(3)  萬葉集 卷第十
 
(5)概説
 
 卷十は、雜歌・相聞を、更に四季によつて區分したもの、春雜歌・春相聞・夏雜歌・夏相聞・秋雜歌・秋相聞・冬雜歌・冬相聞となつてゐる。即ち、卷八の部類と全く同じである。しかし、それぞれの部における排列は、卷八では年代順になつてゐるが、この卷ではまづ柿本人麿歌集及び古歌集の歌をあげ、その他は、題材によつて排列してゐる。題材による排列は、既に卷七に見えたところである。しかして雜歌は、詠鳥・詠花・詠露・詠風などとあり、相聞は、寄鳥・寄花・寄露・寄風などとなつてゐる。その他にそれぞれの部類の中に、旋頭歌・譬喩歌・問答などがいささかながら混入してゐる。
 歌數は、長歌三首、旋頭歌四首、短歌五百三十二首、都合五百三十九首で、部類によつて分けると次の如くである。
 
        短歌 長歌  旋頭歌   計  備考
 春  雜歌  七六       二  七八  譬喩歌一首
    相聞  四七          四七  問答十一首
 夏  雜歌  四一  一       四二  問答二首譬喩歌一首
    相聞  一七          一七
(6)  秋  雜歌 二四一 二     二四三
      相聞  七一     二   七三 譬喩歌一首
 冬  雜歌  二一          二一
    相聞  一八          一八
 計     五三二  三    四 五三九
 
 全二十卷の中で歌數の多いのは、卷十一、十二、七、四等で、これらはいづれも三百首以上あるが、五百首以上に及ぶのは、この卷十の一卷のみである。
 この卷の歌は、すべて作者を記さず、年代も明示されてゐないが、柿本人麿歌集の歌は、人麿時代またはそれ以前、即ち藤原宮時代もしくはそれ以前の作であり、秋雜歌の七夕の歌の中に庚辰年とあるのは、天武天皇九年の作であると思はれる。しかし、大部分は奈良時代初期の作であつて、作者の身分のひくい爲に知られなくなつたものも多いのであらう。(二三一五の左註には「或本云三方沙彌作」とある)
 長歌は僅に三首で、中二首は七夕を詠じたものである。
 短歌としてすぐれた歌には、
  ひさかたのあめの香具山このゆふべ霞たなびく春立つらしも   一八一二
  春霞流るるなべに青柳の枝くひ持ちて鶯鳴くも         一八二一
  さくらばな時は過ぎねど見る人の戀の盛と今し散るらむ     一八五五
  いつしかもこの夜の明けむ鶯のこづたひ散らす梅の花見む    一八七三
  百磯城の大宮人は暇あれや梅をかざしてここにつどへる     一八八三
(7)  春山の霧にまどへるうぐひすも我にまさりて物思はめや   一八九二
  梅の花しだり柳に折りまじへ花に供養せば君に逢はむかも    一九〇四
  春雨に衣はいたく通らめや七日し零らば七夜こじとや      一九一七
  木高くは曾て本植ゑじ霍公鳥來鳴きとよめて戀まさらしむ    一九四六
  吾こそは憎くもあらめ吾が屋前の花橘を見には來じとや     一九九〇
  ひさかたの天つしるしと水無河隔てて置きし神代し恨めし    二〇〇七
  秋風の吹きただよはす白雲はたなばたつめの天つ領巾かも    二〇四一
  はたもののふみ木持ち行きて天の河打橋わたす君が來む爲    二〇六二
  足玉も手珠もゆらに織る機を君が御衣に縫ひあへむかも     二〇六五
  渡守舟はや渡せ一年に二たび通ふ君にあらなくに        二〇七七
  天の河河門八十ありいづくにか君がみ舟をわが待ちをらむ    二〇八二
  吾が衣摺れるにはあらず高松の野邊行きしかば萩の摺れるぞ   二一〇一
  人皆は萩を秋と云ふよし吾は尾花がうれを秋とは言はむ     二一一〇
  白露を玉になしたる九月のありあけのつく夜見れど飽かぬかも  二二二九
  九月の時雨の雨の山霧のいぶせき吾が胸誰を見ばやまむ     二二六三
  雨ふればたぎつ山川いはに觸れ君がくだかむこころは持たじ   二三〇八
 以上の中にも七夕の歌六首を抄出したが、この卷には、上述の長歌二首をも加へて、七夕の歌が九十八首の多きに及んでをる。それは當時流行した神仙思想と同じ傾向とも見るべきであるが、この大陸渡來の新風習は、年中行事化して、風雅を好む人々に喜ばれた。清い天上の戀、しかも一年に一度あふといふ二星のこころがさまざまに想像され(8)て、歌の題材となつたのであつた。
 この卷の用字法には著しい特色が見える。「諸手《まで》」(一九九七)「美人部師《をみなへし》」(二一一五)「下風《あらし》」(二三五〇)などの義訓、借訓があり、またその訓の根據としては、「金風《あきかぜ》」(二〇一三)「金山《あきやま》」(二二三九)「金待難《あきまちがたし》」(二〇九五)「白芽子《あきはぎ》」(二〇一四)「告火《つげなむ》」(一九九八)のごとく五行説に基づくもの、「織大王《おりてし》」(二〇六四)「定大王《さだめてし》」(二〇九二)のごとく書道に關するもの、及び「暮三伏一向夜《ゆふづくよ》」(一八七四)「切木四之泣《かりがね》」(二一三一)のごとく遊戯に關するものがあるなど、樣々の用字が見られる。
 
(9)萬葉集 卷第十
 
  春雜歌《はるのざふか》
 
1812 ひさかたの天《あめ》の香具《かぐ》山このゆふべ霞たなびく春立つらしも
 
〔譯〕 天の香具山に、この夕方、霞がたなびいてゐる。もういよいよ春になつたらしいな。
〔評〕 藤原の京のあたりに住む人が、朝夕に眺める香具山に、今までは殆ど氣づかなかつたが、今日夕方近く、薄い霞がたなびいてゐるのを見て、春のおとづれを意識したのである。辭句も調子も共に悠揚として、風韻縹渺、春立つ頃の大和國原の氣分をさながらに現はしてゐる。
〔語〕 ○ひさかたの 天の枕詞。○香具山 「一三」參照。○春立つらしも 「立つ」は、その時を起點として春が出發する意。「も」は感動の助詞。
〔訓〕 ○かぐ山 白文「芳山」。芳はカグハシキの意から、カグの音を借りたものである。
 
1813 卷向《まきむく》の檜原《ひはら》に立てる春霞|欝《おぼ》にし思《も》はばなづみ來《こ》めやも
 
〔譯〕 卷向の檜原の山にぼんやりと霞が立つてゐるが、その霞のやうに、ぼんやりとそなたを思つてゐる程ならば、こんなに苦しい思ひをしてまで、何に來ようぞ。決して來はせぬ。
〔評〕 卷向の檜原のほとりに住む愛人のもとへ、苦勞をしつつ通つて來た男の歌である。折からたなびいてゐる霞を(10)序に用ゐたところ、類想はあるが適切であり、悠揚として高い歌品を示してゐる。
〔語〕 ○卷向の檜原 大和國磯城郡纒向村。「一〇九二」參照。○春霞 初句からここまでl「おほ」にかかる序。○おほにし思はば 「おほ」は上からはおぼほしきの意でつづき、下にはおほよそに、よい加減にの意となる。「し」は強意の助詞。○なづみ 難澁する、苦しい思をする意。「二一三」參照。
〔訓〕 ○來めやも 白文「米八方」で、古義は「米」を「來」の誤とし、新考は「米」の上に「來」を脱したるかといつてゐる。姑くもとのままにして訓讀しておく。
 
1814 古《いにしへ》の人の植ゑけむ杉が枝《え》に霞たなびく春は來《き》ぬらし
 
〔譯〕 遠い昔の人が植ゑたと思はれる杉の木の枝に、霞がたなびいてゐる。もう春が來たらしい。
〔評〕 天を摩する老杉の枝に霞のたなびくさまは、靜穩にして悠久感を誘ふ眺である。その杉を仰ぎ見て、植ゑた古人を想像したところ、地上の春を感じると共に、仰いで幾百回の春の深みを冥想するかと思はれる。渾厚の作である。
〔語〕 ○古の人の植ゑけむ ただ年を經たのをいふだけといふ説(略解)もあるが、文字通りに古人の植ゑたと解すべきである。○霞たなびく 「たなびく」は「春」にかかる連體法のやうにもちよつと取れるが、さうでなく、終止法で四句切れである。
 
1815 子等が手を卷向《まきむく》山に春されば木の葉|凌《しの》ぎて霞たなびく
 
〔譯〕 卷向山に春が來て見ると、木の葉を押し靡かせて濃く霞がたなびいてゐる。
〔評〕 深く立ちこめた霞の中に、木の葉も靡いてあるやうに見えたのである。おほらかな調子が、いかにも靜かな春らしい氣分を釀して居り、殊に、子らが手を纒くとかかつた句も非常によくきいて、全體を一層情趣的なものにして(11)ゐる。
〔語〕○凌ぎて 押し靡けて。霞が深く立ちこめた?態の形容。「奧山の眞木の葉凌ぎ零る雪の」(一〇一〇)參照。
 
1816 玉かぎる夕さり來《く》れば獵人《さつひと》の弓月《ゆつき》が嶽《たけ》に霞たなびく
 
〔譯〕 だんだん、夕方になつて見ると、あの弓月が嶽に、霞がたなびいてゐることである。
〔評〕 内容は實に單純な歌であるが、二つの枕詞が一首に趣を添へてをり、穩かな春の氣分にふさはしい縹渺たる趣致を漂はしてゐる。しかも三句の枕詞は、弓月が嶽の雄偉な山容をおのづからに想像させ、極めて効果的な用法である。
〔語〕 ○玉かぎる 枕詞。「四五」參照。○獵人の 枕詞。「さつ」は「さつ矢」の「さつ」に同じく、幸、即ち漁獵の獲物の義。「さつひと」は獵師で、弓を持つてゐる所から弓につづく。○弓月が嶽 纒向山の最高峰。「一〇八七」參照。
 
1817 今朝行きて明日は來牟等云子鹿丹|朝妻山《あさづまやま》に霞たなびく
〔譯〕 ‥‥朝妻山に霞がたなびいてゐることである。
〔評〕 全釋のごとく後朝の悲哀を敍したと見ないまでも、離別の哀感の感ぜられる歌であるが、第二句から三句へかけて頗る訓み難いので、恐らく誤脱があらうと推測せられる。舊訓はアスハコムトイフコカニとあるが、コカニの意が通じない。「來牟等」を元暦校本、類聚古集には「來年等」とある。それによればコネトと訓まれる。次の「子鹿丹」は、元暦校本に「子庶」とあつて「丹」が無く、それでシカスガニと訓んであるが、無理である。古義は「子鹿丹」を「愛也子」の誤でハシキヤシ、又は「左丹頬歴」の誤でサニヅラフかとして居り、生田耕一氏は、第二句をア(12)スハコネトイフとし、第三句を「子等鹿名之」の五字としてコラガナノと訓み、次の「朝妻」にかかる序としてゐるが、いづれも定説とはしがたい。
 要するに前後は頗る明瞭でありながら、中間僅かの部分の定訓が得られない爲、脈絡を一貫させることが出來ないのは遺憾であるが、後考を待つ外はない。
〔語〕 ○朝妻山 大和國南葛城郡葛城村大字朝妻の地に在つて、金剛山に連なる。
 
1818 子等が名に懸けの宜しき朝妻の片山ぎしに霞たなびく
     右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 女たちの名の上に冠らせて呼ぶにふさはしい言葉の朝妻、それと同じ名の朝妻山の山そひの崖に、霞がたなびいてゐることである。
〔評〕 一二句の序の用法が巧みで、しかもこれは單なる形式的のものでなく、朝妻の里に愛人が住んでゐたといふやうな、何かさうした現實味をもつたものなることを想像させる。「片山ぎし」も清新である。明朗にして柔軟、みづみづしくほのぼのとした春の曙を思はせる秀作である。
〔語〕 ○子等が名に懸けの宜しき 序詞。妻といふ語は愛する女の名の上に冠らせて呼ぶに似合はしいとの意。「かけ」は「玉襷かけの宜しく」(五)參照。○朝妻の 前の歌の朝妻山。○片山ぎし 片山は平地に面した山。きしは崖。
 
    鳥を詠める
1819 うち靡く春立ちぬらし吾が門の柳の末《うれ》に鶯鳴きつ
 
〔譯〕 もういよいよ春になつたらしい。自分の家の門口にある柳の梢に來て、鶯が鳴いた。
(13)【評】新しい緑に染まつた柳の枝に、鶯が來て鳴いた。もう春であると、春立つ喜を強く意識せずにはゐられなかつたのである。明るく朗かな作である。
〔語〕 ○うち靡く 枕詞。「二六〇」參照。
 
1820 梅の花咲ける岡邊に家居れば乏しくもあらず鶯の聲
 
〔譯〕 梅の花の咲いてゐる岡のあたりに住んでゐると、鶯の鳴く聲は珍らしいとも思はれないほど毎日きこえるが、まことに樂しいことである。
〔評〕 珍らしくないと云つても、勿論聞き飽きて厭になつたといふのではない。絶えず鶯の聲を聞くことの出來る住家をほめて、誇りかに歌つてゐるのである。句法は、下の、「戀ひつつも稻葉かきわけ家をれば乏しくもあらず秋の夕風」(二二三〇)と同型である。
〔語〕 ○乏しくもあらず 「ともし」は、珍らしいものとして、羨ましく欲しいものと思はれる。
〔訓〕 ○家居れば 白文「家居者」で、舊訓イヘヰセバ、考イヘシヲレバは、共にふさはしくない。略解による。○乏しくもあらず 白文「乏毛不有」で、舊訓トモシクモアラジは不可。また、古義の如くトモシクモアラヌと連體形にするよりも、この句で切る古葉略類聚鈔の訓がよい。
 
1821 春霞流るるなべに青柳《あをやぎ》の枝|啄《く》ひ持ちて鶯鳴くも
 
〔譯〕 春霞がゆるやかに動いてゆくにつれて、柳の枝をくはへながら、鶯が鳴いてゐることである。
〔評〕 春霞が靜かに移動しつつ、春光の中に融けあつてゐる。駘蕩たる春風の中に、青柳の絲が靡く。その枝をくはへたり、愛らしくついばんだりして、鳴きながら鶯が遊んでゐる。陶然、人を醉はしめるやうな情景である。「枝く(14)ひ持ちて」は、正倉院御物中の琴の紋樣の花喰鳥などから思ひついたものであらうか。實際に鶯が枝をくはへて鳴く筈はないが、枝をつついては鳴き、つついては鳴きする樣を云つたのであらう。しかも、鶯の愛らしい身ぶりがよく聯想される。
〔語〕 ○流るるなべに 「なべ」は、につれての意。「九一三」參照。○枝くひ持ちて 枝を口に銜へ持つての意であるが、前述のごとく譬喩的にいつたのである。同じ語でも「池神の力士※[人偏+舞]かも白鷺の桙くひ持ちて飛びわたるらむ」(三八三一)の方は、事實、桙を銜へ持つ意である。
 
1822 吾が背子をな巨勢《こせ》の山の喚子鳥《よぶこどり》君よびかへせ夜のふけぬとに
 
〔譯〕 私の夫に、いらつしやつてはいけませんと言つてゐるやうな名の巨勢山に鳴いてゐる喚子鳥よ、どうか私の夫を喚び返しておくれ、夜のふけないうちに。
〔評〕 巨勢山を越えて旅に出ようとする夫を思つて詠んだもの。「吾背子を、な」までが序で、「なこせ」(莫越せ)を巨勢山に云ひかけ、喚子鳥から喚び返せと連ねた故巧であるが、しかもよく眞情をあらはしてゐて、ただに巧みなのみではなく、情趣纒綿たる歌になつてゐる。
〔語〕 ○吾が背子をな巨勢の山 こすな、お出にはなるなの意を地名の巨勢にいひ懸けたもの。「を」は詠歎の助詞。巨勢は大和國高市郡。「五四」參照。「吾が背子をこち巨勢山と人は云へど君も來まさず山の名にあらし」(一〇九七)。○喚子鳥 「七〇」參照。○夜のふげぬとに 「と」は從來多く「時に」の略(代匠記)と解されてゐるが、ときの「と」とは特殊假名遣から見ると別語らしい。あちらを内に、此方を外《と》にしていふ言で、「とに」も「うちに」も意は同じといふ説(記傳)ならば、假名の點では問題がない。「と」を所とし、間、うちと解するのも一説であるが、なほ研究の餘地がある。「わが宿の松の葉見つつ吾待たむ早歸りませ戀ひ死なぬとに」(三七四七)參照。
 
(15)1823 朝ゐでに來《き》鳴く貌鳥《かほどり》汝《なれ》だにも君に戀ふれや時|終《を》へず鳴く
 
〔譯〕 朝の井堰に來て鳴く貌鳥よ、お前までがあの方を戀ひ慕つて、止む時もなく鳴いてゐるのであらうか。
〔評〕 ひそかなる思を胸に秘めてゐると、無心に鳴く鳥の音さへ、同じ思に惱み鳴くかと同情される。女らしい、優雅で哀切な歌。類歌には、「湯の原に鳴くあしたづは吾が如く妹に戀ふれや時わかず鳴く」(九六一)、「朝に行く雁の鳴く音は吾が如く物おもへかも聲の悲しき」(二一三七)などがある。前者は大伴旅人、後者は作者不詳。
〔語〕 ○朝ゐでに 朝のゐでに 「ゐで」は井堰。ゐせきと同じく川をせきとめた處。「一一〇八」參照。○貌鳥 「三七二」參照。○汝だにも お前さへも。但「だに」「だにも」の用例の中では、この歌は特異なものに屬する。○時をへず鳴く 鳴き終へる時なく、いつまでも頻に鳴く意。
 
1824 冬ごもり春さり來《く》らしあしひきの山にも野にもうぐひす鳴くも
 
〔譯〕 いよいよもう春が來たらしい。山にも野にも盛んに鶯が鳴いてゐることである。
〔評〕 春告鳥をもつて來て、早春の長閑な明るい氣分を描いてゐる。鶯を以て春を表はすのは古今を通じて用ゐられる技法であるが、この歌には、上代の現世主義的な明朗さが横溢してゐるとごろがよい。歌格も大きい。鶯を春鳥の魁とすることは、次の歌によつても知られる。「春されば先づ鳴く鳥の鶯の言先立ちし君をし待たむ」(一九三五)。
〔語〕 ○多ごもり 「春」の枕詞。「一六」參照。
 
1825 紫草《むらさき》の根延《ねば》ふ横野の春野には君を懸《か》けつつ鶯鳴くも
 
〔譯〕 紫草の根が延《は》うてゐる横野の、今やまさに春景色となつたこの野では、あなたを心にかけてゐるらしい聲で、(16)鶯が鳴いてゐることである。
〔評〕 人を戀して春の野に立てば、鶯の聲までも、同じ心でなくかと聞きなされる。外景の花やかなるべき春の野の鶯の聲にまで、自己の内心の思がひろがつて行つたのである。
〔語〕 ○紫草 「二一」參照。○根ばふ 根の長く延び生えてゐるの意。序詞とすべきではない。紫は根を染料とする。○横野の春野 横野なる春の野の意。横野は地名。延喜式神名帳に、「河内國澁川部横野神社」とある神社が、今、中河内郡巽村|大地《おほち》にあるから、その附近と思はれる。○君をかけつつ 君を心にかけつつの義。
 
1826 春されば妻を求むと鶯の木未《こぬれ》を傳ひ鳴きつつもとな
 
〔譯〕 春になつたので、妻をさがさうとて、鶯が木の梢をあちらこちらと傳つては、よしもなく鳴き暮らしてゐることである。
〔評〕 妻を求めて鳴く鶯の聲に、作者自身も妻戀しさの心を頻りにそそられたことであらう。否、戀に惱む眼をもつて眺めると、木末を傳ふ鶯の姿さへ、妻を求めて彷徨するかと思ひなされたのである。
〔語〕 ○木末 木のうれの義。木の尖瑞。梢。○鳴きつつもとな 「もとな鳴きつつ」の意。「もとな」は、よしなくの義。「二三〇」參照。「鳴きつつ」は繰返し鳴くをいふ。
〔訓〕 ○春されば 白文「春之在者」で、在は元暦校本等による。字の通りならば、ハルシアレバであるが、ハルサレバと訓む。流布本には「在」を「去」とある。
 
1827 春日《かすが》なる羽易《はがひ》の山ゆ佐保の内へ鳴き行くななは誰喚子鳥《たれよぶこどり》
 
〔譯〕 春日にある羽易の山から、佐保の内へ鳴いて行くのは、誰を呼ばうとする喚子鳥であらう。
(17)〔評〕 卷九の「瀧の上の三船の山ゆ秋津|邊《へ》に來鳴きわたるは誰《たれ》呼子鳥」(一七一三)と同型である。敍景歌の中に、「誰」の一語を點じたのみで。複雜な抒情味を加へた手法はおもしろい。
〔語〕 ○羽易の山 今の白毫寺の上方の山(森口奈良吉氏説)と思はれるが、現在の嫩草山とする説(坂口保氏萬葉集地理辭典)もある。「大鳥の羽易の山」(二一〇)參照。○佐保の内 佐保の山のうちの義ではなく、佐保の里の附近、佐保山と佐保の間の地(總釋)をいふか。「佐保のうちの里を行き過ぎ」(三九五七)ともある。○誰喚子鳥 誰を呼ぶ喚子鳥なのか、の意。
 
1828 答へぬにな喚《よ》びとよめそ喚子鳥《よぶこどり》佐保の山邊を上《のぼ》り下《くだ》りに
 
〔譯〕 いかに呼んだからとて誰も答へもせぬのに、聲を響かせて喚び騷ぐな、喚千鳥よ、佐保山のあたりをそのやうに上つたり下つたりしながら。
〔評〕 佐保山のあたりを鳴いては上り、鳴いては下りする喚子鳥を、たしなめるやうに、又あはれむやうに詠んだのであるが、作者自身むなしく片思ひに歎いてゐる心もちをこめて、且は自嘲し且は自慰してゐるやうな趣が感じられる。牧歌的・童謠的な甘いうら悲しさである。
〔語〕 ○な喚びとよめそ 喚んで響かしむること勿れの意。「とよめ」は下二段活用「とよむ」の連用形で、使役の意を有する他動詞。
 
1829 梓弓春山近く家|居《を》らし續《つ》ぎて聞くらむ鶯のこゑ
 
〔譯〕 春の山近くにあなたは住んでいらつしやつて、鶯の聲を絶えずお聞きになつていらつしやることでせう、うらやましいことです。
(18)〔評〕 春の季節となつた頃、山邊に家居をしてゐる人にむかつて詠み贈つた歌であらう。新古今集には、赤人の歌として「梓弓春山ちかく家居してたえず聞きつる鶯の聲」となつて出てゐるが、僅かの字句の相違で風調全く碎け、意味も自他轉換して平凡化してしまつた。
〔語〕 ○梓弓 張るの意で、同音の「春」にかかる枕詞。○つぎて 引續きて、絶えず。
〔訓〕 ○家居らし 白文「家居之」で、代匠記は「之」の下に「?」或は「天」などの脱とし、略解所引宣長説は「之」を「者」の誤といつてゐる。このままでは、舊訓のやうにイヘヰシテと訓むことは無理である。「之」を虚字としてイヘヲレバと訓む説(總釋)もあるが、從ひ難い。今は古義のイヘヲラシによるが、「居る」の敬語「居らす」と説くところに、なほ考ふべき點がある。
 
1830 うち靡く春さり來《く》れば小竹《しの》の末《うれ》に尾羽《をは》うち觸《ふ》れて鶯鳴くも
 
〔譯〕 うららかな春の季節になつて來ると、篠笹《しのざさ》の葉のさきに、尾を觸れ羽を觸れして、頻りに鶯が鳴くことである。
〔評〕 觀察の緻密な歌である。輕く身を躍らせつつ枝移りして鳴く鶯の敏捷な動作が、眼前に活寫されて居り、それを中心として、おのづから春の情趣が、ふはりと大きく展げられてゐるやうな感じがする。
〔語〕 ○うち靡く 枕詞。「二六〇」參照。○尾羽うち觸れて 「うち」は接頭辭。尾や羽をちらちらと觸れて。「觸る」は古くは四段活用であつたとする説もある。
 
1831 朝霧にしののにぬれて喚子鳥《よぶこどり》三船の山ゆ鳴き渡る見ゆ
 
〔譯〕 朝霧にしつとりと濡れて、喚子鳥が三船の山から鳴きつつ飛んで行くのが見える。
〔評〕 吉野の幽谷の探く立ちこめた朝霧に濡れそぼちつつ、喚子鳥が鳴いて行く。單純な敍景ながら、靜中ただ一個(19)の動を點出して、深山の朝の幽寂を的確に描破してゐる。「朝露にしののにぬれて」の表現は巧妙で、印象も極めて明瞭である。
〔語〕 ○しののに しつとりと。びつしよりとなる位に。○三船の山ゆ 「ゆ」は、を通つての意。三船山は吉野、宮瀧の對岸にある。「二四二」參照。
 
    雪を詠める
1832 うち靡く春さり來《く》ればしかすがに天雲《あまぐも》霧《きら》ひ雪はふりつつ
 
〔譯〕 春になつて來て見ると、それでも今日は又空が冴え返つて、雲が立ちこめ、雪はちらちらと降りつづいてゐることである。
〔評〕 春は立つても、餘寒なは去りやらぬ頃の雪景色を詠んだもの。上代人らしい單純さと素朴さとが見られるが、別に優れたといふ點はない。
〔語〕 ○春さり來れば 春が來て見るとの意。○しかすがに そんな筈は無いのに、それでもやはり、それなのにの意。「三島野に霞たなびきしかすがに昨日も今日も雪は降りつつ」(四〇七九)も同型の語法であるが、上の「來れば」と「しかすがに」以下の事實が相應しないと考へて誤字説を主張する人もある。併し、これは常套の語句を組合せたまでのものと思はれる。○天雲きらひ 空が曇つて。
 
1833 梅の花|零《ふ》り蔽《おほ》ふ雪を裹《つつ》み持ち君に見せむと取れば消《け》につつ
 
〔譯〕 梅の花に降り積つてゐる雪を、包んで行つてあなたにお見せ申さうと思ひ、手に取ると、忽ち消えてしまふことである。
(20)〔評〕 子供のやうに純情のあらはれた、明るく愛すべく、ほほゑましい歌である。「ゆふ占問ふ吾が袖に置く白露を君に見せむと取れば消につつ」(二六八六)は相似た歌で關係があるかも知れぬが、前後は知り難い。
〔訓〕 ○つつみもち 古義はツツミモテと訓んでゐる。
 
1834 梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭にふり重《しき》りつつ
 
〔譯〕 梅の花は、咲いて既に散り過ぎてしまつた。それなのに、今日はまた雪が庭に降り頻つてゐることである。
〔評〕 梅の花は咲き散つても、再び冴え返つて、霏々として雪の舞ひ來る早春の庭前風景である。平明素朴であるが、取り立てていふほどの歌でもない。
〔語〕 ○ふり重りつつ 頻りに降る、盛に降る意。
 
1835 今更に雪ふらめやもかぎろひのもゆる春べとなりにしものを
 
〔譯〕 今頃になつて雪が降るといふことがあらうか、ちらちらと陽炎の立つ春になつてしまつてゐるものを。
〔評〕 もういよいよ樂しい春であると喜んでゐたところに、俄にまた冬に還つたやうに雪が降り出したのを怪しんだ口吻の中に、また恨むが如き氣特も籠つてゐる。特に結句の語尾には、作者の春にあこがれる強い情が動いてゐる。
〔語〕 ○降らめやも 「や」は反語。直譯すれば「降らうか、降りはせぬ」であるが、ここは「降るべきものであらうか」と怪しみ咎めるやうな意がある。○かぎろひ 陽炎、かげろふのこと。地上から水蒸氣の立つに依つて、地物がゆらゆらする樣に見える現象をいふ。
 
1836 風まじり雪はふりつつしかすがに霞たなびき春さりにけり
 
(21)【譯】 まだ時として風まじりに雪はちらつきちらつきする。しかし季節はさすがに爭はれぬもので、今日は霞が薄くたなびいて、いよいよ春が來たことである。
〔評〕 初二句の現象と四五句の現象とが、同時に起つてゐるかのごとくである。しかし、風のまにまに雪の舞ひ落ちて來る日もまたあるが、今朝は薄く霞がたなびいて、春の生色がほのめいてゐる、と明るい喜を歌つたものと見るべきである。さう見ると、單純の表現中に、春への強い憧憬が躍動してゐるのを感ずる。
〔語〕 ○春さりにけり 春が來たわいの意。
 
1837 山の際《ま》に鶯鳴きてうち靡く春とおもへど雪降りしきぬ
 
〔譯〕 この頃は、山間では鶯が鳴き出して、もはや春になつたと思つてゐるが、また冴え返つて雪がはげしく降つたことである。
〔評〕 この數日、谷間を出た鶯が朗らかに鳴き出したので、その聲を聞いた作者は、春を強く意識した。そこへ又再び雪が降つて來たので、意外の感に打たれた。早春らしい變調に輕い興味をもつた、その感じがよく現はれてゐる。
〔語〕 ○雪降りしきぬ 「しき」は動詞「頻《し》く」の連用形。地上に敷く意ではない。頻りに降るの意。
 
1838 峯《を》の上《うへ》に零《ふ》り置ける雪し風の共《むた》此處《ここ》に散るらし春にはあれども
     右の一首は筑波山にて作れり。
 
〔譯〕 山の上に降り積つてゐる雪が、風につれて此處まで散つて來るのらしい。もう春で雪のちらつく時分ではないけれど。
〔評〕 結句に、既に春になつたのに雪が散り落ちて來るのは、空から降つて來るのではあるまい、といふ心を含めて(22)ゐるのである。季節の矛盾に對する詩的の想像で、筑波山の高さ大きさをもおのづから言外にあらはしてゐる。
〔語〕 ○峯の上 「を」は山の高處をいふ。○むた 共に、一緒にの意。
 
1839 君がため山田の澤に惠具《ゑぐ》採《つ》むと雪消《ゆきげ》の水に裳の裾ぬれぬ
 
〔譯〕 あなたの爲に、山あひの田の澤で惠具を摘まうとして、冷たい雪消の水で裳裾を濡らしたことである。
〔評〕 山田のほとりの澤の冷たい雪消の水に足を浸し、裳の裾を濡らして、惠具を摘んだ里少女の姿が、可憐に偲ばれる。卷七には、「君がため浮沼《うきぬ》の池の菱つむと我が染めし袖ぬれにけるかも」(一二四九)とあるが、情趣は染めし袖の濡れた方にあり、眞實味は此の方がまさつてゐる。
〔語〕 ○惠具 芹の異名とする説と、鴉芋(くろくわゐ)のこととする説とがある。。
 
1840 梅が枝《え》に鳴きて移ろふ鶯の羽《はね》しろたへに沫雪ぞ降る
 
〔譯〕 梅の枝から枝に、鳴きながら移つてゐる鶯の、羽も眞白《まつしろ》になるほど、春の沫雪が降ることである。
〔評〕 「羽しろたへに」の句には、觀察の精妙さがある。印象鮮麗で、さながら日本畫を見るやうな美しい歌である。
〔語〕 ○鳴きて移ろふ 「移ろふ」は古く延言と稱せられたのであるが、「移る」に動作の反覆、又は繼續を表はす「ふ」のついたもの。即ち、枝から枝へ鳴いて移り移りする意。
 
1841 山高み降り來《く》る雪を梅の花散りかも來《く》ると念《おも》ひつるかも【一に云ふ、梅の花咲きかもちると】
 
〔譯〕 山が高いので、春になつてもまだちらちらと降つて來る雪を、梅の花が散つて來るのかと思つたことであるよ。
〔評〕 山に近い里の早春の景である。八の卷なる「吾が屋前《には》の冬木の上にふる雪を梅の花かとうち見つるかも」(一(23)六四五)と同工異曲であるが、いづれも平庸の作たるを免れない。尤も梅は外來植物で、當時まだ珍奇なものであつたことは考慮に入れておかねばならぬ。別傳「咲きかも散る」にしても、たいした變化はない。
〔語〕 ○山高み 山が高いゆゑに。○散りかも來ると 散つても來るのであらうかと。「か」は疑問「も」は詠歎の助詞。結句の「かも」は全くの詠歎である。
 
1842 雪をおきて梅をな戀ひそあしひきの山|片附《かたつ》きて家居せる君
     右の二首は問答。
 
〔譯〕 あなたは雪を見て梅の花のやうであると仰しやるが、その美しい雪景色を棄ておいて、梅の花ばかり慕つてはいけませぬ。山に片寄つて住居をしてゐられる君よ。
〔評〕 前の歌の、早春の山里に居て梅の花を待ち望んでゐるらしい友に、その美しい雪景色を見過すなと云ひ贈つたもの、風流な贈答と云ふべきであるが、歌は秀作とはいひ難い。
〔語〕 ○雪をおきて 雪をさしおいて。○山片附きて 山に片寄りついて、山にくつついての意。「海片附きて」(一〇六二)參照。
 
    霞を詠める
1843 昨日こそ年は極《は》てしか春霞|春日《かすが》の山にはや立ちにけり
 
〔譯〕 ほんの昨日、年が暮れたばかりであると思ふのに、春霞が春日の山に、早くも立ち渡つたことである。
〔評〕 時の流の速さに驚きつつも、春立つ喜をあらはした歌で、上代人らしい單純さがよい。この種の歌は、今は陳腐としか感ぜられないが、ここらが濫觴で、以後、模倣踏襲された結果さうなつたのである。古今集の「昨日こそ(24)さ苗とりしかいつのまに稻葉そよぎて秋風の吹く」も、恐らくこの換骨奪胎であらう。
 
1844 寒《ふゆ》過ぎて暖《はる》來《きた》るらし朝烏《あさひ》さす滓鹿《かすが》の山に霞たなびく
 
〔譯〕 冬が過ぎていよいよ春が來たらしい。朝日の光のうらうらとさす春日山に、霞がたなびいてをることである。
〔評〕 春日山の霞を眺めて、春のおとづれを心躍るばかり喜んだのである。上の「ひさかたの天の香具山このゆふべ霞たなびく春立つらしも」(一八一二)が藤原の都での作であるのに對して、これは奈良の都の人の作なること、いふまでも無い。三句以下の明朗な調は、如何にも盛りあがる喜を思はしめるが、初句は蛇足に近い。これ上の香具山の歌の渾然たる風韻に一籌を輸する所以であらう。
〔訓〕 ○寒をフユ、暖をハル、烏をヒと訓むのは義訓。烏は金烏即ち日輪の意である。「寒」「暖」をフユ、ハルとよむのは他に一例あるのみ。朝鳥、滓鹿とかいたのはここのみである。漢學趣味の人の作などで、もとの字のままに書き寫したのであらう。
 
1845 鶯の春になるらし春日《かすが》山霞たなびく夜目《よめ》に見れども
 
〔譯〕 鶯の鳴き囀る春にもういよいよなるらしい。春日山lには著しく霞がたなびいてゐる。夜見ても知られるほどに。
〔評〕 夜目にもしるく霞が立ち渡つて、ほのかな暖みが流れる頃、四季の移り變りに敏感な日本人は、上代からこの事をいきいきと感じたのである。「鶯の春」も面白い辭樣である。四五句の倒置も一首を引締めて、大いなる効果を擧げてゐる。
〔語〕 ○鶯の春 鶯のなく春。「露霜の秋」(一〇四七)と同工の修辭である。
 
    柳を詠める
(25)1846 霜枯れし冬の柳は見る人の蘰《かづら》にすべくもえにけるかも
 
〔譯〕 今まで霜枯れてゐた冬の柳は、もう見る人が折つて蘰にすることが出來るくらゐに美しく萌え出たことである。
〔評〕 鮮かな緑にもえ出たしだり柳は、早くも蘰にすべく大宮人を誘ひ、春の行樂を思はせたのである。悠揚たる調子が内容にふさはしく、よく春の氣分を表はしてゐる。
〔語〕 ○霜枯れし 霜の爲にいためられて枯木のやうになつてゐたのをいふ。○蘰にすべく 髪に卷附けて飾とすることの出來るくらゐにの意。
〔訓〕 ○霜枯れし 「霜干」の「干」は元暦校本等による。通行本に「十」とあるのは、誤刻である。○もえにけるかも 白文「目生來鴨」で、この歌及び「一八四七」「一八四九」の歌にこの字面がある。字に即しては、メバエケルカモであるが、モエニケルカモと訓む方が妥當である。卷六に「草木尚春者生管」の生をモエと訓んでゐる。
 
1847 淺緑|染《し》めかけたりと見るまでに春の楊《やなぎ》はもえにけるかも
 
〔譯〕 絲を淺緑色に染めて掛け干してゐると思はれるほど、春の柳は美しくもえ出たことである。
〔評〕 眠さむるばかりに色彩鮮麗な作である。譬喩も多く模倣されたので平凡化したが、當初としては斬新適切であつた。古今集の「淺みどり糸よりかけて白露を玉にもぬける春の柳か」は、これに影響を受けたのではないかと思はれる。
〔語〕 ○淺緑染めかけたりと 薄い緑色に糸を染めて掛けたのかと。○見るまでに 思はれるまでに。
 
1848 山の際《ま》に雪はふりつつしかすがにこの河楊《かはやぎ》はもえにけるかも
 
(26)〔譯〕 山あひではまだ雪が降り降りしてゐる。それでも季節はもう爭はれぬもので、この河楊は美しく萠え出て來たことである。
〔評〕 遠くの山際には、雪が降つてゐる。雪の殘つてゐる河畔に、それでも猫柳が早くも愛らしい芽を出した。動くとも見えぬ天地の春は、いつの間にかそこらの枝頭に忍び寄つてゐるのである。新鮮な歌。
〔語〕 ○河楊 カハヤナギと普通にいひ、「水楊」とも書く。柳のやうには枝を垂れない。多く水邊に生じ、ネコヤナギともいふ。
 
1849 山の際《ま》の雪は消《け》ざるをみなぎらふ川の楊《やなぎ》はもえにけるかも
 
〔譯〕 遠くに見える山間の雪はまた消えないでゐるのに、泡立ち流れるこの川の岸邊の柳は、青々ともえ出たことである。
〔評〕 上の歌と殆ど同想であるが、餘韻乏しく、歌品も低いのは、あまりに克明に描かうとし、語調緊迫し、餘裕を失つた爲であらう。
〔訓〕 ○みなぎらふ 白文「水飯合」で諸本皆斯くあつて、この儘では解し難いので種々の誤字説があるが、考は「飯」を「激」の誤としてミナギラフと訓み、古義は文字のみ考の説を承認し、訓はタギチアフとしてゐる。考による。○川の柳は 白文「川之副者」で、これも諸本一致してゐるがこのままでは解し難い。考は「川副楊」と改め、童蒙抄、古義は「川之楊」と改めてゐる。暫く後説による。
 
1850 朝旦《あさなさな》吾が見る柳うぐひすの來居《きゐ》て鳴くべき森に早なれ
 
〔譯〕 毎朝毎朝自分が眺めてゐるこの柳は、早く茂つて、鶯の來て鳴くやうな森になつてくれよ。
(27)〔評〕 率直單純、意は極めて平明であり、調もおほらかに暢び暢びとしてゐる。いかにも上代人らしい、のどかな歌である。
〔語〕 ○朝旦 「あきなさな」は朝な朝なの約。毎朝の意。○森 樹木の欝蒼と茂つた樣にいふ。
 
1851 青柳の絲の細《くは》しさ春風に亂れぬい間《ま》に見せむ子もがも
 
〔譯〕 この青柳のしだれた絲の、細く美しいことよ。今に茂り過ぎて春風に吹き亂されさうであるが、さうならぬうちに、見せてやるかはゆい人でもをればよい。
〔評〕 春の微風に靡く柳の絲の妙なる風情が浮んで來る。これがやがて風に吹き亂されるであらうと思ひやる心づかひも優しく、この柳のやうな若々しくたをやかな少女を心に描いてゐる氣持も推測される。
〔語〕 ○細しさ 「くはし」は美しい意で、特に繊細美をいふ。○亂れぬい間に 「い」は調子をば整へる接頭辭。「花待つい間」(一三五九)參照。
〔訓〕 ○くはしa 白文「細紗」で舊訓はホソサヲ。古義所引の大神眞潮説により改める。
 
1852 百磯城の大宮人の蘰《かづら》けるしだり柳は見れど飽かぬかも
 
〔譯〕 大宮人たちの頭の飾にしてゐるしだり柳は、まことに美しくて、いくら見ても見飽きないことである。
〔評〕 遲々たる春日、駘蕩たる惠風に袂を弄ばせつつ、美しい青柳を蘰として緩歩する貴公子達の姿が目前に浮ぶ。下にある「百敷の大宮人は暇あれや梅をかざして此處につどへる」(一八八三)と共通するものであり、咲く花のにほふがごとくであつた寧樂《なら》の盛時が偲ばれる。
〔語〕 ○百磯城の 「大宮」の枕詞。「二九」參照。○蘰ける 頭髪の飾にしてゐる意。名詞の「蘰」をカ行四段動(28)詞に活用させた「蘰く」に、完了の助動詞「り」を添へたもの。「る」はその連體形。
 
1853 梅の花取り持ち見れば吾が屋前《には》の柳の眉しおもほゆるかも
 
〔譯〕 梅の花を手に折り取つて見ると、自分の家の柳も既に眉のやうに萠え出したであらうと、遙に思ひやられることである。
〔評〕 旅さきの歌であらう。梅の花を手にとつて懷かしむにつけても、わが家の柳が思はれ、その春色が想像されたのである。梅と柳を愛した萬葉人には、當然の聯想であつたらう。
〔語〕 ○柳の眉し 柳の眉は柳の若芽。柳眉といふ語と關聯させ、美貌の妻をかねていふと見る(代匠記)のは穿ち過ぎである。旅にあつて家の柳を思つたと單純に見るがよい。
 
    花を詠める
1854 鶯の木傳《こづた》ふ梅のうつろへば櫻の花の時|片設《かたま》けぬ
 
〔譯〕 鶯の枝移りをして鳴く梅の木の、その花も散り過ぎたので、もう櫻の花の咲く時が近づいて來た。
〔評〕 梅が散つても、櫻の花の咲く時か來る。春の樂みは盡きないと喜んでゐるのである。胸も躍るばかりの快さが籠つてゐる。「梅の花咲きて散りなば櫻花繼ぎて咲くべくなりにてあらずや」(八二九)と同想であるが、彼よりも此の方が柔味があり趣致に富んでゐる。
〔語〕 ○うつろへば ここは衰へる、盛を過ぎるの意。○片設けぬ 「春冬片設けて」(一九一)「春片設けて」(八三八)參照。ある時期又は季節の近づいた意。
 
1855 櫻ばな時は過ぎねど見る人の戀の盛と今し散るらむ
 
(29)〔譯〕 この櫻の花は、盛を過ぎたといふ程でもないけれども、今が人々の花を慕ふ絶頂であると思つて、飽かれぬうちにかうして散つてゐるのであらう。
〔評〕 櫻の散ることの潔さを稱へたもの。人に惜しまれようと殊更に早く散つてゆく、といふやうに見たのである。いささか理智的であるが、古今集の「いざ櫻われも散りなむ一盛ありなば人にうき目見えなむ」、「なごりなく散るぞめでたき櫻花ありて世の中はてのうければ」などの、身のはてを憂しとし、世の中をはかなむ悲觀的色調にくらべると、明朗快活、やはり上代風と頷かれる。
〔語〕 ○戀の盛 戀ひしがり賞美することの最も盛んな時。「めでの盛」(八九四)と同趣の語。
 
1856 我が挿《さ》しし柳の絲を吹き亂る風にか妹が梅の散るらむ
 
〔譯〕 自分が挿して植ゑたこの柳の木の細い枝を吹き亂す風で、いとしい妹が大事にしてゐる梅の花が散ることであらうか。
〔評〕 春風に庭前の柳の絲が縺れるのを見るにつけて、愛人の庭を思ひ、柳にならべられる梅の花を思ひやつたのである。當時、柳の挿木といふことが行はれてゐたのを知ることが出來る。
〔語〕 ○我が挿しし 挿木としたの意。○吹き亂る 吹き亂すの意。「亂」の活用は、今は他動がサ行であるが、古くは、自動、他動共にラ行で、自動は下二段、他動は四段であつたので、ここは他動の連體形である。
〔訓〕 ○我が挿しし 白文「我刺」で、舊訓ワガカザスは、文字からも趣からも穩かでなく、類聚古集や略解のワガサセルも不適、新考のワガサシシがよい。
 
1857 毎年《としのは》に梅は咲けどもうつせみの世の人君し春なかりけり
 
(30)〔譯〕 毎年春になると梅は咲くけれども、實世間の生活に没頭してゐるあなたには、樂しい春といふものがまるでないのですね。
〔評〕 人事、生活の繁劇、もしくは窮乏を云つて同情したものであらう。「百磯城の大宮人は暇あれや梅をかざしてここにつどへる」(一八八三)と比べて見ると、咲く花のにほふが如くであつた天平時代の生活にも、かやうな一面があつたことを語る特異の作である。
〔語〕 ○年のはに 毎年。「四一六八」の註に「毎年謂2之等之乃波1」とある。○うつせみの 單なる「世」の枕詞とも見られるが、ここは現實世界の人と解する方がよいやうである。
〔訓〕 ○君し 白文「君羊蹄」で「君」は「吾」の誤かといふ説(代匠記精撰本)もあるが、一も證本がないので從へない。羊蹄《シ》は菜草の名。
 
1858 うつたへに鳥は喫《は》まねど繩《しめ》延《は》へて守《も》らまく欲《ほ》しき梅の花かも
 
〔譯〕 決して鳥は啄ばまないけれども、しめ繩を引き張つて番をしたく思ふ、この大切な梅の花ではあるわい。
〔評〕 梅は當時まだ珍奇な觀賞木であつたから、作者はそれを愛重したことは勿論であるが、この歌は單にそれだけでなく、梅をわが愛する女にたとへたもののやうに解される。
〔語〕 ○うつたへに 全く、專らなどの意。「五一七」參照。但、かりそめに、未だ必ずしも、などの意とする考へもある。
 
1859 馬竝めて高き山邊を白たへに艶《にほ》はしたるは梅の花かも
 
〔譯〕 高い山のあたりを眞白に色どつてゐるのは、あれは梅の花であらうか。
(31)〔評〕 梅は上にもいふ通り、外來の花として當時珍重されたもので、かくのごとく多く山野に自生してをるのはいかがはしいから、梅は櫻の誤であらうとの説(略解)がある。
〔訓〕 ○馬竝めて高き山邊を 二句の間の續きがらがわからないので、略解所引宣長説は、初句の白文の「馬竝而」の馬を忍の誤としてオシナベテとよんでゐる。二句は、大矢本以下「高山部乎」とあるが、元暦校本等には皆「高山乎」とあるから、高の上に※[獣偏+葛]の字のおちたとみれば「馬なめてかりたか山を」としてととのつたよい歌となる。しかし、さういふ文獻の存しないのは遺憾である。
 
1860 花咲きて實《み》はならねども長さ日《け》におもほゆるかも山振《やまぶき》の花
 
〔譯〕 山吹は、花が咲いても實はならないものであるが、自分は、實のなる時もあらうと、長い月日の間思ひつづけてゐる。
〔評〕 女と約束のみして、未だ逢ふことが出來ぬのを、何時かは逢へようと待つてゐる譬喩の歌であらう。しかし、さう解しないで、山吹は、花がさいても實のならぬものではあるが、長い間なつかしく思はれると、單に山吹を愛好した歌ともとられる。
〔語〕 ○良き日に 長い月日の間。○おもほゆるかも 思はれることであるよの意。
 
1861 能登河《のとがは》の水《みな》底さへに光《て》るまでに三笠の山は咲きにけるかも
 
〔譯〕 能登河の水底まで光り輝くほどに、三笠山の櫻の花は爛漫と咲いたことである。
〔評〕 三笠山の櫻の能登河に映じた佳景が、眼前に展開される。櫻花と流水との明るさ麗しさが巧みに描かれ、「さへ」の一語によつて景觀は更に擴大されてゐるし、三笠の山が咲いたといふ放膽な表現も、それに適應して大まかで(32)よい。
〔語〕 ○能登河 春日山から出て、高圓山と三笠山との間を流れ、奈良市に入り、末は佐保川に合する川。○水底さへに あたり一帶は勿論、川底までもの意。
 
1862 雪見ればいまだ冬なりしかすがに春霞立ち梅は散りつつ
 
〔譯〕 消え殘つてゐる雪を見ると、まだ冬である。しかし、さすがに季節は爭はれないもので今日は春霞が立ち、梅の花はもう散つてゐる。
〔評〕 上にあつた「梅の花咲き散り過ぎぬしかすがに白雪庭に零りしきりつつ」(一八三四)と同樣の景色であつて、それを反對に詠んだ觀がある。但、「雪見れば」は、精しくいへば、殘雪か、遠山の雪か、それとも現に降つてゐる泡雪か曖昧で、從つて一首の解釋を缺く憾がある。
 
1863 去年《こぞ》咲《さ》きし久木《ひさぎ》今咲く徒《いたづ》らに地《つち》にやおちむ見る人なしに
 
〔譯〕 去年咲いた久木の花が、今また咲いた。しかし、むなしくこのまま地に落ちてしまふことであらうか、眺める人もなしに。
〔評〕 人に知られず咲いて、人に知られず散つてゆく久木に對する愛惜の情をのべたもので、別に寓意がありさうにも思はれない。或は花そのものは何でもないが、去年咲いた時は共に眺める人があつたのに、今年はそれがゐないといふ惆悵の情をこめたものかとも想像される。
〔語〕 ○久木 「九二五」に述べたごとく、赤目柏といふ説が有力で、又キササゲともいふが、いづれにしても惜しいほどの花は咲かない。從つて誤字説も多いが、今はこのままとし、後考を待たう。
(33)〔訓〕 ○こぞ咲きし久木今さく 白文「去年咲之久木今開」で、考は「久木」を「冬木」又は「文木」の誤と見てウメハイマサクかとし、或は「之久木」を「左久樂」の誤でサクラかとも疑つてゐる。古義は「足氷」の誤でアシビとし、新考は「去年殖之若木」の誤でコゾウヱシワカキとする等、諸説がある。
 
1864 あしひきの山の間照らす櫻花この春雨に散り去《ゆ》かむかも
 
〔譯〕 山あひを照らすほど美しく咲いてゐる櫻の花も、しとしとと降り出したこの春雨に、散つてしまふことであらうか。
〔評〕 黄葉が時雨に誘はれて色づき、櫻花が春雨に催されて咲くやうにうたはれてゐるが、一度、黄葉し或は花咲いた後は、時雨や春雨がそれらを散らすとも見たのは自然である。この歌、櫻花に對する愛がよく現はれてゐる。
〔訓〕 ○山の間 白文「山間」で、古義ヤマカヒとよみ改めたが、舊訓のままでよい。○ちりゆかむかも 白文「散去鴨」で、類聚古集などの古訓はチリヌラムカモとあり、考はチリニケムカモと訓んでゐるが、通行本などの仙覺の訓が最も穩かである。
 
1865 うち靡く春さり來《く》らし山の際《ま》の遠き木未《こぬれ》の咲き行く見れば
 
〔譯〕 いよいよ春がやつて來るらしい。山あひの遠く連なる樹々の梢が、次第に咲いて行くのを見ると。
 
〔評〕 この歌は「うち靡く春來るらし山の際《ま》の遠き木末《こぬれ》の咲き行く見れば」(一四二二)の異傳である。
〔訓〕 ○遠きこぬれの 白文「最木末之」で、類聚古集はタカキコズヱノと訓み、他の諸本はヒサギノスヱノと訓んでゐるが、後者は全く誤である。諸註の中、代匠記精撰本のホツキノウレノ、改訓抄のイトモコズヱノは共に不適で、考のトホキコズヱノも定訓とはなし難いが「最」は適當な訓がないので「一四二二」の「遠木末乃」に據つて、姑く(34)トホキコヌレノと訓んでおく。
 
1866 春※[矢+鳥]《きぎし》鳴く高圓《たかまと》の邊《べ》にさくら花散りて流《なが》らふ見む人もがも
 
〔譯〕 雉の鳴く高圓の野邊あたりに、櫻の花が散つて、まるで春風に流れるやうである。この美しい景色を見る人でもあればよいのに。
〔評〕 折々雉が鳴いて、落花は流れるやうに風に飄へる高圓の野の春色が、巧みに描かれてゐる。寂寞として然ものどやかな春晝に一人立つて、他にこの佳景を見る人無きを惜しんだもので、萬葉人の單純素朴な自然愛があふれてゐる。
〔語〕 ○高圓の邊 高圓山から、山裾の野へかけてのあたり一帶をいふ。○流らふ 後から後からと花の散りつづく意。「流る」は花の散り、時雨や雪などの降るさまに用ゐられてゐる。「ふ」は「流る」の反覆、又は繼續をあらはす。
 
1867 阿保山の櫻の花は今日もかも散り亂るらむ見る人無しに
 
〔譯〕 阿保山の櫻の花は、今日この頃はまあ美しく散り亂れてゐることであらう、誰も見る人はなくて。
〔評〕 嘗て見た阿保山の櫻の花が、見る人もなく散つてゆくのを想像して、惜しんでゐるのである。「今日もかも」の一句で、現實味をぐつと強化してゐる。
〔語〕 ○阿保山 阿保は山城にも伊賀にもあるが(略解)、此の前後の歌に詠まれてゐる地名はいづれも大和の國内のものであるから、これも佐保村不退寺の丘陵とする説(大日本地名辭書)が有力である。
〔訓〕 ○櫻の花は 白文「佐宿木花」で、諸本皆かうなつてをり、舊訓サネキノハナハとあるが、解し難い。考は「宿木」を「樂」の誤としてサクラノハナと訓み、古義もこれに賛し、又別案を試みてやはりサクラとしてゐる。今姑く考の説に從ふ。
 
(35)1868 かはづ鳴く吉野の河の瀧《たき》の上《うへ》の馬酔木《あしび》の花ぞ地《つち》に置くなゆめ
 
〔譯〕 河鹿の鳴く吉野河の瀧のほとりに咲いてゐる馬醉木《あしび》の花である、これは。この美しい花を、地上に散らしてはならない、決して。
〔評〕 吉野川の激流のほとり、たわわに咲き滿ちてをる馬醉木の花を愛でた歌、率直無技巧である。清い河鹿の聲、たぎつ流、眞白な珠を綴る馬醉木の花、それらの綜合が構成する情景は頗る印象的で美しいが、文字に疑問があつて定訓を得難いのは遺憾である。
〔語〕 ○かはづ 河鹿のこと。○地に置くなゆめ 決して地上に散らすなの意。また、散らずにいつまでも梢にあれの意(古義)とも、麁末にあつかふなの意(總釋)とも説く。
〔訓〕 ○地に置くなゆめ 白文「置末勿勤」で、この儘では訓み難いので、契沖以來誤字説が多いが、略解が或人、古義が大神眞潮の説として擧げた「末」は「土」の誤でツチニオクナユメと訓むべしといふのが穩かと思はれる。
 
1869 春雨に爭ひかねて吾が屋前《には》の櫻の花は咲き始《そ》めにけり
 
〔譯〕 降りつづく春雨に、さからふことが出來ないで、わが家の庭の櫻の花は、やつと咲き始めたことである。
〔評〕 しめやかな春の雨が、櫻の花を誘ふやうに降りつづく。その雨の誘ひには心強く反抗しかねて、つひに咲き始めたと見たのである。花を待つ心の切なるさまが想像される。
〔語〕 ○爭ひかねて 春雨が花を咲かせようとしてゐる、それに抵抗しかねて。
 
1870 春雨は甚《いた》くなふりそ櫻花いまだ見なくに散らまく惜しも
 
(36)〔譯〕 春雨はひどく降つてくれるな。櫻の花をまだ見にも行かないのに、そんなに降ると散つてしまふたらうが、實に惜しいことである。
〔評〕 内容は極めて平庸であるが、情は甚だ自然である。「いまだ見なくに」は、櫻が咲いたといふ噂を聞いたが、連日の雨にさへぎられて、見に行けぬ遺憾の心もちをよく表現し得てゐる。
 
1871 春されば散らまく惜しき梅の花|暫《しまし》は咲かず含《ふふ》みてもがも
 
〔譯〕 春になると咲いて程なく散るのが惜しい梅の花よ。暫くは咲かずに、蕾のままででもゐてくれればよい。
〔評〕 咲くのは嬉しいが、吹いたものはやがて散る。その散るのが惜しいので、暫しは蕾のままでゐてくれといふのは、如何にも純な古代人らしい願である。特に當時、外來の珍奇な花としてもてはやされた梅花であるといふことも思ふべきであらう。
〔語〕 ○含みてもがも 含《ふふ》むは蕾んでゐること。咲かずにゐて欲しいの意。
 
1872 見渡せば春日《かすが》の野邊に霞立ち咲きにほへるは櫻花かも
 
〔譯〕 見渡すと、春日野のあたりに霞が立つて、その中に美しく咲いてゐるのは、櫻の花かまあ。實にすぼらしいことである。
〔評〕 遠く霞の中に咲きにほふ櫻花の眺め、今も昔も美しい日本の春の典型的な景色である。
〔語〕 ○櫻花かも 事實では、櫻の花だらうかと怪しむやうな場合ではないから、純粋の詠歎と見るのが自然ともいへるが、「は‥‥かも」は、形式としては疑問の意味のふくまる構成である。
 
(37)1873 いつしかもこの夜の明けむ鶯の木傳《こづた》ひ散らす梅の花見む
 
〔譯〕 いつまあ此の夜が明けることであちらか。どうか早く明けてくれ。鶯が枝移りをしながら散らす梅の花の風情を見たいものである。
〔評〕 夜半に目が覺めて庭の梅を思ひ、夜の明けるのももどかしく感じたのである。鶯が愛らしい足で踏み散らす梅の花、或はその羽振《はぶり》に散る花、――繪のやうな風情を脳裡に描きつつある萬葉人の自然愛が、ほほ笑ましく偲ばれる。
〔語〕 ○いつしかもこの夜の明けむ 「し」は強意の助詞。この夜はいつ明けるだらうかの意で、早く明けてほしいの心もちを含めてゐる。
 
    月を詠める
1874 春霞たなびく今日の夕月夜《ゆふづくよ》清く照るらむ高松の野に
 
〔譯〕 春霞の薄々とたなびいてゐる今日の夕月の光は、さだめし美しく照ることであらう、高松の野邊一面に。
〔評〕 霞たなびく野に月が清く照るとは矛盾のやうであるが、これは同時の事と解さなくてもよい。霞のたなびいてゐる今日のなごやかさから、今夜は夕月が美しく照るたらうと思ひやつたのである。春の靜かな氣分がよく出てゐる。
〔語〕 ○夕月夜 ここはただ夕月の意で「夜」は輕く添へたもの。○高松の野 高圓野のこと。「二三〇」參照。
〔訓〕 ○夕月夜 白文「暮三伏一向夜」で、暮はユフ。「三伏一向」は當時行はれてゐた博奕に基づくもので、「折木四《カリ》」(九四八)、「一伏三向《コロ》」(三二八四)の類である。當時四枚の木片を投じ、その表裏の數によつて勝敗を爭つたものらしく、三箇裏を出し、一箇表を見せたものをツクとよび、その反對の場合を、コロとよんだものと推測される。狩谷※[木+夜]齋の箋註倭名類聚鈔及び「天平文化」なる高楠博士の「天平時代を中心とした印度と日本の關係」等に詳しい。
 
(38)1875 春されば樹《き》の木《こ》の暗《くれ》の夕月夜《ゆふづくよ》おほつかなしも山|陰《かげ》にして【一に云ふ、春されば木がくれ多きゆふづく夜】
 
〔譯〕 春になつたので、樹木の下の欝蒼たるところにさす夕月は、薄暗くおぼつかないことである、しかも此處は、山陰であるから。
〔評〕 非常に織細鋭敏な感覺で、情趣は頗る幽婉である。「樹の木の暗」は意味は通ずるものの、一に云ふ「木がくれ多き」の方が穩かである。
〔語〕 ○本の暗の 樹の茂つて暗いこと。木の下闇。○夕月夜 ここは夕月そのものをいふ。「夜」は輕く添へた接尾辭。○おほつかなしも はつきりしないことよ。
〔訓〕 ○木がくれ多き 白文「木陰多」代匠記にはコカゲノオホキ、今舊訓による。
 
1876 朝霞|春日《はるひ》の晩《く》れば木《こ》の間《ま》よりうつろふ月をいつとか待たむ
 
〔譯〕 朝霞のたなびくこの春の日が暮れたならば、木の間を傳ひ移つて出て來る月が美しいたらうが、その月をいつのことと自分は待たうか。春の日は中々暮れ難く待ち遠しいことである。
〔評〕 靜かな朧月夜の美觀と情趣とにあこがれて、春日の遲々たるを恨むがごとき心もちは、既に著しく歌人的意識の發達したことを感じさせる。
〔語〕 ○朝霞 枕詞と見る説もあるが、やはり朝霞のたつ春の日とつづけた實景と見るべきである。○春日の晩れば 「晩れ」を名詞とし、「木の暗」のくれと同じく、朝霞の薄暗い時分の意と解する説(略解所引宣長説)、「晩れば」で、朝から霞がたつてこんなに薄暗いから、日が暗れてしまつたならばどんなに暗いだらうと解する説(古義)など種々あるが、今は「晩れば」とよみ、その意義は前述の如く解した。○木の間より この「より」は、を通つての意。(39「雲間より渡らふ月の」(一三五)參照。 
 
    雨を詠める
1877 春の雨にありけるものを立ち隱り妹が家|道《ぢ》にこの日暮らしつ
 
〔譯〕この雨は長くつづく春の雨であつたのに、うつかりと、今に止むかと雨宿りをしてゐて、女の家へ行く途中で、この一日を暮らしてしまつたことである。
〔評〕 春雨は降り出したら容易に止まぬものであるのに、今に止むかと雨宿りをして時を移すといふのは、今の我々にもあることで首肯される。併し「この日暮らしつ」に至つては悠長である。のどかな古代人の生活ぶりが想像される。面白い捉へどころであるが、併し表現は十分とはいひ難い。
〔語〕 ○春の雨に 春雨は絶間なく、長くしとしと降るものとの意を含めてゐる。はかばかしくふらぬものを(代匠記)は從ひ難い。○立隱り 雨宿りをしてゐたこと。
 
    河を詠める
1878 今|往《ゆ》きて聞くものにもが明日香川《あすかがは》春雨ふりて激《たぎ》つ瀬の音《と》を
 
〔譯〕 今これから行つて聞きたいものである。明日香川の、春雨が降つたので水量が増して激流をなし、泡立ち流れる爽快な音を。
〔評〕 日を連ねて春雨の降る頃、水量を増した故郷の明日香川の流を偲んだ歌で、單純率直、壯快な氣分に滿ちた作である。
〔語〕 ○聞くものにもが 直譯すれば、聞くものであつてほしいの意。從つて、聞きたいといふ希望になる。
 
(40)    煙を詠める
1879 春日野《かすがの》に煙立つ見ゆ※[女+感]嬬等《をとめら》し春野の菟芽子《うはぎ》採みて煮《に》らしも
 
〔譯〕 春日野に、煙の立つのが見える。さては少女《をとめ》たちが、樂しい摘草に出て、春野の嫁菜を摘んで煮てゐるらしいよ。
〔評〕 長閑な春晝、奈良の都から眺めると、春日野の若草緑なる彼方に、煙が細く淡く立ち昇つてゐる。野遊の少女達が、摘み取つた嫁菜を煮てたべてゐるのであらうと、作者は推量したのである。緑の野に映える赤裳の裾、春の日ざしに頬もほてり、笑ひさざめきつつ嫁菜を煮る少女らの姿も浮んで來るやうである。
〔語〕 ○兔芽子 今いふ嫁菜のことで、ウハギ、オハギ、ヨメガハギなどともいふ。「二二一」參照。○煮らしも 推量の助動詞「らし」は動詞の終止形を承けるのであるが、上一段活の動詞では、かく連用形を承けることもある。古格である。
 
    野邊
1880 春日野の淺茅《あさぢ》が上に思ふどち遊べる今日は忘らえめやも
 
〔譯〕 春日野の淺茅原の上で、親しい友だち同士が遊んでゐる今日の面白さは、何で忘れられようか。
〔評〕 春日野に出て、茅花を拔いたりなどして遊んだのであらう。淺茅と聞けば、直にすがれた秋の野を思ふのは、後世の歌に馴れた故である。
〔語〕 ○淺茅 淺は丈の短い義で、必ずしも疎生の意ではない。茅は元來丈が長くならないものゆゑ、特に淺茅といふのである。
(41)〔訓〕 ○遊べる今日は 白文「遊今日」で、類聚古古集などの訓による。通行本等の仙覺本はアソブケフヲバとあり、古義はアソブコノヒノと改めてゐる。
 
1881 春霞立つ春日野を往き還り吾は相見むいや年のはに
 
〔譯〕 春霞の長閑に立つ春日野を、往きつ戻りつして、自分は友達と一緒にこのよい景色を見たいものである、この後いつまでも毎年毎年かはらずに。
〔評〕 友とうち連れて春日野に野遊をした樂しさに、この後も長く變ることなく行樂を共にしようといふので、誰でもがもつ共通的の念願であり、それだけに類型的な表現でもある。
〔語〕 ○往き還り 往つたり來たりして。○相見む 友と一緒に見よう。○いや年のはに 毎年毎年。「いや」は、いよいよ、ますますの意。
 
1882 春の野に心のべむと思ふどち來《こ》し今日の日は晩《く》れずもあらぬか
 
〔譯〕 春の野で心をのびのびさせようとて、親しい友達同士で遊びに來た今日の日は、いつまでも日が暮れずにゐてほしいものであるよ。
〔評〕 春の野の行樂に、長い日もなほ飽きならぬ思ひである。家持の、「もみち葉の過ぎまく惜しみ思ふどち遊ぶこよひは明けずもあらぬか」(一五九一)はこれに似てゐる。
〔語〕 ○心のべむと 心をのんびりさせようと、憂さを晴らさうと。○暮れずもあらぬか 暮れずにゐないものかなあ、願はくは暮れずにあれかしといふ願望の意。「人も無き國もあらぬか」(七二八)參照。
〔訓〕 ○來し今日の日は 白文「來之今日」で、キタリシケフハともよめる。
 
(42)1883 百磯城《ももしき》の大宮人は暇あれや梅を挿頭《かざ》してここに集《つど》へる
 
〔譯〕 宮中に仕へてゐる方々は、今日は暇《ひま》があるからであらうか、梅の花を冠に挿して、ここにつどうて居る。
〔評〕 春光麗かな春の野に、梅花を冠に挿した大宮人が群れ集つてゐるのである。當時の大宮人の生活を語るのどかな作である。新古今集には、これを赤人の作として、四五句を「櫻かざして今日も暮しつ」として載せてある。奈良時代と平安時代との時代の好尚の相違を示してをり、また歌の調の大いなる相違をも示してゐる。
〔語〕 ○百磯城の 宮にかかる枕詞。「二九」參照。○暇あれや 暇あればにやの意。「ば」を用ゐないのは古格である。多くは下に「や」「こそ」「かも」等が來る場合である。「斯く戀ふれこそぬばたまの夢に見えつつ」(六三九)參照。「や」は疑問の助詞。
 
    舊《ふ》りにしを歎く
1884 冬過ぎて春し來《きた》れば年月は新たなれども人は舊《ふ》りゆく
 
〔譯〕 冬が過ぎて春が來ると、年月は新しくなるのであるけれども、人間はだんだん舊くなつて、年をとるばかりである。
〔評〕 老人が我が身を顧みて述懷したもの。集中には珍らしい歌である。快活で現實的であつた上代人は、その境地に應じてそれぞれ現實を樂しんでゐたので、自己の老を嘆くといふやうなことは稀であつたが、佛教思想の薫染などによつて、漸次さういふ傾向も生じて來たのである。併し、この歌などは多少の感慨はあるが、まだ著しい悲調は帶びてゐない。古今集の「百千鳥さへづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふりゆく」は、これに似てゐる。
〔訓〕 ○あらたなれども 白文「雖新有」で、舊訓アラタマレドモであるが、代匠記に從ふ。
 
(43)1885 物皆は新《あらた》しき良《よ》しただ人は舊《ふ》りぬるのみし宜しかるべし
 
〔譯〕 世の中の物はすべて新しいものがよい。ただ人間だけは、古くなり年功を積んだのに限るであらう。
〔評〕 これも亦珍らしい歌である。いかにも萬葉人らしいおほどかな心境であつて、その中に眞理も含まれてゐる。契沖が擧げたやうに、尚書中の「人(ハ)惟(レ)求(ム)v舊(キヲ)、器(ハ)非(ズ)v求(ムルニ)v舊(キヲ)惟(レ)新(キヲス)」に似たところがある。
〔訓〕 ○新しき良し 白文「新吉」で、舊訓アタラシキヨシとあるが、古義がアラタシキヨシと改めたのに據る。集中アタラ、アタラシ、アタラシキと用ゐられたのは、すべて惜しむべしの意である。「新」はアラタ、アラタシであつたのが、その形容詞は、後世音が轉換してアタラシとなつたものと推察される。類聚名義抄では、「新」にアラタシキの訓がある一方、アタラシの訓も「新」「更」「革」等につけられてゐる。本集では確實な假名書の例はないが、アラタシに據るべきであらう。
 
    逢へるを懽《よろこ》ぶ
1886 住吉《すみのえ》の里行きしかば春花のいやめづらしき君に逢へるかも
 
〔譯〕 住吉の里を歩いてゐたところ、春の花のやうにめづらしいあなたに、偶然にもお目にかかつたことであるよ、まあ。
〔評〕 相識る人に意外な處でゆくりなくもめぐり逢うた喜が、語尾に躍動してゐる。「春花の」といふ枕詞も、頗る有機的によく利いてゐる。
〔語〕 ○春花の 枕詞。春の花の愛づらしき意で、めづらしきにかかる。
〔訓〕 ○行きしかば 白文「行之鹿齒」で、「行」は諸本悉く「得」とあつて解し難い。暫く考の説に從つて「行」(44)とし、後考を待つ外はない。
 
    旋頭歌
1887 春日なる三笠の山に月も出でぬかも佐紀《さき》山に咲ける櫻の花の見ゆべく
 
〔譯〕 春日にある三笠山に、月が出てほしいものである。佐紀山に咲いてゐる櫻の花が見えるやうに。
〔評〕 奈良の北部なる佐紀山の夜櫻を月下に眺めようとして、三笠山から出る月を待つてゐるのである。本集には櫻の歌は意外に少く、たまたまあつても香雲靉靆といふ趣を詠じたのは稀であるが、この歌はその稀な中の一つである。明朗爽快な作。
〔語〕 ○出でぬかも 出ないものかなあ、出てほしいものであるの意。○佐紀山 佐保山の西に連なる丘陵。
 
1888 白雪の常《つね》敷《し》く冬は過ぎにけらしも春霞たなびく野邊の鶯鳴くを
 
〔譯〕 白雪の常に降りしきる冬は、もういよいよ、過ぎてしまつたらしいなあ。春霞のたなびく野邊の鶯が鳴いてゐるのだもの。
〔評〕 内容は何の奇も無いが、調が頗る引緊つてゐて、巧みな表現である。春來るといふ明るい喜が生き生きと躍動してゐる。大和盆地の烈しい寒氣に閉ぢこめられてゐた人の、やつと解放されるといふ心もちと思ふべきである。
〔語〕 ○常敷く 常なる?態に於いて在るの意で、ここは常に降りつづくをいふ。「太しく」「高しく」なども同樣、「太」「高」といふ?態に於いて存在する義である。○鶯鳴くを 「を」は詠歎の助詞。
〔訓〕 ○鳴くを 白文「鳴焉」で、舊訓ナクモ、考はナキヌと訓む。「一八一九」によつてナキツとも訓める。「焉」は漢文流の助字であるが、ここではヲと訓むのがまさつてゐる。
 
(45)    譬喩の歌
1889 吾が屋前《には》の毛桃《けもも》の下に月夜《つくよ》さし下心《したこころ》吉《よ》しうたて此の頃
 
〔譯〕 わが家の庭の毛桃の下に月の光がさして、何となく心ひそかに愉快である。平素と變つて此の頃は。
〔評〕 柔かな和毛《にこげ》におほほれた桃の球が、月の光にくつきりと浮びあがつてゐる。その美しい庭の眺めを、そのまま取り用ゐて譬喩としたもので、豐かな實をふくよかな少女の肉體に比してゐるのであらう。素朴な官能的な匂の強い歌である。
〔語〕 ○毛桃 桃の一種。「一三五八」參照。○月夜さし ここは月の光の意。以上三句を「下心」の序と見る説(略解所引、宣長説)もあるが、ただ庭前の景とし、全體を暗喩と解すべきである。○うたて ここでは厭はしいの意ではなく、「うたた」と同じ。尋常でなくあやしい、平常と變つての意。「みか月のさやにも見えず雲隱り見まくぞほしきうたて此の頃」(二四六四)參照。
 
  春相聞《はるのさうもに》
 
1890 春日野に友鶯の鳴き別れ歸ります間《ま》も思ほせ吾を
 
{譯〕 春日野で鶯の仲間が鳴きつつ別れるやうに、私等二人は、泣いて別れますが、あなたはお歸りになる途中も、(46)どうか思つてゐて下さいませ、この私を。
〔評〕 巧妙で優美な歌。下の敬語も婦人らしく哀艶である。春日野の友鶯を序としたのは、嘗て共に手を携へてその野を逍遙した折があつて、その時の囑目を今持ち來つたものとも解されるが、やはり眼前の光景と見る方がよい。
〔語〕 ○友鶯 友千鳥と同じく、つれだつてゐる鶯。併し鶯は群居するものでないから、二羽くらゐの場合であらう。○鳴き別れ 鶯の啼きつつ別れるやうに、泣き別れたのをいつたもの。
〔訓〕 ○友鶯 類聚古集による。諸本みな「友」を「犬」とあるのは誤である。
 
1891 冬ごもり春咲く花を手折《たを》り持ち千遍《ちたび》の限こひ渡るかも
 
〔譯〕 美しい春の花を折つて手に持ちつつ、いつまででも眺め愛玩してゐるが、その花のやうに美しい愛人を、常住不斷に戀ひつづけてゐることである。
〔評〕 春の花の美しさに、戀人の婉容を聯想したのである。萬葉的な單純な表現は、愛すべきものがある。
〔語〕 ○冬ごもり 春にかかる枕詞。「一六」參照。ここは枕詞でないとする説(新考)もある。○千度の限 千度に及ぶまでもの意。限は果の意。併し、戀ふるといふ精神作用は、百度千度と回數を以て數へるべきことではないので、ここは、いつまでも、常住不斷にと解すべきであらう。
 
1892 春山の霧に感《まど》へるうぐひすも我にまさりて物思はめや
 
〔譯〕 春の山の霧の中に迷ひこんで鳴いてゐる鶯も、自分以上に物思をしようか。決して、自分ほどに苦しんではゐまい。
〔評〕 丹比眞人の「宇陀の野の秋萩凌ぎ鳴く鹿も妻に戀ふらく我には益さじ」(一六〇九)と春秋の差あるのみで、(47)全く同型であるが、「春山の霧にまどへる鶯」が、類想を離れて斬新な趣向であり、また適切な譬喩でもある。
〔語〕 ○春山の霧 後世は霞は春のもの、霧は秋のものと固定的にしてしまつたが、古昔は霞と霧と必しも嚴格に區別しなかたつこと「霞立つ春日の霧れる」(二九)、「秋の田の穗の上に霧らふ朝霞」(八八)等の例でもわかる。尤も實際に於いて、霧は秋に限つたものではないので、ここはやはり本當の霧と見るべきである。
〔訓〕 ○この春相聞の七首は人麿歌集所出のもので、漢字が多く假名が少いが、ことに此の歌は「春山霧惑在鶯我益物念哉」と十一字にかいてある。
 
1893 出でて見る向ひの岡に本《もと》繁《しげ》く咲きたる花の成らずは止《や》まじ
 
〔譯〕 家から出ると見える向うの岡に、幹もいつぱいに咲いてゐる花は、やがて實になるであらうが、丁度そのやうに自分等の戀も、成就し計ければ決して思ひとどまるまい。
〔評〕 この戀を遂げずにはおくまいと心に誓つて、きつと打ち眺めた向うの岡には、花が美しぐ咲き滿ちてゐた。直ちにそれを序として歌ひあげたのてあらうと思はれる。類歌としては「はしきやし吾家の毛桃本しげみ花のみ咲きてならざらめやも」(一三五八)「大和の室原の毛桃本繁くいひてしものを成らずは止まじ」(二八三四)などあるが、その先後はわからない。
〔語〕 ○本繁く 幹のあたりにも花が盛に咲いてゐる樣で、花の多く咲いてゐる意。○咲きたる花の 咲いてゐる花が實のなるやうに、吾が戀も成功しなければの意。
〔訓〕 ○咲きたる花の 白文「開在花」で、略解は「開在桃」と改め」濱臣(同書所引)は更に「在」を「毛」の誤としてゐるが、これらの説は前掲の類歌と結びつけて解するからであるが、根據としては薄弱である。原文のままで差支ない。
 
(48)1894 霞立つ春の永日を戀ひ暮らし夜のふけ行きて妹に逢へるかも
 
〔譯〕 霞の立つ春の長い一日を、戀しく思ひ暮らして、しかも夜がふけてしまつてから、やつと愛人に逢つたことである。
〔評〕 霞がおぼほしく立ちこめた長い春の一日を戀に惱み暮らしただけに、相逢うた時の喜もまた深いものがあつたであらう。一二三句は各々別であるが、結句の餘情に歡喜を託したこの種の作には、「大原のこの市柴のいつしかと吾がもふ妹に今夜逢へるかも」(五一三)、「天の河川門に居りて年月を戀ひ來し君に今夜逢へるかも」(二〇四九)のごとき類歌もある。
〔訓〕 ○春の永日を 白文「春永日」で、古義にナガキハルヒヲの誤としたのは別として、類聚古集、拾穗抄のハルノナガキヒの訓も多く行はれてゐるが、舊訓の方が優れてゐる。「霞立つ春の長日を」(三一五〇)の例もある。なほ四句は、考の訓によつたが、代匠記は四五句をヨノフケユカバイモニアハムカモとよんでゐる。
 
1895 春されば先づ三枝《さきくさ》の幸《さき》くあらば後にも逢はむ莫《な》戀ひそ吾妹《わぎも》
 
〔譯〕 春になると先づ三枝《さきくさ》が目につくが、そのさきくさといふ名のやうに、幸《さき》く無事でさへゐたらば、後に逢ふ機會もあらう。そのやうに戀しがるな、わがいとしい妻よ。
〔評〕 後の逢瀬を契つて、愛する女をいひ慰めたもの。逢瀬ままならぬ仲の常套語ではあるが、眞實である。序は同音の爲に用ゐたものであるが、佳調である。
〔語〕 ○三枝の 三枝は「九〇四」に述べたやうに、諸説の中、山百合説が有力であるが、それでは此の歌には適しない。そこで「春さればまづ」を「さき」にかかる序と見る説(全釋)もあり、又ここは傳説的に傳へられてゐる瑞(49)草で、それを春のものとして取出して「さきくさの」だけを「さきく」にかけ、「春されば」云々は春になつたので、先づ無事でさへあればの意と解する説(總釋)もある。誤字説(宣長)や三葉芹とする説(新考)は從ひ難い。
 
1896 番さればしだり柳のとををにも妹は心に乘りにけるかも
     右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 春になるとしだり柳がたわむが、丁度そのやうに、たわたわと、あのかはゆい女は、自分の心に乘りかかつてしまつてゐることである。自分の心は、あの女のことでいつぱいである。
〔評〕 一二三の序が柔軟優美で、しかも極めて適切に四五の句に對して利いて居り、感覺的にじわじわと重みが乘り移つて來るやうに感じられる。「東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乘りにけるかも」(一〇〇)「うぢ川の瀬瀬のしき浪しくしくに妹は心に乘りにけるかも」(二四二七)「大舟に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乘りにけるかも」(二七四八)等、四五句は全く同型であるが、一二三句との相關に於いて、この歌が、一頭地を拔いてゐると考へられる。
〔語〕 ○春さればしだり柳の 「とをを」にかかる序。○とをを たわわに同じ。しなやかに撓む意。
〔訓〕 ○妹は心に 舊訓イモガココロニであつたのを改めた。「一〇〇」參照。
 
    鳥に寄す
1897 春されば百舌鳥《もず》の草《くさ》ぐき見えずとも吾は見|遣《や》らむ君が邊《あたり》をば
 
〔譯〕 春になると、百舌鳥は草に潜つてしまひ、姿は見えないが、ちやうどそのやうに、目には見えなくても、自分は眺めて居らうと思ふ、そなたの家の方をば。
(50)〔評〕 序の取材が珍奇であり、集中唯一の例として、珍重される。居ながらにして名所を知ると誇つた後世の貴族歌人などと違ひ、萬葉歌人の生活が、自然の中に融合してゐたことの想像される一例である。
〔語〕 ○草ぐき 草にくぐり隱れることの意。俊頼髄脳などに、もずのはやにへともいひ、蟲、蛙などを捕へ、木の枝に貫いておくことをいふ、とあるのは誤で、袖中抄などにいふが如く「ぐき」は潜る意「とびくく」(三九六九)參照。
〔訓〕 ○君が邊をば 白文「君之當乎婆」で、「乎」は通行本はじめ仙覺本には無いが、元暦校本等によつて補ふ。
 
1898 容鳥《かほどり》の間《ま》無《な》く數《しば》鳴《な》く春の野の草根《くさね》の繁き戀もするかも
 
〔譯〕 客鳥が絶間なく鳴き續けてゐる春の野には、草が一面に生えてゐるが、その草の繁き根のやうに、苦勞の多い戀を自分はすることであるよ。
〔評〕 序が巧緻である。草の根の繁きに戀の根深さと、その惱み亂れた樣とを象徴してゐるが、春の野の修飾句なる「容鳥の間無くしば鳴く」にも、戀の嘆きがそれとなく云ひこめられてゐるやうである。
〔語〕 ○容鳥 かつぽ烏のこと(眞淵の説)。○しば鳴く 「しば」は頻りに、繰返して。
 
    花に寄す
1899 春さればうの花ぐたし吾が越えし妹が垣間は荒れにけるかも
 
〔譯〕 春になると、卯の花を腐らして雨が降りつづき、自分が嘗て忍んで越えた女の家の垣根は、すつかり荒れてしまつたことである。
〔評〕 愛人の垣根の近くの卯の花が雨に痛められてゐる頃、その垣根のあたりに立ち寄り、嘗てこの垣をひそかに忍び越えて通つたことなどを思ひ、感慨に耽つたのであらう。
(51)〔語〕 ○卯の花ぐたし 卯の花は卯木《うつぎ》の花。ぐたしは腐らして、の意。「卯の花を腐す霖雨《ながめ》の」(四二一七)の例はあるが、ここは雨があらはされてゐない。或はただ、踏みしだき、枯らして、などの意かも知れぬ。○垣間 垣根の間。
〔訓〕 ○うの花 白文「宇乃花」で、卯の花は初夏の花で「春されば」に相應せぬとして、宇の下に「毎」などを補ひ、ウメノハナとする説(童蒙抄)もあるが、宣長(略解所引)が四月頃まで大やうに春といつたのが古意であるとしてゐるのに從ふべきであらう。
 
1900 梅の花咲き散る苑に吾《われ》行かむ君が使を片待ちがてり
 
〔譯〕 梅の花の咲いては散る園に、私は行つて見ませう、あなたからの使を心から待つにつけて。
〔評〕 懷かしい人の音信を期して待ちながら、春風に梅の花の散る園に歩を運んで行くのである。歩むともなく足を進めて行くのどかな樣が思ひやられる。卷十八に、「梅の花さきちる園にわれゆかむ君が使を片持ちがてら」(四〇四一)として田邊福麿の歌になつてゐるが、福麿が此の古歌を誦したのであらう。ただ福麿の場合、君は必ずしも女でなく、この歌の場合、作者が男でなければならないことはない。
〔語〕 ○片持ちがてり 片まつは、片よつて一心に待つ意。「一二〇〇」參照。がてりは、その序に、加へて。
 
1901 藤波の咲ける春野に蔓《は》ふ葛《くず》の下《した》よし戀ひば久しくもあらむ
 
〔譯〕 藤の花の咲いてゐる春の野の葛は、下にかくれてはつてゐるが、ちやうどそのやうに、心の底でばかり戀してゐたらば、思ひを遂げるまでには、久しくかかるであらう。
〔評〕 胸中深く秘めた戀の苦しさ、さりとてうちあけることも出來ぬ少女心のつつましさ、あはれさ、獨り惱み歎いてゐる其のため息も聞えるばかりである。序詞の幽婉さも、内容にふさはしくてよい。寄花に入れたのは、藤浪にひ(52)かれたのであらう。
〔語〕 ○下よし 表に現はれない所から。内心で。「よ」は「ゆ」に同じく、よりの意。しは助辭。
〔訓〕 ○咲ける春野に 白文「咲春野爾」、舊訓による。佐伯氏はサキノハルノニと訓まれた。○蔓ふ葛 白文「蔓葛」舊訓による。一二句對してカヅラと訓む説(新考)もある。○下よし戀ひば 白文「下夜之戀者」舊訓シタヨノコヒハは非。○久しくも在らむ 白文「久雲在」で、舊訓ヒサシクモアリは非。今、考の訓に從ふ。
 
1902 春の野に霞たなびき咲く花の斯《か》くなるまでに逢はぬ君かも
 
〔譯〕 春の野に霞がたなびき、咲く花がこんなに爛漫と盛になるまでも、お目にかかれないあなたでありますよ。
〔評〕 相逢うて樂しい語らひをしたのは、いつのことであつたか、春の花のまだ咲かぬ頃からうち絶えてゐた愛人を待ちわびてゐる女が、花の盛になつたのに驚いて、その逢はれぬ恨を訴へたもの。淡々たる表現の中に、纒綿の情緒をこめてゐる。「萩が花咲けるを見れば君に逢はずまことも久になりにけるかも」(二二八〇)はこれに似てゐるが、聊か説明に傾いて情趣が乏しい。
〔語〕 ○斯くなるまでに 「なる」を實になると解する説(略解)もあるが、花がもうこんなに盛となるまでと解する方(代匠記)が、自然であり、趣も深い。
 
1903 吾が背子に吾が戀ふらくは奧山の馬醉木《あしび》の花の今盛なり
 
〔譯〕 私のおもふ人を私が戀ひ慕うておることは、奧山の馬醉木の花が今さかりであるやうに、これ以上の慕ひやうはありません。
〔評〕 愛人を慕ふこと、今がさかりだといふのは、ややいぶかしいいひ方であるが、もうこれ以上の慕ひやうはない、(53)熱愛の限を傾けてゐるといふ意なのであらう。「茅花拔く淺茅が原のつぼ菫いま盛なり吾が戀ふらくは」(一四四九)に似て、原型らしい單純さがある。
〔語〕 ○戀ふらくは 戀しく思ふことは、の意。
 
1904 梅の花しだり柳に折り雜《まじ》へ花に供養《くやう》せば君に逢はむかも
 
〔譯〕 梅の花をしだり柳に折りまぜ、花として供養したならば、佛のおかげを蒙つて、あなたにお逢ひ出來ませうかしら。
〔評〕 純情可憐な女人の作。寧ろ幼稚に近いほど素直である。神に祈る歌は多いが、佛に花を供養して戀の成就を願ふといふのは稀で、且「供養」といふことが歌によまれてゐる集中唯一の例である。但、供養の語は「一五九四」の左註にもある。
〔語〕 ○花に供養せば、佛に奉る花として、供養したならば。○君 ここは女から愛人をさす。
〔訓〕 ○花に供養せば 白文「花爾供養者」で、略解「花爾」を「神爾」の誤とするのは誤である。古くハナニソナヘバとよみ、考にハナニタムケバと訓んでゐるが、供養は佛語であり、文字どほり字音によむがよい。他にも、餓鬼(六〇八)、布施(九〇六)、檀越《だにをち》(三八四七)の佛語も詠まれてゐる。
 
1905 をみなへしさき野《の》に生ふる白《しら》躑躅知らぬこと以《も》ち言《い》はえし吾背
 
〔譯〕 さき野にはえてゐそ白躑躅ではないが、私の知らぬことで、人にとやかくといはれましたよ、あなた。
〔評〕 自らの一向知らぬことで、あなたゆゑに噂を立てられたと、いかにも當惑したらしい恨めしげな調子の中に、甘えてもたれかかるやうな媚を湛へてゐる。但、「をみなへし」は、固定的に「さき」の枕詞となつてゐたものとお(54)ぼしく、卷四にも「をみなへしさき澤におふる花がつみかつても知らぬ戀もするかも」(六七五)とありはするが、序詞として白躑躅もあり、とにかく修飾的語句として一首中に季節を異にする二つの花を詠み込んだのは、讀者の心を亂す嫌があり、巧な手法とはいひ難い。
〔語〕 ○をみなへし 「咲き」の意で、さき野にかける枕詞。○さき野 佐紀なちば、奈良の都の北方、佐保の西につづく、今の都跡村大字佐紀附近であるが、「咲き」と「佐紀」とでは、「き」の特殊假名遣がちがふ。「六七五」と共に考ふべきである。以上三句は、同音「しら」の反復により、四句「知らぬ」にかかる序詞。○言はえし普背 「いはえ」は「いはれ」に同じ。「し」は「き」の連體形であるが、吾が背にかかるのでない。いはれましたよ、わが夫よの意。
 
1906 梅の花吾は散らさじあをによし平城《なら》なる人の來つつ見るがね
 
〔譯〕 梅の花を、私は散らさず大切にしておかう。奈良にゐるあのお方が時々通つて來て見られるやうに。
〔評〕 この歌は、普通の友人關係か何かで男子の作かとも取れるが、やはり女の作で、思ふ人の音づれを待つ氣持と見るのが自然であらう。素直に優しく、眞情もこもつた歌である。
〔語〕 ○來つつ見るがね 「がね」は、見ることができるやうに、と希望する意。「春し來らば立ち隱るがね」(五二九)參照。
〔訓〕 ○平城なる人 白文「平城之人」で、この句やや訓み難いので、「之」の下に「在」の字落ちたるか(代匠記初稿本)、「里」の字の脱(精撰本)、「之」は「在」の誤か(略解)等の説がある。元暦校本の赭の訓や類聚古集にナラノサトビトとあるから、「里」を補ふのは多少の根據は認められるが、なほ舊訓のごとく、ナラナルヒトノで差支あるまい。
 
(55)1907 如是《かく》しあらば何か植ゑけむ山振《やまぶき》の止《や》む時もなく戀ふらく念《おも》へば
 
〔譯〕 こんなことならば、何で山吹を植ゑたのであらうか。折角見せようと思つた人は通つても來ず、かうして止む時もなくあの人を戀しがつてゐることを思ふと。
〔評〕 山吹は、恐らく愛人の最も好きな花であつたのであらう。それゆゑにこそ、花の盛を見せたいと思つて庭に植ゑたその山吹が、今はむなしく咲き散つて、待つ人は來ず、只われに戀ひまさらしめるのみであるのを嘆いたのである。あはれな眞情がよくあらはれてゐる。
〔語〕 ○かくしあらば こんなことであるならば。何の爲に植ゑたのであつたか、まるで無意味であるの意。○やまぶきの 類音を繰返して「止む」に懸つてゐるが、單なる序詞でなく、實際に植ゑたのが山吹である。
 
    霜に寄す
1908 春されば水草《みくさ》が上に置く霜の消《け》つつも我は戀ひ渡るかも
 
〔譯〕 春になると、水草の葉に置く霜が消えるやうに、心も消えるばかりのさまで、私はあなたを戀ひつづけることであります。
〔評〕 純情な可憐な歌で、語句も流麗にして柔味があり、特に序に風致がある。類歌には「秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくも吾は念ほゆるかも」(一五六四)。「秋の田の穗の上に置ける白露の消ぬべく吾ほおもほゆるかも」(二二四六)などがある。
〔語〕 ○水草 春の草と解く説(代匠記)もあるが、ここは文字通り、水に生ふる草と解するがよい。初句以下三句まで「消つつ」にかかる譬喩的の序。
 
(56)    霞に寄す
1909 春霞山にたなびきおほほしく妹を相見て後《のち》戀ひむかも
 
〔譯〕 春霞が山にたなびいてぼんやりと見える、ちやうど其のやうに、ほのかに妹を見たばかりで、後になつてさぞ戀しくなることであらうよ。
〔評〕 實景に即した序であらう。假初の逢ひに飽き足らぬ心が、上品に歌はれてゐる。結句は集中の成語ながら、なほ餘情をつつんだ趣がある。
〔語〕 ○春霞山にたなびき 「おほほしく」に懸る序。○おほほしく ぼんやりと、おぼろげに。
 
1910 春霞立ちにし日より今日までに吾が戀ひ止《や》まず本《もと》の繁けば【一に云ふ、片念にして】
 
〔譯〕 春霞の立つた日から今日までの間、自分の戀は止まない。心のもとが繁くあるので。
〔評〕 「もとの繋げば」といふ語があまりはつきりしないし、霞に寄すといふ意も聊か稀薄である。一に云ふは「片思ひであつて」の意で、よく通ずるけれども、説明に墮した感がある。
〔語〕 ○本の繋けば 本は、木の幹に譬へて、心の本幹をいふ。「しげけ」は「戀ひしけば形見にせむと」(一四七一)の「戀ひしけ」などと同じく、形容詞の古い一つの形。「れ」が省かれたと説明するのは正しくないが、意は「茂ければ」といふに等しい。
 
1911 さ丹《に》つらふ妹をおもふと霞立つ春日《はるひ》もくれに戀ひわたるかも
 
〔譯〕 血色美しいあの可憐な愛人を思ふとて、霞立つこの春の日が薄暗く感じられてしまふほど、暗く沈んだ心で戀(57)ひつづけてゐることである。
〔評〕 霞立つ春の日には、何となき一脈の愁がある。紅顔かがやく美しい少女を一人思ひ續ける胸には、もはや何の明るさをも覺えないのであらう。
〔語〕 ○さ丹つらふ 顔が紅の色をして生き生きとかがやいてゐること、「四二〇」參照。○春日もくれに 「くれ」は薄暗く、おぼつかないこと。「くれくれと」(八八八)參照。「春日もくれに」は、春の日も暗くおぼつかなく思はれるばかりにの意。
 
1912 たまきはる吾が山の上《うへ》に立つ霞立つとも坐《う》とも君がまにまに
 
〔譯〕 私の住んでゐる山の上に立つ霞の、その「立つ」といふやうに、立つも坐るも、あなたの御意のままに、私はなりませう。
〔評〕 心も身も愛人に委せきつた女が、自分の住んでゐるあたりの山に、霞のたなびくのを眺めながら詠んだもの。從順な女の姿が浮んで來る。
〔語〕 ○たまきはる 命に冠らせるのが通例であるが、ここは、命に限のある吾とつづく枕詞であらうか。宣長は、吾を春の誤かというてをる。
 
1913 見渡せば春日《かすが》の野邊に立つ霞見まくの欲《ほ》しき君が容儀《すがた》か
 
〔譯〕 見渡すと、春日野のあたりに霞が立つてをり、よい眺である。その美しい眺を見たく思ふやうに、いつもあなたのお姿を見たく思ふことである。
〔評〕 春日野の春色はまことに繪のごとく、今でも恍惚と眺め入りたい景趣である。そのよい景色の見飽かぬのを、(58)愛人の姿に譬へたもの。輕快にして、調子の張つた歌である。
〔語〕 ○見まくのほしき 見むことのほしき。見たいと思ふ。○君がすがたか 「か」は疑問の助詞で感動の氣持をこめてゐる。「君」は男女共に用ゐた語なので、ここは女の美しい姿に譬へた男の歌とも取れるが、用例の多きに從つて、やはり男に對する女の作と解したい。
 
1914 戀ひつつも今日は暮らしつ霞立つ明日の春日《はるひ》を如何にくらさむ
 
〔譯〕 戀しい男に惱みながらも、今日一日はやつと日を暮らした。霞の立つ明日の長い一日を、さていかに暮らしたものであらうか。
〔評〕 霞が立ちこめて唯さへ物憂い春の長い日を、戀に惱みつつ日を暮らしかねた男の嘆聲である。悠長な時代の相を語つてゐるが、感覺的に遣瀬なさの心持を搖曳させて、近代人の情緒に觸れるものがある。
 
    雨に寄す
1915 吾が背子に戀ひて術《すべ》なみ春雨のふる別《わき》知らず出でて來《こ》しかも
 
〔譯〕 わが思ふ人が戀しくてどうにも仕方が無いので、春雨が降つてゐるかどうか、の見さかひも附かずに、家を出て來たことではある。
〔評〕 戀の惱みを忍びかねて、空模樣をも考へずに、あくがれ出たのである。氣がついてみると、降るとも見えぬ春雨が、煙るやうに降つてゐたのであらう。
〔語〕 ○戀ひて術なみ 戀しくて何とも仕樣のなさに。○ふるわき知らず 降つてゐるかどうか、その判斷さへつかずに。
 
(59)1916 今更に君はい往《ゆ》かじ春雨の情《こころ》を人の知らざらなくに
 
〔譯〕 今更あなたは、此處を出てはいらつしやらないでせう。歸すまいとして降る春雨の氣持を、あなたがおわかりにならぬ筈はありますまいに。
〔評〕 降り出した春雨を冒して歸らうとする男に向つて、詠みかけた女の歌。折角の嬉しい此の雨、それがわからぬほどなあなたでもないのに、しかもなほ氣強くお出かけとは、あまりに無情なとの恨み言で、情痴纒綿の趣がある。
〔語〕 ○君はい往かじ 「い」は接頭辭。○春雨の情を 君をやるまいとして降り出した春雨の心。○人の ここは相手の男をさす。○知らざらなくに 知らずあらなくに、知らないわけではないのに。
 
1917 春雨に衣《ころも》は甚《いた》く通《とほ》らめや七日し零《ふ》らば七夜|來《こ》じとや
 
〔譯〕 春の雨ぐらゐで、お召物が濡れとほるやうなことがありませうか。では、もしも七日降り續きましたらば、七晩いらつしやるまいと仰しやるのですか。
〔評〕 閨怨の情であるが、理詰めに詰めて出たところ、皮肉もあれば嫉妬もあり、上の歌と同じ情痴の境、しかも、才氣に富んだ女の面目が窺はれる。
〔語〕 ○春雨に 春雨のために。○七日 七夜の七は、勿論幾日も幾晩もの意で、必ずしも七といふ數に限らぬが、しかもここでは、最も適切な數として實によくきいてゐる。
〔訓〕 ○七夜、「七日」と元暦校本にある。
 
1918 梅の花散らす春雨|多《いた》く零《ふ》る旅にや君が廬《いほり》せるらむ
 
(60)〔譯〕 梅の花を散らす春雨が、ひどく降つてゐますが、このやうな雨の旅中で、私の夫は小屋を造つて、凌いでをられるのでせうか。
〔評〕 しとしとと春雨の降る日に、旅なる夫の假菴の憂さを思ひやつたのである。婦人らしい優しみが溢れてゐる。
〔訓〕 ○多く零る 白文「多零」で、イタクフルは元暦校本、童蒙抄等の訓による。類聚古集は「おほくふる」と訓み、通行本等はサハニと訓んでゐる。誤字説は、從ひ難い。
 
    草に寄す
1919 國栖等《くにすら》が春菜|採《つ》むらむ司馬《しま》の野のしばしば君を思ふこの頃
 
〔譯〕 國栖人《くずびと》らが春菜を採んでゐるであらう司馬《しま》の野邊の、その「しま」といふ言葉のごとく、頻りにあなたを戀しく思ふこの頃であります。
〔評〕 國栖が住んでゐた地方の司馬の野を取つて序としたのである。國栖人は吉野の奧に住んでゐて、當時、異人種として扱はれてゐたのである。この歌、内容は極めて簡單でなるが、國栖を取り用ゐた點で素材的に變つた作である。
〔語〕 ○國栖 應神紀には國樔と見え、吉野の國樔人をさす。國樔は今の吉野郡國樔村で、宮瀧の上流。「夫國樔者、其爲v人甚淳朴也。毎取2山菓1食、亦煮2蝦蟇1爲2上味1、名曰2毛瀰1。其土自v京東南隔v山而居2吉野河上1。峯嶮谷深、道路狹※[山+獻]。」(應神紀)。○司馬の野 古義に、島の野の意とあるが、吉野の地名であらう。今所在不明。以上は序詞。
〔訓〕 ○しまの 白文「司馬乃」で、舊訓シバノであるが、「馬」を漢音でバとよんだのは集中に例がない。シマノ(童蒙抄、古義)に從ふ。さて、「しばしば」へ類音の繰返しとして續く。童蒙抄はシマシマとしたが、集中の假名の例はすべてシバシバである。
 
(61)1920 春草の繁き吾が戀大海の方《へ》にゆく浪の千重《ちへ》に積りぬ
 
〔譯〕 春の草の繁つてゐるやうに繁き私の戀は、大海の岸に寄り來る浪のごとく、幾重にも積つたことである。
〔評〕 枕詞と序とを巧妙にあやなしてゐるが、内容には何等の特異性もなく、寧ろ平凡な歌である。
〔語〕 ○春草の 枕詞。「繁く」につづく。○大海のへに行く浪の へは邊で、沖に對して渚の方をいふ。「千重」にかかる序詞。
 
1921 おほほしく君を相見て菅の根の長き春日《はるひ》を戀ひかたるかも
 
〔譯〕 ほんのちらりとあなたにお目にかかつて、永い春の日を戀ひ續けてゐることでありますよ。
〔評〕 なまじひにちよつと相見たことが、却つて戀の思を増さしめ、物憂い春の日を惱み暮らすといふので、心理はつぶさに表現されてゐる。
〔語〕 ○おほほしく ほのかに、ぼんやりとの意であるが、ここは、ちよつと、ちらりとなどの意に解すべきである。○菅の根の 枕詞。「長き」にかかる。
 
    松に寄す
1922 梅の花咲きて散りなば吾妹子を來《こ》むか來《こ》じかと吾が松の木ぞ
 
〔譯〕 梅の花が咲いて散つてしまつたならば、そなたを、來るだらうか、來ないたらうかと、わが家の松の木がひたすらに待つてをる。そして自分も、ひたすら待つてをる。
〔評〕 梅の花が咲いてゐる間は、梅に牽かれて吾妹子の訪ふこともあつたが、花が散つてしまつては、もう來るやら(62)來ないやら疑はれるといふのである。「待つ」を松に云ひかけた技巧は、後世風に近いものである。
〔語〕 ○吾が松の木ぞ 松は「待つ」にかけ、梅が散つてからは待つのは松ばかりであるの意で、待つのは自分ばかりとの意を寓してゐる。
 
    雲に寄す
1923 白檀弓《しらまゆみ》いま春山に行く雲の行きや別れむ戀《こほ》しきものを
 
〔譯〕 いま春の山に雲が行くが、その雲の行つて還らぬやうに、自分は別れて行くことであらうか。こんなにそなたが戀しいのに。
〔評〕 愛人に別れて遠く旅に出で立つ男の歌であろ。眼前屬目の景を取つて序としたところ、巧妙で適切で、しかも情趣縹緲、饒かに浪漫的氣分を湛へてゐる。
〔語〕 ○白檀弓 弓を張る意で同音の「春」にかけた枕詞。○ゆく雲の 初句からここまでの三句「行き」にかけた序詞。類音の反復による。○行きや別れむ 「や」は疑問の助詞。行き別るは別れて他所へ行くこと。
 
    蘰《かづら》を贈る
1924 丈夫《ますらを》が伏し居《ゐ》嘆きて造りたるしだり柳の蘰《かづら》せ吾妹《わぎも》
 
〔譯〕 大丈夫たるこの自分が、そなたを思つて、心弱くも、伏しては嘆き、坐つては嘆きながら造つたしだり柳の蘰なのである、これは。どうか蘰にして下さい、自分の愛するそなたよ。
〔評〕 戀に惱みながら愛人のために造つた蘰、その蘰に添へて贈つた歌である。一氣呵成に詠み下して、調子極めて遒勁、男性的で、眞に萬葉ぶりの作である。
(63)〔語〕 ○伏し居嘆きて 夜伏しては歎き、晝坐ては歎きと解する説と、身を悶え歎くとする説とあるが、後説の方がよい。貌
 
    別を悲しむ
1925 朝戸出の君が容儀《すがた》をよく見ずて長き春日《はるひ》を戀ひや暮らさむ
 
〔譯〕 朝別れてお歸りになるあなたのお姿を、よくも見ることができないで、この永い春の一日を、戀ひ暮らすことであらうか。
〔評〕 きぬぎぬの餘情を、別れの際のものたりなさにかこつけたのである。まだほの暗い明方の光に、歸りゆく夫の姿が、さだかに見られなかつたのが、心殘りの種で、せめてよく見ておいたらば、かうも戀しいことはあるまいにと まれる、女性らしい可憐な作である。
〔語〕 ○朝戸出 朝戸をあけて立ち出ること。ここは妻の家に一夜を明した夫が、早朝歸りゆくのをいふ。
 
    問答
1926 春山の馬醉木《あしび》の花の惡《あ》しからぬ君にはしゑやよさゆともよし
 
〔譯〕 春の山に咲く馬醉木《あしび》の花の「あし」といふ如く、惡しくないあなたには、ええままよ、私は、關係があると人から言ひ立てられてもよろしうございます。
〔評〕 四五句に、危惧も外聞も一切をかなぐり捨てて、愛人の懷に飛び込まうとする女の、捨身な情熱が見られる。まことに緊張した歌である。
〔語〕 ○春山の馬醉木の花の 同音反復により「あしからぬ」にかかる序。あしびは今あせみといふ。「一六六」參(64)照。○惡しからぬ わるくはない。○しゑや 歎息をあらはす。「しゑや吾背子」(六五九)參照。○よゆともよし よさゆは、言ひ寄せられる、寄せ言はれるの意。結びつけて評判を立てられても構はない。「よそり妻」(三五一二)「汝によそりけめ」(三四六八)に從つて解する説もある。
〔訓〕 ○惡しからぬ 白文「不惡」で、舊訓ニクカラヌは非。今、改訓抄による。「山も狹に咲ける馬醉木の不惡君を」(一四二八)參照。○よさゆともよし 白文「所因友好」で、通行本などはヨリヌトモヨシ、元暦校本「よそふともよし」、考ヨスルトモヨシ、略解ヨセヌトモヨシ等の諸訓はいづれも不適。語釋に掲げた卷十四の諸例によつてヨソルトモヨシの訓もある。
 
1927 石上《いそのかみ》布留《ふる》の神《かむ》杉|神《かむ》びにし吾やさらさら戀に逢ひにける
     右の一首は春の歌にあらず、しかれども猶和なるを以ちて、故この次に載す。
 
〔譯〕 石上の布留の社の神杉のやうに、年をとつてしまつたこの自分が、今になつてまた新しく戀に出逢つたといふのであらうか。
〔評〕 老年の戀で、われと我が戀をいぶかつてゐる。戀そのものを擬人して、はからずもそれに出逢つたと云つてゐるところにも、半は自嘲的に反省してゐる氣分が見える。「石上布留の神杉神さびし戀をも我は更にするかも」(二四一七)の類歌があり、なほ大伴百代の戀の歌、「事も無く生ひ來しものを老なみにかかる戀にも吾は遇へるかも」(五五九)も、これらに據つたものか。
〔語〕 ○石上布留の神杉 大和山邊郡山邊村(今の丹波市)の布留神社なる神杉。石上布留は「四二二」參照。○神びにし 「神さびにし」に同じど思はれる。ここは年老いた意。○さらさら 今さら、あらためての意。
〔訓〕 ○神びにし 白文「神備西」で、「西」は元暦校本・類聚古集による。通行本「而」に作るはわるい。通行本の(65)「而」により、種々の訓があるが、類聚古集には「かみさびにし」とある。「伊久代神備曾」(四〇二六)の例によつて、カムビニシと訓むべきであらう。
 
1928 狹野方《さのかた》は實《み》に成らずとも花のみに咲きて見えこそ戀の慰《なぐさ》に
 
〔譯〕 狹野方は、たとひ實にならずとも、花ばかりでも咲いて見せてくれ、戀の慰めに。
〔評〕 報いられぬ戀に思ひ惱んで、眞の戀は成就せずとも、せめて表面だけでも親しくしてほしい、との切なる心を愬へたものと思はれる。衷情まことにあはれであるが、初句の意、明瞭を缺くのは遺憾である。
〔語〕 ○狹野方 下に、「沙額田の野邊の秋はぎ」(二一〇六)とあり、卷十三に「しな立つ筑摩左野方息長の遠智の小菅」(三三二三)ともある。これによつて地名として、滋賀縣坂田郡にありともいひ、又「さ」は接頭辭で、大和の生駒郡の額田ともいふ。但、額田と野方では、一はヌ、一はノで、必ずしも同一ではない。狹野方は、春の草又は木の名と解するのがよからう。○見えこそ 「こそ」は願望の意をあらはす助詞。○戀のなぐさに かくも遣瀬なく戀ひ慕つてゐる心を慰めるためにの意。
 
1929 狹野方《さのかた》は實《み》になりにしを今更に春雨ふりて花咲かめやも
 
〔譯〕 狹野方は、もう實になつてしまつたものを、今更春雨が降つたとて、何で花が咲きませうか。
〔評〕 前の歌の答である。二人の中は既に眞實になつてゐるのに、今更、春雨が降つて花の咲くやうに、うはべばかりの體裁のいい言葉など、何の必要がありませうかと、二つの歌の意が反對になつてゐるが、女は眞實まだ靡いてゐないので、男の鋭鋒を、柳に風と巧みに受け流したものと解せられる。
 
(66)1930 梓弓|引津《ひきつ》の邊《べ》なる莫告藻《なのりそ》の花咲くまでに逢はぬ君かも
 
〔譯〕 引津のあたりにある莫告藻《なのりそ》の花がやつと咲いたが、あの花の咲くまでも、あなたは逢つてくださらぬことですねえ。
〔評〕 序詞と枕詞とを巧に用ゐてゐる點、既に一つの型をなしたもので、一二三句は卷七の旋頭歌、「梓弓引津の邊なる莫告藻の花つむまでに逢はざらめやも莫告藻の花」(一二七九)に似てをり、格調と内容は、「春の野に霞たなびき咲く花の斯くなるまでに逢はぬ君かも」(一九〇二)に似てをる。
〔語〕 ○梓弓引津 一句は枕詞。引津は、福岡縣糸崎郡小富士村附近の海濱であるといふ。○莫告藻 今いふホンダハラのこと。「三六二」參照。
 
1931 川の上《ヘ》のいつ藻の花のいつもいつも來ませ吾背子時じけめやも
 
〔譯〕 川のほとりのいつ藻の花の、いつでもいらつしやいませ、あなた。來てわるいといふ時がありませうか。
〔評〕 吹※[草がんむり/欠]《ふぶき》刀自の歌(四九一)と全く同じである。これは前の歌に對する女からの返歌であると思はれるが、或は古歌をそのまま借り用ゐたものかも知れない。
 
1932 春雨の止まず零《ふ》る零《ふ》る吾が戀ふる人の目すらを相見せなくに
 
〔譯〕 春雨がをやみもなく降りに降つて、私の戀してゐる人の顔すら、見せてくれぬことである。
〔評〕 降りつづく春雨のために、戀人に逢へぬ嘆を述べたもの。雨を恨む女の心が、幼く素直に表はれ、しとしととをやみなく降る春雨の空を仰いで、獨り氣をいらだててゐる樣子など、情景の髣髴と浮んで來るものがある。
(67)〔語〕 ○止まず零る零る やまずしきりに降りつつの意。○人の目すらを 打解けて逢ふことはさておき、戀しい人の顔すらもの意。○相見せなくに 逢はせないことよの意。戀人が通つて來ないで逢へないとの意。
〔訓〕 ○ふるふる 白文「零零」で、考のフリツツは字面に忠でない。元暦校本・童蒙抄等に「ふりふる」としたのも、一首の趣にふさはしくない。終止形を重ねて、降り降りしてと副詞的に用ゐたものである。○相見せなくに 白文「不怜相見」でアヒミシメナクとも訓む。
 
1933 吾妹子に戀ひつつをれば春雨の彼《そ》も知るごとく止《や》まずふりつつ
 
〔譯〕 いとしいそなたに戀ひこがれてをると、春雨が、あれも自分の心を知るかのやうに、をやみもなく降り降りしてをることである。
〔評〕 涙を流すとはいつてゐないが、戀になげく自分の心に同情して、春雨も涙のやうに降ると見てゐるのである。
〔語〕 ○彼《そ》も その雨もの意。
〔訓〕 ○そも 白文「彼毛」ソレモシルゴト、カレモシルゴトと訓む説がある。
 
1934 相|念《おも》はぬ妹をやもとな菅の根の長き春日をおもひ暮らさむ
 
〔譯〕 先方では何とも思つてもくれぬ女であるのに、甲斐もなく、長い春の日を、かうして思ひ暮らすことであらうか。
〔評〕 長い春の日にもてあぐむ片戀の惱みを歌つたものであるが、内容にも表現にも特異なものは無い。
〔語〕 ○妹をやもとな 「や」は疑問の助詞。「もとな」は徒らに、よしなく、効果もなく等の意。卷四には、「相念はぬ人をやもとな白妙の袖ひづまでに哭《ね》のみし泣くも」(六一四)とある。
 
(68)1935 春されば先《ま》づ鳴く鳥も鶯の言《こと》先立《さきだ》ちし君をし待たむ
 
〔譯) 春になると、先づ第一に鳴く鳥は鶯であるが、その鶯のやうに、先にお言ひ出しになつたあなたが、これからどうなさらうといふのか、私はおとなしく待つてをりませう。
〔評〕 逢はうと言ひ出したのは男である。女は受身で、男の更に積極的に動いて來るのを待つてゐるので、さりげないのは、決してつれないのではない。つつましく控へ目な女性の心理が、よく表はれてゐる。
〔語〕 ○先づ鳴く鳥の鶯の 初句以下これまで「言先だちし」にかかる序詞。百鳥の中で春最初に鳴く鳥、それは鶯であるとの意。○言先立ちし 最初に言ひ出したの意。
〔訓〕 ○言先立ちし 白文「事先立之」で、舊訓コトサキダテシはよくない。略解の訓による。
 
1936 相|念《おも》はずあるらむ兒ゆゑ玉の緒の長き春日を念《おも》ひ暮らさく
 
〔譯〕 こちらが思つても、先方では何とも思つてゐないらしい女のために、永い春の日を思ひ暮らすことである。
〔評〕 上の「相念はぬ妹をやもとな菅の根の長き春日を思ひ暮らさむ」(一九三四)と同型同趣であるが、修辭はこの方が巧である。
〔語〕 ○兒ゆゑ 兒は娘子をさしてゐる。「ゆゑ」は「を原因として」の意。後に、「そんなことのために」から「結局はそんなことであるのに」の意となる。○玉の緒の 枕詞。○暮らさく 暮らすことよ、の意。
 
(69)  夏雜歌《なつのざふか》
 
    鳥を詠める
1937 丈夫《ますらを》の 出で立ち向ふ 故郷《ふるさと》の 神名備《かむなび》山に 明け來《く》れば 柘《つみ》の小枝《さえだ》に 夕されば 小松の未《うれ》に 里人の 聞き戀ふるまで 山びこの 答ふるまで 霍公鳥《ほととぎす》 妻戀《つまごひ》すらし さ夜中に鳴く
 
〔譯〕 男子たるこの自分が、戸外に出ると、向うに見える飛鳥の舊都にある神名備山では、夜が明けると柘《つみ》の枝にゐて、又、夕方になると松の梢で、村人たちが聞いてなつかしがるくらゐに、また山彦が答へるくらゐに、盛んに時鳥が鳴いてゐる。その時鳥は、妻を戀ひ慕つて鳴くらしい、今もこの夜中に鳴いてゐることである。
〔評〕 反歌の趣から推すと、作者は旅中と思はれる。一歩外へ出ると、舊都飛鳥の神名備山が見える、そこでは、この日頃頻りに霍公烏が鳴く。今夜も夜深く目ざめてその聲を聞いてゐるのである。「明け來れば」「夕されば」と對句にして、一般的に詠みおろしたのは日頃のことを述べたので、結句に至つて「さ夜中に鳴く」といつたのは今の現實であり、これで作者の位置を示し、感銘を切實ならしめてゐる。霍公鳥に妻戀すらしと同情したのは、畢竟旅中なる自己の心情を述べた自慰の言葉に外ならない。
〔語〕 ○丈夫の出でたち向ふ 丈夫である自分が家の外に出て立ち向ふの義で、即ち向うに見えてゐるの意。○「出(70)でたち」は、男女に限らぬことであるが、男は日々に外に出で、女は内にこもつてゐるから、特に「丈夫の出立ち向ふ」といつたのであらうと、古義は解してゐるが、ここはそんなに深い意はなく、たまたま作者が男子であつたから、かくいつたと解してよ、い。○故郷 昔都のあつた地、ここでは飛鳥の故京をさす。○神名備山 飛鳥の神奈備山、即ち雷岳をさす。○柘 山桑の古名。「三八六」參照。
〔訓〕 ○丈夫の 白文「丈夫之」で、「之」は元暦校本・類聚古集による。通行本等の「丹」は誤。○答ふるまで 白文「答響萬田」で、元暦校本「たにひびくまで」、通行本コタフルマデニ、代匠記精撰本アヒトヨムマデ、略解コタヘスルマデの諸訓がある。
 
    反歌
1938 旅にして妻|戀《ごひ》すらしほととぎす神名備《かむなび》山にさ夜ふけて鳴く
     右は、古歌集中に出づ。
 
〔譯〕 旅の空で、妻を戀しがつてゐるらしい、霍公鳥が、神名備山でこんなに夜ふけて鳴いてゐることである。
〔評〕 旅に寢て家なる妻を戀ひ慕つてゐる作者の主觀が、深夜に鳴く霍公鳥にそのまま移つて行つたのである。「旅にして」の一語は、作者自身の上をにほはせたもので、長歌の不足を補つて一入あはれが深い。
 
1939 ほととぎす汝《な》が初聲は吾にもが五月《さつき》の珠に交《まじ》へて貫《ぬ》かむ
 
〔譯〕 霍公鳥よ、お前の初聲は自分に得させてもらひたいものだ。さうしたらば、その聲を五月の藥玉に交ぜて絲に貫かうよ。
〔評〕 霍公鳥の聲を五月の藥玉に交へて貫くといふ、幼くて美しく愛らしい空想は、集中に多く見える。藤原夫人の(71)「霍公鳥いたくな鳴きそ汝が聲を五月の玉に相貫くまでに」(一四六五)もこの歌と同趣である。
〔語〕 ○吾にもが 自分に欲しいの意。古義は「吾」を「花」の誤かとしてゐるが從へない。新校のワガニモガは、わがものであつてほしいの意になる。
 
1940 朝霞たなびく野邊にあしひきの山ほととぎすいつか來鳴かむ
 
〔譯〕 朝霞のたなびく野邊に、霍公鳥はいつになつたら來て鳴くであらうか。早く來て鳴けばよいになあ。
〔評〕 簡素でしかも暢達した詞調である。霍公鳥を待つてゐる心もちが、淡々たる表現の中に籠つてゐる。
〔語〕 ○朝霞 當時は霞を春に限つてはゐなかつた。○いつか來鳴かむ いつ來て鳴くだらうかの意で、早く來て鳴けかしの意が言外に含まれてゐる。
 
1941 朝霞八重山越えて喚子鳥《よぶこどり》啼きや汝《な》が來《く》る屋戸《やど》もあらなくに
 
〔譯〕 幾重にも重なつた山を飛び越えて、喚子鳥よ、呼びながらお前は來るのか。宿るべき家もないのに。
〔評〕 幾重にも重なつた山々を越えながら、喚子鳥の鳴いて來るのを見た旅人が、自分の身にひき比べて、鳥に同情を寄せたのである。「宿もあらなくに」は、今自分の歩いてゐる所が寂寞たる山中で、宿るべき里も無いので、自身の主觀がおのづから鳥への同情となつたのである。
〔語〕 ○朝霞 枕詞。「八重」にかかる。○八重山 幾重にも重なつた山。○喚子鳥 「七〇」參照。
〔訓〕 ○なきや汝が來る 白文「吟八汝來」、舊訓による。「吟」は新撰字鏡に「呻也、嘆也、歌也」とあるが、ヨブに轉用したものと見てヨビヤと訓む説もある。或は類聚名義抄にナゲク、カナシブとあるのにより、ナゲキヤと訓むべきか。
 
(72)1942 ほととぎす鳴く聲聞くや卯の花の咲き散る丘《をか》に田草《くさ》引く※[女+感]嬬《をとめ》
 
〔譯〕 そなたは霍公烏の鳴く聲を聞くかどうか。卯の花の咲いては散る丘で草を引いてゐる少女よ。
〔評〕 卯の花は霍公鳥に配せられて、密接な關係を保つてゐる花であるから、卯の花の咲いてゐる丘で田草を引いてゐる少女に、霍公鳥はこのあたりに來て鳴いたかと問ひかけたのである。霍公鳥を待つ人の心である。新緑の丘に、咲き滿ちた眞白な卯の花の散りかかるほとり、里の少女の姿も可憐に浮んでくる。
〔訓〕 ○きくや 白文「聞哉」でキケヤとよむ説もある。○くさ 白文「田草」で、文字通りに解すれば田の草であるが略解に源康定説として、「草」は「葛」の誤としてゐる。集中「くず」を田葛と記す例があり、又「劍の後《しり》鞘に納野《いりの》に葛引く吾妹」(一二七二)などともあるので、これに從ふ説も多い。
 
1943 月夜《つくよ》よみ鳴く霍公鳥《ほととぎす》見まく欲《ほ》り吾《われ》草取れり見む人もがも
 
〔譯〕 月のよい晩であるから、鳴いて通る霍公鳥を見たいと思つて、自分は庭に出て、草を取つてゐる。共に見る人があればよいがなあ。
〔評〕 霍公鳥を賞美する心もちはわかるが、「吾草取れり」について、諸説あり、義、明確を缺くものがあるので、詳評は出來ない。
〔語〕 ○吾草とれり 卷十九なる「ほととぎす來鳴きとよめば草とらむ花橘を宿にはうゑずて」(四一七二)と共に、草とるの義が明かでない。宣長は「草とるは鳥の木の枝にとまりゐることなり」といひ、清水濱臣は、飛ぶ鳥が空で物を捕る意の「空とる」と對する語で、手捕にする意と解してゐるが、猶考ふべきである。
 
(73)1944 藤浪の散らまく惜しみ霍公鳥|今城《いまき》の岳《をか》を鳴きて越ゆなり
 
〔譯〕 藤の花の散るのを惜しがつて、霍公鳥は、今城の岡を鳴きながら飛び越えて行くやうである。
〔評〕 ほろほろと藤の花のこぼれ落ちる岡のほとりに立つて、霍公鳥の聲を聞き、鳥も花の散るを惜しんで鳴くと思ひなしたのである。優美な情趣である。
〔語〕 ○散らまく惜しみ 「まく」は「むこと」の意、散ることが惜しいのでの意。○今城の岳 大和國吉野郡大濱村にあるとも、山城の宇治にある山ともいふ。「いまき」を今來の意にかけたと解する説(略解)もあ」るが從ひ難い。○鳴きて越ゆなり 「なり」は、聲を聞いて、岡を越える霍公鳥を思ひやる意。
 
1945 朝霧の八重山越えてほととぎす卯の花|邊《べ》から鳴きて越え來《き》ぬ
 
〔譯〕 幾重にも重なつた山を飛び越えて、ほととぎすが、卯の花の咲いてゐるあたりから、鳴いてやつて來た。
〔評〕 霍公鳥が幾重もの丘や山を越えて來て、卯の花の匂ふ野邊を、聲もはるけく飛んで行く。八重山は、萬葉的な修辭法であるが、廣い平原に起伏する丘陵を云ふにかなひ、大和平原らしいのびやかな情趣を示してゐる。
〔語〕 ○朝霧の 「八重」にかかる枕詞。「朝霞八重山越えて」(一九四一)に同じ。
〔訓〕 ○朝霧の 白文「旦霧」で、通行本等の「且霧」は誤。元暦校本等による。略解の「旦霞」の誤とするのもよくない。○卯の花 白文「宇能花」で「宇」は元暦校本其他の古寫本による。通行本に「字」とあるは誤。○鳴きて越え來ぬ 白文「鳴越來」で、通行本の訓ナキテコユラシは非。文字から見ても無理であり、内容からいつても推量にしてはよくない。コエケリとよむ説もある。
 
(74)1946 木高《こだか》くは曾《かつ》て木植ゑじほととぎす來鳴き響《とよ》めて戀まさらしむ
 
〔譯〕 丈の高い木は一切植ゑまい。高い木を植ゑておくと、霍公鳥が來て鳴いて、聲を響かせて、人戀しさを一層増させるから。
〔評〕 戀に惱んでゐる人の歌。霍公烏の聲に戀情を深められる趣は、大伴坂上郎女も詠んでゐる。「何しかもここだく戀ふる霍公鳥鳴く聲聞けば戀こそまされ」(一四七五)。
〔語〕 ○木高くは曾て木植ゑじ 丈の高い木は決して植ゑまい。「かつて」はここは、一切、さらさら、決しての意。○響めて とよませ響かせての意。
 
1947 逢ひ難き君に逢へる夜《よ》ほととぎす他時《こととき》よりは今こそ鳴かめ
 
〔譯〕 逢ひ難いあなたにやつと逢つた嬉しい今夜、霍公鳥は他の時よりは、こんな時にこそ鳴くべきである。
〔評〕 家持の弟なる書持の歌、「我|屋前《には》の花橘に霍公烏今こそ鳴かめ友に遇へる時」(一四八一)は、これを粉本としたものであらう。
〔語〕 ○こと時 他の時。○今こそ鳴かめ 「め」は「む」の已然形。「む」は推量の助動詞であるが、かやうに「こそ」を伴ふ場合には「べし」の如く當然の意が強くあらはれる。
 
1948 木《こ》の晩《くれ》の暮闇《ゆふやみ》なるに【一に云ふなれば】ほととぎす何處《いづく》を家と鳴き渡るらむ
 
〔譯〕 木が深く茂つて暗く、しかも夕闇になつたのに、あの霍公鳥は、何處をわが家と目ざして、鳴いて行くのであらう。
(75)〔評〕 青葉が深く茂りあつて、蒼然と暮れて行く宵、聲のみ漏れて來る霍公鳥をあはれんだもので、初夏の薄暮の情景、作者の感傷などが、むしろ單調な此の作の裏づけとなつて、縹緲たる韻致を釀し出してゐる。第二句の「一に云ふ」に「暮闇なれば」とあるのは、結句の疑問に對して不適、本文の方がすぐれてゐる。
〔語〕 ○本の晩の暮闇なるに 木立茂つて暗い上に、夕闇であるのにの意。
〔訓〕 ○鳴き渡るらむ 白文「鳴渡良武」で、「武」は通行本等の「哉」とあるのは誤とはいへないが、「哉」を「ム」の假字に用ゐることは集中稀であり、元暦校本などの「武」に據る方が穩當である。
 
1949 ほととぎす今朝の朝|明《け》に鳴きつるは君聞きけむか朝|宿《い》か寐けむ
 
〔譯〕 霍公鳥がけさ夜明け方に鳴いたのは、あなたはお聞きになつたであらうか、それとも朝寢をしておいでだつたであらうか。
〔評〕 霍公鳥の聲を珍重した悠長な時代が想像され、又、おほどかな上代人の氣分が、朗らかに浮んで來る。
〔訓〕 ○君聞きけむか 白文「君將聞可」で、舊訓キミキクラムカとあり、結句もヌラムとあるが、二三句の趣に對しても、ここは過去にいふべきであるから、キキケムカ、ネケムとした古義の訓に從ふべきである。
 
1950 ほととぎす花橘の枝に居て鳴き響《とよ》もせば花は散りつつ
 
〔譯〕 ほととぎすが花橘の枝にとまつてゐて、あたりを響かせて鳴くと、花は頻りに散つてゐる。
 
〔評〕 ありのままの素描である。素地《きぢ》の清らかな歌。これに優美な色彩を加へたのが、家持の、「ほととぎす鳴く羽振《はぶり》にも散りにけり盛過ぐらし藤浪の花」(四一九三)である。
 
(76)1951 慨《うれた》きや醜《しこ》ほととぎす今こそは聲の嗄《か》るがに來|喧《な》き響《とよ》まめ
 
〔譯〕 癪にさはる霍公鳥め、今こそ聲が嗄れるほど、來て鳴き響かせるがよいのに、まだ來て鳴かないとは、憎らしい奴だ。
〔評〕 霍公鳥を懷かしんで待ちあぐみ、つひに罵るに至つた、可愛さ餘つての激語で、却つて親愛の情を感ぜしめる。面白い辭樣である。
〔語〕 ○うれたきや 歎かはしいことよの意。家持の長歌にも「うれたきや醜霍公鳥」(一五〇七)と、同じ語がある。○聲のかるがに 聲の嗄れるほどにの意。
 
1952 今夜《こよひ》のおほつかなきに霍公鳥《ほととぎす》喧《な》くなる聲の音の遙《はる》けさ
 
〔譯〕 今夜は暗くてあたりの樣子もよくわからないのに、霍公鳥がどこをさして行くのやら、鳴いてゐる聲が遙かに聞えるやうである。
〔評〕 暗い空から遙に洩れて來る霍公鳥の聲を、この暗いのに何處をさして飛び行くのかと、同情して聞いてゐるのである。初夏の曇り夜のおぼつかない風情も、ほのかに浮んで來るやうである。しかし、「聲の」「音の」は、重複の感があるも、上代人の彫琢を加へぬ歌とみるべきであらう。
〔語〕 ○おほつかなきに ここは、闇夜で暗くはつきりしない、不安な感じをいふ。○音の遙けさ 新考に「音乃」を衍「喧」の下に「而去」の脱としてナキテユクナルコヱノハルケサとしたのは私意で透る。
〔訓〕 ○こよひの 白文「今夜乃」で、元暦校本「こよひこの」、通行本コノヨラノ、改訓抄コノヨルノとある。コノヨヒノともよめるが、卷四の「五四八」によつてコヨヒノと訓んだ。
 
(77)1953 五月《さつき》山卯の花|月夜《づくよ》ほととぎす聞けども飽かずまた鳴かぬかも
 
〔譯〕 五月の山は卯の花が盛で、美しい月夜である。このよい月夜に、霍公鳥が鳴く。いくら聞いても、聞き飽きない。また鳴いてくれないかなあ。
〔評〕 單調で印象明瞭。卯の花月夜の一句は、よく情景を展開して、美しい詩境に、讀者の情緒を誘ふ。この歌は、五句悉く切れてゐて、しかも意は繋がり、支離滅裂とならず統一を保つてゐるところ、珍らしい句法である。
〔語〕 ○五月山 五月頃の山。○鳴かぬかも 「ぬかも」は願望を表はす。鳴かないかなあ。「吾が待つ月も早も照らぬか」(一三七四)も同じである。
〔訓〕 ○鳴かぬかも 白文「鳴鴨」で、舊訓ナカムカモは非。今、略解による。
 
1954 ほととぎす來居《きゐ》も鳴かぬか吾が屋前《には》の花橘の地《つち》に落《ち》らむ見む
 
〔譯〕 霍公鳥が來てとまつて鳴いてくれないかなあ。うちの庭の花橘が、その羽振りで地に落ち散るのを見ように。
〔評〕 霍公鳥の羽振りで花橘が散る、繪のやうな眺めを希求してゐるのである。
〔語〕 ○來居も鳴かぬか 來て、花橘の枝にゐて、鳴かないかなあの意。「來」は從屬的の動作で 「居」がこの場合主たることは勿論である。「も」は詠歎の助詞。
〔訓〕 ○來居も嶋かぬか 白文「來居裳鳴香」で、舊訓キヰテモナクカとあるが、前の歌に倣ひ、この歌もナカヌカとすべきである。「不」が無くて願望の「ぬか」に訓むのは、例が多い。
 
1955 ほととぎす厭ふ時無し菖蒲《あやめぐさ》蘰《かづら》にせむ日|此《こ》ゆ鳴き渡れ
 
(78)〔譯〕 霍公鳥は、いつ來て鳴いてもいやな時はない。しかし、同じく鳴くならば、菖蒲を蘰にする五月五日といふ日に、此處を鳴いてとほつてくれ。
〔評〕 端午の菖蒲と、霍公烏との配合を愛づる心から發した歌である。田邊福麿が、「ほととぎす厭ふ時なし菖蒲草かづらにきむ日此ゆ鳴き渡れ」(四〇三五)と詠んでゐるのは、古歌としてこの歌を誦したものであらう。
〔話〕 ○厭ふ時無し この下に、しかし同じ事ならばの意を補つて解する。○菖蒲草かづらにせむ日 五月五日を、いふ。○此ゆ 此處を通つての意。「ゆ」は、通過する場所を示す助詞。
 
1956 大和には啼きてか來《く》らむ霍公鳥《ほととぎす》汝《な》が鳴く毎《ごと》に亡《な》き人念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 大和の自分の家のあたりへは、今頃鳴いて來ることであらう、霍公鳥よ、お前が鳴くごとに、自分は、亡くなつた人が思ひ出されて悲しいのである。
〔評〕 大和の人々は、今頃盛んに霍公鳥の聲をもてはやしてゐることであらうか。自分は旅でその聲を聞いて、亡き人の思ひ出に堪へぬ、といふのである。
〔語〕 ○啼きてか來らむ 大和はわが家郷であるから、大和を内にして「來らむ」といつたのである。普通ならば「行くらむ」である。「大和には鳴きてか來《く》らむ呼子鳥きさの中山呼びぞ越ゆなる」(七〇)に同じ。
 
1957 卯の花の散らまく惜しみ霍公鳥野に出《で》山に入り來鳴き饗《とよ》もす
 
〔譯〕 卯の花の散るのが惜しさに、霍公鳥は、野に出たり山に入つたりして、此のあたりに來て鳴き、聲を響かしてゐる。
〔評〕 卯の花の咲く野や山を翔りつつ、霍公鳥の鳴く樣を、素朴な語句で寫してゐる。「野に出山に入り」は、無技(79)巧でしかも的確これに過ぐるは無く、寫實の生彩を發揮してゐる。大和平原らしい廣々としたのびやかな景趣が目前に浮んで來る。
 
1958 橘の林を植ゑむほととぎす常に冬まで住みわたるがね
 
〔譯〕 橘を澤山庭に植ゑて林を造らう。ほととぎすが、常に冬までも住みつづけてくれるやうに。
〔評〕 橘と霍公鳥とを離すことの出來ぬほど密接なものと見て、幼く趣向をめぐらしたのである。霍公鳥を詠んだ長歌の中にも「――幣《まひ》はせむ遠くな行きそ 吾が屋戸《やど》の花橘に 住み渡れ鳥」(一七五五)などとあつて、當時の好尚を察することが出來る。
〔語〕 ○住みわたるがね 長く住んでもらひたい、そのためにの意。
 
1959 雨はれし雲に副《たぐ》ひてほととぎす春日《かすが》を指《さ》して此《こ》ゆ鳴き渡る
 
〔譯〕 雨晴れの雲の動きと一緒に、霍公鳥が春日山を指して、此處を鳴いてとほることである。
〔評〕 雨あがりの空は青く澄んで、名殘の雲が春日山をさして走つて行く。折から霍公鳥もその雲と共に飛び過ぎて行く。一讀、雨後のすがすがしさを感じさせる歌である。殊に、初二句の措寫は巧みである。
〔語〕 ○副ひて 伴なつて、一緒に。○此ゆ 「一九五五」參照。
 
1960 物|念《おも》ふと宿《い》ねぬ朝|明《け》にほととぎす鳴きてさ渡る術《すべ》なきまでに
 
〔譯〕 物思をして眠られなかつた明け方に、霍公鳥が鳴いて通る。悲しくてたまらないくらゐに。
〔評〕 戀の惱みに明しかねた曉方、たまたま鳴き過ぎる霍公鳥の聲に、心は一しほ掻きむしられる思である。四句ま(80)で一氣に押して行つて、ずばりと打切り、「すべなきまでに」と呻くがごとき一句を添加したのは千鈞の力がある。
〔語〕 ○術なきまでに 何とも仕方のないほどに。
 
1961 吾が衣《ころも》君に著せよとほととぎす吾《われ》を領《うしは》く袖に來居《きゐ》つつ
 
〔譯〕 私の着物をあなたに着せよと、霍公鳥が私に指圖いたします、袖に來てとまつては。
〔評〕 もとより霍公鳥は、人の身邊にとまる鳥ではないが、近くに來て鳴いたのを、かく戯れて云つたのであらう。併し、この歌の眞意はよく分らない。何か當時の俗信とか傳説とかいふやうなものが背景になつてゐるのではあるまいか。姑く後考を俟つ。
〔語〕 ○吾をうしはく 「うしはく」は支配するの意。「領き坐す諸の大御神たち」(八九四)參照。ここは命令するなどの意。○袖に來ゐつつ 霍公鳥は人に馴れぬ鳥であるから、袖に來るとは竿に懸け干した袖であらうとある代匠記の説はいかがであらう。ここは戯れに言つたもので、必ずしも事實と解すべきではあるまい。
〔訓〕 ○吾衣 白文のままによむ。ワガキヌヲともよめる。○吾を領く 白文「吾乎領」新考には「ワレヲウナガス」と訓んでをり、誤字説もあるが、領はウシハクとすべきである。
 
1962 本《もと》つ人ほととぎすをや希《めづ》らしみ今や汝《な》が來《く》る戀ひつつ居《を》れば
 
〔譯〕 昔馴染の友なる霍公鳥を珍らしがつて、その霍公鳥の聲を聞き妃、今しもそなたが自分の家へ來るであらうか。自分がこんなに戀しがつてゐると。
〔評〕 この歌も極めて難解で、從來首肯すべき説を見ないが、假に右の如き一解を試みる。嘗て、我が家の花橘にゐて鳴く霍公鳥の聲を共に聞いた人、今その人を思つて、これほど戀しがつてゐるのだから、昔馴染の霍公鳥を聞きに、(81)今にも來さうな氣がする。と言ひ送つた歌ではあるまいか。
〔語〕 ○本つ人 昔から知つてゐる人の意で、霍公鳥をさす。「遠つ人鴈が來鳴かむ」(三九四七)の類。○ほととぎすをや 「や」は疑問の助詞で「今や汝が來る」にかかると解したい。略解は宣長説として「をや」は「よや」に同じく呼掛の語といひ、古義も、ほととぎすに呼び掛けたもので「やよ」と云はむが如しだ説いてゐる。新考の誤字説は甚しい獨斷である。
 
1963 斯《か》くばかり雨の零らくに霍公鳥卯の花山になほか鳴くらむ
 
〔譯〕 こんなに雨が零るのは、霍公鳥は卯の花の咲いてゐる山で、やはりぬれつつ鳴いてゐるであらうか。
〔評〕 雨中の霍公鳥を思ひやつて、素朴な愛情に滿ちた作である。「卯の花山」は印象極めて明瞭である。
〔語〕 ○雨のふらくに 兩の降ることなるに。○なほか 「か」は疑問の助詞。
 
    蝉《ひぐらし》を詠める
1964 黙然《もだ》もあらむ時も鳴かなむ晩蝉《ひぐらし》のもの念《も》ふ時に鳴きつつもとな
 
〔譯〕 何もせずにゐる時にでも鳴けばよいに、蜩が、自分の物思ひに沈んである時に鳴いて、よしないことである。
〔評〕 清く涼しい蜩の音も、物思ふ耳もとで鳴かれたのでは、うるさいのみか、物思を妨げて、憎くさへなるであらう。大神女郎が家持に贈つた歌、「さ夜中に友喚ぶ千鳥もの念ふとわび居る時に鳴きつつもとな」(六一八)は、或はこれを粉本としたものであらう。
〔語〕 ○もだもあらむ 「もだ」は原義はだまつてゐることの意であるが、ここは何もしないでゐることをいふ。○鳴かなむ 鳴いてもらひたいものだ、の意。
 
(82)    榛《はり》を詠める
1965 思ふ子が衣《ころも》摺《す》らむに匂ひこそ島の榛原《はりはら》秋立たずとも
 
〔譯〕 愛する女の着物を染めてやらうと思ふから、早く美しい色に咲き匂つてくれよ。島の萩原は、まだ秋にはならなくても。
〔評〕 優婉にして可憐、調が洗煉されてゐて、寧ろ典型的にまでなつてゐるのは、或は民謠風のものであつたかを想像させる。
〔語〕 ○匂ひこそ 「こそ」は連用形をうけて、他人の行爲を希望する意をあらはす助詞。○島の榛原 島は大和高市郡島の庄。榛は、ここは萩と解すべきである。
〔訓〕 ○匂ひこそ 白文「爾保比與」で、「與」を「乞」、「南」等の誤といつてゐるが」「我告與」(一二四八)の例に據り、このままでよい。ニホヒコセともよめる。
 
    花を詠める
1966 風に散る花橘を袖に受けて君が御《み》跡と思《しの》ひつるかも
 
〔譯〕 風に吹かれて散る橘の花を袖に受けて、ここはあなたが嘗ておいでになつた所であると懷かしく思ひました。
〔評〕 懷かしい人の舊宅か、或はゆかりの地に立つての感慨である。情趣優婉にして表現もこれに件なひ、特に二三句のあたり巧妙で、作者の楚々たる婉容もほの浮んで來る。
〔語〕 ○君が御跡と 嘗て君の縁故のあつた土地としての意。
〔訓〕 ○君が御跡と 白文「爲君御跡」で、代匠記精撰本に「君御爲跡」の誤としてゐる。舊訓キミガミタメトとあ(83)り、誤字説はこれに據つてゐるのであるが、元のままで解すべきである。新考のタテマツラムトは原字に遠い。○しのひつるかも。白文「思鶴鴨」で、思は、舊訓オモヒとあるが、古義の訓がよい。
 
1967 かぐはしき花橘を玉に貫《ぬ》き送らむ妹は羸《みつ》れてもあるか
 
〔譯〕 かぐはしい花橘を、玉のやうに絲に貫きとほして、送つて來るはずの妹は、今、病みつかれてでもゐるのであらうか。
〔評〕 いつも花橘の頃になると送つて來るのに、今年はまだ玉に貫いた花橘が屆かない。近頃女からの消息も絶えてあることから、もしや病氣かと思つたのである。思つてみれば、氣がかりである。簡素な表現に、心理の經緯をたたんだ歌である。
〔語〕 ○みつれ 病んでやつれること。「七一九」參照。
 
1968 ほととぎす來《き》鳴きとよもす橘の花散る庭を見む人や誰《たれ》
 
〔譯〕 霍公鳥が來て、聲を響かせて鳴いてゐる、その聲で橘の花が散つてゐる庭を、見に來る人は誰でせう。あなたより外にはありませぬ。
〔評〕 この頃おとづれることも稀になつた男に對して、婉曲に誘ひかけた歌、女らしくつつましやかな點に、作者の人柄も見えるやうである。
〔語〕 ○見む人や誰 君こそその人であるの意を含めてゐる。
 
1969 吾が屋前《には》の花橘は散りにけり悔《くや》しき時に逢へる君かも
 
(84)〔譯〕 私の家の庭の花橘は、すつかり散つてしまひました。あなたは、殘念な時にを出で下さいましたことよ。
〔評〕 待つてゐた人が、橘の花の散つた頃、おとづれて來た。共に眺めることの出來なかつたのを悔んだのである。直截簡勁な表現に、力がある。卷八なる遊行女婦の、「君が家の花橘はなりにけり花なる時に逢はましものを」(一四九二)は、これに基づいたのであらう。句法は相似て趣は異なり、腕美な手弱女ぶりである。
 
1970 見渡せば向ひの野邊《のべ》の石竹《なでしこ》の散らまく惜しも雨なふりそね
 
〔譯〕 見渡すと、向うの野邊に撫子が咲いてゐるが、あの花の散るのが惜しい。雨よ降つてくれるな。
〔評〕 姿の可憐な野の花に對する愛情が、優しく滿ち溢れた歌である。素朴な半面にかうした優雅な心持をいだいてゐた上代人の風  ボウがなつかしまれる。
〔語〕 ○ふりそね 「ね」は願望の助詞。
〔訓〕 ○雨な零りそね 白文「雨莫零行年」。行年をソネとよむことは、「二九九」參照。
 
1971 雨間《あまま》開《あ》けて國見もせむを故郷の花橘は散りにけむかも
 
〔譯〕 雨の晴れ間になつたら、岡に登つてあたりを見渡さうと思つてゐるのに、この雨では、舊都の花橘はもう散つてしまつたであらうかなあ。
〔評〕 神名備山などに登つて、花橘の咲く飛鳥のあたりを眺め渡さうと思つてゐたのに、雨が晴れないので、むなしく故京の樣子を想像してゐるのである。
〔語〕 ○雨間開けて 雨間は降り續いてゐる雨のやんだ間で、雨が晴れて後の意。○國見 「二」參照。但、ここは單に高い處に登つてあたりの樣子を見渡すこと。○故郷 舊都、故京の意。ここは飛鳥の地をさすと思はれる。
(85)〔訓〕 白文「開而」。類聚古集に「闕而」とあるにより、カケテとよむ説もある。
 
1972 野邊《のべ》見れば瞿麥《なでしこ》の花咲きにけり吾が待つ秋は近づくらしも
 
〔譯〕 野邊を見ると、撫子の花がすつかり咲いてゐる。私の待つてゐる秋は、だんだん近づいて來るらしい。
〔評〕 第三句で切れる新風の調子が、この前後に著しく目につく。爽やかな新秋のおとづれを待つ喜が、詞句の間に溢れてゐるやうである。
 
1973 吾妹子にあふちの花は散り過ぎず今咲ける如《ごと》在《あ》りこせぬかも
 
〔譯〕 楝の花は、散り過ぎないで、今咲いてゐるやうに、いつまでも咲いてゐてくれないかなあ。
〔評〕 薄紫の楝の花はあまり目たたないものであるが、萬葉人の清楚な趣味に合つたのであらう、集中多く歌はれてをる。この歌、小野老の「梅の花今咲ける如《ごと》散り過ぎず我が家《へ》の苑にありこせぬかも」(八一六)と句法がよく似てゐる。
〔語〕 ○普妹子に 妹に逢ふの意で「あふち」にかけた枕詞。○あふち 今いふセンダンのこと。「七九八」參照。
 
1974 春日野の藤は散りにて何をかも御狩《みかり》の人の折りて挿頭《かざ》さむ
 
〔譯〕 春日野の藤の花はもう散つてしまつて、これからは何をまあ、御狩の人たちが折つて、挿頭《かざし》にされることであらうか。
〔評〕 平明淡雅の調である。大宮人の行樂の樣子もしのばれ、晩春の春日野一帶の落ちついた景趣も目前にあるやうな感がする。
(89)〔語〕 ○散りにて 散つてしまつての意。「に」は完了の助動詞。○御狩の人 高貴な方の御遊獵の扈從である。
〔訓〕 ○散りにて 白文「散去而」で、仙覺本の訓はチリユキテとあるが、代匠記精撰本のチリニテがよい。誤字説は諾け難い。
 
1975 時ならず玉をぞ貫《ぬ》ける卯の花の五月《さつき》を待たば久しかるべみ
 
〔譯〕 時節はづれの四月であるのに、玉を貫いたやうな卯の花が藥玉の形に咲いてゐる。五月を待つてゐては、待ち遠しからうと思はれるので。
〔評〕 卯の花のさきの方がまるく撓んで、こんもりと球?に花を綴つてゐるのを、大きな藥玉に見立てて、「玉をぞぬける」と詠んだのである。年中行事なども極めて簡素であつた上代にあつては、その時期の至るのが待遠しい思で待たれたことが想像される。
〔語〕 ○時ならず 時節はづれにの意。藥玉は五月の物である。○玉をぞぬける 玉は藥玉。○卯の花の この句「鶯の春」の如く、卯の花の咲く五月の意に解する説(古義)もあるが、それよりも、下の「の」は主語で、二句の貫けるを述語とすべく、一二句は卯の花の枝に連り咲くのを玉に貫くといつたものとする説(新考)がよい。但、新考が略解の説を非難したのは誤解で、結局略解は新考と同じ意見に歸するのである。
 
    問答
1976 卯の花の咲き散る岳《をか》ゆ霍公鳥鳴きてさ渡る君は聞きつや
 
〔譯〕 卯の花の咲いて散る岡を通つて、霍公鳥が鳴いて行く。あなたは聞きましたか。
〔評〕 霍公鳥の聲をめづらしがつて、人に云ひ贈つた歌。「君」は男女共にいふ語であるが、ここは男からその愛人(87)に言ひやつたものと解するのが自然であり、趣も深いと思はれる。
 
1977 聞きつやと君が問はせる霍公鳥《ほととぎす》しののに沾《ぬ》れて此《こ》ゆ鳴き渡る
 
〔譯〕 聞いたかとあなたがお問ひになりました霍公鳥は、雨にいたく濡れて、ここを鳴いてとほりました。
〔評〕 前の歌に對する答で、氣分からいつても、調子から見ても、女の歌とおもはれる。五月雨に濡れつつ鳴き行く霍公鳥、しかも懷かしい人の聞いた霍公鳥を、あはれと眺めたのである。
〔語〕 ○しののに しつとりと、しとどに、「一八三一」參照。○此ゆ鳴き渡る 「ゆ」は「を通つて」の意。
 
    譬喩歌
1978 橘の花散る里に通ひなば山ほととぎす響《とよ》もさむかも
 
〔譯〕 橘の花の散る里に自分がかよつて行つたらば、山の霍公鳥が高音に鳴きたてることであらうかなあ。
〔評〕 寓意明瞭、自分が女の所へ通つて行つたらば、人がさぞやかましくいひ騷ぐことであらう、といふので、表面の風趣も極めて自然である。
〔語〕 ○桶の花散る里 いとしい女に譬へたもの。
 
  夏相聞《なつのさうもに》
 
(88)    鳥に寄す
1979 春されば※[虫+果]〓《すがる》なす野のほととぎすほとほと妹に逢はず來《き》にけり
 
〔譯〕 春になると、※[虫+果]〓《すがる》のやうに痩せてゐる野のほととぎすではないが、ほとほと、もう少しのことで、女に逢はずに來てしまふところであつた。からうじて逢へてよかつた。
〔評〕 序が奇拔であるが、少しく解し難い點がある。
〔語〕 ○すがるなす すがるはジガバチのことといふ。「一七三八」參照。「すがる」の名は巣借るの義で、春巣を借りて生れ、霍公鳥も鶯の巣を借りて生れるゆゑ、春のすがるの如く、の意とする説(略解)、巣立つ頃の霍公鳥は、鳴く聲がじが蜂に似てゐるといふ説(古義)、春の霍公鳥は痩せて小さく、じが蜂に似てゐるといふ説(全釋)等諸説があり、今假に全釋に據つた。これらは、「なす」を、の如くと解するものであるが、武田博士は、鳴すとして、すがるの聲を立てる野と解された。猶後考を俟たねばならぬ。○ほととぎす 初句以下ここまで、類音で「ほとほと」に懸る序詞。○ほとほと 殆ど、もうすこしのことで、危くも、などの意。卷七「ほとほとしくに」(一四〇三)參照。
 
1980 五月山《さつきやま》花橘にほととぎす隱《かく》らふ時に逢へる君かも
 
〔譯〕 五月の山に花橘が咲いて、霍公烏がそれに隱れて頻りに鳴くこの季節に、かうしてお目にかかつたあなたは、おなつかしいことです。
〔評〕 青葉若葉の茂つた五月の山、滴る翠色に交つて白く咲いた花橘、葉隱れに洩れて來る霍公鳥の聲。人戀しさもまさるその頃に、思ふ人に逢ふことのできた喜が躍動してゐる。四圍の風情も浮んで、印象の新鮮な作である。
〔語〕 ○五月山 五月頃の山。○隱らふ 霍公鳥が橘の木の繁みの中にゐるのを、修辭的に隱れるといつたもの。(89)「隱らふ」は「隱る」の反復繼續の?態を表はす。
 
1981 ほととぎす來《き》鳴く五月の短夜も獨し宿《ぬ》れば明《あか》しかねつも
 
〔譯〕 霍公鳥が來て鳴く五月の短夜も、一人で寢るので、夜の明けるのが待遠しくて、あかしかねることである。
〔評〕 戀に惱む男の歌である。輾轉反側する若人のため息も聞えるやうにおもはれる。
 
    蝉《ひぐらし》に寄す
1982 晩蝉《ひぐらし》は時と鳴けども戀ふるにし手弱女《たわやめ》我《われ》は時わかず泣く
 
〔譯〕 蜩は鳴くべき時が來たといふので鳴いてゐるが、人戀しさの爲に、かよわい女である私は、いつといふきまりもなく、始終泣いてゐることである。
〔評〕 もの悲しげな蜩の聲を聞きつつ、戀に惱む自らの身のあはれさを強調したのである。譬喩も適切、調も緊密で、あはれが深い。
〔語〕 ○戀ふるにし しは意を強める助辭。○時わかず泣く 何時と定まつた時もなく、常に泣いてゐるとの意。
〔訓〕 ○戀ふるにし 白文「於戀」は元暦校本によつた。元暦校本の傍書によれば、「物戀に」とよめる。流布本の「我戀」はよくない。○時わかず 白文「不定」(九六一)の「時不定鳴」によつてよむといふ代匠記精撰本の説がよい。サダマラズナクと訓んではおちつかない。
 
    草に寄す
1983 人|言《ごと》は夏野の草の繁くとも妹と吾とし携《たづさ》はり宿《ね》ば
 
(90)〔譯〕 人の噂は、夏の野の草のやうに繁からうとも、いとしい女と自分と一緒に寢さへしたらば、それでよい。人の噂などはかまはない。
〔評〕 率直明快、何の顧眄する所もない男性的な歌、燃えるばかりの情熱を藏してゐる。結句の言ひさしも、餘韻に富んでよい。
〔語〕 ○真野の草の 下の「の」は、の如くの意。○携はり 伴ひ、つれ添ふの意で、ここは一緒にである。
〔訓〕 ○妹と吾とし 白文「妹與吾師」で、「師」は仙覺本には無いが、元暦校本・類聚古集等によつて補ふ。
 
1984 この頃《ころ》の戀の繁けく夏草の苅り掃《はら》へども生ひしく如し
 
〔譯〕 この頃の自分の戀心の繁さは、夏草が幾ら苅り掃つても、又、あとからあとから生え繁るやうなものである。
〔評〕 夏草を苅る農人の思によそへたので、いかにも適切な譬喩であるが、類歌がある。「吾背子に吾が戀ふらくは夏草の苅りそくれども生ひしく如し」(二七六九)或は民謠として田園にうたひひろめられてゐた爲に、語句に小異を生じたのかも知れない。
〔話〕 ○戀の繁けく 戀ふることの頻りなることはの意。○生ひしく如し 「しく」は動作作用の反復される意。後から後から頻りに生えるやうであるの意。
〔訓〕 おひしくごとし 白文「生布如」で、舊訓オヒシクガゴトでもよいが、今は古義の訓による。
 
1985 眞田葛《まくず》延《は》ふ夏野の繁く斯《か》く戀ひばまこと吾が命常ならめやも
 
〔譯〕 眞葛の這ひ廣がつてゐる夏野のやうに、こんなに繁く戀をしたならば、まことに自分の命は、長く續かうか。戀死をする外はあるまい。
(91)〔評〕 熱情的な歌で、譬喩もおもしろいが、やはり卷十二に類歌がある。「あらたまの年の緒長く斯く戀ひばまこと吾が命全からめやも」(二八九一)。しかし、譬喩があるだけに、本卷の歌の方が優れてゐる。
〔語〕 ○眞田葛延ふ夏野の繁く 「眞田葛延ふ」は枕詞と見る人もあるが、寫實である。「夏野の」までを「繁く」に懸けた譬喩的序詞と見るべきである。
〔訓〕 ○まこと吾が命 白文「信吾命」で「信」をサネと訓む童蒙抄の説は比較的多く行はれてゐるが、舊訓の方がよい。「一三五〇」「二八五九」「二八九一」などに「信」をマコトと訓んでゐる。
 
1986 吾のみや斯く戀すらむ杜若《かきつばた》丹《に》つらふ妹は如何にかあらむ
 
〔譯〕 自分ばかりがこんなに戀をしてゐるのたらうか。美しい紅顔の妹はどうなのであらう。やはり自分を思つてくれてゐるのであらうか。
〔評〕 自分の戀の劇しさを省みて、これを愛人の心に比べ、相手の熱情を疑ふやうに思ひやつたのである。戀する人の常情であらう。これを斷定的に云つたのが、大伴坂上郎女の歌で、男女地位を逆にしてゐる。「吾のみぞ君には戀ふる吾背子が戀ふといふことは言の慰《なぐさ》ぞ」(六五六)。
〔語〕 ○杜若 「丹つらふ」につづく枕詞。○丹つらふ 頬の血色よく美しいこと。「四二〇」參照。
 
    花に寄す
1987 片搓《かたよ》りに絲をぞ吾が搓《よ》る吾背子が花橘を貫《ぬ》かむと思《も》ひて
 
〔譯〕 片方からばかり搓りをかけて私は絲を搓つてゐる。思ふお方の家の花橘をこれに貫きとほさうと思つて。
〔評〕 片搓りに絲を搓ることに、片戀の意を含めたのである。技巧はすぐれてゐるが、かうした譬喩を弄ぶ餘裕があ(92)るのは、それだけ眞劍味に缺ける點が感じられる。「紫の絲をぞ吾が搓るあしひきの山橘を貫かむと念ひて」(一三四〇)を粉本としたものであらうが、譬喩歌でない原歌の美しさに遠く及ばない。
〔語〕 ○吾背子が 「が」は主格助詞でなく、所有格を表はす。
 
1988 鶯の通ふ垣根の卯の花の厭《う》き事あれや君が來まさぬ
 
〔譯〕 鶯が通つて來る私の家の垣根に咲く卯の花、その「う」といふごとく、何か心|厭《う》く私を思はれることでもあるのであらうか、あの方はおいでにならない。
〔評〕 調子の快い歌。序は眼前の實景を以てした所謂有心の序でもあらうか。小治田廣耳の、「ほととぎす鳴く峯《を》の上の卯の花のうきことあれや君が來まさぬ」(一五〇一)に似てゐるが、「う」の音韻を重ねる上からは、鶯が効果的である。但、拾遺集に第一句を「ほととぎす」に改めて採録してゐるのは、鶯と卯の花との配合をいぶかしんだ故であらう。
〔語〕 ○鶯の通ふ垣根の卯の花の 「うき」にかかる序詞。鶯は來るが、あなたは來ないの意に解する説(略解)は考へ過ぎであらう。
 
1989 卯の花の咲くとは無しにある人に戀ひや渡らむ獨念《かたもひ》にして
 
〔譯〕 卯の花の開《さ》く、その「開《さ》く」といふほどに私にあはうといふ心がまた開けてゐない人に、かうして私は戀ひ續けることであらうか、片思のままに。
〔評〕 一二三句の譬喩は、男の態度を描き得てよい。片戀に惱む女性の、ひそかなため息が聞えるやうである。
〔語〕 ○卯の花の 卯の花のやうにの意。○さくとはなしに さくとは、心を開いて戀に應ずるの意を譬へたもの。
 
(93)1990 吾こそは憎《にく》くもあらめ吾が屋前《には》の花橘を見には來《こ》じとや
 
〔譯〕 私をこそ憎いとも思召しませうが、私の家の庭の花橘を見にはいらつしやらないのでせうか。花に何の罪がありませう。
〔評〕 つんと拗《す》ねて、嫌味を含めた怨言である。優しい中に時に發露する婦人らしい一面が如實にあらはれてゐる。紀女郎の、「闇夜ならばうべも來まさじ梅の花咲ける月夜に出でまさじとや」(一四五二)と似てゐるが、彼は婉曲にして美しく、此は詰問的にして強い。
〔語〕 ○憎くもあらめ 憎くもあらめどの意で、下に續く語氣。
 
1991 ほととぎす來《き》鳴き響《とよ》もす岡邊なる藤波見には君は來《こ》じとや
 
〔譯〕 霍公鳥が來て鳴き立ててゐるこの岡邊の、こんな美しい藤の花を見に、あなたはいらつしやるまいと仰しやるのですか。
〔評〕 上の歌と同樣に、私に用はなくとも、藤の花を見においでになりさうなものといふ、皮肉をこめた怨言である。しかし「吾こそは憎くもあらめ」などと言はぬところが餘程婉曲で、男に對しては却つて効果的であらう。
 
1992 隱《こも》りのみ戀ふれば苦し瞿麥《なでしこ》の花に咲き出《で》よ朝旦《あさなさな》見む
 
〔譯〕 人目に隱れてばかり戀してゐると、實に苦しい。いつそのこと、なでしこが花に現はれて咲き出るやうに、うちあけておしまひなさい。さうしたらば、晴れて毎朝逢ひませうに。
〔評〕 忍ぶ戀路は苦しいながら、女は小心で用心ぶかい。男は堪へかねて、いつそ打明けた上、天下晴れての仲にな(94)りたいといふ。兩者の心理の動きが巧みに描かれてゐる。
〔語〕 ○隱りのみ 人目を忍んでばかり。○花に咲き出よ 花となつて咲き出るやうに、外部にあらはせの意。
 
1993 外《よそ》のみに見つつを戀ひむくれなゐの末採《すゑつ》む花の色に出でずとも
 
〔譯〕 よそ目にばかりあなたを見て、ひそかに戀ひ慕つてをりませう。末を摘み取るあの紅《べに》花が鮮かな色に出るやうに、表面に出ずとも、私は我慢いたしませう。
〔評〕 前の歌に對する女の答と見られぬこともないが、これは又、別な歌であらう。つつましい女性の控目な戀心があはれである。
〔語〕 ○よそのみに見つつを戀ひむ 人目を憚る意。「を」は詠歎の助詞。○くれなゐの末つむ花の 紅花《べにばな》をいふ。莖頭を摘んで染料とする爲である。「の」は、の如くの意。
〔訓〕 ○見つつを戀ひむ 白文「見筒戀牟」で、通行本に、「筒」を「箇」に作るは誤。紀州本その他多くは「筒」とある。舊訓ミツツヤコヒムであるが、代匠記精撰本の一訓による。他にミツツコヒナムとも訓んでゐる。○すゑつむ花 白文「末採花」で、中世の源氏物語の卷の名などにもあるに據る。宣長説(略解)では、ウレツムハナと訓んでゐる。
 
    露に寄す
1994 夏草の露分衣《つゆわけごろも》著《つ》けなくに我が衣手の干《ふ》る時もなき
 
〔譯〕 夏草の露を分けて來た着物を着てゐるのでもないのに、私の袖は乾く間の無いことである。
〔評〕 君を戀ふる涙のゆゑにといふことを愬《うつた》へたもの。夏草の露分衣の譬喩は、優婉である。「ひさかたの雨には着(95)ぬをあやしくも吾が衣手は干る時なきか」(一三七一)に似て、風趣に於いてまさつてゐるが、「雨には着ぬを」の方が素朴であるから、時代が古いのであらう。
〔語〕 ○露分衣 草木を押し分けて行つて、その露にぬれた衣服。
〔訓〕 ○着けなくに 白文「不着爾」で、舊訓キモセヌニは平俗。略解のケセナクニは敬語となるので從ひ難い。ツケナクニと訓むべきであらう。
 
    日に寄す
1995 六月《みなづき》の地《つち》さへ割《さ》けて照る日にも吾が袖|乾《ひ》めや君に逢はずして
 
〔譯〕 大地《だいぢ》までも龜裂を生ずるほど、強く照りつける六月の日光にあたつても、涙にぬれた私の袖は乾きませうか。思ふお方に逢はないでは。
〔評〕 灼熱の情炎、まことに盛夏六月の太陽のごとくである。誇張などといふ感を踏み越えて、その激情、人を壓倒するものがあり、萬葉ならでは見られぬ壯觀といふべきである。
〔語〕 ○地さへ割けて 地面が乾燥して龜裂を生ずる意で、これは後世慣用語となつてゐるが、その出典はここである。
 
  秋雜歌《あきのざふか》
 
(96)    七夕
1996 天漢《あまのがは》水さへに照る舟競《ふなぎほ》ひ舟こぐ人は妹とみえきや
 
〔譯〕 天の河の水までが照るやうに、澤山の照り輝く美しい舟を競ひつつ、舟を漕いで行つた人――彦星は、妻なる織女と相逢うたであらうか。
〔評〕 天の河を美しい舟を漕ぎ競うてゆく彦星の、晴の舟出の喜を想像し、彦星が多くの從者を引き連れて行くといふ風に見立てて「舟競ひ」といつたのであらう。但、この歌、訓に諸説があつて決し難いので、解釋も一樣ではない。
〔語〕 ○水さへにてる 懷風藻なる七夕の詩に「玲瓏映2彩舟1」とあると同想で、舟が彩られてゐるため、水まで照るやうなのをいふ。○舟こぐ人 牽牛星をさす。
〔訓〕 ○水さへに 白文「水左閇而」とある。而は「賂敍手而在」(二〇〇五)によつてニと訓んだ。○舟ぎほひ 白文「舟競」は温故堂本によつた。他本は竟とあり、また赤人集に「天の河水底までにてらす舟つひに舟人妹とみえずや」とあるのを傍證とし、また卷十に 「水底さへに光《て》るまでに」(一八六一)の句もあるにより、「水」の下に「底」の字を脱したとして「天の川水底さへに照らす舟|竟《は》てし舟人妹とみえきや」とよむ説がある。
 
1997 ひさかたの天漢原《あまのかはら》にぬえ鳥のうら歎《な》けましつ羨《とも》しきまでに
 
〔譯〕 天の河原にゐて、棚機は彦星の來るのを待ちかねて、忍び音に泣いてをられた、よそ目に見ても羨ましい仲と思はれるほどに。
〔評〕 織女の彦星を待ち戀ふる樣を想像して、その仲らひのこまやかさを羨んだものであらう。結句は適切の用語といひ難く、解釋上、異説を生じてゐるが、古義の説が穩かであらう。
(97)〔語〕 ○ぬえ鳥の 枕詞。「ぬえこどり」(五)「うらなけをりて」(二〇三一)參照。○ともしきまでに 外《よそ》にゐて見る人の羨しく思はれるまでと解する説(古義)、この「ともし」は珍らしいの意とし、こんな戀はたぐひ少く珍しいまでにとする説(代匠記)、その他誤字説によつて、哀しきまでにとする説(新考)などあるが、古義の説に從ひたい。
 
1998 吾が戀を嬬《つま》は知れるを行く船の過ぎて來《く》べしや言《こと》も告《つ》げなむ
 
〔譯〕 私が戀しがつてゐることを、夫の彦星は知つて居られるのに、こんなに時過ぎていらつしやるべきでありませうか。おくれるならば言傳でもしていただきたいものです。
〔評〕 この歌も疑義があつて、解釋上異説があるのは、畢竟表現力が不十分といふ外はない。
〔語〕 ○嬬 ここは借字で、夫のこと。彦星をさす。○往く舟の過ぎて來べしや 夜が明けて行き過ぎて後又來るべきか云々と解する代匠記精撰本の説は牽強である。「往く舟の」は枕詞で、時過ぎて來べしやの意とする説(古義)が穩かである。○ことも告げなむ 「なむ」は他に希望する意を表はす助詞、隨つて上の「告げ」は未然形である。
〔訓〕 ○ことも告げなむ 白文「事毛告火」で事は言の借り字。「火」は五行説により方角に配すれば南にあたるからナムと訓む説(訓義辨證)がよい。卷十三にも「死なむよ吾妹」を「二二火四吾妹」(三二九八)とある。舊訓ツゲラヒは義を成さず、「哭」と改めて、ツゲナクと訓む説もよくない。
 
1999 あからひくしきたへの子を?《しば》見れば人妻ゆゑに吾《われ》戀ひぬべし
 
〔譯〕 顔の色のあかく美しい、やはらかい織物のやうなあの女をしばしば見ると、人妻であるその女に、自分は牽きつけられて戀しくなつてしまひさうである。
〔評〕 これは七夕の歌ではなく、人妻を戀ふる歌がまぎれこんだものとも思はれるが、「あからひくしきたへの子」(98)は織女のことで、彦星以外の男の星が、織女の美しさに見とれたものと考へられもする。
〔語〕 ○あからひく 赤みを帶びて血色のよいこと。ここは枕詞といふべきではない。「六一九」參照。○しきたへの子 美しい女。「しき」は重浪《しきなみ》の重《しき》「たへ」は微妙《くはしたへ》といふ説もあるが、「しきたへ」は多く、袖、衣、などにかけた枕詞として用ゐられてをり、しなやかで織目のしげくある織物の意と思はれるので、「しきたへの子」は、敷妙のごとく美しい女と見る方がよいとの説によつた。○人妻ゆゑに 他人の妻である女のゆゑに。ここは後世の如く、人妻であるのにとも解し得る。
 
2000 天漢《あまのがは》安《やす》の渡《わたり》に船|浮《う》けて秋立つ待つと殊に告げこそ
 
〔譯〕 天の河の安の渡に船を浮べて、秋の來るのを待ちわびてゐると、自分の妻に告げてくれ。
〔評〕 彦星の歌で、船に乘つて秋の立つのを待つとは、年に一度逢ふ瀬を許された七月七日を待ちわびて、早く天の河を渡らうとする意である。妻は勿論織女のことであるが、その織女に告げてくれといふのは、誰に向つて頼むのか明かでない。風雲におほせるのであらうと新考は云つてゐる。尚、安の渡は、古事記の高天原なる天の安の河から出たもので、日本の神話中の地名と、七夕傳説とが混じあつたのが面白く思はれる。
〔語〕 ○安の渡 天の河の渡河地點の名。神代紀に「于v時、八百萬神、會2合於天安河邊1、計2其可v?之方1。」とあるのを、七夕傳説に融合させたものとおもはれる。○浮けて 浮かべて。「浮け」は下二段活用。○告げこそ 「こそ」は願望の助詞。
〔訓〕 ○告げこそ 白文「告與具」で、諸本皆この通りであり、卷十三にも「眞福在與具」とあるが、ともに訓みがたい。略解は「告乞其」の誤といつてゐるが、二字にわたる改訂に從ひがたい。「與」をコソと訓む例は、「九九五」「二八五〇」にもある。「具」は「其」を誤つたもので「二〇八九」に具穗船の例もある。「與」の一字でコソと訓み(99)「其」を添へたものかとも思はれる。舊訓は字面に即してツゲヨク、元暦校本はこのままで「つげこそ」と訓み、略解は文字を前記の如く改めてツゲコソと訓んでゐる。
 
2001 蒼天《おほぞら》ゆ通ふ吾すら汝《な》がゆゑに天漢路《あまのかはぢ》をなづみてぞ來《こ》し
 
〔譯〕 空を飛んで通ふことの出來る自分でさへも、そなたゆゑには、天の河の道を、歩き惱みつつたどつて來たのである。
〔評〕 彦星が、大空を自在に飛行し得る身でありながら、戀なればこそ、馴れぬ河を渡つて來るといふ辛酸を、織女に向つて訴へたのである。固より條理にあてはまらぬところはあるが、幼くて可隣な想像である。
〔語〕 ○大空ゆ 「ゆ」は「より」の義であるが、「鄙の長道ゆ戀ひ來れば」(二五五)、「空ゆと來ぬよ」(三四二五)等のやうな用法もあつて、動作の行はれる範圍を動的に示すもの、即ち「を通つて」の意。○なづみてぞ來し 苦勞をして、辛うじてやつと來たの意。
〔訓〕 ○蒼天ゆ 白文「從蒼天」で、舊訓オホゾラニ。今、代匠記精撰本に從ふ。○汝がゆゑに 白文「汝故」で、舊訓ナレユヱニ。今、略解に從ふ。○なづみてぞ來し 白文「名積而敍來」舊訓ナヅミテゾクル。今、考の訓を採る。
 
2002 八千戈《やちほこ》の神の御世より乏《とも》し※[女+麗]《づま》人知りにけり繼ぎてし思へば
 
〔譯〕 遠い八千戈の神の御代から、自分のいとしい妻を、人は皆知つてしまつたことである。自分が絶えず思ひつづけてゐるので。
〔評〕 七夕の傳説の古さ、人口に言ひはやされることの久しさから、その戀の長久を、彦星が歎じてゐるのである。八千戈の神、即ち大國主命の御代よりと歌つて、大陸傳來の説話を日本化したのが、作者の機智である。
(100)〔語〕 ○八千戈の神 大國主命の別名。「一〇六五」參照。○ともしづま いとしく懷かしい妻の意で、ここは織女をさす。○繼ぎてし思へば ずつと續いて戀ひ慕つてゐるので。
 
2003 吾が戀ふる丹《に》のほの面《おもわ》今夕《こよひ》もか天漢原《あまのかはら》に石枕《いはまくら》纒《ま》く
 
〔譯〕 自分が戀しく思ふあの美しい顔色の織女は、今宵しも、天の河原に石を枕として、寢てゐることであらうか。
〔評〕 天の河原に待つ織女の面影を想像しつつ、ひた急ぐ彦星の心の焦躁がよく現れてゐる。「ひさかたの天の河瀬に船うけて今夜か君が我がり來まさむ」(一五一九)とは、男女互に立場をかへた趣である。
〔語〕 ○丹のほの面 丹の秀の面なるわが妻織女の義。「丹のほ」は赤い色の著しく美しいことで、即ち血色美しい顔。「八〇四」參照。面はオモテとも訓めるが、卷十九の長歌(四一六九)の自註に、「御面謂2之|美於毛和《ミオモワ》1」とあるに從ふ。○今夕もか 今晩かまあの意。「も」は詠歎「か」は疑問の助詞で結句に呼應する。
〔訓〕 ○丹のほの 白文「丹穗」ニホヘルとよむ説もある。○石枕 舊訓イソマクラ。今、代匠記精撰本による。
 
2004 己《おの》が夫《つま》乏《とも》しむ子等《こら》は泊《は》てむ津の荒磯《ありそ》枕《ま》きて寢む君待ちがてに
 
〔譯〕 夫の彦星を懷かしがつてゐるあの織女は、夫の舟が着く天の河の船着場の荒磯を枕にして、寢ることであらう。その懷かしい夫を待ちかねて。
〔評〕 彦星を待ち焦れる織女星に同情を寄せた歌であるが、修辭が稚拙佶屈で、趣致に乏しい作である。
〔語〕 ○己が夫 自分のをつと、彦星のこと。○乏しむ子等 「ともしむ」は愛しなつかしむ意。「子等」は織女をさす。「ら」は口調の爲の接尾辭、複數ではない。○泊てむ津の 彦星の船が着く筈の天の河の般着場の意。
〔訓〕 ○己が夫乏しむ 白文「己※[女+麗]乏」。オノヅマニトモシム、又トモシキとよむ説もある。○泊てむ津 白文「竟(101)津」で、代匠記は「竟」の上に「舟」の上に舟の脱と見、考は「竟」を「立見」の誤としてゐる。舊訓アラソヒツでは意を成さず、代匠記及び考は誤字説によりフネハテツ、タチテミツなど訓んだが、このまま古義の如くハテムツノと訓むがよい。
 
2005 天地と別れし時ゆおのが※[女+麗]《つま》然《しか》ぞ手に在《あ》る秋待つ吾は
 
〔譯〕 天と地と相別れた遠い昔から、織女は自分の妻として、かうして自分の掌中にある。であるから、やがて妻に逢へる秋を樂しみに待つてゐるのである、自分は。
〔評〕 七夕の歌は、多くはその悲戀を憐む同情を基調とtてゐるが、これは趣を異にして彦星の心の平安を歌つてゐる。なるほど年に一夜の逢瀬しか許されないといふことは、悲しい戀には相違ないが、しかし又一面から見れば、永久にわたるその契の固いこと、安定してゐることを思はせるのである。この歌は全體に快活の響があり、「秋待つ吾は」にも、安んじて秋を樂しむ感じが受取られる。
〔語〕 ○天地と別れし時ゆ 天地開闢の遠い昔から。○然ぞ手に在る このやうに自分の妻として定つてゐるの意。
〔裙〕 ○秋まつ吾は 白文「金持吾者」。「金」は、五行を四季に配すれば金が秋に當るからである。
 
2006 彦星は嘆かす※[女+麗]《つま》に言だにも告げにぞ來つる見れば苦しみ
 
〔譯〕 彦星は嘆いて居られる妻に、慰めの言葉だけでもと思つて、それを言ひに來た。妻の樣子を見ると苦しいので。
〔評〕 織女に對する彦星の暖かい思ひやりを第三者が詠んだものであるが、條理が徹しない憾がある。特に「告げにぞ來つる」の行動と「見れば苦しみ」の條件とは明かに時間的矛盾であり、「歎かす」の理由も曖昧である。要するに拙作であらう。
(102)〔語〕 ○歎かす 「歎く」の敬語であるが、ここは親愛の心持を表はす。○見れば苦しみ 歎くのを見てゐるのが苦しいのでの意。新考に「不」を補つて「見ずば苦しみ」と解したのは、前後に感じられる矛盾を除く意圖に出たと思はれるが、それは輕々には賛し難い。
〔訓〕 ○告げにぞ 白文「告爾敍」。告はノリとも訓める。「爾」を通行本「余」に作るは誤。元暦校本によつて訂す。
 
2007 ひさかたの天《あま》つ印《しるし》と水無川《みなしがは》隔てて置きし神代し恨めし
 
〔譯〕 天上のしるしとして、水の無い天の河を、私たち二人の間に隔てて置いた神代が恨めしいことである。
〔評〕 これは第三者としての歌でなく、彦星か織女かの心になつての作である。天の河を隔てて夫婦交會の難いのを歎くあまりに、「神代し恨めし」と、運命を恨むことになつた。素朴な上代人の心に、この傳説の及ぼした悲哀の切實さが想像される。しかも大陸の傳説に、「神代」と日本化したのは注意すべきである。「水無」といふのは、下界から見た感じでいうたのであらうか。天の川を船して渡り、或は渡舟にのつてわたり、或はかちわたりし、此の歌のごとく、水の無き川と樣々に空想のつばさをはせてゐるのはおもしろい。
〔語〕 ○天つしるしと 彦星と織女とを隔てる天上での標としての意。下にも「久方の天つ驗と定めてし天の河原に」(二〇九二)とある。
 
2008 ぬばたまの夜霧隱《よぎりがく》りて遠くとも妹が傳《つたへ》は早く告げこせ
 
〔譯〕 夜霧が立ちこめ、その上自分のゐるところは遠くても、いとしい妻の傳言は、早く自分に聞かせてくれ。
〔評〕 地上の戀人同士のやうに、彦星が織女からの文使を待ちわびてゐる心を敍べたもので、當時七夕傳説が樣々に詠まれ、形を變へて想像されてゐたことが知られる。
(103)〔語〕 ○ぬばたまの 「夜」にかかる枕詞。「八九」參照。○妹が傳 妻即ち織女からの傳言の意。○告げて下さいの意。「こせ」は「一一九」參照。
〔訓〕 ○がくりて 白文「隱」。ガクリニとよむ説もある。○つたへは 白文「傳」。卷十二に「何の傳言《つてごと》」(三〇六九)卷十九に「傳言に吾に語らひ」(四二一四)とあるにより、ここも「イモガツテゴト」とよむ説もある。○告げこせ 白文「告與」。ツゲコソとよむ説もある。
 
2009 汝《な》が戀ふる妹の命《みこと》は飽き足《た》りに袖|振《ふ》る見えつ雲|隱《がく》るまで
 
〔譯〕 あなたが戀ひ慕ふ妻の織女の君は、十分滿足するまで袖を振るのが見えました。あなたの姿が遠く雲に隱れて見えなくなるまで。
〔評〕 織女が曉の別れに際して思ひきり袖を振るのを見た人、恐らく彦星の從者などが、それを彦星に告げた趣の歌である。飽くまでも人間界の戀の樣子に想像したところに、現實的な上代人の面目が窺はれる。
〔語〕 ○妹のみことは、現代語で「奧樣は」といふほどの意。織女をさす。○飽き足りに 十分滿足するほどに。○雲隱るまで 彦星の姿が雲に隱れて見えなくなるまで。「隱る」は古くは四段活用。
〔訓〕 ○飽き足りに 白文「飽足爾」。舊訓アクマデニは不可。古義は「飽迄爾」の誤としてゐるが、諾けがたい。
 
2010 夕星《ゆふづつ》も通ふ天道《あまぢ》を何時《いつ》までか仰ぎて待たむ月人壯子《つきひとをとこ》
 
〔譯〕 日が暮れて、宵の明星も空の道を通ふ頃となつたのに、いつまでまあ私は空を仰いで、彦星の君を待つことでせうか。ねえ、お月樣。
〔評〕 空には宵の明星も輝き出した。月も出た。彦星はまだお見えにならぬ。私は何時まで待つてゐなくてはならぬ(104)のかと、織女が焦慮を月に愬《うつた》へたのであらう。童話的な可憐な趣がある。或は、「三六一一」によるに、月人を彦星にたとへたものとも解される。古義には、月を待つ歌が誤つて入つたものと解して居る。
〔語〕 ○夕星 太白星即ち金星のこと。「一九六」參照。○月入壯子 月を人格化した語で、下にも「二〇四三」「二〇五一」「二二二三」等に見える。ここは呼びかけとして上述の如く解した。
 
2011 天漢《あまのかは》い向ひ立ちて戀ふとにし言《こと》だに告げむ※[女+麗]《つま》とふまでは
 
〔譯〕 天の河の岸に向ひ立つて、織女を戀ひ慕つてをるといふ、せめてそのことを傳言だけでもして置きたい、七夕の夜が來て親しく妻を訪ふまでは。
〔評〕 相會ふのは年に一度であるが、それまでの間には、地上の戀人同士のやうに、文使を通はしてゐるといふ風に見たので、これも上代人の現實的な解釋である。
〔語〕 ○い向ひ い「は」接頭辭。○戀ふとにし 戀うてをると。○※[女+麗]とふまでは 直接妻をおとづれるまでは。
〔訓〕 ○戀ふとにし 白文「戀等爾」今「し」を訓みそへた。考は「戀樂爾」の誤、古義は「戀從者」或は「戀自者」の誤としてゐる。代匠記はコフルトニ。それを「夜の更けぬとに」(一八二二)の「と」と同じと見るのは假名遣上いかがである。○※[女+麗]とふ 白文「嬬言」。ツマトイフともよめるが、ツマトフと訓み、妻を問ふの義に解した。
 
2012 白玉《しらたま》の五百《いは》つ集《つどひ》を解きも見ず吾《あ》は干しかたぬ逢はむ日待つに
 
〔譯〕 白玉を澤山貫いて飾つた紐を解いて、二人でうちとけて寢ることもなく、私は涙に濡れた袖を干しかねることである。戀しい夫に逢ふ日を待つのに。
〔評〕 彦星を待ちかねた織女の心で、白玉の五百つつどひは、天女の袋にふさはしい想像である。彦星の歌と見られ(105)ないこともないが、全體の氣分から女性の作と取るのが自然であらう。
〔語〕 ○白玉の五百つつどひ 白玉を多く貫き集めた首飾。古事記上卷に「八尺《やさか》の勾※[王+總の旁]《まがたま》の五百津御統《いほつみすまる》」とある。○解きも見ず 紐を解いても見ないで。うちくつろいで寢もしないでの意を含んでゐる。○ほしかたぬ ほすことが出來ないの意。「かたぬ」は「かてぬ」(九八)に同じと思はれる。「かつ」は成し得るの意で、通常下二段活用であるが、ここの例によると、四段にも活用したものであらうか。この句は「袖」を補つて解せねばならぬ。
 
2013 天漢《あまのがは》水陰草《みづかげぐさ》の秋風に靡かふ見れば時は來にけり
 
〔譯〕 天の河の水のほとりに生えてゐる草が、秋風にそよそよと靡いてゐるのを見ると、なつかしい吾が夫、彦星のお出になる時が來たのである。嬉しいことである。
〔評〕 前出「二〇〇七」の「水無河《みなしがは》」以外は、七夕の歌では皆天河に水のあることを敍べてゐるが、この歌は全く地上の河の眺をそのまま天界に移した感があつて、七夕に近い初秋の頃の川邊の風趣が爽かに浮んでくる。内容も純粹で聲調も頗る流麗である。
〔語〕 ○水陰草 新解には水に影のうつる草、即ち岸邊の草といひ、全釋は水邊の物かげに生ずる草としてゐる。考や古義はミゴモリグサと訓んでゐるが、それでは水中に没してゐる水草になつて、秋風に靡くといふに相應しない。○靡かふ見れば 靡いてゐるのを見れば。○時は來にけり 彦星に會ふ時が來たの意。
〔訓〕 ○水陰草 大矢本、京大本に「陰」を「隱」に作り、古義はこれに從つてゐるが、一首の意からも、多數古寫本に照して見ても採り難い。○時は來にけり 白文「時來々」通行本は「時來之」とある。今、元暦校本・類聚古集・紀州本等による。舊訓は「時來之」により「トキハキヌラシ」とあるが、今、元暦校本等の本文に從ひ、新訓を施す。
 
(106)2014 吾が待ちし秋萩咲きぬ今だにも染《にほ》ひに行かな遠方人《をちかたびと》に
 
〔譯〕 自分の待つてわた秋萩の花が咲いた。せめて今でも、花に袂を染めがてら、逢ひに行かうよ。天の河のあちらにゐる人に。
〔評〕 これも亦地上の秋色をその儘に、架空の世界に移したもので、彦星の心を詠んだものであらう。率直に見れば、七夕の歌ではないやうにも思はれるが、つまり稚拙な歌なのである。
〔語〕 ○今だにも せめて今なりとも、即ち平常は行けないが、萩の花咲く秋になつたこの時にでもの意。○染ひに行かな 「にほふ」は衣に色を染めつける意。ここは萩の花に自分の袖を染めに行く意、妻に會ひに行く意を寓してゐるのであらう。四句を紀州本の訓に從つてニホヒテユカナとすれば全體の解は明瞭になるのであるが、本文に一も證本が無いので遽に採用し難い。○遠方人 「をちかた」の本義は、あちらで、ここは天の河のあちらにゐる人の意で、織女をさすと解すべきである。
 
2015 吾背子にうら戀ひ居れば天の河夜船《よふね》榜《こ》ぎ動《とよ》む楫《かぢ》の音《と》聞ゆ
 
〔譯〕 なつかしい私の夫を心のうちで戀ひ慕つてゐると、天の河で、夜船を漕ぎ騷ぐ櫂の音が聞える。さては夫の船か、嬉しいことである。
〔評〕 夜船をこぐ楫の音に、夫を待ち戀ふる織女の胸も高鳴るかと感じられる。奇按な着想ではないが、雄渾な格調に饒かな情趣が流れてゐる。
〔語〕 ○吾背子 織女から彦星をさす。○うら戀ひ居れば 心の中で戀しがつてゐればの意。「うら」は心の意。
 
(107)2016 まけ長く戀ふる心ゆ秋風に妹が音《おと》聞《きこ》ゆ紐解きゆかな
 
〔譯〕 今まで時長く戀ひ慕つてゐる自分の心から、秋風の吹くにつれて、妻の織女の聲が聞えて來る。さあ、着物の紐を解いて逢ひに出かけよう。
〔評〕 あまりに思ひつめてゐる心の迷ひから、ふと、秋風が妻の聲を傳へて來るやうに聞きなされたといふのは、頗る感覺的である。心に美しい妻の聲を聞き、妻のにほひを感じて、心の躍つた樣が、よく現はれてゐる。
〔語〕 ○まけ長く 長い時の間。「ま」は接頭辭。○戀ふる心ゆ 戀しがつてゐる心からして、心のせゐでの意。○秋風に 秋風につれて、秋風に吹き送られて。○紐解きゆかな 衣の紐を解いて逢ひに行かうよ。「な」は願望の助詞。「家きかな」(一)參照。
〔訓〕 ○心ゆ 白文「心自」ココロヨともよめる。○ゆかな 白文「往名」。略解所引宣長説に「待名」の誤としてマタナ、古義に「枉名」の誤としてマケナと改めたが、舊訓のままでよい。
 
2017 戀ひしくは日《け》長きものを今だにも乏しむべしや逢ふべき夜《よ》だに
 
〔譯〕 戀しく思うたのは、長い間でありましたものを、今になつてまで、不滿な思ひを私におさせなさるといふことがありませうか。いよいよ逢へるといふ今夜だけでも、せめてじらさずに逢つて下さい。
〔評〕 織女の心で、まことに情痴纒綿の趣がある。由來七夕の歌には、作爲が多くて眞情の流露したものが少いのであるが、これなどは異數に屬する。尤もこれは七夕の歌とせずとも、普通の相聞としてでも立派に通るのである。下に、「戀ふる日は日《け》長きものを今夜だに乏しむべしや逢ふべきものを」(二〇七九)の類歌がある。
〔語〕 ○戀しくは 戀しがつてゐたことはの意。「し」は過去の助動詞、「く」は用言に接してこれを「こと」の意で(108)體言化する語。「散らく」(八二三)・「寢なく」(八三一)・「惡しけく」(九〇四)・「善けく」(同)なども、皆同じ。○乏しむべしや 乏しむを「乏しく思ふ」と解して、不滿足に思つてよいであらうか、何で不滿に思はうの意とする説と、「乏しがらせる」と解して、不滿に思はせるべきであらうか、否、不滿を感じさせてはならぬの意とする説とがある。今、後説による。○逢ふべき夜だに、折角逢へる筈の今夜だけでもせめて、私に不滿を感じさせないで早く逢つて下さいとの意。
 
2018 天漢《あまのがは》去歳《こぞ》の渡《わた》りで遷《うつ》ろへば河瀬を踏《ふ》むに夜ぞ深《ふ》けにける
 
〔譯〕 天の河の去年渡つた場所が、今年は變つてしまつたので、河の淺瀬を踏んで、あちこちと捜すうちに、夜がふけてしまつたことである。
〔評〕 現實の人間の經驗を天界に應用した構想で、奇拔な趣である。彦星の苦心困惑の?が巧みに描かれて居り、調も緊密にしてよい。
〔語〕 ○去歳の渡りで 去年の七夕に渡つた渡り瀬の意。仁コ紀の歌に「和多利涅《ワタリデ》」とあるところを、古事記では「和多理是《ワタリゼ》」としてゐるので、この兩語は同じであることが察せられる。○河瀬を踏むに 淺い所を捜さうと瀬踏みをしてゐるうちに。
〔訓〕 ○渡りで 白文「渡代」、類集古集・紀州本・西本願寺本などによる。通行本「渡伐」に作るはわるい。「伐」による舊訓ワタリバは不可。「代」はデの假字として集中用例があるからワタリデと訓むべしといふ古義の説がよい。
 
2019 古《いにしへ》ゆ擧《あ》げてし機《はた》も顧みず天《あま》の河津《かはつ》に年ぞ經《へ》にける
 
〔譯〕 ずつと以前から織らうと思つてかけておいた機も、私はそのまま打捨てて置いて、彦星のおいでを待つために、(109)天の河の船着場で、空しく年を過ぐしてしまつたことである。
〔評〕 第三者が、戀ゆゑに務をも忘れてゐる織女を詠じたものとも解せられるが、織女自身の詠歎と見るのが自然であらう。但、着想は奇であるが、あまりに誇張に過ぎて同感を惹き難い。
〔語〕 ○いにしへゆ はやくからの意を大げさにいつたもの。○擧げてし機も 織らうとしかけて置いた機をもの意。「擧げ」は經絲を機に上せる意。○顧みず 織らずに捨て置いて。
 
2020 天漢《あまのがは》夜船《よふね》を榜《こ》ぎて明《あ》けぬとも逢はむと念《も》ふ夜《よ》袖|交《か》へずあらむ
 
〔譯〕 天の河に夜船を漕いで、たとひ夜が明けてしまつても、戀しい織女に逢はうと思ふ今夜なのである。袖をかはして寢ずにおかうか。
〔評〕 夜船を漕ぐうちに時を過して、夜は次第にふけて行く。それについて彦星の焦燥はいよいよ激しくなつてゆく。只逢ひたさの一念で、時間的の矛盾などはまるで念頭に置いてゐない、強く張り切つた語句聲調の中に、よく心もちが現れてゐる。
〔語〕 ○明けぬとも 夜が明けてしまつてもの意。「ぬ」は完了の助動詞の終止形。○袖交へずあらむ 袖を交して共に寢ないでゐようか、寢ずにはゐないの意。
〔訓〕 袖かへずあらむ 白文「袖易受將有」で、代匠記はこの下に哉の脱とした。「袖かへずあらむ」たけでは、反語にとることがむづかしいので、ソデカヘズアレヤ、アラメヤとする説がある。
 
2021 遠妻《とほづま》と手《た》枕|交《か》へて寐たる夜は鷄《とり》が音《ね》な動《とよ》み明《あ》けは明《あ》くとも
 
〔譯〕 遠く離れてゐた妻と、手枕をかはして寢た晩は、鷄は鳴き騷がないでくれ、夜は明けても。
(110)〔評〕 湯原王の、「織女《たなばた》の袖つぐ三更《よひ》のあかときは河瀬の鶴は鳴かずともよし」(一五四五)と似た思を、彦星の心として詠んだものである。結句が極めて安定して居り、千鈞の力がある。
〔語〕 ○遠妻 遠くにゐる妻。織女をさす。○鷄が音なとよみ 鷄の聲は騷がしく啼き立てるな。普通は「なとよみそ」といふが「そ」は禁止の意に必ず伴ふものではない。
 
2022 相見らく飽き足《た》らねどもいなのめの明け行きにけり船出《ふなで》せむ※[女+麗]《つま》
 
〔譯〕 お前とかうして相見ることは、まだ飽き足らないけれども、もう夜が明けて來たよ。船出をして自分は歸らう、いとしい妻よ。
〔評〕 訣別に臨んでの彦星の心で、綿々として盡きぬ惜別の情が、典雅流麗な調子の中に盛られてゐる。四句まで一氣に淀みなく感懷を敍して句を切り、新たに起した結句を更に二つに切つて自分の決心をいひ、妻へ呼び掛けて結收た句法は、頗る變化に富んで面白く、結句が實によく安定して力がある。
〔語〕 ○相見らく 互に相見ることはの意。○いなのめの 「明け」につづく枕詞。意は諸説あるが、寢《いね》の目の明くと解する冠辭考の説が比較的穩かであらう。○船出せむ 船出をして自分は歸らうとの意。○※[女+麗] 妻よ、と呼びかけた語。
 
2023 さ寐《ね》そめて幾何《いくだ》もあらねば白たへの帶乞ふべしや戀もすぎねば
 
〔譯〕 寢たばかりでまだ幾らもたたないのに、もう歸り支度で、御自分の白たへの帶を返してくれなど仰しやることがございますものか。戀しい思がまだ盡きもしませんのに。
〔評〕 これも切實な地上の戀の實感を天界に移して想像したもので、織女に寄せた作者の同情の聲である。切實では(111)あるが、露骨に過ぎてゐる。
〔語〕 ○さねそめて 寢始めて。寢たばかりで。「さ」は接頭辭。○いくだもあらねば まだ幾らも時がたたないのにの意。「ねば」は「‥‥ないで居るうちに」の意。○白たへの 枕詞のやうにも見られるが、ここは白い栲と解すべきであらう。○帶乞ふべしや 帶を出してくれといつて歸えい支度をなさるべきであらうか、まだそんな事をなさるべきではないの意。○戀もすぎねば 戀しい思もまだ滿足しないで居るうちに。滿足しないのに。
〔訓〕 ○過ぎねば 白文「不過者」通行本には「不遏者」とあり、ツキネバと訓んでゐるが、元暦校本等により、スギネバがよい。
 
2024 萬世《よろづよ》に携《たづさ》はり居《ゐ》て相見とも思ひ過ぐべき戀にあらなくに
 
〔譯〕 萬年の末までも手を取りあつて、共に暮してゐても、それで思が晴れるやうな、そんな淺い私たちの戀ではありませぬ。
〔評〕 これは普通に人間界の戀の歌としてもみられるが、「萬世に携はりゐて」の悠久性は、天上の戀がふさはしいのである。四五句は赤人の、「明日香河川淀さらず立つ霧の思ひ過ぐべき戀にあらなくに」(三二五)と同樣である。
〔語〕 ○携はり居て 手をつなぎ合つて、共にゐて。○相見とも 相見つつ同棲してゐても。「見とも」は「見るとも」の古格。「九二一」參照。○思ひ過ぐべき 思が無くなるやうな。「三二五」參照。
 
2025 萬世に照るべき月も雲|隱《がく》り苦しきものぞ逢はむと念《おも》へど
 
〔譯〕 萬年の後まで變らず照るべき月でも、時として雲に隱れて、氣づまりなものである。自分たちも萬年の末までも逢はうと思つてゐるけれども――かうして一年に一夜だけで別れるのは苦しいことである。
(112)〔評〕 初句以下四句までは譬喩であつて、主意は最後の一句に託した極めて大膽な省略法といふべきであるが、晦澁の氣味があり、成功までには、なほ幾歩の距離がある。
〔語〕 ○雲隱り 時に雲に隱れることがあつての意。○苦しきものぞ 憂鬱なもの、いやなもの、の意。○逢はむと思へど 上の譬喩を承けて、そのやうに自分たちも萬世まで渝ることなく逢はうと思ふけれども、宿命的な障りがあつて、意のままにならないのは、苦痛なものであるとの意を寓してゐる。
 
2026 白雲の五百重隱《いほへがく》りて遠けども夜去《よひさ》らず見む妹が邊《あたり》は
 
〔譯〕 既に別れて來ると、白雲が幾重にも幾重にも立つ中に隱れて遠いけれども、一夜も缺かさず自分は眺めてゐよう、妻の織女が住んでゐるあたりは。
〔評〕 「白雲の五百重がくりて」は古典的な莊重な句である。内容も自然であるし、調子も全體に古朴な趣があつてよい。
〔語〕 ○遠けども 遠いけれども。「遠け」は形容詞の古い活用形の一で、當時はまだ「遠けれ」といふ已然形は發達してゐなかつたと思はれる。○よひ去らず 一夜も缺かさず。毎晩毎晩。「夕さらず」(三五六)參照。
〔訓〕 ○五百夜隱りて 白文「五百重隱」、元暦校本・西本願寺本等、古寫本は多くイホヘカクレテと訓み、通行本はイホヘカクシテとあるが、今、考の訓を採る。
 
2027 我がためと織女《たなばたつめ》のその屋戸《やど》に織る白|布《たへ》は織りてけむかも
 
〔譯〕 自分に着せる爲といつて、織女がその家で織つてゐる白い布は、今はもう織り上げたことであらうか。早く見たいものである。
(113)〔評〕 内容、表現、ともに極めて單純素朴で、何らの技巧もないのが好ましい。
〔訓〕 ○織れる白布は 白文「織白布」略解の訓による。古義にはオレルシロタヘとある。
 
2028 君に逢はず久しき時ゆ織る機《はた》の白たへ衣《ごろも》垢《あか》づくまでに
 
〔譯〕 あなたにお目にかからないままに、久しい以前から織つて居ります私の機の、この白い布の着物地は、空しく機の上で垢がつくまでになりました。
〔評〕 前の歌の答歌とも見れば見られる。要するに「二〇一九」の歌と同工異曲であり、戀しいあなたに逢へない憂鬱さに、機も打捨て置いて埃だらけにしてしまつたといふのである。
〔語〕 ○君に逢はず 君に逢はずしての意で、白栲衣が垢づくまでになつたといふ四五句に對する條件の副詞句をなすものと見るべきである。○垢づくまでに この下に「なりぬ」の語が省かれてゐる。織らずに打捨ててあるから垢づいたのである。
〔訓〕 ○織る機の 白文「織服」。オリキタル、オリキテシとよむ説もある。
 
2029 天漢《あまのがは》楫《かぢ》の音《と》聞ゆ彦星と織女《たなばたつめ》と今夕《こよひ》逢《あ》ふらしも
 
〔譯〕 天の河に、船を漕ぐ櫂の音が聞える。彦星と織女とが、今晩樂しく逢ふらしいなあ。
〔評〕 簡明率直の作。「楫の音聞ゆ」は單なる作者の空想と見るべく、風の音か何かを聞いて譬喩的にいつた、とさう窮屈に穿鑿立てせずともよからうと思ふ。雁の聲が艪の音に擬せられることは白樂天などの句にもあり、源氏物語などにも見えるが、ここはそれと見るには、全釋も云つてゐる通り、季節が猶早い。
〔語〕 ○楫の音聞ゆ 「楫」は艪又は櫂のこと。舵ではない。○今夕逢ふらしも 「らし」は根據をあげて想像を表は(114)す助動詞。即ち楫の音を開いて、逢ふらしと推量するのである。
 
2030 秋されば川ぞ霧《き》らへる天の川河に向ひ居《ゐ》て戀ふる夜多し
 
〔譯〕 秋になつたので、河が一面に霧立つてゐる。その天の河に向つてゐて、私は夫を戀しがる夜が多いことである。
〔評〕 漸く近づいて來る七夕の逢瀬を思ひ、天の河に向つて夜な夜な待ちわびてゐる織女の面影が、可憐に描かれてゐる。「河」の語の反復も力強く利いてゐるし、四五句の表現も素直で好ましい。
〔語〕 ○秋されば 秋が來ると。秋になると。「秋さらば」(八四)、「秋されば」(九二三)、「夕されば」(一三八)など用例が夥しい。○河ぞ霧らへる 河が霧だつてゐる。
〔訓〕 ○川ぞ霧らへる 白文「川霧」で、温故堂本この下に「立」があり、これを正しいとする説もある。舊訓「カハギリタチテ」とあるが、温故堂本に據らない限り無理で、赤人集に「河霧わたる」とあるのも同樣である。今、原字の儘に新訓を試みた。
 
2031 よしゑやし直《ただ》ならずともぬえ鳥のうら嘆《な》け居《を》りと告げむ子もがも
 
〔譯〕 たとひ直接には逢へないにしても、私があなたを戀ひ慕つて忍び音に嘆いてゐるといふことを知らせる使に行つてくれる子がゐてほしいものであるよ。
〔評〕 逢瀬がままならぬのみでなく、音信の道さへ絶えて、悶々の情に堪へかねてゐる織女を想像して同情を寄せたのである。調子が頗る古雅で落ちついてゐる點、爭はれぬ時代の古さを語つてゐる。
〔語〕 ○よしゑやし よしや、たとひの意。「一三一」その他集中用例が多い。○直ならずとも 直接に逢へずともの意とする古義の説がよい。○ぬえ鳥の 枕詞。「五」參照。○うらなけ居りと 忍泣きしてゐると。「うら」は心の(115)義。「うらなけ居れば」(五)參照。○告げむ子もがも 告げる爲に使に行つてくれる者が欲しいとの意。「子」は妹をさすといふ略解の説は誤。
 
2032 一年に七夕《なぬかのよ》のみ逢ふ人の戀も過ぎねば夜《よ》はふけゆくも【一に云ふ、盡きねばさ夜ぞあけにける】
 
〔譯〕 一年のうちに、七月七日の夜だけ逢ふ彦星と織女との、戀しい思もまだ晴れないのに、夜はふけてゆくことである。(一本の方では、戀しい思もまだ盡きないのに、もう夜が明けてしまつたわい。)
〔評〕 七日の夜のふけてゆくにつれ、又は明けゆくにつれ、如何に當時の多感な人々が天上の戀に同情して胸を痛めたかが、推察される。素直にして哀韻の長い作である。
〔語〕 ○七夕のみ逢ふ人 彦星と織女との夫婦をいふ。○戀も過ぎねば 戀しい思も無くならずにあるうちに。この句は「二〇二三」にも見えた。
〔訓〕 ○過ぎねば 白文「不過者」、元暦校本・類聚古集・紀州本等による。通行本に「過」を「遏」に作つてゐるのは、一に云ふの「盡」、と同訓同義となるので如何と思はれる。
 
2033 天漢《あまのがは》安《やす》の川原に定まりて神競《かむつきほひ》は時待たなくに
     この歌一首は、庚辰の年之を作れり。
     右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 天の河の安の川原で開くことに定まつてゐて、神々の御意見を競《きほ》ひ戰はしなさる會合は、一定の時を待つといふこともなく、事あれば何時でも開かれるのになあ。私たちの會合は、如何に望んでも、年に一夜ときまつてゐるのが悲しい。
(116)〔評〕 この歌は頗る趣向を凝した歌のやうであるが、四句の訓に疑義があつて、難解になつてゐる。姑く右のやうに釋してみたが、尚後考を俟つべきであらう。
〔語〕 ○安の川原 天の安の河の河原に八百萬の神を神集へに集へるといふことが記紀に見えてゐる。○神競 意見を競ひ述べあうて相談する意で、神集《かむつどひ》をさすものと思はれる。○時待たなくに 一定の時期を待つことなく、隨時行はれるとの意。
〔訓〕 ○神競 神をココロともよむから(二九〇七參照)ココロクラベともよめる、カミシキホヘバともよむ説もある。多少の疑點はあるが、姑く上記のやうによんだ。○時待たなくに 白文「磨待無」、今、元暦校本・紀州本・西本願寺本等に從ふ。但。「とぐ」の「と」と時又は年の「と」とは假名遣上異なり、定訓とはなし難い。
〔左註〕 此歌一首云々 「二〇三三」の歌一首は庚辰の年に作つたとの意。庚辰は天武天皇の八年である。右は柿本朝臣云々 一九九六以下の七夕の歌三十八首は人麿歌集に出てゐるとの意。但、この中に人麿自身の作が幾首あるかは不明で、大部分は他の作と考へられる。
 
2034 棚機の五百機《いほはた》立てて織る布《ぬの》の秋さり衣《ごろも》誰《たれ》か取り見む
 
〔譯〕 織女が澤山の機を立てて織つてゐる布で作つた秋の着物は、誰が手に取つて見て着ることであらう。無論それは、彦星が着るのである。
〔評〕 織女が五百機を立てて織るといふのは、面白い想像である。それほど骨折りいそしんでゐるのも、畢竟愛する夫一人へ奉仕する以外に、何物もないといふ織女の誠實と貞淑とを第三者が禮讃したのである。
〔語〕 ○棚磯の ここは棚機女《たなばたつめ》の意。○五百機 五百は數多い意。○秋さり衣 秋になつて着る衣「さり」は、「夕されば」(一三八)「春さり來れば」(一六)などの「さり」と考へられる。○誰か取り見む 誰が手に取つて見て着(117)るのであらう。それは彦星に外ならないの意。
 
2035 年にありて今か纒《ま》くらむぬばたまの夜霧隱《よぎりがく》りに遠妻《とほづま》の手を
 
〔譯〕 一年の久しい間に於いて、今こそ彦星は、夜霧に隱れた天の河のほとりで、平素遠く離れ住んでゐる妻の手を枕にして、打くつろいで寢ることであらうか。
〔評〕 天の河を仰いで彦星の歡喜を想像したもので、感情が大きく波打ち、調子も高く張つて、一首が生動してゐる。
〔語〕 ○年にありて 一年間に於いて。一年間待つてゐて。○今か纒くらむ 今こそ枕として寢てゐるであらうか、多分さうでからうの意。○夜霧隱りに 夜霧に隱された天の河原に於いての意。
 
2036 吾が待ちし秋は來りぬ妹と吾《われ》何事あれぞ紐解かざらむ
 
〔譯〕 自分が待ちに待つてゐた秋は來た。妻と自分とは、何事があつてまあ、着物の紐を解かないでゐようか。どんな事があらうとも、紐を解いてゆつくり寢るのである。
〔評〕 一年の間待ちこがれた一夜の交會である。彦星の歡喜が、官能的な激情の嵐となつて發したのである。或は地上の戀にままならぬ歎を重ねた作者の思が裏付けになつてゐるのではないかと感じられるほど、力強い響がある。
〔語〕 ○何事あれぞ 何事あればぞの意。どんなことがあるからとて。○紐解かざらむ 下紐を解いて寢ないことがあらうか、必ず寢るぞといふ強い意志を表はしてゐる。
 
2037 年の戀|今夜《こよひ》盡《つ》くして明日よりは常の如くや吾が戀ひ居《を》らむ
 
〔譯〕 一年中の戀ひ焦れる思を、今夜すつかり晴らしてしまつて、明日からは又いつもの如く、私はあなたを戀ひ暮(118)らすことでありませうか。
〔評〕 男女いづれの心とも解せられるが、このしんみりした調子は、織女の歎を歌つたものと見る方がふさはしい。或は前の歌と應酬をなすものと見ても面白くはあるまいか、即ち男は刹那の喜に浸つて激情の頂點に在るのに、女は反省的で、歡樂極まつて哀情多き明日以後を思つてゐるのである。
〔語〕 ○年の戀 一年中の長い戀の意でこころの深い句である。○常の如くや いつもの通りに。「や」は疑問の助詞で、結句に呼應する。
 
2038 逢はなくは日《け》長きものを天漢《あまのがは》隔てて又や吾が戀ひ居らむ
 
〔譯〕 逢はずにゐるのは長い間であるのに、今夜逢つた後は、天の河を隔てて、又も私は一年の間戀ひ暮らしてゐることであらうか。
〔評〕 やはり織女の心を詠じたものであらう。前の歌と同工異曲である。
〔語〕 ○逢はなくは 逢はぬことはの意。「なく」は上の語を打消して體言化する語。「道の知らなく」(一五八)、「逢はなく思へば」(一四一〇)などの「なく」に同じ。○け長きものを 長い時間であるのにの意。以上二句を過去一年間のことに解して、永い間逢はずにをつたのにと釋するのは誤である。これは過去將來に亙つて普遍的事實をいつてゐるのである。
 
2039 戀《こほ》しけくけ長さものを逢ふべかる夕《よひ》だに君が來《き》まさざるらむ
 
〔譯〕 戀しく思はれることは長い時間であるのに、僅か一年に一度逢ふことの出來る今夜でさへも、あのお方は、またお出にならないといふのであらう。
(119)〔評〕 待つ身のすべなさをかこつた織女の心である。如何にも女性らしい神經の細かさが見られる。上に出た、「戀しくはけ長きものを今だにも乏しむべしや逢ふべき夜だに」(二〇一七)と同想で、殆ど甲乙を判じかねる作である。
〔語〕 ○戀しけく 戀しきことはの意。「惡しけくも善けくも見むと」(九〇四)參照。○來まさざるらむ この上に「何故に」を補つて見よとの説があり、初學には分り易いが、語法としてはさうではない。來ることの遲いのを恨んで、「來て下さらない」と強くいふところを、推量の「らむ」で少し柔らげた表現である。
 
2040 牽牛《ひこほし》と織女《たなばたつめ》と今夜《こよひ》逢ふ天漢門《あまのかはと》に波立つなゆめ
 
〔譯〕 彦星と織女とが、今夜樂しく逢ふ天の河の舟着場に、波が立たないでくれ、きつと。
〔評〕 素朴單純な歌で、二星に對する深い同情が表はれてゐる。表現が稍平板に流れた嫌はあるが、眞實のこもつた點がよい。
〔語〕 ○天漢門 「川門」は通例、川の落合や川口をいふが、ここは渡場をさしてゐる。渡船の發着點を出入口と見立てたのである。○波立つなゆめ 「ゆめ」は、決して、必ずなどの意。
 
2041 秋風の吹きただよはす白雲はたなばたつめの天つ領巾《ひれ》かも
 
〔譯〕 秋風が大空に吹き漂はしてゐるあの美しい白雲は、織女の首に懸けてゐる飾の領巾であらうかなあ。
〔評〕 初秋の碧空に漂ふ薄物のやうな白雲の爽かさを描いて、如何にも的確巧妙である。調の流麗清雅なことも匹儔稀である。正面から七夕傳説を主題としたものではないが、それだけに、とらはれる所がなく、この一群中での秀作といつてよい。
〔語〕 ○天つ領巾 領巾は上代の女装で、肩や頸にかけた細長い布である。「二一〇」參照。ここは天上のものの意(120)で「天つ」と冠した。
 
2042 ?《しばしば》も相見ぬ君を天漢《あまのがは》舟出早|爲《せ》よ夜《よ》の深《ふ》けぬ間《ま》に
 
〔譯〕 度々お目にかかれるお方でもないのに、今夜は天の河に舟出を早くなすつて、急いでお出下さればよいに。夜が更けないうちに。
〔評〕 清楚平明の調で、人を待つ心の喜悦と焦躁とが巧みに表現されてゐる。「舟出早せよ」とあつても、織女が夫に言ひ送つて促したのではなく、織女の獨白的希望である。
〔語〕 ○相見ぬ君を 逢へない君であるものをの意。○舟出早せよ 舟出を早くして逢ひに來て下さいとの意で、織女の心中の念願である。
 
2043 秋風の清きゆふべに天漢《あまのがは》舟|榜《こ》ぎ渡る月人壯子《つきひとをとこ》
 
〔譯〕 秋風の爽やかに吹く夕方に、天の河を靜かに漕ぎ渡つてゆくお月樣はまあ。
〔評〕 空を仰ぐと、夕月が船のやうな形をして、天の河のあたりに懸つてゐる。見たままの爽凉な景趣を素直に敍したもので、まだ若々しいといふ感じの上弦の月に對して「月人壯子」の擬人法がよく利いてゐる。この歌は必ずしも七夕の歌ではないが、陰暦七月七日ごろは、日没の後、中天やや過ぎて天の川のあたりに半月が見られよう。
〔語〕 ○月人壯子 月を擬人していふ。集中用例が多い。しかし、彦星と解するのも一説といへる。
〔訓〕 ○清きゆふべに、白文「清夕」、考のサヤケキヨヒニ、古義のサヤケキユフベ等もわるくないが、舊訓のままで差支がない。
 
(121)2044 天漢《あまのがは》霧立ち渡り牽牛《ひこぼし》の楫《かぢ》の音《と》聞ゆ夜の深《ふ》けゆけば
 
〔譯〕 天の河に、ほのぼのと霧が立ち渡つて、彦星の乘つてゐる舟の櫂の音が聞える。夜がふけたので。
〔評〕 天の河の楫の音は、「二〇二九」にも見えたが、作者の空想と見るべきであらう。霧は彦星の漕ぐ櫂の飛沫をさう見立てたと解する説が多い。この次の歌その他、いかにもその趣に詠んだ歌もあるが、さりとて天の河の霧は盡くさうであると考へるのは拘泥も甚しい。且、その形容自身が聊か誇張に過ぎた不自然なものであり、また現に上の「二〇〇八」「二〇三〇」「二〇三五」など、明かに本當の霧もある。今この歌でも、普通の霧と見た方が、少くとも情景が自然で、細工がないだけ趣は深い。
〔語〕 ○霧立ち渡り 霧が一ぱいに立ちわたる意。
 
2045 君が舟今こぎ來らし天漢《あまのがは》霧立ち渡るこの川の瀬に
 
〔譯〕 なつかしいお方の舟が今漕いで來るらしい。天の河に霧が一面に立つて來た。この川の渡り瀬のあたりに。
〔評〕 これは彦星の舟で漕ぐ櫂の飛沫を、霧と見なしたのである。憶良の、「牽牛の嬬迎へ船榜ぎ出《づ》らし天の河原に霧の立てるは」(一五二七)に似て、その趣を織女の側から詠んだのである。
〔語〕 ○榜ぎ來らし 漕いで來るやうである。○天漢 この第三句は後世風に見ると、上を承けて「今榜ぎ來らし天漢を」の意に誤解されさうである。しかしこれは完全な五七調をなしてゐるので、當然下に續けて「天漢に霧立ち渡る」と解すべき句法である。
 
2046 秋風に河浪立ちぬ暫《しまし》くは八十の舟津《ふなつ》に御舟《みふね》とどめよ
 
(122)〔譯〕 秋風のために、天の河の河浪が立つて來た。暫くの間は、澤山ある舟着場の何處かに、御舟をばを着けなさいませ。
〔評〕 これは夫の難航を氣遣ふ織女の心で、「御舟とどめよ」とは勿論直接夫に向つて言つてゐるのではなく、心中密かに念じてあるのである。天の河に多くの舟着場があると見たのは、珍らしい想像である。
〔語〕 ○しましくは 暫くは。○八十の船津 八十は數多い意。古義に、安の船津で、安は天の安河のこととしたのはよくない。
 
2047 天漢《あまのがは》川音《かはと》情《さや》けし牽牛《ひこほし》の速《はや》榜《こ》ぐ船の波のさわきか
 
〔譯〕 天の河に、川の水音がはつきり聞える。あれは彦星が織女に逢はうと、急いで漕いでゆく舟の立てる浪の騷ぐ音であらうか。
〔評〕 これは全くの空想で、天の河のほとりに立つ人の心になつて詠じたもの、現實の地上の經驗を、天界に結び付けたものである。
〔語〕 ○川音さやけし 川の水の音がさやかに聞えるの意。○浪のさわきか 浪のざわめきであらうか。「か」は疑問の助詞。
〔訓〕 ○速榜ぐ船 白文「秋榜船」略解所引宣長説に「秋」は「速」の誤かとある。直接證本はないが、すぐ下(二〇五二)に「早榜船之」ともあるので、これに從つた。
 
2048 天漢《あまのがは》川門《かはと》に立ちて吾が戀ひし君|來《き》ますなり紐解き待たむ【一に云ふ、天の河川に向き立ち】
 
〔譯〕 天の河の舟着場に立つて、いつも私が戀ひ慕つてわた夫が、今夜いよいよいらつしやるのである。着物の紐を(123)解いて待つてゐよう。(一本には、天の河のほとりで、川に向つて立ちながら云々)
〔評〕 待ちに待つて、やつと戀しい夫を待ちつけた織女の喜で、四五句の間に、心もそぞろな樣がよく出てゐる。一に云ふの方に從へば、憶良の「天漢相向き立ちて(一に云ふ。河に向ひて)吾が戀ひし君來ますなり紐解きまけな」(一五一八)と殆ど同じ趣である。
〔語〕 ○川門に立ちて 「川門」は「二〇四〇」參照。○吾が戀ひし これまで常に戀ひ慕つてゐたの意。
 
2049 天淺《あまのがは》川門《かはと》に坐《を》りて年月を戀ひ來《こ》し君に今夜《こよひ》逢へるかも
 
〔譯〕 天の河の船着場のあたりにゐて、長い間、戀ひこがれて來たあなたに、やつと今夜逢ひましたことよ。
〔評〕 これも久しぶりに戀しい夫に逢へた織女の歡喜である。「こよひ逢へるかも」と概念的の言葉であるが、調がひきしまつてゐる。
〔語〕 ○川門に坐りて 船着場のところに何時もゐての意。
 
2050 明日よりほ吾が玉|床《どこ》をうち拂ひ君と宿《い》ねずて獨かも寐《ね》む
 
〔譯〕 明日からは又、私は私の床の塵を拂つて、あなたとは寢ないで、さびしく一人寢ることでありませうか。
〔評〕 限りなき一夜の歡喜にひたつてゐる中にも、明日以後の永い寂寥の生活を思へば、堪へ難い。特に女性にこの感は深いのである。上の「二〇三七」の歌を、一層感覺的にしたやうな作であるが、類型的な語句の使用が多い爲、割合に迫る力は稀薄である。
〔語〕 ○吾が玉床を 「玉」は美稱。
 
(124)2051 天《あま》の原往きてを射《い》むと白檀弓《しらまゆみ》ひきて隱せり月人壯子《つきひとをとこ》
 
〔譯〕 大空に出かけて行つて射ようとて、白木の弓に弦を張つて、隱し持つてゐるよ。あの月人壯子は。
〔評〕 七月七日の夕月が、白木の弓に弦を張つたのを隱し持つて、これから天の原にいつて、射てやるぞといふやうな威勢を示してをるといふ、めづらしい觀察である。七夕の月を眺めての作。
〔語〕 ○天の原往きてを射むと 大空に出て行つて弓を射るとて。「を」は助辭。○白檀弓 「ま」は美稱。白木の弓。七日の弦月を譬へていふ。
〔訓〕 ○往きてを射むと 白文「往射跡」。種々の説があるが採りがない。○隱せり 白文「隱在」。コモレリ、コモレルと訓んで、月が入ることに解する説もあるが、今は弓を隱し持つと解して四句切に訓んだ。
 
2052 このゆふべ零《ふ》り來《く》る雨は彦星の早《はや》榜《こ》ぐ船の櫂《かい》の散沫《ちり》かも
 
〔譯〕 この七月七日の夕方に降つて來る雨は、彦星が少しでも早く妻に逢ひたいと思つて、天の河を急いで榜いでゆく船の櫂の雫の飛沫であらうかなあ。
〔評〕 面白い想像で、情熱極めて饒かであり、詞も流麗にしてしかも緊密である。古今集・伊勢物語等に、「わがうへに露ぞ置くなる天の川とわたる舟の櫂のしづくか」とあるのは、恐らくこの歌に胚胎したものであらう。
〔語〕 ○このゆふべ 七月七日の夕方をさす。○櫂の散沫かも 櫂の雫の飛散したものであらうかの意。
 
2053 天漢《あまのがは》八十瀬《やそせ》霧《き》らへり彦星の時待つ船は今し榜《こ》ぐらし
 
〔譯〕 天の河の方々の渡り瀬は、皆霧が棚引いてゐる。妻に逢ふ時を待つてゐた彦星の船は、今こそ漕ぎ出たらしい。
(125)〔評〕 天の河の霧を、彦星の船の櫂のしぶきと見た同想の歌は多いが、やや誇張に過ぎて不自然の感を免れない。
〔語〕 ○八十瀬 多數の渡り瀬の意。○霧らへり 方々から霧が廣がつて來て、一面に棚引く意。
〔訓〕 ○霧らへり 白文「霧合」、舊訓キリアフ。略解キラヒヌ。古義の訓による。
 
2054 風吹きて河波立ちぬ引船《ひきふね》に渡りも來《き》ませ夜《よ》の更《ふ》けぬ間《ま》に
 
〔譯〕 風が吹いて天の河の河浪が立つて來た。船を漕ぐのは定めて難儀でありませうから、引船で渡つていらつしやいませ。夜がふけないうちに。
〔評〕 天の河の引船は奇警な着想である。夫の勞苦を思ひやる女性の優しさが、或程度まで出てゐる。
〔語〕 ○引舟に 曳船をして。曳船は普通綱をつけて陸上から曳く船をいふが、それは岸に沿うて溯る時にすること。ここは河を横ぎる場合であるから、先行の丈夫な船に曳かせるものと考へるべきであらう。
 
2055 天の河《がは》遠き渡《わたり》は無けれども君が舟出《ふなで》は年にこそ待て
 
〔譯〕 天の河には距離の遠い渡場は無いので、造作なく渡れさうであるけれども、戀しいあのお方の船出は、一年もの永い間、私は待つてゐる。
〔評〕 この歌では、天の河をあまり大きなものと考へてゐないのが、かはつてゐる。同想の歌に、「たぶてにも投げ越しつべき天漢」(一五二二)や、「袖振らば見もかはしつべく近けども」(一五二五)など、、他にもありはする。なほ此の歌は、後撰集によみ人しらずとして此のままに載せ、拾遺集には柿本人麿とし、二三句を「遠きわたりにあらねども」として載せてある。
〔語〕 ○遠き渡は無けれども 距離の遠い渡場は無い、即ち川幅は廣くないので、筒單に渡つて來られさうだけれど(126)もの意。○年にこそ待て 一年に一度やつと待つことが出來るの意で、もつと度々來ていただけさうなものなのにとの餘意を含む。
 
2056 天の河《がは》打橋《うちはし》渡し妹が家|道《ぢ》止《や》まず通はむ時待たずとも
 
〔譯〕 天の河に打橋を渡して、妻の家に絶えず通はう、七月七日の時を待たなくても。
〔評〕 天の河に打橋渡しといふのは、廣からぬ川幅を想像してゐるのである。一年一度のはかない逢瀬に、戀々の情抑へ難い彦星の思慕が、力強く表はれてゐる。神代紀國讓の條に、「於2天安河1亦造2打橋1」 とあるのから構想を得たかも知れぬと全釋に言つてゐる。
〔語〕 ○打橋 簡單に架けはづしの出來る板橋。「一九六」參照。○時待たずとも 定められた交會の時期、即ち七月七日の夜を待たないでもの意。
〔訓〕 ○打橋わたし 白文「打橋度」。古くはウチハシワタセと訓んでゐる。
 
2057 月かさね吾が思《も》ふ妹に逢へる夜は今し七夜《ななよ》を續《つ》ぎこせぬかも
 
〔譯〕 多くの月を重ねて、自分が戀しく思つてゐる妻にやつと逢つた今夜は、このまま、もう七夜も續いてくれないかなあ。
〔評〕 湯原王が「今夜の長さ五百夜繼ぎこそ」(九八五)と祈つたのは、月の美しさをいつまでも賞でようが爲であつた。「秋の夜の百夜の長さありこせぬかも」(五四六)と愬へたのは、やはり今の歌の場合と同じく戀ゆゑである。理性を超えた幼さの中に、却つて情熱がこもつて面白いのである。
〔語〕 ○月重ね 多くの月、即ち十二の月の數を重ねたわけである。○今し七夜を 「七」は數の多いことをいふ。(127)「七日し降らば七夜來じとや」(一九一七)なども同じ。○續ぎこせぬかも 續けてくれないかなあ。續いて欲しいものであるの意。「一九七三」參照。
 
2058 年に艤《よそ》ふ吾が舟|榜《こ》がむ天の河風は吹くとも浪立つなゆめ
 
〔譯〕 一年に一度船よそひをする自分の舟を、今こそ漕ぎ出さう。天の河には、たとひ風は吹いても、浪は立つてくれるな、決して。
〔評〕 妻戀に心頻りにあせる彦星の歌である。風は吹いても浪は立つなとは無理な注文であるが、後世の俚謠などにもあつて、條理を顧慮せぬ一途さである。
〔語〕 ○年に艤ふ 一年に一度船出の支度をするの意。○吾が舟こがむ 二句切れである。下の「天の河」に續く連體形ではない。
 
2059 天の河浪は立つとも吾が舟はいざ榜《こ》ぎ出でむ夜のふけぬ間《ま》に
 
〔譯〕 天の河にたとひ浪は立つても、自分の乘る舟は、さあ漕ぎ出さう、夜がふけないうちに。
〔評〕 彦星の心。一年にただ一夜の歡會であつてみれば、浪の荒さぐらゐを間題にしてはゐられないのである。平明流暢の作、但、あまり強い迫力は感じられない。
 
2060 直《ただ》今夜《こよひ》逢ひたる兒等に言《こと》どひもいまだ爲《せ》ずしてさ夜ぞ明けにける
 
〔譯〕 ほんのただ今夜だけ逢つたいとしい妻に、十分話もまだしないで、夜は惜しくも明けてしまつたわい。
〔評〕 喜びの期待が大きかつただけに、明け果てた夜はあつけないものであつた。これも僞らぬ自然の情であらう。(128)物足らぬ彦星の心もちがよく出てゐる。
〔語〕 ○直今夜 唯ほんの今夜。○兒等 愛する女を親しんでいふ語で集中に用例が多い。ここは織女をさす。○言どひも未だせずして 話もまだ十分にしないでの意。
 
2061 天の河白浪高し吾が戀ふる君が舟出は今し爲《す》らしも
 
〔譯〕 天の河に白浪が高く立つてゐる。私が戀ひ慕つてゐるあのお方の舟出は、今なさるさうな。
〔評〕 白浪の騷ぎ立つのを、彦星が舟を漕いで來る爲と見たのである。憶良の、「天の河浮津の浪音騷くなり吾が待つ君し舟出すらしも」(一五二九)と似てゐる。
〔語〕 ○今しすらしも 今しの「し」はつよめの助詞。
 
2062 機《はたもの》の※[足+榻の旁]木《ふみき》持ち行きて天の河|打橋《うちはし》わたす君が來《こ》む爲
 
〔譯〕 私は私の機の踏木を持つて行つて、天の河に打橋を架けよう。あのお方がお出になる爲に。
〔評〕 機智に富んだ奇拔な織女である。但、天の河の幅があまりに狹くなつてゐる。七夕傳説が、多くの人によつて樣々の想像を加へて詠まれてゐるのは、甚だ興味深く思はれる。
〔語〕 ○機 はた(服布)を織るものの意。○※[足+榻の旁]木 機織り機械の足で踏まへる木の板であらう。
 
2063 天漢《あまのがは》霧立ち上《のぼ》る棚機女《たなばた》の雲の衣の瓢《かへ》る袖かも
 
〔譯〕 天の河に霧が立ちのぼる。あれは霧ではなくて、或は、棚機つ女《め》の着てゐる雲の衣の、風に飜る袖であらうかなあ。
 
(129)〔評〕 七夕の夜、天の河を仰いでの作で、優美な詩趣に富んだ想像であるが、「秋風の吹きただよはす白雲はたなばつめの天つ領巾かも」(二〇四一)に比すると、價値の上に格段の相違があるのは、彼の形容が自然であるに反し、此の空想には著しい作爲があるからである。
〔語〕 ○雲の衣 漢語の霓裳などと似た言葉で、天界の人にふさはしく思はれる。
 
2064 いにしへに織りてしはたをこの暮《ゆふべ》衣《ころも》に縫ひて君待つ吾を
 
〔譯〕 ずつと以前に織つておいた布を、この七夕の晩に着物に縫つて、戀しい夫のお出を待つてゐる私であるのに。
〔評〕 樂しい平和な氣持で夫を待つてゐる我が身の幸福をいとほしんでゐるやうな、優しさが見える。「古ゆ擧げてし機を顧みず天の河津に年ぞ經にける」(二〇一九)。「君に逢はず久しき時ゆ織る機の白たへ衣垢づくまでに」(二〇二八)などに比べて見ると、奇趣がないたけに、平淡ではあるが、感情の素直さに於いて、眞實味のまさることが認められる。
〔語〕 ○いにしへに はやく以前にの意。○織りてしはた 織つて置いた布帛の意。○君待つ吾を 「を」は詠歎の助詞。「月待つと人にはいひて妹待つ吾を」(三〇〇二)も同じ例である。
〔訓〕 ○てし 白文「義之」。王羲之は書家即ち手師であるから、同音を借用した戯書で、同じ例が「三九四」「六六四」等にある。
 
2065 足|玉《だま》も手珠《ただま》もゆらに織るはたを君が御衣《みけし》に縫ひ堪《あ》へむかも
 
〔譯〕 足につけた飾の玉も、手につけた飾の玉も、ゆらゆらと鳴るほどにして私が織つた此の布を、いとしい夫のお召物に、お出の時までに縫ひ上げられようかなあ。
(130)〔評〕 織女の愛すべき獨り言のやうに聞きなされ、樂しみつつ希望を以て仕事にいそしむ樣が見えて、まことにほほ笑ましい作である。殊に、「足玉も手珠もゆらに織る」は、當時の女装考の資料としても興味があり、玉の觸れあふ響も聞えるやうである。七夕の歌の中での傑作の一つ。
〔語〕 ○足玉も手玉も 足玉、手玉は上代人が手足に纒いて装飾とした玉。○ゆらに 神代紀に「手玉もゆらに織《はた》おる少女は誰が女ぞ」とあり、古事記上卷には「御頸の珠の緒もゆらに取りゆらかして」と見える。ゆらは、玉の相觸れる音の擬聲。○縫ひあへむかも 七日の夜、彦星の來られる時までに縫ひ上げることが出來ようか、心配であるの意。
 
2066 月日|擇《え》り逢ひてしあれば別《わかれ》の惜《を》しかる君は明日さへもがも
 
〔譯〕 七月七日といふ月日を選んで逢ひ、その外の日は逢へないのですから、お別れすることの惜しいあなたなので、どうかあなたは、もう一日、せめて明日まででもお留まり下さいませ。
〔評〕 年に稀な逢瀬のあきたらなさ、歸したくない名殘惜しさ、千古渝らぬ人情の自然である。但、表現は巧とはいひ難く、寧ろ無器用である。
〔語〕 ○月日えり 一年のうちで月日を擇んで、即ち七月七日と定めること。○明日さへもがも 更に明日までも留まつてほしいの意。
〔訓〕 ○別の 白文「別乃」童蒙抄には「別」の下に「路」或は「道」の誤脱かとし、略解は「乃」を「久」の誤といつてゐるが、いづれも根據が無い。諸本ワカレヂノと訓み、童蒙抄はこれによつて字を補つたのであるが、ワカレノと四音に訓む代匠記説に從ふべきであらう。略解のワカレマクは從ひ難い。ワカレムノとよむ説もある。
 
2067 天漢《あまのがは》渡瀬《わたりせ》ふかみ船うけて榜《こ》ぎ來《く》る君が楫の音《と》聞ゆ
 
(131)〔譯〕 天の河は渡る瀬が深くて、かちわたりが出來ないので、船を浮べて漕いで來るいとしいお方の櫂の音が聞えることである。
〔評〕 「渡瀬ふかみ」と「船泛けて」との因果關係はわかるが、表現としては決して巧みなものではない。要するに常套的である。
 
2068 天の原ふりさけ見れば天漢《あまのがは》霧立ち渡る君は來《き》ぬらし
 
〔譯〕 大空を遙かに振り仰いで見れば、天の河には霧が一面に立つてゐる。さては戀しいわが夫は、いよいよいらつしやつたらしい。
〔評〕 舟を漕ぐ水のしぶきを川霧の立つと見立てた常套的趣向で、彦星を待ちわびる織女の心を詠んだものであるが、「天の原ふりさけ見れば」の句は、第三者が地上からの觀察を敍したかと誤解されさうで、現に略解にはさう説いてゐる。
〔語〕 ○ふりさけ見れば 遠く見やれば。○霧立ち渡る 彦星の舟漕ぐ櫂の飛沫を霧に見立てていふ。
 
2069 天漢《あまのがは》瀬《せ》ごとに幣《ぬさ》を奉るこころは君を幸《さき》く來《き》ませと
 
〔譯〕 天の河の渡り瀬といふ渡り瀬には、皆幣をささげて、私は神樣にお願ひをする。その心もちは、いとしいあのお方を、どうか御無事で來てくだきるやうにといふに外ならないのである。
〔評〕 織女の心である。渡り預ごとに川の神に幣を奉るといふ想は、やや新味がある。
〔語〕 ○瀬ごとに どこの渡り瀬から漕いで來られるか分らないから、渡り瀬ごとに幣を捧げるといふのである。○幣 神にささげる麻、木綿、帛などの類をいふ。「三〇〇」參照。
(132)〔訓〕 ○瀬ごとに 白文「瀬毎」古義はこの上に「渡」を補つて、ワタリセゴトニと訓んでゐるが、文字を加へるのはよくない。
 
2070 ひさかたの天《あま》の河津《かはつ》に舟|泛《う》けて君待つ夜らは明《あ》けずもあらぬか
 
〔譯〕 天の河の舟着場に私が迎舟を浮べて、戀しいあのお方のお出を待つてゐるこの夜は、いつまでも明けずにゐてくれないかなあ。
〔評〕 織女が天の河に彦星の迎船を漕ぎ出すといふのは、奇警でめづらしい。空想ではあるが聊かも不自然でなく、その上、格調も甚だ優雅である。
〔語〕 ○天の河津 天の河の渡り場所。○夜ら 「ら」は調子を整へる爲の接尾辭。○明けずもあらぬか 明けずにゐてくれないものかなあ、明けずにゐてほしい。
 
2071 天の河足|沾《ぬ》れ渡り君が手もいまだ枕《ま》かねば夜の深《ふ》けぬらく
 
〔譯〕 天の河を、足をぬらしつつかち渡りして來て、いとしい妻の手をまだ枕にして寢もしないのに、既に夜がふけてしまつたことである。
〔評〕 これは彦星が天の河を徒渉するやうに想像したものであつて、變つた趣向である。憶良の、「霞立つ天の河原に君待つとい往き還るに裳の裾濡れぬ」(一五二八)が織女の歌であるのに比し、反對の立場から詠じたものである。
〔語〕 ○君が手も 「君」は女から男を呼ぶ場合が大多數であるが、それに反することも往々ある。ここはその一例。○未だまかねば 未だ枕にして寢もしないのに。○ふけぬらく ふけぬることよの意。
〔訓〕 ○足ぬれ 白文「足沾」。アヌラシ、ナヅサヒともよめる。
 
(133)2072 渡守《わたりもり》船わたせをと呼ぶ聲の至らねばかも楫《かぢ》の聲《と》のせぬ
 
〔譯〕 渡守よ、船を渡してくれよ、と自分の呼ぶ聲が、向岸に屆かないからであらうか、漕いで來る櫂の音もしない。
〔評〕 呼べば答へるといふやうに、これも天の河を狹い川幅と考へてゐる。また彦星が自身で船よそひをせず、渡船に便乘するやうに想像したのも特異である。七夕の作ではないが、憶良の、「宇治河を船渡せをとよばへども聞えざるらし楫の音《と》もせず」(一一三八)と同趣同型である。
〔語〕 ○船わたせをと 船をこちらへ漕ぎ渡してくれよの意。「を」は詠歎の助詞。○至らねばかも 對岸に達しないからなのか。
 
2073 まけ長く河に向き立ち在りし袖|今夜《こよひ》纒《ま》かむと念《おも》はくがよさ
 
〔譯〕 長い間、天の河に向ひ立つて、自分を待つてゐたいとしい妻の袖を、今夜こそ、枕にして寢ようと思ふのが、たまらなく嬉しいことである。
〔評〕 彦星の心。一年ぶりの交會に急ぐ樂しさにつけ、久しく天の河を望んで待ち續けてゐた妻を想像したのも、情が深い。但、表現には稚態があり、巧妙とはいひ難い。
〔語〕 ○まけ長く 「二〇一六」參照。○河に向き立ち在りし袖 天の河の岸に立ち、前方を望んで、我を待つてゐた織女の袖の意。○念はくがよさ 念ふことが、甚だ喜ばしい。「念はく」は體言化する接尾辭「く」を添へた語。
〔訓〕 ○念はくがよさ 白文「念之吉沙」紀州本オモヒシガヨサとあるが、ここは完了や過去としていふべきではない。略解は四句のトを五句に入れて、トオモフガヨサとしてゐるが、助詞の「と」を句の頭によむことは、調子が好ましくなく、例にも乏しい。舊訓のオモヘルガヨサは、思つてゐると現在進行の形であるが、むしろ直に思ふのがと(134)して、オモハクガヨサと訓むが最も適當と信ずる。
 
2074 天漢《あまのがは》渡瀬《わたりせ》ごとに思ひつつ來《こ》しくもしるし逢へらく念《おも》へば
 
〔譯〕 天の河の渡り瀬を幾つも渡つて來たが、その渡り瀬ごとに、自分は妻を戀しく思ひ思ひして來たことも、甲斐が立派にあつた。かうして樂しく逢つてゐることを思ふと。
〔評〕 一つの渡り瀬を越す毎に、ほつとして、それだけ妻のもとに近づいたことと思ひ、次の渡り瀬を思つては又、危惧不安を感じ、かくも苦しく遠い浪路を凌いで來たことは、吾ながら大變であつたと思ふが、しかし、逢つて見ての喜に、今までの勞苦も酬いられたといふのである。彦星の歡喜がよく現はれてゐる。
〔語〕 ○來しくもしるし 來たのも甲斐があつたの意。「來しくもしるく逢へる君かも」(一五七七)ともある。○逢へらく思へば こんなに嬉しく樂しく逢つてゐることを思ふと。「天地の榮ゆる時に遇へらく念へば」(九九六)參照。
 
2075 人さへや見繼がずあらむ牽牛《ひこほし》のつまよぶ舟の近づき往《ゆ》くを【一に云ふ、見つつあるらむ】
 
〔譯〕 下界の人までも見まもらずにゐようか、皆注目してゐるであらう。彦星の妻を迎へにゆく舟が次第に近づいて行くのを。
〔評〕 彦星の船が岸邊に近づいてゆくのを、天の河のほとりに住む人が眺めてゐると想像し、その人が更に下界の人を想像するやうに詠みなしたものであらう。複雜な趣向であるが、稍解しにくい表現で、優れた作といへない。
〔語〕 ○人さへや 織女のみでなく、下界の人までもの意であらう。「や」は反語で次の句の末に附けて見るがよい。○見繼がずあらむ 上の「や」と共に、見まもらずに居らうか、見まもりつづけるに相違ないの意。「見繼ぐ」は見ることを繼續する。○つまよぶ舟の 彦星が妻を迎へにゆく舟。普通には彦星が織女のもとへ通ふと考へられてゐた(135)やうであるが、「彦星の妻迎へ船こぎ出らし」(一五二七)とも見える通り、妻を迎へにゆくといふ想像もあつたのである。○見つつあるらむ 第二句の異傳であるが、本文の反語法を、見つづけて居ることであらうかと、單なる疑問にしただけである。
〔訓〕 ○つまよぶ舟の 白文「嬬喚舟之」。代匠記精撰本ツマヨビフネノ、考ツマドフフネノ、全釋ツてヨバフフネノなどあるが、舊訓のままでよい。
 
2076 天漢《あまのがは》瀬を早みかもぬばたまの夜は闌《ふ》けにつつ逢はぬ牽牛《ひこほし》
 
〔譯〕 天の河は瀬が早いからであらうか、渡りかねてゐるうちに、夜は次第に更けてゆくにも拘はらず、まだ彦星は妻の織女に逢へないでゐる。
〔評〕 夜は更けてゆくのに、まだ二星の河を隔ててきらめいてゐるのを見やつての作であらうか。實際上、二里は七夕の頃、日出より前に地平線に没する。
〔語〕 ○夜は闌けにつつ 夜は更けてゆくにも拘はらずの意。「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形。「につつ」は動作の反覆や繼續を示すのであるが、意味の關係から、反戻の意を伴ふ場合もある。「泊瀬山いつかも越えむ夜はふけにつつ」(二八二)參照。○逢はぬ牽牛 彼女に逢はぬ牽牛よの意。
〔訓〕 ○夜は更けにつつ 白文「夜者闌爾乍」元暦校本等に闌を開に作るによれば、アケニツツと訓まれる。
 
2077 渡守《わたりもり》舟はや渡せ一年に二たび通ふ君にあらなくに
 
〔譯〕 渡守よ、舟を早く渡しておくれ。一年に二度と通つていらつしやる私の夫ではないのであるから。
〔評〕 夫を待ちこがれてゐる織女のこらへかねた獨語である。勿論渡守に向つて直接命じてゐるのではなく、心の中(136)の念願である。情懷自然にしてあはれが深い。古今集の、「聲たえず鳴けやうぐひす一年にふたたびとだに來べき春かは」は、技法を比べると實によく似てゐる。或はこれに學んだものか。
〔語〕 ○渡守 後世「わたしもり」といふに同じ。○舟はや渡せ 彦星の乘つてをられる舟を早く渡してくれの意で、織女の心中の希望を、命令の語形で表はしたもの。
 
2078 玉葛《たまかづら》絶えぬものからさ宿《ぬ》らくは年の渡《わたり》にただ一夜《ひとよ》のみ
 
〔譯〕 私たち二人の契は、永久に絶えはしないものの、共に寢ることは、一年一度天の河を渡つてこられる時、ただ一晩だけなのである。
〔評〕 二星の悲戀に同情して第三者が一般的に詠んだものとする見解もあるが、織女が、自らの上をあぢきなく感じて詠んだものと見る方が、感じが切實になつて「あはれも深いのである。聲調が甚だ流麗でよい。
〔語〕 ○玉かづら 玉は美稱。葛の蔓の長いことから「絶えぬ」につづく枕詞。○絶えぬものから 絶えぬものの。絶えないけれども。○さぬらくは 共寢をすることはの意。「さ」は接頭辭。「宿らく」の「らく」は「見らく少なく戀ふらくの多き」(一三九四)などの「らく」、「夜渡る月の隱らく惜しも」(一六九)などの「く」に同じく「こと」の意である。○年の渡 「わたり」は時の經過の意と、川を渡る意と兩義ある。ここは、一年に一度天の河を渡ることと解すべきである。
 
2079 戀ふる日は日《け》長きものを今夜《こよひ》だに乏《とも》しむべしや逢ふべきものを
 
〔譯〕 戀しく思ふ日數は隨分長い間であるのに、せめて今夜だげでも、物足らぬ思ひをさせるといふことがありませうか。晴れて逢はれる筈であるのに。
(137)〔評〕 この歌は、前出「戀しくは日《け》長きものを今だにも乏しむべしや逢ふべき夜だに」(二〇一七)と少異あるのみで、同一歌の異傳であらう。
 
2080 織女《たなばた》の今夜《こよひ》逢ひなば常のごと明日《あす》を隔てて年は長けむ
 
〔譯〕 織女が今夜彦星と逢つたならば、今までのやうに、この次にあふまでには、明日を境として月日が長くかかることであらう。
〔評〕 前出「二〇三七」と似た内容であるが、表現は可なり違つてゐる。四五句の間に、織女への同情が、ゆたかに流れてゐる。
〔語〕 ○常のごと 今までの例年の如くの意。○明日を隔てて 明日を境として。これは寧ろ「今日を隔てて」でありさうに思はれるが、今日を隔てて明日からといふ意を、大まかにかういつたのであらう。
 
2081 天漢《あまのがは》棚橋わたせ織女《たなばた》のい渡らさむに棚橋わたせ
 
〔譯〕 人々よ、天の河に棚橋を架けてくれ。織女がお渡りなさるであらうに、どうか棚橋を架けてくれ。
〔評〕 これは作者が織女に同情した結果、人々に向つて、橋を架けてあげよと、誂へた歌である。前出「二〇五六」の歌は、彦星自身が通ふ爲に「天の河打橋渡し」といつたのであるが、これは反對に、織女を渡らせようといふのである。奇拔な空想であるが、唯それだけのものである。但、句法は典型的な五七調二句切れの繰返し「櫻田へ鶴なきわたる年魚市潟潮干にけらし鶴なきわたる」(二七一)の型で、甚だ快適である。
〔語〕 ○棚橋 板橋の意。形が棚のやうであるからいふ。○い渡らさむに お渡りなさらうからの意。「い」は接頭辭で意味はない。「渡らさ」は「渡る」の敬語「渡らす」の未然形。
 
(138)2082 天漢《あまのがは》河門《かはと》八十《やそ》あり何處《いづく》にか君がみ船を吾が待ち居《を》らむ
 
〔譯〕 天の河には、船着場が澤山にある。何處にゐて夫君の御船を、私は待つてゐようかなあ。
〔評〕 廣い天の河を隔てて戀しい夫を待つ織女の、女性らしい心もとなさを詠んだものである。「近江の海湊は八十ありいづくにか君が船泊て草結びけむ」(一一六九)は、いづれかが學んだものと思はれる。
〔語〕 ○河門 船の發着出入する所。ここは湊と同じに解してよい。「二〇四〇」參照。
 
2083 秋風の吹きにし日より天漢《あまのがは》瀬《せ》に出立《いでた》ちて待つと告げこそ
 
〔譯〕 秋風が吹き始めた日から、私は天の河の瀬に出で立ちながら、戀しいあなたのお出を待つてをりますと、あのお方にお知らせして貰ひたいものである。
〔評〕 織女が綿々の思を使に託する趣で、流麗な聲調は人を牽く力がある。古今集の、「秋風の吹きにし日より久方の天の河原に立たぬ日はなし」は、これの飜案かとも思はれる。
〔語〕 ○瀬に出で立ちて 渡り瀬のあたりに出て立ちながら。○待つと告げこそ 私が待つてゐると、告げてくれよの意。
〔訓〕 ○瀬 この上に「河」を補ふ古義の説、又「濱」の誤とする新考の説は、共に無用の變改である。
 
2084 天漢《あまのがは》去年《こぞ》の渡瀬《わたりぜ》荒れにけり君が來まさむ道の知らなく
 
〔譯〕 天の河の、去年夫が渡つて來られた渡り瀬は荒れてしまつた。それで、戀しい夫の今度お出になる道が、何處であるか、分らないことである。
(139)〔評〕 前出「二〇一八」の歌と上半は同じ著想であるが、下半の四五句に至つて全く趣を轉換して、即ち彼は彦星が自身の心もとなさを敍し、此は織女の可憐な心づかひを詠じてゐる。句法は完全な三句切れになつてゐる。
〔語〕 ○去年の渡瀬 去年夫の渡つて來た渡り瀬の意。○道の知らなく 道が私には知れない。「山清水汲みに行かめど道の知らなく」(一五八)參照。
〔訓〕 ○荒れにけり 白文「有二家里」、考は「有」を「絶」に改め、その他この字を「荒」に借り用ゐるのを無理として、種々の誤字説が出てゐるが、却つて強ひてゐる。もとのままで差支ない。
 
2085 天漢《あまのがは》湍瀬《せぜ》に白浪高けどもただ渡り來《き》ぬ待たば苦しみ
 
〔譯〕 天の河の、早瀬に白浪が高く立つてゐるけれども、一路眞直に自分は渡つて來た。時を待つてゐては、とてもたまらないので。
〔評〕 彦星の熱情と、敢爲な行動とが、鮮明に描かれてゐる。この熱情、この敢爲は何の爲か、浪の靜まるのを待つのがとても待つてはゐられない、畢竟それは我を待つ妻を思ひやればこそである。
〔語〕 ○ただ渡り來ぬ 顧慮する所もなく、いちづにずんずん渡つて來た。○待たば苦しみ 待つてゐるとしては、とてもやりきれないので、の意。「三九九八」參照。君の來るのを、または妻が自分の來るのを待たばとも解せられるが、波の靜まる時を待つと解すべきであらう。
 
2086 牽牛《ひこほし》の嬬《つま》喚《よ》ぶ舟の引綱《ひきづな》の絶えむと君を吾が念《も》はなくに
 
〔譯〕 彦星の妻を迎へにゆく舟を曳く曳綱が決して切れないやうに、あなたのことを私は切れようなどとは思つてをりませぬ。
(140)〔評〕 これは七夕傳説を序詞に用ゐた相聞歌で、本當の七夕の歌ではないが、他の歌と伺じ七夕の夜に詠まれたか何かの關係で、編入されたものであらう。
〔語〕 ○嬬喚ぶ舟 妻を喚び迎へにゆく舟。「二〇七五」參照。○引綱の 舟を曳く綱の強くして絶えぬが如くの意で、初句からここまで「絶えむと君を吾が念はなくに」の全體にかけた序詞。
 
2087 渡守《わたりもり》舟出《ふなで》し出でむ今夜《こよひ》のみ相見て後は逢はじものかも
 
〔譯〕 渡守よ、さあ舟出をして歸途に就かう。今夜一晩妻に逢つて、この後は永久に逢はれまいといふのであらうか。否、さうでなく、來年はまた逢へるのであるから。
〔評〕 後朝の別れにあたつて、何とも仕方がないままに、彦星が遂にあきらめて、自分に云ひ聞かせるといふ趣である。これはまた夜深いうちに歸つてゆくやうに取れるが、かはつた構想である。
〔訓〕 ○出でむ、白文「將出」、考は「出」を「去」に改め、略解も一本「去」とあるに據る旨述べてゐるが、さる本は無いので、もとのままに解すべきである。
 
2088 吾が隱せる楫《かぢ》棹《さを》無くて渡守《わたりもり》舟貸さめやも須臾《しまし》はあり待て
 
〔譯〕 私の隱して置いた櫂や棹が無くては、あなたが歸らうとなさつても、渡守がどうして舟に乘せてくれませう、もう暫くはさうして待つていらつしやいませ。
〔評〕 前の彦星の歌に對する織女の答とも見るべきであらう。可憐な女性心理が巧みに描かれてゐる。殊に初二句のごとき、人間の情痴をそのまま天界に持つて行つたのが面白い。
〔語〕 ○舟貸さめやも 船頭があなたに船を貸してくれようか、貸しはせぬ。即ち船に乘せてはくれぬの意。○須臾(141)はあり待て」も少しの間そのまま待つていらつしやい。「あり」は「あり通ひつつ」(一四五)、「あり立たし」(五二)などあるごとく、動作を表はす動詞と複合してそのままの?態を繼續する心持を表はす。
〔訓〕○貸さめ 白文「將借」、通行本「借」を「惜」に作るは誤。今、多くの古寫本によつて訂す。古くは「貸」「借」兩字通用で、ここは「貸」の意。
 
2089 乾坤《あめつち》の はじめの時ゆ 天漢《あまのがは》 い向ひ居りて一年に 二遍《ふたたぴ》逢はぬ 妻戀《つまごひ》に もの念《おも》ふ人 天漢《あまのがは》 安の川原の 在《あ》り通《がよ》ふ 年の渡《わたり》に そほ船の 艫《とも》にも舳《へ》にも 船艤《ふなよそ》ひ 眞楫《まかぢ》繁《しじぬ》拔き はた芒《すすき》 本葉《もとば》もそよに 秋風の 吹き來《く》る夕《よひ》に 天の川 白浪|凌《しの》ぎ 落ち激《たぎ》つ 早瀬|渉《わた》りて 稚《わか》草の 妻が手|枕《ま》かむと 大船の 思ひ憑《たの》みて 榜《こ》ぎ來《く》らむ その夫《つま》の子が あらたまの 年の緒長く 思ひ來《こ》し 戀を盡《つ》くさむ 七月《ふみづき》の 七日の夕《よひ》は 吾も悲しも
 
〔譯〕 天地開闢の當初から、天の河の兩岸に向きあつてゐて、一年に二度とは逢へない妻を戀ひつつ懊惱してゐる彦星であるが、その彦星は、天の河の、毎年變らず通ふ一年にたつた一度の渡船に、赤く塗つた船の艫にも舳にも美しく船飾をし、多くの櫂を兩舷に仕立てて、薄《すすき》の根本《もと》に近い葉も、そよそよとそよぐばかりに秋風が吹いて來る夕方に、天の河の白浪を凌ぎ、激しく流れ落ちる早瀬を渡つて、かはゆい織女の手を枕にして樂しく寢ようとあてにしきつて、漕いで來るに違ひないその夫の彦星が、一年の長い間、思ひ續けて來た戀々の情を、すつかり晴らすであらう七月七日の今夜は、空を仰いで想像してゐる自分も、しみじみとあはれを催すことである。
〔評〕 平弱冗漫に流れた嫌はあるが、彦星を中心にして七夕の夜の交會を想像した情景が一通り描き出されてゐる。高古莊重の響に乏しいのは、時代の新しさゆゑで如何ともし難い。
(142)〔語〕 ○い向ひ居りて 二星天の河の兩岸に相對して立つてゐて。「い」は接頭辭。○一年に二たび逢はぬ 七夕の晩のみで、一年の間に二度とは逢へない。○もの念ふ人 煩悶してゐる人で、彦星をさす。○年の渡に 一年一度の天の河の渡船に。○そほ船の 朱塗の船。「二七〇」參照。○旗芒 穗が旗のやうに長く伸びた芒。○稚草の 「妻」の枕詞。「一五三」參照。○大船の 「思ひ憑みて」にかけた枕詞。「一六七」參照。
〔訓〕 ○年の渡に 白文「歳乃渡丹」、「歳」は諸本「出々」とある。童蒙抄は「世世」の誤と見てゐるが、今は考の説に從ひ「歳」の誤とする。○そほ船 白文「其穗船」、諸本「其」を「具」に作るは解し難い。考は「曾」、古義は「意」の誤としてゐるが、今、略解所引宣長説による。○はた芒 白文「旗芒」、「芒」は諸本「荒」とあり、略解は「荻」の誤とし、古義は次の句の「本」を「木」の誤とし、「旗荒木《ハタススキ》」としてゐるが、今、考の説を採る。○そよに 白文「其世丹」、「其」は諸本「具」とあり、考は「曾」の誤といつてゐるが、略解一説に從ふ。○悲しも 白文「悲焉」の「焉」は元暦校本等による。通行本「烏」に作るは誤。
 
    反歌
2090 高麗錦《こまにしき》紐《ひも》解《と》き交《かは》し天人《あめひと》の妻問《つまど》ふ夕《よひ》ぞ吾も偲《しの》はむ
 
〔譯〕 高麗錦の紐を互に解きあつて、天上の彦星が織女と交會する晩である。自分も、その喜を此處から遙かに想像しよう。
〔評〕 長歌の趣を要約したものである。「高麗錦紐解きかはし」は、いかにも天人の装にふさはしく華麗でよい。
〔語〕 ○高麗錦 「紐」の枕詞と見る説もあるが、ここは天人の服装を具體的に敍したものと解するがよい。○天人 彦星をさす。
 
(143)2091 彦星の川瀬を渡るさ小舟《をぶね》の行き行きて泊《は》てむ河津《かはつ》し念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 彦星が天の河の川瀬を渡つてゆくその舟の、行き行いてとまる舟着場の樣子が想像される。
〔評〕 一年ぶりに相逢ふ埠頭の歡喜、それは想像にも餘るものであらう。調子の悠揚として迫らぬところ、頗る雅揚の趣がある。
〔語〕 ○さ小舟 「さ」「小」共に接頭辭。必ずしも小さな舟といふのではない。○河津し念ほゆ 舟着場の光景がどうであるか想像される、いかに喜ばしいことであらうの意。
〔訓〕 ○行き行きて 白文「行々而」。諸本「得行而」とあるが、通じ難い。「一八八六」の「里得之鹿齒」の「得」が「行」の誤とおぼしい例もあるから改めた。
 
2092 天地と 別れし時ゆ ひさかたの 天《あま》つしるしと 定めてし 天《あま》の河原《かはら》に あらたまの 月を累《かさ》ねて 妹に逢ふ 時|候《さもら》ふと 立ち待つに 吾が衣手に 秋風の 吹き反《かへ》らへば 立ちて坐《ゐ》て たどきを知らに むらぎもの 心いさよひ 解衣《ときぎぬ》の 思ひ亂れて いつしかと 吾が待つ今夜《こよひ》 この川の 行きの長くも ありこせぬかも
 
〔譯〕 天は天、地は地と別れて世界が出來た時から、天上で二星を隔てる境界の印として神樣の定めておかれた天の河の河原に、數多の月を重ね、妻に逢ふ時を待つとて、立つて待つてゐると、自分の着物の袖に秋風が絶えず吹いて來るので、立つても居ても何とも仕樣がなくて、心もそぞろに、思ひは亂れて、逢へるのは一體いつのことかと自分が待ちこがれてゐた今夜なのである。その待望の今夜は、天の河の流のやうに、長く長く續いてくれないものかなあ。
(144)〔評〕 前の長歌は第三者が彦星に同情して詠んだものであるが、これは彦星自身の感懷である。部分的に見ると、一の卷の軍王の作「五」から詞句を剪裁したやうにもみえるが、とにかく巧みに纒まり、前の長歌よりも勝れてゐる。
〔語〕 ○天つしるしと 彦星と織女とを隔てる天上の境界の印として。「二〇〇七」參照。○あらたまの 枕詞。普通「年」にかかるが、ここは「月」にかけてゐる。「四四三」參照。○時さもらふと 時を待つとて。「さもらふ」は待ち受ける意。「一八四」參照。○吹き反らへば 繰返し繰返し吹くので。「ふ」は動作の繼續を表はす。○たどきを知らに 手段方法も分らないので。「たづきを知らに」(五)に同じ。○むらぎもの 「心」の枕詞。「五」參照。○心いさよひ 心が定まらずためらふ意。○解衣の 解きほぐした着物の亂れる意で「亂れ」にかかる枕詞。○この川の行きの長くも この川の流れの長いやうにの意。
〔訓〕 ○定めてし 白文「定大王」の「定」は元暦校本等による。通行本等「弖」に作るは誤。「大王」は王羲之をさす。手師の意で「テシ」の假名に用ゐた。○吹き反らへば 白文「吹反者」。舊訓フキシカヘセバは非。「衣手」にとあるによつて、考の訓に從ふ。○心いさよひ 白文「心不欲」。諸訓があり誤字説もあるが、義を以て、イサヨヒ又はタユタヒと訓むがよいとおもふ。○ゆきの長くもありこせぬかも 白文「行長有不得鴨」。これも諸訓があり誤字説が多いが、「行長」を略解補正にユキノナガケクと訓んだのをナガクモと改めた。ユクゴトナガクとよむ説もある。總索引には、「行」の字を類聚名義抄などにナガレとあるによつてナガレノナガクと訓んでゐる。アリコセヌカモは、原文「有得鴨」の「得」の上に「不」を脱したとする古義の説によつた。
 
    反歌
2093 妹に逢ふ時片待つとひさかたの天漢原《あまのかはら》に月ぞ經にける
 
〔譯〕 妻に逢ふ時をひたすら待つとて、自分は天の河原に立つて、幾月も月がたつてしまつたことである。
(145)〔評〕 渡るべき時、即ち七月七日の夕べの來るのを彦星が天の河原で待つといふ、稍かはつた構想である。
 以上が七夕の歌で、長歌二首、短歌九十五首、玉石同架といつても、玉は寧ろ少數である。中に人麿歌集所出のもあり、それらは古歌と思はれるが、他は比較的時代の新しいものである。大陸輸入の七夕傳説に就いて、當時の人々の樣々な見方が網羅されて居り、とにかく、文化史また傳説研究の見地から興味が深い。
〔語〕 ○片待つ ひたすら待つの意。「一二〇〇」參照。
 
    花を詠める
2094 さを鹿のこころ相念《あひおも》ふ秋萩の時雨《しぐれ》のふるに散らくし惜しも
 
〔題〕 花を詠める 以下三十四首は花を詠じた歌であるが、そのうち、朝顔・尾花・女郎花各一首あり、他の三十一首は、悉く萩の歌である。以て萩に對する上代人の好尚が窺はれる。
〔譯〕 男鹿が、心を通はして思ひあつてゐる秋萩の花が、時雨の降るのに散るのは、惜しいことであるよ。
〔評〕 妻を慕つて男鹿が哀音を發するのは、萩の花の時期であり、どちらも同じ山野のものであるから、兩者親しいものとして眺められた。後世萩を、鹿の花妻のやうにいうたのは、既に本集のこれらの歌に胚胎してゐるのである。時雨は後世は晩秋初冬のものとしてあるが、この當時は一般に秋の雨を稱してゐる。
〔語〕 ○こころ相念ふ 牡鹿と秋萩とが心で互に思ひ合つてゐるの意。○散らくし惜しも 散ることが惜しいなあ。「散らく」は、散ることの意。「し」は強意の助詞。
〔訓〕 ○散らくし惜しも 白文「落僧惜毛」。舊訓チリソフヲシモ。元暦校本等はチラマクヲシモとある。「僧」は、考に「倶」、古義に「信」の誤としてゐるが、卷四に「知僧裳無跡《シルシモナシト》」(六五八)の例があり、法師の義から、シの假字に假り用ゐたものとすべきである。
 
(146)2095 夕されば野邊の秋萩うら若み露に枯れつつ秋待ち難し
     右の二首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 夕方になると、まだ野邊の秋萩は若々しくかよわいので、おく露に葉が枯れて、花の咲く秋まで堪へきれないやうな風情である。
〔評〕 夕霧が重げに置いて、たわわに萎えた萩の枝をあはれと眺めた趣、如何にも優婉な感じである。萩の葉が黄ばんで色づくのを、「露に枯れつつ」といつた簡潔な表現もよい。何となくうら若い女性の作のやうな感を與へる。
〔語〕 ○夕されば 夕方になると。「一三八」その他、集中非常に用例が多い。○うら若み まだ若々しいので。
〔訓〕 ○露に枯れつつ 白文「露枯」、略解所引宣長説では「枯」を「沾」の誤と見てゐる。舊訓ツユニシカレテは拙。考ツユニシヲレテは聊か無理で、今、代匠記精撰本の訓に從ふ。
 
2096 眞葛原なびく秋風吹くごとに阿太《あだ》の大野の萩の花散る
 
〔譯〕 一面に葛の生えてゐる處をさわさわと靡かせて秋風が吹くごとに、この阿太の大野では、萩の花がほろほろとこぼれて散ることである。
〔評〕 葛の葉裏をほの白く飜して、秋風が渡ると、廣野の一隅では、咲き滿ちた萩の花が散る。優美にして、しかも爽涼の秋色が 首に躍動してゐる。「眞葛原」は、葛の繁茂してゐるあたりといふほどの意で、勿論阿太の大野の一部分であり、別の野原ではない。
〔語〕 ○眞葛原なびく秋風 眞葛の群がさわさわと靡く秋風、即ち眞葛を吹き靡かせる秋風である。○阿太の大野 和名抄に「大和國宇智郡阿陀」とあり、今の宇智郡大阿太村、南阿太村地方で、吉野川の沿岸。
 
(147)2097 鴈がねの來喧《きな》かむ日まで見つつあらむ此の萩原に雨なふりそね
 
〔譯〕 やがて雁が來て鳴くであらうが、その頃まで眺めでゐようと思ふこの美しい萩の原に、どうか雨は降つてくれるなよ。
〔評〕 美しい萩の花を眺めつつ雁の聲を聞いてみたいといふのである。同じ季節に前後する景物を、並べて鑑賞したいといふ自然愛の發露で、上代から日本人の抱いてゐる優雅な心情である。
 
2098 奧山に住むとふ鹿の初夜《よひ》去らず妻間《つまど》ふ萩の散ちまく惜しも
 
〔譯〕 奧山に住むといふ鹿が、毎晩缺かさず自分の妻と思つておとづれて來るが、その花妻である萩の散るのは、惜しいことであるよ。
〔評〕 美しい萩の花の散るのが惜しい、それはやさしい花妻を失ふ鹿の爲にも可愛さうである、といふ自然愛と動物愛との融合した温かい上代人の心情である。
〔語〕 ○初夜去らず 必しも「初夜」の文字に拘はらなくてもよい。ここは單に夜の意で、即ち、毎夜毎夜缺かさずの意。○妻どふ萩 鹿が自分の妻としておとづれるその萩。鹿が萩の原に寢に歸るのを譬へていふ。
 
2099 白露の置かまく惜しみ秋萩を折りのみ折りて置きや枯らさむ
 
〔譯〕 白露が一ぱいに置いて花をいためるのが惜しさに、秋萩を折り取つて來るだけは來て、あとはそのまま枯らしてしまふのではないだらうか。
〔評〕 露に痛められて葉が次第に枯れてゆくのが惜しいから、折り取つて室の中で眺めようといふのはよいが、結局(148)それでそのまま置いたら、却つてすつかり枯らすことになるであらう。やはり萩は、白露のおく野にあるままに眺めた方がよかつたのであらうかといふのである。
〔語〕 ○折りのみ折りて 折るだけは折つて。折ることだけを考へてのことである。○置きや枯らさむ そのまま置いて枯らしてしまふことであらうか。
 
2100 秋田刈る假廬《かりほ》の宿《やどり》にほふまで咲ける秋萩見れど飽かぬかも
 
〔譯〕 秋の田を刈り取る爲に造つた假小屋の、あたりも照り映えるぐらゐに美しく咲いてゐるこの秋萩の花は、いくら見ても見飽きないことであるよ。
〔評〕 收穫期も近づいたので、田の畔に假小屋を造つて番をする。あたりには、萩の花が咲いてゐて、見すぼらしい掘立小屋も趣を加へ、いぶせき宿りも慰められるのである。苦しい勞働生活の中にも、自然の風趣を懷かしんだ上代農民の淳朴さが思はれる。
〔語〕 ○假廬のやどり 急造の假小屋で、見張りをしたり、收穫物や農具などを入れるためのもの。○にほふまで 色が美しく照り映えるぐらゐに。「にほふ」は、色の美しく映ずること、色に染まることの兩義あるが、ここは前者である。
 
2101 吾が衣《ころも》摺《す》れるにはあらず高松《たかまつ》の野邊行きしかば萩の摺《す》れるぞ
 
〔譯〕 自分のこの着物は、人が此の美しい模樣を摺り出したのではない。高圓の野邊を通つたところ、萩の花が摺つてくれたのである。
〔評〕 新らしい萩の花摺の着物を褒められた人の、無邪氣な誇であらう。いかに多く咲き亂れた萩原を押分けて通つ(149)ても、それで着物に色が染むなどといふことは、勿論ある筈はないが、萩の花を愛好した當時の人々の誇張的空想で、まことに美しい表現であり、聊かの不自然さをも感じさせない。その輕快な調子には、秋の情趣が滿ち溢れてゐる。
〔語〕 ○摺れるにはあらず 特に人爲的に萩の花摺にしたわけではないとの意。實際はさうしたのであるが、わざと戯れていふのである。○高松 高圓の借字として古來解せられてゐるが、文字の通りタカマツと訓んで、高圓の義としてよい。○萩の摺れるぞ 萩の花の中を分けて行つたので、自然に花の汁に染つたのであると、誇張していひなしたもの。
〔訓〕 ○吾が衣 白文「吾衣」、考のワガコロモによる。代匠記精撰本の一訓ワガキヌハ。○高松の 白文「高松之」、元暦校本・袖中抄等の訓タカマトノ。類聚古集・紀州本等はタカマツノ。○行きしかば 白文「行之者」。代匠記には「香」を補ふべしとあるが、このままで、カを添へ訓んでもよいと思はれる。
 
2102 この暮《ゆふべ》秋風吹きぬ白露にあらそふ萩の明日咲かむ見む
 
〔譯〕 この夕方秋風が吹きそめた。開花を促す白露に、萩が明日はいよいよ咲くであらうから、それを自分は見よう。
〔評〕 白露にあらそふ萩は、前に、「春雨に爭ひかねて吾が屋前《には》の櫻の花は咲きをめにけり」(一八六九)とあつたやうに、花を待ちわびる心から、白露が花を咲かせようと促すのを、花が咲くまいと拮抗してゐるといふ風に見たのである。併し、いよいよ秋になつたので、その萩も爭ひかねて明日は咲くであらう。それを見るのが樂しみである、というたもの、極めて純にして素直な自然愛の心が溢れてゐる。
〔語〕 ○秋風吹きぬ 秋風が吹き始めた。即ちいよいよ秋になつたと感じた趣である。○白露にあらそふ萩の 露が花を咲かせようとし、花は莟んでゐようとする意であるとする考の説、白露が花の咲かうとするを止める意と見る略解、露と萩と美をあらそふ意と解する古義の中山嚴水説などあるが、上に引いた櫻の歌や、又この下にも「白露に爭(150)ひかねて咲ける萩」(二一一六)などあるのを見れば、考の説に從ふべきである。○明日咲かむ見む 明日咲かむを見むの義。
 
2103 秋風は冷《すず》しくなりぬ馬|竝《な》めていざ野に行かな萩の花見に
 
〔譯〕 秋風は冷え冷えとして來た。馬を竝べて、さあ野邊に行かう、萩の花を見に。
 
〔評〕 爽やかな秋風に吹かれつつ、友を顧み、安らかにふと口ずさんだと思はれるやうな歌である。いささかの作爲も修飾もない。實に自然清淡の調であり、やがて白馬をつらねて萩の野を分け行く若い貴公子らの、颯爽たる風姿も浮んで來る。
〔語〕 ○いざ野に行かな さあ、野原へ行かうよ。「行かな」の「な」は動詞の未然形を受けて希望をあらはす助詞。「家聞かな」(一)參照。
 
2104 朝顔は朝露|負《お》ひて咲くと云へど夕|陰《かげ》にこそ咲きまさりけれ
 
〔譯〕 朝顔の花は、朝の露に濡れて美しく咲くものであるといふけれども、このとほり、夕方の日ざしに咲いてゐる方が、一層咲きまさりがして美しいものだつたのだ。
〔評〕 素朴な表現であるが、四五句の觀照と描寫とはまことに精緻的確である。朝顔については諸説區々で、容易に決し難いが、この歌では、牽牛花とは絶對に考へられない。桔梗として最も適切なのを覺える。
〔語〕 ○朝顔 ここは桔梗をさす。「一五三八」參照。○夕かげ かげりゆく夕方の薄い日ざし。夕方の物かげといふ説はわるい。「陰」は「影」の借字と見るべきである。○咲きまさりけれ 咲きぶりが一層まさつて見えるものであることがわかつたの意。
 
(151)2105 春されば霞隱《かすみがく》りて見えざりし秋萩咲けり折りて挿頭《かざ》さむ
 
〔譯〕 春になると、霞に隱れて見えなかつた秋萩が、今や美しく咲いてゐる。折り取つて頭に挿さうわい。
〔評〕 野邊の萩は、春にあつては、まだ短い莖に葉が萠え出たばかりで、殆ど存在が目だたないのであるが、それを美化して「霞がくりて見えざりし」といつたのは、幼げに云ひなした表現である。稚拙の作。
〔語〕 ○折りてかざさむ 一枝手折つて髪の飾に挿さうの意。
 
2106 沙額田《さぬかだ》の野邊の秋萩時なれば今盛なり折りて挿頭《かざ》さむ
 
〔譯〕 沙額田の野邊の秋萩は、時期であるから、今や眞盛りである。一枝折り取つて頭に挿さう。
〔評〕 沙額田の野邊に亂れ咲く萩の花に感興を催したのであるが、歌は平淡に過ぎ、結句も類型以外に出てゐない。
〔語〕 ○沙額田 近江國坂田郡か、或は大和國生駒郡の額田のことか。
〔訓〕 ○時なれば 白文「時有者」舊訓トキシアレバ。今、童蒙抄の訓による。
 
2107 殊更に衣《ころも》は摺らじをみなへしさき野の萩ににほひて居《を》らむ
 
〔譯〕 わざわざ自分は着物は摺るまい。さき野の萩の咲き亂れた中に入つて、自然に花の色に染ませてゐよう。
〔評〕 當時萩の花摺衣が愛用されたといふことが、これ等の歌によつて想像される。但この歌は普通の出來で、取りたてていふ程のことも無い。
〔語〕 ○をみなへし 女郎花が咲くの意で、「さき野」にかける枕詞。「一九〇五」參照。○にほひて居らむ 「にほはせて居らむ」を?態的に言ひ換へたもの。萩の花の中に分け入つて眺め弄び、その結果、着物が花に染まるのに任(152)せてゐようとの意。「三八〇一」參照。
 
2108 秋風は急《と》くとく吹き來《こ》萩の花散らまく惜しみ競《きほ》ひ立つ見む
 
〔譯〕 秋風は早く吹いて來てくれ。萩の花が散るのを惜しがつて、風にさわだつて爭ふ樣を自分は眺めようと思ふのである。
〔評〕 この歌は四五句甚だ難解であり、殊に結句には文字の疑問もあるので、決定的の訓釋を下すことは困難である。萩が自身に散るまいと努力して風に逆らひ、うねりさわ立つ樣に解されてゐるが、特異な趣向である。
〔語〕 ○散らまく惜しみ 萩自身が散ることを惜しがつての意と解さねばならぬ。○競ひ立つ見む 風に散らされまいと萩が爭ひ立つのを、眺めようとの意であらう。
〔訓〕 ○とくとく 白文「急々」、通行本・西本願寺本等に「急之」とあるは解し難い。今、元暦校本等による。○競ひ立つ見む 白文「競立見」の「競」を紀州本は「鏡」の草體に、類聚古集は同じ「競」の略體に作る外、諸本悉く「競竟」とあつて訓み難い。略解は「競弖見」に、新考は「競覽」に改めてゐるが、「竟」を「立見」の誤寫とする考の説が最も穩かであらう。舊訓オボロオボロニ、元暦校本等のキホヒキホヒニはいづれも意を成さない。今、考によつて本文を改め、考の訓キソヒタツミムをキホヒタツミムと改めた。
 
2109 我が屋前《には》の萩の末《うれ》長し秋風の吹きなむ時に咲かむと思ひて
 
〔譯〕 わが庭にある萩の枝の末が長く伸びてゐる。今に秋風が吹いて來る時になつたらば、咲かうといふつもりで。
〔評〕 長く伸びて撓んだ萩の末に、やがてそれが花をつけて秋風に搖れる風情を想像して、樂しんでゐるのである。萩が秋の晴の装の身支度を整へてゐると、萩の心になつて見たのも面白い。
 
(153)2110 人皆は萩を秋と云ふ縱《よ》し吾は尾花が末《うれ》を秋とは言はむ
 
〔譯〕 世間の人は皆、萩を秋の花の第一のものといふ。人は何といはうともかまはない、自分は、尾花の穗先の風に靡く風情を、秋の景物の極致といはう。
〔評〕 萬葉時代は、秋の花として萩が一般に愛好されてゐたことは、集中、植物を詠じた歌全體を通じて、萩の歌が首位を占めてゐることでも察せられよう。尾花は、秋の花の中では、萩に次いで多く歌はれて居り、萩よりも更に簡素なその風趣に對する當時の人々の嗜好の度をも示してゐる。風に靡く薄の穗先に、そこはかとなき秋の風情を深くも味解し得たこの歌は、表現は素朴直截であるが、雄健率直な半面に、ささやかな姿が暗示する象徴的の美をも鋭く感受した上代人の感覺の新鮮さをも語つてゐる。なほ中世の更科日記に、春秋の優劣をいひ爭つたをりに、一人が、「人は皆春に心を寄せつめり我のみや見む秋の夜の月」とよんだのは、趣の似たところがある。
〔語〕 ○萩を秋といふ 萩の花を秋の景物中の第一のものといつてゐるとの意。○よし吾は さういふなら言ふに任せて置かう、併し自分はとの意。○尾花がうれを 薄の穗先が風に靡く風情をの意。
 
2111 玉|梓《づさ》の君が使の手折《たを》りけるこの秋萩は見れど飽かぬかも
 
〔譯〕 あなたのお使が手折つて持つて來てくれたこの秋萩の花は、いくら見ても見飽きませぬことよ。
〔評〕 萩の花を使に持たせて、贈つてくれた人に對する感謝の挨拶である。「君が使のたをりける」といふと、使が折つたやうに解されるが、作者がいまだしくていひ得なかつたものと思はれる。
〔語〕 ○玉梓の 「使」の枕詞。「二〇七」參照。
 
(154)2112 吾が屋前《には》に咲ける秋萩常ならば我が待つ人に見せましものを
 
〔譯〕 私の庭に咲いてゐる秋萩の花が、いつも散らないであるものならば、私が待つてゐるあのお方にお見せしようものをなあ。
〔評〕 女性の作であらう。この美しい萩の花も、常に咲いてゐるものでないから、たまにしか來ぬ人に、見せることが出來ないと歎いたのである。花と人と、雙方に對する温い愛の心が流れて、女らしく、しをらしい歌である。
〔語〕 ○常ならば いつも變らないものならば、即ち、いつまでも散らずにあるものならば。○見せましものを 見せたいものであるがなあ、しかし、見せることの出來ないのが殘念である、との意。「まし」は、事實ならぬ事柄を想像する助動詞。
 
2113 手もすまに植ゑしも著《しる》く出で見れば屋前《には》の早萩《わさはぎ》咲きにけるかも
 
〔譯〕 手も休めずに、骨折つて植ゑた効果も歴然、出て見ると、庭の早咲きの萩が、もう咲いたことである。
〔評〕 手づから植ゑた花木の、初めて花咲き或は實を結ぶ喜は、いひ知れぬものであること、誰も體驗するところである。この歌、素直な感情を平明な調に托して、朗かな歡喜が生動してゐる。
〔語〕 ○手もすまに 語義は十分に究明されてゐないが、手も休めずの意と古來解されてゐる。「一四六〇」參照。○早萩 早咲の萩。
〔訓〕 ○手もすまに 白文「手寸十名相」集中の訓み難いものの一である。元暦校本等の訓はテモスマニとあるのを、仙覺は文字通りにタキソナヘと訓み、たぎはあぐるで、あげそなへの義として、草木は深く植ゑるのは惡いと註し、代匠記はこの訓に從ひ、草木の遲速淺深數を具へてと解してゐる。古義は南部嚴男説により「手文寸麻仁」の誤とし、(155)難語難訓攷には「乎寸名十相《ヲキナソヘ》」の誤で、「招《ヲ》く」の連用形、「月立ちし日より招きつつ」(四一九六)の如く、離れた所のものを自分の方へ引き附け自分のものとする義で、移し植ゑと解し、ナゾヘは擬への義で、早咲きの萩に思ふ少女を擬へ、女の成長を待つ意と解してゐる。いづれも牽強の嫌がある。この字面では如何にも訓み難いが、姑く古點に從ふこととする。○うゑしも著く 白文「殖之名知久」とあるも、「名」は「毛」の誤とする略解説によつておく。
 
2114 吾が屋外《やど》に植ゑ生《おほ》したる秋萩を誰《たれ》か標《しめ》刺《さ》す吾に知らえず
 
〔譯〕 自分の家の庭に、植ゑ育てておいた秋萩を、誰が標を立てて、我が物としたのであらう。自分に知れないやうにして。
〔評〕 これは、譬喩歌の中に入れるべきものである。萩を女に譬へ、今まで大事に守つてゐた女を、自分の知らぬ間に、他の男がひそかに領じたのに氣づいて、驚きああてたのである。譬喩に託してゐるだけに、實感はよほど稀薄になつてゐる。
〔語〕 ○誰か標刺す 誰が標を立てて己の所有としたのであるかの意。「標」は占有を示す標。「一三三七」參照。
 
2115 手に取れば袖さへ匂ふ女郎花《をみなへし》この白露に散らまく惜しも
 
〔譯〕 手に折り取ると、袖までもその色に染まりさうに美しい女郎花が、この重く置いた露のために、散るのは惜しいことであるよ。
〔評〕 玉と輝く白露を重たげに負うて、色深くたをやかに咲いた女郎花の婉容を描いて遺憾がない。但、「散る」といふ語は、女郎花に對して稍妥當を缺くかと思はれる。
(156)〔語〕 ○袖さへにほふ 着物の袖までも、花の色に染まるの意。
 
2116 白露に爭ひかねて咲ける萩散らば惜しけむ雨なふりそね
 
〔譯〕 開花を促がす白露に、遂にさからひきれないで咲いた萩が、散つてしまつたらば惜しからう。どうか雨よ降つてくれるな。
〔評〕 花を愛するがゆゑに、雨を忌避するのは、古今渝らぬ人情で、この卷にも上に、「見渡せば向ひの野べのなでしこの散らまく惜しも雨な降りそね」(一九七〇)「雁がねの來鳴かむ日まで見つつあらむこの萩原に雨な降りそね」(二〇九七)などの類歌がある。一二句も、前の「白露にあらそふ萩」(二一〇二)と同想である。
〔語〕 ○爭ひかねて 逆らひきれないで。「二一〇二」參照。○散らば惜しげむ 散つたらば惜しからうの意。「惜しけむ」は、「惜しからむ」に同じ。「惜しけ」は、形容詞「惜し」の古い未然形である。
 
2117 をとめ等に行相《ゆきあひ》の早稻《わせ》を苅る時に成りにけらしも萩の花咲く
 
〔譯〕 夏と秋とが行きかふ初秋の頃にみのる早稻を苅る季節になつたらしい。あんなに美しく萩の花が咲いてゐる。
〔評〕 萩の花が咲いたのを見て、早稻を苅る時期の到來を意識したもので、内容は單純であるが、「をとめ等に」といふ枕詞や、「行相の早稻」といふやうな珍らしい辭樣が、特異な色調を織りなしてゐて、一種の快い諧調を成してゐる。
〔語〕 ○をとめ等に 「行相」にかかる枕詞と見る代匠記の説がよい。ヲトメラガと訓んで三句「苅る」の主語と見るのはよくない。○行相の早稻 夏田を植ゑる時、苗が足らないと、同じ苗でないのを植ゑつけるをいふとする代匠記初稿本の説は疑はしく、夏と秋と行合ふ頃みのる早稻と解した略解説によるべきであらう。「行相」を地名で立田(157)山の附近とする袖中抄の説も從ひ難い。九の卷に「いゆきあひの坂の麓」(一七五二)の句があるが、旅人の行きあふ意で、地名ではない。その「いゆきあひ」と同じく、少女らに行きあふ途中の田と解く説もある。
 
2118 朝霧のたなびく小野の萩の花今や散るらむいまだ飽かなくに
 
〔譯〕 朝霧のたなびくあの野邊に咲き乱れてゐる萩の花は、今頃はもう散つてゐるであらうか、まだ見飽きないのに。
〔評〕 初二句は實景を眺めた印象描寫であり、四五句で、殆ど連日出遊して萩の花に親しんでゐる趣が察せられる。イマヤ、イマダと類音を重ねたのも、恐らく意あつての事であらうが、面白い頭韻を成してゐる。
〔語〕 ○今や散るらむ 今まさに散つてゐるであらうかの意。「らむ」は現在推量の助動詞。
 
2119 戀しくは形見にせよと吾背子が植ゑし秋萩花咲きにけり
 
〔譯〕 戀しかつたならば、形見として眺めるがよいといつて、別れる時に私の夫が植ゑた秋萩が、花が咲き出したことであるよ。
〔評〕 愛する人の形見として花木を植ゑるといふことは、上代によく行はれた風習と思はれ、ここにも、我が上代人の優雅な趣味性情が窺はれるのである。「秋さらば見つつしのへと妹が植ゑしにはのなでしこ咲きにけるかも」(四六四)「戀しけば形見にせむと吾が屋戸に植ゑし藤浪いま咲きにけり」(一四七一)などある。前者は家持、後者は赤人の作であるが、今のこの歌と頗る似てゐる。
〔語〕 ○戀しくは 別れて後戀しくなつたならばの意。
 
2120 秋萩に戀|盡《つく》さじと念《おも》へどもしゑや惜《あたら》しまた逢はめやも
 
(158)〔譯〕 秋萩の花に、そんなに戀しがつて心を惱ましたりなどしまいと自分は思ふけれども、ええもう、やつぱり惜しいわい。この花が散つたらば、逢へはしないのだからなあ。
〔評〕 散りゆく萩の花に對して、まるで戀人にでも別れるやうな切ない心もちで名殘を惜しんでゐる。それが聊かも誇張とも不自然とも感じさせないのは、やはりこの花に對する作者の愛着の眞實さゆゑである。二句四句など、切實にして熱と力とを帶びたその語氣が、明かにそれを語つてゐる。
〔語〕 ○戀盡さじと 戀心を傾け盡すまいとの意。○しゑや 詠歎の語。ええもう。「六五九」參照。○あたらし 惜しい。花のちるのが惜しいの意。○また逢はめやも 今散つたらば二度と見られようかの意。
 
2121 秋風は日《ひ》にけに吹きぬ高|圓《まと》の野邊の秋萩散らまく惜しも
 
〔譯〕 秋風は、日増しに吹きつのつてゐる。高圓の野邊の秋萩が、この風で散るであらうが、それが惜しいことであるよ。
〔評〕 清楚淡遠、平明のうちに、酌めども盡きぬ情趣を湛へてゐる。それは、典型的五七調の快適な旋律が齎らす表現効果である。
〔語〕 ○日にけに吹きぬ 日増しにいよいよ吹きつのつてゐるの意。「いや日けに」(四七五)參照。
 
2122 丈夫《ますらを》の心は無くて秋萩の戀のみにやもなづみてありなむ
 
〔譯〕 自分は男子としての雄々しい心は無くなつて、いたづらに婦女子などのやうに、秋萩を戀することにばかり惱んでゐてよいものであらうか。そんなことではならぬ筈であるが、しかし、あの美しい花は、やはり忘れかねることである。
(159)〔評〕 萩の花に對する愛着も極まれりといふべきである。上の「二一二〇」の歌と同想であるが、表現は、一層熱狂的である。但ここに至つては、聊か誇張に過ぎる感もないではない。
〔語〕 ○丈夫の心は無くて 男一匹としての堂々たる気象は失つてまつて。○なづみてありなむ 拘泥してゐてよいものであらうか、否、それではいけないの意。上の「やも」を受けて反語に解する。
〔訓〕 ○心は無くて 白文「心者無而」來訓ココロハナシニとあるが、今、元暦校本等の訓、及び代匠記の説に從ふ。
 
2123 吾が待ちし秋は來りぬ然れども萩の花ぞも未だ咲かずける
 
〔譯〕 自分の待つてゐた秋は來た。けれども、どうしたものか、萩の花はまだ咲かないなあ。
〔評) 待ちこがれた秋は來たが、愛する萩の花がまだ咲かないといふ物足りなさを、獨り呟いてゐるのである。四五句の辭樣が素朴で、全體の調も頗る引締つてゐる。
〔語〕 ○萩の花ぞも 「も」は感動の助詞。○咲かずける 咲かずにゐることであつたわい。「ずけり」は古格で、平安時代以後には用ゐられない。
 
2124 見まく欲《ほ》り吾が待ち戀ひし秋萩は枝も繁《しみ》みに花咲きにけり
 
〔譯〕 見たく思つて私が待ち焦れてゐた秋萩は、枝も一ぱいに花が咲いたことである。
〔評〕 前の歌とは正反對に、愛する花の咲いたのを喜んだのである。「枝もしみみに」の描寫は、簡潔にして生動の妙があり、全體に何の技巧も無いところ、却つて童心的の歡喜が溢れてゐる。
〔語〕 ○見まくほり 見むことを欲しての意。「一六四」參照。○枝しみみに 枝が一ぱいになるほど繁く。「四六〇」參照。
 
(160)2125 春日野の萩し散りなば朝|東風《ごち》の風に副《たぐ》ひて此處《ここ》に散《ち》り來《こ》ね
 
〔譯〕 春日野の萩の花は、散るとしたらば、朝吹く東風につれて、此處へ散つて來てくれよ。
〔評〕 奈良の都に住む人の作である。勿論、春日野を吹き渡る東風に乘つて、さほど遠くまで萩の花が飛んで行くことは出來る筈もないが、かく幼げに不修理を敢へていふところ、花に對する熱愛の度が見えて面白い。
〔語〕 ○朝東風 朝吹く東の風。「こち」は東方から吹く風をいふ。○風に副ひて 風と一緒になつて。風につれて。○散りこね 散つて來いよの意。「ね」は他に求め望む意の助詞。
 
2126 秋萩は鴈に逢はじと言へればか【一に云ふ、言へれかも】聲を聞きては花に散りぬる
 
〔譯〕 秋萩の花は、雁に逢ふまいと言つたことでもあるのであらうか、雁の鳴く聲を聞くと、むなしく散つてしまふことである。
〔評〕 萩は秋の初めに花が咲き、雁は秋風が寒くなるにつれて鳴いて來るものである。この趣のある二つの景物が前後してゐることに、新しく驚異の眼を見張つたので、その童謠的な幼い表現が甚だ興味が深い。ことに二三句がよい。
〔語〕 ○雁に逢はじと 雁に逢ふまいと。雁と萩とを男女に見立てたものと思はれるが、「逢ふ」を直ちに結婚する意と見るには及ぶまい。○いへればか いつたから、その爲なのかの意。一に云ふの「言へれかも」も同意。○花に散りぬる はかなく散つてしまつたの意。
 
2127 秋さらば妹に見せむと植ゑし萩|露霜《つゆじも》負《お》ひて散りにけるかも
 
〔譯〕 秋になつたならば、妻に見せようと思つて植ゑた萩が、露霜をおつて、散つてしまつたことである。
(161)〔評〕 愛する人に見せようと思つて植ゑた萩であつたが、見せる機會もなく徒らに散つてしまつたのである。平淡に敍し去つてゐるが、そこはかとない遺憾の心もちが漂つてゐる。しかしそれは、強い情熱的な感情ではないのである。
〔語〕 露霜負ひて 露霜を一ぱいかぶつて。「露霜」はツユシモと訓んで、露及び霜の二物とも解されるが、ツユジモと濁り、秋深くなつて霜に變らうとする露、即ちミヅシモの義に取るのが通説である。宣長は玉勝間に、ツユジモは普通の露のことと主張し、全釋はそれを支持してゐる。
 
    雁を詠める
2128 秋風に大和へ越ゆる雁がねはいや遠ざかる雲がくりつつ
 
〔譯〕 秋風の吹き渡る空に、大和の方をさして越えてゆく雁は、いよいよ遠ざかつて行く、雲の中に隱れながら。
〔評〕 遙かに故郷大和の方を望めば、連山波涛の如き上を、雁の一列が越えて行く。その姿は見る間に小さくなりつつ、やがて雲の中に没し、聲は猶折々かすかに秋風に運ばれて來る。單純な描寫であるが、情景躍動して格調清遠、そぞろに旅愁の全幅に漂ふ趣がある。
〔語〕 ○雁がね、ここは雁の聲でなく雁その物をいふ。實際には聲も聞えたことは勿論であるが、語としてはそれは表はされてゐない。
 
2129 明闇《あけぐれ》の朝霧|隱《がく》り鳴きて行く雁は吾が戀を妹に告げこそ
 
〔譯〕 ほの暗い夜明け時の、朝霧に隱れて鳴き行く雁は、自分のかくも戀ひこがれてゐる心持を、妻のもとへ告げてくれよ。
〔譯〕 曉かけて旅行く人の歌と見てゐる註もあるが、必ずしも旅人とは思はれない。寧ろ離れ住む戀人を思ふ歌と解(162)した方が、趣深いやうに感じられる。四句はやや窮屈である。
〔語〕 ○あけぐれ 夜あけ方の薄闇。「ゆふぐれ」に對する語。「あけくれ」とは別語で、ぐれと濁音によむ。
〔訓〕 ○吾戀 「吾」は元暦校本による。通行本等に「言」とあるのも、漢字の古い用法に從へばワレ、ワガと訓み、現に集中にも「二五三三」「二五三五」その他用例があるので、誤とはいへない。舊訓ワガコヒ、略解ワガコフル、古義アガコフ、新考ワガコフトなど諸訓區々であるが、ヲをよみ添へてワガコヒヲと訓むのが最も妥當と思はれる。
 
2130 吾が屋戸《やど》に鳴きし雁がね雲の上に今夜《こよひ》なくなり國へかも行く
 
〔譯〕 今までわが家のあたりで鳴いてゐた雁が、雲の上で今夜鳴いてゐる。本國へでも歸つて行くのであらうか。
〔評〕 嘗て自宅に在つて雁の聲を聞いた作者が、今は旅中にそれを聞いて感慨に耽つてゐる趣である。勿論兩者同一の雁と信じてゐるわけではなく、家の方でも鳴いてゐたが、今夜ここでも鳴いてゐるといふほどの意なのである。雁の歸るのは春であることは後世定まつた事ではなく、上代の作者といへども知らぬ筈はないが、「國へかもゆく」と想像したのは、畢竟旅中にゐる自分の主觀から發したのであつて、敢へて條理に拘はらぬところが寧ろ自然である。
〔語〕 ○國へかも行く 雁がその本國へ歸つてゆくのか知らんの意。「か」は疑問。「も」は詠歎の助詞。
〔訓〕 ○國へかもゆく 白文「國方可聞遊群」の「遊群」の二字を、諸本いづれも別行とし、題詞のごとく書いてゐるが、童豪抄によつて訂された。
 
2131 さを鹿の妻どふ時に月をよみ雁が音《ね》聞ゆ今し來《く》らしも
 
〔譯〕 男鹿が妻をたづねて鳴く時に、月がよいので、雁の聲も聞える。今や雁も、いよいよ渡つて來るらしい。
〔評〕 靜かな月明の下、哀婉かぎりなき鹿の聲と、清亮幽寂な雁の聲とが二重秦をなして、身も引締まるやうな情趣(163)である。感動の中心が二つに分裂せずして巧みに融合調和してゐるのは、老手といつてよく、「月をよみ」と中間においたのがよい。
〔語〕 雁が音聞ゆ 雁の鳴く聲が聞える。この「かりがね」は雁の聲をいふ。○今し來らしも 今やいよいよ今年の雁も渡つて來るやうになつたらしいと、季節の推移を感じた意。
〔訓〕 ○雁が音 白文「切木四之泣」。切木四はカリで、樗蒲の具。「折木四哭」(九四八)參照。之はガ、泣はネ。
 
2132 天空《あまぐも》の外《よそ》に雁が音《ね》聞きしよりはだれ霜ふり塞しこの夜は【一に云ふ、いやますますに戀こそまされ】
 
〔譯〕 雲のかなた遙かに雁の鳴く聲を聞いてからは、薄霜が降つて、寒いことである、この頃の夜々は。(一に云ふ、いよいよますます、戀心が募つてゆくことである。)
〔評〕 これも季節の推移をしみじみと感じた歌である。調が素朴で、迫力がある。特に、五句の倒装法は頗る効果を收めて、よく安定してゐる。別傳の方は、一二三句と四五句との聯絡に密接でないところがある。
〔語〕 ○天雲のよそに 天涯遙かに。○はだれ霜ふり 薄霜がまだらに置いて。○寒しこの夜は 今日の一夜のみをさすのではない。○いやますますに戀こそまされ 四五句の異傳で、意は明かであるが、全く別の歌になつてしまふ。
 
2133 秋の田を吾が苅りばかの過ぎぬれば雁が喧《ね》聞ゆ冬|片設《かたま》けて
 
〔譯〕 秋の田を刈るに、私の刈り分の刈取りがすんでしまふと、ちやうど、雁の鳴く聲が聞えて來る、冬がもう近づいて來て。
〔評〕 晩秋の田園情調である。今までは多忙で一切を忘れてゐた農夫が、收穫も終るとほつとして、俄に周圍の情景に耳目を配つて、雁の聲に心づき、冬の音づれをしみじみ思ふといふ、いかにも自然な、安らかな氣分である。
(164)〔語〕 ○苅りばか 一人の刈るべき仕事の分量、又は刈るべき區域をいふ。「五一二」參照。○冬片設けて 冬がぐんぐん近づいて。「一八五四」參照。
 
2134 葦邊なる荻《をぎ》の葉さやぎ秋風の吹き來《く》るなべに雁鳴き渡る【一に云ふ、秋風に雁が音聞ゆ今し來らしも】
 
〔譯〕 葦のはえてゐる岸邊の荻の葉がそよめいて、秋風が吹いて來ると、それにつれて雁が鳴いて通ることである。(一に云ふ、秋風に雁の聲が聞える。さては今いよいよ雁が渡つて來るらしい。)
〔評〕 水邊の荻の葉ずれの音、秋風と共に渡る雁の聲、さわやかに聽覺に迫る佳調がある。葦邊と荻とを同時に竝べて描いてゐるなどは、萬葉的な率直さであつて、技巧を重視した後世には無いところである。異傳の方は上の「二一三一」に四五句は酷似してゐるが、本文の方が緊密でまさつてゐる。
〔語〕 ○吹き來るなべに 吹いて來ると同時に。吹いて來るにつれて。「神ながら思ほすなべに」(五〇)、「足引の山川の瀬の鳴るなべに」(一〇八八)等參照。
 
2135 おし照《て》る難波堀江の葦邊には雁|宿《ね》たるかも霜のふらくに
 
〔譯〕 難波の堀江の葦のはえてゐる岸邊には、雁が寢てゐるのであらうか、この霜の降るのに。
〔評〕 難波の海邊の霜夜に一夜の旅寢をした人が、自分の身の寒さから、しみじみと雁に同情を寄せたものである。作者自身の寒さわびしさは全く影を没して、雁に對する愛情が明るく暖く流れて居り、自然と融合した上代人の生活も窺はれる歌である。
〔語〕 ○おし照る 「難波」の枕詞。「四四三」參照。○難波堀江 淀川の下流、天滿川のあたりといふ。「一一四三」參照。
165)〔訓〕 ○宿たるかも 白文「宿有疑」舊訓による。古義はネタルラシと訓む。「二二〇七」參照。ラムともよめる。
 
2136 秋風に山飛び越ゆる雁がねの聲遠ざかる雲|隱《がく》るらし
 
〔譯〕 秋風の吹き渡る中を、山を飛び越えてゆく雁の、鳴く聲が遠ざかつてゆく。さては、次第に雲の中に隱れ去るらしい。
〔評〕 「秋風に大和へ越ゆる雁がねはいや遠ざかる雲がくりつつ」(二一二八)の異傳とも見られるが、僅かの字句の相違によつて、彼は視覺の歌、此は聽覺の歌になつてゐる。それだけ彼が印象明瞭なのに比し、此は力が弱い。且、これは、四五句は想像でありながら、初二句は實景を見てゐるのかとも疑はれる表現であり、要するに不統一の評を免れない。
 
2137 朝に行く雁の鳴く音《ね》は吾が如くもの念《おも》へかも聲の悲しき
 
〔譯〕 朝早く空を飛んで行く雁の鳴く音は、私のやうに物思をしてゐる爲であらうか、その聲がまことに悲しいことである。
〔評〕 作者の物思は、やはり戀ゆゑであらう。特に「朝に行く」としなのは、雁その物にとつては夜でも夕でも差支なく、別に必然性ある語ではないが、恐らく作者自身が早朝戀人に別れて歸る時、たまたま雁の聲を聞いたのであらうか。それとも男の歸つていつた朝の女の心であらうか。いづれにしてもわが思に引き較べて、雁の身をもあはれんだのである。
〔訓〕 ○朝にゆく 白文「朝爾往」で、舊訓ツトニユク。元暦校本等にケサニユク。紀州本等によれば江家の本にはアサニユクとあつたらしく、ケサが古點、アサが次點かと思はれる。今アサに從ふ。
 
(166)2138 鶴《たづ》がねの今朝鳴くなべに雁がねは何處《いづく》指《さ》してか雲|隱《がく》るらむ
 
〔譯〕 鶴の聲が今朝聞えたかと思ふ途端に、雁の聲は聞えなくなつた。雁は一體、何處を目ざして雲の中に隱れて行くのであらうかなあ。
〔評〕 鶴が鳴いて來ると同時に、常にこのあたりに來て鳴いてゐた雁は、何處かへ、飛び去つたらしい。鶴と雁との去來に、因果關係があるのでは勿論ない。唯偶然の事であるが、それをありのままに詠んで、あの雁は何處へ行つたのであらうかと思ひやつたところ、如何にも上代人らしい素朴さである。
〔語〕 ○鶴がね ここは鶴そのものをさすやうに見えるが、さうではない。鶴の聲がすることを一種の重言でかくいうたのである。「雁がね」も同樣であつたのが、頻繁に用ゐられる間に、變化して、雁その物の意にもなつたのである。○鳴くなべに 鳴くと同時に。「二一三四」參照。
〔訓〕 ○雲隱るらむ 白文「雲隱良武」、通行本等は「武」を「哉」に作る。今、元暦校本等の古本に從ふ。
 
2139 ぬばたまの夜渡る雁はおほほしく幾夜を經てか己《おの》が名を告《の》る
 
〔譯〕 夜の空を飛んで行くあの雁は、いぶかしくも、幾晩も幾晩も、あんなに、かりかりと自分の名を名のるのであらうか。
〔評〕 「かり」といふ名稱は、その鳴き聲に由來するは勿論である。この歌はそれを逆に、なぜ自分の名をああして幾夜も名のりつづけるのかと、幼い疑問にしたところが、無邪氣な上代人らしくて面白い。
〔語〕 ○おほほしく おぼつかなく、不確になどの義、ここは、幾夜鳴きつづけるかと作者がおぼつかなく思ふ心持である。○己が名をのる 雁といふ名も、元來はその鳴き聲から來た擬聲語であらうが、ここは逆に、自らその名を(167)呼び續けてゐると聞いた諧謔である。
 
2140 あらたまの年の經《へ》行けばあともふと夜《よ》渡る吾を問ふ人や誰《たれ》
 
〔譯〕 段々月日がたつので、友を引連れて行かうとて、夜空を飛びながら名のつてゆくのを、不思議さうに尋ねる人は、一體誰ですか。
〔評〕 前の歌に雁が答へた趣向である。常世の國を出て久しくなるので、もう歸らうと、友を呼び集めてゐるのであるといふのは、いかにも素朴な想像で、童話的な面白味がある。
〔語〕 ○あらたまの 「年」の枕詞。○年の經行けば 年が經過したから、即ち、この國に來て久しくなつたのでの意。○あともふと 「あともふ」は召集する、引連れるの意。「御軍をあともひ賜ひ」(一九九)參照。
 
    鹿鳴《しか》を詠める
2141 この頃《ごろ》の秋の朝|明《け》に霧|隱《がく》り妻呼ぶ雄鹿《しか》の聲のさやけさ
 
〔譯〕 この頃の秋の夜明け時に、霧の中で妻を呼んでゐる雄鹿の聲の、何とまあ澄んで響くことであらう。
〔評〕 一誦、清澄冷徹な空氣が身邊を包むのを感じる。格調もよく引締つてめでたい。「この頃の朝けに聞けばあしひきの山を響《とよ》もしさを鹿鳴くも」(一六〇三)はこれを粉本としたかと思はれる。
 
2142 さを鹿の妻ととのふと鳴く聲の至らむ極《きはみ》なびけ萩原
 
〔譯〕 牡鹿が妻を呼び寄せようとして鳴く聲の屆く果まで、聲をさへぎらないやうに靡け、萩原よ。
〔評〕 鹿の鳴く聲にも靡きさうな、なよやかな萩の風情がよく描き出されてゐて、優美、しかも雄大である。妻戀の(168)鹿に對する思ひやりも優しくうるはしい。
〔語〕 ○妻ととのふと 妻どふとて、妻を求めての意。類聚名義抄には「妻」にトトノフの訓がある。「ととのふ」は諧和の樣にすることであらう。「ととのふる鼓の音は」(一九九)「網子ととのふる海人の呼び聲」(二三八)參照。
 
2143 君に戀ひうらぶれ居《を》れば敷《しき》の野の秋萩|凌《しの》ぎさを鹿鳴くも
 
〔譯〕 あのお方に戀ひこがれて、悄然としてゐると、敷の野の秋萩を押し分けて、牡鹿が鳴いてゐることである。
〔評〕 男女いづれの歌とも解されるが、一首の調からいつても、「君」の普通な用法からいつても、女の作と見るが妥當であらう。自らは夫にこがれてゐるが、あの鹿は妻を慕つてゐるのである――さう思ふにつけわが夫は私を思つて下さらぬと、そこまで女は思ひ歎いてゐるかも知れない。しかしそこまでは必ずしも考へなくても趣は十分である。
〔語〕 ○うらぶれ居れば 意氣銷沈して、しよんぼりしてゐるとの意。○敷の野 所在は明かでない。或は大和國磯城郡の野かともいはれるが、假名遣上では疑はしい。○秋萩凌ぎ 萩原を押分け踏み分けての意。
 
2144 雁は來《き》ぬ萩は散りぬとさを鹿の鳴くなる音《こゑ》もうらぶれにけり
 
〔譯〕 雁は既にやつて來た、萩の花はもう散つてしまつたと、牡鹿が鳴き悲しんでゐる聲も、元氣なくしをれきつてしまつたなあ。
〔評〕 雁が來、萩が散つて秋は漸く深くなつてゆく。折から鹿の聲も聞えて來ると、あはれはいよいよ深くなつて、人は傷心に堪へない。うらぶれてゐるのは、實は作者自身であるのを、恰も、行く秋を惜しんで鹿がうらぶれ鳴くかのごとくにいつたのは、例は多いが面白い技巧である。
〔訓〕 ○雁は來ぬ 白文「鴈來」、略解にカリキタリと改訓したのは却つて拙い。元暦校本等の訓カリモキヌも非。(169)ここは舊訓が最もよい。
 
2145 秋萩の戀も盡《つ》きねばさを鹿の聲い續《つ》ぎい續《つ》ぎ戀こそ益《まさ》
 
〔譯〕 秋萩の花に對する戀心もまだ失せきらないのに、牡鹿の鳴く聲がつぎつぎと聞えて、自分も更に妻の戀しさがつのつて來ることである。
〔評〕 萬葉人の萩の花に對する愛好は、集中多數の萩の歌によつて凡そ想像されるが、「秋萩の戀」といふ語のごときは、最も端的にこれを語つてゐる。その萩を愛でつつ鹿の哀音に耳を傾けては、獨り愁緒を絞つてゐる若い作者の面影が浮んで來る。四五句の措辭に特異な風格を藏して興が深い。
〔語〕 ○戀も盡きねば 戀しく思ふ心もまだ消え失せずにをるうちにの意。○聲い續ぎい續ぎ 聲があとからあとからと引き續いての意。「い」は接頭辭。
 
2146 山近く家や居《を》るべきさを鹿の音《こゑ》を聞きつつ宿《い》ねかてぬかも
 
〔譯〕 山の近くに住むものであらうか。山近く自分は住んでゐるので、牡鹿の鳴く聲を聞き聞きして、安眠も出來ないことである。
〔評〕 鹿の哀音に眠を妨げられるからといつて、山里の住居を眞に厭うてゐるのでは無論ない。實はこの哀愁に浸つて詩情を滿足させでゐるのであつて、「木高くは曾て木植ゑじ霍公鳥來鳴きとよめて戀まさらしむ」(一九四六)「世の中に絶えて櫻のなかりせば春の心はのどけからまし」(古今集)などの類で、一種の反語的放言が逆効果を奏して面白いのである。
〔語〕 ○家や居るべき 住居すべきであらうか、否、住むべきではないとの意。「や」は反語の助詞。
 
(170)2147 山の邊《へ》にい行く獵夫《さつを》は多かれど山にも野にもさを鹿鳴くも
 
〔譯〕 山のあたりに出かけて行く獵師は多いのだけれども、それでも、山にも野にも、妻呼ぶ牡鹿が鳴いてゐることである。
〔評〕 聲を立てれば射られるのはわかりきつてゐるが、それでもやはり鳴かずにはゐられぬと見えると、一途に妻戀ひに鳴きつづけてゐる鹿をあはれんだのである。温い同情が、寧ろ稚拙に近い修辭の間に、却つてよく現はれてゐる。
〔語〕 ○い行く獵夫 狩をしに行く獵師。「い」は接頭辭。「獵夫」のサツは海幸、山幸、即ち漁獵の獲物を意味するサチと同語である。「二六七」參照。
 
2148 あしひきの山より來《き》せばさを鹿の妻呼ぶ聲を聞かましものを
 
〔譯〕 山を通つて此處へ來たならば、牡鹿が妻を呼んで鳴く聲を聞くことが出來たであらうになあ。
〔評〕 哀切な鹿の聲を聞いて秋の情緒を味ひたいといふのも多感な詩人の念願なのであるが、それを聞きそこなつたのである。事實に即した歌であるが、取立てて佳作といふ程のこともない。
〔語〕 ○山より來せば 「より」はそこを通つての意。「せ」は過去の助動詞「き」の古い未然形と考へる説と、サ變の動詞とする説とがある。「梁打つ人の無かりせば」(三八七)、「筑波嶺にわが行けりせば」(一四九七)等も同例。「まそかば」「ませば」と同樣に用ゐられる。○聞かましものを 聞いたであらうものを、聞かないで殘念なことをしたの意。「まし」は事實に反する假説の助動詞。
 
2149 山邊には獵夫《さつを》のねらひ恐《かしこ》けど牡鹿《をじか》鳴くなり妻の眼を欲《ほ》り
 
(171)〔譯〕 山のあたりでは、獵師の狙ひが恐しいが、それを顧慮する餘裕もなく、壯鹿が鳴いてゐることである。妻に逢ひたさに。
〔評〕 上の「二一四七」と同想であるが、これは結句ではつきり「妻の眼をほり」といつたのが、少しく説明に過ぎた嫌があり、「それだけ餘韻の乏しい憾を免れない。
〔語〕 ○妻の眼をほり 妻の姿を見たく思つての意。「然ぞ待つらむ君が目を欲り」(七六六)參照。
 
2150 秋萩の散《ち》りぬる見ればおほほしみ妻|戀《ごひ》すらしさを鹿鳴くも
 
〔譯〕 秋萩の花の散つてしまふのを見ると、悲しみに心も欝々とするので、萩の花妻を戀しがつてゐるのらしい、あのやうに牡鹿が鳴いてゐる。
〔評〕 萩を鹿の花妻と見、鹿の鳴く音を聞いて、萩の散るのを鹿が惜しむと想像したのである。古義は、花妻でなく眞の己が妻と解してゐる。「散りぬる見れば」は鹿の動作であるが、わるぐすると「妻戀ひすらし」といふ作者の推量に對する詞詞で、作者自身の動作のやうにも誤解される可能性があり、完璧の句法とはいへない。
〔語〕 ○散りぬる見れば 鹿が萩の散るのを見るとの意。○おほほしみ 氣がふさいで。欝々としての意。
〔訓〕 ○散りぬる見れば 白文「散去見」、舊訓チリユクミレバ、元暦校本等のチリユクヲミテもわるくはないが、聲調の上から、今は新考の訓に從ふ。
 
2151 山遠き京《みやこ》にしあればさを鹿の妻呼ぶ聲は乏《とも》しくもあるか
 
〔譯〕 此處は山に遠い都であるから、牡鹿の妻を呼んで鳴く聲は稀にしか聞えないので、聞きたいものに思はれることである。
(172)〔評〕 人家稠密な都の中にゐて、鹿の聲の稀なのをあきたらず思つたのである。いふまでもなく、奈良の都は今日の奈良市ではなく、ずつと西寄りの都跡村一帶であるから、近くに丘陵はあるものの、鹿の出没することは多くなかつたのであらう。歌としては平板に過ぎ、取立てていふ程のこともない。
〔語〕 ○乏しくもあるか 聞くことが稀で、なつかしく聞きたく思はれることであるわい。「も」「か」は詠歎。
 
2152 秋萩の散り過ぎぬればさを鹿は佗鳴《わびなき》せむな見ねば乏《とも》しみ
 
〔譯〕 秋萩の花が散り過ぎてしまつたので、牡鹿は定めてわびしく悲しんで鳴くであらうよ。萩の花を見ないで物たりなく思つて。
〔評〕 これも秋萩を牡鹿の妻と見て、鹿が、花妻に別れることを歎くであらうと想像し、同情したのである。類型的で表現も理に落ちた觀がある。
〔語〕 ○散り過ぎぬれば 散り過ぎてしまつたので。○わびなきせむな 苦痛に思つて鳴くであらうよ。「な」は詠歎の助詞。○見ねば乏しみ 萩の花を見ないのであきたらず思つての意。
〔訓〕 ○散り過ぎぬれば 白文「散過去者」、舊訓チリスギユケバ。チリスギユカバと假定に訓む説もあるが、力が弱くなるので從ひ難い。今、元暦校本等による。○見ねば 白文「不見者」。ミズハともよめる。
 
2153 秋萩の咲きたる野邊はさを鹿ぞ露を別《わ》けつつ妻問《つまどひ》しける
 
〔譯〕 秋萩の咲いてゐるこの野邊では、牡鹿が露を押し分けつつ、妻を尋ね求めることである。
〔評〕 萩の花の咲き亂れた中を、折々露を分けて鹿が通る。それを、男鹿の優しい妻どひと見たところに、上代人の温かな自然愛、動物愛の心が見られるのである。
(173)〔語〕 ○つまどひしける 妻のもとをたづねてゆくのであつたの意。この「ける」は過去の或る時を指すのでなく、事柄に氣がついて詠歎するのである。
 
2154 何《な》ぞ鹿の佗鳴《わびなき》すなる蓋《けだし》くも秋野の萩や繁く散るらむ
 
〔譯〕 どうして、鹿はあんなに困つたやうな鳴きかたをしてゐるのであらうか。多分、秋の野の萩が、盛んに散つてゐるためであらう。
〔評〕 現實に鹿の音を聞きつつ、その鳴く理由を疑ひ、次いで、自らそれに答へたのである。類想は多いが、表現が美しく、格調も甚だ緊密で耳に快い。
〔語〕 ○なぞ どうして、何故に。○蓋くも 思ふに、恐らく、多分の意。
〔訓〕 ○何ぞ鹿の 白文「奈何牡鹿之」、舊訓ナニシカノは不可。今、元暦校本及び考の訓に從ふ。類聚古集・童豪抄のナドシカノも惡くない。
 
2155 秋萩の咲きたる野邊にさを鹿は散らまく惜しみ鳴きゆくものを
 
〔譯〕 秋萩の花が美しく咲いてゐる野邊で、牡鹿は花の散るのが惜しいので、頻りに鳴いてゐることであるよ。
〔評〕 萩と鹿との配合であつて、新味も發見されない。結句が稍かはつた語法であるけれどだ、それも一首の價値を高めるといふ程のものでもない。屬目の實景を詠じたのであらう。
〔訓〕 ○なきゆく 白文「鳴去」。舊訓による。略解はナキヌルと訓んでゐる。
 
2156 あしひきの山のと陰《かげ》に鳴く鹿の聲聞かすやも山田守らす兒
 
(174)〔譯〕 山の入り込んだ陰に鳴いてゐる鹿の聲を、聞きなさるかね、山田の番をしておいでの娘さんよ。
〔評〕 作者が遠い鹿の哀音を聞きつつ、そこに假小屋を作つて山田の番をしてゐる女に問ひかけた趣向である。「山田守らす兒」は農家の少女であらう。さう解して始めて、妻どふ鹿の哀音をお前さんも聞きなさるかといふ問が生きて來るのである。敬語を用ゐてゐるのも、ここは寧ろ親しみの心持を表はしたもので、やはり相手が若い女性であつて、始めて自然に思はれるのである。
〔語〕 ○山のと陰 山の灣入した陰。「一四七〇」參照。○聞かすやも お聞きなさるかね、どうですの意。「聞かす」は「聞く」の敬語。ここは親しみを表はす。「や」は疑問の助詞。○山田守らす兒 山田の見張をしてゐられる娘さんよ。「もらす」は「守る」の敬語で、ここは親しんでいふ。「兒」は親稱。「この岳に菜摘ます兒」(一)と同じく、若い女性と見るべきである。
 
    蝉《ひぐらし》を詠める
2157 暮影《ゆふかげ》に來《き》鳴くひぐらし幾許《ここだく》も日毎に聞けど飽かぬ聲かも
 
〔譯〕 夕方時分に來て鳴く蜩の聲は、隨分澤山、毎日毎日聞くけれども、いくら聞いても、少しも聞き飽きない聲であるよ。
〔評〕 極めて單純であるが、格調清亮。金鈴を振る蜩の聲が、さながら耳朶に觸れるやうで、歌品が高い。
〔語〕 ○夕影 夕方の日影。薄暮の頃。「一六二二」參照。○ひぐらし 茅蜩。かなかな蝉。○幾許も 多數に。
 
    蟋蟀《こほろぎ》を詠める
2158 秋風の寒く吹くなべ吾が屋前《には》の淺茅がもとに蟋蟀《こほろぎ》鳴くも
 
(175)〔譯〕 秋風が寒く吹くにつれて、わが家の庭のまばらに生えた茅の下で、蟋蟀が鳴いてゐることである。
〔評〕 簡素な内容で、格調は極めて温雅流麗、爽涼の秋氣が身邊に忍び寄る感がある。湯原王の「夕月夜心もしのに白露の置くこの庭にこほろぎ鳴くも」(一五五二)と情趣が相似て、一段と表現が質實である。
〔語〕 ○寒く吹くなべ 寒く吹くにつれて。寒く吹くと同時に。○蟋蟀 平安時代以後の歌では、今の「こほろぎ」を「きりぎりす」といつてゐるが、本集の蟋蟀は、やはり今のこほろぎである。
〔訓〕 ○蟋蟀 以下三首、舊訓に皆キリギリスとあるは非。元暦校本のヒグラシも誤。今、童蒙抄による。
 
2159 影草《かげくさ》の生ひたる屋外《やど》の暮陰《ゆふかげ》に鳴く蟋蟀は聞けど飽かぬかも
 
〔譯〕 陰草のはえてゐるこの家の庭で、夕方鳴いてゐる蟋蟀の聲は、いくら聞いても聞き飽きないことである。
〔評〕 閑寂な夕暮、物陰の草の中に鳴く蟋蟀の細い聲に耳を傾けてゐる作者の面影が浮んで來る。清純にして風韻に富み、聊かの感傷もないのが快い。
〔語〕 ○影草 建物や塀やその他の物陰に生えてゐる草。
 
2160 庭草に村雨《むらさめ》ふりてこほろぎの鳴く聲聞けば秋づきにけり
 
〔譯〕 庭の草に村雨が降りそそいで、蟋蟀が鳴いてゐるが、その聲を聞くと、すつかりもう秋めいて來たことである。
〔評〕 淡々として清く、落ちついた氣韻があつて、まことに歌品が高い。庭草といふ語も、自然な表現であつて、「大雪」(一〇三)などと同じく、千年以前から用ゐられ來た語である。
〔語〕 ○村雨 ひとしきりづつふる雨、俄雨のこと。
 
    蝦《かはづ》を詠める
(176)2161 み吉野の石本《いはもと》去《さ》らず鳴く蝦《かはづ》うべも鳴きけり河を情《さや》けみ
 
〔譯〕 吉野川の石のもとを離れずに鳴いてゐる河鹿は、鳴くのも尤であるよ。こんなに河の水が清いのであるから。
〔評〕 吉野の清流の河鹿の聲に感興をそそられたのであるが、四五句、聊か理におちてゐる。「皆人の戀ふるみ吉野今日見ればうべも戀ひけり山川清み」(一一三一)と内容は勿論異なるが、場所が同じ吉野であり、辭樣句法もよく似てゐる。
〔語〕 ○いはもと、石のもと。○かはづ 蛙でなく、河鹿のこと。○河をさやけみ 河の水が清く澄んでゐるので。
 
2162 神《かむ》名火の山下|響《とよ》み行く水にかはづなくなり秋と云はむとや
 
〔譯〕 神名火の山の麓を、音立てて流れ行く水に、河鹿が鳴いてゐる。もう秋であると、人に知らせようとしてであらうか。
〔評〕 調子がよく引締つて居り、特に結句が特異な表現で面白い。かつ河鹿は、七八月ごろ盛んに鳴くので、今は夏の景物と考へられてゐるが、この歌では秋のものとしてゐるのは、今の吾人の季節感からいへば、腑に落ちないやうである。しかし、七夕や盂蘭盆が初秋に屬したのであるから、河鹿の清音を新秋の前奏曲とするのに不思議はない。
〔語〕 ○神名火 この神名火は恐らく飛鳥の神名火、即ち雷山をさすのであらう。○秋と云はむとや もう秋であると、人に告げ知らせようとてであらうかの意。
 
2163 草枕旅に物|念《おも》ひ吾が聞けば夕《ゆふ》片設《かたま》けて鳴くかはづかも
 
〔譯〕 旅にゐていろいろと物思をしながら自分が聞いてゐると、夕方近くになつて河鹿が鳴いてゐることである。
(177)〔評〕 旅宿の夕べに、靜かに河鹿の聲を聞いてゐるのであるが、觀察、表現、共に特異な點も認められない。平板な作である。
〔語〕 ○夕片まけて 夕方近くなつての意。前出「冬片設けて」(二一三三)參照。
 
2164 瀬を速《はや》み落ち激《たぎ》ちたる白浪にかはづ鳴くなり朝|夕《よひ》ごとに
 
〔譯〕 瀬が早いので、流れ落ち泡立つてゐる白浪の中で、毎朝毎晩、河鹿が鳴いておるわい。
〔評〕 寫實的でありながら、觀照未だ徹せず、確實な把握が缺けてゐる。平庸の作といふ外はない。
 
2165 上《かみ》つ瀬にかはづ妻呼ぶ夕されば衣手寒み妻まかむとか
 
〔譯〕 上流の方で、河鹿が妻を呼んで鳴いてゐる。夕方になると袖のあたりが寒いので、妻と共寢をしようといふつもりであらうか。
〔評〕 河鹿を擬人化した點に聊か興味はあるが、あまり自然な着想とはいひ難いであらう。恐らく旅中にあつて、遠妻を思つてゐる作者自身の實感が反映してゐるものと思はれる。「衣手寒み」も、奇拔といへば奇拔であるが、水中にゐる動物に對して適切とは思はれない。
〔語〕 ○上つ瀬 上手の方の淺瀬。上流。○妻まかむとか 妻と共に寢ようとしてであらうか。
 
    鳥を詠める
2166 妹が手を取石《とろし》の池の浪の間ゆ鳥が音《ね》異《け》に鳴く秋過ぎぬらし
 
〔譯〕 取石の池の浪の間から、水鳥の聲が、今までとは違つたやうに聞えてくる。さてはもう秋も過ぎてしまつたら(178)しいなあ。
〔評〕 いかにも自然と融合した生活をしてゐた上代人の作らしい。自然の動きを聽覺によつて捉へたのは、甚だ敏感である。枕詞も、作者の創作であらうが面白い。
〔語〕 ○妹が手を 妻の手を取るの意で「取石の池」につづけた枕詞。○取石の池 今の和泉國泉北郡取石村。續紀神龜元年の條に「行還2至和泉國取石頓宮1」とある。なほ難語難訓攷には取石はトロシ、トリシ何れでもよく、チヤム語で渡來神を意味するトルシの轉であるといつてゐる。○鳥が音異に鳴く 鳥の聲が今までと違つて鳴くの意。
〔訓〕 ○浪の間ゆ 白文「浪間從」舊訓「ナミマヨリ」。略解による。
 
2167 秋の野の尾花が末《うれ》に鳴く百舌鳥《もず》の聲聞くらむか片待《かたま》つ吾妹《わぎも》
 
〔譯〕 秋の野邊の尾花の末にゐて鳴く百舌鳥の聲を聞いてゐるであらうか、ひたすら自分を待ちこがれてゐる妻は。
〔評〕 薄のおふる野に鋭い百舌鳥の聲を聞きつつ、しみじみと秋を感じ、旅愁そぞろに湧いて、家郷の妻を思つたのである。取材極めて清新で、表現も素朴にしてよく意を盡してゐる。
〔語〕 ○尾花がうれに 穗薄の先端に。○片待つ我妹 旅なる自分を、只管に待つてゐるわが妻の意。「一二〇〇」參照。
〔訓〕 ○片待つ 白文「片聞」、この字面では解し難いので、略解所引宣長説の「片待」の誤とするのによる。
 
    露を詠める
2168 秋萩における白露朝なさな珠としぞ見る置ける白露
 
〔譯〕 秋萩の上に宿つてゐる白露を、自分は、毎朝毎朝まるで珠と見ることである、この宿つてゐる白露を。
(179)〔評〕 單純にして輕快、童心の溢れた作である。二句と五句とに同句を重ねた修辭も、よく安定して効果的である。
〔語〕 ○珠としぞ見る 白露をさながら珠と思つて見るの意で、換言すれば白露が珠と見えるの意。
〔訓〕 ○珠としぞ見る 白文で「珠年曾見流」、諸本すべてタマトゾミユルと訓み、通行本は「年」を「斗」に作る。訓は捨て難いが、今、元暦校本等の「年」に從ふ。
 
2169 夕立の雨降るごとに【一に云ふ、うちふれば】春日野の尾花が上の白露おもほゆ
 
〔譯〕 夕立の雨が降るたびごとに、春日野の尾花の上に宿る白露の風情が、どんなに面白いかと思ひやられる。
〔評〕 雨の後の春日野の、薄の上の白露を思ひやつたのである。同じ歌、(第二句は一に云ふの方)「三八一九」にも見え、それは左註に、小鯛王が、宴席で琴を取るごとに吟詠したと出てゐる。素朴單純にして古調愛すべきところがある。
〔語〕 ○夕立の雨 俄に雲が起つて四面暗澹となり、夕暮のごとく、即ち夕だちて降る雨の義で、古くは必ずしも夏季に限つて言つたのではない。ここも秋の驟雨である。
 
2170 秋萩の枝もとををに露霜おき寒くも時はなりにけるかも
 
〔譯〕 秋萩の枝もたわたわとしなふ程に水霜が宿つて、季節は寒くまあ、なつたことであるよ。
〔評〕 一讀爽涼、歌調の悠揚として迫らぬところ、古色を帶びて快い。三句の字餘りも極めて自然に聞え、「寒くも時は」と抑へたいひ方も、力強く安定してゐる。
〔語〕 ○枝もとををに 「とをを」は、たわわに同じく、たわたわと撓みしなふ樣をいふ。○露霜 水霜のこと。「二一二七」參照。
 
(180)2171 白露と秋の萩とは戀ひ亂れ別《わ》くこと難き吾が情《こころ》かも
 
〔譯〕 白露と秋の萩とは、どちらも好《す》きで、心が亂れ迷つて、結局いづれがよいとも、自分の心では判定することがむづかしいことであるよ。
〔評〕 「戀ひ亂れ」は、露と萩とが心も亂れるほど戀しあつてゐるやうに解されるが、それでは、四五句との聯絡が困難である。「うち靡く春の柳と吾が宿の梅の花とをいかにか分かむ」(八二六)と同じ構想と見るべきであらう。
〔語〕 ○戀ひ亂れ 露と萩とを共にいたく愛する意とした代匠記説に據る外はあるまい。○別くこと難き いづれがよいとも判別しかねるとの意。
 
2172 吾が屋戸《やど》の尾花おし靡《な》べ置く露に手觸れ吾妹子散らまくも見む
 
〔譯〕 わが家の尾花を押し靡かして一ぱいに置いてゐる露に、手を觸れて御覽よ、お前。露のこぼれるのを、自分は見よう。
〔評〕 尾花の末に置く露は、白玉のやうに光つてゐる。朝の庭におり立つ妻に呼びかけて、その白く美しい指が觸れたらば、散る露を眺めようといふので、優雅可憐な趣味である。
〔語〕 ○尾花おしなべ 尾花を露の重みで押し靡かせる程にの意。○手觸れ吾妹子 手を觸れてみよ、わが妻よの意。「觸れ」は「觸る」の命令形。「觸る」は四段活用として用ゐられた例もあるが、下二段活用としても、その命令形は、古くは必ずしも「よ」を添へなかつた。
 
2173 白露を取らば消《け》ぬべしいざ子《こ》等《ども》露に競《きほ》ひて萩の遊《あそび》せむ
 
(181)〔譯〕 白露を手に取つたらば、消えてしまふであらう。だから、さあ若者たちよ、あの露と爭うて、露の消えないうちに、萩の花見をしようよ。
〔評〕 白露を負うて咲き亂れた萩の花の風情は、全く優雅そのものといひたい。これを眺めつつ、若い人達を誘ひ立てて、ああ樂しい遊をしよう、といつてゐるのは、長老らしい大宮人であらう。大和繪を見るやうな風雅な歌である。
〔話〕 ○いざ子ども さあ若い人達よ。長者が下僚その他若い者どもを親しんでいふ。「いざ子ども早く日本へ」(六三)參照。○露に競ひて 露の消えるのと先を爭つての意とした古義の説がよい。あとからあとからと置く露に負けずにと解する新考の説は賛し難い。○萩の遊 ここは萩の宴と思はれる。
 
2174 秋田苅る假廬《かりほ》を作り吾が居《を》れば衣手寒く露ぞ置きにける
 
〔譯〕 秋の田を苅る爲の見張の假小屋を造つて、自分がそこに居ると、着物の袖が冷え冷えとして、露が置いたことである。
〔評〕 素朴單純であるが、しみじみと實感が溢れ、秋の田を守る農人の辛苦が、想像される。後撰集は、天智天皇の御製として收めた「秋の田のかりほの庵のとまを荒らみわが衣手は露にぬれつつ」は此の歌の改作であらう。勿論、御製ではない。
〔語〕 ○秋田苅る僻廬を作り 秋の田を刈るに就いての番小屋を作つての意。アキタカルトと新考に改めたのは無用の鑿説である。
 
2175 此の頃《ころ》の秋風寒し萩が花散らす白露おきにけらしも
 
〔譯〕 この頃の秋風は、寒いことである。萩の花を散らす白露が、もうおいたらしいなあ。
(182)〔評〕 萩や露を目前に見てゐるのではなく、どこかの野邊の萩原に、秋がふけて行くのを想像したのであらう。調は流麗であるが、内容が平淡に過ぎるやうである。
〔語〕 ○おきにけらしも 白露が置いたやうであるよ。「けらし」は「けるらし」の約で「らし」は根據ある推量の助動詞。即ち秋風が寒いといふ事實から、露が置いたらしいと想像するのである。「も」は詠歎の助詞。
 
2176 秋田苅る苫手《とまで》搖《うご》くなり白露し置く穗田《ほだ》なしと告げに來《き》ぬらし【一に云ふ、告げに來らしも】
 
〔譯〕 秋の田を刈るとて小屋の中に宿つてをると、屋根の苫のはしが動くことである。白露が、どこの田も刈り盡されて、置くべき穗のある田が無いと訴へに來たのらしい。
〔評〕 この歌は第二句に疑問の文字があるので、定解を得るに困難である。苫手は、略解に、「帆手綱手などの手に同じく、手は瑞をいふべし」といふ説によつておく。
〔語〕 ○苫手 白文には「※[草がんむり/店]手」とあるが、「※[草がんむり/店]」は字書にも見えぬので、代匠記に、苫と同字と見てゐる。苫は和名抄に、「編2菅茅1以覆v屋也」とある。○穗田 稻穗の出た田の意。
〔訓〕 ○とま手 白文「苫手」は、上述のごとく代匠記による。この二句は種々改字改訓説がある。○白露し 白文「白露之」は元暦校本等による。流布本には白露者とある。
 
    山を詠める
2177 春は萠《も》え夏は緑にくれなゐの綵色《まだら》に見ゆる秋の山かも
 
〔譯〕 春は新芽が萠え、夏は緑になり、それが又移つて、紅の色がまだらに美しく見える秋の山であるよ。
〔評〕 四季の變化によつて移り行く山の景色をほめたもので、表現は寧ろ稚拙であるが、そこに又古朴の面白味があ(183)る。文章法から正直に見ると「秋の山」が全體の主語になつてゐるので、春萠え、夏緑になるのも秋の山であるやうに取れるが、そこが上代人らしい古朴さで、さう窮屈に解すべきではあるまい。
〔語〕 ○綵色に見ゆる 濃淡混交して、さまざまの色に見えるの意。
〔訓〕 ○綵色 舊訓ニシキ、古義はマダラと訓んでゐる。元暦校本・吉葉略類聚鈔などの古訓及び童蒙抄にはイロイロとある。またシミイロの訓もある。なほこの字面は「一二五五」にも見える。
 
    黄葉を詠める
2178 妻ごもる矢野の神山露霜ににほひそめたり散らまく惜しも
 
〔譯〕 矢野の神山が、露霜に美しく色づき始めた。散るのは惜しいことであるよ。
〔評〕 内容があまりに單調であるのみならず、表現も枕詞の故巧以外、何等特異なものなく、平庸の作と評すべきであらう。
〔語〕 ○妻ごもる 妻とこもる屋の意から、同音で「矢野」の「矢」にかけた枕詞。○矢野の神山 和名抄によれば、備後甲努郡及び伊豫喜多郡に矢野があり、出雲國神門郡並に播磨國赤穗郡に八野の地がある。大日本地名辭書には伊勢度會郡矢野であらうとし、今矢野の南に大字|山神《ヤマカミ》があるといつてゐるが、いづれと決定すべき確證はない。○霧霜 ここでは水霜のことと限定的に考へるよりも、寧ろ露や霜と廣く解するのが、實際に照して自然なやうに思はれる。
 
2179 朝露ににほひそめたる秋山に時雨な零《ふりそ在り渡るがね
     右の二首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 朝露に色づき初めた秋の山に、どうか時雨は降つてくれるな、黄葉が散らずに、いつまでもあるやうに。
(184)〔評〕 これも黄葉の散るのを惜しむ歌で、内容は單純であるが、表現の上に工夫があり、殊に結句に古趣を帶びて、いちじるしく歌品を高めてゐる。
〔語〕 ○在り渡るがね 永く存續してほしい、そのために、の意。「渡る」は?態が引續く意を表はす。
 
2180 九月《ながつき》の時雨の雨にぬれとほり春日の山は色づきにけり
 
〔譯〕 九月の時雨のあめに、木の葉がすつかりぬれとほつて、春日の山は美しく色づいたことである。
〔評〕 一見平庸な作のやうに見えるが、單純な景觀の美をしつかり捉へてゐる。それは全く「ぬれとほり」の一句が的確な寫生として生きてゐるからである。
〔語〕 ○ぬれとほり しめやかな秋霖に、山の心《しん》まですつかり濡れ徹つての意。
 
2181 鴈《かり》が鳴《ね》の寒き朝|明《け》の露ならし春日の山をにほはすものは
 
〔譯〕 雁の聲の薄ら寒く聞える夜の引明に降る露であるらしい。春日山をあんなに美しく黄葉に染めるものは。
〔評〕 極めて自然な想像であつて、少しも技巧的に姿態を作つたところが無い。古今集の、「秋の夜の露をば露とおきながら鴈の涙や野べをそむらむ」と並べ誦すれば、時代の相違がはつきりと分る。句法は三句切れであるが、倒装法によつて一首を引締めてゐるところ、老手である。
〔語〕 ○露ならし 「露なるらし」の約。露であるさうなの意。○にほはすものは 黄葉を染めるものはの意。
〔訓〕 ○にほはすものは 白文「令黄物者」。後撰集に、春日山を立田山に代へて、この歌を載せ、結句を「もみだすものは」とあり、元暦校本も赭の訓はさうなつてゐる。元暦校本・紀州本の訓による。
 
(185)2182 此の頃《ころ》の曉露《あかときつゆ》に吾が庭前《には》の萩の下葉は色づきにけり
 
〔譯〕 この頃の夜明け方に降る露の爲に、わが庭の萩の下葉は、色づいて來たことである。
〔評〕 露と黄葉とに深い關はりがあると見たのは當時の通念で、既に上にも類想の歌が多くあり、以下にも見える。この歌もそれに基づいたもので、特にいふ程のこともない。
 
2183 雁がねは今は來《き》鳴きぬ吾が待ちし黄葉《もみち》はや繼げ待たば苦しも
 
〔譯〕 雁は既に渡つて來て鳴くやうになつた。自分の待ちこがれてゐた黄葉は、早く雁に續いて色づいてくれ。待つてゐるのでは苦しいことである。
〔評〕 耳に雁の聲が聞えると、秋も漸く深くなつてゆく。やがて目に美しい紅葉の世界が展開される。聽覺と視覺と双方を通して、秋の情緒を滿喫しようといふ詩人の熱望が、一首の上に溢れてゐる。
〔語〕 ○黄葉はや繼げ 黄葉よ、早く雁の後を繼げの意。
 
2184 秋山をゆめ人|懸《か》くな忘れにしそのもみち葉の思ほゆらくに
 
〔譯〕 秋の山の美しいことを、決して人よ口に出して言つてくれるな。忘れてゐたあの黄葉の美しい景色が思ひ出されて、心を惱ます種になるから。
〔評〕 秋山の黄葉を愛でるあまりた、心の惱まされるのを恐れて、寧ろ忘れ去らうと努力する心理は、恰も戀人に對する心もちに似たものがある。
〔語〕 ○ゆめ人懸くな 決して人々よ口にかけていふなの意。○思ほゆらくに 思はれるのにの意。思ひ出されて却(186)つて苦痛であるのにの意。
〔訓〕 ○思ほゆらくに 白文「所思君」、舊訓オモホユルキミは非。今、西本願寺本等の訓、及び考の説による。
 
2185 大坂を吾が越え來《く》れば二上《ふたがみ》にもみち葉流る時雨ふりつつ
 
〔譯〕 大坂の峠を自分が越えて來ると、この二上山では、黄葉が流れるやうに散つてゐる、時雨が降りながら。
〔評〕 時雨に濡れながら、黄葉の盛んに散りかふ峠路を越えて行く實景が、ありのままに淡々と描き出されてゐる。素直でよい歌である。
〔話〕 ○大坂 今、奈良縣北葛城都下田村の大字に逢坂がある。大和から河内へ出る道で、二上山の北方に接してゐる。しかし古への道は、二上村大字穴蟲の大坂山口神社の前から穴蟲峠へ出る道であらうと、萬葉集大和地理辭典には云つてゐる。「おほさかに遇ふや孃子を道とへばただにはのらず當麻道を告《の》る」と古事記にも見える。○もみち葉流る 流れるやうにあとからあとからと黄葉の散ること。「あわ雪流る」(二三一四)參照。
 
2186 秋されば置く白露に吾が門の淺|茅《ぢ》が末葉《うらば》色づきにけり
 
〔譯〕 秋になつたので、置く白露の爲に、わが門前に疎らに生えてゐる茅のさきの方の葉も、赤く色づいて來たことである。
〔評〕 調は流麗であるが、内容は例の陳套に屬して居り、「二一八二」の歌に比し、萩と淺茅との相違のみで、全く同想といつてよい。
 
2187 妹が袖|卷來《まきき》の山の朝露ににほふ黄葉の散らまく惜しも
 
(187)〔譯〕 卷來山の朝露に染まつて美しく色づいた黄葉が、今にも散らうとしてゐるのは惜しいことであるよ。
〔評〕 類型的であるが、歌調暢達にして枕詞の用法など巧妙である。なほ内容は違ふけれども、「玉勝間阿倍島山の夕露に旅寢えせめや長きこの夜を」(三一五二)と一二三句が全く同形である。
〔語〕 ○妹が袖 妻の袖を枕くの意で「卷來の山」にかけた枕詞。○卷來の山 所在不明。「妹が袖卷」までを序詞とし、筑前の城《き》の山とする考の説もあるが、この前後いづれも大和、或はその附近の歌であり、また「來」と「城」とは、假名がちがふから、疑はしい。
 
2188 もみち葉のにほひは繁し然れども妻梨の木を手《た》折り挿頭《かざ》さむ
 
〔譯〕 黄葉の色あひはさまざま多い。しかし自分は、この梨の木の黄葉を折つて髪に挿さうよ。
〔評〕 梨の木の黄葉を特に取上げるなどは、後世の歌人から見れば甚だ奇とすべきであらう。「四二五九」の家持の作も、左註によると梨の黄葉とある。萬葉人が種々の黄葉を愛したことが知られはするが、ここでは作者が妻を失うた爲に、こと更にいうたものと思はれる。
〔語〕 ○にほひは繁し 色彩光澤が種々豐富であるとの意。○妻梨の木 「つま」は妻無しとつづけたもの。
 
2189 露霜のさむき夕《ゆふべ》の秋風にもみちにけりも妻梨の木は
 
〔譯〕 水霜が置いて寒い夕方に吹く秋風で、すつかり黄葉してしまつたことである、この梨の木は。
〔評〕 前と連作で、妻の無い夫ゆゑ、一二三句、寒いというたのであらう。
〔語〕 ○もみちにけりも 黄葉してしまつたことである。「もみち」は動詞の連用形。「も」は感動の助詞。
 
(188)2190 吾が門の淺茅色づく吉隱《よなばり》の浪柴の野のもみち散るらし
 
〔譯〕 わが門のあたりのまばらに生えた茅の葉が色づいた。さては、吉隱の浪柴の野邊の黄葉は、今頃はもう散るであらう。
〔評〕 家にあつて、遠い浪柴の野の黄葉を想像してゐるのである。この句法は下にも、「吾が屋戸の淺茅色づく吉隱の夏身の上に時雨ふるかも」(二二〇七)「八田の野の淺茅色づく有乳山峰の沫雪寒くふるらし」(二三三一)など用ゐられて居り、また、句の位置は逆であるが、古今集の、「み山には霰ふるらし外山なる正木のかづら色づきにけり」なども同じ構想である。
〔語〕 ○吉隱の浪柴の野 吉隱は大和國磯城郡、今の初瀬町の東一里の處にあり、「吉隱の猪養の岡」(二〇三)、「吉名張の猪養の山」(一五六一)などとも見える。浪柴野は大和志に、「吉隱村の上方の野をいふ」とある。
 
2191 雁が音を聞きつるなべに高松の野の上《へ》の草ぞ色づきにける
 
〔譯〕 雁の聲を聞いたが、それと同時に、高松の野邊のあたりの草が美しく色づいたことである。
〔評〕 雁が鳴いて來る頃になると、野邊の草も黄色に染まる。聞いたまま見たままの自然を素直に敍した、平淡な作である。
〔語〕 ○聞きつるなべに 聞いたと同時に。○高松の野 上の「二一〇一」にもあり、下にも見える。
 
2192 吾背子が白たへ衣往き觸れば染《にほ》ひぬべくももみつ山かも
 
〔譯〕 いとしいあのお方の白い着物が、通りすがりに觸れたならば、染まつてしまひさうにまあ、美しくもみぢして(189)ゐる山であることよ。
〔評〕 旅立つ夫を送り出して後、前方なる美しい黄葉の山を眺めながら、その黄葉の下かげを歩みゆく夫の姿を想像して詠んだ歌であらう。笠金村の、「草枕旅行く人も行き觸らばにほひぬべくも咲ける萩かも」(一五三二)と同想であるが、黄葉の歌としては珍しく、かつ妻の温情も溢れてゐる。
〔語〕 白たへ衣 白い栲の衣。栲は楮の繊維を晒して織つた布をいふ。○往き觸れば 通りがかりにさはつたならばの意。○もみつ山かも 「もみつ」は木の葉の色の美しく變ずること。四段活用の連體形。
 
2193 秋風の日にけに吹けば水莖《みづぐき》の岡の木葉《このは》も色づきにけり
 
〔譯〕 秋風が日ましに冷え冷えと吹くので、水ぐきの岡の上の木々の葉も美しく色づいたことである。
〔評〕 流麗清純な格調が、蕭索たる秋風の感じとしつくり合致して、高い氣韻を釀し出してゐる。初二句も淡々として、しかも的確な寫生である。
〔語〕 ○日にけに 日ましに。○水莖の岡 「水莖の」を、みづみづしき莖の稚《ワカ》の意でワカの類音ヲカに冠した枕詞であると宣長はいつてをる。しかし作者の住んでをつた大和のうちのいづこかの地名と見た方がよからう。卷七に「水ぐきの岡のみなとに」とある岡は、筑前國の地名である。
 
2194 鴈がねの來鳴きしなべに韓衣《からころも》龍田《もたつた》の山はもみち始《そ》めたり
 
〔譯〕 雁が鳴いて來たのと共に、龍田の山は、美しく黄葉し始めたことである。
〔評〕 類型の多い歌で、作者の表現上の苦心といふやうなものも認められない。唯ありのままの平庸な作である。
〔語〕 ○韓衣 枕詞。衣を裁つ意で「龍田山」にかける。
(190)〔訓〕 ○來鳴きしなべに 白文「來鳴之共」、類聚古集キナケルナベニ、代匠記精撰本はキナキシムタニ、考はキナキシナベニと改めた。
 
2195 鴈がねの聲聞くなべに明日よりは春日の山はもみち始《そ》めなむ
 
〔譯〕 雁の聲が聞えるが、これにつれて、明日からは、春日山は黄葉し始めることであらう。
〔評〕 これも前の歌と山の名がかはり、現在が未來になつてゐるだけの相違で、尋常の作に過ぎない。
〔語〕 ○もみち始めなむ 紅葉しはじめるに違ひない。「な」は完了助動詞「ぬ」の未然形、「む」は推量助動詞で、事がたしかにさうなることを推測する。
 
2196 時雨の雨|間《ま》無くしふれば眞木の葉もあらそひかねて色づさにけり
 
〔譯〕 時雨の雨が絶え間なく降るので、檜の木の葉も、抵抗しきれずに、色づいて來たことである。
〔評〕 時雨が黄葉を誘ふといふ考に基づいたものである。檜や杉は常緑樹であるが、晩秋から嚴冬にかけては、著しく赤味を帶びるやうになる。作者がそこに着眼したのは、こまかな自然觀察といつてよい。
〔語〕 ○眞木 檜の古名。檜は建築用材として最も賞美されるので、美稱していふのである。○あらそひかねて 抵抗しかねて、負けての意。
 
2197 いちしろく時雨の雨は零《ふ》らなくに大城《おほき》の山は色づきにけり
〔譯〕 そんなにたいして時雨の雨は降りもしないのに、大城の山は美しく色づいたことである。
〔評〕 恐らく太宰府にゐた官人の作であらう。時雨が木々の黄葉を誘ふものといふ通念があつ爲に、一面にかう(191)した怪訝も生ずるのであるが、聊か理に墜ちた作である。
大野山頂1。號2大城1者也。」と註がある。
〔語〕 ○大城の山 太宰府の背後の山。大野山(七九九)に同じ。元暦校本以下の古寫本、すべてこの次に「謂(ルハ)2大城山(ト)1者、在(リ)2筑前國御笠郡之大野山頂(ニ)1。號(ヲ)曰2大城(ト)1者也。」と註がある。
 
2198 風吹けば黄葉《もみち》ちりつつ少《しまし》くも吾《あが》の松原清からなくに
 
〔譯〕 風が吹くごとに、黄葉が絶えず散つて、暫くの間は、吾の松原は清らかではないなあ。
〔評〕 散り敷く黄葉のために、吾の松原の白砂が、暫くも清く保たれてゐない、といふのであらう。しかし白砂に黄葉が散つたらば一層美しい筈であるのに、清くないといつたのは、特異な觀察をしたものである。
〔語〕 ○吾の松原 「妹に戀ひ吾《あが》の松原」(一〇三〇)とあるには、その左註に「吾松原在2三重郡1」と見え、伊勢の地名と知られるが、所在明らかでない。ここのもそれと同處なるか、否か、詳かに知り難い。
 
2199 もの念《も》ふと隱《こも》らひ居《を》りて今日見れば春日の山は色づきにけり
 
〔譯〕 物思ひのために、今まで家に閉ぢ籠つてゐて、今日久しぶりに出て見ると、春日山は美しく紅葉してゐることである。
〔評〕 ありのままの素直な表現がよい。「今日見れば」のごとき無造作な句で、時間的推移を描いてゐるのも巧みである。家持の、「雨ごもり心いぶせみ出で見れば春日の山は色づきにけり」(一五六八)と酷似して居り、彼は雨ごもりの後、此は物思ひの後であるが、共に結ぼれた心の後に眺めた紅葉が、いかに鮮麗に眼に映じたかが察せられる。
〔語〕 ○ものもふと 物を思うて。○隱らひ居りて 引籠つてゐての意。「こもらふ」は、こもるといふ動作の繼續する意を表はす。
 
(192)2200 九月《ながつき》の白露|負《お》ひてあしひきの山のもみたむ見まくしも良《よ》し
 
〔譯〕 九月の頃の白露を一ぱい浴びて、山が黄葉しようとするのを見るのは、まことに面白い。
〔評〕 もみぢを待ち焦れる熱心が、一首の上に溢れてゐる。初二句の措辭は清爽の氣に富み、結句は少しく説明に落ちてゐる。
〔語〕 ○山のもみたむ 山の木々が黄いろくなるのをの意。○見まくしも良し 見ることはよいの意。「見まく」は、見むことの義。「し」は強意の助詞。
 
2201 妹|許《がり》と馬に鞍置きて射駒山うち越え來《く》れば紅葉ちりつつ
 
〔譯〕 妻のもとに行かうとして、馬に乘つて射駒山を越えてくると、山中では紅葉が頻りに散つてゐることである。
〔評〕 寫實の歌で、平明優雅の調をなして居り、上代生活の長閑な氣分が現はれてゐる。
〔語〕 ○妹がりと馬に鞍置きて 以上二句を序詞とし、「い」の一字にかけたとする代匠記精撰本の説は諾け難い。○射駒山 生駒山のこと。奈良の西方に聳え、大和・河内の國境をなしてゐる。○紅葉 「もみち」は集中の用字例では殆ど全部「黄葉」とあり、「紅葉」と書いたのはこの一例のみで、他に「赤葉」、「赤」がある。
 
2202 もみちする時になるらし月人のかつらの枝の色づく見れば
 
〔譯〕 下界の草木も、紅葉する季節になるらしい。月の中にある桂の枚が色づいて、そのために、月の光が明るくなつたのを見ると。
即ちその桂の樹が紅葉した爲に、月光が明るく(193)照り映えるものと見たので、古今集の、「久方の月の桂も秋はなほ紅葉すればや照りまさるらむ」は、この歌を粉本としたかとも思はれる。
〔語〕 ○月人 月を擬人していふ。「月人をとこ」(二〇一〇)の用例もある。○かつらの枝の 和名抄に「楓、乎加豆良。桂、女加豆良」とあり、本集では「楓」をすべてカツラと訓んでゐる。今いふ桂は山地に自生する落葉喬木で、高さ十餘丈、周圍丈餘に達するものもある。なほ「六三二」參照。
 
2203 里ごとに霜は置くらし高松の野山づかさの色づく見れば
 
〔譯〕 どこの里にも、もう霜が置くらしい。高松の野山の高い處の木々が、美しく染まるのを見ると。
〔評〕 遠く野山の紅葉を眺めつつ、漸く秋の深みゆく趣を痛感したのである。「里ごとに霜はおくらし」の具體的な想像が、一首の上に確實性を與へて、作者の感じをはつきり出し得てゐるのである。
〔語〕 ○高松 高圓のことといはれるが未詳。「二一〇一」「二一九一」參照。○野山づかさ 野山の少し高くなつてゐる所。
〔訓〕 ○里ごとに 白文「里異」、舊訓サトモケニも棄て難いが、仙覺抄によれば、古點はサトゴトニとあつたらしく、現存の元暦校本等にも同樣の訓があるので、今、それに從ふ。「異」を「毎」の意に用ゐた例は他に無いが、唯一の用法であるといふ理由で否定することが出來ないのは、この例のみでない。○高松の野山づかさ 白文「高松野山司」、舊訓タカマトノヤマノツカサとあるが、「野」は助詞のノには用ゐ難い。「高松」の二字でタカマツノと訓むべきである。
 
2204 秋風の日にけに吹けば露しげみ萩の下葉は色づきにけり
 
(194)〔譯〕 秋風が日ましにつめたく吹いてゐるうちに、露が繁く置くので、萩の下葉は色づいで來たことである。
〔評〕 初二句及び四五句は極めて類型的の語句で、新味が見出されない。只三句によつて僅かに一首を引立ててゐる觀がある。
〔訓〕 ○露しげみ 白文「露重」、舊訓ツユオモミ、元暦校本ツユヲオモミは不適。類聚古集及び古義の訓による。ツユシキリとも訓める。
 
2205 秋萩の下葉もみちぬあらたまの月の經去《へゆ》けば風を疾《いた》みかも
 
〔譯〕 萩の下葉が色づいて來た。それは、月が經つて秋が次第に深くなつてゆくにつれて、風のあたりが強いせゐなのであらうか。
〔評〕 内容は「二二〇四」と同じであるが、表現の句法や辭樣が著しく違つてゐるので、おのづから氣分の異なる歌となつてゐる。即ち、五七調が素朴雄健の感を與へるのである。
〔語〕 ○あらたまの 枕詞。普通「年」に冠するが、ここは、「月」にかけてゐる。
 
2206 まそかがみ南淵《みなぶち》山は今日もかも白露置きて黄葉《もみち》ちるらむ
 
〔譯〕 あの南淵山では、今日あたりは露がおりて、紅葉が散つてゐることであらうか。
〔評〕 嘗て見て知つてゐる南淵山の紅葉の風情を、今行つて見ることが出來ず、想像してせめて心をやつてゐるのである。「名兒の海の朝げのなごり今日もかも磯の浦回に亂れてあらむ」(一一五五)、「屋戸にある櫻の花は今もかも松風はやみ地に落つらむ」(一四五八)、「阿保山の櫻の花は今月もかも散り亂るらむ見る人なしに」(一八六七)など、形式、句法、全く同型である。
(195)〔語〕 ○まそかがみ 鏡を見るの意で「南淵」の「み」につづけた枕詞。○南淵山 大和高市郡にあり、今は稻淵山といふ。「一七〇九」參照。○今日もかも 今日このごろは云々してゐることであらうの意。「ちるらむ」と相應ずる語。
 
2207 吾が屋戸《やど》の淺茅《あさぢ》色づく吉隱《よなばり》の夏身の上に時雨ふるらし
 
〔譯〕 わが家の庭に、まばらに生えてゐる茅が赤く色づいた。もうあの吉隱の夏身のあたりには、時雨が降つてゐるのであらう。
〔評〕 庭の淺茅の色づいたのを見て、つくづくと季節の推移を感じ、曾遊の勝地の時雨を思ひやつたのである。「吾が門の淺茅色づくよなばりの浪柴の野のもみぢ散るらし」(二一九〇)に酷似してをる。
〔語〕 ○吉隱の夏身 吉隱は大和磯城郡、名張川の支流と青蓮寺川の合流するところ。
〔訓〕 ○ふるらし 白文「零疑」舊訓による。「二二一〇」も同じ。「二一三五」の宿有疑(ネタルカモ)によりて、カモと訓む説もある。
 
2208 鴈がねの寒く鳴きしゆ水莖の岡の葛葉は色づきにけり
 
〔譯〕 雁の越えが寒さうに鳴き渡つてから、岡の葛の葉は次第に色づいて來たことである。
〔評〕 「秋風の日にけに吹けば水莖の岡の木の葉も色づきにけり」(二一九三)の異傳かとも見られるほど似てゐるが、雁の聲を取り入れた點に作者のはたらきがある。
〔語〕 ○寒く鳴きしゆ 寒げに鳴いた時からの意。○水莖の ここは岡の枕詞として用ゐた。
 
2209 秋萩の下葉のもみち花に繼《つ》ぐ時過ぎ行かば後《のち》戀むむかも
 
(196)〔譯〕 萩の下葉の黄葉が、花の散つたあとにつづいて美しくなるが、その時期も過ぎてしまつたなら、後になつて戀しく思はれることであらうなあ。
〔評〕 今は萩の花が美しく咲いてゐる。この花が散つても、なほ下葉のもみぢといふ期待があるので、心を慰めるすべはあるが、それも過ぎた後のわびしさ、戀しさはどんなものかと、自ら想像したのである。秋萩への愛着の心もちがよく出て居り、表現も面白い。
〔語〕 ○花に繼ぐ 花の散つた後を繼ぐの意。この「繼ぐ」は連體形で、下の「時」につづく。○後戀ひむかも 後になつて萩を戀しがることであらうよの意。
 
2210 明日香《あすか》河もみち葉ながる葛城《かづらき》の山の木葉《このは》は今し散るらし
 
〔譯〕 明日香河に紅葉が流れてゐる。上流の方の葛城山の木の葉は、今頃しきりに散つてゐるのであらう。
〔評〕 まのあたり明日香川を流れる紅葉の美觀を眺めて、葛城山の紅葉をも聯想したのである。葛城山で散つた紅葉が、今ここに流れて來たものと想像してゐるのではないが、この表現ではその邊が少し曖昧にも聞える。
〔語〕 ○明日香川 これを大和の飛鳥川とすると、地理が合はない。全釋に、河内國南河内郡駒谷村なる飛鳥川で、この川の水源は二上山の西側より發してゐるといふ説に從ふべきである。即ち、葛城山といふも葛城郡にある山の義で、二上をさすものと考へられる。「一六五」の題詞には「葛城の二上山」とある。
 
2211 妹が紐解くと結びて立田山今こそ黄葉《もみち》はじめてありけれ
 
〔譯〕 妻が衣の紐を解くとして、また結ばうとして立つ、その「たつ」といふ名の立田山は、今こそ紅葉し始めたことである。
(197)〔評〕 紅葉の名所の立田山が、今まさに色づき始めたその美觀を、極めて單純化して表現したのであるが、序が巧妙で生彩がある。
〔語〕 ○妹が紐解くと結びて 解くとてまた結ぶとての義。一二句、夫が妻の着物の紐を解いたり結んだりするといふ解もある。○今こそもみちはじめたりけれ この「もみち」は名詞でなく、動詞の連用形と見るべきである。
〔訓〕 ○結びて 白文「結而」、この歌は後撰集に「妹が紐とくとむすぶと立田山今ぞ紅葉の錦織りける」とあるので、略解はこれに據り、「而」は「等」の誤かといつてゐる。新校は「解」の上に「莫」を補ひナトキトユヒテと訓む。
 
2212 雁がねのね喧《な》きにしより春日なる三笠の山は色づきにけり
 
〔譯〕 雁が鳴いてから、春日にある三笠の山は、美しく紅葉したことである。
〔評〕 「雁がねの聲聞くなべに明日よりは春月の山はもみぢ始めなむ」(二一九五)は期待をかけた推量であるに對し、これは現在の實景を實景として詠んだ歌である。但、類歌が多くて新味は無い。
〔語〕 ○ねなきにしより 聲をあげて鳴いてからの意。
〔訓〕 ○ね喧きにしより 白文「喧之從」、代匠記精撰本は「來喧之從」キナキニシヨリ、略解は「喧之日從」ナキニシヒヨリの誤としてゐる。舊訓サワギニシヨリ、類聚古集ナキキニシヨリ等は從ひ難い。「喧」は通常ナクであるが、ここは音調の上から、ネナキニシヨリと訓むべきであらう。
 
2213 此の頃のあかとき露に吾が屋戸《やど》の秋の萩原色づきにけり
 
〔譯〕 この頃の曉に置く露で、わが家の萩の茂みは、黄色に染まつて來たことである。
〔評〕 「此の頃のあかとき露にわが屋前の萩の下葉は色づきにけり」(二一八二)と同一歌の異傳であらう。ともかく(198)類型の多い歌で、平庸といふ外はない。
〔語〕 ○秋の萩原 萩の茂つた一むらの意。
 
2214 夕されば雁が越えゆくたつた山時雨に競《きほ》ひ色づさにけり
 
〔譯〕 夕方になると、雁の飛び越えて行くあの立田山は、時雨と先を爭つて美しく色づいたことである。
〔評〕 これも類型的の内容ではあるが、初二旬が立田山の風景を生動させてゐるのがよい。
〔語〕 ○時雨にきほひ 時雨が降るのに木の葉も負けないと、先を爭つての意。時雨に催されて木の葉が互に競つてと解するのはよくない。
 
2215 さ夜ふけて時雨なふりそ秋萩の本葉《もとば》の黄葉《もみち》ちらまく惜しも
 
〔譯〕 夜がふけて降つてゐる時雨よ、そんなに降つてくれるな。萩の下葉のもみぢの散りさうなのが、惜しいことである。
〔評〕 美しい萩の黄葉が、たまたま降り出した深夜の時雨で、すつかり散らされさうなのを、あやぶんだのである。こまやかな感情が、一首の上に生き生きと脈搏つてをる。
〔語〕 ○本葉 根もとに近い葉。下葉に同じ。末葉の對。
 
2216 ふるさとの初もみち葉を手《た》折り持ち今日ぞ吾が來《こ》し見ぬ人の爲
 
〔譯〕 もとの都の初紅葉を手折つて、それを持つて今日こそ自分は此處へ來た。まだ見ない人に見せようと思つて。
故京をおとづれ、初紅葉の一枝を手折つて、わざわざこの里に來たのは、戀しい人に見せる爲である。都遷り(199)があつてまだ程遠からぬ頃、誰もまだもとの京に強い愛着を繋いでゐるといふやうな事情も窺はれる。優雅な感情のゆたかに流れた歌である。
〔語〕 ○ふるさと 古京、舊都。ここは恐らく飛鳥あたりをさすものと思はれる。○見ぬ人の爲 故京へ行つて紅葉を見ない人の爲に。この「人」は特定の人で、恐らく戀人であらう。
〔訓〕 ○手折り持ち 白文「手折以」、通行本等この下に「而」があるが、今、元暦校本等に從つて削る。
 
2217 君が家の初|黄葉《もみちば》は早くふる時雨の雨に沾《ぬ》れにけらしも
 
〔譯〕 あなたの家の初紅葉は、早く降り出した時雨にぬれて、こんなに色づいてゐるのでせう。
〔評〕 友の家などで初紅葉を見てゐるのであらう。よそよりも早く色づいてゐるので、早い時雨に濡れた結果と想像したのである。素朴な表現である。
〔訓〕 ○初もみち葉は 白文「初黄葉」、諸本「之黄葉」とあつて解し難い。紀州本には「之」が無い。姑く「之」を「初」の誤として解する。
 
2218 一|年《とせ》にふたたび行かぬ秋山を情《こころ》に飽かず過《すぐ》しつるかも
 
〔譯〕 一年に二度とはめぐつて來ない秋、その秋の山の美しい景色を、心に滿足するほど眺めもせずに、むなしく過してしまつたことである。
〔評〕 「秋山われは」と額田王もいはれたやうに、秋の山の風情はおもしろい。しかも一年に二度と見られる秋山ではない、心ゆくまで見たいと思つたのに、おちおち眺めることも出來ずに過したといふ心殘りが、痛切に一首の上に現はれてゐる。初二句の表現は、卷四に、「うつせみの世やも二行く」(七三三)のたぐひである。
(200)〔語〕 ○ふたたび行かぬ 「行く」は時の經過する義。「秋」にかかる。○心に飽かず 心の中に滿足せぬの意。
 
    水田《こなた》を詠める
2219 あしひきの山田作る子|秀《ひ》でずとも繩《なは》だに延《は》へよ守《も》ると知るがね
 
〔題〕 水田 舊訓スイデムとあるが、代匠記は、和名抄に「水田【古奈太】」とあるのを引いて、コナタと訓んだ。
〔譯〕 山の田を作る人よ、まだ稻の穗は伸びないにしても、繩だけでも張つて置くがいい。番をしてゐると、他人にわかるやうに。
〔評〕 「いそのかみ布留のわさ田を秀でずとも繩だに延へよ守りつつ居らむ」(一三五三)とよく似てゐる。水田を詠じたものとあるけれども、やはり譬喩歌であらう。即ち、あなたがあの子を妻にしようと思ふならば、まだ年は若いけれども、早く約束だけでもして、主あることを明かにしてお置きなさいとの意と思はれる。
〔語〕 ○秀でずとも 稻穩がまだ出ないでも。
〔訓〕 ○作る 白文「佃」、ツクルと訓むのは、和名抄に「佃、音與v田同、和名豆久利太。作田也」とあるに據る。集中唯一の用例である。○繩 舊訓シメ、壘聚古集等ツナとあるが、文字通りに訓んでよい。
 
2220 さを鹿の妻|喚《よ》ぶ山の岳邊《をかべ》なる早田《わさだ》は苅らじ霜はふるとも
 
〔譯〕 男鹿が妻を喚んで鳴いてゐる山の、その岡のほとりにある早稻田は、自分は苅らないで置かう、たとひ霜が降つて收穫時期が過ぎても。
〔評〕 妻呼ぶ鹿を驚かすまいといふ、若人の思ひやりであらう。理を越えた稚態といふよりは、聊か誇張に過ぎ、作爲に傾いたもので、後世風を馴致するものといふべきである。
 
(201)2221 我が門に禁《も》る田を見れば佐保の内の秋萩すすき念《おも》ほゆるかも
 
〔譯〕 わが家の門前に、假小屋を作つて人の見張をしてゐる稻田を見ると、なつかしい佐保の内の萩や薄も、今頃は盛であらうと、その風情が思ひやられることである。
〔評〕 門前の稻田の熟したのから秋の酣なるを感じて、佐保あたりの秋色をなつかしんだのである。佐保を本郷とする人が、別莊などに移り住んでゐて詠んだものか、もしくは、佐保の地に愛人などをもつてゐる人の作ででもあらうか。素朴にして自然なところがよい。
〔語〕 ○我が門に禁る田を見れば 門前一面に實つてゐる田を、假小屋を建てて人が番をしてゐる。それを見ればの意。○佐保の内 佐保の里中の意。「一八二七」參照。
 
    河を詠める
2222 夕さらず河蝦《かはづ》鳴くなる三輪河の清き瀬の音《と》を聞かくし宜《よ》しも
 
〔譯〕 夕方はいつもきまつて河鹿の鳴く三輪河の、さやかな瀬の音を聞くのは、實によい氣持である。
〔評〕 詞句が洗練されて清澄の感じを與へる。さわやかな水の音と、涼しい河鹿の聲との二重奏が耳にあるやうである。佳作である。
〔語〕 ○三輪河 初瀬川が三輪附近を流れる時の部分約稱呼。○聞かくしよしも 聞くことが甚だよいの意。「聞かく」は聞くことの意で「行かくしえしも」(三五三〇)などと同じ語法。「し」は強意の助詞。
 
    月を詠める
(202)2223 天《あめ》の海に月の船浮け桂|楫《かぢ》かけて榜《こ》ぐ見ゆ月人|壯子《をとこ》
 
〔譯〕 天の海に月の船を浮べ、桂の木で造つた櫂をつけて、月の中にゐる月人男が漕いでゆくのが見える。
〔評〕 人麿歌集所出の、「天の海に雲の波立ち月の船星の林にこぎ隱る見ゆ」(一〇六八)に似て、更に漢文學の影響が濃い。懷風藻なる文武天皇の御製にも、「月舟移2霧渚1、楓※[楫+戈]泛2霞濱1」と見える。
〔語〕 ○桂楫 桂で作つた櫂、即ち楓※[楫+戈]である。○月人壯子 第二句に「月の船」といつて月を船に譬へてゐるのであるから、月人をとこは、月を人格化して呼んだのでなく、月中の壯士の意に取るべきであらう。
 
2224 此の夜らはさ夜ふけぬらし鴈が音の聞ゆる空ゆ月立ち渡る
 
〔譯〕 今夜はもう夜がふけてしまつたらしい。雁の聲の聞える空を、月が移つて行く。
〔評) 靜かな情趣のゆたかな歌であるが、弓削皇子の、「さ夜中と夜はふけぬらし雁が音の聞ゆる空に月渡る見ゆ」(一七〇一)の異傳かと思はれるくらゐ酷似してゐる。但、弓削皇子の作の方が、一段と優れてゐることはいふまでもない。
〔語〕 ○この夜ら 「ら」は接尾辭で、調を整へる以外に意味はない。○聞ゆる空ゆ 聞える空をとほつての意。
 
2225 吾背子が挿頭《かざし》の萩におく露をさやかに見よと月は照るらし
 
〔譯〕 わが友が冠の飾に挿した萩の花に宿つてゐる露を、はつきり見よと、今夜の月はこんなに明らかに照つてゐるのであらう。
〔評〕 月下に宴樂する大宮人達のみやび姿が眼前に髣髴する。明るい月影にきらめく挿頭の萩の露は、想像するだに(203)清麗優雅の限りである。
〔語〕 ○吾背子 宴席などで、親しい友をさしたものと思はれる。女性の作ではあるまい。
 
2226 心なき秋の月夜《つくよ》のもの念《も》ふと寐《い》のねらえぬに照りつつもとな
 
〔譯〕 同情のない秋の月が、物思をして自分の眠られないでゐるのに、よしなくも照り渡つて、一層眠らせないことである。
〔評〕 物思ふ身は、美しい秋の月に慰められないのみか、却つて悲しみを唆られ、「心なき月」との感をさへ深くしたのである。凡そ愁人の爲には、如何なる物も、愁緒の媒介とならずにはゐない。「さ夜中に友よぶ千鳥もの念ふとわび居る時に鳴きつつもとな」(六一八)「もだもあらむ時も鳴かなむひぐらしの物もふ時に鳴きつつもとな」(一九六四)など、似た構想である。
〔語〕 ○心なき 同情心のない。察しのない。○秋の月夜 「夜」は輕く添へた接尾辭的のもの。○照りつつもとな よしなくも照るよの意。「何しかももとな言へる」(二三〇)參照。
 
2227 思はぬに時雨の雨はふりたれど天雲《あまぐも》霽《は》れて月夜《つくよ》さやけし
 
〔譯〕 思ひもかけず時雨の雨は降つたけれども、すぐに空の雲が晴れて、もう月の光が鮮かに照つてゐる。
〔評〕 突如降りかかつて來て、卒然として晴れた時雨のあとの、洗ひ出されたやうな月の新鮮さ。滿地の清光、魂を澄ましめる感がある。
〔語〕 ○思はぬに 思ひがけなく。意外にも。略解及び古義に、この何を「天雲はれて」にかけて解いたのは誤つてゐる。○月夜をやけし 月の光が明かである。「夜」は接尾辭。
(204)〔訓〕 ○月夜さやけし 白文「月夜清焉」、「焉」は元暦校本等による。サヤケシは、元暦校本及び代匠記精撰本により、「月夜」はツクヨと訓むべきである。
 
2228 萩が花咲きのををりを見よとかも月夜《つくよ》の清き戀|益《まさ》らくに
 
〔譯〕 萩の花が咲いて、枝もたわわに撓《しな》つてゐるのを見よといふので、月がこんなに清く照つてゐるのであらうか。かうして萩の花を眺めてゐると、いよいよ戀しさがまさるのに。
〔評〕 清光の下、微風にうねる萩の花の風情が眼前に浮ぶ。表現清新にして情趣まことに饒かである。
〔語〕 ○咲きのををり 一ぱいに咲き撓つてゐる様。「ををり」は動詞「ををる」の名詞形。「一四二一」參照。○見よとかも月夜の清き 見よと月夜の清きかもの義。○まさらくに まさるのに。
〔訓〕 ○ををり 白文「乎再入」「再」を考は「乎」の誤、略解は「烏」の誤としたのは却つて誤である。守部の鐘の響及び木村博士の訓義辨證にいふ通り、「再」は「乎」を再び繰返す意で書いたのである。
 
2229 白露を玉になしたる九月《ながつき》のありあけの月夜《つくよ》見れど飽かぬかも
 
〔譯〕 白露を美しい玉に見せてゐる晩秋九月の夜明け方の月は、いくら見ても見飽きないことである。
〔評〕 すがすがしい情景である。極度に單純化された内容を、流麗暢達な詞句に盛つて、縹緲の韻致を搖曳させてゐる。佳作である。
 
    風を詠める
2230 戀ひつつも稻葉かき別《わ》け家|居《を》れば乏しくもあらず秋の夕風
 
(205)〔譯〕 そよ吹く風を戀しく思うて、稻葉をかき分けてその中に住んでゐると、よく吹いて來て、珍しがりなつかしがるほどのこともない、秋の夕風は。
〔評〕 素朴明快の歌で、農民生活の安らかな一面があらはれてゐる。秋の田の假廬は、晩夏の頃から作つたものと思はれる。句法から見れば、「梅の花咲ける岡邊に家をれば乏しくもあらず鶯の聲」(一八二〇)に似てゐる。
〔語〕 ○稻葉かきわけ家居れば 稻田のほとりに假屋を作つて居ればの意。○乏しくもあらず 不足ではない、十分であるの意。この「ともし」は羨ましいの意ではない。
 
2231 萩の花咲きたる野邊にひぐらしの鳴くなるなべに秋の風吹く
 
〔譯〕 萩の花の咲き亂れてゐる野邊に、ひぐらしが鳴く。それにつれて、秋の風が吹いてゐる。
〔評〕 一讀すると、爽かな中にも一脈の哀愁を含んだ初秋の風を、さながら肌に覺えるやうである。あの哀韻を奏でるひぐらしの聲も、恰も秋風を呼ぶかと思はれる。巧まずして情趣の溢れた歌である。
〔語〕 ○鳴くなるなべに 鳴くのと同時にの意。
〔訓〕 ○鳴くなるなべに 白文「鳴奈流共」、舊訓ナクナルトモニは不可。考の訓による。代匠記精撰本にはムタニと訓んでゐる。
 
2232 秋山の木葉《このは》もいまだもみたねば今旦《けさ》吹く風は霜も置きぬべく
 
〔譯〕 秋山の木の葉はまだ紅葉もしないのに、今朝吹く風は、まるで霜でも置きさうに寒いことである。
〔評〕 俄に襲ひ來つた秋冷に對する驚きを、ありのままに詠んだもので、率直平明の裡に實感が溢れてゐる。結句のいひさしも婉曲で餘韻がある。
(206)〔語〕 ○もみたねば 紅葉しないでゐるうちにの意。
 
    芳《かをり》を詠める
2233 高松のこの峯も狹《せ》に笠立てて盈《み》ち盛《さか》りたる秋の香の吉《よ》さ
 
〔題〕 芳 松茸のことであるが、略解所引宣長説に「茸」の誤寫としてゐる。しかし大矢本・京大本等にカホリの傍訓を附してあるのを以ても、誤寫とは考へられない。
〔譯〕 高松山のこの山も狹いくらゐに笠を立てて、そこら一ぱい盛んに生えてゐる松茸の秋の香のよいことである。
〔評〕 松茸にこもる秋の香の高さ、格調も亦これにふさはしく、殊に「この峯も狹に笠立てて」の寫生は的確で面白い。めづらしい題材で、松茸を詠じた歌の最も古いものである。
〔語〕 ○高松 高圓の借字と從來見られたが、疑問である。「二一〇一」參照。○笠立てて 笠を竝べたやうな茸の様子をいふ。
 
    雨を詠める
2234 一日には千重しくしくに我が戀ふる妹があたりに時雨ふれ見む
     右の一首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 一日のうちには、千度も繰返し繰返し、自分の戀しく思つてゐる女の家のあたりに、時雨よ降れ。自分は此處から眺めてゐようと思ふ。
〔評〕 一二句には古典的成語を用ゐてのびやかに詠み下し、四五句に緊密な敍述を見せてゐる。愛人の住む里のあたりに、しみじみと降りそそぐ時雨の細い絲を見ようといふのは、何かの支障で逢瀬のままならぬため息であらう。し(207)めやかな情緒が浮んでゐる。
〔訓〕 ○降れ 白文「零禮」略解に「禮」は「所」の誤といつてゐるが、このまま解し得られる。無用の改字である。
 
2235 秋田刈る旅の廬《いほり》に時雨ふり我が袖ぬれぬ干《ほ》す人無しに
 
〔譯〕 秋の田を苅る爲の假小屋にゐると、時雨が降つて、自分の着物の袖は濡れてしまつた。干してくれる妻もゐないのに。
〔評〕 秋の田の假廬に旅寢をする農夫の辛苦が偲ばれる。前の、「秋田苅る假廬を作り吾が居れば衣手寒く露ぞ置きにける」(二一七四)に似たところがある。
〔語〕 ○旅の廬に 旅寢をしてゐるこの假小屋に。「旅」は今日の觀念とは違ひ、古くは自宅以外に寢ることは、皆旅寢といつたのである。
 
2236 玉|襷《だすき》かけぬ時なし吾が戀は時雨し零《ふ》らば沾《ぬ》れつつも行かむ
 
〔譯〕 自分は、心にかけて思はぬ時は暫くもないのである。それほど自分の戀は眞劍で、もし時雨が降つたらば、ぬれながらでも逢ひに行かう。
〔評〕 單刀直入、戀の熱意を描いてゐる。太い線と亂いタツチとで頗る男性的な歌を成してゐる。ことに、五句の字あまりがよい。
〔語〕 ○玉襷 枕詞。襷を掛ける意から「かけ」に冠らせた。
 
2237 もみち葉を散らす時雨のふるなべに夜《よ》さへぞ寒き一人し宿《ぬ》れば
 
(208)〔譯〕 紅葉を散らす時雨が降るにつれて、夜までも寒いことである。唯一人で寢てみるので。
〔評〕 落葉の音、時雨の音、さびしい冬の音なひを聞きながら、獨寢の寒さをわびてゐるのであるが、悲觀的な弱々しさは無い。調が安定して居り、凛として冴えた氣韻がある。
〔語〕 ○ふるなべに 降るにつれて。降ると同時に。○夜さへぞ寒き 「さへ」は同じ?態の更に増し加はる意であり、晝よりも夜の寒いのは當然であるから、この「さへ」は一見不合理のやうに見えるが、總釋にいふ如く、夜は共寢をすれば暖かいものといふ潜在意識に基づくと解すれば、心理的には無理とはいへないであらう。
〔訓〕 ○夜さへぞ寒き 白文「夜副衣寒」で、元暦校本の一訓等にフスマモサムシとあり、古義もこれを支持してゐるのは「さへ」の用法に疑を挾んだ結果であらうが、他に用例もなく、かつ前記の如く解し得られるのであるから、舊訓に從ふのが穩かである。
 
    霜を詠める
2238 天《あま》飛ぶや雁のつばさの覆羽《おほひば》の何處《いづく》漏りてか霜のふりけむ
 
〔譯〕 空を飛んで行く雁が翼を並べて天を覆つてゐて、隙間がないはずであるのに、どこから洩れて、霜がこんなに降つたのであらうか。
〔評〕 奇想天外といふべきである。群れ飛ぶ雁の翼の隙間から霜が降ると空想しやのは、上代人らしい稚態といふよりは、寧ろ後世風な甚しい誇張と感じられる。格調の雄健なのはさすがであるが。
〔語〕 ○天飛ぶや 「や」は語調を整へる爲の助詞。「天飛ぶや輕の路は」(二〇七)ともあり、「石見のや」(一三二)、「淡海のや」(一三五〇)なども同じである。○覆羽 群をなして天を一杯覆うてゐる羽の意。
 
(209)  秋相聞《あきのさうもに》
 
2239 金《あき》山のしたひが下《した》に鳴く鳥の登だに聞かばなにか嘆かむ
 
〔譯〕 秋山の紅葉の照り映える下蔭に鳴く鳥のやうな、あのやさしい人の聲だけでも聞いたならば、何の嘆くことがあらうぞ。
〔評〕 序がまことに美しい。單なる形式的の技巧でなしに、これによつて美しい女性の、かはいらしい聲を暗示してゐる。下に、「朝霞香火屋が下に鳴くかはづ聲だに聞かば吾戀ひめやも」(二二六五)とあるに似た型である。
〔語〕 ○金山のしたひが下に鳴く鳥の 「聲」にかけた序。「金」は五行説によれば、西であり、秋の方となるので、秋の意に用ゐた。「したひ」は四段の動詞「したふ」の名詞形。紅葉の照り輝く意。「秋山のしたへる妹」(二一七)や、古事記の「秋山之|下氷壯夫《シタヒヲトコ》」などの「したふ」も同語である。
 
2240 誰を彼《かれ》と我をな問ひそ九月《ながつき》の露にぬれつつ君待つ吾を
 
〔譯〕 「あれは誰である」などと私のことを問はないで下さい。九月の夜露にぬれながら、戀しいお方を待つてゐる私なのですよ。
〔評〕 戸外に立つて戀人を待つ女の心が、可憐にもまた巧みに表はされてゐる。必ずしも人に見咎められたのではな(210)く、もし人が見つけても見のがしてほしいといふ心の中の念願を、かく歌つたのである。民謠風な甘美な調が面白い。
〔語〕 ○君待つ我を この「君」は「我にな問ひそ」といつてゐる相手とは別人で、女の戀人である。「を」は感動の助詞。「衣に縫ひて君待つ吾を」(二〇六四)に同じ。
 
2241 秋の夜の霧立ちわたりおほほしく夢《いめ》にぞ見つる妹がすがたを
 
〔譯〕 秋の夜の夜霧が一面に立ちつづいて、ぼんやりしてゐるやうに、ぼんやりと自分は夢に見たことである、いとしい女の姿を。
〔評〕 おぼつかなく夢に見た愛人の姿を、覺めて後思ひ出さううつとめてゐる趣である。序はその時節に即して用ゐたのであらう。一通りの作である。
〔語〕 ○秋の夜の霧立ち渡り 次の「おほほしく」にかけた序。○おほほしく ぼんやりと。明瞭でない様。
〔訓〕 ○秋の夜の 白文「秋夜」で、アキノヨハとも訓める。○おほほしく 白文「凡凡」、諸本「夙夙」とあるが、「夙《はや》く起きつつ」(二五六三)の如く、「夙」は朝早くの意で、このままは解し難い。姑く考に從ひ、「凡凡」の誤とする。
 
2242 秋の野の尾花が末《うれ》の生《お》ひ靡き心は妹に寄りにけるかも
 
〔譯〕 秋の野の尾花の穗さきが生ひ靡いてゐるやうに、すつかり靡いて、月分の心は、いとしい人の方に寄つてしまつたことである。
〔評〕 季節の景物を序に用ゐて、巧みに心情を描いてゐる。但、四五句は、「明日香河瀬瀬の珠藻のうち靡きこころは妹によりにけるかも」(三二六七)と同一で、上の序の技巧が異なるのみである。
(211)〔語〕 ○秋の野の尾花が末の生ひ靡き 以上を譬喩とする代匠記の説もあるが、序と見るがよい。又「生ひ」までを序とする説もあるが、諾ひ難い。
 
2243 秋山に霜ふり覆《おほ》ひ木葉《このは》散り歳は行くとも我《われ》忘れめや
     右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 秋の山に霜が一面に降り覆ひ、木の葉は散つて、次第に年は過ぎても、自分は愛する人を忘れようか、忘れはせぬ。
〔評〕 眼前に轉變する事象をとらへて時の推移を敍し、その時の變化に拘はることなく、わが心の變るまじきを切言してゐる。敍法に流動性があつて平庸を脱してゐる。
〔語〕 ○秋山に霜ふり覆ひ木葉散り 以上三句を、女の老いたのに譬へたものとする代匠記精撰本の説は思ひ過ぎといふべく、單なる序と見る全釋の説も賛し難い。これを眼前の?景とし、かくして年は過ぐともの意に解するが自然である。
 
    水田に寄す
2244 住吉《すみのえ》の芹を田に墾《は》り蒔きし稻のしか苅るまでに逢はぬ君かも
 
〔譯〕 住吉の岸のあたりを田に開墾して、そこに蒔いた稻がみのり、こんなに苅り取るやうになるまでも、あなたは逢つて下さらないことよ。
〔評〕 住吉附近の農人の女の作かと思はれるが、或は民謠として、少しづつ語句を變へて、各地に謠はれたものかも知れない。「春の野に霞たなびき咲く花の斯くなるまでに逢はぬ君かも」(一九〇二)「梓弓引津の邊《へ》なる莫告藻《なのりそ》の花(212)咲くまでに逢はぬ君かも」(一九三〇)など、いづれも同型である。
〔語〕 ○田に墾り 開墾して田にしての意。○しか苅るまでに そんなに苅り取るまでもの長い間。
 
2245 劔《たち》の後《しり》玉|纒《まき》田井《たゐ》に何時《いつ》までか妹を相見ず家戀ひ居《を》らむ
 
〔譯〕 纒《まき》の田で久しく日を送つて、いつまでまあ、自分は妻に逢はずに、かうして家を戀しがつてゐることであらう。
〔評〕 略解に「是は班田使などにて、其の田居に月を經て詠めるならむ」とある。愛慕の情まことに痛切であるが、とにかく、第二句に明解を得難いのは遺憾である。
〔語〕 ○劔の後 「玉纒」につづけた枕詞。劔の鞘の尾部に玉を纒き、飾としたものと思はれる。「劔たち鞘ゆ入野の」(一二七二)と序にも用ゐてある。○玉纒田井 代匠記は全體を地名と見、古義は「玉」は稻玉で、稻種を蒔く田とし、考は「まきた」は地名といひ、新考は穗田に置いた露を玉と見做して、「玉撒く田居」といつたものと解し、全釋は、ここは元來水田に寄せた歌で、田井は即ち田のことであるから、地名とするならばマキといふ地名と考へるべきである、といつてゐる。比較的穩當と思はれる全釋説に姑く從つておく。さすれば「劔の後玉」までが序となつて、「劔たち鞘ゆ」と同じ技法となる。
 
2246 秋の田の穗の上《へ》に置ける白露の消《け》ぬべく吾はおもほゆるかも
 
〔譯〕 秋の田の稻穗の上に置いた白露のやうに、今に命も消えてしまひさうに、私の身は思はれることであります。
〔評〕 全體の調子から見て女性の作と思はれる。ままならぬ戀ゆゑに、身も心も細りゆく人の姿が見えるやうである。「秋づけば尾花が上に置く露の消ぬべくも吾は念ほゆるかも」(一五六四)に比して四五句は全く同じで、上の序も を以てしたことに變りはないが、彼の優婉な歌調に對して、これはやや硬くて、明確な調子を持つてゐる。
 
(213)2247 秋の田の穗向《ほむき》の依《よ》れる片よりに吾は物|念《も》ふつれなきものを
 
〔譯〕 秋の田の稻穗の向きが一方ばかりに片寄るやうに、あのお方の事にのみ片寄つて私は物思ひをすることである。あのお方は私に冷淡であるのに。
〔評〕 序句は極めて巧妙であるが、但馬皇女の「秋の田の穗向のよれる片縁りに君によりなな言痛かりとも」(一一四)と全く同じで、それに學んだか、或は更に典據があつたのかも知れない。
 
2248 秋の田を假廬《かりいほ》つくり廬《いほり》してあるらむ君を見むよしもがも
 
〔譯〕 秋の田を苅る爲に假小屋を作り、そこに宿つていらつしやるに違ひない戀しいひとに、早くお目にかかりたいものであるよ。
〔評〕 山田を守る農人の妻の歌と見るのは恐らく誤であり、略解の説のごとく、班田使の妻などの作と思はれる。何となれば、農人の妻ならば、自宅と假屋とは近距離で、夫がそこにゐることは確實に知つてゐるはずであるから「在るらむ君」とはいふまい。この語調では、遠隔の妻が遙かに夫の上を想像したものと解されるからである。「神風の伊勢の濱荻折りふせて旅寢やすらむ荒き濱邊に」(五〇〇)を參照すれば明白である。
〔語〕 ○かりいほ 苅と假との意をかけてゐる。
 
2249 鶴《たづ》が音《ね》の聞ゆる田井に廬《いほり》して吾《われ》旅なりと妹に告げこそ
 
〔譯〕 鶴の聲の聞えて來る田のほとりに假屋を造つて、自分が旅寢をしてゐると、誰か妻に知らせてくれよ。
〔評〕 自宅以外に寢るのは、古くは皆旅寢といつたので、これもそんな風に見て、見張小屋に起臥する農人の作、又(214)は班田使の作と解されぬこともないが、やはり遠い旅路に出てゐる人がたまたま田のほとりに一宿して懷郷の情を敍べたものであらう。「妹につげこそ」は、誰に向つて訴へたといふのでなく、漠然といつたのではあらうが、表現不足の評を免れ難い。
〔語〕 ○田井 田圃のこと。「一七五八」參照。○廬して ここは一宿してといふ程の意。
 
2250 春霞たなびく田居に廬《いほ》つきて秋田苅るまで思はしむらく
 
〔譯〕 春霞の棚引いてゐる田圃に假小屋を作つて、そこについて以來、秋になつてその田を苅り取るまで、いとしい妻とは、ゆつくり逢ふことが出來なくて、自分に戀ひ焦れさすことである。
〔評〕 春、籾を蒔いた頃から秋の收穫の時まで、田に小屋を作つて起臥しつつ世話しつづけるにしても、その長い期間、妻に全く逢はずにゐるといふやうに解いた註釋は誤つてゐる。おちおち逢へない戀しさを、こんな風に表現したので、それは決して不自然ではなく、普通な創作心理である。機械的に言葉に囚はれてはならない。
〔語〕 ○思はしむらく 自分をして戀ひしく思はしめることよの意。
 
2251 たちばなを守部《もりべ》の里の門田|早稻《わせ》苅る時過ぎぬ來《こ》じとすらしも
 
〔譯〕 守部の里のわが門邊にある田の早稻は、もう苅る時が過ぎてしまつた。早稻を苅る頃には來ようとのことであつたのに、まだ見えない。この樣子では、來まいとなさるのであらう。
〔評〕 約束の時すぎても猶音づれぬ男を怨んだ女の作と思はれる。素朴にして實感が溢れて居り、枕詞もかはつてをる。橘の實を人が盗まないやうに守部を置いて守らせたことから、さういふ地名も生じたかとおもはれ、さすれば、文化史的にも興味ある資料を提供するわけである。
(215)〔語〕 ○守部の里 地名であらう。集中に守部王といふ名の見えるのも、この地名を以て名づけられたと思はれるが、位地は不明。代匠記には、大和のうちであらうとしてゐる。或は大和丹波市附近の守目堂村あたりかとの説もある。
〔訓〕 ○里 白文「五十戸」、舊訓イヘ。今代匠記精撰本の訓を採る。「五十戸良我許惠波」(八九二)參照。
 
    露に寄す
2252 秋萩の咲き散る野邊の夕露にぬれつつ來ませ夜はふけぬとも
 
〔譯〕 萩の花の咲いては散る野邊の夕露に、濡れながらお出でなさいませ。たとひ夜はふけてしまつても。
〔評〕 戀しい男の音づれを待つ女の心である。秋萩の露に濡れつつ來ませとは、如何にも風流であり、詞句語調もそれにふさはしく優雅である。古今集に、「萩が花散るらむ小野の夕露にぬれてを行かむさ夜はふくとも」とあるのは男の歌で、恐らく今の歌からの換骨奪胎であらう。
〔語〕 ○咲き散る 咲いてゐる萩が散つてゐるの意で、「散る」に重點がある。
 
2253 色づかふ秋の露霜な零《ふ》りそね妹が袂を纒《ま》かぬ今夜《こよひ》は
 
〔譯〕 草や木の葉の色づく秋の水霜は、どうぞ降らないでくれ。妻の袂を枕にしないで、唯一人さびしく寢る今夜は。
〔評〕 肌寒い獨寢の寂しさを歎いた男の歌。上三句によつて歌が複雜化され、それに反映されて又、情緒に切實味を増してゐる。
〔語〕 ○色づかふ 草木の葉がその露霜によつて色づくの意。「つかふ」は「附く」の再活用。○露霜 露のこととの解もあるが、ここは、水霜と解するのが自然なやうである。
 
(216)2254 秋萩の上に置きたる白露の消《け》かもしなまし戀ひつつあらずは
 
〔譯〕 秋萩の上に置いた白露の消えるやうに、いつそのこと消えてしまつた方がよからうか、こんなに戀ひこがれて苦しんでばかりゐないで。
〔評〕 卷八の弓削皇子の歌(一六〇八)と全く同じである。うたひ傳へられたのを重載したのであらう。
〔訓〕 ○「戀ひつつ」 白文「戀乍」。元暦校本による。通行本は「爾」。
 
2255 吾が屋前《には》の秋萩の上に置く露のいちしろくしも吾《われ》戀ひめやも
 
〔譯〕 私の家の庭の萩の上に置く露のやうに、いちじるしく人目につくやうにはつきりと、私は戀をしようか。決してそんなことはない。苦しくとも、ひそかに戀ひ續けてゐよう。
〔評〕 色に顯はさじと忍ぶ戀である。つつましい女性の姿が髣髴として浮び、調子もなよやかで内容にふさはしい。
 
2256 秋の穗をしのにおしなべ置く露の消《け》かもしなまし戀ひつつからずは
 
〔譯〕 秋の稻穗を、しなふ程に押し靡かせつつ置いてゐる露が、やがて消えるやうに、いつそ私も消えてしまつた方がよからうか、こんなに戀ひ焦れてばかりゐないで。
〔評〕 三句以下のこの表現は、當時の類型的成句として盛んに用ゐられたものらしく、上の弓削皇子のにも、又一首置いて次の歌にもある。或は民謠風に、隨時僅かに字句を變へて謠はれたものとも思はれる。但、「秋の穗をしのに押しなべ」は、四五句のなよなよとした情緒をあらはす序としては、力強きに失するやうである。
〔語〕 ○秋の穗 秋の稻穗。○しのにおしなべ しなふ程に押し靡けて。○置く露の 以上三句「消」にかけた譬喩(217)的の序。○戀ひつつあらずは 戀ひ焦れて居らずしての意。「は」は強意の助詞。
 
2257 露霜に衣手ぬれて今だにも妹がり行かな夜は深《ふ》けぬとも
 
〔譯〕 露霜に着物の袖を濡らして、せめて今からでも女のもとへ行かう。夜はたとへふけてしまはうとも。
〔評〕 前の「二二五二」は婦人の歌で、纒綿の情が優婉な調にこめられてゐるが、これは男子の歌で、朴直な調子の中に、男性的な底力のある愛情が盛られてゐる。
〔語〕 ○妹がり行かな 妹のもとへ行かうよ。「な」は願望の助詞。「家聞かな」(一)參照。
 
2258 秋萩の枝もとををに置く露の消《け》かもしなまし戀ひつつあらずは
 
〔譯〕 秋萩の枝もたわたわとなる程に置いてゐる露が、やがては消えるやうに、いつそ消えてしまつたらよからうか、こんなに戀ひこがれてばかりゐないで。
〔評〕 上の「二二五四」の異傳と見てもよい程、酷似してゐる。只「枝もとををに」といふのは、たとへ露とはいへ、積極的に或る強さを意識させるところがあるので、「消かもしなまし」といふやうな心持とは稍乖離を感ずる。それだけ「二二五四」の歌に、一等を輸するものであらう。
 
2259 秋萩の上に白露置くごとに見つつぞしのふ君が光儀《すがた》を
 
〔譯〕 秋萩の上に白露が宿るごとに、それを見ながら自分は思ひ浮べるのである、そなたの美しい姿を。
〔評〕 白露の重みにもしなふ秋萩の風情に、美しい女のなよびかな姿が思ひ出されたのである。うつくしい想像である。第二句の句割れは平衡を破つたやうであるが、小波瀾を起して、却つて句法に變化を與へ、結果としては面白く(218)なつてゐる。
 
    風に寄す
2260 我妹子は衣《きぬ》にあらなむ秋風の寒きこのころ下《した》に著ましを
 
〔譯〕 自分のいとしいあの女は、着物であつてほしいものである。さうしたならば、秋風の寒く吹く此の頃は、下に着て肌身離さずにゐようものを。
〔評〕 秋風の寒く吹くにつけて、妻と離れてゐる物足りなさを、ひしひしと感じたのである。「秋風の寒き此の頃」がよくきいて、「下に著ましを」の結句を感覺的に生かしてゐる。
〔語〕 ○下に著ましを 下着にして肌につけてゐようものをの意。さう出來ない、のが殘念であるとの意を含んでゐるのは、假設をあらはす助動詞「まし」の作用である。
 
2261 泊瀬《はつせ》風かく吹く三更《よる》は何時《いつ》までか衣《ころも》片敷《かたし》き吾がひとり宿《ね》む
 
〔譯〕 泊瀬の里の風がこんなに寒く吹く夜は、いつまで着物の片袖を下に敷いて、自分は獨寢をすることか、わびしいことであるよ。
〔評〕 泊瀬の里に旅寢をしてゐる男が、獨寢のわびしさをかこつ心である。四五句はもはや成句化された、幾分類型的のものになつてゐるが、二句の切實味によつて全體的に救はれてゐる。
〔語〕 ○泊瀬風 泊瀬の里に吹く風の意。「明日香風」(五一)「佐保風」(九七九)の類。
 
雨に寄す
(219)2262 秋萩を散らす長雨《ながめ》の零《ぐ》る頃は一人起き居て戀ふる夜ぞ多き
 
〔譯〕 萩の花を散らす長雨が降り續く頃は、ただ一人起きてゐて、人を戀しく思ふ夜が多いことである。
〔評〕 何らの技巧の痕跡もなく、ありのままに詠みあげた自然な素直さの中の、季節の寂しみと戀の惱ましさとが、にじみ出てゐて、ひそひそとした愁緒を感じさせる。
 
2263 九月《ながつき》の時雨の雨の山霧のいぶせき吾が胸|誰《たれ》を見ば息《や》まむ【一に云ふ、十月《かむなづき》時雨の雨降り】
 
〔譯〕 晩秋九月の時雨が降り、立ちこめた山霧が欝陶しいやうに、いつも欝陶しい私の胸は、誰に逢つたらば、一體晴れるのでせう。あなたのお顔を見なければ、とても晴れは致しませぬ。
〔評〕 序の疊みかけた調子が、結句の強い趣にかなつて、一讀欝結した情熱がたぎり立つのを覺えさせる。また序の情趣も、心理の象徴として頗る効果的である。別傳の方も、九月と十月との相違のみで、意に大差はないが、聲調の上から見て、本文の方が優れてゐる。
〔語〕 ○九月の時雨の雨の山霧の 霧の立ちこめて欝陶しい意で、「いぶせき」にかけた譬喩的の序。○誰を見ばやまむ 誰に逢つたらば、癒えることか、即ち、君の姿を見る以外にこの思ひの晴れる方法は無いとの意。以上は女性の歌として説いたが、「誰を見ば」といふ句調によつて、男性の作ともとれる。
〔訓〕 ○いぶせき吾が胸 白文「煙寸吾※[匈/月]」、通行本等「吾」の下に「告」とあり、元暦校本等は「吉」となつてゐるが、兩者いづれも解し難い。今、略解の説に從ひ衍とした。考は「等」の誤としてゐる。
 
    蟋蟀に寄す
(220)2264 こほろぎの待ち歡《よろこ》ぶる秋の夜を寐《ぬ》るしるしなし枕と吾は
 
〔譯〕 蟋蟀は秋の來たのを待ちつけて、喜んで鳴いてゐるが、その樂しさうな秋の夜を、寢る甲斐もなく、つまらないことである、枕と共寢をする自分は。
〔評〕 時を得がほの蟋蟀の聲は、いかにも喜ばしさうであるのに、獨り枕を抱いて寢るわが姿が、甚だわびしくわが目に映じたのである。枕と吾はの結句が巧妙で、端的に生きてゐる。但この歌、歎きは歎きながら、非常に深刻とはいへず、「枕と吾は」の語に自嘲的の一味の明るいユーモアも感じられて面白いのである。男の歌であらう。
〔語〕 ○枕と吾は 坂上郎女の「枕と吾はいざ二人寢む」(六五二)は、愛娘に對する場合であるが、詞はよく似てゐる。
〔訓〕 ○待ち歡ぶる 白文「待歡。」舊訓マチヨロコベル。「よろこぶ」が古く上二段活用であつた所から、マチヨロコブルとする有坂博士の説による。
 
    蝦《かはづ》に寄す
2265 朝霞|香火屋《かひや》が下《した》に鳴くかはづ聲だに聞かば吾《われ》戀ひあやも
 
〔譯〕 香火屋の下で鳴く河鹿の聲ではないが、戀しい人の聲だけでもせめて聞いたらば、自分はどうしてこれほど戀ひ焦れよう。逢ふことは勿論、聲さへ聞くことが出來ないので、戀しさはつのるばかりである。
〔評〕 序に用ゐた材料が極めて奇拔である。形式は前の、「秋山のしたひが下に鳴く鳥の聲だに聞かばなにか嘆かむ」(二二三九)に似てゐる。男の歌である。
〔語〕 ○朝霞 枕詞であらう。朝霞のかをるといふ意で、下を略して「か」の一語にかけたと冠辭考にあるが、猶考(221)ふべきである。○鹿火屋 古來集中の難語として、諸説多く、未だ定説を見ない。その中主なものを擧げると、鹿猪を追ひ拂ふ爲に火を焚く爲の家(古來風體抄)、魚を捕る爲に河もしくは江などに簀を立て廻し、口を一方あけおき、鳥などの寄り來ぬやうに番人を置くので、その上に作つた家(奧義抄)、岸のはたの意で岸などの崩れた處をいふ(袖中抄引用和語抄説)、今信州で、かべ屋と稱して藁葺の片屋根で、蘿匍、蕪青などを貯へ置く小屋があり、これ即ち「かひや」の轉訛であらう(古風土記逸文考證引用説)等、又、淺く廣きを澤といひ、深く狹きをかひやといふ常陸風土記に基づく登蓮法師説(袖中抄所引)を敷衍して、「かひ」は峽、「や」は谷《ヤツ》の意とする萬葉難語難訓考の説もある。○鳴くかはづ 「かはづ」は河鹿のこと。初句以下これまで「聲」にかけた序詞。
 
    雁に寄す
2266 出でて去《い》なば天《あま》飛ぶ雁のなきぬべみ今日今日といふに年ぞ經にける
 
〔譯〕 自分が旅に出て行つたらば、大空を飛びゆく雁のやうに、妻が泣くであらうから、今日は今日はといつて、一日延ばしにしてゐるうちに、一年も經つてしまつたことである。
〔評〕 妻のあまりに物怨じするのがうるさきに、打捨てて出て行かうとする男が、さすがに馴れた愛にひかれて、思ひ立つ日とてもなく、むなしく年を經た、といふ意に解した代匠記の説は諾け難い。これは遠い旅に出ようとする人が、妻の心細さ、寂しさを思ふあまり、一日一日と荏苒日を過して、さて自ら驚いた趣である。
 
    鹿に寄す
2267 さを鹿の朝伏す小野の草若み隱ろひかねて人に知らゆな
 
〔譯〕 男鹿の朝寢てゐる野の草が、まだ若くて丈低い爲に、鹿の身體が隱れかねてゐるが、丁度そのやうに、私たち(222)の仲も、隱れ忍びかねて人にさとられさうであるが、氣をつけて感づかれないやうになさい。
〔評〕 序のよつて生かされた歌である。若草の中に伏す鹿は優雅にして清新であり、これが爲に印象鮮かな歌になつてゐる。
〔語〕 ○さを鹿の朝伏す小野の草若み 草の丈が低くて、鹿が隱れかねる意で、次の「隱ろひかねて」につづけた序詞。○人に知らゆな 二人の戀仲を他人にさとられるなの意。
 
2268 ささを鹿の小野の草伏《くさぶし》いちしろく吾が問はなくに人の知れらく
 
〔譯〕 男鹿が野邊の草の上に寢たその跡は、はつきりと目だつが、丁度そのやうに、目だつほど自分はそなたを音づれはしないのに、二人の仲を人は知つてしまつてゐる。
〔評〕 これも序の譬喩が巧妙である。但、上の歌とこれとは贈答唱和と見るべきであらう。さう見ることを誤とした全釋の説は却つて諾け難い。即ち、上のは女から男へ人目を警戒すべきことを注意してやつたもの。この歌はそれに對して、既に覺悟をきめた男の答である。
〔語〕 ○さ男鹿の小野の草伏 男鹿の寢た跡は草が伏してゐて、人目に明かに知られる意で、次の「いちしろく」につづけた序詞。○いちしろく 歴然と、目立つて。○わが問はなくに 代匠記は、自分は人に言はぬのにの意に解し、古義もそれに從つてゐるが、「言問ふ」は物云ふの意であつても、單に「問ふ」だけではさうは解し難い。妻どふの意とする略解の解が穩かである。○人の知れらく 人々が二人の關係を既に知つてゐることよの意。
 
    鶴《たづ》に寄す
2269 この夜らの曉《あかとき》降《くだ》ち鳴く鶴《たづ》の念《おもひ》は過ぎず戀こそまされ
 
(223)〔譯〕 今夜は既にふけて曉方になり、鶴が鳴いてゆくが、自分もあの鶴のやうに、心の思は晴れずに、戀心がまさるばかりである。
〔評〕 戀の惱みに一夜を明した曉方、鳴きゆく鶴を自分のやうに惱み明して鳴くものと聞いたのである。その聲の悲しく響くのを直ちにとつて序とし、自分の思を託したところに、哀婉の情切なるものがある。
〔語〕 ○曉くだち 夜がふけ曉となつての意。○鳴く鶴の 鳴く鶴の如くの意。初句以下ここまで譬喩的序詞で、四句を隔てて五句にかかる。○思ひは過ぎず 思は盡きず。心が晴れやらぬ意。
〔訓〕 ○この夜らの 白文「今夜乃」、紀州本コノヨヒノはわるくない。コヨヒノと四音に訓む説もあるが、今、舊訓に從ふ。
 
    草に寄す
2270 道の邊の尾花が下《もと》の思草今さらになど物か念《おも》はむ
 
〔譯〕 道ばたの尾花がもとにはえてゐる思草の「おもひ」といふやうに、今更何とて私が物思ひを致しませうぞ。安心してあなたを信頼して居ります。
〔評) 愛する人に全幅の信頼を寄せて、安心してゐる女の心は幸福である。歌の内容は安倍女郎の、「今更に何をか念はむうち靡き心は君によりにしものを」(五〇五)と同じであるが、これは、新奇な序を用ゐた點に變化がある。なほ、思草を詠んだのは、集中この一首のみである。
〔語〕 ○思草 女郎花・紫苑・龍膽等の異名とする説もあるが、根據に乏しい。玉勝間に引く田中道麿説には、野菰(ナンバンギセル)としてゐる。初句以下これまで「念はむ」の序。
 
(224)    花に寄す
2271 草深みこほろぎ多《さは》に鳴く屋前《には》の萩見に君は何時《いつ》か來まさむ
 
〔譯〕 草が深く茂つてゐるので、蟋蟀が澤山鳴いてゐる私の庭の萩の花を見に、あのお方は、いついらつしやるであらうか。
〔評〕 草深い秋の庭に立ち、耳にこほろぎの聲を聞き、目に萩の花を見つつ、ひたぶるに戀人を待つ女の心情、あはれである。字句は巧緻ではないが、質素でしかも優婉な風情を失はないところがよい。
〔訓〕 ○こほろぎさはに 白文「蟋多」、舊訓キリギザスイタク、類聚古集キリギリスオホク、その他「蟋」は諸本皆キリギリスと訓んでゐるが、蟋蟀はコホロギである。今、考の訓に從ふ。
 
2272 秋づけば水草《みくさ》の花のあえぬがに思ふと知らじ直《ただ》に逢はざれば
 
〔譯〕 秋になると、水草の花が落ちてなくなつてしまふが、丁度そのやうに、私は身もなくなる程に思ひ焦れてゐるけれども、あのお方は御存じないであらう。直接逢つてお語をしないのだから。
〔評〕 内容は特にいふ程のこともないが、序は類型的でないだけに、清新の感じがする。しかし「水草」が明確でないため、序詞としての價値も十分でない。ここは、秋になると花のほろほろとこぼれることが著しく目立つ或る特定な草の名を以てしなければ、序としては適正とはいひ難いところである。
〔語〕 ○水草の花の 「み」を代匠記は美稱と見てゐるが、古義は水中の草と解してゐる。以上二句は「あえぬがに」の序。○あえぬがに 熟してこぼれ落ちてしまふほどにの意。「あえぬがに花咲きにけり」(一五〇七)ともある。
〔訓〕 ○おもふと 白文「思跡」。オモヘドともよめる。
 
(225)2273 何すとか君を厭はむ秋萩のその初花の歡《うれ》しきものを
 
〔譯〕 何として私があなたを嫌ひませう。あなたにお目にかかれば、秋萩の初花を見るやうに、私は嬉しうございます。
〔評〕 「秋萩のその初花」が新鮮な感覺を唆る。從つて「うれしきものを」の結句も、素朴直截の中に鮮かに感情が生動してゐる。久しぶりで戀人に逢つた女が、戀人の輕い疑惑を打消さうとして躍起となつてゐるやうな趣が見える。
〔語〕 ○何すとか 何をしようとして。何の爲に。どうして。○その初花の、その初咲きの花の如くの意。
 
2274 展轉《こいまろ》び戀ひは死ぬともいちしろく色には出でじ朝貌《あさがほ》の花
 
〔譯〕 たとひ自分は、轉げまはつて身悶えしつつ戀死はしようとも、はつきりと顔色には顯すまい。朝貌の花の、はつきりと目立つやうな、あんなふうには。
〔評〕 譬喩として美しい朝貌の花を拉して來たのは、或は女性の作かと思はせる點もあるが、一二句など、やはり男の歌であらう。「岩が根のこごしき山を越えかねてねには泣くとも色に出でめやも」(三〇一)と似た心境である。譬喩としての「朝貌の花」を結句に据ゑたのは、ちよつと珍らしい句法である。
〔語〕 ○展轉び 「こい」はヤ行上二段の動詞「臥《こ》ゆ」の連用形。輾轉反側して苦悶する?をいふ。○朝貌の花 朝顔の花の著しく色に出るやうに、そんなやうにはの意。朝顔は今の桔梗か。「一五三八」參照。
 
2275 言に出でて云はばゆゆしみ朝貌の穗には咲き出《で》ぬ戀もするかも
 
〔譯〕 口に出して云ふと大變なことであるから、朝貌の花の上ぺに顯れて咲き出すやうに、そんなやうには表面に現(226)はさないで、心のうち深く秘めた戀を自分はしてをる。實に苦しいことである。
〔評〕 忍ぶ戀の歌としては、既に一種の型を成した格調であつて、「言に出でていはばゆゆしみ山川のたぎつ心をせきあへてあり」(二四三二)「石上布留のわさ田の穗には出でず心のうちに戀ふるこの頃」(一七六八)などの類である。
〔語〕 ○朝貌の 「穗には咲き出」までに懸けた序である。形は枕詞のやうであるが、用法は序詞と見ねばならぬ。○穗には咲き出ぬ 朝顔は表面に咲き出るが、そんなやうに表面には顯れないの意。穗は秀《ほ》の義で、上べに顯れた處をいふ。
 
2276 雁がねの初聲聞きて咲き出《で》たる屋前《には》の秋萩見に來《こ》わが背子
 
〔譯〕 雁の鳴く初音を聞いて咲き出した庭の萩の花を、早く見にいらつしやいませ、私のいとしいあなたよ。
〔評〕 雁の初聲が聞えて然る後、といふ意を、雁を擬人して「初聲聞きて」としたのは面白い技巧で、一首に生動の趣を與へてゐる。萩の花を見に入らつしやいは、無論私を訪ねて下さいの謎で、これも女性らしい婉曲な技巧――といふより、つつましい表現がよい。
〔語〕 雁がね ここは雁そのものをさしてゐる。
 
2277 さを鹿の入野《いりの》のすすき初尾花いつしか妹が手を枕かむ
 
〔譯〕 男鹿の分け入る入野の薄に初尾花が咲き出る頃となつた、――いつか早く、自分はいとしい女の手を枕にして寢ることが出來ようかなあ。
〔評〕 逢ひ難い戀に焦慮してゐる男の心で、主意は四五句だけの單純なものであるが、技巧的な序と相俟つて、格調(227)がいかにも流麗である。
〔語〕 ○入野 山城國乙訓郡大原村に入野神社がある。その附近と思はれる。「劔たち鞘ゆ入野」(一二七二)とあつたのも同處であらう。○初尾花 初句からここまでは序詞。但、かかり方に就いては諸説あり、代匠記は、初尾花のごとくやはらかな妹が手を、いつか枕にせむの意と解き、古義の一説には、尾花の秀《ほ》にあらはれて、いつしか妹と夫婦となりて相宿せむといふ意を含めたものかというてをる。
〔訓〕 ○いつしか妹が手を枕かむ 白文「何時加妹之手將枕」で「加」を「如」とある本もあるが、多本による。「手將枕」は元暦校本等に從ふ。代匠記精撰本の一訓にはイヅレノトキカイモガテマカンとある。「枕かむ」は「四三九」「八一〇」「四一六三」に用例がある。
 
2278 戀《こ》ふる日のけ長くしあれば吾《わが》苑圃《その》の韓藍《からあゐ》の花の色に出でにけり
 
〔譯〕 戀ひ焦れてゐる日數が、あまりに長いので、私は遂に堪へかねて、わが園なる鷄冠《けいとう》の花のやうに、はつきりと顔色にあらはして、人に覺られてしまつたことである。
〔評〕 忍ぶ戀の苦しさに、遂に負けてしまつた人の、しみじみとした述懷である。男女いづれの歌とも考へられるが、調子からいうて、女の作と見るのが自然であらう。二句四句も字あまりであるが、結句の字餘りは一首を安定させる爲に頗る效果的である。
〔語〕 ○韓藍の花の 結句にかけた序。「韓藍」は鷄頭花のこと、「三八四」參照。
〔訓〕 ○け長くしあれば 白文「氣長有者」。「九四〇」はケナガク、「三六六八」はケナガクシアレバとある。
 
2279 吾が郷《さと》に今咲く花のをみなへし堪《あ》へぬ情《こころ》になほ戀ひにけり
(228)〔譯〕自分の里に、今新たに咲き出した花の女郎花を、あまりに美しいので、自分はたまらない心もちで、やつぱり戀しがつてゐることである。
〔評〕 年頃になつて急に美しさを増した里の娘子を、女郎花に譬へた歌である。特異なところはないが、平明な調の中に、素朴で自然な心情が流れてゐる。
〔語〕 ○今咲く花の女郎花 新たに咲き出した花で、それは女郎花といふ花の意。年頃になつた美しい女を譬へたもの。○あへぬこころに 堪へ得ないおもひに。
 
2280 萩が花咲けるを見れば君に逢はずまことも久になりにけるかも
 
〔譯〕 萩の花が既に咲いてゐるのを見ると、戀しいお方に逢はずに、本當にもう久しくなつたことであるよ。
〔評〕 庭に咲き出た萩の花を眺め、はじめて時の經過を強く意識するといふ趣が、ありのままに素直な語調で、自然に歌はれてゐる。久しく逢はぬ人に對する思慕の心もちが、女らしい優雅な氣品を保ちながら表現されてゐる。
〔語〕 ○まことも久に ほんたうにまあ久しくの意。
 
2281 朝露に咲きすさびたる鴨頭草《つきくさ》の日|斜《くだ》つなべに消《け》ぬべく念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 朝露に濡れて咲き誇つてゐるつき草が、夕方になるにつれて凋んでしまふが、丁度そのやうに、私も日が傾くと共に、人戀しさに命も消えてしまひさうな心もちがする。
〔評〕 「いつはしも戀ひぬ時とはあらねども夕かたまけて戀はすべなし」(二三七三)とあるやうに、まことに戀する人の心は、夕方になるにつれて、寂しさ遣る瀬なさに苛まれて、命も消えさうに思はれるのである。序がこの心もちにぴつたりはまつて、しかも清新であり、調子も全體にしつかり張つてゐる。
 
(229)〔語〕 ○咲きすさびたる 盛に咲き誇つてゐる。「すさぶ」はその?態のいよいよ進む意。○日くだつなべに 日が傾いて夕方になると共に。
(229)〔語〕 ○咲きすさびたる 盛に咲き誇つてゐる 「すさぶ」はその?態のいよいよ進む意。○日くだつなべに 日が傾いて夕方になると共に。
〔訓〕 ○日くだつなべに 白文「日斜共」、舊訓ヒタクルトモニは不可。代匠記精撰本にはヒノクダツムタとある。今は略解の訓による。
 
2282 長き夜を君に戀ひつつ生《い》けらずは咲きて散りにし花ならましを
 
〔譯〕 長い夜どほし、つれないお方に戀ひ焦れつつ生きてゐないで、いつそのこと、私は咲いて散つてしまつたあの花であればよかつたのになあ。
〔評〕 煩悶懊惱に堪へかねた結果は、いつそ人間でなければよいと思ふのは、古今渝らぬ人情で、この歌もそれであり、弓削皇子の、「吾妹子に戀ひつつあらずは秋萩の咲きで散りぬる花ならましを」(一二〇)とよく似てゐる。この歌の「花」が何の花とも明かでないのに、秋の部に入れたのは、「長き夜」が秋を語つてゐる爲であり、從つて花はやはり萩をいつたのであらう。
 
2283 吾妹子に相坂《あふさか》山のはたすすき穗には咲き出でず戀ひわたるかも
 
〔譯〕 妻にあふといふ名の逢坂山にはえてゐる旗薄は、穗に咲き出てゐるが、その穗のやうに、上べには顯さずに、心の中で戀ひ續けてゐることであるよ。
〔評〕 序の取材が異なるのみで、内容も表現も、「二二七五」や「二三一一」と同種である。この歌では序中に更に枕詞を含み、技巧が甚だ複雜になつてゐる。
〔語〕 ○吾妹子に 妹に逢ふ意で「あふ坂山」につづけた枕詞。○はたすすき 旗のやうに白く靡いて見える薄。初(230)句以下これまで「穗には咲き出で」にかけた序詞、「ず」までは掛からない。
 
2284 いささめに今も見が欲《ほ》し秋萩のしなひにあらむ妹がすがたを
 
〔譯〕 ちよつとでもいいから、今ここで見たいものであるよ。秋萩のやうに、しなやかに美しいことであらうあのいとしいひとの姿を。
〔評〕 三四句は、如何にも楚々たる佳人の婉容を思はせ、優麗、繪のやうてある。萩の枝に附けて女のもとへ贈つたと見る説もあるが、とにかく萩の花を眺めながらの獨語ではなく、必ず女に示した歌であらうことは想像に難くない。
〔語〕 ○いささめに かりそめに、ちよつと。○しなひにあらむ、起居動作がしなやかにあるであらうの意。
 
2285 款萩の花野のすすき穗には出でず吾が戀ひわたる隱嬬《こもりづま》はも
 
〔譯〕 萩の花の咲いてゐる野邊の薄は穗に出てゐるが、そのやうに上べには顯さずに、自分が心ひそかに戀ひ暮してゐるあの内證の妻はまあ。
〔評〕 秋萩の花はこもり妻の艶冶な容姿を暗示してゐるやうで、美しいには美しいが、しかも序中にあつては、飽くまで薄が主で、萩は副でなければならない。然るにこの儘の敍法では、副の印象があまり明瞭過ぎて對立的となり、危く中心分裂になりさうである。上乘の表現とはいひ難いであらう。
〔語〕 ○秋萩の花野のすすき 秋萩の花咲く野邊の一隅に生えた薄。以上「穗には出で」にかけた序。
 
2286 吾が屋戸《やど》に咲きし秋萩散り過ぎて實《み》になるまでに君に逢はぬかも
 
〔譯〕 私の家に咲いた萩の花が散り過ぎてしまつて、實になるまでもの長い間、戀しいお方にお目にかからないこと(231)である。
〔評〕 「住吉《すみのえ》の岸を田に墾り蒔きし稻のしか刈るまでに逢はぬ君かも」(二二四四)などと同工異曲である。萩の花を詠んだ歌は集中に非常に多いが、實を詠じたのは珍しく、この外に、卷七に一首「一三六五」があるのみである。
〔語〕 ○君に逢はぬかも 戀しいあなたに逢はないことである、といふのは實は婉曲な表現で、換言すれば、戀しい人は來てくれない、どうしたのだらうとの意。
 
2287 吾が屋前《には》の萩咲きにけり散らぬ間《ま》に早來て見べし平城《なら》の里人
 
〔譯〕 自分の庭の萩の花が咲いた。此の花の散らないうちに、早く來て見るとよい。奈良の里に住む戀人よ。
〔評〕 率直平明の作で、何の曲もないやうであるが、その中に素朴質實な情感が溢れてゐる。「早來て見べし」の男らしいいひかた、また「奈良の里人」などいふ、さりげない表現も凡手ではない。
〔語〕 ○早來て見べし 早く來て見るがよいの意。上一段の動詞は、連用形に助動詞「らむ」「べし」、又は助詞「とも」を伴ふのが古格である。「往き來と見らむ紀人ともしも」(五五)「萬代に見とも飽かめや」(九二一)など、その例が多い。
 
2288 石走《いはばし》り間間《まま》に生《お》ひたる貌花《かはばな》の花にしありけり在りつつ見れば
 
〔譯〕 石に激して流れる河の處々に生えてゐる貌花のやうに、女の姿はうはべの花やかさのみで、あだなものであつたわい、かうして永く見てゐると。
〔評〕 相馴れ見つつ、つくづく幻滅を感じた男の歌である。源氏物語帚木の卷の、木枯の女などが聯想されて面白いが、とにかく歌としては珍しい内容である。
(232)〔語〕 ○貌花 晝顔《ひるがほ》のこと。一二三句は序。○花にしありけり 浮華輕佻で眞實味が乏しいとの意。
〔訓〕 ○いはばしり 白文「石走」。イハバシルともよむ。イハバシノとよんで、川中の踏石と解く説もある。
 
2289 藤原の古《ふ》りにし郷《さと》の秋萩は咲きて散りにき君待ちかねて
 
〔譯〕 藤原の舊都の秋萩は、美しく咲いてもはや散つてしまひました。あなたのお出を待ちきれないで。
〔評〕 藤原の故京に住む女が、男の久しく音づれて來ないのを怨んで、詠み送つた歌と思はれる。萩の花に託して、さりげなくあつさりと述べてはゐるが、底に無量の思を含めてゐることが看取される。美しいつつましやかな怨言である。
〔語〕 ○藤原 香久山の麓、持統天皇の皇居の地で、今の磯城郡鴨公村の内。○古りにし郷 舊都。
 
2290 秋萩を散り過ぎぬべみ手《た》折り持ち見れども不樂《さぶ》し君にしあらねば
 
〔譯〕 秋萩の花を、散り過ぎてしまふのが惜しいので折り取つて手に持つて見るけれども、やはり何だか物たりないことである。この花はいとしいお方ではないのだから。
〔評〕 萩にたとへなのであるから、「君にしあらねば」は女を指したやうで、一見これは男の作かとも思はれるが、さうではない。この可憐な動作から推して、女の歌としなければならぬ。すると萩に比せられた男の優雅な容姿も、ほのかに想像される。暫く逢瀬の絶えた戀人に對する思慕の情が滲み出てゐて、哀艶の佳調を成してゐる。
〔語〕 ○散り過ぎぬべみ 散り過ぎてしまひさうに思はれて、惜しくて。○見れどもさぶし いくら眺めても心が樂しまず、物足りないの意。
 
(233)2291 朝《あした》咲き夕《ゆふべ》は消《け》ぬる鴨頭草《つきくさ》の消《け》ぬべき戀も吾はするかも
 
〔譯〕 朝咲いて夕方は凋んでしまふ鴨頭草の花のやうに、身も心も消えてしまひさうな苦しい戀をも自分はすることである。
〔評〕 四五句、特に萬葉的色調の濃い簡勁な調子であるが、上の優婉な序詞によつて、いかにも温雅な風情になつてゐる。
〔語〕 ○鴨頭草の 初句からこれまでは序。鴨頭草は露草のこと。○消ぬべき戀 苦しさの爲に命も絶えさうなはげしい戀の意。
 
2292 秋津野《あきつの》の尾花苅り副へ秋萩の花を葺《ふ》かさね君が假廬《かりいほ》に
 
〔譯〕 秋津野の尾花を苅り添へて、美しい萩の花を屋根にお葺きなさいませ。あなたがあの邊へ旅寐ををさる折の假小屋には、さうして旅情をお慰めなさいませ。
〔評〕 吉野地方へ旅立たうとする人に贈つた歌と思はれる。「秋の野のみ草苅りふき宿れりし宇治の都の假廬しおもほゆ」(七)も聯想され、自然の中に融け入つてゐた上代人の生活がゆかしく感じられる。
〔語〕 ○秋津野 吉野川のほとり、宮瀧附近にある野。「三六」參照。○花を葺かさね 花を屋根にお葺きなさいませ。
〔訓〕 ○假いほに 白文「借廬」。カリイホでもよいが、ニを訓み添へた。
 
2293 咲《さ》けりとも知らずしあらば黙然《もだ》もあらむこの秋萩を見せつつもとな
 
〔譯〕 咲いてゐるといふことをも知らずにゐたらば、私はそのまま何の思もなくて居りませうのに、あなたは、この(234)秋萩をお見せになつて、よしなくも私に戀しい思をおさせなさいますことよ。
〔評〕 男から萩の枝を贈られたのに對して、女の詠んだものとおもはれる。どうせ逢へないくらゐならば、なまじひに思ひ出させてくれない方がいいとは、痴情の世界に於いて古今かはらぬ人情である。穩かな語句の中に、哀韻の切なるものがある。
〔語〕 ○もだもあらむ その儘だまつて何事もなく過すことも出來よう。○見せつつもとな なまじひに見せてよしない物思をさせるとの意。「もとな」は、みだりに、徒らに、よしなくなどの意。
 
    山に寄す
2294 秋されば雁飛び越ゆる龍田《たつた》山立ちても居ても君をしぞ念《おも》ふ
 
〔譯〕 秋になると雁の飛び越えてゆくあの龍田山の名の「たつ」といふ詞のやうに、立つても居ても、絶えず私は、あなたを思ひつづけて居りますよ。
〔評〕 内容も枝巧も類型的である。一二三句は、前に「夕されば雁が越えゆく立田山」(二二一四)とあり、四五句もこれと同一、もしくは類似のものが「五六八」「二四五三」「三〇八九」などに見える。
 
    黄葉に寄す
2295 我が屋戸《やど》の田葛葉《くずは》日にけに色づきぬ來まさぬ君は何情《なにごころ》ぞも
 
〔譯〕 私の家の葛の葉が、日増しに色づいて來ました。こんなに日數がたつまでも、お出でにならないあなたは、まあ、どういふお氣持なのでせうか。
〔評〕 眼前に移りゆく時の經過に驚いて、そのまま直截に詠みあげた趣である。何の技巧も弄しないところに、強い(235)感動が籠つてゐる。
〔語〕 ○日にけに 日増しに。
〔訓〕 ○來まさぬ君は 白文「不來座君者」の「來」は通行本には無い。今、元暦校本等によつて補ふ。
 
2296 あしひきの山さな葛《かづら》もみつまで妹に逢はずや吾が戀ひ居《を》らむ
 
〔譯〕 山のさなかづらが黄葉するまでも、いとしいあの女に逢はずに、自分は、かうして戀ひ續けてゐることであらうか。
〔評〕 さねかづらは常緑植物であるが、秋深くなると幾分黄ばむので、それを「もみつ」といつたのである。山里にゐて常にさね葛を見てゐる人が、時の推移に驚き、思ふ女に逢瀬の稀なのを嗟歎したのである。素朴質實な點がよい。
〔語〕 ○山さなかづら 山のさなかづら。「さなかづら」は「さねかづら」のこと。美男かづらともいふ。「九四」參照。○もみつまで 紅葉するまで。「もみつ」はここは四段活用の動詞の連體形と見るべきである。○妹に逢はずや 「や」は疑問の助詞で、結句に呼應する。
 
2297 もみち葉の過ぎかてぬ兒を人妻と見つつやあらむ戀しきものを
 
〔譯〕 もみぢ葉のやうに美くしくて、見過しては置けないあの女を、今では人妻として、自分は眺めてゐることであらうか。これほど戀しいのになあ。
〔評〕 内容は單純であるが、いかにも流麗な、すつきりとした歌である。完全な五七の調子が一首を引緊めて居り、枕詞の使用も巧妙である。
〔語〕 ○もみち葉の 紅葉が散り過ぎる意から「過ぎ」にかけた枕詞。○過ぎかてぬ兒を そのまま見過すことので(236)きぬ美しい女を。
 
    月に寄す
2298 君に戀ひしなえうらぶれ吾が居《を》れば秋風吹きて月|斜《かたぶ》きぬ
 
〔譯〕 あのお方に戀ひ焦れつつ、身も心も萎れきつて私がゐると、秋風がさびしく吹いて、月も西に傾いてしまつたことである。
〔評〕 何の技巧も粉飾もなく、情を抒べること最も自然率直、景を描くこと甚だ端的簡淨、その情と景とがぴつたり融合して、いふべからざる妙趣を發揮してゐる。蓋し集中にあつても醇粹なものの一である。
〔語〕 ○しなえうらぶれ 草木の萎えたやうになつてゐる樣。「うらぶれ」は心悲しく思ふの意。
 
2299 秋の夜の月かも君は雲|隱《がく》りしましも見ねば幾許《ここだ》戀《こほ》しき
 
〔譯〕 秋の夜のお月樣であらうかまあ、私のいとしいお方は。雲に隱れて、少しでも月が見えないと戀しいやうに、暫くでもお姿を見ないと、大變に戀しいことである。
〔評〕 流麗輕快な調で、構想に稚態のあるところ、民謠的な匂が濃く漂つてゐる。第三句の倒装法なども、齒切れがよくて、なかなか老手である。
〔語〕 ○月かも君は 倒装法で、君は月かもの意。○雲隱り 月の雲に隱れて見えぬ意を、男の少しも姿を見せぬのに懸けていふ。
 
2300 九月《ながつき》のありあけの月夜《つくよ》ありつつも君が來まさば吾《われ》戀ひめやも
 
(237)〔譯〕 晩秋九月の有明の月夜ではないが、在りながらへて、いつもかうして始終あなたがお出で下さるならば、私は何のこんなに戀ひ焦れませう。
〔評〕 有明の月夜は、「あり」の音を繰り返す爲の序であるが、秋の長夜を待ち明す氣分も漂つてゐるやうに思はれる。流麗な調子に綿々の情緒が纒はりついてゐる。
〔語〕 ○九月のありあけの月夜 同音を繰返して「あり」につづけた序詞。○ありつつも かうして現在の?態がいつまでも續いて。○吾戀ひめやも 私が何のこれ程までに戀しがりませう。「や」は反語、「も」は詠歎の助詞。
 
    夜に寄す
2301 よしゑやし戀ひじとすれど秋風の寒く吹く夜は君をしぞ念《も》ふ
 
〔譯〕 もういい、戀しがつたりなどしまい、と、さうは思ふけれども、秋風の寒く吹く晩は、やはり、あなたを戀しく思ふことであります。
〔評〕 片戀の切なさか、逢ひ難い仲のため息か、肌寒く吹く秋の夜風に、あきらめがたい思慕の情が頻りに動く。情は哀切にして、表現は質實、放膽にいひ捨てた初句が、特に効果的である。
〔語〕 ○よしゑやし もうよい、どうともなれの意。「ゑ」「や」「し」は詠歎の助詞。「一三一」參照。
〔訓〕 ○よしゑやし 白文「忍咲八師」の「忍」は、紀州本「思」につくる。ヨにあてた字が落ちたのか。全釋は、オシをヨシと通はせ訓ませたのかとし、略解は「吉」の誤としてゐる。
 
2302 よそ人しあな情《こころ》なと念《おも》ふらむ秋の長夜を寐ね臥してのみ
 
〔譯〕 よその人は、私をまあ無風流なと思つてゐるであらう。長い秋の夜を寢てばかりゐるので。
(238)〔評〕 うち臥してのみゐるのは、戀の惱みに悶々としてゐるのである。しかし事情を知らぬ他人は、秋夜の清興を樂しむことをも知らぬ者と思つてゐるであらう、との意中はまことにあはれである。
〔語〕 ○よそ人 外の他人。○あな情なと まあ風雅の心のない人よと。「あな」は感嘆詞。○寐ね臥してのみ 戀の苦惱ゆゑに寢ね臥してのみゐるからとの意。
〔訓〕 ○よそ人 白文「或者」は元暦校本による。流布本には「惑者」とある。「或」と「惑」は通じるから、いづれにしてもワビビトと訓むといふ説がある。略解所引宣長説には、卷十八に「惑はせる」の意を「左度波世流」(四一〇六)とあるから、サトビト、里人と解してゐるが、それではサドビトではなからうか。ヨソビトといふ集中の用例はないが、ヨソの語は多數あるから、義訓としての假案をたてて姑くかく訓んでおく。○寐ね臥してのみ 白文「寢臥耳」。元暦校本等による。「耳」を通行本「師」に作るは誤。
 
2303 秋の夜を長しと言へど積《つも》りにし戀を盡《つく》せば短くありけり
 
〔譯〕 秋の夜を長いと人はいふけれども、積り積つた戀心を晴らさうとしてゐると、まことに短いことであつた。
〔評〕 積る話もまだ盡きないのに、早くも夜が明けたといふ歎は、戀する人の常套語ではあるが、やはり眞實の聲である。この歌、質素無技巧の詞句が却つてかうした常情を寫すに適してゐる。古今集の、「秋の夜も名のみなりけり逢ふといへばことぞともなく明けぬるものを」は同工異曲で、やはり表現手法の上に時代の差が見られる。
 
    衣に寄す
2304 蜻蛉羽《あきつば》ににほへるころも吾は著《き》じ君に奉《まつ》らば夜《よる》も著るがね
 
〔譯〕 蜻蛉の羽根のやうに色の美しいこの着物、これは私は着ますまい。これを差し上げたならば、夜もお召しに(239)なつていただけるやうに。
〔評〕 婦人にとつて第一の魅力である美しい衣を、しかも自分は着ないで、愛する人の夜の召料に似合はしいと見立てたところ、如何にも女らしい情趣の溢れた、やさしく艶麓な歌である。格調の古雅なところも、一首に品位を與へてゐる。
〔語〕 ○蜻蛉羽に 蜻蛉の羽のやうにの意。「蜻蛉羽の袖振る妹」(三七六)ともある。秋の相聞の部にあるから、秋つ葉即ち紅葉のごとく紅い衣と解すべしといふ代匠記の説は考へすぎであらう。他に紅葉を秋つ葉といつた例がない。この部立《ぶだて》はさほど嚴重なものでなく、蜻蛉は秋の蟲だからとして解決できる。○夜も着るがね 夜も着る料に。夜も着ていただけるやうに。
(訓〕 ○君に奉らば 白文「於吾奉者」、舊訓キミニマタセバ。仙覺抄キミニマタサバ。今、元暦校本の赭の訓、及び類聚古集による。この訓は、西本願寺本にも貼紙に古點とtて載つて居り、穩かである。
 
    問答
2305 旅にすら紐解くものを事しげみ丸寢《まろね》吾《われ》はす長きこの夜を
 
〔譯〕 旅に出てさへ、着物の紐を解いてゆつくり寢ることもあるのに、いろいろ支障が多くて、御身のもとへも行けず、獨りわびしく丸寢をしてゐますよ、この長い秋の夜を。
〔評〕 秋の長夜の獨寢の憂さを訴へて語調極めて切實である。「旅にすら紐解くものを」といふ具體的比較が、實感を出す上に一層効果を奏してゐる。
〔語〕 ○事しげみ いろいろの事、即ち支障が多いので。「こと」は或はこの下、「二三〇七」の結句のやうに、人言の意にも解せられる。○丸寢吾はす 倒置法で、吾は丸寢すの義。通うて行くこと能はぬ歎を言外に含めてゐる。
(240)〔訓〕○丸寢吾はす 白文「丸宿吾爲」。マロネゾワガスル、ともよめる。
 
2306 時雨ふる曉月夜《あかときづくよ》紐解かず戀ふらむ君と居らましものを
 
〔譯〕 時雨のそぼ降り夜明け方の月夜に、着物の紐も解かずにおやすみになつて、私を思つて下さるといふあなたと、御一緒にゐたうございますのに。
〔評〕 これは女の答である。初二句は、相手に對する同情であると共に、また自身の心もちをも語つて、寂しい情景が身に沁み徹る趣があり、頗る清新である。
〔語〕 ○時雨ふる曉月夜 こまかい時雨が降るともなく降つてゐて、月光が薄々と冷たく流れてゐる曉で、初冬によく見るところである。
 
2307 もみち葉に置く白露の色葉《にほひ》にも出でじと念《おも》へばことの繁けく
 
〔譯〕 黄葉の上に貫く白露が染つて見えるが、私は君を慕つてゐるとは色にも出すまいと思つてゐると、いつしか人に知られて、噂が繁く立つやうになつたことである。
〔評〕 忍ぶ戀が現はれたのを歎く歌は集中にも無數にあつて、これもその一である。構想の上に何の奇趣もないが、序は清新にして一種の氣品がある。
〔語〕 ○もみち葉に置く白露の 黄葉の上の白露が色づいて見えるのにより、第三句にかけた序詞。○色葉にも出でじと 顔色にも出すまいと。○ことの繁けく 人言の繁きことであるよ。
〔訓〕 ○にほひにも 白文「色葉二毛」、舊訓イロハニモ。今、考の訓による。略解所引宣長説には「色二葉毛」の誤としてイロニハモとしてゐる。
 
(241)2308 雨ふれば激《たぎ》つ山川|石《いは》に觸《ふ》れ君が摧《くだ》かむ情《こころ》は持たじ
右の一首は、秋の歌に類せず、しかも和なるを以ちて之を載す。
 
〔譯〕 雨が降ると、泡立ち流れる山川の水が、石に觸れて碎けるが、あなたが心を碎いて御心配なさるやうな、そんな心は私は持ちはしますまい。
〔評〕 これも一二三句は序で、内容は別に新奇なものでなく、東歌の中にも、「鎌倉のみこしの崎の岩崩えの君が悔ゆべき心は持たじ」(三三六五)の類想がある。但、序は雄勁にして頗る力がある。
〔語〕 ○君がくだかむ あなたが心をくだいて、御案じになるやうな。○こころは持たじ そんな薄情な心は、此の後とも決して持ちはしますまいの意。
〔訓〕 ○くだかむ 白文「摧」、代匠記精撰本に、クダケムとしてをる。それによれば、君が、心碎けて悲しまれるやうなの意となるも、從ひがたい。舊訓による。
〔左註〕 右の一首云々 この歌は秋の歌らしくないけれども、上の歌の答歌であるからここに載せるとの意。
 
    譬喩歌
2309 祝部等《はふりら》が齋《いは》ふ社のもみち葉も標繩《しめなは》越えて散るといふものを
 
〔譯〕 神官達の大事にお祀りしてゐる神社の神木の黄葉でも、標繩を越えて外の方に散るといふのに、親達が大事にまもり育ててゐる娘のそなたでも、その監視をくぐつて逢へないといふことが何であらう。自分は御身に逢はずには置くまい。
〔評〕 親などに嚴しく守られてゐる女が、ままならぬ事情を訴へて來たのに對して、男のやつた歌であらう。譬喩は(242)巧妙適切、表現も質實である。
〔語〕 ○祝部 神に奉仕する人。神職。○標繩 不淨を忌み、人を近づけない爲に神域に張り渡す繩。
 
    旋頭歌
2310 蟋蟀《こほろぎ》の吾が床《とこ》の邊《へ》に鳴きつつもとな起《お》き居つつ君に戀ふるに寐《い》ねかてなくに
 
〔譯〕 蟋蟀が私の床のあたりに近く鳴きながら、よしなく物を思はせることである。私は獨り起きてゐて、あのお方に思ひ焦れてゐるので、安眠も出來ないのに。
〔評〕 床のほとりに蟋蟀が鳴くといふので、野趣ある住居の樣子が想像される。源氏物語夕顔の卷に、「蟲の聲々みだりがはしく、壁の中のきりぎりすだに間遠に聞きならひ給へる御耳に、さしあてたるやうに鳴き亂るるを」云々とあるに似た趣である。蟲聲に眠を成さずして獨り輾轉反側する人の吐息も聞えるやうである。
〔語〕 ○鳴きつつもとな よしなくも鳴くことよの意で、「もとな鳴きつつ」に同じ。
 
2311 はた薄《すすき》穗には咲き出《で》ぬ戀を吾《われ》はす玉かぎるただ一目《ひとめ》のみ見し人ゆゑに
 
〔譯〕 薄は穗に出てあらはれるが、そのやうに外にあらはれないひそかな戀を自分はしてゐることである。それは、ちらりと只一目見ただけの人のために。
〔評〕 一目見た人の姿が忘れ難いといふことは實際にあらうし、素朴誠實であつた古人には、殊にさうした純な戀に惱むといふことも多かつたであらう。しかしこの歌は、整つてはゐるが、觀念的、形式的で、熱も力も感じられない。
恐らく感情を弄んだ誇張の作であらう。
〔語〕 ○はた薄 旗の如く靡く薄の意で、「穗に咲く」にかけた枕詞。「四五」參照。○玉かぎる 枕詞。「玉かぎる(243)岩垣淵の」(二〇七)參照。ここは、玉のかすかに輝くの意で「ただ一目のみ」にかけたと思はれる。
〔訓〕 ○吾はす 白文「吾爲」。ワガスルとも訓める。
 
  冬雜歌《ふゆのざふか》
 
2312 我が袖に霰たばしる卷《ま》き隱し消《け》たずてあらむ妹が見むため
 
〔譯〕 自分の着物の袖に、霰が飛び散つて來る。それを袖で纒ひ隱して、消さずにおかう。いとしい妻が見るやうに。
〔評〕 袖にたばしる霰を愛でて、妻に見せるまで大事にして消さないで置かうといふのは、明朗素朴にして、童心に近い上代人の心もちが、ほほゑましい。
〔語〕 ○卷き隱し 袖を卷き、その中に包み隱して。
 
2313 あしひきの山かも高さ卷向《まきむく》の岸の子松にみ雪降り來《く》る
 
〔譯〕 山が高いからなのであらうか、卷向川の岸に生えてをる小松に、雪がちらちらと降つて來るのは。
〔評〕 卷向山の頂を越えて、山麓の小松原に雪が降つて來るのである。ありのままの實景をとらへた歌、雪の降る原因を山の高いのに歸したところは、やや唐突の感もあるが、言外に寒さをにほはせたものと解してよからう。
〔語〕 ○卷向の岸 卷向川の岸と思はれる。卷向川は「卷向の痛足《あなし》の川」(一一〇〇)のことであらう。「卷向の川音(244)高しも」(一一〇一)ともある。
〔訓〕 ○降り來る 白文「落來」、舊訓その他多くフリケリとあるが、一首の趣から見て、元暦校本の訓に從ふ、
 
2314 卷向《まきむく》の檜原《ひはら》もいまだ雲|居《ゐ》ねば子松が末《うれ》ゆ沫彗《あわゆき》流る
 
〔譯〕 卷向の檜原の山にまだ雲がかかりもしないのに、ここでは小松の梢にちらちらと沫雪が降つてゐることである。
〔評〕 卷向の檜原は、この邊で天候觀測の目標であり、雨や雪の場合には先づそこに雲が懸るといふのが普通なのであらう。然るに今、一片の雪雲も見えないのに、麓の里では何處からともなく、小松の梢に沫雪が流れ落ちて來る或日の特異な自然現象に對する作者の輕い驚異が、新鮮率直に表出され、實景がさながら眼前に見るやうである。新古今集には、大伴家持の作として、「卷向の檜原も未だくもらねば小松が原にあわ雪ぞ降る」と改めて出してあるが、さうなると萬葉的なにほひはすつかり無くなつてしまふ。
〔語〕 ○卷向の檜原 卷向山の南、三輪山に連る。「卷向の檜原の山を」(一〇九二)參照。○雲居ねば 雪雲がかかつてゐないのに。かからないでゐるうちに。この「ねば」の用法は、「五七九」その他集中に例が多い。○小松が末ゆ沫雪流る 小松の枝先に觸れつつ、沫雪が斜に降る意。「ゆ」は移動通過の場所を示す。
 
2315 あしひきの山道も知らず白橿《しらかし》の枝もとををに雪の降れれば【或は云ふ、枝もたわたわ】
     右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。但、件の一首は、或本に云ふ、三方沙彌の作なりと。
 
〔譯〕 山道もすつかりわからなくなつてしまつた。白橿の枝もたわたわにしわつて、雪が降り積つてゐるので。
〔評〕 雪の山道の凄寥な光景が、鮮かに寫し取られてゐる。極めて單純な境地を描くに、簡素な表現を以てし、しかも直截で鋭い味があり、技法すぐれた藝術寫眞を見るやうな心地がする。
(245)〔語〕 ○白橿 樫の一種。葉の裏が灰白色である。○枝もとををに 枝もたわむほど。下の註によると、或本には、この句「枝もたわたわ」となつてゐるといふ。但、元暦校本にはこの註が見えない。
〔訓〕 ○しらかしの 白文「白杜杙」。宣長は「〓〓」即ちかし(船を繋ぐ杙)を「橿」の音に借りたものとしてゐる。
〔左註〕 右は云々 右の歌は柿本人麿歌集に出てゐるといふのであるが、「右」とは「二三一二」以下の四首を指すのであらう。しかして最後の一首は或本には三方沙彌の作となつてゐるといふのである。三方沙彌は「一二三」參照。「件」の字諸本に無いが、元暦校本等によつて補ふ。
 
    雪を詠める
2316 奈良山の峯なほ霧《き》らふうべしこそ間垣《まがき》が下《もと》の雪は消《け》ずけれ
 
〔譯〕 奈良山の峯は、まだ雪氣に曇つてゐる。道理でまあ、私の庭では、垣根の雪が消えずにゐるのであつた。
〔評〕 奈良の都の人が、雪もよひの奈良山のあたりを仰ぎつつ、わが庭におり立つて詠んだもの。眼前の即詠であるが、初二句の寫生が確實でよい。
〔語〕 ○霧らふ 霧、霞、靄などで曇ることをいふが、ここは雪もよひに曇つてゐる意。○うべしこそ 道理で。「し」は強意の助詞。
 
2317 こと降らば袖さへぬれてとほるべく降りなむ雪の空に消《け》につつ
 
〔譯〕 どうせ降るぐらゐならば、袖までもぬれとほるほど降ればいいと思ふ雪が、空の途中で消え消えして、あつけないことである。
〔評〕 雪がまだ珍しい初冬の朝などであらう。冬に入つて既に   ?々降雪を見た後の作とは考へられない。寒さなどは(246)忘れて打興じてゐる童心的の情緒が、素直に明朗に描き出されてゐる。
〔語〕 ○こと降らば 同じく降るならば。「ことさけば」(一四〇二)參照。○降りなむ雪 降るでもあらう雪。「降らなむ」とはちがふが、期待の心持のあるものと解すべきである。
 
2318 夜を寒み朝戸を開き出で見れば庭もはだらにみ雪降りたり【一に云ふ、庭もほどろに雪ぞふりたる】
 
〔譯〕 夜が寒かつたので、朝になつて戸をあけて出て見ると、庭がまだら模樣になるやうに薄く雪が降り積つてゐる。
〔評〕 簡素な表現で、風趣は清新、肌に朝の冷氣が沁むやうに感じられる。もの珍しい感じが言外に流露してゐて、やはり初雪などの場合と思はれる。
〔語〕 ○朝戸 朝になつて開ける戸の意。「朝戸開かむ」(一四九九)、「朝戸あけて」(一五七九)參照。○はだら まだらの意と普通に解されてゐるが、異説もある。「沫雪かはだれに零ると」(一四二〇)參照。「はだれ」も「ほどろ」も同義と思はれる。
 
2319 夕されば衣手寒し高松の山の木ごとに雪ぞ降りたる
 
〔譯〕 夕方になると、着物の袖がそぞろ寒い。ふと見れば、高松山の木といふ木には、皆雪が降り積つてゐるわい。
〔評〕 實情實景に即してありのままに詠じてゐるが、小巧を弄せぬところ、格調が高い。「山の木ごとに」と、手堅く對象を捉へたのも、一首の印象を鮮明ならしめ、よく焦點を定めたものである。
〔語〕 ○高松 タカマトと訓んで高圓山のこととする説が多い。猶研究の餘地があらう。
 
2320 吾が袖に降りつる雪も流れ去《ゆ》きて妹が袂にい行き觸れぬか
 
(247)〔譯〕 自分の袖に降り積つたこの雪も、今一度ここから流れて行つて、いとしい妻の袂に降りかかつてくないかなあ。
〔評〕 珍しい構想である。代匠記初稿本に「袖にかかりて寒き心ならば、ゆきて妹が袖にふれて寒さをしらせよ。さらばそれにつきて、妹もわが如く思ひ出でむの心なるべし」とあるは、理に落ちた解釋である。これはそんな理窟でなく、相愛の仲の何事も共にしようとの單純な心持で、「妹に戀ひ寢ねぬ朝に吹く風の妹にし觸れば吾さへに觸れ」(二八五八)などと同じに見るべきである。
〔語〕 ○流れゆきて 自分の袖から更に流れて行つて。「流る」は雪、時雨、落花などに用ゐてゐる。○い行きふれぬか 行つて觸れてくれないかなあ、どうぞ行つて觸れてくれ。「い」は接頭辭。
〔訓〕 ○流れゆきて 白文「流去而」。考はナガレイニテと訓んでゐるが、二句の雪を、三句またまた五句に同音を重ねたものと見た方がよからう。
 
2321 沫雪は今日はな零《ふ》りそ白妙の袖まき干《ほ》さむ人もあらなくに
 
〔譯〕 沫雪は今日は降つてくれるな。袖を身に卷いて寢て、自然に乾かしてくれる人もゐないのに。
〔評〕 妻と別れてゐる男の歌であるが、必しも旅中の作とは限らない。孤棲の歎を雪に托してもらしたのがあはれである。
〔語〕 ○白妙の 「袖」の枕詞。
〔訓〕 ○あらなくに 白文「不有君」は、類聚古集等による。
 
2322 はなはだも降らぬ雪ゆゑこちたくも天《あま》つみ空は陰《くも》らひにつつ
 
(248)〔譯〕 そんなに甚しくも降らない雪のために、大層にまあ空は曇つて來たことである。
〔評〕 雪雲が一面に空を覆うて、しかも雪はたいして降るでもなく、大地はかじけて四邊生色を見ない、落寞陰惨な冬の日が浮んで來る。この簡素單純な手法は、及び難いものがある。
〔語〕 ○雪ゆゑ 雪のことで、雪のためにの意。「人妻ゆゑに」(二一)、「甚だも降らぬ雨ゆゑ」(一三七〇)などと同じく、下に「であるのに」の心持が感ぜられる。
〔訓〕 ○くもらひにつつ 白文「陰相管」は、元暦校本等による。クモリアヒツツともよめる。
 
2323 吾背子を今か今かと出で見れば沫雪ふれり庭もほどろに
 
〔譯〕 戀しい夫を、今か今かと待ちあぐんで出て見ると、外《そと》はいつの間にか沫雪が降つてゐる。庭がまだら模樣になるほどに。
〔評〕 愛人を待つ若い女性の楚々たる姿が、眼前に髣髴として浮ぶ。纒綿たる情緒を清雅な詞句に托して、まことに可憐に、かつ氣品高き調を成してゐる。
〔語〕 ○ほどろに 「はだらに」「はだれに」に同じ。「一四二〇」及び「二三一八」參照。
 
2324 あしひきの山に白きは我が屋戸《やど》に昨日の暮《ゆふべ》ふりし雪かも
 
〔譯〕 山々に白く見えるのは、自分の家に昨日の夕方降つたあの雪であらうかなあ。
〔評〕 早朝起き出て遠山を一瞥し、一夜の中に現出した雪の美觀に驚喜したのである。昨夜庭前の雪は殆ど跡を留めない程の沫雪で、それが山々には美しい薄化粧を見せてゐたのである。幼きまでに素直な詞でありのままを敍し、却つて清楚な調を成してゐる。
 
(249)    花を詠める
2325 誰《た》が苑の梅の花ぞもひさかたの清き月夜《つくよ》に幾許《ここだ》散り來る
 
〔譯〕 誰の庭園の梅の花なのであらう、この澄みきつた美しい月夜に、ひらひらと澤山散つて來ることである。
〔評〕 早春月明の夜、何處からともなく微風に乘つて舞ひ落ちて來る梅の花の清らかさ。一誦してその芳香も感ぜられるばかり、氣韻高雅な歌である。
〔訓〕 ○梅の花ぞも 白文「梅花毛」、略解に「花」の下「曾」の脱、或は「毛」は「毳」(ハナカモ)の誤かといつてゐる。
 
2326 梅の花先づ咲く枝を手折《たを》りては裹《つと》と名づけて比《よそ》へてむかも
 
〔譯〕 梅の花のまづ咲いた枝を自分が手折つたならば、あの女にやる土産なのだと人がいひはやして、二人を相思の中に擬らへて噂するであらうか。
〔評〕 四句が稍曖昧なので、種々に解せられるが、今は姑く古義の説に從つて解しておく。これは角廣辨の雪の梅の歌、「沫雪に降らえて咲ける梅の花君がり遣らばよそへてむかも」(一六四一)と同工と見てよい。然らば古義の説が穩當と思はれる。
〔語〕 ○よそへてむかも あの女を自分の戀人に擬して、かれこれ評判するであらうか、の意。梅の枝を贈るにつけ、我が戀心をそれに託して知らせるとする説は從ひ難い。
 
2327 誰《た》が苑の梅にかありけむ幾許《ここだく》も開《さ》きにたるかも見が欲《ほ》しまでに
 
(250)〔譯〕 これは誰の園にさいてゐた梅だつたのであらう。枝一ぱいに咲いてゐることである。その園に行つてみたく思ふくらゐに。
〔評〕 第二句の過去表現と、第四句の現在とが打合はないやうであるが、咲きこぼれるほど花についてゐる梅の折枝を見て、それがあつた園の美觀を想像して、見たいと思うたのであらう。五句は十分な表現とはいひ難い。略解は、前の歌の答であらうとしてゐる。
〔訓〕 ○見がほしまでに 白文「見我欲左右手二」。諸訓ミガホシキマデニとあるも、見がほし山(三八二)見がほし君(二五一二)見がほし御おもわ(四一六九)等により、キを省き訓んだ。マデを左右手としたのは義訓。
 
2328 來て見べき人もあらなくに吾家《わぎへ》なる梅の早花《はつはな》散りぬともよし
 
〔譯〕 來て見るやうな人もありはしないのに、私の家に咲いてゐる梅の初花は、もう散つてしまつてもよい。
〔評〕 折角咲いた梅の初花も、見はやしてくれる人が無くては可愛さうである。色をも香をも知つてゐる筈と思ふ人を心待ちにしてゐるが、來てくれない。ままよ、構ふことはない、散つてしまへとの激語は、怨言として面白く、卷六なる「わが屋戸の梅咲きたりと告げやらば來とふに似たり散りぬともよし」(一〇一一)と同工異曲である。但、來て見べきの作は、素朴ではあるが、措辭の洗煉が足りない所、卷六の歌に一籌を輸する所以である。
〔語〕 ○來て見べき 「來て見るべき」に同じで、一種の古格である。
〔訓〕 ○早花 全釋は、早田《わさだ》(一三五三)、早穗《わさほ》(一六二五)、早飯《わさいひ》(一六三五)、早芽子《わさはぎ》(二一一三)などを例に引いて、ワサハナと訓むべきかといつてゐる。
 
2329 雪寒み咲きには咲かず梅の花|縱《よ》しこの頃はさてもあるがね
 
(251)〔譯〕 雪が降つて寒いので、まだ十分に梅の花は咲かない。まあそれもいい。こんな寒い頃は、そのままさうしてゐるがよい。
〔評〕 梅の花の滿開を待ちながら、しかもそれが雪に痛められさうなのを愛惜して、まあ今暫くその儘にしてゐるのもいいと容したのは、畢竟強ひて諦めつつ自らに言ひ聞かせてゐる慰めの言葉である。心もちはわかるが、聊か理に墮して含蓄に乏しい憾みがある。
〔語〕 ○咲きには咲かず、次々と咲くにはまだ至らないの意。○あるがね ある料として。あるために。あつてくれよと願ふ心持がある。
〔訓〕 ○咲きには咲かず 白文「咲者不開」、舊訓サキニハサカデは不可。今、古義に從ふ。代匠記精撰本にはサキハヒラケズと訓んでゐる。
 
    露を詠める
2330 妹がため上枝《ほつえ》の梅を手《た》折るとは下枝《しづえ》の露にぬれにけるかも
 
〔譯〕 いとしいひとの爲に、上の枝の梅を手折らうとして、下の方の枝に置いた露に濡れたことであるよ。
〔評〕 梅の初花を、愛人に見せようと、苦勞して折つてゐる若い人の姿が浮ぶ。梅に宿る露の輝きも思はれ、冬の靜かな情景が眼に映る。露といへば後世は秋のものだしてゐるが、型に囚はれず自由に眞實を見てゐた時代である。
〔語〕 ○手折るとは 手折らうとしては。「は」は強意の助詞。
 
    黄葉《もみち》を詠める
2331 八田《やた》の野の淺|茅《ぢ》色づく有乳《あらち》山峰の沫雪寒くふるらん
 
(252)〔譯〕 この八田の野の淺茅がもう赤くなつて來た。今頃、夫が越えて居られるかも知れない越前の有乳山では、峰の沫雪が冷くちらついてゐることであらう。
〔評〕 越路の旅にある夫の上を遠く思ひやつて、大和なる妻が詠んだ歌と察せられる。情味ゆたかで詞句も洗煉せられ、格調極めて緊密である。表現形式は、「吾が屋戸《やど》の淺茅色づく吉隱《よなばり》の夏身の上に時雨ふるらし」(二二〇七)に似てゐるが、それは單なる敍景で、兩者その趣は別である。
〔語〕 ○八田の野 大和國生駒郡矢田村。今、郡山の西方に矢田村がある。名所方角抄に越前とし、有乳山の北にあるとしてゐるのは疑はしい。○有乳山 近江高島郡と越前敦賀郡との境の山。古昔ここに愛發《あらち》關があつたが、その阯は今明かでない。
 
    月を詠める
2332 さ夜|深《ふ》けば出で來《こ》む月を高山の峯の白雲隱すらむかも
 
〔譯〕 夜がふけたならば出て來るはずの月であるのに、高山の頂の白雲が隱してゐるのであらうかなあ。
〔評〕 遲い月の出を待つ心もちで、極めて單純ではあるが、平明清澄、一種の風韻がある。
〔語〕 ○出で來む月を 出て來る筈の月であるのに。「月を」には「月なるものを」の心持がある。○隱すらむかも 既に出てゐる月を隱してゐるのであらうかの意。「らむ」は現在推量の助動詞。
〔訓〕 ○隱すらむかも 白文「將隱鴨」。カクシナムカモともよめる。
 
(253)  冬相聞《ふゆのさうもに》
 
2333 ふる雪の空に消《け》ぬべく戀ふれども逢ふよしなしに月ぞ經にたる
 
〔譯〕 降る雪が中途の空で消えるのもあるやうに、私も思をとげないうちに命が消えてしまひさうに戀ひ慕うてゐるけれども、戀しい人に逢ふ手段もなくて、月が經つてしまつたことである。
〔評〕 戀する人の常情で、何の寄趣もない。序の譬喩は適切ではあるが、一通りの歌である。
 
2334 沫雪は千重にふり敷《し》け戀ひしくのけ長き我は見つつ偲《しの》はむ
     右は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 沫雪は、幾重にも幾重にも降り重つてくれ。日久しく人を戀しく思つてゐた自分は、せめてその雪でも見ながら心を慰めように。
〔評〕 措辭格調共に著しく古風を帶びてゐる所に、一種の味がある。大原今城の、「初雪は千重に降りしけ戀しくの多かる吾は見つつ偲はむ」(四四七五)は、これを聊か歌ひ變へたものであらう。
〔語〕 ○千重にふりしけ 後から後から幾重にも頻りに降れとの意。○戀ひしくのけ長き我 戀しくのは、「二〇一七」參照。け長きは、日數の長い。戀しく思つてゐたことの久しい、即ち久しい日數を戀うてゐた自分は。
(254)〔左註〕 右の二首は柿本人麿の歌集に出てゐるといふのであるが、歌風から見ると人麿の作ではない。
 
    露に寄す
2335 咲き出《で》照る梅の下枝《しづえ》に置く露の消ぬべく妹に戀ふる此の頃
 
〔譯〕 花が咲き出て朝日に照つてゐる梅のその下枝に置いた露が消える、ちやうどそのやうに、自分は命も消えてしまひさうに、いとしい女に戀ひ焦れてゐるこの頃なのである。
〔評〕 眼前の實景をとつて序としたものであるが、これも主想は極めて簡單にして、表現も類型的である。
〔語〕 ○咲き出照る 花が咲き出て朝日に光つてゐるの意。これは白梅であらう。以下第三句まで「消」にかけた序詞。
〔訓〕 ○咲き出照る 白文「咲出照」、古義は「照」を「有」の誤とし、その他にも誤字説があるが、もとのままでよい。
 
    霜に寄す
2336 はなはだも夜|深《ふ》けてな行き道の邊《べ》のゆ小竹《ささ》が上に霜の降る夜を
 
〔譯〕 こんなにまあひどく夜がふけてから、お歸りなさいますな。道ばたの繁つた笹の上に、今夜もきつと霜の降る晩ですのに。
〔評〕 愛人を歸しかねて、何とかして引き留めようとするやさしい女の纒綿たる心情が、極めて眞率に、力強く表現されてゐる。「夕闇は道たつたづし月待ちて行かせ我が背子その間にも見む」(七〇九)「櫻麻の苧生の下草露しあれば明かしてい行け母は知るとも」(二六八七)などと並べて誦すると、同じ心情でもそれぞれ舞臺面が違つて別樣の趣(255)があり、「秋萩の咲き散る野邊夕露にぬれつつ來ませ夜はふけぬとも」(二二五二)に比すると、そこにまた對照の妙がある。
〔語〕 ○ゆ小竹 繁つた笹。「ゆ」は「や」(八、彌)の轉と見た。「いほ」の約とする説はうけ難い。「齋《ゆ》」と解しても、ここは必ずしも神事に用ゐるものではなからう。
 
    雪に寄す
2337 小竹《ささ》の葉にはだれふり覆《おほ》ひ消《け》なばかも忘れむといへば益《ま》して念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 笹の葉に薄雪が降りかぶさつて、やがてそれが消える。そのやうに私の命が消えてしまつたならば、或はあなたのことを忘れもしませうが、生きてゐては決して忘れられません、と女がいふので、尚更かはゆく思はれることである。
〔評〕 可なり複雜なことを一首に纒め、しかも、悠々たる序まで用ゐてゐる手腕は、或る程度まで認めてよい。但、措辭が聊か混雜して佶屈晦澁に陷り、この種の歌に特に要望される餘韻含蓄が乏しい。
 
2338 霰ふり甚《いた》も風吹き寒き夜や旗野に今夜《こよひ》吾が獨寐む
 
〔譯〕 霰が降り、ひどくまあ風が吹いて、寒い晩であるが、今夜こんな晩に、この旗野では自分一人で寢ることであらうか。
〔評〕 何の構想もない平語に近いが、各の夜の旅寢の苦痛がしみじみと感じられる。旗野が何處で如何なる地か判明すれば、或はこの歌は、もつと内容が饒かになるかも知れない。「み吉野の山のあらしの寒けくにはたや今夜も我がひとり寢む」(七四)に似たところがある。
(256)〔語〕 ○旗野 和名抄に見える大和國高市郡波多かといふ説が多いが、決定的にはいへない。そこは今の高取町に當り、隣接する高市村大字畑に神名帳に見える波多神社がある。
〔訓〕 ○いたも 白文「板敢」考は「敢」を「玖《ク》」の誤かと見てゐるが、「聞《モ》」の誤とする古義の説に姑く從つておく。
 
2339 吉隱《よなばり》の野木《のぎ》に零《ふ》りおほふ白雪のいちしろくしも戀ひむ吾かも
 
〔譯〕 この吉隱の野邊の木々に降り覆ふ白雪のいちじるしく目立つやうに、そんなに人目に立つやうに戀ひ焦れる私でせうか。私はひそかに思を焦してゐるのです。
〔評〕 序の景色が、眼前に浮ぶやうに鮮かである。作者は吉隱附近に住む人で、この序は實景を捉へ來たものと思はれるが、男女いづれとも判じ難い。内容表現共に普遍性が濃厚であるところから見ると、この地方の民謠かと見た全釋の説が肯はれる。
〔語〕 ○吉隱 大和磯城那初瀬の東方。「二〇三」參照。○戀ひむ吾かも 戀ひ焦れる吾であらうか、さうではないの意。これを「吾戀ひむかも」の如く見て、憚らず自分は戀をしようと解する説もあるが、諾け難い。
 
2340 一目見し人に戀ふらく天霧《あまぎ》らしふり來《く》る雪の消《け》ぬべく念ほゆ
 
〔譯〕 ちらりと一目見た人に思ひこがれるにつけては、空一ぱい曇らして降つて來る雪がやがて消えるやうに、自分の命も消えてしまひさうに思はれることである。
〔評〕 男の歌であらう。前にも旋頭歌(二三一一)に一目見た人に戀する趣が歌はれてゐたが、その他にも、「ふりさけてみか月見れば一目見し人の眉引おもほゆるかも」(九九四)、「足引の山鳥の尾の一峯《ひとを》越え一目見し子に戀ふべ   古人の純情を語つてゐる。前者は家持の作であるが、今のこの作や「足引の」(257)は著しく民謠の匂がする。
〔語〕 ○一目見し人に戀ふらく 一目見た女に戀ふること、その事についての意。○天霧らしふり來る雪の 「消」につづけた序詞。空を一面にかき曇らせて降つて來る雪、それもやがては消えるやうにの意。
 
2341 思ひ出づる時は術《すべ》なみ豐國の木綿《ゆふ》山雪の消《け》ぬべく念ほゆ
 
〔譯〕 いとしい人を思ひ出す時は、戀しさにどうしようもなく、豐國の木綿山の雪ではないが、自分は命も消えてしまひさうに思はれる。
〔評〕 地名が詠みこまれてゐるのみで、内容、表現、共に類型的な歌である。その地方の民謠かと思はれる。
〔語〕 ○豐國 豐前・豐後兩國の總稱。○木綿山 大分縣速見郡。別府温泉の後方に聳える由布嶽で、俗に豐後富士ともいふ。「一二四四」參照。この第三四の句は「消」にかけた序で、主想は初、二、結句である。
〔訓〕 ゆふ山雪 白文「木綿山雪」、ユフヤマノユキとよむべきであるが、民謠風の調子の上から、省いたとも解され、また、明日香風、夕浪千鳥のやうな造語ともみられる。
 
2342 夢《いめ》の如《ごと》君を相見て天霧《あまぎ》らし降り來《く》る雪の消《け》ぬべく念ほゆ
 
〔譯〕 夢のやうにはかなく君と相逢うたばかりに、空一ぱい曇らして降つて來る雪が、やがては消えるやうに、命も消えてしまひさうに思はれることである。
〔評〕 一首隔てて前の「二三四〇」と初二句が異なるのみで、恐らく同一歌を臨機に歌ひかへたまでであらう。いづれにしても個性の無い歌である。
 
(258)2343 吾背子が言《こと》愛《うるは》しみ出でて行かば裳引《もびき》しるけむ雪な零《ふ》りそね
 
〔譯〕 いとしいお方の言葉が嬉しさに、表まで逢ひに行きたいが、出て行つたならば、雪の上では裳裾を曳いた跡が人に感づかれよう。雪よ、そんなに降つてくれるな。
〔評〕 愛人からの優しい便りに、氣もいそいそと出かけようとする。折から降り出したあいにくの雪である。どうか早くやんでくれ、といふ心中の願がおのづから口頭に洩れたのである。勿論、實際の雪の上に裳裾を曳いて行くのではないが、美化した表現が清新でよい。
〔語〕 ○裳引しるけむ 裳を雪の上に曳いて行つた痕跡がはつきり見えて、噂を立てられるであらうの意。
〔訓〕 ○うるはしみ 白文「愛美」。ウツクシミとも訓める。○しるけむ 白文「將知」。シラエムとも訓める。
 
2344 梅の花それとも見えずふる雪のいちしろけむな閏使《まづかひ》やらば【一に云ふ、ふる雪に間使やらばそれしるけむな】
 
〔譯〕 梅の花が梅やら何やらわからぬくらゐひどく降りおほふ雪は人目につくが、それと同じやうに、人目につくであらう、あのお方の處へ使を遣つたならば。(一に云ふ、この雪の降るのは使をやつたらば、二人の間の使であると人にはつきりわかるであらうよ。)
〔評〕 本行の歌は、梅の花もまぎれるほど降り頻る雪に對して、人を思ひつつ、音信をかはすこともままならぬ焦慮をかこつてゐるのである。序は勿論眼前の實景であらう。別傳の方は、第三句まで序でなく、純粹に敍景となつてゐる。一首の意も變つてくる。
〔語〕 ○いちしろけむな 人目につくであらうなあの意。「な」は感動の助詞。○間使 二人の間を通ふ使。
 
(259)2345 天霧《あまぎ》らひ降りくる雪の消えぬとも君に逢はむとながらへ渡る
 
〔譯〕 空一ぱいかき曇つて降つて來る雪もやがて消えるが、そのやうに、私の命も、たとへ消えてしまはうとも、戀しいあなたに逢ひたいと、かうして生き長らへてゐるのです。
〔評〕 片戀の惱みか、逢瀬ままならぬ仲か、一夜の交會の爲に百年の命をも賭けて悔いぬといふ思ひつめた女の情熱があはれに表現されてをり、殊に、四五句極めて切實にして迫力に富み、上の序の類型的短所を償つて餘がある。
〔訓〕 ○消えぬとも 白文「消友」、舊訓キユレドモは不可。考はキエメドモ、略解はケナメドモと改めた。今、元暦校本の訓を採る。
 
2346 窺狙《うかねら》ふ鳥見《とみ》山雪のいちしろぐ戀ひば妹が名人知らむかも
 
〔譯〕 鳥見山に積つた雪がはつきり目立つが、ちやうどそのやうに、はつきり目立つて戀をしたらば、いとしい女の名を人が知り出すであらうなあ。
〔評〕 鳥見山附近に住む男の作であらう。女の名は、古代は、親か夫かでなければ知らない筈のものであつた。女が男に名を知られることは、その男に許すことを意味したのである。この歌は、我が密かに思つてゐる女を、もしや人も名を知つて自由にするやうなことはないかと危んだのである。
〔訓〕 ○とみ山雪 白文「跡見山雪」、トミヤマノユキともよめる。「鳥見山雪」は、「二三四一」の木綿山雪と同じ句法である。
〔語〕 ○窺狙ふ 狩獵で鳥獣の跡を窺ひ狙ふ意で「跡見」につづける枕詞。「一五七六」參照。○跡見山 磯城郡磯城島村大字|外山《とび》にある山。「跡見庄」(七二三題詞)參照。
 
(260)2347 海小船《あまをぶね》泊瀬《はつせ》の山に降る雪のけ長く戀ひし君が音《おと》ぞする
 
〔譯〕 日數を重ねて長い間、私の戀ひ慕つてゐたなつかしいお方が、今お出でなさる物音がする。まあ嬉しいことである。
〔評〕 初瀬のあたりに住む女の詠と思はれる。長い間の思がやつと叶つて、喜びに小さな胸を躍らせてゐる可憐な人の姿が、素朴な言葉遣ひの四五句の中にありありと看取される。初瀬に對して「海小船」といふ枕詞はめづらしい。
〔語〕 ○あま小船 船が泊つの意から「初瀬」につづけた枕詞。○降る雪の 雪の消《ケ》を「日」にかけた。○君が音ぞする 君の訪ねて來る物音がするの意と解した古義説がよい。「音」をおとづれとする代匠記説は不可。
 
2348 和射美《わざみ》の嶺《みね》行き過ぎて降る雪の厭《いと》ひもなしと白《まを》せその兒《こ》に
 
〔譯〕 和射美の嶺を通り過ぎる時に降る雪は厭はしいが、自分がそなたの所へ通うて行くのは、少しも厭ふことはない、と傳へてくれられよ、その女に。
〔評〕 作者は?々和射美の嶺を越えて、時に雪に惱んだことのある人、從つて、この附近の住人であつて旅人ではあるまい。このあたりは今でも特に雪の深い處であるから、この序は強い實感であらう。結句の辭樣も、かはつてゐて面白い。
〔語〕 ○和射美の 四音の句。美濃國不破郡にある。「わざみが原」(一九九)參照。○ふる雪の 初句以下これまで「厭ひ」にかけた序。○厭ひもなしと やや不明である。
 
    花に寄す
(261)2349 吾が屋戸《やど》に咲きたる梅を月夜《つくよ》よみ夕夕《よひよひ》見せむ君をこそ待て
 
〔譯〕 私の家に咲いてゐる梅を、この頃月がよいので、毎晩毎晩お見せ申したくて、あなたをお待ちして居りますよ。
〔評〕 何の作爲もない自然な心持を、いかにも素直な言葉と調子とで表現してゐる。優しい情緒の溢れた温雅な作で、歌品も低くない。
〔語〕 ○月夜よみ この頃月の風情がよいので。これは或る一夜だけの事でなく、下の「夕夕」の語から見て連續的の事と見られるのである。
〔訓〕 ○君をこそ 白文「君乎祚」、代匠記精撰本に「祚」の上に「許」などの脱か、或は「社」の誤としてゐて、後説に從ふ人が多い。
 
    夜に寄す
2350 あしひきの山の下風《あらし》は吹かねども君なき夕《よひ》は豫《かね》て寒しも
 
〔譯〕 山からの烈しい風は吹かないけれども、あなたのいらつしやらない晩は、嵐の吹かない前から、寒いことでありますよ。
〔評〕 男に對する激情とか強い怨言とかいふのでなく、そこはかとないうら寂しさ、物たりなさを、獨寢のうそ寒さに托して訴へたのである。これは、恐らく永い間相馴れた仲らひで、作者は申年の女であらう。しなやかにやさしい人柄が想見される。
 
(262)萬葉集 卷第十 終
 
(263)萬葉集 卷第十一
 
(265)概説
 
 卷十一は、卷十二と共に、古今相聞往來歌類(上・下)となつてゐる。萬葉集の一部に編入せられた頃には、二卷が一括せられてゐたかとも思はれるが、重出歌のあることなどによれば、最初は別々に成立したもので、恐らく卷十二は卷十一の續編的のものであらう。
 卷十一はすべて相聞歌で、人麿歌集及び古歌集に出づる歌の部と其の他の歌の部とに大別され、前者は旋頭歌と短歌とに、更に短歌は正述心緒・寄物陳思・問答に分たれてゐる。後者はすべて短歌で、正述心緒・寄物陳思・問答・譬喩歌と四分してゐる。その歌數は、旋頭歌十七首、短歌四百七十三首、計四百九十首で、内譯は次のごとくである。
 
     人麿歌集  古歌集   其他    計   備考
旋頭歌    一二    五        一七
短歌
 正述心緒  四七        一〇二 一四九
 寄物陳思  九三        一八九 二八二 目録に三〇二首とあるは誤
 問答     九         二〇  三九
 譬喩歌              一三  一三
  計   一六一    五   三二四 四九〇
 
(266) 短歌は、本文では人麿歌集所出と其の他とが別の部になつてゐるが、目録にはそれを合せて、旋頭歌・正述心緒・寄物陳思・問答・譬喩歌の五項にまとめてゐる。目録に、寄物陳思三百二首とあるのは、後の寄物陳思の次にある問答二十首を、誤つて加算した爲であらう。
 その部類のうち、正述心緒と寄物陳思とは、卷十一に至つて初めて見る稱呼である。正述心緒は、思ふ心を直接に表現するもので、特に命名する必要はないのであるが、次の寄物陳思に對して區別したのである。寄物陳思は、外界の物象をとりあげて、それによつて思ふ心の敍述に及ぶ表現法である。しかして譬喩歌は、「物に寄せて思を喩ふ」とあり、外界の事象の敍述にわが思ふ心を託するのであるが、譬喩としては、直喩、隱喩、諷喩がある。中には、正述心緒と寄物陳思と譬喩とを區別しがたいものもある。
 なほ寄物陳思の部は前(人麿集所出)のも後のも、それぞれ内容によつて分類排次されてゐる。この卷の譬喩また卷七の譬喩などではその分類が標出されてゐるが、この前後二部の寄物陳思では標目がない。しかして前の寄物陳思は、神、天地、地理、天文、植物(草、木)動物(鳥、獣、虫)人倫、器財、人事(占)の順で、後の寄物陳思の分類序次よりも整へられた觀がある。後の方で、服飾、器財、殊に衣が最初に掲げられてゐるのは、卷七及びこの卷の譬喩、卷十二の寄物陳思以下の各部に通ずることである。これらの分類には、漢土の類書の影響があるものと認められる。
 次に歌の年代を見るに、左註に唯一箇所「右一首、或云石川君子朝臣作v之」とあるのみで、すべて作者不明であり、從つて年代も明らかでないが、人麿歌集所出の歌は、少くとも人麿時代及びそれ以前の作とすべく、眞淵の言うたごとく、大體舒明天皇の御代から奈良時代初期までのものであらう。しかしてその多くは、當時の民謠と思はれるものもあり、また廣く人口に膾炙された歌も存したらしく、卷四その他に、模倣と考へられる歌か散見する。
 秀歌としては、旋頭歌には、
(267)  新室を踏みしづめ子し手玉鳴らすも玉の如照らせる君を内にとまをせ         二三五二
何せむに命をもとな永く欲りせむ生けりとも吾が念《も》ふ妹に安く逢はなくに       二三五八
  玉垂の小簾《をす》の隙《すけき》に入り通ひ來《こ》ね垂乳根の母が問はさば風とまをさむ  二三六四
 短歌には
  吾ゆ後生れむ人は吾が如く戀する道にあひこすなゆめ                   二三七五
  うち日さす宮道《みやぢ》を人は滿ち行けど吾が念ふ公《きみ》はただ一人のみ        二三八二
  いはほすら行き通るべきますらをも戀とふ事は後悔いにけり                 二三八六
  天地といふ名の絶えてあらばこそ汝《いまし》と吾と逢ふこと止まめ             二四一九
  山科の木幡の山を馬はあれど歩《かち》ゆ吾が來し汝《な》を念ひかね            二四二五
  大船の香取の海に碇おろしいかなる人か物おもはざらむ                   二四三六
  大地も採り盡さめど世の中に盡し得ぬものは戀にしありけり                 二四四二
  ぬばたまの黒髪山の山|草《すげ》に小雨ふりしきしくしく思ほゆ              二四五六
  たらちねの母が養《か》ふ蠶《こ》の眉隱《まよごも》りこもれる妹を見むよしもがも     二四九五
  待つらむに到らば妹がうれしみとゑまむ姿を往きて早見む                  二五六二
  おもはぬに到らば妹がうれしみとゑまむ眉曳《まよぴき》思ほゆるかも            二五四六
  百世しも千代しも生きてあらめやも吾が念ふ妹を置きて嘆かむ                二六〇〇
  梓弓引きみ弛べみ來ずは來ず來ばこ其《そ》をなど來ずは來ば其《そ》を           二六四八
  かにかくに物は念はず飛騨人の打つ墨繩のただ一道に                    二六四〇
 用字法は、原歌集によつたものと考へられる。この卷に採られた人麿歌集所出の歌は、活用語尾、助辭などは殆ど(268)文字の上に表はされてをらず、字數が極めて少く、中には、
  年切、及世定、恃、公依、事繁     二三九八
  春楊、葛山、發雲、立座、妹念     二四五三
  妹當、遠見者、恠、吾戀、相依無    二四〇二
のごとく、短歌一首を十字又は十一字で記したものもあり、定訓の得難いものが少くない。
 また「火氣《けぶり》」(二七四二)「水手《こぐ》」(二七四七)「多集《すだく》」(二八三三)「開木《やま》」(二三六二)「留牛馬《つな》」(二七四三)「二五《とを》」(二七一〇)「八十一《くく》」(二五四二)「義之《てし》」(二五七八)「大王《てし》」(二八三四)「牛鳴《む》」(二八三九)「追馬喚犬《そま》」(三六四五)「犬馬鏡《まそかがみ》」(二八一〇)のごとき、義訓、戯書もある。
 
(269)萬葉集 卷第十一
 
   旋頭歌《せどうか》
 
2351 新室《にひむろ》の壁草《かべくさ》刈りに坐《いま》し給はね草の如《ごと》依り合ふ未通女《をとめ》は君がまにまに
 
〔譯〕 新築の家の壁草を苅る手傳にいらつしやいませ。その草の靡くやうに、なよなよと立ち振舞つてゐる少女達もゐて、それはあなたのお心まかせですよ。
〔評〕 これは恐らく民謠で、今いふ上棟式の祝宴などの席上で謠はれたものであらう。若く美しい少女達も多く立ちまじつて、賑やかに笑ひさざめきつつ働いてゐる明朗な光景が眼前に展開され、豐かな上代庶民生活の一樣相が想像されて「まことに面白い。
〔語〕 ○新室 新築の家。「新室の言壽《ことき》に到れば」(三五〇六)とも見える。○壁草苅りに、壁草については異説が多い。今いふスサのこととする略解の説、壁をまだ塗らない間に草を刈つて圍つておくものとする同書所引藤塚知明の説、これは薄のことで、壁下地のこまひの材料と見た新考の説、壁土を付ける料に草を結びつけてあるのが、土を塗つた上に現はれてゐるのを苅り取ることで、つまり新築の家の壁の仕上げを壁草刈りといふとする新解の説、カベとカキとはもと同一語で、上代の垣がさうであつたやうに、壁も亦萱、薄、葦などで作られた、その壁を云つたとする全釋の説など實に區々である。延喜式の踐祚大甞祭式にも「壁蔀」といふものが見えるから、全釋の説が妥當に近いかも知れぬ。○いまし給はね 御出でになつて下さいなの意。「ね」は「名告らさね」(一)參照。○草の如依り合ふ(270)をとめ 草の靡くやうに大勢寄り集り、容儀しなやかに立ち振舞うてゐる少女達。
 
2352 新室を踏《ふ》み鎭《しづ》め子し手玉《ただま》鳴《な》らすも玉の如《ごと》照らせる君を内にと白《まを》せ
 
〔譯〕 新築の家を踏み鎭める娘が、舞の手振のまに/\兩手の飾り玉を鳴らしてゐるよ。その玉のやうに照り輝いていらつしやる美しいお方が來られた、そのお方を、どうぞ内へと御案内申せよ。
〔評〕 上の三句は、新築の地鎭祭に玉の飾りを鳴らしつつ踊る美しい巫女の風俗を描き、下三句をその玉を譬喩として客を讃へ、歡待の心を現したのである。牧歌的に朗らかな情景が、古雅な詞調から浮びあがつて來て、恰も童話の世界をのぞく思がする。
〔語〕 ○踏み鎭《しづ》め子し 災厄などの起らぬやうに、新築の地面を踏み鎭める巫女達が。○手玉 飾として手につけてゐる玉。「二〇六五」參照。○照らせる君 照り輝くやうな立派な君で、來客をいふのであらう。
〔訓〕 ○踏み鎭め子し 白文「踏靜子之」で、舊訓フムシヅノコシ、略解フミシヅノコガ、古義フミシヅムコガなど諸訓ある。
 
2353 長谷《はつせ》の齋槻《ゆつき》が下《もと》に吾が隱せる妻|茜《あかね》さし照れる月夜に人見てむかも【一に云ふ、人見つらむか】
 
〔譯〕 長谷の槻の神木のあたりに、自分が密かに隱してゐる妻、あの妻を、明るく照り渡るこの月夜に、誰か人が見つけ出しでもしようかなあ。
〔評〕 古義にいふ如く、男が女を密かに連れ出して、長谷の齋槻のあたりに隱したのであらう。其處に住んでゐる女を或る男が隱し妻にしてゐる意に見る説もあるが、それならば自分が忍んで行くのを見咎められようかとの心配こそあれ、元からゐる女を見咎めはせぬかと怖れる筈はない。又「照れる月夜に人見てむかも」とは如何なることか、夜(271)ならずとも晝見れば猶更明かなわけであるとして、それは月夜に連れ出し、暫く槻の蔭に身を潜めてゐるのであると解する説もあるが、それは餘りに字句の拘泥してゐるであらう。晝は事に紛れてゐた男が、夜になつて獨り明るい月光の下に長谷の空を眺めつつ、今頃いとしい妻も門に出てこの月を見て自分の事を思つてゐないか、そんな事をして、もしや人に姿を見られはせぬかと、かつ戀ひかつ案じてゐるものと解すれば、興趣が深いのである。
〔語〕 ○長谷 初瀬に同じ。この字面は地形が初瀬川に沿うて長い谷をなしてゐるからであるといふ。○齋槻 「ゆ槻」は、五百槻《いほつき》の約で、枝葉の繁つた槻とする略解の説、原本に「弓槻」とあるにより、弓材にする槻とする代匠記の説、又齋槻の意で、樹木信仰から出た語とする口譯萬葉集並に新解の説等がある。上に「湯小竹《ゆささ》」(二三三六)とあるのも、同義のゆか否か猶考ふべきである。○隱せる妻 他から連れて來て此處に暫く隱して置いた妻であらう。さうして男は同棲してゐるのでなく、稍離れて住んでゐるらしいことが想像される。○茜さし 「照れる月」の枕詞。ここはあかあかとの意で、「照れる」の形容に用ゐられたとの説もある。「五六五」參照。○一に云ふ、人見つらむか 結句の異傳で、人が見たでからうかなあ。本行と比較すれば、未來と過去との相違であるが、歌としては、いづれでも甲乙はない。
 
2354 健男《ますらを》の念《おも》ひ亂れて隱せるその妻天地に徹《とほ》り照るとも顯《あら》はれめやも【一に云ふ、丈夫の思ひ健びて】
 
〔譯〕 立派な男のあなたが、さまざまに心配して隱したその妻なのです。月の光が天地に徹つて輝いても、何でこの隱れ場所が顯はれませうぞ。大丈夫ですよ。
〔評〕 この歌は、代匠記、古義、いづれも前のと同一作者の連作と見てゐる。なるほど一旦は危惧したものの、又思ひ返して自ら慰めてゐるのである、と取つても面白いが、しかし女の和へた歌と見た新考の説がより妥當と思はれる。男をあくまで信頼し、時としては弱氣にも傾かうとすす男を、いざとなれば却つて勵ますが如き、しつかりした女性(272)心理がよく描き出されてゐる。
〔語〕 ○念ひ亂れて いろいろと心が亂れ思案して。○天地に徹り照るとも 略解は日の光が徹り照る意に見てゐるが、前の歌を承けて月の光をさしたと見るべきである。○一に云ふ、思ひ健びて 強くしつかりと考を据ゑて。
 
2355 うつくしと吾が念《も》ふ妹は早も死ねやも生《い》けりとも吾《われ》に依《よ》るべしと人の言はなくに
 
〔譯〕 かはいいと自分が思つてゐるあの女は、早く死んでしまへ。たとへ生きてゐたとて、自分に靡き寄つて來るだらうとは、誰も人が言はないのであるから。
〔評〕 驚くべき激語であるが、眞實恨んでゐるのでないから、陰慘な呪ひの氣持などは全然なく、また本當に女の死を望んでゐるのでもない。只むかつ腹の罵倒に過ぎないのである。教養ある人では、心に思つても口には現はし得ないことで、これは直情そのものである。この放膽無比の言葉には、人の心の奧に潜む感情を暴露したところがあり、理智や嗜みによつて意識から葬られようとしてゐる憎しみを、まざまざと指摘して人を狼狽させるものがある。その點、痛快といへば痛快である。才女大伴坂上郎女は、これを粉本として、「今は吾《あ》は死なむよ吾背生けりとも吾に縁《よ》るべしと言ふといはなくに」(六八四)と詠み、自己獨特の思ひをこめておのづから別趣を示した。
〔語〕 ○うつくしと 可愛いいと、いとしいと。○吾に依るべしと 女が自分に靡き寄るであらうと。○人の言はなくに 世間の人が誰も言はないから。
〔訓〕 ○うつくしと 白文「惠得」で舊訓メグマムトは意が通じない。今、代匠記の訓に從ふ。(類衆名義抄には惠にウツクシブの訓があり、續日本紀宣命では惠備をウツクシビと訓む。)但、メグシトと四音に訓む案もある。○早裳死耶 舊訓ハヤクモシネヤ、新考はヤモシネヤ、澤瀉氏説ハヤモシナヌカなどある。ヤの下にモを訓みそへたものとする古義の訓によつた。
 
(273)2356 高麗《こま》錦紐の片方《かたへ》ぞ床《とこ》に落ちにける明日《あす》の夜《よ》し來《こ》むとし言はば取り置き待たむ
 
〔譯〕 あなたの高麗錦の襟紐の片方が、床の上に落ちましたよ。明日の晩また來ようと仰しやるならば、取つて置いて、お待ち致しませう。
〔評〕 「高腰錦紐の片方ぞ」には、時代の風俗の片鱗が窺はれる。三句以下には、若い女の美しい嬌態が品よく描き出されてゐる。どうしたはづみか、取れて落ちた男の襟紐の一方を、そつと拾ひあげ、好い質物を取つたとばかり、につこり笑つて甘えつつ、男にまた明日來るとの約束を迫つてゐるのである。男の歸つた後に殘された紐を見て言ひ送つた體とするのは誤である。
〔語〕 ○高麗錦 高麗から舶載した錦。または高麗風の錦。○紐の片方 これは上衣の襟紐で、左右兩方につけてあつて胸元で結ぶ、その紐の片方。
 
2357 朝戸出の君が足結《あゆひ》を潤《ぬ》らす露原早く起き出でつつ吾も裳裾|潤《ぬ》らさな
 
〔譯〕 朝早くお出かけになるいとしいお方の足給《あゆひ》をぬらす露一ぱいの草の原、どれ、早く起きて出て行つて、私も裳の裾を濡らして歩いて見ようよ。
〔評〕 朝歸りの夫を出してやつた後の妻の獨語、まことに可憐な心情である。まづ滿ち足りた愛情の中に浸つて、相睦びあふ若い二人の姿が浮ぶ。結句を、濡れて歸る夫をいとほしみ、せめて自分も一緒に濡れて勞苦を分たうといふ、やさしい心と見る説もあるが、考へ過ぎであらう。戀しい人の名殘を猶なつかしむ若妻らしい心で、何となく夫の歸つて行つたその邊の道を歩いてみようといふだけである。裾を濡らすのが目的ではなく、草原を歩けば自然にぬれるので、言葉の綾でかういつたに過ぎない。明朗可憐な抒情詩である。
(274)〔語〕 ○朝戸出 朝戸をあけて立ち出ること。ここは夫が早朝妻の家から歸るをいふ。「一九二五」參照。○足結 男子の袴を膝の下で結ぶ紐。「一一一〇」參照。
〔訓〕 ○裳裾潤らさな 白文「裳下閏奈」、舊訓モノスソヌレナ。ぬるに、ぬらすの意もあるが、考による。
 
2358 何せむに命をもとな永く欲《ほ》りせむ生《い》けりとも吾が念《も》ふ妹に易《やす》く逢はなくに
 
〔譯〕 何しに命を長く保ちたいなどと、よしもなく望まうぞ。生きてゐたとて、自分の思ふあの女に容易に逢へもしないのに。
〔評〕 前の「二三五五」に比べると、何と驚くべき強弱の差であらう。いづれも男の片戀であるが、前のは、相手に死ぬといひ、これは自分が死なうといふ。どちらも眞實の心持に變りはないが、こんな兩極端になるのは、要するに作者の性格によるので、前のは飽くまで線の太い奈良式であり、これは線の細い平安型に近い人物である。
〔語〕 ○何せむに 何しに。何の爲に。下の「永く欲りせむ」にかかる。○命をもとな 命を徒らに。「二三〇」參照。
 
2359 息の緒に吾は念《おも》へど人目多みこそ吹く風にあらば?《しばしば》逢ふべきものを
 
〔譯〕 命にかけて私はあのお方を思つてゐるけれども、人目が多いので、逢へない。この身がそよ吹く風だつたらば、度々忍んで行つて逢はうのになあ。
〔評〕 人目をつつむは戀の常で、殊に女の方にその用意は深い。この歌は男女いづれの作とも決し難いが、さういふ觀點から、女の作らしく感じられる。「吹く風にあらば」の繊細巧緻も、女性のものであらう。美しい痴情を敍して切實、今日なほ新しさを失はない表現である。
(275)〔語〕 ○息の緒に 命がけに。「六四四」參照。○人目多みこそ 人目が多くてうるさいので。この下に「え逢はね」などの語を略してゐる。
 
2360 人の親の未通女兒《をとめご》居《す》ゑて守《もる》山邊から朝朝《あさなさな》通《かよ》ひし君が來《こ》ねば哀《かな》しも
 
〔譯〕 親が若い娘を深窓に置いて大事に守る――とこいふことが聯想される守山のあたりをとほつて、毎朝毎朝通はれたあなたが、此の頃いらつしやらないので悲しうございます。
〔評〕 戀人を待つ若い女の歌、或は民謠かも知れない。初二句の序が特異で甚だ面白い。旋頭歌は第三句で切れるのが本來の歌格であるが、これはその儘下に續いてゐるのは、破格といふべきである。
〔語〕 ○人の親の未通女兒すゑて 少女を持つ親が大事に守つてゐる意で、「守る」につづけた序詞。「人の」は「人の子」などの場合と同じく、輕く添へた語。「すゑて」は居させて、即ち深窓に置いて。○守山邊から 守山のあたりを通つて。守山は山の名と思はれる。代匠記は「三諸は人の守る山」(三二二二)により、これを三諸山の別名と考へてゐる。「みもろ」の「み」を接頭辭と見れば「もろ」と「もる」と近似音であるから、或は代匠記説の如くであるかも知れない。
 
2361 天《あめ》なる一つ棚橋《たなはし》いかにか行かむ若草の妻《つま》がりといはば足|莊嚴《よそひ》せむ
 
〔譯〕 あの一枚板の危い棚橋を、どうして渡つて行つたものだらうか。かはゆい妻のもとへゆくといふならば、すつかり足ごしらへをして行かう。
〔評〕 末の二句の訓法に疑問があるが、姑く右のごとく解すると、妻のもとへならば、どんな危い棚橋を渡つても行かうといふ決意を詠んだもの、となる。
(276)〔語〕 ○天なる 枕詞。天に在る日の意で「ひ」の一音にかけ、それを「一つ」とつづけたのであるが、「天なる」はいかにも奇拔である。○棚橋 棚のやうに板を架け渡した假橋。○若草の みづみづしく愛らしい意で「妻」にかける枕詞。○足よそひせむ 足の支度をしよう。足結《あゆひ》などして足ごしらへをしよう。
〔訓〕 ○妻がりといはば足莊嚴せむ 白文「妻所云足莊嚴」。「所云」は「二四三五」と對照して訓んだ。「莊嚴」の字面は集中他に所見はないが、古義その他の誤字説は從ふべきでなく、ヨソヒでよい。しかして「所云」を「二四五五」ではイハレシと訓んでゐるから、それによれば、ツマガイヘラクアシヨソヒセヨと訓まれる。
 
2362 山城の久世《くせ》の若子《わくご》が欲《ほ》しといふ余《われ》をあふさわに吾《われ》を欲《ほ》しといふ山城の久世《くせ》
     右の十二首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 山城の久世の里の若い男が、私を妻に欲しいといふ。かろがろしくも、私を妻に欲しいといふ、山城の久世の里の若い男が。
〔評〕 久世地方の民謠であつたらう。輕妙な調子が、音樂的に快く、いたづららしく笑ひくづれる若い娘子の嬌笑を聞く思がある。催馬樂の「山城の狛のわたりの瓜作り我を欲しと言ふ如何にせむ瓜立つまでに」、古今集の、「足引の山田のそほづおのれさへ吾をほしてふうれはしきこと」など、いづれも古朴の味がある。
〔語〕 ○久世の若子 「久世」は山城國久世郷、今の久世郡久津川村大字久世。「若子」は若い男子、若者。○あふさわに ほしいままに、たわやすく、かろがろしく、の間の意であらう。「一五四七」も同じ。
 
2363 岡ざきのたみたる道を人な通ひそ在りつつも君が來まさむ避道《よきみち》にせむ
 
〔譯〕 岡の鼻の折れ曲つた道を人は通るな。そのままでいつまでも、いとしいあのお方の通うていらつしやる時の、(277)一目を忍ぶよけ道にしようと思ふ。
〔評〕 單純素朴な稚態の中に、田舍少女の純情が籠つてゐる。やはり民謠として傳誦されたものであらう。
〔語〕 ○岡ざき、岡が平地に突き出たその先の邊。○たみたる道 廻つてゐる道。○在りつつも 引き續いて。「五二九」參照。○避道 人目を避け行く道。間道。
 
2364 玉|垂《だれ》の小簾《をす》の隙《すけき》に入り通ひ來《こ》ね垂乳根《たらちね》の母が問《と》はさば風と申《まを》さむ
 
〔譯〕 簾の隙間から、そつとはいつていらつしやいませ。お母さんが物音に氣づいて、何かとお聞きになつたらば、風ですよと申しませう。
〔評〕 輕快明朗にして、覺えず微笑の誘はれる歌である。語調の爽かさも氣特がよい。戀愛は、單純な娘子にもかかる機智を昔から教へたのである。
〔語〕 ○玉垂の 玉垂の緒の意で、同音の「を」につづけた枕詞。○すけき 隙《すき》の粗《あら》い容子をいふ語。
 
2365 うち日さす宮|道《ぢ》に逢ひし人妻|故《ゆゑ》に玉の緒の念《おも》ひ亂れて寢《ぬ》る夜《よ》しぞ多き
 
〔譯〕 御所へ參内する道で行きあつたあの美しい人妻の爲に、自分はこの頃心が亂れ、煩悶しつつ寢る夜が多いことである。
〔評〕 行きずりに見た人妻の艶容に心を動かして、夜も輾轉反側することが多いといふ激情は、かねて見まほしく思うてゐたのに、宮道で逢つた故のひたむきの心であらう。人麿歌集の「うち日さす宮路を行くに吾が裳は破れぬ玉の緒の念ひしなえて家に在らましを」(一二八〇)は女の作であり、これは、かねて知つてをつて、逢ひがたいために度々道に出て逢はうとしたのである。
(278)〔語〕 ○うち日さす 「うち」は接頭語であまねくの義がある。あまねく日のさす宮とつづく枕詞。○玉の緒の 「亂」にかけた枕詞。
〔訓〕 ○人妻故に 白文「人妻※[女+后]」、「※[女+后]」をユヱと訓むことは、清水濱臣は略解の追加に「故」と「※[女+后]」と相通じ、ユヱと訓むべしとし、木村博士の訓義辨證には「妬」を「※[女+后]」と書いたのは六朝の俗字であらうとある。
 
2366 まそ鏡見しかと念《おも》ふ妹も逢はぬかも玉の緒の絶えたる戀の繁き此の頃
 
〔譯〕 見たい見たいと思ふあのいとしい女に逢へないものかなあ。一時中絶してゐた戀しさが又蘇つて、頻りに焦れる此の頃ではある。
〔評〕 一たび絶えて、更に燃えさかる胸の苦しさを訴へたものであるが、その急迫した激情の十分表現されてゐない憾がある。
〔語〕 ○まそ鏡 「見」にかけた枕詞。○見しか 見たい。○妹も逢はぬかも 女に逢はないものかなあ、何とぞ逢ふ折があれかしの意。○玉の緒の 「絶え」にかけた枕詞。
〔訓〕 ○妹に逢はぬかも 白文「妹相可聞」、舊訓イモニアハムカモ、略解イモニアヘルカモ、いづれも不可。「一二八七」の「人相鴨」をヒトモアハヌカモと訓むに同じい。
 
2367 海原の路《みち》に乘りてや吾が戀ひ居《を》らむ大船のゆたにあるらむ人の兒ゆゑに
     右の五首は、古歌集の中に出づ。
 
〔譯〕 海路に乘り出したやうに、かうも頼りなく自分は戀しがつてだけゐなければならないのであらうか。大船のやうにのんびりとかまへたあの美しい子の爲に。
(279)〔評〕 句法からは、三句で切れ、四五句は結句にかかるものと見るのが自然である。しかし、一旦三句で切り、四五句に更に作者自身の心持を抒べた漸層法と解する考もある。弓削皇子の、「大船のはつる泊のたゆたひに物念ひ痩せぬ人の兒ゆゑに」(一二二)も思ひ合はされる。
〔語〕 ○大船のゆたに 大船がゆつたりと浮んでゐるやうに。「ゆたに」は寛かに、のんびりとの意。○人の兒ゆゑに 美しいあの子のせゐで。人妻と解する説もあるが、必ずしもさうとらずともよい。
〔訓〕 ○路に乘りてや 吾が戀ひをらむ 白文「路爾乘哉吾戀居」。略解に「ミチニノレレヤワガコヒヲリテ」と下へ續けて訓んでゐるが、舊訓の方がよい。
 
  正《ただ》に心緒《おもひ》を述《の》ぶ
 
2368 垂乳根《たらちね》の母が手|放《はな》れ斯《か》くばかり術《すべ》なき事はいまだ爲《せ》なくに
 
〔題〕 正に心緒を述ぶ 「正に」は、直ちに、直接にの意。直接に思想感情を表現して、序詞や譬喩を借りぬこと。後にある「物に寄せて思を述ぶ」に對する。
〔譯〕 お母さんの手もとを離れて、私はこんなにまで苦しく遣瀬ないことは、まだ嘗てしなかつたのに。戀は苦しいものである。
〔評〕 慈母手中の珠として、無心に幸福に深窓で育つて來た少女であつたが、春の目ざめに人思ふ身となつた。樂し(280)くも苦しいあやしの亂れ心である。すべてを母のおもむけに任せきつてゐた身が、今はそのなつかしい母に秘めてする冒險である。小さな心一つに負ひきれさうにも思へない苦惱ゆゑに、おのづから漏れ出た吐息で、力づよく人の胸を打つ。
〔語〕 ○垂乳根の 「母」の枕詞。「四四三」參招。○すべなき 施すべき手段もない、何とも仕方のない。○いまだせなくに まだせぬことであるのに。
 
2369 人の寐《ぬ》る味宿《うまい》は寢《ね》ずて愛《は》しきやし君が目すらを欲りし嘆かふ【或本の歌に云ふ 君を思ふに明けにけるかも】
 
〔譯〕 世間の人の寢るやうな熟睡は出來ないで、いとしいあなたに、ただお目にかかるだけでもとさへ願つて、私は溜息をついてゐますことよ。(或本の四五句は、あなたを思つてゐるうちに、夜が明けてしまひましたことよ、まあ)。
〔評〕 内容は珍しくないが、緊密な調によく切迫した情熱を漲らしてゐる。「はしきやし」は多くは女についていふが、時に男にも用ゐるし、反對に「君」は女から男にいふのが普通で、稀には男から女にもいふ。從つてこの歌は、言葉からも内容からも、男女いづれの作かを決することは困難であるが、今は姑く女の歌と見ておく。初二句は「二九六三」「三二七四」などの類句がある。
〔語〕 ○はしきやし かはゆい、いとしい。
〔訓〕 ○欲りし嘆かふ 白文「欲嘆」。略解にはホリテナゲクモとある。それよりはホリシナゲクモとよむがよい。
 
2370 戀ひ死なば戀ひも死ねとや玉|桙《ほこ》の路行人《みちゆきびと》の言も告げなく
 
〔譯〕 焦れ死ぬならば勝手に焦れ死ねとでもいふのであらうか、道を通る人が、あのお方の言葉をも傳へてくれない。
〔評〕 此處を通るならば、我が愛人の傳言を聞いて來てくれるくらゐの親切はありさうなもの、それをしてくれない(281)のは同情のない仕打である。と恨んでゐるこの無理稚態は、所謂戀は盲目の諺を裏書したもので面白い。初二句は強烈な表現であるが、下にも、「戀ひ死なば戀ひも死ねとや我妹子が吾家の門を過ぎて行くらむ」(二四〇一)「戀ひ死なば戀ひも死ねとやほととぎす物もふ時に來鳴きとよむる」(三七八〇)などともあつて、いづれが覺先か明かでないが、多く踏襲されてゐる。
〔語〕 ○言も告げなく 戀人からの傳言を持つて來てくれないの意。
 
2371 心には千遍《ちたび》念《おも》へど人に云はぬ吾《わが》戀※[女+麗]《こひづま》を見むよしもがも
 
〔譯〕 心の中では常に繰返し繰返し思つてゐるが、人にはいはない自分の戀しい妻に、逢ふ手段があればよいがなあ。
〔評〕 若い男の初心な戀があはれに同情される。獨り思ひに餘つてゐながら容易に逢ひ難い人に逢はうものと、密かに心を碎いてゐる樣が想像される。
〔訓〕 ○わが戀づまを 白文「吾戀※[女+麗]」、略解のワガコフツマヲ、新考のワガコフルツマは共によくない。
 
2372 斯《か》くばかり戀ひむものとし知らませば遠く見るべくありけるものを
 
〔譯〕 あのお方に逢つて後、これ程までに戀しくなるものと、前に知つてゐたらば、遠くよそながら見てゐるのであつたのに。
〔評〕 片時逢はねば遣瀬ない戀の苦惱に堪へかねて、寧ろ逢はずにゐればよかつたとは、戀する人の常套語であり、それだけに痛切な實感であることも爭はれない。中臣宅守の、「かくばかり戀ひむとかねて知らませば妹をば見ずぞあるべくありける」(三七三九)は或はこの歌に據つたものか。
〔訓〕 ○遠く見るべく 白文「遠可見」、舊訓ヨソニミルベク、今、略解による。
 
(282)2373 何時《いつ》はしも戀ひぬ時とはあらねども夕片設《ゆふかたま》けて戀は術《すべ》無し
 
〔譯〕 いつといつて、あのお方を戀しく思はない時はないけれども、殊に夕方になつては、私の戀心はもう、何ともしやうがなくなつて來るのである。
〔評〕 戀する人の眞情を道破してゐる。晝間は事繁きに紛れもしようが、灯ともし頃のうら悲しさ、ものさびしさには、忽ち心火は燃えさかつて消すよしもないのである。「いつはなも戀ひずありとはあらねどもうたて此の頃戀の繁しも」(二八七七)よりは、簡素で情を盡したところが優れてゐる。
〔語〕 ○夕片設けて もとの意は、夕方を片より待ちてであるが、夕方になつてと解してよい。
 
2374 斯《か》くのみし戀ひや渡らむたまきはる命も知らず歳は經につつ
 
〔譯〕 こんなにばかりして、私はいつまでも戀ひつづけることであらうか。命がいつ終るかといふことも氣づかずに、むなしく年月を送りながら。
〔評〕 初二句は既に集中の成句となつてゐて、類例が多い。中に、「あらたまの年の緒永くいつまでか我が戀ひ居らむいのち知らずて」(二九三五)が似てゐる。要するに、苦しい眞實ではあるが、作品としては一通りである。
〔語〕 ○たまきはる 「命」の枕詞U「四」參照。
 
2375 吾《われ》ゆ後生れむ人は吾が如く戀する道にあひこすなゆめ
 
〔譯〕 自分より後にこの世に生れて來る人は、自分のやうに、戀をするといふこんな苦しい道に決してあひなさるな。
〔評〕 つぶさに戀の辛苦を嘗めた人の悲痛な叫である。諄々として後世の人を誡めるといふやうな、そんな教訓的な(283)氣持ではない。唯あまりの苦しさのまぎれに、こんな苦勞は誰にもさせたくないといふ、しみじみとした實感を洩したのである。因みに、古義の著者鹿持雅澄の辭世、「吾ゆのち生れむ人は古事の吾が墾《はり》道に草なおほしそ」は、この歌に負ふものであらう。
〔語〕 ○あひこすなゆめ 決して遭遇なさるな。「こす」は來るの敬語と解する。「ゆめ」は禁止の副詞。
 
2376 健男《ますらを》の現《うつ》し心も吾は無し夜晝《よるひる》といはず戀ひしわたれば
 
〔譯〕 立派な男としての本心も、自分はもう無くしてしまつた。かうして夜といはず晝といはず、戀ひこがれつづけてゐるので。
〔評〕 「健男の現し心も吾は無し」は、「丈夫のこころは無しに」(九三五)や「丈夫とおもへる吾や」(九六八)などと共に、大丈夫の意識の上に立つものとして、萬葉男子の強い自尊心を知るに足る語である。その自尊心も、戀ゆゑには崩れがちなことを告白してゐる萬葉人は、まことに率直にして天眞爛漫である。「うつせみの現しごころも吾は無し妹を相見ずて年の經ぬれば」(二九六〇)も同想で、語句も似てゐる。
 
2377 何せむに命|繼《つ》ぎけむ吾妹子に戀ひざる前《さき》に死なましものを
 
〔譯〕 何の爲に自分は今までかうして生き長らへて來たのであらう。あのいとしい女に戀をしない前に死んでしまふべきであつたのに。
〔評〕 思ひあまり、思ひくづほれた男の詠歎である。戀に惱む人情の通有性に觸れたものがあり、上の「二三五八」の旋頭歌と同工異曲である。
〔語〕 ○命繼ぎけむ 命を續けて生きて來たであらう、の意。○死なましものを 死んでしまふべきであつたのに、(284)かうして生きてゐるのが却つてうらめしい。
 
2378 よしゑやし來《き》まさぬ君を何せむに厭《いと》はず吾は戀ひつつ居らむ
 
〔譯〕 ええままよ、いくらお待ちしてゐても、來ても下さらないお方を、何のためにいつまでも辛抱づよく、私は慕ひ續けてをりませうぞ。
〔評〕 戀に破れた女の自棄の叫が、あはれに力強く響いて來る。まだ絶望までには至つてゐない、一縷の未練を繋いでゐるらしい口吻が殊にあはれである。
〔語〕 ○よしゑやし ままよ。どうならうとかまひはせぬの意。「ゑ」も「やし」も感動の助詞。
 
2379 見わたせば近きわたりを徘徊《たもとほ》り今や來《き》ますと戀ひつつぞ居《を》る
 
〔譯〕 見渡すとすぐ近い渡り場であるのに、人目を避けてあちこち歩きまはつて、もうおいでなさりさうなものと、戀ひこがれてゐます。
〔評〕 川一筋を隔てて近くに住む戀人の、來ること遲きにじれて、とつおいつ思案しながら待つ女の姿が想像される。男が今來訪の途上にあるかどうか、わからないのであるが、人目を忍ぶ爲のまはり道などを空想してゐるところ、こまかい女性心理をよく描き出してゐる。「見渡せば近き里みをたもとほり今ぞ我が來る領巾振りし野に」(一二四三)と似てゐるが、一首の作意は別である。
〔語〕 ○近きわたりを 近い渡り場であるのに。「わたり」は水邊の渡り場をいふ。「あたり」の意に用ゐるのは平安時代以後てある。○徘徊り あちこちとゆきつもどりつして。
 
(285)2380 愛《は》しきやし誰《た》が障《さ》ふれかも玉|桙《ほこ》の路《みち》見忘れて君が來まさぬ
 
〔譯〕 誰が邪魔するからであらうか、ここにおいでの道を見忘れて、なつかしいあなたが少しもいらつしやらないことよ。
〔評〕 男の疎遠に對して、女が娩曲に恨みを述べたのである。「誰が障ふれかも」の輕い皮肉、「路見忘れて」のとぼけた言葉など、一見輕く穩かなやうで、實は機鋒甚だ鋭いものがある。初句は、五句の「君」へかかると一般に解かれてゐるが、「愛しきやし誰が」とかかるとすると、一層痛切な皮肉となる。
〔語〕 ○愛しきやし 可愛い、いとしい。○路見忘れて 總釋では「道見忘れてかも」の意を略してかく言ひ」「誰が障ふれかも」「道見忘れて(かも)」の兩對立句を「君が來まさぬ」の結句で承けたものと見てゐるが、語法的には無理であらう。
 
2381 君が目の見まく欲《ほ》しけくこの二夜千歳の如《ごと》も吾が戀ふるかも
 
〔譯〕 あなたのお姿の見たさ。この二夜といふもの、千年も過すやうな氣持で、私は焦れてゐることであります。
〔評〕 二夜と限定したのは、無論事實に即しての語であらう。所謂一日千秋の思は、戀する男女にとつて常套語に外ならないが、事實を訴へた「二夜」がよく利いてゐる。「ただ一夜隔てしからにあらたまの月か經ぬると心はまどふ」(六三八)も同じ感情である。
〔語〕 ○見まく欲しけく 見たいと思ふこと。
 
2382 うち日さす宮|道《ぢ》を人は滿《み》ち行けど吾が念《おも》ふ公《きみ》はただ一人のみ
 
(286)〔譯〕 御所への大通りを、人は一ぱいに歩いてゐるけれども、私の心に思つてゐるお方はただ一人、あなたばかりであります。
〔評〕 單純にして率直、戀する女性のひたむきな眞情が強く人を搏つ。思ひつめた感情であるだけに、家持の、「百磯城の大宮人は多かれどこころに乘りて念ほゆる妹」(六九一)よりも、情熱に於て數段まさつてゐる。「敷島のやまとの國に人二人ありとし念はば何か歎かむ」(三二四九)と並べ稱すべき佳作である。
〔語〕 ○うち日さす 宮にかかる枕詞。「四六〇」參照。
 
2383 世の中し常斯くのみと念《おも》へども半手《かたて》忘れず猶戀ひにけり
 
〔譯〕 世の中は常に斯くままならぬものと觀念してゐるけれども、一方では又、忘れられないで、やはりあなたを戀しく思うてゐます。
〔評〕 障りの多い戀に惱む人の、且思ひ且諦め、反復して環の瑞なきが如く、心を千々に勞する樣があはれである。すぽりと投げ出したやうな四五句の表現が、却つて効果を擧げてゐる。
〔語〕 ○半手忘れず 片一方では忘れないでの意と思はれる。「かたて」は集中他に用例はないが、有り得ぬ語ではあるまい。源氏物語紅葉賀の卷に、源氏に對して頭中將のことを、「片手もけしうはあらずこそ見えつれ」とあるのは同意である。
〔訓〕 ○半手 改字説が多いが、肯ひがたい。二手また左右手をマデと訓んでゐる「二三八」「一一八九」から「カタテ」といふ語もあつたと考へられる。ハタワスラレズ、ハタワスレズテと半手をハタとよむ説もある。
 
2384 我背子は幸《さき》く坐《いま》すと遍《かへ》り來《き》て我に告げ來《こ》む人も來《こ》ぬかも
 
(287)〔譯〕 私の夫は無事でいらつしやると、旅先から歸つて來て、私に知らせに來る人が來ないかなあ。誰か來てくれればよいのに。
〔評〕 旅にある夫の身を案じ暮してゐる妻の心である。一たび家を離れると、歸宅まで杳として夫の消息を知ることの出來ない妻の身としては、せめて夫が旅先で偶然逢つた知人に托した傳言でもと、あいな頼みをかけるのも、まことに無理ならぬ眞情であらう。
〔訓〕 ○人も來ぬかも 白文「人來鴨」。今、古義の訓に從ふ。「二三六六」參照。
 
2385 あらたまの五年|經《ふ》れど吾が戀の跡無さ戀は止《や》まず恠《あや》しも
 
〔譯〕 五年といふ長い年月がたつたけれども、自分の戀の、此の遂げられない厄介な戀は、思ひ諦められないのが、實に不思議なことであるよ。
〔評〕 五年の永い月日を空しい片戀に惱んでゐる人の、なほ思ひ斷ちがたい我が心を省みて自らいぶかつた歌である。愛慾の根づよさと悠々たる時代相とが思はれる。
〔語〕 ○あらたまの 「年」の枕詞。「四四三」參照。○跡無き戀 何の効果もない戀の意で、片戀のこと。
〔訓〕 ○吾が戀の 白文「吾戀」、舊訓ワガコフルに從ふ人が多いが、調の上から代匠記初稿本の書入ワガコヒノに從ひ、次の句と同格の疊語とする方が面白い。
 
2386 石《いはほ》すら行き通《とほ》るべき健男《ますらを》も戀とふ事は後悔いにけり
 
〔譯〕 大磐石でさへも尚突き破つて通つてゆくやうな偉丈夫でも、戀といふことになると、つい不覺な振舞もして、後で悔むものであつたよ。
(288)〔評〕 大丈夫の矜持も、戀の前には脆くも屈するといふ趣を敍した作は集中に少くないが、この歌は殊に心理的に面白い。一二句に表はされた、何物にも屈せぬ丈夫の意氣が、猪突的であるだけに、それが戀愛によつてはじめて躓き、意のままにならぬことを知つたのは、大きな痛手であつたに相違ない。その太い呻吟の聲が、即ちこの歌であつた。
〔語〕 ○いはほすら 大きな磐石でさへも尚且つ。○行き通るべき 突破して通過するやうな。
 
2387 日暮れなば人知りぬべし今日《けふ》の日の千歳の如も在りこせぬかも
 
〔譯〕 日が暮れてしまふと、人目が多くなつて人が知つてしまふであらう。今日の一日が暮れずに、千年のやうに長くあつてくれないかなあ。
〔評〕 晝間戀人に逢うてゐる喜びを側面から語つてゐる。初二句の眞意は捕捉に困難であるが、何か日が暮れたらば却つて人目につき易い特殊な事情でもあつたものか、と略解は疑つてゐる。三句以下の表現は、すらりとして自然なところがよい。
〔語〕 ○在りこせぬかも あつて欲しいものであるの意。「一一九」參照。
〔訓〕 ○日暮れなば 白文「日※[人偏+弖]」は、西本願寺本の頭書による。※[人偏+弖]は「低」の異體字で、日の沈みゆくをあらはしたものと思はれる。
 
2388 立ちて坐《ゐ》てたどきも知らず思へども妹に告げねば間使《まづかひ》も來ず
 
〔譯〕 立つたり坐つたりして、とるべき手だてもわからないほど、自分は戀しく思つてゐるけれども、女にそれを打明けてやらないので、先方からは使も來ないことであるよ。
〔評〕 結句はやや唐突の感がないでもない。使も來ないといふのは勿論片恋戀ではなく、既に交情はありながら、女よ(289)りも男の方がより熱してゐる場合と思はれる。
〔語〕 ○たどきも知らず なすべき手段方法もわからず。○間使 兩者の間を往來する使。「二三四四」參照。
 
2389 ぬばたまのこの夜な明けそ朱《あか》らひく朝行く君を待たば苦しも
 
〔譯〕 どうか今夜はこのまま明けてくれるな。朝歸つて行かれるいとしいお方を、また夜いらつしやるまで待つてゐては、やりきれないことであるから。
〔評〕 甘くなつてしまひさうな境地であるが、聊かもその弊に墮してゐないのは、作者の人がらによるのであらう。湯原王の、「天にます月讀をとこまひはせむこよひの長さ五百夜繼ぎこそ」(九八五)は月をめづる爲の希望であり、これは戀に焦るるが故の念願で、共に空想ではあるが、切なる心情が溢れて強く人に迫るものがある。
〔語〕 ○ぬばたまの 「夜」の枕詞。○あからひく 赤らに光る義で、明けゆく日の光より朝につづく枕詞。ぬば玉の夜と、あからひく朝とを對照させたもの。
〔訓〕 ○待たば苦しも 白文「待苦」、舊訓はマテバクルシモ。今、代匠記による。「三六八二」「三九九八」參照。
 
2390 戀するに死《しに》するものにあらませば我が身は千遍《ちたび》死反《しにかへ》らまし
 
〔譯〕 戀の爲に焦れ死《じに》をするものであるならば、自分の身は、千|遍《べん》も死んでは死に、死んでは死にすることであらう。
〔評〕 戀の苦惱に喘ぐ人が、命も死にさうであるといふのは實感であり、しかも自分の死なずにゐるのを、むしろ不思議と思ふのも僞りのないことであらう。この歌は、その僞らぬ心もちを敍して頗る熱烈なやうに見えるが、しかし再誦すると、假設法などを用ゐ、理路に墮した作爲があり、感情を弄んだ傾は覆ひ難い。笠女郎の、「思ふにし死するものにあらませば千たびぞ吾は死かへらまし」(六〇三)は、この歌をそのまま借り用ゐて、二三の文字を換へた(290)のみである。
〔語〕 ○死する 「鯨魚取り海や死《しに》する」(三八五二)に同じ。○死反らまし 死ぬことを繰返してゐることであつたらう。
 
2391 玉ゆらに昨日の夕《ゆふべ》見しものを今日の朝《あした》に戀ふべきものか
 
〔譯〕 ほんの暫くの間ながら昨日の夕方お逢ひしたばかりであるのに、今朝このやうに戀しく思ふといふことがあるものか。我ながら不思議である。
〔評〕 相見ても相見てもあきたらないのは、戀する男女の眞情であらう。僅かに半夜を隔ててまた思慕の心やみがたくなる自らを、且怪しみ且叱りたしなめてゐるところ、讀者の同情を惹くに値するものがある。
〔語〕 ○玉ゆらに しばしの程。玉と玉とが觸れて鳴る僅かの時間の義とされるが、上代、他に用例はない。
〔訓〕 ○玉ゆらに 白文「玉響」、荒木田久老はタマサカニ、新校はマサヤカニと訓むが肯ひがたい。
 
2392 なかなかに見ざりしよりは相見ては戀《こほ》しき心まして念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 まだ逢はずにゐた時分より、逢つてから後は却つて戀しい心がはげしくなつたやうに思はれることである。
〔評〕 いつの世にも變らぬ愛戀の道の惱みである。藤原敦忠の、「逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔はものを思はざりけり」(拾遺集)は同想の歌で特に人口に膾炙してゐるが、本集中にも、「相見てはしましく戀はなぎむかと思へどいよよ戀ひまさりけり」(七五三)「相見ては戀慰むと人は言へど見て後にぞも戀ひまさりける」(二五六七)など類歌が尠くない。
 
(291)2393 玉|桙《ほこ》の道行かずしてあらませば惻隱《ねもころ》斯《か》かる戀に逢はざらむ
 
〔譯〕 道などに出て行かないでゐたらば、しみじみと切ないほどにこんな戀に逢ふことはなかつたらうに。たまたま外出して美しい人を見たばかりに、かうも苦しい思をする。
〔評〕 行きずりに一目見たばかりの戀に苦しんで、道などに出なかつたらばと後悔するまでの情には、古人のひたむきの眞實と、單純さとがよく想像される。詞調切實な歌である。
〔訓〕 ○ねもころ 白文「惻隱」、舊訓シノビニは非。今、考の訓による。この字面をネモコロと訓むべき證は「二四七二」「二四七三」等にある。○戀に逢はざらむ 白文「戀不相」、舊訓コヒニアハマシヤは、字面に忠ならぬ憾がある。代匠記のコヒニハアハジヲ、考のコヒニハアハジ等は、聲調の上からコヒニアハザラムと訓むの強きに若かないであらう。
 
2394 朝影に吾が身はなりぬ玉|耀《かぎ》るほのかに見えて去《い》にし子故に
 
〔譯〕 朝日にうつる影のやうに、自分の身は細々とやせてしまつた。ほんのちらりと見えたばかりで、通り過ぎて行つた女だのに、その女の爲に。
〔評〕 前のと同じやうに、一目見た戀であるが、これは更に思に痩せ細つて影のやうになつたといふのである。流麗清雅、二句切れの倒装法も落ちついて力がある。
〔語〕 ○朝影に吾が身はなりぬ 朝日を受けた人影の細長く地上に映ることから、痩せ衰へたことをいふ。○玉耀る 枕詞。「四五」參照。
〔訓〕 ○ほのかに見えて 白文「風所見」、この歌は卷十二「三〇八五」と詞句等しいので、それによつて訓む。
 
(292)2395 行けど行けど逢はぬ妹ゆゑひさかたの天《あめ》の露霜にぬれにけるかも
 
〔譯〕 幾ら道を行つても行つても逢ふことのない女のために、空から降る冷い露に濡れたことではある。
〔評〕 簡淨素朴な表現の中に、磨き上げられたやうな微妙な光澤がある。おほらかに迫らぬ聲調にも、ほのかな哀韻が籠つて、情趣清醇と評すべきである。度重ねて訪れる度につれなく會つてくれぬと解するよりも、道に出逢ふことを期待して、空しく歩きつづけたと見る方があはれである。
〔語〕 ○逢はぬ妹ゆゑ 逢ふことのない、そんな妹のために。○露霜 ここは只露の意に見るべきであらう。
〔訓〕 ○ゆけどゆけど 白文「行行」通行本による。代匠記初稿本にユキユキテとある。ユクユクトと訓んで、滯りもなく、心ゆくばかりと解することも出來る。
 
2396 邂逅《たまさか》に吾が見し人を如何《いか》ならむ縁《よし》を以《も》ちてか亦一目見む
 
〔譯〕 偶然の機會で逢つた人を、これからどんな手段を用ゐて、また一目でも見ることが出來ようかなあ。
〔評〕 何の奇趣もない。ありの儘の表現で、戀する人の眞情ではあるが、ただそれだけの作である。
〔話〕 ○たまさかに 偶然に。ふとした機會で。今の口語にも用ゐるに同じい。
 
2397 暫《しまし》くも見ねば戀《こほ》しき吾妹子を日に日に來《く》れば言《こと》の繋けく
 
〔譯〕 暫くの間でも逢はないでゐると戀しい自分の愛人だのに、逢ひに毎日くると、世間の口がうるさいこと。
〔評〕 これも戀する人の惱みとして共通の情である。取り立てていふ程のこともない歌である。
〔語〕 ○吾妹子を 吾妹子なるものを。○日に日に 毎日の意、集中に用例が多い。
 
(293)2398 年きはる世まで定めて恃《たの》めたる君によりてし言《こと》の繁けく
 
〔譯〕 命の盡きる世まで變るまいと約束して、私に信頼させてゐるあのお方ゆゑに、人の評判がほんにうるさいこと。
〔評〕 一體に使用字數の少い人麿集の中でも、これは極端に尠くて、「年切及世定恃公依事繁」の僅々十字に過ぎない。それで讀み添への語如何によつて訓も種々になり、從つて歌意にも相違を來すわけであるから、十分な批評を下すことは困難である。
〔語〕 ○年きはる 年齡の極まる、命が盡きるの意と思はれるが、他に用例を見ない。○恃めたる たのみにさせた、信頼させたの意。
〔訓〕 ○年きはる 白文「年切」、略解に「年」は「玉」の誤としてゐるが、諸本皆この通りである。この儘でよいのであらう。
 
2399 朱《あか》らひく膚《はだ》にも觸れず寢たれども心を異《け》しく我が念《も》はなくに
 
〔譯〕 美しいそなたの膚に觸れないで獨寢をしてゐるけれども、これは餘儀ない事情ゆゑであつて、そなた以外に心を分けて思つてゐることではない。
〔評〕 一二三句は可なり官能の匂が強いが、若い男の障る事があつて妻のもとに行かれずにゐる悶々と、ひたすら妻の機嫌を損じまいとする焦慮とが痛切に出てゐる。
〔語〕 ○朱らひく 美しぐ赤味を帶びてゐる膚とかかる枕詞。他、普通の修飾語と見る説もある。
〔訓〕 ○膚にも觸れず 白文「秦不經」。ハダニフレズテとも訓める。○心をけしく 白文「心異」。ココロヲコトニとも訓める。
 
(294)2400 いで如何《いか》に極太《ここだ》甚《はなはだ》利心《とごころ》の失《う》するまで念《も》ふ戀ふらくの故
 
〔譯〕 いやもうどうして、かうも大變に甚しく、自分は平素のしつかりした心が無くなつてしまふ程、深く思ひ込んでゐることであらう、人に戀するといふことの爲に。
〔評〕 人戀しさの思に理性も意地も失せ果てたのを、我といぶかつたのである。常は益良雄を以て任じてゐる身が、この始末はどうした事ぞといふ自責自悔の念が、太い吐息となつて漏れてゐる。初二句の佶屈にして直線的な語調は頗る力があり、四句まで一氣に押し下して打切り、更に一句を打返して結收した句法も甚だ効果的である。
〔語〕 ○極太甚 かくも大變に甚しくの意で、下の「念ふ」にかかる副詞。○利心 しつかりした心。今日云ふ理性といふに近い語。○戀ふらく 戀ふることの義で、名詞格。
〔訓〕 ○ここだ 白文「極太」、「極此疑伊豫の高嶺の」(三二二)でコゴシカモと訓んでゐるのに徴すれば、ココダと訓んでよい。
 
2401 戀ひ死なば戀ひも死ねとや我妹子が吾家《わぎへ》の門を過ぎて行くらむ
 
〔譯〕 戀ひ焦れて死ぬならば、焦れて死ねとでもいふつもりで、自分の思ふ女は、あのやうに、自分の家に立寄りもしないで、門前を通り過ぎてゆくのであらうか。
〔評〕 冷淡な女に對する男の恨が、婦人の行動を具體的に描寫した四五句によつて、いきいきと現はされてゐる。但、「戀ひ死なば戀ひも死ねとや」は「二三七〇」「三七八〇」にもあつて、既に成句となつてゐたものとも思はれるが、この歌は、聲調の諧和といふ點で一頭地を拔いてゐる。
〔語〕 ○過ぎて行くらむ 「らむ」は、門を過ぎ行く女の心を推量するものである。
 
(295)2402 妹があたり遠く見ゆれば恠《あや》しくも吾はぞ戀ふる逢ふ由を無み
 
〔譯〕 いとしい女の家の邊が遙かに見えると、吾ながら不思議なほど、自分はあの女を戀しく思ふことである、あふべき手段がないので。
〔評〕 逢へぬとは知りつつ、せめてはなつかしい女の家のあたりでも望み見ようとして、出かけた途中での作か。或は他の用で出て、途中女の家を遠望したのででもあらうか。平淡な作である。
〔訓〕 ○遠く見ゆれば 白文「遠見者」。略解にトホクシミレバと改めたが、舊訓の方がよい。
 
2403 玉|久世《くせ》の清き河原に身祓《みそぎ》して齋《いは》ふいのちは妹が爲こそ
 
〔譯〕 玉久世の清い河原でみそぎをして、自分の命が長かれと祈るのも、愛する女の爲なのである。
〔評〕 上代の禊祓の風習が想ひやられ、また當時の人々の神に對する敬虔の念がよく表はれてゐる。四五句の調子が張りきつて、いかにも男性的の歌である。「三二〇一」の歌も同じ構想で、四五句も同じい。
〔語〕 ○玉久世の清き河原 玉は美稱で、山城久世郡の久世河。「一七〇七」に「久世の鷺坂」とある。クセを河原の同義とする説は肯ひがたい。○齋ふいのち 「いはふ」は不淨を祓ひ淨めること。それによつて身命を守る意で、即ち人が命を殞すのは、穢に犯される爲と考へたのである。「齋ふいのち」の句は「四四〇二」にもある。
〔訓〕 ○妹が爲こそ 白文「妹爲」、考の訓による。通行本イモガタメナリ。
 
2404 思ひ依《よ》り見依りにものはありなむを一日の間《ほど》も忘れて念《おも》へや
 
〔譯〕 すべての物事は、思へばますます接近し、見ればいよいよ近寄るものであらうのを、自分はそなたを、一日の(296)間でも忘れようか、決して忘れはしないのに。
〔評〕 この歌は字面があまりに簡單である爲に、一二三句が訓み難く、隨つて解釋も種々あるが、いまだ拍案の説に接しない。
〔語〕 ○思ひ依り 思ふが故に、心がその方へ寄り添ふ意。○見依りに物はありなむを 見るが故に心がその方へ牽かれるといふやうに、何事もあるのであらうに。○忘れて念へや 忘れて思はむや、即ち、忘れむやの意。
〔訓〕 ○思ひ依り 白文「思依」、今、嘉暦本、古義の訓等による。特殊假名遣では、依るのヨと、助詞よりのヨとは類を異にするので、舊訓オモフヨリは不適當である。
 
2405 垣穗なす人は言へども高麗《こま》錦紐解き開《あ》けし君ならなくに
 
〔譯〕 高い垣根のやうに、繁くうるさく、二人の間を人は噂してゐますけれども、高麗錦の紐を解きあけて相寢たといふあなたでもありませんのに、恨めしいことです。
〔評〕 その實はないのに、早くも噂が立つたことを迷惑がり恨んだとみるは淺い解釋である。浮名のみ立ちながら實のないのをもどかしがつて、にえきらぬ男に迫つたものと見るべきである。
〔語〕 ○垣穗なす 垣の高く繁い如くの意。穗は秀である。この句は、「七一三」「一七九三」「一八〇九」にも用ゐられてゐる。○高麗錦 高麗で織つた錦の意。ここは「紐」の枕詞。
〔訓〕 ○ひもときあけし 白文「紐解開」。通行本ヒモトキアクル、考ヒモトキサケシ。略解による。○君ならなくに 白文「公無」。考による。これを「五〇六」の「火にも水にも吾なけなくに」によつて「君なけなくに」とよむ時は、「相寢たあなたが無いではない。あなたのことでありますから、どんなにいはれても我慢をしてゐます」の意になる。次の歌の評の終に記すやうに、次のと連作と見る時は、「ならなくに」の方がよいと思はれる。
 
(297)2406 高麗錦紐解き開《あ》けて夕《ゆふべ》とも知らざる命戀ひつつかあらむ
 
〔譯〕 高麗錦の紐を解きあけて、私は夕方まで保たれようとも分らぬ命であるのに、かうしてあのお方を戀ひ慕つてゐることかなあ。
〔評〕 戀に悶え苦しむあまりに、わが命の絶えむかとまでに思ひつつ、來ぬ人を待をわびてゐる女の優婉な姿が、物あはれに浮んで來る。「紐解きあけて」の句が極めて自然に讀者に受け入れられるまでに突きつめた心情である。結句の詠歎もよく利いてゐる。前の歌の三四句とこの歌の初二の句と同じいのは、前の歌と二首の連作とも見られる。或は、同じ句を用ひてあるから並べ載せたのであらうか。
〔訓〕 ○ゆふべとも 白文「夕戸」、上代特殊假名遣では、「戸」は助詞のトとも、「ユフヘ」のヘとむ類を異にするので、「谷」の誤とする考の説、或偲「友」の誤といふ略解補正の説に從ふべきかとも思はれるが、姑くこのまま舊訓に從ふ。「二一二」に「生跡毛無」、また「二二七」には「生刀毛無」とし、跡、刀、兩類に屬する假名を用ゐたと同じく、トについては比較的早く混同された例かとも思はれる。
 
2407 百積《ももさか》の船こぎ入るる彌占指《やうらさ》し母は問ふとも其の名は謂《の》らじ
 
〔譯〕 大船の漕ぎ入れる浦――そのウラではないが、色々と多くの占をして、母は問うても、私は決してあなたの名は申しますまい。
〔評〕 女がその戀人に誓ふ歌である。卜占を重んじた上代民間の風俗習慣も窺はれて面白く、正述心緒の歌としては長い序を用ゐた點も變つてゐる。
〔語〕 ○百積の船 大船をいふ。「百さか」は、代匠記に、百|斛《さか》又は百|尺《さか》の意としてゐる。前者ならば百石積む船、(298)後者ならば百尺の船の義となる。○彌占指し 多くの占にかけて判斷しての意。「浦」の同音から聯想して「占」につづけたもの。
〔訓〕 ○こぎ入るる 白文「潜納」、潜入の義であらう。古義には、「漕納」の誤としてゐる。
 
2408 眉根《まよね》掻《か》き嚔《はな》ひ紐|解《と》け待つらむか何時《いつ》かも見むと念《おも》へる吾を
 
〔譯〕 眉を掻いたり、嚔をしたり、下紐が解けたりして、待つてゐてくれるであらうか。いつまあ逢へるか、早く逢ひたいと思ひ焦れてゐる自分のことを。
〔評〕 上代の俗信で眉が痒くなつたり、嚔が出たり、下紐が解けたりするのは、人に戀せられる兆と考へられてゐたことは、集中多くの例歌によつて知られる。この歌は、かかる俗信の集大成か、標本とも思はれて興味が深い。但、「二八〇八」の歌はこの歌の異傳であらう。
〔語〕 ○眉根掻き 「五六二」「九九三」「二六一四」等參照。○嚔ひ くさめをする。「二六三七」參照。
 
2409 君に戀ひうらぶれ居《を》れば悔しくも我が下紐の結《ゆ》ふ手|徒《いたづ》らに
 
〔譯〕 あなたに戀ひ焦れて思ひしをれてゐると、悔しいことにまあ、私の下紐が結んでも結んでも解けて、結ぶ手がむだでありますよ。
〔評〕 戀人を待ちわびてをる宵の、おのづから解ける下紐を引結びつつ、嬉しい期待をもつてゐたものの、時刻のたつにつれて空しいあいなだのみに、心も萎れてゆく樣が、あはれ深く描き出されてゐる。結句の字餘りも、次第に消えてゆく餘韻を曳いて、絶え入るやうな遣瀬なさの思を寫すにかなつてゐる。
〔語〕 ○うらぶれ居れば 悄然と思ひしをれてゐると。「八八七」參照。○我が下紐の 下紐の解けるのは人に戀せ(299)られてゐるといふ前掲の俗信に基づいていふ。下紐は衣の外部に見えぬ紐。○結ふ手徒らに いくら結んでも徒勞である、即ち逢へさうな前兆だけで、實際に來て下さらないから、何にもならぬの意。
 
2410 あらたまの年は果《は》つれど敷妙の袖|交《か》へし子を忘れて念《おも》へや
 
〔譯〕 年は果てて、今年もいよいよ終になつたが、袖をさし交はして共寢をした、あのいとしい女を自分は忘れようか、決して忘れはしない。
〔評〕 年末の感としてめづらしいと思はれるが、いとしい女に逢ひ初めた年が、名殘惜しくも將に暮れようとするのに對する、眞面目な感慨で、心を打つものがある。
〔語〕 ○敷妙の ここは「袖」の枕詞。「七二」參照。○忘れて念へや 忘れようか、忘れはせじの意。「六八」參照。
 
2411 白細布《しろたへ》の袖はつはつに見しからに斯《か》かる戀をも吾はするかも
 
〔譯〕 あの美しい人の袖をほんのちらりと見たばかりで、こんな遣瀬ない戀をまあ自分はすることかまあ。
〔評〕 ほのかに見た人に對する愛着を自らいぶかつたのである。女の姿を直接に描かず、「白たへの袖」とした象徴的手法は極めて巧みで、一首の上に効果を齎してゐる。心にくい至りである。
〔訓〕 ○袖はつはつに 白文「袖小端」、舊訓ソデヲハツカニ。略解ソデヲハツハツ。
 
2412 我妹子に戀ひて術《すべ》なみ夢《いめ》見むと吾は念《おも》へど寐《い》ねらえなくに
 
〔譯〕 あの女が戀しくて何とも仕方がないので、せめて夢にでも見ようと自分は思ふけれども、戀しい思で眠ることも出來ないことである。
(300)〔評〕 我妹子は妻とも戀人とも解されるが、後者と見た方が一首の趣からふさはしいやうに思はれる。
〔訓〕 ○戀ひてすべなみ 白文「戀無乏」舊訓による。「三〇三四」「三九七五」によつてコヒスベナカリと略解は訓んでゐる。但「乏」をスベとよむについては定説がない。○夢みむと 白文「夢見」イメニミムトと訓んでもよい。
 
2413 故も無く吾が下紐を解けしめつ人にな知らせ直《ただ》に逢ふまでに
 
〔譯〕 何の故もなく自然に私の下紐を解けさせたのは、あなたが私を思つて下さる證據でせうが、浮名が立つては困りますから、人に知らせないやうにして下さいませ、本當に逢ひますまでは。
〔評〕 人に戀せられる時おのづから下紐が解けるといふ信仰に基づいたものであつて、かなり複雜な心理を詠んでゐるが、聊か表現に洗練を缺いた點がある。
〔訓〕 ○解けしめつ 白文「令解」、嘉暦本には、トカシメテとある。代匠記精撰本による。○人にな知らせ 白文「人莫知」、古義の訓に從ふ。
 
2414 戀ふること意《こころ》遣《や》りかね出で行けば山も川をも知らず來にけり
 
〔譯〕 戀しさの心をどうにも晴らしかねて、家を出て行くと、途中の山も川も目にとまらず、こんな處まで來てしまつたことである。
〔評〕 戀の懊惱に堪へかねて、心も空にさまよひ歩く一人の若い男が浮ぶが、それは細々とした弱い姿でなく、率直素朴な人間の姿である。端的直截に近代性に富んだ表現が、強く讀者の共感を誘ふ。四五句が殊に優れてゐる。
〔語〕 ○意遣りかね 苦しい心持を抛擲しかねての義で、心を晴らし慰めることが出來ないで。
 
(301)   物《もの》に寄《よ》せて思《おもひ》を陳《の》ぶ
 
2415 處女等《をとめら》を袖|布留山《ふるやま》の瑞《みづ》垣の久しき時ゆ念《おも》ひけり吾は
 
〔題〕 「物に寄せて思を陳ぶ」は前の「正に心緒を述ぶ」に對する部立で、外の事物にことよせて、我が内心の思想感情を陳べる意である。
〔譯〕 少女達の袖を振るといふことから聯想される布留山の社の瑞垣が久しいやうに、久しい以前からあなたを思つてゐた、自分は。
〔評〕 「をとめ等が袖振山の瑞籬の久しき時ゆ思ひき吾は」(五〇一)と同一の歌で、少異あるに過ぎない。
〔語〕 ○處女等を 少女達よ、その少女達がといふ程の意で、「を」は詠嘆の助詞。
 
2416 ちはやぶる神の持《も》たせる命をも誰《た》が爲にかは長く欲りせむ
 
〔譯〕 神樣の御手の中にあつて、人力では如何ともし難いこの命を、誰の爲にか、長く生きるやうにと祈らうぞ、唯あなた一人の爲なのです。
〔評〕 人力では如何ともし難い生命をさへ、神に縋つてでも長くしようとする。それも自分一身の爲でなく、愛する人の爲であるといふところに、上代人の眞劍さ、純一さが窺はれる。「二四〇三」「三二〇一」などと同工異曲である。
(302)〔語〕 ○神の持たせる 神樣が持つていらつしやる、即ち神の掌握し給ふの意。
 
2417 石上《いそのかみ》布留《ふる》の神《かむ》杉|神《かむ》さびし戀をも我は更にするかも
 
〔譯〕 いそのかみの布留の社の神杉が神々しく古びてゐるやうに、こんな古びた年になつての戀を、自分は今更することかなあ。
〔評〕 老年に及んで戀をする率直な告白であるが、「一九二七」と殆ど同一歌の異傳と見てよい。
 
2418 如何《いか》ならむ名に負ふ神に手向《たむけ》せば吾が念《も》ふ妹を夢《いめ》にだに見む
 
〔譯〕 何といふ名を負ひ持つてをられる神樣に、幣帛を捧げてお祈りしたらば、自分の思つてゐるいとしい女を、せめて夢にでも見ることが出來るであらうか。
〔評〕 「如何ならむ名に負ふ神に」と新しい神を求めてゐるところ、既に多くの神々に祈つた末であることがわかる。また、「夢にだに」と最小限度を求めてゐるのは、現に逢ふことを願つたが、かなへられなかつたのを物語つてゐる。逢瀬の難さを喞つた痛切な歌である。
 
2419 天地といふ名の絶えてあらばこそ汝《いまし》と吾《われ》と逢ふこと止《や》まめ
 
〔譯〕 天地といふ名が絶えてしまつたらば、その時こそ、そなたと自分と逢ふことが止みもしよう。天地のあらむ限り、自分達の逢瀬は變りはしない。
〔評〕 壯大な氣格、如何にも丈夫の戀にふさはしい感がある。後なる「三〇〇四」の歌と比肩すべきものである。
〔語〕 ○天地といふ名の絶えてあらばこそ 天地といふものが無くなつたらばの意。
 
(303)2420 月見れば國は同《おや》じを山|隔《へな》り愛《うつく》し妹は隔《へな》りたるかも
 
〔譯〕 月を見ると何處も變らぬ光で、彼處も此處も國は同じであるのに、間に山が横はつてゐて、自分のかはゆい妻は遠く懸け離れてゐることであるよ。
〔評〕 月を仰いで遠妻を思ふ歌。初二句の詠歎は單純幼稚なやうで眞情が流露して居り、上代人の素直さが躍如としてゐる。「月見れば同じ國なり山こそは君があたりを隔てたりけれ」(四〇七三)を古人の作として載せてあるのは、この歌を指すのであらう。「隔り」を二つ重ねなのは、巧まずして自然のよき諧調をなしてゐる。
 
2421 木幡路《こはたぢ》は石《いは》踏《ふ》む山の無くもがも吾が待つ君が馬|躓《つまづ》くに
 
〔譯〕 木幡からこちらへ來る道には、岩石のごつごつした山が無ければよいのに。私が待つてゐるあのお方の馬がつまづくといけないから。
〔評〕 山城の木幡を越えて通つて來る愛人を待つ女のやさしい心が溢れてゐる。三句切れではあるが、上下の句の倒置法がよく利いて、格調も整つてゐる。
〔訓〕 ○木幡路は 白文「?路者」、「?」は旗布の平幅の意であるから、木幡をかくかいたとする定本の訓によつた。代匠記は「繰」の誤と見て「來《く》る」の意としてゐる。猶考ふべきである。
 
2422 石根《いはね》踏《ふ》み隔《へな》れる山はあらねども逢はぬ日|數多《まね》み戀ひわたるかも
 
〔譯〕 岩石を踏んで行くやうな、邪魔する山が途中に重なつてゐるわけではないけれども、あのお方と逢はぬ日數が積つたので、戀しく思ひ暮してゐることである。
(304)〔評〕 前の歌と似た語句はあるが、別な歌で、新考に前の歌の答と見たのは誤である。何か支障があつて逢へぬのを歎いたもの、一通りの作である。
〔語〕 ○へなれる山 兩人の間に重なり隔てる山。
 
2423 路《みち》の後《しり》深津島山|暫《しまし》くも君が目見ねば苦しかりけり
 
〔譯〕 備後の國の深津島山といふ名のやうに、暫くの間も、あなたのお姿を見ないと、苦しいことであります。
〔評〕 單純な普汎的の内容を、平明な調で歌つてゐる。序からの續き工合が輕快であるが、かうした固有の地名が詠み込まれてゐるのは、恐らくその地方の俚謠であつたらう。
〔語〕 ○路の後 すべて一國の内で京に遠い方面をいふ。道の口・道の中に對する語。ここは吉備の道の後、即ち備後國をさす。○深津島山 和名抄に、備後國深津郡布加津をあるところ、今は安那郡と合併して深安郡となつてゐる。島山は今の福山市附近の隆起したところで、古昔この邊まで海が入り込んでゐたのであらうと考へられる。以上二句、シマの音を繰返して「しましくも」に懸けた序。
 
2424 紐鏡|能登香《のとか》の山は誰《たれ》ゆゑか君來ませるに紐あけず寐《ね》む
 
〔譯〕 能登香の山は、紐を解くなといふ名の山であるが、折角あなたがお出になつたのに、紐をあけずに寢ようとは、一體誰のためなのであらう。
〔評〕 美作地方に行はれた俚謠であらう。いかにも民謠らしい開放的な調子で、普汎的な情痴を歌つてゐる。
〔語〕 ○紐鏡 裏面の紐に紐のついた鏡。ここはその紐を解くなの意の「な解き」から類音の「能登香」の枕詞とした。能登香の山 美作名所栞によれば、美作國津山市附近で今の二子山のこと、山上に二祠あり、一を能登香の神(305)といひ、よく膏雨を降らし、一を早風の神といひ、よく暴風を鎭めるとある。
 
2425 山科《やましな》の木幡《こはた》の山を馬はあれど歩《かち》ゆ吾が來し汝《な》を念《おも》ひかね
 
〔譯〕 山科の木幡の山を、馬は持つてゐるけれども、支度するのももどかしくて、徒歩で自分はやつて來ましたよ。そなたを思つて、じつとして居られないで。
〔評〕 これも民謠風の調子がある。但、理窟をいへば、戀人に逢ふ爲それほど心がせくならば、徒歩でゆくよりも、多少支度に時を費さうとも、馬でゆく方が早い筈であるが、ここは理窟を拔きにして、矢も楯もたまらずに、飛び出して來たといふ氣持を誇張していつたものと解すべきであらう。尚この歌は拾遺集に、「山科の木幡の里に馬はあれど歩よりぞ來る君を思へば」として載せられて以來有名となつて、源氏物語を始め、平治物語、謠曲、淨瑠璃、長唄等にまで引用されてゐる。
〔語〕 ○山科の木幡の山 山城國にあり、古昔京都から宇治へ行く途中に越えた山、今は宇治町に屬する。○歩ゆ吾が來し 徒歩で自分は來たの意。「ゆ」は「より」に同じく、行旅の手段方法を示す。後の徒然草には「徒より詣でけり」などあり、今も長崎地方その他の方言には「汽車からゆく」「船から行く」などの言方がある。○汝を念ひかね お前を思ふに堪へかねて。
 
2426 遠山に霞|被《たなび》きいや遠《とほ》に妹が目見ずて吾は戀ふるかも
 
〔譯〕 遠山に霞がかぶさつていよいよ遠く見えるやうに、逢つた日も遠ざかり、長い間いとしい女の姿を見ないで、自分は戀ひ焦れてゐることである。
〔評〕 ありふれた内容で、その表現も、四五句の主要部分は特にいふべきことも無い。しかし、縹緲たる序詞の幽韻(306)が、一首の上に少なからぬ効果を將來してゐる。
〔語〕 ○遠山に霞たなびき 「いや遠」に懸けた序。
〔訓〕 ○霞たなびき 白文「霞被」、舊訓による。
 
2427 是川《うぢがは》の瀬瀬《せぜ》のしき浪しくしくに妹は心に乘りにけるかも
 
〔譯〕 宇治川の瀬瀬に頻りに立つ浪のやうに、この頃頻りにいとしいあの女が自分の心に乘りかかつて、戀しく思はれることである。
〔評〕 この歌の本意は四五句にあつて、極めて普通の内容ではあるが、特異な表現が面白い。その爲であらうか「一〇〇」を始として「一八九六」「二七四八」「二七四九」「三一七四」など全く同一の句が、模倣襲用されて、どれが先鞭か知る由もなくなつたが、各序詞の巧拙で一首の價値に等差がついてゐるのは興味が深い。
〔語〕 ○瀬瀬のしき浪 初句以下これまで「しくしくに」にかかる序。○しくしくに 頻りに、絶間なくの意。「二〇六」參思。○妹は心に乘りにけるかも 愛する女が、自分の念頭に乘つて來て思考を支配する意。「一〇〇」參照。○是川 舊訓コノカハとあるが、略解所引春滿の説にウヂガハと訓むとあつて、「氏」と「是」とは通用の文字とし、和訓栞にもその由が見え、更に訓義辨證に漢書地理志の注等を引いて、この兩字の通用することを論じてゐる。○妹は心に 白文「妹心」從來イモガと訓んでゐるが、今、佐伯梅友氏の説に從ふ。詠歎の「かも」の結に對して「が」を用ゐることはないといふのである。
 
2428 ちはや人宇治の渡《わたり》のはやき瀬に逢はずありとも後は我が妻
 
〔譯〕 宇治川の渡り場の瀬の早いやうに、早い時期に逢はずにゐても、そなたは後には必ず自分の妻なのである。
(307)〔評〕 強ひても支障を排して早く逢はうといふ一途な女のあせり心を、自分も苦しさに堪へつつ、さすがに十分の思慮を落ちつけて宥めてゐる男の歌である。いかにも確信に滿ちてゐるやうな口吻の中に、頼もしさが感じられる。
〔語〕 ○ちはや人 枕詞。いちはやき人即ち勇猛な人の義で「氏」にかける。「一一三九」參照。○宇治の渡の 初句以下ここまで、「早き瀬」にかかる序。○はやき瀬 人言の繁き意とする代匠記の説は採らない。下に「後は我が妻」とあるから、早い時期の意と見られる。
 
2429 愛《は》しきやし逢はぬ子ゆゑに徒《いたづ》らに是川《うぢがは》の瀬に裳裾|潤《ぬ》らしつ
 
〔譯〕 なつかしい、しかし自分に逢つてもくれないあの女のために、何とかして逢はうと思つて、結局むだだつたのに、宇治川の瀬を渡つて着物の裾を濡らしてしまつた。
〔評〕 つれない女に思を焦しつつ、空しい努力を重ねる男の姿が見える。自棄や自嘲でなく、眞實な愛に執する人の歎聲である。「二七〇五」と同じ歌の異傳と思はれる。
〔語〕 ○愛しきやし 愛すべき、なつかしきの意。「一三八」參照。○徒らに 空しく、結局は何の役にも立たなかつたの意。
 
2430 是《うぢ》川の水泡《みなわ》逆卷《さかま》き行く水のこと反《かへ》らずぞ思ひ始《そ》めてし
 
〔譯〕 宇治川に浮ぶ水の泡が、逆卷きつつ流れて行く、その水の再び返らぬやうに、どんな事があつても思ひ返さぬ決心で、私はあなたを思ひそめたのであります。
〔評〕 女性の歌と思はれる。作者は恐らく宇治附近にゐたのであらうが、一すぢに思ひつめた強い心持が、おのづからこの強い譬喩を見出したものであり、それが歌詞の上にも傳はつてゐる。
(308)〔語〕 ○こと反らずぞ 言葉が變らないやうに、即ち思ひ翻すことのないやうに。
〔訓〕 ○こと反らずぞ 白文「事不反」、舊訓コトカヘサズゾも意は同じに歸するが、調子の上から新考の訓に從ふ。
 
2431 鴨川の後瀬靜けく後も逢はむ妹には我は今ならずとも
 
〔譯〕 鴨川の後瀬が靜かに流れるやうに、人の風評も靜まつた後に、あの女に逢はうと思ふ。とやかくと面倒の多い今、強ひてあはなくとも。
〔評〕 悠揚迫らぬ襟度に於いて、これ亦男性的の作といふべきであらう。但、四五句は既に成語化してゐたもので、「三〇一八」の如く三句以下全く同じものがあり、「五四一」「六九九」等にも類似の句がある。
〔語〕 ○鴨川 京都の賀茂川をさす。○後瀬靜けく 下流の瀬が靜かになるが如く、後日に至り人の風評が靜まつてからの意で、譬喩。
 
2432 言に出でて云はばゆゆしみ山川の激《たぎ》つ心を塞《せ》きあへにたり
 
〔譯〕 言葉に出して言つては障りがあるので、山川のわき立つやうな、はやる心をば、やつとのことでせきとめて耐へてゐることである。
〔評〕 「嘆きせば人知りぬべみ山川の激つ情を塞かへたるかも」(一三八三)と同趣であるが、彼がどこともなく女性らしい柔らかみのある歌調であるに比して、此は著しく男性的な強さが感じられる。
〔語〕 ○山川の 山川の如きの意。「山川」は山中を流れる川でヤマガハと訓む。
〔訓〕 ○塞きあへにたり 白文「塞耐在」、舊訓セキゾカネタルは不可。略解セキアヘテケリ、古義セカヘタリケリ、新考セキゾアヘタル、總釋セキアヘテアリなど諸訓がある。「在」をケリと訓むのはよくない。
 
(309)2433 水の上に數|書《か》く如き吾が命を妹に逢はむと祈誓《うけ》つるかも
 
〔譯〕 水の上に數を書くやうな、はかない自分の命であるのに、いとしい女に逢はうと、神に誓を立てて祈つたことである。
〔評〕 人の命のはかなさを、水の上に物書くことに譬へなのは、契沖も指摘したやうに佛典から得た知識である。しかしこの歌全體としては、佛教的無常觀の上に立つものではなく、やはり上代人らしい戀愛を表はしてゐるのである。四五句を味へば這般の消息がよく了解されよう。要するにこの譬喩は當時の尖端的知識であつて、作者はこの句を得て、道破し得たりと自ら會心の笑を漏らしたのではあるまいか。なほ、換骨奪胎ではあるが、古今集にもこの句は、「ゆく水に數書くよりもはかなきは思はぬ人を思ふなりけり」として襲用されてゐる。
〔語〕 ○水の上に數書く如き はかないことの譬。代匠記に、涅槃經の句「是身無常念念不v住、猶如2電光・暴水・幻炎1、亦如2畫v水隨畫隨合1」から思ひついたものと説いてゐる。「數書く」は、物の數を一つ二つと數へながら線を書付けること。水の上に物を書くといふことを印象的にする爲に數といつたのであるが、文字や繪をいふよりは、當時としては、實際的であつたであらう。
 
2434 荒磯《ありそ》越《こ》え外《ほか》ゆく波の外《ほか》ごころ吾は思はじ戀ひて死ぬとも
 
〔譯〕 荒磯を越えて外に溢れ行く波のやうに、他人に移りゆくやうなあだし心は、自分は思ひも寄らない。よしや戀ひこがれて死んでしまはうとも。
〔評〕 「戀ひて死ぬとも」「戀ひは死ぬとも」は集中一種の型を成して多くあるが、この歌は序中の譬喩が極めて巧みであり、張り切つた格調も大によく、熱と力とが籠つてゐる。
(310)〔語〕 ○荒磯越え外ゆく波の この二句は「ほか」につづく序。
 
2435 淡海《あふみ》の海おきつ白波知らねども妹がりといはば七日越え來《こ》む
 
〔譯〕 近江の海に立つ白浪、その「しら」といふ音のやうに、女の住むところは知らないけれども、女のもとにといふならば、七日かかつても海山を越えて行かうとおもふ。
〔評〕 近江地方の俗謠ででもあらうか。旅などで逢つた女に、そなたのところはと聞くと、近江であるといふ。それならば幾日かかつても、海山を越えてでもそなたのところに行かうとの全釋の説によつて解した。
〔訓〕 ○妹がりといはば七日越え來む 白文「妹所云七日越來」で、イモガリトイヘバナヌカコエキヌとも訓まれる。「所云」を「二三六一」の訓の終に云うたごとくよむならば、イモガイヘラクナヌカコエコヨと訓まれる。
 
2436 大船の香取の海に碇《いかり》おろし如何《いか》なる人か物|念《おも》はざらむ
 
〔譯〕 香取の海に船が碇をおろすが、その「いかり」の「いか」といふ詞のやうに、いかなる人なのであらう、物思をせずにゐられるのは。羨ましいことである。
〔評〕 戀の物思に惱んでゐる人が、おのづから漏らした歎息であらう。四五句を、いかなる人が物思はぬことがあらうぞ、誰も皆物思をするものであると諦念の意に解する説もあるが、前に掲げた譯の方がよい。、いづれにしても、序は同音を重ねた技巧であるが、單にそれだけではなく、大船のどつしりと碇をおろした樣が象徴的に一首の上に働いて巧みである。「大船のたゆたふ海に碇おろし如何にせばかも吾が戀ひ止まむ」(二七三八)ともある。
〔語〕 ○大船の 大船の楫取《かぢとり》の省かれた「かとり」の枕詞。○香取の海 前後の關係から見て、下總の香取でなく、「いづくにか船乗しけむ高島の香取の浦ゆ漕ぎ出くる船」(一一七二)と洞じ琵琶湖西岸の一部と思はれる。○碇お(311)ろし 初句以下ここまで「如何なる」にかかる序。
 
2437 沖つ藻を隱さふ浪の五百重浪千重しくしくに戀ひわたるかも
 
〔譯〕 沖の藻を隱す浪が幾重とも數限り無く頻りに立つやうに、自分は幾重にも繁く絶間なく戀ひつづけてゐることである。
〔評〕 詞句は優雅に、聲調は暢達してゐる。しかしやや形式的に流れて、眞實味に乏しい憾がある。
 
2438 人|言《ごと》は暫《しま》しぞ吾妹《わぎも》繩手《つなで》引く海ゆ益《まさ》りて深くし念《おも》ふを
 
〔譯〕 人がかれこれと噂するのは暫くの間である。氣に懸けることはない。綱手を引いて舟を漕ぐあの海よりも、もつと深く自分はお前を思つてゐるのであるよ。
〔評〕 世間の風評を氣にして逡巡してゐる女に對し、信頼させ激勵する男の熱心な態度が看取される。
〔語〕 ○繩手引く 枕詞風の用法ではあるが、やはり實際的修飾の意味を持つたものと見たい。
 
2439 淡海《あふみ》の海おきつ島山奧まけて吾が念《も》ふ妹に言《こと》の繋けく
 
〔譯〕 近江の湖の沖の島山、その「おき」といふ詞のやうに、奧深く心の中で自分が思うてゐる女のことに就いて、人がとやかくと、うるさく言ひ騷ぐことである。
〔評〕 後に出づる「二七二八」の歌は、同一の歌の異傳である。又、序のこれに似た歌には、「長門なる沖つ借島奧まへて吾が念ふ君は千歳にもがも」(一〇二四)がある。要するに民謠として一つの型を成してゐるもので、地名を取換へて各地で歌はれたものであらう。
(312)〔語〕 ○おきつ島山 沖の方にある島山。延喜式神名帳に近江國蒲生郡奧津島神社とあり、今も湖上にある沖之島をいふ。以上「おき」と「おく」との類似音反覆によつてかけた序。○奧まけて 「奧まへて」に同じく、奧深くの意。或は、將來を期しての意とする。「まけて」は「夕かたまけて」の「まけ」と同じ。
 
2440 近江の海おきこぐ船に碇《いかり》おろし藏《をさ》めて君が言《こと》待つ吾ぞ
 
〔譯〕 近江の湖の沖を漕ぐ船に碇をおろして、船をおちつけるやうに、ゆつくり心を落ちつけてあなたからの嬉しいお言葉を待つ私なのであります。
〔評〕 序の續け方が巧妙とはいひ難いやうであるが、これも湖畔地方の俚謠であらう。
〔訓〕 ○をさめて君が 白文「歳公之」、舊訓カクレテキミガとあるが、「玉藻苅藏」(三六〇)、「苅將藏」(一七一〇)等の例に據り、ヲサメテと訓む。
 
2441 隱沼《こもりぬ》の下ゆ戀ふればすべを無《な》み妹が名|告《の》りつ忌むべきものを
 
〔譯〕 心の底で窃かに戀ひ慕つてゐると、苦しくて仕方がないので、つい、いとしい女の名を口に出してしまつた。憚るべきことであるのに。
〔評〕 忍ぶ戀の苦みに堪へかねて、心に秘めた愛人の名を口に出してしまつた不覺を後悔する男の歌である。枕詞以外には何の技巧もなく、率直にいひ放つたひたむきな所に力がある。なほ「二七一九」の歌は異傳と思はれ、「二九四七」は類歌である。
 
2442 大地《おほつち》も採《と》り盡《つく》さめど世の中の盡し得ぬものは戀にしありけり
 
(313)〔譯〕 大地でさへも、崩し採つてゆけばいつかは採り盡せるであらうが、この世の中で最も盡し得ないものは、戀といふものである。
〔評〕 構想が頗る雄大であり、表現は率直端的である。古今集の、「わが戀はよむとも盡きじ荒磯海の濱の眞砂はよみつくすとも」に比すると、似た構想でありながら、萬葉と古今との相違がはつきりわかる。
〔訓〕 ○採り盡さめど 以下二三四句、白文「採雖盡世中盡不得」、萬葉古徑二の訓により、以下舊訓による。
 
2443 隱處《こもりど》の澤泉《さはいづみ》なる石根《いはね》をも通して念ふ吾が戀ふらくは
 
〔譯〕 草に隱れた處にある澤の、泉のほとりめ横はる岩根でさへも、貫き通すやうな勢で一途に思ふことである、自分が戀ひ慕ふことは。
〔評〕 語句にも訓法にも疑問があり、從つて解釋も因難であるから、徹底した批評も下されない。「二七九四」にある歌も、同じ歌の異傳である。
〔語〕 ○隱處の 隱れた處の。「澤」の修飾語。○澤泉 地名ではない。澤にある泉の意。
 
2444 白檀弓《しらまゆみ》石邊《いそべ》の山の常盤《ときは》なる命なれやも戀ひつつ居《を》らむ
 
〔譯〕 あの石邊の山のやうに、いつもかはらぬ命であるからとて、かやうにいつまでもひとり戀しく思つてをらねばならぬといふのであらうか。自分は人の命を短くはかないものと思ふと、早く逢つてこの戀しさきやめたい。
〔評〕 戀する人の焦躁は常に本能的のものであるが、流石に人間は時に理性に醒めると、省みてこれに理由づけようと試みるのである。この歌もそれであつて、必ずしも深く無常觀に徹してゐるのではない。
〔語〕 ○白檀弓 枕詞。「二八九」參照。ここは弓を射る意で、石邊の「い」に懸けた。○石邊の山 固有名詞と思(314)はれるが明かでない。
〔訓〕 ○命なれやも 白文「命哉」で、種々によまれる。童蒙抄にイノチヲモガナとあるによつて、イノチニモガモとよみ改めてもよいが、「に」になほ甘心せぬ點がある。
 
2445 淡海《あふみ》の海|沈著《しづ》く白玉知らずして戀せしよりは今こそ益れ
 
〔譯〕 近江の湖に沈んでゐる美しい白玉といふ詞のやうに、まだ十分知らずに戀をしてゐた時よりは、逢つた後の今が、いよいよ愛情が増して來たことである。
〔評〕 見ぬ戀にあこがれてゐた時よりも、逢ひ見た後に増す思は、いつの世にも共通の戀愛心理である。
〔語〕 ○淡海の海しづく白玉 序詞。シラの同音を繰返して「知らず」に續けた形式的技巧で、女の譬喩としたのではないが、しかし間接的には、やはり女の美しさを匂はしてゐると取れる。
 
2446 白玉を纒《ま》きてぞ持《も》たる今よりは吾が玉にせむしれる時だに
 
〔譯〕 自分は白玉のやうな美しい女を手に入れてもつてゐる。今からは自分の玉として大事にしよう。後はともかくも、かうしてしつかり持つてゐる間だけでも。
〔評〕 この歌は寧ろ譬喩歌の部類に入れるべきものである。美しい女、得難い女を手に入れた嬉しさに心は躍つてゐるのであるが、自分には過ぎた女なので、いつ吾が手をそれてゆくか分らぬといふ不安がある。「しれる時だに」の語は、痛切にそれを語つてゐるのであるが、從來これを「領れる」の意であることに氣づかなかつたので、この歌の眞意を卿り得なかつたのである。
〔語〕 ○しれる時だに せめて我が物と領じてゐる間だけでもの意。この「しれる」は相知る意でなく、「葛城の高間(315)間の草野はやしりて」(一三三七)に同じく、領有する意。
 
2447 白玉を手に纒《ま》きしよれ忘れじと念《おも》ひしことは何時《いつ》か畢《をは》らむ
 
〔譯〕 白玉のやうな美しい女を手に入れてから、この女を忘れはすまいと思ひ詰めたことは、いつになつて止まるか、決して止まうとは思はれない。
〔評〕 前の歌と共に寧ろ譬喩歌に入るべきものである。表記法が簡略であるが、前の歌と合せて、上述の如く解すべきである。我身に不相應な女を得た時の心もちである。
 
2448 ぬば玉の間《あひだ》開《あ》けつつ貫《ぬ》ける緒も縛《くく》りよすれば後《のち》逢ふものを
 
〔譯〕 烏扇の玉の、間隔をあけて貫いた緒も、くくりよせると、後では玉が一緒になるものであるのを、それと同じやうに、私達二人の仲も今は隔てられてゐるが、後にはきつと一緒になれるのである。
〔評〕 これも完全に譬喩歌になつてゐる。こまかな觀察、面白い譬喩である。「玉の緒のくくり寄せつつ末つひに行きは分れず同じ緒にあらむ」(二七九〇)も同工異曲の歌である。
〔語〕 ○ぬば玉 ここは枕詞ではなく、射干、即ち烏扇の實。これを緒に貫いて弄んだものと思はれる。○間開けつつ 間隔をおいての意で、間に管玉などを交へ貫いたのであらう。即ち、烏羽玉が管玉に隔てられてゐるのを、相思の二人が隔てられてゐる譬喩としたと見るべきである。
 
2449 香具山に雲居たなびき欝《おほほ》しく相見し子らを後戀ひむかも
 
〔譯〕香具山に雲がたなびいて、ぼんやり見えるやうに、ちよつとした機會に、ぼんやりと相見たあの美しい女を、(316)後になつても自分は戀しく思ふことであらうなあ。
〔評〕 あこがれてゐたものを眺め得た滿足の頂上に於いても、時過ぎて後の戀しさを豫想して「後戀ひむかも」と長大息したのである。心飽き足るまで眺め得た時ですら、この豫感を伴ふのに、「はつはつに」見、「おほほしく」相見た後には、その戀慕の情のそそられることは、更に切なるものがあらう。「一九〇九」の歌は同歌の異傳であらう。その他「後戀ひむかも」を用ゐた歌は少くない。
 
2450 雲間よりさ渡る月の、欝《おほほ》しく相見し子らを見むよしもがも
 
〔譯〕 雲間を通つて渡りゆく月がほんのり見えるやうに、ほのかに相見た女を、今一度見る手だてがあつてほしいものであるよ。
〔評〕 おぼつかなく相見た女に對する憬れから、再會の機を冀つたもので、内容はありふれてゐるが、序が象徴的に慟いて、おぼつかなさの氣分を描き出すに有効である。
〔語〕 ○雲間よりさ渡る月の 「おほほしく」にかかる序。「より」は「鄙の長道ゆ戀ひ來れば」(二五五)の「ゆ」と同じ用法で、そこを通つての意。
 
2451 天雲《あまぐも》の依《よ》り合《あ》ひ遠み逢はずとも異手枕《ことたまくら》を吾《われ》纏《ま》かめやも
 
〔譯〕 空の雲が地と相接する遙かな極地ほど、二人の住む處が遠く隔つてゐるので、逢ふことは出來ないが、それにしても、ほかの女の手枕をして自分が寢るやうなことは決してありはせぬ。
〔評〕 上句の譬喩が極めて雄大で、それに對して下句はまた頗る具象的に力強く言ひ切つてゐる。如何にも益良雄ぷりの戀の迫力が漲つてをるのを感ずる。
(317)〔語〕 ○天雲の依り合ひ遠み 天の雲と地と相接する處の如く遠いのでの意。代匠記精撰本に、「或は東西或は南北にある雲の遠くて依り相はぬを借りて久しくあはずともと云ふによそふるなり」といひ、古義にも「天の雲と國土とはるかに離れ隔りて、依合ふ事の遠きよしのつづけなるべし」とあるのは、共に諾け難い。「依り合ひ」までは 「遠み」に對して序となつてゐるのである。○異手枕 他の人の手枕。他の女と共寢をするの意。
 
2452 雲だにも著《しる》くし發《た》たば意《こころ》遣《や》り見つつも居《を》らむ直《ただ》に逢ふまでに
 
〔譯〕 戀しい人の住む方に、せめて雲だけでも著しく立つならば、私は氣を晴らし慰めてそれを見てゐませう。直接戀しい人に逢ふまでは。
〔評〕 頗る古趣を帶びて、格調抑揚に富み、眞摯な戀情がつつましく一首の上に流れてゐる。落ちついた婦人の作であらう。齊明紀なる天皇の御製、「いまきなるをむれがうへに雲だにもしるくし立たば何か歎かむ」とあるに學んだことは明かである。
〔訓〕 ○みつつも居らむ 白文「見乍爲」。「爲」は「居」の誤とする考の説によつた。
 
2453 春楊《はるやなぎ》葛城《かづらき》山に發《た》つ雲の立ちても坐《ゐ》ても妹をしぞ念ふ
 
〔譯〕 葛城山に立つ雲のやうに、自分は立つても坐つても、常住不斷あのいとしい女のことばかり思つてゐる。
〔評〕 單純な内容と類型的な表現であるが、序が、恐らくは作者眼前の實景を以てしたものと思はれ、それだけに清新味を吹き込まれ、かつ枕詞をも寫實的に生かした巧妙な表現によつて、全體が美化され、朗々誦すべき歌となつた。類歌中の白眉である。
〔語〕 ○春楊 春の柳を折つて蘰にする意から、「葛城」につづけた枕詞。「春柳蘰に折りし」(八四〇)參照。○た(318)つ雲の 同音を重ねて「立ちても」に懸けた枕詞。
 
2454 春日山雲居がくりて遠けども家は思はず君をしぞ念ふ
 
〔譯〕 故郷の春日山は雲に隱れて遠いけれども、その遠い家のことは思はずに、今は一途にそなたのことのみ思つてゐる。
〔評〕 歌調も頗る流麗。旅路の戀ではあるが實感が漲つて居り、言葉の裏に遊子の旅情を慰めてゐる優しい女性の姿も、髣髴として浮んで來る。
〔語〕 ○雲居がくりて 雲に隱れての意。「雲居がくる」は後世の「雲がくる」に同じ。
 
2455 我が故に云はれし妹は高山の岑《みぬ》の朝霧過ぎにけむかも
 
〔譯〕 自分の爲に、人にとやかくと噂をされたあのいとしい女は、それを氣に病んで、高山の峯の朝霧が消え失せるやうに、遂に失せてしまつたのであらうかまあ。
〔評〕 悲しい戀の回想である。平明な語句、暢やかな格調の中に、悲痛の感情が波打つてゐる。今は離れ住んでゐて、女の死を聞いたのである。
〔語〕 ○高山の岑の朝霧 「過ぎ」に懸けた譬喩的の序。
 
2456 ぬばたまの黒髪山の山|草《すげ》に小雨《こさめ》零《ふ》りしきしくしく思ほゆ
 
〔譯〕 黒髪山の草を濡らして、小雨が頻りに降りそそぐが、その小雨の繁きが如く、いよいよ繁くあの女のことが思はれることである。
(319)〔評〕 主想はただ「しくしく思ほゆ」といふだけの、簡單なものであるが、「ぬばたまの黒髪山」に、女の美しい容姿が想像され、山草に小雨が降りそそぐといふことに、しみじみと惱み萎れてゐる風情が浮んで來る。まことに繊細で、感覺的に生きた序である。序が象徴的に働いて、その効果を極度にまで發揮した作といつてよい。
〔語〕 ○ぬばたまの 「黒髪」に懸けた枕詞。「八九」參照。○黒髪山 奈良市の北佐保山の一部。「一二四一」參照。
〔訓〕 ○山すげ 白文「山草」。ヤマクサと訓む説もある。草をスゲとよむ理由はさだかでないが、舊訓に從つておく。古義に、「草」を「菅」の誤としたのはよくない。
 
2457 大野に小雨降りしく木《こ》の下《もと》に時と依《よ》り來《こ》よ我が念《おも》ふ人
 
〔譯〕 廣い野原に小雨が降りしきつてゐる。かやうな時は、木の下に人がたよつて來るものであるが、今こそあなたも、寄るべき時として、私のもとへお出でなさいませ、私のいとしい方よ。
〔評〕 譬喩的の序が氣が利いてゐる。四五句あたりの調子は著しく民謠風の匂を帶びてゐる。
〔語〕 ○木の下に 木蔭に。作者自身を、雨中に陰と頼むべき樹に比したのである。○時と依り來よ 依るべき時として私を頼んで來よとの意。
〔訓〕 ○大野に 白文「大野」、舊訓オホノラノ。ラを訓み添へることも不可ではない。オホノナルと訓んで、「降りしく木の下」と續けて解することも出來る。
 
2458 朝霜の消《け》なば消《け》ぬべく念《おも》ひつついかに此の夜を明《あか》しなむかも
 
〔譯〕 苦しい思の爲に、いつその事、この身も消えるなら消えてしまへとまで思ひながら、どうして私は、此の夜を明かすことができようか。
(320)〔評〕 獨寢の憂愁に悶える女性の歌と見るべきであらう。暢やかな調子の中に、訴へるやうな怨情が痛切にあらはされてゐる。
〔語〕 ○朝霜の 「消」につづけた枕詞。
 
2459 吾背子が濱行く風のいや急《はや》に急事《はやごと》益《ま》して逢はずかもあらむ
 
〔譯〕 あなたが、濱を吹きゆく風のやうに、一層急激に、事をお急ぎになつて、却つてうまく行かずに、私達は逢へなくなるかも知れません。時をお待ちなさいませ。
〔評〕 心いられして却つて事を破りさうな男の態度をたしなめた女の歌とはわかるが、四五句の訓が確定的でないのは遺憾である。
〔語〕 ○濱行く風の 「いや急」を導く序。○急事益して 急いだ遣口を重ねての意。
〔訓〕 ○急事まして逢はずかもあらむ 白文「急事益不相有」、略解のハヤコトナサバイヤアハザランは、ナサバを補ひよみ、益をイヤとよんだのである。
 
2460 遠妹《とほづま》の振仰《ふりさ》け見つつ偲《しの》ふらむこの月の面《おも》に雲な棚引き
 
〔譯〕 遠くにゐる妻が、仰ぎ見ては自分のことを思ひ出してゐるであらうこの月の面に、雲よ棚引かずにゐてくれ。
〔評〕 相思の人が遠く離れてゐて、同じ月影を仰いで思を馳せ合ふといふことは、古今東西に亙つて變らぬ人情であらう。「この月の面に雲な棚引き」によつて、月が曇つたらば妻の心も曇らうにといふ餘情を湛へてゐて可憐である。「吾背子がふりさけ見つつ嘆くらむ清き月夜に雲な棚引き」(二六六九)は、男女位置を換へたものであるが、共に(321)佳調である。
 
2461 山の端《は》にさし出づる月のはつはつに妹をぞ見つる戀《こほ》しきまでに
 
〔譯〕 山際に出て來る月がちらりと見えるやうに、ほんのちらりと、あの女の姿を見たことである。あとで、かうも戀しく思はれるまでに。
〔評〕 純眞な、極めて初心らしい戀情が、素直な言葉で歌はれてゐる。序も流麗で、女の若い清楚な容姿を暗示してゐるやうで、効果的である。
 
2462 我妹子し吾を念《おも》はばまそ鏡照り出づる月の影に見え來《こ》ね
 
〔譯〕 自分のいとしい女が、本當に自分を思つてゐるならば、清く照り出でる月の影のやうに、面影となつて目の前に見えてくれ。
〔評〕 愛する女への戀情を傾けて、せめてはその姿が幻となつてでも現はれよ、といふ熱望を吐露したものである。
〔語〕 ○まそ鏡 「照り」に續く枕詞。○照り出づる月の 「影」を導く序。○影に見え來ね この影は、鏡に寫る映像と同じで、月の面へ姿がうつり出よの意であると總釋に説いてゐるが、從ひ難い。「影に見えつつ忘らえぬかも」(一四九)と同じく面影の義である。
 
2463 ひさかたの天《あま》光《て》る月の隱りなば何になぞへて妹を偲《しの》はむ
 
〔譯〕 空に照つてゐるこの月が隱れてしまつたらば、自分は何になぞらへて、わがいとしい女を思ひ續けよう。
〔評〕 愛する女と遠く離れて、一人さびしく月を見てゐる男の歌であるが、旅中といふやうな場合でなく、逢瀬の難(322)い仲であらう。燃えるやうな情熱は無いが、素直な純眞さがよい。〔語〕 ○なぞへて なぞらへて、擬して、託してなどの意。或る一つの物を、他の或る物と思ひなし、それに直接向けがたい心意を代りにこれに注がうとするのである。月が隱れては愛人を偲ぶよすがを失ふのである。
 
2464 若月《みかづき》の清《さや》にも見えず雲|隱《がく》り見まくぞ欲《ほ》しきうたて此の頃
 
〔譯〕 三日月がはつきりと見えず、雲に隱れてゐるやうに、相見ることが出來なくて、何とかして逢ひたくてたまらない。やたらに此の頃は、一層さう思はれる。
〔評〕 序が象徴的にはたらいて、効果を擧げてゐる。しかし三句以下の表現は稍あらはに過ぎ、句法も内容に對しては聊か柔かみを缺く嫌があらう。
〔語〕 ○雲隱り 初句以下ここまでを、すべて序と見る説と、女の逢ひ難きに比した譬喩と見る説とある。序と見るにしても、それは單なる機械的の技巧でなく、所謂有心の序として、多分に譬喩の氣特を含んでゐると解するのがよい。
 
2465 我背子に吾が戀ひ居《を》れば吾が屋戸《やど》の草さへ思ひうらぶれにけり
 
〔譯〕 いとしい夫に私が戀ひ焦れてゐると、私の家の庭の草までが、思ひ惱んで萎れてしまつたことであるよ。
〔評〕 戀の惱みに憔悴した佳人の姿があはれに目に浮んで來る。我が物思ひの爲に庭の草さへも生色が無くなつたと驚いたところ、自然も自己と融けあつてゐる如くに感じたので、上代人の素朴な純情が如實に歌はれてゐる。更に表現の上から見ても、上三句に「吾が」を反復して頭韻を成した語調の妙は、額田王の「君待つと吾が戀ひ居れば吾が宿の」(四八八)の粉本があつたにしても、四五句の素直な調子が嫋々たる餘韻を曳いて、いふべからざる趣がある。
〔語〕 ○うらぶれにけり うち萎れて、しよんぼりなつてしまつたわいの意。
(323)〔訓〕 ○うらぶれにけり 白文「浦乾來」、舊訓ウラガレニケリ。橋本進吉博士の上代特殊假名遣の研究によつて定訓が得られることになつた。
 
2466 淺茅原《あさぢはら》小野《をの》に標繩《しめ》結《ゆ》ふ空言《むなごと》をいかなりといひて君をし待たむ
 
〔譯〕 あなたに逢ふ爲には、淺茅の生えた野原に標繩を結ふやうな、取り留めもない嘘の口實をいはねばなりませんが、それには一體どんな事情だとごまかし繕つて、あなたをお待ちしたものでせう。
〔評〕 人に悟られぬやうな、うまい口實を考へてをるので、忍ぶ戀に焦慮してゐる女性心理が、如何にもと首肯される。但、「あしひきの山より出づる月待つと人にはいひて妹待つ吾を」(三〇〇二)の巧妙にして情趣饒かなのに比すれば、表現が晦澁であるが、この序は、「三〇六三」に、一二三句が同じく用ゐられてをり、また「二四八一」の歌を參照して考へると、民俗的な根據があるのであらう。
 
2467 路《みち》の邊《べ》の草深百合《くさふかゆり》の後《ゆり》にとふ妹がいのちを我《われ》知らめやも
 
〔譯〕 路ばたの深い叢に咲いてゐる百合といふ名の如く、ゆり(後)に逢はうといふ女の命も、いつまでと自分には知られない。さういふ人間の命であるから、早く逢ひたいものである。
〔評〕 障りの多い戀に對する焦躁感の遣瀬なさを叫んだもので、戀する人の共通心理である。「一五〇三」の歌と、序の技巧は同じであるが、「草深百合」は、楚々たる女の容姿を暗示してゐるやうでよい。
〔語〕 ○草深百合 草の深い所に咲いてゐる百合の意で、同音を繰り返した序。
 
2468 潮葦《みなとあし》に交《まじ》れる草の知草《しりくさ》の人みな知りぬ吾が下思《したもひ》は
 
(324)〔譯〕 河口の葦の中にまじつてゐる草で、名は知草、その「しり」といふ名のやうに、もう人が皆知つてしまつた、自分の心中の物思をば。
〔評〕 忍ぶ戀を人に知られて當惑した口吻である。しかし痛切な述懷といふではなく、一通りの作に過ぎない。尚これは、知草といふものを詠み入れた集中唯一の例である。
〔語〕 ○一二三句、同音反復により「知りぬ」を導く序。「みなと葦」は河口に生えてゐる葦。「知草」は和名抄にあつて、藺《ゐ》のことと代匠記にいつてゐる。
 
2469 山|萵苣《ちさ》の白露しげみうらぶれて心に深く吾が戀|止《や》まず
 
〔譯〕 山萵苣の花が、白露のしげみによつて萎れうなだれるやうに、しよんぼりうちしをれて、心の奧深くで、自分の戀しく思ふことは止む時がない。
〔評〕 一二句は、類型を脱して、新味に富んだ序である。三句以下も率直自然で、特に結句の直線的な表現は、力があつてよい。
〔語〕 ○山萵苣 エゴの木で、今九州中國邊でいふ蔬菜のチシヤではなからう。「一三六〇」參照。但、前後皆、草に寄せた歌であるから、これも草であらうといふ説がある。○白露しげみ 一二句は「うらぶれ」に懸けた序。
〔訓〕 ○白露しげみ 白文「白露重」。舊訓シラツユオモミとある。
 
2470 潮《みなと》にさね延《は》ふ小菅《こすげ》しのびずて君に戀ひつつ在《あ》りかてぬかも
 
〔譯〕 河口に根を張る小菅は、葉がしなふといひますが、私は心の中に忍び隱せないで、あなたに戀ひ焦れながら、このままではとてもゐられないことでありますよ。
(325)〔評〕 女の作と思はれる。内容は極めて單純であるが、纒綿たる情懷が、迂餘暢達の語句聲調の間に流れてゐる。
〔語〕 ○一二句 小菅の葉がしなふ意。類音の「しのび」にかけて序としたもの。○しのびずて 心中にこめおくに堪へずして。人にも知られるばかりの戀を、遂げずには生きてをられないといふのである。
 
2471 山城の泉の小菅おしなみに妹が心を吾が念《も》はなくに
〔譯〕 山城の泉の地の小菅が、押し靡《な》みに靡くが、その「なみ」といふ詞のやうに、並大抵には、そなたの心もちを自分は思つてはゐないのに。
〔評〕 普汎的戀情を抒べるのに「地名を詠み込んで序としたのは、その地方に行はれた民謠であつたことを思はせる。それだけに調子が滑らかに磨き上げられてゐる。
〔語〕 ○山城の泉の小菅 泉は泉川の沿岸。以上二句、小菅がおし靡く意で「おしなみ」につづけた序。○おしなみに 並々に、普通にの意。
〔訓〕 ○妹が心を 白文「妹心」、古義の如くイモヲココロニと訓めば一首の意味が變る。今、舊訓を採る。
 
2472 見渡しの三室《みむろ》の山の石穗菅《いはほすげ》ねもころ吾は片思ぞする【一に云ふ、三諸の山の石小菅】
 
〔譯〕 向うに見渡される三室山の石穗菅、その「根」から思ひ寄せられるやうに、ねんごろに一所懸命、自分は片思をしてゐることである。
〔評〕 共通的の戀情を歌つた作。「一に云ふ」の如く、部分的に辭句の小異があるのは、廣く傳誦された證左と見られる。
〔語〕 ○三室の山の石穗菅 三室はここは三輪山であらう。石穗菅は巖石の上に生えてゐる菅。「根」の意によつて、(326)「ねもころ」に懸けた序。
 
2473 菅《すが》の根の惻隱《ねもころ》君が結《むす》びてし我が紐の緒は解く人あらじ
 
〔譯〕 ねんごろに心をこめてあなたが結んで下さつた私の着物の紐は、あなたの外に解く人は決してありませぬ。
〔評〕 男が旅などに出よう上するのに、名殘を惜しみ、かつ歸期の早からんことを願つた女の心情である。平明な内容で、表現にも特異といふべき點は無いが、しみじみと眞情の流露してゐるのがよい。
〔語〕 ○菅の根の 同音反復で、「ねもころ」の「ね」に懸けた枕詞。○解く人あらじ 直譯すれば、解く人はあるまい、であるが、解く人はありませぬ、あなたの外の誰に解かせるものですか、といふ強い意志を、かく柔げて表現したのである。
〔訓〕 ○わが紐の緒はとく人あらじ 白文「我紐緒解人不有」で、ワガヒモノヲヲトクヒトハアラジともよめる。
 
2474 山菅《やますげ》の亂れ戀のみ爲《せ》しめつつ逢はぬ妹かも年は經につつ
 
〔譯〕 心も亂れ、氣も狂ふほど遣瀬ない戀ばかり自分にさせて、一向に逢つてくれないことかまあ、あの女は、こんなに年がたつのに。
〔評〕 男の煩悶懊惱に比して、女は頗る冷靜の態度をつづけてゐるやうである。その冷靜を女に責める語氣は更に見えず、獨り窃かに怨みをつぶやいてゐるのは、戀する人の弱さをあらはしてあはれである。
〔語〕 ○山菅の みだれにかかる枕詞。
 
2475 我が屋戸《やど》の軒の子太草《しだくさ》生《お》ひたれど戀忘草見るに未だ生《お》ひず
 
(327)〔譯〕 自分の家の軒には齒朶《しだ》草が生えてゐるけれども、戀を忘れるといふ忘草は、さがして見てもまだ生えてゐない。
〔評〕 忘草や忘貝から、さまざまの憂愁苦惱を忘れるといふことに聯想を馳せるのは常套的で、集中、類例が多い。
要するに、上代人の言靈信仰の一面のあらはれに外ならない。
〔語〕 ○軒の子太草 屋根の軒に生える一種の草。代匠記にはシノブ草のこととしてゐるが、シノブをシダ草と稱したかは疑はしい。齒朶とする説もあるが、齒朶は山中のもので軒に生える草ではない。齒朶に似た一種の小さな草であらう。下草の意とする説は從ひ難い。○戀忘草 戀を忘れるといふ名の忘草。萱草のこと。「三三四」參照。
〔訓〕 ○見るにいまだ生ひず 白文「見未生」、ミレドイマダオヒズともよまれる。
 
2476 打《う》ちし田に稗《ひえ》は數多《あまた》にありといへど擇《え》らえし我ぞ夜《よる》ひとり宿《ぬ》る
 
〔譯〕 打つて耕した田に、稻にまじつて稗は澤山あるといふけれども、拔き棄てられもせずにあるのに、擇り捨てられた自分は、夜を一人で寂しく寢ることである。
〔評〕 素朴な内容を、如何にも率直に、吐き出すやうにいつてのけたところ、不平と自嘲との中にユーモアも含まれてゐる。序は農人の生活に即したもので、野趣があつて愉快である。「水を多み上《あげ》に種蒔き稗を多み擇らえし業ぞ吾がひとり寢る」(二九九九)の類歌もあるが、修辭は、今の歌がまさつてゐる。
〔語〕 ○打ちし田 打ち耕した田の意で、ここは單に田のこと。○稗は數多にありといへど 稻の中に生じる稗は稻に害をなすので拔き棄てられるもの、それがなほ拔かれもせずに澤山混つてゐるがの意。
〔訓〕 ○打ちし田 白文「打田」、舊訓ウツタニモ。ウツタニ或はウチタニと四音に訓んでもよい。
 
2477 あしひきの名におふ山菅《やますげ》おしふせて君し結ばば逢はざらめやも
 
(328)〔譯〕 足引のといふ語にふさはしい名の山菅を、押し伏せて葉を結ぶやうに、強ひてもあなたが、しつかりと縁を結ぶおつもりならば、遂には一緒になれないことがありませうか。
〔評〕 この歌は難解であり、特に初句の枕詞が、第二句へどう懸るのかが明かでないので、誤字説や義訓説が行はれてゐる。第三句にも異訓がある。草結びの習俗を譬喩的の序に用ゐて、女から男の強い決意を要求したもののやうに考へられるので、右の試解を施した。
〔語〕 ○名におふ山菅 山といふ名を負つてゐるの意か。猶考ふべきである。○おしふせて 山菅の葉を結ぶ爲に押伏せる意で、強ひて、無理にもの譬喩と解すべきであらう。○君し結ばば 草結びをするが如く、あなたが私と二人の仲をしつかり結んで下さるならばの意であらう。
 
2478 秋柏《あきがしは》潤和《うるわ》川邊のしののめの人にはしのび君に堪《あ》へなく
 
〔譯〕 潤和川のほとりの篠の群ではないが、ほかの人には忍び隱れてゐるのですが、あなたの戀しさには堪へきれないのです。
〔評〕 これも難訓難解の歌で、區々の説があり、明確に解しがたい。序のこれに似たのは、「朝柏閏八河邊の小竹の芽の思《しの》ひて寢れば夢に見えけり」(二七五四)とある。潤和川と閏八川とは似てゐるが、同じか否かは明かでない。
〔語〕 ○秋柏 枕詞ではあるが、下への續き方は明かでない。商ひ物の柏を賣るとかかるといふ考の説、明り柏、即ち清淨なる柏の葉が光り潤つてゐる義とする古義の説などある。秋の日に紅葉した柏が美はしいといふ意で川の名のうるはにかけたとする福井久藏博士の説が比校的穩かであらう。○潤和川 所在不明、大日本地名辭書に、駿河國富士郡|潤《ウルヒ》川かとあるも根據不十分である。○君にあへなく 君を戀ふる心に堪へないの意。
〔訓〕 ○人にはしのび 白文「人不顔面」。考の訓シヌベバを採り、上二段活用の連用形に訓み改めた。定本には四(329)を代匠記に從ひ、シノノメニヒトニハアハジキミニアヘナクとした。猶考ふべきである。
 
2479 さね葛《かづら》のちも逢はむと夢《いめ》のみに祈誓《うけ》ひぞわたる年は經《へ》につつ
 
〔譯〕 今こそ戀しい人に逢へないが、後になつて必ず逢はうと、末を頼みにして、せめて夢だけで逢ひたいと、神樣に誓ひ續けてをる。年月は經過しつつ。
〔評〕 障礙の多い今は、せめて夢裡の遭逢にでも心を慰めつつ、じつと將來を待たうといふ苦患と忍耐とは、通常といふべき戀愛心理ではあるが、また強い眞實である。その眞實が率直に力強く語られてゐる。
〔語〕 ○さね葛 枕詞。さね葛が別れ別れに伸びても、後に又逢ふことがあるの意。「二〇七」參照。
〔訓〕 ○うけひぞわたる 白文「受日度」舊訓によつた。考にはウケヒワタリテとある。
 
2480 路の邊の壹師《いちし》の花の灼然《いちしろ》く人皆知りぬ我が戀妻は【或本の歌に曰く、いちしろく人知りにけり繼ぎてし念へば】
 
〔譯〕 道ばたに吹く壹師の花といふ名の如く、いちじるく明白に人が皆知つてしまつた。自分の戀女房のことをば。或本の歌――すつかり人が知つてしまつたことである、たえまなしに思ひ焦れてゐるので。
〔評〕 ひそかなる戀妻のことを、ふとした事から人に知られてしまつたのは、甚しい當惑であり、それに就いては自身の不用意を悔いてゐるのであるが、しかし戀する人の心理は又反對にも働く。戀妻といふほどのいとしい女であればある程、よしそれが秘すべきものであつても、「ままよ見しやれ」といふやうな氣持にも時としてはならう。「人皆知りぬ我が戀妻は」の口吻には、さうした困惑の半面に、また棄鉢的な誇も看取されるやうである。
〔語〕 ○路の邊の壹師の花の 「いち」の同音を繰返した序。壹師は羊蹄《ぎしぎし》のこと。蓼科の草本で四五月頃花が咲く。
 
(330)2481 大野にたどきも知らず標繩《しめ》結《ゆ》ひて在りもかねつつ吾がかへり見し
 
〔譯〕 廣い野原にとりとめもなく標繩を張つたやうに、おぼつかない約束をして、さて不安さにじつとして居られないで、自分はまた女の所へ引返して行つて見たことであつた。
〔評〕 戀しい女に辛うじて思がかなつたものの、まだ女の心を確保したといふ自信にまで達してゐない男の、不安焦燥が、珍しい譬喩でよく現はされてゐる。
〔語〕 ○たどき 方便、手がかり。○吾がかへり見し 女の處へまた行つてみたと解したが、猶考ふべきである。誤字の説もある。
〔訓〕 ○大野に 白文「大野」、舊訓オホノラノ、略解オホノラニとあるが、四音に訓んで差支ない。
 
2482 水底に生ふる玉藻のうち靡き心は寄りて戀ふるこの頃
 
〔譯〕 水底に生えてゐる玉藻が打靡くやうに、私の心はすつかりあのお方に靡き頼つて、戀ひ焦れてゐるこの頃ではある。
〔評〕 類歌の多い型ではあるが、序が適切で極めて有効にはたらいてゐる點、この種の歌の典型的なものであらう。この序の一二句は「二七七八」にも用ゐられてゐる。
 
2483 敷たへの衣手|離《か》れて玉藻なす靡きか寢《ぬ》らむ吾《わ》を待ちかてに
 
〔譯〕 いとしいあの女は、此の頃自分の袖に離れてゐて、玉藻の靡くが如くに打萎れつつ横になつて寢てゐるであらうか、自分の行くのを待つても甲斐がなくて。
(331)〔評〕 典型的な五七調で、緊密な聲調をなしてゐる。儘ならぬ支障で暫く逢へずにゐる女への思慕と同情とが、しんみりと現はされてゐるところ、練熟の手腕である。0
〔語〕 ○敷妙の ここは「衣」の枕詞。○衣手かれて 自分の衣の袖に接することが出來ないで、即ち自分が行かないのでの意。
 
2484 君|來《こ》ずは形見にせむと我《わが》二人植ゑし松の木君を待ち出でむ
 
〔譯〕 あなたがお出でにならない時は、あなたの代りに眺めようと、あなたと私と二人で植ゑた松の木なのです。松よ、お前は「まつ」といふ名であるから、多分、あなたのお出を待ちつけるであらう。きつとあなたはお出でになるでありませう。
〔評〕 君の姿の見えぬ時は、せめて一緒に植ゑた松の木をその人とも見て慰まうといふのは優しい女心である。松に呼びかけ、頼んでゐるやうな口吻が特に同情を牽く。
〔語〕 ○形見にせむと 君の代りとして眺めたいとて。○君を待ち出でむ 「まつ」といふ名の通りに、君の來訪を待ちつけ得るであらうの意。
 
2485 袖振りて見ゆべきかぎり吾はあれど其の松が枝《え》に隱《かく》りたりけり
 
〔譯〕 あなたから見えてゐさうな間、私は袖を振つてゐたのですが、あなたの方からは、私の姿は、あの松の枝に隱れてゐるのでした。
〔評〕 旅に出でゆく男を送る女の歌である。女は最後の一瞥にこたへようと袖を振つてゐたが、男は、それを認めた樣子もなく遠ざかつた。それを、自分の姿はあの松の枝に隱れてしまつてゐたのかと、幼く斷じたのであらう。四句(332)の「その」は印象的に効果があるやうである。
〔語〕 ○其の松が枝ニ あそこにある松の木の枝に。
〔訓〕 一句を「袖ふるが」とよむと、出立する男の歌になる。しかし、三句は女の歌と解するのがよいので、上記の訓によつた。仙覺本にはソデフルヲミルベキ、澤潟博士はソデフラバとある。
 
2486 血沼《ちぬ》の海の濱邊の小松根深めて吾《われ》戀ひわたる人の子ゆゑに
     或本の歌に曰く
   血沼の海の潮干《しほひ》の小松|懇《ねもころ》に戀ひやわたらむ人の兒ゆゑに
 
〔譯〕 血沼の海の濱邊の小松の根が深くなつてゐるやうに、深く思ひこんで自分は戀ひつづけてゐる。どうにもならぬ人の妻であるのに。
 或本の歌――血沼の海の潮干の濱にある小松の根、その「ね」ではないが、ねんごろに心の底から、いつまで自分は戀ひつづけることだらう。どうにもならぬ人妻であるのに。
〔評〕 血沼の海の沿岸地方に行はれた民謠らしい。内容は個人的の特殊感情でなく、人妻に思を馳せるといふ共通情痴であり、表現も形式的に齊整されてをる。ある本の歌も同樣である。
〔語〕 ○血沼の海 茅渟の海。今の大阪灣の一部、堺市方面をいつた。「一一四五」參照。○根深めて 初句以下「根」までが「深めて」の序となつてゐる。心の底から深くの意。○人の子ゆゑに 如何ともし難い人妻だのに。○血沼の海の潮干の小松 小松の根といふ意から「ねもころ」に懸けた序。○戀ひやわたらむ 戀ひつづけることであらうかなあ、自分ながらあぢきないことであるとの意。
 
(333)2487 奈良山の小松が末《うれ》の何《うれむ》ぞは我が思《も》ふ妹に逢はず止《や》みなむ
 
〔譯〕 どうしてまあ、自分の戀ひ慕ふあの女に逢はずに止まうか。自分は斷じて逢はずにはおかない。
〔評〕 簡單な内容であるが、思ふ女に逢はずにはやまぬといふ強い意志が、作者の意圖のままに、十分効果的に表現されてゐる。「うれむぞは」といふ珍しい語の強い響も、格調を引締める上に大いに役立つてゐる。
〔語〕 ○小松がうれ 同音を繰返して「うれむぞ」につづけた序。○うれむぞ 如何ぞ、いづくんぞの意。「うれむぞこれが蘇りなむ」(三二七)ともある。用例は集中この二箇所のみで、珍しい語である。
 
2488 磯の上《へ》に立てる廻香樹《むろのき》心いたく何に深めて思ひ始《そ》めけむ
 
〔譯〕 磯の上に立つてゐる廻香樹が、あぶなさうで人に心を痛ませるが、そのやうに、自分は心を痛めて、何でまあこんなに深くあの女を思ひそめたことであらう。
〔評〕 眞率ではあるが、表現は聊か整はぬふしがある。序は磯の上に根もあらはに立つてゐる室の木から受けた實感を、そのまま應用したのであらう。
〔語〕 ○立てる廻香樹 むろの木は杜松《ねず》の木であらうといふ。「四四六」參照。初句以下ここまで序。磯の上に立つてゐるむろの木は、見るも痛ましい意で「心いたく」に續けたのであらう。
〔訓〕 ○たてるむろの樹 白文「廻香樹」通行本「樹」が「瀧」とある。考に「廻香樹」に改め、「吾妹子が見し鞆の浦の天木香樹《ムロノキ》は」(四四六)とあるのに同じ木と見て、クテルムロノキとよむ説に從ふ。
 
2489 橘の下《もと》に我《われ》立ち下枝《しづえ》取り成らむや君と問ひし子らはも
 
(334)〔譯〕 橘の木の下に自分が立つてをつたに、あの女が、下の方の枝に手を觸れつつ、「この橘の實のなるやうに、私達の戀も成就するでせうか、あなた。」と問うたことであつたが、あの女はまあ。
〔評〕 橘の木の下蔭で相逢うて睦まじく語つてゐる若い男女の姿が、繪のやうに眼前に浮んで來る。橘は當時街路樹として植ゑられたものであるから、恐らくさういふ場面に於ける素朴な戀であらう。但、二句の「我」を男自身のことと見、「我立ち」で小休止の形として前述のやうに説いたが、「我」を女自身が立つてゐてと解する説もある。また新校は、「我を立て」と訓んでゐる。
 
2490 天雲《あまぐも》に翼《はね》うちつけて飛ぶ鶴《たづ》のたづたづしかも君|坐《いま》さねば
 
〔譯〕 空ゆく雲に翼をうちつけるほどに高く飛ぶ鶴《たづ》、その「たづ」といふ言葉のやうに、たづたづしく、たよりない氣がいたします、あなたがいらつしやらないので。
〔評〕 序はまことに高雅秀拔であるが、内容は單純である。しかして序は全く機械的に「たづ」の同音を導くだけの作用に過ぎないので、折角の美しい序が、比較的効果が擧つてゐないのは惜しむべきである。
 
2491 妹に戀ひ寐《い》ぬぬ朝|明《け》に鴛鴦《おしどり》のここゆわたるは妹が使か
 
〔譯〕 戀人の上を思つてよく眠られなかつた明方に、鴛鴦が、ここを通つて飛んでゆくが、あれはやはり自分のことを思ひ明したであらうあの女からの使であらうか。
〔評〕 繪のやうな美しい情景である。鴛鴦は古へから雌雄むつまじい鳥とされてゐるので、同じ思に不眠の一夜を明した相思の人からの使と見立てたのも、頗るふさはしい感がある。
 
(335)2492 念《おも》ふにし餘りにしかば鳰鳥の足|沾《ぬ》れ來《こ》しを人見けむかも
 
〔譯〕 いとしい女のことを思ひ、思案にあまつたので、鳰鳥の足が濡れるやうに、自分は露に足を濡らして來たが、その自分の姿を、人が見たであらうか。
〔評〕 人目を忍ぶ戀で、ひそかに通つて來た男の作と思はれる。朝露に濡れて女の家から歸つて來た時の作と解する説もあるが、夜露に濡れて女の家にたどり着いた時と見る方が自然でもあり、趣が深いやうに思ふ。但、これは人麿歌集所出の「思ふにし餘りにしかば鳰鳥のなづさひ來しを人見けむかも」(二九四七の左)と同一歌の異傳であることはいふまでもない。
〔語〕 ○鳰鳥の 鳰鳥の如くの意。或は枕詞とも見られる。鳰鳥はカイツブリのこと。
〔訓〕 ○足ぬれ 白文「足沾」。ナヅサヒと訓む説もある。
 
2493 高山の岑《みね》行くししの友を多み袖振らず來ぬ忘ると念ふな
 
〔譯〕 高い山の峯を行く鹿猪《しし》が大勢友を引連れてゆくやうに、自分は連の人が多かつたので、同行者に見とがめられるのを恐れて、振りたい袖を振らないで來た。そなたを忘れてゐると思うてくれるな。
〔評〕 序が類型を脱した珍しいものであり、詞句は素朴にして眞實である。狩獵を業とする山間の人などに歌はれた民謠であらう。作者を男と見て上述のやうに解したが、作者を女と見る説もある。袖をふるは男女共に行はれてゐた。
 
2494 大船に眞楫《まかぢ》繁貫《しじぬ》き榜《こ》ぐ間《ほど》もここだく戀《こほ》し年にあらば如何《いか》に
 
〔譯〕 これから自分は暫くの旅に出るのであるが、大船に兩側の艪を澤山取りつけて、漕いでゐる間にさへも、大層(336)妻が戀しい。もしこれが一年も逢へないといふのだつたら、どんな氣持だらうなあ。
〔評〕 略解は、海路の旅から歸る途上の歌といふやうに見てゐるが、反對に、出發の後、間もない程の作のやうに思はれる。
〔訓〕 ○ここだくこほし 白文「極太戀」。「二四〇〇」に極太をココダと訓んでゐる。
 
2495五 たらちねの母が養《か》ふ蠶《こ》の繭隱《まよごも》りこもれる妹を見むよしもがも
 
〔譯〕 母親が飼つてゐる蠶が繭に籠る、そのやうに、深窓に閉ぢ籠つてゐるあのいとしい女に逢ふたよりがあればよいがなあ。
〔評〕 三句までの序は、作者の生活を反映したものであらう。これによつて當時既に養蠶の業が民間に相當行はれてゐたことが知られる。蠶の繭にこもる樣が、即物的に極めて適切な譬喩となつてゐる。「たらちねの母が養ふ蠶の繭ごもりいぶせくもあるか妹に逢はずて」(二九九一)ともあつて、これは氣分の上に譬喩になつてゐる。
 
2496 肥人《ひびと》の額髪《ぬかがみ》結《ゆ》へる染木綿《しめゆふ》の染《し》みにしこころ我《われ》忘れめや【一に云ふ、忘らえめやも】
 
〔譯〕 肥人が額に束ね上げた髪を結んだ染木綿ではないが、しみじみとそなたを戀しく思ふ心を、自分が忘れようか、決して忘れはしない。
〔評〕 當時の異種族であつた肥人の風俗が、都會人の目には、あやしく珍しく映じたことが思ひやられる。文化史的見地から、貴重な資料として興味深い。
〔語〕 ○肥人 古へ九州肥の國を中心として住んでゐた種族の名。○額髪結へる染木綿の 額髪は額の所に束ね結ふ  の習俗として、額髪を染木綿で結んだものらく、魏志に倭人の事を記した中に、「以2木緜1招頭」とある(337)のがそれであると、喜田貞吉博士は述べてゐる。以上「染み」にかけた序。○しみにし心 深くしみついた思慕の心の意。○一に云ふの「忘らえめやも」 忘れられようか、否、忘れることは出來ないの意。
〔訓〕 ○肥人 舊訓コマビト。喜田博士は、クマビトと訓み、九州南部に住んだ種族で、今の地名球磨と關係があるといひ、春日政治博士は、大矢透博士の説を引き、「肥」にコマカニ又はコマヤカニの訓があつて、肥人にコマビトの訓は有り得べく、しかしてそのコマは高麗でなく、クマの音韻變化として、喜田博士説に加擔された。しかし今は岩橋小彌太博士の説によつてヒビトと訓む。肥人は大寶令集解に夷人雜類の一とし、本朝書籍目録に、肥人書・薩人書と並べ掲げてある。
 
2497 隼人《はやひと》の名に負《お》ふ夜聲《よごゑ》いちしろく吾が名は告《の》りつ妻と恃《たの》ませ
 
〔譯〕 夜の宮門を守る隼人が、其の名にそむかぬ夜聲をはつきりと立てるやうに、はつきりと私の名前は申し上げました。この上は、私を妻として信頼して下さいませ。
〔評〕「吾が名はのりつ妻と恃ませ」は、一生を託すべき男に對する女性の聲として、如何にも眞實に響く。また序は、前の歌の場合と同樣に、異種族の異風習に興味を感じたもので、やはり文化史的に價値がある。
〔語〕 ○隼人の名に負ふ夜聲 隼人は上古、薩摩・大隅地方に住んだ種族で、神代紀下、海宮の條の一書にも、大嘗會式にもあつて、古くから宮中に仕へ、警衛の任にあたり、夜番の時、高く犬の吠聲を發した。それは著しく明瞭に聞えるので、次の「いちしろく」の序とした。「名に負ふ」は名にそむかぬの意。○吾が名はのりつ 女が男に名を告げるのは、婚を許諾する意であつた。
 
2498 劔刀《つるぎたち》諸刃《もろは》の利《と》きに足|踏《ふ》みて死《しに》にし死《し》なむ君に依りては
 
(338)〔譯〕 劍太刀の諸刃の鋭利な上にでも、足を踏みつけて、わたくしは一氣に死んでもしまひませう。あなたの事によつてならば。
〔評〕 思ふ人の爲には白刃を踏んで敢然として死にもしようといふ氣魄は、まことに凛乎たるものである。「君」の語は本集では男女兩用とはいへ、女から男にいふ場合が多い。この歌でも、女の作と見る方がふさはしいと思はれる。類歌「二六三六」よりもまさつてゐる。
〔語〕 ○諸刃 兩刃のこと。片刃に對していふ。○死《しに》にし死なむ 死なむといふ事を強く言つたので、敢然として死にもしようの意。
 
2499 我妹子に戀ひし渡れば劔刀《つるぎたち》名の惜しけくも念《おも》ひかねつも
 
〔譯〕 いとしい女に、かうして戀ひ續けてゐると、自分はもう、浮名の立つのが殘念だなどと、顧慮してはゐられなくなつてしまつた。
〔評〕 ひたむきに思ひつめた若き日の戀は、命さへも惜しいと思はない。況んや名などは顧慮する暇がない。最も強い眞實をうやつたのである。「六一六」「二九八四」にも類歌はあるが、熱と力とに於いて、この歌が勝れてゐる。
〔語〕 ○戀ひし渡れば 戀ひつづけると。「戀ひ」は動詞の連用形であつて、名詞ではない。○劍刀 「名」にかかる枕詞。刀劔には草薙劔といふやうに名のあるものゆゑかけるといふ。
 
2500 朝づく日向|《むか》ふ黄楊櫛《つげぐし》舊《ふ》りぬれど何しか君が見るに飽かざらむ
 
〔譯〕 毎朝私が向ふ櫛匣の黄楊櫛のやうに、私達の中は隨分古くなりましたが、どうしてあなたは、幾ら見ても見飽きないのでせう。
(339)〔評〕 序は作者の生活に即したもので、清新味がある。また、全體に浮いた情痴の世界でなく、本當の愛と理解とに滿ちた正しい戀愛で、しつとりと落ちついた心境であるのも氣持がよい。
〔語〕 ○朝づく日 朝に附く日の義。ここでは朝日に向ふの意の枕詞。○向ふ黄楊櫛 序で、櫛は垢づき古び易い意で、「舊りぬれど」につづけた。
 
2501 里遠みうらぶれにけりまそ鑑|床《とこ》のへ去らず夢《いめ》に見えこそ
 
〔譯〕 いとしい方の住む里が遠いので、心わびしくしてゐることである。あの方のお姿が、床のあたりを離れず、絶えず夢に見えて欲しいことよ。
〔評〕 あはれな婦人の思ひがつつましく描かれてをる。それと同時に、鏡を床のあたりにおいて大事にしてゐたゆかしい習俗が偲ばれる。後出の、「里遠み戀ひわびにけりまそ鏡面影去らず夢に見えこそ」(二六三四)は類似した歌である。
〔語〕 ○まそ鏡 鏡を床のほとり去らずに置く意でつづける枕詞。まそは、ますみ(眞澄)の意。
〔訓〕 ○里遠みうらぶれにけり 白文「里遠眷浦輕」、古義は、「二四八一」の「吾眷」をひき、かへりみ慕ふ意で、コヒウラブレヌと訓んでゐるが、舊訓に從ふ。
 
2502 まそ鏡手に取り持ちて朝朝《あさなさな》見れども君は飽くこともなし
 
〔譯〕 まそ鏡を手に取り持つて朝毎に見るやうに、毎朝見るけれども、あなたは見飽きることがない。
〔評〕 詞調明朗。盡きせぬ歡喜の情が、快くながれてをる。
〔語〕 ○まそ鏡手に取り持ちて 三四句に掛つて行く序。
 
(340)2503 夕されば床《とこ》のへ去らヌ黄楊《つげ》枕いつしか汝主《きみ》を待てば苦しも
 
〔譯〕 夕方になると、床のあたりを離さずに置いてある黄楊の枕よ。いつおいでになるかと、お前の主人を待つてゐると、ほんたうに心苦しいことよ。
〔評〕 艶めかしい歌である。主なき枕にむかつて云ひ聞かせる麗人の風姿が想像され、抑揚に富んだ華やかな調をなしてをる。
〔語〕 ○黄楊枕 黄楊で作つた枕。この句は「黄楊枕よ」と呼びかけた形。○いつしか ここは、いつしかと、の意。
 
2504 解衣《ときぎぬ》の戀ひ亂れつつ浮沙《うきまなご》生《い》きても吾はありわたるかも
 
〔譯〕 私の胸は戀に亂れつつも、浮沙の水の上に浮んで生きてをるやうに、なほながらへ續けてゐることよまあ。
〔評〕 枕詞を二つまで用ゐて、調子を圓滑にしてゐる。かかる潤色のある歌は、平安時代の女流の愛誦したものであらう。古今六帖に「解き衣の思ひ亂れて浮草の浮きても吾はありわたるかも」とある。「浮沙」は「二七三四」にも「水沫に浮ぶまなごにも」とあるが、「生きても」が雅馴でないので、「浮きても」の誤とする説もすてがたい。
〔語〕 ○解衣 「亂れ」にかかる枕詞。「二〇九二」參照。○浮沙 水の沫のわきかへる所に、繊沙の浮いてゐるにたとへたとする代匠記の解に從ふ。
〔訓〕 ○浮沙いきても 白文「浮沙生」、古義は「浮草浮」に改めてゐるが、三句を「浮草」と改めるのは、上出の六帖の歌によつたのであるが、よくない。「生」は猶考ふべきである。
 
2505 梓弓引きて縱《ゆる》さずあらませば斯かる戀には遇《あ》はざらむかも
 
(341)〔譯〕 梓弓を引きしぼつてゆるめぬやうに、はじめ、戀をすまいと思つたままの心であつたならば、こんな苦しい戀にはあはなかつたであらう。
〔評〕 序の詞句に、凛乎として犯しがたい氣象がうかがはれる。「梓弓引きてゆるさぬ丈夫《ま寸らを》や戀とふものを忍びかねてむ」(二九八七)の類歌がある。
〔語〕 ○梓弓引きて 「ゆるさず」にかかる序。梓弓をひいて、放ちゆるめずの意でかけたもの。○ゆるさず この句を拒絶すると解して、始め承知したのを後に悔ゆるの意の女の歌とみる略解の説もよいと思ふが、今は代匠記の説によつた。
〔訓〕 ○あはざらむかも 白文「不相鴨」、類聚古集によつた。通行本には「不相」とあつてアハザラマシヲと訓んでゐる。
 
2506 言靈《ことだま》の八十《やそ》の衢《ちまた》に夕占《ゆふけ》問《と》ふ占《うら》正《まさ》に告《の》る妹は相寄らむ
 
〔譯〕 道の幾つにも分れてゐる辻に來て、言葉にこもる靈力でうらなふ夕占の方法で判じて見たに、その占は確かに告げたことである、女は自分に心を寄せるであらうと。
〔評〕 當時上下にわたつて廣く行はれてゐた種々の卜占習俗の、その一面を示す作として、文化史の方面からも注意すべき歌である。自分の望みどほりの卦を得て喜んでゐる男の姿が眼に浮ぶ。
〔語〕 ○言靈の 二句を中にはさんで第三句「夕占」にかかるべき語。言靈は言語の持つ靈力を云ひ、この信仰はながく日本民族の心に根ざして來た。好去好來歌(八九四)參照。○八十の衢 多方面に道の分れてゐる辻。○夕占問ふ 夕占によつて吉凶成否を判斷する。「夕占」は夕方の辻や門に立つて、道行く人の言葉かち占ふ方法。「四二〇」參照。○占正に告る 占は確かにいつた、の意。「占」は、占兆、即ち占の判斷に出た事柄。
(342)〔訓〕 ○言靈の 白文「言靈」、古義コトダマヲ、新考コトダマニと訓んでゐるが、今舊訓による。
 
2507 玉|桙《ほこ》の路往占《みちゆきうら》にうらなへば妹は逢はむと我に告《の》りつる
 
〔譯〕 道を行く人の言葉で判斷する路往占の方法でうらなつて見ると、女は自分に逢ふであらうと告げたことである。
〔評〕 路往占をしてみると、女に逢へるといふ吉兆が出た、といふので、前の歌と同じ内容である。特に素朴にとめた結句に喜びが躍つてをる。
〔語〕 ○玉桙の 路にかかる枕詞。「七九」參照。○路往占 往來の人の言葉により判斷する卜占の方法で、前の「夕占」と同じものであらう。
 
   問答《もにたふ》
 
2508 皇祖《すめろき》の神の御門《みかど》を懼《かしこ》みと侍從《さもら》ふ時に逢へる君かも
 
〔譯〕 天子樣の御所におそれ謹んでお仕へしてゐる時に、あなたにお目にかかつたことよ、まあ。
〔評〕 宮中で神聖な職掌に奉仕する女性、或は内侍などが、勤めの際に、時も所もあらうに、愛人に逢うたのである。小説的な事情が裏づげとなつてゐる歌で、嚴肅な勤務の責任と、それ故になほ激しい情熱とははさまれた、若い女性の心事が哀れに描かれてをる。
(343)〔語〕 ○すめろき  ここでは天皇を指し奉る。○神の御門 神は天皇を尊崇する思想から出たもの。「みかど」は御殿をさす。○かしこみと 畏みて、の意。
 
2509 まそ鏡見とも言はめや玉|耀《かぎ》る石垣淵《いはがきふち》の隱《こも》りたる妻
     右二首。
 
〔譯〕 そなたを見たとて、人に言はうか、決していひはせぬ。岩で圍まれた淵のやうに、隱れてゐて世間に知られてをらぬ妻よ。
〔評〕 人には言はぬ、安心せよと、女を慰めたのである。前の歌と問答の體をなしてをる。
〔語〕 ○まそ鏡 「見」にかかる枕詞。○玉かぎる 枕詞。玉のかがやくやうに透き徹つた淵とつづくか。「四五」「二〇七」參照。
 
2510 赤駒の足掻《あがき》速《はや》けば雲居にも隱り往《ゆ》かむぞ袖まけ吾味《わぎも》
 
〔譯〕 我が乘る赤馬の足の運びが早いので、今旅立つてゆくと、すぐに空の彼方はるかに隱れて行かうぞ。いつまでも別を惜んで袖を振つてはゐずに、卷き收めるがよい、我が妻よ。
〔評〕 細節にかかはらぬ濶達さがみえる。人麿の「青駒のあがきを速み雲居にぞ妹があたりを過ぎて來にける」(一三六)を下にふまへて詠んだ歌であらう。「雲居にも隱りゆかむぞ」には、赤駒の駿足を誇つて妻をおどしたやうな、明るい諧謔的な氣分が浮んでゐる。結句には異訓の説もあつて、猶おちつかぬ心地はする。
〔訓〕 ○袖まけ 白文「袖卷」、宣長は「卷」は「擧」の誤とし、フレとよんでゐる。略解は、ソデマカンとしてゐる。ソデマケと命令形に訓むべきかと思ふ。
 
(344)2511 隱口《こもりく》の豐泊瀬道《とよはつせぢ》は常滑《とこなめ》の恐《かしこ》き道ぞ戀ふらくはゆめ
 
〔譯〕 泊瀬の道は、川瀬の石が常になめらかで、滑り易い恐ろしい道であります。私を思つてくださるならば、強ひて無理なことをゆめゆめなさいますな。
〔評〕 旅の道中を案じる女らしい心づかひである。前の男の力づよい歌に對する答として味ふ時、いかにもやさしい女の歌と思はれる。
〔語〕 ○隱口の 「泊瀬」の枕詞。○豐泊瀬道 豐は美稱。泊瀬街道といふ程の意。泊瀬へ行く道。○常滑 「三七」參照。○戀ふらくはゆめ 代匠記初稿本に、「我を戀ふる心の切なるままに、しひて渡りて危き事し給ふなとなり」とあるのが穩かである。
〔訓〕 ○戀ふらくはゆめ 白文「戀由眼」、「戀」に就いて、誤字説もあるが、舊本を改めるだけの根據ある説はない。
 
2512 味酒《うまざけ》の三諸《みもろ》の山に立つ月の見が欲《ほ》し君が馬の音《おと》ぞする
     右三首。
 
〔譯〕 三諸の山に立ち出づる月のやうに、見たいと戀しく思つてゐたあなたの馬の音がすることよ。
〔評〕 ありのままに事實を寫して、五句に胸の躍るやうな喜びを秘めた歌。同型の歌に「二三四七」がある。問答の歌には似ないが、赤駒の歌の縁か、作者を同じくする縁かで、ここに合せ掲げたものであらう。
〔語〕 ○味酒の 三諸の山の枕詞。「三輪」にかかるのであるが、三輪山の別名ゆゑ「三諸山」にかけたのである。
〔訓〕 ○立つ月の 白文「立月」、考は「光月」の誤かといつてゐる。○馬の音ぞする 白文「馬之音曾爲」、嘉暦本による。他の諸本「之」の下に「足」がある。
 
(345)2513 雷神《なるかみ》の少し動《とよ》みてさし曇《くも》り雨も零《ふ》らぬか君を留《とど》めむ
 
〔譯〕 雷がほんの少々鳴りはためき、空が曇つて雨が降つてくれぬかしら、あなたをお留めしように。
〔評〕 戀しい人を留めむために、恐ろしい雷も鳴れかし、と願ふ。しかし、大きな雷鳴は嫌である。そこで「少しとよみて」と言うたのが面白く、優しい女らしい歌である。「さし曇り」といつて「かき曇り」とは言はぬあたりも味はふべきである。
〔訓〕 ○雨も零らぬか君をとどめむ 白文「雨零耶君將留」、アメノフラヌカキミガトマラムとも、四句アメモフレヤモともよめる。
 
2514 雷神《なるかみ》の少し動《とよ》みて零《ふ》らずとも吾は留《とま》らむ妹し留《とど》めば
     右二首。
 
〔譯〕 雷が少々鳴り轟いて雨が降るならばといふが、そんなに降らなくとも、自分は留らう、お前が引きとめてさへくれるならば。
〔評〕 愛情のあふれた明るく快い歌。女の歌詞をとつて繰り返したのも、その言葉を愛でるやうな響があつてよい。
 
2515 布綿布《しきたへ》の枕動きて夜《と》も寐《い》ねず思ふ人には後も逢はむもの
 
〔譯〕 枕が動いて夜も寢られぬほどに自分の戀ひごがれるそなたには、後にも逢ひたいものだ。
〔評〕 やるせない戀慕の情に夜もすがら寢返りをうつのを、枕が動いて寢られぬと云うたのは、簡にして清新、稚拙にして巧妙な表現である。後出「敷妙の枕動きていねらえず物もふこよひ早も明けぬかも」(二五九三)ともある。
(346)〔語〕 ○しきたへの 「枕」にかかる枕詞。○枕動きて 物思ひに寢ねられず、輾轉反側することをいつたもの。
〔訓〕 ○後もあはむもの 白文「後相物」、舊訓ノチモアハムモ。集中にある二百餘個の「物」の字中、「モ」の假字に用ゐたのは卷二・九・十三・十七等に數例存するのみゆゑ、ここでもモノと訓んだ。
 
2516 しきたへの枕は人に言《こと》問《と》へや其の枕には苔生しにたり
     右二首。
     以前一百四十九首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 あなたは枕が動くとおつしやいますが、枕が人と物言ふなどといふことがあるでせうか。物をいふどころか、その枕には苔がはえて、ゐますよ、きつと。
〔評〕 枕に苔が生えるとは奇想である。古調のなかに新趣のある歌。下にも「結へる紐解かむ日遠み敷妙の吾が木《こ》枕は苔むしにけり」(二六三〇)とある。
〔訓〕 ○枕は人に 白文「枕人」、舊訓マクラセシヒト。略解はマクラニヒトハ、佐伯氏はマクラトヒトノ。○言とへや 白文「事問哉」。定本コトトフヤ。
 
   正《ただ》に心緒《おもひ》を述《の》ぶ
 
(347)2517 たらちねの母に障らばいたづらに汝《いまし》も吾《われ》も事成べしや
 
〔譯〕 母に憚つて愚圖々々してゐては、唯むなしく、そなたも自分も、思を遂げることが出來ようか。出來ないであらう。
〔評〕 少女と戀をする時、まづ當面の障りは、その子を守る母親である。從つて、男女いづれのがはからも、母親を問題にした歌が多い。この歌は、男が娘をそそのかして、その決心をうながしたのである。類歌、「たらちねの母にまをさば君も我も逢ふとは無しに年ぞ經ぬべき」(二五五七)がある。
〔語〕 ○たらちねの 「母」にかかる枕詞。「四四三」參照。○母に障らば 母を憚つたならば、の意。
 
2518 吾妹子が吾を送ると白|細布《たへ》の袖|漬《ひ》づまでに哭《な》きし念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 我が妻が自分を見送る時に、別を悲しんで、袖がぬれるほど泣いたことが思ひ出される。
〔評〕 何ら表現に趣向をめぐらすことなく、ありのままの事實を追想して、悲哀が色濃くあらはれてゐる。永遠に人を打つ眞心の力がある。
 
2519 奧山の眞木の板戸をおし開きしゑや出で來《こ》ね後は何せむ
 
〔譯〕 檜の板の戸をおし開いて、音が立たうとええままよ、出ておいで、後では何にもならぬ。
〔評〕 今がよいをりだと、男が女を誘ひだす歌。上句の重々しい詞調もほほ笑ましく、田園の戀の緊張した一場面を描いてをる。
〔語〕 ○奧山の 眞木にかかる枕詞。○しゑや 「よしゑやし」(一三一)などと同じく強く言つた詞。「六五九」參(348)照。○後は何せむ 後には何にならうぞ、の意。「戀死なむ後は何せむ」(五六〇)參照。
 
2520 苅薦《かりこも》の一重を敷きてさ眠《ぬ》れども君とし宿《ぬ》れば寒けくもなし
 
〔譯〕 苅つた薦で作つた蓆を唯一枚敷いて寢たけれども、あなたと寢たので寒いこともありません。
〔評〕 眞率自然、上代庶民の野性的な生活と心情とを、さながらに眺める心地がする。
〔語〕 ○苅薦の 苅つた薦で作つた蓆。
 
2521 杜若《かきつばた》丹《に》つらふ君をいささめに思ひ出でつつ嘆きつるかも
 
〔譯〕 顔色のあかく美しいそなたを、ふと思ひ出して歎息をしたことよまあ。
〔評〕 ふと眼に浮ぶ愛人の面影に、覺えず歎息をもらした男の樣子が躍如としてゐる。一二句、若々しく健康さうな少女の姿がよく寫されてをる。
〔語〕 ○杜若 枕詞。その花の美しい意で「丹つらふ」につづく。○丹つらふ 顔の紅く美しいこと。「さ丹つらふ」(四二〇)等に同じ。あかい色を美しとする思想から讃美の情を多く含む語。○いささめに ふと、かりそめにの意。
 
2522 恨めしと思ひて背《せ》なはありしかば外《よそ》のみぞ見し心は念《も》へど
 
〔譯〕 あなたは私を恨めしいと思つてをられると聞きましたので、私は氣おくれがして、お目にかかりながら、よそばかりを見てをりました。心の中ではお話をしたいと思つて居りましたが。
〔評〕 複雜な心理が素朴な表現に盛られてゐるので、微妙な戀愛の感情を寫しながら、解りにくい歌となつてをる。優しくつつましい娘子の風姿が目に浮ぶのを覺える。
(349)〔訓〕 ○思ひて背なは 白文「思狹名盤」、全註釋にはオモホサクナハとある。
 
2523 さ丹《に》つらふ色には出でず少くも心のうちに吾が念《も》はなくに
 
〔譯〕 私は顔色にはあらはしませぬ。心のうちであなたを思つてゐることは、決して少々ではありませんが。
〔評〕 深く思つてゐるのをおし隱して、顔色には見せぬ、といふのである。勝氣な、それでゐて情のあつい歌である。この四五句は、「二五八一」「二九一一」にも見出される。
〔語〕 ○さ丹つらふ 「色」にかかる枕詞。○少くも 少くは、の意。
 
2524 吾背子に直に逢はばこそ名は立ため言《こと》の通《かよひ》に何《なに》ぞ其《そこ》故《ゆゑ》
 
〔譯〕 私の愛するお方に、直接に逢ふならばこそ名も立ちませう。たた言葉を通はしてゐるのみであるのに、それゆゑにどうして二人の名が立つたのであらう。
〔評〕 何故噂が立つたのであらうぞ、といふ語を省いて匂はせた手法がよい。いぶかる心をたくみに表はしてゐる。不思議さうに考へこんで、獨白が消えていつたやうな語感がある。
〔語〕 ○言の通ひに 言葉のみ通はしてゐるのに。○そこ故 それだけの故に。
 
2525 ねもころに片思《かたもひ》すれか此頃の吾が心神《こころど》の生けるともなき
 
〔譯〕 心の底から片思をしてゐる爲であらうか、この頃の自分の心魂は、生きてをるやうでもないことよ。
〔評〕 簡明な歌。集中の成句を以て、類型的に詠んでをる。
〔語〕 こころど たましひ、精神、氣力、の意。○生けるともなき 「二二七」參照。
 
(350)2526 待つらむに到らば妹が懽《うれ》しみと咲《ゑ》まむ姿を往きて早見む
 
〔譯〕 待つてをるだらうに、自分が行つたならば、嬉しさにほほ笑むであらうあの女の姿を、早くいつて見よう。
〔評〕 單純にして明朗、讀む者をすらほほ笑ましめる純眞な快さがある。「二五四六」の歌に似てをつて、いささかたがふところがある。
 
2527 誰《たれ》ぞ此の吾が屋戸《やど》に來喚《きよ》ぶ垂乳根《たらちね》の母に嘖《ころ》はえ物思ふ吾を
 
〔譯〕 どなたですか。私の家に來て私を呼ぶ人は。あなた故に母に叱られて困つてをります私なのに。
〔評〕 上代の農村の或る日の一挿話であると共に、現代の田園にも決して見かけぬ事件とはいへない。母には叱られ、戀人には外から誘はれる。思ひ困じた田舍娘の心があはれであるが、その素朴さのために、ほのかな滑稽味も感じられる歌。東歌の中に「誰ぞこの屋の戸押そぶる新嘗に我が背を遣りて齋ふこの戸を」(三四六〇)と構想や表現に似通つたものがあるが、この東歌の場合は、宗教的な背景からにじみ出る嚴肅感がもとになつてゐる。
 
2528 さ宿《ぬ》ぬ夜は千夜もありとも我背子が思ひ悔ゆべき心は持たじ
 
〔譯〕 たとひ共に寢ぬ夜が千晩あらうとも、あなたが後悔なさるやうな心は、私は決して持ちますまい。
〔評〕 變ることのない女の眞心を、凛乎とした詞調によつてうたひ出でたもの。一二句のあたりに、世話物風な情趣が漂うてをる。
 
2529 家人は路《みち》もしみみに通へども吾が待つ妹が使|來《こ》ぬかも
 
(351)〔譯〕 家の人は、このあたりの路を頻繁に通うてゐるが、自分が待つてゐる女からの使は來ぬことよ、まあ。
〔評〕 簡潔な詞句の中に、よく情景が浮んでゐる。但、「家人」に就いて、男の家の人々とする説、相手の女の家人とする説、及び新考の「里人」の誤とする説等がある。
 
2530 あらたまの柵戸《きへ》が竹垣《たかがき》編目《あみめ》ゆも妹し見えなば吾《われ》戀ひあやも
 
〔譯〕 あらたまの柵戸《きへ》のやうな、竹垣の編目からでも、せめて自分の愛する人の姿が見えたならば、かくも戀しく思はうか。
〔評〕 あらたまの柵戸の竹垣は、都會人の間に珍しいものとして、言ひ傳へられてゐたのであらう。すでに歌枕風な表現であつて、當時の東國的色彩を取りいれた面白い序である。
〔語〕 ○あらたまの 和名抄に「遠江國麁玉郡阿良多末、今稱2有玉1」とある地で、今は引佐郡、濱名郡、磐田郡に編入されてゐる。續紀に見える荒玉河の流域であるが、この河は今、荒玉川と稱し、流域も往古とは異つてゐる。○柵戸 蝦夷を防ぐため東國に設けられた簡單な城塞が柵《き》で、それに附屬した民家を柵戸といふ。孝コ紀に「大化三年造2渟蘆柵1。置2柵戸1。四年治2磐舟柵1。以備2蝦夷1。」とある。東歌の遠江國の歌に「あらたまのきへの林に」(三三五三)とも、「きへ人のまだら衾に」(三三五四)とも見える。遠江國濱名郡豐西村に大字貴平があるから、「きへ」を地名とする説もあるが、從ひ難い。「あらたまの柵戸が」は、柵戸そのものの實際の構造から聯想して、竹垣へつづく序。
 
2531 吾背子が其の名|告《の》らじとたまきはる命は棄てつ忘れたまふな
 
〔譯〕 私は戀しいあなたの名を人に言ふまいと決心して、そのためには、命をも棄てるつもりでゐます。どうか私をお忘れ下さいますな。
(352)〔評〕 愛する人の名譽のためには、自分の命をも惜まぬといふ、「命はすてつ」の句、悲壯な響を傳へてゐる。しかも結句の「忘れたまふな」に短くこめられた切實な哀願の詞調が、この一首を限りなく可憐なものにしてゐる。
〔語〕 ○玉きはる 命にかかる枕詞。○命は棄てつ 新考に「親に責問されてせむ方なきに身を棄てし時の歌ならむ」と小説的な内容を想像してゐるが、ただ、「命をかけてゐる」の義と見てよい。
 
2532 凡《おほ》ならば誰《た》が見むとかもぬばたまの我が黒髪を靡けて居《を》らむ
 
〔譯〕 並たいていに思つてをりますぐらゐならば、誰に見せようとて、私の黒髪を靡かしてをりませうぞ。あなたを心から思へばこそ、この黒髪の長い姿をお見せしようとて、髪を束ねずに靡かしてをるのであります。
〔評〕 戀に惱む娘子の眞心が、長い黒髪にかけた誇と共に、あはれに歌はれてをる。ほのかな喜びを胸にひめてゐるのである。彼の播磨娘子とは、境遇は違ふが、「君なくはなぞ身よそはむ櫛笥なる黄楊のを櫛も取らむとも念《も》はず」(一七七七)の歌も思はれ、女人の心を永遠に傳へるものである。
〔語〕 ○凡ならば おほよそに思ふならば。おろそかに考へてゐるならば。「九六五」參照。
 
2533 面忘れ如何《いか》なる人の爲《す》るものぞ吾《われ》は爲《し》かねつ繼《つ》ぎてし念へば
 
〔譯〕 戀しい人の顔を忘れるなどといふことは、一體、如何なる人がすることであらうぞ。自分には、面忘れなど、とても出來ぬことである。絶えずつづけて戀ひ慕うてをるので。
〔評〕 三句で切る簡勁の格調を以て、やすむ時もない戀慕の情が歌はれてをる。
〔語〕 ○面忘 他の容貌を見忘れること。「二五七四」參照。
 
(353)2534 相思はぬ人の故にかあらたまの年の緒長く吾が戀ひ居《を》らむ
 
〔譯〕 自分を思つてもくれぬ人の爲に、こんなに長年の間、私は戀ひ續けてをることであらうか。
〔評〕 相思はぬ人を戀するなげきを詠じたもの、男の歌である。「一九三四」の歌に似たものがある。
 
2535 凡《おほよそ》の行《わざ》は念《おも》はじ吾《われ》故《ゆゑ》に人に言痛《こちた》く云はれしものを
 
〔譯〕 あなたに就いて、たいていのことは何とも思ひますまい。私ゆゑに、あなたは人にかしましく噂をされたのでしたもの。
〔評〕 男に對して、何か不滿に思ふことがあつたのであらう。それはよく反省して見れば、「凡のわざ」であつたのである。その反省に導いたものは、「人にこちたく云はれし」頃の苦しさの思ひ出であつた。人情の機微を巧にとらへた歌。
〔語〕 ○凡のわざは念はじ 男の行爲に恨むべき事もあるが、此處にはいふまい、の意と解する考の説がよい。
〔訓〕 ○わざは念はじ 白文「行者不念」、古義はワザトハモハジとよんでゐる。
 
2536 氣《いき》の緒に妹をし念《も》へば年月の社《ゆ》くらむ別《わき》も念《おも》ほえぬかも
 
〔譯〕 命をかけて愛人を思つてゐるので、年月のたつて行くけぢめも思ひ分けられぬことよ。
〔評〕 おぼほしき心で、年月も分らずに日を送るのである。「中々に死なば安けむ出づる日の入る別《わき》知らぬ吾し苦しも」(二九四〇)は、この情の昂じたものであらうか。
〔語〕 ○往くらむ別《わき》も 「わき」は區別の意。「春雨の降る別《わき》知らず」(一九一五)參照。
 
(354)2537 たらちねの母に知らえず吾が持《も》てる心はよしゑ君がまにまに
 
〔譯〕 母にも知られずに、私が秘め持つてゐる此の心は、ええ、ままよ、あなたの思ふ儘になりませう。
〔評〕 惱みぬいた娘が、遂に熱情の奔流するがままに向はむとするのである。「三二八五」に類歌がある。
〔語〕 ○よしゑ 「よしゑやし」「しゑや」等に同じ。ここは、え、もう構はぬ、の意で間投詞的に用ゐられてゐる。
〔訓〕 もてる 白文「持留」、流布本モタルとある。大野晋君の説に、假名書の例なく、語法上モテルをよしとするといふによる。
 
2538 獨|寢《ぬ》と薦《こも》朽《く》ちめやも綾席《あやむしろ》緒《を》に成るまでに君をし待たむ
 
〔譯〕 私が獨で寢たとて、蓆は朽ちはしますまい。綾織の筵がすりきれて、編み絲ばかりになつてしまふまで、私はあなたをお待ちしませう。
〔評〕 薦は下敷であり、藺をいろいろに染めて織りなした綾筵は上敷であつて、當時の室内生活を偲ぶことが出來る。この綾筵には、我が待つ人との思ひ出が殘つてゐるのであらう。婦人らしい眞情と野趣とのこもつた作である。
 
2539 相見ては千歳や去《い》ぬる否をかも我《われ》や然《しか》念《も》ふ君待ちかてに
 
〔譯〕 相見てから千年も過ぎたのであらうか。否さうではなく、私がさう思ふのであらうか。あなたのおいでを待ちかねて。
〔評〕 待つ日の長さを嘆じて、措辭も巧妙である。大伴坂上郎女の「六八六」の歌は、これに酷似してゐる。しかして此の「二五三九」の歌は、「三四七〇」と全く同歌であつて、それによると、人麿歌集に出てをることが知られる。
(355)〔語〕 ○否をかも 「を」を諾の意に解する説(古義)は從ひ難い。間投助詞で詠歎の意。いや、さうでなからうか、の意。
 
2540 振分の髪を短み青草を髪に綰《た》くらむ妹をしぞおもふ
 
〔譯〕 振分の髪が短いので、それに青い草を添へて束ねようとするあの少女を、懷かしく思ふことである。
〔評〕 美しい抒情詩である。青々と草の萠えてゐる野で、大人らしい装ひを眞似てする田舍娘の、可憐なしぐさを追想して、今あの少女はどうしてゐるかと懷かしんだのである。
〔語〕 ○振分の髪 古へは、八歳ぐらゐまでは髪の末を肩に比べて切つて、頂から兩方へ分けて垂らしてゐたのをいふ。○髪にたくらむ 青草を添へて髪を束ねようとすること。「一二三」參照。
〔訓〕 ○青草 「青」を「春」とした本もあるが、多本による。又ワカクサとも訓んでゐる。
 
2541 徘徊《たもとほ》り往箕《ゆきみ》の里に妹を置きて心空なり土は踏めども
 
〔譯〕 往箕の里に愛人を殘し置いて、別れて來ると、心はうはの空になつてをる。足だけは土を踏んでゐるけれども。
〔評〕 面白い表現であるが、「立ちてゐてたどきも知らず吾がこころ天つ空なり土はふめども」(二八八七)「吾妹子が夜戸出の姿見てしよりこころ空なり地はふめども」(二九五〇)などと歌はれてをる。
〔語〕 ○たもとほり あちこち歩き廻ること。行きめぐる意の「行きみ」から、地名「往箕」にかけた枕詞。○往箕の里 地名と思はれるが、所在未詳。
 
2542 若草の新手枕《にひたまくら》を纒《ま》き初《そ》めて夜をや隔てむ憎くあらなくに
 
(356)〔譯〕 はじめて手枕をまき共寢をしてから、幾夜も隔てて逢へぬといふことがあらうか。憎くはなく、戀しいのに。
〔評〕 ややあらはな表現であるが、それだけに野趣掬すべきものがある。
〔語〕 ○若草 「新」につづく枕詞。
〔訓〕 ○にくく 白文「二八十一」。「八十一」は九九八十一の意で戯書。卷三(二三九)では、鹿猪《しし》の字に「十六」をあててゐる。
 
2543 吾が戀ひし事も語らひ慰めむ君が使を待ちやかねてむ
 
〔譯〕 せめてあなたからのお使に、自分が戀しく思つてゐたことを語つて、心を慰めようと思ふ、そのお使を待ちつけることができないのでせうか。
〔評〕 戀人には逢へずとも、せめて使になりと思ひを語つて慰めようと思つて待つてゐるが、その使さへも來ぬ、といふのである。
 
2544 寤《うつつ》には逢ふ縁《よし》も無し夢《いめ》にだに間無《まな》く見え君戀に死ぬべし
 
〔譯〕 現實には逢ふ方法もない。せめて夢にでも絶間なく見えて下さい、あなたよ。さもなければ、戀死に死ぬことでありませう。
〔評〕 まなく見えよと命令形にいひ、さなくば「戀に死ぬべし」と強くいひきつたところがよい。但、「八〇七」「二八五〇」「二九五九」に類歌がある。
〔訓〕 ○間なく見え君 白文「間無見君」、舊訓マナクミムキミ、代匠記精撰本にはマナクミエヨキミと訓んでゐる。古義に從つた。
 
(357)2545 誰《た》そ彼《かれ》と問はば答へむ術《すべ》を無み君が使を還《かへ》しつるかも
 
〔譯〕 あれは誰ぞと、他の人が問うたならば、その時に答へやうを知らぬので、名殘惜しくもあなたからのお使を返してしまひましたことよ。引きとめておいて、あななの御樣子をも伺ひたかつたのに。
〔評〕 つつましい婦人の態度である。人目を憚り、胸騷ぎを覺えつつ戀人からの使者を迎へたことであらう。
 
2546 念《おも》はぬに到らば妹が歡《うれ》しみと咲《ゑ》まむ眉曳《まよびき》思ほゆるかも
 
〔譯〕 來ようと思つてもゐないところへ、突然自分がおとづれて行つたならば、あの女が嬉しさにほほ笑むであらう顔が思はれる。
〔評〕「待つらむに到らば妹が懽《うれ》しみと咲《え》まむ姿を往きて早見む」(二五二六)の類歌である。「待つらむに到」る喜びも想像されるが、「おもはぬに到」る時の喜びの眉は、更に美しいものがあらう。麗しい想像である。
〔語〕 ○眉曳 眉墨を畫き引いたことがもとの意で、眉、目つき、顔の意に用ゐられた。
 
2547 斯《か》くばかり戀ひむものぞと念《おも》はねば妹が袂を纒《ま》かぬ夜もありき
 
〔譯〕 別れて後、これほど戀しく思ふであらうとは思はなかつたので、愛人の袂を枕にしなかつた夜もあつた。
〔評〕 逢へる時に、飽足るほど逢つておくはずであつたものを、の意。別れて後の思ひ出、質實の中に眞心がこもり、人情の機微にふれてをる。「二九二四」に類歌がある。
 
2548 斯《か》くだにも吾は戀ひなむ玉|梓《づさ》の君が使を待ちやかねてむ
 
(358)〔譯〕 ただこのやうにして、私は戀ひこがれてゐることでせう。心のうちでは、あなたからの使でもと待つてゐるのですが、それさへも待ち受けることが出來ないのでせうか。
〔評〕 四五句は、前出の「二五四三」に同じく、三句以下は「三一〇三」にも似てをる。ただ、初二句に力が入つてをる。
〔語〕 ○吾は戀ひなむ この「なむ」を動詞として「祈《の》む」の義とする説もあるが、普通の助動詞と見るべきである。○玉梓の 使の枕詞。○持ちやかねてむ 待ちかねる、即ち期待しながら、しかも結局待ち迎へることができないであらうか、の意。
〔訓〕 ○玉づさ 白文「玉梓」。嘉暦本等に「玉桙」とある。
 
2549 妹に戀ひ吾が哭《な》く涙しきたへの木《こ》枕|通《とほ》り袖さへ沾《ぬ》れぬ【或本の歌に云ふ、枕通りてまけば寒しも】
 
〔譯〕 愛人を戀うて自分が泣く涙は、木の枕をとほして、袖までもぬらしたことよ。
 或本の歌−涙が枕をとほして、その枕をすると、寒いことよ。
〔評〕 萬葉男子の作としては柔弱に見えるほど、ひたぶるな戀情である。誇張のあとも見えるが、詞調はなほ朴直で、後世の歌の比ではない。或本の歌は、感覺的になつてをる。
〔語〕 ○しきたへの 衣、枕、袖、床等にかかる枕詞。
〔訓〕 ○木枕とほり 白文「木枕通」、嘉暦本による。通行本には「通」の下に「而」がある。
 
2550 立ちて念《、おも》ひ居《ゐ》てもぞ念《おも》ふくれなゐの赤裳《あかも》裾引《すそび》き去《い》にし姿を
 
〔譯〕 立つても思ひ、坐つても思ふことである。紅の赤い裳の裾を引心て去つたあの女の姿を。
(359)〔評〕 印象の鮮明な、感情の高調した歌である。一二句は、ゐても立つても居られぬ憔悴を敍し、一轉、三句以下は、楚々として去つた娘子の姿を寫してゐる。結句「去にし姿を」にこめられた餘韻も深く、あはれである。
〔訓〕 ○赤裳裾引き 白文「赤案下引」、源氏物語眞木柱の卷に「赤裳たれ引きいにし姿をと、にくげなる古言なれど、御言ぐさになりてなむ、ながめさせ給ひける」とあり、古今六帖も「たれひき」とある。當時さやうに訓んだことが知られる。
 
2551 念《おも》ふにし餘りにしかば術《すべ》を無み出でてぞ行きし其の門を見に
 
〔譯〕 戀しい思ひに堪へかねたので、せむ術《すべ》なさに、せめてもと思つて、出かけて行つたことである、愛人の門を見に。
〔評〕 いかにも制御しがたい心を敍して、眞率至純の作。「二九四七」の「一云」には、五句が「家のあたり見に」として出てゐる。
 
2552 情《こころ》には千遍《ちへ》頻々《しくしく》に念《おも》へども使を遣《や》らむ術《すべ》の知らなく
 
〔譯〕 心の中では頻りに思つてゐるが、その思ひを告げるべき使をやる方法が分らぬことであるよ。
〔評〕 他人に知られぬやうに、女のもとへ使を遣ることのむつかしさを嘆いたもの。「二五四五」と對照させると興味が深い。二句はよい句であるが、「二二三四」の人麿集の歌の句を襲つたものであらう。「二四三七」にもある。
〔訓〕 ○ちへしくしくに 白文「千遍敷及」、通行本のチヘニシクシクよりは、調べの上で、童蒙抄、古義の訓の方がよいので、それによつた。
 
(360)2553 夢《いめ》のみに見てすら幾許《ここだ》戀ふる吾は寤《うつつ》に見てはまして如何《いか》ならむ
 
〔譯〕 夢に見るさへ甚しく戀しく思つてゐる自分は、實際に逢うたならば、まして、どんなに戀しいことであらうか。
〔評〕 ありのままに自分の戀の激しさをいぶかつた平易の歌。結句の字餘りは、單純な構想の中にも力が籠つてをることを感じさせる。
〔訓〕 ○見てすら 白文「見尚」、ミルスラともよめる。
 
2554 相見ては面隱さるるものからに繼ぎて見まくの欲《ほ》しさ君かも
 
〔譯〕 お遇ひすれば、恥しくて顔を隱さずにはゐられないのに、つづいてあなたにお目にかかりたいと思はれることよ。
〔評〕 世づかぬ手弱女の、嬌羞を含んだ優美の風姿を見るやうである。調子もまた柔軟で、流麗な美しさを具へてゐる。たをやかさの中に、一脈の才氣のとほつた詠みぶりと云へよう。
〔語〕 ○ものからに ものであるのにそれに、の意。
 
2555 朝戸を早くな開《あ》けそ味《あぢ》さはふ目がほる君し今夜《こよひ》來《き》ませり
 
〔譯〕 夜があけても朝の戸を早く開けないやうに。私がお目にかかりたく思ふお方が、今夜は來ていらつしやるから。
〔評〕 珍しくおとづれて來た愛人を、少しでも長くとめておかうとする心づかひである。
〔語〕 ○あぢさはふ 目にかかる枕詞。「一九六」參照。○目がほる 「ほる」は欲するの意。見たいと思ふ。
〔訓〕 ○朝戸を 白文「旦戸乎」、アサノトヲとも訓める。通行本の「旦戸遣乎」に作るのは誤である。
 
(361)2556 玉|垂《だれ》の小簾《をす》の垂簾《たれす》を往《ゆ》きかてに寐《い》はなさずとも君は通はせ
 
〔譯〕 簾が垂らしてあるから、とほると簾の音がしてとほりにくいので、中に入つてお寢《やす》みになるといふことはなくとも、どうか折々に通つて來てくださいませ。
〔評〕 三句が難解であるが、代匠記の説に從つて説けば、意味の全くとれぬことはない。
〔語〕 ○玉垂の 「緒」につづく枕詞。その音感から「小簾」につづく。○をすのたれす 小さい簾のたらしてある簾の義、音調を反覆させただけで、垂簾だけに意がある。○往きかてに 代匠記の、來るを往くといふから、來がての意とする説に從ふ。○いはなさずとも 「なす」は「寢る」の敬語。
〔訓〕 ○往きかてに 白文「往褐」、改字改訓諸説ある中に、舊訓カチニをカテニと訓む代匠記の説によつた。
 
2557 たらちねの母に白《まを》さな君も我も逢ふとは無しに年は經ぬべし
 
〔譯〕 母に二人の仲を打明けて申しませう。さうしないと、あなたも私も、逢ふことが出來ずにゐる中に、年ばかり過ぎてしまふでせうから。
〔評〕 むすめ心の、はやく逢ひたい爲に、母に打あけていはうとするのである。これを、二句をハハニマヲサバの文字によつて訓むと、母の反對を恐れてうちあけかねる意となる。歌は一音一字によつて、その意味がかくも異なることがある。
〔訓〕 ○母にまをさな 白文「母白七」。「七」は嘉暦本による。通行本には「者」とある。それによればハハニマヲサバである。○年は經ぬべし 白文「年可經」。トシゾヘヌベキとも訓める。
 
(362)2558 愛《うつく》しと思へりけらし莫《な》忘れと結びし紐の解くらく念《も》へば
 
〔譯〕 妻は、自分を戀しいと思つてゐるのであつたらしい。別れる時に、お忘れなさるなと云つて妻が結んでくれた、この着物の紐が、自然に解けるのを考へてみると。
〔評〕 紐の解けるのは人が自分を思ふ兆である、といふ俗信に基づいてをるが、旅立ちに際して妹が紐を結ぶといふ風習をも詠みいれてゐて、旅情のにほふ歌である。人麿の?旅歌に「淡路の野島の崎の濱風に妹が結びし紐吹きかへす」(二五一)とある。
 
2559 昨日見て今日こそ隔《へだ》て吾妹子が幾許《ここだく》繼ぎて見まくし欲《ほ》しも
 
〔譯〕 昨日逢つて、たつた今日一日を隔てただけなのである。しかも、自分の愛人が、頻りにつづいて見たいことよ。
〔評〕 激しい戀に惱むものの心は、いつの世にもかうしたものであらう。率直な詠みぶりである。
〔訓〕 ○今日こそ隔て 白文「今日社間」、舊訓ケフコソアヒダとあるが、童蒙抄の如く「間」はヘダテと訓むのがよい。「一三一〇」參照。
 
2560 人も無き古《ふ》りにし郷《さと》にある人を愍《めぐ》くや君が戀に死なする
 
〔譯〕 人も住まぬ古い都にさびしく暮してゐる私を、まあかはいさうに、あなたは戀死に死なせるのでせうか。
〔評〕 舊都の飛鳥あたりに住んで、男の通うて來るのを寂しく待ち暮してをる女の怨み言が、哀切の調に、強い情をこめて歌はれてをる。三句「ある我を」といふべきを、わざと「ある人を」というたのである。
〔語〕 ○めぐくや 「めぐく」は見る目くるしくの義で、かはいさうに、むごいことに、の意。
 
(363)2561 人言《ひとごと》のしげき間《ま》守《も》りて逢ひぬとも八反《やへ》吾が上に言《こと》の繁《しげ》けむ
 
〔譯〕 人の噂のやかましい隙をうかがつて逢つたとしましても、更に幾重にも、私の身の上に噂が立つことでありませう。
〔評〕 いかにしてももがれがたい人目の恐しさをいつて、ひそかに逢はうと云ひ寄る男に和へた歌であらう。
〔訓〕 ○やへ 白文「八反」、八重の義。古義は「反」を「多」の誤とし、ハタと訓んで、また更にの義と解してゐる。
 
2562 里人の言縁妻《ことよせづま》を荒垣《あらがき》の外《よそ》にや吾が見む憎《にく》からなくに
 
〔譯〕 里人が、あれこれ自分との仲をいひ騷いでゐる妻を、よそにのみ見て逢はずにをることか、憎からずかはゆく思ふのに。
〔評〕 前の歌は女性、これは男性の作であるが、同じく人言を恐れて逢ひ得ぬ嘆聲である。
〔語〕 ○言縁妻 世人が自分と關係のあるやうに噂してゐる女。「一一〇九」の「縁言」參照。○あら垣の 粗垣で、目のあらい垣。垣は内外を隔てる意から「よそ」の枕詞とした。
 
2563 他眼《ひとめ》守《も》る君がまにまに吾さへに夙《はや》く起きつつ裳裾ぬらしつ
 
〔譯〕 人目を憚つて朝早く歸つて行かれるあなたと共に、私までも早く起きて、草の露で裳の裾をぬらしました。
〔評〕 朝露のごとき清麗な歌品である。前出の「朝戸出の君が足結をぬらす露原早く起き出でつつ吾も裳裾ぬらさな」(二三五七)の旋頭歌の趣旨を、そのままに實行した觀がある。
(364)〔語〕 ○他眼《ひとめ》守《も》る 人目を注意して、人目を覗ひ。○君がまにまに あなたに從つて。
 
2564 ぬばたまの妹が黒髪|今夜《こよひ》もか吾《かれ》無き床《とこ》に靡けて宿《ぬ》らむ
 
〔譯〕 いとしい妻は、その黒髪を今夜もまあ、自分のをらぬ床の上になびかせて、獨寢をしてゐることであらうか。
〔評〕 妻の艶なる風姿を思ひやるにつけて、自分も獨寢をするやるせなさが、一層なやましく切實になつて來る。逢へぬ夜の詠嘆か、?旅での作であらうか。
〔語〕 ○ぬば玉の 枕詞。妹を隔てて、「黒」にかかる。
 
2565 花ぐはし葦垣|越《ご》しにただ一目相見し兒ゆゑ千遍《ちたび》嘆きつ
 
〔譯〕 葦垣の垣根ごしにただ一目見たばかりの女、ただそれだけの女の戀しさのために、千度も嘆いたことである。
〔評〕 葦垣越しに見初めた農村の戀である。一目といひ千度といふあたり、民謠風の作である。
〔語〕 ○花ぐはし 枕詞。允恭紀に「花ぐはし櫻のめで」とあるやうに、此の歌も蘆の花の美しいのを讃美したものといふ代匠記の説がよい。民謠であつて、うたひだしに美しい句を置いたものと見るべきである。
 
2566 色に出でて戀ひば人見て知りぬべみ情《こころ》のうちの隱妻《こもりづま》はも
 
〔譯〕 顔色に出して戀をしたならば、人が見て知りさわぐことであらうからとて、心のうちに秘めて隱してをる妻よ、あはれかの女はまあ。
〔評〕 一般的な内容で、「秋萩の花野のすすき穗には出でず吾が戀ひわたる隱妻はも」(二二八五)などの類歌かある。
〔語〕 ○こもり妻 心の中にこめておもふ妻、「四一四八」にもある。
(365)〔訓〕 ○知りぬべみ 白文「應知」、舊訓シリヌベシと切つてゐる。下を「はも」と結ぶ歌では、中に切れ目のないのが常である。「べみ」を受けることは、「三五一二」の「ものから」を受けるのに似た例であを。○こもり妻 白文「隱妻」。嘉暦本に「しのひつま」とよんでゐる。隱をシノビとよむ例は「二七五二」にある。
 
2567 相見ては戀慰むと人は言へど見て後にぞも戀ひまさりける
 
〔譯〕 逢つたならば戀の心が慰むと人は言ふが、見て後に却つて戀がまさつたことである。
〔評〕 類歌に「相見てはしましく戀はなぎむかと思へどいよよ戀ひまきりけり」(七五三)、「中々に見ざりしよりは相見ては戀しき心まして念ほゆ」(二三九二)がある。
 
2568 おほろかに吾《われ》し念《おも》はば斯《か》くばかり難き御門を退《まか》り出《で》めやも
 
〔譯〕 なみなみに自分がそなたを思つてゐるならば、あれほど出入の嚴重な御所の御門を拔け出して、逢ひに來ることがあらうか。
〔評〕 宿直の官人が、御所の門を拔け出して、愛人に逢うた時の感想であらう。かかる事實はありさうなことながら、かかる歌を採録したところに、明朗でもあり奔放でもあつた時代の特色があらはれてゐる。
〔語〕 ○難き御門 出入の嚴重な宮廷の御門。
〔訓〕 ○おほろかに 白文「凡」、「九七四」參照。通行本にはオホヨソニとある。
 
2569 念《おも》ふらむ其の人なれやぬばたまの夜毎に君が夢《いめ》にし見ゆる【或本の歌に云ふ、夜晝と云はず我が戀ひ渡る】
 
〔譯〕 私を思つてゐてくれるやうなその人であらうか、否、思つてゐてはくだきらぬ人であるのに、毎夜あの人が、(366)私の夢に見えることよ。まことに不思議なことである。
〔評〕 夜も晝もたえず戀ひつづけてをる片思の人を、夢に見たいぶかしみである。心理上、或る人が夢に現はれるのは、自分がその人を思ふ故であつて、何ら異とするに足らぬことである。しかし萬葉人は、夢を現實的に考へてゐて、或る人が自分の夢に見えて來るのは、その人が自分を思ふ故に、その意志が通うて來ると信じてゐた。そこで、自分を愛してくれぬ人が夢に現はれたのを、怪しんでゐるのである。以上は「なれや」を反語とし、相念ふ人でもないのに、の意とする考、略解の説によつたのであるが(「四一六四」參照)、なればにや、の意と解する代匠記の説もある。一二句は他によみ方はない。畢竟、作者が未熟の爲に不明ないひざまをしたものと見るべきである。「その人」は相手の男をさしたとする一般の説がよい。新考に「第三者なり」とあるはよくない。
 
2570 斯《か》くのみし戀ひば死ぬべみたらちねの母にも告げつ止《や》まず通はせ
 
〔譯〕こんなに戀しく思つてばかりゐては、遂に戀ひ死ぬでありませうから、すべてを母に告げました。どうぞこれからは、絶えず通つて來て下さいませ。
〔評〕 當時の戀愛する若い人々にとつて、最も難關なのは、内の母と、外の人目とであつた。その母にも打ちあけたから、もう天下晴れてといふ氣持が躍動してゐるのを覺える。
〔訓〕 ○戀ひば死ぬべみ 白文「戀者可死」、舊訓はコヒバシヌベシである。
 
2571 丈夫《ますらを》は友の騷《さわき》に慰もる心もあらむ我ぞ苦しき
 
〔譯〕 男子であられるあなたは、お友達上のつきあひに心を慰めることも出來ませう。それに反して、唯ひとり家にをらねばならぬ女の身の私は、苦しいことであります。
(367)〔評〕 婦人の地位は、萬葉集の昔からかうしたものと、一つの社會相が知られる歌である。歴史をこえて、一般の日本女性の言ひたいところを、代表してゐる觀さへある。二句の「友の騷」も辛辣である。
〔訓〕 ○友の騷 白文「友之驂」 驂の字は、「一一八四」に倣ひ、代匠記精撰本の訓による。
 
2572 僞も似つきてぞ爲《す》る何時《いつ》よりか見ぬ人戀ふに人の死《しに》せし
 
〔譯〕 嘘をいふにも、少しは本當らしいことをいふものですよ。いつの世に、見たこともない人に戀ひこがれて、死んだ人がありますか。
〔評〕 女の歌とみる。戀の苦しみを「戀死なむ」、などと誇張して、口さき巧みに言ひ寄る男を、手ひどくきめつけた歌である。「嘘も休み休み言ふがよい」といつた語氣、婦人としては驚くほど鋭い皮肉ぶりで、才氣換發の慨がある。次に掲げる大伴家持の歌は、恐らくこれに學んでゐよう。「僞も似つきてぞするうつしくもまこと吾妹子吾に戀ひめや」(七七一)。
〔語〕 ○僞も似つきてぞする 初から嘘とわかるやうな言葉をあざけつたもの。
 
2573 情《こころ》さへ奉《まつ》れる君に何をかも言《い》はず言《い》ひしと吾が食言《ぬすま》はむ
 
〔譯〕 この身ばかりか、心までも差上げたあなたに、何をまあ、言はないでおいて、しかも言つたなどと、私が僞を申しませう。
〔評〕 心から眞面目に戀してゐる婦人が、眞劔になつて男の誤解を釋かうとする態度である。四五句が殊に哀れに、たどたどしく感じられる。
〔語〕 ○食言《ぬすま》はむ 「ぬすむ」に、動作の反覆持續を示す「ふ」をつけたもの。「ぬすむ」は、ここは虚言する、うし(368)ろぐらいことをする意。「二八三二」參照。
 
2574 面《おも》忘れだにも得《え》爲《す》やと手握《たにぎ》りて打てどもこりず戀といふ奴《やつこ》
 
〔譯〕 せめて顔を忘れるだけでも忘れることが出來るかと思つて、拳《こぶし》を固めて打ちたたくが、少しも懲りぬことである、この戀といふ奴は。
〔評〕 自嘲的に己が戀を「奴」にたとへた例は、穗積親王の愛吟した歌と傳へられるものに「家にありし櫃に?刺しをさめてし戀の奴のつかみかかりて」(三八一六)がある。奴婢の階級が、極めて低い地位におかれてゐたことは、正倉院文書の東大寺奴婢籍帳が物語るところである。奴婢を拳をかなめて打ちたたいた社會生活の一斷面が、この歌に示されてゐる。
〔訓〕 ○こりず 白文「不寒」。寒は凝るから懲るに假借したもの、また寒中に水が氷るからこりといつたものなどの説がある。○戀といふ奴 白文「戀云奴」。嘉暦本等による。通行本は「云」を「之」とあつて、コヒノヤツコはとよんでゐるのはよくない。
 
2575 めづらしき君を見むとぞ左手《ひだりて》の弓|執《と》る方の眉根かきつれ
 
〔譯〕 めづらしいあなたに逢ふ前兆とて、左手の弓を執る方の眉がかゆくて、掻いたことである。
〔評〕 眉がかゆいのは、思ふ人に逢ふことの出來る前兆であるといふ俗信に基づいた歌。「五六二」「二八〇八」參照。女の歌とおもはれるが、「左手の弓執る方の」といふ大げさな言ひ方が面白い。
〔訓〕 ○君を見むとぞ 白文「君乎見常衣」、常衣をトゾと訓んでは、下に「つれ」とあるのに照應しない。從つて、かきつれ、白文「掻禮」の禮を「類」の誤とする略解、「鶴」の誤とする新考等の説があり、又「常」をトコ「衣」(369)をソとよむことも出來るが、今はゾに對してレと結んだ特殊なものとしておく。
 
2576 人間《ひとま》守《も》り葦垣|越《ご》しに吾妹子を相見しからに言《こと》ぞさだ多き
 
〔譯〕 人目の隙をうかがつて、葦垣越しに愛する女に逢うた、ただそれだけのために、世の人の噂がやかましいことである。
〔評〕 早くも立つた噂に驚いた歌。前出の「花ぐはし葦垣|越《ご》しに」(二五六五)に似て、農村の戀を面白く描いてゐる。
〔訓〕 ○さだ 白文「定」、定めの語幹で、評判の意。
 
2577 今だにも目《め》な乏《とも》しめそ相見ずて戀ひむ年月久しけまくに
 
〔譯〕 せめて今のうちだけでも、間を置かず十分に逢つて下さいませ。これからは、お目にかからずに、戀しく思ふ年月も久しいことでありませうに。
〔評〕 旅などに出ようとする男に、名殘を惜しむ女の歌と思はれる。哀婉の調が、あはれ深い。
〔語〕 ○目なともしめそ 相見ることを乏しからしめるな、の意。○久しけまくに 「まく」は助動詞「む」の未然形に、動詞助動詞を體言化する助詞「く」のついたもの。久しからうことであるに、の意。
 
2578 朝寢髪吾は梳《けづ》らじ愛《うつく》しき君が手枕《たまくら》觸《ふ》れてしものを
 
〔譯〕 この朝の寢亂れた髪を、私はくしけづりますまい。戀しいあなたの手枕の觸れたものでありますから。
〔評〕 甘美な哀艶が極まつて、やるせないものを感じさせる歌。別れたあとの戀人のけはひを懷かしんで、その手の觸れた髪の亂れさへも消さじとする、女の心がよくあらはれてゐて、時代を超えた感覺の新しさがある。
(370)〔訓〕 ○觸れてしものを 白文「觸義之鬼尾」、舊訓による。「義之」は王義之が有名な能書家、即ち手師であつたことから出來タ戯訓で、「三九四」以下數ケ所に見られる。「鬼」を「もの」とよむは、日本紀に、邪鬼をアシキモノとよませてあり、物のけのモノも同じい。これも戯訓である。
 
2579 早行きて何時《いつ》しか君を相見むと念《おも》ひし情《こころ》今ぞなぎぬる
 
〔譯〕 早く行つて、何時になつたらそなたに逢はうかと思つてゐた自分の心は、今、やつと落ちついたことである。
〔評〕 女に逢つた喜びが、結句にのびのびと躍つてをる。
〔訓〕 ○なぎぬる 白文「水葱少熱」、一種の戯書である。
 
2580 面形《おもがた》の忘るとあらばあづき無く男《をのこ》じものや戀ひつつ居《を》らむ
 
〔譯〕 愛する人の顔形を忘れる時がある位ならば、無益にも、男子たる自分がのめのめと戀ひ慕うてゐようか。
〔評〕 忘れられぬ戀に惱む自分と、所謂「丈夫と思へる我」の自覺との間に身を置いて、やや自棄的になつた男の歌である。「女の顔など、少したてば忘れてしまふものだ」などと他人からいはれでもしたものか。
〔語〕 ○面形 容貌。○あづきなく 詮なく、無益に、つまらなく。○男じものも男たるもの。「二一〇」參照。
〔訓〕 ○忘るとあらば 白文「忘戸在者」舊訓ワスルトナラバ。戸の字により、忘るる時あらばと解する。○あづきなく 白文「小豆鳴」。アヂキナクが本來の語であるが、訛つてアヅキナクといつたものとおもはれる。
 
2581 言《こと》に云へば耳に容易《たやす》し少くも心のうちに我が念《も》はなくに
 
〔譯〕 唯、戀しく思つてをると口に出して云へば、聞く人の耳には、何でもない一通りのとに聞える。自分は心の(371)うちであなたを淺くは決して思つてはをりませぬのに。
〔評〕 口に出して云はねば心は通はず、口に出せば輕々しと侮られる。戀の思ひを表はすことの困難を歌つたもので、措辭も巧妙といつてよい。
〔語〕 ○少くも 「も」は詠歎の助詞。少くは、輕くは、の意。「念はなくに」にかかる。
〔訓〕 原文に、三・三・二・八・四・九・二。九・二と、多數の數字を用ゐた書き方がかはつてゐる。
 
2582 あづき無く何の枉言《たはごと》いま更に小童言《わらはごと》する老人《おいびと》にして
 
〔譯〕 つまらなく、何といふたはごとを言つたものぞ、今更に子供じみたことを云つたものだ、老人のくせに。
〔評〕 代匠記に述べてゐるやうに、この歌は、老人が戀をいひ寄つた後に、反省して自嘲した歌とも、又、老人に言ひ寄られた女が、拒否する歌とも見られる。前説の方がよい。
〔語〕 ○何のたは言 何のたは言をいひしものぞ、と、自らの痴愚を罵るものと思はれる。○わらは言する 子供の言ふやうな若々しい戀の言葉をいうたものぞ、の意。
〔訓〕 ○この歌にも、九・二・四などの數字が入つてをる。朝ね髪以下の五首は、戯書を好む人が書きとめたのを、さながら書いたものとおもはれる。
 
2583 相見ては幾《いくば》く久もあらなくに年月の如《ごと》思ほゆるかも
 
〔譯〕 お逢ひしてから、まだ幾らも長い時が經つてもゐないのに、長く年月がたつたやうに思はれますことよ。
〔評〕 戀をする人の常の情であり、卒直な詠みぶりがよい。卷四には、「五七九」「六六六」「七五一」に類歌が見られる。
(372)〔訓〕 ○相見ては 白文、「相見而」。「相」の上に「不」の脱といふ代匠記精撰本の説、又、文字通りアヒミテと四字の句とする説もある。
 
2584 丈夫《ますらを》と念《おも》へる吾を斯くばかり戀せしむるは小可《あし》くはありけり
 
〔譯〕 あつぱれな丈夫と思つてをる自分を、これほどまでに戀ひこがれさせるのは、よくないことであるよ。
〔評〕 この時代の男性が意識し自負してゐた「丈夫」の自覺が、不甲斐なくも戀ひ焦れてゐる時に多くよみがへつてくる。類歌、「一一七」「七一九」がある。
〔訓〕 ○あしくはありけり 白文「小可者在來」。「小可」を、考は「苛」の誤としカラクと訓んでゐる。小は少に通じ、否定の意に用ゐられてゐると見て「アシクと訓んだ定本の訓による。
 
2585 斯くしつつ吾が待つしるしあらぬかも世の人皆の常ならなくに
 
〔譯〕 かうして待つ効《かひ》があつて、また無事に逢ふことが出來ればよいがなあ。世の中の人皆の命は、常にあるものではなく、はかないものであるのに。
〔評〕 無常觀によつて、人の命のはかなさを思ふにつけ、はかどらぬ戀がかへりみられ、悠揚迫らぬ萬葉人も、不安と焦慮とを感じたのであらう。
〔語〕 ○あらぬかも あつて欲しい、の意。○常ならなくに 無常なものであるのに、の意。
 
2586 人言を繁みと君に玉|梓《づさ》の使も遣《や》らず忘ると思ふな
 
〔譯〕 世間のうはさがやかましいので、そなたに使をやらなかつた。忘れたなどと思ひなさるな。
(373)〔評〕 人言の繁さに、しばらく控へてゐるのであると、男から女に穩かに言ひ聞かせるやうな口調である。
〔語〕 ○玉梓の 「使」につづく枕詞。
 
2587 大原の古《ふ》りにし郷《さと》に妹を置きて吾《われ》寐《い》ねかねつ夢《いめ》に見えこそ
 
〔譯〕 大原のさびれた里に妻を殘して來て、自分は眠ることが出來ぬ。せめて夢にでも見えてくれ。
〔評〕 實情實感をのべて、自然な無我巧な手法であるが、底に一脈の哀調が流れてをるのは見のがせない。
〔語〕 ○大原のふりにし郷 「一〇三」參照。○夢に見えこそ この「こそ」は、希望の意を表はす助詞。
 
2588 夕されば君來まさむと待ちし夜のなごりぞ今も寢《い》ねかてにする
 
〔譯〕 夕方になると、あなたがお出にならうと待つてゐたあの頃の夜の名殘で、今もやはり眠られないことよ。
〔評〕 別れた戀人に贈つたものであらう。二人の仲が親しかつた頃は、夕方になると愛人が來るのを待つてゐた。今は仲が絶えてゐるが、その頃の名殘で、夜おそくまで待つ心になつて眠られない、といふのである。人の心の微妙な動きをよくとらへてゐる。類歌「二九四五」がある。
 
2589 相思はず君はあるらしぬばたまの夢《いめ》にも見えず誓約《うけ》ひて寢《ぬ》れど
 
〔譯〕 私のことなど、今では何とも思はずに、あなたはいらつしやるらしい。夢にさへお見えにならぬ。神樣に誓つて、しるしの見えることを期して寢るのだけれども。
〔評〕 家持の「七六七」の歌と類似してをる。萬葉人は、相手が戀しく思つてゐれば、自ら夢の中に見えて來ると考へてをつたので、かうした構想の歌が少からず殘つてをるのであらう。
 
(374)2590 石根《いはね》踏《ふ》み夜道行かじと念《おも》へれど妹によりては忍《しの》びかねつも
 
〔譯〕 岩を踏んで、危い夜道は行くまいと思つてゐるのであるが、愛する女のためには、こらへかねて出かけて行くことであるよ。
〔評〕 夜の山道をたどつて、愛人のもとに通うて行く男の眞情である。
〔訓〕 ○夜道ゆかじと 白文「夜道不行」。ヨミチハとハを訓みそふる説もある。
 
2591 人言《ひとごと》の繁き間《ま》守《も》ると逢はずあらば終《つひ》にや子等が面《おも》忘《わす》れなむ
 
〔譯〕 世間の人々の噂のやかましい隙をうかがふとて、逢はずにゐると、つひにはあの女は、自分の顔を忘れてしまひはしないであらうか。
〔評〕 久しく女に逢はぬ男が、かうしてゐると、女が自分の顔を見忘れはすまいかと、ふと想像してあせり心を起したのである。
〔訓〕 ○終にや子らが 白文「終八子等」。ツヒニヤツコラともよめる。
 
2592 戀ひ死なむ後は何せむ吾が命の生《い》ける日にこそ見まく欲《ほ》りすれ
 
〔譯〕 戀死をした後は何にならう。自分の命が生きてゐる日のうちに、愛人に逢ひたいと思ふのである。
〔評〕 萬葉人の現世的思想のいちじるしく現はれたもの。大伴百代の「五六〇」の歌と類似してゐる。
 
2593 しきたへの枕動きて寢《い》ねらえず物|思《も》ふ此夕《こよひ》早も明《あ》けぬかも
 
(375)〔譯〕 枕が動いて眠ることも出來ないで、物思をしてゐる今夜は、早く明けてくれればよいがなあ。
〔評〕 眠られぬ夜の燥、ひたすらに夜明けを待ち望む氣分がよく現はれてをる。前出の「二五一五」と同型であるから、彼の歌を參照されたい。
 
2594 往かぬ吾《われ》來《こ》むとか夜《よる》も門|閉《さ》さずあはれ吾妹子待ちつつあらむ
 
〔譯〕 障りがあつて今夜はおとづれ行かぬ自分を、來るかと思つて、夜も門をしめず、ああ、いとしい女は待つてゐることであらうか。
〔評〕 行き得ぬ男の惱みが、女の心を想像することによつて、哀切にほどばしり出た歌である。歌詞流麗、しかも第四句の感緒の高潮によつて、抑揚の妙をなしてをる。
〔訓〕 ○ゆかぬ吾 白文「不往吾」。ユカヌワレヲとよんでもよい。
 
2595 夢《いめ》にだに何かも見えぬ見ゆれども吾かも迷《まど》ふ戀の繁きに
 
〔譯〕 せめて夢にでも、愛人はどうして見えないのであらうか。夢には見えてゐるのに、自分の心が亂れまどうてゐるのでそれがわからぬのか、戀の心があまりに激しい爲に。
〔評〕 戀に心も欝悶して、夢さへしづかに樂しめぬといふやうな戀ひ亂れた氣分が、よく浮き出てをる。たたみかけた歌調も、その心にふさはしい。「二九一七」と類似してゐる。
 
2596 慰もる心は無《な》しに斯《か》くのみし戀ひや渡らむ月に日にけに【或本の歌に云ふ、沖つ浪しきてのみやも戀渡りなむ】
 
〔譯〕 心の慰むこともなく、こんなにしてまあ戀しく思ひ暮すことであらうか、月日が立てば立つほど。
(376) 或本歌 沖の浪のしきるやうに、頻りに戀ひつづけることであらうか。
〔評〕 戀の惱みのうちに日を送る歌の典型的なもの。
 
2597 いかにして忘るるものぞ吾妹子に戀は益《まさ》れど忘らえなくに
 
〔譯〕 如何にしたならば、忘れることが出來るであらうか。自分の愛人に戀する心は、ますます激しくなつてくるが、少しも忘れられぬことよ。
〔評〕 哀切な戀慕の苦悶が、洗錬された平明な詞調のおくにしみ込んで、沈痛な響となつてをる。
 
2598 遠くあれど君にぞ戀ふる玉|桙《ほこ》の里人皆に吾《われ》戀ひめやも
 
〔譯〕 遠く隔たつてはゐますけれど、あなたを戀うてをります。里の人々皆などを、どうして戀しく思ひませうぞ、あなた一人だけを思つて居るのです。
〔評〕 「二三八二」と同じ心で、これは田舍娘子の作、稚拙である。男から、お前は里の人のどの人をも思うてをるなどいひおこせたに答へたものであらう。
〔語〕 ○玉ほこの 道にかけるのを轉じて、里にも用ゐたものとみる全釋の説が、穩かである。
 
2599 驗《しるし》無き戀をもするか夕されば人の手まきて寐《ね》なむ兒ゆゑに
 
〔譯〕 思つても何の効《かひ》もなき戀をすることよ。夕べともなれば、他の人の手枕に寐るであらうあの女のために。
〔評〕 人妻を戀ひした男の作。露骨で、うちつけな感想であるが、格調は萬葉らしく張つてをる。
 
(377)2600 百世しも千代しも生《い》きてあらめやも吾が念《も》ふ妹を置きて嘆かむ
 
〔譯〕 百代も千代も生きてゐられようか。はかない人の命であるのに、自分はこんなに戀しく思ふ女に逢はずに、徒らに嘆いてばかり居らうか。
〔評〕 無常觀によつて、優柔な戀を奮ひ立たせた歌。「生きてあらめやも」「置きて嘆かむ」と、二樣の反語を並用して、その間に語を省略したのは、頗る雄勁な手法である。
〔語〕 ○置きて嘆かむ 三句で切つて、この句の前に「いかで」などを補つて反語に解すべき語勢である。
 
2601 現にも夢《いめ》にむ吾は思はざりき舊《ふ》りたる君に此處《ここ》に會《あ》はむとは
 
〔譯〕 現實には勿論のこと、夢にも私は思ひませんでしな、昔馴染のあなたに此處でお目にかからうとは。
〔評〕 絶えて久しい古い馴染の人との意外な面會を喜んだ女の歌で、思ふ所を率直に詠み上げてゐる。賀茂女王の、「秋の野を朝行く鹿の跡もなく念ひし君に逢へる今夜か」(一六一三)と似た内容であるが、それに比して、この歌は粉飾がないだけに、却つて眞情の掬すべきものがある。
 
2602 黒髪の白髪《しろかみ》までと結びてし心ひとつを今|解《と》かめやも
 
〔譯〕 黒い髪の毛が白髪になつてしまふまで變るまいと、固く結び誓つた私の心一つを、何の今更解き緩めて、あなたにそむくやうなことを致しませうぞ。
〔評〕 女の作である。二人の堅い契を述べて、愛人に安心を與へたのであるが、黒髪と白髪、結ぶと解くなど相對せしめたあたりに、細かな技巧が窺はれる。なほ、「結びてし心ひとつ」には草を紐び、松の枝を結び、衣の紐を結ぶ(378)等、無事長壽を祈り願ふ俗信が背景となつてゐるのであらう。
〔訓〕 ○結びてし 白文「結大王」。大王は書聖王羲之のこと。その子王献之を小王と呼ぶに對する。書家即ち手師といふのを助動詞のテシに借りた戯書である。
 
2603 心をし君に奉《まつ》ると念《おも》へれば縱《よ》し此頃は戀ひつつをあらむ
 
〔譯〕 心のすべてをあなたにささげ盡くしてゐると私は思つてをりますので、よしや、此の頃お出がなくても、ただ一人で戀しがつて居りませうよ。
〔評〕 身も心も捧げた愛人の心變りを、慍らず怨みず、しかも忘れずに戀ひ暮らさう、といふやさしい婉容は、強く出るよりも却つて男を反省させる力があるであらう。
 
2604 思ひ出でて哭《ね》には泣くともいちしろく人の知るべく嘆かすな謹《ゆめ》
 
〔譯〕 自分のことを思ひ出して、聲を出して泣きはしても、際立つて人が感づくやうに嘆息しなさるなよ、決して。
〔評〕 忍ぶ戀を人に覺られないやうにと、愛人をいましめた男の作である。女の歌とする説は採らない。「三〇一」に「ねにはなくとも」といふ同じ句があるが、それは自らのことをいうたのである。
〔訓〕 ○なげかすなゆめ 白文「嘆爲勿謹」。舊訓のナゲキスナユメもよいが、今、古義の訓による。
 
2605 玉ほこの道行きぶりに思はぬに妹を相見て戀ふる頃かも
 
〔譯〕 道の行きずりに、思ひも寄らず自分はいとしく思ふあの女に逢つて、この頃戀ひ焦れてゐることである。
〔評〕 嘗て心を動かした女に、偶然道で逢つて以來、戀しさは愈増して懊惱するやうになつた趣である。前出「玉桙(379)の道行かずしてあらませばねもころ斯かる戀に逢はざらむ」(二三九三)と同一境地の歌と見る註もあるが、それは途中初めて見た女であり、これは初見ではない。
 
2606 人目多み常|斯《か》くのみし候《さもら》はばいづれの時か吾が戀ひざらむ
 
〔譯〕 人目が多いので、常にかうして隙を窺つてばかりゐる?態だつたら、いつになつたらば思ふやうに逢へて、戀ひ焦れずにすむやうになるであらう。
〔評〕 忍ぶ戀が容易に目的を遂げ難い焦慮に惱みつつ、一方に己が態度の優柔不斷を勵まさうとする作者の意力が感じられる。古義に「今は人目をも憚らじと思ふ下心なり」とある。
〔語〕 ○候はば 實際には逢へないで空しく隙をうかがつてゐるこんな?態ならばの意。「候ふ」はある時機を待つてゐること。待機してゐること。「二〇九二」參照。
 
2607 しきたへの衣手|離《か》れて吾《わ》を待つと在るらむ子らは面影に見ゆ
 
〔譯〕 今は互に別れてゐて、しかもやはり自分を待つてゐるであらうあのいとしい女は、いつも自分の眼の前にちらついて見えることである。
〔評〕 靈魂の交感を信じてゐた上代人は、我を待つ戀人の眞心が通じて、面影に現れた、と見てゐるのである。平明にして純情に滿ちた作。
〔語〕 ○敷たへ 織目の茂くある織物。「衣」につづく枕詞。○衣手離れて 互に袖が遠く離れて、相別れて居つて。
 
2608 妹が袖別れし日より白たへの衣片敷き戀ひつつぞ寐《ぬ》る
 
(380)〔譯〕 いとしいあの女と別れた日から、自分は着物の袖を片敷いて、戀ひ焦れながらいつも寢ることであるよ。
〔評〕 巧緻なところは無いが、獨寢のわびしさを率直に描いて居り、そこはかとなき心の陰影を宿した歌となつてゐる。
 
2609 白たへの袖は紕《まゆ》ひぬ我妹子が家のあたりを止まず振りしに
 
〔譯〕 自分の白い着物の袖は、絲が片寄りほつれて地が薄くなつてしまつたことである。いとしい妻の家のあたりを望んで、絶えず振つてゐた爲に。
〔評〕 熱烈な愛情の表現である。男が愛する女に合圖るため、袖を振る歌は集中に少くないが、この歌ほどひたぶるに振つたのは珍しい。無論詩人の誇張ではあるが、その素朴な誇大さが却つて面白い。
〔語〕 ○紕ひぬ 「まゆふ」は「まよふ」に同じ。一織糸が摺れ片寄つて織地が薄くなるをいふ。「肩のまよひ」(一二六五)參照。○家のあたりを 家のあたりを懷かしみ望んでの意で「を」の助詞を用ゐた一種の省略法。
 
2610 ぬばたまの吾が黒髪を引きぬらし亂れてさらに戀ひわたるかも
 
〔譯〕 私の黒髪を解けたままに引き靡かせ、それと共に心も亂れて、一層私は焦れつづけてゐることです。
〔評〕 頗る洗煉された故巧で、待てど來ぬ戀人をなほ待ち續けて、千々に思ひ亂れた佳人の心と姿とが、さながらに描き出されてゐる。
〔語〕 ○引きぬらし 「ひき」は接頭語。「ぬる」はすべりぬける、とけさがる。「ぬらす」はその他動詞、束ねずに解き靡かすこと。「たけばぬれ」(一二三)參照。○亂れてさらに 黒髪と共に心も亂れて一層にの意。
〔訓〕 ○さらに 白文「反」。種々の説がある。他に例はないも、サラニと訓んで然るべく、意味の上からも妥當と(381)おもふ。
 
2611 今更に君が手枕|纒《ま》き宿《ね》めや吾が紐の緒の解けつつもとな
 
〔譯〕 今更あなたの手枕をして寢るといふことがあり得ませうか。そんな筈はもうないのに、私の着物の紐の緒が、よしなくも自然に解け解けすることであります。
〔評〕 着物の紐がおのづから解けるのは、戀しい人に逢ふ前兆と信ぜられてゐた。しかし、作者は愛人との仲が既に疎隔して、再び逢ふ希望も殆ど絶えてゐるのである。それであるに紐の緒がおのづから解けるのは、どうしたことかと、かつ怪しみかつ嘆きつつも、なほ一縷の望に縋らうとする執着さへ見えて、可憐な作。
 
2612 白細布《しろたへ》の袖に觸れてよ吾背子に吾が戀ふらくは止《や》む時もなし
 
〔譯〕 あの方の白い衣の袖に觸れてから、私の戀ひ焦れることは、止む時もありませぬ。
〔評〕 一たび逢ひ初めてより、戀しい思が日に募つてゆくといふ女性心理が、何の粉飾もなく素直に語られてゐる。
〔訓〕 ○ふれてよ 白文「觸而夜」、「夜」は假名で、「より」の意の「よ」と解する略解補正の説がよい。特殊假名遣の上からも差さはりがない。
 
2613 夕卜《ゆふけ》にも占《うら》にも吉《よ》くある今夜《こよひ》だに來まさぬ君を何時《いつ》とか待たむ
 
〔譯〕 夕方の辻占にも、その他の卜筮にも、吉兆が出た今晩でさへお出でにならないあなたを、いついらつしやるものと思つて、お待ちしますことでせうか。
〔評〕 吉と出た待人の辻占に胸を躍らせてゐた夜が、今はむなしくふけてゆく。今更、いつと期待が懸けられよう。
 
           (382)あてどの無い悲しみに、氣落ちのした心があはれである。
〔語〕 ○夕卜 夕方の辻占。「四二〇」、參照。○占にも吉くある その他の占卜にも吉兆が現はれたとの意。
〔訓〕 ○よくある 白文「吉有」。嘉暦本による。通行本の「告有」はノレルとよむべきであるが、拾遺集に、此の歌を「夕け問ふ卜にもよくあり今宵だに來ざらむ君をいつか待つべき」として載せてゐるに徴すれば、嘉暦本のが原形と思はれる。
 
2614 眉根《まゆね》掻《か》き下《した》いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも
     或本の歌に曰く
   眉根《まよね》掻《か》き誰をか見むと思ひつつけ長く戀ひし妹に逢へるかも
     一書の歌に曰く
   眉根掻き下《した》いふかしみおもへりし妹が容儀《すがた》を今日見つるかも
 
〔譯〕 眉を掻きながら、心の中でどうしたことかと怪しんでゐたところ、かうして昔馴染の人に逢つて嬉しいことであるよ。
  或本の歌 眉を掻きながら誰に逢へる前兆かと思つてゐたのに、長い間戀ひ慕つてゐたいとしい女に逢へて嬉しいことである。
  一書の歌 眉を掻きながら、本當に逢へるかどうかと心の中であやぶんでゐたいとしい女の姿を、今日こそ見ることが出來て嬉しいことである。
〔評〕 眉が痒いのは思ふ人に逢ふ前兆といふ俗間信仰が當時あつたことは、集中の歌に、既に幾つも例證があつた。(383)この歌は、それが實現した喜を歌つたもの。一書のは、小異あるのみで異傳と見てよいが、或本のは別手に出でた囘想の作と考へるのが妥當であらう。
 
2615 敷たへの枕を纒《ま》きて妹と吾《われ》と寐《ぬ》る夜は無くて年ぞ經にける
 
〔譯〕 枕をして、いとしい女と自分と寢る夜は少しも無く、年月が經《た》つてしまつた、つらいことである。
〔評〕 率直な表現で、あまりに覆ふところの無い露骨さが、詩味を稀薄ならしめてゐる。
〔訓〕 ○枕をまきて 白文「枕卷而」、古義は「手枕纏而」の誤としてゐる。
 
2616 奧山の眞木の板戸を音|速《はや》み妹があたりの霜の上《へ》に宿《ね》ぬ
 
〔譯〕 折角逢ひに來たものの、檜の板戸を敲いたらば音がはげしくて人に知られる恐があるからとて、躊躇して、いとしい女の家の附近の、、冷い霜の上に寢て明したことである。
〔評〕 忍ぶ戀、とりわき内氣な若い男の心と姿とが、目に見る如く描き出されてゐる。
〔語〕 ○奧山の 「眞木」にかかる枕詞。眞木は、主として檜をさす美稱。○音速み 著しい音がすぐ響くので。
 
2617 あしひきの山櫻戸を開《あ》け置きて吾が待つ君を誰か留《とど》むる
 
〔譯〕 山櫻の板で造つた戸をそつとあけて置いて、私が待つてゐるあのお方を、誰が引留めて、よこさないのでありませうか。
〔評〕 待つてゐるのに來ない男の無情を、うちつけには恨み得ないうひうひしさが可憐である。素直な語句の中に艶冶な風情をも含んだ歌。
 
(384)2618 月夜《つくよ》よみ妹に逢はむと直道《ただぢ》から吾は來つれど夜ぞふけにける
 
〔譯〕 月がよいので、いとしいあの女に逢はうと思つて、近道から眞直に自分は來たけれども、こんなにもう、夜がふけてしまつたことである。
〔評〕 月明に誘はれて遙かな愛人をおとづれようと、ひたぶるに急ぎゆく男の心持がよくわかる。月は既に天心に達して、清光愈澄みまさるに、妹が門邊はまだ距離がある。しかしこの歌には、聊かも憂愁苦惱の影はさしてゐない。それは悲痛とか儘ならぬとかいふ戀ではなく、寧ろ幸福な仲らしいので、唯當面の問題として、そこはかとなき焦慮がきざしてゐるに過ぎないからである。清麗な調子がよい。
〔語〕 ○ただ道から まはり道や寄り道をせず、一番近い道を眞直に來ての意。
〔訓〕 ○きつれど 白文「雖來」。クレドモともよめる。
 
  物に寄せて思を述ぶ
 
2619 朝影に吾が身は成りぬ韓衣《からごろも》裾の合はずて久しくなれば
 
〔譯〕 朝日にうつる影のやうに、自分の身は細々と痩せたことである。韓衣の裾が合はないやうに、いとしい女に逢はずに久しくなつたので。
(385)〔評〕 逢はれぬ戀の苦惱に、身の痩せ細るのを歎じた歌は集中に多い。この歌もその一であるが、恰も「朝影に吾が身は成りぬ玉耀るほのかに見えていにし子ゆゑに」(二三九四)「韓衣裾のうち交へ合はねどもけしき心を吾が思はなくに」(三四八二)の二首を取合した趣がある。いづれが先蹤か斷定は困難であるが、初二句も序の用法も、渾然たる點に於いて、引用の二首に及ばぬのを見ると、恐らくこの歌が後出のものと推測される。
〔語〕 ○朝影に 朝日にうつる影のやうにやせ細り、憔悴した姿の形容。○から衣裾の合はずて 當時の大陸風の衣は裾の合はない制であつた。「三四八二」參照。
 
2620 解衣《ときぎぬ》の思ひ亂れて戀ふれども何《な》ぞ汝《な》が故と問ふ人もなし
 
〔譯〕 自分はこれほど思ひ亂れてそなたに戀ひ焦れてゐるけれども、「お前が思ひ亂れてゐるのは、一體どうしたわけか」と問ひ慰めてくれる人もない。
〔評〕 苦しい時に救を求めたいのは人情の常である。言葉の上だけの慰めでも、受ける方の身は嬉しい。それに問うてくれる人もないと歎じた作。「解衣の思ひ亂れて戀ふれども何の故ぞと問ふ人もなし」(二九六九)は同一歌の異傳である。
〔語〕 ○解衣の 「亂れ」につづけた枕詞。○何ぞ汝が故と 汝の(惱んでゐる)わけは何かと。
 
2621 摺衣《すりごろも》著《け》りと夢《いめ》見《み》つうつつには誰《たれ》しの人の言か繁けむ
 
〔譯〕 摺衣を着てゐると私は夢に見た。それでは、實際には私の相手に誰の評判が繁く立つてゐるのであらうなあ。
〔評〕 これは難解の歌である。摺衣を着る夢を見るのは、人に噂を立てられる兆とする俗信が當時あつたものと、代匠記は説いてゐる。その夢を見た作者は、誰の噂が立つのであらうかと危惧しつつ、噂をされる弱味のあることを、(386)おのづから語るに落ちてゐるのである。
〔語〕 ○摺衣 山藍、榛、黄土などで摺つて模樣をあらはした着物。○著《け》り 「著《き》あり」の約で着てゐるの意。「三六六七」參照。○誰しの人も 誰といふ人。「二六二八」參照。
 
2622 志賀《しか》の白水邸《あま》の鹽燒衣《しほやきごろも》穢《な》れぬれど戀とふものは忘れかねつも
 
〔譯〕 志賀の海人の鹽燒く時の着物は穢《な》れてゐる、それではないが、互にもう馴れてゐるけれども、戀といふものは不思議なもので、忘れかねることである。
〔評〕 情熱の燃えるところ、馴れて愈々愛着を増すこころもちである。類歌に、「大君の鹽燒く海人の藤衣|穢《な》るとはすれどいやめづらしも」(二九七一)とある。序は「須磨の海人の鹽燒衣のなれなばか」(九七四)と同一の型である。
〔語〕 ○志賀のあまの鹽燒衣 衣を着古して穢《な》れたのを、馴れ親しむ意に懸けた序。志賀は筑前國博多灣口にある。
 
2623 くれなゐの八鹽《やしほ》の衣《ころも》朝旦《あさなさな》穢《な》るとはすれどいやめづらしも
 
〔譯〕 紅花で幾度も染めた美しい着物を毎朝毎朝着馴れるが、そのやうに、自分はあの女と日毎に馴れては行くけれども、いよいよ目新しくて可愛いことである。
〔評〕 これも、前の歌と内容は同じである。序はおのづから女の容色の美しさを暗示してゐるやうに思はれて、頗る優婉である。或はこの序を作者自身の生活に即したものと見れば、女の作とも考へられる。さすれば前の歌と問答の作と見られる。四五句は、前歌の條に引いた「二九七一」と同じである。
〔語〕 ○八しほ 八鹽入りの略。幾度も染汁に浸して染め上げた濃い色。
〔訓〕 ○なるとはすれど 白文「穢者離爲」、舊訓の如くナレハスレドモともよめる。
 
(387)2624 くれなゐの濃染《こぞめ》の衣《ころも》色深く染《し》みにしかばか忘れかねつる
 
〔譯〕 くれなゐの濃染の着物の色が深いやうに、深く心にしみてあのお方を思ひこんだゆゑか、何としても忘れかねることである。
〔評〕 忘れかねる戀の心を我とあやしんだ歌。紅の濃染の衣に、おのづから熱い心を通はせたのであらう。しかし、構想、表現、共に平板を免れない。
 
2625 逢はなくに夕占《ゆふけ》を問ふと幣《ぬさ》に置くに吾が衣手は又ぞ續《つ》ぐべき
 
〔譯〕 戀しい人に逢へないで、夕方の辻占を問うて見ようとして、衣の袖を幣として神樣に供へるが、それでも逢ふことが出來ないので、私の袖は、續けて幣に置かなければなりますまい。
〔評〕 難解な歌の一つである。夕占を問ふ場合、衣服の袖を神に供へて祈るといふ習俗を假想しなければ、解きやうがない。
〔語〕 ○又ぞ續ぐべき 前の折に問うた夕占には、逢はれるとの告があつたに拘はらず、その驗がなかつたので、續いて袖を幣に置き、重ねて夕占を聞かうとの意とする代匠記の説に從ふべきであらう。
 
2626 古衣《ふるごろも》打棄《うつちつ》る人は秋風の立ち來《こ》む時にもの念《も》ふものぞ
 
〔譯〕 古い着物を棄てる人は、秋風の吹き出して來るであらう時に、心配するものですよ。それと同じく、古妻を未練もなく棄てる人は、若い盛を過ぎて、後悔するものですよ。
〔評〕「古衣」を「打ち棄る」の枕詞と見る説もあるが、古妻に譬へたと見るのが妥當であらう。さうすればこの歌(388)は、寄物陳思でなく、譬喩歌の中に入れるべきであるが、さういふ分類の誤や、不適當は他にも幾らもある。
〔語〕 ○古衣打棄る人 古妻、即ち私を打棄てた人の意と解するがよい。うちつるは、うちうつるの略。
〔訓〕 ○うちつる人 白文「打棄人」。舊訓ウチステビト、略解ウツテシヒト。
 
2627 はね蘰《かづら》今する妹がうら若み咲《ゑ》みみ慍《いか》りみ著《つ》けし紐解く
 
〔譯〕 はね蘰を、今つけはじめたいとしい女が、まだ年が若いので、笑つたり怒つたりしながら、着物の紐を解く、可愛いことである。
〔評〕 若い女のうひうひしい嬌態が、あらはに描き出されてゐる。四五句は極めて官能的で、しかも的確に焦點を捉へてゐるところ、民謠風の色彩が著しい。
〔語〕 ○はね蘰 少女が、年頃になつて着ける髪飾と思はれる。「七〇五」參照。○咲みみ慍りみ これを作者のする動作と解した新考の説は誤で、女の動作である。
 
2628 いにしへの倭文機《しづはた》帶を結び垂れ誰《たれ》とふ人も君には益《ま》さじ
     一書の歌に云ふ
    古《いにしへ》の狹織《さおり》の帶を結び垂れ誰《たれ》しの人も君には益《ま》さじ
 
〔譯〕 古風な倭文布の帶を結び垂れる、その「たれ」から聯想される「誰」だつてあなたにまさる懷かしい人はない。
〔評〕 女の作であらう。内容はありふれた感情に過ぎないが、序がめづらしく、上代の服装を察する一資料となる。但、これは書紀に「大君の御帶の倭文機結び垂れ誰やし人も相思はなくに」(武烈紀)「やすみしし吾が大君の帶ばせ(389)る娑佐羅の御帶の結び垂れ誰やし人も上に出て歎く」(繼體紀)等の先蹤があり、極めて古い形の序である。一書の歌も二句四句に小異はあるが、意味の上には差異はない。
〔語〕 ○古の倭文機帶を結び垂れ 同音を反覆して「誰」にかけた序。倭文機帶は倭文布の帶で、倭文は栲、麻、苧等の緯を青、赤等に染めて交織にしたもの。「四三一」參照。○誰とふ人も 何人と雖もの意。○狹織 狹く織つた倭文布。
 
2629 逢はずとも吾は怨みじ此の枕吾と思ひて纒《ま》きてさ寢《ね》ませ
 
〔譯〕 逢はずにゐても、私はあなたが來て下さらないなどと怨みますまい。どうかあなたもせめて、さしあげる此の枕を私と思つて、枕にしておやすみ下さいませ。
〔評〕 暫く逢はぬ戀人に枕を送つたものと見えるが、古くはさういふ習俗があつたものか。女らしい哀艶な情緒が、平明な詞句、暢達な聲調の中に漂つてゐる。「吾が衣形見に奉る敷妙の枕を離れず纒きてさ宿ませ」(六三六)は相似た趣がある。
 
2630 結《ゆ》ひし紐|解《と》かむ日遠み敷たへの吾が木枕《こまくら》は蘿《こけ》生《む》しにけり
 
〔譯〕 夫の旅立に際して結んでくれた此の着物の紐は、夫の歸りを待つて解くのであるが、その日がまだ遙かなことなので、私の木の枕は苔が生えてしまつたことである。
〔評〕 作者を旅にある男と見る説は、いかがであらう。さうすると、旅中に木枕を携帶してゐるものとせねばならぬ。夫を旅に出して留守居をしてゐる妻の心と見る方が自然である。人麿集の「しきたへの枕は人に言とへやその枕には苔むしにたり」(二五一六)から出た歌であらう。
 
(390)2631 ぬばたまの黒髪敷きて長き夜を手枕の上《へ》に妹待つらむか
 
〔譯〕 黒髪を敷いて、この長い夜どほし假寢の手枕をして、いとしいあの女は待つてゐるであらうかなあ。
〔評〕 愛する女の獨寢をやさしく思ひやつた歌である。男は、逢ひに行きたくても行けない事情があるのであらう。女は怨んでゐるかも知れない。さう思ふと男の心持は堪へ難い。平明な敍述の中によく感情が現されてゐる。前出の「二五六四」に似たものがある。
〔語〕 ○手枕の上に 手枕をしての意を、手枕の上に身を横へてといふやうに言ひなしたのであらう。この句を初句の上にめぐらして解かうとする略解の説は、語法上無理である。
 
2632 まそ鏡|直《ただ》にし妹を相見ずは我が戀|止《や》まじ年は經ぬとも
 
〔譯〕 直接にいとしい女に逢はない限りは、自分の戀心は止まないであらう、たとひ年月は經過しても。
〔評〕 内容は單純で表現は平明であるが、率直にして力の籠つた歌である。四五句の倒置もよく利いて、格調に些の弛みがない。
〔語〕 ○まそ鏡 二句を隔てて三句の「見」にかかる枕詞。○直にし妹を相見ずは 直接逢ふのでなければの意。
 
2633 まそ鏡手に取り持ちて朝旦《あさなさな》見む時さへや戀の繁けむ
 
〔譯〕 鏡を手に取り持つて毎朝見るやうに、毎朝君のお姿が見られるやうになる時でさへも、私の戀心は、ますます繁くなるでありませう。
〔評〕 今自由に逢はれぬ身であることは明白であるが、現在を悲歎してゐるのではなく、やがて晴れては朝夕戀しい(391)人の顔が見られるといふ未來に、希望を抱いてゐるのである。婚約の間にある少女の心境であらうか。日々相馴れて愈々戀しさが増すであらうといふ想像は、如何にも少女らしい純情である。家持が坂上大孃に贈つた「朝夕に見む時さへや吾妹子が見とも見ぬ如なほ戀しけむ」(七四五)はこれと全く同想であり、或はこの歌からヒントを得たかとも思はれる。人麿歌集の「まそ鏡手に取り持ちて朝朝見れども君は飽くこともなし」(二五〇二)は未來の想像から更に一歩を進めて、現實を肯定したものである。
 
2634 里遠み戀ひわびにけりまそ鏡面影去らず夢《いめ》に見えこそ
     右の一首は、上に柿本朝臣人麻呂の歌の中に見えたり。但、句句相換れるを以ちて、故茲に載す。
 
〔譯〕 住む里が遠く隔つてゐるので、自分は始終焦れ惱んでゐることである。どうかあのいとしい姿が眠の前を離れず、いつも夢に見えてくれよ。
〔評〕 前出の「二五〇一」の異傳であることが左註によつてわかる。二句と四句との小異に過ぎず、別評を下す程のこともない。
〔左註〕 右の一首は云々 「人麿歌中」とあるのは、「歌」の下「集」の字を脱した、と代匠記にある。
 
2635 劔刀《つるぎたち》身に佩《は》き副ふる丈夫《ますらを》や戀とふものを忍《しの》びかねてむ
 
〔譯〕 劔太刀を身邊に帶び著けてゐるあつぱれ男子たるものが、戀といふものを辛抱しきれないといふことがあらうか。そんな筈はないと思ふのだが、しかしやつぱり駄目であらうか。
〔評〕 丈夫としての矜持を常に失はなかつた萬葉人は、大伴旅人ならずとも「ますらをと思へるわれや」と氣負うてゐたのである。さうして「劔刀身に佩き副ふる丈夫や」は更にそれよりも一層丈夫意識を強調したもので、それによ(392)つて女々しい戀情を克服しようとする意志の力を、一段と鮮明に表現してゐる。しかしさうした丈夫も、不可思議の魔力を有する「戀の奴」に?みかかられては、まゐつてしまふ。だがこの歌は、まだその大詰まで行かず、なほ己の意力に一縷の頼みを繋いでゐるところ、男性的の爽快さがある。
 
2636 劔|刀《たち》諸刃《もろは》の上に行き觸れて死にかも死なむ戀ひつつあらずは
 
〔譯〕 劔太刀の兩刃の上に自分はぶつかつて行つて、一と思に死んでものけようか、こんなに戀に惱みつづけてゐないで。
〔評〕 丈夫の豪快な苦悶の表現である。「諸刃の上に行き觸れて」といふあたりは、前出人麿歌集中の「劔刀諸刃の利きに足踏みて」(二四九八)とあつた以上に、すさまじい形相が思はれる。
〔語〕 ○諸刃 兩刃。○行き觸れて 此方から進んで行つて觸れて。○死にかも死なむ 「死なむか」を強く言ひ表しのたもの。
 
2637 うちはなひ鼻をぞ嚔《ひ》つる劔たち身に副ふ妹し思ひけらしも
 
〔譯〕 突然今嚔が出た。さては、いつも自分の身に副うて離れぬやうに思ふ愛人が、自分のことを思つてゐるらしい。
〔評〕 嚔をするのは人に思はれてゐる兆、といふ俗信がこの歌の背景をなしてゐるのである。作品としてはいふ程のこともないが、風俗資料としての價値が認められる。
〔語〕 ○うちはなひ 「うち」は接頭辭。「はなひ」は嚔をする意。次の句と同語を重疊して、唐突の樣を現はしたもの。
〔訓〕 ○うちはなひ 古葉略類聚鈔の本文「※[口+而/一]」により、龍龕手鑑、一切經音義等から考證された訓義辨證の説に從(393)ふが、定本では嘉暦本等に「哂」とするによつてウチヱマヒとよんだ。
 
2638 梓弓末の腹野《はらの》に鳥獵《とがり》する君が弓弦《ゆづる》の絶えむと念《も》へや
 
〔譯〕 末の腹野で小鳥狩をなさるあなたの弓弦、それは切れることもありませうが、私達の仲がそんなに切れるなどと考へませうか。決して切れようとは思ひませぬ。
〔評〕 主想は只結末の一句にあるのみで、極めて單純であるが、この歌の面白味は、長い序にあつて、それは單なる音調的技巧に留まらず、ゆたかな實際的背景を構成してゐるのである。
〔語〕 ○梓弓 「末」にかかる枕詞。○末の腹野 末といふ地の腹野と稱へる野、もしくは、原野の義ともとれる。「末」といふ地名は和泉、山城、近江その他諸國に見える。
〔訓〕 ○鳥狩する 白文「鷹田爲」、諸本トガリスルとある。「田」は狩の總名で、説文に狩を犬田とも註してゐる。
 
2639 葛城《かづらき》の襲津彦《そつひこ》眞弓荒木にも憑《たの》めや君が吾が名|告《の》りけむ
 
〔譯〕 葛城の襲津彦が執《と》り持つ弓の、まして新しい弓は強く頼もしいが、ちやうどそのやうに、私を十分信頼なさるので、あのお方が私の名をいとしいものとして、人にお洩らしなされたのであらうか。
〔評〕 この序が男性的であるといふ理由で、これを男の作と解する説は採らない。女の歌として「君」を男と見るべきである。女は男を十分信頼して、何時でも正式に結婚しようといふ心組でゐることを男も認めたのである。それで安心して他人に女の名を洩らした。その男の心持を想像して女は無上に嬉しくおもふ。さうした背景を想像して味ふべきである。葛城襲津彦は、古代の武將として歴史上に名高い人でぁるから、その弓勢を稱へて、強弓を襲津彦眞弓といつたのは、「夕浪千鳥」や「飛鳥風」などの類で、面白い萬葉式造語であり、又かうした序を用ゐたのは、武勇(394)を尚び記念する上代國民の性格の一面の現はれである。
〔語〕 ○葛城の襲津彦 仁コ天皇の皇后磐之孃の父で、武内宿禰の男。新羅に遣はされ勇名を轟かした人で、弓勢も強く、從つて當時襲津彦眞弓といへば、強弓の譽高かつたものと思はれる。○荒木にも まだ引き馴れない弓の如くの意。元來強い襲津彦眞弓の、しかも新木の弓と語を重ねて強さを示し、それを譬喩として強くしつかりと頼みにする意につづけた。
 
2640 梓弓引きみ弛《ゆる》べみ來《こ》ずは來《こ》ず來《こ》ば來《こ》其《そ》を何《な》ぞ來《こ》ずは來《こ》ば其《そ》を
 
〔譯〕 梓弓を引いてみたり、弛めてみたりするやうに、あなたは私をじらしなさるのが憎らしい。來ないなら來ないし、來るならば來るがいいのに。それを何事ですか。ほんに來ないなら來ない、來るなら來るで、それをはつきりして下さればいいに。
〔評〕 遊戯的な言語の技巧が主となつてゐることは否めないが、誠意のない相手になぶられてゐるやうな苦痛に堪へかねて、強く詰問した女の心持も同情される。作者はもう相當の年配に違ひない。大伴坂上郎女の、「來むといふも來ぬ時あるを來じといふを來むとは待たじ來じといふものを」(五二七)は恐らくこの歌から胚胎したものであらう。
〔語〕 ○引きみ弛べみ 樣々に駈引をして氣を揉ませるの意。○來ずは來ず 來ないのなら來ないで。○來ば來 來るならば來なさいの意。下の、「來」は命命形。○其を何ぞ それを何でまあ來たり來なかつたりなさるのかの意。ここで句が切れる。○來ずは來ば其を 上の「來ずは來ず來ば來其を何ぞ」の半分づつを略して繰返したのである。
〔訓〕 ○來ば來 白文「來者來」、下の「來」は古葉略類聚鈔による。他の諸本は「其」とあつてコバゾとよめる。
 
2641 時|守《もり》の打ち鳴《な》す鼓|數《よ》み見れば時にはなりぬ逢はなくも恠《あや》し
 
(395)〔譯〕 時を知らせる役人の打ち鳴らす鼓の音を數へてみると、もう約束の時間になつた。それだのに、あのお方が逢ひに來てくれないのは、いぶかしいことである。どうしたのであらう。
〔評〕 約束の時間に姿を見せぬ愛人を心もとながる女の心持は、古今變るところのない人情であるが、當時漏刻の制が定められてまだ程遠からぬ際であつたことを考へると、時守の鳴らす鼓の音を數へるといふのが、特別の興味を唆る。當代文化の一資料である。
〔語〕 ○時守 職員令に「守辰丁」とあるもの、二十人と規定されてゐる。漏剋博士に從ひ、漏刻の目盛を見守つてゐて、時刻に鐘鼓を鳴らして時を告げた。漏刻は水時計で、齊明夫皇紀に、皇太子(天智天皇)が始めて製作して人民に時を知らせ給うたとあり、更に天智天皇紀に、十年夏四月それを新築の臺上に据ゑ、用ゐて鐘鼓を鳴らし時を報じた由が見える。○打ち鳴す 「なす」は鳴らすの意。○數み見れば 數へてみると。「よむ」は數を計算すること。
 
2642 燈《ともしび》のかげに耀《かがよ》ふうつせみの妹が咲《ゑまひ》しおもかげに見ゆ
 
〔譯〕 燈火の光に、耀くばかり美しい、現實の人間であるいとしい女の笑顔が、今幻となつて目先にちらついて見えることである。
〔評〕 感覺のこまやかさ、表現の的確さ、まことに間然するところなく、寧ろ整ひ過ぎた感さへある。美しい燈火の光に浮き出た佳人の婉容が、今現實に讀者の前に動いてゐる感がある。「うつせみの」は幻の「面影」と對照の妙があり、頗る効果がある。
 
2643 玉ほこの道行き疲れ稻莚《いなむしろ》しきても君を見むよしもがも
 
〔譯〕 道を行き草臥れて稻莚を敷き休む、その「しき」ではないが、打頻つて戀しいお方に度々逢ふてだてがほしい(396)ものであるよ。
〔評〕 男女いづれの歌であらうか。「君」は本集では女から男を呼ぶ場合があいが、反對の用例もある。しかしここはやはり普通に從つて、男を待つ女の歌と解して差支あるまい。單純な内容を序によつて生かさうとした作であるが、この序は、男の通ひ來る道の勞苦を察したもので、心理的に内容と繋がりを持つてゐるやうである。珍しくはあるが、作爲的技巧が目立ち、十分それが融合成功したものとはいひ難い。
〔語〕 ○稻莚 初句以下、敷いて息ふ意を以て「しき」を導き出す序。「いなむしろ」は、稻の藁で作つた莚。
 
2644 小墾《をはり》田の板田の橋の壞《こぼ》れなば桁《けた》より行かむな戀ひぞ吾妹《わぎも》
 
〔譯〕 あの小墾田の板田の橋がもしこはれたらば、橋桁を傳ひながら行かう。そんなに思ひ焦れないがいい、可愛いわが妻よ。
〔評〕 橋板が朽ちたら橋桁傳ひにでも通はうといふのは、素朴にしてひたぶるな眞情の現はれであり、また都遷りの後、漸く荒れまさつて行く小墾田地方の風趣も間接に描き出されてゐる。なほこの歌は、古今六帖、狹衣物語などにも引かれてゐる。
〔語〕 ○小墾田 大和國高市郡飛鳥。推古天皇の小墾田宮のあつた地。○板田の橋 考は、推古紀に「坂田尼寺」といふのが見えるから、坂田の誤で、その附近の橋であらうと説いてゐるが、この儘で不明として置くべきであらう。狹衣にも「板田」とあつて、古くから疑問を挿まなかつたのである。
 
2645 宮材《みやぎ》引く泉の杣に立つ民の息《いこ》ふ時無く戀ひわたるかも
 
〔譯〕 宮中の御用材を伐つて引き出す泉の杣山に立ち働く人民達が、休む時もないやうに、自分は止む時もなく、あ(397)の女に戀ひつづけてゐることであるよ。
 
〔譯〕 譬喩に用ゐた序の内容が注意される。當時、?々遷都が行はれ、それに關聯して大寺院の創設や移轉等もあり、大建築の造營が頻繁であつた爲に、これに奉仕する民衆の勞苦が一通りのものでなかつたといふやうな事情が、この序から十分讀み取られる。當時の社會?勢の一斷面を物語る史的資料と見られるのである。
〔話〕 ○宮材引く 宮殿造營の爲の用材を伐採して山から曳き出す意。○泉の杣に 「泉」は山城國相樂郡の地名。「杣」は杣山即ち材木を伐り出す山。○立つ民の 賦役に立ち働く庶民達が。初句からこれまで四句の譬喩的序。
〔訓〕 ○杣 白文「追馬喚犬」、戯書でソマ。當時馬を追ふにソといひ、犬を喚ぶ時マと唱へたによる。○いこふ時なく 白文「息時無」ヤスムトキナク、ヤムトキモナクともよめる。
 
2646 住吉《すみのえ》の津守網引《つもりあびき》の泛子《うけ》の緒の浮《うか》れか行かむ戀ひつつからずは
 
〔譯〕 住の江の津守が網引をするその網の浮標《うき》ではないが、自分はいつそ何處かへ浮かれて行つてしまはうか。かうして徒らに戀しくばかり思つてゐないで。
〔評〕 序の取材が特殊性を帶びてゐる。作者は住吉のあたりに住んで常に網曳の光景を見てゐたか、或は都人がたまたま住吉に遊び、網曳の面白さを見て、それが深く印象に殘つてゐたか、いづれかであらう。この傍觀的の敍法から察すると、作者自らの實生活とは考へられない。この序の含む譬喩は面白くはあるが、内容から遊離して與味本位に走つた嫌がないでもない。
〔語〕 ○津守 住吉の津の番人。和名抄に西成郡津守郷とあり、姓氏録に津守氏とあるはその縁の名と思はれる。○泛子の緒の 「泛子」は網の浮標《うき》。初句からこれまで「浮かれ」につづく序。
 
(398)2647 東細布《よこぐも》の空ゆ延《ひ》き越《こ》し遠みこそ目言《めごと》疎からめ絶ゆと問はすや
 
〔譯〕 横雲が空を長々と延びて遠く續いてゐるやうに、互の住家が遠いから、逢ふことも語ることも、疎くなるのであらう。それを御身は、仲が絶えると思つて問ひなさるのか。そんな事はありはせぬ。
〔評〕 佶屈な辭樣に一脈の掬すべき素朴さはあるが、作品としては生硬の評を免れ難い。結句の「問」と「間」とは僅に一畫の相違であるが、何れを採るかで、一首の意に變勤が及ぶ。今「問」に從つたが、猶考究の餘地はあらう。
〔語〕 ○横雲の空ゆ延き越し 次の「遠み」にかけた序。この「ゆ」は移動する場所を示すもので、横雲が空を通つて長く延びて行くやうにの意。「越し」を山を越す意に拘つて解するのはよくない。○絶ゆと問はすや 互の仲が絶えると心配して問はれるのか、そんな事はないとの意。「絶ゆや」と女が作者に問うたので、それを反撥し否定して答へたのである。
〔訓〕 ○よこぐもの 白文「東細布」、武田博士が前後器財の部なるを指摘し、細布の類として訓むべしとされたのは從ふべきである(訓はテツクリノ)。細布はタヘと訓まれてゐる。東は東の光の義でテルタヘノ或はアカルタヘ、もしくは五行の青でアヲタヘノと訓むか、暫く試訓として掲げ、本文は仙覺の新點によつておく。○とはすや 白文「問也」、「問」は通行本「間」に作り、ヘダツヤと訓んでゐる。今、類聚古集等による。○疎からめ 白文「疎良米」。略解にはカルラメとした。カリ活用の語尾ラを送つた例は、「八九二」の「寒良牟」がある。
 
2648 かにかくに物は念《おも》はじ飛騨人《ひだびと》の打つ墨繩のただ一道に
 
〔譯〕 あれこれと私は心配は致しませぬ。飛騨の匠が打つ墨繩のやうに、たた一筋にあなたを思ひつめてをります。
〔評〕 ひたぶるに男に信頼してゐる女の歌で、純一な情熱を、一氣に歌ひあげてゐる。三四句の序も邇切であり、格(399)調も墨繩の如く張つて頗る力がある。此の序によつて、飛騨の深山から建築用材を出したこと、從つてその國人が多く工匠を業としたこと、當時宮殿寺院等の造營が多かつた爲に、その飛騨匠達が如何に多數都に入りこんでゐたかといふやうなことが想像されて、さういふ社會文化史的立場から見ても、豐かな暗示を與へるものである。
〔語〕 ○打つ墨繩の 墨繩は工匠が直線を作るに用ゐる具。その如くの意。初句以下これまで「一道」にかかる序。
 
2649 あしひきの山田|守《も》る翁《をぢ》が置く蚊火《かび》の下焦《したこが》れのみ我が戀ひ居《を》らく
 
〔譯〕 山田の見張りをする老人が焚いてゐる蚊遣火の、底ばかり焦れてゐるやうに、うはべに出さず、心の底で焦れながら私は戀してゐることである。
〔評〕 この序も上代農民の實生活を素材としてゐる。表現は無器用であるが着實で、山田の假廬の中に籠つて蚊遣火をくゆらして見る老翁の姿が眼に浮ぶ。古今六帖、及び新古今集に載せてをり、その他の書にも引かれてをるのは、田園生活を語るものとして特に親しまれた歌なのであらう。
〔語〕 ○蚊火 蚊遣火。鹿火の借字で猪鹿を逐ふ火と解する説もあるが從ひ難い。「二二六五」參照。
 
2650 そき板|以《も》ち葺《ふ》ける板目のあはせずは如何にせむとか吾が宿始《ねそ》めけむ
 
〔譯〕 そき板を以て葺いた屋根の板目は合ふが、もしも親達が二人の中を隔てて、逢はせてくれなかつたらば、その時は一體どうするつもりで、私はあのお方と親しく始めたことであらう。氣がかりなことであるよ。
〔評〕 序の譬喩が、いかにも庶民階級の人の作らしい野趣を帶びてゐる。前後の考もなく、ひたぶるな心で男に逢つたものの、親などの監視を氣遣つてゐるので、四五句の後悔めいた嘆息の中にも、世慣れぬ少女の切ない心があはれに描かれてゐる。
(400)〔語〕 ○そき板 薄くそいで作つた板。こけら。○葺ける板目の 葺き合はせた板と板との合はせ目の意。初句以下これまで「あはせ」にかけた序。
〔訓〕 あはせずは 白文「不令相者」。嘉暦本等に「令」を「合」とあるによれば、アハザラバである。
 
2651 難波人《なにはびと》葦火|焚《た》く屋の煤《す》してあれど己《おの》が妻こそ常《とこ》めづらしき
 
〔譯〕 難波の浦人が葦火を焚く低い家が煤けてゐるやうに、家のことにかまけて煤け古びてはゐるけれども、自分の妻は、いつも變らず可愛く思はれることである。
〔評〕 序が傍觀的敍法を採つてゐるのは、難波に往來する都人の作といふことを思はしめる。葦火を焚くといふことは都會人には珍しいことであつたらう。煤けた古屋を己が古妻に比べた譬喩は、微苦笑を催させる。しかも古代人の素朴な明るい家庭生活が、この一首から懷かしく想像され、集中に溢れる逞しい現實肯定の意欲が感じられる。
〔語〕 ○難波人葦火たく屋の 難波の浦は「葦が散る難波」といつたほどで葦が多く、それを燃料にも用ゐたものと思はれる。その煙で家が煤けてゐる意で「煤して」の序とした。○煤してあれど 煤けてゐるが。古ぼけてゐるが。○常めづらしき いつも見飽きることなく可愛いとの意。「こそ」の係に對して「めづらしき」で結んであるのは破格ではなく、當時まだ「けれ」の形が發達してゐなかつたのである。
〔訓〕 ○とこ 白文「常」、ツネともよめる。日本書紀古點や平安時代の歌語には「とこめづらなり」の語がある。
 
2652 妹が髪|上竹葉野《あげたかばの》の放《はな》ち駒《ごま》荒らびにけらし逢はなく思《も》へば
 
〔譯〕 いとしい人が髪を上げてたがねるといふことが聯想される竹葉野の放牧の駒が荒れてはせまはるやうに、あの人の心も荒び疎くなつて、自分から離れて行つたらしい。この頃少しも逢つてくれないことを思ふと。
(401)〔評〕初二句から察すると男の歌と判斷される。女が故意にか、親達の監視を憚つてか、以前のやうには逢つてくれないのを怪しみ且怨んでゐるのである。序中更に序があつて複雜な技巧を成してゐるが、竹葉野は二人の住所から遠くない熟知の廣野で、放牧場であつたらう。從つてこの序は、内容に密接な關係を保ち、一首の上に有力な効果を與へてゐるのである。
〔語〕 ○妹が髪あげ竹葉野 「妹が髪上」までは、髪を束ねることをタクといふので、髪をあげて束ねる意を以て「竹葉野」にかけた序。タカハ或はタカバといふ地名は山城、豐前等にあり、いづことも決し難い。○放ち駒 放牧の馬。初句からこれまで序。
〔訓〕 ○上竹葉野 諸本「上竹」の間に「小」があり、舊訓アゲササバノとするによれば、上小竹葉をその儘地名と見る外はない。今、信濃漫録所引の城戸千楯の説により、「小」を衍としてアゲタカバノと訓んだが、なほ考究を要する。○荒らびにけらし 白文「蕩去家良思」、今、略解によつたが、舊訓のやうにアレユキケラシとも訓める。
 
2653 馬の音《と》のとどともすれば松蔭に出でてぞ見つる蓋《けだ》し君かと
 
〔譯〕 馬の足音がたつたつたつと聞えでもすると、私は松の木蔭に出て見ました。多分あなたであらうかと思つて。
〔評〕 蹄の音と共に轟く胸をおさへて、松蔭に出て見る女の可憐な心と姿とが思はれる。感情の眞實性は永遠に新しく、いつまでも人の心を搏つものがある。格調が引締り、「とどともすれば」の擬聲語も的確で、一首を生動せしめる活文字である。
〔語〕 ○とどともすれば 「とど」は馬蹄のたつたつたつといふ音で擬聲音。東歌の中に「眞木の板戸をとどとして」(三四六七)とあるも同じ。○蓋し おそらく、多分など推定する副詞。
 
(402)2654 君に戀ひ寢《い》ねぬ朝|明《け》に誰《た》が乘《の》れる馬の足音《あのと》ぞ吾に聞かする
 
〔譯〕 君に思ひ焦れて眠られなかつた明方に、一體誰の乘つてゐる馬の足音が、あんなに當てつけがましく私に聞かせるのだらうか。
〔評〕 一夜を待ち明しつつ人のつれなさを恨み歎く時しも、遠くから響いて來る馬蹄の音は、はつと胸にこたへる。あれは多分戀人の家から歸る人であらうが、折も折とて、腹立たしくも羨ましい、といふ意を籠めたもので、我が愛人への怨み、他人の戀への妬みが、遣瀬ないまでに愬へられてゐて、緊密な聲調もめでたく、眞情躍動してゐる。
〔語〕 ○吾に聞かする これ聞けがしに私に當てつけるやうにの意がこもつてゐる。
 
2655 紅の裾引く道を中に置きて妾《われ》や通はむ君や來まさむ【一に云ふ、裾つく川を、又曰ふ、待ちにか待たむ】
 
〔譯〕 二人の家の間には、くれなゐの裳裾を引いて行く道が横たはつてゐるが、その道を私の方から通うて行かうか。それともあのお方が來て下さるか知らん。
〔評〕 内容が單純であるが、表現に何となく情緒がある。二三句は二人の住所が隔つてゐることを指したものであるが、作者が女性であるから、紅の裾引く道と云つたのであつて、續日本紀の童謠にも「玉の兒の裾牽く坊に、牛車は善けむや」とある。「君や來む我や行かむのいさよひに眞木の板戸もささず寢にけり」(古今集)も或はこれから換骨奪胎したものか。反對に、異傳の方の結句は、磐媛皇后の「君が行きけ長くなりぬ山たづね迎へか行かむ待ちにか待たむ」(八五)を學んだかと思はれる。又二句の異傳「裾つく川」は七夕傳説を下に思つてゐるらしくも感じられる。
〔語〕 ○紅の裾引く道 人の行き通ふ道であるが、作者自ら女であるから紅の裳裾を曳いて通ふと美化したのである。○中に置きて 二人の中に隔てての意。○裾漬く川 「裾引く道を」の異傳。紅の裳裾がつかつて濡れる川の意。
 
(403)2656 天《あま》飛ぶや輕の社の齋槻《いはひつき》幾世まであらむ隱嬬《こもりづま》ぞも
 
〔譯〕 輕の社の神木として祀られてゐる槻の木は、幾世も榮えてゐるが、幾世の末までこの儘にして置かねばならぬ自分の隱し妻かまあ。かはいさうなことである。
〔評〕 愛する女を、いつまでも隱し妻にして置くことに堪へかね、神木の槻の樹齡の年久しきにかけて嘆じたのである。この秘めたる愛の巣が、恐らく輕の地附近にあつたのであらう。珍しい序ではないが、内容とよく融和して居り、格調の重厚な點もよい。
〔語〕 ○天飛ぶや 「輕」の枕詞。「二〇七」參照。○輕の社 延喜式に「大和國高市郡輕樹村坐神二座」とある社であらう。今は白樫村大字池尻にある。
 
2657 神名火《かむなび》に神籬《ひもろき》立てて齋《いは》へども人の心は守り敢《あ》へずも
 
〔譯〕 神の森に神座とする常盤木を立てて、神樣をお祀りして祈つても、變りゆく人の心は、結局守りきれぬことよ。
〔評〕 神の力にすがつても猶留めかねた愛人の心がはりを歎いた歌、女の作であらう。
〔語〕 ○神南備 神を齋き祀る森。略解に飛鳥の神南備山、即ち雷の岡のこととしてゐるが、固有名詞ではない。
〔訓〕 ○守りあへずも 白文「間守不敢物」マモリアヘヌモノとも訓める。
 
2658 天雲《あまぐも》の八重雲|隱《がく》り鳴る神の音のみにやも聞き渡りなむ
 
〔譯〕 大空の雲、幾重にも重なつてゐる、その雲の中に鳴る雷の音ばかりするやうに、噂にばかり聞いて、逢ふ手段もなく、空しく自分は日を送ることであらうか。
(404)〔評〕 序が壯大で、格調も雄渾であるのは、男の作である。内容は簡單で、こまかな心理の動きは寫されてゐない。
 
2659 爭へば神も惡《にく》ますよしゑやしよそふる君が惡《にく》からなくに
 
〔譯〕 何事でも、爭へば神樣もお憎しみなさるのである。まあいい、世間の噂に辯解はやめよう。私の戀人のやうにいうて、世間でかれこれ取沙汰するあのお方が、私は憎くないのであるから。
〔評〕 現代の新しい小説に見るやうな心理描寫であつて、婦人らしい複雜微妙な心持が、萬葉特有の簡潔な語句を以て表現されてゐる。「爭へば神もにくます」とは、神ながら言擧せぬ國の、平和を愛した上代國民性をおのづからにして示したやさしい語と見られる。
〔語〕 ○爭へば神も惡ます 爭といふことは、神樣もお憎みなさるの意。○よそふる 「一六四一」參照。
 
2660 夜竝《よなら》べて君を來ませとちはやぶる神の社を祈《の》まぬ日は無し
 
〔譯〕 毎晩毎晩、戀しいあのお方がいらつしやるやうにと、私は神樣のお社を念じない日はありませぬ。
〔評〕 内容は眞實に違はないが、唯それだけで、何の特異な點もなく、散文的な、平板な作。調も引締つたところが無い。
 
2661 靈幸《たまちは》ふ神も吾をば打棄《うつ》てこそしゑや命の惜しけくも無し
 
〔譯〕 幸を下さる神樣も、どうぞ私をお見捨て下さいませ。ええもうかうなつては、命の惜しいこともありませぬ。
〔評〕 戀に破れた女の物狂はしい自棄の聲が、なまなましい響を以て、綴られてゐる。眞實そのものを、何の顧慮も粉飾もなくそのまま打出すところ、萬葉の多くの作が、「時」といふ障壁を超えて、常に我等の心に直接的な共鳴を(405)感ぜしめる所以である。
〔語〕 ○靈幸ふ 「ちはふ」は靈力が幸を與へる義で、人の靈を幸ならしめる意。○しゑや 「よしゑやし」に同じ。「六五九」「二一二〇」「二五一九」參照。
 
2662 吾妹子にまたも逢はむとちはやぶる神の社を祈《の》まぬ日はなし
 
〔譯〕 自分のいとしいあの女に再び逢ひたいものと、自分はあの恐れ多い神の社を念じ拜まぬ日はない。
〔評〕 これは前の「夜竝べて」(二六六〇)と同趣で、ただ男子の作である點が違つてゐるのみである。このやうな内容の歌は、いろいろに歌ひ換へられたことが想像される。
 
2663 ちはやぶる神の齋垣《いがき》も越えぬべし今は吾が名の惜しけくも無し
 
〔譯〕 神樣の神聖な垣でも踏みこえてしまひさうな程、自分の心はたかぶつてゐる。越えなば越えよ、もうかうなつては、自分の名が惜しいとも思はない。
〔評〕 如何なる禁制を犯してもこの戀は遂げざるを得ないまでに押しつめられた、禁を犯す報はもとより覺悟の前、名の立つことなどは問題でないといふので、奔騰する情熱をそのままに叫びあげたものである。敬神の念の厚かつた萬葉人の作中に、往々神の尊嚴を冒すやうな思ひ切つた譬喩を見受けるのは、いかに神々に對する信仰が彼等の精神生活に絶對的な重壓となつて存在したかを如實に示すものといふべきであらう。「木綿懸けて齋ふこの神社《もり》も超えぬべく念ほゆるかも戀の繁きに」(一三七八)も類想であるが、それよりもこれは直截な點で優つてゐる。
〔語〕 ○齋短 いみ垣の義で神聖な垣。○越えぬべし 越えてしまひさうである。何物も止めがたい勢を示す。
 
(406)2664 夕|月《づく》夜あかとき闇の朝影に吾が身はなりぬ汝《な》を念ひかねに
 
〔譯〕 夕月夜の頃には、曉方には闇となつてやがて明けてゆく、その朝の日にうつる影のやうな、痩せ細つた姿に、私の身體はなつてしまひました。そなたを思ふ心に堪へきれないで。
〔評〕 序は「夕月夜曉闇のおほほしく」(三〇〇三)ともあつて、類型踏襲かとも思はれるし、又ここは「朝」を導き出す爲の形式的技巧に過ぎないやうでもあるが、猶よく味へば、戀しい人を夜もすがら思ひ明した實情を暗示してゐるやうで、内容に對して不即不離の關係が認められ、優婉巧緻といふべきである。憔悴した身を朝影に譬へたのは、既に「二三九四」・「二六一九」等にも見えてゐるが、頗る印象的である。
〔訓〕 ○念ひかねに 白文「念金丹」。「に」の用法が特殊なので、丹を衍字としてオモヒカネ、手の誤字としてオモヒカネテとする説がある。
 
2665 月しあれば明《あ》くらむ別《わき》も知らずして寐《ね》て吾が來《こ》しを人見けむかも
 
〔譯〕 月が出てゐたので、夜が明けるだらうといふけぢめも氣づかないで、戀人のもとに寐て自分が來たのを、人が見咎めたであらうかなあ。
〔評〕 女と逢つた夜は、月の明るさに安心して、曉の空の白むのも氣づかなかつたといふのは、如何にも民謠的情調であるが、しかし、寧ろ佶屈に近いその辭樣から察すると、民謠ではなかつたと思はれる。「玉くしげあけば君が名立ちぬべみ夜深く來しを人見けむかも」(古今集)とあるのは、この歌の逆である。
 
2666 妹が目の見まく欲《ほ》しけく夕闇の木《こ》の葉隱《はごも》れる月待つが如
 
(407)〔譯〕 いとしい女の顔が見たく思はれるのは、夕闇の頃、木の葉にこもつてゐる月を待つてゐるやうな氣持である。
〔評〕 優雅適切な譬喩が、流麗な聲調に託せられてゐる。情は純粹、調は清新である。
 
2667 眞袖もち床《とこ》うち拂ひ君待つと居《を》りし間《あひだ》に月かたぶきぬ
 
〔譯〕 兩方の袖でもつて床の塵を拂ひ、いとしいを方のお出を待つとて坐つてゐた間に、月がもうあんなに傾いてしまつた。
〔評〕 純情一途の歌である。必ずおとづれて來るものと信じ、いそいそと愛人を迎へる準備をして待つてゐる。時は刻々と移つてゆく。しかも懷かしの姿は見えず、月は漸く傾きかけて來た。けれどもまだ斷念する氣にはなれないのである。勿論素直な女の心には、一點の恨みがましい氣持などは萠してゐないのである。同じ境地ながら、赤染衛門の「やすらはで寐なましものをさ夜ふけて傾くまでの月を見しかな」(後拾遺集)は、理智に墮して情熱なく、所詮作爲の戀であることが感ぜられる。今この歌は、事實をそのままに直敍して聊かも感情語を交へず、却つてあはれが深いのは、いふまでもなく眞實の力である。
〔語〕 ○眞袖もち 「眞」は完全の義で、「片」に對し兩方の意。「眞楫」もその意であり、助詞の「まで」に「左右手」(二三二七)「二手」(七九)等の文字を宛てたのも同意である。
 
2668 二上《ふたがみ》に隱らふ月の惜しけども妹が袂を離《か》るる此の頃
 
〔譯〕 二上山に隱れてゆく月が惜しいやうに、まことに惜しいけれども、いとしい女の袂を枕にすることもなく、此の頃は別れ暮してゐる。
〔評〕 この序の風趣を味ふと、大和平原に住んで、二上山の姿に馴染んでゐる人々の間に諷誦された民謠の匂がする(408)やうである。單純平明であるが、捨て難い趣がある。
〔語〕 ○二上 大和國北葛城郡の二上山「一六五」參照。
 
2669 吾背子がふり放《さ》け見つつ嘆くらむ清き月夜《つくよ》に雲な棚引き
 
〔譯〕 私のなつかしい夫が、今頃は定めて振り仰いで眺めながら、私のことを思つて嘆息していらつしやるであらう。この清らかな月に、雲よ、棚引いてくれるな。
〔評〕 前出、「遠妹の振さけ見つつ偲ふらむこの月の面に雲な棚引き」(二四六〇)と、男女地を換へた趣の歌。離れ住む愛人か、旅中の夫を思つたのである。
 
2670 まそ鏡清き月夜《つくよ》の移《ゆつ》りなば念《おも》ひは止《や》まず戀こそ益《ま》さめ
 
〔譯〕 この清らかな月が次第に移り傾いて行つたらば、今のこの思は止まないで、猶更戀しさが増すばかりであらう。
〔評〕 月明の夜、愛人を待つてゐる女の歌。月が傾いてゆく、それは待つ人の來ぬままに空しく時が過ぎるのである。時が經れば消えうせるやうな思であらうか、諦めかねる心に、却つて戀しさは倍してゆく。情と景と相俟つてあはれな作である。一二三句は「二六七三」に、四五句は、「二二六九」に類型がある。
 
2671 今夜《こよひ》の在明|月夜《づくよ》在りつつも君をおきては待つ人も無し
 
〔譯〕 今晩の有明月夜の頃まで私は待ちました。かうしてをりつつも、あなたの外には待つ人はありませぬ。
〔評〕 一筋に男に信頼してゐる女の誠實がつつましく的確不動に歌はれてゐる。序も、「在明月夜ありつつ」と同音を反覆したのみではなく、「今夜の」で明白なやうに、一晩中待ち明したのであり、まことに活きた序で、よく氣持(409)をあらはしてゐる。
〔語〕 ○在りつつも かうして待ちつづけてまあ。○君をおきて あなたを除いては、あなた以外には。
 
2672 此の山の嶺に近しと吾が見つる月の空なる戀もするかも
 
〔譯〕 この山の頂上に近く出てゐると私の見てゐた月が、いつの間にか中空高く昇つた、ちやうどそのやうに、私は心も空にあこがれるやうな戀をまあすることであるよ。
〔評〕 一目逢うて後、心も空にあこがれるといふ趣の歌は集中にも少くないが、この歌は序が清新で、類型を離れた點がまさつてゐる。
〔語〕 ○月の空なる 月の出てゐる空といふ意を以て、初句以下「月の」まで「空なる」につづけた序。空なるは、心が落ちつかず上の空になるの意。「心空なり土は踏めども」(二五四一)參照。
 
2673 ぬばたまの夜渡る月の移《ゆつ》りなば更にや妹に吾が戀ひ居《を》らむ
 
〔譯〕 夜空を渡つてゆく月が、次第に移り傾いてしまつたら、今夜はもう逢ふ望も絶えたままに、猶一層いとしい女に、自分は焦れつづけることであらうか。
〔評〕 これは上の「まそ鏡」の歌(二六七〇)と同想であるが、この作者は男である。何か障りがあつて逢ひに行けなかつたけれども、なほ斷念しかねてゐたのが、こんなに月が傾いてはもう愈々仕方もないといふ、諦められぬ諦めの心持であらう。
 
2674 朽網山《くたみやま》夕|居《ゐ》る雲の薄れ往《ゆ》かば我は戀ひむな君が目を欲《ほ》り
 
(410)〔譯〕 朽網山に、夕方かかつてゐる雲が薄れて行く、そのやうにあなたのお心が薄らいだならば、私は一層戀しく思ふことでせう、あなたに逢ひたくて。
〔評〕 三句までは實景と見ることも出來るが、さうすると四句との聯絡が、心理的にはともかく、言葉の上からは稍明瞭を缺く嫌があるので、やはり初二句は「薄れ往かば」の序と解する方が穩かであらう。内容、表現共に、民謠の匂をもつてゐる。
〔語〕 ○朽網山 豐後國直入郡久住山の古名といふ。豐後の最高峯で火山。
 
2675 君が著《き》る三笠の山に居《ゐ》る雲の立てば繼がるる戀もするかも
 
〔譯〕 三笠の山にかかつてゐる雲が、立つとまた後から繼いで來るやうに、私は續いて絶間のない戀をまあすることであるよ。
〔評〕 作者は恐らく奈良の都に住む人であらう。奈良人にとつて最も親しく懷かしい三笠山を序として用ゐたのは、不即不離の技巧手段である。赤人の「高?の三笠の山に鳴く鳥の止めば繼がるる戀もするかも」(三七三)と同想であるが、時代は此の歌の方が古いのかも知れない。
〔語〕 ○君が著る 「御笠」につづく枕詞。○たてば繼がるる 雲が立てばその後から又續いて立つ意。
 
2676 ひさかたの天《あま》飛ぶ雲にありてしか君を相見む闕《お》つる日無しに
 
〔譯〕 空を飛ぶ雲でありたいなあ。さうしたら私は戀しいお方の處へ行つてお目にかからう、毎日缺ける日も無しに。
〔評〕 これは古今東西を問はず、何人にも相通ずる感情であり、表現である。類歌に、「‥‥み空ゆく雲にもがも高飛ぶ鳥にもがも明日ゆきて妹に言問ひ‥‥」(五三四)「み空行く雲にもがもな今日行きて妹に言問ひ明日歸り來む」(411)(三五一〇)などある。
 
2677 佐保の内ゆ嵐の風の吹きぬれば還《かへ》りは知《し》らに歎く夜ぞ多き
 
〔譯〕 佐保の里の内で嵐の風が寒く吹くと、いつも自分は思ひ切つて歸ることが出來ずに、歎息をする晩が多いことである。
〔評〕 訓み方も樣々で、難解な歌であるが、右の如く訓んで一通り解せられると思ふ。佐保の里に住む女のもとに通つてゐる男が、冬の夜風の寒さを佗びて、女と別れては歸り難いといふのであらう。辭句が十分でない嫌もあるが、それは作者の力量によるものであつて、敢へて誤字説を持ち出す必要もないと考へられる。
〔評〕 ○佐保の内ゆ 佐保の里の内で「ゆ」はここでは通過する場所を示す助詞。○還りは知らに 歸ることが出來ないものだから。
 
2678 愛《は》しきやし吹かぬ風ゆゑ玉|匣《くしげ》開《あ》けてさ宿《ね》にし吾ぞ悔しき
 
〔譯〕 凉しくて氣持のいい風、しかし吹いて來もせぬその凉風の爲に、戸を開けて寢てゐた私は、空しい待ちぼけで、くやしいことである。
〔評〕 爽快な夏の夜の凉風を「愛しきやし」と形容したのは、集中他に用例を見ない變つた辭樣である。しかしそれでいとしい戀を聯想させてゐるので、特殊用法とも見るべきであらうか。四五句、風を怨むに托して男の無情を婉曲に責めてゐるのは、巧妙な技巧といふべきである。
〔語〕 ○吹かぬ風ゆゑ 吹きもしない風の爲に。男を凉風に譬へて、來もせぬあなたゆゑにの意を匂はしたもの。
 
(412)2679 窓|越《ご》しに月おし照りてあしひきの嵐吹く夜は君をしぞ念ふ
 
〔譯〕 窓越しに見ると、月の光が一面に照りわたつて、山の嵐が寒く吹く夜は、しみじみとあなたを思ふことです。
〔評〕 皎々と照りわたる晩秋の冷かな月夜、聞えるものは山の木々を吹き過ぐる嵐の音である。かうした中にあつて戀人を思ふ女の姿は、一途の熱情を超えて、更に切實なものをしみじみと讀者の心に與へる。哀愁に徹した作である、
〔語〕 ○月おし照りて 「おし」は強意の接頭辭。○あしひきの 山の枕詞を、直に山その物の意に用ゐた。「草枕」を旅の意に、「たらちね」を母又は親の意に用ゐるのと同じである。
 
2680 河千鳥住む澤の上《へ》に立つ霧のいちしろけむな相言ひ始《そ》めては
 
〔譯〕 河千鳥の住んでゐる澤の上に立ちこめる霧ではないが、隨分目立つことであらうなあ、二人が親しい言葉をかはし始めたならば。
〔評〕 著しいものの譬喩的序として霧を持つて來たのは、珍しい工夫でもないが、この序の辭樣は少しかはつてゐる。まづ「河千鳥」が何でもないやうであつて、集中他に用例のない語、次に河千鳥がゐるのは河でありさうなのに「澤」とあるのもいぶかしく、それならば寧ろ「澤千鳥」といつて然るべきかと思はれる。とにかく作者がいまだしいのであらう。
 
2681 吾背子が使を待つと笠も著《き》ず出でつつぞ見し雨の降らくに
 
〔譯〕 戀しいあなたからの使を待つとて、私は笠もかぶらずに、出ては見、出ては見してゐました。雨の降るのに。
〔評〕 うぶな純情と素朴な表現とで、可憐な一首を成してゐる。この歌は「三一二一」に、問答として、重載されて(413)ゐる。
 
2682 韓衣《からごろも》君にうち著《き》せ見まく欲《ほ》り戀ひぞ暮らしし雨の零《ふ》る日を
 
〔譯〕 仕立て上げた韓衣を、あなたに著せて見たいと思つて、私は待ち焦れて暮らしましたよ。この雨の降る日に。
〔評〕 縫ひ上げた著物を早く着せて喜ばせ、且その立派な姿をも見たい心一ぱいで、待ち暮らしてゐるといふのは、如何にも優しい女性心理で、しみじみとした愛情が漲つてゐる。かういふ作になると、女性の獨擅場であり、絢爛さはないが、眞面目な戀情がなつかしく思はれる。初二句は「見まく欲り」の序と見ることも不可能ではないが、實際のことと解する方が趣が深い。
〔語〕 ○雨の零る日を 待ち暮らすことと、雨と、別に必然の關係があるのではないが、折からの事實をいつたまでである。
 
2683 彼方《をちかた》の赤土《はにふ》の小屋《をや》に※[雨/泳]霖《ひさめ》零《ふ》り床《とこ》さへ沾《ぬ》れぬ身に副へ我妹《わぎも》
 
〔譯〕 家から遠く離れた此の里の埴生の小屋に、大雨が降り込んで、二人の床まで濡れてしまつた。もつと自分の身近く寄り添ふがいい、いとしいそなたよ。
〔評〕 我が里を離れた田舍家に戀人を誘ひ出して、一夜宿つたといふやうな場合であらうか。折からの烈しい雨に、埴生の小屋は雨漏りや飛沫などで臥所さへ濡れるわびしさに、しみじみと女をいたはる男の優しい心持である。結句簡にして眞情が溢れてゐる。愛人夕顔を誘ひ、密かになにがしの院に宿つた源氏の君の心が聯想されるが、どこまでも素朴で率直なところが、やはり萬葉である。
〔語〕 ○彼方 あちらの方。我が家から離れた場所。○はにふの小屋 代匠記は土で塗つた小屋と解し、考は土の上(414)に藁莚などを敷いて住む片山里の貧しい家と見てゐるが、考の説が妥當である。○ひさめ 甚しくふる雨。「二三〇」參照。
〔訓〕 ○ひさめ 白文「※[雨/泳]霖」嘉暦本等による。通行本等「※[雨/脉]霖」とし、コサメと訓んでゐるが、ヒサメの方が意味の方からいつてよい。
 
2684 笠|無《な》みと人には言ひて雨《あま》づつみ留《とま》りし君が容儀《すがた》し念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 笠が無いから歸れないと人には言つて、雨籠りをして、私の家に泊つて行かれたあのお方の姿が、今も懷かしく思はれることである。
〔評〕 折からの雨に、笠が無いといふ口實で一夜とまつた人。その夜姿と心もちとが忘れ難いといふ、まことに纒綿たる情緒である。
〔語〕 ○雨づつみ 雨にふりこめられて屋内にこもりをること。つつみは、障りなづむこと。「五一九」參照。
 
2685 妹が門行き過ぎかねつひさかたの雨も零《ふ》らぬか其《そ》を因《よし》にせむ
 
〔譯〕 いとしい女の門の前を、素通りしかねる。雨が降つてくれないかなあ。さうしたらば、それを口實にして立寄らうに。
〔評〕 雨にかこつけ、雨宿りをするふりをして戀しい人の家に立ち寄らうとは、古今變らぬ人情を穿つた歌で、甘いながら僞らぬ告白、おのづから微苦笑を禁じ得ない。催馬樂の「妹之門」は、この歌を粉本としたものであらう。
 
2686 夜占《ゆふけ》問《と》ふ吾が袖に置く白露を君に見せむと取れば消《け》につつ
 
(415)〔譯〕 逢へるかどうかと、夜の辻占で占ふ爲に、戸外に立つてゐる私の袖に露が置く、その露をあのお方にお見せしようと思つて、手に取ると、すぐ消え消えすることであるよ。
〔評〕 夜ふけるまで戸外に立つて、夜占をしたその眞心の證として、袖に宿つた夜露を愛人に見せようといふのは、可憐な女心である。類歌に「一八三三」「二三一二」がある。
 
2687 櫻麻《さくらあさ》の苧原《をふ》の下草露しあれば明《あか》してい行け母は知るとも
 
〔譯〕 お歸りになる途中の麻畑の下草には、まだ露がありますから、ゆつくり夜を明していらつしやいませ。たとひ私の母は氣づきましても。
〔評〕 田舍少女の眞情が、新鮮な野趣となつて一首の上に漲つてゐる。秘密を母に知られるはつらい。しかし愛する男が裾を濡らして歸る惱みを思ひ、また一刻でも引延べたいきぬぎぬの別を思ふ時、ままよと却つて肚の据るのも、かうした場合の女性心理である。初二句は、「三〇四九」には序となつてゐるので、此の歌でもさう見られなくもないが、なほ實況とした方が趣が深い。又この歌の四句を「明してゆかむ」と歌ひ換へ、男の歌として、古今六帖、和歌童蒙抄、袖中抄等に載せ、枕草子にも「道の程も心もとなく、をふの下草など口ずさびて」とあるなどから察すると、廣く一般に親しまれた歌であつたと思はれる。但、男の歌としては此の歌の價値は半減する。
〔語〕 ○櫻麻の をふの枕詞。櫻色の麻、花のさく雄麻、その他種々の説がある。○苧原の下草 「苧原」は苧生、即ち麻畑の意。「下草」はその下に生える雜草。
 
2688 待ちかねて内には入らじ白細布《しろたへ》の吾が衣手に露は置きぬとも
 
〔譯〕 あなたのお出が待ちきれないで、家の内へ入るといふやうなことは、私はしますまい。たとひ私の袖に、露は(416)置きませうとも。
〔評〕 夜深く露のおりるまで戸外に立ち盡して、愛人のおとづれを待つ女の心は眞劍である。懷かしの姿を見るまでは、屋内へも入るまいといふのも、誇張ではない。ひたむきな眞實さと緊密な格調とで、重厚な一首を成してゐる。「君來ずは閨へも入らじ濃紫わが元結に霜はおくとも」(古今集)はこれを綺麗にしたものであらう。
 
2689 朝露の消易《けやす》き吾が身老いぬともまた若《を》ちかへり君をし待たむ
 
〔譯〕 はかなく消え易い私の身は、あなたがおいでにならないうちに、年をとつてしまふかも知れません。たとひ、さうとしても、また若返つて、おとづれて下さるまであなたをお待ちいたしませう。
〔評〕 疎々しくなつた男に對して、猶斷ち難い愛着をもつ女のため息とも、久々に男からたよりのあつた時の歌とも解される。とにかく、佛教的な無常觀と變若の神仙思想とを混和して、知的に一首を纒めたやうな觀があつて、胸を刺すやうな悲痛な響はこの歌から受取れない。なほ「三〇四三」には、初句を「露霜」と僅かに二音の相違で重出してゐる。
 
2690 白細布《しろたへ》の吾が衣手に露は置けど妹は逢はさずたゆたひにして
 
〔譯〕 家の外に立ち盡して待つてゐる自分の袖に、露は置くが、それでもいとしい女は出て逢つてくれない。人目を憚り躊躇してゐて。
〔評〕 折角逢ひに行つたにも拘はらず、女は中々姿を見せない。勿論人目を恐れてのことであらうが、男の焦慮は一通りではない。表現に一脈の稚さが漂つて、實際ほどの切實味は感じられないが、素直で上品な點が取得であらう。
〔語〕 ○妹は逢はさず 戀人は出て來て逢つて下さらぬとの意。「逢はす」は「逢ふ」の敬語。親愛の氣持をふくめ(417)てゐる。
 
2691 彼《か》に此《かく》に物は念《おも》はじ朝露の吾が身一つは君がまにまに
 
〔譯〕 とやかくと物は案じますまい。朝露のやうにはかない私の一身は、どうともあなたの思召次第であります。
〔評〕 身も心も投げ出して、愛する男にひたすら依り憑んでゐる女の純情が、己が身を朝露と觀ずるはかな心と共にあはれに歌はれてをり、優婉な調がよく内容と相應してゐる。
 
2692 夕凝《ゆふこり》の霜置きにけり朝戸出《あさとで》に甚《はなはだ》踐《ふ》みて人に知らゆな
 
〔譯〕 夕方結んだ霜が、そこら一面に置いてゐます。朝戸をあけてお歸りの時に、ひどく踏み散らして人に氣づかれないやうになさいませ。
〔評〕 まだ明けきらぬ薄らあかりの中に、霜柱が光つて見える朝、戀人を密かに歸す女のこまかな心遣ひがよく描かれてゐる。初二句、四句等の特色ある言葉遣ひが、女性の歌と思へぬほど、一首に勁健の趣を附加してゐる。
〔語〕 ○夕凝の 夜の間に凝り結んだの意。面白くめづらしい語で、集中他に用例がない。
 
2693 斯《か》くばかり戀ひつつあらずは朝に日《け》に妹が履《ふ》むらむ地《つち》ならましを
 
〔譯〕 かうして戀ひ焦れてばかりゐないで、いつそのこと、毎朝毎日、自分はいとしいあの女が履む地面になつてゐたいものだのになあ。
〔評〕 初二句は磐姫皇后の御作(八六)以來、類型化されてゐるが、「妹が履むらむ地ならましを」は隨分思ひ切つた奇拔な着想である。毎日田畑に出て土に親しんでゐる農人の戀かとも想像される。とにかく逞しく線の太い、萬葉(418)的特色の濃厚な歌といつてよい。
〔語〕 ○地ならましを 地面でありたいの意であるが、「まし」の作用によつて、地面であり得ないのが殘念だとの餘意を含むのである。
 
2694 あしひきの山鳥の尾の一峯《ひとを》越え一目見し兒に戀ふべきものか
 
〔譯〕 ただ一目見ただけの女に、これ程までに戀ひ焦れるといふことがあるべきであらうか。自分ながら不思議な心持である。
〔評〕 行きずりに見た娘子に思を懸けて懊惱するといふのは、集中多く見る歌であるが、これは序が極めて複雜である。「一目」を導く爲に「一峰」といひ、その一峰の爲に「山鳥の尾」を拉し來り、更に冠するに枕詞「あしひきの」を以てしたのは、あまりにも繁褥な技巧である。山鳥は雌雄谷を隔てて相思慕するといふ傳説があるので、それを幾分内容に投影させてゐるやうでもあるが、それにしても手のこみ過ぎた割合に、効果の擧らぬ勞力と評すべきである。
 
2695 吾妹子に逢ふ縁《よし》を無《な》み駿河なる不盡《ふじ》の高嶺の燒《も》えつつかあらむ
 
〔譯〕 自分のかはいいあの女に逢ふ手段がないので、駿河の國にある富士の高嶺の燃えてゐるやうに、いつまでも心が燃え焦れつづけてゐることであらうか。
〔評〕 構想が壯大で、格調にも悠揚迫らぬものがある。燃ゆる思を山の噴火に擬へるのは後世では陳套の技巧に過ぎないが、當初は最も自然で適切かつ新鮮な形容であつたに相違ない。さうしてその代表としては富士に如《し》く山はなかつた譯である。かくて富士を見たこともない都人にまで、往々譬喩として襲用されるに至つたであらうことは、想像に、難くないのである。
 
(419)2696 荒熊の住むとふ山の師齒迫《しはせ》山|責《し》ひて問ふとも汝《な》が名は告《の》らじ
 
〔譯〕 恐しい熊の住むといふ山の、その名は師齒迫《しはせ》山、それではないが、強ひて責めて親達が問うても、あなたの名は私は洩らしますまい。
〔評〕 愛人の名を他に洩らすといふことを、男女共に極力戒愼したことは、集中「我が名洩すな」「汝が名は告らじ」等の語句が、枚擧に遑ないのに徴しても、事實は、我々の想像以上であつたらうと思はれる。これは女の歌であらう。大がかりな序は、強い詰問におぴえてゐる女の心持を、おのづから暗示してゐるやうで効果的である。
〔語〕 ○師齒迫山 所在不明。八雲御抄に駿河とあるのは、この邊の歌の配列によつての故かと思はれる。「しはせ」から「しひて」の序としたもの。
 
2697 妹が名も吾が名も立たば惜しみこそ布仕《ふじ》の高嶺の燒《も》えつつ渡れ
     或る歌に曰ふ
    君が名も妾《わ》が名も立たば惜しみこそ不盡の高|山《ね》の燒えつつも居《を》れ
 
〔譯〕 いとしい女の名も自分の名も、世間の噂に立つたらしいからこそ、自分は富士の高嶺ではないが、かうして、一人心の中で燃え焦れてゐるのである。
〔評〕 男女共に名の立つのを恐れ憚つたとはいつても、女の方がより以上強く警戒したことは勿論である。しかしいざとなれば、「今は我が名の惜しけくもなし」(二六六三)とも決心するのである。此の歌の作者は、うぶな内氣な若者で、人の噂を氣にして密かに胸を焦してゐるといふのである。並べ掲げた或る歌は、「妹」を「君」、「渡れ」を「居れ」とうたひかへた返歌であらう。
 
(420)2698 往《ゆ》きて見て來《く》れば戀《こほ》しき朝香潟山《ご》しに置きて宿《い》ねかてぬかも
 
〔譯〕 往つて、いとしい女に逢つて歸つて來ると更に戀しい朝、その朝と名のつく朝香潟のあたりた住む女を、山の彼方に置いて、夜も安眠しかねることであるよ。
〔評〕 序が複雜であるが、「朝」といふ語感も、序全體の爽やかな音調も、いとしい女を聯想させるにふさはしい。この歌を、朝香潟のほとりの家に妹を殘して來た旅人の、遣瀬ない旅愁を詠じたといふやうに解する説もあるが、さうではあるまい。四五句を靜かに味つてみると、作者は刻々位置を移動してゐる旅人ではなく、同處に靜止してゐる人でなければならない。即ち、遠く山一つ隔て住んで、たまにしか逢へない仲といふことが察せられる。
〔語〕 ○朝香潟 未詳「住吉の淺香の浦に」(一二一)とある地かとの説は「山越しに」といふ地形に合はない。伊勢國一志郡の阿射加かとの説もあるが、分布の廣い地名であるから、決定は困難である。
〔訓〕 ○くれば戀しき 白文「來戀敷」、略解の訓による。舊訓キテゾコヒシキによれば二句切となる。
 
2699 安太人《あだびと》の魚梁《やな》うち渡す瀬をはやみ意《こころ》は念《も》へど直《ただ》に逢はぬかも
 
〔譯〕 安太人達が魚梁を架け渡す川瀬が早いやうに、心では逸りあせるが、あのいとしい女に直接に逢へぬことよ。
〔評〕 安太は吉野川北岸の地で、その里人は川瀬に魚梁を設けて魚を捕へることが、普く世に知られてゐたのであらう。同じ吉野の柘枝傳説中の漁夫味稻(三八五)の事も聯想される。四五句は、人麿の作にも「三熊野の浦の濱木綿百重なす心は念へど直に逢はぬかも」(四九六)とあつて、その先後は審かにし難いが、要するに單純な思想であるから、これ等の歌の面白味は、序の巧拙如何に係つてゐる譯である。
〔語〕 ○安太人 安太の地方に住む人。安太は大和國宇智郡。「阿太の大野」(二〇九六)參照。○魚梁うち渡す 「魚(421)染」は、上流から來る魚を簀の中に追ひ込んで捕る装置。それを仕掛けることを「渡す」とも「打つ」ともいふ。「三八六」參照。古事記神武天皇の條に「阿陀の鵜飼の祖」のことがある如く、吉野地方の住民は、魚梁を掛けて、魚を捕ることを業としてゐた。
 
2700 玉耀《たまかぎ》る石《いは》垣淵の隱《こもり》には伏して死ぬとも汝《な》が名は告《の》らじ
 
〔譯〕 岩に圍まれた淵の水が、中にこもつて人目につかぬやうに、私も人目を忍ぶ?態で、戀に病み臥しつつ死にませうとも、あなたの名は人に洩らしますまい。
〔評} これは、序も全體の構想も、人麿歌集の「まそ鏡見とも言はめや玉耀る石垣淵の隱りたる妻」(二五〇九)に影響されたものと想像される。戀の惱みに病づき死なうとするほどの熱情の内潜を象徴するに、この物々しい序は、ふさはしい感がする。
〔語〕 ○玉耀る石垣淵の 岩に圍まれた淵の中に水がこもつてゐる意を以て、「隱り」に續けた序。初句は枕詞。「二〇七」參照。
 
2701 明日香川明日も渡らむ石走《いはばし》り遠き心は思ほえぬかも
 
〔譯〕 明日香川を明日にでも渡つて逢ひに行かう。幾日たつてから逢はうなどとは、思はれぬことであるよ。
〔評〕 明日香川を隔てて通ふ男の心。實際に渡つて通ふ石走りを枕詞に用ゐたのは、よい思ひつきである。初句と二句との頭韻の快い調べも、謠ふ場合を考へると効果的である。
〔語〕 ○石走り遠き心 「石走り間近き君に」(五九七)とあるので、この句を石走の間近いやうに、明日にでも渡つて行かうの意と解する代匠記の説と、「遠き心は思ほえぬかも」全體にかける枕詞と解する全釋の説とがある。前者(422)は字句を補ひすぎた解であり、後者は枕詞の例から見て從ふべしとは思はれない。石走は、飛石のやうな橋(一一二六參照)で、間近いのも間遠いのもあるべきであるから、遠きの枕詞として差支ないといふ新考の説にも幾分疑はあるが、暫くこれによる。○遠き心 成ることを遠きにおく心持。ながき心に同じ。
 
2702 飛鳥《あすか》川水|往《ゆ》き増《まさ》りいや日《ひ》けに戀の増《まさ》らば在りかつましじ
 
〔譯〕 飛鳥川の水の流が増して行くやうに、日増しに戀がまさつたならば、遂には生きてゐることも出來まい、焦れ死をするであらう。
〔評〕 日毎に増して行く水量を眺めながら詠んだもので、飛鳥川の川邊に住む人の實感がこもつてをり、思ひ切つて渡つて行くことの出來ぬ焦慮さへも暗示されてゐるやうな序の詠みぶりである。
〔話〕 ○飛鳥川水往き増り 第四句「まさらば」にかかる序。○いや日けに いよいよ日ましに。○ありかつましじ 生きながらへ得まい、の意。「九四」參照。
 
2703 眞薦《なこも》刈る大野川原の水隱《みごも》りに戀ひ來《こ》し妹が紐解く吾は
 
〔譯〕 眞薦を刈る大野川原の水ごもりのやうに、苦しく隱れ忍んで戀うて來た女の着物の紐を、今日こそ解くことである、自分は。
〔評〕 戀の成つた時の歡喜を詠んだもので、序の響の重苦しさに、隱れ忍ぶ心がよくあらはれてをる。官能の香の強い歌である。この歌は古今六帖や夫木抄等に收められてをる。
〔語〕 ○大野川原 大和國法隆寺の傍を流れる富の小川の下流をいふ。大和川に注ぐ。○水ごもりに 河原に於いて水に潜りひそむ意味の「水ごもり」と解したい。苦しく人目を忍び、の意。
 
(423)2704 あしひきの山下|動《とよ》みゆく水の時ともなくも戀ひわたるかも
 
〔譯〕 山の麓を響きとよもして流れ行く水の絶え間もないやうに、時を限らず、いつでも戀しく思ひ暮すことよ。
〔評〕 一二三句に描かれた水勢の激しさに、おのづから戀の熱情も暗示され、心臓の高鳴りをきく樣である。拾遺集や古今六帖等に載つてをる。
 
2705 愛《は》しきやし逢はぬ君ゆゑ徒《いたづ》らに此の川の瀬に玉裳ぬらしつ
 
〔譯〕 いとしい、逢うて下さらぬあなたゆゑ、むなしくこの川の瀬で裳の裾をぬらしてしまひました。
〔評〕 「二四二九」の「愛しきやし逢はぬ子ゆゑに徒らに是川《うぢがは》の瀬に裳裾ぬらしつ」の類歌で、これは女の歌になつてをる。
 
2706 泊瀬《はつせ》川|速《はや》み早瀬を掬《むす》びあげて飽かずや妹と問ひし君はも
 
〔譯〕 泊瀬川の速い早瀬の水をすくひあげて、この水に飽きないやうに飽きはせぬか、そなた、とやさしく云うて下されたあのお方よ、まあ。其の後は何のおたよりもないが。
〔評〕 中の絶えた男を怨む、うら悲しい女心を詠み出でた歌。一二三句の序は、水清き泊瀬川のほとりの、過ぎし日の語らひを思はせる。手法は「橘の本に我立ち下枝取り成らむや君と問ひし子らはも」(二四八九)と同じ型である。また伊勢物語塗籠本には「大原やせがゐの水を掬びあげて飽くやと言ひし人はいづらか」といふ歌があり、男が女をつれて行く途中に清水を掬つて飲ませたが、女が後に死んだので、男がもとの清水の所へ來て詠んだといふことになつてゐる。萬葉の歌から轉じたものであらうか。
(424)〔語〕 ○速み早瀬を 早き早瀬を、の意。「速み濱風」(七三)參照。○問ひし君はも 「問ふ」はいひかけるの意。
 
2707 青山の石《いは》垣沼の水隱《みごも》りに戀ひや渡らむ逢ふ縁《よし》を無《な》み
 
〔譯〕 青々と茂つた山の、岩にかこまれた沼の水に隱れるやうに、苦しくも隱れ忍んで、戀ひ暮すことであらうか、逢ふ方法《よし》のなさに。
〔評〕 青山の木々を映《うつ》して暗くよどんだ沼が、忍ぶ戀の思ひを陰欝に象徴してをる。古今六帖にも拾遺集にも人麿として出てをる。序の結構は、前の「二七〇三」に似てをるが、それよりも品格が高く、調子もよい。
 
2708 しなが鳥|猪名山《ゐなやま》饗《とよ》に行く水の名のみ縁《よ》さえし内妻《こもりづま》はも【一に云ふ、名のみよさえて戀ひつつやあらむ】
 
〔譯〕 猪名山が響くばかり音を立てて流れゆく水のやうに、評判ばかり高く、自分との關係を云ひはやされた、あの父母の秘藏娘はどうしたであらうか、なあ。
  一云 四五句の異傳。名ばかりたかく言ひはやされて、むなしく戀ひつつみることか。
〔評〕 世間の評判ばかり高く その實は父母がきびしく守つてゐて、逢はずに終つた女を思ひ浮べたもの。一二三句の比喩が巧みである。
〔語〕 ○しなが鳥 鳰の一名であらう。「ゐな」にかかる枕詞。「一一四〇」參照。○猪名山 攝津國池田町北方の山。○とよに 鳴りとよむばかりに。○よさえし 寄せいはれたの意。○こもり妻 男の隱しておく妻の義であるが、ここは、父母の守る女をいつたものと思はれる。
〔訓〕 ○一に云ふ、名のみよさえて 白文「名耳之所縁而」嘉暦傳承本に之のなきによる。舊訓ナノミシヨセテ。
 
(425)2709 吾妹子に吾が戀ふらくは水ならば柵《しがらみ》越《こ》えて行くべくぞ思《も》ふ【或本の歌の發句に云ふ、相思はぬ人を思はく】
 
〔譯〕 愛する女に自分が戀ひ焦れてゐることは、もし此の身が水であつたならば、柵を乘り越えても流れて行くにちがひないと思ふほどである。
 或本歌 一二句の異傳、自分を思つてもくれぬ人を戀ひすることは、の意。次へのつづきは妥當でない。
〔評〕 塞きとめ難くたぎつ心を奔流に譬へたもの。戀慕の情の激しさがよくあらはれてゐる。
〔語〕 ○しがらみ 川の中に材を打ち、それに竹柴などをつけて、水を塞きとめるもの。
 
2710 犬上《いぬがみ》の鳥籠《とこ》の山なる不知也《いさや》河|不知《いさ》とを聞《き》こせ我が名|告《の》らすな
 
〔譯〕 犬上の鳥籠の山を流れる不知也河といふ名のやうに、いさ(知らぬ)とお言ひなさいませ。決して私の名をいつて下さいますな、人がたづねましても。
〔評〕 近江地方に行はれた民謠であらうか。序の用ゐかたも全體の構想も典型的な歌である。古今集の卷未なる墨滅歌の中に出てゐて、下句が「いさと答へよ我が名もらすな」とあり、左註に「此の歌、ある人、あめの帝の近江の采女に賜へると」とあつて、采女の歌が添うてゐる。その他、源氏物語や枕草子などにも引かれてをる。
〔語〕 ○犬上 近江國犬上郡。今の彦根附近。○鳥籠の山 坂田郡鳥居本村の南、正法寺山の古名で、附近を流れる大堀川、一名芹川がいさや川に當るといふ。上三句は「いさ」の音を繰返して次の句にかかる序。
〔訓〕 ○いさとを 白文「不知二五」二五は九九によつたもの。
 
2711 奧山の木の葉|隱《がく》りて、行く水の音聞きしより常忘らえず
 
(426)〔譯〕 奧山の木の葉の下を、隱れて流れ行く水の音のやうに、人の評判に聞いてから、戀しくて常に忘れられない。
〔評〕 名のみ聞いて見ぬ戀にあこがれる心が、序によく云ひ含められてをる。奧山といひ、木の葉がくりてといひ、共に逢はれぬ趣をあらはしてをる。
 
2712 言《こと》とくは中は不通《よど》ませ水無河《みなしがは》絶ゆとふことを有りこすな勤《ユメ》
 
〔譯〕 人の口がやかましいならば、一時お通ひになるのを中止なさいませ。けれど、このまま絶えてしまふ、といふことは、なさいますな、決して。
〔評〕 人のうるさい口を恐れて、一時逢ふことを見合はせようといふ切ない女の願ひである。しかも關係の切れることを恐れてゐる弱い戀、苦しい戀である。枕詞の水無河に、縁語として「よどむ」というたのは珍しい用例である。
 
2713 明日香河行く瀬を早み速《はや》けむと待つらむ妹を此の日暮らしつ
 
〔譯〕 明日香河の流れる瀬が早いので、そのやうに早く來るであらうと待つてゐる愛人であるのに、自分は事に障つて、この日をむなしく暮してしまつた。
〔評〕 明日香河は單なる序ではなくて、實際にこの河を渡つて通ふ男の歌と思はれる。
 
2714 もののふの八十氏川《やそうぢがは》の早き瀬に立ち得ぬ戀も吾はするかも【一に云ふ、立ちても君は忘れかねつも】
 
〔譯〕 宇治川の早い瀬に押し流されて立ち難いやうに、こらへられぬやうな苦しい戀を自分はすることである。
  一云、四五句の異傳、早い瀬に立つやうな時も、あなたを忘れかねたことよ。
〔評〕 奇拔な序であるが、河を徒渉する經驗がにじみ出てゐて、いかにも上代人らしい歌である。踏みとどまらうと(427)あせればあせるほど、足もとの危くなるのが戀であらうか。
〔語〕 ○もののふの八十氏川 八十までは序。○早き瀬に 「立ち得ぬ」を起す序。
 
2715 神名火《かむなび》の打廻《うちみ》の埼の石《いは》淵の隱《こも》りてのみや吾が戀ひ居《を》らむ
 
〔譯〕 神名火の打廻の埼の岩にかこまれた淵のやうに、隱れてばかり自分は戀うてゐることであらうか。
〔評〕 忍ぶ戀ではいつまでも限りがないゆゑ、思ひ切つてあらはに戀をした方がよいのかしらと云ふ心もちで、序の用法は類型的である。
〔語〕 ○神名火の打廻《うちみ》の埼 大和國飛鳥の神名火で、飛鳥川に沿うた埼。○石淵 石垣淵と同義で、石でかこまれた淵。以上、「隱り」につづく序。
 
2716 高山ゆ出で來《く》る水の岩に觸れ破《わ》れてぞ念《おも》ふ妹に逢はぬ夕《よひ》は
 
〔譯〕 高山から出て來る水が岩に觸れて碎けるやうに、心を碎いて種々に物を思ふことよ、愛《いと》しい女に逢はぬ夜は。
〔評〕 序は「雨零れば激《たぎ》つ山川いはに觸れ」(二三〇八)に似てをるが、激流のはげしさが戀のはげしさを暗示してゐる。
 
2717 朝東風《あさごち》に井堤《ゐで》越《こ》す波のよそ目にも逢はぬものゆゑ瀧《たき》もとどろに
 
〔譯〕 朝吹く東風にゐせぎを越す浪の――よそながらも逢はぬのに、瀧のとどろくやうに、人に噂をなてられる事よ。
〔評〕 一二句の序がさはやかである。「瀧もとどろに」は、ゐで越す浪に對して縁語的に用ゐられてゐる。
〔語〕 ○ゐで ゐせぎ。水をせきとめた處。○よそ目にも よそながら見ること。「二八八三」「二九四六」參照。こ(428)こは、浪がよそに流れる意から、外《よそ》ながらもとつづく。
〔訓〕 ○よそめにも 白文、「世蝶似裳」。「世蝶」は、舊訓セテフで、解しがたいので誤字説が多い。今は、考の「蝶」を「染」と改める説によつて説いたが、定本では、古葉略類聚鈔に「世?」とあるによつて、セガキニモと訓んでゐる。
 
2718 高山の石本《いはもと》激《たぎ》ちゆく水の音には立てじ戀ひて死ぬとも
 
〔譯〕 高山の岩の裾をたぎり流れる高い水音のやうに、音に立てて――人に云うて、世間の評判になるやうなことはすまい、たとひ戀ひ焦れて死なうとも。
〔評〕 女性の堪へ忍ぶ情で、序が溪流の瀬の音の烈しさを強く現はしてゐるだけに、非壯なものさへ漂うてゐるのをおぼえる。古今集なる 「吉野川岩切り通し行く水の音には立てじ戀は死ぬとも」「山高み下ゆく水の下にのみ流れてこひむ戀ひは死ぬとも」は、共に此の萬葉の歌によつたのである。
 
2719 隱沼《こもりぬ》の下《した》に戀ふれば飽足《あきた》らず人に語りつ忌《い》むべきものを
 
〔譯〕 心のうちに忍んで戀うてゐては飽き足らないので、人に自分の戀を語つてしまつた。忌まねばならぬことであるのに。
〔評〕 「二四四一」の「隱沼の下ゆ戀ふればすべを無み妹が名告りつ忌むべきものを」の類歌。或は「二四四一」に對して、これは女の歌かとも思はれる。「忌むべきものを」といふ末句は、後悔の心もちをあらはしてをる。
 
2720 水鳥の鴨の住む池の下樋《したひ》無《な》みいぶせき君を今日見つるかも
 
(429)〔譯〕 水鳥の鴨の住む池に伏せた下樋がないので水がこもつてゐる樣に、逢ひたさに私の心がふさいでゐたあなたに今日お逢したことよ。
〔評〕 下樋が無くて流れ出ることなく澱んでゐる池水は、欝屈した心の象徴としてふさはしく、歡喜にみちた第五句と照應して巧妙な序である。
〔語〕 ○下樋なみ 池の水をひく爲、土中に埋めた樋。下樋がないと水が停滞する意で「いぶせき」につづけた。
 
2721 玉藻刈る井堤《ゐで》の柵《しがらみ》薄《うす》みかも戀の淀める吾がこころかも
 
〔譯〕 水の淀み溢れるやうに我が戀の世間に知られたのは、玉藻を刈るゐせぎの柵の塞きとめる力が簿かつたからであらうか。それとも、自分の心のせいであらうか。
〔評〕 人知れずこそと思うてゐたに、はや洩れてゐた己の戀の評判に驚いたのである。詞調が音樂的に流麗で、快い歌となつてをる。
〔語〕 ○玉藻刈るゐでの柵 うつくしい藻を刈るゐせぎの柵のやうに、塞きとめる心が、「薄みかも」の意で、譬喩といつた方がよからう。○戀の淀める 「淀む」はここでは、たたへ澱んだ結果、滿ち溢れる、の意。
 
2722 吾妹子が笠の借手《かりて》の和?野《わざみの》に吾《われ》は入りぬと妹に告げこそ
 
〔譯〕 吾が愛《いと》しい妻の冠る笠の借手の輪ではないが、和?野に自分が入《はい》つたと、家に留守をしてをる妻に告げてほしいことである。
〔評〕 妻に別れて旅に出た人が、行き行きて今日は美濃國の和?野にさしかかつた。「吾妹子が笠の借手の」と歌つて、地名への聯想をしてゐるうちに、妹を思ふ心が募つていつたのである。
(430)〔語〕 ○笠の借手の 笠の裏にとりつけて笠紐をつける小さい輪。「わざみ野」の「わ」に、同音でかけた序。○和?野 美濃國不破郡。「一九九」參照。
 
2723 數多あらぬ名をしも惜しみ埋木《うもれぎ》の下《した》ゆぞ戀ふる行方《ゆくへ》知らずて
 
〔譯〕 唯一つの名の惜しさに、心のうちで戀ひ慕ふことである。遂にはどうなるかも知らずに。
〔評〕 戀する情と名を惜しむ心との相剋を歎いた歌は多いが、これには特に、上代人が名譽を愛する念が著く現はれてをる。「數多あらぬ名」とは、含蓄のあるいひ方である。
〔語〕 ○數多あらぬ 吾身一つに二つとは無い、即ちかけがへの無い名。一度惡い世評がたてば取り返しのつかぬ意。○埋木の 「下」につづく枕詞。「一三八五」參照。○行方知らずて 行末どうなるかもわからないで、の意。
 
2724 秋風の千江《ちえ》の浦|回《み》の木積《こづみ》なす心は依りぬ後は知らねど
 
〔譯〕 秋風の吹く千江の浦のめぐりの木屑のやうに、私の心はあなたに寄つてしまひました。行末はどうなるか知りませぬけれども。
〔評〕 秋風に濱邊へ吹き寄せられた木屑をわが姿と見詰めつつ、かくまで何もかも男に頼つてしまつたものの、後のことは計り知られぬのを嘆いた、その女心があはれである。一二三句の譬喩は美しくはなく、素朴なものである。
〔語〕 ○秋風の 從來枕詞とされてゐたが、秋風の吹く千江の浦回の略とみる新考の説がよい。
 
2725 白細砂《しらまなご》三津の黄土《はにふ》の色に出でて云はなくのみぞ我が戀ふらくは
 
〔譯〕 砂の白い三津の濱の岸の黄土のあざやかな色の、それではないが、顔色に出して言はぬだけである。自分が戀(431)してゐることは。
〔評〕 美しい序に始まつて、悠々として流れてゆく情の流が四五句にいたつて瀧となつた樣に激しく力強くひびいてゐる。口に出して言はねば憂もなげに見えふうがと、本心を披瀝した歌。東歌の「眞金ふく丹生の眞そほの色にでていはなくのみぞあが戀ふらくは」(三五六〇)と同型であるところから見ても、民謠體であつたらうと想像される。
〔語〕 ○白細砂 白い砂の滿とかかる枕詞といふ説もあるが、單に白い砂濱なる三津とみる方がよい。○三津の黄土の 三津は攝津國住吉の三津。「住吉の岸の黄土ににほひて行かむ」(一〇〇二)參照。以上「色に出でで」の序。
 
2726 風吹かぬ浦に波立つ無き名をも吾は負《お》へるか逢ふとはなしに【一に云ふ、女と思ひて】
 
〔譯〕 風が吹かぬ浦に浪が立つやうに、自分は實のない浮名を負うたことよ、逢ひもせぬのに。
〔評〕 眞に逢ひもせぬに名が立つたことを、風が吹かずして浪の立つに譬へたのは、後世風な輕い味さへ見えて巧妙である。古今集なる「かねてより風にさきだつ浪なれや逢ふことなきにまたき立つらむ」に比べて、着想は同じでも、萬葉人の作には力強い調子がある。
 一云 第五句の一異傳と思はれる。種々の説があつて決しがたい。
 
2727 管《すが》島の夏身の浦に寄する浪|間《あひだ》も置きて吾が念はなくに
 
〔譯〕 菅島の夏身の浦に間なく寄せる浪のやうに、間をおいて自分は念うてをるのではないのに。
〔評〕 絶間なく、戀ひ焦れてゐることである、の意。極めて一般的な句法である。
〔語〕 ○菅島の夏身の浦 所在不明で、紀伊、近江、志摩などいはれてゐる。
 
(432)2728 淡海《あふみ》の海おきつ島山おくまへて我が念ふ妹が言《こと》の繁けく
 
〔譯〕 近江の海の沖の島山のそれのやうに、心の奧深く自分が思ふ愛人を、人がうるさく言ひ騷ぐことである。
〔評〕 前出「淡海の海おきつ島山奧まけて吾が念ふ妹に言の繁けく」(二四三九)の異傳。
 
2729 霰|降《ふ》り遠つ大浦に寄する浪よしも寄すとも憎《にく》からなくに
 
〔譯〕 大浦に寄せる浪ではないが、よしや人が言ひ騷がうとも、あなたを憎くは思ひませぬものを。
〔評〕 寄する、よしも、よすともと、「よ」の音を繰返して調子がよい。四五句の投げ出したやうな言ひ樣が極めて力強く、思ひ入つた熱情を含んでをる。
〔語〕 ○霰ふり 「一二九三」に「霰ふり遠つあふみの」とある如く「音《と》」にかかる枕詞。○遠つ大浦 紀伊、また近江との説があるも、所在不明。○寄する波 寄すともにかかる序。○よしも寄すとも 「よし」は「よしゑやし」の「よし」に同じ。「寄す」は人と關係あると噂する意。
 
2730 紀の海の名高の浦に寄する浪音高きかも逢はぬ子ゆゑに
 
〔譯〕 紀伊の海の名高の浦に打ち寄せる浪の音が高いやうに、音高く自分は言ひ騷がれることよ。逢ひもしない女のために。
〔評〕 名高の浦のといふ地名も、序を受けて「音高きかも」と四句の張つた調子も、噂の高いことを巧に表現してをる。四句切の特質を十分に發揮して強い調子が出てゐる。
〔語〕 ○名高の浦 紀伊國海草郡内海町のあたりの海をいふ。「紫の名高の涌」(一三九二)參照。
 
(433)2731 牛窓の浪の潮騷《しほさゐ》島|響《とよ》みよさえし君に逢はずかもあらむ
 
〔譯〕 牛窓の浪の潮騷が島もとどろに鳴り響かせてをるやうに、人々にやかましく言ひ騷がれたあなたに、逢ふこともなくてゐることか、まあ。
〔評〕 噂はひどく立てられた、そのうへ逢ふことも出來ずに悶々の日を過す、さうした人のあきらめが結句に漂うてゐる。簡勁な中に、序の措寫など生彩があつて、牛窓の浦の景色が目に見えるやうである。
〔語〕 ○牛窓 備前國邑久郡にある港。○浪の潮騷 浪の騷ぎ鳴ること。○島響み 島が鳴り響くほど激しく潮が騷ぐ意で、世評の高く響くに轉じたもの。○よさえし いひよせられた、寄せいはれたの意。○逢はずかもあらむ 「かも」は從來「やは」と同じで反語と解されてゐるが、疑問と解する方が至當であらう。「天の原富士の柴山このくれの時移りなば逢はずかもあらむ」(三三五五)參照。
〔訓〕 ○よさえし 白文「所依之」「二七〇八」參照。
 
2732 おきつ波|邊《へ》浪の來寄《きよ》る左太《さだ》の浦のこの時《さだ》過ぎて後戀ひむかも
 
〔譯〕 沖の波や岸の浪が寄せて來る左太の浦といふ名のやうに、この機會《さだ》を空しく過して、後に戀しく思ふことであらうかなか。
〔評〕 女に逢ふことは逢ひながら、なほ思ひを晴らすことの出來ぬいらだたしさを詠んだもの。左太の浦に沖の浪や岸の浪の寄せる廣々とした景色たけでなく、浪の動きに戀の心の脈々として動くのを感ずる。
〔語〕 ○佐太の浦 佐太は和泉、土佐、出雲などにあつて、佐太・佐田・佐陀・狹田・佐多・蹉※[足+蛇の旁]などと書いてある。○此のさだ過ぎて 「さだ」は「時」の古語。東歌に「あが面の忘れむ之太《シダ》は」(三五一五)とある「しだ」と同じ。
 
(434)2733白浪の來寄《きよ》する島の荒磯《ありソ》にもあらましものを戀ひつつあらずは
 
〔譯〕 いつそ、白波が打ち寄せて來る島の荒磯にでもなつてゐたいものを。このやうに戀しく思つてばかりゐないで。
〔評〕 心ない荒磯であつたならば、何の物思もなくてよからう、の意。型は極めて類型的ながら、奇拔な表現である。
 
2734 潮|滿《み》てば水沫《みなわ》に浮ぶ細砂《まなご》にも吾は生《い》けるか戀ひは死なずて
 
〔譯〕 潮が滿ちて來ると、水沫のやうに浮ぶこまかい砂にも似て、漂ひながら自分は生きてゐることか、まあ、焦れ死もせずに。
〔評〕 さきの「解衣の戀ひ亂れつつ浮沙《うきまなご》浮ても吾はありわたるかも」(二五〇四)と共に、珍しい素材である。精緻な自然觀照と云ふやうな感じよりも、自然そのものであつた上代人の生活がうかがはれて懷かしい。譬喩はすばらしくよい。
 
2735 住吉《すみのえ》の岸の浦|回《み》に重《し》く波のしくしく妹を見むよしもがも
 
〔譯〕 住の江の岸の浦のめぐりに次々と重ねて寄せる浪のやうに、いとしい人をしばしば見る術《すべ》もあればよいがなあ。
〔評〕 この種の歌の典型的のもの。類歌、「ほととぎす飛幡の浦にしく浪のしばしば君を見むよしもがも」(三一六五)「しく」といふ音の繰返しが音樂約價値を發揮してゐる。
 
2736 風をいたみ甚振《いたぶ》る浪の間《あひだ》無《な》く吾が念《も》ふ君は相|念《おも》ふらむか
 
〔譯〕 風が烈しいので甚しく立つ浪のやうに、絶間なく自分が思ひ焦れてゐるあなたは、同じ心に自分を思つてゐて(435)くださるであらうか。
〔評〕 絶間なく思ふ情を、浪の立つことに寄せた歌は集中にも多い。しかし、この歌は序に特殊な趣があつて、いかにも、波の激しさを巧に表現してをる。波の激しいことは、同時に戀心の激しさをあらはしてゐるのである。
 
2737 大伴も三津の白浪|間《あひだ》無《な》く我が戀ふらくを人の知らなく
 
〔譯〕 大伴の三津の濱に浪の寄せるやうに、絶間無く自分が戀しいと思うてゐるのを、あの人が知らないことよ。
〔評〕 序は平凡であるが、結句を淡然と云ひ放つてゐるところに、深い味ひがある。
〔語〕 ○大伴の三津の白浪 「間なく」につづく序。大伴の三津は「六三」參照。
 
2738 大船のたゆたふ海に碇《いかり》下《おろ》し如何《いか》にせばかも吾が戀ひ止《や〉》まむ
 
〔譯〕 大船が漂うてをる海に碇をおろす、その「いかり」といふ詞に調べの通ふ、いかにしたならば、自分の戀ひこがれる思ひが、やむことであらうか。
〔評〕 さきの「大船の香取の海に碇おろしいかなる人か物念はざらむ」(二四三六)と類似した構想である。しかし、「大船のたゆたふ海」が戀に動搖して止まぬ心の姿にふさはしく、從つて「碇おろし」はそれを鎭めようとする心もちがうかがはれ、頗る暗示的な効果を持つ序である。
〔訓〕 ○いかにせばかも 白文「何如爲鴨」イカニシテカモ、イカニスレカモともよめる。
 
2739 みさご居《ゐ》る沖の荒磯《ありそ》に寄する浪|行方《ゆくへ》も知らず吾が戀ふらくは
 
〔譯〕 みさごの居る沖の荒磯に打ち寄せる浪の行方の知れぬやうに、行末どうなるかも知らぬことである、自分が戀(436)ふるのは。
〔評〕 猛禽の棲む沖の荒磯の岩に、寄せては碎け、碎けては散る浪の姿は、何か物凄い、いはば絶望的なものをさへ感ぜしめるのである。行方も知らぬ戀をいふにふさはしい。孤獨感を深める風景を採つたところに長所がある。
 
2740 大船の臚《とも》にも舳《へ》にも寄する浪よすとも吾は君がまにまに
 
〔譯〕 大船の臚にも舳にも打ち寄せる浪のやうに、たとひ世間の人が二人の仲を言ひ寄せて騷がうとも、私はあなたのお心のままに從ひませう。
〔評〕 臚にも舳にもと大きく云うた序は、人言を氣にかけまいと思ひ決めた心にふさはしく、婦人の純情を盡した、あはれ深い歌である。
〔訓〕 ○ともにもへにも 白文「臚毛舳毛」。嘉暦本等による。
 
2741 大海に立つらむ浪は間《あひだ》あらむ君に戀ふらく止《や》む時も無し
 
〔譯〕 大海に立つ浪は、絶間がないといはれるが、それでも、時には立たぬ間もあらう。あなたを戀ひ慕ふことは、止む時もない。
〔評〕 一般的な詠みぶりであるが、絶間ないものとして用ゐられて來た浪に、なほ、絶間を見出したところがよい。この歌は、古今六帖、新千載集等に載せられてをる。
 
2742 志珂《しか》の海人《あま》の火氣《けぶり》燒《や》き立てて燒《や》く鹽の辛《から》き戀をも吾はするかも
     右の一首、或は云ふ、石川君子朝臣之を作る。
 
(437)〔譯〕 志珂の海人が煙を燒き立ててやく鹽のやうに、からい、つらく苦しい戀を自分はすることよ、まあ。
〔評〕 第二句「けぶりやき立てて」は序であるが、からき戀を一層けぶたくしたもので、敍景と抒情と共に適切にあらはれてゐる。「三六五二」、「三九三二」の歌はこれと同型である。
〔語〕 ○志珂の海人 志珂は筑前國。「二六二二」參照。
〔左註〕 石川君子云々 石川君子は、卷三に石川少郎の歌一首として「志可の海人は藻苅り鹽燒き暇なみ髪梳の小櫛取りも見なくに」(二七八)を掲げ、その左註に「右今案ずるに、石川朝臣君子、號を少郎子といへり」とある。卷十二に、作者に就いて註したものはこれ一つである。
 
2743 なかなかに君に戀ひずは比良《ひら》の浦の白水郎《あま》ならましを玉藻刈りつつ
     或本の歌に曰く
  なかなかに君に戀ひずは留牛馬《なは》の浦の海人《あま》ならましを玉藻刈る刈る
 
〔譯〕 なまなかにあなたに戀をしてゐないで、いつそのこと、比良の浦の海人ででもあればよいものを、玉藻を刈りつつをらうに。
〔評〕 海人にも、海人の苦しみや惱みはあらう。しかし、洗錬された都會人の眼に映じた海人の姿は、たくましくも氣樂げで、物思ひなどといふこまかな感覺があらうとは見えなかつたのである。たとひ苦しみはあつても、都會人とは性質を異にしてゐた。類歌、「おくれ居て戀ひつつあらずは田子の浦の海人ならましを珠藻苅る苅る」(三二〇五)がある。
〔語〕 ○ひらの浦 近江の比良と思はれる。
   或本 ○なはの涌 土佐、また攝津との説がある。卷三の「三五四」「三五七」にもよまれてゐる。○玉藻刈る刈(438)る 藻を刈り刈りして。
〔訓〕 ○なはの浦 白文「留牛馬浦」。嘉暦本による。牛馬を留める「なは」といふ語の證には、馬自物繩取附(一〇一九)がある。なほ、流布本には留鳥浦とあり、アミノウラと訓んでゐる。
 
2744 鱸《すずき》とる海人《あま》のともし火|外《よそ》にだに見ぬ人ゆゑに戀ふる此の頃
 
〔譯〕 鱸をとる海人の燈火はよそ目にも見られるが、よそ目にさへ見たことのないといふそんな人の故に、この頃は戀ひなやんでゐることである。
〔評〕 明滅する海人の漁火は、何とはなく哀愁をそそるものである。その灯に、見ぬ戀に惱む此頃の心を托したもの。
〔語〕 ○鱸とる海人の燈火 「よそに見る」とつづく序。遙かなる海上の漁火は外にも見える意。
 
2745 湊入りの葦わけ小舟|障《さはり》多み吾が念《も》ふ君に逢はぬ頃かも
 
〔譯〕 河口の葦をかき分けて進む小舟のやうに、さはりが多くて、この頃は思ふかたに逢はぬことであるよ。
〔評〕 難波あたりの人の作であらうか。序が寫質的にこまかく、生彩をおびてゐて、いかにもふさはしい。湊近くにすむ作者の生活も偲ばれる。この序は、「二九九八」にも用ゐられてをる。
〔語〕 ○湊入の葦わけ小舟 「障多み」を導く序。河口に入る舟が葦を分けて進む景を、障多いといつたもの。
 
2746 には淨《きよ》み沖へ榜《こ》ぎ出《づ》る海士|舟《ぶね》の梶|執《と》る間《ま》無き戀もするかも
 
〔譯〕 海上が清く靜かに穩かであるから、沖へ漕いで出る海士舟の、櫂を操る手に間のないやうに、絶間のない戀をすることよ、まあ。
(439)〔評〕 小刻みに律動する歌調を以てした漁舟の描寫が、たちまち主觀に移つて行くあたり、巧妙な序の効果である。戀歌といつてよいか船歌といつてよいか分らぬほどに、序の効果が大きい。「三一七三」「三九六一」等に類歌がある。
 
2747 味鎌《あぢかま》の鹽津を指してこぐ船の名は告《の》りてしを逢はざらめやも
 
〔譯〕 味鎌の鹽津を指してこぐ船の名ではないが、名をば、あの女は自分に告げたのに、逢はぬといふことがあるものか。
〔訓〕 女が自分にその名をうち明けたからには、必ず逢ふであらうに、といふ意。序は、古へも船名といふもののあつたことは、此の歌及び「鴨といふ船」(三八六六)などが語つてゐる。
〔語〕 ○味鎌の鹽津 味鎌は所在未詳。代匠記は東歌の中に二ケ所「三五五一」「三五五三」あるから、東國かと思はれるとある。鹽津も近江に同名があるも、不明。
 
2748 大船に葦荷《あしに》刈り積みしみみにも妹は心に乘りにけるかも
 
〔譯〕 大船に葦を刈つた荷を繁く積みあげるやうに、いとしい女は、自分の心に一ぱいに乘りかかつてしまつてゐることよ、まあ。
〔評〕 集中の一定型に從つた表現であるが、序の、水郷風な田園調が面白く、大船に葦荷を積みあげた上代の湊の、素朴にも活氣に滿ちた樣がしのばれる。
 
2749 驛路《はゆまぢ》に引舟《ひきふね》渡し直乘《ただのり》に妹は情《こころ》に乘りにけるかも
 
〔譯〕 舟着きの驛路に引舟を渡して乘る、といふやうに、ひたすらに乘りかかつて、愛人のことが自分の心に浮んで(440)くることよ。
〔評〕 當時の驛傳の制を素材とした、面白い序。「乘る」といふ語の縁によつて引舟を持つて來たのは有効である。
〔語〕 ○驛路に引舟渡し、驛路は驛を設けた官道。またその驛。引舟は曳綱を附け陸から曳くやうにした舟。ここは水驛に用意した舟で、水驛は厩牧令に「凡(ソ)水驛不v配(セ)v馬處、量(リテ)2閑繁(ヲ)1驛別置(ク)2船四隻以下二隻以上(ヲ)1、隨(ヒテ)v船配(シ)v丁(ヲ)驛長(ハ)准(シテ)2陸路(ニ)1置(ク)」とある。以上「直乘」といふ爲めの序調。○直乘に ひたすらに乘る意。五句につづく。
〔訓〕 はゆまぢ 白文「驛路」、ウマヤヂとよむ説もある。
 
2750 吾妹子に逢はず久しも甘美物《うましもの》阿倍《あべ》橘の蘿《こけ》生《む》すまでに
 
〔譯〕 自分の愛人に逢はぬことが久しくなつたことよ。阿倍橘の木が何時の間にか蘿がはえるまでに。
〔評〕 街路樹なる阿倍橘が、苔のはえる老木となるまで逢はぬことを悲しんだので、門部王の「ひむかしの市の植木の木垂るまで逢はず久しみうべ戀ひにけり」(三一〇)に似た趣である。「苔むすまでに」が少し誇張した詞のやうである。しかし何十年などを意味するのでなく、季節的なものかも知れぬ。
〔語〕 ○うまし物 枕詞。うまいものの阿傳橘とつづく。○阿倍桶 和名抄は橙とし、代匠記は花柚、考は今の橘、箋註倭名類聚鈔は九年母としてゐる。「あべ」の語源については、地名とも饗《アヘ》の義ともいひ、明かでない。
 
2751 あぢの住む渚沙《すさ》の入江の荒磯《ありそ》松|我《あ》を待つ兒らはただ一人のみ
 
〔譯〕 味鳧の住む渚沙の入江の荒磯松の「まつ」といふ詞のやうに、自分を待つ女はただ一人、そなたのみである。
〔評〕 「松」を「待つ」にかける修辭法の古い歴史を物語る歌であり、音樂的に快い調である。松と待との同音繰返しの外に、荒磯《ありそ》の「あ」と我《あ》との同音繰返しもあるため、調子がよいのである。
(441)〔語〕 ○あぢの住む須沙の入江 「あぢ」は味鳧。須沙の入江は、東歌の中に「あぢの住む須沙の入江」(三五四七)とあり、延喜式神名帳には紀伊國有田郡須左神社があるが、未詳。
 
2752 吾妹子を聞き都賀野邊《つがのべ》のしなひ合歡木《ねぶ》吾《あ》は隱《しの》び得ず間無《なな》くし念《も》へば
 
〔譯〕 自分の愛しい人のことを聞き繼ぐといふ名の都賀野のなよやかに美しい合歡木のしなひではないが、自分はしのび隱し切れない、絶えず思つてゐるので。
〔評〕 序中に更に序のある技巧的な歌で、「しのび得ず」を起すための「しなひ合歡木」は珍しい素材であり、手弱女の風姿もしのばれる。また、「吾妹子を聞きつが」といふ序の中にも、戀の歌としての實質が含まれてゐる。
〔語〕 ○都賀野 考は神功皇后紀、仁コ紀の菟餓野かといふ。さすれば攝津で、今の大阪附近である。代匠記精撰本は、東歌に「都武賀野」(三四三八)とあるところかともいふ。前に東歌に同じ地名が見えるからである。○しなひ合歡木 「しなひ」を「しのび」の序とした。
〔訓〕 ○しなひねぶあはしのび 白文「靡合歡木吾者隱」、ナビキネブアハコモリとよむ説もある。
 
2753 浪の間ゆ見ゆる小島の濱久木久しくなりぬ君に逢はずして
 
〔譯〕 浪間から遙かに見える小島の磯の濱久木、その名のやうに久しくなつたことである、いとしい人に逢はないで。
〔評〕 無技巧なありのままの序の、最も美しい一つである。沖の小島を眺めながら、戀人に逢はうにも遙かな島にゐるさまで、いはゆるとりつく島もないといつた趣も見える。伊勢物語、拾遺集、中世の歌論書に引かれてをる。
〔語〕 ○濱久木 濱に生えてゐる楸で、海邊の老木の意ではない。「九二五」參照。
 
(442)2754 朝|柏《ガシハ》閏八河邊《うるやかはべ》の小竹《しの》の芽《め》の思《しの》ひて宿《ぬ》れば夢《いめ》に見えけり
 
〔譯〕 閏八河邊の小竹《しの》の芽の、「しの」といふ詞の調べのかよふ、偲《しノ》び慕うて寢たので、愛人が夢に見えたことである。
〔評〕 小竹の新芽も鮮かに萠える頃の思ひであらう。序の印象の爽やかさと相待つて、結句には、せめてもの夢の逢ひを喜ぶ情が、あはれに見えてをる。序は、前出の「二四七八」と同趣である。
〔語〕 ○朝柏閏八河邊の小竹の芽の 「朝柏」は「閏八」の枕詞。閏八河の所在は不明。
 
2755 淺茅原|假標《かりしめ》さして空言《むなごと》もよさえし君が辭《こと》をし待たむ
 
〔譯〕 廣い淺茅原に假の標《しめ》を立てて見てもむなしいことであるが、そのやうに、むなしい評判たけでも世間の人から言《こと》寄せていひ騷がれた二人ゆゑ、あなたよりのよいお便りを待ちませう。
〔評〕 虚言でも人にいひ騷がれたからには、ふと氣が變つて思うてくれることがないともいへぬゆゑ、それを當てにして待たうと云ふので、あてのない男心を頼りにする、あはれな心理描寫である。女の心理は、男に迫る執心が感ぜられるのではなからうか。序は前出の「二四六六」に似て意味の深い珍しい趣向である。
 
2756 鴨頭草《つきくさ》の假れる命にある人をいかに知りてか後も逢はむといふ
 
〔譯〕 鴨頭草のやうにはかない無常な假の命をもつ人間の身であるものを、いつまで生きられると知つて、後に逢はうなどといふのであらうか。
〔評〕 あきらかに佛教的な無常觀が現はれてをる。しかしそれは未だ切實さに乏しく、思ふやうに逢うてくれぬ人を(443)なじる程度の深さしか持つてゐない。
 
2757 王《おほきみ》の御笠に縫へる有馬|菅《すげ》ありつつ見れど事なき吾妹《わぎも》
 
〔譯〕 大君の御笠に縫うてをる有馬の菅――ありつつ常に見てゐるけれども、非のうなどころのないわが妻よ。
〔評〕 「唐衣きつつ馴れにし」とたとへられる睦び馴れた妻を愛する歌、さきの「難波人」の歌(二六五一)と同型である。しかして、歌の調が悠々とした氣分に滿ちてをるのも、序の効果である。
〔語〕 ○有馬菅 有馬地方で産する菅。有馬は攝津の地名。○事なき とりたてて言ふ所のないの意。
〔訓〕 ○ことなきわぎも 白文「事無吾妹」。古義はロトナシワギモと訓んでゐる。
 
2758 菅《すが》の根のねもころ妹に戀ふるにし丈夫心《ますらをごころ》念《おも》ほえぬかも
 
〔譯〕 心から眞面目にあの女に戀ひこがれてゐるから、ますらをの雄々しい心ありと自ら思ふ確信を持ち得ない。
〔評〕 菅の根を同音の「ね」につづく枕詞に用ゐたのみで、寄せる心は殆どなく、歌意歌調ともに平明である。
〔訓〕 ○ますらを心 白文「益卜男心」。通行本等「益卜思而心」とある。略解所引の宣長説によつて改めた。
 
2759 吾が屋戸《やど》の穗蓼《ほたで》古幹《ふるから》採《つ》み生《おほ》し實になるまでに君をし待たむ
 
〔譯〕 私の家の穗蓼の古い莖の實を摘み、蒔いて生やし、實になるといふことばのやうに、戀の實を結ぶまで、氣長にあなたを待つてをりませう。
〔評〕 營々としてつとめる農人の生活が、おのづから序の中に滲透してゐるのを感ずる。但、この表現法は舍人皇子の「冬ごもり春べを戀ひて植ゑし木の實になる時を片待つ吾ぞ」(一七〇五)と同型で、特にこの歌では氣長な心が(444)強調されてをり、古い戀に生氣を吹き込む樣な趣を感じさせる。
〔語〕 ○穗蓼古幹 穗蓼は蓼の一種で、花の穗のやうになるのをいふものと思はれる。古幹は古い枯れた去年の莖。
〔訓〕 ○つみおほし 白文「採生之」、舊訓ツミハヤシ。
 
2760 あしひきの山澤ゑぐを採《つ》みに行かむ日だにも逢はせ母は責むとも
 
〔譯〕 山の澤に生えてをるゑぐを採みに行く日にでも、逢つてほしい。たとへ見つかつて、母は叱りなさらうとも。
〔評〕 卷十の歌「一八三九」によつて見ると、ゑぐの實を摘むのは雪消の頃である。早春の光あふれる澤邊に出でて逢はうといふ、はりつめた心もちがあふれてゐる。貴族生活に偏して單調になつた平安文學に比して、萬葉歌の貴さが知られる。
〔語〕 ○山澤ゑぐ 山の澤邊に生ふる烏芋《くろくわゐ》。「一八三九」參照。○摘みに行かむ 「む」は連體格、「日」につづく。○逢はせ 逢はすは逢ふの敬語。ここはその命令形で、女に頼むやうの氣分が感ぜられる。
〔訓〕 ○日だにもあはせ 白文「日答毛相爲」。「爲」は嘉暦本、類聚古集による。通行本等は「相將」に作り、アハムとある。アハセは男、アハムは女、唯一字の相違によつて、作者が男女異なることとなる。
 
2761 奧山の石《いは》もと菅《すげ》の根深くも思ほゆるかも吾が念妻《おもひヅマ》は
 
〔譯〕 奧山の岩もとにはえてゐる菅の底深い根のやうに、心探クも懷かしく思はれることよ、自分が妻と愛する女は。
〔評〕 定型的な序を用ゐた定型的な歌。笠女郎が家持に贈つた三首の歌の中に、「奧山の磐もと菅を棍深めて結びしこころ忘れかねつも」(三九七)といフのがある。
 
(445)2762 蘆垣の中《なか》の似兒草《にこぐさ》莞爾《にこよか》に我《われ》と咲《ゑ》まして人に知らゆな
 
〔譯〕 蘆垣の中の似兒草のにこにこと、私と顔を見合せて微笑みなさつて、二人のことを人に知らせて下さるな。
〔評〕 田園調に富んだ戀の歌である。大伴坂上郎女の「青山を横切る雲の著ろく吾とゑまして人に知らゆな」(六八八)と類型であるが、また別な趣がある。一二句のこまかい實感は極めて面白い。
〔語〕 ○似兒草 箱根草のことといふ説もあるが、新解のやうに、荒草に對する語で、葉や莖の柔軟な草をいふかとも思はれる。「秋風になびく川びの似兒事の」(四三〇九)。○我とゑまして 「我と」は、自分からひとりでに、の意と解する新解の説と、我と相見て共にの意とする古義の説とがある。原文の「我共」から考へて後説によつた。
 
2763 くれなゐの淺葉《あさは》の野らに苅る草の束《つか》の間《あひだ》も吾《わ》を忘らすな
 
〔譯〕 淺葉の野に苅る草の束《つか》――つかの間も私を忘れてくださいますな。
〔評〕 農耕生活の實感がこもつた、民謠らしい色調がある。「一一〇」の歌と同型である。
〔話〕 ○紅の 紅の色の淺い意で「淺葉」につづく枕詞。○淺葉の野ら 淺葉は、和名抄によると、今の川越市附近の坂戸町にあたる。また、遠江國磐田郡にも淺羽庄があり、今の袋井町の南にあたる。いづれとも決しかねる。「野ら」の、「ら」は接尾辭。○刈る草の 「束」にかかる。○束の間 「束」は一握の長さをいひ、轉じて、短い時間の意に用ゐる。
 
2674 妹がため壽《いのち》遺《のこ》せり苅薦《かりこも》のおもひみだれて死ぬべきものを
 
〔譯〕 そなたの爲、そなたに逢ひたいばつかりに、自分は命をつないでをるのである。思ひ亂れて死ぬるはずであつ(446)たものを。
〔評〕 戀に懊惱する男の心の激しい告白である。一二句五句は、やや誇張したいひざまであるが、二句は新味があり、五旬も力づよい。
 
2675 吾妹子に戀ひつつあらずは苅薦《かりこも》の思ひみたれて死ぬべきものを
 
〔譯〕 自分の愛人に戀うてばかりゐないで、むしろ思ひ亂れて、戀死にに死ぬはずであつたのに。
〔評〕 一二句が類型的であるだけに、前歌よりも平凡になつてをる。
 
2766 三島江の入江の薦《こも》をかりにこそ吾をば君はおもひたりけれ
 
〔譯〕 三島江の入江の薦を苅りに――假初に私をあなたは思うていらつしやつたことよ。
〔評〕 男の淺い心を恨んだもので、苅りを假にかけ用ゐた序は輕妙である。
〔語〕 ○三島江 大阪府三島郡。「一三四八」參照。
 
2767 あしひきの山橘の色に出《い》でて吾《わ》が戀ひなむをやめがたみすな
 
〔譯〕 籔柑子の美しい色のやうに、顔色にあらはして自分が戀ふることになりさうだが、それを、やめることの出來ないものとは思ひなさるな。
〔評〕 會ひたい時に會つてくれさへすれば、自分は戀しさのあまり人前をこらへず、心中を知られるやうな顔附をせずともをられよう。もしそなたが我々の仲を人に知られるのがいやとなら、むつかしいことはない、自分に早く會つて、この戀心をなだめてくれればよいのだと、人目をはばかる女の心を裏からせめたてたのである。
(447)〔訓〕 ○やめがたみすな 白文「八目難爲名」「八」を「人」の誤としてヒトメカタミスナと考には訓んでゐるが、改めずとも解される。
 
2768 葦鶴《あしたづ》の騷く入江の白菅《しらすげ》の知られむ爲と言痛《こちた》かるかも
 
〔譯〕 葦鶴の騷く入江の白菅の――自分の思を知つてもらはうとて、世間の人に喧しく言ひさわがれることかまあ。
〔評〕 葦鶴の鳴き騷ぐ入江の景は、人言のやかましさを思はせ、白菅はもとより縁語ながら、やさしい女性の姿を聯想させる。
〔語〕 ○白菅 濕地に生ずる多年生の草本。○知られむ爲と 戀の深さをあなたに知つていただかうとて。
 
2769 吾背子に吾が戀ふらくは夏草の苅り除《そ》くれども生《お》ひ及《し》く如し
 
〔譯〕 私の愛人に私が戀うてゐることは、夏草が、苅りのぞいてもすぐ續いてはえて來るやうなもので、忘れようとしても忘れられない。
〔評〕 卷十なる「この頃の戀の繁けく夏草の苅り掃へども生ひしく如し」(一九八四)の類歌。譬喩が適切である。
 
2770 道の邊《べ》のいつしば原のいつもいつも人の許さむことをし待たむ
 
〔譯〕 道のほとりのいつしば原の――いつでもよいから、あの人が承知してくれる言葉を待つてをらう。
〔評〕 あせらず騷がず、戀の成就を待たむとする態度がなつかしい。誠意を示して相手の感應するのを期待する心である。
〔語〕 ○いつしば原 繁く柴(雜木)のはえてをる原。「一六四三」參照。○いつもいつも いつにてもの意(代匠記)。
 
(448)2771 吾妹子が袖をたのみて眞野の浦の小菅《こすげ》の笠を著《き》ずて來にけり
 
〔譯〕 歸りに雨が降つたならば、いとしいそなたの着物の袖をかぶつて歸らうと、それをたよりにして、眞野の浦の小菅でつくつた笠をかぶらずに來たことよ。
〔評〕 快活な嬉戯の調子がある。袖をたのみてといふところ、情趣ゆたかである。
〔語〕 ○眞野の浦 眞野は攝津武庫郡、今、神戸市に屬し、長田の南に當る。
 
2772 眞野の池の小菅を笠に縫はずして人の遠名《とほな》を立つべきものか
 
〔譯〕 眞野の池の小菅を笠に縫はないやうに、彼女と契を結ばないで、自分の名が遠くまで廣がるやうに、名を立てるといふことがあるものか。
〔評〕 契も結ばぬに、早くも世間で言ひはやすことを、腹だたしげに歌つたもの。女にわざわざいひ送つたとも、世間への抗議ともききなされる。「笠にも編まず」(一二八四)「笠に縫ひ着む日」(二八一八)參照。
〔語〕 ○眞野の池 前掲と同所であらう。○人の遠名 人は男自身をさす。遠名は虚名と解する説(代匠記)もあるが、廣く立つ名(考)と解する方がよい。
 
2773 さす竹の葉隱《はごも》りてあれ吾背子が吾許《わがり》し來《こ》ずは吾《われ》戀ひめやも
 
〔譯〕 竹の葉の繁くこもつてをるやうに、あなたは籠つていらつしやいませ。あなたが私のもとにおいでにならないならば、私はこんなにまで戀しく思ひませうか。逢へばなかなかに思がまして苦しいから、いつそ逢はない方がましです。
(449)〔評〕 やや誇張もあらうが、「相見ては戀しき心まして念ほゆ」(二三九二)「相見ずは戀ひざらましを」(五八六)などいふ、戀愛の通有性に根ざしてをる。本心は來てもらひたいのであるが、わざとかういつたのである。吾を繰返してゐるのも、わざとであらう。
〔語〕 ○さす竹の さすは發する意で、根ざした竹の葉の繁き意。葉隱りにつづく。
 
2774 神南備《かむなび》の淺小竹原《あさしのはら》のうるはしみ妾《わ》が思《も》ふ君が聲の著《しる》けく
 
〔譯〕 神南備にあるまばらな小竹原の美しいやうに、なつかしく私が思ふあなたのお聲が、多くの人の中でもはつきりと聞えますことよ。
〔評〕 思ふ人の聲をよそに聞いて、胸のとよめく感じを傳へた、女らしく愛らしい歌である。序は神域の莊嚴なところを歌つてをる。
〔語〕 ○神南備 飛鳥の神南備で、雷岳をさすものかと思はれる。○聲のしるけく 確に其の人の聲とわかる意。
 
2775 山高み谷邊にはへる玉蔓《かづら》絶ゆる時なく見むよしもがも
 
〔譯〕 山が高いので、谷べから長くはひ上つてをる蔓のやうに、絶える時なく逢ひ見るてだてがあればよいがなあ。
〔評〕 序に自然觀照の精神がある。相似た序の歌は、「三〇六七」「三五〇七」にあるが、それは「谷狹み」とあつて山と谷とが反對になつてゐる。
 
2776 道の邊の草を冬野に履《ふ》み枯らし吾《われ》立ち待つと妹に告げこそ
 
〔譯〕 道ばたの草を、冬の野のやうに、長い間踏みつけてゐて枯らして、自分が立つて待つてゐると、愛人に告げて(450)ほしい。
〔評〕 誇大ないひざまであつても、その素朴さは愛すべきものがある。嫌味を感ぜしめず、獨創的なところに感心させられる。
 
2777 疊薦《たたみこも》へだて編む數通はさば道のしば草生ひざらましを
 
〔譯〕 疊にする薦を一筋ごとに苧を隔てて編む數ほども、繁く私の家にお通ひになつたならば、道ばたの芝草も生えないでありませうものを。
〔評〕 疊薦を編むことを序に取りいれて、野趣を織りなしてをる。農人の女の歌と思はれる素朴な着想である。薦疊を編む勞働が非常に根氣を要するものであるといふ實感をもつ人にして、はじめてよく理解のできる歌である。
〔語〕 ○へだて編む數 薦は、若干づつの隔をおいて多くの節に編分けるからと新考にある。
 
2778 水《みな》底に生《お》ふる玉藻の生ひ出でず縱《よ》し此の頃は斯《か》くて通はむ
 
〔譯〕 水の底に生えてをる玉藻が、表面に生ひ出ず人目に立たぬやうに、よろしい、自分も當分の間は、不自由でもかうして忍んで通はう。
〔評〕 晴れて女のもとに通ふことの出來ぬ男が、しばらくは忍んで不自由な戀をつづけつつ、時を待たうと云ふのである。たとへも巧妙で、自然觀照のくはしさを語つてをる。その上、三句までを、第五句で「かくて」と承けて、第四句を距ててゐる句法が新鮮味を帶びてをる。
 
2779 海原《うなばら》の沖つ繩苔《なはのり》うち靡き心も萎《しの》におもほゆるかも
 
(451)〔譯〕 海原の沖に生えてをる繩のりのやうに、力無くなよなよと、心も萎えしをれるばかり戀しく思はれることよ。
〔評〕 藻を以て、靡くことの譬喩とした歌は多いが、繩のりをとらへたのが特色である。
 
2780 紫の名高の浦の靡藻《なびきも》の心は妹に依りにしものを
 
〔譯〕 名高の浦の靡き藻のやうに、心はあの女にすつかり依つてしまつたのに。とやかく物は思ふまい。
〔評〕 男子の作としては、序も詞調も優婉繊細にすぎる。安倍女郎は、「今更に何をか念はむうち靡きこころは君に縁りにしものを」(五〇五)、と詠んでゐる。
〔語〕 ○紫の 紫は名高くよい色ゆゑかかる枕詞。名高の浦は、紀伊國和歌の浦の南方。「一三九二」參照。
 
2781 海《わた》の底沖を深めて生《お》ふる藻の最《もと》も今こそ戀はすべなき
 
〔譯〕 海の底の沖深くはえてゐる藻の――最も今こそ、戀しさが、しやうのないことである。
〔評〕 序は「最も」へかける縁語であるが、海の底にあつて、浮び出むすべもなく、依るべき方もないさまを、結句の「すべなき」にはたらきかけて巧妙である。
 
2782 さ寢《ぬ》がには誰《たれ》とも宿《ね》めど沖つ藻の靡きし君が言《こと》待つ吾を
 
〔譯〕 寢られるやうにと期する分には、誰とでも寢ようが、しかし、沖の藻のやうに、自分に靡き依つたそなたが、妻になるといふ言葉を待つ自分であるよ。
〔評〕 一二句、いはゆるふてくされになつた女の言葉ととれぬこともないが、男がおどかすやうにいうた句として、四句を我に靡きし君の意とし、男の作とみる方がよからう。
(452)〔語〕 ○さ寢がには 「さ」は接頭辭。「がに」は「三四五二」にあるに似た用法として、寢られるやうにとならばの義と解する。なほ後考をまつべきである。○言待つ吾を 言は言葉また便。「を」は詠歎の助詞。
〔訓〕 ○さ寢がには 白文「左寐蟹齒」、舊訓サネカニハ、代匠記精撰本にサネカネハ、今は初稿本の書入による。
 
2783 吾妹子が何とも吾を思はねば含《ふふ》める花の穗に咲きぬべし
 
〔譯〕 自分の愛する女が、何とも自分を思はないので、もはや忍び切れず、含んだ花が穗に咲き出すやうに、表にあらはして戀をするであらう。
〔評〕 四五句、隱喩を用ゐたので、普通の譬喩を用ゐた場合以上に、強い決心で突進する氣持がよくあらはれてゐる。
〔訓〕 ○何とも吾を 白文「奈何跡裳吾」。イカニトモアヲとも訓める。
 
2784四 隱《こも》りには戀ひて死ぬとも御苑生《みそのふ》の鷄冠草《からあゐ》の花の色に出でめやも
 
〔譯〕 心のうちに包みかくし忍んでゐて、たとひ戀ひ死にませうとも、あなたのお庭の鷄冠草の花のやうに、色にあらはすやうなことをいたしませぬ。
〔評〕 忍ぶ戀の悲痛さ、むしろ、意地になつた女の歌といふ感がある。鷄冠《けいとう》の花の鮮明な色を譬喩に用ゐたところ、情趣豐かである。類歌に「二二七八」がある。
〔訓〕 ○第五句の下に、通行本に「類聚古集云、鴨頭草又作鷄冠草云云 依此義者可和月草歟」と二行小字に記してあるが、いふまでもなく類聚古集は藤原敦隆(保安元年卒)の著で、それ以後の註であることは明かであるから、嘉暦本等に無いのが正しい。西本願寺本等には朱書されをり、或は仙覺によつて附せられたものかと思はれる。
 
(453)2785 咲く花は過《す》ぐる時あれど我が戀ふる心の中《うち》は止《や》む時もなし
 
〔譯〕 咲く花は散る時があるが、自分が戀しく思ふ心のうちは、止む時もない。
〔評〕 前出の「二七四一」をはじめ、類型の多い構想であるが、咲く花を用ゐたのが珍しい。平明な上に優美な歌である。その點では、平安時代的であるといへるであらう。
〔語〕 ○過ぐる ここでは花の散ること。
 
2786 山吹のにほへる妹が唐棣花色《はねずいろ》の赤裳のすがた夢《いめ》に見えつつ
 
〔譯〕 山吹の花のやうに美しい女の、唐棣花色の赤裳をつけた姿が夢に見えて、まことに懷かしい。
〔評〕 山吹・唐棣花とうるはしい色彩をまじへた歌で、「赤裳のすがた」が魅力に富んでゐたことを語つてをる。
〔語〕 ○山吹の 枕詞。にほへるにつづく。「つつじ花にほへる君が」(四四三)の類。○唐棣花色 紅の色。
 
2787 天地《あめつち》の依《よ》り合《あ》ひの極《きはみ》玉の緒の絶えじとおもふ妹があたり見つ
 
〔譯〕 天と地が合して一つになる最後の時まで、天地のあらむ限り、玉を貫く緒の絶えぬやうに、中は絶えまいと思ふ愛人の家のあたりを、自分は懷かしく見たことである。
〔評〕 一二句が莊重雄大に過ぎるが、その物々しい誇大さが却つて面白い。ただ、末句が少しあつけない感じがする。
 
2788 生《いき》の緒に念《おも》へば苦し玉の緒の絶えて亂れな知らば知るとも
 
〔譯〕 命にかけて思つてをれば、あまりにも苦しい。むしろ、玉の緒の絶えて玉が亂れるやうに、亂れて、あらはに(454)戀をしよう。人が知るならば知つてもかまはぬ。
〔評〕 情熱にもえた表現。生の緒に重ねて、玉の緒を用ゐたあたりの手法も凡手ではない。古今集の「下にのみ戀ふれば苦し玉の緒の絶えて亂れむ人なとがめそ」はこれに依つたものであるが、萬葉と古今との調の差がよくわかる。
 
2789 玉の緒の絶えたる戀の亂れには死なまくのみぞ又も逢はずして
 
〔譯〕 中の絶えた戀の心の亂れには、ただ死なうと思ふばかりである、ふたたびはもう逢はずに。
〔評〕 一句から四句にかけて、句々熱情がみなぎりあふれてゐる。五句の字あまりも、柔かな中に重味を含んでをる。
〔訓〕 みだれには 白文「亂者」、ミダルレバともよめる。
 
2790 玉の緒のくくり寄せつつ未つひに去《ゆ》きは分れず同《おや》じ緒にあらむ
 
〔譯〕 玉の緒は兩端をくくり寄せて、しまひには、玉が別々に離れ去らず同じ緒にあるやうに、私どもも、樣々の障りはあつても、つひには一つになりませう。
〔評〕 装身の玉を弄びつつ詠んだ婦人の姿もしのばれる。前出の「二四四八」に似たところがある。
 
2791 片絲もち貫《ぬ》きたる玉の緒を弱み亂れやしなむ人の知るべく
 
〔譯〕 縒り合せない絲を以て貫いた玉の緒が弱いので、切れて、玉が亂れるやうに、心が亂れでもしないことであらうか、人が知るほどに。
〔評〕 巧妙な序、適切な譬喩。心の弱さを譬へるに、片糸の玉の緒ほどに適切なものは考へられない。
 
(455)2792 玉の緒のうつし心や年月の行き易《かは》るまで妹に逢はざらむ
 
〔譯〕 しつかりした正氣の心では、年月が移るまでも、愛人に逢はずにゐなければならないのであらうか。
〔評〕 心が狂へばともかくも、いつまでも正氣で逢はずにゐられようか、といふのであらう。
〔語〕 ○玉の緒のうつし心や 解し難く種々の誤字説のある句。うつし心は「一三四三」「三二一一」參照。代匠記には舊訓により、「玉の緒はくくる時にしめるから、思ひ亂れようとする心をしめて忍ぶ意」とある。
〔訓〕 ○うつし心や 白文「嶋心哉」。舊訓シマココロニヤ。宣長(略解所引)の「寫心」の誤とするによる。
 
2793 玉の緒の間《あひだ》も置かず見まく欲《ほ》り吾が思《も》ふ妹は家遠く在りて
 
〔譯〕 間もおかずにいつも見たく自分が思つてをる愛人は、家が遠く隔つてをつて。
〔評〕 結句の字あまりに云ひさしたところに、強調と餘韻とがからみあつてをり、含蓄のある詞遣ひである。
〔語〕 ○玉の緒の間も置かず 玉の緒のは枕詞。緒に貫いた玉と玉とが間を離れずに並んでゐる意。
 
2794 隱津《こもりづ》の澤たつみなる石根《いはね》ゆも通《とほ》しておもふ君に逢はまくは
 
〔譯〕 隱れた處に湧く澤の泉なる水が、石根をもとほすやうに、深く思つてをる。あなたに逢ひたいことを。
〔評〕 上出の「隱處の澤泉なる石根をも通して念ふ吾が戀ふらくは」(二四四三)の類歌。
〔語〕 ○隱津 山澤のかくれた場所。引きこもつた、又は草木の下にかくれて見えぬ處。○澤たつみ 澤にでて湧く水の義と思はれる。にはたづみの類であらう。
 
(456)2795 紀の國の飽等《あくら》の濱の忘貝我は忘れじ年は經ぬとも
〔譯〕 紀の國の飽等の濱の忘貝――自分は愛人を忘れはすまい、年月は經ようとも。
〔評〕 集中の定型をなした序の用法である。
〔語〕 ○飽等の濱 紀伊國。「一一八七」參照。○忘貝 以上「忘れず」にかかる序。「六八」參照。
 
2796 水|潜《くく》る玉にまじれる磯貝の片戀のみに年は經につつ
 
〔譯〕 水底に没してをる玉にまじつた磯貝の――片戀ばかりをして、年は經つて行くことであるよ。
〔評〕 鰒の類を片思ひの譬喩に用ゐたもの。「水潜る玉にまじれる」は、磯貝を美化し、景を敍し、歌の内容を豐富にしてゐる。
〔語〕 ○磯貝 石貝で鰒(略解)、何貝でも石についてゐる貝を廣くさす(古義)等、諸説がある。
 
2797 住吉《すみのえ》の濱に縁《よ》るとふ空石花貝《うつせがひ》實《み》なき言《こと》以《も》ち我《われ》戀ひめやも
 
〔譯〕 住の江の濱に寄るといふうつせ貝のやうに、實のない言葉で自分が戀ひようか。
〔評〕 序は適切、取材は新奇。うつせ貝は集中唯一の例である。「とふ」といふ語があるので、直接見たやうには聞えないが、見てもなかなか歌へないすぐれた技巧を示してゐる。
〔語〕 ○うつせ貝 實なきにつづく序。空になつた貝。(代匠記)○實なき言 眞實の籠らない言葉。
 
2798 伊勢の白水郎《あま》の朝魚《あさな》夕菜《ゆふな》に潜《かづ》くとふ鰒《あはび》の貝の獨念《かたもひ》にして
 
(457)〔譯〕 伊勢の海人が、朝夕の食料にとて、水に潜つて取るといふ鰒の貝のやうに、片思ひであつて。
〔評〕 序の趣向のみの歌。俗諺の源泉の遠さが思はれる。海人の生活まで詠みこんでゐるところに、取材の廣さが知られる。後世の交學では、海人の生活は輕蔑せられてゐて、こんなに眞劍に扱はれたものを見ない。
〔語〕 ○朝魚夕菜に この「な」は、よなよなのなと同じく助詞といふ説(考)もあるが、魚菜の字が用ゐてあるから、副食物として副へる魚菜の意(代匠記初稿本)と解する。○鰒の貝の 鰒の貝殻は一枚であるから、二枚貝に比して、片思の序としたもの。
 
2799 人言を繁みと君を鶉鳴く人の古家《ふるへ》に語らひて遣《や》りつ
 
〔譯〕 人言がやかましいので、あなたを、鶉の鳴くやうな古い他人の空家につれこんで、語をして歸したことである。
〔評〕 田舍人の戀で、前出の「彼方《をちかた》の赤土《はにふ》の小屋に」(二六八三)も聯想される。物足りなさを歎く歌で、ことに野趣が溢れてゐる。
 
2800 旭時《あかとき》と鷄《かけ》は鳴くなりよしゑやし獨|宿《ぬ》る夜は明けは明けぬとも
 
〔譯〕 夜明けになつたと鷄が鳴いてゐる。ええよろしい。獨で寢る夜は、明けるならば明けてしまつても。
〔評〕 惜しくも何ともない、といふ意を含んでをる。素朴單直で、力づよい歌ひ方である。卷十五の遣新羅使人の作中の旋頭歌(三六六二)は、この歌に依つたものと思はれる。
 
2801 大海の荒磯《ありそ》の渚鳥《すどり》朝旦《あさなさな》見まく欲《ほ》しきを見えぬ君かも
 
〔譯〕 大海の荒磯の渚にゐる鳥を朝毎に見るやうに、朝毎に見たく思ふのに、お見えなさらぬあなたであることよ。
(458)〔評〕 序の景が大きく爽やかで、調ものびらかである。萬里の波涛荒磯を噛む雄大さに、渚烏を點じた男性的な美を展開して、通うて來てほしい男を戀ひ慕ふとは、よくも歌つたものである。
〔語〕 ○大海の荒磯の渚鳥 序であることに疑ないが、かかり方に、ついて諸説あり、洲にゐる鳥があさるといふ意で朝な朝なにつづく(管見)、洲崎などにゐる鳥を朝な朝な見たいとつづく(代匠記初稿本)、朝な朝な見るにかかる(新考)等の説がある。最後の説が穩かである。
 
2802 念《おも》へども念《おも》ひもかねつあしひきの山鳥の尾の永きこの夜を
     或本の歌に曰ふ
   あしひきの山鳥の尾の垂《しだ》り尾の長き永夜《ながよ》を獨かも宿《ね》む
 
〔譯〕 いくら思つても、思ひに堪へがたい。山鳥の尾のやうに永い此の夜を。
  或本の歌、山鳥のあの長く垂れた尾のやうにも長い長いこの夜を、ひとりで寢ることかまあ。
〔評〕 戀ふまいとは思ふが、堪へかねて長い夜を惱みとほすといふので、歌格端正、古典的のかをりが懷かしまれる。山鳥の尾は、永いもののたとへとしては上乘のものである。或本の方は、垂り尾とまで疊み重ねて、技巧が多いので、後世特に認められたのであらう。拾遺集に四句を「長々し夜を」とし、人麿の歌として載せられ、有名である。
〔訓〕 ○長き永夜を 白文「長永夜」、舊訓ナガナガシヨヲとある。ながながしは「遠々し越の國」、「かなし妹」等の例もあり、必ずしも誤ではないが、語調から考へて、宣長(詞の玉緒)の改訓によつたのである。
 
2803 里中に鳴くなる鷄《かけ》の喚《よ》び立てて甚《いた》くは鳴かぬ隱妻《こもりづま》はも【一に云ふ、里とよみ鳴くなる鷄の】
 
(459)〔譯〕 里中で鳴いてゐるあの鷄がよび立てるやうに、いたく聲をあげては泣かぬ自分の隱し妻よまあ。
〔評〕 人目を忍んで、戀しさに聲をあげても泣かぬ隱し妻の可憐さ。野趣のある譬喩も巧妙である。鷄の鳴くこゑは野趣を帶びてゐるだけでなく、戀する人には無關心でゐられないのである。
 
2804 高山に?《たかべ》さ渡り高高《たかだか》に我が待つ君を待ち出でむかも
 
〔譯〕 高山にたかべ(小鴨)、が高々と飛び渡るやうに、高々と望をかけて私が待つてをるあなたを、待つてゐて逢ふことができませうかしら。
〔評〕 高山、たかべ、高々、待つ君、待ち出でむと、重ねたところに諧調がある。「白雲の棚引く山の高高に吾が念ふ妹を見むよしもがも」(七五八)、その他の類型の作の秀逸である。内容においても、通うて來る男を象徴したやうな序の力強さを感ずる。
 
2805 伊勢の海ゆ鳴き來《く》る鶴《たづ》の音《おと》どろも君が聞《き》かさば吾《われ》戀ひめやも
 
〔譯〕 伊勢の海から鳴いて來る鶴の――音信でもせめてあなたがお聞きにならば、私はこんなに戀しく思ひませうか。
〔評〕 夫の旅先なる伊勢の海の方から鳴いて來る鶴を眺めつつ、音信をやるべきあてもない心細さを詠じたものか。
〔語〕 ○音どろ 難解の語で定説はないが、おとづれの意(童蒙抄)と解しておく。トドロと關係のある語との解もある。
〔訓〕 ○きかさば 白文「所聞者」、キコエバ、キコサバとよむ説もある。
 
2806 吾妹子に戀ふれにかあらむ沖に住む鴨の浮宿《うきね》の安けくもなし
 
〔譯〕 此の頃自分は、あの女を戀しく思つてゐるからであらうか。沖に住む鴨が、波のまにまに浮寢をするやうに、(460)安らかに眠ることも、できぬことである。
〔評〕 おちついたうまみのある歌で、練達の手腕が思はれる。たとへも斬新であり、「戀ふれにかあらむ」と、我が戀に心づかぬやうにおほどかに云ひなしたのも、一種の技巧である。
 
2807 明《あ》けぬべく千鳥|數鳴《しばな》く白たへの君が手《た》枕いまだ厭《あ》かなくに、
 
〔譯〕 夜が明けるのを知らせるやうに、種々の鳥が頻りに鳴く。あなたの手枕がまだ飽きないのに。
〔評〕 明くる夜の恨みが、かすかに哀韻を含んだ調子にあらはれてゐる。想は後世もよく歌はれたが、二句切で強い調子であることは、後世の企て及ばないところである。
〔語〕 ○千烏しば鳴く 此の千鳥は多くの鳥の意で、「吾が門に千鳥しばなく」(三八七三)と同じとする説(代匠記)が有力である。○白たへの 枕につづく枕詞。
 
   問答《もにたふ》
 
2808 眉根掻き嚔《はな》ひ紐|解《と》け待てりやも何時《いつ》かも見むと戀ひ來《こ》し吾を
     右、上に柿本朝臣人麻呂の歌の中に見ゆ。但、問答なるを以ちて、累ねて茲に載す。
 
〔譯〕 眉を掻いたり、嚔《くさめ》をしたり、着物の紐が解けたり、そなたにも前兆があつて、待つてゐましたか。いつになつ(461)たら見ることが出來ようかと、戀ひ慕うて來た自分を。
〔評〕 次に掲げる人麿歌集中の歌の類歌であるが、これは、愛人を訪ねた男が問ひかけたものである。
〔左註〕 「眉根掻き嚔ひ紐解け待つらむかいつかも見むと念ふ我君」(二四〇八)をさすものと思はれる。
 
2809 今日なれば嚔《はな》ひ嚔《はな》ひし眉|痒《かゆ》み思ひしことは君にしありけり
     右二首。
 
〔譯〕 うれしい今日のために、嚔をしたり眉が痒かつたりしたのでせう。嚔が出、眉が痒くていぶかしく思つてゐたことは、あなたにお目にかかる前兆でありましたことよ。
〔評〕 問はれるままに、逢うた今日の喜びにつけても、思ひ合はされる前兆を語つてゐるのである。上代人の信仰生活を知ることができ、文化史的價値のある問答歌である。
〔語〕 ○嚔ひ嚔ひし 嚔をつづけること。○眉痒み ここは、眉が痒くの意。「ので」の意ではない。○思ひしことは 恠しいと思つたことはの意(代匠記)。
〔訓〕 ○はなひはなひし 白文「鼻火々々之」、諸本「鼻之々々火」では意義が取り難い。目しひのしひとしては假名が疑はしい。暫く代匠記精撰本の朱の修正によつて字を改めることとした。古義は「鼻火之鼻火」と改めてゐる。
 
2810 音のみを聞きてや戀ひむまそ鏡目に直《ただ》にあひて戀ひまくも多く
 
〔譯〕 うはさにばかり聞いて人を戀ふるものであらうか。直接に逢つてこそ、戀ふることも多からう。
〔評〕 理は辛うじて通じるものの、たどたどしい句法である。
〔語〕 ○まそ鏡 普通見とつづくが、それを目に轉用したものと思はれる。
 
(462)2811 この言《こと》を聞かむとならむまそ鏡照れる月夜《つくよ》も闇のみに見つ
     右二首。
 
〔譯〕 この優しいあなたのお言葉を聞かうとでありませう。私もあなたを戀しく思うて、照つてゐる月夜も、涙のために闇のやうにばかり見てをりました。
〔評〕 男の消息に深く感謝をささげたのである。上下の關係が理に適つてをらぬが、女らしい幼い趣きはあらう。前の歌との關係は「まそ鏡」といふ語によつて附けてあるが、しつくりしない點もある。
〔訓〕 ○聞かむとならむ 白文「聞跡牟」、諸説がある。通行本の「乎」を「平」と改める説もある。
 
2812 吾妹子に戀ひて術《すべ》なみ白細布《しろたへ》の袖|反《かへ》ししは夢《いめ》に見えきや
 
〔譯〕 そなたが戀しくてしかたがないので、夢に逢はうと思つて、袖を反して寢たのはそなたの夢に見えたかしら。
〔評〕 當時の俗信に依つた歌。古今集には「いとせめて戀しき時はぬばたまのよるの衣をかへしてぞぬる」とある。古今集の歌もすぐれてゐるが、萬葉の方は熱情があふれてゐて、男性的の強さがある。
〔語〕 ○袖反ししは 袖をかへして寢ると、思ふ人を夢に見るといふ信仰による。「二九三七」參照。
 
2813 吾が背子が袖|反《かへ》す夜の夢《いめ》ならしまことも君に逢へりし如し
     右二首。
 
〔譯〕 あなたが袖を反しておやすみになつた夜の夢でありませう。本當にまああなたにお目にかかつたやうでありました。あなたのお心が通じたものと見えます。
(463)〔評〕 響の物に應ずるが如く答へたと云ふべきである。しつくりと相和して、隙間もない。かう心靈の融會した境地は、幸福の極致であらう。
 
2814 吾が戀は慰めかねつまけ長く夢《いめ》に見えずて年の經ぬれば
 
〔譯〕 自分の戀は、慰めかねたことである。長い間そなたを夢にも見ないで、年が經つたので。
〔評〕 夢にも戀人に逢はぬ恨みを述べたもの。「年の經ぬれば」といふ末句によつて、男の心の惱ましさの程が察せられる。
〔語〕 ○まけ長く 「け」は日の意。まは接頭辭。
 
2815 まけ長く夢《いめ》にも見えず絶えたれど吾が片戀は止《や》む時もあらず
     右二首。
 
〔譯〕 日數長く、夢でも逢はずに中が絶えましたが、私の片思ひは止む時もありませぬ。
〔評〕 互に同じことを言ひつつ相手を恨みあつてゐるやうである。「わが片戀」と答へるところに、男に對する強い恨みが表明せられてゐる。男が「慰めかねつ」と言つてゐるのよりも深刻である。
〔訓〕 ○絶えたれど 白文「雖絶」、舊訓タユレドモ。今、考の訓に從ふ。
 
2816 うらぶれて物な念《おも》ほし天雲《あまぐも》のたゆたふ心吾が念《も》はなくに
 
〔譯〕 憂へしをれて、物思ひをしなさるな。天雲が漂ふやうな浮いた心を、自分はもつてゐないのに。
〔評〕 男らしい確乎たる愛情のあらはれた歌である。二句切の急迫した感じのうちに、所信をしつかりと表白してゐ(464)る點が、まづ女に安心させる所以である。
 
2817 うらぶれて物は念《おも》はじ水無瀬川《みなせがは》在りても水は逝《ゆ》くとふものを
     右二首。
 
〔譯〕 憂へしをれて物を思ひますまい。水無瀬川は、水が無いやうに見えても、やはり水は下を流れて行くといひますものを。人目を忍んで表は絶えたやうに見えましても、心は互に通うてをりますので、物思ひは致しませぬ。
〔評〕 たとへが巧妙で、しとやかさの中に、一脈の才氣をつつんだ女性の面影がうかがはれる。古今集の「水無瀬川在りて逝く水なくはこそ終に吾が身を絶えぬと思はめ」は、これによるものであらう。
 
2818 社若《かきつばた》開沼《さきぬ》の菅《すげ》を笠に縫ひ著む日を待つに年ぞ經にける
 
〔譯〕 開沼の菅を笠に編んで、それを着る日を待つうちに、むなしく年が經つてしまつた。約束は出來たが、晴れて添ふ日を待つうちに年が經つたことよ。
〔評〕 杜若とうたひだした句が、一首を美化してをる。
〔語〕 ○杜若 咲くにかかる枕詞。○開沼 所在不明。從來、佐紀あたりの沼と解せられてゐるが、開のキは甲類、佐紀のキは乙類で相叶はない。「六七五」參照。
 
2819 押照《おして》る難波菅笠《なにはすががさ》置き古《ふる》し後は誰《た》が著《き》む笠ならなくに
     右二首。
 
〔譯〕 難波の菅でつくつた笠は、置きふるしてそれから後に、よその誰が著る笠でありませうぞ。あなた以外には著(465)る人はない。あなたは約束をしただけで老いさせておきますが、老いた後にも結局私は外の誰のものでもなく、あなたのものであります。
〔評〕 才氣頴脱。柔軟腕曲の調子で、男をおどした手腕は非凡である。
〔語〕 ○押照る 難波の枕詞。「四四三」參照。○置き古し 捨てておいて古くし。顧りみないで老いさせたの意。
 
2820 斯《か》くだにも妹を待ちなむさ夜ふけて出で來《こ》し月の傾《かたぶ》くまでに
 
〔譯〕 こんなにおそくなるまでも、そなたが家を出て來るのを氣長く待つてゐよう。夜がふけて、出て來た月が西に傾くまでも。
〔評〕 男が愛人の家の門口のあたりに來て、女のしのび出るのを待つ歌である。
 
2821 木間《このま》よりうつろふ月の影惜しみ徘徊《たちもとほ》るにさ夜ふけにけり
     右二首。
 
〔譯〕 私は早く家を出てあなたに逢はうと思ひましたが、木の間から移つてさして來る月の影が惜しさに、眺めつつあちこち歩き廻つてをるうちに、夜がふけたのであります。
〔評〕 守る人目をうかがふうちに遲くなつたのを、月影を眺めることに云ひなしたのである。婉曲でつつましやかな歌。
 
2822 たく領巾《ひれ》の白濱浪の寄りも肯《あ》へず荒《あら》ぶる妹に戀ひつつぞ居《を》る【一に云ふ戀ふる頃かも】
 
〔譯〕 白濱にうち寄せる浪の――寄りつかれぬほどに、自分を疎んずるそなたに、戀うてゐることである。
(466)〔評〕 情の強いすげない女に云ひ贈つて、機智に富んだ構想である。枕詞は、美しい女性の服装を思ひおこさせる語であつて、内容にふさはしい。
〔語〕 ○たくひれの 枕詞。たくは栲で、穀《かぢ》に同じ。その樹の皮で織つた領巾は白いから白にかかる。○白濱浪の 寄りにかかる序。白濱は地名ではなく、砂の白い濱の意と思はれる。○寄りも肯へず 寄ることも承諾せず。○荒ぶる 心の離れてゆくの意。
 
2823 かへらまに君こそ吾にたく領巾《ひれ》の白濱波の寄る時も無き
     右二首。
 
〔譯〕 却つてあなたこそ私に――白濱波の――寄つて親しくして下さる時もありませぬ。
〔評〕 相手の言葉を取つて巧みにやりかへした手練と云ひ、才氣に滿ちた輕快な歌調と云ひ、「寄り肯へ」ぬ婦人の面目が躍如としてをる。この答歌をよむと、男の歌を利用して強く言つた調子からして、男の方がいつも受太刀であつたらしい。
〔語〕 ○かへらまに かへらまの「ま」は、あはずま、こりずまのまの類で、却つての意(代匠記初稿本)。
 
2824 思ふ人|來《こ》むと知りせば八重|葎《むぐら》おほへる庭に珠|敷《し》かましを
 
〔譯〕 私がお慕ひ申してゐる、あなたがおいでにならうとかねて知つたならば、むぐらが八重におほうてをる庭ではありますが、玉を敷いてお待ちしませうものを。
〔評〕 思ひもかけず訪れた人を歡び迎へる明るい氣分の歌。「一〇一三」「四二七〇」に類歌があるが、この「思ふ人」の歌を模して作つたものであらう。
(467)〔語〕 ○八重葎 八重に繁つた雜草。「七五九」の葎の註參照。
2825 玉敷ける家も何せむ八重葎おほへる小屋《をや》も妹とし居《を》らば
     右二首。
 
〔譯〕 玉を敷いた庭も何にしようぞ。八重むぐらの生ひ繁つてをる小屋であらうとも、そなたと一緒にをりさへすれば、自分は滿足である。
〔評〕 金殿玉樓も何かせむ。相逢うた夜の歡びをのべで、何ものにも代へ難い愛の至情が、清純の光を放つてをる。この問答歌は、皮肉な點がなく、よく融和した明朗な問答である。
 
2826 斯《か》くしつつ在り慰めて玉の緒の絶えて別れば術《すべ》なかるべし
 
〔譯〕 かうして今まで共に暮して慰めあつて來て、しかもこれきり絶えて別れてしまつたならば、悲しくてしかたがありますまい。
〔評〕 家庭生活の和樂を驚かす夫の旅行に、不安な豫感が悲しくひろがつて行くのである。たをやかで哀切の音にしめつた歌調は、消ぬべくも打ち惱む女の面影を寫してをる。旅立つ夫に贈る歌であることは、答の歌によつてはじめて判定がつく。
〔語〕 ○あり慰めて ありは繼續をあらはす、かうしての意。○玉の緒の 絶えの枕詞。
 
2827 紅《くれなゐ》の花にしあらば衣手に染《し》めつけ持ちて行くべくおもほゆ
     右二首。
 
(468)〔譯〕 そなたが紅の花――紅藍花《べにばな》――であるならば、旅衣の袖に染めつけて、著て行きたく思はれる。
〔評〕 當時の風習からは極めて自然な思ひつきであらうが、嘆きに沈んだ美しい妻の姿に、衣に染む紅花が感じられたことと思はれる。女の歌よりも遙かに優美な歌である。
 
  譬喩《ひゆ》
 
2828 くれなゐの濃染《こぞめ》の衣《きぬ》を下に著《き》ば人の見らくににほひ出でむかも
 
〔譯〕 紅の濃く染めた衣を下に著たならば、人が見るのに、色が表にうつり出るであらうか。美しいそなたと契を結んだならば、包み隱してゐても、あらはれて人目に立つであらうなあ。
〔評〕 譬喩は巧妙的確。人目にたつ女の美しさも思はれる。
 
2829 衣《ころも》しも多くあらなむ取り易《か》へて著なばや君が面《おも》忘れたらむ
     右の二首は、衣に寄せて思を喩《たと》ふ。
 
〔譯〕 着物を著變へると人はよく見違へるものであるが、私の着物が澤山あればよい。取りかへて着たならば、あなたは私の顔を見忘れていらつしやるかもしれぬ。あなたのやうな淺いお心では、私の顔をよくも覺えてはおいでなさるまいから。
(469)〔評〕 男の薄情を揶揄した歌。穿つた理屈、鋭い皮肉の中に、衣服を多く持たぬ階級の女の夢想が現はれてゐて、あはれである。
 
2830 梓弓|弓束《ゆづか》卷き易《か》へ中見《なかみ》刺《さ》し更に引くとも君がまにまに
     右の一首は、、弓に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 梓弓の古くなつた握革を新しいものに卷きかへ、中見をさして再びお引きになつても、それはあなたのお心まかせです。古い妻であ、る私を新しい妻とおかへになり、その後再び私を妻となさつても、あなたのお心のままで、私は何とも異存を申しませぬ。
〔評〕 一旦他に心のうつつた男の心が、再び向いて來た時に、女の歌つたものと考へられる。
〔語〕 ○弓束卷きかへ 弓束は弓の握り。そこに卷く革を新しいものとかへる意。○中見さし 東大寺獻物帳に、弓について目刺とあるのと關係があらう。目刺は、目じるしをつけることをいふとおもはれる。
〔訓〕 ○中見さし 白文「中見刺」、類聚古集等による。「刺」は舊本「判」に作る。
 
2831 みさご居《ゐ》る渚《す》に坐《ゐ》る船の夕潮を待つらむよりは吾こそ益《まさ》れ
     右の一首は、船に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 みさごが居る渚に坐つてゐる船が夕潮を待つてゐるのは、待ち遠いものであらうが、自分があなたを待つのは、更にそれよりも益つてをる。
〔評〕 漁村の戀か。たとへが斬新で、うがつてをる。夕潮を待つは、男が來る夕暮を待つ心に適うてをるやうである。初句は單なる修飾でなく、敍景によつて内容を豐かにしてゐる。
(470)〔語〕 ○渚にゐる船 ゐるは、船が沙に着いて行かぬこと。擱坐。
 
2832 山河《やまがは》に筌《うへ》を伏《ふ》せ置きて守《も》り敢《あ》へず年の八歳《やとせ》を吾《わが》竊《ぬす》まひし
     右の一首は、魚に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 山川に魚を取るために筌を伏せて置いて、魚がとれても番がしきれずにゐるのを、長年の間、自分はその魚を盗んで取つてをつた。父母が守つてゐる女に、隙をうかがつて、長年自分は通うてゐた。
〔評〕 野人の生活があらはれた生彩のある譬喩。得意顔の田舍男の風貌が、躍如としてゐる。筌を伏せて魚を捕るのをぬすむといふことが上代人にもあつたのか。後世人にも共鳴させられる野人生活である。
〔語〕 ○筌 魚を捕る竹製の器具。後世うけと云ふ。○年の八歳を 數多の歳の意。
〔訓〕 ○伏せ置きて 白文「伏而」、代匠記初稿本書入に「伏」の下「置」の脱かとある。
 
2833 葦鴨《あしがも》の多集《すだ》く池水|溢《あふ》るとも儲溝《まけみぞ》の方《へ》に吾《われ》越えめやも
     右の一首は、水に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 葦鴨があつまる池水は、溢れても、かねて設けてある溝の方へ流れてゆくものであるが、自分は、戀の心があふれて思ひ餘つても、他へ心を移しはせぬ。
〔評〕 譬喩精妙、農人の生活に近い取材で、趣旨は似てゐても「荒磯越え外ゆく波の外《ほか》ごころ吾は思はじ戀ひて死ぬとも」(二四三四)よりも的確で面白い。
〔語〕 ○儲溝 池水の多い時、塘をそこなはないやうに、豫め設け置く溝(代匠記)。
 
(471)2834 大和《やまと》の室原《むろふ》の毛桃|本《もと》繁《しげ》く言ひてしものを成らずは止《や》まじ
     右の一首は、菓《このみ》に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 大和の室原の毛桃の幹が繁つてゐるやうに、繁く言ひかはしたのであるから、成就せずには止めまい。
〔評〕 類歌に「愛しきやし吾家の毛桃本しげみ花のみ咲きてならざらめやも」(一三五八)がある。この歌は地名を詠み込んであるだけに、地方的な特殊性がある。
〔語〕 ○室原の毛桃 室原は大和國宇陀郡室生村。室生寺のある地。毛桃は桃の一種で、實に毛のあるもの。
 
2835 眞葛《まくず》延《は》ふ小野の淺茅《あさぢ》を心ゆも人引かあやも吾《われ》無《な》けなくに
 
〔譯〕 眞葛が延ふ野の淺茅を、心のままに人が引くことが出來ようか、自分が無いのではないのに。
〔評〕 古雅の格調のある歌。淺茅を婦人になぞらへたものは、卷七にも「君に似る草と見しより我がしめし野山の淺茅人な苅りそね」(一三四七)がある。
 
2836 三島|菅《すげ》いまだ苗なり時待たば着《き》ずやなりなむ三島|菅笠《すががさ》
 
〔譯〕 三島の菅はまだ苗である。しかし笠に編む時を待つてゐたならば、人に取られて著ずになつてしまふかも知れぬ、あの三島の菅笠を。
〔評〕 菅を若い女に譬へ、まだ早いが、大きくなつてから妻にしようと待つてゐたならば、人に取られてしまふかも知れぬと案じてゐるのである。爽やかな野趣があり、歌詞も流麗である。民謠として三島地方に謠はれたものであらう。
(472)〔話〕 ○三島菅 三島は攝津國八部郡。「一三四八」參照。
 
2837 み吉野の水隈《みくま》が菅《すげ》を編《あ》まなくに苅りのみ苅りて亂りなむとや
 
〔譯〕 吉野の水隈の菅を編みもせずに、刈り取つたばかりで、亂れるにまかせようといふのでせうか。夫婦の約束をしたばかりで、そのままにしておいて、私の心を亂さうとなきるのでせうか。
〔評〕 歌調に、哀怨の旋律がかぼそく流れてをる。結句の「とや」にも、無量の思ひが籠つてゐて、あはれが深い。これを男の歌と解しては、歌の内容の特殊價値を没却してしまふ。
〔語〕 ○水隈 河の曲り入つた處。河隈(七九)に同じ。○編まなくに 笠に編むの意(代匠記)ではなく、薦の意(古義)と思はれる。
 
2838 河上《かはかみ》に洗ふ若菜の流れ來《き》て妹があたりの瀬にこそ寄らめ
     右の四首は、草に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 川上で洗ふ若菜が流れて來て、わが思ふ女のおり立つてゐる瀬に寄りとまるが、あのやうに、自分も思ふ人のそばによりたいものである。
〔評〕 河で少女が物を洗つてをる。上流で洗つてをる若菜が流れて來て、少女の手のあたりに寄りとまる。河ぞひの道を通りかかつた若い農人が、それを見て立ちどまつた。ささやかな此の事象は、戀に惱む彼の心をいたく動かしたのである。何げないささやかな事象をとらへて、自分があの若菜であつたらばといふ情をにほはせたところ、たくまざるたくみといふべきである。
 
(473)2839 斯《か》くしてや猶や守らむ大荒木《おほあらき》の浮田の社《もり》の標《しめ》にあらなくに
     右の一首は、標《しめ》に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 かうして猶も人を守つてゐることであらうか、自分は、大荒木の浮田の杜の標繩ではないのに。
〔評〕 かけたままで朽ちてゆく浮田の杜の標繩をたとへにとつて、契のみ結んで戀をとげずに年を經るのを嘆じたのである。類歌に、「斯くしてや猶や老いなむみ雪零る大荒木野の小竹にあらなくに」(一三四九)がある。愛する女を他の男に奪はれないやうに守りつづけながら、逢ふことのできぬのは苦しいことであらう。
〔語〕 ○大荒木の浮田の杜 大和國字智郡字智村大字今井の荒木神社といふ。「一三四九」參照。
〔訓〕 ○猶や守らむ 白文「猶八戍牛鳴」、「戍」は紀州本による。「牛鳴」をムと訓むのは玉篇に「牟亡侯切牛鳴」とある。
 
2840 幾多《いくばく》も零《ふ》らぬ雨ゆゑ吾背子が御名《みな》の幾許《ここだく》瀧もとどろに
     右の一首は、瀧に寄せて思を喩ふ。
 
〔譯〕 澤山に零らぬ雨のために(繁くも逢はないのに)、私の思ふかたのお名前が、大變に、瀧もとどろに、世間に言ひ立てられたことよ。
〔評〕 型は前出の「朝東風にゐで越す浪のまさかにも逢はぬものゆゑ瀧もとどろに」(二七一七)に似てをる。しかし、男の名の立つのを悲しんだところに、つつましい女の眞情が現はれてゐて、あはれが深い。女性は、男性よりもわが名を惜しむのが常であるのに、此の歌主の心がけは、けなげである。
 
(474)萬葉集 卷第十一 終
 
(3)萬葉集 卷第十二
 
(5)概説
 
 卷頭に「古今相聞往來歌類之下」とあり、卷十一と共に一部をなしてゐたやうに見えるが、これは、後に二十卷にまとめられた時に附けられたものであつて、上下ではない。
 卷十二は、編纂法を異にする二部より成り、前半は卷十一と同一の部類法をとつてゐるが、後半は、素材も部類法も趣を異にしてゐる。且つ卷十一・十二の兩卷には同じ歌が重出してゐて、一方は正述心緒とし、他方は寄物陳思としてゐることなどから考へるに、兩卷は同一の人があつめたのでないと思はれる。卷十一・十二の重出歌には、「二三九四・三〇八五」「二四九二・二九四七」「二六八一・三一二一」「二七三二・三一六〇」等があり、少異歌には、「二四〇八・二八〇八」「二六八九・三〇四三」「二七四三・三二〇五」等があり、類歌はおびただしい。(萬葉集類歌類句攷參照)
 歌數は三百八十首で、前半は「相聞往來」であり、後半は※[羈の馬が奇]旅に關するものである。前半の「相聞往來」は、柿本人麿歌集所出歌と其の他とにわかれ、人麿歌集所出歌は、正述心緒・寄物陳思の二部、其の他も正述心緒・寄物陳思・問答歌の三部に分たれてゐる。また、※[羈の馬が奇]旅に關するものは、覇旅發思・悲別歌・問答歌と三分せられてゐるが、人麿歌集所出歌は、※[羈の馬が奇]旅發思の中に左註で區別せられてゐる。その部類及び歌數を表示すれば次の如くである。
      人麿歌集所出 正述心緒……………………………………………一〇首
             寄物陳思……………………………………………一三首
 
(6)相聞往來        正述心緒…………………………………………一〇〇首
      其の他    寄物陳思…………………………………………一三七首               問答歌………………………………………………二六首
 
         ※[羈の馬が奇]旅發思  人麿歌集所出…………………四首
※[羈の馬が奇]              其の他………………………四九首            悲別歌…………………………………………………………三一首
         問答歌…………………………………………………………一〇首
 歌の時代及び作者はすべて不明であり、唯一個所左註に「右一首、平群文屋朝臣益人傳云‥‥」とあるにより、時代が推定せられる程度である。歌風から推察するに、藤原時代の作が多く、奈良時代初期に及んでをり、天平の初年にはすでに一卷としてまとめられてをり、それが大伴家にあつて愛誦せられてゐたとおぼしく、大伴家の一族が、模倣してよんだ歌が多い(卷十一もさうである。萬葉集類歌類句攷參照)。なほ天智紀の童謠や催馬樂や古今集の大歌所歌の中に同歌・類似歌の存すること、庶民の生活に關する作が少くなく、それは、民謠風のものの多いことを示してをる。實際に民謠として歌はれてゐたことを證する歌としては、「二四三一」の鴨川が「三〇一八」では能登瀬川に、「二七四三」の枚の浦が「三二〇五」では田籠の浦に謠ひかへて、その土地で謠はれたことを語つてをる。
 卷中の秀歌を抄出する。
  我背子が朝けのすがたよく見ずて今日の間を戀ひ暮らすかも      二八四一
  忘るやと物語りしてこころ遣り過ぐせど過ぎず猶戀ひにけり      二八四五
  里人も謂《かた》り繼ぐがねよしゑやし戀ひても死なむ誰が名ならめや 二八七三
(7)  天地に少しいたらぬますらをと思ひし吾や雄心もなき       二八七五
  立ちて居てたどきも知らず吾が心天つ空なり土はふめども       二八八七
  人の見て言咎めせぬ夢に吾今夜至らむ屋戸さすな勤《ゆめ》      二九一二
  うつせみの常の辭とおもへども繼ぎてし聞けば心惑ひぬ        二九六一
  針はあれど妹しなければつけめやと吾をなやまし絶ゆる紐の緒     二九八二
  ひさかたの天つみ空に照れる日の失せなむ日こそ吾が戀止まめ     三〇〇四
  佐保河の河浪立たず靜けくも君にたぐひて明日さへもがも       三〇一〇
  さ檜の隈檜の隈川に馬駐め馬に水かへわれよそに見む         三〇九七
  おもはぬを思ふといはば眞鳥住む卯名手の社の神し知らさむ      三一〇〇
  み雪ふる越の大山行き過ぎていづれの日にかわが里を見む       三一五三
  いで吾が駒早く行きこそ眞土山待つらむ妹を行きて早見む       三一五四
  國遠み思ひなわびそ風のむた雲の行くなす言は通はむ         三一七八
 次に、庶民の生活に觸れた歌、俗語をよみ入れた歌等を擧げる。
  新墾《にひはり》の今作る路さやかにも聞きてけるかも妹が上のことを 二八五五
  をとめ等が績麻《うみを》の絡?《たをり》打麻《うちそ》懸《か》け績む時なしに戀ひわたるかも                                  二九九〇
  たらちねの母が養《か》ふ蠶《こ》の繭|隱《ごも》りいぶせくもあるか妹に逢はずて 二九九一
  なかなかに人とあらずは桑子にもならましものを玉の緒ばかり     三〇八六
  逢ふよしの出で來むまでは疊薦《たたみこも》重ね編む數夢にし見てむ 二九九五
  水を多み上《あげ》に種蒔き稗を多み擇擢《えら》えし業ぞ吾が獨ぬる 二九九九
(8)  靈《たま》あはば相ねむものを小山田の鹿猪田《ししだ》禁《も》るごと母し守らすも 三〇〇〇
  橡《つるばみ》の衣解き洗ひまつち山もとつ人にはなほしかずけり   三〇〇九
  洗ひぎぬ取替河の河淀のよどまむ心思ひかねつも           三〇一九
  ひさかたの雨のふる日を我が門に蓑笠著ずて來る人や誰        三一二五
  門たてて戸はさしたれど盗人のゑれる穴より入りて見えけむ      三一一八
  馬柵越しに麥はむ駒の詈《の》らゆれど猶し戀しくしのひかてなく   三〇九六
   おのれゆゑ詈《の》らえてをればあを馬の面高ぶだに乘りて來べしや 三〇九八
 この卷の用字法は、人麿歌集所出歌は、卷十一の場合と同じく、文字數が著しく少く、十一字又は十二字のものもある。また、「且今且今《いまかいまか》」(二八六四)「毛人髪《こちた》」(二九三八)「希將見《めづらし》」(二九七一)「景迹《こころ》」(二九八三)「水手《こぎ》」(三一七一)「白銅鏡《まそかがみ》」(三一八五)「異母《いも》」(二九九一)「今夕彈《こよひだに》」(三一一九)「湯鞍干《ゆくらかに》」(三一七四)「一伏三起《ころ》」(二九八八)「結義之《むすぴてし》」(三〇二八)「何時左右鹿《いつまでか》」(二九三五)「犬馬鏡《まそかがみ》」(二九八〇)「馬聲蜂音石花蜘※[虫+厨]荒鹿《いぶせくもあるか》」(二九九一)の如き義訓、借字、戯書が混用せられてゐる。
 
(9)萬葉葉 卷第十二
 
  正《ただ》に心緒《おもひ》を述《の》ぶ
 
2841 我背子が朝けの形《すがた》よく見ずて今日の間《あひだ》を戀ひ暮すかも
 
〔譯〕 私の夫が朝早く歸られる姿をよく見ないでしまつて、今日一日中戀しく思ひ暮すことよ。
〔評〕 類歌、「朝戸出の君が容儀をよく見ずて長き春日を戀ひや暮さむ」(一九二五)はあるが、それよりも感情の切迫した樣が見える。それは第五句、ことに「かも」といふ助詞の強みにかかる。
〔語〕 ○朝けのすがた 朝けは朝明の約、夜明け方。夜が明けて女のところから歸つて行く男の姿。
 
2842 我が心と望みし念《おも》ふ新夜《あらたよ》の一夜も闕《お》ちず夢《いめ》に見えこそ
 
〔譯〕 私自身の心から望んでをります。次々にあらたまつて經過してゆく夜の、一夜も洩れずに夢に見えて下さいませ。
〔評〕 單純に夢の逢ひを望んだ歌。「我が心と望みし念ふ」も「新夜の一夜もおちず」も、共に特殊な表現である。そこに、單純でも強味が加はつてゐる。
〔訓〕 ○のぞみし念ふ 白文「望使念」、ノゾミシオモハバともよめる。武田博士はネガヒシオモハバとよまれた。
 
2843 愛《うつく》しみ我が念《も》ふ妹を人皆の行く如《ごと》見めや手に纏《ま》かずして
 
(10)〔譯〕 愛らしく自分が思ふ女を、世間なみの人が通るのを見ると同じやうに、よそながら見てをらうか。玉のやうに手にもまかないで。
〔評〕 愛人が道を行くのを見て、嘆じた作。第五句は譬喩となつてゐる爲に露骨でなく、女を、玉に譬へてゐるので美しい。
 
2844 此の頃の寢《い》の寢《ね》らえぬは敷細布《しきたへ》の手《た》枕まきて寢《ね》まく欲《ほ》れこそ
 
〔譯〕 此の頃の夜ねむられぬのは、戀しい女の手枕をして寢たく思ふからである。
〔評〕 上代人らしいあらはな感情ではあるが、表現は和やかで、よく練れてをる。露骨なのは、民謠であつたからであらう。
 
2845 忘るやと物語《ものがた》りして意遣《こころや》り過ぐせど過ぎず猶戀ひにけり
 
〔譯〕 忘れるかと思つて、友達と話などして、氣をまぎらさうとするけれども、まぎれずにやはり戀しいことである。
〔評〕 「ますらをは友の騷に慰もる心もあらむ我ぞくるしき」(二五七一)といふ女の歌にこたへたといふ觀がある。悶々の情の切迫した趣が、一首のうちに漲つてゐる。その強さがこの歌の生命である。
 
2846 夜《よる》も寢《ね》ず安くもあらず白細布《しろたへ》の衣《ころも》も脱《ぬ》がず直《ただ》に逢ふまでに
 
〔譯〕 夜も寢ない。心も安らかではない。着物をぬいでゆつくりとも寢ない。直接に戀人に逢ふまでは。
〔評〕 初句と二句と四句で切り、たたみかけて感情の高まりを自ら示して、女に迫るやうな感じのする歌。
〔訓〕 ○夜もねず 白文「夜不寐」、ヨモイネズとも訓める。
 
(11)2847 後も逢はむ吾《われ》にな戀ひと妹は言へど戀ふる間《あひだ》に年は經につつ
 
〔譯〕 「後にでも逢ひませう、私をそんなに戀しく思うて下さるな」と女はいふが、戀しく思ふうちに、むなしく年が經つてゆくことよ。
〔評〕 女の慰めに心たらはず、逢はで空しく過ぎてゆく年月を嘆じなのである。二句は「勿念ひと君はいへども逢はむ時いつと知りてか吾が戀ひざらむ」(一四〇)に似たものがある。
 
2848 直《たた》に逢はず在るは諾《うべ》なり夢《いめ》にだに何しか人の言の繁けむ【或本の歌に云ふ、現にはうべも會はなく夢にさへ】
 
〔譯〕 直接に逢はずにゐるのは尤なことである。夢の中でさへも、どうして人の噂がやかましいのであらうか。
〔評〕 夢の中でなりと逢ひたいが、逢はれぬは、夢の中でさへも人言が繁いとみえるといふので、これが技巧的になつたのが、古今集の「住の江の岸による波よるさへや夢の通路人めよくらむ」である。
 
2849 ぬばたまのその夢《いめ》にだに見え繼ぐや袖|乾《ふ》る日無く吾は戀ふるを
 
〔譯〕 あなたの夢にだけでも、私の姿は毎夜續けて見えてゐるであらうか。袖が乾く日も無く、戀うてゐるのですが。
〔評〕 戀ふる心が相手に通じて、その夢に見えるといふ信仰に基づいてをる。歌詞がしなやかで優婉である。内容、調子、ともに女性らしい作で、殊に三句切であることが歌調をしなやかにしてゐる。
〔訓〕 ○見えつぐや 白文「見繼哉」、ミエツグヤ、ミツギキヤともよめる。
 
2850 現には直《ただ》に逢はなく夢《いめ》にだに逢ふと見えこそ我が戀ふらくに
 
(12)〔譯〕 現實には、直接に逢ふことが出來ぬ。せめて夢にでも逢ふと見えてくれ、これほど自分が戀うてゐるのに。
〔評〕 歌調に小刻みに搖れる快さがある。類歌、「うつつには逢ふよしも無し夢にだに間無く見え君戀に死ぬべし」(二五四四)。
 
  物に寄せて思を陳《の》ぶ
 
2851 人に見ゆる表《うへ》は結《むす》びて人の見ぬ裏紐《したひも》あけて戀ふる日ぞ多き
 
〔譯〕 人に見える上着の紐は結んで、人が見ぬ下着の紐を解きあけて、戀しく思ふ日が多いことです。
〔評〕 紐が解けるのは戀人に逢ふ前兆であるといふ俗信に從つて、自ら下紐を解いておいて、もしや逢へるかと待つ心が、幼くてあはれである。ことに一二句が女らしい。
 
2852 人言の繁《しげ》かる時に吾妹子し衣《きぬ》にありせば下《した》に著ましを
 
〔譯〕 人言が繁くて思ふままに逢はれぬ時に、自分のいとしい女が、着物であつたならば、下に著ようものを。
〔評〕 下に著るといふ意に、人に秘した確得の感が籠つてをる。「斯くのみに在りける君を衣ならば下にも着むと吾が念へりける」(二九六四)の三四句と同趣である。又「四三六」參照。
 
(13)2853 眞珠《またま》つく遠《をち》をしかねておもふにぞ一重衣《ひとへごろも》を一人著て寢《ぬ》る
 
〔譯〕 今強ひて逢はうとはせずに、遠く行末をかけて思へばこそ、一重の着物を唯一人で着て寢ることであるよ。
〔評〕 行末の戀の成就を望んで、妨げが來ぬやうに、現在逢はうとする心をひかへたもので、いはゆる遠き慮のある歌。眞珠つくといふ枕詞も、服装のことに託して歌つてゐる一首にふさはしく、四五句は獨寢のさびしさわびしさが思ひやられてあはれである。
〔語〕 ○眞珠つく 眞珠をつける緒の意で、遠につづく枕詞。○遠をしかねて 將來のことを考へての意。「ねもころに奧をなかねそ」(三四一〇)參照。
〔訓〕 ○眞珠つく 白文「眞珠服」、「服」は古葉略類聚鈔により、訓は考に「附」の誤としてをるによる。通行本等は「眼」とある。○おもひつつ 白文「念」、オモヘレバ、オモヒツツとよむ説もある。
 
2854 白細布《しろたへ》の我が紐の緒の絶えぬ間《ま》に戀結びせむ逢はむ日までに
 
〔譯〕 自分の紐の緒が切れぬうちに、戀結びのまじなひをしよう、逢ふ日まで變りがないやうに。
〔評〕 紐の緒が切れるのは、戀の破れる前兆とする俗信によつて、切れぬうちに戀結びをしておかうといふのである。當時の禁咒《まじなひ》の風習が見られる。
〔語〕 ○白細布の 紐の枕詞。○戀結びせむ 上代には紐や草木などを結ぶ禁咒が行はれたので、神に祈つて結んでおかうといふのである。
 
2855 新墾《にひばり》の今作る路《みち》さやかにも聞きてけるかも妹が上のことを
 
(14)〔譯〕 新しくきりひらいて最近に作つた道の、はつきりしてをるやうに、はつきりと聞いたことである、わが思ふ女の上のことをば。
〔評〕 新道路開拓の事業がおこされた時代の樣を語る序で、文化史的の價値がある。第四句までは路のことを歌ひ、最後に妹のことに飛躍してゐる。そのうつり方の巧みさに魅了せられる。
〔語〕 ○新墾の今作る路 「信濃路は今の墾道」(三三九九)。「今つくる久邇の都は」(一〇三七)と同じく、新に作つたの意。新道は雜草、塵芥などもなく見るからに清いの意で、さやかにかかる序。
 
2856 山城の石田《いはた》の社《もり》に心|鈍《おそ》く手向《たむけ》したれや妹に逢ひ難き
 
〔譯〕 山城の石田の森の神樣に、熱心が足らずに手向をしたから、戀しい女に逢へないのであらうか。
〔評〕 戀人に逢ふことを神に祈つて、かなへられなかつたが、神を恨まずに自己の祈願の熱誠の足らぬことを反省したのが、上代人らしい。
〔語〕 ○山城の石田の社 「山科の石田の社」(一七三一)とあるのと同所と思はれる。宇治郡醍醐村にある。
 
2857 菅《すが》の根のねもころごろに照る日にも乾《ひ》めや吾が袖妹に逢はずして
 
〔譯〕 よく照る日にあたつても乾かうか、泣きぬれた自分の袖は。いとしい女に逢はないで。
〔評〕 「六月の地さへ割けて照る日にも吾が袖乾めや君に逢はずして」(一九九五)に似て、強さにおいて稍劣る。
〔語〕 ○ねもころごろ ねもころに同じ。「五八〇」參照。ここは、よくよく、などの意。
 
2858 妹に戀ひ寢《い》ねぬ朝《あした》に吹く風は妹にし觸れば吾さへに觸れ
 
(15)〔譯〕 愛人を思うて眠らずにあかした朝、吹いて來る風は、愛人に觸れて來たならば、自分にも觸れてくれよ。
〔評〕 せめて愛人に觸れたと同じ風に吹かれて、戀しさをまぎらさう、と云ふのである。古くして永遠に若く新しい詩趣がある。戀ひ明した朝のつめたい風にでも、愛人に觸れる氣特で觸れようとする男の心の弱さ悲しさに同情させられる。
 
2859 飛鳥河《あすかがは》高川避《たかがはよ》かし越え來《こ》しをまこと今夜《こよひ》は明けず行かめや
 
〔譯〕 水が高く出た飛鳥河を避けて、まはり道をして來たのであるから、まことに今夜は夜が明けぬうちは歸らない。
〔評〕 かかる際に夜道は危險であるから、明かして行くといふのである。女のもとに通うて來た男の歌で、何か口實を設けてでも、少しも長くをりたい心もちである。
〔語〕 ○高川避かし 高川は水量の増した河。「避かし」は考の訓であるが、避けるやうにしての意とする。
 
2860 八釣河《やつりがは》水底絶えず行く水の續《つ》ぎてぞ戀ふるこの年來《としごろ》を【或る本の歌に曰く水尾も絶えせず】
 
〔譯〕 八釣河の水底を絶えず流れて行く水のやうに、絶えず戀ひ續けてをることである。此の年頃は。
〔評〕 平明端正の作といふべきである。
〔語〕 ○八釣川 飛鳥の東北、八釣山(二六二)の附近を流れる河。○この年ごろを 「を」は感動の助詞。
 
2861 磯の上に生ふる小松の名を惜しみ人に知らえず戀ひわたるかも
     或本の歌に曰く
   巖《いは》の上に立てる小松の名を惜しみ人には云はず戀ひわたるかも
 
(16)〔譯〕 磯の上に生えてをる小松の――名が立つのが惜しさに、人には知られずに戀ひつづけてをることよ。
〔評〕 一二句はさはやかな感じであるが、序詞の續き方が明らかでない。小松の根と名と音が通ふからとの中山嚴水の説等がある。
 
2862 山川の水陰《みづかげ》に生ふる山草《やますげ》の止《や》まずも妹がおもほゆるかも
 
〔譯〕 山川の水ぎはのかげに生えてゐる山菅の――止まずに、いとしい女のことが思はれる。
〔評〕 清楚な序で、婦人の風姿も聯想される。
 
2863 淺葉野《あさはの》に立ち神《かむ》さぶる菅の根のねもころ誰《たれ》ゆゑ吾《わが》戀ひなくに【或本の歌に云ふ誰葉野に立ちしなひたる】
     右の二十三首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 淺葉野に生えて神々しく古めいた菅の根の――かやうにねんごろに戀しく思ふのは誰の故にでもない。ただそなたひとりの爲なのである。
〔評〕 四五句に力がこもつてゐて、男らしい作。
〔語〕 ○淺葉野 未詳。武蔵入間郡とも遠江磐田郡ともいふ。○誰葉野に立ちしなひたる 初二句の異傳。誰葉野は未詳。豐前田河郡の野か。
〔訓〕 ○立ち神さぶる 白文「立神古」古義は「神」の下に「左」の脱としてゐるが、人麿集の歌ゆゑ、省略したと見なして説いた。○戀ひなくに 白文「不戀」舊訓コヒザラム。「一三二〇」の類歌による。
 
(17)  正《ただ》に心緒《おもひ》を述《の》ぶ
 
2864 吾背子を今か今かと待ち居《を》るに夜のふけぬれば嘆きつるかも
〔譯〕 おもふ人のおいでを今か今かと待つてゐるのに、夜がふけてしまふので、私はつい嘆息が出たことである。
〔評〕 幼くありのままで、眞情流露の作。
 
2865 玉くしろ纒《ま》き宿《ぬ》る妹もあらばこを夜《よ》の長けくも歡《うれ》しかるべき
 
〔譯〕 共寢をする女があるならば、夜の長いこともうれしいであらう。獨寢には夜の長いのがわびしい。
〔評〕 「長き永夜を一人かも宿む」(二八〇二・或本)の趣を、反語的に露骨に表現したものである。
〔語〕 ○玉くしろ 釧は手にまくものであるから、捲くの枕詞とした。「四一」參照。
 
2866 人妻に言《い》ふは誰《た》が言《こと》さ衣《ごろも》のこの紐|解《と》けと言ふは誰が言
 
〔譯〕 人妻である私に言ひよるのは、誰の言葉ですか。着物の此の紐を解けといふのは誰の言葉ですか。
〔評〕 上代婦人の貞操觀があらはれた歌で、その繰り返しに凛乎たるひびきがある。男を詰問するにふさはしい語氣である。
 
(18)2867 斯《か》くばかり戀ひむものぞと知らませばその夜は寛《ゆた》にあらましものを
 
〔詳〕 これほど戀しく思ふことと豫め知つてゐたならば、久しぶりで逢うたあの夜は、もつとゆつくりしてゐるはずであつたのに。
〔評〕 たまたま逢うた夜、あわただしく別れた後の戀の烈しさと、胸をさいなむ悔とをうたつて、痛切である。
 
2868 戀ひつつも後も逢はむと思へこそ己《おの》が命を長く欲《ほ》りすれ
 
〔譯〕 かうして戀ひながらも、後にまた逢ふ時があると思へばこそ、自分の命を長かれと願ふのである。
〔評〕 未來に戀の成就の望みをかけて、惱みの中にもおのれの身をいたはりつつ生きる人の聲である。「三九三三」「四一一五」に類想がある。
 
2869 今は吾《あ》は死なむよ吾味《わぎも》逢はずして念《おも》ひわたれば安けくもなし
 
〔譯〕 今はもう自分は死なうよ、わが愛人よ。そなたに逢はないで戀しく思ひ續けてゐると、心が安まるまもない。
〔評〕 逢ふことの出來ぬ苦しみに、むしろ死を欲する強い叫びである。「二九三六」「三二九八」に類歌がある。
 
2870 我背子が來《こ》むと語りし夜は過ぎぬしゑやさらさらしこり來《こ》めやも
 
〔譯〕 あの方が來ようと約束なさつた夜は、空しく過ぎてしまつた。ええもう決して、間違つてもおいでにはなるはずがない。
〔評〕 三句までで事實を着實に説明し、四句五句は腹だたしげにいつたので、切實なさけびといふべきである。
(19)〔語〕 ○しゑやさらさら しゑやは嘆息の語。「一九二六」參照。さらさらは決して決して。○しこり來めやも しこりは頻りの意(代匠記)との説があるが、しそこなひの意(古義)とするのがよい。「買へりし絹の商じこりかも」(一二六四)の「しこり」と同語として、間違つても來られることはあるまいと解する。
 
2871 人言の讒《よこ》すを聞きて玉|桙《ほこ》の道にも逢はじと云へりし吾妹《わぎも》
 
〔譯〕 世間の人が、まちがつたよこしま言をいふのを聞いて、これからは道ででも逢ひますまいと云つたあのいとしい女よ。
〔評〕 人の中傷を信じて腹を立て、もう逢ふまいと拗ねた女の言葉を詠み入れたのである。一つづきの詞を「吾妹」でとどめたところ、一首の調子は強い。
〔語〕 ○讒す 應神紀、齊明紀、催馬樂葦垣にもあり、新撰字鏡に「讒、【毀也、與己須】」とある。あしざまに言ふの意。
 
2872 逢はなくも憂《う》しと念《おも》へばいや益《ま》しに人言繁く聞え來《く》るかも
 
〔譯〕 逢はないのを幸いと思つてゐると、その上に、彌盆《いやまし》に人言が繁く聞えて來ることである。
〔評〕 逢はれぬ苦しみに加へて、人言のかしましさを聞くつらさを眞率に詠嘆して、緊張した歌になつてをる。
 
2873 里人も謂《かた》り繼《つ》ぐがねよしゑやし戀ひても死なむ誰が名ならめや
 
〔譯〕 里人も、後の世まで語り傳へるやうに。ええもうかまはぬ、戀死《こひじに》に死なう。私が戀死をしたならば、その爲に立つのは、誰の名でもない、あななの名である。
〔評〕 無情な相手を脅かしてゐるのである。第四句まで死を覺悟した激しさを歌ひ、更に第五句で寸鐡人を殺すやう(20)に迫つた歌である。「三一〇五」に類歌がある。
 
2874 慥《たしか》なる使を無《な》みと情《こころ》をぞ使に遣《や》りし夢《いめ》に見えきや
 
〔譯〕 しつかりした使がないので、心を使としてやりましたが、夢に見えましたか。
〔評〕 心が通じて夢に現はれるといふ、靈の感應を信じてゐた上代人の心理を語る代表的な作である。
 
2875 天地に少《すこ》し至らぬ丈夫《ますらを》と思ひし吾や雄心もなき
 
〔譯〕 此の天地の廣く大いなるに比べて、少し及ばぬほどの大丈夫であると思つてゐた自分が、此のやうに男らしい心もなくなつたことではある。
〔評〕 理智的にも道コ的にも、反省を加へることが少く、熾烈な戀愛の惱みを詠じた萬葉人も、ただ一つ、ますらを意識、即ち男子の自尊心に立つて反省をした。しかもなほ、敗れてゆく自尊心の痛手に堪へかねて自嘲的になつた歌は、集中に多く、萬葉獨特のものであるが、「天地に少し至らぬ」といふほど丈夫の誇の高調せられた尊大の語句はない。上代人の氣宇を知るに足る作である。
 
2876 里近く家や居《を》るべきこの吾が目人目をしつつ戀の繁けく
 
〔譯〕 人里近くに住んでをるべきではない。この自分の目は、人目を憚つてゐて、戀しさが増すばかりである。
〔評〕 まはりの人間を恐れて、寂しい所に住みたい、といふのである。特異な感想ではあるが、神經のとがつて來た時の作品である。
 
(2877) 何時《いつ》はなも戀ひずありとはあらねどもうたて此の頃戀の繁しも
 
〔譯〕 いつの日どの時刻には戀しく思はずにをるといふのでは無いが、なんとも此の頃は、戀しさが繁いことである。
〔評〕 一首の調子の迫つて強い趣は、強い戀心のあらはれであらう。「二三七三」は類歌である。
 
2878 ぬばたまの宿《い》ねてし晩《よひ》の物|思《もひ》に割《さ》けにし胸は息《や》む時もなし
 
〔譯〕 惱んで寢た夜の物思のために、はり割けた私の胸は、いつまでもなほる時がなく、苦しんでゐることであるよ。
〔評〕 強く烈しい表現は、下の「二八九四」に似てをる。命がけで、全身全靈を戀に打込んでゐる純情に動かされる。
〔語〕 ○ぬばたまの 語を隔てて晩《よひ》につづく枕詞。
〔訓〕 ○いねてし晩の 白文「宿而之晩乃」、ネテノユフベノ、ネテシユフベノともよめる。
 
2879 み空行く名の惜しけくも吾はなし逢はぬ日|數多《まね》く年の經ぬれば
 
〔譯〕 空にものぼるやうに、世間に廣がつてゆく私の浮名をも、今は惜しいとも思ひませぬ。いとしい方に逢はぬ日が多くて、年が經てゆきますので。
〔評〕 逢ひたいといふ一事ばかりで、何よりも惜しい名をも惜しまない、といふのである。類歌、「劔太刀名の惜しけくも吾は無し君に逢はずて年の經ぬれば」(六一六)がある。
 
2880 現にも今も見てしか夢《いめ》のみに袂|纒《ま》き宿《ぬ》と見るは苦しも【或本の歌、發句に云ふ、吾妹兒を】
 
(22)〔譯〕 實際に、今すぐにも逢ひ見たいものである。夢ばかりに、戀人の袂を枕にして寢たと見るのは、苦しいことである。
〔評〕 「夢の逢は苦しかりけり」(七四一)とあるやうに、夢に見るのみでは滿たされぬ官能的情熱をふくんだ歌である。四句、眞賞味をもつてゐる。
 
2881 立ちて居て術《すべ》のたどきも今はなし妹に逢はずて月の經ぬれば【或本の歌に云ふ、君が目見ずて月の經ぬれば】
 
〔譯〕 立つても坐つても、今は何ともしやうがない。いとしい女に逢はずに月が經つてしまふので。
〔評〕 逢はずして月を經る苦しみを詠じた歌。「二八九二」に類歌がある。
 
2882 逢はずして戀ひわたるとも忘れめやいや日にけには思ひ益《ま》すとも
 
〔譯〕 逢はないで戀ひ暮らすとも、忘れようか。いよいよ日ごとに思ひが益すことはあらうとも。
 
〔評〕 笠女郎の「吾命の全けむ限忘れめやいや日にけには思ひ益すとも」(五九五)は、これに依つて一層強く歌つたものである。
 
2883 外目《よそめ》にも君が光儀《すがた》を見てばこそ吾が戀|止《や》まめ命死なずは【一に云ふ、いのちに向ふわが戀止まめ】
 
〔譯〕 よそながらもあなたのお姿を見たならば、自分の苦しい戀心も休まるであらう。命が死なないで。
〔評〕 よそ目にも見たいと願ふ女性らしさが柔かく歌はれてゐて、特殊の境地が拓かれてゐる。このまま君を見ずにゐたら、戀死に死ぬにちがひない。見たらば、死なずに戀止むことが出來よう、といふのである。「六七八」「二九七九」などに似た句法がある。
 
(23)2884 戀ひつつも今日はあらめど玉匣《たまくしげ》明《あ》けなむ明日をいかに暮らさむ
 
〔譯〕 戀ひしく思ひながらも、今日一日はどうやら暮らせませうが、明ける明日の日をばどうして暮らしませうか。
〔評〕 「一九一四」に類歌があり、その方が第二句がすぐれてをる。しかし此の歌の「玉くしげ」の枕詞は、女の歌としてよい。
 
2885 さ夜ふけて妹を思ひ出《で》敷妙の枕もそよに嘆きつるかも
 
〔譯〕 夜がふけて、いとしい女のことを思ひ出して、枕がそよと音を立てるまでも、嘆いたことであるよ。
〔評〕 戀しさに枕を搖がして惱む男の聲があはれである。
〔語〕 ○敷妙の 枕に續く枕詞。○枕もそよに そよは枕の鳴る音の形容。身悶えする爲に音をたてるのであらう。
 
2886 他言《ひとごと》はまこと言痛《こちた》くなりぬとも彼所《そこ》に障《さは》らむ吾にあらなくに
 
〔譯〕 たとひ人言がまことに甚しくなつても、それに妨げられるやうな自分ではない。
〔評〕 男らしい熱情が、明快にあらはれた歌である。一首の調子も、その内容にふさはしく強い。
〔語〕 ○こちたく ひどく、うるさく。○そこに障らむ 其の點に邪魔されるやうな、の意。
 
2887 立ちて居《ゐ》てたどきも知らず吾が意《こころ》天《あま》つ空なり土は踐《ふ》めども
 
〔譯〕 立つても居ても、どうしてよいか、でだても知らないほどに、自分の心は、大空に浮いて居るやうである。足は大地を踏んで居るけれども。
(24)〔評〕 立つても坐つても、なすべき術を知らない苦悶の心理がよくうたはれてゐる。「二五四一」「二九五〇」に類歌があるが、最もすぐれてゐる。
 
2888 世のなかの人の辭《ことば》と思ほすなまことぞ戀ひし逢はぬ日を多み
 
〔譯〕 世間の人の、通り一遍な普通の言葉とお思ひなさるな。眞實戀しく惱んでゐたのである、逢はぬ日が多いので。
〔評〕 我が戀心のまことを表現するすべのないのを嘆じたのである。口に云へば、世間並みの戀といふ語より外には無い。それ故に、「言に云へば耳にたやすし」(二五八一)「戀といへば薄き事なり」(二九三九)といふ嘆聲ともなるのである。眞に命がけの言葉である。
 
2889 いで如何《いか》に吾が幾許《ここだ》戀ふる吾妹子が逢はじと言へることもあらなくに
 
〔譯〕 さあどうして、自分が甚しく戀しく思ふのであらう。いとしい女が逢ふまいと言つたことも無いのに。
〔評〕 一二句は、「二四〇〇」の歌に似てゐるが、更に佶屈である。佶屈なのが、驚いて物言はうとして口ごもり、どもりつついふ調子になつてゐて適切である。
 
2890 ぬばたまの夜を長みかも吾背子が夢《いめ》に夢《いめ》にし見え還《かへ》るらむ
 
〔譯〕 夜が長いために、私の思ふ方が、夢に幾度も繰返し見えるのであらうか。
〔評〕 長い夜を戀人を夢に見つづける獨寢の女の嘆きが、幼なげに表現されてをる。「夢に夢にし」と重ねて、たどたどしい可憐の趣を浮べたのも、ひそかな技巧と思はれる。
〔語〕 ○夢に夢にし 「し」は強意の助詞。頻りに夢に見る意。○見え還る 幾度も見える、の意。
 
(25)2891 あらたまの年の緒長く斯く戀ひばまこと吾が命|全《また》からめやも
 
〔譯〕 年長くこんなに戀しく思ふならば、本當に自分の命は無事でゐることが出來ようか。こがれ死《じに》することであらう。
〔評〕 類歌に「一九八五」がある。形の素朴さから見ると、これが原型ではないかと思はれる。戀愛が必死の努力であることが、如實にあらはれてゐる歌。
 
2892 思ひ遣《や》るすべのたどきも吾はなし逢はずて數多《まね》く月の經ぬれば
 
〔譯〕 思ひを晴らすてだても自分にはない。逢はないで多くの月が經つてしまふので。
〔評〕 「二八八一」「二九四一」に類歌がある。このやうな歌が、その場合々々で少しづつ句を異にして歌はれてゐたもので、上代の民謠の面影が知られる。
〔訓〕 ○あはずてまねく 白文「不相敷」、アハズテアマタとも、アハナクマネクともよまれる。
 
2893 朝《あした》去《ゆ》きて夕《ゆふべ》は來ます君ゆゑにゆゆしくも吾《あ》は歎きつるかも
 
〔譯〕 朝はお歸りになつても夕方には又おいでになるあなたであるのに、そのあなたを思うて、あさましいほど私は歎いたことであるよ。
〔評〕 晝の間だけの別であるのに、それを歎くなどは愼まねばならぬことであらうが、長い別をでもするやうに歎いてしまつたことを、自ら怪しんだのである。自然眞率、しかも哀切。
 
(26)2894 聞きしより物を念《おも》へば我が胸は破《わ》れて推《くだ》けて利心《とごころ》もなし
 
〔譯〕 いとしい女のことを聞いてから、物思ひをするので、自分の胸は、破れて摧けて、今はしつかりした心もない。
〔評〕 萬葉獨特の雄健な詞調の戀の歌である。源實朝の「大海の磯もとどろによする浪われて碎けてさけて散るかも」の四句は、これに依つたのであらうか。
 
2895 人言を繁み言痛《こちた》み我妹子に去《い》にし月よりいまだ逢はぬかも
 
〔譯〕 人言が繁く甚しいので、いとしい女に、前の月から自分はまだ逢はぬことである。
〔評〕 ありのままに詠んだものであるに相連ないが「いにし月より」といふのに苦悶の激しさを歌つてゐる。類歌に「二九三八」がある。
 
2896 うたがたも言ひつつもあるか吾ならば地《つち》には落ちず空に消《け》なまし
 
〔譯〕 自分たちの戀の行末が恐らくあぶないかのやうにそなたは言うてをられる。しかし、他人は知らず、自分は、むなしく失敗することはあるまい。もし成就せぬならば、途中で死んでしまはう。
〔評〕 佶屈苦澁な句法である。下二句は譬喩的ないひざまになつてをる。
〔語〕 ○うたがたも 「うたがた」は、名詞の場合は水沫の意であるが、このやうな副詞の場合は甚だ難解で、古來種々の説がでてゐる。けだし、あそらく、の意で、その下に、不安定に、危げなやうに、の意が添ふものと解したが、「未必」をウツタヘニ、ウタガタモとする古訓があり、かりそめに、が當るとも思はれる。
 
(27)2897 如何《いか》ならむ日の時にかも吾妹子が裳引《もひき》の容儀《すがた》朝にけに見む
 
〔譯〕 いかなる日のいかなる時になつたならば、愛人が裳の裾を長く引いた美しい姿を、朝ごと日ごとに見ることが出來ようか。
 
〔評〕 綿々たる思慕の情を、悠容迫らぬ古雅の調に表現したもの。「いかにあらむ日の時にかも聲知らむ人の膝の上吾が枕かむ」(八一〇)はこれに學んだものか。「吾が枕かむ」に比べると、裳引の容儀《すがた》の方が優美で上品である。
 
2898 獨居て戀ふれば苦し玉|襷《だすき》かけず忘れむ事計《ことはかり》もが
 
〔譯〕 獨をつて戀しく思うてをると苦しいことである。心にかけず忘れる方法があるとよいが。
〔評〕 簡勁明快の句法。「玉だすきかけず忘れむ」もよい。
 
2899 なかなかに黙然《もだ》もあらましをあづきなく相見|始《そ》めても吾は戀ふるか
 
〔譯〕 却つて、逢はうなどとはせずに黙つてゐたらばよかつたのに。詮なくも逢ひ初めて、戀しく思ふことである。
〔評〕 「六一二」の家持の歌は、これを粉本としたものであらう。その他にも、類似の構想の歌がある。戀の情熱は一片の理性によつては、どうにもならぬものであるといふことを語つてゐる。
 
2900 吾妹子が咲《ゑま》ひ眉引《まよびき》面影にかかりてもとなおもほゆるかも
 
〔譯〕 愛人の笑顔と眉引とが、限の前にちらついて、いたづらに戀しく思はれることである。
〔評〕 單純にして平明、調はのびやかである。「ゑまひ」や「まよびき」など、容貌のうちの特色あるものの強い印(28)象がいつまでも去らないのである。
〔語〕 ○眉引 眉墨で畫き引いた眉。○もとな よしなくも、わけもなく、などの意。
 
2901 あかねさす日の暮れぬれば術《すべ》を無み千遍《ちたび》嘆きて戀ひつつぞ居《を》る
 
〔譯〕 日が暮れてしまふと、寂しさにどうしやうも無いので、千度も繰返して嘆息しながら、戀ひ焦れてゐることである。
〔評〕 晝の間は物にまぎれて幾らか薄らいでゐた戀心が、日が暮れると共に、おさへ難くなるといふのは戀する人の常情で、内容は類型的であるが、淡々たる歌ひ方に類を見ないよい味がある。
 
2902 吾が戀は夜晝《よるひる》別《わ》かず百重なす情《こころ》し念《も》へばいたも術《すべ》なし
 
〔譯〕 私の戀は、夜晝の區別もなく、幾重にも繁く思つてゐるので、何ともしやうが無く苦しいことである。
〔評〕 一般的な敍述ではあるが、端正な格調であつて、人麿の「百重なす心は念へど」(四九六)の歌が聯想される。しかし「百重なす」に人麿の歌の樣な美しい修飾がかかつてゐないので、妙味は劣つてゐる。
 
2903 いとのきて薄き眉根《まよね》をいたづらに掻《か》かしめつつも逢はぬ人かも
 
〔譯〕 極めて薄い私の眉をいたづらに掻かせて、いよいよ薄くさせるばかりで、少しも逢つてくれぬ恨めしいお方であることよ。
〔評〕 眉の痒いのは思ふ人に逢へる前兆であるといふ俗信が當時あつたのに基づいて、男の冷淡を怨んでゐる歌。「五六二」の歌はこれを模倣しなのである。
(29)〔語〕 ○いとのきて 甚除きての義で、いやが上に、甚しくなどの意。○かかしめつつも かかせはするものの、唯それだけで。
 
2904 戀ひ戀ひて後も逢はむと慰もる心しなくは生《い》きてあらあやも
 
〔譯〕 戀ひ焦れてゐながら、後には逢へようと自ら慰めてゐるが、この心がもしも無かつならば、かうして生きてゐられようか、生きてはゐられまい。
〔評〕 未來に希望をかけて現在の苦しい戀に堪へてゐる趣は、前の「二八六八」に似てゐるが、端的であり、眞率な點で一段と哀切さを加へてゐる。大伴家持の「七三九」と「四一一五」は、これを典故としたことが明かである。
 
2905 いくばくも生《い》けらじ命を戀ひつつぞ吾は氣衝《いきづ》く人に知らえず
 
〔譯〕 いくらも生きてはゐまい命であるのに、こんなに戀に苦しみつつ自分は嘆息してゐることである。相手の人には知られずに。
〔評〕 無常觀と戀愛の成就し難い焦慮とを綯ひまぜて深い溜息を洩らしたのである。勝鹿の眞間娘子を詠んだ長歌の中にも、「――幾許も生けらじものを 何すとか身をたな知りて――」(一八〇七)とある。しかし、それに比べて「吾は氣衝く」といふ所に、生きることの苦しさの現實感が強く出てゐる。
 
2906 他國《ひとぐに》に結婚《よばひ》に行きて太刀《たち》が緒もいまだ解かねばさ夜ぞ明けにける
 
〔譯〕 遠い地方に住む女のもとに逢ひに行つて、やつとたどり着き、佩《は》いてゐる太刀の紐もまだ解かずにゐるうちに、もう夜が明けてしまつた。殘念なことではある。
(30)〔評〕 八千矛神が越の國の沼河比賣のもとに求婚に行かれた時の長歌は、古事記上卷に載つて居り、記紀歌謠中でも特に著名なものであるが、今のはそれを短歌形式に纒めたといふ觀がある。蓋し、その傳説を詠んだもので、當時の實生活からの取材ではあるまい。スケールが大きくて舞臺効果を期待することのできるやうな内容である。
 
2907 丈夫《ますらを》の聽《さと》き心も今は無し戀の奴《やつこ》に吾は死ぬべし
 
〔譯〕 大丈夫としてのしつかりした氣象も、今は自分には無い。戀といふものの奴隷として、死んでしまふだらう。口惜しい次第である。
〔評〕 戀を擬人化して、その奴隷にわが身をなぞらへたもの。堂々たる大丈夫と自信してゐた身が、戀の驅使に打ち負けるといふ自尊心の苦痛を痛嘆し、腑甲斐なさを自嘲したのである。
 
2908 常|斯《か》くし戀ふれば苦し暫《しまし》くも心やすめむ事計《ことはかり》せよ
 
〔譯〕 常住かやうに戀ひ焦れてゐると、苦しくてやりきれない。せめて暫くでも心の安まるやうな方法を講じてくれ。
〔評〕 戀心の苦しいあまり、助けを求める趣がよくあらはれてゐる。類歌に 「二八九八」がある。「七五六」は、此の歌の模倣である。
 
2909 凡《おほろか》に吾し念《おも》はば人妻にありとふ妹に戀ひつつあらめや
 
〔譯〕 好い加減に自分が思つてゐるのならば、人妻にどうしてかうまで戀ひこがれてゐようか。
〔評〕 人妻に對する戀を、大膽率直に披瀝した歌。表現的技巧は劣つてゐるが、「二一」の「紫の匂へる妹を」といふに同じ内容である。
 
(31)2910 心には千重に百重に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも
 
〔譯〕 心の中では千重にも百重にも思ひ續けてゐるけれども、人目が多いので、自分はじつとこらへて、そなたに逢はずにゐるのである。
〔評〕 逢ふ瀬の難い女に切ない心を告げやつたもの、平庸の作ではあるが、眞率である。
 
2911 人目多み眼こそ忍《しの》ぶれすくなくも心のうちに吾が念はなくに
 
〔譯〕 人目が多いので、目の色には表はさぬやうに忍んでゐるのですが、心のうちで私の思つてゐることは、ほんの少しばかりなどといふわけではないのです。
〔評〕 内容は平明であるが、表現が素朴で古色がある。家持の「七七〇」の作は、此の歌の模倣である。類歌に「二五二二」「二五八一」がある。
 
2912 人の見て言咎《こととが》めせね夢《いめ》に吾《われ》今夜《こよひ》至らむ屋戸《やど》閉《さ》すな勤《ゆめ》
 
〔譯〕 人が見ても咎め立てをすることのない夢の中で、自分は今夜そなたのもとへ行かうと思ふ。家の戸は閉めずにおいてくれ、きつと。
〔評〕 遊仙窟の「今宵莫v閉v戸、夢裏向2渠邊1」から著想を得たものと思はれるが、その根底には、夢を現實的なものと考へてゐた上代人の思想も認められる。家持の「七四四」の歌は、彼我の位置を代へた換骨奪胎と見られる。
 
2913 いつまでに生《い》かむ命ぞ凡《おほよそ》は戀ひつつあらずは死なむ勝《まさ》れり
 
(32)〔譯〕 いつまで一體生きてゐる命であらう。どうせ長くもない命だとすれば、大概にいつて、こんなに戀に苦しんでゐないで、いつそ死んでしまつた方がましである。
〔評〕 初二句は「いくばくも生けらじ命を」(二九〇五)と同じ無常觀である。自棄的な情熱を單純率直に打ち上げて、特に結末に力がある。
 
2914 愛《うつく》しと念《おも》ふ吾妹《わぎも》を夢《いめ》に見て起《お》きて探るに無きがさぶしさ
 
〔譯〕 かはゆいと思ふ愛人を夢に見て、本當に逢つたやうな氣がしてゐたに、眼が覺めて、暗闇を手探りに探つて見ると、誰もゐないのが寂しいことである。
〔評〕 遊仙窟に「驚覺攪v之、忽然空v手、心中悵怏、復何可v論」とあるのからヒントを得たものであらう。「七四一」の大伴家持の作は、遊仙窟と同時に、この歌の影響もあらうと思はれる。
 
2915 妹と言ふは無禮《なめ》し恐《かしこ》ししかすがに懸《か》けまく欲《ほ》しき言にあるかも
 
〔譯〕 身分の劣つてゐる自分が、家がらのよいあの女を、「妻」といふのは失禮である、勿體ない。とは云ふものの、やはり「妻」とは、口に懸けていひたい言葉である。
〔評〕 低い階級の人が、おのが身分を顧みながら、なほ抑へ難い戀々の情を吐露したもので、素朴な語句に、切實の感が滿ちてゐる。「妹」といふ言葉の有する微妙な味はひのわかる歌である。
 
2916 玉勝間《たまかつま》逢はむといふは誰《たれ》なるか逢へる時さへ面隱《おもがく》しする
 
〔譯〕 逢はう逢はうといふのは、一體誰なのですか。たまに逢つた時さへ顔を隱して自分に見せないなどとは、逢ひ(33)たがつてゐた人とも思はれない。
〔評〕 嬌羞をおびた娘子の風姿が、明朗の語句聲調に躍如として描き出されてゐる。この歌の字面だけを見ると、女の親しまぬのをなじる樣であるが、女の羞恥心に愛着を感じて歌つたものであらう。
〔話〕 ○玉勝間 玉は美稱。「かつま」は籠。籠の蓋と身の會ふ意から、「逢ふ」の枕詞としたもの。
 
2917 現《うつつ》にか妹が來ませる夢《いめ》にかも吾か惑《まど》へる戀の繁きに
 
〔譯〕 實際に、いとしいそなたが來なさつたのか。それとも戀心の繁さに、夢の中でそなたが來たと自分が錯覺をしてゐるのか、夢と現の區別さへはつきりしないことである。
〔評〕 愛人の意外な來訪を夢かとばかり驚喜した男の激情が、かなり誇張されながら、しかも不自然と感じさせないやうに表現されてゐる。男から女を訪ねるのならば當然であるが、女から男を訪ねたので、男の喜びやうは格別であり、殊に「來ませる」の句で、その女は男より身分も高いらしく考へられるにおいては、男の喜ぶことは尚更である。
 
2918 大方は何かも戀ひむ言擧《ことあげ》せず妹に依り宿《ね》む年は近きを
 
〔譯〕 大體からいへば、何でまあ、こんなに戀しがることがあらう、ありはせぬ。文句なしに、あの女を妻として、よりそふ年はもう近い、のだもの。
 
〔譯〕 恐らくは父母の許可をも得て、公然と妻にする日が近づいて來てゐるのに、なほ頻りに戀しく思ふ心を自ら怪しんだのである。
〔語〕 ○言擧せず 何やかやと論議するまでもなくの義で、ここは、文句なしにの意。「九七二」參照。
〔訓〕 ○年は近きを 白文「年者近綬」。元暦校本等により、古訓によつてよむ。略解は「浸」の誤とし、ヅクと訓(34)んでゐる。
 
2919 二人して結びし紐を一人して吾は解き見じ直《ただ》に逢ふまでは
 
〔譯〕 別れる時に二人で結んだ着物の紐を、一人では自分は解いて見ない、二人がまた直接に逢ふまでは。
〔評〕 旅にある男の歌と解してよくわかるが、必ずしも旅中と見ずともよい。類歌に「一七八九」がある。伊勢物語に女の答へた歌として「二人して結びし紐を一人してあひ見るまでは解かじとぞ思ふ」とあるのは、此の歌が傳説化せられたのである。
 
2920 死なむ命|此《ここ》は念《おも》はずただにしも妹に逢はざる事をしぞ念ふ
 
〔譯〕 戀の惱みに死んでしまひさうな自分の命、これはもう何とも思はない。唯々いとしい女に逢はないことだけを悲しく思ふのである。
〔評〕 死をも恐れぬ激しい戀の熱情を、端的簡勁な詞句格調に表現して力がある。「ここ」といふ代名詞が力強く響いてゐて、効果的である。
〔語〕 ○此は念はず 「死なむ命」を承けて、この點はの意。○ただにしも 「し」は強意、「も」は感動の助詞。
 
2921 幼婦《をとめご》は同《おや》じ情《こころ》に須臾《しましく》も止む時もなく見なむとぞ念ふ
 
〔譯〕 少女子のこの私は、あなたと同じ心もちで、ちよつとの間も絶える時なく、あなたにお逢ひしたいと存じます。
〔評〕 自ら、をとめごと呼んで、戀しさを述べた、素朴純眞、可憐な作である。三四句のかさね方もよい。
〔訓〕 ○幼婦 代匠記には、タヲヤメハと訓んでゐる。
 
(35)2922 夕さらば君に逢はむと念《おも》へこそ日の募るらくも嬉しかりけれ
 
〔譯〕 夕方になつたらば、あなたにお目にかからうと思へばこそ、日の暮れるのも私は嬉しいことであります。
〔評〕 内容語句共に素直にして、稚氣を留めてゐるところ、少女の純情が溢れ出てゐる。
 
2923 直《ただ》今日も君には逢はめど人言を繁み逢はずて戀ひわたるかも
 
〔譯〕 すぐに今日でもあなたに逢へば逢へるでせうけれども、人の噂がやかましいので、逢はずに一人で戀ひ續けてゐることです。
〔評〕 これも初心な女の作で、感情は率直にして純であるが、表現が稚拙であり、四句の「繁み逢はずて」が、所謂句割れになつてゐる。
〔語〕 ○たた今日も 直ちに、今日でもの意。「ただ今夜あひたる子らに」(二〇六〇)の類例がある。
 
2924 世のなかに戀繁けむと思はねば君が袂を纒《ま》かぬ夜もありき
 
〔譯〕 この世の中で、このやうに戀の心が繁からうものとは思はなかつたので、そなたの袂を枕にしない夜もあつたのであつた。(こんなに戀しいものならば、毎晩逢つておくのだつた。)
〔評〕 思ふままに逢はれぬ時は、さほどにも思はず、逢はれぬとなると、むやみに戀しくなるのが人情である。類歌「二五四七」と比べると、解釋もよくわかると思ふが、これの異傳かとも思はれる。
 
2925 緑兒の爲こそ乳母《おも》は求《もと》むと云《い》へ乳《ち》飲《の》めや君が乳母《おも》求むらむ
 
(36)〔譯〕 赤ん坊の爲にこそ、乳母はさがすものと世間では申します。私みたいな婆さんに御執心とは、さてはあなたは乳をお飲みになるので、乳母をお求めなさるのですね。
〔評〕 年下の男に戀をしかけられた女が、輕く相手を揶揄した歌で、まことに巧みな皮肉である。うけとつた方では相當痛かつたことであらうと微笑される。
〔話〕 ○おも おもは元來母のことで「四四〇二」にも母父《おもちち》とあり、乳母は和名抄にチオモとある。さういふべきを、略してオモといつたものと思はれる。
 
2926 悔しくも老いにけるかも我背子が求むる乳母《おも》に行かましものを
 
〔譯〕 殘念にも私は年をとつてしまひましたよ。もつと若かつたらば、あなたのさがしていらつしやる乳母になつて、雇はれて參りませうものを。
〔評〕 前の歌と連作。もう老い果てて乳母にもなれませぬと、婉曲に男の申出を拒んだのである。勿論まだ美くしさは保つてゐたものの、年上の引け目を感じたのであらう。分別のある落ちついた態度で、歌も練熟してゐる。
 
2927 うらぶれて離《か》れにし袖をまた纒《ま》かば過ぎにし戀《こひ》い亂れ來《こ》むかも
 
〔譯〕 心憂く思ひくづほれて、遠のいてしまつた戀人の袖を、今また枕としたならば、過ぎた昔の戀心が再び狂ひ亂れてくるであらうか。さうなつては又苦しいことであらう。
〔評〕 絶えた關係を復活させたらば、再び昔の戀の苦患が身をさいなむであらうと豫想して、躊躇逡巡してゐる複雜な心理である。戀を擬人化して、「亂れ來むかも」と云つたのも面白い。うらぶれて離れたといふ句のうちには、深い事情や、苦しい立場も想像することができる。
(37)〔語〕 ○過ぎにし戀い ずぎにしは、過ぎた昔のあきらめてしまつてゐる戀。「い」は助詞。「それが」と主格を強く示す。「志斐いはまをせ」(二三七)參照。
〔訓〕 ○戀い 白文「戀以」。「以」は元暦校本による。通行本には「也」とあるが、「や」では下の「かも」と打合はない。
 
2928 己《おの》がじし人|死《しに》すらし妹に戀ひ日にけに痩せぬ人に知らえず
 
〔譯〕 人は各々自分の心からして死にもするものらしい、自分はあの女にこれほど戀ひ焦れて、日増しに痩せてしまつた、相手には知られずに。
〔評〕 なるほど戀死《こひじに》といふことはあるらしい、自分もこの樣子では、やがて死ぬであらうと、片戀に惱む心弱い男の感傷である。笠女郎の「五九八」の歌はこれを粉本としたものと思はれる。
 
2929 夕夕《よひよひ》に吾が立ち待つに若《けだ》しくも君來まさずは苦しかるべし
 
〔譯〕 毎晩毎晩、私が門口に立つてお待ちしてゐますのに、もしや今夜もあなたがいらつしやらなければ、私は苦しいことでありませう。
〔評〕 來ぬ夜あまたの男を待つあいなだのみは、若い初心な娘子にとつて、堪へ難い苦痛であらう。哀韻長く、女性的な弱々しさを語つてをる。
 
2930 生《い》ける代に戀とふものを相見ねば戀の中《うち》にも吾ぞ苦しき
 
〔譯〕 今までの自分の生涯に、戀といふものに嘗て出會つたことがなかつたので、今出あつてみると、凡そ世の人の(38)する戀の中でも、自分のが最も苦しいとおもふ。
〔評〕 初めて戀を知つた人の告白として端的率直であり、その物々しい表現の中に純な稚氣を藏してゐて微笑を誘ふ。
 
2931 念《おも》ひつつ坐《を》れば苦しもぬばたまの夜《よる》に至らば吾こそ行かめ
 
〔譯〕 あなたのことを、一所懸命思ひながらじつとして居るのは、苦しいことです。夜になりましたら、私の方から思ひきつて出かけて參りませう。
〔評〕 男の來るのを待ちかねて女が男の方へ出かけようといふのである。待ちかねる焦慮が、結句の大膽な詞句の中によく現はれてゐる。
 
2932 情《こころ》には燃《も》えておもへどうつせみの人目を繁み妹に逢はぬかも
 
〔譯〕 心の中では燃えるやうに戀ひ慕つてゐるけれども、世間の人目が多いので、自分は女に逢はないでゐるが、苦しいことである。
〔評〕 「二九一〇」の作に比較すると、二句と四句とに段落をおいた調子が上代的に整つてはゐるが、平庸の作である。
 
2933 相思はず君は坐《ま》さめど片戀に吾はぞ戀ふる君が光儀《すがた》に
 
〔譯〕 あなたは何とも私のことを思つていらつしやらないでせうが、私は、片思に戀ひこがれて居ります、あなたのお姿を。
〔評〕 ありのままの情を素直に述べて、女らしい優しさの中に熟と力がこもつてゐる。
〔訓〕 ○まさめど 白文「雖座」、マセドモ、イマセドともよめる。
 
(39)2934 あぢさはふ目には飽けども携《たづさ》はり車問はなくも苦しかりけり
 
〔譯〕 いとしい人の姿を目では飽きるほど見てゐるけれども、互に手を取りあつて語らふことがないといふのも、實に苦しいことである。
〔評〕 眼前になつかしい姿を見てゐながら、親しい言葉もかはされない焦慮は堪へ難い。身分の相違か、まだ戀の十分に發展せぬためか、とにかく、もどかしいことである。
〔語〕 ○あぢさはふ 「め」につづく枕詞。「一九六」參照。「うまさはふ」と訓む説もある。
〔訓〕 ○事とはなくも 白文「不問事毛」、トハレヌコトモ、コトトハザルモともよめる。
 
2935 あらたまの年の緒永く何時《いつ》までか我が戀ひ居《を》らむ壽《いのち》知らずて
 
〔譯〕 年月長く、いつまでまあ、あの人を戀してゐることであらうか。命の限あることも知らないで。
〔評〕 秘めた戀を切り出しかねてゐる心弱さを自ら叱りつつ、猶且ためらうてゐるのである。「二三七四」と同趣である。氣の早い現代人と比較して味はふと興味がある。
 
2936 今は吾《あ》は死なむよ我背戀すれば一夜一日も安けくもなし
 
〔譯〕 今はもう私は死んでしまひませうよ、あなた。こんなに戀ひ焦れてばかりゐると、ただの一日一夜も心の安らかなことがありませぬ。
〔評〕 頗る情熱の高ぶつた歌であるが、「今は吾は死なむよ吾妹逢はずして念ひわたれば安けくもなし」(二八六九)とは、女の歌になつてゐるだけの相違である。三四句の表現に少し細かい點はあるが、要するに何れかが臨機に古歌(40)を少し改作して借用したのであらう。
 
2937 白細布《しろたへ》の袖折り反《かへ》し戀ふればか妹が容儀《すがた》の夢《いめ》にし見ゆる
 
〔譯〕 着物の袖を折り反して寢て、これほど戀しがつてゐるからであらうか、いとしい女の姿が夢に見えることよ。
〔評〕 當時の袖は手よりも裄が長かつたので、たやすく折り反されたのである。袖を折り反して寢ると、思ふ人と夢に逢へるといふのは當時の俗信であつた。逢瀬稀なる仲をはかなんで、男が袖を反して寢るといふやうな婦女の態を學ぶのも、戀なればこそである。
 
2938 人言を繁みこちたみ我背子を目には見れども逢ふよしもなし
 
〔譯〕 人の噂が繁くうるさいので、いとしいお方を目には見てゐるけれども、逢ふてだてもない。
〔評〕 類型的で平庸の作である。類歌なる「二八九五」の作に比すれば、格調の緊密な點をまされりとすべきであらう。
〔訓〕 ○こちたみ 白文「毛人髪三」、コチタミと訓む理由は、毛人は蝦夷即ちアイヌで、蝦夷は身體に毛が多いので、その髪のうるさいほど澤山ある意から、義訓にしたので、集中唯一の用例である。
 
2939 戀といへば薄《うす》き事なり然れども我は忘れじ戀ひは死ぬとも
 
〔譯〕 一口に戀と云へば、淺い無雜作なことのやうである。けれども、私のは尋常一樣の戀ではないので、決して忘れない、たとひ戀ひ死をしようとも。
〔評〕 初二句、自己の思を表現するに言葉の足らぬことを歎じてゐるが、この感は、時に臨んで何人も經瞼する所で(41)ある。「言に云へば耳に容易し」(二五八一)、「旅といへば言にぞ易き」(三七四三)なども思ひ合せられる。
 
2940 なかなかに死なば安けむ出づる日の入る別《わき》知らぬ吾し苦しも
 
〔譯〕 却つて死んでしまつたらば安らかにならう。物思の爲に茫然としてをつて、出て來た太陽が入るやら入らないやら、晝夜の區別も分らずに戀に惱んでゐる私は、實に苦しいことである。
〔評〕 三四句は甚しい誇張であるが、それを空疎な技巧と感ぜしめないのは、奔流の如き熱情と緊張した修辭との力に外ならない。
 
2941 念《おも》ひ遣《や》るたどきも我は今は無し妹に逢はずて年の經行けば
 
〔譯〕 この苦しい思を晴らすてだても、自分にはもはや無い。いとしい女に逢はないで、年月が段々過ぎて行くので。
〔評〕 これも珍しい内容ではなく、語句も類型が多い。本卷にも、「二八八一」「二八九二」などがあつて、互に甲乙のない作である。
 
2942 吾背子に戀ふとにしあらし小兒《みどりご》の夜哭《よなき》をしつつ宿《い》ねかてなくは
 
〔譯〕 わが思ふ人に、戀ひこがれてゐるのであるさうな。子供のやうに、毎晩私が夜泣をして、寢ることができないのは。
〔評〕 この頃めつたに通つて來ぬ男を恨む趣である。夜毎に戀泣をするのを、子供の夜泣に譬へたのは面白く、「吾背子に戀ふとにしあらし」とさりげなく他事のやうに云ひなしてゐる所に、却つて抑へられるだけ抑へてゐる情炎がほの見える。
 
(42)2943 我が命の長く欲《ほ》しけく僞を好《よ》くする人を執《と》らふばかりを
 
〔譯〕 私の命の長かれと望まれることであります。來るといつて來ない、さういふうその上手なあなたをつかまへて、責めて上げることが出來るまで。
〔評〕 男に捨てられた女が、男に執りついてやる爲に生きてゐたいといふのであるが、凄味よりも辛辣な皮肉に聞えるので、受取つた男はその意味で悚然たるものがあつたらう。讀者は輕いユーモアを感じて洒脱な年増女の風?を想像するのである。
 
2944 人言を繁みと妹に逢はずして情《こころ》の裏《うち》に戀ふる此の頃
 
〔譯〕 人の噂がうるさいので、いとしい女に逢はないでゐて、心のうちで此の頃は頻りに戀ひ焦れてゐることである。
 
〔評〕 平易素朴といふのみで、特に優れた點もない。「一七六八」と四五句が同じい。
 
2945 玉|梓《づさ》の君が使を待ちし夜の名殘ぞ今も宿《い》ねぬ夜の多き
 
〔譯〕 戀しいお方からの便りの使が來るのを待つてゐた毎夜の習はしの名殘で、仲の絶えてしまつた今でも、寢られない晩が多いことである。
〔評〕 既に男と仲の絶えた後も猶、樂しかつた當時の追憶に生きてゐる女心があはれである。「二五八八」の歌の異傳といふ説もあるが、別の歌であらう。
〔語〕 ○玉梓の 「使」にかかる枕詞。「二〇七」參照。
 
(43)2946 玉|桙《ほこ》の道に行き合ひて外目《よそめ》にも見ればよき兒を何時《いつ》とか待たむ
 
〔譯〕 途中で行き逢つて、ちよつと外目に見たたけでもかはゆいあの女を、わが手に入れる日を、いつと當てにして待たう、氣がかりなことである。
〔評〕 道行く美しい少女を見初めて思を懸けた歌である。どうして手に入れようか、果してわが掌中の珠となるであらうか、希望と不安との交錯した心持が讀まれる。
〔語〕 ○玉桙の 「道」の枕詞。○よそ目にも ちよつとよそ目に見ただけでも、の意。
 
2947 おもふにし餘《あま》りにしかば術《すべ》を無み吾は言ひてき忌《い》むべきものを
     或本の歌に曰く、門に出でてわがこい伏すを人見けむかも。一に云ふ、すべを無み出でてぞ行きし家のあたり見に。柿本朝臣人麻呂歌集に云ふ、鳰鳥のなづさひ來《こ》しを人見けむかも。
 
〔譯〕 心のうちに思ひ餘つたので、何とも仕方がなくて、自分はいとしい女の名を云つてしまつた。忌みつつしみ、愼重にしなくてはならなかつたものを。
 或本の歌−門口に出て自分が轉び臥したのを、人が見たことだらうかなあ。
 一に云ふ−何とも手段がなくで、遂に自分は出て行つた、女の家のあたりでも見ようと思つて。
 人麿歌集−鳰鳥が川を難儀してのぼる如く、苦勞してやつて來たのを、人が見つけたであらうかなあ。
〔評〕 左註に示すやうにこの歌に類した歌が澤山あつたことが知られる。これは民謠の一の特色である。他にも「二四九二」「二四四一」があつて、右の二首をとつて一つにしたやうな作である。
〔語〕 ○わがこい伏すを 放心?態で、つい立つてゐられず、轉び仆れてゐるのを。「こい」は轉ぶ意。
 
(44)2948 明日《あす》の日は其の門行かむ出でて見よ戀ひたる容儀《すがた》數多《あまた》著《しる》けむ
 
〔譯〕 明日は、そなたの家の門前を通るであらう。出て御覽なさい。そなたを戀ひ慕つてやつれはてた自分の姿が、大へんよくわかることであらう。
〔評〕 異色のある句法で、一見無器用なたどたどしい表現のやうでゐて、句切れが多く言葉のぶつぶつ切れてゐるのは、感情の切迫した趣を現してゐる。住吉物語の「君が門今ぞ過ぎ行く出でて見よ戀する人の成れるすがたを」は、この歌の改作で、流麗優雅ではあるが、原型の素朴さには及ばない。
 
2949 うたてけに心|欝悒《おはほ》し事計《ことはかり》よくせ吾背子逢へる時だに
 
〔譯〕 私は益々ひどく心が憂欝になつてまゐります。取り成しをもつとよくして下さいませ、あなた。かうしてたまに逢つてをります時だけでも。
〔評〕 たまたま逢つた時さへ、どうした事か、わつさりと打ち解けてくれぬ男に、愛撫を要求してをる。簡潔の句を連ねながら、甘い媚態が目に見えるやうで、男の心を搖り動かさずにはおかなかつたであらう。
〔語〕 ○うたてけに 殊更に、益々甚しくなどの意。○事計 「つぎて相見む事計せよ」(七五六)ともあつて、事の計畫の義であるが、ここは取り成し、愛撫を意味する。
 
2950 吾妹子が夜戸出《よとで》の光儀《すがた》見てしより情《こころ》空《そら》なり地《つち》は蹈めども
 
〔譯〕 自分のかはゆい女が、夜分外へ出て行く美しい姿を見てから、恍惚として氣もそぞろである。足は土を踏んでゐるけれども。
(45)〔評〕 愛人の夜戸出の姿をちらと見て、その美しさに引きつけられたのである。四五句は、「二五四一」「二八八七」にも類歌がある。
 
2951 海石榴市《つばいち》の八十《やそ》の衢《ちまた》に立ち平《牡ら》し結びし紐を解かまく惜しも
 
〔譯〕 海石榴市の幾つにも道のわかれた辻の廣場で、歌垣の中にまじつて地を踏みならし踊りつつ、男の結んでくれた着物の紐を、今解くのは惜しいことである。
〔評〕 歌垣の場で親しくなつた男に結んで貰つた紐を、その後男との中は絶えてか、一人して解かうとしつつ、過ぎし樂しい會合を偲んで、解きかねてゐる心もちであらう。或は新しい求婚者の爲に解かうとするのは惜しいといふ解釋もある。いづれにしても甘い哀愁に滿ちて、上代の風俗のしのばれる作である。但、この歌を歌垣の歌とするのは何の證據もないといふ説もある。しかし、歌詞に歌垣といふ語は見えないが、歌垣の場合と考へることが適當な内容である。
〔語〕 ○海石榴市 今の大和國磯城郡三輪村大字金屋の地。武烈紀にも「海柘榴市巷」と見え、古く繁華の地で、歌垣も行はれた。下なる「三一〇一」にも見え、平安朝の枕草紙の「市は」の條にも、源氏物語玉鬘の卷にも見えてをる。海石榴は椿で、市に椿が植ゑてあつたから、この名がついたのであらう。
 
2952 吾が齡し衰へぬれば白細布《しろたへ》の袖の狎《な》れにし君をしぞ念《おも》ふ
 
〔譯〕 私の齡がこんなに衰へてしまひましたので、永い間馴れ親しんで來たあなたを、いよいよ懷かしく思ひます。
〔評〕 年たけて、多年馴れ親しんだ連れ合ひがいよいよ戀しくなるといふ、いかにも上代人らしいまめやかな述懷である。
(46)〔語〕 ○白細布の袖の 衣の古びたのを「褻《な》る」といふに馴るをかけて、次の句の序としたもの。
〔訓〕 ○君をしぞ念ふ 白文「君乎准其念」、「君乎」の下に「母」の字が諸本にあるが、衍字とする説に從ふ。「准」は集中他に用例のない字であるが、字音辨證によつて「シ」とよむこととする。
 
2953 君に戀ひ吾が哭《な》く涙しろたへの袖さへひぢて爲《せ》む術《すべ》もなし
 
〔譯〕 あなたを戀ひ慕つて、私の泣く涙に、衣の袖までも濡れて、何とも致し方がありませぬ。
〔評〕 「二五四九」の歌に似てゐるが、「せむすべもなし」の一句が、女性の心のせつなさをあらはしてあはれである。
 
2954 今よりは逢はじとすれや白妙の我が衣手の干《ふ》る時もなき
 
〔譯〕 もうこれからは、あなたが私に逢ふまいとなさるからであらうか、私の着物の袖は涙で乾く時もありませぬ。
〔評〕 不思議なまでに涙が落ちるに、不吉な豫感を覺えた特殊な感慨であらう。
 
2955 夢《いめ》かと情《こころ》は惑《まど》ふ月|數多《あまた》離《か》れにし君が言の通へば
 
〔譯〕 夢ではないかと、私は驚きと喜びとで、心がどぎまぎして迷ひました。幾月も打ち絶えてゐたあなたのお便りがありましたので。
〔評〕 空谷の跫音とは、まことにかういふ場合をいふのであらう。「二六〇一」に似て、彼は偶然の會合であるが、此は男の誠意からである。夢かと喜んだ女の心持がよく分る。初二句でいきなり高潮した感情を叫びあげた句法、その初句の字足らずなど、皆作者の此の時の息づかひを感ぜしめる。
 
(47)2956 あらたまの年月かねてぬばたまの夢《いめ》にぞ見えし君が容儀《すがた》は
 
〔譯〕 永い年月かけて、久しい間私の夢に見えてゐたのです。なつかしいあなたのお姿は。
〔評〕 極めて單純な内容で、特異な點もなく、殊に枕詞の靈感を覺えることの少くなつた後世人には、あまりぴんと來ない歌である。
〔訓〕 ○夢にぞ見えし 白文「夢爾所見」。舊訓、ユメニぞミユルとあるが、新考にミエシと過去に訓み、始めて逢ひし時の歌なりと註してゐるによる。
 
2957 今よりは戀ふとも妹に逢はめやも床《とこ》の邊《べ》離《さ》らず夢《いめ》に見えこそ
 
〔譯〕 旅に出てしまつたらば、今からはどんなに戀しく思つても、そなたに逢ふことがどうして出來よう。だから、自分の床のあたりを離れず、いつも夢に姿が見えてくれよ。
〔評〕 暫く女に別れて旅立つ時の作であらうか。四五句は「二五〇一」と全く同じである。
 
2958 人の見て言とがあせぬ夢《いめ》にだに止《や》まず見えこそ我が戀|息《や》まむ【或本の歌頭に云ふ、人目多み直にはあはず】
 
〔譯〕 人が見て咎めだてをしない夢の中にでも、せめて愛する女の姿が絶えず見えてくれ。さうしたらば、私の遣瀬ないこの戀心も少しはおちつきやすまることであらう。
 或本の歌−人の見る目が多いので、直接にはあの女と逢はれない。
〔評〕 人目の關のきびしさに、せめては夢の世界の自由でも樂しまうといふのである。「二九一二」と一二三句は殆ど同じである。
 
(48)2959 現には言絶えにたり夢《いめ》にだに續《つ》ぎて見えこそ直《ただ》に逢ふまでに
 
〔譯〕 現實にはあのお方と消息をかはすことも絶えてしまつた。何とかして夢にでも續いてお姿が見えてほしい。再び縁があつて直接にお逢ひすすまでは。
〔評〕 故あつて一旦は絶えた仲であるが、女は斷念してゐない。互の仲の復活をあいなだのみに待つて、せめてそれまでは夢にでも愛する人の幻影を守らうといふ心があはれである。「八〇七」「二五四四」「二八五〇」など類歌も多いが、結句の眞實さが此の歌の勝る點である。
 
2960 うつせみの現《うつ》し情《ごころ》も吾は無し妹を相見ずて年の經ぬれば
 
〔譯〕 生きてゐる人間の正氣な心も、今ではもう自分は無くなつてしまつた。いとしい女と逢はずに年が經つたので。
〔評〕 平板の作で、「二三七六」をはじめ、類似の趣の歌が多い。
 
2961 うつせみの常の辭《ことば》とおもへども繼《つ》ぎてし聞けば心|惑《まど》ひぬ
 
〔譯〕 あなたのおつしやることは、世間の人の竝々のお世辭とは思つて居りますけれども、續いてお聞きすると、或は本當かなあと、何だかわからなくなつてしまひました。
〔評〕 相手の甘い言葉を、氣安めかお世辭かとは聞きながらも、やはりいつとなく引入れられてゆくのは、戀する人の弱みである。人情の機微と捉へた歌である。
 
2962 白たへの袖|數《な》めずて宿《ぬ》るぬばたまの今夜《こよひ》ははやも明けば明けなむ
 
(49)〔譯〕戀しい女と袖をならべないで、自分獨寢る今夜は、早く明けるなら明けてしまつてくれ。
〔評〕 獨寢のわびしさを詠んでゐるが、語氣から推すと、いつも獨寢がちといふのでなく、寧ろたまの獨寢に腹立つてゐるやうな稚氣が見える。
〔訓〕 ○袖なめずてぬる 白文「袖不數而宿」。細井本による。「馬數而《ウマナメテ》」(四)とあるによつてよんだ代匠記の説による。古義は義訓としてソデカレテヌルと訓む。
 
2963 白たへの袂ゆたけく人の宿《ぬ》る味寐《うまい》は寢《ね》ずや戀ひわたりなむ
 
〔譯〕 袂をゆつくりとして、うちくつろいで人の寢る快い安眠はせずに、戀ひつづけてゆくことであらうか。
〔評〕 戀の悶えに安眠の出來ぬ嗟嘆であつて、初句から四句へかけての表現は巧妙である。但、三四句は「二三六九」の一二句にもあるが、その前後は分らない。
 
  物に寄せて思を陳《の》ぶ
 
2964 斯くのみに在りける君を衣《きぬ》ならば下にも著むと吾が念《も》へりける
 
〔譯〕 こんなにまあ薄情だつたあなたなのに、さうとは知らず、もしあなたが着物ででもあつたら、こつそり下に着て肌身離すまいと私は思つてゐたことでした。くやしいことです。
(50)〔評〕 男の無情を恨みつつも、猶纒綿の情緒を絶たぬところ、女性心理を語つてゐる。下に著るには、他人に秘して確得する意と、肌身を放さぬ愛撫の情とが籠つてをり、譬喩が適切でよい。手法は「三八〇四」と同型である。
 
2965 橡《つるばみ》の袷の衣《ころも》裏にせば吾《われ》強《し》ひめやも君が來《き》まさぬ
 
〔譯〕 橡染の袷の裏のやうに、あなたを裏にして粗末に思ひますならば、何の私が無理にあなたの御出を願ひませうぞ。こんなに大事に思つて居りますのに、あなたはお出で下さいませぬことよ。
〔評〕 心から思ひ慕ひつつ待つに猶來ぬ愛人を恨む歌。賤者の着る橡染の衣を序にとつたのは、作者の身分を語つてゐるものであらうか。語句の素朴にして修辭も洗煉されてゐないながら、眞實味の濃厚な點からも、さう感じられる。
〔語〕 ○橡の袷の衣 橡はドングリの笠で染めた色。「一三一一」參照。以上「裏」にかかる序。
 
2966 くれなゐの薄染衣《うすぞめごろも》淺らかに相見し人に戀ふる頃かも
 
〔譯〕 くれなゐの薄染の着物ではないが、あつさりと氣にも留めずに互に見てゐた人に、どうしたものか、この頃頻りに戀心が湧いて來たことである。
〔評〕 今までさほど心に懸けてもゐなかつた人に、次第に深い愛着を感じて行くといふ心持の自然さが、巧みに表現されてゐる。この序は、下の「桃花褐《ももぞめ》の淺らの衣淺らかに」(二九七〇)と共に、相手の婦人の服装から直ちに取り用ゐたものと思はれ、その麗人の容姿も想像されるやうである。
 
2967 年の經ば見つつ偲《しの》へと妹が言ひし衣の縫目《ぬひめ》見れば哀《かな》しも
 
〔譯〕 旅に出て年が經つならば、これを見て私を思ひ出して下さいといつて、妻が縫つてくれた着物の縫目が、今は(51)もう綻びかかつて來たのを見ると、家が戀しくて悲しいことである。
〔評〕 綻びかかつた旅衣の縫目に涙する遊子望郷の情、あまりに感傷に過ぎると見るのは、時代を解しないものである。行路の不安、宿舍の不便は、今日から到底想像も及ばなかつたのである。
 
2968 橡《つるばみ》の一重の衣《ころも》うらもなくあるらむ兒ゆゑ戀ひ渡るかも
 
〔譯〕 橡の一重の着物ではないが、うらもなく無邪氣でゐるやうなあの女なので、かはゆくて自分は戀ひ暮してゐることである。
〔評〕 純眞にして無邪氣な女性は、まことに現世の光であり、花である。それに戀する資格のある者は、やはり純情の若人でなければならない。この作者はその人といつていい。美しい眞實の歌である。
〔語〕 ○うらもなく 心の表裏なしの意といふ説(古義)はよくない。「うら」は心の意で、何心なく、無心にの意。
 
2969 解衣《ときぎぬ》のおもひ亂れて戀ふれども何の故ぞと問ふ人もなし
 
〔譯〕 解き衣の亂れるやうに、あの人ゆゑに自分は心が亂れて戀ひ焦れてゐるけれども、何の爲の物思ひかと尋ねてくれる人もない。無情な人ばかりであるよ。
〔譯〕 惱みある人にとつては、唯一言の同情も無上の慰めであり感激であるが、反對に又、惱みある時、傍から一言もかげて貰はぬことは、不滿であり憤懣さへも感ずるのは、我儘とはいへ自然の人情である。この歌、この間の機微をよく穿つてゐる。「二六二〇」はこの歌の異傳である。
 
2970 桃花褐《ももぞめ》の淺《あさ》らの衣《ころも》淺らかに念ひて妹に逢はむものかも
 
(52)〔譯〕 桃花褐の淺い色の着物のやうに、淺く好い加減に思つてゐて女に逢ふなどといふことが出來ようか。勿論自分は深く思つてのことである。
〔評〕 桃花褐の着物を着た娘子の風姿が眼前に浮ぶ美しい歌である。しかし上の「くれなゐの薄染衣」(二九六六)の歌に比すれば、自然さが失はれ、著しく形式化してゐる。
〔訓〕 ○桃花褐 舊訓アラゾメノ、元暦校本、類聚古集、モヽノハナ等あるが、今、紀州本の訓に從ふ。
 
2971 大王《おほきみ》の鹽燒く海人《あま》の藤衣《ふぢごろも》穢《な》るとはすれどいやめづらしも
 
〔譯〕 大君の御料の鹽を燒く海人の着てゐる藤衣の「褻《な》れる」といふ如くに、馴れ親しむやうになつたが、あの女はいよいよめづらしく可憐に思はれることである。
〔評〕 「須磨の海人の鹽燒衣の藤服」(四一三)及び「穢るとはすれどいやめづらしも」(二六二三)の二首をとつて一つにした觀がある。しかして、初句はいかにも事々しきに過ぎて、適切とはいひ雖い。形式的序の弊に陷つたものである。
〔語〕 ○大王の鹽燒く海人の藤衣 武烈紀に、角鹿の鹽は天皇に食《め》され、他の鹽は天皇は忌み給ふとあるのを本とし、ここは、敦賀の海の海人をさしたものと代匠記にいつてゐる。藤衣は、葛布で作つた衣、賤者の着るもの、又は喪服。以上、蕗衣の「褻る」に馴れ親しむ意をかけ、次の句の序とした。
 
2972 赤帛《あかぎぬ》の純真《ひたうら》の衣《ころも》ながく欲《ほ》り我が念《も》ふ君が見えぬ頃かも
 
〔譯〕 赤い色の帛の裏も表も同じ色の着物が長いやうに、長くいつまでも親しみたいと私が願ひ思ふあなたは、此の頃ちつともお見えにならぬことよまあ。
(53)〔評〕 長くと欲して待つてゐたのに、男が通はずになつたのを恨んだ歌。四五句は平庸であるが、序が珍しくてよい。
〔語〕 ○赤帛の 紅といはず赤帛とあるは緋色の衣である(考)。○ひたうら 表も裳も同色のもの。(「三七九一」によれば、ヒツラともよめる。)初句以下これまで、衣の長いによつて次句の序とした。
 
2793 眞玉つく遠近《をちこち》かねて結びつる吾が下紐の解くる日あらめや
 
〔譯〕 遠く行末をかけて契りつつ固く結んだ私の着物の下紐が、又あなたと逢ふまで解ける日がありませうか。あなた以外の人の爲に解けるやうなことは決してありませぬ。
〔評〕 貞潔の誓であり、また戀の永續の祈でもある。大伴坂上郎女の、「六七四」の歌は、この一二句に擧んだものであらう。
〔語〕 ○眞玉つく 玉をつける緒と「遠近」の「を」にかかる枕詞。○遠近かねて 現在未來にかけて、行末長く、の意。
 
2974 紫の帯の結《むすび》も解きも見ずもとなや妹に戀ひわたりなむ
 
〔譯〕 自分は、紫の帯の結び目をいつ迄も解きもしないで、むなしくまあ、あの可憐な女に戀ひつづけることであらうか。
〔評〕 紫の帯は若く美しい女性を思はせる。これは男の歌であるから、作者は貴公子めいた人であらう。逢はざる戀を歎いたもので、一通りの作である。
〔語〕 ○もとな よしなく。はつきりした理虫や結果を知ることが出來ぬ心持。「二三〇」參照。
 
(54)2975 高麗錦紐の姑《むすび》も解き放《さ》けず齋《いは》ひて待てどしるしなきかも
 
〔譯〕 二人で結んだ着物の高麗錦の紐の結び目を、その後解きあけて共寢をもせずに、神樣にお祈りして、逢ふ日を待つてゐるが、一向效果がないことであるよ。
〔評〕 高麗錦の紐を用ゐてゐるのは、やはり身分ある人であらう。これも平庸の作に過ぎない。
〔語〕 ○高麗錦 高麗から渡來した錦。「二〇九〇」參照。○齋ひて待てど 神を祭り、戀人に逢ふ時の來るのを祈る意。
 
2976 紫の我が下紐の色に出でず戀ひかも痩《や》せむ逢ふよしを無み
 
〔譯〕 紫の私の着物の下紐の色は鮮かだが、私は顔色には表はさないままに、かうして戀ひ痩せることであらうかまあ、戀人に逢ふ方法が無いので。
〔評〕 身も痩せるばかりの忍ぶ戀で、内容は何の奇もないが、眞率で、四五句の倒置はよく利いて力がある。
 
2977 何故か思はずあらむ紐の緒の心に入りて戀《こほ》しきものを
 
〔譯〕 何が故にあなたを思はずにゐるなどといふことがありませうか。心にしみこんでこんなに戀しいのに。
〔評〕 誠意を疑つた相手に對して、その情熱を強調したのであらう。序の用例が珍しい。優しい語調が女の作らしく想像させる。
〔語〕 ○紐の緒の 折り曲げた紐の端をわなにとほすを心に入るといひ、それで、枕詞としたといふ説(新考)がよい。
 
(55)2978 まそ鏡見ませ吾背子わが形見|持《も》てらむ時に逢はざらめやも
 
〔譯〕 この鏡を持つてゐて、いつも私と思つて御覽なさいませよ、あなた。私の形見を持つていらつしやるからには、また逢ふことが出來ないといふわけはありますまい。
〔評〕 旅に出ようとする夫に、形見を贈る妻の眞情であらう。鏡が靈代として用ゐられた古代信仰の一端を語るものとしても、この歌は注意される。
 
2979 まそ鏡|直目《ただめ》に君を見てばこそ命に對《むか》ふ吾が戀止まめ
 
〔譯〕 戀しく思ふあなたを、直接に私のこの目で見ましたらば、その時こそ、命がけの私の戀心も、少しはやすまることでせう。
〔評〕 「直に逢ひて見てばのみこそたまきはる命に向ふ吾が戀止まめ」(六七八)と同一歌の遺傳と思はれる。併し、格調が緊張して、熱と力とに富む點で、此の「まそ鏡」の歌の方が優れてゐる。
 
2980 まそ鏡見飽かぬ妹に逢はずして月の經ぬれば生《い》けりともなし
 
〔譯〕 いくら見ても見飽かぬあのかはゆい女に、此の頃少しも逢はずに月日がすぎてしまふので、自分はまるで生きてゐるやうな心地もしないことである。
〔評〕 内容はありふれた單純なもので、四五句も類型が多いが、初二句の表現に聊か特色が認められる。五句は、「二一二」等參照。
 
(56)2981 祝部等《はふりら》が齋《いは》ふ御室《みもろ》のまそ鏡懸けてぞ偲《しの》ふ逢ふ人ごとに
 
〔譯〕 神職達のいつき祭る神殿の御鏡が常に懸けてある如く、自分は心に懸けてそなたを思ふことである。道で人に逢ふごとに。
〔評〕 戀人を心に懸けて思ふといふだけの單純な内容であるが、結句の、人に逢ふたびに戀人の面影に思ひをはせるといふ點がよく、この一句によつてこの歌は生きてゐる。
〔語〕 ○御室 神をいつき祀るところ。神社・神座。ここは三諸山のことではない。「御室を立てて」(四二〇)參照。
 
2982 針はあれど妹し無ければ著《つ》けめやと吾を煩《なや》まし絶ゆる紐の緒
 
〔譯〕 針はあるが、旅さきのこととて、妻が一緒にゐないので、どうせつけることは出來まいとばかりに、自分をなやまし困らせて、こんなに切れる着物の紐、意地のわるい紐の緒ではある。
〔評〕 恰も自分を困らせるやうに、意地惡くも着物の紐が切れた、非情な紐を恨んでゐるところに切實な思がこもつてゐる。馴れぬ手つきで無器用にもてあぐむ樣子も思はれ、旅の憂愁が哀れに漂つてゐる。
 
2983 高麗劔《こまつるぎ》わが心から外《よそ》のみに見つつや君を戀ひわたりなむ
 
〔譯〕 深く思つてゐるくせに、意氣地のない私の心からして、かうしていつもよそながら見るばかりで、あのお方を戀ひ續けることであらうか。あぢきない事ではある。
〔評〕 女の心弱さを自ら叱り自ら欺いた歌。わが心ゆゑに誰を恨みやうもない遣瀬なさの心持がよく出てゐる。
〔語〕 ○高麗劍 「わ」につづく枕詞。「一九九」參照。○よそのみに 直接でなく、外からばかり。
 
(57)2984 釼太刀名の惜しけくも吾はなし此の頃の間《ま》の戀の繁きに
 
〔譯〕 名譽が惜しいとも、なんとも自分は思はない。この日頃の戀心があまりに繁いので、もうどんなに浮名が立つても構ふものか。
〔評〕 情熱は漲つてゐるが、類想が多く、「二四九九」「二八七九」の二首を一つにしたやうな歌。「六一六」の歌も似てゐる。
〔語〕 ○劍太刀 刀劍には、草薙劍といふやうに名のある故に、「名」にかかる枕詞。
 
2985 梓弓末はし知らず然れどもまさかは吾に縁《よ》りにしものを
     一本の歌に云ふ
    梓弓末のたづきは知らねども心は君に繰《よ》りにしものを
 
〔譯〕 末々はどうなるかわからない。けれども現在は、自分に身も心もひたすら靡き寄つてゐるものを。
 一本の歌――行末の身の振方はどうなるやら分りませぬが、私の心は一途《いちづ》にあなたに頼りきつて居りますものを。
〔評〕 思慮のある男性の作で、二句は、末はどうならうともしらぬといふのではない。さきのことは何ともいへぬが、の意である。一本の歌は、これは女性の作。第二句に、將來の生活などはどうならうともと、心身を打込んで男に頼つてゐる心持が切實に表はれてゐて、別箇の歌である。
〔語〕 ○梓弓 弓の上端を弓末《ゆずゑ》といふので、「末」にかかる枕詞。○まさか 目前、現在の意。「奧をなかねそまさかしよかば」(三四一〇)ともある。
〔訓〕 ○まさかは吾に 白文「眞坂者吾爾」、「吾」を通行本には「君」とあるが、古本による。
 
(58)2986 枠弓引きみ弛《ゆる》べみ思ひ見てすでに心は縁《よ》りにしものを
 
〔譯〕 梓弓を引いたり、ゆるべたりするやうに、とつおいつ考へてみました結果、既に私の心はあなたに寄つてしまひましたものを。
〔評〕 百方考慮の末に決心した戀であるから、變ることはないといふ強い女性心理の一面を、表現してゐる。
〔訓〕 ○ゆるべみ 白文「縱見」、ユルシミとよむ説もある。
 
2987 梓弓引きて縱《ゆる》さぬ丈夫《ますらを》や戀とふものを忍《しの》びかねてむ
〔譯〕 梓弓を引き絞つて放たずにゐるやうな、張りきつた雄々しい心の男子たる自分が、戀などといふめめしいものを、下に隱しおふすことが出來ないのであらうか。そんな意氣地なしの自分ではない筈である。
〔評〕 堂々たる丈夫の身として戀々の情に引きずられる女々しさを自ら叱りながら、しかも如何ともし難い歎息を漏したもの。「二六三五」は初二句が、「釼刀身に佩き副ふる」とあるのみで、以下同一である。二首の間に聯關があるのであらうが、初二句いづれも甲乙なく、共に凛乎たる益良雄ぶりである。
 
2988 梓弓|未《すゑ》の中ごろ不通《よど》めりし君には逢ひぬ嘆は息《や》めむ
 
〔譯〕 中頃、一時打絶えて通つていらつしやらなかつたあなたに、久しぶりに逢ひました。もう歎くのはよしませう。
〔評〕 絶望とあきらめてゐたのに、再び男が姿を見せた。男の眞意はよく分らぬながら、ともかくも嬉しいのは女心である。十分安心しきつてよいかどうかは知らぬが、「歎きは止めむ」といふ心持が素直で同情を惹く。
〔語〕 ○梓弓末の中頃 初句は「末」の枕詞であるが、「末の中頃」の句がおちつかぬ。通つてきた盛の末の頃、又、(59)弓に「末の中」といふ所があつたといふ説がある。
〔訓〕 ○末の中ごろ 白文「末中一伏三起」、一伏三起は「一八七四」に述べた博奕の語で、四箇の木片を投げて、その表裏の出方によつて勝負を決するのに、木片の三箇伏して一箇仰いだのをツク、一筒伏して三箇仰いだのをコロといふから、「一伏三起」を「コロ」の假名に用ゐたのである。
 
2989 今更に何しか思はむ梓弓引きみ弛《ゆる》べみ縁《よ》りにしものを
 
〔譯〕 今更何のまあくよくよ物思を致しませうぞ。あなたとならばどうならうと滿足です。梓弓を引いたり弛めたりするやうに、色々と考へた上であなたに寄り靡いたのですもの。
〔評〕 上の「二九八六」の歌の異傳とも見れば見られる。「五〇五」の歌とも句法が似てゐる。
 
2990 をとめ等《ら》が績麻《うみを》の絡?《たたり》打麻《うちそ》懸《か》け績《う》む時なしに戀ひわたるかも
 
〔譯〕 少女等が麻を績むための絡?《たたり》に、打ち和らげた麻を懸けて絲を績むが、自分は倦む時もなく、いつもあの女を戀ひつづけてゐることである。
〔評〕 昔時の婦女の手業をとりいれた序が珍らしくて興味がある。文化史的に見ても面白い資料と云つてよい。
〔語〕 ○絡? 和名抄に引く揚氏漢語抄に多多理とある。絲を繰り取る爲の具で、臺に三本の柱を立てて、絲をこれに纒ひ懸けるのである。○打麻 打ち和らげた麻。
 
2991 たらちねの母が養ふ蠶《こ》の繭隱《まゆごも》りいぶせくもあるか妹に逢はずて
 
〔譯〕 母親の飼ふ蠶が繭の中に籠つて鬱陶しいやうに、自分も心が塞がつてくさくさすることであるよ、かはゆい女(60)に逢はないでゐると。
〔評〕 序が適切で、表現も巧妙である。恐らく作者の實生活に即したものであらう。「二四九五」と三句まで全く同じで、その先後は定め難いが、四五句がそれよりも一層切實で迫力がある。
〔訓〕 ○いぶせくもあるか 白文「馬聲蜂音石花蜘※[虫+厨]荒鹿」、馬の聲はイと聞え、蜂の音はブと聞えるから、「馬聲蜂音」をイブに借り、「石花」は石花《セ》貝の略で、岩に附着する貝の名、「三一九」にも「石花《セ》の海」とある。この句の表記法は蠶に聯關して、いづれも動物に因んだ戯書である。次なるイモをも異母とある。前の一伏三起と同じく戯書を好む人が、前のもこれをも書きとめたものと思はれる。
 
2992 玉|襷《だすき》懸《か》けねば苦し懸けたれば續《つ》ぎて見まくの欲《ほ》しさ君かも
 
〔譯〕 心に懸けて思ふまいとすれば苦痛であるし、懸けて思へば續けていつも見てゐたいあなた、ほんに戀しいお方ですこと。
〔評〕 忘れようとしても、思ひ續けても戀の苦しさは結局同じである。その心もちが暢達の歌詞に流れてゐる。しかし、稍巧妙に過ぎて、技巧が目に立つやうである。
 
2993 紫の綵色《しみいろ》の蘰《かづら》はなやかに今日見る人に後戀ひむかも
 
〔譯〕 紫の色に染めた美しい蘰のやうに、はなやかに美しいなあと今日見たあの女に、この後自分は戀ひ續けることであらうなあ。とても忘れられさうにもない。
〔評〕 初二句の序によつて、紫色のきぬを髪に卷いた美人が想像される。上代風俗研究の資料として面白い歌である。
〔語〕 ○紫の綵色の蘰 紫色に染めた髪かざりのかづら。「綵色の衣」(一二五五)參照。以上二句「はなやかに」の(61)序。
〔訓〕 ○綵色 考、古義、マダラノ等の諸訓があるが、日本書紀古寫本の訓によつてシミイロとよんだ。
 
2994 玉かづら懸けぬ時なく戀ふれどもいかにか妹に逢ふ時も無き
 
〔譯〕 自分は心に懸けぬ時もなく、こんなに始終戀しく思つてゐるけれども、どうしてあの女に逢ふ機會が無いのであらう。
〔評〕 思ひながら逢ひ難いのを歎じたもので、内容修辭共にありふれた歌である。
〔語〕 ○玉かづら 玉を緒に貫いて頭髪を飾るもの、髪にかける意から「懸け」の枕詞とした。
 
2995 逢ふよしの出で來《く》るまでは疊薦《たたみこも》重ね編《あ》む數|夢《いめ》にし見てむ
 
〔譯〕 戀しいあの人に逢ふ方法がいづれ出て來るであらうが、それまでは、疊薦を重ねて編む數ほど、自分は何度となく繰返して夢に見てゐよう。
〔評〕 農人らしい譬喩が、野趣を帶びて頗る素朴である。「疊薦へだて編む數通はさば」(二七七七)に似てゐる。
 
2996 しらか付《つ》く木綿《ゆふ》は花物《はなもの》言《こと》こそは何時《いつ》の眞枝《さえだ》も常《つね》忘らえね
 
〔譯〕 白紙をつけたやうな木綿の花は美しく花やかなものであるが、本當の花でない。それと同じやうに、あなたのお言葉は、お言葉としては親切で、何時《いつ》の一寸した間も忘れられませぬが、しかし眞實のお心なのでせうか。
〔評〕 技巧を凝らし過ぎて言葉が足らず、頗る難解になつた歌である。從つて人によつて解釋も異なるであらう。
〔語〕 ○しらか付く しらかは諸説があるも、白紙の説がおだやかであらう。「三七九」參照。神をまつる時に白紙(62)をつける木綿と枕詞とし、そのやうにうつくしいと解しておく。○木綿は花物 ここの木綿は木綿花、即ち木綿で作つた造花。花物は、花やかではあるが、あだあだしいものの意。「人は花物ぞ」(三三三二)ともある。 ○さえだ 「三四九三」の「椎のさえた」を引いて、小枝即ち一寸の意と解する全釋の説に從つておく。
 
2997 石上《いそのかみ》布留《ふる》の高橋|高高《たかだか》に妹が待つらむ夜ぞふけにける
 
〔譯〕 石上の布留の高橋の高いやうに、高々と爪立《つまだ》ち背伸をして、いとしい女が、自分を待ちわびてゐるに違ひない今夜は、もうすつかりふけてしまつたことである。
〔評〕 いとしい女のもとに通ふ道すがら、夜のふけたのに氣をいらちつつ足を早める男の姿が浮ぶ。高々に待つといつた例は「二八〇四」「三二二〇」その他集中に少くないが、當時有名であつた大和石上の布留川の高橋を序に採り用ゐたところに特色がある。
 
2998 湊入《みなといり》の葦別小船《あしわけをぶね》障《さはり》多みいま來《こ》む吾を不通《よど》むと思ふな
     或本の歌に日く、
   湊入に葦別小船障多み君に逢はずて年ぞ經にける
 
〔譯〕 湊に入る爲に葦の間を分けて來る小舟の邪魔が多いやうに、自分も餘儀ない故障があつて行けないが、今そのうちに行く筈の自分なのを、とどこほつて來なくなつたのだと思はないでゐてほしい。
 或本の歌――故障が多いので、思ふお方に逢へず、年月が過ぎてゆくことであるよ。
〔評〕 止むを得ぬ故障の爲に行けないのを、心變りかと女に疑はれるのは堪へ難い苦痛である。自分の本當の心持は(63)告げておかねばならぬ。「よどむと思ふな」の結句には、思ひ迫つた眞情が溢れて居り、序も適切巧妙である。或本の歌は、「二七四五」の歌に似てをる。
 
2999 水を多み高田《あげ》に種|蒔《ま》き稗《ひえ》を多み擇擢《えら》えし業《なり》ぞ吾が獨|宿《ぬ》る
 
〔譯〕 下田《くぼた》には水が多いので高田《あげた》に稻の種を蒔いて、そのはえた中に稗が澤山まじつてゐるから、それを擇み出して捨てるが、丁度そのごとく、私もあの人に擇み出され捨てられたので、かうして獨でさびしく寢てゐるのである。
〔評〕 農村の女の作であらう。譬喩が素朴かつ巧妙である。但、字句の洗煉が十分でなく、「業」といふ語もおちつかぬが、寧ろそれが自然であらう。「二四七六」の似通つた歌が本歌とおもはれる。
 
3000 靈《たま》合《あ》へば相|宿《ね》むものを小山田の鹿猪田《ししだ》禁《も》る如《ごと》母し守《も》らすも【一に云ふ、母が守らしし】
 
〔譯〕 二人の魂がしつくり合つてをるのであるから、一緒に寢ようものを、鹿や猪が出て來て荒らす山の田を番するやうに、母親が番をなさつてゐて、戀人に逢はせなさらぬことである。
〔評〕 田舍少女の束縛された戀への抗議である。三四句の誓喩は、作者の生活に即して野趣横溢、素朴にしてしかも適切である。初二句には古代人の靈魂觀が窺はれそ東歌の「三三九三」と對照してみるべき歌。
 
3001 春日野《かすがの》に照れる夕日の外《よそ》のみに君を相見て今ぞ悔しき
 
〔譯〕 春日野に照つてゐる夕日の景色は、都の内からいつもよそながら見てゐるが、恰もそのやうに、よそながら、あのお方を見たばかりで、近づくことも出來ず、今になつて悔しいことである。
〔評〕 もつと接近して思ふ心を打明けでもすればよかつた、と自らの引込思案を齒痒く殘念に思つたので、女らしい(64)つつましさと焦躁とがよく表はれてゐる。奈良の都人が遙かに眺める春日野に、夕日のさしてゐる景を採つて序としたのは、着想が面白い。
 
3002 あしひきの山より出づる月待つと人にはいひて妹待つ吾を
 
〔譯〕 山から出て來る月を待つてゐるのです、と、さりげなく人には云つて、實はいとしいあの女の來るのを待つてゐる自分なのである。
〔評〕 「斯くだにも妹を待ちなむさ夜ふけて出で來し月の傾くまでに」(二八二〇)のやうに、愛人を待つてゐるのである。美しい情痴が如何にも巧妙に、しかも上品に表現されて人を微笑させる。「三二七六」の長歌の終末の五句はこの歌と殆ど同じであるが、彼は此の民謠の短歌をとり入れたのであらう。
 
3003 夕月夜《ゆふづくよ》五更闇《あかときやみ》のおほほしく見し人ゆゑに戀ひわたるかも
 
〔譯〕 夕月夜の頃の明方の闇はほの暗いが、丁度そのやうに、ほのかに見たあの人の爲に、私はかうも戀ひ續けてゐることである。
〔評〕 ほのかなる片戀心である。「二六六四」の歌の一二句と同じであるが、適切で雅馴な用法である。
 
3004 ひさかたの天《あま》つみ空に照れる日の失《う》せなむ日こそ吾が戀ひ止《や》まめ
 
〔譯〕 あの大空に照り輝いてをる太陽の無くなつてしまふ日が來たらば、其の時こそ自分の戀も止むであらう。だが太陽が無くなる筈もないし、自分のこの戀心も止まうとも思はれない。
〔評〕 構想・意力ともに雄渾壯絶であつて、如何にも萬葉人の健康な逞しい情熱を語つてゐる。「天地といふ名の絶(65)えてあらばこそ汝と吾と逢ふこと止まめ」(二四一九)と並べ誦すべき歌であるが、それよりも更に直觀的であり、格調も張つてゐる。
〔訓〕 ○照れる日 白文「照日」、元暦校本・類聚古集等には、「照月」とあり、排列からいつても月の中に入つてをるが、その前の三首めには日の歌があるから、順序をたがへたものと見て、「日」の方によつた。
 
3005 望《もち》の日に出でにし月の高高《たかだか》に君を坐《いま》せて何をか思はむ
 
〔譯〕 十五日の夜に出た月のやうに、足を爪立ててお待ち申したあなたを、かうして來ていただいて、私はもう何を思ふことがありませう。
〔評〕 喜の情が躍動してゐる。十五夜の月が天心に上つたのを見るやうに、歌調も明朗で些の澁滯をも見ない。
〔語〕 ○高々に 足を爪立て、脊伸びをして待ち焦れるさまに用ゐる句。ここは待つ意に、月の高く昇つたやうに愛人を正座にすゑるといふ感じをかけて用ゐてゐる。
 
3006 月夜《つくよ》よみ門に出で立ち足占《あうら》して往《ゆ》く時さへや妹に逢はざらむ
 
〔譯〕 月がよいので、門前に立ち出で足占をして、吉兆が現はれたので出かけて行つた時でも、やはり愛人に逢ふことが出來ないといふのであらうか。
〔評〕 思ふ人に平素は容易に逢へないで、心|苛《い》られは止む時もない。今宵は美しい月の光に足占をして吉兆を得たのでいそいそと逢ひに行つたのに、その占が當らなかつた。これ程に心を盡しても猶かつ思の遂げられぬ失望と苦悶とが、語句の間に溢れてゐる。
〔語〕 ○足占 足の歩數によつて吉兆を卜する法。「七三六」參照。
 
(66)3007 ぬばたまの夜渡る月の清《きや》けくはよく見てましを君が光儀《すがた》を
 
〔譯〕 夜空を渡り行く月が、あの時清く照つてゐたらば、あなたのお姿をよく見るのでありましたのに。
〔評〕 月のない夜に相逢うて、愛人の姿をはつきり見ることの出來なかつた心殘りは、別れて後、また當分逢へないことを思へば、一層切實なものがあつたであらう。引緊つた格調がよい。
 
3008 あしひきの山を木高《こだか》み夕月を何時《いつ》かと君を待つが苦しさ
 
〔譯〕 山の木立が高いので、夕月の出るのをいつかいつかと待つてゐるやうに、いつはいらつしやるかと、あなたを待つのが苦しいことです。
〔評〕 愛人を待ち焦れてゐる婦人の情がよく表はれてゐる。一二三句の譬喩も巧みであるが、四五句の表現には、稍窮屈な所がある。「夕月を」「君を」と目的語を二つ重ねた點など煩しい。
 
3009 橡《つるばみ》の衣《きぬ》解《と》き洗ひ又打《まつち》山|本《もと》つ人にはなほ如《し》かずけり
 
〔譯〕 橡染の着物を解き洗つて又砧で打つといふ名のまつち山、その眞土山から聯想されるもとつ人、即ち古くからの馴染の妻には、やはりどの女も及ばぬことである。
〔評〕 橡の衣は卑賤の者の常用なので、序には下層階級の人らしいところが見えるが、この情は、戀愛心理の常であらう。「四一〇九」と内容が聊か似てゐる。
〔語〕 ○眞土山 大和から紀伊へ越える途中にある山。「五五」參照。ここでは「もとつ人」の序として用ゐたもの。かかり方に就いては、「まつち」と「もとつ」と音が相通ふからといふ略解の説に從つておく。
(67)3010 佐保川の川波立たず靜けくも君に副《たぐ》ひて明日さへもがも
 
〔譯〕 佐保川の川浪が立たず靜かであるが、そのやうに、靜かにあなたと一緒に明日もゐたいことです。
〔評〕 作者は流の靜かな佐保川のほとりに住んでゐた人ででもあらうか。既に灼熱の戀の  焔はをさまつて、しみじみとした愛情の中に靜かに滿足してゐる虔ましやかな女性の姿が、はつきりと浮んで來る。
 
3011 吾妹子に衣《ころも》春日《かすが》の宜寸《よしき》河よしもあらぬか妹が目を見む
 
〔譯〕 自分のいとしい女に、着物を貸すといふ詞に似た、なつかしい春日の宜寸河ではないが、その女に逢ふべきよし(手段、方法)も無いものかなあ。
〔評〕 内容は甚だ單純であるが、序中にまた序があり、複雜巧緻な技巧である。煩瑣な嫌味に陷らず、流麗な調子を成してゐる。
〔語〕 ○宜寸河 春日山の北方から流れ出で、水谷社の後を遶り、東大寺南大門の前から法蓮の東を經、奈良女子大學の北側で佐保川に合してゐる。次句の「よし」を導き出す爲の序。
 
3012 との曇《ぐも》り雨ふる河のさざれ浪|間《ま》無くも君はおもほゆるかも
 
〔譯〕 空一面に曇つて雨がふるが、それと同じ名の布留河に立つさざ浪が絶間も無いやうに、絶間なくいつもあなたは戀しく思はれることであります。
〔評〕 これも序中に序を重ねた技巧の歌で、内容は單純である。修辭、句法、破綻なく、渾然とした佳調である。
〔語〕 ○雨ふる河 雨の降る意から、地名の布留川に言ひかけたもの。布留河は大和國山邊郡。布留山に源を發し、(68)丹波市町大字布留附近で布留川といひ、磯城郡に入つて初瀬川に合する。
 
3013 吾妹子や吾《あ》を忘らすな石上《いそのかみ》袖布留《そでふる》河の絶えむと念へや
 
〔譯〕 自分のいとしい女よ、自分を忘れないで下さい。石上なる布留河の流が絶えることのないやうに、自分は決して絶えようとは思はない。
〔評〕 「吾妹子や」といふ呼び掛けといひ、「吾を志らすな」といふ語調といひ、やはらかな親しみを現はしてゐる中に、烈しい男の情熱を藏してゐる。
〔話〕 ○袖振川 布留に袖を振る意をかけて修飾したもの。「君松浦山」(八八三)の「君」の類である。
 
3014 神山の山下|響《とよ》み行く水の水脈《みを》し絶えずは後も吾が妻
 
〔譯〕 神山の山裾を鳴り響いて流れゆく水の水脈が絶えないやうに、そなたさへ絶えないならば、後々までも自分の妻なのである。
〔評〕 これは女よりも男の方が遙かに情熱に燃えてゐる戀といふことが想像される。四句の譬喩を、二人の仲がいつまでも絶えないならばといふ意に取る説もあるが、さうすると結句は當然過ぎる平凡な説明となり、全く蛇足といふ外はない。この結句は表面は男性らしく、うは手から大きく出てゐるが、女の心をそれさすまいと念願する男の苦しい焦慮を見逃してはならないのである。
〔語〕 ○神山 飛鳥の雷岳のことと思はれる。○絶えず そなたの心が絶えなかつたらば、の意。
 
3015 雷《かみ》の如《ごと》聞ゆる瀧《たき》の白浪の面《おも》知《し》る君が見えぬ此の頃
 
(69)〔譯〕 雷のやうにはげしく聞える激流の白浪の「しら」といふやうに、互に見知りあつてゐるあなたが、此の頃少しもお見えにならぬことよ。
〔評〕 序に爽快な響がある。併し、その序の懸り方に明瞭を缺く憾があつて、一首の上に及ぼす効果が切實でない。
 
3016 山川《やまがは》の瀧《たき》に益《まさ》れる戀すとぞ人知りにける間《ま》無く念《おも》へば
 
〔譯〕 山川の激流がたぎり立つてゐるにもました激しい戀をしてゐると、人が知つてしまつたことである。自分が絶間なく思ひ續けてをるので。
〔評〕 山川のはげしい流を譬喩に用ゐ、それにも益つた戀と、男性らしいいひざまである。
 
3017 あしひきの山川《やまがは》水の音《おと》に出でず人の子ゆゑに戀ひわたるかも
 
〔譯〕 山川の水の音は激しいが、自分は聲にも出さずに、あの娘ゆゑに、いつも戀ひつづけてゐることである。
〔評〕 ひそかに娘子を戀ふる歌で、また世馴れぬうら若い男の戀であらう。内容表現共に平庸である。
〔語〕 ○人の子ゆゑに あの娘のためにの意。必ずしも人妻と解すべきではない。
〔訓〕 ○戀ひわたるかも 白文「戀渡青頭鷄」、新考に「青頭鷄」は三國魏時代に行はれた鴨の俗稱なりとし、斐松之の三國志注に「青頭鷄者鴨也」とあるのを引いて證してゐる。
 
3018 巨勢《こせ》なる能登瀬《のとせ》の川の後も逢はむ妹には吾は今ならずとも
 
〔譯〕 巨勢にある能登瀬川の「のと」といふ如く、後々にでも自分は必ずあの女に逢はう、今すぐには逢へなくても。
〔評〕 逢瀬の難きを歎きつつも、じつと思ひ堪へてゐる心の緊張がよく現はれてゐる。「二四三一」に類歌がある。
(70)〔語〕 ○巨勢なる能登瀬の河 巨勢は大和國高市郡、以上「のと」「のち」と類音を續けて次句の序とした。
 
3019 あらひ衣《ぎぬ》取替《とりかひ》河の河淀の不通《よど》まむ心思ひかねつも
 
〔譯〕 取替河の河淀が澱み滯つてゐるやうに、そなたのもとへ通ひ澁るといふやうな心は、自分には考へられもしないよ。
〔評〕 「洗ひぎぬ取替河」は生活に即した修辭と思はれて、庶民階級に屬してゐたに違ひない作者の風   葬も窺はれる。結句の辭樣も千鈞の力がある。
〔語〕 ○取替河 所在不詳。この前後の歌には大和の地名が多いので、これも大和のうちで、作者の近邊の川であらう。鳥貝、鳥飼などと書かれもすべき名である。
 
3020 斑鳩《いかるが》の因可《よるか》の池の宜しくも君を言《い》はねば念《おも》ひぞ吾がする
 
〔譯〕 斑鳩の因可の池の「よる」といふやうに、宜しいやうにもあなたを世間の人が云はぬのに、私は戀しく思つてゐることです。
〔評〕 評判のよろしくない男に信頼してゐる女の歌である。一旦契つた男に、身も心もまかせきつた女性の素直な、しかも強い心持があはれである。
〔語〕 ○斑鳩の因可の池 斑鳩は大和國生駒郡で、聖コ太子の斑鳩宮のあつた處。因可の池は今所在不明。
 
3021 隱沼《こもりぬ》の下ゆは戀ひむいちしろく人の知るべく歎せめやも
 
〔譯〕 心のうちでひそかに戀ひ慕つて居らう。目立つて人が知る程、何で歎息をしようか。そんな素振りはしまい。
(71)〔評〕 如何に戀しぐと、も、じつと苦しさに堪へて、顯はすまいと思ひ定めた忍ぶ戀のあはれさである。但、類想は多く、表現の上にも特異な點は認められない。
〔語〕 ○隱沼の 「下」の枕詞。隱沼の水は表面動かず下を流れゆくからつづけたもの、「下」は、ひそかにの意と同じい。「は」は強調の心持を示す。○人の知るべく 人の知る程に。
 
3022 行方《ゆくへ》無《な》みこもれる小沼《をぬ》の下思《したもひ》に吾ぞもの思ふ此の頃の間《あひだ》
 
〔譯〕 水の流れ出る口もないので、こもつてゐる沼のやうに、心の底に深くこめて、私は物思をしてゐることである、この頃ひきつづいて。
〔評〕 これも忍ぶ戀の苦しさを洩らした歌である。下思ひの譬喩に隱沼を用ゐることは、常套手段といつてよい。
 
3023 こもり沼《ぬ》の下ゆ戀ひ餘《あま》り白浪のいちしろく出でぬ人の知るべく
 
〔譯〕 心の底深くひそかに戀してゐたのが溢れ餘つて、包み切れず、際立つて顔色に出てしまつたことである、人がそれと知る程に。
〔評〕 忍びかねて遂に色に現はれた戀の歌。一首の中に二箇の枕詞を用ゐてゐるが、うるさい感じは無い。卷十七に、平群女郎が大伴家持に贈つた歌十二首の中にこれと全く同じ歌が出てゐるが、それは恐らく女郎がこの歌をそのまま借り用ゐなのであらう。
 
3024 妹が目を見まくほり江のさざれ浪|重《し》きて戀ひつつありと告げこそ
 
〔譯〕 いとしい女の姿を見ようと欲りする、その「ほり」と同じ言葉の難波堀江のさざ波が頻りに立つやうに、自分(72)も頻りに戀ひ焦れてゐると、いとしい女に告げ知らせてほしい。
〔評〕「見まくほり」の欲りを「堀江」の堀にかけ用ゐ、「妹が目を見まくほり」が、序中の序でありながら、全體の歌意に通じてゐるところなど、巧みな技巧である。
 
3025 石走《いはばし》る垂水《たるみ》の水の愛《は》しきやし君に戀ふらく吾が情《こころ》から
 
〔譯〕 岩の上を走つて流れ落ちる瀑の水の美しいやうに、愛《は》しくおもふあなたに、戀ひ焦れてゐることです。これも自分の心からで。
〔評〕 序は極めて爽快な感じであるが、つづき方が聊か明瞭を缺く憾がある。三句以下の表現はよい。
〔語〕 ○垂水 瀑のこと。攝津國豐能郡豐津村字垂水とみる説もある。○はしきやし うるはしきで「や」も「し」も助辭。
 
3026 君は來《こ》ず吾は故《ゆゑ》無《な》み立つ浪のしくしく佗《わ》びし斯《か》くて來《こ》じとや
 
〔譯〕 あなたはお出でにならず、私は女の身であなたの處へ行く由が無いので、立つ浪の頻りなやうに、頻りに遣瀬ないことです。これでもかなたはいらつしやるまいとおつしやるのですか。
〔評〕 抑揚に富んだ巧妙な歌調に、哀怨の情が流れてゐる。「吾は故無み立つ浪の」とナミの同音を反覆した聲調の諧和もよく、結句の云ひ据ゑも、あきらめかねた女性心理のあはれさをよく語つてゐる。
〔語〕 ○吾は故無み 女なる私はあなたの方へ行く理由は無いからの意。當時は男が女のもとに通ふ習はしであつた。
 
3027 淡海《あふみ》の海|邊《へた》は人知る沖つ浪君をおきては知る人も無し
 
(73)〔譯〕 近江の湖の岸邊の景色は人が知つてゐるが、沖の浪の樣子は知る人も無い。その「おき」といふ如く、あなたをおきましては、私は思ふ人がありませぬ。唯あなただけです。
〔評〕 序中の「人知る」は、結句の「知る人も無し」に相對し、また「邊」につらねて「沖つ浪」を云ひおこして、「君をおきては」を誘ひ出す序としたのである。内容は何の奇もないが、技巧のすぐれた歌である。
 
3028 大海の底を深めて結びてし妹が心は疑もなし
 
〔譯〕 大海の底のやうに、心の底から深く契つたそなたの心は、少しの疑もない、自分は固く信じてをる。
〔評〕 愛人を信じきつた男の歌。序が雄大でいかにも男性的である。格調にも悠揚迫らぬ趣があつて、信じ安んじてゐる心境を寫すに適つてゐる。「五三〇」に類歌がある。
〔訓〕 ○結びてし 白文「結義之」、「義之」は王羲之で、書聖であるから、「手師」の意で、助動詞のテシに宛てた戯書。
 
3029 左太《さだ》の浦に寄する白浪|間《あひだ》なく思ふをいかに妹に逢ひ難き
 
〔譯〕 左太の浦に寄せる白浪の絶間ないやうに、絶間なく思つてゐるのに、どうしていとしい女に逢ひ難いことであらうか。
〔評〕 逢ひ難い仲のもどかしさを嘆じたもの。第三句以下端的率直で線が太く、如何にも男性的である。序もこれに適應して遒勁な調子がよい。
〔語〕 ○左太の浦 所在不明。「二七三二」參照。○依する白浪 以上二句「間なく」にかかる序。
 
(74)3030 思ひ出でて術《すべ》なき時は天雲《あまぐも》の奧處《おくか》も知らず戀ひつつぞ居る
 
〔譯〕 戀人を思ひ出して、何とも仕方のない時は、奧底も知れず際限もなく、ひたすら戀ひ焦れてゐることである。
〔評〕 逢ふ瀬もままならず、一人むなしく思ひつづけてゐる時のやりどころ無い思が「天雲の奧處も知らず」の譬喩に巧みに表現されてゐる。率直にして強く迫る力をもつた歌である。
〔語〕 ○天雲の 「奧處」にかかる枕詞。○おくか 果、眼などの意。「八八六」參照。
 
3031 天雲《あまぐも》のたゆたひやすき心あらば吾をな憑《たの》め待たば苦しも
 
〔譯〕 空の雲の漂ふやうに、ふらふらとした心をあなたが持つていらつしやるのならば、私を當てにさせるやうなことは仰しやらないで下さい。當てにして待つてゐるのでは苦しいのです。
〔評〕 空しく待つ苦しさと不安とは堪へ難いので、はつきりとした態度をきめてくれるやうに、男に望んで、念を押したのである。自分をいとほしむ心持から、哀訴するが如く、又その反省を促すが如く、綿々の愁緒は盡きない。胸の底からしぼり出したやうな結末の一句は、哀切にして力がある。
〔語〕 ○吾をな憑め 我をして頼ましむる勿れの意。
 
3032 君があたり見つつも居らむ生駒山《いこまやま》雲な蒙《たなび》き雨は零《ふ》るとも
 
〔譯〕 戀しいお方の家のあたりをせめて此處から眺めてゐませう。生駒山に雲よ棚引いてくれるな、たとへ雨は降つても。
〔評〕 生駒山のあたりに住む人を戀してゐる女の作である。伊勢物語には、河内國高安郡の女が大和の方を眺めて詠(75)んだ歌として載つてゐるが、勿論それは物語作者の創作である。雨が降れば山の見えなくなるは當然であるのに、雨は降つても雲だけは棚引くなとは不條理のやうであるが、小雨ぐらゐならば雲よりはましであるといふやうなあいなだのみで、深く條理を顧慮する餘裕をもたぬ程、つきつめた情が哀切である。
〔語〕 ○生駒山 奈良から西に當り、大和河内の國境にある山。「一〇四七」參照。
 
3033 なかなかに如何《いか》に知りけむ吾が山に燒《も》ゆる火氣《けぶり》の外《よそ》に見ましを
 
〔譯〕 なまじつか何であの人と親しくなつたのであらう。春になると私の山に燃える野火の煙をよそながら見てゐるやうに、無關係な人として離れて見てゐればよかつたのに。
〔評〕 儘ならぬ逢瀬を歎く戀の激情は、相知つたことを怨む場合さへある。常識を以ては律せられぬ情痴の世界である。春山を燒く野火の煙を序に用ゐたのは恰當にして清新の感がある。
〔訓〕 ○吾山 記傳に「吾」を「春」の誤として居り、その方が修辭としては趣が深いが、誤とすべき根據はない。
 
3034 吾妹子に戀ひ術《すべ》なかり胸を熱《あつ》み朝戸|開《あ》くれば見ゆる霧かも
 
〔譯〕 自分はあの女が戀しくてどうともしやうが無い。終夜睡れず胸が燒けるやうに熱いので、早朝に起き出て戸をあけると、あたり一面に見えるひどい霧である。自分の歎の息がこの霧になつたのではなからうか。
〔評〕 未明に起きて戸を開くと、外は濛々たる霧である。「我が歎く息嘯《おきそ》の風に霧立ち渡る」(七九九)といふ如く、これは一體自分の胸の底から噴出したのではあるまいかと疑はれるばかりである。熱情に燃えた表現で頗る力がある。
 
3035 曉《あかとき》の朝霧|隱《ごも》り反《かへ》りしに如何《いか》にか戀の色に出でにける
 
(76)〔譯〕 女の所から、夜明け方の朝霧にまぎれて歸つて來たのに、どうして二人の戀が外にあらはれたのであらうか。
〔評〕 人目を忍んでゐた戀が、外に現はれたのを怪しみ歎いたもの。率直端的な語句に力がある。
〔訓〕 ○かへりしに 白文「反爲二。」諸本「反羽二」とある。古義に「爲」に改めたによつた。カヘラハニとよんで、「二八二三」のカヘラマニと同語で反對にの意(全註釋)との説もある。
 
3036 思ひ出づる時は術《すべ》無み佐保山に立つ雨霧《あまぎり》の消《け》ぬべく念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 戀人のことを思ひ出す時は、遣瀬無さに、佐保山に立つ雨霧の消えてゆくやうに、命も消えてしまひさうな感じがする。
〔評〕 ありふれた内容であり、三四句の序にも特異性は認められないが、眞率な點には心を惹かれる。「二三四一」に類歌があるが、民謠として謠はれて、地名だけがかへられたのであらう。
 
3037 殺目山《きりめやま》往反《ゆきかへ》る道の朝霞ほのかにだにや妹に逢はざらむ
 
〔譯〕 殺目山を往復する道にほのかに立つてゐる朝霞ではないが、せめてほのかに、ちらりとでも、いとしい女に逢へないといふのであらうか、逢ひたいものである。
〔評〕 契沖のいつてゐる通り、殺目山を越えて妹がり行き、逢はずして空しく歸る人の詠んだものと思はれる。即ち序は單なる修飾でなく、眼前の實景を捉へ、實情に即してゐる所に生趣がある。
〔語〕 ○殺目山 紀伊國日高郡切目村、後世、後鳥羽天皇の熊野御幸に歌會をあそばされた切目王子のある所。
 
3038 斯《か》く戀ひむものと知りせば夕《ゆふべ》置きて朝《あした》は消《け》ぬる露ならましを
 
(77)〔譯〕 これほどに戀に苦しむものと知つてゐたらば、いつそ夕方草葉に置いて朝は消える露であればよかつたものを。
〔評〕 戀の苦患に堪へかねた人の、寧ろ死を冀ふ眞實だけに、迫るものがある。調も優婉である。
 
3039 夕《ゆふべ》置きて朝《あした》は消《け》ぬる白露の消《け》ぬべき戀も吾はするかも
 
〔譯〕 夕方に置いて朝は消える白露の消え易いやうに、命も消えてしまふばかりの苦しい戀を私はすることである。
〔評〕 前の歌に句は似てをるものの、迫力が乏しい。「二二九一」に類歌がある。
 
3040 後つひに妹に逢はむと朝露の命は生《い》けり戀は繁けど
 
〔譯〕 後々は必ずいとしい女に逢へるであらうと、それを頼みに、朝霧のやうな消え易い命をつないでゐる。戀の思は繁くて苦しいけれども。
〔評〕 類想が多く、比喩も常套的ではあるが、句法の緊張してゐる點に多少の魅力がある。
 
3041 朝なさな草の上《へ》白く置く露の消《け》なば共にといひし君はも
 
〔譯〕 毎朝毎朝草葉の上に白く置く露の消えてゆくやうに、死ぬなら一緒にと契り交したあのお方はまあ、今はどうしてをられるやら。
〔評〕 格調優雅で、愛慕の情がこまやかに滿ち溢れてゐる。序の用ゐ方も珍しくはないが、甚だ巧妙である。
 
3042 朝日さす春日の小野《をの》に置く露の消《け》ぬべき吾が身惜しけくもなし
 
〔譯〕 朝日の光のさす春日野に置く露がやがて消えるやうに、消えてしまひさうな私の身は、惜しくも何ともない。
(78)〔評〕 失戀の苦杯をなめて、絶望に陷つた女の自棄の聲であらう。
 
3043 露霜の消《け》やすき我が身老いぬともまた若《を》ち反《かへ》り君をし待たむ
 
〔譯〕 露霜のやうに消え易い私の身は、思を遂げずに年をとつても、また若返つてあなたに逢ふ時を待ちませう。
〔評〕 「二六八九」の歌と、初句が「露霜」と「朝露」と僅かに異なるのみ、同一歌の異傳である。
 
3044 君待つと庭にし居《を》れば打靡く吾が黒髪に霜ぞ置きにける【或本の歌尾句に云ふ、白たへの我が衣手に露ぞ置きにける】
 
〔譯〕 あなたのお出でを待つとて、庭に立つてをりますと、長くふさふさと垂れ靡いてゐる私の黒髪に、霜が置きました。
 或本の歌――私の着物の袖に、露がしつとり置きました。
〔評〕 冴え凍る霜庭に、愛人を待つて庭に立ち盡くす黒髪長き佳人の姿があはれに目前に浮ぶ。袖に露が置くといふ或本の歌よりも、黒髪に霜のおく方が切實味があつて優れてゐる。
〔訓〕 ○庭にし 白文「庭耳」。「耳」はニであるが、シをよみそへたものとする。代匠記のノミとよむは字面に忠であるが、意がとほらぬ。「耳」を「西」の誤か、下に「之」の脱かと古義の説がある。
 
3045 朝霜の消《け》ぬべくのみや時無しに思ひわたらむ氣《いき》の緒にして
 
〔譯〕 朝霜の消えるやうに、命も消えてしまひさうに、何時《いつ》といふこともなく、絶えず私は思ひ續けてゐることであらうか、命がけで。
〔評〕 心弱い戀を顧みて、我と我が身を勵ますやうに詠じたのがあはれである。女の作であらう。
 
(79)3046 小浪《ささなみ》の波越す安暫《あざ》に降る小雨《こさめ》間《あひだ》も置きて吾が念《も》はなくに
 
〔譯〕 波の越して來る田の畦に降る小雨が隙《ひま》も無いやうに、絶間をおいてなど私は思つてをりませぬ、いつも思ひつづけてゐるのです。
〔評〕 序に素朴な味があり、五月雨頃の田園の風趣が眼の前に浮んでくる。作者は田舍女であらう。
〔語〕 ○小浪の 「ささなみ」は小さな浪の意と見る説(略解・古義)と、地名と見る説(新考)とある。田舍女の歌で、小さな波の波と重ねたものと思はれる。○あざ あぜ(畦)であらう。
 
3047 神《かむ》さびて巖に生《お》ふる松が根の君が心は忘れかねつも
 
〔譯〕 神々しい樣子に古びて巖の上に生えてゐる松の根のやうに、いつまでも變らぬあなたのお心は、私は忘れ得ぬことであります。
〔評〕 年久しく馴れ親しんだ夫婦の間のしみじみとした感謝の情を詠んだものであらう。聊かも浮いたところや華やかなところが無く、松の木のやうに質素で、澁い味の中に、眞情が深く滲んでゐる。
 
3048 御獵《みかり》する鴈羽《かりは》の小野の櫟柴《ならしば》の馴《な》れは益《まさ》らず戀こそまされ
 
〔譯〕 貴い方の御獵をなさる雁羽の野の櫟柴ではないが、あのお方と馴れ親しむことは益さずに、戀しい思だけが、徒らに益して行くことである。
〔評〕 人目の關に隔てられてか、相手の心が冷やかなのか、親しくはならずに、戀心のみ徒らに募つて行く焦慮は堪へ難いものがある。四五句にその切迫した感情がよく表はれてゐる。
(80)〔語〕 ○雁羽の小野 所在不明。○櫟柴 ならの木。櫟はイチヒであるが、同じぐ殻斗科で似てゐるから、古くは、イチヒ、ナラ、クヌギ等を總稱して、ナラと呼んだものと思はれる。柴は一般に雜木を總稱していふが、ここは接尾辭的用法。
 
3049 櫻麻《さくらあさ》の麻原《をふ》の下草早く生《お》ひば妹が下紐|解《と》かざらましを
 
〔譯〕 櫻麻の苧生《をふ》に下草がともすれば早くはえ伸びるやうに、うつかりしてゐる中に自分より先に他の男がいひ寄つてゐたらば、自分はこの女の下紐を解くこともできなかつたであらうに。
〔評〕 かはゆい女を妻とすることが出來た喜を歌つたものであらう。併し、序の用法が明瞭を缺く憾があるので、古來解釋が區々である。姑く古義の説に據つて、解いておく。
〔語〕 ○櫻麻の 花のさく雄麻の苧生《をふ》と續く枕詞とも、櫻といふ地から出る麻のはえる畑(麻原《をふ》)とも、諸説がある。
 
3050 春日野に淺茅《あさぢ》標《しめ》結《ゆ》ひ斷《た》えめやと吾が念《も》ふ人はいや遠長《とほなが》に
 
〔譯〕 春日野で淺茅に標を張つてその繩の絶えない事を冀ふやうに、二人の仲が何で斷えようぞと自分が思つてゐるあの女は、いよいよ末長く、自分に靡き寄るであらう。
〔評〕 二人の仲はいよいよ遠く長く續くであらうと信じながら、又一面に戀する人の常として一抹の不安もあり、その仲らひの永續を希望したのである。上の序には、女をわが物と領ずる意がこもつてゐる。
〔語〕 ○淺茅標結ひ 淺茅はまばらに生えた茅。「我が標めし野山の淺茅」(一三四七)、「淺茅原後見む爲に標結はましを」(一三四二)などあるから、ここも淺茅を女に譬へたものと見る説もある。
 
3051 あしひきの山|菅《すが》の根のねもころに吾はぞ戀ふる君が光僞《すがた》に【或本の歌に曰く、我が思ふ人を見むよしもがも】
 
〔譯〕 山菅の根の「ね」といふ如く、ねんごろに心から私は戀しく思つてをります、あなたのお姿を。
  或本の歌――私の思ふお方を、見るてだてがあればよいがなあ。
〔評〕 内容が常套的、序も類型的である。或本の歌は別の歌とも見られるが、これも特異な點は無い。
 
3052 杜若《かきつばた》開《さき》澤に生《お》ふる菅《すが》の根の絶ゆとや君が見えぬ此の頃
 
〔譯〕 さき澤に生えてゐる菅の根の引けば切れるやうに、私と切れようとてか、あなたは此頃少しもお見えになりませぬ。
〔評〕 平明であつて、男に棄てられようとしてゐる女の苦惱や煩悶乃至怨恨といふやうなものはあまり感じられない。
〔語〕 ○杜若 咲きの意で「さき澤」にかかる枕詞。「をみなへし咲澤に生ふる」(六七五)參照。
 
3053 あしひきの山|菅《すが》の根のねもころに止《や》まず思はば妹に逢はむかも
 
〔譯〕 山菅の根の「ね」といふ如く、ねんごろに心から絶えず思つてゐたならば、つひには心が通じて、戀しい女に逢ふことが出來ようかなあ。
〔評〕 内容表現共に類型を脱せず、平板にして殆ど感激のない作である。
 
3054 相思はずあるものをかも菅《すが》の根のねもころごろに吾が思《も》へるらむ
 
〔譯) あのお方は私のことを何とも思はずにゐられるものを、一所懸命に心から私は思ひ慕つてゐるのであらうか。
(82)〔評〕 片戀の遣瀬なさに、自らかへりみて我が思ひを怪しんでゐるのである。内容はありふれたものであるが、語句に熱を帶びて人に迫るところがある。「六八二」の家持の作は、これを粉本としたものであらうか。
 
3055 山|菅《すげ》の止《や》まずて君をおもへかも吾が心神《こころど》の此の頃は無き
 
〔譯〕 いつも止まず絶えずあなたを思つてゐる爲か、私のしつかりした魂が此の頃はまるで無くなつたことです。
〔評〕 「君をおもへかも」とよそごとの如く言ひなしてゐる所、控へ目な女性の心理が窺はれて却つてあはれである。自らふがひないと我が身を叱りつけたいまでに弱くなつた人の姿が巧に描かれてゐる。
 
3056 妹が門|去《ゆ》き過ぎかねて草結ぶ風吹き解くな又顧みむ【一に云ふ、ただにあふまでに】
 
〔譯〕 いとしい女の家の門前を、自分はそのまま通り過ぎかねて、傍なる草の葉をこのやうに結んでおく。風よ。どうかこれを吹き解いてくれるな。自分は又立ち歸つて相見ようと思ふのである。(一に云ふ――又直接逢ふ時まで)
〔評〕 草結びの咒術は上代人の信仰で集中多く詠まれてゐる。この歌は旅に出る男の作であらうか。草葉を結んでおいて、再び歸つて來た時それが猶結ばれたままであれば、思のかなふ吉兆としたのである。愛する女と當分相見るを得ぬ男の堪へ難い溜息が聞えるやうである。結句は別傳よりも本文の方が力があつてよい。
 
3057 淺茅原|茅生《ちふ》に足|蹈《ふ》み心ぐみ吾が念《も》ふ兒らが家のあたり見つ【一に云ふ、妹が家のあたり見つ】
 
〔譯〕 茅野原に足を踏み込んで心苦しく惱むやうに、怏々として心慰まずに、思ふ女の家のあたりを見やつたことである。
〔評〕 心の晴れぬままに門を出て野をさまよひ、逢へないまでも、せめてはよそながらでもと、遙かに戀しい女の家(83)のあたりを眺めた、といふのである。序は單なる技巧的のものでなく、作者の踏んでゐる淺茅原の實境であらう。
〔語〕 ○心ぐみ 心惱ましく思つての意。形容詞「心ぐし」の語幹に接尾辭「み」を添へたもの。
 
3058 うち日さす宮にはあれど鴨頭《つき》草の移ろふ情《こころ》吾が思《も》はなくに
 
〔譯〕 宮中に仕へて多くの人々の中には居りますが、鴨頭草の花のやうな移り易い心は、私は微塵も持つて居りませぬ。
〔評〕 宮廷に奉仕してゐる若い女が、愛人に二心のないことを誓つた歌。その生活に誘惑の多かつたことを示してゐるともいへよう。
 
3059 百《もも》に千《ち》に人は言ふともつき草の移《うつ》ろふこころ吾《われ》持ためやも
 
〔譯〕 色々に世間の人は言ひ立てても、つき草の花のやうな移り易い心を、何で私が持ちませうか。
〔評〕 平明率直で、そこに眞情が溢れてゐる。初二句の辭樣は巧まずして巧である。
 
3060 わすれ草吾が紐に著《つ》く時と無く思ひわたれば生《い》けりともなし
 
〔譯〕 物思を忘れさせるといふ忘れ草を、私は着物の紐につけて置く。こんなにいつといふこともなく絶えず戀ひつづけてゐては、苦しくて生きてゐるといふ心地もしないのである。
〔評〕 戀する人の苦惱を歌つたもので、同想は少くない。格調は、先づ端的に結語を下して第二句で切り、以下その理由を説明してゐる。「三三四」の歌は同型であるが、これを襲用したのであらう。
〔語〕 ○わすれ草 萱草。今クワンザウといふ。「三三四」參照。○時となく いつと定まつた時なく、絶えず。
 
(84)3061 五更《あかとき》の目不醉草《めざましぐさ》と此《これ》をだに見つつ坐《いま》して吾と偲《しの》はせ
 
〔譯〕 夜明け方の目醍しの料として、せめてこれでも御覽になりながら、私と思つてお偲び下さいませ。
〔評〕 何か記念となる物を贈つて、それに添へた歌で、上品に、情緒もゆたかである。但、「目ざまし草」は草の名ではないから、分類としてはここに入れたのは誤である。
〔語〕 ○目不醉草 目を醒まさせる爲の品の意。草は料の意で、草の名ではない。「手向ぐさ」のくさに同じ。
 
3062 わすれ草垣も繁森《しみみ》に植《う》ゑたれど醜《しこ》の醜草《しこぐさ》なほ戀ひにけり
 
〔譯〕 物思を忘れさせるといふ萱草を、垣根のあたり一ぱいに繁く植ゑたけれども、この馬鹿な草め、何のききめも無く、自分はやつぱり戀ひ焦れてゐるわい。
〔評〕 表面は草を罵りながら、實は戀に惱みぬいてゐる自分に對する自嘲である。「七二七」の家持の歌は、これと同工異曲で、此の歌を粉本にしたと思はれる。
〔語〕 ○醜の醜草 醜はみにくい、くだらないの意。わすれ草と名におひながら効果のないのを罵つていふ。
 
3063 淺茅原小野に標《しめ》結《ゆ》ふ空言《むなごと》も逢はむと聞《き》こせ戀の慰《なぐさ》に
  或本の歌に曰く、來むと知らせし君をし待たむ。また柿本朝臣人麻呂の歌集に見ゆ。然れども落句少しく異なれるのみ。
 
〔譯〕 まばらに茅の生えた野に標を結ふのは何にもならない事ですが、そのやうに、せめて空手形にでも、逢はうとおつしやつて下さいませ、私の切ない戀の慰めの爲に。
(85)  或本の歌――來ようとお知らせになつたあなたを私は待ちませう。
〔評〕 はかない戀の心なぐさに、うそにでも嬉しい言葉が聞きたいといふのは、いぢらしい望である。つつましい女性の姿が見える。或本の四五句は意を異にするので別の歌である。情の可憐なことは本文の方がまさつてゐる。人麿歌集中に見えるといふのは、「二四六六」を指す。「落句」は漢詩の用語で、結句のこと。
 
3064 人皆の笠に縫ふとふ有間|菅《すげ》在りて後にも逢はむとぞ思ふ
 
〔譯〕 世間の人が皆笠に縫ふといふ攝津の國の有間の菅の「あり」といふやうに、かうして在り永らへて年月が經つた後にでも、また逢はうと思つてゐる。
〔評〕 一二句の序に異色がある。「二七五七」にこの類歌はあるが、それよりも、此の歌の方が民衆生活に即した感がある。
 
3065 み吉野の蜻蛉《あきつ》の小野に刈る草《かや》の思ひ亂れてぬる夜しぞ多き
 
〔譯〕 吉野の蜻蛉の野邊で刈る萱の亂れ亂れてゐるやうに、君戀しさに心の亂れて寢る夜が多いことであります。
〔評〕 單純平明であるが、格調が流麗で氣分はよく出てゐる。四五句は「二三六五」の旋頭歌と同じである。
 
3066 妹待つと三笠の山の山|菅《すげ》の止《や》まずや戀ひむ命死なずは
 
〔譯〕 いとしい女に逢ふのを待つとて、三笠の山の山菅ではないが、止まずにいつまでも戀ひ續けることであらうか、命の絶えない限りは。
〔評〕 激しい戀情に自ら惱みつつある人の實感で、本人にとつては「命死なずは」も誇張ではなからう。序が中間に(86)あるところ、變つた句法が注意を惹く。
 
3067 谷|狹《せば》み峯|邊《べ》に延《は》へる玉|葛《かづら》蔓《は》へてしあらば年に來《こ》ずとも【一に云ふ、いはづなのはへてしあらば】
 
〔譯〕 谷が狹いために峯の邊に延び生えてゐる蔓草が長く續くやうに、二人の中が續いてさへゐたらば、たとへ一年間お出でにならなくとも辛抱してをります。
〔評〕 男の心がはりさへ無かつたらば、假令逢はずとも幾年でも待たうといふ、あはれな女心である。結句は言ひさして止め、餘情を含めたところ、趣があつてよい。この序は、「三五〇七」と同型である。
 
3068 水莖の岡のくず葉を吹きかへし面知《おもし》る兒らが見えぬ頃かも
 
〔譯〕 岡の葛の葉を秋風が吹き飜へして、目に立つやうに、よく目立つて顔を知つてゐるあの少女が、この頃ちつとも見えないことである。
〔評〕 序がすぐれて居り、葛の葉の白く裏がへるさま、印象爽快である。類歌に「三〇一五」がある。いづれかが本歌であらう。
〔語〕 ○水莖の 「岡」の枕詞。○面知る兒ら 顔を見知つてゐる女の意。「ら」は親しみの意を示す接尾辭。
 
3069 赤駒のい行き憚るまくず原何の傳言《つてごと》直《ただ》にし吉《え》けむ
 
〔譯〕 赤駒の行き惱んでゐる葛の茂つた原、その葛原の行きづらいやうに、ここへ來かねて、何でまあ傳言などを人に頼むのか。自分で來て直接に言へばよからうに。
〔評〕 これと同じ歌が、童謠として日本書紀天智天皇の卷に傳へられてゐる。古への童謠は多くは政治上の諷刺であ(87)るが、この歌は戀愛歌と思はれる。しかし、上の三句、また四五句にも、寓意があるともとられる。
〔語〕 ○赤駒の 「赤」は特に重要な意味はない。馬の毛色は赤が多いからいふ。
 
3070 木綿疊《ゆふだたみ》田上《たなかみ》山のさな葛《かづら》在りさりてしも今ならずとも
 
〔譯〕 田上山のさね葛の續いて絶えないやうに、かうして在り永らへてあなたにお逢ひしたいと思ひます。たとひ今直ぐではなくても。
〔評〕 類想はあるが、この歌の語句には多少の異色がある。即ち第四句は、後になつても逢はうといふので、珍らしく巧妙な省略法である。結句も力がある。
〔語〕 ○木綿疊 「た」にかかる枕詞。「木綿疊手向の山」(一〇一七)參照。○さな葛 つる草、さね葛ともいふ。○ありさり 「さり」は「春されば」と同じく時間の移動を表はす動詞で、在り經て、在り永らへての意。
 
3071 丹波道《たにはぢ》の大江の山の眞玉葛《またまづら》絶えむの心我が思《も》はなくに
 
〔譯〕 丹波へ行く道の大江山の玉葛は長くて絶えないが、あなたとの仲を絶やさうなどといふ心持は、私は思つても居りませぬ。
〔評〕 大江山を詠み入れた歌は、集中この一首のみである。民謠であつて、想も語句も類型的である。
 
3072 大埼の荒磯《ありそ》の渡《わたり》延《は》ふ葛《くず》の行方《ゆくへ》も無くや戀ひわたりなむ
 
〔譯〕 大埼の荒い磯邊の渡場に這つてゐる葛が、何處と方向も定めず延びてゆくやうに、行末の見當も分らず、ひたすらに戀ひつづけることであらうか。
(88)〔評〕 我ながら如何ともし難い戀情に惱みぬいてゐる人の苦患が、眞率に表はれてゐる。紀伊の國大埼附近で謠はれた民謠であらう。
 
3073 木綿裹《ゆふづつみ》【一に云ふ、疊】白月《しらつき》山のさな葛《かづら》後もかならず逢はむとぞ念ふ【或本の歌に曰く、絶えむと妹をわが念はなくに】
 
〔譯〕 白月山のさね葛が、延び分れて行つても又再び逢ふやうに、今はともかく、後になつても必ず戀人に逢はうと思ふ。
 或本の歌――さね葛の絶えないやうに、戀人との間が絶えようなどと決して思はない。
〔評〕 内容に特異性は何もないが、序中の白月山といふやうな地名がめづらしく、一種清爽な感じを誘つて面白い。
〔語〕 ○木綿裹 他に例の見えない語、或は木綿疊と同じともいふ(代匠記)。木綿は白いものゆゑ、「白月山」の枕詞とした。○白月山 所在不詳。
 
3074 唐棣花《はねず》色の移ろひ易き情《こころ》あれば年をぞ來經《きふ》る言は絶えずて
 
〔譯〕 唐棣花色のやうに移り易い心をあなたは持つていらつしやるので、逢つても下さらずに徒らに年を過すことです。音信だけは絶えないで。
〔評〕 目先だけうまくて實意のない男に對する怨言であるが、互に眞劍な戀でなく、女も幾分遊戯的な氣分で皮肉を言つてゐるやうに見える。
 
3075 斯くしてぞ人の死ぬとふ藤浪のただ一目のみ見し人ゆゑに
 
〔譯〕 こんな風で、自分のやうに人は焦れ死にをするものであるといひますよ。唯一目みた女ゆゑに。
(89)〔評〕 人目見たばかりの人を命をかけて戀ひ慕ふといふ情熱が溢れてゐる。これは獨白的の感懷でなく、切々の情を相手に愬へたもののやうに解される。
〔語〕 ○藤浪の 枕詞か譬喩であらうが、次の句とのつづきは明かでない。○人ゆゑに その人の爲にの意。「人」は、ここは女をさす。第二句の「人」は一般の人をいふ。
 
3076 住吉《すみのえ》の敷津《しきつ》の浦の名告藻《なのりそ》の名は告《の》りてしを逢はなくも恠《あや》し
 
〔譯〕 住の江の敷津の浦に生えてをる名告藻の「なのり」といふ如く、あの女は、自らの名を告《の》り明かしたのに、逢はないのはどうしたものであらう、不思議なことである。
〔評〕 上代の風習では、女が男に對して自らの名を告げるのは、身も心も許すといふことを意味したのである。海草の「なのりそ」から名告る、名告らぬに言ひつづける技巧は、當時の慣用で集中類例が多い。本卷にも「三一七七」は内容、外形、共に酷似してゐる。
 
3077 みさご居《ゐ》る荒磯《ありそ》に生ふる名告藻《なのりそ》の縱《よ》し名は告《の》らじ父母《おや》は知るとも
 
〔譯〕 みさごのをる荒磯に生えてゐる名告藻の「なのり」といふが、ままよ、あなたの名は申しますまい。たとへ親達が二人の中を知りましても。
〔評〕 よしや父母に感づかれようとも、愛人を大切にかばはうといふひたぶるな女心が、張り切つて出てゐる。「三六三」と酷似してゐる。傳承の間に少異を生じたのであらう。
 
3078 浪の共《むた》なびく玉藻の片思《かたもひ》に吾《わ》が思《も》ふ人の言の繁けく
 
(90)〔譯〕 浪のまにまに靡く玉藻の片方に寄るが如く、片思ひに私が思つてゐる人が、何やかやと噂のやかましいことである。
〔評〕 思ふ男について、世間の風評が近來高くなつて來た。そして、自らの名も時々引合に出されるやうなのに、小さな胸を痛めてゐる、如何にも若い女性らしい歌である。
 
3079 海若《わたつみ》の沖つ玉藻の靡き寢《ね》む早|來《き》ませ君待たば苦しも
 
〔譯〕 海の沖に生えてゐる玉藻の靡くやうに、うち靡いて寢ませう。早くいらつしやいませ、あなた。いつまでも待つてゐるのでは、苦しうございます。
〔評〕 熱情の昂騰がおのづから調子の上にあらはれて、三句以下盡く切れ、更に四句も小さく二つに切れて、切迫感が出てゐる。俗謠的な輕快さと露骨さとがある。
 
3080 わたつみの沖に生《お》ひたる繩苔《なはのり》の名は曾《かつ》て告《の》らじ戀ひは死ぬとも
 
〔譯〕 海の沖に生えてゐる繩のりではないが、戀人の名は決して告《の》り明かすまい、たとへ戀ひ死をしようとも。
〔評〕 序に繩苔を用ゐたのは變つてゐるが、全體としてはやはり類型的である。
〔語〕 ○繩のり 繩のやうに細長い海苔であらう。萬葉植物新考には「海そうめん」のことかとある。
 
3081 玉の緒を片緒に搓《よ》りて緒を弱み亂るる時に戀ひずあらめやも
 
〔譯〕 玉を貫く緒を片絲に搓り、その緒が弱い爲に、切れて玉が亂れ散るが、ちやうどそのやうに、二人の仲が破れて離れ離れになつたらば、その時に戀しく思はないでゐられようか。
(91)〔評〕 もしも二人の仲が絶えたら、別れ別れになつたら、とは想像するだけでも不吉な恐しいことであるが、戀人の常情で、樂しいにつけ苦しいにつけ、ふと不吉な場面にまで考へ到つて慄然とする。さうした繊細な感情がよく表はれてゐる。恐らく女人の作であらう。
 
3082 君に逢はず久しくなりぬ玉の緒の長き命の惜しけくもなし
 
〔譯〕 あなたに逢はないで隨分久しくなりました。これでは、玉の緒のやうに、末長い私の命が惜しくもありませぬ。いつそ死んでしまひたい程です。
〔評〕 戀する男に久しく逢ふ瀬の絶えた心細さ不安さは、遂に生の苦痛に堪へかねて、寧ろ死を希ふといふのも僞らぬ至情であらう。率直端的の作。
 
3083 戀ふること益《まさ》れる今は玉の緒の絶えて亂れて死ぬべく念《おも》ほゆ
 
〔譯〕 戀ひ焦れることのいよいよ募つて來た今では、玉を貫いた緒が切れて玉が散り亂れるやうに、私は心が亂れて、命も死にさうに思はれる。
〔評〕 類想の作はあるが、初二句の素朴無技巧、結句の直截、相俟つて一首に熱と力とを漲らせてゐる。
 
3084 海處女《あまをとめ》潜《かづ》き取るとふ忘貝世にも忘れじ妹が光儀《すがた》は
 
〔譯〕 海人の少女が海底に潜つて取つて來るといふ忘貝、その「わすれ」ではないが、自分は決して忘れはしまい、戀しいそなたの姿は。
〔評〕 平明にして流暢な歌である。内容については特にいふことも無い。「忘る」、「忘れず」の序に、忘貝や忘草を(92)用ゐるのは、當時の慣用であつた。
 
3085 朝影に吾が身はなりぬ玉蜻《たまかぎる》ほのかに見えて徃《い》にし兒ゆゑに
 
〔譯〕 朝日に映じた影法師のやうな痩せ細つた姿に、自分の身はなつてしまつた。ちらと見えて行き過ぎたあの美しい女ゆゑに。
〔評〕 「二三九四」と用字法に少異があるのみで全く同歌である。ここでは寄物陳思の部類の動物の中に入つてゐるが、それは「玉蜻」の文字によつたもの、蜻は蟲の名。
〔訓〕 ○玉かぎる 白文「玉蜻」、同歌なる「二三九四」には「玉垣入」とある。枕詞としては、玉のきらきらする光のほのかにとつづくと解するが、集中「玉蜻」「玉蜻※[虫+廷]」「蜻火」等の用例があつて、蜻がカキルとよばれたことが知られる。
 
3086 なかなかに人とあらずは桑子にもならましものを玉の緒ばかり
 
〔譯〕 なまじつか人間などでなくて、寧ろ蠶にでもなつたらばよからうなあ、ほんの暫しの間でも。
〔評〕 作者は恐らく農村の女で、實生活の體驗から生れた歌であらう。即ち、蠶を飼つてゐる女が、戀に惱んでゐる己を顧み、今眼前に物思も無げに桑をはみつづけてゐる蠶を羨んでゐるのである。取材が珍らしく、生活が浮び出てゐるのがよい。
 
3087 眞菅《ますが》よし宗我《そが》の河原に鳴く千鳥|間《な》無し吾背子わが戀ふらくは
 
〔譯〕 宗我の河原で鳴いてゐる千鳥の絶間もないやうに、絶間もありませぬ、あなたよ。私かあなたを戀しく思つて(93)をりますことは。
〔評〕 著想は新奇とはいへぬが、格調が、張りも抑揚もあつて、如何にも流麗である。「吾背子」と呼びかけの句を挿入したのも、單調を破つてよい。「三一六八」の類歌に比べると、生動の妙がある。
〔語〕 ○眞菅よし スガからソガの類音による枕詞。推古紀には「まそがよ蘇我」とある。○宗我の河原 大和國高市郡にある。能登瀬川の下流。
 
3088 戀|衣《ごろも》著《き》奈良の山に鳴く鳥の間無く時無し吾が態ふらくは
 
〔譯〕 戀衣を著馴らすといふ名の奈良山に鳴く鳥が、絶間もなく鳴いてゐるやうに、絶間もなければ、時のきまりも無い。私があの人を戀しく思ふことは。
〔評〕 四五句は類型的であるが、序中に更に序を用ゐて巧妙である。特に「戀衣著ならの山」とつづけたのがよい。
〔語〕 ○戀衣著奈良の山 「戀衣」は集中他に用例はないが、戀を着物にたとへたいひあらはし方で、戀をつづけてゐるの意であらう。衣を著ならす意で、同音の「奈良山」にかけた序。
 
3089 遠つ人|獵道《かりぢ》の池に住む鳥の立ちても居ても君をしぞ念《も》ふ
 
〔譯〕 獵道の池に住む鳥が飛び立つたり水上にゐたりするやうに、立つても坐つても、私はいつもあなたのことを思つてゐることです。
〔評〕 これも類想の多い歌で、序の如何によつて巧拙が分れる。「二二九四」「二四五三」などに比すると、それらは序が「立ちても」だけにかかつてゐるのに、此の歌は「ゐても」へもかかつてゐる點が適切で巧妙である。
〔語〕 ○遠つ人 遠くの人の意で、雁は遠國から飛んで來るから「雁」の枕詞としたもの、ほととぎすの枕詞として(94)「本つ人」(一九六二)といふのと同じ擬人法である。雁と獵との同音で、大和國磯城郡の獵路の池の枕詞に用ゐた。
 
3090 葦邊ゆく鴨の羽音の聲《おと》のみに聞きつつもとな戀ひわたるかも
 
〔譯〕 葦の茂つたあたりを飛びゆく鴨の羽音のやうに、音(噂)にばかり聞いてゐて、よしなくも戀ひつづけることであるよ。
〔評〕 美しい人、しとやかな女と、頻りに風評を聞いて、見ぬ戀にあこがれてゐるのである。形式には類似のものがあるが、序が珍しい。
〔語〕 ○葦邊ゆく鴨の羽音の 同意同音の語を重ねた序で次句の「おと」にかかる。○もとな わけもなく、徒らに。
 
3091 鴨すらも己《おの》が、つまどち求食《あさり》して後《おく》るる程に戀ふとふものを
 
〔譯〕 鴨でさへも、自分の夫婦どうし、共に餌を捜し歩いて、少しでも一方が後れる時は、戀しがつて鳴くといふものを。まして人たる身で、自分が妻と離れて歎かずに、ゐられようか。
〔評〕 鴨の習性を仔細に觀察し、巧みに描いて譬喩としてゐる。しかも、作者自身の本當の氣特は餘意として言外に匂はせたのみでありながら、何人にも同情を以てはつきり酌み取られる。「三九〇」と似た趣があり、更に、素朴で眞實味に富んでゐる。
 
3092 白眞弓《しらまゆみ》斐太《ひだ》の細江の菅《すが》鳥の妹に戀ふれや寢《い》を宿《ね》かねつる
 
〔譯〕 斐太の細江に住む菅鳥のやうに、自分は愛する女を思ひつめてゐるからか、こんなに眠りかねて輾轉反側してゐる。
(95)〔評〕 夜深く獨寢の夢を結びかねてゐる折から、遠く菅鳥の聲を聞いて詠んだものであらう。序に特色がある。
〔語〕 ○白眞弓 檀の白木で作つた弓。引くといふ意から「ひ」にかけた枕詞。○斐太の細江 所在不明。大和國とも飛騨國ともいふ。○菅鳥 不明。海録(山崎美成)にはヨシキリのことかとある。
 
3093 小竹《しの》の上に來居《きゐ》て鳴く鳥目を安み人妻ゆゑに吾《われ》戀ひにけり
 
〔譯〕 小竹の上に來てとまつて鳴く鳥ではないが、見た目が安らかで美しく、牽きつけられるので、人妻であるその人のために、自分は戀になやむことになつてしまつた。
〔評〕 美しい人妻に思を懸けてゐる歌であるが、序が新鮮にして爽かな爲に、内容と不即不離の趣があり、その美しさを象徴してゐるやうな感じがする。
〔語〕 ○小竹の上に來居て鳴く鳥 次の目にかかる序。冠辭考では「群」の約「め」が、同音のゆゑにつづくと説く。
 
3094 物|思《も》ふと宿《い》ねず起きたる朝けには佗《わ》びて鳴くなり鶏《にはつとり》さへ
 
〔譯〕 物を思ふとて終夜眠らずに起きでゐた朝方には、ものがなしげに鳴いてゐる、あの鷄までが。
〔評〕 わが心の惱みゆゑには、見るもの聞くもの、すべて傷心の種ならぬは無い。元氣よく曉を告げる鷄の聲さへもわびしげにきこえる。「二四六五」と同工異曲である。
〔語〕 ○庭つ鳥 人家の庭にゐる鳥の義で「かけ」の枕詞であつたのが、「かけ」その物の意に轉用された。
 
3095 朝烏早くな鳴きそ吾背子が朝けの容儀《すがた》見れば悲しも
 
〔譯〕 朝鴉よ、早く鳴いてくれるな。私の夫が起き出て歸つて行かれる朝方の姿を見ると、私は悲しいのであるから。
(96)〔評〕 一刻も長く引留めておきたい女の眞情が、よく表はれてゐる。「七〇九」は、これと朝夕で對をなすともいふべき同じ心境の歌である。
 
3096 馬柵越《うませご》しに麥|喰《は》む駒の詈《の》らゆれど猶し戀《こほ》しく思《しの》ひかてなく
 
〔譯〕 馬柵越しに麥を食ふ馬が罵られるやうに、私は親から叱られはするけれども、やはりあなたが戀しくて、どうにも思に堪へられぬことです。
〔評〕 農村の少女の戀である。野趣滿幅といふべく、譬喩も適切である。素朴で眞率な心から出た自然の聲であつて、企てて及ぶ表現ではない。
〔語〕 ○馬柵 馬を飼ふ周圍に作つた柵。「五三〇」、及び「三五三七」の或本の歌にもある。馬柵を白文には※[木+巨]?とあるが、欅の若木の義で、欅の若枝で馬柵を結つた故であらうといふ。
 
3097 さ檜《ひ》の隈檜の隈川に馬|駐《とど》め馬に水|飲《か》へ吾《われ》外《よそ》に見む
 
〔譯〕 あなたは、檜の隈川のほとりに馬をとめて、馬に水をお飲ませなさいませ。さうしたら私は、なつかしいお姿を、よそながらも見て居りませう。
〔評〕 馬に乘つて通つて來た愛人との名殘を惜しんだもので、纒綿の情緒と流麗な聲調とは、優しい佳人の風?を偲ばせる。古今集大歌所歌の中にも、「ささの隈ひの隈川に駒とめて暫し水かへ影をだに見む」となつて殘つて居り、更にそれが源氏物語の葵・椎本兩卷にも引かれてゐるのを見れば、如何に廣く愛誦されたかが察せられる。
〔話〕 ○さ檜の隈檜の隈川 同語を重ねて聲調を整へたもの、「さ」は接頭辭。檜の隈川は大和國高市郡阪合村|檜前《ひのくま》の傍を流れ、後に曾我川と合流する。「一一〇九」參照。
 
(97)3098 おのれゆゑ詈《の》らえて居《を》れば※[馬+総の旁]馬《あをうま》の面高夫駄《おもたかぶだ》に乘りて來《く》べしや
     右の一首は、平群文屋朝臣益人傳へ云ふ、昔聞きしくは、紀皇女竊に高安王に嫁きて、責めらえし時に、この歌を作り給ひき。但、高安王は、左降して伊與國の守に任けらえき。
 
〔譯〕 お前ゆゑに、親に叱られて私がゐるのに、私の氣も知らないで、首をあげて歩む駄馬の青い馬などに乘つて、意氣揚々とやつて來るなどと、そんなことが一體ありますか。
〔評〕 農家の娘の思ひあがつた氣特の女が、戀人に對してしかりつけるやうにうたひかけた歌と解しておもしろい。
〔語〕 ○おのれゆゑ お前のせゐで。「おのれ」はここは自稱でなく、對稱である。○面高ぶだに 「面高」は面を高く上げて歩む樣。「ぶだ」は夫役に使ふ駄馬であらう。驛路の荷を負はす小荷駄馬(略解所引宣長説)プチウマ(古義)などの説がある。○來べしや 「や」は反語、來るべきであるか、來るべきではないと咎める意(考)。
〔訓〕 ○※[馬+総の旁]馬 舊訓アシケウマとあるが、和名抄によつて、アヲウマと訓む(代匠記精撰本)のがよい。
〔左註〕 編者が、平群文屋益人から聞いたままに書き加へたもの。紀皇女は天武天皇の皇女、高安王は、養老三年に伊豫國守になられた。「左降」は左遷の意である。この傳へによれば、紀皇女の作であるが、さうではなく、農民の間にうたはれな民謠であらう。
 
3099 紫草《むらさき》を草と別《わ》く別《わ》く伏す鹿の野は異にして心は同《おや》じ
 
〔譯〕 紫草をなつかしんで他の雜草と區別して、擇り分け擇り分けしつつ其の上に寢る鹿が、寢る野は雌雄おのおの異なつてゐても、互に思ふ心は同じである。丁度そのやうに、あなたと私も、住む所は別々ですが、戀ひ慕ふ心は同じことです。
(98)〔評〕 何の爲に紫草と他の草とを區別して鹿が特に紫草の上に寢るのか、此の歌ではその點は明瞭を缺くが、「むらさきの匂へる妹」(二一)とある如く、尊ばれた草であるからであらう。四句は、鹿の雌雄野を異にして寢るといふ俗信があつたのであらう。
 
3100 おもはぬを想ふといはぼ眞鳥住む卯名手《うなて》の社《もり》の神し知らさむ
 
〔譯〕 思つてもゐないのに思つてゐますなどと、もし嘘をいひましたならば、あの鷲の住む卯名手の社の神樣が御照覽あつて、必ず罰をおあてになりませう。決してうそ僞は申しませぬ。
〔評〕 「眞鳥住む卯名手の社」の句が凄愴の感を與へて、神罰の恐しさを思はせるものがある。「五六一」の大伴百代の歌は、これを改作したもので、しかも劣つてゐる。
〔語〕 ○眞鳥住む卯名手の社 眞鳥は鷲。卯名手の社の森に鷲がゐたのであらう。社は大和國高市郡|雲梯《うなて》にあつた。「一三四四」參照。
 
  問答《もにたふ》の歌《うた》
 
3101 紫は灰|指《さ》すものぞ海石榴《つば》市の八十《やそ》の衢《ちまた》に逢へる兒《こ》や誰《たれ》
 
〔譯〕 紫の染汁には、椿の木を燒いた灰を加へるものである。その「つばき」から聯想される海石榴市の四通八達の(99)辻で、逢つた女、そなたは、何といふ名なのか。
〔評〕 大和の海石榴市で、古く歌垣が盛んに行はれたことは有名であり、上の「二九五一」の歌もそれと思はれるが、今この歌も、その歌垣の場に行き逢つた女の名を知りたいといふ歌であらう。序は當時の染色法を語つた珍しいもので、文化史的資料である。内容と格調と共に素朴古雅である。
〔話〕 ○紫は灰指すものぞ 紫色を染めるには、紫草の根の汁に椿の木を燒いた灰汁を加へたのである。その椿灰からの聯想で海石榴市につづけた。○海石柘市 椿市とも書く。今の三輪村大字金屋附近の地。○八十の衢 幾條にも道の分岐した處で賑かな地點。
 
3102 たらちねの母が召《よ》ぶ名を申《まを》さめど路《みち》行《ゆ》く人を誰と知りてか
     右二首。
 
〔譯〕 言へとならば、お母さんが私を呼ぶ時仰しやる名前を申しもしませうが、しかし途上で逢つたばかりの、馴染の淺いあなたを、一體誰と知つて、私の大事な名を申しませう。あなたこそさきにお名を仰しやいませ。
〔評〕 ありのまま何の技巧をも加へぬ詠みぶりであるが、愛すべぎ純情と眞率な表現とで、古雅掬すべき調をなしてゐる。「歌はかくこそあるべきなれ」と眞淵は評してゐる。
 
3103 逢はなくは然もありなむ玉|梓《づさ》の使をだにも待ちやかねてむ
 
〔譯〕 逢つて下さらないのは、定めし事情あつての事でせうから、それはそれでも構ひませぬ。しかし、使ぐらゐは下されさうなものを、それすら幾ら待つても結局は待ちぼうけなのでせうか。
〔評〕 久しくとだえて、たまたまの使さへ送らぬ男に對する女の不平である。下二句の體は、坂上郎女の「六一九」、(100)また「二五四三」等と同じ趣である。初二句あたりの物おだやかな語氣は、啻に戀する女の弱さといふのみでなく、つつましやかなこの女性の人柄をあらはしたものであらう。
 
3104 逢はむとは千遍《ちたび》おもへど在り通《かよ》ふ人目を多み戀ひつつぞ居《を》る
     右二首。
 
〔譯〕 そなたに逢はうとは何遍も何遍も絶えず思つてゐるけれども、道を常に行き通ふ人の目が多いので、出かけることも出來ず、むなしく戀ひ焦れてゐるのである。
〔評〕 平明な歌で、常套的の答ではあるが、眞實な男ごころで、聊かも浮薄な點のないのがよい。
 
3105 人目多み直《ただ》に逢はずて蓋《けだ》しくも吾が戀ひ死なば誰《た》が名ならむも
 
〔譯〕 人目が多いといつて、そなたが躊躇して直接自分に逢はないでゐて、もし萬一自分が焦れ死でもしたならば、その時、世間の人の口にのぼるのは、一體誰の名前であらう。そなたの名前にきまつてゐるよ。
〔評〕 人目を憚り人言を恐れて容易に逢はうとせぬ女に對する、皮肉なおどかし文句である。上の「里人もかたり繼ぐがねよしゑやし戀ひても死なむ誰が名ならめや」(二八七三)ほどの激情はないが、表現は巧みである。
 
3106 相見まく欲《ほ》しみもすれば君よりも吾ぞ益《まさ》りていふかしみする
     右二首。
 
〔譯〕 私はあなたにお目にかかりたく思つてゐますので、あなたよりも私の方が一倍増して、心が欝々とふさいでゐることです。
(101)〔評〕 相手の鋭鋒をうまくそらして、私こそ先に戀死をしさうなほど屈託してゐると答へたのは、巧妙な應酬である。しかもおのづから眞實味があり、後世のこの種の歌のやうな遊戯的氣分には墮してゐない。
〔語〕 ○いふかしみ 類聚名義抄に、鬱をイフカシとある。心の晴れぬこと。
〔訓〕 ○欲しみしすれば 白文「欲爲者」、舊訓による。考はホシケクスレバ、新校はホシキガタメハと訓んでゐる。
 
3107 うつせみの人目を繁み逢はずして年の經ぬれば生《い》けりともなし
 
〔譯〕 人目が多いので、戀しいそなたに逢はずに、こんなにもう年が經つたので、自分はまるで生きてゐるといふ氣持もしないことである。
〔評〕 内容に特異な點もなく、ありふれた戀情で、類歌も少くないが、眞率平明なところが取得であらう。男の作。
〔語〕 ○うつせみの ここは「人」の枕詞。
 
3108 うつせみの人目繁くはぬばたまの彼《よる》の夢《いめ》にを續《つ》ぎて見えこそ
     右二首。
 
〔譯〕 人目が繁くて逢へないといふのならば、せめて夜の夢にでも毎夜續けてお姿を見せて下さいませ。
〔評〕 女の答歌である。しんみりと優しい情がこもつて讀者の心を搏つものがある。三句以下は「八〇七」と同じである。
 
3109 ねもころに思ふ吾妹を人言の繁きによりて不通《よど》む頃かも
 
〔譯〕 心から深く思つてゐるいとしいそなたであるものを、世間の人の取沙汰がうるさいために、ためらうて逢はず(102)にゐるこの頃ではある。
〔評〕 逢ふ瀬ままならぬ間で、男から女へ贈つた歌。平坦な内容で、表現も流暢ではあるが、類型的である。主句以下は「六三〇」と同じである。
 
3110 人言の繁くしあらば君も吾も絶えむといひて逢ひしものかも
     右二首。
 
〔譯〕 人の取沙汰がもしうるさかつたらば、あなたにしても私にしても、別れてしまはうと、そんなことを言つて逢ひ始めた仲であつたでせうか。いいえ、決してさうではなかつたのです。
〔評〕 今更世間の風評を恐れて逢はぬといふのは卑怯でせうよと、優柔な男の態度をなじつた女の作である。傍理も明快であり、熱と力とに滿ちてゐる。
 
3111 すべもなき片戀をすと此の頃に吾が死ねべきは夢《いめ》に見えきや
 
〔譯〕 遣瀬もなく苦しい片思をしてゐる爲に、今にも私が焦れ死にさうになつてゐるのは、あなたの夢に見えましたか。
〔評〕 片思の懊惱を愬へた女の歌である。情熱的の表現であつて、小刻みに運んで行つた格調の間に、おのづから作者の苦しい息づかひが感ぜられるやうである。
 
3112 歩《いめ》に見て衣《ころも》を取り著《き》装《よそ》ふ間《ま》に妹が使だ先《さき》だちにける
     右二首。
(103)〔譯〕 夢にそなたの窶れた姿を見て驚き、あわてて逢ひに行かうと着物を取り上げ身支度をしてゐる間に、そなたの使が先に來て、このお歌をもつて來ました。
〔評〕 響の物に應ずるやうな答で、頗る機智に富んだ作である。格調も波瀾曲折ある間に、倉惶とした氣分をあらはしてゐる。
 
3113 在り在りて後も逢はむと言《こと》のみを堅くいひつつ逢ふとは無しに
 
〔譯〕 かうして辛抱し續けて、後には逢はうと、言葉だけはあなたは堅く言つてお置きになりながら、少しも逢はうとはなさらないで――。
〔評〕 一時のがれに言葉だけをうまく繕つてゐる男に對して、女の述べた怨言である。眞實な心持を優婉な詞調に托したところ、おのづから人の心を牽くものがある。
〔訓〕 ○堅くいひつつ 白文「堅要管」要は約束する意。「三一一六」にも不相登要之(あはじといひし)とある。
 
3114 極《きは》まりて吾も逢はむと思へども人の言こそ繁き君にあれl     右二首。
 
〔譯〕 是非自分も逢ひたいとは思つてゐるけれども、とかく人に評判されがちのそなたであるから、思ふやうに逢ひに行けないのである。
〔評〕 女の怨言に對する男の慰撫で、初二句のあたり、強調した言葉を用ゐてはゐるが、要するに紋切型の辨解で、一向に熟が無い。大伴坂上郎女の「心には忘るる日無く思へども人の言こそ繁き君にあれ」(六四七)はこれを模したものか、三句以下全く同じである。
(104)〔語〕 ○極まりて 必ず、是非にの意。
 
3115 氣《いき》の緒に吾が氣衝《いきづ》きし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも
 
〔譯〕 命に懸けてまでため息をついて自分の戀ひ慕つてゐたそなたを、今ではもう人妻であると聞いては、悲しいことである。
〔評〕 戀ひ焦れてゐた女が、人妻になつたといふ噂を聞いた男の失望は、まことに同情に値する。初二句のあたり、切迫した氣持がよくあらはれてゐる。
 
3116 我が故に甚《いた》くな侘《わ》びそ後遂に逢はじといひしこともあらなくに
     右二首。
 
〔譯〕 私ゆゑに、そんなにひどく悲觀なさいますな。後々までも絶對にあなたに逢ふまいと私が申しましたこともないものですから。どんな境遇の變化などが起つて、逢へないとも限りませんのに。
〔評〕 人妻となつた女が、もとの愛人に苦惱を訴へられて、どうすることも出來ぬ現在の身で、纔かに洩した氣休めの詞である。いつかはもとの愛人に逢はうといふやうな不倫な意志をはつきり持つてゐるわけではなく、さりとて、愛人に對しては不實な虚僞を語つてゐるのでもない。ただこれが今は精一ぱいの言葉なのである。遂に境遇に負けて諦めに住するであらう弱い女性の姿が、まざまざと見える。
 
3117 門《かど》闔《た》てて戸も閉《さ》したるを何處《いづく》ゆか妹が入り來て夢《いめ》に見えつる
 
〔譯〕 門を締め切つて、扉の戸も錠をおろしてゐたのに、何處からまあ、いとしいそなたが入つて來て、自分の夢に(105)見えたのであらう。
〔評〕 女の姿を夢に見て、嬉しさのあまり戯れに詠んで贈つたのである、「二九一二」の歌と同じく、遊仙窟から影響を受けて、趣向を凝らしたものと思はれるが、夢を現實的に考へてゐた上代人の思想も窺はれて興が深い。
 
3118 門|闔《た》てて戸は閉《さ》したれど盗人《ぬすびと》の穿《ほ》れる穴より入りて見えけむ
     右二首。
 
〔譯〕 門を締めて戸は鎖してありましたが、多分、盗人の穿つた穴から私が入つて、あなたの夢に見えたのでありませう。
〔評〕 打てば響くといつたやうな、機智に富んだ答歌である。「盗人のほれる穴より」は殊に奇拔である。明るい諧謔味の饒かな問答であり、特に答歌の方が生氣溌剌として、後世、白波とか、緑の林などの譬喩的語句を用ゐたのとちがつて、いかにも現實的である。
〔語〕 ○盗人 和名抄に「愉兒【和名、奴須比止】」とある。○見えけむ 過去推量の語法を用ゐたのは、相手の夢に入つたことは、自分では關知せぬ事がらゆゑである。
 
3119 明日よりは戀ひつつ在らむ今夕《こよひ》だに速《はや》く初夜《よひ》より紐解け我妹《わぎも》
 
〔譯〕 明日からは遠く離れて、互に戀ひ暮すことであらう。せめて今夜一晩でも、早く宵のうちから着物の紐を解いてくれ。いとしいわが妻よ。
〔評〕 明日は遠い旅路に出ようとしてゐる男が、せめては名殘の一夜を妻と打解けてゆつくり語り明かさうといふので、古今東西渝ることのない人情であるが、表現が如何にも上代人らしい率直さである。
 
(106)3120 今更に寢《ね》めや我背子|新夜《あらたよ》の全夜《またよ》もおちず夢《いめ》に見えこそ
     右二首。
 
〔譯〕 今夜一晩といふ時になつて、今更早く寢てもどうしませう、あなた。別れて後は、過ぎて行く夜の一晩も缺かさずに、いつも私の夢に見えて下さいませ。
〔評〕 別離を前にして、せめては刹那の歡喜にも醉はうといふ男の現實的なのに對し、夢裡の遭逢でも永い悦樂を望む女の心もちは、一層精神的でうるはしい。
〔語〕 ○あらた夜 改まり行く夜。一夜一夜と過ぎゆく夜。「二八四二」參照。○また夜もおちず 一晩も洩れることなく、毎晩の意。「またよ」は全き夜の義で一晩中。
〔訓〕 ○あらた夜 白文「荒田夜之」「夜」は元暦校本による。通行本の「麻」では四句につづきがたい。○また夜 白文「全夜」童蒙抄にヒトヨと詠んでゐるが、正倉院文書に全をマタとよんでゐるから、古語を傳へたものと思ふ。
 
3121 わが背子が使を待つと笠も著《き》ず出でつつぞ見し雨の零《ふ》らくに
 
〔譯〕 戀しいあなたからのお使を待つとて、私は笠もかぶらず、外に出て見てゐました、雨が降るのに。
〔評〕 「二六八一」と同じ歌。彼は寄物陳思の部に入り、此は問答の中に入つてゐるのは、兩傳あつたのであらう。
 
3122 心なき雨にもあるか人目|守《も》り乏《とも》しき妹に今日だに逢はむを
     右二首。
 
〔譯〕 思ひ遣りもない雨であるよ。人目にかからぬ隙をうかがつて、たまにしか逢へないそなたに、せめて今日でも(107)逢はうと思ふのに。
〔評〕 前の歌の答としては、相そぐはない感じもする。全釋には、問答でないを誤傳によつて組合せたか、とあるが、雨にぬれつつ使を待つたといふ女の歌に對して、使どころか實は自身に出かけようとしたのに、情知らずの此の雨で、と答へたものと解すれば、不自然な點はない。
 
3123 ただ獨|宿《ぬ》れど寢《ね》かねて白たへの袖を笠に著ぬれつつぞ來《こ》し
 
〔譯〕 ただ一人で寢たが、どうしても眠れないで、着物の袖を笠にして、雨にぬれながら自分は來たのであるよ。
〔評〕 強い戀々の情が、張りきつた調子の中に溢れ出てゐる。單刀直入、いかにも萬葉人の戀らしい。
 
3124 雨も零《ふ》り夜もふけにけり今更に君|行《い》なめやも紐解き設《ま》けな
     右二首。
 
〔譯〕 雨も降るし、もう夜も更けました。今更お歸りになるといふことはありますまい。私はあなたをお歸しするものですか、歸しはしませぬ。さあ着物の紐を解いて、寢る支度をしませうよ。
〔評〕 雨の降る夜に音づれて來て、さて歸らうとする戀人を、女の引き留めようとする歌である。問答がしつくり合致してゐない嫌があるが、宣長は、今まで心の解けなかつた女が、今宵は男の雨に濡れて來たのをあはれに思つて、心の初めて解けた歌と解してゐる。
〔訓〕 ○いなめやも 白文「將行哉」。ユカメヤモとよめるが、古義に「三一九八」の將行《イナミ》乃河を引いた訓による。
 
3125 ひさかたの雨のふる日を我が門に蓑笠著ずて來《け》る人や誰《たれ》
 
(108)〔譯〕 こんなにひどく雨の降る日に、私の家の門に、蓑笠も着ずにたづねて來た人は、一體どなたですか。
〔評〕 雨に濡れるのも厭はずおとづれ來た戀人、無論それが誰であるか女にわからぬ筈はない。いそいそと飛び立つ思でありながら、それをじつと押し隱して、「どなた?」、と空とぼけたところ、明朗型の女の面影が生き生きと浮き出てゐる。
〔訓〕 ○ける人や誰 白文「來有人哉誰」、「三八三」の「なづみ來《け》るかも」「三九五七」の「使のければ」參照。略解所引宣長説に從つて、ケルヒトと訓む。考はキタルヒトと字餘りにする。
 
3126 纒向《まきむく》の痛足《あなし》の山に雲居つつ雨は零《ふ》れどもぬれつつぞ來《こ》し
     右二首。
 
〔譯〕 纒向の穴師の山に雲がかかつて、雨は降つてゐるが、いとしいそなたに逢はうと、濡れながら自分は來たのである。
〔評〕 蓑笠も取りあへず、急いで來た男の心持もよく現はれてをり、途中の情景も、はつきりと描き出されてゐる。質實にして素直な歌である。
〔語〕 ○纒向の痛足の山 纒向は大和國磯城郡纒向村。痛足は穴師とも書き、纒向村の大字。「一一〇〇」參照。
 
   ?旅《たび》に思《おもひ》を發《おこ》す
 
(109)3127 度會《わたらひ》の大川の邊《べ》の若久木《わかひさぎ》吾が久ならば妹戀ひむかも
 
〔題〕 ?旅に思を發す。旅中にあつて種々の感想を發して詠んだ歌の意。多くは戀の歌である。
〔譯〕 度會の大川のほとりの若久木、その「わかひさ」といふ如く、我が久しくこれからも旅にゐたならば、家なる妻は、さぞ自分を戀しがることであらう。
〔評〕 伊勢の旅路にある人が、家なる妻をしのんだ歌である。上三句は序を成してゐるが、屬目の實景を以てしたので、清新にして、一首の上に爽かな生氣を附與してゐる。「浪の間ゆ見ゆる小島の濱久木久しくなりぬ君に逢はずして」(二七五三)は、序の用法に於いて、今の歌と一味共通の點がある。
〔語〕 ○度會の大河 度會は伊勢國度會郡。大河は宮川であらう。○若久木 「ひさ」の同音を繰返して次句につづけた序。久木はアカメガシハ。「九二五」參照。
〔訓〕 ○久木 白文「歴木」、舊訓クヌギであるが、「久」の序として、「歴は久なり」(小爾雅)の訓をとるべきである。
 
3128 吾妹子を夢《いめ》に見え來《こ》と大和路の度瀬《わたりせ》ごとに手向《たむけ》吾がする
 
〔譯〕 いとしい妻が、自分の夢の中に現はれてくれるやうにと、大和へ通ふ路の川の渡り場所ごとに、神樣に幣をお手向して祈ることである。
〔評〕 率直にして眞實に滿ちた歌。旅の途上で、神を祀つて一路平安を祈つた古代の風習、素朴な信仰が窺はれて、文化史的の見地からも興味が多い。
 
(110)3129 櫻花咲きかも散ると見るまでに誰《たれ》かも此所《ここ》に見えて散り行く
 
〔譯〕 美しい櫻の花が、咲いて間もなく散つてゆくのかと思はれる程に、今此處に現はれたかと見れば、すぐ散り散りに別れて行くのは、一體誰であらう。いや誰も彼も皆さうである。
〔評〕 旅人が旅の先々で直面する慌しい遭逢離散の有樣を、折から目前にあつた櫻の花の倉惶として散りゆく名殘惜しさに見立てたのである。浪漫的な情趣を盛つた幽婉高雅な格調は、蓋し萬葉の歌としては異數に屬する。人生の旅、人間の運命などの上に靜かな思を誘ふやうな、深い暗示をも含んでゐる。或は、旅中にふと見た行きずりの美しい女を詠んだとも解されるが、上述の解し方をよいと思ふ。
 
3130 豐州《と上くに》の企玖《きく》の濱松こころ哀《いた》く何しか妹に相言《あひい》ひ始《そ》めけむ
     右の四首は、柿本朝臣人麻呂の歌集に出づ。
 
〔譯〕 豐國の企玖の濱邊の松が荒い潮風に撓められてゐるのは、見るからに心を痛ませるが、自分はかくも心を痛めて、何でまあ、旅で逢つたあの女に、契りそめたことであらう。
〔評〕 旅にあつて女と親しみ、愛着の絆を絶ちかねて煩悶してゐる男の面影が浮んで來る。内容も序の用ゐ方も、「二四八八」の歌と酷似してゐる。豐前の國での作と思はれる。
〔話〕 ○豐國の企玖の濱松 豐前國企玖郡、今の小倉市附近の海岸の松並木であらう。「一三九三」參照。
〔訓〕 ○こころいたく 白文「心哀」。「哀」は元暦校本等により、訓は「四六七」「二四八八」による。
 
3131 月|易《か》へて君をば見むと念《おも》へかも日も易《か》へずして戀の繁けく
 
(111)〔譯〕 月がかはり、來月になつたらあなたにお目にかかれるであらうと思ふ。そのためでか、御出立といふ今日のうちから、私はこんなにも戀しさが繁いことです。
〔評〕 旅に出る夫が、來月にならなくては歸れぬといふのを、戀々の情に悶えつつ送る妻の歌であらう。「月易へて」に對して「日も易へずして」といつたところ、技巧的である。
〔語〕 ○月易へて 來月になつて。○日も易へずして 日も改まらぬ中から、即ち、出立の當日からすぐの意。
 
3132 な去《ゆ》きそと還《かへ》りも來《く》やと顧《かへり》みに行けども滿《あ》かず道の長道《ながて》を
 
〔譯〕 自分の出立を見送つて、さて別れていつたあの女が、行くのはお止しなさいといつて、或は留めに引返して來もしようか。さう思つて自分は振り返り振り返り、行くけれども、あの女は引返しても來ない。あきたらぬ氣持で自分は歩いて行くことである、長い長い此の道を。
〔評〕 複雜な心理描寫である。後髪引かれる思で人と別れゆく時の、人情の機微を巧みに穿つてゐる。留められても歸ることは出來ないのであるが、もし引返して來たらばと、心たゆたひつつ、顧みがちに行く人の姿が眼前に髣髴して來る。
〔訓〕 ○行けどもあかず 白文「雖往不滿」、「滿」は元暦校本等に從ひ、義訓としてアカズとよむ定本の訓による。通行本は「歸」に作り、ユケドカヘラズとあるがかへりも、かへりみ、かへらずと重ねたとも考へられるが、五句がおちつきがたい。
 
3133 旅にして妹を思ひ出《で》いちしろく人の知るべく歎せむかも
 
〔譯〕 自分はこれから旅に出て、家なる妻を思ひ出しては、はつきりと人の氣づくほど、歎き息づくことであらうか
(112)〔評〕 旅に出るに當つて、旅中常に起りさうな、妻に對する綿々の情を豫想した歌ながら、三句以下「二六〇四」「三〇二一」に似てをる。
{訓〕 ○旅にして 白文「去家而」、舊訓による。略解のイヘサリテは歌語として適しない。イヘヲイニテと訓むべきか。
 
3134 里|離《さか》り遠からなくに草枕旅とし思《も》へばなほ戀ひにけり
 
〔譯〕 故郷を離れてまだ遠くは來ないのに、旅であると思ふと、やはり家を戀しく思ふことであるよ。
〔評〕 旅行が今日のやうな容易なものでなく、甚だしい困苦を伴つたことを考へると、この氣持には同感される。しかし、表現が平板に過ぎて深みが足りない。
 
3135 近くあれば名のみも聞きて慰めつ今夜《こよひ》ゆ戀のいや益《まさ》りなむ
 
〔譯〕 今までは逢はなくても、女の家とは近いので、噂を聞くだけで心を慰めてゐた。しかし愈々自分は旅に出るので、今夜からは戀しさが一層増ることであらう。
〔評〕 これも旅に出ようとするに當つての感想で、眞實な人情ではあるが、表現が平庸で、強く人を牽く力は乏しい。
 
3136 旅に在りて戀ふれば苦しいつしかも京《みやこ》に行きて君が目を見む
 
〔譯〕 旅に出てゐて、こんなに戀ひ焦れてゐるのは苦しいものである。いつになつたら自分は都に歸つて、いとしいあの人の顔を見ることが出來るであらう。早く逢ひたいものであるよ。
〔評〕 長い旅を續けてゐる人の、僞らざる感懷である。或は任地に赴いてゐる地方官などの、都に殘してある女への(113)思慕を歌つたものかも知れない。但、表現は素直といふだけで、すぐれた點はない。
 
3137 遠くあれば光儀《すがた》は見えず常の加《ごと》妹がゑまひは面影にして
 
〔譯〕 自分は旅に出て、今遠く離れてゐるので、いとしい人の姿は、直接には見えない。いつものやうに、あの人のにこやかな笑顔は、幻となつて眼の前にちらついてゐても。
〔評〕 思ふままを素直に表現して、優婉な調を成してゐる。特異な點はないが眞實味のこもつてゐるところがよい。
 
3138 年も經ず歸り來《こ》なむと朝影に待つらむ妹し面影に見ゆ
 
〔譯〕 どうか今年のうちに歸つて來るやうにと念じながら、朝日に映る人影のやうに、やつれたさまで自分を待つてゐるに違ひない妻の姿が、眼の前にちらついて見えることである。
〔評〕 旅中にあつて、家なる妻が一日千秋の思で自分を待つ樣を想像するにつけ、その可憐な姿がありありと面影に見えたのである。強く烈しい戀情の迸り出た作で、人の心を搏つものがある。
〔語〕 ○歸り來なむと 夫が歸つて來て欲しいと心に念じての意。白文「來嘗」は、コナムともキナムとも訓める。コナムのナムは希求の助詞で、來てほしいの意、キナムのナムは未來完了の助動詞で、來るだらうの意、となる。ここは前者にとるのが一首の趣に叶ふ。
〔訓〕 ○妹し 白文「妹之」舊訓イモガ。佐伯梅友氏の説によつて訓んだ。
 
3139 玉|桙《ほこ》の道に出で立ち別れ來《こ》し日より思ふに忘る時無し
 
〔譯〕 旅への道に出發して、いとしい女と別れて來たその日から、かうして自分は思ひ續けてゐるので、少しも忘れ(114)る時は無い。
〔評〕 旅中にあつても思は絶えず家妻の上に馳せてゐる男の心持が、素直にしみじみと一首の上に流れてゐる。
〔訓〕 ○忘る時なし 「忘るる時」と訓まずに「忘る時」と訓むのは、上代には終止連體同形の、即ち四段活用の動詞「忘る」があつたと考へられるからである。但、その證は、「忘らじ」(神代記)「忘らしなむか」(八七七)「忘らえにけり」(八八〇)「忘らむと」(四三四四)などの未然形の例で、自然に忘れるでなく、忘れ去るの意といはれる。
 
3140 愛《は》しきやし然ある戀にもありしかも君におくれて戀《こほ》しき念《おも》へば
 
〔譯〕 いとしい我が夫よ。かうした因縁の戀であつたものとおもはれる。あなたが旅に出られ、私一人とり殘されて、かうも戀しい思に沈んでゐることを思ふと。
〔評〕 愛人を旅に送つて、獨り戀々の情に悶えてゐる女の感傷である。「然ある戀にもありしかも」とは、當時には珍しい宿命觀的な考である。但この歌は家にある女が旅の男を思つたので、?旅發思といふ部類の作にはふさはない。
〔語〕 ○はしきやし かはいいの意で「や」「し」は共に詠歎的助詞。この語は連體格であるから、句を隔てて四句の「君」にかけたと見る説もあるが、此の歌の句法は三句で切れてゐるから、この句の意味も三句までの間に絡止してゐるものと解すべきである。故に、愛しきことよと先づ云ひ擧げる語とした考の説に從ふべきであらう。
 
3141 草枕旅の悲しくあるなべに妹を相見て後戀ひむかも
 
〔譯〕 自分は旅が悲しくおもはれるに、それと共に、旅さきでこんなかはゆい女になじんで、別れた後にも忘れられないで、定めて戀ひ焦れることであらうかなあ。
〔評〕 絶えざる旅愁に加へて、旅の一夜に知つた女人への愛着が綿々として盡き難い。はかなく別れた後、行くにし(115)たがつて、更に加はるであらう感傷を豫想して長歎するところ、多感な萬葉人の人間性を語るものである。
 
3142 國遠み直《ただ》に逢はなく夢にだに吾に見えこそ逢はむ日までに
 
〔譯〕 自分は旅にゐて國が遠く隔つてゐるので、いとしい妻に直接に逢へない。せめて夢になりとその優しい姿が見えてくれ、家に歸つて再び逢ふ日までの間に。
〔評〕 旅中に於ける妻戀の歌。「二八五〇」の歌は、旅中の作ではないが、語句が類似してゐる。
 
3143 かく戀ひむものと知りせば吾妹子に言《こと》問《と》はましを今し悔しも
 
〔譯〕 旅に出てこんなに戀ひ焦れるものと知つてゐたらば、出發前に、自分は妻と十分に話をして來るのであつたものを。今となつては殘念なことであるよ。
〔評〕 初めて妻と別れて旅に出て、妻の戀しさが身に沁みたのである。平凡なやうであるが、人間共通の至情に觸れてゐる。「三四八一」と似た感情である。
 
3144 旅の夜の久しくなればさ丹《に》つらふ紐|聞《あ》け離《さ》けず戀ふる此の頃
 
〔譯〕 自分は旅寢をする夜が久しくなつたので、家妻のうつくしい赤い紐を解き放すことがなく、ただ其の面影のみを眼の前に思ひうかべて、戀ひ焦れてゐる此の頃ではある。
〔評〕 久しい旅寢を重ねてゐる男の歎聲である。女が男の着物につけてくれた赤い紐を解かず即ち打とけて寢ないでと解する説もあるが、今は古義の解によつた。
 
(116)3145 吾妹子し吾《あ》を偲《しの》ふらし草枕旅の丸寢《まろね》に下紐解けぬ
 
〔譯〕 家にゐる自分の妻が、旅なる自分を思つてゐるらしい。旅の宿りで一人わびしい丸寢をしてゐると、着物の下紐が自然に解けたことよ。
〔評〕 着物の紐がおのづから解けるのは、人に思はれてゐるしるしであるといふ俗信が上代にあつたことは、集中幾多の例歌が示してをる。人の思が感應することを信じたもので、素朴な古人の心理であつた。
 
3146 草枕旅の衣の紐解けぬ思ほゆるかもこの年頃は
 
〔譯〕 自分の旅の着物の紐が自然に解けてしまつた。しきりに思はれることである。妻と馴れ睦んできたこの年頃のことが。
〔評〕 二三句、いろいろの訓がある。三句「思ほせるかも」とよんで、妻に對して敬語を用ゐたもの、女の身分の低からぬことを語るものとみる説もある。しかし五句がおちつかない。「おもほゆるかも」とよむ方が、自然である。畢竟これらは、作者がいまだしいので、歌がよくととのはぬものと見てよからう。
 
3147 草まくら旅の紐解く家の妹し吾《わ》を待ちかねて嘆《なげ》かふらしも
 
〔譯〕 自分の旅の着物の紐が解ける。これは家なる妻が自分を待ちかねて、嘆いてゐるものらしい。
〔評〕 前の二首と同じ趣で、出來ばえからいつても甲乙はない。
〔訓〕 ○なげかふらしも 白文「歎良霜」。ナゲキスラシモ、ナゲカスラシモともよめる。
 
(117)3148 玉くしろ纒《ま》き寢《ね》し妹を月も經ず置きてや越えむこの山の岫《さき》
 
〔譯〕 手を纒いて共に寢た妻を、一箇月もたたぬうちに家に殘しておいて、自分は一人で越えて行くことか、この山の突端の處を。
〔評〕 新婚の夢まださめやらぬ仲で、公務か私用か、いとしい妻を殘して旅に出るのである。ありふれた事ではあるが、哀怨最も切なだけに、實感が溢れ、調も引緊つてゐる。
〔語〕 ○玉くしろ 「纒き」にかけた枕詞。釧は腕に纒くもの。「二八六五」參照。
〔訓〕 ○さき 白文「岫」。岫はくきで、山の穴ある處をいふので、「岬」の誤との説もあるが、岫、岬、相通じて使用されたものとみてよい。
 
3149 あづさ弓未は知らねど愛《うつく》しみ君に副《たぐ》ひて山路越え來《き》ぬ
 
〔譯〕 行末はどうなることか知りませんが、あなたのなつかしさに、あなたにつき隨つて、遙々と山路を越えて來ましたことよ。
〔評〕 地方官となつて遠く赴任する男に、連れ添うて行く女の歌であらうか。愛する男に滿腔の信頼を寄せつつも、さすがに女の氣弱さは、漠然たる一脈の不安を掃ひ盡し得ないのである。情緒纒綿、可憐な作である。
 
3150 霞立つ春の長日を奧處《おくか》なく知らぬ山|道《ぢ》を戀ひつつか來《こ》む
 
〔譯〕 霞の立ちこめた此の春の長い日に、自分は果てもなく、知らぬ山道を歩みつづけて、いとしい女を思ひつつ行くことかなあ。
(118)〔評〕 霞の立ちこめてをる春の山路を、一人歩みゆく旅人の感傷である。そこはかとなき春愁と、限りなき旅情と、遙かなる家郷の人への思慕とが混和して、縹緲なる情趣が表現せられてゐる。
〔語〕 ○奧處なく 極限《はて》もなくの意。○戀ひつつか來む 戀ひしく思ひながら行くことか。「來む」は、行かむに同じ意。
 
3151 よそのみに君を相見て木綿疊《ゆふだたみ》手向の山を明日か越え去《い》なむ
 
〔譯〕 ぢかに逢つて別れを惜しむことも出來ず、よそ目にばかり戀しい人を見て、手向の山を明日にも越えて行くことかなあ。
〔評〕 眞淵は、奈良の京の女が、父の任などに從つて地方へ行くのに、愛する男としみじみ別れの言葉を交はすことも出來ぬままに立つてゆくのを悲しんだ歌、と解してゐる。さうはつきりはいへぬが、やさしい女心のこもつた歌で、四句までやはらかないひざまであり、五句の字あまりも深い感情がこもつてゐる。
〔語〕 木綿疊 疊んだ木綿を神に手向ける意から「手向の山」にかけた枕詞。「一〇一七」參照。○手向山 奈良山の峠をさしたと思はれる。
 
3152 玉|勝間《かつま》安倍《あべ》島山の夕露に旅|宿《ね》得《え》せめや長きこの夜を
 
〔譯〕 安倍島山の繁く置いた夕露の中で、一人わびしい旅寢をすることが出來ようか、とても自分には出來まい、長いこの秋の夜であるを。
〔評〕 夕露しげく薄ら寒い山中に行き暮れて、ここに假寢の一夜を明かさうといふ旅人の感傷である。四句の反語が力強く、倒置法もよく据つてゐる。
(119)〔語〕 ○玉勝間 枕詞。記傳に、籠の目の堅く締つてゐる意で、語を隔てて「島」にかかるとの説がよいであらう。下にも「玉勝間島熊山の」(三一九三)とある。○安倍島山 「三五九」の阿倍の島と同じく、攝津かといふが、詳かでない。
 
3153 み雪ふる越《こし》の大山行き過ぎていづれの日にかわが里を見む
 
〔譯〕 自分は此の雪のふる越の國の大山を通り過ぎて、いつの日に故郷す土地を見ることが出來るであらう。まだなかなか遙かなことである。
〔評〕 考には、任國から京へ歸る人の作であらうとし、全釋には、初めて越の國へ入つた人が荒涼たる風物に接し、歸京の期の何時とも知られれを歎いたものとしてゐる。前説は四五句の嗟歎を、辛うじて家郷を見得ることの出來る時となつたに拘はらず、道遙かにして容易に到り難いといふ、内部に喜を包んだ焦慮と見たのであり、後説は單にいづれの日に再び家郷を見ることが出來よう、その時期は豫想すら許されないと、悲觀的に解したのである。四五句だけを見ると、全釋のやうにとれるのであるが、二三句の表現は、越へ向つて行くやうにとるよりも、考のやうに、歸京途上の人の作と見たい。表現に不徹底の點があり、初句も、眼前の實景とも、枕詞とも見られはするが、とにかく一首の調べはすぐれてをる。
〔語〕 ○み雪ふる 北越は雪の多い地方であるから、初め實際的修飾句として用ゐられたのが、後には「四〇一一」「四一一三」の如く枕詞となつた。ここは歌としては實景と見る方がよい。○越の大山 いづこと判然しがたい。
 
3154 いで吾《あ》が駒早く行きこそ眞土《まつち》山待つらむ妹を行きて早見む
 
〔譯〕 さあ、自分の乘つてゐる馬よ。早く行つてくれ。この眞土山の彼方で、山の名のやうに待ちこがれておるであ(120)らう妻を、早くいつてみようと思ふ。
〔評〕 紀州路の旅から眞土山を越えて、故郷の大和へ入らうとする時の作であらう。眞土山へかかればあとはもう一息と思ふので、歸心は一層そそられて、馬を急がせようとする心持がよく分る。輕快な調子の中に明るい喜が溢れてゐる。後に第二句を「早く行きこせ」として、催馬樂にも謠はれてゐるもので、當時民謠として處く行はれたことが想像される。
〔語〕 ○いで吾駒 「いで」は他に求める時の呼び掛けの語。行きこそ 「こそ」は願望の意。○眞土山 紀伊と大和との境にある山。「五五」參照。ここは「待つ」の枕詞のやうな用法になつてゐるが、實際に眞土山を越えつつあるので、面白い技巧である。
 
3155 惡木《あしき》山|木未《こぬれ》ことごと明日よりは靡きたりこそ妹があたり見む
 
〔譯〕 惡木山は、木々の梢がことごとく、明日からは低く靡き伏してゐてくれ。いとしい女の家のあたりを自分は見たいと思ふ。
〔評〕 人麿の「妹が門見む靡けこの山」(一三一)を粉本としたものと思はれるが、顧みがちに旅に出てゆく男の姿が浮んで、面白い歌である。但この歌では惡木山に靡けといふのではなく、木々の梢に靡けといつてゐるので見ると、女の家は山の中腹あたりの木々に隱見する處にあるのであらう。隨つて、作者は山を越えてゆくのでなく、數日間は惡木山が遠望されるやうな土地を歩みゆくものと見なければならぬ。でなければ「明日よりは」の句が解せられない。
〔語〕 ○惡木山 太宰府の東南なる蘆城山であらう。「一五三一」參照。○靡きたりこそ 靡きてあれかしの意。
 
3156 鈴鹿河八十瀬渡りて誰《たれ》故か夜越《よごえ》に越えむ妻もあらなくに
 
(121)〔譯〕 鈴鹿河の澤山ある渡り瀬を渡つて、一體誰の爲にまあ夜道を越えて自分は行かうぞ。家には待つてゐる妻もゐないのに。
〔評〕 考に「男の旅なるほどに妻の身まかりし後に歸るとてよめるか」と推測してゐるのは、卓見と思はれる。一首の語氣をよく味つてみると、大伯皇女の、「見まく欲りわがする君もあらなくに何しか來けむ馬疲るるに」(一六四)と相似た深い歎きが感じられる。この歌を、單なる獨身者が家に歸つてもつまらぬと解するのはよくない。それならばこんな強い切迫した言ひ方はしないとおもふ。
〔語〕 ○鈴鹿河 三重縣鈴鹿市の關・龜山あたりを經、東流して海に入る川。
 
3157 吾妹子にまたも近江の野洲《やす》の河安|寢《い》も宿《ね》ずに戀ひわたるかも
 
〔譯〕 自分のいとしい女に、また逢ふといふことが聯想されるこの近江の國の野洲川附近の旅寢に、自分は安らかに眠ることも出來ず、終夜戀ひ續けてゐることである。
〔評〕 近江の野洲のあたりを旅してゐる人の歌であらう。序中にまた序を用ゐ、それを縁語として働かせてゐるのは、集中に珍しい技巧的の作であり、既出の「妹が目を見まくほり江のさざれ浪しきて戀ひつつありと告げこそ」(三〇二四)とその巧緻さに於いて比肩する。しかしそれだけ眞實味の稀薄になつてゐることは爭へない。
〔語〕 ○野洲の川 近江國野洲郡の河。鎌が嶽に源を發し、守山驛の東北、野洲村の西を過ぎて琵琶湖に入る。
 
3158 旅にありて物をぞおもふ白波の邊《へ》にも沖にも寄るとはなしに
 
〔譯〕 旅にゐて自分はあれこれと物思をしてゐることである。ちやうど白浪が岸にも沖にもどちらに寄るともなく漂ふやうに、心が動搖して落ちつくことがなしに。
(122)〔評〕 旅中にあつて女に戀し、その成否の不安に心を勞してゐる樣といふやうに考は解してゐるが、はつきりさうとも定め難い。稍曖昧なところがある。
 
3159 湖廻《みなとみ》に滿ち來る潮のいや益《ま》しに戀はまされど忘らえぬかも
 
〔譯〕 河口の入り込んだ處に滿ちて來る潮が段々増して來るやうに、いとしい家郷の人に對する自分の戀心は、一層増しては來ても、忘れることは出來ぬわい。
〔評〕 何處かの河口あたりに旅寢をした時の作で、「戀」は家郷の女に對する思慕の意であらう。
 
3160 沖つ浪|邊《へ》浪の來寄《きよ》る左太《さだ》の浦のこの時《さだ》過ぎて後戀ひむかも
 
〔譯〕 沖の浪や岸の浪が寄せて來るこの左太の浦の「さだ」といふやうに、この時《さだ》が過ぎ、この地を去つて後に、自分は定めてこのかはゆい女を戀しく思ふことであらうなあ。
〔評〕 「二七三二」と全く同じ歌であるが、そこでは寄物陳思の中に載せてあり、この卷では?旅發思の部に收めてゐる。左太の浦をとほつた旅人が、その地で逢うた女に對する愛着を詠んだものであらう。
 
3161 在干潟《ありちがた》在り慰めて行かめども家なる妹い欝悒《おほほ》しみせむ
 
〔譯〕 自分はこの在干潟の風光を眺めて、かうして心を慰めつつ行きもしようけれども、留守居の妻は自分を待ちわびて、ふさぎこんでゐるであらうなあ。
〔評〕 旅の好景に接して自分の心は幾らか慰められつつも、家郷なる妻を思へば堪へ難い同情が湧くのである。眞情流露の作で、萬葉人の人間性が濃く漂つてゐる。
(123)〔語〕 ○在干潟 同音を反覆して「在り」にかけた枕詞。在千潟は所在明かでないが、作者はその地を旅してゐるものと解せられる。○在り慰めて かうして心を慰めての意。
 
3162 澪標《みをつくし》こころ盡《つく》して思へかも此處《ここ》にももとな夢《いめ》にし見ゆる
 
〔譯〕 海の中に立つてゐる澪標ではないが、家なる妻が、心を盡して自分のことを思つてゐるからか、遠い旅さきの此處までも、その優しい姿が自分の夢に見える。しかしそれも結局はよしないことであるが。
〔評〕 難波あたりを旅行してゐる人が澪標の立ち並んでゐるのを見ながら詠んだものであらうか。一通りの出來であるが、眞情はこもつてゐる。
〔語〕 ○澪標 同音を繰返して「盡し」に懸けた枕詞。澪標は「水脈《みを》つ串」の意で水路の標識。○此處にももとな 「ここ」は作者の今ゐる處。「もとな」は、仕方もないが、由もなく、の意。
 
3163 吾妹子に觸るとはなしに荒磯廻《ありそみ》に吾が衣手はぬれにけるかも
 
〔譯〕 かうして遠い旅にあるので、いとしい人に肌觸れることもなく、一人さびしく荒磯の曲折した道を歩みつつ、自分の袖は波のしぶきに濡れたことである。
〔評〕 初二句と三句以下との關係が稍遊離して、しつくりしないため、心持は同感出來るが、聊か表現不足といふべきであらう。
 
3164 室の浦の湍門《せと》の埼なる鳴島《なるしま》の磯越す浪にぬれにけるかも
 
〔譯〕 宝の浦の瀬戸の岬附近にある此の鳴島の、磯の岩を越す波のしぶきに、自分はわびしく濡れたことであるよ。
(124)〔評〕 平明に事實を直敍したのみのやうに見えるが、結句に、萬感を包み籠めてゐるのが感じられる。直線的に強く一氣に押して行つたのが甚だよい。
〔語〕 ○室の浦 播磨國揖保郡の室の津であらうか。但、この地には湍門といふべき程のものは無く、鳴島も今不明。或は紀州の牟婁郡ではないかとも思はれる。
 
3165 ほととぎす飛幡《とばた》の浦にしく浪のしばしば君を見むよしもがも
 
〔譯〕 飛幡の浦に頻りに立つ浪ではないが、しばしば戀しい人に逢ふ手だてがあればよいなあ。
〔評〕 旅してゐる所の地名を、直ちに取つて序に用ゐたもの。但、この表現法は既に形式化されたもので、「二七三五」を初め類歌が乏しくない。「君」は旅宿のあたりで思を寄せた人と古義は見てゐるが、家郷の人と見るのが自然であらう。
〔語〕 ○ほととぎす 霍公鳥の飛ぶといふ意で「飛幡」にかけた枕詞。○飛幡の浦にしく浪の 「しばしば」にかかる序。類音の反覆といふよりも、?立つ浪の意で續けたと見る方がよい。飛幡の浦は筑前國遠賀郡、今の戸畑市。海を隔てて若松市に對してゐる。
 
3166 吾妹子を外《よそ》のみや見む越《こし》の海の子難《こがた》の海の島ならなくに
 
〔譯〕 自分のいとしい人をよそ目にばかり見てゐられようか、とてもそれでは堪へられない。あの向うに見える越の海の子難の海の島ならば、よそ目に見て通るけれども、それではないのに。
〔評〕 子難の海に横たはる島をよそ目遙かに眺めつつ海濱の旅をゆく人が、直にその實際を取つて譬喩としたのであらう。「吾妹子」は家郷の妻とは考へられない。旅中に親しんだ女を指すと思はれるが、事情は明瞭でない。
(125)〔語〕 ○子難の海 不明。卷十六に粉滷の海「三八七〇」とあるのと同處と思はれる。
 
3167 波の間ゆ雲居に見ゆる粟島の逢はぬものゆゑ吾《わ》に依《よ》する兒ら
 
〔譯〕 浪の間から天空遙かに見えるあの粟島の「あは」といふやうに、まだ一度も逢はずにゐるのに、自分に關係でもあるやうに、あの女のことを他人がいひなすことである。
〔評〕 瀬戸内海の海路の旅の所見を以て序としたのであらう。旅の同行者などに答へた歌かと思はれる。
〔語〕 ○粟島 「三五八」の粟島と同じきか、詳かでない。
 
3168 衣手の眞若の浦のまなご路の間なく時なし吾が戀ふらくは
 
〔譯〕 若の浦の眞砂路《まなごぢ》の「まな」といふ如く、絶間なく、又いつときまつた時もないことである。自分が家郷の女を思ふ心は。
〔評〕 形式化された歌で、多分に民謠的調子が看取される。「三〇八八」の「戀衣著奈良の山に鳴く鳥の間無く時無し吾が戀ふらくは」と、内容形態共に全く同趣で、地名を異にするのみである。
〔語〕 ○衣手の眞若の浦のまなご路の 「衣手の」は「眞」に懸けた枕詞。兩袖を「眞袖」といふからである。「眞」は美辭、「若の浦」は紀伊の若の浦。「まなご」は眞砂の古言。
〔訓〕 ○わが戀ふらくは 白文「吾戀钁」。「钁」は細井本による。字鏡に钁、久波とある。集中唯一の用字例である。
 
3169 能登の海に釣する海人《あま》の漁火《いざりぴ》の光にい往《い》く月待ちがてり
 
〔譯〕 能登の海に釣をしてゐる漁師の漁火の光に頼つて、夜道をたどつて行くことである。月の出を待ちかたがた。
(126)〔評〕 海上に點々として散在する漁火が、海濱の夜道を照らすものとは思はれないが、全く闇黒の道をゆくよりは、遠い火光でも見つつ辿るのは、精神的にも不安を除去することが出來よう。
〔訓〕 ○いゆく 白文「伊往」、略解による。イマセ、イユケの諸訓がある。
 
3170 志珂《しか》の白水郎《あま》の釣《つり》し燭《とも》せる漁火《いざりび》の髣髴《ほのか》に妹を見むよしもがも
 
〔譯〕 志珂の漁師達が釣をするとて燭してゐる漁火がちらちらと見えるやうに、ちらりとでも戀しい人を見る手だてがほしいことである。
〔評〕 旅の歌とすれば、「妹」は家郷にゐる妻か、旅さきでなじんだ女か不明である。志珂の地名に引かれて分類を誤つたもので、筑前の民謠であらうか。
 
3171 難波潟こぎ出《で》し船のはろばろに別れ來ぬれど忘れかねつも
 
〔譯〕 難波潟を漕ぎ出た船がこんなに遠ざかり、妻に別れて遙々と來たが、妻のことを忘れかねてゐることである。
〔評〕 難波の浦から船出をして瀬戸内海を下り、遠く地方へ赴任する人などの作であらうか。
 
3172 浦|廻《み》榜《こ》ぐ熊野舟《くまのぶね》つきめづらしく懸《か》けておもはぬ月も日もなし
 
〔譯〕 浦のあたりを漕ぐ熊野舟が着いて、その恰好が、普通と變つて大層よいやうに、自分は家郷なる人を、うるはしい姿であると、心に懸けて思はぬ月も日もなく、始終思ひ續けてゐる。
〔評〕 熊野地方特有の船型のよろしさを取つて序に用ゐたところ、類型を脱して清新である。海岸を旅行しての所見であらう。四五句の表現にも新味がある。
 
(127)〔語〕 ○浦みこぐ熊野舟つき 「浦み」は、前後の歌から難波の海かと代匠記は推定してゐるが、必しもさうとは極められない。「つき」は顔つき、目つきの「つき」で樣子の意との説もあるが、他に用例は見當らない。舟が着く意と解するのがおだやかであらう。熊野船は熊野地方特有の船で、「九四四」「一〇三三」にもみえる。
 
3173 松浦舟《まつらぶね》亂《さわ》く堀江の水脉《みを》はやみ楫取る間なく念《おも》ほゆるかも
 
〔譯〕 松浦舟の入り亂れさわがしく漕ぎかはす難波堀江の水路の流が早いので、艫を取つて漕ぐ間もないやうに、自分には、始終絶間もなく、家郷にゐるいとしい女が思はれることである。
〔評〕 速く九州松浦のあたりから難波まで商人船が往復して、當時の難波堀江が殷盛を極めてゐた樣も想像される。「さ夜深けて堀江こぐなる松浦船楫の音高し水脈早みかも」(一一四三)とも見える。熊野舟が特有の形をもつてゐたやうに、松浦地方獨特の形で、他と識別し得られたものに相違ない。古代船舶史研究の一資料ともなる歌。
 
3174 漁《いざり》する海人《あま》の楫《かぢ》の音《と》ゆくらかに妹は心に乘りにけるかも
 
〔譯〕 漁をしてゐる海人の艫の音がゆるゆると聞えるやうに、いとしい人は自分の心にゆつたりと乘つてゐて、離れないことである。
〔評〕 海邊の旅路を歩いてゐる人が、眼前の實景を捉へて序とし詠んだものであらう。その序が適切に生かされてゐる。但、この四五句は既に成句となつて居り、「一〇〇」を初め、「一八九六」「二四二七」「二七四八」「二七四九」にある。
〔訓〕 ○妹は心に 白文「妹心」。「一〇〇」參照。
 
(128)3175 若の浦に袖さへぬれて忘貝拾へど妹は忘らえなくに【或本の歌、末句に云ふ、忘れかねつも】
 
〔譯〕 自分は旅ききのこの若の浦で、着物の袖まで波に濡らして忘貝を拾つてゐるけれど、家郷のいとしい人はどうしても忘れられないことである。
〔評〕 戀の苦惱を忘れようが爲に、忘貝を拾つたり、忘草を身に着けようとする趣向は、集中に多く歌はれてゐる。個人的な特殊な感情でなく、一般的、共通的な情緒であつて、或は地方地方でうたはれた民謠であらう。
〔語〕 ○若の浦 紀州若の浦。○忘貝 一種の貝の名とも、身の無くなつた美しい見穀のことともいふ。
 
3176 くさまくら旅にし居《を》れば刈薦《かりこも》の亂れて妹に戀ひぬ日はなし
 
〔譯〕 自分はかうして旅に出てゐるので、苅つた薦のやらに心が亂れて、家なる妻に戀ひ焦れない日とてはないことである。
〔評〕 極めて單純な内容を平明な言葉で表現したに過ぎず、調は流麗であるが、取り立てていふ程のことも無い。
 
3177 志珂の海人《あま》の磯に苅り干《ほ》す名告藻《なのりそ》の名は告《の》りてしをいかに逢ひ難き
 
〔譯〕 志珂の海人が苅り取つて磯に干す名告藻ではないが、いとしいあの女は、既に名告《なのり》をして家も名もうち明けてしまつたのに、どうして逢ふことがこんなにむつかしいのであらう。
〔評〕 志珂といふ地名があるので?旅の歌に入れたのであちう。上の「三〇七六」とよく似てゐる。内容外形共に形式化し、固定化したものが、廣く傳誦されるうちに、その土地土地で地名を換へて、民謠として謠はれたものと思はれる。
(129)〔語〕 ○名告藻 今いふホンダハラのこと。「名はのり」につづけた序。
 
3178 國遠み思ひな侘《わ》びそ風の共《むた》雲の行く如《な》す言は通はむ
 
〔譯〕 自分は今かうして旅にあるが、國が速く離れてゐるからとて、くよくよ思はないがいい。風につれて雲が行くやうに、これからも度々便りはしようから。
〔評〕 旅さきから故郷の妻にいひ送つた歌。三四句が自然でよく、五句は、此の後も度々音信をしようと、遠く慰めやつたのである。
 
3179 留《とま》りにし人を念《おも》ふに蜻蛉野《あきつの》に居《ゐ》る白雲の止む時もなし
 
〔譯〕 家に殘つたいとしい妻を思ふと、この吉野の蜻蛉野にかかつてゐる白雲の無くなる時がないのと同じ樣に、自分の思も止む時はない。
〔評〕 吉野方面に旅した人が、蜻蛉野のあたりで白雲を見て詠んだもの。平明暢達にして、迫力には乏しいが、眞情が流れてゐる。
〔語〕 ○蜻蛉野 吉野の宮瀧に近い地。
 
   別《わかれ》を悲しめる歌
 
(130)3180 うらもなく去《い》にし君ゆゑ朝旦《あさなさな》もとなぞ戀ふる逢ふとは無けど
 
〔譯〕 心なく、何とも思はぬやうに別れて行つてしまはれたあのお方、そんな人のために、毎朝毎朝、私は、よしなくも徒らに戀ひ苦しんでゐることである。また逢へるといふのでは無いが。
〔評〕 男は歸期もさだかに知れない長途の旅に出たか、或は地方官となつて赴任したなどいふ事情であらうか。男は女を冷酷に棄て去つたといふのではあるまいが、寂しく取り殘された女の身としては「うらもなく去にし君」といふやうな愚痴も出たのであらう。哀韻切なる歌である。
〔訓〕 ○もとなぞ戀ふる 白文「本名烏戀」、舊訓による。考は烏を曾の誤とし、全註釋はモトナヲコヒムとする。
 
3181 白たへの君が下紐吾さへに今日結びてな逢はむ日のため
 
〔譯〕 旅立をなさるあなたの下紐を、私も一緒に手を添へて、今日結んで置きませう。またお逢ひする日の爲に。
〔評〕 夫が旅衣の下紐を結ぶのを、妻も手を添へて共に結び、再び相逢ふ日まで、解くな解かじと誓ふのは、上代の習俗であつた。「二九一九」に「二人して結びし紐を一人して吾は解き見じ直に逢ふまでは」とも見え、夫婦生活の情のこまやかさが窺はれる。
〔語〕 ○白たへの 語を隔てて「紐」にかけた枕詞。○吾さへに 私も共にの意。「一〇九〇」參照。
 
3182 白たへの袖の別は惜しけども思ひ亂れてゆるしつるかも
 
〔譯〕 袂を分つて離れ離れになるのは、つらく惜しいけれども、あの時は悲しさに心も亂れて、どうしてよいかもわからず、つい、いとしいお方を行かせてしまつたことではある。引きとめるのであつたに。
(131)〔評〕 いとしい君を長途の旅に出してしまつたらば、いつ又逢へることか。何とかして引留めたい。しかし實際の事情はさうもならぬ。「うち日さす宮にゆく子をまがなしみ留むるは苦し遣るはすべなし」(五三二)といふやうな思に心は亂れ亂れて、うつかり男を手放してしまつた。さて別れて後の遣瀬なさ、やはり無理にも留めるのであつた、といふ悔恨に身を悶えてゐる女の姿が鮮かに描かれてゐる。
 
3183 京師邊《みやこべ》に君は去《い》にしを誰《たれ》解《と》けか吾が紐の緒の結《むす》ぶ手|懈《う》きも
 
〔譯〕 都の方へいとしいを方はもう歸つてしまはれたのに、一體誰が解くゆゑなのか、私の下紐は、こんなに結ぶ手も大儀なほど、頻りに解けるのであらう。解く人も無いのにおのづから解けるのは、あのお方が私を思つてゐて下さるのであらうか。
〔評〕 今まで馴染を重ねてゐた都人が、名殘を惜みつつも都へ歸つてしまつた。女は、そのなつかしい姿を胸に抱きしめて、獨り焦れてゐるのである。
〔訓〕 ○結ぶ手うきも 白文「結手懈毛」。古義はユフテタユキモと訓んでゐる。
 
3184 草枕旅行く君を人目多み袖振らずして數多|悔《くや》しも
 
〔譯〕 遠くお出かけになるいとしい方であるのは、人目が多いので、私は袖を振つて名殘を惜しむこともせず、返す返す殘念なことではある。
〔評〕 別れの際に袖を振るのは自然に出た動作で、戀しい思を表はすせめてもの手段であるが、人目を忍ぶ仲では、それすら出來ないのがあはれである。「九六五」の歌も思ひあはされる。
 
(132)3185 まそ鏡手に取り持ちて見れど飽かぬ君におくれて生《い》けりともなし
 
〔譯〕 鏡を手に取り持つて、幾ら見ても見飽きない、そのやうに見飽きることもない、いとしいあなたに取り殘されて、私は悲しさに、生きてゐるといふ氣も致しませぬ。
〔評〕 一見死別のやうにも取れるが、旅立つ夫に別離の悲みを訴へた歌である。類型的な作であるが、序はいかにも婦人らしい優しみがある。
 
3186 くもり夜のたどきも知らず山越えて往《い》ます君をば何《い》時とか待たむ
 
〔譯〕 曇つてをる夜のおぼつかないやうに、どうしてよいか見當もわかりません。これから山を越えて旅にお出かけになるあなたを、私はいつと思つてお歸りを待てばよいのでせう。心細いことであります。
〔評〕 旅に出る夫の辛苦を思ひやる眞情と、さだかなあてもなく歸期を待つ心細さとで、しみじみとした哀調が織り成されてゐる。
〔話〕 ○くもり夜の 枕詞。曇つた夜は物の區別も明かでなく、なすべき術も知らぬ意。「知らず」は作者の心である。紀州本はシラヌと訓み、山にかけてゐる。
 
3187 たたなづく青垣山の隔《へな》りなばしばしば君を言問《ことと》はじかも
 
〔譯〕 幾重にも疊まり重つて、青々と垣を廻らしたやうな山々が、これから旅に出られるあなたと、家に殘る私との間の隔てになつたらば、度々あなたにお便りをすることも出來ますまい。心ぼそいことです。
〔評〕 遠く幾山河を隔てても、せめて消息でも通はすことが出來れば心慰むこともあらうに、交通の不便さはそれさ(133)へ許さなかつたのである。つつましやかな、しかも深い嘆の聲で、いかにも女らしい哀婉の調をなしてゐる。
〔語〕 ○言問はじかも 音信をすることが出來ないことであらうか。「言問ふ」は物を言ひかけるの意。
 
3188 朝霞たなびく山を越えて去《い》なば吾は戀ひむな逢はむ日までに
 
〔譯〕 朝霞のたなびいてゐるあの山を、あなたが越えて旅に行つておしまひなされたらば、私はさぞ戀ひ焦れることでありませう。再びお目にかかれる日までは。
〔評〕 早朝旅立つてゆく夫を見送る妻の歌であらう。内容は單純であるが、率直にして眞情がこもつてゐる。「大船の思ひ憑みし君が去なば吾は戀ひむなただに逢ふまでに」(五五〇)はこれを粉本としたのであらうが、初二句は形式的の序であり、「朝霞たなびく山」は、事實を直寫して生命がある。
 
3189 あしひきの山は百重に隱すとも妹は忘れじ直《ただ》に逢ふまでに【一に云ふ、隱せども君をしのはく止む時もなし】
 
〔譯〕 山は幾重にも重なつて家のあたりを隱さうとも、自分はいとしい妻のことは忘れはしまい。歸つて再び直接に逢ふまでは。(一に云ふ――山は幾重にも重なつて、なつかしい夫の姿を隱してしまつたけれども、私が夫を思ふことは、暫くも止む時とてはありませぬ)。
〔評〕 本文の方は旅立つた夫が、うしろ髪曳かれる思で家郷の空を振返りつつ詠んだ趣であるが、一本の歌の方では、家に殘つた妻が旅立つた夫の上を慕ふ意になつてゐる。いづれも眞實の歌ではあるが、構想表現共に特にいふ程の作ではない。
 
3190 雲居なる海山越えていゆきなば吾は戀ひむな後は逢ひぬとも
 
(134)〔譯〕 空の彼方の遠い海山を越えて、あなたが旅に出ておしまひになつたら、私はさぞ戀しく思ふことでありませう、後にはまた逢へるにしましても。
〔評〕 「三一八八」の歌と同想同趣で、初二句はこの方が概念的敍述であるだけに、切實味が稀薄である。
 
3191 よしゑやし戀ひじとすれど木綿間《ゆふま》山越えにし君が思ほゆらくに
 
〔譯〕 ええもうままよ、戀ひ焦れる事はよさうとは思ふけれども、木綿間山を越えて行かれたいとしいお方が、やはり戀しく思はれることである。
〔評〕 遠く離れた人をいかに戀ひ慕つてみても仕方がない、とは考へても、忘れられぬのは人情である。「よしゑやし」と強くいひ放つて決意を示したところ、力があつてよく、しかし又直に「思ほゆらくに」とくづほれたのも頗る自然でよい。哀韻嫋々として眞實がこもつてゐる。
〔語〕 ○よしゑやし よいわ、ままよの意。「よし」は放任し許す意で、「ゑやし」は詠歎の助詞。「一三一」參照。○木綿間山 所在未詳。東歌の「三四七五」の中にも見え、未勘國の部に入つてゐる。
 
3192 草陰《くさかげ》の荒藺《あらゐ》の埼《さき》の笠島を見つつか君が山|道《ぢ》越ゆらむ【一に云ふ、み坂越ゆらむ】
 
〔譯〕 荒藺の埼にある笠島の景色を眺めながら、あのいとしいお方が、今頃は山道を越えていらつしやることであらうか。
〔評〕 今頃は山路を越えてゐられるであらうと、夫の上を想像した歌。「山科の石田の小野の柞原見つつや君が山道越ゆらむ」(一七三〇)と同工異曲である。
〔語〕 ○草陰の 枕詞。草の深いと、實景から地名につづけたのであらうか。○荒藺の埼の笠島 所在不明。
 
(135)3193 たまかつま島熊山の夕晩《ゆふぐれ》にひとりか君が山|道《ぢ》越ゆらむ【一に云ふ、夕霧に長戀しつついねかてぬかも】
 
〔譯〕 島熊山のさびしい夕暮に、唯一人で、私のいとしいお方が、山道を越えていらつしやることであらうか。
 一に云ふ――この島熊山の夕霧の中で、自分はいつまでも家なる妻を思ひ續けて、眠れないでゐることであるよ。
〔評〕 本文の歌は前の「草陰の」と類似の構想表現で、落ちついた調子の中に深い作者のため息が聞かれる。一本の方は、旅中の男の歌になつてゐるが、一通りの作である。
〔語〕 ○玉かつま 枕詞。「三一五二」參照。○島熊山 所在不明。○長戀しつつ いつまでも戀ひ續けつつの意。
 
3194 氣《いき》の緒に吾が思《も》ふ君は鷄《とり》が鳴く東方《あづま》の坂を今日か越ゆらむ
 
〔譯〕 命に懸けて私の戀ひ慕つてゐるお方は、吾妻の山坂を、今日あたり越えていらつしやるであらうか。
〔評〕 遙々と東國の旅に出て行つた夫の上を思ふ妻の眞情である。「吾背子はいづく行くらむおきつ藻の名張の山を今日か越ゆらむ」(四三)その他類想の作は集中に少くない。
〔語〕 ○鷄が鳴く 「あづま」の枕詞。「一九九」參照。○あづまの坂 單に東國の或る坂とも、日本武尊の「吾嬬はや」と御歎きになつた地をさすとも考へられるが、後者と見る方がよからう。しかしその坂も、書紀は碓氷峠とし、古事記は足柄峠と傳へて明かでない。
 
3195 磐城《いはき》山|直越《ただこ》え來ませ磯埼の許奴美《こぬみ》の濱に吾《われ》立ち待たむ
 
〔譯〕 旅からお歸りの時は、あの磐城山を眞直に越えて近道を取つていらつしやいませ。磯埼の許奴美の濱に出て、私は立つてお待ちいたしませう。
(136)〔評〕 夫の旅立に際して、妻が、その歸る折のことを約する歌である。典型的な五七の端正な格調に、優しい感情を沈潜せしめた、虔ましやかな詠みぶりである。
〔語〕 ○磐城山 駿河とも陸奧とも諸説がある。○磯崎の許奴美の濱 同じく諸説があつて不明。後世の歌のやうに名所を詠んだのでなく、作者の附近の地をうたひ入れたのであるから、不明なのが當然というてもよい。
 
3196 春日野の淺茅が原におくれ居て時ぞともなし吾が戀ふらくは
 
〔譯〕 いとしいお方は旅に出られたので、私は春日野の淺茅が原の中に一人さびしく取り殘されてゐて、いつときまりもないことです、私があのお方を戀しく思ふことは。
〔評〕 戀しい夫を長途の旅に送つて、一人佗び住んでゐるうら若い女の姿が見える。「春日野の淺茅が原」と呼びなした語にも、おのづから寂寞の氣分が漂つてゐる。
〔語〕 ○春日野の淺茅が原 津茅が原酢茅のまばらに生えてゐる野原の意。固有名詞として、今、春日神社の西南の地に充ててゐるのは、後人の所爲である。
 
3197 住吉《すみのえ》の崖《きし》に向へる淡路島|※[立心偏+可]怜《あはれ》と君を言《い》はぬ日はなし
 
〔譯〕 住の江の海岸に向ひ合つてゐる淡路島の「あは」ではないが、あはれ慕はしいことよと、あなたのことをいはぬ日とてはありませぬ。
〔評〕 住吉附近に行はれた民謠であつたかも知れない。素朴にして稚氣を帶びてゐる點に、なつかしさが感じられる。女の作と見る方が趣が深い。
 
(137)3198 明日よりは印南《いなみ》の河の出でて去《い》なば留《とま》れる吾は戀ひつつやあらむ
 
〔譯〕 印南の河の「いな」といふやうに、あなたが旅に出ていなれたならば、明日からは、あとに殘つてゐる私は、戀ひ焦れつつ暮すことでありませう。
〔評〕 これも恐らく、播磨の印南地方に行はれた民謠であつたらう。作者個人の感情を抒べたといふよりも、一般的共通情緒を歌つて、調子のなだらかさも、著しく歌謠的な趣を示してゐる。
〔語〕 ○印南の河の 「去なば」に懸けた序。印南の川は播磨國印南郡。今の加古川のことかといふ。
 
3199 海《わた》の底沖は恐《かしこ》し磯|廻《み》より榜《こ》ぎ運《た》み往《ゆ》かせ月は經ぬとも
 
〔譯〕 遠い沖の方は浪が荒くて危險です。磯邊の入り込みに治うて漕ぎ傳つていらつしやいませ、その爲に、たとひ月日はかかりましても。
〔評〕 女らしいこまかな心遣ひが、よく表はれてゐる。航海術の進歩してゐなかつた當時、特に婦人にとつて、海は最大恐怖の對象であつたに違ひない。
〔語〕 ○海の底 「沖」の枕詞。「海の底沖つ白浪たつた山」(八三)參照。
 
3200 飼飯《けひ》の浦に寄する白浪しくしくに妹が容儀《すがた》は念《おも》ほゆるかも
 
〔譯〕 飼飯の浦に寄せる白浪が頻りであるやうに、家なる妻の姿は頻りに思ひ出されることである。
〔評〕 越前の國府などに赴任してゐる人が、都に殘してゐる妻を思つて詠んだのでもあらうか。内容表現、共に類型的で、特異な點は無い。
(138)〔語〕 ○飼飯の浦に寄する白浪 「しくしく」に懸けた序。飼飯の浦は越前敦賀の海であらう。
 
3201 時つ風|吹飯《ふけひ》の濱に出で居つつ贖《あが》ふ命は妹が爲こそ
 
〔譯〕 吹飯の濱に出てをつて、神に供へ物をしてわが命の平安を祈るのは、そなたの爲である。
〔評〕 類歌に「玉久世の清き河原に身そぎしていはふいのちは妹が爲こそ」(二四〇三)がある。
〔語〕 ○時つ風 潮のさして來る時吹く風。風の吹くの意で吹飯にかけた枕詞。○吹飯の濱 和泉とも紀伊ともいはれる。○贖ふ命 自分の罪を謝するため、神に物を供へ、身の無事を祈るの意。
 
3202 柔田津《にきたづ》に舟乘《ふなの》りせむと聞きしなへ何ぞも君が見え來《こ》ざるらむ
 
〔譯〕 柔田津で船にお乘りなさると聞いたので、待つてをりますのに、どうしてあなたがお見えにならぬことでせう。
〔評〕 柔田津から船出をして歸路につくといふしらせがあつたので、待ち暮してゐるに、まだ歸りがない。途中變事があつたのではないかと案じた作。「なへ」の用法が、いささか他と趣を異にするが、聞くにつれて期待されたことが略されたのであらう。
 
3203 雎鳩《みさご》ゐる渚《す》にゐる舟の榜《こ》ぎ出《で》なばうら戀《こほ》しけむ後は逢ひぬとも
 
〔譯〕 雎鳩のゐる渚に擱座してゐる船が漕ぎ出たならば、心のうちに戀しいことであらう。後には逢へるとしても。
〔評〕 旅に出ようとする夫の船は、渚にゐて、潮時を待つてをる。やがて別れた後の心もちを豫想した歌。一二句は「二八三一」、四五句は「三一九〇」と似てをる。
 
(139)3204 玉|葛《かづら》さきく行かさね山|菅《すげ》の思ひ亂れて戀ひつつ待たむ
 
〔譯〕 御無事においでなさいませ。私は思ひ亂れて、戀しく思ひつつ待つてをりませう。
〔評〕 玉葛と山菅を枕詞に用ゐた、温雅な歌。
〔語〕 玉かづら 枕詞。蔓の長くはへのびるので、「いや遠長く」「はへ」などの枕詞ともなつてゐる。「さきく行く」にも、其の意でつづくと考へられる。
 
3205 おくれ居て戀ひつつあらずは田子の浦の海人《あま》ならましを珠藻《たまも》苅る苅る
 
〔譯〕 あとに殘されてゐて、戀しく思うてゐないで、いつそのこと、あの田子の浦の海人の、珠藻を苅りながら何の物思もなく、生活してゐる身であつたらよからうに。
〔評〕 「二七四三」の近江の民謠「なかなかに君に戀ひずは比良の浦の海士ならましを玉藻苅りつつ」を、地名をかへて駿河で謠つたのであらう。
 
3206 筑紫道《つくしぢ》の荒磯《ありそ》の玉藻苅るとかも君は久しく待てど來まさぬ
 
〔譯〕 筑紫からお歸りになる道の荒磯の玉藻をお苅りなさるとてであらうか、あなたは、私が久しく待つてをりますのに、お歸りなさらぬことよ。
〔評〕 旅の慰みに玉藻を苅つて遊んでいらつしやるので、歸りがおそいのであらうかと、待つ心を幼く上品に云ひなした流麗な作。或は、前の歌の「珠藻苅る苅る」とちがつて、途中で美しい女にでもお逢ひになつてといふ輕いねたみ心が底にあるのかとも解される。
 
(140)3207 あらたまの年の緒ながく照る月の厭《あ》かざる君や明日別れなむ
 
〔譯〕 年月長くなれ親しんで、飽かず慕はしいと思ふあなたが、明日は別れていつてしまはれるのでせうか。
〔評〕 長くなじんだ男の旅立つに別れを惜しんだ歌。哀婉の調がある。出立の前夜、折しも月がさやかに照してをつたので、三四句によみいれたとも思はれる。
 
3208 久ならむ君を思ふにひさかたの清き月夜《つくよ》も闇夜《やみ》のみに見ゆ
 
〔譯〕 久しく旅においでのはずのあなたのことを思ふと、今から悲しくて、今夜の此の清らかな月も、涙に曇つて、闇夜のやうに見えるばかりです。
〔評〕 長い旅に出ようとする夫との別れを惜しむ月夜の情景。四句は「二八一一」と似てをる。
 
3209 春日なる三笠の山にゐる雲を出で見るごとに君をしぞ念ふ
 
〔譯〕 春日の三笠山にたなびいてゐる雲を、出て見るごとに、旅なるかなたを思うてをります。
〔評〕 なぜ雲を見て思ふか、種々に推察される。白雲を眺めてのあこがれ心と想像しても、情緒はよくわかるのである。
 
3210 あしひきの片山|雉《きぎし》立ちゆかむ君におくれて顯《うつ》しけめやも
 
〔譯〕 片山にすむ雉の飛び立つやうに、旅立つて行かれるあなたに、あとにとり殘されて、どうして正氣でをられませうか。悲しさに心も亂れるやうです。
(141)〔評〕 一二句の序もめづらしく、五句に古語を用ゐた句法も古雅である。
〔語〕 ○片山 片側の山、平地に對した山。○顯しけめやも うつしは現し。正氣でゐられようか、生きた空もない。
 
   問答《もにたふ》の歌
 
3211 玉の緒の現《うつ》し心《ごころ》や八十楫《やそか》懸《か》け榜《こ》ぎ出《で》む船に後《おく》れて居《を》らむ
 
〔譯〕 確かな心、正氣でゐて、どうしてまあ、多くの櫓を取りかけて漕ぎ出ようとなさるあなたの船に、取り殘されてをられませうか。
〔評〕 船出せむとする愛人に悲しみを訴へた、情熱の息づかひが聞かれる。一二句は結句にかかるのである。
〔語〕 ○玉の緒の 靈の緒即ち命の意で、うつしみの「うつし」にかかる枕詞。
 
3212 八十揖《やそか》懸《か》け島|隱《がく》りなば吾妹子が留《とま》れと振らむ袖見えじかも
     右二首。
 
〔譯〕 多くの楫を取り懸けた自分の船が、島に隱れたならば、そなたが留れとて振る袖が見えぬことでもあらうか。
〔評〕 愛情のこもつた歌で、詞も調も清らかで、四五句に力がある。
 
(142)3213 十月《かむなづき》時雨《しぐれ》の雨にぬれつつや君が行くらむ宿か借《か》るらむ
 
〔譯〕 十月の時雨の雨が降つて來たらば、ぬれながら、あなたは旅をつづけようとなさることであらうか。それとも、宿を借りてやすまうとなさることであらうか。どうかお氣をおつけなさいませ。
〔評〕 頃しも時雨の候であつたので、旅ゆく辛苦を思ひやつたやさしい女心である。
 
3214 かむなづき雨間《あまま》もおかず零《ふ》りにせば誰《たれ》しの里の宿か借らまし
     右二首。
 
〔譯〕 十月の時雨が、雨の絶え間もなく降つたならば、どこの里の誰の家に宿を借りることであらうか。
〔評〕 雨に降られてはどのやうにか困るであらうと、旅のつらさを思ひやつた歌である。
〔訓〕 ○誰しの里の 白文「誰里之」。元暦校本等による。通行本に誰里之間とあるはよくない。「一一六七」參照。
 
3215 白たへの袖の別を難《かた》みして荒津の濱にやどりするかも
 
〔譯〕 そなたと袖を分つて別れがたいので、船出をせずに、荒津の濱で宿りをすることである。
〔評〕 太宰府から京に歸らうと、荒津の濱まで來た官人の作であらうか。答歌によると、愛人が送つて來たのであつて、愛人と名殘の一夜を明したのである。
〔語〕 ○荒津の濱 福岡市西公園東側の海岸。西公園の岡を荒戸山とよぶのは、その名殘といはれてゐる。
 
3216 草枕旅行く君を荒津まで送りぞ來《き》つる飽き足らねこそ
(143)     右二首。
 
〔譯〕 旅においでのあなたを、荒津までお送りして參りましたことよ。飽き足りませぬので。
〔評〕 太宰府の遊行女婦《うかれめ》などの作であらう。あまりにも淡々としてゐる。
 
3217 荒津の海|吾《われ》幣《ぬさ》奉《まつ》り齋《いは》ひてむ早|還《かへ》りませ面變《おもがは》りせず
 
〔譯〕 荒津の海の神樣に、私は幣を奉り、お祈りいたしませう。早くお歸りなさいませ。お顔付もお變りなく、どうか御無事で。
〔評〕 前の歌とちがつて、深い眞心のこもつた歌。結句によつて、長い旅であることがわかる。
 
3218 旦旦《あさなさな》筑紫《なつくし》の方を出で見つつ哭《ね》のみ吾が泣く甚《いた》も術《すべ》無《な》み
     右二首。
 
〔譯〕 朝毎に筑紫の方を出て眺めながら、聲をあげて自分は泣くのみである。何ともすべき術《すべ》の無さに。
〔評〕 即座に答へたのではなく、旅に出て程經て後に妻に贈つたもの。四五句があまりにたをやめぶりの歌である。
 
3219 豐國の企救《きく》の長濱行き暮らし日の昏《く》れぬれば妹をしぞ念ふ
 
〔譯〕 豐國の企救の長濱を通る間に、日が暮れてしまつたので、家なるいとしい妻を思ふことである。
〔評〕 旅の一日は長汀をたどるに暮れて、迫り來る寂寥に、暖い家が慕はれたのである。四五句は「三八九五」と似てをる。また「四〇二〇」も相似た情趣である。
(144)〔語〕 ○豐國の企救の長濱 「一三九三」參照。長濱は長くつづいた濱の意。
 
3220 豐國の企救《きく》の高濱|高高《たかだか》に君待つ夜らはさ夜ふけにけり
     右二首。
 
〔譯〕 豐國の企救の高濱――心からあなたのお歸りをお待ちしてゐる今夜も、もう夜がふけたことです。
〔評〕 夫から送つて來た歌を見て答へた心もちの歌であるが、上の「石上布留の高橋」(二九九七)と男女の作の相違はあるが、あまりにも似てをる。
〔語〕 ○豐國のきくの高濱 「高々」にかかる序。高濱は、風に吹き上げられて砂の高く盛り上つてゐる濱。○高々に 遠くある人を望み待つ意。○夜ら 「ら」は接尾辭で意味はない。
 
萬葉集 卷第十二 終
 
(145)   萬葉集 卷第十三
 
(147)概説
 
 この卷は、雜歌・相聞・問答・譬喩歌・挽歌の五部より成り、その歌數は、次の如くである。
 
     長歌  短歌  旋頭歌  計
 雜歌  一六  一〇   一  二七
 相聞  二九  二八      五七
 問答   七  一一      一八
 譬喩歌  一           一
 挽歌  一三  一一      二四
 計   六六  六〇   一 一二七
 
 即ち百二十七首のうち、長歌が過半數を占めてをるのみならず、短歌・旋頭歌は、長歌の反歌として添つてをるのであつて、他の諸卷とは性質を異にしてゐる。
 この一卷は作者未詳の歌のみて歌の時代は明かにしがたいが、長歌六十六首のうち、十二首は反歌がなく、また、歌句も五七調未整のものも少くないので、人麿時代又はそれ以前のものが多からうと思はれる。しかし、和銅元年に卒したとおぼしい三野王を悼んだ挽歌、同三年奈良遷都頃の作かと考へられる歌、養老六年佐渡に配流せられた穗積老の作と左註した歌などもあり、奈良時代初期までの歌が知られる。從つて卷一・二に續くものと考へることもでき(148)ようが、用字法の上で、卷一・二に見えない義訓・戯書が多く、彼は精選した集、これは雜然たる上代長歌集ともいふべく、佚名氏によつて一卷にまとめられてあつたのが、萬葉集二十卷の中の一卷として加へられたものと考へられる。しかして二三首づつ一括して「右何首」と左註してゐる樣式が、卷十一の問答・卷十二の問答歌などに一致してをるが、これは卷十一・十二が、卷十三に似たやうな材料の集から抄出したものと見るべきであらう。
 萬菓集の特色を、純情と素朴にあるとするならば、この卷の歌は、その最も代表的なものであらう。卷一・二よりも詠作年代はややおくれる歌があるにしても、歌の傾向を考へれぼ、むしろそれ以上である。長歌の發達、殊に反歌の成立などを見るには最も必要な卷である。
 なほ、この一卷を通讀してゆくと、古代の各地の民謠・童謠・諷刺歌・風景歌・旅中作等が交錯してをり、或は記紀時代の歌謠をうたひかへたもの、或は俳優風《わざをぎぶり》に歌つたとおぼしい問答歌、或は前半の脱落したかと思はれるのも入つてをる。また、語句内容の近似してをるのをあつめたところ(特に三二二七・三二三〇・三二三二・三二三四、また三二四六・三二四七、また三二四八・三二五〇・三二五三)もあるが、同一歌とおぼしいのを間をおいて載せもし、雜然としてをる。しかして數箇所に「今案ずるに」云々とことごとしく附記してある左註は、萬葉集中の一卷となる前に誰かが囑目して書き入れたのであらう。
 長歌のうちで秀歌として見るべき作を擧げよう。「三諸は」(三二二二)は八句の小長歌であるが餘情が深い。「斧取りて」(三二三二)は反歌として旋頭歌の添つてゐるのが珍らしい。「近江の海」(三二三九)は寓意の作としてよい。「百岐年」(三二四二)はわきがたい句はあるが、結末に力がこもつてをつて、或は人麿の「靡けこの山」の先蹤をなすものと見られる。「天橋も」(三二四五)は九句の小長歌で、變若思想を歌つてゐる。「葦原の」(三二五三)は、言靈思想を歌つた反歌とともに著名な作。「三諸の」(三二六八)は素朴純情の作。「さし燒かむ」(三二七〇)は妬み心に思ひ亂れた女のさまも思はれる。「うち日さつ」(三二九五)は母と子の問答體で、二首が書きつづけられてをる(149)のはめづらしい。「おしてる」(三三〇〇)は古雅な作。「紀の國の」(三三〇二)は内容がかはつてゐる。「里人の」(三三〇三)は沈痛な作。「つぎねふ」(三三一四)は旅商人の妻の歌として千古に傳ふべきもの。「しな立つ」(三三二三)は野趣に富んでをる。「百小竹の」(三三二七)は挽歌として異色がある。「高山と」(三三三二)は八句の小長歌で、長い意がよく壓搾してうたはれてゐる。「鳥が音の」(三三三六)は人麿の沙彌の島の作と双壁と稱すべきもの。「この月は」(三三四四)は悲痛な作である。
 短歌のうちですぐれた作を擧げる。
  山邊の石の御井はおのづから成れる錦を張れる山かも     作者未詳 三二三五
  相坂をうち出て見れば淡海の海白木綿花に浪立ちわたる    同    三二三八
  敷島の日本の國に人二人ありとし念はば何かなげかむ     同    三二四九
  敷島の日本の國は言靈の佑はふ國ぞまさきくありこそ     同    三二五四
  わがこころ嘆くも吾なりはしきやし君にこふるもわが心から  同    三二七一
  たらちねの母にもいはず包めりし心はよしゑ君がまにまに   同    三二八五
  泉川わたり瀬ふかみ吾背子が旅ゆき衣ひづちなむかも     同    三三一五
  まそ鏡持てれど吾はしるしなし君が歩行よりなづみ行く見れば 同    三三一六
  馬かはば妹歩行ならむよしゑやし石はふむとも吾は二人行かむ 同    三三一七
  母父も妻も子どもも高高に來むと待ちけむ人の悲しさ     同    三三三七
  葦邊ゆく雁の翅を見るごとに公が佩ばしし投箭し思ほゆ    同    三三四五
 なほ用字法を見るに「左右二《までに》」(三二二七)「胡粉《しらに》」(三二五五)「大分青馬《あしげのうま》」(三三二七)「喚犬迫馬鏡《まそかがみ》」(三三二四)「犬馬《まそ》鏡」(三二五〇)「八十一里喚?《くくりつつ》」(三三三〇)「十六待《ししまつ》」(三二七八)「聞之二二《きこしし》」(三三一八)「十五月《もちづき》」(三三(150)二四)「一伏三向《ころ》」(三二八四)「金《にし》」(三三二七)「角《ひむかし》」(三三二七)のごとき義訓・戯書が、少なからず見え、卷十一・十二に近い傾向を示してゐるが、また他の諸卷に用例のない文字も若干見える。
 
(151)萬葉集 卷第十三
 
  雜歌《ざふか》
 
3221 冬ごもり 春きり來《く》れば 朝《あした》には 白露置き 夕《ゆふべ》には 霞たなびく 風の吹く 木末《こぬれ》が下《した》に 鶯鳴くも
     右一首。
 
〔譯〕 春になつて來たので、朝には白露が置き、夕方には霞がたなびく。風のそよがす梢の上では、鶯が鳴くことよ。
〔評〕 調は古朴、自然觀照の態度は取りたてて珍らしくないが、こまかいものがある。
〔語〕 ○冬ごもり 枕詞。「一六」參照。○こぬれがした こぬれは梢、したは内がはの意。
〔訓〕 ○かぜの吹く 白文「汗湍能振」湍は細井本により、汗を音に、湍を訓とし、振は山吹を山振と書く例に倣ひ、代匠記の訓に從ふ。考はカミナミノ、宣長はミモロノヤ、古義はハツセノヤと字を改めて訓んでゐる。
 
3222 三諸《みもろ》は 人の守《も》る山 本邊《もとべ》は 馬醉木《あしぴ》花|開《さ》き 末邊《すゑべ》は 椿花|開《さ》く うら麗《くは》し 山ぞ 泣く兒守る山
     右一首。
 
〔譯〕 三諸山は、人が大事がつて番をして居る山である。麓の方には馬醉木の花が咲き、上の方では椿の花が咲いて(152)をる、美しい山である。泣く兒の守《もり》をするやうに人が大事がつてゐる山である。
 
〔評〕 表面は、神南備山の美しさ、やさしさを讃へながら、そのうらに、子のある人妻などをなつかしむ情をこめたものかと思はれる。「人のもる山」「泣く兒もる山」の素朴で古趣をおびた句法に、その觀が深い。人麿歌集中の旋頭歌では、この神南備山のことを「人の親のをとめ兒すゑてもる山邊から」と歌つてをる。
〔語〕 ○三諸 神の森のあるところの義。ここは飛鳥の神南備山をさすと思はれる(考)。○人のもる山 大事さうに守る人があつて、みだりに他人を近づけない山。○本邊 もとは麓の意。山の麓の方。○末邊 山の頂の方。○うらくはし くはしは、美麗の意。うらは心の意。うらがなし、うらさびしなどのうらに同じ。身にしみて美しいの意。○泣く兒もる山 わが子の泣くのを慰め守つてゐる女に喩へたものかと思はれる。
 
3223 霹靂《かむとけ》の 日かをる天《そら》の 九月《ながつき》の 時雨《しぐれ》の降れば 雁《かり》がねも いまだ來鳴《きな》かず 神南備《かむなび》の 清き御田屋《みたや》の 垣内田《かきつだ》の 池の堤の 百足《ももた》らず 齋槻《いつき》が枝に 瑞枝《みづえ》さす 秋の赤葉《もみちば》 まさき持つ 小鈴《こすず》もゆらに 手弱女《たわやめ》に 吾はあれども 引き攀《よ》ぢて 枝もとををに うち手《た》折り 吾《あ》は持ちて行く 君が挿頭《かざし》に
 
〔譯〕 雷が鳴つて日がかげり、曇る空のつねである九月の時雨が降れば、雁もまだ來鳴かない。神をまつる神南備山の清い神の田を守る小屋の垣の内の田の池の堤にある御神木の槻の枝に、瑞々しい杖をさし交してゐる秋の紅葉をば、私の手首に飾につけてゐる小鈴がゆらゆらと鳴るばかりに、弱々しい女とはいへ手にからめ引き寄せて枝もしわるまでに、折り取つて、私は持つてゆきます。あなた樣の挿頭にする料に。
〔評〕 神南備の神田の番をする家、その垣の内なる田に水を引く爲に掘つてある池の堤には、齋槻が茂つてをる。そ(153)の枝は今しも美しくもみぢしてをる。この神聖な所にふみ入つて、神木の枝を手弱女の身で折り取らうとするのも、戀するゆゑである。愛する君の挿頭にせむ爲である。格調は古雅、田舍の風趣が躍如としてをる。
〔語〕 ○かむとけの 雷解けの義で、雷の鳴り落ちること。この句を霹靂の光と見、「ひ」にかかる枕詞とする説もある。○日かをる 日の曇る。○清き御田屋 齋みきよめた御田屋。田屋は田を守る番小屋であるが、そこで神供とする稻の植付、刈入等の諸事を管理するのであるから、尊みいうたもの。○池の堤 神田に水をひく爲に掘つた池の堤。○百足らず 百に足らぬ五十とつづく枕詞。○まさき持つ 日本紀私記に「鈴の口さけたり、故《かれ》拆鈴《さくすず》と云ふ」とあるから、鈴をほめる枕詞と思はれる(代匠記精撰本)。マキモテルとよむ説もある。○小鈴もゆらに 腕につけた小鈴がゆらぐほどに。ゆらは鈴の音の擬聲。「手玉もゆらに」(二〇六五)參照。
〔訓〕 ○日かをる空の 白文「日香天之」。舊訓ヒカルミソラノ。天治本に「日」を「白」とあるのでヒカルソラシとよむ説もある。○雁がねもいまだ來鳴かず 白文「雁音文末來鳴」。考は時雨ふり紅葉した九月の末に雁の來ない所があらうかと疑ひ、改字説を出してゐるが、ここは來るべき時に來ないのを、特にあやしみ詠じたものと思はれる。○齋槻が枝に 白文「五十槻枝」五は諸本「三」とある。それによれば、ミソツキノエニと訓むべきであるが、考に「五」の誤とする説によつた。○枝も 白文「峯文」。者に峯は延多(枝)の誤かとあるによる。
 
    反歌
3224 獨のみ見れば戀《こほ》しみ神名火《かむなび》の山の黄葉《もみちば》手折《たを》りけり君
     右二首。
 
〔譯〕 ただ一人だけで見てゐては心飽かず、君に見せたいものと、君を戀ふる思がまさつて、神南備山の紅葉の枝を手折つてまゐりましたよ、あなた。
(154)〔評〕 長歌の要旨をまとめて、反覆したもの。結句の、君といふ呼びかけにも愛情が籠つてをる。
〔訓〕 ○手折りけり君 白文「手折來君」、「來」は諸説があるが、ケリ(考)を採る。○通行本等に、この次に「此一首入道殿讀出給」とあるは、もとより後人の註であつて、元暦校本等にないのがよい。「入道殿」といふは、御堂關白道長と思はれる。詞林采葉抄に次點の人名を擧げた中に、道長の名が見える。
 
3225 天雲《あまぐも》の 影さへ見ゆる 隱國《こもりく》の 長谷《はつせ》の河は 浦無みか 船の寄り來《こ》ぬ 磯|無《な》みか 海人《あま》の釣《つり》爲《せ》ぬ よしゑやし 浦はなくとも よしゑやし 磯はなくとも おきつ浪 諍《きほ》ひ榜入《こぎ》り來《こ》 白水郎《あま》の釣船《つりぶね》
 
〔譯〕 空の雲の影までも映つて見える泊瀬の河は、よい浦がないからか、船が寄つて來ない。よい磯が無いからか、海人が釣をしない。よしや良い浦はなくとも、よしや良い磯は無くとも、競ひたつて元氣よく漕ぎ入つて來い、海人の釣船よ。
〔評〕 泊瀬の河に海士小船の無いことを物足らなく思つた歌で、無理な要求とも思はれるが、かく幼く願ふところに趣があらう。卷二の人麿の歌(一三一)と著しく辭句の似たものがある。かの歌により、大和人がうたひかへて民謠としたものであらう。
〔語〕 ○隱國の 長谷の枕詞。「七九」參照。○よしゑやし よしやの意。○おきつ浪 次句にかかる譬喩的枕詞。
〔訓〕 ○きほひこぎり來 白文「諍榜入來」。諍は西本願寺本により、訓は古義による。淨とある本によつてキヨクと訓んでは意味をなさぬ。
 
    反歌
(155)3226 さざれ浪浮きて流るる泊瀬《はつせ》河よるべき磯の無きがさぶしさ
     右二首。
 
〔譯〕 小波が浮き立つやうにして流れる泊瀬河に、海人の釣船が寄るやうな磯の無いのが物たらぬことであるよ。
〔評〕 「さざれ浪浮きて流るる」に、自然觀照のこまかさが見えておもしろい。
〔語〕 ○浮きて流るる 諸説があるが、波は水面に浮動するものとする全釋の説がよい。
 
3227 葦原の 瑞穗《みづほ》の國に 手向《たむけ》すと 天降《あも》りましけむ 五百萬《いほよろづ》 千萬神《ちよろづかみ》の 神代より 言《い》ひ續《つ》ぎ來《きた》る 甘南備《かむなび》の 三語《みもろ》の山は 春されば 春霞立ち 秋|往《ゆ》けば くれなゐにほふ 甘南備《かむなび》の 三諸《みもろ》の神の 帶にせる 明日香《あすか》の河の 水脈《みを》速《はや》み 生ひため難き 石《いは》枕 蘿《こけ》生《む》すまでに 新夜《あらたよ》の さきく通はむ 事計《ことはかり》 夢《いめ》に見せこそ 劍刀《つるぎたち》 齋《いは》ひ祭《まつ》れる 神にし坐《ま》せば
 
〔譯〕 葦原の瑞穗の國とたたへるこの日本の國に、神をお祭するからとて、多くの神々が天降り給うた神代から、口より口へと言ひ繼いで來てゐる、この甘南備の三諸の山は、春になれば春霞が立ち、秋が來れば紅に木の葉が色づく。その甘南備の三諸の山が、帶のやうにめぐらしてをる明日香川の水脈が早いので、苔がはえても留つて居られない川中の枕のやうな石に「苔がむすまで長い間、夜ごと夜ごとに平安に通つて來られるやうな手だてを、どうか夢に見せてもらひたい。刀劍を大切に思ふ、その大切におまつりしてゐるあらたかな神樣でいらつしやるのだから。
〔評〕 莊重にして、しかも流麗。三諸の山と、三諸の神が帶にした明日香の河の風致とを敍し、平安に絶えず通はむことを神に祈つて結んでをる。神代の古へより説きおこし、神を齋うて結んだのも整然たる格調である。また「水脈(156)速み生ひため難き、石枕こけむすまでに」は、奇趣賞すべきものがある。
〔語〕 ○葦原の瑞穗の國 我が國の稱。「一六七」參照。○手向すと 諸説があるが、手向を普通に神を祀り手向をすることと解し、「と」を「とて」の義とし、上の「に」はこの一句を隔てて「天降りましけむ」にかけるのがよいと思はれる。○天降り 高天原より下りましたこと。○甘南億の三諸の山 飛鳥雷岳をさす。○帶にせる明日香の河 明日香川が雷岳の麓をめぐり流れてゐるのを帶に譬へた。○水脈 水の深く船などの通ひ得るところ。○生ひため難き 苔がはえて生ひ留まり難い。○石枕 河岸の石で枕の形をしたものであらう。○新た夜 毎夜毎夜改まつて行く夜。○さきく 變らずに、無事にの意。○夢に見せこそ 夢に見せてもらひたい。「こそ」は願望の助詞。○劍刀 枕詞的のものと見る。
 
    反歌
3228 神南備《かむなび》の三諸《みもろ》の山に齋《いは》ふ杉おもひ過ぎめや蘿《こけ》生《む》すまでに
 
〔譯〕 甘南備の三諸の山に神木として大事にしてをる杉−その「すぎ」といふ詞のやうに、自分のこの物思は過ぎて無くなることは無いであらう、その杉の樹に苔がむすまでも。
〔評〕 「杉」を思ひ過ぐにかけた手法には、次の二首がある。「石上布留の山なる杉群の思ひ過ぐべき君にあらなくに」(四二二)「神南備の神依板にする杉の念ひも過ぎず戀のしげきに」(一七七三)。
〔語〕 ○齋ふ杉、神聖なものとして祀る杉の意。「七一二」參照。同音「すぎ」を繰返して序とした。 ○思ひすぎめや 「思ひすぐ」は思ひ忘れるの意。
 
3229 齋串《いぐし》立《た》て神酒《みわ》坐《す》ゑ奉《まつ》る神主部《かむぬし》の髻華《うず》の玉|蔭《かげ》見ればともしも
(157)     右三首。但、或書に、この短歌一首は之を載することある無し。
 
〔譯〕 幣帛などを挾んで立てる齋串を立て、神酒をいれた瓶をすゑて神にささげる神主の人の、髪のよそほひにつけてゐる玉のかざりを見ると、まことに珍らしく立派であることよ。
〔評〕 神を齋きまつる神主の装ひを讃めた歌で、歌詞莊重にして、暢やかに快い韻律がある。
〔語〕 ○齋串 幣、玉などをつけて神に供へる串。○髻華の玉蔭 うずにした玉蔭。髻華は、木の花や葉や、或は玉などを頭にさして飾としたもの。蔭は翳すものの義であらう。
〔訓〕 ○玉蔭 宣長は「玉」を「山」の誤とし、日かげのかづらの意としてゐるが、「玉かづらかげに見えつつ」(一四九)ともあるから、誤とするは早計と思はれる。○神主部 考にはハフリベと訓む。今、舊訓乃至古義によるが、神事を職とする部族の人々と解することは同じである。
 
3230 幣帛《みてぐら》を 奈良より出でて 水蓼《みづたで》 穗積に至り 鳥網《となみ》張《は》る 坂手を過ぎ 石走《いはばし》る 甘南備《かむなび》山に 朝宮に 仕へ奉《まつ》りて 吉野へと 入り坐《ま》す見れば 古《いにしへ》おもほゆ
 
〔譯〕 天皇が、奈良からお出になり、穗積に至り、坂手をお通りになり、甘南備山の行宮に御一泊なされ、侍臣は朝の御機嫌を奉伺し、それより吉野へとお入りになる、その壯觀を見ると、昔の代々の天皇もかくこそと、古のことが偲ばれる。
〔評〕 天皇が奈良を出御、飛鳥の神南備の行宮に入られ、翌日吉野離宮に赴き給ふ順路と、行幸の壯觀を詠じたもの。奈良遷都後の作たることが明かである。
〔語〕 ○幣帛 神に奉る幣帛を神前に竝べる意で「奈良」につづく枕詞。○水蓼 「穗」にかかる枕詞。○鳥網張る (158)「坂」の枕詞。山腹の坂に網を張つて鳥を捕へた故と思はれる。○石走る 枕詞。石走り激《たぎ》つ瀬の雷鳴振《かみなりぶる》とつづくと古義には説いてゐる。○甘南備山 ここは雷岳をいふ。
〔訓〕 ○幣帛を 白文「島※[口+立刀]」、「帛」は幣帛の意。「※[口+立刀]」をヲとよむは「一四〇五」等の例による。
 
    反歌
3231 月日《つきひ》はゆけども久に流らふる三諸《みもろ》の山の離宮地《とつみやどころ》
     右二首。但、或本の歌に、ふるき都のとつ宮どころと曰へり。
 
〔譯〕 月日は移つて行くけれども、いつまでも久しく續いてゐてかはらない三諸山の離宮の地である。
〔評〕 雷岳なる離宮の地を讃へた歌。枕草子に「月も日もかはりゆけども久にふるみむろの山のといふ古ことをゆるらかにうちよみ出し給へる」とあるのは、當時の時樣に、「みもろ」をも「みむろ」としてうたつたのである。
〔訓〕 ○月日は 白文「月日」、考の訓による。○行けども 白文「攝友」、類聚古集アラタマレドモ、天治本カハリユケドモは、禮記明堂位の孔疏に、攝、代也とあるによるかと思はれる。その意からユケドモと訓んだが、カハレドモともよめ、また或はウツレドモとも訓める。○久に流らふる 白文「久流經」、舊訓は「流經」が「經流」とあるにより、ヒサニフルとよんでゐるが、元暦校本等に「流經」とあるにより、「久」を上につけて訓み、「流經」をナガラフルと訓んだ。○この次に、通行本に「此歌入道殿讀出給」とあるが、「三二二四」の次なると兩樣、元暦校本等により省く。
 
3232 斧取りて 丹生《にふ》の檜山の 木|折《こ》り來《き》て 筏《いかだ》に作り 二楫《まかぢ》貫《ぬ》き 磯|榜《こ》ぎ廻《み》つつ 島|傳《づた》ひ 見れども飽かず み吉野の 瀧もとごろに 落つる白浪
 
(159)〔譯〕斧を取つて、丹生の檜山の木を伐つて來て、それを筏に作つて 左右に楫を取り附けて、吉野川の石の多い岸を漕ぎ廻つたり、川添の嶋のやうになつた所を傳つて、見ても見ても飽きない、この吉野川の激流もとどろくまでに落ちる白浪の壯快さは。
〔評〕 吉野の山水の美を讃へて、印象的で、短くまとまつた歌。
〔語〕 ○斧取りて 三句につづく。○丹生の檜山 丹生は吉野川上流の地名。「一三〇」參照。
〔訓〕 ○いかだ 白文「※[木+代]」。代匠記の説による。○みつつ 白文「廻乍」。有坂博士の説による。
 
    反歌
3233 み吉野の瀧もとどろに落つる白浪|留《とま》りにし妹に見せまく欲《ほ》しを白浪
     右二首。
 
〔譯〕 吉野川の激流もとどろくまでに落ちる白浪のおもしろさよ。家に殘つてをる妻に見せてやりたいと思はれる此の白浪のおもしろさよ。
〔評〕 上の三句に、長歌の終句をそのまま取つて反覆し、第四句より、長歌には見えてをらぬ新しい感想を云ひおこして、補ひのつとめを果したもの。旋頭歌である爲に、反歌としての効用が殊によく發揮されてをる。
 
3234 やすみしし わご大皇《おほきみ》 高照らす 日の皇子《みこ》の 聞《きこ》し食《を》す 御饌《みけ》つ國 神風《かむかぜ》の 伊勢の國は 國見ればしも 山見れば 高く貴《たふと》し 河見れば 見渡しの 島も名高し 此《ここ》をしも まぐはしみかも 五十師《いし》の原に うち日さす 大宮|仕《づか》へ 朝日なす まぐはしも 暮日《ゆふひ》なす うらぐはしも さやけく精し 水門《みなと》なす 海も廣し かけまくも あやにかしこき 山邊《やまのべ》の 五十師《いし》の原に うち日さす 大宮|仕《づか》へ 朝日なす まぐはしも 暮日《ゆふひ》なす うらぐはしも(160) 春山の しなひ榮えて 秋山の 色なつかしき 百磯城《ももしき》の 大宮人は 天地 日月《ひつき》と共に 萬代にもが
 
〔譯〕 安らかに治め給ふわが天皇、高く照り輝く日の皇子が、めしあがる御饌《みけ》の料を調《みつぎ》としてさしあげる伊勢の國は、國土を見渡せばまあ、山を見れば高く貴く、川を見れば瀬の音がさやかに、水の清く、湊をなしてをる海も廣く、遠く見渡される島も名高い。これらの點を御賞美あらせられてか、言葉にかけて申すもまことに恐れ多い此の山邊の五十師の原に、行宮をお造りになつた。この御殿は、朝日の照るやうにうるはしく、夕日の輝くやうにうるはしいことである。春山の花がなよやかにたをやぎ榮えるやうに、秋山の紅葉の色のやうにうつくしいよそほひをして、この御殿にお仕へ申す宮人たちは、天地、日月のあらむ限り、萬世にもお仕へ申させたいことである。
〔評〕 構想は整然として、詞調は流麗。殊に行宮の春秋の麗しさが、いつしか女官の風姿にうつつて行くあたりの、融け入るやうな句法の妙が感歎せられる。この山邊の行宮は、卷一の「八一」の條に解いた御井の附近で、その地は古くよりいひ傳へた河藝郡山邊村である。今も清水が湧き出てをり、秋の錦を張る山も低いが附近忙ある。「山みれば」は鈴鹿山が遠くそびえ「河みれば」は鈴鹿川が近く流れてをる。海と島とは、東方伊勢の海を隔てて見える知多半島をいうたものとおもふ。近年、一志郡の豐地村また新家村をいふとの説もあるが、玉勝間に述べてあるのによりたい。ことに新家村では長歌の情景は見がたい。五十師の原は石が多いのでいうたものとおぼしく、郡は違ふが附近に石藥師町がある。
〔語〕 ○やすみしし 「三」「四四」參照。○御饌つ國 御饌を奉る圖。「九三四」「一〇三三」參照。○神風の 伊勢の枕詞。「八一」參闇。○水門なす 湊を成すの意。○うち日さす 宮の枕詞。○大宮仕へ 行宮をお造りすること。○しなひ榮えて 「しなふ」はなよやかに、優艶の樣にあることをいふ。「二二八四」參照。○萬世にもが 大宮人が萬(161)世にあることを作者が望むのである。
〔訓〕 ○國見ればしも 白文「國見者之毛」、この下に脱字ありとする説、この句を衍とする説もあるが、かういふ句を置いたものと見てよい。
 
    反歌
3235 山邊《やまのべ》の石の御井《みゐ》はおのづから成れる錦を張れる山かも
     右二首。
 
〔譯〕 山邊の石の原の御井のあるところは、自然に織り成した錦をそのまま張つたやうな山であるよ。
〔評〕 石の御井のあたりの山の美しさを讃へて、簡素にして、また豐醇の格調である。長歌には、春山、秋山とあるが、秋の風景のやうに思はれる。
〔訓〕 ○通行本には此の下に「此歌入道殿下令讀出給」の十字があるが、元暦校本等により削る。
 
3236 空みつ 大和の國 あをによし 寧山《ならやま》越《こ》えて 山城の 管木《つつき》の原 ちはやぶる 宇治の渡《わたり》 瀧《たき》の屋の 阿後尼《あごね》の原を 千歳に 闕《お》つる事無く 萬歳《よろづよ》に 在り通《がよ》はむと 山科《やましな》の 石田《いはた》の社《もり》の 皇神《すめがみ》に 幣帛《ぬさ》取り向けて 吾は越え往《ゆ》く 相坂《あふさか》山を
 
〔譯〕 大和の國の奈良山を越えて、山城の管木の原や、宇治の渡や、瀧の屋の阿後尼の原を、千歳の後までも缺けること無く、萬歳にわたつて、このやうに通はうと、山科の石田の社の神に幣を手向けて、自分は越えて行く、相坂山を。
(162)〔評〕 奈良から近江へ赴く通路が克明に詠まれてをる。眞淵は「史生雜色の人など、近江を本屬にて、暇を給ひて通ひ行く時の歌か」と云うてをる。
〔語〕 ○なら山 今の奈良市の北方に長く連る丘陵。○管木の原 木津より宇治に通ずる街道附近。○ちはやぶる 勇猛な激しいの意から、軍士の「氏」につづく枕詞。ちはや人宇治「一一三九」參照。○瀧の屋の阿後尼の原 宇治の北、山科あたりと思はれる。○在り通はむと 變ることなくかうして通はうと。○山科の石田の森 「一七三〇」參照。○相坂山 山城と近江の境の山。
 
   或本の歌に曰く
3237 緑丹《あをに》よし 奈良山過ぎて もののふの 宇治川渡り 未通女等《をとめら》に 相坂《あふさか》山に 手向草 絲取り置きて 我妹子に 淡海《あふみ》の海の 沖つ浪 來寄《きよ》る濱邊を くれくれと 獨ぞ我が來《く》る 妹が目を欲《ほ》り
 
〔譯〕 奈良山を過ぎて、宇治川を渡り、相坂山で手向の代に絲を取り置いて、近江の湖の沖の浪が寄せて來る濱べをたどり、心も暗く、唯一人で自分は來てゐるのだ、妻に逢ひたくて。
〔評〕 前の歌よりもやや修辭的になつてをる。
〔語〕 ○もののふの 「氏」(宇治)にかかる枕詞。○をとめ等に 逢ふの意で相坂にかかる枕詞。○手向草 神に供へる料の意。下に「として」の語を補ふ。○絲取り置きて 絲は誤字との説も多いが、絲を神に供へたものと解してよい。○我妹子に 「逢ふ」の意で「近江」にかかる枕詞。○くれくれと 心が晴れず悲しみにふさいで。「八八八」參照。
 
(163)    反歌
3238 相坂《あふさか》をうち出でて見れば淡海《あふみ》の海白木綿花《しらゆふはな》に浪立ち渡る
     右三首。
 
〔譯〕 相坂山を打越え出てみると、近江の湖は、白|木綿《ゆふ》でつくつた白い造花のやうに、浪が立ちつづいてゐることよ。
〔評〕 いぶせき山路を越えて、湖畔に出た時の爽快さが躍つてをる。源實朝の「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波のよる見ゆ」はこれに學んだものか。
〔語〕 ○白ゆふ花 楮の繊維を晒した白栲を以てこしらへた造花。「九〇九」參照。
 
3239 近江の海 泊《とまり》八十《やそ》あり 八十島の 島の埼埼《さきざき》 在り立てる 花橘を 末技《ほつえ》に 黐《もち》引き懸《か》け 仲つ技《え》に 斑鳩《いかるが》懸《か》け 下枝《しづえ》に ひめを懸け 己《し》が母を 捕《と》らくを知らに 己《し》が父を 捕《と》らくを知らに いそばひ居《を》るよ 斑鳩《いかるが》とひめと
     右一首。
 
〔譯〕 近江の湖には、船のつくところが澤山ある。その多くの島の崎ごとにある花橘の樹の、上の枝には鳥をとるための黐をつけ、中の枝には斑鳩の囮をとまらせ、下の枝にひめの囮の籠をかけてあるのだが、その囮の斑鳩とひめとは、自分の母鳥を捕へるのであることを知らず、自分の父鳥を補へるたくらみであることを知らないものだから、戯れあつてゐることである。
〔評〕 齊明紀、天智紀にある時代の諷刺歌のたぐひで、近江朝廷に關する作であらう。古義に、中山巖水の説を引き(164)「天武天皇の吉野に入りましし後、大友皇子の、天武天皇を襲ひたまはむとて、忍び忍びに軍の設などせさせたまふほど、高市皇子、大津皇子は其の事を知らせたまはずて、何心も無くておはするを見て、二人の皇子等に諷しまつれる歌なるべし」といひ、崇神紀の「みまき入彦はや」の歌と、譬へたる意相似たり、と評してゐる。二鳥を直ちに二皇子によそへたとはいひがたいとも思ふが、採るべき説である。
〔語〕 ○泊八十あり 「一一六」參照。○島の崎崎 島は岬や半島をも含めいふ。○在り立てる 「ありつつも」の「あり」に同じく、存在繼續の意を示す。生えて立つてゐる。○斑鳩 マメマハシのこと。○ひめ ※[旨+鳥]、シメともいふ。この二つを囮に用ゐたもの。○いそばひ 「い」は接頭辭。「そばふ」は戯れる、じやれる。
 
3240 大王《おほきみ》の 命《みこと》恐《かしこ》み 見れど飽かぬ 奈良山越えて 眞木|積《つ》む 泉の河の 速《はや》き瀬を 竿《さを》さし渡り ちはやぶる 宇治の渡《わたり》の 激《たぎ》つ瀬を 見つつ渡りて 近江|道《ぢ》の 相坂《あふさか》山に 手向《たむけ》して 吾が越えゆけば 樂浪《きさなみ》の 志賀の韓埼《からさき》 幸《さき》くあらば また還《かへ》り見む 道の隈 八十隈|毎《ごと》に 嗟《なげ》きつつ 吾が過ぎ往《ゆ》けば いや遠に 里|離《さか》り來《き》ぬ 彌《いや》高に 山も越え來ぬ 劍刀 鞘《さや》ゆ拔《ぬ》き出でて 伊香胡《いかご》山 如何《いか》にか吾が爲《せ》む 行方《ゆくへ》知らずて
 
〔譯〕 天皇の御命令の恐多きに、見ても見ても飽きない奈良山を越えて、材木を積み下る泉川の速い瀬を舟に棹さして渡り、宇治川の激流を見ながら渡つて、近江の國に行く道の相坂山に、山の神に手向をして自分が越えて行けば、ささ浪の志賀の韓崎に出るが、その韓崎の幸《さき》く、即ち無事であつたならば、又歸つて來て見ようと、道の曲り角の、多くの曲り角毎に、歎息をしつつ自分が過ぎて行くと、いよいよ遠く自分の住む里は離れて來た。いよいよ高く山も越えて來た。劍太刀を鞘から拔き出して、撃つ名を負うた伊香胡山を今通つてゐるが、その山の名のやうに、いかや(165)うにこのさき自分はしたものであらう。行くさきのことを知らないで。
〔評〕 勅命によつて、奈良山を越え、泉河と宇治河を渡り、相坂山を越えて近江に出て、更に伊香胡山を越えて越路に入らうとする者の歌である。語句に人麿の作の影響が見える。「劍刀鞘ゆ拔き出でて伊香胡山」に奇趣がある。
〔話〕 ○まき 檜などの類。「五〇」參照。○ささ浪 今の大津附近の總名。○劍刀鞘ゆ拔き出でて伊香胡山 「拔き出でて」までは「いかご」につづく序。「いか」は、いかる、いかめし等の「いか」で威勢を張る意。○伊香胡山 賤が嶽に連なる一帶の山。
 
    反歌
3241 天地を歎き乞ひ?《の》み幸《さき》くあらばまた還《かへ》り見む志賀の韓埼《からさき》
     右二首。但、この短歌は、或書に云ふ、樺積朝臣|老《おゆ》の佐渡に配《なが》さえし時作れる歌なりと。
 
〔譯〕 天地の神に歎き乞ひ祈つて、無事であつたならば、又歸つて來て見よう、この志賀の韓崎を。
〔評〕 穗積老の「吾が命し眞幸くあらばまたも見む志賀の大津に寄する白浪」(二八八)と相通ずるものがある。
〔語〕 ○天地を 天神地祇を。天地の神を。○歎き乞ひのみ 「のむ」は?るの意。歎願して祈る。
〔訓〕 ○歎き乞ひ?み 白文「歎乞?」「歎」は諸本「難」とあるが、通じ難いので、考の誤字説に從ふ。
 
3242 百岐年《ももきね》 美濃《みの》の國の 高北の 八十一隣《くくり》の宮に 日向ひに 行き靡《なび》かくを ありとききて 吾が通ふ 道の 於吉蘇《おきそ》山 美濃《みの》の山 靡けと 人は踏《ふ》めども 斯《か》く依れと 人は衝《つ》けども 心|無《な》き 山の、於 蘇《おきそ》山 美濃《みの》の山
     右一首。
 
(166)〔譯〕 美濃の國の高北の泳《くくり》の宮に、日に向つて歩みゆくに、なよなよとして靡くやうな姿のよい少女があると聞いて、その少女に逢ひたいと自分が通うてゆく道には、大吉蘇山や美濃の山がある。あまりに高いから、越えやすいやうに横に靡けといつて人は踏むけれども、かう側へ寄れと人は突くけれども、情のない山である、平氣でゐる大吉蘇山や美濃の山は。                     
 
〔評〕 格調が古朴で、民謠的なにほひが濃い。「ありとききてわが通ふ道のおきそ山三野の山」の句の簡勁なる「靡けと人はふめども、かくよれと人はつけども」と轉じ來つた變化の妙、更に「心なき山のおきそ山みのの山」と前二句を反覆して結んだ句法が、些のゆるみもなく引きしまつた變化に富み、かつ、句中に三言四言六言の短句が多く、しかも全篇何等の不調和のあとがなく、かへつて錯雜の妙がある。かの人麿の作の「靡けこの山」の句はこの長歌に倣つたのであらうか。
〔語〕 ○百岐年 枕詞と思はれるが、かかり方は不明。○高北の八十一隣の宮 景行記に見える泳宮で、可兒郡にあつた上代行在所の名。高北はその邊の總名であらう。○日向ひ 日のさす方に向ふ意。西の方とする説もある。○行きなびかくを、諸説がある。假に以上のやうに説いた。○於吉蘇山 木曾南部の山山。
〔訓〕 ○ひむかひに 白文「日向爾」。考はヒムカシと訓んでゐる。○ゆきなびかくを 白文「行靡闕矣」。舊訓によつた。「矣」を「兒」の誤とし、ユキナビカクコと訓んではと考へもしたが、十分でない。闕を考の如く宮闕の意とし、ユキナムミヤヲと新訓には訓んだ。猶考ふべきである。○わが通ふ道の 白文「吾通道之」舊訓ワガカヨヒヂノ。
 
3243 處女等《をとめら》が 麻笥《をけ》に垂《た》れたる 績麻《うみを》なす 長門《ながと》の浦に 朝なぎに 滿ち來《く》る潮の 夕なぎに 寄り來《く》る波の その潮の いや益益に その浪の いや重重《しくしく》に 吾妹子に 戀ひつつ來《く》れば 阿胡《あご》の海の 荒磯《ありそ》の上に 濱菜つむ 海人處女《あまをとめ》ども 纓《うな》げる 領巾《ひれ》も光《て》るがに 手に纒《ま》ける (167)玉もゆららに 白たへの 袖振る見えつ 相思ふらしも
 
〔譯〕 處女等が麻笥に垂れた績んだ麻のやうに長い――長門の浦に、朝なぎに滿ちて來る潮のやうにいや益しに、夕なぎに寄つて來る波のやうにいよいよ繁く、いとしい妻に戀ひつつ來ると、阿胡の海の荒磯の上で、濱にはえてをる菜をつむ海人處女らが、首にかけてをる領巾も光り輝くほどに、手に纒いてをる玉もゆらゆらと音を立てて鳴るほどに、袖を振るのが見えた。自分を思うてゐるらしい。
〔評〕 瀬戸内海を京に向つて、妻を思ひながら歸航の途上、阿胡の海邊で、船を眺めて領巾を振る海人處女に心を慰めたのである。ほほゑましい情景で、娘子の風姿が美しく描かれてをる。
〔語〕 ○長門の浦 安藝國安藝郡倉橋島の南、今の本浦のことといふ。「三六二一」參照。○阿胡の海 攝津國住吉郡の海。○うなげる うなじに掛けてゐる。
 
    反歌
3244 阿胡《あご》の海の荒磯《ありそ》の上のさざれ浪吾が戀ふらくは息《や》む時もなし
     右二首。
 
〔譯〕 阿胡の海の荒磯の上に打ち寄せるさざ波のやうに、自分が戀しく思ふことは、止む時もない。
〔評〕 大伴郎女の「千鳥鳴く佐保の河瀬のさざれ浪止む時も無し吾が戀ふらくは」(五二六)と似てをる。
 
3245 天《あま》橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月《つく》よみの 持《も》てる變若水《をちみづ》 い取り來《き》て 公《きみ》に奉《まつ》りて 變若得《をちえ》てしかも
 
(168)〔譯〕 天に通ふ天橋も、もつと長くあつてほしい。高山ももつと高くあつてほしい。さうすれば、月の神の持つてをられる若がへりの水を取つて來て、君にさしあげて、若がへりが出來るやうにしたいものである。
〔評〕 若返りの水が月の世界にあると見たのは、外國思想に基づくものであらうが、月が常に若々しく見えることから發した想像とも見えて、自然の趣がある。
〔語〕 ○變若水 變若は「八四七」參照。それを飲むと若がへる水。○い取り來て 「い」は接頭辭。
〔訓〕 ○變若得てしかも 白文「越得之旱物」。旱は元暦校本による。流布本「早」とあるはわるい。
 
    反歌
3246六 天《あめ》なるや月日の如く吾が思《も》へる公《きみ》が日にけに老ゆらく惜しも
     右二首。
 
〔譯〕 天にある月や日のやうに大切に思つてゐる君が、一日一日と日ましに年をとつておいでになるのが惜しいことである。
〔評〕 あがめてをる人の老いるのを惜しんだ歌で、長歌の趣旨を補つたもの。この反歌があつて、長歌の變若水を欲する心が、いよいよ生きて來る。
 
3247 渟名《ぬな》河の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾《ひり》ひて 得まし玉かも 惜《あたら》しを 君が 老ゆらく惜しも
     右一首。
 
〔譯〕 渟名河の底にある玉は、求めて得られる玉であらうか、拾うて得られる玉であらうか。容易には得られない。(169)然るに、その玉のやうな、可惜《あたら》あなたが、年老いて行かれるのは惜しいことである。
〔評〕 浮名河の玉にたとへるべきよい人が老いるのを悲しんだ歌。變若水のことはうたはれてゐないが、前と同じく老を悲しむ歌ゆゑ、續けてあるものとおもはれる。
〔語〕 ○沼名河 攝津、また大和の地名とする説もあるが、代匠記精撰本に、神代紀上の天渟名井、また渟浪田等により、天上にある川と見る方がよい。考には、沼は瓊で玉である、故に瓊之川の名を負うたのであらうとある。○得まし玉かも 得られよう玉か。
 
  相聞《さうもに》
 
3248 敷島の 日本《やまと》の國に 人|多《さは》に 滿ちてあれども 藤波の 思ひ纒《まつ》はり 若草の 思ひつきにし 君が目に 戀ひや明《あ》かさむ 長きこの夜を
 
〔譯〕 日本の國のうちに、人は澤山に滿ちてをるけれども、藤の蔓のやうに思ひまつはり附き、若草のなよやかなやうに思ひなつき、心に染みついてゐたあなたにお目にかかりたいと、戀ひ明かすことであらうか、此の長い夜をば。
〔評〕 素朴な形式ながら、大きく詠みおこし、しかも柔かく麗しい感情の綾を織りなした歌。
 
    反歌
(170)3249 敷島の日本《やまと》の國に人二人ありとし念《も》はば何か嗟《なげ》かむ
     右二首。
 
〔譯〕 この廣い日本國中に、戀しいと思ふ人が二人あるものともし思うたならば、何とて嘆きはしようぞ。何も嘆くことはあるまいに。ただ一人のあなたゆゑ、かくは嘆かれるのである。
〔評〕 渾然たる格調に至純の情をたたへた哀嗟の聲は、千古にわたつて人の心を打つ。古今東西かぎり無き戀愛の嘆きも、歸するところはこれにある。ただ一人にささげた眞心である故に、かくも嘆きは深いのである。そのつきつめた嘆きを「しきしまのやまとの國に」とうたひ出したあたり、上代人の氣象にはつきりと接する思あらしめる。
〔語〕 ○人二人ありとし念はば 私の思ふ人があなたただ一人でなく、もし二人あると思ふならばの意。これを日本國の中に、慕ひあふ君と吾との二人ありと思ふならばの意と解して、戀の勝利をうたつたものと考へるのはよくない。代匠記に引いた遊仙窟の「天上無v雙、人間有v一」とおのづから似通つてをる。
 
3250 蜻蛉《あきつ》島 日本《やまと》の國は 神《かむ》からと 言擧《ことあげ》せぬ國 然れども 吾は言擧《ことあげ》す 天地の 神も甚《はなばだ》 吾が念《お払》ふ 心知らずや 往く影の 月も經往《へゆ》けば 玉|耀《かき》る 日も累《かさな》り 念《おも》へかも 胸安からぬ 戀ふれかも 心の痛き 末つひに 君に逢はずは 吾が命の 生《い》けらむ極《きはみ》 戀ひつつも 吾はわたらむ、まそ鏡 正目《ただめ》に君を 相見てばこそ 吾が戀止まめ
 
〔譯〕 わが日本國は、神樣の御心のままに、人々が言葉に出していひたてをしない國である。しかし私は言葉に出して言ひたてをします。それは、天地の神も、私の思つてゐる心の中を知られないのであらうか。年月も經て行き、日數もかさなつて、物思をする故であらうか、胸も安からず、戀ひ慕ふ故であらうか、心が痛いことである。これから(171)後遂に、君に逢はないとすれば、命のあらむ限りは、苦しい戀をしつつ年月を送ることであらう。まのあたり私の目であなたを見たならば、その時こそ私の戀は止むでせうが。
〔評〕 全篇これ熱情の叫びである。「神からと言擧せぬ國」なる神聖の傳銃に對して「然れども吾は言擧す」と敢へて言ひ放つたところ、「天地の神も甚、吾が念ふ心知らずや」と神に抗議をのべたところなど、大膽な態度である。戀の熱を病む人の聲である。終りの四句は「二九七九」と似てをる。かの短歌はこの長歌の終を一首としたものであらう。
〔語〕 ○神からと 神の國がらとして。○言擧 言葉に出してことごとしく論ずること。揚言。○吾は言擧す 以下、言擧の内容。○往く影の 影が空を動いてゆくの意で、「月」にかかる枕詞。○玉耀る 玉のきらきらする意。「日」にかかる枕詞。
〔訓〕 ○戀やまめ 白文「戀八鬼目」「鬼」は「魔」の誤とする説もあるが、略字とみてよい。○正目 童蒙抄以來タダメの訓が行はれてゐるが、論究には、夜目でなく現實に於いての意で、まそ鏡、まさめと韻を押したのであるから、舊訓マサメがよいとある。
 
    反歌
3251 大舟の思ひたのめる君ゆゑにつくす心は惜しけくもなし
 
〔譯〕 大船のやうに私が頼みに思つてをるあなたのためにさまざま心を盡すのは、更に惜しいとは思ひませぬ。
〔評〕 單調な太い線で、一氣に詠みあげた熱情の聲である。
 
3252 ひさかたの都を置きて草枕旅ゆく君をいつとか待たむ
 
(172)〔譯〕 この都をあとにして旅にお出になるあなたを、いつを歸りと知つてお待ちしてをりませうか。
〔評〕 平明淡雅の調に、そこはかとなき憂がしみとほつてをる。「ひさかたの都」というたのは珍しい。都を天と同樣に貴んだのであらう。
 
   柿本朝臣人麻呂の歌集の歌に曰く
3253 葦原の 水穗の國は 神《かむ》ながら 言擧《ことあげ》せぬ國 然れども 言擧《ことあげ》ぞ吾がする 言幸《こときき》く 眞福《まさき》く坐《ま》せと 恙《つつみ》なく 福《さき》く坐《いま》さば 荒磯《ありそ》浪 ありても見むと 百重波 千垂浪にしき 言擧《ことあげ》す吾は 言擧《ことあげ》す吾は
 
〔譯〕 この日本國は、神の御心のままでかつて、とやかくと言葉だてをしない國である。しかしながら自分は言葉に出して言擧をする。言葉に幸ひがあり、言靈の威コによつて、御無事であるやうにと、海上の旅行中、さはりなく無事であられたならば、歳月を經て後にもお目にかからうと、百重波千重波の頻りにうち寄せるやうに、重ねて言擧をすることである、言擧をすることである、自分は。
〔評〕 言擧を反覆して強調した、意力に滿ちた歌。「言擧す吾は」を調べ高らかに繰返し結んだ崇嚴な作で、その國民的自覺のあらはれたところ、荒磯浪・百重波・千重波と重ねたところなど、遣唐使の壯行歌とする豐田八十代氏の説が、げにと諾はれる。(かの憶良の好去好來歌(八九四)は此の長歌及び反歌を先蹤として詠んだものと思はれる。)
〔語〕 ○葦原の水穗の國 日本國の美稱。「一六七」參照。○神ながら 神として神の御意のままに。○つつみなく 無事に、恙なく。「つつみ」は、凶事、さはり。○荒磯浪 ありを繰返して下へかかる枕詞であるが、下の浪と共に海に縁ある語を用ゐたもの。○千重浪にしき 幾重にもよせて來る浪のやうに、幾度も繰返して。
(173)〔訓〕 ○言擧す吾は 白文「言上爲吾、言上爲吾」。元暦校本等に下の四字は小字で書いてある。反覆したのが原形で、小字で書かれたのは、佛足石歌の第六句を小字で書いたのと同じ例と思はれる。
 
    反歌
3254 敷島の日本《やまと》の國は言靈《ことだま》の佑《きき》はふ國ぞま福《きき》くありこそ
     右五首。
 
〔譯〕 わが日本國は、言葉に宿る神秘な力が、人を助けて、幸を與へる國である。自分が斯く眞心よりの言擧によつて、どうか幸福に無事に歸られるやうに。
〔評〕 言語の上に神靈がやどつて、靈妙な感應があると考へた上代人の言靈信仰の思想を高調して、まことに堂々としたますらをぶりの送別歌である。強い信念が、一切の女々しい感情を超えて、煙波漂渺たる大洋への船出を送らうとする、眞に古代人の偉容を仰ぐ思を禁じがたい。海外への旅が生命を賭けたものであつたからこそ、かうした全人格的な壯行歌も生れたのである。しかも此の歌を相聞の中に入れたのは、卷頭の解説に一言したごとく、敷島の日本の國(三二四八)、蜻蛉島日本の國(三二五〇)この葦原の水穗の國と、冒頭の語句の近似によるためであらう。
〔語〕 ○言靈の佑はふ國 言葉を發すると、その言靈が靈力を發揮して幸福をもたらす國の義。「八九四」參照。
〔訓〕 ○さきはふ 白文「所佑」。元暦校本による。通行本には「所佐」としタスクルと訓んでゐる。
 
3255 古《いにしへ》ゆ 言ひ續《つ》ぎ來《く》らく 戀すれば 安からぬものと 玉の緒の 繼《つ》ぎてはいへど 處女《をとめ》らが 心を知らに 其《そ》を知らむ よしの無ければ 夏麻《なつそ》引く 命かたまけ 刈薦《かりこも》の 心もしのに 人知れず もとなぞ戀ふる 氣《いき》の緒にして
 
(174)〔譯〕 昔から口より口に言ひ繼いで來たことには、戀をすると心が落ち着かぬものであると、言ひ繼いで來たが、あのをとめの心がわからず、知りたいと思うても知るてだてが無いによつて、命を專らよせ傾けて、心が萎れるまでに、人に知られず、よしなくも戀をしてをることである、命がけで。
〔評〕 相手の心を知らず、自分の心のうちを人に知られずに戀をする、といふのが一篇の趣意である。知らに・知らむ・知れずと用ゐたのは、一種の技巧であらう。この歌もまた、冒頭に「古ゆ言ひ續ぎ來らく」と、古い傳へを重んずる思想を現はしてをる。
〔語〕 ○玉の緒の 緒をつなぐ意で「つぎて」にかかる枕詞。○繼ぎてはいへど 上の言ひつぎ來らくに應じたもの。記紀に多い、某のいはく、かくかくといへり、の言ひ方に同じ。○夏麻引く 命にかかる枕詞。諸説があるが、夏麻引く糸の意で「い」にかかるとする論究の説がよからう。○命かたまけ 命を傾け、命を懸けて。○刈薦の しのにかかる枕詞。
 
    反歌
3256 しくしくに思はず人はあらめども暫《しまし》も吾は忘らえぬかも
 
〔譯〕 あの女は、自分のことをひつきりなしに思うてはゐないであらうが、自分は暫くの間もあの女のことを忘れることが出來ないのである。
〔評〕 長歌の主旨をまとめて片戀の苦しみを述べたもので、古調がある。
〔語〕 ○しくしくに 頻りに、重ねての意。
 
3257 直《ただ》に來《こ》ず此《こ》ゆ巨勢道《こせぢ》から石橋《いはばし》ふみなづみぞ吾が來《く》る戀ひて術《すべ》なみ
(175)     或本、この歌一首を以ちて、紀の國の濱に寄るとふ鰒珠拾ひにといひて往きし君いつ來まさむ、といふ歌の反歌と爲せり。具に下に見えたり。但、古本によりて亦累ねてここに載す。
     右三首。
 
〔譯〕 眞直には來ず廻り道をして、巨勢街道から、飛石の橋を踏み、難儀をしながら自分は來ることである。戀しくてしかたがないので。
〔評〕 人目を避けて曲り道をとり、難路を通つて逢ひにゆくのだといふのである。「一二五六」の歌に似て、かの歌よりも更に難澁なのである。
〔語〕 ○此ゆ巨勢道 此處より越すとかけた短い序。○石橋 河中に石を竝べて橋の如くしたもの。この河は能登瀬川と思はれる。
〔左註〕 或本にこの歌が「紀伊國の濱に寄るとふ」云々の歌の反歌となつてゐるが、古本によつて重ねてここに載せたといふのである。この卷の問答の最後に「木の國の濱に因るとふ」(三三一八)云々の反歌四首の中に「直に往かず此ゆ巨勢道から」云々と出てゐるが、兩者の間に語句の相違がある。ここに「或本」「古本」とあるのは、萬葉集卷十三が編纂せられる以前のものかと考へられるが、なほ研究すべきである。
 
3258 あらたまの 年は來去《きゆ》きて 玉|梓《づさ》の 使の來《こ》ねば 霞立つ 長を春日を 天地に 思ひ足《た》らはし たらちねの 母が養《か》ふ蠶《こ》の 眉隱《まよごも》り 氣衝《いきづ》きわたり 吾が戀ふる 心のうちを 人に言ふ ものにしあらねば 松が根の 待つこと遠み 天傳《あまづた》ふ 日の闇《く》れぬれば 白木綿《しろたへ》の 吾が衣手も 透《とほ》りてぬれぬ
 
(176)〔譯〕 年は來て又去つて長い間になるが、あなたからの使が來ないので、霞の立つ長い春の日を、天地に充ちわたるほどの思ひを抱いて、母が養ふ蠶が繭に籠つてゐるやうな、いぶせさの中に吐息をつき暮らし、私の戀ふる心のうちを人にいふべきものではないから、あなたを待ち受ける見込も遠いと思へば、空をわたる日が暮れてしまふといよいよ戀しくて、着物の袖も涙にぬれとほつてしまつた。
〔評〕 使の來ぬのを待ちわびる女の情が、哀婉のふるへをおびてうたはれてをる。「天地に思ひ足らはし」もあはれが深い。終りの句は、人麿が妻に別れて來る歌(一三五)の終りは、此の歌を先蹤としたのであらうか。
〔語〕 ○母が養ふ蠶の眉隱り 欝陶しくて心の晴れぬ意で、「いぶせき」にかかる序。「二九九一」參照。○松が根の 「待つ」にかかる枕詞。同音の反覆による。○白たへ 楮等の繊維をさらした木綿(ゆふ)で織つた白布。
〔訓〕 ○白たへ 白文「白木綿」舊訓シラユフを、訓義辨證の説によつて略解の訓に從ふ。
 
    反歌
3259 斯《か》くのみし相思はざらば天雲《あまぐも》の外《よそ》にぞ君はあるべかりける
     右二首
 
〔譯〕 これほどにあなたが同じこころにお思ひ下さらないことならば、始めからあなたは、空のかなたの、私とは無關係な人であるべきだつたのですね。
〔評〕 なかなかに知つて、しかも心の通じあはぬ戀人を恨んだもので、調子の上にも婦人らしい繰言のたどたどしさがあらはれてをる。
 
3260 小治田《をはりだ》の 年魚道《あゆち》の水を 間無《まな》くぞ 人は?《く》むとふ 時じくぞ 人は飲《の》むとふ ?《く》む人の (177)間無《まな》きが如《ごと》 飲む人の 時じきが如《ごと》 吾妹子に 吾が戀ふらくは 已《や》む時もなし
 
〔譯〕 小治田のあゆちの水を、間《あひだ》もなく人は汲むといふことである。時をかまはずに人は飲むといふことである。その水を汲む人の絶間の無いやうに、その水を飲む人のいつといふ定まつた時の無いやうに、愛するそなたに自分の戀ふるこころは、止む時もないことである。
〔評〕 民謠であらう。一篇の構成は、卷一の「二五」「二六」この卷の「三二九三」と同型である。
〔語〕 ○小治田 尾張とする説と大和とする二説がある。○年魚道 尾張ならば、愛知郡、大和ならば、「小治田の坂田の橋の」(二六四四)とあると同所で、飛鳥地方である。
 
    反歌
3261 思ひ遣る術《すべ》のたづきも今はなし君に逢はずて年の歴《へ》ぬれぼ
     今案ずるに、この反歌、君にあはずと謂《い》へるは、理に合はず。宜しく、妹にあはずといふべきなり。
 
〔譯〕 物思をはらす方法も今はありませぬ。あなたに逢はないで年を經たので。
〔評〕 初めからの反歌でなく、長歌にうたひ添へられたものであらう。類歌に「二八一一」「二八九二」「二九四一」がある。
〔左註〕 長歌に妹とあり、反歌に君とあるが、君は女から男への稱であるから、妹と改むべきであるとの註である。しかし、男から女を君といつた例は例外ながらありもするし、又、最初からこの長歌の反歌として成立してゐたと見ることが既に疑はしい。
     或本の反歌に曰く
 
(178)3262 ?垣《みづがき》の久しき時ゆ戀すれば吾が帶|緩《ゆる》ぶ朝|夕《よひ》ごとに
     右三首。
 
〔譯〕 久しい以前から戀しく思つてゐるので、次第に痩せ細つて、自分の帶はますますゆるくなつて行く。朝ごと夕ごとに。
〔評〕 遊仙窟の「日々衣寛、朝々帶緩」から得たものであらう。
〔語〕 ○みづ垣の 久しきにかかる枕詞。「五〇一」參照。
 
3263 隱國《こもりく》の 泊瀬《はつせ》の河の 上《かみ》つ瀬に い杭《くひ》を打ち 下つ瀬に 眞杭《まくひ》を打ち い杭には 鏡を懸け 眞杭には 眞玉を懸け 眞珠《またま》なす 我が念《も》ふ妹も 鏡なす 我が念《も》ふ妹も ありと 言はばこそ 國にも 家にも行かめ 誰《たれ》故か行かむ
     古事記を檢ふるに曰く、件の歌は、木梨の輕の太子のみづから身まかりし時作りし所なり。
 
〔譯〕 泊瀬の河の上の瀬に齋杭を打ち、下の瀬に眞杭を打ち、齋杭には鏡を懸け、眞杭には玉を懸け――その玉のやうに自分が大切に思ふ女、又その鏡のやうに自分が大切に思ふ妻が、をると云ふならば、それでこそ國にも家にも行かう。しかし、なつかしい女はをらぬので、誰の爲に歸らうぞ。
〔評〕 古事記の允恭天皇の條にある木梨の輕太子の歌と殆んど同樣で、その歌の終りが「家にも行かめ、國をもしのはめ」とあるに比べて、この歌の結びは破格で力が籠つてをる。
 
    反歌
(179)3264 年わたるまでにも人は有りとふを何時《いつ》の間《あひだ》ぞも吾《わ》が戀ひにける
 
〔譯〕 一年が經過するまでも人は堪へしのんで待つといふが、そなたに逢つたのはつい此の間であつたのに、いつの間にまあ、こんなに戀しくてたまらなくなつたのであらう。
〔評〕 右の反歌とは思はれぬ。なほ、藤原麿の「五二三」の作は、これに學んだことが明かである。
〔訓〕 ○あひだ 白文「間」。或はマニ、ホドとよむ。
 
   或書の反歌に曰く
3265 世間《よのなか》を倦《う》しと思ひて家出《いへで》せし吾や何にかかへりて成らむ
     右三首。
 
〔譯〕 世の中をつらいと思つて、家を出て佛門に入つた自分が、再び還俗して何に成らうか。還俗する考はない。
〔評〕 前の長歌の反歌と或書にあるは誤で、獨立した一首である。世を厭うて僧となつた出家に、還俗せよとすすめたに答へた作か。或は、もとの戀人などにめぐりあつて、還俗をといはれた折の複雜した心もちを歌つたものか。とにかく佛門に入る人の少くなかつた時代相をあらはし、かつ出家した人の心をうたつた歌として珍しい作である。
 
3266 春されば 花咲きををり 秋づけば 丹《に》の穗《ほ》にもみつ 味酒《うまさけ》を 神名火《かむなび》山の 帶にせる 明日香の河の 速《はや》き瀬に 生ふる玉藻の、うち靡き 情《こころ》は寄《よ》りて 朝露の 消《け》なば消《け》ぬべく 戀ふらくも しるくも逢へる 隱妻《こもりづま》かも
 
〔譯〕 春になれば花が咲きたわみ、秋になれば赤く色美しくもみぢする神名火山が、帶にしてめぐらしてをる明日香(180)の河の、速い瀬に生えてをる玉藻のやうに、うち靡き心は寄つて、命も消えるならば消えよとばかり、戀ひ慕つたかひがあつて、今逢うた、隱し妻よまあ。
〔評〕 流麗で、巧緻にまとまつた作ではあるが、措辭が類型的である。
〔語〕 ○丹の穗に 美しい赤い色に。○味酒を 美酒を釀むとつづく枕詞。○神名火山 ここは雷岳の稱。○生ふる玉藻の 以上十句「うち靡き」にかかる序。○しるくもあへる かひがあつて逢うた。○こもり妻 人目を忍んでゐる愛人、自分が世間に隱してある妻。親の守りこめておく女をいふとの略解の説は、他の例からみて從ひ難い。
〔訓〕 ○もみつ 白文「黄色」。三二二七によつて、ニホフとよんでもよい。
 
    反歌
3267 明日香河|瀬瀬《せぜ》の珠藻のうち靡き情《こころ》は妹に寄《よ》りにけるかも
     右二首。
 
〔譯〕 明日香河の瀬々の玉藻のやうに、うち靡いて、心は戀しい女に寄つてしまつたことであるよ。
〔評〕 類歌「秋の野の尾花が末の生ひ靡き心は妹に寄りにけるかも」(二二四二)がある。
 
3268 三諸《みもろ》の 神奈備《かむなび》山ゆ との曇《ぐも》り 雨は降り來《き》ぬ 雨霧《あまぎら》ひ 風さへ吹きぬ 大口の 眞神《まがみ》の原ゆ 思《しの》ひつつ 還《かへ》りにし人 家に到りきや
 
〔譯〕 三諸の神奈備山の方から、空が曇つて雨が降つて來た。雨が霧りあうて風さへ吹いて來た。眞神の原を通つて、心深く私の事を思ひながら歸つて行かれたお方は、もう家に着かれたでからうか。
〔評〕 愛人を送り出した後に、風さへ添うて雨が降つて來た。さはりなく家に歸られればよいがと案じた眞情流露の(181)作。卷八の「大口の眞神の原に降る雪はいたくなふりそ家もあらなくに」(一六三六)も思ひ合され、その名も凄い大口の眞神の原の風雨を冒して歸る愛人の身を氣づかふ女の心があはれである。
〔語〕 ○三諸の神奈備山 雷岳をさす。○とのぐもり 雨雲のたなびき曇り。○大口の 「眞神」の枕詞。眞神は狼のことで大口を持つ狼とつづけたもの。○眞神の原ゆ 今の飛鳥村附近。「ゆ」は「を通つて」の意。
 
    反歌
3269 還《かへ》りにし人を念《おも》ふとぬばたまの其の夜は吾も寐《い》も寢《ね》かねてき
     右二首。
 
〔譯〕 歸つてゆかれた人のことを思うて、その晩は、私も睡りかねたことでありました。
〔評〕 女らしく優しい眞心の籠つた歌。長歌を補ひ、相たすけて渾然たる名篇を成してをる。
 
3270 さし燒《や》かむ 少屋《をや》の醜屋《しきや》に かき棄《う》てむ 破薦《やれごも》を敷きて うち折らむ 醜《しこ》の醜手《しきて》を さし交《か》へて 宿《ぬ》らむ君ゆゑ あかねさす 晝はしみらに ぬばたまの 夜《よる》はすがらに この床《とこ》の ひしと鳴るまで 嘆きつるかも
 
〔譯〕 燒きすててしまひたいやうな小さなきたない小屋に、棄ててしまひたい破れごもを敷いて、折つてしまひたいみつともない手をさし交はして寢てゐるであらうあんなにくにくしい人のために、晝は終日、夜は終夜、私のをる此の床がみしみしと音のするまで、嘆いてしまつたことである。
〔評〕 愛人が、他の女と親しんでゐる樣子を想像に描いて、もだえに明し暮してをる女の歌である。少屋の醜屋・破薦・醜の醜手と殊更に醜い語をならべて、相手の女を罵つてをるところ、燃えさかる妬情をさながらに語つてをる。(182)相手の女の身分も賤しいであらうが、かく罵る本人の身分の教養の程も思はれる。
〔語〕 ○しみら 繁の意の「しみ」に接尾辭「ら」を添へたもの。ひまなく、引續いて。○ひしと鳴るまで 「ひし」は床の鳴る音。輾轉反側する樣。
〔訓〕 ○うちをらむ 白文「挌將折」。通行本に「所掻將折」とある折を析の俗字として、カカリサケム(皹り裂けむ)とよむ説がある。○ぬらむ 白文「將宿」。ネナムともよめる。
 
    反歌
3271 わが情《こころ》燒くも吾なり愛《は》しをやし君に戀ふるもわが心から
     右二首
 
〔譯〕 私の心を燒くほどに苦しめるのも、私が苦しめるのである。なつかしいあなたに戀をして此のやうに苦しむのも、私の心からである。ああどうしたらばよいであらうか。
〔評〕 心を燒くほど苦しむのも、戀するのも、おのれの心からで仕方がないと、あきらめるように言ひ捨てた歎聲が痛ましい。
 
3272 うち延《は》へて 思ひし小野は 遠からぬ その里人の 標《しめ》結《ゆ》ふと 聞きてし日より 立てらくの たづきも知らず 居《を》らくの 奧處《おくか》も知らず 親《むつ》ましき わが家すらを 草枕 旅|宿《ね》の如く 思ふそら 安からぬものを 嗟《なげ》くそら 過《す》ぐし得ぬものを 天雲《あまぐも》の ゆくらゆくらに 蘆垣の 思ひ亂れて 亂れ麻《を》の 司《つかさ》を無みと わが戀ふる 千重の一重も 人知れず もとなや戀ひむ 氣《いき》の緒にして
 
(183)〔譯〕 久しい以前から思つてゐた野(彼の女)は、間近い里人がわがものとして占め、繩を張つたと聞いたその日から、立つてもゐても立ちやうも知らず、坐つてゐようにもおぼつかなく、親しい我が家をさへ、旅宿のやうに、思ふ心も安からず、嘆く思も止めがたいのに、空にただよふ雲のやうに心を動かし、蘆の垣のやうに思ひ亂れ、亂れた麻の收めやうが無くて、自分の戀ふる千分の一も知られずに、よしなくも戀をすることであらうか。ただ戀に命をかけて。
〔評〕 自分の思ふ女を他人のものにせられて、惱み苦しむ男の歌。對句を多く用ゐたところにも、綿々の怨がもつれてをる。
〔語〕 ○しめゆふ わが物として領ずる意。「一三三七」參照。○奧かも知らに 奧かは窮まる處。究極に身を置く場所もわからないのでの意。○天雲のゆくらゆくらに 「天雲」は「行く」の枕詞。ゆくらゆくらは、心が定まらずたゆたふ意。○蘆垣の 「亂れ」につづく枕詞。○亂れ麻の 亂れた麻のごとく。○司を無みと つかさどるものなく、收めやうなくの意と解しておく。
〔訓〕 ○むつまじき 白文「親々」チチハハノ、オヤオヤノ等諸訓がある。○ゆくらゆくらに 白文「行莫々」諸訓がある。論究に、雲漠々の熟語を活用したものとの説による。マクマクの訓は採らぬ。○司を無みと 白文「司乎無登」。司は元暦校本等によるが、麻と「つかさどる」と戀心との關係に甘心し得ぬ點がある。通行本に「麻笥」とあるは、仙覺が改めたのであらう。司は笥の略とも見られるが、ヲケヲナミトにしても不通である。
 
    反歌
3273 二つなき戀をしすれば常の帶を三重結ぶべく我が身はなりぬ
     右二首。
 
(184)〔譯〕 二つと比べるものの無いはげしい戀をするので、心のなやみの爲に、常に締める帶を、今は三重まはして結ぶまでに、身體が痩せてしまつたことである。
〔評〕 二つ・三重の對照に技巧がある。「三二六二」にも類想の作があるが、「七四二」の歌はこの「二つなき」の歌に倣つて、しかも四五句が同じである。
 
3274 爲《せ》む術《すべ》の たづきを知らに 石《いは》がねの 凝《こご》しき道を 岩|床《どこ》の 根|延《は》へる門を 朝《あした》には 出で居て歎き 夕《ゆふべ》には 入り居て思《しの》ひ 白たへの わが衣手を 折り返《かへ》し 獨し寐《ぬ》れば ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寐《ぬ》る 味眠《うまい》は睡《ね》ずて 大舟の ゆくらゆくらに 思《しの》ひつつ 吾が睡《ぬ》る夜らを 數《よ》みも敢《あ》へむかも
 
〔譯〕 何としてよいか方法もわからないので、岩の凝り固まつて險しい道を、岩床が根延うてをる門を、朝には出て嘆き、夕方には入つてしのび、袖を折り返して獨で寢てゐると、外の人が黒髪を長く敷いて寢るやうな熟陸は出來ないで、心がゆらぎおちつかず、物思ひしながら、寢る夜の數は、數へきれようか。
〔評〕 「白たへのわが衣手を、折り返し獨し寢れば」の四句を除けば、殆どそのまま、下の挽歌「三三二九」の後半に出てをる。この歌は突如として「せむ術の」云々ではじまつてゐるのも異樣であり、このままでは解しかねる點もある。かの歌をちぢめて歌ひかへたものであらう。從つて語釋も「三三二九」に譲ることにする。
〔訓〕 ○朝には 白文「朝庭」。通行本には「朝庭丹」とあるが、「三三二九」では「ニハ」は助辭になつてをるから「丹」を衍とする説に從つた。
 
(185)    反歌
3275 獨¥寢《ぬ》る夜《よ》を算《かぞ》へむと思へども戀の繁きに情利《こころど》もなし
     右二首。
 
〔譯〕 獨寢る夜の數をかぞへようと思ふけれども、戀の心のはげしさに、魂のぬけたやうで、確かな心もないことである。
〔評〕 眠るともなく醒めるともなく、夜が明けたとも暮れたとも知らず、戀の惱みの爲に正氣もなくなつた心を、さながらに語つてをる。
 
3276 百足《ももた》らず 山田の道を浪雲《なみぐも》の 愛《うつく》し妻と 語らはず別れし來《く》れば 速《はや》川の 行《ゆ》くも知らず 衣手の 反《かへ》るも知らず 馬じもの 立ちて躓《つまづ》く 爲《せ》む術《すべ》の たづきを知らに 物部《もののふ》の 八十《やそ》の心を 天地に 念《おも》ひ足《た》らはし 魂《たま》相《あ》はば 君|來《き》ますやと 吾が嗟《なげ》く 八尺《やさか》の嗟《なげき》 玉|梓《ほこ》の 道來る人の 立ち留《とま》り いかにと問はば 答へ遣《や》る たづきを知らに さ丹《に》つらふ 君が名いはば 色に出でて 人知りぬべみ あしひきの 山より出づる 月待つと 人にはいひて 君待つ吾を
 
〔譯〕 山田の道を、愛する妻と話もせずに別れて來ると、行くことも知らず、歸ることも知らずに、立つて躓くことよ。何とも仕方がないので、樣々の心を天地に滿ちわたるほどに思ひ惱ましてゐるが――二人の魂が相合ひさへすれば、あなたがおいでになるであらうかと、私が嘆く長い歎息を、もしや道行く人が留つて如何なさつたかと問ふな(186)らば、答へるてだても知らないし、美しいあなたの名をいうたならば、外にあらはれて人が知つてしまひさうであるから、山から出る月を待つてゐるのだと人には言うて、門に出てあなたのおいでを待つてゐる私であるよ。
〔評〕 前半は、妻に別れて歸る男の作らしく、後半は門に出て待つ女の歌らしく思はれる。しかして女の心を敍べた部分は、心理描寫がこまかく調がなだらかであつて、しなやかにかぼそく、微風の渡る如く、ゆるやかな流水の行くが如く、しかも結句に近づくにつれて高まりつつうたひをさめられてをる。尚終りの五句はおのづから一首の短歌になつてゐて、これが卷十二「三〇〇二」に出てをる。全釋には、うつくし妻を夫とし、全部を女の歌と解してをる。しかし「馬じもの立ちてつまづく」「もののふの八十の心を天地に念ひ足らはし」などは男の歌と思はれる。この卷十三には、民謠として謠はれた歌が少くないから、男女二人のかけあひで、「念ひ足らはし」までを男が謠ふと、「たまあはば」から女がうたふ。もしくは「念ひたらはし」まで男の聲で強くうたひ、以下を女の聲でやさしく歌つたものと解してもよいであらう。(上述の「三〇〇二」の短歌は、女の歌の部分を「君」を「妹」と替へて歌つたのであらう)。なほ、「天地に念ひ足らはし」の前後で二首の長歌が混淆したものとの解も出來る。
〔語〕 ○百足らず 枕詞。「八十」とつづくのに基づき、「ヤ」に掛る枕詞としたもの。○山田の道 山田は地名かと思はれるが、大和・河内諸所にあつて決し難い。○浪雲の 「美し」にかかる譬喩的の枕詞。浪のやうな雲の意で、秋の夕べのいはゆるうろこ雲が浪の如く見えるのをいうたと思はれる、美しい新鮮な語である。「靡く藻」などの説はよくない。○速川の 「行く」の枕詞。○衣手の 袖の飜る意の枕詞。○馬じもの 馬ではないのに馬のやうに。「立ちて躓く」にかかる枕詞。○物部の 多くの意の「八十」につづく枕詞。○八十の心 あれこれと思ひ迷ふ心。○八尺の嗟 長い歎息。
 
    反歌
(187)3277 眠《い》をも睡《ね》ず吾が思《も》ふ君は何處邊《いづくへ》に今宵《こよひ》誰《たれ》とか待てど來《き》まさぬ
     右二首。
 
〔譯〕 眠りもせずに、私が思つてゐるあなたは、今宵はどこらあたりで誰と一緒なのでせうか、いくら待つてゐてもおいでにならぬのは。
〔評〕 婦人らしい猜疑をちらりとのぞかせて、しかも上品に、婉曲に詠み流した手なみは巧妙である。
 
3278 赤駒の 厩《うまや》を立《た》て 黒駒の 厩を立てて 其《そ》を飼ひ 吾が往《ゆ》く如 思ひ妻 心に乘りて 高山の 峯のたをりに 射目《いめ》立てて 猪鹿《しし》待つ如 床敷きて 吾が待つ君を 犬な吠えそね
 
〔譯〕 赤駒のための厩を立て、黒駒のための厩を立てて、その駒を飼ひ、自分が乘つて行く如く、いとしい妻が心にかかつて思はれるが――高い山の峰の、たわんで低くなつた所に狩の設備をして、猪や鹿の來るのを待つやうに床を敷いて私が待つてゐるあなたを、犬よ吠え立てるな。
〔評〕 上八句は男、下七句は女の歌ともおもはれる。上述の「百たらず山田の道を」の歌と同じく、男女二人のかけあひの歌、もしくは半より女性風に歌つたものとおぼしい。結びの「吾が待つ君を犬な吠えそね」に至つては自然眞率の妙、おぼえず人をして笑ましめる。
〔語〕 ○射目 狩で弓を用ゐるための設け。射部と解くは誤であるといふ大野晋氏の説による。
 
    反歌
3279 葦垣の末かき別けて君越ゆと人にな告げそ事はたな知れ
     右二首。
 
(188)〔譯〕 葦垣の上の方をかき分けて、私のいとしい方がひそかに越えて入られたとて、犬よ、吠え立てて人に告げてはならぬぞ。その事は十分に知つておいてくれ。
〔評〕 長歌の終りに「犬な吠えそね」とあるのを受け、犬に向つて注意する口吻である。野趣が深く、田舍娘らしい樣が看取せられる。狩獵に用ゐる犬は他に見えるが、番犬は此の歌のみである。
〔語〕 ○たな知れ 「たな」は、よく、十分に、の意。
 
3280 妾《わ》が背子《せこ》は 待てど來まきず 天の原 ふり放《さ》け見れば ぬばたまの 夜もふけにけり さ夜ふけて 嵐の吹けば 立ちとまり 待つわが袖に ふる雪は 凍《こほ》りわたりぬ 今更に 君來まさめや さな葛《かづら》 後も逢はむと 慰むる 心を持ちて み袖持ち 床《とこ》うち拂ふ 現《うつつ》には 君には逢はず 夢《いめ》にだに 逢ふと見えこそ 天《あめ》の足夜《たりよ》に
 
〔譯〕 私の待つ君は待つてをつても來られない。空を遙かに眺めやると、今夜ももうふけてしまつた。しかのみならず、夜がふけて、嵐が吹くので、戸外に出てじつと立つて待つてゐる私の袖に、降りかかる雪は凍りついてしまつた。今更に、おいでなさらぬであらう。明日の晩にでもお目にかからうと心を慰め、家に入り、袖を以て床の上を拂うて寢ようとする。現實にはあなたに逢へなかつたが、せめて夢の中にでも逢ふと見えてほしいものである。この良い夜であるものを。
〔評〕 男の來るのを待つ女の歌である。吹雪の寒夜を、待ちあぐんで戸外に出たが、遂に斷念して家に入り、せめて夢の中で逢はうと願ふ、切ない情緒である。
〔語〕 ○さなかづら 美男かづらのこと。蔓が分れて延びて行き、後に又合ふので枕詞とした。○み袖持ち 「み」(189)は接頭辭。○天のたり夜 「天の」は、神に祈る氣持で添へたので、祈る心から良い夜というたのである。「足」は、天足、國足、などと同じく、滿ち足りてよいの意。長い夜、全夜とする説はいかがと思ふ。
〔訓〕 ○床うち拂ふ 白文「床打拂」トコウチハラヒとも訓める。○たり夜 白文「足夜」タルヨとも訓める。
 
   或本の歌に曰く
3281 吾背子は 待てど來まきず 雁《かり》が音《ね》も とよみて寒し ぬばたまの 夜もふけにけり さ夜|深《ふ》くと 嵐の吹けば 立ち待つに わが衣手に 置く霜も 氷《ひ》に冴《さ》え渡り 降る雪も 凍《こほ》りわたりぬ 今更に 君來まさめや さな葛《かづら》 後も逢はむと 大舟の 思ひ憑《たの》めど 現には 君には逢はず 夢にだに 逢ふと見えこそ 天《あめ》の足夜《たりよ》に
 
〔譯〕 私の待つ君は待つてをつても來られない。雁の聲も寒さうに響いてくる。夜もふけた。夜のふける上に、嵐も吹くから、戸外に出て待つてをると、私の袖におく霜も氷のやうに冴えわたり、降り積る雪も一面に凍つてしまつた。これでは、今更おいでなさらぬであらう。後に逢はうとそれを頼みに思ふが、現實には逢ふことがない。どうか夢の中にでも現はれて逢つてもらひたいものである。この良い夜であるに。
〔評〕 前の歌と同じく二十五句で、相違してゐるのは、雁が音、置く霜、思ひたのむなどの數句に過ぎず、異傳である。
〔語〕 ○氷に冴え渡り 寒く凍り渡るの意。○大舟の 「たのむ」にかかる枕詞。
 
    反歌
(190)3282 衣手にあらしの吹きて寒き夜を君|來《き》まさずは獨かも寢《ね》む
 
〔譯〕 着物の袖に嵐が吹きつけて寒い此の夜であるに、君がおいでにならぬとすれば、一人でわびしく寢なければならぬことであらうか。
〔評〕 前の長歌の意を要約したもの。女性としてのつつましやかな歌である。
〔訓〕 ○あらし 白文「山下」。和名抄に「嵐、山下出風也」とある。山下風と書くべきを省いたもの。
 
3283 今更に戀ふとも君に逢はめやも眠《ね》る夜を闕《お》ちず夢《いめ》に見えこそ
     右四首。
 
〔譯〕 今まで待つても無駄でした。今更いくら戀しく思つても、あなたに逢ふことがあるでせうか、この上はせめて、毎晩毎晩夢に見えてほしいものです。
〔評〕 長歌の末尾の意をくりかへし、たもの。現實に逢へないならば、夢の中でも逢ひたいと願ふ歌は、類歌が多い。
〔語〕 ○ぬる夜をおちず 寢る夜ごと、一晩もかかさずの意。
 
3284 菅《すが》の根の ねもころごろに 吾が念《も》へる 妹に縁《よ》りては 言《こと》の禁《いみ》も 無くありこそと 齋瓮《いはひべ》を 齋《いは》ひ掘り居《す》ゑ 竹珠《たかだま》を 間《ま》なく貫《ぬ》き垂《た》り 天地の 神祇《かみ》をぞ吾が祈《こ》ふ 甚《いた》も術《すべ》なみ
     今案ずるに、妹に因《よ》りてはといふべからず。まさに君に縁《よ》りてはといふべし。何ぞとならば、則ち、反歌に公《きみ》がまにまにといへり。
 
〔譯〕 心の底から深く思うてゐる女(君の誤か)によつては、言靈の災のないやうにと、齋瓮を齋み清めて地に掘り(191)据ゑ、竹の玉を澤山に絲にとほして垂らし、天地の神々にお祈りすることである。何ともしやうがないままに。 
〔評〕 言靈信仰と祭祀の儀式とが知られる歌である。しかして此の歌にある儀式がすべて女の業であるから、この歌も女の作とすべきであらうといふ全釋の解がよい。
〔語〕 ○菅の根の、「ね」にかかる枕詞。○ねもころごろに 懇に、心からの意。音調の爲に「ころ」を重ねたもの。○言の禁 言靈から受ける災。○無くありこそ 無いやうにしたい。「こそ」は希望の助詞。○齋瓮 神酒を盛つて神前に供へるもの。○竹珠 「三七九」參照。
〔訓〕 ○ねもころごろに 白文「根毛一伏三向凝呂爾」。「一伏三向」をコロと訓むのは、當時行はれた木片四枚を使用する博奕で、一枚伏し三枚表を向いた時をコロといひ、三枚伏し一枚表を向いた時をツクといひ、この博奕をカリといひ、切木四・折木四などの用字も集中に見える。「一八七四」參照。
〔左註〕 反歌に、「公が隨意」とあるによれば、この長歌は女の作とすべく、從つて第四句「妹に縁りては」とあるのは、「君に縁りては」となければならぬといふのである。後人の註であらうが、うべなはれる。但、この卷には、異つた時に詠まれた歌が一括せられてもゐるから、ここも長歌と反歌とが別々に詠まれたものとも思はれる。
 
    反歌
3285 たらちねの母にも謂《い》はず包めりし心はよしゑ公《きみ》がまにまに
 
〔譯〕 母親にもいはないで、今までつつみ隱して來た心は、もうかまひません、あなたの思ふ通りに致しませう。
〔評〕 長歌と同時の作とは考へられない。長歌を女の作と改めても、この反歌と氣分の上で一致しないものがある。かつ、「三五三七」にも異傳歌がある。
(192)〔語〕 ○心はよしゑ 「よしゑ」は、よろしい、えゝまゝよの意。「二五三七」參照。
 
     或本の歌に曰く
3286 玉|襷《だすき》 懸けぬ時なく 吾が念《も》へる 君に依《よ》りては 倭文幣《しつぬさ》を 手に取り持ちて 竹珠《たかだま》を 繁《しじ》に貫《ぬ》き垂り 天地の 神をぞ吾が乞《こ》ふ 甚《いた》も術《すべ》無《な》み
 
〔譯〕 心にかけて思はぬ時が無く、私の思うてゐるあなたのことによつては、倭文幣を手に取り持ち、竹珠を澤山にひもに通して垂れ、天地の神々に私はお祈りします。何ともしやうがないので。
〔評〕 前の長歌の「言の禁も無くありこそと」の句が無く、祭祀の樣式が少しく異る程度で、殆ど同じであるが、これは「君に依りては」とあり、明かに女の作となつてゐる。
「語〕 ○倭文幣を 倭文布を神に供へる爲に幣とした意。「倭文」はわが國固有のもので、縞の文樣のある布。
 
    反歌
3287 天地の神を ?《いの》りて吾が戀ふる公《きみ》い必ず逢はざらめやも
 
〔譯〕 天地の神々を此のやうにお祈りして、私の戀してゐるあなたが、逢つて下さらぬことがあらうか、必ず逢つて下さると思ふ。
〔評〕 前の長歌と反歌とは、しつくりしない點があつた。この反歌と長歌とはよく一致し、女の熱烈な情が出てゐる。
〔訓〕 ○公い必ず 白文「公以必」舊訓はキミニとよんでゐる。
 
(193)     或本の歌に曰く
3288 大船の 思ひたのみて 木妨己《さなかづら》 いや遠長く 我が念《も》へる 君に依りては ことの故も 無くありこそと 木綿襷《ゆふだすき》 肩に取り懸け 齋瓮《いはひベ》を 齋《いは》ひ掘り居《す》ゑ 天地の 神祇《かみ》にぞ吾が祈《こ》ふ 甚《いた》も術《すべ》無み
     右五首。
 
〔譯〕 深く頼みに思うて、長い間私が戀してゐるあなたのためには、言葉が二人の間に惡いことをもたらすやうなことのないやうにと、木綿だすきを肩に取りかけ、齋瓮をいみきよめて掘り据ゑ、天地の神々に私はお祈りして居ります、何ともしやうがないので。
〔評〕 「菅の根」の長歌と似てゐる。これには反歌がないが、それが原形であつたのではあるまいか。
〔語〕 ○大船の たのむにかかる枕詞。○さなかづら 「遠長く」にかけた枕詞。○言の故 前の歌には「言の禁」とあり、それと同義とすれば言靈信仰による言靈の災とすべきである。白文「故」をしばらく舊訓によつてユヱとよむが、「故」には禍災の義がある。言葉のあやまちから二人の間がさかれるといふやうなことであらう。
 
3289 御佩《みばかし》を 劍の池の 蓮葉《はちすば》に 渟《たま》れる水の 行方《ゆくへ》無み 我が爲《す》る時に 逢ふべしと 逢ひたる君を な寢《ね》そと 母|聞《きこ》せども わが情《こころ》 清隅《きよすみ》の池の 池の底 吾は忍びず 正《ただ》に逢ふまでに
 
〔譯〕 劍の池に生えてゐる蓮の葉の上にたまつた水がどちらへも流れて行けないやうに、私が途方にくれてゐる時に、逢はうといつて逢つてくださつたあなたと、共寢をしてはいけないと母がおつしやるけれども、私の心は清く、清隅(194)の池の底ほど深く思つてゐて、私は堪へ忍ぶことが出來ませぬ、直接にあなたに逢ひますまでは。
〔評〕 男と約束した女が、母親のとめるのを隱れて逢はうとする、若い女の一途な情である。「な寢そと母はきこせど」は露骨な表現であるが、何等の嫌惡を伴はないのは純樸な表現の爲である。なほ「吾がこころ清隅の池の」は美しい句である。
〔語〕 ○御佩を お佩をになる劍とかかる枕詞。「を」は詠歎の助詞。○劍の池 大和國高市郡にある。○蓮葉 舒明紀に「瑞蓮生2劍池1、一莖二花」、と見え、蓮がこの池に多かつた趣が知られる。○清隅の池 大和國添上郡にある。○池の底 池の底の深い意より、深い心の譬喩。
〔訓〕 ○吾は忍びず 白文「吾者不忍」。元暦校本等に「志」とある。「志」を「忘」の誤としてワレハワスレジとよむ説もある。
 
    反歌
3290 古《いにしへ》の神の時より逢ひけらし今のこころも常《つね》忘らえず
     右二首。
 
〔譯〕 太古の神代の時代から、私はあなたと契つてゐたやうである。現實の今でも常に忘れられないことを思ふと。
〔評〕 神代の時代から逢つてをつたのであらうといふ考は、理性をこえた信念ともいふべきである。
〔訓〕 ○いまの心も 白文「今心文」。新訓ではイマココロニモと訓んだ。今は舊訓によるが、心にもの意である。○常忘られず 白文「常不所忘」。諸本に「忘」が「念」とあるが、誤寫であらう。
 
3291 み芳野の 眞木立つ山に 青く生《お》ふる 山|菅《すが》の根の 慇懃《ねもころ》に 吾が念《も》ふ君は 天皇《おほきみ》の 遣《まけ》(195)のまにまに【或本に云ふ、大君のみことかしこみ】 夷離《ひなざか》る 國治めにと【或本に云ふ、天離る夷治めにと】 群《むら》鳥の 朝立ち行けば 後《おく》れたる 我《われ》か戀ひむな 旅なれば 君か思《しの》はむ 言はむ術《すべ》 せむ術《すべ》知らず【或書に、あしひきの山の木末にの句あり】 延《は》ふ蔦の歸《ゆ》きし【或本歸きしの句なし】 別《わかれ》の數多《あまた》 惜《を》しきものかも
 
〔譯〕 吉野の常緑樹の繁つてゐる山に青々と生えてゐる山菅の根ではないが――ねもころに心から私が慕つてゐるあなたは、天皇の御任命のままに、遠い邊鄙の國を治める爲にとて、朝出かけて行かれると、後に残された私は、戀ひ慕ふことであらうか、旅のことであるから、あなたも私のことを思ひ慕はれるであらうか。何といつてよいか、言ふべき言葉もなく、どうしたらよいか、なすべきてだても分らず、この別がまことに惜しいことでありますよ。
〔評〕 地方官となつて遠隔の地に赴任する夫との別離を悲しんだ妻の歌である。纒綿たる情緒は、平常の愛情の程を物語つてゐる。「後れたる我か戀ひむな」は、當然のことであるが、「旅なれば君かしのはむ」の句は、夫を信頼し切つてゐる眞情が遺憾なく發揮せられてゐる。表現も、冒頭四句の序をはじめ、「群鳥の」「はふ蔦の」など枕詞を巧みに用ゐてある。
〔語〕 ○ひなざかる 都から遠く隔つた。○歸きし 或書の如くない方がよい。○別の數多 「數多」は次の「惜しき」にかかる。
〔訓〕 ○青く生ふる 白文「青生」。「青」を「重」の誤として、シジニオフルとよむ説もある。○我か戀ひむな 白文「我可將戀奈」奈を戀につづけてコヒナムと訓む説もある。「か」をうけた「む」に「な」をつけた例が他にないからである。○旅なれば 白文「客有者」。新校はタビナルと訓む。
 
    反歌
(196)3292 うつせみの命を長くありこそと留《とま》れる吾は齋《いは》ひて待たむ
     右二首。
 
〔譯〕 現世の御壽命が長く御無事でありますやうにと、後に留つてゐる私は、神を齋つて、御歸りを待ちませう。
〔評〕 長歌では離別の悲しみを述べたが、反歌ではその後の心を述べてゐる。夫が無事に歸るやうにと、眞心をこめて神に祈るのであり、純情愛すべきである。
〔語〕 ○うつせみの命 「うつせみ」は現世。命は夫の命の義。わが命とするのはよくない。
 
3293 み吉野の 御金《みかね》の嶽《たけ》に 間《ま》無《な》くぞ 雨は降るとふ 時じくぞ 雪は降るとふ その雨の 間《ま》無をが如《ごと》 その雪の 時じきが如《ごと》 間《ま》も闕《お》ちず 吾はぞ戀ふる 妹が正香《ただか》に
 
〔譯〕 吉野の御金の嶽に絶間なく雨が降るといふ。時を分たず雪が降るといふ。その雨の絶間の無いやうに、その雪の時を分たぬやうに、絶えず自分は戀しく思つてゐる。いとしい女の身の上を。
〔評〕 卷一の天武天皇の御製(二五)と殆ど一致してゐる。なほ類歌としては「三二六〇」がある。
〔語〕 ○妹が正香に 「正香」は消息。動靜、そのままの姿等の意。「六九七」參照。
 
    反歌
3294四 み雪ふる吉野の岳《たけ》にゐる雲の外《よそ》に見し子に戀ひわたるかも
     右二首。
 
〔譯〕 雪の降る吉野の嶺にかかつてゐる雲のやうに、よそながら見た女に、自分は戀しく思ひつづけてゐることであ(197)るよ。
〔評〕 長歌と反歌と氣分の一致しない點がある。反歌は無かつたのが、後に合されたのであらう。
 
3295 うち日《ひ》さつ 三宅《みやけ》の原ゆ 直土《ひたつち》に 足踏み貫《ぬ》き 夏草を 腰になづみ 如何《いか》なるや 人の子ゆゑぞ 通はすも吾子《あこ》 諾《うべ》な諾《うべ》な 母は知らじ 諾《うべ》な諾《うべ》な 父は知らじ 蜷《みな》の腸《わた》 か黒き髪に 眞木綿《まゆふ》持《も》ち あざさ結《ゆ》ひ垂《た》り 大和の 黄楊《つげ》の小櫛《をぐし》を 抑《おさ》へ挿《さ》す 刺細《さすたへ》の子は それぞ吾が妻
 
〔譯〕 三宅の原を通つて、履物もはかずに土を踏みながら、生ひ繁つてをる夏草の中を腰までも入つて、苦しんで通ひなさるのは、對手《あひて》が1593どんな女だからといふのか。わが子よ。――ごもつともなことです、母もお知りなさるまい、ごもつともなことです、父もお知りなさるまい。眞黒な髪に木綿であざさを結び垂らし、大和の黄楊の小櫛を髪のおさへにしてをる美しい女、その女こそ自分のいとしい妻ですよ。
〔評〕 「通はすも吾子」までの九句と、その以下の十三句と、二つの長歌に分たれ、問答形式となつてゐる。問答形式の歌は、旋頭歌には多いが、長歌には稀で、かの貧窮問答歌(八九二)があるくらゐである。作者を異にする二首の長歌が、機會的に結合せられたものでなく、最初から同一作者によつたことは、「直土に足ふみぬき、夏草を腰になづみ」などの句によつて想像せられる。自己の客觀化もまた注意すべきである。
〔語〕 ○うち日さつ 「うち日さす」に同じ。「みや」にかかる枕詞「四六〇」參照。○三宅の原 大和磯城郡三宅村の地。○足ふみぬき 大地の中まで深く足を踏み込ませる。○如何なるや 「や」は添へた助詞。「如何なる人の子」とつづく。○通はすも吾子 通ふのであるか、吾が子よ。これまでが問である。○諾な諾な 尤もなことであるの意。(198)うべは是認し肯定する詞。○蜷の腸 「黒」にかかる枕詞。蜷といふ卷貝の腸が黒いによる。○あざさ 水草の名。?菜。婦人の頭髪の装飾にしたのであらう。○さすたへの子 美しい女をいうたのであらうが、さすたへの語義は明かでない。
 
    反歌
3296 父母に知らせぬ子ゆゑ三宅道《みやけぢ》の夏野の草をなづみ來《く》るかも
     右二首。
 
〔譯〕 父母に知らせずにゐた女であるから、自分は知られないやうに、三宅道の夏草の繁つてゐる野原を、苦しみながら通つて行くことであるよ。
〔評〕 長歌で問答體に説明したものを要約したものである。
 
3297 玉だすき かけぬ時無く 吾が念ふ 妹にし逢はねば 茜《あかね》さす 晝はしみらに ぬばたまの 夜《よる》はすがらに 眠《い》も睡《ね》ずに 妹に戀ふるに 生《い》けるすべなし
 
〔譯〕 心にかけて絶えず自分が思うてゐるそなたに、此頃逢はないので、晝は終日、夜は夜どほし、眠ることも出來ずに戀してゐるので、生きてゐるすべもない有樣である。
〔評〕 結末に強い言葉を用ゐてゐるが、表現が全體的に形式化されてゐて、熱情があらはれてゐない。
 
    反歌
3298 よしゑやし死なむよ吾妹《わぎも》生《い》けりとも斯《か》くのみこそ吾が戀ひ渡りなめ
(199)     右二首。
 
〔譯〕 ええよろしい、死んでしまはう、そなたよ。たとひ生きてゐたところで、かうして自分は逢へないで、戀しがつてばかり日を送るにちがひないから。
〔評〕 長歌と異なつて、強烈な熱情が遺憾なく發揮せられてゐる。しかし、「二八六九」「二九三六」の類歌がある。
〔訓〕 ○死なむよ 白文「二二火四」「二二」は九九により「四《シ》」「火」は五行説によれば、南に當るので、それを南《ナム》と音讀したもの。「事毛|告火《ツゲナム》」(一九九八)ともある。
 
3299 見渡しに 妹らは立たし この方に 吾は立ちて 思ふそら 安からなくに 嘆くそら 安からなくに さ丹漆《にぬり》の 小《を》舟もがも 玉|纏《まき》の 小※[楫+戈]《をかぢ》もがも こぎ渡りつつも 語らはましを
     或本の歌の頭句に云ふ。隱國《こもりく》の 泊瀬《はつせ》の河の 彼方《をちかた》に 妹らは立たし この方に 吾は立ちて
     右一首。
 
〔譯〕 見渡される向うに戀人は立つてをり、こちらに自分は立つてゐて、思ふ心は安からず騷ぎ、嘆く心も安からずにをる。朱ぬりの小舟でもあればよい。玉をまいた小さい櫂でもあればよい。向うへ漕ぎ渡つて行つて、共に語らはうに。
 或本の歌の頭句――初瀬川の向う岸に戀人は立つてをり、こちら岸に自分は立つてゐて‥‥
〔評〕 「見渡しに妹らは立たし」は、冒頭としてはやや不自然な感があるので、或本の歌の頭句を補ふといふ説もあるが、「さ丹ぬりの小舟」、「玉まきの小櫂」など、七夕の歌と考へられるから、或本のは、七夕の歌を初瀬川の歌に改めたのであらう。
(200)〔語〕 ○妹らは立たし 「ら」は語調をととのへるための接尾辭で、意味はない。「立たし」は「立つ」の敬語。
〔訓〕 ○語らはましを 白文「相語益遠」通行本は、益を妻とし、アヒカタラメヲと訓むが、假名の例にあはない。略解の説による。
 
3300 押照《おして》る 灘波の埼に 引き上《のぼ》る 赤《あけ》のそほ舟 そほ舟に 綱取り繋《か》け 引《ひこ》づらひ ありなみすれど 言ひづらひ ありなみすれど ありなみ得ずぞ 言《い》はえにし我が身
     右一首。
 
〔譯〕 難波の崎をのぼつてゆく赤くぬつた舟、そのあかい舟に綱を取りつけて無理に引つぱる。そのやうに、自分は無理やりに否定しつづけてゐたが、言ひ張り、否定しつづけてゐたが、遂に否みおほせずして、人に言ひ騷がれるやうになつたことである。
〔評〕 一篇がいかにも古雅で、上代歌謠の傾向に近く、此の卷の中でも注意すべき作である。
〔語〕 ○あけのそほ舟 赤くぬつた舟。「そほ」は「染む」の轉といふ説もあるが、赭色の土の名稱と考へられる。「三八四一」に眞朱《まそほ》とある。○ひこづらひ 引き張る。「つらふ」は「あげつらふ」「いひつらふ」の場合と同じく接尾辭で、強める意。人々が自分の戀に關してかれこれいふのを突張り否定するの意。○ありなみすれど 宣長の説の如く「有否み」で、たえず猪名定してゐるがの意。○言ひづらひ 強く言ひ張る、無理に主張する。○ありなみ得ず 否定しつづけることが出來ない。○いはえにし我が身 人に言ひ騷がれることになつてしまつた、自分は。「いはえ」は「いはれ」に同じ。
 
3301 神《かむ》風の 伊勢の海の 朝なぎに 來寄《きよ》る深海松《ふかみる》 夕なぎに 來寄るまた海松《みる》 深海松の 深(201)めし君を また海松の 復《また》往《ゆ》き反《かへ》り 妻といはじとかも 思ほせる君
     右一首。
 
〔譯〕 伊勢の海に、朝なぎに寄つて來る深海松、夕なぎに寄つて來る又海松、その深海松の名のやうに心深く思ひ入つてをる私であるのに、またみるといふ海藻の名のやうにまた歸つておいでになつてから、私を妻といふまいとまあ、思つていらつしやるのですか、あなたは。
〔評〕 伊勢の民謠であらう。旅立たうとする男が出立する前に、つれない言葉をいつたのを恨み腹だつた心持で、古格の歌である。人麿の長歌の「つのさはふ石見の海の」(一三五)の十二句、赤人の敏馬の浦を過ぐる時の歌「九四六」の深海松と名告藻を以て組み立てられてゐるなどは、この作に學んだものといはれてをる。從來の解釋に種々の解があるが以上のやうに解するをよいと思ふ。
〔語〕 ○深海松 深緑色の藻。深いところに生ふる海松の義。○また海松 みるの中で特に枝が多く出て肢になつたもの。○深海松 以上七句は「深めし」の序。○また深松の 前の序をうけて更に又につづく序としたもの。○またゆき返り 旅に出て歸つての義。古義に年月日の行き返りとあるは採らぬ。○思ほせる君 妻といはじと思ほせるか、君は、の意。
 
3302 紀の國の 室の江の邊に 千年に 障る事無く 萬世に 斯くしあらむと 大舟の 思ひたのみて 出で立ちの 清き渚《なぎさ》に 朝なぎに 來寄《きよ》る深海松《ふかみる》 夕なぎに 來寄る繩苔《なはのり》 深海松の 深めし子らを 繩苔《なはのり》の 引けば絶ゆとや 里人の 行きの集《つどひ》に 泣く兒《こ》なす 靱《ゆき》取りさぐり 梓弓 弓原《ゆはら》振り起《おこ》し 志乃岐羽《しのきは》を 二つ手狹《たばさ》み 離ちけむ 人し悔《くや》しも 戀ふらく(202)思へば
     右一首。
 
〔詳〕 紀伊の國の室の江の邊に、千年の間も障ることなく、萬世の後までもかうしてゐようと思ひ頼んで、出立《いでたち》の清い渚に朝なぎに深海松が寄り來。夕なぎに繩のりが寄り來るが、その深海松といふ名の如く深く思うてゐた女であるのを、そののりが引つぱるときれるやうに、自分らの中を引きさかうとすれば絶えるものと思うてか、里人らのあつまつてをるところに二人がをつたのを――靱をさぐつて、梓弓の弓末を振り立て、しのぎ羽を二つ手挾み、引き放つやうに二人を引き放して、女をつれていつたあの男がくやしい。このやうに戀ひしく思はれるにと思ふと。
〔評〕 前は伊勢の民謠、これは紀伊の民謠なので、竝べ載せたのであらう。「里人の」以下が難解で種々の解釋があるが、上述のやうに解した。歌垣などの里人のつどひに、戀人とうちつれ行つた折に、二人の戀中を割かうとする女の近親の誰かが、無理に引き放してつれ去つてしまつた。それを悔しく悲しく思ふ男の情があはれに歌はれてをる。混雜の中で靱を探つて弓を引きはなつ事は實際ではなく、いはばそのやうな無法なことをしてつれていつたといふ句中の序である。
〔語〕 ○室の江 今の牟婁郡の江で、田邊灣をさすものと思はれる。○大船の 枕詞。○出立 地名で田邊町の一部と見る説によつた。「一六七四」參照。雄略紀の「いでたちのよろしき山」の句によつて、地勢をほめる句とする説もある。○繩のり 繩のやうな海苔、紅色の藻。「二七七九」參照。○行きのつどひ 行き集まつてゐる處。○泣く兒なすゆきとりさぐり 泣く兒がはひ行き物を取り探るやうにとつづく。しかして「行き」を「靱」とし、靱を探つての意に用ゐたもの。「ゆきの」「ゆき」と同音を重ねて調をととのへてある。○弓腹振り起し 弓をふりたて。○しのぎ羽 矢の一種。風をよく凌ぎゆく意で鳥の風切羽でつくつた矢とする考の説がよいであらうが、なほ「の」の假(203)名に問題はある。○はなちけむ 手を放つやうに、二人の中を引き放ち、女をいづこへかつれていつた。○人しくやしも 人は女の近親であつて、引きはなされる時に男がどうとしやうもなかつたことを悔むのである。
〔訓〕 ○出立の 白文「出立之」イデタチシとよんで動詞と見る説もある。○しのき羽 白文「志乃岐羽」。元暦校本等による。通行本に「乃」を「之」としてをるのはよくない。
 
3303 里人の 吾に告ぐらく 汝《な》が戀ふる 愛夫《うつくしづま》は 黄葉《もみちは》の 散り亂れたる 神名火《かむなび》の この山邊から【或本に云ふその山邊】 ぬばたまの 黒馬《くろま》に乘りて 河の瀬を 七瀬渡りて うらぶれて 夫《つま》は逢ひきと 人ぞ告げつる
 
〔譯〕 里人が私に告げていふには「そなたの戀ひ慕うてをる愛人の夫君は、紅葉が散り亂れてをる神名火の此の山の邊から、眞黒な馬に乘つて、川の瀬を七瀬も渡つて、寂しげな樣子をして行かれる夫君に逢つたことである」と、里人が告げたことである。
〔評〕 一讀凄愴の感をあたへる作である。その荒涼として暗澹たる描寫には、漂泊放浪の人の面影が浮んでくる。眞淵はこれを挽歌としてをるが、それに從へば、幻想的象徴的な情趣となる。いづれと見ても、沈痛な佳作である。
〔語〕 ○うつくし夫 愛する夫の意。眞名に「愛妻」、「妻者會登」とあるので、妻と解する説もあるが、口誦を文字にうつす時にたがへたものとおもふ。上述のごとく、女の戀ふる男が家出したのに、里人の誰かが逢つたと女に告げたのを聞いて、女が詠んだものと解する説と、挽歌で夫の死後に妻が悼み詠んだ作との二つの解釋がある。○七瀬 多くの瀬。飛鳥川の瀬であらう。○うらぶれて 物思ひに沈んでゐる樣子。
 
    反歌
(204)3304 聞かずして黙然《もだ》あらましを何しかも公《きみ》が正香《ただか》を人の告げつる
     右二首。
 
〔譯〕 聞かないでじつとしてだまつてをつた方がよかつたものを、なぜにまあ里人は、夫君の樣子を私に告げたことであらう。
〔評〕 悄然としていつたといふ夫の樣を里人から聞いた妻のこの述懷の中には、内部にひそんでをる錯綜した事情が樣々に想像せられる。複雜な内容を暗示する歎聲であると思はれる。
〔語〕 ○公が正香を 「三二九三」參照。なほここに「公」とあるのが、前の長歌を女の作とする根據ともなる。
 
   問答《もにたふ》
 
3305 物|念《も》はず 道行くゆくも 青山を ふり放《さ》け見れば 躑躅《つつじ》花 香未通女《にほえをとめ》 櫻花 盛未通女《さかえをとめ》 汝《な》をぞも 吾《あ》に寄《よ》すとふ 吾《あ》をもぞ 汝《な》に寄《よ》すとふ 荒山も 人し寄すれば 寄《よ》そるとぞいふ 汝《な》が心ゆめ
 
〔譯〕 物思もなく道を歩いて行きながら、青々と木々の茂つてゐる山を遙かに見ると、躑躅の花が美しく咲いてゐるが、その花のやうな美しい處女、また櫻の花も美しく咲いてゐるが、その花のやうに美しざかりの處女よ、そなたを(205)世間の人が自分と關係があるやうに噂するさうである。また自分のことを、そなたと關係があるやうに噂するさうである。諺にも、人の通はないやうな荒山でも、山と山と關係があるやうに人が言ひはやすと、心ない山でも互に引きつけられて一つになつてしまふといふことである。ましてや心ある人間であるのだから、そなたも決して自分のことをあだに思はないでくれ。
〔評〕 「つつじ花にほひをとめ、櫻花さかえをとめ」とたたへて、自分のその處女に對する遣るせなき戀の惱みを、世間の噂にかこつけ、また諺を用ゐてうちあけたのである。
〔語〕 ○躑躅花 下に「のやうに」の語を補ふ。○香未通女 咲き匂ふやうに盛なる少女。○櫻花 これもつつじ花と同じく、眼前の景を以て枕詞式に用ゐたたの。○汝をぞも 「ぞ」は強意、「も」は詠歎の助詞。○吾に寄すとふ 「よす」は言よす(古義)、關係ありと噂する(全釋)などの義。○寄そる 寄せられる、一緒になるの意。○汝が心ゆめ 「ゆめ」は禁止の詞。汝が心は決して間違ふなの意。
〔訓〕 ○行くゆくも 白文「行去毛」舊訓ユキナムモ。終止形を重ねた副詞的用法としてユクユクモと訓んだ。
 
    反歌
3306 いかにして戀ひ止《や》むものぞ天地の神を  薦《いの》れど吾《あ》は思ひ益す
 
〔譯〕 どうしたらば戀は止むものであらう。天地の神を祈つても、自分は思ひが益るばかりである。
〔評〕 長歌の戀の惱みから脱れようとする心を強調して、神の力にすがつても詮のない苦しみを痛歎したもの。
 
3307 然《しか》れこそ 歳の八歳《やとせ》を 切る髪の 吾同子《上ちこ》を過ぎ 橘の 末枝《ほつえ》を過ぎて このの河の 下《した》に(206)も長く 汝《な》が情《こころ》待て
 
〔譯〕 さうでありますから、この八年間、髪を切り下げにしてゐる同じ年頃の少女よりも丈が高くなり、橘の木の上の枝よりも高くなつて、この川の水が川底を流れてゆくやうに、心の底ふかく、長い間あなたの心のうちあけられるのを待つてゐるのです。
〔評〕 振分髪の時代を過ぎ、丈も伸びた娘子が、愛人の云ひ寄るのを待つた心を歌つたもの。言葉の足らぬ感があつて、形式は整備してをらぬが、古趣掬すべきものがある。
〔語〕 ○然れこそ 前の歌をうけて、それだからこそといひ出したもの。○年の八歳を 八は數おほい意とも、八年間の意とも解される。○切る髪の 童女が振分髪を肩のあたりで剪り揃へてゐることをいふ。大きくなると切らずにのばし、少女になつて髪上げをする習慣であつた。○よちこ 同年輩の子の意。「八〇四」參照。○橘の末杖を過ぎ 橘の上枝を過ぎるほど成長したの意。○この河の下にも この河は女の家の邊に河があつたからと思はれる。「下」は下心の意。「この河の」は枕詞として用ゐたもの。○汝が情まて 汝の心を寄せるのを待つてゐるのだの意。「まて」とあるのは、上の「しかれこそ」の結びである。
 
    反歌
3308 天地の神をも吾は?《いの》りてき戀とふものはかつて止《や》まずけり
 
〔譯〕 天地の神さまをも私は祈りました。それでも戀といふものは、すこしも止むことがなかつたのでありました。
〔評〕 言葉をかへて、しかも前の反歌の趣旨と似てをる。
 
(207)   柿本朝臣人麻呂の集の歌
3309 物|念《も》はず 路《みち》行くゆくも 青山を ふり放《さ》け見れば 躑躅《つつじ》花 香少女《にほえをとめ》 櫻花 盛少女《さかえをとめ》 汝《な》をぞも 吾《あ》に依《よ》すとふ 吾《あ》をぞも 汝《な》に依《よ》すとふ 汝《な》はいかに念《おも》ふ 念へ《おも》へこそ 歳の八年《やとせ》を 切る髪の よちこを過ぐり 橘の 末技《ほつえ》を過ぐり この川の 下《した》にも長く 汝《な》が心待て
     右五首。
 
〔譯〕 ‥‥そなたはどう思ふか。(以下答)私もあなたを思ひますればこそ‥‥
〔評〕 前の問答の長歌が一首になつて人麿集の中に入つてをつたのである。「三二九五」と同型である。「三二九二」の「吾をもぞ」が「吾をぞも」となり、「荒山も」の三句がないだけである。
〔語〕 ○過ぐり 他に用例が無い。佐伯梅友氏は上二段活用の一種の連用形といつてをられる。
 
3310 隱國《こもりく》の 泊瀬《はつせ》の國に さ結婚《よばひ》に 吾が來《く》れば たなぐもり 雪はふり來《き》 さ曇《ぐも》り 雨は降り來《く》 野《の》つ鳥 雉《きぎし》はとよみ 家つ鳥 鷄《かけ》も鳴く さ夜は明け この夜は明けぬ 入りて且|眠《ね》む この戸開かせ
 
〔澤〕 泊瀬の國に、女をつまどふ爲に自分が來ると、雲が棚引き曇り、雪が降つて來、空が曇り、雨が降つて來た。途中でさうかうするうちに、雉は鳴きとよみ、鷄も鳴き出した。夜が明け、今夜も明けてしまつた。しかし自分は、女の家に入つて先づ寢ようと思ふ。この戸を開けなさい。
〔評〕 古事記上卷なる、八千矛神が沼河比賣の家に到つて詠まれた歌に似てをる。また「二九〇六」の短歌とも通ず(208)るものがある。
〔語〕 ○隱り國の泊瀬の國 「こもりく」は枕詞。國は里といふほどの意。○さよばひに さは接頭辭。よばひは求婚して女を呼ぶ義から轉じた語。「一〇八九」參照。○たなぐもり 一面に曇り。○さぐもり さは接頭辭。○野つ鳥 雉の枕詞。野の鳥の意。○家つ鳥 鷄の枕詞。○かけ 鷄の古名。鳴聲から來たものと思はれる。にはとりの名は庭の鳥の義。○且 まづ、しばらくなどの意。
 
    反歌
3311 隱國《こもりく》の泊瀬小國《はつせをぐに》に妻しあれば石は履《ふ》めども猶ぞ來にける
 
〔譯〕 泊瀬の國に妻があるので、河の瀬の石は踏んでも、それでも來たことである。
〔評〕 遠く來た道の辛苦をのべたもの。野趣に富んだ古調が愛せられる。
〔語〕 ○小國 「を」は接頭辭で意味はない。
 
3312 隱國《こもりく》の 長谷小國《はつせをぐに》に 結婚《よばひ》爲《せ》す 吾がすめろきよ 奧床《おくどこ》に 母は睡《ね》たり 外床《とどこ》に 父は寢たり 起き立たば 母知りぬべし 出で行かば 父知りぬべし ぬばたまの 夜は明け行きぬ 幾許《ここだく》も 念《おも》ふ如《ごと》ならぬ 隱夫《こもりづま》かも
 
〔譯〕 泊瀬の國に結婚にとおいでになつた尊い御方よ。奧の床には母が寢てをります。入口の方の床には父が寢てをります。私が起き立つならば、母が知るでありませう。出て行くならば、父が知るでありませう。ためらふうちに夜(209)は明けて行きました。あなたの愛人として人目を忍んでゐる女といふものは、ほんたうに思ひのままにならぬものですねえ。
〔評〕 貴い身分のしのび夫を戸の外に立たせ、いたづらに心のみあせる田舍少女の思ひをのべたもの。「夜は明けゆきぬ」と切つて「ここだくも念ふ如ならぬこもりづまかも」と嘆じたところ、無量の感がこもつてをる。前の歌とならべ誦して、一篇の物語が思はれる。
〔語〕 ○よばひせす 「す」は敬語助動詞。○わがすめろきよ かかる歌に「すめろき」とよぶことは畏いとして種々の誤字説がでてゐるが、傳承歌として考へれば怪しむべきではない。殊に田舍少女が身分の貴い方とだけ知つてゐて、さういふ詞をつかつたと見てよい。○奧床 次の外床に對し、戸口に遠い奧まつた場所の床。○ここだくも 甚だの意。次句にかかる。○こもりづま 白文「隱※[女+麗]」、舊訓カクリヅマ。シノビヅマと訓んで、男をいふと解する説もある。
 
    反歌
3313 川の瀬の石ふみ渡りぬばたまの黒馬《くろま》の來《く》る夜《上》は常にあらぬかも
     右四首。
 
〔譯〕 川の瀬の石を踏み渡つて、かなたがお乘りの黒馬の來る夜が、いつもあればよいになあ。
〔評〕 前の長歌にすぐつづいたものとは思はれぬ。大伴郎女の「佐保川の小石ふみ渡りぬばたまの黒馬の來る夜は年にもあらぬか」(五二五)は、この歌を襲ひ用ゐたもの。
 
3314 つぎねふ 山城|道《ぢ》を 他夫《ひとづま》の 馬より行くに 己夫《おのづま》し 歩《かち》より行けば 見るごとに 哭《ね》の(210)みし泣かゆ 其《そこ》思《も》ふに 心し痛し たらちねの 母が形見《かたみ》と 吾が持《も》てる まそみ鋸に 蜻蛉領巾《あきつひれ》 負《お》ひ竝《な》め持ちて 馬かへ吾背
 
〔譯〕 山城の方へ行く道を、よその夫が皆馬に乘つて行くのに、わが夫が歩いて行かれるので、それを見るたび毎に聲をあげて泣かれます。それを思ふと胸が痛みます。ここに、母の形見として大事にして持つてゐる清く澄んだ鏡があります。それにまた蜻蛉の羽のやうに美しい領巾がありますが、それを加へて一緒に持つておいでになつて、馬を買うてくださいませ、わが夫よ。
〔評〕 その純情と貞節は人を泣かしめる。後代の山内一豐の夫人の逸話も思ひ出される。しかもこれは當時の旅商人などの妻の詠んだものであらうが、その人妻の眞情に至つては同一である。眞淵は「歌も飾らず思ふ情をのみいひつづけたるに、姿よろしくあはれ深くおぼえらるるは、これらこそ歌てふものなれ」と評したのは至言である。
〔語〕 ○つぎねふ 山城にかかる枕詞。語義は諸説あつて定めにくい。冠辭考には「次嶺經」の文字の如く、多くつづいた嶺を經る故といひ、萬葉植物考には、つぎねは草木類で「ひとりしづか」のこと、つぎねの生ふる山といふとある。○馬より行くに よりは手段方法を示す助詞で、口語の「で」に當る。○そこ思ふに それを思ふに。○まそみ鏡 「ま」は接頭辭。よく澄んだ鏡。○蜻蛉領巾 蜻蛉の羽のやうに薄く美しい領巾。領巾は女が首にかけ、左右へ長くたらした布帛。○負ひ竝め持ちて 二つを合はせて、負ひ持つての意。「おひ」、を價、また價の不足の追加と解する説もある。○馬かへ吾背 字面に「替」とあるので、「かへ」は馬と交換せよの義(考)といはれてゐる。勿論交換であるが、代償を與へてわが物とする、即ち古義の如く、買への義でよいであらう。
 
    反歌
(211)3315 泉河|渡瀬《わたりせ》ふかみわが背子が旅ゆき衣《ごろも》ひづちなむかも
 
〔譯〕 泉川の川の渡るところが深いによつて、あなたの旅の着物が濡れひたることでありませう。
〔評〕 これは家にゐて、泉河をかち渡りする夫の辛勞を思ひやる樣に詠んだのであるが、それだからどうしても馬がなければ、の意が含まつてをると見てよい。
〔話〕 ○泉河 今の木津川。大和より山背への通路にある。
 
   或本の反歌に曰く
 
3316 まそ鏡持てれど吾はしるしなし君が歩行《かち》よりなづみ行く見れば
 
〔譯〕 このよく澄んだよい鏡を持つてゐますが、それでも、わたしは何のかひもありませぬ。あなたが歩いて難儀をして旅をなさるのを見てゐますと。
〔評〕 長歌の趣旨をとつて短歌にまとめたもので、その眞情が、ありのままの句法に流露してをる。
 
3317 馬かはば妹|歩行《かち》ならむよしゑやし石は履《ふ》むとも吾《あ》は二人行かむ
     右四首。
 
〔譯〕 そなたの志はまことに嬉しい。しかし馬を買うたにしても、二人で行く場合には、そなたは歩いて行かなければなるまい。よしや石を踏んで苦しくとも、そなたと二人で歩いて行かう。
〔評〕 これは夫のこたへた歌。長歌があつて傳はらなかつたのか、もとより無かつたのか、明かにしがたいが、大事な母の形見をも惜しとせぬ妻の眞心も哀切であるが、やさしく拒絶して、二人ともに苦難の道を行かうといふ、夫の(212)胸奧は深い愛情にあふれてをる。「よしゑやし石はふむとも」の素朴な表現の中に、上代庶民の盛んな生活意慾を感ずる思ひさへする。
 
3318 紀の國の 濱に寄るとふ 鰒珠《あはびだま》 拾《ひり》はむと云ひて 妹の山 勢の山越えて 行きし君 何時《いつ》來まさむと 玉|桙《ほこ》の 道に出で立ち 夕|卜《うら》を 吾が問ひしかば 夕卜の 吾に告《つ》ぐらく 吾妹子や 汝《な》が待つ君は 沖つ浪 來寄《きよ》る白珠《しらたま》 邊《へ》つ浪の 寄する白珠 求むとぞ 君が來まさぬ 拾《ひり》ふとぞ 君は來まさぬ 久ならば 今七日ばかり 早からば 今二日ばかり あらむとぞ 君は聞《きこ》しし な戀ひそ吾妹《わぎも》
 
〔譯〕 紀伊の國の濱に寄るといふ鰒の珠を拾はうと云うて、妹の山や背の山を越えて行かれたあなたは、いつ歸つてお出でになるだらうと、待ち遠しさに、道に出て夕方の卜を私が問うたところ、その卜者が私に告げて云ふには「そなたの待つてをられる方は、沖の浪の來寄せる白珠、岸の波の寄せる白珠を求めるというて、まだお歸りにならない。拾ふとてお歸りにならない。しかし、長かつたらもう七日ほど、早かつたらもう二日ほどかかるだらうと、仰つしやつた。であるから、そんなに心配をしなさるな」と夕卜の人はいひました。どうかその言葉のやうであつてほしいものです。
〔評〕 紀州の海岸に眞珠を採集に出た夫の歸りを待ちかねて、夕卜を問うた女の歌で、上代の風俗があらはれてゐる。ここの夕卜に出た語法を、家持は「四〇一一」の夢話に踏襲してをる。
〔語〕 ○鰒玉 眞珠。「九三三」參照。○妹の山背の山 紀伊國伊都郡。○夕|卜《うら》 夕方街路にゐてする占。「七三六」(213)のは簡單なやうであるが、ここのは卜者に問ひ、卜者の詞を次に敍したのである。○君はきこしし 「きこしし」はいふの敬語。「今二日ばかりあらむ、な戀ひそ吾妹と君はおつしやつた」と以上が夕卜の詞である。
 
    反歌
3319 杖|衝《つ》きも衝かずも吾は行かめども公《きみ》が來まさむ道の知らなく
 
〔譯〕 杖を突いても突かないでも、私は行きせうけれど、歸つておいでになる道の分らないのがつらいことです。
〔評〕 迎へに行つても、行き違ひになるとこまるといふのである。婦人らしい可憐な詠みぶりで、「道の知らなく」に幼い當惑の情があらはれてをる。
 
3320 直《ただ》に往《ゆ》かず此《こ》ゆ巨勢道《こせぢ》から石瀬《いはせ》踏《ふ》み求《と》めぞ吾が來《く》る戀ひて術《すべ》なみ
 
〔譯〕 ‥‥石の多い川の瀬を踏んで、あなたのあとを追ひ求めて來たことであります。‥‥「三二五七」の譯參照。
〔評〕 「三二五七」には三四句が「石《いは》橋踏みなづみぞ吾が來る」となつてゐて男の歌、ここは女の歌で、民謠として歌ひかへられてゐた、ことが知られる。
 
3321 さ夜ふけて今は明けぬと戸を開《あ》けて紀へ行く君を何時《いつ》とか待たむ
 
〔譯〕 夜がふけてもまだ夜なのに、もう今は夜が明けたというて、戸をあけて、紀の國へとお出かけになるあなたを、いつお歸りになることとお待ちすることであらう。
〔評〕 夜明け前に戸をあけて、紀伊に向つて旅立つ夫の歸りを、今から待ちわびる心もちである。格調に意を用ゐな(214)い、ありのままの云ひ樣である。
 
3322 門《かど》に居る娘子《をとめ》は内に至るとも甚《いた》くし戀ひば今還り來《こ》む
     右五首。
 
〔譯〕 門に出て自分を見送つてゐるをとめのそなたは、家の内に入つたとわかつても、そなたがはげしく戀しう思ふならば、すぐ歸つて來ることであらう。
〔評〕 この一首は反歌ではなく、出立の折に男のあわただしく詠んだ歌を竝べたのである。
〔訓〕 ○娘子 諸本「郎子」とあるが、この歌は女の歌でなく、訓は古寫本すべてヲトメとあるから、考の説の如く、「娘子」の誤と思はれる。
 
   譬喩歌《ひゆか》
 
3323 階立《しなた》つ 筑摩《つくま》左野方《まさのかた》 息長《おきなが》の 遠智《をち》の小菅《こすげ》 編《あ》まなくに い苅り持ち來《き》 敷かなくに い苅り持ち來て 置きて 吾を偲《しの》はす 息長《おきなが》の 遠智の小菅《こすげ》
     右一首。
 
〔譯〕 筑摩の左野方、息長の遠智の小さい菅、その菅を編みもせぬのに苅つて持つて來、敷きもせぬのに苅つて持つ(215)て來て、置いて、いかにも使ひさうにして置いて、自分に物思ひををせる息長の遠智の小菅よ。
〔評〕 女が靡き親しむやうな風情を見せるのみで、逢はずして物思ひをさせることよ、と歎じたのである。「一二八四」「二八三七」に似た句がある。
〔語〕 ○階立つ 枕詞であらう。筑摩の地形によるか。○筑摩左野方 筑摩は近江琵琶湖の湖畔の地名。左野方は菅の類の植物の名であらう。「一九二八」參照。地名で「二一〇六」の「沙額田」と同所とするのは、恐らく非。○息長 今の米原驛と醒が井驛の中間の地。○遠智の小菅 遠智は息長地方の名であらう。「一三四一」にも「をちの菅原」とある。○置きて 薦に編まないでそのまま置いての意。自らの女とならぬに譬へたもの。
 
   挽歌《ばにか》
 
3324 かけまくも あやにかしこし 藤原の 都しみみに、人はしも 滿ちてあれども 君はしも 多く坐《いま》せど 行き向ふ 年の緒長く 仕へ來《こ》し 君の御門《みかど》を 天《あめ》の如 仰ぎて見つつ 畏《かしこ》けど 思ひたのみて 何時《いつ》しかも 日足《ひた》らしまして 十五月《もちづき》の 滿《たた》はしけむと 吾が思ふ皇子《みこ》の命《みこと》は 春されば 植槻《うゑつき》が上《うへ》の 遠つ人 松の下道《したぢ》ゆ 登らして 國見あそばし、九月《ながつき》の 時雨《しぐれ》の秋は 大殿の 砌《みぎり》しみみに 露|負《お》ひて 靡ける萩を 玉だすき かけて偲《しの》はし (216)み雪ふる 冬の朝《あした》は 刺楊《さしやなぎ》 根張梓《ねばりあづさ》を 御手《みて》に 取らしたまひて 遊ばしし 我が王《おほきみ》を 煙《かすみ》立つ 春の日《ひ》暮《ぐらし》 まそ鏡 見れど飽かねば 萬歳《よろづよ》に 斯《か》くしもがもと 大船の たのめる時に 妖言《およづれ》か、目かも迷《まど》へる 大殿を ふり放《さ》け見れば 白栲《たへ》に 飾りまつりて うち日さす 宮の舍人《とねり》も【一に云ふ、は】 栲の穗《ほ》の 麻衣《あさぎぬ》著《け》るは 夢かも 現かもと 曇り夜の 迷《まど》へる間《ほど》に 麻裳よし 城上《きのへ》の道ゆ つのさはふ 石村《いはれ》を見つつ 神葬《かむはふ》り 葬《はふ》り奉《まつ》れば 往《ゆ》く道の たづをを知らに 思へども しるしを無み 嘆けども 奧處《おくか》を無み 御《み》袖の 行き觸れし松を 言《こと》問《と》はぬ 木にはあれども あらたまの 立つ月ごとに 天《あま》の原 ふり放《さ》け見つつ 玉だすき かけて思《しの》はな かしこかれども
 
〔譯〕 言葉にかけて申上げるのも本當に恐れ多いことであるが、藤原の都に繁く、人は滿ち充ちてをるけれども、貴い方は多くおいでになるけれども、來り迎へる年月長く、お仕へ申上げて來たわが君の御殿を、天を仰ぐやうに仰いで見ながら、恐れ多いことではあるがお恃み申上げて、いつかまあ御成長になつて、十五夜の滿月のやうに滿ち足り給ふであらうと、思うてをつた皇子樣は、春になれば、殖槻の上の松の下道から、お登りになつて國見を遊ばされ、九月の時雨の降る秋は、御殿の雨落ちのところに繁く、露を負つて靡いてゐる萩を御心にかけて御愛しになり、雪の降る冬の朝は、刺し柳が根を張るやうに張つた梓弓を、御手にお取りになつて、遊獵においで遊ばされゑ皇子樣であるのに、霞の立つ春の日の一日中、きれいな鏡のやうに見ても見ても、見飽き申すことがないから、萬代までもこのやうでありたいと、大船を頼むやうに頼みに思つて居た時に、迷はし言であるか、自分の目が迷つたのであらうか、(217)御殿を振り仰いで見ると、白い織物でお飾り申して、御殿の舍人も、眞白な麻衣を著てゐるのは、夢であるか、それとも現實であるかと、曇り夜のやうに迷つてゐる間に、城上《きのへ》の道を通つて石村《いはれ》を見ながら神葬にお葬り申しあげたので、自分の行く道のどちらへ行くかも知らず、思つてもそのかひが無く、嘆いてもはての無さに、皇子樣の御袖の行き觸れた松を、物を云はない木ではあるけれども、月が立つ毎に、大空を振り仰ぎ見ながら、心にかけてを偲び申し上げたい。恐れ多いことではあるけれども。
〔評〕 音樂的に流麗な調に哀韻をかなでつつ、うねりをうつて律動してゐる。「大殿の砌しみみに、露負ひて靡ける萩を」や「妖言か目かもまどへる」など、光つた語句もある。殊に終りの「御袖の行き觸れし松を、言問はぬ木にはあれども」せめては御形見として偲ばうと云ふに至つて、高潮に達してゐる。この歌の作者は誰で、何皇子の薨去を悼んだのかといふと、時代は藤原の都と冒頭にあり、人麿の「一九九」の高市皇子尊の殯宮の歌に似た句はあるが、「いつしかも日足らしまして」の句によると別の皇子であり、明かにしがたい。
〔語〕 ○行き向ふ 時の去り來る、經過する。○日足らしまして 天足らしと似て、日の如く滿ち足り給ふ意。○滿はしけむ 滿ち足りてあるであらう。偉大であらう。○殖槻が上 殖槻は郡山附近の地名。上はほとり。○遠つ人 待つにかかる枕詞。○麻裳よし 善い麻裳の出來る紀の國の「キ」から「城《き》」にかかる枕詞となつた。○城上の道 城上街道。「一九六」參照。○つのさはふ 「いはれ」の枕詞。「一三五」參照。○石村 磯城郡「二八二」參照。
〔訓〕 ○かすみたつ 白文「煙立」。煙霞といふので、カスミとよんだのであらう。○およづれか 白文「妖言」妖を通行本に涙とあるも、考の説によつて改める。オヨヅレニとも訓める。
 
    反歌
3325 つのさはふ石村《いはれ》の山に白たへに懸《かか》れる雲は吾《わが》王《おほきみ》かも
(218)     右二首。
 
〔譯〕 石村の山に白く懸つてなる雲は、わが皇子樣のおなごりであるかまあ、おなつかしいことである。
〔評〕 「四二八」「一四〇七」と同型であるが、彼らよりも格調が一段とおほどかに出來てをる。
〔訓〕 ○吾王かも 字面に「皇可聞」とあるので「皇」を「吾王」の誤とする考の説による。古義は「皇」の下「呂」の脱というてをる。
 
3326 磯城《しき》島の 大和の國に いかさまに おもほしめせか つれも無き 城上《きのへ》の宮に 大殿を 仕へ奉《まつ》りて 殿|隱《ごも》り 隱《こも》り在《いま》せば 朝《あした》は 召して使ひ 夕《ゆふべ》は 召して使ひ つかはしし 舍人《とねり》の子らは 行く鳥の 群がりて待ち 在《あ》り待てど 召し賜はねば 劍刀《つるぎたち》 磨《と》ぎし心を 天雲《あまぐも》に 念《おも》ひ散《はふ》らし 展轉《こいまろ》び ひづち哭《な》けども 飽き足らぬかも
     右一首。
 
〔譯〕 この大和の國で、所もあらうに、どのやうにお思ひになつたのか、これまで何のゆかりも無い城上の宮に、御墓の御殿を御造營になり、その中にお籠りになつたので、朝も夕も召してお使ひなさつた舍人どもは、空を行く鳥のやうに群つて御用をお待ち申し、ずつとそのままお待ちして居るが、お召しにならないから、劍太刀のやうに磨ぎすまして鋭く緊張してゐた心を、空のかなたに遠く故ち散らしてしまひ、臥しころがつて涙にぬれて泣いてをるが、泣いても泣いてもあきたらぬことである。
〔評〕 これは高市皇子尊の城上の殯宮の時の歌と推定される。短くまとまつた作で、「劍刀磨ぎし心を、天雲に念ひ(219)はふらし」といふ表現は非凡である。安積皇子の薨去の時に家持が詠んだ「四八〇」の作は、この心理と通ふものがある。
 
3327 百小竹《ももしの》の 三野《みの》の王《おほきみ》 西の厩《うまや》 立てて飼《か》ふ駒 東《ひむかし》の厩 立てて飼ふ駒 草こそは 取りて飼ふがに 水こそは ※[手偏+邑]《く》みて飼ふがに 何しかも 葦毛《あしげ》の馬の 嘶《いば》え立ちつる
 
〔譯〕 三野の王さまが、西の方に厩を建ててお飼ひになつてをる馬、東の方に厩を建ててお飼ひになつてをる馬、その馬には草を苅り取つて飼ふやうにしてあるものを、水を汲んで飼ふやうにしてあるものをそれであるに、なぜにまあ葦毛の馬がなき立てるのであらう。
〔評〕 三野王の東西の厩に飼つてある馬には、草も水も與へてある。それであるに、どうしてあんなに嘶え立つのであらうかと疑つてをる。しかも、疑ひを提出したのみで、遺愛の馬も心して王の卒去を悼むのであらうといふ、答となるべき裏の意を餘情として含めてゐる。世の常の哀悼の歌にみえる、悲しいとか、いたましいとかいふ主觀的の語を一切用ゐず、殊に、人間ならぬ馬の嘶えをのみ寫して、簡素な彫塑的手法に、情緒をくつきりと刻みつけた名作である。
〔話〕 ○百小竹の 多くの小竹の生える野とつづく枕詞。○三野王 橘諸兄の父で、和銅元年五月、從四位下で卒した方と思はれる。○何しかも この句の上に、それであるのにの意が省かれてゐる。○葦毛の馬 自毛に青色の美毛のある馬。○嘶え立ちつる いばえは馬の鳴くこと。
〔訓〕 ○西の厩 白文「金厩」五行を方角にあてると金は西となるからである。○東の厩 白文「角厩」五音を方角にあてると角が東にあたるからである。○飼ふがに 白文「飼旱」宣長は旱を嘗の誤としてカヒナメと訓んだ。「こ(220)そ」の結びとしてはその方がよいと思はれるが、しばらく舊訓による。「がに」は、飼ふべく(あれども)の意と解する。○あしげ 白文「大分青」。種々の訓があるが、古義の考證の如く、舊訓が穩かである。
 
    反歌
3328 衣手《ころもて》を葦毛《あしげ》の馬の嘶《いば》え聲|情《こころ》あれかも常ゆ異《け》に鳴く
     右二首。
 
〔譯〕 葦毛の馬の嘶く聲は、王樣をお慕ひ申す心があつて嘶く爲であらうか、平常とは變つた嘶き方をしてゐることである。
〔評〕 長歌の、言ひ殘しておいた、和《こた》へとなるべき意を詠じたもの。
〔語〕 ○衣手を 枕詞。衣手の色の葦毛とつづく(契沖説)。
 
3329 白雲の たなびく國の 青雲の 向伏《むかふ》す國の 天雲《あまぐも》の 下なる人は 妾《あ》のみかも 君に戀ふらむ 吾《あ》のみかも 夫君《きみ》に戀ふれば 天地に 滿《み》ち足《たら》はして 戀ふれかも 胸の病《や》める 念《おも》へかも 心の痛き 妾《あ》が戀ぞ 日にけに益《まさ》る 何時《いつ》はしも 戀ひぬ時とは あらねども この九月《ながつき》を わが背子が 偲《しの》ひにせよと 千世にも 偲《しの》ひわたれと 萬代に 語り績《つ》がへと 始めてし 此の九月《ながつき》の 過ぎまくを 甚《いた》も術《すべ》なみ あらたまの 月の易《かは》らば 爲《せ》む術《すべ》の たどきを知らに 石《いは》が根の 凝《こご》しき道の 石床《いはどこ》の 根延《ねば》へる門《かど》に 朝《あした》には 出で居て嘆き 夕《ゆふべ》(221)には 入り坐《ゐ》戀ひつつ ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寢《ぬ》る 味寢《うまい》は宿《ね》ずに 大船の ゆくらゆくらに 思《しの》ひつつ 吾が寢《ぬ》る夜らは 數《よ》みも散《あ》へぬかも
     右一首。
 
〔譯〕 白雲の棚引いてゐる國、青雲が地の上に向ひ伏してをる國の極みまで、天雲の下にゐる人々の中に、みづからだけが亡き夫を戀ひ慕うてをるのであらうか。みづからだけが夫を戀しう思うてゐるせゐであらうか、この天地の間に一ぱいに滿ちわたるほど戀しく思ふ故に、胸がなやましいのであらうか、念うてをる故に心が痛むのであらうか。みづからの戀しさは、日ましに増つてくる。いつと云つて、戀しく思はない時は無いが、中でもこの九月の月を、夫君がおなくなりになる前に、九月を思ひ出の月にせよと、千代までも偲ぶやうにせよと、萬代まで語り繼ぐやうにせよとて、おきめになつたこの九月といふ月の過ぎてゆくことが、まことに惜しくて仕樣がなく、月が變つたらどうすべきか、何の方法もわからないので、岩の凝り固まつて嶮しい道の、岩床が根延うてゐる墓所の門に、朝には門外に出て居て嘆き、夕方には門内に入つて戀ひ偲びつつ、他の人が黒髪を敷いて寢るやうな熟睡は出來ないで、心がゆらぎおちつかず、夫君を偲びつつ、みづからの寢る夜の數は、數へようとしても、幾夜とも數へきれないことである。
〔評〕 この挽歌、白雲の、青雲の、天雲のとうたひおこし、天地に、千世にも、萬代に語りつがへ、始めてし、など、莊嚴な句に富んでゐるのは、作者が女王などであり、亡き夫君も貴族であらうかと思はれるので、從來の「譯」の中の婦人自らの代名詞はすべて「私」としたのを、ここは「みづから」とした。しかも綿々たる至情が、優婉の詞調に、むせぶがごとく哀韻をもたらしてをるので、民間にも歌ひ傳へられ、上述の「三二七四」にも一部分が相聞歌としてうたはれたのかとおもふ。「いつはしも戀ひぬ時とはあらねども」の「あらねども」の破調は、作者の未だしいとこ(222)ろかとも思はれるが、「いつはしも」以下の十四句は、死といふことをいはずして、おのづからその意を現はしたすぐれた敍述である。
〔語〕 ○青雲の向伏す國 青空が地に向つて伏してゐる國、即ち地の果まで。○天雲の下なる人 この地上の人々。○いつはしもこひぬ時とはあらねども 「二三七三」「二八七七」に短歌の上句として用ゐられてをる。○始めてし 「天地《あめつち》の始の時」などのやうにおもおもしく用ゐて、夫なる人が九月に世を去る前、偲びにせよ、千世も云々といひ遺した月の義と解しておく。○石床の根延へる門 石床は平らな磐。根はふは横に長く延びてゐる意。山中に葬つた古代の墳墓の構造である。○大舟の 大船の動搖する意で「ゆくらゆくら」にかかる枕詞。○よみも 數へることも。
〔訓〕 ○みちたらはして 白文「滿足」。通行本に「滿言」とあるを、宣長の説のごとく改めた。新訓には「滿言」の字面をコトヲミテテとよみ、天地の間に言葉を滿たすやうに思うての義と解したが、今は上述の説によつた。○はじめてし 白文「始而之」「はじめ」の語義がおちつかぬので、「始」は「逝」の誤で、ユキテシと改めたいとも考へ、また「貽」で、オクリテシ、)コシテシかとも考へたが、猶もとのままにして解いた。
 
3330 隱國《こもりく》の 長谷《はつせ》の川の 上《かみ》つ瀬に 鵜を八頭《やつ》潜《かづ》け 下《しも》つ瀬に 鵜を八頭《やつ》潜《かづ》け 上つ瀬の 年魚《あゆ》を咋《く》はしめ 下《しも》つ瀬の 鮎を咋《く》はしめ 麗《くは》し妹に あゆを惜しみ 投《な》ぐる箭《さ》の 遠離《とほざか》り居て 思ふそら 安からなくに 嘆くそら 安からなくに 衣《きぬ》こそは それ破《や》れぬれば 續《つ》ぎつつも 又も逢ふと言《い》へ 玉こそは 緒の絶えぬれば 括《くく》りつつ またも逢ふと曰《い》へ またも 逢はぬものは ※[女+麗]《つま》にしありけり
 
(223)〔譯〕 初瀬川の上の瀬に鵜を澤山に水に潜らせ、下の瀬にも鵜を澤山に水に潜らせ、上の瀬の點をくはへて捕へさせ、下の瀬の鮎をくはへて捕へさせ――美しい妻に――鮎をとるに心をとらへられて日數を經て――遠ざかつてゐて(幽明、境を異にして)思ふ心も安らかでなく、嘆く心も安らかでない。着物といふものは、それが破れると、繼いでまた合ふものといひ、玉といふものはその紐が切れると、括つてまた逢ふものといふが、又逢ふことの出來ぬものといふのは死んだ妻のことであつた。
〔評〕 挽歌としては特異な構想の歌である。上の序も修辭的には珍しく、下の理窟も幼くて哀れであるが、民謠としてうたはれたものであらう。
〔語〕 ○鵜を八頭潜け 鵜飼をすること。八は數の多いこと。八頭は鳥を數へるのに、頭の字を添へたもの。「四一五八」參照。○鮎を咋はしめ 以上十句。同音を重ねて「くはし妹」を導く序。○鮎を惜しみ投ぐる箭の 鮎を妹に贈るのが惜しさに遠ざかつてゐると諧謔的にのべたもの(全釋)鮎を愛《を》しと妹の方へ投げやるといふ意を投ぐる箭にかけたもの(論究)などの説もあるが、今は代匠記精撰本の一説によつて解した。箭は天武紀にも一箭《ヒトサ》と訓んでゐる。「四四三〇」參照。
〔訓〕 ○あゆををしみ 白文「鮎遠惜」考は、「鮎」を「辭」に「惜」を「借」に改め、コトトホザカリと訓んだ。○括りつつ 白文「八十一里喚?」、「八十一」はクク、「喚?」はツツの戯書である。
 
3331 隱國《こもりく》の 長谷《はつせ》の山 青幡《あをはた》の 忍坂《おさか》の山は 走出《はしりで》の 宜しき山の 出立《いでたち》の 妙《くは》しき山ぞ 惜《あたら》しき 山の 荒れまく惜しも
 
〔譯〕 長谷の山、忍坂の山は、走り出ればすぐ見える地點にある形の良い山で、出で立つたところからすぐ見える、(224)すぐれた山である。その惜しい美しい山の荒れるのが惜しいことであるよ。
〔評〕 雄略紀の「隱國の長谷の山は出立の宜しき山」云々を典故として、挽歌に詠じたものと思はれる。奧津城のある山をいとほしみ、墓所の荒れることを惜しんで、簡素の中に哀切の情のただようた作である。
〔語〕 ○青幡の 青幡の如く青々したの意、山の緑を譬へたもの。「五〇九」參照。○忍坂の山 十市郡城島村大字忍坂附近の山。初瀬山の西南に當る。神武紀の「忍坂の大室屋」とあるのもここと思はれる。○走り出の 「二一〇」參照。
 
3332 高山と 海こそは 山ながら 斯《か》くも現《うつ》しく 海ながら 然《しか》眞《まこと》ならめ 人は花物ぞ うつせみの 世人
     右三首。
 
〔譯〕 高山と海こそは、山の本性からしてかやうに現實的であり、海の本性からしてそのやうに實在的であるのであらう。これに比べると、人間は、花のやうにはかない、失せやすいものである。この世の人は、ほんたうにはかないものである。
〔評〕 佛教の無常觀に基づいて、一般に人の命の無常を痛歎したもの。蒼古簡勁にして、底に雄渾の意力が潜んでゐる。
〔語〕 ○山ながら 山そのものの本性として現實的なものである故にの意。○然眞ならめ さやうにまことの存在であらうがの意。○花物 あだなるもの。「二九九六」參照。
〔訓〕 ○然まことならめ 白文「然眞有目」。通行本に「眞」を「直」とあつてシカモタダナラメと訓んでゐるが、(225)元暦校本等に從つた。○うつせみの世人 白文「空蝉與人」。ウツセミヨ(世)ヒトハともよめる。
 
3333 王《おほきみ》の 御命《みこと》恐《かしこ》み 秋津島 大和を過ぎて 大伴の 御津《みつ》の濱邊ゆ 大舟に 眞楫《まかぢ》繁貫《しじぬ》き 朝なぎに 水手《かこ》の音《こゑ》しつつ 夕なぎに 楫《かぢ》の音《と》しつつ 行きし君 何時《いつ》來《き》まさむと 大卜《うら》置《お》きて 齋《いは》ひ渡るに 枉言《まがこと》や 人の言ひつる わが心 筑紫《つくし》の山の 黄葉《もみちば》の 散《ち》り過ぎにきと 君が正香《ただか》を
 
〔譯〕 天子樣の仰せを畏こんで、大和を行き過ぎて、大伴の御津の濱邊から、大舟に兩舷の楫を澤山とほして、朝なぎに舟人が聲をあげ、夕なぎに楫の音を立てながら、旅に出て行かれた夫は、いつ歸つておいでにならうかと、大卜を置いて神樣を齋ひつつ暮してゐたのに、間違つたことを人が言うたのであらうか、私が心を盡してゐる夫は、旅さきの筑紫の山の黄葉の散るやうに死んでしまはれたと、夫の樣子を、聞いたことである。
〔評〕 官命によつて筑紫に赴いた夫が、彼の地で歿したといふ報に接し、悲傷して作つた妻の歌。「わが心筑紫の山の」といふ、おのづから巧みな懸詞は、集中でも珍らしい。
〔語〕 ○大伴の御津の濱 御津は攝津。「六三」參照。○大卜置きて 大卜を試みての意。卜は普通「とひ」とつづくが、方法によつては「置き」ともいつたものと思はれる。○枉言 曲つた言、間違つた言。「四二一」參照。
 
    反歌
3334 枉言《まがこと》や人の言ひつる玉の緒の長くと君は言ひてしものを
(226)     右二首。
 
〔譯〕 間違つたことを人が言うたのであらうか、長くいつまでもと夫は言うたものを。
〔評〕 末長くと誓つて旅に出た夫の言葉を思ふにつけて、その死の報が信ぜられぬといふ心である。あはれな歌。
〔語〕 ○玉の緒の 長くにかかか枕詞。「一九三四」參照。○長くと 長くもろともにと。
 
3335 玉|桙《ほこ》の 道行き人は あしひきの 山行き野《の》往《ゆ》き 直《ただ》海に 川|往《ゆ》き渡り 鯨魚《いさな》取り 海道《うみぢ》に出でて 惶《かしこ》きや 神の渡《わたり》は 吹く風も 和《のど》には吹かず 立つ浪も 凡《おほ》には立たず とゐ浪の 塞《ささ》ふる道を 誰《た》が心 いたはしとかも 直《ただ》渡りけむ 直《ただ》渡りけむ
 
〔譯〕 道中を行いた此の旅人は(家への歸りを急いで)山を行き野をとほり、ひたすら眞直に海へ出ようと急いで川を渡り、海邊に出て船に乘つたが、恐しい神の渡といふ所は、吹く風も靜かには吹かず、立つ浪も竝々でなく、とゐ波が行くてをささへるやうに立つ海路を、誰の心をいたはしいと思つて、この難所をひたすら渡つて、このやうに難航して溺死したのであらうか。
〔評〕 備後國の神島濱に漂着してをる屍を見て、哀悼の涙をそそいだもの。家に待つ人に早く逢ひたいと心いられのするままに、この難路なる神の渡を直《ただ》に渡つて、難破したものと想像したのである。この作者の同情の中には、暖い家庭生活と荒い外界とを對立させて、苦しい旅から家を懷しむ當時の人の心がよく現はれてをる。
〔語〕 ○ただ海に 誤字説もあるが、迂廻せず眞直に海邊に向ふ(總釋)と解することとする。○いさな取り 海の枕詞。「一三一」參照。○神の渡 恐しい海と解するよりは地名と見る方がよく、上述の神島あたりの海峽であらう。(227)○とゐ浪 とゐの意不明。北條忠雄氏はうねり撓み立つ浪と解された。「二二〇」の人麿の長歌にも同じ語がある。○塞ふる道 浪が高く立ちささへる海路。○たが心 誰はおそらく妻をさしたもの。○直渡りけむ 急いで難所をもかまはず眞直に渡つたのであらうか。
〔訓〕 ○直海に 白文「直海」。略解に「直渉」の誤としタダワタリと訓んでゐる。○とゐ浪 白文「跡座浪」者にシキナみと訓んでゐる。○ささふる道を 白文「塞道麻」。元暦校本等による。天治本等に立塞道麻とあるのによればタチサフルミチヲである。
 
3336 鳥が音の 聞《きこ》ゆる海に 高山を 障《へだて》になして 沖つ藻を 枕になし 蛾羽《ひむしは》の 衣《きぬ》だに著ずに 鯨魚《いさな》取り 海の濱邊に うらもなく 宿《い》ねたる人は 母父《おもちち》に 愛子《まなご》にかあらむ 若草の 妻かありけむ 思ほしき 言《こと》傳《つ》てむやと 家問へば 家をも告《の》らず 名を問へど 名だにも 告《の》らず 哭《な》く兒|如《な》す 言《こと》だに語《い》はず 思へども 悲しきものは 世間《よのなか》にあり 世間《よのなか》にあり
 
〔譯〕 鳥の鳴く音が寂しく聞える海邊に、高い山が屏風のやうにうしろに立つてゐるところに、濱に打上げられた沖の藻を枕として、蛾の羽のやうな短い着物さへ着ずに、濱べに屍となつて何心もなく寢てゐる人は、父母にとつて愛子であらう。妻もあつたらう。何か言ひたいと思ふことを傳へてあげようかと、家を問ふと家をも告げず、名を問うても名さへもいはず、泣きわめく子が言葉で物をいはないやうに、言葉を出すこともない。つくづくと考へて見ても、悲しいものは世の中である。世の中である。
〔評〕 讃岐狹岑島に石中の死人を視て作つた人麿の作(二二〇)を思はすものがある。死人に對して暖い家庭生活を(228)思ひやつたところ、かの作に似てをり、又これは萬葉を貫く人間愛であり、對人的禮節である。最後の歎聲は、人生行路難に對する痛切な叫びと聞かれて哀れである。
〔語) ○ひむし羽 ひむしは蛾。○若草の 妻の枕詞。「一五三」參照。
〔訓〕 ○世の中にあり 白文「世間有」。略解による。字面に忠實ではあるが、歌の調としては「四七八」「一〇三三」のナラシにより、ヨノナカナラシと新訓には訓んだ。總釋にはヨノナカニゾアルと訓んでゐる。なほ此の句通行本には繰返してないが、元暦校本等によつて反覆するのがよい。
 
    反歌
3337 母父《おもちち》も妻も子どもも高高《たかだか》に來《こ》むと待ちけむ人の悲しさ
 
〔譯〕 父母も妻子も、心から望んで歸つて來るであらうと待つてゐたにちがひないこの人のことを思へば悲しいことよ。
〔評〕 長歌の趣旨をまとめたもので、一氣に詠みおろした調に、同情がみなぎつてをる。
〔語〕 ○高高に 遙かに待ち望む意の副詞。「七五八」參照。
 
3338 あしひきの山|道《ぢ》は行かむ風吹けば波の塞《ささ》ふる海道《うみぢ》は行かじ
 
〔譯〕 山道を行かう。風が吹くと浪が立ち塞がつて通れないやうにする海路は行くまい。
〔評〕 屍を見て、いたくおそれ、自らいましめるに似てをる。
 
     或本の歌
(229)   備後國神島の濱にて、調使首《つきのおびと》、屍を見て作れる歌一首并に短歌
3339 玉|桙《ほこ》の 道に出で立ち あしひきの 野行き山行き 激《みなぎら》ふ 川|往《ゆ》き渉《わた》り 鯨魚《いさな》取り 海路に也でて 吹く風も のどには吹かず 立つ浪も のどには立たず 恐《かしこ》きや 神の渡《わたり》の 重浪《しきなみ》の 寄する濱邊に 高山を 隔《へだて》に置きて?潭《うらふち》を 枕に纒《ま》きて うらも無く 偃《こや》せる君は 母《おも》父の 愛子《まなご》にもあらむ 稚《わか》草の 妻もあるらむ 家問へど 家道《いへぢ》もいはず 名を問へど 名だにも告《の》らず 誰《た》が言《こと》を いたはしみかも 腫《たか》浪の 恐《かしこ》き海を 直渉《ただわた》りけむ
 
〔題〕 神島の浦 備後とあるが、神名帳下、續拾遺集賀等によれば、備中の誤とも思はれるが、或は、古は備後であつたかも知れない(代匠記精撰本)。今の笠島港の南にある島。調使首 傳未詳。或は卷一の調首淡海(五五)と同人か。
〔譯〕 ――前の長歌と似てをるので省略して、次の語釋で述べる。 ――
〔評〕 前の二つの長歌に似てをるが、これには作者も、詠んだ所も知られてゐ、かつこれは、句法が端正で緊張してをる。それに反して、かの二つは謠ひ物らしい色調がみえるから、これを原型として謠ひ變へたと見るべきであらう。
〔語〕 ○みなぎらふ 流がはげしくてしぶきが立つ。○しき浪 しきりによせくる浪。○?潭 入江になつた所に出來た淵。○こやせる 臥してをられる。○誰が言を 誰のいふ言葉を。○たか浪 高く盛りあがる浪。
〔訓〕 ○みなぎらふ 白文「激」。字面の潦を改めた略解による。潦としてニハタヅミとよみ、種々の解がある。○うらふち 白文「?潭」。イリフチとよむ説もある。○たか浪 白文「腫浪」。腫は、腫れると高くなるといふ義訓。
 
(230)    反歌
3340 母《おも》父も妻も子どもも高高《たかだか》に來《こ》むと待つらむ人の悲しさ
 
〔評〕 「三三三七」と同じ歌。
〔訓〕 ○來むと待つらむ 白文「來將跡待」。舊訓は「三三三七」の如くマチケムと訓んでゐるが、元暦校本等により、待つてをるであらうの意でマツラムと訓む。普通には來の上にあるべき將の字が下にあるのは、右の長歌でも同じ用例で、アラムを在將とある。
 
3341 家人の待つらむものをつれもなき荒磯《ありそ》を纒《ま》きて偃《ふ》せる公《きみ》かも
 
〔譯〕 家の人が待つてをるであらうに、何のゆかりもない荒い磯を枕にして寢て居られることよ。
〔評〕 讃岐狹岑島に於ける人麿の作の反歌「二二二」に似た句法である。
〔語〕 ○つれもなき つれは、ゆかり、關係などの意。「一六七」「四六〇」參照。
 
3342 ?潭《うらふち》に偃《こや》せる公《きみ》を今日今日と來《こ》むと待つらむ妻し悲しも
 
〔譯〕 入江の淵に寢て死んでをる君を、今日か今日かと歸りを待つてをるであらう此の人の妻は氣の毒なことである。
〔評〕 同情に富んだ、調子のなだらかな歌である。山上憶良の作「八九〇」はこれに似てゐる。
 
3343 ?《うら》浪の來寄する濱につれもなく偃《こや》せる公《きみ》が家|道《ぢ》知らずも
(231)     右九首。
 
〔譯〕 入江の浪が來て寄せる濱に、誰にもかかはりのないやうな樣子で冷然と寢てをるこの人の家に行く道の知られないことよ。
〔評〕 家人に告げてやりたいので、家道が知りたいといふ意をこめて、詠歎したのである。
 
3344 この月は 君來まさむと 大舟の 思ひたのみて いつしかと 吾が待ち居《を》れば 黄葉《もみちば》の 過ぎて行きぬと 玉|梓《づさ》の 使の云へば 螢|如《な》す ほのかに聞きて 大|地《つち》を 炎と踏《ふ》み 立ちて居《ゐ》て 行方《ゆくへ》も知らず 朝霧の 思ひ惑《まど》ひて 杖《つゑ》足《た》らず 八尺《やさか》の嘆 《なげき》嘆けども しるしを無《な》みと 何所《いづく》にか 君が坐《ま》さむと 天雲《あまぐも》の 行きのまにまに 射《い》ゆ猪鹿《しし》の 行きも死なむと 思へども 道し知らねば 獨居て 君に戀ふるに 哭《ね》のみし泣かゆ
 
〔譯〕 この月は、あなたがおいでになるであらうと、大船を頼むやうに頼みに思つて、い