ふ心也。
 
4487たはわさ  たはれわざ也。
 
4493はつ春の初ねのけふの玉はゝき  此玉はゝきのこと、或説に、田舍にて、こかひするものは、正月初子の日、蓍といふ草を箒にして、子ノ年のをんな子をして、蠶かふ屋をはかする也。いはひてすることなれは、これをほめて、玉はゝきとはいふ也。扨これをは、いはひのものにして、年のはしめに、人も先とるものなれは、手にとるからに命のふるよしにはよめる也と云々。俊頼朝臣は、はゝきと申す木に、子日の松を引具して、はゝきに作りて、む月の初子の日、飼屋をはくといへり。大かた同し儀なり。又松を玉はゝきといふといへる説は、此うたによりて、おしあてに釋せり。題にも、玉箒を賜りてよめると有れは、松といふへからす。案るに、十六卷のうたにも、玉はゝきかりこかまゝろ、むろの木と棗かもとゝかきはかんためと有れは、たゝ箒をほめていふことゝきこえたり。さて下句にゆらく玉のをとよあるを、命のぶることゝ、をしなへて申めれ共、手玉もゆらとよめる心に、手にかけたる玉の緒の、ゆら/\とする心なるへし。箒ははききよむるものなれは、手をあつかふこと、機織に同しき故に、手玉もゆらくとよめるなるへし。
 
(297)4494水鳥のかものはの色の青馬  白馬の節會の事、天武天皇十年に始れり。白馬を、青馬といふこと、或説に、馬は陽の獣也。青きは春の色なり。これによりて、正月七日馬をみれは、年中ノ災を除くといへり。此儀は春の色にかたとりて、青馬とはいふときこえたり。亦或説に、かものはの色とよめるは、けにも白き馬にはあらて、青ノ馬に社あらめといへり。いつれも僻こと也。かものはノ色は、もとより青けれは、只青といふことはとらんとて、云かけたる也。さて白きを、青しといふは、別の心にあらす。白きものをかさぬれは、必青く成也。大空も白きかかさなりて、翠とみえ、水の白きかふかくたゝへて、青淵青海原とはいはるゝ也。人の色もあまり白きは、さをなるといへり。上に注し畢ぬ。しかれは青馬なれ共、あまた引つゝけたるをいはんとて、青馬とは申也。寛平御紀に、馬數三七廿一疋也。是即三才にかたとる也と云々。
 
4498けふのあろしはいそ松のつねに  あろしはあるじ也。いそ松は岩松也。松も岩も、不變のものなれは、つねにとよせてよめる也。
 
4499かくしきこさは  かく聞せはといふこと也。
 
4505いそのうらに  石の上といふこと也。磯の浦といふ儀、不可用。
 
つねよひき住をし鳥  つねにより來て住といふこと也。宵といふ儀不可用。
 
4511あしひの花  あせみの花也。
 
(298)袖にこきれな  袖にこき入んなといふ心也。
 
4514青うな原風浪なひき  なひきは舟になひきしたかふ心也。舟の心にまかすること也。
 
4516あら玉のとしのはしめの初春のけふ降雪のいやしけよこと  いやしけはいやしく/\といふかことし。彌しきかさねよといふ心也。
 
大正十四年三月十二日印刷
大正十四年三月十五日發行
 
 
萬葉集叢書第六輯  版權所有
萬葉集管見奥附
 定價參圓貳拾餞
著者  故下河邊長流
校訂者 武田祐吉
  東京市外西大久保四五九番地
發行者 橋本福松
  東京市本郷區眞砂町三六番地
印刷者 武居菊藏
發兌元 東京市外西大久保四五九番地 古今書院
 
昭和四十七年十 月二十日印刷
昭和四十七年十一日五 日発行
萬葉集叢書【全十六冊・附索引】  定価三五、〇〇〇円
 
  発行者 京都市左京区今出川通川端東入
      武井 一雄
  印刷  【有限会社】明文堂印刷所
      製版者  岡田吉豊
      印刷者  安藤大介
  製本  新生製本株式会社
  606京都市左京区今出川通川端東入
発行所【株式会社】臨川書店
  電話京都(〇七五)七八一−六一六六(代)
          振替京都八〇〇番
 
   2009年6月8日(月)午後4時35分、入力終了。
   2019年5月11日(土)午後9時40分、国歌大観番号記入終了。