北村季吟　萬葉拾穂抄　北村季吟　萬葉拾穂抄

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　萬葉拾穂抄第１卷 北村季吟 新典社刊行 1976､2､10､7000円｡

　　漢文の返り点のうちvはレ点、ｄは下点ｃは中点ｕは上点です。判読に自信のないものには？をつけました。また明らかな誤字は訂正しました。「愚案」は小さめに書かれて右に寄っていますが普通の大きさにしました。割り注は【】で囲みましたが、スペースの関係で割り注になったと思われるものは囲みませんでした。

　

　

　

萬葉集拾穂抄序

古人有v言ヘルコト本朝ノ之於ルv歌ニ如シ2中華ノ之詩ノ1也｜造《イタシテ》2端ヲ於陰陽ノ神ノ之唱ヘニ1而始ル2於素盞ノ之咏ニ1其後難波津明石ノ浦ノ之春花朝霧相繼テ而發起ス橘ノ諸兄カ之萬葉集紀ノ貫之か之古今集｜爾《シカツシヨリ》以來タ諸家ノ之集車載斗量也昔人又以爲ヘラク萬葉集ハ似2古詩ニ1古今集ハ似タリト2唐詩ニ1故ニ前ニ所謂ル本朝ノ歌中華ノ之詩可シ2併セ按シツ1矣盖萬葉集ノ之一書家々ノ之註解簡編爲v堆ヲ架ナル哉季吟｜具《ヲヨフマテ》v明ニ廢シv寢ヲ昃《タクルマテ》v※［日／処（几がト）／口］《ヒ》忘v餐ヲ捜2求シ之ヲ1選2擇シ之ヲ1露抄雪纂手録シテ以畢フv事ヲ名ケテ謂2拾穂抄ト1積テ三十卷豈ニ特《タヽ》爲《タルノミナランヤ》2自家十襲ノ之珍1乎乃チ知ヌ盛ニ行ンコトヲ2于世ニ1矣一日懷シ2其卷ヲ1來テ乞フv序センコトヲv之ニ噫吾老タリ矣且ツ沈標ノ之單惠公事家私徒ニ廢2筆硯ヲ1如シ2久ク不ルノv吹之寒竿ノ1況又此ノ書不ルヲヤv遑2審覧ニ1乎屡々乞テ不v止至2于再ニ1至ル于三ニ1故ニ忘テ2其固陋ヲ1而弁ラシム2其卷端ニ1其大旨大用今不v贅セ2序内ニ1恐クハ有ンコトヲv毀リ2于其後ヘニ1時貞享丁卯季夏日

　

　

　　長春院法印武靜信處書於小廬堂

　

萬葉集　二十卷

　哥数　八雲御抄ニ曰四千三百十五首長哥二百五十首此内也但シ萬葉有2兩説1奥五十首或ハ無袋草子ニ曰四千三百十三首此内長哥二百五十九首。但本々不スv同《ヲナシカラ》難シv用2定數《シヤウスウヲ》1

　

　

此集はならのみかとの御時左大臣｜橘諸兄《タチハナノモロエ》公《コウ》勅《チヨク》をうけ給りて撰《エラ》ひ給へり家持卿あひつきて撰ひをはれり是俊成卿の古來風躰定家卿の抄清輔の袋草子仙覺由阿等の諸抄の義也ならの帝とは文武天皇と申聖武天皇と申す兩説決しかたき中に古今集にて宗匠の家々いつれも文武天皇と決せり但此集の諸抄には聖武天皇といふ説正しきに似たり

　

　

　古來風躰曰ならのみや聖武天皇の御時になん橘の諸兄の大臣と申す人勅を承りて萬葉集を撰《センズ》

　　此抄俊成卿自筆為相卿奏覧のよし詞林｜采葉《サイエフ》に有八雲御抄にも古來風躰俊成卿作と云々

京極中納言定家卿萬時曰萬葉集時代事古來ノ賢者猶遺スv疑ヲ近代ノ好士重テ相論シテ頻ニ作リ2勘文1互《タカヒニ》為2己カ理ト1末愚｜倩《ツラ／＼》見テ2本集ヲ1有リv所2斟酌スル1何ンカ是何ンカ非只可v随フ2後学ノ之所v存ニ1云ヒv人ト云テv我ト全ク不v称2自説ノ之有v1謂ヒ本集卷十七自2天平二年1至2于二十年ニ1卷第十八自2天平二十年三月二十三日1至ル2天平勝寶二年正月二日國廰郡司等宴歌ニ1卷第十九同年三月一日　此卷末云　おほきみは神にしませはあらこまのはらはふ田ゐをみやことなしつおほきみは神にしませは水鳥のすたくみぬまをみやことなしつ　右件二首天平勝寶二年十二月三日聞テv之ヲ即｜載《ノス》2於｜茲《コヽニ》1也　此文ニ分明也　至ル2五年正月二十五日ニ1卷第二十【自2同五年五月1至ル2于天平寶字三年正月一日因幡ノ國《クニノ》廰《マトコロニシテ》郡司《クンジ》等《ラニ》宴スルニ1】

　

　

凡和漢ノ書｜籍《ジヤクノ》之習ヒ多以v所（可イ）ヲ2註載スル1為2其時代ノ之書ト1何ンソ抛《ナケウツテ》2本集之所ヲ1v見ル徒《イタ》ニ勘ン2他集ノ之序ノ詞ヲ1哉《ヤ》似タリv無キニ2其｜謂《イハレ》1【拾介抄ニモ雖被載之以有異今載正説】

　

　

　愚案此義は聖武帝の天平の前後孝謙帝の天平寶字の比の集にて平城帝の朝の集にあらすとの義なるへし

袋草子曰此集聖武の撰歟其故は彼帝の御時和歌｜興《ヲコ》る由古今の序にあり随ひてよく和哥をつくらしむと云々【愚案古今序云かくつたはるうちにもならの御時よりそひろまりにけるかの御よや哥の心をしろしめしたりけん　由阿詞林采葉曰此則萬葉之濫觴云々】同草子曰皇代記曰天平元年正月十四日奏ス2諸歌ヲ1云々但彼集の如くは天平勝寶二三八年の哥等載之若孝謙の時に太上（聖武）皇の撰歟如シ2金葉并詞歌集ノ1同草子曰世繼物語（栄花物語也）のこときは萬葉は高野の御時に諸兄大臣奉之撰云々高野は孝謙也然ば愚意にかなふ孝謙の時太上天皇撰註する所歟

　

　

猶仙覺由阿等の抄に聖武に決する證據委

古今集貞應本ニならのみかととある注に京極黄門文武天皇と書そへ給へり宗祇抄云萬葉　集をえらはれし時のやうに見えたれは聖武の御事をならのみかとゝ書たると見ゆ然とも　當流不用之此事口傳あるへしと云々

　

　

或説曰古今序曰平城天子詔シテ2侍臣ニ1令v撰ハ2萬葉集ヲ1自｜爾《シカリシ》以來《コノカタ》時ハ歴2十代ヲ1數ハ過タリ2百年ニ1しかれは此集は大同天子の撰なるへし平城天皇より延喜の帝十代大同より延喜五年まて百年といふにあひかなへりといへり非也其故はかの序にて平城天子をならのみかとゝ讀りならの帝とは元明聖武大同天子をも申へきにとりて大同は平安城にて位につかせ給ひて御在位四年にておりゐのゝち奈良にはおはしけれはうちませてならの朝とは申ましく聖武をならのみかとゝ申ことは續日本紀公卿補任尾張備中筑前等の風土記にもみえたり【仙覺由阿抄に有】大同天子は山陵に付て只平城天皇と申はかり也又古今序にかのならのみかとの御時人丸有て哥のひしりなるよし見ゆるに人丸大同の朝まてなからふましきむねは袋草子に人丸勘文明白也且又撰者諸兄公は孝謙の天平寶字元年正月六日に薨家持卿は桓武の延暦二年に中納言に任し同四年八月五日に卒す二人ともに大同の朝に及はす又此集に入し作者の官位家持をはしめて大中臣｜清麿《キヨマロ》藤原｜八束《ヤツカ》改《アラタム》2真楯《マタテト》1大納言｜家嗣《イヘツキ》なともみな大同より以前の公卿なるに此集には極官をかゝす聖武孝謙の比の淺官をしるせり是大同の朝の撰集ならさるしるしなり其外大同の朝の集なるましき故あまた有て袋草子仙覺抄詞林采葉等にことはりたれと文しけく煩はしけれはしるさす彼古今序の時歴2十代ヲ1數過2百年ニ1といへるは文章の習ひ若《モシ》は過若は減《ゲンス》皆大数の儀を存して餘数を捨て十代をとる歟同序云こゝにふるき事をもしり哥をもしれる人わつかにふたりみたりなりといひてあぐる所は六人也又ちうたはたまきといへと實は千九十九首なりかくのことき事は文花につきて必しも定數を称せさる歟　是袋草子也義仙覺由阿も此義に決猶定家卿の萬時にしくへからす

　

　

此集撰者　諸兄公と家持卿とに決する事

仙覺抄云萬葉集奥書云天平勝寶五年左大臣橘諸兄撰ス2萬葉集ヲ1云々何《ナンソ》可《ヘキ》v不《サル》v用ヒ所ロヲv註スル乎《ヤ》就《ツキテ》v中ニ第十九卷に少納言大伴家持哥しら雪のふりしく山をこえゆかん君をそもとないきのをにおもふ左大臣尾をかへていきのをにするといへり家持猶｜喩《サトシテ》曰《イハク》如クv前ノ誦ストv之ヲ也これ左大臣撰者なる間甘心せさる句におゐて換《カフ》v之ヲしかるを家持あひともに撰者たるによりてまへのことく誦《シユスル》v之ヲ由を喩《サト》せる歟兩人撰者の故此｜評判《ヘウバン》に及へり第二十卷に云ク右八首ハ昔年《ソノカミノ》訪人《サキモリノ》哥諸君｜抄写《セウシヤシテ》贈《ヲクル》2兵部ノ少《セウ》輔大伴ノ宿禰《スクネ》家持ニ1云々かくのことくの見所《ケンシヨ》あるによりて兩人相ともに撰者たりといふと云々　仙覺抄畧注詞林采葉同　或は山上｜憶良《ヲクラ》の撰といひ或は真楯《マタテ》の撰なと異説あり何も不v用

　

　

撰者ノ傳

左大臣橘ノ諸兄《モロエ》は敏達《ビダツ》天皇より六世｜贈《ゾウ》從《ジユ》二位｜美奴王《ミヌノヲホキミ》の子｜始《ハシメ》は葛城王《カツラキノヲホキミ》といへり和銅《ワトウ》元年十一月二十五日の御宴《ゴエン》に聖武天皇｜忠誠《チウセイ》の至りを誉《ホメ》て浮盃《フハイ》の橘を給ふ勅《チヨクシテ》曰橘者｜果子《クハシノ》之長上人ノ所ロ也v好《コノム》柯《エタハ》凌《シノキテ》2霜雪ヲ1而繁茂シ葉ハ經《ヘテ》2寒暑《カンシヨヲ》1而｜不《ス》v凋《シホマ》與2珠玉｜共《トモニ》競《キソヒ》v光ヲ交《マシハリテ》2金銀ト1以｜逾《イタス》v美ヲ是《コヽヲ》以｜汝《ナンチノ》姓《ウチハ》者｜賜《タマフ》2橘ノ宿禰《スクネヲ》1也【此時有2御製1入2此集ニ1畧之】如v此勅有て終に天平八年十一月丙ノ戌ニ從三位葛城ノ王上表して壬辰に橘ノ宿祢を給ふ同十五年五月｜授《サツケ》2從一位ヲ1拜《ハイス》2左大臣ニ1井手《イテノ》左大臣是也天平勝寶元年三月橘ノ諸兄公を正一位に叙するよし續日本紀に委天平寶字元年正月六日に薨中納言大伴宿禰家持は大納言｜安麿《ヤスマロ》の孫大納言｜旅人《タビント》の子延暦二年七月十九日中納言に任《ニン》じ三年二月｜持節征東《ジセツセイトウ》將軍に任す同四年八月四日逝

　

　

古來風躰云此集を聖武天皇の御時撰せらるゝことはうたかひなく侍るうへに誠にさぞ侍けんとみえて侍る也。聖武天皇位に二十五年おはしましけるほど。并（冉か）に御位おりさせ給ひて太上天皇にてしづかにおはしまして天平｜勝寶《シヤウホウ》八年五月に太上天皇かくれおはしましにけり又橘の左大臣｜諸兄《モロエ》のおとゞハ其年の正月に致仕《チジ》して前ノ左大臣とて侍けるが。其年の八月に改元《カイケン》有て天｜平寶字《ヘウホウジ》元年と申ける又の正月に橘の前左大臣は年七十四にて薨し侍にけり。されは其さき萬葉集は定めて撰進し侍にけん。それに大伴《トモノ》宿禰《スクネ》家持と申す哥人は。此御時はしめは宮内少輔《クナイノセウ》又越中守より少納言になりて侍めり、景雲元年に左京大夫になり、寶亀十一年にぞ参議になり延暦まてありて中納言になりて侍める。此家持卿の父大伴大納言｜旅人《タビント》の哥なとも入て侍めり。されは此人の集などをこそ撰者に送りて侍りけめ、さて彼卿の哥も多く入にけるにこそはと見えて侍れど。すこしは猶撰者も覺｜束《ツカ》なくは侍

　

　

　愚案此説は諸兄公一人此集の撰者といひなから猶無覺束とあり。されは後人家持卿も撰者と決し侍るへし

此集題号之事

仙覺曰此集を萬葉となつくるはよろつのことの葉の儀也詩賦は漢家の文花哥は我朝の風俗也心にあるを志《コヽロサシ》といひ言にあらはるゝを詩といふうたも亦しか也されは古今序にやまとうたは人の心をたねとしてよろつのことのはとそなれりけるとかけるも此心也又曰古今よりこのかた代々の撰集みな和歌集とかくに萬葉集には、和歌の兩字なきもよろつのことのはといへるはすなはち和哥なれは也畧注愚案萬葉といふ字は文選顔延年の三月三日曲水詩ノ序に招《ヒロメ》v世ヲ貽《ノコシテ》v統《トウヲ》固クス2萬葉ヲ1とあり済カ注ニ云葉は代也　養老の令に詔《ミコトノリヲ》垂《タル》2萬葉ニ1といへり義解ニ云毛｜萇《チヤウカ》詩傳曰葉は世也しかれは萬葉集はよろつよに傳る集といはへる心なるへし後白河院御宇に俊成卿撰ひ給へる千載集の名義似たる心あるなるへし但古人よろつのことのはといふ義を用ひてにやうたにもよろつはとよめるもあり仙覺も其儀にしたかへりと見ゆ劉禹錫《リウウシヤク》か秋風ノ賦《フ》に百蟲｜迎《ムカヘテ》v暮ヲ兮萬葉吟スv秋ヲといへる是よろつの葉といふ事にて代の字の心をとらすと見ゆれは此賦の萬葉の字を用ひてこの集の名にあらはし給へるにや所詮よろつよの心をも用ひよろつ葉の義をも捨す兩義兼用て違ふへからさる歟

　

　

萬葉集點和

天暦のみかとの御時｜広幡《ヒロハタ》の女御《ニヨウゴ》のすゝめ申させ給ひけるによりて源ノ順《シタカフ》大中臣能宣《ヲホナカトミノヨシノブ》清原ノ元輔坂上ノ望城《モチキ》紀ノ時文《トキフン》謂フ2之ヲ梨壺ノ五人ト1にみことのりして昭陽舎《シヤウヤウシヤ》梨壺におゐて萬葉集に和点をくはへしめ給ふこれを古点といへり其後法成寺ノ関白道長公上東門院｜彰子《ホウシ》道長公ノ女にまいらせられんとて漢字の外に假名のうた別にかゝしめ給ふ藤原ノ良經書v之其外に大江ノ佐国《スケクニ》藤原ノ孝言《タカトキ》権中納言｜匡房《マサフサ》源｜國信《クニサネ》源｜師頼《モロヨリ》藤原｜基俊《モトトシ》等各点をくはへらる是を次点といへり又権律師仙覺點をくはふるを新点といふ此新点を後嵯峨院御宇に献《ケン》2上ス仙洞ニ1仙覺｜奏状《ソウシヤウニ》曰｜去《サンヌル》寛元四年夏比｜抄2出《セウシユツシテ》諸本｜無點《ムテンノ》歌長哥｜旋頭《セントウ》合テ百五十二首ヲ1七月十四日ニ終《ツイニシテ》以｜加《クハヘ》2推點《スイテンヲ》1畢《ヲハンヌ》所《トコロ》v點《テンスル》有《アラハ》v誤《アヤマリ》者｜棄置《キチ》何《ナンソ》有ンv恨《ウラミ》所v點｜無《ナクハ》v誤者採用《サイエウ》何ソ無《ナケン》v許《ユルシ》羨《コヒネカハクハ》達シテv　天聴《テンテウニ》1欲スv遂《トケント》2地望《チハウヲ》1其望｜叶《カナハヽ》者｜勿《ナカレ》v嫌《キラフコト》2桑門下智《サウモンカチノ》之僧｜徒《トヲ》1其事｜若《モシ》宜《ヨロシクハ》者｜勿《ナカレ》v賤《イヤシムコト》2柳城邊地《リウジヤウヘンチ》之｜凡侶《ボンリヨヲ》1匹夫《ヒツフ》ノ言《コトハ》聖人｜擇《エラフトハ》v之ヲ盖《ケタシ》此《コノ》謂《イヒ》歟《カ》為《タメニ》v散《サンセン》餘執《ヨシフヲ》於萬葉ノ古風只｜加《クハフ》2數點《ステンヲ》於一身ノ之｜底露《テイロニ》1採用《サイエウ》難《カタシ》v知《シリ》任《マカス》2浮沈《フチンヲ》於｜竜池《レウチノ》之水ニ1叡賞《エイシヨウ》不《ス》v弁《ワキマヘ》待《マツ》2許容《キヨヨウヲ》於｜鳳闕《ホウケツ》之雲ニ1而巳《ノミ》上下畧此状　天聴《テンテウ》に達《タツ》するによりて叡感《エイカン》ありて萬葉｜得業《トクゴウ》のよし院宣《ヰンゼン》を下し給ふ續古今集にめしくはへらると云々　詞林采葉にあり

　

　

仙覺所ノv調《トヽノフル》之新點ノ本者

正二位前大納言征夷大将軍　頼經光明｜峯《ブ》寺殿ノ息ノ　御本

松殿《マツトノ》入道｜殿下《テンガ》　基房公ノ　御本　帥《ソチノ》中納言伊房ノ手跡

光明峯寺殿｜前《サキノ》摂政左大臣家　道家公後京極殿ノ息　御本

鎌倉右大臣家　實朝公ノ　御本

六條修理ノ大夫　經盛刑部卿忠盛ノ息　本【彼本者以2二條院御本ヲ1書之經盛自筆】

左京大夫｜顕輔《アキスケ》　正三位｜修理大夫《シユリタイブ》顕季《アキスエノ》息　本

右大｜辨《ベン》光俊入道真觀　按察《アゼチ》中納言光親ノ息　本

已上の本をもて校合《ケウガフ》せしめ古点次点は墨をもて点v之新点は朱をもて點之　所ノv調ル本ニ云文永五年十月廿五日依テ2中努卿親王｜家《ケノ》仰セニ1令2献《ケン》上1訖　猶奥書等世間流布本委　今予か所用之本は此仙覺か本をもて妙寿院冷泉殿の校正し給へる本とかや哥の前書作者の書やう訓点等まことに藤斂夫の所為しるく学者の益おほく見やすかるへけれはしはらく用侍し或問学者の見やすきを要とする註解とならは此抄にそこはくの口訣を残せる事如何答是亦学者のために仙覺由阿抄の諸抄適見もらせる所々を別に註せり彼經信卿のいせ物語の知顕抄逍遙院殿の萬葉抄なとの擬書のたくひにはあらす來歴本文故ある事ともなれは執学の人の問來んをまつもの也しゐて秘し隠すへきにはあらす

　

　

萬葉集書様

詞林采葉曰當集四｜種《シユ》の書やうあり一には真名假名《マナカナ》二には正字《シヤウジ》三には假字《カリジ》四には義讀《ギヨミ》これを開きて七種とす中におゐて真名假名は古語を勘るにあきらかなる博士とす次に正字におゐて通《ツウ》正字あり別《ベツ》正字あり通正字とは雪月花春霞秋風等也別正字とは霍公鳥《ホトヽギス》郭公｜芽子《ハギ》萩｜黄葉《モミヂ》紅葉也次に假字《カリジ》におゐて全假字《ゼンカリジ》あり半假字《ハンカリジ》あり全假字とは川津《カハヅ》蛙｜日倉足《ヒクラシ》蜩｜垣津旗《カキツハタ》杜若｜朝※［白＋ハ］《アサカホ》槿等也半假字とは乳鳥《チトリ》千鳥｜秋津羽《アキツハ》蜻蛉羽｜打背貝《ウツセカイ》空背貝也義讀におゐて全義讀有半義讀あり全義讀《センキヨミ》とは春鳥《ウクヒス》鴬｜三五夜《モチツキ》望月｜水鳥《ウ》鵜｜丸雪《アラレ》霰｜小沼《イケ》池｜東細帯《ヨコクモ》横雲｜留鳥《アミ》網｜不行《ヨド》淀｜風流《ヨシ》由｜日月《ホド》程｜火氣《ケフリ》煙｜多集《スタク》無用《イタツラ》徒｜潔身《ミソキ》入風《スキマ》戀水《ナミダ》左右《トニカクニ》礒廻《アサリ》求食《アサル》喚鷄羊《ツヽジ》蹄母准《ツヽジ》八十一《クヽ》追馬喚犬《ソマ》馬声蜂音石花《イブセ》

　

　

半義讀《ハンギヨミ》とは金風《アキカセ》白風《アキカセ》同｜商風《アキカセ》同｜若月《ミカツキ》鴨頭花《ツキクサ》若児《ミトリコ》樂々浪《サヽナミ》神樂浪《サヽナミ》同｜朝烏《アサヒ》細竹《シノ》風流士《タハレヲ》喚犬追馬鏡《マソカヽミ》暮三伏一向夜《ユふツクヨ》ユウツクヨ如此七種のかきやうひろく一部にかうふらしめあまねく古來にわたる者也しけきによりて略之

　

　

愚案萬葉におゐて仙覺由阿委き者と見ゆ。但其説におゐては。故実《こしつ》を沙汰《さた》せずしてみだりに自見《ジケン》をなせりと見ゆる所すくなからず。且又《カツマタ》出所來｜歴《レキ》とて書出し中に不審《フシン》なきふしもあらず。よく正《タヽ》しあきらめずして此兩法師の詞を證據《シヨウコ》とし用ひ侍らは。あやまりを傳る事おほかるへし。先師逍遊軒貞徳若くて玄旨法印につかふまつりしより。八旬餘歳まてに萬葉集の註解《チウカイ》に心ざし有て諸本をあつめ。諸抄を求《モト》めて吟翫《ギンクハン》せられしに。学者に講習《コウシフ》のいとま。予にいひけらく。彼｜御堂《ミダウ》殿の上東門院へまいらせられしかなの萬葉集見出る事ありやと多年心にかけたりといへどいまた見出ずわづかに敦隆《アツタカ》の類聚《ルイジユ》萬葉を得たり。此書萬葉のうたを假名《カナ》に書て真名《マナ》をかたはらに書そへられし。童蒙《トウモウ》初学《シヨカク》の者にたよりあり。同くは全部《センブ》廿卷如v此《カクノコトク》あらまほしけれど眼病《ガンビヤウ》堪《タヘ》かたくて今にこゝろざしをとげず。汝《ナンチ》筆受《ヒツジユ》せば思ひ立なん。其次手に諸抄を勘へて註解をもすべしとて。予を召《メシ》て折々かうがへしるされしに。二年ばかりのほどに第一第二の卷出來たりし。されど終に事ならずして身まかりぬ。其｜草案《サウアン》のさま予が胸臆《ケウヲク》にのこれりしも。卅｜年《ネン》前《ゼン》のことなれは忘却《バウキヤク》の事のみながら。猶先師の遺志《イシ》をむなしくせじとばかりに。禿筆《トクヒツ》をとり侍し。かの仙覺由阿が説《セツ》の中に。故実に違《タカヘ》る所々はとるにたらずといへども。亦是らが抄を捨《ステ》ては手舞足蹈《テノマヒアシノフミ》たつきあるましき事どもあれは。先師も是を捨ず。宗祇の抄とて五卷侍る其義を祖述《ソジユツ》し亦萬葉｜難義《ナンギ》一名萬葉身安といふ物あり。詞の注こまやかなるを撰《エラ》ひ用ひられ侍し。此度も偏《ヒトヘ》に其躰に習ひて。他本を合せかうがへつゝ。假名にかき。真名をかたはらに書そへ。或は類聚萬葉の和訓《ワクン》を用ひ。亦｜範兼《ノリカヌ》の童蒙抄。清輔の奥儀《アフギ》抄。顕昭《ケンゼウ》の袖中抄。八雲御抄。哥林良材等の中にも此集ノ注義ある所々をとり用ひ。其和点をもまじへしるして其よろしきにしたかへり。其外日本紀續日本紀類聚國史和名類聚等にも此集のたよりなるへき所をは勘へあつめて萬葉拾穂抄と名付侍し。仙覺由阿等日本紀風土記を證として。やすみしるといへる古点を。やすみしゝと改《アラタ》め。なりたつをにきたつとよみ。あぢざけをうまざかとよみしたぐひの所々をも古より和哥によみ。序にもかきて。先達の用ひきたれる名目《ミヤウモク》は今更｜改《アラタ》めがたかるべきによりて。其まゝ古点を用ひ。或は新古兩点をならべしるして侍し。まして仙覺由阿みづから了簡《リヤウケン》して古点をあらため其義をかへたる所々は只古人の哥によみきたれるにまかせて。一向に用ひさる事ともおほく侍し。徃《イン》しをとがむる罪あるに似たれど故実をたて後学のまよひをとかしめんためのわさにて古賢の例もあるにまかせてなり是亦先師の遺言なればならし

　

　

此集古人の用捨少々

基俊の悦目抄ニ云哥をよまんとおもはゞ此道をふかくすべし。萬葉集より初めて。三代集を見心得て。ふるき詞によりて其心を作るべし。いはゞよき詞もなくわろき詞もなし。只つゞけがらに善悪はある也。萬葉の詞なればとてこはくあしからんをはよむへからす。古今によめばとてちるぞめてたきわびしらにべらなりなどいへる詞はよむべきにあらずといへり

　

　

　八雲御抄にも此詞あるには萬葉集にあればとてよしゑやしはしけやしなどいひ。古今によめれはとて云々

定家卿庭訓抄【号2毎月抄ト1被v送2衣笠内府ニ1云々】云萬葉集はげに世もあがり人の心もまして今の世には学《マナ》ぶとも及ぶべからす。但｜稽古《ケイコ》手かさなり。風骨《フウコツ》よみ定《サタマ》りてのちは又萬葉のやうを存ぜさらん好士《コウジ》は無下《ムゲ》の事とぞ覺え侍る。稽古のゝちよむべきにとりて。心あるへきにや。すべてよむよむまじき姿《スカタ》詞侍る也。よむましき詞といふはあまりに俗《ゾク》にちかく。又おそろしげなるたぐひを申へし。よろしくそれは今更定め申に及ばず。此｜下《シタ》にて御了簡候へ

　

　

古來風躰云此萬葉集をは。後拾遺集の序に申たるは。此集の心は。安き事を隠し。かたきことをあらはせり。よりてまどへる物おほしとそ書たるを。いとさにはあらぬにやと覺え侍る也此集の比まては。哥の詞に。人の常に讀る事ともを。時代のうつりかはるまゝには。讀ず成にたる詞とものあるなるへし唐にも文躰三度あらたまるなと申やうに、此哥の姿詞も昔の人の。かたきことをあらはし。やすき事をかたくなして、人をまとはさんと思へるにはあらさるへし。たゞし書やうのもじづかひにとりてそ。うちまかせて其事につかふもじをもかゝず。とかく書なしたる事ぞおほかるべき。たとへば春の花とも、秋の月ともいへる哥を。やすくさはかゝでまんなかなに一もじづゝかきて。波流《ハル》乃｜波奈《はナ》。阿伎之都伎《アキノツキ》などやうにかき。又おなしく一字にかくにとりても。こゝかしこ文字をかへてもかき。三十一字の物を。たゞ十餘文字。廿餘もしなどにも書なしたる所々の侍る也。まことにすこしはまどはさんとにやとも申つべかめれど。それも詞をかよはして。かくもいふぞなど見せんとなるべし。されば近來《チカコロ》もさやうの文字づかひにはかられて。まどふ物もあるなるべし。又哥どもは誠に心もおかしく詞づかひもこのもしくみゆる哥どもは多《ヲホ》かるべし。又萬葉にあればとて。よまんことはいかゝとみゆることゞも侍る也第三の卷にや。太宰帥《タサイノソチ》大伴《トモノ》卿さけをほめたる哥ども十三首まていれり。又第十六卷にや。いけだの朝臣おほうわの朝臣なとやうの者とものかたみにたはふれのりかはしたる哥などは。まなぶべしとも見えざるへし。かつは是らは此集にとりての※［言＋非］諧哥とも申哥にこそ侍めれ　又曰萬葉はよく心をえて取てもよむへき事とそ古き人申置たるへき。又古き哥は上句にいへる事を、末に返してふたゝびいふ事はつねの事なるを。いつよりいひそめける事かやまひと名づけてよますなりにけり。是らはかの古今集の紀ノ叔望《ヨシモチ》がまなの序にいへる大｜津《ツノ》皇子のはじめて詩賦をこのむより。かの漢家のふみをうつしてわが日域《ジチイキノ》俗《ソク》とす民業《ミンゲウ》一たびあらたまりて。和哥やうやくおとろへにたりといへり。若《モシ》彼ころほひよりこのかた詩の病ひとてさる事ともになずらへて。云初ける事にや又曰。萬葉集につねによめる。はしきやし。しゑやもとな。などやうのことばゝ。むげにふりにける詞とみえたり。されは萬葉集のこのゝちより。哥の有さまのかはりにけるほどは是にてをしはからるゝ事也為家の八雲ノ口傳ニ云萬葉のうたなどの中にうつくしかりぬべきことの。なびやかにもくだりて。よきことはわろき詞のまじりて。聞にくきをやさしくしなしたるは。めづらしき風情《フゼイ》きこゆ

　

　

八雲御抄　順徳院御抄　云稽古といふは天竺《テンヂク》震旦《シンダン》の事を見るにもあらず。只ふるき哥の心をよく／＼みるへし。才学といふは萬葉集古今より外に出る事なし。長明無明抄ニ云清輔朝臣｜晴《ハレ》のうたよまんとては。大事《ダイジ》はいかにも古集を見てこそといひて萬葉集をかへす／＼見られ侍し

　

　

阿佛房ノ口傳ニ云御法のしるべは聖教《シヤウゲウ》世に猶とゞまりて候。哥のしるべは萬葉集古今猶跡とゞまりけり俊成卿ノ古來風躰ニ云萬葉集の哥はよく心を得てとりてよむべき事とそ古き人申をきたる也

　

　

千五百番ノ哥合俊成卿ノ判ノ詞ニ云猶中古の哥は萬葉の心に及びがたかるべし仍以v左ヲ為スv勝ト誰をけふ待とはなしにの哥の判也同哥合ノ判ニ云大かたは萬葉集にもおかしきやうなる事を取て詠《ヨム》なりとこそ古き物も申侍れ。こせの春野しゐてこひねがふべきにはあらざるにや　秀能駒なべての哥

　

　

六百番ノ哥合俊成卿ノ判フ詞ニ云萬葉集より出たりとも哥合の時は左右なく證據とすべしとも覺え侍らず萬葉集は優《イウ》なる事をとるべきなりとぞ故人《コジン》も申侍し。是かの集聞にくき哥もおほかる故也。又彼集の時まては哥の病をたゞさず。しかれば必しも哥合の時は例とすべからざる歟　元日宴五番顕昭むつきたつのうたの判

　

　

同哥合判詞云きえ人さき／”＼も申事に侍れと。萬葉に見えたりといひつれば。閉口《ヘイコウ》する事は不ルv可v然事也萬葉集にも。とり出てよろしかるべき事を讀べき也【衾廿二番有家きえ人の哥】

　

　

同哥合判云くぢらとるらんこそ萬葉集にぞあるやうに覺え侍れど。さやうの狂哥體《キヤウカテイ》の哥どもおほく侍る中に侍るにや。然而いとおそろしくきこゆ【寄海戀七番顕昭鯨とるかしこき海のうた】

　

　

同哥合判に命にむかふや萬葉集などに侍めれと殊《コト》に不《サル》v可《ヘカラ》2庶幾《コヒネカフ》1よしと云々猶此たぐひあまたあり

二条ノ太｜閤《カフ》の愚問賢註《グモンケンチウニ》云頓阿カ云本哥をとる事萬葉の哥を古今にもとりたれともむかしはまれに見ゆ。正治建仁の比よりさかりになれり

八雲御抄云萬葉の哥などをば本哥とるやうとしもなくすこしをかへてよめるもおほし。「人ごとは夏野の草のしけくとも妹と我としたづさはりなはといふ哥をとりてことはなつ野のしげくともとよめり、「足引の山橘の色にいつなくとゝれり下畧

　

　

同御抄云すへて末代の人いまは哥の詞もよみつくしさのみあたらしくよき事は有かたけれは只よは／＼とあるうたはよろつの人にかはりたる所もなきを上手のけちめあらんとておそろしき萬葉集の詞古哥とりなとしてまへをはらふはかならすよくよめりとおもはねとすこしけちめあらんとするなり　悦目抄の詞なり

　

　

愚問賢註云　頓阿に二条太閤の問答也　天地をうこかし鬼神を感せしむるも文花をかさり風情をもとむへしとおほえたりしかあれは萬葉の古語も三代集の艶言もひろくまなひて俗言俗態をさるへきなり

　

　

今川了俊言塵集云定家卿のをしへのことくは和言は只和哥に用へきことなれはやさしき詞よせのさりぬへきを可用萬葉の哥も殊更に可v有2用捨1云々其ために萬葉の哥をぬきかゝれたる記侍り　猶此類難挙注之

　

　

　師説云萬葉の哥の書ぬきとは俊成卿の古來風体に萬葉の哥百九十餘首定家卿の玄旨に卅六首書抜給ふ是也

　　　　　　　　　　　　　　　　　　2004.4.3（土）午後1時18分校正終了。

　

　

萬葉集卷第一

　

　雑歌

　

泊瀬朝倉宮御宇《ハツセアサクラノミヤアメノシタシロシメス》　大泊瀬稚武天皇《ヲハホツセワカタケノアマツスヘラキミ》諡《ヲクリナシテ》曰2雄畧《イウリヤク》天皇ト1系圖ニ云｜長谷朝椋《ハセアサクラノ》宮ト云々大和國｜城上郡《シキノカミノコホリ》磐坂谷《イハサカタニ》是也

　

　

　一首　天皇｜御製《ミツクリノウタ》

1　こもよみこもちふくしもよみふくしもちこのをかになつむすこいへきかなつけさねそらみつやまとのくにはをしなへてわれこそをらしつけなへてわれこそをらしわれこそはせなにはつけめいへをも名をも　

　

　

　　籠母與美篭母乳布久思毛與美夫君志持此岳爾菜採須兒家吉閑名告沙根虚見津山跡乃國者押奈戸手吾許曽居師告名倍手吾巳曽居師我許者背者告目家乎毛名雄母

　　虚見津《ソラミツ》山跡《ヤマトノ》國トハ者｜櫛玉饒速日命《クシタマニギハヤヒノミコト》乗《ノリテ》2天ノ磐船《イハフネニ》1而｜廻2行《メクリユク》虚空《ソラヲ》1故ニ此ノ國ヲ号《ナツク》2虚空見津大和ノ之國ト1　天磐船ハ者鳥也見《ミエタリ》2古事記序ニ1

　

　

雑歌　さま／＼の哥のましはり入たる部也

泊瀬朝倉宮　注ニ大泊瀬稚武みな雄畧天皇の御名なりはつせ朝くらの宮は此帝の都也

こもよみこもち　祇曰此哥の点色々にあれとも是は新点にてよし　仙曰籠は若菜をつみ入るかこ也ふくしは菜を取器也祇曰金にてしたる物也すこはいやしき者也此哥は童女也　仙曰名告さねは名を告よと云也さねは詞の助也祇注同

　

　

そらみつやまと　此本の註に有清輔奥儀抄にもにきはや日の命天の岩舟にのりて大空にめくり至るに及て此国を見て天くたります故に是をそら見つやまとの国と名つく愚案日本紀三神武天皇紀にありせなは夫なり　仙曰今の御製の心は天皇野遊の時｜叡覧《エイラン》の躰《テイ》也籠もよきかこを持ふくしもよきふくし持て此岡に菜つむ女子か家をきかしめよ名をも告よ日本国は皆是わか御座所なり我をこそせなとしては家をも名をも告めと詠せしめ給ふ也彼女｜艶妙《エンメウ》ノ故に此御製ある歟　祇曰籠もよくふくしもよきは思ふものゝ持る故によく見ゆる也愚案をしなへてわれこそをらし告なへて我こそをらしは重詞也せなには告めとは夫にはよろつつゝまぬ物なれは也

　

　

　

　　高市岡本《タカチヲカモトノ》宮ノ御宇　息長足日廣額《ヲキナカタラシヒヒロヌカノ》天皇｜諡《ヲクリナシテ》曰フ2舒明《ジヨメイ》天皇ト1　

　登《ノホリテ》2香具山《カクヤマニ》1望《ノソメル》v國ヲ御歌《ミウタ》一首　　　天皇御製

2　やまとにはむらやまありととりよろふあまのかく山のほりたち国見をすれは國はらはけふりたちたつうなはらはかまめたちたつおもしろき国そあきつしまやまとのくには

　　山常庭村山有（仙あれと）等取與呂布天香具山騰立國見乎為者國原波煙立龍（八雲篭コメ）海原波加萬目立多都怜※［立心偏＋可］國曽蜻島八間跡能國者

高市岡本宮　八雲抄云大和飛鳥也　舒明云々

やまとにはむら山有と　八雲村山ありと祇点同祇曰大和にはくた／＼しく村村なる山おほき国也仙あれとと点ス義は大方同

とりよろふ　詞林采葉曰とりよる也愚案二条家にはかく山清冷泉家にはかぐ山濁て讀日本紀三ニ香山｜此《コヽニハ》云2个遇夜※［麻／糸］《カクヤマト》1

国見をすれは　祇曰彼山にてはるかに国をのそみて遊《アソハ》しけるさま也｜国《クニ》はらとは只惣国のひろきさま也それに民の戸の煙立たるさま也うなはらは大和より海のみゆへきならねと日本のあるしにてまします間海内も心（掌イ）の中にして鴎は海にある物なれは煙なとに對してよみ給へる也｜眺望《テウバウ》の心も侍るにや面白き国も其心なるにや又国栄へたるも君の御心さも侍るへし

　

　

あきつしまやまと　例の重詞也日本紀三曰神武天皇卅一年四月ニ天皇巡幸シテ望タマフ2地勢《クニイキヲヒヲ》1曰ク国ノ形如シ2蜻蛉《アキツムシ》1因テv是ニ有リ2秋津島ノ之名1云々此御哥の心は和州には村々に山あれと中にもと取よるかく山にて国中を見めくらし給へは国廣く民栄へて朝夕の煙絶す海原には鴎立遊ひ面白く樂《タノ》しき大和の国そと也八雲抄云此哥萬葉集長哥の中には詞つきよき也云々

　

　

　

　天皇遊2猟内野ニ1時｜中皇命《ナカウシノミコト》使ムルv獻《タテマツラ》歌一首并短歌

　　間人連老《ハジウトノムラシヲヒ》

3　やすみしるわかおほきみのあしたにはとりなてたまひゆふへにはいよせたてゝしみとらしのあつさのゆみのなかはすのをとすなりあさかりにいまたゝすらしゆふかりにいまたゝすらしみとらしのあつさのゆみのなかはすのをとすなり

　

　

　八隅知（仙由しる）之我大王乃朝庭取撫賜夕庭伊縁立之御執（イたらし）乃梓弓之奈加弭乃音為奈利朝猟爾今立須良思暮猟爾今他田渚良之御執梓能弓之奈加弭乃音為奈里

天皇　是も舒明也　

内野　仙曰大和国宇知郡の野也祇同

間人連老　はしうとのむらしは姓尸也をひは名也中皇命これに讀せて帝に奉られし也

やすみしる　八隅知之古点ヤスミシルヤスミシリシ兩説也定家卿抄にはヤスミシリシと和ス尤可然歟新古今序には京極殿今はやすみしる名をのかれてとあり八雲御抄帝王の所にやすみしると有近代柏玉集にもやすみしるとよませ給ふやすみしると哥には可用之か仙覺由阿等八隅知之をヤスミシルとよめは之の字和しかたしといへと之の字よまぬ事例あり百傳之をもゝつたふとよむたくひおほし又日本紀には夜輸※［さんずい＋弥］始《ヤスミシ》之と有是も釋には八隅知《ヤスミシル》也言フv知2四海八※［土＋延］1也云々然は日本紀にてはやすみしゝとよむへくとも此集の八隅知之は古点に任せてやすみしるとか定家卿の和に随ひてやすみしりしと兩義の内を可用之仙覺由阿等の説一偏にやすみしヽとのみ云も如何

　

　

とりなてたまひ　仙曰弓のはずを也いよせたてヽしはいは發語の詞也

みとらし　祇点みたらしのとあり御たらしの梓《アツサノ》弓は重詞也云々仙曰みとらしは御弓也又みたらしともいふとゝたと五音通ス弓をたらしといふは天竺の多｜羅葉《ラヱフ》は其たけ七尺五寸弓のたけも亦七尺五寸也故に是を多羅子と云也なかはずといふは矢｜若《モシ》は張殿の志ゐし等のはすは中をえりてうらうへのはしにつく　弓のはすは中に付る物なれは中はすと云又はすはなづといふ同言也同韵相通する也弓は兵殊にかき撫る物なれは朝には取なてたまひと詠する也

　

　

中はすのをとす也　仙曰弓の弦はす（ママ「も」）とはすうらはすにかけて張たれは弦《ツル》うちの音も妙なれは中はすの音す也といふ也廣韻ニ曰ク釋名《シヤクミヤウニ》曰弓其ノ末ヲ曰フv簫《シヨウト》又｜謂《イフ》2之ヲ弭ト1以v骨ヲ為《ツクル》v之ヲ滑《ナメラカ也》弭弭也中央ヲ曰v※［弓＋付］ト※［弓＋付］は撫也又所2撫持スル1也以上仙抄　愚案此哥の心は八嶋の国をしろしめしたる我大君のとりなでよせたて朝夕｜翫《モテアソ》ひ給ふ御弓のはずの音｜妙《タヘ》也今朝夕の遊猟モ此弓ををしたてはなさせ給ふはずの音妙也と重てほめ奉る心なるへし　

　

　

　　　反歌《カヘシウタ》

4　たまきはるうちのおほのにむまなへてあさふますらんそのくさふけの

玉※［克＋寸］春内乃大野馬數而朝布麻須等六其草深野

反歌　八雲抄云常の卅一字をかへしうたと云　師説長哥に讀し心をかへさふしてよめる心也此集なかうたの跡に并短歌といへる是也

たまきはるうちの　仙曰うちといふは内裏也玉きはるとは厳麗極るといふ詞是内といはんためによそへよめる詞也仁徳天皇の武内大臣に給ふ御哥もたまきはるうちのあそとよませ給へる此心也又曰常の尺には魂きはまる儀臨終のよしを尺す誠にたまきはる命なとよめる哥には然るへし此哥に魂きはまる儀ならは天皇遊猟の時いかてかさる禁忌の詞を詠進すへきや以上仙抄祇同詞林采葉云玉極る内裏と云也荘厳きはまる心也玉楼金殿の儀也一には黄帝※［山／虫］尤を極鹿の野にて討眼を毬打の玉にして打事をたまき春うつと云也袖中抄同　愚案内の大野といはん枕詞也馬なへては駒をならへて也草ふけ野は草深き野也天子の御猟に供奉の人々駒をのりならへて朝に踏み分るさま也萬葉見安云あさふますらんとは朝狩に鳥をふみたつる也と云々遊猟の時なれは此儀しかるへし内の大野は内野をいふなるへし祇同

　

　

　

　　幸《ミユキノ・イテマス》2讃岐國安益《サヌキノクニアヤノ》郡ニ1時見テv山ヲ作レルv歌一首并ニ短歌　日本書紀ニ無v幸2讃岐國ニ1亦軍王未v詳《ツマヒラカ》山｜上《カミノ》憶良《ヲクラノ》大夫カ類聚歌林ニ曰記ニ曰天皇十一年巳亥冬十二月己巳朔壬午幸スト2伊｜豫《ヨ》温湯ノ宮ニ1云々｜一書《アルフミニ》云｜是《コノ》時宮ノ前ニ在2二ノ樹木1此二ノ樹ニ班鳩《イカルカ》比米《ヒメ》二ノ鳥｜大《オホク》集ル時ニ勅シテ多ク掛テ2稲《イナ》穂ヲ1而養フv之ヲ乃作歌云々疑ラクハ從v此幸スルv之《コヽニ》歟《カ》

　

　

　　　　　軍王

短歌　此事定家卿萬時ニ委

日本書紀　是より例の注の詞也　記曰日本紀也此註イ本反哥の後に在

是時　宮前在二樹木　仙曰伊予國風土記云二木トハ一者｜椋《ムクノ》木一者｜臣《ヲミ》木ト云リ私勘｜臣《ヲミ》木ハモミノ木歟【玄覺】

從此幸之歟　伊予の温湯に幸の時これより讃岐へも行幸にやと云也

5　かすみたつなかきはるひのくれにけるわつきもしらすむらきもの心をいたみぬえことりうらなきをれはたまたすきかけのよろしくとをつかみわかおほきみのみゆきの山こしの風のひとりをるわかころもてにあさゆふにかへらひぬれはますらおとおもへるわれも草枕たひにしおれは思ひやるたつきをすらにあみのうらのあまをとめらかやくしほのおもひそやくるわかしたこゝろ

　

　

　　霞立長春日晩家流和豆肝之良受村肝乃心乎痛見奴要子鳥卜歎（イふれ）居者珠手次懸乃宜久遠神吾大王乃行幸能山越風乃獨居吾衣手爾朝夕還比奴禮婆大夫登念有我母草枕客爾之有者思遣鶴寸乎白土網能浦之海處女等之焼塩乃念曽所焼吾下情

　

　

わつきもしらす　仙曰侘しきもしらす也見安云たつきも知す也

むらきも　村肝　仙曰餘事を忘れて一向《ヒタスラ》思ひ嘆く其｜肝《キモ》胸の間にこれる也詞林云思ひ切なる時は肝すくに切るゝと云

ぬえこ鳥　仙曰うらなきはしたなくを云愚案和名曰※［空＋鳥］《コウ》沼江《ヌエ》怪鳥《ケテウ》也海篇ニ鵺音也うらは助語也

たまたすきかけの　仙曰玉たすきはかけといはんとて也愚案かけの宜くとは懸て宜くと云也

とをつかみ吾大君　仙曰天皇を神といへる也神といへるは萬をかゝみ給ふ儀也明王は天下の諸ノ高き賤き者をかゝみ給ひ古をも今をもかゝみ給ふ事百練鏡のことく明らかにましませは遠神　吾大君とはいへる也見安云｜遠神《トヲツカミ》は神代の神と云心也

　

　

かへらひ　詞林云歸りぬれは也　ますらお　仙曰たけきものゝふを云｜増荒男《マスラヲ》とかくは此義也　たつきとはたより也　しらには詞林云しらす也

あみのうら　八雲御抄に　讃岐と云々　仙覺は網引浦の惣名といへり非也愚案此哥は軍王此幸の供奉して旅館の夕※［空＋鳥］鳥物悲く鳴比古郷の方の山を打詠て妹を思ひてよめり　哥の心は春の夕旅客の物侘しき心をもぬえ鳥はしらて痛ましきねに鳴をれは懸て宜き君の行幸に越來し山の嵐の独詠居る我袖に朝夕吹かへりぬれは鳥の音風のけしき取集めて旅懷をいとゝ催して丈夫のたけき心も心よはく古郷の妹を思ひやらるゝに思ひやるたつきもしらすそことなきに思ひこかるゝ心なるへし網の浦のあま乙女らの焼塩のと云迄は思ひそ焼るの枕詞也

　

　

山こしの風をときしみ　仙曰しみはしけしと云詞也　詞林云ぬる夜おちすとは夜毎に也愚案山越の風時にしけく吹に家室をかけて忍はぬ夜もなく毎夜戀忍ひつると也山風のしけきに思ひを催さるゝ心にや

　

　

　

　　明日香《アスカ》川原ノ宮御宇　天豊財重日足姫《アメトヨタカライカシヒタラシヒメノ》天皇謚シテ曰2皇極天皇ト1女帝也大和國高市ノ郡岳本ノ宮同地也

一首　山上ノ憶良大夫類聚歌林ニ曰戊申年幸スル2比良宮ニ1大御《ヲホミ》歌但紀ニ曰五年春正月巳卯朔辛巳天皇至ルv自《ヨリ》2紀ノ温湯《イテユ》1三月戊寅朔天皇幸シテ2吉野ノ宮ニ1而｜肆宴《トヨノアカリス》也庚辰ノ日天皇幸2近江ノ之平ノ浦ニ1此歌未v詳　　額田王《ヌカタノヲホキミ》

　

　

7　あきのゝのみくさかりふきやとれりしうちのみやこのかりいほしそおもふ

金野乃美草（祇ヲハナ）刈葺屋杼礼里之兔道乃宮子能借五百磯所念

明日香川原宮　八雲御抄云大和皇極天皇重祚有2遷都1

天豊財重日足姫　皇極天皇の御名也是も注の詞也

紀曰　日本紀二十六卷也類聚歌林に戊申年といへるにたかへる事をしるす也

此歌未詳　歌林には天皇の大御哥といへるに此集には額田王とあれは此哥作者未詳と也　あきのゝのみくさかり　此哥新勅撰には尾花かりふきと入定家卿の御説にしたかへるか宗祇抄にもおはなと有祇曰此哥の点みくさかりふきともあり真の草の儀也人丸の哥に「人はみな萩を秋といふいな我は尾花かうへを秋とはいはんとよめりお花を草の中にはほめたる也仙曰み草とは薄也或はおはなと点せり諸草の中に高くおゝしき草なれは真草の義にて此哥にはみくさと点したり諸草おほしといへと草花と書て此集におはなとよめり是薄まことの草なるか故也　詞林云所ノv註スル日本紀を推《ヲス》に天皇吉野の宮より比良の宮に幸《イテマ》す中途にて宇治の故宮に借菴｜結《ムス》ひおはします事を思ひ出てよみ給ふ腰句にやとれりしといひて第五句にしそおもふといへり祇注同又詞林云古説に宇治の都とは行宮《カリミヤ》也京都にあらすといへとも日本紀十一曰太子｜兎道稚郎子《ウチワカイラツコ》興《ツクリテ》2宮室《ミヤヲ》於兎道《ウチニ》1而｜居《マシマス》之云々又曰從2難波1馳《ハセテ》之｜到《イタル》2兎道ノ宮ニ1　山城風土記曰ク謂フ2宇治ト1者ハ宇治若郎子《ウチワカイラツコ》造《ツクリテ》2相原｜日桁《ヒゲタノ》宮ヲ1以｜為《ス》2宮室《ミヤト》1因テ名テ号2宇治ト1かれこれ宇治の都無相違者歟祇注同義

　

　

　

　　後｜岡本《ヲカモトノ》宮御宇　天豊財重日足姫《アメトヨタカライカシヒタラシヒメノ》天皇位ノ後｜即《ツキタマフ》2位ニ後ノ岡本ノ宮ニ1謚《ヲクリナシテ》曰2齊明《サイメイ》天皇ト1皇極天皇ノ重祚也天智天武｜間《ハシ》人ノ皇女ノ母也｜與《ト》2前ノ岳本《ヲカモト》宮1同地也

　

　

　　一首　山上憶良ノ大夫類聚歌林ニ曰｜飛鳥《アスカ》岳本ノ宮ノ御宇天皇元年巳丑九年丁酉十二月巳巳朔壬午天皇大后幸ス2于伊豫ノ湯ノ宮ニ1後ノ岳本ノ宮ノ御宇天皇七年辛酉春正月丁酉朔壬寅御v船西ニ征《ユイテ》始テ就ク2于海路ニ1庚戌御船泊ル2于伊豫ノ熟田津《ニキタツノ》石湯行宮《イシユノカリミヤニ》1天皇｜御2覧《ミマス》昔《ムカシヨリ》日猶ヲ存《ナカラフル》之物ヲ1當時《ソノカミ》忽《タチマチ》起2感愛之情ヲ1所以《コノユヘニ》因《チナミニ》製《ツクリテ》v歌詠《ウタヲ》為2之《コレカ》哀傷《カナシミヲ》也即此歌天皇御製額田王歌別有四首

　

　

額田王

重祚　御位をおりゐののちふたヽひ帝位につき給ふ事也

山上憶良　是より此哥額田王と此集にしるしたれと齊明の御製と憶良の記にありとことはれる也

庚戌御船　日本紀二十六曰庚戌御船泊伊予熟田津石湯行宮　熟田津此｜云《イフ》2※［人偏＋尓］枳駝豆《ニキタツト》1

8　なりたつにふなのりせんと月まてはしほもかなひぬいまはこきこな

　　熟田津（仙点袖中にきたつ）爾船乗世武登月待者潮毛可奈比沼今者許藝乞菜

なりたつにふなのり　八雲抄名所部奥儀抄萬葉の所の名等なりたつと出て古点と見ゆ袖中抄此哥注云なりたつとは熟田津とかけり但考日本紀に熟田津此云※［人偏＋尓］枳駝豆しからは萬葉にてもにきたつと讀へき歟なりたつは伊予にある所也又柔田津ともかけり又熟田津をむまたつともよめり同心か仙抄同八雲抄云しほもかなひぬは舟なとにのるによく成たると也愚案こぎこなはこぎ來なんにや月の出しほを待えてよく成たれは今はこきゆかんとの心なるへし來も行も同心也袖中抄にはこけこなともよめり同事なりとありこの儀ならは今はこけと舟子にいへる心にや

　

　

　

　幸ノ2紀ノ温泉《イテユニ》1時作レル歌一首　　額田王

9　ゆふつきのあふきてとひしわかせこかいたゝせるかねいつかあはなん

　　莫囂圓隣之大相兄爪謁氣（イこひし）吾瀬子之射立為兼五可新何本

ゆふつきのあふきて　仙抄云ゆふつきは十三四日の夕の月也いたゝせるかねはいは發語の詞よめる心は夕月のことくあふきてとひし我せこか立てやあるらんいつかあはんとよそへよめる也是は愚老新点の哥のはしめ哥也彼新点の哥百五十首侍る中に是は委尺を書そへて侍る哥也云々愚案莫囂圓隣之大相兄爪を夕月のあふきてとよみ新何本をあはなんとよむ事愚意なとの及ふ所にあらすなから只彼抄に任せて書付侍る所也

　

　

　

　往2紀《キノ》温泉1時ノ御歌三首　山上憶良大夫類聚歌林曰天皇御製云々　中皇《ナカウシノ》命

10　きみかよもわかよもしれやいはしろのをかの草根（くさねイかやね）をいさむすひて　　な

　　君之歯母吾代毛所知哉磐代乃岡之草根乎去來結手名

きみかよもわかよもしれ　仙曰此哥も有馬の王子の岩代の松を結ひ給へりしを本縁としてよましめ給へりとみえたり【祇同】孝徳天皇有馬皇子の位をえたもつましき氣色を見知給ひてゆつり給はさりけれは世を恨てうかれありき給ひて岩代の松の枝を結て「岩代の濱松か枝を引結ひまさきくあらは又かへり見んと讀給へり然は又是も君か代も我世も知らん岡の草根をいさむすはんとよみ給へるなるへし是迄仙抄愚案しれやは知らん也彼幸あらはとよみしをうけて君か代我代の幸を知んなれは此岡の草を結ひてんと也

　

　

11　わかせこはかりいほつくらす草なくはこまつかしたの草をかりさね

　　吾勢子波借廬作良須草（クサイカヤ）無者小松下乃草（イカヤ）乎刈核

わかせこはかりいほつくらす　つくらすは作らする也草の借菴作らするとならは此小松の下の草をかりふけとなるへし旅館なと作心にや草《クサ》カヤ仙点

12　わかおもひし野しまは見せつそこふかきあこねのうらのたまそひろはぬ

吾欲（イホリシ）之野島波見世追底深伎阿胡根能浦乃珠曽不拾

或頭云わかおもひししまは見つるを

吾欲（ホリシイ）子島羽見遠

わかおもひし野嶋は　仙曰あこねのうら紀伊国也祇曰野嶋は紀伊国也かゝる所をは見せたれともあこねのうらの玉そひろはぬとよめり愚案仙点ほりし祇おもひしと有我見まくほしく思ひし野嶋は見せつる今はあこねの玉をひろはぬはかりそと也野嶋をみて本意とけし悦を讀し哥成へし八雲抄云野嶋範兼抄淡路云々

　

　

　

　三山御歌一首并短歌　三山者畝火香山耳梨見風土記　　中大兄　　近江宮御宇天皇

13　かくやまはうねひおゝしとみゝなしとあひあらそひきかみよゝりかゝるにあらしいに　　しへもしかにあれこそうつせみもつまをあひうつらしき

高山波雲根火雄男志等耳梨與相諍競伎神代從如此有良之古昔母然爾有許曽虚蝉毛嬬乎相（イミルマテ）格（カク）良（ラ）思吉（ヲモ）

三山　注にうねひかく山みゝなし山云々大和也

中大兄　仙曰天智天皇御諱也いまた皇子の時の御哥なれは御諱をかゝれたる也愚案近江宮大津朝志賀都是也

かく山はうねひおゝしと　仙曰昔は山川も夫婦有きかく山は女山也畝火山と耳梨山とは男山也然に耳梨山は始めにかく山を懸想しけるにかく山うけひきなからうねひ山又かく山ををけさうせしにうねひ山｜姿《スカタ》雄男《ヲヽ》しくよかりけれは是にこころうつりにけり雄男しとはけたかくよき也其故に耳梨山と畝火山とたゝかふ是を三山のたゝかひと云也此御製に彼山の本縁をよませ給ふ也以上仙注畧註愚案神代よりかゝるにあらしとは此三やまのあらそふ事かくこそあるらしと也うつせみとは仙曰わか身をうつくしむ儀也昔は物をほむる詞にうつともいつとも萬物にいへる也愚案しかにあれこそとは古もしかにあれはこそ也男として女をうつくしむ事古もしかあれはこそ今此身も妻をあひうつくしむらしと也きは助字也仙曰高山かく山と和すへしかとたと同韻相通也高麗を彼国の人はかくりといふ香山をもかく山と讀同事也播磨風土記ニ云ク香《カク》山ノ里本ノ名ハ鹿來墓《カクノツカ》至テ2道守臣《チモリノヲン》為《ナルニ》v掌《ツカサト》之時ニ1及テv改ムルニv名ヲ為2香《カク》山ト1可v思v之ヲ云々【愚案あひうつらしきの詞日本紀二十二大君のつかはすらしき云々此類也】

　

　

　　反歌

14　かくやまとみゝなし山とあひし時たちて見にこしいなひ（うねひイ）くにはら

高山與耳梨山與相之時立見爾來之伊奈美國原

かく山とみゝなし山と　いなみくにはらとは播磨印南郡也古は郡をも国と云よしのゝ国はつせの国の類なるへし玄云播磨ノ国風土記ニ云出雲ノ国｜阿菩大《アホノヲヽン》神聞テ2大和ノ國畝火香山耳梨三山｜相闘《アフタヽカフト》1此《コヽニ》欲シテ2諫止《イサメヤメント》1上來到テ2於此ノ所ニ1乃聞テ2闘止ト1覆《ヲホヒテ》2其所ノv乗之船ヲ1而｜坐《イマス》之故号ス2神集《カミツトヘノ》之｜形覆《カタヲホヒト》1これをもてこれをおもふにたちて見にこしいなみくにはらとよめるはこの阿菩大神播磨まて來る事をいへるにや神集《カミツトヘ》もし印南《イナミ》の邊か風土記をもて猶可了簡【以上玄覺】愚案たちてとは彼大神いつもを立て也

　

　

15　わたつみのとよはた雲に入日さしこよひの月夜すみあかくこそ

渡津海乃豊旗雲爾伊理比沙之（イ弥之）今夜乃月夜清明巳曽

　　　右一首ノ歌は不v似2反歌ニ2然トモ依テ2舊本ニ1以載《ノス》v茲《コヽニ》　豊旗雲は古語ニ海雲ノ映シテ2夕日ニ赤色ニシテ似タルv旗ニ也夕陽清明ナレハ者月光清シ

　

　

わたつみのとよはた雲に　童蒙抄云とよはたとは大きなる旗といふ豊の字おほき也といふ詞也夕日｜焼《アケ》して赤き雲の紅旗に似たる見れは雨のふらぬによりて今夜の月は晴たらんするとよめり袖中抄に云とよはた雲は海雲の古語也瑞應圖云豊旗雲ハ者｜瑞雲《ズイウン》也帝徳ノ至ル時出現スル雲也雲ノ勢者似タリv旗ニ也云々猶此本の注にも有此哥仙覺と由阿本には入日｜禰之《ネシ》と有仙は入日ネしはやはらく心といへり由阿は六臣註文選に寝は息也とあり日も天の行度《キヤウド》をはる／＼とめくりて入日に成りては閑にやすむと言也云々愚案此哥敦隆の類聚萬葉にも入日さしと有童蒙抄袖中抄等にも入日さし也玉葉集に入しにも勿論入日さし也世間流布の萬葉にも伊理比沙之とそかける義理におゐてもさしは安くきこえねしはむつかし類おほく義直なるに付て此本入日さしを用侍り祇注にも入日さしといふは心おたやかなりといへり又此一首三山の哥の反歌には不似といへとも旧本によりてこゝにのすと註に有

　

　

　

　近江大津宮御宇　天命開別《アメミコトヒラキワケノ》天皇謚曰2天智天皇ト1大津滋賀都

　天皇詔シテ2内大臣藤原朝臣ニ1大職冠　藤原ノ鎌足ノ朝臣　競2憐《キソヒアハレム》春ノ山ノ萬ノ花之｜艶《エン・ミヤヒ》秋ノ山ノ千葉《チヽノハノ》之｜彩《サイヲ・イロトリ》1時判《ハンスル・ワカテル》之歌一首　　額田王　

　

　

近江大津宮　注に天智天皇の都しかの郡云々

鎌足　日本紀には鎌子云々帝鎌足と春秋のあらそひし給ふ時額田王これを判し給ふ也

16　冬こなり春さりくれはなかさりしとりもきなきぬさかさりし花もさけれと山をしけみいりてもとらす草ふかみとりても見えす秋やまのこのはを見てはもみちをは取てそ忍ふあをきをはをきてそなけくそこしうらみし秋やまそわれは

　

　

　冬木成春去來者不喧之鳥毛來鳴奴不開有之花毛佐家礼杼山乎茂入而毛不取草深執手母不見秋山乃木葉乎見而者黄葉乎婆取而曽思努布青乎者置而曽歎久曽許之恨之秋山吾者

冬こなり春さり　仙曰いまた冬木の姿にて春くれはと云也【祇同】

山を茂み　山の木茂き故にさのみ取もてあそはすとなるへし

もみちをは取てそ忍ふ　色付たるを取翫ふ心也

あをきをはをきてそなけく　紅葉を愛するからに染さるを置て歎くと也

そこしうらみし　そこはく恨めしと云詞也そこしはそこはく也青きを恨也秋山そ我はと云は秋のなさけをまされりと判する哥也

　

　下ル2近江國ニ1時作レル歌一首并短歌　山上憶良大夫類聚歌林ニ曰｜遷《ウツス》2都ヲ近江國ニ1時御2覧スル三輪ノ山ヲ1御歌也ト日本書紀ニ曰六年丙寅春三月辛酉己卯遷ス2都ヲ于近江ニ1　　額田王

　

　

山上憶良　此注の心は此うたは大和より志賀へ遷都の時天智天皇の御哥也と憶良のしるされしと也此集には額田王といへる異を云也

日本書紀　卷二十七天智記也

17　あちさけのみわの山あをによしならの山の山のまにいかくるゝまてみちのくまいつも　るまてにまくはしも見つゝゆかんをしは／＼も見さけんやまをこゝろなき雲のかくさふ　へしや

　

　

　味酒（仙うまさか祇同）三輪乃山青丹吉奈良能山乃山際（イやまきはに）伊隠萬代道隈　伊積流萬代爾委曲毛見管行武雄數數毛見放武八萬雄情無雲乃隠障倍乃也

あちさけのみわの山　祇曰うまさかあちさけのと点する本あり酒のみとつゝくるよし也仙曰古点にはあちさけと点せり然とも古語によらはうまさかといふへき也日本紀五崇神天皇八年十二月以2太田田根子《ヲヽタタネコヲ》1令v祭ラ2大神ヲ1是ノ日活日《イケヒ》自《ミツカラ》挙《アケテ》2御酒《ミキヲ》1獻ル2天皇ニ1天皇歌ヒテ之曰｜宇摩佐階《ウマサカ》。※［さんずい＋弥］和能等能能《ミワノトノノ》。阿佐姑珥毛《アサコニモ》。於辞寐羅筒祢《オシヒラカネ》。※［さんずい＋弥］和能渡焉《ミワノトヲ》。しかれはうまさかといふへき也さかさけ皆同し事にとりて男声を用ひてさかといふへき也神の酒をみわといへはうまさかのみわとつゝくる也土佐の国の神《ミワ》河の水をもちて太神のために酒をかもしたりしかことにめてたかりけれは彼川の名を取て神酒をみわと云也土佐風土記ニ曰神《ミワ》河｜訓ハ2三輪河ト1源ト出此河ノ之中ヨリ1届《イタル》2伊予國ニ1水清カ故｜為《タメニ》2大神ノ1醸《カモス》v酒ヲ也用ルカ2此河水1故ニ為ス2酒ノ名ト1也是迄仙抄童蒙抄云あちさけのとはあちはひある酒といひうまさけのとはむまき酒といへる也旨酒といへる旨の字むましとよむなりかくさけとよみてみわともみむろともいひつゝけたる事は酒にはみのあれは昔はかゝる事をもまさなしといはぬ事なれはあちさけむまさけともよむからにみをよまん事更なる事也愚案兩点捨かたきにつきて猶古点は和哥にもよみたれはあちさけを本に用ひてうまさかをも書添たり猶仙引所の日本紀不審有可勘正也

　

　

あをによしなら　清輔云青丹よしならとは物の色をいふに丹青を宗とする也されは畫圖をも色々あれと丹青といふ也｜平《ナラ》城の新都のめてたきをほむとて青丹よしならとはいふ也但青丹よしならとつゝけぬ事も萬葉にあり悔しくもかくしらませはあをによしくぬちこと／＼見せまし物を喜撰式云平城京をあをによしと云萬葉抄云あをによしならとは奈良坂に昔は青き土の有ける也それを取てゑかく丹に遣ひけるによかりけれはかくよめり【袖中抄にあり】童蒙抄云｜崇神《スジン》天皇十年秋七月｜武埴《タケハニ》をうつ爰ニ忌※［分／瓦］《イハヒヘ・イミヘ》を以｜和珥《ワニ》の武※［金＋巣］坂《タケスリサカ》の上《ウヘ》に鎮坐《スヘ》て則《スナハチ》精兵《シラケ》を率《ヒキヒ》て進《スヽミ》て那羅《ナラ》山にのほりて軍《イクサ》たつ時《トキ》に官軍《ミイクサ》屯聚《アツマリ》て草木を※［足＋商］※［足＋且］《フミナラス》よりて其山を那羅《ナラ》山といふ也委見2日本紀第五ニ1此忌※［分／瓦］《イハヒヘ》は青磁《アヲジ》也さればあをじよきならとはいふ也青丹とは訛《アヤマリ》也【是迄童蒙仙も用之】愚案此諸抄いつれも捨かたき歟所詮ならの枕詞なるへし足引の山ちはやふる神のたくひにや

　

　

いかくるゝまて　仙曰伊は發語也かくるゝまで也伊積るまてにも如此愚案萬の物たひかさなれはつもる心にて度々見る事をいはんとて也道の曲《クマ》は道々の委曲の所々也まくはしもは是も委曲と書くはしくつふさなる心也見さけんとは振さけ見んとの心也哥の心は三輪の山をならの山の邊にて陰かくるゝまて道のくまにたひ／＼見てゆかんしは／＼ふりさけ見まほしき三輪の山を心なく雲のかくしさはるへき事かはと也

　

　

反歌

18　みわやまをしかもかくすか雲たにもこゝろあらなんかくさふへしや

　　三輪山乎然毛隠賀雲谷裳情有南畝可苦佐布倍思哉

みわ山をしかもかくすか　さもかくす哉也是もみわ山を深くしたふ心より雲の隠すを恨む心也

　　和スル歌　此歌不v似2和スル歌ニ1然トモ依2舊本1以｜載《ノス》v茲ニ

　　　　　　　　　　　　井戸王

和スル歌　和答せる歌也仙曰凡和の哥と云は月花萬の事におゐて先詠する人のよめる題を同しく詠する也和とは答る儀也然るに今そまかたの哥は前の長うた反哥の心にあらされは不スv似《ニ》2和ノ歌ニ1と云也愚案此仙注は下の注の詞を注する也此歌不似和歌といふより以下イ本には哥の後に在

　

　

19　そまかたのはやしはしめのさのはきのころもにきなしめにつくわかせ

綜麻形乃林始乃狭野榛能衣爾着成目爾都久和我勢

そまかたのはやし　八雲抄云そまかた木の茂き也仙曰そまかたとは林の茂くして杣山なとの形《カタチ》のことくはやしはしむる也愚案さ野萩は野の萩也わかせは我《ワ》か背子《セコ》也杣山の形のことくはやしはしめし野邊の萩の衣をよく着なして我せこか目につくとの心なるへし

　

　

　

　天皇遊2猟《カリシタマフ》蒲生野《カマフノニ》1時作レル歌一首　紀曰天皇七年夏五月五日｜縦2獵《カリシタマフ》於蒲生野ニ1于｜時《トキニ》天皇弟《ヒツキノミコ》諸王《ヲホキミタチ》内臣《ウチノマウト》及《ヲヨヒ》群臣《マチキンタチ》悉《コト／＼ク》從焉《ヲントモナリ》　　額田王

　

　

蒲生野　近江也注に紀曰日本書紀卷二十七也　天皇弟《ヒツキノミコ》　天武天皇なり内臣は大職冠にや天武天皇は天智天皇御弟天智元年立太子

20　あかねさすむらさき野ゆきしめのゆきのもりは見すやきみか袖ふる

茜草指武良前野逝標野行野守者不見哉君之袖布流

あかねさす紫野　紫野　標野　八雲抄皆近江也祇曰紫野しめ野蒲生野に有あかねさすといふ發句は古語のよそへ事也紫は其根赤き物也紫は深赤とかける其儀也仙同義愚案今皇太子なとの御狩の袖を此野守は見奉らすやと也但奥儀抄にはこの野にあそひありく女ともの躰は見るやとよめり行幸供奉の女とも也と云々如何

　

　

　

　　　答御歌一首　皇太子　明日香宮天皇

21　むらさきのにほへるいもをにくゝあらは人つまゆへにわかこひめやも

紫草（イあきはきの）爾保敝類妹乎爾苦久有者人嬬故爾吾戀目八方

むらさきのにほへる　奥儀抄云只今紫の見ゆれはたとへにとりてかくよめり古哥の習ひ也愚案匂へる妹とは内にうるはしき婦徳有て外にあらはるゝ美を云也人つまゆへに我戀るとは君子のために求め戀る心也天皇の御ために婦徳にくからぬ女をとおほす心なるへしたとへは詩の関雎《クハンシヨ》に窈窕《ヨウテウタル・ミヤヒヤカ》淑女《シユクシヨ》寤寐《サメテモイネテモ》求ムv之ヲ求トモv之ヲ不v得《エス》寤寐《サメテモイネテモ》思服《ヲモヒヲモフ》といへるたくひにや又第一第二句祇注云是は紫を女にたとへたり又うつくしき姿なるへし仙同可v随2所好ニ1歟

　

　

　

　明日香清御原《アスカキヨミハラ》天皇御宇　天渟中原瀛真人《アメノナカハラヲキマヲヒト》ノ天皇号ス2大海皇子1謚《ヲクリナシテ》曰2天武天皇ト1明日香ノ宮大和ノ國高市ノ郡今ノ島ノ宮正東ノ地是也　十市《トヲチノ》皇女｜参2赴《マイリヲモムク》於伊勢ノ神宮ニ1時見テ2波多横山ノ巌《イハホヲ》1作レル歌一首　紀ニ曰天皇四年乙亥春二月乙亥朔丁亥十市ノ皇女｜阿閉《アベ》皇女参2赴於伊勢ノ神宮ニ1　十市皇女ハ天武天皇第五ノ女母ハ額田姫ノ王也阿閉皇女ハ是元明天皇也

　

　吹※［草冠＋欠］（黄イ）刀自　未v詳

明日香清御原天皇　下の注にくはし　

天渟中原瀛真人《アメナカハラヲキマツト》　天武天皇の御諱也明日香宮は天武の都也　十市皇女　注に委

波多横《ハタノヨコ》山　伊勢雲出河の南にあり

吹※［草冠＋欠］刀自《フクキノトジ》　イ吹黄刀自　女の名也傳未v詳云々

22　河かみのゆつはの村に（ゆついはむらにイ）草むさずつねにもかもなとこをとめにて

河上乃湯都盤村二草武左受常丹毛冀名常處女煮手

河かみのゆつはの村に　河上　湯都盤村　はたのよこ山の邊にや仙曰草むさすは不生也彼村の草も生さるかことく我も常にとこ乙女にて君につかへんと也愚案或説湯都盤村是をゆついは村と讀へしゆつは五百津《イヲツ》也日本紀｜五百津磐村《イヲツイハムラ》と同岩の多きを云非2名所ニ1云々然共家隆卿「河上のゆつわの村の薄※［木＋色］下草かけて露や染らん其外ゆつはと讀り可尋之

　

　

　

　麻績王《ヲミノヲホキミ》流ルヽ2伊勢ノ國｜伊良虞島《イラコカシマニ》1時人｜哀傷《カナシミテ》作ル歌一首　日本紀ニ曰天皇四年乙亥夏四月戊戌朔乙卯三位麻績王有v罪流ル2于因幡ニ1一子ハ流2伊豆ノ島ニ1一子ハ流2血鹿《チカノ》島ニ1也｜是《コヽニ》云《イフ》配ス2于伊勢國伊良虞島ニ1者《トハ》疑《ウタカフラクハ》後人依テv歌ノ辞《コトハニ》而｜誤《アヤマリ》記スルカ乎　　　作者未v詳

　

　

後人依2歌辞――麻績王は非2伊勢ニ1因幡に流るゝと也

23　うつあさををみのおほきみあまなれやいらこかしまのたまもかります

打（イウメル）麻（ヲ）麻績王白水郎有哉射等篭荷四間乃珠藻苅麻須（イ食シク）

うつあさををみのおほ君　祇うつといふは物をほむる詞の随一也よき麻の苧といふ詞也仙曰見安云あさのをゝうむとつゝくる也愚案袖中抄にはうめるをゝをみのと有麻績の枕詞に置也又祇注袖中抄には玉藻かりしくと有てくは助字と顕昭はいへり心は彼｜王《ヲホキミ》の蜑のわさにやつるゝを憐む心也

　

　

　感2傷《メテイタミテ》之《コレヲ》和スル歌一首　麻績ノ王

24　うつせみのいのちをおしみなみにひちいらこのしまのたまもかりしく

　　空蝉之命乎惜美浪爾所湿伊良虞能島之玉藻刈食

うつせみのいのちを　空蝉ははかなき身上を云かゝるうきめみんよりとく死ぬへき身のはかなき命を惜み存命て浪にひたり玉もかりやつるゝと歎心也

　

　　　　　　　　　　　一首　　　天皇御製

25　みよしのゝみゝかのみねにときなくそ雪はふりけるひまなくそ雨はふりけるその雪のときなきかことその雨のひまなきかことくまもおちすおもひつゝそくるその山道を

　一ニ云クみよしのゝみゝかの山に時しくそ雪はふるといふひまなくそ雨はふるといふ其雪の時ならぬこと其雨のひまなきかことくまもおちす思ひつゝそくるそのやまみちを

　三吉野之耳我嶺爾時無曽雪者落家留間無曽雨者零計類其雪乃時無如其雨乃間無如隈毛不落思乍叙來其山道乎

　三芳野之耳毛山尓時自久曽雪者落等言無間曽雨者落等言其雪不時如其雨無間如隈毛不堕思乍叙來其山道乎

みよしのゝみゝかの岑　くまもおちすとはくまは物のかくれ也くまもおちすとはくまごとに也前にぬる夜おちすといふたくひ也時なく隙なく思ひ残すくまなくさま／＼思ひつゝ其道をくると也日本紀を勘るに天武は天智の御弟にて春宮なりし時天智の御子大友皇子ねたむ御心おはし大臣なとも大友に心よせのけしきあり天智の御位を天武へ御ゆつりあらんとするに蘇我の臣｜安麻侶《ヤスマロ》天武へ心つかひして御返事申させ給へといさめける故に天武多病なれは天下はえたもつましきよし天智ニ申給ひて出家して吉野へのかれいらせ給ひて時をまちて終に大友をほろほし位につかせ給ひけりされは此御哥はかのよしのにおはしける程大事をさま／＼思慮せさせ給ふ心なるへし彼よし野へおはしける比も冬の事ときこえ侍るに此哥雪のさまもをのつから折にかなひ侍にや

　

　

一云　是は此哥の異説あるを註する也イ本右句々相換因v此ニ重テ載スv焉ニと有

時しくそ　仙曰しくはしけき也時しけくといふなり日本紀第六云｜非時香菓《トキシクノカクノミ》云々下に其雪の時なきかことゝよめり時にあらさる雪といふ儀か愚案時しくは時にしけく雪ふる也下に時なくとあるもまなく時なくふる儀なるへし時に非ると云も捨かたき儀歟「しもとゆふかつらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆる哉と古今集によめるにて心得へし此哥はしめのうたに詞は少かはれとも儀は同し

　

　

　

　幸《ミユキノ》2吉野ノ宮ニ1時御《ミ》歌一首　紀ニ八年己卯五月庚辰朔甲申幸ス2　吉野ノ宮ニ1　　天皇御製

紀曰　日本書紀二十九卷

天皇　天武也是御運をひらかせ給ひてのちなれは幸とかけり注の日本紀にて知へし始めの御哥は其事なし彼｜籠《コモリ》おはせし時と知へし

27　よき人のよしとよく見てよしといひしよしのよく見よよき人よきみ

叔人乃良跡吉見而好常言師芳野吉見欲（イ見多）良人四來三

よき人のよしとよく　よしとよくみて重詞也

　

　藤原ノ宮御宇　高天原廣野姫《タカマノハラヒロノヒメ》謚シテ曰2持統天皇ト1元年　丁亥十一年｜譲《ユツル》位ヲ輕《カルノ》太子ニ1尊号曰2太上天皇ト1

　　　一首　天皇御製

藤原宮　袋草子曰持統天皇高天原廣姫は御いみなゝり

28　はるすきて夏きにけらししろたへのころもさらせり（イかはかす）あまのかくやま

春過而夏（イそ）來（ぬらしイ）良之白妙能衣乾（イホシタリ）有天之香來山

はるすきて夏きに　新古今百人一首詠歌大概衣ほすてふと有春は霞めるか首夏に成て此山の明白に見ゆるを白妙の衣ほすとよみ給へりと先達の説也さらせりも同義なるへし香久山は持統帝の離宮とみえたり此集二長哥にわか大君の萬代とおほしめしてつくれりしかく山の宮よろつよにとあり詞林采葉に此山に甘橿明神とてましますは人のまことそらことをたゝし給ふとて衣を神水にぬらしてほす事ありなといへり然とも玄旨宗祇等の諸抄にも其儀不v用不ルv足ラv信スルニ事歟古來風体ニは衣そきぬらし衣かはかすと和ス

　

　

　

　過《ヨキル》2近江ノ荒《アレタル》都ヲ1時作レル歌一首并短歌　柿本朝臣人麻呂　近江荒都　志賀旧都也

29　玉たすきうねひのやまのかしはらのひしりのみよゆ　一云宮より　あれましし神のあらはすとかの木のいやつき／＼にあめのしたしらしめしゝを　一云めしけり　そらにみつやまとををきてあをによしならやまをこえ　一云そらにみつやまとををきてあをによしなら山こえていかさまにおほしめしてか　一云おもほしけめか　あまさかるひなにはあれといははしるあふみのくにのさゝなみのおほつのみやにあめのしたしらしめしけんすめろきの神のみことのおほみやはこゝときけともおほとのはこゝといへともわかくさのしけくおひたるかすみたつはるひのきれる　一云かすみたつはるひかきれるなつくさかしけくなりぬる　もゝしきのおほみやところ見れはかなしも　一云見れはさふしも

　

　

　　玉手次畝火之山乃橿原乃日知之御世從（自宮）阿礼座師神之書樛木乃彌繼嗣爾天下所知食之乎（食來）天爾満倭乎置而青丹吉平山乎超（虚見倭乎置而青丹吉平山越而）何方御念食可（所念計米可）天離夷者雖有石走淡海國乃樂浪乃大津宮爾天下所知食兼天皇神之御言能大宮者此間等雖聞大殿者此間等雖云春草之茂生有霞立春日之霧流（霞立春日香霧流夏草香繁成奴留）百磯城之大宮處見者悲毛（見者左夫思毛）　橿原宮神武天皇都也津宮天智天皇都也

　

　

玉たすきうねひ　口訣仙曰是は田をすく詞也畝火山をいひ出んために玉田耕とはをける也田に畝あるか故也玉は物をほむる詞也順和名云諸田｜廣《ヒロサ》一歩｜長《ナカサ》二百四十歩為スv畝ト【詞林祇同】

　

　

うねひの山　大和日本紀

かしはらのひしりのみよゆ　みよゝりと同仙曰神武天皇みことのりをくたさしめてのたまはく観《ミレハ》夫畝傍山東南橿原地者《カノウネヒノヤマノタツミノカシハラノトコロハ》蓋《ケタシ》國之墺區乎《クニノモナカカ》可治之《ミヤコツクル》是《コノ》月｜即《スナハチ》命《オホセテ》2有司《ツカサ／＼ニ》1經《ツクリ》2始ム帝宅《ミヤコヲ》1委日本紀三愚案ひしりのみよは神武を申也日本紀三又曰畝傍ノ之橿原ニ也太2立宮柱《ミヤハシラフトシキタテ》於｜底磐《シタツイハ》之｜根《ネニ》1

　

　

あれましゝ　仙曰むまれましますといふ詞也愚案生ノ字形ノ字也続日本紀一ニ文武天皇詔《ミコトノリシテ》曰ク天皇《スヘラミコトノ》御子《ミコノ》之阿礼坐牟《アレマサン》弥繼繼尓《イヤツキ／＼ニ》大八嶋《オホヤシマ》將知《シロシメスヘシ》云々此詞と同是は綏靖《スイゼイ》天皇｜安寧《アンネイ》天皇等より垂仁《スイニン》天皇｜景行《ケイカウ》天皇なとまて所はかはれとも皆やまとのくにゝ都しおはしましける事をいはんとて也

　

　

神のあらはすとかの木　仙曰神はおかしあやまちをとかめ給ふ物なれは也見安云とかの木のいやつき／＼にとは枝を次第／＼にさす木なれは也　そらにみつやまとををきて　大和国をさしをきて天智の近江におはせし事也　あまさかるひな　仙曰ひなはゐなかを云日の字をいはんとてあまさかるとをく也日は長時不断空をさかり行給へは也畧注祇同さがる　石はしるあふみの国　仙曰淡海といふに付て水の淡《アハ》の石に流走《ナカレハシ》る心の枕詞也

　

　

さゝなみの大津の宮　天智の内裏を近江の志賀にたてゝ天下を治させ給ひし事也日本紀廿七ニ曰ク六年三月辛酉己卯遷ス2都ヲ于近江ニ1さゝ波は大津に限す近江の枕詞也或は天智帝志賀に崇福寺を建立の時仙人有て古仙ノ霊崛伏籠ノ地｜佐《サ》ゝ｜名實《ナミ》長等山といひし事の故也云々此事童蒙抄には崇福寺縁起にありといへり袖中抄詞林等には日本紀にありといへり日本紀には見えす不審なるへし

　

　

すめろきの神のみこと　天子の御事を貴みて神のみことゝよめり前にひしりの御世ゆあれましし神のといひかけしも代々の帝の生出させ給へるをいふなるへし　大宮は　大殿は皆天智帝の宮殿也

　

　

はる日のきれる　曇れるを云也春草茂く日霞て荒たるさま也一云かすみたつ春日のきれるもおなし心なるへし

もゝしきのおほみやところ　仙曰大内には百官の直廬の屋敷あれはもゝしきといふ也

さふしも　さひしき也

　　反歌

30　さゝなみのしかのからさきさきくあれとおほみやひとのふねまちかねつ

　　樂浪之志賀乃辛崎雖v有v幸（古來風体さちはあれと）大宮人之船麻知兼津

さゝなみのしかのからさき　さきく幸《サイハイ》也天智の都となる程の幸あれと今古京と成て宮人なと來らねは舟待かねたりと也

31　さゝなミのしかの　一云ひらの　おほわたよとむともむかしのひとにまたもあはめやも　一云あはんともへや　

左散何彌乃志我能（比良乃）大和太與杼六友昔人二亦母相目八毛（將v會跡母戸八）

さゝなみのしかの大わた　志我ノ大海《オホワタ》近江の湖也此湖水の水は淀む事有とも百の都人には又難逢と也一云もへやは思へや也

　

　感2傷《カナシミ》近江舊都ヲ1作歌二首　高市古人《タカイチノフルント》一云高市　｜連《ムラシ》黒人

32　ふるひとにわれあるらめやさゝなみのふるきみやこを見れはかなしき

古人爾和礼有哉樂浪乃故京乎見者悲寸

ふる人に我あるらめや　古き物は類を求て古きを惜む我名も古人の古き身なれは一入故京の感働深き心なるへし

33　さゝなみのくにつみかみのうらさひてあれたるみやこ見れはかなしき

　　樂浪乃國都美神乃浦佐備而荒有京見者悲寸（も）或作v毛　

さゝなみの国津御神の　地祇クニツカミこゝに国津御神と申は天智帝を讀るにや人丸の長哥にも天皇《スヘロキ》の神のみことなと讀り其外此集に類多し此哥によりて後法性寺殿「さゝなみや国津み神の浦さひて古き都に月独すむとよみ給へるを詞林采葉に此哥の国津みかみは山王七社の内地主権現【大宮イ二宮】とてたゝせ給ふをよみ給由注したり是は後代の哥なれはさもあるへし萬葉は延暦以前日吉いまた顕れ給さる時の哥なれは此集の此哥は天智を申すとみえたり

　

　

　

　幸ノ2紀伊國1時御作歌一首　日本紀曰朱鳥四年庚寅秋九月天皇幸紀伊國　川島皇子一　云山上臣憶良

川島皇子　紹運録に天智の御子　母色夫子娘贈浄｜廣《クハウ》一浄大参と有注日本紀は三十卷持統記

34　しらなみのはまゝつかえのたむけくさいくよまてにかとしのへぬらん（一云としはへにけん）

　　白浪乃濱松之枝乃手向草幾代左右二賀年乃經去良武（年者經尓計武）

しらなみの濱松か枝の　白浪よする濱の濱松といふ心也手向草は一条禅閣の哥林良材云只手向といはんと也松をも結ひ又時にしたかひて花紅葉をも折て手向るを云也【袖中抄同】祇曰神に奉る物を松枝に懸置たるを濱松か枝の手向草と云々仙覺由阿は女蘿と注せり然共只手向の説可用歟古き濱松の手向したるをみていく代迄にかく有らんと讀給にや

　

　

　

　越《コユル》2勢《セ》能《ノ》山ヲ1時ノ御《ミ》歌一首

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　阿閉皇女

35　これやこのやまとにしてはわかこふるきちにありといふなにおふせの山

此是倭爾四手者我戀流木跡爾有云名二負勢能山

これやこのやまとにしては　是やとは昔の山をさして也此は日本をさして也我戀るは見まほしく思召心也背とは夫をいへは其名に付て戀るを讀せ給にややまとは日本也きちは紀伊也

　

　

　

　幸2吉野ノ宮ニ1時作歌二首并短歌　日本紀曰三年己丑正月天皇幸ス2吉野宮ニ1八月幸2吉野宮1四年庚寅二月幸2吉野宮1五月幸2吉野宮1五年辛卯正月幸2吉野宮1四月幸2吉野宮1未《イマタ・ス》v知ラ2何レノ歳月ト1　　柿本朝臣人麻呂

　

　

日本紀　卅卷也

未知何歳月　イニ者《テイレハ》v未スv詳ニ2知ラ何レノ月｜従駕《ヲホントモニ》作ル歌ト1

36　やすみしるわかおほきみのきこしめすあめのしたにくにはしもさはにあれともやまかはのきよきかうちとみこゝろを吉野のくにの花ちらふあきつののへにみやはしらふとしきませはもゝしきのおほみや人はふねなめてあさかはわたりふなきほひゆふかはわたりこのかはのたゆることなく此山のいやたかゝらし玉水のたきの都は見れとあかぬかも

　

　

　八隅知之吾大王之所聞食天下國者思毛澤二雖有山川之清河内跡御心乎吉野乃國之花散相秋津乃野邊尓宮柱太敷座波百磯城乃大宮人者船並※［氏／一］旦川渡舟競（イくらへ）夕河渡此川乃絶事奈久此山乃彌高良之珠水激瀧之宮子波見礼跡不飽可聞

　

　

やすみしる　拾遺ニ入少異

国はしも　しもは助字也仙曰さはにあれともとはおほくあれともといふ詞也日本紀｜多《サハ》とよむ

きよきかうち　清き河の内といふ也

みこゝろをよし野　御心よく思召との心にて吉野の枕詞也

花ちらふ　花散あふ也また花ちりはむ心也

秋津の野へ　八雲抄ニ大和此集六ニみよしのゝ秋津の宮と有

宮柱ふとしきませは　宮柱太敷立てと日本紀中臣祓なとにあるに同宮柱ふとしくておはしませはと也

舟なへて　舟をならへて也朝夕舟くらへして遊ふさま也舟きをひは舟の遅速をあらそふ也異朝の競舟の類也｜楚俗《ソソク》不《ス》v愛《アイセ》v力ヲ費《ツイヤシテ》v力為《ナス》2競渡ヲ1元※［のぎへん＋真］事文類聚にあり

　

　

此川のたゆる事なく　川たえす山高き美景を云也

たま水の瀧の都は　是も吉野宮の事なるへし　光明峯寺殿「月影の宿りてみかく玉水の瀧津の宮に秋風そふく　祇曰此長歌の心は天下に国はおほくあれとも此よしのゝ国はすくれて瀧の宮有はみれとあかぬと讀り

　

　

　　　　反歌

37　みれとあかぬよしのゝ河のとこなめのたゆることなくまたかへりみん

雖見飽奴吉野乃河之常滑（岩の事也）乃絶事無久復還見牟

みれとあかぬよしのゝ　仙曰とこなへは常になめらかなるいはほ也愚案絶す來てみん心の序にいひかけし哥也

38　やすみしるわかおほきみのかみなからかみさひせすとよしのかはたきつかうちにたかとのをたかしりましてのほりたちくにみをすれはたゝなはる青かき山のやまつみのたつるみつきとはるへには花かさしもち秋たてはもみちかさせり　一云もみちはかさし　ゆふかはのかみもおほみけにつかへまつるとかみつせにうかはをたてしもつせにさてさし渡し山川もよりてつかふるかみのみよかも　

　

　

　安見知之吾大王神長柄神佐備世須登芳野川多藝津河内尓高殿乎高知座而上立國見乎為波疊（イカサナレ）有青垣山乃山神乃奉御調等春部者花挿頭持秋立者黄葉頭刺理（黄葉加射之）遊副川之神母食尓仕奉等上瀬尓鵜川乎立下瀬尓小網刺渡山川母依※［氏／一］奉流神乃御代鴨

　

　

やすみしるわかおほきみ　是亦二首の内なりおほきみは持統を申也

かみなから　仙曰日本紀廿五ニ惟神《カミナカラ》惟神トハ者謂ｄ随ヒ2神ノ道1亦自有コトヲｃ神ノ道ｕ

かみさひせすと　仙曰神さひすといふ也男さひ乙女さひなといふかことし

たかとの　仙曰楼閣也見安云内裏を申也

たかしりまして　高くしろしめす心也領知する心也中臣祓に高天原《タカマノハラ》に千木高知《チキタカシリ》てと云に同

たゝなはる青かき山　仙曰たゝなはるとはかさなれると云山は似タリ2屏風ニ1なと云心也屏風の如くたゝなはれる也　青かき山八雲抄大和吉野云々見安云青垣は青山つらなる心也山つみは山祥也

　

　

たつるみつき　奉る御調物也春花秋紅葉も山神の奉る御調物との心也

ゆふ川　仙曰吉野にある川の名也かしこにはゆ川と云也是同事歟

おほみけに　見安云王の供御也愚案御朝食夕食なといふ心也｜大御食《ヲホミケ》

鵜川をたて　鵜川を立まうけて魚を奉る心也

山川もよりてつかふる　仙曰是は上にいひつらねたる山つみのたつるみつきと春へには花かさしもち秋たては紅葉かさせりといふは山神の守りめくみて奉給ふ御調也ゆふ川の神もおほみけにつかへまつると上つ瀬に鵜河をたて下つせにさてさしわたしといふは河伯の恵みて奉給ふ御調也是をふさねていふ詞に山河もよりてつかふるとはよめる也

　

　

神の御代かも　当代をあかむる詞也前にわかおほきみの神なからと云首尾也

　　反歌

39　やまかはもよりてつかふるかみなからたきつかうちにふなてするかも

　　山川毛因而奉流神長柄多藝津河内尓船出為加母

やま川もよりてつかふる　此反哥も山神河伯もよりてつかふるさまをよめり神なからとは是も帝を申也かゝる帝なから此河の内に御舟出有と河をほめて云

　

　　幸ノ2伊勢ノ國ニ1時留《トヽマリテ》v京《ミヤコニ》作ル歌四首

40　をみのうらにふなのりすらんをとめらのたまものすそにしほみつらんか

　　鳴呼見（仙あみ）乃浦尓船乗為良武※［女＋感］嬬等之（イニ京極黄門あまともの）珠裳乃須十二四寳三都良武香

嗚呼見《ヲミ》のうらに　敦隆の類従萬葉八雲御抄名寄等殊には京極黄門をみのうらと和給ふ拾遺集にはをふのうら云々仙点あみ如何　見安にはをみの浦伊勢と云々中の五文字を京極黄門はあまとものとよみ給ふ尤可用歟京より思ひやる心也

　

　

41　たちはきのたふしの崎にけふもかもおほみやひとのたまもかるらん

　　釼著手節乃埼二今毛可母大宮人之玉藻苅良武

たちはきのたふしの　仙曰たふしのさきは所の名也たふしをいひ出んためにたちはきのとをける也たは助語ふしはものゝふしと云詞也ものゝふといふも同事也ものゝふは帯剱の器なれは剱着《タチハキ》のたふしとつけたる也八雲云たふしのさき伊勢云々仙ものゝふしは悪き輩を降伏すれはいふなるへし

　

　

42　しほさゐにいらこのしまへこくふねにいものるらんかあらきしまわを

　　潮左為二五十等兒乃嶋邊榜船荷妹乗良六鹿荒嶋廻乎

しほさゐにいらこの　五十等児の嶋は八雲に伊勢と有しほさゐは同抄ニしほさしあふ所也云々仙曰しほさき也汐さきは波あらき事によめる哥此集第三しほさゐの波をかしこみ第十一牛窓の波のしほさゐ嶋ひゝき第十五沖津しほさゐ高く立來ぬ愚案此十五卷の哥八雲の御説よくかなへりしまわは嶋のめくり也あらき嶋輪は波風あるゝ嶋のめくり也祇曰しほさきは波あらくて舟こく事大事なれはあらき嶋わを心もとなくおもひやるにかなへり

　

　

　

　　當麻真人《タヘマノマツト》麻呂妻《マロカツマ》（イ作歌入）

當麻真人麻呂　當麻は姓真人は尸麻呂は名也麻呂行幸の供奉せしに其妻都にとゝまりゐて讀なるへし

43　わかせこはいつちゆくらんおきつものかくれのやまをけふかこゆらん

　　吾勢枯波何所行良武已津物（イヲクツマノ）隠乃山乎今日香越等六

わかせこはいつちゆくらん　巳津おきつとよむへし玉篇ニ巳除里切起也云々起ヲキと訓す仙曰おきつもはかくれたる物なれは沖津藻の隠れの山とつゝくへし此集十一にもおきつもをかくさふと讀り隠れの山伊勢也祇同

　

　

　

　幸2伊勢國ニ1時｜従駕《ヲントモニテ》作歌一首　日本紀曰｜朱鳥《アカミトリ》六年壬辰春三月丙寅朔戊辰以2浄廣肆｜廣瀬《ヒロセノ》王｜等《ラ》1為2留守ノ官ト1於v是中納言三輪ノ朝臣高市麻呂｜脱《ヌイ》其｜冠位《カウフリヲ》1擎2上《サヽケテ》於朝ニ1重テ諌曰《イサメマウサク》農作《ナリハヒノ》之前（日本紀節）車駕《キミ》未《イマタ・ス》v可ラ2以テ動ク1辛未天皇｜不《ス》v従《シタカハ》v諌《イサメニ》遂《ツイニ》幸シテ2伊勢ニ1五月乙丑朔庚午｜御《ヲハシマス》2阿胡ノ行宮《カリミヤ》1　　石上大臣　麻呂

　

　

日本紀　卅卷也　朱鳥【天武年号】

浄廣肆《シヤウクハウジ》　天武帝十四年正月に爵位の号を改十二階は諸王以上の位とし四十八階を諸臣の位とし給へる其十二階に明位浄位といふ事有浄位の第四を浄｜廣二《カウジ》と云

　

　

44　わきもこをいさみのやまをたかみかもやまとの見えぬくにとをみかも

　　吾妹子乎去來見乃山乎高三香裳日本能不所見國遠見可聞

わきもこをいさみの　仙曰いさみの山伊勢国也愚案吾妹子をいさみんとそへて也去來見山の高くて故国大和の見えさる歟国の遠き故にてかと也伊勢にて故国を思心也

　

　輕《カルノ》皇子｜宿《ヤトル》2安騎野《アキノニ》1時作ル歌一首并短歌　輕皇子は天武天皇ノ孫草｜壁《カヘノ》皇子ノ第二ノ子文武天皇是也母天智天皇第四ノ女｜阿閉《アベノ》皇女元明天皇也　　柿本朝臣人麻呂

　

　

45　やすみしるわかおほきみのたかくてる日のわかみこは神なから神さひせすとふとしけるみやこをゝきてかくらくのはつせの山はまきたてるあら山みちをいはかねのふせきをしなひきさかとりのあさこえまして玉きはる夕さりくれはみゆきふるあきのおほのにはたすゝきしのををしなみくさまくらたひやとりせすむかしおもひて

　

　

　八隅知之吾大王高照（イたかてらす）日之皇子神長柄神佐備世須等太敷（イしき為しイ）京乎置而隠（イこもり口）乃泊瀬山者真木立荒山路乎石根禁樹押靡（イなみ）坂鳥乃朝越座而玉限夕去來者三雪落阿騎乃大野爾旗須為寸四能乎押靡草枕多日夜取世須古昔念而

　

　

わかおほきみの高くてる　定家卿の点也仙点たかてらす云々おほきみ持統を申歟高く照日の皇子とは日並《ヒナミ》皇子なるへし持統のうませ給へる御子にて御威光有しをたつとみてよめる詞なるへし日並は即草壁皇子也

　

　

神なから神さひせす　前の哥に持統を申せしと同し心なるへし

ふとしける（しきし）みやこを　宮柱ふとしき立し宮古をゝきてとの心也日並皇子王宮をさしをきてあきのゝに遊給ふ心也

かくら（ｲこもり）くのはつせ　隠口定家卿点にはかくらくとよめり然とも此集十三ニ巳母理久《コモリク》乃｜泊瀬《ハツセ》とも書日本紀雄略天皇紀ニ挙暮利矩能播都制《コモリクノハツセ》ともあれは仙覺由阿等此隠口もこもりくのはつせとよむへしといへり但和哥にはこもりくともこもり江ともかくらくともよめり八雲抄にもかくらくのと有祇注にも隠江【コモリクコモリエ】兩儀也云々

　

　

あら山道を　あらき山道の禁樹《フセキ》なとをしなひかして朝もこえ夕さりにも此阿騎の野におはすと也仙曰阿騎野は大和吉野の方に在といへり文武天皇の父｜草壁《クサカヘ》皇子彼あきのゝを面白からせ給ひて折節には行啓有ける也其御跡をしたひ給ひて文武天皇いまた皇子にておはしましける時渡らせ給ひて御夜宿有けるなるへし彼道々の間初瀬山をとをらせおはしけるときこえたり坂鳥とは坂の上より朝に鳥の渡るを云愚案坂鳥のとは朝こえましてといはんとて也玉きはる夕さりくれはとは夕は日の魂きはまる心なれは夕さりの枕詞なるへし

　

　

み雪ふる阿騎の大野　是はしのををしなみ草枕といはんとて也雪降て此野の薄｜笹《シノ》なとをしなひかすをいひかけたる也詞つかひたくみなる哥仙の天性の妙所なるへし見安云石根のふせきは石の道をふせく木也

　

　

はたすゝき　童蒙抄にしの薄をいふと有されはしのとつゝけたるへし袖中抄には花すヽきをいふとあれとこゝには童蒙の説可然歟

旅やとりせす　仙曰旅やとりすといふ詞也せは詞の助也愚案すの字すみてよむへしむかしおもひてとはかの草壁の御事を今輕皇子の思召て此野に宿り給と也

　反歌　　短歌

46　阿きのゝにやとる旅人うちなひきいもねらめやもいにしへおもふに

　　（祇）阿騎乃尓（仙あきのに）宿旅人打靡寐毛宿良目（イ自ジ）八方古部（イむかしへ）念爾

阿きのゝにやとる旅人　定家卿秋のゝにと和シ給ふ宗祇本亦如此仙覺阿きのにとよむへし云々然とも定家卿宗祇等の説を可用之いもねらめやも定家卿の和也仙本はいもねらしやもと有義は同歟仙曰うちなひきは寝るをいへり古の事を思ふにいもねられしやもとよめる也愚案いもねらめやもは猶義明か也

　

　

47　まくさかるあらのはあれとはすきゆくきみかかたみのあとよりそこし

　　真草（イみくさ）刈荒野者（イには）雖有葉過去君之形見跡曽來師

まくさかる阿らのはあれと　定家卿和也見安云葉過ゆくは比の過たる也愚案秣かる荒野はかはらてあれと比過たりされと日並のみこの形見のあとなるより輕皇子ゆきやとり給ふと也仙点はみくさかるあらのにはあれとゝ和してみくさは薄也葉は言の葉也彼日並のみこのふる事に成給ひたれは葉過ゆくとよめる也薄かるほとの荒野にはあれと等いへり然不用之

　

　

48　あつまのゝけふりのたてるところみてかへり見すれは月かたふきぬ

　　東野炎立所見而反見為者月西渡

あつまのゝけふりの　今川了俊言塵集云此あつま野は吉野安騎野の内に有と云々大和名所也煙のたてるは春野をやく煙なるへし祇注并ニ采葉云あつま野は吉野に在あつま坂とて有といへり此哥をとりて續古今集に「雲こそはそらになからめあつまのゝ煙も見えぬよはの月かけ

　

　

49　ひなみせしみこのみことの馬なへてみかりたちしゝときはきむかふ

　　日雙（イひなミイめ）斯（し）皇子命乃馬副而御猟立師斯時者來向

ひなみ（めイ）せしみこの　此哥或はひなみしみこのとよめり此本の点見安等日なみせしとあり日雙斯皇子命は草壁皇子の御名也或は日並知《ヒナミシノ》皇子命ともかけり御かりたちとは狩に出立給ふ心也旅立なといふたくひ也ときはきむかふとは草壁のむかし狩し給ひし時は二たひ來向へと草壁は又も來まさすと哀傷の心をふくめたるへし

　

　

　

　營《イトナフ》2藤原ノ宮ヲ1役民《エダツタミノ》作歌一首　日本紀曰朱鳥七年癸巳秋八月幸ス2藤原宮ノ地《トコロニ》1八年甲午春正月幸2藤原宮1冬十二月庚戌朔乙卯遷2居藤原宮ニ1　姓名未詳

　

　

營藤原宮役民　宮木ひきはこふ土民のうた也其故姓名未詳云々

50　やすみしるわかおほきみのたかてらすひのわかみこはあらたへのふちはらかうへにをしくにをめしたまはんとみやこにはたかしるらんと神なからおもほすなへにあめつちもよりてあれこそいははしるあふみのくにのころもてのたなかみやまのまきさくひのつまてをものゝふのやそうちかはに玉もなすうかへなかせれそをとるとさはくみ民もいへわすれ身もたなしらすかもしもの水に浮ゐてわかつくるひのみかとにいそのくによりこせちよりわかくにはとこよにならんふみおへるあやしきかめもあたらよといつみの川にもちこせるまきのつまてをもゝたらすいかたにつくりのほすらんいそはく見るはかみのまゝならし

　

　

　八隅知之吾大王高（たかく）照（てる定家卿）日之皇子荒妙乃藤原我宇倍爾食國乎賣之賜牟登都宮者高所知武等神長柄所念奈戸二天地毛縁而有許曽磐走淡海乃國之衣手能田上山之真木佐苦檜乃嬬手乎物乃布能八十氏河爾玉藻成浮倍流禮其乎取登散和久御民毛家忘身毛多奈不知鴨自物水爾浮居而吾作日之御門爾不知國依巨勢道從我國者常世尓成牟圖負留神龜毛新代登泉乃河爾持越流真木乃都麻手乎百不足五十日太爾作泝須良牟伊蘇波久見者神随爾有之

　

　

たかてらす（くてる）日のわかみこ　天子は天照太神の御末なれは云也高照タカクテルと定家卿の和也後も可准之

あらたへの藤原かうへ　仙曰是は藤といはん諷詞也愚案神事等にあらたへにこたへとて有荒たへは藤なとの衣也されは藤といはん諷詞也荒妙の布衣たにもと讀も是也

をしくに　仙曰食國とはおほやけに貢《ミツキ》物備る国を云也

おもほすなへに　思召故に也食物を召知んと思召故に天地もよりて田上の真木を宇治河に浮へ流すとの心也

いははしるあふみ　仙曰｜岩走《イハハシル》水は泡の立物なれはよそへつゝくる也あはうみとは汐海にあらさる水海なれは也衣手のたなかみとは衣の袖は手の上にかヽれはよそへつヽくる也祇曰あはうみともあふみをいへり衣手の田上は田を手の心になせり

　

　

まきさくひのつまて　仙曰｜檜《ヒ》の木は良木なれは宮造の材木に用ひらるれは真木のさいはふ木と云也云々仙覺此説句讀義理皆誤れり口訣有

ものゝふのやそうち川　祇曰ものゝふの矢と又は八十氏の事にいへり癖案抄云八十氏とはおほくの人といふ心也これに付て宇治川をやそうち川とよむ

玉藻なす　藻は水に浮へる物なれはうかひなかせれの枕詞にをく也

そをとると　其流せる筏の宮木をとるとて役民のさはく心なり

家忘れ身もたなしらす　たなは助語也君の恵に民の身を惜す営《イトナ》む心也

鴨しもの　仙曰しもと云は詞の助也此集の哥にしゝしものといふは鹿の事也采葉云かもしものは鴨也愚案水に浮居ての枕詞なり

いその国よりこせちより　仙曰此句古点にはしらぬ国よりと点せりしらぬ国いつくそや荒涼也いその国といふへし大和に礒上郡有よしのゝくになにはの国ともいへるたくひ也是彼いその国よりこせちより文をへるかめのきたれりとよめるなるへし不知の字男声にはいさ女声にはいそといふ

　

　

わかくにはとこ世にならん　常世は蓬莱也君をいはひ奉りて龜の持來るといふ事のよせ也蓬莱は龜のおへる山なれは也

ふみおへるあやしきかめ　是洛書の事なるへし易繋辞傳云｜河《カ》出《イダス》v圖聖人｜則《ノリシテ》v之ヲ孔安國曰｜河圖《カトハ》伏義氏《フツキシ》王タリシトキ2天下ニ1竜馬出スv河ヲ極《ツイニ》則テ2其文ニ1以｜畫《エカク》八卦ヲ1洛書ハ者禹治ルv水ヲ時神龜｜負《ヲフテ》v文ヲ而｜列《ツラナル》於v背有v數至ルv九ニ仙曰賢王聖主の御宇にあひあたりて神龜出來る事を詠する也又我朝にも霊亀元年八月二十九日左京大夫高田ノ首《ヲフト》久比麿《クヒマロ》獻ル2霊《アヤシキ》亀ヲ1長《タケ》七寸｜濶《ヒロサ》六寸｜着《ツク》2頭ニ三公ヲ1負《ヲフ》2背七星ヲ1又天平元年五月十六日京職大夫從三位藤原朝臣麿｜負《ヲヘル》v圖《フミヲ》亀一頭獻上ス長五寸三分濶四寸五分其背ニ有テv文云天皇｜貴《タツトク》平ラケク和《ナコシ》百｜年《トセ》云々是藤原宮より後の事なれとも所書載也祇曰かゝる世に文ををへる霊龜も出來なんとよめる也

　

　

あたら世と　仙曰新代新都をいはひ奉る詞也愚案泉河大和出と添へたり

もゝたらすいかたに　仙曰五十をいとよめは是をいはんとて百不足と置也百にたらさる数にはいつれにもいふへし云々真木のつまて是も小材木也

いそはく見るは神のまゝならし　仙曰いそはくはそこはく也神のまゝならしとは此卷のはしめにも見えたることく帝を神と申也

　

　從2明日香宮1遷2居藤原宮1之｜後《ノチノ》御歌　　一首　　志貴皇子

志貴皇子　施基皇子同シ皇子にや天智皇子光仁帝の御父田原天皇也

51　たをやめのそてふきかへすあすかかせみやこをとをみいたつらにふく

　　※［女＋謡の旁］（イ※［女＋采］）女乃袖吹反明日香風京都乎遠見無用爾布久

たをやめの袖吹かへす　あすか風大和飛鳥に吹風也祇曰心はあすか都にて有し時は飛鳥風も宮女の袖を朝夕吹返したるか今都うつりて遠さかりけれは徒に吹と云也

　

　藤原宮御井ノ歌　一首并ニ短歌　　　　　　　作者未詳

52　やすみしるわかおほきみのたかてらすひのわかみこはあらたへの藤井かはらにおほみかとはしめたまひてはにやすのつゝみのうへにありたゝし見したまへれはやまとのあをかくやまはひのたてのおほきみかとに春のやまちしみさひたてりうねひのこのみつやまはひのぬきのおほきみかとにみつ山とやまさひいますみゝたかの青すけ山はそとものおほきみかとによろしなへかみさひたてりなくはしみよしのゝ山はかけとものおほきみかとにくもゐにそとをくありけるたかしるやあめのみかけのあめしるや日のみかけの水こそはときはにあらめみゐのきよ水

　

　

　八隅知之和期大王高照（たくてる）日之皇子麁妙乃藤井我原爾大御門始賜而埴（ウヘイ）安乃堤上尓在立之見之賜者日本（イひのも（乃）との）青香具山者日經乃大御門爾春山路之美佐備立有畝火乃此美豆山者日緯（イよ）能大御門爾彌豆山跡山佐備伊座耳高之青菅山者背友乃大御門尓宣名倍神佐備立有名細（イたへなる）吉野乃山者影友乃大御門徒雲居尓曽遠久有家留高知也天之御蔭天知也日御影乃水許曽婆常爾有米御井之清水

　

　

埴安《ハニヤス》乃｜堤《ツヽミ》

奥儀八雲等にはうへやすとよむ定家卿和ははにやす日本紀三神武曰天皇以2前秋九月ヲ1潜《ヒソカニ》取テ2天ノ香《カク》山之｜埴土《ハニツチ》1以｜造《ツクリ》2八十平※［分／瓦］《ヤソヒラヘヲ》1躬自《ミツカラ》斎戒《モノイミス》祭ル2諸神1遂《ツイニ》得タリv安2定《シツムルコトヲ》區宇《アメノシタヲ》1故｜号《ナツケテ》2取ルv土ヲ之處1曰《イフ》2埴安《ハニヤスト》1ありたゝし見し給へれは　有立て見給へは也

　

　

あをかく山　八雲抄大和見安云かく山の青く見ゆる也

ひのたて　見安云東西也ひのぬき南北也仙曰ひのたてのおほきみかとは東の門東は春を用れは春の山路しみさひ立りとつゝけたりそともの大御門とは北の門にあたれり影友の大御門は南大門也初の二ツは日の経緯にて方角を顕はしたり後の二ツはかさねて山の陰陽あらはせる也日本紀七｜成務《セイム》天皇ノ五年秋九月｜令《ノリコトシテ》2諸ノ國ニ1以2國郡ヲ1立2造長《ミヤツコ》1縣邑《アカタムラニ》置《ヲク》2稲置《イナキヲ》1并ニ賜テ2楯矛《タテホコヲ》1以為スv表《シルシト》則｜隔《サカヒテ》2山河1而分ツ2國縣《クニアカタヲ》1随2阡佰《チマタニ》1以定ム2邑《ムラ》里ヲ1以2東西ヲ2為シ2日ノ縦《タテト》1以2南北ヲ1為2日横《ヒノヨコト》1山ノ陽《ミナミヲ》曰2影友《カケトモト》1山ノ陰《キタヲ》曰2背面《ソトモト》1是を以｜百姓《モヽノヲンタカラ》安シテv居《スミナシテ》天下無シv事《ワサ》愚案しみさひは采葉云しけき義也

　

　

うねひのこのみつ山　うねひ山みゝなし山かく山是をみつ山と云愚案みゝたかのあをすけ山八雲抄大和云々よろしなへはよろしく也名くはしみは名の吉

たかしるや天のみかけ　仙曰たかくしられて空の影もうつろひ空にしられて日の影もうつろへる水こそときはにあらめとよめる也

　　　　反歌

53　ふちはらのおほみやつかへあれせんやおとめかともはしきりめすかも

　　藤原之大宮都加倍安礼衝（古萬時せん）哉處女之（イ乃）友者乏吉（古よく）呂賀聞（萬時にはともとあり）

ふちはらのおほみやかへ　あれせんやは我せん也仙曰之吉召賀聞シキリメスカモと点ス千手陀羅尼ニ悉吉多伊蒙《シキリタイモウ》とよめる也吉の字ちとりと同韻相通なれは也愚案乙女友はしきりて召なれは我もめされて宮つかへせんと也【古点口訣】

　

　

　

　大寶元年辛丑秋九月太上天皇【持統天皇也太上天皇尊号從v此始】幸2紀伊國ニ1時歌二首　　　　　　　　　　　　　　　　坂門人足

大寶元年　文武帝年号

持統天皇也　こゝにいへる太上天皇は持統そとの注の詞也

54　こせ山のつら／＼つはきつら／＼に見つゝおもふなこせのはる野を

　　巨勢山乃列列椿都良都良尓見乍思奈許湍乃春野乎

　　　一云｜春日蔵首老《カスカノクラノヲフト》　かはかみのつら／＼つはきつら／＼

　　　に見れともあかすこせのはるのは

　　　河上乃列列椿都良都良尓雖見安可受巨勢能春野者

こせ山のつら／＼椿　巨瀬山　奥儀抄大和云々祇曰物をつら／＼と見る也目もかれぬ心也仙曰袖中抄曰つら／＼椿列々とかけりつらなれる椿といふ歟本草ニ女貞ツラツハキとよむ是ををしかへしてよめる歟つら／＼といふ詞にそふる也一云哥も同

　

　

　　　　　　　　　　　　　　　調首淡海《ツキノヲフトアハウミ》

55　あさもよひきひとともしもまつち山ゆきくと見らんきひとともしも

　　朝毛吉木人乏母亦打山行來跡見良武樹人友師母

あさもよひきひと　言塵集云あさもよひあさもよき同事云々定家卿説にはあさもよひとはきとつゝけんため也朝の食する薪《タキ》の氣と云々氣は煙歟是迄言塵袖中抄曰萬葉五卷抄ノ序ニ曰式部卿石川ノ卿ノ説ニ云朝ニ炊クv飯ヲ謂《イフ》2之ヲ朝毛吉《アサモヨシト》1也｜紀《キハ》薪《タキヽ》也以燎テv之ヲ炊《カシク》v飯ヲ因v是ニ將《シテ》v曰《イハント》2紀伊國ト1發《ハツシテ》v言ヲ以｜為《スル》2朝毛吉ト1耳《ノミ》【奥儀抄同義】愚案木人は紀伊人也亦打山は紀伊也此集四ニ麻裳吉木道尓入立真土山ともあり見安云ともしもは面白といふ也哥心は此まつち山をゆくと來るとに見るにもあかす紀伊国人のおもしろき心ちすると也仙覺木人は樵夫なといふ説如何是も紀伊国御幸の時の哥なるへし

　

　

　

　大寶二年壬寅太上天皇幸ノ2参河ノ國ニ1時ノ歌五首　長忌寸《ヲサノイミキ》奧《ヲキ》麻呂

57　ひくまのににほふはきはらいりみたれころもにほはせたひのしるしに

　　引馬野爾仁保布榛原入亂衣爾保波勢多鼻能知師尓

ひくまのににほふはき　仙曰引馬野三河也愚案此野を分行に萩の入みたれたるか面白けれはわか旅衣にうつり匂へ旅行の興あるしるしにと也

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　高市連黒人

58　いつこにかふなはてすらんあれのさきこきたみゆきしたなゝしをふね

　　何所爾可船泊為良武安礼乃埼榜多味行之棚無小舟

いつこにかふなはてすらん　見安云ふなはて舟をととむる也仙曰あれのさきは三河国こきたみゆきしはこきめくりゆきし也棚無小舟とはちいさき舟には棚をせねはいふ也

　　　譽謝女王

59　なか（が祇・か仙）らふるつまふく風のさむきよにわかせのきみはひとりかぬらん　　流經妻吹風之寒夜尓吾勢能君者獨香宿良武

なからふるつまふく風　仙曰なからふる妻とは夜の衣をふみくゝみてねたる妻を吹風も寒き夜にわかせの君は獨かゐぬらんといたはしくおもひやりてよめる也祇夜の衣をなからふみくゝみたる事さこそあらめとわかれてほとへぬれはなからふる妻とよめるか然は夜の嵐なとの身に寒く吹たる時おとこをおもひやりてよめる哥歟愚案日本紀一云｜吾夫君《アカナセ》此ヲ云フ2阿我灘勢《アカナセト》1也

　

　

　

　　　長皇子御歌　 天武皇子

60　よひにあひてあしたおもなみしのひにかけなかきいもかいほりせりけん

　　暮相而朝（あさかほなしみ）面無美隠（イかくれ）尓加氣長妹之廬利為里計武

よひにあひて　仙曰此哥古點にはよひにあひてあしたおもなみしのひにかと点ス此集第八暮にあひてあさかほはづるかくれのゝ此二首をかよはして思ひ合するに隠れ野は伊勢也此うたもあさかほなしみかくれにかと点すへしけなかき妹とはなけきおもふをけなかきと云也物をふかく思ふには息のなかくつかるゝをいふなるへしいほりせりけんとはいをねたかると云也ほりとはねかふ詞見まくほりなといふかことし見安云女はよひに人に逢て朝の顔を人に見せぬ事也愚案古点のおもなみは面目なきやうに恥おもへる心也宵に逢みえて朝に恥らひて忍ひて打歎つゝ打ねまほしかると也仙点あさかほなしみかくれにかといふも朝かほなしみは恥たる心なるへし隠れにかはかくれたる所をいふにや大やう新古の点義は同しかるへし

　

　

　

　　　從駕《ヲントモニテ》作レル歌　　舎人娘子《トネリヲトメ》

61　ますらおかともやたはさみたちむかひゐるまとかたは見るにさやけし

　　大夫之得物矢手挿立向射流圓方者見爾清潔之

ますらおかともやたはさみ　童蒙抄云とも矢とは物にあたる矢をいふ也得物矢と書りたはさみとは二ツも三ツも手にはさみてぬきてゐる也袖中抄曰萬葉抄云ともやとは弓ゐるに二人立向ひてゐるに矢を小指にはさみてゐる也其はさみたる矢を云也仙用之仙曰｜圓形《マトカタノ》浦伊勢也風土記ニ曰ク的形《マトカタノ》浦ハ者此浦ノ地ノ形《ナリ》似タリv的ニ故以｜為《ス》v号《ナト》也今已ニ跡絶テ成v江湖ト也天皇（景行）ノ歌曰ますらおのさつ矢たはさみむかひたちゐるやまとかたはまのさやけさいまの哥此御製におなしき歟是迄仙抄愚案上句は的形をいはん序也明白に面白き心也

　

　

　

　三野連闕名入ルv唐ニ時作レル歌一首【國史曰大寶元年正月｜遣唐使《カラモノヽツカヒ》民部卿粟田ノ真人ノ朝臣以下百六十人乗船五｜雙《サウ》小商監《セウシヤウカン》從七位下中宮小進美奴ノ連《ムラシ》岡麻呂《ヲカマロ》云云】

　

　

　　　　　　　　　　　　　　　　　春日蔵ノ首《ヲフト》老

國史曰　三野連《ミノヽムラシ》名をあらはさねは國史に美奴連岡丸名の似たるを注ス也

62　ありねよしつしまのわたりわたなかにぬさとりむけてはやかへりこね

　　在根良對馬渡渡中爾幣取向而早還許年

ありねよしつしまの　見安云在根良は峯の面白き也愚案對馬｜峯《ネ》のよき心也わたなかは海中也ぬさとりむけては幣取手向て也舟の旅にも知夫利の神に手向する事土左日記等にも有海路の無事を祈る心也早歸こねは早歸來れ也

　

　

　

　在シノ2大唐《モロコシニ》1時｜憶《ヲモヒテ》2本郷ヲ1作歌一首【大寶元年遣唐使粟田ノ真人高橋ノ笠間《カサマ》等ト云々憶良在2其中ニ1歟慶雲元年七月歸朝】

　　　　　　　　　　　　　　　　　　山上憶良

遣唐使　唐へ遣さるゝ使也大使副使判官主典有

63　いさこともはやひのもとへおほとものみつのはまゝつまちこひぬらん

　　去來子等早日本邊大伴乃御津乃濱松待戀奴良武

いさこともはやひのもとへ　五文字は人をさそひ云詞也大伴の三津は摂津国の名所なるを待戀ぬらんの枕詞にをく也故国の人々待らんに早く日本に歸らんとの心也此哥は新古今集に入

　

　

　

　慶雲三年丙午幸ノ2難波ノ宮ニ1時｜御作《ミツクリ》歌二首　　志貴皇子

64　あしへゆくかものはかひに霜ふりてさむきゆふへにやまとしそおもふ

　　葦邊行鴨之羽我比尓霜零而寒暮夕和之所念

あしへゆく鴨の羽かひ　やまとしそとは藤原の都なと思ひ給ふ心にや祇曰此哥誠にさひしく物哀にて故郷を思ふ心もさこそと思はるゝ哥也

　　　　　　　　　　　　　　　　　　長皇子

65　みそれふるあられまつはらすみよしのおとひむすめと見れとあかぬかも（おとひむすめはをとむすめ也ひは助字也）

　　霰（仙あられ）打安良礼松原住吉（仙のえ）之弟日娘（仙おとめ）與見礼常不飽香聞

みそれふるあられまつはら　仙曰此哥古点にはみそれふるあられ松原住吉のおとひむすめとよめり霰は【みそれあられ】もとより兩訓有玉篇云霰思見切｜暴雪《アラキユキ》東宮切韻曰霰雨雪雑下也下畧ともに本説有但公任卿朗詠集にあられに用らる今の哥霰打と書あられふるとよむへき歟住吉摂津風土記曰本ノ名沼名椋之長岡之國今俗ニ略シテv之ヲ直《タヽニ》称ス2須美乃叡《スミノエト》1云々娘の字おとめとよむ常の事也是迄仙抄愚案霰の字順和名みそれとよめり本來兩訓なれは公任卿朗詠にあられとも用給ふへし打の字雨のふるをも窓打なといへりみそれふるにかゝん事しかなるへし住吉風土記にはすみの江とあれとも哥にはいせ物かたり古今集等すみよしとよむ事常の事也偏すみの江と計いふへからす娘の字兩訓ならは古点とりなし且又みそれふるあられ松原古哥によみきたれり八雲抄にもあられ松原住よしみそれ降としるさせ給へり哥の心は彼住吉の娘子とともに此松原を霰ふる比見れともあかすとなるへし娘子の奉れる哥後に有取合て可吟味

　

　

　

　太上天皇幸ノ2難波宮ニ1時歌四首　　置始東人《ヲキソメノアツマヒト》

太上天皇　元正天皇歟

66　おほとものたかしのはまのまつかねをまくらにぬれといへしおもほゆ

　　大伴乃高師能濱乃松之根乎枕宿（イねぬ）杼家之所偲由（仙しのはゆ）

おほとものたかしのはま　枕宿杼【古まくらにぬれと【祇同】仙まくらにねぬと】祇曰高師の濱津の国也大伴の高師の濱松所面白し其松か根を枕にてぬれと猶古郷の戀しきとよめる歟仙曰松かねを枕にてねたらんは尤家を忍へけれは枕にねぬとゝ和ス

　

　

　　　　　　　　　　　　　　　　高安大嶋

67　たひにして物こひしきのなくこともきこえさりせはこひてしなまし

　　旅爾之而物戀之伎乃鳴事毛不所聞有世者孤悲而死萬思

たひにして物こひしきの　物こひしきに鴫をそへて是にたに慰すは戀死ぬへしと也

　　　　　　　　　　　　　　　　身人部《ミトベノ》王

68　おほとものみつのはまにあるわすれかいいへにあるいもをわすれでおもふや

　　大伴乃美津能濱尓有忘貝家尓有妹乎忘而念哉（仙おもへや）

おほとものみつのはま　祇曰忘れて思ふやとは三津の濱にあるといへと家にある妹をいかて忘ぬそと云也やはとかめたるや也仙点れで思へやは序哥にして也て文字｜濁《ニコル》此義不用

　

　

　　　進《タテマツル》2長《ヲサノ》皇子ニ1歌　　清江娘子《スミノエノヲトメ》

69　草まくらたひゆくきみとしらませはきしのはにふににほはさましを

　　草枕客去君跡知麻世婆岸之埴布尓仁寶播散麻思乎

草まくら旅ゆく　草枕は旅の枕詞也しらませはは知ましかは也八雲抄云はにふは黄土也云々きしのはにふは住吉の岸の土地をいふなるへしにほふとはあそふ儀也此集にもあまた所有此長皇子かく旅立てとゝまるましきならは岸の土地面白き所に遊はしめて今暫とゝめんをと也

　

　

清江娘子　すみの江のおとめとよむへし住吉に住る故かくいふとなるへし前に長皇子の霰ふるあられまつはらとよみ給へるも此娘子ゆへにや

　

　太上天皇幸キノ2吉野ノ宮ニ1作歌一首　　　高市ノ連黒人

70　やまとにはなきてかくらんよふことりきさのなかやまよひそこゆなる

　　倭爾者鳴而歟來良武呼兒鳥象乃中山呼曽越奈流

やまとにはなきてか 仙曰吉野の山中にきさ山といふ山有八雲抄に象中山きさ山ともいふ 鳴てかくらんは鳴てくるやらんの心也

　

　大行天皇幸于難波宮時歌三首　　忍坂部《ヲシサカヘノ》乙《ヲト》麻呂

大行天皇　仙曰文武也聖武の父大王なる事をあらはさんために大行の称有【仙抄發端畧注】

71　やまとこひいのねられぬにこゝろなくこゝのすさきにたつなくへしや

　　倭戀寐之不所宿爾情無此渚崎爾多津鳴倍思哉

やまとこひいのねられぬ　只にも故郷を戀てねられぬに鶴の声にいとゝねかたきを恨てかく心もなく鳴へき事かはと也こゝは難波を云

　　　　　　　　　　　　　　　式部卿藤原｜宇合《ノキアヒ》【不比等男】

72　玉もかるおきへはこかじしきたへのまくらのあたりわすれかねつも

　　玉藻苅奥敝波不榜敷妙之枕之（せし）邊人（ひとイ）忘可祢津藻

たまもかるおきへはこかし　是も古郷の妹をおもふより遙の沖へは舟出せじとよめるにや枕之邊人《まくらのあたり》まくらせし人とよむも有奥儀抄ニ敷妙はぬる所の物をはしきたへといふしくといふ心にや【愚案敷なるゝ心也】

　

　

　　　　　　　　　　　　　　　　長皇子

73　わきもこをはや見はま風やまとなるわれ松つはきふかさるなゆめ

　　吾妹子乎早見濱風倭有吾（イわか）松椿不吹有勿勤

わきもこをはやみ濱風　早見濱見安云名所也或説筑後或は近江云々吾妹を早見んとそへたり妹を早見るといふ濱風ならは故郷の我をまつ松｜椿《ツハキ》を音つれよと也

　

　幸2吉野宮ニ1時歌二首　　　大行天皇御製

74　見よしのゝやましたかせのさむけくにはたやこよひもわれひとりねん

　　見吉野乃山下風之寒久尓為當也

見よしのゝ山した風の　はたやは又や也こよひもといふに幾夜もの心有祇曰旅の心也

　　　　　　　　　　　　　　　長屋王

75　うちま山あさかせさむし旅にしてころもかすへきいもゝあらなくに

　　宇治間山朝風寒之旅尓師手衣應借妹毛有勿久爾

うちま山あさ風寒し　宇治間山仙曰大和也作者長屋王は高市皇子ノ息号ス2佐保大臣ト1是も吉野御幸の時ノ哥也

　

　和銅元年戊申　一首　天皇御製 元明天皇

76　ますらおのとものをとす也ものゝふのおほまうちきみたてたつらしも

　　大夫之鞆乃音為奈利物部乃大臣楯立良思母

ますらおのともの　古來風体ニ女帝の御哥に誠にめてたく有難よしあり見安云ともは革《カハ》をよくぬりて弓いる時手にぬきいるゝ物也愚案｜鞆《トモ》は弓｜小《コ》手也日本記｜臂《タヽムキニ》著《ハキ》2稜威《イツノ》之｜高《タカ》鞆ヲ1といへる物也順和名には※［旱＋皮］の字をともとよみて日本紀等に鞆の字を用在テハv臂ニ避クルv弦ヲ具也臂※［旱＋皮］《ヒカン》ハ以2朱革1為《ツクル》v之ヲといへり此哥のとものをととは弦の音也哥の心は明也元明天皇和銅元年の比は國家太平にて弓矢を動かすほとの軍事なしといへとも文武崩御のゝち聖武はおさなくおはしけれは文武の母君として位につかせたまへはやすけれともあやうきを忘れ給はす治まれともみたれんことを忘れ給はさりけん故にかやうによませ給へるなるへし続日本記曰和銅元年正月武蔵國｜秩父《チヽフ》郡より銅を奉し時の詔《ミコトノリ》ニモ挟2蔵《サシカクシテ》軍器ヲ1百日｜不《サルハ》v首《マウサ》復《カヘスコト》v罪ヲ如シv初ノとあり其御つゝしみをしはかるへし

　

　

　

　奉ル2和ノ御歌ヲ1一首　　御名部《ミナヘノ》皇女　天智皇女母は石川麿大臣女

77　わかみかと物なおほしそすめかみのつぎてたまへるわれならなくに

　　吾大王物莫御念（イおもほしそ）須賣神乃嗣而賜流吾莫勿久尓

わかみかと物なおほしそ　すめかみは皇神也天照皇大神を申せとこゝは先君をよみたまふにやわか大王さのみ危く思召そ御徳によりて皇神の譲《ユツ》り嗣《ツガ》せまいらせ給ひし御位也そゝろに無徳の我らに嗣て給へるにはあらすと慰め申哥也

　

　

　

　和銅三年庚戌春三月從2藤原ノ宮1遷《ウツル》2寧楽ノ宮ニ1時｜停《トヽメテ》2御輿《ミコシヲ》長屋ノ原ニ1遙《ハルカニ》望《ノソメル》2古郷ヲ1御歌一首　

　　　　　　　　　　　　　　　　太上天皇御製

和銅　続日本紀四ニ三月辛酉云々

78　とふとりのあすかの里ををきていなはきみかあたりは見えすかもあらん

　　飛鳥明日香能里乎置而伊奈婆君之當者不所見香聞安良武　

　　　　一云君かあたりを見すてかもあらん

　　　　君之當乎不見而香毛安良牟

とふとりのあすかの　新古今東野州抄云飛鳥とはあすかといはん枕詞也君かあたりとは文武天皇の陵の事也彼陵に御名残を惜ませ給て被遊たる御製也吟味限なきさまなるへし祇曰をきていなはと云におくのおを書たる本新古今に有不可然古郷のあすかを置ていなは過にし君かあたりは見えすかもあらんと讀給へるならし愚案續日本紀三文武天皇火葬シテ2於飛鳥ノ岡ニ1奉ルv葬2於檜ノ隈ノ安古ノ山陵1云々

　

　

　

　從2藤原ノ宮ノ京ニ1遷ル2寧楽宮1時歌一首并短歌　　作者不知

79　すめろきのみことかしこみにきひにしいへをえらひてこもりくのはつせのかはにふねうけてわかゆくかはの川くまのやそくまおちすよろつたひかへりみしつゝ玉ほこの道ゆきくらしあをによしならのみやこのさほかはにいゆきいたりてわかねたる衣のうへにあさつくよさやかに見れはたへのほによるの霜ふりいはとこと河のひこりてさゆるよをやむこともなくかよひつゝつくれるいへにちよにてもきませおほきみとわれもかよはん

　

　

　天皇乃御命畏美柔備爾之家乎擇隠國乃泊瀬乃川爾※［舟＋共］浮而吾行河乃川隈之八十阿不落萬段顧為乍玉桙乃道行晩青丹吉楢乃京師乃佐保川尓伊去至而我宿有衣乃上從朝月夜清尓見者栲乃穂尓夜之霜落磐床等川之氷凝冷夜乎息言無久通乍作家尓千代二手（イまてに如何）來座多公與吾毛通武

　

　

みことかしこみ　元明天皇の詔命をたつとむ心なり續日本紀四曰和銅二年戊寅詔曰上畧｜方今《マサニ》平城之《ナラノ》地ハ四禽叶ヒv圖ニ三山｜作《ナス》v鎮ヲ亀筮《キセイ》並ニ從フ宜クv建2都ト邑ヲ1宜2其《ソレ》営構ス1下畧これ即遷都の御命也

　

　

にきひにし　柔備仙曰にきはへるといふ詞也

いへをえらひて　藤原の故京にて住にきはひし家材なと撰ひ出て新都へはこひうつすさま成へし

川くまの　見安云河のまかりたる所也愚案やそくまおちすあまたの川くまことに故京の名残おしみかへり見しつゝと也

わかねたる衣の上に　新京のいまた家もとゝのほらてねたる衣に月の移《ウツ》ると也　あさつくよ　朝月夜見安云ありあけと云点も有仙云朝に依て出る月也

たへのほ　栲の穂仙曰たへはほむる詞也見安云うつくしくあらはるゝ心なり愚案穂とは物のあらはなる事をほにこそ人を戀さらめとよみしにて心得へしされはたへのほとはしろくあらはなる心也たとへは白たへに霜ふると云也亦此集十三にたへのほに麻きぬきたると讀るは白き衣裳也見合可心得

　

　

いはとこと川のひこりて　仙曰川水の岩床なとのやうに氷るといふ也氷をひと云見安云ひこりてはこほりのこる也

つくれるいへにちよにても　かく寒夜にもやめす作りし殿舎に千世も君ませ我もかよひてつかへ奉んと也此長哥に玉ほこの道の仙由説々有只道の枕詞也

　　　　　反歌

80　あをによしならのいへにはよろつよにわれもかよはんわするとおもふな

　　青丹吉寧樂乃家（定家卿みやこは）尓者萬代尓吾母將通忘跡念勿

あをによしならのいへ　定家卿はならの都はと和し給ふ本のかはりめにや哥の心はなか哥に千世にてもきませ大君といふをうけて義はかはる事なし

　

　和銅五年壬子夏四月｜遣《ツカハス》2伊勢ノ齋宮《イツキノミヤニ》1時山ノ邊《ヘノ》御井ニテ作レル歌三首【下二首不v似2御井ニテ所ロニ1v作ル疑《ウタカフラクハ》當時《ソノカミ》吟2詠スルカ古歌ヲ1歟】　　　長田王

　

　

遣2伊勢齋宮ニ1　イ遣2長田王ヲ伊勢齋宮ニ1時と有

下二首　此三首のうちのうらさふるこゝろさまとわたつみのおきつ白浪とよめる二首の事也

81　やまのへのみゐを見かてりかみかせのいせのをとめらあひ見つるかも

　　山邊乃御井乎見我※［氏／一］利神風乃伊勢處女等相見鶴鴨

やまのへのみゐを　見安云山邊御井伊勢也愚案見かてりは見かてら也此井を見かてら伊勢のをとめをも見しと也神風のいせといふ事仙抄伊勢風土記を引て委伊勢｜津彦《ツヒコ》の神神武天皇に伊勢の国をまいらして立さらんと天日別《アメノヒワケ》命にいへる詞に云｜吾《ワレ》以2今夜ヲ1起シ2八《ヤクサノ》風ヲ1吹2海水《ウシホヲ》1乗《ノリテ》2波浪《ナミニ》1將《マサニ》東ニ入ン此《コレ》則吾カ之｜却由《カヘイカンシルシ》也天ノ日別ノ命｜整《トヽノヘテ》v兵《ツハモノヲ》窺《ウカヽフニ》v之ヲ比《コロホヒ》v及フ2中夜ニ1大風｜四方《ヨモニ》起《ヲコリテ》扇2挙《アケテ》波瀾《ナミヲ》1光リ耀《カヽヤクコト》如v日ノ陸國海《クニツウナハラ》共《トモニ》朗《テレリ》遂《ツヰニ》乗テv波ニ而東ス焉古語ニ云ク神風ノ伊勢ノ國ハ常世《トコヨノ》浪《ナミノ》寄《ヨスル》國トハ者｜蓋《ケタシ》此《コノ》謂《イヒ》之也風土記畧記

　

　

82　うらさふるこゝろさま見じ久かたのあまのしくれのなかれあふみば

　　浦佐夫流情佐麻祢之久堅乃天之四具礼能流相見者（イ見れは）

うらさふるこゝろさま　仙曰うらさふるはさひしきを云此哥は時雨を憐む哥也時雨るゝ雨の流れあふをみれはさひしき心さまも見じと也愚案一説心さまみしは心寒し也云々

83　わたつみのおきつしら波たつたやまいつかこえなんいもかあたり見ん　

　　海底奥津白波立田山何時鹿越奈武妹之當見武

わたつみのおきつしら波　祇曰此哥も同所にてよめり立田山といはんとて沖津白波といふ沖津しらなみといはんとてわたつみのといへり敷嶋のやまとにはあらぬから衣のことしされは此哥をもちて顕昭法師は彼沖津しらなみたつた山夜半にや君かひとりの哥をもぬす人ならすといへるにや愚案古郷此立田山をこえてゆく所なれはいつかこえて妹かあたりみんといへり此哥の五文字海底の字を仙覺古点にはみなそこのとよみしといへり不審也二条家六条家ともに古よりわたつみのとよみし哥也其故は古今和歌集顕注密勘に此哥をひきて彼夜半にやきみかのうたの証哥にわたつみのおきつしらなみとかきたり是仙覺よりはるかむかしの事なるへし

　

　

　

　寧楽《ナラノ》宮｜長皇子《ヲサノミコ》與《ト》2志貴ノ皇子1宴スル2佐紀ノ宮ニ1歌一首　　長皇子

84　秋されはいまも見ることつまこひにしかなかんやまそたかのはらのうへ

　　秋去者今毛見如妻戀爾鹿將鳴山曽高野原之宇倍

秋されはいまもみること　或本秋さらはと和す尤可然歟八雲御抄ニ高野原大和鹿なく山のすそ也と有此哥の事なるへし秋來らは此野の上の鹿鳴へき山の面白さ今も見るごとく思ひやらるゝと也

　

　

萬葉集卷第一終

天和二年壬戌陽月朔日註解而同十八日終此一卷　季吟

貞享元年甲子五月十一日重而染筆六月朔日終此卷【墨付五十二枚】

　　　　　　　　2003年3月16日（日）3時24分　修正終わり　米田進

　　　　　　　　2004年4月6日（火）　午後12時25分　校正終了　　米田進

　

萬葉集卷第二

　

　相聞《アヒキカスル・サウモン》歌

相聞歌　八雲御抄云俊頼抄ニ戀の哥云々但少少非v戀も有歟それも多くは思v人ヲ哥也童蒙抄云おほくは戀の心或は述懷羇旅悲別問答にてそれと慥に指たる事なし只花紅葉を翫《モテアソ》ひ雪月を詠めるにはあらて思ふ心をいかさまにもいひのへて人にしらする哥をあひきかする哥と名付たる成へし

　

　

　難波高津ノ宮ノ御宇【大鶺鴒《オホサヽキノ》天皇｜謚《ヲクリナシテ》曰2仁徳天皇ト1也應神天皇ノ第四ノ子《ミコ》母は五百城入彦《イヲキイリヒコノ》皇子ノ女《ムスメ》太皇大后仲姫ノ命】

　

　

　思テ2天皇ヲ1御作《ミツクリノ》歌四首

　　　　　　　磐姫皇后《イワノヒメノキサキ》【葛城襲津彦《カツラキソツヒコノ》女】

85　きみかゆきけなかくなりぬ山たつねむかへかゆかんまちにかまたん　

　　君之行氣長成奴山多都祢迎加將行待爾可將待

　　　山多都は者今｜造《ツクル》v木ヲ者也此一首見タリ2山上ノ憶良ノ臣カ類聚歌林ニ1

きみかゆきけなかく　けなかくはけは息也思ひ積れは長きいきのつかるる也歎息の心也やまたつねとは山たつのと云詞を五音相通故ねと云也たつは鐇《タツキ》也和名云鐇音繁多都伎｜廣刃《ヒロキハノ》の斧也山のたつきと云を略して山たつとは云也手をのゝはのやうなれは横さまに木をきれは迎へといはん枕詞也【袖中抄畧注】又云山たつとは杣人のつくり木也杣には木を造《ツク》りをきて程有てとりに又更にくる心をむかへかゆかんの枕詞に置也是迄袖中抄之畧愚案哥の心は帝の物へゆきおはして歎かしきにむかへかゆかん只に待に待ゐんかと也

　

　

山多都者　是古事記の此哥の注を其まゝ此集にかけりイ書ノ奧ノ哥後

86　かくはかり戀つゝあらすは高山のいはねしまきてしなまし物を

　　如此計戀乍不有者高山之磐根四卷手死奈麻死物呼

かくはかりこひつゝ　祇曰此哥第二句戀つゝあらすはとは戀つゝあらんするにはといふ詞也仙曰戀つゝあらすはとはこひつゝあられすはなといふ詞なり愚案兩義何も捨かたきにやたか山は八雲抄に大和と云々岩根しまきてとは岩根に枕する心也廟所は岩をかまへて屍を置けは也祇仙二義可依v哥v歟

　

　

87　ありつゝも君をはまたんうちなひきわかくろかみに霜のをくまてに

　　在管裳君乎者將待打靡吾黒髪爾霜乃置萬代日

ありつゝも君をは　夜更霜をくまてに在つゝも待んと也うちなひきとは祇曰髪は長くしてなひく心ある也愚案押なへてなと云心にや

89　一云ゐあかしてきみをはまたんぬはたまのわかくろかみに霜はふるとも

　　　　居明而君乎者將待奴婆珠乃吾黒髪爾霜者零騰文

　　　　　此一首タリ見2古歌集ニ1

ゐあかしてきみをは　義は本文の哥に同祇曰ぬは玉うは玉ともいへり夜の心又くろき心也愚案顕昭うは玉は烏扇の実《ミ》等の説先賢不用歟

88　秋のたのほのうへにきりあふ朝霞いつへのかたにわかこひやまん

　　秋田之穂上（イほのへ）尓霧相朝霞何時邊乃方二我戀將息

秋のたのほのうへにきりあふ　霧相《キリヤフ》朝霞とは霧の霞にたなひきあひたる心にや五重といはん諷詞なるへし扨いつへのかたとはいつかたなどいふ詞なるへし邊の字は助字也春邊なとの類也いつか我戀やまんと也

　

　

　

　輕太子《カルノミコノミヤ》【系圖ニ云木梨《キナシ》輕ノ皇子《ミコ》允恭《インキヤウ》天皇ノ太子母は皇后｜忍《ヲシ》坂大中ツ姫天皇二十三年ニ立テ為2太子ト1】姦《タハクル》2輕ノ太郎女《オホイラツメニ》1故ニ其太子ヲ流ス2於伊｜豫《ヨノ》湯ニ1也此時不v堪2戀慕《レンホニ》1而追テ行ク時歌一首【古事記ト與2類聚歌林1所v説不v同作者モ亦｜異《コト》也日本紀曰難波高津ノ宮ノ御宇｜大鷦鷯《オホサヽキノ》天皇二十二年春正月天皇語テ2皇后ニ1納レテ2八田ノ皇女ヲ1將スv為テv妃《ミメト》時ニ皇后不《ス》v聴《ユルサ》爰ニ天皇｜歌《ミウタヨミシテ》以乞フ2於皇后ニ1云々三十年秋九月乙卯朔乙丑皇后｜遊2行《イテマシテ》紀伊ノ國1到テ2熊野ノ崎《サキニ》1取テ2其處ノ之｜御綱葉《ミツナカシハヲ》1而還ル於v是天皇伺テ2皇后ノ不ルヲ1v在ラ而｜娶《メトツテ》2八田ノ皇女ヲ1納ル2於宮中ニ1時ニ皇后到リ2難波ノ濟《ワタリニ》1聞テ3天皇合2ト八田皇女1大恨v之ヲ云々亦曰遠飛鳥ノ宮ノ御宇トは雄朝｜嬬《ツマ》稚子《ワクコ》宿祢《スクネノ》天皇二十三年春正月甲午朔庚子木《キ》梨シ輕ルノ皇子為2太子ト1容姿《カタチ》佳麗《ウルハシ・キラ／＼シ》見ル者ノ自ラ感同｜母《ハラノ》妹《イロト》輕ノ太｜娘皇女《イラツノミコ》亦｜艶妙《カホヨシ》也云々遂《ツヰニ》竊《ヒソカニ》通《タハケテ》乃チ悒懷《イキトヲリ》少シ息ム二十四年夏六月｜御《ヲモノ》羮汁《シル》凝《コリテ》以作ルv氷ト天皇｜異《アヤシミテ》v之｜卜《ウラヘシム》2其｜所由《ユヘヲ》1卜《ウラヘノ》者曰有2内ノ亂《ツミ》蓋シ親親相奸《ハラカラトモヒタムケル》乎云々仍移ス2太娘皇女ヲ於伊豫ニ1者今案ルニ二代二時不v見此歌　御綱葉或は御綱柏カ歟御綱柏は伊勢ノ神宮御前ノ樹也取テ2其柏ヲ1備フ2神供ヲ1云々　遠飛鳥ノ宮は大和ノ國高市ノ郡倉橋ノ宮南北ノ地是也　雄朝嬬稚子宿祢允恭天皇ノ諱《イミナ》仁徳天皇ノ二子也】

　

　

天皇二十三年　此時未年号なし即位のとしを元年とす

輕太子姦2輕太郎女ニ1　イ古事記曰輕太子―と有是はしめの君かゆきけなかくの哥憶良か歌林には磐姫《イハヒメノ》皇后の哥といふに古事記には衣通皇女の哥とある異をしるす也注ニ委

　

　

古事記　三卷あり元明天皇御宇｜大《ヲホノ》朝臣｜安《ヤス》麻呂撰

輕大郎女　号《ナツク》2輕大娘皇女《カルノヲホイラツメト》1又号2衣通ノ王ト1允恭ノ皇女母ハ輕木梨太子ニ同

流2於伊予湯ニ1　日本紀ニ曰太子ハ為《タリ》2儲君《マウケノキミ》1不v得《エ》v罪ヲ云々古事記と異也

日本紀曰難波高津宮　日本紀十一卷仁徳紀也こゝに此事をひく心は此君かゆきけなかくの哥磐姫皇后のことに見えすといはんとてかく長々と書なるへし

亦曰遠飛鳥　日本紀十三卷允恭天皇の紀也是をひく心は輕太子輕大郎皇女の事にも此古事記の事は見えすといはんとて也

二代二時　仁徳と允恭也

御綱葉或御綱柏歟前ニ引日本紀の詞を釈する詞なり

衣通王　輕太郎女の名也古事記曰御名ニ所3以ンハ負《ヲフ》2衣通《ソトヲリノ》王ト1者其身ノ之光リ自v衣通《トヲリ》出レハ也云々是衣通姫の事に似て別也混乱すへからす

　

　

衣通王

90　きみかゆきけなかくなりぬ山たつのむかへをゆかんまちにはまたし

　　君之行氣長久成奴山多豆乃迎乎將徃待尓者不待

きみかゆきけなかく　是は輕太子の伊与に配流を歎て歸路を待てのみはあらし只我むかへゆかんと也むかへをのをは助字也終に追て徃てともに太子とうせ給へるよし古事記に有

　

　近江大津ノ宮ノ御宇　　　賜《タマフ》2鏡王女《カヽミノヲホキミノムスメニ》御歌一首　　 天皇御製　　　天智

91　妹かいへもつきて見ましを　一云いもかあたりつきても見んに　やまとなるおほしまみねにいへもあらましを　一云いへゐせましを

　　妹之家毛繼而見麻思乎　妹之當繼而毛見武尓　山跡有大嶋嶺尓家母有猿尾　家居麻之乎

いもかいへもつきて　つきて見ましをは末長く打つゝきて見るへき物をと也大嶋峯は鏡王女の家ある所にや此哥新千載集に天智御製也

　

　奉v和《カヘシ》2御歌ニ1一首　　鏡王女　或曰額田姫王

92　秋やまのこのしたかくれゆく水のわれこそまさめみおもひよりは

　　秋山之樹下隠逝水乃吾許曽益目御念從者

秋山の木の下かくれ　上句は序哥也水はまさる物なれはわれこそまさめといはんとてなり君の御思ひより我こそまさらめと也祇注同

　

　内大臣藤原ノ卿《マチキミ》大織冠｜娉《メトル》2鏡ノ王ノ女ヲ1時｜贈《ヲクル》2内大臣ニ1歌一首　　鏡王女

娉　玉篇云匹逕切也娶

93　玉くしけおほふをやすみあけてゆかはきみか名はあれとわか名しおしも

　　玉匣覆乎安美開而行者君名者雖有吾名之惜毛

玉くしけおほふをやすみ　後朝の哥也おほふはふた（蓋）也明てといはん序也夜明て君か出ゆかは人も見るらんに君か名は勿論なから先我名おしきと也しは助字也

　

　報《ムクユル・カヘシスル》2鏡王女ニ1歌一首　　内大臣藤原卿

94　玉くしけ見んまと山の　一云たまくしけみむろとやまの　さねかつらさねすはつゐにありかてましも

　　玉匣將見圓山乃　玉匣三室戸山乃　狭名葛佐不寐者遂尓有勝麻之目（イを乎）

玉くしけ見んまと山の　圓山所未勘此哥續古今集には一云のことく三室戸山のと有山城宇治郡也さねかつらは和名ニ五味子と書さねすはといはん序哥也ありかてましもとはありかたからんと也かては難の字也日本紀五ニたこし（手越）にこさはこしかてんかも釋云難v越也と云々哥心はかく思ひを懸心を盡して終にねすては有かたからんと也

　

　

　

　娶《メトル》2采女《ウネメ》安見兒《ヤスミコヲ》1時作歌一首　　内大臣藤原卿

95　われはもや安見こえたり皆人のえかてにすといふやすみこえたり

　　吾者毛也安見兒得有皆人乃得難尓為云安見兒衣多利（八雲えかたくすといふ）

われはもややすみこ　もやは助字也八雲抄皆人はえ難《カタ》きを我はえたるとよめる也但八雲には皆人のえかたくすと云と有

　

　娉《メトル》2石川ノ郎女《ヲトメヲ》1時｜贈答《サウタフノ》歌五首　　久米禅師

96　みくさかるしなのゝまゆみわれひかはうまひとさびていなといはんかも

　　水薦（イこも）苅信濃乃真弓吾引者宇真人佐備而不欲常將言可聞

みくさかるしなの　仙曰水薦みくさとよむへしみくさは薄也祇曰此点みこもと書たるもあれともみくさよろし愚案みくさの点はさもあるへししなのを白野といふ仙説如何是は信濃なるほやの薄とも哥によみ諏防《スハ》の祭に草の御幣《ミヌサ》作る事なとあれはみ草かるしなのといふ由祇注采葉等に有可用之歟信濃のまゆみとはしなのより弓を奉し事あり續日本紀二曰【大寶二年三月】甲午信濃國｜獻《タテマツル》2梓弓一千二十張ヲ1以テ充ツ2太宰府《タサイフニ》1仙抄にも引うま人は美人をいふへし日本紀一｜可美少女《ウマシヲトメ》云　同十五ニ君子（ウマヒトノコ）と讀此集五松浦の仙女をよめる哥にもうまひとのことあり仙抄馬人の説信用しかたかるへし見安云よきひとわれをさひしめてといふ也と云々仙抄祇注さひしめての儀は一也心は我ひきまいらせは美人は我をさひしめていなとかいはんと石川郎女にいへり一二句は我ひかはの序也

　

　

　　　石川郎女

97　みくさかるしなのゝま弓ひかすしてしゐざるわざをしるといはなくに

　　三薦苅濃乃真弓不引為而強佐留行事乎知跡言莫君二

みくさかるしなのま弓ひかすして　是も一二句は序也ひくかうへにしゐ給はんにこそ其心さしをもしるへけれ引もせすしゐさらんを我いかてしらんと也

98　あつさゆみひかはまに／＼よらめとものちのこゝろをしりかてぬかも

　　梓弓引者随意依目友後心乎知勝奴鴨

あつさ弓ひかはまに／＼　祇曰是も石川郎女か哥也後の心をあやふむ心也愚案まにまにはまゝに也知かてぬは知あへぬ也心はひかすしゐさるしわさを我知とはいはすもし又我を引ならは我も引まゝに随ひよるへけれと猶後の心しられす危《アヤウシ》と也

　

　

　　　久《ク》米禅師

99　あつさゆみつらをとりはけひく人はのちのこゝろをしるひとそひく

　　梓弓都良絃取波氣引人者後心乎知人曽引

あつさゆみつらを　仙曰つらはつる也るとらと通愚案心は後の心知かたしとはの給へと實《シツ》に知給はぬにあらし弓に取あへて引人は弓の引心をもしる人こそひけと也

100　あつま人ののさきのはこのにのをにもいもかこゝろにのりにけるかも

　　東人之荷向篋乃荷之緒尓毛妹情爾乗尓家留香問

あつま人ののさきのはこ　仙曰｜荷前《ノサキ》の箱とは諸國の御調《ミツキ》物を云也荷前とは荷のさきと云也はつほといふも同事也心は彼のさきの箱のはなるましくゆひ付たるやうに心に妹かかゝるとたとへたるへし言塵抄云心にのるは心にかゝるを云也見安極月玉祭の説こゝにはかなはさる歟

　

　

　

　娉《メトル》2巨勢郎女《コセノイラツメヲ》1時歌一首　大伴《トモノ》宿祢《ス　クネ》諱《タヽナハ》安麻呂《ヤスマロ》

101　たまかつらみならぬ木にはちはやふるかみそつくといふならぬ木ことに

　　玉葛實不成樹爾波千磐破神曽著常云不成樹別爾

たまかつらみならぬ　祇曰神社なとに大木に花のみ咲てみもならぬかつらのある也それかさすかに目に立さまなれは神そ付といふとそへたる也思ふ事ならぬ物からこゝろ付といふ也心はたましひ也玉しゐは神也又男なき女は鬼魅《キミ》に領せらるゝなとよめる歟仙同見安云｜夫《ヲト》持ぬには神の付に我にしたかへと也愚案此説祇注後の説と同源氏総角卷ノ細流にも此儀を被用とみゆ

　

　

　報《ムクフル》歌一首　　巨勢郎女【細流曰大納言巨勢人女】

102　玉かつらはなのみさきてならすあるはたかこひにあらめわかこひおもふを

　　玉葛花耳開而不成有者誰戀爾有目吾孤悲念乎

玉かつら花のみ　祇曰是はうけひきたる哥也愚案大伴宿祢の哥に玉葛のみならぬを女にたとへしをうけて我盛になりて縁も定ずあるは誰か戀にかあらん我そなたを思ふ故ぞとの心也

　

　

　

　明日香清御原宮《アスカキヨミハラノミヤ》御宇《アメノシタシロシメス》【天停名原瀛真人《アメヌナハラヲキマツト》天皇】賜《タマフ》2藤原ノ夫人1御歌一首

　　　　　　　　　　　　　　　　天皇御製

藤原夫人　字《アサナハ》氷上《ヒカミノ》大｜刀自《トシ》天武帝の夫人也

103　わかさとにおほゆきふれりおほはらのふりにしさとにふらまくはのち

　　吾里爾大雪落有大原乃古爾之郷爾落卷者後

わかさとに大雪　仙曰此夫人を字《アサナ》を大原の大｜刀自《トジ》といふ此故にかくよませ給ふ也愚案其方にかゝる興いまたあらしとの御たはふれ也

　奉v和《カヘシ》歌一首　　藤原夫人

104　わかをかのをかみにいひてふらしむるゆきのくたけしそこにちりけん

　　吾岡之於可美尓言而令落雪之摧之彼所尓塵家武

わかをかのをかみに　童蒙抄云おかみとは岡にゐて守る者也仙曰おかみとは※［虫＋地］竜を云豊後風土記ニ令ルニv汲《クマ》2泉水《イツミヲ》1有2※［虫＋地］※［雨／龍］《ヲカミ》1謂《イフ》2於箇美《ヲカミト》1云々常陸風土記ニ曰｜新沼《ニイヌマノ》郡｜驛家《タヒヤ》ヲ名テ曰2大神《ヲホカミ》1所2以ン然称ス1者ハ大※［虫＋地］《ヲロチ》多ク在リ因テ名ク2驛家ニ1云々天下に雪をふらしむるは竜衆の不思儀也愚案日本紀一曰伊弉諾ノ尊｜斬《キリテ》2軻遇突智《カクツチヲ》1為2三段《ミキタト》1―段ハ是高※［雨／龍］《タカヲカミト》1童蒙抄の儀もゆへあるか哥の心はけふの雪は我岡に居る※［雨／龍］にいひて降らせたれは此方の雪のあまりのくたけてこそ其邊も降侍けんとのたはふれの返し也しは助字也

　

　

　

　藤原宮御宇　天皇｜謚《ヲクリナ》持統天皇

　大津ノ皇子｜竊《ヒソカニ》下テ2伊勢ノ神宮ニ1上リ來ル時御作ノ歌二首　　大伯皇女

大津皇子　日本紀卅曰皇子大津天武天皇第三子也愛ス2文筆ヲ1詩賦ノ興《ヲコリ》自2大津1始レリ也畧注

大伯皇女　大津の妾伊勢におはしけるにや

105　わかせこをやまとへやるとさよふけてあかつきつゆにわれたちぬれし

　　吾勢枯乎倭遣登佐夜深而鷄鳴露爾吾（イわか）立所霑之

わかせこをやまとへ　大和藤原の宮古への別をしたひて暁起の悲しきよしなるへし

106　ふたりゆけとゆきすきかたき秋山をいかてかきみかひとりこゆらん

　　二人行杼去過難寸秋山乎如何君之獨越武

ふたりゆけと行過　是も別をおしむ心哀也

　

　贈《ヲクル》2石川ノ郎女ニ1御歌一首　　大津皇子

107　あしひきの山のしつくに妹まつとわれたちぬれぬ山のしつくに

　　足日木乃山之四付二妹待跡吾立所沾山之四附二

あしひきの山のしつくに　足日木は山の枕詞也定家卿僻案抄の説明鏡なり祇曰此集に如此返しては又山の雫なと讀る事おほしあまりたるやうなれと切なる所をいはんとて二度いへる事殊勝なる物をや

　

　

　奉v和歌一首　　石川郎女

108　われをまつと君かぬれけん足ひきのやまのしつくにならまし物を

　　吾乎待跡君之沾計武足日木能山之四附二成益物乎

われをまつと君か　祇曰我を待てぬれん雫に成て君に離《ハナレ》すあらはやとよめり是も切なる心也

　

　竊《ヒソカニ》婚《トツク》2石川ノ郎女《ヲトメヲ》1時ニ津守ノ通《トヲル》占2露《ウラナヒアラハセル》其事ヲ1時御作ノ歌一首　　大津ノ皇子

109　おほふねの津もりのうらにつげんとはまさしにしりてわかふたりねし

　　大船之津守之占尓將告登波益為尓知而我二人宿之

おほふねの津もり　大船は津にあれは津守といはんとての五文字也扨名所の津守の浦を津守ノ｜連《ムラシ》か占にそへて也まさしは正に也見安云津守の何かしといふ占かたに見顕さるへきに二人ねたる事と云也

　

　

　

　贈2賜《ヲクリタマフ》石川ノ女郎《ヲトメニ》1【字《アサナハ》大名兒】御歌一首　　日並皇子《ヒナミノミコノ》尊《ミコト》　

110　おほなこかをちかたのへにかるかやのつかのあいたもわれわすれめや

　　大名兒（仙を）彼方野邊尓刈草乃束之間毛吾忘目八

おほなこかをちかたのへ　此哥類聚萬葉等の古点おほなこかと有つかのあいたもといはんとておほなこかをちかたのへにかるかやとかのあさ名をそへてよみ給ふなるへし仙点はおほなこを也仙曰おほなこかは大名兒草をかりたるに似たりいかゝさる事侍へきおほなこをといふへし愚案大名児をつかのまにも忘れぬとよみつゝけんとての儀也然とも哥には草かるましき人をもかやうによむ事常の事也古点を捨ましくこそ

　

　

　

　幸キノ2吉野ノ宮ニ1時贈2額田ノ王ニ1歌一首　　弓削《ユケノ》皇子

弓削皇子　紹運録ニ天武皇子

111　いにしへにこふる鳥かもゆつるはのみゐのうへよりなきわたりゆく

　　古爾戀流鳥鴨弓絃葉乃三井能上從鳴渡遊久

いにしへにこふる鳥　古戀する鳥と云也郭公の事と聞ゆ次の和の哥にてしられたり此集第十にも旅にして妻戀すらし時鳥とも讀り蜀ノ望帝の旅にてうせし魂の時鳥と成し心なるへし哥のこころは我古郷を吉野にて戀鳴を古より故郷戀る郭公かとよめり弓弦葉三井八雲大和

　

　

　

　奉ルv和歌一首　從2倭京《ヤマトノミヤコ》1進ル之ノ　　額田王

112　いにしへにこふらん鳥はほとゝきすけたしやなきしわかこふるごと　

　　古爾戀良武鳥者霍公鳥盖哉鳴之吾戀流其騰

いにしへにこふらん　蓋玉篇云掩也覆也ものををしはかりいふ詞也古へに戀らん鳥ならは我君を戀る如くにや戀鳴しと也

　

　從《ヨリ》2吉野1折2取テ蘿《コケ》生タル松ノ柯《エタヲ》1遣《ヤル》v之ヲ時　奉歌一首　額田王

113　みよしのゝたまゝつかえははしきかもきみかみことをもちてかよはく

　　三吉野乃玉松之枝者波思吉香聞君之御言乎持而加欲波久

みよしのゝ玉か松かえは　玉松玉はほむる詞也はしき采葉云よき也又葉の茂《シケキ》也仙曰言の葉の茂きによそへたり愚案かよはくは通ふ也君か御言を持通松は葉もしけくよきかもと云也

　

　

　

　在《イマス》2高市ノ皇子ノ宮ニ1【天武天皇子朱鳥四年任ス2太政大臣ニ1七月薨ス　年三十二】時《トキニ》思テ2穂積《ホツミノ》皇子ヲ1【天武天皇子序一品地太政官　事霊亀元年七月薨】御作《ミツクリノ》歌一首　　但馬皇女

　

　

114　秋の田のほむけのよするかたよりにきみによりなゝこちたかりとも

　　秋田之穂向乃所縁異所縁君尓因奈名事（イこと）痛有登母

秋の田のほむけの　祇曰秋の田穂に出れは日をへてなひきまさる也こちたかりとは人ことのいたましき也秋の田のかたよりによるやうに我は君によりなん人言はいたましくともといへり仙抄同

　

　

　

　勅《ミコトノリテ》2穂積《ホツミノ》皇子ニ1遣ス2近江ノ志賀ノ山寺ニ1時御作歌一首　　但馬皇女

志賀山寺　崇福寺にや天智帝御建立童蒙抄委

115　をくれゐて戀つゝあらすはをひゆかんみちのくまわにしめゆへわかせ

　　遺居而戀管不有者追及武道之阿廻尓標結吾勢

をくれゐて戀つゝ　是は戀つゝあられすは也道のくまわは道のまかりたる也｜標《シメ》は表也しるし也我せこか跡をひゆかん程に其道にしるしせよと也

　

　在《マシマス》2高市皇子ノ宮ニ1時竊ニ接《マシハル》2穂積皇子ニ1事｜既《ステニ》露《アラハレテ》而御作歌一首　　但馬皇女

116　ひとことをしけみこちたみをのかよにいまたわたらぬあさかはわたる

　　人事乎繁美許知痛美巳世尓未渡朝川渡

人ことをしけみ　祇曰此哥は人事のあまりしけくいたましくていまた逢ぬ人にあへりといはれぬるとなりいまた渡ぬ朝川わたるはなき名負たる心也

　

　御歌一首　　舎人皇子

117　ますらおやかたこひせんとなけゝともをに（八雲袖中）のますらおなをこひにけり

　　大夫哉片戀將爲跡嘆友鬼（イしこ）乃益卜雄尚戀二家里

ますらおやかたこひ　鬼【袖中抄をに仙点しこ】袖中抄顕云をにとは誠のをにゝあらすあしきときそへる詞也此哥の心は女なとこそ片戀はせめますらおの身にて何にかはかたこひはせんと歎けども猶かた戀すれはをにのますらお成けりときらひよめり云々八雲抄人倫部にもをにのますらお萬と有祇曰しこのますらおは凶《シコ》の心也鬼の字をしことよむ也哥の心はますらおのたけき身にて諸共に思はぬ人を我のみや戀んと歎けともしこのますらおにて猶こふると讀る也仙抄同義兩点可随所好也

　

　

　

　奉ルv和シ歌一首　　舎人娘子

118　なけきつゝますらおのこのこふれこそわかゆふかみの（もとゆひの）ひちてぬれけ　　れ

　　嘆管大夫之戀礼（イ亂ますらおのこひみた）許曽吾髪結乃漬而奴礼計礼

なけきつゝますらおのこのこふれ　祇曰是は今のますらおの哥の返し也歎つゝこふれはこそわかかみのぬれたるらめとよめる也愚案此哥ますらおの戀みたれこそとも和スぬれけれはまとはれけれ也

　

　

　

　思ヘル2紀ノ皇女ヲ1御歌四首　　弓削皇子

119　よしのかはゆくせのはやみしはらくもたゆることなくありこせぬかも

　　芳野河逝瀬之早見須臾毛不通事無有巨勢泥香問

よしのかはゆくせの　序哥也ありこせぬとは有來ぬと云心也心は絶間なく有來らぬかと也來よといはんため也

120　わきもこにこひつゝあらすは秋萩のさきてちりぬる花にあらましを

　　吾妹兒戀乍不有者秋芽之咲而散去流花尓有猿尾

わきもこに戀つゝ　此哥は不逢戀せんより死へしの心也祇曰是も以前の如く戀つゝあらんするには散安き花にならはやと也

121　ゆふされは塩みちきなん住よしのあさかのうらに玉もかりてな

　　 暮去者塩満來奈武住吉（仙住のえの）乃淺鹿乃浦爾玉藻苅手名

ゆふされはしほみち　此哥類聚萬葉には草ノ部に玉藻の歌也祇曰此哥戀の哥と見えす玉藻を思ふ人によそへて塩みち來てさはりなからんさきに歸へしと讀る也愚案刈てんなは刈てんと同

　

　

122　おほふねのはつるとまりのたゆたひに物おもひやせぬ人のこゆへに

　　 大船之泊流登麻里能絶多日二物念痩奴人能兒故爾

おほふねのはつる　たゆたひ八雲抄ニ舟の動きゆるゝ也云々やせぬは痩畢也人の子とは紀皇女をさして云也祇曰大船の泊る所にゆられて安からぬやうに物思ひをすると也

　

　娶《メトリテ》2園ノ臣《ヲン》生羽《ナリハカ》之｜女《ムスメヲ》1未《タ・ス》v經2幾《イク》時ヲ1臥テv病ニ作歌三首　　三ツ方ノ沙彌

123　たけはぬれたかねはなかきいもかかみこのころ見ぬにみたれつらんか

　　多氣婆奴礼多香根者長寸妹之髪此來不見爾掻入津良武香

たけはぬれたかねは　栲《タケ・タクル》也仙曰たけはゝあくる也ぬれはまとはる也愚案哥心は我病中逢みぬまに外心のみたれもあるかと也

　　娘子《ヲトメ》

124　人みなは今はながしとたけといへときみか見しかみみたれたれとも

　　人皆者今波長跡多計登雖言君之見師髪亂有等母

人みなはいまはなかしと　仙曰おとめの返し也人皆はとは皆人は也皆人は今は長しあけよといへと君か見し髪亂たれと君ならぬ人に結《アケ》させすと也

　　三方｜沙彌《シヤミ》

125　たちはなの陰ふむみちのやちまたにものをそおもふいもにあはすて

　　 橘之蔭履路乃八衢爾物乎曽念妹爾不相而

たちはなのかけふむ　序哥也八衢は八はおほき事也ちまたは道也方々にわかれし道々也やちまたに物思ふとはさまさまに物おもふとの心也

　

　贈ル2大｜伴宿禰田主《トモノスクネタヌシニ》1歌一首　　石川ノ女郎《ヲトメ》

126　たはれおとわれはきけるをやとかさすわれをかへせりをそのたはれお

　　遊士跡吾者聞流乎屋戸不借吾乎還利於曽能風流士

　大伴ノ田主｜字《アサナは》曰2仲郎1容姿《カタチ》佳《ヨク》艶《ウルハシ》風流《アリサマ》秀絶《スクレタリ》見ル人聞ク者靡《ナシ》v不《スト云コト》v歎息《ナケカ》也時ニ有2石川ノ女郎《ヲトメト云モノ》1自ラ成《ナシ》2雙栖《フタリスムノ》之感《ヲモヒヲ》1恒《ツネニ》悲2獨守《ヒトリマモルノ》之難《カタキコトヲ》1意ロニ欲フv寄セントv書《フミヲ》未《ス》タv逢《アハ》2良信《ヨキタヨリニ》1爰《コヽニ》作《ナシテ》2方便《テタテヲ》1而｜似《マネテ》2賤嫗《イヤシキヲウナニ》2己《ミツカラ》ニ提《トリテ》2堝子《カナヘヲ》1而到ル寝側《イネタルカタハラニ》1哽音《ヲトナヒテ》跼《ツマタテ》v足ヲ叩《タヽク》v戸《ト》諮《トフテ》曰ク東ノ隣《トナリノ》貧《マツシキ》女｜將《シテ》v取《トラント》v火ヲ來レリト矣｜於是《コヽニ》仲郎｜暗裏《クラキウチニ》非スv識《シルニ》2冒隠《ヲカシカクレタル》之｜形《カタチヲ》1慮《ヲモヒノ》外ニ不v堪ヘ2拘接《カヽハリトルノ》之｜計《ハカリコトニ》1任念《ヲモヒノマヽニ》取《トリ》v火ヲ就《ツイテ》v跡トニ歸《カヘリ》去ラシム也｜明《アケテ》後｜女郎《ヲトメ》既《ステニ》恥《ハチ》2自《ミ　ラ》媒ノ之｜可愧《ハツカシキコトヲ》復タ恨ム2心｜契《チキリノ》之｜弗《サルコトヲ》v果《ハタサ》因テ作2斯歌ヲ1以贈ル2謔戯《コトワサノタハムレヲ》1焉

　

　

たはれおとわれは　祇曰たはれおとはなひきやすき好色の人を云也色好む男と聞て思ひ兼て賤きおふなのまねして火取に行たれともとめずして返しけれは恨て讀る哥也をそとはそらことゝいふ心成へし仙覺も空言のたはれおとたはふれいへりと云々奥儀抄にも此儀有又一説をそはきたなしと云也色好ときけと我をとゝめすきたなき色好ミと也是迄奥儀又歌林良材にはおそは河うそと云獺の字也此獣始めはたはむるゝやうなれとも後はくひあふ物なれはそれを田主にたとへいへる也皆先達の御説なから祇注可用之

　

　

　報《カヘシ》歌一首　　大伴宿禰田主

127　たはれおにわれはありけりやとかさすかへせるわれそたはれおにはある

　　遊士爾吾者有家里屋戸不借令還吾曽風流士者有

たはれおにわれは　祇曰好色の者は人の心を知てこそ人に逢事もあれかりに火を取に來たる物なとをとゝめぬはまことの遊士《タハレヲ》そと也

　更《サラニ》贈《ヲクル》2大伴田主仲郎ニ1歌一首【問《トフ》2仲郎カ足ノ疾《ヤマヒヲ》也】　　　　　　　　　　　　　　石川女郎

128　わかきゝしみゝによくにるあしのはのあしいたわかせつとめたぶへし

　　吾聞（仙きくの）之耳爾好似葦（仙あしかひの）若未乃足痛仙（あなへく）吾勢勤多扶倍思

わかきゝし（の）みゝによく　仙曰古点詞不分明によりてかく和しかへたり第三第四ノ句あしかひのあなへくわかせあしかひとは芦の角くみ生たる也あなへくといふはあしをいたみてひく也｜芦芽《アシカヒ》は芦の苗《ナヘ》なれはあなへくと云詞の芦苗にかよへはよそへよめる也つとめたぶへしとはつゝしみ給ふへし也我きゝのみゝによく似はとは足を痛むと聞ゆる我聞のことくならはつゝしみ給へとよめる也愚案古点あしのはのあしいたわかせといふを詞不分明といふ事不審芦の葉のとは足いたといはん枕詞常の躰也あしいたは足いたむわかせこつゝしみつとめよといへるなるへし仙説あなへくもさもあるへけれと芦苗にかよふなといふ儀いりほかにてあるへくもあらぬ事にや只可v用2古点1歟

　

　

　

　贈ル2大伴ノ宿禰｜宿奈麻呂《スクナマロニ》1歌一首　大津（伊イ）ノ皇子ノ宮ノ侍《マカタチ》石川女郎

大津皇子宮侍　大津の皇子の宮の侍女といふ心なるへし侍女ヲモトヒト長恨哥

129　いにしへのおうなにしてやかくはかりこひにしつまんたわらはのこと

　　古之嫗尓為而也如此許戀尓將沈如手童兒

　　一云こひをたにしのひかねてんたわらはのこと

　　　　戀乎大爾忍金手武多和良波乃如

いにしへのおうなにして　祇曰おうなとは老女也たわらはとは童女也心は古のおうなとは古き老女にして若き乙女のやうに戀にや沈んとよめり仙抄同愚案石川女郎身を古老女とは戯れにやしてやのやは助字也

　

　

　

　與《アタフル》2皇弟《スメイロトニ》1御歌《ミウタ》一首　　長皇子

130　にふのかはせをはわたらてゆく／＼とこひいたむわかせこちかよひこね

　　丹生乃河瀬者不渡而由久遊久登戀痛（イたみ）吾弟乞（イこひ）通來祢（イきね）

にふの河瀬をは　丹生河八雲ニ大和云々わかせは吾弟と書皇弟をいへり外に行方有て丹生河を渡らてゆくとも我戀痛むにこちへ通ひ來たれと也相聞歌に戀に非るも有と八雲童蒙等に侍るは此哥なとにや　　　　　　

　

　

　

　從《ヨリ》2石見ノ國1別レテv妻ニ上リ來ル時ノ歌二首并ニ短歌　　柿本朝臣人麻呂

131　石見のうみつのゝうらはをうらなみと人こそ見らめかたなみと　一云いそなみと　ひとこそ見らめよしえやし浦はなくともよしゑやしかたはかたはなくともいさなとりうなひをさしてにきたつのあらいそのうへにかあをなるたまもおきつもあさはふるかせこそよらめゆふはふる浪こそきよれなみのむたかよりかくより玉もなすよりねしいもを　一云はしきよしいもかたもとを　つゆ霜のをきてしくれは此みちのやそくまことによろつたひかへりみすれといやとをにさとはさかりぬますたかに山もこえきぬなつ草のおもひしなへてしのふらんいもかかと見んなひけこの山

　

　

　石見乃海角乃浦廻乎浦無等人社見良目滷無等　礒無登　人社見良目能咲八師浦者無友縦畫屋師滷者　礒者　無鞆鯨魚取海（イうみへ）邊乎指而和（イなり）多豆乃荒礒乃上爾香青生玉藻息津藻朝羽振風社依米夕羽振流浪社來縁浪之共（イとも）彼縁此依玉藻成依宿之妹乎　波之伎余思妹之手本乎　露霜乃置而之來者此道乃八十隈毎萬段顧為騰弥遠爾里者放奴益高尓山毛越來奴夏草之念思奈要而志怒布良武妹之門將見靡此山

　

　

うらなみと　浦無と書浦のなきといふ也かたなみも同義次ニ浦はなくとも潟はなくともなといはんとて也

滷　玉篇ニ音《コヱ》魯《ロ》鹹水《カンスイ》也しほ也順和名には潟をかたとよめり文選ノ海ノ賦ニ云｜海溟《カイメイノ・ウミ》ノ廣《ヒロキ》潟《カタアリ》也云々但諸本如此也潟を滷と傳写の誤にや

　

　

よしえやし　仙曰よしや也えの字下のしの字助語也見安云よしやよし也袖中抄こそはといふ心也あらはあれと云心也なといへるも此義に同

いさなとり　仙曰古点にくしらとると点其心あたらすいさなとりと和すへし鯨魚取《イサナトリ》淡海《アフミ》の海とも有近江の海にいかて鯨あるへき日本紀衣通姫の哥とこしへに君もあへやもいさなとり海のはまものよる時／＼をいさなとりは魚とる儀也鯨をいさとよむ壹岐風土記云｜鯨伏《イサ》在2郡西ニ1昔者《ムカシ》鮨鰐《ワニノウヲ》追《ヲフテ》v鯨ヲ走リ來ル隠レ伏ス故ニ云2鯨伏ト1俗ニ云｜為伊佐《ヰイサ》畧注愚案童蒙抄ニ此衣通姫のいさな取を礒菜とり也さとそと五音相通する也とあり正説なるへしされはいさなとりは海の枕詞にて礒菜は近江にもあるへけれはいさなとり近江の海ともいふへし又釋日本紀衣通姫哥釋ニ曰ク謂フ2鯨取ト1異舎《イサ》者鯨也※［人偏＋難］《ナ》者魚

　

也｜言《イフコヽロハ》漁シテ取ル2鯨魚ヲ1也私案ニ欲スルv謂ントv海ト之發語也云々くしらとりの説不可捨

にきたつ　伊予の熟田津にはあらし石見の角の浦を思ふ哥なれは也

香青《カアヲ》なる　かうはしくあをき也藻をほめていふ詞なるへし或説かは助字也

あさ羽ふる　見安云朝吹わたる風也愚案風は鳥の羽吹やうなれはしか云也

浪のむた　仙曰日本紀此集共の字をむたとよむ愚案波と共にの心也

玉藻なすよりねし妹　藻は波とゝもにとよりかくよれはよりねしといはん枕詞に玉藻なすと云なすとは其物のやうなるとの詞也

露霜のをきてしくれは　妹を国に置て來れは也露霜は枕詞也

里はさかりぬ　里は遠さかる心也　ますたかにはます／＼高き心也

おもひしなへて　妹もおもひしほれて我を忍ふらんと思ひやる心也

なひけ此山　山もなひきかたよりて妹か門を見せよと也山をなひけといへる珎き詞とそ

138　一云石見のうみつの浦をなみ浦なみと人こそ見らめかたなみと人こそみらめよしえやし浦はなくともよしえやしかたはなくともいさなとりうなひをさしてにきたつのあらいそのうへにかあをなる玉もおきつも明くれはなみこそきよれゆふされは風こそきよれなみのむたかよりかくより玉もなすなひきわかねししきたへのいもかたもとを露しものをきてしくれは此みちのやそくまことによろつたひかへりみすれといやとをに里さかりきぬます高に山もこえきぬはしきやしわかつまのこかなつくさのおもひしなへてなけくらんつののさと見んなひけこの山

　

　

　石見之海津乃浦乎無美浦無跡人社見良米滷無跡人社見良目吉咲八師浦者雖無縦恵夜思滷者雖無勇魚取海邊乎指而柔田津乃荒礒之上爾蚊青生玉藻息都藻明來者浪巳曽來依夕去者風已曽來依浪之共彼依此依玉藻成靡吾宿之敷妙之妹之手本乎露霜乃置而之來者此道之八十隈毎萬段顧雖為彌遠尓里放來奴益高尓山毛超來奴早敷屋師吾嬬乃兒我夏草乃思志萎而將嘆角里將將見靡此山

　

　

つの浦をなみ　浦なみと重ね詞にや但つの浦をなみはなんといふてにはの詞なるへし此哥前のなか哥と同し心なれは也

うなひ　海邊と書うみへとおなし又うみへとも讀へき歟

明くれは　夜明來れは也

玉もなすなひき我ねし　玉もなすはなひきといはんとて也なひき我ねしは前のうたによりねしとあるに同しくよりなひきの儀也

なつ草の思ひしなへて　夏草は照日にしほるれはしなへてといはん諷詞にをく也

つのゝさと見ん　前には妹か門みんとあり角の里は即妹か里にや

　反歌

132　いは見のやたかつの山のこのまよりわかふるそてをいも見つらんか

　　石見乃也高角山之木際從我振袖乎妹見都良武香

134　一云いは見なるたかつの山の木のまにもわか袖ふるを妹見けんかも

　　石見尓有高角山乃木間從文吾袂振乎妹見監鴨

139　又云石見のうみうつたの山の木のまよりわかふる袖を妹見つらんか

　　石見之海打歌山乃木際從吾振袖乎妹將見香

いは見のやたかつの　我はなつかしくてかへり見まねくといへとも里遠く山高くて見えす妹は我ふる袖を見つらんかさもあらしとの心也一云哥義同　

133　さゝのはゝみ山もさやにみたれともわれはいもおもふわかれきぬれは

　　 小竹之葉者三山毛清尓亂友吾者妹思別來礼婆

さゝの葉はみ山も　亂友仙曰古点みたるともと和スみたれともと和スへし祇曰此哥は妹に別て深山なとに旅の宿りして讀るなり笹の葉はそよと打みたれてあれとも我は只妹思ふと讀り此哥末の集にみたるめりと入心は打亂て有をみるにも我は妹思ふと也

　

　

135　つのさふる石見のうみのことさへくからのさきなるいくりにそふかみる生るあらいそにそ玉もはおふるたまもなすなひきねしこをふかみるのふかめて思ふとさぬるよはいくはくもあらすはふつたのわかれしくれはきもむかひ心をいたにおもひつゝかへり見すれとおほふねのわたりの山のもみちはのちりのまかひに妹か袖さやにも見えすつまこもる屋かみの山の雲間よりわたらふ月のおしめともかくろひくれはあまつたふいり日さしぬれますらおとおもへるわれもしきたへの衣の袖はとをりてぬれぬ

　

　

　角障經（仙さはふ）石見之海乃言佐敝久辛乃埼有伊久里尓曽深海松生流荒礒尓曽玉藻者生流玉藻成靡寐之兒乎深海松乃深目手思騰左宿夜者幾（イいくた）毛不有延都多乃別之來者肝向（イむかふ）心乎痛念乍顧為騰大舟之渡乃山之黄葉乃散之亂尓妹袖清尓毛不見嬬隠有屋上乃　室上山　山乃自雲間渡相月乃雖惜隠比來者天傳入日刺奴礼大夫跡念有吾毛敷妙乃衣袖者通而沾奴

　

　

つのさふる　類聚袖中抄等の点也日本紀十七ニ都奴沙府以波例能《ツノサフイハレノ》とあるに随ふにや仙は日本紀十一ニ菟怒差破赴《ツノサハフ》とあるに任てつのさはふと改む日本紀も兩様なれは兩点共に用へし釋ニ云｜角障《ツノサウル》也牛角堤を破るに岩のさはりし古事岩の枕詞と云々正説歟袖中には角と云所のみえぬ心と云仙抄は角｜多《ヲヽキ》と注す由阿は※［羊＋霊］羊の角をふる儀と注皆如何

　

　

ことさへく　仙曰詞のさへらるゝ也詞のさたかにも聞えぬ也辛の崎をいはむとてをける也唐人の詞の聞知かたきによそふる也辛の崎八雲石見

いくり　仙曰いは發語の詞くりは石也山陰道の風俗石をくりと云也

なひきねしこ　石見の妻を云也前によりねし妹なと有と同心の詞也

ふか海松　深みにある海松也ふかめて思ふといはん枕詞也古今ニ沖をふかめておもひとおなし詞也

はふつたの　蔦ははひわかるゝかつらなれは別てといはん枕詞也別しのし助字

きもむかひ　悲しむ肝のうこきむかふ也　大舟の　渡りの山の枕詞也渡山八雲石見

ちりのまかひ　散まきれに妹かみえぬ心也古今ニモ散のまかひにいへち忘て云々

さやにも見えす　さやかにも見えす也　つまこもるは屋の枕詞也いつもやへかきつまこめにとあるにおなし心なるへし　屋かみの山　八雲に石見云々

わたらふ　渡相月の空をわたる事也とをる事也　あまつたふは日の天をゆく事也　さしぬれ　さしぬれはといふはの字を略せしなるへし此集に此てにをはおほし今はこのむましきにや　しきたへ　奥儀抄にしく心云々此折此景に感涙深しと也

　

　

　反歌

136　あをこまのあかきをはやみ雲ゐにそいもかあたりをすきて來にける　一云あたりはかくれきにける

　　　青駒之足掻乎速雲居曽妹之當乎過而來計類　當者隠來計留

あを駒のあかきを　青は馬の毛色也催馬楽にあをのまとりつなけと有白馬節會をあをむまといふは別儀也あかきは馬の歩む足遣ひ也我心はさも急かねど馬の早くて妹があたりを遠く過こしと也

　

　

137　あき山におつるもみちはしはらくはなちりみたれそ妹かあたりみん　一云ちりなみたれそ

　　　秋山尓落黄葉須臾者勿散亂曽妹之當將見　知里勿亂曽

あき山におつる黄葉　祇曰木葉茂く秋の山に散みたれておもふ方を見さる心也

　

　與《ト》2柿本朝臣人麻呂1相別ルヽ歌一首　

　　　　　　　人麻呂カ妻《ツマ》依羅娘子《ヨサミノイラツコ》

140　おもふなときみはいふともあはんときいつとしりてかわかこひさらん

　　　勿念跡君者雖言相時何時跡知而加吾不戀有牟

おもふなと君はいふとも　祇曰一向に思ふなといふにあらすさのみ心をくたきては思ふなと慰めていへる也扨こそ君はいふとも知ぬ事となけく哥也

　

　挽《ヒツキ》歌

挽歌　八雲云俊頼抄ニ悲哥也云々古ノ挽哥《ハンカ》は大略悲か非ルv悲ニも有か愚案蒙求曰｜挽《ヒク》v柩《ヒツキヲ》者ノ歌《ウタフ》v之ヲ因テ呼テ為2挽歌ト1文選二十八李善註ニ斉《セイ》乃｜田横《テンクハウ》自殺《ジサツ》せし時｜從者《シヨウシヤ》此哥をつくりて哀音《アイイン》を寄《ヨス》と云々然共此集にはひつきうたのみにはあらす

　

　

　後ノ崗本《ヲカモトノ》宮ノ御宇　斉明天皇

　自傷《ミツカライタンテ》結フv松ノ枝ヲ歌二首　　有間ノ皇子

141　いはしろのはま松かえを引むすひまさしくあらはまたかへりみん

　　磐白乃濱松之枝（ニ）乎引結真幸（仙きく）有者亦還見武

いはしろのはま松か枝　哥林良材云有馬皇子は孝徳天皇の御子也斉明の女帝の御時｜蘇我《ソカ》の赤兄《アカエ》と心を同くしてみかとをかたふけんとせしか紀伊国岩代に在て心さしのとけかたからん事を愁《ウレ》へて其所の松か枝をむすひて手向として此哥をよむ其間に赤兄かかへり忠により有馬皇子の謀反あらはれて終に藤代坂にてころされ侍ると云々日本紀二十六ニ委仙曰此哥第四句古点にはまさしくあらはと点し或はまことさちあらはと点スあひかなはすまさきくあらはと和すへしまさきくといふはまことのさいはい也此集十七にまさきくもありたもとをりと云々愚案日本紀二ニ必當平安カナラスマサキクマシマサンとよめり然共此哥類聚萬葉童蒙抄袖中抄ことには俊成卿の古來風躰等にもまさしくと有近くは哥林良材にもまさしく也改てまさきくと和せん事如何又まさしくまさきく五音相通同義なるへし

　

　

142　いへにあれはけにもるいひを草枕たひにしあれはしゐのはにもる

　 　家有者笥尓盛飯乎草枕旅尓之有者椎之葉尓盛

いへにあれはけにもる　仙曰むかしは飯を笥にもりける今も勧学院に其儀侍るとかや愚案日本紀云玉笥には飯さへもり玉もひに水さへもりと云々古來風躰云飯なと云事哥に讀へくもあらねと昔の人は心け晴なくてかく讀けるなるへし此哥さまはいみしくおかしき哥也云々此家にあれはの哥の事也

　

　

　

　見テ2結《ムスヒ》松ヲ1哀咽《カナシミムセフ》歌二首　　

　　　　　　　　　　長《ヲサノ》忌寸《イミキ》意吉《ヲキ》麻呂

143　いはしろのきしの松か枝むすひけんひとはかへりてまた見けんかも

　　　磐代乃岸之松枝將結人者反而復將見鴨

いはしろのきしの松か　彼真幸あらはまた歸りこんとよめるをうけて其皇子は又歸て此松を見しや否《イナヤ》と也

144　いはしろの野中にたてる結ひ松こゝろもとけすむかしおもへは

　　　磐代之野中尓立有結松情毛不解古所念

いはしろの野中に　彼隠謀有し皇子を心もとけすと讀にや此哥人丸集にあるを拾遺集戀四に入心もとけすと難面き人をいふやうなれは戀部に入歟

　

　追テ和シスル歌一首　山上憶良

145　とりはなすありかよひつゝ見らめともひとこそしらね松はしるらん

　　　鳥翔成有我欲比管見良目杼母人社不知松者知良武

　　　　（―本云）右件ノ歌等雖トモ2不《サル》v挽《ヒカ》v柩《ヒツキヲ》之時所ト1v作ル唯擬《ギスル》歌ノ意ヲ1故ニ以載ス2挽歌ノ類ニ1焉

とりはなすあり　鳥翔成《トリハナス》とは有かよふの枕詞也有馬皇子の魂のあまかけりかよひて此松を見るらめと今まさに人こそしらね猶むすひ松はしらんと也

柩《キウ・ヒツキ》　玉篇云尸在リv棺ニ其棺ヲ曰v柩ト擬《キ》ハ玉扁云魚里ノ切《カヘシ》度《タク》也此哥ともは柩ひく時のうたならねともうたの心をはかるに挽歌のたくひなれは書のすると也

　

　

　

　大寶元年辛丑幸キシテ2紀伊國1時見ル結松ヲ1歌一首　　柿本朝臣人麻呂

大寶元年　文武年号也斉明帝四年十一月有馬皇子死て四十四年後也

146　のち見んと君かむすへるいはしろのこまつかうれをまた見けんかも

　　後將見跡君之結有磐代乃子松之宇礼乎又將見香聞

のち見んと君か　有馬皇子真幸あらはと讀て結しか其後終に見給ふ事もなくなき跡のはかなき心にや

　

　近江大津ノ宮御宇　天智天皇　

　天皇｜聖躬《セイキウ・ヲンミ》不豫《フヨノ》時奉ル御歌一首

　　　　　　　　　　　　　　倭大后《ヤマトノヲホキサイ》　

天皇聖躬不豫　日本紀二十七曰天智天皇十年九月天皇寝v疾不豫是よりたかてる日のみこと云まて有憚不可講

147　あまのはらふりさけ見れはおほきみのおほみいのちはなかくてたれり

　　　天原振放見者大王乃御壽者長久天足有

あまのはらふりさけみれは　天原は天也天の長きを見て君の御命になそらへて長くて事たれりと也此哥童蒙抄には下句をみ命は長くあまたりしあれと有てふりさけとは振仰きと云也あまたりしあれとは空にたるまてと云也云々古点にや

　

　

　

　天皇｜聖體《ヲンミ》不豫《フヨニシテ》御病《ミヤマヒ》急《スミヤカナル》時｜奉獻《タテマツレル》御歌一首　　倭大后

148　あをはたのこはたのうへをかよふとはめには見れともたゝにあはぬかも

　　　青旗乃木旗能上乎賀欲布跡羽目尓者雖視直尓不相香裳

あをはたのこはたの　此哥帝を思召故御俤のまほろしのかよふやうに青旗の小旗の上に見ゆる心なるへし仙抄曰青旗とは葬具に侍るにや常陸風土記曰｜葬具儀《ハラフリノクノヨソホヒ》赤旗青幡｜交雑《マシヘマシハル》時ノ人謂2之ヲ幡垂《ハタタレノ》國ト1後ノ世｜言便《コトノタヨリニ》称ス2信｜太《タノ》國ト1上中畧愚案この風土記を引て青旗は葬具といふ證にする事愚なる儀にや青旗赤旗即位元日節なとの大礼には毎々の事なり殊天皇不豫の折こといみをもし給ふへきに葬具いかて讀給はん

　

　

　

　天皇｜崩御《カミサリマシシ》時ノ御歌一首　　倭大后

天皇崩　日本紀廿七天智天皇十年十二月癸亥朔乙丑天皇崩2于近江ノ宮ニ1

149　ひとはいさおもひやむともたまかつらかけに見えつゝわすらえぬかも

　　人者縦念息登母玉鬘影尓所見乍不所忘鴨

ひとはいさおもひやむ　仙曰玉かつらとは冠の纓《エイ》を云也愚案纓の字｜綏《スイ》を書誤歟後撰集に老懸をこそたまかつらと讀たれ八雲にもしか有心は人は思ひやめるかしらす我は俤に見えて忘れすと也帝を慕《シタヒ》給心也

　

　

　

　天皇崩御時歌一首　　婦人《タヲヤメ》姓名未v詳

150　うつせみし神にたへねははなれゐて朝なけくきみはなれゐてわか戀る君玉ならは手に卷もちてきぬならはぬく時もなみわかこふるきみぞきそのよ夢に見えつる

　空蝉師神尓不勝者離居而朝嘆君放居而吾戀君玉有者手尓卷持而衣有者脱時毛無吾戀君曽伎賊乃夜夢所見鶴

うつせみしかみにたへねは　空蝉は我身をいへりしは助字也神にたへねはとは帝を神と申せは我身君に随ひ奉るにたへねはとの心也たまならはきぬならはとは君に近つきたつさはりはなれ申ましき物をとの心也或説に空蝉し神にたへねはとは君の御命の堪す短きを云云々非也

　

　

きその夜　仙曰きのふの夜といふ也見2日本紀ニ1見安云君そきのふの夜夢に見えつると也

　

　天皇｜大殯《ヲホモカリノ》時歌四首　　額田《ヌカタノ》王

大殯は殯《カリモカリシ》斂《ヲサムル》也　天智也

151　かくあらんとかねてしりせはおほみふねはてしとまりにしめゆはましを

　　　如是（イかゝらんと）有乃豫知勢婆大御船泊之登萬里人標結麻思乎

かくあらんとかねて　かく此君に別奉んとしらは御舟出さゝらん物をと云奉惜の餘りなるへし君を船に譬ル也

　　　舎人吉年《トネリヨシトシ》

152　やすみしるわかおほきみのおほみふねまちかこひなんしかのからさき

　　 八隅知之吾期大王乃大御船待可將戀四賀乃辛埼

やすみしるわかおほきみ　又や御船の來んと待戀なんか待かひもあらしと也大津の朝の故也

　　　太后

153　いさなとりあふみのうみをおきさけてこきくるふねは邊につきてこきくるふねおきつかいいたくなはねそへつかいいたくなはねそわか草のつまのおもふとりたつ

　　鯨魚取淡海乃海乎奥放而榜來船邊附而榜來船奥津加伊痛勿波祢曽邊津加伊痛莫波祢曽若草乃嬬之念鳥立

いさなとり　前注

おきさけて　沖を遠くさけて也へとは邊の字礒也心は沖こく舟も礒こく舟もかいをつよくははねそ帝の愛し思召たりし水鳥の立さるにと云仙曰わか草のつまといふ事日本紀十五卷億計天皇御宇六年に女人ありて哭《ナキ》ていへる詞に弱草《ワカクサノ》吾夫《ワカツマ》※［立心偏＋可］※［立心偏＋合］《ハヤ》註古者以2弱草ヲ1喩《タトフ》2夫婦ニ1故ニ以2弱草1為スv夫《ツマト》畧注太后のみかとをつまと讀給ふ也

　

　

　　　石川ノ夫人

154　さゝなみのおほやまもりはたかためかやまにしめゆふきみもまさなくに

　　　神樂浪乃大山守者為誰（イたれすとか）尓標結君毛不在（イあらな）國

さゝなみのおほ山もり　おほ山近江　しめゆひ守るも天皇のおはしましてこそあらめとなるへし

　

　從《ヨリ》2山科御陵《ヤマシナノミサヽキ》1退散《マカル》時作歌一首　　額田王從山科　天智の御陵也水鏡公事根源等いは天智御狩に出給ひて御行方なし御沓有しをしるしに山陵をつくといへり日本紀には無其説

　

　

155　やすみしるわかおほきみのかしこみやみはかつかへるやましなのかゝみの山によるはもよのつきひるはもひのつきねにのみをなきつゝありてやもゝしきのおほみや人はゆきわかれなん

　

　

　　八隅知之和期大王恐也御陵奉仕山科乃鏡山尓夜者毛夜之盡晝者母日之盡哭耳乎泣乍在而哉百磯城乃大宮人者去別南

かしこみや　恐也いともかしこきとたつとみし詞也

かゝみの山　御廟｜野《ノ》の上の山也

よるはもよのつき　もは助字也見安云｜終夜《ヨスカラ》也

ひるはも日のつき　見安云｜日盡《ヒネモス》也云々も助字也大王天智のいともかしこきみはかを仕る山しなの鏡の山に終夜日盡ねに鳴て有てかくてはかなく退散せんかと歎く心なるへし

　

　

　

　明日香清御原ノ宮ノ御宇

　十市皇女《トヲチノヒメミコ》薨《ミマカリシ》時ノ御作ノ歌三首【紀曰七年戊寅夏四月丁亥朔癸巳十市ノ皇女｜卒然《ニハカニ》病｜發《ヲコリテ》薨ス2於宮中ニ1】

　　高市ノ皇子尊《ミコノミコト》

156　みもろのや神の神すきいくにをしと見けみつゝともねぬよそおほき

　　　三諸之神之神（みわか）須疑己具耳矣自得見監乍共不寝夜叙多

みもろのや神の神すき　三諸は三諸山なるへし次の哥に三輪山とよめり此哥難解或説ニ神の神杉すくにおしとは神杉過るとつゝけて十市皇女過去給ひしを惜む心也云々イ本ニヤ下句如何

　

　

157　みわ山のやまへまそゆふみしかゆふかくのみゆへになかくとおもひき

　 　神山之山邊真蘇木綿短木綿如此耳故尓長等思伎

みわの山やまへまそゆふ　仙曰麻をながゆふといふ真苧を短木綿といふ短き故也筑紫風土記に長木綿短木綿といへる是也十市皇女の玉の緒まそゆふ短ゆふのことく有ける物を長くと思ひけるよとよめる也

　

　

158　やまふきのさきたる山のしみつをはくみにゆかめとみちのしらなく

　　　山振之立儀足山清水酌尓雖行道之白鳴

やまふきの咲たる山の　十市皇女を清水にたとへて又逢みん道なき歎きをよみ給へるにや

　

　天皇崩時御歌一首【仙曰明香清御原天皇崩之時】　　太后

159　やすみしるわかおほきみのゆふされはめしたまへらし明來れはとひたまへらしみわ山の山のもみちをけふもかもとひたまはましあすもかもめし給はましその山をふりさけ見つゝゆふされはあやにかなしみあけ來れはうらさひくらしあらたへのころものそてはひるときもなし

　

　

　　八隅知之我大王之暮去者召賜良之明來者問賜良志神岳乃山之黄葉乎今日毛鴨問給麻思明日毛鴨召賜萬旨其山乎振放見乍暮去者綾哀明來者裏佐備晩荒妙乃衣之袖者乾時文無

めしたまへらし　召給ひし也みわ山の紅葉を朝夕めし給ひとひ給ひしかは今も御在世ならは問て見給召ても見給はん物をと也其山をとは皇女の問召て紅葉を愛し給ひし山をいふ也あやにとは哥林良材云あやにくに也うらさひくらしはうらさひしく暮す也あらたへの衣荒たへ和たへとて有こゝは荒布の藤衣なるへし

　

　

　

　天皇崩時歌二首　　太上天皇

160　ともしひもとりてつゝみてふくろにはいるといはすやおもしるなくも

　　　燃火物取而裹而福路庭入登不言八面知（イもち）男（おのこ）雲（くも仙点）

ともしひもとりて　火打を物に包て袋にいるゝ心也おもしるなくもとは常に顔見し人のなく成しと也おもしる子らか見えぬともよみし詞と同シ仙覺は結句をもちおのこくもと讀て死人の枕上の灯を葬所ニモ可用にこれを持へき男の來る心云々難用歟

　

　

161　きた山にたなひく雲の青くものほしわかれゆき月もわかれて

　　 向南山（のイ）陣雲之青雲之星離去月牟離而

きた山に（のイ）たなひく雲の　青雲たな引て星にも月にも別し心也帝の別によせて歎給心なるへし

　

　天皇｜崩後《カミサリテ》八年九月九日｜奉為《ヲホンタメニセン》御齋會《ヲカミノ》夜ノ夢ノ裏《ウチニ》賜《タマフ》御歌一首　　出2古歌ノ集ニ1

162　あすかのきよみはらのみやにあめの下しらしめしゝやすみしるわかおほきみの高てらす日のわかみこはいかさまにおほしめしてか神かせのいせのくにゝはおきつもゝなひきし波にしほけのみかをれるくにゝあちこりのあやにともしきたかてるひのみこ

　

　

　　明日香能清御原乃宮尓天下所知食之八隅知之吾大王高照（たかてる）日之皇子何方尓所念食可神風乃伊勢能國者奥津藻毛靡足波尓塩氣能美香乎礼流國尓味凝文尓乏寸高照日之御子

　

　

あすかのきよみはら　天武の宮古也　御齋會《ヲカミ》追善なり

高てらすひのわかみこ　天武帝をさして申也

しほけのみかをれる国　八雲御抄には｜しほけのうまいかをれる《塩氣能美香乎礼流》国は伊勢国也云々是古点にや見安云しほけは塩のいき也愚案塩曇とて潮の燻薫る心也あちこりは美味の集る心也国をほむる詞也見安同義

　

　

あやにともしき　あやにくに戀したふ心也

　

　藤原宮御宇

　　大津ノ皇子｜薨《ミマカリテ》後｜從《ヨリ》2伊勢ノ齋宮《イツキノミヤ》1上京ノ時ノ御作歌二首　　大來皇女《ヲホクノヒメミコ》

大津皇子薨　持統天皇元年十一月三日依テ2謀反ニ1薨

163　かみかせのいせのくにゝもあらましをなにゝかきけん君もあらなくに

　　　神風之伊勢能國尓毛有益乎奈何可來計武君毛不材尓

神風のいせのくにゝも　其まゝ齋宮にあらん物をと也哀悼のあまりによめるなるへし

164　見まくほりわかせし君もあらなくになにゝかきけん馬つかるゝに

　　　欲見（古点見まくほしみ）吾為君毛不材尓奈何可來計武馬疲尓

見まくほりわかせし　見まくほしくわかせし君と也類聚萬葉には見まくほしみと有古点也大來皇女は天武ノ皇女大津同母姉天武二年為2齋宮ト1朱鳥元年大津｜賜死《ミマカルノ》之年ノ十一月皇女大來｜還《カヘリテ》至ル2京師《ミヤコニ》1日本紀卅卷

　

　

　

　　移2葬《ウツシハウフル》大津ノ皇子ノ屍《カラヲ》於｜葛城二上《カツラキノフタカミ》山ニ1時｜哀傷《カナシミイタムテ》御作ノ歌二首　　大來皇女

165　うつそみのひとにある吾やあすよりはふたかみやまをいもせとわれ見ん

　　　宇都曽見乃人尓有吾哉從明日者二上山乎弟世登吾將見

うつそみのひとにある　空蝉之獨有吾也そとせと五音通にとりと同通す空蝉は我身をいへり同母の弟に別てうき身を独ある我と也けふ大津を葬しあすよりは此二上山を兄弟と見んと也いもせは弟世と書妹と兄との心也男は弟をも兄といふ事常の事也

　

　

166　いそのうへにおふるつゝしをたおらめど見すへききみかありといはなくに

　　　礒之於尓生流馬酔木乎手折目杼令視倍吉君之在常不言尓

　　　　此一首今案スルニ不v似2移シ葬ル歌ニ1疑ラクハ從《ヨリ》2伊勢ノ神宮1上京ノ時感シテ2路上ノ花ニ1作歌乎

いそのうへにおふるつゝし　心は明也祇曰同時の哀傷の哥也此時舎人のよめる哥とも云也愚案此哥礒のうへとは岩の上也此哥はうつし葬る時のとはみえす上京の道の哥と也

　

　日並皇子尊《ヒナミノミコノミコト》殯宮ノ時作歌一首並短歌　日本紀ニ曰持統天皇三年夏四月三日癸未朔乙未皇太子草壁ノ皇子ノ尊薨　　柿本朝臣人麻呂

日並皇子　天武帝の皇子前ニ注ス草壁の皇子是也日本紀卅ニ在

167　あめつちのはしめのときし久かたのあまのかはらにやをよろつちよろつかみのかみあつめあつめいましてかみはかりはかりしときにあまてらすひなめのみこと　一云さしのほるひなめのみこと　あまつをはしろしめさんとあしはらのみつほのくにをあめつちのよりあひかきりしらしめす神のみことゝあまくものやへかきわけて　一云あまくものやへくもわけて　かみくたりいましつかへしたかてらすひのわかみこはあすかのきよめし宮にかみのまにふとしきましてすめろきのしきますくにとあまのはらいはとをひらきかんあかりあかりいましぬ　一云神のほりいましにしかは　わかきみのみこのみことのあめのしたしらしめしせははるはなのかしこからんともち月のみちはしけんとあめのした　一云をしくにの　よもの人のおほ舟のおもひたのみてあまつ水あふきてまつにいかさまにおほしめしてかゆへもなくまゆみのをかに宮はしらふとしきましてみありかをたかしりましてあさことにみこととはせすひつきのあまたになりぬそのゆへにみこのみやひとゆくゑしらすも　一云さすたけのみこのみや人ゆくゑいさにて

　

　

　　天地之初時久堅之天河原尓八百萬千萬神之神集集座而神分分之時尓天照日女之命　指上日女之命　天乎婆所知食登葦原乃水穂之國乎天地之依相之極所知行神之命等天雲之八重掻別而　天雲之重雲別而　神下座奉之高照（たかくてる）日之皇子波飛鳥之浄之宮尓神随太布座而天皇之敷座國等天原石門乎開神上上座奴　神登座尓之可婆　吾王皇子之命天下所知食世者春花之貴在等望月乃満波之計武跡天下　食國　四方之人乃大船之思憑而天水仰而待尓何方尓御念食可由縁母無真弓乃岡尓宮柱太布座御在香乎高知座而明言尓御言不御問日月之數多成塗其故皇子之宮人行方不知毛　刺竹之皇子宮人歸邊不知尓為

　

　

あめつちのはしめ　天地分れての初め諸神はからひて儲君となし申せしと也立太子の貴き事をいはんとて皇孫のためしにいふにや中臣祓に曰｜八百萬神等乎《ヤヲヨロツノカミタチヲ》神集仁集賜比《カミアツメニアツメタマヒ》神議仁議賜天《カミハカリニハカリタマヒテ》吾皇孫乃尊乎波《ワカスメミマノミコトヲハ》豊葦原《トヨアシハラ》乃｜水穂《ミツホ》乃｜國乎《クニヲ》安國｜登《ト》平介久《タイラケク》所知食止《シロシメセト》事依《コトヨサシ》奉幾

　

　

あまてらすひなめの　日並のみこを云也

あまつをは　天の事をしろしめせと神勅の事也

あしはらのみつほのくに　見安云我国の惣名也

あめつちのよりあひの　天地和合してある限也

神のみこと　是も日並皇子を貴みいふ詞也

あま雲のやへかきわけて　前に天つをはしろし召むといひし首尾也巳ニ春宮ニ立て天下に王たるへけれは神も天降り仕《ツカヘ》しといふ也是も中臣祓ニ天乃八重雲乎｜伊豆《イツ》乃｜千別《チワキ》仁千別天天降里｜依之《ヨサシ》奉幾とある詞を用ゆ

　

　

ひのわかみこ　日並皇子也

あすかのきよめしみや　飛鳥浄御原宮也すなはち日並の父帝天武の都也

神のまに　天つをはしろしめさんと神の計るまゝに也

いはとを開　神に比して云也

かんあかり　日並の※［歹＋且］落《ソラク》を云尚書ニ帝乃※［歹＋且］落ス注※［歹＋且］ハ是魂ノ之舛上落ハ是魄ノ降下也又云魂ハ為v神也【畧注】

わがきみのみこのみことの　是より日並の宮人等の頼み奉る心を云也かく儲君のほとに隠れ給はて天下を知《シロ》しめさばと也

春花のかしこからん　春花の香とうけて也望月のはみちはしけんといはんとて也此皇子の天下をしろしめさはいともかしこき君ならん世に満足はせんと四方の国人思ひ頼み仰《アフ》き待しと也大船は頼もしき物なれは思ひたのみといはん枕詞也あまつ水はあふきて待といはん枕詞也旱に待ツv雨ヲ心也

　

　

まゆみのをかに宮柱　八雲抄まゆみの岡大和云々愚案真弓の岡は日並のみこの廟ある所なるへし奧に舎人等慟傷して作れる哥にもよそにみしまゆみのをかも君ませはとこつみかとゝとのゐするかもとよめり廟にとのゐする心也宮柱ふとしきましてはみこの御廟也こゝにいかさまにおほしめしてかといへるはおもひのほかにかくれさせ給ふ事をいはんとてなり此集に猶有

　

　

みありか　みあらか也りとらと五音通日本紀ニ御殿と書てミアラカと讀

たかしりまして　中臣祓に千木たかしりてとあるたくひにて御殿を領し知給ふ心也　明言《アサコト》にとは毎朝也皇子生てましまさは朝ことに御ありさまを問奉りなんをさやうの儀もなくて日月ふると也

　

　

そのゆへにみこのみや人　しはしこそ廟所にまうてゝつかへまつれ御事とはする事もなく日月かさなれはせんかたなく宮人とものをのかちり／＼なりゆくと也此長哥あめつちの初めし時しといふより宣命の躰をうつし中臣祓の詞を用ひてたくみに哀ふかし心をこめて吟味すへし一云さすたけのみこのとはさゝたけの大宮人なといふにおなしさすとさゝと同別ニ注

　

　

　反歌

168　久かたのあめ見ることくあふき見しみこのみかとのあれまくおしも

　　　久堅乃天見如久仰見之皇子乃御門之荒卷惜毛

久かたのあめ見る　皇子御在世のほとは空のことく仰き見奉りし宮門も鞍馬まれに零落するを悲しみおしむ心なるへし

169　あかねさす日はてらせれとぬは玉の夜わたる月のかくらくおしも

　　　茜刺日者雖照有烏玉之夜渡月之隠（イこも）良久惜毛

あかねさす日はてらせ　童蒙抄云あかねさすは赤き光さすといへる也愚案朝日照せは夜月はかくるゝを惜むになそらへて日は天子の象なれは持統は恙《ツヽカ》なくましませと皇太子日並の薨し給ひしをおしむ心にやイニ或本云以2件歌1為ル2彼皇子尊殯宮之時反歌1也トアリ

　

　

170　しまのみやまかりのいけのはなち鳥ひとめにこひて池にかつかす

　　　嶋宮勾乃（古まなの）池（古なる）之放鳥人目尓戀而池尓不潜

しまのみやまかりの　袖中抄八雲抄等にはしまのみやまなの池なるとあり古点にや仙覺は二条院の御本の流を見るにまかりの池のと点せりと云々袖中抄云放鳥とは池なとにはなちかふ鳥也萬葉抄云みこの宮のかはれし鳥を其宮うせ給へは嶋ノ宮の池にはなたれたる也私｜本來《モトヨリ》池に放ちたる説可然是迄袖中抄也愚案嶋の宮は橘の嶋の宮也大和也放鳥も皇子を戀てかつきをもせすと人目にみゆると也

　

　

　

　皇子尊ノ宮ノ舎人｜等《ラ》慟傷《イタミテ》作歌二十首　　姓名未v詳

171　たかてらす我日のみこのよろつよにくにしられまししまのみやはも

　　　高光（たかくてる）我日皇子乃萬代尓國所知麻之嶋宮婆母

たかてらす（たかくてる）我ひのみこ　日並の御在世ならは此嶋の宮にて日本国を知せ給ふへき物をとの心也嶋の宮はもとは国しられぬへき宮はかく空しく成し事よとの心也もは助字

　

　

172　嶋のみやうへのいけなるはなち鳥あらひなゆきそ君まさすとも

　　 嶋宮上池有放鳥荒備勿行君不座十方

嶋の宮うへの池　祇曰あらひなゆきそとはあらくなゆきそ也

173　たかてらすわか日のみこのいましせはしまのみかとはあれさらましを

　 　高光（たかくてる）吾日皇子乃伊座世者嶋御門者不荒有益乎

たかてらす（たかくてるイ）わか日の　見安云嶋の御門所の名也愚案嶋の宮の御門の事なるへし今は名所となりしにや

174　よそに見しまゆみのをかも君ませはとこつみかとととのゐするかも

　　　外尓見之檀乃岡毛君座者常都御門跡侍宿為鴨

よそに見しまゆみのをか　皇子の廟のとのゐするを思ひの外となけく心也とこつ御門は君の門を常盤といはふ心にいふ詞也

175　夢にたに見さりし物をおほつかなみやいてもするかさひのくまわを

　　 夢尓谷不見在之物乎欝悒宮出毛為鹿佐日之隈廻乎

夢にたに見さりし　佐檜《サヒ》の隈《クマ》大和高市郡也廻とは其めくりを云也皇子につかへて宮出する事もなく夢にも此邊を見さりしにと也

176　あめつちとともにをへんとおもひつゝつかへまつりしこゝろたかひぬ

　　　天地與共將終登念乍奉仕之情違奴

あめつちとともに　皇子を天地とともにと祝ひ申て宮つかへせし本意もたかひてかなしむ心也

177　あさ日てるさたのをかへにむれゐつゝわかなくなみたやむときもなし

　 　 朝日※［氏／一］流佐太乃岡邊尓群居乍吾等哭涙息時毛無

あさ日てる佐太の　八雲抄佐田のをか大和云々是も皇子の御所作有へし朝日の照につけても日並のみこを思ひ出けん餘情有て哀也

178　みたちせし嶋を見る時にはたつみなかるゝなみたとめそかねつる

　　　御立為之嶋乎見時庭多泉流涙止曽金鶴

みたちせし嶋を見る時　見安云みたちせしは宮の御所作したる所也和名云｜潦《ニハタツミ》音｜老《ラウ》雨ノ水也あめふる庭の水なれはなかるゝといはん枕詞にをく也嶋をみるとは嶋の宮同所也

　

　

179　たちはなのしまのみやにはあかすかもさたのをかへにとのゐしにゆく

　　 橘之嶋宮尓者不飽鴨佐多乃岡邊尓侍宿為尓徃

橘のしまのみや　八雲抄に嶋の宮と同所のよし見ゆ宮の御在世におはせし所なれはこゝにはあかす悲しく離れて思ひも懸ぬ佐太の廟のとのゐすると歎く心なるへし

180　みたちせし嶋をも家とすむ鳥もあらひなゆきそとしかはるまて

　　　御立為之嶋乎母家跡住鳥毛荒備勿行年替左右

みたちせししまをも　せめて今年はかりはここをあらし果そと也鳥もといふに人々をもこめて也

181　みたちせししまのあら礒けふみれはおひさりし草おひにけるかも

　　　御立為之嶋之荒礒今見者不生有之草生尓來鴨

みたちせししまの　宮の池の礒を嶋といふより荒礒と云也八雲抄に池にも礒よめりと云々

182　とくらたてかひしかりのこすたちなはまゆみのをかにとひかへりこね

　　 鳥※［土＋寺］立飼之雁乃兒栖立去者檀岡爾飛反來年

とくらたてかひしかりのこ　鳥塒は垣をして鳥をすます所也鴈のこもすたちゆかは弥皇子の御所荒なんか悲しきに御廟の邊に飛歸りこよと也

183　わかみかとちよとことはにさかへんとおもひてありしわれしかなしも

　　　吾御門千代常登婆尓將榮等念而有之吾志悲毛

わかみかと千代とことはに　吾御門は此舎人等か守し皇子の宮門をいふなるへし主君の門なれは云にや吾しのしは助字也

184　ひんかしのたきのみかとにさふらへときのふもけふもめすこともなし

　 　 東乃多藝能御門尓雖伺侍（イさもらへと）昨日毛今日毛召言毛無

ひんかしのたきのみかと　見安云東の瀧の御門非ス2名所ニ1御門に瀧のおちたる所也愚案舎人等のとのゐする所なるへし此哥の心は彼人丸のなか哥に御言とはせす日月のあまたになりぬれはといへるに同心成へし可見合

　

　

185　水つてのいそのうらはのいはつゝしこくさく（仙もくさく）みちをまたも見んかも

　　 水傳礒乃浦廻乃石乍自木丘開道乎又將見鴨

水つてのいそのうらわ　水傳礒見安云名所也八雲抄ニ水傳の礒の浦紀伊国と有是も皇子の庭の池を其名所のさまに作給ひしをよむにや　仙抄云此第四句古点はこくさく道をと点其心を得すもくさく道をと和すへしもくさくとはしけく也愚案こくさくは色こく咲にて義明らか也古点を可用歟又夫木抄ニ後九条殿「秋の日の礒の浦わのあま人は菊咲道に塩やくむらんとあるは此本哥とり給へりと見ゆるに木丘開をきくさくとよみ給ふにや不審なるへし

　

　

186　ひとひにはちたひまいりしひんかしのたきのみかとをいりかてぬかも

　　 一日者千遍参入之東乃太寸御門乎入不勝鴨

ひとひにはちたひまいりし　皇子おはせし世にはしけくまいりし物を今は入もあへす悲しき心なるへし

187　よしもなくさたのをかへにかへりゐはしまのみはしにたれかすまはん

　 　 所由無佐太乃岡邊尓反居者嶋御橋爾誰加住舞無

よしもなくさたの　嶋は皇子の古御所佐太は御廟所なるへし舎人等か番所あるにかひなき殿居なれはよしもなくと云也かへりゐは番に替りゐる者の嶋の宮よりかへりゐる心なるへし

　

　

188　あさくもり日の入ゆけはみたちせししまにおりゐて歎きつるかも

　　　旦覆日之入（イくれ）去者御立之嶋尓下座而嘆鶴鴨

あさくもり日の入　日のわかみこの隠れ給ふをあさくもりに入し日に准《ナソラ》へて歎く心也

189　あさひてるしまのみかとにおほつかなひとをともせすはまうらかなしも

　　　旦日照嶋乃御門尓欝悒人音毛不為者真浦悲毛

あさ日てる嶋の　まうら悲もはまことにうら悲しき也見安には我ら悲き也云々如何

190　まきはしらふとき心はありしかとこのわか心しつめかねつも

　　　真木柱太心者有之香杼此吾心鎮目金津毛

まきはしらふとき　ふとき心は勇ある心也皇子の別に日比の勇もうせて歎く心也

191　けころもをはる冬まけてみゆきせしうたのおほ野はおもほえんかも

　　　毛許呂裳遠春冬（イとし）片（イナシ）設（カタマケ）而幸之宇陀乃大野者所念武　　　鴨

けころもを春冬　見安云｜褻晴《ケハレ》のけ也まけてはかけて也云々八雲抄に宇陀大野大和け衣を春冬まけてと書添させ給ふは此哥也或説にとしかたまけてと和す用ましきにや哥の心はけ衣をは春といはん枕詞也春冬かけて皇太子のみゆきし給へるを此野はおほえてあるらんと也

　

　

192　あさひてるさたのをかへになく鳥の夜なきかへさふこのとしころを　

　　　朝日照佐太乃岡邊尓鳴鳥之夜鳴變（かへ）布（仙而布てふ）此年已呂乎

朝日てる佐太のをかへ　第四句變布をかへさふと古點に和ス仙點は變而布とあるをかへてふとよめり心は彼舎人等佐太の岡へのとのゐして行かよふ事の飛鳥なとの夜明れはなきて歸るに似たるとよめる也云々愚案此説難信用歟只古点夜鳴かへさふを用へし鳴鳥のは夜鳴をいはん枕詞也かへさふはかへさふする儀也此佐太の岡にて日並のみこをしたひ申て此としころを夜鳴かへさふしてなきあかすと也

　

　

193　やたこらかよるひるといはすゆくみちをわれはさなからみやちとそする

　　 八多篭良我夜晝登不云行路乎吾者皆悉宮道叙為

やたこらか　八※［しんにょう＋只］子等也大夫と同但見安には云｜奴《ヤツ》はら也愚案佐太岡邊に宿直する人を云なるへし今やたこらか昼夜いはすとのゐしにゆく道を我は嶋の宮路と思ふと也思ひの外に皇子のかくれさせ給ひて心ともなき所に人々との居するにあきれて皇子猶御在世にて嶋の宮路行人々と思ふ心なるへし

　

　

　

　獻《タテマツル》2泊瀬部皇女《ハセヘノヒメミコ》忍坂部《ヲシサカヘノ》皇女ニ1歌一首并短歌【泊瀬部ノ皇女忍坂部ノ皇女并ニ天武天皇ノ子　或ハ曰ク葬ル2河嶋ノ皇子ヲ越智野《ヲチノニ》1之時獻ル2泊瀬部皇女ニ1歌也ト日本紀ニ曰朱鳥五年辛卯秋九月己巳朔丁丑浄大参皇子川嶋薨】

　

　

　　　柿本朝臣人麻呂

泊瀬部　川島の妻也　浄大参　天武の朝の爵位十二階の内なり川島皇子は天智天皇のみこ也持統天皇の朱鳥五年正月増封為百戸と日本紀卅卷にあり

194　とふとりのあすかのかはののほりせにおふる玉もはくたりせになかれふれふる玉もなすかよりかくよりなひきあひしいものみことのたゝなつくやははたすらをつるきたち身にそへねゝはぬはたまのよとこもあるらん　一云かれなん　そこゆへになくさめてけるしきもあふやとゝ思ひて　一云きみもあふやと　玉たれのこすのおほ野のあさ露にたまもはひつち夕きりに衣はぬれて草枕旅ねかもするあはぬ君ゆへ

　

　

　　飛鳥明日香乃河之上（イかみつ）瀬尓生玉藻者下（イしもつ）瀬尓流觸經玉藻成彼依此依靡相之嬬乃命乃多田名附柔膚尚乎劔刀於身副不寐者烏玉乃夜床母荒良無　何礼奈牟　所虚故名具鮫魚天氣留敷藻相屋常念而　公毛相哉登　玉垂乃越（イをち）乃大野之旦露尓玉裳者泥打夕霧尓衣者沾而草枕旅宿鴨為留不相君故

　

とふとりのあすか　飛鳥をあすかとよむ故に枕詞によめり大和名所次に玉も成をいはんとて讀出上古の哥の躰也

玉藻成　藻のとかく依《ヨリ》なひくやうになひきあひしとの心也

いものみこと　かしつく詞也

たゝなつく　見安云なつきしたしむ心也やははだやはらかなる肌を身にそへぬと也【一説たゝなはりつく心也】

つるきたち　剱刀は身の守りに持物なれは身にそへといはん枕詞也仙曰剱刀は二ツにはあらさるかうらうへにはつきて剱《ケン》のことくなるをつるきたちといふ也愚案たゝなつくといふより身にそへねゝはといふ迄の心は川嶋皇子隠給ひて此嬬の命泊瀬部皇女皇子の肌も身にそひね給はねはといふ也

　

そこゆへに　見安云其ゆへにと云也　なくさめてけるしきもあふやとゝは藻は裳也裳を敷てねる宿といはんとてしき藻あふと云也夜床あれてさひしきなくさめに二人しきあひたる宿とおもひ准へて皇子を葬りし越智野に旅ねし給ふらん別てあはぬ君ゆへにとの心なるへし玉たれのは鉤簾といひかけてこすの大野をいはん枕詞也イをち野は簾の緒とそへしにや　玉藻は玉裳也いものみことはせへの皇女裳をひちぬらし給ふ事を云也ひつちはひたし也ひちといふも心おなし

　

195　しきたへの袖かへしきみ玉たれのこす野をすきて　一云をちのにすきて　またもあはめやも

　　　敷妙乃袖易之君玉垂之越（イをち）野過去　乎知野尓過而　亦毛將相八方

しきたへの袖かへし君　敷妙は枕にも衣にも袖にもいふ詞也只しく心也袖かへしとは袖うちかはす心也皇女と袖かはしそひね給へる川嶋皇子を君といふ也こす野を過ては葬送してこゝを過おはせし心也一云をち野にも同心也大和ノ同シ名所也

　

　明日香皇女《アスカノヒメミコ》木※［缶＋瓦］《コガメノ》殯宮《モカリノミヤノ》時作レル歌【一首并短歌　文武天皇四年夏四月癸未浄廣肆《ジヤウクハウシ》明日香ノ皇　女薨ス天智天皇ノ之皇女也】

　

　

　　　柿本朝臣人麻呂

木※［缶＋瓦］　大和也皇女の宮所か

浄廣肆《ジヤウクハウジ》　是も天武帝の時の十二階の爵位のうち也

196　とふとりのあすかのかはののほりせにいは橋　一云いはなみ　わたしくたりせにうちはしわたしいは橋の　一云いはなみ　おひなひかせる玉もこそたゆれは生るうち橋のおふるをすれるかはももそかるれははゆるなにしかもわかおほ君のたちたれは玉ものことくころふせは川ものことくなひきあひしよろしき君かあさみやを忘給ふやゆふみやをそむき給ふやうつそみとおもひし時のはるへには華折かさし秋たてはもみちはかさし敷妙の袖たつさはりかゝ見なす見れともあかすもち月のましめつらしみおもほえしきみととき／＼みゆきしてあそひ給ひしみけむかふこかめの宮をとこみやとさため給ひてあちさはふまこともたえぬしかあるかも　一云そこをしも　あやにかしこみぬえ鳥のかたこひつま　一云しつゝ　朝鳥の　一云朝霧　かよひし君か夏くさのおもひしなへてゆふつゝのかゆきかくゆきおほふねのたゆたふみれはおもひやるこゝろもあらす其故をすへもしらしやをとのみも名のみもたえすあめつちのいやとをなかくおもひゆかんみなにかけせるあすかかはよろつよまてにはしきやしわかおほきみのかた見かこゝも

　

　

　　飛鳥明日香乃河之上（かみつイ）瀬石橋渡　石浪　下（イしもつ）瀬打橋渡石橋　石浪　生靡留玉藻毛叙絶者生流打橋生乎為礼流川藻毛叙干者波由流何然毛吾王乃立者玉藻之如許呂臥者川藻之如久靡相之宣君之朝宮乎忘賜哉夕宮乎背賜哉宇都曽臣跡念之時春都者花折挿頭秋立者黄葉挿頭敷妙之袖携鏡成雖見不厭三五月之益目頬染所念君與時時幸而遊賜之御食向木※［缶＋瓦］（イきへ）之宮乎常宮跡定賜味澤相目辭毛絶奴然有鴨　所巳乎之毛　綾尓憐（イめくはし）宿兄鳥之片戀嬬　為乍朝鳥　朝霧徃來為君之夏草乃念之萎而夕星之彼徃此去大船猶豫不定見者遣悶流情毛不有其故為便知之也音耳母名耳毛不絶天地之弥遠長久思將徃御名尓懸世流明日香河及萬代早布屋師吾王乃形見何此焉

　

　

とふとりのあすかの　此詞も下の玉藻もそ絶れは生る川藻もそ枯れは生るなといはんとて讀出し詞也

うち橋わたし　板をうちわたしたる橋也せの山いもの山にも渡すと有

おふるをすれる　生る事をすると云心也

川藻もそ　川の藻也玉藻もかはもも枯れは生るに此皇女はふたたひ見え給はぬとの心也　吾おほきみのたちたれは　あすかの皇女のこゝを立さり給ひたれはと也

ころふせは　見安云ころひふす也仙同義仙曰ころと云はころふと云詞也川藻の水にしたかひてこなたかなたになひくをころふといふ

朝宮を忘給ふや　薨シテ朝夕住給ふ所におはせぬ事をいはんとて也

うつそみ　現身也皇女の御在世の時を云也

鏡なす　見るの枕詞也

もち月　益珎の枕詞也望月適ある故也

君と時々　清て讀也仙曰折節に随ひての心也

みけむかふこかめイきへ　※［缶＋瓦］は酒漿を盛《モル》器也御膳の時にもちゆる物なれは木※［缶＋瓦］をいはんとて御食向《ミケムカフ》といふ也

とこ宮　殯宮をもかくいふなるへし奧にも城上の宮をとこ宮と有

あちさはふ　采葉見安等云あぢはふる也愚案甘を甘と知辛を辛と知は誠なれは誠の枕詞也御食向《ミケムカフ》木※［缶＋瓦］の宮といひし名残に味さはふまことも絶ぬとよみて今皇女うせ給ひて物をもの給はぬ事を云日本紀ニまこと不問《トハス》とある詞と同義也

　

　

しかあるかもあやに　しかあるかもはさやうにあるか也あやにはあやにくに也かしこみはたふとむ心也イめくはしとよむはあはれむ心也

ぬえ鳥のかたこひつま　鵺は妻こふる鳥にや前にも家にある妹を戀忍ふ事をよむ哥にぬえこ鳥うらなきをれはと有朝鳥のはかよひしといはん枕詞也かた戀つまもかよひし君もなきといひかけて夏草のおもひしなへてとつゝくる也なつくさは照日にしほるゝをそへて也かたこひつまもかよひし君も皆皇女をいふなるへし心はしかあれはあやにかしこくたつとき皇女もおはしまさねは思ひしほるゝとの心也

　

　

夕つゝ　和名云大白星一名は長庚暮ニ見ル2於西方ニ１為ス2長庚ト1此間ニユウツゝト云云々夕暮に西に出さまよふ星なれはかゆきかくゆきといはん枕詞に置也

大船のたゆたふ　あすか河の舟のとゆきかく行きたゝよふを見る様也

こゝろもあらす　心もあられす也前に戀つゝあらすはといへるに同し詞也

すへもしらしや　しの字清てよむへしすへもしらんや也其故のすへもしらすといふ心也をとのみも名のみも絶すとは音も名も皆絶さるといふ詞也名聲とて其名の高き其世のきこえをいふ也死後の哀を云也

　

　

あめつちの　天地は長久なる物なれは枕詞に置て此あすかの皇女の御事を弥遠く長く思ひ忘ぬ事を云也思ひゆかんは末かけていふ詞也

御名に懸せる　皇女の御名をあすかといへは也

はしきやし　はしきよしと同やとよと五音通袖中抄云萬葉抄云はしきよしとは帝のもとへ人のまいるを云也今案に朝参と書てはしきよしとよみたれは云なめり是迄袖中抄愚案萬代まてにはしきやしとは吾おほきみといはんとていひたる詞也かたみかこゝもとは遠く長く思ひ行へき皇女の名のあすか川なれはこゝも皇女の形見かと也

　

　

　反歌イ短歌二首

197　あすか川しからみわたしせかませはなかるゝ水ものとにかあらまし　一云水のよとにかあらまし

　　明日香川四我良美渡之塞益者進留水母能杼尓賀有（けから）萬思　水乃与杼尓加有益

あすか川しからみ渡し　柵は水をせく物なり仙曰のとにかあらましとは長閑にあらんと云に同愚案定家卿はのとけからましと和し給ふ尤可用之水も長閑ならんに此皇女はとめ難しと也

　

　

198　あすか川あすたに　一云さへ　見んとおもふやも　一云おもふかも　わかおほ君のみ名わすれせぬ　一云御名わすられぬ　

　　　明日香川明日谷　左倍　將見等念（イおもへ）八方　念香毛　吾王御名忘世奴　御名不所忘

あすか川あすたにみん　皇女の御名の忘られねは此飛鳥河をけふもあすも猶いつまてもみんと思ふと也｜念八方《ヲモフヤモ》定家の和可用之仙思へや不用

　

　高市皇子尊《タカイチノミコノミコト》城上《キノカミノ》殯《モカリノ》宮ノ時作レル歌一首并短歌【日本紀ニ曰持統天皇十年丙申秋七月辛丑朔庚戌後ノ皇子ノ尊薨ス】　　　　　　　　　　　　　　　　柿本朝臣人麻呂

　

　

199　かけまくもゆゝしきかも　一云ゆゝしけれとも　いはまくもあやにかしこきあすかのまかみのはらに久かたのあまつみかとをかしこくもさため給ひてかみさふといはかくれますやすみしるわかおほきみのきかしみしそとものくにのまきたてるふはやまこえてこまつるきわさみかはらのかりみやにやすもりましてあめのしたおさめ給ひし　一云はらひ給ひて　をしくにをしつめ給ふと鳥かなくあつまの国のみいくさをめし給ひつゝちはやふる神をなごしとまつろはぬ国をおさむと　一云掃部等（ハラフト）　わかみこのまゝにたまへはおほ御身にたちとりはかしおほみ手に弓取もたしみいくさをあともひ給ひとゝのふるつゝみのこゑはいかつちのこゑときくまてふきなせるをつのゝこゑもあたみたるとらかほゆるともろ人のをびゆるまでに　一云きゝまとふまて　さしあくるはたのなひきは冬こなり春さりくれはのへことにつきてある火の　一云冬こなり春野やく火の　風のむたなひくかことくとりもたるゆはすのうこきみ雪ふる冬のはやしに　一云ゆふの林　あらしかもいまきわたるとおもふまてきゝのかしこく　一云もろ人の見まとふまてに　ひきはなつやのしけらけくおほゆきのみたれてきたれ　一云みそれなすうちよりくれは　まつろはすたちむかひしもつゆしものけなはけぬへくゆく鳥のあらそふはしに　一云朝霜のけなはけぬてふ　うつ蝉とあらしふはしにわたらひのいつきの宮ゆ神かせにいふきまとはしあま雲をひのめも見せすとこやみにおほひ給ひてしつめてしみつほのくにを神のまにふとしきましてやすみしるわかおほきみのあめのしたまうし給へはよろつよにしかしもあらんと　一云かくしもあらんと　ゆふはなのさかゆるときにわかきみのみこのみかとを　一云さす竹のみこのみかとを　かんみやにかさりまつりてたてまたすみかとの人も白たへのあさのころもきはにやすのみかとのはらにあかねさすひのつくるまてしゝし物いはひふしつゝぬは玉のゆふへになれはおほとのをふりさけみつゝうつらなすいはひもとをりさもらへとさもらひえねはうくひすのさまよひぬれはなけきもいまたすきぬにおもひもいまたつきねはことうへくくたらのはらにたまはふりはふりいましてあさもよひきのかみの宮をとこみやとたかくしたてゝかみのまにしつまりましぬしかれともわかおほきみのよろつよとおもほしめしてつくらしゝかくやまのみやよろつよにすきんとおもへやあめのことふりさけ見つゝ玉たすきかけてしのはんかしこけれとも

　

　

　　掛文忌之伎鴨　由遊志計礼抒母　言久母綾尓畏伎明日香乃真神之原尓久堅能天都御門乎懼母定賜而神佐扶跡磐隠座八隅知之吾大王乃所聞見為背友乃國之真木立不破山越而狛劔和射見我原乃行宮尓安母理座而天下治賜　拂賜而食國乎定賜等鶏之鳴吾妻乃國之御軍士乎喚賜而千磐破人乎和為跡不奉仕國乎治跡　掃部等　皇子（由阿すめみこに）随任（由阿まかせ）賜者大御（イヲシ）身爾太刀取帶之大御手尓弓取持之御軍士乎安騰毛比賜齊流鼓之音者雷之聲登聞麻低吹響流小角乃音母　笛之音波　敵見有虎可叫吼登諸人之脅流麻低尓　聞惑麻低　指擧有幡之靡者冬木成春去來者野毎著而有火之　冬木成春野焼火乃　風之共靡如久取持流弓波受乃驟三雪落冬乃林尓　由布乃林　飄可毛伊卷渡等念麻※［氏/一］聞之恐久　諸人見惑麻低尓　引放箭廿繁計久大雪乃乱而來礼（イくれは）　霰成曽知余里久礼婆　不奉仕立向之毛露霜之消者消倍久去鳥乃相競端爾　朝霜之消者消言（イ乍）打蝉等　　安良蘇布波之尓　渡會乃齊宮從（イに）神風尓伊吹惑之天雲乎日之目毛不令見常闇尓　覆賜而定之水穂之國乎神随太敷座而八隅知之吾大王之天下申賜者萬代然之毛將有登　如是毛安良無等　木綿花乃榮時尓吾大王皇子之御門乎　刺竹皇子御門乎　神宮尓装束奉而遣使御門之人毛白妙乃麻衣著垣（イうへ）安乃御門之原尓赤根刺日之盡鹿自物伊波比伏管烏玉能暮尓至者大殿乎振放見乍鶉成伊波比廻雖侍候佐母良比不得者春鳥（イはるとり）之佐麻欲比奴礼者嘆毛未過尓憶毛未盡者言右敝久百濟之原從神葬葬伊座而朝毛吉木上（イうへの）宮乎常宮等高之奉而神随安定座奴雖然吾大王之萬代跡所念食而作良志之香來山之宮萬代尓過牟登念哉天之如振放見乍玉手次懸而將偲恐有騰文

　

　

かけまくもゆゝしきかも　かけていふも忌はしきと也

あやにかしこき　あやにくにおそれかましきと也

まかみかはら　八雲抄に大和と云々日本紀廿一ニ蘇我ノ馬子始作2法興寺ヲ1此地ヲ名ク2飛鳥ノ真神カ原ト1云々名有v故

久かたのあまつみかと　八雲抄に天の久しくかたしと云也云々愚案天の久遠なる事也天つ御門は天武天皇の内裏を貴《タツト》みて云也飛鳥清見原宮といふ是也真神原もあすかなれは也

　

　

神さふといはかくれます　神さひしつまりまします也

きかしみし　聞見給ふ也しろしめすといふと同し

そともの国　外國《トツクニ》といふかことし外の国也日本紀に山陰道をそとものみちと云は別の事也

真木たてる不破山　美濃国也真木多かりしにやこゝにふは山こえてこまつるきわさみかはらのかりみやにやすもりましてとよめる心は彼大伴皇子の謀害の心有て国々の兵をあつめ給ふ事を天武天皇聞召て吉野の宮を出て東国にいらせ給はんとする時高市皇子の奏言によりて不破に入せ給ひわさみにおはしましたる事也日本紀廿八ニ曰ク丁亥高市皇子｜遣《ツカハシテ》2使ヲ於桑名ノ郡家ニ1以奏言スラク遠2居《トヲサカリハヘリテ》御《ヲハシマス》所ニ1行フニv政ヲ不便ナリ宜v御《ヲハシマス》2近キ所ロニ1即日ニ天皇留《トヽメテ》皇后ヲ1而入リタマフ2不破ニ１又戊子天皇往テ2和※［斬／足］《ワサミニ》1検2校《カンカヘテ》軍ノ事ヲ1而還ル巳丑天皇往テ2和※［斬／足］ニ1命シテ2高市皇子ニ1號2令《ノリコトス》軍ノ衆《モロヒトニ》1この時高市皇子わさみにおはしましたり

　

　

こまつるきわさみ　仙曰高麗のつるきはほこさきに枝有てわざわさしけなれはかくつゝけたり采葉には高麗人の劔は輪ある故と云々

かりみやにやすもりまして　行宮とてかりに作れる御所也やすもりましてはやすまりまして也しはらくこゝに休ませまします也

おさめ給ひし　此しは助字也おさめ給ひしつめ給ふといふ事まて也

をしくに　見安云食國帝王のしろしめす国といふ也

鳥かなくあつまの国のみいくさをめし給ひつゝ　美濃尾張の軍兵をめしあつめらるゝ事也日本紀廿八ニ曰ク先遣シテ2高市皇子ヲ於不破ニ1令v監《ミセ》2軍事ヲ1遣シテ2山｜背部《シロヘノ》小田《ヲタ》・安斗連《アトノムラシ》阿加布《アカフヲ》1發《ヲコサシム》2東海ノ軍ヲ1又遣シテ2稚《ワカ》櫻｜部《ヘノ》臣《ヲンノコ》五百瀬《イヲセ》土師連《ハジノムラジ》馬手《ウマテヲ》1發シム2東山ノ軍ヲ１云々とりかなくあつまの事袖中抄云玄中記ニ曰東南ニ有2桃都山1上ニ有2大樹1曰《イフ》2蟠桃ト1枝相去コト三千里上ニ有2天鶏1日初テ出テ照スニ2此木ヲ１天鶏即鳴ク天下ノ鶏皆随フv之ニ今案東南天鶏初てなくに天下の鳥みななくといへは東国を鳥かなくあつまといへりあつまは日本武尊弟橘媛か情をしたひ給ふ故にうすひの嶺にのほりて東南《タツミ》の方をのそみて吾嬬者耶《ワカツマハヤ》との給ふ故に山の東の諸国を号して吾嬬《アツマノ》國といふ畧注日本紀七ニ委吾妻の里とて上野ニ在

　

　

ちはやふる人《カミ》をなこしとまつろはぬ　仙曰人の字かみとよむへき也日本記第一ニ便《スナハチ》為《ナル》2化人《カミト》1号《マウス》2國常立尊ト1案なこしとは和の字也和順せしむる儀なるへしとは助字也まつろはぬは日本紀に不順と書したかはぬ事也こゝには不奉仕と書古点にはつかへさると讀り義明也

　

　

わかみこのまゝに給へは　仙点也　由阿はすめみこにまかせ給へはとよむ義は同采葉云是は高市皇子武勇闘戦に達して兵機を提ケ礼法をつまひらかにし給ふ事也云々愚案是は天武高市に軍事を授け任給ふ事なり日本紀廿八曰天皇謂テ2高市ノ皇子ニ1曰其近江ノ朝ニハ左右ノ大臣及ビ知謀《カシコキ》群臣｜共《トモニ》定《サダム》v議ヲ今朕ハ無2與ニ計ルv事ヲ者1唯有ル2幼小孺子1耳《ノミ》奈《イカ》v之何ン皇子　攘《カイハツリ》v臂《タヽムキヲ》按シテv劔ヲ奏言スラク近江ノ群臣雖トモv多シト何ソ敢テ逆《ムカヘンヤ》2天皇ノ之霊ニ1哉天皇ハ雖トモv獨ト則臣高市｜頼《タノミ》2神祇《カミノ》之霊《ミタマヲ》請テ2天皇ノ之命ヲ1引2率《ヒキイ》諸將ヲ1而｜征討《ウタン》豈有ンヤv距コト乎爰ニ天皇｜誉《ホメテ》v之｜携《トリテ》v手ヲ撫《ナテヽ》v背ヲ曰ク慎ンテ不ストv可v怠ル因テ賜ヒ2鞍馬ヲ1悉クニ授テ2軍ノ事ヲ1則還《カヘラシム》2和※［斬／足］ニ1云々此哥此古事を讀也

　

　

おほみ身に　見安云御身也　太刀とりはかし帯《ハ》く也太刀取はき也掃も持也

あともひ給ひ　仙曰いまはと思ひ給ひ也愚案師説あともひはあつめ給ふと云也

とゝのふるつゝみの　仙曰凡何事にも鼓をうつ事は時よく成にたりとあまねく告催してとゝのふるはかり事也采葉云凡軍ノ象《カタチハ》如ク2雷霆1如2風雲ノ1と云

ふきなせる小角《ヲツノ》の　角は軍器也胡国のえひす是を吹て中国の馬を驚すといへり黄帝※［山／上］尤とたゝかふとき角を吹て竜鳴をなしてふせくともいへり日本紀廿九曰天武天皇十四年十一月詔シテ2四方ノ國ニ1大角《ハラ》小角《クタ》和名云兼名苑云角ハ本出ツ2胡中ニ1或は云出テ2呉越1以象ル2龍吟ニ1也｜大角《ハラノフエ》小角《クタノフエ》

　

　

あたみたる　見安云おそろしき也愚案源氏玉葛卷ニあたまれとあるに同

もろ人のおひゆる　脅流《ヲヒユル》采葉云此うたのこゝろは唐の兵機を思ひて讀也其故は呉子《ゴシ》ニ曰夫※［鼓／旱］《ヒコ・フリツヽミ》鼓｜金鐸《キンタクハ》所2以ニ威《ヰスル・ヲトス》1v耳ヲ旌旗毛幟所2以威v目ヲ云々

　

　

風のむたなひくか　幡のひらめくは野火の風とともになひく如くと也

いまきわたると　卷渡る也伊は助語也弓弭のうこくは雪林の嵐に卷渡るかとおもふまてありしと也

きゝのかしこく　矢さけひの音の聞に恐有也一云諸人の見惑迄には弓はすを嵐のまきわたると見惑迄にと也

しけらけく　茂く也

みたれてきたれ　きたれは也一云よりくれはと云也

まつろはす立むかひしも　此高市の軍に對して天皇に順ひ奉らす敵たい立むかひしも露霜の消は消よと戦《タヽカヒ》しと也

ゆく鳥のあらそふはしに　鳥のつゝきあふ嘴《ハシ》にを橋といひかけて渡らひのとつゝけられしにや鳥の啄争《ツヽキアラソフ》を軍の戦｜闘《アラソ》ふにそへて云か

わたらひのいつきの宮ゆ　度會は伊勢の内外宮おはします郡の名なり神名秘書ニ曰度會ノ郡ハ者大国玉ノ神奉ルv迎《ムカヘ》之時以2梓弓1為シテv橋ト度スv之ヲ爰ニ大国玉ノ神｜佐々良《ササラ》姫参來テ迎2相《ムカヘアフ》繼橋岡本村《ツキハシヲカモトノムラニ》1自v尓シ度2會《ワタリアフ》焉《コヽニ》1因以為v名也　いつきのみやゆはより也

　

　

いふきまとはし　天雲を吹まとはし也伊は助字也天皇の威神力皇子の軍功にて近江の諸軍を退治し給へる事をいふ詞也日本紀を案るに天武天皇吉野を俄に出給ひて軍士を召んとて伊賀の国をへて伊勢におはすほと軍士あまたしたかへり朝明《アサケノ》郡｜迹大《トヲノ》川邊におゐて天照太神を望み拝ませ給ふ事あり水鏡にもこのことをかけりこれより弥御軍士つき奉り終に御運を開かせ給へは神明の御力もそふにてかくよめるにや

　

　

水穂の国を神のまに　日本國をかみのまゝにしつめ給と也ふとしきは領スル心也

あめのしたまうし給へは　申は容舒也ゆるやかなる心也天下をゆるやかにし給ふ也

よろつよにしかしも　萬歳まてもしかゆるやかにあらんとみこの功を楽《タノシミ》栄ルと也

ゆふ花　見安云木綿花といふ木あり花は如2芙蓉《フヨウノ》1實ハ如シ2朱杯子ノ1云々童蒙にも有

みこのみかと　高市の門也かく楽み栄る時に此みこ薨て神宮に錺《カサリ》奉ルと也

たてまたす　つかふまつる心也御門の人もとのゐ人も凶服のさま也

はにやすの　見安云所の名也八雲抄にはうへやすと有おなし事なるへし

日のつくるまて　ひねもすにはひふして仕へまつる也鹿自物は鹿也はひふすの枕詞也伊は助字也前に鴨自物といへるたくひ也

うつらなすいはひもとほり　鶉はひありけは是は枕詞也彼御門守人夕になれは御殿を守りはひもとをり侍ふと也是殯のほとの事也

さもらひえねは　殯宮にも限り有て侍ひえねは葬送し奉る心也

鴬のさまよひ　鴬は鳴て吟《サマヨ》ふ物なれはさまよふの枕詞也なけきも未過にとは歎もいまたつきぬにといふ心也すとつと五音通する也

ことうへく　事可得也かくてのみ歎きも思ひもつきねはいかゝはせんに事の當然にてくたらの原に葬送すると也百済原摂津百済野か

あさもよひ　紀伊国にかきらすきといはん枕詞也城上《キノカミ》シキノカミ上畧して云

とこみやとたかくしたてゝ　御廟所と貴み奉りて也高くは貴む也しは助字也

神のまに　神霊のまゝに也

しかれともわかおほきみの　今皇子薨しても御母持統帝おはしませは是より聊祝言をいへり悼の物の一體にや

かく山のみや　采葉云香具山宮は藤原宮御宇天皇持統の離宮と見えたり

よろつよにすきんと　かく山の宮は萬歳にも過て久しからんと思へと也

かけてしのはんかしこけれとも　おそれなから此かく山の宮を天の如く仰き見奉て高市皇子の愁嘆を堪《タヘ》忍んと也

　反歌イ短歌二首

200　久かたのあめにしらるゝ君ゆへに日月もしらすこひわたるかも

　　　久堅之天所知（定家卿しほるゝ）君故尓日月毛不知戀渡鴨

久かたのあめに知るゝ　仙抄裏書云あめにしらるゝとは死ては天に上ると云歟愚案定家卿はあめにしほるゝと和給ふ本の異か魂は天に歸する心にや

201　はにやすの池の堤のかくれぬのゆくゑをしらすとねりはまとふ

　 　埴（イうへ）安乃池之堤之隠沼乃去方乎（定も）不知舎人者迷惑

はにやすの池の堤　仙曰埴安は大和にあり沼とは末の流ぬをいへはかくれぬの行ゑもしらすとよそふる也愚案序哥也ゆくゑを知す舎人はまとふとは君なくて御門守の人々の迷惑する心也長哥にさもらひえねは鴬のさまよひぬれはと云心也定家卿はゆくゑもしらすと和し給ふ本の異にや

　

　

202　なきさはのもりにみはすへいのれともわかおほきみはたか日しられぬ

　　　哭澤之神社尓三輪須恵雖祷祈我王者高日所知奴

　　　　　此一首類聚歌林曰檜隈《ヒノクマノ》女王怨《ウラメル》2泣澤《ナキサハノ》神社ヲ1歌也

なき沢のもりに　仙曰哭沢の森紀伊国也みわは酒也高日しられぬは先にあめにしらるゝといひし哥の如シ見安云高日知れぬ人の死ぬるは天命とて天に知るゝを申也愚案畢ぬにや祈つるかひもなく皇子の魂｜歸《キシ》2溟漠《メイバクニ》1たりと歎心也　

　

　

　

　但馬《タシマノ》皇女薨シテ後冬｜雪《ユキフル》日｜遙《ハルカニ》望テ2御｜墓《ハカヲ》1悲傷《カナシミイタミタル》御歌一首　　穂積皇子

但馬皇女　天武皇女母は大職冠ノ女穂積親王姉

穂積　天武ノ皇子　知太政官事　母｜蘇我赤兄《ソカノアカエ》大臣ノ女

203　ふる雪はあはになふりそよこもりのゐかひのをかのせきにせまくに

　　　零雪者安播尓勿落吉隠之猪養乃岡之塞為卷尓

ふる雪はあはになふりそ　あはにとは淡に也消安き淡雪にはなふりそ降つもれ此岡の関にして但馬皇女をとめんと也よこもりはゐかひの枕詞也猪養岡は八雲抄に大和云々愚案此をかに皇女の墓あるか見安云猪はかるもかくとてもを身にかけて臥を夜隠《ヨコモリ》の猪とつゝくる也

　

　

　

　弓｜削《ゲノ》皇子薨シ時ノ歌【一首并ニ短歌　文武天皇三年秋七月癸酉浄ウ廣ウ貮《ジ》弓削皇子薨】　　　　置始東人《ヲイソメノアツマヒト》

弓削皇子　天武皇子

204　やすみしるわかおほきみのたかてらすひのわかみこはひさかたのあめのみやに神のまにかみといませはそれをしもあやにかしこみひるはも日のつきよるはも夜のつきふしゐなけゝとあきたらぬかも

　

　

　　安見知之吾王高（たかく）光（てる）日之皇子久堅乃天宮尓神随神等座者其乎霜文尓恐美晝波毛日之盡夜羽毛夜之盡臥居雖嘆飽不足香裳

あめの宮にかみのまに　弓削皇子を高く照ル日のわかみこといへる首尾に天宮に神位のまゝに神と成給ふと云也是も魂は溟漠に歸する心にや

　反歌

205　おほきみは神にしませはあまくものいをへのしたにかくれたまひぬ

　　　王者神西座者天雲之五百重之下尓隠賜奴

おほきみは神にしませは　長哥に神といませはといへるに同いをへは千重五百重なと皆ふかき心也

206　さゝなみのしかさゝれ波しく／＼につねにときみかおほしたりける

　　　神樂波之志賀左射礼（定ら）浪敷布尓（しきしくに定家卿）常丹跡君之所念有計類

さゝなみのしかさゝれ波　しく／＼にはしきる也とこ波とて波は常によせしきれはつねにといはん序に上句はいへり常にと思召たりしに無常の習悲しと也

　

　妻《ツマ》死テ後｜泣血哀慟《ナキカナシミテ》作レル歌二首并短歌　

　　柿本朝臣人麻呂

207　あまとふやかるのみちをはわきもこかさとにしあれはねもころに見まくほりすとやますゆかはひとめをおほみまねくゆかはひとしりぬへみさねかつらのちもあはんとおほふねの思ひたのみてかけろふのいはかきふちのかくれのみこひつゝあるにわたる日のくれゆくかことてる月の雲かくることおきつものなひきし妹はもみちはのすきていゆくと玉つさの使のいへはあつさゆみをとにきゝつゝ　一云をとのみきゝて　いはんすへせんすへしらにをとのみをきゝてありえねは　一云名をのみきゝてありえねは　わかこひのちへのひとへもおもひやるこゝろもあれやとわきもこしやますいて見しかるの市にわかたちきけはたまたすきうねひの山になくとりのをともきこえす玉ほこの道ゆき人もひとりたに似てしゆかねはすべをなみいもか名よひて袖そふりつる

　

　

　　天飛也軽路者吾妹兒之里尓思有者懃欲見騰不巳行者人目乎多見真根久徃者人應知見狭根葛後毛小相等大船之思憑而玉蜻磐垣淵之隠耳戀管在尓度日乃晩去之如照月乃雲隠如奥津藻之名延之妹者黄葉乃過伊去等玉梓之使之言者梓弓聲尓聞而　聲耳聞而　將言為便世武為便不知尓聲耳乎聞而有不得者　名耳聞而有不得者　吾戀千重之一隔毛遣悶流情毛有八等吾妹子之不止出見之輕市尓吾立聞者玉手次畝火乃山尓喧鳥之音母不所聞玉鉾道行人毛獨谷似之不去者為便乎無見妹之名喚而袖曽振鶴

　

　

あまとふやかるのみち　かる八雲云大和仙曰鳥にかるといふあれはあまとふやかるの道とつゝけたり見安云鴈の道也

見まくほりすと　見まくほしとてもと也

まねくゆかは　まなくゆかは也見安云隙なくゆかは也愚案妻の生ての世には人めをおもひてしけくも行かよはす今あはすは後にもあはんと頼て忍てあるほとに別しと也

さねかつら後もあはん　仙曰葛ははひこる時枝々わかるれと長くはひ行ほとに後にゆきあへはさねかつらのちもあはんとよそふ大船はさりともとたのもしき物なれはおほふねのおもひたのみてとよそふる也

　

　

かけろふの岩かき渕　かけろふはほのほ也此集に炎《カケロフ》の字を書火は石火とて石にあれはかけろふの岩とつゝくる也或はもゆるとつゝくるも此義也古事記ニ履中天皇かけろひのもゆる家むらともよませ給へり又春天の陽焔朝生夕死巨略蜻蛉等をもかけろふとよむ事あるは別物也所によりて用ゆへし岩垣渕とは岩の垣の如くめくれる陰の渕也岩隠の心に隠れのみとつゝくる也隠れのみは忍々の心也

　

　

わたる日のくれゆくかこと　女のうせたるをよそへいふ也紅葉ゝは過行といはん枕詞也　おきつものなひきし妹は　前に注したれは不及注

あつさ弓をとに聞つゝ　弓は弦音あれは音に聞つゝの枕詞也しらには不知也

をとのみを聞て有えねは　妹かうせたりと使のいひしをかく音にのみ聞ては心もとなく身もありえねは軽《カル》の市に立出て実否をよそなから立きけはとの心也

わか戀のちへのひとへも　是は女の日比いひし詞をいへるにや女の戀る千重の一重たに我を人丸の思ひやる心もあれやとて女の絶す出て見たりし軽《カル》の市へ人丸の出て立きけは女の声もきこえす道行人あまたが中に妹に似しもなしと也

　

　

妹か名よひて袖そふり　うせたる女を道に迷たるやうによひまねく心也切なる心なるへし　反歌

208　秋山のもみちをしけみまとひぬるいもをもとめん山路しらすも　一云みちしらすして

　　　秋山之黄葉乎茂迷流妹乎將求山道不知母　路不知而

秋山の紅葉を　此哥も長哥と同く秋山の紅葉しけさに迷ひうせたる妹を求ん道不知と也秋山の紅葉を茂みは時の景氣なるへし祇注同

209　もみちはのちりゆくなへに玉つさのつかひを見れはあひし日おもほゆ

　　　黄葉之落去奈倍尓玉梓（定家卿ほこの）之使乎見者相日（定も）所念

もみちばのちりゆく　長哥に紅葉ゝのちりていゆくと玉つさの使のいへはとの心なるへし折ふし紅葉のちるからに使も妹か過ゆきしといふを見れは懷旧の情おこると也逢し日とは妹に相し昔を思ひ出ると也

　

　

210　うつせみとおもひし　一云うつそみとおもひし　ときにとりもちてわかふたり見しわしりいてのつゝみにたてるつきの木のこち／＼のえの春の葉のしけきかことくおもへりし妹にはあれとたのめりしこらにはあれとよのなかをそむきしえねはかけろふのもゆるあら野に白たへのあまひれこもり鳥し物あさたちいまして入日なすかくれにしかはわきもこかかたみにをけるみとりこのこひなくごとにとりあたふ物しなけれはとりほしもわきばさみもちわきもことふたりわかねし枕つくつまやのうちにひるはもうらふれくらしよるはもいきつきあかしなけゝともせんすへしらにこふれともあふよしをなみおほ鳥のはかへの山にわかこふるいもはいますと人のいへはいはねさくみをなつみこしよけくもそなきうつせみとおもひしいもかかけろふのほのかにたにも見えぬ思ひは

　

　

　

　打蝉等念之時尓　宇都曽臣等念之　取持而吾二人見之趨出之堤尓立有槻木之巳知棋智乃枝之春葉之茂之如久念有之妹者雖有憑有之兒等尓者雖有世間乎背之不得者蜻火之燎流荒野尓白妙之天領巾隠鳥自物朝立伊麻之※［氏／一］入日成隠去之鹿歯吾妹子之形見尓置有若兒乃乞泣毎取與物之無者烏穂自物（イとりしもの）腋挟持吾妹子與二人吾宿之枕付嬬屋之内尓晝羽裳浦不樂晩之夜者裳氣衝明之嘆友世武為便不知尓戀友相因乎無見大鳥羽易乃山爾吾戀流妹者伊座等人云者石根左久見乎名積來之吉雲曽無寸打蝉等念之妹之珠蜻髣髴谷裳不見思者

　

　

うつせみと思ひし　うつくしと思ひし心也又は現身也云々猶うつくしといふを用へきか　取持て　夫婦と取持心也

わしりいての堤に　名所にあらす十三卷にもわしりいてのよろしき山とあるに同義にて堤をほめし詞也口訣

こち／＼の枝　盡《コト／＼》くの枝也おもへりし妹たのめりしこら皆彼女の事也非2二人ニ1也

世の中をそむきしえねは　無常の世の道理を背きえねはと也しは助字也

燎る荒野　火葬せん野也

あまひれ　天女の肩に紐のやうにて付し物也白妙の天領巾こもりとは死婦の衣裳なからあら野に出せし心也

鳥し物　鳥也朝立をいはん諷詞也朝立いまして入日なす迄は隠れにしといふへきため也あまひれこもり隠しと葬納し事を云也

とりあたふ物しなけれは　女のうせて子をあたへまかすへき物なき心也

鳥穂しもイ鳥し物とは　鳥は子を羽かひにいたく故に脇はさみ持といはん諷詞にをく詞也枕つくつま屋　仙曰枕つくは枕｜馴《ナレ》たる也妻屋といはんため枕付と上に置也

ひるはもうらふれくらし　もは助字也うらふれは愁也妻屋に子を懷き愁ると也

おほ鳥の　羽かへの山といはん諷詞也　羽易山　八雲抄大和云々見安ニ春日ニ有云々

いはねさくみを　見安云石をふみくほめし所也詞林采葉も同義

よけくもそなき　よくもなきと也羽易山に彼女の墓なと有けんに其山に妹は在と人のいへは石ふみくほめ行かたき山路をなつみつゝ來しかひもなくほのかにも妹か見えねはよくもなきと也うつせみは前にいひしと同義也

　

　

かけろふのは　ほのかにの枕詞也　見えぬおもひは　たへかたしとふくめし詞也

213　一云うつそみとおもひし時にたつさへてわかふたり見し出たてるもゝえ槻の木こち／＼に枝させること春の葉のしけれるかことおもへりしいもにはあれとたのめりし妹にはあれとよのなかをそむきしえねはかけろふのもゆるあら野にしろたへのあまひれこもり鳥し物朝たちいゆきていり日なすかくれにしかはわきもこかかたみにをけるみとりこのこひなくことにとりまかすものしなけれはおのこしもわきはさみもちわきもことふたりわかねし枕つくつま屋のうちにひるはうらふれくらしよるはいきつきあかしなけゝともせんすへしらすこふれともあふよしもなみおほ鳥のはかへの山になかこふる妹はいますと人のいへはいはねさく見てなつみこしよけくもそなきうつそみと思ひしいもかはひれてませは

　

　

　　宇都曽臣等念之時携手吾二見之出立百兄槻（ツキノ）木虚知期知尓枝刺有如春葉茂如念有之妹庭雖在恃有之妹庭雖有世中背不得者香切火之燎流荒野爾白栲天領巾隠鳥自物朝立伊行而入日成隠西加婆吾妹子之形見爾置有緑兒之乞哭別取委物之無者男自物腋挾持吾妹子與二吾宿之枕附嬬屋内尓旦者浦不怜晩之夜者息衝明之雖嘆為便不知雖戀相縁無大鳥羽易山爾汝戀妹座等人云者石根割見而奈積來之好雲叙無宇都曽臣念之妹我灰（イハヒシ）而座者

　

　

一云　同し人丸の哥を或一本にはかく有と也詞少異也或本には或本歌曰と有て反哥の後にあり

いてたてるもゝえつきの木　前の長哥にわしり出の堤にたてる槻の木とありしこゝには出立るとはかり有同心なるへし

かけろふのもゆるあら野　炎のもゆる荒し野とは彼つまを火葬すへき野なるへし次の隠にしかはは此野に葬り隠せし心也

おのこしもわきはさみ　妹はうせてみとりこをほかに取まかす物もなけれは男なから我わきはさみもちてと也此句の心前の長哥の心とかはれり

わきはさみもち　句を切へし

わきもこと　妻の生て有し時ねし所に今歎き戀ると也

いはねさくみて　采葉云いはねふみくほむる也かく行なつみ來てもとの心也

はひれてませはイ灰してませは　火葬せし灰にまみれてあれはかひなしと也灰しては灰に成て也

　反歌

211　こそ見てし秋の月夜はてらせともあひ見しいもはいやとしさかる

　　　去年見而之秋乃月夜者雖照相見之妹者弥年（定とを）放

214　一云こそ見てし秋の月夜はわたれともあひ見しいもはいやとしさかる

　　　去年見而之秋月夜者雖度相見之妹者益年離

こそ見てし秋の月夜は　妹と見し月は又照せとも妹は弥年隔て遠さかりて悲しと也人丸集拾遺集等には秋の月夜は宿れとも相みし妹はいや遠さかる（定家同）と有　

212　ふすまちをひきての山に妹を置てやまちをゆけはいけりともなし

　　 衾道乎引手乃山尓妹乎置而山徑徃者生跡毛無

215　一云ふすまちをひきての山に妹をゝきてやまちおもふにいけりともなし

　　　衾路引出山妹置 山路念迩生刀毛無

ふすまちをひきての山に　見安云ふすまち引手の山ともに名所也愚案衾は引着れは衾道を引とつゝくる也八雲抄云引手山は大和明玉集ニ顕季紅に深くそ見ゆる衾道の引手の山の峯の紅葉ゝ愚案長哥の羽易山と同所なるへしいけりともなしは生心ちせす悲き心也

　

　

216　いへに來てわか屋を見れは玉ゆかのほかにむきける妹かこまくら

　　　家來而吾屋乎見者玉床之外向（をき定家）來妹木枕

いへに來てわか屋をみれは　わか屋は我閨なるへし此哥妹か在し時の跡を悲むさま心ふかし人丸家集并拾遺集には家にいきて我屋をみれは玉笹の外にをきけると有【定家も置ける】

　

　

　

　吉備津采女《キヒツノウネメ》死《ミマカル・カリシ》時作レル歌一首并短歌

　　　　　　　　　　　　　柿本朝臣人麻呂

217　秋山のしたへるいもなよ竹のとをよるこらはいかさまにおもひをりてかたくなはのなかき命を露こそはあしたにをきてゆふへにきえぬといへきりこそはゆふへにたちてあしたにはうせぬといへあつさ弓をときくわれもほのかに見し事くやしきをしきたへのたまくらまきてつるきたち身にそへねけんわか草のそのつまの子はさひしみかおもひてぬらんくやしみかおもひこふらんときならす過にしこらか朝露のことや夕霧のことや

　

　

　　秋山下部留妹奈用（ゆ）竹乃騰遠依子等者何方尓念居可栲紲之長命乎露巳曽婆朝尓置而夕者消等言霧已曽婆夕立而明者失等言梓弓音聞吾母髣髴見之事悔敷乎布栲乃手枕纒而劔刀身二副寐價牟若草其嬬子者不怜弥可念而寐良武悔弥念戀良武時不在過去子等我朝露乃如也夕霧乃如也

　

　

秋山のしたへるいも　秋山の下に伏たる心也と袖中抄ニ在師説は下照妹也

なよたけのとをよる　見安云なよたけは竹の惣名也とをよるはたをやかになひくすかた也たくなは　たくる縄也長きといはん枕詞也

あつさ弓をときく　梓弓は音聞の枕詞前注吉備津采女事をよそなから音に聞たる我たに哀堪かたくてよく見てをかまし物をとほのみし事くやしきをましてそひねしけん其妻のさひしく悔しく思てぬらんと也

　

　

ときならす過にしこら　死ぬへき時ならす若くてと也過にしこらは采女を云

朝露のことや　朝露夕霧のことく消うせてはかなしと也前に露こそは霧こそはなといひし首尾なるへし

　反歌

218　さゝなみのしかつのこらか　一云シガノツノコカ　ゆくみちの川瀬の道を見れはさひしも【定家卿はまかりちの河せのみちを見れはかなしもと和ス】

　　　樂浪之志賀津子等何　志賀乃津之子我　罷（定まかり）道（ち定）之川瀬道　見者不怜毛

さゝなみのしかつの　志賀津の子等は吉備津采女志賀の津に住たるを云なるへし采女生て有し世に此河瀬を行しをほの見られしにや長哥にほのに見し事悔きは此事なるへし拾遺集にはしかのてこらかまかりにし河瀬のみちを見れはかなしもと有【萬時の和近】

　

　

219　あまかそふをふしつのこかあひし日をおほに見しかはいまそくやしき

　　　天數凡津子之相日於於保尓見敷者今叙悔

あまかそふをふしつのこ　仙曰かそふはさそふ也さとかと同韵相通也をふしは少主といふ詞也愚案仙説は天にさそふといひてうせたる事をいふなるへし但師説は此をふしつのこにあひし日をかそへみるにおほよそにのみ見たる事の今悔きと也第三句に懸し五文字也をふしつのことは采女を云也長哥にほのに見し事悔きをと同心也おほにはおほよそになり萬時にはあまつかす卅三天の心にや

　

　

　

　讃岐ノ狭峯《サミネノ》嶋ニテ視テ2石窟《イハヤノ》中ノ死《ウセシ》人ヲ1作レル　歌一首并短歌　　柿本朝臣人麻呂

220　たまもよきさぬきのくにはくにからか見れともあかぬかみからかこゝたかしこきあめつちの日つきとともにみちゆかん神のみおもとつきてくる中のみなとにふねうけてわかこきくれはときつかせ雲ゐにふくにおきみれはあとゐ浪たちへを見れは白波とよみいさなとる海をかしこみゆくふねのかちひきおりておちこちのしまはおほかれと名くはしさみねのしまのあらいそもにいほりつくりて見れは波のとのしけきはまへをしきたへの枕になしてあらとことよりふす君かいへしらはゆきてもつけんつましらはきてもとはましを玉ほこの道たにしらすおほゝしくまちかこふらんおしきつまらは

　

　

　　玉藻吉讃岐國者國柄加雖見不飽神柄加幾許貴寸天地日月與共満將行神乃御面跡次來中乃水門船浮而吾榜來者時風雲居尓吹尓奥見者跡位浪立邊見者白浪散動鯨魚取（イとり）海乎恐行船乃梶引折而彼此之嶋者雖多名細之（イたへなる）狭峯之嶋乃荒礒面尓廬作而見者浪音乃茂濱邊乎敷妙乃枕尓為而荒床自伏君之家知者徃而毛將告妻知者來毛問益乎玉鉾之道太爾不知欝悒久待加戀良武愛伎妻等者

　

　

たまもよきさぬき　日本紀には讃吉《サヌキ》と書皆ほむる心ある字也其故国もよき讃岐と枕詞につゝくるなるへし

こゝたかしこき　そこはくたつときなるへし天地日月を云

神の御おもとつきてくる　是讃岐を云也旧事記云伊与ノ二名嶋此嶋ハ者身一ニシテ而有2四面1毎ニv面有v名伊与國ヲ謂フ2愛止比賣《ウツシヒメト》1讃岐國ヲ謂2依飯比古ト1下畧四面の一也つきてくるはいひ繼來也

　

　

中のみなと　仙曰阿波国中｜湖《ミナト》と云云々　あとゐ波たち　見安云跡に波立也へを見れは八雲抄云舟の邊也或説に礒也とよみ響也【奥儀】

楫《カチ》引折て　仙曰梶取か舟をよき方へやらんと引むくるを引折と云る也

名くはしさみねのしま　見安云名の面白き也八雲抄に狭峯嶋讃岐云々イ名たへなると讀義明

あらいそも　荒礒の邊也

あらとこも　礒のいはやによりふし死たれは荒たる床といふ也

つましらは　古郷の妻かしらはと也　おほゝしく　仙曰おほつかなくと云也

おしき　はしきと同よき心也

　反歌

221　つまもあらはとりてたきましさみの山のかみのうはきすきにけらすや

　　　妻毛有者採而多宜麻之佐美乃山野上乃宇波疑過去計良受也

つまもあらはとりて　仙曰とりてたきましとはとりてあけましなりうはきとは莪也おはきともいふ人のくふ物也愚案和名抄曰｜莪蒿《ヲハキ》於八木似2艾草《カイサウ》1香シ作v羮喰フv之ヲ哥の心は此死人を於八木《ヲハキ》に比して妻あらは取あけもてなすへきにいたつらに過けらしと也けらすはけらし也やは助字なるへし一説ニを萩也

　

　

222　おきつなみきよる荒礒をしきたへのまくらとまきてなせるきみかも

　　 奥波來依荒礒乎色妙乃枕等卷而奈世流君香聞

おきつなみきよる　なせるは枕となして身まかりしを云にや此哥拾遺集にはなれるきみはもと入枕とまきては此集十二｜枕《マキ》の字也

　

　在テ2石見ノ國ニ1臨テ2死《ミマカル》時《トキニ》1自ラ傷テ作レル歌一首

　　　　　　　　　柿本朝臣人麻呂

在石見國臨死時　徹書記物語云三月十八日は人丸忌日にて昔は和哥所にて毎月十八日に哥會有しと云々年号可尋之

223　かもやまのいはねしまける我をかもしらすといもかまちつゝあらん

　　　鴨山之磐根之卷有吾乎鴨不知等妹之待乍將有

かもやまのいはねしまける　岩根にふしたるにや此哥拾遺集にはいもやまのいはねにをける我をかもしらすていもかと有しらすともしらすての心にや心は明なるへし

　

　柿ノ本ノ朝臣人麻呂死ル・カリシ時作レル歌二首　　人麻呂カ妻｜依羅娘子《ヨサミノヲトメ》

224　けふ／＼とわかまつきみはいしかはのかひに（一云谷尓）ましりて有といはすやも

　　　且今日且今日吾待君者石水之貝尓交而有登不言八方

けふ／＼とわかまつきみ　石川の貝にましりてとは岩根しまけるありさまを聞傳てよめるにや石川石見有2人丸墓1

225　たゝにあはゝあひもかねてんいしかはに雲たちわたれ見つゝしのはん

　　 直相者相不勝石川尓雲立渡礼見乍將偲

たゝにあはゝあひもかね　只にあはんとせは今はなき人なれは逢かたし石川に雲たに立渡れ形見に見て堪忍すへしと也雲を亡者の形見古事多

　

　擬シテ2柿ノ本ノ朝臣人麻呂カ意《コヽロヲ》1報《ムクユル》歌一首　　

　　　　　　　　丹比真人《タチヒノマツト》闕名

226　あら浪によりくる玉をまくらにてわれこゝなりとたれかつけなん

　　　荒浪尓縁來玉乎枕尓置吾此間有跡誰將告

あら浪によりくる玉を　水の玉をまくらにてと也是岩根しまける心を擬《キ》す誰か告なんはしらすて妹かを擬《キ》スわれこゝなりとは人丸になりていへる心なるへし

　　 一首　依《ヨツテ》2舊本《キウホンニ》1載《ノス》v茲《コヽニ》

227　あまさかるひなのあら野に君を置ておもひつゝあれはいけりともなし

　　　天離夷之荒野尓君乎置而念乍有者生刀毛無

あまさかるひなのあらの　見安云ひなの荒野非名所只いなかの儀也哥は前の衾道を引手の山の哥に大形同

　

　寧楽《ナラノ》宮　和銅四年歳｜次《ヤトル》2辛亥ニ1姫嶋ノ松原ニ見テ2孃子屍《ヲフナコノカハネヲ》1悲ミ嘆テ作歌二首　　河｜邊《ベノ》宮人

寧楽宮　元明天皇也

和銅　和銅元年正月｜武蔵《ムサシノ》国和銅を献ル改テ2慶雲ヲ1為ス2和銅ト1三年遷ス2都ヲ於平城ニ1續日本紀

姫嶋松原　仙曰津の国

228　いもか名はちよになかれんひめしまのこまつのうれにこけむすまてに

　　　妹之名者 千代尓將流姫嶋之子松之末尓蘿生萬代尓

いもか名はちよになかれん　妹は彼孃子を云

229　なにはかたしほひなありそね沈にしいもかすかたを見まくくるしも

　　 難波方鹽干勿有曽祢沈之妹之光儀乎見卷苦流思母

なにはかたしほひな　塩ひる事はな有そと也沈し姿を見れは淺ましく苦しきにと也

　

　霊亀元年歳｜次《ヤトル》2乙ノ卯ニ1秋九月志｜貴《キノ》親王薨セシ時作歌一首并短歌　　　　　　　　　　　　笠朝臣金村

霊亀　元正天皇年号也續日本紀七曰左京貢ス2瑞亀ヲ1位ノ之初メ天表スv瑞ヲ改2和銅ヲ1為2霊亀ト1

230　あつさ弓手に取もちてますらおのともやたはさみたちむかふたかまと山にはる野やく野火と見るまてもゆる火をいかにととへはたまほこの道くる人のなくなみたこさめにふれはしろたへの衣ひつけてたちとまりわれにかたらくいつしかももとの名とひて聞つれはねのみしそなくかたらへは心そいたきすめろきの神のおほんこのおほんまのたひのひかりそこゝたてりたる

　

　

　　梓弓手取持而大夫之得物矢手挾立向高圓山尓春野焼野火登見左右燎火乎何如問者玉鉾之道來人乃泣涙※［雨/泳］※［雨/沫］尓落者白妙之衣泥漬（イひつち）而立留吾尓語久何鴨本名言聞者泣耳師所哭語者心曽痛天皇之神之御（仙おほみ）子之御駕（仙おほむた）手火之光曽幾許照而有

　

　

あつさ弓手に取持て　是以下高圓山を的に取なしていふ枕詞也祇曰高まとをゐる的になして讀也愚案たかまと大和也志貴親王を葬せし成へし

衣ひつけて　ひてゝ也ぬるゝ心也ひつちても同

神のおほんこの　仙曰此句古点にはかみのおほんこのおほむまの是を神のおほみこのおほんたのと和すへしおほんたとは供奉《トモ》人おほかるみゆき也たひとは手に持て振あくる火也愚案すめろきの神とは帝を貴む詞也おほんこは志貴親王を申也見安云たひの光りとは葬礼の時手ことに火を持事をおほく照と云日本紀｜秉炬《タヒ》云々釋手火云々

　

　

　反歌

231　たかまとののへの秋萩いたつらにさきかちるらん見る人なしに

　　　高圓之野邊乃秋芽子徒開香將散見人無尓

233　一云たかまとののへの秋萩なちりそねきみかかたみに見つゝしのはん

　　　高圓之野邊乃秋芽子勿散祢君之形見尓見管思奴播武

たかまとののへの秋萩　祇曰是も志貴の皇子うせ給ひて高圓の萩を見はやす人もなくていたつらにさきちるらんとよめり

たかまとののへの秋萩　なちりそねはねは助字也心は明也

232　みかさ山のへゆく道はこきたくもしけくあれたるかひさにあらなくに

　　御笠山野邊徃道者巳伎太雲繁荒有可久尓有勿國

234　一云三かさ山のへにゆくみちこきたくもあれにけるかもひさにあらなくに

　　 三笠山野邊從遊久道己伎太久母荒尓計類鴨久尓有名國

みかさ山のへゆく道は　こきたくもはこちたくも也そこはくもなといふかことししけくあれたるとはみこかくれ給ひて南京の御所の道の草しけくあれしと也さまてほともへぬにはやあれたりと感慨する心也定家卿下句をあれにけるかもと和し給ふ本のかはりたるにや　みかさ山のへにゆくみち　はしめのうたと同詞少かはりしはかり也

　

　

萬葉集卷第二終

貞享元年立秋日於新玉津嶋花草下重而書此一卷墨付五十一紙　季吟

1997,2,5(水)８時２１分、終了。　 2003年3月21日（金）午後6時59分、修正了。

2004年4月11日（日）午後1時10分、校正終了

　　　　　　　　　　　　　　

　

萬葉集卷第三

　雑歌　

　　天皇｜御《ミアソヒスル》2遊雷岳《イカツチノヲカニ》1時作歌一首【或云ク獻ル2忍《ヲシ》壁ノ皇子ニ1】　　柿本朝臣人麻呂

天皇　元正也　雷岳大和也

235　すめろきはかみにしませはあまくものいかつちのうへにいほりするかも　一云おほきみは神にしませはくもかくれいかつちやまにみやしきいます

　　皇者神二四座者天雲之雷之上尓廬為流鴨

　　　王神座者雲隠伊加土山尓宮敷座

すめろきは神にしませは　祇曰雄畧天皇の御時彼山のいかつちをとりて御覧しけるより是をいかつちの岡といふ仙曰雷は三｜諸《モロ》山の名也次の哥に雷山に宮敷いますと云り日本紀十四曰｜大泊瀬幼武《ヲホハツセワカタケノ》天皇ノ御宇七年秋七月甲戌朔丙子天皇詔《ミコトノリシテ》2少部連※［虫＋果］贏《スナイコヘノムラシスカルニ》1曰ク朕《ワレ》欲v見ント2三諸ノ岳ノ神ノ之形ヲ1汝カ膂力《チカラ》過タリv人ニ自ラ行テ捉來《トリキタレ》※［虫＋果］贏答テ曰ク試《コヽロミニ》往《ユイテ》捉《トラン》之乃｜登《ノホリテ》2三諸山ニ1捉2取《トラヘテ》大※［虫＋也］《ヲロチヲ》1奉2示《タテマツル》天皇ニ1天皇｜不《ス》2斎戒《モノイミセ》1其ノ雷※［元＋虫］※［元＋虫］《ヒカリヒロメキ》目《マナコ》精｜赫赫《カヽヤク》天皇｜畏《ヲソレタマヒ》蔽テv目ヲ不v見｜却2入《カクレタマフ》殿中《オホトノヘ》1使《シム》v放《ハナタ》2於山ニ1仍改テ賜テv名ヲ為《ス》v雷ト愚案元正天皇此いかつち山に離宮を作給ふ事をあま雲の雷の上に宮しきいますとよめり雷の上にといふに付て神にしませはと神変のやうにいひなせり注の忍壁皇子は天武の皇子知太政官事春宮　紹運録ニ在

　

　

　

　賜2志斐ノ嫗2御歌一首　　天皇御製

236　いなといへどしゐるしひのかしゐことをこのころきかでわれこひにけり

　　　不聴跡雖云強流志斐能我強語比者不聞而朕戀尓家里

いなといへとしゐるしひのか　しひのかののは助字也しゐことはしゐて語る物語なるへし此｜志斐嫗《シヒノヲフナ》御とぎ申す物かたりなと仕る人なるへし

　奉ルv和シ歌一首　　志斐嫗　名未詳　　　　　　　　

237　いなといへとかたれ／＼とのれはこそしゐてはまうせしゐことゝのる

　　　不聴雖謂語礼々々常詔許曽志斐伊波奏強話登言

いなといへとかたれ／＼と　のれはこそ詔《ノル》ノ字言の字也中臣祓には宣《ノル》の字をよめりいなかたるましと申せとせめの給へはこそしゐて申すにしゐことゝ宣と也

　

　應スルv詔《ミコトノリニ》歌一首　長忌寸意吉麻呂《ヲサノイミキヲキマロ》

238　おほみやの内まてきこゆあびきすとあごとゝのふるあまのよひこゑ

　　　大宮之内二手（にて）所聞（イきけは）網引為跡網子調流海人之呼聲

おほみやのうちまて　童蒙抄云あひきとは網ひくといへりあことはあみひく人を云云々此抄には内にてきけはと有八雲云大宮とは内裏ならて上皇の御所をもいふ云々

　

　長《ヲサノ》皇子《ミコ・ワウジ》遊フ2猟路《カリヂノ》池ニ1時作歌一首并短歌　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　柿本朝臣人麻呂

239　やすみしるわかおほきみのたかてらすわかひのみこの馬なへてみかりにたゝるわかこもをかりちの小野にしゝこそはいはひふせらめうつらこそいはひもとほれしゝし物いはひふせりてうつらなすいはひもとほりかしこみとつかへまつりてひさかたのあめ見ることくまそかゝみあふきて見れとわか草のまし珍しきわかおほきみかも

　

　

　　八隅知之吾大王高光（たかくてる）吾日乃皇子乃馬並而三猟立流弱薦乎猟路乃小野尓十六社者伊波比拝（イあせら）目鶉己曽伊波比廻礼四時自物伊波比拝（イあせり）鶉成伊波比毛等保理恐（イかしこし）等仕奉而久堅乃天見如久真十鏡仰而雖見春草之益目頬四寸吾於富吉美可聞

　

　

たかてらす（くてる）　皇子は大王の威光にて威ある心にや

わかひのみこ　わかはしたしむ詞｜長《ヲサノ》皇子を申詞也

馬なへて　馬をならへて也

わかくさを　かりちといはん枕詞也かりぢの小野｜猟路《カリヂノ》池ヲ八雲抄ニ石見云々或説かりちの小野陸奥云々

十六《シヽ》四時自物《シヽシモノ》　皆鹿也

かしこみと　長皇子を貴《タツト》む詞也はひふしはひもとほりてあふき見れともあかすめつらしき長皇子そと也まそ鏡は見れとといはん枕詞春草は珍しきといはん諷詞也

　反歌

240　ひさかたのあめゆく月をあみにさしわかおほきみはきぬかさにせり

　　　久堅乃天歸月乎網尓刺我大王者盖尓為有

ひさかたのあめゆく月を　きぬかさは絹にて張し也此哥漁人のあみも丸く皇子の笠も丸くうつくしきを空ゆく月をあみにさしきぬかさにせりとよめり　華蓋《キヌカサ》黄帝征スル2※［山／虫］尤《シユウヲ》1時｜當《アタツテ》2帝ノ頭上ニ1有2五色ノ雲1因テ2其形ニ1所v造《ツクル》也順和名にあり

　

　

241　すめろきは神にしませはまきのたつあらやまなかに海をなすかも

　　　皇者神尓之坐者真木之立荒山中尓海成可聞

すめろきは神にしませは　イには此哥の前に或本ニ反歌一首とあり哥の心は神は不側《フシキ・ハカラサル》の理あれは荒《アラ》き山をも海となすと也山邊に池をほらせ給へるをかくいへるにや

　

　

　

　遊《アソフ》2吉野ニ1時ノ御《ミ》歌一首　　弓削《ユゲノ》皇子

242　たきのうへのみふねの山にゐるくものつねにあらんとわかおもはなくに

　　　瀧上之三船乃山尓居雲乃常將有等和我不念久二

244　一云みよしのゝみふねの山にたつくものつねにあらんとわかおもはなくに

　　　　三吉野之御船乃山尓立雲之常將在跡我思莫苦二

　　　　此一首出2柿本人麻呂カ集ニ1

たきのうへのみふねの　祇曰弓削ノ皇子吉野にての御哥也心は雲はさたまらぬ物なるに世の中の不定をよそへてよめる哥也愚案吉野の遊興《ユウケウ》の歓楽《クハンラク》極《キハマ》りて此｜哀情《アイシヤウ》のおこれるなるへし

　

　

此一首弓削王の哥の異説也

　

　奉v和シ歌一首　　春日王《カスカノヲホキミ》

243　おほきみはちとせにまさんしら雲もみふねのやまにたゆる日あらめや

　　　王者千歳尓麻佐武白雲毛三船乃山尓絶日安良米也

おほきみはちとせに　皇子の無常を観し給ふを祝言の和面白しとそ春日王袋草子ニ曰志貴皇子の子

　

　被《ルヽ》v遣《ツカハサ》2筑紫《ツクシニ》1時｜渡《ワタル》2水《ミ・ミツ》嶋　《シマヲ》1歌二首　　長田《ナカタノ》王

245　きゝしごとまことたふとくあやしくもかみさひをるかこれのみつしま

　　　如聞真貴久奇母神左備居賀許礼能水嶋

水嶋　和名曰肥後｜菊池《キクチ》郡

きゝしことまこと　仙曰肥後風土記曰｜球磨《クマノ》乾《イヌイ》七里ノ海中ニ有v嶋｜名《ナ》曰《イフ》2水嶋ト1嶋出ス2寒水ヲ1逐《ヲヒテ》v潮ヲ高下ス愚案これの水嶋とはこゝの水島《ミツシマ》と也きゝしごと誠たふとくとは物は聞しに見てはをとるに聞しごとく誠に見るに奇《アヤシ》く神さひたりとほむる心也

　

　

246　あしきたののさかの浦にふなてしてみつしまにゆかんなみたつなゆめ

　 　 葦北乃野坂乃浦從船出為而水嶋（イみしま）尓將去浪立莫勤

あしきたののさかの　仙曰肥後也愚案波立なゆめは努々勿波立《ユメ／＼ナミタツナ》と也

　和スル歌一首　　石川ノ大夫《マウチキミ》　闕《カク》v名ヲ

247　おきつなみへなみたつともわかせこかみふねのとまりなみたゝめやも

　　　奥浪邊波雖立和我世故我三船乃登麻里瀾立目八方

おきつなみへなみたつ　我せことは長田王をいふにやたとひ沖波礒浪たつとも長田王の御舟の泊には波もたゝじと也たゝめやものもは助字也イ本ニ此哥の後ニいはく古今案ルニ從四位下石川ノ宮《ミヤ》麻呂の朝臣慶雲年中ニ任ス2大貮ニ1又正五位下石川朝臣｜吉美侯《キミコ》神｜亀《キ》年中任2少貮ニ1不v知3兩人誰カ作ト2此歌ヲ1焉これ石川大夫誰そやとの儀也

　

　

　又作歌一首　　長田王

248　はやひとのさつまのせとを雲ゐなすとをくもわれはけふ見つるかも

　　　隼人乃薩麻乃迫門乎雲居奈須遠毛吾者今日見鶴鴨

はやひよのさつまのせとを　昔は大｜隅《スミ》薩摩《サツマ》より隼人《ハヤト》を貢進《コウシン》す隼人は歌※［人偏＋舞］《ウタマヒ》を成《ナス》物也續日本紀七ニ元正天皇ノ養老《ヤウラウ》元年四月ニ曰天皇｜御《ヲハス》2西朝《ニシノミカトニ》1大隅薩摩二國ノ隼人｜等《ラ》奏《ソウス》2風俗《フソクノ》歌※［人偏＋舞］ヲ1云々又｜武勇《ブイウ》の人をさつと云故に隼人のさつと請たる也雲ゐなすは遠き枕詞也

　

　

　

　　羇旅《タビノ》歌八首　　柿本朝臣人麻呂

249　みつのさき波をかしこみこもり江のふねこくきみかゆくかのしまに

　　　三津埼浪矣恐隠江乃舟公宣奴嶋尓

みつのさき波を恐《カシコ》み 三津の崎

八雲抄摂津云々波を恐《カシコ》み見安云おそろしき也愚案こもり江は古き入江の芦なとにこもりたる江也三津ノ崎の波高くおそろしけれは舟公《フナキミ》など野島にこぎゆくかと也｜野島《ノシマ》は八雲ノ御抄ニ淡路《アハヂ》ト云々

　

　

250　たまもかる見ぬめを過て夏くさののしまのさきにふねちかつきぬ

　　　 一《ヒトツニ》云クおとめをすきて夏草の野しまかさきにいほりすわれは

　 　珠藻苅敏馬乎過夏草之野嶋之埼尓舟近著奴

　　　 一本云處女乎過而夏草乃野嶋我埼爾伊保里為吾等者

たまもかるみぬめを　敏馬《ミヌメ》ノ浦は八雲抄ニ津《ツノ》国ト云々仙覺抄に風土記を引て神功皇后｜能勢郡《ノセノコホリ》乃｜美奴賣《ミヌメ》乃神を彼浦にまつり給ふよしあり野島が崎は淡路也夏草は野に茂けれは野といはん諷詞によめり津の国みぬめをこき過て野島がさきに舟近付しと也一云此哥の異説也

　

　

251　あはみちののしまのさきのはま風にいもかむすひしひもふきかへす

　　　粟路之野嶋之前乃濱風尓妹之結紐吹返

あはみちの野しまの あはみちは淡路也故郷を別る時妹かむすひし紐《ヒモ》のなつかしきに濱風の吹ひるかへすと也

252　あらたへの藤江のうらにすゝきつる　一云しろたへの藤江の浦にあさりする　あまとか見らんたびゆくわれを

　　　荒栲藤江之浦尓鈴木釣 一本云白栲乃藤江能浦尓伊射利為流　白水郎路香將見旅去吾乎

あらたへの藤江の　荒少前注藤の枕詞にて前にも荒妙の藤原と有一云白妙のも同心也やつれし旅姿《タビスカタ》のあまにことならぬを侘《ワビ》たる心にや藤江《フチエノ》浦は八雲抄ニはりまと云々

　

　

253　いなひ野もゆき過がてにおもへれはこゝろこひしきかこのしまみゆ

　　　稲日野毛去過勝尓思有者心戀敷可古能嶋所見

いなひ野もゆき過かて　仙曰印南野も賀古の嶋も播摩也心戀しきとは只戀しき也愚案心は印南野さへ名残おしきにまして見まほしきかこのしまみえて猶｜難《カタシ》2行過《ユキスキ》1と也すきがては過かたき心也

　

　

254　ともしひのあかしのせとにいる日にやこきわかれなんいへのあたりみず

　　 留火之明大門尓入日哉榜將別家當不見

ともしひのあかしの大門《セト》　古点あかしのせと也仙覺故もなくあかしのなたとよめり如何金葉集公實卿我こそは明石のせとに旅ねせめ　千載集俊恵夜をこめてあかしのせとをこきくれは玉葉集に西行月さゆるあかしのせとに風吹は其外あけていふへからす是皆此萬葉の哥によりて古來よみつたへけん明石の大門《セト》を故なくは改《アラタメ》かたかるへし哥の心は灯のはあかしの枕詞也舟中の入日の暮｜旅懷断腸《リヨクハイダンチヤウ》すべきに家のあたりも見えす此せとをこぎ離《ハナレ》ん心細き心也

　

　

255　あまさがるひなのながぢをこひくれはあかしのとよりやまとしま見ゆ　一云やとのあたりみゆ

　 　天離夷之長道從戀來者自明門倭嶋所見　一本云家門當見由

あまさかるひなの長道　此哥新古今にはこきくれはと有袖中抄云明石浦は播州なれは遠からねと遥《ハルカ》なる長道より都を戀つるにはりまのあかしより大和のかたの山の見ゆるを近付にたれと悦ふ心也惣しては日本國をやまと嶋とはよむ事なれと別しては大和の国をよむも不《ス》v違《タカハ》云々祇曰此哥は淡路島成へし羇《キ・タビ》中の遠望《エンバウ》の心也愚案祇註も捨《ステ》かたし淡路をやまと嶋とよむも故あるにや口訣

　

　

256　けいの海のにはよくあらしかりこもの見たれて見ゆるあまのつり舟　一云むこのうみのふねにはあらじいさりするあまのつりふねなみのうへに見ゆ

　　 飼飯海乃庭好有之刈薦乃亂出（仙いて）所見（仙みゆ）海人釣船

　　　武庫乃海舳（イふな）尓波有之（イならじ）伊射里為流海部乃釣船浪上從所見

けいの海のにはよくあらし　類聚萬葉祇注の本等ニは見たれて見ゆると有祇曰にはよくはなぎたる時を云也かりこものはみたれての枕詞なり仙曰けひの海は越前也にはよくあらしとは海上の風波しつまりたるを日和《ニワ》と云也云々但彼点はみたれいで見ゆとよむ如何

　

　

むこのうみのふなにはならし　武庫は津国也ふなにはゝ舟の日和《ニワ》也又ふねにはあらしはかの海人《アマ》舟を武庫《ムコ》の浦の舟ならんと也

　

　香具《カク》山ノ歌一首并短歌【遷ス2都ヲ寧樂ニ1後｜怜《アハレミテ》v舊ヲ作ル2此歌ヲ1歟】　　鴨《カモノ》君｜足人《タルヒト》

257　あもりつくあまのかく山かすみたち春にいたれは松風に池波たちてさくらはなこのくれしけにおきへにはかもめよはひてへつかたにあち村さはきもゝしきのおほみや人のたちいてゝあそふ舟にはかちさほもなくてさひしもこく人なしに

　

　

　　天降付天之芳來山霞立春尓至婆松風尓池浪立而櫻花木乃晩茂尓奥邊波鴨妻喚邊津方尓味村左和伎百礒城之大宮人乃退（イまかり）出而遊船尓波梶棹毛無而不樂毛己具人奈四二

　

　

260　一云あもりつく神のかく山うちなひき春さりくれは桜花このくれしけみ松風に池浪たちてへつ遍にはあちむらさはきおきへにはかもめよはひてもゝしきのおほみや人のゆきいてゝこきこしふねはさほかちもなくてさふしもこかんと思へと

　

　

　　天降就神乃香山打靡春去來者櫻花木暗茂松風丹池浪飆邊都遍者阿遅村動奥邊者鴨妻喚百式乃大宮人乃去出榜來舟者竿梶母無而佐夫之毛榜與雖思

あもりつくあまのかく山　仙曰あまくたりつくと云詞也天の芳《カク》來山とは空の香のかほる所なれは云といへり空の香のかほりくれはあもり付と心得へし愚案八雲御抄ニモ天のかこやまはあまりに高くて空の香のくるによりて云歟云々但大和風土記に天上の山地におちて香《カク》山となるとあれは天降《アマクタリ》付といふ儀によくかなふにや

　

　

このくれしけに　木の下くらく茂き心也しけにはしけみといふ詞也一云の哥にて可心得桜の茂也

おきへにはかもめよはひて　此集一｜舒明《ジヨメイ》天皇の香具《カク》山の哥にうなはらはかまめたちたつとあるに似たり但日本紀二十六｜斉明《サイメイ》天皇ノ紀ニ曰｜使《シメ》下2水ノ工《タクミ》1穿《ホラ》上v渠《ミソヲ》自リ2香山《カクヤマノ》西1至ル2石上《イソノカミ》山ニ1以2舟二百｜隻《セキヲ》1載《ノセテ》2石ノ上《カミ》山ノ石ヲ1順《マヽニ》v流レノ控2引《ヒク》於宮ノ東ノ山ニ1累《カサネテ》v石ヲ為v垣ト云々これ後の飛鳥岡本の宮作り給ふ事也これらの水の事をよめるにや

　

　

へつかたにあちむらさはき　へは童蒙抄八雲抄等ほとりと有つは助字也近邊の心也味村はあちのむら鳥也味鴨のむらかりさはく也哥の心はさしもにきはへるかく山の斉明帝も昔にならせ給ひ持統の離宮有しも元明御宇奈良に遷都のゝちはあれ果て鴎味村のみ所えて昔舟遊ひせし舟も楫竿《カチサヲ》もなくさひしと也　一云神のかく山　仙曰あまくたりたる山なれは神も天降給へるなれはよそへて神のかく山といへるにや愚案うちなひきはをしなへてなといふ心也　こきこし舟は遷都ならぬ時大宮人のこゝに遊ひてこきし舟は今亦こかんと思へと竿楫もなくてさひしと也仙云さふしもはさひしも也ひとふと同内相通也もは助字也

　

　

　反歌

258　人こかすあらくもしるしいさりするをしとたかへとふねのうへにすむ

　　　人不榜有雲知之潜為鴦與高部共船上住

人こかすあらくもしるし　彼池の舟も遷都のゝち人はこかす荒るもしるくをし鳥たかへなと舟のうへにすむと也【一云あらくは有也】

259　いつしかもかみさひけるかかく山のむすきかもとにこけむすまてに

　　 何時間毛神左備祁留鹿香山之鉾（ほこイ）椙之本尓薜生左右二

いつしかも神さひけるか　祇曰む杉かもと古木にあらす若木の杉也采葉曰む杉は杉の姿鉾のさきのことく細くするとなれは申也師説同

　

　獻《タテマツル》2新田部《ニイタヘノ》皇子ニ1歌一首并短歌【新田部皇子天武天皇子天平七年九月薨】　　柿本朝臣人麻呂

261　やすみしるわかおほきみの高てらすひのわかみこのしけくますおほとのゝうへに久かたのあまつたひこし雪し物ゆきゝつゝませとこよなるまて

　　八隅知之吾大王高輝（たかくてる）日之皇子茂座大殿（イみあらか）於（イを）久方天傳來自雪仕物徃來乍益及2常世ナル1

しけくます　たひ／＼しけくおはします大殿をと也大殿於おほとのゝうへにと点ス又おほみあらかをとも点ス此点可然にや

あまつたひこし　雪は空より降くれは天傳來《アマツタヒコシ》と云也｜雪自物《ユキシモノ》は雪也徃來といはんとての詞也

とこ世なるまて　常世はたのしみふかき所なれは也

　反歌

262　いこま山こたちも見えすちりみたれ雪のうさきまあしたたのしも

　　　矢（ヤ）駒（イ釣つり）木立不見落亂（仙まかふ）雪（ゆきも）驪（はたらに）朝（仙まいてく）樂（仙らく）毛（も）

矢駒《イコマ》山木立も見えす　古点也此五文字仙覺はやつり山とよめり矢駒山をさはよみかたし若矢釣と書しをヤツリとよむにや正しく矢釣とあらんを古点にいこまともよむへからす釣と駒との本の違あるにや雪のうさきまとは雪中にうさきむまに乗て遊興の心にやうさき馬は耳長き馬也｜鄭綮《テイケイ》か云｜詩思《シシ》は※［さんずい＋覇］橋《ハキヤウ》の雪中｜※［馬＋戸］子《ロシ》の上に在といへる俤も侍にや仙点の矢釣山は大和也雪もはたらにはまたらにふる也まいてくらくもとはまいり來るといふにや但まいてくらくといふは古点にをとり侍歟

　

　

　

　從《ヨリ》2近江《アフミノ》國1上來《ノホリクル》時ニ作歌一首

　　刑部《ヲサカヘノ》垂《タル》麻呂

263　馬ないたくうちてなゆきそいきなへて見てもわかこん志賀にあらなくに

　　　馬莫疾打莫行氣並而見※［氏/一］毛和我歸志賀尓安良七國

馬ないたくうちてな　いきなへては生長へて也垂丸老後の哥にや命数生延て又も見てこん志賀ならねは閑にも見まほしきに馬いたくうちてなゆきそと也

　

　從2近江國1上來ル時｜至《イタリテ》2宇治河邊《ウヂノカハヘニ》1作歌一首

　　柿本朝臣人麻呂

264　ものゝふのやそうち河のあしろきにいさよふ浪のゆくへ（古よるへ）しらすも

　　　物乃部能八十氏河乃阿白木尓不知代經浪乃去邊白不母

ものゝふのやそうち河　野州常縁新古今注曰く氏には八十氏有武士のやそうちとつゝけたり此国に生來る者いつれの家の誰と名をおしみ家をあらそふ事はたゝ網代木に浪の少の間やすらふほと也皆ゆくゑもなく成侍心也しらすもといひ捨たる哥也いさよふこゝにてはやすらふかた也祇曰ゆくゑしらすもとは旅の心也流るゝ波の行ゑなきによそふる也愚案此説は物の部のやそうち川の枕詞也と見ゆ兩説か

　

　

　

　一首　長忌寸《ヲサノイミキ》奧《ヲキ》麻呂

265　くるしくもふりくる雨かみわのさきさのゝわたりにいへもあらなくに

　　　苦毛零來雨可神之（イか）埼狭野乃渡爾家裳不有國

くるしくもふりくる雨か　五代哥枕八雲御抄等此哥の三輪か崎さのの渡り大和と有仙抄には此哥前後皆近江也あふみにみわの社あれは近江といへり然共この集必しもさやうに前後によらす只に書ならへし所おほけれは哥枕八雲抄等を用へきにや案或説に紀伊に三輪崎さのゝわたりあり此集夕塩をよめる哥有云々如何

　

　

　

　一首　柿本朝臣人麻呂

266　あふみの海ゆふなみちとりながなけはこゝろもしのにいにしへおもほゆ

　　　淡海乃海夕浪千鳥汝鳴者情毛思努爾古所念

あふみのうみ夕なみ　是近江の先朝《センテウ》を思へる哥にや心もしのにイしぬにとよむ童蒙抄此本等しのにと有古來風躰に心もしのには常にといふ詞也と云々祇曰波に千鳥さひしく鳴を聞て古を思出る心也愚案しのには異説にはしけく也云々

　

　

　

　御歌一首　　志貴皇子

267　むさゝひはこすゑもとむとあしひきの山のさつおにあひにけるかも

　　　牟佐々婢波木末求跡足日木乃山能佐都雄爾相尓來鴨

むさゝひはこすゑ　童蒙抄云さつおとは賤男也さとしと同音也五月の猟師なと申人無下のひか事也云々和名云｜※［鼠＋吾］鼠《ムサヽヒ》状《カタチ》如ニシテv※［獣偏＋爰］《サルノ》而肉｜翼《ヨクアリテ》似テ2蝙蝠ニ1能從v高キ下リテ不v能2從v下上コト1常ニ食2火烟ヲ1

　

　

　

　故郷《フルサトノ》歌一首【從2明日香1遷《ウツス》2藤原宮ニ1後作ル2此歌ヲ1乎《カ》】　　長屋王《ナカヤヲホキミ》

268　わかせこかいにしへののさとのあすかにはちとりなくなりしま待かねて

　　　吾背子我古家（イふるへの）乃里之明日香庭乳鳥鳴成嶋待不得而

わかせこかいにしへの　仙曰古点ふるへのさとゝよむいにしへの里と改むへし嶋まちかねてはしはし待かねて也まとはと同韻也祇曰故郷にてこふへき人なとのあるを待てよめるならん

　

　

　

　屋部阪《ヤベノサカノ》歌一首　　阿倍女郎《アベノヲトメ》

269　しのひにはわか袖もちてかくさんをやけつゝかあらんきすてきにけり

　　　人不見者我袖用手將隠乎所焼乍可將有不服而來來

しのひには我袖もちて　是忍ひ通ひに身をやつしてきぬをもきす小袖はかりなるさまをよめるにや人に見られしと忍ふには我袖にて顔かくさんをやけゝるか衣きさりしと也忍ひといふを火に用ひてやけつゝかあらんとよむなるへしきずてはきずして也

　

　

　

　羇旅《タヒ》歌八首　　高市連黒人

270　たひにして物こひしきに山もとのあけのそほふねおきにこく見ゆ　

　　　客為而物戀敷尓山下赤乃曽保船奥榜所見

たひにして物こひしき　八雲抄にあけのそほふねは装束せし船歟祇曰赤く色とりたる舟也哥の心は旅にて古郷なとを思ひてねられぬに山もと明わたりて沖に舟なとのゆくを見たる心也仙曰あけといはん諷詞に山もとのと置たるにや其外祇注同題の羇旅の羇の字佐傳杜注客也云々

　

　

271　さくら田へたつなきわたるあゆちかたしほひにけらしたつなきわたる

　　　櫻田部鶴鳴渡年魚市方塩干二家良之鶴鳴渡

さくら田へたつなきわたる　桜田八雲抄紀伊とあり仙曰あゆちかた紀伊とと

272　しはつ山うちこえ見れはかさぬひのしまこきかくるたなゝしをふね

　　　四極山打越見者笠縫之嶋榜隠棚無小舟

しはつ山うちこえ　八雲抄云しはつ山豊前此哥古今には打出て見れはかさゆひのとあり顕昭曰笠結は豊前笠縫は豊後云々棚なしをふねは小舟《コフネ》の棚《タナ》の無《ナキ》也

　

　

273　いそさきをこきてめくれはあふみの海やそのみなとにたつさはになく

　 　礒前榜（イこき）手（たみ）廻行（くれはイ）者近江海八十之湊爾鵠佐波二鳴

いそのさきこきてめくれ　是古点也新点はこきたみくれはとよむ然とも童蒙抄ニモこきてめくれはと書てやそは八十とかけりおほくのみなとゝ云也云々祇曰礒崎名所也近江には水山々より湖に落る数おほき故八十の湊と云さはは多《ヲヽキ》也

　

　

274　わかふねはひらのみなとにこきはてんおきへなゆきそさよふけにけり

　　 吾船者枚乃湖爾榜將泊奥部莫避左夜深去來

わかふねはひらのみなと　此哥のひらの湊近江と八雲抄に有こきはてんはひらの湊《ミナト》に泊《トマ》りなん夜更たるにと也

275　いつこにかわかやとりせん高嶋のかちのゝはらに此日くれなは

　　　何處吾將宿高嶋乃勝野原尓此日暮去者

いつこにかわか宿りせん　高嶋勝野原八雲抄ニ近江と有類聚萬葉にはけふくれぬれはと有古点か本の異か

276　いもゝ我もひとつなるかも三河なるふたみのみちにわかれかねつる　一云水河のふた見の道に別るれはわかせもわれも独かもゆかん

　　 妹母我母一有加母三河有二見自道別不勝鶴

　　　一本云水河乃二見之自道別者吾勢毛吾毛獨可文將去

いもゝ我もひとつ　妹も我も別かぬる心の一ツなるといひてしたしみの深き事をいへる也二見の道三河の名所にや一云｜水河《ミカハ》或点みつかはと云々

277　とくきても見てまし物を山しろのたかつきむらのちりにけるかも　

　　　速來而毛見手益物乎山背高槻村散去奚留鴨

とく來ても見てまし　仙曰山城の高槻村は所の名也ちりにけるかもとは木葉ちりてあれたるを云也

　

　一首　石川少郎《イシカハノヲトメ》【石川朝臣君子号曰少郎子】

278　しかのあまはめかりしほやきいとまなみくしけのをくしとりも見なくに

　　　然之海人者軍布刈鹽焼無暇髪梳乃勿櫛取毛不見久尓

しかのあまはめかり　しか八雲抄云筑前しほうみのしか也仙曰此哥第四句髪梳くしらと和すへし大隅風土記曰｜髪梳《クシラ》村髪梳は者隼人俗語ニ久四郎《クシラ》今改テ曰フ2串卜郷《クシラノサト》1畧註愚案此仙説不審此萬葉哥新勅撰に入にくしけのをくしと有すてに京極黄門の御説也いせ物語芦の屋のなたのしほやきいとまなみといふ哥の諸抄の引哥にも萬葉とて此哥をくしけのと有後成忍寺殿三条西殿等の家説くしけ也｜髪梳《クシケツリ》と云を下畧してくしけと点するか哥ノ心は祇曰此集｜髪梳《クシケ・カミケツル》ノ小櫛《ヲクシ》と書リ若賤き物なれは髪梳る櫛もとらすと云か

　

　

　二首　　高市連《タカイチノムラシ》黒人

279　わきもこにゐな野は見せつなつぎ山つのゝまつはらいつかしめさん

　　　吾妹兒二猪名野者令見都名次山角松原何時可将示

わきもこにゐなのは　八雲御抄云｜名次《ナツギ》山ゐなのちかし角の松原みな津の国云々祇曰是は名ある所を妹にみせたる心也いつかしめさんは示して見せんと云心也

280　いさやこらやまとへはやくしらすけのまのゝはきはらたおりてゆかん

　　　去來兒等倭部早白菅乃真野乃榛原手折而将歸

いさやこらやまとへ　八雲御抄ニ真野萩原大和云々しらすけのといふは此野の枕詞にや淺茅生の小野とよむたくひなるへし仙曰菅は花の白き物なれは白菅といへるにや郭知玄《クハクチケン》菅を釋して白花アリ似《ニテ》v茅《チニ》無v毛といへり愚案いさや子らとは妹をいさなふ詞なるへし大和国へ此野の萩をはやく折もてゆかむとよめるにや

　

　

　答《コタフ》歌　　黒人妻《クロヒトカツマ》

281　しらすけのまのゝはきはらゆくさこさきみこそ見らめまのゝはきはら

　　　白菅乃真野之榛原徃左來左（イくさ）君社見良目真野乃榛原

しらすけのまのゝ　ゆくさこさいくさまくるさま也君こそゆきゝにも見るらめ我らは未見すとなるへし

　

　一首　春日蔵首《カスカクラノヲフト》老

282　つのさふるいはむらもすきはつせ山いつかもこえんよはふけにつゝ

　　　角障經（イさはふ）石村毛不過泊瀬山何時毛将超夜者深尓通都

つのさふるいはむら　日本紀十一｜菟怒瑳破赴《ツノサハフ》同十七｜都奴沙府《ツノサフ》皆岩の枕詞にてさはふさふる兩義と見ゆ前注石村も過すに夜はふけつゝ行かたきにいつ初瀬を越んと也

　

　

　一首　　高市連黒人《タカイチノムラシクロヒト》

283　すみの江のえなつにたちて見渡せはむこのとまりをいつるふなひと

　　　墨吉乃得名津尓立而見渡者六兒乃泊從出流船人

すみのえのえなつに立て　えなつむこのとまり皆摂津と八雲抄にあり

　一首　　春日蔵首老

284　やいつへにわかゆきしかはするかなるあへのいち地にあひしこらはも

　　　焼津邊吾去鹿歯駿河奈流阿倍乃市道尓相之兒等羽裳

やいつへにわかゆきし　焼津　阿倍市皆駿河也あひし子等はもとは相見し女の忘られぬ心なるへし【いち地は市の道なり】

　

　往テ2紀伊《キノ》國ニ1超《コユル》2勢能《セノ》山ヲ1時作レル歌一首

　　丹比《タヒノ》真《マツ》人｜笠麻呂《カサマル》

285　たくひれのかけまくほしきいもか名をこのせのやまにかけはいかゝあらん　一云かへはいかにあらん

　　　栲領巾乃懸卷欲寸妹名乎此勢能山尓懸者奈何將有　可倍波伊香尓安良牟

たくひれのかけまく　見安云栲領巾は妙なるひれ也愚案たくひれは女の肩にかくる物なれはかけといはん枕詞也さてかけていはまほしき妹か名と云也紀伊国に妹の山に向ひて背の山有此背の山を妹とかけていはゝいかゝあらんと也一云は此背の山を妹とかへていはゝいかゝあらんの心也

　

　

　和歌一首　　春日蔵首老

286　よろしなへわかせの君かおひきにしこのせの山を妹とはよはし

　　　宜奈倍吾背乃君之負來尓之此勢能山乎妹者不喚

よろしなへわかせのきみか　見安義よろしきわかせのきみと也笠丸の妹か名を此せの山にかへはいかゝといふに和｜答《タヘ》して宜《ヨロ》き君か名に負《ヲヒ》來たりし背の山を妹とはよぶへきにあらすと也【男をせと云】

　

　

　

　幸ノ2志賀ニ１時《トキ》作《ツクレル》歌一首　　不《ス》v審《ツマヒラカニセ》行幸ノ年月ヲ1　　石上卿《イソノカミノキミ》　闕《カク》v名ヲ

287　こゝにしていへやもいつこしら雲のたなひくやまをこえてきにけり

　　　此間為而家八方何處白雲乃棚引山乎超而來二家里

こゝにして家やもいつこ　家やものも助字也韓退之か雲｜横《ヨコタフ》2秦嶺《シンレイニ》1家｜何有《イツクニカアル》といひしに似たり

　

　一首　 穂積《ホツミノ》朝臣｜老《オヒ》

288　わかいのちしまさきくあらはまたもみんしかのおほつによするしらなみ

　　　吾命之真幸有者亦毛將見志賀乃大津尓縁流白波

わかいのちしまさきく　祇曰志賀の大津面白けれは我命さいはいあらは又も來て見んといふ也愚案此哥口訣有

　

　初月《ミカツキノ》歌二首　　間人宿祢大浦《ハシウトノスクネヲホウラ》

289　あまのはらふりさけ見れはしらま弓はりてかけたる夜みちはよけん

　　　天原振離見者白真弓張而懸有夜路者將吉

あまのはらふりさけみれは　奥儀抄云白真弓とはかたわれ月を云ふりさけとはふりあふくなり愚案三日月は幽なれは半月の夜道をねかふ也

290　くらはしの山をたかみかよこもりにいてくる月のひかりともしき

　　　椋橋乃山乎高可夜隠尓出來月乃光乏寸

くらはしの山を高みか　椋橋《クラハシ》山八雲に大和と云々夜こもりにとは跡に夜をこめし心也此にさへられてにや月光のうすきと也

　

　勢能山謌《セノヤマノウタ》一首　　小田事《ヲタノツカフ》

291　まきのはのしなふせの山しのはずてわかこえゆかはこのはしりけん　

　　　真木葉乃之奈布勢能山之奴波受而吾超去者木葉知家武

まきのはのしなふ　戀の哥也槇の葉打しなへたるせの山を忍ひ兼て行通《ユキカヨ》へは木葉は通ふを知んと也

　

　四首　　角《ツノ》麻呂

292　ひさかたのあまのさくめのいは舟のはてしたか津はあせにけるかも

　　　久方乃天之探女之石船乃泊師高津者淺尓家留香裳

ひさかたのあまのさくめ　天探女《アマノサクメ》は無名雉《ナナシキシ》を奇鳥《アヤシキトリ》來《キタ》れりと天稚彦《アメワカヒコ》に告《ツケ》たる事日本紀二ニ有高津は津の国也彼天稚彦｜天神《アマツカミ》の御使にて弓矢を給りて下りける時天探女も岩船にのりてくたりて此高津にとゝまりし其岩船とて岩の大なるか埋れて今も此所に在とかや奥儀抄には此哥の注に日本紀神武天皇の記に天岩船《アマノイハフネ》に乗て飛下れる物有といふを引て其岩船に乗物は河内に岩船明神とておはす此事の由有是は饒速日《ニキハヤヒノ》命也国も別也

　

　

293　しほかれのみつのあまめのくゝつもちたまもかるらんいさゆきて見ん

　　　鹽干乃三津之海女乃久具都持玉藻將刈率行見

しほかれのみつのあまめ　塩のひたる三津の浦なるへしあまめは女蜑也童蒙抄云くゝつとはかたみ（かこ也）を云也仙曰細き縄にて物入る物にして田舎の者の用也

294　かせをいたみおきつしらなみたかゝらしあまのつりふねはまにかへりぬ

　　　風乎疾奥津白浪高之海人釣船濱眷奴

風をいたみおきつしら波　風いたくふく事を風をいたみといふ也

295　すみの江のきしの松原とをつかみわかおほきみのみゆきしところ　

　　　清江乃 木笶松原遠神我王之幸行處

すみの江のきしの松原　とをつかみとは天子を神と申によりむかしの天子を申すなるへし住吉は神功皇后神の教のまゝに祝ひ給へる御神也

　

　任《ニンスル》2上野ノ國司ニ1時至テ2駿河浄見埼《スルカノキヨミノサキニ》1作歌二首　　田口ノ益人大夫《マスヒトマウチキミ》

296　いほはらのきよみのさきのみほの浦のゆだに見えつゝ者思ひもなし

　　　廬原乃浄見乃（イ之か）埼乃見穂之浦乃寛見乍物念毛奈信

いほはらのきよみのさき　類聚萬葉には清見か崎のと有いほはらは郡の名也八雲抄に駿河と有ゆたにはゆたかに美景に忘ル2旅｜懷《クハイヲ》1心也

297　ひる見れとあかぬたこの浦おほ君のみことかしこみよる見つるかも　

　　 晝見騰不飽田兒浦大王之命恐夜見鶴鴨

ひる見れとあかぬ　国司は分憂の職とて帝の民を恵みうれへさせ給心を分て国司に民を恵せ給也又帝と治を共《トモ》にするともいへりされはかゝる命令《メイレイ・ミコト》をおもくしおそるゝ故に私《ワタクシ》の遊覧を心ニ任せす昼見てもあかす猶見まほしき浦をよる見ると也只見テ2公程ヲ1不《ス》v見《ミ》v春ヲと熊孺登か役をつゝしみし心也

　

　

　一首　　弁基《ベンギ》【或云春日蔵ノ首《ヲフト》老カ之法師ノ名也】

298　まつち山ゆふこえゆきていほさきのすみたかはらにひとりかもねん

　　　亦打山暮越行而廬前乃角田河原尓獨可毛將宿

まつち山ゆふこえ行て　八雲抄云いほ崎角田川下総云々まつち山同

　

　一首　　大納言大｜伴《トモノ》卿《キヤウ》　未v詳【旅人かと也】

299　おく山のすかの葉しのきふる雪のけなはおしけん雨なふりこそ

　　　奥山之菅葉凌零雪乃消者將惜雨莫零行年

おく山のすかのはしのき　類聚にはけなははたおし雨なふりそねと和ス新点ニは如《コトシ》v此《カクノ》ふりこそは降來そ也仙すかはすぐ也等の説如何しのくは歌林良材云凌の心也顕昭袖中抄云宋韵云凌者歴也云々道を歴《フ》といふも其道をとをる心也薬師経に不2相侵凌《アヒヲカシシノカ》1と云文も有しのくはをかす事ときこゆ中畧古今には菅の根しのきとあり菅の葉を凌き降雪をおしむ心也

　

　

　

　駐《トヽメテ》2馬ヲ寧樂山ニ1作歌二首　　長屋王

300　さほすきてならの手向にをくぬさはいもをめかれすあひ見しめとそ

　　　佐保過而寧樂乃手祭尓置幣者妹乎目不離相見染跡衣

さほすきてならのたむけ　見安云｜手祭《タムケ》は山の峠《タウケ》也見しめとそよく見せしめよと也云々一説ならに手向山あり其神にぬさ奉る心也佐保は長屋王の家有佐保の左大臣と申人也めかれすはかれ／＼ならす妹をみせよと祈と也

　

　

301　いはかねのこりしく山をこえかねてねにはなくともいろにいてめやも

　　　磐金之凝敷（イこゝしき）山乎超不勝而哭者（イなきは）泣友色尓將出八方

いはかねのこりしく山　疑《コリ》は玉篇に堅也云々袖中抄云いはかねは岩の根也こりしくは疑敷と書岩根のたゝみしける也こきしくも同心也畧注哥の心は此なら山の越かたきにはあらす家路の遠さかりかたきをなけく心なるへしされとも別かたき色を人には見えしと也此こりしく山は古点也仙点はこゝしき也難用

　

　

　

　一首　　中納言｜安倍廣庭《アヘノヒロニハノ》卿

302　こらかいへちやゝまとをきをぬはたまの夜わたる月にきほひあへんかも

　　　兒等之家道差間遠烏野干子乃夜渡月尓競敢六鴨

こらかいへちやゝまとをき　こらは妹を云也やゝ遠けれはゆく月にきほひ行《ユキ》てとく妹かりゆかんと也

　

　下ル2筑紫ノ國ニ1時海路ニテ作歌二首　　柿本朝臣人麻呂

303　名くはしきいなみのうみのおきつなみちへにかくれぬやまとしまねは

　　　名細（イなにたか）寸稲見乃海之奥津浪千重尓隠奴山跡嶋根者

名くはしきいなみのうみ　此五文字童蒙抄類聚萬葉等には名にたかきとよめり名の高く世に委細にきこゆる心なれは義同｜印南《イナミノ》海｜播磨《ハリマ》也波の千重にかくれて故郷大和の見えぬと也大和島根前ニ注

　

　

304　すめろきのとをのみかとゝありかよふしまとを見れは神代しそおもふ

　　 大王（イおほきみ）之遠乃朝蟻通嶋門乎見者神代之所思

すめろきのとをのみかと　普天《フテン》の下あまねく王土なれは遠国をとをのみかとといふ也奧にも有嶋門は嶋の家ある也｜有《アリ》かよふは行かよふ心也昔｜仲哀《チウアイ》天皇｜斉明《サイメイ》天皇など筑紫《ツクシ》に行幸ありし其跡なとを見て懷旧《クハイキウ》の情をおこせしにや

　

　

　

　近江ノ舊都《フルキミヤコノ》歌一首　　高市連黒人《タカイチノムラジクロヒト》　【一云｜小辧《コベンカ》作《サク》也何人ソ未v詳】

305　かくゆへに見じといふ物をさゝなみのふるきみやこを見せつゝもとな

　　　如是故尓不見跡云物乎樂浪乃舊都乎令見乍本名

かくゆへに見しといふ物を　もとなはよしな也見れはかく懷旧の心忍ひかたき故見るましきといふ物をよしなく見せて昔を思はすると也

　

　幸2伊勢ノ國ニ1之時作レル歌一首　　安貴王　春日ノ皇子之子

306　いせのうみのおきつしら浪花にもかつゝみていもかいへつとにせん

　　　伊勢海之奥津白浪花尓欲得裹而妹之家裹為

いせの海のおきつ白波　花にもかな也いへつとは見やけ也

　

　往テ2紀伊ノ國ニ1見テ2三穂石室《ミホノイハヤヲ》1作レル歌三首　　博通法師

307　しのすゝきくめのわかこかいましけるみほのいはやは見れとあかぬかも　一云あれにけるかも

　　　皮為酢寸久米能若子我伊座家留（イ家牟ケン）三穂乃石室者雖見不飽鴨　安礼　　尓家留可毛

しのすゝきくめのわかこ　祇曰ほに出ぬをしの薄といふ古く人の住たる石室《イハヤ》をみて讀る也見安云｜久米能若子《クメノワカコ》くめは姓也若子は名也愚案此儀仙覺にしたかへり非也くめのわかこ一人の御名にて姓なといふことにあらすたゝしき事なから見あたらさるにや口訣別に注す

　

　

308　ときはなるいはやは今も有けれとすみける人そつねなかりける

　　 常磐成（イなす）石室者今毛安里家礼騰住家類人曽常無里家留

ときはなるいはやは今も　是も久米若子を讀也

309　いはやとにたてる松の木なを見れはむかしの人をあひ見ることし

　 　 石室戸（イいはむろ）尓立有松樹汝乎見者昔人乎相見如之

いはやとにたてる松の　類聚萬葉にはいはむろにとよめりなをみれはとは松を汝《ナンチ》をみれはと云也

　

　詠メテ2東ノ市ノ之｜樹《ウヘキヲ》1作歌一首　　門部《カトヘノ》王

310　ひんかしのいちのうへ木のこたるまてあはぬきみうへわれこひにけり

　　　東市之植木乃木足左右不相久美宇倍吾戀尓家里

ひんかしのいちのうへ木　京の東の市也西市とても有市の司《ツカサ》を置《ヲキ》て財貨《サイクハ・タトラ》交易《カウエキ・カヘカフル》等《トウ》の事を司さとらしむるよし養《ヤウ》老の職員令《シキインレウ》に有又市に木をうゆる事は前｜漢《カン》の元始四年に長安の南北に市をなすに槐樹《クハイシユ》数百をつらねて隊《タイ》をなし諸｜生《セイ》朔望に此市に會《クハイ》す各其郡の貨物《クハブツ・タカラ》経書《ケイシヨ》相ともに買賣《ハイ／＼》す或は此｜槐《エンズ》下に議論《キロン》すなと三｜輔黄圖《ホクハウト》に有此東市の樹《ウヘキ》も此類か祇曰心は戀也こたるまては年へて枝々なとのたれたる木也木の垂《タルヽ》也愚案きみうへは君故也年へても逢ぬ君故我は戀すると也

　

　

　

　從《ヨリ》2豊前國《フセンノクニ》1上ルv京《ミヤコニ》時《トキ》作レル歌一首　　鞍作村主益人《クラツクリノスクリイヤヒト》

311　あつさゆみひくとよくにのかゝみやま見でひさならは戀（コヒ）しけんかも

　　　梓弓引豊國之鏡山不見久有者戀敷牟鴨

あつさ弓ひくとよくに　仙曰豊国の鏡山とは豊前ノ風土記ニ曰河ノ郡ノ鏡山在2郡ノ東1昔者《ムカシ》氣足《ヲキタラシ》姫ノ尊在テ2此山1遥《ハルカニ》覧《ミテ》2國ノ形ヲ1勅シテ祈テ云リ天神地祇為ニv我｜助《タスケヨ》v福《サイハイヲ》便チ用テ2御鏡ヲ1安2置ス此處ニ1其鏡即チ化シテ為v石ト今在2山中ニ1因《ヨリテ》名2鏡山ト1愚案上句は序哥也見すして久しくあらは戀しけんかも又戀ましきかはとの心也あつさ弓ひくとよくに枕詞也見安云弓をひけは廣くなる故にゆたかなる儀也

　

　

　

　被ルニv使《シメラ》v改2造《アラタメツクラ》難波都《ナニハノミヤコヲ》1時作歌一首　　式部卿藤原ノ宇合卿《ノキアヒノキヤウ》

312　むかしこそなにはいなかといはれけめいまはみや人そなはりにけり

　　　昔者社難波居中跡所言奚米今者京引都備仁鷄里

むかしこそなにはなゐかと　仁徳帝の後都をやまとこゝかしこにうつされて難波は田舎なりしか今｜再興《サイコウ》せられて宮人も備《ソナハ》りしと也百寮の備《ソナハ》りし事なるへし日本紀廿九天武天皇十二年詔シテ曰ク凡｜都城《ミヤコ》宮室《ヲホミヤ》非ス2一處ニ1必ス造ン2兩参《トコロ／＼ニ》1故ニ先欲《オモフ》v都セント2難波ニ1是以百寮各／＼往テ之請《タマハレ》2家地ヲ1このときの事なるへし

　

　

　

　一首　　土理宣令《トリノフヨシ》

313　みよしのゝ瀧のしらなみしらねともかたりしつけはむかしおもほゆ

　　　見吉野之戴瀑乃白浪雖不知語之告者古所念

みよしのゝたきのしら波　一二の句はしらね共の枕詞也語し告はゝ語繼は也吉野の瀧の宮の古の事はしらねとも語り傳へたれは昔を思ひやらるゝ心也

　

　一首　　波多《ハタノ》朝臣少足

314　さゝれなみいそこせちなるのとせ河をとのさやけさたきつせことに

　　　小浪礒越道有能登湍河典音之清左多藝通瀬毎尓

さゝれなみいそこせち　礒越道師説遠江云々一説さゝれ波は岩越《イソコス》といはん枕詞也八雲抄のとせ河は河内と云々近江河内兩国に在歟

　

　暮春ニ幸キノ2芳野ノ離宮ニ1時奉リテv勅ヲ時作ル歌一首并短歌　

　　中納言｜大伴《トモノ》卿　諱｜旅人《タヒント》

315　みよしのゝよしのゝ宮は山からしたふとかるらしなかゝらしいさきよからしあめつちとなかくひさしきよろつよにかはらすあらんみゆきせしみや

　　見吉野之芳野乃宮者山可良志貴有師永可良思清有師天地與長久萬代尓不改將有行幸之宮

山からしたふとかるらし　山からにて貴《タフト》くあるらんと也山からしのしは助字也らしといふ詞をかさねて珍しき詞つゝき也天長地久と此よしのゝ離宮を祝へる哥也芳野の宮に行幸は天武持統文武帝等度々有し事日本紀續日本紀にみえたり

　

　

　反歌

316　むかし見しきさのをかはを今見れはいよ／＼きよくなりにけるかも

　　　昔見之象乃小河乎今見者彌（イいやに）清（イさやけく）成爾來鴨

むかし見しきさの小河　象《キサノ》小河八雲抄大和吉野と有

　

　望《ノソミテ・ノソメル》2不盡《フジノ》山ヲ1歌一首并短歌　　山部宿祢赤人

317　あめつちのわかれしときに神さひてたかくたふときするかなるふしのたかねをあまのはふりさけみれはわたる日のかけもかくろひてる月のひかりも見えすしら雲もいゆきはゝかりときしくそ雪はふりけるかたりつぎいひつきゆかんふしのたかねは

　

　　天地之分時從神左備手高貴寸駿河有布士能高嶺乎天原振放見者度日之陰毛隠比照月乃光毛不見白雲母伊去波伐加利時自久曽雪者落家留語告言繼將往不盡能高嶺者

あめつちのわかれし　天地｜開闢《カイヒヤク・ヒラクル》の神代より神さびふりて高貴《タカクタツト》きと富士を稱美也此山の縁起には月氏の七嶋の第三の山飛來ると云孝安天皇ノ御宇一夜ニ涌出するなどもいへど難v信此哥の義正義なるべし神さびは久しくふりたる儀なるへし

　

わたる日の影も隠ひ　山の高大をいふ也史記曰｜崑崙《コンロンハ》日月ノ所ロ3相ヒ避《サケ》隠テ為ス2光明ヲ1也といひしたくひにや

伊ゆきはゝかり　仙曰伊は發語の詞也見安云ゆきはゝかり也雲も峯をよくる心也

ときしくそ　時なくそ也又とこしなへにそ也日本紀垂仁記に不時香菓《トキシクノカクノミ》と有

　反歌

318　たこのうらにうち出てみれはましろにそふしのたかねに雪はふりける

　　　田兒之浦從打出而見者真白（イしろたへの）衣不盡能高嶺爾雪波零家留

たこのうらにうち出て　祇曰ふしを遠望したる也玄旨百人一首抄云田子の浦のたくひなきを立出てみれは眺望かきりなくして心詞に及ぬにふしの高根の雪を見たる心を思ひ入て吟味すへし海邊の面白き事をも高根の妙なるをも詞に出す事なくして其さま計をいひたる事尤奇妙也新古今には少かはりて入也

　

　詠ル2不盡ノ山ヲ1歌一首并短歌　　笠朝臣金村

319　なまよみのかひのくにうちよするするかの国とこち／＼のくにのさかひに出てしあるふしのたかねはあま雲もいゆきはゝかりとふとりもとひものほらすもゆる火を雪もてきやしふる雪を火もてけしつゝいひかねて名をもしらせすあやしくもいます神かもせのうみとなつけてあるもその山のつゝめる海そふしかはと人のわたるも其やまの水のあたりそ日の本のやまとの国のしつめともいますかみかもたからともなれる山かもするかなるふしのたかねは見れとあかぬかも

　

　

　　奈麻余美乃甲斐乃國打縁流駿河能國與己知其智乃國之三中從出之有不盡能高嶺者天雲毛伊去波伐加利飛鳥母翔毛不上燎火乎雪以滅落雪乎火用消（イけち）通都言不得名不知霊母座神香聞石花海跡名付而有毛彼山之堤有海曽不盡河跡人乃渡毛其山之水乃當焉日本之山跡國乃鎮十方座祇可聞寳十方成有山可聞駿河有不盡能高峯者雖見不飽香聞

　

　

なまよみの　甲斐の枕詞也上古の世諺今其義押はかりかたき事此詞にかきるへからす仙抄采葉等難v有2其儀1難v用か

うちよする　するかの枕詞也仙抄兩説あるも皆髣髴儀也難用

こち／＼の　こと／＼也ちととゝ通ス盡《コト／＼ク》の儀也此山甲斐信濃駿河三国にかゝると云｜三中《サカヒ》の字奇也

いひかねて名をも知せす　言不得名不知と書あやしくもいます神かもといはんとて也日本紀一ニ一ノ物｜在《ナレリ》2於｜虚《ソラノ》中ニ1状貌《カタチ》難《カタシ》v言《イヒ》といひ老子經ニ有v物｜混成《マロカレナレリ》吾不v知ラ2其ノ名ヲ1なと云類なるへしもゆる火をといふより以下皆此山の奇妙をいひたつる也雪も火も不絶心也

　

　

せの海　仙曰富士山のいぬゐに侍る水うみ也見安云｜石花《セ》【二字を一字によむ也】

しつめとも　見安云鎮守の心也愚案山を神と云

　反歌

320　ふしのねにふりをく雪はみなつきのもちにけぬれはそのよふりけり

　　　不盡嶺尓零置雪者六月十五日消者其夜布里家里

ふしのねにふりをく　仙曰六月十五日に其雪消て子の時より又降と駿河風土記にみえたり

　

　（内衆）詠ル2不盡ノ山ヲ1歌一首　　高橋蟲麻呂

321　ふしのねをたかみかしこみあま雲もいゆきはゝかりたなひくものを

　　 布士能嶺乎高見恐見天雲毛伊去羽斤田菜引物緒

ふしのねをたかみ　雲も行はゝかりて棚引とは高きを云也

　

　至テ2伊豫温泉《イヨノユ・イヨノイテユ》ニ1作レル歌一首并短歌　　山部宿祢赤人

322　すめろきの神のみことのしきます国の盡湯《のみゆイしゝゆ》はしもさはにあれとも嶋山のよろしきくにとこゝしきいよのたかねのいさにはのをかにたゝしてうたふおもひいふおもひせしみゆのうへのこむらを見れはをみの木もおひつきにけりなくとりのこゑもかはらすとをきよにかみさひゆかんみゆきしところ

　

　

　　皇神祖之神乃御言乃敷座國　者霜左波尓雖在嶋山之宣國跡極此疑伊豫能高嶺乃射狭庭乃崗尓立而歌思辭思為師三湯之上乃樹村乎見者臣木毛生繼尓家里鳴鳥之音毛不更遐代尓神左備將徃行幸處

　

　

すめろきのかみのみこと　帝をたふとみて云

しきます　しろしめす也

国の盡湯はしも　しもは助字也｜之盡湯《ノミユ》のみゆとよむ又はししゆと点すいてゆにや如何

さはにあれとも　多くあれとも也温泉はおほけれとも島山美景ある国と也

こゝしき　宜きにきはまる也

いさにはの岡　仙抄曰伊予ノ風土記ニ云上宮聖徳皇子立ツ2湯ノ岡ノ側《ホトリニ》碑《ヒノ》文ヲ1其ノ立ル2碑文ヲ1處ヲ謂フ2伊社迩波《イサニハノ》之岡ト1也當土ノ諸人｜等《ラ》欲シテv見ント2其碑ヲ1率引來《イサナヒキタル》因テ謂フ2伊社迩波ト1也云々

　

　

うたふおもひいふおもひ　此集第一ニ熟田津に舟のりせんと月まてはといふ哥の註に憶良か類聚歌林を引て斉明天皇伊予の石湯の行宮《カリミヤ》に泊給ふ事をいふに天皇御2覧《ミソナハシテ》昔日《ムカシヨリ》猶｜存《ナカラヘ》之物ヲ1當時《ソノカミ》忽ニ起シテ2感哀ノ之情ヲ1所以《コノユヘニ》因テ製シテ2歌詠ヲ1為v之哀傷ス也云々是はむかし舒明天皇と此湯に行幸有し事をおほし出たりし事なるへし製歌詠為之哀傷とあるは歌《ウタフ》思ヒ辭《イフ》思ヒ之

　

　

樹村《コムラ》を見れは　彼湯のうへに生茂れる樹のむらかれるを赤人の見る也

をみの木もおひつぎにけり　是も彼憶良類聚歌林に一書ニ曰ク是時宮ノ前ニ有2二ツ樹ノ木1班鳩《イカルカ》比米《シメ》ノ二鳥｜大集《アツマル》時ニ勅シテ掛2稲穂1而養v之云々仙覺引ところの風土記ニ於2大殿戸1有v椹《ヲミ・モミ》云2臣《ヲミノ》木1於2其木上1集ル鵤《トリ》云2比米《シメ》ト1なといへる此集第一委これもおなし事なるへしされはむかしの臣の木も生繼て今にありなく鳥もかはらすといふは彼比米の事なるへしむかしの樹も鳥もかはらねは猶行末の遠き世にもかみさひのこりゆかん先帝のみゆきせし所そと也

　

　

　反歌

323　もゝしきのおほみや人のにきたつにふなのりしけんとしのしらなく

　　　百式（ル）紀乃大宮人之飽田津尓船乗將為年之不知久

もゝしきのおほみや人　ふなのりしけんとは彼斉明天皇の御哥熟田津にふなのりせんと月まてはしほもかなひぬ今はこきこなとよませ給ふ哥の心なるへし其大宮人のふなのりしたりけん年月も古き事にて今はしらなくと也但此月まてはの哥此集には額田王の哥と有然らは大宮人とは此おほきみをよめるにや侍るらん

　

　

　

　登テ2神岳《ミワヤマニ》1作歌一首并短歌　　山部宿祢赤人

登神岳　【仙はカミヤマ此本并師説ミワヤマ】

324　みもろのやかみなひやまにいほえさししゝにおひたるとかの木のいやつき／＼にたまかつらたゆる事なくありつゝもやますかよはんあすかのふるきみやこは山たかみ河とほしろしはるの日はやましみかほし秋のよは河しさやけしあさ雲にたづはみたれてゆふきりにかはつはさはく見ることにねにのみなかるむかしおもへは

　

　

　　三諸乃神名備山尓五百枝刺繁生有都賀乃樹乃彌繼嗣尓玉葛絶事無在管裳不止將通明日香能舊京師者山高三河登保志呂之春日者山四見容之秋夜者河四清之旦雲二多頭羽亂（イまよひて）夕霧丹河津者驟毎見哭耳所泣古思者

　

　

三諸乃　此本ミモロノヤと点ス

いほえさし　枝の茂き心也

とかの木のいやつき／＼　見安云枝を次第／＼にさす木也愚案つき／＼にたえすといはん枕詞也

玉かつら　絶る事なくの枕詞也あすかのふるき都は斉明天皇の御宇也其むかしをしたふ心なるへし

山とほしろし　仙曰山をほむる詞也見安云山面白也

山しみかほし　しは助字也みかほし見まほし也又一説筑波山を見かほし山といふにて思へは茂く盛なる心歟

たつはみたれて　鶴也鶴は亂蛙さはく雲霧の旦暮懷旧の心を催すへし

　反歌

325　あすかゝは川よとさらすたつきりのおもひすくへきこひにあらなくに

　　　明日香河川余藤不去立霧乃念應過孤悲爾不有國

あすかかは川よと　是斉明天皇の都の跡也川淀は水のよとむ處也童蒙抄云河霧の立去こともせぬやうに君独り心とまりて思ひ過へき方もなしとよめり愚案此哥旧都をしたふ事を戀の哥のやうによめるにや

　

　

　

　在テ2難波ニ1見テ2漁父燭光《キヨフノトモシヒ》ヲ1作歌一首　　

　　門部《カトヘノ》王

326　見わたせはあかしのうらにたける火のほにそいてぬるいもにこふらく

　　　見渡者明石之浦尓焼（ともすイ）火乃保尓曽出流妹尓戀久

見わたせはあかしのうらに　序哥也妹に戀る心の顔にあらはれしと也

　

或《アル》娘子《ヲトメ》等《ラ》賜《タマヒテ》2裹《ツヽメル》乾鰒《ホシアハヒヲ》1戯《タハレニ》請《コフ》2咒願《ジユクハン・マシナヒ》ヲ1時作ル歌一首

　　通觀《ツウクハン》

327　わたつみのおきにもて行てはなつともうれもそこれかしにかへりいかん

　　　海若之奥尓持行而雖v放宇礼牟曽此之將（ン）2死還生

わたつみのおきに持行《モテユキ》て　うれもそはいつれもそ也彼｜干鰒《ホシアハヒ》を海にはなつともいつれそこれか死にかへり生ぬへきと也たとひ咒願すとも干鰒にはかひあらしといはんとて沖に持行て放つともと云也いつといふ詞うにかへれはいつれをうれといふ也しかをさといひきえをけといふにおなし

　

　

　

　一首　　太宰《タサイノ》少｜貳《ニ》小野ノ老《ヲヒノ》朝臣

328　あをによしならのみやこはさくはなのにほふかことくいまさかりなり

　　　青丹吉寧樂乃京師者咲花乃薫如今盛有

あをによしならのみやこ　是はならの新都のさかりなる事をよめるなるへし青丹吉前ニ注

　

　　二首　　防人司佑《サキモリノツカサノスケ》大｜伴《トモノ》四綱《ヨツナ》

防人　東國の兵士を太宰府の守護に遣遣物也【第廿卷委】

329　やすみしるわかおほきみのしきませるくにのなかにはみやこしそおもふ

　　　安見知之吾王乃敷座在國中者京師所念

やすみしるわかおほきみ　敷ませるはおはしますの心也或は知おはす心也

330　ふちなみのはなはさかりになりにけりならのみやこをおもほすやきみ

　　　藤浪之花者盛尓成來平城京乎御念（イおもほゆ）八君

ふちなみの花はさかり　藤は春日の神木なれは此の盛りにつけては南都を思ひ出給ふかと也君は誰にてもなるへし祇注つくしにて讀り云々

　

　五首　　帥《ソチノ》大伴卿《トモノキヤウ》

331　わがさかりまたかへれやもほと／＼にならのみやこを見すかなりなん

　　　吾盛 復將八方殆寧樂京乎不見歟將成

わがさかり又かへれやも　もは助字也我老年二たひ壮盛に立歸れかくのみ老衰しては故郷をえ見すや有なんと也大伴卿太宰の帥に任して都をおもふ哥なるへし【旅人の哥也】

332　わかいのちも常にあらぬかむかし見しきさのをかはをゆきて見んため

　　 吾命毛常有奴可昔見之象小河乎行見為

わかいのちも常にあらぬか 故国大和のきさの小河は常にてかはるましきに我命もつねにあらぬかは常にあらはふたゝひかへりてゆきてみんためにと也象小河大和吉野郡

333　あさちはらとさまかくさまに物思へはふりにしさとのおもほゆるかも

　　　淺茅原曲曲二物念者故郷之所念可聞

あさちはらとさまかくさま 太宰府にて淺茅生たる所を見てとかく思ひつゝくるに故郷も我なきほとにかく荒て淺茅もや生せんなと想像《ヲモヒヤル》心也

334　わすれ草わかひもにつくかくやまのふりにしさとをわすれじがため

　　　萱草吾紐二付香具山乃故去之里乎不忘（仙わすれぬ）之為

わすれ草わかひもに付　わすれしかためは古点也かく古郷の戀しくて終にえ忘れじかために忘草を帯ると也仙点はわすれぬかためと点祇曰忘草をもわか紐に付て愁を忘ん忘られぬほとに其ためにといふ心也愚案｜萱草《クハンザウ・ワスレクサ》一名｜忘《バウ》憂《イウ・ウレヘ》草これを帯れはうれへをわするゝといふ事本草和名等にあり毛詩にも有

　

　

335　わかゆきはひさにはあらし夢のわた瀬とはならすてふちとありとも

　 　吾行者久者不有夢乃和太湍者不成而淵有毛

わかゆきはひさにはあらし　見安云夢の和太吉野の内の名所也又二条殿の作には夢の渡り夢の浮橋なといふ言の便也是迄見安愚案たとひ夢の渡は渕と有てわたりかたく有とも我ゆかん事は久しくほとはあらしと也我戀は夢の渡りの浮橋のうちわたしつゝ物をこそおもへともよめり

　

　

　

　詠《ヨメル》v綿《ワタヲ》歌一首【續日本紀ニ云養老七年二月遣シテ2僧満誓《マンセイヲ》於筑紫ニ1令ムv造《ツクラ》2観世音寺ヲ1】　　沙彌満誓《シヤミマンセイ》

　

　

336　しらぬひのつくしのわたは身につけていまたはきねとあたゝかに見ゆ

　　　白縫筑紫乃綿者身箸而未者妓袮杼暖所見

しらぬひのつくし　祇曰不知火の筑紫といふ事也仙曰日本紀第七｜大足彦忍代別《ヲホタラシヒコヲシロワケ》天皇ノ御宇十八年五月壬辰朔從2葦北《アシキタ》1發v船《フナテシテ》到ル2火國《ヒノクニ》1於是《コヽニ》日｜没《クレヌ》夜｜冥《クラクシテ》不v知2着岸《ホトリヲ》1遙《ハルカニ》見ル2火ノ光ヲ1指《サシテ》v火ヲ往テ之即得タリv着コトヲv岸《キシニ》天皇問テ2其火ノ之處ヲ1曰｜何謂邑《ナニトイフクニソ》國人｜對《コタヘテ》曰是八ツ代縣《シロノアカタ》豊村《トヨムラ》亦｜尋《タツネテ》2其火《ヒヲ》1是《コレ》誰《タレ》人ノ之火ソ也然トモ不v得v主ヲ茲《コヽニ》知《シリヌ》非スト2人ノ火ニ1故ニ名テ2其國ヲ1曰2火ノ國ト1しかれは是をしらぬ火のつくしといふへし又つくしといふしの字は島の義也彼の筑紫の嶋のかたち木兔に似たり此故につくしと云

　

　

　

　罷《ヤムル・マカル》v宴《エンヲ》歌一首　酒宴をやめてかへらんとする哥也

　　山｜上《カミノ》憶良《ヲクラノ》臣

337　をくらゝは今はまからん子なくらんそのかのはゝもわれをまたんそ

　　　憶良等者今者將罷子將哭其彼母毛吾乎將待曽

をくらゝはいまはまからん　心敬僧都の私語《サヽメコト》に此哥日暮たりいさ歸なん子鳴らん其子の母も我を待らん貫之萬葉の秀哥とかけり定家卿もあまりなる事とまて申給へりされとも故あるへしと有

　

　

　

　讃《ホムル》v酒ヲ歌十三首　　大宰帥《タサイノソチ》大伴　旅人卿也

338　しるしなき物をおもはすはひとつきのにこれるさけをのむへくあらし

　　　験無物乎不念者一坏乃濁酒乎可飲有良師

しるしなき物を　見安云｜一杯《ヒトツキ》は一盃の心也愚案酒は忘憂《ハウイウ・ウレヘヲワスル》ノ物と古よりいへは思ひてしるしもなき物を思はぬ徳ある物ならはと也

339　酒の名をひしりとおほせしいにしへのおほきひしりのことのよろしさ

　　 酒名乎聖跡負師（仙おひし）古昔大聖之言乃宜左

酒の名をひしりとおほせし　徐※［しんにょう＋貌］《シヨハク》沈酔《チンスイ》して聖人にあてらるといへり鮮干輔《センカンホ》が曰酒の清る者を聖人とし濁るを賢人とすといへりかゝる貴き酒に聖《ヒシリ》と名をおほせし大｜聖人《セイジン》の詞の宜《ヨロシ》さよと也

　

　

340　いにしへのなゝのかしこき人とちもほりするものは酒にしあるらし

　　　古之七賢人等（イとも）毛欲（イほしかる）為物者酒西有良師

いにしへのなゝのかしこき　童蒙抄云七の賢き人とは魏氏《ギシ》春ン秋ウ曰｜阮籍《ゲンセキ》※［のぎへん＋（尤／山）］康《ケイコウ》山濤《サントウ》阮咸《ゲンカン》向秀《キヤウシウ》王｜戎《ジユ》劉怜《リウレイ》あひともに竹林にあそぶ皆酒を好《コノ》む是を七賢とす愚案晋書※［のぎへん＋（尤／山）］康傳に有ほりする類聚童蒙抄等ほしかる

　

　

341　かしこしとものいふよりはさけのみてゑひなきするしまさりて有らし

　　　賢跡物言從者酒飲而酔哭為師益有良之

かしこしとものいふよりは　するしのしは助字也

342　いはんすべせんすべしらすきはまりてかしこきものは酒にしあるらし

　　　將言為便將為便不知極貴（イたふとき）物者酒西有良之

いはんすべせんすへしらす　いはんやうもせんかたもなく至極して貴き物は酒そと也かしこきはたふとむに同仙義同

343　なか／＼にひとゝあらすはさかつほになりにてしかも酒にしみなん

　　 中中尓人跡不有者酒壷二成而師鴨酒二染甞

なか／＼にひとゝあらすは　生々世々の中に人間と生るにあらすはなましゐの有情より酒つほに成て酒に染《シマ》んと也

344　あな見にくさかしらをすと酒のまてひとをにらむはさるにかもにる

　　　痛醜賢良乎為跡酒不飲人乎熟《イにく》見者猿二鴨似

あな見にくさかしら　さかしらをすとはかしこたてをする也猿にかも似るといへるは劉伶か酒徳頌《シユトクノセウ》に有テ2貴介公子｜※［手偏＋晋］紳《シンシン》處子1聞吾風声1議シテ2其所以ヲ1乃奮ヒv袂ヲ攘《アケ》v衿《エリヲ》怒シv目｜切《クヒシハル》v歯ヲなとありて二豪ノ侍ルハv側ラニ焉如2※［虫＋果］贏《クハラ》ト之與トノ2螟蛉1といへるにをのつから似たり

　

　

345　あたひなき寶といふともひとつきのにこれるさけにあにまさらめや

　　　價無寳跡言十方一坏乃濁酒尓豈益目八

あたひなきたからと　無價寶珠《ムゲホウシユ》　法華經の五百弟子受記品ニアリ

346　よるひかる玉といふともさけのみてこゝろをやるにあにしかめやも

　　 夜光玉跡言十方酒飲而情乎遣爾豈若目八方

よるひかる玉といふとも　夜光珠戦國策ニ魏ノ田夫《デンブ》野に耕《タカヘ》して徑一尺の玉を得て※［まだれ＋無］下に置けれは夜ル光《ヒカリ》て一室を照《テラ》すと云々史記ニ魏ノ惠《ケイ》王ノ曰｜徑《ワタリ》寸之珠照2車ノ前後各十二乗1といへり

　

　

347　世のなかのあそひの道にましらはくゑひなきするにありぬべからし

　　　世間之遊道尓洽者酔泣為尓可有良師

世の中のあそひの道に　世の極楽は酔鳴そと也

348　いまのよにしたのしくあらはこんよにはむしにとりにもわれはなりなん

　　　今世（イ代）尓之樂有者來生（イ代）者蟲尓鳥尓毛吾羽成奈武

いまのよにしたのしく　今生に酒のみて楽みてあらは來世には虫類鳥類にもならはなれと也たのしくは酒の楽みを云

349　いけるひとつゐにも死ぬる物にあれはこのよなるまはたのしくをあれな

　　　生者遂毛死物尓有者今生在間者樂乎有名

いける人つゐにもしぬる　祇曰酒をのみてたのしめと云と也をは助字也

350　たゝにゐてさかしらするは酒のみてゑひなきするになをしかずけり

　　　黙然居而賢良（かたらひ）為者飲酒而酔泣為爾尚不如來

たゝにゐてさかしら　此哥或本ニは世の中のあそひのみちといふ哥の次にあり心はたゝにゐてとは酒のまてかしこたてしつさま／＼思慮《シリヨ》する心也白氏文集六十一卷｜酒功賛《シユコウサンニ》曰ク吾《ワレ》常《ツネニ》終日《ヒネモス》不《ズ》v食セ終夜《ヨモスカラ》不v寐《イネ》以テ思ヘトモ無《ナシ》v益《エキ》不《シ》v如《シカ》2且《カツ》飲マンニハ1といへるおもかけに似たりもろこし此国其義自然とかよへる事｜奇《キ》也しかずけりはしかざりけり也すべて此大伴卿の賛《ホムル》v酒ヲ哥は酒徳ノ頌酒功ノ賛に似たり古來風体ニかたらひするはと和

　

　

　

　一首　　沙弥満誓

351　世のなかを何にたとへんあさほらけこきいにしふねのあとなきかこと　一云あとのしらなみ

　　　世間乎何物尓將譬旦開（仙ひらキ）榜去師船之跡無如　跡無知

世のなかを何にたとへん　類聚萬葉拾遺集等には朝ほらけこきゆく舟のとあり拾遺には跡の白波と有新古今にも如v此祇曰此心は何とたとへんといひてこきゆく舟の跡なきかことしと又おもひ返していへり朝｜開《ホラケ・ヒラキ》兩点義同

　

　

　

　一首　　若湯座王《ワカユエノヲホキミ》

352　あしへにはたづがねなきてみなとかせさむくふくらんつをのさきはも

　　　葦邊波鶴之哭鳴而湖風（イ潮風ウシホカセ）寒吹良武津乎能埼羽毛

あしへにはたつかねなきて　此哥仙点可然歟古点はあしへなみと和す文字のまゝなから如何仙曰津乎乃埼伊与野間郡と云々はもは助語也

　

　一首　　釋《シヤクノ》通觀

353　みよしのゝたかきの山にしらくもはゆきはゝかりてたなひきてみゆ

　　　見吉野之高城乃山尓白雲者行憚而棚引所見

みよしのゝたかきの山　みよしのたかきの山八雲御抄大和云々

　

　一首　　日置少老《ヒヲキノスクナヲヒ》

354　なはのうらにしほやく煙ゆふされはゆきすきかねて山にたなひく

　　　縄乃浦尓鹽焼煙夕去者行過不得而山尓棚引

なはのうらにしほ　縄の浦摂津行過かねてとは立上りかねての心也近所に山ある歟只遠望也

　

　一首　　生石村主真人《ヲヒイシノスクリマヒト》

355　おほなむちすくなひこなのいましけんしつのいは屋はいくよへぬらん

　　　大汝小彦名乃將座志都乃石室者幾代將經

ほなむちすくなひこな　祇曰志都ノ石屋吉野ニ大己貴の神ましますと也愚案古事記曰大｜穴牟遅《ナムチ》與2少名※［田＋比］古那《スクナヒコナ》1二柱ノ神相並テ作2堅《ツクル》此國ヲ1然後者其少名※［田＋比］古那ノ神｜度《ワタリタマフ》2于常世ノ國ニ1也云々大穴牟遅は隠ル2八十隈ニ1云々

　

　

　

　一首　　上古麻呂

356　けふもかもあすかのかはのゆふさらすかはつなく瀬のきやけくあるらむ　一云アスカカハケフモカモトナ

　　　今日可聞明日香河乃夕不離川津鳴瀬之清有良武　明日香川今毛可毛等奈

けふもかもあすかの　夕さらすは夕にはなれず也夕ことにの心也此比見しにあすか川清かりしにけふもかも彼毎夕蛙鳴瀬清く面白からんと也

　

　六首　　山部宿禰赤人

357　なはのうらにそかひに見ゆるおくの嶋こきまふ舟はつりをすらしも

　　　縄浦從背向尓所見奥（仙おきつ）島榜廻（仙こきたむ）舟者釣為良下

なはのうらにそかひに　そがひはおひすがひて（俊成卿説）見ゆる也類聚ニおくのしまと有八雲抄奥の嶋摂津云々仙点おきの嶋こきたむ

358　むこのうらをこきまふをふねあは嶋をそかひに見つゝともしきをふね

　　　武庫浦乎榜轉（仙こきたむ）小舟粟嶋矣背尓見乍乏小舟

むこの浦をこきまふ小舟　此第二句も類聚等如此仙点こきたむ也武庫は摂津也あは嶋は阿波国也ともしきとは見あかす面白き心也

359　あへのしまうのすむ石によるなみのまなくこのころやまとしおもほゆ

　　　阿倍乃嶋宇乃住石尓依浪間無比來日本師所念

あへのしまうのすむ　阿倍島八雲抄摂津と有序哥也隙なく古郷の大和戀しきと也鵜の住いはねに也

360　しほひなは玉もかりつめいへの妹かはまつとこはゝなにをしめさん

　　　鹽干去者玉藻刈蔵家妹之濱裹乞者何矣示

しほひなは玉もかり　濱つとは家つとのことし玉もたにつまずはつとゝて妹に何を示しみせんと也

361　秋風のさむきあさけをさのゝをかこゆらんきみにきぬかさましを

　　　秋風乃寒朝開乎佐農能岡將超公尓衣借益矣

秋風のさむきあさけ　八雲抄云さのゝをか紀伊

362　みさこゐるいそわにおふるなのりそのなはつけし子よおやはしるとも

　　　美沙居石（イは）轉尓生名乗藻乃名者告志五余親者知友

みさこゐるいそわに　八雲には水砂也非スv鳥ニと云々類聚には雎を用るにや詩に関々タル雎鳩《シヨキウ・ミサコ》在2河ノ洲ニ1の心なるへし上句は序哥也なのりそは海草の名也名は告し子とは吾にあはんとて名をも告名のりし女也名は告しからはたとひおやは知いさむるともあひみるへしと也一云是も類聚には鳥の部にあり雎水砂兩説并用へし哥心は祇曰親のいさむる事なれはかくよめり

　

　

363　一云みさこゐるあらいそに生るなのりそのなのりはつけよ親は知とも

　　　美沙居荒礒尓生名乗藻乃告名者告世父母者知友

　

　塩津《シホツ》山ノ作歌二首　　笠朝臣｜金村《カネムラ》

364　ますらをのゆすゑふりおこしゐつるやをのち見んひとはかたりつぐがね

　　　大夫之弓上振起射都流矢乎後將見人者語繼金

ますらをのゆすゑ振おこし　手前のよきさま也かたりつくかねはかに也五音通ス後々見ん人はかたりつたへほむるやうにゐたりし矢そと也

　

365　しほつ山うちこえゆけはわかのれる馬そつまつくいへこふらしも

　　　鹽津山打越去者我乗有馬（ムマコマ）曽爪突家戀良霜

しほつ山うちこえゆけは　塩津山八雲抄越前云々童蒙抄類聚等には下句をこまそつまづくと有童蒙云故里に戀れは駒つまつくといふ也

　

　角鹿《ツノカノ》津ニテ乗《ノル》v船ニ時作歌一首并短歌　　笠朝臣金村

366　こしの海の角かのはまゆおほふねにまかちぬきおろろしいさなとりうみちにいてゝあへぎつゝわかこきゆけはますらおのたゆひかうらにあまをとめしほやくけふり草枕たひにしあれはひとりして見るしるしなみわたつみの手にまかしたる玉たすきかけてしのひつやまとしまねを

　

　

　　越海之角鹿乃濱從（イ尓）大舟尓真梶貫下勇魚取海路爾出而阿倍寸管我榜行者大夫乃手結我浦尓海未通女鹽焼炎草枕客之有者獨為而見知師無美綿津海乃手二卷四而有珠手次懸而之努櫃日本嶋根乎

　

　

越の海の角鹿《ツノカ》の　童蒙抄三曰日本紀第六曰｜御間城《ミマキノ》天皇之｜世《ミヨ》額《ヒタヒニ》有ルv角人乗テ2一ノ船ニ2泊ル于越ノ國｜笥飯《ケイノ》浦ニ1故ニ号シテ2其處1曰2角鹿《ツノカ》ト1

　

　

濱ゆ　はまより也イに

いさなとり　海路の枕詞也

あへぎ　喘也　疾《トクスル》v息ヲ也

ますらおのたゆひのうら　ものゝふの狩衣の袖結《ソテクヽリ》を引上て紐を手にゆふ心也或説ニ手結は籠｜手《テ》也手結浦八雲抄越前云々愚案此浦の蜑の塩焼も旅ねに独みれは美景のしるしもなく淋しと也

　

　

わたつみの手にまかし　海竜王は手に玉を持たるを手に卷《マカ》したる玉手次といひかけて懸てそ忍ふといはん諷詞也扨故国を忍ふと也

　反歌

367　こしのうみのたゆひの浦を旅にして見れはともしみやまと思ひつ

　　　越海乃手結之浦矣客為而見者乏見日本思櫃

こしのうみのたゆひの　乏みとは旅客は萬に心細き心也扨一入古郷を思ふと也

　

　一首　　石上大夫《イソノカミノマウチキミ》

368　おほふねにまかちしけぬきおほきみのみことかしこみあさりするかも

　　　大船二真梶繁（イしゝ）貫大王之御命恐礒廻（イいそめくり）為鴨

　　　　右今案ニ石ノ上ノ朝臣乙麻呂任2越前國守ニ1蓋シ此大夫歟

おほふねにまかちしけぬき　あさりは朝《アサ》漁《スナトル》也但此哥を童蒙抄下句いそめくりかもと有国司等の王命を重くして舟路を巡見するを云歟見安云しげぬきはしげくぬく也しゝぬきも同

　

　

　和スル歌　　作者未詳 一云笠朝臣金村之作也

369　ものゝふのをみのたけおはおほきみのよさしのまゝにきくといふものそ

　　　物部乃臣之壮士者大王乃任乃随意聞跡云物曽

ものゝふのをみのたけお　見安云武士也愚案日本紀三ニ饒速日《ニキハヤヒノ》命立2忠功1則｜褒《ホメテ》寵《メクミタマフ》之｜此《コレ》物部《モノヽフ》氏｜遠祖《トヲツヲヤ》也云々神武の御時也哥の心は武臣のたけきおのこは君の任《ニンシ》給ふまゝに聞け仕へ奉て義によりては命をも惜ぬ物そと也｜任《ヨサシ》は其職に任《ニン》する也をみは臣下也中臣祓にかくよさし奉し同心也

　

　

　

　一首　　阿倍廣庭《アヘノヒロニハノ》卿

370　雨ふらてとのくもるよのぬれひてとこひつゝをりききみまちかてら

　　　雨不零殿雲流夜之潤濕路戀乍居寸君待香光

雨ふらてとのくもるよ　仙曰とのくもるとは棚曇と同詞也棚引曇る心也愚案ぬれひてどはぬれひつれとも也雨ふらて曇夜は忍來るに便りあれは深夜の夜かせにぬれひつれとも君まちかてら戀つゝをると也

　

　

　

　思v京《ミヤコヲ》歌一首　出雲守《イツモノカミ》門部《カトヘノ》王

371　をうのうみのかはらのちとりなかなけはわかさほかはのおもほゆらくに

　　 飫海乃河原之乳鳥汝鳴者吾佐保河乃所念國

おふの海の河原の千鳥　おふのうみ八雲御抄に出雲云々なかなけはとは汝がなけばと千鳥をいへり門部王出雲守に任して任国の意宇《ヲウ》郡にて千鳥をきけは古郷ならの都のさほのかはらの千鳥を思出てなつかしむ心也

　

　

　

　登《ノホリテ》2春日野ニ1作レル歌一首并短歌　　山部宿禰赤人

372　はるの日をかすかのやまのたかくらのみかさの山にあさゝらす雲ゐたなひきかほとりのまなくしはなく雲ゐなすこゝろいさよひ其鳥のかた戀のみにひるはもひのつきよるはも夜のつき立ちてゐて思ひそわかするあはぬこゆへに

　

　

　　春日乎春日山乃高座之御笠乃山尓朝不離（イかれす）雲居多奈引容鳥能間無數鳴雲居奈須心射左欲比其鳥乃片戀耳二晝者毛日之盡夜者毛夜之盡立而居而念曽吾為流不相兒故荷

　

　

はるの日をかすかの　春日をかすかとよむ故に枕詞にはるの日をと云也

高｜座《クラ》之｜御笠《ミカサ》　見安云帝王の御座は高御座《タカミクラ》と云也高座の御笠とつゝくるは王の上の蓋《カイ》也

朝さらす　毎朝也

かほ鳥　仙曰かほ／＼となく声を名とせる也杲鳥當流には只うつくしき春鳥也

雲ゐなす心いさよひ　心空にたゝよふとの儀也

其鳥のかた戀　只鳥の片思ひの恋をするやうに我も片戀に終日終夜立居に思ひをすると也

　反歌

373　たかくらのみかさの山になくとりのやめはつがるるこひもするかも

　　　高鞍之三笠乃山尓鳴鳥之止者繼流戀喪為鴨

たかくらのみかさの山に　此なく鳥も※［白／ハ］鳥を云にや此鳥の鳴やみてはなくを序哥によみて絶ぬ戀する心を云也

　

　一首　 石ノ上｜乙麻呂《ヲトマロノ》朝臣

374　雨ふれはさゝんとおもへるかさのやま人にさゝすなぬれはひつとも

　　　雨零者將盖跡念有笠乃山人尓莫令盖霑者漬跡裳

雨ふれはさゝんとおもへる　笠の山大和也外人はぬれひつるとも我にならてはさゝする事なかれと也

　

　芳野《ヨシノ》ニテ作レル歌一首　　湯原《ユノハラノ》王

375　よしのなるなつみの川のかはよとにかもそなくなる山かけにして

　　　吉野爾有夏實之河乃 川余杼尓鴨曽鳴成山影尓之※［氏／一］

吉野なるなつみの河の　大和也山陰の人遠く川也よとみのとかなる所に鴨の所えたる心也

　

　宴席《エンセキノ》歌二首　　湯原王

376　あきつはのそてふる妹を玉くしけおくにおもふを見たまへわかきみ

　　　秋津羽之袖振妹乎珠匣奥尓念乎見賜吾君

あきつはの袖ふる妹を　仙曰秋津羽とはとんはうの羽也うすき物にたとふる也｜※［女＋単］※［女＋（鵑－鳥）］《センケン》たるをとめなとのしなやかなる袖のけしきによめる也｜羅綺《ラキ》の重衣たるなといへるも其心同かるへし愚案玉くしけは奥におもふといはん枕詞也奥はそこ也心はふかくおもふと也是は宴席の妓女《マヒヒメ》を賓客《ヒンカク》にみせて深く思ふ妓女を見給へといへる也君とは宴の客を云也

　

　

377　あを山のみねのしら雲あさにけにつねに見れともめつらしわか君

　　　青山之嶺乃白雲朝尓食尓恒見杼毛目頬四吾君

あを山の　相聞〔塙書房2002.10.26の影印・翻刻では、門御と読み（）して、口訣カ、とする、口訣の例は１０例弱あるが、こことは字形が全く違い、口訣哥也、と言った例もない、よって訂正はしない〕哥也※［木＋卷］原は山音位祇曰哥の心は春山に白き雲立たるは目に付へき事也朝にけには朝夕也此山の白雲の如く朝夕見れともあかぬ君そと也

　

　詠《ヨメル》2故太上大臣《コヲホキオホイマウチキミ》藤原｜家《ケ》ノ山池ヲ1歌　一首　　山部宿禰赤人

故太上大臣藤原家　不比｜等《ラ》元正帝ノ養老四年八月三日｜薨《コウス》六十二同十月｜贈《ヲクル》2太政大臣正一位ヲ1故置2故ノ字ヲ1

378　いにしへのふるきつゝみはとしふかき池のなきさにみくさおひにけり

　　　昔者之舊堤者年深池之瀲尓水草生家里

いにしへのふるき堤は　年ふかきは年古し心也深きといふ詞池の縁にや不比等御在世ニはさしも繁花の極興の地堤ふり池古て水草生し感慨淺からぬ心也

　

　祭ルv神ヲ歌一首并短歌　天平五年冬十一月祭2大伴氏ノ神ヲ1作ルv之ヲ

　　大伴ノ坂《サカノ》上ノ郎女《ヲトメ》

379　ひさかたのあまのはらよりあれきたる神のみことはおくやまのさかきの枝にしらかつけゆふとりつけていはひへをいはひほりすへたかたまをしゝにぬきたれしゝし物ひさおりふせてたをやめかあふひとりかけかくたにもわれはおらなんきみにあはしかも

　

　　久堅之天原従生來神之命奥山乃賢木之枝尓白香付木綿取付而齊戸乎忌穿居竹玉乎繁尓貫垂十六自物膝折伏手弱女之押日取懸如此谷裳吾者折奈牟君尓不相可聞

天の原よりあれきたる　見安云むまれきたる也愚案是大伴の氏神を祭る哥也大伴遠祖道｜臣命《ヲミミコト》也神武天皇勅して高皇産霊尊《カミムスヒノミコト》をまつらしめ齋主となして厳姫《イツヒメ》の号《ナ》を授け其をける埴ニ※［分／瓦］《ベ》を厳※［分／瓦］《イツヘ》と名つけ又筑坂の邑に居《ヲラ》しむなと日本紀に委此哥に天の原より生來《アレキタル》も高みむすひの御事か

　

しらかつけゆふ取つけ　仙曰しらかはしら紙の四手也是｜白幣《シラニキテ》なるへしゆふとは麻真苧なとの長木綿《ナカユフ》短《ミシカ》木綿也是青にきてなるへし「いはひへをいはひほりすへ仙曰神酒かもする瓶也見安曰酒入るかめ也「たかたまをしゝにぬきたれ見安云竹のくたのやうにつらぬきて神に奉る也仙曰陰陽家の説に昔は竹を玉のやうにきさみて神供《ジンク》の中にかけてかさる事有と申奥にも有能尋聞へし

　

しゝし物　見安云鹿のやうにひさをおりてといふ也たをやめ郎女自称ル也

押日とりかけ　葵草なるへし葵を鬘《カツラ》に懸たるへし彼しゝし物ひさ折伏せといふをうけてかくだに我は膝《ヒサ》折再拝して祈るに我願成就すましきかと也

　反歌

380　ゆふたゝみ手にとりもちてかくたにもわれはこひなんきみにあはしかも

　　　木綿疊手取持而如此谷母吾波乞甞君尓不相鴨

ゆふたゝみ手に取持て　此反歌も長哥の結句と同心なるへし乞なんは祈乞也

　

　贈《ヲクル》2行旅《カウリヨヲ》1歌一首　筑紫《ツクシノ》娘子　字《アサナハ》兒嶋《コシマ》

381　いへおもふとこゝろすゝむなかせまちてよくしていませあらしそのみち

　　　家登情進莫風候好為而伊麻世荒其路

いへおもふとこゝろすゝむな　家葉をおもふとても心をはやりて舟出し給な荒海の波路をよき風待出ておはせと也

　

　登テ2筑波｜岳《ヤマニ》1作歌一首并短歌　　丹比真人國人《タチヒノマツトクニセキ》

筑波岳　常陸也采葉云天照太神此山の嶺にて琴ひかせ給ふに鹿嶋の浦波雲にのりて此山に上りつきたりよりて筑波山といふ波の上りし所をくみあけの浦と申云々

382　とりかなくあつまのくにゝたか山はさはにあれともあきつかみのかしこき山のともたちの見かほし山とかみよゝりひとのいひつきくに見するつくはの山を冬こなりとこしく時と見ずていなはましてこひしみ雪けするやまみちすらをなつみそわくるに

　

　　鷄之鳴東國尓高山者 佐波尓雖有明神之貴山乃儕立乃見果石山跡神代從人之言嗣國見為筑羽乃山矣冬木成時敷時跡不見而徃者益而戀石見雪消為山道尚矣名積叙吾來煎

ともたちの見かほし山　仙曰友達はたかひに常に見えまほしけれは見かほし山とよそへよめり又筑波山はおつくはめつくはとて高き嶺二ツ双ひたる山なれはよそへよめり愚案見かほし山見まほしき山也

　

とこしく　仙曰非時也愚案冬木は遊山の時ならぬ也

なつみそわくる　なつみて分來ると也には助字也

　反歌

383　つくはねをよそにのみ見つゝ有かねて雪けのみちをなつみくるかも

　　　築羽根矣四十（イに）耳見乍（イ見なから）有金手雪消乃道矣名積來有鴨

つくはねをよそにのみ　類聚萬葉には四十耳見乍をよそにのみ見つゝと和す仙点はよそに見なからと和す義は同しきにや哥の心は長うたの結句の心を重ていへり

　

　一首　　山部宿禰赤人

384　わかやとにからあゐつみはやし枯ぬれとこりずてまたもまかんとそおもふ　　　　　　　吾屋戸尓韓藍蘇（イ種たねおふし）生之雖干（イかれぬとも）不懲而亦毛將蒔登曽　　　念

　

わかやとにからあゐつみ　イ韓藍種生からあゐたねおふしと和す哥の心は明なるへし

　

　仙柘枝《ヤマヒトツミノエカ》歌三首

385　あられふるきしみかたけをさかしみと草とるかなやいもか手をとる

　　　霰零 吉志美我高嶺乎險跡草取可奈和妹手乎取

あられふるきしみかたけ　仙曰此哥肥前國風土記見えたり杵島《キシマ》郡ノ縣ノ南ニ有2一《ヒトツノ》孤山1從v坤《タツミ》指v艮《ウシトラニ》三ノ峰相連ル号《ナツケテ》曰フ2杵《キ》島ト1坤《タツミハ》者曰ヒ2比古《ヒコ》神ト1中者曰2比賣《ヒメ》神ト1艮《ウシトラハ》者曰2御子《ミコ》神ト1一名耳子神閭《サトノ》士女提《サケ》v酒ヲ抱キv琴ヲ毎歳春秋｜携《タツサヘテ》v手ヲ登望《ノホリノソミテ》樂飲歌舞《ラクインカブス》曲盡テ而即歌テ曰アラレフルキシマガタケヲサカシミト草トリカテヽ妹カ手ヲトル是杵島ノ曲也しかるに此集の哥にはきしみかたけをとかけりしましみ同内相通故歟哥の心はきしまか嶽をさかしと草とるが妹が手をそとるといへる心也愚案或本云右一首或云吉野人味稲カ與ル2柘枝《ツミノキノ》仙｜媛《ヒメニ》1歌也但見ニ2柘枝カ傳ヲ1無v有2此歌1

　

386　このくれにつみのさ枝のなかれこはやなはうたすてとらすかもあらん

　　　此暮柘之左枝乃流來者梁者不打而不取香聞將有

此くれにつみのさ枝の　仙曰｜柘《ツミ》は桑の木に似て刺《ハリ》ある木也といへり愚案下句はやなはうたて柘を取んとらさらんやはと也

387　いにしへにやなうつひとのなかりせはこゝもあらましつみの枝はも

　　　古尓梁打人無有世伐此間毛有益柘之枝羽裳

　　　　 或本云右一首｜若宮年魚麻呂《ワカミヤノアユマロ》

古にやなうつ　梁打人取盡して今なしさなくはこゝにもと也

　

　羈旅《タヒノ》歌一首并短歌

388　わたつみはあやしき物かあはちしま中にたてをきてしらなみをいよにめくらしゐまち月あかしのとにはゆふされはしほをみたしめあさゝれはしほをほさしめしほさゐの浪をかしこみあはちしまいそかくれゐていつしかもこのよのあけんとまつよりにいのねられねは瀧のうへのあさのゝきゝすあけぬとしたちさはくらしいさこともあへてこきいてんにはもしつけし

　

　

　　海若者霊寸物香淡路島中尓立置而白浪乎伊与尓廻之座待月開乃門従者暮去者鹽乎令満明去者鹽乎令于鹽左為能浪乎恐美淡路島礒隠居而何時鴨此夜乃將明跡侍從爾寐乃不勝宿者瀧上乃淺野之雉開去歳立動（イとよむ）良之率兒等安倍而榜出牟尓波母之頭氣師

　

　

わたつみはあやしき物か　此哥のさま文選十二海賦に似たる物也海賦曰其為コトv廣キヲ也其為コトv怪《アヤシキヲ》也といへり

あはちしま中にたて置　淡路を海中に立置也次に白波を伊与にめくらしと讀るは神代にめ神お神此国をうみ給ふ時淡路の嶋次ニ伊与の二名の嶋を生《ウミ》給ふ其故ニ阿波讃岐をいはて伊与をよめるにや海賦曰｜乖《ソムキ》v蛮ヲ隔《ヘタテ》v夷ヲ廻2互セリ萬里ニ1といふさまに似たり

　

　

ゐまち月　十八日ノ月也あかしといはん枕詞也

塩さひの　塩さひの波のおそろしきにより淡路嶋に舟かゝりし隠ゐて一夜あかしかぬるさま也

まつよりに　まつによりと同瀧の上の淺野　淡路也

あけぬとし　しは助字也夜明しとて野雉の立動と也

あへてこきいてん　見安云あへては取あへて也　にはも仙曰空の（海か）なぎてやはらける也

　反歌

389　しまつたひ見ぬめのさきをこきまへはやまとこひしくたつさはになく

　　　嶋傳敏馬乃埼乎許藝廻（イため）者日本戀久鶴左波尓鳴

　　　　或本云右歌若宮年魚麻呂誦スv之但未v審ニセ2作者ヲ1

しまつたひ見ぬめのさき　見ぬめの埼摂津也榜廻者【類聚こきまへは仙点こきためは】心は同こき廻る也

　

　譬喩《タトヘ・ヒユノ》歌《ウタ》

　　御歌一首　　紀皇女《キノヒメミコ》

譬喩歌　八雲抄云たとへ哥といへり但たとへともなきもある歟｜寄《ヨセテ》v衣ニ喩フv思ヲ寄テv弓ニ喩v思ヲなといへり唯｜寄《ヨスル》v物ニ哥也　奥儀抄曰｜譬喩《タトヘ》哥を六義の風比興等にとる如何答曰毛詩并に萬葉に見えたり風比興みな譬喩《ヒユ》也但少の分別有風は顕をあらはさすして物にとりて偏《ヒトヘ》にそれになしていふ也比は物を取てそれによれる詞によせいふ也興は物をとりてそれにくらへて顕の心をあらはす也愚案仙抄にはたとへうたといふはむねと戀の哥に有といへと戀のみに不限

　

　

390　かるのいけのいり江めくれる鴨すらにたまものうへにひとりねなくに

　　　軽池之※［さんずい＋内］廻徃轉留鴨尚尓玉藻乃於丹獨宿名久二

かるの池のいり江めくれる　八雲抄云かるの池大和　祇曰いつくの池をもいふへけれとも鴨とかるとは一ツなる間えんによりてよめり入江めくれる鴨すらもとは鴨は契り深き物にて霜夜にはたかひにはらひてぬるをわかつまはとひくる事なくてひとりぬるを恨てよめり愚案鴨にたとへて思ひをのへし也

　

　

　

　一首　造《ザウ・ツクル》2筑紫《ツクシ》觀《クハン》世音寺1別當沙弥満誓

391　とふさたてあしから山にふなきゝりきにきりかへつあたらふな木を

　　　鳥総立足柄山尓船木伐樹尓伐歸（よせ）都安多良船材乎

とふさたてあしから山　此哥八雲抄袖中抄童蒙抄等にも木にきりかへつとあり八雲云とふさは木の梢也杣に入て木を切ては必木の末をきりてきりたる木の跡にたつる也たとへはかはり也仍木にきりかへつとはよめる也舟木は舟にする木也足柄山さかみ也若つくしにある歟愚案此御説義は分明也但たとへたる所を顕さす師説ニ足柄山を舟の足輕きによせて讀し所譬の心也足から小舟とも讀類也童蒙抄にはとふさは鐇《タツキ》を云と有八雲抄にはたつきをも木の末と同と有祇曰とふさとはをのをもいへり又木きる時｜屑《クツ》のちるをもいふ又木の末をもいふ舟木きるにはかたはらの木に切よせじとする也舟は物にさへらるゝをいむ物なれは其故によき木なれとも舟にせぬ也されはあたら舟木をとよめり心は戀の哥也心にしめて過にし人思ひの外にやらじとおもふかたになひきぬれはあたらふな木をとよそへたり愚案此祇注は木にきりよせつと点したる本にしたかひ仙抄の義につけり仙抄の譬喩の哥あまりにたとふるほとに哥の本意にたかへると見ゆる事おほし心をつけて可用之

　

　

　

　梅ノ歌一首　 太宰大監《ダサイノダイゲン》大伴《トモノ》宿祢｜百代《モヽヨ》

392　ぬはたまのそのよの梅をたわすれておらてきにけりおもひし物を

　　　烏珠之其夜乃梅乎手忘而不折來家里思之物乎

ぬはたまのそのよの梅を　たわすれては手に忘れたる也心かけし人に本意をとけさりし残念を梅によせてよむにや

　

　月ノ歌一首　 満誓《マンセイ》沙弥《シヤミ》

393　見えすともたれこひさらめ山のはにいさよふ月をよそに見てしか

　　　不所見十方孰不戀有米山之末尓射狭夜歴月乎外見而思香

見えすともたれ戀さらめ　君をよそにみす戀る心にはたとひみえすとも誰戀さらん哀忘てよそに見てしかなと也君を十六夜の月にたとへてよめり

　

　一首　　金明軍《カネノアキクサ》　旅人卿の資人也

394　しめゆひてわかさためてし住の江のはまのこまつはのちもわが松

　　　印結而 我定義之住吉乃濱乃小松者後毛吾松

しめゆひてわか定め　おさなき人を我妻に定め置しめをきて松にたとへてよめり卜《シメ》ゆふとは領しをく心也

　

　贈《ヲクル》2大伴宿禰家持《トモノスクネヤカモチニ》1歌三首

　　　　　　　笠女郎《カサノヲトメ》

395　つくまのにおふるむらさききぬにしめいまたきすして色にいてにけり

　　　託馬野尓生流紫衣染未服而色尓出來

つくま野におふる紫　託馬《ツクマ》野八雲抄近江云々仙曰心を深く君に染しよりいまたあはぬさきに思ふ色ふかくして人にしらるゝにたとふる也

396　みちのくのまのゝかやはらとをけれとおもかけにして見ゆといふ物を

　　　陸奥之真野乃草原雖遠面影為而所見云物乎（イみゆてふ物を）

みちのくのまのゝかやはら　遠境たに俤にみゆといふ物を近き人をを思ふはまして俤に戀しきと也

397　おく山のいはもとすけをねふかめてむすひし心わすれかねつも

　　　奥山之磐本菅乎根深目手結之情忘不得裳

おく山の岩もとすけを　菅は根ふかく長き物なれは我思ひの深きにたとへて序哥によめり

　

　梅ノ歌二首　　藤原朝臣八束

398　いもかいへにさきたる梅のいつも／＼なりなんときにことはさためん

　　　妹家尓開有梅之何時毛々々々將成時尓事者將定

いもかいへにさきたる　仙曰花を目て見る程を未夫婦にならさるにたとふ実になるを已《ステ》に夫婦の契誠有て一ツ身になれるにたとふる也祇用之

399　いもかいへにさきたる花の梅の花みにしなりなはかもかくもせん

　　　妹家尓開有花之梅花實之成名者左（イとも）右將為

いもかいへにさきたる　仙其花前の哥ニ不替云々

　

　梅歌一首 　 大伴ノ宿祢｜駿河《スルカ》麻呂

400　うめの花さきてちりぬと人はいへとわかしめゆひし枝にあらんやも

　　　梅花開而落去登人者雖云吾標結之枝將有八方

うめの花咲てちりぬ　仙曰外にうつろひぬと人はいへとわかしめゆひし枝はいかゝうつろはむこと枝そうつろひぬらんと也愚案契置し人をさかしらいふにさはあらしといへる心也

　

　

　

　宴《エンスル》2親族《ヤカラヲ》1之日吟スル歌　一首

　　　　大伴ノ坂ノ上ノ郎女《イラツメ》

401　やまもりの有ける知らに其山にしめゆひたてゝゆひのはぢしつ

　　　山守有家留不知尓其山尓標結立而結之辱為都

やまもりの有ける　しらには不知也ゆひのはぢしつとは主ある物を心にしめて心のまゝならねは結ししめの恥を得しと也

　

　即《スナハチ》和スル歌一首　　大伴宿祢｜駿《スル》河麻呂

402　山もりはけたしありともわきもこかゆひてんしめを人とかめやも

　　　山守者盖雖有吾妹子之將結標乎人將解八方

山もりはけたし有とも　たとひ主有とも其方に心に結れししめをとく物はあらし終には其方の物ならんと也是は坂上郎女親族の中に聟にもあれ夫にもあれ心さし置けんに早定れる主あるを悔歎けるをするか丸いひ慰めし哥成へし

　

　

　

　贈《ヲクル》2大伴坂上家大嬢《トモノサカノウヘノイヘノオホヲトメニ》1歌一首

　　　　　　大伴宿禰家持

403　あさにけに見まくほりする其玉をいかにしてかも手にさけさらん

　　　朝尓食尓欲見其玉乎如何為鴨従手不離有牟

あさにけに見まくほり　朝夕見まほしく思ふ玉をいかて手をはなたす朝夕見んと也坂上大嬢を玉に譬也朝にけ朝夕也

　

　報《ムクフル》2佐伯宿祢赤麻呂《サエキノスクネアカマロニ》1歌一首

　　　　　　娘子

404　ちはやふる神のやしろしなかりせはかすかののへにあはまかましを

　　　千磐破神之社四無有世伐春日之野邊粟種益乎

ちはやふる神のやしろし　仙曰赤麻呂か懸想しけるをとめの哥也定めて妻あるらんと恐れて神の社にたとふる也諸の種物の中に粟をよめるは逢んといふによそふる也恐るへき事たになかりせは後にもあはんと契置ん物をと也祇同

　

　

　

　更《サラニ》贈ル歌一首　 佐伯宿祢赤麻呂

405　かすか野にあはまけりせは待んかにつきてゆかましをやしろはしるを

　　　春日野尓粟種有世伐待鹿尓繼而行益乎社師留乎

かすか野にあはまけり　仙曰あはんとたにも契をかは待やすらんとつきて行へきをとよめる也社は知をとは娘子に妻あるならはそれか隙をはかりてあはましといふ心也

　

　復《マタ》報ル歌一首　　娘子《ヲトメ》

406　わかまつる神にはあらすますらおにとめたる神そよくまつるへき

　　　吾祭神者不有大夫尓認有神曽好應祀

わかまつる神にはあらす　吾まつる神とは娘子の妻をいふますらおにとめたる神とは赤丸かめをたとへいへり哥の心はわか妻にはあらす赤丸か妻をこそよくして隙をも求むへき又よくしたらはねたむ事もなくありなんとよめり仙抄の義也

　

　

　

　娉《ヘイスル》2大伴ノ坂ノ上ノ家｜二嬢《ツキノヲンナヲ》1歌一首

　　　大伴《トモノ》宿祢｜駿河《スルカ》麻呂

407　はるかすみかすかのさとのうへこなきなへなりといひしえはさしにけん

　　　春霞春日里之植子水葱苗有跡云師柄者指尓家牟

春かすみかすかの里の　かすみかすかと詞をかさねんためいへる五文字也うへこなきは植たる小水葱《コナギ》といふ草也心は彼女をするか丸いひよりけれど初めはまだ幼少なりといひしか今はほとへたれは成長したりけんと枝さすにたとへいへり

　

　

　

　贈ル2大伴坂上ノ家ノ大嬢《ヲホヲトメニ》1歌一首

　　　　　　大伴宿祢家持

408　なてしこのその花にもかあさなさな手にとりもちて戀ぬ日はなけん

　　　石竹之其花尓毛我朝旦手取持而不戀日將無

なてしこのその花にもか　石竹のうつくしきに嬢をよそへらるゝゆへ朝ことに手に取持て嬢を戀ぬ日なし哀此なてしこの花にもあれかし大嬢を手に取持て見ん物をと也

　

　一首　 大伴宿祢駿河麻呂

409　ひとひにはちへ浪しきにおもへともなとそのたまの手にまきかたき

　　　一日尓波千重浪敷尓雖念奈何其玉之手二卷難寸

ひとひにはちへ波しき　千重浪しきにとはしき波の千重にしきるかことくと也其玉の手に卷《マキ》難きとは波の中の水玉の取難きに思ふ人を得かたきにたとへてよめる也古今かつけとも波の中にはさへられて風ふくことに浮沈む玉又から玉を袂にまきてなと讀り

　

　

　

　橘歌一首　大伴坂上郎女

410　たちはなをやとにうへおほし立てゐてのちにくゆともしるしあらめやも

　　　橘乎屋戸尓殖生立而居而後雖悔驗將有八方

たちはなを宿にうへ　橘を我にいひよる人にたとへてもしかろ／＼しく逢馴て後あたなる事あらは立ても居ても悔るかひあらしと也

　

　和歌一首　　作者未詳

411　わきもこかやとのたちはないとちかくうへてしゆへにならすはやまし

　　　吾妹兒之屋戸之橘甚近植而師故二不成者不止

わきもこかやとの橘　橘をうへては実なる事をよそへてかくちかつきいひよるからはいひなひけすはやまじと也古今に「おふの浦にかたえさしおほひなる梨のなりもならすもねてかたらはんとよめるも人のなひく事を物のみのなるにそへしににて知へし

　

　

　

　一首　　市原王

412　いなたきにきすめる玉は二つなしかにもかくにも君がまにまに

　　　伊奈太吉尓伎須賣流玉者無二此方彼方毛君之随意

いなたきにきすめる　仙曰いなたきとはいたゝき也きすめるは來住也心は帝王は髻中《コウチウノ》明珠とてみづらの中に玉をいたゝき給へる也彼玉は只一つ也彼一ツの玉を御｜髻《モトヽリ》のいつかたにをかんとも御心に任すへきと也今彼玉をたとへにかりて我思ふ心いさきよく二ツなし君か思はんまゝにともかくもしたがはんとよそへよめる也愚案これは法華経の心也｜安樂《アンラク》行｜品《ホン》ニ云｜唯《タヽ》髻《モトヽリノ》中ノ明珠《メイシユノミ》不2以｜與《アタヘ》v之ヲ所以者何《ユヘイカントナレハ》獨《ヒトリ》王ノ頂上《ミイタヽキニ》有2此ノ一珠1云々君かこゝろにしたかはんといはんとて君かまに／＼と云也わか心の二ツなき事をかの玉にたとへし所たとへうた也

　

　

　

　宴ニ吟スル歌一首　 大網公人主《オホアミノキミヒトヌシ》

413　すまのあまのしほやきゝぬのふちころもまとをにしあれはいまたきなれす

　　　須麻乃海人之鹽焼衣乃藤服間遠之有者未著穢

すまのあまのしほやきゝぬ　祇曰藤衣はいやしきものゝきるを云也まとをにしあれはとはあしき布《ヌノ》はうすく間のとをき也それを我中の遠くて來なれすとよそへたり古今にはしほやき衣おさをあらみまとをにしあれや君かきまさぬとあり愚案しほやくあまの衣のあら／＼しきをまとをなる故に來馴ぬ中によそへたるかたとへうた也

　

　

　

　一首　　大伴宿祢家持

414　あしひきのいはねこゝしみ菅のねをひけはかたみとしめのみそゆふ

　　　足日木能石根許其思美菅根乎引者難三等標耳曽結焉

　　　　　　　　　　已上｜譬喩歌《タトヘウタ》

あしひきのいはねこゝしみ　奥儀抄にはあしひきを山の異名也と云々足引は山の枕詞なるにつきて足引とはかりいひても山の事になる事たまほことはかりいひて道の事によむたくひ也菅家の御哥にも足引のこなたかなたに道はあれとゝ山陰道山陽道をよませ給へりいはねこゝしみは岩根のこりあつまれる心也こりしくといふに同し心にや又はこゝしみはそこはくある儀也いつれにても儀はたかはさるへし仙曰岩根そこはくある所の岩のはさまより生出たる菅はひけとかたけれはひきもとらて心にめておもへは又も／＼來てみんと心にしめさして思ふを我心にまかせて引とりかたき人にたとへてよめるなり

　

　

　

　挽歌

　出2遊《イテアソフ》竹原ノ井ニ1時見テ2龍田山ノ死《ミマカレル》人ヲ1悲ミ傷《イタンテ》御《ミ》作リノ歌一首　 小墾田《ヲハリタノ》宮ノ御宇

　　　　　　　　　　　　　 上宮聖徳ノ皇子《ミコ》

見2龍田山ノ死人ヲ1悲ミ傷テ　周の文王道のほとりの死人を見て悲傷て葬りおさめ給へれは其仁者なる事を世人称したり聖徳太子の大悲我朝の文王にや

小墾田宮御宇　前ニ注ス

415　いへならはいもかてまかんくさまくらたひにふしたる此たひとあはれ

　　　家有者妹之手將纒草枕客爾臥有此旅人可怜

家ならはいもかてまかん　此人家にて死なは妻子たすけいとなむへきに山中旅途の中にふしたるまことに哀淺からす此哥彼片岡の道人をふせる旅人あはれおやなしと讀給へるに同し躰にや

　

　

　

　被《シムル》v死《ミマカラ》時｜磐余《イワレノ》池ノ陂《ツヽミニ》流涕《ナキテ》御作ノ歌一首　　藤原ノ宮｜朱鳥《アカミトリ》元年冬十月

　　　　　　　　　　　　大津《ヲホツノ》皇子

416　もゝつたふいはれの池になくかもをけふのみ見てや雲かくれなん

　　　百傳（イもゝつての）磐余池尓鳴鴨乎今日耳見哉雲隠去牟

もゝつたふいはれの池　類聚にはもゝつてのと有然とも日本紀十五ニモ謨々逗※［手偏＋色］甫奴底喩羅倶慕与《モモツタフヌデユラクモヨ》と有釋ニ百傳也云々見安ニ云｜百傳《モヽツタフ》磐余此いは五十の心也五十より百に傳る心也哥ノ心明也大津皇子｜臨《リン》終ノ詩　金ン烏《ウ》臨《ノソミ》2西舎ニ1鼓聲催ス2短命ヲ1泉路無2賓主1此夕離テv家ヲ向フ

　

　

　

　葬《ハフムル》2河内ノ王ヲ豊前ノ國鏡山ニ1時作レル歌　三首

　　　　　　　　　　　 手持ノ女王

417　おほきみのむつたまあへやとよくにのかゝみのやまをみやとさたむる

　　　王之親魄相哉豊國乃鏡山乎宮登定流

おほきみのむつたま　見安云｜親魂《ムツタマ》むつましきたましゐ也愚案鏡の山に廟をたてたれは河内王のむつましき魄もこゝにきあへやと也

418　とよくにのかゝみの山のいは戸たてかくれにけらしまてときまさぬ

　　　豊國乃鏡山之石戸立隠尓計良思雖待不來座

とよくにのかゝみのやま　童蒙抄云とよくには豊前也愚案石戸立は石廟立る也

419　いはとわるたちからもかな手をよはきおとめにしあれはすへのしらなく

　　　石戸破手力毛欲得手弱寸女（イをとめに）有者為便乃不知苦

いはとわるたちからも　仙曰たちからは手の力也愚案童蒙抄には天照大神天の岩戸にかくれまし／＼ける時｜手力雄《タチカラヲノ》命彼いは戸をひきあけし事をひけり祇注ニモ此哥はあまの岩戸あけたりけん事を思ひて此かゝみの山の岩戸をあけてなき人をふたゝひ見はやとよめる也云々我女なれは無2為方《センカタ》1と也

　

　

　

　石田《イハタノ》王｜卒《ウセシ》時作歌一首并短歌

　　　　　　　　　　　　　丹生《ニウノ》王

420　なゆたけのとをよるみこさにつらふ吾おほきみはこもりくのはつせの山にかみさひにいつきいますとたまつさのひとそいひつるおよつれかわかきゝつるまかことかわかきゝつるもあめつちにくやしき事の世の中のくやしき事はあま雲のそくへのきはみあめつちのいたれるまてにつえつきもつかすもゆきてゆふけとひ石うらもちてわか宿にみもろをたてゝ枕へにいはひへをすへたかたまをまなくぬきたれゆふたすきかひなにかけてあめにあるさゝらのをののなゝみすけ手にとり持て久かたのあまのかはらにいてたちてみそきてましを高山のいはほの上にいましつるかも

　

　

　　名湯竹乃十（イと）縁（イよらの）皇子狭丹頬相（さにほへる・さにつらふ）吾大王者隠久乃始瀬乃山尓神左備尓伊都伎坐等玉梓乃人曽言鶴於余頭礼可吾聞都流枉言加我間都流母天地尓悔事乃世間乃悔言者天雲乃曽久敝能極天地乃至流左右二杖策毛不衝毛去而夕衢占問石以而吾屋戸尓御諸乎立而枕邊尓齊戸乎居竹玉乎無間貫垂木綿手次可比奈尓懸（イして）而天（イあめ）有（イなるや）左佐羅能小野之七相菅手取持而久堅乃天川原尓出立而潔身而麻之乎高山乃石穂乃上尓伊座都流香物

　

　

なゆたけのとをよるみこ　仙曰なゆたけとは唐竹をいふにやなよ竹といへり同内相通也よなかくして遠くなみよれはなゆ竹のとをよるみことよそへたり見安云とをよるなひくすかた也　みこは石田王也

　

　

さにつらふ　袖中抄云萬葉に左丹頬經《サニツラフ・サニホヘル》妹を思ふ――狭はすくなき儀也さればさにほへるとさにつらふと同心也共にほむる詞也【畧注】見安云人の顔のうす紅葉なる也愚案此儀も袖中抄ほむる詞と云ニ同

　

　

いつきいます　いはひをく心也｜神《カミ》さびきよまはりておはすと也廟に祝ひ置心也

玉つさの人　使の事也

およつれ　見安云をとつれ也愚案実なき風聞かとの心也仙覺は違《チカ》ふといふ詞也といへる如何

まかことか　仙曰まかれる由也よのつねに人の忌《イマ》ふ事を枉《マカ》々しなと云是也

あめつちのくやしき事の世の中のくやしき事は　至て悔き事といはんとて也

あま雲のそくへのきはみ　仙曰そくへとは底也見安云雲のはてといふ心也　愚案きはみはきはまり也雲のそこ天地のあるかきりと也

石うらもちて　石にてうらなふ也灰うらなとの類なるへし――夕けとは夕なとに道のちまたに出て辻うらなときく也夕衢占と書にて心得へし

みもろをたてゝ　御室也社をたてゝ也　枕邊は枕もと也いはひへ竹玉前に注

あめにあるさゝらの小野　此集六に月をさゝらへおのこと云同十六ニモあめにあるさゝらの小野にちかやかりと有天上の所の名也下界のわさに准て天にも河野等を云

なゝみ菅　中臣祓に天の菅曽といひ神楽哥に天の小菅なといふ類なるへし七み菅とは下に天の河原とあれは七夕の心に七を用歟見安には葉の斜ナル菅ト云

あまのかはらに立出て　御祓は河原にてすれはなそらへて天の河にもかやうによめりあめにあるさゝらのをのの菅取持てなとの首尾也心はあらぬ所にても御祓し祈ん物をとの儀也後撰に七夕は天の川原に（を）七かへり後のみそかを御祓にはせよとよめるは別の事にや自然其よせもあるにや扨此長哥の心は石田王初瀬に葬りおさめておはすと玉章の使に聞つるは風聞かまかことやらん扨も悔きはとく御祓し祈念をもせん物を天地世間に悔しき事は雲のそこ天地の極れる所まても夕｜卦《ケ》もとひ卜をもし宿に社をたてゝ祭礼神事をもし天にある菅取持て天河原に御祓をもすへき物をさる事もせてうせ給ひていま高山の岩の上にいましつる事よと也初瀬山に廟を立をく心也

　

　

　　　反歌

421　さかことのまかことゝかもたかやまのいはほのうへにきみかふしたる

　　　逆言之枉言等可聞高山之石穂乃上尓君之臥有

さかことのまかことゝ　正しくうせたる石田王を猶かくうたかふ心哀なるへし

422　いそのかみふるの山なる杉むらのおもひすくへき君にあらなくに

　　　石上振乃山有杉村乃思過倍吉君尓有名國

いそのかみふるの山なる　上句は序也杉を過るにいひかけて也思ひ過しかたき君そとの心也

　

　石田ノ王｜卒《ウセシ》時｜哀傷《カナシミイタミテ》作歌一首并短歌

　　　　　　山｜前《サキノ》王

423　つのさふるいはむらの道を朝かれすよりけん人のおもひつゝかよひけましはほとゝきすなく五月にはあやめくさ花橘を玉にぬき　一云ぬきましへ　かつらにせんとなかつきのしくれのときはもみちはを折てかさすとはふくすのいやとをなかく　一云くすのねのいやとをなかに　よろつよにたえしとおもひて　一云おほふねのおもひたのみて　かよひけんきみをはあすより　一云君をあすよりか　よそにかも見ん

　

　

　　角障經（イさはふ）石村之道乎朝不離將歸人乃念乍通計萬石波霍公鳥鳴五月者菖蒲花橘乎玉尓貫　貫交　蘰尓將為登九月能四具礼能時者黄葉乎折挿頭跡延葛乃弥遠永　田葛根乃弥遠長尓　萬世尓不絶等念而　大舟之念憑而　將通君乎婆明日従　君乎従明日香　外尓可聞見牟

　

　

　　　一云此一首柿本朝臣人麻呂作

つのさふる石むらの道　石といはん枕詞に角さふると云石村大和

朝かれす　朝｜毎《コトニ》也夜かれすといふ詞にて知へし

よりけん人　石田王を云也より來かよふ心也

かよひけましは　通ひきまししはと也けはきと通

花橘を玉にぬき　日本紀廿七ニ「橘はをのか枝々なれゝとも玉にぬく時親子をにぬく　續日本紀十七文武詔曰昔者五日節ニ常ニ用テ2菖蒲ヲ1為v縵《カツラト》比來《コノコロ》巳ニ停ム2此事ヲ1從v今而後非ハ2菖蒲ノ縵スル者ニ1勿レv入コト2宮中ニ1あやめ橘｜薬《クス》玉にする也かつらにせんとゝいひさしふくめし詞也次にもみちはを折てかさすとも又いひて如此折々の節物をかさし遠く長く萬代迄も絶しと思ひかよひけん石田王をあすよりはよそに見んとうせ給へるをなけく心也

　

　

　一云紀ノ皇女薨シテ後山前ノ王代テ2石田王ニ1作也

　反歌

424　こもりくのはつせをとめか手にまける玉はみたれてありといはすやも

　　　隠（イかくら）口乃泊瀬越（イをち）女我 手二纒在玉者亂而有不言（いはじ）八方

こもりくのはつせをとめ　童蒙抄にはいはじやもと有愚案はつせをちめも初瀬乙めといふに同初瀬の女也哥の心は前の長うたにも初瀬の山に神さひにいつきいますと有石田王を彼山におさめはふりしかは初瀬乙女の玉のみたれしになそらへてかくよめるにや一云紀皇女薨後云々此説によらは紀皇女のうせ給へるを玉は亂てと讀也

　

　

425　かはかせのさむきはつせを歎きつゝきみかあるくににる人もあへや

　　　河風寒長谷乎歎乍公之阿流久尓似人母逢耶

かはかせの寒きはつせ　石田王うせ給へは長谷川の粛颯たるを歎きて哀彼俤に似たる人たにあへかしと思へるさま哀也一云紀皇女の歎きにても義は同あるくはありくと云也

　

　見2香具山《カクヤマ》ノ屍《カハネヲ》1悲慟《カナシミテ》作歌一首

　　　　　　　　　　　 柿本朝臣人麻呂

426　くさまくらたひのやとりにたかつまか国わすれたるいへまたなくに

　　　草枕羈宿尓誰嬬可國忘有家待莫國

草まくらたひのやとりに　誰人の妻にかあるらん故国を捨忘れてかく旅に出て妻子のあるらん家にゆく事を待すしてかく旅途の中にてうせたるよと也誰つまかといふに故郷に妻子あるらん心ふくみて哀なるにや

　

　

　

　田口ノ廣《ヒロ》麻呂死シ時作歌一首　　刑部《ヲサカヘノ》垂《タル》麻呂

427　もゝたらすやそすみさかにたむけせはすきゆく人にけたしあはんかも

　　　百不足八十隅坂尓手向為者過去人尓盖相牟鴨

もゝたらすやそすみ　八十隅坂　紀伊也童蒙抄には此哥に大己貴神｜百不足《モヽタラス》八十隅《ヤソクマ》に隠れなんといへるをひけり此哥の心は此坂に廣丸かために手向せは霊魂うけて又逢見んかと也

　

　

　

　土形《ヒヂカタノ》娘子《ヲトメ》火2葬スル泊瀬山ニ1時作歌　一首

　　　　　　　　　　　　　柿本朝臣人麻呂

428　こもりくのはつせの山のやまのはにいさよふくもはいもにかもあらん

　　　隠口能泊瀬山之山際（きは）尓伊佐夜歴雲者妹鴨有牟

こもりくのはつせの　いさよふは立やすらふ也祇曰土形娘子を初瀬にて葬煙をいさよふ雲かとよめり愚案巫山の朝雲の心も有にや

　

　火2葬スル溺《ヲホレ》死タル出雲娘子《イツモノヲトメヲ》吉野1時作歌一首

　　　　柿本朝臣人麻呂

溺死　出雲子吉野河に溺シ也

429　やまのはにいつものこらは霧なれやよしのゝ山のみねにたなひく

　　　山際従出雲兒等者霧有哉吉野山嶺霏微

やまのはにいつもの　山のはに雲の出るを云懸て也哥心は火葬の煙の心也

430　やくもたついつものこらかくろかみはよしのゝ川のおきになつそふ

　　　八雲立出雲子等黒髪者吉野川奥名豆颯

やくもたついつものこら　是は溺死をよめり彼そさのおの神詠の詞にていへりなつそふは馴ふれたる也溺死のさま哀也

　

　過《ヨキル》2勝鹿《カツシカノ》真間娘子《ママノヲトメカ》墓ヲ1時作ル歌一首并短歌【東ノ俗語ニ云｜可豆思賀能《カツシカノ》麻｜末能弖胡《マノテコ》】

　　　　　　　　　　山部宿祢赤人

431　いにしへに有けん人のしつはたのおひときかへてふせ屋たてつまとひしけんかつしかのまゝのてこなかおきつきをこゝとはきけとまきの葉やしけくあるらん松かねやとをくひさしきことのみも名のみもわれはわすられなくに

　

　

　　古昔有家武人之倭文幡乃帶解替而廬屋立妻問為家武勝壮鹿乃真間之手兒名之奥槨乎此間登波聞杼真木葉哉茂有良武松之根也遠久寸言耳毛名耳母吾者不所忘

しつはたの帯解かへて　八雲云｜倭文幡帯《シツハタヲヒ》めくりあひてむすはるゝ物といへり愚案賤の機布をせし帯也　ふせ屋はいやしき家也ねるには帯とく故帯ときかへて伏屋とつゝけたり妻問しけんとは古《イニシヘ》人の妻に得んと問事しけるとの心を鹿の妻とふ事にそへてかつ鹿のといひかけたり　勝鹿は順和名ニ下総国の郡の名也真間は所の名也この集九に勝鹿のまゝの井に水くむ女と有てこなは女の称也貞女とみゆおきつき仙曰墓也愚案此女の墓の跡社と成て今に有　真木の葉や墓ほとりに松槙なと有しなるへし　遠く久しきは松の根を遠くいふをてこなが事の遠く久き事にいひかけたる也其事はかりを聞其名はかりを聞て其哀我は忘られすと也

　

　

　反歌

432　われも見つ人にもつけんかつしかのまゝのてこなかおきつき所

　　　吾毛見都人尓毛將告勝壮鹿之間間能手兒名之奥津城處

われも見つ人にも告ん　此はか所を哀みて人にも告んと成へし

433　かつしかのまゝの入江にうちなひくたまもかりけんてこなしそおもふ

　　　勝壮鹿乃真々乃入江尓打靡玉藻刈兼手兒名志所念

かつしかのまゝの入江　八雲抄云かつしかのまゝの入江下総　玉藻かりけんはてこなかしわさにやてこなしそのしは助字也

　

　和銅四年辛亥見テ2姫嶋《ヒメシマノ》松原ノ美人ノ屍《カハネヲ》1哀慟《アイトウシテ・カナシミカケシテ》作レル歌四首

　　　　河邊《カハヘノ》宮人

姫嶋松原　　摂津前注

434　かさはやのみほのうらはの白つゝし見れともさひしなき人おもへは

　　　　一云見れはかなしもなき人思ふに

　　　加麻※［白＋番］夜能美保乃浦廻之白管仕見十方不怜無人念者　見者悲霜無人　　　思丹

かさはやのみほの　摂津の三穂の浦にや但八雲抄には風早の美保浦は駿河と有然とも姫嶋の松原にての哥なれは可v為2摂津ニ1をみほの浦同名なれはみほのうらをいはん諷詞に風早のとよめるにや白つゝしにも不《サル》v慰《ナクサマ》心にや

　

　

435　みづ／＼しくめのわかこかいふれけんいその草ねのかれまくおしも

　　　見津見津四久米能若子我伊觸家武礒之草根乃干卷惜裳

みつ／＼しくめの若子　瑞々《ミツ／＼シ》也物をほむる詞也日本紀三にみつ／＼し倶梅《クメ》のこらがかきもとにと神武天皇の御哥の詞也くめの若子はかの三穂のいは屋にいませし人に此美人を准へいふ也いふれのいは助字也

　

　

436　人ことのしけきこのころ玉ならは手にまきもちて戀すあらましを

　　　人言之繁比日玉有者手尓卷以而不戀有益雄（イ戀さらましを）

人ことのしけき此ころ　うき人ことのしけき比は思ふ人を玉ならは手に卷持て戀すしてかく世人にさはかるましき物をと也或本云右案ルニ年紀并ニ所v處スル。乃｜娘子《ヲトメカ》屍《カハネ》。作歌人ノ名已ニ見v上ニ也但歌ノ辭相違是非スv歎クスv別ヲ因以｜累《カサネテ》載ス2於｜茲《コノ》次ニ1焉まことに此うた戀のうたにて屍をみて歎く哥にあらす如何

　

　

437　いもゝわれもきよめし河のかはきしの妹かくゆへきこゝろはもたし

　　　妹毛吾毛清之河乃河岸之妹我可悔心者不持

妹もわれも清めし河　見安云清めし河ちかごとせし也愚案悔へき心とは誓ひをあやまち悔る事也妹も我もともにちかひ清めし川岸より妹かやまち悔へき心はよも持ざらんと也是も非ス2歎クv屍ヲ之哥ニ1也

　

　

　

　神龜五年戊辰思ヒ2戀フル故人ヲ1歌三首【上一首は別レ去テ而經テ2數旬ヲ1作v之ヲ下二首ハ臨テ2近クv向フニv京ニ時ニ1作v之ヲ】

　 　　　　　太宰帥大伴卿

438　うつくしきひとのまきてししきたへのわかたまくらをまく人あらめや

　　　愛（イうるはしき　めつらしき）人之纒而師敷細之吾手枕乎纒人將有哉

うつくしきひとのまき　我いとおしと思ふ人とかはせし枕を外のこと人とはまかめやと也是彼愛人と別去て数十日をへてよめる哥とそ

439　かへるへきときにはなりぬみやこにてたかたもとをかわかまくらせん

　　　應還時者成來京師尓而誰手本乎可吾將枕

かへるへき時には成ぬ　都に行ては誰と枕せんと也宰府の女を思ふ心なるへし

440　みやこなるあれれたるいへにひとりねはたひにまさりてくるしかるへし

　　　在京師荒有家尓一宿者益旅而可辛苦

みやこなるあれれたるいへに　是も宰府をおもふ心深し都にても此人に別て一人ねてはとの心なるへし右二首は上京近き時にのそみてよめるとそ

　

　神龜六年｜己巳《ツチノトミ》左《ヒタンノ》大臣｜長屋《ナカヤノ》王｜賜《シムル》v死《ミマカラ》之｜後《ノチ》作歌一首　　倉橋部《クラハシヘノ》女王

左大臣長屋王賜死　紹運録曰天平元年【神亀六年】二月依テ2謀反ノ讒言ニ1為メニ2聖武天皇ノ1被《ル》v誅セラ続日本紀曰二月辛未左京ノ人｜漆部造君足《ウルシヘノミヤツコキミタル》中臣《ナカトミノ》宮處ノ連《ムラシ》東人｜等《ラ》告テv密ヲ称スｄ左大臣正二位長屋王｜私《ヒソカニ》学《マナヒ》2左道ヲ1欲トuv傾ント2國家ヲ1其夜遣シテv使ヲ固ク守ル2三關ヲ1因テ遣2式部卿藤原宇合《ノキアヒ》衛門ノ佐佐味ノ忠麻呂左衛士ノ佐津島ノ家道右衛士ノ佐紀ノ朝臣佐北等ヲ1將《ヒキヒテ》2六衛ノ兵ヲ1圍ム2長屋ノ王宅ヲ壬申已ノ時遣《ツカハシメ》2一品舎人親王新田部ノ親王大納言多治比ノ真人池守中納言藤原ノ朝臣武智麻呂等ヲ1就テ2長屋王ノ宅1窮2問《キハメトフ》其罪ヲ1癸酉令2v王自盡サ1其室二品吉備ノ内親王｜男《ムスコ》從四位下｜膳夫《カシハテノ》王無位桑田王葛木ノ王鈞取ノ王等同亦自｜縊《クヒル》

　

　

441　すめろきののみことかしこみおほあらきのときにはあらねと雲かくれます

　　　大皇之命恐大荒城乃時尓波不有跡雲隠座

すめろきののみことかしこみ　仙曰おほあらきの時とは人の死期をいへり見安曰死期にいきのあらき事也愚案袖中抄にも人の死ぬる事にもいふへきにや等《ナド》いへり此うたの心は君命を恐れて死ぬへき期にあらねと雲かくれしとはまさしく讒言にて其身をかくせる事を歎きたる心なるへし雲かくれといふも死をいへり

　

　

　

　悲2傷《ヒシヤウスル・カナシミイタム》膳部《カシハテノ》王ヲ1歌一首

作者未詳

膳部王　膳夫王とおなし長屋王の男《ムスコ》前注

442　世のなかはむなしき物とあらんとそこのてる月はみちかけしける

　　　世間者空物跡將有登曽此照月者満闕為家流

世のなかはむなしき　見安云｜満闕《ミチカケ》生死の二の心也愚案人間一栄一落すへて世上無常のことはりなる事を見せんとて月は盈虚《エイキヨ・ミチカケ》有とにや佐保の大臣位は二品に至り職は三公の貴きに有其子膳夫王位四品まことに栄達の身なからかゝる世のありさまむなしき物なる事思ふへし

　

　

　

　天平元年己巳攝｜津《ツノ》國｜班田《ハンテンノ》史《シ》生《ウ》丈部《ハセベノ》龍《タツ》麻呂｜自《ミラ》經《ワナキ》死ル時作歌一首并短歌

　 　　　　判官大伴宿祢｜三中《ミナカ》　

攝津國班田史生　続日本紀十曰【聖武帝天平元】十一月癸巳任ス2京及畿内ノ班田司ヲ1班田は田をわかつとよむ諸家ノ口分田をわかち給ふ其奉行に班田司を任せられし史生も其官人也猶此集卷廿委

　

　

自經死　經死は縊と同

443　あま雲のむかふすくにのものゝふといはれし人はすめろきのかみのみかとにとはに

たちまちうちはにつかへ玉｜葛《カツラ》いやとをなかくおやの名もつきゆく物とはゝちゝにつまにこともにかたらひて立ちにし日よりたらちねの母のみことはいはひへを前にすへをきてひと手にはゆふとり持てひと手にはやまとほそぬのまつろふをまさきくませとあめつちのかみにこひのみいかならん年の月日かつゝし花にほへるきみかひくあみのなつさひこんとたちてゐてまちけん人はおほきみのみことかしこみをしてるや難波のくににあらたまの年ふるまてにしろたへの衣かはかす朝夕にありつるきみはいかさまにおもひましてかうつせみのおしきこのよを露霜のをきてゆきけん時にあらすして

　

　

　　天雲之向伏國武士登所云人者皇祖神之御門尓外重尓立候内重尓仕奉玉葛弥遠長祖名文繼徃物與母父尓妻尓子等尓語而立西日従帶乳根乃母命者齊忌戸乎前坐置而一手者木綿取持一手者和（イにき）細（イたへの）布奉乎問幸（イさちに）座與天地乃神祇乞祷何在歳月日香茵花香君之牛留鳥名津匝來與立居而待監人者王之命恐押光難波國尓荒玉之年經左右二白栲衣不干朝夕在鶴公者何方尓念座可欝蝉乃惜此世乎露霜置而徃監時尓不在之天

　

　

あま雲のむかふすくに　見安云天はうつふし地はあをむく故也愚案天地の覆載《ヲホヒノ》する國と云也

いはれし人は　竜丸を云也

とはにたちまち　外重《トハ》は禁門の外とのゑなとの心歟内重は禁中のなかのゑの心にや見安云内外につかへまつる心也

玉かつらいや遠長く　玉葛は枕詞也葛は遠く長く這《はふ》也

おやの名もつきゆく　先祖名聲を遠長くおとすましく天事を勉《ツトメ》んと云也

立にし日より　摂津ノ班田司にて出立しより母の此竜丸を無事安全と祈て歸を待しと也母のみこと母をいつきて云詞也いものみことともいへり

和細布《ヤマトホソヌノ・ニキタヘツヌノ》　にきたへはやはらかによき布也｜和手《ニキテ》是也まつろふはぬさ奉る也まさきく幸あれ也

こひのみ　祈願する事也　つゝし花　にほへるといはん枕詞也其人をほめていへる詞也　ひくあみのはなつさひこんの枕詞也網は馴携《ナレタツソフ・ナツサフ》物なれは也いつかこの竜丸はなつさひこんと立てもゐてもまちけんと也　待けん人　竜丸を云

　

　

をしてるや　難波の枕詞也　王命をつゝしみ奉りて摂津の班田司を勉と也

衣かはかす　奉公に力をつくせしさま也　ありつるきみ　是も竜丸也

いかさまにおもひましてか　かく奉公を勉むへき事を口にもいひ身もをこなひし人の何と思ひて此世を早くさりしそと也うつせみのは此世といはん枕詞也露霜のは置ての枕詞也若くておしき世を捨置て自經し死けんと也

　

　

時にあらす　またわかくて天命をもをへすしてとの心ならん定期ならぬをおしむ詞なるへし此哥牛留鳥クロアミと讀説不用

　　反歌

444　きのふこそきみはありしか思はすにはまゝつのうへに雲とたなひく

　　　昨日社公者在然不思尓濱松之（イか）上（うれイ）於雲棚引

きのふこそきみは有しか　おもひの外なる死をせしをおしむ心也

445　いつしかとまつらむいもにたまつさのことたにつげすいぬるきみかも

　　　何時然跡待牟妹尓玉梓乃事太尓不告徃公鴨

いつしかとまつらむ妹に　古郷の妻子に消息事傳もなくてと也

　

　天平二年庚午冬十二月向v京上v道之時作歌五首【上三首ハ過ル2鞆ノ浦ヲ1日作v之下二首ハ過2敏馬《ミヌメノ》埼1日作v之】

鞆《トモノ》浦　八雲抄に備後云々

敏馬埼　津のくに也

446　わきもこか見しとものうらのむろの木はとこよにあれと見し人そなき

　　吾妹子之見師鞆浦之天木香樹者常世有跡見之人曽奈吉

わきもこか見しともの　祇曰以下五首帥大伴卿妻にをくれて上京の時の哥也愚案任におもむきし時もろともにみし人のななくて歸らんに此木のときはなるをみて感哀推はかるへしとこ世はときはに同

　

　

447　とものうらのいそのむろのきみむことにあひみしいもはわすられめやも

　　鞆浦之礒之室木將見毎相見之妹者將所忘八方

とものうらのいそのむろ　心明也

448　いそのうへにねはふむろのき見し人をいかなりととはゝかたりつけんか

　　礒上丹根蔓室木見之人乎何在登問者語將告可

いそのうへにねはふむろ　見し人は妹を云いかに成しと問はんに語告んも悲しかるへけれは告んか告ましきとの心哀なるへし

449　妹とこし見ぬめのさきをかへるさにひとりして見れはなみたくましも

　　與与妹來之敏馬能埼乎還左尓獨而見者涕具末之毛

妹と來し見ぬめのさき　是も上京の時みぬめの埼にて亡婦を歎く哥也なみたくましもは泪くむ心を催す也くましもはくましき也

450　ゆくさにはふたりわか見し此のさきをひとりすくれはこゝろかなしも

　　　　一云 見もさかすきぬ

　　　去左尓波二吾見之此埼乎獨過者情悲喪　見毛左可受伎濃

ゆくさにはふたりわかみし　見安云ゆくさ行さま也

　　　　還《カヘリ》2入テ故郷ノ家ニ1即チ作歌三首

451　人もなきむなしきいへはくさまくらたひにまさりてくるしかりけり

　　　人毛奈吉空家者草枕旅尓益而辛苦有家里

人もなきむなしき　妹かなき事也

452　いもとしてふたり作りしわか山は木高く茂くなりにけるかも

　　　與妹為而二作之吾山齊者木高繁成家留鴨

いもとしてふたり　わか山吾山齋と書山館なと有しにや其山の木煩茂なるに付ても亡婦の哀愁可v催也春風桃李花ノ開ル日秋雨梧桐葉ノ落ル時長恨哥

453　わきもこかうへし梅の木見ることにこゝろむせつゝなみたしなかる

　　　吾妹子之植之梅樹毎見情咽都追涕之流

わきもこかうへし梅の木　心明也泪しのし助字

　

　　天平三年辛未秋七月大納言大伴卿｜薨《ミマカリシ》時歌六首上五首ハ資《ツカヘ》《イ仕人》人金ノ明軍｜不《ス》v勝《タヘ》犬馬之｜慕《シタヒ》1心中ノ感緒作ルv之ヲ下ノ一首ハ勅シテ2内礼正《ウチノイヤノカミ》縣犬養《アカタイヌカヒノ》宿禰｜人上《ヒトウヘニ》1使《シム》v検《ケミシ》2v護《マモラ》卿病ヲ1而醫藥無クv驗シ逝水不v留因テv斯《コレニ》悲慟シテ即作v之

　

　

天平三年辛未　續日本紀十一日天平三年辛未秋七月大納言從二位大伴宿祢旅人薨ス難波ノ朝右大臣大紫長徳カ之孫大納言贈從二位安麻呂之第一子也

犬馬之慕　仕へ馴し心也

内礼正　官也　縣犬養姓也

逝水不留　薨せし事也論語逝者如斯

　 資人《ツカヘヒト》金明軍

454　よしえやしさかへし君のいましせはきのふもけふもわれをめさましを

　　　愛八師榮之君乃伊座勢婆昨日毛今日毛吾乎召麻之乎

よしえやしさかへし君の　此五文字見安采葉袖中抄等よしやよし也と云々栄へし君は旅人卿をいつきていへりいましせはゝおはしまさは也

455　かくしのみ有けるものをはきのはなさきてありやととひし君はも

　　　如是耳有家類物乎芽子花咲而有哉跡問之君波母

かくしのみ有ける物を　かくはかなくのみおはしける物をと也萩の事を病中に問給ひし事あるなるへし七月に薨

456　きみにこひいともすへなみあしたつのねのみなかるゝあさよひにして

　　　君尓戀痛毛為便奈美蘆鶴之哭耳所泣朝夕（イゆふ）四天

君にこひいともすへなみ　芦鶴はねのみの枕詞也朝夕ねのみなくと也

457　とをなかくつかへん物とおもへりし君しまさねはたましゐもなし

　　　遠長將仕物常念有之君師不座者心神毛奈思

とをなかくつかへん物と　仕人の心あはれ也

458　みとりこのはひたもとをり朝よひにねにそわかなくきみなしにして

　　　弱（イ若）子乃匍匐多毛登保里朝夕（イゆふに）哭耳曽吾泣君無二四天

内禮正縣犬養宿祢人上

みとりこのはひたもとほり　見安云はらはひめくる也愚案弱子のははひたもとほりの枕詞也たは助字也

459　見れとあかすいませしきみかもみちはのうつりいゆけはかなしくもあるか

　　　見礼杼不飽伊座之君我黄葉乃移（イゆつり）伊去者悲喪有香

見れとあかすいませし　あかすおはせし君かうせたまへはと也黄葉は移りの枕詞也いゆけはいは助字也

　

　悲ミ2嘆ク尼《アマ》理願カ死去《ミマカリシヲ》1歌一首并短歌　　大伴坂上郎女

新羅《シラキノ》國ノ尼《アマ》名ハ曰フ2理願ト1也遠ク感テヽ2王徳ニ1歸2化《マウケリ》聖朝ニ1於時《トキニ》寄2住《ヤトリスメリ》大納言大將軍大伴ノ卿ノ家ニ1既ニ逕《ヘタリ》2數紀ヲ1也以2天平七年乙亥ヲ1忽チ沈ンテ2運病ニ1既｜趣《ヲモムク》2泉界ニ1於是《コヽニ》大家石川ノ命婦《ヲンナマウチキミ》依テ2餌藥《クスリ》事ニ1徃テ2有間ノ温泉《イテユニ》1而不v會《アハ》2此｜喪《モニ》1但｜郎女《ヲトメ》獨リ葬2送《ハウフリヌ》屍柩《ヒツキヲ》1既訖ル仍テ作テ2此歌1贈ル温泉ニ1

　

　

遠感2王徳1歸2化聖朝ニ1　日本の王徳に感服して理願本朝に來し也

經《ヘタツ》2數紀《スキヲ》1　数年をへし也

趣2泉界1　黄泉也理願うせたりし也

石川命婦　旅人の妻也

依2餌藥ノ事ニ1　病氣養生也

460　たくつののしらきのくにゝひとことをよしときかれてとひさくるやからはらからなきくにゝわたりきましてすめろきのしきますくにゝうち日さすみやこしミみに里いへはさはにあれともいかさまにおもひけめかもつれもなき佐保の山へになくこなすしたひきましてしきたへのいへをもつくりあら玉のとしのをなかくすまひつゝいましゝ物をいける人しぬといふ事にまぬかれぬ物にしあれはたのめりし人のこと／＼草枕たひにあるまにさほかはをあさかはわたりかすか埜をそかひに見つゝ足ひきの山へをさしてゆふやみと隠れましぬれいはんすへせんすへしらにたちとまりたゝひとりしてしろたへの衣手ほさすなけきつゝわかなくなミた有間山雲ゐたなひき雨にふりきや

　

　

　　栲（イタヘ）角乃新羅國従從人事乎吉跡所聞而問放流親族（イうから）兄弟無國尓渡來座而大皇之敷座國尓内日指京思美弥尓里家者左波尓雖在何方尓念鷄目鴨都礼毛奈吉佐保乃山邊尓哭子成慕來座而布細乃宅乎毛造荒玉乃年緒長久住乍座之物乎生者死云事尓不免物尓之有者憑有之人乃盡草枕客有間尓佐保河朝河渡春日野乎背向尓見乍足氷木乃山邊乎指而晩闇跡隠益去礼將言為便將為須敝不知尓徘徊直獨而白細之衣袖不干嘆乍吾泣涙有間山雲居輕引雨尓零寸八

　

　

栲角《タクツノ》の新羅《シラキ》　日本紀仲哀に曰｜栲衾《タクフスマ》新羅《シラキ》されはしらきといはんとて栲角栲衾なと云栲衾は白き衾栲角は白き角也

人ことをよしと　此理願か事跡を新羅にてもよしといはれし人の無縁の吾朝にきしと也

うち日さすみやこ　仙曰宮殿は高くて日指入て内を照す心也文選十一景福殿賦曰晨光内照ラシテ流景外ニ※［火＋延］テル注晨光は日景也日光照シテ2於室中ニ1而流景外ニ發ス※［火＋延］ハ起也

　

　

しみゝ　奥儀抄ニ繁《シケ》く也

つれもなき　人よりなく住かたき所の心なるへし

なく子なす　したひ來ましての枕詞也敷たへも家の枕詞也理願大伴卿の家に寄住事也

たのめりし人のこと／＼　こと／＼はこと／＼く也是は大家石川命婦依2餌藥事1徃2有馬温泉ニ1とある事を云也

さほ川を　是より理願死去の事を出行のやうによみなしたり葬送の道すからをいふにや

かくれましぬれ　ぬれは也

たちとまりたゝ独して　郎女独して理願をとかくせし事也小序にも有

　　　　反歌

461　とゝめえぬいのちにしあれはしきたへのいへをはいてゝくもかくれにき

　　　留不得壽尓之在者敷細乃家從者出而雲隠去寸

とゝめえぬいのちにし　なか哥にいける人しぬといふ事まぬかれぬと有春日山そかひに見つゝなといふ心を家をは出てとよむなるへし

　

　　天平十一年己卯夏六月悲2傷《カナシミイタムテ》亡婦《ハウフ・ナキヲンナ》ヲ1作レル歌一首　大伴《トモノ》宿禰《スクネ》家持

462　いまよりはあきかせさむく吹なんをいかてかひとりなかき夜を寝ん

　　　従今者秋風寒將吹烏如何獨長夜乎將宿

いまよりは秋風さむく　秋風寒き夜亡婦を思ふ心哀也

　　即《スナハチ》和ヘル歌一首　弟《ヲトゝ》大伴宿禰｜書持《フンモチ》

463　なかきよを独やねんと君かいへはすきにし人のおもほゆらくに

　　　長夜乎獨哉將宿跡君之云者過去人之所念久尓

なかき夜をひとりや　君か独ねを歎くに付て過にし人のさそ独ゆく歎きすらんとおもほゆるといふ心なるへし家持弟也

　

　見テ2砌上《ミキリノホトリノ》瞿麦《ナテシコノ》花ヲ1作歌一首　　大伴宿禰家持

464　秋さらは見つゝおもへと妹かうへしやとのなてしこさきにけるかも

　　　秋去者見乍思跡妹之植之屋前乃石竹開家流香聞

秋さらは見つゝおもへと　秋來は我なきのちも此石竹を見て思ひ出よと妹かうへをきしとの義也餘意有て哀にや

　　　　移ツタv朔ヲ而後悲2嘆秋風ニ1作歌一首

移v朔　月かはりての心也

465　うつせみのよはつねなしとしる物をあきかせさむみしのひつるかも

　　　虚蝉之代者無常跡知物乎秋風寒思努妣都流可聞

うつせみのよはつねなし　空蝉の世ははかなき心也世の無常は知てさのみ亡婦をも歎くましきを秋風寒きに又戀忍ふと也今よりは秋風寒くといふ哥思ひ合すへし

　　　　一首并短歌　　 家持

466　わかやとに花そ咲きたるそをみれとこゝろもゆかすよしえやし妹かありせはみかもなすふたりならひゐたおりても見せまし物をうつ蝉のかりの身なれはとけ霜のきえゆくかことく足ひきのうあまちをさしていり日なすかくれにしかはそこおもひにむねこそいためいひもかねなつけもしらす跡もなきよのなかにあれはせんすへもなし

　

　

　　吾屋前尓花曽咲有其乎見杼情毛不行愛八師妹之有世婆水鴨成二人雙居手折而毛令見麻思物乎打蝉乃借有身在者［＃雨冠＋沾］霜乃消去之如久足日木乃山道乎指而入日成隠去可婆曽許念尓胸己所痛言毛不得名付毛不知跡無世間尓有者將為須辨毛奈思

　

　

そを見れと心もゆかす　それを見れと也花を見れと面白からすと也

みかもなす　鴨は雄雌双｜居《ヰル》物なれは枕詞に置也妹か生てあらは此花を折て見せん物をと也

そこおもひに　心底の思ひ也

いひもかねなつけも　何といはんやうもなくいかに名つけんかたもしらす跡はかなき世中と也

　　　　反歌

467　ときはしもいつもあらんをこゝろいたくいゆくわきもかみとりこをゝきて

　　　時者霜何時毛將有乎情哀伊去吾妹可若子乎置而

ときはしもいつも　しもは助字也みとりこをゝきてといへる哀一入にや時はいつも有へきにかゝる折ふしにとなりいゆくは逝去の心也

468　いてゝゆく道しらませはかねてより妹をとゝめんせきもをかましを

　　　出行道知末世波豫妹乎將留塞毛置末思乎

いてゝゆく道しらませは　妹かうせしを物にゆく様によみて関も置てとゝめん物をと也

469　いもか見しやとに花さく時はへぬわかなくなみたいまたひなくに

　　　妹之見師屋前尓花咲時者經去吾泣涙未干尓

妹か見しやとに花さく　我哀情の泪はまたひぬにいつしかに時はへてもと妹かみし花は宿に咲と也

　

　　　　悲緒《カナシミ》未《イマタ・ス》v息《ヤマ》更ニ作歌五首

470　かくしのみありける物を妹も我もちとせのことくたのみたりける

　　　如是耳有家留物乎妹毛吾毛如千歳憑有來

かくしのみありける　かくのみはかなく有ける世成しをと也

471　いへさかりいますわきもをとゝめかねやまかくれつれたましひもなし

　　　離家伊麻須吾妹乎停不得山隠都礼情神毛奈思

いへさかりいますわきも　家さかりいますとは家をはなれて黄泉へゆく心也山隠れつれとは山隠つれはと也前にも此てにをはあり

472　世のなかのつねかくのみとかつ知れといたむこゝろはしのひかねつも

　　　世間之常如此耳跡 都知跡痛情者不忍都毛

世の中のつねかくのみと　世の常にて會者定離の理はかつしれともと也

473　さほやまにたなひく霞見ることに妹をおもひいてゝなかぬ日はなし

　　　佐保山尓多奈引霞毎見妹乎思出不泣日者無

さほ山にたなひく霞　是亦朝雲廟の俤にや又佐保山は此女を葬し所なれは其煙を思ふにや

474　むかしこそよそにも見しかわきもこかおきつきとおもへははしきさほ山

　　　昔許曽外尓毛見之加吾妹子之奥槨常念者波之吉佐寳山

むかしこそよそにも　おきつきは墓也はしきとは見安云さほ山をほめたる詞也又敬心也云々袖中抄にはよしと云詞云々

　

　天平十六年甲申春二月｜安積皇子《アツミノミコノ》薨《カミサリシ》時作レル歌六首【上三首ハ二月三日作之下三首三月二十四日作之】

　　　　　内舎人《ウトネリ》大伴宿祢家持

安積皇子　聖武皇子【見安ニアリ】

475　かけまくもあやにかしこしいはまくもいはゝしきかもわかきみのみこのみことのよろつよにめし給はましおほやまとくにのみやこはうちなひき春さりぬれはやまへには花さききをせりかはせにはあゆこさはしりいや日けにさかゆるときにさかことのまかことゝかもしろたへにとねりよそひてわつか山みこしたてして久かたのあめしられぬれこひまろひひつちなけともせんすへもなし

　

　

　　挂卷母綾尓恐之言卷毛齊忌志伎可物吾王御子乃命萬代尓食賜麻思大日本久邇乃京者打靡春去奴礼婆山邊尓波花咲乎為里河湍尓波年魚小狭走弥日異榮時尓逆言之枉言登加聞白細尓舎人装束而和豆香山御輿立之而久堅乃天所知奴礼展轉泥打雖泣將為須便毛奈思

　

　

かけまくもあやにかしこし　かけていはんも恐かましく也

いはまくもいはゝしき　いふもいまはしき哉と也

よろつよにめし給はまし　萬代迄も知きこしめさんとの心也日本をいふ也

久迩の都　八雲抄ニは大和と有但此集十七に山城のくにの都と有此長うたの心は安積皇子の知給ふへき日本の久迩都といふ也

花咲をせり　仙曰をせりとは望見と書咲懸りたる也見安云花咲こだれし也

いや日けに　見安云毎日にと也

さかことのまかこと　此詞前にも有忌々しき心也

白たへにとねりよそほひ　葬送のさま也

わつか山　八雲抄大和か云々

みこしたてして　龕の御輿なるへし

あめしられぬれ　かくれ給ふ事也前にもありし詞也ぬれは也ひつちは沾漬《ヌレヒツル》也

わかおほきみあめしられんと　安積皇子うせ給はんとは思はされは日比はおほよそに此山をみしに今かく此みこをはふむる事よと也天しられんは死を云

あしひきの山さへてりて　心あきらか也

　　　　　反歌

476　わかおほきみあめしられんとおもはねはおほにそ見けるわつかそま山

　　　吾王天所知牟登不思者於保尓曽見谿流和豆香蘇麻山

477　あしひきの山さへてりてさく花のちりゆくこときわかおほきみかも

　　　足檜木乃山左倍光咲花乃散去如寸吾王香聞

　

478　かけまくもあやにかしこしわか君のみこのみことはもののふのやそとものおをめしあつめいさよひ給ひあさかりにしゝふみおこしゆふかりにとりふみたてゝおほみ馬の口をさへとめみ心を見せあきらめしいくち山こたちのしゝにさく花もうつろひにけり世のなかはかくのみならしますらをの心ふりおこしつるきたちこしにとりはきあつさゆみゆきとりおひてあめつちといやとをなかによろつよにかくしもかなとたのめりしみこのみ門のさはへなすさはくとねりはしろたへにころもとりきてつねなりしえまひふるまひいやひけにかはらふ見れはかなしめしかも

　

　

　　掛卷毛文尓恐之吾王皇子之命物乃負能八十伴男召集率（いさな）比賜朝猟尓鹿猪踐起暮猟尓鶉雉履立大御馬（イま）之口抑駐御心乎見為明米之活道（イいくめち）山木立之繁尓咲花毛移尓家里世間者如此耳奈良之大夫之心振起劔刀腰尓取佩梓弓靭取負而天地與弥遠長尓萬代尓如此毛欲得跡憑有之皇子乃御門乃五月蝿成驟驂舎人者白栲尓服取著而常有之咲比振麻比弥日異更經見者悲召可聞

　

　

ものゝふのやそとものお　八十は大勢の心也伴の男臣下の心也八雲抄ニやそとものおは朝につかふる男也云々

いさよひ　引率《インゾツ》する心也いさなひといふかことし

み心を見せあきらめし　物仰付るにて御心のおもむき見ゆる心也

いくち山　活道山【見安イクチヤマ】八雲抄云播磨　有v憚云々

木立のしゝに　茂く咲也

ますらおの心ふりおこし　忠義の心をおこして天地とゝもに長久にとたのみつかへし心也

ゆきとりおひ　靱《ユキ・ヤナクヒ》和名云以v箭又スル2其中ニ1也

さはへなす　蠅のさはくやうにさはく事をいふへき枕詞也　五月蠅《サハヘ》【日本紀】

しろたへに衣とりきて　是も葬送のさま也

えまひふるまひ　常なりし時の共奉には笑《エミ》つ身ふるまひしつせし物の日毎にかはり行を見れは悲みすると也

　　　　反歌

479　はしきかもみこのみことのありかよひ見しいくめちのみちはあれにけり

　　　波之吉可聞皇子之命乃安里我欲比見之活道乃路波荒尓鷄里

はしきかもみこのみこと　はしきかも　敬心にや　又ほむる心云々いくめちはいくち山と同き歟朝かり夕かりなとにみこのおはしたる道のかはりあれたると也

480　おほともの名におふゆきおひて萬代にたのみしこゝろいつくかよせん

　　　大伴之名負靭帶而萬代尓憑之心何所可將寄

おほともの名におふ　鞆は弓小手也｜靱《ユキ》とともに帯る武官の兵具なれは大ともの名におふゆき《靱》おひといふ也彼なかうたにますらおの心を振おこし梓弓ゆきとりおひてなといひし心也かくてつかへし武士の萬代にと思ひし頼みをうしなひてよるかたなきさまなるへし靱《ユキ》は矢をさす物也

　

　

　

　　　　悲2傷死ル妻《ツマヲ》1作歌一首并短歌【七月廿日作v之ヲ】　　高橋朝臣

高橋朝臣　或本云但云奉膳之男子焉と愚案此奉膳とは内膳正と同し内膳は高橋世々傳任ス

481　しろたへの袖さしかへてなひきねしわかくろかみのましらかになりきはまりてあらたよにともにあらんとたまのをのたえじや妹とむすひてしことははたさすおもへりしこゝろはとけすしろたへのたもとをわかれにきひにし家をも出てみとりこのなくをもをきてあさきりのほのめかしつゝやましろのさからの山の山のはをゆきすきぬれはいはんすへせんすへしらにわきもことさねしつま屋にあしたにはいてたちしのひゆふへにはいりゐなけくやわきはさむ子のなかしめはおのこしものおひみいたきみ朝鳥のねのみなきつゝこふれともしるしをなみとこととはぬものにはあれとわきもこかいりにし山をよすかとそおもふ

　

　

　　白細之袖指可倍※［氏／一］靡寐吾黒髪乃真白髪尓成極新世尓共尓將有跡玉緒乃不絶射妹跡結而石事者不果思有之心者不遂白妙之手本矣別丹杵火尓之家從裳出而緑兒乃哭乎毛置而朝霧髣髴為乍山代乃相樂（イか）山乃山際（まをイ）徃過奴礼婆將云為便將為便不知吾妹子跡左宿之妻屋尓朝庭出立偲夕尓波入居嘆舎腋挾兒乃泣母雄自毛能負見抱見朝鳥之啼耳哭乍雖戀効矣無跡辞不問物尓波在跡吾妹子之入尓之山乎因鹿跡叙念

　

　

袖さしかへて　袖さしかはし也

あたら世に　若髪の白く成極りて改まる世にも相老ならんとの心也偕老と契る儀也

たえしや妹　中絶ましきと妹にはけまし契りし詞也

むすひてしことは果さす　契結ひしかひなしと也

おもへりし心はとけす　本意はとけぬ心也

白妙の袂を別れ　妹か死別せし事也

にきひにし家をも出て　見安云にきひにし饒《ニキハヒ》し也愚案妹か死去を云

ほのめかしつゝ　妹か死のうつゝなき心也

山代の相樂《サカラ》の山　死妻を葬し所也

つま屋　見安云妾ををく所也愚案彼妻の有し世にねし所に朝夕入居出立｜嘆《ナケク》と也

なかしめは　彼児の母を戀なけは男のおひいたきすかしてはねをなくと也朝鳥は枕詞也

ことゝはぬ物にあれと　妹を葬りし相樂《サカラ》山は物いひかはす物にもあらねとせんかたなさにせめてかたみと思ふと也

　反歌

482　うつせみの世の事にあれはよそにみしやまをやいまはよすかとおもはむ

　　　打背見乃世之事尓在者外尓見之山矣耶今者因香跡思波牟

よすか　仙曰日本紀には資文字をよめり心は形見といふ心也見安同

うつせみの世の事に　死別は世の事なれはよし／＼相樂山を形見と思ひみんと也

483　あさとりのねのみやなかんわきもこにいままたさらにあふよしをなみ

　　　朝鳥之啼耳鳴六吾妹子尓今亦更逢因矣無

あさとりのねのみや　今は逢よしなけれは只にねをなかんと也朝鳥は枕詞也

萬葉集卷第三終

貞享元年七月二十四日於新玉津島神前重而書墨付五十九枚

2004.4.24（土）午後8時25分　校正終了　

　313番の「見吉野之戴瀑…」の、「戴」は、校本萬葉集にもそのような本文は全く見あたらず、季吟の注記とも思われません。おそらく瀑を彫るつもりで、戴《タイ》のような字を彫ったのではないでしょうか。或いは「たき」を「たい」と音で勘違いしたか。

　

　

　

萬葉集卷第四

　 相聞

　　奉ｄ上《タテマツル》在《イマス》2山跡《ヤマト》ニ1皇兄《クハウケイ》ニｕ御歌一首　　難波ノ天皇妹

相聞《アヒキカスル》　祇曰こひの哥の事也悦目抄等同猶前注

皇兄　仁徳天皇を申すにや

難波天皇妹　仁徳の御妹はあまた有誰におはすにや

484　ひとひこそ人もまちつげなかきけをかくまたるれはありえたへすも

　　　一日社人母待告長氣乎如此所待者有不得勝

ひとひこそ人も待つけ　なかきけは氣長くなといふと同嘆息する心也有えたへすとは堪忍しかたき也一日計なとは人も待て長き氣を繼けかく久しく待れ給へは難v堪と也兄君を恋慕《レンボ》にはあらねと心戀の哥なれは相聞に入歟

　

　

　

　　一首并短歌　　岳本《ヲカモトノ》天皇御製【今案スルニ有2高市岳本《タケチヲカモトノ》宮後ノ岳本ノ宮1二代今所v指未v審セ2何レノ帝ト1】

485　かみよゝりあれつぎくれは人さはに国にはみちてあちむらのさはきはゆけとわかこふる君にしあらねはひるは日のくるゝまてよは夜のあくるきはみおもひつゝいもねがてにとあかしつらくもなかきこの夜を

　

　

神代従生（定家うみ）繼來（たれ）者人多（イおほく）國尓波満而味村乃去來（イいさと）者行跡吾戀流君尓之不有者晝波日乃久流留麻※［氏／一］夜（イよる）者夜之明流寸食念乍寐宿難尓登阿可思通良久茂長此夜乎

　

　

かみよゝりあれ（うみ）つきくれは　生繼來　神代よりこのかた人生れ繼生れ繼て国土にみちておほき心也｜伊弉冉《イザナミ》尊萬民を日々に千頭《チカウヘ》ころさむとの給に伊弉諾《イザナギ》尊我は日々に千五百頭《チカウヘアマリイヲカウヘ》うまんとの給日本紀委

　

　

あちむらのさはきは　定家卿如此イいさとは仙曰味村は鳥也いさとはゆけとゝは鳥のたつ羽音さときこゆれは云又村鳥の習ひ一ツも立初れは皆さそはれたてはいさとはゆけとゝよそへよめる也愚案味村のとはさはきはゆけとゝいはん枕詞也人おほく国にみちてさはきはゆけと我思ふ君ならねは終日終夜思ひつゝ明しつると也つらくもとはつると云詞也らくといふ詞はるといふ詞になる也もは助字也夜の明るきはみは明る極め迄といふ心也岳本天皇は舒明を申後岳本は草壁皇子の追号也いつれにか

　

　

　　　 反歌

486　やまのはにあちむらこまはすくなれとわれはさむしゑ（さふしみ）君にしあらねは

　　　山羽味村（袖中仙むらさはきゆくなれと）驂去（さる）奈礼騰吾者左夫思恵君二四不在者

やまのはにあちむらこまは　古來風躰如此祇本亦同祇曰あちむらこまとは白駒《ハツク》駒影《クエイ》なといひて隙ゆく駒なとのごとし山の隙に日影のさる心をいへり又あちむらさはきゆけとも我はさひしもともよめりともいへり【是迄祇注】袖中抄にはあち村さはきと有仙本同顕昭云あち村さはきゆけと君にてなけれはさひしと云也云々然共兩流不用之

　

　

487　あふみちのとこの山なるいさやかはけの（古來）（定家卿萬時けふこのころは類聚同）ころころはこひつゝもあらん

　　　淡海路乃鳥篭之山有不知哉川氣乃己呂其侶波戀乍裳将有

あふみちのとこの山なる　とこの山いさや川淡海の名所也此下句氣乃已呂其侶を類聚萬葉并定家卿けふ此ころは戀つゝもあらんと和せりたとひけのころ／＼とよむとも心はけふ此比はといふなるへしけのはけふのといふを中畧の詞也ころはのとろと五音通扨此上句あふみは逢といふ詞とこの山は床にそへいさや川はいさやといふ詞によせたる名所を上句によみて逢といひ床なといふ事もいさやあはて有との心をいふなるへし下句はかくてけふ此比は戀つゝもあるへきをさて行末はいかゝせんとふくめたる也上句は比したる名所を讀て下句に嘆く心をいふなるへし

　

　

　

　　　　思テ2近江ノ天皇ヲ1作歌一首　　額《ヌカ》田王

近江天皇　天智天皇也額田王は天智の宮女也

488　きみまつとわかこひをれはわかやとのすたれうこかしあきのかせふく

　　　君待登吾戀居者我屋戸之簾動之秋風（イあきかそ）吹

きみまつとわかこひ　君か來てすたれうこかし入こん事をまつに君はきたらて秋風の吹との心なつへし

　

　　　一首　鏡王女《カヽミノムスメ》

489　かせをたにこふるはともし風をたにこんとしまたはいかゝかなけかん

　　　風乎太尓戀流波乏之風小谷将來登時待者何香将嘆

かせをたにこふるはともし　炎天なとに風を戀れは思ふまゝにふかてともしき也されは風をたに必來んとまたはかくともしくはいかゝ歎んまして君待歎き思ひやれと也

　

　　　吹黄《フクキノ》刀自《トシ》

490　まのゝうらのよとのつき橋心ゆもおもふやいもかいめにし見ゆる

　　　真野之浦乃與騰乃繼橋情由毛思哉妹之伊目尓之所見

まのゝうらのよとの　心ゆもは心にも也仙曰たとへは從文字をにともをともよりとも所によりてよめとも何《イツレ》の詞もこめてそへたる也愚案まのゝつきはし八雲抄ニ摂津云々｜伊目《イメ》は見安ニ夢也云々夢はしらぬ国にもかよふ事橋にては谷川なと隔てし所にもゆくかことしされは源氏物語に夢ノ浮橋といへり夢に見ゆるといはんとてまのゝうらのよとのつき橋とよめるにやおもふやは思ふか也

　

　

491　かはかみのいづもの花のいつも／＼きませわかせこときわかめやも

　　　河上乃伊都藻之花乃何時何時來益我背子時自異目（イしけめ）八方

かはかみのいつもの花の　是もいつも／＼ときわかすきませといはんとて第一句第二句はいへりいつもの花とは兩説有仙曰物をほむるには何にもいつの詞をそふる習ひなれは是も藻の花をほむる詞也日本紀第三に名《ナツケテ》2所置《ヲキノ》埴［分／瓦］《ハニヘヲ》1為2嚴［分／瓦］《イツヘト》1又火ノ名ヲ為2嚴香來雷《イツカクツチト》1水ノ名ヲ為2嚴罔象女《ミツハノメト》1粮《カテノ》名ヲ為2嚴稲魂女《イツウカノメト》1薪ノ名ヲ為2嚴ノ山雷《ヤマツチト》1草ノ名ヲ為2嚴野｜槌《ツチト》1といへり是道｜臣《ヲミノ》命たかみむすひの尊をまつらしめ給ふ時の事也云々見安には藻の花は水より出る故いづ藻と云云々可v随2仙説ニ1時｜自異目《ワカメ》イときしけめと和す時わかんやと云に同

　

　

　

　　田部《タナヘノ》忌寸《イミキ》櫟子《イチイコ》任スル2太宰ニ1時ノ歌四首

舎人吉年《トネリキネ》

492　ころもてにとりとゝこほりなくこにもまされるわれををきていかゝせむ

　　　衣手尓取等騰己保里哭兒尓毛益有吾乎置而如何将為

ころもてにとりとゝ　親をしたひて袖に取付引とゝこほる子にもまさりてしたふ我を置てはいかゝ別し給はんと也　

　　　　　　　　　田部《タナヘノ》忌寸《イミキ》櫟子

493　をきていかは妹こひんかもしきたへのくろかみしきて長きこの夜を

　　　置而行者妹将戀可聞敷細乃黒髪布而長此夜乎

をきていかは妹戀ん　妹を置て別ゆかん跡に長き夜を独ねつゝ我を戀んかと也舎人吉年は女にや

494　わきもこをあひしらせけん人をこそこひのまされはうらめしみ思へ

　　　吾妹兒乎相令知人乎許曽戀之益者恨三念

わきもこをあひ知せ　しらさる已前は戀しとも思はされはあひしらせし人を恨めしと思ふと也わりなき餘りにや

495　あさ日影にほへる山にてる月のあかさるきみを山こしにをきて

　　朝日影尓保敝流山尓照月乃不厭（仙あかすや）君（童いも）乎山越尓置（イして）手

あさ日かけにほへる山　類聚萬葉　祇注本あかさるきみを童蒙抄あかさるいもをと和す同抄云これは朝日の出る有明の月の西の山に残りたるかあかすわりなく思ふによせて戀の心をよめる也にほへるとはあさ日の影に映《エイ》じあひたるといふ心也祇曰西の山のは近き有明の月は光りもてらしなから夜の明るにしたかひ朝日出なんとするよそほひのうつろふはあかぬ名残によそへよめり山こしはへたつる心也但祇本には山こしにしてと有仙点はあかすや君をと有如何

　

　

　

　　　四首　柿本朝臣人麻呂歌

496　みくまのゝうらのはまゆふもゝへなるこゝろはおもへとたゝにあはぬかも

　　　三熊野之浦乃濱木綿百重成（イなす）心者雖念直不相鴨

みくまのゝうらのはまゆふ　綺語《キコ》抄云濱ゆふは芭蕉葉に似たる草の濱に生る也葉のもゝかさねある也三熊野は紀伊国御熊野浦を云也八雲抄同但童蒙抄には此みくまの伊勢也大饗の時は鳥の足包む料に伊勢国み熊野のうらへはまゆふをめすと云々仙覺も此説にしたかひて伊勢といへり祇曰いせのみくまの也哥の心は百重に思へともあはぬとなけく也此はまゆふに戀しき人の名を書て枕にもし衣なとにもそへてしけは夢に思ふ人みゆるとなん定家卿「時のまのよはの衣のはまゆふやなけきそふへきみくまのゝうらとあり伊勢にも濱ゆふをよめり

　

　

497　いにしへにありけん人もわかことか妹にこひつゝいねかてにけん

　　　古尓有兼人毛如吾歟妹尓戀乍宿不勝家牟

いにしへにありけん人　いねかてにけんとはいねかたかりけんと也わかことかは我ことくにや也

498　今のみのわさにはあらすいにしへのひとそまさりてねにさへなきし

　　　今耳之行事庭不有古人曽益而哭左倍鳴四

今のみのわさには　戀はむかしよりわりなきならひそとの心也

499　もゝへにもきをよへかもと思ふかもきみかつかひの見れとあかさらん

　　　百重二物來及毳常念鴨公之使乃雖見不飽有哉

もゝへにも來及へかもと　たひ／＼來て百度にも及へかしと思ふか君が使の度重るを見れとあかさると也

　

　　　　棊《ゴ》檀越《ダンヲチ》徃ク2伊勢ノ國ニ1時｜留《トマレル》妻ノ作歌一首

姓名未v詳

碁檀越　男の名にや

500　かみかせやいせの濱おきおりふせてたひねやすらんあらきはまへに

　　　神風之（イの）伊勢乃濱荻折伏客宿也（イや）将為荒濱邊尓

かみかせや（イの）いせの濱荻　神風の如クv字ノよむへきを童蒙抄綺語奥儀抄等新古今にも神風やと和す可有故歟童蒙抄云濱荻とは彼いせには芦を云也八雲曰祇曰男のいせへ下るを思遣てよめる也

　

　

　

　　　　三首　 柿本朝臣人麻呂

501　おとめらかそてふる山のみつかきのひさしきよゝりおもひきわれは

　　　未通女等之袖振山乃水垣之久時從憶寸吾者（そめてき）

おとめらか袖ふる山の　拾遺集には乙女子かと有久しきよゝり思ひ初てきと有童蒙抄にも如2拾遺ノ1おとめらかとは袖振といはん枕詞也袖振山は八雲抄に大和吉野云々童蒙抄云人丸は天平の時の人也崇神天皇三年秋九月に都を磯城《シキ》にうつさしめ給ふ是を瑞垣《ミツカキノ》宮と云也委ク日本紀第五に見えたりされは水垣のおこりかの時也久しきよゝりとは昔よりといはんとて水垣のとはよめる也云々或説袖ふる山は只布留山也乙女らか袖は諷詞也云々不用之

　

　

502　なつ野ゆくをしかのつのゝつかのまもいもかこゝろをわすれておもへや

　　　夏野去小牡鹿之角乃束間毛妹之心乎忘而念哉

夏野ゆくをしかのつのゝ　仙曰五月の夏至《ケシノ》日鹿ノ角｜解《・トク》すなどいひて礼記に見えたり扨其もとの角おちて今生る角は手にとる計｜生《ヲヒ》ぬるによせてつかのまもとはよめる也祇曰夏の鹿は角生初て短《ミシカ》くて一束計なるを云愚案妹を思ふあまりに時のま成共忘れよと我と云る也

　

　

503　たまきぬのさゐ／＼しつむ家の妹に物いはずきておもひかねつも

　　　珠衣乃狭藍左謂沈（イしつみ）家妹尓物不語來來而思金津裳

たまきぬのさゐ／＼しつむ　袖中抄云玉きぬはほむる詞也さゐ／＼はゐとやと同音也きぬの新しきはさや／＼となる也しつむは扨しつかに居たりといふ歟愚案玉きぬのあさやかなるきぬの音なひさや／＼としてしつまりゐたり妹に物をもいはて來て思侘と也或説狭藍染る也云々非也

　

　

　

　　　一首　柿本朝臣人麻呂カ妻《ツマ》

504　きみかいへにわれすみ坂のいへちをもわれはわすれしいのちしなすは

　　　君家尓吾住坂乃家道乎毛吾者不忘命不死者

きみかいへに我住坂の　見安云住坂名所也愚案君か家に我住とそへて夫の家に女は歸《トツキ》住事をいひて我命の限は君か家を忘ましきとよめり

　

　　　二首　安倍女郎《アヘノヲトメ》　

505　いまさらになにをかおもはん打なひきこゝろはきみによりにし物を

　　　今更何乎可將念打靡情者君尓縁尓之物乎

いまさらに何をか思はん　祇曰此哥は君になひきてよる心の外に更に何をか思はんといへり師説うちなひきは一向と同

506　わかせこは物なおもひそ事のあらは火にも水にもわれならなくに

　　　吾背子波物莫念事之有者火尓毛水尓毛吾莫七國

わかせこは物な思ひそ　仙曰いかなる事有とも火にも水にも成て失へき我にてもなし我せこは物な思ひそとよめる也

　

　　　一首　駿河《スルカノ》采女

507　しきたへのまくらをくぐるなみたにそうきねをしけるこひのしけきに

　　　敷細乃枕從久久流涙二曽浮宿乎思家類戀乃繁尓

しきたへの枕をくゝる　浮ねとは水鳥船中等水上にねる事也戀の泪の深きを云也

　

　　　一首　三方沙弥

508　ころもてのわくこよひより妹も我もいたくこひんなあふよしをなみ

　　　衣手乃別今（イわかるゝ）夜従（よゝり）妹毛吾母甚戀（イこひしな）名相因乎奈美

ころもてのわくこよひ　妹とかはせし衣を別るゝ時は袖と袖とわくるを衣手のわくと云也かく別る今夜より又逢由なくいたく戀んと也

　

　　　下ル2筑紫ノ國ニ１時作歌一首　　　　　　 丹比真人笠麻呂

509　まうとめのくしけにのする鏡なす見つのはまへにさにつらふひもときさけすわきもこに戀つゝをれはあけぐれの朝霧ごもりなくたつのなきにしそなくわかこふるちへのひとへもなくさむるこゝろもありやと家のあたりわかたち見れはあをはたのかつらき山にたなひけるしら雲かくれあまさかるひなのくにへにたゝむかふあはちを過てあはしまをそかひに見つゝあさなきにかこのをとよひゆふなきにかちのをとしつゝなみのうへをいゆきさくゝみいはのまをいゆきもとほりいなひつまうらみをすきてとりし物なつさひゆけはいへのしまあらいそのうへに打なひきしゝにおひたるなのりそかなとかもいもにつけすきにけん

　

　

　　　臣（イおふと）女乃匣尓乗有鏡成見津乃濱邊尓狭丹頬相紐解不離（イのけす）吾妹兒尓戀乍居者明晩乃旦霧隠鳴多頭乃哭耳之（イのミし）所哭吾戀流干重乃一隔母名草漏情毛有哉跡家當吾立見者青旗乃葛木山尓多奈引流白雲隠天佐我留夷乃國邊尓直向淡路乎過粟嶋乎背尓見管朝名寸二水手之音喚暮名寸二梶之聲為乍浪上乎五十行左具久美磐間乎射徃廻稲日都麻浦箕乎過而鳥自物魚津左比去者家乃嶋荒礒之宇倍尓打靡四時二生有莫告我奈騰可聞妹尓不告來二計謀

　

　

まうとめ　見安云｜臣女《マウトメ》は朝に仕る女也愚案鏡なすといふ迄は見の字をいはん枕詞也

さにつらふ　紐をほむる詞也

なくたつの　鳴にしそ鳴といはん諷詞也

家のあたり　古郷を見やれは葛城山の雲に隠れてみえすとの心也

あをはたのかつらき山　見安云旗にたかつらとてひれのある故にはたのかつらき山とつゝくる也仙曰木にはひ懸りて手の長く茂きは青旗に似たれは青はたの葛木とつゝくる也愚案兩説にや

　

　

たゝむかふあはちを　三津の濱へよりつくしに行には淡路｜直《タヽチ》に向ふ心也

粟嶋を　八雲抄名寄等阿波云々淡路を過て阿波をおひすかひに見る心也俊成卿の義

かこの音よひ　舟子共の聲よはふ也舟子をかこといふは應神の御宇ニ日向ノ諸縣君《モロアカタノキミ》牛といふ物鹿皮を着て海に浮ひ來て帝の御船に随へり其所を鹿子《カコ》の水門《ミナト》と云播磨国也凡｜水手《カコヲ》曰《イフハ》2鹿子《カコト》1蓋シ始テ起レリ2于是ノ時ニ1也日本紀第十に有

　

　

さくゝみ　仙曰早くゝる也舟の波上をゆくは波をくゝるやうに見ゆる也

いはのまをいゆきもとをり　仙曰めくるをもとほると云岩ある所を梶を引まはしてめくりゆけはいゆきもとほりといへり　いなひ妻　仙曰播磨国也見安云妻のいなといふ心也愚案いなといふ妻をうらみといひかけたり

　

　

うらみを過て　仙曰浦を見過て也　或説うらみは浦邊也愚案皆非也口訣

とりし物　鶏は人になつく物なれはなつさひといはん枕詞也浦々嶋なと見なれそなれゆくをなつさひゆけはといへりなれそふ心也

いへの嶋　八雲抄に播磨云々家嶋といふも同所と也

しゝにおひたる　見安云しけくおひたる也　なのりそが愚案神馬藻の事也告す來にけんといはん諷詞也｜莫告《ナノリソ》と書故也允恭天皇の衣通姫の哥に海の濱藻のとよみ給へるを是《コノ》歌《ウタ》不《ス》v可《ヘカラ》v聴《キカス》2他人《アタシヒトニ》1と勅言有てより濱藻をなのりそもといふ事日本紀十三にあり此故に莫告と書にや

　

　

なとかも妹に　もは助字也我つくしにゆくともいつは歸來んなと委告知せよく契置て來へき物をさもいはてきたるを悔む儀なるへし

　　　　反歌

510　しろたへの袖ときかへてかへりこんほとをかそへてゆきてこましを

　　　白妙乃袖解更而還來武月日乎數而徃而來猿尾

しろたへの袖ときかへて　見安云たかひに袖を解《トキ》かへて切にちきる心也歸りこんほとをかそへては妹にいつ比かへらんなといひちきらん物をと也長うたになとかも妹に告すきにけんといへる心を又云也

　

　

　

　　　　幸ノ2伊勢國ニ1時作歌一首　　

　　　　　　　　　　　　　當麻《タヘマノ》麻呂ノ大夫カ妻

幸伊勢　聖武行幸の時か

511　わかせこはいつちくゆくらんおきつものかくれの山をけふかこゆらん

　　　吾背子者何處将行巳津物隠之山乎今日歟超良武

わかせこはいつちく行らん　奥津藻は波に隠るゝものなれは隠の山の枕詞にをく也隠の山八雲御抄に伊勢と云々

　

　　　一首　　草｜嬢《ヲフナ》

512　あきの田のほだのかりはかかよりあはゝそこもか人のわれをことなさん

　　　秋田之穂田乃苅婆加香縁相者彼所毛加人之吾乎事將成

あきの田のほたの　見安ほたのかりはとは田をかりもてゆく所也仙曰田のかりきはと云心也かよりあはゝそこもか人のとは田をこなたかなたより刈ゆくほとになかはによりあひぬれはともになすへき事｜遂《トク》るに譬《タト》へ云也

　

　

　

　　　　御歌一首　　志貴皇子

513　おほはらのこの市柴のいつしかとわかおもふ妹にこよひあへるかも

　　　大原之此市柴乃何時鹿跡吾念妹尓今夜相有香裳

大原の此市柴　序哥也或説大なる原のいつくしき芝といへと非也中努親王「夜終此市柴を折敷て雪にそ明す大原の里又信實咲市柴の花と讀り

　

　　　　一首　 阿倍《アヘ》女郎《ヲトメ》

514　わかせこかきせるころものはりめおちすいりにけらしなわかこゝろさへ

　　　吾背子之盖世流衣之針目不落入尓家良之我情副

わかせこかきせる衣の　きせる衣は着ませる衣と云也針目おちすは針目毎に也夫の衣の針めことに心を入て縫しといひて深切をあらはせる哥也

　

　　　　贈ル2阿倍ノ女郎ニ1歌一首　 中臣ノ朝臣｜東《アツマ》人

515　独ねてたえにしひもをゆゝしみとせんすへしらにねのみしそなく

　　　獨宿而絶西紐緒忌（イいみし）見跡世武為便不知哭耳之曽泣

ひとりねて絶にし　ゆゝしみは忌《イマハ》しき也あはぬ独ねに紐のきれたるは中絶る事のやうなれは忌忌《ユユ》しきと也せんすへしらにはせんかたもなくとの心也

　

　　　　答歌一首　　　阿倍女郎

516　わかもたるみつあひによれる糸持てつけてまし物をいまそくやしき

　　　吾以在三相二搓流絲用而附手益物今曽悔寸

わかもたるみつあひに　三筋合せてよりし糸也三相ミツアヒ江本の点の由仙覺いへり哥の心は東人か紐の絶るを忌て歎けは我みつなひによりし糸を持たるに其糸を其紐につけん物をさあらはさやうに絶ましきに悔しきと也【仙義畧注】

　

　

　

　　　　一首　　大納言｜兼《ケン》大將軍｜大伴卿《トモノマチキミ》

517　さかきにも手はふるといふをうつたへに人つまといへはふれぬものかは

　　　神樹尓毛手者觸云乎打細丹人妻跡云者不觸物可波（古來風体）　イ聞（も）　仙本

さか木にも手はふると　榊は神木なるたに手ふるゝに人妻に手ふれかたしと也うつたへは八雲抄うちたへて也偏ニと云心也哥林良材うちつけと云心と同云々打つけはさしあたりにの心か

　

　

　

　　　　一首　　石川ノ郎女《イラツメ》

518　かすかのゝやまへの道をよそりなくかよひしきみか見えぬころかも

　　　春日野之山邊道乎与（イお）曽理無通之君我不所見許呂香聞

かすかのゝ山への道を　仙曰よそりなくはよそへよる事もなくかよひしとよめる也愚案イおそりなくは恐なくか

　

　　　　一首　　大伴《トモノ》女郎《ヲトメ》

519　あまさはりつねするきみは久かたのよふへの雨にこりにけんかも

　　　雨障常為公者久堅乃昨夜（イきのふの）雨尓將懲鴨

あまさはり常する君　雨にはさはりて來ぬを常とする人也常に雨をいとふ君はよんへのあめにこりはてゝもはや此のちは來さらんかと也心さしふかき人は雨にもさはらねと淺きゆへ雨をいとふなれは也此うたは人の來て雨ふるにぬれ／＼歸し人にやりしなるへし久かたのとは雨にこりにけんかもといはんとてをけりたとへは久かたのはにふのこやにこさめふりといふ哥をも久かたのこさめといふへきをつゝきをいたはりて詞の上下したる也と奥儀抄にいへるかことし但上古にはかくもよめり今は不可好にや

　

　

　

　　　　後人追テ和スル歌一首　 　　作者未詳

後人追和　大伴郎女哥を後人の和たる也

520　ひさかたの雨もふらぬかあまつゝみきみにたくひてこの日くらさん

　　　久堅乃雨毛落粳雨乍見於君副而此日令晩

久かたの雨もふらぬか　ふらぬかは哉也あまつゝみは雨隠れ也雨をつゝしむ心也又は雨衣也油衣也君にたくひては君とゝもに雨つつみするをいひかけて君に雨隠れによせてそひて此日を暮すへきに雨もふらぬ哉と也大伴女郎に返哥の心にや

　

　

　

　　　藤原ノ宇合《ノキアヒノ》大夫《マウチキミ》遷任シテ上ルv京ニ時贈レル歌一首　　　　　　　　　　　　　　 常陸《ヒタチノ》娘子《ヲトメ》

遷任　受領の四ケ年の後こと司にうつる心歟宇合は式部卿養老三年七月ニ任ス2常陸守1此時なとにや

521　にはにたつあさてかりほししき忍ふあつまをんなをわすれたまふな

　　　庭立麻手苅干布慕東女（八雲をとめ仙）乎忘賜名

庭にたつあさて　東女八雲抄あつまおとめと有仙同古來風躰奥儀抄にはあつまをんなとよみてあさて（奥義云）は麻の事也又庭立のあさてとも有と云々童蒙抄にもあつまをんなと和してしきしのふはしきりにしのふと云なり云々見安云庭にたつ麻手《アサテ》は麻をかりてたつれは手のやうにあるを麻手とよむ也愚案我をもわすれ給ふなといふ上京の別をおしみてよめるなるへし

　

　

　

　　　贈ル2大伴郎女ニ1歌三首　　京職《ミサトノツカサ》藤原ノ大夫《マウキヲミ》

藤原大夫　或本には京職大夫藤原麻呂大夫云々

522　おとめらかたまくしけなる玉くしのめつらしけんもいもにあはすあれは

　　　※［女＋咸］嬬等之珠篋有玉櫛乃神家武毛妹尓阿波受有者

おとめらか玉くしけ　童蒙抄云玉｜櫛《クシ》とはよきくしと云也愚案此哥上句は序也玉くしけは櫛の箱也めつらしけんとは珎らしからん也もは助字也あはゝ珎しからん妹に不逢戀しと也

　

　

523　よくわたる人は年にも有てふをいつのまにそもわかこひにける

　　　好渡人者年母有云乎何時間曽毛吾戀尓來

よくわたる人は年にも　見安云よくわたる人は年にもとは七夕の事也愚案七夕は年の渡りとて年に一たひ渡り來て心よく有といふを我はさやうの絶間もなく逢見なからいつの間にはやかくこひにけるそあはぬ絶間有中こそ戀はせめと也

　

　

524　あつふすまなこやか下にふせれともいもとしねゝははたしさむしも

　　　蒸被奈胡也我下丹雖臥與妹不宿者肌之寒霜

あつふすまなこやか下　見安云よるの衾なこやか也と云也仙曰あつくあたゝかなれは寒き事もあるましくやはらきたる下にふせれとも君とねゝは寒しとよめる也なこやといへるやの字は助の詞也愚案｜柔和《ナコヤカ》の字也和もナゴ也

　

　

　

　　　　和歌四首　　大伴《トモノ》郎女《ヲトメ》【郎女者佐保大納言卿之女也初嫁2一品穂積皇子ニ1被v寵無v儔而皇子薨之後藤原麻呂大夫娉《ヘイス》2之郎女ヲ1焉郎女家ス2於坂上ノ里ニ1仍号ス2坂上ノ郎女ト1】

　

　

佐保大納言　長屋卿か

無v儔　ともからなし也無v類也

525　さほ川のさゝれふみわたりむはたまのこまのくる夜はとしにもあらぬか

　　　狭穂河乃小石踐渡夜（イぬは）干玉之黒馬之來夜者年尓母有粳（イあるか）

さほ川のさゝれふみ　此哥は彼よく渡る人は年にも有てふをと讀るに和する歟こまのくる夜とは麻呂大夫か駒にてくる事はまれなれは年の渡りにてあらぬかは七夕の如くそと也類聚萬葉にはあるかと和スある哉也心は同

　

　

526　ちとりなくさほのかはせのさゝれなみやむときもなしわかこふらくは

　　　千鳥鳴佐保乃河瀬之小（イさゝら）浪止時毛無（イなみ）吾戀者

ちとりなくさほの　序哥也波の止時なきかことく戀る心やますと也

527　こんといふもこぬ時あるをこじといふをこんとはまたじこじといふ物を

　　　将來云毛不來時有乎不來云乎將來常者不待不來云物乎（イてふ物を）

こんといふもこぬ時ある　心明なるへし

528　ちとりなくさほのかはとのせを廣みうちはしわたすながくとおもへは

　　　千鳥鳴佐保乃河門乃瀬乎廣弥打橋渡須奈我來跡念者

ちとりなくさほの　見安云河門は河へかよふ道ある所也愚案打橋は板を打渡しての橋也なかくは汝か來る也

　

　　一首　　大伴坂上郎女

529　さほ河のきしのつかさのわかくぬきなかりそありつゝもはるしきたらは立かくるかに　　

　　　佐保河乃涯之官能小歴木（イしは）莫苅在乍毛張之來者立隠金

さほ川のきしのつかさ　一条殿哥林良材には小歴木をわかくぬきとよみてつかさはきは也と有愚案此わかくぬぎをからて有つゝも春來たらは枝葉栄ん陰に隠んと也但仙覺は小歴木をしばとよむ岸のつかさは岸のつゝき也云々小歴木しはとよむ由緒あらは可用歟

　

　

　

　　　　賜《タマフ》2海上《ウナカミノ》女王ニ1御歌《ミウタ》一首【案ルニ此謌｜擬《キスル》v古ヲ之作也　但シ以2時當《ソノカミノ》便ヲ1賜2斯歌ヲ1歟】　

　　　　　　　　　　　　　 天皇

530　あかこまのこゆる馬をりのしめゆひしいもかこゝろはうたかひもなし

　　　赤駒之越馬柵（イまかき）乃緘結師妹情者疑毛奈思

あかこまのこゆる馬《ムマ》をり　見安云馬をりは馬をこめをくをり也愚案柵は和名にはさくとよむ如クv垣ノせし物也此哥はしめゆひしといはん序に第一第二句はよませ給へり馬ををりにこめたるやうに卜《シメ》鎖したる妹か心は疑所なしと也イまがき玉篇に柵｜編《アム》2竪木ヲ1也マカキ云々是も卜《シメ》結シの序也

　

　

　

　　　　奉ル2和スル歌ヲ1一首　　海上女王《ウナカミノヒメヲホキミ》

531　あつさゆみつまひくよどのとをとにもきみかみゆきをきくかうれしも

　　　梓弓爪引夜音之遠音尓毛君之御幸乎聞（イきくは乏し）好（イよしも）毛

あつさ弓つまひく《爪引》よと《夜音》　宿衛《シユクヱ》の随身《ズイジン》の絃打《ツルウチ》の心也夜の絃音は遠く聞る物なれはとをとにもきくといはんとての序哥也君を待奉る故にみゆきのよしを遠く聞も嬉しと也類聚萬葉等の古点きくかうれしき也仙点きくはしよしも

　

　

　

　　　　二首　　大伴ノ宿奈麻呂《スクナマロノ》宿祢《スクネ》

532　うちひさす宮にゆくこをまかなしみとゝむれはくるしやれはすへなし

　　　打日指宮尓行兒乎真悲見留（イとむれ）者苦聴去者為便無

うちひさす宮にゆくこ　内日指宮前注宮仕人なと稀に逢て別を惜む哥なるへしま悲みは只悲き也宮中へ歸る女をとむるも苦しくゆるしやるもすへなく悲しと也

533　なにはかたしほひのなこりあくまてにひとの見るこをわれしともしも

　　　難波方鹽干之名凝飽左右二人之見兒乎吾四乏毛

なにはかたしほひの　名残は跡まてうつ波也あく迄といはん序哥也人はあく迄見る女を我は稀に乏《トモシ》くみる歎き也

　

　　　　一首并短歌【安貴《ヤスタカノ》王｜娶《メトリテ》2因幡ノ八上釆《ヤカミノウネ》女ヲ1

係《カクルコト》v念ヲ極テ甚ク愛情尤盛｜於時《トキニ》勅シテ断《コトはリテ》2不敬ノ之罪ヲ1退2却《カヘラシム》本郷ニ1焉｜于是《コヽニ》王意｜悼怛《イヤミテ》聊作2此歌ヲ1也】　　　　　安貴王

　

　

534　とをつまのこゝにあらねは玉桙の道をたとをみおもふそらやすけなくになけくうらやすからぬものをみそらゆく雲にもかもなたかくとふ鳥にもかもなあすゆきて妹にこととひわかために妹もことなくいもかためわれもことなくいまも見ることたくひてもかな

　

　

　　　遠嬬此間不在者玉鉾之道乎多遠見思空安莫國嘆虚不安物乎水空徃雲尓毛欲成（イならん）高飛鳥尓毛欲成（イならん）明日去而於妹言問為吾妹毛事無為妹吾毛事無久今裳見如副而毛欲得（イかも）

　

　

とをつまのこゝにあらねは　遠く隔たりし采女をおもふうた也題註に委

たとをみ　たは助字なり雲か鳥になりてあらは明日妹かりゆきてたかひに無事に逢ん物をと也為吾為妹の詞深切あはれふかゝるへし

いまも見ること　空飛雲鳥の今も見ゆるか如く八上采女に相副まほしと也

　　　　反歌

535　しきたへのたまくらまかすへたて置てとしそへにけるあはぬおもひは

　　　敷細乃手枕不纒間置而年曽經來不相（イあひ）念（イおもはねは）者

しきたへのたまくら　八上采女に久しく不逢歎也イあひおもはねは不用

題注ニ退2却本郷1とは因幡にかへし給ふ也凡采女は諸國の郡司のむすめの形容端正なるものを奉らしめ從丁從女なとの断をもおほやけより給ひ一百戸を采女一人の粮に宛《アツ》といへり日本紀職員令等委かくて宮仕へして六年都に侍る物也｜陪膳《ハイセン》御湯殿の役を仕る者也然に八上采女安貴王に密通して不敬の罪あるゆへに因幡本郷なれはかへしつかはされしと也

　

　

　

　　　戀《コヒノ》歌一首　門部ノ王任スル2出雲ノ守ニ1時ニ娶テ2部内ノ娘子ヲ1也未タv有2幾時1既ニ絶2徃來ヲ1累《ルイ》月ノ之後更ニ起ス2愛心ヲ1仍テ作テ2此歌ヲ1贈リ2致ス娘子ニ1

　

　

　　　　門部《カトヘノ》王

部内　領部の内の或女也

536　おふの海のしほひのかたのかた思ひにおもひやゆかんみちのなかてを

　　　飫宇能海之鹽干乃鹵(さんずい)之片念尓思哉將去道之永手呼

おふの海のしほひの　第一第二句は序哥也おうの海八雲抄出雲云々かた思ひとは人は思はて我思ふ也道の永手とは長き道のほとを云也心は已に徃來絶し中なれは君は思ふましきに我のみ思ひやゆかんかく長き道のほとをと也若｜相《アヒ》思ひたまはんやの心ある哥也

　

　

　

　　　　贈ル2今｜城《キノ》王ニ1歌六首　　　高田女王

537　こときよくいたくもいはしひと日たにきみいしなくはいたききすそも

　　　事清甚毛莫言一日太尓君伊（イに）之哭者痛寸取（イきす）物（もの）

こときよくいたくも　君とふしある折の哥にやよし／＼君なくともなといひはなたんと思ひなからさのみ事清くもいはし一日も君なくは我か疵そと也いしは例の助字也

538　人ことをしけみこちたみあはさりきこゝろあることおもふなわかせこ

　　　他辞乎繁言痛不相有寸心在如莫思吾背子

人ことをしけみこちたみ　こちたみは事の手痛き也事々しき也さかなき人こと繁《シケ》くこといたき故え逢さりしをあたし心あるたくひニ思ふなと也

539　わかせこしとげんといはゝ人ことはしけくありともいてゝあはましを

　　　吾背子師遂常云者人事者繁有登毛出而相麻志呼

わかせこしとげんと　せこしのしは助字也今城王末遂給はんならはと也

540　わかせこに又はあはしかとおもへばかけさのわかれのすへなかりつる

　　　吾背子尓復者不相香常思墓今朝別之為便無有都流

わかせこに又はあはしと　けさ別て後もはや今城王に又はえ逢しにやと思ふ故にや一入別の悲きと也

541　この世にはひとことしけしこんよにもあはんわかせこいまならすとも

　　　現世尓波人事繁（イしけみ）來生尓毛將相吾背子今不有十方

この世には人ことしけし　現世には人事さはりて自由に難シv逢來世にてもと也

542　とことはにかよひし君かつかひこすいまはあはしとたゆだひぬらし

　　　常不止通之君我使不來今者不相跡絶多比奴良思

とことはにかよひし君か　仙曰とことはには常にと也たゆたひとはたゆむといふ事也愚案たゆたふ源氏物語におほき詞にてたゝよひためらふ心也今はあはしとためらふ心あるやらん常にかよひし君か使の此ころは來すと也

　

　

　

　　　　神龜元年甲子冬十月幸ノ2紀伊國ニ1之時｜為《タメニ》v贈《ヲクラン》2從駕《ヲントモノ》人ニ1娘子ノ所《ロニシテ》v誂《アツラフル》作ル歌一首并短謌　　　　　　　　　　笠ノ朝臣金村

　

　

神龜元年甲子冬　續日本紀九元正天皇神亀元年十月辛卯天皇幸ス2紀伊國ニ1壬寅詔シテ曰ク登v山ニ望v海此間最モ好シ不シテv勞セ2遠行ヲ1足リ2以遊覧スルニ1故ニ改テ2弱ノ濱ヲ1為2明光浦ト1宜ｄ置テ2守戸《モリヘヲ》1勿uv令荒穢1春秋ノ二時ニ差2遣官人ヲ1奠2祭ラシム玉津島之神明光浦之霊ヲ1中畧

　

　

543　すめろきのみゆきのまゝにものゝふのやそとものおといてゆきしうつくしつまはあまとふやかるのみちより玉たすきうねひを見つゝあさもよひきちにいりたちまつち山こゆらん君はもみちはのちりとふ見つゝまうつましきわれをは思はし草まくらたひをたよりとおもひつゝきみはあらんとあそゝにはかつはしれともしかすかにもたえあらねはわかせこかゆきのまに／＼をはんとはちたひおもへとたをやめのわか身にしあれは道もりのとはんこたへをいひやらんすへをしらすとたちてつまつく

　

　

　　　天皇之行幸乃随意物部乃八十伴雄與出去之愛夫者天翔哉輕路從玉田次畝火乎見管麻裳吉木道尓入立真土山越良武公者黄葉乃散飛見乍親（イしたしくも）吾（イ）者不思（イわれはおもはすへ）草枕客乎便宜常思乍公將有跡安蘇蘇二八（イ）且者雖知之加須我仁黙然（イたゝ）得不在者吾背子之徃乃萬萬將追跡者千遍雖念手弱女吾身之有者道守之將問答乎言將遣為便乎不知跡立而爪衝

　

　

やそとものおと　行幸供奉の諸臣として出ゆきしわかつまはと也

あまとふやかるの　天とふやはかるの枕詞也大和のかる也紀州の道也

むつましきわれをは思はし　むつましかるへき我は思はて此度の旅行を便宜にて我を置ゆくならんとかつはしれ共と也

あそゝには　仙曰あそゝはあそ／＼と云詞也人の物いふにさそあらんと云心也和語の習ひ重点をいふには後は上を略する也きら／＼をきらゝたは／＼をたはゝあさな／＼をあさなさなの類也

　

　

もたえあらねは　もたしてもえあらねは也只にもあられねは也しかすかは流石《サスガ》也

ゆきのまに／＼　ゆきし跡にしたかひて追ゆかんと千たひおもへともと也

道もりの　見安云道を守る人也関守也愚案女の身にて他国へをひゆかは道守る関もりなとのとかめんにいかに答へんとおもへはえゆきやらぬといはんとて立てつまつくと云也

　　　　反歌

544　をくれゐて恋つゝあらすはきのくにのいもせの山にあらましものを

　　　後居而戀乍不有者木國乃妹背乃山尓有益物乎

をくれゐて恋つゝあらすは　をくれゐて戀るにあるにあられすはと也下句は紀の国に行ていもせあらんといはんとてかの国のいもせ山をよめり

545　わかせこかあとふみもとめをひゆかはきのせきもりやいとゞめんかも

　　　吾背子之跡履求追去者木乃關守伊將留（イとゝめてん）鴨

わかせこかあとふみ求め　いとゝめんの伊は助字也なか哥にわかせこかゆきのまに／＼をはんとはと云心也

きの関　紀伊国に在

　

　　　　二年乙丑春三月幸ノ2三香原離宮《ミカノハラノリキウニ》1之時｜得《エテ》2娘子《ヲトメヲ》1作歌一首并短歌　　　　　　笠朝臣金村

546　みかのはらたひのやとりに玉ほこの道のゆきあひにあま雲のよそにのみ見つゝことゝはんよしのなけれはこゝろのみむせつゝあるにあめつちのかみことよせてしきたへのころもてかへてわかつまのたのめるこよひ秋のよのもゝよのなかさあるよいもかも

　

　

　　　三香乃原客之屋取尓珠鉾乃道能去相尓天雲之外耳見管言將問縁乃無者情耳咽乍有尓天地神祇辞因而敷細乃衣手易而自妻跡憑有今夜秋夜之百夜乃長有與宿（イぬる）鴨

みかのはらたひの宿り　山城の瓶（左右逆）原の離宮へ行幸の供奉の時なれは也

道のゆきあひに　彼娘子を道に行あひてみし也

あま雲のよそに　あま雲はよそといはん枕詞也

あめつちの神ことよせて　天神地祇にことよせちかひてこよひ夫婦のかたらひをせしとの心也

衣手かへて　袖をかはして也

百夜のなかきあるよいもかも　我妻とたのめるこよひなれは秋の百夜の長きもある夜のいねにもかなと也仙曰よいとは心よくいをぬるを云也云々

　　　　反歌

547　あま雲のよそに見しよりわきもこにこゝろも身さへよりにしものを

　　　天雲之外從見吾妹兒尓心毛身副縁西鬼尾　

あま雲のよそにみし　ほのみしより思ひ付しと也

548　このよらの早く明れはすへをなみ秋のもゝよをねかひつるかも

　　　今夜（イよは）之早開者為便乎無三秋百夜乎願鶴鴨

このよらの早く明れは　心は明也いせ物かたり秋のよの千夜をひとよにといふ哥の本歌成へし

　

　　　　五年戊辰｜太宰《ダサイノ》少貳《セウニ》石川ノ足人ノ朝臣｜遷任《センニンスルニ》餞スル《ヲクリスル》2于筑前ノ國｜蘆城《アシキノ》驛家《ムマヤニ》1歌三首　　　　　　　　作者未v詳

　

　

549　あめつちの神もたすけよくさまくらたひゆくきみかいへにいたるまて

　　　天地之神毛助與草枕羈行君之至家左右

あめつちの神も助よ　此已下の三首もし足人朝臣の妾なとの哥にや無事に下着を天神地祇に祈る心深切也

550　おほふねのおもひたのみし君かいなはわれはこひんなたゝにあふまてに

　　　大船之念憑師君之去者吾者將戀名直相左右二

おほふねのおもひ頼し　大船のは頼もしき物の故思ひたのみしの枕詞也こひんなのなは助字也

551　やまとちのしまのうらわによする浪あいたもなけんわかこひまくは

　　　山跡道之島乃浦廻尓縁浪間無牟吾戀卷者

やまとちのしまのうら　序哥也波はまもなくよするにそへたり戀まくはとは戀るはと云也まくはる也八雲抄には嶋のうら筑前云々仙大和路の嶋わとは古の都はおほく大和国に在されは都へ上リ下ルを山跡路といひて筑紫より上る間の道をよむとて大和路の嶋の浦わ等《ナト》よめり

　

　

　

　　　一首　大伴ノ宿祢｜三依《ミヨリ》

552　わかきみはわけをはしねとおもへかもあふよあはぬよよませなるらん

　　　吾君者和氣乎波死常念可毛相夜不相夜二走（イふたゆくならん）良武

わかきみはわけをは　わけ袖中抄見安等ニ我也よませは逢夜あはぬ夜のましる心なり逢ぬ夜の歎きの深切なる心をよめり但仙抄にはわけは男也落句二走良武ヲふたゆくならんとよみてふたゆくとは一筋ならす二道なるを云と云々不v如2古点ニ1

　

　

　

　　　　贈ル2太宰ノ帥大伴ノ卿ニ1歌二首　　 丹生《ニフノ》女王

553　あま雲のへたてのきはめとをけともこゝろしゆけばこふるものかも

　　　天雲乃遠隔乃極鷄跡裳情志行者戀流物可聞

あま雲のへたてのきはめ　遠けともは遠けれとも也宰府は遠けれとも心ゆきかよへは戀しと也仙抄同義遠くは戀も忘るへきを心かよへは戀ると也

554　いにしへの人ののませるきひのさけやもはゞすへなぬきすたまはん

　　　古人乃令食有吉備能酒痛者為便無貫簀賜牟

いにしへの人ののませる　袖中抄云きひは所の名歟備前備中備後を吉備三ケ国といふ彼国々に吉備津宮と申神祝はれ給へり又萬葉抄には黍《キビ》にても酒を作るといへり其酒に酔てやもはゝ貫簀《ヌキス》給はりて反吐つかんと云｜貫簀《ヌキス》は簀子《スノコ》也是迄袖中抄仙曰きひの酒は黍にて作る酒也貫簀は竹にてみすのやうにあみてたらゐの上にしきて手水のたばしりの御衣にかゝらさらんため也云々愚案やもはゝとは酒やまひにいたみなはといふ也

　

　

　

　　　　贈ハル3大貳｜丹比《タチヒ》縣《アカタ・サト》守《モリノ》卿｜遷2任《センニンスルニ》1歌一首　　　　大宰帥大伴卿

555　きみかためかみしまちさけやすのゝにひとりやのまん友なしにして

　　　為君醸待酒安野尓獨哉將飲友無二思手

きみかためかみし待酒　仙曰かみしは酒を作るを云やすの野は筑前に野聚《ヤス》ノ郡有彼野を詠る歟私云筑紫には待人のために作る酒をまち酒と云是迄仙抄愚案醸つねにはかもすると云かみかも五音通此哥は守の卿任シテ2民部卿ニ1太宰府をのほらるゝをしたひてよめり日本紀ニモ醸《カミ》2八※［酉＋温の旁］酒《ヤシホリノサケヲ》1と有

　

　

　

　　　　贈ル2大伴ノ宿禰三依ニ1歌一首

　　　　　　　　　　　　　　　賀茂女王

556　つくし船まだもこされはあらかしめあらふる君を見るかかなしさ

　　　筑紫船未毛不來者豫（イかねてより）荒振公乎見之悲左

つくしふねまたもこされは　あらかしめは兼てよりの心也即イニはかねてよりともよめりあらふるきみは心あら／＼しき人にやあらふる神なとのたくひなるへし筑紫は遠国なれはまだこぬといはん枕詞に筑紫舟と云也待にこぬにて兼てより我に細《コマ》やかならぬ心をみるとなるへし

　

　

　

　　　　從2筑紫1上ルv京《ミヤコニ》海路《ウミチニテ》作レル歌二首

　　　　　　　　　　　　　　　　　土師《ハジ》ノ宿祢《スクネ》水道《キヨミチ》

557　おほふねをこぎのすゝみにいはにふれかへらはかへれいもによりては

　　　大船乎榜乃進尓磐尓觸覆者覆妹尓因而者

おほふねをこぎのすゝみに　こきのすゝみはこぎすゝむ時に也岩にふれは見安に岩にあたる也云々たとひ舟をくつかへすとも妹かことによりてはよし／＼と也

558　ちはやふる神のやしろにわかかけしぬさはたはらん妹にあはなくに

　　　千磐破神之社尓我掛師幣者將賜（イたまはん）妹尓不相國

ちはやふる神の社に　幣奉ても妹にあはねは所願のかひなし其ぬさ返し給はらんとにや

　

　　　　戀ノ歌四首　　太宰《タサイノ》大｜監《ゲン》大伴宿祢百代

559　こともなくありこし物を老なみにかゝるこひにもわれはあへるかも

　　　事毛無生來之物乎老奈美尓如是戀于毛吾者遇流香聞

こともなくありこし　老なみは老の身也若き程より無事の身の老後にうき戀すると也

560　こひしなんのちはなにせんいける日のためこそいもを見まくほりすれ

　　　孤悲死牟後者何為牟生日之為社妹乎欲見（仙ほり）為礼

こひしなんのちは何せん　拾遺集には生る身のためこそ人は見まくほしけれと有類聚同古來風体ほしすれ云々心明也

561　おもはぬを思ふといはゝおほ野なるみかさのもりの神ししるらみ

　　　不念乎思常云者大野有三笠社之神思知三

おもはぬを思ふといはゝ　仙曰大野なる三笠森は筑前也愚案日本紀九ニ神功皇后の御笠瓢風《ツンシカセ》ニ吹落し所を御笠といふ云々祇曰我偽なき心を鑑《カヽミ》知給んと也

　

　

562　いとまなき人のまゆねをいたつらにかゝしめつゝもあはぬいもかも

　　　無暇人之眉根乎徒令掻乍不相妹可聞

いとまなき人の眉根　仙曰戀しき人をみんとては眉根をかくと云愚案｜昨《キ》日眼皮（目＋閏）《マユメカユカリ》今朝｜良人《ヨキヒトヲ》見ル【遊仙窟】

　

　　　　二首　　大伴坂上郎女

563　くろかみにしろかみましりおふるまてかゝる戀にはまたあはなくに

　　　黒髪二白髪交至耆（おひたれとイ）如是有戀庭未相（イいまたあはなくに）尓

くろかみにしろかみ　至耆【おふるまて類聚・おひたれと仙点】

564　やますけのみならぬ事をわれによりいはれしきみはたれとかぬらん

　　　山菅乃實不成事乎吾尓所依言礼師君者与孰可宿良牟

やますけのみならぬ　八雲抄云山菅は実ならすといへり花のみ咲てと云又実なるともいへり普通の山すけ実あり愚案和名童蒙抄等にも麦門冬をやますけとよめりあをき実なれり然るをみならぬとは無実の事を我ゆへにいはれし君と也なき名立て終にあはてやみし君は今は誰とかぬらんと恨る心也

　

　

　

　　　　一首　　賀茂女王歌

565　おほとものみつとはいはしあかねさしてれる月夜にたゝにあへりとも

　　　大伴乃見津跡者不云赤根指照有月夜尓直相在登聞

おほとものみつとはいはし　大伴の見津摂津の名所也見つとはいはしといひかけてたとひ明らかなる月夜にたしかにあへりとも見しとはいはしと也あかねさしは只明らかなる事也前注

　

　

　

　　　　贈《ヲクル》2驛使《ハイマツカヒニ》1歌二首【以前ノ天平二年庚午夏六月帥ノ大伴ノ卿忽ニ生シテv瘡ヲ脚疾《アシノイタミ》苦《クルシム》2枕席ヲ1因テv此ニ馳テv驛ヲ上奏シテ望2請《ノソミコウフテ》庶弟ノ稲公｜姪《ヲイ》胡麻呂ヲ1欲v語v2遺言ヲ1者勅シテ2右兵庫助大伴宿祢稲公治部少丞大伴宿祢胡麻呂兩人ニ1給フv驛ヲ發遣令v省2卿ノ病ヲ1而｜逕《イタリテ》數旬1幸ニ得《エタリ》2平｜復《フクヲ》于v時稲公ラ等以2病既ニ療《イユルヲ》1發シテv府上ルv京ニ

　

於v是《コヽニ》大監大伴ノ宿祢百代少典山口ノ忌寸《イミキ》若麻呂及卿ノ男｜家持《ヤカモチ》等《ラ》相2送テ驛使ヲ1共ニ到ル2夷守ノ驛家ニ1

聊カ飲テ悲v別ヲ乃作2此歌ヲ1】

以前　此題をさして云詞也

帥大伴卿　旅人卿也

馳v驛上奏　馳驛とは今世のつき飛脚のことく都に急を告る也大伴卿重病の故也

給驛發遣　いまの世の傳馬を給はりて發足するかことし

逕數旬　数十日に至て也

發府　太宰府を立歸也

大｜監《ケン》　太宰府のぜう也

少典　さうさくはん也

夷守《イモリ》驛家　所の名也驛使は稲公と胡麿也

　　　　太宰大｜監《ゲン》大伴宿祢百代

566　草まくらたひゆく君をうつくしみたくひてそこししかのはまへを

　　　草枕羈行君乎愛（イめくはし）見副而曽來四鹿乃濱邊乎

草まくらたひゆくきみを　うつくしみは其驛使を大切におもふ心也いとおしなといふ儀也たくひてそこしは送來たる心也鹿の濱邊筑前鹿浦也

　

　　　　 少典《サウテン》山口ノ忌寸《イミキ》若《ワカ》麻呂

567　すはうなるいはくに山をこえん日はたむけよくせよあらきその道

　　　周防在磐國山乎将超日者手向好為與荒其道

すはうなるいはくに山を　手向とは行旅の無事を道祖神に祈て幣奉る事也周防の岩国山難所なれは手向よくして無《ナク》v恙《ツヽカ》こえ給へと也深切の心也風俗通云｜共《ケウ》工氏之子｜好《コノム》2遠遊ヲ1故其死後ニ以為v祖サヘノカミト和名

　

　

　

　　　　大宰ノ帥大伴ノ卿被レテv任2大納言ニ1臨テ2入ルv京《ミヤコニ》之時ニ1府《フノ》官人｜等《ラ》餞《ヲクル》2卿ヲ筑前ノ國｜蘆城《アシキノ》驛家《ムマヤニ》1歌四首　

　

　

　　　　　　　　　　筑前ノ拯《セウ》門部《カトヘノ》連《ムラシ》石足《イソタル》

府官人　太宰府の官人石足陽春四綱等也

568　みさきわのあらいそによするいをへ浪たちてもゐてもわかおもへる君

　　　三埼廻（イまい）之荒礒尓縁五百重浪立毛居毛我念流吉美

みさきわのあらいそに　八雲抄にかねのみさきといふもこゝの由みえたり筑前也みさきわはみさきの邊と同いをへ浪はおほくの波也上句は序にて心明也

　　　　　　　　　　大典｜麻田《アサタノ》連《ムラシ》陽春《ヒハル》

569　からひとの衣そむといふむらさきのこゝろにしみておもほゆるかも

　　　辛人之衣染云紫之情尓染而所念鴨

からひとの衣そむといふ　序哥也紫の染《シム》をそへて別の心にしむ事を云也

570　やまとへに君かたつ日のちかつけは野にたつしかもとよみてそなく

　　　山跡邊君之立日乃近付者野立鹿毛動而曽鳴

やまとへに君かたつ日の　君は旅人卿をいふ野にたつ鹿もといふもの字我らの心をこめて也

　　　　　　　　　 防人《サキモリノ》佑大伴｜四綱《ヨツナ》

571　月夜よし川をときよしいさこゝにゆくもとまるもあそひてゆかん

　　　月夜吉河音清之率此間行毛不去毛遊而將歸

月夜よし河をと清し　難v會嘉客難v有佳景に歸京の人もとまる身も雅遊をなさんと也防人の事前ニ注

　

　　　　大宰ノ帥大伴ノ卿上v京《ミヤコニ》之後贈ル歌二首

　　　　　　　　　沙弥満誓

572　まそかゝみ見あかぬきみにをくれてやあしたゆふへにさひつゝをらん

　　　真十鏡見不飽君尓所贈哉旦夕尓左備乍將居

まそかゝみ見あかぬ君に　真十鏡は枕詞也さひつゝは独徒然と戀居る心也

573　ぬはたまのくろかみかはりしらけてもいたきこひにはあふとき有けり

　　　野干玉之黒髪變白髪手裳痛戀庭相時有來

ぬはたまのくろかみかはり　いたく戀る心あれはたとへは老後にも逢期有といへは我も戀しき卿に年へても逢期はあらんとたのむと也

　

　　　　和スル歌二首　　大納言大伴卿

574　ここに在てつくしやいつこしら雲のたなひく山のかたにしあるらし

　　　此間在而筑紫也何處白雲乃棚引山之方西有良思

ここにありてつくしや　満誓方を戀る心也此哥新古今にはたな引山の西にあるらしと入

575　くさか江の入江にあさるあしたつのあなたつ／＼し友なしにして

　　　草香江之入江二求食蘆鶴乃痛多豆多頭思友無二指天

くさか江の入江に　仙曰草香江摂津愚案序哥也あなたつ／＼しはたと／＼し也友なくて便なき心也是ら戀の哥ならねと相聞哥に入相聞の心推て知へし又此作者大納言と書上京のゝちの故なるへし

　

　

　

　　　　大宰帥大伴卿上京之後悲嘆シテ作歌一首

　　　　　　　　　　筑後ノ守｜葛井《カツラヰノ》連《ムラシ》大成

576　いまよりはきやまのみちはさひしけんわかかよはんとおもひしものを

　　 從今者城山道者不樂（くるしイ）牟吾將通常念之物乎

いまよりはき山の道は　城山八雲抄に在2太宰府ニ1云々大伴卿を宰府に置ていつまても我かよひみんと思しを上京し給へは人も通はてさひしからんと也

　

　　　　贈ル2新《アタラシキ》袍《キヌヲ》攝ツ津ノ大夫《カミ》高安ノ王ニ1歌一首 　　　　　　　　　　 大納言大伴卿

577　わかきぬを人になきせそあひきするなにはおとこの手にはふるとも

　　　吾衣人莫著曽網引為難波壮士乃手尓者雖觸

わかきぬを人になきせそ　我心さす衣なれはみつから着給へといはんとて也若御氣にいらすは網引の男に捨あたへ給ふとも外の人にはきせ給ふなと也津のかみなれは難波男縁有か

　

　

　

　　　　悲別ノ歌一首　　　大伴宿祢三依

578　あめつちとともにひさしくすまはんとおもひてありしいへの庭はも

　　　天地与共久住波牟等念而有師家之庭羽裳

あめつちとともに　大伴卿いつまても住給はんと思ひし家庭の本意たかひし事よと也

　

　　　　與《アタフル》2大伴ノ宿祢家持ニ1歌二首

　　　　　　　　　　　　金ノ明軍《アキクサ》

579　見まつりていまた時たにかはらねはとしつきのごとおもほゆるきみ

　　　奉見而未時太尓不更者如年月所念君

見まつりていまた時たに　宰府にて見奉て今別てもいまた時もかはらねは宰府にて見奉し年月の心ちして別しとも不v思と也

580　あしひきの山におひたる菅のねのねもころ見まくほしき君かも

　　　足引乃山尓生有菅根乃懃見卷欲君可聞

あしひきの山におひ　序哥也菅の根のねもころとうけて懇にあさからす見まほしきと也

　

　　　　報2贈《ムクヒヲクル》大伴宿祢家持ニ1歌四首　

　　　　　　　　　　大伴ノ坂上家ノ之｜大嬢《ヲフナ》

581　いきてあれは見まくもしらす何しかもしなんよいもと夢に見えつる

　　　生而有者見卷毛不知何如（イいかにか）毛將死與妹常夢所見鶴

いきてあれは見まくも　生て此世にては見る事も自由ならす何かいのちいさ死なんよ妹との給ふと夢に見しと也家持にいはせまほしき事を夢に見しといひていひしらする哥なるへし

　

　

582　ますらをもかく戀けるをたをやめのこふるこゝろにならべらめやも

　　　大夫毛如此戀家流乎幼婦之戀情尓比有目八方

ますらをもかく戀けるを　是は家持のえあはぬ歎きをいひやりしに報贈る哥なるへし男より女は猶心ふかゝるへきをますらおたにかく戀るに我女として思ふををしはかれ双《ナラ》べくらべかたしと也

　

　

583　月くさのうつろひやすくおもへかもわかおもふ人のこともつけこぬ

　　　月草之徙安久念可母我念人之事毛告不來

月草のうつろひやすく　月草は露草也青花也うつろひやすき枕詞也思へかもは思へるかも也我をかはり安く思へるにやことつけもなしと也

　

584　かすか山あさたつ雲のゐぬ日なく見まくのほしききみにもあるかも

　　　春日山朝立雲之不居日無見卷之欲寸君毛有鴨

かすか山あさたつ雲の　居ぬまなくといはん序哥也君我方に居ぬ間なくて見まほしきと也

　

　　　　一首　　　大伴坂上郎女歌

585　いてゝいなんときしはあらんをことさらにつまこひしつゝたちてゆくへしや

　　　出而將去時之波將有乎故妻戀為乍立而可去哉

いてゝいなんときしは　妻戀に堪かねて出てもいぬへく思ふ心をみつからいさめし心なるへし出ていなん時もこそあらんを妻戀に立てゆくへき事かはと也こと更は態と云也

　

　　　　贈ル2田村ノ大嬢ニ1歌一首

　　　　　　　　大伴ノ宿祢｜稲公《イナキミ》

586　あひ見すはこひさらましを妹を見てもとなかくのみこひはいかゝせん

　　　不相見者不戀有益乎妹乎見而本名如此耳戀者奈何將為

あひ見すは戀さらまし　袖中抄に本名はよしなといふ心とみえたり萬葉の哥とも其心也云々愚案見すは戀ましきをよしなく妹を見てかくのみ戀するはいかゝすへき事そと也

　

　　　　贈ル2大伴宿祢家持ニ1歌二十二首　　　

　　　　　　　　　　　　　　笠ノ女郎《ヲトメ》

587　わかかたみ見つゝしのはせあらたまのとしのをなかくわれもおもはん

　　　吾形見見管之努波世荒珠年之緒長吾毛將思

わかかたみ見つゝしのはせ　我も思ふ事年の緒なかくあらん君も我形見をみて忘れす思ひ忍へと也

588　しろとりのとは山松のまちつゝそわかこひわたるこの月ころを

　　　白（イしら）鳥能飛羽山松之待乍曽吾戀度此月比乎

しろとりのとは山松の　白鳥は鳥羽の枕詞也山しろ也第一第二句は序哥也

589　ころもてをうちわの里にあるわれをしらてそ人は待てとこずける

　　　衣手乎打廻乃里尓有吾乎不知曽人者待跡不來家留

ころもてをうちわの里　八雲抄うちわの里大和云々衣をうつとそへて也｜夫《ヲツト》を待女の衣打事文選等に在こずけるはきたらさりける也不v及v引v詩歟

590　あらたまのとしのへゆけは今しはとゆめよわかせこわかなつけすな

　　　荒玉年之經去者今師波登勤与吾背子吾名告為莫

あらたまのとしのへ　始めはよく忍ふ中も程ふれは忍ふる事のよはる事もあるへけれは我中も年へゆけは今はとたゆみて我名を人に告る事もあらんゆめ／＼よ告る事をすなと也今しははのしは助字也ゆめよはゆめ／＼よといさむる詞也

　

　

591　わかおもひを人にしらすや玉くしけひらきあけつとゆめにし見ゆる

　　　吾念乎人尓令知哉玉匣開阿氣津跡夢西所見

わかおもひを人にしらすや　玉匣を開きあくると夢見しは若は我思ひを君か人にいひしらするにやと也箱を明るは胸中を顕す如くなれはなり

592　くらき夜になくなるたつのよそにのみきゝつゝかあらんあふとはなしに

　　　闇夜尓鳴奈流鶴之外耳聞乍可將有相跡羽奈之尓

くらきよになくなる　夜鶴の闇になくねはよそに聞えても形は見えぬをなそらへてあふ事はなくてよそにのみきゝてあらんかと戀の哥也

593　きみにこひいともすへなみならやまのこまつかしたにたちなけくかも

　　　君尓戀痛毛為便無見楢山之小松之下尓立嘆鴨（或作v鶴なけきつる）

きみにこひいともすへなみ　いともは心なく君を戀侘てせんかたなさに奈良山松の下に歎きてたちゐると也

594　わかやとのゆふかけ草のしらつゆのけぬかにもとなおもほゆるかも

　　　吾屋戸之暮陰草乃白露之消蟹本名所念鴨

わかやとの夕かけ草　詞林采葉云此哥は只夕陰の草と見えたり然るに此集にかけ草の生たる宿の夕陰になく蛬きけとあかぬかも此哥は夕陰草といふ草有と見えたり爰に夜一夜草といふ草有此草は夕陰に花さき夜あくれはしほむ物也夕陰草と申へき也中畧愚案夜一夜草の説さもあるへけれと古人は只夕陰の草とはかりいへり今案の説用ひかたきにや此哥上句は序也けぬかにもとなおもほゆるとはきゆるかきえさるかのやうに思ふはよしなやと也つれなき人を命にかけておもふを歎きてみつからよしなといさむる心なるへし

　

　

595　わかいのちのまたけんかきり忘れめやいや日にけにはおもひますとも

　　　吾命將全幸限忘目八弥日（イひ）異（イことに）者（は）念益十方

わかいのちのまたけんかきり　見安云まつたくあらんと云心也いや日にけには同云日ことにといふ心也前注愚案哥の心は吾命の全からんほとは弥日ことにおもひますともわすれはせしとなるへし

　

　

596　やほかゆくはまのまさこもわかこひにあにまさらめやおきつしまもり

　　　八百日徃濱之沙毛吾戀二豈不益歟奥島守

やをかゆく濱の真砂も　やをかゆくは数百日かゝりゆく遠路の心也嶋守は濱の案内知へけれは問懸し心也拾遺集には濱のまさこと我戀といつれまされりと有心は同

597　うつせみの人めをしけみいしはしのまちかき君にこひわたるかも

　　　宇都蝉之人目乎繁見石走間近君尓戀度可聞

うつせみの人めをしけみ　奥儀抄云蝉はもぬけてからを置て去物也人もしかあれははかなき物にそへて人といはんとてうつせみと置也愚案石橋はまちかく戀わたるといはん諷詞也心は人め茂きに逢事なくて間ちかき中もこひわたると也

　

　

598　こひにもそ人はしにするみなせかはしたにわれやす月に日にけに

　　　戀尓毛曽人者死為水瀬河下從吾痩月日異（イひことに）

こひにもそ人はしにする　水無瀬川八雲抄摂津云々古今集にもみなせ川下にかよひてとよめり此哥も下に我やすといはん枕詞也月日にまして色にも見えす下に戀やすれはこひにも人は死ぬへき事そと也

　

　

599　あさきりのほのに逢みしひとゆへにいのちしぬへくこひわたるかも

　　　朝霧之欝相見之人故尓命可死戀渡鴨

あさきりのほのに　朝霧はほのにといはん枕詞也霧ニは物のほのかに見ゆれは也

600　いせの海の礒もとゝろによするなみかしこきひとに戀わたるかも

　　　伊勢海之礒毛動尓因流波恐人尓戀渡鴨

いせの海の礒もとゝろに　序哥也祇曰かしこきは恐る心也我より上の人を戀る心歟【とゝろはうこく也】

601　こゝろにもわれはおもはす山川もへたゝらなくにかくこひんとは

　　　心從情毛吾者不念寸山河毛隔莫國如是戀常羽

こゝろにも我は思はす　山河隔てこそあはて戀る事はあらめ隔たらぬにかく戀んとは我心にも思はすと也

602　ゆふされは物思ひまさる見し人のことゝひしさまおもかけにして

　　　暮去者物念益見之人乃言問為形面景為而

ゆふされは物思ひまさる　夕に來し俤立こゝろ也

603　おもひにししにする物にあらませはちたひそわれはしにかへらまし

　　　念西死為物尓有麻世波千遍（ちへに）曽吾者死變益

おもひにししにする物　類聚萬葉には千遍曽ちへにそと和ス心はちたひに同拾遺集には五文字戀するにと有てちたひそと有作者人丸云々

604　つるきたち身に取りそふと夢にみつなにのさとしそも君にあはんため

　　 剣大刀身尓取副常夢見津何如之怪曽毛君尓相為

つるきたち身に　上句下句自問自答の哥也さとしはかねて其事をさとらしむる心也物の前表を云也此夢は何のさとしそやと問て君にあはんためならん身に取そゆるとみれはと也

605　あめつちのかみもことはりなくはこそわかおもふきみにあはぬしにせめ

　　　天地之神理無者社吾念君尓不相死為目

あめつちの神も　天神地祇道理あらは我祈るしるし有て君にあはんとの心也日本紀廿三に山｜背《シロノ》大｜兄《エノ》王｜天《アマツ》神｜地祇《クニツカミ》共ニ證《コトハリタマヘ》と云々此詞に似たり

　

　

606　われもおもふ人もわするなおほなわにうらふくかせのやむときなかれ

　　　吾毛念人毛莫忘多奈和丹浦吹風之止時無有（イなかり）

われもおもふ人も忘るな　八雲抄おほなわおほかたといふ心也云々愚案浦吹風は大かたやまぬ物なれはやむ事なかれといはん諷詞也止時なく相思へと也

607　みなひとをねよとのかねはうつなれときみをしおもへはいねかてにかも

　　　皆人乎宿与殿金者打礼杼君乎之念者寐不勝鴨

みな人をねよとの鐘は　仙曰ねよとのかねとは初夜の鐘也愚案下句君を思へはいねかたきかもと也

608　あひおもはぬ人をおもふはおほてらのがきのしりへにぬかつくかこと

　　　不相念人乎思者大寺之餓鬼之後尓額衝如

あひ思はぬ人を　古來風躰云是は垣のしりへと申也又餓鬼をもかよはして云也童蒙抄云むかしは寺に餓鬼をつくりすへたりけりそれをしらてをろかなる人は佛とおもひてぬかをつきたりけりされはおもはぬ人をおもふなん似たるといへり仙抄も此儀を用八雲抄云是はあひ思はぬ人をおもはんはせんなき事也大寺にては佛にこそぬかをもつくへきにかきのしりへにつかんはせんなき事なるといへり愚案ぬかつくは額《ヒタイ》を地につきて礼拝する也

　

　

　

　　　　 相別テ後更ニ來テ贈ル歌二首

笠ノ女郎《ヲトメ》

609　こゝろにもわれはおもはす又さらにわかふるさとにかへりこんとは

　　　從情毛我者不念又更吾故郷尓將還來者

こゝろにもわれはおもはす　祇同立わかれつる古郷に又我歸こんとは心にも思はすと家持を笠郎女恨たる心也愚案古郷とは家持のもとを云也始め我住し所なれは也

610　ちかくあれは見ねともあるをいや遠にきみかいましなはありてもたへし

　　　近有者雖不見在乎弥遠君之伊座者有不勝自

ちかくあれは見ねとも　君かいましなはは君かとをくおはしなは也ありてもたへしは有もこたへし也え堪忍せじと也

　

　　　　和スル歌二首　　　大伴宿祢家持

611　いまさらにいもにあはめやとおもふかもこゝたわかむねいふかしからん

　　　今更妹尓將相八跡念可聞幾許吾胸欝悒（イおほゝし）將有

いまさらに妹にあはめやと　今更妹にあはしと思ふ故かいくはくいふかしかりけんされはかく又逢しと也

612　なか／＼にもたもあらましを何すとかあひ見そめけんとけさらまくに

　　　中中者黙毛有益乎何為跡香相見始兼不遂尓

なか／＼にもたをあら　黙止《モタシ》て中／＼にあはてあるへき物を何に又逢初けん終には末とけさらん人にと也一たひ別しをうらむ心なるへし

　

　　　　贈ル2大伴宿祢家持ニ1歌五首　　　山口ノ女王

613　物思ふとひとに見せしとなましゐにつねにおもへりありぞかねつる

　　　物念跡人尓不見常奈麻強常念弊利有曽金津流

物思ふと人に見せしと　日比は物思ふ氣色なと人に見せしとなましゐに常に思ひしよ今かく堪ては有かぬる物をとの心也

614　あひおもはぬ人をやもとな白たへの袖ひつまてにねのみしなくも

　　　不相念人乎也本名白細之袖漬左右二哭耳四泣裳

あひおもはぬ人をや　もとなはよしな也袖ひつはひたる也なくものもは助字也

615　わかせこはあひおもはすともしきたへのきみかまくらは夢に見えこそ

　　　吾背子者不相念跡裳敷細乃君之枕者夢尓見乞

わかせこはあひ思はすとも　君もせこを云見えこそ見えこよといふ也君は相思はすとも枕は夢に見えこよと也

616　つるきたち名のおしけくも我はなしきみにあはすて年のへぬれは

　　　劔大刀名惜雲吾者無君尓不相而年之經去礼者

つるきたち名のおし　大刀は銘あれは名といはん枕詞也しはしこそ戀する名もおしみつゝみつれあはて年ふれは難忍との心也

617　あしへよりみちくるしほのいやましにおもふかきみかわすれかねつる

　　　從蘆邊満來鹽乃弥益荷念歟君之忘金鶴

あしへよりみちくるしほの　上はいやましにといはん諷詞也君か忘れかねつるとは君かわすれかたきといふ心也伊勢物語には君に心を思ひます哉と有

　　　　贈ル2大伴宿祢家持ニ1歌一首　　大神《ヲワノ》女郎

618　さよなかにともよふちとり物おもふとわひをるときになきつゝもとな

　　　狭夜中尓友喚千鳥物念跡和備居時二鳴乍本名

さよなかにともよふ　友よふちとりの物さひしきこゑに一入夜思の催さるれはよしなやと云也

作者　大神《ヲワ》【或はヲホウワ又ハヲホカ】

　

　　　　怨恨《ウラミノ》歌一首并短歌　　　　 大伴坂上郎女

619　おしてるやなにはのすけのねもころに君か聞しを年ふかくなかくしいへはますかゝみとぎしこゝろをゆるしてし其日のきはみ浪のむたなひく玉ものとにかくにこゝろはもたすおほふねのたのめる時にちはやふる神やかれなんうつせみの人かいむらんかよひせし君もきまさす玉つさの使も見えすなりぬれはいたもすへなみぬはたまのよるはすからにあからひく日も暮るまてなけゝともしるしをなみおもへともたつきをしらにたをやめといはくもしるくたわらはのねのみなきつゝたちとまり君か使をまちやかねてん

　

　

　　　押照（イをしてれる）難波乃菅之根毛許呂尓君之聞四乎年深長四云者真十（イそ）鏡磨師情乎縦手師其日之極（イかきり）浪之共（イとも）靡珠藻乃云々意者不持大船乃憑有時丹千磐破神哉將離（イわかれん）空蝉乃人歟禁良武通為之君毛不來座玉梓之使母不所見成奴礼婆痛毛為便無三夜干玉乃夜者須我良尓赤羅引日母至闇雖嘆知師乎無三雖念田付乎白二幼婦常言雲知久手小童之哭耳泣管俳徊（イやすらひて）君之使乎待八兼手六

　

　

おしてるやなにはの菅の　押照は難波の枕詞なり菅は根もてはやせは懇といひかけむ枕詞也次の詞に深く長くも其縁語なるへし心は我事を懇に君か聞し由を年深く經て長く絶すいへはと也

　

　

ます鏡ときし心を　人の心は鏡にたとふ磨《トギ》し心といはん枕詞也本心を物に迷はじとつゝしみたる心なるへしさやうにつゝしみ守し心を君にゆるして其日の極めになひきまいらせてとにかくとためらふ心はもたす一向に君を頼みしと也其日のきはみとは其日を限りにと也いつ／＼と契る心也波のむたは波とゝもに藻のなひくをそへて我なひきしを云也

　

　

ちはやふる神やかれけん　神の見捨はなれけん人の忌憚りし中やらんと也

あからひく　赤く引紐也あから小舟と云類也是は日もといはんまくら詞也心は終夜終日歎くしるしもなく思ふにたよりも知すと也

たをやめといはくもしるくとはたをやめとてよはき物にいふもしるくねのみなき立もとをりて君か玉章の使や來ると待兼んかと也

たわらは　たは助字也ねのみ鳴枕詞也

　　　　反歌

620　はしめより長くいひつゝたのめすはかゝるおもひにあはましものか

　　　從元長謂管不念恃者如是念二相益物歟

はしめより長くいひつゝ　長くいひつゝとは年へて詞なかくいひ頼めなから末とけぬ恨めしと也長哥に年ふかく長くしいへはと有し心なり

　

　　　　贈《ヲクル》2夫君《セノキミニ》1歌一首

　　　　　　　　　 西海道ノ節度使《セツトシノ》判官《ハフクハン》佐伯《サヘキノ》宿祢｜東《アツマ》人カ妻

621　ひまもなくこふるにかあらん草枕たひなるきみの夢にし見ゆる

　　　無間戀尓可有牟草枕客有公之夢尓之所見

ひまもなく戀るにか　よるひるの心のひまもなく君もこふるにかあらん夢に見え給ふとなり我隙なく戀るより君もかくと思ひやりし心なるへし

　　　　和スル歌一首　　　佐伯《サヘキノ》宿祢東人

622　くさまくらたひに久しく成ぬれはなれをこそおもへなこひひそわきも

　　　草枕客尓久成宿者汝乎社念莫戀（イなこふそ）吾妹

くさまくらたひに久　西海道の節度使にて旅に久しき身なれは我こそ其方を思へさのみ其方には戀そと也節度使は賊《ソク》なとおこる時都より追討のため御しるしを給りてゆく使也長官次官判官主典の四分有

　

　

　

　　　　宴ニ誦スル歌一首　　　池邊《イケベノ》王

623　松の葉に月はうつりぬもみちはのすきぬやきみかあはぬ夜おほく

　　　松之葉尓月者由（イゆ）移去黄葉乃過哉君之不相夜多焉

松の葉に月はうつりぬ　仙点ゆつりぬ仙曰ゆつりぬとは月のうつりぬと云也愚案八雲抄云是は人に逢ぬ夜おほく過ぬといはんとて松の葉にうつりぬといひて紅葉ゝのとはよめる也又木の葉ちりて透《スキ》たる心をそへたると範兼説といへり是童蒙抄義也今迄紅葉にうつりたる月をちり過て松にうつしたる心を云懸し也

　

　

　

　　　　思フ2酒人《サカヒトノ》女王ヲ1御製《ミツクリ》一首【女王は者穂積ノ皇子之孫女也】

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　天皇

624　みちにあひてえみせしからにふる雪のけなはけぬかにこふてふわきも

　　　道相而咲（イえまひ）之柄尓零雪乃消者消香二戀云君妹

道にあひてえみせし　道にて相見かはしほゝえみしからに消るほとおもふとの心也

　

　　　　裹《ツヽミテ》v鮒《フナヲ》贈《ヲクル》2娘子《ヲトメニ》1歌一首

　　　　　　　　　　　　　　　高安王

625　おきへゆきへにゆきいまやいもかためわかすなとれる藻ふしつかふな

　　　奥弊徃邊去伊麻夜為妹吾漁有藻臥束鮒

おきへゆきへにゆき今や　いまやのやは助字也童蒙抄曰へにゆきとはほとりへ行と云也｜藻臥束《モブシツカ》鮒とはもにふしたる一にきりのふなといふ也

　

　　　　獻《タテ》ル2天皇ニ1歌一首

　　　　　　　　　　　　　　八代女王

626　きみによりことのしけきをふる郷のあすかの河にみそきしにゆく　一云たつたこえみつのはまへにみそきしにゆく

　　　君尓因言之繁乎古郷之明日香乃河尓潔身為尓去　龍田超三津之濱邊尓潔身四二由久

きみによりことのしけき　君によりてさかなき世の人言しけき故かゝるましきためあすか河に祈念の御旅すると也一云は中の五文字より出たり心は大かたおなしかるへし

　

　　　　報《ムクヒ》2贈ル佐伯《サエキノ》宿禰｜赤《アカ》麻呂ニ1歌一首

　　　　　　　　　　　　　　　　娘子

627　わかたもとまかんとおもはんますらおはなみたにしつみしらかおひにたり

　　　吾手本將卷跡念牟大夫者變水定白髪生（おふる）二有（あらん）

わかたもとまかんと　袂をまくとは袖枕してねる心なるへし赤丸か志深きを感しての心にや実に白髪なるには有へからすイニしらか生るあらんと点ス是は推量る心也

　　　　和スル歌一首　　　佐伯宿禰赤麻呂

628　しらかおふることは思はすなみたをはかにもかくにもさためてゆかん

　　　白髪生流事者不v念變水者鹿煮藻闕煮藻定而將行

しらかおふることは　采葉云かにもかくにもはとにもかくにも也愚案白髪生るは誠ならねはさも思はす泪に沈みとの給ふ事は誠偽とかくに定んと也誠ならは哀しれとの心也

　

　　　　宴席《エンセキノ》歌一首　　　　 大伴ノ四綱《ヨツナ》

629　なにしにかつかひのきつる君をこそとにもかくにもまちかてにすれ

　　　奈何（イなにゝ）鹿（しか）使ヒ之來流君乎社左右裳待難為礼

なにしにか使のきつる　待かては待かねたれと也

　

　　　　一首　　　佐伯宿祢赤麻呂

630　はつはなのちるへき物を人ことのしけきによりてとまるころかも

　　　初花之可散物乎人事乃繁尓因而止息比者鴨

はつはなのちるへき物を　一二の句は初て逢し事をよそへいへるにや　うき人事によりてあはて止にしを歎く哥成へし

　

　　　　贈ル2娘子ニ1歌二首

　　　　　　　　　　湯ノ原王

631　うはへなき物かもひとはしかはかりとをきいへちをかへすとおもへは

　　　宇波弊無物可聞人者然許（イかくはかり）遠家路乎令還念者

うはへなき物かも人は　八雲御抄云うはへなき得羽重無とかけり情なき心也　仙曰うはへなきは上もなきと云心也是ほとに情なきことは又上もあらしと云也愚案不逢歸すを恨心也

　

　

632　めには見ててにはとられぬ月のうちのかつらのこときいもをいかにせん

　　　目二破見而手二破不所取月内之楓如妹乎奈何責

めには見て手には　伊勢物語に落句少かはれとも心は同　童蒙抄云月の桂とは月中に桂樹有高さ五百丈下にひとりの人有て樹をきる姓は呉名は剛是を桂男といふ婁炭《ロウダン》經ニ云｜閻浮提《エンフタイ》の地に閻浮樹有一名は波利質多《ハリシツタ》一名は龍樹高さ八萬四千里｜樹影《ジユエイ》月中に現せり世人月ヲ見るに樹有まことにはなし是すなはち閻浮樹の影也

　

　

　

　　　　報贈《カヘシヲクル》歌二首　　 娘子

633　いくそはくおもひけめかもしきたへのまくらかたさりゆめに見えこし

　　　幾許思異目鴨敷細之枕片去夢所見來之

いくそはくおもひけめ　片去は枕邊を少去居る也片は助字也我か枕邊に近く在しと見えし心也

634　いへにして見れとあかぬを草まくらたひにもつまとあるかともしさ

　　　家二四手雖見不飽乎草枕客毛妻与有之乏左

いへにして見れとあかぬ　家にゐて朝夕見るたにあかぬ王を旅にても二人ある事の乏《トモシ》くまれなれは弥あかすと也つまとあるかとは妻とともにある事也

　

　　　　亦贈歌二首　　　 湯原王

635　草まくらたひにはいもはいさへともはこのうちなるたまとこそおもへ

　　　草枕客者嬬者雖率（イいさなへと　いたるとも）有匣内之珠社所念

草まくらたひには妹は　いさへともいさなへともと同さそひ來ぬれともと也はこの内なる玉は其光をあらはさす旅中に逢事ともしきはかひなきのたとへなるへし論語曰有2美玉《ヒキヨク》於｜斯《コヽニ》1※［章＋温の旁］《ヲサメテ》v櫃（木偏なし）《ヒツニ》而｜蔵《カクシタリ》といふも子貢孔子の其徳有なからつかへたまはぬ事を櫃（木偏なし）の中の玉にたとへし詞也

　

　

　

636　わかきぬをかたみにまたすしきたへのまくらからさすまきてさねませ

　　　余衣形見尓奉布細之枕不離卷而左宿座

わかきぬをかたみに　またすは奉る也我衣を形見に奉れは枕をはなたすをき身にもまきてねたまへと也さねませはねたまへと云事也

　

　　　　復報贈《マタカヘシヲクル》歌《ウタ》一首　　　娘子

637　わかせこかかたみの衣つまとひにわか身はさけしことゝはすとも

　　　吾背子之形見之衣嬬問尓余身者不離事不問友

わかせこかかたみの衣　つまとひは妻戀に也鹿の妻とふなといふも妻戀心と同　事とはすともは形見の衣は物いはねは事問かはす事なくとも戀しき人のかたみなれは身を離つましきと也

　

　

　

　　　　亦贈歌一首　　湯原王

638　たゝひとよへたてしからにあら玉の月かへぬるとおもほゆるかも

　　直一夜隔之可良尓荒玉乃月歟經去跡心遮

たゝひとよへたてしからに　あらたまの月は月も改りゆく物なれは年のことくいふ心也詩ニ一日不レハv見如シ2三秋ノ1なといへるに同心は明也

　

　　　　復《マタ》報《ムクヒ》贈ル歌一首　　 娘子

639　わかせこかかくこふれこそぬはたまのゆめに見えつゝいねられすけれ

　　吾背子我如是戀礼許曽夜干玉能夢所見管寐不所宿家禮

わかせこかかくこふれこそ　戀れこそは戀れはこそ也いねられすけれはねられさりけれ也我背にも我かかく思ふことく戀れはこそ我か夢に見えつゝねられぬと也こふれこそいねられすけれ今はよむましき詞とそ

　

　

　

　　　　亦贈歌一首　　 湯原王

640　はしけやしまちかき里を雲ゐにやこひつゝをらん月もへなくに

　　　波之家（き）也思不遠里乎雲井爾也戀管將居月毛不經國

はしけやし古來風はしきやし　喜撰式にはしけやしは女を云云々俊頼の髄脳　綺語抄　奥儀抄等此説を用ゆ　顕昭袖中抄には物をよしとほむる詞也はしきやしはしけやし同詞也云々然とも哥によるへき也此哥は喜撰式のことく女をいふにてよくきこえ侍にや此女に逢て後月もへぬ程に近き里なから雲ゐ遙なる心ちして戀しきとの心也

　

　

　

　　　　復《マタ》報ヒ贈ル返《カヘシ》歌一首　　 娘子

641　たゆといへはわひしみせんとやきたちのへつかふことはよしやわかきみ

　　　絶常云者和備染責跡焼大刀乃隔付經事者幸也吾君

たゆといへはわひしみせむと　焼たちはやい鎌のと鎌といふ類刃よき太刀也へつかふのへは邊也太刀はほとりはなたねは付そふ心にて付經《ツキフル》と云也舟にもへつかふと讀リ絶といへは侘しからんとてつきそふはよしやと也【師説】仙説太刀の疵あるをへつかふと云々不分明か也

　

　

　

　　　　一首　湯原王

642　わきもこにこひてみたるゝくるめきにかけてしよれとわかこひそめし

　　　吾妹兒爾戀而亂乱在（みたれるイ）久流部寸（イへき）二懸而縁（よりイ）與（イ　　　そ）余（イわれ）戀始

わきもこにこひて　童蒙抄云｜反轉《クルメキ》とは糸をかけてくる物也　仙曰くるへきは糸を懸てくる物也わくといふ物にゝておほきなる也愚案哥心は久流部寸は懸てよれといはん枕詞也わきもこに戀みたれたりかけて我方により來れと我こひ初しをと立歸り云心也

　

　

　

　　　　怨恨《ウラタル》歌三首　 紀郎女《キノヲトメ》

643　よのなかのおとめにしあらはわか渡るあなせの川をわたりかねめや

　　　世間之女（イをふな）爾思有（イあれ）者吾渡痛背乃河乎渡金目八

世のなかのおとめにし　怨恨歌とはうき男をうらむ哥也痛背河は未勘痛背といふ名に付てそひかたく苦痛なる男によせよめる成へしかく憂瀬《ウキセ》の渡りかたきを我は堪《タヘ》忍ひて渡るを世の中の女ならは我ことく渡りかねてあらめや只わたらてあらんと也イ点おとめにしあれはとは我も世をはなれぬ女なれはかゝるうき瀬をも渡りぬあなせの川とて渡りかねんやと也うき夫を怨恨の哥也

　

　

644　いまはわれはわひそしにけるいきのをにおもひし君をゆるさくおもへは

　　　今者吾羽和備曽四二結類氣乃緒尓念師君乎縦左思者

いまはわれはわひそ　別を歎く哥なるへしいきのをは命也命の如く別おしく思ひし君をさのみもとゝめかたけれはゆるしやらんと思へは今は我は侘そしけると也

645　しろたへの袖わかるへき日をちかみこゝろにむせひねのみしなかる

　　　白妙之袖可別日乎近見心尓咽飯哭耳四所泣（イなきのみしそなく）

しろたへの袖わかるへき　是も別を歎く哥也別へき比近くなれは心むせひかなしと也

　

　　　　一首【坂ノ上ノ郎女は者佐保ノ大納言ノ卿《キヤウノ》之｜女《ムスメ》也｜駿河《スルカ》麻呂ハ此高市ノ大《タイ》卿ノ之孫也兩卿ノ兄弟ノ之家ノ女孫｜姑《コ》姪《テツ・メイ》之｜族《ヤカラ》是以題シテv歌ヲ送答《ヲクリコタヘテ》相2問起居ヲ1】

　

　

　　　　　　　　　　　大伴宿祢駿河麻呂歌

佐保ノ大納言卿　長屋《ナカヤ》也

高市大卿　天武天皇の御子長屋ノ王の父太政大臣に任す

相問起居　安否を問心也

646　ますらをの思ひわひつゝあまたゝひなけくなけきをおはぬものかも

　　　大夫之思和備乍遍多嘆久嘆乎不負物可聞

ますらをの思ひわひ　是は難面人を歎く哥にやかくますらおとして思ひ侘度々歎く歎は難面人おひて其むくひもあるへきにさる事もなきはおはぬ物かと也木を負に添て歎をおふと云也

　

　

　

　　　一首　　　大伴坂上郎女

647　こゝろにはわするゝ日なくおもへともひとのことこそしけき君にあれ

　　　心者忘日無久雖念人之事社繁君尓阿禮

こゝろには忘るゝ日なく　さかなき人事茂くさま／＼もてさはかるゝ中なれは忘すなからあはさる歎をよめり

　

　　　一首　　　大伴宿禰駿河麻呂

648　あひ見すてけなかくなりぬ此ころはいかによしゆきやいふかしわきも

　　　不相見而氣長久成奴比日者奈何（イか）好去（イゆきし）哉言借吾妹（イわかいも）

あひ見すてけなかく　氣長くとは嘆息の心前ニ注　よしゆきやは好去哉と書よろしくおはすやといふ心と師説也いふかしはゆかしと同イいかゝゆきしやとはいかゝなりゆきしそやといふなるへし

　

　

　

　　　一首　　　大伴坂上郎女

649　なつくすのたえぬ使ひのかよはねはことしもあることおもひつるかも

　　　夏葛（イたまかつら）之不絶使乃不通者言下有如念鶴鴨

なつくすのたえぬ　夏葛はよく茂りて長き物なれは絶ぬ使といはん枕詞に置也日比は絶ぬ使の此比かよはねは事しもある如く思はれて心もとなしと也

　

　　　　離復《ワカレテマタ》相歡《アヒナケク》歌一首　

　　　　　　　　　　　　　 大伴宿禰三依

650　わきもこはとこよのくにゝすみけらしむかし見しよりわかへましにけり

　　　吾妹兒者常世國尓住家郎思昔見從變若（イこまかへり）益尓家利

わきもこはとこよの国　常世国　八雲御抄云是より北の世界也とこよは仙家をも云へしすへてときはなる国也愚案わかへましけりはわかやきます也イこまかへりましけりも同心也離別のゝち程へて相見るに容貌《ヨウホウ》昔にかはらぬ事をよめる也

　

　

　

　　　　二首　　　　　大伴坂上郎女

651　ひさかたのあまの露しもをきにけりいへにある人もまちこひぬらむ

　　　久堅乃天（イあま）露霜（つゆしもは）置二家里宅有人毛待戀奴濫

久かたのあまの露霜　夏去秋來り秋も深く露霜置まて外に在て景物に感發して家をおもふ心なるへし外にあるほとの哥にや

652　たまもりにたまはさつけてかつ／＼もまくらとわれはいさふたりねん

　　 玉主（イぬし）尓珠者授而勝且毛枕與吾者率二將宿

玉もりにたまは　イたまぬしにたまは兩点義同思ふ男を玉に比して其本妻の男を制するを玉主といふなるへし見安に玉主とは男の事と云説如何

　

　　　　三首　　　大伴宿祢駿河麻呂

653　こゝろにはわすれぬものをたま／＼も見ぬ日かすおほく月そへにける

　　　情者不忘物乎儻（イわくらはに）不（ヌ）見（イミへ）日（イの）數（イかすは）多（イあまた）月曽經去來

こゝろにはわすれぬ物を　心は明也イ点下句わくらはに見えぬ日のあまた月そへにける心は同

654　あひ見ては月もへなくにこふといへはをそろとわれをおもほさんかも

　　　相見者月毛不經爾戀云者乎曽呂登吾乎於毛保寒毳

あひ見ては月もへなくに　仙曰をそろは空言と云也｜東《アツマ》詞也逢見て月もへぬに戀しといはゝ空言といはんかとよめる也　見安云をそろおそろしき也云々如何

655　おもはぬをおもふといはゝあめつちのかみもしるかにさとれさかはり

　　　不念乎思常云者天地之神祇毛知寒邑礼左變（イさはかり）

おもはぬをおもふと　さかはりのさは助字なるへし

さとれさかはり　見安云神も我身に入かはりてと云也愚案しるかに知んの心也我思はぬ事を思ふといはゝ天神地祇も知給はんに入かはり照覧あれと也イさはかり左ほとゝさとり見知給へと也

　

　

　

　　　　六首　　　大伴坂ノ上ノ郎女《ヲトメ》

656　われのみそきみにはこふるわかせこかこふといふことはことのなぐさそ

　　　吾耳曽君尓者戀流吾背子之戀云事波言乃名具左曽

われのみそきみには　童蒙抄云わかせことは男を云ことのなくさそとはことのなくさめそといふなり

657　おもはしといひてしものをはねす色のうつろひやすきわかこゝろも

　　　不念常曰手師物乎翼酢色之變安寸吾意可聞

おもはしといひてし　翼酢《ハネス》　唐棣花とも書顕昭袖中抄云はねすといふ花のあるにこそ萬葉十一にはねす色のあかもの姿とよめり赤き色によれり中畧仙覺云｜唐棣花《ハネス》を尺するに各異説あり庭櫻《ニハサクラ》李《スモヽノ》花｜木蓮《キハチス》なとあれと慥に證※［手偏＋處］を書のせす検《カンカフルニ》2本草ヲ1云｜陸機《リクキ》草木ノ疏《シヨ》云唐棣ハ即《スナハチ》奥李《イクリ》也乃至其花或は白ク或赤シ六月ニ實《ミ》成云々それにとりてはねすといへるいろは世の用る所赤色なるへし十一卷哥にはねす色のあかもの姿とよめる故也又日本紀第二十九天武天皇十四年秋七月乙已勅シテ定2明位以下進位已上之朝服ノ色ヲ1浄位已上ハ着2朱花《ハネスイロヲ》1朱花此ニハ云2波泥須《ハネスト》1云々畧注之愚案是袖中抄の説に符合歟詞林采葉云｜奥李《イクリ》庭櫻《ニハサクラ》月草《ツキクサ》等は姿《スカタ》ふるまひ相叶はす木蓮《キハチス》なるへき歟彼花夏開き実なるもうつろひやすきとよめるも木芙蓉《キハチス》と見えたりと云々愚案木芙蓉色赤し朱花と書へし朝ニ咲夕ニ萎《シホム》移ひ安き也哥の心は一たひおもはしといひなから又戀しきによりてうつろひやすき我心哉と也八雲抄にもはねす色は移ひ安き事に被仰

　

　

658　おもへともしるしもなしとしるものをなにかくはかりわかこひわたる

　　　雖念知僧裳無跡知物乎奈何幾許吾戀渡

おもへともしるしも　思ふしるしもなくつれなき人と我も知なから何に戀渡るそと也

659　かねてより人ことしけくかくしあらはしゑやわかせこおきもいかゝあらも

　　　豫人事繁如是有者四恵也吾背子奥（イこゝ）裳何如荒海藻

かねてより人こと繁く　しゑや　見安云よしや也おきもいかゝは愚案行末もいかゝさはりおほからんと也　一　おきはおくと同おく　行末の心也あらもは有ん也

660　なをとわを人そさくなるいてわきみひとのなかこときゝたつなゆめ

　　　汝乎与吾乎人曽離奈流乞吾君人之中言聞起名湯目

なをとわを人そさく　なをのをは助字也いでとは發語也わきみはわか君也汝と我を人さけんとすゆめ／＼聞入なと也

661　こひ／＼てあへるときたにうつくしきことつくしてよなかくとおもはゝ

　　　戀戀而相有時谷愛（イめくは）寸事盡手四長常念者

こひ／＼てあへるときたに　うつくしきことは愛相らしき事也長く末かけてと思はゝにくからすあれと也イめくはしきも愛らしくやさしき心也

　

　　　一首　　　　市原ノ王

662　あこの山いをへかくせるさてのさきさてはへしこのゆめにし見ゆる

　　　網兒之山五百重隠有佐堤乃埼左手蝿師子之夢二四所見

あこの山いをへかくせる　あこの山八雲抄伊勢云々さての崎も同国也あこの山のいくへもかくせるさての崎とは左手はへし子といはん序哥也さてさしはへてなといふと同く左手｜携《タツサエ》し女也岳に菜つむすこ松浦河の鮎つる乙女の類也哥心は左手携えし女の夢に見えて戀しき心なり和名云※［糸＋麗］文選註云｜※［糸＋麗］網《サテアミ》如シ2箕《ミノ》形ノ1狭《セハク》v後《シリヘ》廣《ヒロキ》v前名也愚案袖中抄に此哥を左手はへしゝのとよめるは誤にや又或説にさはへし子也なといふ義むつかし不v足v用ルニか

　

　

　　　一首　　　　安部ノ宿禰｜年足《トシタル》

663　さほわたりわきへのうへになく鳥のこゑなつかしきおもひつまのこ

　　　佐穂度吾（イわい）家之上二鳴鳥之音夏可思吉愛妻之兒

さほわたりわきへの　大和の佐保の邊の我家也年足か家こゝに在しなるへしなく鳥のとは聲なつかしきといはん枕詞也おもひつまのことは思ひ妻をいふ也佐保の家の思ひ妻のこゑなつかしきと也

　

　

　

　　　一首　　　　大伴宿禰｜像見《カタミ》

664　いそのかみふるとも雨にさはらめやいもにあはんとちきりしものを

　　　石上零十方雨二將關哉妹似相武登言義之（イいひてし）鬼尾

いそのかみふるとも雨に　石上は大和布留といはん枕詞也雨もさはりとせす妹にあはんとちきりしかは行てあはんと也此哥類聚萬葉には妹にあはんといひてしとよめり仙本にはちきりし物をとよむ

　

　

　

　　　一首【大伴《トモノ》坂ノ上ノ郎女《ヲトメノ》之母石川ノ内命婦《ナイミヤウブト》與《ト》2安部ノ朝臣｜蟲満《ムシマロノ》之母｜安曇外《アヅミノケ》命婦1同居レリ姉妹同氣ノ之｜親《シタシミ》也｜縁《ヨツテ》v此《コレニ》郎女《ヲトメト》蟲満ト相｜見《マミエテ》不v踈《ヲロソカナラ》相｜談《カタロフ》既ニ密《キヒシ》聊カ作テ2戯レノ歌ヲ1以｜為《ナス》2問答ヲ1而已《ノミ》

　

　

　　　　　　　　　　　　　　安部ノ朝臣｜蟲麻呂《ムシマロ》

大伴坂上郎女　郎女と蟲満と従兄弟《イトコ》なれはしたしく見えしらかひて打物かたらひつゝ此たはふれの哥をよみかはしたると也

内命婦　外命婦とは婦人の五位以上を帯るを内命婦といふ五位以上の妻を外命婦といふ由令義解に有又周礼注ニ内命婦は九嬪世婦也外命婦は公卿大夫妻也云々

665　むかひゐて見れともあかぬわきもこにたちわかれゆかんたつきしらすも

　　　向座而雖見不飽吾妹子二立離徃六田付不知毛

むかひゐて見れとも　たつき八雲抄云たより也云々愚案立わかれん方もおほえす茫然の心也

　　　二首　大伴坂上郎女

666　あひ見ではいくひさしくもあらなくにこゝはくわれはこひつゝもあるか

　　　不相見者幾久毛不有國幾許吾者戀乍裳荒鹿

あひ見てはいく久くも　こゝはくはいくはく也相見すしていく久しき日数もあらぬにいくはく戀る哉と也前の哥の返し也

667　こひ／＼てあひたる物を月しあれは夜はこもるらんしはしはありまて

　　　戀戀而相有物乎月四有者夜波隠（イかくす）良武須臾羽蟻待

こひ／＼てあひたる物を　仙曰此哥第四句夜はこもるらんと和すへし月しあれは夜はまだあるらんしはしまてといへる也愚案しはしありまては暫待てあれ也此哥も虫丸か別を歎くに答て別を急くなと云也

　

　

　

　　　　一首　　　原見《ハラミノ》王

668　あさに日にいろつく山のしら雲のおもひすぐへき君にあらなくに

　　　朝尓日尓色付山乃白雲之可思過君尓不有國

あさに日に色つく山　朝にのには助字也朝日に色付山の雲の面白くよそには思ひ過しかたきを序哥によみて戀の哥也

　

　　　　一首　　　春日王

669　あしひきの山橘のいろにいてゝかたらひつぎてあふ事もあらん

　　　足引之山橘乃色丹出而語言繼而相事毛將有

あしひきの山橘の　山橘は薮柑子《ヤブカウシ》といひて赤き実なる物なれは色に出てといはん枕詞によめりかく忍こめてのみあらんよりは色に顕れて語繼て絶すいはゝ逢事もあるへきほとにと也

　

　

　

　　　一首　　　　　湯ノ原ノ王

670　月よみのひかりにきませあしひきのやまをへたてゝとをからなくに

　　　月讀之光二來益足疾乃山乎隔而不遠國

月よみのひかりに　月讀尊は月の事也日本紀ニ月讀月夜見月弓皆月神をいへり月影によるもおはせ遠所ならぬにと也

　

　　　　和スル歌一首　 作者｜不《ス》v詳《ツマヒラカナラ》

671　月よみのひかりはきよくてらせれとまとふこゝろはたへすおもほゆ

　　　月讀之光者清雖照有惑情不堪念

月よみの光りは清く　月清くて來る道は迷ふへくもあらねと戀しき心迷ひは堪かたしと也

　

　　　　一首　　　安倍朝臣蟲麻呂

672　しつたまき数にもあらぬいのちもてなにかくはかりわかこひわたる

　　　倭文手纒數二毛不有壽持奈何幾許吾戀渡

しつたまき数にも　しつたまき　八雲抄云げす也数ならぬ事也愚案古は賤女も手玉足玉せしを賤｜環《タマキ》と云尤賤女のたまきなれは数ならぬとつゝけし也賤たまきいやしき我とも奥につゝけよめり哥心はいやしき微命にてなそかく数｜不《ヌ》v知ラ戀すると也

　

　

　

　　　　二首　　　大伴坂上郎女

673　まそかゝみときしこゝろをゆるしてはのちにいふともしるしあらめやも

　　　真十鏡磨師心乎縦《ゆるしな》者後尓雖云驗將有八方

まそかゝみときし心を　此郎女前の怨恨歌にも此詞有わか心を日々につとめてみかきときてこそあらめ一旦ゆるしをこたりておほろけにもけかれてはいかに後に悔みいふともかひあらしと也尤有心哥也

　

　

674　またまつくをちこちかねていひはいへとあひてのちこそくひにはありといへ

　　　真玉付（イつき）彼此（イかれこれ）兼手言齒五十戸常相而後社悔二破有跡五十戸

またまつくおちこち　見安云玉を付る緒とつゝくる也愚案おちこちかねてとは遠き慮《ヲモンハカリ》なきときは近き愁ある理を知てとぎし心をゆるしては後にいふともなといひはいへととにかくに人にあひてのちには人の心のまことある事まれなれはくやしき事といふとみつからいましめはけむ心のうたなるへしくひには有といへとは悔みは有といふなれと也

　

　

　

　　　五首　　　贈ル2大伴《トモノ》宿禰家持ニ1

　　　　　　　　　　　　中臣女郎《ナカトミノヲトメ》

675　をみなへしさく沢におふるはなかつみかつてもしらぬこひもするかも

　　　娘子部四咲澤二生流花勝見都毛不知戀裳摺可聞

をみなへしさくさはに　序哥也童蒙抄云花かつみとは花さきたる蒋《コモ》をいふ愚案かつてもしらぬとは戀といふ事かつて知さりしに君に戀をし習へりとの心なるへし

676　わたつみのおきをふかめてわかおもへるきみにはあはんとしはへぬとも

　　　海底奥乎深目手吾念有君二波將相年者經十方

わたつみのおきをふかめて　古今集にもある詞也只深く思ふ由也深く我思ふ君には一旦こそ自由ならすとも年へても終にあはんと也

677　かすか山あさゐるくものおほつかなしらぬ人にもこふるものかも

　　　春日山朝居雲乃欝（イおほゝしく）不知人尓毛戀物香聞

かすか山あさゐるくもの　祇曰朝居る雲の深くていつことも不知を初めたる人なとによそへたる也愚案第一二の句はおほつかなといはん序哥也おほつかなくしらぬ人とは祇注のことく初めたる人をいふへし此哥祇注類聚等にはおほつかなとよむを仙点おほゝしくとよむおほ／＼しき心也おほつかなと同心也

　

　

678　たゝにあひて見てはのみこそ玉きはるいのちにむかふわかこひやまめ

　　　直相而見而者耳社霊剋命向吾戀止眼

たゝにあひて見ては　見てはのはは助字也玉きはるは命の枕詞也前ニ注命に向ふは命に對する也戀も命も捨かたき物なれは也たゝちに相見てこそ命に懸て思ふ戀も思ひやまれめあはではいかてかくわりなきこひのやまれんと也

　

　

679　いなといはゝしゐんやわかせすかのねのおもひみたれて戀つゝもあらん

　　　不欲常云者將強哉吾背菅根之念亂而戀管母將有

いなといはゝしゐんや　我いなといはゝ背子もしゐて是非とはえいはて思ひみたれて戀るならんと心よはく思ひやる心也菅の根亂るゝの枕詞也

　

　　　　與《ト》2交遊《カウユウ》1別ルヽ歌三首

　　　　　　　　　　　　大伴宿禰家持

交遊　友たちを云也

680　けたしくも人の中こときけるかもこゝたくまてときみかきまさぬ

　　　盖（イいさにし・いかにそ）毛人之中言聞可聞幾許雖待君之不來益

けたしくも人の中言　蓋《ケタシ》くものくもは助字也けたしは物を推はかりいふ詞也こゝたくはいくはく也人の中言を聞たるやらんいくはくまてとも歸來ぬと也別し友を思ふ心也

　

　

681　中／＼にたえぬとしいはゝかくはかりいきのをにしてわかこひめやも

　　　中中尓絶年云者如此許氣緒尓四而吾將戀八方

中／＼にたえぬとしいはゝ　一向に思ひたえよ待とも歸るましといはゝかく命にかけて我か戀んやなまなかにさもいひはなたて物思はすると也

682　おもひなん人にあらなくにねもころにこゝろつくしてこふるわれかも

　　　將念人尓有莫國懃情盡而戀流吾毳

おもひなん人にあらなくに　とてもあひ思ふへき交遊の友ならぬにと也

　

　　　　七首　　　大伴坂上郎女

683　いふことのさかなき国そくれなゐのいろにないてそおもひしぬとも

　　　謂言之恐國曽紅之色莫出曽念死友

いふことのさかなき国そ　紅のは色にといはん枕詞也口さかなき所なれは戀死ぬとも色にいてそ悪く色に出はうき名たてられんそとみつからいましめし心なるへし

684　今はわれはしなんよわかせいけりともわれによるへしといふといはなくに

　　　今者吾波將死與吾背生十方吾二可縁跡言跡云莫苦荷

今はわれはしなんよ　生て有とも君か我によるへしともいはぬに死なんと也いふといはなくは重詞也

685　人ことをしけみや君をふたさやのいへをへたてゝ恋つゝをらん

　　　人事繁（イしゝみ）哉君乎二鞘之家乎隔而戀乍將座

人ことをしけみや　見安云二さやは二の刀のさやの心也師説二の家也家に人の身をいるゝ事の刀鞘のことくなれは也哥の心は相思ひなからかくうき人こと茂くて家をへたてゝ戀つゝをらんと歎也

　

　

686　このころにちとせやゆきもすきぬるとわれやしかおもふ見まくほりかも

　　　比者千歳八徃裳過與吾哉然念欲見（イみまほしみ）鴨

このころにちとせや　早く逢まほしく見まほしく思ふほとの待遠さは千年もゆき過ぬるかとおもふと也しかとはさやうにおもふとの心也

687　うつくしとわかおもふこゝろはやかはのせくとせくともなをやくつれん

　　　愛（イめくはし・めつらし）常吾念情速河之雖塞塞友猶哉證崩

うつくしとわかおもふ心　心はや河のとは戀る心の急々にいらるゝさま也古今集に瀧つ心をせきそかねつるといふに同イニめくはしめつらしも皆うつくし同心也

688　あおやまをよこきる雲のいちしろくわれとえみして人にしらるな

　　　青山乎横殺雲之灼然（イしるく）吾共咲為而人二所知名

あおやまをよこきる　青山八雲抄播磨云々青山に白雲の分明なるをいちしるくといふへき序哥によめり人の見るまへにて我と目見かはしえみなとして我中をまたきに人に知るゝなと也逢初て猶しはしつゝむほとの哥也

　

　

689　うみやまもへたゝらなくになにしかも見ることをたにもこゝたともしき

　　　海山毛隔莫國奈何（イいかに）鴨目言乎谷裳幾許乏寸

うみ山もへたゝらなくに　こゝたはいくはく也こゝたくとも云海山を隔てし中にもあらなくに何にかも見る事たにともしく絶々なるそと也見る事をたにといふにて逢事はまして絶々なる心をいへり

　

　

　

　　　　悲v別歌一首　　　大伴宿禰｜三依《ミツヨリ》

690　てれる日をやみに見なしてなくなみたころもぬらしつほすひとなしに

　　　照日乎闇尓見成而哭涙衣沾津干人無二

てれる日をやみに　泪に目も暮て照日をもやみに見なしたる心也日をしらぬからにほす人なしにともよめるなるへし

　

　　　　贈2娘子ニ1歌二首　　　大伴宿禰家持

691　ももしきのおほ宮人はおほかれとこゝろにのりておもほゆるいも

　　　百礒城之大宮人者雖多有（イさはにあれと）情尓乗而所念妹

ももしきのおほみや　宮つかへ人はおほき中にと也奥儀抄云心にのりては心に懸て也百敷は百官の座をしく所の心也

692　うはへなき妹にもあるかもかくはかりひとのこゝろをつくすとおもへは

　　　得羽重無妹二毛有鴨如此許人情乎令盡念者

うはへなき妹にも　八雲御抄云うはへなき情なき心也愚案此哥此御抄の義よくかなへる歟前にうはへなき物かも人はとあるも八雲の御説可然歟

　

　　　　一首　　　　　大伴《トモノ》宿禰｜千室《チムロ》

693　かくしのみ恋やわたらんあきつ野にたなひくくものすくとはなしに

　　　如此耳戀哉將度秋津野尓多奈引雲能過跡者無二

かくしのみ恋や渡ん　かくしのしは助字也秋津野八雲抄紀伊云々思ひ過す事なくかくのみ戀渡らんかと也雲は行過る物なれは第三第四句は枕詞に置也

　

　　　　二首　　　　廣河《ヒロカハノ》女王

694　恋くさをちからくるまになゝくるまつみてこふらくわかこゝろから

　　　戀草呼力車二七車積而戀良苦吾心柄

恋くさをちから車に　戀のをもき事をよめり詞林采葉云此戀草は草にあらす戀の数也種々物を思ふ事の数をよめり然るに近來の先達草の名に詠せり引歌畧之　力車は重荷をつむ車也物つよき車なれは力車といふ也七車は七つにかきらす只おほき心也

　

　

695　こひは今はあらしとわれは思ひしをいつこのこひそつかみかゝれる

　　　戀者今葉不有常吾羽念乎何處戀其附見繋有

こひは今はあらしと　戀のわりなく心におこるをつかみかゝると云也

　

　　　　一首　　　石川朝臣廣成

696　いへひとにこひすきめやもかはつなくいつみのさとにとしのへゆけは

　　　家人尓戀過目八方川津鳴泉之里尓年之歴去者

へひとに戀過めやも　見安云家人は家の女也家あるしと云心也仙曰いつみの里山城国也愚案戀過めやもとは家の女に戀すあらんやの心也只に見置事を見過すと云に同

　

　　　三首　　　　　大伴宿祢｜像見《カタミ》

697　わかきゝにかけてないひそかりこものみたれておもふきみかたゝかを

　　　吾聞尓繋莫言苅薦之亂而念君之直香（イあたりイまさか）曽

わかきゝにかけてな　我｜聞《キク》やうにかけてないひそと也大和物語になき人を君かきかくにかけしとてといへる心に同しかりこもは亂てといはん枕詞也たゝかとは君かあるさま也見安には直香まさかよみて君か在所《アリカ》也又は寝所をも云といへり或本には直香をあたりと和ス義は大方同

　

　

698　かすか野にあさゐる雲のしく／＼にわれはこひます月に日にけに

　　　春日野尓朝居雲之敷布二吾者戀益月二日二異二

かすか野にあさゐる　しく／＼にはしき／＼と同しきりにと云心也月に日にけには月毎日毎に我は戀ますと也第一第二の句は例のしく／＼といはん序也

699　ひとつせになみちへさらひゆく水ののちもあひなんいまならすとも

　　　一（仙ひと）瀬二波（せには）千遍障良比（ちたひさはらひ）逝水之後毛将相（イあはなん）今尓不有（イにあらす）十方

ひとつせになみちへ　一瀬の石なとに波千重にさはりて別れ行水の末に流れあふを序に置て後も逢なむといふ心也仙点ひとせにはちたひさはらひも同心なから猶古点可然

　　　　到《イタリテ》2娘子《ヲトメカ》之門ニ1作レル歌一首　　大伴宿祢家持

700　かくしてやなをやかへらんちかゝらぬみちのあいたをなつみまいりて

　　　如此為而哉猶八將退不近道之間乎煩参來而

かくしてやなをや　なをやはたゝにやの心也かくてあはて歸んかと也

　

　　　　贈レル2大伴ノ宿祢家持ニ1歌二首　　河内ノ百枝娘子《モヽエタノヲトメ》

701　はつ／＼に人をあひみていかならんいつれの日にか又よそに見ん

　　　波都波都尓人乎相見而何將有何日二箇又外二將見

はつ／＼に人をあひ　はつ／＼にははつかに逢也かくはつかなる中は終に末とぐへくもあらねはいかなるいつれの日か又よそならんと歎く心なるへし

702　ぬはたまのそのよの月夜けふまてにわれはわすれすまなくしおもへは

　　　夜干玉之其夜乃月夜至于今日吾者不忘無間苦思念者

ぬは玉の其夜の月　其夜とは逢見る夜を云なるへし思はぬ間有てこそ忘れもせめまなく思へはけふまてに忘れすと也

　

　　　二首　　　巫部麻蘇娘子《カナイヘノマソノヲトメ》

703　わかせこをあひみし其日けふまてにわかころもてはひるときもなし

　　　吾背子乎相見之其日至于今日吾衣手者乾時毛奈志

わかせこをあひみし　其日よりけふまてにと也

704　たくなはのなかき命をほしけくはたえすて人を見まくほりこそ

　　　栲縄之永命乎欲苦波不絶而人乎欲見（イみまほしみ）社

たくなはの永き命を　童蒙抄云たくなはとはあみの手縄を云也日本紀二曰以2千尋《チヒロノ》杼縄《タクナハヲ》1結《ユヒテ》為ス2百八十紐《モヽムスヒアマリヤソムスヒト》1云々愚案古今集にあまのなはたきとあるもたくるなはなるへし哥の心は思ふ人を絶す見え命も長くあらんといはんとて也たくなはは永きといはん枕詞也永き命をほしくは絶す君を見は命なかゝるへしあはれ絶す見まほしくこそとの心也

　

　

　

　　　　贈《ヲクル》2童女《ワラハメニ》1歌一首　　 大伴宿祢家持

705　はねかつらいまするいもをゆめに見てこゝろのうちにこひわたるかも

　　　葉根蔓今為妹乎夢見而情内二戀度鴨

はねかつらいまする妹を　見安云はねかつら花かつら同事也袖中抄云是は女の花の鬘を敦隆類聚古集に葛ノ部に入たり如何文字も蔓と書り葛にまきるへからす仙同愚案今する妹始て笄《カンサシ》しかつらせし女也

　

　

　

　　　　報《カヘシ》歌一首　　　 童女

706　はねかつら今する妹はなかりしをいかなるいもそこゝたこひたる

　　　葉根蘰今為妹者無四呼何妹其幾許戀多類

はねかつら今する妹　花かつらする妹はなかりし物を何たる妹をそこはく戀給ふと也

　

　　　　贈2大伴宿祢家持ニ1歌二首 　　粟田ノ娘子

707　おもひやるすへのしらねはかたもひのそこにそわれはこひなりにける

　　　思遣為便乃不知者片?之底曽吾者戀成尓家類

おもひやるすへのしら　仙曰もひは茶?也玄覺私云或人云延喜式云｜片?《カタモイ》者底深《ソコフカキ》器云々是迄仙抄愚案吾思ひを君か方へやる使なけれは底にのみ戀ると也片?は底にそといはん枕詞也片は助字也

　

　

708　またもあはんよしもあらぬか白たへのわかころもてにいはひとゝめん

　　　復毛將相因毛有奴可白細之我衣手二齊留目六

またもあはんよしも　別を惜む哥也いはひはいつきかしつく心也

　

　　　　一首　　　　豊前國ノ娘子｜大宅女《ヲホヤカカムスメ》

709　夕やみはみちたつ／＼し月まちてゆかんわかせこそのまにも見ん

　　　夕闇者路多豆（と）多頭四待月而行（イかへれ）吾背子其間尓母將見

夕やみはみちたつ／＼し　或点ニたと／＼しと有月待てゆかんを歸れと有心は同月待出て行んするせこならは月待間なりとも見んと也歸れわかせこは義明也

　

　　　　一首　　　　安《ア》都ノ扉娘子《トホソメ》【安都は氏扉は名】

710　みそらゆく月のひかりにたゝ一めあひみし人のゆめにし見ゆる

　　　三空去月之光二直一目相三師人之夢西所見

みそらゆく月のひかり　心に思ふ故夢には見ゆれば思ふ事をいはんとて也

　

　　　三首　丹波ノ大女娘子《ヲホメノヲトメ》【丹波は氏大女は名】

711　かもどりのあそふこの池に木葉落てうかへるこゝろわかおもはなくに

　　　鴨鳥之遊此池尓木葉落而浮心吾不念國

かもどりのあそふ此池　序哥也うかへる心とはまめ／＼しからぬあたし心をいふ也浮虚の心也

712　あちさけをみわのはふりかいはふ杉てふれしつみか君にあひかたき

　　　味酒（イうまさけ）三輪之祝我忌（イいはひ）杉手觸之罪歟君二遇難寸

あちさけをみわの　味酒三輪此集第一ニ注スいはふ杉とは三輪の神木なれは祝子《ハフリコ》もいつく心也不浄の人神物に手ふるゝは神の罪あれは不逢歎きをかく讀

713　かきほなす人こときゝてわかせこかこゝろたゆたひあはぬこのころ

　　　垣穂成人辭聞而吾背子之情多由多比不合頃者

かきほなす人こと聞て　垣保なす人とは我中を隔つるを云見安云人ことして我を人のへたつる也云々心たゆたひはやすらふ心也我を思ふこゝろの少｜疎《ヲロ》そかなる心なるへし

　

　

　

　　　　贈ル2娘子1歌七首　　大伴宿禰家持

714　こゝろにはおもひわたれとよしをなみよそにのみしてなけきそわかする

　　　情尓者思渡跡縁乎無三外耳為而嘆曽吾為

こゝろにはおもひ渡れと　思ひわたれといひよるよしなくてよそにしてあるなけきをよめりよしはよるへなとの心也

715　ちとりなく佐保のかはとの清き瀬を馬うちわたしいつかかよはん

　　　千鳥鳴佐保乃河門之清瀬乎馬打和多思何時將通

ちとりなく佐保の　祇曰我戀る人のなひきていつか馬うちわたしかよはんと也

716　よるひるといふわきしらすわか恋るこゝろはけたし夢に見えきや

　　　夜晝云別不知吾戀情盖夢所見寸八

よるひるといふわき　昼夜わかす戀る心は夢には君見すやと也

717　つれもなくあるらん人をかた思ひにわれしおもへはまとひもあるか

　　　都礼毛無將有人乎獨念尓吾念者惑毛安流香

つれもなくあるらん　われしのしは助字也あるかのかは哉也

718　おもはすにいもかえまひをゆめにみてこゝろのうちにもえつゝそをる

　　　不念尓妹之咲舞（人偏あり）乎夢見而心中二燎管曽呼留

おもはすに妹かえまひ　えまひはえみ也妹か笑顔をと也もえつゝとは思ひを火にそへて燎るといふ也

719　ますらをと思へるわれをかくはかり見づれに見づれかたおもひをせん

　　　大夫跡念流吾乎如此許三礼二見津礼片思男責

ますらをと思へる我を　見つれに見つれは亂に亂れ也大丈夫と思ふ我を君か難面さには其心のみさをも忘れ亂／＼て片思ひせんと也

720　むらきものこゝろくたけてかくはかりわかこふらくをしらすあるらん

　　　村肝之情揣而如此許余戀良久乎不知香安類良武

むらきもの心くたけて　むらきもとは思ひ歎くに肝の胸にこれる也第一卷軍王の哥に注すこふらくは戀る也

　

　　　　獻《タテマツル》2天ツ皇《キミニ》1歌一首　

　　　　　　　　　　　　　　大伴坂上郎女

721　あしひきの山にしをれはよしをなみわかするわさをとかめたまふな

　　　足引乃山二四居者風流無三吾為類和射乎害目賜名

あしひきの山にしをれは　よしをなみとは風流のゆへよしもなき也山住のあやしの身なれは風流ならすふつゝかなるをも見ゆるし給へと也

　

　　　　一首　　　　　　大伴宿祢家持

722　かくはかり恋つゝあらすはいはきにもならましものを物おもはすして

　　　如是許戀乍不有者石木二毛成益物乎物不思四手

かくはかり恋つゝあらすは　戀つゝ身もあられすは也祇注には戀つゝあらんするには岩木にもならましとよめり物思はすしては心なき儀也愚案戀の餘にうき故也

　

　　　　従《ヨリ》2跡見庄《トミノサト》1贈2賜《ヲクリタマフ》留メシv宅《イヘニ》女子《ムスメノ》大嬢《ヲトメニ》1歌一首并ニ短謌

　　　　　　　　　大伴《トモノ》坂上ノ郎女《ヲトメ》

723　とこよにとわかゆかなくにこかなとにものかなしらにおもへりしわかこのとしをぬはたまのよるひるといはすおもふにしわか身はやせぬなけくにし袖さへぬれぬかくはかりもとなしこひはふるさとにこのつきころもありかつましを

　

　

常呼二跡吾行莫國小金（イかね）門尓物悲良尓念有之吾兒乃刀自緒野干玉之夜晝跡不言念二思吾身者痩奴嘆丹師袖左倍沾奴如是許本名四（イよ）戀者古郷尓此月期呂毛有勝益土

とこよにとわかゆかなく　此哥｜跡見《トミ》の里よりむすめにつかはせし也跡見庄諸抄いつくとも未註愚案此集八ニ稲公《イナキミ》か跡見ノ庄《サト》にて鹿人か哥に「いめたてゝとみのをかへの撫子の花ふさたおり我はもていなむ奈良人のためとよめる哥有奈良人のため撫子をもてゆかんとあれはならに遠からぬ所なるへし大和の國中か可尋之哥の心はとこよにと我ゆかなくにとは仙曰とこよは蓬莱嶋也心は蓬莱の嶋へ尋ゆかんこそ徒に年をつみて悲しからめと也見安云とをき国へゆかねともと云々｜跡見《トミ》に離れ居を云也

　

　

こかなと　仙抄には小金門にとは立出かたきによそふる也云々愚案こかなは金也門を金にてくされる也日本紀十三ニおほまへおまへ宿祢かかなとかけ釋云金戸蔭也私記云古は金｜鎖《サ》を以天子の門戸をくされり云々此集のは常の門にあらねと准て知へし物かなしらは物悲しく也いとおしく思ふ心也物は助字なり心は我娘の刀自か故郷にあるにとみの庄の母のえ出あはてよるひる戀る心也

　

　

わかこのとし　刀自は女官也禁秘抄に刀自衣《トシキヌ》唐衣體也結v中ヲなとある物なるへし順和名ニ負《トジ》と書老女を云と有見安には刀自は女の惣名なりとあり所註其所々にて其義に叶へきを用へきに取てこゝは女の惣名といふ義可然にや

　

　

もとなしこひば　もとなしはよしなし也こひはのはにこりてよむへし

ありかてましを　有堪ぬへき物を也全篇の心は遠きとこよなとにもゆかす跡見庄にはありなからよろつにいとおしくおもふところのわかむすめのとしを我もよるひる思ひやせなけくに袖ひる事なきにかくはかり戀るとならは此月比も古郷に有堪へきをよしなし此とみの庄にある事よと也

　

　

　　　　反歌

724　あさかみのおもひみたれてかくはかりなにのこひそもゆめに見えける

　　　朝髪之念亂而如是許名姉之戀曽夢尓所見家留

あさかみのおもひみたれて　朝髪はいまたゆはさるほとを云思ひみたれてといはん枕詞也かく戀しく夢に見るまてなるは何たる戀そやとの心也そものもは助字也或本に此反哥の跡に右歌は報2賜フ大嬢ニ1歌也と有衍文にや此本にはなし尤可然にや

　

　

　

　　　　獻ル2天皇ニ1歌二首 　在テ2春日里ニ1作レリ也

　　　　　　　　　　　 大伴坂上郎女

725　にほとりのかつく池水こゝろあらはきみにわかこひこゝろしめさね

　　　二寶鳥乃潜（イすく）池水情有者君爾吾戀情示左祢

にほとりのかつく池水　水の心といひかけて鳰鳥のかつきする池水也心あらは君に我戀奉る心を告示し申せと也媒なとにいふやうによめるは天皇に直に申は恐あれは也示は玉篇ニ以v事ヲ告ルv人曰v示トとあり

　

　

726　よそにゐて戀つゝあらすは君か家の池にすむといふかもにあらましを

　　　外居而戀乍不有者君之家乃池尓住（すむ）云（イてふ）鴨二有益雄

よそにゐて戀つゝ　君か池の鴨になりても君か家にあらまほしとの心也

　

　　　　贈2坂上ノ家ノ大嬢《ヲトメニ》1歌【二首雖2絶テ數年ント1復タ會テ相2聞ク徃來ヲ1】　　　　　　　　　　　　　大伴宿祢家持

雖2絶テ數年ナリト1　家持と大嬢と中たえて数年をへたりといへとも又あひてせうそこしいひかはすと也復イニ後と有

727　わすれくさわかしたひもにつけたれとをにのしこくさことにしありけり

　　　萱草吾下紐尓著有跡鬼乃志許草事二思安利家理

わすれ草わか下ひもに　八雲御抄云絶て久しき女にあへる戀の哥也忘れんとすれともえわすれすといへる心也上下畧哥林良材同奥儀抄云忘草とは萱草《クハンサウ》を云也兼名苑には忘憂草といへり是を見れはうれへを忘るゝ也をにのしこ草は紫苑也是をみれは物忘せすといへり下畧袖中抄云をにのしこ草とは別の草の異名にあらす忘草はうれへを忘る草なれは戀しき人を忘れん料に下ひもに付たれと更に忘る事なし萱草《ワスレクサ》といふ名は只異にこそ有けれ猶戀しけれは鬼のしこ草なりけりと云也心はまことの鬼にはあらすわろしと云詞也しこといふもわろしと嫌ふ詞也日本紀第一に不須也凶目汚穢《イナヤシコメキタナキ》之｜處《トコロ》云々されはしこはわろき心也凶といふ字をよめり【畧注仙同義也】奥儀抄と義異也兩説可随所好

　

　

728　人もなき国もあらぬかわきもことなつさひゆきてたくひてをらん

　　　人毛無國母有粳吾妹子與携行而副而將座

人もなき国もあらぬ　人目にせかれて心に任てえ逢そはぬを歎きてよめる哥也

　

　　　　贈2大伴宿祢家持ニ1歌三首　　大伴坂上大嬢

729　たまならは手にもまかんをうつせみのよの人なれは手にまきかたし

　　玉有者手二母將卷乎欝瞻乃世人有者手二卷難石

たまならは手にも　玉は手にとりても人とかめす君は人目あれは玉のことくにはしかたし哀君を玉ならは手にまかん物をと也手にまくは手にとる心也

730　あはん夜はいつもあらんをなにすとかかのよにあひて事のしけきも

　　　將相夜者何時（イいつしか）將有乎何如為常香彼夕相而事之繁裳

あはん夜はいつもあらんを　かの夜は其《ソノ》夜に同逢夜はいつにもあらんを何するとてか其夜に逢てかくいひたてらるゝそと悔む心也事のしけきものもは助字也人事茂くいひ立らるゝ也

　

　

731　わか名はも千名のいを名に立ぬとも君か名たゝはおしみこそなけ

　　　吾名者毛千名之五百名尓雖立君之名立者惜社泣（イなかめ）

わか名はもちなに　もは助字也千名五百名はさま／＼いひたてらるゝ心也我名はいかさまにたつともおしからし君か名の我ゆへたゝはおしみ歎かんと也

　

　　　　和スル歌三首　　　 大伴宿祢家持

732　いましはし名のおしけくも我はなしいもによりてはちへにたつとも

　　　今時者四名之惜雲吾者無妹丹因者千遍立十方

いましはし名のおし　今は也いましはしのし二なから助字也大嬢か故には我名千重に立とてもおしくもなしと也

733　うつせみのよやもふたゆくなにすとかいもにあはすてわかひとりねん

　　　空蝉乃代也毛二行（イ二ゆかん）何為跡鹿妹尓不相而吾獨將宿

うつせみのよやも　ふたゆくは我にふたゝひゆきかへるかはの心也世やものもは助字也此哥は大嬢か何すとか彼夜にあひて事のしけきもといふに和する哥なるへしかくふたゝひきたるましきはかなき世にたとひ人事しけくとも何すとてかあはて独はねんいつも／＼あはんと也

　

　

734　わかおもひかくてあらすは玉にもかまこともいもか手にまかれなん

　　　吾念如此而不有者玉二毛我真毛妹之手二所纒牟

わかおもひかくて　此哥は玉ならは手にもまかんをといふに和せりかくてあらすはとはかくてのみあられすはと也玉にもかは玉にもかな也まことものもは助字也我身玉に成ても哉誠に妹にまかれんと也

　

　

　

　　　　贈2家持1歌一首　　　大伴坂上大嬢

735　かすかやまかすみたなひきこゝろぐゝてれる月夜にひとりかもねん

　　　春日山霞多奈引情具久照月夜尓獨鴨念

かすか山かすみたな引　仙曰心ぐゝとは心あやしくと云也奇の字くゝとよむ也詞林采葉に心ぐゝとよむ

　

　　　　和スル2坂ノ上ノ大嬢ニ1歌一首　　　大伴家持

736　つきよにはかとにいてたちゆふけとひあしうらをそせしゆかまくをほり

　　月夜尓波門尓出立夕占問足卜乎曽為之行乎欲焉

つきよにはかとにいて立　ゆふけとひは夕に辻占なと問也足占は足蹈の数にて占ふ事と師説也ゆかまくをほりはゆかまほしさに也

　

　　　　贈2家持ニ1歌二首　　　大伴坂上大嬢

737　とにかくに人はいふともわかさちののちせの山ののちもあはんきみ

　　　云云人者雖云若狭道乃後瀬山之後毛將念君

とにかくに人はいふとも　古來如此仙点かにかくに云々若狭路の後瀬の山は後といはん序也心は明也

738　よのなかのくるしき物にありけらくこひにたへすしてしぬへくおもへは

　　　世間之苦物尓有家良久戀尓不勝而可死念者

よのなかのくるしき　有けらくは有けらし也此哥戀の苦しき事をよめり堪すして死へく思へは世間の苦しき物は戀そと也

　

　　　　和スル2坂上大嬢ニ1歌二首　　　家持

739　のちせやまのちもあはんとおもふこそしぬへきものをけふまてもあれ

　　　後湍山後毛將相常念社可死物乎至今日毛生有（イいけれ）

のちせ山のちもあはんと　後もあはんと思ふにこそけふまてもあれさなくはとく死ぬへき物をと也

740　ことのみをのちもあはんとねもころにわれをたのめてあはさらめかも

　　　事耳乎後毛相跡懃吾乎令憑而不相可聞

ことのみをのちも　詞のみは懇にのちもあはむとたのめなから実にはあひ給ふましきにやと也

　

　　　　更ニ贈ル2坂上大嬢ニ1歌十五首　　　 大伴宿祢家持

741　ゆめのあひはくるしかりけりおとろきてかきさくれともてにもふれねは

　　　夢之相（ゆめにあふは）者苦有家里覺（イさめはて）而掻探友手二毛不所觸者

ゆめのあひはくるしかり　夢中に逢しはくるしきさめてのちあたりに在しと思ひし妹も手にさはらねはと也

742　ひとへのみ妹かむすひしおひをすらみへむすふへくわか身はなりぬ

　　　一重耳妹之將結帶乎尚三重可結（イミへにゆふへく）吾身者成

ひとへのみ妹かむすひし　戀にやせて腰のほそくなりし心也

743　わかこひはちひきの石をなゝはかりくひにかけても神のもろふし

　　　吾戀者千引乃石乎七許頚二將繋母神之諸伏

わかこひはちひきの石を　八雲御抄云千引の石は千人してひく石也なゝはかり七ツばかり也それをくびにかけたるやうにいつともなくねんといふ心也かみのもろふしは神之諸伏とかけりいつともなくふす由有ル2因縁1歟師説　千引の石を首に懸ても諸共に伏へきと也神のとは諸伏といはん諷詞也神の社を室と云もとむと通す神と云詞心なし云々見安には神も共に伏給はんの心也云々不用之

　

　

744　ゆふされはやとあけまけてわれまたん夢にあひ見にこんといふ人を

　　　暮去者屋戸開設而吾（イわか）將待夢尓相見一將來云（イてふ）比登乎

ゆふされはやとあけまけ　やとあけまけてはあけまうけて也思ふ人はきたらねは夢に逢人を待んと也侘つゝいへる心なるへし

745　あさゆふに見んときさへやわきもこか見れとみぬことなをこひしけん

　　　朝夕二將見時左倍也吾妹之雖見如不見由戀四家武

あさゆふに見んときさへ　朝夕みんもまゝなる時さへや見れとも見ぬかことく猶戀しからんと也まして見すは如何と也

746　いけるよにわれはまた見すことたえてかくあはれげにぬへるふくろは

　　　生有代尓吾者未見事絶而如是（立心偏＋可）怜縫流嚢者

いけるよにわれはまた　女の袋を縫をこせし時の哥にやことたえては言語同断の心也かくあはれげにぬひし袋は此世に終に見すと也

747　わきもこかかたみのころもしたにきてたゝにあふまてはわれぬかめやも

　　　吾妹兒之形見乃服下著而直（イたゝち）相左右者吾將八方

わきもこかかたみの衣　なつかしく思ふ心深し

748　こひ死なんそれもおなしそなにせんにひとめ人ことこちたくわれせん

　　　戀死六其毛同曽奈何為二（イいかにして）人目他言辭痛吾將為

戀しなんそれもおなしそ　こちたくはこといたくいとふ心也人目をいとひ人言をいたみてあはてあらは死ぬへし戀死るも同しうさとならは人ことをもいとはてあひていひたてられんと也

　

　

749　ゆめにたに見えはこそあらめかくはかり見えすてあるはこひてしねとか

　　　夢二谷所見者社有如此許不所見有者戀而死跡香

ゆめにたに見えはこそ　見えすはま見えすして也

750　おもひたえわひにしものを中／＼になにかくるしくあひ見そめけん

　　　念絶和備西物尾中中尓奈何辛苦相見始兼

おもひたえわひにし　始めつれなかりし時は一向思ひ絶て侘つゝも有し物を中／＼に逢初ては物思ひまされはかくよめり

751　あひ見てはいくかもへぬをこゝはくもくるひにくるひおもほゆるかも

　　　相見而者幾日毛不經乎幾許久毛久流比尓久流必所念鴨

あひみてはいくかも　こゝはくはいくはく也くるひにくるひは狂に狂也あひみてのち日数もへす物狂はしき迄戀しと也一説來日に來日也毎日也

752　かくはかりおもかけにのみおもほえはいかにかもせん人目しけくて

　　　如是許面影耳所念者何如將為人目繁而

かくはかりおもかけに　人めしけく自由ならぬ中をかく俤に立つゝ思ひなはいかゝせんとなけく心なるへし

753　あひ見てはしはしも戀はなきんかとおもへといとゝこひまさりけり

　　　相見者須臾戀者奈木六香登雖念弥（イいよゝ）戀益來

あひ見てはしはしも　戀はなきんとは心なぎて戀の休む心也心は明也

754　よのほとろわかいてゝくれはわきもこかおもへりしくよおもかけに見ゆ

　　　夜之穂杼呂吾出而來者吾妹子之念有四九四面影二三湯

よのほとろわか出て　詞林采葉云よのほとろは夜の明る程也見安云夜のほの／＼と明也愚案おもへりしくよ思へりし事よとの心也夜明て我歸りくれは女の別おしく思へりし事よ哀に俤立て戀しと也

　

　

755　よのほとろいてつゝくらくあまたゝひなれはわかむねきりやくかこと

　　　夜之穂杼呂出都追來良久遍多數成者吾胸（月が下）截焼如

夜のほとろ出つゝくらく　くらくは來る事也夜の明るほと別出てくる事数多たひになれは胸きりやくかことく悲しきと也たひ／＼女に別のうき心なるへし又たひ／＼のきぬ／＼を女の歎くをなくさめいへる心にや

　

　

　

　　　　贈2妹《イモウトノ》坂ノ上ノ大嬢《ヲトメ》1歌四首【田村ノ大嬢坂ノ上ノ　大嬢並ニ是右大辨大伴ノ宿奈《スクナ》麻呂ノ卿ノ之｜女《ムスメ》也卿居ル2田村ノ里ニ1号シテ曰フ2田村ノ大嬢ト1但シ妹ノ坂ノ上ノ大嬢ハ者母｜居《ヲル》2坂ノ上ノ里ニ1

　

仍曰2坂ノ上ノ大嬢ト1于v時姉妹｜諮問《シモンシテ》以v歌贈答ス】

　　　　　　　　　　 大伴ノ田村ノ家之｜大嬢《ヲトメ》

諮問　とふ也

贈答　坂上大嬢か和答の哥あるへきに脱簡か

756　よそにゐてこふれはくるしわきもこをつきてあひみむことはかりせよ

　　　外居而戀者苦吾妹子次相見六事計為與

よそにゐてこふれは　此わきもこは我いもうとを云也つきてあひみんことはかりせよとは相次て逢見んはかりことをせよと也

757　とをくあれはわひてもあるを里近くありときゝつゝ見ぬがすへなさ

　　　遠有者和備而毛有乎里近有常聞乍不見之為便奈沙

とをくあれはわひても　遠所は一向是非なく侘つゝもあるをと也

758　しらくものたなひく山のたか／＼にわかおもふいもを見んよしもかも

　　　白雲之多奈引山之高高二吾念妹乎將見因毛我母

しら雲のたなひく　たか／＼におもふとは積重ねたる思ひの心なるへし此いもはいもうと也

759　いかならんときにかいもをむくらふのけかしきやとにいりいまさしめん

　　　何時尓加妹乎牟具良布能穢（イなれてし）屋戸尓入將座

いかならんときにか　見安云むくらふのけかしきやとは葎の生ていやしき宿也愚案けからはしき宿と卑下也

　

　　　　從2竹田ノ庄《サト》1贈リ2賜フ女子《ムスメノ》大嬢《ヲトメニ》1歌二首　　　　　　　　　　大伴ノ坂上｜郎女《イラツメ》

760　うちわたすたけたのはらになくたつのまなくときなしわかこふらくは

　　　打渡竹田之原尓鳴鶴之間無時無（イなく）吾戀良久波

うちわたす竹田の原　八雲抄竹田原山城云々うち渡すは打見渡す也我里の鶴の聲を聞て間なく戀る序哥也

761　はやかはのせにゐる鳥のよしをなみおもひてありしわかこはもあはれ

　　　早河之湍尓居鳥之縁乎奈弥念而有師吾兒羽裳（立心偏＋可）怜

はやかはのせにゐる　第一第二句はよしをなみの序也早河によるかたなき鳥をいひかけて相見る由もなき思ひ子を憐む心なるや

　

　　　　贈ル2大伴宿祢家持ニ1歌二首　紀女郎《キノヲトメ》イニ女郎名曰2小鹿1

762　かみさぶといなとにはあらすやゝおほはかくしてのちにさふしけんかも

　　　神左夫跡不欲者不有八也多八　一云八也八多《ハアハタ》　 如是為而後二佐夫之家牟可聞

かみさふといなにはあらす　かみさふは古たる心也やゝおほはとは漸多分は也神さひ古し《フリシ》身とてあはじならねとも多分はかやうに有てさみし捨らるゝ世なれはさ有ては如何とためらはるゝと也

　

　

763　たまのをゝあはをによりてむすへらはありてのちにもあはさらめやも

　　　玉緒乎沫緒二搓而結有者在手後二毛不相在目八方

玉のをゝあはをに　見安云あはをは緒を合せてよる也愚案合せよりし緒の結ひたるは引はなちても亦よりあふことく有／＼ての後も逢んと也いせ物語にむすへれは絶ての後も逢んとそ思ふ云々

　

　

　

　　　　和スル歌一首　　　　大伴宿禰家持

764　もゝとせににおひじたいてゝよゝむともわれはいとはしこひはますとも

　　　百年爾老舌出（イくちひそミ）而與余牟友吾者不厭戀者益友

もゝとせにに老舌出て　見安云老て口たれ舌の出るを云愚案よゝむはよゝと云也イニとよむと和ス同義也心は神さふと讀し返しに老てもいとはじと云也

　

　　　　在テ2久邇京《クニノミヤコニ》1思テｄ留ル2寧樂宅《ナラノイヘニ》1坂ノ上ノ大嬢ヲｕ作レル歌一首　　　大伴宿祢家持

765　ひとへやまかさなるものを月よゝみかとにいてたちいもかまつらん

　　　一隔山重成物乎月夜好見門尓出立妹可將待

ひとへやまかさなる　一隔《ヒトヘ》山山城也山を隔て道遠きに良月の夜門に出て妹か我をまつらんと也くにの都とならの中に此山かさなり隔たりし歟

　

　　　　和スル歌一首　　 藤原｜郎女《ヲトメ》

766　みちとをみこじとはしれるものからにしかぞ待つらんきみか目をほり

　　　路遠不來常波知有物可良尓然曽將待君之目乎保利

みちとをみこじとは　イ本に此哥を藤原郎女聞テv之ヲ即和スル歌と有家持の坂上大嬢を思ひやりてよめるを藤原郎女聞て即坐に和せる哥也目をほりとは目見えん事をねかひ思ふ心也ひとへ山をへたて道遠けれは君來るましとは知なからしかさやうに坂上大嬢か待ゐるらんと也

　

　

　

　　　　更贈2大嬢1歌二首　　　　大伴宿禰家持

767　みやこちを遠くやいもかこのころはうけひてぬれと夢に見えこぬ

　　　都路乎遠哉妹之比來者得飼飯而雖宿夢尓不所見來

みやこちをとをくや　見安云うけひてぬれとはいのり事をしてぬれとも也袖中抄云うけひは日本紀に或は祈と書或は誓とかけり此うけひてぬとよめるは祈と聞えたり誓とは少たかへり愚案都路遠くやあるらん祈てぬれとも此比は妹か夢にも見えこぬと也見え來ぬといはんとて都路の遠くやとよめり夢見んとては妙童菩薩の名を唱《トナ》へ衣を返しなと祈れは也

　

　

768　いまそしるくにのみやこにいもにあはすひさしくなりぬゆきてはや見な

　　　今所知久邇乃京尓妹二不相久成行而早見奈

いまそしるくにの都に　久邇の都に在ての心也奉公にいそかはしくて妹にあはて久く成しとも覺えさりし今そ思ひ知たる行て早く見なんと也見なは見なん也

　

　　　　報《カヘシ》2贈ル紀ノ女郎《ヲトメニ》1歌一首　　　大伴宿禰家持

769　ひさかたのあめのふる日をたゝひとりやまへにをれはいふせかりけり

　　　久堅之雨之落日乎直獨山邊尓居者欝有來

ひさかたの雨のふる　久堅は天の枕詞なるを天にいひかけて雨のとつゝけし也いふせかりけりは心もとなき儀也紀女郎にあはて雨中に独山居の侘しき心也

　

　　　　從《ヨリ》2久邇ノ京1贈ル2坂上ノ大嬢ニ1歌五首　　 大伴宿祢家持

770　ひとめおほみあはさるのみそこゝろさへいもをわすれてわかおもはなくに

　　　人眼多見不相耳曽情左倍妹乎忘而吾念莫國

ひとめおほみあはさる　身こそ人めにせかれてあはさらめ心には忘すおもふと也

771　いつはりもにつきてそするうちしきもまことわきもこわれにこひめや

　　　偽毛似付而曽為流打布裳真吾妹兒吾尓戀目八

いつはりもにつきてそ　見安云｜似付而曽為流《ニツキテソスル》似つかはしくすると云也愚案うちしきもは打《ウチ》しきり也もは助字なり妹か我を戀るといふは似付もせさる偽そと也

　

　

772　ゆめにたに見えんとわれはほとけともあひしおもはねはうへ見へさらん

　　　夢尓谷將所見常吾者保杼毛友不相志思諾不所見武

ゆめにたに見えんと我は　見安云｜保杼毛《ホトケ》ともはほどめけとも也愚案哥の心は身こそゆきてあはね夢にだに見えんと我は様々すれと妹か相おもはねはむへも見えさらんと也

　

　

773　こととはぬ木すらあちさゐもろちらかねりのむらとにあさむかれけり

　　　事不問木尚味狭藍諸茅等之練乃村戸二所詐來

こととはぬ木すら　仙抄并見安云ことゝはぬとは物いはぬ也木すらは木さへなりあちさゐとは口を味はへて物をいふやうなる也もろちとは妻戸は上下に乳《ち》のある故に云也ねりとはくるりとまはるを云村戸とは御所なとには四五間もつゝきてある故に云あさむかれけりとは戸の鳴音に人の來るやとすかされたりと云也愚案木の味はへて物いふやう如何妻戸のもろち又如何ねりの村戸の説亦如何或説ニあちさゐはあちさはふと同物いはぬ木もユミに相てよく削りなせは味出來てよき板戸ともなる心也もろちらか練とは諸の茅かやをかりて灰汁《アク》にして衣を練れは白くうつくしくなることく木をよく刷り白げて板に作るを練の戸とは云也哥の心は思はぬ事を言を好していひなすを練戸にたとへて扨欺れたりと云也云々非也口訣

　

　

774　もゝちたひこふといふとももろちらかねりのことはしわれはたのます

　　　百千遍戀跡云友諸弟等之練乃言羽志吾波不信

もゝちたひ戀ふといふとも　彼偽の諸茅なとか鍛錬の詞なとにて百千たひ戀しといふとも我はたのますと也此偽人の詞をたのみてあさむかれし女を悵み※［口＋弄］する歌にや

　

　　　　贈ル2紀ノ女郎ニ1歌一首　　　大伴宿禰家持

775　うつらなくふるきさとよりおもへともなにそもいもにあふよしもなき

　　　鶉鳴故（イふる）郷（さと）従（よりも）念友何如裳妹爾相縁毛無寸

うつらなくふるき里　鶉は古郷になく物なり彼野とならは鶉と成て鳴をらんとよめる類也故郷は戀しき物なれは妹を思ふ事の深きをいはんとてくらへいひて故郷より猶妹を思へともと也

　

　

　

　　　　報2贈ル家持ニ1歌一首　　　 紀女郎

776　ことてしはたかことにあるかを山田のなはしろ水のなかよとにして

　　　事出之者誰言尓有鹿小山田之苗代水乃中与杼爾四手

ことてしはたかことに　ことてしとは詞に出ていふ事也なかよどは中たるみする也苗代にせき流す水の苗代の中にて淀むをよそへて云也故郷より思ふといふは誰事にか我には中たるみし給ふと也拾遺集兼家公長哥にことでしも誰ならなくに小山田をと云は此哥にて也

　

　

　

　　　　更ニ贈ル2紀ノ女郎ニ1歌五首　　 大伴宿禰家持

777　わきもこかやとのまかきを見にゆかはけたし門よりかへしてんかも

　　　吾妹子之屋戸乃籬乎見尓徃者盖從門將返却可聞

わきもこかやとの籬を　籬を見にゆかんとは物いはんとてゆく事のそへことによめり相思はるへきにあらねはとの心也

778　うつたへにまかきのすかた見まほしみゆかんといへやきみを見にこそ

　　　打妙尓前垣乃酢堅欲見（イ見まくほり）將行常云哉君乎見尓許曽

うつたへにまかきのすかた　此哥の腹句類聚萬葉等の古点は見まほしみと有新点は見まくほりと有義は同うつたへにとは八雲御抄奥儀抄等｜偏《ヒトヘ》にといふ心にや云々袖中抄にはうちはへてといふ心歟云々哥心は前の哥の宿のまかきを見にゆかんといひし心をことはれる也我ひとへに籬のありさまを見まほしさにゆかんといはんや君を見にこそ行なれと也ゆかんといへやはいへらんやといふ心也袖中抄には籬の姿とはまかきに立やすらふすかた歟といへり然らはうちはへて籬の立休ふ君か姿見にゆかんといはゝやと也君をみにこそは重て云也

　

　

779　いたふきのくろ木のやねは山ちかしあすもとりてはもてまいりこん

　　　板盖之黒木乃屋根者山近之明日取而持將参（イまかり）來

いたふきのくろきの　此哥も紀女郎か家作りに付て我深切の心を顕《アラハ》したりやま近き所なれは板ふきの黒木あすも持こんと也黒木は皮付の木也

780　くろきとりかやもかりつゝつかへめとゆめしりにきとほめんともあらす　一云つかふとも　第三の句なり

　　　黒木取草毛苅乍仕目利勤（イつとめ）知（しり）氣（き）登將譽十方不有　仕登母

くろぎとりかやもかり　前の哥の餘意を讀也かゝる雑役《ザウヤク》をもして仕へめとも難面き人なれは其労を知にきと感する心も非と也

781　ぬはたまのようへはかへるこよひさへわれをかへすなみちの長てを

　　　野干玉能昨夜者令還（イかへす）今夜左倍吾乎還莫路之長手乎

ぬはたまのようへは　よんへ也宵の字也長手は縄手と同長き道を云也

　

　　　　裹《ツヽミ・ツトモノヲ》v物ヲ贈ルv友ニ歌一首　　　紀女郎

782　かせたかみへにはふけともいもかためそてさへぬれてかれる玉もそ

　　　風高邊者雖吹為妹袖左倍所沾而苅流玉藻焉

かせたかみへにはふけとも　妹かためとよめるは紀女郎か女友達の我より若きに送る成へし風高みとは風｜烈《ハケ》しく吹心也へにはとはわか玉もかるほとりに吹て波をよする心也

　

　

　

　　　　贈2娘子《ヲトメニ》1歌三首　　　大伴宿祢家持

783　をとゝしのさきつ年よりことしまてこふれとなそも妹にあひかたき

　　　前年之先年從至今年戀跡奈何毛妹尓相難

をとゝしのさきつとし　久しき戀をよめり

784　うつつにはさらにもいはす夢にたにいもかたもとをまきぬとし見は

　　　打乍二波更毛不得言夢谷妹之手本乎纒宿常思見者

うつつにはさらにも　妹か袂をまきぬは袖を枕にせし心也まきぬのぬは畢ぬとそまきぬると見は嬉しからんの心也

785　わかやとの草のうへ白くをく露のいのちもおしからす妹にあはされは

　　　吾屋戸之草上（イくさはに）白久置露乃壽母不有惜妹尓不相有者

わかやとの草のうへ　上句は露の命といはん序哥也

　

　　　　報2贈ル藤原朝臣｜久須《クス》麻呂ニ1歌三首 　　大伴宿禰家持

786　はるの雨はいやしきふるにうめの花いまたさかなくいとわかみかも

　　　春之雨者弥布落尓梅花未咲久伊等若美可聞

はるの雨はいやしき　いやしきふるとはいよ／＼しきり降也いと若みかもまた若木故かと也

787　ゆめのごとおもほゆるかもよしゑやしきみかつかひのまねくかよへは

　　　如夢所念鴨愛八師君之使乃麻祢久通者

ゆめのことおもほゆる　よしゑやしは前注よしとほむる詞也まねくかよへはとは間なくかよへは也ねとなと五音通袖中抄に此哥をまなくかよへはと有是にて心得へし君か使まなくかよひてうれしさに夢かと思ふとの心也

　

　

788　うらわかみ花さきかたき梅をうへて人のことしけみおもひそわかする

　　　浦若見花咲難寸梅乎殖而人之事重三念曽吾為類

うらわかみ花さき　見安云浦若は只若き也愚案若木の梅の咲かたきを植置て人のあやしみいふ事茂くて我も花故思ひをすると也

　

　　　　又贈2藤原朝臣久須麻呂ニ1歌二首　　 大伴宿祢家持

789　こゝろくゝおもほゆるかもはるかすみたなひくときにことのかよへは

　　　情八十一所念可聞春霞輕引時二事之通者

こゝろくゝおもほゆる　霞のおほ／＼しくたなひく時にしも事のかよへは心あやしく覺ると也こゝろくゝ前注心｜奇《アヤシ》く也

790　はるかせのをとにしいてなはありゆきていまならすともきみかまに／＼

　　　春風之聲尓四出名者有去而不有今友君之随意

はるかせのをとにし　春風のは音にしといはむ序也ありゆきてはかくありもてゆきての心也今ならすともをとに出て聞ゝをきなはかくありゆきて終には君かともかくも御心あらんと也まに／＼は君か心に任せよといひてさあらはよも心あらんかとふくめし心也

　

　

　

　　　　來報《キタリムクフル》歌二首　　 藤原朝臣久須麻呂

791　おくやまのいはかけにおふるすかのねのねもころわれもあひおもはされや

　　　奥山之磐影尓生流菅根乃懃吾毛不相念有哉

おく山のいはかけに　序哥也すかのねのまてはねもころといはんため也根の字をかさねうつしたる也あひおもはされやとは懇に我も相おもはさらんやあひおもはんとの心也

792　はるさめをまつとにしあらし我宿のわか木のうめもいまたくゝめり

　　　春雨乎待常二師有四吾屋戸之若木乃梅毛未含有（イふゝめり）

春雨をまつとにし　あらしのし清《スム》へし春雨を待てさくへしとにやあらんと也くゝめりとは八雲御抄つほめり也云々ふゝめりもふくめり也

　萬葉集卷第四

貞享二年二月二十日於　新玉津嶋花亭重而書墨付六十一枚　 （2003.8.3.午後1時50分）

2004.5.12（水）午後8時、校正終了。