小説(続)
 
彼岸過迄
行人
こゝろ
道草
明暗
 
   彼岸過迄
明治四五、一、二−四五、四、二九
 
  彼岸過迄に就て
 
 事實を讀者の前に告白すると、去年の八月頃既に自分の小説を紙上に連載すべき筈だつたのである。ところが餘り暑い盛りに大患後の身體を打通《ぶつとほ》しに使ふのは何《ど》んなものだらうといふ親切な心配をして呉れる人が出て來たので、それを好《い》い機會《しほ》に、尚二箇月の暇を貪《むさぼ》ることに取極めて貰つたのが原《もと》で、とう/\其二箇月が過去つた十月にも筆を執らず、十一十二もつい紙上へは杳《えう》たる有樣で暮して仕舞つた。自分の當然遣るべき仕事が、斯ういふ風に、崩れた波の崩れながら傳はつて行くやうな具合で、只だらしなく延びるのは決して心持の好いものではない。
 歳の改まる元旦から愈《いよ/\》書始める緒口《いとぐち》を開くやうに事が極つた時は、長い間抑へられたものが伸びる時の樂《たのしみ》よりは、脊中《せなか》に脊負《しよは》された義務を片附ける時機が來たといふ意味で先《まづ》何よりも嬉しかつた。けれども長い間|抛《はふ》り出して置いた此の義務を、何うしたら例《いつも》よりも手際よく遣《や》つて退《の》けられるだらうかと考へると、又新らしい苦痛を感ぜずには居られない。
 久し振だから成るべく面白いものを書かなければ濟まないといふ氣がいくらかある。それに自分の健康状態やら其の他の事情に對して寛容の精神に充ちた取り扱ひ方をして呉れた社友の好意だの、又自分の書くものを毎日日課のやうにして讀んで呉れる讀者の好意だのに、酬《むく》いなくては濟まないといふ心持が大分《だいぶ》附け加はつて來る。で、何うかして旨いものが出來るやうにと念じてゐる。けれどもたゞ念力|丈《だけ》では作物《さくぶつ》の出來榮《できばえ》を左右する譯には何うしたつて行きつこない、いくら佳《い》いものをと思つても、思ふやうになるかならないか自分にさへ豫言の出來かねるのが述作の常であるから、今度こそは長い間休んだ埋合《うめあは》せをする積《つもり》であると公言する勇氣が出ない。そこに一種の苦痛が潜んでゐるのである。
 此の作を公《おほやけ》にするに方《あた》つて、自分はたゞ以上の事|丈《だけ》を言つて置きたい氣がする。作の性質だの、作物《さくぶつ》に對する自己の見識だの主張だのは今述べる必要を認めてゐない。實をいふと自分は自然派の作家でもなければ象徴派《しやうちようは》の作家でもない。近頃しば/\耳にするネオ浪漫波《ローマンは》の作家では猶更《なほさら》ない。自分は是等の主義を高く標榜《へうばう》して路傍《ろばう》の人の注意を惹《ひ》く程に、自分の作物《さくぶつ》が固定した色に染附けられてゐるといふ自信を持ち得ぬものである。又そんな自信を不必要とするものである。たゞ自分は自分であるといふ信念を持つてゐる。さうして自分が自分である以上は、自然派でなからうが、象徴派《しやうちようは》でなからうが、乃至《ないし》ネオの附く浪漫派《ロ−マンは》でなからうが全く構はない積《つもり》である。
 自分は又自分の作物《さくぶつ》を新しい/\と吹聽《ふいちやう》する事も好まない。今の世に無暗に新しがつてゐるものは三越呉服店とヤンキーと夫《それ》から文壇に於ける一部の作家と評家だらうと自分はとうから考へてゐる。
 自分は凡《すべ》て文壇に濫用される空疎な流行語を藉《か》りて自分の作物《さくぶつ》の商標としたくない。たゞ自分らしいものが書きたい丈《だけ》である。手腕が足りなくて自分以下のものが出來たり、衒氣《げんき》があつて自分以上を裝《よそほ》ふ樣なものが出來たりして、讀者に濟まない結果を齎《もたら》すのを恐れる丈《だけ》である。
 東京大阪を通じて計算すると、吾《わが》朝日新聞の購讀者は實に何十萬といふ多数に上つてゐる。其の内で自分の作物《さくぶつ》を讀んでくれる人は何人あるか知らないが、其の何人かの大部分は恐らく文壇の裏通りも露路も覗いた經驗はあるまい。全くたゞの人間として大自然の空氣を眞率《しんそつ》に呼吸しつゝ穩當に生息してゐる丈《だけ》だらうと思ふ。自分は是等の教育ある且《かつ》尋常なる士人の前にわが作物《さくぶつ》を公《おほやけ》にし得る自分を幸福と信じてゐる。
 「彼岸過迄《ひがんすぎまで》」といふのは元日から始めて、彼岸過迄書く豫定だから單にさう名づけた迄に過ぎない實は空《むな》しい標題《みだし》である。かねてから自分は個々の短篇を重ねた末に、其の個々の短篇が相合して一長篇を構成するやうに仕組んだら、新聞小説として存外面白く讀まれはしないだらうかといふ意見を持《ぢ》してゐた。が、つい夫《それ》を試みる機會もなくて今日《こんにち》迄《まで》過ぎたのであるから、もし自分の手際が許すならば此の「彼岸過迄」をかねての思はく通りに作り上げたいと考へてゐる。けれども小説は建築家の圖面と違つて、いくら下手でも活動と發展を含まない譯に行かないので、たとひ自分が作るとは云ひながら、自分の計畫通りに進行しかねる場合が能く起つて来るのは、普通の實世間に於て吾々の企《くはだ》てが意外の障害を受けて豫期の如くに纒まらないのと一般である。從つて是はずつと書進んで見ないと一寸分らない全く未來に屬する問題かも知れない。けれどもよし旨く行かなくつても、離れるとも即《つ》くとも片《かた》の附かない短篇が續く丈《だけ》の事だらうとは豫想出來る。自分は夫《それ》でも差支へなからうと思つてゐる。(明治四十五年一月此作を朝日新聞に公けにしたる時の緒言)
 
  風呂の後
 
     一
 
 敬太郎《けいたらう》は夫《それ》程《ほど》驗《げん》の見えない此間からの運動と奔走に少し厭氣《いやき》が注《さ》して來た。元々|頑丈《ぐわんぢやう》に出來た身體だから單に馳け歩くといふ努力だけなら大して苦にもなるまいとは自分でも承知してゐるが、思ふ事が引つ懸つたなり居据《ゐすわ》つて動かなかつたり、又は引つ懸らうとして手を出す途端にすぽりと外《はづ》れたりする反間《へま》が度重《たびかさ》なるに連れて、身體よりも頭の方が段々云ふ事を聞かなくなつて來た。で、今夜は少し癪も手傳つて、飲みたくもない麥酒《ビ−ル》をわざとポン/\拔いて、出來るだけ快豁《くわいくわつ》な氣分を自分と誘《いざな》つて見た。けれども何時《いつ》迄《まで》經つても、特更《ことさら》に借着をして陽氣がらうとする自覺が退《の》かないので、仕舞に下女を呼んで、其所いらを片付さした。下女は敬太郎の顔を見て、「まあ田川さん」と云つたが、其|後《あと》から又「本當にまあ」と付け足した。敬太郎は自分の顔を撫《な》でながら、「赤いだらう。こんな好い色を何時《いつ》迄《まで》も電燈に照らして置くのは勿體ないから、もう寐るんだ。序《ついで》に床を取つて呉れ」と云つて、下女がまだ何か遣り返さうとするのをわざと外《はづ》して廊下へ出た。さうして便所から歸つて夜具の中に潜《もぐ》り込む時、まあ當分休養する事にするんだと口の内で囁《つぶや》いた。
 敬太郎は夜中に二返眼を覺《さ》ました。一度は咽喉《のど》が渇いたため、一度は夢を見たためであつた。三度目に眼が開《あ》いた時は、もう明るくなつてゐた。世の中が動き出してゐるなと氣が付くや否や敬太郎は、休養々々と云つて又眼を眠《ねむ》つて仕舞つた。其次には氣の利かないボン/\時計の大きな音が無遠慮に耳に響いた。夫《それ》から後《あと》はいくら苦心しても寐付かれなかつた。已《やむ》を得ず横になつた儘《まゝ》卷烟草を一本吸つてゐると、半分程に燃えて來た敷島の先が崩れて、白い枕が灰だらけになつた。それでも彼は凝《じつ》としてゐる積《つもり》であつたが、仕舞に東窓から射し込む強い日脚に打たれた氣味で、少し頭痛がし出したので、漸く我《が》を折つて起き上つたなり、楊枝《やうじ》を銜《くは》へた儘、手拭をぶら下げて湯に行つた。
 湯屋の時計はもう十時少し廻つてゐたが、流しの方はからりと片付いて、小桶《こをけ》一つ出てゐない。たゞ浴槽《ゆぶね》の中に一人横向になつて、硝子越に射し込んでくる日光を眺めながら、呑氣《のんき》さうにぢやぶ/\遣つてるものがある。それが敬太郎と同じ下宿にゐる森本《もりもと》といふ男だつたので、敬太郎はやあ御早うと聲を掛けた。すると、向ふでも、やあ御早うと挨拶をしたが、
 「何です今頃|楊枝《やうじ》なぞを銜《くは》へ込んで、冗談ぢやない。さう云やあ昨夕《ゆうべ》貴方の部屋に電氣が點《つ》いて居ない樣でしたね」と云つた。
 「電氣は宵の口から煌々《くわう/\》と點《つ》いてゐたさ。僕は貴方と違つて品行方正だから、夜遊びなんか滅多にした事はありませんよ」
 「全くだ。貴方は堅いからね。羨ましい位堅いんだから」
 敬太郎は少し羞痒《くすぐつ》たいやうな氣がした。相手を見ると依然として横隔膜から下を湯に浸《つ》けた儘、まだ飽きずにぢやぶ/\遣つてゐる。さうして比較的眞面目な顔をしてゐる。敬太郎は此氣樂さうな男の口髭がだらしなく濡れて一本々々|下向《したむき》に垂れた處を眺めながら、
 「僕の事は何うでも好いが、貴方は何うしたんです。役所は」と聞いた。すると森本は倦怠《だる》さうに浴槽《ゆぶね》の側《ふち》に兩肱を置いて其上に額を載せながら俯伏《うつぶし》になつた儘、
 「役所は御休みです」と頭痛でもする人のやうに答ヘた。
 「何で」
 「何ででもないが、僕の方で御休みです」
 敬太郎は思はず自分の同類を一人發見したやうな氣がした。夫《それ》でつい、「矢つ張り休養ですか」と云ふと、相手も「えゝ休養です」と答へたなり元の通り湯槽《ゆぶね》の側《ふち》に突伏《つつぷ》してゐた。
 
     二
 
 敬太郎が留桶《とめをけ》の前へ腰を卸して、三助《さんすけ》に垢擦《あかすり》を掛けさせてゐる時分になつて、森本はやつと烟《けむ》の出るやうな赤い身體を全く湯の中から露出した。さうして、あゝ好い心持だといふ顏付で、流しの上へぺたりと胡坐《あぐら》をかいたと思ふと、
 「貴方は好い體格だね」と云つて敬太郎の肉付《にくづき》を賞め出した。
 「是で近頃は大分《だいふ》惡くなつた方です」
 「どうして/\夫《それ》で惡かつた日にや僕なんざあ」
 森本は自分で自分の腹をポン/\叩いて見せた。其腹は凹《へこ》んで脊中の方へ引付《ひつつ》けられてる樣であつた。
 「何しろ商賣が商賣だから身體は毀《こは》す一方ですよ。尤も不養生も大分《だいぶ》遣りましたがね」と云つた後《あと》で、急に思ひ出したやうにアハヽヽと笑つた。敬太郎は夫《それ》に調子を合せる氣味で、
 「今日は僕も閑《ひま》だから、久し振で又貴方の昔話でも何ひませうか」と云つた。すると森本は、
 「えゝ話しませう」とすぐ乘氣な返事をしたが、活?なのはたゞ返事|丈《だけ》で、擧動の方は緩慢といふよりも、凡《すべ》ての筋肉が湯に?《う》でられた結果、當分|作用《はたらき》を中止してゐる姿であつた。
 敬太郎が石鹸《しやぼん》を塗《つ》けた頭をごし/\いはしたり、堅い足の裏や指の股を擦《こす》つたりする間、森本は依然として胡坐《あぐら》をかいた儘、何處一つ洗ふ氣色《けしき》は見えなかつた。最後に瘠せた一塊《ひとかたまり》の肉團をどぶりと湯の中に抛《はふ》り込むやうに浸《つ》けて、敬太郎と略《ほゞ》同時に身體を拭きながら上つて來た。さうして、
 「たまに朝湯へ來ると綺麗で好い心持ですね」と云つた。
 「えゝ。貴方のは洗ふんでなくつて、本當に湯に這入るんだから殊にさうだらう。實用の爲の入湯《にふたう》でなくつて、快感を貪ぼる爲の入浴なんだから」
 「さう六づかしい這入り方《かた》でもないんでせうが、何うも斯んな時に身體なんか洗ふな億劫《おつくふ》でね。つい盆鎗《ぼんやり》浸《つか》つて盆鎗《ぼんやり》出ちまいますよ。其所へ行くと、貴方は三層倍も勤勉《まめ》だ。頭から足から何處から何處迄實によく手落なく洗ひますね。御負に楊枝迄使つて。あの綿密な事には僕も殆んど感心しちまつた」
 二人は連立つて湯屋の門口《かどぐち》を出た。森本が一寸通り迄行つて卷紙を買ふからといふので、敬太郎も付合ふ氣になつて、横丁を東へ切れると、道が急に惡くなつた。昨夕《ゆうべ》の雨が土を潤《ふや》かし拔いた處へ、今朝からの馬や車や人通りで、踏み返したり蹴上げたりした泥の痕《あと》を、二人は厭《いと》ふやうな輕蔑するやうな樣子で歩いた。日は高く上《のぼ》つてゐるが、地面から吸ひ上げられる水蒸氣はいまだに微《かす》かな波動を地平線の上に描《ゑが》いてゐるらしい感じがした。
 「今朝の景色《けしき》は寐坊の貴方に見せたい樣だつた。何しろ日がかん/\當つてる癖に靄が一杯なんでせう。電車を此方《こつち》から透かして見ると、乘客が丸《まる》で障子に映る影畫《かげゑ》の樣に、はつきり一人《ひとり》/\見分けられるんです。それでゐて御天道樣《おてんとさま》が向ふ側にあるんだから其一人々々が何《ど》れも是もみんな灰色の化物に見えるんで、頗る奇觀でしたよ」
 森本は斯んな話をしながら、紙屋へ這入つて卷紙と状袋で膨《ふく》らました懷《ふところ》を一寸抑えながら出て來た。表に待つてゐた敬太郎はすぐ今來た道の方へ足を向け直した。二人は其儘一所に下宿へ歸つた。上靴《スリツパー》の踵《かゝと》を鳴らして階段《はしごだん》を二つ上《のぼ》り切つた時、敬太郎は自分の部屋の障子を手早く開けて、
 「さあ何うぞ」と森本を誘《いざな》つた。森本は、
 「もう直《ぢき》午飯《ひる》でせう」と云つたが、躊躇すると思ひの外、恰も自分の部屋へでも這入るやうな無雜作な態度で、敬太郎の後《あと》に跟《つ》いて來た。さうして、
 「貴方の室《へや》から見た景色《けしき》は何時《いつ》見ても好いね」と自分で窓の障子を開けながら、手摺付《てすりつき》の縁板の上へ濡手拭を置いた。
 
     三
 
 敬太郎は此瘠せながら大した病氣にも罹らないで、毎日新橋の停車場《ステーシヨン》へ行く男について、平生から一種の好奇心を有《も》つてゐた。彼はもう三十以上である。夫《それ》でいまだに一人で下宿|住居《ずまひ》をして停車場《ステーシヨン》へ通勤してゐる。然し停車場《ステーシヨン》で何の係りをして、何《ど》んな事務を取扱つてゐるのか、ついぞ當人に聞いた事もなければ、又向ふから話した試《ためし》もないので、敬太郎には一切が]《エツキス》である。たま/\人を送つて停車場《ステーシヨン》へ行く場合もあるが、そんな時にはつい混雜に取り紛れて、停車場《ステーシヨン》と森本とを一所に考へる程の餘裕も出ず、さうかと云つて、森本の方から自己の存在を思ひ起させる樣に、敬太郎の眼につくべき所へ顏を出す機會も起らなかつた。たゞ長い間同じ下宿に立籠《たてこも》つてゐるといふ縁故だか同情だかが本《もと》で、いつの間《ま》にか挨拶をしたり世間話をする仲になつた迄である。
 だから敬太郎の森本に對する好奇心といふのは、現在の彼にあると云ふよりも、寧ろ過去の彼にあると云つた方が適當かも知れない。敬太郎はいつか森本の口から、彼が歴乎《れつき》とした一家の主人公であつた時分の話を聞いた。彼《かれ》の女房の話も聞いた。二人の間に出來た子供の死んだ話も聞いた。「餓鬼《がき》が死んで呉れたんで、まあ助かつたやうなもんでさあ。山神《さんじん》の祟《たゝり》には實際恐れを作《な》してゐたんですからね」と云つた彼の言葉を、敬太郎は未《いま》だに覺えてゐる。其時しかも山神《さんじん》が分らなくつて、何だと聞き返したら、山の神の漢語ぢやありませんかと教へられた可笑《をかし》さ迄まだ記憶に殘つてゐる。夫等《それら》を思ひ出しても、敬太郎から見ると、凡《すべ》て森本の過去には一種ロマンスの臭《にほひ》が、箒星《はうきぼし》の尻尾《しつぽ》の樣にぼうつと掩被《おつかぶ》さつて怪しい光を放つてゐる。
 女に就て出來たとか切れたとかいふ逸話以外に、彼は又樣々な冒險譚《ばうけんだん》の主人公であつた。まだ海豹島《かいへうたう》へ行つて膃肭臍《おつとせい》は打つて居ない樣であるが、北海道の何處かで鮭を漁《と》つて儲けた事は慥《たし》かであるらしい。夫《それ》から四國邊の或る山から安質莫尼《アンチモニー》が出ると觸れて歩いて、決して出なかつた事も、當人がさう自白する位だから事實に違ない。然し最も奇拔なのは呑口會社《のみぐちぐわいしや》の計畫で、是は酒樽《さかだる》の呑口《のみぐち》を作る職人が東京に極《ごく》少ないといふ所から思ひ付いたのださうだが、折角大阪から呼び寄せた職人と衝突した爲に成立しなかつたと云つて彼は未だに殘念がつてゐる。
 儲口を離れた普通の浮世話になると、彼は又非常に豐富な材料の所有者であるといふ事を容易に證據立てる。筑摩川《ちくまがは》の上流の何とかいふ所から河を隔てゝ向ふの山を見ると、巖《いは》の上に熊がごろ/\晝寐をしてゐるなどは未《ま》だ尋常の方なので、それが一層色づいて來ると、信州|戸隱山《とがくしやま》の奧の院といふのは普通の人の登れつこない難所だのに、夫《それ》を盲目《めくら》が天邊《てつぺん》迄登つたから驚ろいたなどといふ。其所へ御參《おまゐり》をするには、どんなに脚の達者なものでも途中で一晩明かさなければならないので、森本も仕方なしに五合目あたりで焚火をして夜の寒さを凌《しの》いでゐると、下から鈴《れい》の響が聞えて來たから、不思議に思つてゐるうちに、其|鈴《れい》の音《ね》が段々近くなつて、仕舞に座頭《ざとう》が上《のぼ》つて來たんだと云ふ。しかも其座頭が森本に今晩はと挨拶をして又すた/\上つて行つたと云ふんだから、餘り妙だと思つて猶《なほ》能く聞いて見ると、實は案内者が一人付いてゐたのださうである。其案内者の腰に鈴《れい》を着けて、後《あと》から來る盲者《めくら》が其|鈴《れい》の音を頼りに上《のぼ》る事が出來るやうにしてあつたのだと説明されて、稍《やゝ》納得も出來たが、それにしても敬太郎には隨分意外な話である。が、夫《それ》がもう少し高《かう》じると、殆んど妖怪談《えうくわいだん》に近い妙なものとなつて、だらしのない彼の口髭の下から最も慇懃《いんぎん》に發表される。彼が耶馬溪《やばけい》を通つた序《ついで》に、羅漢寺《らかんじ》へ上《のぼ》つて、日暮に一本道を急いで、杉並木の間を下りて來ると、突然一人の女と擦れ違つた。其女は臙脂《べに》を塗つて白粉《おしろい》をつけて、婚禮に行く時の髪を結《ゆ》つて、裾模樣の振袖に厚い帶を締めて、草履穿《ざうりばき》の儘たつた一人すた/\羅漢寺《らかんじ》の方へ上《のぼ》つて行つた。寺に用のある筈はなし、又寺の門はもう締まつてゐるのに、女は盛裝した儘暗い所をたつた一人で上《のぼ》つて行つたんださうである。――敬太郎はこんな話を聞く度にへえーと云つて、信じられ得ない意味の微笑を洩らすに拘はらず、矢つ張り相當の興味と緊張とを以て森本の辯口《べんこう》を迎へるのが例であつた。
 
     四
 
 此日も例によつて例の樣な話が出るだらうといふ下心から、わざと廻り路迄して一所に風呂から歸つたのである。年こそ夫《それ》程《ほど》取つてゐないが、森本のやうに、大抵な世間の關門を潜《くゞ》つて來たとしか思はれない男の經歴談は、此夏學校を出た許《ばかり》の敬太郎に取つては、多大の興味があるのみではない、聞き樣次第で隨分利益も受けられた。
 其上敬太郎は遺傳的に平凡を忌む浪漫趣味《ロマンチツク》の青年であつた。かつて東京の朝日新聞に兒玉音松《こだまおとまつ》とかいふ人の冒險談が連載された時、彼は丸《まる》で丁年未滿の中學生のやうな熱心を以て毎日それを迎へ讀んでゐた。其《その》中《うち》でも音松君が洞穴の中から躍り出す大蛸《おほだこ》と戰つた記事を大變面白がつて、同じ科の學生に、君、蛸の大頭を目懸けて短銃《ピストル》をポン/\打つんだが、つる/\滑つて少しも手應《てごたへ》がないといふぢやないか。其内大將の後《あと》からぞろ/\出て來た小蛸《こだこ》がぐるりと環《わ》を作つて彼を取り卷いたから何をするのかと思ふと、どつちが勝つか熱心に見物してゐるんださうだからねと大いに乘氣で話した事がある。すると其友達が調戯《からかひ》半分に、君の樣な剽輕《へうきん》ものは到底文官試驗などを受けて地道《ぢみち》に世の中を渡つて行く氣になるまい、卒業したら、一層《いつそ》の事思ひ切つて南洋へでも出掛けて、好きな蛸狩《たこがり》でもしたら何うだと云つたので、夫《それ》以来「田川《たがは》の蛸狩《たこがり》」といふ言葉が友達間に大分《だいぶ》流行《はや》り出した。此《この》間《あひだ》卒業して以來足を擂木《すりこぎ》の樣にして世の中への出口を探して歩いてゐる敬太郎に會ふたびに、彼等はどうだね蛸狩《たこがり》は成功したかいと聞くのが常になつてゐた位である。
 南洋の蛸狩はいかな敬太郎にもちと奇拔《きばつ》過ぎるので、眞面目に思ひ立つ勇氣も出なかつたが、新嘉坡《シンガポール》の護謨林《ごむりん》栽培などは學生のうち既に目論《もくろ》んで見た事がある。當時敬太郎は、果《はて》しのない廣野《ひろの》を埋《う》め盡す勢《いきほひ》で何百萬本といふ護謨の樹が茂つてゐる眞中に、一階建のバンガローを拵《こしら》へて、其中に栽培監督者としての自分が朝夕《あさゆふ》起臥する樣《さま》を想像して已《や》まなかつた。彼はバンガローの床《ゆか》をわざと裸にして、其上に大きな虎の皮を敷く積りであつた。壁には水牛の角を塗り込んで、夫《それ》に鐵砲を懸け、猶《なほ》其下に錦の袋に入れた儘の日本刀を置く筈にした。さうして自分は眞白なターバンをぐる/\頭へ卷き付けて、廣い?ランダに据ゑ付けてある籐椅子《といす》の上に寐そべりながら、強い香《かをり》のハ?ナをぷかり/\と鷹揚《おうやう》に吹かす氣でゐた。夫《それ》のみか、彼の足の下には、スマタラ産の黒猫、――天鵞絨《びろうど》の樣な毛並と黄金《こがね》其儘の眼と、それから身の丈《たけ》よりも餘程長い尻尾《しつぽ》を持つた怪しい猫が、背中を山の如く高くして蹲踞《うづく》まつてゐる譯になつてゐた。彼はあらゆる想像の光景を斯く自分に滿足の行くやうに豫《あらかじ》め整へた後《あと》で、愈《いよ/\》實際の算盤《そろばん》に取り掛つたのである。所が案外なもので、まづ護謨を植ゑる爲の地面を借り受けるのに大分《だいぶん》な手數《てすう》と暇が要る。夫《それ》から借りた地面を切り開くのが容易の事でない。次に地ならし植付に費やすべき金高《かねだか》が意外に多い。其上絶えず人夫を使つて草取をした上で、六年間苗木の生長するのを馬鹿見たやうに凝《じつ》と指を銜《くは》へて見てゐなければならない段になつて、敬太郎は既に充分退却に價すると思ひ出した所へ、彼に色々の事情を教へてくれた護謨|通《つう》は、今暫らくすると、あの邊で出來る護謨の供給が、世界の需用以上に超過して、栽培者は非常の恐慌を起すに違ないと威嚇《ゐかく》したので、彼は其《その》後《ご》護謨《ごむ》の護《ご》の字も口にしなくなつて仕舞つたのである。
 
     五
 
 けれども彼の異常に對する嗜欲《しよく》は中々是位の事で冷却しさうには見えなかつた。彼は都の眞中に居て、遠くの人や國を想像の夢に上《のぼ》して樂しんでゐる許《ばかり》でなく、毎日電車の中で乘り合せる普通の女だの、又は散歩の道すがら行き逢ふ實際の男だのを見てさへ、悉《こと/”\》く尋常以上に奇《き》なあるものを、マントの裏かコートの袖に忍ばして居はしないだらうかと考へる。さうして何うか此のマントやコートを引つ繰り返して其|奇《き》な所をたゞ一目《ひとめ》で好いからちらりと見た上、後《あと》は知らん顔をして濟ましてゐたいやうな氣になる。
 敬太郎の此傾向は、彼がまだ高等學校に居た時分、英語の教師が教科書としてスチーブンソンの新亞刺比亞物語《しんアラビヤものがたり》といふ書物を讀ました頃から段々頭を持ち上げ出したやうに思はれる。夫《それ》迄《まで》彼は大《だい》の英語嫌《えいごぎらひ》であつたのに、此書物を讀むやうになつてから、一回も下讀を怠らずに、中《あ》てられさへすれば、必ず起立して譯を付けたのでも、彼が如何《いか》にそれを面白がつてゐたかゞ分る。ある時彼は興奮の餘り小説と事實の區別を忘れて、十九世紀の倫敦《ロンドン》に實際こんな事があつたんでせうかと眞面目な顔をして教師に質問を掛けた。其教師はつい此間英國から歸つた許《ばかり》の男であつたが、黒いメルトンのモーニングの尻から麻の手帛《ハンケチ》を出して鼻の下を拭ひながら、十九世紀どころか今でもあるでせう。倫敦《ロンドン》といふ所は實際不思議な都ですと答へた。敬太郎の眼は其時驚嘆の光を放つた。すると教師は椅子を離れてこんな事を云つた。
 「尤も書き手が書き手だから觀察も奇拔だし、事件の解釋も自《おのづ》から普通の人間とは違ふんで、斯んなものが出來上つたのかも知れません。實際スチーブンソンといふ人は辻待《つじまち》の馬車を見てさへ、其所に一種のロマンスを見出《みいだ》すといふ人ですから」
 辻馬車とロマンスに至つて敬太郎は少し分らなくなつたが、思ひ切つて其説明を聞いて見て、始めて成程と悟つた。夫《それ》から以後は、此平凡極まる東京の何所にでもごろ/\して、最も平凡を極めてゐる辻待の人力車を見るたんびに、此車だつて昨夕《ゆうべ》人殺しをする爲の客を出刃《でば》ぐるみ乘せて一散《いつさん》に馳《か》けたのかも知れないと考へたり、又は追手《おつて》の思《おも》はくとは反對の方角へ走る汽車の時間に間に合ふ樣に、美くしい女を幌《ほろ》の中に隱して、何處かの停車場《ステーシヨン》へ飛ばしたのかも分らないと思つたりして、一人で怖《こは》がるやら、面白がるやら頻りに喜こんでゐた。
 そんな想像を重ねるにつけ、是程込み入つた世の中だから、たとひ自分の推測通りと迄行かなくつても、何處か尋常と變つた新らしい調子を、彼の神經にはつと響かせ得るやうな事件に、一度位は出會《であ》つて然るべき筈だといふ考へが自然と起つてきた。所が彼の生活は學校を出て以來たゞ電車に乘るのと、紹介状を貰つて知らない人を訪問する位のもので、其他に何といつて取り立てゝ云ふべき程の小説は一つもなかつた。彼は毎日見る下宿の下女の顔に飽き果てた。毎日食ふ下宿の菜《さい》にも飽き果てた。責《せ》めて此單調を破るために、滿鐵の方が出來るとか、朝鮮の方が纒まるとかすれば、まだ衣食の途《みち》以外に、幾分かの刺戟が得られるのだけれども、兩方共二三日前に當分望がないと判然して見ると、益《ます/\》眼前の平凡が自分の無能力と密切な關係でもあるかのやうに思はれて、ひどく盆鎗《ぼんやり》して仕舞つた。夫《それ》で糊口《ここう》の爲の奔走は勿論の事、往來に落ちたばら錢《せん》を探して歩くやうな長閑《のどか》な氣分で、電車に乘つて、漫然と人事上の探檢を試みる勇氣もなくなつて、昨夕《ゆうべ》は左程《さほど》好きでもない麥酒《ビール》を大いに飲んで寐たのである。
 こんな時に、非凡の經驗に富んだ平凡人とでも評しなければ評しやうのない森本の顔を見るのは、敬太郎に取つて既に一種の興奮であつた。卷紙を買ふ御供迄して彼を自分の室《へや》へ連れ込んだのは是が爲である。
 
     六
 
 森本は窓際へ坐つて少時《しばらく》下の方を眺めてゐた。
 「貴方の室《へや》から見た景色《けしき》は相變らず好うがすね、ことに今日は好い。あの洗ひ落したやうな空の裾に、色づいた樹が、所々|暖《あつ》たかく塊《かた》まつてゐる間から赤い煉瓦が見える樣子は、慥《たし》かに畫《ゑ》になりさうですね」
 「さうですね」
 敬太郎は已《やむ》を得ず斯ういふ答をした。すると森本は自分が肱《ひぢ》を乘せてゐる窓から一尺ばかり出張つた縁板を見て、
 「此所は何うしても盆栽《ぼんさい》の一つや二つ載せて置かないと納まらない所ですよ」と云つた。
 敬太郎は成程そんなものかと思つたけれども、もう「左樣《さう》ですね」を繰り返す勇氣も出なかつたので、
 「貴方は畫《ゑ》や盆栽《ぼんさい》迄解るんですか」と聞いた。
 「解るんですかは少し恐れ入りましたね。全く柄《がら》にないんだから、さう聞かれても仕方はないが、――然し田川さんの前だが、斯う見えて盆栽も弄《いぢ》くるし、金魚も飼ふし、一時は畫《ゑ》も好きで能く描《か》いたもんですよ」
 「何でも遣るんですね」
 「何《なん》でも屋に碌なものなしで、とう/\斯んなもんになつちやつた」
 森本はさう云ひ切つて、自分の過去を悔ゆるでもなし、又其現在を悲觀するでもなし、殆んど鋭どい表情の何處にも出てゐない不斷の顔をして敬太郎を見た。
 「然し僕は貴方見たやうに變化の多い經驗を、少しでも好いから甞《な》めて見たいと何時《いつ》でもさう思つてゐるんです」と敬太郎が眞面目に云ひ掛けると、森本は恰も醉つ拂のやうに、右の手を自分の顏の前へ出して、大袈裟に右左に振つて見せた。
 「それが極《ごく》惡い。若い内――と云つた所で、貴方と僕はさう年も違つてゐないやうだが、――兎に角若い内は何でも變つた事が爲《し》て見たいもんでね。所が其變つた事を仕盡した上で、考へて見ると、何だ馬鹿らしい、こんな事なら爲ない方が餘程《よつぽど》増しだと思ふ丈《だけ》でさあ。貴方なんざ、是からの身體だ。大人《おと》なしくさへして居りや何《ど》んな發展でも出來やうつてもんだから、肝心な所で山氣《やまぎ》だの謀叛氣《むほんぎ》だのつて低氣壓を起しちや親不孝に當らあね。――時に何うです、此間から伺がはう/\と思つて、つい忙がしくつて、伺がはずにゐたんだが、何か好い口は見付《めつ》かりましたか」
 正直な敬太郎は憮然《ぶぜん》として有の儘を答へた。さうして、到底當分是といふ期待《あて》もないから、奔走をやめて少し休養する積《つもり》であると付け加へた。森本は一寸驚ろいたやうな顔をした。
 「へえー、近頃は大學を卒業しても、ちよつくら一寸《ちよいと》口が見付《めつ》からないもんですかねえ。餘程《よつぽど》不景気なんだね。尤も明治も四十何年といふんだから、其筈には違ないが」
 森本は此處迄來て少し首を傾《かし》げて、自分の哲理を自分で噛み締めるやうな素振《そぶり》をした。敬太郎は相手の樣子を見て、夫《それ》程《ほど》滑稽とも思はなかつたが、心の内で、此男は心得があつてわざと斯んな言葉遣をするのだらうか、又は無學の結果斯うより外言ひ現はす手段《てだて》を知らないのだらうかと考へた。すると森本が傾《かし》げた首を急に竪《たて》に直した。
 「何うです、御厭《おいや》でなきや、鐵道の方へでも御出《おで》なすつちや。何なら話して見ませうか」
 如何な浪漫的《ロマンチツク》な敬太郎も此男に頼んだら好い地位が得られるとは想像し得なかつた。けれども左《さ》も輕々と云つて退《の》ける彼の愛嬌を、翻弄と解釋する程の僻《ひがみ》も有《も》たなかつた。據處《よんどころ》なく苦笑しながら、下女を呼んで、
 「森本さんの御膳も此所へ持つて來るんだ」と云ひ付けて、酒を命じた。
 
     七
 
 森本は近頃身體の爲に酒を愼しんでゐると斷わりながら、注《つ》いで遣りさへすれば、すぐ猪口《ちよく》を空《から》にした。仕舞にはもう止しませうといふ口の下から、自分でコ利の尻を持ち上げた。彼は平生から閑靜なうちに何處か氣樂な風を帶びてゐる男であつたが、猪口《ちよく》を重ねるにつれて、其閑靜が熱《ほて》つてくる、氣樂は次第々々に膨脹するやうに見えた。自分でも「斯うなりや併呑自若《へいどんじじやく》たるもんだ。明日《あした》免職になつたつて驚ろくんぢやない」と威張り出した。敬太郎が飲めない口なので、時々思ひ出すやうに、盃に唇を付けて、付合《つきあ》つてゐるのを見て、彼は、
 「田川さん、貴方本當に飲《い》けないんですか、不思議ですね。酒を飲まない癖に冒險を愛するなんて。あらゆる冒險は酒に始まるんです、さうして女に終るんです」と云つた。彼はつい今迄自分の過去を碌でなしの樣に蹴《け》なしてゐたのに、醉つたら急に模樣が變つて、後光《ごくわう》が逆《ぎやく》に射すとでも評すぺき態度で、氣?《きえん》を吐き始めた。さうして夫《それ》が大抵は失敗の氣?《きえん》であつた。しかも敬太郎を前に置いて、
 「貴方なんざあ、失禮ながら、まだ學校を出た許《ばかり》で本當の世の中は御存じないんだからね。いくら學士で御座いの、博士で候《さふらふ》のつて、肩書ばかり振り廻したつて、僕は慴《おび》えない積《つもり》だ。此方《こつち》やちやんと實地を踏んで來てゐるんだもの」と、さつき迄教育に對して多大の尊敬を拂つてゐた事は丸《まる》で忘れた樣な風で、無遠慮な極め付け方をした。さうかと思ふと噫《げつぷ》の樣な溜息を洩らして自分の無學をさも情《なさけ》なささうに恨んだ。
 「まあ手つ取り早く云やあ、此世の中を猿|同然《どうぜん》渡つて來たんでさあ。斯う申しちや可笑《をか》しいが、貴方より十層倍の經驗は慥《たし》かに積んでる積《つもり》です。それでゐて、未《いま》だに此通り解脱《げだつ》が出來ないのは、全く無學即ち學がないからです。尤も教育があつちや、斯う無暗|矢鱈《やたら》と變化する譯にも行かないやうなもんかも知れませんよ」
 敬太郎はさつきから氣の毒なる先覺者とでも云つた樣に相手を考へて、其云ふ事に相應の注意を拂つて聞いてゐたが、なまじい酒を飲ましたためか、今日は何時《いつ》もより氣?だの愚痴だのが多くつて、例のやうに純粹の興味が湧かないのを殘念に思つた。好い加減に酒を切り上げて見たが、矢つ張り物足らなかつた。夫《それ》で新らしく入れた茶を勸めながら、
 「貴方の經歴談は何時《いつ》聞いても面白い。夫《それ》許《ばかり》でなく、僕のやうな世間見ずは、御話を伺ふたんびに利益を得ると思つて感謝してゐるんだが、貴方が今迄遣つて來た生活のうちで、最も愉快だつたのは何ですか」と聞いて見た。森本は熱い茶を吹き/\、少し充血した眼を二三度ぱちつかせて黙つてゐた。やがて深い湯呑を干して仕舞ふと、斯う云つた。
 「さうですね。遣つた後《あと》で考へると、みんな面白いし、又みんな詰らないし、自分ぢや一寸見分が付かないんだが。――全體愉快つてえのは、その、女氣《をんなつけ》のある方を指すんですか」
 「さう云ふ譯でもないんですが、有つたつて差支ありません」
 「なんて、實は其方《そつち》の方が聞きたいんでせう。――然し雜談《じやうだん》拔きでね、田川さん。面白い面白くないは偖《さて》置いて、あれ程|呑氣《のんき》な生活は世界に又となからうといふ奴を遣つた覺があるんですよ。そいつを一つ話しませうか、御茶受の代りに」
 敬太郎は一も二もなく所望した。森本は「ぢやあ一寸小便をして來る」と云つて立ち掛けたが、「其代り斷わつて置くが女氣《をんなつけ》はありませんよ。女氣《をんなつけ》どころか、第一人間の氣《け》がないんだもの」と念を押して廊下の外へ出て行つた。敬太郎は一種の好奇心を抱《いだ》いて、彼の歸るのを待ち受けた。
 
     八
 
 所が五分待つても十分待つても冒險家は容易に顏を現はさなかつた。敬太郎はとう/\凝《じつ》と我慢し切れなくなつて、自分で下へ降《お》りて用場《ようば》を探して見ると、森本の影も形も見えない。念の爲め又|階段《はしごだん》を上《あが》つて、彼の部屋の前迄來ると、障子を五六寸明け放した儘、眞中に手枕をしてごろりと向ふむきに轉がつてゐるものが即ち彼であつた。「森本さん、森本さん」と二三度呼んで見たが、中々動きさうにないので、流石《さすが》の敬太郎も勃《むつ》として、いきなり室《へや》に這入り込むや否や、森本の首筋を攫《つか》んで強く搖振《ゆすぶ》つた。森本は不意に蜂にでも螫《さ》されたやうに、あつと云つて半《なか》ば跳《は》ね起きた。けれども振り返つて敬太郎の顔を見ると同時に、又すぐ夢現《ゆめうつゝ》のたるい眼付に戻つて、
 「やあ貴方ですか。あんまり頂戴した所為《せゐ》か、少し氣分が變になつたもんだから、此所へ來て一寸休んだらつい眠くなつて」と辯解する樣子に、是といつて他《ひと》を愚弄する體《てい》もないので、敬太郎もつい怒《おこ》れなくなつた。然し彼の待ち設けた冒險談は是で一頓挫《いちとんざ》を來《きた》したも同然なので、一人自分の室《へや》に引取らうとすると、森本は「どうも濟みません、御苦勞樣でした」と云ひながら、又|後《あと》から敬太郎に付いて來た。さうして先刻《さつき》迄自分の坐つてゐた座蒲團の上に、きちんと膝を折つて、
 「ぢや愈《いよ/\》世界に類のない呑氣生活の御話でも始めますかな」と云つた。
 森本の呑氣生活といふのは、今から十五六年|前《ぜん》彼が技手に雇はれて、北海道の内地を測量して歩いた時の話であつた。固《もと》より人間のゐない所に天幕《てんと》を張つて寐起をして、用が片付き次第、又|天幕《てんと》を擔《かつ》いで、先へ進むのだから、當人の斷つた通り、到底女つ氣《け》のありやう筈はなかつた。
 「何しろ高さ二丈もある熊笹を切り開いて途を付けるんですからね」と彼は右手を額より高く上げて、如何に熊笹が高く茂つてゐたかを形容した。其切り開いた途の兩側に、朝起きて見ると、蝮蛇《まむし》がとぐろを卷いて日光を鱗の上に受けてゐる。それを遠くから棒で抑えて置いて、傍《そば》へ寄つて打《ぶ》ち殺して肉を燒いて食ふのだと彼は話した。敬太郎がどんな味がすると聞くと、森本は能く思ひ出せないが、何でも魚肉《さかな》と獣肉《にく》の間位だらうと答へた。
 天幕《てんと》の中へは熊笹の葉と小枝を山の樣に積んで、其上に疲れた身體を埋《うづ》めぬ許《ばかり》に投げ掛けるのが例であるが、時には外へ出て焚火をして、大きな熊を眼の前に見る事もあつた。虫が多いので蚊帳は始終釣つてゐた。ある時其蚊帳を擔《かつ》いで谷川へ下りて、何とかいふ川魚を掬《すく》つて歸つたら、其晩から蚊帳が急に腥《なまぐ》さくなつて困つた。――凡《すべ》て是等は森本の所謂呑氣生活の一部分であつた。
 彼は又山であらゆる茸《たけ》を採つて食つたさうである。ます茸《だけ》といふのは廣葢《ひろぶた》程の大きさで、切つて味噌汁の中へ入れて※[者/火]ると丸《まる》で蒲鉾《かまぼこ》のやうだとか、月見茸《つきみだけ》といふのは一抱《ひとかゝへ》もあるけれども、是は殘念だが食へないとか、鼠茸《ねずみだけ》といふのは三つ葉の根のやうで可愛《かはい》らしいとか、中々|精《くは》しい説明をした。大きな笠の中へ、野葡萄を一杯探つて來て、それ許《ばかり》貪《むさ》ぼつてゐたものだから、仕舞に舌が荒れて、飯が食へなくなつて困つたといふ話も序《ついで》に付け加へた。
 食ふ話ばかりかと思ふと、又一週間絶食をしたといふ悲酸な物語もあつた。それはみんなの糧《かて》が盡きたので、人足が村迄米を取りに行つた留守中に大變な豪雨があつた時の事である。元々村へ出るには、澤邊《さはべ》迄降りて、澤傳ひに里へ下るのだから、俄雨で谷が急に一杯になつたが最後、米など脊負《しよ》つて歸れる譯のものでない。森本は腹が減つて仕方がないから、凝《じつ》と仰向《あふむけ》に寐て、たゞ空を眺めてゐた所が、仕舞にぼんやりし出して、夜も晝も滅茶苦茶に分らなくなつたさうである。
 「さう長い間飲まず食はずぢや、兩便《りやうべん》とも留《と》まるでせう」と敬太郎が聞くと、「いえ何、矢つ張有りますよ」と森本は頗る氣樂さうに答へた。
 
     九
 
 敬太郎は微笑せざるを得なかつた。然し夫《それ》よりも可笑《をか》しく感じたのは、森本の形容した大風の勢であつた。彼等の一行が測量の途次|茫々《ばう/\》たる芒原《すゝきはら》の中で、突然|面《おもて》も向けられない程の風に出會つた時、彼等は四つ這になつて、つい近所の密林の中へ逃げ込んだ所が、一抱《ひとかゝへ》も二抱《ふたかゝへ》もある大木の枝も幹も凄まじい音を立てゝ、一度に風から痛振《いたぶ》られるので、其動搖が根に傳はつて、彼等の踏んでゐる地面が、地震の時の樣にぐら/\したと云ふのである。
 「それぢや假令《たとひ》林の中へ逃げ込んだ所で、立つてゐる譯に行かないでせう」と敬太郎が聞くと、「無論突伏してゐました」といふ答であつたが、いくら非道《ひど》い風だつて、土の中に張つた大木の根が動いて、地震を起す程の勢があらうとは思へなかつたので、敬太郎は覺えず吹き出して仕舞つた。すると森本も丸《まる》で他事《ひとごと》の樣に同じく大きな聲を出して笑ひ始めたが、夫《それ》が濟むと、急に眞面目になつて、敬太郎の口を抑へるやうな手付をした。
 「可笑《をか》しいが本當です。何《ど》うせ常識以下に飛び離れた經驗をする位の僕だから、不中用《やくざ》にやあ違ないが本當です。――尤も貴方見たいに學のあるものが聞きあ全く嘘のやうな話さね。だが田川さん、世の中には大風に限らず隨分面白い事が澤山あるし、又貴方なんざあ其面白い事に打《ぶ》つからう/\と苦勞して御出《おいで》なさる御樣子だが、大學を卒業しちやもう駄目ですよ。いざとなると大抵は自分の身分を思ひますからね。よしんば自分でいくら身を落す積《つもり》で掛つても、まさか親の敵討《かたきうち》ぢやなしね、さう眞劍に自分の位地を棄てゝ漂浪するほどの物數奇《ものずき》も今の世にはありませんからね。第一《だいち》傍《はた》がさう爲《さ》せないから大丈夫です」
 敬太郎は森本の此言葉を、失意のやうにも又得意のやうにも聞いた。さうして腹の中で、成程|常調《じやうてう》以上《いじやう》の變つた生活は、普通の學士などには送れないかも知れないと考へた。所がそれを自分にさへ抑えたい氣がするので、わざと抵抗するやうな語氣で、
 「だつて、僕は學校を出たには出たが、未だに位置などは無いんですぜ。貴方は位置々々つて頻りに云ふが。――實際位置の奔走にも厭々《あき/\》して仕舞つた」と投げ出すやうに云つた。すると森本は比較的嚴肅な顔をして、
 「貴方のは位置がなくつて有る。僕のは位置が有つて無い。それ丈《だけ》が違ふんです」と若いものに教へる態度で答へた。けれども敬太郎には此|御籤《おみくじ》めいた言葉が左程《さほど》の意義を齎《もたら》さなかつた。二人は少しの間烟草を吹かして黙つてゐた。
 「僕もね」とやがて森本が口を開いた。「僕もね、斯うやつて三年越、鐵道の方へ出てゐるが、もう厭になつたから近々《きん/\》罷《や》めやうと思ふんです。尤も僕の方で罷《や》めなけりや向ふで罷《や》める丈《だけ》なんだからね。三年越と云やあ僕にしちや長い方でさあ」
 敬太郎は罷《や》めるが好からうとも罷《や》めないが好からうとも云はなかつた。自分が罷《や》めた經驗も罷《や》められた閲歴もないので、他《ひと》の進退などは何うでも構はない樣な氣がした。たゞ話が理に落ちて面白くないといふ自覺|丈《だけ》あつた。森本は夫《それ》と察したか、急に調子を易へて、世間話を快活に十分程した後《あと》で、「いや何うも御馳走でした。――兎に角田川さん若いうちの事ですよ、何を遣るのも」と、恰も自分が五十位の老人のやうなことを云つて歸つて行つた。
 夫《それ》から一週間|許《ばかり》の間、田川は落ち付いて森本と話す機會を有《も》たなかつたが、二人共同じ下宿にゐるのだから、朝か晩に彼の姿を認めない事は殆んど稀であつた。顔を洗ふ所などで落ち合ふ時、敬太郎は彼の着てゐる黒襟の掛つたドテラが常に目に付いた。彼は又|襟開《えりあき》の廣い新調の脊廣を着て、妙な洋杖《ステツキ》を突いて、役所から歸ると能く出て行つた。其|洋杖《ステツキ》が土間の瀬戸物製の傘入《かさいれ》に入れてあると、はゝあ先生今日は宅《うち》に居るなと思ひながら敬太郎は常に下宿の門《かど》を出入《でいり》した。すると其|洋杖《ステツキ》がちやんと例の所に立てゝあるのに、森本の姿が不意に見えなくなつた。
 
     十
 
 一日二日はつい氣が付かずに過ぎたが、五日目位になつても、まだ森本の影が見えないので、敬太郎は漸く不審の念を起し出した。給仕に來る下女に聞いて見ると、彼は役所の用で何處かへ出張したのださうである。固《もと》より役人である以上、何時《いつ》出張しないとも限らないが、敬太郎は平生から此男を相《さう》して、何でも停車場《ステーシヨン》の構内で、貨物の發送係位を勤めてゐるに違ないと判じてゐたものだから、出張と聞いて少し案外な心持がした。けれども立つ時既に五六日と斷つて行つたのだから、今日か翌日《あした》は歸る筈だと下女に云はれて見ると、成程さうかとも思つた。所が豫定の時日が過ぎても、森本の變な洋杖《ステツキ》が依然として傘入《かさいれ》の中にあるのみで、當人のドテラ姿は一向洗面所へ現はれなかつた。
 仕舞に宿の神さんが來て、森本さんから何か御音信《おたより》が御座いましたかと聞いた。敬太郎は自分の方で下へ聞きに行かうと思つてゐた所だと答へた。神さんは多少心元ない色を梟《ふくろ》の樣な丸い眼の中《うち》に漂《たゞ》よはせて出て行つた。夫《それ》から一週間程經つても森本はまだ歸らなかつた。敬太郎も再び不審を抱《いだ》き始めた。帳場の前を通る時に、未《まだ》ですかとわざと立ち留つて聞く事さへあつた。けれども其頃は自分が又思ひ返して、位置の運動を始め出した出花《でばな》なので、自然|其《その》方《はう》にばかり頭を專領される日が多いため、是より以上立ち入つて何物をも探る事を敢てしなかつた。實を云ふと、彼は森本の豫言通り、衣食の計《はかりごと》のために、好奇家の權利を放棄したのである。
 すると或晩主人が一寸御邪魔をしても好いかと斷わりながら障子を開けて這入つて來た。彼は腰から古めかしい烟草入を取り出して、其筒を拔く時ぽんといふ音をさせた。夫《それ》から銀の烟管《きせる》に刻草《きざみ》を詰めて、濃い烟を巧者に鼻の穴から迸《ほとば》しらせた。斯う緩《ゆつ》くり構へる彼の本意を、敬太郎は判然《はつきり》向ふからさうと切り出される迄|覺《さと》らずに、何うも變だと許《ばかり》考へてゐた。
 「實は少し御願があつて上つたんですが」と云つた主人は稍《やゝ》小聲になつて、「森本さんの居らつしやる所を何うか教へて頂く譯に參りますまいか、決して貴方に御迷惑の懸るやうな事は致しませんから」と藪から棒に附け加へた。
 敬太郎は此意外の質問を受けて、しばらくは何といふ挨拶も口へ出なかつたが、漸く、「一體何う云ふ譯なんです」と主人の顏を覗き込んだ。さうして彼の意味を讀まうとしたが、主人は煙管《きせる》が詰つたと見えて、敬太郎の火箸で雁首《がんくび》を堀つてゐた。夫《それ》が濟んでから羅字《らう》の疎通をぷつ/\試した上、そろ/\と説明に取り掛つた。
 主人の云ふ所によると、森本は下宿代が此家《こゝ》に六ケ月|許《ばかり》滯《とゞこほ》つてゐるのださうである。が、三年越しゐる客ではあるし、遊んでゐる人ぢやなし、此年《ことし》の末には何うかするからといふ當人の言譯を信用して、別段催促もしなかつた所へ、今度の旅行になつた。家《うち》のものは固《もと》より出張と許《ばか》り信じてゐたが、其|日限《にちげん》が過ぎていくら待つても歸らないのみか、何處からも何の音信《たより》も來ないので、仕舞にとう/\不審を起した。夫《それ》で一方に本人の室《へや》を調べると共に、一方に新橋へ行つて出張先を聞き合せた。ところが室《へや》の方は荷物も其儘で、彼の居つた時分と何の變りもなかつたが、新橋の答は又案外であつた。出張したと許《ばかり》思つてゐた森本は、先月限り罷《や》められてゐたさうである。
 「夫《それ》で貴方は平生森本さんと御懇意の間柄で居らつしやるんだから、貴方に伺つたら多分何處に御出《おいで》か分るだらうと思つて上つた樣な譯で。決して貴方に森本さんの分を何うの斯うのと申し上げる積《つもり》ではないのですから、何うか居所|丈《だけ》知らして頂けますまいか」
 敬太郎は此|失踪者《しつそうしや》の友人として、彼の香《かん》ばしからぬ行爲に立ち入つた關係でもあるかの如く主人から取扱はれるのを甚だ迷惑に思つた。成程事實をいへば、つい此間迄或意味の嘆賞《たんしやう》を懷《ふところ》にして森本に近づいてゐたには違ないが、こんな實際問題に迄秘密の打ち合せがあるやうに見做《みな》されては、未來を有《も》つ青年として大いなる不面目だと感じた。
 
     十一
 
 正直な彼は主人の疳違《かんちがひ》を腹の中で怒《おこ》つた。けれども怒る前に先づ冷たい青大將《あをだいしやう》でも握らせられた樣な不氣味さを覺えた。此妙に落付拂つて古風な烟草入から刻《きざ》みを撮《つま》み出しては雁首《がんくび》へ詰める男の誤解は、正解と同じ樣な不安を敬太郎に與へたのである。彼は談判に伴なう一種の藝術の如く巧みに烟管《きせる》を扱かふ人であつた。敬太郎は彼の樣子をしばらく眺めてゐた。さうして只知らないといふより外に、向ふの疑惑を晴らす方法がないのを殘念に思つた。果して主人は容易に烟草入を腰へ納めなかつた。烟管《きせる》を筒へ入れて見たり出して見たりした。其度に例の通りぽん/\といふ音がした。敬太郎は仕舞に何うしても此音を退治《たいぢ》て遣りたいやうな氣がし出した。
 「僕はね、御承知の通り學校を出た許《ばかり》でまだ一定の職業もなにもない貧書生だが、是でも少しは教育を受けた事のある男だ。森本のやうな浮浪の徒《と》と一所に見られちや、少し體面に係はる。况んや後暗《うしろぐら》い關係でもあるやうに邪推して、いくら知らないと云つても執濃《しつこ》く疑《うたぐ》つてゐるのは怪《け》しからんぢやないか。君がさういふ態度で、二年もゐる客に對する氣なら夫《それ》で好い。此方《こつち》にも料簡《れうけん》がある。僕は過去二年の間君のうちに厄介になつてゐるが、一ケ月でも宿料《しゆくれう》を滯《とゞこ》ふらした事があるかい」
 主人は無論敬太郎の人格に對して失禮に當るやうな疑を毛頭抱いてゐない積《つもり》であるといふ事を繰り返して述べた。さうして萬一森本から音信《たより》でもあつて、彼の居所が分つたら何うぞ忘れずに教へて貰ひたいと頼んだ末、もしさつき聞いた事が敬太郎の氣に障つたら、いくらでも詫《あや》まるから勘辨して呉れと云つた。敬太郎は主人の烟草入を早く腰に差させやうと思つて、單に宜しいと答へた。主人は漸く談判の道具を角帶《かくおび》の後へ仕舞ひ込んだ。室《へや》を出る時の彼の樣子に、別段敬太郎を疑ぐる氣色《けしき》も見えなかつたので、敬太郎は怒つて遣つて好い事をしたと考へた。
 夫《それ》からしばらく經つと、森本の室《へや》に、何時《いつ》の間《ま》にか新らしい客が這入つた。敬太郎は彼の荷物を主人が何う片付けたかに就いて不審を抱いた。けれども主人がかの烟草入を差して談判に來て以來、森本の事はもう聞くまいと決心したので、腹の中《なか》は兎も角、上部《うはべ》は知らん顔をしてゐた。さうして依然として出來るやうな又出來ないやうな地位を、元程|焦燥《あせ》らない程度ながらも、先づ自分の遣るべき第一の義務として、根氣に狩《か》り歩《あ》るいてゐた。
 或る晩も其用で内幸町迄行つて留守を食《く》つたので已《やむ》を得ず又電車で引き返すと、偶然向ふ側に黄八丈《きはちぢやう》の袢天《はんてん》で赤ん坊を負《おぶ》つた婦人が乘り合せてゐるのに氣が付いた。其女は眉毛の細くて濃い、首筋の美くしく出來た、何方《どつち》かと云へば粹《いき》な部類に屬する型だつたが、何うしても袢天負《はんてんおんぶ》をするといふ柄《がら》ではなかつた。と云つて、背中の子は慥《たしか》に自分の子に違ないと敬太郎は考へた。猶《なほ》能く見ると前垂の下から格子縞か何かの御召が出てゐるので、敬太郎は益《ます/\》變に思つた。外面《そと》は雨なので、五六人の乘客は皆|傘《かさ》をつぼめて杖にしてゐた。女のは黒蛇目《くろじやのめ》であつたが、冷たいものを手に持つのが厭だと見えて、彼女はそれを自分の側《わき》に立て掛けて置いた。其疊んだ蛇の目の先に赤い漆《うるし》で加留多《かるた》と書いてあるのが敬太郎の眼に留つた。
 此|黒人《くろうと》だか素人《しろうと》だか分らない女と、私生兒だか普通の子だか怪しい赤ん坊と、濃い眉を心持八の字に寄せて俯目勝《ふしめがち》な白い顏と、御召の着物と、黒蛇の目に鮮かな加留多《かるた》といふ文字とが互違《たがひちがひ》に敬太郎の神經を刺戟した時、彼は不圖森本と一所になつて子迄生んだといふ女の事を思ひ出した。森本自身の口から出た、「斯ういふと未練がある樣で可笑《をか》しいが、顔質《かほだち》は惡い方ぢやありませんでした。眉毛《まみえ》の濃い、時々八の字を寄せて人に物を云ふ癖のある」といつた樣な言葉をぽつ/\頭の中で憶ひ起しながら、加留多《かるた》と書いた傘《かさ》の所有|主《ぬし》を注意した。すると女はやがて電車を下りて雨の中に消えて行つた。後に殘つた敬太郎は一人森本の顏や樣子を心に描きつゝ、運命が今彼を何處に連れ去つたらうかと考へ/\下宿へ歸つた。さうして自分の机の上に差出人の名前の書いてない一封の手紙を見出《みいだ》した。
 
     十二
 
 好奇心に驅られた敬太郎は破るやうに此無名氏の書信を披《ひら》いて見た。すると西洋罫紙《せいやうけいし》の第一行目に、親愛なる田川君として下に森本生よりとあるのが何より先に眼に入つた。敬太郎はすぐ又封筒を取り上げた。彼は視線の角度を幾通りにも變へて、其所に消印の文字を讀まうと力《つと》めたが、肉が薄いので何うしても判斷が付かなかつた。已《やむ》を得ず再び本文に立ち歸つて、まづ夫《それ》から片付ける事にした。本文には斯うあつた。
 「突然消えたんで定めて驚ろいたでせう。貴方は驚ろかないにしても、雷獣《らいじう》とさうしてヅク(森本は平生下宿の主人夫婦を、雷獣《らいじう》とさうしてヅクと呼んでゐた。ヅクは耳ヅクの略語である)彼等兩人は驚ろいたに違ない。打ち明けた御話をすると、實は少し下宿代を滯《とゞこ》うらしてゐたので、話をしたら雷獣とさうしてヅクが面倒をいふだらうと思つて、わざと斷らずに、自由行動を取りました。僕の室《へや》に置いてある荷物を始末したら――行李《こり》の中には衣類其他が悉皆《すつかり》這入つてゐますから、相當の金になるだらうと思ふんです。だから兩人に貴方から右を賣るなり着るなりしろと仰しやつて頂きたい。尤も彼|雷獣《らいじう》は御承知の如き曲者《くせもの》故《ゆゑ》僕の許諾を待たずして、疾《とつく》の昔にさう取計つてゐるかも知れない。のみならず、此方《こつち》からさう穩便に出ると、まだ殘つてゐる僕の尻を、貴方に拭つて貰ひたいなどと、飛んでもない難題を持ち懸けるかも知れませんが、夫《それ》には決して取り合つちや不可《いけ》ません。貴方のやうに高等教育を受けて世の中へ出たての人は兎角|雷獣輩《らいじうはい》が食物《くひもの》にしたがるものですから、其|邊《へん》はよく御注意なさらないと不可《いけ》ません。僕だつて教育こそないが、借金を踏んぢや善くない位の事はまさかに心得てゐます。來年になれば屹度《きつと》返してやる積《つもり》です。僕に意外な經歴が數々あるからと云つて、貴方に此點迄疑はれては、折角の親友を一人失くしたも同樣、甚だ遺憾の至《いたり》だから、何うか雷獣《らいじう》如きものゝ爲に僕を誤解しないやうに願ひます」
 森本は次に自分が今大連で電氣公園の娯樂掛りを勤めてゐる由を書いて、來年の春には活動寫眞買入の用向を帶びて、是非共出京する筈だから、其節は御地で久し振に御目に懸るのを今から樂《たのしみ》にして待つてゐると附け加へてゐた。さうして其|後《あと》へ自分が旅行した滿洲地方の景况をさも面白さうに一口位|宛《づゝ》吹聽《ふいちやう》してゐた。中で最も敬太郎を驚ろかしたのは、長春《ちやうしゆん》とかにある博打場《ばくちば》の光景で、是は甞《かつ》て馬賊の大將をしたといふ去る日本人の經營に係るものだが、其所へ行つて見ると、何百人と集まる汚ない支那人が、折詰のやうにぎつしり詰つて、血眼《ちまなこ》になりながら、一種の臭氣を吐き合つてゐるのださうである。しかも長春の富豪が、慰み半分わざと垢《あか》だらけな着物を着て、こつそり此所へ出入《しゆつにふ》するといふんだから、森本だつて何《ど》んな眞似をしたか分らないと敬太郎は考へた。
 手紙の末段には盆栽の事が書いてあつた。「あの梅の鉢は動坂の植木屋で買つたので、幹は夫《それ》程《ほど》古くないが、下宿の窓などに載せて置いて朝夕《あさゆふ》眺めるには丁度手頃のものです。あれを獻上するから貴方の室《へや》へ持つて入らつしやい。尤も雷獣《らいじう》とさうしてヅクは兩人共極めて不風流故、床の間の上へ据ゑたなり放《はふ》つて置いて、もう枯らして仕舞つたかも知れません。夫《それ》から上り口の土間の傘入《かさいれ》に、僕の洋杖《ステツキ》が差さつてゐる筈です。あれも價格《ねだん》から云へば決して高く踏めるものではありませんが、僕の愛用したものだから、紀念のため是非貴方に進上したいと思ひます。如何な雷獣《らいじう》とさうしてヅクもあの洋杖《ステツキ》を貴方が取つたつて、まさか故障は申し立てますまい。だから決して御遠慮なさらずと好い。取つて御使ひなさい。――滿洲ことに大連は甚だ好い所です。貴方の樣な有爲の青年が發展すべき所は當分|外《ほか》に無いでせう。思ひ切つて是非入らつしやいませんか。僕は此方《こつち》へ來て以來滿鐵の方にも大分《だいぶ》知人が出來たから、もし貴方が本當に來る氣なら、相當の御世話は出來る積《つもり》です。但し其節は前以て一寸御通知を願ひます。左樣《さよ》なら」
 敬太郎は手紙を疊んで机の抽出《ひきだし》へ入れたなり、主人夫婦へは森本の消息に就て何事も語らなかつた。洋杖《ステツキ》は依然として、傘入の中に差さつてゐた。敬太郎は出入《でいり》の都度《つど》、夫《それ》を見るたびに一種妙な感に打たれた。
 
  停留所
 
     一
 
 敬太郎に須永《すなが》といふ友達があつた。是は軍人の子でありながら軍人が大嫌《だいきらひ》で、法律を修めながら役人にも會社員にもなる氣のない、至つて退嬰主義《たいえいしゆぎ》の男であつた。少くとも敬太郎にはさう見えた。尤も父は餘程以前に死んだとかで、今では母とたつた二人ぎり、淋《さみ》しいやうな、又|床《ゆか》しいやうな生活を送つてゐる。父は主計官として大分《だいぶ》好い地位に迄昇つた上、元來が貨殖《くわしよく》の道に明らかな人であつた丈《だけ》、今でも母子《おやこ》共《とも》衣食の上に不安の憂を知らない好い身分である。彼の退嬰主義《たいえいしゆぎ》も半《なか》ばは此安泰な境遇に慣れて、奮闘の刺戟を失つた結果とも見られる。といふものは、父が比較的立派な地位にゐた所爲《せゐ》か、彼には世間|體《てい》の好い許《ばかり》でなく、實際爲になる親類があつて、幾何《いくら》でも出世の世話をして遣らうといふのに、彼は何だ蚊だと手前勝手|許《ばかり》並べて、今以て愚圖々々してゐるのを見ても分る。
 「さう贅澤ばかり云つてちや勿體ない。厭なら僕に讓るがいゝ」と敬太郎は冗談半分に須永を強請《せび》ることもあつた。すると須永は淋《さび》しさうな又氣の毒さうな微笑を洩らして、「だつて君ぢや不可《いけ》ないんだから仕方がないよ」と斷るのが常であつた。斷られる敬太郎は冗談にせよ好い心持はしなかつた。己《おれ》は己《おれ》で何うかするといふ氣慨も起して見た。けれども根が執念深《しふねんぶか》くない性質《たち》だから、是しきの事で須永に對する反抗心などが永く續きやう筈がなかつた。其上身分が定まらないので、氣の落ち付く背景を有《も》たない彼は、朝から晩迄下宿の一《ひ》と間《ま》に凝《じつ》と坐つてゐる苦痛に堪へなかつた。用がなくつても半日は是非出て歩るいた。さうして能く須永の家《うち》を訪問《おとづ》れた。一つは何時《いつ》行つても大抵留守の事がないので、行く敬太郎の方でも張合があつたのかも知れない。
 「糊口《くち》も糊口《くち》だが、糊口《くち》より先に、何か驚嘆に價する事件に會ひたいと思つてるが、いくら電車に乘つて方々歩いても全く駄目だね。攫徒《すり》にさへ會はない」などと云ふかと思ふと、「君、教育は一種の權利かと思つてゐたら全く一種の束縛だね。いくら學校を卒業したつて食ふに困るやうぢや何の權利かこれ有らんやだ。夫《それ》ぢや位地は何うでも可《い》いから思ふ存分勝手な眞似をして構はないかといふと、矢つ張り構ふからね。厭に人を束縛するよ教育が」と忌々《いま/\》しさうに嘆息する事がある。須永は敬太郎の何《いづ》れの不平に對しても餘り同情がないらしかつた。第一彼の態度からしてが本當に眞面目なのだか、又はたゞ空焦燥《からはしやぎ》に焦燥《はしや》いでゐるのか見分が付かなかつたのだらう。或時須永はあまり敬太郎が斯ういふ樣な浮《うは》ずつた事ばかり言ひ募るので、「夫《それ》ぢや君は何《ど》んな事がして見たいのだ。衣食問題は別として」と聞いた。敬太郎は警視廳の探偵見たやうな事がして見たいと答へた。
 「ぢや爲《す》るが好いぢやないか、譯ないこつた」
 「所がさうは行かない」
 敬太郎は本氣に何故《なぜ》自分に探偵が出來ないかといふ理由を述べた。元來探偵なるものは世間の表面から底へ潜《もぐ》る社會の潜水夫のやうなものだから、是程人間の不思議を攫《つか》んだ職業はたんとあるまい。夫《それ》に彼等の立場は、たゞ他《ひと》の暗黒面を觀察する丈《だけ》で、自分と墮落して懸る危險性を帶びる必要がないから、猶《なほ》の事都合が可《い》いには相違ないが、如何《いかん》せん其目的が既に罪惡の暴露にあるのだから、豫《あらか》じめ人を陷《おとしい》れやうとする成心の上に打ち立てられた職業である。そんな人の惡い事は自分には出來ない。自分はたゞ人間の研究者|否《いな》人間の異常なる機關《からくり》が暗い闇夜に運轉する有樣を、驚嘆の念を以て眺めてゐたい。――斯ういふのが敬太郎の主意であつた。須永は逆《さから》はずに聞いてゐたが、是といふ批判の言葉も放たなかつた。夫《それ》が敬太郎には老成と見えながら其實平凡なのだとしか受取れなかつた。しかも自分を相手にしないやうな落付拂つた風のあるのを惡《にく》く思つて別れた。けれども五日と經たないうちに又須永の宅《うち》へ行きたくなつて、表へ出ると直《すぐ》神田行の電車に乘つた。
 
     二
 
 須永はもとの小川亭即ち今の天下堂といふ高い建物を目標《めじるし》に、須田町の方から右へ小さな横町を爪先上《つまさきのぼ》りに折れて、二三度不規則に曲つた極めて分り惡《にく》い所に居た。家並《いへなみ》の立て込んだ裏通りだから、山の手と違つて無論屋敷を廣く取る餘地はなかつたが、夫《それ》でも門から玄關迄二間程御影の上を渡らなければ、格子先の電鈴《ベル》に手が屆かない位の一構であつた。もとから自分の持家《もちいへ》だつたのを、一時親類の某《なにがし》に貸したなり久しく過ぎた所へ、父が死んだので、無人《ぶにん》の活計《くらし》には場所も廣さも恰好だらうといふ母の意見から、駿河臺の本宅を賣拂つて此所へ引移つたのである。尤も夫《それ》から大分《だいぶ》手を入れた。殆んど新築したも同然さと甞《かつ》て須永が説明して聞かせた時に、敬太郎は成程|左樣《さう》かと思つて、二階の床柱や天井板を見廻した事がある。此二階は須永の書齋にするため、後から繼ぎ足したので、風が強く吹く日には少し搖れる氣味はあるが、外に是と云つて非の打ちやうのない綺麗に明かな四疊六疊|二間《ふたま》つゞきの室《へや》であつた。其|室《へや》に坐つてゐると、庭に植ゑた松の枝と、手斧目《てうなめ》の付いた板塀の上の方と、夫《それ》から忍び返しが見えた。縁に出て手摺《てすり》から見下した時、敬太郎は松の根に一面と咲いた鷺草《さぎさう》を眺めて、あの白いものは何だと須永に聞いた事もあつた。
 彼は須永を訪問して此座敷に案内されるたびに、書生と若旦那の區別を判然と心に呼び起さざるを得なかつた。さうして斯う小じんまり片付いて暮してゐる須永を輕蔑すると同時に、閑静ながら餘裕のある此友の生活を羨やみもした。青年があんなでは駄目だと考へたり、又あんなにも爲《な》つて見たいと思つたりして、今日も二つの矛盾から出來上つた斑《まだら》な興味を懷《ふところ》に、彼は須永を訪問したのである。
 例の小路《こうぢ》を二三度曲折して、須永の住居《すま》つてゐる通りの角迄來ると、彼より先に一人の女が須永の門を潜《くゞ》つた。敬太郎はたゞ一目《ひとめ》其後姿を見た丈《だけ》だつたが、青年に共通の好奇心と彼に固有の浪漫趣味《ロマンしゆみ》とが力を合せて、引き摺るやうに彼を同じ門前に急がせた。一寸覗いて見ると、もう女の影は消えてゐた。例の通り紅葉《もみぢ》を引手《ひきて》に張り込んだ障子が、閑靜に閉《しま》つてゐる丈《だけ》なのを、敬太郎は少し案外にかつ物足らず眺めてゐたが、やがて沓脱《くつぬぎ》の上に脱ぎ捨てた下駄に氣を付けた。其下駄は勿論女ものであつたが、行儀よく向ふむきに揃つてゐる丈《だけ》で、下女が手を懸けて直した迹《あと》が少しも見えない。敬太郎は下駄の向と、思つたより早く上《あが》つて仕舞つた女の所作とを繼ぎ合はして、是は取次を乞はずに、獨りで勝手に障子を開けて這入つた極めて懇意の客だらうと推察した。でなければ家《うち》のものだが、夫《それ》では少し變である。須永の家《いへ》は彼と彼の母と仲働《なかばたら》きと下女の四人《よつたり》暮しである事を敬太郎はよく知つてゐたのである。
 敬太郎は須永の門前にしばらく立つてゐた。今這入つた女の動靜をそつと塀の外から窺《うかゞ》ふといふよりも、寧ろ須永と此女が何《ど》んな文《あや》に二人の浪漫《ロマン》を織つてゐるのだらうと想像する積《つもり》であつたが、矢張|聞耳《きゝみゝ》は立てゝゐた。けれども内は何時《いつ》もの通り森《しん》としてゐた。艶《なま》めいた女の聲|所《どころ》か、咳嗽《せき》一つ聞えなかつた。
 「許嫁《いひなづけ》かな」
 敬太郎は先《まづ》第一に斯う考へたが、彼の想像は其位で落付く程、訓練を受けてゐなかつた。――母は仲働を連れて親類へ行つたから今日は留守である。飯焚《めしたき》は下女部屋に引き下がつてゐる。須永と女とは今差向ひで何か私語《さゝや》いてゐる。――果してさうだとすると何時《いつ》もの樣に格子戸《かうしど》をがらりと開けて頼むと大きな聲を出すのも變なものである。或は須永も母も仲働も一所に出たかも知れない。御《お》さんは屹度《きつと》晝寐をしてゐる。女は其所へ這入つたのである。とすれば泥棒である。此儘引返しては濟まない。――敬太郎は狐憑《きつねつき》の樣にのそりと立つてゐた。
 
     三
 
 すると二階の障子がすうと開《あ》いて、青い色の硝子瓶《がらすびん》を提《さ》げた須永の姿が不意に縁側へ現はれたので敬太郎は一寸|吃驚《びつくり》した。
 「何をしてゐるんだ。落し物でもしたのかい」と上から不思議さうに聞きかける須永を見ると、彼は咽喉《のど》の周圍《まはり》に白いフラネルを捲いてゐた。手に提げたのは含嗽劑《がんそうざい》らしい。敬太郎は上を向いて、風邪を引いたのかとか何とか二三言葉を換《か》はしたが、依然として表に立つた儘、動かうともしなかつた。須永は仕舞に這入れと云つた。敬太郎はわざと這入つても可《い》いかと念を入れて聞き返した。須永は殆んど其意味を覺《さと》らない人の如く、輕く首肯《うなづ》いたぎり障子の内に引き込んでしまつた。
 階段《はしごだん》を上《あが》る時、敬太郎は奧の部屋で微《かす》かに衣摺《きぬずれ》の音がするやうな氣がした。二階には今迄須永の羽織つてゐたらしい黒八丈《くろはちぢやう》の襟の掛つたどてらが脱ぎ捨てゝある丈《だけ》で、外に平生と變つた所はどこにも認められなかった。敬太郎の性質から云つても、彼の須永に對する交情から云つても、是程氣に掛る女の事を、率直に切り出して聞けない筈はなかつたのだが、今迄に何處か罪な想像を逞《たく》ましくしたといふ疚《や》ましさもあり、又|面《めん》と向つてすぐとは云ひ惡《にく》い皮肉な覘《ねらひ》を付けた自覺もあるので、今しがた君の家《うち》へ這入つた女は全體何者だと無邪氣に尋ねる勇氣も出なかつた。却つて自分の先へ先へと走りたがる心を壓《お》し隱すやうな風に、
 「空想はもう當分|已《や》めだ。夫《それ》よりか口の方が大事だからね」と云つて、兼《かね》て須永から聞いてゐる内幸町《うちさいはひちやう》の叔父さんといふ人に、一應さういふ方の用向で會つて置きたいから紹介して呉れと眞面目に頼んだ。叔父といふのは須永の母の妹の連合《つれあひ》で、官吏から實業界へ這入つて、今では四つか五つの會社に關係を有《も》つてゐる相當な位地の人であつたが、須永は其叔父の力を藉《か》りて何うしやうといふ料簡《れうけん》もないと見えて、「叔父が色々云つて呉れるけれども、僕は餘《あんまり》進まないから」と、かつて敬太郎に話した事があつたのを、敬太郎は覺えてゐたのである。
 須永は今朝既に其叔父に會ふ筈であつたが、咽喉《のど》を痛めたため、外出を見合せたのださうで、四五日内には大抵行けるだらうから、其時には是非話して見やうと答へたあとで、「叔父も忙がしい身體だしね、夫《それ》に方々から頼まれるやうだから、屹度《きつと》とは受合はれないが、まあ會つて見給へ」と念の爲だか何だか付け加へた。餘り望を置き過ぎられては困るといふのだらうと敬太郎は解釋したが、夫《それ》でも會はないよりは増しだ位に考へて、例に似ず宜しく頼む氣になつた。が、口で頼む程腹の中では心配も苦労もしてゐなかつた。
 元來彼が卒業後相當の地位を求める爲に、腐心し運動し奔走し、今も猶《なほ》しつゝあるのは、當人の公言する如く佯《いつは》りなき事實ではあるが、未だに成效《せいかう》の曙光《しよくわう》を拜まないと云つて、左《さ》も苦しさうな聲を出して見せるうちには、少なくとも五割方の懸値が籠つてゐた。彼は須永の樣な一人息子ではなかつたが、(妹が片付いて、)母一人殘つてゐる所は兩方共同じであつた。彼は須永のやうに地面家作の所有主でない代りに、國に少し田地《でんぢ》を有《も》つてゐた。固《もと》より大した穀高《こくだか》になるといふ程のものでもないが、俵《へう》が幾何《いくら》といふ極つた金に毎年《まいねん》替へられるので、二十や三十の下宿代に窮する身分ではなかつた。其上女親の甘いのに付け込んで、自分で自分の身を喰ふやうな臨時費を請求した事も今迄に一度や二度ではなかつた。だから位地々々と云つて騷ぐのが、全くの空騷《からさわぎ》でないにしても、郷黨だの朋友だの又は自分だのに對する虚榮心に煽《あふ》られてゐる事は慥《たし》かであつた。そんなら學校にゐるうちもつと勉強して好い成績でも取つて置きさうなものだのに、そこが浪漫家《ロマンか》丈《だけ》あつて、學課は成るべく怠けやう怠けやうと心掛けて通して來た結果.頗る鮮《あざ》やかならぬ及第をして仕舞つたのである。
 
 
 それで約一時間程須永と話す間にも、敬太郎は位地とか衣食とかいふ苦しい問題を自分と進んで持ち出して置きながら、矢張《やつぱり》先刻《さつき》見た後姿の女の事が氣に掛つて、肝心の世渡りの方には口先程眞面目になれなかつた。一度|下座敷《したざしき》で若々しい女の笑ひ聲が聞えた時などは、誰か御客が來てゐるやうだねと尋ねて見やうかしらんと考へた位である。所が其考へてゐる時間が、既に自然を打《ぶ》ち壞《こは》す道具になつて、折角の問が間外《まはづ》れにならうとしたので、とう/\口へ出さずに已《や》めて仕舞つた。
 それでも須永の方では成るべく敬太郎の好奇心に媚びる樣な話題を持ち出した氣でゐた。彼は自分の住んでゐる電車の裏通りが、如何に小さな家と細い小路《こうぢ》の爲に、賽《さい》の目のやうに區切《くぎ》られて、名も知らない都會人士の巣を形づくつてゐるうちに、社會の上層に浮き上らない戯曲が殆んど戸毎《こごと》に演ぜられてゐると云ふやうな事實を敬太郎に告げた。
 先づ須永の五六軒先には日本橋邊の金物屋《かなものや》の隱居の妾《めかけ》がゐる。其妾が宮戸座《みやとざ》とかへ出る役者を情夫《いろ》にしてゐる。夫《それ》を隱居が承知で黙つてゐる。其向ふ横町に代言《だいげん》だか周旋屋《しうせんや》だか分らない小綺麗な格子戸《かうしど》作りの家《うち》があつて、時々表へ女記者一名、女コツク一名至急入用などといふ廣告を黒板《ボールド》へ書いて出す。其所へある時二十七八の美くしい女が、襞《ひだ》を取つた紺綾《こんあや》の長いマントをすぽりと被《かぶ》つて、丸《まる》で西洋の看護婦といふ服裝《なり》をして來て職業の周旋を頼んだ。それが其家《そこ》の主人の昔《むか》し書生をしてゐた家《うち》の御孃さんなので、主人は勿論妻君も驚ろいたといふ話がある。次に背中合せの裏通りへ出ると、白髪頭で廿《はたち》位の妻君を持つた高利貸がゐる。人の評判では借金の抵當《かた》に取つた女房ださうである。其隣りの博奕打《ばくちうち》が、大勢同類を寄せて、互に血眼《ちまなこ》を擦《こす》り合つてゐる最中に、ねんね子で赤ん坊を負《おぶ》つた上《かみ》さんが、勝負で夢中になつてゐる亭主を迎に來る事がある。上《かみ》さんが泣きながら何うか一所に歸つて呉れといふと、亭主は歸るには歸るが、もう一時間程して負けたものを取り返してから歸るといふ。すると上《かみ》さんはそんな意地を張れば張る程負ける丈《だけ》だから、是非今歸つて呉れと縋《すか》り付くやうに頼む。いや歸らない、いや歸れといつて、往來の氷る夜中でも四隣《あたり》の眠《ねむり》を驚ろかせる。……
 須永の話を段々聞いてゐるうちに、敬太郎は斯ういふ實地小説のはびこる中に年來住み慣れて來た須永も亦人の見ないやうな芝居をこつそり遣つて、口を拭《ぬぐ》つて濟ましてゐるのかも知れないといふ氣が強くなつて來た。固《もと》より其推察の裏には先刻《さつき》見た後姿の女が薄い影を投げてゐた。「序《ついで》に君の分も聞かうぢやないか」と切り込んで見たが、須永はふんと云つて薄笑ひをした丈《だけ》であつた。其後で簡單に「今日は咽喉《のど》が痛いから」と云つた。左《さ》も小説は有《も》つてゐるが、君には話さないのだと云はん許《ばかり》の挨拶に聞えた。
 敬太郎が二階から玄關へ下りた時は、例の女下駄がもう見えなかつた。歸つたのか、下駄箱へ仕舞はしたのか、又は氣を利かして隱したのか、彼には丸《まる》で見當が付かなかつた。表へ出るや否や、何ういふ料簡か彼はすぐ一軒の烟草屋へ飛び込んだ。さうして其所から一本の葉巻を銜《くは》へて出て來た。それを吹かしながら須田町迄來て電車に乘らうとする途端に、喫烟御斷りといふ社則を思ひ出したので、又萬世橋の方へ歩いて行つた。彼は本郷の下宿へ歸る迄此葉巻を持たす積《つもり》で、ゆつくり/\足を運ばせながら猶《なほ》須永の事を考へた。其須永は決して何時《いつ》もの樣に單獨には頭の中へは這入つて来なかつた。考へるたびに屹度《きつと》後姿の女がちら/\跟《つ》いて來た。仕舞に「本郷臺町の三階から遠眼鏡《とほめがね》で世の中を覗いてゐて、浪漫的《ロマンてき》探險なんて氣の利いた眞似が出來るものか」と須永から冷笑《ひや》かされた樣な心持がし出した。
 
      五
 
 彼は今日《こんにち》迄《まで》、俗にいふ下町生活に昵懇《なじみ》も趣味も有《も》ち得ない男であつた。時たま日本橋の裏通りなどを通つて、身を横にしなければ潜《くゞ》れない格子戸だの、三和土《たゝき》の上から譯もなくぶら下がつてゐる鐵燈籠《かなどうろう》だの、上《あが》り框《がまち》の下を張り詰めた綺麗に光る竹だの、杉だか何だか日光《ひ》が透《とほ》つて赤く見える程薄つぺらな障子の腰だのを眼にする度に、如何にもせゝこましさうな心持になる。斯う萬事がきちりと小さく整のつて且《かつ》光つてゐられては窮屈で堪らないと思ふ。是程小ぢんまりと几帳面《きちやうめん》に暮らして行く彼等は、恐らく食後に使ふ楊枝の削《けづ》り方迄氣に掛けてゐるのではなからうかと考へる。さうして夫《それ》が悉く《こと/”\》く傳説的の法則に支配されて、丁度彼等の用ひる烟草盆の樣に、先祖代々順々に拭き込まれた習慣を笠に、恐るべく光つてゐるのだらうと推察する。須永の家《うち》へ行つて、用もない松へ大事さうな雪除《ゆきよけ》をした所や、狹い庭を馬鹿丁寧に枯松葉で敷き詰めた景色《けしき》抔《など》を見る時ですら、彼は繊細な江戸式の開化の懷《ふところ》に、ぽうと育つた若且都を聯想しない譯に行かなかつた。第一須永が角帶《かくおび》をきうと締めてきちりと坐る事からが彼には變であつた。其所へ長唄の好きだとかいふ御母《おつか》さんが時々出て來て、滑《すべ》つこい癖にアクセントの強い言葉で、舌觸《したざはり》の好い愛嬌を振り懸けてくれる折などは、昔から重語《ぢゆうづめ》にして藏の二階へ仕舞つて置いたものを、今取り出して來たといふ風に、出來合《できあひ》以上の旨さがあるので、紋切形《もんきりがた》とは無論思はないけれども、幾代《いくだい》も掛つて辭令の練習を積んだ巧みが、其底に潜《ひそ》んでゐるとしか受取れなかつた。
 要するに敬太郎はもう少し調子|外《はづ》れの自由なものが欲しかつたのである。けれども今日《けふ》の彼は少くとも想像の上に於て平生の彼とは違つてゐた。彼はコ川時代の濕《しめ》つぽい空氣が未《いま》だに漂《たゞ》よつてゐる黒い藏造《くらづくり》の立ち並《なら》ぶ裏通に、親讓りの家《うち》を構へて、敬ちやん御遊びなといふ友達を相手に、泥棒ごつこや大將ごつこをして成長したかつた。月に一遍宛|蠣殻町《かきがらちやう》の水天宮樣《すゐてんぐうさま》と深川の不動樣へ御參りをして、護摩《ごま》でも上げたかつた。(現に須永は母の御供をして斯ういふ舊弊な眞似を當り前の如く遣つてゐる。)夫《それ》から鐵無地《てつむぢ》の羽織でも着ながら、歌舞伎を當世《たうせい》に崩して往來へ流した匂《にほひ》のする町内を恍惚《くわうこつ》と歩きたかつた。さうして習慣に縛られた、且《かつ》習慣を飛び超えた艶《なま》めかしい葛藤《かつとう》でも其所に見出《みいだ》したかつた。
 彼は此時忽ち森本の二字を思ひ浮かべた。すると其二字の周圍にある空想が妙に色を變へた。彼は物好にも自《みづか》ら進んで此後ろ暗い奇人に握手を求めた結果として、もう少しで飛んだ迷惑を蒙むる所であつた。幸ひに下宿の主人が自分の人格を信じたから可《い》いやうなものゝ、疑ぐらうとすれば何處迄も疑ぐられ得る場合なのだから、主人の態度|如何《いかん》に依つては警察位へ行かなければならなかつたのかも知れない。と、斯う考へると、彼の空中に編み上げる勝手な浪漫《ロマン》が急に温味《あたゝかみ》を失つて、醜《みに》くい想像から出來上つた雲の峯同樣に、意味もなく崩れて仕舞つた。けれども其奧に口髭をだらしなく垂らした二重瞼《ふたへまぶち》の瘠《やせ》ぎすの森本の顔|丈《だけ》は粘《ねば》り強く殘つてゐた。彼は其顔を愛したいやうな、侮《あなど》りたいやうな、又憐みたいやうな心持になつた。さうして此凡庸な顔の後《うしろ》に解すべからざる怪しい物がぼんやり立つてゐるやうに思つた。さうして彼が記念《かたみ》に呉れると云つた妙な洋杖《ステツキ》を聯想した。
 此|洋杖《ステツキ》は竹の根の方を曲げて柄《え》にした極めて單簡《たんかん》のものだが、たゞ蛇を彫つてある所が普通の杖と違つてゐた。尤も輸出向に能く見るやうに蛇の身をぐる/\竹に卷き付けた毒々しいものではなく、彫つてあるのはたゞ頭|丈《だけ》で、其頭が口を開けて何か呑み掛けてゐる所を握《にぎり》にしたものであつた。けれども其呑み掛けてゐるのが何であるかは、握りの先が丸く滑つこく削られてゐるので、蛙だか鷄卵《たまご》だか誰にも見當が付かなかつた。森本は自分で竹を伐つて、自分で此蛇を彫つたのだと云つてゐた。
 
     六
 
 敬太郎は下宿の門口《かどぐち》を潜《くゞ》るとき何より先にまづ此|洋杖《ステツキ》に眼を付けた。といふよりも途すがらの聯想が、硝子戸《がらすど》を開けるや否や、彼の眼を瀬戸物の傘入《かさいれ》の方へ引き付けたのである。實をいふと、彼は森本の手紙を受取つた當座、此|洋杖《ステツキ》を見るたびに、自分にも説明の出來ない妙な感じがしたので、成るべく眼を觸れないやうに、出入《でいり》の際視線を逸《そ》らした位である。所がさうすると今度はわざと見ない振をして傘入《かさいれ》の傍《そば》を通るのが苦になつてきて、極めて輕微な程度ではあるけれども此變な洋杖《ステツキ》におのづと崇《たゝ》られたと云ふ風になつて仕舞つた。彼自身も遂には自分の神經を不思議に思ひ出した。彼は一種の利害關係から、過去に溯《さかの》ぼる嫌疑を恐れて、森本の居所も又其の言傳《ことづて》も主人夫婦に告げられないといふ弱味を有《も》つてゐるには違ないが、夫《それ》は良心の上にどれ程の曇も懸けなかつた。記念《かたみ》として上げるとわざ/\云つて來たものを、快よく貰ひ受ける勇氣の出ないのは、他《ひと》の好意を空《むなし》くする點に於て、面白くないに極つてゐるが、是とても苦になる程ではない。たゞ森本の浮世の風にあたる運命が近いうちに終りを告げるとする。(恐らくはのたれ死《じに》といふ終りを告げるのだらう。)其憐れな最期を今から豫想して、此|洋杖《ステツキ》が傘入《かさいれ》の中に立つてゐるとする。さうして多能な彼の手によつて刻《きざ》まれた、胴から下のない蛇の首が、何物かを呑まうとして呑まず、吐かうとして吐かず、何時《いつ》迄《まで》も竹の棒の先に、口を開《あ》いた儘|喰付《くつつ》いてゐるとする。――斯ういふ風に森本の運命と其運命を黙つて代表してゐる蛇の頭とを結び付けて考へた上に、其代表者たる蛇の頭を毎日握つて歩くべく、近い内にのたれ死をする人から頼まれたとすると、敬太郎は其時に始めて妙な感じが起るのである。彼は自分で此|洋杖《ステツキ》を傘入の中から拔き取る事も出來ず、又下宿の主人に命じて、自分の目の屆かない所へ片付けさせる譯にも行かないのを大袈裟ではあるが一種の因果のやうに考へた。けれども詩で染めた色彩と、散文で行く活計《くわつけい》とは大分《だいぶ》一致しない所もあつて、實際を云ふと、是が爲に下宿を變へて落ち付いた方が樂だと思ふ程彼は洋杖《ステツキ》に災《わざはひ》されてゐなかつたのである。
 今日も洋杖《ステツキ》は依然として傘入の中に立つてゐた。鎌首は下駄箱の方を向いてゐた。敬太郎は夫《それ》を横に見たなり自分の室《へや》に上つたが、やがて机の前に坐つて、森本に遣る手紙を書き始めた。先づ此間向ふから來た音信《たより》の禮を述べた上、何故《なぜ》早く返事を出さなかつたかといふ辯解を二三行でも可《い》いから付け加へたいと思つたが、夫《それ》を明らさまに打ち開けては、君の樣な漂浪者《?ガボンド》を知己に有《も》つ僕の不名譽を考へると、書信の往復などは爲《す》る氣になれなかつたからだとでも書くより外に仕方がないので、其所は例の奔走に取り紛れと簡單な一句で胡麻化《ごまか》して置いた。次に彼が大連で好都合な職業に有付いた祝ひの言葉を一寸入れて、其|後《あと》へ段々東京も寒くなる時節柄、滿洲の霜や風は嘸《さぞ》凌《しの》ぎ惡《にく》いだらう。殊に貴方の身體ではひどく應《こた》へるに違ないから、是非用心して病氣に罹らない樣になさいと優しい文句を數行《すぎやう》綴つた。敬太郎から云ふと、實は此所が手紙を出す主意なのだから、成るべく自分の同情が先方へ徹する樣に旨く且つ長く、さうして誰が見ても實意の籠つてゐるやうに書きたかつたのだけれども、讀み直して見ると、矢つ張り普通の人が普通時候の挨拶に述べる用語以外に、何の新らしい所もないので、彼は少し失望した。と云つて、固々《もと/\》戀人に送る艶書《えんしよ》程熱烈な眞心《まごゝろ》を籠めたものでないのは覺悟の前である。それで自分は文章が下手だから、いくら書き直したつて駄目だ位の口實の下に、其所は其儘にして前《さき》へ進んだ。
 
     七
 
 森本が下宿へ置き去りにして行つた荷物の始末に就ては義理にも何とか書き添へなければ濟まなかつた。然し其處置の付け方を亭主に聞くのは厭《いや》だし、聞かなければ委細の報道は出來る筈はなし、敬太郎は筆の先を宙に浮かした儘考へてゐたが、とう/\「貴方の荷物は、僕から主人に話して、何うでも彼の都合の宜《い》い樣に取り計らはせろとの御依頼でしたが、貴方の千里眼の通り、僕が何にも云はない先に、雷獣《らいじう》の方で勝手に取計つて仕舞つたやうですから左樣《さやう》御承知を願ひます。梅の盆栽を下さるといふ事ですが、是は影も形も見えないやうですから、頂きません。たゞ御禮|丈《だけ》申し述べて置きます。夫《それ》から」とつゞけて置いて、又筆を休めた。
 敬太郎は愈《いよ/\》洋杖《ステツキ》の所へ來たのである。根が正直な男だから、あの洋杖《ステツキ》は折角の御覺召《おぼしめし》だから、頂戴して毎日散歩の時突いて出ます抔《など》と空々しい嘘は吐《つ》けず、と言つて御親切は難有《ありがた》いが僕は貰ひませんとは猶更《なほさら》書けず。仕方がないから、「あの洋杖《ステツキ》は未だに傘入《かさいれ》の中に立つてゐます。持主の歸るのを毎日毎夜待ち暮してゐる如く立つてゐます。雷獣《らいじう》もあの蛇の頭へは手を觸れる事を敢てしません。僕はあの首を見るたびに、彫刻家としての貴方の手腕に敬服せざるを得ないです」と好《いゝ》加減な御世辭を並《なら》べて、事實を暈《ぼか》す手段とした。
 状袋へ名宛を書くときに、森本の名前を思ひ出さうとしたが、何うしても胸に浮ばないので、已《やむ》を得ず大連電氣公園内娯樂掛り森本樣とした。今迄の關係上主人夫婦の眼を憚《はゞ》からなければならない手紙なので、下女を呼んでポストへ入れさせる譯にも行かなかつたから、敬太郎はすぐ夫《それ》を自分の袂の中に藏《かく》した。彼はそれを持つて夕食後散歩|旁《かた/”\》外へ出懸ける氣で寒い梯子段を下迄降り切ると、須永から電話が掛つた。
 今日内幸町から從妹《いとこ》が來ての話に、叔父は四五日内に用事で大阪へ行くかも知れないさうだから、餘り遲くなつてはと思つて、立つ前に會つて貰へまいかと電話で聞いて見たら、宜しいといふ返事だから、行く氣なら成るべく早く行つた方が可《よ》からう。尤も電話の上に咽喉《のど》が痛いので、詳しい話は出來なかつたから、其|積《つもり》でゐて呉れといふのが彼の用向であつた。敬太郎は「どうも難有《ありがた》う。ぢや成るべく早く行くやうにするから」と禮を述べて電話を切つたが、何うせ行くなら今夜にでも行つて見やうといふ氣が起つたので、再び三階へ取つて返して此間拵らへたセルの袴を穿《は》いた上、愈《いよ/\》表へ出た。
 曲り角へ來てポストへ手紙を入れる事は忘れなかつたけれども、肝心の森本の安否は此時既に敬太郎の胸に、たゞ微《かす》かな火氣《ほとぼり》を殘すのみであつた。夫《それ》でも状袋が郵便函の口を滑つて、すとんと底へ落ちた時は、受取人の一週間以内に封を披《ひら》く樣を想見して、滿更《まんざら》惡い心持もしまいと思つた。
 夫《それ》から電車へ乘る迄はたゞ一直線にすた/\歩いた。考も一直線に内幸町の方を向いてゐたが、電車が明神下《みやうじんした》へ出る時分、何氣なく今しがた電話口で須永から聞いた言葉を、頭の内で繰り返して見ると、覺えずはつと思ふ所が出て來た。須永は「今日内幸町からイトコが來て」と慥《たし》かに云つたが、其イトコが彼の叔父さんの子である事は疑ふ迄もない。然し其子が男であるか女であるかは不完全な日本語の丸《まる》で關係しない所である。
 「何方《どつち》だらう」
 敬太郎は突然氣にし始めた。若《も》しそれが男だとすれば、あの後姿の女に就ての手掛《てがゝり》にはならない。從つて女は彼の好奇心を徒《いたづ》らに刺戟した丈《だけ》で、ちつとも動いて來ない。然し若し女だとすると、日といひ時刻といひ、須永の玄關から上り具合といひ、何うも自分より一足先へ這入つたあの女らしい。想像と事實を繼ぎ合はせる事に巧みな彼は、さうと確かめないうちに、端的《てつきり》さうと極めて仕舞つた。斯う解釋した時彼は、今迄|泡立《あわだ》つてゐた自分の好奇心に幾分の冷水を注《さ》したやうな滿足を覺えると共に、豫期したよりも平凡な方角に、手掛が一つ出來たと云ふ詰らなさをも感じた。
 
     八
 
 彼は小川町迄來た時、一寸電車を下りても須永の門口《かどぐち》迄行つて、友の口から事實を確かめて見たい位に思つたが、單純な好奇心以外にそんな立ち入つた詮議《せんぎ》をすべき理由を何處にも見出《みいだ》し得ないので、我慢してすぐ三田線に移つた。けれども眞直に神田橋を拔けて丸の内を疾驅する際にも、自分は今須永の從妹《いとこ》の家に向つて走りつゝあるのだといふ心持は忘れなかつた。彼は勸業銀行の邊《あたり》で下りる筈の所を、つい櫻田本郷町迄乘り越して驚ろいて又暗い方へ引き返した。淋《さび》しい夜であつたが尋ねる目的の家はすぐ知れた。丸い瓦斯《ガス》に田口《たぐち》と書いた門の中を覗いて見ると、思つたより奧深さうな構《かまへ》であつた。けれども實際は砂利を敷いた路が往來から筋違《すぢかひ》に玄關を隱してゐるのと、正面を遮《さへ》ぎる植込がこんもり黒ずんで立つてゐるのとで、幾分か嚴《いか》めしい景氣を夜陰に添へた迄で、門内に這入つた所では見付《みつき》程《ほど》手廣な住居《すまひ》でもなかつた。
 玄關には西洋|擬《まが》ひの硝子戸《がらすど》が二枚|閉《た》てゝあつたが、頼むといつても、電鈴《ベル》を押しても、取次が中々出て來ないので、敬太郎は已《やむ》を得ずしばらく其|傍《そば》に立つて内の樣子を窺がつてゐた。すると、何處からか漸く足音が聞こえ出して、眼の前の擦硝子《すりがらす》がぱつと明るくなつた。夫《それ》から庭下駄で三和土《たゝき》を踏む音が二足三足したと思ふと、玄關の扉が片方|開《あ》いた。敬太郎は此際取次の風采《ふうさい》を想望する程の物數奇《ものずき》もなく、全く漫然と立つてゐた丈《だけ》であるが、夫《それ》でも絣《かすり》の羽織を着た書生か、双子《ふたこ》の綿入を着た下女が、一應御辭儀をして彼の名刺を受取る事とのみ期待してゐたのに、今《いま》戸を半分開けて彼の前に立つたのは、思ひも寄らぬ立派な服裝《なり》をした老紳士であつた。電氣の光を脊中に受けてゐるので、顔は判然《はつきり》しなかつたが、白縮緬《しろちりめん》の帶|丈《だけ》はすぐ彼の眼に映じた。其瞬間にすぐ是が田口といふ須永の叔父さんだらうといふ感じが敬太郎の頭に働いた。けれども事が餘り意外なので、すぐ挨拶をする餘裕も出ず少しはあつけに取られた氣味で、盆槍《ぼんやり》してゐた。其上自分を甚だ若く考へてゐる敬太郎には、四十代だらうが五十代だらうが乃至《ないし》六十代だらうが殆んど區別のない一樣《いちやう》の爺さんに見える位、彼は老人に對して親しみのない男であつた。彼は四十五と五十五を見分けて遣る程の同情心を年長者に對して有《も》たなかつたと同時に、其|何《いづ》れに向つても慣れないうちは異人種のやうな無氣味《ぶきみ》を覺えるのが常なので、猶更|迷兒《まご》ついたのである。然し相手は何も氣に掛らない樣子で、「何か用ですか」と聞いた。丁寧でもなければ輕蔑でもない至つて無雜作な其言葉つきが、少し敬太郎の度胸を回復させたので、彼は漸く自分の姓名を名乘ると共に手短かく來意を告げる機會を得た。すると年嵩《としかさ》な男は思ひ出したやうに、「さう/\先刻《さつき》市藏《いちざう》(須永の名)から電話で話がありました。然し今夜|御出《おいで》になるとは思ひませんでしたよ」と云つた。さうして君さう早く來たつて不可《いけ》ないといふ樣子が其裏に見えたので、敬太郎は精一杯《せいいつぱい》言譯をする必要を感じた。老人はそれを聞くでもなし聞かぬでもなしといつた風に黙つて立つてゐたが、「そんなら又入らつしやい。四五日うちに一寸旅行しますが、其前に御目に掛れる暇さへあれば、御目に掛つても宜《よ》う御座んす」と云つた。敬太郎は篤く禮を述べて又門を出たが、暗い夜《よ》の中で、禮の述べ方がちと馬鹿丁寧過ぎたと思つた。
 是はずつと、後《あと》になつて、須永の口から敬太郎に知れた話であるが、此所の主人は、此時玄關に近い應接間で、たつた一人|碁盤《ごばん》に向つて、白石と黒石を互違《たがひちがひ》に並《なら》べながら考へ込んでゐたのださうである。夫《それ》は客と一石《いつせき》遣つた後《あと》の引續きとして、是非共ある問題を解決しなければ氣が濟まなかつたからであるが、肝心の所で敬太郎がさも田舍者らしく玄關を騷がせるものだから、先づ此邪魔を追つ拂つた後《あと》でといふ積《つもり》になつて、焦慮《じれ》つたさの餘り自分と取次に出たのだといふ。須永に此|?末《てんまつ》を聞かされた時に、敬太郎は益《ます/\》自分の挨拶が丁寧過ぎたやうな氣がした。
 
     九
 
 中一日《なかいちにち》置いて、敬太郎は堂々と田口へ電話を懸けて、是からすぐ行つても差支ないかと聞き合はせた。向ふの電話口へ出たものは、敬太郎の言葉つきや話し振の比較的|横風《おうふう》な所から大分《だいぶん》位地の高い人とでも思つたらしく、「どうぞ少々御待ち下さいまし、只今主人の都合を一寸尋ねますから」と丁寧な挨拶をして引き込んだが、今度返事を傳へるときは、「あゝ、もし/\今ね、來客中で少し差支へるさうです。午後の一時頃來るなら來て頂きたいといふ事です」と前よりは言葉が餘程|粗末《ぞんざい》になつてゐた。敬太郎は、「さうですか、夫《それ》では一時頃上りますから、どうぞ御主人に宜しく」と答へて電話を切つたが、内心は一種|厭《いや》な心持がした。
 十二時かつきりに午飯《ひるめし》を食ふ積《つもり》で、あらかじめ下女に云ひ付けて置いた膳が、時間通り出て來ないので、敬太郎は騷々しく鳴る大學の鐘に急《せ》き立てられでもする樣に催促をして、出來る丈《だけ》早く食事を濟ました。電車の中では一昨日《をとゝひ》の晩會つた田口の態度を思ひ浮べて、今日も亦あゝいふ風に無雜作な取扱を受けるのか知らん、夫《それ》とも向ふで會ふといふ位だから、もう少しは愛嬌のある挨拶でもして呉れるか知らんと考へなどした。彼は此紳士の好意で、相當の地位さへ得られるならば、多少腰を曲《かゞ》めて窮屈な思をする位は我慢する積《つもり》であつた。けれども先刻《さつき》電話の取次に出たものゝ樣に、五分と經たないうちに、言葉使ひを惡い方に改められたりすると、もう不愉快になつて、どうか其奴《そいつ》が又取次に出なければいゝがと思ふ。其癖自分の掛け方の自分としては少し横風《わうふう》過ぎた事には丸《まる》で氣が付かない性質《たち》であつた。
 小川町の角で、斜《はす》に須永の家《うち》へ曲《まが》る横町を見た時、彼ははつと例の後姿の事を思ひ出して、急に日蔭から日向《ひなた》へ想像を移した。今日も美くしい須永の從妹《いとこ》の居る所へ訪問に出掛けるのだと自分で自分に教へる方が、億劫《おつくふ》な手數《てかず》を掛けて、好い顔もしない爺さんに、衣食の途を授けて下さいと泣付《なきつき》に行くのだと意識するよりも、敬太郎に取つては遙かに麗《うらゝ》かであつたからである。彼は須永の從妹《いとこ》と田口の爺さんを自分勝手に親子と極めて置きながら何處迄も二人を引き離して考へてゐた。此間の晩田口と向き合つて玄關先に立つた時も、光線の具合で先方《さき》の人品は判然《はつきり》分らなかつたけれども、眼鼻だちの輪廓|丈《だけ》で評した所が、あまり立派な方でなかつた事は、此爺さんの第一印象として、敬太郎の胸に夜目《よめ》にも疑《うたがひ》なく描かれたのである。夫《それ》でゐて彼は此男の娘なら、須永との關係は何うあらうとも、器量《きりやう》はあまり可《い》い方ぢやあるまいといふ氣が何處にも起らなかつた。そこで離れてゐて合ひ、合つてゐて離れる樣な日向《ひなた》日蔭の裏表を一枚にした頭を彼は田口家に對して抱《いだ》いてゐたのである。それを互違に繰り返した後《あと》、彼は田口の門前に立つた。すると其所に大きな自働車が御者《ぎよしや》を乘せた儘待つてゐたので、少し安からぬ感じがした。
 玄關へ掛つて名刺を出すと、小倉の袴を穿《は》いた若い書生がそれを受取つて、「一寸」と云つた儘奧へ這入て行つた。其聲が確かに先刻《さつき》電話口で聞いたのに違ないので、敬太郎は彼の後姿を見送りながら厭《いや》な奴だと思つた。すると彼は名刺を持つた儘又現はれた。さうして「御氣の毒ですが、只今來客中ですから又何うぞ」と云つて、敬太郎の前に突立《つつた》つてゐた。敬太郎も少し勃《むつ》とした。
 「先程電話で御都合を伺つたら、今客があるから午後一時頃來いといふ御返事でしたが」
 「實はさつきの御客がまだ御歸りにならないで、御膳などが出て混雜《ごた/\》してゐるんです」
 落付いて聞きさへすれば滿更《まんざら》無理もない言譯なのだが、電話以後此取次が癪に障つてゐる敬太郎には彼の云ひ草が如何にも氣に喰はなかつた。それで自分の方から先《せん》を越す積《つもり》か何かで、「さうですか、度々御足労でした。どうぞ御主人へよろしく」と平仄《ひやうそく》の合はない捨《すて》臺詞のやうな事を云つた上、何だこんな自働車がと云はぬ許《ばかり》に其|傍《そば》を擦り拔けて表へ出た。
 
 
 彼は此日必要な會見を都合よく濟ました後《あと》、新らしく築地に世帶を持つた友人の所へ廻つて、須永と彼の從妹《いとこ》とそれから彼の叔父に當る田口とを想像の糸で巧みに繼《つ》ぎ合せつゝある一部始終《いちぶしじゆう》を御馳走に、晩迄話し込む氣でゐたのである。けれども田口の門を出て日比谷公園の傍《わき》に立つた彼の頭には、そんな餘裕は更になかつた。後姿を見た丈《だけ》ではあるが、在所《ありか》を既に突き留めて、今其人の家を尋ねたのだといふ陽気な心持は固《もと》よりなかつた。位置を求めに此所迄來たといふ自覺は猶《なほ》なかつた。彼はたゞ屈辱を感じた結果として、腹を立てゝゐた丈《だけ》である。さうして自分を田口のやうな男に紹介した須永こそ此取扱に對して當然責任を負はなくてはならないと感じてゐた。彼は歸り掛に須永の所へ寄つて、逐一?末を話した上、存分文句を並《なら》べてやらうと考へた。それで又電車に乘つて一直線に小川町迄引返して來た。時計を見ると、二時にはまだ二十分程|間《ま》があつた。須永の家《うち》の前へ來て、わざと往來から須永々々と二聲ばかり呼んで見たが、ゐるのか居ないのか二階の障子は立て切つた儘遂に開《あ》かなかつた。尤も彼は體裁家で、平生から斯ういふ呼び出し方を田舍者らしいといつて厭《いや》がつてゐたのだから、聞こえても知らん顔をしてゐるのではなからうかと思つて、敬太郎は正式に玄關の格子口へ掛つた。けれども取次に出た仲働《なかばたらき》の口から「午《ひる》少し過に御出ましになりました」といふ言葉を聞いた時は、一寸張合が拔けて少しの間黙つて立つてゐた。
 「風邪《かぜ》を引いてゐた樣でしたが」
 「はい、御風邪《おかぜ》を召して居らつしやいましたが、今日は大分《だいぶ》好いからと仰しやつて、御出掛になりました」
 敬太郎は歸らうとした。仲働は「一寸御隱居さまに申し上げますから」といつて、敬太郎を格子のうちに待たした儘奧へ這入つた。と思ふと襖《ふすま》の陰から須永の母の姿が現はれた。脊《せい》の高い面長《おもなが》の下町風に品《ひん》のある婦人であつた。
 「さあ何うぞ。もう其内歸りませうから」
 須永の母に斯う云ひ出されたが最後、江戸慣れない敬太郎は何うそれを斷つて外へ出て可《い》いか、未《いま》だに其心得がなかつた。第一《だいち》何處で斷る隙間もないやうに、調子の好い文句が夫《それ》から夫《それ》へとずる/\彼の耳へ響いて來るのである。それが世間|體《てい》の好い御世辭と違つて、引き留められてゐるうちに、上つては迷惑だらうといふ遠慮が何時《いつ》の間《ま》にか失《な》くなつて、つい氣の毒だから少し話して行かうといふ氣になるのである。敬太郎は云はれる儘にとう/\例の書齋へ腰を卸ろした。須永の母が御寒いでせうと云つて、仕切りの唐紙《からかみ》を締めて呉れたり、さあ御手をお出しなさいと云つて、佐倉《さくら》を埋《い》けた火鉢を勸めて呉れたりするうちに、一時昂奮した彼の氣分は次第に落ち付いて來た。彼はシキとかいふ白い絹へ秋田蕗《あきたぶき》を一面に大きく摺《す》つた襖《ふすま》の模樣だの、唐桑《からくは》らしくてら/\した黄色い手焙《てあぶり》だのを眺めて、此しとやかで能辯な、人を外《そら》す事を知らないと云つた風の母と話をした。
 彼女の語る所によると、須永は今日|矢來《やらい》の叔父の家《うち》へ行つたのださうである。
 「ぢあ序《ついで》だから歸りに小日向《こびなた》へ廻つて御寺參りを爲《し》て來て御呉れつて申しましたら、御母さんは近頃|無精《ぶしやう》になつた樣ですね、此間も他《ひと》に代理をさせたぢやありませんか、年を取つた所爲《せゐ》かしらなんて惡口を云ひ云ひ出て參りましたが、あれもね貴方《あなた》、先達《せんだつ》て中《ぢゆう》から風邪《かぜ》を引いて咽喉《のど》を痛めて居りますので、今日も何なら止した方が可《い》いぢやないかと留《と》めて見ましたが、矢つ張若いものは用心深いやうでも何處か我無《がむ》しやらで、年寄の云ふ事|抔《など》には一切無頓着で御座いますから……」
 須永の留守へ行くと、彼の母は唯一の樂みのやうに斯ういふ調子で伜《せがれ》の話をするのが常であつた。敬太郎の方で須永の評判でも持ち出さうものなら、何時《いつ》迄でも其問題の後《あと》へ喰付《くつつ》いて來て、容易に話頭を改めないのが例になつてゐた。敬太郎もそれには大分《だいぶ》慣れてゐるから、此際も向ふのいふ通りを只ふん/\と大人《おとな》しく聞いて、一段落の來るのを待つてゐた。
 
     十一
 
 其内話がいつか肝心の須永を逸《そ》れて、矢來の叔父といふ人の方へ移つて行つた。是は内幸町と違つて、此|御母《おつか》さんの實の弟に當る男ださうで、一種の贅澤屋のやうに敬太郎は須永から聞いてゐた。外套の裏は繻子《しゆす》でなくては見つともなくて着られないと云つたり、要りもしないのに古渡《こわた》りの更紗玉《さらさだま》とか號して、石だか珊瑚《さんご》だか分らないものを愛玩《あいぐわん》したりする話は未だに覺えてゐた。
 「何にもしないで贅澤に遊んでゐられる位好い事はないんだから、結構な御身分ですね」と敬太郎が云ふのを引き取るやうに母は、「何うして貴方、打ち明けた御話が、まあ何うにか斯うにか遣つて行けるといふ迄で、樂だの贅澤だのといふ段にはまだ中々なので御座いますから不可《いけ》ません」と打ち消した。
 須永の親戚に當る人の財力が、左程《さほど》敬太郎に關係のある譯でもないので、彼は夫《それ》なり黙つて仕舞つた。すると母は少しでも談話の途切れるのを自分の過失ででもあるやうに、すぐ言葉を繼《つ》いだ。
 「夫《それ》でも妹婿《いもとむこ》の方は御蔭さまで、何だ蚊だつて方々の會社へ首を突つ込んで居りますから、此方はまあ不自由なく暮しておる模樣で御座いますが、手前共や矢來の弟《おとゝ》などになりますと、云はば浪人同樣で、昔に比《くら》べたら、御羽うち枯らさない許《ばかり》の體《てい》たらくだつて、よく弟《おとゝ》ともさう申しては笑ふこつて御座いますよ」
 敬太郎は何となく自分の身の上を顧みて氣恥かしい思をした。幸《さいはひ》に先方《さき》がすら/\喋舌《しやべ》つて呉れるので、此方《こつち》に受け答をする文句を考へる必要がないのを責《せ》めてもの得《とく》として聞き續けた。
 「夫《それ》にね、御承知の通り市藏があゝいふ引つ込思案の男だもんで御座んすから、私もたゞ學校を卒業させた丈《だけ》では、全く心配が拔けませんので、まことに困り切ります。早く気に入つた嫁でも貰つて、年寄に安心でもさせて呉れる樣におしなと申しますと、さう御母さんの都合のいゝように許《ばかり》世の中は行きやしませんて、天《てん》で相手にしないんで御座いますよ。そんなら世話をしてくれる人に頼んで、何處へでも可《い》いから、務《つとめ》にでも出る氣になればまだしも、そんな事には又|丸《まる》で無頓着で貴方……」
 敬太郎は此點に於て實際須永が横着《わうちやく》過ると平生《ふだん》から思つてゐた。「餘計な事ですが、少し目上の人から意見でも仕て上げるようにしたら何うでせう。今御話の矢來の叔父さんからでも」と全く年寄に同情する氣で云つた。
 「所が是が又大の交際嫌の變人で御座いまして、忠告どころか、何だ銀行へ這入つて算盤《そろばん》なんかパチ/\云はすなんて馬鹿があるもんかと、斯うで御座いますから頭から相談にも何にもなりません。それを又市藏が嬉しがりますので。矢來の叔父の方が好きだとか氣が合ふとか申しちや能く出掛けます。今日なども日曜ぢやあるし御天氣は好しするから、内幸町の叔父が大阪へ立つ前に一寸あちらへ顏でも出せば可《い》いので御座いますけれども、矢張《やつぱり》矢來へ行くんだつてとう/\自分の好きな方へ參りました」
 敬太郎は此時自分が今日何の爲に馳け込むやうに此家を襲つたかの原因に就て、又新らしく考へ出した。彼は須永の顔を見たら隨分過激な言葉を使つても其不都合を責めた上、僕はもう二度とあすこの門は潜《くゞ》らない積《つもり》だから、さう思つて呉れ給へ位の臺詞《せりふ》を云つて歸る氣でゐたのに、肝心の須永は留守で、事情も何も知らない彼の母から、逆《さか》さに色々な話を仕掛けられたので、怒《おこ》つて遣らうといふ氣は無論拔けて仕舞つたのである。が、夫《それ》でも行き掛り上、田口と會見を遂げ得なかつた?末|丈《だけ》は、一應此母の耳へでも構はないから入れて置く必要があるだらう。それには話の中に内幸町へ行くとか行かないとかが問題になつてゐる今が一番|可《よ》からう。――斯う敬太郎は思つた。
 
     十二
 
 「實はその内幸町の方へ今日私も出たんですが」と云ひ出すと、自分の息子の事ばかり考へてゐた母は、「おや左樣《さう》で御座いましたか」と漸《やつ》と氣が付いて濟まないといふ顔付をした。此間から敬太郎が躍起《やくき》になつて口を探してゐる事や、探しあぐんで須永に紹介を頼んだ事や、須永がそれを引き受けて内幸町の叔父に會へるように周旋した事は、須永の傍《そば》にゐる母として彼《かの》女《をんな》の悉く見たり聞いたりした所であるから、行き屆いた人なら先方《さき》で何も云ひ出さない前に、此方《こつち》から何《ど》んな模樣です位は聞いて遣るべきだとでも思つたのだらう。斯う觀察した敬太郎は、此一句を前置に、今迄の成行を殘らず話さうと力《つと》めに掛つたが、時々相手から「左樣《さう》で御座いますとも」とか、「本當にまあ、間《ま》の惡い時にはね」とか、何方《どつち》にも同情したやうな間投詞が出るので、自分がむかつ腹《ぱら》を立てゝ惡體《あくたい》を吐《つ》いた事などは話のうちから綺麗に拔いて仕舞つた。須永の母は氣の毒といふ言葉を何遍も繰り返した後《あと》で、田口を辯護するやうに斯んな事を云つた。――
 「そりやあ實の所忙しい男なので。妹《いもと》などもあゝして一つ家に住んで居りますようなものゝ、――何で御座んしよう。――落々《おち/\》話の出來るのは恐らく一週間に一日も御座いますまい。私が見兼て要作《えうさく》さんいくら御金が儲かるたつて、さう働らいて身體を壞しちや何にもならないから、偶《たま》には骨休めをなさいよ、身體が資本《もとで》ぢやありませんかと申しますと、己等《おいら》もさう思つてるんだが、夫《それ》から夫《それ》へと用が湧いてくるんで、傍《そば》から掬《しや》くひ出さないと、用が腐つちまふから仕方がないなんて笑つて取り合ひませんので。さうかと思ふとまた妹《いもと》や娘に今日は是から鎌倉へ伴れて行く、さあすぐ支度をしろつて、丸《まる》で足元から鳥が立つやうに急《せ》き立てる事も御座いますが……」
 「御孃さんが御有りなのですか」
 「えゝ二人居ります。何《いづ》れも年頃で御座いますから、もうそろ/\何處かへ片付けるとか婿を取るとかしなければなりますまいが」
 「其内の一人の方《かた》が、須永君の所へ御出《おいで》になる譯でもないんですか」
 母は一寸|口籠《くちごも》つた。敬太郎もたゞ自分の好奇心を滿足させるためにあまり立ち入つた質問を掛け過ぎたと氣が付いた。何とかして話題を轉じやうと考へてゐるうちに、相手の方で、
 「まあ何うなりますか。親達の考も御座いませうし。當人達《たうにんたち》の存じ寄りも確《しか》と聞糺《きゝたゞ》して見ないと分りませんし。私ばかりで斯うもしたい、彼《あ》あもしたいと幾何《いくら》熱急《やきもき》思つても是《これ》許《ばかり》は致し方が御座いません」と何だか意味のありさうな事を云つた。一度|退《ひ》き掛けた敬太郎の好奇心は此答で又打ち返して來さうにしたが、善くないといふ克己心にすぐ抑えられた。
 母は猶《なほ》田口の辯護をした。そんな忙がしい身體だから、時によると心にもない約束違ひ抔《など》をする事もあるが、一旦引き受けた以上は忘れる男ではないから、まあ旅行から歸る迄待つて、緩《ゆつ》くり會つたら宜《よ》からうといふ注意とも慰藉《ゐしや》とも付かない助言《じよごん》も與へた。
 「矢來のは居つても會はん方《はう》で、是は仕方が御座いませんが、内幸町のは居ないでも都合さへ付けば馳けて歸つて來て會ふといった風の性質《たち》で御座いますから、今度旅行から歸つて來さへすれば、此方《こつち》から何とも云つて遣らないでも、向ふで屹度《きつと》市藏の所へ何とか申して參りますよ。屹度《きつと》」
 斯う云はれて見ると、成程さういふ人らしいが、それは此方《こつち》が大人《おとな》しくしてゐればこそで、先刻《さつき》の樣にぷん/\怒つては到底物にならないに極り切つてゐる。然し今更それを打ち明ける譯には行かないので、敬太郎はたゞ黙つてゐた。須永の母は猶《なほ》「あんな顔はして居りますが、見懸《みかけ》によらない實意のある剽輕者《へうきんもの》で御座いますから」と云つて一人で笑つた。
 
     十三
 
 剽輕者《へうきんもの》といふ言葉は田口の風采なり態度なりに照り合はせて見て、何うも敬太郎の腑《ふ》に落ちない形容であつた。然し實際を聞いて見ると、成程當つてゐる所もあるように思はれた。田口は昔《むか》しある御茶屋へ行つて、姉さん此電氣燈は熱《ほて》り過ぎるね、もう少し暗くして御呉れと頼んだ事があるさうだ。下女が怪訝《けげん》な顔をして小さい球《たま》と取り換えませうかと聞くと、いゝえさ、其所を一寸《ちよいと》捻《ねぢ》つて暗くするんだと眞面目に云ひ付けるので、下女は是は電氣燈のない田舍から出て來た人に違ないと見て取つたものか、くす/\笑ひながら、且那電氣はランプと違つて捻《ひね》つたつて暗くはなりませんよ、消えちまふ丈《だけ》ですから。ほらねとぱちツと音をさせて座敷を眞暗にした上、又ぱつと元通りに明るくするかと思ふと、大きな聲でばあと云つた。田口は少しも悄然《しよげ》ずに、おや/\未《ま》だ舊式を使つてるね。見つともないぢやないか、此所の家《うち》にも似合はないこつた。早く會杜の方へ改良を申し込んで置くと可《い》い。順番に直して呉れるから。と左《さ》も尤もらしい忠告を與へたので、下女もとう/\眞《ま》に受け出して、本當に是ぢや不便ね、だいち點《つ》けつ放《ぱな》しで寐る時なんか明る過ぎて、困る人が多いでせうからと左《さ》も感心したらしく、改良に賛成したさうである。ある時用事が出來て門司《もじ》とか馬關《ばくわん》とか迄行つた時の話は是よりも餘程念が入《い》つてゐる。一所に行くべき筈のAといふ男に差支が起つて、二日ばかり彼は宿屋で待ち合はしてゐた。其間の退屈|紛《まぎ》れに彼はAを一つ擔《かつ》いで遣らうと巧《たく》らんだ。是は町を歩いてゐる時、一軒の寫眞屋の店先で不圖思ひ付いた惡戯《いたづら》で、彼は其店から地方《ところ》の藝者の寫眞を一枚買つたのである。其裏へA樣と書いて、手紙を添へた贈物のやうに拵えた。其手紙は女を一人雇つて、充分の時間を與へた上、出來る丈《だけ》Aの心を動かす樣に艶《なま》めかしく曲《くね》らしたもので、誰が貰つても嬉しい顔をするに足る許《ばかり》か、今日の新聞を見たら、明日《あした》此所へ御着の筈だと出てゐたので、久し振りに此手紙を上げるんだから、何うか讀み次第、何處其所迄來て頂きたいと書いた中々安くないものであつた。彼は其晩自分で此手紙をポストへ入れて、翌日配達の時又それを自分で受取つたなり、Aの來るのを待ち受けた。Aが着いても彼は此手紙を中々出さなかつた。力《つと》めて眞面目な用談に就ての打合せなどを大事らしく爲續《しつゞ》けて、漸《やつ》と同じ食卓で晩餐の膳に向つた時、突然思ひ出したやうに袂の中からそれを取り出してAに與へた。Aは表に至急親展とあるので、一寸箸を下に置くと、すぐ封を開いたが、少し讀み下《くだ》すと同時に包んである寫眞を拔いて裏を見るや否や、急に丸める樣に懷へ入れて仕舞つた。何か急《いそぎ》の用でも出來たのかと聞くと、いや何といふばかりで、不得要領《ふとくえうりやう》に又箸を取つたが、何處となくそわ/\した樣子で、まだ段落の付かない用談を其儘に、少し失禮する腹が痛いからと云つて自分の部屋に歸つた。田口は下女を呼んで、今から十五分以内にAが外出するだらうから、出るときは車が待つてでもゐたやうに、Aが何にも云はない先に彼を乘せて馳け出して、その思はく通り何處の何といふ家《うち》の門《かど》へ卸すようにしろと云ひ付けた。さうして自分はAより早く同じ家《うち》へ行つて、主婦《かみさん》を呼ぶや否や、今おれの宿の提灯《ちやうちん》を點《つ》けた車に乘つて、是々の男が來るから、來たらすぐ綺麗な座敷へ通して、叮嚀に取扱つて、向うで何にも云はない先に、御連樣《おつれさま》は疾《とう》から御待兼で御座いますと云つたなり引き退がつて、すぐ己《おれ》の所へ知らせて呉れと頼んだ。さうして一人で烟草を吹かして腕組をしながら、事件の經過を待つてゐた。すると萬事が旨い具合に豫定の通り進行して、愈《いよ/\》自分の出る順が來た。そこでAの部屋の傍《そば》へ行つて間の襖を開けながら、やあ早かつたねと挨拶すると、Aは顔の色を變へて驚ろいた。田口は其前へ坐り込んで、實は是々だと殘らず自分の惡戯《いたづら》を話した上、「擔《かつ》いだ代りに今夜は僕が奢《おご》るよ」と笑ひながら云つたんだといふ。
 「斯ういふ飄氣《へうげ》た眞似をする男なんで御座いますから」と須永の母も話した後《あと》で可笑《をか》しさうに笑つた。敬太郎はあの自働車はまさか惡戯《いたづら》ぢやなかつたらうと考へながら下宿へ歸つた。
 
      十四
 
 自動車事件以後敬太郎はもう田口の世話になる見込はないものと諦らめた。それと同時に須永の從弟《いとこ》と假定された例の後姿の正體も、略《ほゞ》發端《ほつたん》の入口に當たる淺い所でぱたりと行き留つたのだと思ふと、其底に齒痒《はがゆ》いやうな又※[者/火]切らないやうな不愉快があつた。彼は今日《こんにち》迄《まで》何一つ自分の力で、先へ突き拔けたといふ自覺を有《も》つてゐなかつた。勉強だらうが、運動だらうが、其他何事に限らず本氣に遣り掛けて、貫《つら》ぬき終《おほ》せた試《ためし》がなかつた。生れてから只《たつ》た一つ行ける所迄行つたのは、大學を卒業した位なものである。それすら精を出さずにとぐろ許《ばかり》卷きたがつてゐるのを、向《むかふ》で引き摺り出して呉れたのだから、中途で動けなくなつた間怠《まだる》さのない代りには、漸《やつ》との思ひで井戸を掘り拔いた時の晴々《せい/\》した心持も知らなかつた。
 彼は盆槍《ぼんやり》して四五日過ぎた。不圖學生時代に學校へ招待した或宗教家の談話を思ひ出した。其宗教家は家庭にも社會にも何の不滿もない身分だのに、自《みづ》から進んで坊主になつた人で、其當時の事情を述べる時に、何うしても不思議で堪らないから斯《この》道《みち》に入《はい》つて見たと云つた。此人は何《ど》んな朗らかに透き徹る樣な空の下に立つても、四方から閉ぢ込められてゐる樣な氣がして苦しかつたのださうである。樹を見ても家を見ても往來を歩く人間を見ても鮮《あざや》かに見えながら、自分|丈《だけ》硝子張《がらすばり》の箱の中に入れられて、外の物と直《ぢか》に續いてゐない心持が絶えずして、仕舞には窒息《ちつそく》する程苦しくなつて來るんだといふ。敬太郎は此話を聞いて、それは一種の神經病に罹つてゐたのではなからうかと疑つたなり、今日《こんにち》迄《まで》氣にも掛けずにゐた。然し此四五日|盆槍《ぼんやり》屈託《くつたく》してゐるうちに能く/\考へて見ると、彼自身が今迄に、何一つ突き拔いて痛快だといふ感じを得た事のないのは、坊主にならない前の此宗教家の心に何處か似た點があるやうである。勿論自分のは比較にならない程微弱で、しかも性質が丸《まる》で違つてゐるから、此坊さんの樣にえらい勇斷を爲《す》る必要はない。もう少し奮發して氣張《きば》る事さへ覺えれば、當つても外《はづ》れても、今よりはまだ痛快に生きて行かれるのに、今日《こんにち》迄《まで》ついぞ其所に心を用ひる事をしなかつたのである。
 敬太郎は一人で斯う考へて、何處へでも進んで行かうと思つたが、又一方では、もうすつぽ拔けの後《あと》の祭の樣な氣がして、何といふ當《あて》もなく又|三四日《さんよつか》ぶら/\と暮した。其間に有樂座へ行つたり、落語を聞いたり、友達と話したり、往來を歩いたり、色々遣つたが、何《いづ》れも藥罐頭《やくわんあたま》を攫《つか》むと同じ事で、世の中は少しも手に握れなかつた。彼は碁を打ちたいのに、碁を見せられるといふ感じがした。さうして同じ見せられるなら、もう少し面白い波瀾曲折《はらんきよくせつ》のある碁が見たいと思つた。
 すると直《すぐ》須永と後姿の女との關係が想像された。もと/\頭の中で無暗に色澤《つや》を着けて奧行《おくゆき》のある樣に組み立てる程の關係でもあるまいし、あつた所が他《ひと》の事を餘計な御切買《おせつかひ》だと、自分で自分を嘲けりながら、あゝ馬鹿らしいと思ふ後《あと》から、矢つ張り何かあるだらうといふ好奇心が今の樣にちよい/\と閃めいて來るのである。さうして此の道をもう少し辛抱強く先へ押して行つたら、自分が今迄經驗した事のない浪漫的《ロマンチツク》な或物に打《ぶ》つかるかも知れないと考へ出す。すると田口の玄關で怒《おこ》つたなり、あの女の研究迄投げて仕舞つた自分の短氣を、自分の好奇心に釣り合はない弱味だと思ひ始める。
 職業に就ても、あんな些細《ささい》な行違《ゆきちがひ》の爲に愛想《あいそ》づかしを假令《たとひ》一句でも口にして、自分と田口の敷居を高くする筈ではなかつたと思ふ。あれで出來るとも出來ないとも、まだ方《かた》のつかない未來を中途半端に仕切つてしまつた。さうして好んで※[者/火]切《にえき》らない思ひに惱んでゐる姿になつてしまつた。須永の母の保證する所では、田口といふ老人は見掛に寄らない親切氣のある人ださうだから、或は旅行から歸つて來た上で、又改めて會つて呉れないとも限らない。が、此方《こつち》からもう一遍會見の都合を間ひ合せたり抔《など》して、常識のない馬鹿だと輕蔑《さげす》まれても詰らない。けれども何《ど》の道突き拔けた心持を確《しつ》かり捕《つら》まへる爲には馬鹿と云はれる迄も、其所迄突つ懸けて行く必要があるだらう。――敬太郎は屈託しながらも色々考へた。
 
     十五
 
 けれども身の一大事を即座に決定するといふ非常な場合と違つて、敬太郎の思案には屈託の裏《うち》に、何處か呑気《のんき》なものがふわ/\してゐた。此道をとゞの詰り迄進んで見ようか、又は是限《これぎり》已《や》めにして、更に新らしいものに移る支度をしようか。問題は煎じ詰める迄もなく當初から至極簡單に出來上つてゐたのである。それに迷ふのは、一度|籤《くじ》を引き損《そく》なつたが最後、もう浮ぶ瀬はないといふ非道《ひど》い目に會ふからではなくつて、何方《どつち》に轉んでも大した影響が起らないため、何うでも好いといふ怠けた心持が何時《いつ》しらず働らくからである。彼は眠い時に本を讀む人が、眠氣《ねむけ》に抵抗する努力を厭《いと》ひながら、文字の意味を判明《はつきり》頭に入れようと試みる如く、呑氣《のんき》の懷《ふところ》で決斷の卵を温めてゐる癖に、たゞ旨く孵化《かへ》らない事ばかり苦にしてゐた。この不決斷を逃《のが》れなければといふ口實の下《もと》に、彼は暗《あん》に自分の物數奇《ものずき》に媚《こ》びようとした。さうして自分の未來を賣卜者《うらなひしや》の八卦《はつけ》に訴へて判斷して見る氣になつた。彼は加持《かぢ》、祈祷《きたう》、御封《ごふう》、虫封《むしふう》じ、降巫《いちこ》の類《たぐひ》に、全然信仰を有《も》つ程、非科學的に教育されてはゐなかつたが、それ相當の興味は、何《いづ》れに對しても昔から今日《こんにち》迄《まで》失はずに成長した男である。彼の父は方位《はうゐ》九星《きうせい》に詳しい神經家であつた。彼が小學校へ行く時分の事であつたが、ある日曜日に、彼の父は尻を端折《はしよ》つて、鍬を擔《か》ついだ儘庭へ飛び下りるから、何をするのかと思つて、後から跟《つ》いて行かうとすると、父は敬太郎に向つて、御前は其所にゐて時計を見て居ろ、さうして十二時が鳴り出したら、大きな聲を出して合圖をして呉れ、すると御父さんがあの乾《いぬゐ》に當る梅の根つこを堀り始めるからと云ひ付けた。敬太郎は子供心に又例の家相だと思つて、時計がちんと鳴り出すや否や命令通り、十二時ですようと大きな聲で叫んだ。それで、其場は無事に濟んだが、あれ程正確に鍬を下ろす積《つもり》なら、肝心の時計が狂つてゐない樣に豫《あら》かじめ直して置かなくてはならない筈だのにと敬太郎は父の迂濶《うくわつ》を可笑《をか》しく思つた。學校の時計と自分の家《うち》のとは其時二十分近く違つてゐたからである。所が其後《そのご》摘草《つみくさ》に行つた歸りに、馬に蹴られて土堤《どて》から下へ轉がり落ちた事がある。不思議に怪我《けが》も何もしなかつたのを、御祖母《おばあ》さんが大層喜んで、全く御地藏樣が御前の身代りに立つて下さつた御蔭だ是《これ》御覽《ごらん》と云つて、馬の繋いであつた傍《そば》にある石地藏の前に連れて行くと、石の首がぽくりと缺けて、涎掛《よだれかけ》丈《だけ》が殘つてゐた。敬太郎の頭には其時から怪しい色をした雲が少し流れ込んだ。其雲が身體の具合や四邊《あたり》の事情で、濃くなつたり薄くなつたりする變化はあるが、成長した今日《こんにち》に至る迄、未だに拔け切らずにゐた事|丈《だけ》は慥《たしか》である。
 斯ういふ譯で、彼は明治の世に傳はる面白い職業の一つとして、何時《いつ》でも大道占《だいだううらな》ひの弓張提灯《ゆみはりぢやうちん》を眺めてゐた。尤も金を拂つて筮竹《ぜいちく》の音を聞く程の熱心はなかつたが、散歩の序《ついで》に、寒い顔を提灯の光に映した女などが、悄然《しよんぽり》其所に立つてゐるのを見掛けると、此暗い影を未來に投げて、思案に沈んでゐる憐れな人に、易者《えきしや》が何《ど》んな希望と不安と畏怖《ゐふ》と自信とを與へるだらうといふ好奇心に惹かされて、面白半分、そつと傍《そば》へ寄つて、陰の方から立聞《たちぎゝ》をする事が?《しば/\》あつた。彼の友の某《なにがし》が、自分の腦力に悲觀して、試驗を受けようか學校を已《や》めようかと思ひ煩《わづら》つてゐる頃、ある人が旅行の序《ついで》に、善光寺如來の御神籤《おみくじ》を頂いて第五十五の吉といふのを郵便で送つて呉れたら、其|中《なか》に雲《くも》散《さん》じて月重ねて明らかなり、といふ句と、花|發《ひら》いて再び重榮《ちようえい》といふ句があつたので、物は試しだからまあ受けて見ようと云つて、受けたら綺麗に及第した時、彼は興に乘つて、方々の神社で手當り次第|御神籤《おみくじ》を頂き廻つた事さへある。しかも夫《それ》は別に是といふ目的なしに頂いたのだから彼は平生でも、優に賣卜者《うらなひしや》の顧客《とくい》になる資格を充分具へてゐたに違ない。其代り今度の樣な場合にも、何處か慰さみがてらに、まあ遣つて見ようといふ浮氣《うはき》が大分《だいぶ》交つてゐた。
 
     十六
 
 敬太郎は何處の占《うら》なひ者《しや》に行つたものかと考へて見たが、生憎《あいにく》何處といふ當《あて》もなかつた。白山の裏とか、芝公園の中とか、銀座何丁目とか今迄に名前を聞いたのは二三軒あるが、無暗《むやみ》に流行《はや》るのは山師《やまし》らしくつて行く氣にならず、と云つて、自分で嘘と知りつゝ出鱈目《でたらめ》を強ひて尤もらしく述べる奴は猶《なほ》不都合であるし、出來るならば餘り人の込み合はない家《うち》で、閑静な髯を生やした爺さんが奇警《きけい》な言葉で、簡潔にすぱ/\と道《い》ひ破《やぶ》つて呉れるのが何處かにゐれば可《い》いがと思つた。
 さう思ひながら、彼は自分の父が能く相談に出掛けた、郷里《くに》の一本寺《いつぽんじ》の隱居の顔を頭の中に描き出した。夫《それ》から不圖氣が付いて、考へるんだか只坐つてゐるんだか分らない自分の樣子が馬鹿々々しくなつたので、兎に角出て其所いらを歩いてるうちに、運命が自分を誘ひ込むやうな占《うら》ない者《しや》の看板に打《ぶ》つかるだらうといふ漠然たる頭に帽子を載せた。
 彼は久し振に下谷の車坂《くるまざか》へ出て、あれから東へ眞直に、寺の門だの、佛師屋《ぶつしや》だの、古臭い生藥屋《きぐすりや》だの、コ川時代のがらくたを埃と一所に並《なら》べた道具屋だのを左右に見ながら、わざと門跡《もんぜき》の中を拔けて、奴鰻《やつこうなぎ》の角へ出た。
 彼は小供の時分よく江戸時代の淺草を知つてゐる彼の祖父《ぢい》さんから、しばしば觀音樣の繁華を耳にした。仲見世《なかみせ》だの、奧山《おくやま》だの、並木《なみき》だの、駒形《こまかた》だの、色々云つて聞かされる中には、今の人があまり口にしない名前さへあつた。廣小路に菜飯《なめし》と田樂《でんがく》を食はせるすみ屋といふ洒落《しやれ》た家《うち》があるとか、駒形《こまかた》の御堂の前の綺麗な繩暖簾《なはのれん》を下げた鰌屋《どぜうや》は昔《むか》しから名代《なだい》なものだとか、食物《くひもの》の話も大分《たいぶ》聞かされたが、凡《すべ》ての中《うち》で最も敬太郎の頭を刺戟したものは、長井兵助《ながゐひやうすけ》の居合拔《ゐあひぬき》と、脇差《わきざし》をぐい/\呑んで見せる豆藏《まめざう》と、江州《がうしう》伊吹山《いぶきやま》の麓にゐる前足が四つで後足《あとあし》が六つある大蟇《おほがま》の干し固めたのであつた。夫等《それら》には藏の二階の長持の中にある草双紙《くさざうし》の畫解《ゑとき》が、子供の想像に都合の好いような説明を幾何《いくら》でも與へて呉れた。一本齒の下駄を穿いた儘、小さい三寶の上に曲《しや》がんだ男が、襷掛《たすきがけ》で身體よりも高く反《そ》り返つた刀を拔かうとする所や、大きな蝦蟆《がま》の上に胡坐《あぐら》をかいて、兒雷也《じらいや》が魔法か何か使つてゐる所や、顔より大きさうな天眼鏡《てんがんきやう》を持つた白い髯の爺さんが、唐机《たうづくゑ》の前に坐つて、平突張《へいつくば》つたちょん髷を上から見下《みおろ》す所や、大抵の不思議なものはみんな繪本から拔け出して、想像の淺草に並《なら》んでゐた。斯ういふ譯で敬太郎の頭に映る觀音の境内には、歴史的に妖嬌陸離《えうけうりくり》たる色彩が、十八間の本堂を包んで、小供の時から常に陽炎《かげろ》つてゐたのである。東京へ來てから、此怪しい夢は固《もと》より手痛く打ち崩されて仕舞つたが、夫《それ》でも時々は今でも觀音樣の屋根に鵠《こふ》の鳥が巣を食つてゐるだらう位の考にふら/\となる事がある。今日も淺草へ行つたら何うかなるだらうといふ料簡《れうけん》が暗《あん》に働らいて、足が自《おの》づと此方《こつち》に向いたのである。然しルナパークの後《うしろ》から活動寫眞の前へ出た時は、是《こり》や占《うら》なひ者《しや》などの居る所ではないと今更の樣に其雜沓に驚ろいた。責《せ》めて御賓頭顱《おびんづる》でも撫《な》でて行かうかと思つたが、何處にあるか忘れてしまつたので、本堂へ上《あが》つて、魚河岸《うをがし》の大提灯《おほぢやうちん》と頼政《よりまさ》の鵺《ぬえ》を退治てゐる額|丈《だけ》見てすぐ雷門《かみなりもん》を出た。敬太郎の考ヘでは是から淺草橋へ出る間には、一軒や二軒の易者はあるだらう。もし在つたら何でも構はないから入《はい》る事にしよう。或は高等工業の先を曲つて柳橋の方へ拔けて見ても好いなどゝ、丸《まる》で時分どきに恰好《かつかう》な飯屋《めしや》でも探す氣で歩いてゐた。所がいざ探すとなると生憎《あいにく》なもので、平生《ふだん》は散歩さへすれば至る所に神易《しんえき》の看板がぶら下つてゐる癖に、あの廣い表通りに門戸を張つてゐる卜者《うらなひ》は丸《まる》で見當らなかつた。敬太郎は此|企圖《くはだて》も亦例によつて例の如く、突き拔けずに中途で御仕舞になるのかも知れないと思つて少し失望しながら藏前《くらまへ》まで來た。すると漸《やつ》との事で尋ねる商賣の家《うち》が一軒あつた。細長い堅木の厚板に、身の上判斷と割書《わりがき》をした下に、文錢占《ぶんせんうら》なひと白い字で彫つて、其又下に、漆で塗つた眞赤《まつか》な唐辛子《たうがらし》が描《か》いてある。此奇體な看板が先づ敬太郎の眼を惹いた。
 
      十七
 
 能く見ると是は一軒の生藥屋《きぐすりや》の店を仕切つて、其狭い方へ小瀟洒《こざつぱり》した差掛樣《さしかけやう》のものを作つたので、中に七色唐辛子《なゝいろたうがらし》の袋を並《なら》べてあるから、看板の通りそれを賣る傍《かたは》ら、占なひを見る趣向に違ない。敬太郎は斯う觀察して、そつと餡轉餅屋《あんころもちや》に似た差掛《さしかけ》の奧を覗いて見ると、小作りな婆さんが只《たつた》一人|裁縫《しごと》をしてゐた。狹い室《へや》一つの住居《すまひ》としか思はれないのに、肝心の易者の影も形も見えないから、主人は他行中《たぎやうちゆう》で、細君が留守番をしてゐる所かとも思つたが、店先の構造から推すと、奧は生藥屋の方《はう》と續いてゐるかも知れないので、一概に留守と見切《みきり》を付ける譯にも行かなかつた。それで二三歩先へ出て、藥種店の方を覗くと、八《や》ツ目鰻《めうなぎ》の干したのも釣るしてなければ、大きな龜の甲も飾つてないし、人形の腹をがらん胴にして、五色の五臓を外から見えるように、腹の中の棚に載せた古風の裝飾もなかつた。一本寺《いつぽんじ》の隱居に似た髯のある爺さんは固《もと》より坐つてゐなかつた。彼は再び立ち戻つて、身の上判斷|文錢占《ぶんせんうら》なひといふ看板の懸つた入口から暖簾《のれん》を潜《くゞ》つて内へ入《はい》つた。裁縫《しごと》をしてゐた婆さんは、針の手を已《や》めて、大きな眼鏡の上から睨むやうに敬太郎を見たが、たゞ一口、占《うら》なひですかと聞いた。敬太郎は「えゝ一寸見て貰ひたいんだが、御留守のやうですね」と云つた。すると婆さんは、膝の上のやわらか物を隅の方へ片付けながら、御上りなさいと答へた。敬太郎は云はれる通り素直に上つて見ると、狹いけれども居心地の惡い程|汚《よご》れた室《へや》ではなかつた。現に疊|抔《など》は取り替へ立てでまだ新らしい香《か》がした。婆さんは※[者/火]立つた鐵瓶の湯を湯呑に注《つ》いで、香煎《かうせん》を敬太郎の前に出した。さうして昔は藥箱でも載せた棚らしい所に片付けてあつた小机を取り卸しに掛つた。其机には無地の羅紗《ラシヤ》が掛けてあつたが、婆さんはそれを其儘敬太郎の正面に据ゑて、さうして再び故《もと》の座に歸つた。
 「占《うら》なひは私がするのです」
 敬太郎は意外の感に打たれた。此|小《ち》いさい丸髷に結《ゆ》つた、黒繻子の襟の掛つた着物の上に、地味な縞の羽織を着た、一心に縫物をしてゐる、純然家庭的の女が、自分の未來に横たはる運命の豫言者であらうとは全く想像の外《ほか》にあつたのである。其上彼は此婦人の机の上に、筮竹《ぜいちく》も算木《さんぎ》も天眼鏡《てんがんきやう》もないのを不思議に眺めた。婆さんは机の上に乘つてゐる細長い袋の中からちやら/\と音をさせて、穴の開《あ》いた錢《ぜに》を九つ出した。敬太郎は始めて是が看板に「文錢占《ぶんせんうら》なひ」とある文錢《ぶんせん》なるものだらうと推察したが、偖《さて》此九枚の文錢《ぶんせん》が、暗い中で自分を操つてゐる運命の糸と、どんな關係を有《も》つてゐるか、固《もと》より想像し得る筈がないので、たゞ其所に鑄出《いだ》された模樣と、それが仕舞つてあつた袋とを見比べる丈《だけ》で、何事も云はずにゐた。袋は能裝束の切れ端か、懸物の表具の餘りで拵らえたらしく、金の糸が所々に光つてゐるけれども、大分《だいぶ》古いものと見えて、手擦《てずれ》と時代のため、派手な色を全く失つてゐた。
 婆さんは年寄に似合はない白い繊麗《きやしや》な指で、九枚の文錢を三枚|宛《づゝ》三列《みけた》に並《なら》べたが、ひよつと顔を上げて、「身の上を御覽ですか」と聞いた。
 「さあ一生涯の事を一度に聞いて置いても損はないが、夫《それ》よりか今此所で何うしたら可《い》いか、其方を極めて懸る方が僕には大切らしいから、まあ夫《それ》を一つ願はう」
 婆さんはさうですかと答へたが、夫《それ》で御年はと又敬太郎の年齡を尋ねた。それから生れた月と日を確めた。其|後《あと》で胸算用《むなざんよう》でもする案排《あんばい》しきで、指を折つて見たり、たゞ考《かん》がへたりしてゐたが、やがて又綺麗な指で例の文錢を新らしく並《なら》べ更《か》へた。敬太郎は表に波が出たり、或は文字が現はれたりして、三枚が三列《みけた》に續く順序と排列を、深い意味でもある樣な眼付をして見守つてゐた。
 
     十八
 
 婆さんはしばらく手を膝の上に載せて、何事も云はずに古い錢《ぜに》の面《おもて》を凝《ぢつ》と注意してゐたが、やがて考への中心點が明快《はつきり》纒まつたといふ樣子をして、「貴方は今迷つて居らつしやる」と云ひ切つたなり敬太郎の顏を見た。敬太郎はわざと何も答へなかつた。
 「進まうか止《よ》さうかと思つて迷つて居らつしやるが、是は御損ですよ。先へ御出《おで》になつた方が、たとひ一時は思はしくない樣でも、末始終《すゑしじゆう》御爲ですから」
 婆さんは一區限《ひとくぎり》付けると、又口を閉ぢて敬太郎の樣子を窺つた。敬太郎は始めからたゞ先方のいふ事をふん/\聞く丈《だけ》にして、此方《こちら》では何も喋舌《しやべ》らない積《つもり》に、腹の中で極めて掛つたのであるが、婆さんの此|一言《いちげん》に、ぼんやりした自分の頭が、相手の聲に映つてちらりと姿を現はしたやうな氣がしたので、つい其刺戟に應じて見たくなつた。
 「進んでも失敗《しくじ》る樣な事はないでせうか」
 「えゝ。だから成るべく大人《おとな》しくして。短氣を起さないようにね」
 是は豫言ではない、常識があらゆる人に教へる忠告に過ぎないと思つたけれども婆さんの態度に、是といふ故意《わざ》とらしい點も見えないので、彼は猶《なほ》質問を續けた。
 「進むつて何方《どつち》の方へ進んだものでせう」
 「夫《それ》は貴方の方が能く分つて居らつしやる筈ですがね。私はたゞ最《もう》少し先迄|御出《おで》なさい、其方が御爲だからと申し上げる迄です」
 斯うなると敬太郎も行き掛り上《じやう》さうですかと云つて引込《ひつこ》む譯に行かなくなつた。
 「だけれども道が二つ有るんだから、その内で何方《どつち》を進んだら可《よ》からうと聞くんです」
 婆さんは又黙つて文錢《ぶんせん》の上を眺めてゐたが、前よりは重苦しい口調で、「まあ同《おん》なじですね」と答へた。さうして先刻《さつき》裁縫《しごと》をしてゐた時に散らばした糸屑《いとくづ》を拾つて、其中から紺と赤の絹糸の可成《かなり》長いのを擇《よ》り出して、敬太郎の見てゐる前で、それを綺麗に縒《よ》り始めた。敬太郎はたゞ手持無沙汰の徒事《いたづら》とばかり思つて、別段意にも留《とゞ》めなかつたが、婆さんは丹念にそれを五六寸の長さに縒《よ》り上げて、文錢の上に載せた。
 「是を御覽なさい。斯う縒《よ》り合はせると、一本の糸が二筋の糸で、二筋の糸が一本の糸になるぢやありませんか。そら派手《はで》な赤と地味な紺が。若い時には兎角派手の方へ派手の方へと驅け出して遣り損ない勝のものですが、貴方のは今の所此|縒糸《よりいと》見た樣に丁度好い具合に、一所に絡《から》まり合つてゐる樣ですから御仕合せです」
 絹糸の喩《たとへ》は何とも知らず面白かつたが、御仕合せですと云はれて見ると、嬉しいよりも却つて可笑《をか》しい心持の方が敬太郎を動かした。
 「ぢや其紺糸で地道《ぢみち》を踏んで行けば、其間にちら/\派手な赤い色が出て來ると云ふんですね」と敬太郎は向ふの言葉を呑み込んだ樣な尋ね方をした。
 「さうです左樣《さう》なる筈です」と婆さんは答へた。始めから敬太郎は占なひの一言《いちごん》で、是非共右か左へ片付けなければならないと迄|切《せつ》に思ひ詰めてゐた譯でもなかつたけれども、是《これ》丈《だけ》で歸るのも少し物足りなかつた。婆さんの云ふ事が、丸《まる》で自分の胸と懸け隔たつた別世界の消息なら、固《もと》より論はないが、意味の取り方では大分《だいぶ》自分の今の身の上に、應用の利く點もあるので、敬太郎は其所に微《かす》かな未練を殘した。
 「最《も》う何にも伺がふ事はありませんか」
 「さうですね。近い内に一寸した事が出來るかも知れません」
 「災難ですか」
 「災難でもないでせうが、氣を付けないと遣り損ないます。さうして遣り損なへば夫《それ》つきり取り返しが付かない事です」
 
     十九
 
 敬太郎の好奇心は少し鋭敏になつた。
 「全體|何《ど》んな性質《たち》の事ですか」
 「夫《それ》は起つて見なければ分りません。けれども盗難だの水難だのではない樣です」
 「ぢや何うして失敗《しくじ》らない工夫をして好いか、それも分らないでせうね」
 「分らない事もありませんが、若《も》し御望みなら、最《も》う一遍|占《うら》なひを立て直して見て上げても宜《よ》う御座んす」
 敬太郎は、では御頼み申しますと云はない譯に行かなかつた。婆さんは又|繊細《きやしや》な指先を小器用に動かして、例の文錢を裏表に並《なら》べ更《か》へた。敬太郎から云へば先《せん》の並べ方も今度の並べ方も大抵似たものであるが、婆さんには其所に何か重大の差別があるものと見えて、其一枚を引つ繰り返すにも輕率に手は下さなかつた。漸く九枚を夫々《それ/”\》念入に片付けた後《あと》で、婆さんは敬太郎に向つて「大體分りました」と云つた。
 「何うすれば好いんですか」
 「何うすればつて、占なひには陰陽《いんやう》の理で大きな形が現はれる丈《だけ》だから、實地は各自《めい/\》が其場に臨んだ時、其大きな形に合はして考ヘる外ありませんが、まあ斯うです。貴方は自分の樣な又|他人《ひと》の樣な、長い樣な又短かい樣な、出る樣な又這入る樣なものを持つて居らつしやるから、今度事件が起つたら、第一にそれを忘れないやうになさい。左樣《さう》すれば旨く行きます」
 敬太郎は烟《けむ》に卷かれざるを得なかつた。いくら大きな形が陰陽の理で現はれたにした所で、是ぢや方角さへ立たない霧の樣なものだから、假令《たとひ》嘘でも本當でも、最《も》う少し切り詰めた應用の利く所を是非云はせようと思つて、二三押問答をして見たが、一向《いつかう》埒《らち》が明かなかつた。敬太郎はとう/\此禅坊主の寐言に似たものを、手拭に包《くる》んだ懷爐《くわいろ》の如く懷中させられて表へ出た。御負《おまけ》に出掛《でがけ》に七色唐辛子《なゝいろたうがらし》を二袋買つて袂へ入れた。
 翌日彼は朝飯《あさはん》の膳に向つて、烟《けむ》の出る味噌汁椀の葢《ふた》を取つたとき、忽ち昨日《きのふ》の唐辛子を思ひ出して、袂から例の袋を取り出した。それを十二分に汁の上に振り掛けて、ひり/\するのを我慢しながら食事を濟ましたが、婆さんの云はゆる「陰陽の理によつて現はれた大きな形」を頭の中に呼び起して見ると、まだ漠然と瓦斯《ガス》の如く殘つてゐた。然し手の付けやうのない謎《なぞ》に氣を揉む程熱心な占《うら》なひ信者でもないので、彼は何うにかそれを解釋して見たいと焦心《あせ》る苦悶を知らなかつた。只其分らない所に妙な趣《おもむき》があるので、忘れないうちに、婆さんの云つた通りを紙片《かみぎれ》に書いて机の抽出《ひきだし》へ入れた。
 もう一遍田口に會ふ手段を講じて見る事の可否は、昨日《きのふ》既に婆さんの助言《じよごん》で斷定されたものと敬太郎は解釋した。けれども彼は占ないを信じて動くのではない、動かうとする矢先へ婆さんが動く縁を付けて呉れたに過ぎないのだと思つた。彼は須永へ行つて彼の叔父が既に大阪から歸つたか何うか尋ねて見ようかと考へたが、自動車事件の記憶がまだ新たに彼の胸を壓迫してゐるので足を運ぶ勇氣が一寸出なかつた。電話も此際利用しにくかつた。彼は已《やむ》を得ず、手紙で用を辨ずる事にした。彼は先達《せんだつ》て須永の母に話したと略《ほゞ》同樣の?末を簡略に書いた後で、田口がもう旅行から歸つたか何うかを聞き合はせて、若《も》し歸つたなら御多忙中甚だ恐れ入るけれども、都合して會つて呉れる譯には行くまいか、此方《こつち》は何うせ閑《ひま》な身體だから、何時《いつ》でも指定された時日に出られる積《つもり》だがと、此間の權幕は、綺麗に忘れた樣な口振を見せた。敬太郎は此手紙を出すと同時に、須永の返事を明日にも豫想した。所が二日立つても三日立つても何の挨拶もないので、少し不安の念に惱まされ出した。なまじい賣卜者《うらなひしや》の言葉などに動かされて、恥を掻いては詰らないといふ後悔も交《まじ》つた。すると四日目の午前になつて、突然田口から電話口へ呼び出された。
 
     二十
 
 電話口へ出て見ると案外にも主人の聲で、今|直《すぐ》來る事が出來るかといふ簡單な問ひ合はせであつた。敬太郎はすぐ出ますと答へたが、夫《それ》丈《だけ》で電話を切るのは何となく打《ぶ》つ切《き》ら棒《ぼう》過ぎて愛嬌が足りない氣がするので、少し色を着ける爲に、須永君から何か御話でも御座いましたかと聞いて見た。すると相手は、えゝ市藏から御希望を通知して來たのですが、手數《てかず》だから直接に私の方で御都合を伺がひました。ぢや御待ち申しますから、直《すぐ》どうぞ。と云つて夫《それ》なり引込《ひつこ》んで仕舞つた。敬太郎は又例の袴を穿《は》きながら、今度こそ樣子が好ささうだと思つた。夫《それ》から此間買つた許《ばか》りの中折を帽子掛から取ると、未來に富んだ顔に生氣を漲《みな》ぎらして快豁《くわいくわつ》に表へ出た。外には白い霜を一度に摧《くだ》いた日が、木枯しにも吹き捲くられずに、穩やかな往來をおつとりと一面に照らしてゐた。敬太郎は其中を突切《つつき》る電車の上で、光を割《さ》いて進む樣な感じがした。
 田口の玄關は此間と違つて蕭條《ひつそ》りしてゐた。取次に袴を着けた例の書生が現はれた時は、少し極りが惡かつたが、まさか先達《せんだつ》ては失禮しましたとも云へないので、素知らぬ顔をして叮嚀に來意を告げた。書生は敬太郎を覺えてゐたのか、居ないのか、只はあと云つたなり名刺を受取つて奧へ這入つたが、やがて出て來て、何うぞ此方《こちら》へと應接間へ案内した。敬太郎は取次の揃へて呉れた上靴《スリツパー》を穿《は》いて、御客らしく通るには通つたが、四五脚ある椅子の何《ど》れへ腰を掛けて可《い》いか一寸迷つた。一番小さいのにさへ極めて置けば間違はあるまいといふ謙遜から、彼は腰の高い肱懸も裝飾も付かない最も輕さうなのを擇《よ》つて、わざと位置の惡い所へ席を占めた。
 やがて主人が出て來た。敬太郎は使ひ慣れない切口上を使つて、初對面の挨拶やら會見の禮やらを述べると、主人は輕くそれを聞き流す丈《だけ》で、只はあ/\と挨拶した。さうしていくら區切が來ても、一向《いつかう》何とも云つて呉れなかつた。彼は主人の態度に失望する程でもなかつたが、自分の言葉がさう思ふ通り長く續かないのに弱つた。一應頭の中にある挨拶を出し切つて仕舞ふと、後は夫《それ》限《ぎり》で、手持無沙汰と知りながら黙らなければならなかつた。主人は卷莨入《まきたばこいれ》から敷島を一本取つて、あとを心持敬太郎のゐる方へ押し遣つた。
 「市藏から貴方の御話しは少し聞いた事もありますが、一體何ういふ方を御希望なんですか」
 實を云ふと、敬太郎には何といふ特別の希望はなかつた。只相當の位置さへ得られゝばと許《ばかり》考へてゐたのだから、斯う聞かれると盆槍《ぼんやり》した答より外に出來なかつた。
 「凡《すべ》ての方面に希望を有《も》つてゐます」
 田口は笑ひ出した。さうして機嫌の好い顔付をして、學士の數《かず》の斯んなに殖えて來た今日《こんにち》、幾何《いくら》世話をする人があらうとも、さう最初から好い地位が得られる譯のものでないといふ事情を懇《ねん》ごろに説いて聞かせた。
 然し夫《それ》は田口から改めて教はる迄もなく、敬太郎の疾《と》うから痛切に承知してゐる所であつた。
 「何でも遣ります」
 「何でも遣りますつたつて、まさか鐵道の切符切も出來ないでせう」
 「いえ出來ます。遊んでるよりは増しですから。將來の見込のあるものなら本當に何でも遣ります。第一遊んでゐる苦痛を逃《のが》れる丈《だけ》でも結構です」
 「さう云ふ御考なら又私の方でも能く氣を付けて置きませう。直《すぐ》といふ譯にも行きますまいが」
 「何うぞ。――まあ試しに使つて見て下さい。貴方の御家《おうち》の――と云つちや餘り變ですが、貴方の私事《わたくしごと》にでゞも可《い》いから、一寸使つて見て下さい」
 「そんな事でも爲《し》て見る氣がありますか」
 「あります」
 「それぢや、殊に依ると何か願つて見るかも知れません。何日《いつ》でも構ひませんか」
 「えゝ成るべく早い方が結構です」
 敬太郎は是で會見を切り上げて、朗らかな顔をして表へ出た。
 
      二十一
 
 穩やかな冬の日が又二三日續いた。敬太郎は三階の室《へや》から、窓に入る空と樹と屋根瓦を眺めて、自然を橙色《だい/\いろ》に暖ためる大人《おと》なしい此日光が、恰も自分の爲に世の中を照らしてゐる樣な愉快を覺えた。彼は此間の會見で、自分に都合の好い結果が、近い内にわが頭の上に落ちて来るものと固く信ずる樣になつた。さうして其結果が何《ど》んな異樣の形を裝《よそほ》つて、彼の前に現はれるかを、彼は最も樂しんで待ち暮らした。彼が田口に依頼した仕事のうちには、普通の依頼者の申《まを》し出《いで》以上のもの迄含んでゐた。彼は一定の職業から生ずる義務を希望した許《ばかり》でなく、刺戟に充ちた一時性の用事をも田口から期待した。彼の性質として、もし成效の影が彼を掠《かす》めて閃めくならば、恐らく尋常の雜務とは切り離された特別の精彩を帶びたものが、卒然彼の前に投げ出されるのだらう位に考へた。そんな望を抱いて、彼は毎日美くしい日光に浴してゐたのである。
 すると四日ばかりして、又田口から電話が掛つた。少し頼みたい事が出來たが、わざ/\呼び寄せるのも氣の毒だし、電話では手間が要《い》つて却つて面倒になるし、仕方がないから、速達便で手紙を出す事にしたから、委細《ゐさい》はそれを見て承知して呉れ。もし分らない事があつたら、又電話で聞き合はしても可《い》いといふ通知であつた。敬太郎はぼんやり見えてゐた遠眼鏡《とほめがね》の度がぴたりと合つた時のやうに愉快な心持がした。
 彼は机の前を一寸《いつすん》も離れずに、速達便の屆くのを待つてゐた。さうして其《その》間《あひだ》絶ず例の想像を逞《たく》ましくしながら、田口の所謂用事なるものを胸の中で組み立てゝ見た。其所には何時《いつ》か須永の門前で見た後姿の女が、稍《やゝ》ともすると斷わりなしに入り込んで來た。不圖氣が付いて、もつと實際的のもので有るべき筈だと思ふと、其時|丈《だけ》は自分で自分の空想を叱る樣にしては、彼はもどかしい時を過ごした。
 やがて待ち焦《こが》れた状袋が彼の手に落ちた。彼はすつと音をさせて、封を裂いた。息も繼《つ》がずに卷紙の端《はし》から端《はし》迄《まで》を一気に讀み通して、思はずあつといふ微《かす》かな聲を揚げた。與へられた彼の用事は待ち設けた空想よりも猶《なほ》浪漫的《ロマンチツク》であつたからである。手紙の文句は固《もと》より簡單で用事以外の言葉は一切書いてなかつた。今日四時と五時の間に、三田方面から電車に乘つて、小川町の停留所で下りる四十|恰好《がつかう》の男がある。それは黒の中折に霜降の外套を着て、顔の面長《おもなが》い脊《せい》の高い、瘠せぎすの紳士で、眉と眉の間に大きな黒子《ほくろ》があるから其特徴を目標《めじるし》に、彼が電車を降りてから二時間以内の行動を探偵して報知しろといふ丈《だけ》であつた。敬太郎は始めて自分が危險なる探偵小説中に主要の役割を演ずる一個の主人公の樣な心持がし出した。同時に田口が自己の社會的利害を護る爲に、斯んな暗がりの所作を敢てして、他日の用に、他《ひと》の弱點を握つて置くのではなからうかと云ふ疑を起した。さう思つた時、彼は人の狗《いぬ》に使はれる不名譽と不コ義を感じて、一種苦悶の膏汗《あぶらあせ》を腋《わき》の下に流した。彼は手紙を手にした儘、凝《ぢつ》と眸《ひとみ》を据ゑたなり固くなつた。然し須永の母から聞いた田口の性格と、自分が直《ぢか》に彼に會つた時の印象とを纒めて考へて見ると、決してそんな人の惡さうな男とも思はれないので、たとひ他人の内行《ないかう》に探《さぐ》りを入れるにした所で、必ずしも夫《それ》程《ほど》下品な料簡《れうけん》から出るとは限らないといふ推斷も付いて見ると、一旦|硬直《かうちよく》になつた筋肉の底に、又温たかい血が通ひ始めて、コ義に逆らふ吐氣《むかつき》なしに、たゞ興味といふ一點から此問題を面白く眺める餘裕も出來てきた。それで世の中に接觸する經驗の第一着手として、兎も角も田口から依頼された通りに此仕事を遣り終《おほ》せて見やうといふ氣になつた。彼はもう一度篤と田口の手紙を讀み直した。さうして其所に書いてある特徴と條件|丈《だけ》で、果して滿足な結果が實際に得られるだらうか何うかを確かめた。
 
     二十二
 
 田口から知らせて來た特徴のうちで、本當に其人の身を離れないものは、眉と眉の間の黒子《ほくろ》だけであるが、この日の短かい昨今の、四時とか五時とかいふ薄暗い光線の下《もと》で、乘降《のりおり》に忙がしい多數の客の中《うち》から、指定された局部の一點を目標《めじるし》に、是だと思ふ男を過ちなく見付け出さうとするのは容易の事ではない。ことに四時と五時の間と云へば、丁度役所の退《ひ》ける刻限なので、丸の内から只一筋の電車を利用して、神田橋を出る役人の數《かず》丈《だけ》でも大したものである。それに外《ほか》と違つて停留所が小川町だから、年の暮に間もない左右の見世先に、幕だの樂隊だの、蓄音機だのを飾るやら具へるやらして、電燈以外の景氣を點《つ》けて、不時の客を呼び寄せる混雜も勘定に入れなければなるまい。それを想像して事の成否を考へて見ると、到底一人の手際ではといふ覺束ない心持が起つて來る。けれども又尋ね出さうとする其人が、霜降の外套に黒の中折といふ服裝《いでたち》で電車を降りると極つて見れば、其所にまだ一縷《いちる》の望がある樣にも思はれる。無論霜降の外套|丈《だけ》では、どんな恰好《かつかう》にしろ手掛りになり樣《やう》筈がないが、黒の中折を被つてゐるなら、色變りより外に用ひる人のない今日《こんにち》だから、すぐ眼に付くだらう。夫《それ》を目宛《めあて》に注意したら或は成功しないとも限るまい。
 斯う考へた敬太郎は、兎も角も停留所迄行つて見る事だといふ氣になつた。時計を眺めると、まだ一時を打つた許《ばかり》である。四時より三十分前に向《むかふ》ヘ着くとした所で、三時頃から宅《うち》を出れば澤山なのだから、未《ま》だ二時間の猶豫がある。彼は此二時間を最も有益に利用する積《つもり》で、凝《ぢつ》とした儘坐つてゐた。けれども只眼の前に、美土代町《みとしろちやう》と小川町が、丁字《ていじ》になつて交叉してゐる三つ角の雜沓が入り亂れて映る丈《だけ》で、是と云つて成功を誘《いざな》ふに足る上分別《じやうふんべつ》は浮ばなかつた。彼の頭は考へれば考へる程、同じ場所に吸ひ付いたなり丸《まる》で動くことを知らなかつた。其所へ、何うしても目指す人には會へまいといふ掛念が、不安を伴《ともな》つて胸の中をざわつかせた。敬太郎は一層《いつそ》の事時間が來る迄外を歩きつゞけに歩いて見やうかと思つた。さう決心をして、兩手を机の縁《ふち》に掛けて、勢よく立ち上がらうとする途端に、此間淺草で占《うら》なひの婆さんから聞いた、「近い内に何か事があるから、其時には斯う/\いふものを忘れない樣にしろ」といふ注意を思ひ出した。彼は婆さんの其時の言葉を、解すべからざる謎《なぞ》として、殆んど頭の外へ落して仕舞つたにも拘はらず、參考の爲わざ/\書き付にして机の抽出《ひきだし》に入れて置いた。で又其|紙片《かみぎれ》を取り出して、自分の樣で他人《ひと》の樣な、長い樣で短かい樣な、出る樣で這入る樣なといふ句を飽かず眺めた。始めのうちは今迄通り到底意味のある筈がないとしか見えなかつたが、段々繰り返して讀むうちに、辛拘強く考へさへすれば、斯ういふ妙な特性を有《も》つたものが或は出て來るかも知れないといふ氣になつた。其上敬太郎は婆さんに、自分が持つてゐるんだから、いざといふ場合に忘れない樣になさいと注意されたのを覺えてゐたので、何でも好い、たゞ身の周圍《まはり》の物から、自分の樣で他人《ひと》の樣な、長い樣で短かい樣な、出る樣で這入る樣なものを探し中《あ》てさへすれば、比較的狹い範圍内で、此問題を解決する事が出來る譯になつて、存外早く片が付くかも知れないと思ひ出した。そこでわが自由になる是から先の二時間を、全く此|謎《なぞ》を解く爲の二時間として、大切に利用しやうと決心した。
 所が先づ眼の前の机、書物、手拭、座蒲團から順々に進行して行李《かうり》鞄《かばん》靴下《くつした》迄|行《い》つたが、一向《いつかう》それらしい物に出合はないうちに、とう/\一時間經つて仕舞つた。彼の頭は焦燥《いらだ》つと共に亂れて來た。彼の觀念は彼の室《へや》の中を驅け廻《めぐ》つて落ち付けないので、制するのも聞かずに、戸外へ出て縱横に走つた。やがて彼の前に、霜降の外套を着た黒の中折を被つた脊《せい》の高い瘠《やせ》ぎすの紳士が、彼の是から探さうといふ其人の權威を具へて、あり/\と現はれた。すると其顔が忽ち大連にゐる森本の顔になつた。彼はだらしのない髯を生やした森本の容貌を想像の眼で眺めた時、突然電流に感じた人の樣にあつと云つた。
 
     二十三
 
 森本の二字は疾《と》うから敬太郎の耳に變な響を傳へる媒介《なかだち》となつてゐたが、此頃ではそれが一層高じて全然一種の符徴《ふちよう》に變化して仕舞つた。元から此男の名前さへ出ると、必ず例の洋杖《ステツキ》を聯想したものだが、洋杖《ステツキ》が二人を繋ぐ縁に立つてゐると解釋しても、或は二人の中を割《さ》く邪魔に挾まつてゐると見傚《みな》しても、兎に角森本と此竹の棒の間にはある距離《へだゝり》があつて、さう一足飛《いつそくとび》に片方から片方へ移る譯に行かなかつたのに、今では夫《それ》が一つになつて、森本と云へば洋杖《ステツキ》、洋杖《ステツキ》と云へば森本といふ位劇しく敬太郎の頭を刺戟するのである。其刺戟を受けた彼の頭に、自分の所有の樣な又森本の所有の樣な、持主の何方《どつち》とも片付かないといふ觀念が、熱《ほて》つた血に流されながら偶然浮び上つた時、彼はあゝ是だと叫んで、亂れ逃げる黒い影の内から、其|洋杖《ステツキ》丈《だけ》をうんと捕《つか》まへたのである。
 「自分の樣な他人《ひと》の樣な」と云つた婆さんの謎は是で解けたものと信じて、敬太郎は一人嬉しがつた。けれども未《ま》だ「長い樣な短かい樣な、出る樣な這入る樣な」といふ所迄は考へて見ないので、彼はあまる二ケ條の特性をも等しく此|洋杖《ステツキ》の中《うち》から探し出さうといふ料簡《れうけん》で、更に新たな努力を鼓舞して掛つた。
 始めは見方一つで長くもなり短かくもなる位の意味かも知れないと思つて、先へ進んで見たが、夫《それ》では餘り平凡過ぎて、解釋が付いたも付かないも同じ事の樣な心持がした。其所で又後戻りをして、「長い樣な短かい樣な」といふ言葉を幾度《いくたび》か口の内で繰り返しながら思案した。が、容易に解決の出來る見込は立たなかつた。時計を見ると、自由に使つて可《い》い二時間のうちで、もう三十分しか殘つてゐない。彼は拔裏《ぬけうら》と間違へて袋の口へ這入り込んだ結果、好んで行き惱みの状態に悶えてゐるのでは無からうかと、自分で自分の判斷を危ぶみ出した。出端《では》のない行き留りに立つ位なら、もう一遍引き返して、新らしい途を探す方が増しだとも考へた。然し斯う時間が逼つてゐるのに、初手《しよて》から出直しては、到底《とて》も間に合ふ筈がない、既に此處迄來られたといふ一部分の成功を縁喜にして、是非先へ突き拔ける方が順當だとも考へた。是が可《よ》からう彼《あれ》が可《よ》からうと右左に思ひ亂れてゐる中に、彼の想像は不圖全體としての杖を離れて、握りに刻まれた蛇の頭に移つた。其瞬間に、鱗《うろこ》のぎら/\した細長い胴と、匙《さじ》の先に似た短かい頭とを我知らず比較して、胴のない鎌首だから、長くなければならない筈だのに短かく切られてゐる、其所が即ち長い樣な短かい樣な物であると悟つた。彼は此答案を稻妻の如く頭の奧に閃《ひら》めかして、得意の餘り踴躍《こをどり》した。あとに殘つた「出る樣な這入る樣な」ものは、大した苦労もなく約五分の間に解けた。彼は鷄卵《たまご》とも蛙とも何とも名状し難い或物が、半《なか》ば蛇の口に隱れ、半《なか》ば蛇の口から現はれて、呑み盡されもせず、逃《のが》れ切りもせず、出るとも這入るとも片の付《つか》ない状態を思ひ浮かべて、すぐ是だと判斷したのである。
 是で萬事が綺麗に解決されたものと考へた敬太郎は、躍り上る樣に机の前を離れて、時計の鎖を帶に絡《から》んだ。帽子は手に持つた儘、袴も穿《は》かずに室《へや》を出やうとしたが、あの洋杖《ステツキ》を何うして持つて出たものだらうかといふ問題が一寸彼を躊躇さした。あれに手を觸れるのは無論、たとひ傘入から引き出した處で、森本が置き去りにして行つてから既に久しい今日《こんにち》となつて見れば、主人に斷わらないにしろ、咎められたり怪しまれたりする氣遣はないに極つてゐるが、偖《さて》彼等が傍《そば》に居ない時、又居るにしても見ないうちに、夫《それ》を提げて出やうとするには相當の思慮か準備が必要になる。迷信のはびこる家庭に成長した敬太郎は、呪禁《まじなひ》に使ふ品物を(是から其目的に使ふんだといふ料簡《れうけん》があつて)手に入れる時には、屹度《きつと》人の見てゐない機會を偸《ぬす》んで遣らなければ利かないといふ言ひ傳へを、郷里《くに》に居た頃、よく母から聞かされてゐたのである。敬太郎は宿の上り口の正面に懸けてある時計を見る振《ふり》をして、二階の梯子段の中途迄降りて下の樣子を窺がつた。
 
     二十四
 
 主人は六畳の居間に、例の通り大きな瀬戸物の丸火鉢を抱《かゝ》へ込んでゐた。細君の姿は何處にも見えなかつた。敬太郎が梯子段の中途で、及び腰をして、硝子越《がらすごし》に障子の中を覗いてゐると、主人の頭の上で忽然《こつぜん》呼鈴《ベル》が烈しく鳴り出した。主人は仰向いて番號を見ながら、おい誰かゐないかねと次の間《ま》へ聲を掛けた。敬太郎は又そろ/\三階の自分の室《へや》へ歸つて來た。
 彼はわざ/\戸棚を開けて、行李《こり》の上に投げ出してあるセルの袴を取り出した。彼は夫《それ》を穿《は》くとき、腰板を後《うしろ》に引き摺《ず》つて、室《へや》の中を歩き廻つた。それから足袋を脱いで、靴下に更《か》へた。是《これ》丈《だけ》身裝《みなり》を改めた上、彼は又三階を下りた。居間を覗くと細君の姿は依然として見えなかつた。下女も其所らには居なかつた。呼鈴《ベル》も今度は鳴らなかつた。家中《いへぢゆう》ひつそり閑としてゐた。たゞ主人|丈《だけ》は前の通り大きな丸火鉢に靠《もた》れて、上り口の方を向いたなり凝《ぢつ》と坐つてゐた。敬太郎は段々を下迄降り切らない先に、高い所から斜《はす》に主人の丸くなつた脊中を見て、是はまだ都合が惡いと考へたが、ついに思ひ切つて上り口へ出た。主人は案《あん》の上《じやう》、「御出掛で」と挨拶した。さうして例《いつも》の通り下女を呼んで下駄箱に仕舞つてある履物を出させやうとした。敬太郎は主人一人の眼を掠《か》すめるのにさへ苦心してゐた所だから、此上下女に出られては敵《かな》はないと思つて、いや宜しいと云ひながら、自分で下駄箱の垂《たれ》を上げて、早速靴を取り卸した。旨い具合に下女は彼が土間へ降り立つ迄出て來なかつた。けれども、亭主は依然として此方《こつち》を向いてゐた。
 「一寸御願ですがね。室《へや》の机の上に今月の法學協會雜誌がある筈だが、一寸取つて來て呉れませんか。靴を穿《は》いてしまつたんで、又|上《あが》るのが面倒だから」
 敬太郎はこの主人に多少法律の心得があるのを知つて、わざと斯う頼んだのである。主人は自分より外のものでは到底《とても》辨じない用事なので、「はあ能うがす」と云つて氣作《きさく》に立つて梯子段を上《のぽ》つて行つた。敬太郎は其ひまに例の洋杖《ステツキ》を傘入から抽《ぬ》き取つたなり、抱《だ》き込む樣に羽織の下へ入れて、主人の座に歸らないうちに竊《そつ》と表へ出た。彼は洋杖《ステツキ》の頭の曲つた角を、右の腋の下に感じつゝ急ぎ足に本郷の通迄來た。其所で一旦羽織の下から杖を出して蛇の首を凝《ぢつ》と眺めた。さうして袂の手帛《ハンケチ》で上から下迄給麗に埃を拭いた。夫《それ》から後《あと》は普通の杖の樣に右の手に持つて、力任せに振り/\歩いた。電車の上では、蛇の頭へ兩手を重ねて、其上に顋《あご》を載せた。さうして漸《やつ》と今一段落付いた自分の努力を顧みて、ほつと一息|吐《つ》いた。同時に是から先指定された停留所へ行つてからの成否が又氣に掛り出した。考へて見ると、是程骨を折つて、偸《ぬす》む樣に持ち出した洋杖《ステツキ》が、何うすれば眉と眉の間の黒子《ほくろ》を見分ける必要品になるのか、全く彼の思量の外《ほか》にあつた。彼はたゞ婆さんに云はれた通り、自分の樣な他人《ひと》の樣な、長い樣な短かい樣な、出る樣な這入る樣なものを、一生懸命に探し當てゝ、それを忘れないで携《たづ》さへてゐるといふ迄であつた。此怪しげに見えて平凡な、しかも無暗に輕い竹の棒が、寐かさうと起こさうと、手に持たうと袖に隱さうと、未知の人を探す上に、果して何の役に立つか知らんと疑ぐつた時、彼は一寸の間《ま》、瘧《ぎやく》を振ひ落した人の樣にけろりとして、車内を見廻はした。さうして頭の毛穴から湯氣の立つ程|業《ごふ》を※[者/火]やした先刻《さつき》の努力を氣恥かしくも感じた。彼は自分で自分の所作を紛らす爲に、わざと洋杖《ステツキ》を取り直して、電車の床《ゆか》をとん/\と輕く叩いた。
 やがて目的の場所へ來た時、彼は取り敢えず青年會館の手前から引き返して、小川町の通へ出たが、四時にはまだ十五分程|間《ま》があるので、彼は人通りと電車の響きを横切つて向ふ側へ渡つた。其所には交番があつた。彼は派出所の前に立つてゐる巡査と同じ態度で、赤いポストの傍《そば》から、眞直に南へ走る大通りと、緩い弧線を描いて左右に廻り込む廣い往來とを眺めた。是から自分の活躍すべき舞臺面を一應斯ういふ風に檢分した後で、彼はすぐ停留所の所在を確かめに掛つた。
 
     二十五
 
 赤い郵便函《ポスト》から五六間東へ下《くだ》ると、白いペンキで小川町停留所と書いた鐵の柱がすぐ彼の眼に入《い》つた。此所にさへ待つてゐれば、假令《たとひ》混雜に取り紛れて注意人物を見失ふ迄も、刻限に自分の部署に着いたといふ強味はあると考へた彼は、是《これ》丈《だけ》の安心を胸に握つた上、又|目標《めじるし》の鐵の柱を離れて、四邊《あたり》の光景を見廻した。彼のすぐ後には藏造《くらづくり》の瀬戸物屋があつた。小さい盃の澤山並んだのを箱入にして額の樣に仕立てたのがその軒下に懸つてゐた。大きな鐵製《かねせい》の鳥籠に、陶器で出來た餌壺を幾個《いくつ》となく外から括《くゝ》り付けたのも、某所にぶら下がつてゐた。其隣りは皮屋であつた。眼も爪も全く生きた時の儘に殘した大きな虎の皮に、緋羅紗《ひらしや》の縁《へり》を取つたのが此店の重な裝飾であつた。敬太郎は琥珀《こはく》に似た其虎の眼を深く見詰めて立つた。細長くつて眞白な皮で出來た襟卷らしいものゝ先に、豆狸の樣な顏が付着してゐるのも滑稽に見えた。彼は時計を出して時間を計りながら、又次の店に移つた。さうして瑪瑙《めなう》で刻《ほ》つた透明な兎だの、紫水晶で出來た角形《かくがた》の印材だの、翡翠《ひすゐ》の根懸《ねがけ》だの孔雀石《くじやくせき》の緒締《をじめ》だのの、金の指輪やリンクスと共に、美くしく並んでゐる寶石商の硝子窓を覗いた。
 敬太郎は斯うして店から店を順々に見ながら、つい天下堂の前を通り越して唐木細工《からきざいく》の店先迄來た。其時|後《うしろ》から來た電車が、突然自分の歩いてゐる往來の向ふ側で留つたので、若《も》しやといふ心から、筋違《すぢかひ》に通を横切つて細い横町の角にある唐物屋《たうぶつや》の傍《そば》へ近寄ると、其所にも一本の鐵の柱に、先刻《さつき》のと同じ樣な、小川町停留所といふ文字が白く書いてあつた。彼は念の爲|此《この》角《かど》に立つて、二三臺の電車を待ち合はせた。すると最初には青山といふのが來た。次には九段新宿といふのが來た。が、何れも萬世橋の方から眞直に進んで來るので彼は漸く安心した。是でよもやの懸念もなくなつたから、そろ/\元の位地に歸らうといふ積《つもり》で、彼は足の向《むき》を更《か》へに掛つた途端に、南から來た一臺がぐるりと美土代町《みとしろちやう》の角を回轉して、又敬太郎の立つてゐる傍《そば》で留つた。彼は其電車の運轉手の頭の上に黒く掲げられた巣鴨の二字を讀んだ時、始めて自分の不注意に氣が付いた。三田方面から丸の内を拔けて小川町で降りるには、神田橋の大通りを眞直に突き當つて、左へ曲つても今敬太郎の立つてゐる停留所で降りられるし、又右へ曲つても先刻《さつき》彼の檢分して置いた瀬戸物屋の前で降りられるのである。さうして兩方とも同じ小川町停留所と白いペンキで書いてある以上は、自分が是から後《あと》を跟《つ》けやうといふ黒い中折の男は、何方《どつち》へ降りるのだか、彼には丸《まる》で見當が付かない事になるのである。眼を走らせて、二本の赤い鐵柱の距離《みちのり》を目分量で測つて見ると、一町には足りない位だが、幾何《いくら》眼と鼻の間だからと云つて、一方|丈《だけ》を専門にしてさへ覺束ない彼の監視力に對して、兩方共手落なく見張り終《おほ》せる手際を要求するのは、何《ど》れ程《ほど》自分の敏腕を高く見積りたい今の敬太郎にも絶對の不可能であつた。彼は自分の住居《すま》つてゐる地理上の關係から、常に本郷三田間を連絡する電車に許《ばか》り乘つてゐた爲、巣鴨方面から水道橋を通つて同じく三田に續く線路の存在に、今が今迄氣が付かずにゐた自己の迂潤《うくわつ》を深く後悔した。
 彼は困却の餘り不圖思ひ付いた窮策《きゆうさく》として、須永の助力でも借りに行かうかと考へた。然し時計はもう四時七分前に逼つてゐた。つい此裏道に住んでゐる須永だけれども、門前迄駈け付ける時間と、かい摘《つま》んで用事を呑み込ます時間を勘定に入れれば到底《とても》間に合ひさうにない。よし其位の間《ま》は取れるとした所で、須永に一方の見張りを頼む以上は、もし例の紳士が彼のゐる方へ降りるならば、何かの手段で敬太郎に合圖をしなければならない。それも此人込の中だから、手を擧げたり手帛《はんけち》を振る位では一寸通じかねる。紛れもなく敬太郎に分らせやうとするには、往來を驚ろかす程な大きな聲で叫ぶに限ると云つても可《い》い位なものだが、さう云ふ突飛《とつぴ》は餘程な場合でも體裁を重んずる須永の樣な男に出來る筈がない。萬一我慢して遣つて呉れた處で、此方《こつち》から驅けて行く間には、肝心の黒の中折帽を被つた男の姿は見えなくなつて仕舞はないとも云へない。――斯う考へた敬太郎は已《やむ》を得ないから運を天に任せて何方《どつち》か一方の停留所|丈《だけ》守らうと決心した。
 
     二十六
 
 決心は爲《し》たやうなものゝ、夫《それ》では今立つてゐる所を動かないための横着と同じ事になるので、わざと成效《せいかう》を度外に置いて仕事に掛つた不安を感ぜずには居られなかつた。彼は首を延ばす樣にして、又東の停留所を望んだ。位地の所爲《せゐ》か、向《むき》の具合か、夫《それ》とも自分が始終|乘降《のりおり》に慣れてゐる譯か、どうも其方《そちら》の方が陽氣に見えた。尋ねる人も何だか向《むかふ》で降りさうな心持がした。彼はもう一度見張のステーシヨンを移さうかと思ひながら、猶《なほ》且《かつ》決しかねて暫らく躊躇してゐた。すると其所へ江戸川行の電車が一臺來てずる/\と留まつた。誰も降者《おりて》がないのを確かめた車掌は、一分と立たないうちに又車を出さうとした。敬太郎は錦町へ拔ける細い横町を脊にして、眼の前の車臺には殆んど氣の付かない程、此所にゐやうか彼所《あつち》へ行かうかと迷つてゐた。所へ後の横町から突然馳け出して來た一人の男が、敬太郎を突き除《の》ける樣にして、ハンドルへ手を掛けた運轉手の臺へ飛び上つた。敬太郎の驚ろきが未《ま》だ回復しないうちに、電車はがたりと云ふ音を出して既に動き始めた。飛び上がつた男は硝子戸の内へ半分身體を入れながら失敬しましたと云つた。敬太郎は其男と顔を見合せた時、彼の最後の視線が、自分の足の下に落ちたのを注意した。彼は敬太郎に當つた拍子に、敬太郎の持つてゐた洋杖《ステツキ》を蹴飛ばして、それを持主の手から地面の上へ振り落さしたのである。敬太郎は直《すぐ》曲《こゞ》んで洋杖《ステツキ》を拾ひ上げやうとした。彼は其時蛇の頭が偶然|東向《ひがしむき》に倒れてゐるのに氣が付いた。さうして其頭の恰好《かつこう》を何となしに、方角を教へる指標《フヒンガーポスト》の樣に感じた。
 「矢つ張り東が好からう」
 彼は早足に瀬戸物屋の前迄歸つて來た。其所で本郷三丁目と書いた電車から降りる客を、一人殘らず物色する氣で立つた。彼は最初の二三臺を親の敵《かたき》でも覘《ねら》ふ樣に怖《こは》い眼付で吟味した後《あと》、少し心に餘裕が出來るに連れて、腹の中が段々|氣丈《きぢやう》になつて來た。彼は自分の眼の屆く廣場を、一面の舞臺と見傚《みな》して、其上に自分と同じ態度の男が三人ゐる事を發見した。其一人は派出所の巡査で、是は自分と同じ方を向いて同じ樣に立つてゐた。もう一人は天下堂の前にゐるポイントマンであつた。最後の一人《いちにん》は廣場の眞中に青と赤の旗を神聖な象徴《シンボル》の如く振り分ける分別盛《ふんべつざか》りの中年|者《もの》であつた。其内で何時《いつ》出て來るか知れない用事を期待しながら、人目にはさも退屈さうに立つてゐるものは巡査と自分だらうと敬太郎は考へた。
 電車は入れ代り立ち代り彼の前に留つた。乘るものは無理にも窮屈な箱の中に押し込まうとする、降りるものは權柄《けんぺい》づくで上から伸《の》し懸つて來る。敬太郎は何處の何物とも知れない男女《なんによ》が聚《あつ》まつたり散つたりする爲に、自分の前で無作法に演じ出す一分時《いつぷんじ》の爭を何度となく見た。けれども彼の目的とする黒の中折の男はいくら待つても出て來なかつた。ことに依ると、もう疾《と》うに西の停留所から降りて仕舞つたものではなからうかと思ふと、斯うして役にも立たない人の顔ばかり見詰めて、眼のちら/\する程一つ所に立つてゐるのは、隨分馬鹿氣た所作に見えて來る。敬太郎は下宿の机の前で熱に浮かされた人のやうに夢中で費やした先刻《さつき》の二時間を、充分須永と打ち合せをして彼の援助を得るために利用した方が、遙かに常識に適《かな》つた遣口だと考へ出した。彼が此|苦《にが》い氣分を痛切に甞《な》めさせられる頃から空は段々光を失なつて、眼に映る物の色が一面に蒼く沈んで來た。陰欝な冬の夕暮を補なふ瓦斯《ガス》と電氣の光がぽつ/\其所らの店硝子《みせがらす》を彩《いろ》どり始めた。不圖氣が付いて見ると、敬太郎から一間|許《ばかり》の所に、廂髪《ひさしがみ》に結《い》つた一人の若い女が立つてゐた。電車の乘降《のりおり》が始まる度に、彼は注意の餘波《なごり》を自分の左右に拂つてゐた積《つもり》なので、何時《いつ》何方《どつち》から歩き寄つたか分らない婦人を思はぬ近くに見た時は、何より先にまづ其存在に驚ろかされた。
 
     二十七
 
 女は年に合はして地味なコートを引き摺《ず》る樣に長く着てゐた。敬太郎は若い人の肉を飾る華麗《はなやか》な色を其裏に想像した。女は又わざと夫《それ》を世間から押し包む樣にして立つてゐた。襦袢《じゆばん》の襟さへ羽二重の襟卷で隱してゐた。其《その》羽二重の白いのが、夕暮の逼《せま》るに連れて、空氣から浮き出して來る外に、女は身の周圍《まはり》に何といつて他《ひと》の注意を惹くものを着けて居なかつた。けれども時節柄に頓着なく、當人の好尚《このみ》を示した此|一色《ひといろ》が、敬太郎には何よりも際立つて見えた。彼は光の拔けて行く寒い空の下で、不調和な異な物に出逢つた感じよりも、煤《すゝ》けた往來に冴々《さえ/”\》しい一點を認めた氣分になつて女の頸の邊《あたり》を注意した。女は敬太郎の視線を正面《まとも》に受けた時、心持身體の向を變へた。夫《それ》でも猶《なほ》落付かない樣子をして、右の手を耳の所迄上げて、鬢から洩れた毛を後《うしろ》へ掻き遣る風をした。固《もと》より、女の髪は綺麗に揃つてゐたのだから、敬太郎には此擧動が實《み》のない科《しな》としてのみ映つたのだが、其手を見た時彼は又新たな注意を女から強ひられた。
 女は普通の日本の女性《によしやう》の樣に絹の手袋を穿《は》めてゐなかつた。きちりと合ふ山羊《やぎ》の革製ので、華奢《きやしや》な指をつゝましやかに包んでゐた。夫《それ》が色の着いた?を薄く手の甲に流したと見える程、肉と革がしつくり喰付《くつつ》いたなり、一筋の皺も一分《いちぶ》の弛《たる》みも餘してゐなかつた。敬太郎は女の手を上げた時、此手袋が女の白い手頸を三寸も深く隱してゐるのに氣が付いた。彼は夫《それ》限《ぎり》眼を轉じて又電車に向つた。けれども乘降《のりおり》の一《ひと》混雜が濟んで、思ふ人が出て來ないと、また心に二三|分《ぷん》の餘裕が出来るので、それを利用しやうと待ち構へる程の執着はなかつたにせよ、電車の通り越した相間々々《あひま/\》には覺《さと》られない位の視力を使つて常に女の方を注意してゐた。
 始め彼は此女を「本郷行」か「龜澤町行」に乘るのだらうと考へてゐた。所が兩方の電車が一順廻つて來て、自分の前に留つても、一向《いつかう》乘る樣子がないので、彼は少々變に思つた。或は無理に込み合つてゐる車臺に乘つて、押し潰されさうな窮屈を我慢するよりも、少し時間の浪費を怺《こら》へた方が差引|得《とく》になるといふ主義の人かとも考へて見たが、滿員といふ札も懸けず、一つや二つの空席は充分ありさうなのが廻つて來ても、女は少しも乘る素振《そぶり》を見せないので、敬太郎は愈《いよ/\》變に思つた。女は敬太郎から普通以上の注意を受けてゐると覺《さと》つたらしく、彼が少しでも手足の態度を改ためると、雨の降らないうちに傘《かさ》を廣げる人の樣に、わざと彼の觀察を避《よ》ける準備をした。さうして故意に反對の方を見たり、或は向ふへ二三歩あるき出したりした。夫《それ》がため、妙に遠慮深い所の出來た敬太郎は成るべく露骨《むきだし》に女の方を見るのを愼しんでゐた。が仕舞に不圖氣が付いて、此女は不案内のため、自分の勝手で好い加減に極めた停留所の前に來て、乘れもしない電車を何時《いつ》迄も待つてゐるのではなからうかと思つた。それなら親切に教へて遣るべきだといふ勇氣が急に起つたので、彼は逡巡《しゆんじゆん》する氣色《けしき》もなく、眞正面に女の方を向いた。すると女はふいと歩き出して、二三間先の寶石商の窓際迄行つたなり、恰も敬太郎の存在を認めぬものゝ如くに、其所で額を窓硝子に着ける樣に、中に並べた指環だの、帶留だの枝珊瑚《えださんご》の置物だのを眺め始めた。敬太郎は見ず知らずの他人に入らざる好意立《かういだて》をして、却つて自分と自分の品位を落したのを馬鹿らしく感じた。
 女の容貌は始めから大したものではなかつた。眞向《まむき》に見ると夫《それ》程《ほど》でもないが、横から眺めた鼻付は誰の目にも少し低過ぎた。其代り色が白くて、晴々《はれ/”\》しい心持のする眸を有《も》つてゐた。寶石商の電燈は今|硝子越《がらすごし》に彼《かの》女《をんな》の鼻と、豐《ふつ》くらした頬の一部分と額とを照らして、斜《はす》かけに立つてゐる敬太郎の眼に、光と陰とから成る一種妙な輸廓を與へた。彼は其輪廓と、長いコートに包まれた恰好《かつかう》の可《い》い彼《かの》女《をんな》の姿とを胸に収めて、又電車の方に向つた。
 
     二十八
 
 電車が又二三臺來た。さうして二三臺共又敬太郎の失望を繰り返さして東へ去つた。彼は成功を思ひ切つた人の如くに帶の下から時計を出して眺めた。五時はもう疾《と》うに過ぎてゐた。彼は今更氣が付いた樣に、頭の上に被《かぶ》さる黒い空を仰いで、苦々しく舌打をした。是程骨を折つて網を張つた中へ掛らない鳥は、西の停留所から平氣で逃げたんだと思ふと、他《ひと》を騙《だま》す爲にわざ/\拵らへた婆さんの豫言も、大事さうに持つて出た竹の洋杖《ステツキ》も、其|洋杖《ステツキ》が與へて呉れた方角の暗示も、悉《こと/”\》く忌々《いま/\》しさの種になつた。彼は暗い夜を欺《あざ》むいて眼先にちら/\する電燈の光を見廻して、自分を其中心に見出《みいだ》した時、此明るい輝きも必竟《ひつきやう》自分の見殘した夢の影なんだらうと考へた。彼は其位興を覺《さ》ましながらまだ其位|寐惚《ねぼ》けた心持を失はずに立つてゐたが、やがて早く下宿へ歸つて正氣の人間に爲《な》らうといふ覺悟をした。洋杖《ステツキ》は自分の馬鹿を嘲ける記念《かたみ》だから、歸り掛に人の見てゐない所で二つに折つて、蛇の頭も鐵の輪の突がねも減茶々々に、萬世橋から御茶の水へ放《はふ》り込んで遣らうと決心した。
 彼は既に動かうとして一歩足を移しかけた時、又|先刻《さつき》の若い女の存在に氣が付いた。女は何時《いつ》の間《ま》にか寶石商の窓を離れて、元の通り彼から一間|許《ばかり》の所に立つてゐた。脊《せい》が高いので、手足も人尋常《ひとなみ》より恰好《かつかう》よく伸びた所を、彼は快よく始めから眺めたのだが、今度は殊に其右の手が彼の心を惹いた。女は自然の儘に夫《それ》をすらりと垂れたなり、丸《まる》で他《ひと》の注意を豫期しないでゐたのである。彼は素直に調子の揃つた五本の指と、しなやかな革で堅く括《くゝ》られた手頸と、手頸と袖口の間から微《かす》かに現はれる肉の色を夜の光で認めた。風の少ない晩であつたが、動かないで長く一所《ひとところ》に立ち盡すものに、寒さは辛《つら》く當つた。女は心持ち顋を襟卷の中に埋《うづ》めて、俯目勝《ふしめがち》に凝《ぢつ》としてゐた。敬太郎は自分の存在をわざと眼中に置かない樣な此|眼遣《めづかひ》の底に、却つて自分が氣に掛つてゐるらしい反證を得たと信じた。彼が先刻《さつき》から蛋取眼《のみとりまなこ》で、黒の中折帽を被つた紳士を探してゐる間、此女は彼と同じ鋭どい注意を集めて、觀察の矢を絶えず此方《こつち》に射懸けてゐたのではなからうか。彼は或男を探偵しつゝ、又或女に探偵されつゝ、一時間|餘《あまり》を此所に過ごしたのではなからうか。けれども何處の何物とも知れない男の、何をするか分らない行動を、何の爲に探るのだか、彼には何等の考がなかつた如く、何處の何物とも知れない女から何を仕出《しで》かすか分らない人として何の爲に自分が覘《ねら》はれるのだか、其所へ行くと矢張り丸《まる》で要領を得なかつた。敬太郎は此方《こつち》で少し歩き出して見せたら向ふの樣子がもつと鮮明に分るだらうといふ氣になつて、そろり/\と派出所の後《うしろ》を西の方へ動いて行つた。勿論女に勘付かれない爲に、彼は振向いて後を見る動作を固く憚かつた。けれども何時《いつ》迄も前《まへ》許《ばかり》見て先へ行つては、肝心の目的を達する機會がないので、彼は十間程來たと思ふ時分に、わざと見たくもない硝子窓を覗いて、其所に飾つてある天鷲絨《びろうど》の襟の着いた女の子のマントを眺める風をしながら、そつと後《うしろ》を振り向いた。すると女は自分の背後にゐる所《どころ》ではなかつた。延び上つても色々な人が自分を追越す樣に後《あと》から後《あと》から來る陰になつて、白い襟卷も長いコートも更に彼の眼に入らなかつた。彼は其儘前へ進む勇氣があるかを自分で自分に疑ぐつた。黒い中折の帽子を被つた人の事なら、定刻の五時を過ぎた今だから、斷念しても夫《それ》程《ほど》の遺憾はないが、女の方は何《ど》んなつまらない結果に終らうとも、最《もう》少し觀察してゐたかつた。彼は女から自分が探偵されてゐると云ふ疑念を逆に投げ返して、此方《こつち》から女の行動を今しばらく注意して見ようといふ物數奇《ものずき》を起した。彼は落し物を拾ひに歸る人の急ぎ足で、又元の派出所近く來た。そこの暗い陰に身を寄せる樣にして窺ふと、女は依然として凝《ぢつ》と通りの方を向いて立つてゐた。敬太郎の戻つた事には丸《まる》で氣が付いてゐない風に見えた。
 
     二十九
 
 其時敬太郎の頭に、此女は處女だらうか細君だらうかといふ疑が起つた。女は現代多數の日本婦人にあまねく行はれる廂髪《ひさしがみ》に結《い》つてゐるので、其邊の區別は始めから不分明《ふぶんみやう》だつたのである。が、愈《いよ/\》物陰に來て、半《なかば》後《うしろ》になつた其姿を眺めた時は、第一番に何方《どつち》の階級に屬する人だらうといふ問題が、新たに彼を襲つて來た。
 見懸《みかけ》からいふと或は人に嫁いだ經驗がありさうにも思はれる。然し身體の發育が尋常より遙かに好いから殊によれば年は存外取つて居ないのかも知れない。夫《それ》なら何故《なぜ》あんな地味な服裝《つくり》をしてゐるのだらう。敬太郎は婦人の着る着物の色や縞柄に就いて、何をいふ權利も有《も》たない男だが、若い女なら此陰欝な師走《しはす》の空氣を跳ね返す樣に、派出《はで》な色を肉の上に重ねるものだ位の漠《ばつ》とした觀察はあつたのである。彼は此女が若々しい自分の血に高い熱を與へる刺戟性の文《あや》を何處にも見せて居ないのを不思議に思つた。女の身に着けたものゝ内で、纔《わづ》かに人の注意を惹くのは頸の周圍《まはり》を包む羽二重の襟卷|丈《だけ》であるが、夫《それ》はたゞ清いと云ふ感じを起す寒い色に過ぎなかつた。あとは冬枯の空と似合つた長いコートですぽりと隱してゐた。
 敬太郎は年に合はして餘りに媚《こ》びる氣分を失ひ過ぎた此|衣服《なり》を再び後《うしろ》から見て、何うしても既に男を知つた結果だと判じた。其上此女の態度には何處か大人《おとな》びた落付があつた。彼は其落付を品性と教育からのみ來た所得とは見傚《みな》し得なかつた。家庭以外の空氣に觸れたため、初々《うひ/\》しい羞恥《はにかみ》が、手帛《ハンケチ》に振り懸けた香水の香《か》の樣に自然と拔けて仕舞つたのではなからうかと疑ぐつた。それ許《ばかり》ではない、此女の落付の中には、落ち付かない筋肉の作用が、身體全體の運動となつたり、眉や口の運動となつて、ちょい/\出て來るのを彼は先刻《さつき》目撃した。最も鋭敏に動くものは其眼であらうと彼は疾《と》くに認めてゐた。けれども其鋭敏に動かうとする眼を、強ひて動かすまいと力《つと》める女の態度も亦同時に認めない譯に行かなかつた。だから此女の落ち付は、自分で自分の神經を殺してゐるといふ自覺に伴なつたものだと彼は勘定《かんてい》して居た。
 所が今|後《うしろ》から見た女は身體といひ氣分といひ比較的沈靜して兩方の間に旨く調子が取れてゐる樣に思はれた。彼《かの》女《をんな》は先刻《さつき》と違つて、別段姿勢を改ためるでもなく、そろ/\歩き出すでもなく、寶石商の窓へ寄り添ふでもなく、寒さを凌ぎかねる風情《ふぜい》もなく、殆んど閑雅とでも形容したい樣子をして、一段高くなつた人道の端《はじ》に立つてゐた。傍《そば》には次の電車を待ち合せる人が二三散らばつてゐた。彼等は皆向ふから來る車臺を見詰めて、早く自分の傍《そば》へ招き寄せたい風に見えた。敬太郎が立ち退《の》いたので大いに安心したらしい彼《かの》女《をんな》は、其|中《うち》で最も熱心に何かを待ち受ける一人《いちにん》となつて、筋向ふの曲り角を凝《ぢつ》と注意し始めた。敬太郎は派出所の陰を上《かみ》へ廻つて車道へ降りた。さうしてペンキ塗の交番を楯《たて》に、巡査の立つてゐる横から女の顔を覘《ねら》ふ樣に見た。さうして其表情の變化に又驚ろかされた。今迄後姿を眺めて物陰にゐた時は、彼《かの》女《をんな》を包む一色《ひといろ》の目立たないコートと、其|脊《せい》の高さと、大きな廂髪《ひさしがみ》とを材料に、想像の國で寧ろ自由過ぎる結論を弄《もて》あそんだのだが、斯うして彼《かの》女《をんな》の知らない間《ま》に、其顔を遠慮なく眺めて見ると、全く新らしい人に始めて出逢つた樣な氣がしない譯に行かなかつた。要するに女は先刻《さつき》より大變若く見えたのである。切に何物かを待ち受けてゐる其眼も其口も、たゞ生々《いき/\》した一種華やかな氣色《きしよく》に充ちて、夫《それ》より外の表情は毫も見當らなかつた。敬太郎は其|中《うち》に處女の無邪氣ささへ認めた。
 やがて女の見詰めてゐる方角から一臺の電車が弓なりに曲つた線路を、ぐるりと緩《ゆる》く廻轉して來た。それが女の居る前で滑る樣に留つた時、中から二人の男が出た。一人は紙で包んだボール箱の樣なものを提《さ》げて、すた/\巡査の前を通り越して人道へ飛び上がつたが、一人は降りると直《すぐ》に女の前に行つて、其所に立ち留まつた。
 
     三十
 
 敬太郎は女の笑ひ顔を此時始めて見た。唇の薄い割に口の大きいのを其特徴の一つとして彼は最初から眺めてゐたが、美くしい齒を露《む》き出《だ》しに現はして、潤澤《うるほひ》の饒《ゆた》かな黒い大きな眼を、上下《うへした》の睫《まつげ》の觸れ合ふ程、共に寄せた時は、此女から夢にも豫期しなかつた印象が新たに彼の頭に刻まれた。敬太郎は女の笑ひ顔に見惚《みと》れると云ふよりも寧ろ驚ろいて相手の男に視線を移した。すると其男の頭の上に黒い中折が乘つてゐるのに氣が付いた。外套は判切《はつきり》霜降とは見分けられなかつたが、帽子と同じ暗い光を敬太郎の眸《ひとみ》に投げた。其上|脊《せい》は高かつた。瘠《やせ》ぎすでもあつた。たゞ年齡《とし》の點に至ると、敬太郎には兎角の判断を下しかねた。けれども其人が壽命の度盛《どもり》の上に於て、自分とは遙か隔たつた向ふに居る事|丈《だけ》は慥《たしか》なので、彼は此男を躊躇なく四十|恰好《がつかう》と認めた。是《これ》丈《だけ》の特點を前後なく殆んど同時に胸に入れ得た時、彼は自分が先刻《さつき》から馬鹿を盡して付け覘《ねら》つた本人がやつと今電車を降りたのだと斷定しない譯に行かなかつた。彼は例刻の五時が疾《と》うの昔《むか》しに過ぎたのに、妙な醉興《すゐきよう》を起して、矢張り同じ所にぶら付いて居た自分を仕合せだと思つた。其醉興を起させるため、自分の好奇心を釣りに若い女が偶然出て來て呉れたのを有難く思つた。更に其若い女が自分の探す人を、自分よりも倍以上の自信と忍耐を以て、待ち終《おほ》せたのを幸運の一つに數へた。彼は此|]《エツクス》といふ男に就て、田口のために、ある知識を供給する事が出來ると共に、同じ知識がY《ワイ》といふ女に關する自分の好奇心を幾分か滿足させ得るだらうと信じたからである。
 男と女は丸《まる》で敬太郎の存在に氣が付かなかつたと見えて、前後左右に遠慮する氣色《けしき》もなく、猶《なほ》立ちながら話してゐた。女は始終微笑を洩らす事を已《や》めなかつた。男も時々聲を出して笑つた。二人が始めて顔を合はした時の挨拶の樣子から見ても彼等は決して疎遠な間柄ではなかつた。異性を繋ぎ合はせる樣で、其實兩万の仲を堰《せ》く、慇懃《いんぎん》な男女間《なんによかん》の禮義は彼等の何方《どちら》にも見出《みいだ》す事が出來なかつた。男は帽子の縁《ふち》に手を掛ける面倒さへ敢てしなかつた。敬太郎は其|鍔《つば》の下にあるべき筈の大きな黒子《ほくろ》を面と向つて是非突き留めたかつた。もし女が居なかつたならば肉の上に取り殘された此異樣な一點を確かめる爲に、彼はつか/\と男の前へ進んで行つて、何でも好いから、只口から出任《でまか》せの質問を掛けたかも知れない。夫《それ》でなくても、直ちに彼の傍《そば》へ近寄つて、滿足の行く迄其顔を覗き込んだらう。此際さう云ふ大膽な行動を妨たげるものは、男の前に立つてゐる例の女であつた。女が敬太郎の態度を惡く疑ぐつたか何うかは問題として、彼の擧動に不審を抱いた樣子は、同じ場所に長く立ち並んだ彼の目に親しく映じた所である。それを承知しながら、再び其視線の内に、自分の顔を無遠慮に突き出すのは、多少紳士的でない上に、嫌疑の火の手をわざと強くして、自分の目的を自分で打《う》ち毀《こは》すと同じ結果になる。
 斯う考へた敬太郎は、自然の順序として相應の機會が廻《めぐ》つて來る迄は、黒子《ほくろ》の有る無しを見屆ける丈《だけ》は差し控えた方が得策だらうと判斷した。其代り見え隱《がく》れに二人の後《あと》を跟《つ》けて、出來得るならば斷片的でも可《い》いから、彼等の談話を小耳に挾まうと覺悟した。彼は先方の許諾を待たないで、彼等の言動を、ひそかに我胸に疊み込む事のコ義的價値に就いて、別に良心の相談を受ける必要を認めなかつた。さうして自分の骨折から出る結果は、世故《せこ》に通じた田口によつて、必ず善意に利用されるものと只《たゞ》淡泊に信じてゐた。
 やがて男は女を誘《いざ》なふ風をした。女は笑ひながら夫《それ》を拒《こば》む樣に見えた。仕舞《しまひ》に半《なか》ば向き合つてゐた二人が、肩と肩を揃えて瀬戸物屋の軒端《のきば》近く歩き寄つた。其所から手を組み合はせない許《ばか》りに並んで東の方へ歩き出した。敬太郎は二三間早足に進んで、すぐ彼等の背後迄來た。さうして自分の歩調を彼等と同じ速度に改ためた。萬一女に振り向かれても、疑惑を免かれる爲に、彼は決して彼等の後姿には眼を注がなかつた。偶然前後して天下の往来を同じ方角に行くものゝ如くに、故意《わざ》とあらぬ方《かた》を見て歩いた。
 
      三十一
 
 「だつて餘《あん》まりだわ。斯んなに人を待たして置いて」
 敬太郎の耳に入《はい》つた第一の言葉は、女の口から出た斯ういふ意味の句であつたが、是に對する男の答は全く聞き取れなかつた。夫《それ》から五六間行つたと思ふ頃、二人の足が急に今迄の歩調を失つて、並んだ影法師が殆んど敬太郎の前に立ち塞がりさうにした。敬太郎の方でも、後《うしろ》から向ふに突き當らない限りは先へ通り拔けなければ跋《ばつ》が惡くなつた。彼は二人の後戻りを恐れて、急に傍《そば》にあつた菓子屋の店先へ寄り添ふやうに自分を片付けた。さうして其所に並んでゐる大きな硝子壺の中のビスケツトを見詰める風をしながら、二人の動くのを待つた。男は外套の中へ手を入れる樣に見えたが、夫《それ》が濟むと少し身體を横にして、下向きに右手で持つたものを店の灯《ひ》に映した。男の顔の下に光るものが金時計である事が、其時敬太郎に分つた。
 「まだ六時だよ。そんなに遲かあない」
 「遲いわ貴方、六時なら。妾《あたし》もう少しで歸《かい》る所よ」
 「何うも御氣の毒さま」
 二人は又歩き出した。敬太郎も壺入のビスケツトを見棄てゝ其|後《あと》に從がつた。二人は淡路町《あはぢちやう》迄來て其所から駿河臺下へ拔ける細い横町を曲つた。敬太郎も續いて曲らうとすると、二人は其角にある西洋料理屋へ入《はい》つた。其時彼は其|門口《かどぐち》から射す強い光を浴びた男と女の顔を横から一眼見た。彼等が停留所を離れる時、二人連れ立つて何處へ行くだらうか、敬太郎には丸《まる》で想像も付かなかつたのだが、突然斯んな家《うち》へ入《は》いられて見ると、何でもない所|丈《だけ》に、却つて案外の感に打たれざるを得なかつた。それは寶亭《たからてい》と云つて、敬太郎の元から知つてゐる料理屋で、古くから大学へ出入《でいり》をする家《うち》であつた。近頃|普請《ふしん》をしてから新らしいペンキの色を半分電車通りに曝《さら》して、斜懸《はすかけ》に立ち切られた樣な棟を南向に見せてゐるのを、彼は通り掛りに時々注意した事がある。彼は其薄青いペンキの光る内側で、額に仕立てたミュンヘン麥酒《ビール》の廣告寫眞を仰ぎながら、肉刀《ナイフ》と肉叉《フオーク》を凄まじく闘かはした數度《すど》の記憶さへ有《も》つてゐた。
 二人の行先に就いては、是といふ明らかな希望も豫期も無かつたが、少しは紫がゝつた空氣の匂ふ迷路《メーズ》の中に引き入れられるかも知れない位の感じが暗に働らいて是迄|後《あと》を跟《つ》けて來た敬太郎には、馬鈴薯《じやがいも》や牛肉を揚げる油の臭が、臺所からぷん/\往來へ溢れる西洋料理屋は餘りに平凡らしく見えた。けれども自分の到底《とて》も近寄れない幽玄な所へ姿を隱して、夫《それ》限《ぎり》出て來ないよりは、遙かに都合が好いと考へ直した彼は、二人の身體が、誰にでも近寄る事の出來る、普通の洋食店のペンキの奧に圍はれてゐるのを寧ろ心丈夫だと覺《さと》つた。幸ひ彼は此位な程度の家で、冬空の外氣に刺戟された食慾を充たすに足る程の財布を懷中してゐた。彼はすぐ二人の後《あと》を追つて其所の二階へ上《のぼ》らうとしたが、電燈の強く往來へ射す門口《かどぐち》迄來た時、不圖氣が付いた。既に女から顔を覺えられた以上、殆んど同時に一つ二階へ押し上つては不味《まづ》い。ひよつとすると此人は自分を跟《つ》けて來たのだといふ疑惑を故意《ことさら》先方に與へる譯になる。
 敬太郎は何氣ない振をして、往來へ射す光を横切つた儘、黒い小路《こうぢ》を一丁|許《ばかり》先へ歩いた。さうして其小路の盡きる坂下から又黒い人となつて、自分の影法師を自分の身體の中へ疊み込んだ樣にひつそりと明るい門口《かどぐち》迄歸つて来た。それから其|門《かど》を潜《くゞ》つた。時々來た事があるので、彼は此|家《うち》の勝手を略《ほゞ》承知してゐた。下には客を通す部屋がなくつて、二階と三階|丈《だけ》で用を辨じてゐるが、餘程込み合はなければ三階へは案内しない、大抵は二階で濟むのだから、上《あが》つて右の奧か、左の横にある廣間を覗けば、大抵二人の席が見えるに違ない、もし其處に居なかつたら表の方の細長い室《へや》迄|開《あ》けてやらう位の考で、階段《はしごだん》を上《あが》り掛けると、白服の給仕《ボーイ》が彼を案内すべく上《あが》り口に立つてゐるのに氣が付いた。
 
     三十二
 
 敬太郎は手に持つた洋杖《ステツキ》を其儘に段々を上《のぼ》り切つたので、給仕《ボーイ》は彼の席を定める前に、まづ其|洋杖《ステツキ》を受取つた。同時に此方《こちら》へと云ひながら背中を向けて、右手の廣間へ彼を案内した。彼は給仕《ボーイ》の後《うしろ》から自分の洋杖《ステツキ》が何處に落ち付くかを一目見屆けた。すると其所に先刻《さつき》注意した黒の中折帽が掛つてゐた。霜降らしい外套も、女の着て居た色合のコートも釣るしてあつた。給仕《ボーイ》が其裾を動かして、竹の洋杖《ステツキ》を突込《つつこ》んだ時、大きな模樣を拔いた羽二重の裏が敬太郎の眼にちらついた。彼は蛇の頭がコートの裏に隱れるのを待つて、更に其持主の方に眼を轉じた。幸ひに女は男と向き合つて、入口の方に背中|許《ばかり》を見せてゐた。新らしい客の來た物音に、振り返りたい氣があつても、ぐるりと廻るのが、一旦席に落ち付いた品位を崩す恐があるので、必要のない限り、普通の婦人はさういふ動作を避けたがるだらうと考へた敬太郎は、女の後姿を眺めながら、一先《ひとま》づ安堵《あんど》の思ひをした。女は彼の推察通り果して後《うしろ》を向かなかつた。彼は其|間《ま》に女の坐つてゐるすぐ傍《そば》迄行つて背中合せに第二列の食卓に就かうとした。其時男は顔を上げて、まだ腰も掛けず向《むき》も改ためない敬太郎を見た。彼の食卓の上には支那めいた鉢に植ゑた松と梅の盆栽が飾り付けてあつた。彼の前にはスープの皿があつた。彼は其中に大きな匙《さじ》を落したなり敬太郎と顔を見合せたのである。二人の間に横《よこた》はる六尺に足らない距離は明らかな電燈が隈《くま》なく照らしてゐた。卓上に掛けた白い布が又此明るさを助けるやうに、潔《いさ》ぎいゝ光を四方の食卓《テーブル》から反射してゐた。敬太郎は斯ういふ都合のいゝ條件の具備した室《へや》で、男の顔を滿足する迄見た。さうして其顔の眉と眉の間に、田口から通知のあつた通り、大きな黒子《ほくろ》を認めた。
 此|黒子《ほくろ》を別にして、男の容貌に是と云つた特異な點はなかつた。眼も鼻も口も全く人並であつた。けれども離れ離れに見ると凡庸な道具が揃つて、面長《おもなが》な顔の表に夫々《それぞれ》の位地を占めた時、彼は尋常以上に品格のある紳士としか誰の目にも映らなかつた。敬太郎と顔を合せた時、スープの中に匙を入れた儘、啜《すゝ》る手を少時《しばらく》已《や》めた態度などは、何處かに寧ろ氣高い風を帶びてゐた。敬太郎はそれなり背中を彼の方に向けて自分の席に着いたが、探偵といふ文字に普通付着してゐる意味を心のうちで考へ出して、此男の風采《ふうさい》態度《たいど》と探偵とは到底《とて》も釣り合はない性質のものだといふ氣がした。敬太郎から見ると、此人は探偵して然るべき何物をも彼の人相の上に有《も》つて居なかつたのである。彼の顔の表に並んでゐる眼鼻口の何《いづ》れを取つても、其奧に秘密を隱さうとするには、餘りに出來が尋常過ぎたのである。彼は自分の席へ着いた時、田口から引き受けた此宵の仕事に對する自分の興味が、既に三分の一ばかり蒸發した樣な失望を感じた。第一斯んな性質《たち》の仕事を田口から引き受けたコ義上の可否さへ疑がはしくなつた。
 彼は自分の注文を通したなり、ポカンとして?麭《ぱん》に手も觸《ふ》れずに居た。男と女は彼等の傍《そば》に坐つた新らしい客に幾分か遠慮の氣味で、一寸の間《ま》話を途切らした。けれども敬太郎の前に曖められた白い皿が現はれる頃から、又少し調子づいたと見えて、二人の聲が互違《たがひちがひ》に敬太郎の耳に入《い》つた。――
 「今夜は不可《いけ》ないよ。少し用があるから」
 「何《ど》んな用?」
 「何《ど》んな用つて、大事な用さ。中々さう安くは話せない用だ」
 「あら好くつてよ。妾《あたし》ちやんと知つてるわ。――散《さん》ざつぱら他《ひと》を待たした癖に」
 女は少し拗《す》ねた樣な物の云ひ方をした。男は四邊《あたり》に遠慮する風で、低く笑つた。二人の會話は夫《それ》限《ぎり》靜かになつた。やがて思ひ出した樣に男の聲がした。
 「何しろ今夜は少し遲いから止さうよ」
 「些《ちつ》とも遲かないわ。電車に乘つて行きやあ直《ぢき》ぢやありませんか」
 女が勸めてゐる事も男が躊躇してゐる事も敬太郎には能く解つた。けれども彼等が何處へ行く積《つもり》なのだか、その肝心な目的地になると、彼には何等の觀念もなかつた。
 
     三十三
 
 もう少し聞いてゐる内には或は中《あた》りが付くかも知れないと思つて、敬太郎は自分の前に殘された皿の上の肉刀《ナイフ》と、其|傍《そば》に轉がつた赤い仁參《にんじん》の一切《ひときれ》を眺めてゐた。女は猶《なほ》男を強《し》ひる事を已《や》めない樣子であつた。男は其度に何とか蚊《か》とか云つて逃《のが》れてゐた。然し相手を怒《おこ》らせまいとする優しい態度は何時《いつ》も變らなかつた。敬太郎の前に新らしい肉と青豌豆《あをゑんどう》が運ばれる時分には、女もとう/\我《が》を折り始めた。敬太郎は心の内で、女が何處迄も剛情を張るか、でなければ男が好《いゝ》加減に降參するか、何方《どつち》かになれば可《い》いがと、ひそかに祈つてゐたのだから、思つた程女の強くないのを發見した時は少なからず殘念な氣がした。責《せ》めて二人の間に名を出す必要のないものとして略されつゝあつた目的地|丈《だけ》でも、何かの機會《はずみ》に小耳に挾んで置きたかつたが、愈《いよ/\》話が纒まらないとなると、男女《なんによ》の問答は自然|外《ほか》へ移らなければならないので、當分其望みも絶えてしまつた。
 「ぢや行かなくつても可《い》いから、あれを頂戴」と、やがて女が云ひ出した。
 「あれつて。只あれぢや分らない」
 「ほら彼《あれ》よ。此間《こなひだ》の。ね、分つたでせう」
 「ちつとも分らない」
 「失敬ね、貴方は。ちやんと分つてる癖に」
 敬太郎は一寸振り向いて後《うしろ》が見たくなつた。其時|階段《はしごだん》を踏む大きな音が聞こえて、三人|許《ばかり》の客がどや/\と一度に上つて來た。其内の一人はカーキー色の服に長靴を穿《は》いた軍人であつた。さうして床《ゆか》の上を歩く音と共に、腰に釣るした劔をがちゃ/\鳴らした。三人は上《あが》つて左側の室《へや》へ案内された。此物音が例の男と女の會話を攪《か》き亂した爲、敬太郎の好奇心もちらつく劔の光が落付く迄中途に停止してゐた。
 「此間《このあひだ》見せて頂いたものよ。分つて」
 男は分つたとも分らないとも云はなかつた。敬太郎には無論想像さへ付かなかつた。彼は女が何故《なぜ》淡泊に自分の欲しいといふものゝ名を判切《はつきり》云つて呉れないかを恨んだ。彼は何とはなしに夫《それ》が知りたかつたのである。すると、
 「あんなもの今|茲《こゝ》に持つてるもんかね」と男が云つた。
 「誰も茲《こゝ》に持つてるつて云やしないわ。たゞ頂戴つて云ふのよ。今度《こんだ》で可《い》いから」
 「そんなに欲しけりや遣つても可《い》い。が……」
 「あツ嬉しい」
 敬太郎は又振り返つて女の顔が見たくなつた。男の顔も序《ついで》に見て置きたかつた。けれども女と一直線になつて、背中合せに坐つてゐる自分の位置を考へると、此際そんな盲動は愼しまなければならないので、眼の遣り所に困るといふ風で、たゞ正面をぽかんと見廻した。すると勝手の上《あが》り口の方から、給仕《ボーイ》が白い皿を二つ持つて入《はい》つて來て、夫《それ》を古いのと引き更《か》へに、二人の前へ置いて行つた。
 「小鳥だよ。食べないか」と男が云つた。
 「妾《あたし》もう澤山」
 女は燒いた小鳥に手を觸れない樣子であつた。其代り暇の出來た口を男よりは餘計動かした。二人の問答から察すると、女の男に呉れと逼つたのは珊瑚樹《さんごじゆ》の珠か何からしい。男は斯ういふ事に精通してゐるといふ口調《くてう》で、色々な説明を女に與へてゐた。が、夫《それ》は敬太郎には興味もなければ、解りもしない好事家《かうずか》の嬉しがる知識に過ぎなかつた。練物で作つたのへ指先の紋を押し付けたりして、時々旨く胡麻化《ごまか》した贋物《がんぶつ》があるが、夫《それ》は手障りが何處かざら/\するから、本當の古渡《こわた》りとは直《すぐ》區別できる抔《など》と叮嚀に女に教へてゐた。敬太郎は前後《あとさき》を綜合《すべあ》はして、何でも餘程|貴《たつ》とい、又大變珍らしい、今時さう容易《たやす》くは手に入らない時代の付いた珠を、女が男から貰ふ約束をしたといふ事が解つた。
 「遣るには遣るが、御前あんなものを貰つて何《なん》にする氣だい」
 「貴方こそ何《なん》になさるの。あんな物を持つてゝ、男の癖に」
 
     三十四
 
 しばらくして男は「御前御菓子を食べるかい、菓物《くだもの》にするかい」と女に聞いた。女は「何方《どつち》でも好いわ」と答へた。彼等の食事が漸く終りに近付いた合圖とも見られる此簡單な問答が、今迄うつかりと二人の話に釣り込まれてゐた敬太郎に、忽ち自分の義務を注意する樣に響いた。彼は此料理屋を出た後《あと》の二人の行動をも觀察する必要があるものとして、自分で自分の役割を作つてゐたのである。彼は二人と同時に二階を下りる事の不得策を初めから承知してゐた。後《おく》れて席を立つにしても、卷烟草を一本吸はない先に、夜と人と、雜沓《ざつたふ》と暗闇《くらやみ》の中《なか》に、彼等の姿を見失なふのは慥《たしか》であつた。もし間違ひなく彼等の影を踏んで後《あと》から喰付《くつつ》いて行かうとするなら、何うしても一足先へ出て、相手に氣の付かない物陰か何かで、待ち合せるより外に仕方がないと考へた。敬太郎は早く勘定を濟まして置くに若《し》くはないといふ氣になつて、早速|給仕《ボーイ》を呼んでビルを請求した。
 男と女はまだ落付いて話してゐた。然し二人の間に何といふ極つた題目も起らないので、夫《それ》を種に意見や感情の交換《とりやり》も始まる機會《をり》はなく、只だらしのない雲の樣に夫《それ》から夫《それ》へと流れて行く丈《だけ》に過ぎなかつた。男の特徴に數へられた眉と眉の間の黒子《ほくろ》抔《など》も偶然女の口に上《のぼ》つた。
 「何故《なぜ》そんな所に黒子《ほくろ》なんぞが出來たんでせう」
 「何も近頃になつて急に出來やしまいし、生れた時からあるんだ」
 「だけどさ。見つともなかなくつて、其んな所《とこ》にあつて」
 「幾何《いくら》見つともなくつても仕方がないよ。生れ付だから」
 「早く大學へ行つて取つて貰ふと可《い》いわ」
 敬太郎は此時|指洗椀《フインガーボール》の水に自分の顔の映る程下を向いて、兩手で自分の米噛《こめかみ》を隱す樣に抑えながら、くす/\と笑つた。所へ給仕《ボーイ》が釣錢を盆に乘せて持つて來た。敬太郎はそつと立つて目立たない樣に階段《はしごだん》の上《あが》り口迄|大人《おとな》しく足を運ぶと、其所に立つてゐた給仕《ボーイ》が大きな聲で、「御立あち」と下へ知らせた。同時に敬太郎は先刻《さつき》給仕《ボーイ》に預けた洋杖《ステツキ》を取つて來るのを忘れた事に氣が付いた。其|洋杖《ステツキ》はいまだに室《へや》の隅に置いてある帽子掛の下に突き込まれた儘、女の長いコートの裾に隱されてゐた。敬太郎は室《へや》の中にゐる男女《なんによ》を憚かる樣に、拔き足で後戻りをして、靜かにそれを取り出した。彼が蛇の頭を握つた時、すべすべした羽二重の裏と、柔らかい外套の裏が、優しく手の甲に觸れるのを彼は感じた。彼は又爪先で歩かない許《ばかり》に氣を付けて階段《はしごだん》の上迄來ると、其所から急に調子を變へて、とん、とん、とんと刻《きざ》み足に下へ驅け下りた。表へ出るや否や電車通を直ぐ向ふへ横切つた。其突き當りに、大きな古着屋のやうな洋服屋のやうな店があるので、彼は其店の電燈の光を後《うしろ》にして立つた。斯うしてさへゐれば料理店から出る二人が大通りを右へ曲らうが、左へ折れやうが、又は中川の角に添つて連雀町《れんじやくちやう》の方へ拔けやうが、或は門《かど》からすぐ小路《こうぢ》傳ひに駿河臺下へ向はうが、何方《どつち》へ行かうと見逃《みのが》す氣遣はないと彼は心丈夫に洋杖《ステツキ》を突いて、目指す家の門口《かどぐち》を見守つてゐた。
 彼は約十分|許《ばかり》待つた後で、注意の燒點《せうてん》になる光の中《うち》に、一向《いつかう》人影が射さないのを不審に思ひ始めた。已《やむ》を得ず二階を眺めてその窓|丈《だけ》明るくなつた奧を覗く樣に、彼等の早く席を立つ事を祈つた。さうして待ち草臥《くたび》れた眼を移す毎に、屋根の上に廣がる黒い空を仰いだ。今迄地面の上を照らしてゐる人間の光ばかりに欺むかれて、丸《まる》で其存在を忘れてゐた此大きな夜は、暗い頭の上で、先刻《さつき》から寒さうな雨を釀《かも》してゐたらしく、敬太郎の心を佗《わ》びしがらせた。不圖考へると、今迄は自分に遠慮して只の話をしてゐた二人が、自分の立つたのを幸ひに、自分の役目として是非聞いて置かなければならない樣な肝心の相談でもし始めたのではなからうか。彼は此疑惑と共に黒い空を仰ぎながら、其内に二人の向き合つた姿をあり/\と認めた。
 
     三十五
 
 彼はあまり注意深く立ち廻つて、却つて洋食店の門を早く出過ぎたのを悔んだ。けれども二人が彼に氣兼をする以上は、たとひ同じ席に何時《いつ》迄も根が生えた樣に腰を据ゑてゐた所で、矢つ張り普通の世間話より外に聞く譯には行かないのだから、よし今迄坐つた儘動かないものと假定しても、其結果は早く席を立つたと略《ほゞ》同じ事になるのだと思ふと、彼は寒いのを我慢しても、同じ所に見張つてゐるより仕方なかつた。すると帽子の廂《ひさし》へ雨が二雫《ふたしづく》程落ちた樣な氣がするので、彼は又仰向いて黒い空を眺めた。闇より外に何も眼を遮《さへ》ぎらない頭の上は、彼の立つてゐる電車通と違つて非常に靜であつた。彼は頬の上に一滴の雨を待ち受ける積《つもり》で、久しく顔を上げたなり、恰好《かつかう》さへ分らない大きな暗いものを見詰めてゐる間《あひだ》に、今にも降り出すだらうといふ掛念を何處かへ失なつて、こんな落ち付いた空の下にゐる自分が、何故《なぜ》こんな落ち付かない眞似を好んで遣るのだらうと偶然考へた。同時に凡《すべ》ての責任が自分の今突いてゐる竹の洋杖《ステツキ》にあるやうな氣がした。彼は例の如く蛇の頭を握つて、寒さに對する欝憤を晴らす如くに、二三度それを烈しく振つた。其時待ち佗《わ》びた人の影法師が揃つて洋食店の門口《かどぐち》を出た。敬太郎は何より先に女の細長い頸を包む白い襟卷に眼を付けた。二人はすぐと大通りへ出て、敬太郎の向ふ側を、先刻《さつき》とは反對の方角に、元來た道へ引き返しに掛つた。敬太郎も猶豫《いうよ》なく向ふへ渡つた。彼等は緩《ゆる》い歩調で、賑やかに飾つた店先を軒毎に覗く樣に足を運ばした。後《うしろ》から跟《つ》いて行く敬太郎は是非共二人に釣り合つた歩き方をしなければならないので、其遲過ぎるのが大分《だいぶ》苦になつた。男は香《か》の高い葉卷を銜《くは》えて、行く/\夜の中へ微《かす》かな色を立てる烟を吐いた。それが風の具合で後《うしろ》から從がふ敬太郎の鼻を時々快ろよく侵《をか》した。彼は其香ひを嗅ぎ/\鈍《のろ》い足並を我慢して實直に其跡を踏んだ。男は脊《せい》が高いので後《うしろ》から見ると、一寸西洋人の樣に思はれた。夫《それ》には彼の吹かしてゐる強い葉卷が多少|錯覺《さくかく》を助けた。すると聯想が忽ち伴侶《つれ》の方に移つて、女が旦那から買つて貰つた革の手袋を穿《は》めてゐる洋妾《らしやめん》の樣に思はれた。敬太郎が不圖斯ういふ空想を起して、可笑《をか》しいと思ひながらも、なほ一人で興を催してゐると、二人は最前待ち合はした停留所の前迄來て一寸立ち留まつたが、やがて又線路を横切つて向側へ越した。敬太郎も二人のする通りを眞似た。すると二人は又美土代町の角を此方《こちら》から反對の側へ渡つた。敬太郎もつゞいて同じ側へ渡つた。二人は又歩き出して南へ動いた。角から半町|許《ばかり》來ると、其所にも赤く塗つた鐵の柱が一本立つてゐた。二人は其柱の傍《そば》へ寄つて立つた。彼等は又三田線を利用して南へ、歸るか、行くか、する人だと此時始めて氣が付いた敬太郎は、自分も是非同じ電車へ乘らなければなるまいと覺悟した。彼等は申し合せた樣に敬太郎の方を顧みた。固《もと》より彼のゐる方から電車が横町を曲つて來るからではあるが、夫《それ》にしても敬太郎は餘り好い心持はしなかつた。彼は帽子の鍔を引つ繰り返して、ぐつと下へ卸して見たり、手で顔を撫《な》でゝ見たり、成るべく軒下へ身を寄せて見たり、わざと變な見當を眺めて見たりして、電車の現はれるのをつらく待ち佗《わ》びた。
 間《ま》もなく一臺來た。敬太郎はわざと二人の乘つた後《あと》から這入つて、嫌疑を避けやうと工夫した。夫《それ》でしばらく後《うしろ》の方に愚圖々々してゐると、女は例の長いコートの裾を踏まへない許《ばかり》に引き摺《ず》つて車掌臺の上に足を移した。然しあとから直《すぐ》續くと思つた男は、案外|上《あが》る氣色《けしき》もなく、足を揃へた儘、兩手を外套の隱袋《かくし》に突き差して立つてゐた。敬太郎は女を見送りに男がわざ/\此所迄足を運んだのだといふ事に漸く氣が付いた。實をいふと、彼は男よりも女の方に餘計興味を持つてゐたのである。男と女が此所で分れるとすれば、無論男を捨てゝ女の先途|丈《だけ》を見屆けたかつた。けれども自分が田口から依託《いたく》されたのは女と關係のない黒い中折帽を被つた男の行動|丈《だけ》なので、彼は我慢して車臺に飛び上がるのを差し控えた。
 
     三十六
 
 女は車臺に乘つた時、一寸男に目禮したが、夫《それ》限《ぎり》中へ這入つて仕舞つた。冬の夜《よ》の事だから、窓硝子《まどがらす》は悉《こと/”\》く締め切つてあつた。女はことさらにそれを開けて内から首を出す程の愛嬌も見せなかつた。夫《それ》でも男はのつそり立つて、車の動くのを待つてゐた。車は動き出した。二人の間に挨拶の交換《やりとり》がもう必要でないと認めた如く、電力は急いで光る窓を南の方《かた》へ運び去つた。男は此時口に銜《くは》えた葉卷を土の上に投げた。夫《それ》から足の向を變へて又三ツ角の交叉點迄出ると、今度は左へ折れて唐物屋の前で留つた。其所は敬太郎が人に突き當られて、竹の洋杖《ステツキ》を取り落した記憶の新らしい停留所であつた。彼は男の後《あと》を見え隱れに此所迄|跟《つ》いて來て、又見たくもない唐物屋の店先に飾つてある新柄の襟飾《ねくたい》だの、絹帽《シルクハツト》だの、變り縞の膝掛だのを覗き込みながら、斯う遠慮をする樣では、探偵の興も覺める丈《だけ》だと考へた。女が既に離れた以上、自分の仕事に飽《あき》が來たと云つては濟まないが、前《ぜん》同樣であるべき窮屈の程度が急に著るしく感ぜられてならなかつた。彼の依頼されたのは中折の男が小川町で降りてから二時間内の行動に限られてゐるのだから、もう是で偵察の役目は濟んだものとして、下宿へ歸つて寐やうかとも思つた。
 其所へ男の待つてゐる電車が來たと見えて、彼は長い手で鐵の棒を握るや否や瘠《や》せた身體を體《てい》よく留まり切らない車臺の上に乘せた。今迄躊躇してゐた敬太郎は急に此瞬間を失なつてはといふ氣が出たので、すぐ同じ車臺に飛び上つた。車内は其程込みあつて居なかつたので、乘客は自由に互の顔を見合ふ餘裕を充分持つてゐた。敬太郎は箱の中に身體を入れると同時に、既に席を占めた五六人から一度に視線を集められた。其うちには今坐つた許《ばかり》の中折の男のも交《まじ》つてゐたが、彼の敬太郎を見た眼のうちには、おやといふ認識はあつたが、付け覘《ねら》はれてゐるなといふ疑惑は更に現はれてゐなかつた。敬太郎は漸く伸び/\した心持になつて、男と同じ側を擇《よ》つて腰を掛けた。此電車で何處へ連れて行かれる事かと思つて軒先を見ると、江戸川行と黒く書いてあつた。彼は男が乘り換へさへすれば、自分も早速降りる積《つもり》で、停留所へ來る毎に男の樣子を窺《うか》がつた。男は始終|隱袋《かくし》へ手を突き込んだ儘、多くは自分の正面かわが膝の上かを見てゐた。其樣子を形容すると、何にも考へずに何か考へ込んでゐると云ふ風であつた。所が九段下へ掛つた頃から、長い首を時々伸ばして、或物を確かめたい樣に、窓の外を覗き出した。敬太郎もつい釣り込まれて、見惡《みにく》い外を透かす樣に眺めた。やがて電車の走る響の中に、窓|硝子《がらす》にあたつて摧《くだ》ける雨の音が、ぽつり/\と耳元でし始めた。彼は携《たづさ》へてゐる竹の洋杖《ステツキ》を眺めて、この代りに雨傘《あまがさ》を持つて來れば可《よ》かつたと思ひ出した。
 彼は洋食店以後、中折を被つた男の人柄と、世の中に丸《まる》で疑を掛けてゐない其眼付とを注意した結果、此時不圖、こんな窮屈な思ひをして、入らざる材料を集めるよりも、いつそ露骨《むきだし》に此方《こつち》から話し掛けて、當人の許諾を得た事實|丈《だけ》を田口に報告した方が、今更|遲蒔《おそまき》の樣でも、まだ氣が利いてゐやしないかと考へて、自分で自分を彼に紹介する便法《べんぱふ》を工夫し始めた。其内電車はとう/\終點迄來た。雨は益《ます/\》烈しくなつたと見えて、車が留るとざあといふ音が急に彼の耳を襲つた。中折の男は困つたなと云ひながら、外套の襟を立てゝ洋袴《ズボン》の裾を返した。敬太郎は洋杖《ステツキ》を突きながら立ち上つた。男は雨の中へ出ると、直《すぐ》寄つて來る俥引《くるまひき》を捕《つら》まへた。敬太郎も後《おく》れない樣に一臺雇つた。車夫は梶棒《かぢばう》を上げながら、何處《どちら》へと聞いた。敬太郎はあの車の後《あと》に付いて行けと命じた。車夫はへいと云つて無暗に馳け出した。一筋道を矢來の交番の下迄來ると、車夫は又|梶棒《かぢばう》を留めて、旦那|何方《どつち》へ行くんですと聞いた。男の乘つた車は幾何《いくら》幌《ほろ》の内から延び上つても影さへ見えなかつた。敬太郎は車上に洋杖《ステツキ》を突つ張つた儘、雨の音のする中で方角に迷つた。
 
  報告
 
     一
 
 眼が覺めると、自分の住み慣れた六疊に、何時《いつ》もの通り寐てゐる自分が、敬太郎には全く變に思はれた。昨日《きのふ》の出來事は凡《すべ》て本當の樣でもあつた。又纒まりのない夢の樣でもあつた。もつと綿密に形容すれば、「本當の夢」の樣でもあつた。醉つた氣分で町の中に活動したといふ記憶も伴なつてゐた。夫《それ》よりか、醉つた氣分が世の中に充ち充ちてゐたといふ感じが一番強かつた。停留所も電車も醉つた氣分に充ちてゐた。寶石商も、革屋も、赤と青の旗振りも、同じ空氣に醉つてゐた。薄青いペンキ塗の洋食店の二階も、其所に席を占めた眉の間に黒子《ほくろ》のある神士も、色の白い女も、悉《こと/”\》く此空氣に包まれてゐた。二人の話しに出て來る、何處にあるか分らない所の名も、男が女に遣る約束をした珊瑚の珠も、みんな陶然とした一種の氣分を帶びてゐた。最も此気分に充ちて活躍したものは竹の洋杖《ステツキ》であつた。彼が其|洋杖《ステツキ》を突いたまゝ、幌《ほろ》を打つ雨の下で、方角に迷つた時の心持は、此氣分の高潮に達した幕前の一區切《ひとくぎり》として、殆ど狐から取り憑《つ》かれた人の感じを彼に與へた。彼は其時店の灯《ひ》で佗《わ》びしく照らされたびしよ濡れの往來と、坂の上に小さく見える交番と、其左手にぼんやり黒くうつる木立とを見廻して、果して是が今日の仕事の結末かと疑ぐつた。彼は已《やむ》を得ず車夫に梶棒《かぢばう》を向け直させて、思ひも寄らない本郷へ行けと命じた事を記憶してゐた。
 彼は寐ながら天井を眺めて、自分に最も新らしい昨日《きのふ》の世界を、幾順となく眼の前に循環させた。彼は二日醉の眼と頭をもつて、蠶の糸を吐く樣に夫《それ》から夫《それ》へと出てくる此|記念《かたみ》の畫《ゑ》を飽かず見詰めてゐたが、仕舞には眼光に漂《たゞ》よふふわ/\した夢の蒼蠅《うるさ》さに堪えなくなつた。夫《それ》でも後《あと》から後《あと》からと向ふで獨《ひと》り勝手《がつて》に現はれて來るので、彼は正氣でありながら、何かに魅入られたのではなからうかと云ふ疑さへ起した。彼は此淺い疑に關聯して、例の洋杖《ステツキ》を胸に思ひ浮べざるを得なかつた。昨日《きのふ》の男も女も彼の眼には繪を見る程明らかであつた。容貌は固《もと》より服裝《なり》から歩き付に至る迄|悉《こと/”\》く記憶の鏡に判切《はつき》りと映つた。夫《それ》でゐて二人とも遠くの國にゐる樣な心持がした。遠くの國にゐながら、つい近くにあるものを見るやうに、鮮やかな色と形を備へて眸《ひとみ》を侵《をか》して來た。此不思議な影響が洋杖《ステツキ》から出たかも知れないといふ神經を敬太郎は何處かに持つてゐた。彼は昨夕《ゆうべ》法外な車賃を貪《むさ》ぼられて、宿の門口《かどぐち》を潜《くゞ》つた時、何心なく其|洋杖《ステツキ》を持つた儘自分の室《へや》迄歸つて來て、是は人の目に觸れる所に置くべきものでないといふ顔をして、寐る前に、戸棚の奧の行李の後《うしろ》へ投げ込んで仕舞つたのである。
 今朝は蛇の頭に夫《それ》程《ほど》の意味がないやうにも思はれた。ことに是から田口に逢つて、探偵の結果を報告しなければならないと云ふ實際問題の方が頭に浮いて來ると、猶更《なほさら》さういふ感じが深くなつた。彼は一日の午後から宵へ掛けて、妙に一種の空氣に醉はされた氣分で活動した自覺は慥《たしか》にあるが、いざ其活動の結果を、普通の人間が處世上に利用出來る樣に、筋の立つた報告に纒める段になると、自分の引き受けた仕事は成效《せいかう》してゐるのか失敗してゐるのか殆んど分らなかつた。從つて洋杖《ステツキ》の御蔭を蒙つてゐるのか、ゐないのかも判然しなかつた。床の中で前後を繰り返した敬太郎には、正《まさ》しく其御蔭を蒙つてゐるらしくも見えた。又決して其御蔭を蒙つてゐない樣にも思はれた。
 彼は兎も角も二日醉の魔を拂ひ落してからの事だと決心して、急に夜着《よぎ》を剥《は》ぐつて跳ね起きた。夫《それ》から洗面所へ下りて氷る程冷めたい水で頭をざあ/\洗つた。是で昨日《きのふ》の夢を髪の毛の根本から振ひ落して、普通の人間に立ち還つた樣な氣になれたので、彼は景氣よく三階の室《へや》に上《のぼ》つた。其所の窓を潔《いさ》ぎよく明け放した彼は、東向に直立して、上野の森の上から高く射す太陽の光を全身に浴びながら、十遍|許《ばか》り深呼吸をした。斯う精神作用を人間並に刺戟した後で、彼は一服しながら、田口へ報告すべき事柄の順序や條項に就て力《つと》めて實際的に思慮を回《めぐ》らした。
 
     二
 
 突き留めて見ると、田口の役に立ちさうな種は丸《まる》で上がつてゐない樣にも思はれるので、敬太郎は少し心細くなつて來た。けれども先方では今朝にも彼の報告を待ち受けてゐるやうに氣が急《せ》くので、彼は早速田口家へ電話を掛けた。是から直《すぐ》行つて可《い》いかと聞くと、大分《だいぶ》待たした後《あと》で、差支ないといふ答が、例の書生の口を通して來たので、彼は猶豫なく内幸町へ出掛けた。
 田口の門前には車が二臺待つてゐた。玄關にも靴と下駄が一足|宛《づゝ》あつた。彼は此間と違つて日本間の方へ案内された。其所は十疊程の廣い座敷で、長い床に大きな懸物が二幅掛かつてゐた。湯呑の樣な深い茶碗に書生が番茶を一杯汲んで出した。桐を刳《く》つた手焙《てあぶり》も同じ書生の手で運ばれた。柔かい座蒲團も同じ男が勸めて呉れた丈《だけ》で、女は一切出て來なかつた。敬太郎は廣い室《へや》の眞中に畏まつて、主人の足音の近付くのを窮屈に待つた。所が其主人は用談が果てないと見えて、何時《いつ》迄《まで》待つても中々現はれなかつた。敬太郎は已《やむ》を得ず茶色になつた古さうな懸物の價額《ねだん》を想像したり、手焙《てあぶり》の縁《ふち》を撫《な》で廻したり、或は袴の膝へきちりと兩手を乘せて一人改たまつて見たりした。凡《すべ》て自分の周圍《まはり》があまり綺麗に調《とゝの》つてゐる丈《だけ》に、居心地が新らし過ぎて彼は容易に落付けなかつたのである。仕舞に違棚の上にある畫帖らしい物を取り卸《お》ろして覽《み》やうかと思つたが、其立派な表紙が、是は裝飾だから手を觸れちや不可《いけ》ないと斷《ことわ》る樣に光るので、彼はついに手を出しかねた。
 斯う敬太郎の神經を惱ました主人は、彼を稍《やゝ》小一時間も待たした後《あと》で、漸く應接間から出て來た。
 「何うも長い間御待たせ申して。――客が中々歸らないものだから」
 敬太郎は此言辭に對して適當と思ふ樣な挨拶を一と口と、それに添へた叮嚀な御辭儀を一つした。夫《それ》からすぐ昨日《きのふ》の事を云ひ出さうとしたが、何を何う先に述べたら都合が可《い》いか、此場に臨んで急に又迷ひ始めたうちに、切り出す機を逸してしまつた。主人は又冒頭から左《さ》も忙がしさうに聲も身體も取り扱かつてゐる癖に、何處か腹の中に餘裕の貯藏庫でもあるやうに、決して周章《あわて》て探偵の結果を聞きたがらなかつた。本郷では氷が張るかとか、三階では風が強く當るだらうとか、下宿にも電話があるのかとか、調子は至極面白さうだけれども、其實詰らない事|許《ばかり》話の種にした。敬太郎は向ふの問に從つて主人の滿足する程度にわが答へを運んでゐたが、相手は斯んな無意味な話を進めて行くうちに、暗《あん》に彼の樣子を注意してゐるらしかつた。其所迄は彼もぼんやり氣が付いた。然し主人が何故《なぜ》そんな注意を自分に拂ふのか、其譯は丸《まる》で解らなかつた。すると、
 「何うです昨日《きのふ》は。旨く行きましたか」と主人が突然聞き出した。斯う聞かれるだらう位の腹は始めから敬太郎にも有つたのだが、正直に答へれば、「何うですか」といふ他《ひと》を馬鹿にした生返事になるので、彼は一寸口籠つた後《あと》、
 「さうです御通知のあつた人|丈《だけ》は漸《やつ》と探し當てました」と答へた。 「眉間《みけん》に黒子《ほくろ》がありましたか」
 敬太郎は少し隆起した黒い肉の一點を局部に認めたと答へた。
 「衣服《なり》も此方《こつち》から云つて上げた通りでしたか。黒の中折に、霜降の外套を着て」
 「さうです」
 「夫《それ》ぢや大抵間違はないでせう。四時と五時の間に小川町で降りたんですね」 「時間は少し後れた樣です」
 「何分位」
 「何分か知りませんが、何でも五時餘つ程|過《すぎ》の樣でした」
 「餘つ程|過《すぎ》。餘つ程過ならそんな人を待つてゐなくても好いぢやありませんか。四時から五時迄の間と、わざ/\時間を切つて通知して上げた位だから、五時を過ぎればもう貴方の義務は濟んだも同然ぢやないですか。何故《なぜ》其儘歸つて、其通り報知しないんです」
 今迄穩やかに機嫌よく話してゐた長者《ちやうしや》から突然斯う手嚴しく遣付《やりつ》けられやうとは、敬太郎は夢にも思はなかつた。
 
     三
 
 敬太郎は今迄|下町出《したまちで》の旦那を眼の前に描いてゐた。夫《それ》が突然規律づくめの軍人として彼を威壓して來た時、彼は忽ち心の中心を狂はした。友達に對してなら云ひ得る「君の爲だから」といふ言葉も挨拶も有《も》つてゐたのだが、此場合には夫《それ》が丸《まる》で役に立たなかつた。
 「たゞ私の勝手で、時間が來ても其所を動かなかつたのです」
 敬太郎が斯う答へるか答へないうちに、田口は今の屹《きつ》とした態度をすぐ崩して、
 「そりや私《わたし》の爲に大變都合が好かつた」と機嫌の好い調子で受けたが、「然し貴方《あなた》の勝手と云ふのは何です」と聞き返した。敬太郎は少し逡巡《しゆんじゆん》した。
 「なに夫《そり》や聞かないでも構ひません。貴方の事だから。話したくなければ話さないでも差支ない」
 田口は斯う云つて、自分の前に引き付けた手提烟草盆《てさげたばこぼん》の抽出《ひきだし》を開けると、其中から角《つの》で出來た細長い耳掻を捜し出した。それを右の耳の中に入れて、左《さ》も痒《か》ゆさうに掻き廻した。敬太郎は見ない振をしてわざと自分を見てゐるやうな、又耳|丈《だけ》に氣を取られてゐるやうな、田口の蹙面《しかめつら》を薄氣味惡く感じた。
 「實は停留所に女が一人立つてゐたのです」と彼はとう/\自白して仕舞つた。
 「年寄ですか、若い女ですか」
 「若い女です」
 「成程」
 田口はたゞ一口斯う云つた丈《だけ》で、何とも後を繼いで呉れなかつた。敬太郎も頓挫《とんざ》したなり言葉を途切らした。二人はしばらく差向ひの儘口を聞《き》かずにゐた。
 「いや、若からうが年寄だらうが、其婦人の事を聞くのは可《よ》くなかつた。夫《それ》は貴方|丈《だけ》に關係のある事なんでせうから、止しにしませう。私《わたし》の方ぢや唯顔に黒子《ほくろ》のある男に就いて、研究の結果さへ伺がへば可《い》いんだから」
 「然し其女が黒子《ほくろ》のある人の行動に始終入り込んでくるのです。第一女の方で男を待ち合はしてゐたのですから」
 「はあ」
 田口は一寸思ひも寄らぬといふ顔付をしたが、「ぢや其婦人は貴方の御知合でも何でもないのですね」と聞いた。敬太郎は固《もと》より知合だと答へる勇氣を有《も》たなかつた。極りの惡い思ひをしても、見た事も口を利いた事もない女だと正直に云はなければならなかつた。田口はさうですかと、穩かに敬太郎の返事を聞いた丈《だけ》で、少しも追窮する氣色《けしき》を見せなかつたが、急に摧《くだ》けた調子になつて、
 「何《ど》んな女なんです。其若い婦人と云ふのは。器量からいふと」と興味に充ちた顔を提烟草盆《さげたばこぼん》の上に出した。
 「いえ、なに、詰らない女なんです」と敬太郎は前後の行《い》き掛《がゝ》り上《じやう》答へて仕舞つて、實際頭の中でも詰らない樣な氣がした。是が相手と場合次第では、うん器量は中々好い方だ位は固《もと》より云ひ兼ねなかつたのである。田口は「詰らない女」といふ敬太郎の判斷を聞いて、忽ち大きな聲を出して笑つた。敬太郎には其意味が能く解らなかつたけれども、何でも頭の上で大濤《おほなみ》が崩れたやうな心持がして、幾分か顔が熱くなつた。
 「宜御座《よござ》んす、夫《それ》で。――夫《それ》から何うしました。女が停留所で待ち合はしてゐる所へ男が來て」
 田口は又普通の調子に戻つて、眞面目に事件の經過を聞かうとした。實をいふと敬太郎は自分が是から話す巓末《てんまつ》を、何うして握る事が出來たかの苦心談を、先づ冒頭に敷衍《ふえん》して、二つある同じ名の停留所に迷つた事から、不思議な謎《なぞ》の活きて働らく洋杖《ステツキ》を、何う抱《かゝ》へ出して、何う利用したかに至る迄を、自分の手柄の成るべく重く響く樣に、詳しく述べたかつたのであるが、會ふや否や四時と五時との行拶《いきさつ》で遣られた上に、勝手に見張りの時間を延ばした源因になる例の女が、源因にも何にもならない見ず知らずの女だつたりした不味《まづ》い所があるので、自分を廣告する勇氣は全く拔けてゐた。夫《それ》で男と女が洋食屋へ入《はい》つてから以後の事|丈《だけ》を極《ごく》淡泊《あつさ》り話して見ると、宅《うち》を出る時自分が心配してゐた通り、少しも捕《つら》まへ所のない、恰も灰色の雲を一握り田口の鼻の先で開いて見せたと同じ樣な貧しい報告になつた。
 
      四
 
 夫《それ》でも田口は別段厭な顔も見せなかつた。落付いた腕組を仕舞迄解かずに、只ふんとか、成程とか、夫《それ》からとか云ふ繋《つな》ぎの言葉を、時々敬太郎の爲に投げ込んで呉れる丈《だけ》であつた。其代り報告の結末が來ても、まだ何か豫期してゐる樣に、今迄の態度を容易に變へなかつた。敬太郎は仕方なしに、「夫《それ》丈《だけ》です。實際詰らない結果で御氣の毒です」と言譯を付け加へた。
 「いや大分《だいぶ》參考になりました。何うも御苦労でした。中々骨が折れたでせう」
 田口の此挨拶の中《うち》に、大した感謝の意を含んでゐない事は無論であつたが、自分が馬鹿に見えつゝある今の敬太郎には是《これ》丈《だけ》の愛嬌が充分以上に聞こえた。彼は辛うじて恥を掻かずに濟んだといふ安心を此時漸やく得た。同時に垂味《たるみ》の出來た氣分が、すぐ田口に向いて働らき掛けた。
 「一體あの人は何なんですか」
 「さあ何でせうか。貴方は何う鑑定しました」
 敬太郎の前には黒の中折を被つて、襟開《えりあき》の廣い霜降の外套を着た男の姿があり/\と現はれた。其人の樣子といひ言葉遣ひといひ歩き付といひ、何から何迄|判切《はつきり》見えたには見えたが、田口に對する返事は一口も出て來なかつた。
 「何うも分りません」
 「ぢや性質は何《ど》んな性質でせう」
 性質なら敬太郎にも略《ほゞ》見當が付いてゐた。「穩《おだ》やかな人らしく思ひました」と觀察の通りを答へた。
 「若い女と話してゐる所を見て、さう云ふんぢやありませんか」
 斯う云つた時、田口の唇の角に薄笑の影がちら付いてゐるのを認めた敬太郎は、何か答へやうとした口を又塞いで仕舞つた。
 「若い女には誰でも優しいものですよ。貴方だつて滿更《まんざら》經驗のない事でもないでせう。ことに彼《あ》の男と來たら、人一倍|左《さ》うなのかも知れないから」と田口は遠慮なく笑ひ出した。けれども笑ひながらちやんと敬太郎の上に自分の眼を注いでゐた。敬太郎は傍《はた》で自分を見たら嘸《さぞ》氣の利かない愚物《ぐぶつ》になつてゐるんだらうと考へながらも、矢つ張り苦しい思ひをして田口と共に笑はなければ居られなかつた。
 「ぢや女は何物なんでせう」
 田口は此所で觀察點を急に男から女へ移した。さうして今度は自分の方で敬太郎に斯ういふ質間を掛けた。敬太郎はすぐ正直に「女の方は男よりも猶《なほ》分り惡《にく》いです」と答へて仕舞つた。
 「素人《しろうと》だか黒人《くろうと》だか、大體の區別さへ付きませんか」
 「左樣《さやう》」と云ひながら、敬太郎は一寸考がへて見た。革の手袋だの、白い襟卷だの、美くしい笑ひ顔だの、長いコートだの、續々記憶の表面に込み上げて來たが、それを綜括《すべくゝ》つた所で何處からも此問に應ぜられる樣な要領は得られなかつた。 「割合に地味なコートを着て、革の手袋を穿《は》めて居ましたが……」
 女の身に着けた品物の中《うち》で、特に敬太郎の注意を惹いた此二點も、田口には何の興味も與へないらしかつた。彼はやがて眞面目な顔をして、「ぢや男と女の關係に就いて何か御意見はありませんか」と聞き出した。
 敬太郎は先刻《さつき》自分の報告が滯りなく濟んだ證據に、御苦労さまと云ふ謝辭さへ受けた後《あと》で、斯う難問が續發しやうとは毫も思ひ掛けなかつた。しかも窮してゐる所爲《せゐ》か、それが順を逐つて段々六づかしい方へ競《せ》り上《あが》つて行く樣に感ぜられてならなかつた。田口は敬太郎の行き詰つた樣子を見て、再び同じ問を外の言葉で説明して呉れた。
 「例へば夫婦だとか、兄弟《きやうだい》だとか、又はたゞの友達だとか、情婦《いろ》だとかですね。色々な關係があるうちで何だと思ひますか」
 「私も女を見た時に、處女だらうか細君だらうかと考へたんですが……然し何うも夫婦ぢやない樣に思ひます」
 「夫婦でないにしてもですね。肉體上の關係があるものと思ひますか」
 
      五
 
 敬太郎の胸にも此|疑《うたがひ》は最初から多少|萌《きざ》さないでもなかつた。改ためて自分の心を解剖して見たら、彼等二人の間に秘密の關係が既に成立してゐるといふ假定が遠くから彼を操《あやつ》つて、それが爲に偵察《ていさつ》の興味が一段と鋭どく研《と》ぎ澄まされたのかも知れなかつた。肉と肉の間に起る此關係を外にして、研究に價する交渉は男女《なんによ》の間《あひだ》に起り得るものでないと主張する程彼は理論家ではなかつたが、暖たかい血を有《も》つた青年の常として、此觀察點から男女《なんによ》を眺めるときに、始めて男女《なんによ》らしい心持が湧いて來るとは思つてゐたので、成るべく其所を離れずに世の中を見渡したかつたのである。年の若い彼の眼には、人間といふ大きな世界があまり判切《はつきり》分らない代りに、男女《なんによ》といふ小さな宇宙は斯く鮮やかに映つた。從つて彼は大抵の社會的關係を、出來る丈《だけ》此一點迄切落して樂んでゐた。停留所で逢つた二人の關係も、敬太郎の氣の付かない頭の奧では、既に斯ういふ一對《いつつゐ》の男女《なんによ》として最初から結び付けられてゐたらしかつた。彼は又其背後に罪惡を想像して要もないのに恐れを抱《いだ》く程の道コ家でもなかつた。彼は世間並な道義心の所有者として有り觸れた人間の一人《いちにん》であつたけれども、其道義心は彼の空想力と違つて、いざといふ場合にならなければ働らかないのを常とするので、停留所の二人を自分に最も興味のある男女關係《なんによくわんけい》に引き直して見ても、別段不愉快にはならずに濟んだのである。彼はたゞ年齡《とし》の上に於て二人の相違の著るしいのを疑ぐつた。が、又一方では其相違が却つて彼の眼に映ずる「男女《なんによ》の世界」なるものの特色を濃く示してゐる樣にも見えた。
 彼の二人に對する心持は知らず/\の間に斯う弛《ゆる》んでゐたのだが、愈《いよ/\》さうかと正式に田口から質問を掛けられて見ると、斷然とした返答は、責任のあるなしに拘はらず、纒まつた形となつて頭の中には現はれ惡《にく》かつた。それで斯う云つた。――
 「肉體上の關係はあるかも知れませんが、無いかも分りません」
 田口は唯《たゞ》微笑した。其所へ例の袴を穿《は》いた書生が、一枚の名刺を盆に載せて持つて來た。田口は一寸|夫《それ》を受取つた儘、「まあ分らない所が本當でせう」と敬太郎に答へたが、すぐ書生の方を見て、「應接間へ通して置いて……」と命令した。先刻《さつき》から餘程窮してゐた矢先だから、敬太郎はこの來客を好い機《しほ》に、もう此所で切り上げやうと思つて身繕《みづくろ》ひに掛かると、田口はわざ/\彼の立たない前に夫《それ》を遮《さへ》ぎつた。さうして敬太郎の辟易《へきえき》するのに頓着なく猶《なほ》質問を進行させた。其内で敬太郎の明瞭に答へられるのは殆んど一ケ條もなかつたので、彼は大學で受けた口答試驗の時よりもまだ辛《つら》い思ひをした。
 「ぢや是《これ》限《ぎり》にしますが、男と女の名前は分りましたらう」
 田口の最後と斷《ことわ》つた此問に對しても、敬太郎は固《もと》より滿足な返事を有《も》つてゐなかつた。彼は洋食店で二人の談話に注意を拂ふ間にも何々さんとか何々子とか或は御何《おなに》とかいふ言葉が屹度《きつと》何處かへ交《まじ》つて來るだらうと心待に待つてゐたのだが、彼等は特にそれを避ける必要でもある如くに、御互の名は勿論、第三者の名も決して引合にさへ出さなかつたのである。
 「名前も全く分りません」
 田口は此答を聞いて、手焙《てあぶり》の胴に當てた手を動かしながら、拍子を取るやうに、指先で桐の縁《ふち》を敲《たゝ》き始めた。それを少時《しばらく》繰り返した後《あと》で、「何うしたんだか餘《あん》まり要領を得ませんね」と云つたが、直《すぐ》言葉を繼《つ》いで、「然し貴方は正直だ。其所が貴方の美點だらう。分らない事を分つた樣に報告するよりも餘つ程好いかも知れない。まあ買へば其所を買ふんですね」と笑ひ出した。敬太郎は自分の觀察が、果して實用に向かなかつたのを發見して、多少わが迂潤《うくわつ》に恥ぢ入る氣も起つたが、然し僅か二三時間の注意と忍耐と推測では、たとひ自分より十層倍行き屆いた人間に代理を頼んだ所で、田口を滿足させる樣な結果は得られる譯のものでないと固く信じてゐたから、此評價に對して夫《それ》程《ほど》の苦痛も感じなかつた。其代り正直と賞められた事も大した嬉しさにはならなかつた。此位の正直さ加減は全くの世間並に過ぎないと彼には見えたからである。
 
     六
 
 敬太郎は先刻《さつき》から頭の上らない田口の前で、たつた一言《ひとこと》で好いから、思ひ切つた自分の腹をずばりと云つて見たいと考へてゐたが、此所で云はなければ最《も》う云ふ機會はあるまいといふ氣が此時不圖|萌《きざ》した。
 「要領を得ない結果|許《ばかり》で私も甚だ御氣の毒に思つてゐるんですが、貴方の御聞きになる樣な立ち入つた事が、あれ丈《だけ》の時間で、私の樣な迂濶なものに見極められる譯はないと思ひます。斯ういふと生意氣に聞こえるかも知れませんが、あんな小刀細工をして後《あと》なんか跟《つ》けるより、直《ぢか》に會つて聞きたい事|丈《だけ》遠慮なく聞いた方が、まだ手數《てかず》が省《はぶ》けて、さうして動かない確かな所が分りやしないかと思ふのです」
 是《これ》丈《だけ》云つた敬太郎は、定めて世故《せこ》に長《た》けた相手から笑はれるか、冷かされる事だらうと考へて田口の顔を見た。すると田口は案外にも寧ろ眞面目な態度で「貴方に夫《それ》丈《だけ》の事が解つてゐましたか。感心だ」と云つた。敬太郎はわざと答を控えてゐた。
 「貴方のいふ方法は最も迂濶の樣で、最も簡便な又最も正當な方法ですよ。其所に氣が付いて居れば人間として立派なものです」と田口が再び繰り返した時、敬太郎は益《ます/\》返答に窮した。
 「夫《それ》程《ほど》の考がちやんとある貴方に、あんな詰らない仕事を御頼《おたのみ》申したのは私《わたし》が惡かつた。人物を見損《みそく》なつたのも同然なんだから。が、市藏が貴方を紹介する時に、さう云ひましたよ。貴方は探偵の遣るやうな仕事に興味を有《も》つて御出《おいで》だつて。夫《それ》でね、つい飛んでもない事を御願ひして。止しやあ可《よ》かつた……」
 「いえ須永君にはさう云ふ意味の事を慥《たし》かに話した覺えがあります」と敬太郎は苦しい思をして答へた。
 「左樣《さう》でしたか」
 田口は敬太郎の矛盾を此一句で切り棄てたなり、夫《それ》以上に追窮する愚《ぐ》を敢てしなかつた。さうして問題をすぐ改めて見せた。
 「ぢや何うでせう。黙つて後《あと》なんどを跟《つ》けずに、貴方のいふ通り尋常に玄關から掛つて行つちや。貴方に夫《それ》丈《だけ》の勇氣がありますか」
 「無い事もありません」
 「あんなに跟《つ》け廻した後で」
 「あんなに跟《つ》け廻したつて、私はあの人達の不名譽になる樣な觀察は決して爲《し》てゐない積《つもり》です。
 「御尤もだ。そんなら一つ行つて御覽なさい。紹介するから」
 田口は斯う云ひながら、大きな聲を出して笑つた。けれども敬太郎には此申し出が萬更《まんざら》の冗談とも思へなかつたので、彼は紹介状を携へて本當に眉間《みけん》の黒子《ほくろ》と向き合つて話して見やうかといふ料簡を起した。
 「會ひますから紹介状を書いて下さい。私は彼《あ》の人と話して見たい氣がしますから」
 「宜《い》いでせう。是も經驗の一つだから、まあ會つて直《ぢか》に研究して御覽なさい。貴方の事だから田口に頼まれて此間の晩|後《あと》を跟《つ》けました位|屹度《きつと》云ふでせう。然し夫《それ》は構はない。云ひたければ云つても宜《よ》う御座んす。私《わたし》に遠慮は要らないから。夫《それ》から彼《あ》の女との關係もですね、貴方に勇氣さへあるなら聞いて御覽なさい。何うです、それを聞く丈《だけ》の度胸が貴方にありますか」
 田口は此所で一寸言葉を切らして敬太郎の顔を見たが、答の出ないうちに又自分から話を續けた。
 「だが兩方とも口へ出せる樣に自然が持ち掛けて來る迄は、聞いても話しても不可《いけ》ませんよ。いくら勇氣があつたつて、常識のない奴だと思はれる丈《だけ》だから。夫《それ》所《どころ》ぢやない、彼《あ》の男は唯でさへ隨分|會《あ》ひ惡《にく》い方《はう》なんだから、そんな事を無暗に喋《しや》べらうものなら、直《すぐ》歸つて呉れ位云ひ兼ねないですよ。紹介をして上げる代りには、其所いらは能く用心しないとね……」
 敬太郎は固《もと》より畏まりましたと答へた。けれども腹の中では黒の中折の男を田口の樣に見る事が何うしても出來なかつた。
 
     七
 
 田口は硯箱《すゞりばこ》と卷紙を取り寄せて、さら/\と紹介状を書き始めた。やがて名宛を認《したゝ》め終ると、「たゞ通り一遍の文言《もんごん》丈《だけ》並べて置いたら夫《それ》で好いでせう」と云ひながら、手焙《てあぶり》の前に翳《かざ》した手紙を敬太郎に讀んで聞かせた。其中には書いた當人の自白した如く、是といつて特別の注意に價《あたひ》する事は少しも出て來なかつた。只此者は今年《ことし》大學を卒業した許《ばかり》の法學士で、殊によると自分が世話をしなければならない男だから、何うか會つて話をして遣つて呉れとある丈《だけ》だつた。田口は異存のない敬太郎の顔を見屆けた上で、すぐ其卷紙をぐる/\と卷いて封筒へ入れた。それから其表へ松本恒三樣《まつもとつねざうさま》と大きく書いたなり、わざと封をせずに敬太郎に渡した。敬太郎は眞面目になつて松本恒三樣の五字を眺めたが、肥《ふと》つた締りのない書體で、此人が斯んな字を書くかと思ふ程|拙《せつ》らしく出來てゐた。
 「さう感心して何時《いつ》迄も眺めてゐちやあ不可《いけ》ない」
 「番地が書いてない樣ですが」
 「あゝ左《さ》うか。そいつは私《わたし》の失念だ」
 田口は再び手紙を受け取つて、名宛の人の住所と番地を書き入れて呉れた。
 「さあ是なら好いでせう。不味《まづ》くつて大きな所は土橋《どばし》の大壽司流《おほずしりう》とでも云ふのかな。まあ役に立ちさへすれば可《よ》からう、我慢なさい」
 「いえ結構です」
 「序《ついで》に女の方へも一通《いつつう》書きませうか」
 「女も御存じなのですか」
 「ことによると知つてるかも知れません」と答へた田口は何だか意味のありさうに微笑した。
 「御差支さへなければ、御序《おついで》に一本書いて頂だいても宜しう御座います」と敬太郎も冗談半分に頼んだ。
 「まあ止した方が安全でせうね。貴方の樣な年の若い男を紹介して、もし間違でも出來ると責任問題だから。浪漫《ローマン》−何とか云ふぢやありませんか、貴方の樣な人の事を。私《わたし》や學問がないから、今頃|流行《はや》るハイカラな言葉を直《すぐ》忘れちまつて困るが、何とか云ひましたつけね、あの、小説家の使ふ言葉は。……」
 敬太郎はまさか夫《そり》や斯う云ふ言葉でせうと教へる氣にもなれなかつた。唯エヘヽと馬鹿見た樣に笑つてゐた。さうして長居をすればする程、段々|非道《ひど》く冷かされさうなので、心の内では、此一段落が付いたら、早く切り上げて歸らうと思つた。彼は田口の呉れた紹介状を懷に収めて、「では二三曰|内《うち》に是を持つて行つて參りませう。其模樣で又伺がふ事に致しますから」と云ひながら、柔かい座蒲團の上を滑り下りた。田口は「何うも御苦労でした」と叮嚀に挨拶した丈《だけ》で、ロマンチツクもコスメチツクも悉皆《すつかり》忘れてしまつたといふ顏付をして立ち上つた。
 敬太郎は歸り途に、今|會《あ》つた田口と、是から會《あ》はうといふ松本と、夫《それ》から松本を待ち合はした例の恰好《かつかう》の可《い》い女とを、合せたり離したりして頻りに其關係を考へた。さうして考へれば考へる程一歩|宛《づゝ》迷宮《メーズ》の奧に引き込まれる樣な面白味を感じた。今日《けふ》田口での獲物は松本といふ名前|丈《だけ》であるが、此名前が色々に錯綜《さくそう》した事實を自分の爲に締《し》め括《くゝ》つてゐる妙な嚢《ふくろ》の樣に彼には思へるので、其所から何が出るか分らない丈《だけ》夫《それ》丈《だけ》彼には樂みが多かつた。田口の説明によると、近寄|惡《にく》い人の樣にも聞こえるが、彼の見た所では田口より數倍話しが爲易《しやす》さうであつた。彼は今日《けふ》田口から得た印象のうちに、人を取扱ふ點に掛けて成程老練だといふ嘆美《たんび》の聲を見出《みいだ》した上、人物としても何處か偉さうに思はれる點が、時々彼の眼を射る樣にちら/\輝やいたにも拘《かゝ》はらず、其前に坐つてゐる間、彼は始終何物にか縛られて自由に動けない窮屈な感じを取り去る事が出來なかつた。絶えず監視の下《もと》に置かれた樣な此状態は、一時性のものでなくつて、幾何《いくら》面會の度數を重ねても、決して薄らぐ折はなからうと迄彼には見えた位である。彼は斯ういふ風に氣の置ける田口と反對の側に、何でも遠慮なく聞いて怒られさうにない、話し聲其物のうちに既に懷かし味の籠つた樣な松本を想像して已《や》まなかつた。
 
     八
 
 翌朝《よくあさ》早速支度をして松本に會ひに行かうと思つてゐると生憎《あいにく》寒い雨が降り出した。窓を細目に開けて高い三階から外を見渡した時分には、もう世の中が一面に濡れてゐた。屋根瓦に徹《とほ》る樣な佗《わ》びしい色をしばらく眺めてゐた敬太郎は、田口の紹介状を机の上に置いて、出やうか止さうかと一寸思案したが、早く會つて見たいといふ氣が強く起るので、とう/\机の前を離れた。さうして豆腐屋の喇叭《らつぱ》が、陰氣な空氣を割《さ》いて鋭どく往來に響く下の方へ降りて行つた。
 松本の家《うち》は矢來《やらい》なので、敬太郎は此間の晩狐に撮《つま》まれたと同じ思ひをした交番下の景色《けしき》を想像しつゝ、其所へ來ると、坂下と坂上が兩方共|二股《ふたまた》に割れて、勾配《こうばい》の付いた眞中|丈《だけ》がいびつに膨《ふく》れてゐるのを發見した。彼は寒い雨の袴の裾に吹き掛けるのも厭はずに足を留めて、あの晩車夫が梶棒《かぢぼう》を握つた儘立往生をしたのは此|邊《へん》だらうと思ふ所を見廻した。今日も同じ樣に雨がざあ/\落ちて、彼の踏んでゐる土は地下の鉛管迄腐れ込む程濡れてゐた。たゞ晝|丈《だけ》に周圍は暗いながらも明るいので、立ち留つた時の心持は此間とは丸《まる》で趣《おもむき》が違つてゐた。敬太郎は後《うしろ》の方に高く黒ずんでゐる目白臺《めじろだい》の森と、右手の奧に朦朧《もうろう》と重なり合つた水稻荷《みづいなり》の木立《こだち》を見て坂を上《あが》つた。それから同じ番地の家の何軒でもある矢來の中をぐる/\歩いた。始めのうちは小《ち》さい横町を右へ折れたり左へ曲つたり、濡れた枳殻《からたち》の垣を覗いたり、古い椿の生《お》ひ被《かぶ》さつてゐる墓地らしい構の前を通つたりしたが、松本の家は容易に見當らなかつた。仕舞に尋ねあぐんで、ある横町の角にある車屋を見付けて、其所の若い者に聞いたら、何でもない事の樣にすぐ教へて呉れた。
 松本の家は此車屋の筋向ふを這入つた突き當りの、竹垣に圍《かこ》はれた綺麗な住居《すまひ》であつた。門を潜《くゞ》ると子供が太鼓を鳴らしてゐる音が聞こえた。玄關へ掛つて案内を頼んでも其太鼓の音は毫《がう》も已《や》まなかつた。其代り四邊《あたり》は森閑《しんかん》として人の住んでゐる臭《にほひ》さへしなかつた。雨に鎖《とざ》された家《いへ》の奧から現はれた十六七の下女は、手を突いて紹介状を受取つたなり無言の儘引つ込んだが、少時《しばらく》してから又出て來て、「甚だ勝手を申し上げて濟みませんで御座いますが、雨の降らない日に御出《おいで》を願へますまいか」と云つた。今迄就職運動のため諸方へ行つて斷わられ付けてゐる敬太郎にも、此斷り方|丈《だけ》は不思議に聞こえた。彼は何故《なぜ》雨が降つては面會に差支へるのか直《すぐ》反問したくなつた。けれども下女に議論を仕掛けるのも一種變な場合なので、「ぢや御天氣の日に伺がへば御目に掛かれるんですね」と念晴《ねんばら》しに聞き直して見た。下女は唯「はい」と答へた丈《だけ》であつた。敬太郎は仕方なしに又雨の降る中へ出た。ざあと云ふ音が急に烈しく聞こえる中に、子供の鳴らす太鼓が未《ま》だどん/\と響いてゐた。彼は失來の坂を下《お》りながら變な男が有つたものだといふ觀念を數度《すど》繰り返した。田口が唯でさへ會《あ》ひ惡《にく》いと云つたのは、斯んな所を指すのではなからうかとも考へた。其日は家《うち》へ歸つても、氣分が中止の姿勢に餘儀なく据ゑ付けられた儘、何《ど》の方角へも進行出來ないのが苦痛になつた。久し振に須永の家《うち》へでも行つて、此間からの?末を茶話に半日を暮らさうかと考へたが、何うせ行くなら、今の仕事に一段落付けて、自分にも見當の立つた筋を吹聽《ふいちやう》するのでなくては話しばいもしないので、遂に行かず仕舞にしてしまつた。
 翌日《あくるひ》は昨日《きのふ》と打つて變つて好い天氣になつた。起き上る時、あらゆる濁《にごり》を雨の力で洗ひ落した樣に綺麗に輝やく蒼空《あをぞら》を、眩《まば》ゆさうに仰ぎ見た敬太郎は、今日《けふ》こそ松本に會へると喜こんだ。彼は此間の晩|行李《かうり》の後《うしろ》に隱して置いた例の洋杖《ステツキ》を取り出して、今日は一つ是を持つて行つて見ようと考がへた。彼はそれを突いて、又矢來の坂を上《あが》りながら、昨日の下女が今日も出て來て、折角ですが今日は御天氣過ぎますから、最少《もすこ》し曇つた日に御出《おいで》下さいましと云つたら何《ど》んなものだらうと想像した。
 
     九
 
 所が昨日《きのふ》と違つて、門を潜《くゞ》つても、子供の鳴らす太鼓の音は聞こえなかつた。玄關には此前目に着かなかつた衝立《ついたて》が立つてゐた。其|衝立《ついたて》には淡彩《たんさい》の鶴がたつた一羽|佇《たゝ》ずんでゐる丈《だけ》で、姿見の樣に細長い其|格好《かつかう》が、普通の寸法と違つてゐる意味で敬太郎の注意を促《うな》がした。取次には例の下女が現はれたには相違ないが、其|後《あと》から遠慮のない足音をどん/\立てゝ二人の小供が衝立《ついたて》の影迄來て、珍らしさうな顔をして敬太郎を眺めた。昨日に比べると是《これ》丈《だけ》の變化を認めた彼は、最後に何うぞといふ案内と共に、硝子戸《がらすど》の締まつてゐる座敷へ通つた。其眞中にある金魚鉢の樣に大きな瀬戸物の火鉢の兩側に、下女は座蒲團を一枚づゝ置いて、其一枚を敬太郎の席とした。其座蒲團は更紗《さらさ》の模樣を染めた眞丸の形をしたものなので、敬太郎は不思議さうに其上へ坐つた。床の間には刷毛《はけ》でがし/\と粗末《ぞんざい》に書いた樣な山水《さんすゐ》の軸が懸つてゐた。敬太郎は何處が樹で何處が巖《いは》だか見分の付かない畫《ゑ》を、輕蔑に値する裝飾品の如く眺めた。すると其隣りに銅鑼《どら》が下《さが》つてゐて、それを叩く棒迄添へてあるので、益《ます/\》變つた室《へや》だと思つた。
 すると間《あひ》の襖《ふすま》を開けて隣座敷から黒子《ほくろ》のある主人が出て來た。「能く御出《おいで》です」と云つたなり、すぐ敬太郎の鼻の先に坐つたが、其調子は決して愛嬌のある方ではなかつた。唯何處かおつとりして居るので、相手に餘り重きを置かない所が、却つて敬太郎に樂な心持を與へた。それで火鉢一つを境に、顔と顔を突き合はせながら、敬太郎は別段氣が詰る思もせずにゐられた。其上彼は此間の晩、慥《たし》かに自分の顔を此所の主人に覺えられたに違ないと思ひ込んでゐたにも拘はらず、今|會《あ》つて見ると、覺えて居るのだか、居ないのだか、平然としてそんな素振《そぶり》は、口にも色にも出さないので、彼は猶更《なほさら》氣兼の必要を感じなくなつた。最後に主人は昨日《きのふ》雨天のため面會を謝絶した理由も言譯も一言《ひとこと》も述べなかつた。述べ度くなかつたのか、述べなくつても構はないと認めてゐたのか、夫《それ》すら敬太郎には丸《まる》で判斷が付かなかつた。
 話は自然の順序として、紹介者になつた田口の事から始まつた。「貴方は是から田口に使つて貰はうといふのでしたね」といふのを冒頭に、主人は敬太郎の志望だの、卒業の成績だのを一通り聞いた。夫《それ》から彼の未《いま》だ甞《かつ》て考へた事もない、社會觀とか人生觀とかいふ小六《こむ》づかしい方面の間題を、時々持ち出して彼を苦しめた。彼は其時心のうちで、此松本といふ男は世に著はれない學者の一人なのではなからうかと疑ぐつた位、妙な理窟をちら/\と閃《ひら》めかされた。夫《それ》許《ばかり》でなく、松本は田口を捕《つら》まへて、役には立つが頭の成つてゐない男だと罵《のゝ》しつた。
 「第一《だいち》あゝ忙がしくしてゐちあ、頭の中に組織立つた考の出來る閑《ひま》がないから駄目です。彼奴《あいつ》の腦と來たら、年《ねん》が年中《ねんぢゆう》摺鉢《すりばち》の中で、擂木《すりこぎ》に攪《か》き廻されてる味噌見たやうなもんでね。あんまり活動し過ぎて、何の形にもならない」
 敬太郎には何故《なぜ》此主人が田口に對して斯う迄|惡體《あくたい》を吐《つ》くのか薩張《さつぱり》譯が分らなかつた。けれども彼の不思議に感じたのは、是程の激語を放つ主人の態度なり口調なりに、毫《がう》も毒々しい所だの、小惡《こにく》らしい點だのの見えない事であつた。彼の罵しる言葉は、人を罵しつた經驗を知らない樣な落付を具へた彼の聲を通して、敬太郎の耳に響くので、敬太郎も強く反抗する氣になれなかつた。たゞ一種變つた人だといふ感じが新たに刺戟を受ける丈《だけ》であつた。
 「夫《それ》でゐて、碁を打つ、謠《うたひ》を謠ふ。色々な事を遣る。尤も何《いづ》れも下手糞なんですが」
 「夫《それ》が餘裕のある證據ぢやないでせうか」
 「餘裕つて君。――僕は昨日《きのふ》雨が降るから天氣の好い日に來て呉れつて、貴方を斷わつたでせう。其譯は今云ふ必要もないが、何しろそんな我儘な斷わり方が世間にあると思ひますか。田口だつたら左《さ》う云ふ斷り方は決して出來ない。田口が好んで人に會ふのは何故《なぜ》だと云つて御覽。田口は世の中に求める所のある人だからです。つまり僕の樣な高等遊民《かうとういうみん》でないからです。いくら他《ひと》の感情を害したつて、困りやしないといふ餘裕がないからです」
 
     十
 
 「實は田口さんからは何にも伺がはずに參つたのですが、今御使ひになつた高等遊民《かうとういうみん》といふ言葉は本當の意味で御用ひなのですか」
 「文字通りの意味で僕は遊民《いうみん》ですよ。何故《なぜ》」
 松本は大きな火鉢の縁《ふち》へ兩肱を掛けて、其一方の先にある拳骨《げんこつ》を顎《あご》の支へにしながら敬太郎を見た。敬太郎は初對面の客を客と感じてゐないらしい此松本の樣子に、成程高等遊民の本色《ほんしよく》があるらしくも思つた。彼は烟草道樂と見えて、今日は大きな丸い雁首《がんくび》の付いた木製の西洋パイプを口から離さずに、時々思ひ出した樣な濃い烟を、まだ火の消えてゐない證據として、狼烟《のろし》の如くぱつ/\と揚げた。其烟が彼の顔の傍《そば》で何時《いつ》の間《ま》にか消えて行く具合が、何處にも締りを設ける必要を認めてゐないらしい彼の眼鼻と相待つて、今迄經驗した事のない一種静かな心持を敬太郎に與へた。彼は少し薄くなりかゝつた髪を、頭の眞中から左右へ分けてゐるので、平たい頭が猶《なほ》の事尋常に落ち付いて見えた。彼は又普通世間の人が着ない樣な茶色の無地の羽織を着て、同じ色の上足袋《うはたび》を白の上に重ねてゐた。其色がすぐ坊主の法衣《ころも》を聯想させる所が又變に特別な男らしく敬太郎の眼に映つた。自分で高等遊民だと名乘るものに會つたのは是が始めてではあるが、松本の風采なり態度なりが、如何にもさう云ふ階級の代表者らしい感じを、少し不意を打たれた氣味の敬太郎に投げ込んだのは事實であつた。
 「失禮ながら御家族は大勢で入らつしやいますか」
 敬太郎は自《みづ》から高等遊民と稱する人に對して、何ういふ譯か先づ斯ういふ問が掛けて見たかつた。すると松本は「えゝ子供が澤山ゐます」と答へて、敬太郎の忘れ掛つてゐたパイプからぱつと烟を出した。
 「奧さんは……」
 「妻《さい》は無論居ます。何故ですか」
  敬太郎は取り返しの付かない愚《ぐ》な問を出して、始末に行かなくなつたのを後悔した。相手が夫《それ》程《ほど》感情を害した樣子を見せないにしろ、不思議さうに自分の顔を眺めて、解決を豫期してゐる以上は、何とか云はなければ濟まない場合になつた。
 「貴方の樣な方が、普通の人間と同じ樣に、家庭的に暮して行く事が出來るかと思つて一寸伺つた迄です」
 「僕が家庭的に……。何故。高等遊民だからですか」
 「さう云ふ譯でも無いんですが、何だかそんな心持がしたから一寸伺がつたのです」
 「高等遊民は田口などよりも家庭的なものですよ」
 敬太郎はもう何も云ふ事がなくなつて仕舞つた。彼の頭腦の中では、返事に行き詰まつた困却と、此所で問題を變へやうとする努力と、これを緒口《いとくち》に、革の手袋を穿《は》めた女の關係を確かめたい希望が三つ一所に働らくので、元から夫《それ》程《ほど》秩序の立つてゐない彼の思想に猶更《なほさら》暗い影を投げた。けれども松本はそんな事に丸《まる》で注意しない風で、困つた敬大郎の顔を平氣に眺めてゐた。若し是が田口であつたなら手際よく相手を打ち据ゑる代りに、打ち据ゑるとすぐ向ふから局面を變へて呉れて、相手に見苦るしい立ち往生などは決してさせない鮮やかな腕を有《も》つてゐるのにと敬太郎は思つた。氣は置けないが、人を取扱かふ點に於て、全く冴えた熟練を缺いてゐる松本の前で、敬太郎は圖らず二人の相違を認めた樣な氣がしてゐると、松本は偶然「貴方は左《さ》ういふ問題を考へて見た事がないやうですね」と聞いて呉れた。
 「えゝ丸《まる》で考へて居ません」
 「考へる必要は有りませんね。一人で下宿してゐる以上は。けれども幾何《いくら》一人だつて、廣い意味での男對女の問題は考へるでせう」
 「考へると云ふより寧ろ興味があるといつた方が適當かも知れません。興味なら無論有ります」
 
     十一
 
 二人は人間として誰しも利害を感ずる此問題に就いて暫時《しばらく》話した。けれども年齒《とし》の違だか段の違だか、松本の云ふ事は肝心の肉を拔いた骨組|丈《だけ》を並べて見せる樣で、敬太郎の血の中迄這入り込んで來て、共に流れなければ已《や》まない程の切實な勢を丸《まる》で持つてゐなかつた。其代り敬太郎の秩序立たない斷片的の言葉も口を出るとすぐ熱を失つて、少しも松本の胸に徹《とほ》らないらしかつた。
 斯んな縁遠い話をしてゐる中《うち》で、たゞ一つ敬太郎の耳に新らしく響いたのは、露西亞《ろしや》の文學者のゴーリキとかいふ人が、自分の主張する社會主義とかを實行する上に、資金の必要を感じて、それを調達《てうだつ》のため細君同伴で亞米利加《アメリカ》へ渡つた時の話であつた。其時ゴーリキは大變な人氣を一身に集めて、招待やら驩迎《くわんげい》やらに忙殺される程の景氣のうちに、自分の目的を苦もなく着々と進行させつゝあつた。所が彼の本國から伴《つ》れて來た細君といふのが、本當の細君でなくて單に彼の情婦に過ぎないといふ事實が何處からか曝露《ばくろ》した。すると今迄狂熱に達してゐた彼の名聲が、忽ちどさりと落ちて、廣い新大陸に誰一人として彼と握手するものが無くなつて仕舞つたので、ゴーリキは已《や》むを得ず其儘|亞米利加《アメリカ》を去つた。といふのが筋であつた。
 「露西亞《ロシヤ》と亞米利加《アメリカ》では是《これ》丈《だけ》男女關係《なんによくわんけい》の解釋が違ふんです。ゴーリキの遣口《やりくち》は露西亞《ロシヤ》なら殆んど問題にならない位些細な事件なんでせうがね。下らない」と松本は全く下らなさうな顏をした。
 「日本は何方《どつち》でせう」と敬太郎は聞いて見た。
 「まあ露西亞派《ロシヤは》でせうね。僕は露西亞派《ロシヤは》で澤山だ」
と云つて、松本は又|狼烟《のろし》の樣な濃い烟をぱつと口から吐いた。
 此所迄來て見ると、此間の女の事を尋ねるのが敬太郎に取つて少しも苦にならない樣な氣がし出した。
 「先達《せんだつ》ての晩神田の洋食店で私は貴方に御目に懸つたと思ふんですが」
 「えゝ會ひましたね。よく覺えてゐます。夫《それ》から歸りにも電車の中で會つたぢやありませんか。君も江戸川迄乘つた樣だが、あすこいらに下宿でもしてゐるんですか。あの晩は雨が降つて困つたでせう」
 松本は果して敬太郎を記憶してゐた。夫《それ》を初めから口に出すでもなく、今になつて漸やく氣が付いた振をするでもなく、話しても可《よ》し話さないでも可《よ》しと云つた風の態度が、無邪氣から出るのか、度胸から出るのか、又は鷹揚《おうやう》な彼の生れ付から出るのか、敬太郎には一寸判斷しかねた。
 「御伴《おつれ》が御有《おあり》の樣でしたが」
 「えゝ別嬪《べつぴん》を一人|伴《つ》れてゐました。貴方は慥《たし》か一人でしたね」
 「一人です。貴方も御歸りには御一人ぢやなかつたですか」
 「左《さ》うです」
 一寸はき/\進んだ問答は此所へ來てぴたりと留つて仕舞つた。松本が又女の事を云ひ出すかと思つて待つてゐると、「貴方の下宿は牛込ですか、小石川ですか」と丸《まる》で無關係の問を敬太郎は掛けられた。
 「本郷です」
 松本は腑に落ちない顔をして敬太郎を見た。本郷に住んでゐる彼が、何故《なぜ》江戸川の終點迄乘つたのか、其説明を聞きたいと云はぬ許《ばかり》の松本の眼付を見た時、敬太郎は面倒だから此所で一つ心持よく萬事を打ち明けて仕舞はうと決心した。もし怒《おこ》られたら、詫《あや》まる丈《だけ》で、詫《あや》まつて聞かれなければ、御辭儀を叮嚀にして歸れば好からうと覺悟を極めた。
 「實は貴方の後《あと》を跟《つ》けてわざ/\江戸川迄來たのです」と云つて松本の顔を見ると、案外にも豫期した程の變化も起らないので、敬太郎は先づ安心した。
 「何の爲に」と松本は殆んど何時《いつ》もの樣な緩《ゆる》い口調で聞き返した。
 「人から頼まれたのです」
 「頼まれた? 誰に」
 松本は始めて、少し驚いた聲の中《うち》に、並より強いアクセントを置いて、斯う聞いた。
 
      十二
 
 「實は田口さんに頼まれたのです」
 「田口とは。田口要作《たぐちえうさく》ですか」
 「左《さ》うです」
 「だつて君はわざ/\田口の紹介状を持つて僕に會ひに來たんぢやありませんか」
 斯う一句々々問ひ詰められて行くよりは、自分の方で一と思ひに今迄の經過を話して仕舞ふ方が樂な氣がするので、敬太郎は田口の速達便を受取つて、すぐ小川町の停留所へ見張に出た冒險の第一節目から始めて、電車が江戸川の終點に着いた後の雨の中の立往生に至る迄の?末を包まず打ち明けた。固《もと》よりたゞ筋の通る丈《だけ》を目的に、誇張は無論|布衍《ふえん》の煩はしさも出來る限り避けたので、時間が夫《それ》程《ほど》掛らなかつた所爲《せゐ》か、松本は話の進行してゐる間一口も敬太郎を遮《さへ》ぎらなかつた。話が濟んでからも、直《すぐ》とは聲を出す樣子は見えなかつた。敬太郎は主人の此沈黙を、感情を害した結果ではなからうかと推察して、怒《おこ》り出されないうちに早く詫《あや》まるに越した事はないと思ひ定めた。すると主人の方から突然口を利き始めた。
 「どうも怪《け》しからん奴だね、あの田口といふ男は。夫《それ》に使はれる君も亦君だ。餘つ程の馬鹿だね」
 斯ういつた主人の顔を見ると、呆《あき》れ返つてゐる風は誰の目にも着くが、怒氣を帶びた樣子は比較的何處にも表はれてゐないので、敬太郎は寧ろ安心した。此際馬鹿と呼ばれる位の事は、彼に取つて何でもなかつたのである。
 「何うも惡い事をしました」
 「詫まつて貰ひたくも何ともない。只君が御氣の毒だから云ふのですよ。あんな者に使はれて」
 「それ程惡い人なんですか」
 「一體何の必要があつて、そんな愚《ぐ》な事を引き受けたのです」
 物數奇から引き受けたといふ言葉は、此場合何うしても敬太郎の口へは出て來なかつた。彼は已《や》むを得ず、衣食問題の必要上何うしても田口に頼《たよ》らなければならない事情があるので、面白くないとは知りながら、つい承諾したのだといふ風な答をした。
 「衣食に困るなら仕方がないが、もう止した方が可《い》いですよ。餘計な事ぢやありませんか、寒いのに雨に降られて人の後《あと》を跟《つ》けるなんて」
 「私も少し懲《こ》りました。是からはもう遣らない積《つもり》です」
 此述懷を聞いた松本は何とも云はず、たゞ苦笑ひをしてゐた。それが敬太郎には輕蔑の意味にも憐愍《れんみん》の意昧にも取れるので、彼は何《いづ》れにしても甚だ肩身の狹い思をした。
 「貴方は僕に對して濟まん事をした樣な風をしてゐるが、實際|左《さ》うなのですか」
 根本義に溯《さかの》ぼつたら夫《それ》程《ほど》に感じてゐない敬大郎も斯う聞かれると、行掛り上|左《さ》うだと思はざるを得なかつた。又さう答へざるを得なかつた。
 「ぢや田口へ行つてね。此間僕の伴れてゐた若い女は高等淫賣《かうとういんばい》だつて、僕自身がさう保證したと云つて呉れ玉へ」
 「本當にさういふ種類の女なんですか」
 敬太郎は一寸驚ろかされた顏をして斯う聞いた。
 「まあ何でも好いから、高等淫賣《かうとういんばい》だと云つて呉れ玉へ」
 「はあ」
 「はあぢや不可《いけ》ない、慥《たし》かに左《さ》う云はなくつちや。云へますか、君」
 敬太郎は現代に教育された青年の一人として、斯ういふ意味の言葉を、年長者の前で口にする無遠慮を憚《はゞ》かる程の男ではなかつた。けれども松本が強ひて此四字を田口の耳へ押し込まうとする奧底には、何か不愉快な或物が潜んでゐるらしく思はれるので、さう輕々しい調子で引き受ける氣も起らなかつた。彼が挨拶に困つて六づかしい顏をしてゐると、それを見た松本は、「何、君心配しないでも可《い》いですよ。相手が田口だもの」と云つたが、暫らくして漸《やつ》と氣が付いた樣に、「君は僕と田口との關係をまだ知らないんでしたね」と聞いた。敬太郎は「まだ何にも知りません」と答へた。
 
     十三
 
 「其關係を話すと、君が田口に向つてあの女の事を高等淫賣だと云ふ勇氣が出惡《でにく》くなる丈《だけ》だから詰り僕には損になるんだが、何時《いつ》迄罪もない君を馬鹿にするのも氣の毒だから、聞かして上げやう」
 斯ういふ前置を置いた上、松本は田口と自分が社會的に何う交渉してゐるかを説明して呉れた。其説明は最も簡單に濟む丈《だけ》に最も敬太郎を驚ろかした。それを一言でいふと、田口と松本は近い親類の間柄だつたのである。松本に二人の姉があつて、一人が須永の母、一人が田口の細君、といふ互の縁續きを始めて呑み込んだ時、敬太郎は、田口の義弟に當る松本が、叔父といふ資格で、彼の娘と時間を極めて停留所で待ち合はした上、ある料理店で會食したといふ事實を、世間の出來事のうちで最も平凡を極めたものゝ一つの樣に見た。それを込み入つた文《あや》でも隱してゐるやうに、一生懸命に自分の燃やした陽炎《かげろふ》を散らつかせながら、後《あと》を追掛《おつか》けて歩いたのが、左《さ》も/\馬鹿/\しくなつて來た。
 「御孃さんは何で又|彼處《あすこ》迄|出張《でば》つてゐたんですか。たゞ私を釣る爲なんですか」
 「何須永へ行つた歸りなんです。僕が田口で話してゐると、彼《あ》の子が電話を掛けて、四時半頃|彼所《あすこ》で待ち合せてゐるから、一寸歸りに降りて呉れといふんです。面倒だから止さうと思つたけれども、是非何とか蚊とかいふから、降りた所がね。今朝御父さんから聞いたら、叔父さんが御歳暮に指環《ゆびわ》を買つて遣ると云つてゐたから、停留所で待ち伏せをして、逃《にが》さない樣に一所に行つて買つて貰へと云はれたから先刻《さつき》から此所で待つてゐたんだつて、人の知りもしないのに、一人で勝手な請求を持ち出して中々動かない。仕方がないから、まあ西洋料理位で胡麻化《ごまか》して置かうと思つて、とう/\寶亭へ連れ込んだんです。――實に田口といふ男は箆棒《べらぼう》だね。わざ/\夫《それ》程《ほど》の手數《てかず》を掛けて、何もそんな下らない眞似をするにも當らないぢやないか。騙《だま》された君よりも餘つ程田口の方が箆棒《べらぼう》ですよ」
 敬太郎には騙された自分の方が遙かに愚物《ぐぶつ》に思はれた。さうと知つたら、探偵の結果を報告する時にも、もう少しは手加減が出來たものをと、自《おのづ》から赧《あか》い顔もしなければならなかつた。
 「貴方は丸《まる》で御承知ない事なんですね」
 「知るものかね、君。いくら高等遊民だつて、そんな暇の出る筈がないぢやありませんか」
 「御孃さんは何うでせう。多分御存じなんだらうと思ひますが」
 「左《さ》うさ」と云つて松本はしばらく思案してゐたが、やがて判切《はつきり》した口調で、「いや知るまい」と斷言した。「あの箆棒《べらぼう》の田口に、一つ取柄《とりえ》があると云へば云はれるのだが、彼《あ》の男はね、幾何《いくら》惡戯《いたづら》をしても、其|惡戯《いたづら》をされた當人が、もう少しで恥を掻きさうな際《きは》どい時になると、ぴたりと留めて仕舞ふか、又は自分が其場へ出て來て、當人の體面に拘はらない内に綺麗に始末を付ける。其所へ行くと箆棒《べらぼう》には違ないが感心な所があります。つまり遣方《やりかた》は惡辣《あくらつ》でも、結末には妙に温かい情《なさけ》の籠つた人間らしい點を見せて來るんです。今度の事でも恐らく自分一人で呑み込んでゐる丈《だけ》でせう。君が僕の家《うち》へ來なかつたら、僕は屹度《きつと》此事件を知らずに濟むんだつたらう。自分の娘にだつて、君の馬鹿を證明する樣な策略《さくりやく》を、始めから吹聽《ふいちやう》する程無慈悲な男ぢやない。だから序《ついで》に惡戯《いたづら》も止せば可《い》いんだがね、夫《それ》が何うしても止せない所が、要するに箆棒《べらぼう》です」
 田口の性格に對する松本の斯ういふ批評を黙つて聞いてゐた敬太郎は、自分の馬鹿な振舞《ふるまひ》を顧みる後悔よりも、自分を馬鹿にした責任者を怨《うら》むよりも、寧ろ惡戯《いたづら》をした田口を頼もしいと思ふ心が、わが胸の裏《うち》で一番勝を制したのを自覺した。が、果して左《さ》ういふ人ならば、何故《なぜ》彼の前に出て話をしてゐる間に、あんな窮屈な感じが起るのだらうといふ不審も自《おの》づと萌《きざ》さない譯に行かなかつた。
 「貴方の御話で大分《だいぶ》田口さんが解つて來た樣ですが、私はあの方《かた》の前へ出ると、何だか氣が落ち付かなくつて變に苦しいです」
 「夫《そり》や向ふでも君に氣を許さないからさ」
 
     十四
 
 斯う云はれて見ると、田口が自分に氣を許してゐない眼遣《めづかひ》やら言葉付やらがあり/\と敬太郎の胸に、疑もない記憶として讀まれた。けれども田口程の老巧のものに、何で學校を出た許《ばかり》の青臭い自分が、夫《それ》程《ほど》苦になるのか、敬太郎は全く合點が行かなかつた。彼は見た通りの儘の自分で、誰の前へ出ても通用するものと今迄固く己《おの》れを信じてゐたのである。彼はたゞ斯樣な青年として、他《ひと》に憚《はゞ》かられたり氣を置かれたりする資格さへない樣に自分を見縊《みくび》つてゐた丈《だけ》に、經驗の程度の違ふ年長者から、自分の思はくと違ふ待遇を受けるのを寧ろ不思議に考へ出した。
 「私はそんな裏表のある人間と見えますかね」
 「何うだか、そんな細かい事は初めて會つた丈《だけ》ぢや分らないですよ。然し有つても無くつても、僕の君に對する待遇には一向關係がないから可《い》いぢやありませんか」
 「けれども田口さんから左《さ》う思はれちや……」
 「田口は君だから左《さ》う思ふんぢやない、誰を見ても左《さ》う思ふんだから仕方がないさ。あゝして長い間人を使つてるうちには、大分《だいぶ》騙《だま》されなくつちやならないからね。偶《たま》に自然其儘の美くしい人間が自分の前に現はれて來ても、矢つ張り氣が許せないんです。夫《それ》があゝ云ふ人の因果だと思へば夫《それ》で好いぢやないか。田口は僕の義兄だから、斯う云ふと變に聞えるが、本來は美質なんです。決して惡い男ぢやない。唯あゝして何年となく事業の成功といふ事|丈《だけ》を重に眼中に置いて、世の中と闘かつてゐるものだから、人間の見方が妙に片寄つて、此奴《こいつ》は役に立つだらうかとか、此奴《こいつ》は安心して使へるだらうかとか、まあそんな事ばかり考へてゐるんだね。あゝなると女に惚れられても、是《こり》や自分に惚れたんだらうか、自分の持つてゐる金に惚れたんだらうか、直《すぐ》其所を疑ぐらなくつちや居られなくなるんです。美人でさへ左《さ》うなんだから君見たいな野郎が窮屈な取扱を受けるのは當然だと思はなくつちや不可《いけ》ない。其所が田口の田口たる所なんだから」
 敬太郎は此批評で田口といふ男が自分にも判切《はつきり》呑み込めた樣な氣がした。けれども斯ういふ風に一々彼を肯《うけが》はせる程の判斷を、彼の頭に鐵椎《てつつゐ》で叩き込む樣に入れて呉れる松本は抑《そも/\》何者だらうか、其點になると敬太郎は依然として茫漠《ばうばく》たる雲に對する思があつた。批評に上《のぼ》らない前の田口でさへ、此男よりは却つて活きた人間らしい氣がした。
 同じ松本に就いて見ても、此間の晩神田の洋食屋で、田口の娘を相手にして珊瑚樹《さんごじゆ》の珠が何うしたとか斯うしたとか云つてゐた時の方が、餘つ程活きて動いてゐた。今彼の前に坐つてゐるのは、大きなパイプを銜《くは》へた木像の靈が、口を利くと同じ樣な感じを敬太郎に與へる丈《だけ》なので、彼はたゞ其人の本體を髣髴《はうふつ》するに苦しむに過ぎなかつた。彼が一方では明瞭な松本の批評に心服しながら、一方では松本の何者なるかを斯ういふ風に考へつゝ、自分は頭腦の惡い、直覺の鈍い、世間並以下の人物ぢやあるまいかと疑り始めた時、此漠然たる松本が又口を開いた。
 「夫《それ》でも田口が箆棒《べらぼう》を遣つて呉れた爲め、君は却《かへ》つて仕合《しあはせ》をした樣なものですね」
 「何故《なぜ》ですか」
 「屹度《きつと》何か位置を拵らへて呉れますよ。是なりで放《はふ》つて置きや田口でも何でもありやしない。夫《それ》は責任を持つて受合つて上げても宜《い》い。が、詰らないのは僕だ。全く探偵のされ損だから」
 二人は顔を見合せて笑つた。敬太郎が丸い更紗《さらさ》の座蒲團の上から立ち上がつた時、主人はわざ/\玄關迄送つて出た。其所に飾つてあつた墨繪の鶴の衝立《ついたて》の前に、瘠せた高い身體をしばらく佇《たゝ》ずまして、靴を穿《は》く敬太郎の後姿を眺めてゐたが、「妙な洋杖《ステツキ》を持つてゐますね。一寸拜見」と云つた。さうして夫《それ》を敬太郎の手から受取つて、「へえ、蛇の頭だね。中々旨く刻《ほ》つてある。買つたんですか」と聞いた。「いえ素人《しろうと》が刻つたのを貰つたんです」と答へた敬太郎は、夫《それ》を振りながら又矢來の坂を江戸川の方へ下《くだ》つた。
 
  雨の降る日
 
 雨の降る日に面會を謝絶した松本の理由は、遂に當人の口から聞く機會を得ずに久しく過ぎた。敬太郎も其内に取り紛れて忘れて仕舞つた。不圖それを耳にしたのは、彼が田口の世話で、ある地位を得たのを縁故に、遠慮なく同家へ出入《しゆつにふ》の出來る身になつてからの事である。其時分の彼の頭には、停留所の經驗が既に新らしい匂ひを失ひ掛けてゐた。彼は時々須永から其話を持ち出されては苦笑するに過ぎなかつた。須永はよく彼に向つて、何故《なぜ》其前に僕の所へ來て打ち明けなかつたのだと詰問した。内幸町の叔父が人を擔《かつ》ぐ位の事は、母から聞いて知つて居る筈だのにと窘《たし》なめる事もあつた。仕舞には、君があんまり色氣が有り過ぎるからだと調戯《からか》ひ出した。敬太郎は其度に「馬鹿云へ」で通してゐたが、心の内では毎《いつ》も、須永の門前で見た後姿の女を思ひ出した。其女が取も直さず停留所の女であつた事も思ひ出した。さうして何處か遠くの方で氣恥かしい心持がした。其女の名が千代子《ちよこ》で、其妹の名が百代子《もゝよこ》である事も、今の敬太郎には珍らしい報知ではなかつた。
 彼が松本に會つて、凡《すべ》て内幕の消息を聞かされた後《あと》田口へ顔を出すのは多少極りの惡い思をする丈《だけ》であつたに拘はらず、顔を出さなければ締め括りが付かないといふ行き掛りから、笑はれるのを覺悟の前で、又田口の門を潜《くゞ》つた時、田口は果して大きな聲を出して笑つた。けれども其笑の中《うち》には己《おの》れの機略に誇る高慢の響よりも、迷つた人を本來の路に返して遣つた喜びの勝利が聞こえてゐるのだと敬太郎には解釋された。田口は其時訓戒の爲だとか教育の方法だとかいつた風の、恩に着せた言葉を一切使はなかつた。たゞ惡意でした譯でないから、怒《おこ》つては不可《いけ》ないと斷わつて、すぐ其場で相當の位置を拵らへて呉れる約束をした。それから手を鳴らして、停留所に松本を待ち合はせてゐた方の姉娘を呼んで、是が私《わたし》の娘だとわざ/\紹介した。さうして此《この》方《かた》は市《いつ》さんの御友達だよと云つて敬太郎を娘に教へてゐた。娘は何で斯ういふ人に引き合されるのか、一寸|解《かい》しかねた風をしながら、極めて餘所《よそ》/\しく叮嚀な挨拶をした。敬太郎が千代子といふ名を覚えたのは其時の事であつた。
 是が田口の家庭に接觸した始めての機會になつて、敬太郎は其《その》後《ご》も用事なり訪問なりに縁を藉《か》りて、同じ人の門を潜《くゞ》る事が多くなつた。時々は玄關脇の書生部屋へ這入つて、甞て電話で口を利き合つた事のある書生と世間話さへした。奧へも無論通る必要が生じて來た。細君に呼ばれて内向《うちむき》の用を足す場合もあつた。中學校へ行く長男から英語の質問を受けて窮する事も稀ではなかつた。出入《でいり》の度數が斯う重なるにつれて、敬太郎が二人の娘に接近する機會も自然多くなつて來たが、一種|間《ま》の延びた彼の調子と、比較的引き締つた田口の家風と、差向ひで坐る時間の缺乏とが、容易に打ち解け難い境遇に彼等を置き去りにした。彼等の間に取り換はされた言葉は、無論形式|丈《だけ》を重んずる堅苦しいものではなかつたが、大抵は五分と掛からない當用に過ぎないので、親しみは夫《それ》程《ほど》出る暇がなかつた。彼等が公然と膝を突き合はせて、例になく長い時間を、遠慮の交《まじ》らない談話に更《ふ》かしたのは、正月|半《なか》ばの歌留多會の折であつた。其時敬太郎は千代子から、貴方隨分|鈍《のろ》いのねと云はれた。百代子からは、妾《あたし》貴方と組むのは厭よ、負けるに極まつてるからと怒《おこ》られた。
 夫《それ》から又一ケ月程經つて、梅の音信《たより》の新聞に出る頃、敬太郎はある日曜の午後を、久し振に須永の二階で暮した時、偶然遊びに來てゐた千代子に出逢つた。三人して夫《それ》から夫《それ》へと纒まらない話を續けて行くうちに、不圖松本の評判が千代子の口に上《のぼ》つた。
 「あの叔父さんも隨分變つてるのね。雨が降ると一しきり能く御客を斷わつた事があつてよ。今でも左《さ》うか知ら」
 
     二
 
 「實は僕も雨の降る日に行つて斷られた一人《いちにん》なんだが……」と敬太郎が云ひ出した時、須永と千代子は申し合せた樣に笑ひ出した。
 「君も隨分運の惡い男だね。大方例の洋杖《ステツキ》を持つて行かなかつたんだらう」と須永は調戯《からか》ひ始めた。
 「だつて無理だわ、雨の降る日に洋杖《ステツキ》なんか持つて行けつたつて。ねえ田川さん」
 此|理攻《りぜ》めの辯護を聞いて、敬太郎も苦笑した。
 「一體田川さんの洋杖《ステツキ》つて、何《ど》んな洋杖《ステツキ》なの。妾《わたし》一寸見たいわ。見せて頂戴、ね、田川さん。下へ行つて見て來ても好くつて」
 「今日は持つて來ません」
 「何故《なぜ》持つて來ないの。今日は貴方|夫《それ》でも好い御天氣よ」
 「大事な洋杖《ステツキ》だから、いくら好い御天氣でも、只の日には持つて出ないんだとさ」
 「本當?」
 「まあ其んなものです」
 「ぢや旗日《はたび》に丈《だけ》突いて出るの」
 敬太郎は一人で二人に當つてゐるのが少し苦しくなつた。此次内幸町へ行く時は、屹度《きつと》持つて行つて見せるといふ約束をして漸く千代子の追窮を逃《のが》れた。其代り千代子から何故《なぜ》松本が雨の降る日に面會を謝絶したかの源因を話して貰ふ事にした。――
 夫《それ》は珍らしく秋の日の曇つた十一月のある午過《ひるすぎ》であつた。千代子は松本の好きな雲丹《うに》を母から言付《ことづ》かつて矢來へ持つて來た。久し振に遊んで行かうか知らと云つて、わざ/\乘つて來た車迄返して、緩《ゆつ》くり腰を落ち付けた。松本には十三になる女を頭《かしら》に、男、女、男と互違《たがひちがひ》に順序よく四人の子が揃つてゐた。是等は皆二つ違ひに生れて、何《いづ》れも世間並に成長しつゝあつた。家庭に華《はな》やかな匂を着ける此生き/\した裝飾物の外に、松本夫婦は取つて二つになる宵子《よひこ》を、指環に嵌《は》めた眞珠の樣に大事に抱《だ》いて離さなかつた。彼女は眞珠の樣に透明な青白い皮膚と、漆の樣に濃い大きな眼を有《も》つて、前の年の雛の節句の前の宵に松本夫婦の手に落ちたのである。千代子は五人のうちで、一番この子を可愛《かはい》がつてゐた。來る度《たん》びに屹度《きつと》何か玩具《おもちや》を買つて來て遣つた。或時は餘り多量に甘《あま》いものを當《あて》がつて叔母から怒《おこ》られた事さへある。すると千代子は、大事さうに宵子を抱いて縁側へ出て、ねえ宵子さんと云つては、わざと二人の親しい樣子を叔母に見せた。叔母は笑ひながら、何だね喧嘩でもしやしまいしと云つた。松本は、御前そんなに宵子が好きなら御祝ひの代りに上げるから、嫁に行くとき持つて御出《おいで》と調戯《からか》つた。
 其日も千代子は坐ると直《すぐ》宵子を相手にして遊び始めた。宵子は生れてからついぞ月代《さかやき》を剃《そ》つた事がないので、頭の毛が非常に細く柔かに延びてゐた。さうして皮膚の青白い所爲《せゐ》か、其髪の色が日光に照らされると、潤澤《うるほひ》の多い紫を含んでぴか/\縮れ上つてゐた。「宵子さんかん/\結《い》つて上げませう」と云つて、千代子は鄭寧に其|縮《ちゞ》れ毛《げ》に櫛《くし》を入れた。それから乏しい片鬢《かたびん》を一束|割《さ》いて、其根元に赤いリボンを括《くゝ》り付けた。宵子の頭は御供《おそなへ》の樣に平らに丸く開いてゐた。彼女は短かい手をやつと其|御供《おそなへ》の片隅へ乘せて、リボンの端《はじ》を抑えながら、母のゐる所迄よた/\歩いて來て、イボン/\と云つた。母があゝ好くかん/\が結《い》へましたねと賞めると、千代子は嬉しさうに笑ひながら、子供の後姿を眺めて、今度は御父さんの所へ行つて見せて入らつしやいと指圖《さしづ》した。宵子は又足元の危ない歩き付をして、松本の書齋の入口迄來て、四《よ》つ這《ばひ》になつた。彼女が父に禮をするときには必ず四つ這になるのが例であつた。彼女は其所で自分の尻を出來る丈《だけ》高く上げて、御供《おそなへ》の樣な頭を敷居から二三寸の所迄下げて、又イボン/\と云つた。書見を一寸|已《や》めた松本が、あゝ好い頭だね、誰に結《い》つて貰つたのと聞くと、宵子は頸を下げた儘、ちい/\と答へた。ちい/\と云ふのは、舌の廻らない彼女の千代子を呼ぶ常の符徴《ふちやう》であつた。後《うしろ》に立つて見てゐた千代子は小《ち》さい唇から出る自分の名前を聞いて、又嬉しさうに大きな聲で笑つた。
 
     三
 
 其内子供がみんな學校から歸つて來たので、今迄赤いリボンに占領されてゐた家庭が、急に幾色かの華やかさを加へた。幼稚園へ行く七つになる男の子が、巴《ともゑ》の紋の付いた陣太鼓《ぢんだいこ》の樣なものを持つて來て、宵子さん叩かして上げるから御出《おいで》と連れて行つた。其時千代子は巾着《きんちやく》の樣な恰好《かつかう》をした赤い毛織の足袋が廊下を動いて行く影を見詰めてゐた。其足袋の紐の先には丸い房が付いてゐて、それが小《ち》いさな足を運ぶ度にぱつ/\と飛んだ。
 「あの足袋は慥《たしか》御前が編んで遣つたのだつたね」
 「えゝ可愛《かはい》らしいわね」
 千代子は其所へ坐つて、しばらく叔父と話してゐた。
其うちに曇つた空から淋しい雨が落ち出したと思ふと、それが見る/\音を立てゝ、空坊主《からばうず》になつた梧桐《ごとう》をしたゝか濡らし始めた。松本も千代子も申し合せた樣に、硝子越《がらすごし》の雨の色を眺めて、手焙《てあぶり》に手を翳《かざ》した。
 「芭蕉《ばせう》があるもんだから餘計音がするのね」
 「芭蕉は能く持つものだよ。此間から今日は枯れるか、今日は枯れるかと思つて、毎日斯うして見てゐるが中々枯れない。山茶花《さゞんくわ》が散つて、青桐《あをぎり》が裸になつても、まだ青いんだからなあ」
 「妙な事に感心するのね。だから恒三《つねざう》は閑人《ひまじん》だつて云はれるのよ」
 「其代り御前の御父さんには芭蕉の研究なんか死ぬ迄出來つこない」
 「爲《し》たかないわ、そんな研究なんか。だけど叔父さんは内の御父さんよりか全く學者ね。妾《わたし》本當に敬服してゝよ」
 「生意氣《なまいき》云ふな」
 「あら本當よ貴方。だつて何を聞いても知つてるんですもの」
 二人が斯んな話をしてゐると、只今|此《この》方《かた》が御見えになりましたと云つて、下女が一通の紹介状の樣なものを持つて來て松本に渡した。松本は「千代子待つて御出《おいで》。今に又面白い事を教へて遣るから」と笑ひながら立ち上つた。
 「厭よ又|此間《こなひだ》見たいに、西洋烟草の名なんか澤山覺えさせちや」
 松本は何にも答へずに客間の方へ出て行つた。千代子も茶の間へ取つて返した。其所には雨に降り込められた空の光を補なふため、もう電氣燈が點《とも》つてゐた。
 臺所では既に夕飯《ゆふめし》の支度を始めたと見えて、瓦斯七輪《ガスしちりん》が二つとも忙がしく青い?を吐いてゐた。やがて小供は大きな食卓に二人づゝ向ひ合せに坐つた。宵子|丈《だけ》は別に下女が付いて食事をするのが例になつてゐるので、此晩は千代子が其役を引受けた。彼女は小《ち》さい朱塗の椀と小皿に盛つた魚肉とを盆の上に載せて、横手にある六疊へ宵子を連れ込んだ。其所は家《うち》のものゝ着更《きがへ》をする爲に多く用ひられる室《へや》なので、箪笥《たんす》が二つと姿見が一つ、壁から飛び出した樣に据ゑてあつた。千代子は其姿見の前に玩具の樣な椀と茶碗を載せた盆を置いた。
 「さあ宵子さん、まんまよ。御待遠さま」
 千代子が粥《かゆ》を一匙《ひとさじ》宛《づゝ》掬《すく》つて口へ入れて遣る度に、宵子は旨《おい》しい/\だの、頂戴/\だの色々な藝を強ひられた。仕舞に自分一人で食べると云つて、千代子の手から匙を受け取つた時、彼女は又|丹念《たんねん》に匙の持ち方を教へた。宵子は固《もと》より極めて短かい單語より外に發音出來なかつた。さう持つのではないと叱られると、屹度《きつと》御供《おそなへ》の樣な平たい頭を傾《かし》げて、斯《か》う? 斯《か》う? と聞き直した。それを千代子が面白がつて、何遍も繰り返さしてゐるうちに、何時《いつ》もの通り斯《か》う? と半分言ひ懸けて、心持横にした大きな眼で千代子を見上げた時、突然右の手に持つた匙を放《はふ》り出して、千代子の膝の前に俯伏《うつぶせ》になつた。
 「何うしたの」
 千代子は何の氣も付かずに宵子を抱《だ》き起した。すると丸《まる》で眠つた子を抱へた樣に、たゞ手應《てごたへ》がぐたりとした丈《だけ》なので、千代子は急に大きな聲を出して、宵子さん/\と呼んだ。
 
 
 宵子はうと/\寐入つた人の樣に眼を半分閉ぢて口を半分|開《あ》けた儘千代子の膝の上に支へられた。千代子は平手で其背中を二三度叩いたが、何の效目《きゝめ》もなかつた。
 「叔母さん、大變だから來て下さい」
 母は驚ろいて箸と茶碗を放《はふ》り出したなり、足音を立てゝ這入つて來た。何うしたのと云ひながら、電燈の眞下で頭を仰向《あふむけ》にして見ると、唇にもう薄く紫の色が注《さ》してゐた。口へ掌《てのひら》を當てがつても、呼息《いき》の通ふ音はしなかつた。母は呼吸《こきふ》の塞《つま》つた樣な苦しい聲を出して、下女に濡手拭を持つて來さした。それを宵子の額に載せた時、「脈《みやく》はあつて」と千代子に聞いた。千代子はすぐ小さい手頸を握つたが脈《みやく》は何處にあるか丸《まる》で分らなかつた。
 「叔母さん何うしたら好いでせう」と蒼い頭をして泣き出した。母は茫然と其所に立つて見てゐる小供に、「早く御父さんを呼んで入らつしやい」と命じた。小供は四人《よつたり》とも客間の方へ馳け出した。其足音が廊下の端《はづれ》で止まつたと思ふと、松本が不思議さうな顔をして出て來た。「何うした」と云ひながら、蔽《お》ひ被《かぶ》さる樣に細君と千代子の上から宵子を覗き込んだが、一目見ると急に眉を寄せた。
 「醫者は……」
 醫者は時を移さず來た。「少し模樣が變です」と云つてすぐ注射をした。然し何の效能《きゝめ》もなかつた。「駄目でせうか」といふ苦しく張り詰めた問が、固く結ばれた主人の唇を洩れた。さうして絶望を怖れる怪しい光に充ちた三人の眼が一度に醫者の上に据ゑられた。鏡を出して瞳孔《どうこう》を眺めてゐた醫者は、此時宵子の裾《すそ》を捲《まく》つて肛門《かうもん》を見た。
 「是では仕方がありません。瞳孔《どうこう》も肛門《かうもん》も開《ひら》いて仕舞つてゐますから。何うも御氣の毒です」
 醫者は斯う云つたが又|一筒《いつとう》の注射を心臓部に試みた。固《もと》より夫《それ》は何の手段にもならなかつた。松本は透き徹る樣な娘の肌に針の突き刺される時、自《おのづ》から眉間を險しくした。千代子は涙をぽろ/\膝の上に落した。
 「病因は何でせう」
 「何うも不思議です。たゞ不思議といふより外に云ひ樣がないやうです。何う考へても……」と醫者は首を傾むけた。「辛子湯《からしゆ》でも使はして見たら何うですか」と松本は素人料簡《しろうとれうけん》で聞いた。「好いでせう」と醫者はすぐ答へたが、其顔には毫《がう》も奨勵《しやうれい》の色が出なかつた。
 やがて熱い湯を盥《たらひ》へ汲んで、湯氣の濛々と立つ眞中へ辛子《からし》を一袋|空《あ》けた。母と千代子は黙つて宵子の着物を取り除《の》けた。醫者は熱場の中へ手を入れて、「もう少し注水《うめ》ませう。餘り熱いと火傷《やけど》でもなさると不可《いけ》ませんから」と注意した。
 醫者の手に抱《だ》き取られた宵子は、湯の中に五六|分《ぷん》浸《つ》けられてゐた。三人は息を殺して柔らかい皮膚の色を見詰めてゐた。「もう好いでせう。餘《あん》まり長くなると……」と云ひながら、醫者は宵子を盥《たらひ》から出した。母はすぐ受取つてタオルで鄭寧に拭いて元の着物を着せて遣つたが、ぐた/\になつた宵子の樣子に、些《ちつ》とも前と變りがないので、「少しの間此儘寐かして置いて遣りませう」と恨めしさうに松本の顔を見た。松本は夫《それ》が可《よ》からうと答へた儘、又座敷の方へ取つて返して、來客を玄關に送り出した。
 小《ち》さい蒲團と小《ち》さい枕がやがて宵子の爲に戸棚から取り出された。其上に常の夜の安らかな眠に落ちたとしか思へない宵子の姿を眺めた千代子は、わつと云つて突伏《つつぷ》した。
 「叔母さん飛んだ事をしました……」
 「何も千代ちやんがした譯ぢやないんだから……」
 「でも妾《あたし》が御飯を喫《た》べさしてゐたんですから……叔父さんにも叔母さんにも洵《まこ》とに濟みません」
 千代子は途切れ/\の言葉で、先刻《さつき》自分が夕飯《ゆふめし》の世話をしてゐた時の、平生《ふだん》と異ならない元氣な樣子を、何遍も繰り返して聞かした。松本は腕組をして、「何うも失つ張り不思議だよ」と云つたが、「おい御仙《おせん》、此所へ寐かして置くのは可哀《かはい》さうだから、あつちの座敷へ連れて行つてやらう」と細君を促した。千代子も手を貸した。
 
      五
 
 手頃な屏風がないので、唯都合の好い位置を擇《よ》つて、何の圍《かこ》ひもない所へ、そつと北枕に寐かした。今朝|方《がた》玩弄《おもちや》にしてゐた風船玉を茶の間から持つて來て、御仙《おせん》が其枕元に置いて遣つた。顏へは白い晒《さら》し木綿を掛けた。千代子は時々それを取り除《の》けて見ては泣いた。「一寸貴方」と御仙が松本を顧みて、「丸《まる》で觀音樣の樣に可愛《かはい》い顔をしてゐます」と鼻を詰らせた。松本は「左《さ》うか」と云つて、自分の坐つてゐる席から宵子の顔を覗き込んだ。
 やがて白木の机の上に、樒《しきみ》と線香立と白團子が並べられて、?燭の灯《ひ》が弱い光を放つた時、三人は始めて眠から覺めない宵子と自分達が遠く離れて仕舞つたといふ心細い感じに打たれた。彼等は代る/”\線香を上げた。其烟の香《にほひ》が、二時間前とは全く違ふ世界に誘《いざ》なひ込まれた彼等の鼻を斷えず刺戟した。外の子供は平生の通り早く寐かされた後《あと》に、咲子《さきこ》といふ十三になる長女|丈《だけ》が起きて線香の側《そば》を離れなかつた。
 「御前も御寐よ」
 「まだ内幸町からも神田からも誰も來ないのね」
 「もう來るだらう。好いから早く御寐」
 咲子は立つて廊下へ出たが、其所で振り回《かへ》つて、千代子を招いた。千代子が同じく立つて廊下へ出ると、小さな聲で、怖《こは》いから一所に便所《はゞかり》へ行つて呉れろと頼んだ。便所には電燈が點《つ》けてなかつた。千代子は燐寸《マツチ》を擦つて雪洞《ぼんぼり》に灯《ひ》を移して、咲子と一所に廊下を曲つた。歸りに下女部屋を覗いて見ると、飯焚《めしたき》が出入《でいり》の車夫と火鉢を挾んでひそ/\何か話してゐた。千代子には夫《それ》が宵子の不幸を細かに語つてゐるらしく思はれた。外の下女は茶の間で來客の用意に盆を拭いたり茶碗を並べたりしてゐた。
 通知を受けた親類のものが其内二三人寄つた。何《いづ》れ又來るからと云つて歸つたのもあつた。千代子は來る人毎に宵子の突然な最後を繰返し/\語つた。十二時過から御仙は通夜《つや》をする人の爲に、わざと置火燵《おきごたつ》を拵らえて室《へや》に入れたが、誰もあたるものはなかつた。主人夫婦は無理に勸められて寢室へ退《しり》ぞいた。其|後《あと》で千代子は幾度か短かくなつた線香の烟を新らしく繼《つ》いだ。雨はまだ降り已《や》まなかつた。夕方芭蕉に落ちた響はもう聞こえない代りに、亞鉛葺《とたんぶき》の廂《ひさし》にあたる音が、非常に淋しくて悲しい點滴《てんてき》を彼女の耳に絶えず送つた。彼女は此雨の中で、時々宵子の顔に當てた晒《さらし》を取つては啜泣《すゝりなき》をしてゐるうちに夜が明けた。
 其日は女がみんなして宵子の經帷子《きやうかたびら》を縫つた。百代子《もゝよこ》が新たに内幸町から來たのと、外に懇意の家《うち》の細君が二人程見えたので、小さい袖や裾が、方々の手に渡つた。千代子は半紙と筆と硯とを持つて廻つて、南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》といふ六字を誰にも一枚づゝ書かした。「市《いつ》さんも書いて上げて下さい」と云つて、須永の前へ來た。「何《ど》うするんだい」と聞いた須永は、不思議さうに筆と紙を受取つた。
 「細かい字で書ける丈《だけ》一面に書いて下さい。後《あと》から六字|宛《づゝ》を短冊形《たんざくがた》に剪《き》つて棺《くわん》の中へ散らしにして入れるんですから」
 皆《みん》な畏こまつて六字の名號《みやうがう》を認《した》ためた。咲子は見ちや厭よと云ひながら袖屏風《そでびやうぶ》をして曲りくねつた字を書いた。十一になる男の子は僕は假名で書くよと斷わつて、ナムアミダブツと電報の樣に幾何《いくつ》も並べた。午退《ひるすぎ》になつて愈《いよ/\》棺に入れるとき松本は千代子に「御前着物を着換さして御遣りな」と云つた。千代子は泣きながら返事もせずに、冷たい宵子を裸にして抱《だ》き起した。その脊中には紫色の斑點が一面に出てゐた。着換が濟むと御仙が小さい珠數《じゆず》を手に掛けてやつた。同じく小さい編笠《あみがさ》と藁草履《わらざうり》を棺に入れた。昨日《きのふ》の夕方迄|穿《は》いてゐた赤い毛糸の足袋も入れた。其紐の先に付けた丸い珠のぶら/\動く姿がすぐ千代子の眼に浮んだ。みんなの呉れた玩具《おもちや》も足や頭の所へ押し込んだ。最後に南無阿彌陀佛《なむあみだぶつ》の短冊《たんざく》を雪の樣に振り掛けた上へ葢《ふた》をして、白綸子《しろりんず》の被《おひ》をした。
 
     六
 
 友引《ともびき》は善くないといふ御仙の説で、葬式を一日延ばしたため、家《うち》の中は陰氣な空氣の裡《うち》に常よりは賑はつた。七つになる嘉吉《かきち》といふ男の子が、何時《いつ》もの陣太鼓を叩いて叱られた後《あと》、そつと千代子の傍《そば》へ來て、宵子さんはもう歸つて來ないのと聞いた。須永が笑ひながら、明日《あした》は嘉吉《かきち》さんも燒場へ持つて行つて、宵子さんと一所に燒いて仕舞ふ積《つもり》だと調戯《からか》ふと、嘉吉はそんな積《つもり》なんか僕厭だぜと云ひながら、大きな眼をくる/\させて須永を見た。咲子は、御母さん妾《わたし》も明日《あした》御葬式に行きたいわと御仙に強請《せび》つた。妾《あたし》もねと九つになる重子《しげこ》が頼んだ。御仙は漸く氣が付いた樣に、奧で田口夫婦と話をしてゐた夫《をつと》を呼んで、「貴方、明日《あした》入らしつて」と聞いた。
 「行くよ。御前も行つてやるが好い」
 「えゝ、行く事に極めてます。小供には何を着せたら可《い》いでせう」
 「紋付で可《い》いぢやないか」
 「でも餘《あん》まり模樣が派手だから」
 「袴を穿《は》けば可《い》いよ。男の子は海軍服で澤山だし。御前は黒紋付だらう。黒い帶は持つてるかい」
 「持つてます」
 「千代子、御前も持つてるなら喪服を着て供《とも》に立つて御遣り」
 斯んな世話を燒いた後で、松本は又奧へ引返した。千代子も亦線香を上げに立つた。棺の上を見ると、何時《いつ》の間《ま》にか綺麗な花環《はなわ》が載せてあつた。「何時《いつ》來たの」と傍《そば》に居る妹の百代《もゝよ》に聞いた。百代《もゝよ》は小さな聲で「先刻《さつき》」と答へたが、「叔母さんが小供のだから、白い花だけでは淋《さみ》しいつて、わざと赤いのを交《ま》ぜさしたんですつて」と説明した。姉と妹はしばらく其所に並んで坐つてゐた。十分ばかりすると、千代子は百代の耳に口を付けて、「百代さん貴方宵子さんの死顔《しにがほ》を見て」と聞いた。百代は「えゝ」と首肯《うな》づいた。
 「何時《いつ》」
 「ほら先刻《さつき》御棺に入れる時見たんぢやないの。何故《なぜ》」
 千代子は夫《それ》を忘れてゐた。妹が若し見ないと云つたら、二人で棺の葢《ふた》をもう一遍開けやうと思つたのである。「御止しなさいよ、怖《こは》いから」と云つて百代は首を掉《ふ》つた。
 晩には通夜僧《つやそう》が來て御經を上げた。千代子が傍《そば》で聞いてゐると、松本は坊さんを捕《つら》まへて、三部經《さんぶきやう》がどうだの、和讃《わさん》がどうだのといふ變な話をしてゐた。其會話の中には親鸞上人《しんらんしやうにん》と蓮如上人《れんによしやうにん》といふ名が度々出て來た。十時少し廻つた頃、松本は菓子と御布施《おふせ》を僧の前に並べて、もう宜しいから御引取下さいと斷《こと》わつた。坊さんの歸つた後《あと》で御仙が其|理由《わけ》を聞くと、「何坊さんも早く寐た方が勝手だあね。宵子だつて御經なんか聽くのは嫌《きらひ》だよ」と濟ましてゐた。千代子と百代子は顔を見合せて微笑した。
 あくる日は風のない明らかな空の下に、小いさな棺が靜かに動いた。路端《みちばた》の人はそれを何か不可思議のものでもあるかの樣に目送《もくそう》した。松本は白張《しらはり》の提灯や白木《しらき》の輿《こし》が嫌《きらひ》だと云つて、宵子の棺を喪車に入れたのである。其喪車の周圍《ぐるり》に垂れた黒い幕が搖れる度に、白綸子覆《しろりんずおひ》をした小さな棺の上に飾つた花環がちら/\見えた。其所いらに遊んでゐた子供が驅け寄つて來て、珍らしさうに車の中を覗き込んだ。車と行き逢つた時、脱帽して過ぎた人もあつた。
 寺では讀經《どきやう》も燒香も形式通り濟んだ。千代子は廣い本堂に坐つてゐる間、不思議に涙も何も出なかつた。叔父叔母の顔を見ても是といつて憂に鎖《とざ》された樣子は見えなかつた。燒香の時、重子《しげこ》が香《かう》を撮《つま》んで香爐《かうろ》の裏《うち》へ燻《くべ》るのを間違へて、灰を一撮《ひとつか》み取つて、抹香《まつかう》の中へ打ち込んだ折には、可笑《をか》しくなつて吹き出した位である。式が果ててから松本と須永と別に一二人棺に附き添つて火葬場へ廻つたので、千代子は外のものと一所に又矢來へ歸つて來た。車の上で、切なさの少し減つた今よりも、苦しい位悲しかつた昨日《きのふ》一昨日《をとゝひ》の氣分の方が、清くて美くしい物を多量に含んでゐたらしく考へて、其時味はつた痛烈な悲哀を却つて戀しく思つた。
 
      七
 
 骨上《こつあげ》には御仙と須永と千代子と夫《それ》に平生《ふだん》宵子の守をしてゐた清《きよ》といふ下女が附いて都合|四人《よつたり》で行つた。柏木《かしはぎ》の停車場《ステーシヨン》を下りると二丁位な所を、つい氣が付かずに宅《うち》から車に乘つて出たので時間は却つて長く掛つた。火葬場の經驗は千代子に取つて生れて始めてであつた。久しく見ずにゐた郊外の景色《けしき》も忘れ物を思ひ出した樣に嬉しかつた。眼に入るものは青い麥畠と青い大根畠と常磐木《ときはぎ》の中に赤や青や褐色を雜多に交ぜた森の色であつた。前へ行く須永は時々|後《うしろ》を振り返つて、穴八幡《あなはちまん》だの諏訪《すは》の森《もり》だのを千代子に教へた。車が暗いだら/\坂へ來た時、彼は又小高い杉の木立の中にある細長い塔を千代子の爲に指《ゆびさ》した。夫《それ》には弘法大師《こうぼふだいし》千五十年|供養塔《くやうたふ》と刻《きざ》んであつた。その下に熊笹の生ひ茂つた吹井戸を控えて、一軒の茶見世が橋の袂を左《さ》も田舎路らしく見せてゐた。折々坊主になりかけた高い樹の枝の上から、色の變つた小さい葉が一つづゝ落ちて來た。夫《それ》が空中で非常に早くきり/\舞ふ姿が鮮やかに千代子の眼を刺戟した。夫《それ》が容易に地面の上へ落ちずに、何時《いつ》迄も途中でびら/\するのも、彼女には眼新らしい現象であつた。
 火葬場は日當りの好い平地《ひらち》に南を受けて建てられてゐるので、車を門内に引き入れた時、思つたより陽氣な影が千代子の胸に射した。御仙が事務所の前で、松本ですがと云ふと、郵便局の受付口見た樣な窓の中に坐つてゐた男が、鍵《かぎ》は御持ちでせうねと聞いた。御仙は變な顔をして急に懷や帶の間を探り出した。
 「飛んだ事をしたよ。鍵を茶の間の用箪笥の上へ置いたなり……」
 「持つて來なかつたの。ぢや困るわね。まだ時間があるから急いで市《いつ》さんに取つて來て貰ふと好いわ」
 二人の問答を後《うしろ》の方で冷淡に聞いてゐた須永は、鍵なら僕が持つて來てゐるよと云つて、冷たい重いものを袂から出して叔母に渡した。御仙が夫《それ》を受付口へ見せてゐる間に、千代子は須永を窘《たし》なめた。
 「市《いつ》さん、貴方本當に惡《にく》らしい方《かた》ね。持つてるなら早く出して上げれば可《い》いのに。叔母さんは宵子さんの事で、頭が盆槍《ぼんやり》してゐるから忘れるんぢやありませんか」
 須永は唯微笑して立つてゐた。
 「貴方の樣な不人情な人は斯んな時には一層《いつそ》來ない方が可《い》いわ。宵子さんが死んだつて、涙一つ零《こぼ》すぢやなし」
 「不人情なんぢやない。まだ子供を持つた事がないから、親子の情愛が能く解らないんだよ」
 「まあ。能く叔母さんの前でそんな呑氣《のんき》な事が云へるのね。ぢや妾《あたし》なんか何うしたの。何時《いつ》子供持つた覺があつて」
 「あるか何うか僕は知らない。けれども千代ちやんは女だから、大方男より美くしい心を持つてるんだらう」
 御仙は二人の口論を聞かない人の樣に、用事を濟ますとすぐ待合所の方へ歩いて行つた。其所へ腰を掛けてから、立つてゐる千代子を手招きした。千代子はすぐ叔母の傍《そば》へ來て座に着いた。須永も續いて這入つて來た。さうして二人の向側《むかふがは》にある凉み臺見た樣なものゝ上に腰を掛けた。清も御掛けと云つて自分の席を割《さ》いて遣つた。
 四人が茶を呑んで待ち合はしてゐる間《あひだ》に、骨上《こつあげ》の連中が二三組見えた。最初のは田舎|染《じ》みた御婆さん丈《だけ》で、是は御仙と千代子の服裝に對して遠慮でもしたらしく口數を多く利《き》かなかつた。次には尻を絡《から》げた親子連《おやこづれ》が來た。活?な聲で、壺を下さいと云つて、一番安いのを十六錢で買つて行つた。三番目には散髪《さんぱつ》に角帶を締めた男とも女とも片の付かない盲者《めくら》が、紫の袴を穿《は》いた女の子に手を引かれて遣つて來た。さうして未《ま》だ時間はあるだらうねと念を押して、袂から出した卷烟草を吸ひ始めた。須永は此|盲者《めくら》の顔を見ると立ち上つてぷいと表へ出たぎり中々返つて來なかつた。所へ事務所のものが御仙の傍《そば》へ來て、用意が出來ましたから何うぞと促《うな》がしたので、千代子は須永を呼びに裏手へ出た。
 
     八
 
 眞鍮の掛札に何々殿と書いた並等《なみとう》の竈《かま》を、薄氣味惡く左右に見て裏へ拔けると、廣い空地《あきち》の隅に松薪《まつまき》が山の樣に積んであつた。周圍《まはり》には綺麗な孟宗藪《まうそうやぶ》が蒼々と茂つてゐた。其下が茶畠で、麥畠の向ふが又岡續きに高く蜿蜒《うね/\》してゐるので、北側の眺めは殊に晴々《はれ/”\》しかつた。須永は此|空地《あきち》の端《はし》に立つて廣い眼界をぼんやり見渡してゐた。
 「市《いつ》さん、もう用意が出來たんですつて」
 須永は千代子の聲を聞いて黙つた儘歸つて來たが、「あの竹藪は大變見事だね。何だか死人《しびと》の膏《あぶら》が肥料《こやし》になつて、あゝ生々《いき/\》延びる樣な氣がするぢやないか。此所に出來る筍《たけのこ》は屹度《きつと》旨いよ」と云つた。千代子は「おゝ厭だ」と云《い》ひ放《ぱなし》にして、さつさと又|並等《なみとう》を通り拔けた。宵子の竈《かま》は上等の一號といふので、扉の上に紫の幕が張つてあつた。その前に昨日《きのふ》の花環が少し凋《しぼ》み掛けて、臺の上に靜かに横たはつてゐた。夫《それ》が昨夜《ゆうべ》宵子の肉を燒いた熱氣《ねつき》の記念《かたみ》の樣に思はれるので、千代子は急に息苦しくなつた。御坊《おんばう》が三人出て來た。其内の一番年を取つたのが「御封印を……」と云ふので、須永は「よし、構はないから開けて呉れ」と頼んだ。畏まつた御坊は自分の手で封印を切つて、かちやりと響く音をさせながら錠《ぢやう》を拔いた。黒い鐵の靡が左右へ開《あ》くと、薄暗い奧の方に、灰色の丸いものだの、黒いものだの、白いものだのが、形を成さない一塊《ひとかたまり》となつて朧氣《おぼろげ》に見えた。御坊は「今出しませう」と斷つて、レールを二本前の方に繼ぎ足して置いて、鐵の環《くわん》に似たものを二つ棺臺の端《はし》に掛けたかと思ふと、忽然《いきなり》がら/\といふ音と共に、かの形を成さない一塊《ひとかたまり》の燒殘《やけのこり》が四人の立つてゐる鼻の下へ出て來た。千代子は其なかで、例の御供《おそなへ》に似てふつくらと膨らんだ宵子の頭葢骨が、生きてゐた時其儘の姿で殘つてゐるのを認めて急に手吊《ハンケチ》を口に銜《くは》へた。御坊は此頭蓋骨と頬骨と外に二つ三つの大きな骨を殘して、「あとは綺麗に篩《ふる》つて持つて參りませう」と云つた。
 四人《よつたり》は各自《めい/\》木箸と竹箸を一本|宛《づゝ》持つて、臺の上の白骨《はくこつ》を思ひ思ひに拾つては、白い壺の中へ入れた。さうして誘ひ合せた樣に泣いた。たゞ須永|丈《だけ》は蒼白い顏をして口も利かず鼻も鳴らさなかつた。「齒は別になさいますか」と聞きながら、御坊が小器用に齒を拾ひ分けて呉れた時、顎をくしや/\と潰して其中から二三枚|擇《よ》り出したのを見た須永は、「斯うなると丸《まる》で人間の樣な氣がしないな。砂の中から小石を拾ひ出すと同じ事だ」と獨言《ひとりごと》の樣に云つた。下女が三和土《たゝき》の上にぽた/\と涙を落した。御仙と千代子は箸を置いて手帛《ハンケチ》を顔へ當てた。
 車に乘るとき千代子は杉の箱に入れた白い壺を抱《だ》いて夫《それ》を膝の上に載せた。車が馳け出すと冷たい風が膝掛と杉箱の間から吹き込んだ。高い欅《けやき》が白茶《しらちや》けた幹を路の左右に並べて、彼等を送り迎へる如くに細い枝を搖り動かした。其細い枝が遙か頭の上で交叉する程繁く兩側から出てゐるのに、自分の通る所は存外明るいのを奇妙に思つて、千代子は折々頭を上げては、遠い空を眺めた。宅《うち》へ着いて遺骨を佛壇の前に置いた時、すぐ寄つて來た小供が、葢《ふた》を開けて見せて呉れといふのを彼女は斷然拒絶した。
 やがて家内中同じ室《へや》で晝飯の膳に向つた。「斯うして見ると、まだ子供が澤山ゐるやうだが、是で一人もう缺けたんだね」と須永が云ひ出した。
 「生きてる内は夫《それ》程《ほど》にも思はないが、逝かれて見ると一番惜しい樣だね。此所にゐる連中のうちで誰か代りになれば可《い》いと思ふ位だ」と松本が云つた。
 「非道《ひど》いわね」と重子が咲子に耳語《さゝや》いた。
 「叔母さん又奮發して、宵子さんと瓜二つの樣な子を拵えて頂戴。可愛《かはい》がつて上げるから」
 「宵子と同じ子ぢや不可《いけ》ないでせう、宵子でなくつちや。御茶碗や帽子と違つて代りが出來たつて、亡《な》くしたのを忘れる譯にや行かないんだから」
 「己《おれ》は雨の降る日に紹介状を持つて會ひに來る男が厭になつた」
 
  須永の話
 
 
 敬太郎は須永の門前で後姿の女を見て以來、此二人を結び付ける縁《えん》の糸を常に想像した。其糸には一種夢の樣な匂があるので、二人を眼の前に、須永とし又千代子として眺める時には、却つて何處かへ消えて仕舞ふ事が多かつた。けれども彼等が普通の人間として敬太郎の肉眼に現實の刺戟を與へない折々には、失なはれた糸が又二人の中を離すべからざる因果の如くに繋《つな》いだ。田口の家《うち》へ出入《でいり》する樣になつてからも、須永と千代子の關係に就いては、一口でさへ誰からも聞いた事はなし、又二人の樣子を直《ぢか》に觀察しても尋常の從兄弟《いとこ》以上に何物も仄《ほの》めいてゐなかつたには違ないが、斯ういふ當初からの聯想に支配されて、彼は頭の何處かに、二人を常に一對《いつつゐ》の男女《なんによ》として認める傾きを有《も》つてゐた。女の連添はない若い男や、男の手を組まない若い女は、要するに敬太郎から見れば自然を損なつた片輪に過ぎないので、彼が自分の知る彼等を頭のうちで斯樣《かやう》に組み合はせたのは、まだ片輪の境遇に迷兒付《まごつ》いてゐる二人に、自然が生み付けた通りの資格を早く與へて遣りたいといふ道義心の要求から起つたのかも知れなかつた。
 それは小六づかしい理窟だから、假令《たとひ》何《ど》んな要求から起らうと敬太郎の爲に辯ずる必要はないが、此頃になつて偶然千代子の結婚談を耳にした彼が、頭の中の世界と、頭の外にある社會との矛盾に、一寸首を捻《ひね》つたのは事實に相違なかつた。彼は其話を書生の佐伯《さへき》から聞いたのである。尤も佐伯の樣なものが、まだ事の纒まらない先から、奧の委しい話を知らう筈がなかつた。彼はたゞ漠然とした顔の筋肉を何時《いつ》もより緊張させて、何でもそんな評判ですと云ふ丈《だけ》であつた。千代子を貰ふ人の名前も無論分らなかつたが、身分の實業家である事は慥《たしか》に思はれた。
 「千代子さんは須永君の所へ行くのだと許《ばかり》思つてゐたが、左《さ》うぢやないのかね」
 「左《さ》うも行かないでせう」
 「何故《なぜ》」
 「何故つて聞かれると、僕にも明瞭な答は出來|惡《にく》いんですが、一寸考へて見ても六づかしさうですね」
 「左《さ》うかね、僕は又丁度好い夫婦だと思つてるがね。親類ぢやあるし、年だつて五つか六つ違なら可笑《をか》しかなしさ」
 「知らない人から見ると一寸さう見えるでせうがね。裏面には色々複雜な事情もある樣ですから」
 敬太郎は佐伯の云はゆる「複雜な事情」なるものを根堀り葉堀り聞きたくなつたが、何だか自分を門外漢扱ひにする樣な彼の言葉が癪に障るのと、高《たか》が玄關番の書生から家庭の内幕を聞き出したと云はれては自分の品格に拘はるのと、最後には、口程詳しい事情を佐伯が知つてゐる氣遣《きづかひ》がないのとで、夫《それ》限《ぎり》其話は已《や》めにした。其折序ながら奧へ行つて細君に挨拶をして少時《しばらく》話したが、別に平生と何の變る樣子もないので、御目出たう御座いますと云ふ勇氣も出なかつた。
 是は敬太郎が須永の宅《うち》で矢來の叔父さんの家《うち》にあつた不幸を千代子から聞いたつい二三日前の事であつた。其日彼が久し振に須永を訪問したのも、實は其結婚問題に就いて須永の考へを確かめる積《つもり》であつた。須永が何處の何人《なんぴと》と結婚しやうと、千代子が何處の何人《なんぴと》に片附かうと、夫《それ》は敬太郎の關係する所ではなかつたが、此二人の運命が、夫《それ》程《ほど》容易《たやす》く右左へ未練なく離れ/”\になり得るものか、又は自分の想像した通り幻《まぼろ》しに似た糸の樣なものが、二人にも見えない縁となつて、彼等を冥々《めい/\》のうちに繋ぎ合せてゐるものか。夫《それ》とも此夢で織つた帶とでも形容して然るべき散《ち》ら散《ち》らするものが、或時は二人の眼に明らかに見え、或時は全たく切れて、彼等をばら/\に孤立させるものか、――其所いらが敬太郎には知りたかつたのである。固《もと》より夫《それ》は單なる物數奇《ものずき》に過ぎなかつた。彼は明らかに左《さ》うだと自覺してゐた。けれども須永に對してなら、此物數奇を滿足させても無禮に當らない事も自覺してゐた。夫《それ》許《ばかり》か此物數奇を滿足させる權利があると迄信じてゐた。
 
     二
 
 其日は生憎《あいにく》千代子に妨たげられた上、仕舞には須永の母さへ出て來たので、大分《だいぶ》長く坐つてゐたにも拘はらず、立ち入つた話は一切持ち出す機會がなかつた。たゞ敬太郎は偶然にも自分の前に並んだ三人が、有の儘の今の姿で、現に似合はしい夫婦と姑《しうとめ》に成り終《おほ》せてゐるといふ事に不圖思ひ及んだ時、彼等を世間並の形式で纒めるのは、最も容易《たやす》い仕事の樣に考へて歸つた。
 次の日曜が又幸いな暖かい日和《ひより》を凡《すべ》ての勤《つと》め人《にん》に惠んだので、敬太郎は朝早くから須永を尋ねて、郊外に誘《いざ》なはうとした。無精《ぶしやう》で我儘な彼は玄關先迄出て來ながら、中々應じさうにしなかつたのを、母親が無理に勸めて漸く靴を穿《は》かした。靴を穿いた以上彼は、敬太郎の意志通り何方《どつち》へでも動く人であつた。其代りいくら相談を掛けても、ある判切《はつきり》した方角へ是非共足を運ばなければならないと主張する男ではなかつた。彼と矢來の松本と一所に出ると、二人とも行先を考へずに歩くので、一致して飛んでもない所へ到着する事がまゝ有つた。敬太郎は現に此人の母の口から其例を聞かされたのである。
 此日彼等は兩國から汽車に乘つて鴻《こう》の臺《だい》の下迄行つて降りた。夫《それ》から美くしい廣い河に沿つて土堤《どて》の上をのそ/\歩いた。敬太郎は久し振に晴々《はれ/”\》した好い氣分になつて、水だの岡だの帆懸船《ほかけぶね》だのを見廻した。須永も景色《けしき》丈《だけ》は賞めたが、まだ斯んな吹き晴らしの土堤《どて》などを歩く季節ぢやないと云つて、寒いのに伴《つ》れ出した敬太郎を恨んだ。早く歩けば暖たかくなると主張した敬太郎はさつさと歩き始めた。須永は呆れた樣な顔をして跟《つ》いて來た。二人は柴又《しばまた》の帝釋天《たいしやくてん》の傍《そば》迄來て、川甚《かはじん》といふ家《うち》へ這入つて飯を食つた。其所で誂《あつ》らへた鰻の蒲燒が甘垂《あまた》るくて食へないと云つて、須水は又苦い顔をした。先刻《さつき》から二人の氣分が熟しないので、しんみりした話をする餘地が出て來ないのを苦しがつてゐた敬太郎は、此時須永に「江戸つ子は贅澤なものだね。細君を貰ふときにも左《さ》う贅澤を云ふかね」と聞いた。
 「云へれば誰だつて云ふさ。何も江戸つ子に限りあしない。君見た樣な田舍ものだつて云ふだらう」
 須永は斯う答へて澄ましてゐた。敬太郎は仕方なしに「江戸つ子は無愛嬌なものだね」と云つて笑ひ出した。須永も突然|可笑《をか》しくなつたと見えて笑ひ出した。夫《それ》から後《あと》は二人の氣分と同じ樣に、二人の會話も圓滿に進行した。敬太郎が須永から「君も此頃は大分《だいぶ》落ち付いて來た樣だ」と評されても、彼は「少し眞面目になつたかね」と大人《おとな》しく受けるし、彼が須永に「君は益《ます/\》偏窟に傾くぢやないか」と調戯《からか》つても、須永は「何うも自分ながら厭になる事がある」と快よく己《おの》れの弱點を承認する丈《だけ》であつた。
 斯ういふ打ち解けた心持で、二人が差し向いに互の眼の奧を見透《みとほ》して恥づかしがらない時に、千代子の問題が持ち出されたのは、其眞相を聞かうとする敬太郎に取つて偶然の仕合せであつた。彼は先づ一週間程前耳にした彼女が近いうちに結婚するといふ噂を皮切《かはきり》に須永を襲つた。其時須永は少しも昂奮した樣子を見せなかつた。寧ろ何時《いつ》もより沈んだ調子で、「又何か縁談が起り掛けてゐるやうだね。今度は旨く纒まれば可《い》いが」と答へたが、急に口調《くてう》を更《か》へて、「なに君は知らない事だが、今迄もさう云ふ話は何度もあつたんだよ」と左《さ》も陳腐《ちんぷ》らしさうに説明して聞かせた。
 「君は貰ふ氣はないのかい」
 「僕が貰ふ樣に見えるかね」
 話しは斯んな風に、御互で引き摺る樣にして段々先へ進んだが、愈《いよ/\》際《きは》どい所迄打ち明けるか、左《さ》もなければ題目を更《か》へるより外に仕方がないといふ點迄押し詰められた時、須永はとう/\敬太郎に「又|洋杖《ステツキ》を持つて來たんだね」と云つて苦笑した。敬太郎も笑ひながら縁側へ出た。其所から例の洋杖《ステツキ》を取つて又這入つて來たが、「此通りだ」と蛇の頭を須永に見せた。
 
     三
 
 須永の話は敬大郎の豫期したよりも遙かに長かつた。――
 僕の父は早く死んだ。僕がまだ親子の情愛を能く解しない子供の頃に突然死んで仕舞つた。僕は子がないから、自分の血を分けた温たかい肉の塊《かたま》りに對する情《なさけ》は、今でも比較的薄いかも知れないが、自分を生んで呉れた親を懷かしいと思ふ心は其後《そのご》大分《だいぶ》發達した。今の心を其時分持つてゐたならと考へる事も稀ではない。一言《いちごん》でいふと、當時の僕は父には甚だ冷淡だつたのである。尤も父も決して甘い方ではなかつた。今の僕の胸に映る彼の顏は、骨の高い血色の勝《すぐ》れない、親しみの薄い、嚴格な表情に充ちた肖像に過ぎない。僕は自分の顔を鏡の裏《うち》に見るたんびに、それが胸の中《なか》に収めた父の容貌と大變似てゐるのを思ひ出しては不愉快になる。自分が父と同じ厭な印象を、傍《はた》の人に與へはしまいかと苦に病んで、其所で氣が引ける許《ばかり》ではない。斯んな陰欝な眉や額が代表するよりも、まだ増しな温たかい情愛を、血の中に流してゐる今の自分から推して、あんなに冷酷に見えた父も、心の底には自分以上に熱い涙を貯《たくは》へてゐたのではなからうかと考へると、父の記念《かたみ》として、彼の惡い上皮《うはかは》丈《だけ》を覺えてゐるのが、子として如何にも情ない心持がするからである。父は死ぬ二三日前僕を枕元に呼んで、「市藏、おれが死ぬと御母《おかあ》さんの厄介にならなくつちやならないぞ。知つてるか」と云つた。僕は生れた時から母の厄介になつてゐたのだから、今更改ためて父からそれを聞かされるのを妙に思つた。黙つて坐つてゐると、父は骨|許《ばかり》になつた顔の筋を無理に動かす樣にして、「今の樣に腕白ぢや、御母さんも構つて呉れないぞ。もう少し大人《おとな》しくしないと」と云つた。僕は母が今迄構つて呉れたんだから此儘の僕で澤山だといふ氣が充分あつた。それで父の小言《こごと》を丸《まる》で必要のない餘計な事の樣に考へて病室を出た。
 父が死んだ時母は非常に泣いた。葬式が出る間際《まぎは》になつて、僕は着物を着換えさせられた儘、手持無沙汰だから、一人縁側へ出て、蒼い空を覗き込む樣に眺めてゐると、白無垢《しろむく》を着た母が何を思つたか不意に其所へ出て來た。田口や松本を始め、供《とも》に立つものはみんな向《むかふ》の方で混雜《ごた/\》してゐたので、傍《はた》には誰も見えなかつた。母は突然《いきなり》自分の坊主頭へ手を載せて、泣き腫《は》らした眼を自分の上に据ゑた。さうして小さい聲で、「御父さんが御亡《おな》くなりになつても、御母さんが今迄通り可愛《かはい》がつて上げるから安心なさいよ」と云つた。僕は何とも答へなかつた。涙も落さなかつた。其時は夫《それ》で濟んだが、兩親《ふたおや》に對する僕の記憶を、生長の後《のち》に至つて、遠くの方で曇らすものは、二人の此時の言葉であるといふ感じが其《その》後《のち》次第々々に強く明らかになつて來た。何の意味も付ける必要のない彼等の言葉に、僕は何故《なぜ》厚い疑惑の裏打をしなければならないのか、それは僕自身に聞いて見ても丸《まる》で説明が付かなかつた。時々は母に向つて直《ぢか》に問ひ糺《たゞ》して見たい氣も起つたが、母の顔を見ると急に勇氣が摧《くじ》けて仕舞ふのが例《つね》であつた。さうして心の中《うち》の何處かで、それを打ち明けたが最後、親しい母子《おやこ》が離れ/”\になつて、永久今の睦《むつ》ましさに戻る機會はないと僕に耳語《さゝや》くものが出て來た。夫《それ》でなくても、母は僕の眞面目な顏を見守つて、そんな事が有つたつけかねと笑ひに紛らしさうなので、さう剥《は》ぐらかされた時の殘酷な結果を豫想すると、到底《とて》も口へ出された義理ぢやないと思ひ直しては黙つてゐた。
 僕は母に對して決して柔順な息子《むすこ》ではなかつた。父の死ぬ前に枕元へ呼び付けられて意見された丈《だけ》あつて、小さいうちから能く母に逆らつた。大きくなつて、女親だけに猶更《なほさら》優しくして遣りたいといふ分別が出來た後《あと》でも、矢つ張り彼女の云ふ通りにはならなかつた。此二三年は殊に心配ばかり掛けてゐた。が、幾何《いくら》勝手を云ひ合つても、母子《おやこ》は生れて以來の母子《おやこ》で、此|貴《たつ》とい觀念を傷つけられた覺は、重手《おもで》にしろ淺手《あさで》にしろ、まだ經驗した試しがないといふ考へから、若し彼《あ》の事を云ひ出して、二人共後悔の瘢痕《はんこん》を遺さなければ濟まない瘡《きず》を受けたなら、夫《それ》こそ取返しの付かない不幸だと思つてゐた。此畏怖の念は神經質に生れた僕の頭で拵らえるのかも知れないとも疑《うたぐ》つて見た。けれども僕にはそれが現在よりも明らかな未來として存在してゐる事が多かつた。だから僕は彼《あ》の時の父と母の言葉を、それなり忘れて仕舞ふ事が出來なかつたのを、今でも情なく感ずるのである。
 
      四
 
 父と母の間は何《ど》れ程圓滿であつたか、僕には分らない。僕はまだ妻《さい》を貰つた經驗がないから、さう云ふ事を口にする資格はないかも知れないが、如何《いか》な仲の善《い》い夫婦でも、時々は氣不味《きまづ》い思を爲合《しあ》ふのが人間の常だらうから、彼等だつて永く添つてゐるうちには面白くない汚點《しみ》を双方の胸の裏《うち》に見出《みいだ》しつゝ、世間も知らず互も口にしない不満を、自分一人|苦《にが》く味はつて我慢した場合もあつたのだらうと思ふ。尤も父は疳癖の強い割に陰性な男だつたし、母は長唄をうたふ時より外に、大きな聲の出せない性分《たち》なので、僕は二人の言ひ爭そふ現場《げんば》を、父の死ぬ迄|未《いま》だ曾《かつ》て目撃した事がなかつた。要するに世間から云へば、僕等の宅《うち》程《ほど》靜かに整のつた家庭は滅多に見當らなかつたのである。あの位|他《ひと》の惡口を露骨にいふ松本の叔父でさへ、今だにさう認めて間違《まちがひ》ないものと信じ切つてゐる。
 母は僕に對して死んだ父を語る毎に、世間の夫《をつと》のうちで最も完全に近いものゝ樣に説明して已《や》まない。是は幾分か僕の腹の底に濁つた儘沈んでゐる父の記憶を清めたい爲の辯護とも思はれる。又は彼女自身の記憶に時間の布巾《ふきん》を掛けて段々|光澤《つや》を出す積《つもり》とも見られる。けれども慈愛に充ちた親としての父を僕に紹介する時には、彼女の態度が全く一變する。平生僕が目《ま》の當《あた》りに見てゐるあの柔和な母が、何うして斯う眞面目になれるだらうと驚ろく位、嚴肅な氣象で僕を打ち据ゑる事さへあつた。が、夫《それ》は僕が中學から高等學校へ移る時分の昔である。今はいくら母に強請《せび》つて同じ話を繰り返して貰つても、そんな氣高《けだか》い氣分には到底《とて》もなれない。僕の情操は其頃から學校を卒業する迄の間に、近頃の小説に出る主人公の樣に、丸《まる》で荒《すさ》み果てたのだらう。現代の空氣に中毒した自分を呪ひたくなると、僕は時々もう一遍で好いから、母の前であゝ云ふ崇高な感じに觸れて見たいといふ望を起すが、同時に其望みが到底《とて》も遂げられない過去の夢であるといふ悲しみも湧いて來る。
 母の性格は吾々が昔から用ひ慣れた慈母といふ言葉で形容さへすれば、夫《それ》で盡きてゐる。僕から見ると彼女は此二字の爲に生れて此二字の爲に死ぬと云つても差支ない。まことに氣の毒であるが、夫《それ》でも母は生活の滿足を此一點にのみ集注してゐるのだから、僕さへ充分の孝行が出來れば、是に越した彼女の喜はないのである。が、もし其僕が彼女の意に背《そむ》く事が多かつたら、是程の不幸は又彼女に取つて決してない譯になる。それを思ふと僕は非常に心苦しい事がある。
 思ひ出したから此所で一寸云ふが、僕は生れてからの一人息子ではない。子供の時分に妙《たへ》ちやんといふ妹《いもと》と毎日遊んだ事を覺えてゐる。其|妹《いもと》は大きな模樣のある被布《ひふ》を平生《ふだん》着て、人形の樣に髪を切り下げてゐた。さうして僕の事を常に市藏ちやん/\と云つて、兄さんとは決して呼ばなかつた。此|妹《いもと》は父の亡《な》くなる何年前かに實扶的里亞《ジフテリア》で死んで仕舞つた。其頃は血清注射がまだ發明されない時分だつたので、治療も大變に困難だつたのだらう。僕は固《もと》より實扶的里亞《ジフテリア》と云ふ名前さへ知らなかつた。宅《うち》へ見舞に來た松本に、御前も實扶的里亞《ジフテリア》かと調戯《からか》はれて、うん左《さ》うぢやないよ僕軍人だよと答へたのを今だに忘れずにゐる。妹《いもと》が死んでから當分は六づかしい父の顔が大分《だいぶ》優しく見えた。母に向つて、まことに御前には氣の毒な事をしたといつた顔が殊に穩かだつたので、小供ながら、つい其時の言葉迄|小《ち》さい胸に刻み付けて置いた。然し母が夫《それ》に對して何う答へたかは全く知らない。いくら思ひ出さうとしても思ひ出せない所をもつて見ると、初から覺えなかつたのだらう。是程鋭敏に父を觀察する能力を、小供の時から持つてゐた僕が、母に對する注意に缺けてゐたのも不思議である。人間が自分よりも餘計に他《ひと》を知りたがる癖のあるものだとすれば、僕の父は母よりも餘程他人らしく僕に見えてゐたのかも分らない。それを逆に云ふと、母は觀察に價《あたひ》しない程僕に親しかつたのである。――兎に角|妹《いもと》は死んだ。それからの僕は父に對しても母に對しても一人息子であつた。父が死んで以後の今の僕は母に對しての一人息子である。
 
     五
 
 だから僕は母を出來る丈《だけ》大事にしなければ濟まない。が、實際は同じ源因が却つて僕を我儘にしてゐる。僕は去年學校を卒業してから今日《こんにち》迄《まで》、まだ就職といふ問題について唯の一日も頭を使つた事がない。出た時の成績は寧ろ好い方であつた。席次を目安《めやす》に人を採る今の習慣を利用しやうと思へば、隨分友達を羨ましがらせる位置に坐り込む機會もないではなかつた。現に一度はある方面から人選《にんせん》の依託《いたく》を受けた某教授に呼ばれて意向を聞かれた記憶さへ有《も》つてゐる。夫《それ》だのに僕は動かなかつた。固《もと》より自慢で斯う云ふ話をするのではない。眞底を打ち明ければ寧ろ自慢の反對で、全く信念の缺乏から來た引込《ひつこ》み思案なのだから不愉快である。が、朝から晩迄氣骨を折つて、世の中に持て囃《はや》された所で、何處が何うしたんだといふ横着は、無論斷わる時から付け纒つてゐた。僕は時めくために生れた男ではないと思ふ。法律などを修めないで、植物學か天文學でも遣つたらまだ性に合つた仕事が天から授かるかも知れないと思ふ。僕は世間に對しては甚だ氣の弱い癖に、自分に對しては大變辛抱の好い男だから左《さ》う思ふのである。
 斯ういふ僕の我儘を我儘なりに通して呉れるものは、云ふ迄もなく父が遺して行つた僅ばかりの財産である。もし此財産がなかつたら、僕は何《ど》んな苦しい思をしても、法學士の肩書を利用して、世間と戰かはなければならないのだと考へると、僕は死んだ父に對して改ためて感謝の念を捧げたくなると同時に、自分の我儘は此財産のためにやつと存在を許されてゐるのだから餘程腰の坐らない淺墓《あさはか》なものに違ないと推斷する。さうして其犠牲にされてゐる母が一層氣の毒になる。
 母は昔堅氣《むかしかたぎ》の教育を受けた婦人の常として、家名を揚げるのが子たるものゝ第一の務だといふ樣な考へを、何より先に抱《いだ》いてゐる。然し彼女の家名を揚げるといふのは、名譽の意味か、財産の意味か、權力の意味か、又はコ望の意味か、其所へ行くと全く何の分別もない。たゞ漠然と、一つが頭の上に落ちて來れば、凡《すべ》て其他が後《あと》を追つて門前に輻輳《ふくそう》する位に思つてゐる。然し僕はさういふ問題に就いて、何事も母に説明して遣る勇氣がない。説明して聞かせるには、先づ僕の見識で尤もと認めた家名の揚げ方をした上でないと、僕に其資格が出來ないからである。僕は如何なる意味に於ても家名を揚げ得る男ではない。たゞ汚《けが》さない丈《だけ》の見識を頭に入れて置く許《ばかり》である。さうして其見識は母に見せて喜こんで貰へる所か、彼女とは丸《まる》で懸け離れた縁のないものなのだから、母も心細いだらう。僕も淋しい。
 僕が母に掛ける心配の數あるうちで、第一に擧げなければならないのは、今話した通りの僕の缺點である。然し此缺點を矯《た》めずに母と不足なく暮らして行かれる程、母は僕を愛してゐて呉れるのだから、唯濟まないと思ふ心を失なはずに、此儘で押せば押せない事もないが、此我儘よりももつと鋭どい失望を母に與へさうなので、僕が私《ひそ》かに胸を痛めてゐるのは結婚問題である。結婚問題と云ふより僕と千代子を取り卷く周圍の事情と云つた方が適當かも知れない。夫《それ》を説明するには話の順序として先づ千代子の生れない當時に溯《さかの》ぼる必要がある。其頃の田口は決して今程の幅利《はゞきゝ》でも資産家でもなかつた。たゞ將來見込のある男だからと云ふので、父が母の妹《いもと》に當るあの叔母を嫁に遣るやうに周旋したのである。田口は固《もと》より僕の父を先輩として仰いでゐた。何蚊《なにか》につけて相談もしたり、世話にもなつた。兩家の間に新らしく成立した此親しい關係が、月と共に加速度を以て圓滿に進行しつゝある際に千代子が生れた。其時僕の母は何う思つたものか、大きくなつたら此子を市藏の嫁に呉れまいかと田口夫婦に頼んだのださうである。母の語る所によると、彼等は其折快よく母の頼みを承諾したのだと云ふ。固《もと》より後《あと》から百代が生まれる、吾一《ごいち》といふ男の子も出來る、千代子も遣らうとすれば何處へでも遣られるのだが、屹度《きつと》僕に遣らなければならない程確かに母に受合つたか何うか、其所は僕も知らない。
 
     六
 
 兎に角僕と千代子の間には兩方其物心の付かない當時から既に斯ういふ絆《きづな》があつた。けれども其|絆《きづな》は僕等二人を結び付ける上に於て頗る怪しい絆《きづな》であつた。二人は固《もと》より天に上《あが》る雲雀《ひばり》の如く自由に生長した。絆《きづな》を綯《な》つた人でさへ確《しか》と其|端《はし》を握つてゐる氣ではなかつたのだらう。僕は怪しい絆《きづな》といふ文字を奇縁といふ意味で此所に使ふ事の出來ないのを深く母の爲に悲しむのである。
 母は僕の高等學校に這入つた時分|夫《それ》となく千代子の事を仄《ほの》めかした。其頃の僕に色氣のあつたのは無論である。けれども未來の妻《さい》といふ觀念は丸《まる》で頭に無かつた。そんな話に取り合ふ落ち付さへ持つてゐなかつた。殊に子供の時から一所に遊んだり喧嘩をしたり、殆んど同じ家に生長したと違はない親しみのある少女は、餘り自分に近過ぎるためか甚だ平凡に見えて、異性に對する普通の刺戟を與へるに足りなかつた。是は僕の方ばかりではあるまい、千代子も恐らく同感だらうと思ふ。其證據には長い交際の前後を通じて、僕は未《いま》だ曾《かつ》て男として彼女から取り扱かはれた經驗を記憶する事が出來ない。彼女から見た僕は、怒《おこ》らうが泣かうが、科《しな》をしようが色眼を使はうが、常に變らない從兄《いとこ》に過ぎないのである。尤も是は幾分か、純粹な氣象を受けて生れた彼女の性情からも出るので、其所になると又僕程彼女を知り拔いてゐるものはないのだが、單に夫《それ》丈《だけ》であゝ男女《なんによ》の牆壁《しやうへき》が取り除《の》けられる譯のものではあるまい。たゞ一度……然し是は後で話す方が宜《よ》からうと思ふ。
 母は自分のいふ事に耳を借さなかつた僕を羞恥家《はにかみや》と解釋して、再び時機を待つものゝ如くに、此問題を懷に収めた。羞恥《はにかみ》は僕と雖ども否定する勇氣がない。然し千代子に意があるから羞恥《はにか》んだのだと取つた母は、全くの反對を事實と認めたと同じ事である。要するに母は未來に對する準備といふ考から、僕等二人を成る可く仲善く育て上げやう/\と力《つと》めた結果、男女《なんによ》としての二人を次第に遠ざからした。さうして自分では知らずにゐた。夫《それ》を知らなければならない樣にした僕は全く殘酷であつた。
 其日の事を語るのが僕には實際の苦痛である。母は高等學校時代に匂はした千代子の問題を、僕が大學の二年になる迄、凝《ぢつ》と懷に抱《だ》いた儘一人で温めてゐたと見えて、ある晩――春休みの頃の花の咲いたといふ噂のあつた或日の晩――そつと僕の前に出して見せた。其時は僕も大分《だいぶ》大人《おとな》らしくなつてゐたので、靜かに其問題を取り上げて、裏表から鄭寧に吟味する餘裕が出來てゐた。母も其時にはたゞ遠くから匂はせる丈《だけ》でなくて、自分の希望に正當の形式を與へる事を忘れなかつた。僕は何心なく從妹《いとこ》は血屬だから厭だと答へた。母は千代子の生れた時呉れろと頼んで置いたのだから貰つたら可《い》いだらうと云つて僕を驚ろかした。何故《なぜ》そんな事を頼んだのかと聞くと、何故でも私《わたし》の好きな子で、御前も嫌ふ筈がないからだと、赤ん坊には應用の利かない樣な挨拶をして僕を弱らせた。段々其所を押して見ると、仕舞に涙ぐんで、實は御前の爲ではない、全く私《わたし》の爲に頼むのだと云ふ。しかも何うして夫《それ》が母の爲になるのか、其理由は幾何《いくら》聞いても語らない。最後に何でも蚊でも千代子は厭かと聞かれた。僕は厭でも何でもないと答へた。然し當人も僕の所へ來る氣はなし、田口の叔父も叔母も僕に呉れたくはないのだから、そんな事を申し込むのは止した方が好い、先方で迷惑する丈《だけ》だからと教へた。母は約束だから迷惑しても構はない、又迷惑する筈がないと主張して、昔《むか》し田口が父の世話になつたり厄介になつたりした例を數へ擧げた。僕は已《やむ》を得ないから此問題は卒業する迄解決を着けずに置かうと云ひ出した。母は不安の裏《うち》に一縷《いちる》の望を現はした顔色をして、もう一遍|篤《とく》と考へて見て呉れと頼んだ。
 斯ういふ事情で、今迄母一人で懷に抱《だ》いてゐた問題を、其《その》後《のち》は僕も抱《だ》かなければならなくなつた。田口は又田口流に、同じ問題を孵《かへ》しつゝあるのではなからうか。假令《たとひ》千代子を外《ほか》へ縁付けるにしても、いざと云ふ場合には一應|此方《こちら》の承諾を得る必要があるとすれば、叔父も氣掛りに違ひない。
 
      七
 
 僕は不安になつた。母の顔を見る度に、彼女を欺むいて其日々々を姑息《こそく》に送つてゐる樣な氣がして濟まなかつた。一頃は思ひ直して出來得るならば母の希望通り千代子を貰つて遣りたいとも考へた。僕は其爲にわざ/\用もない田口の家へ遊びに行つて夫《それ》となく叔父や叔母の樣子を見た。彼等は僕の母の肉薄に應ずる準備として前以て僕を疎《うと》んずる樣な素振《そぶり》を口にも擧動にも決して示さなかつた。彼等は夫《それ》程《ほど》淺薄な又不親切な人間ではなかつたのである。けれども彼等の娘の未來の夫《をつと》として、僕が彼等の眼に如何に憐れむべく映じてゐたかは、遠き前から僕の見拔いてゐた所と、ちつとも變化を來さないばかりか、近頃になつて益《ます/\》其|傾《かたむき》が著るしくなる樣に思はれた。彼等は第一に僕の弱々しい體格と僕の蒼白い顔色とを婿として肯《うけ》がはない積《つもり》らしかつた。尤も僕は神經の鋭どく動く性質《たち》だから、物を誇大に考へ過したり、要らぬ僻《ひが》みを起して見たりする弊がよくあるので、自分の胸に収めた委《くは》しい叔父叔母の觀察を遠慮なく此所に述べる非禮は憚かりたい。たゞ一言《いちごん》で云ふと、彼等は其當時千代子を僕の嫁にしやうと明言したのだらう。少なくとも遣つても可《い》い位には考へてゐたのだらう。が、其《その》後《ご》彼等の社會に占め得た地位と、彼等とは脊中合せに進んで行く僕の性格が、二重に實行の便宜を奪つて、たゞ惚《ぼ》けかゝつた空《むな》しい義理の拔殻《ねけがら》を、彼等の頭の何處かに置き去りにして行つたと思へば差支ないのである。
 僕と彼等とはあらゆる人の結婚問題に就いても多くを語る機會を持たなかつた。たゞある時叔母と僕との間に斯んな會話が取り換はされた。
 「市《いつ》さんも最《も》う徐々《そろ/\》奧さんを探さなくつちやなりませんね。姉さんは疾《と》うから心配してゐるやうですよ」
 「好いのがあつたら母に知らして遣つて下さい」
 「市さんには大人《おとな》しくつて優しい、親切な看護婦見た樣な女が可《い》いでせう」
 「看護婦見た樣な嫁はないかつて探しても、誰も來手《きて》はあるまいな」
 僕が苦笑しながら、自《みづか》ら嘲ける如く斯う云つた時、今迄向ふの隅で何かしてゐた千代子が、不意に首を上げた。
 「妾《あたし》行つて上げませうか」
 僕は彼女の眼を深く見た。彼女も僕の顔を見た。けれども兩方共其所に意味のある何物をも認めなかつた。叔母は千代子の方を振り向きもしなかつた。さうして、「御前の樣な露骨《むきだし》のがら/\した者が、何で市《いつ》さんの氣に入るものかね」と云つた。僕は低い叔母の聲のうちに、窘《たし》なめる樣な又怖れる樣な一種の響を聞いた。千代子は唯から/\と面白さうに笑つた丈《だけ》であつた。其時百代子も傍《そば》に居た。是は姉の言葉を聞いて微笑しながら席を立つた。形式を具へない斷りを云はれたと解釋した僕はしばらくして又席を立つた。
 此事件後僕は同じ問題に關して母の滿足を買ふための努力を益《ます/\》屑《いさぎ》よしとしなくなつた。自尊心の強い父の子として、僕の神經は斯ういふ點に於て自分でも驚ろく位過敏なのである。勿論僕は其折の叔母に對して決して感情を害しはしなかつた。此方《こつち》からまだ正式の申し込みを受けてゐない叔母としては、あゝより外に意向の洩らし方も無かつたのだらうと思ふ。千代子に至つては何を云はうが笑はうが、何時《いつ》でも蟠《わだか》まりのない彼女の胸の中《なか》を、其儘|外《そと》に表はしたに過ぎないと考へてゐた。僕は其時の千代子の言葉や樣子から察して、彼女が僕の所へ來たがつてゐない事|丈《だけ》は、從前通り慥《たしか》に認めたが、同時に、もし差し向ひで僕の母にしんみり話し込まれでもしたら、えゝさういふ譯なら御嫁に來て上げませうと、其場ですぐ承知しないとも限るまいと思つて、私《ひそ》かに掛念《けねん》を抱《いだ》いた位である。彼女はさう云ふ時に、平氣で自分の利害や親の意思を犠牲に供し得る極めて純粹の女だと僕は常から信じてゐたからである。
 
     八
 
 意地の強い僕は母を嬉しがらせるよりも成る可く自我を傷《きずつ》けない樣にと祈つた。其結果千代子が僕の知らない間《ま》に、母から説き落されてはと掛念して、暗にそれを防ぐ分別をした。母は彼女の生れ落ちた當初既に僕の嫁と極めた丈《だけ》あつて、多くある姪《めひ》や甥《をひ》の中で、取り分け千代子を可愛《かはい》がつた。千代子も子供の時分から僕の家を生家の如く心得て遠慮なく寐泊りに來た。其縁故で、田口と僕の家が昔に比べると比較的疎くなつた今日《こんにち》でも、千代子|丈《だけ》は叔母さん叔母さんと云つて、生《うみ》の親にでも逢ひに來る樣な朗らかな顔をして、しげ/\出入《でいり》をして居た。單純な彼女は、自分の身を的《まと》に時々起る縁談をさへ、隱す所なく母に打ち明けた。人の好い母は又|夫《それ》を素直に聞いて遣る丈《だけ》で、恨めしい眼付一つも見せ得なかつた。僕の恐れる懇談は、斯ういふ關係の深い二人の間に、何時《いつ》起らないとも限らなかつたのである。
 僕の分別といふのは先づ此點に關して、當分母の口を塞いで置かうとする用心に過ぎなかつた。所がいざ改たまつて母にそれを切り出さうとすると、唯自分の我《が》を通す爲に、弱い親の自由を奪ふのは殘酷な子に違ないといふ心持が、何處にか萌《きざ》すので、つい夫《それ》なりにして已《や》める事が多かつた。尤も年寄の眉を曇らすのがたゞ情《なさけ》ない許《ばかり》で已《や》めたとも云はれない。是程親しい間柄でさへ今迄思ひ切つた所を千代子に打ち明け得なかつた母の事だから、假令《たとひ》此儘にして置いても、まあ當分は大丈夫だらうといふ考が、母に對する僕を多少抑へたのである。
 夫《それ》で僕は千代子に關して何といふ明瞭な所置も取らずに過ぎた。尤も斯ういふ不安な状態で日を送つた時期にも、丸《まる》で田口の家と打絶えた譯ではなかつたので、會《たま》には單に母の喜こぶ顔を見るだけの目的をもつて内幸町迄電車を利用した覺さへあつたのである。さういふ或日の晩、僕は久し振りに千代子から、習ひ立ての珍らしい手料理を御馳走するからと引止められて、夕飯の膳に就いた。何時《いつ》も留守勝な叔父が其日は丁度内に居て、食事中例の氣作《きさく》な話をし續けにしたため、若い人の陽氣な笑ひ聲が障子に響く位家の中が賑はつた。飯が濟んだ後《あと》で、叔父は何ういふ考か、突然僕に「市《いつ》さん久し振に一局やらうか」と云ひ出した。僕は左程《さほど》氣が進まなかつたけれども折角だから、遣りませうと答へて、叔父と共に別室へ退いた。二人は其所で二三番打つた。固《もと》より下手と下手の勝負なので、時間の掛る筈もなく、碁石を片付けても未《ま》だ夫《それ》程《ほど》遲くはならなかつた。二人は烟草を呑みながら又話を始めた。其時僕は適當な機會を利用してわざと叔父に「千代子さんの縁談はまだ纒まりませんか」と聞いた。それは固《もと》より僕が千代子に對して他意のないといふ事を示すためであつた。が又一方では、一日も早く此問題の解決が着けば、自分も安心だし、千代子も幸福だと考へたからである。すると叔父は流石《さすが》に男だけあつて、何の躊躇もなく斯う云つた。――
 「いや未《ま》だ中々|左《さ》う行きさうもない。段々そんな話を持つて來て呉れるものはあるが、何しろ六づかしくつて弱る。其上調べれば調べる程面倒になる丈《だけ》だし、まあ大抵の所で纒まるなら纒めて仕舞はうかと思つてる。――縁談なんてものは妙なものでね。今だから御前に話すが、實は千代子の生れたとき、御前の御母さんが、是を市藏の嫁に欲しいつてね――生れ立ての赤ん坊をだよ」
 叔父は此時笑ひながら僕の顔を見た。
 「母は本氣で左《さ》う云つたんださうです」
 「本氣さ。姉さんは又正直な人だからね。實に好い人だ。今でも時々眞面目になつて叔母さんに其話をするさうだ」
 叔父は再び大きな聲を出して笑つた。僕は果して叔父が斯う輕く此事件を解釋してゐるなら、母の爲に少し辯じて遣らうかと考へた。が、もし是が世慣れた人の巧妙な覺《さと》らせ振《ぶり》だとすれば、一口でも云ふ丈《だけ》が愚《おろか》だと思ひ直して黙つた。叔父は親切な人で又世慣れた人である。彼の此時の言葉は何方《どちら》の眼で見て可《い》いのか、僕には今《いま》以《もつ》て解らない。たゞ僕が其時以來千代子を貰はない方へ愈《いよ/\》傾いたのは事實である。
 
     九
 
 夫《それ》から二ケ月|許《ばかり》の間僕は田口の家へ近寄らなかつた。母さへ心配しなければ、夫《それ》限《ぎり》内幸町へは足を向けずに濟ましたかも知れなかつた。たとひ母が心配するにしても、單に彼女に對する掛念|丈《だけ》が問題なら、或は僕の氣隨《きずゐ》をいざといふ極點|迄《まで》押し通したかも知れなかつた。僕はそんな風に生み付けられた男なのである。所が二ケ月の末になつて、僕は突然自分の片意地を翻《ひる》がへさなければ不利だといふ事に氣が付いた。實を云ふと、僕が田口と疎遠になればなる程、母はあらゆる機會を求めて、益《ます/\》千代子と接觸する樣に力《つと》め出したのである。さうして何時《いつ》なんどき僕の最も恐れる直接の談判を、千代子に向つて開かないとも限らない樣に、漸々《ぜん/\》形勢を切迫させて來たのである。僕は思ひ切つて、此危機を一帳場《ひとちやうば》先へ繰り越さうとした。さうして其決心と共に又田口の敷居を跨《また》ぎ出した。
 彼等の僕を遇する態度に固《もと》より變りはなかつた。僕の彼等に對する樣子も亦二ケ月|前《まへ》の通りであつた。僕と彼等とは故《もと》の如く笑つたり、巫山戯《ふざけ》たり、揚足の取りつ競《くら》をしたりした。要するに僕の田口で費《つひ》やした時間は、騷がしい位陽氣であつた。本當の所をいふと、僕には少し陽氣過ぎたのである。從つて腹の中が常に空虚な努力に疲れてゐた。鋭どい眼で注意したら、何處かに僞《いつはり》の影が射して、本來の自分を醜く彩《いろど》つてゐたらうと思ふ。其内で自分の氣分と自分の言葉が、半紙の裏表の樣にぴたりと合つた愉快を感じた覺《おぼえ》が唯《たゞ》一遍ある。夫《それ》は家例として年に一度か二度田口の家族が揃つて遊びに出る日の出來事であつた。僕は知らずに奧へ通つて、千代子一人が閑靜に坐つてゐるのを見て驚ろいた。彼女は風邪を引いたと見えて、咽喉《のど》に濕布をしてゐた。常にも似ない蒼い顔色も淋《さび》しく思はれた。微笑しながら、「今日は妾《あたし》御留守居よ」と云つた時、僕は始めて皆《みんな》出拂つた事に氣が付いた。
 其日の彼女は病氣の所爲《せゐ》か何時《いつ》もよりしんみり落付いてゐた。僕の顔さへ見ると、屹度《きつと》冷かし文句を並べて、何うしても惡口の云ひ合ひを挑《いど》まなければ已《や》まない彼女が、一人ぼつちで妙に沈んでゐる姿を見たとき、僕は不圖《ふと》可憐な心を起した。夫《それ》で席に着くや否や、優しい慰藉の言葉を口から出す氣もなく自《おのづ》から出した。すると千代子は一種變な表情をして、「貴方今日は大變優しいわね。奧さんを貰つたら左《さ》ういふ風に優しく仕《し》て上げなくつちや不可《いけ》ないわね」と云つた。遠慮がなくて親しみ丈《だけ》持つてゐた僕は、今迄千代子に對していくら無愛矯に振舞つても差支ないものと暗に自《みづ》から許してゐたのだといふ事に此時始めて氣が付いた。さうして千代子の眼の中《うち》に何處か嬉しさうな色の微《かす》かながら漂よふのを認めて、自分が惡かつたと後悔した。
 二人は殆んど一所《いつしよ》に生長したと同じ樣な自分達の過去を振り返つた。昔の記憶を語る言葉が互の唇から當時を蘇生《よみがへ》らせる便《たより》として洩れた。僕は千代子の記憶が、僕よりも遙かに勝《すぐ》れて、細かい所迄|鮮《あざ》やかに行き渡つてゐるのに驚ろいた。彼女は今から四年|前《まへ》、僕が玄關に立つた儘袴の綻《ほころび》を彼女に縫はせた事迄覺えてゐた。其時彼女の使つたのは木綿糸でなくて絹糸であつた事も知つてゐた。
 「妾《あたし》貴方の描《か》いて呉れた畫《ゑ》をまだ持つててよ」
 成程|左《さ》う云はれて見ると、千代子に畫《ゑ》を描《か》いて遣つた覺があつた。けれども夫《それ》は彼女が十二三の時の事で、自分が田口に買つて貰つた繪具と紙を僕の前へ押し付けて無理矢理に描《か》かせたものである。僕の畫道に於ける嗜好《たしなみ》は、夫《それ》から以後|今日《こんにち》に至る迄、ついぞ畫筆《ゑふで》を握つた試しがないのでも分るのだから、赤や緑の單純な刺戟が、一通り彼女の眼に映つて仕舞へば、興味は其所に盡きなければならない筈のものであつた。夫《それ》を保存してゐると聞いた僕は迷惑さうに苦笑せざるを得なかつた。
 「見せて上げませうか」
 僕は見ないでも可《い》いと斷つた。彼女は構はず立ち上がつて、自分の室《へや》から僕の畫を納めた手文庫を持つて來た。
 
      十
 
 千代子は其中から僕の描《か》いた畫を五六枚出して見せた。それは赤い椿だの、紫の東菊《あづまぎく》だの、色變りのダリヤだので、孰《いづ》れも單純な花卉《くわき》の寫生に過ぎなかつたが、要らない所にわざと手を掛けて、時間の浪費を厭はずに、細かく綺麗に塗り上げた手際は、今の僕から見ると殆んど驚ろくべきものであつた。僕は是程綿密であつた自分の昔に感服した。
 「貴方それを描《か》いて下すつた時分は、今より餘程《よつぽど》親切だつたわね」
 千代子は突然斯う云つた。僕には其意味が丸《まる》で分らなかつた。畫から眼を上げて、彼女の顔を見ると、彼女も黒い大きな瞳を僕の上に凝《ぢつ》と据ゑてゐた。僕は何ういふ譯でそんな事を云ふのかと尋ねた。彼女はそれでも答へずに僕の顏を見詰めてゐた。やがて何時《いつ》もより小さな聲で「でも近頃頼んだつて、そんなに精出して描《か》いては下さらないでせう」と云つた。僕は描くとも描かないとも答へられなかつた。たゞ腹の中で、彼女の言葉を尤もだと首肯《うけが》つた。
 「夫《それ》でも能く斯んな物を丹念に仕舞つて置くね」
 「妾《あたし》御嫁に行く時も持つてく積《つもり》よ」
 僕は此言葉を聞いて變に悲しくなつた。さうして其悲しい氣分が、すぐ千代子の胸に應《こた》へさうなのが猶恐ろしかつた。僕は其刹那既に涙の溢れさうな黒い大きな眼を自分の前に想像したのである。
 「そんな下らないものは持つて行かないが可《い》いよ」
 「可《い》いわ、持つて行つたつて、妾《あたし》のだから」
 彼女は斯う云ひつゝ、赤い椿や紫の東菊を重ねて、又文庫の中へ仕舞つた。僕は自分の氣分を變へるためわざと彼女に何時頃《いつごろ》嫁に行く積《つもり》かと聞いた。彼女はもう直《ぢき》に行くのだと答へた。
 「然しまだ極つた譯ぢやないんだらう」
 「いゝえ、もう極つたの」
 彼女は明らかに答へた。今迄自分の安心を得る最後の手段として、一日《いちじつ》も早く彼女の縁談が纒まれば好いがと念じてゐた僕の心臓は、此答と共にどきんと音のする浪を打つた。さうして毛穴から這ひ出す樣な膏汗《あぶらあせ》が、脊中と腋の下を不意に襲つた。千代子は文庫を抱《だ》いて立ち上つた。障子を開けるとき、上から僕を見下《みおろ》して、「嘘よ」と一口|判切《はつきり》云ひ切つた儘、自分の室《へや》の方へ出て行つた。
 僕は動く考もなく故《もと》の席に坐つてゐた。僕の胸には忌々《いま/\》しい何物も宿らなかつた。千代子の嫁に行く行かないが、僕に何う影響するかを、此時始めて實際に自覺する事の出來た僕は、それを自覺させて呉れた彼女の翻弄に對して感謝した。僕は今迄氣が付かずに彼女を愛してゐたのかも知れなかつた。或は彼女が氣が付かないうちに僕を愛してゐたのかも知れなかつた。――僕は自分といふ正體が、夫《それ》程《ほど》解り惡《にく》い怖《こは》いものなのだらうかと考へて、しばらく茫然としてゐた。すると彼方《あちら》の方で電話がちりん/\と鳴つた。千代子が縁傳ひに急ぎ足で遣つて來て、僕に一所に電話を掛けて呉れと頼んだ。僕には一所に掛けるといふ意味が呑み込めなかつたが、すぐ立つて彼女と共に電話口へ行つた。
 「もう呼び出してあるのよ。妾《あたし》聲が嗄《か》れて、咽喉《のど》が痛くつて話が出來ないから貴方代理をして頂戴。聞く方は妾《あたし》が聞くから」
 僕は相手の名前も分らない、又向ふの話の通じない電話を掛けるべく、前屈《まへこゞ》みになつて用意をした。千代子は既に受話器を耳に宛《あ》てゝゐた。それを通して彼女の頭へ送られる言葉は、獨り彼女が占有する丈《だけ》なので、僕はたゞ彼女の小聲でいふ挨拶を大きくして譯も解らず先方へ取次ぐに過ぎなかつた。夫《それ》でも始の内は滑稽も構はず暇が掛るのも厭はず平氣で遣《や》つてゐたが、次第に僕の好奇心を挑發《てうはつ》する樣な返事や質問が千代子の口から出て來るので、僕は曲《こゞ》んだ儘、おい一寸《ちよいと》それを御貸《おかし》と聲を掛けて左手を眞直に千代子の方へ差し伸べた。千代子は笑ひながら否々《いや/\》をして見せた。僕は更に姿勢を正しくして、受話器を彼女の手から奪はうとした。彼女は決して夫《それ》を離さなかつた。取らうとする取らせまいとする爭が二人の間に起つた時、彼女は手早く電話を切つた。さうして大きな聲を揚げて笑ひ出した。――
 
     十一
 
 斯ういふ光景が若し今より一年前に起つたならと僕は其《その》後《ご》何遍も繰り返し/\思つた。さう思ふ度に、もう遲過ぎる、時機は既に去つたと運命から宣告される樣な氣がした。今からでも斯ういふ光景を二度三度と重ねる機會は捉《つら》まへられるではないかと、同じ運命が暗に僕を唆《そゝ》のかす日もあつた。成程二人の情愛を互ひに反射させ合ふためにのみ眼の光を使ふ手段を憚《はゞ》からなかつたなら、千代子と僕とは其日を基點として出立しても、今頃は人間の利害で割《さ》く事の出來ない愛に陷《おちい》つてゐたかも知れない。たゞ僕はそれと反對の方針を取つたのである。
 田口夫婦の意向や僕の母の希望は、他人の入智慧同樣に意味の少ないものとして、單に彼女と僕を裸にした生れ付|丈《だけ》を比較すると、僕等は到底《とて》も一所になる見込のないものと僕は平生から信じてゐた。是は何故《なぜ》と聞かれても滿足の行く樣に答辯が出來ないかも知れない。僕は人に説明する爲にさう信じてゐるのでないから。僕はかつて文學|好《ずき》のある友達からダヌンチオと一少女の話を聞いた事がある。ダヌンチオといふのは今の以太利《イタリア》で一番有名な小説家ださうだから、僕の友達の主意は無論彼の勢力を僕に紹介する積《つもり》だつたのだらうが、僕には其所へ引合に出された少女の方が彼よりも遙かに興味が多かつた。其話は斯うである。――
 ある時ダヌンチオが招待を受けてある會合の席へ出た。文學者を國家の裝飾の樣に持《も》て囃《はや》す西洋の事だから、ダヌンチオは其席に群がる凡《すべ》ての人から多大の尊敬と愛嬌を以て偉人の如く取扱かはれた。彼が滿堂の注意を一身に集めて、衆人の間を彼所此所《あちこち》徘徊《はいくわい》してゐるうち、何ういふ機會《はずみ》か自分の手巾《ハンケチ》を足の下《もと》へ落した。混雜の際と見えて、彼は固《もと》より、傍《はた》のものも一向それに氣が付かずにゐた。すると未《まだ》年の若い美くしい女が一人其|手巾《はんけち》を床《ゆか》の上から取り上げて、ダヌンチオの前へ持つて來た。彼女はそれをダヌンチオに渡す積《つもり》で、是は貴方のでせうと聞いた。ダヌンチオは有難うと答へたが、女の美くしい器量に對して一寸愛嬌が必要になつたと見えて、「貴方のにして持つて居らつしやい、進上しますから」と恰も少女の喜びを豫想した樣な事を云つた。女は一口の答もせず黙つて其|手巾《はんけち》を指先で撮《つま》んだ儘|暖爐《ストーヴ》の傍《そば》迄行つていきなり夫《それ》を火の中へ投げ込んだ。ダヌンチオは別にして其他の席に居合せたものは悉《こと/”\》く微笑を洩らした。
 僕は此話を聞いた時、年の若い茶褐色の髪毛を有《も》つた以太利《イタリア》生れの美人を思ひ浮べるよりも、其代りとしてすぐ千代子の眼と眉を想像した。さうして夫《それ》が若し千代子でなくつて妹の百代子であつたなら、たとひ腹の中は何うあらうとも、其場は禮を云つて快よく手巾《ハンケチ》を貰ひ受けたに違ひあるまいと思つた。たゞ千代子には夫《それ》が出來ないのである。
 口の惡い松本の叔父は此|姉妹《きやうだい》に渾名《あだな》を付けて常に大蝦蟆《おほがま》と小蝦蟆《ちひがま》と呼んでゐる。二人の口が唇の薄い割に長過ぎる所が銀貨入れの蟇口《がまぐち》だと云つては常に二人を笑はせたり怒らせたりする。是は性質に關係のない顏形の話であるが、同じ叔父が口癖の樣に此|姉妹《きやうだい》を評して、小蟇《ちひがま》は大人《おとな》しくつて好いが、大蟇《おほがま》は少し猛烈過ぎると云ふのを聞く度に、僕はあの叔父が何う千代子を觀察してゐるのだらうと考へて、必ず彼の眼識に疑を挾《さしは》さみたくなる。千代子の言語なり擧動なりが時に猛烈に見えるのは、彼女が女らしくない粗野な所を内に藏《かく》してゐるからではなくつて、餘り女らしい優しい感情に前後を忘れて自分を投げ掛けるからだと僕は固く信じて疑がはないのである。彼女の有《も》つてゐる善惡是非の分別は殆んど學問や經驗と獨立してゐる。たゞ直覺的に相手を目當に燃え出す丈《だけ》である。夫《それ》だから相手は時によると稻妻に打たれた樣な思ひをする。當りの強く烈しく來るのは、彼女の胸から純粹な塊《かた》まりが一度に多量に飛んで出るといふ意味で、刺《とげ》だの毒だの腐触劑《ふしよくざい》だのを吹き掛けたり浴びせ掛けたりするのとは丸《まる》で譯が違ふ。其證據にはたとひ何《ど》れ程《ほど》烈しく怒《おこ》られても、僕は彼女から清いもので自分の腸《はらわた》を洗はれた樣な氣持のした場合が今迄に何遍もあつた。氣高《けだか》いものに出會つたといふ感じさへ稀には起した位である。僕は天下の前にたゞ一人立つて、彼女はあらゆる女のうちで尤も女らしい女だと辯護したい位に思つてゐる。
 
      十二
 
 是程|好《よ》く思つてゐる千代子を妻《さい》として何處が不都合なのか。――實は僕も自分で自分の胸に斯う聞いた事がある。其時|理由《わけ》も何もまだ考へない先に、僕はまづ恐ろしくなつた。さうして夫婦としての二人を長く眼前に想像するに堪へなかつた。斯んな事を母に云つたら定めし驚ろくだらう、同年輩の友達に話しても或は通じないかも知れない。けれども強ひて沈黙のなかに記憶を埋《うづ》める必要もないから、それを自分|丈《だけ》の感想に止《とゞ》めないで此所に自白するが、一口に云ふと、千代子は恐ろしい事を知らない女なのである。さうして僕は恐ろしい事|丈《だけ》知つた男なのである。だから唯釣り合はない許《ばかり》でなく、夫婦となれば正に逆に出來上るより外に仕方がないのである。
 僕は常に考へてゐる。「純粹な感情程美くしいものはない。美くしいもの程強いものはない」と。強いものが恐れないのは當り前である。僕がもし千代子を妻《さい》にするとしたら、妻《さい》の眼から出る強烈な光に堪へられないだらう。其光は必ずしも怒を示すとは限らない。情《なさけ》の光でも、愛の光でも、若《もし》くは渇仰《かつかう》の光でも同じ事である。僕は屹度《きつと》其光の爲に射竦《ゐすく》められるに極つてゐる。それと同程度或はより以上の輝くものを、返禮として彼女に與へるには、感情家として僕が餘りに貧弱だからである。僕は芳烈な一樽の清酒を貰つても、それを味はひ盡くす資格を持たない下戸として、今日《こんにち》迄《まで》世間から教育されて來たのである。
 千代子が僕の所へ嫁に來れば必ず殘酷な失望を經驗しなければならない。彼女は美くしい天賦の感情を、有るに任せて惜氣《をしげ》もなく夫《をつと》の上に注《つ》ぎ込む代りに、それを受け入れる夫《をつと》が、彼女から精神上の營養を得て、大いに世の中に活躍するのを唯一の報酬として夫《をつと》から豫期するに違ひない。年の行かない、學問の乏しい、見識の狹い點から見ると氣の毒と評して然るべき彼女は、頭と腕を擧げて實世間に打ち込んで、肉眼で指《さ》す事の出來る權力か財力を攫《つか》まなくつては男子でないと考へてゐる。單純な彼女は、たとひ僕の所へ嫁に來ても、矢張さう云ふ働き振を僕から要求し、又要求さへすれば僕に出來るものとのみ思ひ詰めてゐる。二人の間に横たはる根本的の不幸は此所に存在すると云つても差支ないのである。僕は今云つた通り、妻《さい》としての彼女の美くしい感情を、さう多量に受け入れる事の出來ない至つて燻《くす》ぶつた性質《たち》なのだが、よし燒石に水を濺《そゝ》いだ時の樣に、それを悉《こと/”\》く吸ひ込んだ所で、彼女の望み通りに利用する譯には到底《とて》も行かない。もし純粹な彼女の影響が僕の何處かに表はれるとすれば、それは幾何《いくら》説明しても彼女には全く分らない所に、思ひも寄らぬ形となつて發現する丈《だけ》である。萬一彼女の眼に留まつても、彼女はそれをコスメチツクで塗り堅めた僕の頭や羽二重の足袋で包んだ僕の足よりも難有《ありがた》がらないだらう。要するに彼女から云へば、美くしいものを僕の上に永久浪費して、次第々々に結婚の不幸を嘆くに過ぎないのである。
 僕は自分と千代子を比較する毎に、必ず恐れない女と恐れる男といふ言葉を繰り返したくなる。仕舞にはそれが自分の作つた言葉でなくつて、西洋人の小説に其儘出てゐる樣な氣を起す。此間講釋好きの松本の叔父から、詩と哲學の區別を聞かされて以来は、恐れない女と恐れる男といふと、忽ち自分に縁の遠い詩と哲學を想ひ出す。叔父は素人學問《しろうとがくもん》ながら斯んな方面に興味を有《も》つてゐる丈《だけ》に、面白い事を色々話して聞かしたが、僕を捕《つら》まへて「御前の樣な感情家は」と暗に詩人らしく僕を評したのは間違つてゐる。僕に云はせると、恐れないのが詩人の特色で、恐れるのが哲人の運命である。僕の思ひ切つた事の出來ずに愚圖々々してゐるのは、何より先に結果を考へて取越苦勞をするからである。千代子が風の如く自由に振舞ふのは、先の見えない程強い感情が一度に胸に湧き出るからである。彼女は僕の知つてゐる人間のうちで、最も恐れない一人《いちにん》である。だから恐れる僕を輕蔑するのである。僕は又感情といふ自分の重みで蹴爪《けつま》付きさうな彼女を、運命のアイロニーを解せざる詩人として深く憐れむのである。否《いな》時によると彼女の爲に戰慄するのである。
 
     十三
 
 須永の話の末段は少し敬太郎の理解力を苦しめた。事實を云へば彼は又彼なりに詩人とも哲學者とも云ひ得る男なのかも知れなかつた。然し夫《それ》は傍《はた》から彼を見た眼の評する言葉で、敬太郎自身は決して何方《どつち》とも思つてゐなかつた。從つて詩とか哲學とかいふ文字も、月の世界でなければ役に立たない夢の樣なものとして、殆んど一顧に價《あたひ》しない位に見限《みかぎ》つてゐた。其上彼は理窟が大嫌ひであつた。右か左へ自分の身體を動かし得ない唯の理窟は、いくら旨く出來ても彼には用のない贋造紙幣《がんざうしへい》と同じ物であつた。從つて恐れる男とか恐れない女とかいふ辻占《つじうら》に似た文句を、黙つて聞いてゐる筈はなかつたのだが、しつとりと潤《うるほ》つた身の上話の續きとして、感想が其所へ流れ込んで來たものだから、敬太郎も能く解らないながら素直に耳を傾むけなければ濟まなかつたのである。
 須永も其所に氣が付いた。
 「話が理窟|張《ば》つて六づかしくなつて來たね。あんまり一人で調子に乘つて饒舌《しやべ》つてゐるものだから」
 「いや構はん。大變面白い」
 「洋杖《ステツキ》の效果《きゝめ》がありやしないか」
 「何うも不思議にあるやうだ。序でにもう少し先迄話す事にしやうぢやないか」
 「もう無いよ」
 須永はさう云ひ切つて、靜かな水の上に眼を移した。
敬太郎も少時《しばらく》黙つてゐた。不思議にも今聞かされた須永の詩だか哲學だか分らないものが、形の判然《はつきり》しない雲の峯の樣に、頭の中に聳えて容易に消えさうにしなかつた。何事も語らないで彼の前に坐つてゐる須永自身も、平生の紋切形《もんきりがた》を離れた怪しい一種の人物として彼の眼に映じた。何うしてもまだ話の續きがあるに違ないと思つた敬太郎は、今の一番仕舞の物語は何時《いつ》頃《ごろ》の事かと須永に尋ねた。それは自分の三年生位の時の出來事だと須永は答へた。敬太郎は同じ關係が過去一年餘りの間に何ういふ徑路を取つて何う進んで、今は何《ど》んな解決が付いてゐるかと聞き返した。須永は苦笑して、先づ外へ出てからにしやうと云つた。二人は勘定を濟まして外へ出た。須永は先へ立つ敬太郎の得意に振り動かす洋杖《ステツキ》の影を見て又苦笑した。
 柴又の帝釋天の境内に來た時、彼等は平凡な堂宇を、義理に拜ませられたやうな顏をしてすぐ門を出た。さうして二人共汽車を利用してすぐ東京へ歸らうといふ氣を起した。停車場《ステーシヨン》へ來ると、間怠《まだ》るこい田舍汽車の發車時間にはまだ大分《だいぶ》間《ま》があつた。二人はすぐ其所にある茶店に入つて休息した。次の物語は其時敬太郎が前約を楯に須永から聞かして貰つたものである。――
 僕が大學の三年から四年に移る夏休みの出來事であつた。宅《うち》の二階に籠つて此暑中を何う暮らしたら宜《よ》からうと思案してゐると、母が下から上《あが》つて來て、閑になつたら鎌倉へ一寸行つて來たら何うだと云つた。鎌倉には其一週間程前から田口のものが避暑に行つてゐた。元來叔父は餘り海邊《うみべ》を好まない性質《たち》なので、一家《いつけ》のものは毎年輕井澤の別莊へ行くのを例にしてゐたのだが、其年は是非海水浴がしたいと云ふ娘達の希望を容れて、材木座にある、或人の邸宅《やしき》を借り入れたのである。移る前に千代子が暇乞かた/”\報知《しらせ》に來て、まだ行つては見ないけれども、山陰の凉しい崖の上に、二段か三段に建てた割合手廣な住居《すまひ》ださうだから是非遊びに來いと母に勸めてゐたのを、僕は傍《そば》で聞いてゐた。夫《それ》で僕は母に貴方こそ行つて遊んで來たら氣保養《きぼやう》になつて可《よ》からうと忠告した。母は懷から千代子の手紙を出して見せた。夫《それ》には千代子と百代子の連名で、母と僕に一所に來る樣にと、彼等の女親の命令を傳へる如く書いてあつた。母が行くとすれば年寄一人を汽車に乘せるのは心配だから、是非共僕が付いて行かなければならなかつた。變窟な僕からいふと、さう混雜《ごた/\》した所へ二人で押し掛けるのは、世話にならないにしても氣の毒で厭だつた。けれども母は行きたい樣な顏をした。さうして夫《それ》が僕の爲に行きたい樣な顏に見えるので僕は益《ます/\》厭になつた。が、とゞの詰りとう/\行く事にした。斯う云つても人には通じないかも知れないが、僕は意地の強い男で、又意地の弱い男なのである。
 
     十四
 
 母は内氣な性分なので平生から餘り旅行を好まなかつた。昔風に重きを置かなければ承知しない嚴格な父の生きてゐる頃は外へもさう度々は出られない樣子であつた。現に僕は父と母が娯樂の目的をもつて一所に家を留守にした例を覺えてゐない。父が死んで自由が利くやうになつてからも、さう勝手な時に好きな所へ行く機會は不幸にして僕の母には與へられなかつた。一人で遠くへ行つたり、長く宅《うち》を空《あ》けたりする便宜を有《も》たない彼女は、母子《おやこ》二人の家庭に斯うして幾年を老いたのである。
 鎌倉へ行かうと思ひ立つた日、僕は彼女のために一個の鞄《かばん》を携《たづさ》へて直行《ちよくかう》の汽車に乘つた。母は車の動き出す時、隣に腰を掛けた僕に、汽車も久し振りだねと笑ひながら云つた。さう云はれた僕にも實は餘り頻繁な經驗ではなかつた。新らしい氣分に誘はれた二人の會話は平生《ふだん》よりは生々《いき/\》してゐた。何を話したか自分にも一向《いつかう》覺えのない事を、聞いたり聞かれたりして斷續に任せてゐるうちに車は目的地に着いた。豫《あらか》じめ通知をしてないので停車場《ステーション》には誰も迎に來てゐなかつたが、車を雇ふとき某《なにがし》さんの別莊と注意したら、車夫はすぐ心得て引き出した。僕はしばらく見ないうちに、急に新らしい家の多くなつた砂道を通りながら、松の間《あひだ》から遠くに見える畠中《はたなか》の黄色い花を美くしく眺めた。それは一寸見ると丸《まる》で菜種の花と同じ趣《おもむき》を具へた目新らしいものであつた。僕は車の上で、この散《ち》ら/\する色は何だらうと考へ拔いた揚句、突然|唐茄子《たうなす》だと氣が付いたので獨《ひと》り可笑《をか》しがつた。
 車が別莊の門に着いた時、戸障子を取り外《はづ》した座敷の中に動く人の影が往來から能く見えた。僕はそのうちに白い浴衣《ゆかた》を着た男のゐるのを見て、多分叔父が昨日《きのふ》あたり東京から來て泊つてるのだらうと思つた。所が奧に居るものが悉《こと/”\》く僕等を迎へるために玄關へ出て來たのに、其男|丈《だけ》は少しも顔を見せなかつた。勿論叔父なら其位の事は有る可き筈だと思つて、座敷へ通つて見ると、其所にも彼の姿は見えなかつた。僕はきよろ/\してゐるうちに、叔母と母が汽車の中は嘸《さぞ》暑かつたらうとか、見晴しの好い所が手に入《い》つて結構だとか、年寄の女だけに口數《くちかず》の多い挨拶の遣取《やりとり》を始めた。千代子と百代子は母の爲に浴衣《ゆかた》を勸めたり、脱ぎ捨てた着物を晒干《さぼ》して呉れたりした。僕は下女に風呂場へ案内して貰つて、水で顔と頭を洗つた。海岸からは大分《だいぶ》道程《みちのり》のある山手だけれども水は存外惡かつた。手拭を絞つて金盥《かなだらひ》の底を見てゐると、忽ち砂の樣な滓《おり》が澱《をど》んだ。
 「是を御使ひなさい」といふ千代子の聲が突然|後《うしろ》でした。振り返ると、乾いた白いタオルが肩の所に出てゐた。僕はタオルを受取つて立ち上つた。千代子は又|傍《そば》にある鏡臺の抽出《ひきだし》から櫛《くし》を出して呉れた。僕が鏡の前に坐つて髪を解かしてゐる間、彼女は風呂場の入口の柱に身體を持たして、僕の濡れた頭を眺めてゐたが、僕が何も云はないので、向ふから「惡い水でせう」と聞いた。僕は鏡の中を見たなり、何うして斯んな色が着いてゐるのだらうと云つた。水の問答が濟んだとき、僕は櫛を鏡臺の上に置いて、タオルを肩に掛けた儘立ち上つた。千代子は僕より先に柱を離れて座敷の方へ行かうとした。僕は藪から棒に後《うしろ》から彼女の名を呼んで、叔父は何處にゐるかと尋ねた。彼女は立ち止まつて振り返つた。
 「御父さんは四五日|前《まへ》一寸入らしつたけど、一昨日《をとゝひ》又用が出來たつて東京ヘ御歸りになつた限《ぎり》よ」
 「此所にや居ないのかい」
 「えゝ。何故《なぜ》。ことによると今日の夕方吾一さんを連れて、又入らつしやるかも知れないけども」
 千代子は明日《あした》もし天氣が好ければ皆《みんな》と魚《さかな》を漁《と》りに行く筈になつてゐるのだから、田口が都合して今日の夕方迄に來て呉れなければ困るのだと話した。さうして僕にも是非一所に行けと勸めた。僕は魚の事よりも先刻《さつき》見た浴衣掛《ゆかたがけ》の男の居所が知りたかつた。
 
     十五
 
 「先刻《さつき》誰だか男の人が一人座敷に居たぢやないか」
 「あれ高木《たかぎ》さんよ。ほら秋子さんの兄さんよ。知つてるでせう」
 僕は知つて居るとも居ないとも答へなかつた。然し腹の中では、此高木と呼ばれる人の何者かをすぐ了解した。百代子の學校朋輩に高木秋子といふ女のある事は前から承知してゐた。其人の顏も、百代子と一所に撮《と》つた寫眞で知つてゐた。手蹟《しゆせき》も繪端書で見た。一人の兄が亞米利加《アメリカ》へ行つてゐるのだとか、今歸つて來た許《ばかり》だとかいふ話も其頃耳にした。困らない家庭なのだらうから、其人が鎌倉へ遊びに來てゐる位は怪しむに足らなかつた。よし此所に別莊を持つてゐた所で不思議はなかつた。が、僕は其高木といふ男の住んでゐる家を千代子から聞き度くなつた。
 「つい此下よ」と彼女は云つた限《ぎり》であつた。
 「別莊かい」と僕は重ねて聞いた。
 「えゝ」
 二人はそれ以外を語らずに座敷へ歸つた。座敷では母と叔母がまだ海の色が何うだとか、大佛が何方《どつち》の見當に中《あた》るとかいふ左程《さほど》でもない事を、問題らしく聞いたり教へたりしてゐた。百代子は千代子に彼等の父が其日の夕方迄に來ると云つて、わざ/\知らせて來た事を告げた。二人は明日《あす》魚《さかな》を漁《と》りに行く時の樂みを、今|眼《ま》の當りに描《ゑが》き出して、既に手の内に握つた人の如く語り合つた。
 「高木さんも入らつしやるんでせう」
 「市《いつ》さんも入らつしやい」
 僕は行かないと答へた。其理由として、少し宅《うち》に用があつて、今夜東京へ歸《か》へらなければならないからといふ説明を加へた。然し腹の中では只でさへ斯う混雜《ごた/\》してゐる處へ田口が吾一でも連れて來たら、夫《それ》こそ自分の寐る場所さへ無くなるだらうと心配したのである。其上僕は姉妹《きやうだい》の知つてゐる高木といふ男に會ふのが厭だつた。彼は先刻《さつき》迄二人と僕の評判をしてゐたが、僕の來たのを見て、遠慮して裏から歸つたのだと百代子から聞いた時、僕はまづ窮屈な思ひを逃《のが》れて好かつたと喜こんだ。僕は夫《それ》程《ほど》知らない人を怖《こは》がる性分なのである。
 僕の歸ると云ふのを聞いた二人は、驚ろいたやうな顔をして留《と》めに掛つた。殊に千代子は躍起《やくき》になつた。彼女は僕を捉《つら》まへて變人だと云つた。母を一人殘してすぐ歸る法はないと云つた。歸ると云つても歸さないと云つた。彼女は自分の妹や弟に對してよりも、僕に對しては遙かに自由な言葉を使ひ得る特權を有《も》つてゐた。僕は平生から彼女が僕に對して振舞ふ如く大膽に率直に(或時は善意ではあるが)威壓的に、他人に向つて振舞ふ事が出來たなら、僕の樣な他に缺點の多いものでも、嘸《さぞ》愉快に世の中を渡つて行かれるだらうと想像して、大いに此小さな暴君《タイラント》を羨ましがつてゐた。
 「えらい權幕《けんまく》だね」
 「貴方は親不孝よ」
 「ぢや叔母さんに聞いて來るから、もし叔母さんが泊つて行く方が可《い》いつて、仰《おつ》しやつたら、泊つて入らつしやい。ね」
 百代子は仲裁を試みる樣な口調で斯う云ひながら、すぐ年寄の話してゐる座敷の方へ立つて行つた。僕の母の意向は無論聞く迄もなかつた。從つて百代子の年寄二人から齎《もた》らした返事も此所に述べるのは蛇足《だそく》に過ぎない。要するに僕は千代子の捕虜になつたのである。
 僕はやがて一寸町へ出て來るといふ口實《いひまへ》の下《もと》に、午後の暑い日を洋傘《かうもり》で遮《さへ》ぎりながら別莊の附近を順序なく徘徊《はいくわい》した。久しく見ない土地の昔を偲《しの》ぶ爲と云へば云へない事もないが、僕にそんな寂《さ》びた心持を嬉しがる風流があつたにした所で、今は夫《それ》に耽《ふけ》る落付も餘裕も與へられなかつた。僕は只うろ/\と其所等の標札を讀んで歩いた。さうして比較的立派な平屋建《ひらやだて》の門の柱に、高木の二字を認めた時、是だらうと思つて、しばらく門前に佇《たゝず》んだ。夫《それ》から後《あと》は全く何の目的もなしに猶《なほ》緩漫な歩行を約十五分|許《ばかり》續けた。然し是は僕が自分の心に、高木の家を見る爲にわざ/\表へ出たのではないと申し渡したと同じ樣なものであつた。僕はさつさと引き返した。
 
     十六
 
 實を云ふと、僕は此高木といふ男に就いて、殆んど何も知らなかつた。只一遍百代子から彼が適當な配偶を求めつゝある由を聞いた丈《だけ》である。其時百代子が、御姉さんには何うかしらと、丁度相談でもする樣に僕の顔色を見たのを覺えてゐる。僕は何時《いつ》もの通り冷淡な調子で、好いかも知れない、御父さんか御母さんに話して御覽と云つたと記憶する。夫《それ》から以後僕の田口の家《うち》に足を入れた度數は何遍あるか分らないが、高木の名前は少くとも僕のゐる席ではついぞ誰の口にも上《のぼ》らなかつたのである。夫《それ》程《ほど》親しみの薄い、顏さへ見た事のない男の住居《すまひ》に何の興味があつて、僕はわざ/\砂の燒ける暑さを冒して外出したのだらう。僕は今日《こんにち》迄《まで》その理由を誰にも話さずにゐた。自分自身にも其時には能く説明が出來なかつた。たゞ遠くの方にある一種の不安が、僕の身體を動かしに來たといふ漠たる感じが胸に射《さ》した許《ばかり》であつた。それが鎌倉で暮らした二日の間に、紛れもないある形を取つて發展した結果を見て、僕を散歩に誘ひ出したのも失張同じ力に違ひないと今から思ふのである。
 僕が別莊へ歸つて一時間經つか經たないうちに、僕の注意した門札と同じ名前の男が忽ち僕の前に現はれた。田口の叔母は、高木さんですと云つて叮嚀に其男を僕に紹介した。彼は見るからに肉の緊《しま》つた血色の好い青年であつた。年から云ふと、或は僕より上かも知れないと思つたが、其きび/\した顔付を形容するには、是非共青年といふ文字が必要になつた位彼は生氣に充ちてゐた。僕は此男を始めて見た時、是は自然が反對を比較する爲に、わざと二人を同じ座敷に並べて見せるのではなからうかと疑ぐつた。無論其不利益な方面を代表するのが僕なのだから、斯う改たまつて引き合はされるのが、僕にはたゞ惡い洒落《しやれ》としか受取られなかつた。
 二人の容貌が既に意地の好くない對照を與へた。然し樣子とか應對振《おうたいぶり》とかになると僕は更に甚しい相違を自覺しない譯に行かなかつた。僕の前にゐるものは、母とか叔母とか從妹《いとこ》とか、皆親しみの深い血屬ばかりであるのに、夫等《それら》に取り捲かれてゐる僕が、此高木に比べると、却つて何處からか客にでも來たやうに見えた位、彼は自由に遠慮なく、しかも或程度の品格を落す危險なしに己《おのれ》を取扱かふ術を心得てゐたのである。知らない人を怖れる僕に云はせると、此男は生れるや否や交際場裏に棄てられて、其儘|今日《こんにち》迄《まで》同じ所で人と成つたのだと評したかつた。彼は十|分《ぷん》と經たないうちに、凡《すべ》ての會話を僕の手から奪つた。さうして夫《それ》を悉《こと/”\》く一身に集めて仕舞つた。其代り僕を除《の》け物《もの》にしないための注意を拂つて、時々僕に一句か二句の言葉を與へた。夫《それ》が又|生憎《あいにく》僕には興味の乘らない話題ばかりなので、僕はみんなを相手にする事も出來ず、高木一人を相手にする譯にも行かなかつた。彼は田口の叔母を親しげに御母《おかあ》さん/\と呼んだ。千代子に對しては、僕と同じ樣に、千代ちやんといふ幼馴染《をさななじみ》に用ひる名を、自然に命ぜられたかの如く使つた。さうして僕に、先程御着になつた時は、丁度千代ちやんと貴方の御噂をしてゐた所でしたと云つた。
 僕は初めて彼の容貌を見た時から既に羨ましかつた。話をする所を聞いて、すぐ及ばないと思つた。夫《それ》丈《だけ》でも此場合に僕を不愉快にするには充分だつたかも知れない。けれども段々彼を觀察してゐるうちに、彼は自分の得意な點を、劣者の僕に見せ付ける樣な態度で、誇り顔に發揮するのではなからうかといふ疑が起つた。其時僕は急に彼を恨み出した。さうして僕の口を利くべき機會が廻つて來てもわざと沈黙を守つた。
 落ち付いた今の氣分で其時の事を回顧して見ると、斯う解釋したのは或は僕の僻《ひが》みだつたかも分らない。僕はよく人を疑ぐる代りに、疑ぐる自分も同時に疑がはずには居られない性質《たち》だから、結局|他《ひと》に話をする時にも何方《どつち》と判然《はつきり》した所が云ひ惡《にく》くなるが、若し夫《それ》が本當に僕の僻《ひが》み根性だとすれば、其裏面には未《まだ》凝結した形にならない嫉?《しつと》が潜んでゐたのである。
 
     十七
 
 僕は男として嫉?《しつと》の強い方か弱い方か自分にも能く解らない。競爭者のない一人息子として寧ろ大事に育てられた僕は、少なくとも家庭のうちで嫉?《しつと》を起す機會を有《も》たなかつた。小學や中學は自分より成績の好い生徒が幸ひにしてさう無かつた爲か、至極太平に通り拔けた樣に思ふ。高等學校から大學へ掛けては、席次に左程《さほど》重きを置かないのが、一般の習慣であつた上、年毎に自分を高く見積る見識といふものが加はつて來るので、點數の多少は大した苦にならなかつた。此等を外にして、僕はまだ痛切な戀に落ちた經驗がない。一人の女を二人で爭つた覺《おぼえ》は猶更ない。自白すると僕は若い女殊に美くしい若い女に對しては、普通以上に精密な注意を拂ひ得る男なのである。往來を歩いて綺麗な顔と綺麗な着物を見ると、雲間から明らかな日が射した時の樣に晴やかな心持になる。會《たま》にはその所有者になつて見たいと云ふ考も起る。然し其顔と其着物が何う果敢《はか》なく變化し得るかをすぐ豫想して、醉が去つて急にぞつとする人の淺間しさを覺える。僕をして執念《しふね》く美くしい人に附纒《つけまつ》はらせないものは、正に此酒に棄てられた淋しみの障害に過ぎない。僕は此氣分に乘り移られるたびに、若い自分が突然|老人《としより》か坊主に變つたのではあるまいかと思つて、非常な不愉快に陷《おちい》る。が、或は夫《それ》が爲に戀の嫉?《しつと》といふものを知らずに濟ます事が出來たかも知れない。
 僕は普通の人間でありたいといふ希望を有《も》つてゐるから、嫉?心《しつとしん》のないのを自慢にしたくも何ともないけれども、今話した樣な譯で、眼《ま》の當りに此高木といふ男を見る迄は、さういふ名の付く感情に強く心を奪はれた試《ためし》がなかつたのである。僕は其時高木から受けた名状し難い不快を明らかに覺えてゐる。さうして自分の所有でもない、又所有にする氣もない千代子が源因で、此|嫉?心《しつとしん》が燃え出したのだと思つた時、僕は何うしても僕の嫉?心《しつとしん》を抑え付けなければ自分の人格に對して申し譯がない樣な氣がした。僕は存在の權利を失つた嫉?心《しつとしん》を抱《いだ》いて、誰にも見えない腹の中で苦悶し始めた。幸ひ千代子と百代子が日が薄くなつたから海へ行くと云ひ出したので、高木が必ず彼等に跟《つ》いて行くに違ないと思つた僕は、早く跡に一人殘りたいと願つた。彼等は果して高木を誘つた。所が意外にも彼は何とか言譯を拵えて容易に立たうとしなかつた。僕はそれを僕に對する遠慮だらうと推察して、益《ます/\》眉を暗くした。彼等は次に僕を誘つた。僕は固《もと》より應じなかつた。高木の面前から一刻も早く逃《のが》れる機會は、與へられないでも手を出して奪いたい位に思つてゐたのだが、今の氣分では二人と濱邊まで行く努力が既に厭であつた。母は失望した樣な頭をして、一所に行つて御出《おいで》なと云つた。僕は黙つて遠くの海の上を眺めてゐた。姉妹《きやうだい》は笑ひながら立ち上つた。
 「相變らず偏窟《へんくつ》ね貴方は。丸《まる》で腕白小僧見たいだわ」
 千代子に斯う罵しられた僕は、實際誰の目にも立派な腕白小僧として見えたらう。僕自身も腕白小僧らしい思ひをした。調子の好い高木は縁側へ出て、二人の爲に菅笠の樣に大きな麥藁帽を取つて遣つて、行つて入らつしやいと挨拶をした。
 二人の後姿が別莊の門を出た後で、高木は猶《なほ》しばらく年寄を相手に話してゐた。斯うやつて避暑に來てゐると氣樂で好いが、何うして日を送るかゞ大問題になつて却つて苦痛になる抔《など》と、實際活氣に充ちた身體を暑さと退屈さに持ち扱かつてゐる風に見えた。やがて、是から晩迄何をして暮らさうかしらと獨言《ひとりごと》の樣に云つて、不意に思ひ出した如く、玉《たま》は何うですと僕に聞いた。幸ひにして僕は生れてからまだ玉突といふ遊戯を試みた事がなかつたのですぐ斷つた。高木は丁度好い相手が出來たと思つたのに殘念だと云ひながら歸つて行つた。僕は活?に動く彼の後影を見送つて、彼は是から姉妹《きやうだい》のゐる濱邊の方へ行くに違ひないといふ氣がした。けれども僕は坐つてゐる席を動かなかつた。
 
     十八
 
 高木の去つた後《あと》、母と叔母は少時《しばらく》彼の噂をした。初對面の人|丈《だけ》に母の印象は殊に深かつた樣に見えた。氣の置けない、至つて行き屆いた人らしいと云つて賞めてゐた。叔母は又母の批評を一々實例に照らして確かめる風に見えた。此時僕は高木に就いて知り得た極めて乏しい知識の殆んど全部を訂正しなければならない事を發見した。僕が百代子から聞いたのでは、亞米利加《アメリカ》歸りといふ話であつた彼は、叔母の語る所によると、さうではなくつて全く英吉利《イギリス》で教育された男であつた。叔母は英國流の紳士といふ言葉を誰かから聞いたと見えて、二三度それを使つて、何の心得もない母を驚ろかしたのみか、だから何處となく品《ひん》の善い所があるんですよと母に説明して聞かせたりした。母は只へえと感心するのみであつた。
 二人が斯んな話をしてゐる内、僕は殆んど一口も口を利かなかつた。唯|上部《うはべ》から見て平生の調子と何の變る所もない母が、此際高木と僕を比較して、腹の中で何う思つてゐるだらうと考へると、僕は母に對して氣の毒でもあり又|恨《うら》めしくもあつた。同じ母が、千代子對僕と云ふ古い關係を一方に置いて、更に千代子對高木といふ新らしい關係を一方に想像するなら、果して何《ど》んな心持になるだらうと思ふと、假令《たとひ》少しの不安でも、避け得られる所をわざと與へるために彼女を連れ出したも同じ事になるので、僕は唯でさへ不愉快な上に、年寄に濟まないといふ苦痛をもう一つ重ねた。
 前後の模樣から推《お》す丈《だけ》で、實際には事實となつて現はれて來なかつたから何とも云ひ兼ねるが、叔母は此場合を利用して、若し縁があつたら千代子を高木に遣る積《つもり》でゐる位の打明話《うちあけばなし》を、僕等|母子《おやこ》に向つて、相談とも宣告とも片付かない形式の下《もと》に、する氣だつたかも知れない。凡《すべ》てに氣が付く癖に、斯うなると却つて僕よりも迂遠《うと》い母は何うだか、僕は其場で叔母の口から、僕と千代子と永久に手を別つべき談判の第一節を豫期してゐたのである。幸か不幸か、叔母がまだ何も云ひ出さないうちに、姉妹《きやうだい》は濱から廣い麥藁帽の緑《ふち》をひら/\さして歸つて來た。僕が僕の占ひの的中しなかつたのを、母の爲に喜こんだのは事實である。同時に同じ出來事が僕を焦燥《もどか》しがらせたのも嘘ではない。
 夕方になつて、僕は姉妹《きやうだい》と共に東京から來る筈の叔父を停車場《ステーシヨン》に迎へるべく母に命ぜられて家《いへ》を出た。彼等は揃《そろひ》の浴衣《ゆかた》を着て白い足袋を穿《は》いてゐた。それを後《うしろ》から見送つた彼等の母の眼に彼等が如何なる誇として映じたらう。千代子と並んで歩く僕の姿が又僕の母には畫《ゑ》として普通以上に何《ど》んなに價《あたひ》が高かつたらう。僕は母を欺むく材料に自然から使はれる自分を心苦しく思つて、門を出る時振り返つて見たら、母も叔母もまだ此方《こつち》を見てゐた。
 途中迄來た頃、千代子は思ひ出した樣に突然|留《とま》つて、「あつ高木さんを誘ふのを忘れた」と云つた。百代子はすぐ僕の顔を見た。僕は足の運びを止《と》めたが、口は開《ひら》かなかつた。「最《も》う好いぢやないの、此所迄來たんだから」と百代子が云つた。「だつて妾《あたし》先刻《さつき》誘つて呉れつて頼まれたのよ」と千代子が云つた。百代子は又僕の顔を見て逡巡《ためら》つた。
 「市《いつ》さん貴方時計持つて居らしつて。今|何時《なんじ》」
 僕は時計を出して百代子に見せた。
 「まだ間に合はない事はない。誘つて來るなら來ると好い。僕は先へ行つて待つてゐるから」
 「最《も》う遲いわよ貴方。高木さん、もし入らつしやる積《つもり》なら屹度《きつと》一人でも入らしつてよ。後から忘れましたつて詫まつたら夫《それ》で好《よ》かないの」
 姉妹《きやうだい》は二三度押問答の末遂に後戻りをしない事にした。高木は百代子の豫言通りまだ汽車の着かないうちに急ぎ足で構内へ這入つて來て、姉妹《きやうだい》に、何うも非道《ひど》い、あれ程頼んで置くのにと云つた。夫《それ》から御母さんはと聞いた。最後に僕の方を向いて、先程はと愛想《あいそ》の好い挨拶をした。
 
     十九
 
 其晩は叔父と從弟《いとこ》を待ち合はした上に、僕等|母子《おやこ》が新たに食卓に加はつたので、食事の時間が何時《いつ》もより、大分《だいぶ》後《おく》れた許《ばかり》でなく、私《ひそ》かに恐れた通り甚だしい混雜の中《うち》に箸と茶椀の動く光景を見せられた。叔父は笑ひながら、市《いつ》さん丸《まる》で火事場の樣だらう、然し會《たま》には斯んな騷ぎをして飯を食ふのも面白いものだよと云つて、間接の言譯をした。閑靜な膳に慣れた母は、此賑やかさの中《うち》に實際叔父の言葉通り愉快らしい顏をしてゐた。母は内氣な癖に斯ういふ陽氣な席が好きなのである。彼女は其時偶然口に上《のぼ》つた一塩《ひとしほ》にした小鯵《こあぢ》の燒いたのを美味《うま》いと云つて頻りに賞めた。
 「漁師《れふし》に頼んどくと幾何《いくら》でも拵えて來て呉れますよ。何なら、歸りに持つて入らつしやいな。姉さんが好きだから上げたいと思つてたんですが、つい序《ついで》が無かつたもんだから。夫《それ》にすぐ腐《わる》くなるんでね」
 「妾《わたし》も何時《いつ》か大磯で誂《あつら》へてわざ/\東京迄持つて歸つた事があるが、餘つ程氣を付けないと途中でね」
 「腐るの」と千代子が聞いた。
 「叔母さん興津鯛《おきつだひ》御嫌《おきらひ》。妾《あたし》是よか興津鯛の方が美味《おいし》いわ」と百代子が云つた。
 「興津鯛は又《また》興津鯛で結構ですよ」と母は大人《おとな》しい答をした。
 斯んなくだ/\しい會話を、僕が何故《なぜ》覺えてゐるかと云ふと、僕は其時母の顔に表はれた、さも滿足らしい氣持を能く注意して見てゐたからであるが、最《も》う一つは僕が母と同じ樣に一塩《ひとしほ》の小鯵を好いてゐたからでもある。
 序《ついで》だから此所で云ふ。僕は自分の嗜好や性質の上に於て、母に大變能く似た所と、全く違つた所と兩方|有《も》つてゐる。是はまだ誰にも話さない秘密だが、實は單に自分の心得として、過去幾年かの間、僕は母と自分と何處が何う違つて、何處が何う似てゐるかの詳しい研究を人知れず重ねたのである。何故《なぜ》そんな眞似をしたかと母に聞かれては云ひ兼ねる。たとひ僕が自分に聞き糺《たゞ》して見ても判切《はつきり》云へなかつたのだから、理由《わけ》は話せない。然し結果からいふと斯うである。――缺點でも母と共に具へてゐるなら僕は大變嬉しかつた。長所でも母になくつて僕|丈《だけ》有《も》つてゐると甚だ不愉快になつた。其内で僕の最も氣になるのは、僕の顔が父に丈《だけ》似て、母とは丸《まる》で縁のない眼鼻立に出來上つてゐる事であつた。僕は今でも鏡を見るたびに、器量が落ちても構はないから、もつと母の人相を多量に受け繼《つ》いで置いたら、母の子らしくつて嘸《さぞ》心持が好いだらうと思ふ。
 食事の後れた如く、寐る時間も順繰《じゆんぐり》に延びて大分《だいぶ》遲くなつた。其上急に人數《にんず》が増《ふ》えたので、床の位置やら部屋割を極める丈《だけ》が叔母に取つての一骨折《ひとほねをり》であつた。男三人は一所に固められて、同じ蚊帳に寐た。叔父は肥つた身體を持ち扱かつて、團扇《うちは》をしきりにばた/\云はした。
 「市《いつ》さん何うだい、暑いぢやないか。是ぢや東京の方が餘つ程樂だね」
 僕も僕の隣にゐる吾一も東京の方が樂だと云つた。夫《それ》では何を苦しんでわざ/\鎌倉|下《くだ》り迄《まで》出掛けて來て、狹い蚊帳へ押し合ふ樣に寐るんだか、叔父にも吾一にも僕にも説明のしやうがなかつた。
 「是も一興《いつきよう》だ」
 疑問は叔父の此一句で忽ち納《をさま》りが付いたが、暑さの方は中々去らないので誰もすぐは寐つかれなかつた。吾一は若い丈《だけ》に、明日《あした》の魚捕《さかなとり》の事を叔父に向つてしきりに質問した。叔父は又眞面目だか冗談だか、船に乘りさへすれば、魚の方で風《ふう》を望《のぞ》んで降《くだ》る樣な旨い話をして聞かせた。夫《それ》がたゞ自分の伜《せがれ》を相手にする許《ばかり》でなく、時々はねえ市《いつ》さんと、そんな事に丸《まる》で冷淡の僕迄|聽手《きゝて》にするのだから少し變であつた。然し僕の方はそれに對して相當な挨拶をする必要があるので、話の濟む前には、僕は當然同行者の一人《いちにん》として受答《うけこたへ》をする樣になつてゐた。僕は固《もと》より行く積《つもり》でも何でもなかつたのだから、此變化は僕に取つて少し意外の感があつた。氣樂さうに見える叔父は其内大きな鼾聲《いびき》をかき始めた。吾一もすや/\寐入つた。たゞ僕|丈《だけ》は開《あ》いてゐる眼をわざと閉ぢて、更《ふ》ける迄色々な事を考へた。
 
      二十
 
 翌日《あくるひ》眼が覺めると、隣に寐てゐた吾一の姿が何時《いつ》の間《ま》にかもう見えなくなつてゐた。僕は寐足らない頭を枕の上に着けて、夢とも思索とも名の付かない路を辿りながら、時々別種の人間を偸《ぬす》み見る樣な好奇心を以て、叔父の寐顔を眺めた。さうして僕も寐てゐる時は、傍《はた》から見ると、矢張|斯《か》う苦《く》がない顔をしてゐるのだらうかと考へ抔《など》した。其所へ吾一が這入つて來て、市《いつ》さん何うだらう天氣はと相談した。一寸起きて見ろと促《うな》がすので、起き上つて縁側へ出ると、海の方には一面に柔い靄の幕が掛つて、近い岬の木立さへ常の色には見えなかつた。降つてるのかねと僕は聞いた。吾一はすぐ庭先へ飛び下りて、空を眺め出したが、少し降つてると答へた。
 彼は今日の船遊びの中止を深く氣遣ふものゝ如く、二人の姉迄縁側へ引張出して、頻りに何うだらう/\を繰り返した。仕舞に最後の審判者たる彼の父の意見を必要と認めたものか、まだ寐てゐる叔父をとう/\呼び起した。叔父は天氣|抔《など》は何うでも好いと云つた樣な眠たい眼をして、空と海を一應見渡した上、何《なに》此模樣なら今に屹度《きつと》晴れるよと云つた。吾一はそれで安心したらしかつたが、千代子は當《あて》にならない無責任な天氣豫報たから心配だと云つて僕の顔を見た。僕は何とも云へなかつた。叔父は、なに大丈夫/\と受合つて風呂場の方へ行つた。
 食事を濟ます頃から霧の樣な雨が降り出した。それでも風がないので、海の上は平生よりも却つて穩やかに見えた。生憎《あいにく》な天氣なので人の好い母はみんなに氣の毒がつた。叔母は今に屹度《きつと》本降になるから今日は止したが好からうと注意した。けれども若いものは悉《こと/”\》く行く方を主張した。叔父はぢや御婆さん丈《だけ》殘して、若いものが揃つて出掛ける事にしやうと云つた。すると叔母が、では御爺さんは何方《どつち》になさるのとわざと叔父に聞いて、みんなを笑はした。
 「今日は是でも若いものの部だよ」
 叔父は此言葉を證據立てる爲だか何だか、早速立つて浴衣《ゆかた》の尻を端折《はしよ》つて下へ降りた。姉弟《きやうだい》三人も其儘の姿で縁から降りた。
 「御前達も尻を捲《まく》るが好い」
 「厭な事」
 僕は山賊の樣な毛脛《けずね》を露出《むきだ》しにした叔父と、靜御前《しづかごぜん》の笠に似た恰好《かつかう》の麥藁帽を被つた女二人と、黒い兵兒帶《へこおび》をこま結びにした弟を、縁の上から見下して、全く都離れのした不思議な團體の如く眺めた。
 「市《いつ》さんが又何か惡口を云はうと思つて見てゐる」と百代子が薄笑ひをしながら僕の顔を見た。
 「早く降りて入らつしやい」と千代子が叱る樣に云つた。
 「市《いつ》さんに惡い下駄を貸して上げるが好い」と叔父が注意した。
 僕は一も二もなく降りたが、約束のある高木が來ないので、夫《それ》が又一つの問題になつた。大方此天氣だから見合はしてゐるのだらうと云ふのが、みんなの意見なので、僕等がそろ/\歩いて行く間に、吾一が馳足《かけあし》で迎に行つて連れて來る事にした。
 叔父は例の調子でしきりに僕に話し掛けた。僕も相手になつて歩調を合せた。其うちに、男の足だものだから、何時《いつ》の間《ま》にか姉妹《きやうだい》を乘り越した。僕は一度振り返つて見たが、二人は後れた事に一向頓着しない樣子で、毫も追ひ付かうとする努力を示さなかつた。僕には夫《それ》がわざと後《あと》から來る高木を待ち合せる爲の樣にしか取れなかつた。それは誘つた人に對する禮儀として、彼等の取るぺき當然の所作だつたのだらう。然し其時の僕にはさう思へなかつた。さう思ふ餘地があつても、さうは感ぜられなかつた。早く來いといふ合圖をしやうといふ考で振り向いた僕は、合圖を止《や》めて又叔父と歩き出した。さうして其儘|小坪《こつぼ》へ這入る入口の岬の所迄來た。其所は海へ出張《でば》つた山の裾を、人の通れる丈《だけ》の狹い幅に削《けづ》つて、ぐるりと向ふ側へ廻り込まれる樣にした坂道であつた。叔父は一番高い坂の角迄來て留《と》まつた。
 
     二十一
 
 彼は突然彼の體格に相應した大きな聲を出して姉妹《きやうだい》を呼んだ。自白するが、僕は夫《それ》迄《まで》に何度も後《うしろ》を振り返つて見やうとしたのである。けれども氣が咎《とが》めると云ふのか、自尊心が許さないと云ふのか、振り向かうとする毎に、首が猪の樣に堅くなつて後《うしろ》へ回らなかつたのである。
 見ると二人の姿はまだ一町程下にあつた。さうして其すぐ後《うしろ》に高木と吾一が續いてゐた。叔父が遠慮のない大きな聲を出して、おゝいと呼んだ時、姉妹《きやうだい》は同時に僕等を見上げたが、千代子はすぐ後《うしろ》にゐる高木の方を向いた。すると高木は被つてゐた麥藁帽を右の手に取つて、僕等を目當に頻りに振つて見せた。けれども四人《よにん》のうちで聲を出して叔父に應じたのは只《たゞ》吾一|丈《だけ》であつた。彼は又學校で號令の稽古でもしたものと見えて、海と崖に反響する樣な答と共に兩手を一度に頭の上に差し上げた。
 叔父と僕は崖の鼻に立つて彼等の近寄るのを待つた。彼等は叔父に呼ばれた後《のち》も呼ばれない前と同じ遲い歩調で、何か話しながら上《あが》つて來た。僕には夫《それ》が尋常でなくつて、大いに巫山戯《ふざけ》てゐる樣に見えた。高木は茶色のだぶ/\した外套の樣なものを着て時々|隱袋《ポツケツト》へ手を入れた。此暑いのにまさか外套は着られまいと思つて、最初は不思議に眺めてゐたが、段々近くなるに從がつて、それが薄い雨除《レインコート》である事に氣が付いた。其時叔父が突然、市《いつ》さんヨツトに乘つて其所いらを遊んで歩くのも面白いだらうねと云つたので、僕は急に氣が付いた樣に高木から眼を轉じて脚の下を見た。すると磯に近い所に、眞白に塗つた空船《からぶね》が一艘、靜かな波の上に浮いてゐた。糠雨《ぬかあめ》と迄も行かない細かいものが猶降り已《や》まないので、海は一面に暈《ぼか》されて、平生《いつも》なら手に取る樣に見える向ふ側の絶壁の樹も岩も、殆んど一色《ひといろ》に眺められた。其内|四人《よつたり》は漸く僕等の傍《そば》迄來た。
 「何うも御待たせ申しまして、實は髭を剃《す》つてゐたものだから、途中で已《や》める譯に行かず……」と高木は叔父の顔を見るや否や云譯をした。
 「えらい物《もん》を着込んで暑かありませんか」と叔父が聞いた。
 「暑くつたつて脱ぐ譯に行かないのよ。上はハイカラでも下は蠻殻《ばんから》なんだから」と千代子が笑つた。高木は雨外套《レインコート》の下に、直《ぢか》に半袖の薄い襯衣《しやつ》を着て、變な半洋袴《はんズボン》から餘つた脛《すね》を丸出しにして、黒足袋に俎下駄《まないたげた》を引つ掛けてゐた。彼は此通りと雨外套《レインコート》の下を僕等に示した上、日本へ歸ると服裝が自由で貴女《レデー》の前でも氣兼《きがね》がなくつて好いと云つてゐた。
 一同がぞろ/\揃つて道幅の六尺ばかりな汚苦《むさくる》しい漁村に這入ると、一種不快な臭《にほひ》がみんなの鼻を撲《う》つた。高木は隱袋《ポツケツト》から白い手巾《ハンケチ》を出して短かい髭の上を掩《おほ》つた。叔父は突然其所に立つて僕等を見てゐた子供に、西の者で南の方から養子に來たものゝ宅《うち》は何處だと奇體な質問を掛けた。子供は知らないと云つた。僕は千代子に何でそんな妙な聞き方をするのかと尋ねた。昨夕《ゆうべ》聞き合せに人を遣つた家《うち》の主人が云ふには、名前は忘れたから是々の男と云つて探して歩けば分ると教へたからだと千代子が話して聞かした時、僕は此|呑氣《のんき》な教へ方と、同じく暢氣な聞き方を、如何にも餘裕なくこせついてゐる自分と比べて見て、妙に羨ましく思つた。
 「それで分るんでせうか」と高木が不思議な顏をした。
 「分つたら餘つ程奇體だわね」と千代子が笑つた。
 「何大丈夫分るよ」と叔父が受合つた。
 吾一は面白半分人の顏さへ見れば、西のもので南の方から養子に來たものゝ宅《うち》は何處だと聞いては、其度にみんなを笑はした。一番仕舞に、編笠を被つて白の手甲《てつかふ》と脚袢《きやはん》を着けた月琴彈《げつきんひき》の若い女の休んでゐる汚ない茶店の婆さんに同じ問を掛けたら、婆さんは案外にもすぐ其所だと容易《たやす》く教へて呉れたので、みんなが又手を拍つて笑つた。それは往來から山手の方へ三級ばかりに仕切られた石段を登り切つた小高い所にある小さい藁葺《わらぶき》の家《いへ》であつた。
 
     二十二
 
 此細い石段を思ひ/\の服裝《なり》をした六人が前後してぞろ/\登る姿は、傍《はた》で見てゐたら定めし變なものだつたらうと思ふ。其上六人のうちで、是から何をするか明瞭《はつきり》した考を有《も》つてゐたものは誰もないのだから甚だ氣楽である。肝心の叔父さへ唯船に乘る事を知つてゐる丈《だけ》で、後は網だか釣だか、又何處迄漕いで出るのか一向|辨別《わきま》へないらしかつた。百代子の後《あと》から足の力で擦り減らされて凹みの多くなつた石段を踏んで行く僕は斯んな無意味な行動に、己《おの》れを委《ゆだ》ねて悔いない所を、避暑の趣《おもむき》とでも云ふのかと思ひつゝ上《のぼ》つた。同時に此無意味な行動のうちに、意味ある劇の大切な一幕が、ある男とある女の間に暗に演ぜられつゝあるのでは無からうかと疑ぐつた。さうして其一幕の中で、自分の務めなければならない役割が若し有るとすれば、穩かな顏をした運命に、輕く翻弄される役割より外にあるまいと考へた。最後に何事も打算しないで唯無雜作に遣つて除《の》ける叔父が、人に氣の付かないうちに、此幕を完成するとしたら、彼こそ比類のない巧妙な手際《てぎは》を有《も》つた作者と云はなければなるまいといふ氣を起した。僕の頭に斯ういふ影が射した時、すぐ後《あと》から跟《つ》いて上《あが》つて來る高木が、是ぢや暑くつて堪らない、御免蒙つて雨防衣《レインコート》を脱がうと云ひ出した。
 家は下から見たよりも猶《なほ》小さくて汚なかつた。戸口に杓子が一つ打ち付けてあつて、夫《それ》に百日風邪吉野平吉一家一同と書いてあるので、主人の名が漸く分つた。それを見付け出して、みんなに聞こえるやうに讀んだのは、目敏《めざと》い吾一の手柄であつた。中を覗くと天井も壁も悉《こと/”\》く黒く光つてゐた。人間としては婆さんが一人居たぎりである。其婆さんが、今日は天氣が好くないので、大方|御出《おいで》ぢやあるまいと云つて早く海へ出ましたから、今濱へ下りて呼んできませうと斷わりを述べた。舟へ乘つて出たのかねと叔父が聞くと、婆さんは多分あの船だらうと答へて、手で海の上を指《さ》した。靄はまだ晴れなかつたけれども、先刻《さつき》よりは空が大分《だいぶ》明るくなつたので、沖の方は比較的|判切《はつきり》見える中に、指された船は遠くの向ふに小さく横《よこた》はつてゐた。
 「あれぢや大變だ」
 高木は携へて來た双眼鏡を覗きながら斯う云つた。
 「隨分|呑氣《のんき》ね、迎ひに行くつて、何うしてあんな所へ迎に行けるんでせう」と千代子は笑ひながら、高木の手から双眼鏡を受取つた。
 婆さんは何|直《ぢき》ですと答へて、草履を穿《は》いた儘、石段を馳け下りて行つた。叔父は田舍者は氣樂だなと笑つてゐた。吾一は婆さんの後《あと》を追掛けた。百代子はぼんやりして汚ない縁へ腰を卸した。僕は庭を見廻した。庭といふ名の勿體なく聞こえる縁先は五坪《いつつぼ》にも足りなかつた。隅に無花果《いちじく》が一本あつて、腥《なま》ぐさい空氣の中に、青い葉を少し許《ばか》り茂らしてゐた。枝にはまだ熟しない實《み》が云譯《いひわけ》程|結《な》つて、其一本の股の所に、空《から》の虫籠が懸つてゐた。其下には瘠せた鷄が二三羽無暗に爪を立てた地面の中を餓えた嘴《くちばし》で啄《つゝ》いてゐた。僕は其|傍《そば》に伏せてある鐵網《かなあみ》の鳥籠らしいものを眺めて、その恰好《かつかう》が丁度|佛手柑《ぶしゆかん》の如く不規則に歪《ゆが》んでゐるのに一種滑稽な思ひをした。すると叔父が突然、何分臭いねと云ひ出した。百代子は、あたし最《も》う御魚《おさかな》なんか何うでも好いから、早く歸りたくなつたわと心細さうな聲を出した。此時迄双眼鏡で海の方を見ながら、斷えず千代子と話してゐた高木はすぐ後《うしろ》を振り返つた。
 「何をしてゐるだらう。一寸行つて樣子を見て來ませう」
 彼はさう云ひながら、手に持つた雨外套《レーンコート》と双眼鏡を置くために後《うしろ》の縁を顧みた。傍《そば》に立つた千代子は高木の動かない前に手を出した。
 「此方《こつち》へ御出しなさい。持つてるから」
 さうして高木から二つの品を受け取つた時、彼女は改めて又彼の半袖姿を見て笑ひながら、「とう/\蠻殻《ばんから》になつたのね」と評した。高木は唯苦笑した丈《だけ》で、すぐ濱の方へ下りて行つた。僕は左《さ》も運動家らしく發達した彼の肩の肉が、急いで石段を下りる爲に手を振る毎に動く樣を後《うしろ》から無言のまゝ注意して眺めた。
 
     二十三
 
 船に乘るためにみんなが揃つて濱に下り立つたのは夫《それ》から約一時間の後《のち》であつた。濱には何の祭の前か過《すぎ》か、深く砂の中に埋められた高い幟《のぼり》の棒が二本僕の眼を惹いた。吾一は何處からか磯へ打ち上げた枯枝を拾つて來て、廣い砂の上に大きな字と大きな顔をいくつも並べた。
 「さあ御乘り」と坊主頭の船頭が云つたので、六人は順序なくごた/\に船縁《ふなべり》から這ひ上つた。偶然の結果千代子と僕は後《あと》のものに押されて、仕切りの付いた舳《へさき》の方に二人膝を突き合せて坐つた。叔父は一番先に、胴《どう》の間《ま》といふのか、眞中の廣い所に、家長《かちやう》らしく胡坐《あぐら》をかいて仕舞つた。さうして高木を其日の客として取り扱ふ積《つもり》か、さあ何うぞと案内したので、彼は否應《いやおう》なしに叔父の傍《そば》に座を占めた。百代子と吾一は彼等の次の間《ま》と云つた樣な仕切の中に船頭と一所に這入つた。
 「何うです此方《こつち》が空《す》いてますから入らつしやいませんか」と高木はすぐ後《うしろ》の百代子を顧みた。百代子は難有《ありがた》うといつたきり席を移さなかつた。僕は始めから千代子と一つ薄縁《うすべり》の上に坐るのを快よく思はなかつた。僕の高木に對して嫉妬を起した事は既に明かに自白して置いた。其嫉妬は程度に於て昨日《きのふ》も今日《けふ》も同じだつたかも知れないが、それと共に競爭心は未だ甞て微塵も僕の胸に萌《きざ》さなかつたのである。僕も男だから是から先いつ何《ど》んな女を的に劇烈な戀に陷《おちい》らないとも限らない。然し僕は斷言する。若し其戀と同じ度合の劇烈な競爭を敢てしなければ思ふ人が手に入らないなら、僕は何《ど》んな苦痛と犠牲を忍んでも、超然と手を懷ろにして戀人を見棄てゝ仕舞ふ積《つもり》でゐる。男らしくないとも、勇氣に乏しいとも、意志が薄弱だとも、他《ひと》から評したら何うにでも評されるだらう。けれども夫《それ》程《ほど》切ない競爭をしなければ吾《わが》有《もの》に出來にくい程、何方《どつち》へ動いても好い女なら、夫《それ》程《ほど》切ない競爭に價《あたひ》しない女だとしか僕には認められないのである。僕には自分に靡《なび》かない女を無理に抱《だ》く喜《よろ》こびよりは、相手の戀を自由の野に放つて遣つた時の男らしい氣分で、わが失戀の瘡痕《きずあと》を淋《さみ》しく見詰めてゐる方が、何《ど》の位良心に對して滿足が多いか分らないのである。
 僕は千代子に斯う云つた。――
 「千代ちやん行つちや何うだ。彼方《あつち》の方が廣くつて樂《らく》な樣だから」
 「何故《なぜ》、此所に居ちや邪魔なの」
 千代子はさう云つた儘動かうとしなかつた。僕には高木がゐるから彼方《あつち》へ行けといふのだといふ樣な説明は、露骨と聞こえるにしろ、厭味と受取られるにしろ、全く口にする勇氣は出なかつた。たゞ彼女から斯う云はれた僕の胸に、一種の嬉しさが閃めいたのは、口と腹と何う裏表になつてゐるかを曝露する好い證據で、自分で自分の薄弱な性情を自覺しない僕には痛い打撃であつた。
 昨日《きのふ》會つた時よりは氣の所爲《せゐ》か少し控目になつたやうに見える高木は、千代子と僕の間に起つた此問答を聞きながら知らぬ振をしてゐた。船が磯を離れたとき、彼は「好い案排《あんばい》に空模樣が直つて來ました。是ぢや日がかん/\照るより却つて結構です。船遊びには持つて來いといふ御天氣で」といふ樣な事を叔父と話し合つたりした。叔父は突然大きな聲を出して、「船頭、一體何を捕《と》るんだ」と聞いた。叔父も其他のものも、此時迄何を捕《と》るんだか一向知らずにゐたのである。坊主頭の船頭は、粗末《ぞんざい》な言葉で、蛸《たこ》を捕《と》るんだと答へた。此奇拔な返事には千代子も百代子も驚ろくよりも可笑《をか》しかつたと見えて、忽ち聲を出して笑つた。
 「蛸《たこ》は何處にゐるんだ」と叔父が又聞いた。
 「此所いらにゐるんだ」と船頭は又答へた。
 さうして湯屋の留桶《とめをけ》を少し深くした樣な小判形《こばんなり》の桶の底に、硝子《がらす》を張つたものを水に伏せて、其中に顔を突込《つつこ》む樣に押し込みながら、海の底を覗き出した。船頭は此妙な道具を鏡《かゞみ》と稱《とな》へて、二つ三つ餘分に持ち合はせたのを、すぐ僕等に貸して呉れた。第一にそれを利用したのは船頭の傍《そば》に座を取つた吾一と百代子であつた。
 
     二十四
 
 鏡が夫《それ》から夫《それ》へと順々に回つた時、叔父は是《こり》や鮮《あざ》やかだね、何でも見えると非道《ひど》く感心してゐた。叔父は人間社會の事に大抵通じてゐる所爲《せゐ》か、萬《よろづ》に高《たか》を括《くゝ》る癖に、斯ういふ自然界の現象に襲はれるとぢき驚ろく性質《たち》なのである。自分は千代子から渡された鏡を受け取つて、最後に一枚の硝子越に海の底を眺めたが、かねて想像したと少しも異なる所のない極めて平凡な海の底が眼に入つた丈《だけ》である。其所には小《ち》さい岩が多少の凸凹《とつあふ》を描いて一面に連なる間に、蒼黒い藻草が限りなく蔓延《はびこ》つてゐた。其藻草が恰も生温《なまぬ》るい風に拗《なぶ》られる樣に、波のうねりで靜かに又永久に細長い莖を前後に搖《うご》かした。
 「市《いつ》さん蛸が見えて」
 「見えない」
 僕は顔を上げた。千代子は又首を突込《つつこ》んだ。彼女の被つてゐたへな/\の麥藁帽子の縁《ふち》が水に浸《つか》つて、船頭に操《あや》つられる船の勢に逆らふ度に、可憐な波をちよろ/\起した。僕は其|後《うしろ》に見える彼女の黒い髪と白い頸筋を、其顏よりも美くしく眺めてゐた。
 「千代ちやんには、見《めつ》付かつたかい」
 「駄目よ。蛸なんか何處にも泳いでゐやしないわ」
 「餘つ程慣れないと中々|見付《めつ》ける譯に行かないんださうです」
 是は高木が千代子の爲に説明して呉れた言葉であつた。彼女は兩手で桶を抑へたまゝ、船縁《ふなべり》から乘り出した身體を高木の方へ捻《ね》ぢ曲げて、「道理《どうれ》で見えないのね」といつたが、其儘水に戯《たはむ》れる樣に、兩手で抑えた桶をぶく/\動かしてゐた。百代子が向ふの方から御姉さんと呼んだ。吾一は居所も分らない蛸を無暗に突き廻した。突くには二間|許《ばかり》の細長い女竹《めだけ》の先に一種の穗先を着けた變なものを用ひるのである。船頭は桶を齒で銜《くは》へて、片手に棹《さを》を使ひながら、船の動いて行くうちに、蛸の居所を探し中《あ》てるや否や、その長い竹で巧みにぐにや/\した怪物を突き刺した。
 蛸は船頭一人の手で、何疋も船の中に上がつたが、何《いづ》れも同じ位な大きさで、是はと驚ろく程のものはなかつた。始めのうちこそ皆《みんな》珍らしがつて、捕《と》れるたびに騷いで見たが、仕舞には流石《さすが》元氣な叔父も少し飽きて來たと見えて、「斯う蛸ばかり捕《と》つても仕方がないね」と云ひ出した。高木は烟草を吹かしながら、舟底《ふなぞこ》にかたまつた獲物を眺め始めた。
 「千代ちやん、蛸の泳いでる所を見た事がありますか。一寸來て御覽なさい、餘程《よつぽど》妙ですよ」
 高木は斯う云つて千代子を招いたが、傍《そば》に坐つてゐる僕の顏を見た時、「須永さん何うです、蛸が泳いでゐますよ」と付け加へた。僕は「左《さ》うですか。面白いでせう」と答へたなり直《すぐ》席を立たうともしなかつた。千代子はどれと云ひながら高木の傍《そば》へ行つて新らしい座を占めた。僕は故《もと》の所から彼女にまだ泳いでるかと尋ねた。
 「えゝ面白いわ、早く來て御覽なさい」
 蛸は八本の足を眞直に揃へて、細長い身體を一氣にすつ/\と區切りつゝ、水の中を一直線に船板に突き當る迄進んで行くのであつた。中には烏賊《いか》の樣に黒い墨を吐くのも交《まじ》つてゐた。僕は中腰になつて一寸其光景を覗いたなり故《もと》の席に戻つたが、千代子は夫《それ》限《ぎり》高木の傍《そば》を離れなかつた。
 叔父は船頭に向つて蛸はもう澤山だと云つた。船頭は歸るのかと聞いた。向ふの方に大きな竹籃《たけかご》の樣なものが二つ三つ浮いてゐたので、蛸ばかりで淋《さむ》しいと思つた叔父は、船を其一つの側《わき》へ漕ぎ寄せさした。申し合せた樣に、舟中《ふねぢゆう》立ち上つて籃《かご》の内を覗くと、七八寸もあらうと云ふ魚《さかな》が、縱横に狹い水の中を馳け廻つてゐた。その或ものは水の色を離れない蒼い光を鱗に帶びて、自分の勢で前後左右に作る波を肉の裏に透《とほ》す樣に輝やいた。
 「一つ掬《すく》つて御覽なさい」
 高木は大きな掬網《たま》の柄《え》を千代子に握らした。千代子は面白半分それを受取つて水の中で動かさうとしたが、動きさうにもしないので、高木は己《おの》れの手を添へて二人一所に籃《かご》の中を覺束《おぼつか》なく攪《か》き廻した。然し魚《さかな》は掬《すく》へる所《どころ》ではなかつたので、千代子は直《すぐ》それを船頭に返した。船頭は同じ掬網《たま》で叔父の命ずる儘に何疋でも水から上へ擇《よ》り出した。僕等は危怪《きくわい》な蛸の單調を破るべく、鷄魚《いさき》、鱸《すゞき》、黒鯛の變化を喜こんで又岸に上《のぼ》つた。
 
     二十五
 
 僕は其晩一人東京へ歸つた。母はみんなに引き留《と》められて、歸るときには吾一か誰か送つて行くといふ條件の下《もと》に、猶《なほ》二三日鎌倉に留《とゞ》まる事を肯《がへ》んじた。僕は何故《なぜ》母が彼等の勸める儘に、人を好《よ》く落ち付いてゐるのだらうと、鋭どく磨《と》がれた自分の神經から推して、悠長《いうちやう》過ぎる彼女を齒痒《はがゆ》く思つた。
 高木には夫《それ》から以後ついぞ顏を合せた事がなかつた。千代子と僕に高木を加へて三《み》つ巴《ともゑ》を描いた一種の關係が、夫《それ》限《ぎり》發展しないで、其|中《うち》の劣敗者に當る僕が、恰も運命の先途《せんど》を豫知した如き態度で、中途から渦卷の外《そと》に逃《のが》れたのは、此話を聞くものに取つて、定めし不本意であらう。僕自身も幾分か火の手のまだ収まらないうちに、取り急いで纒《まとひ》を撤した樣な心持がする。と云ふと、僕に始からある目論見《もくろみ》があつて、わざ/\鎌倉へ出掛けたとも取れるが、嫉妬心だけあつて競爭心を有《も》たない僕にも相應の己惚《うねぼれ》は陰氣な暗い胸の何處かで時々ちら/\陽炎《かげろ》つたのである。僕は自分の矛盾をよく研究した。さうして千代子に對する己惚《うぬぼれ》を飽迄《あくまで》積極的に利用し切らせない爲に、他の思想やら感情やらが、入れ代り立ち替り雜然として吾心を奪ひに來る煩らはしさに惱んだのである。
 彼女は時によると、天下に只|一人《いちにん》の僕を愛してゐる樣に見えた。僕は夫《それ》でも進む譯に行かないのである。然し未來に眼を塞いで、思ひ切つた態度に出やうかと思案してゐるうちに、彼女は忽ち僕の手から逃《のが》れて、全くの他人と違はない顔になつて仕舞ふのが常であつた。僕が鎌倉で暮した二日の間に、斯ういふ潮《しほ》の滿干《みちひ》は既に二三度あつた。或時は自分の意志で此變化を支配しつゝ、わざと近寄つたり、わざと遠退いたりするのでなからうかといふ微《かす》かな疑惑をさへ、僕の胸に烟らせた。それ許《ばかり》ではない。僕は彼女の言行を、一《いつ》の意味に解釋し終つたすぐ後《あと》から、丸《まる》で反對の意味に同じものを又解釋して、其實|何方《どつち》が正しいのか分らない徒《いた》づらな忌々《いま/\》しさを感じた例《ためし》も少なくはなかつた。
 僕は此二日間に娶《めと》る積《つもり》のない女に釣られさうになつた。さうして高木といふ男が苟《いや》しくも眼の前に出没する限りは、厭でも仕舞迄釣られて行きさうな心持がした。僕は高木に對して競爭心を有《も》たないと先に斷つたが、誤解を防ぐために、もう一度同じ言葉を繰り返したい。もし千代子と高木と僕と三人が巴になつて戀か愛か人情かの旋風《つむじかぜ》の中に狂ふならば、其時僕を動かす力は高木に勝たうといふ競爭心でない事を僕は斷言する。夫《それ》は高い塔の上から下を見た時、恐ろしくなると共に、飛び下りなければ居られない神經作用と同じ物だと斷言する。結果が高木に對して勝つか負けるかに歸着する上部《うはべ》から云へば、競爭と見えるかも知れないが、動力は全く獨立した一種の働きである。しかも其動力は高木が居さへしなければ決して僕を襲つて來ないのである。僕は其二日間に、此怪しい力の閃《きらめき》を物凄く感じた。さうして強い決心と共にすぐ鎌倉を去つた。
 僕は強い刺戟に充ちた小説を讀むに堪へない程弱い男である。強い刺戟に充ちた小説を實行する事は猶更《なほさら》出來ない男である。僕は自分の氣分が小説になり掛けた刹那《せつな》に驚ろいて、東京へ引き返したのである。だから汽車の中の僕は、半分は優者で半分は劣者であつた。比較的乘客の少ない中等列車のうちで、僕は自分と書き出して自分と裂き棄てた樣な此小説の續きを色々に想像した。其所には海があり、月があり、磯があつた。若い男の影と若い女の影があつた。始めは男が激して女が泣いた。後《あと》では女が激して男が宥《なだ》めた。終《つひ》には二人手を引き合つて音のしない砂の上を歩いた。或は額《がく》があり、疊があり、凉しい風が吹いた。二人の若い男が其所で意味のない口論をした。それが段々熱い血を頬に呼び寄せて、終《つひ》には二人共自分の人格に拘はる樣な言葉使ひをしなければ濟まなくなつた。果《はて》は立ち上つて拳《こぶし》を揮《ふる》ひ合つた。或は……。芝居に似た光景は幾幕となく眼の前に描《ゑが》かれた。僕は其|何《いづ》れをも甞《な》め試ろみる機會を失つて却つて自分の爲に喜んだ。人は僕を老人見た樣《やう》だと云つて嘲けるだらう。もし詩に訴へてのみ世の中を渡らないのが老人なら、僕は嘲けられても滿足である。けれども若し詩に涸《か》れて乾《から》びたのが老人なら、僕は此品評に甘んじたくない。僕は始終詩を求めて藻掻《もが》いてゐるのである。
 
     二十六
 
 僕は東京へ歸つてからの氣分を想像して、或は刺戟を眼の前に控へた鎌倉にゐるよりも却つて焦躁《いら》つきはしまいかと心配した。さうして相手もなく一人|焦燥《いら》つく事の甚しい苦痛を徒らに胸の中《うち》に描いて見た。偶然にも結果は他の一方に外《そ》れた。僕は僕の希望した通り、平生に近い落付と冷靜と無頓着とを、比較的容易に、淋《さみ》しいわが二階の上に齎《もた》らし歸る事が出來た。僕は新らしい匂のする蚊帳を座敷一杯に釣つて、軒に鳴る風鈴の音を樂しんで寐た。宵には町へ出て草花の鉢を抱《かゝ》へながら格子《かうし》を開ける事もあつた。母が居ないので、凡《すべ》ての世話は作《さく》といふ小間使がした。鎌倉から歸つて、始めてわが家の膳に向つた時、給仕の爲に黒い丸盆を膝の上に置いて、僕の前に畏こまつた作《さく》の姿を見た僕は今更の樣に彼女と鎌倉にゐる姉妹《きやうだい》との相違を感じた。作《さく》は固《もと》より好い器量の女でも何でもなかつた。けれども僕の前に出て畏こまる事より外に何も知つてゐない彼女の姿が、僕には如何《いか》に愼《つゝ》ましやかに如何《いか》に控目に、如何《いか》に女として憐れ深く見えたらう。彼女は戀の何物であるかを考へるさへ、自分の身分では既に生意氣過ぎると思ひ定めた樣子で、大人《おとな》しく坐つてゐたのである。僕は珍らしく彼女に優しい言葉を掛けた。さうして彼女に年は幾何《いくつ》だと聞いた。彼女は十九だと答へた。僕は又突然嫁に行きたくはないかと尋ねた。彼女は赧《あか》い顔をして下を向いたなり、露骨な問を掛けた僕を氣の毒がらせた。僕と作《さく》とは夫《それ》迄《まで》殆んど用の口より外に利いた事がなかつたのである。僕は鎌倉から新らしい記憶を持つて歸つた反動として、其時始めて、自分の家に使つてゐる下婢の女らしい所に氣が付いた。愛とは固《もと》より彼女と僕の間に云ひ得べき言葉でない。僕はたゞ彼女の身の周圍《まはり》から出る落付いた、氣安い、大人《おとな》しやかな空氣を愛したのである。
 僕が作《さく》の爲に安慰を得たと云つては、自分ながら可笑《をか》しく聞こえる。けれども今考へて見ても夫《それ》より外の源因は全く考へ付かない樣だから、矢つ張り作《さく》が――作《さく》がといふより、其時の作《さく》が代表して僕に見せて呉れた女性《によしやう》のある方面の性質が、想像の刺戟にすら焦躁立《いらだ》ちたがつてゐた僕の頭を靜めて呉れたのだらうと思ふ。白状すれば鎌倉の景色《けしき》は折々眼に浮かんだ。其景色のうちには無論人間が活動してゐた。たゞ夫《それ》が僕の遠くにゐる、僕とは到底《とて》も利害を一《いつ》にし得ない人間の活動らしく見えたのは幸福であつた。
 僕は二階に上《のぼ》つて書架の整理を始めた。綺麗好な母が始終氣を付けて掃除を怠たらなかつたに拘はらず、一々書物を並べ直すとなると、思はぬ挨の色を、目の屆かない陰に見付けるので、殘らず揃へる迄には、中々手間取つた。僕は暑中に似合はしい閑事業として、成る可く時間の掛る樣に、氣が向けば手にした本を何時《いつ》迄も讀み耽《ふけ》つて見《み》樣《やう》といふ氣樂な方針で蝸牛《かたつむり》の如く進行した。作《さく》は時ならない拂塵《はたき》の音を聞き付けて、梯子段から銀杏返《いてふがへ》しの頭を出した。僕は彼女に書架の一部を雜巾で拭いて貰つた。然し何時《いつ》迄掛るか分らない仕事の手傳を、濟むまでさせるのも氣の毒だと思つて、直《すぐ》階下《した》へ下げた。僕は一時間程書物を伏せたり立てたりして少し草臥《くたび》れたから烟草を吹かして休んでゐると、作《さく》が又梯子段から顔を出した。さうして、私でよろしければ何ぞ致しませうかと尋ねた。僕は作《さく》に何かさせて遣りたかつた。不幸にして西洋文字の讀めない彼女には手の出せない書物の整理なので、僕は氣の毒だけれども、何《なに》好いよと斷つて又下へ追ひ遣つた。
 作《さく》の事をさう一々云ふ必要もないが、つい前からの關係で、彼女の其時の行動を覺えて居たから話したのである。僕は一本の卷烟草を呑み切つた後《あと》で又整理に掛つた。今度は作《さく》の爲にわれ一人《いちにん》の世界を妨たげられる虞《おそれ》なしに、書架の二段目を一氣に片付けた。其時僕は久しく友達に借りて、つい返すのを忘れてゐた妙な書物を、偶然棚の後《うしろ》から發見した。それは寧ろ薄い小形の本だつたので、つい外のものゝ向側《むかふがは》へ落ちたなり埃だらけになつて、今日《けふ》迄《まで》僕の眼を掠《かす》めてゐたのである。
 
     二十七
 
 僕に此本を貸して呉れたものは或|文學好《ぶんがくずき》の友達であつた。僕はかつて此男と小説の話をして、思慮の勝つたものは、萬事に考へ込む丈《だけ》で、一向《いつかう》華やかな行動を仕切る勇氣がないから、小説に書いても詰らないだらうと云つた。僕の平生からあまり小説を愛讀しないのは、僕に小説中の人物になる資格が乏しいので、資格が乏しいのは、考へ/\して愚圖つく所爲《せゐ》だらうと兼々思つてゐたから、僕はつい斯ういふ質問が掛けて見たくなつたのである。其時彼は机上にあつた此本を指《さ》して、此所に書いてある主人公は、非常に目覺しい思慮と、恐ろしく凄まじい思ひ切つた行動を具へてゐると告げた。僕は一體|何《ど》んな事が書いてあるのかと聞いた。彼はまあ讀んで見ろと云つて、其本を取つて僕に渡した。標題にはゲダンケといふ獨乙字《ドイツじ》が書いてあつた。彼は露西亞物《ロシアもの》の翻譯だと教へて呉れた。僕は薄い書物を手にしながら、重ねてその梗※[既/木]《かうがい》を彼に尋ねた。彼は梗※[既/木]《かうがい》などは何うでも好いと答へた。さうして中に書いてある事が嫉妬なのだか、復讐なのだか、深刻な惡戯《いたづら》なのだか、醉興な計略なのだか、眞面目な所作なのだか、氣狂《きちがひ》の推理なのだか、常人の打算なのだか、殆んど分らないが、何しろ華々しい行動と同じく華々しい思慮が伴なつてゐるから、兎も角も讀んで見ろと云つた。僕は書物を借りて歸つた。然し讀む氣はしなかつた。僕は讀み耽《ふけ》らない癖に、小説家といふものを一切馬鹿にしてゐた上に、友達のいふ樣な事には些《ちつ》とも心を動かすべき興味を有《も》たなかつたからである。
 此出來事を悉皆《すつかり》忘れてゐた僕は、何の氣も付かずに其ゲダンケを今棚の後《うしろ》から引き出して厚い塵を拂つた。さうして見覺のある例の獨乙字《ドイツじ》の標題に眼を付けると共に、かの文學好の友達と彼の其時の言葉とを思ひ出した。すると突然何處から起つたか分らない好奇心に驅られて、すぐ其一頁を開いて初めから讀み始めた。中には恐るべき話が書いてあつた。
 或女に意のあつた或男が、其婦人から相手にされないのみか、却つてわが知り合の人の所へ嫁入られたのを根に、新婚の夫《をつと》を殺さうと企てた。但し唯殺すのではない。女房が見てゐる前で殺さなければ面白くない。しかも其見てゐる女房が彼を下手人と知つてゐながら、何時《いつ》迄も指を銜《くは》へて、彼を見てゐる丈《だけ》で、夫《それ》より外に何うにも手の付けやうのないといふ複雜な殺し方をしなければ氣が濟まない。彼は其|手段《てだて》として一種の方法を案出した。ある晩餐の席へ招待された好機を利用して、彼は急に劇しい發作《ほつさ》に襲はれた振をし始めた。傍《はた》から見ると丸《まる》で狂人としか思へない擧動を其場で敢てした彼は、同席の一人殘らずから、全くの狂人と信じられたのを見濟まして、心の内で圖に當つた策略を祝賀した。彼は人目に觸れ易い社交場裡で、同じ所作を猶《なほ》二三度繰り返した後、發作の爲に精神に狂《くるひ》の出る危險な人といふ評判を一般に博し得た。彼は此|手數《てかず》の懸つた準備の上に、手の付けやうのない殺人罪を築き上げる積《つもり》でゐたのである。?《しば/\》起る彼の發作が、華やかな交際の色を暗く損《そこ》ない出してから、今迄懇意に往來《ゆきき》してゐた誰彼の門戸が、彼に對して急に固く鎖される樣になつた。けれども夫《それ》は彼の苦にする所ではなかつた。彼は猶《なほ》自由に出入《でいり》の出來る一軒の家を持つてゐた。それが取りも直さず彼の將《まさ》に死の國に蹴落さうとしつゝある友と其細君の家だつたのである。彼は或日何氣ない顔をして友の住居《すまひ》を敲《たゝ》いた。其所で世間話に時を移すと見せて、暗に目の前の人に飛び掛る機を窺つた。彼は机の上にあつた重い文鎭を取つて、突然是で人が殺せるだらうかと尋ねた。友は固《もと》より彼の問を眞《ま》に受けなかつた。彼は構はず出來る丈《だけ》の力を文鎭に込めて、細君の見てゐる前で、最愛の夫《をつと》を打ち殺した。さうして狂人の名の下《もと》に、瘋癲院《ふうてんゐん》に送られた。彼は驚ろくべき思慮と分別と推理の力とを以て、以上の?末を基礎に、自分の決して狂人でない譯をひたすら辯解してゐる。かと思ふと、其辯解を又疑つてゐる。のみならず、其疑ひを又辯解しやうとしてゐる。彼は必竟正氣なのだらうか、狂人なのだらうか、――僕は書物を手にした儘|慄然《りつぜん》として恐れた。
 
     二十八
 
 僕の頭《ヘツド》は僕の胸《ハート》を抑える爲に出來てゐた。行動の結果から見て、甚しい悔《くい》を遺さない過去を顧みると、是が人間の常體かとも思ふ。けれども胸《ハート》が熱しかける度に、嚴肅な頭《あたま》の威力を無理に加へられるのは、普通誰でも經驗する通り、甚しい苦痛である。僕は意地張《いぢばり》といふ點に於て、何方《どつち》かといふと寧ろ陰性の癇癪持だから、發作《ほつさ》に心を襲はれた人が急に理性の爲に喰ひ留められて、劇しい自動車の速力を即時に殺す樣な苦痛は滅多に甞《な》めた事がない。夫《それ》ですら或場合には命の心棒を無理に曲げられるとでも云はなければ形容しやうのない活力の燃燒を内に感じた。二つの爭ひが起る度に、常に頭《ヘツド》の命令に屈從して來た僕は、或時は僕の頭《ヘツド》が強いから屈從させ得るのだと思ひ、或時は僕の胸《ハート》が弱いから屈從するのだとも思つたが、何うしても此爭ひは生活の爲の爭ひでありながら、人知れず、わが命を削る爭ひだといふ畏怖の念から解脱する事が出來なかつた。
 夫《それ》だから僕はゲダンケの主人公を見て驚ろいたのである。親友の命を虫の息の樣に輕《かろ》く見る彼は、理と情《じやう》との間に何等の矛盾をも扞格《かんかく》をも認めなかつた。彼の有する凡《すべ》ての知力は、悉《こと/”\》く復讐の燃料となつて、殘忍な兇行を手際よく仕途げる方便に供せられながら、毫も悔ゆる事を知らなかつた。彼は周密なる思慮を率《ひき》いて、滿腔《まんかう》の毒血を相手の頭から浴びせ掛け得る偉大なる俳優であつた。若《もし》くは尋常以上の頭腦と情熱を兼ねた狂人であつた。僕は平生の自分と比較して、斯う顧慮なく一心に振舞へるゲダンケの主人公が大いに羨ましかつた。同時に汗の滴《したゝ》る程恐ろしかつた。出來たら嘸《さぞ》痛快だらうと思つた。出來《でか》した後《あと》は定めし堪へがたい良心の拷問《がうもん》に逢ふだらうと思つた。
 けれども若し僕の高木に對する嫉妬がある不可思議の徑路を取つて、向後《かうご》今の數十倍に烈敷《はげしく》身を燒くなら何うだらうと僕は考へた。然し僕は其時の自分を自分で想像する事が出來なかつた。始めは人間の元來からの作りが違ふんだから、到底《とて》も斯んな眞似は爲得《しえ》まいといふ見地から、直《すぐ》此問題を棄却しやうとした。次には、僕でも同じ程度の復讐が充分遣つて除《の》けられるに違ひないといふ氣がし出した。最後には、僕の樣に平生は頭《ヘツド》と胸《ハート》の爭ひに惱んで愚圖ついてゐるものにして始めて斯んな猛烈な兇行を、冷靜に打算的に、且つ組織的に、逞《たく》ましうするのだと思ひ出した。僕は最後に何故《なぜ》斯う思つたのか自分にも分らない。たゞ斯う思つた時急に變な心持に襲はれた。其心持は純然たる恐怖でも不安でも不快でもなく、夫等《それら》よりは遙かに複雜なものに見えた。が、纒つて心に現はれた状態から云へば、丁度|大人《おと》なしい人が酒の爲に大膽になつて、是なら何でも遣れるといふ滿足を感じつゝ、同時に醉に打ち勝たれた自分は、品性の上に於て平生の自分より遙に墮落したのだと氣が付いて、さうして墮落は酒の影響だから何處へ何う避けても人間として到底《とて》も逃《のが》れる事は出來ないのだと沈痛に諦らめを付けたと同じ樣な變な心持であつた。僕は此變な心持と共に、千代子の見てゐる前で、高木の腦天に重い文鎭を骨の底迄打ち込んだ夢を、大きな眼を開《あ》きながら見て、驚ろいて立ち上つた。
 下へ降《お》りるや否や、いきなり風呂場へ行つて、水をざあ/\頭へ掛けた。茶の間の時計を見ると、もう午過《ひるすぎ》なので、それを好い機會《しほ》に、其所へ坐はつて飯を片付ける事にした。給仕には例の通り作《さく》が出た。僕は二《ふ》た口|三《み》口無言で飯の塊《かたま》りを頬張つたが、突然彼女に、おい作《さく》僕の顔色は何うかあるかいと聞いた。作は吃驚《びつくり》した眼を大きくして、いゝえと答へた。夫《それ》で問答が切れると、今度は作の方が何うか遊ばしましたかと尋ねた。
 「いゝや、大して何うもしない」
 「急に御暑う御座いますから」
 僕は黙つて二杯の飯を食ひ終つた。茶を注《つ》がして飲み掛けた時、僕は又突然|作《さく》に、鎌倉|抔《など》へ行つて混雜《ごた/\》するより宅《うち》にゐる方が靜で好いねと云つた。作は、でも彼方《あちら》の方が御凉しう御座いませうと云つた。僕はいや却つて東京より暑い位だ、あんな所にゐると氣ばかり焦燥《いら》/\して不可《いけ》ないと説明して遣つた。作は御隱居さまはまだ當分|彼地《あちら》に御出《おいで》で御座いますかと尋ねた。僕はもう歸るだらうと答へた。
 
     二十九
 
 僕は僕の前に坐つてゐる作《さく》の姿を見て、一筆《ひとふで》がきの朝貌《あさがほ》の樣な氣がした。只|貴《たつ》とい名家の手にならないのが遺憾であるが、心の中はさう云ふ種類の畫《ゑ》と同じく簡略に出來上つてゐるとしか僕には受取れなかつた。作の人柄を畫に喩《たと》へて何の爲になると聞かれるかも知れない。深い意味もなからうが、實は彼女の給仕を受けて飯を食ふ間に、今しがたゲダンケを讀んだ自分と、今黒塗の盆を持つて畏まつてゐる彼女とを比較して、自分の腹は何故《なぜ》斯う執濃《しつこ》い油繪の樣に複雜なのだらうと呆れたからである。白状すると僕は高等教育を受けた證據として、今日《こんにち》迄《まで》自分の頭が他《ひと》より複雜に働らくのを自慢にしてゐた。所が何時《いつ》か其働らきに疲れてゐた。何の因果で斯う迄事を細かに刻まなければ生きて行かれないのかと考へて情なかつた。僕は茶碗を膳の上に置きながら、作の顏を見て尊《たつ》とい感じを起した。
 「作《さく》御前でも色々物を考へる事があるかね」
 「私なんぞ別に何も考へる程の事が御座いませんから」
 「考へないかね。それが好いね。考へる事がないのが一番だ」
 「あつても智慧が御座いませんから、筋道が立ちません。全く駄目で御座います」
 「仕合せだ」
 僕は思はず斯う云つて作《さく》を驚ろかした。作は突然僕から冷かされたとでも思つたらう。氣の毒な事をした。
 其夕暮に思ひ掛ない母が出し拔けに鎌倉から歸つて來た。僕は其時|日《ひ》の限《かぎ》り掛《か》けた二階の縁に籐椅子《といす》を持ち出して、作《さく》が跣足《はだし》で庭先へ水を打つ音を聞いてゐた。下へ降《お》りて玄關へ出た時、僕は母を送つて來るべき筈の吾一の代りに、千代子が彼女の後《あと》に跟《つ》いて沓脱《くつぬぎ》から上《あが》つたのを見て非常に驚ろいた。僕は籐椅子《といす》の上で千代子の事を全く考へずに居たのである。考へても彼女と高木とを離す事は出來なかつたのである。さうして二人は當分鎌倉の舞臺を動き得ないものと信じてゐたのである。僕は日に燒けて心持色の黒くなつたと思はれる母と顔を見合はして挨拶を取り替《かは》す前に、先づ千代子に向つて何うして來たのだと聞きたかつた。實際僕は其通りの言葉を第一に用ひたのである。
 「叔母さんを送つて來たのよ。何故《なぜ》。驚ろいて」
 「そりや難有《ありがた》う」と僕は答へた。僕の千代子に對する感情は鎌倉へ行く前と、行つてからとで大分《だいぶ》違つてゐた。行つてからと歸つて來てからとでも亦大分違つてゐた。高木と一所に束《つか》ねられた彼女に對するのと、斯う一人に切り離された彼女に對するのとでも亦大分違つてゐた。彼女は年を取つた母を吾一に托するのが不安心だつたから、自分で跟《つ》いて來たのだと云つて、作《さく》が足を洗つてゐる間《ま》に、母の單衣《ひとへ》を箪笥から出したり、夫《それ》を旅行着と着換へさせたり抔《など》して、元の千代子の通り豆《まめ》やかに振舞つた。僕は母にあれから何か面白い事がありましたかと尋ねた。母は滿足らしい顔をしながら、別に是といふ珍らしい事も無かつたと答へたが、「でもね久し振に好い氣保養《きほやう》をしました。御蔭で」と云つた。僕にはそれが傍《そば》にゐる千代子に對しての禮の言葉と聞こえた。僕は千代子に今日是から又鎌倉へ歸るのかと尋ねた。
 「泊つて行くわ」
 「何處へ」
 「さうね。内幸町へ行つても好いけど、あんまり廣過ぎて淋《さむ》しいから。――久し振に此所へ泊らうかしら、ねえ叔母さん」
 僕には千代子が始めから僕の家に寐る積《つもり》で出て來たやうに見えた。自白すれば僕は其所へ坐つて十分と經たないうちに、又眼の前にゐる彼女の言語動作を一種の立場から觀察したり、評價したり、解釋したりしなければならない樣になつたのである。僕はそこに氣が付いた時、非常な不愉快を感じた。又さういふ努力には自分の神經が疲れ切つてゐる事も感じた。僕は自分が自分に逆らつて餘儀なく斯う心を働かすのか。或は千代子が厭がる僕を無理に強ひて動く樣にするのか。何方《どつち》にしても僕は腹立たしかつた。
 「千代ちやんが來ないでも吾一さんで澤山だのに」
 「だつて妾《あたし》責任があるぢやありませんか。叔母さんを招待したのは妾《あたし》でせう」
 
     三十
 
 「ぢや僕も招待を受けたんだから、送つて來て貰へば好かつた」
 「だから他《ひと》の云ふ事を聞いて、もつと居らつしやれば好いのに」
 「いゝえ彼《あ》の時にさ。僕の歸つた時にさ」
 「左樣《さう》すると丸《まる》で看護婦見た樣《やう》ね。好いわ看護婦でも、附いて來て上げるわ。何故《なぜ》さう云はなかつたの」
 「云つても斷られさうだつたから」
 「妾《あたし》こそ斷られさうだつたわ、ねえ叔母さん。偶《たま》に招待に應じて來て置きながら、厭に六づかしい顏ばかりしてゐるんですもの。本當に貴方は少し病氣よ」
 「だから千代子に附いて來て貰ひたかつたのだらう」と母が笑ひながら云つた。
 僕は母の歸るつい一時間前迄千代子の來る事を豫想し得なかつた。夫《それ》は今改めて繰り返す必要もないが、それと共に僕は母が高木に就いて齎《もた》らす報道を殆んど確實な未來として豫期してゐた。穩やかな母の顏が不安と失望で曇る時の氣の毒さも豫想してゐた。僕は今此豫期と全く反對の結果を眼の前に見た。彼等は二人とも常に變らない親しげな叔母《をば》姪《めひ》であつた。彼等の各自《おの/\》は各自《おの/\》に特有な温か味と清々《すが/\》しさを、何時《いつ》もの通り互ひの上に、又僕の上に、心持よく加へた。
 其晩は散歩に出る時間を儉約して、女二人と共に二階に上《あが》つて凉みながら話をした。僕は母の命ずる儘《まゝ》軒端《のきば》に七草《なゝくさ》を描《か》いた岐阜提灯《ぎふぢやうちん》を懸けて、其中に細い?燭を點《つ》けた。熱いから電燈を消さうと發議《ほつぎ》した千代子は、遠慮なく疊の上を暗くした。風のない月が高く上《のぼ》つた。柱に凭《もた》れてゐた母が鎌倉を思ひ出すと云つた。電車の音のする所で月を看《み》るのは何だか可笑《をか》しい氣がすると、此間から海邊《うみべ》に馴染《なず》んだ千代子が評した。僕は先刻《さつき》の籐椅子《といす》の上に腰を卸して團扇《うちは》を使つてゐた。作《さく》が下から二度|許《ばかり》上《あが》つて來た。一度は烟草盆の火を入れ更《か》へて、僕の足の下に置いて行つた。二返目には近所から取り寄せた氷菓子《アイスクリーム》を盆に載せて持つて來た。僕は其度毎階級制度の嚴重な對建の代《よ》に生れた樣に、卑しい召使の位置を生涯の分と心得てゐる此作と、何《ど》んな人の前へ出ても貴女《レデー》として振舞つて通るべき氣位を具へた千代子とを比較しない譯に行かなかつた。千代子は作が出て來ても、作でない外の女が出て來たと同じ樣に、なんにも氣に留めなかつた。作の方では一旦|起《た》つて梯子段の傍《そば》迄行つて、もう降りやうとする間際に屹度《きつと》振り返つて、千代子の後姿を見た。僕は自分が鎌倉で高木を傍《そば》に見て暮した二日間を思ひ出して、材料がないから何も考へないと明言した作に、千代子といふハイカラな有毒の材料が與へられたのを憐れに眺めた。
 「高木は何うしたらう」といふ問が僕の口元迄|?《しば/\》出た。けれども單なる消息の興味以外に、何か爲にする不純なものが自分を前に押し出すので、其|都度《つど》卑怯だと遠くで罵られる爲か、つい聞くのを屑《いさぎ》よしとしなくなつた。夫《それ》に千代子が歸つて母|丈《だけ》になりさへすれば彼の話は遠慮なく出來るのだからとも考へた。然し實を云ふと、僕は千代子の口から直下《ぢか》に高木の事を聞きたかつたのである。さうして彼女が彼を何う思つてゐるか、夫《それ》を判切《はつきり》胸に疊み込んで置きたかつたのである。是は嫉妬の作用なのだらうか。もし此話を聞くものが、嫉妬だといふなら、僕には少しも異存がない。今の料簡《れうけん》で考へて見ても、何うも外の名は付け惡《にく》いやうである。それなら僕が夫《それ》程《ほど》千代子に戀してゐたのだらうか。問題がさう推移すると、僕も返事に窮するより外に仕方がなくなる。僕は實際彼女に對して、そんなに熱烈な愛を脈搏《みやくはく》の上に感じてゐなかつたからである。すると僕は人より二倍も三倍も嫉妬深い譯になるが、或はさうかも知れない。然しもつと適當に評したら、恐らく僕本來の我儘が源因なのだらうと思ふ。たゞ僕は一言《いちごん》それに付け加へて置きたい。僕から云はせると、既に鎌倉を去つた後《あと》猶《なほ》高木に對しての嫉妬心が斯う燃えるなら、それは僕の性情に缺陷があつたばかりでなく、千代子自身に重い責任があつたのである。相手が千代子だから、僕の弱點が是程に濃く胸を染めたのだと僕は明言して憚《はゞか》らない。では千代子の何《ど》の部分が僕の人格を墮落させるのだらうか。夫《それ》は到底《とて》も分らない。或は彼女の親切ぢやないかとも考へてゐる。
 
     三十一
 
 千代子の樣子は何時《いつ》もの通り明《あけ》つ放《ぱな》しなものであつた。彼女は何《ど》んな問題が出ても苦もなく口を利いた。それは必竟《ひつきやう》腹の中に何も考へてゐない證據だとしか取れなかつた。彼女は鎌倉へ行つてから水泳を自習し始めて、今では脊《せい》の立たない所迄行くのが樂みだと云つた。夫《それ》を用心深い百代子が劔呑がつて、詫《あや》まる樣に悲しい聲を出して止《と》めるのが面白いと云つた。其時母は半《なか》ば心配で半《なか》ば呆れた樣な顏をして、「何ですね女の癖にそんな輕機《かるはずみ》な眞似をして。是からは後生《ごしやう》だから叔母さんに免じて、あぶない惡巫山戯《わるふざけ》は止《よ》して御呉れよ」と頼んでゐた。千代子はたゞ笑ひながら、大丈夫よと答へた丈《だけ》であつたが、ふと縁側の椅子に腰を掛けてゐる僕を顧《かへり》みて、市《いつ》さんもさう云ふ御轉婆《おてんば》は嫌《きらひ》でせうと聞いた。僕は唯、あんまり好きぢやないと云つて、月の光の隈なく落ちる表を眺めてゐた。もし僕が自分の品格に對して尊敬を拂ふ事を忘れたなら、「然し高木さんには氣に入るんだらう」といふ言葉を其|後《あと》に屹度《きつと》付け加へたに違ない。其所迄引き摺《ず》られなかつたのは、僕の體面上まだ仕合せであつた。
 千代子は斯くの如く明けつ放しであつた。けれども夜が更《ふ》けて、母がもう寐やうと云ひ出す迄、彼女は高木の事をとう/\一口も話頭に上《のぼ》せなかつた。其所に僕は甚だしい故意《こい》を認めた。白い紙の上に一點の暗い印氣《いんき》が落ちた樣な氣がした。鎌倉へ行く迄千代子を天下の女性《によしやう》のうちで、最も純粹な一人《いちにん》と信じてゐた僕は、鎌倉で暮した僅か二日の間に、始めて彼女の技巧《アート》を疑ひ出したのである。其|疑《うたがひ》が今漸く僕の胸に根を卸さうとした。
 「何故《なぜ》高木の話をしないのだらう」
 僕は寐ながら斯う考へて苦しんだ。同時に斯んな問題に睡眠の時間を奪はれる愚《おろか》さを自分で能く承知してゐた。だから苦しむのが馬鹿々々しくて猶《なほ》癇が起つた。僕は例の通り二階に一人寐てゐた。母と千代子は下座敷に蒲團を並べて、一つ蚊帳の中に身を横たへた。僕はすや/\寐てゐる千代子を自分のすぐ下に想像して、必竟《ひつきやう》のつそつ苦しがる僕は負けてゐるのだと考へない譯に行かなくなつた。僕は寐返りを打つ事さへ厭になつた。自分がまだ眠られないといふ弱味を階下《した》へ響かせるのが、勝利の報知として千代子の胸に傳はるのを恥辱と思つたからである。
 僕が斯うして同じ問題を色々に考へてゐるうちに、同じ問題が僕には色々に見えた。高木の名前を口へ出さないのは、全く彼女の僕に對する好意に過ぎない。僕に氣を惡くさせまいと思ふ親切から彼女はわざとそれ丈《だけ》を遠慮したのである。斯う解釋すると鎌倉にゐた時の僕は、あれ程單純な彼女をして、僕の前に高木の二字を公《おほや》けにする勇氣を失はしめた程、不合理に機嫌を惡く振舞つたのだらう。もし左樣《さう》だとすれば、自分は人の氣を惡くする爲に、人の中へ出る、不愉快な動物である。宅《うち》へ引込《ひつこ》んで交際《つきあひ》さへ爲《し》なければ夫《それ》で宜《い》い。けれども若し親切を冠《かむ》らない技巧《アート》が彼女の本義なら……。僕は技巧《アート》といふ二字を細かに割つて考へた。高木を媒鳥《をとり》に僕を釣る積《つもり》か。釣るのは、最後の目的もない癖に、唯僕の彼女に對する愛情を一時的に刺戟して樂しむ積《つもり》か。或は僕にある意味で高木の樣になれといふ積《つもり》か。さうすれば僕を愛しても好いといふ積《つもり》か。或は高木と僕と戰ふ所を眺めて面白かつたといふ積《つもり》か。又は高木を僕の眼の前に出して、斯ういふ人がゐるのだから、早く思ひ切れといふ積《つもり》か。――僕は技巧《アート》の二字を何處迄も割つて考へた。さうして技巧《アート》なら戰爭だと考へた。戰爭なら何うしても勝負に終るべきだと考へた。
 僕は寐付かれないで負けてゐる自分を口惜《くや》しく思つた。電燈は蚊帳を釣るとき消して仕舞つたので、室《へや》の中に隙間《すきま》もなく蔓延《はびこ》る暗闇《くらやみ》が窒息する程重苦しく感ぜられた。僕は眼の見えない所に眼を明けて頭|丈《だけ》働らかす苦痛に堪へなくなつた。寐返りさへ愼んで我慢してゐた僕は、急に起《た》つて室《へや》を明るくした。序《ついで》に縁側へ出て雨戸を一枚細目に開けた。月の傾むいた空の下には動く風もなかつた。僕はたゞ比較的冷かな空氣を肌と咽喉《のど》に受けた丈《だけ》であつた。
 
     三十二
 
 翌日《あくるひ》は何時《いつ》も一人で寐てゐる時より一時間半も早く眼が覺めた。すぐ起きて下へ降《お》りると、銀杏返《いてふがへ》しの上へ白地の手拭を被つて、長火鉢の灰を篩《ふる》つてゐた作《さく》が、おやもう御目覺でと云ひながら、すぐ顔を洗ふ道具を風呂場へ並べて呉れた。僕は歸りに埃だらけの茶の間を爪先で通り拔けて玄關へ出た。其時|序《ついで》に二人の寐てゐる座敷を蚊帳越しに覗いて見たら、目敏《めざと》い母も昨日《きのふ》の汽車の疲が出た所爲《せゐ》か、未《ま》だ靜かな眠を貪《むさ》ぼつてゐた。千代子は固《もと》より夢の底に埋《うづ》まつてゐる樣に正體なく枕の上に首を落してゐた。僕は目的《あて》もなく表へ出た。朝の散歩の趣《おもむき》を久しく忘れてゐた僕には、常に變はらない町の色が、暑さと雜沓とに染め付けられない安息日の如く穩やかに見えた。電車の線路が研《と》ぎ澄まされた光を眞直に地面の上に伸ばすのも落付いた感じであつた。けれども僕は散歩がしたくつて出たのではなかつた。唯眼が早く覺め過ぎて、中有《はした》に延びた命の斷片を、運動で埋める積《つもり》で歩くのだから、夫《それ》程《ほど》の興味は空にも地にも乃至《ないし》町にも見出《みいだ》す事が出來なかつた。
 一時間ばかりして僕は寧ろ疲れた顔を母からも千代子からも怪しまれに戻つて來た。母は何處へ行つたのと聞いたが、後《あと》から、色澤《いろつや》が好くないよ、何うか御仕《おし》かいと尋ねた。
 「昨夕《ゆうべ》好く寐られなかつたんでせう」
 僕は千代子の此言葉に對して答ふべき術《すべ》を知らなかつた。實を云ふと、昂然としてなに好く寐られたよと云ひたかつたのである。不幸にして僕は夫《それ》程《ほど》の技巧家《アーチスト》でなかつた。と云つて、正直に寐られなかつたと自白するには餘り自尊心が強過ぎた。僕は遂に何も答へなかつた。
 三人が同じ食卓で朝飯《あさめし》を濟ますや否や、母が昨日《きのふ》凉しいうちにと頼んで置いた髪結《かみひ》が來た。洗ひ立《たて》の白い胸掛をかけて、敷居越に手を突いた彼女は、御歸りなさいましと親しい挨拶をした。彼女は此職業に共通な目出度い口振《くちぶり》を有《も》つてゐた。それを得意に使つて、内氣な母に避暑を誇の種に話させる機會を一句毎に作つた。母は滿足らしくも見えたが、さう喋々しくは饒舌《しやべ》り得なかつた。髪結《かみひ》はより效目《きゝめ》のある相手として、すぐ年の若い千代子を選んだ。千代子は固《もと》より誰彼の容赦なく一樣に氣易く應對の出來る女だつたので、御孃樣と呼び掛けられる度に相當の受答《うけこたへ》をして話を勢《はず》ました。千代子の泳の噂が出た時、髪結《かみひ》は活?で宜しう御座います、近頃の御孃樣方はみんな水泳の稽古をなさいますと誰が聞いても拵へたやうな御世辭を云つた。
 妙な事を吹聽《ふいちやう》する樣で可笑《をか》しいが、實をいふと僕は女の髪を上げる所を見てゐるのが好きであつた。母が乏《とも》しい髪を工面して、何うか斯うか常に結《ゆ》ひ上げる樣子は、いくら上手《じやうず》が纒めるにしても、夫《それ》程《ほど》見榮《みばえ》のある畫《ゑ》ではないが、それでも退屈を凌ぐには恰好《かつかう》な慰みであつた。僕は髪結《かみひ》の手の動く間《ま》に、自然と出來上つて行く小さな母の丸髷を眺めてゐた。さうして腹の中で、千代子の髪を日本流に櫛を入れたら嘸《さぞ》見事だらうと思つた。千代子は色の美くしい、癖のない、長くて多過ぎる髪の所有者だつたからである。此場合|何時《いつ》もの僕なら、千代ちやんも序《ついで》に結《い》つて御貰ひなと屹度《きつと》勸める所であつた。然し今の僕にはそんな親しげな要求を彼女に向つて投げ掛ける氣が出惡《でにく》かつた。すると偶然にも千代子の方で、何だか妾《あたし》も一つ結つて見たくなつたと云ひ出した。母は御結《おい》ひよ久し振にと誘《いざ》なつた。髪結《かみひ》は是非御上げ遊ばせな、私始めて御髪《おぐし》を拜見した時から束髪にして居らつしやるのは勿體ないと思つとりましたと左《さ》も結《い》ひたさうな口振を見せた。千代子はとう/\鏡臺の前に坐つた。
 「何に結《い》はうかしら」
 髪結《かみひ》は島田を勸めた。母も同じ意見であつた。千代子は長い髪を脊中に垂れた儘《まゝ》突然|市《いつ》さんと呼んだ。
 「貴方何が好き」
 「旦那樣も島田が好きだと屹度《きつと》仰しやいますよ」
 僕はぎくりとした。千代子は丸《まる》で平氣の樣に見えた。わざと僕の方を振り返つて、「ぢや島田に結《い》つて見せたげませうか」と笑つた。「好いだらう」と答へた僕の聲は如何にも鈍《どん》に聞こえた。
 
     三十三
 
 僕は千代子の髪の出來上らない先に二階へ上《あが》つた。僕の樣な神經質なものが拘《こだ》はつて來ると、無關係の人の眼には殆んど小供らしいと思はれる樣な所作を敢てする。僕は中途で鏡臺の傍《そば》を離れて、美くしい島田髷をいたゞく女が男から強奪する嘆賞の租税を免かれた積《つもり》でゐた。其時の僕は夫《それ》程《ほど》此女の虚榮心に媚びる好意を有《も》たなかつたのである。
 僕は自分で自分の事を彼是《かれこれ》取り繕《つく》ろつて好く聞えるやうに話したくない。然し僕如きものでも長火鉢の傍《はた》で起るこんな戰術よりはもう少し高尚な問題に頭を使ひ得る積《つもり》でゐる。たゞ其所迄引き摺《ず》り落された時、僕の弱點として何うしても脱線する氣になれないのである。僕は自分でその詰らなさ加減をよく心得てゐた丈《だけ》に、それを敢てする僕を自分で恨み自分で鞭《むち》うつた。
 僕は空威張《からゐばり》を卑劣と同じく嫌ふ人間であるから、低くても小《ち》さくても、自分らしい自分を話すのを名譽と信じて成るべく隱さない。けれども、世の中で認めてゐる偉い人とか高い人とかいふものは、悉《こと/”\》く長火鉢や臺所の卑しい人生の葛藤《かつとう》を超越してゐるのだらうか。僕はまだ學校を卒業した許《ばかり》の經驗しか有《も》たない青二才に過ぎないが、僕の知力と想像に訴へて考へた所では、恐らくそんな偉い人高い人は何時《いつ》の世にも存在してゐないのではなからうか。僕は松本の叔父を尊敬してゐる。けれども露骨な事を云へば、あの叔父の樣なのは偉く見える人、高く見せる人と評すれば夫《それ》で足りてゐると思ふ。僕は僕の敬愛する叔父に對しては僞物《ぎぶつ》贋物《がんぶつ》の名を加へる非禮と僻見《へきけん》とを憚かりたい。が、事實上彼は世俗に拘泥しない顔をして、腹の中で拘泥してゐるのである。小事に齷齪《あくそく》しない手を拱《こま》ぬいで、頭の奧で齷齪《あくそく》してゐるのである。外《そと》へ出さない丈《だけ》が、普通より品《ひん》が好いと云つて僕は讃辭を呈したく思つてゐる。さうして其|外《そと》へ出さないのは財産の御蔭、年齡《とし》の御蔭、學問と見識と修養の御蔭である。が、最後に彼と彼の家庭の調子が程好く取れてゐるからでもあり、彼と社會の關係が逆《ぎやく》な樣で實は順《じゆん》に行くからでもある。――話がつい横道へ外《そ》れた。僕は僕の屑々《こせ/\》した所を餘り長く辯護し過ぎたかも知れない。
 僕は今いふ通り早く二階へ上《あが》つて仕舞つた。二階は日が近いので、階下《した》よりは餘程|凌《しの》ぎ惡《にく》いのだけれども、平生居つけた所爲《せゐ》で、僕は一日の大部分を此所で暮らす事にしてゐたのである。僕は何時《いつ》もの通り机の前に坐つたなり唯《たゞ》頬杖を突いて茫然《ぼんやり》してゐた。今朝烟草の灰を棄てたマジヨリカの灰皿が綺麗に掃除されて僕の肱の前に載せてあつたのに氣が付いて、僕は其中に現はされた二羽の鵞鳥を眺めながら、其灰を空《あ》けた作《さく》の手を想像に描いた。すると下から梯子段を踏む音がして誰か上《あが》つて來た。僕は其足音を聞くや否や、直それが作でない事を知つた。僕は斯う盆槍《ぼんやり》屈托してゐる所を千代子に見られるのを屈辱の樣に感じた。同時に傍《そば》にあつた書物を開けて、先刻《さつき》から讀んでゐた振をする程器用な機轉を用ひるのを好まなかつた。
 「結《い》へたから見て頂戴」
 僕は僕の前にすぐ斯う云ひながら坐る彼女を見た。
 「可笑《をか》しいでせう。久しく結《い》はないから」
 「大變美くしく出來たよ。是から何時《いつ》でも島田に結《ゆ》ふと可《い》い」
 「二三度壞しちや結《い》ひ、壞しちや結《い》ひしないと不可《いけ》ないのよ。毛が馴染《なず》まなくつて」
 斯んな事を聞いたり答へたり三四返してゐるうちに、僕は何時《いつ》の間《ま》にか昔と同じ樣に美くしい素直な邪氣のない千代子を眼の前に見る氣がし出した。僕の心持が何かの調子で和《やは》らげられたのか、千代子の僕に對する態度が何處かで角度を改ためたのか、それは判然《はんぜん》と云ひ惡《にく》い。斯うだと説明の出來る捕《とら》へ所《どころ》は兩方になかつたらしく記憶してゐる。もし此氣易い状態が一二時間も長く續いたなら、或は僕の彼女に對して抱いた變な疑惑を、過去に溯《さかの》ぼつて當初から眞直に黒い棒で誤解といふ名の下《もと》に消し去る事が出來たかも知れない。所が僕はつい不味《まづ》い事をしたのである。
 
     三十四
 
 夫《それ》は外でもない。少時《しばらく》千代子と話してゐるうちに、彼女が單に頭を見せに上《あが》つて來た許《ばかり》でなく、今日是から鎌倉へ歸るので、其|左樣《さやう》ならを云ひに一寸顔を出したのだと云ふ事を知つた時、僕はつい用意の足りない躓《つま》づき方をしたのである。
 「早いね。もう歸るのかい」と僕が云つた。
 「早かないわ、もう一晩泊つたんだから。だけど斯んな頭をして歸ると何だか可笑《をか》しいわね、御嫁にでも行く樣で」と千代子が云つた。
 「まだみんな鎌倉に居るのかい」と僕が聞いた。
 「えゝ。何故《なぜ》」と千代子が聞き返した。
 「高木さんも」と僕が又聞いた。
 高木といふ名前は今迄千代子も口にせず、僕も話頭に上《のぼ》すのをわざと憚かつてゐたのである。が、何かの機會《はずみ》で、平生《いつも》通りの打ち解けた遠慮のない氣分が復活したので、其中に引き込まれた矢先、つい何の氣も付かずに使つて仕舞つたのである。僕はふら/\と此問を掛けて彼女の顔を見た時忽ち後悔した。
 僕が煮え切らない又|捌《さば》けない男として彼女から一種の輕蔑を受けてゐる事は、僕の疾《と》うに話した通りで、實を云へば二人の交際は此黙許を認め合つた上の親しみに過ぎなかつた。其代り千代子が常に畏《おそ》れる點を、幸にして僕はたゞ一つ有《も》つてゐた。夫《それ》は僕の無口である。彼女の樣に萬事明けつ放しに腹を見せなければ氣の濟まない者から云ふと、何時《いつ》でも、しんねりむつつりと構へてゐる僕などの態度は、決して氣に入る筈がないのだが、其所に又妙に見透《みす》かせない心の存在が仄《ほの》めくので、彼女は昔から僕を全然知り拔く事の出來ない、從つて輕蔑しながらも何處かに恐ろしい所を有《も》つた男として、或る意味の尊敬を拂つてゐたのである。是は公《おほや》けにこそ明言しないが、向ふでも腹の底で正式に認めるし、僕も冥々《めい/\》のうちに彼女から僕の權利として要求してゐた事實である。
 所が偶然高木の名前を口にした時、僕は忽ち此尊敬を永久千代子に奪ひ返された樣な心持がした。と云ふのは、「高木さんも」といふ僕の問を聞いた千代子の表情が急に變化したのである。僕はそれを強《あなが》ちに勝利の表情とは認めたくない。けれども彼女の眼のうちに、今迄僕が未だ甞て彼女に見出した試しのない、一種の侮蔑が輝やいたのは疑ひもない事實であつた。僕は豫期しない瞬間に、平手《ひらて》で横面《よこつら》を力任せに打たれた人の如くにぴたりと止《と》まつた。
 「あなた夫《それ》程《ほど》高木さんの事が氣になるの」
 彼女は斯う云つて、僕が兩手で耳を抑へたい位な高笑ひをした。僕は其時鋭どい侮辱を感じた。けれども咄嗟《とつさ》の場合何といふ返事も出し得なかつた。
 「貴方は卑怯だ」と彼女が次に云つた。此突然な形容詞にも僕は全く驚ろかされた。僕は、御前こそ卑怯だ、呼ばないでもの所へわざ/\人を呼び付けて、と云つて遣りたかつた。けれども年弱な女に對して、向ふと同じ程度の激語を使ふのはまだ早過ぎると思つて我慢した。千代子もそれなり黙つた。僕は漸くにして「何故《なぜ》」といふ僅か二字の問を掛けた。すると千代子の濃い眉が動いた。彼女は、僕自身で僕の卑怯な意味を充分自覺してゐながら、たま/\他《ひと》の指摘を受けると、自分の弱點を相手に隱す爲に、取り繕ろつて空《そら》つ遠惚《とぼ》けるものと此問を解釋したらしい。
 「何故つて、貴方自分で能く解つてるぢやありませんか」
 「解らないから聞かして御呉れ」と僕が云つた。僕は階下《した》に母を控へてゐるし、感情に訴へる若い女の氣質も能く呑み込んだ積《つもり》でゐたから、出來る丈《だけ》相手の氣を拔いて話を落ち付かせる爲に、其時の僕としては、殆んど無理な程の、低いかつ緩い調子を取つたのであるが、夫《それ》が却つて千代子の氣に入らなかつたと見える。
 「それが解らなければ貴方馬鹿よ」
 僕は恐らく平生《いつも》より蒼い顔をしたらうと思ふ。自分では唯《たゞ》眼を千代子の上に凝《ぢつ》と据ゑた事|丈《だけ》を記憶してゐる。其時何物も恐れない千代子の眼が、僕の視線と無言のうちに行き合つて、兩方共しばらく其所に止《と》まつてゐた事も記憶してゐる。
 
     三十五
 
 「千代ちやんの樣な活?な人から見たら、僕見たいに引込思案《ひつこみじあん》なものは無論卑怯なんだらう。僕は思つた事をすぐ口へ出したり、又は其儘所作にあらはしたりする勇氣のない、極めて因循《いんじゆん》な男なんだから。其點で卑怯だと云ふなら云はれても仕方がないが‥…」
 「そんな事を誰が卑怯だと云ふもんですか」
 「然し輕蔑はしてゐるだらう。僕はちやんと知つてる」
 「貴方こそ妾《あたし》を輕蔑してゐるぢやありませんか。妾《あたし》の方が餘つ程よく知つてるわ」
 僕は殊更《ことさら》に彼女の此言葉を肯定する必要を認めなかつたから、わざと返事を控えた。
 「貴方は妾《あたし》を學問のない、理窟の解らない、取るに足らない女だと思つて、腹の中で馬鹿にし切つてるんです」
 「それは御前が僕を愚圖と見縊《みくび》つてるのと同じ事だよ。僕は御前から卑怯と云はれても構はない積《つもり》だが、苟《いや》しくもコ義上の意味で卑怯といふなら、そりや御前の方が間違つてゐる。僕は少なくとも千代ちやんに關係ある事柄に就いて、道コ上卑怯な振舞をした覺《おぼえ》はない筈だ。愚圖とか煮え切らないとかいふべき所に、卑怯といふ言葉を使はれては、何だか道義的勇氣を缺いた――といふより、コ義を解しない下劣な人物の樣に聞えて甚だ心持が惡いから訂正して貰ひたい。夫《それ》とも今いつた意味で、僕が何か千代ちやんに對して濟まない事でもしたのなら遠慮なく話して貰はう」
 「ぢや卑怯の意味を話して上げます」と云つて千代子は泣き出した。僕は是迄千代子を自分より強い女と認めてゐた。けれども彼女の強さは單に優しい一圖から出る女氣《をんなぎ》の凝《こ》り塊《かたま》りとのみ解釋してゐた。所が今僕の前に現はれた彼女は、唯《たゞ》勝氣に充ちた丈《だけ》の、世間に有りふれた、俗つぽい婦人としか見えなかつた。僕は心を動かす所なく、彼女の涙の間から如何なる説明が出るだらうと待ち設けた。彼女の唇を洩れるものは、自己の體面を飾る強辯より外に何も有る筈がないと、僕は固く信じてゐたからである。彼女は濡れた捷毛《まつげ》を二三度|繁叩《しばたゝ》いた。
 「貴方は妾《あたし》を御轉婆《おてんば》の馬鹿だと思つて始終冷笑してゐるんです。貴方は妾《あたし》を……愛してゐないんです。つまり貴方は妾《あたし》と結婚なさる氣が……」
 「そりや千代ちやんの方だつて……」
 「まあ御聞きなさい。そんな事は御互だと云ふんでせう。そんなら夫《それ》で宜《よ》う御座んす。何も貰つて下さいとは云やしません。唯《たゞ》何故愛してもゐず、細君にもしやうと思つてゐない妾《あたし》に對して……」
 彼女は此所へ來て急に口籠つた。不敏な僕は其後へ何が出て來るのか、まだ覺《さと》れなかつた。「御前に對して」と半《なか》ば彼女を促がす樣に問を掛けた。彼女は突然物を衝き破つた風に、「何故嫉妬なさるんです」と云ひ切つて、前よりは劇しく泣き出した。僕はさつと血が顏に上《のぼ》る時の熱《ほて》りを兩方の頬に感じた。彼女は殆んど夫《それ》を注意しないかの如くに見えた。
 「貴方は卑怯です、コ義的に卑怯です。妾《あたし》が叔母さんと貴方を鎌倉へ招待した料簡《れうけん》さへ貴方は既に疑《うたぐ》つて居らつしやる。それが既に卑怯です。が、それは問題ぢやありません。貴方は他《ひと》の招待に應じて置きながら、何故|平生《ふだん》の樣に愉快にして下さる事が出來ないんです。妾《あたし》は貴方を招待した爲に恥を掻いたも同じ事です。貴方は妾《あたし》の宅《うち》の客に侮辱を與へた結果、妾《あたし》にも侮辱を與へてゐます」
 「侮辱を與へた覺はない」
 「あります。言葉や仕打は何うでも構はないんです。
貴方の態度が侮辱を與へてゐるんです。態度が與へてゐないでも、貴方の心が與へてゐるんです」
 「そんな立ち入つた批評を受ける義務は僕にないよ」
 「男は卑怯だから、さう云ふ下らない挨拶が出來るんです。高木さんは紳士だから貴方を容れる雅量が幾何《いくら》でもあるのに、貴方は高木さんを容れる事が決して出來ない。卑怯だからです」
 
  松本の話
 
     一
 
 夫《それ》から市藏と千代子との間が何うなつたか僕は知らない。別に何うもならないんだらう。少なくとも傍《はた》で見てゐると、二人の關係は昔から今日《こんにち》に至る迄全く變らない樣だ。二人に聞けば色々な事を云ふだらうが、夫《それ》は其時限りの氣分に制せられて、眞《まこと》しやかに前後に通じない嘘を、永久の價値ある如く話すのだと思へば間違ない。僕はさう信じてゐる。
 あの事件なら其當時僕も聞かされた。しかも兩方から聞かされた。あれは誤解でも何でもない。兩方でさう信じてゐるので、さうして其信じ方に兩方とも無理がないのだから、極めて尤もな衝突と云はなければならない。從つて夫婦にならうが、友達として暮らさうが、あの衝突|丈《だけ》は到底免かれる事の出來ない、まあ二人の持つて生れた、因果と見るより外に仕方がなからう。所が不幸にも二人は或る意味で密接に引き付けられてゐる。しかも其引き付けられ方が又|傍《はた》のものに何うする權威もない宿命の力で支配されてゐるんだから恐ろしい。取り澄ました警句を用ひると、彼等は離れる爲に合ひ、合ふ爲に離れると云つた風の気の毒な一對《いつつゐ》を形づくつてゐる。斯う云つて君に解るか何うか知らないが、彼等が夫婦になると、不幸を釀《かも》す目的で夫婦になつたと同樣の結果に陷いるし、又夫婦にならないと不幸を續ける精神で夫婦にならないのと擇《えら》ぶ所のない不滿足を感ずるのである。だから二人の運命は唯《たゞ》成行に任せて、自然の手で直接に發展させて貰ふのが一番上策だと思ふ。君だの僕だのが何の蚊《か》のと要らぬ世話を燒くのは却つて當人達のために好くあるまい。僕は知つての通り、市藏から見ても千代子から見ても他人ではない。ことに須永の姉からは、二人の身分に就いて今迄頼まれたり相談を受けたりした例《ためし》は何度もある。けれども天の手際で旨く行かないものを、何うして僕の力で纒める事が出來やう。つまり姉は無理な夢を自分一人で見てゐるのである。
 須永の姉も田口の姉も、僕と市藏の性質が餘り能く似てゐるので驚ろいてゐる。僕自身も何うして斯んな變り者が親類に二人揃つて出來たのだらうかと考へては不思議に思ふ。須永の姉の料簡《れうけん》では、市藏の今日《こんにち》は全く僕の感化を受けた結果に過ぎないと見てゐるらしい。僕が姉の氣に入らない點を幾何《いくら》でも有《も》つてゐる内で、最も彼女を不愉快にするものは、不明なる僕のわが甥《をひ》に及ぼしたと認められてゐる此惡い影響である。僕は僕の市藏に對する今日《こんにち》迄《まで》の態度に顧みて、此非難を尤もだと肯《がへん》ずる。それが爲に市藏を田口家から疎隔したといふ不服も序《ついで》に承認して差支ない。たゞ彼等姉二人が僕と市藏とを、同じ型から出來上つた偏窟人の樣に見傚《みな》して、同じ眉を僕等の上に等しく顰《ひそ》めるのは疑もなく誤つてゐる。
 市藏といふ男は世の中と接觸する度に内へとぐろを捲き込む性質《たち》である。だから一つ刺戟を受けると、其刺戟が夫《それ》から夫《それ》へと廻轉して、段々深く細かく心の奧に喰ひ込んで行く。さうして何處迄喰ひ込んで行つても際限を知らない同じ作用が連續して、彼を苦しめる。仕舞には何うかして此内面の活動から逃《のが》れたいと祈る位に氣を惱ますのだけれども、自分の力では如何《いかん》ともすべからざる呪ひの如くに引つ張られて行く。さうして何時《いつ》か此努力の爲に難れなければならない、たつた一人で斃れなければならないといふ怖れを抱《いだ》くやうになる。さうして氣狂《きちがひ》の樣に疲れる。是が市藏の命根《めいこん》に横《よこた》はる一大不幸である。この不幸を轉じて幸《さいはひ》とするには、内へ内へと向く彼の命の方向を逆にして、外《そと》へとぐろを捲き出させるより外に仕方がない。外にある物を頭へ運び込むために眼を使ふ代りに、頭で外にある物を眺める心持で眼を使ふやうにしなければならない。天下にたつた一つで好いから、自分の心を奪ひ取るやうな偉いものか、美くしいものか、優しいものか、を見出《みいだ》さなければならない。一口に云へば、もつと浮氣《うはき》にならなければならない。市藏は始め浮氣《うはき》を輕蔑して懸つた。今は其浮氣を渇望してゐる。彼は自己の幸福のために、何うかして翩々《へんぺん》たる輕薄才子になりたいと心《しん》から神に念じてゐるのである。輕薄に浮かれ得るより外に彼を救ふ途《みち》は天下に一つもない事を、彼は、僕が彼に忠告する前に、既に承知してゐた。けれども實行は未だに出來ないで藻掻《もが》いてゐる。
 
     二
 
 僕は斯ういふ市藏を仕立て上げた責任者として親類のものから暗《あん》に恨まれてゐるが、僕自身も其點に就ては疚《や》ましい所が大いにあるのだから仕方がない。僕はつまり性格に應じて人を導く術《すべ》を心得なかつたのである。唯自分の好尚《かうしやう》を移せる丈《だけ》市藏の上に移せば夫《それ》で充分だといふ無分別から、勝手次第に若いものゝ柔らかい精神を動かして來たのが、凡《すべ》ての禍《わざはひ》の本《もと》になつたらしい。僕が此過失に氣が付いたのは今から二三年|前《まへ》である。然し氣が付いた時はもう遲かつた。僕はたゞ爲《な》す能力のない手を拱《こま》ぬいて、心の中《うち》で嘆息した丈《だけ》であつた。
 事實を一言《いちごん》でいふと、僕の今遣つてゐるやうな生活は、僕に最も適當なので、市藏には決して向かないのである。僕は本來から氣の移り易く出來上つた、極めて安價な批評をすれば、生れ付いての浮気《うはき》ものに過ぎない。僕の心は絶えず外に向つて流れてゐる。だから外部の刺戟次第で何うにでもなる。と云つた丈《だけ》では能く腑《ふ》に落ちないかも知れないが、市藏は在來の社會を教育する爲に生れた男で、僕は通俗な世間から教育されに出た人間なのである。僕が此位好い年をしながらまだ大變若い所があるのに引き更《か》へて、市藏は高等學校時代から既に老成してゐた。彼は社會を考へる種に使ふけれども、僕は社會の考へに此方《こつち》から乘り移つて行く丈《だけ》である。其所に彼の長所があり、かねて彼の不幸が潜んでゐる。其所に僕の短所があり又僕の幸福が宿つてゐる。僕は茶の湯をやれば靜かな心持になり、骨董《こつとう》を捻《ひね》くれば寂《さ》びた心持になる。其外|寄席《よせ》、芝居、相撲《すまふ》、凡《すべ》て其時々の心持になれる。其結果あまり眼前の事物に心を奪はれ過ぎるので、自然に己《おのれ》なき空疎な感に打たれざるを得ない。だから斯んな超然生活を營んで強ひて自我を押し立てやうとするのである。所が市藏は自我より外《ほか》に當初から何物も有《も》つてゐない男である。彼の缺點を補なふ――といふより、彼の不幸を切り詰める生活の徑路は、唯内に潜《もぐ》り込まないで外《そと》に應ずるより外《ほか》に仕方がないのである。然るに彼を幸福にし得る其唯一の策を、僕は間接に彼から奪つて仕舞つた。親類が恨むのは尤もである。僕は本人から恨まれないのをまだしもの仕合せと思つてゐる位である。
 今から慥《たしか》一年位前の話だと思ふ。何しろ市藏がまだ學校を出ない時の話だが、ある日偶然遣つて來て、一寸挨拶をしたぎり直《すぐ》何處かへ見えなくなつた事がある。其時僕はある人に頼まれて、書齋で日本の活花《いけばな》の歴史を調べてゐた。僕は調べものゝ方に氣を取られて、彼の顔を出した時、やあと唯《たゞ》振り返つた丈《だけ》であつたが、夫《それ》でも彼の血色が甚だ勝れないのを苦にして、仕事の區切が付くや否や彼を探しに書齋を出た。彼は妻《さい》とも仲が善かつたので、或は茶の間で話でもしてゐる事かと思つたら、其所にも姿は見えなかつた。妻《さい》に聞くと子供の部屋だらうといふので、縁傳ひに戸《ドアー》を開けると、彼は咲子の机の前に坐つて、女の雜誌の口繪に出てゐる、ある美人の寫眞を眺めてゐた。其時彼は僕を顧みて、今斯ういふ美人を發見して、先刻《さつき》から十分|許《ばかり》相對してゐる所だと告げた。彼は其顔が眼の前にある間、頭の中の苦痛を忘れて自《おのづ》から愉快になるのださうである。僕は早速何處の何者の令孃かと尋ねた。すると不思議にも彼は寫眞の下に書いてある女の名前をまだ讀まずにゐた。僕は彼を迂濶だと云つた。夫《それ》程《ほど》氣に入つた顔なら何故《なぜ》名前から先に頭に入れないかと尋ねた。時と場合によれば、細君として申し受ける事も不可能でないと僕は思つたからである。然るに彼は又何の必要があつて姓名や住所を記憶するかと云つた風の眼使《めづかひ》をして僕の注意を怪しんだ。
 つまり僕は飽く迄も寫眞を實物の代表として眺め、彼は寫眞をたゞの寫眞として眺めてゐたのである。若し寫眞の背後に、本當の位置や身分や教育や性情が付け加はつて、紙の上の肖像を活かしに掛つたなら、彼は却つて氣に入つた其顔迄|併《あは》せて打ち棄てて仕舞つたかも知れない。是が市藏の僕と根本的に違ふ所である。
 
     三
 
 市藏の卒業する二三ケ月前、たしか去年の四月頃だつたらうと思ふ。僕は彼の母から彼の結婚に關して、今迄にない長時間の相談を受けた。姉の意思は固《もと》より田口の姉娘を彼の嫁として迎へたいといふ單純にしてかつ頑固なものであつた。僕は女に理窟を聞かせるのを、男の恥の樣に思ふ癖があるので、六づかしい事は成る可く控えたが、何しろ斯ういふ問題に就て、出來る丈《だけ》本人の自由を許さないのは親の義務に背《そむ》くのも同然だといふ意味を、昔風の彼女の腑《ふ》に落ちるやうに碎いて説明した。姉は御承知の通り極めて穩やかな女ではあるが、いざとなると同じ意見を何度でも繰り返して憚からない婦人に共通な特性を一人前以上に具へてゐた。僕は彼女の執拗《しつあう》を惡《にく》むよりは、其根氣の好過《よす》ぎる所に却つて妙な憐れみを催《もよほ》した。それで、今親類中に、市藏の尊敬してゐるものは僕より外にないのだから、兎も角も一遍呼び寄せて篤《とく》と話して見て呉れぬかといふ彼女の請《こひ》を快よく引受けた。
 僕が此目的を果《はた》すために市藏と此座敷で會見を遂げたのは、夫《それ》から四日目の日曜の朝だと記憶する。彼は卒業試驗間近の多忙を目の前に控えながら座に着いて、何試驗なんか何うなつたつて構やしませんがと苦笑した。彼の説明によると、かねて其話は彼の母から何度も聞かされて、何度も決答を繰り延ばした陳腐なものであつた。尤も彼のそれに對する態度は、問題の陳腐と反比例に頗る切なささうに見えた。彼は最後に母から口説《くど》かれた時、卒業の上、何うとも解決するから、夫《それ》迄《まで》待つて呉れろと母に頼んで置いたのださうである。夫《それ》をまだ試驗も濟まない先から僕に呼び付けられたので、多少迷惑らしく見えた許《ばか》りか、年寄は氣が短かくつて困ると言葉に出して迄訴へた。僕も尤もだと思つた。
 僕の推測では、彼が學校を出る迄兎角の決答を延ばしたのは、そのうちに千代子の縁談が、自分よりは適當な候補者の上に纒《まと》ひ付くに違ないと勘定《かんてい》して、直接に母を失望させる代りに、周圍の事情が母の意思を翻《ひるが》へさせるため自然と彼女に壓迫を加へて來るのを待つ一種の逃避手段に過ぎないと思はれた。僕は市藏にさうぢや無いかと聞いた。市藏はさうだと答へた。僕は彼に何うしても母を滿足させる氣はないかと尋ねた。彼は何事によらず母を滿足させたいのは山々であると答へた。けれども千代子を貰はうとは決して云はなかつた。意地づくで貰はないのかと聞いたら、或はさうかも知れないと云ひ切つた。もし田口が遣つても好いと云ひ、千代子が來ても好いと云つたら何うだと念を押したら、市藏は返事をしずに黙つて僕の顔を眺めてゐた。僕は彼の此顔を見ると、決して話を先へ進める氣になれないのである。畏怖といふと仰山《ぎやうさん》すぎるし、同情といふと丸《まる》で憐れつぽく聞こえるし、此顏から受ける僕の心持は、何と云つて可《い》いか殆んど分らないが、永久に相手を諦らめて仕舞はなければならない絶望に、ある凄味《すごみ》と優し味を付け加へた特殊の表情であつた。
 市藏はしばらくして自分は何故《なぜ》斯う人に嫌はれるんだらうと突然意外な述懷をした。僕は其|時《とき》ならないのと平生の市藏に似合しからないのとで驚ろかされた。何故そんな愚癡《ぐち》を零《こぼ》すのかと窘《たし》なめる樣な調子で反問を加へた。
 「愚癡ぢやありません。事實だから云ふのです」
 「ぢや誰が御前を嫌つてゐるかい」
 「現にさういふ叔父さんからして僕を嫌つてゐるぢやありませんか」
 僕は再び驚ろかされた。あまり不思議だから二三度押問答の末推測して見ると、僕が彼に特有な一種の表情に支配されて話の進行を停止した時の態度を、全然彼に對する嫌惡《けんを》の念から出たと受けてゐるらしかつた。僕は極力彼の誤解を打破しに掛つた。
 「おれが何で御前を惡《にく》む必要があるかね。子供の時からの關係でも知れてゐるぢやないか。馬鹿を云ひなさんな」
 市藏は叱られて激した樣子もなく益《ます/\》蒼い顔をして僕を見詰めた。僕は燐火《りんくわ》の前に坐つてゐる樣な心持がした。
 
     四
 
 「おれは御前の叔父だよ。何處の國に甥《をひ》を憎む叔父があるかい」
 市藏は此言葉を聞くや否や忽ち薄い唇《くちびる》を反《そ》らして淋《さみ》しく笑つた。僕は其|淋《さみ》しみの裏に、奧深い輕侮の色を透《すか》し見た。自白するが、彼は理解の上に於て僕よりも優れた頭の所有者である。僕は百も夫《それ》を承知でゐた。だから彼と接觸するときには、彼から馬鹿にされるやうな愚《ぐ》を成るべく愼んで外《そと》に出さない用心を怠らなかつた。けれども時々は、つい年長者の傲《おご》る心から、親しみの強い彼を眼下《がんか》に見下《みくだ》して、淺薄と心付《こゝろづき》ながら、其場限りの無意味に勿體を付けた訓戒などを與へる折も無いではなかつた。賢《かし》こい彼は僕に恥を掻かせるために、自分の優越を利用する程、品位を缺いた所作を敢てし得ないのではあるが、僕の方では其|都度《つど》彼に對する此方《こつち》の相場が下落して行くやうな屈辱を感ずるのが例であつた。僕はすぐ自分の言葉を訂正しに掛つた。
 「そりや廣い世の中だから、敵同志《かたきどうし》の親子もあるだらうし、命を危《あや》め合ふ夫婦も居ないとは限らないさ。然しまあ一般に云へば、兄弟《きやうだい》とか叔父《をぢ》甥《をひ》とかの名で繋《つな》がつてゐる以上は、繋がつてゐる丈《だけ》の親しみは何處かにあらうぢやないか。御前は相應の教育もあり、相應の頭もある癖に、何だか妙に一種の僻《ひか》みがあるよ。夫《それ》が御前の弱點だ。是非直さなくつちや不可《いけ》ない。傍《はた》から見てゐても不愉快だ」
 「だから叔父さん迄僕を嫌つてゐると云ふのです」
 僕は返事に窮した。自分で氣の付かない自分の矛盾を今市藏から指摘された樣な心持もした。
 「僻《ひが》みさへさらりと棄てゝ仕舞ヘば何でもないぢやないか」と僕は左《さ》も事もなげに云つて退《の》けた。
 「僕に僻《ひがみ》があるでせうか」と市藏は落付いて聞いた。
 「あるよ」と僕は考ヘずに答へた。
 「何ういふ所が僻《ひが》んでゐるでせう。判然《はつきり》聞かして下さい」
 「何ういふ所がつて、――あるよ。あるから有ると云ふんだよ」
 「ぢや左《さ》ういふ弱點があるとして、其弱點は何處から出たんでせう」
 「そりや自分の事だから、少し自分で考へて見たら可《よ》からう」
 「貴方は不親切だ」と市藏が思ひ切つた沈痛な調子で云つた。僕はまづ其調子に度を失つた。次に彼の眼の色を見て萎縮《ゐしゆく》した。其眼は如何にも恨めしさうに僕の顏を見詰めてゐた。僕は彼の前に一言《いちごん》の挨拶さへする勇氣を振ひ起し得なかつた。
 「僕は貴方に云はれない先から考へてゐたのです。仰しやる迄もなく自分の事だから考へてゐたのです。誰も教へて呉れ手がないから獨りで考へてゐたのです。僕は毎日毎夜考へました。餘り考へ過ぎて頭も身體も續かなくなる迄考へたのです。夫《それ》でも分らないから貴方に聞いたのです。貴方は自分から僕の叔父だと明言して居らつしやる。それで叔父だから他人より親切だと云はれる。然し今の御言葉は貴方の口から出たにも拘はらず、他人よりも冷刻なものとしか僕には聞こえませんでした」
 僕は頬を傳はつて流れる彼の涙を見た。幼少の時から馴染《なじ》んで今日《こんにち》に及んだ彼と僕との間に、こんな光景《シーン》は未だ甞て一回も起らなかつた事を僕は君に明言して置きたい。從つて此昂奮した青年を何う取り扱つて可《い》いかの心得が、僕に丸《まる》で無かつた事も序《ついで》に斷つて置きたい。僕は唯茫然として手を拱《こま》ぬいてゐた。市藏は又僕の態度などを眼中に置いて、自分の言葉を調節する餘裕を有《も》たなかつた。
 「僕は僻《ひが》んでゐるでせうか。慥《たしか》に僻《ひが》んでゐるでせう。貴方が仰しやらないでも、能く知つてゐる積《つもり》です。僕は僻《ひが》んでゐます。僕は貴方からそんな注意を受けないでも、能く知つてゐます。僕はたゞ何うして斯うなつたか其譯が知りたいのです。いゝえ母でも、田口の叔母でも、貴方でも、みんな能く其譯を知つてゐるのです。唯《たゞ》僕|丈《だけ》が知らないのです。唯《たゞ》僕|丈《だけ》に知らせないのです。僕は世の中の人間の中《うち》で貴方を一番信用してゐるから聞いたのです。貴方はそれを殘酷に拒絶した。僕は是から生涯の敵として貴方を呪ひます」
 市藏は立ち上つた。僕は其咄嗟の際《さい》に決心をした。
 さうして彼を呼び留めた。
 
      五
 
 僕はかつて或學者の講演を聞いた事がある。其學者は現代の日本の開化を解剖して、かゝる開化の影響を受ける吾等は、上滑《うはすべ》りにならなければ必ず神經衰弱に陷《おち》いるに極つてゐるといふ理由を、臆面なく聽衆の前に曝露した。さうして物の眞相は知らぬ内こそ知りたいものだが、いざ知つたとなると、却つて知らぬが佛で濟ましてゐた昔が羨ましくつて、今の自分を後悔する場合も少なくはない、私の結論|抔《など》も或はそれに似たものかも知れませんと苦笑して壇を退《しり》ぞいた。僕は其時市藏の事を思ひ出して、斯ういふ苦《にが》い眞理を承《うけたま》はらなければならない我々日本人も隨分氣の毒なものだが、彼の樣にたつた一人の秘密を、攫《つか》まうとしては恐れ、恐れては又|攫《つか》まうとする青年は一層|見慘《みじめ》に違あるまいと考へながら、腹の中で暗に同情の涙を彼のために濺《そゝ》いだ。
 是は單に僕の一族内の事で、君とは全く利害の交渉を有《も》たない話だから、君が市藏のために折角心配して呉れた親切に對する前からの行掛《ゆきがゝり》さへなければ、打ち明けない筈だつたが、實を云ふと、市藏の太陽は彼の生れた日から既に曇つてゐるのである。
 僕は誰にでも明言して憚からない通り、一切の秘密はそれを開放した時始めて自然に復《かへ》る落着《らくちやく》を見る事が出來るといふ主義を抱いてゐるので、穩便とか現状維持とかいふ言葉には一般の人ほど重きを置いてゐない。從つて今日《こんにち》迄《まで》に自分から進んで、市藏の運命を生れた當時に溯《さかのぼ》つて、逆に照らしてやらなかつたのは僕としては寧ろ不思議な手落と云つても可《い》い位である。今考へて見ると、僕が市藏に呪はれる間際迄、何故《なぜ》此事件を秘密にしてゐたものか、其意味が殆んど分らない。僕は此秘密に風を入れた所で、彼等|母子《おやこ》の間柄が惡くならうとは夢にも想像し得なかつたからである。
 市藏の太陽は彼の生れた日から既に曇つてゐたといふ僕の言葉の裏に、何《ど》んな事實が含まれてゐるかは、彼と交《まじは》りの深い君の耳で聞いたら、既に具體的な響となつて解つてゐるかも知れない。一口でいふと、彼等は本當の母子《おやこ》ではないのである。猶《なほ》誤解のないやうに一言《いちげん》付け加へると、本當の母子《おやこ》よりも遙かに仲の好い繼母《まゝはゝ》と繼子《まゝこ》なのである。彼等は血を分けて始めて成立する通俗な親子關係を輕蔑しても差支ない位、情愛の糸で離れられないやうに、自然から確《しつ》かり括《くゝ》り付けられてゐる。何《ど》んな魔の振る斧《をの》の刃《は》でも此糸を絶ち切る譯に行かないのだから、何《ど》んな秘密を打ち明けても怖《こは》がる必要は更にないのである。夫《それ》だのに姉は非常に恐れてゐた。市藏も非常に恐れてゐた。姉は秘密を手に握つた儘、市藏は秘密を手に握らせられるだらうと待ち受けた儘、二人して非常に恐れてゐた。僕はとう/\彼の恐れるものゝ正體を取り出して、彼の前に他意なく並べて遣つたのである。
 僕は其時の問答を一々繰り返して今君に告げる勇氣に乏しい。僕には固《もと》より夫《それ》程《ほど》の大事件とも始から見えず、又成る可く平氣を裝ふ必要から、詰り何でもない事の樣に話したのだが、市藏は夫《それ》を命懸《いのちがけ》の報知として、必死の緊張の下《もと》に受けたからである。唯《たゞ》前の績きとして、事實|丈《だけ》を一口に約《つゞ》めて云ふと、彼は姉の子でなくつて、小間使の腹から生れたのである。僕自身の家に起つた事でない上に、二十五年以上も經つた昔の話だから、僕も詳しい?末は知らう筈がないが、何しろ其小間使が須永の種を宿した時、姉は相當の金を遣つて彼女に暇を取らしたのださうである。夫《それ》から宿へ下《さが》つた姙婦が男の子を生んだといふ報知を待つて、又子供|丈《だけ》引き取つて表向《おもてむき》自分の子として養育したのださうである。是は姉が須永に對する義理からでもあらうが、一つは自分に子の出來ないのを苦にしてゐた矢先だから、本氣に吾子として愛《いつく》しむ考も無論手傳つたに違ない。實際彼等は君の見る如く、又吾々の見る如く、最も親しい親子として今日《こんにち》迄《まで》發展して來たのだから、御互に事情を明《あか》し合つた所で毫も差支の起る譯がない。僕に云はせると、世間に有勝《ありがち》な反《そり》の合《あは》ない本當の親子よりも何《ど》の位肩身が廣いか分りやしない。二人だつて、さうと知つた上で、今迄の睦まじさを回顧した時の方が、何《ど》んなに愉快が多いだらう。少なくとも僕ならさうだ。それで僕は市藏のために特に此美くしい點を力の有らん限り彩《いろど》る事を怠らなかつた。
 
     六
 
 「おれは左《さ》う思ふんだ。だから少しも隱す必要を認めてゐない。御前だつて健全な精神を持つてゐるなら、おれと同じ樣に思ふべき筈ぢやないか。もし左《さ》う思ふ事が出來ないといふなら、夫《それ》が即ち御前の僻《ひが》みだ。解つたかな」
 「解りました。善く解りました」と市藏が答へた。
僕は「解つたら夫《それ》で好い、もう其問題に就て彼是といふのは止《よ》しにしやうよ」と云つた。
 「もう止します。もう決して此事に就いて、貴方を煩らはす日は來ないでせう。成程貴方の仰しやる通り僕は僻《ひが》んだ解釋ばかりしてゐたのです。僕は貴方の御話を聞く迄は非常に怖《こは》かつたです。胸の肉が縮まる程怖かつたです。けれども御話を聞いて凡《すべ》てが明白になつたら、却つて安心して氣が樂になりました。もう怖い事も不安な事もありません。其代り何だか急に心細くなりました。淋《さび》しいです。世の中にたつた一人立つてゐる樣な氣がします」
 「だつて御母さんは元の通りの御母さんなんだよ。おれだつて今迄のおれだよ。誰も御前に對して變るものはありやしないんだよ。神經を起しちや不可《いけ》ない」
 「神經は起さなくつても淋《さび》しいんだから仕方がありません。僕は是から宅《うち》へ歸つて母の顔を見ると屹度《きつと》泣くに極つてゐます。今から其時の涙を豫想しても淋《さむ》しくつて堪りません」
 「御母さんには黙つてゐる方が可《よ》からう」
 「無論話しやしません。話したら母が何《ど》んな苦しい顔をするか分りません」
 二人は黙然として相對した。僕は手持無沙汰に烟草盆の灰吹を叩いた。市藏は打向《うつむ》いて袴の膝を見詰めてゐた。やがて彼は淋《さみ》しい顏を上げた。
 「もう一つ伺つて置きたい事がありますが、聞いて下さいますか」
 「おれの知つてる事なら何でも話して上げる」
 「僕を生んだ母は今何處に居るんです」
 彼の實の母は、彼を生むと間もなく死んで仕舞つたのである。それは産後の肥立《ひだち》が惡かつた所爲《せゐ》だとも云ひ、又は別の病《やまひ》だとも聞いてゐるが、是も詳しい話を爲《し》て遣る程の材料に缺乏した僕の記憶では、到底餓えた彼の眼を靜めるに足りなかつた。彼の生母《せいぼ》の最後の運命に關する僕の話は、僅か二三分で盡きて仕舞つた。彼は遺憾な顔をして彼女の名前を聞いた。幸《さいはひ》にして僕は御弓《おゆみ》といふ古風な名を忘れずにゐた。彼は次に死んだ時の彼女の年齡《とし》を問ふた。僕は其點に關して、何といふ確《しか》とした知識も有《も》つてゐなかつた。彼は最後に、彼の宅《うち》に奉公してゐた時分の彼女に會つた事があるかと尋ねた。僕はあると答へた。彼はどんな女だと聞き返した。氣の毒にも僕の記憶は頗る朦朧としてゐた。事實僕は其當時十五六の少年に過ぎなかつたのである。
 「何でも島田に結つてた事がある」
 此位より外に要領を得た返事は一つも出來ないので、僕も甚だ殘念に思つた。市藏は漸く諦《あき》らめたといふ眼付をして、一番仕舞に、「ぢや責《せ》めて寺|丈《だけ》教へて呉れませんか。母が何處へ埋《うま》つてゐるんだか、夫《それ》丈《だけ》でも知つて置きたいと思ひますから」と云つた。けれども御弓《おゆみ》の菩提所を僕が知らう筈がなかつた。僕は呻吟しながら、已《やむ》を得なければ姉に聞くより外に仕方あるまいと答へた。
 「御母さんより外に知つてるものは無いでせうか」
 「まあ有るまいね」
 「ぢや分らないでも宜《よ》ござんす」
 僕は市藏に對して氣の毒なやうな又濟まないやうな心持がした。彼はしばらく庭の方を向いて、麗《うらゝ》かな日脚の中に咲く大きな椿を眺めてゐたが、やがて視線を故《もと》に戻した。
 「御母さんが是非千代ちやんを貰へといふのも、矢つ張血統上の考へから、身縁《みより》のものを僕の嫁にしたいといふ意味なんでせうね」
 「全く其所だ。外に何にもないんだ」
 市藏は夫《それ》では貰はうとも云はなかつた。僕もそれなら貰ふかとも聞かなかつた。
 
     七
 
 此會見は僕にとつて美くしい經驗の一つであつた。双方で腹藏なく凡《すべ》てを打ち明け合ふ事が出來たといふ點に於て、いまだに僕の貧しい過去を飾つてゐる。相手の市藏から見ても、或は生れて始めての慰籍《ゐしや》ではなかつたかと思ふ。兎に角彼が歸つたあとの僕の頭には、善い功コ《くどく》を施こしたといふ愉快な感じが殘つたのである。
 「萬事おれが引き受けて遣るから心配しないがいゝ」
 僕は彼を玄關に送り出しながら、最後に斯ういふ言葉を彼の背に暖かく掛けて遣つた。其代り姉に會見の結果を報告する時は甚だ不味《まづ》かつた。已《やむ》を得ないから、卒業して頭に暇さへ出來れば、はつきり何うにか片を付けると云つてゐるから、夫《それ》迄《まで》待つが好からう、今彼是突つつくのは試驗の邪魔になる丈《だけ》だからと、姉が聞いても無理のない所で、一先《ひとまづ》宥《なだ》めて置いた。
 僕は同時に事情を田口に話して、成るべく市藏の卒業前に千代子の縁談が運ぶやうに工夫した。委細を聞いた田口の口振は平生の通り如才なく且《かつ》無雜作であつた。彼は僕の注意がなくつても、其邊は心得てゐる積《つもり》だと答へた。
 「けれども必竟は本人の爲に嫁入《かたづ》けるんで、(さう申しちや角が立つが、)姉さんや市藏の便宜のために、千代子の結婚を無理に繰り上げたり、繰り延べたりする譯にも行かないものだから」
 「御尤もだ」と僕は承認せざるを得なかつた。僕は元來田口家と親類並の交際《つきあひ》をしてゐるにはゐるが、其實彼等の娘の縁談に、進んで口を出したこともなければ、又向ふから相談を受けた例《ためし》も有《も》たないのである。夫《それ》で今日《こんにち》迄《まで》千代子に何《ど》んな候補者があつたのか、間接にさへ殆んど其噂を耳にしなかつた。たゞ前の年鎌倉の避暑地とかで市藏が會つて氣を惡くしたといふ高木|丈《だけ》は、市藏からも千代子からも名前を教へられて覺えてゐた。僕は突然ながら田口に其男は何うなつたかと尋ねた。田口は愛嬌らしく笑つて、高木は始めから候補者として打つて出たのではないと告げた。けれども相當の身分と教育があつて獨身の男なら、誰でも候補者になり得る權利は有《も》つてゐるのだから、候補者でないとは決して斷言出來ないとも告げた。此曖昧な男の事を僕は猶《なほ》委《くは》しく聞いて見て、彼が今|上海《シヤンハイ》にゐる事を確かめた。上海《シヤンハイ》にゐるけれども何時《いつ》歸るか分らないといふ事も確かめた。彼と千代子との間柄は其後何等の發展も見ないが、信書の往復は未《いま》だに絶えない、さうして其信書は屹度《きつと》父母《ふぼ》が眼を通した上で本人の手に落つるといふ條件付の往復であるといふ事迄確めた。僕は一も二もなく、千代子には其男《それ》が好いぢやないかと云つた。田口はまだ何處かに慾があるのか、又は別に考を有《も》つてゐるのか、さうする積《つもり》だとは明言しなかつた。高木の如何なる人物かを丸《まる》で解しない僕が、それ以上勸める權利もないから、僕はつい其儘にして引き取つた。
 僕と市藏とは其後久しく會はなかつた。久しくと云つた所で僅か一ケ月半|許《ばかり》の時日に過ぎないのだが、僕には卒業試驗を眼の前に控へながら、家庭問題に屈托しなければならない彼の事が非常に氣に掛つた。僕はそつと姉を訪ねてそれとなく彼の近况を探つて見た。姉は平氣で、何でも大分《だいぶ》忙がしさうだよ、卒業するんだから其筈さねと云つて澄ましてゐた。僕は夫《それ》でも不安心だつたから、或日一時間の夕《ゆふべ》を僕と會食する爲に割《さ》かせて、彼の家の近所の洋食店で共に晩餐を食ひながら、ひそかに彼の樣子を窺つた。彼は平生の通り落ち付いてゐた。なに試驗なんか何うにか斯うにか遣つ付けまさあと受合つた所に、滿更《まんざら》の虚勢も見えなかつた。大丈夫かいと念を押した時、彼は急に情《なさけ》なさうな顏をして、人間の頭は思つたより堅固に出來てゐるもんですね、實は僕自身も怖《こは》くつて堪らないんですが、不思議にまだ壞れません、此樣子ならまだ當分は使へるでせうと云つた。冗談らしくもあり、又眞面目らしくもある此言葉が、妙に憐れ深い感じを僕に與へた。
 
     八
 
 若葉の時節が過ぎて、湯上《ゆあが》りの單衣《ひとへ》の胸に、團扇《うちは》の風を入れたく思ふ或日、市藏が又ふらりと遣つて來た。彼の顔を見るや否や僕が第一に掛けた言葉は、試驗は何うだつたいといふ一語であつた。彼は昨日《きのふ》漸く濟んだと答へた。さうして明日《あす》から一寸旅行して來る積《つもり》だから暇乞《いとまごひ》に來たと告げた。僕は成績もまだ分らないのに、遠く走る彼の心理状態を疑つて又多少の不安を感じた。彼は京都附近から須磨《すま》明石《あかし》を經て、ことに因ると、廣島|邊《へん》迄行きたいといふ希望を述べた。僕は其旅行の比較的大袈裟なのに驚ろいた。及第とさへ極つてゐれば夫《それ》でも好からうがと間接に不賛成の意を仄《ほの》めかして見ると、彼は試驗の結果などには存外冷淡な挨拶をした。そんな事に氣を遣ふ叔父さんこそ平生にも似合はしからんぢやありませんかと云つて、殆んど相手にならなかつた。話してゐるうちに、僕は彼の思《おも》ひ立《たち》が及落の成績に關係のない別方面の動機から萌《きざ》してゐるといふ事を發見した。
 「實はあの事件以來妙に頭を使ふので、近頃では落ち付いて書齋に坐つてゐる事が困難になりましてね。何うしても旅行が必要なんですから、まあ試驗を中途で已《や》めなかつたのが感心だ位に賞《ほ》めて許して下さい」
 「夫《そ》りや御前の金で御前の行きたい所へ行くのだから少しも差支はないさ。考へて見れば少しは飛び歩いて氣を換えるのも好からう。行つて來るがいゝ」
 「えゝ」と云つて市藏はやゝ滿足らしい顏をしたが、「實は大きな聲で話すのも氣の毒で勿體ないんですが、叔父さんにあの話を聞いてから以後は、母の顏を見るたんびに、變な心持になつて堪らないんです」と付け足した。
 「不愉快になるのか」と僕は寧ろ嚴かに聞いた。
 「いゝえ、只氣の毒なんです。始めは淋《さび》しくつて仕方がなかつたのが、段々々々氣の毒に變化して來たのです。實は此所|丈《だけ》の話ですけれども、近頃では母の顏を朝夕見るのが苦痛なんです。今度《こんだ》の旅行だつて、かねてから卒業したら母に京大阪と宮島を見物させて遣りたいと思つてゐたのだから、昔の僕なら供《とも》をする氣で留守を叔父さんにでも頼みに出掛けて來る所なんですが、今云つた樣な譯で、關係が丸《まる》で逆になつたもんだから、少しでも母の傍《そば》を離れたらといふ氣ばかりして」
 「困るね、さう變になつちやあ」
 「僕は離れたら又|屹度《きつと》母が戀しくなるだらうと思ふんですが、何うでせう。さう旨くは行かないもんでせうか」
 市藏は左《さ》も懸念《けねん》らしく斯ういふ問を掛けた。彼より經驗に富んだ年長者を以て自任する僕にも、此點に關する彼の未來は殆んど想像出來なかつた。僕はたゞ自分に信念がなくつて、わが心の事を他《ひと》に尋ねて安心したいと願ふ彼の胸の裏《うち》を憐れに思つた。上部《うはべ》は如何にも優しさうに見えて、實際は極めて意地の強く出來上つた彼が、こんな弱い音《ね》を出すのは、殆んど例《ためし》のない事だつたからである。僕は僕の力の及ぶ限り彼の心に保證を與へた。
 「そんな心配はする丈《だけ》損だよ。おれが受合つてやる。大丈夫だから遊んで來るが好い。御前の御母さんはおれの姉だ。しかもおれよりも學問をしない丈《だけ》に、餘程純良に出來てゐる、誰からも敬愛されべき婦人だ。あの姉と君のやうな情愛のある子が何うして離れつ切りに離れられるものか。大丈夫だから安心するが好い」
 市藏は僕の言葉を聞いて實際安心したらしく見えた。僕も稍《やゝ》安心した。けれども一方では、此位根のない慰藉《ゐしや》の言葉が、明晰な頭腦を有《も》つた市藏に、是程の影響を與へたとすれば、それは彼の神經が何處か調子を失なつてゐる爲ではなからうかといふ疑も起つた。僕は突然極端の出來事を豫想して、一人身の旅行を危ぶみ始めた。
 「おれも一所に行かうか」
 「叔父さんと一所ぢや」と市藏が苦笑した。
 「不可《いけ》ないかい」
 「平生《ふだん》なら此方《こつち》から誘つても行つて貰ひたいんだが、何しろ何時《いつ》何處へ立つんだか分らない、云はゞ氣の向き次第豫定の狂ふ旅行だから御氣の毒でね。それに僕の方でも貴方が居ると束縛があつて面白くないから……」
 「ぢや止《よ》さう」と僕はすぐ申し出《で》を撤回した。
 
     九
 
 市藏が歸つた後《あと》でも、しばらくは彼の事が變に氣に掛つた。暗い秘密を彼の頭に判で押した以上、それから出る一切の責任は、當然僕が脊負《しよ》つて立たなければならない氣がしたからである。僕は姉に會つて、彼女の樣子を見もし、又市藏の近况を聞きもしたくなつた。茶の間にゐた妻《さい》を呼んで、相談|旁《かた/”\》理由《わけ》を話すと、存外物に驚ろかない妻《さい》は、貴方があんまり餘計な御喋舌《おしやべり》をなさるからですよと云つて、始めは殆んど取り合はなかつたが、仕舞に、なんで市《いつ》さんに間違があるもんですか、市さんは年こそ若いが、貴方より餘程《よつぽど》分別のある人ですものと、獨りで受合つてゐた。
 「すると市藏の方で、却つておれの事を心配してゐる譯になるんだね」
 「さうですとも、誰だつて貴方の懷手ばかりして、舶來のパイプを銜《くは》へてゐる所を見れば、心配になりますわ」
 其内子供が學校から歸つて來て、家《うち》の中《なか》が急に賑やかになつたので、市藏の事はつい忘れた限《ぎり》、夕方迄とう/\思ひ出す暇がなかつた。其所へ姉が自分の方から突然尋ねて來た時は、僕も覺えず冷《ひや》りとした。
 姉は何時《いつ》もの通り、家族の集まつてゐる眞中に坐つて、無沙汰の詫やら、時候の挨拶やらを長々しく妻《さい》と交換してゐた。僕も其所に座を占めた儘動く機會を失つた。
 「市藏が明日《あす》から旅行するつて云ふぢやありませんか」と僕は好い加減な時分に聞き出した。
 「それに就てね……」と姉は稍《やゝ》眞面目になつて僕の顔を見た。僕は姉の言葉を皆迄聞かずに、「なに行きたいなら行かして御遣んなさい。試驗で頭を散々使つた後《あと》だもの。少しは樂もさせないと身體の毒になるから」と恰も市藏の行動を辯護する樣に云つた。姉は固《もと》より同じ意見だと答へた。たゞ彼の健康状態が旅行に堪へるか何うかを氣遣ふ丈《だけ》だと告げた。最後に僕の見る所では大丈夫なのかと聞いた。僕は大丈夫だと答へた。妻《さい》も大丈夫だと答へた。姉は安心といふよりも、寧ろ物足りない顔をした。僕は姉の使ふ健康といふ言葉が、身體に關係のない精神上の意味を有《も》つてゐるに違ないと考へて、腹の中で一種の苦痛を感じた。姉は僕の顔付から直覺的に影響を受けたらしい心細さを額に刻《きざ》んで、「恒《つね》さん、先刻《さつき》市藏が此方《こちら》へ上つた時、何か樣子の變つた所でも有りやしませんでしたかい」と聞いた。
 「何そんな事があるもんですか。矢つ張り普通の市藏でさあ。ねえ御仙《おせん》」
 「えゝ些《ちつ》とも違つて御出《おいで》ぢやありません」
 「わたしも左《さ》うかと思ふけれども、何だか此間から調子が變でね」
 「何《ど》んななんです」
 「何《ど》んなだと云はれると又話しやうもないんだが」
 「全く試驗の爲だよ」と僕はすぐ打ち消した。
 「姉さんの神經《きでん》ですよ」と妻《さい》も口を出した。
 僕等は夫婦して姉を慰さめた。姉は仕舞に稍《やゝ》納得したらしい顔付をして、みんなと夕食《ゆふめし》を共にする迄話し込んだ。歸る時には散歩がてら、子供を連れて電車迄見送つたが、夫《それ》でも氣が濟まないので、子供を先へ返して、斷わる姉の傍《そば》に席を取つたなり、とう/\彼女の家《いへ》迄來た。
 僕は幸ひ二階にゐた市藏を姉の前に呼び出した。御母さんが御前の事を大層心配してわざ/\矢來迄來たから、今おれが色々に云つて漸く安心させた處だと告げた。從つて旅行に出すのは、つまり僕の責任なんだから、成るべく年寄に心配を掛けない樣に、着いたら着いた所から、立つなら立つ所から、又逗留するなら逗留する所から、必ず音信《たより》を怠たらない樣にして、何時《いつ》でも用が出來次第|此方《こつち》から呼び返す事の出來る注意をしたら好からうと云つた。市藏は其位の面倒なら僕に注意される迄もなく既に心得てゐると答へて、彼の母の顔を見ながら微笑した。
 僕は是で幾分か姉の心を柔らげ得たものと信じて十一時頃又電車で矢來へ歸つて來た。
 僕を迎に玄關に出た妻《さい》は、待ちかねたやうに、何うでしたと尋ねた。僕はまあ安心だらうよと答へた。實際僕は安心した樣な心持だつたのである。で、明《あく》る日は新橋へ見送りにも行かなかつた。
 
     十
 
 約束の音信《たより》は至る所からあつた。勘定すると大抵日に一本位の割になつてゐる。其代り多くは旅先の畫端書に二三行の文句を書き込んだ簡略なものに過ぎなかつた。僕は其端書が着く度に、まづ安心したといふ顔付をして、妻《さい》からよく笑はれた。一度僕が此樣子なら大丈夫らしいね、何うも御前の豫言の方が適中したらしいと云つた時、妻《さい》は愛想《あいそ》もなく、當り前ですわ、三面記事や小説見たやうな事が、滅多にあつて堪るもんですかと答へた。僕の妻《さい》は小説と三面記事とを同じ物の如く見傚《みな》す女であつた。さうして兩方とも嘘と信じて疑はない程|浪漫斯《ロマンス》に縁の遠い女であつた。
 端書に滿足した僕は、彼の封筒入の書翰に接し出した時更に眉を開いた。といふのは、僕の恐れを抱いてゐた彼の手が、陰欝な色に卷紙を染めた痕迹《こんせき》が、その何處にも見出せなかつたからである。彼の状袋の中に卷き納めた文句が、彼の端書よりも如何に鮮かに、彼の變化した氣分を示してゐるかは、實際それを讀んで見ないと分らない。此所に二三通取つてある。
 彼の氣分を變化するに與《あづ》かつて效力のあつたものは京都の空氣だの宇治の水だの色々ある中に、上方地方《かみがたちはう》の人の使ふ言葉が、東京に育つた彼に取つては最も興味の多い刺戟になつたらしい。何遍もあの邊を通過した經驗のあるものから云ふと馬鹿げて居るが、市藏の當時の神經にはあゝ云ふ滑《なめ》らかで靜かな調子が、鎭經劑《ちんけいざい》以上に優しい影響を與へ得たのではなからうかと思ふ。なに若い女の? それは知らない。無論若い女の口から出れば效目《きゝめ》は多いだらう。市藏も若い男の事だから、求めてさう云ふ所へ近付いたかも知れない。然し此所に書いてあるのは、不思議に御婆さんの例である。 ――
 「僕は此邊の人の言葉を聞くと微《かす》かな醉に身を任せた樣な氣分になります。ある人はべたついて厭《いや》だと云ひますが、僕は丸《まる》で反對です。厭なのは東京の言葉です。無暗に角度の多い金米糠《こんぺいとう》のやうな調子を得意になつて出します。さうして聽手《きゝて》の心を粗暴にして威張ります。僕は昨日《きのふ》京都から大阪へ來ました。今日朝日新聞にゐる友人を尋ねたら、其友人が箕面《みのお》といふ紅葉《もみぢ》の名所へ案内して呉れました。時節が時節ですから、紅葉《もみぢ》は無論見られませんでしたが、溪川《たにがは》があつて、山があつて、山の行き當りに瀧があつて、大變好い所でした。友人は僕を休ませる爲に社の倶樂部《クラブ》とかいふ二階建の建物の中へ案内しました。其所へ這入つて見ると、幅の廣い長い土間が、竪《たて》に家の間口を貫ぬいてゐました。さうして其《それ》が悉《こと/”\》く敷瓦《しきがはら》で敷き詰められてゐる模樣が、何だか支那の御寺へでも行つたやうな沈んだ心持を僕に與へました。此家は何でも誰かゞ始め別莊に拵えたのを、朝日新聞で買ひ取つて倶樂部《クラブ》用にしたのだとか聞きましたが、よし別莊にせよ、瓦を疊んで出來てゐる、此廣々とした土間は何の爲でせう。僕はあまり妙だから友人に尋ねて見ました。所が友人は知らんと云ひました。尤も是は何うでも構はない事です。たゞ叔父さんが斯う云ふ事に明らかだから、或は知つて御出《おいで》かも知れないと思つて、一寸蛇足に書き添へた丈《だけ》です。僕の御報知したいのは實は此廣い土間ではなかつたのです。土間の上に下りてゐた御婆さんが問題だつたのです。御婆さんは二人ゐました。一人は立つて、一人は椅子に腰を掛けてゐました。但し兩方ともくり/\坊主です。其立つてゐる方が、僕等が這入るや否や、友人の顔を見て挨拶をしました。さうして『おや御免やす。今八十六の御婆さんの頭を剃《そ》つとる所だすよつて。――御婆さん凝《ぢつ》として居なはれや、もう少しだけれ。――よう剃つたけれ毛は一本も有りやせんよつて、何も恐ろしい事ありやへん』と云ひました。椅子に腰を掛けた御婆さんは頭を撫《な》でて『大きに』と禮を述べました。友人は僕を顧みて野趣があると笑ひました。僕も笑ひました。唯《たゞ》笑つた丈《だけ》ではありません。百年も昔の人に生れたやうな暢氣《のんびり》した心持がしました。僕は斯ういふ心持を御土産《おみやげ》に東京へ持つて歸りたいと思ひます」
 僕も市藏が斯ういふ心持を、姉へ御土産として持つて來て呉れゝば可《い》いがと思つた。
 
     十−
 
 次のは明石から來たもので、前に比べると多少複雜な丈《だけ》に、市藏の性格をより鮮やかに現はしてゐる。
 「今夜此所に來ました。月が出て庭は明らかですが、僕の部屋は影になつて却つて暗い心持がします。飯を食つて烟草を呑んで海の方を眺めてゐると、――海はつい庭先にあるのです。漣《さゞなみ》さへ打たない靜かな晩だから、河縁《かはべり》とも池の端《はた》とも片の付かない渚《なぎさ》の景色《けしき》なんですが、其所へ凉み船が一艘流れて來ました。其船の形好《かつかう》は夜でよく分らなかつたけれども、幅の廣い底の平たい、何うしても海に浮ぶものとは思へない穩やかな形を具へてゐました。屋根は確かあつた樣に覺えます。其軒から畫《ゑ》の具《ぐ》で染めた提灯《ちやうちん》が幾何《いくつ》もぶら下がつてゐました。薄い光の奧には無論人が坐つてゐる樣でした。三味線の音も聞こえました。けれども惣體《そうたい》が如何にも落ち付いて、滑る樣に樂しんで僕の前を流れて行きました。僕は靜かに其影を見送つて、御祖父《おぢい》さんの若い時分の話といふのを思ひ出しました。叔父さんは固《もと》より御存じでせう、御祖父《おぢい》さんが昔の通人のした月見の舟遊《ふなあそび》を實際に遣つた話を。僕は母から二三度聞かされた事があります。屋根船を綾瀬川《あやせがは》迄漕ぎ上《のぼ》せて、靜かな月と靜かな波の映り合ふ眞中に立つて、用意してある銀扇《ぎんせん》を開いた儘、夜の光の遠くへ投げるのだと云ふぢやありませんか。扇の要《かなめ》がぐる/\廻つて、地紙《ぢがみ》に塗つた銀泥《ぎんでい》をきら/\させながら水に落ちる景色《けしき》は定めて美事だらうと思ひます。それも只の一本ならですが、船のものが惣掛《そうがゝ》りで、ひら/\する光を投げ競《きそ》ふ光景は想像しても凄艶です。御祖父《おぢい》さんは銅壺《どうこ》の中に酒を一杯入れて、其酒でコ利の爛《かん》をした後《あと》を悉《こと/”\》く棄てさした程の豪奢な人だと云ふから、銀扇の百本位一度に水に流しても平氣なのでせう。さう云へば、遺傳だか何だか、叔父さんにも貧乏な割にはと云つては失禮ですが、何處かに贅澤な所がある樣ですし、あんな内氣な母にも、妙に陽氣な事の好きな方面が昔から見えてゐました。唯《たゞ》僕|丈《だけ》は、――斯ういふと又あの問題を持ち出したなと早合點なさるかも知れませんが、僕はもうあの事に就いて叔父さんの心配なさる程屈托して居ない積《つもり》ですから安心して下さい。唯《たゞ》僕|丈《だけ》はと斷るのは決して苦《にが》い意味で云ふのではありません。僕は此點に於て、叔父さんとも母とも生れ付が違つてゐると申したいのです。僕は比較的樂に育つた、物質的に幸福な子だから、贅澤と知らずに贅澤をして平氣で居ました。着物などでも、母の注意で、人前へ出て恥かしくない樣なものを身に着けながら、是が當然だと澄ましてゐました。けれども夫《それ》は永く習慣に養はれた結果、自分で知らない不明から出るので、一度其所に氣が付くと、急に不安になります。着物や食事はまあ何うでも可《い》いとして、僕は此間ある富豪の無暗に金を使ふ樣子を聞いて恐ろしくなつた事があります。其男は藝者や幇間《ほうかん》を大勢集めて、鞄の中から出した札《さつ》の束《たば》を、其前でずた/\に裂いて、それを御祝儀とか稱《とな》へて、みんなに遣るのださうです。夫《それ》から立派な着物を着た儘湯に這入つて、あとは三助《さんすけ》に呉れるのださうです。彼の亂行はまだ澤山ありましたが、何《いづ》れも天を恐れない暴慢|極《きは》まるものゝみでした。僕は其話を聞いた時無論彼を惡《にく》みました。けれども氣概に乏しい僕は、惡《にく》むよりも寧ろ恐れました。僕から彼の所行《しよぎやう》を見ると、強盗が白刃《しらは》の拔身を疊に突き立てゝ良民を脅迫《おびやか》してゐるのと同じ樣な感じになるのです。僕は實に天とか、人道とか、もしくは神佛とかに對して申し譯がないといふ、眞正に宗教的な意味に於て恐れたのです。僕は是程臆病な人間なのです。驕奢《けうしや》に近づかない先から、驕奢の絶頂に達して躍り狂ふ人の、一轉化の後《のち》を想像して、怖《こは》くて堪らないのであります。――僕は斯んな事を考へて、靜かな波の上を流れて行く凉み船を見送りながら、此位な程度の慰さみが人間として丁度手頃なんだらうと思ひました。僕も叔父さんから注意された樣に、段々|浮氣《うはき》になつて行きます。賞めて下さい。月の差す二階の客は、神戸から遊びに來たとかで、僕の厭な東京語ばかり使つて、折々詩吟などを遣ります。其中に艶《なま》めかしい女の聲も交つてゐましたが、二三十分前から急に大人《おとな》しくなりました。下女に聞いたらもう神戸へ歸つたのださうです。夜も大分《だいぶ》更《ふ》けましたから、僕も休みます」
 
     十二
 
 「昨夕《ゆうべ》も手紙を書きましたが、今日も亦|今朝《こんてう》以來の出來事を御報知します。斯う續けて叔父さんに許《ばかり》手紙を上げたら、叔父さんは屹度《きつと》皮肉な薄笑ひをして、彼奴《あいつ》何處へも文《ふみ》を遣る所がないものだから、已《やむ》を得ず姉と已《おれ》に對して丈《だけ》、時間を費やして音信《たより》を怠らないんだと、腹の中で云ふでせう。僕も筆を執りながら、一寸さういふ考へを起しました。然し僕にもしそんな愛人が出來たら、叔父さんはたとひ僕から手紙を貰はないでも、喜こんで下さるでせう。僕も叔父さんに音信《たより》を怠つても、其方が幸福だと思ひます。實は今朝起きて二階へ上《あが》つて海を見下《みおろ》してゐると、さういふ幸福な二人連が、磯通《いそづた》ひに西の方へ行きました。是は殊によると僕と同じ宿に泊つてゐる御客かも知れません。女がクリーム色の洋傘《かうもり》を翳《さ》して、素足に着物の裾を少し捲《まく》りながら、淺い波の中を、男と並んで行く後姿を、僕は羨ましさうに眺めたのです。波は非常に澄んでゐるから高い所から見下《みおろ》すと、陸《をか》に近いあたり抔《など》は、日の照る空氣の中と變りなく何でも透いて見えます。泳いでゐる海月《くらげ》さへ判切《はつきり》見えます。宿の客が二人出て來て泳ぎ廻つてゐますが、彼等の水中で遣る所作が、一擧一動|悉《ことご》とく手に取る樣に見えるので、藝としての水泳の價値が、大分《だいぶ》下落する樣です。(午前七時半)」
 「今度は西洋人が一人水に浸《つか》つてゐます。あとから若い女が出て來ました。其女が波の中に立つて、二階に殘つてゐるもう一人の西洋人を呼びます。『ユー、カム、ヒヤ』と云つて英語を使ひます。『イツト、イズ、?リ、ナイス、イン、ウオーター』と云ふ樣な事を連《しき》りに申します。其英語は中々達者で流暢で羨ましい位旨く出ます。僕は到底《とて》も及ばないと思つて感心して聞いてゐました。けれども英語の達者な此女から呼ばれた西洋人は中々下りて來ませんでした。女は泳げないんだか、泳ぎたくないんだか、胸から下を水に浸《つ》けた儘波の中に立つてゐました。すると先へ下りた方の西洋人が女の手を執つて、深い所へ連れて行かうとしました。女は身を竦《すく》めるやうにして拒《こば》みました。西洋人はとう/\海の中で女を横に抱《だ》きました。女の跳ねて水を蹴る音と、其笑ひながら、きやつ/\騷ぐ聲が、遠方まで響きました。(午前十時)」
 「今度は下の座敷に藝者を二人連れて泊つてゐた客が端艇《ボート》を漕ぎに出て來ました。此|端艇《ボート》は何處から持つて來たか分りませんが、極めて小さい且つ頗る危しいものです。客は漕いでやるからと云つて、藝者を乘せやうとしますが、藝者の方では怖《こは》いからと斷つて中々乘りません。然しとう/\客の意の通りになりました。其時年の若い方が、わざ/\喫驚《びつくり》して見せる科《しな》が、餘程馬鹿らしう御座いました。端艇《ボート》が其所いらを漕ぎ廻つて歸つて來ると、年上の藝者が、宿屋のすぐ裏に繋いである和船に向つて、船頭はん、其船|空《あ》いてゐまつかと、大きな聲で聞きました。今度は和船の中に、御馳走を入れて、又海の上に出る相談らしいのです。見てゐると、藝者が宿の下女を使つて、麥酒《ビール》だの水菓子だの三味線だのを船の中へ運び込まして置いて、仕舞に自分達も乘りました。所が肝心の御客は餘程威勢の可《い》い男で、遙《はる》か向ふの方にまだ端艇《ボート》を漕ぎ廻してゐました。誰も乘せ手がなかつたと見えて、今度は黒裸《くろはだか》の浦の子僧を一人|生捕《いけど》つてゐました。藝者はあきれた顔をして、しばらく其方を眺めてゐましたが、やがて根限《こんかぎ》りの大きな聲で、阿呆《あほう》と呼びました。すると阿呆と呼ばれた客が端艇《ボート》を此方《こちら》へ漕ぎ戻して來ました。僕は面白い藝者で又面白い客だと思ひました。(午前十一時)」
 「僕がこんな煩瑣《くだ/\》しい事を物珍らしさうに報道したら、叔父さんは物數奇《ものずき》だと云つて定めし苦笑なさるでせう。然し是は旅行の御蔭で僕が改良した證據なのです。僕は自由な空氣と共に往來する事を始めて覺えたのです。こんな詰らない話を一々書く面倒を厭はなくなつたのも、つまりは考へずに觀るからではないでせうか。考へずに觀るのが、今の僕には一番藥だと思ひます。僅かの旅行で、僕の神經だか性癖だかが直つたと云つたら、直り方があまり安つぽくつて恥づかしい位です。が、僕は今より十層倍も安つぽく母が僕を生んで呉れた事を切望して已《や》まないのです。白帆が雲の如く簇《むらが》つて淡路島の前を通ります。反對の側の松山の上に人丸《ひとまる》の社《やしろ》があるさうです。人丸《ひとまる》といふ人はよく知りませんが、閑《ひま》があつたら序《ついで》だから行つて見やうと思ひます」
 
  結末
 
 敬太郎の冒險は物語に始まつて物語に終つた。彼の知らうとする世の中は最初遠くに見えた。近頃は眼の前に見える。けれども彼は遂に其中に這入つて、何事も演じ得ない門外漢に似てゐた。彼の役割は絶えず受話器を耳にして「世間」を聽く一種の探訪《たんばう》に過ぎなかつた。
 彼は森本の口を通して放浪生活の斷片を聞いた。けれども其斷片は輪廓と表面から成る極めて淺いものであつた。從つて罪のない面白味を、野性の好奇心に充ちた彼の頭に吹き込んだ丈《だけ》である。けれども彼の頭の中の隙間《すきま》が、瓦斯《ガス》に似た冒險譚《ばうけんだん》で膨脹した奧に、彼は人間としての森本の面影を、夢現《ゆめうつゝ》の如く見る事を得た。さうして同じく人間としての彼に、知識以外の同情と反感を與へた。
 彼は田口と云ふ實際家の口を通して、彼が社會を如何に眺めてゐるかを少し知つた。同時に高等遊民と自稱する松本といふ男から其人生觀の一部を聞かされた。彼は親しい社會的關係によつて繋がれてゐながら、丸《まる》で毛色の異《こと》なつた此二人の對照を胸に据ゑて、幾分か己《おの》れの世間的經驗が廣くなつた樣な心持がした。けれども其經驗は唯廣く面積の上に於て延びる丈《だけ》で、深さは左程《さほど》増したとも思へなかつた。
 彼は千代子といふ女性《によしやう》の口を通して幼兒の死を聞いた。千代子によつて叙《じよ》せられた「死」は、彼が世間並に想像したものと違つて、美くしい畫《ゑ》を見る樣な所に、彼の快感を惹いた。けれども其快感のうちには涙が交つてゐた。苦痛を逃れるために已《やむ》を得ず流れるよりも、悲哀を出來る丈《だけ》長く抱《いだ》いてゐたい意味から出る涙が交つてゐた。彼は獨身ものであつた。小兒に對する同情は極めて乏しかつた。それでも美くしいものが美くしく死んで美くしく葬られるのは憐れであつた。彼は雛祭の宵に生れた女の子の運命を、恰かも御雛樣のそれの如く可憐に聞いた。
 彼は須永の口から一調子《ひとてうし》狂つた母子《おやこ》の關係を聞かされて驚ろいた。彼も國元に一人の母を有《も》つ身であつた。けれども彼と彼の母との關係は、須永ほど親しくない代りに、須永ほどの因果に纒綿されてゐなかつた。彼は自分が子である以上、親子の間を解し得たものと信じて疑はなかつた。同時に親子の間は平凡なものと諦らめてゐた。より込み入つた親子は、たとひ想像が出來るにしても、一向腹には應《こた》へなかつた。それが須永の爲に深く堀り下げられた樣な氣がした。
 彼は又須永から彼と千代子との間柄を聞いた。さうして彼等は必竟夫婦として作られたものか、朋友として存在すべきものか、もしくは敵《かたき》として睨み合ふべきものかを疑つた。其疑ひの結果は、半分の好奇と半分の好意を驅つて彼を松本に走らしめた。彼は案外にも、松本をたゞ舶來のパイプを銜《くは》へて世の中を傍觀してゐる男でないと發見した。彼は松本が須永に對して何《ど》んな考で何ういふ所置を取つたかを委《くは》しく聞いた。さうして松本のさういふ所置を取らなければならなくなつた事情も審《つまび》らかにした。
 顧みると、彼が學校を出て、始めて實際の世の中に接觸して見たいと志ざしてから今日《こんにち》迄《まで》の經歴は、單に人の話を其所此所と聞き廻つて歩いた丈《だけ》である。耳から知識なり感情なりを傳へられなかつた場合は、小川町の停留所で洋杖《ステツキ》を大事さうに突いて、電車から下りる霜降の外套を着た男が若い女と一所に洋食屋に這入る後《あと》を跟《つ》けた位のものである。夫《それ》も今になつて記憶の臺に載せて眺めると、殆んど冒險とも探檢とも名付けやうのない兒戯《じぎ》であつた。彼は夫《それ》がために位地に有りつく事は出來た。けれども人間の經驗としては滑稽の意味以外に通用しない、たゞ自分に丈《だけ》眞面目な、行動に過ぎなかつた。
 要するに人世に對して彼の有する最近の知識感情は悉く鼓膜の働らきから來てゐる。森本に始まつて松本に終る幾席《いくせき》かの長話は、最初廣く薄く彼を動かしつゝ漸々《ぜん/\》深く狹く彼を動かすに至つて突如として已《や》んだ。けれども彼は遂に其中に這入れなかつたのである。其所が彼に物足らない所で、同時に彼の仕合せな所である。彼は物足らない意味で蛇の頭を呪ひ、仕合せな意味で蛇の頭を祝した。さうして、大きな空を仰いで、彼の前に突如として已《や》んだ樣に見える此劇が、是から先|何《ど》う永久に流轉《るてん》して行くだらうかを考へた。
 
   行人
大正元年、一二、六−二、一一、一五
  友達
 
     一
 
 梅田《うめだ》の停車場《ステーシヨン》を下《お》りるや否や自分は母から云ひ付けられた通り、すぐ俥《くるま》を雇《やと》つて岡田《をかだ》の家に馳《か》けさせた。岡田は母方の遠縁に當る男であつた。自分は彼が果《はた》して母の何に當るかを知らずに唯|疎《うと》い親類とばかり覺えてゐた。
 大阪へ下りるとすぐ彼を訪うたのには理由があつた。自分は此處へ來る一週間|前《まへ》或友達と約束をして、今から十日以内に阪地《はんち》で落ち合はう、さうして一所に高野《かうや》登りを遣らう、若し時日《じじつ》が許すなら、伊勢から名古屋へ廻《まは》らう、と取り極めた時、何方《どつち》も指定すべき場所を有《も》たないので、自分はつい岡田の氏名と住所を自分の友達に告げたのである。
 「ぢや大阪へ着き次第、其處へ電話を掛ければ君の居るか居ないかは、すぐ分るんだね」と友達は別れるとき念を押した。岡田が電話を有《も》つてゐるかどうか、其處は自分にも甚だ危《あや》しかつたので、もし電話がなかつたら、電信でも郵便でも好いから、すぐ出して呉れるやうに頼んで置いた。友達は甲州線《かふしうせん》で諏訪《すは》まで行つて、夫《それ》から引返して木曾を通つた後《あと》、大阪へ出る計畫であつた。自分は東海道を一息《ひといき》に京都迄來て、其處で四五日|用足《ようたし》旁《かた/”\》逗留《とうりう》してから、同じ大阪の地を踏む考へであつた。
 豫定の時日を京都で費《つひや》した自分は、友達の消息《たより》を一刻も早く耳にする爲め停車場を出ると共に、岡田の家を尋ねなければならなかつたのである。けれども夫《それ》はたゞ自分の便宜になる丈《だけ》の、いはゞ私の都合に過ぎないので、先刻《さつき》云つた母の云付《いひつけ》とは丸《まる》で別物であつた。母が自分に向つて、彼方《あちら》へ行つたら何より先に岡田を尋ねるやうにと、わざ/\荷になる程大きい鑵入《くわんいり》の菓子を、御土産だよと斷《ことわ》つて、鞄《かばん》の中へ入れて呉れたのは、昔氣質《むかしかたぎ》の律儀《りちぎ》からではあるが、其奧にもう一つ實際的の用件を控《ひか》へてゐるからであつた。
 自分は母と岡田が彼等の系統上どんな幹の先へ岐《わか》れて出た、どんな枝となつて、互に關係してゐるか知らない位な人間である。母から依託《いたく》された用向についても大した期待も興味もなかつた。けれども久し振に岡田といふ人物――落ち付いて四角な顔をしてゐる、いくら髭《ひげ》を欲しがつても髭の容易に生えない、しかも頭の方がそろ/\薄くなつて來さうな、――岡田といふ人物に會ふ方の好奇心は多少動いた。岡田は今迄に所用《しよよう》で時々出京した。所が自分は何時《いつ》も懸け違つて會ふ事が出來なかつた。從つて強く酒精《アルコール》に染められた彼《かれ》の四角な顔も見る機會を奪はれてゐた。自分は俥《くるま》の上で指を折つて勘定して見た。岡田が居なくなつたのは、つい此間《このあひだ》の樣でも、もう五六年になる。彼の氣にしてゐた頭も、此頃では大分《だいぶ》危險に逼《せま》つてゐるだらうと思つて、その地《ぢ》の透《す》いて見える所を想像したり抔《など》した。
 岡田の髪の毛は想像した通り薄くなつて居たが、住居《すまひ》は思つたよりも薩張《さつぱり》した新しい普請《ふしん》であつた。
 「どうも上方流《かみがたりう》で餘計な所に高塀《たかべい》なんか築き上《あげ》て、陰氣《いんき》で困つちまいます。其|代《かは》り二階はあります。一寸|上《あが》つて御覽なさい」と彼は云つた。自分は何より先に友達の事が氣になるので、斯う/\いふ人からまだ何とも通知は來ないかと聞いた。岡田は不思議さうな顔をして、いゝえと答へた。
 
     二
 
 自分は岡田に連れられて二階へ上《あが》つて見た。當人が自慢する程あつて眺望《てうばう》は可なり好かつたが、縁側のない座敷の窓へ日が遠慮なく照り返すので、暑さは一通りではなかつた。床の間に懸けてある軸物《ぢくもの》も反《そ》つくり返つて居た。
 「なに日が射す爲ぢやない。年《ねん》が年中《ねんぢゆう》懸け通しだから、糊《のり》の具合であゝなるんです」と岡田は眞面目に辯解した。
 「成程|梅《うめ》に鶯《うぐひす》だ」と自分も云ひたくなつた。彼は世帶を持つ時の用意に、此|幅《ふく》を自分の父から貰つて、大得意で自分の室《へや》へ持つて來て見せたのである。其時自分は「岡田君此|呉春《ごしゆん》は僞物《ぎぶつ》だよ。夫《それ》だからあの親父《おやぢ》が君に呉れたんだ」と云つて調戯《からかひ》半分岡田を怒らした事を覺えてゐた。
 二人は懸物《かけもの》を見て、當時を思ひ出しながら子供らしく笑つた。岡田は何時《いつ》迄も窓に腰を掛けて話を續ける風に見えた。自分も襯衣《シヤツ》に洋袴《ずぼん》丈《だけ》になつて其處に寐轉《ねころ》びながら相手になつた。さうして彼から天下茶屋《てんがちやや》の形勢だの、將來の發展だの、電車の便利だのを聞かされた。自分は自分に夫《それ》程《それほど》興味のない問題を、たゞ素直《すなほ》にはい/\と聽いて居たが、電車の通じる所へわざ/\俥《くるま》へ乘つて來た事|丈《だけ》は、馬鹿らしいと思つた。二人は又二階を下りた。
 やがて細君が歸つて來た。細君はお兼《かね》さんと云つて、器量《きりやう》は夫《それ》程《ほど》でもないが、色の白い、皮膚の滑《なめ》らかな、遠見《とほみ》の大變好い女であつた。父が勤めてゐたある官省の屬官の娘で、其頃は時々勝手口から頼まれものゝ仕立物などを持つて出入《でいり》をしてゐた。岡田は又其時分自分の家の食客《しよくかく》をして、勝手口に近い書生部屋で、勉強もし晝寐もし、時には燒芋|抔《など》も食つた。彼等は斯樣にして互に顔を知り合つたのである。が、顔を知り合つてから、結婚が成立するまでに、どんな徑路《けいろ》を通つて來たか自分はよく知らない。岡田は母の遠縁に當る男だけれども、自分の宅《うち》では書生同樣にしてゐたから、下女達は自分や自分の兄には遠慮して云ひ兼ねる事迄も、岡田に對してはつけ/\と云つて退《の》けた。「岡田さんお兼さんが宜しく」抔《など》といふ言葉は、自分も時々耳にした。けれども岡田は一向《いつかう》氣にも留めない樣子だつたから、大方たゞの徒事《いたづら》だらうと思つてゐた。すると岡田は高商を卒業して一人で大阪のある保險會社へ行つて仕舞つた。地位は自分の父が周旋《しうせん》したのださうである。夫《それ》から一年程して彼は又|瓢然《へうぜん》として上京した。さうして今度はお兼さんの手を引いて大阪へ下《くだ》つて行つた。これも自分の父と母が口を利いて、話を纒《まと》めて遣つたのださうである。自分は其時富士へ登つて甲州路を歩く考へで家には居なかつたが、後で其話を聞いて一寸驚いた。勘定して見ると、自分が御殿場で下りた汽車と擦《す》れ違つて、岡田は新しい細君を迎へるために入京したのである。
 お兼さんは格子《かうし》の前で疊んだ洋傘《かうもり》を、小さい包と一緒に、脇《わき》の下に抱《かゝ》へながら玄關から勝手の方に通り拔ける時、ちよつと極《きまり》の惡さうな顔をした。其顔は日盛《ひざかり》の中を歩いた火氣《ほてり》のため、汗を帶びて赤くなつてゐた。
 「おい御客さまだよ」と岡田が遠慮のない大きな聲を出した時、お兼さんは「只今」と奧の方で優しく答へた。自分は此聲の持主に、かつて着た久留米絣《くるめがすり》やフランネルの襦袢《じゆばん》を縫つて貰つた事もあるのだなと不圖《ふと》懷かしい記憶を喚起《よびおこ》した。
 
     三
 
 お兼さんの態度は明瞭で落付いて、何處にも下卑《げび》た家庭に育つたといふ面影《おもかげ》は見えなかつた。「二三日前《にさんちまへ》からもう御出《おいで》だらうと思つて、心待に御待申して居りました」などゝ云つて、眼の縁《ふち》に愛嬌《あいけう》を漂《たゞ》よはせる所などは、自分の妹よりも品《ひん》の良《い》い許《ばかり》でなく、樣子も幾分か立優《たちまさ》つて見えた。自分はしばらくお兼さんと話してゐるうちに、是なら岡田がわざ/\東京|迄《まで》出て來て連れて行つても然《しか》るべきだといふ氣になつた。
 此若い細君がまだ娘盛《むすめざかり》の五六年|前《ぜん》に、自分は既に其聲も眼鼻立《めはなだち》も知つてゐたのではあるが、夫《それ》程《ほど》親しく言葉を換《か》はす機會もなかつたので、斯うして岡田夫人として改まつて會つて見ると、さう馴々《なれ/\》しい應對も出來なかつた。それで自分は自分と同階級に屬する未知の女に對する如く、畏まつた言語をぽつ/\使つた。岡田はそれが可笑《をか》しいのか、又は嬉しいのか、時々自分の顔を見て笑つた。夫《それ》丈《だけ》なら構はないが、折節《をりせつ》はお兼さんの顏を見て笑つた。けれどもお兼さんは澄ましてゐた。お兼さんが一寸用があつて奧へ立つた時、岡田はわざと低い聲をして、自分の膝を突つつきながら、「何故《なぜ》あいつに對して、さう改まつてるんです。元から知つてる間柄《あひだがら》ぢやありませんか」と冷笑《ひやか》すやうな句調《くてう》で云つた。
 「好い奧さんになつたね。あれなら僕が貰やよかつた」
 「冗談いつちや不可《いけ》ない」と云つて岡田は一層大きな聲を出して笑つた。やがて少し眞面目になつて、「だつて貴方《あなた》はあいつの惡口をお母さんに云つたつていふぢやありませんか」と聞いた。
 「何んて」
 「岡田も氣の毒だ、あんなものを大阪|下《くだ》り迄《まで》引つ張つて行くなんて。最《も》う少し待つてゐれば己《おれ》が相當なのを見付《めつ》けてやるのにつて」
 「そりや君昔の事ですよ」
 斯うは答へたやうなものゝ、自分は少し恐縮した。且《かつ》一寸|狼狽《らうばい》した。さうして先刻《さつき》岡田が變な眼遣《めづかひ》をして、時々細君の方を見た意味を漸く理解した。
 「あの時は僕も母から大變叱られてね。御前のやうな書生に何が解るものか。岡田さんの事はお父さんと私《わたし》とで當人|達《たち》に都合の好いやうにしたんだから、餘計な口を利かずに黙つて見て御出《おいで》なさいつて。どうも手痛《てひど》くやられました」
 自分は母から叱られたといふ事實が、自分の辯解にでもなるやうな語氣で、其時の樣子を多少誇張して述べた。岡田は益《ます/\》笑つた。
 夫《それ》でもお兼さんが又座敷へ顔を出した時、自分は多少極りの惡い思をしなければならなかつた。人の惡い岡田はわざ/\細君に、「今|二郎《じらう》さんが御前の事を大變賞めて下すつたぜ。よく御禮を申し上げるが好い」と云つた。お兼さんは「貴方《あなた》があんまり惡口を仰しやるからでせう」と夫《をつと》に答へて、眼では自分の方を見て微笑した。
 夕飯前《ゆふはんまへ》に浴衣《ゆかた》がけで、岡田と二人岡の上を散歩した。まばらに建てられた家屋や、それを取り卷く垣根が東京の山の手を通り越した郊外を思ひ出させた。自分は突然大阪で會合しやうと約束した友達の消息が氣になり出した。自分はいきなり岡田に向つて、「君の所にや電話はないんでせうね」と聞いた。「あの構《かまへ》で電話があるやうに見えますかね」と答へた岡田の顔には、たゞ機嫌の好《い》い浮き/\した調子ばかり見えた。
 
      四
 
 それは夕方の比較的長く續く夏の日の事であつた。二人の歩いてゐる岡の上は殊更《ことさら》明るく見えた。けれども、遠くにある立樹《たちき》の色が空に包まれて段々黒ずんで行くにつれて、空の色も時を移さず變つて行つた。自分は名殘《なごり》の光で岡田の顔を見た。
 「君東京に居た時より餘程|快豁《くわいくわつ》になつた樣ですね。血色も大變好い。結構だ」
 岡田は「えゝまあお蔭さまで」と云つたやう曖昧な挨拶をしたが、其挨拶のうちには一種嬉しさうな調子もあつた。
 もう晩飯《ばんめし》の用意も出來たから歸らうぢやないかと云つて、二人|歸路《きろ》についた時、自分は突然岡田に、「君とお兼さんとは大變仲が好いやうですね」といつた。自分は眞面目な積《つもり》だつたけれども、岡田にはそれが冷笑《ひやかし》のやうに聞えたと見えて、彼はたゞ笑ふ丈《だけ》で何の答へもしなかつた。けれども別に否《いな》みもしなかつた。
 少時《しばらく》してから彼は今迄の快豁《くわいくわつ》な調子を急に失《うしな》つた。さうして何か秘密でも打ち明けるやうな具合に聲を落した。それでゐて、恰《あたか》も獨言《ひとりごと》をいふ時のやうに足元を見詰《みつめ》ながら、「是であいつと一所になつてから、彼是もう五六年近くになるんだが、どうも子供が出來ないんでね、何ういふものか。それが氣掛《きがゝり》で……」と云つた。
 自分は何とも答へなかつた。自分は子供を生ます爲に女房を貰ふ人は、天下に一人もある筈がないと、豫《かね》てから思つてゐた。然し女房を貰つてから後《あと》で、子供が欲しくなるものかどうか、其處になると自分にも判斷が付かなかつた。
 「結婚すると子供が欲しくなるものですかね」と聞いて見た。
 「なに子供が可愛《かはい》いかどうかまだ僕にも分りませんが、何しろ妻《さい》たるものが子供を生まなくつちや、丸《まる》で一人前の資格がない樣な氣がして……」
 岡田は單にわが女房を世間並《せけんなみ》にする爲に子供を欲するのであつた。結婚はしたいが子供が出來るのが怖いから、まあ最《も》う少し先へ延さうといふ苦しい世の中ですよと自分は彼に云つて遣りたかつた。すると岡田が「それに二人切《ふたりぎり》ぢや淋《さび》しくつてね」と又つけ加へた。
 「二人切《ふたりぎり》だから仲が好いんでせう」
 「子供が出來ると夫婦の愛は滅るもんでせうか」
 岡田と自分は實際二人の經驗以外にあることを左《さ》も心得た樣に話し合つた。
 宅《うち》では食卓の上に刺身だの吸物だのが綺麗に並《なら》んで二人を待つてゐた。お兼さんは薄化粧《うすげしやう》をして二人のお酌をした。時々は團扇《うちは》を持つて自分を扇《あふ》いで呉れた。自分は其風が横顔に當るたびに、お兼さんの白粉《おしろい》の匂《にほひ》を微《かす》かに感じた。さうして夫《それ》が麥酒《ビール》や山葵《わさび》の香《か》よりも人間らしい好い匂の樣に思はれた。
 「岡田君は何時《いつ》も斯うやつて晩酌《ばんしやく》を遣るんですか」
と自分はお兼さんに聞いた。お兼さんは微笑しながら、「どうも後引上戸《あとひきじやうご》で困ります」と答へてわざと夫《をつと》の方を見遣つた。夫《をつと》は、「なに後《あと》が引ける程《ほど》飲ませやしないやね」と云つて、傍《そば》にある團扇《うちは》を取つて、急に胸のあたりをはた/\いはせた。自分は又急に此地《こつち》で會ふべき筈の友達の事に思ひ及んだ。
 「奧さん、三澤《みさは》といふ男から僕に宛てて、郵便か電報か何か來ませんでしたか。今散歩に出た後《あと》で」
 「來やしないよ。大丈夫だよ、君。僕の妻《さい》はさう云ふ事はちやんと心得てるんだから。ねえお兼。――好いぢやありませんか、三澤の一人や二人來たつて來なくつて。二郎さん、そんなに僕の宅《うち》が氣に入らないんですか。第一《だいち》貴方はあの一件からして片付けて仕舞はなくつちやならない義務があるでせう」
 岡田は斯う云つて、自分の洋盃《コツプ》へ麥酒《ビール》をゴボ/\と注《つ》いだ。もう餘程醉つてゐた。
 
     五
 
 其晩はとう/\岡田の家《うち》へ泊つた。六疊の二階で一人寐かされた自分は、蚊帳《かや》の中の暑苦しさに堪へかねて、成るべく夫婦に知れないやうに、そつと雨戸を開け放つた。窓際を枕に寐てゐたので、空は蚊帳越《かやごし》にも見えた。試《ためし》に赤い裾《すそ》から、頭だけ出して眺めると星がきら/\と光つた。自分はこんな事をする間にも、下にゐる岡田夫婦の今昔《こんじやく》は忘れなかつた。結婚してからあゝ親《した》しく出來たら嘸《さぞ》幸福だらうと羨ましい氣もした。三澤から何《なん》の音信《たより》のないのも氣掛りであつた。然し斯うして幸福な家庭の客となつて、彼の消息を待つために四五日|愚圖々々《ぐづ/\》してゐるのも惡くはないと考へた。一番|何《ど》うでも好かつたのは岡田の所謂《いはゆる》「例の一件」であつた。
 翌日《よくじつ》眼が覺めると、窓の下の狹苦しい庭で、岡田の聲がした。
 「おいお兼とう/\絞《しぼ》りのが咲き出したぜ。一寸《ちよいと》來て御覽」
 自分は時計を見て、腹這《はらばひ》になつた。さうして燐寸《マツチ》を擦《す》つて敷島へ火を點《つ》けながら、暗《あん》にお兼さんの返事を待ち構へた。けれどもお兼さんの聲は丸《まる》で聞えなかつた。岡田は「おい」「おいお兼」を又二三度繰返した。やがて、「せわしない方ね、貴方は。今朝顔どころぢやないわ、臺所が忙《いそが》しくつて」といふ言葉が手に取るやうに聞こえた。お兼さんは勝手から出て來て座敷の縁側に立つてゐるらしい。
 「それでも綺麗ね。咲いて見ると。――金魚はどうして」
 「金魚は泳いでゐるがね。どうも此方は六づかしいらしい」
 自分はお兼さんが、死にかゝつた金魚の運命について、何かセンチメンタルな事でもいふかと思つて、煙草を吹かしながら聽いてゐた。けれどもいくら待つてゐても、お兼さんは何とも云はなかつた。岡田の聲も聞こえなかつた。自分は煙草を捨てゝ立ち上つた。さうして可成《かなり》急な階子段《はしごだん》を一段づゝ音を立てゝ下へ降《お》りて行つた。
 三人で飯を濟ました後《あと》、岡田は會社へ出勤しなければならないので、緩《ゆつく》り案内をする時間がないのを殘念がつた。自分は此處へ來る前から、そんな事を全く豫期してゐなかつたと云つて、白い詰襟姿《つめえりすがた》の彼を坐つたまゝ眺めてゐた。
 「お兼、お前暇があるなら二郎さんを案内して上げるが好い」と岡田は急に思ひ付いたやうな顏付で云つた。お兼さんは何時《いつ》もの樣子に似ず、此時|丈《だけ》は夫《をつと》にも自分にも何とも答へなかつた。自分はすぐ、「なに構はない。君と一所に君の會社のある方角|迄《まで》行つて、そこいらを逍遙《ぶらつ》いて見よう」と云ひながら立つた。お兼さんは玄關で自分の洋傘《かうもり》を取つて、自分に手渡しして呉れた。夫《それ》から只一口「お早く」と云つた。
 自分は二度電車に乘せられて、二度下ろされた。さうして岡田の通《かよ》つてゐる石造の會社の周圍《しうゐ》を好い加減に歩き廻つた。同じ流れか、違ふ流れか、水の面《おもて》が二三度目に入《はい》つた。その内暑さに堪へられなくなつて、又好い加減に岡田の家《うち》へ歸つて來た。
 二階へ上《あが》つて、――自分は昨夜《ゆうべ》から此六疊の二階を、自分の室《へや》と心得るやうになつた。――休息してゐると、下から階子段を踏む音がして、お兼さんが上《あが》つて來た。自分は驚いて脱《ね》いだ肌《はだ》を入れた。昨日|廂《ひさし》に束《つか》ねてあつたお兼さんの髪は、何時《いつ》の間《ま》にか大きな丸髷《まるまげ》に變つてゐた。さうして桃色の手絡《てがら》が髷《まげ》の間から覗いてゐた。
 
     六
 
 お兼さんは黒い盆の上に載せた平野水《ひらのすゐ》と洋盃《コツプ》を自分の前に置いて「如何《いかゞ》で御座いますか」と聞いた。自分は「難有《ありがた》う」と答へて、盆を引き寄せやうとした。お兼さんは「いえ私が」と云つて急に罎《びん》を取り上げた。自分は此時黙つてお兼さんの白い手ばかり見てゐた。其手には昨夕《ゆうべ》氣が付かなかつた指環《ゆびわ》が一つ光つてゐた。
 自分が洋盃《コツプ》を取り上げて咽喉《のど》を潤《うるほ》した時、お兼さんは帶の間から一枚の葉書を取り出した。
 「先程お出掛《でかけ》になつた後《あと》で」と云ひかけて、にや/\笑つてゐる。自分は其表面に三澤の二字を認めた。
 「とう/\參りましたね。御待かねの……」
 自分は微笑しながら、すぐ裏を返して見た。
 「一兩日|後《おく》れるかも知れぬ」
 葉書に大きく書いた文字はたゞ是《これ》丈《だけ》であつた。
 「丸《まる》で電報の樣で御座いますね」
 「それで貴方笑つてたんですか」
 「さう云ふ譯でも御座いませんけれども、何だか餘《あん》まり……」
 お兼さんは其處で黙つて仕舞つた。自分はお兼さんをもつと笑はせたかつた。
 「餘《あん》まり、何うしました」
 「餘《あん》まり勿體ないやうですから」
 お兼さんのお父さんといふのは大變|緻密《ちみつ》な人で、お兼さんの所へ手紙を寄こすにも、大抵は葉書で用を辨じてゐる代りに蠅《はい》の頭のやうな字を十五行も並《なら》べて來るといふ話しを、お兼さんは面白さうにした。自分は三澤の事を全く忘れて、たゞ前にゐるお兼さんを的《まと》に、樣々の事を尋ねたり聞いたりした。
 「奧さん、子供が欲しかありませんか。斯うやつて、一人で留守《るす》をしてゐると退屈するでせう」
 「左樣《さう》でも御座いませんわ。私《わたくし》兄弟の多い家《うち》に生れて大變苦勞して育つた所爲《せゐ》か、子供|程《ほど》親を意地見《いぢめ》るものはないと思つて居りますから」
 「だつて一人や二人は可《い》いでせう。岡田君は子供がないと淋《さみ》しくつて不可《いけ》ないつて云つてましたよ」
 お兼さんは何にも答へずに窓の外の方を眺めてゐた。顏を元へ戻しても、自分を見ずに、疊の上にある平野水《ひらのすゐ》の罎《びん》を見てゐた。自分は何にも氣が付かなかつた。それで又「奧さんは何故《なぜ》子供が出來ないんでせう」と聞いた。するとお兼さんは急に赤い顏をした。自分はたゞ心易《こゝろやす》だてで云つたことが、甚だ面白くない結果を引き起したのを後悔した。けれども何うする譯にも行かなかつた。其時はたゞお兼さんに氣の毒をしたといふ心|丈《だけ》で、お兼さんの赤くなつた意味を知らう抔《など》とは夢にも思はなかつた。
 自分は此|居苦《ゐぐる》しく又|立苦《たちぐる》しくなつた樣に見える若い細君を、何うともして救はなければならなかつた。夫《それ》には是非共話頭を轉ずる必要があつた。自分はかねてから左程《さほど》重きを置いてゐなかつた岡田の所謂「例の一件」をとう/\持ち出した。お兼さんはすぐ元の態度を回復した。けれども夫《をつと》に責任の過半を讓《ゆづ》る積《つもり》か、決して多くを語らなかつた。自分もさう根掘り葉掘り聞きもしなかつた。
 
 
 「例の一件」が本式に岡田の口から持ち出されたのは其晩の事であつた。自分は露に近い縁側を好んで其處に座を占めてゐた。岡田は夫《それ》迄《まで》お兼さんと向き合つて座敷の中に坐つて居たが、話が始まるや否や、すぐ立つて縁側へ出て來た。
 「何うも遠くぢや話がし惡《にく》くつて不可《いけ》ない」と云ひながら、模樣の付いた座蒲團を自分の前に置いた。お兼さん丈《だけ》は依然として元の席を動かなかつた。
 「二郎さん寫眞は見たでせう、此間《このあひだ》僕が送つた」
 寫眞の主《ぬし》といふのは、岡田と同じ會社へ出る若い人であつた。此寫眞が來た時|家《うち》のものが代《かは》り番子《ばんこ》に見て樣々の批評を加へたのを、岡田は知らないのである。
 「えゝ一寸見ました」
 「何うです評判は」
 「少し御凸額《おでこ》だつて云つたものも有ります」
 お兼さんは笑ひ出した。自分も可笑《をか》しくなつた。と云ふのは、其男の寫眞を見て、お凸額《でこ》だと云ひ始めたものは、實のところ自分だからである。
 「お重《しげ》さんでせう、そんな惡口をいふのは。あの人の口に掛つちや、大抵のものは敵《かな》はないからね」
 岡田は自分の妹のお重《しげ》を大變口の惡い女だと思つてゐる。それも彼がお重から、あなたの顏は將棋《しやうぎ》の駒《こま》見たいよと云はれてからの事である。
 「お重《しげ》さんに何と云はれたつて構はないが肝心《かんじん》の當人は何うなんです」
 自分は東京を立つとき、母から、貞《さだ》には無論異存これなくといふ返事を岡田の方へ出して置いたといふ事を確めて來たのである。だから、當人は母から上げた返事の通りだと答へた。岡田夫婦は又|佐野《さの》といふ婿《むこ》になるべき人の性質や品行や將來の望みや、其他色々の條項に就て一々自分に話して聞かせた。最後に當人が此縁談の成立を切望してゐる例|抔《など》を擧げた。
 お貞《さだ》さんは器量から云つても教育から云つても、是といふ特色のない女である。たゞ自分の家の厄介ものといふ名がある丈《だけ》である。
 「先方があまり乘氣になつて何だか劔呑《けんのん》だから、彼地《あつち》へ行つたら能く樣子を見て來てお呉れ」
 自分は母から斯う頼まれたのである。自分はお貞《さだ》さんの運命について、夫《それ》程《ほど》多くの興味は有《も》ち得なかつたけれども、成程さう望まれるのは、お貞さんの爲に結構な樣で又危險な事だらうとも考へてゐた。夫《それ》で今迄黙つて岡田夫婦の云ふ事を聞いてゐた自分は、不圖《ふと》口を滑《すべ》らした。――
 「何《どう》してお貞《さだ》さんが、そんなに氣に入つたものかな。まだ會つた事もないのに」
 「佐野さんはあゝいふ確《しつ》かりした方《かた》だから、矢張《やつぱり》辛抱人《しんばうにん》を御貰ひになる御考へなんですよ」
 お兼さんは岡田の方を向いて、佐野の態度を斯う辯解した。岡田はすぐ、「さうさ」と答へた。さうして其外には何も考へてゐないらしかつた。自分は兎に角其佐野といふ人に明日《あした》會はうといふ約束を岡田として、又六疊の二階に上つた。頭を枕に着けながら、自分の結婚する場合にも事が斯う簡單に運ぶのだらうかと考へると、少し恐ろしい氣がした。
 
     八
 
 翌日《あくるひ》岡田は會社を午《ひる》で切上げて歸つて來た。洋服を投出すが早いか勝手へ行つて水浴をして「さあ行かう」と云ひ出した。
 お兼さんは何時《いつ》の間《ま》にか箪笥《たんす》の抽出《ひきだし》を開けて、岡田の着物を取り出した。自分は岡田が何を着るか、左程《さほど》氣にも留めなかつたが、お兼さんの着せ具合や、帶の取つて遣り具合には、知らず/\注意を拂つてゐたものと見えて、「二郎さんあなた仕度は好いんですか」と聞かれた時、はつと氣が付いて立ち上つた。
 「今日は御前も行くんだよ」と岡田はお兼さんに云つた。「だつて……」とお兼さんは絽《ろ》の羽織を兩手で持ちながら、夫《をつと》の顏を見上げた。自分は梯子段《はしごだん》の中途で、「奧さん入らつしやい」と云つた。
 洋服を着て下へ降《お》りて見ると、お兼さんは何時《いつ》の間《ま》にかもう着物も帶も取り換へてゐた。
 「早いですね」
 「えゝ早變《はやがは》り」
 「あんまり變り榮《ばえ》もしない服裝《なり》だね」と岡田が云つた。
 「是で澤山よ彼《あ》んな所《とこ》へ行くのに」とお兼さんが答へた。
 三人は暑《あつさ》を冒《をか》して岡を下《くだ》つた。さうして停車場からすぐ電車に乘つた。自分は向側に並《なら》んで腰を掛けた岡田とお兼さんを時々見た。其《その》間《あひだ》には三澤の突飛な葉書を思ひ出したりした。全體あれは何處で出したものなんだらうと考へても見た。是から會ひに行く佐野といふ男の事も、ちよい/\頭に浮んだ。しかし其たんびに「物好《ものずき》」といふ言葉が何うしても一所に出て來た。
 岡田は突然|體《からだ》を前に曲げて、「何うです」と聞いた。自分はたゞ「結構です」と答へた。岡田は元のやうに腰から上を眞直にして、何かお兼さんに云つた。其顔には得意の色が見えた。すると今度はお兼さんが顔を前へ出して「御氣に入つたら、貴方《あなた》も大阪《こちら》へ入らつしやいませんか」と云つた。自分は覺えず「有難う」と答へた。さつき何うですと突然聞いた岡田の意味は、此時漸く解つた。
 三人は濱寺《はまでら》で降《お》りた。此地方の樣子を知らない自分は、大《おほき》な松と砂の間を歩いて流石《さすが》に好い所だと思つた。然し岡田は此處では「何うです」を繰返さなかつた。お兼さんも洋傘《かうもり》を開いた儘さつさと行つた。
 「もう來てゐるだらうか」
 「さうね。ことに因《よ》ると最《も》う來て待つて居らつしやるかも知れないわ」
 自分は二人の後《あと》に跟《つ》いて、斯んな會話を聽きながら、すばらしく大きな料理屋の玄關の前に立つた。自分は何よりもまづ其大きいのに驚かされたが、上つて案内をされた時、更にその道中《だうちゆう》の長いのに吃驚《びつくり》した。三人は段々を下りて細い廊下を通つた。
 「隧道《トンネル》ですよ」
 お兼さんが斯ういつて自分に教へて呉れたとき、自分はそれが冗談《じようだん》で、本當に地面の下ではないのだと思つた。それで只《たゞ》笑つて薄暗い處を通り披けた。
 座敷では佐野が一人敷居際に洋服の片膝を立てゝ、煙草を吹かしながら海の方を見てゐた。自分達の足音を聞いた彼はすぐ此方《こつち》を向いた。其時彼の額の下に、金縁の眼鏡が光つた。部屋へ這入るとき第一に彼と顏を見合せたのは實に自分だつたのである。
 
     九
 
 佐野は寫眞で見たよりも一層|御凸額《おでこ》であつた。けれども額の廣い處へ、夏だから髪を短く刈つてゐるので、ことにさう見えたのかも知れない。初對面の挨拶をするとき、彼は「何分《なにぶん》宜敷《よろしく》」と云つて頭を丁寧に下げた。此普通一般の挨拶振《あいさつぶり》が、場合が場合なので、自分には一種變に聞こえた。自分の胸は今迄|左程《さほど》責任を感じてゐなかつた所へ急に重苦しい束縛《そくばく》が出來た。
 四人《よつたり》は膳に向ひながら話をした。お兼さんは佐野とは大分《だいぶ》心易い間柄と見えて、時々向側から調戯《からか》つたりした。
 「佐野さん、あなたの寫眞の評判が東京《あつち》で大變なんですつて」
 「どう大變なんです。――大方《おほかた》好い方へ大變なんでせうね」
 「そりや勿論よ。嘘だと覺し召すならお隣りに居らつしやる方に伺つて御覽になれば解るわ」
 佐野は笑ひながらすぐ自分の方を見た。自分は一寸何とか云はなければ跋《ばつ》が惡かつた。それで眞面目な顏をして、「どうも寫眞は大阪の方が東京より發達してゐるやうですね」と云つた。すると岡田が「淨瑠璃《じゃうるり》ぢやあるまいし」と交返《まぜかへ》した。
 岡田は自分の母の遠縁に當る男だけれども、長く自分の宅《うち》の食客《しよくかく》をしてゐた所爲《せゐ》か、昔から自分や自分の兄に對しては一段偉い物の云ひ方をする習慣を有《も》つてゐた。久し振に會つた昨日《きのふ》一昨日《をとゝひ》抔《など》は殊に左右《さう》であつた。所が斯うして佐野が一人新しく席に加はつて見ると、友達の手前體裁が惡いといふ譯だか何だか、自分に對する口の利き方が急に對等になつた。ある時は對等以上に横風《わうふう》になつた。
 四人《よつたり》のゐる座敷の向《むかふ》には、同じ家のだけれども棟《むね》の違ふ高い二階が見えた。障子を取り拂つた其廣間の中を見上げると、角帶《かくおび》を締めた若い人達が大勢《おほぜい》ゐて、其内の一人が手拭《てぬぐひ》を肩へ掛けて踊《をどり》かなにか躍《をど》つてゐた。「御店《おたな》ものゝ懇親會といふ所だらう」と評し合つてゐるうちに、十六七の小僧が手摺《てすり》の所へ出て來て、汚ないものを容赦《ようしや》なく廂《ひさし》の上へ吐いた。すると同じ位な年輩の小僧が又一人煙草を吹かしながら出て來て、こら確《しつ》かりしろ、己《おれ》が付いてゐるから、何にも怖がるには及ばない、といふ意味を純粹の大阪辯で遣り出した。今迄|苦々《にが/\》しい顏をして手摺《てすり》の方を見てゐた四人《よつたり》はとう/\吹き出して仕舞つた。
 「何方《どつち》も醉つてるんだよ。小僧の癖に」と岡田が云つた。
 「貴方見たいね」とお兼さんが評した。
 「何方《どつち》がです」と佐野が聞いた。
 「兩方ともよ。吐いたり管《くだ》を捲《ま》いたり」とお兼さんが答へた。
 岡田は寧ろ愉快な顔をしてゐた。自分は黙つてゐた。佐野は獨り高笑《たかわらひ》をした。
 四人《よつたり》はまだ日の高い四時頃に其處を出て歸路についた。途中で分れるとき佐野は「何《いづ》れ其内《そのうち》又《また》」と帽を取つて挨拶した。三人はプラツトフオームから外へ出た。
 「何うです、二郎さん」と岡田はすぐ自分の方を見た。
 「好ささうですね」
 自分は斯うより外に答へる言葉を知らなかつた。それでゐて、斯う答へた後《あと》は甚だ無責任なやうな氣がしてならなかつた。同時に此無責任を餘儀なくされるのが、結婚に關係する多くの人の經驗なんだらうとも考へた。
 
     十
 
 自分は三澤の消息を待つて、猶《なほ》二三日岡田の厄介になつた。實をいふと彼等は自分の餘所《よそ》に行つて宿を取る事を許さなかつたのである。自分は其《その》間《あひだ》出來る丈《だけ》一人で大阪を見て歩いた。すると町幅の狹い所爲《せゐ》か、人間の運動が東京よりも?溂《はつらつ》と自分の眼を射るやうに思はれたり、家並《いへなみ》が締りのない東京より整つて好ましいやうに見えたり、河が幾筋もあつて其河には靜かな水が豐かに流れてゐたり、眼先の變つた興味が日に一つ二つは必ずあつた。
 佐野には濱寺で一所に飯を食つた次の晩又會つた。今度は彼の方から浴衣《ゆかた》がけで岡田を尋ねて來た。自分は其時も彼是二時間餘り彼と話した。けれどもそれは只《たゞ》前日の催しを岡田の家で小親模に繰返したに過ぎなかつたので、新しい印象と云つては格別頭に殘りやうがなかつた。だから本當をいふと唯《たゞ》世間並の人といふ外に、自分は彼に就いて何も解らなかつた。けれども亦母や岡田に對する義務としては、何も解らないで澄ましてゐる譯にも行かなかつた。自分は此二三日の間に、とう/\東京の母へ向けて佐野と會見を結了《けつれう》した旨の報告を書いた。
 仕方がないから「佐野さんはあの寫眞によく似てゐる」と書いた。「酒は呑むが、呑んでも赤くならない」と書いた。「御父さんのやうに謠《うたひ》をうたふ代りに義太夫を勉強してゐるさうだ」と書いた。最後に岡田夫婦と仲の好さゝうな樣子を述べて、「あれ程仲の好い岡田さん夫婦の周旋だから間違はないでせう」と書いた。一番仕舞に、「要するに、佐野さんは多數の妻帶者と變つた所も何もないやうです。お貞《さだ》さんも普通の細君になる資格はあるんだから、承諾したら好いぢやありませんか」と書いた。
 自分は此手紙を封じる時、漸く義務が濟んだやうな氣がした。然し此手紙一つでお貞《さだ》さんの運命が永久に決せられるのかと思ふと、多少自分のおつ猪口《ちよこ》ちよいに恥入る所もあつた。そこで自分は此手紙を封筒へ入《いれ》た儘、岡田の所へ持つて行つた。岡田はすうと眼を通した丈《だけ》で、「結構」と答へた。お兼さんは、てんで卷紙に手を觸れなかつた。自分は二人の前に坐つて、双方を見較べた。
 「是で好いでせうかね。是さへ出して仕舞へば、宅《うち》の方は極《きま》るんです。從つて佐野さんも一寸動けなくなるんですが」
 「結構です。それが僕等の最も希望する所です」と岡田は開き直つていつた。お兼さんは同じ意味を女の言葉で繰り返した。二人から斯う事もなげに云はれた自分は、それで安心するよりも却つて心元なくなつた。
 「何がそんなに氣になるんです」と岡田が微笑しながら煙草の煙を吹いた。「此事件に就いて一番冷淡だつたのは君ぢやありませんか」
 「冷淡にや違ないが、あんまりお手輕過ぎて、少し双方に對して申譯がない樣だから」
 「お手輕どころぢや御座いません、それ丈《だけ》長い手紙を書いて頂けば。それでお母さまが御滿足なさる、此方《こちら》は初から極つてゐる。是程お目出たい事はないぢや御座いませんか、ねえ貴方」
 お兼さんは斯ういつて、岡田の方を見た。岡田は左右《さう》ともと云はぬばかりの顔をした。自分は理窟をいふのが厭になつて、二人の目の前で、三錢切手を手紙に貼《は》つた。
 
     十−
 
 自分は此手紙を出しつ切《きり》にして大阪を立退《たちの》きたかつた。岡田も母の返事の來るまで自分に居て貰ふ必要もなからうと云つた。
 「けれどもまあ緩《ゆつ》くりなさい」
 是が彼の?《しば/\》繰り返す言葉であつた。夫婦の好意は自分によく解つてゐた。同時に彼等の迷惑も亦よく想像された。夫婦ものに自分の樣な横着《わうちやく》な泊り客は、此方《こつち》にも多少の窮屈《きゆうくつ》は免かれなかつた。自分は電報のやうに簡單な端書を書いたぎり何の音沙汰《おとさた》もない三澤が惡《にく》らしくなつた。もし明日中《あしたぢゆう》に何とか音信《たより》がなければ、一人で高野登りを遣らうと決心した。
 「ぢや明日《あした》は佐野を誘つて寶塚《たからづか》へでも行きませう」
と岡田が云ひ出した。自分は岡田が自分のために時間の差繰《さしくり》をして呉れるのが苦になつた。もつと皮肉を云へば、そんな温泉場へ行つて、飲んだり食つたりするのが、お兼さんに濟まない樣な氣がした。お兼さんは一寸見ると、派出好《はでずき》の女らしいが、夫《それ》は寧ろ色白な顏立や樣子がさう思はせるので、性質からいふと普通の東京ものよりずつと地味《じみ》であつた。外へ出る夫《をつと》の懷中にすら、ある程度の束縛を加へる位《くらゐ》締つてゐるんぢやないかと思はれた。
 「御酒《ごしゆ》を召上らない方《かた》は一生のお得ですね」
 自分の杯《さかづき》に親しまないのを知つたお兼さんは、ある時斯ういふ述懷《じゆつくわい》を、さも羨ましさうに洩らした事さへある。それでも岡田が顔を赤くして、「二郎さん久し振に相撲《すまふ》でも取りませうか」と野蠻な聲を出すと、お兼さんは眉をひそめながら、嬉しさうな眼付をするのが常であつたから、お兼さんは旦那の醉《ゑ》ふのが嫌ひなのではなくつて、酒に費用《つひえ》の掛るのが嫌ひなのだらうと、自分は推察してゐた。
 自分は折角の好意だけれども寶塚行《たからづかゆき》を斷《ことわ》つた。さうして腹の中《なか》で、あしたの朝岡田の留守に、一寸電車に乘つて一人で行つて樣子を見て來《き》ようと取り極めた。岡田は「さうですか。文樂《ぶんらく》だと好いんだけれども生憎暑いんで休んでゐるもんだから」と氣の毒さうに云つた。
 翌朝《よくあさ》自分は岡田と一所に家《うち》を出た。彼は電車の上で突然自分の忘れ掛けてゐたお貞《さだ》さんの結婚問題を持ち出した。
 「僕は貴方の親類だと思つてやしません。貴方のお父さんやお母さんに書生として育てられた食客《しよくかく》と心得てゐるんです。僕の今の地位だつて、あのお兼だつて、みんな貴方の御兩親のお蔭で出來たんです。だから何か御恩返しをしなくつちや濟まないと平生から思つてるんです。お貞《さだ》さんの問題もつまり夫《それ》が動機で爲《し》たんですよ。決して他意はないんですからね」
 お貞《さだ》さんは宅《うち》の厄介ものだから、一日も早く何處かへ嫁に世話をするといふのが彼の主意であつた。自分は家族の一人として岡田の好意を謝すべき地位にあつた。
 「お宅《たく》ぢや早くお貞《さだ》さんを片付けたいんでせう」
 自分の父も母も實際さうなのである。けれども此時自分の眼にはお貞《さだ》さんと佐野といふ縁故も何もない二人が一所に且《かつ》離れ/”\に映じた。
 「旨く行くでせうか」
 「そりや行くだらうぢやありませんか。僕とお兼を見たつて解るでせう。結婚してからまだ一度も大喧嘩《おほげんくわ》をした事なんかありやしませんぜ」
 「貴方方《あなたがた》は特別だけれども……」
 「なに何處の夫婦だつて、大概似たものでさあ」
 岡田と自分はそれで此話を切り上げた。
 
     十二
 
 三澤の便《たよ》りは果《はた》して次の日の午後になつても來なかつた。氣の短い自分には斯んなヅボラを待つて遣るのが腹立《はらだゝ》しく感ぜられた。強ひても是から一人で立たうと決心《けつしん》した。
 「まあもう一日二日《いちんちふつか》は宜しいぢや御座いませんか」とお兼さんは愛嬌《あいけう》に云つて呉れた。自分が鞄《かばん》の中へ浴衣《ゆかた》や三尺帶《さんじやくおび》を詰めに二階へ上《あが》り掛ける下から、「是非|左右《さう》なさいましよ」と追掛《おつか》けるやうに留めた。それでも氣が濟まなかつたと見えて、自分が鞄《かばん》の始末をした頃、上《あが》り口《ぐち》へ顔を出して、「おやもう御荷物の仕度をなすつたんですか。ぢや御茶でも入れますから、御緩《ごゆつ》くりどうぞ」と降《お》りて行つた。
 自分は胡坐《あぐら》の儘《まゝ》旅行案内をひろげた。さうして胸の中《うち》で彼是と時間の都合を考へた。其都合が中々旨く行かないので、仰向《あふむけ》になつて少時《しばらく》寐て見た。すると三澤と一所に歩く時の愉快が色々に想像された。富士を須走口《すばしりぐち》へ降りる時、滑つて轉んで、腰にぶら下げた大きな金明水入《きんめいすゐいり》の硝子壜《ガラスびん》を、壞したなり帶へ括《くゝ》り付けて歩いた彼の姿扮《すがた》抔《など》が眼に浮《うか》んだ。所へ又|梯子段《はしごだん》を踏むお兼さんの足音がしたので、自分は急に起き直つた。
 お兼さんは立ちながら、「まあ好かつた」と一息|吐《つ》いたやうに云つて、すぐ自分の前に坐つた。さうして三澤から今屆いた手紙を自分に渡した。自分はすぐ封を開いて見た。
 「とう/\御着《おつき》になりましたか」
 自分は一寸お兼さんに答へる勇氣を失つた。三澤は三日前大阪に着いて二日ばかり寐た揚句《あげく》とう/\病院に入《はい》つたのである。自分は病院の名を指《さ》してお兼さんに地理を聞いた。お兼さんは地理|丈《だけ》は能く呑み込んでゐたが、病院の名は知らなかつた。自分は兎に角|鞄《かばん》を提《さ》げて岡田の家《いへ》を出る事にした。
 「どうも飛んだ事で御座いますね」とお兼さんは繰り返し/\氣の毒がつた。斷《ことわ》るのを無理に、下女が鞄《かばん》を持つて停車場《ステーシヨン》迄|隨《つ》いて來た。自分は途中で猶も此下女を返さうとしたが、何とか云つて中々歸らなかつた。其言葉は解るには解るが、自分のやうに此土地に親しみのないものには到底《とても》覺えられなかつた。別れるとき今迄世話になつた禮に一圓|遣《や》つたら「さいなら、お機嫌よう」と云つた。
 電車を下りて俥《くるま》に乘ると、其|俥《くるま》は軌道《レール》を横切つて細い通りを眞直に馳《か》けた。馳《か》け方が餘り烈しいので、向ふから來る自轉車だの俥だのと幾度《いくたび》か衝突しさうにした。自分ははら/\しながら病院の前に降《お》ろされた。
 鞄を持つた儘三階に上《あが》つた自分は、三澤を探すため方々の室《へや》を覗いて歩いた。三澤は廊下の突き當りの八疊に、氷嚢《ひようなう》を胸の上に載せて寐てゐた。
 「何うした」と自分は室《へや》に入《はい》るや否や聞いた。彼は何も答へずに苦笑してゐる。「又食ひ過ぎたんだらう」と自分は叱るやうに云つたなり、枕元に胡坐《あぐら》を掻いて上着《うはぎ》を脱いだ。
 「其處に蒲團がある」と三澤は上眼《うはめ》を使つて、室の隅を指《さ》した。自分は其眼の樣子と頬の具合を見て、是は何《ど》の位《くらゐ》重い程度の病氣なんだらうと疑つた。
 「看護婦は付いてるのかい」
 「うん。今何處かへ出て行つた」
 
     十三
 
 三澤は平生から胃腸の能くない男であつた。稍《やゝ》ともすると吐いたり下したりした。友達は夫《それ》を彼の不養生からだと評し合つた。當人は又母の遺傳で體質から來るんだから仕方がないと辯解してゐた。さうして消化器病の書物などを引繰《ひつく》り返して、アトニーとか下垂性《かすゐせい》とかトーヌスとかいふ言葉を使つた。自分|抔《など》が時々彼に忠告めいた事をいふと、彼は素人《しろうと》が何を知るものかと云はぬ許《ばかり》の顏をした。
 「君アルコールは胃で吸収されるものか、腸で吸収されるものか知つてるか」などゝ澄ましてゐた。其癖病氣になると彼は屹度《きつと》自分を呼んだ。自分もそれ見ろと思ひながら必ず見舞に出掛けた。彼の病氣は短くて二三日長くて一二週間で大抵は癒つた。それで彼は彼の病氣を馬鹿にしてゐた。他人の自分は猶更《なほさら》であつた。
 けれども此場合自分は先《ま》づ彼の入院に驚かされてゐた。其上に胃の上の氷嚢で又驚かされた。自分は夫《それ》迄《まで》氷嚢は頭か心臓の上でなければ載せるものでないとばかり信じてゐたのである。自分はぴくん/\と脈を打つ氷嚢を見詰めて厭な心持になつた。枕元に坐つてゐればゐる程、付景氣《つけげいき》の言葉が段々出なくなつて來た。
 三澤は看護婦に命じて氷菓子《アイスクリーム》を取らせた。自分が其一杯に手を着けてゐるうちに、彼は殘る一杯を食ふといひ出した。自分は藥と定食以外にそんなものを口にするのは好くなからうと思つて留めに掛つた。すると三澤は怒つた。
 「君は一杯の氷菓子《アイスクリーム》を消化するのに、何《ど》の位《くらゐ》強壯な胃が必要だと思ふのか」と眞面目な顔をして議論を仕掛けた。自分は實の所何にも知らないのである。看護婦は、可《よ》からうけれども念の爲だからと云つて、わざ/\醫局へ聞きに行つた。さうして少量なら差支ないといふ許可を得て來た。
 自分は便所に行くとき三澤に知れないやうに看護婦を呼んで、あの人の病氣は全體何といふんだと聞いて見た。看護婦は大方胃が惡いんだらうと答へた。夫《それ》より以上の事を尋ねると、今朝看護婦會から派出された許《ばかり》で、何もまだ分らないんだと云つて平氣でゐた。仕方なしに下へ降《お》りて醫員に尋ねたら、其男もまだ三澤の名を知らなかつた。けれども患者の病名だの處方だのを書いた紙箋《しせん》を繰つて、胃が少し糜爛《たゞ》れたんだといふ事|丈《だけ》教へて呉れた。
 自分は又三澤の傍《そば》へ行つた。彼は氷嚢を胃の上に載せた儘、「君其窓から外を見てみろ」、と云つた。窓は正面に二つ側面に一つあつたけれども、何《いづ》れも西洋式で普通より高い上に、病人は日本の蒲團を敷いて寐てゐるんだから、彼の眼には強い色の空と、電信線の一部分が筋違《すぢかひ》に見える丈《だけ》であつた。
 自分は窓側《まどぎは》に手を突いて、外を見下《みおろ》した。すると何よりも先づ高い煙突から出る遠い煙が眼に入《い》つた。其煙は市全體を掩ふやうに大きな建物の上を這ひ廻つてゐた。
 「河が見えるだらう」と三澤が云つた。
 大きな河が左手の方に少し見えた。
 「山も見えるだらう」と三澤が又云つた。
 山は正面に先《さつ》きから見えてゐた。
 それが暗《くら》がり峠《たうげ》で、昔は多分大きな木ばかり生えてゐたのだらうが、今はあの通り明るい峠《たうげ》に變化したんだとか、もう少しするとあの山の下を突《つ》き貫《ぬ》いて、奈良へ電車が通ふやうになるんだとか、三澤は今誰かから聞いた許《ばか》りの事を元氣よく語つた。自分は是なら大した心配もないだらうと思つて病院を出た。
 
     十四
 
 自分は別に行く所もなかつたので、三澤の泊つた宿の名を聞いて、其處へ俥《くるま》で乘り付けた。看護婦はつい近くのやうに云つたが、始めての自分には可なりの道程《みちのり》と思はれた。
 其宿には玄關も何にもなかつた。這入つても入らつしやいと挨拶に出る下女もなかつた。自分は三澤の泊つたといふ二階の一間《ひとま》に通された。手摺《てすり》の前はすぐ大きな川で、座敷から眺めてゐると、大變|凉《すゞ》しさうに水は流れるが、向《むき》の所爲《せゐ》か風は少しも入《はい》らなかつた。夜《よ》に入《い》つて向側に點ぜられる燈火のきらめきも、たゞ眼に少しばかりの趣《おもむき》を添へる丈《だけ》で、凉味といふ感じには丸《まる》でならなかつた。
 自分は給仕の女に三澤の事を聞いて始めて知つた。彼は二日《ふつか》此處に寐た揚句《あげく》、三日目に入院したやうに記憶してゐたが實はもう一日前の午後に着いて、鞄《かばん》を投げ込んだ儘外出して、其晩の十時過に始めて歸つて來たのださうである。着いた時には五六人の伴侶《つれ》がゐたが、歸りにはたつた一人になつてゐたと下女は告げた。自分は其五六人の伴侶《つれ》の何人《なんぴと》であるかに就いて思ひ惱んだ。然し想像さへ浮ばなかつた。
 「醉つてたかい」と自分は下女に聞いて見た。其處《そこ》は下女も知らなかつた。けれども少し經《た》つて吐《は》いたから醉つてゐたんだらうと答へた。
 自分は其《その》夜《よ》蚊帳《かや》を釣つて貰つて早く床に這入つた。すると其の蚊帳に穴があつて、蚊が二三疋這入つて來た。團扇《うちは》を動かして、それを拂《はら》ひ退《の》けながら寐ようとすると、隣の室《へや》の話し聲が耳に付いた。客は下女を相手に酒でも呑んでゐるらしかつた。さうして警部だとかいふ事であつた。自分は警部の二字に多少の興味があつた。それで其人の話を聞いて見る氣になつたのである。すると自分の室《へや》を受持つてゐる下女が上つて來て、病院から電話だと知らせた。自分は驚いて起き上つた。
 電話の相手は三澤の看護婦であつた。病人の模樣でも急に變つたのかと思つて心配しながら用事を聞いて見ると病人から、明日《あした》は成るべく早く來て呉れ、退屈で困るからといふ傳言に過ぎなかつた。自分は彼の病氣が果《はた》してさう重くないんだと斷定した。「何だそんな事か、さういふ我儘は成るべく取次《とりつ》がないが好い」と叱り付るやうに云つて遣つたが、後で看護婦に對して氣の毒になつたので、「然し行く事は行くよ。君が來て呉れといふなら」と付け足《た》して室《へや》へ歸つた。
 下女は何時《いつ》氣が付いたか、蚊帳の穴を針と糸で塞いでゐた。けれども既に這入つてゐる蚊は其儘なので、横になるや否や、時々額や鼻の頭の邊《あたり》でぶうんと云ふ小《ちひさ》い音がした。夫《それ》でもうと/\と寐た。すると今度は右の方の部屋でする話聲で眼が覺めた。聞いてゐると矢張り男と女の聲であつた。自分は此方側《こつちがは》に客は一人もゐない積《つもり》でゐたので、一寸驚かされた。然し女が繰返して、「そんなら最《も》う歸して貰ひますぜ」といふやうな言葉を二三度用ひたので、隣の客が女に送られて茶屋からでも歸つて來たのだらうと推察して又眠りに落ちた。
 それから最《も》う一度下女が雨戸を引く音に夢を破られて、最後に起き上つたのが、まだ川の面《おもて》に白い靄が薄く見える頃だつたから、正味《しやうみ》寐たのは何時間にもならなかつた。
 
     十五
 
 三澤の氷嚢は依然として其日も胃の上に在つた。
 「まだ氷で冷やしてゐるのか」
 自分は聊か案外な顔をして斯う聞いた。三澤にはそれが友達甲斐もなく響いたのだらう。
 「鼻風邪《はなかぜ》ぢやあるまいし」と云つた。
 自分は看護婦の方を向いて、「昨夕《ゆうべ》は御苦勞さま」と一口禮を述べた。看護婦は色の蒼《あを》い膨《ふく》れた女であつた。顔付が繪にかいた座頭に好く似てゐる所爲《せゐ》か、普通彼等の着る白い着物が些《ちつ》とも似合はなかつた。岡山のもので、小さい時|膿毒性《のうどくしやう》とかで右の眼を惡くしたんだと、此方《こつち》で尋ねもしない事を話した。成程この女の一方の眼には白い雲が一杯に掛つてゐた。
 「看護婦さん、こんな病人に優しくして遣ると何を云ひ出すか分らないから、好加滅《いゝかげん》にして置くが可《い》いよ」
 自分は面白半分わざと輕薄な露骨《ろこつ》を云つて、看護婦を苦笑《くせう》させた。すると三澤が突然「おい氷だ」と氷嚢を持ち上げた。
 廊下の先で氷を割る音がした時、三澤は又「おい」と云つて自分を呼んだ。
 「君には解るまいが、此病氣を押してゐると、屹度|潰瘍《くわいやう》になるんだ。それが危險だから僕は斯う凝《ぢつ》として氷嚢を載せてゐるんだ。此處へ入院したのも、醫者が勸めたのでも、宿で周旋して貰つたのでもない。たゞ僕自身が必要と認めて自分で入《はい》つたのだ。醉興ぢやないんだ」
 自分は三澤の醫學上の智識に就いて、夫《それ》程《ほど》信を置き得なかつた。けれども斯う眞面目に出られて見ると、もう交《ま》ぜ返《かへ》す勇氣もなかつた。其上彼の所謂|潰瘍《くわいやう》とは何《ど》んなものか全く知らなかつた。
 自分は起《た》つて窓側《まどぎは》へ行つた。さうして強い光に反射して、乾いた土の色を見せてゐる暗《くら》がり峠《たうげ》を望んだ。不圖《ふと》奈良へでも遊びに行つて來《き》ようかといふ氣になつた。
 「君其樣子ぢや當分約束を履行する譯にも行かないだらう」
 「履行しようと思つて、是程の養生をしてゐるのさ」
 三澤は中々強情の男であつた。彼の強情に付き合へば、彼の健康が旅行に堪《た》へ得る迄自分は此暑い都の中で蒸《む》されてゐなければならなかつた。
 「だつて君の氷嚢は中々取れさうにないぢやないか」
 「だから早く癒るさ」
 自分は彼と斯ういふ談話を取り換《か》はせてゐるうちに、彼の強情のみならず、彼の我儘な點を能《よ》く見て取つた。同時に一日も早く病人を見捨てゝ行かうとする自分の我儘も亦|能《よ》く自分の眼に映つた。
 「君大阪へ着いたときは澤山|伴侶《つれ》があつたさうぢやないか」
 「うん、あの連中と飲んだのが惡かつた」
 彼の擧げた姓名のうちには、自分の知つてゐるものも二三あつた。三澤は彼等と名古屋から一所の汽車に乘つたのだが、何《いづ》れも馬關とか門司とか福岡とか迄行く人であるに拘《かゝは》らず久し振だからといふので、皆《みん》な大阪で降りて三澤と共に飯を食つたのださうである。
 自分は兎も角ももう二三日居て病人の經過を見た上、何うとか爲《し》やうと分別《ふんべつ》した。
 
     十六
 
 其《その》間《あひだ》自分は三澤の附添のやうに、晝も晩も大抵は病院で暮した。孤獨な彼は實際毎日自分を待受けてゐるらしかつた。それでゐて顔を合はすと、決して禮などは云はなかつた。わざ/\草花を買つて持つて行つて遣つても、憤《むつ》と膨《ふく》れてゐる事さへあつた。自分は枕元で書物を讀んだり、看護婦を相手にしたり、時間が來ると病人に藥を呑ませたりした。朝日が強く差し込む室《へや》なので、看護婦を相手に、寐床を影の方へ移す手傳もさせられた。
 自分は斯うしてゐるうちに、毎日午前中に回診する院長を知る樣になつた。院長は大概黒のモーニングを着て醫員と看護婦を一人づゝ隨へてゐた。色の淺黒い鼻筋の通つた立派な男で、言葉遣ひや態度にも容貌の示す如く品格があつた。三澤は院長に會ふと、醫學上の知識を丸《まる》で有《も》つてゐない自分たちと同じやうな質問をしてゐた。「まだ容易に旅行などは出來ないでせうか」「潰瘍《くわいやう》になると危險でせうか」「斯うやつて思ひ切つて入院した方が、今考へて見ると矢つ張り得策だつたんでせうか」などゝ聞くたびに院長は「えゝまあ左右《さう》です」ぐらゐな單簡《たんかん》な返答をした。自分は平生解らない術語を使つて、他《ひと》を馬鹿にする彼が、院長の前で斯う小さくなるのを滑稽に思つた。
 彼の病氣は輕いやうな重いやうな變なものであつた。宅《うち》へ知らせる事は當人が絶對に不承知であつた。院長に聞いて見ると、嘔氣《はきけ》が來なければ心配する程の事もあるまいが、夫《それ》にしても最《も》う少しは食慾が出る筈だと云つて、不思議さうに考へ込んでゐた。自分は去就《きよしう》に迷つた。
 自分が始めて彼の膳を見たとき其上には、生豆腐《なまどうふ》と海苔《のり》と鰹節《かつぶし》の肉汁《ソツプ》が載つてゐた。彼は是より以上箸を着ける事を許されなかつたのである。自分は是では前途遼遠《ぜんとれうゑん》だと思つた。同時に其膳に向つて薄い粥《かゆ》を啜《すゝ》る彼の姿が變に痛ましく見えた。自分が席を外《はづ》して、つい近所の洋食屋へ行つて支度をして歸つて來ると、彼は屹度《きつと》「旨かつたか」と聞いた。自分は其顔を見て益《ます/\》氣の毒になつた。
 「あの家《うち》は此間君と喧嘩した氷菓子《アイスクリーム》を持つて來る家《うち》だ」
 三澤は斯ういつて笑つてゐた。自分は彼がもう少し健康を回復する迄彼の傍《そば》に居てやりたい氣がした。
 然し宿へ歸ると、暑苦しい蚊帳《かや》の中で、早く凉しい田舍へ行きたいと思ふことが多かつた。此間の晩女と話をして人の眠を妨《さまた》げた隣の客はまだ泊つてゐた。さうして自分の寐ようとする頃に必ず酒氣《しゆき》を帶びて歸つて來た。ある時は宿で酒を飲んで、藝者を呼べと怒鳴《どな》つてゐた。それを下女が樣々に胡麻化《ごまか》さうとして仕舞には、あの女はあなたの前へ出ればこそ、彼《あ》んな愛嬌をいふものゝ、蔭では貴方の惡口ばかり並《なら》べるんだから止《や》めろと忠告してゐた。すると客は、なに己《おれ》の前へ出た時だけ御世辭を云つて呉れりやそれで嬉しいんだ、蔭で何と云つたつて聞えないから構はないと答へてゐた。ある時は是も藝者が何か眞面目な話を持ち込んで來たのを、今度は客の方で胡麻化《ごまか》さうとして、其藝者から他《ひと》の話を「ぢやん、ぢやか、ぢやん」に爲てしまふと云つて怒られてゐた。
 自分はこんな事で安眠を妨害されて、實際迷惑を感じた。
 
     十七
 
 そんな斯んなで好く眠られなかつた朝、もう看病は御免蒙るといふ氣で、病院の方へ橋を渡つた。すると病人はまだすや/\眠つてゐた。
 三階の窓から見下《みおろ》すと、狹い通なので、門前の路が細く綺麗に見えた。向側は立派な高塀つゞきで、其一つの潜《くゞ》りの外へ主人《あるじ》らしい人が出て、如露《じようろ》で丹念《たんねん》に往來を濡らしてゐた。塀の内には夏蜜柑のやうな深緑の葉が瓦を隱す程茂つてゐた。
 院内では小使が丁字形《ていじけい》の棒の先へ雜巾《ざふきん》を括《くゝ》り付けて廊下をぐん/\押して歩いた。雜巾《ざふきん》をゆすがないので、折角拭いた所が却《かへ》つて白く汚れた。輕い患者はみな洗面所へ出て顔を洗つた。看護婦の拂塵《はたき》の聲が此處彼處《こゝかしこ》で聞こえた。自分は枕を借りて、三澤の隣の空室《あきべや》へ、昨夕《ゆうべ》の睡眠不足を補ひに入《はい》つた。
 其|室《へや》も朝日の強く當る向《むき》にあるので、一寐入するとすぐ眠が覺めた。額や鼻の頭に汗と油が一面に浮き出してゐるのも不愉快だつた。自分は其時岡田から電話口へ呼ばれた。岡田が病院へ電話を掛けたのは是で三度目である。彼は極《きま》り切つて、「御病人の御樣子は何うです」と聞く。「二三日|中《うち》是非伺ひます」といふ。「何でも御用があるなら御遠慮なく」といふ。最後に屹度《きつと》お兼さんの事を一口二口付加へて、「お兼からも宜しく」とか、「是非お遊びに入らつしやる樣に妻《さい》も申して居ります」とか、「うちの方が忙がしいんで、つい御無沙汰をしてゐます」とか云ふ。
 其日も岡田の話は何時《いつ》もの通りであつた。けれども一番仕舞に、「今から一週間内……と斷定する譯には行かないが、兎に角もう少しすると、貴方を一寸《ちょいと》驚かせる事が出て來るかも知れませんよ」と妙な事を仄《ほの》めかした。自分は全く想像が付かないので、全體|何《ど》んな話なんですかと二三度聞き返したが、岡田は笑ひながら、「もう少しすれば解ります」といふ限《ぎり》なので、自分もとう/\其意味を聞かないで、三澤の室《へや》へ歸つて來た。
 「又例の男かい」と三澤が云つた。
 自分は今の岡田の電話が氣になつて、すぐ大阪を立つ話を持ち出す心持になれなかつた。すると思ひ掛ない三澤の方から「君もう大阪は厭になつたらう。僕のためにゐて貰ふ必要はないから、何處かへ行くなら遠慮なく行つて呉れ」と云ひ出した。彼はたとひ病院を出る場合が來ても、無闇な山登り抔《など》は當分愼まなければならないと覺つたと説明して聞かせた。
 「それぢや僕の都合の好いやうにしよう」
 自分は斯う答へて暫らく黙つてゐた。看護婦は無言の儘|室《へや》の外に出て行つた。自分は其草履の音の消えるのを聞いてゐた。それから小《ちひ》さい聲をして三澤に、「金はあるか」と尋ねた。彼は己《おの》れの病氣をまだ己《おの》れの家《いへ》に知らせないでゐる。夫《それ》にたつた一人の知人たる自分が、彼の傍《そば》を立ち退《の》いたら、精神上よりも物質的に心細からうと自分は懸念した。
 「君に才覺が出來るのかい」と三澤は聞いた。
 「別に目的《あて》もないが」と自分は答へた。
 「例の男は何うだい」と三澤が云つた。
 「岡田か」と自分は少し考へ込んだ。
 三澤は急に笑ひ出した。
 「何いざとなれば何うかなるよ。君に算段して貰はなくつても。金は有るには有るんだから」と云つた。
 
     十八
 
 金の事はつい夫成《それなり》になつた。自分は岡田へ金を借りに行く時の思ひを想像すると實際厭だつた。病氣に罹《かゝ》つた友達の爲だと考へても、少しも進む氣はしなかつた。其代り此地を立つとも立たないとも決心し得ないで愚圖々々した。
 岡田からの電話は掛つて來た時|大《おほい》に自分の好奇心を動搖させたので、わざ/\彼に會つて眞相を聞き糺《たゞ》さうかと思つたけれども、一晩|經《た》つとそれも面倒になつて、つい其儘にして置いた。
 自分は依然として病院の門を潜《くゞ》つたり出たりした。朝九時頃玄關に掛《かゝ》ると、廊下も控所も外來の患者で一杯に埋《うま》つてゐる事があつた。そんな時には世間にも是程病人が有り得るものかとわざと驚いたやうな顔をして、彼等の樣子を一順《いちじゆん》見渡してから、梯子段《はしごだん》に足を掛けた。自分が偶然あの女を見出だしたのは全く此一瞬間にあつた。あの女といふのは三澤があの女/\と呼ぶから自分もさう呼ぶのである。
 あの女は其時廊下の薄暗い腰掛の隅に丸くなつて横顔|丈《だけ》を見せてゐた。其|傍《そば》には洗髪《あらひがみ》を櫛卷《くしまき》にした脊《せい》の高い中年の女が立つてゐた。自分の一瞥《いちべつ》はまづ其女の後姿の上に落ちた。さうして何だか其處に愚圖々々してゐた。すると其|年増《としま》が向ふへ動き出した。あの女は其|年増《としま》の影から現はれたのである。其時あの女は忍耐の像の樣に丸くなつて凝《じつ》としてゐた。けれども血色にも表情にも苦悶《くもん》の迹《あと》は殆んど見えなかつた。自分は最初其横顔を見た時、是が病人の顔だらうかと疑つた。たゞ胸が腹に着く程|脊中《せなか》を曲げてゐる所に、恐ろしい何物かゞ潜《ひそ》んでゐる樣に思はれて、それが甚だ不快であつた。自分は階段を上《のぼ》りつゝ、「あの女」の忍耐と、美しい容貌《ようばう》の下に包んでゐる病苦とを想像した。
 三澤は看護婦から病院のAといふ助手の話を聞かされてゐた。此Aさんは夜《よる》になつて閑《ひま》になると、好く尺八《しやくはち》を吹く若い男であつた。獨身もので病院に寢泊りをして、室《へや》は三澤と同じ三階の折れ曲つた隅にあつた。此間迄始終|上履《スリツパー》の音をぴしや/\云はして歩いてゐたが、此二三日|丸《まる》で顔を見せないので、三澤も自分も、何うかしたのかね位は噂し合つてゐたのである。
 看護婦はAさんが時々|跛《びつこ》を引いて便所へ行く樣子が可笑《をか》しいと云つて笑つた。それから病院の看護婦が時々ガーゼと金盥《かなだらひ》を持つてAさんの部屋へ入《はい》つて行く所を見たとも云つた。三澤はさういふ話に興味が有るでもなく、又無いでもない樣な無愛嬌な顔をして、たゞ「ふん」とか「うん」とか答へてゐた。
 彼は又自分に何時《いつ》迄大阪に居る積《つもり》かと聞いた。彼は旅行を斷念してから、自分の顔を見ると能く斯う云つた。それが自分には遠慮がましく且《かつ》催促がましく聞こえて却《かへ》つて厭《いや》であつた。
 「僕の都合で歸らうと思へば何時《いつ》でも歸るさ」
 「何うか左右《さう》して呉れ」
 自分は立つて窓から眞下を見下した。「あの女」はいくら見てゐても門の外へ出て來なかつた。
 「日の當る所へわざ/\出て何を爲《し》てゐるんだ」と三澤が聞いた。
 「見てゐるんだ」と自分は答へた。
 「何を見てゐるんだ」と三澤が聞き返した。
 
     十九
 
 自分は夫《それ》でも我慢して容易に窓側《まどぎは》を離れなかつた。つい向ふに見える物干に、松だの石榴《ざくろ》だのゝ盆栽が五六鉢並んでゐる傍《そば》で、島田に結《い》つた若い女が、しきりに洗濯ものを竿の先に通してゐた。自分は一寸其方を見ては又下を向いた。けれども待ち設けてゐる當人はいつ迄|經《た》つても出て來る氣色《けしき》はなかつた。自分はとう/\暑さに堪へ切れないで又三澤の寐床の傍《そば》へ來て坐つた。彼は自分の顔を見て、「何うも強情な男だな、他《ひと》が親切に云つて遣れば遣る程、わざ/\日の當る所に顔を曝してゐるんだから。君の顔は眞赤《まつか》だよ」と注意した。自分は平生から三澤こそ強情な男だと思つてゐた。それで「僕の窓から首を出してゐたのは、君の樣な無意味な強情とは違ふ。ちやんと目的があつてわざと首を出したんだ」と少し勿體を付けて説明した。其代り肝心の「あの女」の事を却《かへ》つて云ひ惡《にく》くして仕舞つた。
 程|經《へ》て三澤は又「先刻《さつき》は本當に何か見てゐたのか」と笑ひながら聞いた。自分は此時もう氣が變つてゐた。「あの女」を口にするのが愉快だつた。何うせ強情な三澤の事だから、聞けば屹度《きつと》馬鹿だとか下らないとか云つて自分を冷罵するに違ないとは思つたが、それも氣にはならなかつた。左右《さう》したら實は「あの女」に就いて自分はある原因から特別の興味を有《も》つやうになつたのだ位答へて、三澤を少し焦《じ》らして遣らうといふ下心さへ手傳つた。
 所が三澤は自分の豫期とは丸《まる》で反對の態度で、自分のいふ一句々々をさも感心したらしく聞いてゐた。自分も乘氣になつて一二分で濟む所を三倍程に語り續けた。一番仕舞に自分の言葉が途切れた時、三澤は「それは無論|素人《しろうと》なんぢやなからうな」と聞いた。自分は「あの女」を詳しく説明したけれども、つい藝者といふ言葉を使はなかつたのである。
 「藝者ならことによると僕の知つてゐる女かも知れない」
 自分は驚かされた。然し的《てつ》きり冗談だらうと思つた。けれども彼の眼は其反對を語つてゐた。其癖口元は笑つてゐた。彼は繰り返して「あの女」の眼つきだの鼻つきだのを自分に問うた。自分は梯子段《はしごだん》を上《のぼ》る時、其横顔を見た限《ぎり》なので、さう詳しい事は答へられない程であつた。自分にはたゞ脊中《せなか》を折つて重なり合つてゐるやうな憐れな姿勢|丈《だけ》があり/\と眼に映つた。
 「屹度《きつと》あれだ。今に看護婦に名前を聞かして遣らう」
 三澤は斯う云つて薄笑ひをした。けれども自分を擔《かつ》いでる樣子は更に見えなかつた。自分は少し釣り込まれた氣味で、彼と「あの女」との關係を聞かうとした。
 「今に話すよ。あれだと云ふ事が確に分つたら」
 そこへ病院の看護婦が「回診です」と注意しに來たので、「あの女」の話はそれなり途切れて仕舞つた。自分は回診の混雜を避けるため、時間が來ると席を外《はづ》して廊下へ出たり、貯水桶のある高い處へ出たりしてゐたが、其日は手近にある帽を取つて、梯子段を下迄|降《お》りた。「あの女」がまだ何處かに居さうな氣がするので、自分は玄關の入口に佇立《たゝず》んで四方を見廻した。けれども廊下にも控室にも患者の影はなかつた。
 
     二十
 
 其夕方の空が風を殺して靜まり返つた灯《ひ》ともし頃、自分は又曲りくねつた段々を急ぎ足に三澤の室《へや》迄《まで》上《のぼ》つた。彼は食後と見えて蒲團の上に胡坐《あぐら》をかいて大きくなつてゐた。
 「もう便所へも一人で行くんだ。肴《さかな》も食つてゐる」
 是が彼の其時の自慢であつた。
 窓は三《みつ》つ共《とも》明け放つてあつた。室《へや》が三階で前に目を遮《さへ》ぎるものがないから、空は近くに見えた。其中に燦《きら》めく星も遠慮なく光を増して來た。三澤は團扇《うちは》を使ひながら、「蝙蝠《かうもり》が飛んでやしないか」と云つた。看護婦の白い服が窓の傍《そば》迄《まで》動いて行つて、其胴から上が一寸|窓枠《まどわく》の外へ出た。自分は蝙蝠《かうもり》よりも「あの女」の事が氣に掛つた。「おい、あの事は解つたか」と聞いて見た。
 「矢つ張りあの女だ」
 三澤は斯う云ひながら、一寸意味のある眼遣ひをして自分を見た。自分は「左右《さう》か」と答へた。その調子が餘り高いといふ譯なんだらう、三澤は團扇《うちは》でぱつと自分の顔を煽《あふ》いだ。さうして急に持ち交《か》へた柄《え》の方を前へ出して、自分達のゐる室《へや》の筋向ふを指《さ》した。
 「あの室《へや》へ這入つたんだ。君の歸つた後《あと》で」
 三澤の室《へや》は廊下の突き當りで往來の方を向いてゐた。女の室は同じ廊下の角で、中庭の方から明りを取る樣に出來てゐた。暑いので兩方共入り口は明けた儘、障子は取り拂つてあつたから、自分のゐる所から、圃扇《うちは》の柄《え》で指《さ》し示された部屋の入口は、四半分|程《ほど》斜めに見えた。然し其處には女の寐て居る床《とこ》の裾《すそ》が、晝《ゑ》の模樣のやうに三角に少し出てゐる丈《だけ》であつた。
 自分は其蒲團の端《はじ》を見詰めて少時《しばらく》何も云はなかつた。
 「潰瘍《くわいやう》の劇しいんだ。血を吐くんだ」と三澤が又小さな聲で告げた。自分は此時彼が無理を遣ると潰瘍《くわいやう》になる危險があるから入院したと説明して聞かせた事を思ひ出した。潰瘍《くわいやう》といふ言葉は其折自分の頭に何等の印象も與へなかつたが、今度は妙に恐ろしい響を傳へた。潰瘍《くわいやう》の陰に、死といふ怖いものが潜《ひそ》んでゐるかのやうに。
 しばらくすると、女の部屋で微《かす》かにげえ/\といふ聲がした。
 「そら吐いてゐる」と三澤が眉をひそめた。やがて看護婦が戸口へ現れた。手に小さな金盥《かなだらひ》を持ちながら、草履を突つ掛けて、一寸我々の方を見た儘出て行つた。
 「癒《なほ》りさうなのかな」
 自分の眼には、今朝|腮《あご》を胸に押し付けるやうにして、凝《ぢつ》と腰を掛けてゐた美くしい若い女の顔があり/\と見えた。
 「何うだかね。あゝ嘔《は》くやうぢや」と三澤は答へた。其表情を見ると氣の毒といふより寧ろ心配さうな或物に囚《とら》へられてゐた。
 「君は本當にあの女を知つてゐるのか」と自分は三澤に聞いた。
 「本當に知つてゐる」と三澤は眞面目に答へた。
 「然し君は大阪へ來たのが今度始めてぢやないか」と自分は三澤を責めた。
 「今度來て今度知つたのだ」と三澤は辯解した。「此病院の名も實はあの女に聞いたのだ。僕は此處へ這入る時から、あの女が殊によると遣つて來やしないかと心配してゐた。けれども今朝君の話を聞く迄はよもやと思つてゐた。僕はあの女の病氣に對しては責任があるんだから……」
 
     二十−
 
 大阪へ着くと其儘、友達と一所に飲みに行つた何處かの茶屋で、三澤は「あの女」に會つたのである。
 三澤は其時既に暑さのために胃に變調を感じてゐた。彼を強ひた五六人の友達は、久し振だからといふ口實のもとに、彼を醉はせる事を御馳走のやうに振舞《ふるま》つた。三澤も宿命に從ふ柔順な人として、いくらでも盃《さかづき》を重ねた。それでも胸の下の所には絶えず不安な自覺があつた。ある時は變な顔をして苦しさうに生唾《なまつばき》を呑み込んだ。丁度彼の前に坐つてゐた「あの女」は、大阪言葉で彼に藥を遣らうかと聞いた。彼はジエムか何かを五六粒|手《て》の平《ひら》へ載せて口のなかへ投げ込んだ。すると入物を受取つた女も同じ樣に白い掌《てのひら》の上に小さな粒を並《なら》べて口へ入れた。
 三澤は先刻《さつき》から女の倦怠《だる》さうな立居に氣を付けてゐたので、御前も何處か惡いのかと聞いた。女は淋《さび》しさうな笑ひを見せて、暑い所爲《せゐ》か食慾がちつとも進まないので困つてゐると答へた。ことに此一週間は御飯が厭で、たゞ氷ばかり呑んでゐる、それも今呑んだかと思ふと、すぐ又食べたくなるんで、何うも仕樣がないと云つた。
 三澤は女に、それは大方胃が惡いのだらうから、何處かへ行つて專門の大家にでも見せたら好からうと眞面目な忠告をした。女も他《ひと》に聞くと胃病に違ないといふから、好い醫者に見せたいのだけれども家業が家業だからと後《あと》は云ひ澁つてゐた。彼は其時女から始めて此處の病院と院長の名前を聞いた。
 「僕もさう云ふ所へ一寸|入《はい》つて見樣《みやう》かな。何うも少し變だ」
 三澤は冗談とも本氣ともつかない調子で斯んな事を云つて、女から縁喜《えんぎ》でもないやうに眉を寄せられた。
 「夫《それ》ぢやまあたんと飲んでから後《あと》の事にしよう」と三澤は彼の前にある盃をぐつと干して、それを女の前に突き出した。女は大人《おとな》しく酌をした。
 「君も飲むさ。飯は食へなくつても、酒なら飲めるだらう」
 彼は女を前に引き付けて無暗《むやみ》に盃を遣つた。女も素直《すなほ》にそれを受けた。然し仕舞には堪忍《かんにん》して呉れと云ひ出した。それでも凝《ぢつ》と坐つた儘《まゝ》席を立たなかつた。
 「酒を呑んで胃病の虫を殺せば、飯なんかすぐ喰へる。呑まなくつちや駄目だ」
 三澤は自暴《やけ》に醉つた揚句、亂暴な言葉迄使つて女に酒を強ひた。それでゐて、己れの胃の中には、今にも爆發しさうな苦しい塊《かたまり》が、うねりを打つてゐた。
      *     *     *     *
 自分は三澤の話を此處|迄《まで》聞いて慄《ぞつ》とした。何の必要があつて、彼は己《おのれ》の肉體をさう殘酷に取扱つたのだらう。己れは自業自得としても、「あの女」の弱い身體《からだ》をなんで左右《さう》無益《むやく》に苦めたものだらう。
 「知らないんだ。向《むかふ》は僕の身體を知らないし、僕は又あの女の身體を知らないんだ。周圍《まはり》に居るものは又我々二人の身體を知らないんだ。それ許《ばかり》ぢやない、僕もあの女も自分で自分の身體が分らなかつたんだ。其上僕は自分の胃《ゐ》の腑《ふ》が忌々《いま/\》しくつて堪《た》まらなかつた。それで酒の力で一つ壓倒して遣らうと試みたのだ。あの女もことによると、左右《さう》かも知れない」
 三澤は斯う云つて暗然としてゐた。
 
     二十二
 
 「あの女」は室《へや》の前を通つても廊下からは顔の見えない位置に寐てゐた。看護婦は入口の柱の傍《そば》へ寄つて覗き込むやうにすれば見えると云つて自分に教へて呉れたけれども自分にはそれを敢てする程の勇氣がなかつた。
 附添の看護婦は暑いせゐか大概は其柱にもたれて外の方ばかり見てゐた。それが又看護婦としては特別器量が好いので、三澤は時々不平な顔をして人を馬鹿にしてゐる抔《など》と云つた。彼の看護婦はまた別の意味からして、此美しい看護婦を好く云はなかつた。病人の世話を其方退《そつちのけ》にするとか、不親切だとか、京都に男があつて、其男から手紙が來たんで夢中なんだとか、色々の事を探つて來ては三澤や自分に報告した。ある時は病人の便器を差し込んだなり、引き出すのを忘れて其儘寐込んで仕舞つた怠慢《たいまん》さへあつたと告げた。
 實際この美しい看護婦が器量の優れてゐる割合に義務を重んじなかつた事は自分達の眼にもよく映つた。
 「ありや取り換へて遣らなくつちや、あの女が可哀《かはい》さうだね」と三澤は時々|苦《にが》い顔をした。それでも其看護婦が入口の柱にもたれて、うと/\して居ると、彼はわが室《へや》の中《うち》から其横顔を凝《ぢつ》と見詰めて居る事があつた。
 「あの女」の病勢も此方《こつち》の看護婦の口からよく洩《も》れた。――牛乳でも肉汁《ソツプ》でも、どんな輕い液體でも狂つた胃が決して受付けない。肝心《かんじん》の藥さへ厭がつて飲まない。強ひて飲ませると、すぐ戻してしまふ。
 「血は吐くかい」
 三澤は何時《いつ》でも斯う云つて看護婦に反問した。自分は其言葉を聞くたびに不愉快な刺戟《しげき》を受けた。
 「あの女」の見舞客は絶えずあつた。けれども外《ほか》の室《へや》のやうに賑かな話し聲は丸《まる》で聞こえなかつた。自分は三澤の室《へや》に寐ころんで、「あの女」の室《へや》を出たり入《はい》つたりする島田や銀杏返《いてふがへ》しの影をいくつとなく見た。中には眼の覺めるやうに派出《はで》な模樣の着物を着てゐるものもあつたが、大抵は素人《しろうと》に近い地味《じみ》な服裝《なり》で、こつそり來てこつそり出て行くのが多かつた。入口であら姐《ねえ》はんといふ感投詞《かんとうし》を用ひたものもあつたが、夫《それ》はたゞの一遍に過ぎなかつた。それも廊下の端《はじ》に洋傘《かうもり》を置いて室《へや》の中へ入《はい》るや否や急に消えたやうに靜かになつた。
 「君はあの女を見舞つて遣つたのか」と自分は三澤に聞いた。
 「いゝや」と彼は答へた。「然し見舞つて遣る以上の心配をして遣つてゐる」
 「ぢや向ふでもまだ知らないんだね。君の此處にゐる事は」
 「知らない筈だ、看護婦でも云はない以上は。あの女の入院するとき僕はあの女の顔を見てはつと思つたが、向ふでは僕の方を見なかつたから、多分知るまい」
 三澤は病院の二階に「あの女」の馴染客《なじみきやく》があつて、夫《それ》が「お前胃のため、わしや腸のため、共に苦しむ酒のため」といふ都々逸《どゞいつ》を紙片《かみぎれ》へ書いて、あの女の所へ屆けた上、出院のとき袴羽織《はかまはおり》でわざ/\見舞に來た話をして、何といふ馬鹿だといふ顔付をした。
 「靜かにして、刺戟《しげき》のないやうにして遣らなくつちや不可《いけ》ない。室《へや》でもそつと入《はい》つて、そつと出て遣るのが當り前だ」と彼は云つた。
 「隨分靜ぢやないか」と自分は云つた。
 「病人が口を利くのを厭がるからさ。惡い證據だ」と彼が又云つた。
 
     二十三
 
 三澤は「あの女」の事を自分の豫想以上に詳しく知つてゐた。さうして自分が病院に行くたびに、其話を第一の問題として持ち出した。彼は自分の居ない間《ま》に得た「あの女」の内状を、恰も彼と關係ある婦人の内所話《ないしよばなし》でも打ち明ける如くに語つた。さうして夫等《それら》の知識を自分に與へるのを誇りとする樣に見えた。
 彼の語る所によると「あの女」はある藝者屋の娘分として大事に取扱かはれる賣子《うれつこ》であつた。虚弱な當人は又それを唯一の滿足と心得て商賣に勉強してゐた。ちつとやそつと身體が惡くても決して休むやうな横着はしなかつた。時たま堪へられないで床に就く場合でも、早く御座數に出たい出たいといふのを口癖にしてゐた。……
 「今あの女の室《へや》に來てゐるのは、其藝者屋に古くからゐる下女さ。名前は下女だけれど、古くからゐるんで、自然權力があるから、下女らしく爲《し》ちやゐない。丸《まる》で叔母さんか何ぞの樣だ。あの女もあの下女のいふ事|丈《だけ》は素直によく聞くので、厭がる藥を呑ませたり、我儘を云ひ募らせないためには必要な人間なんだ」
 三澤はすべて斯ういふ内幕《うちまく》の出所《でどころ》をみんな彼の看護婦に歸して、ことごとく彼女から聞いた樣に説明した。けれども自分は少し其處に疑はしい點を認めないでもなかつた。自分は三澤が便所へ行つた留守に、看護婦を捕《つら》まへて、「三澤はあゝ云つてるが、僕の居ないとき、あの女の室《へや》へ行つて話でもするんぢやないか」と聞いて見た。看護婦は眞面目な顔をして「そんな事ありゃしまへん」といふやうな言葉で、一口に自分の疑ひを否定した。彼女は夫《それ》から左右《さう》いふお客が見舞に行つた所で、身上話などが出來る筈がないと辯解した。さうして「あの女」の病氣が段々險惡の一方へ落ち込んで行く心細い例を話して聞かせた。
 「あの女」は嘔氣《はきけ》が止まないので、上から營養の取り樣がなくなつて、昨日《きのふ》とう/\慈養浣腸《じやうくわんちやう》を試みた。然し其結果は思はしくなかつた。少量の牛乳と鷄卵《たまご》を混和した單純な液體ですら、衰弱を極《きは》めたあの女の腸には荷が重過ぎると見えて豫期通り吸収されなかつた。
 看護婦は是《これ》丈《だけ》語つて、この位重い病人の室《へや》へ入《はい》つて、誰が悠々《いう/\》と身上話などを聞いて居られるものかといふ顔をした。自分も彼女の云ふ所が本當だと思つた。それで三澤の事は忘れて、たゞ綺羅《きら》を着飾つた流行の藝者と、恐ろしい病氣に罹《かゝ》つた隣《あはれ》な若い女とを、黙つて心のうちに對照した。
 「あの女」は器量と藝を賣る御蔭で、何とかいふ藝者屋の娘分になつて家《うち》のものから大事がられてゐた。それを賣る事が出來なくなつた今でも、矢張今迄通り宅《うち》のものから大事がられるだらうか。若し彼等の待遇が、あの女の病氣と共に段々輕薄に變つて行くなら、毒惡《どくあく》な病と苦戰するあの女の心は何《ど》の位心細いだらう。何うせ藝妓屋《げいしやや》の娘分になる位だから、生みの親は身分のあるものでないに極つてゐる。經濟上の餘裕がなければ、何う心配したつて役には立つまい。
 自分は斯んな事も考へた。便所から歸つた三澤に「あの女の本當の親はあるのか知つてるか」と尋ねて見た。
 
     二十四
 
 「あの女」の本當の母といふのを、三澤はたつた一遍見た事があると語つた。
 「それもほんの後姿《うしろすがた》丈《だけ》さ」と彼はわざ/\斷《ことわ》つた。
 其母といふのは自分の想像|通《どほり》、あまり樂《らく》な身分の人ではなかつたらしい。やつとの思ひで薩張《さつぱり》した身裝《みなり》をして出て來るやうに見えた。たまに來ても左《さ》も氣兼《きがね》らしく狐鼠々々《こそ/\》と來て何時《いつ》の間《ま》にか、又|梯子段《はしごだん》を下りて人に氣の付かない樣に歸つて行くのださうである。
 「いくら親でも、あゝなると遠慮が出來るんだね」と三澤は云つてゐた。
 「あの女」の見舞客はみんな女であつた。しかも若い女が多數を占めてゐた。それが又普通の令孃や細君と違つて、色香《いろか》を命とする綺麗な人|許《ばかり》なので、其|中《なか》に交《まじ》る此母は、唯でさへ燻《くす》ぶり過ぎて地味《じみ》なのである。自分は年を取つた貧しさうな此母の後姿を想像に描《ゑが》いて暗に憐《あはれ》を催した。
 「親子の情合からいふと、娘があんな大病に罹《かゝ》つたら、母たるものは朝晩とも嘸《さぞ》傍《そば》に付いて居て遣りたい氣がするだらうね。他人の下女が幅を利かしてゐて、實際の親が他人扱ひにされるのは、見てゐても餘り好い心持ぢやない」
 「いくら親でも仕方がないんだよ。だいち傍《そば》にゐてやる程の時間もなし、時間があつても入費がないんだから」
 自分は情ない氣がした。あゝ云ふ浮いた家業をする女の平生は羨ましい程|派出《はで》でも、いざ病氣となると、普通の人よりも悲酸《ひさん》の程度が一層甚だしいのではないかと考へた。
 「旦那が付いてゐさうなものだがな」
 三澤の頭も此點|丈《だけ》は注意が足りなかつたと見えて、自分が斯う不審を打つたとき、彼は何の答もなく黙つてゐた。あの女に關して一切の新智識を供給する看護婦も其處へ行くと何の役にも立たなかつた。
 「あの女」の蚊弱《かよわ》い身體は、其頃の暑さでも何うか斯うか持ち應《こた》へてゐた。三澤と自分はそれを殆んど奇蹟の如くに語り合つた。其癖|兩人《ふたり》とも露骨を憚《はゞか》つて、ついぞ柱の影から室《へや》の中を覗いて見た事がないので、現在の「あの女」が何《ど》の位|窶《やつ》れてゐるかは空《むな》しい想像畫に過ぎなかつた。滋養浣腸《じやうくわんちやう》さへ思はしく行かなかつたといふ報知が、自分等二人の耳に屆いた時ですら、三澤の眼には美しく着飾つた藝者の姿より外に映るものはなかつた。自分の頭にも、唯《たゞ》血色の惡くない入院前の「あの女」の顔が描《ゑか》かれる丈《だけ》であつた。それで二人共あの女は最《も》う六《むづ》かしいだらうと話し合つてゐた。さうして實際は双方共死ぬとは思はなかつたのである。
 同時に色々な患者が病院を出たり入《はい》つたりした。ある晩「あの女」と同じ位な年輩の二階に居る婦人が擔架《たんか》で下へ運ばれて行つた。聞いて見ると、今日明日《けふあす》にも變がありさうな危險な所を、附添の母が田舍へ連れて歸るのであつた。其母は三澤の看護婦に、氷|許《ばかり》も二十何圓とか遣《つか》つたと云つて、何《どう》しても退院するより外に途がないとわが窮状を仄《ほのめ》かしたさうである。
 自分は三階の窓から、田舍へ歸る釣臺を見下《みおろ》した。釣臺は暗くて見えなかつたが、用意の提灯《ちやうちん》の灯《ひ》はやがて動き出した。窓が高いのと往來が狹いので、灯《ひ》は谷の底をひそかに動いて行くやうに見えた。それが向ふの暗い四つ角を曲つてふつと消えた時、三澤は自分を顧みて「歸り着く迄持てば好いがな」と云つた。
 
     二十五
 
 斯んな悲酸《ひさん》な退院を餘儀なくされる患者があるかと思ふと、毎日子供を負ぶつて、廊下だの物見臺だの他人《ひと》の室《へや》だのを、ぶら/\廻つて歩く呑氣《のんき》な男もあつた。
 「丸《まる》で病院を娯樂場のやうに思つてるんだね」
 「第一《だいち》何方《どつち》が病人なんだらう」
 自分達は可笑《をか》しくもあり又不思議でもあつた。看護婦に聞くと、負ぶつてゐるのは叔父で、負ぶさつてゐるのは甥《をひ》であつた。此|甥《をひ》が入院當時骨と皮|許《ばかり》に瘠せてゐたのを叔父の丹精《たんせい》一つでこの位|肥《ふと》つたのださうである。叔父の商賣はめりやす屋だとか云つた。いづれにしても金に困らない人なのだらう。
 三澤の一軒置いて隣には又變な患者がゐた。手提鞄《てさげかばん》抔《など》を提《さ》げて、普通の人間の如く平氣で出歩いた。時には病院を空《あ》ける事さへあつた。歸つて來ると素《す》つ裸體《ぱだか》になつて、病院の飯を旨さうに食つた。さうして昨日《きのふ》は一寸神戸まで行つて來ました抔《など》と澄ましてゐた。
 岐阜からわざ/\本願寺參りに京都迄出て來た序《ついで》に、夫婦|共《とも》此病院に這入つたなり動かないのもゐた。其夫婦ものゝ室《へや》の床《とこ》には後光《ごくわう》の射した阿彌陀樣の軸が懸けてあつた。二人差向ひで氣樂さうに碁を打つてゐる事もあつた。それでも細君に聞くと、此春餅を食つた時、血を猪口《ちよく》に一杯半|程《ほど》吐いたから伴《つ》れて來たのだと勿體らしく云つて聞かせた。
 「あの女」の看護婦は依然として入口の柱に靠《もた》れて、わが膝を兩手で抱いてゐる事が多かつた。此方《こつち》の看護婦はそれを又器量を鼻へ掛けて、わざ/\あんな人の眼に着く所へ出るのだと評してゐた。自分は「まさか」と云つて辯護する事もあつた。けれども「あの女」と其美しい看護婦との關係は、冷淡さ加減の程度に於いて、當初も其時もあまり變りがないやうに見えた。自分は器量好しが二人寄つて、我知らず互に嫉《にく》み合ふのだらうと説明した。三澤は、さうぢやない、大阪の看護婦は氣位が高いから、藝者|抔《など》を眼下《がんか》に見て、始めから相手にならないんだ、それが冷淡の原因に違ないと主張した。斯う主張しながらも彼は別に此看護婦を惡《にく》む樣子はなかつた。自分もこの女に對して左程《さほど》厭な感じは有《も》つてゐなかつた。醜い三澤の附添ひは「本間《ほんま》に器量の好《え》いものはコやな」と云つた風の、自分達には變に響く言葉を使つて、二人を笑はせた。
 こんな周圍に取り圍《かこ》まれた三澤は、身體の回復するに從つて、「あの女」に對する興味を日に増し加へて行くやうに見えた。自分が已《やむ》を得ず興味といふ妙な熟字を此處に用ひるのは、彼の態度が戀愛でもなければ、又全くの親切でもなく、興味の二字で現《あらは》すより外に、適切な文字が一寸見當らないからである。
 始めて「あの女」を控室で見たときは、自分の興味も三澤に讓らない位鋭かつた。けれども彼から「あの女」の話を聞かされるや否や、主客《しゆかく》の別は既に付いて仕舞つた。それからと云ふもの、「あの女」の噂が出る度に、彼は何時《いつ》でも先輩の態度を取つて自分に向つた。自分も一時は彼に釣り込まれて、當初の興味が段々|研《と》ぎ澄《す》まされて行く樣な氣分になつた。けれども客の位置に据ゑられた自分はそれ程長く興味の高潮《かうてう》を保《たも》ち得なかつた。
 
     二十六
 
 自分の興味が強くなつた頃、彼の興味は自分より一層強くなつた。自分の興味が稍《やゝ》衰へかけると、彼の興味は益《ます/\》強くなつて來た。彼は元來が打《ぶ》つ切《き》ら棒《ぼう》の男だけれども、胸の奧には人一倍優しい感情を有《も》つてゐた。さうして何か事があると急に熱する癖があつた。
 自分は既に院内をぶら/\する程に回復した彼が、何故《なぜ》「あの女」の室《へや》へ入《はい》り込まないかを不審に思つた。彼は決して自分の樣な羞恥家《はにかみや》ではなかつた。同情の言葉を掛けに、一遍會つた「あの女」の病室へ見舞に行く位の事は、彼の性質から見て何でもなかつた。自分は「そんなにあの女が氣になるなら、直《ぢか》に行つて、會つて慰めて遣れば好いぢやないか」と迄《まで》云つた。彼は「うん、實は行きたいのだが……」と澁《しぶ》つてゐた。實際これは彼の平生にも似合はない挨拶であつた。さうして其意味は解らなかつた。解らなかつたけれども、本當は彼の行かない方が、自分の希望であつた。
 ある時自分は「あの女」の看護婦から――自分と此美しい看護婦とは何時《いつ》の間《ま》にか口を利く樣になつてゐた。尤もそれは彼女が例の柱に倚《よ》りかゝつて、其前を通る自分の顔を見上げるときに、時候の挨拶を取換はす位な程度に過ぎなかつたけれども、――兎に角此美しい看護婦から自分は運勢早見《うんせいはやみ》なんとかいふ、玩具《おもちや》の占《うらな》ひの本見た樣なものを借りて、三澤の室《へや》でそれを遣《や》つて遊んだ。
 是は赤と黒と兩面に塗り分けた碁石《ごいし》のやうな丸く平たいものを幾何《いくつ》か持つて、それを眼を眠《ねむ》つた儘疊の上へ並べて置いて、赤が若干《いくつ》黒が若干《いくつ》と後から勘定するのである。それから其數字を一つは横へ、一つは竪に繰つて、兩方が一點に會《くわい》した所を本で引いて見ると、辻占《つじうら》のやうな文句が出る事になつてゐた。
 自分が眼を閉ぢて、石を一つ一つ疊の上に置いたとき、看護婦は赤がいくつ黒がいくつと云ひながら占《うらな》ひの文句を繰つて呉れた。すると、「此戀若し成就する時は、大いに恥を掻く事あるべし」とあつたので、彼女は讀みながら吹き出した。三澤も笑つた。
 「おい氣を付けなくつちや不可《いけ》ないぜ」と云つた。三澤は其前から「あの女」の看護婦に自分が御辭儀をする所が變だと云つて、始終自分に調戯《からか》つてゐたのである。
 「君こそ少し氣を付けるが好い」と自分は三澤に竹箆返《しつぺいがへ》しを喰はして遣つた。すると三澤は眞面目な顔をして「何故《なぜ》」と反間して來た。此場合此強情な男にこれ以上いふと、事が面倒になるから自分は黙つてゐた。
 實際自分は三澤が「あの女」の室《へや》へ出入《でいり》する氣色《けしき》のないのを不審に思つてゐたが一方では又彼の熱し易い性質を考へて、今迄は兎に角、是から先彼が何時《いつ》何う變返《へんがへ》るかも知れないと心配した。彼は既に下の洗面所|迄《まで》行つて、朝毎に顔を洗ふ位の氣力を回復してゐた。
 「何うだもう好い加減に退院したら」
 自分は斯う勸めて見た。さうして萬一金錢上の關係で退院を躊躇するやうすが見えたら、彼が自宅から取り寄せる手間《てま》と時間を省くため、自分が思ひ切つて一つ岡田に相談して見ようと迄《まで》思つた。三澤は自分の云ふ事には何の返事も與へなかつた。却つて反對に「一體君はいつ大阪を立つ積《つもり》だ」と聞いた。
 
     二十七
 
 自分は二日|前《まへ》に天下茶屋《てんがちやや》のお兼さんから不意の訪問を受けた。其結果として此間《このあひだ》岡田が電話口で自分に話し掛けた言葉の意味を漸く知つた。だから自分は此時既に一週間内に自分を驚かして見せるといつた彼の豫言の爲に縛《しば》られてゐた。三澤の病氣、美しい看護婦の顔、聲も姿も見えない若い藝者と、其人の一時折合つてゐる蒲團の上の狹い生活、――自分は單にそれ等ばかりで大阪に愚圖《ぐづ》ついて居るのではなかつた。詩人の好きな言語を借りて云へば、ある豫言の實現を期待しつゝ暑い宿屋に泊つてゐたのである。
 「僕には左右《さう》いふ事情があるんだから、もう少し此處に待つてゐなければならないのだ」と自分は大人《おとな》しく三澤に答へた。すると三澤は多少殘念さうな顔をした。
 「ぢや一所に海邊《かいへん》へ行つて靜養する譯にも行かないな」
 三澤は變な男であつた。此方《こつち》が大事がつて遣る間は、向ふで何時《いつ》でも跳ね返すし、此方《こつち》が退《の》かうとすると、急に又|他《ひと》の袂を捕《つら》まへて放さないし、と云つた風に氣分の出入《でいり》が著るしく眼に立つた。彼と自分との交際は從來|何時《いつ》でも斯ういふ消長を繰返しつゝ今日《こんにち》に至つたのである。
 「海岸へ一所に行く積りででもあつたのか」と自分は念を押して見た。
 「無いでもなかつた」と彼は遠くの海岸を眼の中に思ひ浮かべるやうな風をして答へた。此時の彼の眼には、實際「あの女」も「あの女」の看護婦もなく、たゞ自分といふ友達がある丈《だけ》のやうに見えた。
 自分は其日快よく三澤に別れて宿へ歸つた。然し歸り路に、その快よく別れる前の不愉快さも考へた。自分は彼に病院を出ろと勸めた、彼は自分に何時《いつ》迄《まで》大阪にゐるのだと尋ねた。上部《うはべ》にあらはれた言葉の遣り取りはたゞ是《これ》丈《だけ》に過ぎなかつた。然し三澤も自分も其處に變な苦い意味を味はつた。
 自分の「あの女」に對する興味は衰へたけれども自分は何うしても三澤と「あの女」とをさう懇意にしたくなかつた。三澤も又、あの美しい看護婦を何うする了簡もない癖に、自分|丈《だけ》が段々|彼女《かのぢよ》に近づいて行くのを見て、平氣でゐる譯には行かなかつた。其處に自分達の心付かない暗闘があつた。其處に持つて生れた人間の我儘と嫉妬があつた。其處に調和にも衝突にも發展し得ない、中心を缺いた興味があつた。要するに其處には性《せい》の爭ひがあつたのである。さうして兩方共それを露骨に云ふ事が出來なかつたのである。
 自分は歩きながら自分の卑怯《ひけふ》を恥ぢた。同時に三澤の卑怯《ひけふ》を惡《にく》んだ。けれども淺間《あさま》しい人間である以上、是から先何年|交際《まじはり》を重ねても、此卑怯を拔く事は到底出來ないんだといふ自覺があつた。自分は其時非常に心細くなつた。かつ悲しくなつた。
 自分は其|明日《あした》病院へ行つて三澤の顔を見るや否や、「もう退院は勸めない」と斷つた。自分は手を突いて彼の前に自分の罪を詫びる心持で斯う云つたのである。すると三澤は「いや僕もさう愚圖々々《ぐづ/\》してはゐられない。君の忠告に從つて愈《いよ/\》出る事にした」と答へた。彼は今朝院長から退院の許可を得た旨を話して、「あまり動くと惡いさうだから寢臺で東京|迄《まで》直行する事にした」と告げた。自分は其突然なのに驚いた。
 
     二十八
 
 「何うして又|左右《さう》急に退院する氣になつたのか」
 自分は斯う聞いて見ないではゐられなかつた。三澤は自分の問に答へる前に凝《ぢつ》と自分の顔を見た。自分はわが顔を通して、わが心を讀まれるやうな氣がした。
 「別段是といふ譯もないが、もう出る方が好からうと思つて……」
 三澤は是ぎり何にも云はなかつた。自分も黙つてゐるより外に仕方がなかつた。二人は何時《いつ》もより沈んで相對してゐた。看護婦は既に歸つた後《あと》なので、室《へや》の中《なか》はことに淋《さみ》しかつた。今迄蒲團の上に胡坐《あぐら》をかいてゐた彼は急に倒れるやうに仰向《あふむき》に寢た。さうして上眼《うはめ》を使つて窓の外を見た。外には何時《いつ》ものやうに色の強い青空が、ぎら/\する太陽の熱を一面に漲らしてゐた。
 「おい君」と彼はやがて云つた。「能く君の話す例の男ね。あの男は金を持つてゐないかね」
 自分は固《もと》より岡田の經濟事情を知らう筈がなかつた。あの始末屋《しまつや》の御兼さんの事を考へると、金といふ言葉を口から出すのも厭だつた。けれどもいざ三澤の出院となれば、其位な手數《てかず》は厭《いと》ふまいと、昨日《きのふ》既に覺悟を極めた所であつた。
 「節儉家だから少しは持つてるだらう」
 「少しで好いから借りて來て呉れ」
 自分は彼が退院するに就いて會計へ拂ふ入院料に困るのだと思つた。それで何《ど》の位不足なのかを確めた。所が事實は案外であつた。
 「此處の拂と東京へ歸る旅費位は何うか斯うか持つてゐるんだ。夫《それ》丈《だけ》なら何も君を煩はす必要はない」
 彼は大した物持《ものもち》の家《いへ》に生れた果報者でもなかつたけれども、自分が一人息子だけに、斯ういふ點に掛けると、自分達より餘程自由が利いた。其上母や親類のものから京都で買物を頼まれたのを、新しい道伴《みちづれ》が出來たためつい大阪|迄《まで》乘り越して、未《いま》だに手を着けない金が餘つてゐたのである。
 「ぢや唯用心の爲に持つて行かうと云ふんだね」
 「いや」と彼は急に云つた。
 「ぢや何うするんだ」と自分は問ひ詰めた。
 「何うしても僕の勝手だ。たゞ借りて呉れさへすれば好いんだ」
 自分は又腹が立つた。彼は自分を丸《まる》で他人扱ひにしてゐるのである。自分は憤《むつ》として黙つてゐた。
 「怒つちや不可《いけ》ない」と彼が云つた。「隱すんぢやない、君に關係のない事を、わざと吹聽《ふいちやう》する樣に見えるのが厭だから、知らせずに置かうと思つた丈《だけ》だから」
 自分はまだ黙つてゐた。彼は寐ながら自分の顔を見上げてゐた。
 「そんなら話すがね」と彼が云ひ出した。
 「僕はまだあの女を見舞つて遣らない。向《むかふ》でもそんな事は待ち受けてやしないだらうし、僕も必ず見舞に行かなければならない程の義理はない。が、僕は何だかあの女の病氣を危險にした本人だといふ自覺が何うしても退《の》かない。それで何方《どつち》が先へ退院するにしても、其|間際《まぎは》に一度會つて置きたいと始終思つてゐた。見舞ぢやない、詫《あや》まる爲にだよ。氣の毒な事をしたと一口|詫《あや》まれば夫《それ》で好いんだ。けれども只|詫《あや》まる譯にも行かないから、それで君に頼んで見たのだ。然し君の方の都合が惡ければ強ひて左右《さう》して貰はないでも何うかなるだらう。宅《うち》へ電報でも掛けたら」
 
     二十九
 
 自分は行掛《ゆきがゝ》り上《じやう》一應岡田に當つて見る必要があつた。宅《うち》へ電報を打つといふ三澤を一寸待たして、ふらりと病院の門を出た。岡田の勤めてゐる會社は、三澤の室《へや》とは反對の方向にあるので、彼の窓から眺める譯には行かないけれども、道程《みちのり》からいふと幾何《いくら》もなかつた。それでも暑いので歩いて行くうちに汗が脊中を濡らす程出た。
 彼は自分の顔を見るや否や、左《さ》も久し振に會つた人らしく「やつ暫く」と叫ぶやうに云つた。さうして是迄度々電話で繰り返した挨拶を又新しくまのあたり述べた。
 自分と岡田とは今でこそ少し改まつた言葉使もするが、昔を云へば、何の遠慮もない間柄であつた。其頃は金も少しは彼の爲に融通して遣つた覺《おぼえ》がある。自分は勇氣を皷舞する爲に、わざと其當時の記憶を呼起して掛つた。何にも知らない彼は、立ちながら元氣な聲を出して、「何うです二郎さん、僕の豫言は」と云つた。「何うか斯うか一週間うちに貴方を驚かす事が出來さうぢやありませんか」
 自分は思ひ切つて、先づ肝心の用事を話した。彼は案外な顔をして聞いてゐたが、聞いて仕舞ふとすぐ、「宜《よ》うがす、其位なら何うでもします」と容易に引き受けて呉れた。
 彼は固《もと》より其|隱袋《ポツケツト》の中《うち》に入用《いりよう》の金を持つてゐなかつた。「明日《あした》でも好いんでせう」と聞いた。自分は又思ひ切つて、「出來るなら今日中《けふぢゆう》に欲しいんだ」と強ひた。彼は一寸當惑した樣に見えた。
 「ぢや仕方がない迷惑でせうけれども、手紙を書きますから、宅《うち》へ持つて行つてお兼に渡して下さいませんか」
 自分は此事件に就てお兼さんと直接の交渉は成るべく避けたかつたけれども、此場合|已《やむ》を得なかつたので、岡田の手紙を懷へ入れて、天下茶屋へ行つた。お兼さんは自分の聲を聞くや否や上り口|迄《まで》馳け出して來て、「此御暑いのに能くまあ」と驚いて呉れた。さうして、「さあ何うぞ」を二三返繰返したが、自分は立つた儘「少し急ぎますから」と斷つて、岡田の手紙を渡した。お兼さんは上り口に兩膝を突いたなり封を切つた。
 「何うもわざ/\恐れ入りましたね。夫《それ》ではすぐ御供をして參りますから」とすぐ奧へ入《はい》つた。奧では用箪笥《ようだんす》の環《くわん》の鳴る音がした。
 自分はお兼さんと電車の終點|迄《まで》一所に乘つて來て其處で別れた。「では後程《のちほど》」と云ひながらお兼さんは洋傘《かうもり》を開いた。自分は又|俥《くるま》を急がして病院へ歸つた。顔を洗つたり、身體を拭いたり、少時《しばらく》三澤と話してゐるうちに、自分は待ち設けた通りお兼さんから病院の玄關|迄《まで》呼び出された。お兼さんは帶の間にある銀行の帳面を披いて、其處に挾んであつた札《さつ》を自分の手の上に乘せた。
 「では何うぞ一寸御改ためなすつて」
 自分は形式的にそれを勘定した上、「確に。――どうも飛んだ御手數《おてかず》を掛けました。御暑い所を」と禮を述べた。實際急いだと見えてお兼さんは富士額の兩脇を、細かい汗の玉でぢつとりと濡らしてゐた。
 「何うです、ちつと上つて凉んで入らしつたら」
 「いゝえ今日《こんにち》は急ぎますから、是で御免を蒙ります。御病人へ何うぞ宜しく。――でも結構で御座いましたね、早く御退院になれて。一時は宅でも大層心配致しまして、能く電話で御樣子を伺つたとか申して居りましたが」
 お兼さんは斯んな愛想《あいそ》を云ひながら、又例のクリーム色の洋傘《かうもり》を開いて歸つて行つた。
 
     三十
 
 自分は少し急《せ》き込んでゐた。紙幣《しへい》を握つた儘段々を馳け上るやうに三階迄來た。三澤は平生よりは落付いてゐなかつた。今火を點《つ》けた許《ばかり》の卷煙草をいきなり灰吹《はひふき》の中に放《はふ》り込んで、有難うともいはずに、自分の手から金を受取つた。自分は渡した金の高を注意して、「好いか」と聞いた。夫《それ》でも彼は只うんと云つた丈《だけ》である。
 彼は凝《ぢつ》と「あの女」の室《へや》の方を見詰めた。時間の具合で、見舞に來たものゝ草履は一足も廊下の端《はじ》に脱ぎ棄てゝなかつた。平生から靜過ぎる室《へや》の中は、殊に寂寞としてゐた。例の美くしい看護婦は相變らず角の柱に倚りかゝつて、産婆學の本か何か讀んでゐた。
 「あの女は寐てゐるのかしら」
 彼は「あの女」の室《へや》へ入《はい》るべき好機會を見出しながら、却《かへ》つて其眠を妨《さまた》げるのを恐れるやうに見えた。
 「寐てゐるかも知れない」と自分も思つた。
 しばらくして三澤は小さな聲で「あの看護婦に都合を聞いて貰はうか」と云ひ出した。彼はまだ此看護婦に口を利いた事がないといふので、自分が其役を引受けなければならなかつた。
 看護婦は驚いたやうな又|可笑《をか》しいやうな顔をして自分を見た。けれどもすぐ自分の眞面目な態度を認めて、室《へや》の中へ入《はい》つて行つた。かと思ふと、二分と經たないうちに笑ひながら又出て來た。さうして今丁度氣分の好い所だからお目に掛れるといふ患者の承諾をもたらした。三澤は黙つて立ち上つた。
 彼は自分の顔も見ず、又看護婦の顔も見ず、黙つて立つたなり、すつと「あの女」の室《へや》の中へ姿を隱した。自分は元の座に坐つて、ぼんやり其|後影《うしろかげ》を見送つた。彼の姿が見えなくなつても矢張|空《くう》に同じ所を見詰めてゐた。冷淡なのは看護婦であつた。一寸《ちよつと》侮蔑《あなどり》の微笑《びせう》を唇の上に漂《たゞよ》はせて自分を見たが、それなり元の通り柱に脊を倚せて、黙つて讀みかけた書物をまた膝の上にひろげ始めた。
 室《へや》の中は三澤の入《はい》つた後《あと》も彼の入《はい》らない前も同じ樣に靜であつた。話し聲|抔《など》は無論聞こえなかつた。看護婦は時々不意に眼を上げて室《へや》の奧の方を見た。けれども自分には何の相圖《あひづ》もせずに、すぐ其眼を頁の上に落した。
 自分は此三階の宵の間《ま》に虫の音らしい凉しさを聽いた例《ためし》はあるが、晝のうちに八釜《やかま》しい蝉の聲はついぞ自分の耳に屆いた事がない。自分のたつた一人で坐つてゐる病室は其時明かな太陽の光を受けながら、眞夜中よりも猶靜かであつた。自分は此死んだやうな靜かさのために、却《かへ》つて神經を焦《い》らつかせて、「あの女」の室《へや》から三澤の出るのを待ちかねた。
 やがて三澤はのつそりと出て來た。室《へや》の敷居を跨《また》ぐ時、微笑しながら「御邪魔さま。大勉強だね」と看護婦に挨拶する言葉|丈《だ》けが自分の耳に入《はい》つた。
 彼は上草履の音をわざとらしく高く鳴らして、自分の室《へや》に入《はい》るや否や、「やつと濟んだ」と云つた。自分は「何うだつた」と聞いた。
 「やつと濟んだ。是でもう出ても好い」
 三澤は同じ言葉を繰返す丈《だけ》で、其他には何にも云はなかつた。自分もそれ以上は聞き得なかつた。兎も角も退院の手續を早くする方が便利だと思つて、其處らに散らばつてゐるものを片付け始めた。三澤も固《もと》より凝《ぢつ》としてはゐなかつた。
 
     三十−
 
 二人は俥《くるま》を雇《やと》つて病院を出た。先へ梶棒《かぢぼう》を上げた三澤の車夫が餘り威勢よく馳《か》けるので、自分は大きな聲でそれを留めようとした。三澤は後《うしろ》を振り向いて、手を振つた。「大丈夫、大丈夫」と云ふらしく聞こえたから、自分もそれなりにして注意はしなかつた。宿へ着いたとき、彼は川縁《かはべり》の欄干に兩手を置いて、眼の下の廣い流を凝《ぢつ》と眺めてゐた。
 「何うした。心持でも惡いか」と自分は後《うしろ》から聞いた。彼は後《うしろ》を向かなかつた。けれども「いゝや」と答へた。「此處へ來て此河を見る迄《まで》此|室《へや》の事を丸《まる》で忘れてゐた」
 左右《さう》いつて、彼は依然として流れに向つてゐた。自分は彼を其儘にして、麻の座蒲團の上に胡坐《あぐら》をかいた。それでも待遠しいので、やがて袂《たもと》から敷島の袋を出して、煙草を吸ひ始めた。其煙草が三分の一|煙《けむ》になつた頃、三澤は漸く手摺《てすり》を離れて自分の前へ來て坐つた。
 「病院で暮らしたのも、つい昨日今日の樣だが、考へて見ると、もう大分《だいぶん》になるんだね」と云つて指を折りながら、日數《ひかず》を勘定し出した。
 「三階の光景が當分眼を離れないだらう」と自分は彼の顔を見た。
 「思ひも寄らない經驗をした。是も何かの因縁だらう」と三澤も自分の顔を見た。
 彼は手を叩いて、下女を呼んで今夜の急行列車の寢臺《しんだい》を注文した。それから時計を出して、食事を濟ました後《あと》、時間に何《ど》の位餘裕があるかを見た。窮屈に馴れない二人はやがて轉《ごろ》りと横になつた。
 「あの女は癒りさうなのか」
 「さうさな。事によると癒るかも知れないが……」
 下女が誂《あつら》へた水菓子を鉢に盛つて、梯子段《はしごだん》を上つて來たので、「あの女」の話は是で切れて仕舞つた。自分は寐轉《ねころ》んだ儘、水菓子を食つた。其間彼はたゞ自分の口の邊《あたり》を見る許《ばかり》で、何事も云はなかつた。仕舞に左《さ》も病人らしい調子で、「己《おれ》も食ひたいな」と一言《ひとこと》云つた。先刻《さつき》から浮かない樣子を見てゐた自分は、「構ふものか、食ふが好い。食へ食へ」と勸めた。三澤は幸ひにして自分が氷菓子《アイスククリーム》を食はせまいとした彼《あ》の日の出來事を忘れてゐた。彼はたゞ苦笑ひをして横を向いた。
 「いくら好だつて、惡いと知りながら、無理に食はせられて、あの女の樣になつちや大變だからな」
 彼は先刻《さつき》から「あの女」の事を考へてゐるらしかつた。彼は今でも「あの女」の事を考へてゐるとしか思はれなかつた。
 「あの女は君を覺えてゐたかい」
 「覺えてゐるさ。此間《このあひだ》會つて、僕から無理に酒を呑まされた許《ばかり》だもの」
 「恨んでゐたらう」
 今迄横を向いてそつぽへ口を利いてゐた三澤は、此時急に顔を向け直してきつと正面から自分を見た。其變化に氣の付いた自分はすぐ眞面目な顔をした。けれども彼があの女の室《へや》に入《はい》つた時、二人の間に何《ど》んな談話が交換されたかに就いて、彼は遂に何事をも語らなかつた。
 「あの女はことによると死ぬかも知れない。死ねばもう會ふ機會はない。萬一《まんいち》癒るとしても、矢つ張會ふ機會はなからう。妙なものだね。人間の離合といふと大袈裟だが。それに僕から見れば實際離合の感があるんだからな。あの女は今夜僕の東京へ歸る事を知つて、笑ひながら御機嫌ようと云つた。僕は其|淋《さび》しい笑を、今夜何だか汽車の中で夢に見さうだ」
 
     三十二
 
 三澤は唯斯う云つた。さうして夢に見ない先から既に「あの女」の淋《さび》しい笑ひ顔を眼の前に浮《うか》べてゐる樣に見えた。三澤に感傷的の所があるのは自分も能く承知してゐたが、單にあれ丈《だけ》の關係で、是程あの女に動かされるのは不審であつた。自分は三澤と「あの女」が別れる時、何んな話をしたか、詳しく聞いて見ようと思つて、少し水を向け掛けたが、何の效果もなかつた。しかも彼の態度が惜しいものを半分|他《ひと》に配《わ》けてやると、半分無くなるから厭《いや》だといふ風に見えたので、自分は益《ます/\》變な氣持がした。
 「そろ/\出掛けようか。夜の急行は込むから」ととう/\自分の方で三澤を促《うな》がすやうになつた。
 「まだ早い」と三澤は時計を見せた。成程汽車の出る迄にはまだ二時間|許《ばかり》餘つてゐた。もう「あの女」の事は聞くまいと決心した自分は、成るべく病院の名前を口へ出さずに、寐轉《ねころ》びながら彼と通り一遍の世間話を始めた。彼は其時|人並《ひとなみ》の受け答をした。けれども何處か調子に乘らない所があるので、何となく不愉快さうに見えた。夫《それ》でも席は動かなかつた。さうして仕舞には黙つて河の流ればかり眺めてゐた。
 「まだ考へてゐる」と自分は大きな聲を出してわざと叫んだ。三澤は驚いて自分を見た。彼は斯ういふ場合にきつと、御前は?ルガーだと云ふ眼付をして、一瞥《いちべつ》の侮辱を自分に與へなければ承知しなかつたが、此時に限つてそんな樣子はちつとも見せなかつた。
 「うん考へてゐる」と輕く云つた。「君に打ち明けようか、打ち明けまいかと迷つてゐた所だ」と云つた。
 自分は其時彼から妙な話を聞いた。さうして其話が直接「あの女」と何の關係もなかつたので猶更意外の感に打たれた。
 今から五六年|前《まへ》彼の父がある知人の娘を同じくある知人の家に嫁《よめ》らした事があつた。不幸にも其娘さんはある纒綿した事情のために、一年|經《た》つか經《た》たないうちに、夫《をつと》の家《いへ》を出る事になつた。けれども其處にも亦複雜な事情があつて、すぐ吾家《わがいへ》に引取られて行く譯に行かなかつた。それで三澤の父が仲人《なかうど》といふ義理合から當分此娘さんを預かる事になつた。――三澤は一旦|嫁《とつ》いで出て來た女を娘さん――と云つた。
 「其娘さんは餘り心配した爲だらう、少し精神に異状を呈してゐた。それは宅《うち》へ來る前か、或は來てからか能く分らないが、兎に角|宅《うち》のものが氣が付いたのは來てから少し經《た》つてからだ。固《もと》より精神に異状を呈してゐるには相違なからうが、一寸見たつて少しも分らない。たゞ黙つて欝ぎ込んでゐる丈《だけ》なんだから。所が其娘さんが……」
 三澤は此處|迄《まで》來て少し躊躇《ちうちよ》した。
 「其娘さんが可笑《をか》しな話をするやうだけれども、僕が外出すると屹度《きつと》玄關|迄《まで》送つて出る。いくら隱れて出ようとしても屹度《きつと》送つて出る。さうして必ず、早く歸つて來て頂戴ねと云ふ。僕がえゝ早く歸りますから大人《おとな》しくして待つて居らつしやいと返事をすれば合點《がつてん》/\をする。もし黙つてゐると、早く歸つて來て頂戴ね、ね、と何度でも繰返《くりかへ》す。僕は宅《うち》のものに對して極《きま》りが惡くつて仕樣がなかつた。けれども亦此娘さんが不憫《ふびん》で堪《た》まらなかつた。だから外出しても成るべく早く歸る樣に心掛けてゐた。歸ると其人の傍《そば》へ行つて、立つた儘只今と一言《ひとこと》必ず云ふ事にしてゐた」
 三澤は其處へ來て又時計を見た。
 「まだ時間はあるね」と云つた。
 
     三十三
 
 其時自分は是限《これぎり》で其娘さんの話を止《や》められてはと思つた。幸ひに時間がまだ大分《だいぶ》あつたので、自分の方から何とも云はない先に彼は又語り續けた。
 「宅《うち》のものが其娘さんの精神に異状があるといふ事を明かに認め出してからはまだ可《よ》かつたが、知らないうちは今云つた通り僕も其娘さんの露骨なのに隨分弱らせられた。父や母は苦《にが》い顔をする。臺所のものは内所《ないしよ》でくす/\笑ふ。僕は仕方がないから、其娘さんが僕を送つて玄關|迄《まで》來た時、烈しく怒り付けて遣らうかと思つて、二三度|後《うしろ》を振り返つて見たが、顔を合《あは》せるや否や、怒る所か、邪慳《じやけん》な言葉などは可哀《かはい》さうで到底《とても》口から出せなくなつて仕舞つた。其娘さんは蒼い色の美人だつた。さうして黒い眉毛と黒い大きな眸《ひとみ》を有《も》つてゐた。其黒い眸《ひとみ》は始終遠くの方の夢を眺てゐるやうに恍惚《うつとり》と潤《うるほ》つて、其處に何だか便《たより》のなささうな憐《あはれ》を漂《たゞ》よはせてゐた。僕が怒らうと思つて振り向くと、其娘さんは玄關に膝を突いたなり恰《あたか》も自分の孤獨《こどく》を訴《うつた》へるやうに、其黒い眸《ひとみ》を僕に向けた。僕は其度に娘さんから、斯うして活きてゐてもたつた一人で淋《さむ》しくつて堪らないから、何うぞ助けて下さいと袖に縋られるやうに感じた。――其眼がだよ。其黒い大きな眸《ひとみ》が僕にさう訴へるのだよ」
 「君に惚れたのかな」と自分は三澤に聞きたくなつた。
 「それがさ。病人の事だから戀愛なんだか病氣なんだか、誰にも解る筈がないさ」と三澤は答へた。
 「色情狂つていふのは、其んなもんぢやないのかな」と自分は又三澤に聞いた。
 三澤は厭な顔をした。
 「色情狂と云ふのは、誰にでも枝垂《しなだ》れ懸《かゝ》るんぢやないか。其娘さんはたゞ僕を玄關|迄《まで》送つて出て來て、早く歸つて來て頂戴ねと云ふ丈《だけ》なんだから違ふよ」
 「左右《さう》か」
 自分の此時の返事は全く光澤《つや》がなさ過ぎた。
 「僕は病氣でも何でも構はないから、其娘さんに思はれたいのだ。少くとも僕の方ではさう解釋してゐたいのだ」と三澤は自分を見詰《みつ》めて云つた。彼の顔面の筋肉は寧ろ緊張してゐた。「所が事實は何うも左右《さう》でないらしい。其娘さんの片付いた先の旦那といふのが放蕩家《はうたうか》なのか交際家なのか知らないが、何でも新婚早々たび/\家《うち》を空《あ》けたり、夜遲く歸つたりして、其娘さんの心を散々|苛《いぢ》め拔いたらしい。けれども其娘さんは一口も夫《をつと》に對して自分の苦みを言はずに我慢してゐたのだね。その時の事が頭に祟《たゝ》つてゐるから、離婚になつた後《あと》でも旦那に云ひたかつた事を病氣のせゐで僕に云つたのださうだ。――けれども僕はさう信じたくない。強ひても左右《さう》でないと信じてゐたい」
 「それ程君は其娘さんが氣に入つてたのか」と自分は又三澤に聞いた。
 「氣に入るやうになつたのさ。病氣が惡くなればなる程」
 「それから。――其娘さんは」
 「死んだ。病院へ入《はひ》つて」
 白分は黙然《もくねん》とした。
 「君から退院を勸められた晩、僕は其娘さんの三回忌を勘定して見て、單にその爲|丈《だけ》でも歸りたくなつた」と三澤は退院の動機を説明して聞かせた。自分はまだ黙つてゐた。
 「あゝ肝心《かんじん》の事を忘れた」と其時三澤が叫んだ。自分は思はず「何だ」と聞き返した。
 「あの女の顔がね、實は其娘さんに好く似て居るんだよ」
 三澤の口元には解つたらうと云ふ一種の微笑が見えた。二人はそれからぢきに梅田の停車場《ステーシヨン》へ俥《くるま》を急がした。場内は急行を待つ乘客で既に一杯になつてゐた。二人は橋を向《むかふ》へ渡つて上《のぼ》り列車を待ち合はせた。列車は十分と立たないうちに地を動かして來た。
 「又|會《あ》はふ」
 自分は「あの女」の爲に、又「其娘さん」の爲に三澤の手を固く握つた。彼の姿は列車の音と共に忽ち暗中《あんちゆう》に消えた。
 
  兄
 
 
 自分は三澤を送つた翌日《あくるひ》又母と兄夫婦とを迎へるため同じ停車場《ステーシヨン》に出掛けなければならなかつた。
 自分から見ると殆んど想像さへ付かなかつた此《この》出來事を、始めから工夫して、とう/\それを物にする迄《まで》漕ぎ付けたものは例の岡田であつた。彼は平生から能くこんな技巧を弄して其|成效《せいかう》に誇るのが好であつた。自分をわざ/\電話口へ呼び出して、其内|屹度《きつと》自分を驚かして見せると斷つたのは彼である。それから程なく、お兼さんが宿屋へ尋ねて來て、其譯を話した時には、自分も實際驚かされた。
 「何うして來るんです」と自分は聞いた。
 自分が東京を立つ前に、母の持つてゐた、或|場末《ばすゑ》の地面が、新たに電車の布設される通り路に當るとかで其|前側《まへがは》を幾坪か買ひ上げられると聞いたとき、自分は母に「ぢや其金で此夏みんなを連て旅行なさい」と勸めて、「また二郎さんのお株が始まつた」と笑はれた事がある。母はかねてから、若し機會があつたら京《きやう》大阪《おほさか》を見たいと云つてゐたが、或は其金が手に入《はい》つた所へ、岡田からの勸誘があつたため、斯う大袈裟な計畫になつたのではなからうか。それにしても岡田が又何でそんな勸誘をしたものだらう。
 「何といふ大した考へもないんで御座いませう。たゞ昔《むか》しお世話になつた御禮に御案内でもする氣なんでせう。それに彼《あ》の事も御座いますから」
 お兼さんの「彼《あ》の事」といふのは例の結婚事件である。自分はいくらお貞《さだ》さんが母のお氣に入りだつて、其爲に彼女がわざ/\大阪三界《おほさかさんがい》迄《まで》出て來る筈がないと思つた。
 自分は其時既に懷が危《あや》しくなつてゐた。其上|後《あと》から三澤のために岡田に若干の金額を借りた。外《ほか》の意味は別として、母と兄夫婦の來るのは此|不足《ふそく》?補《てんぽ》の方便として自分には好都合であつた。岡田もそれを知つて快よく此方《こちら》の要《い》る丈《だけ》すぐ用立てゝ呉れたに違ひなからうと思つた。
 自分は岡田夫婦と一所に停車場《ステーシヨン》に行つた。三人で汽車を待ち合はしてゐる間に岡田は、「何うです。二郎さん喫驚《びつくり》したでせう」といつた。自分は是と類似の言葉を、彼から何遍も聞いてゐるので、何とも答へなかつた。お兼さんは岡田に向つて、「あなた此間《このあひだ》から獨《ひとり》で御得意なのね。二郎さんだつて聞き飽きて居らつしやるわ。そんな事」と云ひながら自分を見て「ねえ貴方」と詫《あや》まるやうに附加へた。自分はお兼さんの愛嬌のうちに、何處となく黒人《くろうと》らしい媚《こび》を認めて、急に返事の調子を狂はせた。お兼さんは素知《そし》らぬ風をして岡田に話し掛けた。――
 「奧さまも大分《だいぶ》御目に懸らないから、隨分お變りになつたでせうね」
 「此前會つた時は矢つ張り元の叔母さんさ」
 岡田は自分の母の事を叔母さんと云ひ、お兼さんは奧樣といふのが、自分には變に聞こえた。
 「始終|傍《そば》にゐると、變るんだか變らないんだか分りませんよ」と自分は答へて笑つてゐるうちに汽車が着いた。岡田は彼等三人の爲に特別に宿を取つて置いたとかいつて、直《たゞち》に俥《くるま》を南へ走らした。自分は空《くう》に乘つた俥の上で、彼の能く人を驚かせるのに驚いた。左右《さう》云へば彼が突然上京してお兼さんを奪ふやうに伴《つ》れて行つたのも自分を驚かした目覺ましい手柄の一つに相違なかつた。
 
     二
 
 母の宿は左程《さほど》大きくはなかつたけれども、自分の泊つてゐる所よりは餘程上品な構《かまへ》であつた。室《へや》には扇風器だの、唐机《たうづくゑ》だの、特別に其|唐机《たうづくゑ》の傍《そば》に備へ付けた電燈などがあつた。兄はすぐ其處にある電報紙へ大阪《おほさか》着《ちやく》の旨を書いて下女に渡してゐた。岡田は何時《いつ》の間《ま》にか用意して來た三四枚の繪端書を袂の中から出して、是は叔父さん、是はお重《しげ》さん、是はお貞《さだ》さんと一々|名宛《なあて》を書いて、「さあ一口《ひとくち》宛《づゝ》皆《みん》な何うぞ」と方々へ配つてゐた。
 自分はお貞《さだ》さんの繪端書へ「御目出たう」と書いた。すると母が其《その》後《あと》へ「病氣を大事になさい」と書いたので吃驚《びつくり》した。
 「お貞《さだ》さんは病氣なんですか」
 「實はあの事があるので、丁度好い折だから、今度|伴《つ》れて來《き》ようと思つて仕度までさせた所が、生憎《あいにく》お腹《なか》が惡くなつてね。殘念な事をしましたよ」
 「でも大した事ぢやないのよ。もうお粥《かゆ》がそろ/\食べられるんだから」と嫂《あによめ》が傍《そば》から説明した。其嫂は父に出す繪端書を持つた儘何か考へてゐた。「叔父さんは風流人だから歌が好いでせう」と岡田に勸められて、「歌なんぞ出來るもんですか」と斷つた。岡田は又お重《しげ》へ宛てたのに、「あなたの口の惡い所を聞けないのが殘念だ」と細《こま》かく謹んで書いたので、兄から「將棋の駒がまだ祟つてると見えるね」と笑はれてゐた。
 繪端書が濟んで、しばらく世間話をした後《あと》で、岡田とお兼さんは又來ると云つて、母や兄が止《と》めるのも聞かずに歸つて行つた。
 「お兼さんは本當に奧さんらしくなつたね」
 「宅《うち》へ仕立物を持つて來た時分を考へると、丸《まる》で見違へる樣だよ」
 母が兄とお兼さんを評し合つた言葉の裏には、己《おの》れが夫《それ》丈《だけ》年を取つたといふ淡い哀愁を含んでゐた。
 「お貞《さだ》さんだつて、もう直《ぢき》ですよお母さん」と自分は横合から口を出した。
 「本當にね」と母は答へた。母は腹の中《なか》で、まだ片付く當《あて》のないお重《しげ》の事でも考へてゐるらしかつた。兄は自分を顧みて、「三澤が病氣だつたので、何處へも行かなかつたさうだね」と聞いた。自分は「えゝ。飛んだ所へ引つかゝつて何處へも行かずじまひでした」と答へた。自分と兄とは常に此位|懸隔《かけへだて》のある言葉で應對するのが例になつてゐた。是は年が少し違ふのと、父が昔堅氣《むかしかたぎ》で、長男に最上の權力を塗り付けるやうにして育て上げた結果である。母も偶には自分をさん付けにして二郎さんと呼んで呉れる事もあるが、是は單に兄の一郎《いちらう》さんのお餘りに過ぎないと自分は信じてゐた。
 みんなは話に氣を取られて浴衣《ゆかた》を着換へるのを忘れてゐた。兄は立つて、糊《のり》の強いのを肩へ掛けながら、「何うだい」と自分を促《うな》がした。嫂《あによめ》は浴衣《ゆかた》を自分に渡して、「全體あなたのお部屋は何處にあるの」と聞いた。手摺《てすり》の所へ出て、鼻の先にある高い塗塀《ぬりべい》を欝陶《うつたう》しさうに眺めてゐた母は、「宜《い》い室《へや》だが少し陰氣だね。二郎お前のお室《へや》も斯んなかい」と聞いた。自分は母のゐる傍《そば》へ行つて、下を見た。下には張物板《はりものいた》の樣な細長い庭に、細い竹が疎《まばら》に生えて錆《さ》びた鐵燈籠《かなどうろう》が石の上に置いてあつた。其石も竹も打水《うちみづ》で皆しつとり濡れてゐた。
 「狹いが凝《こ》つてますね。其代り僕の所の樣に河がありませんよ、お母さん」
 「おや何處に河があるの」と母がいふ後《あと》から、兄も嫂も其河の見える座敷と取換へて貰はうと云ひ出した。自分は自分の宿のある方角やら地理やらを説明して聞かした。さうして一先《ひとまづ》歸つて荷物を纒めた上又此處へ來る約束をして宿を出た。
 
     三
 
 自分は其夕方宿の拂《はらひ》を濟まして母や兄と一所になつた。三人は少し夕飯《ゆふめし》が後《おく》れたと見えて、膳を控へた儘《まゝ》楊枝を使つてゐた。自分は彼等を散歩に連れ出さうと試みた。母は疲れたと云つて應じなかつた。兄は面倒らしかつた。嫂《あによめ》丈《だけ》には行きたい樣子が見えた。
 「今夜は御止《およ》しよ」と母が留《と》めた。
 兄は寐轉《ねころ》びながら話をした。さうして口では大阪を知つてる樣な事を云つた。けれども能く聞いて見ると、知つてゐるのは天王寺《てんのうじ》だの中の島だの千日前《せんにちまへ》だのといふ名前|許《ばかり》で地理上の知識になると、丸《まる》で夢のやうに散漫|極《きは》まるものであつた。
 尤も「大阪城の石垣の石は實に大きかつた」とか、「天王寺《てんのうじ》の塔の上へ登つて下を見たら眠が眩《くら》んだ」とか斷片的の光景は實際覺えてゐるらしかつた。其内で一番面白く自分の耳に響いたのは彼の昔|泊《とま》つたといふ宿屋の夜《よる》の景色であつた。
 「細い通りの角で、欄干の所へ出ると柳が見えた。家が隙間《すきま》なく並《なら》んでゐる割には閑靜で、窓から眺められる長い橋も畫《ゑ》の樣に趣《おもむき》があつた。其上を通る車の音も愉快に響いた。尤も宿そのものは不親切で汚なくつて困つたが……」
 「一體それは大阪の何處なの」と嫂《あによめ》が聞いたが、兄は全く知らなかつた。方角さへ分らないと答へた。是が兄の特色であつた。彼は事件の斷面を驚く許《ばか》り鮮《あざや》かに覺えてゐる代りに、場所の名や年月《としつき》を全く忘れて仕舞ふ癖があつた。夫《それ》で彼は平氣でゐた。
 「何處だか解らなくつちや詰らないわね」と嫂《あによめ》が又云つた。兄と嫂《あによめ》とはこんな所でよく喰ひ違つた。兄の機嫌の惡くない時は夫《それ》でも濟むが、少しの具合で事が面倒になる例《ためし》も稀ではなかつた。斯ういふ消息に通じた母は、「何處でも構はないが、それ丈《だけ》ぢやない筈だつたのにね。後《あと》を御話しよ」と云つた。兄は「御母さんにも直《なほ》にも詰らない事ですよ」と斷つて、「二郎其處の二階に泊つたとき面白いと思つたのはね」と自分に話し掛けた。自分は固《もと》より兄の話を一人で聞くべき責任を引受けた
 「何うしました」
 「夜になつて一寐入《ひとねいり》して眠が醒めると、明かるい月が出て、其月が青い柳を照してゐた。それを寐ながら見てゐるとね、下の方で、急にやつといふ掛聲が聞こえた。あたりは案外靜まり返つてゐるので、其掛聲が殊更《ことさら》強く聞こえたんだらう、己《おれ》はすぐ起きて欄干の傍《そば》迄《まで》出て下を覗いた。すると向《むかふ》に見える柳の下で、眞裸《まつぱだか》な男が三人代る/”\大《おほき》な澤庵石《たくあんいし》の持ち上げ競《くら》をしてゐた。やつと云ふのは兩手へ力を入れて差し上げる時の聲なんだよ。夫《それ》を三人とも夢中になつて熱心に遣つてゐたが、熱心な所爲《せゐ》か、誰も一口も物を云はない。己《おれ》は明らかな月影に黙つて動く裸體《はだか》の人影を見て、妙に不思議な心持がした。すると其内の一人が細長い天秤棒《てんびんぼう》のやうなものをぐるり/\と廻し始めた……」
 「何だか水滸傳《すゐこでん》のやうな趣《おもむき》ぢやありませんか」
 「其時からしてが既に縹緲《へうべう》たるものさ。今日《こんにち》になつて回顧すると丸《まる》で夢の樣だ」
 兄はこんな事を回想するのが好であつた。さうして夫《それ》は母にも嫂《あによめ》にも通じない、たゞ父と自分|丈《だけ》に解る趣《おもむき》であつた。
 「其時大阪で面白いと思つたのは只《たゞ》それ限《ぎり》だが、何だかそんな連想を持つて來て見ると、一向《いつかう》大阪らしい氣がしないね」
 自分は三澤の居た病院の三階から見下《みおろ》される狹い綺麗な通を思ひ出した。さうして兄の見た棒使や力持はあんな町内にゐる若い衆ぢやなからうかと想像した。
 岡田夫婦は約の如く其晩又|尋《たづ》ねて來た。
 
      四
 
 岡田は頗る念入の遊覽目録といつたやうなものを、わざ/\宅《うち》から拵《こしら》へて來て、母と兄に見せた。それが又餘り綿密過ぎるので、母も兄も「是ぢや」と驚いた。
 「まあ幾日《いくか》位《くらゐ》御滯在になれるんですか、夫《それ》次第でプログラムの作り方も亦あるんですから。此方《こつち》は東京と違つてね、少し市を離れると幾何《いくら》でも見物する所があるんです」
 岡田の言葉のうちには多少の不服が籠《こも》つてゐたが、同時に得意な調子も見えた。
 「丸《まる》で大阪を自慢して居らつしやる樣よ。貴方の話を傍《そば》で聞いてゐると」
 お兼さんは笑ひながら斯う云つて眞面目な夫《をつと》に注意した。
 「いえ自慢ぢやない。自慢ぢやないが……」
 注意された岡田は益《ます/\》眞面目になつた。それが少し滑稽に見えたので皆《みん》なが笑ひ出した。
 「岡田さんは五六年のうちに悉皆《すつかり》上方風《かみがたふう》になつて仕舞つたんですね」と母が調戯《からか》つた。
 「それでも能く東京の言葉|丈《だけ》は忘れずにゐるぢやありませんか」と兄が其|後《あと》に隨《つ》いて又|冷嘲《ひやか》し始めた。岡田は兄の顔を見て、「久し振に會ふと、すぐ是だから敵《かな》はない。全く東京ものは口が惡い」と云つた。
 「それにお重《しげ》の兄《あにき》だもの、岡田さん」と今度は自分が口を出した。
 「お兼《かね》少し助けて呉れ」と岡田が仕舞に云つた。さうして母の前に置いてあつた先刻《さつき》のプログラムを取つて袂へ入れながら、「馬鹿々々しい、骨を折つたり調戯《からか》はれたり」とわざ/\怒つた風をした。
 冗談が一仕切《ひとしきり》濟むと、自分の豫期してゐた通り、佐野の話が母の口から持ち出された。母は「此度は又色々」と云つた樣な打つて變つた凡帳面《きちやうめん》な言葉で岡田に禮を述べる、岡田は又|鹿爪《しかつめ》らしく改まつた口上で、まことに行き屆きませんでなどと挨拶をする、自分には兩方|共《とも》大袈裟に見えた。それから岡田は丁度好い都合だから、是非本人に會つて遣つて呉れと、また會見の打ち合せをし始めた。兄も其話しの中に首を突込まなくつては義理が惡いと見えて、煙草を吹かしながら二人の相手になつてゐた。自分は病氣で寐てゐるお貞《さだ》さんに此樣子を見せて、有難いと思ふか、餘計な御世話だと思ふか、本當の所を聞いて見たい氣がした。同時に三澤が別れる時、新しく自分の頭に殘して行つた美しい精神病の「娘さん」の不幸な結婚を聯想した。
 嫂《あによめ》とお兼さんは親しみの薄い間柄であつたけれども、若い女同志といふ縁故で先刻《さつき》から二人|丈《だけ》で話してゐた。然し氣心が知れない所爲《せゐ》か、兩方|共《とも》遠慮がちで一向《いつかう》調子が合ひさうになかつた。嫂《あによめ》は無口な性質《たち》であつた。お兼さんは愛嬌のある方であつた。お兼さんが十口《とくち》物をいふ間に嫂《あによめ》は一口《ひとくち》しか喋舌《しやべ》れなかつた。しかも種が切れると、其|都度《つど》屹度《きつと》お兼さんの方から供給されてゐた。最後に子供の話が出た。すると嫂《あによめ》の方が急に優勢になつた。彼女《かのぢよ》はその小さい一人娘の平生を、左《さ》も興ありげに語つた。お兼さんは又|嫂《あによめ》のくだ/\しい叙述を、左《さ》も感心したやうに聞いてゐたが、實際は丸《まる》で無頓着らしくも見えた。たゞ一遍「よくまあお一人でお留守居が出來ます事」と云つたのは誠らしかつた。「お重《しげ》さんによく馴付《なつ》いて居りますから」と嫂《あによめ》は答へてゐた。
 
        五
 
 母と兄夫婦の滯在日數は存外少いものであつた。先づ市内で二三日市外で二三日しめて一週間足らずで東京へ歸る豫定で出て來たらしかつた。
 「責《せ》めてもう少しは宜いでせう。折角此處|迄《まで》出て入らしつたんだから。又來るたつて、そりや容易な事ぢやありませんよ、億劫《おつくふ》で」
 斯うは云ふものゝ岡田も、母の滯在中會社の方を丸《まる》で休んで、毎日案内ばかりして歩ける程の餘裕は無論なかつた。母も東京の宅《うち》の事が氣に掛《かゝ》る樣に見えた。自分に云はせると、母と兄夫婦といふからしてが既に妙な組合せであつた。本來なら父と母と一所に來るとか、兄と嫂《あによめ》丈《だけ》が連立《つれだ》つて避暑に出掛けるとか、もし又お貞《さだ》さんの結婚問題が目的なら、當人の病氣が癒るのを待つて、母なり父なりが連れて來て、早く事を片付けてしまふとか、自然の豫定は二通りも三通りもあつた。それが斯う變な形になつて現れたのは何ういふ譯だか、自分には始めから呑み込めなかつた。母は又それを胸の中に疊込《たゝみこ》んでゐるといふ風に見えた。母ばかりではない、兄夫婦も其處に氣が付いてゐるらしい所もあつた。
 佐野との會見は型《かた》の如く濟んだ。母も兄も岡田に禮を述べてゐた。岡田の歸つた後でも兩方|共《とも》佐野の批評はしなかつた。もう事が極つて批評をする餘地がないといふ樣にも取れた。結婚は年の暮に佐野が東京へ出て來る機會を待つて、式を擧げるやうに相談が調《とゝの》つた。自分は兄に、「お目出た過ぎる位事件がどん/\進行して行く癖に、本人が一向《いつかう》知らないんだから面白い」と云つた。
 「當人は無論知つてるんだ」と兄が答へた。
 「大喜びだよ」と母が保證した。
 自分は一言もなかつた。しばらくしてから、「尤もこんな問題になると自分でどん/\進行させる勇氣は日本の婦人にあるまいからな」と云つた。兄は黙つてゐた。嫂《あによめ》は變な顔をして自分を見た。
 「女|丈《だけ》ぢやないよ。男だつて自分勝手に無暗と進行されちや困りますよ」と母は自分に注意した。すると兄が「一層《いつそ》その方が好いかも知れないね」と云つた。其云ひ方が少し冷《ひやゝ》か過ぎた所爲《せゐ》か、母は何だか厭な顔をした。嫂《あによめ》も亦變な顔をした。けれども二人とも何とも云はなかつた。
 少し經《た》つてから母は漸く口を開いた。
 「でも貞《さだ》丈《だけ》でも極まつて呉れるとお母さんは大變|樂《らく》な心持がするよ。後《あと》は重《しげ》ばかりだからね」
 「是もお父さんの御蔭さ」と兄が答へた。其時兄の唇に薄い皮肉の影が動いたのを、母は氣がつかなかつた。
 「全くお父さんの御蔭に違ないよ。岡田が今あゝ遣つてるのと同じ事さ」と母は大分滿足な體《てい》に見えた。
 隣れな母は父が今でも社會的に昔通りの勢力を有《も》つてゐると許《ばか》り信じてゐた。兄は兄|丈《だけ》に、社會から退隱したと同樣の今の父に、其半分の影響さへ六づかしいと云ふ事を見破つてゐた。
 兄と同意見の自分は、家族中ぐるになつて、佐野を瞞《だま》してゐる樣な氣がしてならなかつた。けれども亦一方から云へば、佐野は瞞《だま》されても然るべきだといふ考へが始めから頭の何處かに引掛つてゐた。
 兎に角會見は滿足のうちに濟んだ。兄は暑いので腦に應《こた》へるとか云つて、早く大阪を立ち退《の》く事を主張した。自分は固《もと》より賛成であつた。
 
     六
 
 實際其頃の大阪は暑かつた。ことに我々の泊つてゐる宿屋は暑かつた。庭が狹いのと塀が高いので、日の射し込む餘地もなかつたが、其代り風の通る隙間にも乏しかつた。ある時は濕《しめ》つぽい茶座敷の中で、四方から焚火《たきび》に焙《あぶ》られてゐるやうな苦しさがあつた。自分は夜通《よどほ》し扇風器を掛けてぶう/\鳴らしたため、馬鹿な眞似をして風邪《かぜ》でも引いたら何うすると云つて母から叱られた事さへあつた。
 大阪を立たうといふ兄の意見に賛成した自分は、有馬《ありま》なら凉しくつて兄の頭に宜からうと思つた。自分は此有名な温泉をまだ知らなかつた。車夫が梶棒《かぢぼう》へ綱を付けて、其綱の先をまた犬に付けて坂路を上《のぼ》るのださうだが、暑いので犬がともすると溪河《たにがは》の清水《しみづ》を飲まうとするのを、車夫が怒《いか》つて竹の棒で無暗に打擲《うちたゝ》くから、犬がひん/\苦しがりながら俥《くるま》を引くんだといふ語を、かつて聞いた儘|喋舌《しやべ》つた。
 「厭だねそんな俥《くるま》に乘るのは、可哀想《かはいさう》で」と母が眉をひそめた。
 「何故《なぜ》又水を飲ませないんだらう。俥《くるま》が遲れるからかね」と兄が聞いた。
 「途中で水を飲むと疲れて役に立たないからださうです」と自分が答へた。
 「へえー、何故《なぜ》」と今度は嫂《あによめ》が不思議さうに聞いたが、それには自分も答へる事が出來なかつた。
 有馬行《ありまゆき》は犬の所爲《せゐ》でもなかつたらうけれども、とう/\立消《たちぎえ》になつた。さうして意外にも和歌《わか》の浦《うら》見物が兄の口から發議《ほつぎ》された。是は自分もかねてから見たいと思つてゐた名所であつた。母も子供の時から其名に親しみがあるとかで、すぐ同意した。嫂《あによめ》丈《だけ》は何處でも構はないといふ風に見えた。
 兄は學者であつた。又|見識家《けんしきか》であつた。其上詩人らしい純粹な氣質を持つて生れた好い男であつた。けれども長男|丈《だけ》に何處か我儘な所を具へてゐた。自分から云ふと、普通の長男よりは、大分《だいぶ》甘やかされて育つたとしか見えなかつた。自分|許《ばかり》ではない、母や嫂《あによめ》に對しても、機嫌の好い時は馬鹿に好いが、一且|旋毛《つむじ》が曲り出すと、幾日《いくか》でも苦い顔をして、わざと口を利かずに居た。それで他人の前へ出ると、また全く人間が變つた樣に、大抵な事があつても滅多に紳士の態度を崩さない、圓滿な好侶伴《かうりよはん》であつた。だから彼の朋友は悉《こと/”\》く彼を穩かな好い人物だと信じてゐた。父や母は其評判を聞くたびに案外な顔をした。けれども矢つ張り自分の子だと見えて、何處か嬉しさうな樣子が見えた。兄と衝突してゐる時にこんな評判でも耳に入らうものなら、自分は無暗に腹が立つた。一々其人の宅《うち》迄《まで》出掛けて行つて、彼等の誤解を訂正して遣りたいやうな氣さへ起つた。
 和歌の浦|行《ゆき》に母がすぐ賛成したのも、實は彼女《かのぢよ》が兄の氣性を能く呑み込んでゐるからだらうと自分は思つた。母は長い間|吾子《わがこ》の我《が》を助け育てるやうにした結果として、今では何事によらず其|我《が》の前に跪《ひざまづ》く運命を甘んじなければならない位地にあつた。
 自分は便所に立つた時、手水鉢《てうづばち》の傍《そば》にぼんやり立つてゐた嫂《あによめ》を見付《めつ》けて、「姉さん何うです近頃は。兄さんの機嫌は好い方なんですか惡い方なんですか」と聞いた。嫂《あによめ》は「相變らずですわ」とたゞ一口答へた丈《だけ》であつた。嫂《あによめ》は夫《それ》でも淋《さみ》しい頬に片靨《かたゑくぼ》を寄せて見せた。彼女は淋《さみ》しい色澤《いろつや》の頬を有《も》つてゐた。それから其眞中に淋《さみ》しい片靨《かたゑくぼ》を有《も》つてゐた。
 
      七
 
 自分は立つ前に岡田に借りた金の片《かた》を付けて行きたかつた。尤も彼に話をしさへすれば、東京へ歸つてからでも構はないとは思つたけれども、あゝいふ人の金は成る可く早く返して置いた方が、此方《こつち》の心持が宜《い》いといふ考へがあつた。それで誰も傍《そば》に居ない折を見計らつて、母に何うかして呉れと頼んだ。
 母は兄を大事にする丈《だけ》あつて、無論彼を心《しん》から愛してゐた。けれども長男といふ譯か、又|氣六《きむ》づかしいといふ所爲《せゐ》か、何處かに遠慮があるらしかつた。一寸の事を注意するにしても、成る可く氣に障らないやうに、始めから氣を置いて掛つた。其處へ行くと自分は丸《まる》で子供同樣の待遇を母から受けてゐた。「二郎そんな法があるのかい」などゝ頭ごなしに遣付《やつつ》けられた。其代りまた兄以上に可愛《かはい》がられもした。小遣などは兄に内所で能く貰つた覺《おぼえ》がある。父の着物なども何時《いつ》の間《ま》にか自分のに仕立直してある事は珍らしくなかつた。斯ういふ母の仕打が、例の兄には又頗る氣に入らなかつた。些細な事から兄は能く機嫌を惡くした。さうして明るい家《いへ》の中《うち》に陰氣な空氣を漲《みな》ぎらした。母は眉をひそめて、「また一郎の病氣が始まつたよ」と自分に時々|私語《さゝや》いた。自分は母から腹心の郎黨として取扱はれるのが嬉しさに、「癖なんだから、放《はふ》つてお置きなさい」位《ぐらゐ》云つて澄ましてゐた時代もあつた。兄の性質が氣六《きむ》づかしいばかりでなく、大小となく影で狐鼠々々《こそ/\》何か遣られるのを忌む正義の念から出るのだといふ事を後《あと》から知つて以來、自分は彼に對してこんな輕薄な批評を加へるのを恥《は》づるやうになつた。けれども表向《おもてむき》兄の承諾を求めると、到底|行《おこな》はれにくい用件が多いので、自分はつい機會《をり》を見ては母の懷に一人|抱《だ》かれようとした。
 母は自分が三澤のために岡田から金を借りた?末《てんまつ》を聞いて驚いた顔をした。
 「そんな女のためにお金を使ふ譯がないぢやないか、三澤さんだつて。馬鹿らしい」と云つた。
 「だけど、其處には三澤も義理があるんだから」と自分は辯解した。
 「義理々々つて、御母《おかあ》さんには解らないよ、お前のいふ事は。氣の毒なら、手ぶらで見舞に行く丈《だけ》の事ぢやないか。もし手ぶらで極《きま》りが惡ければ、菓子折の一つも持つて行きやあ澤山だね」
 自分はしばらく黙つてゐた。
 「よし三澤さんに夫《それ》丈《だけ》の義理があつたにした所でさ。何もお前が岡田なんぞからそれを借りて上げる丈《だけ》の義理はなからうぢやないか」
 「ぢや宜御座《よござ》んす」と自分は答へた。さうして立つて下へ行かうとした。兄は湯に入《はい》つてゐた。嫂《あによめ》は小さい下の座敷を借りて髪を結はしてゐた。座敷には母より外にゐなかつた。
 「まあお待ちよ」と母が呼び留めた。「何も出して上げないと云つてやしないぢやないか」
 母の言葉には兄一人でさへ澤山な所へ、何の必要があつて、自分|迄《まで》此年寄を苛《いぢ》めるかと云はぬ許《ばかり》の心細さが籠《こも》つてゐた。自分は母のいふ通り元の席に着いたが、氣の毒で一寸顔を上げ得なかつた。さうして此|無恰好《ぶかつかう》な態度で、左《さ》も子供らしく母から要る丈《だけ》の金子《きんす》を受取つた。母が一段聲を落して、何時《いつ》ものやうに、「兄さんには内所《ないしよ》だよ」と云つた時、自分は不意に名状しがたい不愉快に襲はれた。
 
      八
 
 自分達は其翌日の朝和歌山へ向けて立つ筈になつてゐた。何うせ一旦は此處へ引返して來なければならないのだから、岡田の金も其時で好いとは思つたが、性急《せつかち》の自分には紙入を其儘懷中してゐるからが既に厭だつた。岡田は其晩も例の通り宿屋へ話に來るだらうと想像された。だからその折にそつと返して置かうと自分は腹の中《うち》で極めた。
 兄が湯から上つて來た。帶も締めずに、浴衣《ゆかた》を羽織るやうに引掛けた儘ずつと欄干の所|迄《まで》行つて其處へ濡手拭《ぬれてぬぐひ》を懸けた。
 「お待遠」
 「お母さん、何うです」と自分は母を促《うな》がした。
 「まあお這入りよ、お前から」と云つた母は、兄の首や胸の所を眺めて、「大變好い血色におなりだね。夫《それ》に少し肉が付いた樣ぢやないか」と賞めてゐた。兄は性來《しやうらい》の痩《やせ》つぽちであつた。宅《うち》では夫《それ》をみんな神經の所爲《せゐ》にして、もう少し肥《ふと》らなくつちや駄目だと云ひ合つてゐた。その内でも母は最も氣を揉《も》んだ。當人自身も痩せてゐるのを何かの刑罰のやうに忌《い》み恐れた。夫《それ》でも些《ちつ》とも肥《ふと》れなかつた。
 自分は母の言葉を聞きながら、此苦しい愛矯《あいけう》を、慰藉の一つとして吾子の前に捧げなければならない彼女の心事を氣の毒に思つた。兄に比べると遙かに頑丈《ぐわんぢやう》な體?《からだ》を起しながら、「ぢや御先へ」と母に挨拶して下へ降《お》りた。風呂場の隣の小さい座數を一寸《ちょいと》覗くと、嫂《あによめ》は今|髷《まげ》が出來た所で、合せ鏡をして鬢《びん》だの髱《たぼ》だのを撫《な》でゝゐた。
 「もう濟んだんですか」
 「えゝ。何處へ入らつしやるの」
 「御湯へ這入らうと思つて。お先へ失禮しても宜《よ》ござんすか」
 「さあ何うぞ」
 自分は湯に入りながら、嫂《あによめ》が今日に限つてなんで又|丸髷《まるまげ》なんて仰山《ぎやうさん》な頭に結《ゆ》ふのだらうと思つた。大きな聲を出して、「姉さん、姉さん」と湯壺の中から呼んで見た。「なによ」といふ返事が廊下の出口で聞こえた。
 「御苦勞さま、此暑いのに」と自分が云つた。
 「何故《なぜ》」
 「何故《なぜ》つて、兄さんの御好《おこの》みなんですか、其でこ/\頭は」
 「知らないわ」
 嫂《あによめ》の廊下傳ひに梯子段を上《のぼ》る草履の音が判切《はつき》り聞こえた。
 廊下の前は中庭で八つ手の株が見えた。自分は其の暗い庭を前に眺めて、番頭に背中を流して實つてゐた。すると入口の方から縁側を沿つて、又|活?《くわつぱつ》な足音が聞こえた。
 さうして詰襟の白い洋服を着た岡田が自分の前を通つた。自分は思はず、「おい君、君」と呼んだ。
 「や、今お湯、暗いんで些《ちつ》とも氣が付かなかつた」と岡田は一足《ひとあし》後戻りして風呂を覗き込みながら挨拶をした。
 「貴方に話がある」と自分は突然云つた。
 「話が? 何です」
 「まあ、お入《はい》んなさい」
 岡田は冗談ぢやないと云ふ顔をした。
 「お兼は來ませんか」
 自分が「いゝえ」と答へると、今度は「皆さんは」と聞いた。自分が又「みんな居ますよ」といふと、不思議さうに「ぢや今日は何處へも行かなかつたんですか」と聞いた。
 「行つてもう歸つて來たんです」
 「實は僕も今會社から歸り掛けですがね。何うも暑いぢやあありませんか。――兎に角一寸|伺候《しこう》して來ますから。失禮」
 岡田は斯う云ひ捨てたなり、とう/\自分の用事を聞かずに二階へ上《あが》つて行つて仕舞つた。自分もしばらくして風呂から出た。
 
     九
 
 岡田は其《その》夜《よ》大分《だいぶ》酒を呑んだ。彼は是非都合して和歌の浦迄一所に行く積《つもり》でゐたが、生憎《あいにく》同僚が病氣で缺勤してゐるので、豫期の通りにならないのが甚だ殘念だと云つて頻りに母や兄に詫びてゐた。
 「ぢや今夜が御別れだから、少し御過《おす》ごしなさい」
と母が勸めた。
 生憎《あいにく》自分の家族は酒に親しみの薄いもの許《ばかり》で、誰も彼の相手にはなれなかつた。それで皆《みん》な御免蒙つて岡田より先へ食事を濟ました。岡田はそれが此方《こつち》も勝手だといつた風に、獨り膳を控へて盃《さかづき》を甜《な》め續けた。
 彼は性來《しやうらい》元氣な男であつた。其上酒を呑むと益《ます/\》陽氣になる好い癖を持つてゐた。さうして相手が聞かうが聞くまいが、頓着なしに好きな事を喋舌《しやべ》つて、時々一人高笑ひをした。
 彼は大阪の富が過去二十年間に何《ど》の位《くらゐ》殖えて、是から十年立つとまた其富が今の何十倍になるといふやうな統計を擧げて大《おほい》に滿足らしく見えた。
 「大阪の富より君自身の富は何うだい」と兄が皮肉を云つたとき、岡田は禿げ掛つた頭へ手を載せて笑ひ出した。
 「然し僕の今日《こんにち》あるも――といふと、偉過ぎるが、まあ何うか斯うか遣つて行けるのも、全く叔父さんと叔母さんのお蔭です。僕はいくら斯うして酒を呑んで太平樂《たいへいらく》を並べてゐたつて、夫《それ》丈《だけ》は決して忘れやしません」
 岡田は斯んな事を云つて、傍《そば》にゐる母と遠くにゐる父に感謝の意を表した。彼は醉ふと同じ言葉を何遍も繰返す癖のある男だつたが、ことに此感謝の意は少しづゝ違つた形式で、幾度《いくたび》か彼の口から洩れた。仕舞に彼は灘萬《なだまん》のまな鰹《がつを》とか何とかいふものを、是非父に喰はせたいと云ひ募《つの》つた。
 自分は彼がもと書生であつた頃、ある正月の宵《よひ》何處かで振舞酒《ふるまひざけ》を浴びて歸つて來て、父の前へ長さ三寸ばかりの赤い蟹《かに》の足を置きながら平伏して、謹んで北海の珍味を獻上しますと云つたら、父は「何だそんな朱塗《しゆぬ》りの文鎭《ぶんちん》見たいなもの。要らないから早く其方《そつち》へ持つて行け」と怒つた昔を思ひ出した。
 岡田は何時《いつ》迄《まで》も飲んで歸らなかつた。始めは興を添へた彼の座談も段々|皆《みん》なに飽きられて來た。嫂《あによめ》は團扇《うちは》を顔へ當てて欠《あくび》を隱した。自分はとう/\彼を外へ連出《つれだ》さなければならなかつた。自分は散歩にかこつけて五六町彼と一所に歩いた。さうして懷から例の金を出して彼に返した。金を受取つた時の彼は、醉つてゐるにも拘《かゝ》はらず驚ろくべく慥《たしか》なものであつた。「今でなくつても宜《い》いのに。然しお兼が喜びますよ。有がたう」と云つて、洋服の内隱袋《うちがくし》へ収めた。
 通りは靜であつた。自分はわれ知らず空を仰いだ。空には星の光が存外《ぞんぐわい》濁つてゐた。自分は心の内に明日《あす》の天氣を氣遣つた。すると岡田が藪から棒に「一郎さんは實際|六《む》づかしやでしたね」と云ひ出した。さうして昔《むか》し兄と自分と將棋《しやうぎ》を指した時、自分が何か一口《ひとくち》云つたのを癪に、いきなり將棋の駒を自分の額へ打付《ぶつ》けた騷ぎを、新しく自分の記憶から呼び覺《さま》した。
 「あの時分から我儘だつたからね、何うも。然し此頃は大分《だいぶ》機嫌が好いやうぢやありませんか」と彼が又云つた。自分は※[者/火]え切らない生返事《なまへんじ》をして置いた。
 「尤も奧さんが出來てから、もう餘つ程になりますからね。然し奧さんの方でも隨分|氣骨《きぼね》が折れるでせう。あれぢや」
 自分は夫《それ》でも何の答もしなかつた。ある四角《よつかど》へ來て彼と別れるときたゞ「お兼さんに宜しく」と云つた儘《まゝ》又元の路へ引き返した。
 
      十
 
 翌日《よくじつ》朝の汽車で立つた自分達は狹い列車のなかの食堂で晝飯《ひるめし》を食つた。「給仕がみんな女だから面白い。しかも中々|別嬪《べつぴん》がゐますぜ、白いエプロンを掛けてね。是非中で晝飯《ひるめし》を遣つて御覽なさい」と岡田が自分に注意したから、自分は皿を運んだりサイダーを注《つ》いだりする女を能く心付て見た。然し別に是といふ程の器量を有《も》つたものもゐなかつた。
 母と嫂《あによめ》は物珍らしさうに窓の外を眺めて、田舍めいた景色を賞し合つた。寶際|窓外《さうぐわい》の眺めは大阪を今離れた許《ばかり》の自分達には一つの變化であつた。ことに汽車が海岸近くを走るときは、松の緑と海の藍《あゐ》とで、煙に疲れた眼に爽《さわや》かな青色を射返《いかへ》した。木蔭から出たり隱れたりする屋根瓦の積み方も東京地方のものには珍らしかつた。
 「あれは妙だね。御寺かと思ふと、左右《さう》でもないし。二郎、矢つ張り百姓家なのかね」と母がわざ/\指をさして、比較的大きな屋根を自分に示した。
 自分は汽車の中で兄と隣り合せに坐つた。兄は何か考へ込んでゐた。自分は心の内で又例のが始まつたのぢやないかと思つた。少し話でもして機嫌を直さうか、それとも黙つて知らん顔をしてゐようかと躊躇した。兄は何か癪に障つた時でも、六《む》づかしい高尚な問題を考へてゐる時でも同じく斯んな樣子をするから、自分には一向《いつかう》見分が付かなかつた。
 自分は仕舞にとう/\思ひ切つて此方《こつち》から何か話を切り出さうとした。と云ふのは、向側《むかふがは》に腰を掛けてゐる母が、嫂《あによめ》と應對の相間々々《あひま/\》に、兄の顔を偸《ぬす》むやうに一二度見たからである。
 「兄さん、面白い話がありますがね」と自分は兄の方を見た。
 「何だ」と兄が云つた。兄の調子は自分の豫期した通り無愛想《ぶあいさう》であつた。然しそれは覺悟の前であつた。
 「つい此間《このあひだ》三澤から聞いた許《ばかり》の話ですがね。……」
 自分は例の精神病の娘さんが一旦|嫁《とつ》いだあと不縁になつて、三澤の宅《うち》へ引き取られた時、三澤の出る後《あと》を慕つて、早く歸つて來て頂戴と、何時《いつ》でも云ひ習はした話をしようと思つて一寸其所で句を切つた。すると兄は急に氣乘りのした樣な顔をして、「其話なら己《おれ》も聞いて知つてゐる。三澤が其女の死んだとき、冷たい額へ接吻《せつぷん》したといふ話だらう」と云つた。
 自分は喫驚《びつくり》した。
 「そんな事があるんですか。三澤は接吻《せつぷん》の事については一口も云ひませんでしたがね。皆《みん》な居る前でですか、三澤が接吻《せつぷん》したつて云ふのは」
 「夫《それ》は知らない。皆《みんな》の前で遣つたのか。又は外に人の居ない時に遣つたのか」
 「だつて三澤が只《たつ》た一人で其娘さんの死骸の傍《そば》にゐる筈がないと思ひますがね。もし誰もそばに居ない時|接吻《せつぷん》したとすると」
 「だから知らんと斷つてるぢやないか」
 自分は黙つて考へ込んだ。
 「一體兄さんは何うして、其んな話を知つてるんです」
 「Hから聞いた」
 Hとは兄の同僚で、三澤を教へた男であつた。其Hは三澤の保證人だつたから、少しは關係の深い間柄なんだらうけれども、何うして斯んな際どい話を聞き込んで、兄に傳へたものだらうか、夫《それ》は彼も知らなかつた。
 「兄さんは何故《なぜ》又今日|迄《まで》其話を爲《し》ずに黙つてゐたんです」と自分は最後に兄に聞いた。兄は苦《にが》い顔をして、「する必要がないからさ」と答へた。自分は樣子によつたらもつと肉薄して見ようかと思つてゐるうちに汽車が着いた。
 
     十一
 
 停車場《ステーシヨン》を出るとすぐ其處に電車が待つてゐた。兄と自分は手提鞄《てさげかばん》を持つた儘婦人を扶《たす》けて急いでそれに乘り込んだ。
 電車は自分|達《たち》四人が一度に這入つた丈《だけ》で、中々動き出さなかつた。
 「閑靜な電車ですね」と自分が侮《あな》どるやうに云つた。
 「是なら妾達《わたしたち》の荷物を乘つけても宜《よ》ささうだね」と母は停車場の方を顧《かへり》みた。
 所へ書物を持つた書生體《しよせいてい》の男だの、扇を使ふ商人風の男だのが二三人前後して車臺に上《のぼ》つてばら/\に腰を掛け始めたので、運轉手は遂に把手《ハンドル》を動かし出した。
 自分達は何だか市の外廓《ぐわいくわく》らしい淋《さむ》しい土塀《どべい》つゞきの狹い町を曲つて、二三度停留所を通り越した後《のち》、高い石垣の下にある濠《ほり》を見た。濠《ほり》の中には蓮《はす》が一面に青い葉を浮《うか》べてゐた。其青い葉の中に、點々と咲く紅《くれなゐ》の花が、落ち付かない自分達の眼をちら/\させた。
 「へえー是が昔のお城かね」と母は感心してゐた。母の叔母といふのが、昔し紀州家の奧に勤めてゐたとか云ふので、母は一層感慨の念が深かつたのだらう。自分も子供の時、折々耳にした紀州樣、紀州樣といふ對建時代の言葉を不圖《ふと》思ひ出した。
 和歌山市を通り越して少し田舍道を走ると、電車はぢき和歌の浦へ着いた。拔目《ぬけめ》のない岡田はかねてから注意して土地で一流の宿屋へ室《へや》の注文をしたのだが、生憎《あいにく》避暑の客が込み合つて、眺めの好い座敷が塞《ふさ》がつてゐるとかで、自分達は直《たゞち》に俥《くるま》を命じて濱手の角を曲つた。さうして海を眞前《まんまへ》に控へた高い三階の上層の一室に入つた。
 其處は南と西の開《あ》いた廣い座敷だつたが、普請《ふしん》は氣の利いた東京の下宿屋|位《ぐらゐ》なもので、品位からいふと大阪の旅館とはてんで比べ物にならなかつた。時々|大一座《おほいちざ》でもあつた時に使ふ二階は打《ぶ》つ通しの大廣問で、伽藍堂《がらんだう》の樣な眞中《まんなか》に立つて、波を打つた安疊を眺めると、何となく殺風景な感が起つた。
 兄は其大廣間に假の仕切として立てゝあつた六枚折の屏風《びやうぶ》を黙つて見てゐた。彼は斯ういふものに對して、父の薫陶《くんたう》から來た一種の鑑賞力を有《も》つてゐた。其|屏風《びやうぶ》には妙にべろ/\した葉の竹が巧《たくみ》に描《ゑが》かれてゐた。兄は突然|後《うしろ》を向いて「おい二郎」と云つた。
 其時兄と自分は下の風呂に行く積《つもり》で二人ながら手拭をさげてゐた。さうして自分は彼の二間|許《ばか》り後《うしろ》に立つて、屏風の竹を眺める彼を又眺めてゐた。自分は兄が此屏風の畫《ゑ》について、何かまた批評を加へるに違ひないと思つた。
 「何です」と答へた。
 「先刻《さつき》汽車の中で話しが出た、あの三澤の事だね。お前は何う思ふ」
 兄の質問は實際自分に取つて意外であつた。彼は何故《なぜ》其話しを今迄自分に聞かせなかつたと汽車の中で問はれた時、既に苦い顔をして必要がないからだと答へた許《ばかり》であつた。
 「例の接吻《キツス》の話ですか」と自分は聞き返した。
 「いえ接吻《キツス》ぢやない。其女が三澤の出る後《あと》を慕つて、早く歸つて來て頂戴と必ず云つたといふ方の話さ」
 「僕には兩方|共《とも》面白いが、接吻《キツス》の方が何だかより多く純粹で且《かつ》美しい氣がしますね」
 此時自分達は二階の梯子段を半分程|降《お》りてゐた。兄は其の中途でぴたりと留つた。
 「そりや詩的に云ふのだらう。詩を見る眼で云つたら、兩方|共《とも》等しく面白いだらう。けれども己《おれ》の云ふのは左右《さう》ぢやない。もつと實際問題にしての話だ」
 
     十二
 
 自分には兄の意味が能く解らなかつた。黙つて梯子段の下まで降《お》りた。兄も仕方なしに自分の後《あと》に跟《つ》いて來た。風呂場の入口で立ち留つた自分は、振り返つて兄に聞いた。
 「實際問題と云ふと、何ういふ事になるんですか。一寸僕には解らないんですが」
 兄は焦急《じれつ》たさうに説明した。
 「つまり其女がさ、三澤の想像する通り本當に彼《あ》の男を思つてゐたか、又は先の夫《をつと》に對して云ひたかつた事を、我慢して云はずにゐたので、精神病の結果ふら/\と口にし始めたのか、何方《どつち》だと思ふと云ふんだ」
 自分も此問題は始め其話を聞いた時、少し考へて見た。けれども何方《どつち》が何《ど》うだか到底分るべき筈の者でないと諦めて、それなり放《はふ》つて仕舞つた。それで自分は兄の質問に對して是といふ程の意見も持つてゐなかつた。
 「僕には解らんです」
 「左右《さう》か」
 兄は斯う云ひながら、矢つ張り風呂に這入らうともせず、其儘立つてゐた。自分も仕方なしに裸になるのを控へてゐた。風呂は思つたより小さく且つ多少古びてゐた。自分は先づ薄暗い風呂を覗き込んで、又兄に向《むか》つた。
 「兄さんには何か意見が有るんですか」
 「己《おれ》は何《ど》うしても其女が三澤に氣があつたのだとしか思はれんがね」
 「何故《なぜ》ですか」
 「何故《なぜ》でも己《おれ》はさう解釋するんだ」
 二人は其話の結末を付けずに湯に入つた。湯から上つて婦人|連《れん》と入代つた時、室《へや》には西日が一杯|射《さ》して、海の上は溶けた鐵の樣に熱く輝いた。二人は日を避けて次の室《へや》に這入つた。さうして其處で相對して坐つた時、先刻《さつき》の問題が又兄の口から語頭に上《のぼ》つた。
 「己《おれ》は何《どう》しても斯う思ふんだがね……」
 「えゝ」と自分は只|大人《おとな》しく聞いてゐた。
 「人間は普通の場合には世間の手前とか義理とかで、いくら云ひ度くつても云へない事が澤山あるだらう」
 「夫《それ》は澤山あります」
 「けれども夫《それ》が精神病になると――と云ふと凡《すべ》ての精神病を含めて云ふやうで、醫者から笑はれるかも知れないが、――然し精神病になつたら、大變氣が樂《らく》になるだらうぢやないか」
 「左右《さう》云ふ種類の患者もあるでせう」
 「所でさ、もし其女が果《はた》して左右《さう》いふ種類の精神病患者だとすると、凡《すべ》て世間|並《なみ》の責任は其女の頭の中から消えて無くなつて仕舞ふに違なからう。消えて無くなれば、胸に浮かんだ事なら何でも構はず露骨に云へるだらう。さうすると、其女の三澤に云つた言葉は、普通我々が口にする好い加減な挨拶よりも遙に誠の籠《こも》つた純粹のものぢやなからうか」
 自分は兄の解釋にひどく感服して仕舞つた。「夫《それ》は面白い」と思はず手を拍《う》つた。すると兄は案外不機嫌な顔をした。
 「面白いとか面白くないとか云ふ浮いた話ぢやない。二郎、實際今の解釋が正確だと思ふか」と問ひ詰める樣に聞いた。
 「左右《さう》ですね」
 自分は何となく躊躇しなければならなかつた。
 「噫々《あゝ/\》女も氣狂《きちがひ》にして見なくつちや、本體は到底解らないのかな」
 兄は斯う云つて苦しい溜息を洩らした。
 
     十三
 
 宿の下には可成《かなり》大きな掘割《ほりわり》があつた。それが何《ど》うして海へつゞいてゐるか一寸解らなかつたが、夕方には漁船が一二艘何所からか漕ぎ寄せて來て、緩《ゆる》やかに樓の前を通り過ぎた。
 自分達は其掘割に沿うて一二丁右の方へ歩いた後《あと》、又左へ切れて田圃路《たんぼみち》を横切り始めた。向ふを見ると、田の果《はて》がだら/\坂の上《のぼ》りになつて、其を上《のぼ》り盡した土手の縁《ふち》には、松が左右に長く續いてゐた。自分達の耳には大きな波の石に碎ける音がどどん/\と聞えた。三階から見ると其碎けた波が忽然白い煙となつて空《くう》に打上げられる樣《さま》が、明かに見えた。
 自分達は遂に其土手の上へ出た。波は土手のもう一つ先にある厚く築き上げられた石垣に當つて、見事に粉微塵《こみぢん》となつた末、※[者/火]え返るやうな色を起して空《くう》を吹くのが常であつたが、偶《たま》には崩れたなり石垣の上を流れ越えて、ざつと内側へ落ち込んだりする大きいのもあつた。
 自分達はしばらく其壯觀に見惚《みと》れてゐたが、やがて強い浪の響きを耳にしながら歩き出した。其時母と自分は、是が片男波《かたをなみ》だらうと好い加減な想像を話の種に二人|並《なら》んで歩いた。兄夫婦は自分達より少し先へ行つた。二人とも浴衣掛《ゆかたがけ》で、兄は細い洋杖《ステツキ》を突いてゐた。嫂《あによめ》は又幅の狹い御殿模樣か何かの麻の帶を締めてゐた。彼等は自分達より殆んど二十間ばかり先へ出てゐた。さうして二人とも並んで足を運ばして行つた。けれども彼等の間には彼是《かれこれ》一間の距離があつた。母はそれを氣にする樣な、又氣にしない樣な眼遣《めづかひ》で、時々見た。其見方が又餘りに神經的なので、母の心は此二人について何事かを考へながら歩いてゐるとしか思へなかつた。けれども自分は話しの面倒になるのを恐れたから、素知《そし》らぬ顔をしてわざと緩々《ゆる/\》歩いた。さうして成るべく呑《の》ん氣《き》さうに見せる積《つもり》で母を笑はせるやうな剽輕《へうきん》な事ばかり饒舌《しやべ》つた。母は何時《いつ》もの通り「二郎、御前見たいに暮して行けたら、世間に苦はあるまいね」と云つたりした。
 仕舞に彼女はとう/\堪《こら》へ切れなくなつたと見えて、「二郎あれを御覽」と云ひ出した。
 「何ですか」と自分は聞き返した。
 「あれだから本當に困るよ」と母が云つた。其時母の眼は先へ行く二人の後姿を凝《ぢつ》と見詰めてゐた。自分は少くとも彼女の困ると云つた意味を表向《おもてむき》承認しない譯に行かなかつた。
 「又何か兄さんの氣に障る事でも出來たんですか」
 「そりやあの人の事だから何とも云へないがね。けれども夫婦となつた以上は、お前、いくら且那が素《そ》つ氣《け》なくしてゐたつて、此方《こつち》は女だもの。直《なほ》の方から少しは機嫌の直《なほ》るやうに仕向けて呉れなくつちや困るぢやないか。あれを御覽な、あれぢや丸《まる》であかの他人が同《おん》なじ方角へ歩いて行くのと違《ちが》やしないやね。なんぼ一郎だつて直《なほ》に傍《そば》へ寄つて呉れるなと頼みやしまいし」
 母は無言の儘離れて歩いてゐる夫婦のうちで、唯|嫂《あによめ》の方にばかり罪を着せたがつた。是には多少自分にも同感な所もあつた。さうして此同感は平生から兄夫婦の關係を傍《はた》で見てゐるものゝ胸には屹度《きつと》起る自然のものであつた。
 「兄さんは又何か考へ込んでゐるんですよ。夫《それ》で姉さんも遠慮してわざと口を利かずにゐるんでせう」
 自分は母の爲にわざと斯んな氣休《きやす》めを云つて胡魔化《ごまか》さうとした。
 
     十四
 
 「たとひ何か考へて居るにしてもだね。直《なほ》の方があゝ無頓着ぢや片つ方でも口の利きやうがないよ。丸《まる》でわざ/\離れて歩いてゐるやうだもの」
 兄に同情の多い母から見ると、嫂《あによめ》の後姿は、如何《いか》にも冷淡らしく思はれたのだらう。が自分はそれに對して何とも答へなかつた。たゞ歩きながら嫂《あによめ》の性格をもつと一般的に考へるやうになつた。自分は母の批評が滿更《まんざら》當つてゐないとも思はなかつた。けれども我肉身の子を可愛《かはい》がり過ぎるせゐで、少し彼女の缺點を苛酷《かこく》に見て居はしまいかと疑つた。
 自分の見た彼女は決して温《あたゝ》かい女ではなかつた。けれども相手から熱を與へると、温《あたゝ》め得る女であつた。持つて生れた天然の愛嬌《あいけう》のない代りには、此方《こつち》の手加減で隨分愛嬌を搾《しぼ》り出す事の出來る女であつた。自分は腹の立つ程の冷淡さを嫁入後《よめいりご》の彼女《かのぢよ》に見出《みいだ》した事が時々あつた。けれども矯《た》め難い不親切や殘酷心はまさかにあるまいと信じてゐた。
 不幸にして兄は今自分が嫂《あによめ》について云つた樣な氣質を多量に具へてゐた。從つて同じ型に出來上つた此夫婦は、己《おの》れの要するものを、要する事の出來ないお互に對して、初手《しよて》から求め合つてゐて、未《いま》だにしつくり反《そり》が合はずに居るのではあるまいか。時々兄の機嫌の好い時|丈《だけ》、嫂《あによめ》も喩快さうに見えるのは、兄の方が熱し易い性《たち》丈《だけ》に、女に働き掛ける温《あたゝ》か味《み》の功力《くりき》と見るのが當然だらう。さうでない時は、母が嫂《あによめ》を冷淡過ぎると評する樣に、嫂《あによめ》も亦兄を冷淡過ぎると腹のうちで評してゐるかも知れない。
 自分は母と並んで歩きながら先へ行く二人を斯んなに考へた。けれども母に對してはそんな六づかしい理窟を云ふ氣にはなれなかつた。すると「何うも不思議だよ」と母が云ひ出した。
 「一體|直《なほ》は愛嬌のある質《たち》ぢやないが、御父さんや妾《わたし》には何時《いつ》だつて同《おん》なじ調子だがね。二郎、御前にだつて左右《さう》だらう」
 是は全く母の云ふ通りであつた。自分は元來|性急《せつかち》な性分で、よく大きな聲を出したり、怒鳴《どな》り付けたりするが、不思議にまだ嫂《あによめ》と喧嘩をした例《ためし》はなかつたのみならず、場合によると、兄よりも却《かへ》つて心置なく話をした。
 「僕にも左右《さう》ですがね。成程さう云はれゝば少々變には違ない」
 「だからさ妾《わたし》には直《なほ》が一郎に對して丈《だけ》、わざ/\、彼《あ》んな風をつらあてがましく遣つてゐる樣に思はれて仕方がないんだよ」
 「まさか」
 自白すると自分は此間題を母程|細《こま》かく考へてゐなかつた。從つてそんな疑ひを挾《さしは》さむ餘地がなかつた。あつても其原因が第一不審であつた。
 「だつて宅中《うちぢゆう》で兄さんが一番大事な人ぢやありませんか、姉さんに取つて」
 「だからさ。御母さんには譯が解らないと云ふのさ」
 自分には折角斯んな景色の好い所へ來ながら、際限もなく母を相手に、嫂《あによめ》を陰で評してゐるのが馬鹿らしく感ぜられてきた。
 「其内|機會《をり》があつたら、姉さんにまた能く腹の中《なか》を僕から聞いて見ませう。何心配する程の事はありませんよ」と云ひ切つて、向《むかふ》の石垣迄突き出してゐる掛茶屋から防波堤の上に馳《か》け上つた。さうして、精一杯の聲を揚げて、「おーい/\」と呼んだ。兄夫婦は驚いて振り向いた。其時石の堤に當つて碎けた波が、吹き上《あ》げる泡と脚を洗ふ流れとで、自分を濡鼠《ぬれねずみ》の如くにした。
 自分は母に叱られながら、ぽた/\雫《しづく》を垂らして、三人と共に宿に歸つた。とどん/\といふ波の音が、歸り道|中《ぢゆう》自分の鼓膜に響いた。
 
     十五
 
 其晩自分は母と一所に眞白な蚊帳の中に寢た。普通の麻よりは遙に薄く出來てゐるので、風が來て綺麗なレースを弄《もてあそ》ぶ樣《さま》が凉しさうに見えた。
 「好い蚊帳ですね。宅《うち》でも一つ斯んなのを買はうぢやありませんか」と母に勸めた。
 「是りや見てくれ丈《だけ》は綺麗だが、それ程高いものぢやないよ。却《かへ》つて宅《うち》にあるあの白麻の方が上等なんだよ。たゞ此方《こつち》のはうが輕くつて、繼ぎ目がない丈《だけ》に華奢《きやしや》に見えるのさ」
 母は昔もの丈《だけ》あつて宅《うち》にある岩國《いはくに》か何處かで出來る麻の蚊帳の方を賞めてゐた。
 「だいち寢冷《ねびえ》をしない丈《だけ》でも彼方《あつち》の方が得ぢやないか」と云つた。
 下女が來て障子を締め切つてから、蚊帳は少しも動かなくなつた。
 「急に暑苦しくなりましたね」と自分は嘆息するやうに云つた。
 「左右《さう》さね」と答へた母の言葉は、丸で暑さが苦にならない程《ほど》落付いてゐた。それでも團扇遣《うちはづかひ》の音|丈《だけ》は微《かす》かに聞こえた。
 母はそれから弗《ふつ》つり口を利かなくなつた。自分も眼を眠つた。襖《ふすま》一つ隔てた隣座敷には兄夫婦が寢てゐた。これは先刻《さつき》から靜であつた。自分の話相手がなくなつて此方《こつち》の室《へや》が急に寂《ひつ》そりして見ると、兄の室《へや》は猶《なほ》森閑と自分の耳を澄ました。
 自分は眼を閉ぢた儘|凝《ぢつ》としてゐた。然し何時《いつ》迄《まで》經《た》つても寢つかれなかつた。仕舞には靜さに祟《たゝ》られたやうな此暑い苦しみを痛切に感じ出した。それで母の眠を妨げない樣にそつと蒲團の上に起き直つた。それから蚊帳の裾を捲《まく》つて縁側へ出る氣で、成る可く音のしない樣に障子をすうと開《あ》けに掛つた。すると今迄寢入つてゐたと許《ばかり》思つた母が突然「二郎何處へ行くんだい」と聞いた。
 「あんまり寢苦しいから、縁側へ出て少し凉まうと思ひます」
 「左右《さう》かい」
 母の聲は明晰で落ち付いてゐた。自分は其調子で、彼女がまんじりともせずに今迄起きてゐた事を知つた。
 「御母さんも、まだ御休みにならないんですか」
 「えゝ寢床の變つた所爲《せゐ》か何だか勝手が違つてね」
 自分は貸浴衣《かしゆかた》の腰に三尺帶を一重《ひとへ》廻した丈《だけ》で、懷へ敷島の袋と燐寸《マツチ》を入れて縁側へ出た。縁側には白いカ※[ワに濁点]ーの掛つた椅子が二脚|程《ほど》出てゐた。自分は其一脚を引き寄せて腰を掛けた。
 「餘りがた/\云はして、兄さんの邪魔になると不可《いけ》ないよ」
 母から斯う注意された自分は、煙草を吹かしながら黙つて、夢のやうな眼前《めのまへ》の景色を眺めてゐた。景色は夜と共に無論ぼんやりしてゐた。月のない晩なので、殊更《ことさら》暗いものが蔓《はびこ》り過ぎた。其うちに晝間見た土手の松並木|丈《だけ》が一際《ひときは》黒ずんで左右に長い帶を引き渡してゐた。其下に浪の碎けた白い泡が夜の中に絶間なく動搖するのが、比較的刺戟|強《づよ》く見えた。
 「もう好い加減に御這入りよ。風邪でも引くと不可《いけ》ないから」
 母は障子の内から斯う云つて注意した。自分は椅子に倚《よ》りながら、母に夜の景色を見せようと思つて一寸勸めたが、彼女は應じなかつた。自分は素直に又蚊帳の中に這入つて、枕の上に頭を着けた。
 自分が蚊帳を出たり這入つたりした間、兄夫婦の室《へや》は森《しん》として元の如く靜かであつた。自分が再び床に着いた後《あと》も依然として同じ沈黙に鎖《とざ》されてゐた。たゞ防波堤に當つて碎ける浪の音のみが、どどん/\と何時《いつ》迄《まで》も響いた。
 
     十六
 
 朝起きて膳に向つた時見ると、四人《よつたり》は悉《こと/”\》く寢足らない顔をしてゐた。さうして四人《よつたり》とも其寐足らない雲を膳の上に打ちひろげてわざと會話を陰氣にしてゐるらしかつた。自分も變に窮屈だつた。
 「昨夕《ゆうべ》食つた鯛《たひ》の焙烙蒸《はうろくむし》に中《あ》てられたらしい」と云つて、自分は不味《まづ》さうな顔をして席を立つた。手摺《てすり》の所へ來て、隣に見える東洋第一エレ?ーターと云ふ看板を眺めてゐた。此昇降器は普通のやうに、家の下層から上層に通じてゐるのとは違つて、地面から岩山の頂《いたゞき》まで物數寄《ものずき》な人間を引き上げる仕掛であつた。所にも似ず無風流な裝置には違ないが、淺草にもまだない新しさが、昨日《きのふ》から自分の注意を惹いてゐた。
 果《はた》して早起の客が二人三人ぼつ/\もう乘り始めた。早く食事を終へた兄は何時《いつ》の間《ま》にか、自分の後《うしろ》へ來て、小楊枝を使ひながら、上《のぼ》つたり下《お》りたりする鐵の箱を自分と同じ樣に眺めてゐた。
 「二郎、今朝一寸あの昇降器へ乘つて見ようぢやないか」と兄が突然云つた。
 自分は兄にしては些《ち》と子供らしい事を云ふと思つて、ひよつと後《うしろ》を顧みた。
 「何だか面白さうぢやないか」と兄は柄にもない稚氣《ちき》を言葉に現した。自分は昇降器へ乘るのは好いが、ある目的地へ行けるか何うか夫《それ》が危《あや》しかつた。
 「何處へ行けるんでせう」
 「何處だつて構はない。さあ行かう」
 自分は母と嫂《あによめ》も無論一所に連れて行く積《つもり》で、「さあ/\」と大きな聲で呼び掛けた。すると兄は急に自分を留めた。
 「二人で行かう。二人|限《ぎり》で」と云つた。
 そこへ母と嫂《あによめ》が「何處へ行くの」と云つて顔を出した。
 「何一寸あのエレ?ーターへ乘つて見るんです。二郎と一所に。女には劔呑《けんのん》だから、御母さんや直《なほ》は止した方が好いでせう。僕等がまあ乘つて、試して見ますから」
 母は虚空《こくう》に昇つて行く鐵の箱を見ながら氣味の惡さうな顔をした。
 「直《なほ》お前何うするい」
 母が斯う聞いた時、嫂《あによめ》は例の通り淋《さむ》しい靨《ゑくぼ》を寄せて「妾《わたくし》は何うでも構ひません」と答へた。それが大人《おとな》しいとも取れるし、又聽きやうでは、冷淡とも無愛想とも取れた。夫《それ》を自分は兄に對して氣の毒と思ひ嫂《あによめ》に對しては損だと考へた。
 二人は浴衣掛《ゆかたがけ》で宿を出ると、すぐ昇降器へ乘つた。箱は一間四方|位《くらゐ》のもので、中に五六人這入ると戸を閉めて、すぐ引き上げられた。兄と自分は顔さへ出す事の出來ない鐵の棒の間から外を見た。さうして非常に欝陶《うつたう》しい感じを起した。
 「牢屋見たいだな」と兄が低い聲で私語《さゝや》いた。
 「左右《さう》ですね」と自分が答へた。
 「人間も此通りだ」
 兄は時々斯んな哲學者めいた事をいふ癖があつた。自分は只「左右《さう》ですな」と答へた丈《だけ》であつた。けれども兄の言葉は單に其輪廓|位《ぐらゐ》しか自分には呑み込めなかつた。
 牢屋に似た箱の上《のぼ》り詰めた頂點は、小さい石山の天邊《てつぺん》であつた。其處々に脊の低い松が噛《かじ》りつくやうに青味を添へて、單調を破るのが、夏の眼に嬉しく映つた。さうして僅な平地《ひらち》に掛茶庭があつて、猿が一匹飼つてあつた。兄と自分は猿に芋を遣つたり、調戯《からか》つたりして、物の十分も其茶屋で費やした。
 「何處か二人|丈《だけ》で話す所はないかな」
 兄は斯う云つて四方《あたり》を見渡した。其眼は本當に二人|丈《だけ》で話の出來る靜かな場所を見付けてゐるらしかつた。
 
     十七
 
 其處は高い地勢のお蔭で四方とも能く見晴らされた。ことに有名な紀三井寺《きみゐでら》を蓊欝《こんもり》した木立《こだち》の中に遠く望む事が出來た。其|麓《ふもと》に入江らしく穩かに光る水が又|海濱《かいひん》とは思はれない澤邊《さはべ》の景色を、複雜な色に描《ゑが》き出してゐた。自分は傍《そば》に居る人から淨瑠璃《じやうるり》にある下《さが》り松《まつ》といふのを教へて貰つた。其松は成程懸崖を傳ふ樣に逆《さか》に枝を伸《の》してゐた。
 兄は茶店の女に、此處いらで靜な話をするに都合の好い場所はないかと尋ねてゐたが、茶店の女は兄の問が解らないのか、何を云つても少しも要領を得なかつた。さうして地方訛《ちはうなまり》ののし〔二字傍点〕とかいふ語尾を頻に繰返した。
 仕舞に兄は「ぢや其|權現樣《ごんげんさま》へでも行くかな」と云ひ出した。
 「權現樣《ごんげんさま》も名所の一つだから好いでせう」
 二人はすぐ山を下りた。俥《くるま》にも乘らず、傘《かさ》も差さず、麥藁帽子|丈《だけ》被つて暑い砂道を歩いた。斯うして兄と一所に昇降器へ乘つたり、權現へ行つたりするのが、其日は自分に取つて、何だか不安に感ぜられた。平生でも兄と差向ひになると多少|氣不精《きぶつせい》には違なかつたけれども、其日程落付かない事も亦珍らしかつた。自分は兄から「おい二郎二人で行かう、二人|限《ぎり》で」と云はれた時から既に變な心持がした。
 二人は額から油汗をぢり/\湧かした。其上に自分は實際|昨夕《ゆうべ》食つた鯛の焙烙蒸《はうろくむし》に少し中《あ》てられてゐた。そこへ段々高くなる太陽が容赦なく具合の惡い頭を照らしたので、自分は仕方なしに黙つて歩いてゐた。兄も無言の儘《まゝ》體を運ばした。宿で借りた粗末な下駄がさく/\砂に喰ひ込む音が耳に付いた。
 「二郎何うかしたか」
 兄の聲は全く藪から棒が急に出た樣に自分を驚かした。
 「少し心持が變です」
 二人は又無言で歩き出した。
 漸く權現の下へ來た時、細い急な石段を仰ぎ見た自分は、其高いのに辟易《へきえき》する丈《だけ》で、容易に登る勇氣は出し得なかつた。兄は其下に並べてある藁草履を突掛けて十段ばかり一人で上《のぼ》つて行つたが、後《あと》から續かない自分に氣が付いて、「おい來ないか」と嶮《けは》しく呼んだ。自分も仕方なしに婆さんから草履を一足借りて、骨を折つて石段を上《のぼ》り始めた。夫《それ》でも中途位から一歩ごとに膝の上に兩手を置いて、身體の重みを託さなければならなかつた。兄を下から見上げると左《さ》も焦熱《じれ》つたさうに頂上の山門の角に立つてゐた。
 「丸で醉つ拂ひの樣ぢやないか、段々を筋遠《すぢかひ》に練《ね》つて歩くざまは」
 自分は何と評されても構はない氣で、早速帽子を地《ぢ》の上に投げると同時に、肌を拔いだ。扇を持たないので、手にした手帛《ハンケチ》でしきりに胸の邊《あた》りを拂つた。自分は後《うしろ》から「おい二郎」と屹度《きつと》何か云はれるだらうと思つて、内心穩かでなかつた所爲《せゐ》か、汗に濡れた手帛《ハンケチ》を無暗に振り動かした。さうして「暑い暑い」と續けさまに云つた。
 兄は軈《やが》て自分の傍《そば》へ來て其處にあつた石に腰を卸《おろ》した。其石の後《うしろ》は篠竹《しのだけ》が一面に生えて遙《はるか》の下迄石垣の縁《ふち》を隱す樣に茂つてゐた。其中から大きな椿が所々に白茶《しらちや》けた幹を現すのが殊に目立つて見えた。
 「成程此處は靜だ。此處なら悠《ゆつ》くり話が出來さうだ」と兄は四方《あたり》を見廻した。
 
     十八
 
 「二郎少し御前に話があるがね」と兄が云つた。
 「何です」
 兄は少時《しばらく》逡巡《しゆんじゆん》して口を開《ひら》かなかつた。自分は又それを聞くのが厭さに、催促もしなかつた。
 「此處は凉しいですね」と云つた。
 「あゝ凉しい」と兄も答へた。
 實際其處は日影に遠い所爲《せゐ》か凉しい風の通ふ高みであつた。自分は三四分|手帛《ハンケチ》を動かした後《のち》、急に肌を入れた。山門の裏には物寂びた小さい拜殿があつた。餘程古い建物と見えて、軒に彫付けた獅子の頭|抔《など》は繪の具が半分剥げかゝつてゐた。
 自分は立つて山門を潜《くゞ》つて拜殿の方へ行つた。
 「兄さん此方《こつち》の方がまだ凉しい。此方《こつち》へ入らつしやい」
 兄は答へもしなかつた。自分は夫《それ》を機《しほ》に拜殿の前面を左右に逍遙した。さうして暑い日を遮《さへぎ》る高い常磐木《ときはぎ》を見てゐた。所へ兄が不平な顔をして自分に近づいて來た。
 「おい少し話しがあるんだと云つたぢやないか」
 自分は仕方なしに拜殿の段々に腰を掛けた。兄も自分に並んで腰を掛けた。
 「何ですか」
 「實は直《なほ》の事だがね」と兄は甚だ云ひ惡《にく》い所をやつと云ひ切つたといふ風に見えた。自分は「直《なほ》」といふ言葉を聞くや否や冷《ひや》りとした。兄夫婦の間柄は母が自分に訴へた通り、自分にも大抵は呑み込めてゐた。さうして母に約束した如く、自分は何時《いつ》か折を見て、嫂《あによめ》に腹の中《なか》をとつくり聽糺《きゝたゞ》した上、此方《こつち》から其知識をもつて、積極的に兄に向《むか》はうと思つてゐた。それを自分が遣らないうちに、若し兄から先《せん》を越されでもすると困るので、自分はひそかに其處を心配してゐた。實を云ふと、今朝兄から「二郎、二人で行かう、二人|限《ぎり》で」と云はれた時、自分は或は此間題が出るのではあるまいかと掛念《けねん》して自《おのづ》と厭になつたのである。
 「嫂《ねえ》さんが何うかしたんですか」と自分は已《やむ》を得ず兄に聞き返した。
 「直《なほ》は御前に惚れてるんぢやないか」
 兄の言葉は突然であつた。且《かつ》普通兄の有《も》つてゐる品格にあたひしなかつた。
 「何うして」
 「何うしてと聞かれると困る。夫《そ》れから失禮だと怒られては猶《なほ》困る。何も文《ふみ》を拾つたとか、接吻《せつぷん》した所を見たとか云ふ實證から來た話ではないんだから。本當いふと表向《おもてむき》こんな愚劣な問を、苟《いや》しくも夫《をつと》たる己《おれ》が、他人に向つて掛けられた譯のものではない。ないが相手が御前だから己《おれ》も己《おれ》の體面を構はずに、聞き惡《にく》い所を我慢して聞くんだ。だから云つて呉れ」
 「だつて嫂《ねえ》さんですぜ相手は。夫《をつと》のある婦人、殊に現在の嫂《あによめ》ですぜ」
 自分は斯う答へた。さうして斯う答へるより外に何と云ふ言葉も出なかつた。
 「それは表面の形式から云へば誰もさう答へなければならない。御前も普通の人間だからさう答へるのが至當だらう。己《おれ》も其|一言《いちごん》を聞けば只《たゞ》恥ぢ入るより外に仕方がない。けれども二郎御前は幸ひに正直な御父さんの遺傳を受けてゐる。それに近頃の、何事も隱さないといふ主義を最高のものとして信じてゐるから聞くのだ。形式上の答へは己《おれ》にも聞かない先から解つてゐるが、たゞ聞きたいのは、もつと奧の奧の底にある御前の感じだ。その本當の所を何うぞ聞かして呉れ」
 
     十九
 
 「そんな腹の奧の奧底にある感じなんて僕に有る筈がないぢやありませんか」
 斯う答へた時、自分は兄の顔を見ないで、山門の屋根を眺めてゐた。兄の言葉はしばらく自分の耳に聞こえなかつた。すると其れが一種の癇高《かんだか》い、さも昂奮を抑へたやうな調子になつて響いて來た。
 「おい二郎何だつて其んな輕薄な挨拶をする。己《おれ》と御前は兄弟ぢやないか」
 自分は驚いて兄の顔を見た。兄の顔は常磐木《ときはぎ》の影で見る所爲《せゐ》か稍《やゝ》蒼味《あをみ》を帶びてゐた。
 「兄弟ですとも。僕はあなたの本當の弟《おとゝ》です。だから本當の事を御答へした積《つもり》です。今云つたのは決して空々しい挨拶でも何でもありません。眞底さうだから左右《さう》いふのです」
 兄の神經の鋭敏な如く自分は熱しやすい性急《せつかち》であつた。平生の自分なら或は斯んな返事は出なかつたかも知れない。兄は其時簡單な一句を射た。
 「屹度《きつと》」
 「えゝ屹度《きつと》」
 「だつて御前の顔は赤いぢやないか」
 實際其時の自分の顔は赤かつたかも知れない。兄の面色《めんしよく》の蒼いのに反して、自分は我知らず、兩方の頬の熱《ほて》るのを強く感じた。其上自分は何と返事をして好いか分らなかつた。
 すると兄は何と思つたか忽ち階段から腰を起した。さうして腕組をしながら、自分の席を取つてゐる前を右左《みぎひだり》に歩き出した。自分は不安な眼をして、彼の姿を見守つた。彼は始めから眼を地面の上に落してゐた。二三度自分の前を横切つたけれども決して一遍も其眼を上げて自分を見なかつた。三度目に彼は突如として、自分の前に來て立ち留つた。
 「二郎」
 「はい」
 「おれは御前の兄だつたね。誠に子供らしい事を云つて濟まなかつた」
 兄の眼の中には涙が一杯溜つてゐた。
 「何故《なぜ》です」
 「おれは是でも御前より學問も餘計した積《つもり》だ。見識も普通の人間より持つてゐると許《ばかり》今日《こんにち》迄《まで》考へてゐた。所があんな子供らしい事をつい口にして仕舞つた。まことに面目《めんぼく》ない。何うぞ兄を輕蔑して呉れるな」
 「何故です」
 自分は簡單な此問を再び繰返した。
 「何故ですとさう眞面目に聞いて呉れるな。あゝ己《おれ》は馬鹿だ」
 兄は斯う云つて手を出した。自分はすぐ其手を握つた。兄の手は冷たかつた。自分の手も冷たかつた。
 「たゞ御前の顔が少し許《ばかり》赤くなつたからと云つて、御前の言葉を疑ぐるなんて、まことに御前の人格に對して濟まない事だ。何うぞ堪忍して呉れ」
 自分は兄の氣質が女に似て陰晴常なき天候の如く變るのを能く承知してゐた。然し一《ひ》と見識《けんしき》ある彼の特長として、自分にはそれが天眞爛漫《てんしんらんまん》の子供らしく見えたり、又は玉のやうに玲瓏《れいろう》な詩人らしく見えたりした。自分は彼を尊敬しつゝも、何處か馬鹿にし易い所のある男の樣に考へない譯に行かなかつた。自分は彼の手を握つた儘「兄さん、今日は頭が何うかして居るんですよ。そんな下らない事はもう是限《これぎり》にして徐々《そろ/\》歸らうぢやありませんか」と云つた。
 
     二十
 
 兄は突然自分の手を放した。けれども決して其處を動かうとしなかつた。元の通り立つた儘何も云はずに自分を見下《みおろ》した。
 「御前|他《ひと》の心が解るかい」と突然聞いた。
 今度は自分の方が何も云はずに兄を見上げなければならなかつた。
 「僕の心が兄さんには分らないんですか」と稍《やゝ》間《あひだ》を置いて云つた。自分の答には兄の言葉より一種の根強さが籠つてゐた。
 「御前の心は己《おれ》に能く解つてゐる」と兄はすぐ答へた。
 「ぢや夫《それ》で好いぢやありませんか」と自分は云つた。
 「いや御前の心ぢやない。女の心の事を云つてるんだ」
 兄の言語のうち、後《あと》一句には火の付いたやうな鋭さがあつた。其鋭さが自分の耳に一種異樣の響を傳へた。
 「女の心だつて男の心だつて」と云ひ掛けた自分を彼は急に遮つた。
 「御前は幸福な男だ。恐らくそんな事をまだ研究する必要が出て來なかつたんだらう」
 「そりや兄さんの樣な學者ぢやないから……」
 「馬鹿云へ」と兄は叱り付けるやうに叫んだ。
 「書物の研究とか心理學の説明とか、そんな廻り遠い研究を指すのぢやない。現在自分の眼前に居て、最も親しかるべき筈の人、其人の心を研究しなければ、居ても立つても居られないといふやうな必要に出逢つた事があるかと聞いてるんだ」
 最も親しかるべき筈の人と云つた兄の意味は自分にすぐ解つた。
 「兄さんは餘《あん》まり考へ過ぎるんぢやありませんか、學問をした結果。もう少し馬鹿になつたら好いでせう」
 「向ふでわざと考へさせるやうに仕向けて來るんだ。己《おれ》の考へ慣れた頭を逆《ぎやく》に利用して。何うしても馬鹿にさせて呉れないんだ」
 自分は茲《こゝ》にいたつて、殆んど慰藉の辭《じ》に窮した。自分より幾倍立派な頭を有《も》つてゐるか分らない兄が、斯んな妙な問題に對して自分より幾倍頭を惱めてゐるかを考へると、甚だ氣の毒でならなかつた。兄が自分より神經質な事は、兄も自分もよく承知してゐた。けれども今迄兄から斯う歇私的里的《ヒステリてき》に出られた事がないので、自分も實は途方に暮れて仕舞つた。
 「御前メレヂスといふ人を知つてるか」と兄が聞いた。
 「名前|丈《だけ》は聞いてゐます」
 「あの人の書翰集《しよかんしふ》を讀んだ事があるか」
 「讀む所《どころ》か表紙を見た事も有りません」
 「左右《さう》か」
 彼は斯う云つて再び自分の傍《そば》へ腰を掛けた。自分は此時始めて懷中に數島の袋と燐寸《マツチ》のある事に氣が付いた。それを取り出して、自分から先づ火を點《つ》けて兄に渡した。兄は器械的にそれを吸つた。
 「其人の書翰《しよかん》の一つのうちに彼は斯んな事を云つてゐる。――自分は女の容貌に滿足する人を見ると羨ましい。女の肉に滿足する人を見ても羨ましい。自分は何うあつても女の靈《れい》といふか魂《たましひ》といふか、所謂《いはゆる》スピリツトを攫《つか》まなければ滿足が出來ない。それだから何うしても自分には戀愛事件が起らない」
 「メレヂスつて男は生涯獨身で暮したんですかね」
 「そんな事は知らない。又そんな事は何うでも構はないぢやないか。然し二郎、おれが靈《れい》も魂《たましひ》も所謂《いはゆる》スピリツトも攫《つか》まない女と結婚してゐる事|丈《だけ》は慥《たしか》だ」
 
     二十一
 
 兄の顔には苦悶の表情があり/\と見えた。色々な點に於て兄を尊敬する事を忘れなかつた自分は、此時胸の奧で殆んど恐怖に近い不安を感ぜずには居られなかつた。
 「兄さん」と自分はわざと落付き拂つて云つた。
 「何だ」
 自分は此答を聞くと同時に立つた。さうして、殊更《ことさら》に兄の腰を掛けてゐる前を、先刻《さつき》兄が遣つたと同じ樣に、然し全く別の意味で、右左《みぎひだり》へと二三度横切つた。兄は自分には丸《まる》で無頓着に見えた。兩手の指を、少し長くなつた髪の間に、櫛《くし》の齒の樣に深く差し込んで下を向いてゐた。彼は大變|色澤《いろつや》の好い髪の所有者であつた。自分は彼の前を横切る度に、其|漆黒《しつこく》の髪と其《その》間《あひだ》から見える關節の細い、華奢《きやしや》な指に眼を惹《ひ》かれた。其指は平生から自分の眼には彼の神經質を代表する如く優しく且《かつ》骨張つて映つた。
 「兄さん」と自分が再び呼掛けた時、彼は漸く重さうに頭を上げた。
 「兄さんに對して僕が斯んな事をいふと甚だ失禮かも知れませんがね。他《ひと》の心なんて、いくら學問をしたつて、研究をしたつて、解りつこないだらうと僕は思ふんです。兄さんは僕よりも偉い學者だから固《もと》より其處に氣が付いて居らつしやるでせうけれども、いくら親しい親子だつて兄弟だつて、心と心は只通じてゐるやうな氣持がする丈《だけ》で、實際向ふと此方《こつち》とは身體が離れてゐる通り心も離れてゐるんだから仕樣がないぢやありませんか」
 「他《ひと》の心は外から研究は出來る。けれども其心に爲《な》つて見る事は出來ない。其位の事なら己《おれ》だつて心得てゐる積《つもり》だ」
 兄は吐き出すやうに、又|懶《ものう》さうに斯う云つた。自分はすぐ其|後《あと》に跟《つ》いた。
 「それを超越するのが宗教なんぢやありますまいか。僕なんぞは馬鹿だから仕方がないが、兄さんは何でも能く考へる性質《たち》だから……」
 「考へる丈《だけ》で誰が宗教心に近づける。宗教は考へるものぢやない、信じるものだ」
 兄は左《さ》も忌々しさうに斯う云ひ放つた。さうして置いて、「あゝ己《おれ》は何《ど》うしても信じられない。何うしても信じられない。たゞ考へて、考へて、考へる丈《だけ》だ。二郎、何《ど》うか己《おれ》を信じられる樣にして呉れ」と云つた。
 兄の言葉は立派な教育を受けた人の言葉であつた。然し彼の態度は殆んど十八九の子供に近かつた。自分はかゝる兄を自分の前に見るのが悲しかつた。其時の彼はほとんど砂の中で狂ふ泥鰌《どぢやう》の樣であつた。
 いづれの點に於いても自分より立ち勝つた兄が、斯んな態度を自分に示したのは此時が始めてであつた。自分はそれを悲しく思ふと同時に、此傾向で彼が段々進んで行つたなら或は遠からず彼の精神に異状を呈するやうになりはしまいかと懸念《けねん》して、それが急に恐ろしくなつた。
 「兄さん、此事に就いては僕も實はとうから考へてゐたんです……」
 「いや御前の考へなんか聞かうと思つてゐやしない。今日御前を此處へ連れて來たのは少し御前に頼みがあるからだ。何うぞ聞いて呉れ」
 「何ですか」
 事は段々面倒になつて來さうであつた。けれども兄は容易に其頼みといふのを打ち明けなかつた。所へ我々と同じ遊覽人めいた男女《なんによ》が三四人石段の下に現れた。彼等はてんでに下駄を草履と脱ぎ易へて、高い石段を此方《こつち》へ登つて來た。兄は其人影を見るや否や急に立上がつた。「二郎歸らう」と云ひながら石段を下《くだ》り掛けた。自分もすぐ其|後《あと》に隨つた。
 
     二十二
 
 兄と自分は又元の路へ引返した。朝來た時も腹や頭の具合が變であつたが、歸りは日盛《ひざかり》になつた所爲《せゐ》か猶《なほ》苦しかつた。生憎《あいにく》二人共時計を忘れたので何時《なんじ》だか一寸分り兼ねた。
 「もう何時《なんじ》だらう」と兄が聞いた。
 「左右《さう》ですね」と自分はぎら/\する太陽を仰ぎ見た。「まだ午《ひる》にはならないでせう」
 二人は元の路を逆に歩いてゐる積《つもり》であつたが、何う間違へたものか、變に磯臭《いそくさ》い濱邊《はまべ》へ出た。其處には漁師《れふし》の家が雜貨店と交《まじ》つて貧しい町をかたち作つてゐた。古い旗を屋根の上に立てた汽船會社の待合所も見えた。
 「何だか路が違つた樣ぢやありませんか」
 兄は相變らず下を向いて考へながら歩いてゐた。下には貝殻が其處此處に散つてゐた。それを踏み碎く二人の足音が時々單調な歩行《ほかう》に一種田舍びた變化を與へた。兄は一寸立ち留つて左右《さいう》を見た。
 「此處は往《いき》に通らなかつたかな」
 「えゝ通りやしません」
 「左右《さう》か」
 二人はまた歩き出した。兄は依然として下を向き勝であつた。自分は路を迷つた爲め、存外宿へ歸るのが遲くなりはしまいかと心配した。
 「何|狹《せま》い所だ。何處を何う間違へたつて、歸れるのは同《おん》なじ事だ」
 兄は斯う云つてすた/\行つた。自分は彼の歩き方を後《うしろ》から見て、足に任《まか》せてといふ故《ふる》い言葉を思ひ出した。さうして彼より五六間|後《おく》れた事を此場合何よりも有難く感じた。
 自分は二人の歸り道に、兄から例の依頼といふのを屹度《きつと》打ち明けられるに違ひないと思つて暗に其覺悟をしてゐた。所が事實は反對で、彼は出來る丈《だけ》口數を愼んで、さつさと歩く方針に出た。それが少しは無氣味でもあつたが又|大分《だいぶ》嬉しくもあつた。
 宿では母と嫂《あによめ》が欄干に縞絽《しまろ》だか明石《あかし》だか他處行《よそゆき》の着物を掛けて二人とも浴衣《ゆかた》の儘《まゝ》差向ひで坐つてゐた。自分達の姿を見た母は、「まあ何處迄行つたの」と驚いた顔をした。
 「あなた方は何處へも行かなかつたんですか」
 欄干に干してある着物を見ながら、自分が斯う聞いた時、嫂《あによめ》は「えゝ行つたわ」と答へた。
 「何處へ」
 「中《あ》てゝ御覽なさい」
 今の自分は兄のゐる前で嫂《あによめ》から斯う氣易く話し掛けられるのが、兄に對して何とも申し譯がないやうであつた。のみならず、兄の眼から見れば、彼女が故意《ことさら》に自分に丈《だけ》親しみを表はしてゐるとしか解釋が出來まいと考へて誰にも打ち明けられない苦痛を感じた。
 嫂《あによめ》は一向《いつかう》平氣であつた。自分には夫《それ》が冷淡から出るのか、無頓着から來るのか、又は常識を無視してゐるのか、少し解り兼ねた。
 彼等の見物して來た所は紀三井寺《きみゐでら》であつた。玉津島明神《たまつしまみやうじん》の前を通りへ出て、其處から電車に乘るとすぐ寺の前へ出るのだと母は兄に説明してゐた。
 「高い石段でね。斯うして見上げる丈《だけ》でも眼が眩《ま》ひさうなんだよ、お母さんには。是ぢや到底《とても》上《のぼ》れつこないと思つて、妾《わたし》や何うしようか知らと考へたけれども、直《なほ》に手を引つ張つて貰つて、漸くお參り丈《だけ》は濟ませたが、其代り汗で着物がぐつしよりさ……」
 兄は「はあ、左右《さう》ですか/\」と時々氣のない返事をした。
 
     二十三
 
 其日は何事も起らずに濟んだ。夕方は四人《よつたり》でトランプをした。みんなが四枚づゝのカードを持つて、其一枚を順送りに次の者へ伏せ渡しにするうちに數の揃つたのを出して仕舞ふと、何處かにスペードの一が殘るそれを握つたものが負になるといふ温泉場などでよく流行《はや》る至極簡單なものであつた。
 母と自分はよくスペードを握つては妙な顔をしてすぐ勘付《かんづ》かれた。兄も時々苦笑した。一番冷淡なのは嫂《あによめ》であつた。スペードを握らうが握るまいがわれには一向《いつかう》關係がないといふ風をしてゐた。是は風といふよりも寧ろ彼女《かのぢよ》の性質であつた。自分はそれでも兄が先刻《さつき》の會談のあと、よく是程に昂奮した神經を治《をさ》められたものだと思つてひそかに感心した。
 晩は寐られなかつた。昨夕《ゆうべ》よりも猶《なほ》寐られなかつた自分はどゞん/\と響く浪の音の間に、兄夫婦の寐てゐる室《へや》に耳を澄ました。けれども彼等の室《へや》は依然として昨夜の如く靜であつた。自分は母に見咎《みとが》められるのを恐れて、其《その》夜《よ》は敢《あへ》て縁側へ出なかつた。
 朝になつて自分は母と嫂《あによめ》を例の東洋第一エレ?ーターへ案内した。さうして昨日《きのふ》の樣に山の上の猿に芋を遣つた。今度は猿に馴染のある宿の女中が一所に隨《つ》いて來たので、猿を抱いたり鳴かしたり前の日よりは大分《だいぶ》賑やかだつた。母は茶店の床凡《しやうぎ》に腰を掛けて、新和歌《しんわか》の浦《うら》とかいふ禿《は》げて茶色になつた山を指《さ》して何だらうと聞いてゐた。嫂《あによめ》は頻《しきり》に遠眼鏡はないか/\と騷いだ。
 「姉さん、芝の愛宕樣《あたごさま》ぢやありませんよ」と自分は云つて遣つた。
 「だつて遠眼鏡|位《ぐらゐ》あつたつて好いぢやありませんか」と嫂《あによめ》はまだ不足を並べてゐた。
 夕方になつて自分はとう/\兄に引つ張られて紀三井寺へ行つた。是は婦人|連《れん》が昨日《きのふ》既に參詣したといふのを口實に、我々二人|丈《だけ》が行く事にしたのであるが、其實兄の依頼を聞くために自分が彼から誘ひ出されたのである。
 自分達は母の見た丈《だけ》で恐れたといふ高い石段を一直線に上《のぼ》つた。其上は平《ひら》たい山の中腹で眺望の好い所にベンチが一つ据ゑてあつた。本堂は傍《そば》に五重の塔を控へて、普通ありふれた佛閣よりも寂《さび》があつた。廂《ひさし》の最中《まんなか》から下《さが》つてゐる白い紐などは如何にも閑靜に見えた。
 自分達は何物も眼を遮らないベンチの上に腰を卸して並び合つた。
 「好い景色ですね」
 眼の下には遙《はるか》の海が鰯《いわし》の腹のやうに輝いた。其處へ名殘《なごり》の太陽が一面に射して、眩《まば》ゆさが赤く頬を染める如くに感じた。澤《さは》らしい不規則な水の形も亦《また》海より近くに、平《ひら》たい面《めん》を鏡のやうに展《の》べてゐた。
 兄は例の洋杖《ステツキ》を顋《あご》の下に支へて黙つてゐたが、やがて思ひ切つたといふ風に自分の方を向いた。
 「二郎|實《じつ》は頼みがあるんだが」
 「えゝ、それを伺ふ積《つもり》でわざ/\來たんだから緩《ゆつ》くり話して下さい。出來る事なら何でもしますから」
 「二郎|實《じつ》は少し云ひ惡《にく》い事なんだがな」
 「云ひ惡《にく》い事でも僕だから好いでせう」
 「うん己《おれ》は御前を信用してゐるから話すよ。然し驚いて呉れるな」
 自分は兄から斯う云はれた時に、話を聞かない先《さき》にまづ驚いた。さうして何《ど》んな注文が兄の口から出るかを恐れた。兄の氣分は前《まへ》云つた通り變り易かつた。けれども一旦何か云ひ出すと、意地にも夫《それ》を通さなければ承知しなかつた。
 
     二十四
 
 「二郎驚いちや不可《いけ》ないぜ」と兄が繰返した。さうして現に驚いてゐる自分を嘲《あざ》ける如く見た。自分は今の兄と權現社頭《ごんげんしやとう》の兄とを比較して丸《まる》で別人の觀《くわん》をなした。今の兄は飜《ひる》がへし難い堅い決心を以て自分に向つてゐるとしか自分には見えなかつた。
 「二郎|己《おれ》は御前を信用してゐる。御前の潔白な事は既に御前の言語が證明してゐる。それに間違はないだらう」
 「ありません」
 「夫《それ》では打ち明けるが、實は直《なほ》の節操《せつさう》を御前に試《ため》して貰ひたいのだ」
 自分は「節操《せつさう》を試《ため》す」といふ言葉を聞いた時、本當に驚いた。當人から驚くなといふ注意が二遍あつたに拘はらず、非常に驚いた。只あつけに取られて、呆然としてゐた。
 「何故《なぜ》今になつてそんな顔をするんだ」と兄が云つた。
 自分は兄の眼に映じた自分の顔を如何にも情《なさけ》なく感ぜざるを得なかつた。丸で此間《このあひだ》の會見とは兄弟地を換へて立つたとしか思へなかつた。それで急に氣を取り直した。
 「姉さんの節操を試すなんて、――其んな事は廢《よ》した方が好いでせう」
 「何故《なぜ》」
 「何故つて、餘《あん》まり馬鹿らしいぢやありませんか」
 「何が馬鹿らしい」
 「馬鹿らしかないかも知れないが、必要がないぢやありませんか」
 「必要があるから頼むんだ」
 自分は少時《しばらく》黙つてゐた。廣い境内には參詣人の影も見えないので、四邊《あたり》は存外靜であつた。自分は其處いらを見廻して、最後に我々二人の淋《さび》しい姿を其一隅に見出した時、薄氣味の惡い心持がした。
 「試《ため》すつて、伺うすれば試《ため》されるんです」
 「御前と直《なほ》が二人で和歌山へ行つて一晩泊つて呉れゝば好いんだ」
 「下らない」と自分は一口に退《しり》ぞけた。すると今度は兄が黙つた。自分は固《もと》より無言であつた。海に射《い》り付ける落日《らくじつ》の光が次第に薄くなりつゝ猶《なほ》名殘《なごり》の熱を薄赤く遠い彼方《あなた》に棚引《たなび》かしてゐた。
 「厭かい」と兄が聞いた。
 「えゝ、外の事ならですが、夫《それ》丈《だけ》は御免です」と自分は判切《はつき》り云ひ切つた。
 「ぢや頼むまい。其代り己《おれ》は生涯御前を疑ぐるよ」
 「そりや困る」
 「困るなら己《おれ》の頼む通り遣つて呉れ」
 自分は唯|俯向《うつむ》いてゐた。何時《いつ》もの兄ならもう疾《とく》に手を出してゐる時分であつた。自分は俯向《うつむ》きながら、今に兄の拳《こぶし》が帽子の上へ飛んで來るか、又は彼の平手《ひらて》が頬のあたりでピシヤリと鳴るかと思つて、凝《ぢ》つと癇癪玉《かんしやくだま》の破裂するのを期待してゐた。さうして其破裂の後《のち》に多く生ずる反動を機會として、兄の心を落ち付けようとした。自分は人より一倍強い程度で、此反動に罹《かゝ》り易い兄の氣質を能く呑み込んでゐた。
 自分は大分《だいぶ》辛抱《しんばう》して兄の鐵拳《てつけん》の飛んで來るのを待つてゐた。けれども自分の期待は全く徒勞であつた。兄は死んだ人の如く靜であつた。遂には自分の方から狐の樣に變な眼遣《めづか》ひをして、兄の顔を倫《ぬす》み見なければならなかつた。兄は蒼い顔をしてゐた。けれども決して衝動的に動いて來る氣色《けしき》には見えなかつた。
 
     二十五
 
 稍《やゝ》あつて兄は昂奮した調子で斯う云つた。
 「二郎|己《おれ》はお前を信用してゐる。けれども直《なほ》を疑《うた》ぐつてゐる。しかも其|疑《うた》ぐられた當人の相手は不幸にしてお前だ。但し不幸と云ふのは、お前に取つて不幸といふので、己《おれ》には却《かへ》つて幸《さいはひ》になるかも知れない。と云ふのは、己《おれ》は今明言した通り、お前の云ふ事なら何でも信じられるし又何でも打明けられるから、それで己《おれ》には幸ひなのだ。だから頼むのだ。己《おれ》の云ふ事に滿更《まんざら》論理のない事もあるまい」
 自分は其時兄の言葉の奧に、何か深い意味が籠《こも》つてゐるのではなからうかと疑ひ出した。兄は腹の中《なか》で、自分と嫂《あによめ》の間に肉體上の關係を認めたと信じて、わざと斯ういふ難題を持ち掛けるのではあるまいか。自分は「兄さん」と呼んだ。兄の耳には兎に角、自分は餘程《よほど》力強い聲を出した積《つもり》であつた。
 「兄さん、外《ほか》の事とは違つて是は倫理上の大問題ですよ……」
 「當り前さ」
 自分は兄の答への殊の外冷淡なのを意外に感じた。同時に先の疑ひが益《ます/\》深くなつて來た。
 「兄さん、いくら兄弟の仲だつて僕はそんな殘酷な事はしたくないです」
 「いや向ふの方が己《おれ》に對して殘酷なんだ」
 自分は兄に向つて嫂《あによめ》が何故《なぜ》殘酷であるかの意味を聞かうともしなかつた。
 「そりや改めて又伺ひますが、何しろ今の御依頼|丈《だけ》は御免蒙ります。僕には僕の名譽がありますから。いくら兄さんの爲だつて、名譽|迄《まで》犠牲には出來ません」
 「名譽?」
 「無論名譽です。人から頼まれて他《ひと》を試驗するなんて、――外の事だつて厭でさあ。况《ま》してそんな……探偵ぢやあるまいし……」
 「二郎、己《おれ》はそんな下等な行爲をお前から向ふへ仕掛けてくれと頼んでゐるのぢやない。單に嫂《あによめ》とし又弟として一つ所へ行つて一つ宿へ泊つて呉れといふのだ。不名譽でも何でもないぢやないか」
 「兄さんは僕を疑ぐつてゐらつしやるんでせう。そんな無理を仰しやるのは」
 「いや信じてゐるから頼むのだ」
 「口で信じてゐて、腹では疑ぐつてゐらつしやる」
 「馬鹿な」
 兄と自分は斯んな會話を何遍も繰返した。さうして繰返すたびに双方|共《とも》激して來た。すると一寸した言葉から熱が急に引いた樣に二人|共《とも》治まつた。
 其激した或時に自分は兄を眞正の精神病患者だと斷定した瞬間さへあつた。然し其|發作《ほつさ》が風のやうに過ぎた後《あと》では又通例の人間の樣にも感じた。仕舞に自分は斯う云つた。
 「實は此間から僕も其事に就いては少々考へがあつて、機會があつたら姉さんにとくと腹の中《なか》を聞いて見る氣でゐたんですから、夫《それ》丈《だけ》なら受合ひませう。もうぢき東京へ歸るでせうから」
 「ぢや夫《それ》を明日《あした》遣つて呉れ。あした晝一所に和歌山へ行つて、晝のうちに返つて來れば差支《さしつかへ》ないだらう」
 自分は何故《なぜ》か夫《それ》が厭だつた。東京へ歸つて緩《ゆつ》くり折を見ての事にしたいと思つたが、片方を斷つた今更一方も否《いや》とは云ひかねて、とう/\和歌山見物|丈《だけ》は引き受ける事にした。
 
     二十六
 
 その明くる朝は起きた時から生憎《あいにく》空に斑《ふ》が見えた。しかも風さへ高く吹いて例の防波堤に崩《くだ》ける波の音が凄じく聞え出した。欄干に倚《よ》つて眺めると、白い煙が濛々《もう/\》と岸一面を立て籠《こ》めた。午前は四人とも海岸に出る氣がしなかつた。
 午《ひる》過ぎになつて、空模樣は少し穩《おだや》かになつた。雲の重なる間から日脚《ひあし》さへ一寸々々《ちよい/\》光を出した。それでも漁船が四五艘いつもより早く樓前《ろうぜん》の掘割《ほりわり》へ漕ぎ入れて來た。
 「氣味が惡いね。何だか暴風雨《あらし》でもありさうぢやないか」
 母はいつもと違ふ空を仰いで、斯う云ひながら又《また》元の座敷へ引返《ひつかへ》して來た。兄はすぐ立つて又欄干へ出た。
 「何大丈夫だよ。大した事はないに極つてゐる。御母さん僕が受け合ひますから出掛けようぢやありませんか。俥《くるま》も既に誂《あつら》へてありますから」
 母は何とも云はずに自分の顔を見た。
 「そりや行つても好いけれど、行くなら皆《みん》なで一所に行かうぢやないか」
 自分は其方が遙《はるか》に樂《らく》であつた。出來得るなら何うか母の御供をして、和歌山行を已《や》めたいと考へた。
 「ぢや僕達も一所にその切り開いた山道《やまみち》の方へ行つて見ませうか」と云ひながら立ち掛けた。すると嶮《けは》しい兄の眼がすぐ自分の上に落ちた。自分は到底是では約束を履行するより外に道がなからうと又思ひ返した。
 「さう/\姉さんと約束があつたつけ」
 自分は兄に対して、つい空惚《そらとぼ》けた挨拶をしなければ濟まなくなつた。すると母が今度は苦い顔をした。
 「和歌山は已《や》めにお爲《し》よ」
 自分は母と兄の顔を見比べて何うしたものだらうと躊躇した。嫂《あによめ》は何時《いつ》もの樣に冷然としてゐた。自分が母と兄の間に迷つてゐる間、彼女は殆ど一言《いちごん》も口にしなかつた。
 「直《なほ》御前二郎に和歌山へ連れて行つて貰ふ筈だつたね」と兄が云つた時、嫂《あによめ》はたゞ「えゝ」と答へた丈《だけ》であつた。母が「今日はお止《よ》しよ」と止《と》めた時、嫂《あによめ》は又「えゝ」と答へた丈《だけ》であつた。自分が「姉さん何うします」と顧みた時は、又「何うでも好いわ」と答へた。
 自分は一寸用事に下へ降《お》りた。すると母が又|後《あと》から降りて來た。彼女の樣子は何だかそわ/\してゐた。
 「御前本當に直《なほ》と二人で和歌山へ行く氣かい」
 「えゝ、だつて兄さんが承知なんですもの」
 「幾何《いくら》承知でも御母さんが困るから御止しよ」
 母の顔の何處かには不安の色が見えた。自分はその不安の出所《でどころ》が兄にあるのか、又は嫂《あによめ》と自分にあるか、一寸《ちよつと》判斷に苦しんだ。
 「何故《なぜ》です」と聞いた。
 「何故《なぜ》ですつて、御前と直《なほ》と行くのは不可《いけ》ないよ」
 「兄さんに惡いと云ふんですか」
 自分は露骨に斯う聞いて見た。
 「兄さんに惡い許《ばかり》ぢやないが……」
 「ぢや姉さんだの僕だのに惡いと云ふんですか」
 自分の問は前より猶《なほ》露骨であつた。母は黙つて其處に佇《たゝ》ずんでゐた。自分は母の表情に珍らしく猜疑《さいぎ》の影を見た。
 
     二十七
 
 自分は自分を信じ切り、又愛し切つてゐると許《ばかり》考へてゐた母の表情を見て忽ち臆した。
 「では止します。元々僕の發案《ほつあん》で姉さんを誘ひ出すんぢやない。兄さんが二人で行つて來いと云ふから行く丈《だけ》の事です。御母さんが御不承知なら何時《いつ》でも已《や》めます。其代り御母さんから兄さんに談判して行かないで好いやうにして下さい。僕は兄さんに約束があるんだから」
 自分は斯う答へて、何だか極《きま》りが惡さうに母の前に立つてゐた。實は母の前を去る勇氣が出なかつたのである。母は少し途方に暮れた樣子であつた。然し仕舞に思ひ切つたと見えて、「ぢや兄さんには妾《わたし》から話をするから、其代り御前は此處に待つてゝ御呉れ、三階へ一緒に來ると又事が面倒になるかも知れないから」
と云つた。
 自分は母の後影を見送りながら、事が斯んな風に引絡《ひつから》まつた日には、到底《とても》嫂《あによめ》を連れて和歌山などへ行く氣になれない、行つた所で肝心の用は辨じない、何うか母の思ひ通りに事が變《へん》じて呉れゝば好いがと思つた。さうして氣の落ち付かない胸を抱《いだ》いて、廣い座敷を右左《みぎひだり》に目的もなく往つたり來たりした。
 やがて三階から兄が下りて來た。自分は其顔をちらりと見た時、是は何《どう》しても行かなければ濟まないなとすぐ讀んだ。
 「二郎、今になつて違約して貰つちや己《おれ》が困る。貴樣だつて男だらう」
 自分は時々兄から貴樣と呼ばれる事があつた。さうして此貴樣が彼の口から出たときは屹度《きつと》用心して後難を避けた。
 「いえ行くんです。行くんですがお母さんが止せと仰しやるから」
 自分が斯う云つてるうちに、母が又心配さうに三階から下りて來た。さうしてすぐ自分の傍《そば》へ寄つて、「二郎お母さんは先刻《さつき》あゝ云つたけれども、よく一郎に聞いて見ると、何だか紀三井寺で約束した事があるとか云ふ話だから、殘念だが仕方ない。矢つ張り其約束通りになさい」と云つた。
 「えゝ」
 自分は斯う答へて、あとは何にも云はない事にした。
 やがて母と兄は下に待つてゐる俥《くるま》に乘つて、樓前から右の方へ鐵輪《かなわ》の音を鳴らして去つた。
 「ぢや僕等も徐々《そろ/\》出掛けませうかね」と嫂《あによめ》を顧みた時、自分は實際好い心持ではなかつた。
 「何うです出掛ける勇氣がありますか」と聞いた。
 「あなたは」と向《むかふ》も聞いた。
 「僕はあります」
 「貴方にあれば、妾《あたし》にだつてあるわ」
 自分は立つて着物を着換へ始めた。
 嫂《あによめ》は上着を引掛けて呉れながら、「貴方何だか今日は勇氣がないやうね」と調戯《からか》ひ半分に云つた。自分は全く勇氣がなかつた。
 二人は電車の出る所|迄《まで》歩いて行つた。生憎《あいにく》近路《ちかみち》を取つたので、嫂《あによめ》の薄い下駄と白足袋が一足《ひとあし》毎《ごと》に砂の中に潜《もぐ》つた。
 「歩き惡《にく》いでせう」
 「えゝ」と云つて彼女《かのぢよ》は傘《かさ》を手に持つた儘、後《うしろ》を向いて自分の後足《あとあし》を顧みた。自分は赤い靴を砂の中に埋《うづ》めながら、今日の使命を何處で何う果《はた》したものだらうと考へた。考へながら歩く所爲《せゐ》か會話は少しも機《はず》まない心持がした。
 「貴方《あなた》今日は珍らしく黙つてゐらつしやるのね」と遂に嫂《あによめ》から注意された。
 
     二十八
 
 自分は嫂《あによめ》と並んで電車に腰を掛けた。けれども大事の用を前に控へてゐるといふ氣が胸にあるので、何うしても機嫌よく話は出來なかつた。
 「何故《なぜ》そんなに黙つてゐらつしやるの」と彼女が聞いた。自分は宿を出てから斯う云ふ意味の質問を彼女から既に二度|迄《まで》受けた。それを裏から見ると、二人でもつと面白く話さうぢやありませんかと云ふ意味も映つてゐた。
 「あなた兄さんにそんな事を云つたことがありますか」
 自分の顔は稍《やゝ》眞面目であつた。嫂《あによめ》は一寸それを見て、すぐ窓の外を眺めた。さうして「好い景色ね」と云つた。成程其時電車の走つてゐた所は、惡い景色ではなかつたけれども、彼女の殊更《ことさら》にそれを眺めた事は明《あきら》かであつた。自分はわざと嫂《あによめ》を呼んで再び前の質問を繰返した。
 「何故《なぜ》そんな詰らない事を聞くのよ」と云つた彼女は、殆んど一顧《いつこ》に價《あたひ》しない風をした。
 電車は又走つた。自分は次の停留所へ來る前又|執拗《しふね》く同じ問を掛けて見た。
 「うるさい方ね」と彼女が遂に云つた。「そんな事聞いて何になさるの。そりや夫婦ですもの、その位な事云つた覺はあるでせうよ。それが何うしたの」
 「何うもしやしません。兄さんにも左右《さう》いふ親しい言葉を始終掛けて上げて下さいと云ふ丈《だけ》です」
 彼女は蒼白い頬へ少し血を寄せた。其量が乏しい所爲《せゐ》か、頬の奧の方に灯《ともしび》を點《つ》けたのが遠くから皮膚をほてらしてゐる樣であつた。しかし自分は其意味を深くも考へなかつた。
 和歌山へ着いた時、二人は電車を降《お》りた。降《お》りて始めて自分は和歌山へ始めて來た事を覺《さと》つた。實は此地を見物する口實の下《もと》に、嫂《あによめ》を連れて來たのだから、形式にも何處か見なければならなかつた。
 「あら貴方まだ和歌山を知らないの。夫《それ》でゐて妾《あたし》を連れて來るなんて、隨分|呑氣《のんき》ね」
 嫂《あによめ》は心細さうに四方《あたり》を見廻した。自分も何分か極りが惡かつた。
 「俥《くるま》へでも乘つて車夫に好い加減な所へ連れて行つて貰ひませうか。それともぶら/\御城の方へでも歩いて行きますか」
 「左右《さう》ね」
 嫂《あによめ》は遠くの空を眺めて、近い自分には眼を注がなかつた。空は此處も海邊《かいへん》と同じやうに曇つてゐた。不規則に濃淡を亂した雲が幾重《いくへ》にも二人の頭の上を蔽《おほ》つて、日を直下《ぢか》に受けるよりは蒸し熱かつた。其上|何時《いつ》驟雨《しうう》が來るか解らない程に、空の一部分が既に黒ずんでゐた。其黒ずんだ圓《ゑん》の四方が暈《ぼか》されたやうに輝いて、丁度今我々が見捨《みす》てて來た和歌の浦の見當に、凄じい空の一角を描《ゑか》き出してゐた。嫂《あによめ》は今その氣味の惡い所を眉を寄せて眺めてゐるらしかつた。
 「降るでせうか」
 自分は固《もと》より降るに違ないと思つてゐた。それで兎に角|俥《くるま》を雇つて、見る丈《だけ》の所を馳《か》け拔けた方が得策だと考へた。自分は直《たゞち》に俥《くるま》を命じて、何處でも構はないから成るべく早く見物の出來る樣に挽《ひ》いて廻れと命じた。車夫は要領を得た如く又得ない如く、無暗に驅《か》けた。狹い町へ出たり、例の蓮《はす》の咲いてゐる濠へ出たり又狹い町へ出たりしたが、一向《いつかう》是ぞといふ所はなかつた。最後に自分は俥《くるま》の上で、斯う驅《か》けて許《ばかり》ゐては肝心の話が出來ないと氣が付いて、車夫に何處か寛《ゆつ》くり坐つて話の出來る所へ連れて行けと差圖《さしづ》した。
 
     二十九
 
 車夫は心得て驅け出した。今迄と違つて威勢があまり好過《よす》ぎると思ふうちに、二人の俥《くるま》は狹い横町を曲つて、突然大きな門を潜《くゞ》つた。自分があわてゝ、車夫を呼び留めようとした時、梶棒《かぢぼう》は既に玄關に横付《よこづけ》になつてゐた。二人は何うする事も出來なかつた。其上若い着飾つた下女が案内に出たので、二人は遂に上《あが》るべく餘儀なくされた。
 「斯んな所へ來る筈ぢやなかつたんですが」と自分はつい言譯らしい事を云つた。
 「何故《なぜ》。だつて立派な御茶屋ぢやありませんか。結構だわ」と嫂《あによめ》が答へた。其答へ振《ぶり》から推《お》すと、彼女は最初から斯ういふ料理屋めいた所へでも來るのを豫期してゐたらしかつた。
 實際|嫂《あによめ》のいつた通り其座敷は物綺麗に且《かつ》堅牢に出來上つてゐた。
 「東京|邊《へん》の安料理屋より却《かへ》つて好い位ですね」と自分は柱の木口や床の軸などを見廻した。嫂《あによめ》は手摺の所へ出て、中庭を眺めてゐた。古い梅の株の下に蘭の茂りが蒼黒い影を深く見せてゐた。梅の幹にも硬《かた》くて細長い苔《こけ》らしいものが處々《ところ/”\》に喰付《くつつ》いてゐた。
 下女が浴衣《ゆかた》を持つて風呂の案内に來た。自分は風呂に這入る時間が惜しかつた。さうして日が暮れはしまいかと心配した。出來るならば一刻も早く用を片付けて、約束通り明るい路を濱邊《はまべ》まで歸りたいと念じた。
 「何うします姉さん、風呂は」と聞いて見た。
 嫂《あによめ》も明るいうちには歸るやうに兄から兼ねて云ひ付けられてゐたので、其處は能く承知してゐた。彼女は帶の間から時計を出して見た。
 「まだ早いのよ、二郎さん。お湯へ這入つても大丈夫だわ」
 彼女は時間の遲く見えるのを全く天氣の所爲《せゐ》にした。尤も濁つた雲が幾重《いくへ》にも空を鎖《とざ》してゐるので、時計の時間よりは世の中が暗く見えたのは慥《たしか》に違ひなかつた。自分は又今にも降り出しさうな雨を恐れた。降るなら一仕切《ひとしきり》ざつと來た後《あと》で、歸つた方が却《かへ》つて樂だらうと考へた。
 「ぢや一寸汗を流して行きませうか」
 二人はとう/\風呂に入つた。風呂から出ると膳が運ばれた。時間からいふと飯には早過ぎた。酒は遠慮したかつた。且《かつ》飲める口でもなかつた。自分は已《やむ》を得ず、吸物を吸つたり、刺身を突《つゝ》ついたりした。下女が邪魔になるので、用があれば呼ぶからと云つて下げた。
 嫂《あによめ》には改まつて云ひ出したものだらうか、又は夫《それ》となく話の序《ついで》に其處へ持つて行つたものだらうかと思案した。思案し出すと何方《どつち》も宜い樣で又|何方《どつち》も惡い樣であつた。自分は吸物椀を手にした儘ぼんやり庭の方を眺めてゐた。
 「何を考へて居らつしやるの」と嫂《あによめ》が聞いた。
 「何、降りやしまいかと思つてね」と自分は宜い加減な答をした。
 「左右《さう》。そんなに御天氣が怖いの。貴方にも似合はないのね」
 「怖かないけど、もし強雨《がうう》にでもなつちや大變ですからね」
 自分が斯う云つてゐる内に、雨はぽつり/\と落ちて來た。餘程早くからの宴會でもあるのか、向ふに見える二階の廣間に、二三人紋付羽織の人影が見えた。其見當で藝者が三味線の調子を合はせてゐる音が聞え出した。
 宿を出るとき既にざわついてゐた自分の心は、此時一層落付を失ひ掛けて來た。自分は腹の中《なか》で、今日は到底《とても》しんみりした話をする氣になれないと恐れた。何故《なぜ》又其今日に限つて、こんな變な事を引受けたのだらうと後悔もした。
 
     三十
 
 嫂《あによめ》はそんな事に氣の付く筈がなかつた。自分が雨を氣にするのを見て、彼女は却《かへ》つて不思議さうに詰《なじ》つた。
 「何でそんなに雨が氣になるの。降れば後が涼しくなつて好いぢやありませんか」
 「だつて何時《いつ》已《や》むか解らないから困るんです」
 「困りやしないわ。いくら約束があつたつて、御天氣の所爲《せゐ》なら仕方がないんだから」
 「然し兄さんに對して僕の責任がありますよ」
 「ぢやすぐ歸りませう」
 嫂《あによめ》は斯う云つて、すぐ立ち上つた。其樣子には一種の決斷があらはれてゐた。向《むかふ》の座敷では客の頭が揃つたのか、三味線の音《ね》が雨を隔てゝ爽《さわや》かに聞え出した。電燈も既に輝いた。自分も半《なか》ば嫂《あによめ》の決心に促されて、腰を立て掛けたが、考へると受合つて來た話はまだ一言《ひとこと》も口へ出してゐなかつた。後れて歸るのが母や兄に濟まない如く、少しも嫂《あによめ》に肝心の用談を打ち明けないのが又自分の心に濟まなかつた。
 「姉さん此雨は容易に已《や》みさうもありませんよ。それに僕は姉さんに少し用談があつて來たんだから」
 自分は半分空を眺めて又|嫂《あによめ》を振り返つた。自分は固《もと》よりの事、立ち上つた彼女も、まだ歸る仕度は始めなかつた。彼女は立ち上つたには、立ち上つたが、自分の樣子次第で其以後の態度を一定しようと、五分の隙間なく身構へてゐるらしく見えた。自分は又|軒端《のきば》へ首を出して上の方を望んだ。室《へや》の位置が中庭を隔てゝ向ふに大きな二階建の廣間を控へてゐるため、空は何時《いつ》ものやうに廣くは眼界に落ちなかつた。從つて雲の往來《ゆきき》や雨の降り按排《あんばい》も、一般的には能く分かなかつた。けれども凄まじさが先刻《さつき》よりは一層甚だしく庭木を痛振《いたぶ》つてゐるのは事實であつた。自分は雨よりも空よりも、まづ此風に辟易《へきえき》した。
 「あなたも妙な方ね。歸るといふから其《その》積《つもり》で仕度をすれば、又坐つて仕舞つて」
 「仕度つて程の仕度もしないぢやありませんか。只立つた限《ぎり》でさあ」
 自分が斯う云つた時、嫂《あによめ》はにつこりと笑つた。さうして故意《わざ》と己《おの》れの袖や裾のあたりを成程といつたやうな又意外だと驚いたやうな眼付で見廻した。それから微笑を含んで其樣子を見てゐた自分の前に再びぺたりと坐つた。
 「何よ用談があるつて。妾《あたし》にそんな六《む》づかしい事が分りやしないわ。それよりか向ふの御座敷の三味線でも聞いてた方が増しよ」
 雨は軒に響くといふよりも寧《むしろ》風に乘せられて、氣儘な場所へ叩き付けられて行く樣な音を起した。其間に三味線の音が氣紛《きまぐ》れものらしく時々二人の耳を掠《かす》め去つた。
 「用があるなら早く仰《おつし》やいな」と彼女は催促した。
 「催促されたつて一寸云へる事ぢやありません」
 自分は實際彼女から促された時、何と切り出して好いか分らなかつた。すると彼女はにや/\と笑つた。
 「貴方取つて幾何《いくつ》なの」
 「そんなに冷《ひや》かしちや不可《いけ》ません。本當に眞面目な事なんだから」
 「だから早く仰しやいな」
 自分は愈《いよ/\》改まつて忠告がましい事を云ふのが厭になつた。さうして彼女の前へ出た今の自分が何だか彼女から一段低く見縊《みくび》られてゐる樣な氣がしてならなかつた。それだのに其處に一種の親しみを感じずには又居られなかつた。
 
     三十一
 
 「姉さんは幾何《いくつ》でしたつけね」と自分は遂に即《つ》かぬ事を聞き出した。
 「是でもまだ若いのよ。貴方より餘《よ》つ程《ぽど》下の積《つもり》ですわ」
 自分は始めから彼女の年と自分の年を比較する氣はなかつた。
 「兄さんとこへ來てからもう何年になりますかね」と聞いた。
 嫂《あによめ》は唯《たゞ》澄まして「左右《さう》ね」と云つた。
 「妾《あたし》そんな事みんな忘れちまつたわ。だいち自分の年さへ忘れる位ですもの」
 嫂《あによめ》の此|恍《とぼ》け方《かた》は如何にも嫂《あによめ》らしく響いた。さうして自分には却《かへ》つて嬌態とも見える此不自然が、眞面目な兄に甚だしい不愉快を與へるのではなからうかと考へた。
 「姉さんは自分の年にさへ冷淡なんですね」
 自分は斯んな皮肉を何となく云つた。然し云つたときの浮氣《うはき》な心にすぐ氣がつくと急に兄に濟まない恐ろしさに襲はれた。
 「自分の年なんかに、いくら冷淡でも構はないから、兄さんに丈《だけ》はもう少し氣を付けて親切にして上げて下さい」
 「妾《あたし》そんなに兄さんに不親切に見えて。是でも出來る丈《だけ》の事は兄さんに爲《し》て上げてる積《つもり》よ。兄さん許《ばかり》ぢやないわ。貴方にだつて左右《さう》でせう。ねえ二郎さん」
 自分は、自分にもつと不親切にして構はないから、兄の方には最《もう》少《すこ》し優しくして呉れろと、頼む積《つもり》で嫂《あによめ》の眼を見た時、又急に自分の甘《あま》いのに氣が付いた。嫂《あによめ》の前へ出て、斯う差し向ひに坐つたが最後、到底眞底から誠實に兄の爲に計る事は出來ないのだと迄《まで》思つた。自分は言葉には少しも窮しなかつた。何《ど》んな言語でも兄の爲に使はうとすれば使はれた。けれども其《それ》を使ふ自分の心は、兄の爲でなくつて却《かへ》つて自分の爲に使ふのと同じ結果になりやすかつた。自分は決して斯んな役割を引き受けべき人格でなかつた。自分は今更のやうに後悔した。
 「貴方急に黙つちまつたのね」と其時|嫂《あによめ》が云つた。恰も自分の急所を突く樣に。
 「兄さんの爲に、僕が先刻《さつき》からあなたに頼んでゐる事を、姉さんは眞面目に聞いて下さらないから」
 自分は恥づかしい心を抑へてわざと斯う云つた。すると嫂《あによめ》は變に淋《さみ》しい笑ひ方をした。
 「だつて夫《そり》や無理よ二郎さん。妾《あたし》馬鹿で氣が付かないから、みんなから冷淡と思はれてゐるかも知れないけれど、是で全く出來る丈《だけ》の事を兄さんに對してしてゐる氣なんですもの。――妾《あたし》や本當に腑拔《ふぬけ》なのよ。ことに近頃は魂《たましひ》の拔殻《ぬけがら》になつちまつたんだから」
 「さう氣を腐《くさ》らせないで、もう少し積極的にしたら何うです」
 「積極的つて何うするの。御世辭を使ふの。妾《あたし》御世辭は大嫌ひよ。兄さんも御嫌ひよ」
 「御世辭なんか嬉しがるものもないでせうけれども、もう少し何うかしたら兄さんも幸福でせうし、姉さんも仕合せだらうから……」
 「宜御座《よござ》んす。もう伺はないでも」と云つた嫂《あね》は、其言葉の終らないうちに涙をぽろ/\と落した。
 「妾《あたし》のやうな魂《たましひ》の拔殻《ぬけがら》はさぞ兄さんには御氣に入らないでせう。然し私は是で滿足です。是で澤山です。兄さんについて今迄何の不足を誰にも云つた事はない積《つもり》です。其位の事は二郎さんも大抵《たいてい》見てゐて解りさうなもんだのに……」
 泣きながら云ふ嫂《あによめ》の言葉は途切《とぎ》れ/\にしか聞こえなかつた。然し其|途切《とぎ》れ/\の言葉が鋭い力をもつて自分の頭に應《こた》へた。
 
     三十二
 
 自分は經驗のある或年長者から女の涙に金剛石《ダイヤ》は殆んどない、大抵は皆ギヤマン細工《ざいく》だと甞《かつ》て教《をそ》はつた事がある。其時自分は成程そんなものかと思つて感心して聞いてゐた。けれども夫《それ》は單に言葉の上の智識に過ぎなかつた。若輩《じやくはい》な自分は嫂《あによめ》の涙を眼の前に見て、何となく可憐《かれん》に堪《た》へないやうな氣がした。外の場合なら彼女の手を取つて共に泣いて遣りたかつた。
 「そりや兄さんの氣六《きむ》づかしい事は誰にでも解つてます。あなたの辛抱も並《なみ》大抵ぢやないでせう。けれども兄さんはあれで潔白すぎる程《ほど》潔白で正直すぎる程《ほど》正直な高尚な男です。敬愛すべき人物です……、
 「二郎さんに何もそんな事を伺はないでも兄さんの性質位|妾《あたし》だつて承知してゐる積《つもり》です。妻《さい》ですもの」
 嫂《あによめ》は斯う云つて又しやくり上げた。自分は益《ます/\》可哀《かはい》さうになつた。見ると彼女の眼を拭《ぬぐ》つてゐた小形の手帛《ハンケチ》が、皺《しわ》だらけになつて濡れてゐた。自分は乾いてゐる自分ので彼女の眼や頬を撫でゝやるために、彼女の顔に手を出したくて堪らなかつた。けれども、何とも知れない力が又其手をぐつと抑へて動けないやうに締め付けてゐる感じが強く働いた。
 「正直な所《ところ》姉さんは兄さんが好きなんですか、又|嫌《きらひ》なんですか」
 自分は斯う云つて仕舞つた後《あと》で、此言葉は手を出して嫂《あによめ》の頬を、拭いて遣れない代りに自然口の方から出たのだと氣が付いた。嫂《あによめ》は手帛《ハンケチ》と涙の間から、自分の顔を覗くやうに見た。
 「二郎さん」
 「えゝ」
 此簡單な答は、恰も磁石に吸はれた鐵の屑の樣に、自分の口から少しの抵抗もなく、何等の自覺もなく釣り出された。
 「貴方何の必要があつて其んな事を聞くの。兄さんが好きか嫌ひかなんて。妾《あたし》が兄さん以外に好いてる男でもあると思つてゐらつしやるの」
 「左右《さう》いふ譯ぢや決してないんですが」
 「だから先刻《さつき》から云つてるぢやありませんか。私が冷淡に見えるのは、全く私が腑拔《ふぬけ》の所爲《せゐ》だつて」
 「さう腑拔《ふぬけ》を殊更《ことさら》に振り舞はされちや困るね。誰も宅《うち》のものでそんな惡口を云ふものは一人もないんですから」
 「云はなくつても腑拔《ふねけ》よ。能く知つてるわ、自分だつて。けど、是でも時々は他《ひと》から親切だつて賞められる事もあつてよ。さう馬鹿にしたものでもないわ」
 自分は甞《かつ》て大きなクツシヨンに蜻蛉《とんぼ》だの草花だのを色々の糸で、嫂《あによめ》に縫ひ付けて貰つた御禮に、あなたは親切だと感謝した事があつた。
 「あれ、まだ有るでせう綺麗ね」と彼女が云つた。
 「えゝ。大事にして持つてゐます」と自分は答へた。自分は事實だから斯う答へざるを得なかつた。斯う答へる以上、彼女が自分に親切であつたといふ事實を裏から認識しない譯に行かなかつた。
 不圖耳を欹《そばだ》てると向ふの二階で彈いてゐた三味線は何時《いつ》の間《ま》にか已《や》んでゐた。殘り客らしい人の醉つた聲が時々風を横切《よこぎ》つて聞こえた。もう夫《それ》程《ほど》遲くなつたのかと思つて、時計を捜《さが》し出しに掛つた所へ女中が飛石傳《とびいしづたひ》に縁側から首を出した。
 自分等は此女中を通じて、和歌の浦が今暴風雨に包まれてゐるといふ事を知つた。電話が切れて話が通じないといふ事を知つた。往來の松が倒れて電車が通じないといふ事も知つた。
 
     三十三
 
 自分は其時急に母や兄の事を思ひ出した。眉《まゆ》を焦《こが》す火の如く思ひ出した。狂《くる》ふ風と渦卷《うづま》く浪に弄《もてあそ》ばれつゝある彼等の宿が想像の眼にあり/\と浮んだ。
 「姉さん大變な事になりましたね」と自分は嫂《あによめ》を顧みた。嫂《あによめ》は夫《それ》程《ほど》驚いた樣子もなかつた。けれども氣の所爲《せゐ》か、常から蒼い頬が一層蒼いやうに感ぜられた。其蒼い頬の一部と眼の縁《ふち》に先刻《さつき》泣いた痕跡がまだ殘つてゐた。嫂《あによめ》はそれを下女に悟られるのが厭なんだらう、電燈に疎《うと》い不自然な方角へ顔を向けて、わざと入口の方を見なかつた。
 「和歌の浦へは何うしても歸られないんでせうか」と云つた。
 見當違ひの方から出た此|問《とひ》は、自分に云ふのか、又は下女に聞くのか、一寸解らなかつた。
 「俥《くるま》でも駄目だらうね」と自分が同じ樣な問を下女に取次いだ。
 下女は駄目といふ言葉こそ繰返さなかつたが、危險な意味を反覆説明して、聞かせた上、是非今夜|丈《だけ》は和歌山《こゝ》へ泊れと忠告した。彼女の顔は寧ろ吾々二人の利害を標的《まと》にして物を云つてるらしく眞面目に見えた。自分は下女の言葉を信ずれば信ずる程《ほど》母の事が氣になつた。
 防波堤と母の宿との間には彼是五六町の道程《みちのり》があつた。波が高くて少し土手を越す位なら、容易に三階の座敷迄來る氣遣ひはなからうとも考へた。然しもし海嘯《つなみ》が一度に寄せて來るとすると、……
 「おい海嘯《つなみ》であすこいらの宿屋がすつかり波に攫《さら》はれる事があるかい」
 自分は本當に心配の餘り下女に斯う聞いた。下女はそんな事はないと斷言した。然し波が防波堤を越えて土手下へ落ちてくるため、中が湖水《みづうみ》のやうに一杯になる事は二三度あつたと告げた。
 「夫《それ》にしたつて、水に浸《つか》つた家《うち》は大變だらう」と自分は又聞いた。
 下女は、高々水の中で家《うち》がぐる/\回《まは》る位なもので、海迄持つて行かれる心配は先づあるまいと答へた。此|呑氣《のんき》な答へが心配の中にも自分を失笑せしめた。
 「ぐる/\回りや夫《それ》で澤山だ。其上海迄持つてかれた日にや好い災難ぢやないか」
 下女は何とも云はずに笑つてゐた。嫂《あによめ》も暗い方から電燈をまともに見始めた。
 「姉さん何うします」
 「何うしますつて、妾《あたし》女だから何うして好いか解らないわ。若し貴方が歸ると仰しやれぼ、何《ど》んな危險があつたつて、妾《あたし》一所に行くわ」
 「行くのは構はないが、――困つたな。ぢや今夜は仕方がないから此處へ泊るとしますか」
 「貴方が御泊りになれば妾《あたし》も泊るより外に仕方がないわ。女一人で此暗いのにとても和歌の浦迄行く譯には行かないから」
 下女は今迄|勘蓬《かんちがひ》をしてゐたと云はぬ許《ばかり》の眼遣《めづかひ》をして二人を見較《みくら》べた。
 「おい電話は何うしても通じないんだね」と自分は又念のため聞いて見た。
 「通じません」
 自分は電話口へ出て直接に試みて見る勇氣もなかつた。
 「ぢや仕樣がない泊ることに極めませう」と今度は嫂《あによめ》に向つた。
 「えゝ」
 彼女の返事は何時《いつ》もの通り簡單でさうして落付いてゐた。
 「町の中なら俥《くるま》が通ふんだね」と自分は又下女に向つた。
 
     三十四
 
 二人はこれから料理屋で周旋して呉れた宿屋|迄《まで》行かなければならなかつた。仕度をして玄關を下りた時、其所に輝く電燈と、車夫の提灯《ちやうちん》とが、雨の音と風の叫びに冴えて、恰《あたか》も闇に狂ふ物凄さを照らす道具のやうに思はれた。嫂《あによめ》は先づ色の眼に付くあでやかな姿を黒い幌《ほろ》の中へ隱した。自分もつゞいて窮屈な深い桐油《とうゆ》の中に身體を入れた。
 幌《ほろ》の中に包まれた自分は殆んど往來の凄じさを見る遑《いとま》がなかつた。自分の頭はまだ經驗した事のない海嘯《つなみ》といふものに絶えず支配された。でなければ、意地の惡い天候のお蔭で、自分が兄の前で一徹に退《しりぞ》けた事を、何うしても實行しなければならなくなつた運命をつらく觀《くわん》じた。自分の頭は落付いて想像したり觀《くわん》じたりする程の餘裕を無論|有《も》たなかつた。たゞ亂雜な火事場のやうに取留めもなくくる/\廻轉した。
 そのうち俥《くるま》の梶棒《かぢぼう》が一軒の宿屋のやうな構《かまへ》の門口へ横付になつた。自分は何だか暖簾《のれん》を潜《くゞ》つて土間へ這入つたやうな氣がしたが慥《たしか》には覺えてゐない。土間は幅の割に竪《たて》からいつて大分《だいぶ》長かつた。帳場も見えず番頭も居ず、たゞ一人の下女が取次に出た丈《だけ》で、宵の口としては至つて淋《さみ》しい光景であつた。
 自分達は黙つて其所に突立つてゐた。自分は何故《なぜ》だか嫂《あによめ》に話したくなかつた。彼女も澄まして絹張の傘《かさ》の先を斜に土間に突いたなりで立つてゐた。
 下女の案内で二人の通された部屋は、縁側を前に御簾《みす》の樣な簀垂《すだれ》を軒に懸けた古めかしい座敷であつた。柱は時代で黒く光つてゐた。天井にも煤《すゝ》の色が一面に見えた。嫂《あによめ》は例の傘《かさ》を次の間《ま》の衣桁《いかう》に懸けて、「こゝは向ふが高い棟で、此方《こつち》が厚い練塀《ねりべい》らしいから風の音がそんなに聞えないけれど、先刻《さつき》俥《くるま》へ乘つた時は大變ね。幌《ほろ》の上でひゆ/\いふのが氣味が惡かつた位《ぐらゐ》よ。あなた風の重みが俥《くるま》の幌《ほろ》に乘《の》し掛《かゝ》つて來るのが乘つてゝ分つたでせう。妾《あたし》もう少しで俥《くるま》が引《ひ》つ繰返《くりかへ》るかも知れないと思つたわ」と云つた。
 自分は少し逆上してゐたので、そんな事はよく注意してゐられなかつた。けれども其通りを眞直に答へる程の勇氣もなかつた。
 「えゝ隨分な風でしたね」と胡魔化《ごまか》した。
 「此處で此位ぢや、和歌の浦はさぞ大變でせうね」と嫂《あによめ》が始めて和歌の浦の事を云ひ出した。
 自分は胸が又わく/\し出した。「姐《ねえ》さん此處の電話も切れてるのかね」と云つて、答へも待たずに風呂場に近い電話口|迄《まで》行つた。其處で帳面を引つ繰返《くりかへ》しながら、號鈴《ベル》をしきりに鳴らして、母と兄の泊つてゐる和歌の浦の宿へ掛けて見た。すると不思議に向ふで二言三言何か云つた樣な氣がするので、是は有難いと思ひつゝ猶《なほ》暴風雨《あらし》の模樣を聞かうとすると、又|薩張《さつぱり》通じなくなつた。それから何遍もし/\と呼んでも幾何《いくら》號鈴《ベル》を鳴らしても、呼び甲斐も鳴らし甲斐も全く無くなつたので、遂に我《が》を折つてわが部屋へ引き戻して來た。嫂《あによめ》は蒲團の上に坐つて茶を吸《すゝ》つてゐたが、自分の足音を聽きつゝ振り返つて、「電話は何うして?通じて?」と聞いた。自分は電話に就いて今の一部始終《いちぶしじゆう》を説明した。
 「大方《おほかた》其んな事だらうと思つた。到底《とて》も駄目よ今夜は。いくら掛けたつて、風で電話線を吹き切つちまつたんだから。あの音を聞いたつて解るぢやありませんか」
 風は何處からか二筋に綯《よ》れて來たのが、急に擦違《すれちがひ》になつて唸《うな》る樣な怪しい音を立てゝ、又|虚空《こくう》遙《はるか》に騰《のぼ》る如くに見えた。
 
     三十五
 
 二人が風に耳を峙《そば》だてゝゐると、下女が風呂の案内に來た。それから晩食《ばんめし》を食ふかと聞いた。自分は晩食《ばんめし》などを欲しいと思ふ氣になれなかつた。
 「何うします」と嫂《あによめ》に相談して見た。
 「左右《さう》ね。何うでも宜いけども。折角泊つたもんだから、御膳《おぜん》だけでも見た方が宜いでせう」と彼女は答へた。
 下女が心得て立つて行つたかと思ふと、宅中《うちぢゆう》の電燈がぱたりと消えた。黒い柱と煤《すゝ》けた天井でたゞさへ陰氣な部屋が、今度は眞暗になつた。自分は鼻の先に坐つてゐる嫂《あによめ》を嗅《か》げば嗅《か》がれるやうな氣がした。
 「姉さん怖《こは》かありませんか」
 「怖《こは》いわ」といふ聲が想像した通りの見當で聞こえた。けれども其聲のうちには怖《こは》らしい何物をも含んでゐなかつた。又わざと怖がつて見せる若々しい蓮葉《はすは》の態度もなかつた。
 二人は暗黒のうちに坐つてゐた。動かずに又物を云はずに、黙つて坐つてゐた。眼に色を見ない所爲《せゐ》か、外《そと》の暴風雨《あらし》は今迄よりは餘計耳に付いた。雨は風に散らされるので夫《それ》程《ほど》恐ろしい音も傳へなかつたが、風は屋根も塀も電柱も、見境《みさかひ》なく吹き捲《めく》つて悲鳴を上げさせた。自分達の室《へや》は地面の上の穴倉見た樣な所で、四方共|頑丈《ぐわんぢやう》な建物だの厚い塗壁だのに包《かこ》まれて、縁の前の小さい中庭さへ比較的安全に見えたけれども、周圍一面から出る一種凄じい音響は、暗闇に伴《ともな》つて起る人間の抵抗し難い不可思議な威嚇《ゐかく》であつた。
 「姉さんもう少しだから我慢なさい。今に女中が灯《ひ》を持つて來るでせうから」
 自分は斯う云つて、例の見當から嫂《あによめ》の聲が自分の皷膜に響いてくるのを暗に豫期してゐた。すると彼女は何事をも答へなかつた。それが漆《うるし》に似た暗闇の威力で、細い女の聲さへ通らないやうに思はれるのが、自分には多少無氣味であつた。仕舞に自分の傍《そば》に慥《たしか》に坐つてゐるべき筈の嫂《あによめ》の存在が氣に掛《かゝ》り出した。
 「姉さん」
 嫂《あによめ》はまだ黙つてゐた。自分は電氣燈の消えない前、自分の向ふに坐つてゐた嫂《あによめ》の姿を、想像で適當の距離に描《ゑが》き出した。さうして其れを便りに又「姉さん」と呼んだ。
 「何よ」
 彼女の答は何だか蒼蠅《うるさ》さうであつた。
 「居るんですか」
 「居るわ貴方。人間ですもの。嘘だと思ふなら此處へ來て手で障《さは》つて御覽なさい」
 自分は手捜《てさぐ》りに捜《さぐ》り寄つて見たい氣がした。けれども夫《それ》程《ほど》の度胸がなかつた。其うち彼女の坐つてゐる見當で女帶の擦《す》れる音がした。
 「姉さん何かしてゐるんですか」と聞いた。
 「えゝ」
 「何をしてゐるんですか」と再び聞いた。
 「先刻《さつき》下女が浴衣《ゆかた》を持つて來たから、着換へようと思つて、今帶を解いてゐる所です」と嫂《あによめ》が答へた。
 自分が暗闇で帶の音を聞いてゐるうちに、下女は古風な?燭《らふそく》を點《つ》けて縁側傳ひに持つて來た。さうしてそれを座敷の床の横にある机の上に立てた。?燭《らふそく》の?《ほのほ》がちら/\右左へ搖れるので、黒い柱や煤けた天井は勿論、灯《ひ》の勢《いきほひ》の及ぶ限りは、穩かならぬ薄暗い光にどよめいて、自分の心を淋《さび》しく焦立《いらだ》たせた。殊更床に掛けた軸と、其前に活けてある花とが、氣味の惡い程目立つて?燭の灯《ひ》の影響を受けた。自分は手拭を持つて、又汗を流しに風呂へ行つた。風呂は怪しげなカンテラで照らされてゐた。
 
     三十六
 
 自分は佗《わ》びしい光でやつと見分《みわけ》のつく小桶を使つてざあ/\背中を流した。出掛《でがけ》に又念のためだから電話をちりん/\鳴らして見たが更に通じる氣色《けしき》がないので已《や》めた。
 嫂《あによめ》は自分と入れ代りに風呂に入《はい》つたかと思ふとすぐ出て來た。「何だか暗くつて氣味が惡いのね。それに桶や湯槽《ゆぶね》が古いんで緩《ゆつ》くり洗ふ氣にもなれないわ」
 其時自分は畏《かしこ》まつた下女を前に置いて?燭の灯《ひ》を便《たより》に宿帳を付けべく餘儀なくされてゐた。
 「姉さん宿帳は何う付けたら好いでせう」
 「何うでも。好い加減に願ひます」
 嫂《あによめ》は斯う云つて小さい袋から櫛やなにか這入つてゐる更紗《サラサ》の疊紙《たゝう》を出し始めた。彼女は後向《うしろむき》になつて?燭を一つ占領して鏡臺に向ひつゝ何か遣つてゐた。自分は仕方なしに東京の番地と嫂《あによめ》の名を書いて、わざと傍《そば》に一郎|妻《さい》と認《したゝ》めた。同樣の意味で自分の側《わき》にも一郎|弟《おとゝ》とわざ/\斷《ことわ》つた。
 飯の出る前に、何の拍子か、先に暗くなつた電燈が又一時に明るくなつた。其時臺所の方でわあと喜びの鬨《とき》の聲を擧げたものがあつた。暴風雨《しけ》で魚《さかな》がないと下女が言譯を云つたに拘《かゝ》はらず、吾々の膳の上は明かであつた。
 「丸《まる》で生返《いきかへ》つた樣ね」と嫂《あによめ》が云つた。
 すると電燈が又ぱつと消えた。自分は急に箸を消えた處に留めたぎり、しばらく動かさなかつた。
 「おや/\」
 下女は大きな聲をして朋輩の名を呼びながら燈火《あかり》を求めた。自分は電氣燈がぱつと明るくなつた瞬間に嫂《あによめ》が、何時《いつ》の間《ま》にか薄く化粧《けしやう》を施したといふ艶《なまめ》かしい事實を見て取つた。電燈の消えた今、其顔|丈《だけ》が眞闇《まつくら》なうちに故《もと》の通り殘つてゐるやうな氣がしてならなかつた。
 「姉さん何時《いつ》御粧《おつくり》したんです」
 「あら厭だ眞闇《まつくら》になつてから、そんな事を云ひだして。貴方|何時《いつ》見たの」
 下女は暗闇で笑ひ出した。さうして自分の眼ざとい事を賞めた。
 「斯んな時に白粉《おしろい》迄《まで》持つて來るのは實に細かいですね、姉さんは」と自分は又暗闇の中で嫂《あによめ》に云つた。
 「白粉《おしろい》なんか持つて來やしないわ。持つて來たのはクリームよ、貴方《あなた》」と彼女は又暗闇の中で辯解した。
 自分は暗がりの中で、しかも下女の居る前で、斯んな冗談を云ふのが常よりは面白かつた。そこへ彼女の朋輩が又別の?燭を二本|許《ばかり》點《つ》けて來た。
 室《へや》の中は裸?燭《はだからふそく》の灯《ひ》で渦を卷くやうに動搖した。自分も嫂《あによめ》も眉を顰《ひそ》めて燃える?《ほのほ》の先を見詰めて居た。さうして落付のない淋《さび》しさとでも形容すべき心持を味はつた。
 程なく自分達は寐た。便所に立つた時、自分は窓の間から空を仰ぐ樣に覗いて見た。今迄多少靜まつて居た暴風雨《あらし》が、此時は夜更《よふけ》と共に募つたものか、眞黒な空が眞黒いなりに活動して、瞬間も休まない樣に感ぜられた。自分は恐ろしい空の中で、黒い電光が擦れ合つて、互に黒い針に似たものを隙間《すきま》なく出しながら、此暗さを大きな音の中《うち》に維持してゐるのだと想像し、かつ其想像の前に畏縮した。
 蚊帳の外には?燭の代りに下女が床を延べた時、行燈《あんどん》を置いて行つた。其|行燈《あんどん》が又|古風《こふう》な陰氣なもので、一層《いつそ》吹き消して闇《くら》がりにした方が、微《かす》かな光に照らされる無氣味さよりは却《かへ》つて心持が好い位だつた。自分は燐寸《マツチ》を擦つて、薄暗い所で煙草を呑み始めた。
 
     三十七
 
 自分は先刻《さつき》から少しも寐なかつた。小用《こよう》に立つて、一本の紙卷を吹かす間にも色々な事を考へた。それが取り留《とめ》もなく雜然と一度に來るので、自分にも何が主要の問題だか捕《とら》へられなかつた。自分は燐寸《マツチ》を擦つて煙草を呑んでゐる事さへ時々忘れた。而も其處に氣が付いて、再び吸口を脣に銜《くは》へる時の煙の無味《まづ》さは又特別であつた。
 自分の頭の中には、今見て來た正體《しやうたい》の解らない黒い空が、凄まじく一樣に動いてゐた。夫《それ》から母や兄のゐる三階の宿が波を幾度となく被《かぶ》つて、くるり/\と廻り出してゐた。それが片付かないうちに、此部屋の中に寐てゐる嫂《あによめ》の事が又氣になり出した。天災とは云へ二人で此處へ泊つた言譯を何うしたものだらうと考へた。辯解してから後《あと》、兄の機嫌を何うして取り直したものだらうとも考へた。同時に今日|嫂《あによめ》と一所に出て、滅多にない斯んな冒險を共にした嬉しさが何處からか湧いて出た。其嬉しさが出た時、自分は風も雨も海嘯《つなみ》も母も兄も悉く《こと/”\》く忘れた。すると其嬉しさが又俄然として一種の恐ろしさに變化した。恐ろしさと云ふよりも、寧ろ恐ろしさの前觸《まへぶれ》であつた。何處かに潜伏してゐるやうに思はれる不安の徴候であつた。さうして其時は外面《そと》を狂ひ廻る暴風雨《あらし》が、木を根こぎにしたり、塀を倒したり、屋根瓦を捲《め》くつたりするのみならず、今薄暗い行燈《あんどう》の下《もと》で味のない煙草を吸つてゐる此自分を、粉微塵《こみぢん》に破壞する豫告の如く思はれた。
 自分が斯んな事をぐる/\考へてゐるうちに、蚊帳の中に死人の如く大人《おとな》しくしてゐた嫂《あによめ》が、急に寐返《ねがへり》をした。さうして自分に聞えるやうに長い欠伸《あくび》をした。
 「姉さんまだ寐ないんですか」と自分は煙草の煙の間から嫂《あによめ》に聞いた。
 「えゝ、だつて此吹き降りぢや寐ようにも寐られないぢやありませんか」
 「僕もあの風の音が耳に付いて何うする事も出來ない。電燈の消えたのは、何でも此處いら近所にある柱が一本とか二本とか倒れたためだつてね」
 「さうよ、其んな事を先刻《さつき》下女が云つたわね」
 「御母さんと兄さんは何うしたでせう」
 「妾《あたし》も先刻《さつき》から其事ばかり考へてゐるの。然しまさか浪は這入らないでせう。這入つたつて、あの土手の松の近所にある怪しい藁屋位なものよ。持つてかれるのは。もし本當の海嘯《つなみ》が來てあすこ界隈を悉皆《すつかり》攫《さら》つて行くんなら、妾《あたし》本當に惜しい事をしたと思ふわ」
 「何故《なぜ》」
 「何故つて、妾《あたし》そんな物凄い所が見たいんですもの」
 「冗談ぢやない」と自分は嫂《あによめ》の言葉を打《ぶ》つた切《ぎ》る積《つもり》で云つた。すると嫂《あによめ》は眞面目に答へた。
 「あら本當よ二郎さん。妾《あたし》死ぬなら首を縊《くゝ》つたり咽喉《のど》を突いたり、そんな小刀細工をするのは嫌《きらひ》よ。大水に攫《さら》はれるとか、雷火に打たれるとか、猛烈で一息な死に方がしたいんですもの」
 自分は小説などを夫《それ》程《ほど》愛讀しない嫂《あによめ》から、始めて斯んなロマンチツクな言葉を聞いた。さうして心のうちで是は全く神經の昂奮から來たに違ひないと判じた。
 「何かの本にでも出て來さうな死方ですね」
 「本に出るか芝居で遣《や》るか知らないが、妾《あたし》や眞劔にさう考へてるのよ。嘘だと思ふなら是から二人で和歌の浦へ行つて浪でも海嘯《つなみ》でも構はない、一所に飛び込んで御目に懸けませうか」
 「あなた今夜は昂奮してゐる」と自分は慰撫《なだ》める如く云つた。
 「妾《あたし》の方が貴方より何《ど》の位落ち付いてゐるか知れやしない。大抵の男は意氣地なしね、いざとなると」と彼女は床の中《なか》で答へた。
 
     三十八
 
 自分は此時始めて女といふものをまだ研究してゐない事に氣が付いた。嫂《あによめ》は何處から何う押しても押し樣のない女であつた。此方《こつち》が積極的に進むと丸《まる》で暖簾《のれん》の樣に抵抗《たわい》がなかつた。仕方なしに此方《こつち》が引き込むと、突然變な所へ強い力を見せた。其力の中《うち》には到底《とて》も寄り付けさうにない恐ろしいものもあつた。又は是なら相手に出來るから進まうかと思つて、まだ進みかねてゐる中《うち》に、弗《ふつ》と消えて仕舞ふのもあつた。自分は彼女と話してゐる間|始終《しじゆう》彼女から飜弄されつゝある樣な心持がした。不思議な事に、其飜弄される心持が、自分に取つて不愉快であるべき筈だのに、却つて愉快でならなかつた。
 彼女は最後に物凄い決心を語つた。海嘯《つなみ》に攫《さら》はれて行きたいとか、雷火に打たれて死にたいとか、何しろ平凡以上に壯烈な最後を望んでゐた。自分は平生から(ことに二人で此和歌山に來てから)體力や筋力に於て遙《はるか》に優勢な位地に立ちつゝも、嫂《あによめ》に對しては何處となく無氣味な感じがあつた。さうして其無氣味さが甚だ狎《な》れ易い感じと妙に相伴《あひともな》つてゐた。
 自分は詩や小説にそれ程親しみのない嫂《あによめ》のくせに、何に昂零して海嘯《つなみ》に攫《さら》はれて死にたい抔《など》と云ふのか、其處をもつと突き留めて見たかつた。
 「姉さんが死ぬなんて事を云ひ出したのは今夜始めてゞすね」
 「えゝ口へ出したのは今夜が始めてかも知れなくつてよ。けれども死ぬ事は、死ぬ事|丈《だけ》は何うしたつて心の中《うち》で忘れた日はありやしないわ。だから嘘だと思ふなら、和歌の浦迄|伴《つ》れて行つて頂戴。屹度《きつと》浪の中へ飛込んで死んで見せるから」
 薄暗い行燈《あんどん》の下《もと》で、暴風雨《あらし》の音の間に此言葉を聞いた自分は、實際物凄かつた。彼女は平生から落付いた女であつた。歇斯的里風《ヒステリふう》な所は殆んどなかつた。けれども寡言《くわげん》な彼女の頬は常に蒼かつた。さうして何處かの調子で眼の中に意味の強い解すべからざる光が出た。
 「姉さんは今夜|餘程《よつぽど》何うかしてゐる。何か昂奮してゐる事でもあるんですか」
 自分は彼女の涙を見る事は出來なかつた。又彼女の泣き聲を聞く事も出來なかつた。けれども今にも其處に至りさうな氣がするので、暗い行燈《あんどん》の光を便《たよ》りに、蚊帳の中を覗いて見た。彼女は赤い蒲團を二枚重ねて其上に縁《ふち》を取つた白麻の掛蒲團を胸の所迄行儀よく掛けてゐた。自分が暗い灯《ひ》で其姿を覗き込んだ時、彼女は枕を動かして自分の方を見た。
 「あなた昂奮昂奮つて、よく仰しやるけれども妾《あたし》や貴方よりいくら落付いてるか解りやしないわ。何時《いつ》でも覺悟が出來てるんですもの」
 自分は何と答ふべき言葉も持たなかつた。黙つて二本目の敷島を暗い灯影《ほかげ》で吸ひ出した。自分はわが鼻と口から濛々と出る煙ばかりを眺めてゐた。自分は其間に氣味のわるい眼を轉じて、時々蚊帳の中を窺《うかゞ》つた。嫂《あによめ》の姿は死んだ樣に靜であつた。或は既に寐付いたのではないかとも思はれた。すると突然仰向けになつた顔の中から、「二郎さん」と云ふ聲が聞こえた。
 「何ですか」と自分は答へた。
 「貴方其處で何をして居らつしやるの」
 「煙草を呑んでるんです。寐られないから」
 「早く御休みなさいよ。寐られないと毒だから」
 「えゝ」
 自分は蚊帳の裾《すそ》を捲《ま》くつて、自分の床の中に這入つた。
 
     三十九
 
 翌日《よくじつ》は昨日《きのふ》と打つて變つて美しい空を朝まだきから仰ぐ事を得た。
 「好い天氣になりましたね」と自分は嫂《あによめ》に向つて云つた。
 「本當《ほんと》ね」と彼女も答へた。
 二人は能く寐なかつたから、夢から覺めたといふ心持はしなかつた。たゞ床を離れるや否や魔から覺めたといふ感じがした程、空は蒼く染められてゐた。
 自分は朝飯《あさめし》の膳に向ひながら、廂《ひさし》を洩れる明らかな光を見て、急に氣分の變化に心付いた。從つて向ひ合つてゐる嫂《あによめ》の姿が昨夕《ゆうべ》の嫂《あによめ》とは全く異なるやうな心持もした。今朝見ると彼女の眼に何處といつて浪漫的《ロマンてき》な光は射してゐなかつた。たゞ寐《ね》の足りない?《まぶち》が急に爽《さわや》かな光に照らされて、それに抵抗するのが如何にも慵《ものう》いと云つたやうな一種の倦怠《けた》るさが見えた。頬の蒼白いのも常に變らなかつた。
 我々は出來る丈《だけ》早く朝飯を濟まして宿を立つた。電車はまだ通じないだらうといふ宿のものゝ注意を信用して俥《くるま》を雇つた。車夫は土間から表に出た我々を一目見て、すぐ夫婦ものと鑑定したらしかつた。俥《くるま》に乘るや否や自分の梶棒《かぢぼう》を先へ上げた。自分はそれを留める樣に、「後《あと》から後《あと》から」と云つた。車夫は心得て「奧さんの方が先だ」と相圖した。嫂《あによめ》の俥《くるま》が自分の傍《そば》を擦《す》り拔ける時、彼女は例の片靨《かたゑくぼ》を見せて「御先へ」と挨拶した。自分は「さあ何うぞ」と云つたやうなものゝ、腹の中では車夫の口にした奧さんといふ言葉が大いに氣になつた。嫂《あによめ》はそんな景色《けしき》もなく、自分を乘り越すや否や、琥珀《こはく》に刺繍《ぬひ》のある日傘を翳《かざ》した。彼女の後姿は如何にも凉しさうに見えた。奧さんと云はれても云はれないでも全く無關係の態度で、俥《くるま》の上に澄まして乘つてゐるとしか思はれなかつた。
 自分は嫂《あによめ》の後姿を見詰めながら、又彼女の人となりに思ひ及んだ。自分は平生こそ嫂《あによめ》の性質を幾分かしつかり手に握つてゐる積《つもり》であつたが、いざ本式に彼女の口から本當の所を聞いて見ようとすると、丸《まる》で八幡《やはた》の藪《やぶ》知《し》らずへ這入つた樣に、凡《すべ》てが解らなくなつた。
 凡ての女は、男から觀察しようとすると、みんな正體《しやうたい》の知れない嫂《あによめ》の如きものに歸着するのではあるまいか。經驗に乏しい自分は斯うも考へて見た。又其正體の知れない所が即ち他の婦人に見出《みいだ》しがたい嫂《あによめ》丈《だけ》の特色であるやうにも考へて見た。兎に角|嫂《あによめ》の正體は全く解らないうちに、空が蒼々と晴れて仕舞つた。自分は氣の拔けた麥酒《ビール》の樣な心持を抱いて、先へ行く彼女の後姿を絶えず眺めてゐた。
 突然自分は宿へ歸つてから嫂《あによめ》について兄に報告をする義務がまだ殘つてゐる事に氣が付いた。自分は何と報告して好いか能く解らなかつた。云ふべき言葉は澤山あつたけれども、夫《それ》を一々兄の前に並べるのは到底自分の勇氣では出來なかつた。よし並べたつて最後の一句は正體《しやうたい》が知れないといふ簡單な事實に歸する丈《だけ》であつた。或は兄自身も自分と同じく、此|正體《しやうたい》を見屆ようと煩悶し拔いた結果、斯んな事になつたのではなからうか。自分は自分が若し兄と同じ運命に遭遇したら、或は兄以上に神經を惱ましはしまいかと思つて、始めて恐ろしい心持がした。
 俥《くるま》が宿へ着いたとき、三階の縁側には母の影も兄の姿も見えなかつた。
 
     四十
 
 兄は三階の日に遠い室《へや》で例の黒い光澤《つや》のある頭を枕に着けて仰向きになつてゐた。けれども眠つてはゐなかつた。寧ろ充血した眼を見張るやうに緊張して天井を見詰めてゐた。彼は自分達の足音を聞くや否や、いきなり其血走つた眼を自分と嫂《あによめ》に注いだ。自分は兼《かね》てから其眼付を豫想し得なかつた程兄を知らない譯でもなかつた。けれども室《へや》の入口で嫂《あによめ》と相並んで立ちながら、昨夕《ゆうべ》まんじりともしなかつたと自白して居るやうな彼の赤くて鋭い眼付を見た時は、少し驚かされた。自分は斯ういふ場合の緩和劑《くわんわざい》として例《いつも》の通り母を求めた。其母は座敷の中にも縁側にも何處にも見當らなかつた。
 自分が彼女を探してゐるうちに嫂《あによめ》は兄の枕元に坐つて挨拶をした。
 「只今」
 兄は何とも答へなかつた。嫂《あによめ》は又坐つたなり其處を動かなかつた。自分は勢ひとして口を開くべく餘儀なくされた。
 「昨夕《ゆうべ》此方《こつち》は大變な暴風雨《あらし》でしたつてね」
 「うん隨分|非道《ひど》い風だつた」
 「波があの石の土手を越して松並木から下へ流れ込んだの」
 是は嫂《あによめ》の言葉であつた。兄はしばらく彼女の顔を眺めてゐた。それから徐《おもむ》ろに答へた。
 「いや左右《さう》でもない。家に故障はなかつた筈だ」
 「ぢや。無理に歸れば歸れたのね」
 嫂《あによめ》は斯う云つて自分を顧《かへり》みた。自分は彼女よりも寧ろ兄の方に向いた。
 「いや到底《とて》も歸れなかつたんです。電車がだいち通じないんですもの」
 「左右《さう》かも知れない。昨日《きのふ》は夕方あたりからあの波が非常に高く見えたから」
 「夜中《よなか》に宅《うち》が搖れやしなくつて」
 是も嫂《あによめ》の兄に聞いた問であつた。今度は兄がすぐ答へた。
 「搖れた。お母さんは危險だからと云つて下へ降りて行かれた位搖れた」
 自分は兄の眼色の險惡な割合に、夫《それ》程《ほど》殺氣を帶びてゐない彼の言語動作を漸々《やう/\》確め得た時やつと安心した。彼は自分の性急《せつかち》に比べると約五倍がたの癇癪持であつた。けれども一種|天賦《てんぷ》の能力があつて、時に其癇癪を巧《たくみ》に殺す事が出來た。
 其内に明神樣へ御參りに行つた母が歸つて來た。彼女は自分の顔を見て漸く安心したといふやうな色をして呉れた。
 「よく早く歸れて好かつたね。――まあ昨夕《ゆうべ》の恐ろしさつたら、夫《そり》や御話にも何にもならないんだよ、二郎。此柱がぎい/\つて鳴るたんびに、座敷が右左に動《いご》くんだらう。そこへ持つて來て、あの浪の音がね。――わたしや今聞いても本當に慄《ぞつ》とするよ……」
 母は昨夕《ゆうぺ》の暴風雨《あらし》を非道《ひど》く怖がつた。殊に其聯想から出る、防波堤を碎きにかゝる浪の音を嫌つた。
 「もう/\和歌の浦も御免。海も御免。慾も得も要らないから、早く東京へ歸りたいよ」
 母は斯う云つて眉をひそめた。兄は肉のない頬へ皺を寄せて苦笑した。
 「二郎達は昨夕《ゆうべ》何處へ泊つたんだい」と聞いた。
 自分は和歌山の宿の名を擧げて答へた。
 「好い宿かい」
 「何だか彼《かん》だか、たゞ暗くつて陰氣な丈《だけ》です。ねえ姉さん」
 其時兄は走るやうな眼を嫂《あによめ》に轉じた。
 嫂《あによめ》はたゞ自分の顔を見て「丸《まる》でお化《ばけ》でも出さうな宅《うち》ね」と云つた。
 日の夕暮に自分は嫂《あによめ》と階段の下で出逢つた。其時自分は彼女に「何うです、兄さんは怒つてるんでせうか」と聞いて見た。嫂《あによめ》は「何うだか腹の中は一寸解らないわ」と淋《さび》しく笑ひながら上へ昇つて行つた。
 
     四十一
 
 母が暴風雨《あらし》に怖氣《おぢけ》が付いて、早く立たうと云ふのを機《しほ》に、みんな此處を切上げて一刻も早く歸る事にした。
 「如何《いか》な名所でも一日二日は好いが、長くなると詰らないですね」と兄は母に同意してゐた。
 母は自分を小蔭へ呼んで、「二郎お前何うする積《つもり》だい」と聞いた。自分は自分の留守中に兄が萬事を母に打ち明けたのかと思つた。然し兄の平生から察すると、そんな行き拔けの人《ひと》と成《なり》でもなさゝうであつた。
 「兄さんは昨夕《ゆうべ》僕等が歸らないんで、機嫌でも惡くしてゐるんですか」
 自分が斯う質問を掛けた時、母は少しの間《あひだ》黙つてゐた。
「昨夕《ゆうべ》はね、知つての通りの浪や風だから、そんな話をする閑《ひま》も無かつたけれども……」
 母は何うしても其處迄しか云はなかつた。
 「お母さんは何だか僕と嫂《ねえ》さんの仲《なか》を疑ぐつてゐらつしやる樣だが……」と云ひ掛けると、今迄自分の眼を凝《ぢつ》と見てゐた母は急に手を振つて自分を遮《さへぎ》つた。
 「そんな事があるものかねお前、お母さんに限つて」
 母の言葉は實際|判然《はつきり》した言葉に違なかつた。顔付も眼付もきび/\してゐた。けれども彼女の腹の中は到底《とても》讀めなかつた。自分は親身《しんみ》の子として、時たま本當の父や母に向ひながら嘘と知りつゝ眞顔で何か云ひ聞かされる事を覺えて以來、世の中で本當の本當を云ひ續けに云ふものは一人もないと諦めてゐた。
 「兄さんには僕から萬事話す事になつてゐます。さう云ふ約束になつてるんだから、お母さんが心配なさる必要はありません。安心して居らつしやい」
 「ぢや成るべく早く片付けた方が好いよ二郎」
 自分達は其明くる宵の急行で東京へ歸る事に極めてゐた。實はまだ大阪を中心として、見物かた/”\歩くべき場所は澤山あつたけれども、母の氣が進まず、兄の興味が乘らず、大阪で中繼《なかつぎ》をする時間さへ惜んで、すぐ東京|迄《まで》寢臺で通さうと云ふのが母と兄の主張であつた。
 自分達は是非共|翌日《あした》の朝の汽車で和歌山から大阪へ向けて立たなければならなかつた。自分は母の命令で岡田の宅《うち》迄《まで》電報を打つた。
 「佐野さんへは掛ける必要もないでせう」と云ひながら自分は母と兄の顔を眺めた。
 「あるまい」と兄が答へた。
 「岡田へさへ打つて置けば、佐野さんは打《うつ》ちやつて置いても屹度《きつと》送りに來て呉れるよ」
 自分は電報紙を持ちながら、是非共お貞《さだ》さんを貰ひたいといふ佐野のお凸額《でこ》と其金縁眼鏡を思ひ出した。
 「では彼《あ》のお凸額《でこ》さんは止《や》めて置かう」
 自分は斯う云つて、みんなを笑はせた。自分が疾《と》うから佐野の御凸額《おでこ》を氣にしてゐた如く、外のものも同じ人の同じ特色を注意してゐたらしかつた。
 「寫眞で見たより御凸額《おでこ》ね」と嫂《あによめ》は眞面目な顔で云つた。
 自分は冗談のうちに自分を紛《まぎら》しつゝ、何んな折を利用して嫂《あによめ》の事を兄に復命したものだらうかと考へてゐた。それで時々|偸《ぬす》むやうに又先方の氣の付かない樣に兄の樣子を見た。所が兄は自分の豫期に反して、全くそれには無頓着の樣に思はれた。
 
     四十二
 
 自分が兄から別室に呼出されたのは夫《それ》が濟んで少時《しばらく》してゞあつた。其時兄は常に變らない樣子をして、(嫂《あによめ》に評させると常に變らない樣子を裝《よそほ》つて、)「二郎一寸話がある。彼方《あつち》の室《へや》へ來て呉れ」と穩《おだや》かに云つた。自分は大人《おとな》しく「はい」と答へて立つた。然し何うした機《はずみ》か立つときに嫂《あによめ》の顔を一寸見た。其時は何の氣も付かなかつたが、此平凡な所作が其後自分の胸には絶えず驕慢《けうまん》の發現として響いた。嫂《あによめ》は自分と顔を合せた時、いつもの通り片靨《かたゑくぼ》を見せて笑つた。自分と嫂《あによめ》の眼を他《ひと》から見たら、何處かに得意の光を帶びてゐたのではあるまいか。自分は立ちながら、次の室《へや》で浴衣《ゆかた》を疊んでゐた母の方を一寸|顧《かへりみ》て、思はず立疎《たちすく》んだ。母の眼付は先刻《きつき》からたつた一人でそつと我々を觀察してゐたとしか見えなかつた。自分は母から疑惑の矢を胸に射付けられたやうな氣分で兄の居る室《へや》へ這入つた。
 其頃は丁度舊暦の盆で、所謂|盆波《ぼんなみ》の荒いためか、泊り客は無論、日返りの遊び客さへ何時《いつ》も程は影を見せなかつた。廣い三階建ては從つて空《あ》いてゐる室《へや》の方が多かつた。少しの間《ま》融通しようと思へば、何時でも自分の自由になつた。
 兄は兼《かね》てから下女に命じて置いたものと見えて、室《へや》には麻の蒲團が差し向ひに二枚、華奢《きやしや》な煙草盆を間に、團扇《うちは》さへ添へて据ゑられてあつた。自分は兄の前に坐つた。けれども何と云ひ出して然るべきだか、其手加減が一寸解らないので、たゞ黙つてゐた。兄も容易に口を開かなかつた。然しこんな場合になると性質上|屹度《きつと》兄の方から積極的に出るに違ひないと踏んだ自分は、わざと卷莨《まきたばこ》を吹かしつゞけた。
 自分は此時の自分の心理状態を解剖して、今から顧《かへり》みると、兄に調戯《からか》ふといふ程でもないが、多少彼を焦《じ》らす氣味でゐたのは慥《たしか》であると自白せざるを得ない。尤も自分が何故《なぜ》それ程兄に對して大膽になり得たかは、我ながら解らない。恐らく嫂《あによめ》の態度が知らぬ間《ま》に自分に乘り移つてゐたものだらう。自分は今になつて、取り返す事も償《つぐな》ふ事も出來ない此態度を深く懺悔《ざんげ》したいと思ふ。
 自分が卷莨《まきたばこ》を吹かして黙つてゐると兄は果《はた》して「二郎」と呼びかけた。
 「お前|直《なほ》の性質が解つたかい」
 「解りません」
 自分は兄の問の餘りに嚴格なため、つい斯う簡單に答へて仕舞つた。さうして其あまりに形式的なのに後から氣が付いて、惡かつたと思ひ返したが、もう及ばなかつた。
 兄は其|後《のち》一口も聞きもせず、又答へもしなかつた。二人斯うして黙つてゐる間が、自分には非常な苦痛であつた。今考へると兄には、猶更の苦痛であつたに違ない。
 「二郎、おれはお前の兄として、たゞ解りませんといふ冷淡な挨拶を受けようとは思はなかつた」
 兄は斯う云つた。さうして其聲は低くかつ顫へてゐた。彼は母の手前、宿の手前、又自分の手前と問題の手前とを兼ねて、高くなるべき筈の咽喉《のど》を、やつとの思ひで抑へてゐるやうに見えた。
 「お前そんな冷淡な挨拶を一口したぎりで濟むものと、高《たか》を括《くゝ》つてるのか、子供ぢやあるまいし」
 「いえ決して其んなわけぢやありません」
 是《これ》丈《だけ》の返事をした時の自分は眞に純良なる弟であつた。
 
     四十三
 
 「さう云ふ積《つもり》でなければ、積《つもり》でない樣にもつと詳《くはし》く話したら好いぢやないか」
 兄は苦《にが》り切《き》つて團扇《うちは》の繪を見詰めてゐた。自分は兄に顔を見られないのを幸ひに、暗に彼の樣子を窺つた。自分から斯ういふと兄を輕蔑するやうで甚だ濟まないが、彼の表情の何處かには、といふよりも、彼の態度の何處かには、少し大人氣《おとなげ》を缺いた稚氣さへ現はれてゐた。今の自分は此純粹な一本調子に對して、相應の尊敬を拂ふ見地《けんち》を具へてゐる積《つもり》である。けれども人格の出來てゐなかつた當時の自分には、たゞ向《むかふ》の隙《すき》を見て事をするのが賢いのだといふ利害の念が、斯んな問題に迄付け纒《まつ》はつてゐた。
 自分はしばらく兄の樣子を見てゐた。さうして是は與《くみ》し易いといふ心が起つた。彼は癇癪を起してゐる。彼は焦《じ》れ切つてゐる。彼はわざとそれを抑へようとしてゐる。全く餘裕のない程緊張してゐる。然し風船球の樣に輕く緊張してゐる。もう少し待つてゐれば自分の力で破裂するか、又は自分の力で何處かへ飛んで行くに相違ない。――自分は斯う觀察した。
 嫂《あによめ》が兄の手に合はないのも全く此處に根ざしてゐるのだと自分は此時漸く勘付いた。又|嫂《あによめ》として存在するには彼女の遣口《やりくち》が一番巧妙なんだらうとも考へた。自分は今日《こんにち》迄《まで》たゞ兄の正面ばかり見て、遠慮したり氣兼《きがね》したり、時によつては恐れ入つたりしてゐた。然し昨日《きのふ》一日一晩|嫂《あによめ》と暮した經驗は圖らずも此|苦々《にが/\》しい兄を裏から甘く見る結果になつて眼前に現はれて來た。自分は何時《いつ》嫂《あによめ》から兄を斯う見ろと教《をそ》はつた覺はなかつた。けれども兄の前へ出て、是程度胸の据つた事も亦なかつた。自分は比較的濟まして、團扇《うちは》を見詰めてゐる兄の額のあたりを此方《こつち》でも見詰めてゐた。
 すると兄が急に首を上げた。
 「二郎何とか云はないか」と勵《はげ》しい言葉を自分の皷膜に射込んだ。自分は其聲で又はつと平生の自分に返つた。
 「今云はうと思つてる所です。然し事が複雜な丈《だけ》に、何から話して好いか解らないんで一寸困つてるんです。兄さんも外の事たあ違ふんだから、最《も》う少し打ち解けて緩《ゆつ》くり聞いて下さらなくつちや。さう裁判所みたやうに生眞面目《きまじめ》に叱り付けられちや、折角|咽喉《のど》迄出掛つたものも、辟易《へきえき》して引込んぢまいますから」
 自分が斯う云ふと、兄は流石《さすが》に一見識《ひとけんしき》ある人|丈《だけ》あつて、「あゝ左右《さう》か己《おれ》が惡かつた。お前が性急《せつかち》の上へ持つて來て、己《おれ》が癇癪持と來てゐるから、つい變にもなるんだらう。二郎、それぢや何時《いつ》緩《ゆつく》り話される。緩《ゆつく》り聞く事なら今でも己《おれ》には出來る積《つもり》だが」と云つた。
 「まあ東京へ歸る迄待つて下さい。東京へ歸るたつて、あすの晩の急行だから、もう直《ぢき》です。其上で落付いて僕の考へも申し上げたいと思つてますから」
 「夫《それ》でも好《い》い」
 兄は落付いて答へた。今迄の彼の癇癪を自分の信用で吹き拂ひ得た如くに。
 「では何うか、左右《さう》願ひます」と云つて自分が立ち掛けた時、兄は「あゝ」と肯《うな》づいて見せたが、自分が敷居を跨《また》ぐ拍子に「おい二郎」と又呼び戻した。
 「詳《くはし》い事は追つて東京で聞くとして、唯《たゞ》一言《ひとこと》だけ要領を聞いて置かうか」
 「姉さんに就いて……」
 「無論」
 「姉さんの人格に就て、御疑ひになる所は丸《まる》でありません」
 自分が斯う云つた時、兄は急に色を變へた。けれども何にも云はなかつた。自分はそれぎり席を立つて仕舞つた。
 
     四十四
 
 自分は其時場合によれば、兄から拳骨を食ふか、又は後《うしろ》から熱罵を浴《あび》せ掛けられる事と豫期してゐた。色を變へた彼を後《うしろ》に見捨てゝ、自分の席を立つた位だから、自分は普通より餘程彼を見縊《みくび》つてゐたに違なかつた。其上自分はいざとなれば腕力に訴へてでも嫂《あによめ》を辯護する氣概を十分具へてゐた。是は嫂《あによめ》が潔白だからといふよりも嫂《あによめ》に新たなる同情が加はつたからと云ふ方が適切かも知れなかつた。云ひ換へると、自分は兄を夫《それ》丈《だけ》輕蔑し始めたのである。席を立つ時などは多少彼に對する敵愾心《てきがいしん》さへ起つた。
 自分が室《へや》へ歸つて來た時、母はもう浴衣《ゆかた》を疊んではゐなかつた。けれども小さい行李《こり》の始末に餘念なく手を動かしてゐた。それでも心は手許になかつたと見えて、自分の足音を聞くや否や、すぐ此方《こつち》を向いた。
 「兄さんは」
 「今來るでせう」
 「もう話は濟んだの」
 「濟むの濟まないのつて、始めからそんな大した話ぢやないんです」
 自分は母の氣を休めるため、わざと蒼蠅《うるさ》さうに斯う云つた。母は又行李の中へ、こま/”\したものを出したり入れたりし始めた。自分は今度は彼の女に恥ぢて、決して傍《そば》に手傳つてゐる嫂《あによめ》の顔を敢《あへ》て見なかつた。それでも彼女の若くて淋《さむ》しい脣には冷かな笑の影が、自分の眼を掠《かす》めるやうに過ぎた。
 「今から荷造りですか。ちつと早過ぎるな」と自分はわざと年を取つた母を嘲《あざ》ける如く注意した。
 「だつて立つとなれば、成るたけ早く用意して置いた方が都合が好いからね」
 「左右《さう》ですとも」
 嫂《あによめ》の此返事は、自分が何か云はうとする先《せん》を越して聲に應ずる響の如く出た。
 「ぢや繩でも絡《から》げませう。男の役だから」
 自分は兄と反對に車夫や職人のするやうな荒仕事に妙を得てゐた。ことに行李《こり》を括《くゝ》るのは得意であつた。自分が繩を十文字に掛け始めると、嫂《あによめ》はすぐ立つて兄の居る室《へや》の方に行つた。自分は思はず其後姿を見送つた。
 「二郎兄さんの機嫌は何うだつたい」と母がわざ/\小さな聲で自分に聞いた。
 「別に是と云ふ事もありません。なあに心配なさる事があるもんですか。大丈夫です」と自分は殊更に荒つぽく云つて、右足で行李《こり》の葢《ふた》をぎい/\締めた。
 「實はお前にも話したい事があるんだが。東京へでも歸つたら何れ又|緩《ゆつ》くりね」
 「えゝ緩《ゆつ》くり伺ひませう」
 自分は斯う無造作に答へながら、腹の中では母の所謂話なるものゝ内容を朧氣《おぼろげ》ながら髣髴《はうふつ》した。
 少時《しばらく》すると、兄と嫂《あによめ》が別席から出て來た。自分は平氣を粧《よそほ》ひながら母と話してゐる間にも、兩人の會見と其會見の結果に就いて多少氣掛りな所があつた。母は二人の並んで來る樣子を見て、やつと安心した風を見せた。自分にも何處かにそんな所があつた。
 自分は行李《こり》を絡《から》げる努力で、顔やら脊中やらから汗が澤山出た。腕捲《うでまく》りをした上、浴衣《ゆかた》の袖で汗を容赦なく拭いた。
 「おい暑さうだ。少し扇《あふ》いで遣るが好い」
 兄は斯う云つて嫂《あによめ》を顧みた。嫂《あによめ》は靜に立つて自分を扇いで呉れた。
 「何よござんす。もう直《ぢき》ですから」
 自分が斯う斷つてゐるうちに、やがて明日《あす》の荷造りは出來上つた。
 
  歸つてから
 
      一
 
 自分は兄夫婦の仲が何うなる事かと思つて和歌山から歸つて來た。自分の豫想は果《はた》して外《はづ》れなかつた。自分は自然の暴風雨《あらし》に次《つい》で、兄の頭に一種の旋風が起る徴候を十分認めて彼の前を引き下つた。けれども其徴候は嫂《あによめ》が行つて十分か十五分話してゐるうちに、殆んど警戒を要しない程|穩《おだや》かになつた。
 自分は心のうちで此變化に驚いた。針鼠《はりねずみ》の樣に尖つてるあの兄を、僅かの間に丸め込んだ嫂《あによめ》の手腕には猶更《なほさら》敬服した。自分は漸く安心したやうな顔を、晴々と輝かせた母を見る丈《だけ》でも滿足であつた。
 兄の機嫌は和歌の浦を立つ時も變らなかつた。汽車の内でも同じ事であつた。大阪へ來ても猶《なほ》續いてゐた。彼は見送りに出た岡田夫婦を捕《つら》まへて戯談《じやうだん》さへ云つた。
 「岡田君お重《しげ》に何か言傳《ことづて》はないかね」
 岡田は要領を得ない顔をして、「お重《しげ》さんに丈《だけ》ですか」と聞き返してゐた。
 「さうさ君の仇敵《きうてき》のお重《しげ》にさ」
 兄が斯う答へた時、岡田はやつと氣の付いたといふ風に笑ひ出した。同じ意味で謎《なぞ》の解けたお兼《かね》さんも笑ひ出した。母の豫言通り見送りに來てゐた佐野も、漸く笑ふ機會が來た樣に、憚《はゞか》りなく口を開いて周圍の人を驚かした。
 自分は其時迄|嫂《あによめ》に何うして兄の機嫌を直したかを聞いて見なかつた。其後もついぞ聞く機會を有《も》たなかつた。けれども斯ういふ靈妙な手腕を有つてゐる彼女であればこそ、あの兄に對して始終あゝ高《たか》を括《くゝ》つてゐられるのだと思つた。さうして其手腕を彼女はわざと出したり引込ましたりする、單に時と場合ばかりでなく、全く己れの氣儘次第で出したり引込ましたりするのではあるまいかと疑ぐつた。
 汽車は例の如く込み合つてゐた。自分達は仕切りの付いてゐる寢臺《しんだい》をやつとの思ひで四つ買つた。四つで一室になつてゐるので都合は大變好かつた。兄と自分は體力の優秀な男子と云ふ譯で、婦人|方《がた》二人に、下のベツドを當《あて》がつて、上へ寐た。自分の下には嫂《あによめ》が横になつてゐた。
 自分は暗い中を走る汽車の響のうちに自分の下にゐる嫂《あによめ》を何うしても忘れる事が出來なかつた。彼女の事を考へると愉快であつた。同時に不愉快であつた。何だか柔かい青大將《あをだいしやう》に身體を絡《から》まれるやうな心持もした。
 兄は谷一つ隔てゝ向ふに寐てゐた。是は身體が寐てゐるよりも本當に精神が寐てゐるやうに思はれた。さうして其寐てゐる精神を、ぐにや/\した例の青大將が筋違《すぢかひ》に頭から足の先|迄《まで》卷き詰めてゐる如く感じた。自分の想像には其青大將が時々熱くなつたり冷たくなつたりした。夫《それ》からその卷きやうが緩《ゆる》くなつたり、緊《かた》くなつたりした。兄の顔色は青大將の熱度の變ずる度に、それから其|絡《から》みつく強さの變ずる度に、變つた。
 自分は自分の寐臺《ねだい》の上で、半《なかば》は想像の如く半は夢の如くに此青大將と嫂《あによめ》とを連想して已《や》まなかつた。自分は此詩に似たやうな眠《ねむり》が、驛夫の呼ぶ名古屋名古屋と云ふ聲で、急に破られたのを今でも記憶してゐる。其時汽車の音がはたりと留《とま》ると同時に、さあといふ雨の音が聞こえた。自分は靴足袋の裏に濕氣《しめりけ》を感じて起き上ると、足の方に當る窓が塵除《ちりよけ》の紗《しや》で張つてあつた。自分はいそいで窓を閉《た》て換へた。外の人のは何うかと思つて、聞いて見たが、答がなかつた。たゞ嫂《あによめ》丈《だけ》が雨が降り込むやうだといふので、已《やむ》を得ず上から飛び下りて又窓を閉《た》て換へてやつた。
 
     二
 
 「雨の樣ね」と嫂《あによめ》が聞いた。
 「えゝ」
 自分は半《なか》ば風に吹き寄せられた厚い窓掛の、じと/\に濕《しめ》つたのを片方へがらりと引いた。途端に母の寐返りを打つ音が聞こえた。
 「二郎、此處は何處だい」
 「名古屋です」
 自分は吹き込む紗《しや》の窓を通して、殆んど人影の射さない停車場《ステーシヨン》の光景を、雨のうちに眺めた。名古屋々々々と呼ぶ聲がまだ遠くの方で聞こえた。夫《それ》からこつりこつりといふ足音がたつた一人で活きて來るやうに響いた。
 「二郎|序《ついで》に妾《わたし》の足の方も締めて御呉れな」
 「御母さんの所も硝子《ガラス》が閉《た》つてゐないんですか。先刻《さつき》呼んだら能く寐て居らつしやる樣でしたから……」
 自分は嫂《あによめ》の方を片付けて、すぐ母の方に行つた。厚い窓掛を片寄せて、手探《てさぐ》りに探《さぐ》つて見ると、案外にも立派に硝子戸《ガラスど》が締まつてゐた。
 「御母さん此方《こつち》は雨なんか這入りやしませんよ。大丈夫です、此通りだから」
 自分はかう云ひながら、母の足の方に當る硝子《ガラス》を、とん/\と手で叩いて見せた。
 「おや雨は這入らないのかい」
 「這入るものですか」
 母は微笑した。
 「何時《いつ》頃から雨が降り出したか御母さんは些《ちつ》とも知らなかつたよ」
 母はさも愛想《あいそ》らしく又|辯疏《いひわけ》らしく口を利いて、「二郎、御苦勞だつたね、早く御休み。もう餘つ程遲いんだらう」と云つた。
 時計は十二時過であつた。自分は又そつと上の寢臺に登つた。車室は元の通り靜かになつた。嫂《あによめ》は母が口を利き出してから、何も云はなくなつた。母は自分が自分の寢臺に上《のぼ》つてから、亦何も云はなくなつた。たゞ兄|丈《だけ》は始めから仕舞迄|一言《ひとこと》も物を云はなかつた。彼は聖者《しやうじや》の如く只すや/\と眠つてゐた。此|眠方《ねむりかた》が自分には今でも不審の一つになつてゐる。
 彼は自分で時々公言する如く多少の神經衰弱に陷つてゐた。さうして時々《じゞ》不眠のために苦しめられた。又正直にそれを家族の誰彼に訴へた。けれども眠くて困ると云つた事は未《いま》だ曾《か》つてなかつた。
 富士が見え出して雨上りの雲が列車に逆《さか》らつて飛ぶ景色を、みんなが起きて珍らしさうに眺める時すら、彼は前後に關係なく心持よささうに寐てゐた。
 食堂が開《あ》いて乘客の多數が朝飯《あさめし》を濟ました後《のち》、自分は母を連れて昨夜以來の空腹を充たすべく細い廊下を傳はつて後部の方へ行つた。其時母は嫂《あによめ》に向つて、「もう好い加減に一郎を起して、一所に彼方《あつち》へ御出《おい》で。妾達《わたしたち》は向《むかふ》へ行つて待つてゐるから」と云つた。嫂《あによめ》は何時《いつ》もの通り淋《さむ》しい笑ひ方をして、「えゝ直《ぢき》御後《おあと》から參ります」と答へた。
 自分達は室内の掃除に取り懸らうとする給仕《ボイ》を後《あと》にして食堂へ這入つた。食堂はまだ大分《だいぶ》込んでゐた。出たり這入つたりするものが絶えず狹い通り路をざわつかせた。自分が母に紅茶と果物を勸めてゐる時分に、兄と嫂《あによめ》の姿が漸く入口に現れた。不幸にして彼等の席は自分達の傍《そば》に見出せる程、食卓は空《す》いてゐなかつた。彼等は入口の所に差し向ひで座を占めた。さうして普通の夫婦のやうに笑ひながら話したり、窓の外を眺めたりした。自分を相手に茶を啜《すゝ》つてゐた母は、時々其樣子を滿足らしく見た。
 自分達は斯くして東京へ歸つたのである。
 
     三
 
 繰返していふが、我々は斯うして東京へ歸つたのである。
 東京の宅は平生の通り別にこれと云つて變つた樣子もなかつた。お貞《さだ》さんは襷《たすき》を掛けて別條なく働いてゐた。彼女が手拭を被《かぶ》つて洗濯をしてゐる後姿を見て、一段落置いた昔のお貞さんを思ひだしたのは、歸つて二日目の朝であつた。
 芳江《よしえ》といふのは兄夫婦の間《あひだ》に出來た一人つ子であつた。留守のうちはお重《しげ》が引受けて萬事世話をしてゐた。芳江は元來母や嫂《あによめ》に馴付《なつ》いてゐたが、いざとなると、お重|丈《だけ》でも不自由を感じない程世話の燒けない子であつた。自分はそれを嫂《あによめ》の氣性を受けて生れたためか、さうでなければお重の愛嬌のあるためだと解釋してゐた。
 「お重《しげ》お前の樣なものが能くあの芳江《よしえ》を預かる事が出來るね。流石《さすが》にやつぱり女だなあ」と父が云つたら、お重は膨《ふく》れた顔をして、「御父さんも隨分な方《かた》ね」と母にわざ/\訴へに來た話を、汽車の中で聞いた。
 自分は歸つてから一兩日して、彼女に、「お重《しげ》お前を御父さんが矢つ張り女だなと仰しやつたつて怒つてるさうだね」と聞いた。彼女は「怒つたわ」と答へたなり、父の書齋の花瓶《はないけ》の水を易へながら、乾いた布巾《ふきん》で水を切つてゐた。
 「まだ怒つてるのかい」
 「まだつて最《も》う忘れちまつたわ。――綺麗ね此花は何といふんでせう」
 「お重《しげ》然し、女だなあといふのは、夫《そ》りや賞めた言葉だよ。女らしい親切な子だといふんだ。怒る奴があるもんか」
 「何うでも能くつてよ」
 お重は帶で隱した尻の邊《あたり》を左右に振つて、兩手で花瓶《はないけ》を持ちながら父の居間の方へ行つた。それが自分には恰も彼女が尻で怒《いかり》を見せてゐるやうで可笑《をかし》かつた。
 芳江《よしえ》は我々が歸るや否や、すぐお重《しげ》の手から母と嫂《あによめ》に引渡された。二人は彼女を奪ひ合ふ樣に抱いたり下《おろ》したりした。自分の平生から不思議に思つてゐたのは、この外見上冷靜な嫂《あによめ》に、頑是《ぐわんぜ》ない芳江がよくあれ程に馴付《なつき》得たものだといふ眼前の事實であつた。この眸の黒い髪の澤山ある、さうして母の血を受けて人並よりも蒼白い頬をした少女は、馴れ易からざる彼女の母の後《あと》を、奇蹟の如く追つて歩いた。それを嫂《あによめ》は日本一の誇として、宅中《うちぢゆう》の誰彼に見せびらかした。ことに己《おのれ》の夫《をつと》に對しては見せびらかすといふ意味を通り越して、寧ろ殘酷な敵打《かたきうち》をする風にも取れた。兄は思索に遠ざかる事の出來ない讀書家として、大抵は書齋裡《しよさいり》の人であつたので、いくら腹のうちで此少女を鍾愛《しようあい》しても、鍾愛《しようあい》の報酬たる親《した》しみの程度は甚だ稀薄なものであつた。感情的な兄がそれを物足らず思ふのも無理はなかつた、食卓の上などで夫《それ》が色に出る時さへ兄の性質としては偶《たま》にはあつた。さうなると外のものよりお重が承知しなかつた。
 「芳江《よしえ》さんは御母さん子ね。何故《なぜ》御父さんの側《そば》に行かないの」などゝ故意《わざ》とらしく聞いた。
 「だつて……」と芳江《よしえ》は云つた。
 「だつて何うしたの」とお重《しげ》が又聞いた。
 「だつて怖いから」と芳江《よしえ》はわざと小さな聲で答へた。それがお重《しげ》には猶更《なほさら》忌々しく聞こえるのであつた。
 「なに?怖いつて?誰が怖いの?」
 斯んな問答がよく繰り返へされて、時には五分も十分も續いた。嫂《あによめ》は斯う云ふ場合に、決して眉目を動さなかつた。何時でも蒼い頬に微笑を見せながら何處までも尋常な應對をした。仕舞には父や母が双方を宥《なだ》めるために、兄から果物を貰はしたり、菓子を受け取らしたりさせて、「さあ夫《それ》で好い。御父さんから旨いものを頂戴して」とやつと御茶を濁す事もあつた。お重《しげ》は夫《それ》でも腹が癒えなさうに膨《ふく》れた頬をみんなに見せた。兄は黙つて獨り書齋へ退《しりぞ》くのが常であつた。
 
      四
 
 父は其年始めて誰かゝら朝貌《あさがほ》を作る事を教はつて、しきりに變つた花や葉を愛玩してゐた。變つたと云つても普通のものがたゞ縮れて見立がなくなる丈《だけ》だから、宅中《うちぢゆう》でそれを顧みるものは一人もなかつた。たゞ父の熱心と彼の早起と、幾何《いくつ》も並んでゐる鉢と、綺麗な砂と、それから最後に、厭に拗《す》ねた花の樣《さま》や葉の形に感心する丈《だけ》に過ぎなかつた。
 父はそれらを縁側へ並べて誰を捉《つら》まへても説明を怠らなかつた。
 「成程面白いですなあ」と正直な兄までさも感心したらしく御世辭を餘犠なくされてゐた。
 父は常に我々とは懸け隔《へだゝ》つた奧の二間《ふたま》を專領してゐた。簀垂《すだれ》の懸つた其縁側に、朝貌《あさがほ》は何時《いつ》でも並べられた。從つて我々は「おい一郎」とか「おいお重《しげ》」とか云つて、わざ/\其處へ呼び出されたものであつた。自分は兄よりも遙《はるか》に父の氣に入るやうな賛辭を呈して引き退《さ》がつた。さうして父の聞えない所で、「何うもあんな朝貌《あさがほ》を賞めなけりやならないなんて、實際恐れ入るね。親父《おやぢ》の醉興にも困つちまふ」などゝ惡口を云つた。
 一體父は講釋好《かうしやくずき》の説明好であつた。其上時間に暇があるから、誰でも構はず、號鈴《ベル》を鳴らして呼寄せては色々な話をした。お重《しげ》などは呼ばれるたびに、「兄さん今日は御願だから代りに行つて頂戴」と云ふ事がよくあつた。其お重に父は又解り惡《にく》い事を話すのが大好だつた。
 自分達が大阪から歸つたとき朝貌《あさがほ》はまだ咲いてゐた。然し父の興味はもう朝貌《あさがほ》を離れてゐた。
 「何うしました。例の變り種は」と自分が聞いて見ると、父は苦笑ひをして「實は朝貌もあまり思はしくないから、來年からはもう止《や》めだ」と答へた。自分は大方父の誇りとして我々に見せた妙な花や葉が、恐らく其道の人から鑑定すると、成つてゐなかつたんだらうと判斷して、茶の間で大きな聲を立てゝ笑つた。すると例のお重《しげ》とお貞《さだ》さんが父を辯護した。
 「さうぢや無いのよ。あんまり手數《てすう》が掛るんで、御父さんも根氣が盡きちまつたのよ。夫《それ》でも御父さんだからあれ丈《だけ》に出來たんですつて、皆《みん》な賞めて居らしつたわ」
 母と嫂《あによめ》は自分の顔を見て、さも自分の無識を嘲《あざ》けるやうに笑ひ出した。すると傍《そば》にゐた小さな芳江《よしえ》迄が嫂《あによめ》と同じやうに意味のある笑ひ方をした。
 こんな瑣事《さじ》で日を暮してゐるうちに兄と嫂《あによめ》の間柄は自然自分達の胸を離れるやうになつた。自分はかねて約束した通り、兄の前へ出て嫂《あによめ》の事を説明する必要がなくなつた樣な氣がした。母が東京へ歸つてから緩《ゆつ》くり話さうと云つた六《む》づかしさうな事件も母の口から容易に出ようとも思へなかつた。最後にあれ程|嫂《あによめ》に就いて智識を得たがつてゐた兄が、段々冷靜に傾いて來た。其代り父母や自分に對しても前程は口を利かなくなつた。暑い時でも大抵は書齋へ引籠つて何か熱心に遣つてゐた。自分は時々|嫂《あによめ》に向つて、「兄さんは勉強ですか」と聞いた。嫂《あによめ》は「えゝ大方來學年の講義でも作つてるんでせう」と答へた。自分は成程と思つて、其忙しさが永く續くため、彼の心を全然|其方《そつち》の方へ轉換させる事が出來はしまいかと念じた。嫂《あによめ》は平生の通り淋《さび》しい秋草のやうに其處らを動いてゐた。さうして時々|片靨《かたゑくぼ》を見せて笑つた。
 
 
 其うち夏も次第に過ぎた。宵々に見る星の光が夜毎に深くなつて來た。梧桐《あをぎり》の葉の朝夕風に搖ぐのが、肌に應へるやうに眼をひや/\と搖振《ゆすぶ》つた。自分は秋に入ると生れ變つた樣に愉快な氣分を時々感じ得た。自分より詩的な兄は曾《かつ》て透き通る秋の空を眺めてあゝ生き甲斐のある天だと云つて嬉しさうに眞蒼な頭の上を眺めた事があつた。
 「兄さん愈《いよ/\》生き甲斐のある時候が來ましたね」と自分は兄の書齋の?ランダに立つて彼を顧みた。彼は其處にある籐椅子《といす》の上に寐て居た。
 「まだ本當の秋の氣分にやなれない。もう少し經たなくつちや駄目だね」と答へて彼は膝の上に伏せた厚い書物を取り上げた。時は食事前の夕方であつた。自分はそれなり書齋を出て下へ行かうとした。すると兄が急に自分を呼び止めた。
 「芳江《よしえ》は下にゐるかい」
 「居るでせう。先刻《さつき》裏庭で見たやうでした」
 自分は北の方の窓を開けて下を覗いて見た。下には特に彼女の爲に植木屋が拵《こしら》へたブランコがあつた。然し先刻《さつき》ゐた芳江《よしえ》の姿は見えなかつた。「おや何處へか行つたかな」と自分が獨言を云つてると、彼女の鋭い笑ひ聲が風呂場の中で聞えた。
 「あゝ湯に這入つてゐます」
 「直《なほ》と一所かい。御母さんとかい」
 芳江《よしえ》の笑ひ聲の間には慥《たしか》に、女として深さのあり過ぎる嫂《あによめ》の聲が聞えた。
 「姉さんです」と自分は答へた。
 「大分《だいぶ》機嫌が好ささうぢやないか」
 自分は思はず斯う云つた兄の顔を見た。彼は手に持つてゐた大きな書物で頭まで隱してゐたから此言葉を發した時の表情は少しも見る事が出來なかつた。けれども、彼の意味は其調子で自分に能く呑み込めた。自分は少し逡巡《しゆんじゆん》した後《あと》で、「兄さんは子供をあやす事を知らないから」と云つた。兄の顔は夫《それ》でも書物の後《うしろ》に隱れてゐた。それを急に取るや否や彼は「己《おれ》の綾成《あや》す事の出來ないのは子供ばかりぢやないよ」と云つた。自分は黙つて彼の顔を打ち守つた。
 「己《おれ》は自分の子供を綾成《あや》す事が出來ないばかりぢやない。自分の父や母でさへ綾成《あや》す技巧を持つてゐない。それ所か肝心のわが妻《さい》さへ何うしたら綾成《あや》せるか未《いま》だに分別が付かないんだ。此年になる迄學問をした御蔭で、そんな技巧は覺える餘暇《ひま》がなかつた。二郎、ある技巧は、人生を幸福にする爲に、何うしても必要と見えるね」
 「でも立派な講義さへ出來りや、それで凡《すべ》てを償つて餘《あまり》あるから好いでさあ」
 自分は斯う云つて、樣子次第、退却しようとした。所が兄は中止する氣色《けしき》を見せなかつた。
 「己《おれ》は講義を作るため許《ばかり》に生れた人間ぢやない。然し講義を作つたり書物を讀んだりする必要があるために肝心の人間らしい心持を人間らしく滿足させる事が出來なくなつてしまつたのだ。でなければ先方《さき》で滿足させて呉れる事が出來なくなつたのだ」
 自分は兄の言葉の裏に、彼の周圍を呪《のろ》ふやうに苦々《にが/\》しい或物を發見した。自分は何とか答へなければならなかつた。然し何と答へて好いか見當が付かなかつた。たゞ問題が例の嫂事件《あによめじけん》を再發《さいほつ》させては大變だと考へた。それで卑怯の樣ではあるが、問答が其處へ流れ入る事を故意に防いだ。
 「兄さんが考へ過ぎるから、自分でさう思ふんですよ。夫《それ》よりか此好天氣を利用して、今度の日曜位に、何處かへ遠足でもしようぢやありませんか」
 兄はかすかに「うん」と云つて慵《ものう》げに承諾の意を示した。
 
      六
 
 兄の顔には孤獨の淋《さみ》しみが廣い額を傳はつて瘠《こ》けた頬に漲《みなぎ》つてゐた。
 「二郎|己《おれ》は昔から自然が好きだが、詰《つま》り人間と合はないので、已《やむ》を得ず自然の方に心を移す譯になるんだらうかな」
 自分は兄が氣の毒になつた。「そんな事はないでせう」と一口に打ち消して見た。けれどもそれで兄の滿足を買ふ譯には行かなかつた。自分はすかさず又斯う云つた。
 「矢つ張り家の血統にさう云ふ傾きがあるんですよ。御父さんは無論、僕でも兄さんの知つていらつしやる通りですし、夫《それ》にね、あのお重《しげ》が又不思議と、花や木が好きで、今ぢや山水畫などを見ると感に堪へたやうな顔をして時々眺めてゐる事がありますよ」
 自分は成るべく兄を慰めようとして、色々な話をしてゐた。其處へお貞《さだ》さんが下から夕食の報知《しらせ》に來た。自分は彼女に、「お貞さんは近頃嬉しいと見えて妙ににこ/\してゐますね」と云つた。自分が大阪から歸るや否や、お貞さんは暑い下女|室《べや》の隅に引込んで容易に顔を出さなかつた。それが大阪から出したみんなの合併絵葉書《がつぺいゑはがき》の中《うち》へ、自分がお貞さん宛《あて》に「御目出たう」と書いた五字から起つたのだと知れて家内中大笑ひをした。其爲か一つ家《いへ》にゐながらお貞さんは變に自分を回避した。從つて顔を合はせると自分は殊更に何か云ひたくなつた。
 「お貞《さだ》さん何が嬉しいんですか」と自分は面白半分追窮するやうに聞いた。お貞さんは手を突いたなり耳迄赤くなつた。兄は籐椅子《といす》の上からお貞さんを見て、「お貞さん、結婚の話で顔を赤くするうちが女の花だよ。行つて見るとね、結婚は顔を赤くする程嬉しいものでもなければ、恥づかしいものでもないよ。それ所か、結婚をして一人の人間が二人になると、一人でゐた時よりも人間の品格が墮落する場合が多い。恐ろしい目に會ふ事さへある。まあ用心が肝心だ」と云つた。
 お貞《さだ》さんには兄の意味が全く通じなかつたらしい。何と答へて好いか解らないので、寧ろ途方に暮れた顔をしながら涙を眼に一杯|溜《た》めてゐた。兄はそれを見て、「お貞さん餘計な事を話して御氣の毒だつたね。今のは冗談だよ。二郎の樣な向ふ見ずに云つて聞かせる事を、ついお貞さん見たいな優しい娘さんに云つちまつたんだ。全くの間違だ。勘辨《かんべん》して呉れ玉へ。今夜は御馳走があるかね。二郎それぢや御膳を食べに行かう」と云つた。
 お貞《さだ》さんは兄が籐椅子《といす》から立ち上るのを見るや否や、すぐ腰を立てゝ一足先へ階子段をとん/\と下りて行つた。自分は兄と肩を比《なら》べて室《へや》を出に掛つた。其時兄は自分を顧みて「二郎、此間の問題もそれぎりになつてゐたね。つい書物や講義の事が忙《いそが》しいものだから、聞かう/\と思ひながら、つい其儘にして置いて濟まない。其内|緩《ゆつ》くり聽く積《つもり》だから、どうか話して呉れ」と云つた。自分は「此間《このあひだ》の問題とは何ですか」と空惚《そらとぼ》けたかつた。けれどもそんな勇氣は此際出る餘裕がなかつたから、まづ體裁の好い挨拶|丈《だけ》をして置いた。
 「斯う時間が經《た》つと、何だか氣の拔けた麥酒《ビール》見た樣で、僕には話し惡《にく》くなつて仕舞ひましたよ。然し折角のお約束だから聽くと仰しやれば遣らん事もありませんがね。然し兄さんの所謂《いはゆる》生き甲斐のある秋にもなつたものだから、其んな詰らない事より、先づ第一に遠足でもしようぢやありませんか」
 「うん遠足も好からうが……」
 二人は斯んな話を交換しながら、食卓の据ゑてある下の室《へや》に入つた。さうして其處に芳江《よしえ》を傍《そば》に引き付けてゐる嫂《あによめ》を見出した。
 
      七
 
 食卓の上で父と母は偶然又お貞《さだ》さんの結婚問題を話頭に上《のぼ》せた。母は兼《かね》て白縮緬《しろちりめん》を織屋から買つて置いたから、それを紋付に染めようと思つてゐるなどゝ云つた。お貞さんは其時みんなの後《うしろ》に坐つて給仕をしてゐたが、急に黒塗の盆をおはち〔二字傍点〕の上へ置いたなり席を立つて仕舞つた。
 自分は彼女の後姿を見て笑ひ出した。兄は反對に苦《にが》い顏をした。
 「二郎お前が無暗に調戯《からか》ふから不可《いけ》ない。あゝ云ふ乙女《おぼこ》にはもう少しデリカシーの籠つた言葉を使つて遣らなくつては」
 「二郎は丸で堂摺連《だうするれん》と同じ事だ」と父が笑ふやうな又|窘《たし》なめる樣な句調で云つた。母|丈《だけ》は一人不思議な顔をしてゐた。
 「何《なに》二郎がね。お貞《さだ》さんの顔さへ見れば御目出たうだの嬉しい事がありさうだのつて、色々の事を云ふから、向ふでも恥かしがるんです。今も二階で顔を赤くさせた許《ばかり》の所だもんだから、すぐ逃げ出したんです。お貞さんは生れ付からして直《なほ》とは丸で違つてるんだから、此方《こつち》でも其《その》積《つもり》で注意して取り扱つて遣らないと不可《いけ》ません……」
 兄の説明を聞いた母は始めて成程と云つたやうに苦笑した。もう食事を濟ましてゐた嫂《あによめ》は、わざと自分の顔を見て變な眼遣《めづかひ》をした。それが自分には一種の相圖の如く見えた。自分は父から評された通り大分《だいぶ》堂摺連《だうするれん》の傾きを持つてゐたが、此時は父や母に憚《はゞか》つて、嫂《あによめ》の相圖を返す氣は毫《がう》も起らなかつた。
 嫂《あによめ》は無言の儘すつと立つた、室《へや》の出口で一寸振り返つて芳江《よしえ》を手招きした。芳江もすぐ立つた。
 「おや今日はお菓子を頂かないで行くの」とお重《しげ》が聞いた。芳江《よしえ》は其處に立つた儘、何うしたものだらうかと思案する樣子に見えた。嫂《あによめ》は「おや芳江さん來ないの」と左《さ》も大人《おとな》しやかに云つて廊下の外へ出た。今迄|躊躇《ちうちよ》してゐた芳江は、嫂《あによめ》の姿が見えなくなるや否や、急に意を決したものゝ如く、ばた/\と其|後《あと》を追駈けた。
 お重《しげ》は彼女の後姿を左《さ》も忌々《いま/\》しさうに見送つた。父と母は嚴格な顔をして己《おの》れの皿の中を見詰めてゐた。お重は兄を筋違《すぢか》ひに見た。けれども兄は遠くの方をぼんやり眺めてゐた。尤も彼の眉根には薄く八の字が描《ゑが》かれてゐた。
 「兄さん、其プツヂングを妾《あたし》に頂戴。ね、好いでせう」とお重《しげ》が兄に云つた。兄は無言の儘皿をお重の方に押遣つた。お重も無言の儘其を匙《スプーン》で突《つゝ》ついたが、自分から見ると、食べたくない物を業腹《ごふはら》で食べてゐるとしか思はれなかつた。
 兄が席を立つて書齋に入《い》つたのは夫《それ》からして少時《しばらく》後《のち》の事であつた。自分は耳を峙《そばだ》てゝ彼の上靴《スリツパ》が靜に階段を上《のぼ》つて行く音を聞いた。軈《やが》て上の方で書齋の戸《ドア》がどたんと閉まる聲がして、後《あと》は靜になつた。
 東京へ歸つてから自分は斯んな光景をしば/\目撃した。父も其處には氣が付いてゐるらしかつた。けれども一番心配さうなのは母であつた。彼女は嫂《あによめ》の態度を見破つて、かつ容赦の色を見せないお重《しげ》を、一日も早く片付けて若い女同士の葛藤を避けたい氣色《けしき》を色にも顔にも擧動にも現した。次には成るべく早く嫁を持たして、兄夫婦の間から自分といふ厄介ものを拔き去りたかつた。けれども複雜な世の中は、さう母の思ふ樣に旨く回轉して呉れなかつた。自分は相變らず、のらくらして居た。お重は益《ます/\》嫂を敵《かたき》の樣に振舞つた。不思議に彼女は芳江《よしえ》を愛した。けれども夫《それ》は嫂《あによめ》の居ない留守に限られてゐた。芳江も嫂《あによめ》の居ない時ばかりお重に縋り付いた。兄の額には學者らしい皺が段々深く刻《きざ》まれて來た。彼は益《ます/\》書物と思索の中に沈んで行つた。
 
     八
 
 斯んな譯で、母の一番輕く見てゐたお貞《さだ》さんの結婚が最初に極まつたのは、彼女の思はくとは丸《まる》で反對であつた。けれども早晩《いつか》片付なければならないお貞さんの運命に一段落を付けるのも、矢張り父や母の義務なんだから、彼等は岡田の好意を喜びこそすれ、決してそれを惡く思ふ筈はなかつた。彼女の結婚が家中《うちぢゆう》の問題になつたのも詰りはその爲であつた。お重《しげ》は此問題に就いてよくお貞さんを捕《つら》まへて離さなかつた。お貞さんは又お重には赤い顔も見せずに、色々の相談をしたり己《おの》れの將來をも語り合つたらしい。
 或日自分が外《そと》から歸つて來て、風呂から上つた所へ、お重《しげ》が、「兄さん佐野さんて一體どんな人なの」と例の前後を顧慮しない調子で聞いた。是は自分が大阪から歸つてから、もう二度目若しくは三度目の質問であつた。
 「何だそんな藪から棒に。御前は一體輕卒で不可《いけ》ないよ」
 怒《おこ》り易いお重《しげ》は黙つて自分の顔を見てゐた。自分は胡坐《あぐら》をかきながら、三澤へ遣る端書を書いてゐたが、此樣子を見て、一寸筆を留めた。
 「お重《しげ》又怒つたな。――佐野さんはね、此間《このあひだ》云つた通り金縁眼鏡を掛けたお凸額《でこ》さんだよ。夫《それ》で好いぢやないか。何遍聞いたつて同《おんな》じ事だ」
 「お凸額《でこ》や眼鏡は寫眞で充分だわ。何も兄さんから聞かないだつて妾《あたし》知つてゝよ。眼があるぢやありませんか」
 彼女はまだ打ち解けさうな口の利き方をしなかつた。自分は靜かに端書と筆を机の上へ置いた。
 「全體何を聞かうと云ふのだい」
 「全體貴方は何を研究して入らしつたんです。佐野さんに就いて」
 お重《しげ》といふ女は議論でも遣り出すと丸《まる》で自分を同輩の樣に見る、癖だか、親しみだか、猛烈な氣性だか、稚氣《ちき》だかがあつた。
 「佐野さんに就いてつて……」と自分は聞いた。
 「佐野さんの人《ひと》と爲《な》りに就いてゞす」
 自分は固《もと》よりお重《しげ》を馬鹿にしてゐたが、斯ういふ眞面目な質問になると、腹の中《なか》でどつしりした何物も貯へてゐなかつた。自分は濟まして卷煙草を吹かし出した。お重は口惜《くや》しさうな顔をした。
 「だつて餘《あん》まりぢやありませんか、お貞《さだ》さんがあんなに心配してゐるのに」
 「だつて岡田が慥《たしか》だつて保證するんだから、好いぢやないか」
 「兄さんは岡田さんを何《ど》の位信用して居らつしやるんです。岡田さんは高が將棋の駒ぢやありませんか」
 「顔は將棋の駒だつて何だつて……」
 「顔ぢやありません。心が浮いてるんです」
 自分は面倒と癇癪でお重《しげ》を相手にするのが厭になつた。
 「お重《しげ》御前そんなにお貞《さだ》さんの事を心配するより、自分が早く嫁にでも行く工夫をした方が餘つ程利口だよ。お父さんやお母さんは、お前が片付いて呉れる方をお貞さんの結婚より何《ど》の位助かると思つてゐるか解りやしない。お貞さんの事なんか何うでも宜いから、早く自分の身體の落ち付くやうにして、少し親孝行でも心掛けるが好い」
 お重《しげ》は果《はた》して泣き出した。自分はお重と喧嘩をするたびに向ふが泣いて呉れないと手應《てごたへ》がない樣で、何だか物足らなかつた。自分は平氣で莨《たばこ》を吹かした。
 「ぢや兄さんも早くお嫁を貰つて獨立したら好いでせう。其方が妾《あたし》が結婚するより幾ら親孝行になるか知れやしない。厭に嫂《ねえ》さんの肩ばかり持つて……」
 「お前は嫂《ねえ》さんに抵抗し過ぎるよ」
 「當前《あたりまへ》ですわ。大兄《おほにい》さんの妹ですもの」
 
     九
 
 自分は三澤へ端書を書いた後《あと》で、風呂から出立《でたて》の頬に髪剃を中《あ》てようと思つてゐた。お重《しげ》を相手に愚圖々々いふのが面倒になつたのを好い幸ひに、「お重氣の毒だが風呂場から熱い湯をうがひ茶碗に一杯持つて來て呉れないか」と頼んだ。お重は嗽茶碗《うがひぢやわん》どころの騷ぎではないらしかつた。夫《それ》より未《まだ》十倍も嚴肅な人生問題を考へてゐるものゝ如く澄まして膨《ふく》れてゐた。自分はお重に構はず、手を鳴らして下女から必要な湯を貰つた。それから机の上へ旅行用の鏡を立てゝ、象牙の柄《え》のついた髪刺を並べて、熱湯で濡らした頻をわざと滑稽に膨《ふく》らませた。
 自分が物新しさうにシエーヴイング、ブラツシを振り廻して、石鹸《シヤボン》の泡で顔中を眞白にしてゐると、先刻《さつき》から傍《そば》に坐つて此樣子を見てゐたお重《しげ》は、ワツと云ふ悲劇的な聲を振り上げて泣き出した。自分はお重の性質として、早晩此處に來るだらうと思つて、暗に此悲鳴を豫期してゐたのである。そこで益《ます/\》頬《ほつ》ぺたに空氣を一杯入れて、白い石鹸《ツヤボン》をすう/\と髪刺の刃で心持宜さゝうに落し始めた。お重はそれを見て業腹だか何だか益《ます/\》騷々しい聲を立てた。仕舞に「兄さん」と鋭どく自分を呼んだ。自分はお重を馬鹿にして居たには違ないが、此鋭い聲は少し驚かされた。
 「何だ」
 「何だつて、そんなに人を馬鹿にするんです。是でも私は貴方の妹です。嫂《ねえ》さんはいくら貴方が贔屓《ひいき》にしたつて、もと/\他人ぢやありませんか」
 自分は髪剃を下へ置いて、石鹸《シヤボン》だらけの頬をお重《しげ》の方に向けた。
 「お重《しげ》お前は逆《のぼ》せてゐるよ。お前が己《おれ》の妹で、嫂《ねえ》さんが他家《よそ》から嫁に來た女だ位は、お前に教はらないでも知つてるさ」
 「だから私に早く嫁に行けなんて餘計な事を云はないで、あなたこそ早く貴方の好きな嫂《ねえ》さん見た樣な方《かた》をお貰ひなすつたら好いぢやありませんか」
 自分は平手《ひらて》でお重《しげ》の頭を一つ張り付けて遣りたかつた。けれども家中《うちぢゆう》騷ぎ廻られるのが怖いんで、容易に手は出せなかつた。
 「ぢやお前も早く兄さん見た樣な学者を探して嫁に行つたら好からう」
 お重《しげ》は此言葉を聞くや否や、急に※[手偏+國]《つか》み懸りかねまじき凄じい勢ひを示した。さうして涙の途切れ目/\に彼女の結婚がお貞《さだ》さんより後《おく》れたので、夫《それ》でこんなに愚弄されるのだと言明した末、自分を兄妹《きやうだい》に同情のない野蠻人だと評した。自分も固《もと》より彼女の相手になり得る程の惡口家《わるくちや》であつた。けれども最後にとう/\根気負《こんきまけ》がして默つて仕舞つた。夫《それ》でも彼女は自分の傍《そば》を去らなかつた。さうして事實は無論の事、事實が生んだ飛んでもない想像迄縱に喋舌《しやべ》り廻して已《や》まなかつた。其《その》中《うち》で彼女の最も得意とする主題は、何でも蚊でも自分と嫂《あによめ》とを結び付けて當て擦《こす》るといふ惡い意地であつた。自分は夫《それ》が何より厭であつた。自分は其時心の中《うち》で、何んなお多福でも構はないから、お重より早く結婚して、此夫婦關係が何うだの、男女《なんによ》の愛が何うだのと囀《さへづ》る女を、たつた一人|後《あと》に取り殘して遣りたい氣がした。夫《それ》から其方が又實際母の心配する通り、兄夫婦にも都合が好からうと眞面目に考へても見た。
 自分は今でも雨に叩かれたやうなお重《しげ》の佛頂面《ぶつちやうづら》を覺えてゐる。お重は又|石鹸《シヤボン》を溶いた金盥《かなだらひ》の中に顔を突込んだとしか思はれない自分の異《い》な顔を、何うしても忘れ得ないさうである。
 
     十
 
 お重《しげ》は明らかに嫂《あによめ》を嫌つてゐた。是は學究的に孤獨な兄に同情が強いためと誰にも肯《うな》づかれた。
 「御母さんでも居なくなつたら何うなさるでせう。本當に御氣の毒ね」
 凡《すべ》てを隱す事を知らない彼女はかつて自分に斯う云つた。是は固《もと》より頬ぺたを眞白にして自分が彼女と喧嘩をしない遠い前の事であつた。自分は其の時彼女を相手にしなかつた。たゞ「兄さん見たいに譯の解つた人が、家庭間の關係で、御前|抔《など》に心配して貰ふ必要が出て來るものか、默つて見て居らつしゃい。御父さんも御母さんも付いてゐらつしやるんだから」と訓戒でも與へるやうに云つて聞かせた。
 自分は其時分からお重《しげ》と嫂《あによめ》とは火と水の樣な個性の差異から、到底圓熟に同棲する事は困難だらうと既に觀察してゐた。
 「御母さんお重《しげ》も早く片付けて仕舞はないと不可《いけ》ませんね」と自分は母に忠告がましい差出口を利いた事さへあつた。其折母は何故《なぜ》とも何とも聞き返さなかつたが、左《さ》も自分の意味を呑み込んだらしい眼付をして「お前が云つて呉れないでも、御父さんだつて妾《わたし》だつて心配し拔いてゐる所だよ。お重|許《ばかり》ぢやないやね。御前のお嫁だつて、蔭ぢや何《ど》の位みんなに手數《てかず》を掛けて探して貰つてるか分りやしない。けれども是《これ》許《ばかり》は縁だからね……」と云つて自分の顔をしけじけと見た。自分は母の意味も何も解らずに、たゞ「はあ」と子供らしく引き下がつた。
 お重《しげ》は何でも直《ぢき》むき〔二字傍点〕になる代りに裏表のない正直な美質を持つてゐたので、母よりは寧ろ父に愛されてゐた。兄には無論可愛がられてゐた。お貞《さだ》さんの結婚談が出た時にも「先づお重から片付けるのが順だらう」と云ふのが父の意見であつた。兄も多少はそれに同意であつた。けれども折角名ざしで申し込まれたお貞さんのために、澤山《たんと》ない機會を逃《のが》すのはつまり兩損になるといふ母の意見が實際上に尤もなので、理に明るい兄はすぐ折れて仕舞つた。兄の見地《けんち》に多少讓歩してゐる父も無事に納得した。
 けれども默つてゐたお重《しげ》には、夫《それ》が甚だしい不愉快を與へたらしかつた。然し彼女が今度の結婚問題に就て萬事快くお貞《さだ》さんの相談に乘るのを見ても、彼女が機先を制せられたお貞さんに惡感情を抱《いだ》いてゐないのは慥《たしか》な事實であつた。
 彼女はたゞ嫂《あによめ》の傍《そば》にゐるのが厭らしく見えた。いくら父母《ちゝはゝ》のゐる家であつても、いくら思ひ通りの子供らしさを精一杯に振り舞はす事が出來ても、此冷かな嫂《あによめ》からふんといふ顔付で眺められるのが何より辛かつたらしい。
 斯ういふ氣分に神經を焦《いら》つかせてゐる時、彼女は不圖《ふと》女の雜誌か何かを借りるために嫂《あによめ》の室《へや》へ這入つた。さうして其處で嫂《あによめ》がお貞《さだ》さんの爲に縫つてゐた嫁入仕度の着物を見た。
 「お重《しげ》さん是お貞《さだ》さんのよ。好いでせう。あなたも早く佐野さん見た樣な方の所へ入らつしゃいよ」と嫂《あによめ》は縫つてゐた着物を裏表|引繰返《ひつくりかへ》して見せた。其態度がお重には見せびらかしの面當《つらあて》の樣に聞えた。早く嫁に行く先を極めて、斯んなものでも縫ふ覚悟でもしろといふ謎《なぞ》にも取れた。何時《いつ》迄|小姑《こじうと》の地位を利用して人を苛虐《いぢ》めるんだといふ諷刺《ふうし》とも解釋された。最後に佐野さんの樣な人の所へ嫁に行けと云はれたのが尤も神經に障つた。
 彼女は泣きながら父の室《へや》に訴へに行つた。父は面倒だと思つたのだらう、嫂《あによめ》には一言《いちごん》も聞糺《きゝたゞ》さずに、翌日お重《しげ》を連れて三越へ出掛けた。
 
     十一
 
 夫《それ》から二三日して、父の所へ二人程客が來た。父は生來《せいらい》交際好の上に、職業上の必要から、大分《だいぶ》手廣く諸方へ出入《でいり》してゐた。公《おほやけ》の務を退《しりぞ》いた今日《こんにち》でも其惰性だか影響だかで、知合間《しりあひかん》の往來は絶える間《ま》もなかつた。尤も始終顔を出す人に、夫《それ》程《ほど》有名な人も勢力家も見えなかつた。其時の客は貴族院の議員が一人と、ある會社の監査役が一人とであつた。
 父は此二人と謠《うたひ》の方の仲善《なかよし》と見えて、彼等が來る度に謠をうたつて樂《たのし》んだ。お重《しげ》は父の命令で、少しの間《あひだ》皷の稽古をした覺《おぼえ》があるので、さう云ふ時には能く客の前へ呼び出されて皷を打つた。自分は其高慢ちきな顔をまだ忘れずにゐる。
 「お重《しげ》お前の皷は好いが、お前の顔は頗る不味《まづ》いね。惡い事は云はないから、嫁に行つた當座は決して皷を御打ちでないよ。いくら御亭主が謠氣狂《うたひきちがひ》でもあゝ澄まされた日にや、愛想を盡かされる丈《だけ》だから」とわざ/\罵しつた事がある。すると傍《そば》に聞いてゐたお貞《さだ》さんが眼を丸くして、「まあ非道《ひど》い事を仰しやる事、隨分ね」と云つたので、自分も少し言ひ過ぎたかと思つた。けれども烈しいお重は平生に似ず全く自分の言葉を氣に掛けないらしかつた。「兄さんあれでも顔の方はまだ上等なのよ。皷と來たらそれこそ大變なの。妾《あたし》謠の御客がある程厭な事はないわ」とわざ/\自分に説明して聞かせた。お重の顔ばかりに注意してゐた自分は、彼女の皷が夫《それ》程《ほど》不味《まづ》いとは夫《それ》迄《まで》氣が付かなかつた。
 其日も客が來てから一時間半程すると豫定の通り謠が始まつた。自分はやがて又お重《しげ》が呼び出される事と思つて、調戯《からかひ》半分茶の間の方に出て行つた。お重は一生懸命に會席膳《くわいせきぜん》を拭いてゐた。
 「今日はポン/\鳴らさないのか」と自分がことさらに聞くと、お重《しげ》は妙にとぼけた顔をして、立つてゐる自分を見上げた。
 「だつて今御膳が出るんですもの。忙しいからつて、斷つたのよ」
 自分は臺所や茶の間のごた/\した中で、巫山戯《ふざけ》過ぎて母に叱られるのも面白くないと思つて、又|室《へや》へ取つて返した。
 夕食後一寸散歩に出て歸つて來ると、まだ自分の室《へや》に這入らない先から母に捉《つら》まつた。
 「二郎丁度好い所へ歸つて來てお呉れだ。奧へ行つて御父さんの謠《うたひ》を聞いて入らつしやい」
 自分は父の謠を聞き慣れてゐるので、一番|位《ぐらゐ》聽くのは左程《さほど》厭とも思はなかつた。
 「何を遣るんです」と母に質問した。母は自分とは正反對に謠が又大嫌ひだつた。「何だか知らないがね。早く入らつしやいよ。皆さんが待つて居らつしやるんだから」と云つた。
 自分は委細承知して奧へ通らうとした。すると暗い縁側の所にお重《しげ》がそつと立つてゐた。自分は思はず「おい……」と大きな聲を出し掛けた。お重は急に手を振つて相圖のやうに自分の口を塞《ふさ》いで仕舞つた。
 「何故《なぜ》そんな暗い所に一人で立つて居るんだい」と自分は彼女の耳へ口を付けて聞いた。彼女はすぐ「何故《なぜ》でも」と答へた。然し自分が其返事に滿足しないで矢張り元の所に立つてゐるのを見て、「先刻《さつき》から、何遍も出て來い/\つて催促するのよ。だから御母さんに斷つて、少し加減が惡い事にしてあるのよ」
 「何故《なぜ》又《また》今日に限つて、そんなに遠慮するんだい」
 「だつて妾《あたし》皷なんか打つのはもう厭になつちまつたんですもの、馬鹿らしくつて。それに是から遣るのなんか六づかしくつて到底《とて》も出來ないんですもの」
 「感心にお前見た樣な女でも謙遜の道は少々心得てゐるから偉いね」と云ひ放つた儘、自分は奧へ通つた。
 
     十二
 
 奧には例の客が二人床の前に坐つてゐた。二人とも品の好い容貌の人で、其薄く禿げ掛《かゝ》つた頭が後《うしろ》に掛つてゐる探幽《たんいう》の三幅對《さんぷくつゐ》と能く調和した。
 彼等は二人とも袴の儘、羽織を脱ぎ放しにしてゐた。三人のうちで袴を着けてゐなかつたのは父|許《ばかり》であつたが、其父でさへ羽織|丈《だけ》は遠慮してゐた。
 自分は見知り合だから正面の客に挨拶かた/”\、「何うか拜聽を……」と頭を下げた。客は一寸恐縮の體《てい》を裝《よそほ》つて、「いや何うも……」と頭を掻く眞似をした。父は自分に又お重《しげ》の事を尋ねたので、「先刻《さつき》から少し頭痛がするさうで、御挨拶に出られないのを殘念がつてゐました」と答へた。父は客の方を見ながら、「お重が心持が惡いなんて、丸《まる》で鬼の霍亂《くわくらん》だな」と云つて、今度は自分に、「先刻《さつき》綱《つな》(母の名)の話では腹が痛い樣に聞いたがさうぢやない頭痛なのかい」と聞き直した。自分は仕舞つたと思つたが「多分兩方なんでせう。胃腸の熱で頭が痛む事もあるやうだから。然し心配する程の病氣ぢやないやうです。ぢき癒るでせう」と答へた。客は蒼蠅《うるさ》い程お重に同情の言葉を注射した後《あと》、「ぢや殘念だが始めませうか」と云ひ出した。
 聽手《きゝて》には、自分より前に兄夫婦が横向になつて、行儀よく併《なら》んで坐つてゐたので、自分は鹿爪らしく嫂《あによめ》の次に席を取つた。「何を遣るんです」と坐りながら聞いたら、斯《この》道《みち》について何の素養も趣味もない嫂《あによめ》は、「何でも景清《かげきよ》ださうです」と答へて、それ限《ぎり》何とも云はなかつた。
 客のうちで赭顔《あからがほ》の恰腹《かつぷく》の好い男が仕手《して》をやる事になつて、其隣の貴族院議員が脇《わき》、父は主人役で「娘」と「男」を端役《はやく》だと云ふ譯か二つ引き受けた。多少謠を聞分ける耳を持つてゐた自分は、最初から何んな景清が出來るかと心配した。兄は何を考へてゐるのか、甚だ要領を得ない顔をして、凋落《てうらく》しかゝつた前世紀《ぜんせいき》の肉聲を夢のやうに聞いてゐた。嫂《あによめ》の皷膜には肝腎《かんじん》の「松門《しようもん》」さへ人間としてよりも寧ろ獣類の吠《うなり》として不快に響いたらしい。自分はかねてから此「景清」といふ謠に興味を持つてゐた。何だか勇ましいやうな慘《いた》ましいやうな一種の氣分が、盲目《まうもく》の景清の強い言葉遣から、又遙々父を尋ねに日向《ひうが》迄《まで》下《くだ》る娘の態度から、涙に化して自分の眼を輝かせた場合が、一二度あつた。
 然し夫《それ》は歴乎《れつき》とした謠手が本氣に各自の役を引き受けた場合で、今聞かせられてゐるやうな胡麻節《ごまぶし》を辿つて漸く出來上る景清に對しては殆んど同情が起らなかつた。
 やがて景清の戰物語《いくさものがたり》も濟んで一番の謠も滯りなく結末|迄《まで》來た。自分は其成蹟を何と評して好いか解らないので、少し不安になつた。嫂《あによめ》は平生の寡言にも似ず「勇しいものですね」と云つた。自分も「左右《さう》ですね」と答へて置いた。すると多分一口も開くまいと思つた兄が、急に赭顔《あからがほ》の客に向つて、「さすがに我も平家なり物語り申してとか、始めてとかいふ句がありましたが、あのさすがに我も平家なりといふ言葉が大變面白う御座いました」と云つた。
 兄は元來正直な男で、かつ己《おの》れの教育上嘘を吐《つ》かないのを、品性の一部分と心得てゐる位の男だから、此批評に疑ふ餘地は少しもなかつた。けれども不幸にして彼の批評は謠の上手下手でなくつて、文章の巧拙に屬する話だから、相手には殆んど手應《てごたへ》がなかつた。
 斯う云ふ場合に馴れた父は「いや彼處《あすこ》は非常に面白く拜聽した」と客の謠《うた》ひ振《ぶり》を一應賞めた後《あと》で、「實はあれに就いて思ひ出したが、大變興味のある話がある。丁度あの文句を世話に崩して、景清を女にしたやうなものだから、謠よりは餘程|艶《えん》である。しかも事實でね」と云ひ出した。
 
     十三
 
 父は交際家だけあつて、斯ういふ妙な話を澤山頭の中《なか》に仕舞つてゐた。さうして客でもあると、獻酬《けんしう》の間に能くそれを臨機應變に運用した。多年父の傍《そば》に寐起してゐる自分にも此|女景清《をんなかげきよ》の逸話は始めてであつた。自分は思はず耳を傾けて父の顔を見た。
 「つい此間《このあひだ》の事で、又實際あつた事なんだから御話をするが、その發端《ほつたん》はずつと古い。古いたつて何も源平時代から説き出すんぢやないから其處は御安心だが、何しろ今から二十五六年前、丁度私の腰辨時代とでも云ひませうかね……」
 父は斯ういふ前置をして皆《みん》なを笑はせた後《あと》で本題に這入つた。それは彼の友達と云ふよりも寧ろずつと後輩に當る男の艶聞《えんぶん》見たやうなものであつた。尤も彼は遠慮して名前を云はなかつた。自分は家《うち》へ出入《ではい》る人の數々に就いて、大抵は名前も顔も覺えてゐたが、此逸話を有《も》つた男|丈《だけ》はいくら考へても何《ど》んな想像も浮かばなかつた。自分は心のうちで父は今|表向《おもてむき》多分此人と交際してゐるのではなからうと疑ぐつた。
 何しろ事は其人の二十《はたち》前後に起つたので、其時當人は高等學校へ這入り立てだとか、這入つてから二年目になるとか、父は甚だ曖昧な説明をしてゐたが、それは何方《どつち》にしたつて、我々の氣に掛る所ではなかつた。
 「其人は好い人間だ。好い人間にも色々あるが、まあ好い人間だ。今でもさうだから、廿歳《はたち》位《ぐらゐ》の時分は定めて可愛らしい坊ちやんだつたらう」
 父は其男を斯《かう》荒つぽく叙述《じょじゆつ》して置いて、其男と其家の召使とがある關係に陷入《おちい》つた因果を極|單簡《たんかん》に物語つた。
 「元來|其奴《そいつ》はね本當の坊ちやんだから、情事なんて洒落《しゃれ》た經驗は丸で夫《それ》迄《まで》知らなかつたのださうだ。當人も亦婦人に慕はれるなんて粹事《いきごと》は自分の樣なものに到底有り得べからざる奇蹟と思つてゐたのださうだ。所が其奇蹟が突然天から降つて來たので大變驚ろいたんですね」
 話し掛けられた客は寧ろ眞面目な顔をして、「成程」と受けてゐたが、自分は可笑《をか》しくて堪らなかつた。淋《さみ》しさうな兄の頬にも笑の渦《うづ》が漂《たゞ》よつた。
 「しかも夫《それ》が男の方が消極的で、女の方が積極的なんだから愈《いよ/\》妙ですよ。私が其奴《そいつ》に、其女が君に覺召《おぼしめし》があると悟つたのは何ういふ機《はずみ》だと聞いたらね。眞面目な顔をして、色々云ひましたが、其うちで一番面白いと思つた所爲《せゐ》か、未だに覺えてゐるのは、そいつが瓦煎餅《かはらせんべい》か何か食つてる所へ女が來て、私にも其|御煎餅《おせんべ》を頂戴なと云ふや否や、そいつの食ひ缺いた殘りの半分を引《ひ》つ手繰《たく》つて口へ入れたといふ時なんです」
 父の話方は無論滑稽を主にして、大事の眞面目な方を背景に引き込まして仕舞ふので、聞いてゐる客を始め我々三人もたゞ笑ふ丈《だけ》笑へばそれで後《あと》には何も殘らないやうな氣がした。其上客は笑ふ術を何處かで練修《れんしう》して來たやうに旨く笑つた。一座のうちで比較的眞面目だつたのはたゞ兄一人であつた。
 「兎に角其結果は何うなりました。目出たく結婚したんですか」と冗談とも思はれない調子で聞いてゐた。
 「いや其處を是から話さうといふのだ。先刻《さつき》も云つた通り『景清』の趣《おもむき》の出てくる所は是からさ。今言つてる所はほんの冒頭《まへおき》だて」と父は得意らしく答へた。
 
     十四
 
 父の話す所によると、其男と其女の關係は、夏の夜の夢のやうに果敢《はか》ないものであつた。然し契《ちぎ》りを結んだ時、男は女を未來の細君にすると言明したさうである。尤も是は女から申し出した條件でも何でもなかつたので、唯男の口から勢《いきほ》ひに驅《か》られて、おのづと迸《ほとば》しつた、誠ではあるが實行しにくい感情的の言葉に過ぎなかつたと父は態々説明した。
 「と云ふのはね、兩方共おない年でせう。然も一方は親の脛《すね》を噛《かじ》つてる前途遼遠の書生だし、一方は下女奉公でもして暮さうといふ貧しい召使ひなんだから、どんな堅い約束をしたつて、其約束の實行が出來る長い年月の間《あひだ》には、何んな故障が起らないとも限らない。で、女が聞いたさうですよ。貴方が學校を卒業なさると、二十五六に御成んなさる。すると私も同じ位に老《ふ》けて仕舞ふ。夫《それ》でも御承知ですかつてね」
 父は其處へ來て、急に話を途切らして、膝の下にあつた銀烟管《ぎんぎせる》へ煙草を詰めた。彼が薄青い烟を一時に鼻の穴から出した時、自分はもどかしさの餘り「其人は何て答へました」と聞いた。
 父は吸殻《すひがら》を手で叩《はた》きながら「二郎が屹度《きつと》何とか聞くだらうと思つた。二郎面白いだらう。世間には隨分色々な人があるもんだよ」と云つて自分を見た。自分は只「へえ」と答へた。
 「實はわしも聞いて見た、其男に。君何て答へたかつて。すると坊ちやんだね、斯う云ふんだ。僕は自分の年も先の年も知つてゐた。けれども僕が卒業したら女が幾何《いくつ》になるか、其處迄は考へて居られなかつた、况《いはん》や僕が五十になれば先も五十になるなんて遠い未來は全く頭の中に浮かんで來なかつたつて」
 「無邪氣なものですね」と兄は寧ろ賛嘆《さんたん》の口振《くちぶり》を見せた。今迄黙つてゐた客が急に兄に賛成して、「全くの所無邪氣だ」とか「成程若いものになると如何にも一圖《いちづ》ですな」とか云つた。
 「所が一週間|經《た》つか經《た》たないうちに其奴《そいつ》が後悔し始めてね、なに女は平氣なんだが、其奴《そいつ》が自分で恐縮して仕舞つたのさ。坊ちやん丈《だけ》に意氣地のない事つたら。然し正直ものだからとう/\女に對してまともに結婚破約を申し込んで、しかも極りの惡さうな顔をして、御免よとか何とか云つて謝罪《あや》まつたんだつてね。そこへ行くとおない年だつて先は女だもの、『御免よ』なんて子供らしい言葉を聞けば可愛《かは》いくもなるだらうが、又馬鹿々々しくもなるだらうよ」
 父は大きな聲を出して笑つた。御客も其反響の如くに笑つた。兄だけは可笑《をか》しいのだか、苦々しいのだか變な顔をしてゐた。彼の心には凡《すべ》て斯う云ふ物語が嚴肅な人生問題として映るらしかつた。彼の人生觀から云つたら父の話し振さへ或は輕薄に響いたかもしれない。
 父の語る所を聞くと、其女は少時《しばら》くしてすぐ暇を貰つて其處を出てしまつた限《ぎり》再び顔を見せなかつたけれども、其男はそれ以來二三ケ月の間《あひだ》何か考へ込んだなり魂が一つ所にこびり付いた樣に動かなかつたさうである。一遍其女が近所へ來たと云つて寄つた時などでも、外の人の手前だか何だか殆んど一口も物を云はなかつた。しかも其時は丁度|午飯《ひるめし》の時で、其女が昔の通り御給仕をしたのだが、男は丸《まる》で初對面の者にでも逢つた樣に口數《くちかず》を利かなかつた。
 女もそれ以來決して男の家の敷居を跨がなかつた。男は丸で其女の存在を忘れて仕舞つたやうに、學校を出て家庭を作つて、二十何年といふつい近頃|迄《まで》女とは何等の交渉もなく打過ぎた。
 
     十五
 
 「それ丈《だけ》で濟めばまあ唯の逸話さ。けれども運命といふものは恐しいもので……」と父が又語り續けた。
 自分は父が何を云ひ出すかと思つて、彼の顔から自分の眼を離し得なかつた。父の物語りの概要を摘《つま》んで見ると、ざつと斯うであつた。
 其男が其女を丸《まる》で忘れた二十何年の後《のち》、二人が偶然運命の手引で不意に會つた。會つたのは東京の眞中であつた。しかも有樂座で名人會とか美音會《びおんくわい》とかのあつた薄ら寒い宵の事ださうである。
 其時男は細君と女の子を連れて、土間《どま》の何列目か知らないが、かねて注文して置いた席に並んでゐた。すると彼等が入場して五分|經《た》つか立たないのに、今云つた女が他の若い女に手を引かれながら這入つて來た。彼等も電話か何かで席を豫約して置いたと見えて、男の隣にあるエンゲージドと紙札を張つた所へ案内された儘|大人《おと》なしく腰を掛けた。二人は斯ういふ奇妙な所で、奇妙に隣合はせに坐つた。猶更《なほさら》奇妙に思はれたのは、女の方が昔と違つた表情のない盲目《めくら》になつてしまつて、外《ほか》に何んな人が居るか全く知らずに、たゞ舞臺から出る音樂の響にばかり耳を傾けてゐるといふ、男に取つては丸《まる》で想像すらし得なかつた事實であつた。
 男は始め自分の傍《そば》に坐る女の顔を見て過去二十年の記憶を逆《さか》さに振られた如く驚ろいた。次に黒い眸《ひとみ》を凝《ぢつ》と据ゑて自分を見た昔の面影が、何時《いつ》の間《ま》にか消えてゐた女の面影に氣が付いて、又|愕然《がくぜん》として心細い感に打たれた。
 十時過|迄《まで》一つ席に殆んど身動きもせずに坐つてゐた男は、舞臺で何を遣らうが、殆ど耳へは這入らなかつた。たゞ女に別れてから今日《こんにち》に至る運命の暗い糸を、色々に想像する丈《だけ》であつた。女は又わが隣にゐる昔の人を、見もせず、知りもせず、全く意識に上《のぼ》す暇《いとま》もなく、たゞ自然に凋落しかゝつた過去の音樂に、やつとの思ひで若い昔を偲《しの》ぶ氣色《けしき》を濃い眉の間に表すに過ぎなかつた。
 二人は突然として邂逅《かいこう》し、突然として別れた。男は別れた後《のち》も?《しば/\》女の事を思ひ出した。ことに彼女の盲目《めくら》が氣に掛つた。それで何うかして女の居る所を突き留めようとした。
 「馬鹿正直な丈《だけ》に熱心な男だもんだから、とう/\成功した。其筋道も聞くには聞いたが、くだ/\しくつて忘れちまつたよ。何でも彼が其次に有樂座へ行つた時、案内者を捕《つら》まへて、何とか彼《か》んとかした上に、大分《だいぶ》込み入つた手數《てかず》を掛けたんださうだ」
 「何處に居たんです其女は」と自分は是非確めたくなつた。
 「夫《それ》は秘密だ。名前や所は一切云はれない事になつてゐる。約束だからね。それは好いが、其奴《そいつ》が私《わたし》に其|盲目《めくら》の女のゐる所を訪問して呉れと頼むんだね。何といふ主意か解らないが、詰りは無沙汰見舞のやうなものさ。當人に云はせると、學問した丈《だけ》に、鹿爪らしい理窟を何《なん》が條《でう》も並べるけれども。つまり過去と現在の中間を結び付けて安心したいのさ。夫《それ》に何うして盲目《めくら》になつたか、それが大邊當人の神經を惱ましてゐたと見えてね。と云つて今更《いまさら》其女と新しい關係を付ける氣はなし、且《かつ》は女房子《にようぼこ》の手前もあるから、自分はわざ/\出掛け度くないのさ。のみならず彼が又昔其女と別れる時餘計な事を饒舌《しやべ》つてゐるんです。僕は少し學問する積《つもり》だから三十五六にならなければ妻帶しない。で已《やむ》を得ず此間の約束は取消にして貰ふんだつてね。所が奴《やつ》學校を出るとすぐ結婚してゐるんだから良心の方から云つちやあまり心持は能くないのだらう。其でとう/\私《わたし》が行く事になつた」
 「まあ馬鹿らしい」と嫂《あによめ》が云つた。
 「馬鹿らしかつたけれどもとう/\行つたよ」と父が答へた。客も自分も興味ありげに笑ひ出した。
 
      十六
 
 父には人に見られない一種|剽輕《へうきん》な所があつた。或者は直《ちよく》な方《かた》だとも云ひ、或者は氣の置けない男だとも評した。
 「親爺《おやぢ》は全くあれで自分の地位を拵へ上げたんだね。實際の所それが世の中なんだらう。本式に學問をしたり眞面目に考へを纒めたりしたつて、社會ではちつとも重寶がらない。唯輕蔑される丈《だけ》だ」
 兄は斯んな愚痴とも厭味とも、又|諷刺《ふうし》とも事實とも、片の付かない感慨を、蔭ながら曾《かつ》て自分に洩らした事があつた。自分は性質から云ふと兄よりも寧ろ父に似て居た。其上年が若いので、彼のいふ意味が今程明瞭に解らなかつた。
 何しろ父が其男に頼まれて、快よく訪問を引受けたのも、多分持つて生れた物數寄《ものずき》から來たのだらうと自分は解釋してゐる。
 父はやがて其|盲目《めくら》の家《いへ》を音信《おとづ》れた。行く時に男は土産《みやげ》のしるしだと云つて、百圓札を一枚紙に包んで水引を掛けたのに、大きな菓子折を一つ添へて父に渡した。父はそれを受取つて、俥《くるま》を其女の家《いへ》に驅《か》つた。
 女の家《いへ》は狹かつたけれども小綺麗に且《か》つ住心地よく出來てゐた。縁の隅に丸く彫り拔いた御影の手水鉢《てうづばち》が据ゑてあつて、手拭掛には小新らしい三越の手拭さへ搖《ゆら》めいてゐた。家内も小人數らしく寂然《ひつそり》として音もしなかつた。
 父は此日當りの好い然し茶がかつた小座敷で、初めて其|盲人《まうじん》に會つた時、一寸何と云つて好いか分らなかつたさうである。
 「己《おれ》の樣なものが言句に窮するなんて馬鹿げた恥を話すやうだが實際困つたね。何しろ相手が盲目《めくら》なんだからね」
 父はわざと斯う云つて皆《みん》なを興がらせた。
 彼は其場でとう/\男の名を打ち明けて、例の土産《みやげ》ものを取り出しつゝ女の前に置いた。女は眼が惡いので菓子折を撫でたり擦《さす》つたりして見た上、「何うも御親切に……」と恭《うや/\》しく禮を述べたが、其上にある紙包を手で取上げるや否や、少し變な顔をして「是は?」と念を押す樣に聞いた。父は例の氣性だから、呵々《から/\》と笑ひながら、「それも御土産《おみやげ》の一部分です、何うか一緒に受取つて置いて下さい」と云つた。すると女が水引の結び目を持つた儘、「もしや金子《きんす》では御座いませんか」と問ひ返した。
 「いえ何甚だ輕少で――然し○○さんの寸志ですから何うぞ御納め下さい」
 父が斯う云つた時、女はぱたりと此紙包を疊の上に落した。さうして閉ぢた眸《ひとみ》を屹《きつ》と父の方へ向けて、「私は今|寡婦《やもめ》で御座いますが、此間迄|歴乎《れつき》とした夫《をつと》が御座いました。子供は今でも丈夫で御座います。たとひ何んな關係があつたにせよ、他人さまから金子《きんす》を頂いては、樂《らく》に今日《こんにち》を過《すご》すやうにして置いて呉れた夫《をつと》の位牌《ゐはい》に對して濟《すみ》ませんから御返し致します」と判切《はつきり》云つて涙を落した。
 「是には實に閉口したね」と父は皆《みん》なの顔を一順《いちじゆん》見渡したが、其時に限つて、誰も笑ふものはなかつた。自分も腹の中《なか》で、いかな父でも流石《さすが》に弱つたらうと思つた。
 「其時わしは閉口しながらも、あゝ景清を女にしたら矢つ張り斯んなものぢやなからうかと思つてね。本當は感心しましたよ。何ういふ譯で景清を思ひ出したかと云ふとね。たゞ双方とも盲目《めくら》だからと云ふ許《ばかり》ぢやない。何うも其女の態度がね……」
 父は考へてゐた。父の筋向ふに坐つてゐた赭顔《あからがほ》の客が、「全く氣込《きごみ》が似てゐるからですね」と左《さ》も六《む》づかしい謎《なぞ》でも解くやうに云つた。
 「全く氣込です」と父はすぐ承服した。自分は是で父の話が結末に來たのかと思つて、「成程|夫《それ》は面白い御話です」と全體を批評する樣な調子で云つた。すると父は「まだ後《あと》があるんだ。後《あと》の方がまだ面白い。ことに二郎の樣な若い者が聞くと」と付け加へた。
 
     十七
 
 父は意外な女の見識に、話の腰を折られて、已《やむ》を得ず席を立たうとした。すると女は始めて女らしい表情を面《おもて》に湛《たゝ》へて、縋《すが》りつくやうに父を留めた。さうして何時《いつ》何日《いつか》何處で○○が自分を見たのかと聞いた。父は例の有樂座の事を包み藏《かく》さず盲人《まうじん》に話して聞かせた。
 「丁度あなたの隣に腰を掛けてゐたんださうです。あなたの方では丸《まる》で知らなかつたでせうが、○○は最初から氣が付いてゐたのです。然し細君や娘の手前、口を利く事も出來|惡《にく》かつたんでせう。夫《それ》なり宅《うち》へ歸つたと云つてゐました」
 父は其時始めて盲目《めくら》の涙腺から流れ出る涙を見た。
 「失禮ながら眼を御煩ひになつたのは餘程以前の事なんですか」と聞いた。
 「斯ういふ不自由な身體になつてから、もう六年程にもなりませうか。夫《をつと》が亡くなつて一年|經《た》つか經《た》たないうちの事で御座います。生《うま》れ付《つき》の盲目《めくら》と違つて、當座は大變不自由を致しました」
 父は慰め樣もなかつた。彼女の所謂|夫《をつと》といふのは何でも、請負師《うけおひし》か何かで、存生中《ぞんしやうちゆう》に大分《だいぶ》金を使つた代りに、相應の資産も殘して行つたらしかつた。彼女は其御蔭で眼を煩つた今日《こんにち》でも、立派に獨立して暮して行けるのだらうと父は説明した。
 彼女は人に誇つて然るべき倅《せがれ》と娘を持つてゐた。其|倅《せがれ》には高等の教育こそ施してないやうだつたけれども、何でも銀座邊のある商會へ這入つて獨立し得る丈《だけ》の収入を得てゐるらしかつた。娘の方は下町風の育て方で、唄や三味線の稽古を専一と心得させるやうに見えた。凡《すべ》てを通じて○○とは遠い過去に燒き付けられた一點の記憶以外に何ものをも共通に有《も》つてゐるとは思へなかつた。
 父が有樂座の話をした時に、女は兩方の眼をうるませて、「本當に盲目《めくら》程氣の毒なものは御座いませんね」と云つたのが、痛く父の胸には應《こた》へたさうである。
 「○○さんは今何をして御出《おいで》で御座いますか」と女は又空中に何物をか想像するが如き眼遣《めづかひ》をして父に聞いた。父は殘りなく○○が學校を出てから以後の經歴を話して聞かせた後、「今ぢや中々偉くなつてゐますよ。私見たいな老朽とは違つてね」と答へた。
 女は父の返事には耳も借さずに、「定めてお立派な奧さんをお貰ひになつたで御座いませうね」と大人《おとな》しやかに聞いた。
 「えゝ最《も》う子供が四人《よつたり》あります」
 「一番お上のは幾何《いくつ》にお成りで」
 「左樣《さやう》さもう十二三にも成りませうか。可愛《かはい》らしい女の子ですよ」
 女は默つたなり頻りに指を折つて何か勘定し始めた。其指を眺めてゐた父は、急に恐ろしくなつた。さうして腹の中《なか》で餘計な事を云つて、もう取り返しが付かないと思つた。
 女は少後《しばらく》間《ま》を置いて、たゞ「結構で御座います」と一口云つて後は淋《さび》しく笑つた。然し其笑ひ方が、父には泣かれるよりも怒られるよりも變な感じを與へたと云つた。
 父は○○の宿所を明らさまに告げて、「ちと暇《ひま》な時に遊びがてら御孃さんでも連れて行つて御覽なさい。一寸好い家《うち》ですよ。○○も夜なら大抵御目にかゝれると云つてゐましたから」と云つた。すると女は忽ち眉を曇らして、「そんな立派な御屋敷へ我々|風情《ふぜい》が到底《とて》も御出入《おでいり》は出來ませんが」と云つた儘しばらく考へてゐたが、忽ち抑へ切れないやうに眞劔な聲を出して、「御出入《おでいり》は致しません。先樣《さきさま》で來いと仰しやつても此方《こつち》で御遠慮しなければなりません。然したゞ一つ一生の御願に伺つて置きたい事が御座います。斯うして御目に掛《かゝ》れるのも最《も》う二度とない御縁だらうと思ひますから、何うぞ夫《それ》丈《だけ》聞かして頂いた上心持よく御別れが致したいと存じます」と云つた。
 
     十八
 
 父は年の割に度胸の惡い男なので、女から斯う云はれた時は、何んな凄まじい文句を並べられるかと思つて、少からず心配したさうである。
 「幸ひ相手の眼が見えないので、自分の周章《あわて》さ加減を覺《さと》られずに濟んだ」と彼は殊更《ことさら》に付け加へた。其時女は斯う云つたさうである。
 「私は御覽の通り眼を煩つて以來、色といふ色は皆目《かいもく》見《みえ》ません。世の中で一番明るい御天道樣《おてんときま》さへもう拜む事は出來なくなりました。一寸表へ出るにも娘の厄介にならなければ用事は足せません。いくら年を取つても一人で不自由なく歩く事の出來る人間が幾人《いくたり》あるかと思ふと、何の因果で斯んな業病《ごふびやう》に罹つたのかと、つく/”\辛い心持が致します。けれども此眼は潰れても左程《さほど》苦しいとは存じません。たゞ兩方の眼が滿足に開《あ》いて居る癖に、他《ひと》の料簡方《れうけんがた》が解らないのが一番苦しう御座います」
 父は「成程」と答へた。「御尤も」とも答へた。けれども女のいふ意味は一向《いつかう》通じなかつた。彼にはさういふ經驗が丸《まる》でなかつたと彼は明言した。女は曖昧な父の言葉を聞いて、「ねえ貴方|左右《さう》では御座いませんか」と念を押した。
 「そりや其んな場合は無論有るでせう」と父が云つた。
 「有るでせうでは、貴方もわざ/\○○さんに御頼まれになつて、此處迄入らしつて下すつた甲斐がないでは御座いませんか」と女が云つた。父は益《ます/\》窮した。
 自分は此の時偶然兄の顔を見た。さうして彼の神經的に緊張した眼の色と、少し冷笑を洩らしてゐるやうな嫂《あによめ》の唇との對照を比較して、突然彼等の間に此間から蟠《わだか》まつてゐる妙な關係に氣が付いた。その蟠《わだか》まりの中に、自分も引きずり込まれてゐるといふ、一種|厭《いと》ふべき空氣の匂ひも容赦なく自分の鼻を衝いた。自分は父が何故《なぜ》座興とは云ひながら、擇《よ》りに擇《よ》つて、斯んな話をするのだらうと、漸く不安の念が起つた。けれども萬事は既に遲かつた。父は知らぬ顔をして勝手次第に話頭を進めて行つた。
 「おれは夫《それ》でも解らないから、淡泊に其女に聞いて見た。折角○○に頼まれてわざ/\此處迄來て、肝心な要領を伺はないで引き取つては、あなたに對しては勿論○○から云つても定めし不本意だらうから、何うかあなたの胸を存分私に打明けて下さいませんか。夫《それ》でないと私も歸つてから○○に話がし惡《にく》いからつて」
 其時女は始めて思ひ切つた決斷の色を面《おもて》に見せて、「では申し上げます。貴方も○○さんの代理にわざ/\尋ねて來て下さる位で居らつしやるから、定めし關係の深い御方には違ひ御座いませんでせう」といふ冒頭《まへおき》を置いて、彼女の腹を父に打明けた。
 ○○が結婚の約束をしながら一週間|經《た》つか經《た》たないのに、それを取り消す氣になつたのは、周圍の事情から壓迫を受けて已《やむ》を得ず斷つたのか、或は別に何か氣に入らない所でも出來て、其氣に入らない所を、結婚の約束後急に見付けたため斷つたのか、其|有體《ありてい》の本當が聞きたいのだと云ふのが、女の何より知りたい所であつた。
 女は二十年以上○○の胸の底に隱れてゐる此秘密を掘り出し度くつて堪らなかつたのである。彼女には天下の人が悉《こと/”\》く持つてゐる二つの眼を失つて、殆んど他《ひと》から片輪《かたは》扱ひにされるよりも、一旦契つた人の心を確實に手に握れない方が遙かに苦痛なのであつた。
 「御父さんはどういふ返事をして御遣りでしたか」
と其時兄が突然聞いた。其顔には普通の興味といふよりも、異状の同情が籠《こも》つてゐるらしかつた。
 「己《おれ》も仕方がないから、夫《そり》や大丈夫、僕が受け合ふ。本人に輕薄な所は些《ちつ》ともないと答へた」と父は好い加減な答へを却《かへ》つて自慢らしく兄に話した。
 
     十九
 
 「女はそんな事で滿足したんですか」と兄が聞いた。自分から見ると、兄の此問には冒す可《べか》らざる強味が籠つてゐた。夫《それ》が一種の念力《わんりき》のやうに自分には響いた。
 父は氣が付いたのか、氣が付かなかつたのか、平氣で斯んな答をした。
 「始は滿足しかねた樣子だつた。勿論|此方《こつち》の云ふ事がそら夫《それ》程《ほど》根のある譯でもないんだからね。本當を云へば、先刻《さつき》お前達に話した通り男の方は丸で坊ちやんなんで、前後の分別も何もないんだから、眞面目な挨拶はとても出來ないのさ。けれども其奴《そいつ》が一旦女と關係した後で止せば好かつたと後悔したのは、何うも事實に違なからうよ」
 兄は苦々しい顔をして父を見てゐた。父は何といふ意味か、兩手で長い頬を二度|程《ほど》撫でた。
 「此席で斯んな御話をするのは少し憚《はゞか》りがあるが」と兄が云つた。自分は何んな議論が彼の口から出るか、次第によつては途中から其|鉾先《ほこさき》を、一座の迷惑にならない方角へ向易《むけか》へようと思つて聞いてゐた。すると彼は斯う續けた。
 「男は情慾を滿足させる迄は、女よりも烈しい愛を相手に捧《さゝ》げるが、一旦《いつたん》事が成就すると其愛が段々|下《くだ》り坂になるに反して、女の方は關係が付くと夫《それ》から其男を益《ます/\》慕ふ樣になる。是が進化論から見ても、世間の事實から見ても、實際ぢやなからうかと思ふのです。夫《それ》で其男も此原則に支配されて後から女に氣がなくなつた結果結婚を斷つたんぢやないでせうか」
 「妙な御話ね。妾《あたし》女だからそんな六《む》づかしい理窟は知らないけれども、始めて伺つたわ。隨分面白い事があるのね」
 嫂《あによめ》が斯う云つた時、自分は客に見せたくないやうな厭な表情を兄の顔に見出《みいだ》したので、すぐそれを胡麻化《ごまか》すため何か云つて見ようとした。すると父が自分より早く口を開いた。
 「そりや學理から云へば色々解釋が付くかも知れないけれども、まあ何だね、實際は其女が厭になつたに相違ないとした所で、當人|面喰《めんく》らつたんだね、まづ第一に。其上|小膽《せうたん》で無分別で正直と來てゐるから、それ程厭でなくつても斷りかねないのさ」
 父はさう云つたなり洒然《しやぜん》としてゐた。
 床《とこ》の前に謠本を置いてゐた一人の客が、其時父の方を向いて斯う云つた。
 「然し女といふものは兎に角|執念深《しふねんぶか》いものですね。二十何年も其事を胸の中に疊込んで置くんですからね。全くの所貴方は好い功コを爲すつた。さう云つて安心させて遣れば其眼の見えない女のために何《ど》の位嬉しかつたか解りやしません」
 「其處が凡《すべ》ての懸合事《かけあひごと》の氣轉ですな。萬事|左右《さう》遣れば双方の爲に何《ど》の位都合が好いか知れんです」
 他の客が續いて斯う云つた時、父は「いや何うも」と頭を掻いて「實は今云つた通り最初はね、その位な事ぢや中々|疑《うたぐ》りが解けないんで、私も少々弱らせられました。夫《それ》を色々に光澤《つや》を付けたり、出鱈目《でたらめ》を拵《こしら》へたりして、とう/\女を納得《なつとく》させちまつたんですが、隨分骨が折れましたよ」と少し得意氣であつた。
 やがて客は謠本を風呂敷に包んで露に濡れた門を潜《くゞ》つて出た。皆《みん》な後《あと》で世間話をしてゐるなかに、兄|丈《だけ》は六づかしい顔をして一人書齋に入つた。自分は例の如く冷かに重い音をさせる上草履《スリツパー》の音を一つ宛《づゝ》聞いて、最後にどんと締まる扉《ドア》の響に耳を傾けた。
 
     二十
 
 二三週間はそれなり過ぎた。そのうち秋が段々深くなつた。葉鷄頭《はげいとう》の濃い色が庭を覗くたびに自分の眼に映つた。
 兄は俥《くるま》で學校へ出た。學校から歸ると大抵は書齋へ這入つて何かしてゐた。家族のものでも滅多に顔を合はす機會はなかつた。用があると此方《こつち》から二階に上《のぼ》つて、わざ/\扉《ドア》を開けるのが常になつてゐた。兄はいつでも大きな書物の上に眼を向けてゐた。それでなければ何か萬年筆で細かい字を書いてゐた。一番我々の眼に付いたのは、彼の茫然として洋机《テーブル》の上に頬杖を突いて居る時であつた。
 彼は一心に何か考へてゐるらしかつた。彼は學者で且《かつ》思索家であるから、黙つて考へるのは當然の事のやうにも思はれたが、扉《ドア》を開けて其樣子を見た者は、如何にも寒い氣がすると云つて、用を濟ますのを待ち兼ねて外へ出た。最も關係の深い母ですら、書齋へ行くのを餘り難有《ありがた》いとは思つてゐなかつたらしい。
 「二郎、學者つてものは皆《みん》なあんな偏屈なものかね」
 此問を聞いた時、自分は學者でないのを不思議な幸福の樣に感じた。それで只えへゝと笑つてゐた。すると母は眞面目な顔をして、「二郎、御前が居なくなると、宅《うち》は淋《さむ》しい上にも淋《さむ》しくなるが、早く好い御嫁さんでも貰つて別に成る工面《くめん》を御爲《おし》よ」と云つた。自分には母の言葉の裏に、自分さへ新しい家庭を作つて獨立すれば、兄の機嫌が少しは能くなるだらうといふ意味が明らさまに讀まれた。自分は今でも兄がそんな妙な事を考へてゐるのだらうかと疑《うたぐ》つても見た。然し自分も既に一家を成して然るべき年輩だし、又小さい一軒の竈《かまど》位《ぐらゐ》は、現在の収入で何うか斯うか維持して行かれる地位なのだから、かねてから、左右《さう》いふ考へはちら/\と無頓着な自分の頭をさへ横切つたのである。
 自分は母に對して、「えゝ外へ出る事なんか譯はありません。明日《あした》からでも出ろと仰しやれば出ます。然し嫁の方はさうちんころ〔四字傍点〕の樣に、何でも構はないから、只《たゞ》路に落ちてさへゐれば拾つて來るといふやうな遣口《やりくち》ぢや僕には不向《ふむき》ですから」と云つた。其時母は「そりや無論……」と答へようとするのを自分はわざと遮《さへぎ》つた。
 「御母さんの前ですが、兄さんと姉さんの間ですね。あれには色々複雜な事情もあり、又僕が固《もと》から少し姉さんと知り合だつたので、御母さんにも御心配を懸けて濟まない樣ですけれども、大根《おほね》をいふとね。兄さんが學問以外の事に時間を費《つひや》すのが惜《をし》いんで、萬事|人任《ひとまか》せにして置いて、何事にも手を出さずに華族然と澄ましてゐたのが惡いんですよ。いくら研究の時間が大切だつて、學校の講義が大事だつて、一生同じ所で同じ生活をしなくつちやならない吾が妻ぢやありませんか。兄さんに云はしたら又學者相應の意見もありませうけれども學者以下の我々には到底《とて》もあんな眞似は出來ませんからね」
 自分が斯んな下らない理窟を云ひ募《つの》つてゐるうちに、母の眼には何時《いつ》の間《ま》にか涙らしい光の影が、段々溜つて來たので、自分は驚いて已《や》めて仕舞つた。
 自分は面《つら》の皮が厚いといふのか、遠慮がなさ過ぎると云ふのか、それ程|宅《うち》のものが氣兼《きがね》をして、云はゞ敬して遠ざけてゐるやうな兄の書齋の扉《ドア》を他《ひと》よりも?《しば/\》叩いて話をした。中へ這入つた當分の感じは、さすがの自分にも少し應《こた》へた。けれども十分位|經《た》つと彼は丸《まる》で別人のやうに快活になつた。自分は苦《にが》い兄の心機を斯う一轉させる自分の手際に重きを置いて、恰も己《おの》れの虚榮心を滿足させる爲の手段らしい態度をもつて、わざ/\彼の書齋へ出入《でいり》した事さへあつた。自白すると、突然兄から捕《つら》まつて危く死地に陷《おとしい》れられさうになつたのも、實は斯ういふ得意の瞬間であつた。
 
     二十一
 
 其折自分は何を話てゐたか今|慥《たしか》に覺えてゐない。何でも兄から玉突《たまつき》の歴史を聞いた上、ルイ十四世頃の銅版の玉突臺をわざ/\見せられた樣な氣がする。
 兄の室《へや》へ這入つては、斯んな問題を種に、彼の新しく得た知識を、はい/\聞いてゐるのが一番安全であつた。尤も自分も御饒舌《おしやべり》だから、兄と違つた方面で、ルネサンスとかゴシツクとかいふ言葉を心得顔に振り廻す事も多かつた。然し大抵は世間離れのした斯う云ふ談話|丈《だけ》で書齋を出るのが例であつたが、其折は何かの拍子で兄の得意とする遺傳とか進化とかに就いての學説が、銅版の後で出て來た。自分は多分云ふ事がないため、黙つて聞いてゐたものと見える。其時兄が「二郎お前はお父さんの子だね」と突然云つた。自分はそれが何うしたと云はぬ許《ばかり》の顔をして、「左右《さう》です」と答へた。
 「おれはお前だから話すが、實はうちのお父さんには、一種妙におつちよこちよい〔八字傍点〕の所があるぢやないか」
 兄から父を評すれば正に左右《さう》であるといふ事を自分は以前から呑込んでゐた。けれども兄に對して此場合何と挨拶すべきものか自分には解らなかつた。
 「夫《そり》や貴方のいふ遣傳とか性質とかいふものぢや恐らくないでせう。今の日本の社會があれでなくつちや、通させないから、已《やむ》を得ないのぢやないですか。世の中にやお父さん所かまだ/\堪らないおつちよこ〔五字傍点〕がありますよ。兄さんは書齋と學校で高尚に日を暮してゐるから解らないかも知れないけれども」
 「夫《そり》や己《おれ》も知つてる。お前の云ふ通りだ。今の日本の社會は――ことによつたら西洋も左右《さう》かも知れないけれども――皆《みん》な上滑《うはすべ》りの御上手もの丈《だけ》が存在し得るやうに出來上がつてゐるんだから仕方がない」
 兄は斯う云つて少時《しばらく》沈黙の裡《うち》に頭を埋《うづ》めてゐた。夫《それ》から怠《だる》さうな眼を上げた。
 「然し二郎、お父さんのは、お氣の毒だけれども、持つて生れた性質なんだよ。何んな社會に生きてゐても、あゝより外に存在の仕方はお父さんに取つて六づかしいんだね」
 自分は此學問をして、高尚になり、かつ迂濶になり過ぎた兄が、家中《うちぢゆう》から變人扱ひにされるのみならず、親身の親からさへも、日に日に離れて行くのを眼前に見て、思はず顔を下げて自分の膝頭を見詰めた。
 「二郎お前も矢つ張りお父さん流だよ。少しも摯實《しじつ》の氣質がない」と兄が云つた。
 自分は癇癪の不意に起る野蠻な氣質を兄と同樣に持つてゐたが、此場合兄の言葉を聞いたとき、毫も憤怒の念が萠《きざ》さなかつた。
 「そりや非道《ひど》い。僕は兎に角、お父さん迄世間の輕薄ものと一所に見做《みな》すのは。兄さんは獨りぼつちで書齋にばかり籠つてゐるから、夫《それ》でさういふ僻《ひが》んだ觀察ばかりなさるんですよ」
 「ぢや例を擧げて見せようか」
 兄の眼は急に光を放つた。自分は思はず口を閉ぢた。
 「此間《このあひだ》謠の客のあつた時に、盲女《めくらをんな》の話をお父さんがしたらう。あのときお父さんは何とかいふ人を立派に代表して行きながら、其女が二十何年も解らずに煩悶してゐた事を、たゞ一口に胡魔化《ごまか》してゐる。己《おれ》はあの時、其女のために腹の中《なか》で泣いた。女は知らない女だから夫《それ》程《ほど》同情は起らなかつたけれども、實をいふとお父さんの輕薄なのに泣いたのだ。本當に情ないと思つた。……」
 「さう女見たやうに解釋すれば、何だつて輕薄に見えるでせうけれども……」
 「そんな事を云ふ所が、つまりお父さんの惡い所を受け繼いでゐる證據になる丈《だけ》さ。己《おれ》は直《なほ》の事をお前に頼んで、其報告を何時《いつ》迄も待つてゐた。所がお前は何時《いつ》迄も言葉を左右に託して、空恍《そらとぼ》けてゐる……」
 
     二十二
 
 「空恍《そらとぼ》けてると云はれちや些《ちつ》と可哀《かはい》さうですね。話す機會もなし、又話す必要がないんですもの」
 「機會は毎日ある。必要はお前になくても己《おれ》の方にあるから、わざ/\頼んだのだ」
 自分は其時ぐつと行き詰つた。實はあの事件以後、嫂《あによめ》について兄の前へ一人出て、眞面目に彼女を論ずるのが如何にも苦痛だつたのである。自分は話頭を無理に横へ向けようとした。
 「兄さんは既にお父さんを信用なさらず。僕も其お父さんの子だといふ譯で、信用なさらない樣だが、和歌の浦で仰しやつた事とは丸で矛盾してゐますね」
 「何が」と兄は少し怒氣を帶びて反問した。
 「何がつて、あの時、貴方は仰しやつたぢやありませんか。お前は正直なお父さんの血を受けてゐるから、信用が出來る、だから斯んな事を打ち明けて頼むんだつて」
 自分が斯う云ふと、今度は兄の方がぐつと行き詰まつた樣な形迹《けいせき》を見せた。自分は此處だと思つて、わざと普通以上の力を、言葉の裡《うち》へ籠《こ》めながら斯う云つた。
 「そりや御約束した事ですから、嫂《ねえ》さんに就いて、あの時の一部始終を今此處で御話しても一向差支ありません。固《もと》より僕はあまり下らない事だから、機會が來なければ口を開く考へもなし、又口を開いたつて、只|一言《いちごん》で濟んで仕舞ふ事だから、兄さんが氣に掛けない以上、何も云ふ必要を認めないので、今日《こんにち》迄《まで》控へてゐたんですから。――然し是非何とか報告をしろと、官命で出張した屬官流に逼られゝば、仕方がない。今|即刻《すぐ》でも僕の見た通りをお話します。けれども豫《あらかじ》め斷つて置きますが、僕の報告から、貴方の豫期してゐるやうな變な幻《まぼろし》は決して出て來ませんよ。元々|貴方《あなた》の頭にある幻《まぼろし》なんで、客觀的には何處にも存在してゐないんだから」
 兄は自分の言葉を聞いた時、平生と違つて、顔の筋肉を殆ど一つも動かさなかつた。唯|洋卓《テーブル》の前に肱を突いたなり、凝《ぢつ》としてゐた。眼さへ伏せてゐたから、自分には彼の表情が些《ちつ》とも解らなかつた。兄は理に明らかな樣で、又其理にころりと抛《な》げられる癖があつた。自分はたゞ彼の顔色が少し蒼くなつたのを見て、是は必竟彼が自分の強い言語に叩かれたのだと判斷した。
 自分は其所《そこ》にあつた卷莨入《まきたばこいれ》から烟草を一本取り出して燐寸《マツチ》の火を擦《す》つた。さうして自分の鼻から出る青い烟と兄の顔とを等分に眺めてゐた。
 「二郎」と兄が漸く云つた。其聲には力も張《はり》もなかつた。
 「何です」と自分は答へた。自分の聲は寧ろ驕《おご》つてゐた。
 「もう己《おれ》はお前に直《なほ》の事に就いて何も聞かないよ」
 「左右《さう》ですか。其方が兄さんの爲にも嫂《ねえ》さんの爲にも、また御父さんの爲にも好いでせう。善良な夫《をつと》になつて御上げなさい。さうすれば嫂《ねえ》さんだつて善良な夫人でさあ」と自分は嫂《あによめ》を辯護するやうに、又兄を戒めるやうに云つた。
 「此馬鹿野郎」と兄は突然大きな聲を出した。其聲は恐らく下《した》迄《まで》聞えたらうが、すぐ傍《そば》に坐つてゐる自分には、殆ど豫想外の驚きを心臓に打ち込んだ。
 「お前はお父さんの子だけあつて、世渡りは己《おれ》より旨いかも知れないが、士人の交《まじ》はりは出來ない男だ。なんで今になつて直《なほ》の事をお前の口などから聞かうとするものか。輕薄兒《けいはくじ》め」
 自分の腰は思はず坐つてゐる椅子からふらりと離れた。自分は其儘|扉《ドア》の方へ歩いて行つた。
 「お父さんのやうな虚僞な自白を聞いた後《あと》、何で貴樣の報告なんか宛《あて》にするものか」
 自分は斯ういふ烈しい言葉を背中に受けつゝ扉《ドア》を閉めて、暗い階段の上に出た。
 
     二十三
 
 自分は夫《それ》から約一週間程といふもの、夕食以外には兄と顔を合《あは》した事がなかつた。平生食卓を賑やかにする義務を有《も》つてゐると迄、皆《みん》なから思はれてゐた自分が、急に黙つて仕舞つたので、テーブルは變に淋《さみ》しくなつた。何處かで鳴く?《こほろぎ》の音《ね》さへ、併《なら》んでゐる人の耳に、肌寒《はださむ》の象徴《シンボル》の如く響いた。
 斯ういふ寂莫《せきばく》たる團欒《だんらん》の中《なか》に、お貞《さだ》さんは日毎に近づいて來る我結婚の日限《にちげん》を考へるより外に、何の天地もない如くに、盆を膝の上へ載せて御給仕をしてゐた。陽氣な父は周圍に頓着なく、己《おの》れに特有な勝手な話ばかりした。然し其反響は何時《いつ》もの樣に何處からも起らなかつた。父の方でも丸《まる》でそれを豫期する氣色《けしき》は見えなかつた。
 時々席に列《つらな》つたものが、一度に聲を出して笑ふ種になつたのは唯|芳江《よしえ》ばかりであつた。母などは話が途切れておのづと不安になる度に、「芳江お前は……」とか何とか無理に問題を拵へて、一時を糊塗するのを例にした。すると其|態《わざ》とらしさが、すぐ兄の神經に觸つた。
 自分は食卓を退《しりぞ》いて自分の室《へや》に歸る度に、ほつと一息《ひといき》吐《つ》くやうに煙草を呑んだ。
 「詰らない。一面識《いちめんしき》のないものが寄つて會食するより猶《なほ》詰らない。他《ひと》の家庭もみんな斯んな不愉快なものかしら」
 自分は時々斯う考へて、早く家《うち》を出てしまはうと決心した事もあつた。あまり食卓の空氣が冷やかな折は、お重《しげ》が自分の後を戀《した》つて、追ひ懸けるやうに、自分の室《へや》へ這入つて來た。彼女は何にも云はずに其處で泣き出したりした。或時は何故《なぜ》兄さんに早く詫《あや》まらないのだと詰問するやうに自分を惡《にく》らしさうに睨《にら》めたりした
 自分は宅《うち》に居るのが愈《いよ/\》厭になつた。元來|性急《せつかち》の癖に決斷に乏しい自分だけれども、今度こそは下宿なり間借りなりして、當分氣を拔かうと思ひ定《さだ》めた。自分は三澤の所へ相談に行つた。其時自分は彼に、「君が大阪などで、あゝ長く煩《わづら》ふから惡いんだ」と云つた。彼は「君がお直《なほ》さん抔《など》の傍《そば》に長く喰付《くつつ》いてゐるから惡いんだ」と答へた。
 自分は上方《かみがた》から歸つて以來、彼に會ふ機會は何度となくあつたが、嫂《あによめ》に就いては、未《いま》だ曾つて一言も彼に告げた例《ためし》がなかつた。彼も亦自分の嫂《あによめ》に關しては、一切口を閉ぢて何事をも云はなかつた。
 自分は始めて彼の咽喉《のど》を洩れる嫂《あによめ》の名を聞いた。また其|嫂《あによめ》と自分との間《あひだ》に横《よこた》はる、深くも淺くも取れる相互關係をあらはした彼の言葉を聞いた。さうして驚きと疑の眼を三澤の上に注《そゝ》いだ。其|中《なか》に怒《いかり》を含んでゐると解釋した彼は、「怒《おこ》るなよ」と云つた。其|後《あと》で「氣狂《きちがひ》になつた女に、しかも死んだ女に惚れられたと思つて、己惚《おのぼ》れてゐる己《おれ》の方が、まあ安全だらう。其代り心細いには違ない。然し面倒は起らないから、幾何《いくら》惚れても、惚れられても一向差支ない」と云つた。自分は黙つてゐた。彼は笑ひながら「何うだ」と自分の肩を捕《つか》まへて小突いた。自分には彼の態度が眞面目なのか、又冗談なのか、少しも解らなかつた。眞面目にせよ、冗談にせよ、自分は彼に向つて何事をも説明したり、辯明したりする氣は起らなかつた。
 自分は夫《それ》でも三澤に適當な宿を一二軒|教《をそ》はつて、歸り掛けに、自分の室《へや》迄《まで》見て歸つた。家《うち》へ戻るや否や誰より先に、まづお重《しげ》を呼んで、「兄さんもお前の忠告して呉れた通り愈《いよ/\》家《うち》を出る事にした」と告げた。お重は案外な樣な又豫期してゐたやうな表情を眉間《みけん》にあつめて、凝《ぢつ》と自分の顔を眺めた。
 
     二十四
 
 兄妹《きやうだい》として云へば、自分とお重《しげ》とは餘り仲の善《い》い方ではなかつた。自分が外へ出る事を、先《まづ》第一に彼女に話したのは、愛情のためといふよりは、寧ろ面當《つらあて》の氣分に打勝たれてゐた。すると見る/\うちにお重の兩方の眼に涙が一杯|溜《たま》つて來た。
 「早く出て上げて下さい。其代り妾《あたし》も何んな所でも構はない、一日も早くお嫁に行きますから」と云つた。
 自分は黙つてゐた。
 「兄さんは一旦《いつたん》外へ出たら、それなり家《うち》へ歸らずに、すぐ奧さんを貰つて獨立なさる積《つもり》でせう」と彼女が又聞いた。
 自分は彼女の手前「勿論さ」と答へた。其時お重《しげ》は今迄持ち應へてゐた涙をぽろり/\と膝の上に落した。
 「何だつて、そんなに泣くんだ」と自分は急に優しい聲を出して聞いた。實際自分は此事件に就いてお重《しげ》の眼から一滴の涙さへ豫期して居なかつたのである。
 「だつて妾《あたし》許《ばかり》後《あと》へ殘つて……」
 自分に判切《はつきり》聞こえたのは只《たゞ》是《これ》丈《だけ》であつた。其他は彼女の無暗に引泣上《しやくりあ》げる聲が邪魔をして殆んど崩れたまゝ自分の皷膜を打つた。
 自分は例の如く煙草を呑み始めた。さうして大人《おとな》しく彼女の泣き止むのを待つてゐた。彼女はやがて袖で眼を拭いて立ち上つた。自分は其後姿を見たとき、急に可哀《かはい》さうになつた。
 「お重《しげ》、お前とは好く喧嘩ばかりしたが、もう今迄通り啀《いが》み會ふ機會も滅多にあるまい。さあ仲直りだ。握手しよう」
 自分は斯う云つて手を出した。お重《しげ》は却《かへ》つて極《きま》り惡氣《わるげ》に躊躇した。
 自分は是から段々に父や母に自分の外へ出る決心を打ち明けて、彼等の許諾を一々求めなければならないと思つた。たゞ最後に兄の所へ行つて、同じ決心を是非共繰返す必要があるので、それ丈《だけ》が苦《く》になつた。
 母に打ち明けたのは慥《たしか》その明くる日であつた。母は此|唐突《たうとつ》な自分の決心に驚いたやうに、「何うせ出るならお嫁でも極つてからと思つてゐたのだが。――まあ仕方があるまいよ」と云つた後《あと》、憮然《ぶぜん》として自分の顔を見た。自分はすぐ其足で、父の居間へ行かうとした。母は急に後から呼び留めた。
 「二郎たとひ、お前が家《うち》を出たつてね……」
 母の言葉は夫《それ》丈《だけ》で支《つか》へて仕舞つた。自分は「何ですか」と聞き返したため、元の場所に立つてゐなければならなかつた。
 「兄さんにはもう御話しかい」と母は急に即《つ》かぬ事を云ひ出した。
 「いゝえ」と自分は答へた。
 「兄さんには却《かへ》つてお前から直下《ぢか》に話した方が好いかも知れないよ。なまじ、御父さんや御母さんから取次ぐと、却《かへ》つて感情を害するかも知れないからね」
 「えゝ僕もさう思つてゐます。成丈《なるたけ》綺麗にして出る積《つも》りですから」
 自分は斯う斷つて、すぐ父の居間に這入つた。父は長い手紙を書いてゐた。
 「大阪の岡田からお貞《さだ》の結婚に就いて、此間又問ひ合せが來たので、其返事を書かう/\と思ひながら、とう/\今日迄|放《はふ》つて置いたから、今日は是非一つ其義務を果さうと思つて、今書いてゐる所だ。序《ついで》だから左右《さう》云つとくが、御前の書く拜啓の啓の字は間違つてゐる。崩すなら其處にある樣に崩すものだ」
 長い手紙の一端が丁度自分の坐つた膝の前に出てゐた。自分は啓の字を横に見たが、何處が間違つてゐるのか丸《まる》で解らなかつた。自分は父が筆を動かす間、床に活けた黄菊だの其|後《うしろ》にある懸物だのを心のうちで品評してゐた。
 
     二十五
 
 父は長い手紙を裾《すそ》の方から卷き返しながら、「何か用かね、又金ぢやないか。金ならないよ」と云つて、封筒に上書《うはがき》を認《したゝ》めた。
 自分は極《きは》めて簡略に自分の決意を述べた上、「永々御厄介になりましたが……」といふやうな形式の言葉を一寸|後《あと》へ付け加へた。父は唯「うん左右《さう》か」と答へた。やがて切手を状袋の角《かど》へ貼《は》り付けて、「一寸其ベルを押して呉れ」と自分に頼んだ。自分は「僕が出させませう」と云つて手紙を受け取つた。父は「お前の下宿の番地を書いて、御母さんに渡して置きな」と注意した。それから床《とこ》の幅《ふく》に就いて色々な説明をした。
 自分は夫《それ》だけ聞いて父の室《へや》を出た。是で挨拶の殘つてゐるものは愈《いよ/\》兄と嫂《あによめ》丈《だけ》になつた。兄には此間の事件以來殆んど親《した》しい言葉を換《か》はさなかつた。自分は彼に對して怒《おこ》り得る程の勇氣を持つてゐなかつた。怒《おこ》り得るならば、此間《このあひだ》罵しられて彼の書齋を出るとき、既に激昂してゐなければならなかつた。自分は後《うしろ》から小さな石膏像の飛んでくる位に恐れを抱く人間ではなかつた。けれどもあの時に限つて、怒るべき勇氣の源が既に枯れてゐたやうな氣がする。自分は室《へや》に入《い》つた幽靈が、ふうと又|室《へや》を出る如くに力なく退却した。其後も彼の書齋の扉《ドア》を叩いて、快《こゝろよ》く詫《あや》まる丈《だけ》の度胸は、何處からも出て來なかつた。斯くして自分は毎日|苦《にが》い顔をしてゐる彼の顔を、晩餐の食卓に見る丈《だけ》であつた。
 嫂《あによめ》とも自分は近頃|減多《めつた》に口を利かなかつた。近頃といふよりも寧ろ大阪から歸つて後《のち》といふ方が適當かも知れない。彼女は單獨に自分の箪笥などを置いた小《ち》さい部屋の所有主であつた。然しながら彼女と芳江《よしえ》が二人|限《ぎり》其處に遊んでゐる事は、一日中で時間に積《つも》ると幾何《いくら》もなかつた。彼女は大抵母と共に裁縫其他の手傳をして日を暮してゐた。
 父や母に自分の未來を打ち明けた明《あく》る朝、便所から風呂場へ通《かよ》ふ縁側で、自分は此|嫂《あによめ》にばたりと出會つた。
 「二郎さん、あなた下宿なさるんですつてね。宅《うち》が厭なの」と彼女は突然聞いた。彼女は自分の云つた通りを、何時《いつ》の間《ま》にか母から傳へられたらしい言葉遣《ことばづかひ》をした。自分は何氣なく「えゝ少時《しばらく》出る事にしました」と答へた。
 「其方が面倒でなくつて好いでせう」
 彼女は自分が何か云ふかと思つて、凝《ぢつ》と自分の顔を見てゐた。然し自分は何とも云はなかつた。
 「さうして早く奧さんをお貰ひなさい」と彼女の方から又云つた。自分は夫《それ》でも默つてゐた。
 「早い方が好いわよ貴方《あなた》。妾《あたし》探して上げませうか」と又聞いた。
 「何うぞ願ひます」と自分は始めて口を開いた。
 嫂《あによめ》は自分を見下《みさ》げた樣な又自分を調戯《からか》ふ樣な薄笑ひを薄い唇の兩端に見せつゝ、わざと足音を高くして、茶の間の方へ去つた。
 自分は默つて、風呂場と便所の境にある三和土《たゝき》の隅に寄せ掛けられた大きな銅の金盥《かなだらひ》を見詰めた。此|金盥《かなだらひ》は直徑二尺以上もあつて自分の力で持上げるのも困難な位、重くて且《かつ》大きなものであつた。自分は子供の時分から此|金盥《かなだらひ》を見て、屹度《きつと》大人《おとな》の行水《ぎやうずゐ》を使ふものだと許《ばか》り想像して、一人嬉しがつてゐた。金盥《かなだらひ》は今|塵《ちり》で佗《わび》しく汚れてゐた。低い硝子戸《ガラスど》越しには、是も自分の子供時代から忘れ得ない秋海棠《しうかいだう》が、變らぬ年毎《としごと》の色を淋《さみ》しく見せてゐた。自分は是等の前に立つて、能く秋先《あきさき》に玄關前の棗《なつめ》を、兄と共に叩き落して食つた事を思ひ出した。自分はまだ青年だけれども、自分の背後には既に是《これ》丈《だけ》無邪氣な過去がずつと續いてゐる事を發見した時、今昔の比較が自《おのづ》から胸に溢《あふ》れた。さうして是から此|餓鬼大将《がきだいしやう》であつた兄と不愉快な言葉を交換して、わが家《いへ》を出なければならないといふ變化に想ひ及んだ。
 
     二十六
 
 其日自分が事務所から歸つてお重《しげ》に「兄さんは」と聞くと、「まだよ」といふ返事を得た。
 「今日は何處かへ廻る日なのかね」と重《かさ》ねて尋ねた時、お重《しげ》は「何うだか知らないわ。書齋へ行つて壁に貼り付けてある時間表を見て來て上げませうか」と云つた。
 自分はたゞ兄が歸つたら教へて呉れるやうに頼んで、誰にも會はずに室《へや》へ這入つた。洋服を脱ぎ替へるのも面倒なので、其儘横になつて寐てゐるうち、何時《いつ》の間《ま》にか本當の眠りに落ちた。さうして他人に説明も何も出來ない樣な複雜に變化する不安な夢に襲はれてゐると、急にお重《しげ》から起された。
 「大兄《おほにい》さんがお歸りよ」
 斯ういふ彼女の言葉が耳に這入つた時、自分はすぐ起ち上がつた。けれども意識は朦朧《もうろう》として、夢のつゞきを歩いてゐた。お重《しげ》は後《うしろ》から「まあ顔でも洗つて入らつしゃい」と注意した。判然《はつきり》しない自分の意識は、それすら敢てする勇氣を必要と感ぜしめなかつた。
 自分は其儘兄の書齋に這入つた。兄もまだ洋服のまゝであつた。彼は扉《ドア》の音を聞いて、急に入口に眼を轉じた。其光のうちには或豫期を明かに表してゐた。彼が外出して歸ると、嫂《あによめ》が芳江《よしえ》を連れて、不斷の和服を持つて上がつて來るのが、其頃の習慣であつた。自分は母が嫂《あによめ》に「斯ういふ風にお爲《し》よ」と云ひ付けたのを傍《そば》にゐて聞いてゐた事がある。自分はぼんやりしながらも、兄の此眼附によつて、和服の不斷着より、嫂《あによめ》と芳江とを彼は待ち設けてゐたのだと覺《さと》つた。
 自分は寐惚《ねぼ》けた心持が有つたればこそ、平氣で彼の室《へや》を突然開けたのだが、彼は自分の姿を敷居の前に見て、少しも怒《いか》りの影を現さなかつた。然したゞ默つて自分の脊廣姿を打ち守る丈《だけ》で、急に言葉を出す氣色《けしき》はなかつた。
 「兄さん、一寸御話がありますが……」
と、自分は遂に此方《こつち》から切り出した。
 「此方《こつち》へ御這入り」
 彼の言語は落ち付いてゐた。且《かつ》此間の事に就いて何の介意《かいい》をも含んでゐないらしく自分の耳に響いた。彼は自分の爲に、わざ/\一脚の椅子を己れの前へ据ゑて、自分を麾《さしま》ねいた。
 自分はわざと腰を掛けずに、椅子の脊に手を載《の》せた儘、父や母に云つたと略《ほゞ》同樣の挨拶を述べた。兄は尊敬すべき學者の態度で、それを靜かに聞いてゐた。自分の單簡《たんかん》の説明が終ると、彼は嬉しくも悲しくもない常の來客に應接する樣な態度で「まあ其處へお掛け」と云つた。
 彼は黒いモーニングを着て、あまり好い香《にほひ》のしない葉卷を燻《くゆ》らしてゐた。
 「出るなら出るさ。お前ももう一人前《いちにんまへ》の人間だから」と云つて少時《しばらく》煙ばかり吐いてゐた。夫《それ》から「然し己《おれ》がお前を出したやうに皆《みん》なから思はれては迷惑だよ」と續けた。「そんな事はありません。唯自分の都合で出るんですから」と自分は答へた。
 自分の寐惚《ねぼ》けた頭は此時次第に冴えて來た。出來る丈《だけ》早く兄の前から退《しりぞ》きたくなつた結果、振り返つて室《へや》の入口を見た。
 「直《なほ》も芳江《よしえ》も今湯に這入つて居るやうだから、誰も上がつて來やしない。其んなにそわ/\しないで緩《ゆつ》くり話すが好い、電燈でも點《つ》けて」
 自分は立ち上がつて、室《へや》の内を明るくした。夫《それ》から、兄の吹かしてゐる葉巻を一本取つて火を點《つ》けた。
 「一本八錢だ。隨分惡い煙草だらう」と彼が云つた。
 
     二十七
 
 「何時《いつ》出る積《つもり》かね」と兄が又聞いた。
 「今度の土曜あたりに仕ようかと思つてます」と自分は答へた。
 「一人出るのかい」と兄が又聞いた。
 此寄異な質問を受けた時、自分は少時《しばらく》茫然として兄の顔を打ち守つてゐた。彼がわざと斯う云ふ失禮な皮肉を云ふのか、さうでなければ彼の頭に少し變調を來《きた》したのか、何方《どつち》だか解らないうちは、自分にも何《ど》の見當へ打つて出て好いものか、料簡が定まらなかつた。
 彼の言葉は平生から皮肉澤山に自分の耳を襲つた。然しそれは彼の智力が我々よりも鋭敏に働き過ぎる結果で、其他に惡氣のない事は、自分に能く呑み込めてゐた。唯此|一言《いちごん》丈《だけ》は鼓膜に響いたなり、何時《いつ》迄も其處でぢん/\熱く鳴つてゐた。
 兄は自分の顔を見て、えへゝと笑つた。自分は其笑ひの影にさへ歇斯的里性《ヒステリせい》の稻妻を認めた。
 「無論一人で出る氣だらう。誰も連れて行く必要はないんだから」
 「勿論です。唯一人になつて、少し新しい空氣を吸ひたい丈《だけ》です」
 「新しい空氣は己《おれ》も吸ひたい。然し新しい空氣を吸はして呉れる所は、この廣い東京に一ケ所もない」
 自分は半《なか》ば此好んで孤立してゐる兄を隣れんだ。さうして半《なか》ば彼の過敏な神經を悲しんだ。
 「ちつと旅行でも爲《な》すつたら何うです。少しは晴々《せい/\》するかも知れません」
 自分が斯う云つた時、兄はチヨツキの隱袋《かくし》から時計を出した。
 「まだ食事の時間には少し間《ま》があるね」と云ひながら、彼は再び椅子に腰を落ち付けた。さうして「おい二郎|最《も》う左右《さう》度々《たび/\》話す機會もなくなるから、飯が出來る迄此處で話さうぢやないか」と自分の顔を見た。
 自分は「えゝ」と答へたが、少しも尻は坐らなかつた。其上何も話す種がなかつた。すると兄が突然「お前パオロとフランチエスカの戀を知つてるだらう」と聞いた。自分は聞いた樣な、聞かない樣な氣がするので、すぐとは返事も出來なかつた。
 兄の説明によると、パオロと云ふのはフランチエスカの夫《をつと》の弟で、其二人が夫《をつと》の眼を忍んで、互に慕ひ合つた結果、とう/\夫《をつと》に見付かつて殺されるといふ悲しい物語りで、ダンテの神曲の中とかに書いてあるさうであつた。自分は其隣れな物語に對する同情よりも、斯んな話を殊更《ことさら》にする兄の心持に就いて、一種厭な疑念を挾《さしは》さんだ。兄は臭い煙草の煙の間から、始終自分の顔を見詰めつゝ十三世紀だか十四世紀だか解らない遠い昔の以太利《イタリー》の物語をした。自分は其|間《あひだ》やつとの事で、不愉快の念を抑へてゐた。所が物語が一應濟むと、彼は急に思ひも寄らない質問を自分に掛けた。
 「二郎、何故《なぜ》肝心な夫《をつと》の名を世間が忘れてパオロとフランチエスカ丈《だけ》覺えてゐるのか。其譯を知つてるか」
 自分は仕方がないから「矢つ張り三勝半七《さんかつはんしち》見たやうなものでせう」と答へた。兄は意外な返事に一寸驚いたやうであつたが、「己《おれ》は斯う解釋する」と仕舞に云ひ出した。
 「己《おれ》は斯う解釋する。人間の作つた夫婦といふ關係よりも、自然が釀《かも》した戀愛の方が、實際神聖だから、それで時を經《ふ》るに從がつて、狹い杜會の作つた窮屈な道コを脱ぎ棄てゝ、大きな自然の法則を嘆美する聲|丈《だけ》が、我々の耳を刺戟するやうに殘るのではなからうか。尤も其當時はみんな道コに加勢する。二人のやうな關係を不義だと云つて咎《とが》める。然しそれは其事情の起つた瞬間を治《をさ》める爲の道義に驅られた云はゞ通り雨のやうなもので、あとへ殘るのは何うしても青天と白日、即ちパオロとフランチエスカさ。何うだ左右《さう》は思はんかね」
 
     二十八
 
 自分は年輩から云つても性格から云つても、平生なら兄の説に手を擧げて賛成する筈であつた。けれども此場合、彼が何故《なぜ》わざ/\パオロとフランチエスカを問題にするのか、又何故彼等二人が永久に殘る理由《いはれ》を、物々しく解説するのか、其主意が分らなかつたので、自然の興味は全く不快と不安の念に打ち消されて仕舞つた。自分は奧齒に物の挾まつたやうな兄の説明を聞いて、必竟《ひつきやう》それが何うしたのだといふ氣を起した。
 「二郎、だから道コに加勢するものは一時の勝利者には違ないが、永久の敗北者《はいぼくしや》だ。自然に從ふものは、一時の敗北者だけれども永久の勝利者だ……」
 自分は何とも云はなかつた。
 「所が己《おれ》は一時の勝利者にさへなれない。永久には無論敗北者だ」
 自分は夫《それ》でも返事をしなかつた。
 「相撲《すまふ》の手を習つても、實際力のないものは駄目だらう。そんな形式に拘泥しないでも、實力さへ慥《たしか》に持つてゐれば其方が屹度《きつと》勝つ。勝つのは當り前さ。四十八手は人間の小刀細工だ。膂力《りよりよく》は自然の賜物《たまもの》だ。……」
 兄は斯ういふ風に、影を踏んで力《りき》んでゐるやうな哲學をしきりに論じた。さうして彼の前に坐つてゐる自分を、氣味の惡い霧で、一面に鎖して仕舞つた。自分には此|朦朧《もうろう》たるものを拂ひ退《の》けるのが、太い麻繩を噛み切るよりも苦しかつた。
 「二郎、お前は現在も未來も永久に、勝利者として存在しようとする積《つもり》だらう」と彼は最後に云つた。
 自分は癇癪持だけれども兄|程《ほど》露骨に突進はしない性質であつた。ことさら此時は、相手が全然正氣なのか、又は少し昂奮し過ぎた結果、精神に尋常でない一種の状態を引き起したのか、第一その方を懸念しなければならなかつた。其上兄の精神状態を其處に導いた原因として、何うしても自分が責任者と目指されてゐるといふ事實を、猶更《なほさら》苛《つら》く感じなければならなかつた。
 自分はとう/\仕舞迄|一言《いちごん》も云はずに兄の言葉を聞く丈《だけ》聞いてゐた。さうして夫《それ》程《ほど》疑ぐるなら一層《いつそ》嫂《あによめ》を離別したら、晴々《せい/\》して好からうにと考へたりした。
 所へ其|嫂《あによめ》が兄の平生着《ふだんき》を持つて、芳江《よしえ》の手を引いて、例の如く階段を上《あが》つて來た。
 扉《ドア》の敷居に姿を現した彼女は、風呂から上りたてと見えて、蒼味《あをみ》の注《さ》した常の頬に、心持の好い程、薄赤い血を引き寄せて、肌理《きめ》の細かい皮膚に手觸《てざはり》を挑《いど》むやうな柔らかさを見せてゐた。
 彼女は自分の顔を見た。けれども一言《ひとこと》も自分には云はなかつた。
 「大變遲くなりました。嘸《さぞ》御窮屈でしたらう。生僧《あいにく》御湯へ這入つてゐたものだから、すぐ御召《おめし》を持つて來る事が出來なくつて」
 嫂《あによめ》は斯う云ひながら兄に挨拶した。さうして傍《そば》に立つてゐた芳江《よしえ》に、「さあお父さんに御歸り遊ばせと仰《おつし》やい」と注意した。芳江は母の命令《いひつけ》通り「御歸り」と頭を下げた。
 自分は永らくの間、嫂《あによめ》が兄に對して是程家庭の夫人らしい愛嬌を見せた例《ためし》を知らなかつた。自分は又此愛嬌に對して柔《やはら》げられた兄の氣分が、彼の眼に強く集まつた例《ためし》も知らなかつた。兄は人の手前|極《きは》めて自尊心の強い男であつた。けれども、子供のうちから兄と一所に育つた自分には、彼の腦天を動きつゝある雲の往來《ゆきき》が能く解つた。
 自分は助け船が不意に來た嬉しさを胸に藏《かく》して兄の室《へや》を出た。出る時|嫂《あによめ》は一面識もない眼下のものに挨拶でもするやうに、一寸頭を下げて自分に默禮をした。自分が彼女から斯んな冷淡な挨拶を受けたのも亦珍らしい例であつた。
 
     二十九
 
 二三日してから自分はとう/\家《いへ》を出た。父や母や兄弟の住む、古い歴史を有《も》つた家《いへ》を出た。出る時は殆んど何事をも感じなかつた。母とお重《しげ》が別れを惜《をし》むやうに浮かない顔をするのが、却《かへ》つて厭であつた。彼等は自分の自由行動をわざと妨げる樣に感ぜられた。嫂《あによめ》丈《だけ》は淋《さみ》しいながら笑つて呉れた。
 「もう御出掛。では御機嫌よう。又ちよく/\遊びに入らつしゃい」
 自分は母やお重《しげ》の曇つた顔を見た後《あと》で、此一口の愛嬌を聞いた時、多少の愉快を覺えた。
 自分は下宿へ移つてからも有樂町の事務所へ例の通り毎日|通《かよ》つてゐた。自分を其處へ周旋して呉れたものは、例の三澤であつた。事務所の持主は、昔三澤の保證人をしてゐた(兄の同僚の)Hの叔父に當《あた》る人であつた。此人は永らく外國に居て、内地でも相應に經驗を積んだ大家であつた。胡麻塩頭《ごましほあたま》の中へ指を突つ込んで、無暗に頭垢《ふけ》を掻き落す癖があるので、差《さ》し向《むかひ》の間に火鉢でも置くと、時々火の中から妙な臭を立てさせて、非道《ひど》く相手を弱らせる事があつた。
 「君の兄さんは近來何を研究してゐるか」などゝ度々自分に聞いた。自分は仕方なしに、「何だか一人で書齋に籠《こも》つて遣つてるやうです」と極めて大體な答へをするのを例のやうにしてゐた。
 梧桐《あをぎり》が坊主になつたある朝、彼は突然自分を捕《とら》へて、「君の兄さんは近頃何うだね」と又聞いた。斯う云ふ彼の質問に慣れ切つてゐた自分も、其時ばかりは餘りの不意打に一寸返事を忘れた。
 「健康は何うだね」と彼は又聞いた。
 「健康は餘り好い方ぢやないです」と自分は答へた。
 「少し氣を付けないと不可《いけ》ないよ。餘り勉強ばかり爲てゐると」と彼は云つた。
 自分は彼の顔を打ち守つて、其處に一種の眞面目な眉と眼の光とを認めた。
 自分は家《いへ》を出てから、まだ一遍しか家《うち》へ行かなかつた。其折そつと母を小蔭に呼んで、兄の樣子を聞いて見たら「近頃は少し好い樣だよ。時々裏へ出て芳江《よしえ》をブランコに載せて、押して遣つたりしてゐるからね。……」
 自分は夫《それ》で少しは安心した。夫《それ》限《ぎり》宅《うち》の誰とも顔を合はせる機會を拵へずに今日《こんにち》迄過ぎたのである。
 晝の時間に一品料理を取寄せて食つてゐると、B先生(事務所の持主)が又突然「君は慥《たし》か下宿したんだつたね」と聞いた。自分は唯簡單に「えゝ」と答へて置いた。
 「何故《なぜ》。家《うち》の方が廣くつて便利だらうぢやないか。それとも何か面倒な事でもあるのかい」
 自分は愚圖ついて頗る曖昧な挨拶をした。其時呑み込んだ?麭《パン》の一片《いつぺん》が、如何にも水氣がないやうに、ぱさ/\と感ぜられた。
 「然し一人の方が却つて氣樂かも知れないね。大勢ごた/\してゐるよりも。――時に君はまだ獨身だらう、何うだ早く細君でも有《も》つちや」
 自分はB先生の此言葉に對しても、平生の通り氣楽な答が出來なかつた。先生は「今日は君いやに意氣銷沈《いきせうちん》してゐるね」と云つたぎり話頭を轉じて、他《ほか》のものと愚にも附かない馬鹿話を始め出した。自分は自分の前にある茶碗の中に立つてゐる茶柱を、何かの前徴の如く見詰めたぎり、左右に起る笑ひ聲を聞くともなく、又聞かぬでもなく、默然《もくねん》と腰を掛けてゐた。さうして心の裡《うち》で、自分こそ近頃神經過敏症に罹《かゝ》つてゐるのではなからうかと不愉快な心配をした。自分は下宿にゐて餘り孤獨なため、斯う頭に變調を起したのだと思ひ付いて、歸つたら久し振に三澤の所へでも話に行かうと決心した。
 
     三十
 
 其晩三澤の二階に案内された自分は、氣樂さうに胡坐《あぐら》をかいた彼の姿を見て羨ましい心持がした。彼の室《へや》は明るい電燈と、暖かい火鉢で、初冬《はつふゆ》の寒さから全然隔離されてゐるやうに見えた。自分は彼の痼疾《こしつ》が秋風の吹き募るに從つて、漸々《ぜん/\》好い方へ向いて來た事を、かねてから彼の色にも姿にも知つた。けれども今の自分と比較して、彼が斯う悠《ゆつ》たり構へてゐようとは思へなかつた。高くて暑い空を、恐る/\仰いで暮らした大阪の病院を憶ひ起すと、當時の彼と今の自分とは、殆んど地を換へたと一般であつた。
 彼はつい近頃父を失つた結果として、當然一家の主人に成り濟ましてゐた。Hさんを通してB先生から彼を使ひたいと申し込まれた時も、彼はまづ己《おの》れを後《のち》にするといふ好意からか、若しくは贅澤な擇好《よりごの》みからか、折角の位置を自分に讓つて呉れた。
 自分は電燈で照された彼の室《へや》を見廻して、其壁を隙間なく飾つてゐる風推なエツチングや水彩畫などに就いて、しばらく彼と話し合つた。けれども何ういふものか、藝術上の議論は十分|經《た》つか經《た》たないうちに自然と消えて仕舞つた。すると三澤は突然自分に向つて、「時に君の兄さんだがね」と云ひ出した。自分は此處でも亦兄さんかと驚いた。
 「兄が何うしたつて?」
 「いや別に何うしたつて事もないが……」
 彼は是《これ》丈《だけ》云つて只自分の顔を眺めてゐた。自分は勢ひ彼の言葉とB先生の今朝の言葉とを胸の中《うち》で結び付けなければならなかつた。
 「さう半分でなく、話すなら皆《みん》な話して呉れないか。兄が一體何うしたと云ふんだ。今朝もB先生から同じ樣な事を聞かれて、妙な氣がしてゐる所だ」
 三澤は焦烈《じれ》つたさうな自分の顔を尚|懇氣《こんき》に見詰めてゐたが、やがて「ぢや話さう」と云つた。
 「B先生の話も僕のも矢つ張り同じHさんから出たのだらうと思ふがね。Hさんのは又學生から出たのだつて云つたよ。何でもね、君の兄さんの講義は、平生から明瞭で新しくつて、大變學生に氣受《きうけ》が好いんださうだが、其明瞭な講義中に、矢張り明瞭ではあるが、前後と何うしても辻褄《つじつま》の合はない所が一二箇所出て來るんだつてね。さうして夫《それ》を學生が質問すると、君の兄さんは元來正直な人だから、何遍も何遍も繰返して、其處を説明しようとするが、何うしても解らないんださうだ。仕舞に手を額へ當てて、何うも近來頭が少し惡いもんだから……と茫乎《ぼんやり》硝子窓《ガラスまど》の外を眺めながら、何時《いつ》迄も立つてゐるんで、學生も、そんなら又此次にしませうと、自分の方で引き下がつた事が、何でも幾遍もあつたと云ふ話さ。Hさんは僕に今度長野(自分の姓)に逢つたら、少し注意して見るが好い。ことによると烈しい神經衰弱なのかも知れないからつて云つたが、僕もとう/\それなり忘れて仕舞つて、今君の顔を見る迄實は思ひ出せなかつたのだ」
 「そりや何時《いつ》頃の事だ」と自分はせはしなく聞いた。
 「丁度君の下宿する前後の事だと思つてゐるが、判然《はつきり》した事は覺えて居ない」
 「今でも左右《さう》なのか」
 三澤は自分の思ひ逼《せま》つた顔を見て、慰めるやうに「いや/\」と云つた。
 「いや/\夫《それ》はほんに一時的の事であつたらしい。此頃では全然平生と變らなくなつたやうだと、Hさんが二三日前《にさんちまへ》僕に話したから、もう安心だらう。然し……」
 自分は家《うち》を出た時に自分の胸に刻み込んだ兄との會見を思はず憶ひ出した。さうして其折の自分の疑ひが、或は学校で證明されたのではなからうかと考へて、非常に心細く且恐ろしく感じた。
 
     三十一
 
 自分は力《つと》めて兄の事を忘れようとした。すると不圖《ふと》大阪の病院で三澤から聞いた精神病の「娘さん」を聯想し始めた。
 「あのお孃さんの法事には間に合つたのかね」と聞いて見た。
 「間に合つた。間に合つたが、實にあの娘さんの親達は失敬な厭な奴だ」と彼は拳骨《げんこつ》でも振り廻しさうな勢ひで云つた。自分は驚いて其理由を聞いた。
 彼は其日三澤家を代表して、築地の本願寺の境内とかにある菩提所《ぼだいしよ》に參詣した。薄暗い本堂で長い讀經《どきやう》があつた後、彼も列席者の一人として、一抹《いちまつ》の香を白い位牌の前に焚いた。彼の言葉によると、彼《かれ》程《ほど》の誠をもつて、其若く美しい女の靈前に額《ぬか》づいたものは、彼以外に殆どあるまいといふ話であつた。
 「あいつ等はいくら親だつて親類だつて、只《たゞ》靜かなお祭りでも爲《し》てゐる氣になつて、平氣でゐやがる。本當に涙を落したのは他人の己《おれ》丈《だけ》だ」
 自分は三澤の斯ういふ憤慨を聞いて、少し滑稽を感じたが、表ではたゞ「成程」と肯《うけ》がつた。すると三澤は「いや其れ丈《だけ》なら何も怒りやしない。然し癪に障つたのはその後《あと》だ」
 彼は一般の例に從つて、法要の濟んだ後《あと》、寺の近くにある或料理屋へ招待された。其食事中に、彼女の父に當《あた》る人や、母に當《あた》る女が、彼に對して談《はなし》をするうちに妙に引つ掛つて來た。何の惡意もない彼には、最初一向その當《あて》こすりが通じなかつたが、段々時間の進むに從つて、彼等の本旨が漸く分つて來た。
 「馬鹿にも程があるね。露骨にいへばさ、あの娘さんを不幸にした原因は僕にある。精神病にしたのも僕だ、と斯うなるんだね。さうして離別になつた先の亭主は、丸《まる》で責任のないやうに思つてるらしいんだから失敬ぢやないか」
 「何うして又さう思ふんだらう。そんな筈はないがね。君の誤解ぢやないか」と自分が云つた。
 「誤解?」と彼は大きな聲を出した。自分は仕方なしに默つた。彼はしきりにその親達の愚劣な點を述べたてゝ已《や》まなかつた。その女の夫《をつと》となつた男の輕薄を罵しつて措《お》かなかつた。仕舞に斯う云つた。
 「何故《なぜ》そんなら始めから僕に遣らうと云はないんだ。資産や社會的の地位ばかり目當《めあて》にして……」
 「一體君は貰ひたいと申し込んだ事でもあるのか」と自分は途中で遮《さへぎ》つた。
 「ないさ」と彼は答へた。
 「僕がその娘さんに――その娘さんの大きな潤《うるほ》つた眼が、僕の胸を絶えず往來《ゆきき》するやうになつたのは、既に精神病に罹《かゝ》つてからの事だもの。僕に早く歸つて來て呉れと頼み始めてからだもの」
 彼は斯う云つて、依然として其女の美しい大《おほき》な眸《ひとみ》を眼の前に描《ゑが》くやうに見えた。もし其女が今でも生きて居たなら何んな困難を冒《をか》しても、愚劣な親達の手から、若しくは輕薄な夫《をつと》の手から、永久に彼女を奪ひ取つて、己《おの》れの懷で暖めて見せるといふ強い決心が、同時に彼の固く結んだ口の邊《あたり》に現れた。
 自分の想像は、此時其美しい眼の女よりも、却《かへ》つて自分の忘れようとしてゐた兄の上に逆戻りをした。さうして其女の精神に祟《たゝ》つた恐ろしい狂ひが耳に響けば響く程、兄の頭が氣に掛つて來た。兄は和歌山行の汽車の中で、其女は慥《たし》かに三澤を思つてゐるに違ないと斷言した。精神病で心の憚《はゞかり》が解けたからだと其理由迄も説明した。兄はことによると、嫂《あによめ》をさういふ精神病に罹《かゝ》らして見たい、本音を吐かせて見たい、と思つてるかも知れない。さう思つてゐる兄の方が、傍《はた》から見ると、もうそろ/\神經衰弱の結果、多少精神に狂ひを生じかけて、自分の方から恐ろしい言葉を家中《うちぢゆう》に響かせて狂ひ廻らないとも限らない。
 自分は三澤の顔などを見てゐる暇を有《も》たなかつた。
 
     三十二
 
 自分はかねて母から頼まれて、此次若し三澤の所へ行つたら、彼にお重《しげ》を貰ふ氣があるか、ないか、夫《それ》となく彼の樣子を探つて來るといふ約束をした。しかし其晩は何うしても左右《さう》いふ元氣が出なかつた。自分の心持を了解しない彼は、却《かへ》つて自分に結婚を勸めて已《や》まなかつた。自分の頭は又それに對して氣乘《きのり》のした返事をする程、穩かに澄んでゐなかつた。彼は折を見て、ある候補者を自分に紹介すると云つた。自分は生返事をして彼の家《いへ》を出た。外は十文字に風が吹いてゐた。仰ぐ空には星が粉《こ》の如くさゝやかな力を集めて、此風に抵抗しつゝ輝いた。自分は佗しい胸の上に兩手を當てゝ下宿へ歸つた。さうして冷たい蒲團の中にすぐ潜《もぐ》り込んだ。
 夫《それ》から二三日《にさんち》しても兄の事がまだ氣に懸つたなり、頭が何うしても自分と調和して呉れなかつた。自分はとう/\番町へ出掛けて行つた。直接兄に會ふのが厭なので、二階へはとう/\上《あが》らなかつたが、母を始め他の者には無沙汰見舞の格で、何氣なく例の通りの世間話をした。兄を交へない一家の團欒《だんらん》は却《かへ》つて寛いだ暖かい感じを自分に與へた。
 自分は歸り際に、母を一寸次の間へ呼んで、兄の近况を聞いて見た。母は此頃兄の神經が大分《だいぶ》落ち付いたと云つて喜んで居た。自分は母の一言《いちごん》でやつと安心したやうなものゝ、母には氣の付かない特殊の點に、何だか變調がありさうで、却《かへ》つてそれが氣掛りになつた。さればと云つて、兄に會つて自分から彼を試驗しようといふ勇氣は無論起し得なかつた。三澤から聞いた兄の講義が一時變になつた話も母には告げ得なかつた。
 自分は何も云ふ事のないのに、茫乎《ぼんやり》暗い部屋の襖《ふすま》の蔭に寒さうに立つて居た。母も自分に對して其處を動かなかつた。其上彼女の方から自分に何かいふ必要を認めるやうに見えた。
 「尤も此間少し風邪を引いた時、妙な囈語《うはこと》を云つたがね」と云つた。
 「何んな事を云ひました」と自分は聞いた。
 母はそれには答へないで、「なに熱の所爲《せゐ》だから、心配する事はないんだよ」と自分の問を打ち消した。
 「熱がそんなに有つたんですか」と自分は更に別の事を尋ねた。
 「それがね、熱は三十八度か八度五分位なんだから、其んな筈はないと思つて、お醫者に聞いて見ると、神經衰弱のものは少しの熱でも頭が變になるんだつてね」
 醫學の初歩さへ心得ない自分は始めて此知識に接して、思はず眉をひそめた。けれども室《へや》が暗いので、母には自分の顔が見えなかつた。
 「でも氷で頭を冷したら、其お蔭で熱がすぐ引いたんで安心したけれど……」
 自分は熱の引かない時の兄が、何《ど》んな囈語《うはこと》を云つたか、それが未《ま》だ知りたいので、薄ら寒い襖《ふすま》の蔭に依然として立つてゐた。
 次の間《ま》は電燈で明るく照されてゐた。父が芳江《よしえ》に何か云つて調戯《からか》ふたびに、皆《みん》なの笑ふ聲が陽氣に聞こえた。すると突然其笑ひ聲の間から、「おい二郎」と父が自分を呼んだ。
 「おい二郎、又御母さんに小遣でも強請《せび》つてるんだらう。お綱、お前見たやうに、さう無暗に二郎の口車に乘つちや不可《いけ》ないよ」と大きな聲で云つた。
 「いゝえ其んな事ぢやありません」と自分も大きな聲で負けずに答へた。
 「ぢや何だい、そんな暗い所で、こそ/\御母さんを取《と》つ捉《つら》まへて話して居るのは。おい早く光《あか》るい所へ面《つら》を出せ」
 父が斯う云つた時、明るい室《へや》の方に集まつたものは一度にどつと笑つた。自分は母から聞き度い事も聞かずに、父の命令通り、はいと云つて、皆《みん》なの前へ姿をあらはした。
 
     三十三
 
 それから暫くの問は、B先生の顔を見ても、三澤の所へ遊びに行つても、兄の話は一向話題に上《のぼ》らなかつた。自分は少し安心した。さうして成るべく家《うち》の事を忘れようと試みた。然し下宿の徒然《とぜん》に打ち勝たれるのが何より苦しいので、よく三澤の時間を潰しに此方《こつち》から押し寄せたり、又引つ張り出したりした。
 三澤は厭きずに何時《いつ》迄も例の精神病の娘さんの話をした。自分は此異樣なおのろけを聞くたびに、屹度《きつと》兄と嫂《あによめ》の事を連想して自《おのづ》から不快になつた。それで、時々又かといふ樣子を色にも言葉にも表はした。三澤も負けては居なかつた。
 「君も君のおのろけを云へば、夫《それ》で差引損得なしぢやないか」などと自分を冷かした。自分はもう些《ちつ》とで彼と往來で喧嘩をする所であつた。
 彼には斯ういふ風に、精神病の娘さんが、影身《かげみ》に添つて離れないので、自分はかねて母から頼まれたお重《しげ》の事を彼に話す餘地がなかつた。お重の顔は誰が見ても、まあ十人並以上だらうと、仲の善くない自分にも思へたが、惜《をし》い事に、此大切な娘さんとは、丸で顔の型が違つてゐた。
 自分の遠慮に引き換へて、彼は平氣で自分に妹の候補者を推擧した。「今度《こんだ》何處かで一寸見て見ないか」と勸めた事もあつた。自分は始めこそ生返事|許《ばかり》してゐたが、仕舞は本氣に其女に會はうと思ひ出した。すると三澤は、まだ機會が來ないから、最《も》う少し、最う少し、と會見の日を順繰に先へ送つて行くので、自分は又氣を腐らした末、遂に其女の幻《まぼろし》を離れて仕舞つた。
 反對に、お貞《さだ》さんの方の結婚は愈《いよ/\》事實となつて現るべく、目前に近《ちかづ》いて來た。お貞さんは相應の年をしてゐる癖に、宅中《うちぢゆう》で一番|初心《うぶ》な女であつた。是といふ特色はないが、何を云つても、ぢき顔を赤くする所に變な愛嬌があつた。
 自分は三澤と夜更《よふけ》に寒い町を歸つて來て、下宿の冷たい夜具に潜《もぐ》り込みながら、時々お貞《さだ》さんの事を思ひ出した。さうして彼女も斯んな冷たい夜具を引き擔《かつ》ぎながら、今頃は近い未來に逼る暖かい夢を見て、誰も氣の付かない笑ひ顔を、半《なか》ば天鷲絨《ビロウド》の襟の裡《なか》に埋《うづ》めてゐるだらうなどと想像した。
 彼女の結婚する二三日前に、岡田と佐野は、氷を裂くやうな汽車の中から身を顫はして新橋の停車場《ステーシヨン》に下りた。彼は迎へに出た自分の顔を見て、いようといふ掛聲《かけごゑ》をした。それから「相變らず二郎さんは呑氣《のんき》だね」と云つた。岡田は己《おの》れの呑氣さ加減を自覺しない男のやうにも思はれた。
 翌日番町へ行つたら、岡田一人のために宅中《うちぢゆう》騷々しく賑つてゐた。兄も外の事と違ふといふ意味か、別に苦《にが》い顔もせずに、其|渦中《くわちゆう》に捲込《まきこ》まれて黙つてゐた。
 「二郎さん、今になつて下宿するなんて、そんな馬鹿がありますか、家《うち》が淋《さび》しくなる丈《だけ》ぢやありませんか。ねえお直《なほ》さん」と彼は嫂《あによめ》に話し掛けた。此時|丈《だけ》は嫂《あによめ》も流石《さすが》變な顔をして黙つてゐた。自分も何とも云ひやうがなかつた。兄は却《かへ》つて冷然と凡《すべ》てに取り合はない氣色《けしき》を見せた。岡田は既に醉つて何事にも拘泥せずへら/\口を動かした。
 「尤も一郎さんも善くないと僕は思ひますよ。さう貴方、書齋にばかり引つ込んで勉強してゐたつて、詰らないぢやありませんか。もう貴方|位《ぐらゐ》學問をすれば、何處へ出たつて引けを取るんぢやないんだからね。然し二郎さん始め、お直《なほ》さんや叔母さんも好くないやうですね。一郎は書齋より外は嫌ひだ/\つて云つときながら、僕が來て斯う引つ張り出せば、譯なく二階から下りて來て、僕と面白さうに話して呉れるぢやありませんか。左右《さう》でせう一郎さん」
 彼は斯う云つて兄の方を見た。兄は黙つて苦笑ひをした。
 「ねえ叔母さん」
 母も黙つてゐた。
 「ねえお重《しげ》さん」
 彼は返事を受ける迄順々に聞いて廻るらしかつた。お重《しげ》はすぐ「岡田さん、貴方いくら年を取つても饒舌《しやべ》る病氣が癒らないのね。騷々しいわよ」と云つた。それで皆《みん》なが笑ひ出したので、自分はほつと一《ひ》と息《いき》吐《つ》いた。
 
     三十四
 
 芳江《よしえ》が「叔父さん一寸入らつしやい」と次の間から小さな手を出して自分を招いた。「何だい」と立つて行くと彼女は何處からか、大きな信玄袋《しんげんぶくろ》を引摺《ひきず》り出して、「是お貞《さだ》さんのよ、見せたげませうか」と自慢らしく目分を見た。
 彼女は信玄袋の中から天鷲絨《ビロウド》で張つた四角な箱を出した。自分は其中にある眞珠の指環を手に取つて、ふんと云ひながら眺めた。芳江《よしえ》は「是もよ」と云つて、今度は海老茶色のを出したが、是は自分が洗濯|其他《そのた》の世話になつた禮に買つて遣つた寶石なしの單純な金の指環であつた。彼女は又「是もよ」と云つて、繻珍《しゆちん》の紙入を出した。其紙入には模樣風に描《ゑが》いた菊の花が金で一面に織り出されてゐた。彼女は其次に比較的大きくて細長い桐の箱を出した。是は金と赤銅《しやくどう》と銀とで、蔦《つた》の葉を綴つた金具の付いてゐる帶留であつた。最後に彼女は櫛《くし》と笄《かうがい》を示して、「是|卵甲《らんかふ》よ。本當の鼈甲《べつかふ》ぢやないんだつて。本當の鼈甲《べつかふ》は高過ぎるから御已《おや》めにしたんですつて」と説明した。自分には卵甲《らんかふ》といふ言葉が解らなかつた。芳江には無論解らなかつた。けれども女の子|丈《だけ》あつて、「是一番安いのよ。四方張《しはうばり》よか安いのよ。玉子の白味で貼《は》り付けるんだから」と云つた。「玉子の白味で何處をどう貼《は》り付けるんだい」と聞くと、彼女は、「そんな事知らないわ」と取り濟ました口の利き方をして、さつさと信玄袋を引き摺《ず》つて次の間へ行つて仕舞つた。
 自分は母からお貞《さだ》さんの當日着る着物を見せて貰つた。薄紫がかつた御納戸《おなんど》の縮緬《ちりめん》で、紋《もん》は蔦《つた》、裾の模樣は竹であつた。
 「是ぢや餘り閑靜《かんせい》過ぎやしませんか、年に合はして」と自分は母に聞いて見た。母は「でもね餘《あん》まり高くなるから」と答へた。さうして「是でも御前二十五圓掛つたんだよ」と付け加へて、無知識な自分を驚かした。地《ぢ》は去年の春京都の織屋が背負《しよ》つて來た時、白の儘三反|許《ばかり》用意に買つて置いて、此間迄|箪笥《たんす》の抽出《ひきだし》に仕舞つたなり放《はふ》つてあつたのださうである。
 お貞《さだ》さんは一座の席へ先刻《さつき》から少しも顔を出さなかつた。自分は大方極りが惡いのだらうと想像して、其極りの惡い所を、此處で一目見たいと思つた。
 「お貞《さだ》さんは何處に居るんです」と母に聞いた。すると兄が「あゝ忘れた。行く前に一寸お貞さんに話があるんだつた」と云つた。
 みんな變な顔をしたうちに、嫂《あによめ》の唇には著《いちじ》るしい冷笑の影が閃《ひら》めいた。兄は誰にも取合ふ氣色《けしき》もなく、「一寸失敬」と岡田に挨拶して、二階へ上がつた。其足音が消えると間《ま》もなく、お貞《さだ》さんは自分達の居る室《へや》の敷居際迄來て、岡田に叮嚀な挨拶をした。
 彼女は「さあ何うぞ」と會釋する岡田に、「今一寸御書齋迄參らなければなりませんから、いづれ後程《のちほど》」と答へて立ち上がつた。彼女の上氣したやうにほつと赤くなつた顔を見た一座のものは、氣の毒な爲か何だか強ひて引き留めようともしなかつた。 兄の二階へ上がる足音はそれ程強くはなかつたが、何時《いつ》でも上履《スリツパー》を引掛けてゐる爲、ぴしや/\する響が、下からよく聞こえた。お貞《さだ》さんのは素足の上に、女のつゝましやかな氣性をあらはす所爲《せゐ》か、丸で聽き取れなかつた。戸を開けて戸を閉ぢる音さへ、自分の耳には全く這入らなかつた。
 彼等二人は其處で約三十分|許《ばかり》何か話してゐた。其間|嫂《あによめ》は平生の冷淡さに引き換へて、尋常《なみ》のものより機嫌よく話したり笑つたりした。けれども其裏に不機嫌を藏《かく》さうとする不自然の努力が強く潜在してゐる事が自分に能く解つた。岡田は平氣でゐた。
 自分は彼女が兄と會見を終つて、自分達の室《へや》の横を通る時、其足音を聞き付けて、用あり氣に不意と廊下へ出た。ばつたり出逢つた彼女の顔は依然として恥づかしさうに赤く染つてゐた。彼女は眼を俯《ふ》せて、自分の傍《そば》を擦《す》り拔けた。其時自分は彼女の瞼《まぶた》に涕の宿つた痕迹《こんせき》を慥《たし》かに認めたやうな氣がした。けれども書齋に入つた彼女が兄と差向ひで何んな談話をしたか、それは未《いま》だに知る事を得ない。自分|丈《だけ》ではない、其委細を知つてゐるものは、彼等二人より以外に、恐らく天下に一人もあるまいと思ふ。
 
     三十五
 
 自分は親戚の片割《かたわれ》として、お貞《さだ》さんの結婚式に列席するやう、父母《ちゝはゝ》から命ぜられてゐた。其日は丁度雨がしよぼ/\降つて、婚禮には似合しからぬ佗《わ》びしい天氣であつた。何時《いつ》もより早く起きて番町へ行つて見ると、お貞さんの衣裳《いしやう》が八疊の間に取り散らしてあつた。
 便所へ行つた歸りに風呂場の口を覗いて見たら、硝子戸《ガラスど》が半分|開《あ》いて、其中にお貞《さだ》さんのお化粧をしてゐる姿がちらりと見えた。それから「あら其處へ障つちや厭ですよ」といふ彼女の聲が聞こえた。芳江《よしえ》は面白半分何か惡戯《いたづら》をすると見えた。自分も芳江の眞似を遣らうと思つたが、場合が場合なのでつい遠慮して茶の間へ戻つた。
 しばらくしてから、又八疊へ出て見ると、みんながお召換《めしかへ》を遣つてゐた。芳江《よしえ》が「あのお貞《さだ》さんは手へも白粉《おしろい》を塗《つ》けたのよ」と大勢に吹聽してゐた。實を云ふと、お貞さんは顔よりも手足の方が赤黒かつたのである。
 「大變眞白になつたな。亭主を欺瞞《だま》すんだから善くない」と父が調戯《からか》つてゐた。
 「あしたになつたら旦那樣が嘸《さぞ》驚くでせう」と母が笑つた。お貞《さだ》さんも下を向いて苦笑した。彼女は初めて島田に結つた。それが豫期出來なかつた斬新《ざんしん》の感じを自分に與へた。
 「此|髷《まげ》でそんな重いものを差したら嘸《さぞ》苦しいでせうね」と自分が聞くと、母は「いくら重くつても、生涯に一度はね……」と云つて、己《おの》れの黒紋付と白襟との合ひ具合をしきりに氣にしてゐた。お貞《さだ》さんの帶は嫂《あによめ》が後へ廻つて、ぐつと締めて遣つた。
 兄は例の臭い卷煙草を吹かしながら廣い縁側を彼方《あちら》此方《こちら》と逍遙《せうえう》してゐた。彼は此結婚に、丸《まる》で興味を有《も》たないやうな、又彼一流の批評を心の中に加へてゐるやうな、判斷の出來|惡《にく》い態度をあらはして、時々我々の居る座敷を覗いた。けれども一寸敷居際に留まる丈《だけ》で決して中へは這入らなかつた。「仕度はまだか」とも催促しなかつた。彼はフロツクに絹帽《シルクハツト》を被つてゐた。
 愈《いよ/\》出る時に、父は一番綺麗な俥《くるま》を擇《よ》つて、お貞《さだ》さんを乘せて遣つた。十一時に式がある筈の所を少し時間が後《おく》れた爲め岡田は大神宮の式臺へ出て、わざ/\我々を待つてゐた。皆《みん》ながどや/\と一度に控所に這入ると、其處にはお婿さんがたゞ一人質に取られた置物のやうに椅子へ腰を掛けてゐた。やがて立ち上がつて、一人/\に挨拶をするうちに、自分は控所にある洋卓《テーブル》やら、絨氈《じゅうたん》やら、白木《しらき》の格天井《がうてんじやう》やらを眺めた。突き當りには御簾《みす》が下りてゐて、中には何か在るらしい氣色《けしき》だけれども、奧の全く暗いため何物をも髣髴《はうふつ》する事が出來なかつた。其前には鶴と浪を一面に描《ゑが》いた目出度い一双の金屏風《きんびやうぶ》が立て廻してあつた。
 縁女《えんぢよ》と仲人《なかうど》の奧さんが先、それから婿と仲人《なかうど》の夫《をつと》、其次へ親類がつゞくといふ順を、袴羽織の男が出て來て教へて呉れたが、肝腎の仲人たるべき岡田はお兼さんを連れて來なかつたので、「ぢや甚だ御迷惑だけど、一郎さんとお直《なほ》さんに引き受けて戴きませうか、此場|限《かぎ》り」と岡田が父に相談した。父は簡單に「好からうよ」と答へた。嫂《あによめ》は例の如く「何うでも」と云つた。兄も「何うでも」と云つたが、後《あと》から、「然し僕等のやうな夫婦が媒妁人《ばいしやくにん》になつちや、少し御兩人の爲に惡いだらう」と付け足した。
 「惡いなんて――僕がするより名譽でさあね。ねえ二郎さん」と岡田が例の如く輕い調子で云つた。兄は何やら其理由を述べたいらしい氣色《けしき》を見せたが、すぐ考へ直したと見えて、「ぢや生れて初めての大役を引き受けて見るかな。然し何にも知らないんだから」と云ふと、「何向ふで何も彼も教へて呉れるから世話はない。お前達は何もしないで濟むやうにちやんと拵へてあるんだ」と父が説明した。
 
       三十六
 
 反橋《そりはし》を渡る所で、先の人が何かに支《つか》へて一同一寸留つた機會を利用して、自分はそつと岡田のフロツクの尻を引張つた。
 「岡田さんは實に呑氣《のんき》だね」と云つた。
 「何故《なぜ》です」
 彼は自ら媒妁人をもつて任じながら、その細君を連れて來ない不注意に少しも氣が付いてゐないらしかつた。自分から呑氣の譯を聞いた時、彼は苦笑して頭を掻きながら、「實は伴《つ》れて來《き》ようと思つたんですがね、まあ何うかなるだらうと思つて……」と答へた。
 反橋《そりはし》を降りて奧へ這入らうといふ入口の所で、花嫁は一面に張り詰められた鏡の前へ坐つて、黒塗の盥《たらひ》の中で手を洗つてゐた。自分は後《うしろ》から脊延《せいのび》をして、お貞《さだ》さんの姿を見た時、成程これで列が後れるんだなと思ふと同時に吹き出し度なつた。折角丹精して塗り立てた彼女の手も、此神聖な一杓《ひとしやく》の水で、無殘《むざん》に元の如く赤黒くされて仕舞つたのである。
 神殿の左石には別室があつた。其右の方へ兄が佐野さんを伴《つ》れて這入つた。其左の方へ嫂《あによめ》がお貞《さだ》さんを伴《つ》れて這入つた。それが左右から出て來て着座するのを見ると、兄夫婦は眞面目な顔をして向ひ合せに坐つてゐた。花嫁花婿も無論の事、謹んだ姿で相對してゐた。
 式壇を正面に、後《うしろ》の方にずらりと並んだ父だの母だの自分達は、此二樣の意味を有《も》つた夫婦と、繪の具で塗り潰した綺麗な太皷と、何物を中に藏《かく》してゐるか分らない、御簾《みす》を靜肅に眺めた。
 兄は腹のなかで何を考へてゐるか、餘所目《よそめ》から見ると、尋常と變る所は少しもなかつた。嫂《あによめ》は元より取り繕つた樣子もなく、自然其儘に取り濟ましてゐた。
 彼等は既に過去何年かの間に、夫婦といふ社會的に大切な經驗を彼等なりに甞《な》めて來た、古い夫婦であつた。さうして彼等の甞《な》めた經驗は、人生の歴史の一部分として、彼等に取つては再びしがたい貴《たつと》いものであつたかも知れない。けれども何方《どつち》から云つても、蜜に似た甘いものではなかつたらしい。此|苦《にが》い經驗を有する古夫婦が、己《おの》れ達のあまり幸福でなかつた運命の割前を、若い男と若い女の頭の上に割り付けて、又新しい不仕合な夫婦を作る積《つもり》なのかしらん。
 兄は學者であつた。かつ感情家であつた。其蒼白い額の中に或は此位な事を考へてゐたかも知れない。或はそれ以上に深い事を考へてゐたかも知れない。或は凡《すべ》ての結婚なるものを自《みづか》ら呪詛《じゆそ》しながら、新郎と新婦の手を握らせなければならない仲人《なかうど》の喜劇と悲劇とを同時に感じつゝ坐つてゐたかも知れない。
 兎に角兄は眞面目に坐つてゐた。嫂《あによめ》も、佐野さんも、お貞《さだ》さんも、眞面目に坐つてゐた。其内式が始まつた。巫女《みこ》の一人が、途中から腹痛で引き返したといふので介添《かいぞへ》が其代りを勤めた。
 自分の隣に坐つてゐたお重《しげ》が「大兄さんの時より淋しいのね」と私語《さゝや》いた。其時は簫《せう》や大皷を入れて、巫女《みこ》の左右に入れ交《か》ふ姿も蝶のやうに翩々《ひら/\》と華麗《はなやか》に見えた。
 「御前の嫁に行く時は、あの時位賑かにして遣るよ」と自分はお重《しげ》に云つた。お重は笑つてゐた。
 式が濟んでみんなが控所へ歸つた時、お貞《さだ》さんは我々が立つてゐるのに、わざ/\絨氈《じゆうたん》の上に手を突いて今迄厄介になつた禮を丁寧に述べた。彼女の眼には淋《さび》しさうな涙が一杯溜つてゐた。
 新夫婦と岡田は晝の汽車で、すぐ大阪へ向けて立つた。自分は雨のプラツトフオームの上で、二三日箱根あたりで逗留《とうりう》する筈のお貞《さだ》さんを見送つた後《あと》、父や兄に別れて獨り自分の下宿へ歸つた。さうして途々自分にも當然番の廻つてくるべき結婚問題を人生に於ける不幸の謎《なぞ》の如く考へた。
 
     三十七
 
 お貞《さだ》さんが攫《さら》はれて行くやうに消えて仕舞つた後《あと》の宅《うち》は、相變らずの空氣で包まれてゐた。自分の見た所では、お貞さんが宅中《うちぢゆう》で一番の呑氣《のんき》ものらしかつた。彼女は永年世話になつた自分の家《いへ》に、朝夕《あさゆふ》箒を執つたり、洗《あら》ひ洒《そゝ》ぎをしたりして、下女だか仲働だか分らない地位に甘んじた十年の後《あと》、別に不平な顔もせず佐野と一所に雨の汽車で東京を離れて仕舞つた。彼女の腹の中《なか》も日常彼女の繰り返しつゝ慣れ拔いた仕事の如く明瞭でかつ器械的なものであつたらしい。一家|團欒《だんらん》の時季とも見るべき例の晩餐の食卓が、一時重苦しい灰色の空氣で鎖された折でさへ、お貞さん丈《だけ》は其中に坐つて、平生と何の變りもなく、給仕の盆を膝の上に載せたまゝ平氣で控へてゐた。結婚當日の少し前、兄から書齋へ呼ばれて出て來た時、彼女の顔を染めた色と、彼女の瞼《まぶた》に充ちた涙が、彼女の未來のために、何を語つてゐたか知らないが、彼女の氣質から云へば、それがために長い影響を受けようとも思へなかつた。
 お貞《さだ》さんが去ると共に冬も去つた。去つたと云ふよりも、先づ大した事件も起らずに濟んだと評する方が適當かも知れない。斑《まだ》らな雪、枯枝を搖《ゆす》ぶる風、手水鉢《てうづばち》を鎖《と》ざす氷、孰《いづ》れも例年の面影を規則正しく自分の眼に映した後《あと》、消えては去り消えては去つた。自然の寒い課程が斯う繰返されてゐる間、番町の家は凝《ぢつ》として動かずにゐた。其|家《いへ》の中《なか》にゐる人と人との關係も何うか斯うか今迄通り持ち應《こた》へた。
 自分の地位にも無論變化はなかつた。唯お重《しげ》が遊び半分時々苦情を訴へに來た。彼女は來る度に「お貞《さだ》さんは何うしてゐるでせうね」と聞いた。
 「何うしてゐるでせうつて、――お前の所へ何とも云つて來ないのか」
 「來る事は來るわ」
 聞いて見ると、結婚後のお貞《さだ》さんに就いて、彼女は自分より遙《はるか》に豐富な知識を有《も》つてゐた。
 自分は又彼女が來る度に、兄の事を聞くのを忘れなかつた。
 「兄さんは何うだい」
 「何うだいつて、貴方こそ惡いわ。家《うち》へ來ても兄さんに逢はずに歸るんだから」
 「わざ/\避けるんぢやない。行つても何時《いつ》でも留守なんだから仕方がない」
 「嘘を仰しやい。此間來た時も書齋へ這入らずに逃げた癖に」
 お重《しげ》は自分より正直な丈《だけ》に眞赤《まつか》になつた。自分はあの事件以後何うかして兄と故《もと》の通り親《した》しい關係になりたいと心では希望してゐたが、實際はそれと反對で、何だか近寄り惡《にく》い氣がするので、全くお重の云ふ如く、宅《うち》へ行つて彼に挨拶する機會があつても、成る可く會はずに歸る事が多かつた。
 お重《しげ》に遣り込められると、自分は無言の降意を表する如くにあはゝと笑つたり、わざと短い口髭を撫《な》でたり、時によると例の通り煙草に火を點《つ》けて曖昧な煙を吐いたりした。
 左右《さう》かと思ふと却《かへ》つてお重《しげ》の方から突然「大兄さんも隨分變人ね。あたし今になつて全く貴方が喧嘩して出たのも無理はないと思ふわ」などと云つた。お重から藪から棒に斯う驚かされると、自分は腹の底で自分の味方が一人|殖《ふ》えたやうな氣がして嬉しかつた。けれども表向彼女の意見に相槌《あひづち》を打つ程の稚氣《ちき》もなかつた。叱り付ける程の衒氣《げんき》もなかつた。只《たゞ》彼女が歸つた後《あと》で、忽ち今迄の考へが逆《さかさ》まになつて、兄の精神状態が周圍に及ぼす影響|抔《など》が頻りに苦になつた。段々生物から孤立して、書物の中に引き摺《ず》り込まれて行くやうに見える彼を平生よりも一倍氣の毒に思ふ事もあつた。
 
     三十八
 
 母も一二遍來た。最初來た時は大變機嫌が好かつた。隣の座敷にゐる法學士は何處へ出て何を勤めてゐるのだ抔《など》と、自分にも判然《はつきり》解らないやうな事を、左《さ》も大事らしく聞いたりした。其時彼女は宅《うち》の近况に就いて何にも語らずに、「此頃は方々で風邪が流行《はや》るから氣をお付け。お父さんも二三日前《にさんちまへ》から咽喉《のど》が痛いつて、濕布《しつぷ》をしてお出でだよ」と注意して去つた。自分は彼女の去つた後《あと》、兄夫婦の事を思ひ出す暇さへなかつた。彼等の存在を忘れた自分は、快よい風呂に入つて、旨い夕飯《ゆふめし》を食つた。
 次に訪ねて呉れた時の母の調子は、前に較べると少し變つてゐた。彼女は大阪以後、ことに自分が下宿して以後、自分の前でわざと嫂《あによめ》の批評を回避するやうな風を見せた。自分も母の前では氣が咎《とが》めるといふのか、必要のない限り、嫂《あによめ》の名を憚《はゞか》つて、成るべく口へ出さなかつた。所が此注意深い母が其折|卒然《そつぜん》と自分に向つて、「二郎、此處《こゝ》丈《だけ》の話だが、一體お直《なほ》の氣立は好いのかね惡いのかね」と聞いた。果《はた》して何か始まつたのだと心得た自分は冷《ひや》りとした。
 下宿後の自分は、兄に就いても嫂《あによめ》に就いても不謹愼な言葉を無責任に放つ勇氣は全くなかつたので、母は自分から何一つ滿足な材料を得ずして去つた。自分の方でも、何故《なぜ》彼女が此氣味の惡い質問を自分に突然と掛けたか遂に要領を得ずに母を逸した。「何か又心配になるやうな事でも出來たのですか」と聞いても、彼女は「なに別に是と云つて變つた事はないんだがね……」と答へる丈《だけ》で、後は自分の顔を打守るに過ぎなかつた。
 自分は彼女が歸つた後《あと》、しきりに此質問に拘泥《こうでい》し始めた。けれども前後の事情だの母の態度だのを綜合《そうがふ》して考へて見て、何うしても新しい事件が、わが家庭のうちに起つたとは受取れないと判斷した。
 母もあまり心配し過ぎて、とう/\嫂《あね》が解らなくなつたのだ。
 自分は最後に斯う解釋して、恐ろしい夢に捉《とら》へられたやうな氣持を抱《いだ》いた。
 お重《しげ》も來《き》、母も來る中に、嫂《あによめ》丈《だけ》は、遂に一度も自分の室《へや》の火鉢に手を翳《かざ》さなかつた。彼女がわざと遠慮して自分を尋ねない主意は、自分にも好く呑み込めてゐた。自分が番町へ行つたとき、彼女は「二郎さんの下宿は高等下宿なんですつてね。お室《へや》に立派な床《とこ》があつて、庭に好い梅が植ゑてあるつて云ふ話ぢやありませんか」と聞いた。然し「今度拜見に行きますよ」とは云はなかつた。自分も「見に入らつしやい」とは云ひかねた。尤も彼女の口に上つた梅は、何處かの畠から引つこ拔いて來て、其儘其處へ植ゑたとしか思はれない無意味なものであつた。
 嫂《あによめ》が來ないのとは異樣の意味で、又同樣の意味で、兄の顔は決して自分の室《へや》の裡《うち》に見出されなかつた。
 父も來なかつた。
 三澤は時々來た。自分はある機會を利用して、それとなく彼にお重《しげ》を貰ふ意があるかないかを探つて見た。
 「左右《さう》だね。あのお孃さんも最《も》う年頃だから、そろ/\何處かへ片付ける必要が逼《せま》つて來るだらうね。早く好い所を見付けて嬉しがらせて遣り給へ」
 彼はたゞ斯う云つた丈《だけ》で、取り合ふ氣色《けしき》もなかつた。自分は夫《それ》限《ぎり》斷念して仕舞つた。
 永いやうで短い冬は、事の起りさうで事の起らない自分の前に、時雨《しぐれ》、霜解《しもどけ》、空《から》つ風《かぜ》……と既定の日程を平凡に繰り返して、斯樣に去つたのである。
 
  塵勞
 
     一
 
 陰刻《いんこく》な冬が彼岸《ひがん》の風に吹き拂はれた時自分は寒い窖《あなぐら》から顔を出した人のやうに明るい世界を眺めた。自分の心の何處かには此明るい世界も亦今|遣《や》り過《す》ごした冬と同樣に平凡だといふ感じがあつた。けれども呼息《いき》をする度に春の匂《にほひ》が脈《みやく》の中に流れ込む快よさを忘れる程自分は老いてゐなかつた。
 自分は天氣の好い折々|室《へや》の障子を明け放つて往來を眺めた。又|廂《ひさし》の先に横《よこた》はる蒼空《あをぞら》を下から透《すか》すやうに望んだ。さうして何處か遠くへ行きたいと願つた。學校にゐた時分ならもう春休みを利用して旅へ出る支度をする筈なのだけれども、事務所へ通ふやうになつた今の自分には、そんな自由は到底《とても》望めなかつた。偶《たま》の日曜ですら寐起の惡い顔を一日下宿に持ち扱つて、散歩にさへ出ない事があつた。
 自分は半《なか》ば春を迎へながら半《なか》ば春を呪《のろ》ふ氣になつてゐた。下宿へ歸つて夕飯《ゆふめし》を濟ますと、火鉢の前へ坐つて煙草を吹かしながら茫然《ぼんやり》自分の未來を想像したりした。其未來を織る糸のうちには、自分に媚びる花やかな色が、新しく活けた佐倉炭《さくらずみ》の?《ほのほ》と共にちら/\と燃え上るのが常であつたけれども、時には一面に變色して何處迄行つても灰の樣に光澤《つや》を失つてゐた。自分は斯ういふ想像の夢から突然何かの拍子で現在の我に立ち返る事があつた。さうして此現在の自分と未來の自分とを運命が何ういふ手段で結び付けて行くだらうと考へた。
 自分が不意に下宿の下女から驚かされたのは、丁度期んな風に現實と空想の間に迷つて凝《ぢつ》と火鉢に手を翳《かざ》してゐた、或|宵《よひ》の口《くち》の出來事であつた。自分は自分の注意を己《おの》れ一人に集めてゐたといふものか、實際下女の廊下を踏んで來る足音に氣が付かなかつた。彼女が思ひ掛《がけ》なくすうと襖《ふすま》を開けた時自分は始めて偶然のやうに眼を上げて彼女と顔を見合せた。
 「風呂かい」
 自分はすぐ斯う聞いた。是より外に下女が今頃自分の室《へや》の襖《ふすま》を開ける筈がないと思つたからである。すると下女は立ちながら「いゝへ」と答へたなり黙つてゐた。自分は下女の眼元に一種の笑ひを見た。其の笑ひの中《うち》には相手を翻弄《ほんろう》し得た瞬間の愉快を女性的《によしやうてき》に貪《むさぼ》りつゝある妙な閃《ひらめき》があつた。自分は鋭く下女に向つて、「何だい、突立《つつた》つた儘」と云つた。下女はすぐ敷居際に膝を突いた。さうして「御客樣です」と稍《やゝ》眞面目に答へた。
 「三澤だらう」と自分が云つた。自分は或事で三澤の訪問を豫期してゐたのである。
 「いゝえ女の方です」
 「女の人?」
 自分は不審の眉を寄せて下女に見せた。下女は却《かへ》つて澄ましてゐた。
 「此方《こちら》へ御通し申しますか」
 「何といふ人だい」
 「知りません」
 「知りませんつて、名前を聞かないで無暗に人の室《へや》へ客を案内する奴があるかい」
 「だつて聞いても仰《おつし》やらないんですもの」
 下女は斯う云つて、又|先刻《さつき》の樣な意地の惡い笑を目元で笑つた。自分はいきなり火鉢から手を放して立ち上つた。敷居際に膝を突いてゐる下女を追ひ退《の》けるやうにして上《あが》り口《ぐち》迄出た。さうして土間の片隅にコートを着た儘《まゝ》寒さうに立つてゐた嫂《あによめ》の姿を見出した。
 
      二
 
 其日は朝から曇つてゐた。然し打ち續いた好天氣を一度に追ひ拂ふやうに寒い風が吹いた。自分は事務所から歸りがけに、外套の襟を立てゝ歩きながら道々雨になるのを氣遣つた。其雨が先刻《さつき》夕飯《ゆふめし》の膳に向ふ時分からしと/\と降り出した。
 「好く斯んな寒い晩に御出掛けでした」
 嫂《あによめ》は輕く「えゝ」と答へたぎりであつた。自分は今迄坐つてゐた蒲團の裏を返して、それを三尺の床の前に直して、「さあ此方《こつち》へ入らつしやい」と勸めた。彼女はコートの片袖をする/\と脱ぎながら「さうお客扱ひにしちや厭よ」と云つた。自分は茶器を洒《すゝ》がせる爲に電鈴《ベル》を押した手を放して、彼女の顔を見た。寒い戸外の空氣に冷えた其頬は何時《いつ》もより蒼白く自分の眸子《ひとみ》を射た。不斷から淋《さむ》しい片靨《かたゑくぼ》さへ平生《つね》とは違つた意味の淋《さむ》しさを消える瞬間にちら/\と動かした。
 「まあ好いから其處へ坐つて下さい」
 彼女は自分の云ふ通りに蒲團の上に坐つた。さうして白い指を火鉢の上に翳《かざ》した。彼女はその姿から想像される通り手爪先《てづまさき》の尋常《じんじやう》な女であつた。彼女の持つて生れた道具のうちで、初《はじめ》から自分の注意を惹《ひ》いたものは、華奢《きやしや》に出來上つた其手と足とであつた。
 「二郎さん、貴方も手を出して御あたりなさいな」
 自分は何故《なぜ》か躊躇《ちうちよ》して手を出しかねた。其時雨の音が窓の外で蕭々《せう/\》とした。晝間|吹募《ふきつの》つた西北《にしきた》の風は雨と共にばつたりと落ちたため世間は案外靜かになつてゐた。只《たゞ》時を區切《くぎ》つて樋《とひ》を叩く雨滴《あまだれ》の音|丈《だけ》がぽたり/\と響いた。嫂《あによめ》は平生《いつも》の通り落ち付いた態度で、室《へや》の中を見廻しながら「成程好い御室《おへや》ね、さうして靜だ事」と云つた。
 「夜だから好く見えるんです。晝間來て御覽なさい、隨分汚ならしい室《へや》ですよ」
 自分は少時《しばらく》嫂《あによめ》と應對してゐた。けれども今自白すると腹の中《なか》は話の調子で示される程穩かなものでは決してなかつた。自分は嫂《あによめ》が此下宿へ訪ねて來《き》ようとは其時|迄《まで》決して豫期してゐなかつたのである。空想にすら描《ゑが》いてゐなかつたのである。彼女の姿を上《あが》り口《ぐち》の土間に見出《みいだ》した時自分ははつと驚いた。さうして其驚きは喜びの驚きよりも寧ろ不安の驚きであつた。
 「何で來たのだらう。何で此寒いのにわざ/\來たのだらう。何でわざ/\晩になつて灯《ひ》が點《つ》いてから來たのだらう」
 是が彼女を見た瞬間の疑惑であつた。此疑惑に初手《しよて》からこだはつた自分の胸には、火鉢を隔てゝ彼女と相對してゐる日常の態度の中《うち》に絶えざる壓迫があつた。それが自分の談話や調子に不愉快なそら/”\しさを與へた。自分はそれを明かに自覺した。それから其|空々《そら/”\》しさがよく相手の頭に映《うつ》つてゐるといふ事も自覺した。けれども何うする譯にも行かなかつた。自分は嫂《あによめ》に「冴《さ》え返つて寒くなりましたね」と云つた。「雨の降るのに好く御出掛ですね」と云つた。「何うして今頃御出掛です」と聞いた。對話が其處迄行つても自分の胸に少しの光明を投げなかつた時、自分は硬《かた》くなつた、さうしてジヨコンダに似た怪しい微笑の前に立ち竦《すく》まざるを得なかつた。
 「二郎さんは少時《しばらく》會はないうちに、急に改まつちまつたのね」と嫂《あによめ》が云ひ出した。
 「そんな事は有りません」と自分は答へた。
 「いゝえ左右《さう》よ」と彼女が押し返した。
 
     三
 
 自分はつと立つて嫂《あによめ》の後《うしろ》へ廻つた。彼女は半間《はんげん》の床《とこ》を脊にして坐つてゐた。室《へや》が狹いので彼女の帶のあたりは殆んど杉の床柱とすれ/\であつた。自分が其間へ一足割り込んだ時、彼女は窮屈さうに體?《からだ》を前の方へ屈《かゞ》めて「何をなさるの」と聞いた。自分は片足を宙《ちう》に浮かした儘、床の奧から黒塗の重箱を取り出して、それを彼女の前へ置いた。
 「一つ何うです」
 斯う云ひながら葢《ふた》を取らうとすると、彼女は微《かす》かに苦笑を洩らした。重箱の中には白砂糖を振り懸けた牡丹餅《ぼたもち》が行儀よく並べてあつた。昨日《きのふ》が彼岸《ひがん》の中日《ちゆうにち》である事を自分は此|牡丹餅《ぼたもち》によつて始めて知つたのである。自分は嫂《あによめ》の顔を見て眞面目に「食べませんか」と尋ねた。彼女は忽ち吹き出した。
 「貴方も隨分ね、其|御萩《おはぎ》は昨日《きのふ》宅《うち》から持たせて上げたんぢやありませんか」
 自分は已《やむ》を得ず苦笑しながら一つ頬張つた。彼女は自分の爲に湯呑へ茶を注《つ》いでくれた。
 自分は此牡丹餅から彼女が今日|墓詣《はかまゐ》りのため里《さと》へ行つて其歸り掛《がけ》に此處へ寄つたのだと云ふ事を漸く確めた。
 「大變御無沙汰をしてゐますが、彼方《あちら》でも別にお變りはありませんか」
 「えゝ有り難う、別に……」
 言葉寡《ことはずくな》な彼女はたゞ簡單に斯う答へた丈《だけ》であつたが、その後へ、「御無沙汰つて云へば、貴方《あなた》番町へも隨分御無沙汰ね」と付け加へて、ことさらに自分の顔を見た。
 自分は全く番町へは遠ざかつてゐた。始めは宅《うち》の事が苦になつて一週に一度か二度行かないと氣が濟まない位だつたが、何時《いつ》か中心を離れて餘所《よそ》からそつと眺める癖を養ひ出した。さうして其眺めてゐる間少くとも事が起らずに濟んだといふ自覺が、無沙汰を無事の原因のやうに思はせてゐた。
 「何故《なぜ》元のやうにちよく/\入らつしやらないの」
 「少し仕事の方が忙《いそが》しいもんですから」
 「さう? 本當に? 左右《さう》ぢやないでせう」
 自分は嫂《あによめ》から斯う追窮されるのに堪へなかつた。其上自分には彼女の心理が解らなかつた。他《ほか》の人はどうあらうとも、嫂《あによめ》丈《だけ》は此點に於て自分を追窮する勇氣のないものと今迄固く信じてゐたからである。自分は思ひ切つて「あなたは大膽過ぎる」と云はうかと思つた。けれども疾《とう》に相手から小膽と見縊《みくび》られてゐる自分は遂に卑怯であつた。
 「本當に忙がしいのです。實は此間から少し勉強しようと思つて、そろ/\其準備に取り懸つたもんですから、つい近頃は何處へも出る氣にならないんです。僕は何時《いつ》迄《まで》斯んな事をして愚圖々々してゐたつて詰らないから、今のうち少し本でも讀んで置いて、もう少ししたら外國へでも行つて見たいと思つてるんだから」
 此答への後半は本當に自分の希望であつた。自分は何でもいゝから只《たゞ》遠くへ行きたい行きたいと願つてゐた。
 「外國つて、洋行?」と嫂《あによめ》が聞いた。
 「まあ左右《さう》です」
 「結構ね。御父さんに願つて早く遣つて御頂きなさい。妾《あたし》話して上げませうか」
 自分も無駄と知りながらそんな事を幻《まぼろし》のやうに考へてゐたのだが、彼女の言葉を聞いた時急に、「お父さんは駄目ですよ」と首を振つて見せた。彼女はしばらく黙つてゐた。やがて物憂さうな調子で「男は氣樂なものね」と云つた。
 「些《ちつ》とも氣樂ぢやありません」
 「だつて厭になれば何處へでも勝手に飛んで歩けるぢやありませんか」
 
      四
 
 自分は何時《いつ》か手を出して火鉢へあたつてゐた。その火鉢は幾分か脊《せい》を高くかつ分厚《ぶあつ》に拵へたものであつたけれども、大きさから云ふと、普通《なみ》の箱火鉢と同じ事なので二人向ひ合せに手を翳《かざ》すと、顔と顔との距離があまり近過ぎる位の位地にあつた。嫂《あによめ》は席に着いた初から寒いといつて、猫脊《ねこぜ》の人のやうに、心持胸から上を前の方に屈《こゞ》めて坐つてゐた。彼女の此姿勢のうちには女らしいといふ以外に何の非難も加へやうがなかつた。けれども其結果として自分は勢ひ後《うしろ》へ反《そ》り返る氣味で座を構へなければならなくなつた。それですら自分は彼女の富士額《ふじびたひ》を是程近く且《かつ》長く見詰めた事はなかつた。自分は彼女の蒼白い頬の色を?《ほのほ》の如く眩《まぶ》しく思つた。
 自分は斯ういふ比較的窮屈な態度の下《もと》に、彼女から突如として彼女と兄の關係が、自分が宅《うち》を出た後《あと》も唯好くない一方に進んで行く丈《だけ》であるといふ厭な事實を聞かされた。彼女は是迄|此方《こちら》から問ひ掛けなければ、決して兄の事に就いて口を開かない主義を取つてゐた。たとひ此方《こちら》から問掛けても「相變らずですわ」とか、「何心配する程の事ぢやなくつてよ」とか答へて只微笑するのが常であつた。それを丸《まる》で逆《さか》さまにして、自分の最も心苦しく思つてゐる問題の眞相を、向ふから積極的に此方《こちら》へ吐き掛けたのだから、卑怯な自分は不意に硫酸を浴《あび》せられた樣にひり/\とした。
 然し一旦《いつたん》緒《いとぐち》を見出した時、自分は出來る丈《だけ》根掘り葉掘り聞かうとした。けれども言葉の浪費を忌む彼女は、さう此方《こちら》の思ひ通りにはさせなかつた。彼女の口にする所は重に彼等夫婦間に横たはる氣不味《きまづ》さの閃電《せんでん》に過ぎなかつた。さうして氣不味《きまづ》さの近因に就《つい》ては遂に一言《ひとこと》も口にしなかつた。それを聞くと、彼女はたゞ「何故《なぜ》だか分らないのよ」といふ丈《だけ》であつた。實際彼女にはそれが分らないのかも知れなかつた。又分つてゐる癖にわざと話さないのかも知れなかつた。
 「何うせ妾《あたし》が斯んな馬鹿に生れたんだから仕方がないわ。いくら何うしたつて爲《な》るやうに爲《な》るより外に道はないんだから。さう思つて諦らめてゐれば夫《それ》迄《まで》よ」
 彼女は初めから運命なら畏《おそ》れないといふ宗教心を、自分一人で持つて生れた女らしかつた。其代り他《ひと》の運命も畏れないといふ性質《たち》にも見えた。
 「男は厭になりさへすれば二郎さん見たいに何處へでも飛んで行けるけれども、女は左右《さう》は行きませんから。妾《あたし》なんか丁度親の手で植付けられた鉢植のやうなもので一遍植ゑられたが最後、誰か來て動かして呉れない以上、とても動けやしません。凝《ぢつ》としてゐる丈《だけ》です。立枯《たちがれ》になる迄|凝《ぢつ》としてゐるより外に仕方がないんですもの」
 自分は氣の毒さうに見える此訴への裏面に、測るべからざる女性《によしやう》の強さを電氣のやうに感じた。さうして此強さが兄に對して何う働くかに思ひ及んだ時、思はずひやりとした。
 「兄さんは只《たゞ》機嫌が惡い丈《だけ》なんでせうね。外に何處も變つた所はありませんか」
 「左石《さう》ね。夫《そり》や何とも云へないわ。人間だから何時《いつ》何んな病氣に罹《かゝ》らないとも限らないから」
 彼女はやがて帶の間から小さい女持の時計を出してそれを眺めた。室《へや》が靜かなので其|葢《ふた》を締める音が意外に強く耳に鳴つた。恰も穩かな皮膚の面《おもて》に鋭い針の先が觸れたやうであつた。
 「もう歸りませう。――二郎さん御迷惑でしたらう斯んな厭な話を聞かせて。妾《あたし》今迄誰にもした事はないのよ、斯んな事。今日自分の宅《うち》へ行つてさへ默つてる位ですもの」
 上り口に待つてゐた車夫の提灯《ちやうちん》には彼女の里方《さとかた》の定紋《ぢやうもん》が付いてゐた。
 
     五
 
 其晩は靜かな雨が夜通し降つた。枕を叩くやうな雨滴《あまだれ》の音の中に、自分は何時《いつ》迄も嫂《あによめ》の幻影《まぼろし》を描《ゑが》いた。濃い眉とそれから濃《こ》い眸子《ひとみ》、それが眼に浮ぶと、蒼白い額や頬は、磁石《じしやく》に吸ひ付けられる鐵片《てつぺん》の速度で、すぐ其|周圍《まはり》に反映した。彼女の幻影《まぼろし》は何遍も打ち崩された。打ち崩される度に復同じ順序がすぐ繰返された。自分は遂に彼女の唇の色迄|鮮《あざや》かに見た。其唇の兩端《りやうはし》にあたる筋肉が聲に出ない言葉の符號《シンボル》の如く微《かす》かに顫動《せんどう》するのを見た。それから、肉眼の注意を逃《のか》れようとする微細の渦《うづ》が、靨《ゑくぼ》に寄らうか崩れようかと迷ふ姿で、間斷なく波を打つ彼女の頬をあり/\と見た。
 自分は夫《それ》位《くらゐ》活《い》きた彼女を末《それ》位《くらゐ》劇しく想像した。さうして雨滴《あまだれ》の音のぽたり/\と響く中に、取り留めもない色々な事を考へて、火照《ほて》つた頭を惱まし始めた。
 彼女と兄との關係が惡く變る以上、自分の身體《からだ》が何處に何う飛んで行かうとも、自分の心は決して安穩であり得なかつた。自分は此點に就いて彼女にもつと具體的な説明を求めたけれども、普通の女のやうに零碎《れいさい》な事實を訴への材料にしない彼女は、殆んど自分の要求を無視した樣に取り合はなかつた。自分は結果からいふと、焦慮《じら》される爲に彼女の訪問を受けたと同じ事であつた。
 彼女の言葉は凡《すべ》て影のやうに暗かつた。それでゐて、稻妻のやうに簡潔な閃《ひらめき》を自分の胸に投げ込んだ。自分は此影と稻妻とを綴り合せて、若しや兄が此間中《このあひだぢゆう》癇癖《かんぺき》の嵩《かう》じた揚句《あげく》、嫂《あによめ》に對して今迄にない手荒な事でもしたのではなからうかと考へた。打擲《ちやうちやく》といふ字は折檻《せつかん》とか虐待《ぎやくたい》とかいふ字と並べて見ると、忌はしい殘酷な響を持つてゐる。嫂《あによめ》は今の女だから兄の行爲を全く此意味に解してゐるかも知れない。自分が彼女に兄の健康状態を聞いた時、彼女は人間だから何時《いつ》何んな病氣に罹るかも知れないと冷《ひやゝ》かに云つて退《の》けた。自分が兄の精神作用に掛念《けねん》があつて此問を出したのは彼女にも通じてゐる筈である。從つて平生よりも猶《なほ》冷淡な彼女の答は、美しい己《おの》れの肉に加へられた鞭の音を、夫《をつと》の未來に反響させる復讎《ふくしう》の聲とも取れた。――自分は怖《こは》かつた。
 自分は明日《あす》にも番町へ行つて、母からでもそつと彼等二人の近況を聞かなければならないと思つた。けれども嫂《あによめ》は既に明言した。彼等夫婦關係の變化に就いては何人《なんぴと》もまだ知らない、又|何人《なんぴと》にも告げた事がないと明言した。影のやうな稻妻のやうな言葉のうちから其消息をぼんやりと燒き付けられたのは、天下に自分の胸がたつた一つある許《ばかり》であつた。
 何故《なぜ》あれ程言葉の寡《すく》ない嫂《あによめ》が自分に丈《だけ》それを話し出したのだらうか。彼女は平生から落付いてゐる。今夜も平生の通り落付いてゐた。彼女は昂奮の極《きよく》訴へる所がないので、わざ/\自分を訪うたものとは思へなかつた。だいち訴へといふ言葉からしてが彼女の態度には不似合であつた。結果から云へば、自分は先刻《さつき》云つた通り寧ろ彼女から焦慮《じら》されたのであるから。
 彼女は火鉢にあたる自分の顔を見て、「何故《なぜ》さう堅苦しくして居らつしやるの」と聞いた。自分が「別段堅苦しくはしてゐません」と答へた時、彼女は「だつて反《そ》つ繰《く》り返《かへ》つてるぢやありませんか」と笑つた。其時の彼女の態度は、細い人指《ひとさし》ゆびで火鉢の向側から自分の頻《ほつ》ぺたでも突つつきさうに狎《な》れ/\しかつた。彼女は又自分の名を呼んで、「吃驚《びつくり》したでせう」と云つた。突然雨の降る寒い晩に來て、自分を驚かして遣つたのが、左《さ》も愉快な惡戯《いたづら》でゞもあるかの如くに云つた。……
 自分の想像と記憶は、ぽたり/\と垂れる雨滴《あまだれ》の拍子のうちに、夫《それ》からそれからと留度もなく深更|迄《まで》廻轉した。
 
     六
 
 夫《それ》から三四日《さんよつか》の間《あひだ》といふもの自分の頭は絶えず嫂《あによめ》の幽靈に追ひ廻された。事務所の机の前に立つて肝心の圖を引く時ですら、自分は此|祟《たゝり》を拂ひ退《の》ける手段を知らなかつた。或日には始終他人の手を借りて仕事を運んで行く樣な齒掻ゆい思さへ加はつた。斯うして自分で自分を離れた氣分を持ちながら、上部《うはべ》丈《だけ》を人並に遣つて行くのに傍《はた》の者は何故《なぜ》不審がらないのだらうと疑ぐつて見たりした。自分は餘程前から事務所ではもう快活な男として通用しない樣になつてゐた。ことに近來は口數さへ碌《ろく》に利かなかつた。それで此|三四日間《さんよつかかん》に起つた變化も亦|他《ひと》の注意に上《のぼ》らずに濟んでゐるのだらうと考へた。さうして自己と周圍と全く遮斷《しやだん》された人の淋《さび》しさを獨り感じた。
 自分は此の間《あひだ》に一人の嫂《あによめ》を色々に視た。――彼女は男子さへ超越する事の出來ないあるものを嫁に來た其日から既に超越してゐた。或は彼女には始めから超越すべき牆《かき》も壁もなかつた。始めから囚《とら》はれない自由な女であつた。彼女の今迄の行動は何物にも拘泥しない天眞の發現に過ぎなかつた。
 或時は又彼女が凡《すべ》てを胸のうちに疊み込んで、容易に己を露出しない所謂《いはゆる》しつかりものゝ如く自分の眼に映じた。さうした意味から見ると、彼女は有り觸れたしつかりものゝ域《ゐき》を遙《はるか》に通り越してゐた。あの落付、あの品位、あの寡黙、誰が評しても彼女はしつかりし過ぎたものに違ひなかつた。驚くべく圖々《づう/\》しいものでもあつた。
 或|刹那《せつな》には彼女は忍耐の權化《ごんげ》の如く、自分の前に立つた。さうして其忍耐には苦痛の痕迹《こんせき》さへ認められない氣高《けだか》さが潜んでゐた。彼女は眉をひそめる代りに微笑した。泣き伏す代りに端然《たんぜん》と坐つた。恰も其坐つてゐる席の下からわが足の腐れるのを待つかの如くに。要するに彼女の忍耐は、忍耐といふ意味を通り越して、殆んど彼女の自然に近い或物であつた。
 一人の嫂《あによめ》が自分には斯う色々に見えた。事務所の机の前、晝餐《ひるめし》の卓《たく》の上、歸り途の電車の中、下宿の火鉢の周圍《まはり》、さま/”\の所でさま/”\に變つて見えた。自分は他《ひと》の知らない苦しみを他《ひと》に言はずに苦しんだ。其間思ひ切つて番町へ出掛けて行つて、大體の樣子を探るのがともかくも順序だとは?《しば/\》胸に浮かんだ。けれども卑怯な自分はそれを敢てする勇氣を有《も》たなかつた。眼の前に怖い物のあるのを知りながら、わざと見ない爲に瞼《まぶた》を閉ぢてゐた。
 すると五日目の土曜の午後に突然父から事務所の電話口迄呼び出された。
 「御前は二郎かい」
 「さうです」
 「明日《あす》の朝一寸行くが好いかい」
 「へえ」
 「差支があるかい」
 「いえ別に……」
 「ぢや待つてゝ呉れ、好いだらうね。左樣なら」
 父はそれで電話を切つて仕舞つた。自分は少からず狼狽《らうばい》した。何の用事であるかをさへ確める餘裕を有《も》たなかつた自分は、電話口を離れてから後悔した。もし用事があるなら呼び付けられさうなものだのにとすぐ變に思つても見た。父が向ふから來るといふ違例な事が、此間の嫂《あによめ》の訪問に何か關係がある樣な氣がして、自分の胸は一層不安になつた。
 下宿に歸つたら、大阪の岡田から來た一枚の繪端書が机の上に載《の》せてあつた。それは彼等夫婦が佐野とお貞《さだ》さんを誘つて、樂しい半日を郊外に暮らした記念であつた。自分は机に向つて長い間其繪端書を見詰めてゐた。
 
     七
 
 日曜には思ひ切つて寐坊をする癖のついてゐた自分も、次の朝|丈《だけ》は割合に早く起きた。飯を濟まして新聞を讀むと、其新聞が汽車を待ち合せる間に買つて、せはしなく眼を通す時のやうに、何の見る所もない程、詰らなく感ぜられた。自分はすぐ新聞を棄てた。然し五六分|經《た》たないうちに又それを取り上げた。自分は煙草を吸つたり、眼鏡の曇を丁寧に拭《ぬぐ》つたり、色々な所作をして、父の來るのを待ち受けた。
 父は容易に來なかつた。自分は父の早起をよく承知してゐた。彼の性急《せつかち》にも子供のうちから善く馴らされてゐた。落ち付かない自分は、電話でも掛けて、何うしたのか此方《こつち》から父の都合を聞いて見ようかと思つた。
 母に狎《な》れ拔いた自分は、常から父を憚《はゞか》つてゐた。けれども、本當の底を割つて見ると、柔和《やさ》しい母の方が、苛酷《きび》しい父よりは却つて怖かつた。自分は父に怒られたり小言を云はれたりする時に、恐縮はしながらも、矢つ張り男は男だと腹の中《なか》で思ふ事が度々あつた。けれども此場合は何時《いつ》もと違つてゐた。いくら父でもさう容易《たやす》く高を括《くゝ》る譯に行かなかつた。電話を掛けようとした自分は又掛け得ずに仕舞つた。
 父はとう/\十時頃になつて遣つて來た。羽織袴で少し極り過ぎた服裝《なり》はしてゐたが、顔付は存外|穩《おだや》かであつた。小さい時から彼の手元で育つた自分は、事のあるかないかを彼の顔色からすぐ判斷する功を積んでゐた。
 「もつと早く御出《おいで》だらうと思つて先刻《さつき》から待つてゐました」
 「大方《おほかた》床の中で待つてたんだらう。早いのはいくら早くつても驚かないが、御前に氣の毒だからわざと遲く出掛けたのさ」
 父は自分の汲んで出した茶を、飲むやうに甞《な》めるやうに、口の所へ持つて行つて、室《へや》の中《なか》をぢろ/\見廻した。室《へや》には机と本箱と火鉢がある丈《だけ》であつた。
 「好い室だね」
 父は自分達に對してもよく斯んな愛嬌を云ふ男であつた。彼が長年社交のために用ひ慣れた言葉は、遠慮のない家庭に迄、何時《いつ》か這入り込んで來た。それ程枯れた御世辭だから、それが自分には他《ひと》の「御早う」位にしか響かなかつた。
 彼は三尺の床を覗いて其處に掛けた幅物を眺め出した。
 「丁度好いね」
 其軸は特に此處の床の間を飾るために自分が父から借りて來た小形の半切《はんせつ》であつた。彼が「是なら持つて行つても好い」と投げ出して呉れた丈《だけ》あつて、自分には丁度好くも何ともない變なものであつた。自分は苦笑してそれを眺めてゐた。
 其處には薄墨で棒が一本|筋違《すぢかひ》に書いてあつた。其上に「此棒ひとり動かず、さはれば動く」と賛《さん》がしてあつた。要するに繪とも字とも片《かた》のつかない詰らないものであつた。
 「御前は笑ふがね。是でも澁いものだよ。立派な茶懸《ちやがけ》になるんだから」
 「誰でしたつけね書き手は」
 「それは分らないが、何《いづ》れ大コ寺か何か……」
 「さう/\」
 父はそれで懸物の講釋を切り上げようとはしなかつた。大コ寺がどうの、黄檗《わうばく》がどうのと、自分には丸《まる》で興味のない事を説明して聞かせた。仕舞に「此棒の意味が解るか」抔《など》と云つて自分を惱ませた。
 
     八
 
 其日自分は父に伴《つ》れられて上野の表慶館を見た。今迄彼に隨《つ》いてさういふ所へ行つた事は幾度となくあつたが、まさかその爲に彼がわざ/\下宿へ誘ひに來《き》ようとは思へなかつた。自分は父と共に下宿の門《かど》を出て上野へ向ふ途々も、今に彼の口から何か本當の用事が出るに違ないと豫期してゐた。然しそれを此方《こつち》から聞く勇氣はとても起らなかつた。兄の名も嫂《あによめ》の名も彼の前には封じられた言葉の如く、自分の聲帶を固く括《くゝ》り付けた。
 表慶館で彼は利休の手紙の前へ立つて、何々せしめ候《そろ》……かね、といつた風に、解らない字を無理にぽつ/\讀んで居た。御物《ごもつ》の王羲之《わうぎし》の書を見た時、彼は「ふうん成程」と感心してゐた。其書が又自分には至つて詰まらなく見えるので、「大いに人意を強うするに足るものだ」と云つたら、「何故《なぜ》」と彼は反問した。
 二人は二階の廣間へ入《はい》つた。すると其處に應擧《おうきよ》の繪がずらりと十幅ばかり懸けてあつた。それが不思議にも續きもので、右の端《はじ》の巖の上に立つてゐる三羽の鶴と、左の隅に翼をひろげて飛んでゐる一羽の外は、距離にしたら約二三間の間《あひだ》悉《こと/”\》く波で埋《うま》つてゐた。
 「唐紙《からかみ》に貼つてあつたのを、剥がして懸物にしたのだね」
 一幅毎に殘つてゐる開閉《あけたて》の手摺《てずれ》の痕《あと》と、引手《ひきて》の取れた部分の白い型を、父は自分に指し示した。自分は廣間の眞中に立つて此雄大な畫《ゑ》を描《か》いた昔の日本人を尊敬する事を、父の御蔭で漸く知つた。
 二階から下りた時、父は玉《ぎよく》だの高麗燒《かうらいやき》だのの講釋をした。柿右衛門《かきゑもん》と云ふ名前も聞かされた。一番下らないのはのんかうの茶碗であつた。疲れた二人は遂に表慶館を出た。館の前を掩《おほ》ふやうに聳えてゐる蒼黒い一本の松の木を右に見て、綺麗な小路《こみち》をのそ/\歩いた。それでも肝心の用事に就いて、父は一言《ひとこと》も云はなかつた。
 「もうぢき花が咲くね」
 「咲きますね」
 二人は又のそ/\東照宮の前迄來た。
 「精養軒で飯でも食ふか」
 時計はもう一時半であつた。小さい時分から父に伴《つ》れられて外出《そとで》する度に、屹度《きつと》何處かで物を食ふ癖の付いた自分は、成人の後《のち》も御供と御馳走を引き離しては考へてゐなかつた。けれども其日は何故《なぜ》だか早く父に別れたかつた。
 行き掛けに氣の付かなかつた其精養軒の入口は、五色の旗で隙間なく飾られた綱を、何時《いつ》の間《ま》にか縱横に渡して、絹帽《シルクハツト》の客を華やかに迎へてゐた。
 「何かあるんですよ今日は。大方貸し切りなんでせう」
 「成程」
 父は立ち留つて木《こ》の間《ま》にちら/\する旗の色を眺めてゐたが、やがて氣の付いた風で、「今日は二十三日だつたね」と聞いた。其日は二十三日であつた。さうしてKといふ兄の知人の結婚披露の當日であつた。
 「つい忘れてゐた。一週間ばかり前に招待状が來てゐたつけ。一郎と直《なほ》と二人の名宛《なあて》で」
 「Kさんはまだ結婚しなかつたのですかね」
 「さうさ。善く知らないが、まさか二度目ぢやなからうよ」
 二人は山を下りてとう/\其左側にある洋食屋に這入つた。
 「此處は往來がよく見える。ことに寄ると一郎が、絹帽《シルクハツト》を被つて通るかも知れないよ」
 「嫂《ねえ》さんも一所なんですか」
 「さあ。何うかね」
 二階の窓際近くに席を占めた自分達は、花で飾られた低い瓶《※[ワに濁点]ーズ》を前に、廣々した三橋《みはし》の通りを見下した。
 
     九
 
 食事中父は機嫌よく話した。然し用談らしい改まつたものは、珈琲《コーヒー》を飲む迄遂に彼の口に上《のぼ》らなかつた。表へ出た時、彼は始めて氣の付いたらしい顔をして、向ふ側の白い大きな建物を眺めた。
 「やあ何時《いつ》の間《ま》にか勸工場《くわんこうば》が活動に變化してゐるね。些《ちつ》とも知らなかつた。何時《いつ》變つたんだらう」
 白い洋館の正面に金字で書いてある看板の周圍は、無數の旗の影で安價に彩《いろど》られてゐた。自分は職業柄、左《さ》も仰山らしく東京の眞中に立つてゐる此粗末な建築を、情ない眼付で見た。
 「何うも驚くね世の中の早く變るには。さう思ふと己《おれ》なぞも何時《いつ》死ぬか分らない」
 好い日曜なのと時刻が時刻なので、往來は今が人の出盛りであつた。華やかな色と、陽氣な肉と、浮いた足並の簇《むら》がるなかで斯う云つた父の言葉は、妙に周圍と調和を缺いてゐた。
 自分は番町と下宿と方角の岐《わか》れる所で、父に別れようとした。
 「用があるのかい」
 「えゝ少し……」
 「まあ好いから宅《うち》迄《まで》御出《おいで》」
 自分は帽子の鍔《つば》へ手を懸けた儘《まゝ》躊躇した。
 「いゝから御出《おいで》よ。自分の宅《うち》ぢやないか。偶《たま》には來るものだ」
 自分は極りの惡い顔をして父の後《あと》に隨がつた。父はすぐ後《うしろ》を振り向いた。
 「宅《うち》ぢや近頃御前が來ないので、みんな不思議がつてるんだぜ。二郎は何うしたんだらうつて。遠慮が無沙汰といふが、御前のは無遠慮が無沙汰になるんだから猶《なほ》惡い」
 「さう云ふ譯でもありませんが。……」
 「何しろ來るが好い。言譯は宅《うち》へ行つて、御母さんにたんとするさ。己《おれ》はたゞ引つ張つて行く役なんだから」
 父はずん/\歩いた。自分は腹の中《なか》で恰《あたか》も丁年未滿の若者のやうな自分の態度を苦笑しながら、默つて父と歩調を共にした。其日は此間とは打つて變つて、青春の第一日ともいふべき暖かい光を、南へ廻つた太陽が自分達の上へ投げかけてゐた。獺《かはうそ》の襟を付けた重いとんびを纒つた父も、少し厚手の外套を着た自分も、先刻《さつき》からの運動で、少し温氣《うんき》に蒸される氣味であつた。其春の半日を自分は父の御蔭で、珍らしく方々引つ張り廻された。此老いた父と、斯う肩を並べて歩いた例《ためし》は近頃|頓《とん》となかつた。此老いた父と是から先もう何度斯うして歩けるものか夫《それ》も分らなかつた。
 自分は鈍い不安のうちに、微《かす》かな嬉しさと、其嬉しさに伴《ともな》ふ一種の果敢《はか》なさとを感じた。さうして不意に自分の胸を襲つた此感傷的な氣分に、成るべく己《おの》れを任せるやうな心持で足を運ばせた。
 「御母さんは驚いてゐるよ。御彼岸《おひがん》に御萩《おはぎ》を持たせて遣つても、返事も寄こさなければ、重箱を返しもしないつて。一寸でも好いから來ればいゝのさ。來られない譯が急に出來た譯でもあるまいし」
 自分は何とも返事をしなかつた。
 「今日は久し振りに御前を伴れて行つて皆《みん》なに會はせようと思つて。――御前一郎に近頃會つた事はあるまい」
 「えゝ實は下宿をする時挨拶をした限《ぎり》です」
 「それ見ろ。所が今日は生僧《あいにく》一郎が留守だがね。御父さんが上野の披露會の事を忘れてゐたのが惡かつたけれども」
 自分は父に伴《つ》れられて、とう/\番町の門を潜《くゞ》つた。
 
     十
 
 座敷に這入つた時、母は自分の顔を見て、「おや珍らしいね」と云つた丈《だけ》であつた。自分は殆ど權柄《けんぺい》づくで此處へ引つ張られて來ながらも、途々父の情《なさけ》を難有《ありがた》く感じてゐた。さうして暗に家に歸つてから母に會ふ瞬間の光景を豫想してゐた。その豫想が此|一言《いちごん》で打ち崩されたのは案外であつた。父は家内の誰にも打ち合せをせずに、全く自分一人の考へで、此不心得な息子に親切を盡して呉れたのである。お重《しげ》は逃げた飼犬を見るやうな眼付で自分を見た。「そら迷子《まひご》が歸つて來た」と云つた。嫂《あによめ》はたゞ「入らつしゃい」と平生の通り言葉寡《ことばずくな》な挨拶をした。此間の晩一人で尋ねて來た事は、丸《まる》で忘れて仕舞つたといふ風に見えた。自分も人前を憚《はゞか》つて一口もそれに觸れなかつた。比較的陽氣なのは父であつた。彼は多少の諧謔《かいぎやく》と誇張とを交ぜて、今日何うして自分をおびき出したかを得意らしく母やお重に話した。おびき出すといふ彼の言葉が自分には仰山でかつ滑稽に聞えた。
 「春になつたから、皆《みん》なもちつと陽氣にしなくつちや不可《いけ》ない。此頃のやうに默つて許《ばかり》ゐちや、丸《まる》で幽靈屋敷のやうで、くさ/\する丈《だけ》だあね。桐畠《きりばたけ》でさへ立派な家《うち》が建つ時節ぢやないか」
 桐畠といふのは家《うち》のつい近所にある角地面《かどぢめん》の名であつた。其處へ住まふと何か祟《たゝり》があるといふ昔からの言ひ傳へで、此間迄|空地《あきち》になつてゐたのを、此頃になつて漸く或る人が買ひ取つて、大きな普請《ふしん》を始めたのである。父は自分の家が第二の桐畠になるのを恐れでもするやうに、活々《いき/\》と傍《そば》のものに話し掛けた。平生彼の居馴染《ゐなじ》んだ室《へや》は、奧の二間《ふたま》續きで、何か用があると、母でも兄でも、其處へ呼び出されるのが例になつてゐたが、其日はいつもと違つて、彼は初めから居間へは這入らなかつた。たゞ袴と羽織を脱ぎ棄てたなり、其處へ坐つた儘、長く自分達を相手に喋舌《しやべ》つてゐた。
 久しく住み馴れた自分の家も、斯うして偶《たま》に來て見ると、多少忘れ物でも思ひ出すやうな趣《おもむき》があつた。出る時はまだ寒かつた。座敷の硝子戸《ガラスど》は大抵二重に鎖《とざ》されて、庭の苔を殘酷に地面から引き剥《はが》す霜が一面に降つてゐた。今は其外側の仕切《しきり》が悉《こと/”\》く戸袋の中《うち》に収《をさ》められて仕舞つた。内側も左右に開かれてゐた。許す限り家の中と大空と續くやうにしてあつた。樹も苔も石も自然から直接に眼の中へ飛び込んで來た。凡《すべ》てが出る時と趣《おもむき》を異《こと》にしてゐた。凡《すベ》てが下宿とも趣《おもむき》を異《こと》にしてゐた。
 自分は斯ういふ過去の記念のなかに坐つて、久し振に父母《ふぼ》や妹や嫂《あによめ》と一所に話をした。家族のうちで其處にゐないものは唯《たゞ》兄|丈《だけ》であつた。其の兄の名は先刻《さつき》からまだ一度も誰の會話にも上《のぼ》らなかつた。自分は其日彼がKさんの披露會に呼ばれたといふ事を聞いた。自分は彼が其招待に應じたか、上野へ出掛けたか、果して留守であるかさへ知らなかつた。自分は自分の前にゐる嫂《あによめ》を見て、彼女が披露の席に臨まないといふ事|丈《だけ》を確めた。
 自分は兄の名が話頭に上《のぼ》らないのを苦にした。同時に彼の名が出て來るのを憚《はゞか》つた。さうした心持でみんなの顔を見ると、無邪氣な顔は一つもないやうに思へた。
 自分はしばらくしてお重《しげ》に「お重お前の室《へや》を一寸御見せ。綺麗になつたつて威張つてたから見てやらう」と云つた。彼女は「當り前よ、威張る丈《だけ》の事はあるんだから行つて御覽なさい」と答へた。自分は下宿をする迄|朝夕《てうせき》寐起きをした、家中《うちぢゆう》で一番馴染の深い、故《もと》のわが室《へや》を覗きに立つた。お重は果して後《あと》から隨《つ》いて來た。
 
     十一
 
 彼女の室《へや》は自慢する程綺麗にはなつてゐなかつたけれども、自分の住み荒した昔に比べると、何處かになまめいた匂ひが漂よつてゐた。自分は机の前に敷いてある派出《はで》な模樣の座蒲團の上に胡坐《あぐら》をかいて、「成程」と云ひながら其處いらを見廻した。
 机の上には和製のマジヨリカ皿があつた。薔薇の造り花がセゼツシヨン式の一輪瓶《いちりんざし》に挿してあつた。白い大きな百合を刺?《ぬひ》にした壁飾りが横手に懸けてあつた。
 「ハイカラぢやないか」
 「ハイカラよ」
 お重《しげ》の澄ました顔には得意の色が見えた。
 自分はしばらく其處でお重《しげ》に調戯《からか》つてゐた。五六分してから彼女に「近頃兄さんは何うだい」と左《さ》も偶然らしく問ひ掛けて見た。すると彼女は急に聲を潜めて、「そりや變なのよ」と答へた。彼女の性質は嫂《あによめ》とは全く反對なので、斯う云ふ場合には大變都合が好かつた。一旦《いつたん》緒口《いとぐち》さへ見出せば、あとは此方《こつち》で水を向ける必要も何もなかつた。隱す事を知らない彼女は腹にある事を悉《こと/”\》く話した。默つて聞いてゐた自分にも仕舞には蒼蠅《うるさ》い程であつた。
 「つまり兄さんが家《うち》のものとあんまり口を利かないと云ふんだらう」
 「えゝ左右《さう》よ」
 「ぢや僕の家《うち》を出た時と同じ事ぢやないか」
 「まあ左右《さう》よ」
 自分は失望した。考へながら、煙草の灰をマジヨリカ皿の中へ遠慮なくはたき落した。お重《しげ》は厭な顔をした。
 「それペン皿よ。灰皿ぢやないわよ」
 自分は嫂《あによめ》程に頭の出來てゐないお重《しげ》から、何も得る所のないのを覺《さと》つて、又父や母のゐる座敷へ歸らうとした時、突然妙な話を彼女から聞いた。
 その話によると、兄は此頃テレパシーか何かを眞面目に研究してゐるらしかつた。彼はお重《しげ》を書齋の外に立たして置いて、自分で自分の腕を抓《つね》つた後《あと》「お重、今兄さんは此處を抓《つね》つたが、お前の腕も其處が痛かつたらう」と尋ねたり、又は室《へや》の中で茶碗の茶を自分一人で飲んで置きながら、「お重お前の咽喉《のど》は今何か飲む時のやうにぐび/\鳴りやしないか」と聞いたりしたさうである。
 「妾《あたし》説明を聞く迄は、きつと氣が變になつたんだと思つて吃驚《びつく》りしたわ。兄さんは後で佛蘭西《フランス》の何とかいふ人の遣つた實驗だつて教へて呉れたのよ。さうしてお前は感受性が鈍いから罹《かゝ》らないんだつて云ふのよ。妾《あたし》嬉しかつたわ」
 「何故《なぜ》」
 「だつてそんなものに罹《かゝ》るのはコレラに罹《かゝ》るより厭だわ妾《あたし》」
 「そんなに厭かい」
 「極まつてるぢやありませんか。だけど、氣味が惡いわね、いくら學問だつてそんな事をしちや」
 自分も可笑《をか》しいうちに何だか氣味の惡い心持がした。座敷へ歸つて來ると、嫂《あによめ》の姿はもう其處に見えなかつた。父と母は差し向ひになつて小さな聲で何か話し合つてゐた。其樣子が今しがた自分一人で家中を陽氣にした賑やかな人の樣子とも見えなかつた。「あゝ育てる積《つもり》ぢやなかつたんだがね」といふ聲が聞えた。
 「あれぢや困りますよ」といふ聲も聞えた。
 
     十二
 
 自分は其席で父と母から兄に關する近況の一般を聞いた。彼等の擧げた事實は、お重《しげ》を通して得た自分の知識に裏書をする以外、別に新しい何物をも付け加へなかつたけれども、其樣子といひ言葉といひ、如何にも兄の存在を苦にしてゐるらしく見えて、甚だ痛々しかつた。彼等(ことに母)は兄一人のために宅中《うちぢゆう》の空氣が濕《しめ》つぼくなるのを辛《つら》いと云つた。尋常の父母以上にわが子を愛して來たといふ自信が、彼等の不平を一層濃く染めつけた。彼等はわが子から是程不愉快にされる因縁がないと暗に主張してゐるらしく思はれた。從つて自分が彼等の前に坐つてゐる間《あひだ》、彼等は兄を云々する外、何人《なんぴと》の上にも非難を加へなかつた。平生から兄に對する嫂《あによめ》の仕打に飽き足らない顔を見せてゐた母でさへ、此時は彼女について終《つひ》に一口も訴へがましい言葉を洩らさなかつた。
 彼等の不平のうちには、同情から出る心配も多量に籠つてゐた。彼等は兄の健康について少からぬ掛念《けねん》を有《も》つてゐた。其健康に多少支配されなければならない彼の精神状態にも冷淡ではあり得なかつた。要するに兄の未來は彼等にとつて、恐ろしいX《エツキス》であつた。
 「どうしたものだらう」
 是が相談の時必ず繰り返されべき言葉であつた。實を云へば、一人々々離れてゐる折ですら、胸の中《うち》でぼんやり繰り返して見るべき二人の言葉であつた。
 「變人《へんじん》なんだから、今迄もよく斯んな事があつたには有つたんだが、變人|丈《だけ》にすぐ癒つたもんだがね。不思議だよ今度《こんだ》は」
 兄の機嫌買を子供のうちから知り拔いてゐる彼等にも、近頃の兄は不思議だつたのである。陰欝な彼の調子は、自分が下宿する前後から今日《こんにち》迄少しの晴間なく續いたのである。さうして夫《それ》が段々險惡の一方に向つて眞直に進んで行くのである。
 「本當に困つちまふよ妾《わたし》だつて。腹も立つが氣の毒でもあるしね」
 母は訴へるやうに自分を見た。
 自分は父や母と相談の揚句、兄に旅行でも勸めて見る事にした。彼等が自分達の手際では到底《とても》駄目だからといふので、自分は兄と一番親密なHさんにそれを頼むが好からうと發議《ほつぎ》して二人の賛成を得た。然し其頼み役には是非共自分が立たなければ濟まなかつた。春休みにはまだ一週間あつた。けれども學校の講義はもうそろ/\仕舞になる日取であつた。頼んで見るとすれば、早くしなければ都合が惡かつた。
 「ぢや二三日《にさんち》うちに三澤の所へ行つて三澤からでも話して貰ふか又樣子によつたら僕がぢかに行つて話すか、何方《どつち》かにしませう」
 Hさんとそれ程懇意でない自分は、何うしても途中に三澤を置く必要があつた。三澤は在學中Hさんを保證人にしてゐた。學校を出てからも殆んど家族の一人の如く始終其處へ出入《でいり》してゐた。
 歸りがけに挨拶をしようと思つて、一寸|嫂《あによめ》の室《へや》を覗いたら、嫂《あによめ》は芳江《よしえ》を前に置いて裸人形に美しい着物を着せて遣つてゐた。
 「芳江《よしえ》大變大きくなつたね」
 自分は芳江《よしえ》の頭へ立ちながら手を掛けた。芳江はしばらく顔を見なかつた叔父に突然|綾《あや》されたので、少しはにかんだ樣に唇を曲げて笑つてゐた。門を出る時は彼是《かれこれ》五時に近かつたが、兄はまだ上野から歸らなかつた。父は久し振りだから飯《めし》でも食つて彼に會つて行けと云つたが、自分はとう/\それ迄腰を据ゑてゐられなかつた。
 
     十三
 
 翌日《あくるひ》自分は事務所の歸りがけに三澤を尋ねた。丁度髪を刈りに今しがた出掛けた所だといふので、自分は遠慮なく上り込んで彼を待つ事にした。
 「此|兩三日《りやうさんにち》は減切《めつきり》お暖かになりました。もうそろ/\花も咲くで御座いませう」
 主人の歸る間座敷へ出た彼の母は、何時《いつ》もの通り丁寧な言葉で自分に話し掛けた。
 彼の室《へや》は例の如く繪だのスケツチだので鼻を突きさうであつた。中には額縁も何《な》にもない裸の儘を、ピンで壁の上へぢかに貼り付けたのもあつた。
 「何だか存じませんが、好だもので御座いますから、無暗と貼散《はりち》らかしまして」と彼の母は辨解がましく云つた。自分は横手の本棚の上に、丸い壺と並べて置いてあつた一枚の油繪に眼を着けた。
 それには女の首が描《か》いてあつた。其女は黒い大きな眼を有《も》つてゐた。さうしてその黒い眼の柔かに濕《うるほ》つたぼんやりしさ加減が、夢の樣な匂を畫幅全體に漂はしてゐた。自分は凝《ぢつ》とそれを眺めてゐた。彼の母は苦笑して自分を顧みた。
 「あれも此間いたづらに描《か》きましたので」
 三澤は畫《ゑ》の上手な男であつた。職業柄自分も繪の具を使ふ道位は心得てゐたが、藝術的の素質を饒《ゆた》かに有《も》つてゐる點に於いて、自分は到底彼の敵ではなかつた。自分は此繪を見ると共に可憐なオフヒリヤを連想した。
 「面白いです」と云つた。
 「寫眞を臺にして描《か》いたんだから氣分が能く出ない、いつそ生きてるうちに描《か》かして貰へば好かつたなんて申して居りました。不幸な方で、二三年前に亡くなりました。折角御世話をして上げた御嫁入先も不縁でね、あなた」
 油繪のモデルは三澤の所謂|出戻《でもど》りの御孃さんであつた。彼の母は自分の聞かない先きに、彼女に就いて色々と語つた。けれども女と三澤との關係は一言《ひとこと》も口にしなかつた。女の精神病に罹つた事にも丸で觸れなかつた。自分も夫《それ》を聞く氣は起らなかつた。却つて話頭を此方《こつち》で切り上げるやうにした。
 問題は彼女を離れるとすぐ三澤の結婚談に移つて行つた。彼の母は嬉しさうであつた。
 「あれも色々御心配を掛けましたが、今度漸く極まりまして……」
 此間三澤から受取つた手紙に、少し一身上《いつしんじやう》の事に就て、君に話があるから其内是非行くと書いてあつたのが、此話でやつと悟れた。自分は彼の母に對して、たゞ人並の祝意を表して置いたが、心のうちでは其嫁になる人は、果して此油繪に描《か》いてある女のやうに、黒い大きな滴るほどに潤《うるほ》つた眼を有《も》つてゐるだらうか、それが何より先に確めて見たかつた。
 三澤は思つた程早く歸らなかつた。彼の母は大方歸りがけに湯にでも行つたのだらうと云つて、何なら見せに遣らうかと聞いたが、自分はそれを斷つた。然し彼女に對する自分の話は、氣の毒な程|實《み》が入らなかつた。
 三澤に何うだらうと云つた自分の妹《いもと》のお重《しげ》は、まだ何處へ行くとも極らずに愚圖々々してゐる。さういふ自分もお重と同じ事である。折角身の堅まつた兄と嫂《あによめ》は折り合はずにゐる。――斯んな事を對照して考へると、自分は何うしても快活になれなかつた。
 
     十四
 
 其内三澤が歸つて來た。近頃は身體の具合が好いと見えて、髪を刈つて湯に入《はい》つた後の彼の血色は、殊につや/\しかつた。健康と幸福、自分の前に胡坐《あぐら》をかいた彼の顔はたしかに此二つのものを物語つてゐた。彼の言語態度も亦それに匹敵して陽氣であつた。自分の持つて來た不愉快な話を、突然と切り出すには餘りに快活すぎた。
 「君何うかしたか」
 彼の母が席を立つて二人差向ひになつた時、彼は斯う問ひ掛けた。自分は澁りながら、兄の近況を彼に訴へなければならなかつた。其兄を勸めて旅行させるやうに、彼からHさんに頼んで呉れと云はなければならなかつた。
 「父や母が心配するのを只黙つて見てゐるのも氣の毒だから」
 此最後の言葉を聞く迄、彼は尤もらしく腕組をして自分の膝頭を眺めてゐた。
 「ぢや君と一所に行かうぢやないか。一所の方が僕一人より好からう、精《くは》しい話が出來て」
 三澤にそれ丈《だけ》の好意があれば、自分に取つても、それに越した都合はなかつた。彼は着物を着換ると云つてすぐ座を起《た》つたが、しばらくすると又|襖《ふすま》の陰《かげ》から顔を出して、「君、母が久し振りだから君に飯を食はせたいつて今支度をしてゐる所なんだがね」と云つた。自分は落ち付いて馳走を受ける氣分を有《も》つてゐなかつた。然しそれを斷つたにした所で、飯は何處かで食はなければならなかつた。自分は曖昧な返事をして、早く立ちたいやうな氣のする尻を元の席に据ゑてゐた。さうして本棚の上に載せてある女の首をちよい/\眺めた。
 「どうも何にも御座いませんのに、御引留め申しまして嘸《さぞ》御迷惑で御座いましたらう。ほんの有合せで」
 三澤の母は召使に膳を運ばせながら又座敷へ顔を出した。膳の端《はし》には古さうに見える九谷燒の猪口《ちよく》が載せてあつた。
 それでも三澤と一所に出たのは思つたより早かつた。電車を降りて五六丁歩るいて、Hさんの應接間に通つた時、時計を見たらまだ八時であつた。
 Hさんは銘仙の着物に白い縮緬《ちりめん》の兵兒帶《へこおび》をぐる/\卷き付けた儘、椅子の上に胡坐《あぐら》をかいて、「珍らしいお客さんを連れて來たね」と三澤に云つた。丸い顔と丸い五分刈の頭を有《も》つた彼は、支那人のやうにでく/\肥つてゐた。話振も支那人が慣れない日本語を操《あや》つる時のやうに、鈍《のろ》かつた。さうして口を開くたびに、肉の多い頬が動くので、始終にこ/\してゐるやうに見えた。
 彼の性質は彼の態度の示す通り鷹揚《おうやう》なものであつた。彼は比較的堅固でない椅子の上に、わざ/\兩足を載せて胡坐《あぐら》をかいたなり、傍《はた》から見ると左《さ》も窮屈さうな姿勢の下《もと》に、夷然《いぜん》として落付いてゐた。兄とは殆んど正反對な此樣子なり氣風なりが、却つて兄と彼とを結び付ける一種の力になつてゐた。何にも逆《さか》らはない彼の前には、兄も逆らふ氣が出なかつたのだらう。自分はHさんの惡口を云ふ兄の言葉を、今迄つひぞ一度も聞いた事がなかつた。
 「兄さんは相變らず勉強ですか。あゝ勉強しては不可《いけ》ないね」
 悠長な彼は斯う云つて、自分の吐いた煙草の煙を眺めてゐた。
 
     十五
 
 やがて用事が三澤の口から切り出された。自分はすぐ其|後《あと》に隨《つ》いて主要な點を説明した。Hさんは首を捻《ひね》つた。
 「そりや少し妙ですね、そんな筈はなささうだがね」
 彼の不審は決して僞《いつはり》とは見えなかつた。彼は昨日《きのふ》Kの結婚披露に兄と精養軒で會つた。そこを出る時にも一所に出た。話が途切れないので、浮か/\と二人連立つて歩いた。仕舞ひに兄が疲れたといつた。Hさんは自分の家に兄を引張つて行つた。
 「兄さんは此處で晩飯を食つた位なんだからね、何うも少しも不斷と違つた所はないやうでしたよ」
 我儘に育つた兄は、平生から家《うち》で氣六《きむ》づかしい癖に、外では至極|穩《おだや》かであつた。然しそれは昔の兄であつた。今の彼を、たゞ我儘の二字で説明するのは餘りに單純過ぎた。自分は已《やむ》を得ず其時兄がHさんに向つて重《おも》に何《ど》んな話をしたか、差支ない限りそれを聞かうと試みた。
 「なに別に家庭の事なんか一口も云やしませんよ」
 是も嘘ではなかつた。記憶の好いHさんは、其時の話題を明瞭に覺えてゐて、それを最も淡泊な態度で話して呉れた。
 兄は其時しきりに死といふものに就いて云々したさうである。彼は英吉利《イギリス》や亞米利加《アメリカ》で流行《はや》る死後の研究といふ題目に興味を有《も》つて、大分《だいぶ》其方面を調べたさうである。けれども、何《ど》れも是も彼には不滿足だと云つたさうである。彼はメーテルリンクの論文も讀んで見たが、矢張り普通のスピリチユアリズムと同じ樣に詰らんものだと嘆息したさうである。
 兄に關するHさんの話は、凡《すべ》て學問とか研究とかいふ側《がは》許《ばか》りに限られてゐた。Hさんは兄の本領として夫《それ》を當然の如くに思つてゐるらしかつた。けれども聞いてゐる自分は、どうしても此兄と家庭の兄とを二つに切り離して考へる譯には行かなかつた。寧ろ家庭の兄が斯ういふ研究的な兄を生み出したのだとしか理解出來なかつた。
 「そりや動搖はしてゐますね。御宅の方の關係があるかないか、そこは僕にも解らないが、何しろ思想の上で動搖して落付かないで弱つてゐる事は慥《たしか》なやうです」
 Hさんは仕舞に斯う云つた。彼は其上に兄の神經衰弱も肯《うけ》がつた。然し夫《それ》は兄の隱してゐる事でも何でもなかつた。兄はHさんに會ふたんびに、ほとんど極り文句のやうに、それを訴へて已《や》まなかつたさうである。
 「だから此際旅行は至極好いでせうよ。さう云ふ譯なら一つ勸めて見ませう。然しうんと云つてすぐ承知するかね。中々動かない人だから、ことによると六づかしいね」
 Hさんの言葉には自信がなかつた。
 「貴方《あなた》の仰しやる事なら素直《すなほ》に聞くだらうと思ふんですが」
 「左右《さう》も行かんさ」
 Hさんは苦笑してゐた。
 表へ出た時は彼是十時に近かつた。それでも閑靜な屋敷町にちらほら人の影が見えた。それが皆《みん》なそゞろ歩きでもするやうに、長閑《のど》かに履物《はきもの》の音を響かして行つた。空には星の光が鈍《にぶ》かつた。恰《あたか》も眠たい眼をしばたゝいてゐるやうな鈍《にぶ》さであつた。自分は不透明な何物かに包まれた氣分を抱いた。さうして薄明るい往來を三澤と二人肩を並べて歸つた。
 
     十六
 
 自分は首を長くしてHさんの消息を待つた。花のたよりが都下の新聞を賑し始めた一週間の後《のち》になつても、Hさんからは何の通知もなかつた。自分は失望した。電話を番町へ掛けて聞き合せるのも厭になつた。何うでもするが好いといふ氣分で凝《ぢつ》としてゐた。そこへ三澤が來た。
 「何うも旨く行かないさうだ」
 事實は果して自分の想像した通りであつた。兄はHさんの勸誘を斷然斷つて仕舞つた。Hさんは已《やむ》を得ず三澤を呼んで、其結果を自分に傳へるやうに頼んだ。
 「それでわざ/\來て呉れたのかい」
 「まあ左右《さう》だ」
 「何うも御苦勞さま、濟まない」
 自分は是以上何を云ふ氣も起らなかつた。
 「Hさんはあゝ云ふ人だから、自分の責任のやうに氣の毒がつてゐる。今度は事が餘り突然なので旨く行かなかつたが、此次の夏休みには是非何處かへ連れ出す積《つもり》だと云つてゐた」
 自分は斯ういふ慰藉をもたらしてくれた三澤の顔を見て苦笑した。Hさんのやうな大悠《たいいう》な人から見たら、春休みも夏休みも同じ事なんだらうけれども、内側で働いてゐる自分達の眼には、夏休みといへば遠い未來であつた。其遠い未來と現在の間には大きな不安が潜んでゐた。
 「然しまあ仕方がない。元々|此方《こつち》で勝手なプログラムを拵へて置いて、それに當てはまるやうに兄を自由に動かさうといふんだから」
 自分はとう/\諦めた。三澤は何にも批評せずに、机の角に肱を突き立てて、其上に顋《あご》を載せたなり自分の顔を眺めてゐた。彼はしばらくしてから、「だから僕のいふ通りにすれば好いんだ」と云つた。
 此間Hさんに兄の事を依頼しに行つた歸り途に、無言な彼は突然往來の眞中で自分を驚かしたのである。今迄兄の事に就て一言《いちごん》も發しなかつた彼は、其時不意に自分の肩を突いて、「君兄さんを旅行させるの、快活にするのつて心配するより、自分で早く結婚した方が好かないか。其方がつまり君の得だぜ」と云つた。
 彼が自分に結婚を勸めたのは、其晩が始めてではなかつた。自分は何時《いつ》も相手がないとばかり彼に答へてゐた。彼は仕舞に相手を拵へて遣ると云ひ出した。さうして一時はそれが殆ど事實になり掛けた事もあつた。
 自分は其晩の彼に向つても矢張り同じやうな挨拶をした。彼はそれを何時《いつ》もより冷淡なものとして記憶してゐたのである。
 「ぢや君のいふ通りにするから、本當に相手を出して呉れるかい」
 「本當に僕のいふ通りにすれば、本當に好いのを出す」
 彼は實際心當りがあるやうな口を利いた。近いうち彼の娶《めと》るべき女からでも聞いたのだらう。
 彼はもう大きな黒い眼を有《も》つた精神病の御孃さんに就いては多くを語らなかつた。
 「君の未來の細君は矢つ張りあゝいふ顔立なんだらう」
 「さあ何うかな。いづれそのうち引き合はせるから見て呉れ玉へ」
 「結婚式は何時《いつ》だい」
 「ことによると向ふの都合で秋迄延ばすかも知れない」
 彼は愉快らしかつた。彼は來るべき彼の生活に、彼の有《も》つてゐる過去の詩を投げ懸けてゐた。
 
     十七
 
 四月は何時《いつ》の間《ま》にか過ぎた。花は上野から向島、それから荒川といふ順序で、段々咲いていつて段々散つて仕舞つた。自分は一年のうちで人の最も嬉しがる此花の時節を無爲に送つた。然し月が替つて世の中が青葉で包まれ出してから、振り返つて遣り過ごした春を眺めると甚だ物足りなかつた。それでも無爲に送れた丈《だけ》が有難かつた。
 家《うち》へは其《その》後《のち》一回も足を向けなかつた。家《うち》からも誰一人尋ねて來なかつた。電話は母とお重《しげ》から一二度掛つたが、それは自分の着る着物に就いての用事に過ぎなかつた。三澤には全く會はなかつた。大阪の岡田からは花の盛りに繪端書が又一枚來た。前と同じやうにお貞《さだ》さんやお兼《かね》さんの署名があつた。
 自分は事務所へ通ふ動物の如く暮してゐた。すると五月の末になつて突然三澤から大きな招待状を送つて來た。自分は結婚の通知と早合點して封を裂いた。所が案外にもそれは富士見町の雅樂稽古所からの案内状であつた。「六月二日音樂演習相催し候《そろ》間《あひだ》同日午後一時より御來聽被下度|候《そろ》此段御案内申進|候《そろ》也《なり》」と書いてあつた。今迄斯ういふ方面に關係があるとは思はなかつた三澤が、何うしてこんな案内状を自分に送つたのか、丸で解らなかつた。半日の後《のち》自分は又彼の手紙を受け取つた。其手紙には、六月二日には、是非來いといふ文句が添へてあつた。是非來いといふ位だから彼自身は無論行くに極まつてゐる。自分は折角だからまづ行つて見ようと思ひ定めた。けれども、雅樂そのものに就いては大した期待も何もなかつた。それよりも自分の氣分に轉化の刺戟を與へたのは、三澤が餘事の如く名宛のあとへ付け足した、短い報知であつた。
 「Hさんは嘘を吐かない人だ。Hさんはとう/\君の兄さんを説き伏せた。此六月學校の講義を切り上げ次第、二人は何處かへ旅をする事に約束が出來たさうだ」
 自分は父のため母のため且《かつ》兄自身のため喜んだ。あの兄がHさんに對して旅行しようと約束する氣分になつたとすれば、單にそれ丈《だけ》でも彼には大きい變化であつた。僞りの嫌ひな彼は必ずそれを實行する積《つもり》でゐるに違ひなかつた。
 自分は父にも母にも實否を問ひ合はせなかつた。Hさんに向つても其消息を確める手段を取らなかつた。たゞ三澤の口からもう少し精《くは》しい所を聞かせて貰ひたかつた。それも今度會つた時で構はないといふ氣があるので、彼の是非來いといふ六月二日が暗に待ち受けられた。
 六月二日は生憎《あいにく》雨であつた。十一時頃には少し歇《や》んだが、季節が季節なのでからりとは晴れなかつた。往來を行く人は傘をさしたり疊んだりした。見附外《みつけそと》の柳は烟のやうに長い枝を垂れてゐた。其下を通ると、青白い粉《こ》か黴《かび》が着物にくつ付いて何時《いつ》迄《まで》も落ないやうに感ぜられた。
 雅樂所の門内には俥《くるま》が澤山並んでゐた。馬車も一二臺ゐた。然し自動車は一つも見えなかつた。自分は玄關先で帽子を人に渡した。其人は金の釦鈕《ボタン》のついた制服のやうなものを着てゐた。もう一人の人が自分を觀覽席へ連れて行つて呉れた。
 「其處いらへ御掛けなすつて」
 彼はさう云つて又玄關の方へ歸つて行つた。椅子はまだ疎《まば》らに占領されてゐる丈《だけ》であつた。自分は成るべく人の眼に着かないやうに後列の一脚に腰を下《おろ》した。
     十八
 
 自分は心のうちで三澤を豫期しながら四方を見渡したが彼の姿は何處にも見えなかつた。尤も見所《けんじよ》は正面の外《ほか》左右|兩側面《りやうそくめん》にもあつた。自分は玄關から左へ突き當つて右へ折れて金屏風の立ててある前を通つて正面席に案内されたのである。自分の前には紋付の女が二三人居た。後《うしろ》にはカーキー色の軍服を着けた士官が二人居た。その外六七人其處此處に散點してゐた。
 自分から一席置いて隣の二人連《ふたりづれ》は、舞臺の正面に掛つてゐる幕の話をしてゐた。それには雅樂に何の縁故《ゆかり》もなささうに見える變な紋が、竪《たて》に何行も染め出されてゐた。
 「あれが織田信長《おだのぶなが》の紋ですよ。信長が王室の式微《しきび》を慨《なげ》いて、あの幕を獻上したといふのが始まりで、それから以後は必ずあの木瓜《もくかう》の紋の付いた幕を張る事になつてるんださうです」
 幕の上下《うへした》は紫地に金《きん》の唐草の模樣を置いた縁《ふち》で包んであつた。
 幕の前を見ると、眞中に大皷が据ゑてあつた。その太皷には緑や金や赤の美しい色彩《いろどり》が施《ほどこ》されてあつた。さうして薄くて丸い枠の中に入れてあつた。左の端《はし》には火熨斗《ひのし》位の大きさの鐘が矢張り枠の中に釣るしてあつた。其外には琴が二面あつた。琵琶《びは》も二面あつた。
 樂器の前は青い毛氈《まうせん》で敷き詰められた舞をまふ所になつてゐた。構造は能のそれのやうに、三方の見所《けんじよ》からは全く切り離されてゐた。さうして其|途切《とぎ》れた四五尺の空間からは日も射し風も通ふやうに出來てゐた。
 自分が物珍らしさうに此樣子を見てゐるうちに、觀客《けんぶつ》は一人二人と絶えず集まつて來た。其中には自分がある音樂會で顔だけ覺えたNといふ侯爵もゐた。「今日は教育會があるので來られない」と細君の事か何かを、傍《そば》にゐた坊主頭の丸々と肥えた小さい人に話してゐた。此丸い小さな人がKといふ公爵である事を、自分は後《あと》で三澤から教《をす》はつた。
 其三澤は舞樂の始まるやつと五六分前にフロツクコートで遣つて來て、入口の金屏風の所でしばらく觀覽席を見渡しながら躊躇してゐたが、自分の顔を見付けるや否や、すぐ傍《そば》へ來て腰を掛けた。
 彼と前後して一人の脊《せい》の高い若い男が、年頃の女を二人連れて、矢張正面席へ這入つて來た。男はフロツクコートを着てゐた。女は無論紋付であつた。其男と伴《つれ》の女の一人が顔立から云つて能く似てゐるので、自分はすぐ彼等の兄妹《きやうだい》である事を覺《さと》つた。彼等は人の頭を五六列越して、三澤と挨拶を交換した。男の顔には出來る丈の愛嬌が湛《たゝ》へられた。女は心持顔を赤くした。三澤はわざ/\腰を浮かして起立した。婦人は大抵前の方に席を占めるので、彼等は遂に自分達の傍《そば》へは來なかつた。
 「あれが僕の妻《さい》になるべき人だ」と三澤は小聲で自分に告げた。自分は腹の中で、あの夢のやうな大きい黒い眼の所有者であつた精神病のお孃さんと、自分の二三間前に今席を取つた色澤《いろつや》の好いお孃さんとを比較した。彼女は自分にたゞ黒い髪と白い襟足とを見せて坐つてゐた。それも人の影に遮《さへぎ》られて自由には見られなかつた。
 「もう一人の女ね」と三澤が又小聲で云ひ掛けた。それから彼は突然ポツケツトへ手を入れて、白い紙片《かみきれ》と萬年筆を取り出した。彼はすぐそれへ何か書き始めた。正面の舞臺にはもう樂人《がくじん》が現はれた。
 
     十九
 
 彼等は帽子とも頭巾《づきん》とも名の付けやうのない奇拔なものを被つてゐた。謠曲の富士太皷を知つてゐた自分は、大方これが鳥兜《とりかぶと》といふものだらうと推察した。首から下も被りものと同じく現代を超越してゐた。彼等は錦で作つた※[衣偏+上]※[衣偏+下]《かみしも》のやうなものを着てゐた。其|※[衣偏+上]※[衣偏+下]《かみしも》には骨がないので肩のあたりは柔《やはら》かな線でぴたりと身體《からだ》に付いてゐた。袖には白の先へ幅三寸位の赤い絹が縫足《ぬひた》してあつた。彼等はみな白の括《くゝ》り袴を穿《は》いてゐた。さうして一樣《いちやう》に胡坐《あぐら》をかいた。
 三澤は膝の上で何か書き掛けた白い紙を苦茶々々にした。自分は其苦茶々々になつた紙の塊《かたま》りを横から眺めた。彼は一言《いちごん》の説明も與へずに正面を見た。青い毛氈《まうせん》の上に左の帳《とばり》の影から現はれたものは鉾《ほこ》を有《も》つてゐた。是も管絃《くわんげん》を奏する人と同じく錦の袖無《そでなし》を着てゐた。
 三澤は何時《いつ》迄《まで》經つても「もう一人の女はね」の續きを云はなかつた。觀覽席にゐるものは悉《こと/”\》く靜肅であつた。隣同志で話をするのさへ憚《はゞ》かられた。自分は仕方なしに催促を我慢した。三澤も空とぼけて澄ましてゐた。彼は自分と同じやうに此處へは始めて顔を出したので、少し硬くなつてゐるらしかつた。
 舞は謹愼な見物の前に、既定のプログラム通り、單調で上品な手足の運動を飽きもせずに進行させて行つた。けれども彼等の服裝は、題の改《あらた》まる毎に、閑雅な上代の色彩を、代る/”\自分達の眼に映しつゝ過ぎた。あるものは冠に櫻の花を挿してゐた。紗《しや》の大きな袖の下から燃えるやうな五色の紋を透《す》かせてゐた。黄金作《こがねづくり》の太刀《たち》も佩《は》いてゐた。あるものは袖口を括《くゝ》つた朱色の着物の上に、唐錦のちゃん/\を膝のあたり迄垂らして、丸《まる》で錦に包まれた獵人《かりうど》のやうに見えた。あるものは蓑《みの》に似た青い衣《きぬ》をばら/\に着て、同じ青い色の笠を腰に下げてゐた。――凡《すべ》てが夢のやうであつた。吾々の祖先が殘して行つた遠い記念《かたみ》の匂ひがした。みんな有難さうな顔をしてそれを觀てゐた。三澤も自分も狐に撮《つ》まゝれた氣味で坐つてゐた。
 舞樂が一段落ついた時に、御茶を上げますと誰かゞ云つたので周圍の人は席を立つて別室に動き始めた。其處へ先刻《さつき》三澤と約束の整つたといふ女の兄《あに》さんが來て、物馴れた口調で彼と話した。彼は斯ういふ方面に關係のある男と見えて、當日案内を受けた誰彼を能く知つてゐた。三澤と自分は此人から今迄そこいらにゐた華族や高官や名士の名を教へて貰つた。
 別室には珈琲《コーヒ―》とカステラとチヨコレートとサンドヰツチがあつた。普通の會の時のやうに、無作法な振舞は見受けられなかつたけれども、それでも多少込み合ふので、女は坐つたなり席を立たないのがあつた。三澤と彼の知人は、菓子と珈琲を盆の上に載せて、わざ/\二人の御孃さんの所へ持つて行つた。自分はチヨコレートの銀紙を剥《はが》しながら、敷居の上に立つて、遠くから其樣子を偸《ぬす》むやうに眺めてゐた。
 三澤の細君になるべき人は御辭義をして、珈琲茶碗《コーヒーぢやわん》丈《だけ》を取つたが、菓子には手を觸れなかつた。所謂「もう一人の女」は其珈琲茶碗にさへ容易《たやす》く手を出さなかつた。三澤は盆を持つた儘、引く事も出來ず進む事も出來ない態度で立つてゐた。女の顔が先刻《さつき》見た時よりも子供々々した苦痛の表情に充ちてゐた。
 
     二十
 
 自分は先刻《さつき》から「もう一人の女」に特別の注意を拂つてゐた。それには三澤の樣子や態度が有力な原因となつて働いてゐたに違ないが、單獨に云つても、彼女は自分の視線を引着けるに足る程な好い器量を有《も》つてゐたのである。自分は彼女と三澤の細君になるべき人との後姿を、舞樂の相間々々に絶えず眺めた。彼等は自分の坐つてゐる所から、ことさらな方向に眸子《ひとみ》を轉ずる事なしに、自然と見られるやうに都合の好い地位に坐つてゐた。
 斯うして首筋ばかり眺めてゐた自分は今比較的自由な場所に立つて、彼等の顔立を筋違《すぢかひ》に見始めた。或は正面に動く機會が來るかも知れないと思つた時、自分はチヨコレートを頬張りながら、暗に其瞬間を捉《とら》へる注意を怠らなかつた。けれども其女も三澤の意中の人も、遂に此方《こつち》を向かなかつた。自分はたゞ彼等の容貌を三分の二|丈《だけ》側面から遠くに望んだ。
 其内三澤は又盆を持つて此方《こちら》へ歸つて來た。自分の傍《そば》を通る時、彼は微笑しながら、「何うだい」と云つた。自分はたゞ「御苦勞さま」と挨拶した。後《あと》から例の脊《せい》の高い兄さんが遣つて來た。
 「何うです、彼方《あちら》へ入らしつて煙草でも御呑みになつちや。喫煙室はあすこの突き當りです」
 自分と三澤との間に緒口《いとぐち》の付き掛けた談話は是で又流れて仕舞つた。二人は彼に導かれて喫煙室に這入つた。煙と男子に占領された比較的狹い其|室《へや》は思つたより賑かであつた。
 自分は其|一隅《ひとすみ》にたゞ一人の知つた顔を見出した。それは伶人《れいじん》の姓を有《も》つた眼の大きい男であつた。ある協會の主要な一員として、舞臺の上で巧《たくみ》に其大きな眼を利用する男であつた。彼は臺詞《セリフ》を使ふ時のやうな深い聲で、誰かと話してゐたが、殆んど自分達と入れ代り位に、喫煙室を出て行つた。
 「とう/\役者になつたんださうだ」
 「儲《まう》かるのかね」
 「えゝ儲《まう》かるんだらう」
 「此間何とかを遣るといふ事が新聞に出てゐたが、あの人なんですか」
 「えゝさうださうです」
 彼の去つた後《あと》で、室《へや》の中央にゐた三人の男は斯んな話をしてゐた。三澤の知人は自分達に其三人の名を教へて呉れた。其うちの二人は公爵で、一人は伯爵であつた。さうして三人が三人とも公卿出《くげで》の華族であつた。彼等の會話から察すると、三人ながら殆ど劇といふ藝術に對して何の知識も興味も有《も》つてゐないやうであつた。
 我々は又元の席に歸つて二三番の歐洲樂《おうしうがく》を聞いた後《あと》、漸く五時頃になつて雅樂所を出た。周圍に人が居なくなつた時、三澤は漸く「もう一人の女」の事に就いて語り始めた。彼の考へは自分が最初から推察した通りであつた。
 「何うだい、氣に入らないかね」
 「顔は好いね」
 「顔|丈《だけ》かい」
 「あとは分らないが、然し少し舊式ぢやないか。何でも遠慮さへすればそれが禮儀だと思つてるやうだね」
 「家庭が家庭だからな。然しあゝいふのが間違がないんだよ」
 二人は土手に沿うて歩いた。土手の上の松が雨を含んで蒼黒く空に映つた。
 
     二十−
 
 自分は三澤と飽かず女の話をした。彼の娶《めと》るべき人は宮内省に關係のある役人の娘であつた。其|伴侶《つれ》は彼女と仲の好い友達であつた。三澤は彼女と打ち合せをして、とくに自分のために其人を誘ひ出したのであつた。自分は其人の家族やら地位やら教育やらについて得らるゝ限りの知識を彼から供給して貰つた。
 自分は本末《ほんまつ》を?倒《てんだう》した。雅樂所で三澤に會ふ迄は、Hさんと兄とが此夏一所にするといふ旅行の件を、其日の問題として暗《あん》に胸の中《うち》に疊み込んでゐた。雅樂所を出る時は、それがほんの付けたりになつて仕舞つた。自分は愈《いよ/\》彼に別れる間際になつて、始めて四つ角の隅に立つた。
 「兄の事も今日君に會つたらよく聞かうと思つてゐたんだが、愈Hさんの云ふ通りになつたんだね」
 「Hさんはわざ/\僕を呼び寄せてさう云つた位なんだから間違はないさ。大丈夫だよ」
 「何處へ行くんだらう」
 「そりや知らない。――何處だつて好いぢやないか、行きさいすりあ」
 遠くから見てゐる三澤の眼には、兄の運命が最初から夫《それ》程《ほど》の問題になつてゐなかつた。
 「それより片つ方のほうを積極的にどし/\進行させようぢやないか」
 自分は一人下宿へ歸る途々、矢張兄と嫂《あによめ》の事を考へない譯に行かなかつた。然し其日會つた女の事も或は彼等以上に考へたかも知れない。自分は彼女と一言《ひとこと》も口を交へなかつた。自分は遂に彼女の聲を聞き得なかつた。三澤は自然が二人を視線の通ふ一室に會合させたといふ事實以外に、わざとらしい痕迹《こんせき》を見せるのは厭だと云つて、紹介も何もしなかつた。彼はさう云つて後《あと》から自分に斷つた。彼の遣口は、彼女に取つても自分に取つても、面倒や迷惑の起り得ない程|單簡《たんかん》で淡泊なものであつた。然し夫《それ》だから物足りなかつた。自分はもう少し何とかして貰ひたかつた。「然し君の意志が解らなかつたから」と三澤は辯解した。さう云はれて見ると、さうでもあつた。自分はあれ以上、女を目掛けて進んで行く考へはなかつたのだから。
 夫《それ》から二三日は女の顔を時々頭の中で見た。然しそれが爲に、又會ひたいの焦慮《あせ》るのといふ熱は起らなかつた。その當日のぱつとした色彩が剥《は》げて行くに連れて、番町の方が依然として重要な問題になつて來た。自分はなまじい遠くから女の匂ひを嗅いだ反動として、却つてぢゞむさくなつた。事務所の往復に、ざら/\した頬を撫でゝ見て、手もなく電車に乘つた貉《むじな》の樣なものだと悲觀したりした。
 一週間程經つて母から電話がかゝつた。彼女は電話口へ出て、昨日《きのふ》Hさんが遊びに來た事を告げた。嫂《あによめ》が風邪氣なので、彼女が代理として饗應《もてなし》の席に出たら、Hさんが兄と一所に旅行する話を始めたと告げた。彼女は喜ばしさうな調子で、自分に禮を述べた。父からも宜しくとの事であつた。自分は「いゝ案排《あんばい》でした」と答へた。
 自分は其晩色々考へた。自分は旅行が兄のために有利であると認めたから、Hさんを煩《わづら》はして、是《これ》丈《だけ》の手續を運んだのであるが、眞底を自白すると、自分の最も苦《く》に病《や》んでゐるのは、兄の自分に對する思はくであつた。彼は自分を何う見てゐるだらうか。どの位の程度に自分を憎んでゐるだらう、又|疑《うたぐ》つてゐるだらう。其處が一番知りたかつた。從つて自分の氣になるのは未來の兄であると同時に現在の兄であつた。久しく彼と會見の路を絶たれた自分は、其現在の兄に關する直接の知識を殆んど有《も》たなかつた。
 
     二十二
 
 自分は旅行に出る前のHさんに一應會つて置く必要を感じた。此方《こつち》で頼んだ事を順に運んで呉れた好意に對して、禮を云はなければ濟まない義理も控へてゐた。
 自分は事務所の歸り掛けに又彼の玄關に立つて名刺を出した。取次が奧へ這入つたかと思ふと、彼は例のむく/\した丸い體?《からだ》を、自分の前に運んで來た。
 「實は今あしたの講義で苦しんでゐる所なんですがね。もし急用でなければ、今日は御免を蒙りたい」
 學者の生活に氣の付かなかつた自分は、Hさんの此言葉で、急に兄の日常を想ひ起した。彼等の書齋に立籠《たてこも》るのは、必ずしも家庭や社會に對する謀反《むほん》とも限らなかつた。自分はHさんに都合の好い日を聞いて、又出直す事にした。
 「ぢや御氣の毒だが、さうして下さい。成るべく早く講義を切り上げて、兄さんと一所に旅行しようと云ふ譯なんだからね」
 自分はHさんの前に丁寧な頭を下げなければならなかつた。
 彼の家を再度|訪問《おとづ》れたのは、夫《それ》から又二三日|經《た》つた梅雨《つゆ》晴の夕方であつた。肥つた彼は暑いと云つて浴衣《ゆかた》の胸を胃の上部迄開け放つて坐つてゐた。
 「さあ何處へ行くかね。まだ海とも山とも極めてゐないんだが」
 Hさん丈《だけ》あつて行く先|抔《など》は頓《とん》と苦にしてゐないらしかつた。自分も夫《それ》には無頓着であつた。けれども……。
 「少しそれに就いて御願があるんですが」
 家庭の事情の一般は、此間三澤と來た時、既にHさんの耳に入れて仕舞つた。然し兄と自分との間《あひだ》に横たはる一種特別な關係に就いては、まだ一言《ひとこと》も彼に告げてゐなかつた。然し夫《それ》は何時《いつ》迄經つてもHさんの前で自分から打ち明《あけ》るべき性質のものでないと自分は考へてゐた。親しい三澤の知識ですら、其處になると殆んど臆測に過ぎなかつた。Hさんは三澤から其臆測の知識を間接に受けてゐるかも知れなかつたけれども、此方《こつち》から露骨に切り出さない以上、その信僞《しんぎ》も程度も、丸《まる》で確める譯に行かなかつた。
 自分は兄から今何う見られてゐるか、何う思はれてゐるか、それが知りたくつて仕方がなかつた。それを知るために、此際Hさんの助《たすけ》を借りようとすれば、勢ひ萬事を彼の前に投げ出して見せなければならなかつた。自分が三澤に何事も云はずに、恰も彼を出し拔いた樣な態度で、たつた一人斯うしてHさんを訪問するのも、實は其用事の眞相を成るべく他《ひと》に知らせたくないからであつた。然し三澤に對してさへ、良心に氣兼をするやうな用事の眞相なら、それをHさんの前で云はれる筈がなかつた。
 自分は已《やむ》を得ず特殊《スペシヤル》な問題を一般的《ジエネラル》に崩して仕舞つた。
 「甚だ御迷惑かも知れませんが、兄と一所に旅行される間、兄の擧動なり言語なり、思想なり感情なりに就いて、貴方の御觀察になつた所を、出來る丈《だけ》詳しく書いて報知して頂く譯には行きますまいか。その邊が明瞭になると、宅でも兄の取扱上大變便宜を得るだらうと思ふんですが」
 「左右《さう》さね。絶對に出來ない事もないが、ちつと六《む》づかしさうですね。だいち時間がないぢやないか、君、そんな事をする。よし時間があつても、必要がないだらう。それより僕等が旅行から歸つたらゆつくり聞きに來たら好いぢやありませんか」
 
     二十三
 
 Hさんの云ふ所は尤もであつた。自分は下を向いてしばらく默つてゐたが、とう/\嘘を吐《つ》いた。
 「實は父や母が心配して、出來るなら旅行中の模樣を、經過の一段落|毎《ごと》に承知したいと云ふんですが……」
 自分は困つた顔をした。Hさんは笑ひ出した。
 「君そんなに心配する事はありませんよ。大丈夫だよ、僕が受け合ふよ」
 「然し年寄ですから……」
 「困るね、それぢや。だから年寄は嫌ひなんだ。宅《うち》へ行つて左右《さう》云ひ玉へな、大丈夫だつて」
 「何とか好い工夫はないもんでせうか。貴方の御迷惑にならないで、さうして、父や母を滿足させる樣な」
 Hさんは又にや/\笑つてゐた。
 「そんな重寶な工夫があるものかね、君。――然し折角の御依頼だから斯うしよう。もし旅先で報道するに足るやうな事が起つたら、君の所へ手紙を上げると。もし手紙が行かなかつたら、平生の通りだと思つて安心してゐると。それで可《よ》からう」
 自分は是より以上Hさんに望む事は出來なかつた。
 「それで結構です。然し出來事といふ意味を俗にいふ不慮の出來事と取らずに、貴方が御觀察になる兄の感情なり思想のうちで、是は尋常でないと御氣付になつたものに應用して頂けませうか」
 「中々面倒だね、事が。然しまあ宜いや、さう爲《し》てもいゝ」
 「夫《それ》からことによると、僕の事だの母の事だの、家庭の事などが兄の口に上《のぼ》るかも知れませんが、それを御遠慮なく一々聞かして頂きたいと思ひますが」
 「うん、そりや差支ない限り知らせて上げませう」
 「差支があつても構はないから聞かして戴きたい。それでないと宅《うち》のものが困りますから」
 Hさんは黙つて煙草を吹かし出した。自分は弱輩《じやくはい》の癖に多少云ひ過ぎた事に氣が付いた。手持無沙汰の感じが強く頭に上つた。Hさんは庭の方を見てゐた。其隅に秋田から家主が持つて來て植ゑたといふ大きな蕗《ふき》が五六本あつた。雨上りの初夏の空が何時《いつ》迄も明るい光を地の上に投げてゐるので、その太い蕗の莖がすい/\と薄暗い中に青く描《ゑが》かれてゐた。
 「あすこへ大きな蟇《がま》が出るんですよ」とHさんが云つた。
 しばらく世間話をした後で、自分は暗くならないうちに席を立たうとした。
 「君の縁談は何うなりました。此間三澤が來て、好いのを見付けて遣つたつて得意になつてゐましたよ」
 「えゝ三澤も隨分世話好ですから」
 「所が萬更《まんざら》世話好|許《ばかり》で遣つてるんでもないやうですよ。だから君も好い加減に貰つちまつたら好いぢやありませんか。器量は惡かないつて話ぢやないか。君には氣に入らんのかね」
 「氣に入らんのぢやありません」
 Hさんは「はあ矢つ張氣に入つたのかい」と云つて笑ひ出した。自分はHさんの門を出て、あの事も早く何うかしなければ、三澤に對して義理が惡いと考へた。然し兄の問題が一段落でも片付いて呉れない以上、到底|其方《そつち》へ向ける心の餘裕は出なかつた。いつそ一思ひにあの女の方から惚れ込んで呉れたならなどゝ思つても見た。
 
     二十四
 
 自分は又三澤を尋ねた。けれども腹を極めてから尋ねた譯でないから、實際上何んな歩調も前に動かす氣にはなれなかつた。自分の態度は何處迄も愚圖々々であつた。さうして唯《たゞ》漫然と其女の話をした。
 「何うするね」
 斯う聞かれると、結局要領を得た何の挨拶も出來なかつた。
 「僕は職業の上ではふわ/\して浪人のやうに暮してゐるが、家庭の人としてなら、是でも一定の方針に支配されて、着々固まつて行きつゝある積《つもり》だ。所が君は丸《まる》で反對だね。一家の主人となるとか、他《ひと》の夫になるとかいふ方面には、故意に意志の働きを鈍らせる癖に、職業の問題になると、手つ取早く片附けて、ちやんと落付いてゐるんだから」
 「あんまり落付いても居ないさ」
 自分は大阪の岡田から受取つた手紙の中に、相應な位地が彼地《あちら》にあるから來ないかといふ勸誘があつたので、ことによつたら今の事務所を飛び出さうかと考へてゐた。
 「つい此間迄は洋行するつて頻りに騷いでゐたぢやないか」
 三澤は自分の矛盾を追窮した。自分には西洋も大阪も變化として此際大した相違もなかつた。
 「さう萬事|的《あて》にならなくつちや駄目だ。僕|丈《だけ》君の結婚問題を眞面目に考へるのは馬鹿々々しい譯だ。斷つちまはう」
 三澤は大分《だいぶ》癪に障つたらしく見えた。自分は又自分が癪に障つてならなかつた。
 「一體先方では何ういふんだ。君は僕ばかり責めるがね、僕には向ふの意志が少しも解らないぢやないか」
 「解る筈がないよ。まだ何にも話してないんだもの」
 三澤は少し激してゐた。さうして激するのが尤もであつた。彼は女の父兄にも女自身にも、自分の事をまだ一口も告げてゐなかつた。何う間違つても彼等の體面に障りやうのない事情の下《もと》に、女と自分を御互の視線の通ふ範圍内に置いた丈《だけ》であつた。彼の處置には少しも人工的な痕迹《こんせき》を留《とゞ》めない、殆んど自然其儘の利用に過ぎないといふのが彼の大いなる誇りであつた。
 「君の考へが纒まらない以上は何うする事も出來ないよ」
 「ぢやもう少し考へて見よう」
 三澤は焦慮《じれつ》たさうであつた。自分も自分が不愉快であつた。
 Hさんと兄が一所の汽車で東京を去つたのは、自分が三澤の所へ出掛けてから、一週間と經たないうちであつた。自分は彼等の立つ時刻も日限も知らずにゐた。三澤からもHさんからも何の通知を受取らなかつた自分は、家《うち》からの電話で始めてそれを聞いた。其時電話口へは思ひ掛けなく嫂《あによめ》が出て來た。
 「兄さんは今朝お立ちよ。お父さんが貴方へ知らせて置けと仰しやるから、一寸御呼び申しました」
 嫂《あによめ》の言葉は少し改まつてゐた。
 「Hさんと一所なんでせうね」
 「えゝ」
 「何處へ行つたんですか」
 「何でも伊豆の海岸を廻るとかいふ御話しでした」
 「ぢや船ですか」
 「いゝえ矢張《やつぱ》り新橋から……」
 
     二十五
 
 其日自分は下宿へ歸らずに、事務所からすぐ番町へ廻つた。昨日《きのふ》迄恐れて近寄らなかつたのに、兄の出立と聞くや否や、すぐ其方《そちら》へ足を向けるのだから、自分の行爲は餘りに現金過ぎた。けれども自分はそれを隱す氣もなかつた。隱さなければ濟まない人は、宅《うち》に一人も居ないやうに思はれた。
 茶の間には嫂《あによめ》が雜誌の口繪を見てゐた。
 「今朝程は失體」
 「おや吃驚《びつくり》したわ、誰かと思つたら、二郎さん。今京橋から御歸り?」
 「えゝ、暑くなりましたね」
 自分は手帛《ハンケチ》を出して顔を拭いた。それから上着を脱いで疊の上へ放《はふ》り出した。嫂《あによめ》は團扇《うちは》を取つて呉れた。
 「御父さんは?」
 「御父さんは御留守よ。今日は築地で何かあるんですつて」
 「精養軒?」
 「ぢやないでせう。多分外の御茶屋だと思ふんだけれども」
 「お母さんは?」
 「お母さんは今御風呂」
 「お重《しげ》は?」
 「お重《しげ》さんも……」
 嫂《あによめ》はとう/\笑ひ掛けた。
 「風呂ですか」
 「いゝえ、居ないの」
 下女が來て氷の中へ苺《いちご》を入れるかレモンを入れるかと尋ねた。
 「宅《うち》ぢやもう氷を取るんですか」
 「えゝ二三日前《にさんちまへ》から冷藏庫を使つてゐるのよ」
 氣の所爲《せゐ》か嫂《あによめ》は此前見た時よりも少し窶《やつ》れてゐた。頬の肉が心持減つたらしかつた。それが夕方の光線の具合で、顔を動かす時に、ちらり/\と自分の眼を掠《かす》めた。彼女は左の頬を縁側に向けて坐つてゐたのである。
 「兄さんは夫《それ》でも能く思ひ切つて旅に出掛けましたね。僕は殊によると今度《こんだ》も亦延ばすかも知れないと思つてたんだが」
 「延ばしやなさらないわよ」
 嫂《あによめ》は斯ういふ時に下を向いた。さうして何時《いつ》もよりも一層落付いた沈んだ低い聲を出した。
 「そりや兄さんは義理堅いから、Hさんと約束した以上、それを實行する積《つもり》だつたには違ないけれども……」
 「そんな意味ぢやないのよ。そんな意味ぢやなくつて、さうして延ばさないのよ」
 自分はぽかんとして彼女の顔を見た。
 「ぢや何んな意味で延ばさないんです」
 「何んな意味つて、――解つてるぢやありませんか」
 自分には解らなかつた。
 「僕には解らない」
 「兄さんは妾《あたし》に愛想を盡かしてゐるのよ」
 「愛想づかしに旅行したといふんですか」
 「いゝえ、愛想を盡かして仕舞つたから、それで旅行に出掛けたといふのよ。つまり妾《あたし》を妻と思つてゐらつしやらないのよ」
 「だから……」
 「だから妾《あたし》の事なんか何うでも構はないのよ。だから旅に出掛けたのよ」
 嫂《あによめ》は是で默つて仕舞つた。自分も何とも云はなかつた。其處へ母が風呂から上《あが》つて來た。
 「おや何時《いつ》來たの」
 母は二人坐つてゐる所を見て厭な顔をした。
 
     二十六
 
 「もう好い加減に芳江《よしえ》を起さないと又晩に寐ないで困るよ」
 嫂《あによめ》は默つて起《た》つた。
 「起きたらすぐ湯に入れて御遣んなさいよ」
 「えゝ」
 彼女の後姿は廊下を曲《まが》つて消えた。
 「芳江《よしえ》は晝寐ですか、どうれで靜だと思つた」
 「先刻《さつき》何だか拗《す》ねて泣いてたら、夫限《それつきり》寐ちまつたんだよ。何ぼなんでも、もう五時だから、好い加減に起して遣らなくつちや……」
 母は不平らしい顔をしてゐた。
 自分は其日珍しく宅《うち》の食卓に向つて、晩餐の箸を取つた。築地の料理屋か待合へ呼ばれたといふ父は、無論歸らなかつたけれども、お重《しげ》は豫定通り戻つて來た。
 「おい早く來て坐らないか。みんな御前の湯から上《あが》るのを待つてたんだ」
 お重《しげ》は縁側へぺたりと尻を着けて團扇《うちは》で浴衣《ゆかた》の胸へ風を入れてゐた。
 「そんなに急《せ》き立てなくつたつて可《よ》かないの。會《たま》に來たお客さまの癖に」
 お重《しげ》はつんとしてわざと鼻の先の八つ手の方を向いてゐた。母は又始まつたといふ笑の裡《うち》に自分を見た。自分は又|調戯《からかひ》たくなつた。
 「御客さまだと思ふなら、そんな大きなお尻を向けないで、早く此處へ來てお坐りよ」
 「蒼蠅《うるさ》いわよ」
 「一體此暑いのに、一人で何處をほつつき歩いてたんだい」
 「何處でも餘計な御世話よ。ほつつき歩くだなんて、第一《だいち》言葉使からして貴方《あなた》は下品よ。――好いわ、今日坂田さんの所へ行つて、兄さんの秘密をすつかり聞いて來たから」
 お重《しげ》は兄の事を大兄さん、自分の事をたゞ兄さんと呼んでゐた。始めはちい〔二字傍点〕兄《にい》さんと云つたのだが、其ちい〔二字傍点〕を聞くたびに妙な不快を感ずるので、自分はとう/\ちい〔二字傍点〕丈《だけ》を取らして仕舞つた。
 「好くつてみんなに話しても」
 お重《しげ》は湯で火照《ほて》つた顔をぐるりと自分の方に向けた。自分は瞬きを二つ續けざまにした。
 「だつて御前は今兄さんの秘密だと明言したぢやないか」
 「えゝ秘密よ」
 「秘密なら話して可《よ》くないに極つてるぢやないか」
 「それを話すから面白いのよ」
 自分はお重《しげ》の無鐵砲が、何を云ひ出すか分らないと思つて腹の中では辟易《へきえき》した。
 「お重《しげ》御前は論理學でいふコントラヂクシヨン、イン、タームス、といふ事を知らないだらう」
 「可《よ》くつてよ。そんな高慢ちきな英語なんか使つて、他《ひと》が知らないと思つて」
 「もう二人とも止《よ》しにお爲《し》よ。何だね面白くもない、十五六の子供ぢやあるまいし」
 母はとう/\二人を窘《たし》なめた。自分もそれを好い機《しほ》にすぐ舌戰を切り上げた。お重《しげ》も團扇《うちは》を縁側へ投げ出して大人《おと》なしく食卓に着いた。
 局面が一轉した後《あと》なので、秘密らしい秘密は、食事中遂にお重《しげ》の口から洩れる機會がなかつた。母も嫂《あによめ》も丸《まる》でそれには取り合ふ氣色《けしき》を見せなかつた。平吉といふ男が裏から出て來て、庭に水を打つた。「まださう燥《かわ》いてゐないんだから、好い加減にしてお置き」と母が云つてゐた。
 
     二十七
 
 其晩番町を出たのは燈火《あかり》が點《つ》いてまだ間《ま》もない宵の口であつた。それでも飯を濟ましてから約一時間半程は、其處へ坐り込んだ儘、みんなを相手に喋舌《しやべ》つてゐた。
 自分は其一時間半の間に、とう/\お重《しげ》から例の秘密をあばかれる羽目に陷《おちい》つた。然しそれが自分に取つては、秘密でも何でもない例の結婚問題だつたので、自分は却つて安心した。
 「御母さん、兄さんは妾達《あたしたち》に隱れて此間見合をなすつたんですつて」
 「隱れて見合なんかするものか」
 自分は母がまだ何とも云はないうちにお重《しげ》の言葉を遮つた。
 「いゝえ慥《たしか》な筋からちやんと聞いて來たんだから、いくら白ばつくれても最《も》う駄目よ」
 慥《たしか》な筋といふ樣な一種の言葉が、お重《しげ》の口から出るのを聞いたとき、自分は思はず苦笑した。
 「馬鹿だなお前は」
 「馬鹿でも可《い》いわよ」
 お重《しげ》は六月二日の出來事を母や嫂《あによめ》に向つてべら/\喋舌《しやべ》り出した。それが中々|精《くは》しいので自分は少し驚いた。何處から其知識を得て來たのだらうといふ好奇心が強く自分の反問を促《うなが》した。けれどもお重はたゞ意地の惡い微笑を洩らすのみで、決して出所《しゆつしよ》を告げなかつた。
 「兄さんが妾達《あたしたち》に默つてゐるのは、屹度《きつと》打ち明けて云ひ惡《にく》い譯があるからなのよ。ね、さうでせう、兄さん」
 お重《しげ》は自分の好寄心を滿足させないのみか、却つて向ふから此方《こつち》を嬲《なぶ》りにかゝつた。自分は「何うでも好いや」と云つた。母から眞面目に事の?末を聞かれた時、自分は簡單に有の儘を答へた。
 「たゞ夫《それ》丈《だけ》の事なんです。しかも向《むかふ》ぢや全く知らないんだから其|積《つもり》で居て下さい。お重《しげ》見たいに好い加減な事を云ひ觸らすと、僕は何うでも構はんにした所で、先方が迷惑するかも知れませんから」
 母は先方が迷惑がる筈がないといふ顔付で、無暗に細かい質問を始めた。然し財産が何《ど》の位あるんだらうとか、親類に貧乏人があるだらうかとか、或は惡い病氣の系統を引いてゐやしなからうかと云ふやうな事になると、自分には丸《まる》で答へられなかつた。のみならず仕舞には聞くのさへ面倒で厭になつて來た。自分はとう/\逃げ出すやうにして番町を出た。
 自分が其夜母から色々な質問を掛けられてゐる間、嫂《あによめ》は始終同じ席にゐたが、此間題に關しては殆ど一言《ひとこと》も口を開かなかつた。母も彼女に向つてつひぞ相談がましい言葉を掛けなかつた。二人の此態度が、二人の氣質をよく代表してゐた。然しそれは單に氣質の相違から許《ばかり》來た一種の對照とも思へなかつた。嫂《あによめ》は全くの局外者らしい位地を守るためか何だか、始終|芳江《よしえ》のおもりに氣を取られ勝《がち》に見えた。日が暮れさへすればすぐ寐かされる習慣の芳江は、晝寐を貪《むさぼ》り過ぎた結果として、其晩はとう/\自分が歸る迄蚊帳の中へ這入らなかつた。
 自分は下宿へ歸つて、自分の室《へや》の暑苦しいのを意外に感じた。わざと電氣燈を消して暗い所に默つて坐つてゐた。今朝立つた兄は今日何處で泊るだらう。Hさんは今夜彼と何んな話をするだらう。鷹揚なHさんの顔が自然と眼の前に浮かんだ。それと共に瘠せた兄の頬に刻《きざ》まれた久し振の笑が見えた。
 
     二十八
 
 其|翌日《あくるひ》からHさんの手紙が心待に待ち受けられた。自分は一日《いちんち》、二日《ふつか》、三日《みつか》と指を折つて日取を勘定し始めた。けれどもHさんからは何の音信《たより》もなかつた。繪端書一枚さへ來なかつた。自分は失望した。Hさんに責任を忘れるやうな輕薄はなかつた。然し此方《こちら》の豫期通り律義《りちぎ》にそれを果して呉れない程の大悠《たいいう》はあつた。自分は自烈《じれつ》たい部に屬する人間の一人として遠くから彼を眺めた。
 すると二人が立つてから丁度十一日日の晩に、重い封書が始めて自分の手に落ちた。Hさんは罫《けい》の細《こま》かい西洋紙へ、萬年筆《まんねんふで》で一面に何か書いて來た。頁《ページ》の數《かず》から云つても、二時間や三時間で出來る仕事ではなかつた。自分は机の前に縛《くゝ》り付けられた人形の樣な姿勢でそれを讀み始めた。自分の眼には、この小さな黒い字の一點一劃も讀み落すまいといふ決心が、?《ほのほ》の如く輝いた。自分の心は頁《ページ》の上に釘付《くぎづけ》にされた。しかも雪を行く橇《そり》のやうに、其上を滑《すべ》つて行つた。要するに自分はHさんの手紙の最初の頁《ページ》の第一行から讀み始めて、最後の頁《ページ》の最終の文句に至る迄に、何《ど》の位の時間が要《い》つたか丸《まる》で知らなかつた。
 手紙は下《しも》のやうに書いてあつた。
 「長野君を誘つて旅へ出るとき、あなたから頼まれた事を、一旦引き受けるには引き受けたが、いざとなつて見ると、到底《とても》實行は出來まい、また出來てもする必要があるまい、もしくは必要と不必要に拘《かゝ》はらず、するのは好《この》もしい事でなからう、――斯ういふ考へでゐました。旅行を始めてから一日二日《いちにちふつか》は、此三つの事情の凡《すべ》てか或は幾分かゞ常に働くので、是では折角の約束も反古《ほご》にしなければならないといふ氣が強く募りました。それが三日四日《みつかよつか》となつた時、少し考へさせられました。五日六日《いつかむいか》と日を重ねるに從つて、考へる許《ばかり》でなく、約束通りあなたに手紙を上げるのが、或は必要かも知れないと思ふやうになりました。尤も此處にいふ必要といふ意味が、あなたと私とで、大分《だいぶ》違ふかも知れませんが、それは此手紙を仕舞迄御讀みになれば解る事ですから、説明はしません。それから當初私の抱《いだ》いた好もしくないといふ倫理上の感じ、是はいくら日數《ひかず》を經過しても取去る譯には行きませんが、片方にある必要の度が、自然|夫《それ》を抑へ付ける程強くなつて來た事も亦確であります。恐らく手紙を書いてゐる暇があるまい。――此故障|丈《だけ》は始めあなたに申上げた通り何處迄も付け纒つて離れませんでした。我々二人は一所の室《へや》に寐ます、一所の室《へや》で飯を食ひます、散歩に出る時も一所です、湯も風呂場の構造が許す限りは、一所に這入ります。かう數へ立てゝ見ると、別々に行動するのは、まあ厠《かはや》に上《のぼ》る時位なものなのですから。
 無論我々二人は朝から晩迄のべつに喋舌《しやべ》り續けてゐる譯ではありません。御互が勝手な書物を手にしてゐる時もあります、默つて寐轉んでゐる事もあります。然し現に其人の居る前で、其人の事を知らん顔で書いて、さうして夫《それ》をそつと他《ひと》に知らせるのは一寸私にとつては出來|惡《にく》いのです。書くべき必要を認め出した私も、是には弱りました。いくら書く機會を見付けよう/\と思つても、そんな機會の出て來る筈がないのですから。然し偶然は遂に私の手を導いて、私に私の必要と認める仕事をさせるやうにして呉れました。私はそれ程兄さんに氣兼をせずに、此手紙を書き初めました。さうして同じ状態の下《もと》に、それを書き終る事を希望します。
 
     二十九
 
 我々は二三日前から此|紅《べに》が谷《やつ》の奧に來て、疲れた身體を谷《たに》と谷《たに》の間に放《はふ》り出しました。居る所は私の親戚の有《も》つてゐる小さい別莊です。所有主は八月にならないと東京を離れる事が六づかしいので、其前なら何時《いつ》でも君方に用立《ようだ》てて宜しいと云つた言葉を、圖らず旅行中に利用する譯になつたのであります。
 別莊といふと大變|人聞《ひとぎゝ》が好いやうですが、其實は甚だ見苦しい手狹なもので、構へからいふと、丁度東京の場末にある四五十圓の安官吏の住居《すまひ》です。然し田舍|丈《だけ》に邸内の地面には多少の餘裕があります。庭だか菜園だか分らないものが、軒から爪下りに向ふの垣根|迄《まで》續いてゐます。其の垣には珊瑚樹《さんごじゆ》の實《み》が一面に結《な》つてゐて、葉越に隣の藁屋根が四半分程見えます。
 同じ軒の下から谷を隔てゝ向ふの山も手に取るやうに見えます。此山全體がある伯爵の別莊地で、時には浴衣《ゆかた》の色が樹の間から見えたり、女の聲が崖の上で響いたりします。其崖の頂《いたゞき》には高い松が空を突くやうに聳えてゐます。我々は低い軒の下から朝夕《あさゆふ》此松を見上るのを、高尚な課業のやうに心得て暮してゐます。
 今迄通つて來たうちで、君の兄さんには此處が一番氣に入つたやうです。それには色々な意味があるかも知れませんが、二人ぎりで獨立した一軒の家《いへ》の主人《あるじ》になり濟まされたといふ氣分が、人慣れない兄さんの胸に一種の落付を與へるのが、其大原因だらうと思ひます。今迄何處へ泊つてもよく寐られなかつた兄さんは、此處へ來た晩からよく寐ます。現に今私がかうやつて萬年筆《まんねんふで》を走らしてゐる間も、ぐう/\寐てゐます。
 もう一つ此處へ來てから偶然の恩惠に浴したと思ふのは、普通の宿屋のやうに二人が始終膝を突き合はして、一つ部屋にごろ/\してゐないで濟む事です。家《いへ》は今申した通り手狹至極なものであります。門を出て右の坂上にある或る長者《ちやうじや》の拵へた西洋館などに比べると全くの燐寸箱《マツチばこ》に過ぎません。それでも垣を圍《めぐ》らして四方から切り離した獨立の一軒家です。窮屈ではあるが間數《まかず》は五つ程あります。兄さんと私は一つ座敷に吊《つ》つた一つ蚊帳の中に寐ます。然し宿屋と違つて同じ時間に起きる必要はありません。片方が起きても、片方は寐たい丈《だけ》寐てゐられます。私は兄さんをそつとして置いて、次の座敷に据ゑてある一閑張《いつかんばり》の机に向ふ事が出來ます。晝も其通りです。二人差向ひでゐるのが苦痛になれば、何方《どつち》かが勝手に姿を隱して、自分に都合のいゝ事を、好な時間|丈《だけ》やります。それから適當な頃に又出て來て顔を見せます。
 私は斯ういふ偶然を利用して此手紙を書くのであります。さうして此偶然を思ひ掛なく利用する事の出來た自分を、あなたの爲に仕合せと考へます。同時に、それを利用する必要を認め出した自分を、自分のために遺憾だと思ひます。
 私のいふ事は順序からいふと日記體に纒まつて居りません。分類からいふと科學的に區別が立たないかも知れません。然しそれは汽車、俥《くるま》、宿、凡《すべ》て規則的な仕事を妨《さまた》げる旅行といふものゝ障害と、平氣で取り掛りにくいといふ其仕事の性質とが、破壞的に働いた結果と思つて頂くより仕方がありません。斷片的にせよ下《しも》に述べる丈の事を貴方《あなた》に報道し得るのが既に私には意外なのであります。全く偶然の御蔭なのであります。
 
     三十
 
 我々は二人とも大した旅行癖《りよかうへき》のない男です。從つて我々の編み上げた旅程も亦經驗相應に平凡でした。近くで便利な所を人並に廻つて歩けば、夫《それ》で目的の大半は達せられる位な考へで、まづ相模伊豆|邊《あたり》をぼんやり心掛ました。
 それでも私の方が兄さんよりはまだ増しでした。私は重要な場所と、そこへ行くべき交通機關とを略《ほゞ》承知してゐましたが、兄さんに至つては殆んど地理や方角を超越してゐました。兄さんは國府津《こふづ》が小田原《をだはら》の手前か先か知りませんでした。知らないといふより寧ろ構はないのでせう。是程一方に無頓着な兄さんが、何故《なぜ》人事上のあらゆる方面に、同じ平然たる態度を見せる事が出來ないのかと思ふと、私は實際不思議な感に打たれざるを得ません。然しそれは餘事です。話が逸《そ》れると戻り惡《にく》くなりますから、成る可く本流を傳《つた》つて、筋を離れないやうに進む事にしませう。
 我々は始め逗子《づし》を基點として出發する事に相談を極めてゐました。所が其朝新橋へ驅け付ける俥《くるま》の上で、ふと私の考へが變りました。如何に平凡な旅行にしても、眞先に逗子へ行くのは、あまりに平凡過ぎて氣が進まなくなつたのです。私は停車場《ステーシヨン》で兄さんに相談の仕直しを遣りました。私は行程を逆にして、まづ沼津から修善寺《しゆぜんじ》へ出て、それから山越《やまごし》に伊東の方へ下りようと云ひました。小田原と國府津《こふづ》の後先《あとさき》さへ知らない兄さんに異存のある筈がないので、我々はすぐ沼津迄の切符を買つて、其儘東海道行の汽車に乘り込みました。
 汽車中では報知に値《あたひ》する樣な事が別に起りませんでした。先方へ着いても、風呂へ入《はい》つたり、飯を食つたり、茶を飲んだりする間《あひだ》は、是といつて目に着く點もなかつたのです。私は兄さんに就いて、是はことによると家族の人の參考のために、知らせて置く必要があるかも知れないと思ひ出したのは、其日の晩になつてからであります。
 寐るには早過ぎました。話にはもう飽きました。私は旅行中に誰でも經驗する一種の徒然《とぜん》に襲はれました。不圖《ふと》床の間の脇を見ると、其處に重さうな碁盤が一面あつたので、私はすぐそれを室《へや》の眞中へ持ち出しました。無論兄さんを相手に黒白《こくびやく》を爭ふつもりでした。貴方は御存じだか何うだか知りませんが、私は學校にゐた時分、是でよく兄さんと碁を打つたものです。其《その》後《ご》二人とも申し合せたやうに、ぴたりと已《や》めて仕舞ひましたが、この場合、二人が持て餘してゐる時間を、面白く過ごすには碁盤が屈強の道具に違なかつたのです。
 兄さんは暫く碁盤を眺めてゐました。さうして置いて「まあ止さう」と云ひました。私は思ひ込んだ勢ひで、「さう云はずに遣らうぢやないか」と押し返しました。夫《それ》でも兄さんは「いや/\まあ止さう」と云ひます。兄さんの顔を見ると、眼と眉の間に變な表情がありました。それが何の碁なんぞと云つた風の輕蔑又は無頓着を元してゐないのですから、私は一寸|異《い》な心持がしました。然し無理に強ひるのも厭ですから、私はとう/\一人で碁石を取り上げて、黒と白を打手違《うつてちがひ》に、盤の上に並べ始めました。兄さんは少しの間それを見てゐました。私が猶《なほ》默つて打ち續けて行きますと、兄さんは不意に座を立つて廊下へ出ました。大方便所へでも行つたのだらうと思つた私は、一向兄さんの擧動には注意を拂ひませんでした。
 
     三十一
 
 案の通り兄さんは時を移さず戻つて來ました。さうして突然《いきなり》「遣らう」といふや否や、自分の手から、碁石を?《も》ぎ取るやうに引《ひ》つ手繰《たく》りました。私は何の氣もつかずに、「よろしい」と答へて、すぐ打ち始めました。我々のは申す迄もなくヘボ碁ですから、石を下《くだ》すのも早いし、勝負の片付くのも雜作はありません。一時間のうちに悠《いう》に二番位は始末が出來る位だから、見てゐても局に對《むか》つてゐても、間怠《まだる》い思ひは決してないのです。所を兄さんは、その手早く運んで行く碁面を、仕舞|迄《まで》辛抱して眺めてゐるのは苦痛だと云つて、とう/\中途で已《や》めて終ひました。私は心持でも惡くなつたのかと思つて心配しましたが、兄さんはたゞ微笑してゐました。
 床に入《はい》る前になつて、私は始めて兄さんから其時の心理状態の説明を聞きました。兄さんは碁を打つのは固《もと》より、何をするのも厭だつたのださうです。同時に、何かしなくつては居られなかつたのださうです。此矛盾が既に兄さんには苦痛なのでした。兄さんは碁を打ち出せば、屹度《きつと》碁なんぞ打つてゐられないといふ氣分に襲はれると豫知してゐたのです。けれども又打たずには居られなくなつたのです。それで已《やむ》を得ず盤に向つたのです。盤に向ふや否や自烈《じれつ》たくなつたのです。仕舞には盤面に散點する黒と白が、自分の頭を惱ます爲に、わざと續いたり離れたり、切れたり合つたりして見せる、怪物のやうに思はれたのださうです。兄さんはもう些《ちつ》とで、盤面を減茶々々に掻き亂して、此魔物を追拂《おつぱら》ふ所だつたと云ひました。何事も知らなかつた私は、少し驚き乍らも惡い事をしたと思ひました。
 「いや碁に限つた譯ぢやない」と云つて兄さんは、自分の過失《あやまち》を許して呉れました。私は其時兄さんから、兄さんの平生を聞きました。兄さんの態度は碁を中途で已《や》めた時ですら落付いてゐました。上部《うはべ》から見ると何の異状もない兄さんの心持は、恐らくあなた方には理解されてゐないかも知れません。少くとも斯ういふ私には一つの發見でした。
 兄さんは書物を讀んでも、理窟を考へても、飯を食つても、散歩をしても、二六時中何をしても、其處に安住する事が出來ないのださうです。何をしても、こんな事をしてはゐられないといふ氣分に追ひ掛けられるのださうです。
 「自分のしてゐる事が、自分の目的《エンド》になつてゐない程苦しい事はない」と兄さんは云ひます。
 「目的《エンド》でなくつても方便《ミインズ》になれば好いぢやないか」と私が云ひます。
 「それは結構である。ある目的《エンド》があればこそ、方便《ミインズ》が定められるのだから」と兄さんが答へます。
 兄さんの苦しむのは、兄さんが何を何うしても、それが目的《エンド》にならない許《ばか》りでなく、方便《ミインズ》にもならないと思ふからです。たゞ不安なのです。從つて凝《ぢつ》としてゐられないのです。兄さんは落ち付いて寐てゐられないから起きると云ひます。起きると、たゞ起きてゐられないから歩くと云ひます。歩くとたゞ歩いてゐられないから走《か》けると云ひます。既に走《か》け出した以上、何處迄行つても止まれないと云ひます。止まれない許《ばかり》なら好いが刻一刻と速力を増して行かなければならないと云ひます。其極端を想像すると恐ろしいと云ひます。冷汗が出るやうに恐ろしいと云ひます。怖くて/\堪《たま》らないと云ひます。
 
     三十二
 
 私は兄さんの説明を聞いて、驚きました。然しさういふ種類の不安を、生れてからまだ一度も經驗した事のない私には、理解があつても同情は伴《ともな》ひませんでした。私は頭痛を知らない人が、割れるやうな痛みを訴へられた時の氣分で、兄さんの話に耳を傾けてゐました。私はしばらく考へました。考へてゐるうちに、人間の運命といふものが朧氣《おぼろげ》ながら眼の前に浮かんで來ました。私は兄さんの爲に好い慰藉《ゐしや》を見出《みいだ》したと思ひました。
 「君のいふやうな不安は、人間全體の不安で、何も君一人|丈《だけ》が苦しんでゐるのぢやないと覺《さと》れば夫《それ》迄《まで》ぢやないか。詰りさう流轉《るてん》して行くのが我々の運命なんだから」
 私の此言葉はぼんやりしてゐる許《ばかり》でなく、頗る不快に生温《なまぬ》るいものでありました。鋭い兄さんの眼から出る輕侮の一瞥《いちべつ》と共に葬られなければなりませんでした。兄さんは斯う云ふのです。
 「人間の不安は科學の發展から來る。進んで止《とゞ》まる事を知らない科學は、かつて我々に止《とゞ》まる事を許《ゆる》して呉れた事がない。徒歩から俥《くるま》、俥《くるま》から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、何處迄行つても休ませて呉れない。何處迄|伴《つ》れて行かれるか分らない。實に恐ろしい」
 「そりや恐ろしい」と私も云ひました。
 兄さんは笑ひました。
 「君の恐ろしいといふのは、恐ろしいといふ言葉を使つても差支ないといふ意味だらう。實際恐ろしいんぢやないだらう。つまり頭の恐ろしさに過ぎないんだらう。僕のは違ふ。僕のは心臓の恐ろしさだ。脈を打つ活きた恐ろしさだ」
 私は兄さんの言葉に一毫《いちがう》も虚僞の分子の交つてゐない事を保證します。然し兄さんの恐ろしさを自分の舌で甞《な》めて見る事はとても出來ません。
 「凡《すべ》ての人の運命なら、君一人さう恐ろしがる必要がない」と私は云ひました。
 「必要がなくても事實がある」と兄さんは答へました。其上|下《しも》の樣な事も云ひました。
 「人間全體が幾世紀かの後《のち》に到着すべき運命を、僕は僕一人で僕一代のうちに經過しなければならないから恐ろしい。一代のうちなら未《ま》だしもだが、十年間でも、一年間でも、縮めて云へば一ケ月間乃至一週間でも、依然として同じ運命を經過しなければならないから恐ろしい。君は嘘かと思ふかも知れないが、僕の生活の何處を何んな斷片に切つて見ても、たとひ其斷片の長さが一時間だらうと三十分だらうと、それが屹度《きつと》同じ運命を經過しつゝあるから恐ろしい。要するに僕は人間全體の不安を、自分一人に集めて、そのまた不安を、一刻一分の短時間に※[者/火]詰めた恐ろしさを經驗してゐる」
 「それは不可《いけ》ない。もつと氣を樂にしなくつちや」
 「不可《いけ》ない位は自分にも好く解つてゐる」
 私は兄さんの前で默つて煙草を吹かしてゐました。私は心のうちで、何うかして兄さんを此苦痛から救ひ出して上げたいと念じました。私は凡《すべ》て其他の事を忘れました。今迄|凝《ぢつ》と私の顔を見守つてゐた兄さんは、其時突然「君の方が僕より偉い」と云ひました。私は思想の上に於て、兄さんこそ私に優れてゐると感じてゐる際でしたから、此賛辞に對して嬉しいとも難有《ありがた》いとも思ふ氣は起りませんでした。私は矢張默つて煙草を吹かしてゐました。兄さんは段々落ち付いて來ました。夫《それ》から二人とも一つ蚊帳に這入つて寐ました。
 
     三十三
 
 翌日《あくるひ》も我々は同じ所に泊《とま》つてゐました。朝起き拔けに濱邊を歩いた時、兄さんは眠つてゐる樣な深い海を眺めて、「海も斯う靜かだと好いね」と喜びました。近頃の兄さんは何でも動かないものが懷かしいのださうです。その意味で水よりも山が氣に入るのでした。氣に入ると云つても、普通の人間が自然を樂しむ時の心持とは少し違ふやうです。それは下《しも》に擧げる兄さんの言葉で御解りになるでせう。
 「斯うして髭を生やしたり、洋服を着たり、シガーを銜《くは》へたりする所を上部《うはべ》から見ると、如何にも一人前《ひとりまへ》の紳士らしいが、實際僕の心は宿なしの乞食見たやうに朝から晩迄うろ/\してゐる。二六時|中《ちゆう》不安に追ひ懸けられてゐる。情ない程落付けない。仕舞には世の中で自分程修養の出來てゐない氣の毒な人間はあるまいと思ふ。さういふ時に、電車の中やなにかで、不圖《ふと》眼を上げて向ふ側を見ると、如何にも苦のなささうな顔に出つ食はす事がある。自分の眼が、ひとたび其邪念の萠《きざ》さないぽかんとした顔に注ぐ瞬間に、僕はしみ/”\嬉しいといふ刺戟を總身《そうしん》に受ける。僕の心は旱魃《かんばつ》に枯れかゝつた稻の穗が膏雨《かうう》を得たやうに蘇《よみが》へる。同時に其顔――何も考へてゐない、全く落付拂つた其顔が、大變氣高く見える。眼が下つてゐても、鼻が低くつても、雜作《ざふさく》は何うあらうとも、非常に氣高く見える。僕は殆んど宗教心に近い敬虔《けいけん》の念をもつて、其顔の前に跪《ひざま》づいて感謝の意を表したくなる。自然に對する僕の態度も全く同じ事だ。昔のやうに唯うつくしいから玩《もてあそ》ぶといふ心持は、今の僕には起《おこ》る餘裕がない」
 兄さんは其時電車のなかで偶然見當る尊《たつと》い顔の部類の中《うち》へ、私を加へました。私は思ひも寄らん事だと云つて辭退しました。すると兄さんは眞面目な態度で斯う云ひました。
 「君でも一日のうちに、損も得も要らない、善も惡も考へない、たゞ天然の儘の心を天然の儘顔に出してゐる事が、一度や二度はあるだらう。僕の尊いといふのは、其時の君の事を云ふんだ。其時に限るのだ」
 兄さんは斯う云はれても覺束《おぼつか》なく見える私のために、具體的な證據を示してやるといふ積《つもり》か、昨夜《ゆうべ》二人が床に入る前の私を取つて來て其例に引きました。兄さんはあの折談話の機《はずみ》でつい興奮し過ぎたと自白しました。然し私の顔を見たときに、その激した心の調子が次第に収まつたと云ふのです。私が肯《うけが》はうと肯《うけが》ふまいと、それには頓着する必要がない、たゞ其時の私から好い影響を受けて、一時的にせよ苦しい不安を免かれたのだと、兄さんは斷言するのです。
 其時の私は前《ぜん》云つた通りです。たゞ煙草を吹かして默つてゐた丈《だけ》です。私は其時|凡《すべ》ての事を忘れました。獨り兄さんを何うにかして此不安の裡《うち》から救つて上げたいと念じました。けれども私の心が兄さんに通じようとは思ひませんでした。又通じさせようといふ氣は無論ありませんでした。だから何にも云はずに默つて煙草を吹かしてゐたのです。然し其處に純粹な誠があつたのかも知れません。兄さんは其誠を私の顔に讀んだのでせうか。
 私は兄さんと砂濱の上をのそり/\と歩きました。歩きながら考へました。兄さんは早晩宗教の門を潜《くゞ》つて始めて落付ける人間ではなからうか。もつと強い言葉で同じ意味を繰り返すと、兄さんは宗教家になる爲に、今は苦痛を受けつゝあるのではなからうか。
 
     三十四
 
 「君近頃神といふものに就いて考へた事はないか」
 私は仕舞に斯ういふ質問を兄さんに掛けました。私が此處でとくに「近頃」と斷つたのは、書生時代の古い回想から來たものであります。其時分は二人共まだ考への纒《まと》まらない青二才でしたが、それでも私は思索に耽《ふけ》り勝《がち》な兄さんと、よく神の存在に就いて云々したものであります。序《ついで》だから申しますが、兄さんの頭は其時分から少し外の人とは變つてゐました。兄さんは浮々《うか/\》と散歩をしてゐて、ふと自分が今歩いてゐたなといふ事實に氣が付くと、さあ夫《それ》が解すべからざる問題になつて、考へずには居られなくなるのでした。歩かうと思へば歩くのが自分に違ないが、其歩かうと思ふ心と、歩く力とは、果して何處から不意に湧いて出るか、それが兄さんには大いなる疑問になるのでした。
 二人はそんな事から神とか第一原因とかいふ言葉をよく使ひました。今から考へると解らずに使つたのでした。然し口の先で使ひ慣れた結果、仕舞には神も何時《いつ》か陳腐《ちんぷ》になりました。それから二人とも申し合せた樣に默りました。默つてから何年目になるでせう。私は靜かな夏の朝の、海といふ深い色を沈める大きな器《うつは》の前に立つて、兄さんと相對しつゝ、再び神といふ言葉を口にしたのであります。
 然し兄さんは其言葉を全く忘れてゐました。思ひ出す氣色《けしき》さへありませんでした。私の質問に對する返事としては、たゞ微《かす》かな苦笑があの皮肉な唇の端《はし》を横切つた丈《だけ》でした。
 私は兄さんの此態度で辟易《へきえき》する程に臆病ではありませんでした。また思ふ事を云ひ終《おほ》せずに引込む程|疎《うと》い間柄でもありませんでした。私は一歩前へ進みました。
 「何處の馬の骨だか分らない人間の顔を見てさへ、時々|難有《ありがた》いといふ氣が起《おこ》るなら、圓滿な神の姿を束《つか》の間《ま》も離れずに拜んでゐられる場合には、何百倍幸福になるか知れないぢやないか」
 「そんな意味のない口先|丈《だけ》の論理《ロジツク》が何の役に立つものかね。そんなら神を僕の前に連れて來て見せて呉れるが好い」
 兄さんの調子にも兄さんの眉間《みけん》にも自烈《じれつ》たさうなものが顫動《せんどう》してゐました。兄さんは突然|足下《あしもと》にある小石を取つて二三間波打際の方に馳《か》け出しました。さうして夫《それ》を遙《はるか》の海の中へ投げ込みました。海は靜かに其小石を受け取りました。兄さんは手應《てごたへ》のない努力に、憤《いきどほ》りを起《おこ》す人のやうに、二度も三度も同じ所作を繰返しました。兄さんは磯へ打ち上げられた昆布《こぶ》だか若布《わかめ》だか、名も知れない海藻《かいさう》の間《あひだ》を構はず駈け廻りました。それから又私の立つて見てゐる所へ歸つて來ました。
 「僕は死んだ神より生きた人間の方が好きだ」
 兄さんは斯う云ふのです。さうして苦しさうに呼息《いき》をはずませてゐました。私は兄さんを連れて、又そろ/\宿の方へ引き返しました。
 「車夫でも、立ん坊でも、泥棒でも、僕が難有《ありがた》いと思ふ刹那《せつな》の顔、即ち神ぢやないか。山でも川でも海でも、僕が崇高だと感ずる瞬間の自然、取りも直さず神ぢやないか。其外に何んな神がある」
 兄さんから斯う論じかけられた私は、たゞ「成程」と答へる丈《だけ》でした。兄さんは其時は物足りない顔をします。然し後《あと》になると矢張《やつぱ》り私に感心した樣な素振《そぶり》を見せます。實を云ふと、私の方が兄さんに遣り込められて感心する丈《だけ》なのですが。
 
     三十五
 
 我々は沼津で二日|程《ほど》暮しました。序《ついで》に興津《おきつ》迄行かうかと相談した時、兄さんは厭だと云ひました。旅程に掛けては、萬事私の思ひの儘になつてゐる兄さんが、何故《なぜ》其時に限つて斷然私の申《まを》し出《いで》を拒絶したものか、私には頓《とん》と解りませんでした。後《あと》で其説明を聞いたら、三保《みほ》の松原《まつばら》だの天女《てんによ》の羽衣《はごろも》だのが出て來る所は嫌ひだと云ふのです。兄さんは妙な頭を有《も》つた人に違ありません。
 我々はつひに三島《みしま》迄引き返しました。其處で大仁《おほひと》行の汽車に乘り換へて、とう/\修善寺《しゆぜんじ》へ行きました。兄さんには始めから此温泉が大變氣に入つてゐたやうです。然し肝心《かんじん》の目的地へ着くや否や、兄さんは「おや/\」といふ失望の聲を放ちました。實際兄さんの好いてゐたのは、修善寺といふ名前で、修善寺といふ所ではなかつたのです。瑣事《さじ》ですが、是も幾分か兄さんの特色になりますから序《ついで》に附加へて置きます。
 御承知の通り此温泉場は、山と山が抱合つてゐる隙間から谷底へ陷落したやうな低い町にあります。一旦其所へ這入つた者は、何方《どつち》を見ても青い壁で鼻が支《つか》へるので、仕方なしに上を見上げなければなりません。俯向《うつむ》いて歩いたら、地面の色さへ碌に眼には留まらない位狹苦しいのです。今迄海よりも山の方が好いと云つてゐた兄さんは、修善寺へ來て山に取り圍まれるが早いか、急に窮屈がり出しました。私はすぐ兄さんを伴《つ》れて、表へ出て見ました。すると、普通の町なら先《まづ》往來に當る所が、一面の川床《かはどこ》で、青い水が岩に打《ぶ》つかりながら其|中《なか》を流れてゐるのです。だから歩くと云つても、歩きたい丈《だけ》歩く餘地は無論ありませんでした。私は川の眞中《まんなか》の岩の間から出る温泉に兄さんを誘ひ込みました。男も女もごちや/\に一つ所《とこ》に浸《つか》つてゐるのが面白かつたからです。不潔な事も話の種になる位でした。兄さんと私はさすがに其所へ浴衣《ゆかた》を投げ棄てゝ這入る勇氣はありませんでした。然し湯の中にゐる黒い人間を、岩の上に立つて物好《ものずき》らしく何時《いつ》迄も眺めてゐました。兄さんは嬉しさうでした。岩から岸に渡した危ない板を踏みながら元の路へ引き返す時に、兄さんは「善男善女《ぜんなんぜんによ》」といふ言葉を使ひました。それが雜談半分の形容詞でなく、全くさう思はれたらしいのです。
 翌朝《あくるあさ》楊枝《やうじ》を銜《くは》へながら、一所に内風呂に浸《つか》つた時、兄さんは「昨夕《ゆうべ》も寐られないで困つた」と云ひました。私は今の兄さんに取つて寐られないが一番毒だと考へてゐましたので、つい夫《それ》を問題にしました。
 「寐られないと、何《どう》かして寐よう/\と焦《あせ》るだらう」と私が聞きました。
 「全くさうだ、だから猶《なほ》寐られなくなる」と兄さんが答へました。
 「君、寐なければ誰かに濟まない事でもあるのか」と私が又聞きました。
 兄さんは變な顔をしました。石で疊んだ風呂槽《ふろをけ》の縁《ふち》に腰を掛けて、自分の手や腹を眺めてゐました。兄さんは御存じの通り餘り肥《ふと》つては居ません。
 「僕も時々寐られない事があるが、寐られないのも亦《また》愉快なものだ」と私が云ひました。
 「何うして」と今度は兄さんが聞きました。私は其時私の覺えてゐた燈影《とうえい》無睡《むすゐ》を照《てら》し心清《しんせい》妙香《めうかう》を聞《き》くといふ古人の句を兄さんの爲に擧げました。すると兄さんは忽ち私の顔を見てにや/\と笑ひました。
 「君のやうな男にさういふ趣《おもむき》が解るかね」と云つて、不審さうな樣子をしました。
 
     三十六
 
 その日私はまた兄さんを引張《ひつぱ》り出して今度は山へ行きました。上を見て山に行き、下を向いて湯に入《はい》る、それより外にする事は先づない所なのですから。
 兄さんは痩せた足を鞭《むち》のやうに使つて細い道を達者に歩きます。其代り疲れる事も亦人一倍早いやうです。肥つた私がのそ/\後《あと》から上《あが》つて行くと、木の根に腰を掛けて、せえ/\云つてゐます。兄さんのは他《ひと》を待ち合せるのではありません。自分が呼息《いき》を切らして已《や》むを得ずに斃《たふ》れるのです。
 兄さんは時々立ち留まつて茂みの中に咲いてゐる百合を眺めました。一度などは白い花片《はなびら》をとくに指さして、「あれは僕の所有だ」と斷りました。私にはそれが何の意味だか解りませんでしたが、別に聞き返す氣も起らずに、とう/\天邊《てつぺん》迄《まで》上《のぼ》りました。二人で其處にある茶屋に休んだ時、兄さんは又足の下に見える森だの谷だのを指《さ》して、「あれ等《ら》も悉《こと/”\》く僕の所有だ」と云ひました。二度迄繰り返された此言葉で、私は始めて不審を起しました。然し其不審は其場ですぐ晴らす譯に行きませんでした。私の質問に對する兄さんの答は、たゞ淋《さび》しい笑に過ぎなかつたのです。
 我々は其茶店の床几《しやうぎ》の上で、しばらく死んだやうに寐てゐました。其《その》間《あひだ》兄さんは何を考へてゐたか知りません。私はたゞ明らかな空を流れる白い雲の樣子ばかり見てゐました。私の眼はきら/\しました。次第に歸り途の暑さが想ひやられるやうになりました。私は兄さんを促《うなが》して又山を下《お》りました。其時です。兄さんが突然|後《うしろ》から私の肩をつかんで、「君の心と僕の心とは一體何處迄通じてゐて、何處から離れてゐるのだらう」と聞いたのは。私は立ち留まると同時に、左の肩を二三度強く小突き廻されました。私は身體に感ずる動搖を、同じやうに心でも感じました。私は平生から兄さんを思索家と考へてゐました。一所に旅に出てからは、宗教に這入らうと思つて這入口《はいりくち》が分らないで困つてゐる人のやうにも解釋して見ました。私が心に動搖を感じたといふのは、果して兄さんの此質問が、さういふ立場から出たのであらうかと迷つたからです。私はあまり物に頓着しない性質《たち》です。またあまり物に驚かない、至つて鈍《どん》な男です。けれども出立|前《ぜん》あなたから色々依頼を受けたため、兄さんに對して丈《だけ》は、妙に鋭敏になりたがつてゐました。私は少し平氣の道を踏み外《はづ》しさうになりました。
 「Keine Brücke führt von Mensch zu Mensch.(人から人へ掛け渡す橋はない)」
 私はつい覺えてゐた獨逸《ドイツ》の諺《ことわざ》を返事に使ひました。無論半分は問題を面倒にしない故意《こい》の作略《さりやく》も交《まじ》つてゐたでせうが。すると兄さんは、「さうだらう、今の君はさうより外に答へられまい」と云ふのです。私はすぐ「何故《なぜ》」と云つて聞き返しました。
 「自分に誠實でないものは、決して他人に誠實であり得ない」
 私は兄さんの此言葉を、自分の何處へ應用して好いか氣が付きませんでした。
 「君は僕のお守《もり》になつて、わざ/\一所に旅行してゐるんぢやないか。僕は君の好意を感謝する。けれども左右《さう》いふ動機から出る君の言動は、誠《まこと》を裝《よそほ》ふ僞《いつは》りに過ぎないと思ふ。朋友としての僕は君から離れる丈《だけ》だ」
 兄さんは斯う斷言しました。さうして私を其處へ取殘した儘、一人でどん/\山道を馳け下りて行きました。其時私も兄さんの口を迸《ほとば》しるEinsamkeit、du meine Heimat Einsamkeit!(孤獨なるものよ、汝はわが住居《すまひ》なり)といふ獨逸語《ドイツご》を聞きました。
 
     三十七
 
 私は心配しい/\宿へ歸りました。兄さんは室《へや》の眞ん中に蒼い顔をして寐てゐました。私の姿を見ても口を利きません、動きもしません。私は自然を尊《たつと》む人を、自然の儘にして置く方針を取りました。私は靜かに兄さんの枕元で一服しました。それから氣特の惡い汗を流すために手拭を持つて風呂場へ行きました。私が湯槽《ゆをけ》の縁《ふち》に立つて身體を清めてゐると、兄さんが後《あと》から遣つて來ました。二人は其時始めて物を云ひ合ひました。私は「疲れたらう」と聞きました。兄さんは「疲れた」と答へました。
 午《ひる》の膳に向ふ頃から兄さんの機嫌は段々回復して來ました。私はつひに兄さんに向つて、先刻《さつき》山途で二人の間に起つた芝居がゝりの動作に云ひ及びました。兄さんは始めのうちは苦笑してゐました。然し仕舞には居住居《ゐずまひ》を直して眞面目になりました。さうして實際孤獨の感に堪へないのだと云ひ張りました。私は其時始めて兄さんの口から、彼がたゞに社會に立つてのみならず、家庭にあつても一樣に孤獨であるといふ痛ましい自白を聞かされました。兄さんは親しい私に對して疑念を持つてゐる以上に、其家庭の誰彼を疑《うたぐ》つてゐる樣でした。兄さんの眼には御父さんも御母さんも僞《いつはり》の器《うつは》なのです。細君は殊にさう見えるらしいのです。兄さんは其細君の頭に此間《このあひだ》手を加へたと云ひました。
 「一度|打《ぶ》つても落付いてゐる。二度|打《ぶ》つても落付いてゐる。三度目には抵抗するだらうと思つたが、矢つ張り逆《さか》らはない。僕が打《ぶ》てば打《ぶ》つほど向《むかふ》はレデーらしくなる。そのために僕は益《ます/\》無頼漢《ごろつき》扱ひにされなくては濟まなくなる。僕は自分の人格の墮落を證明するために、怒《いかり》を小羊の上に洩らすと同じ事だ。夫《をつと》の怒《いかり》を利用して、自分の優越に誇らうとする相手は殘酷ぢやないか。君、女は腕力に訴へる男より遙に殘酷なものだよ。僕は何故《なぜ》女が僕に打《ぶ》たれた時、起《た》つて抵抗して呉れなかつたと思ふ。抵抗しないでも好いから、何故|一言《ひとこと》でも云ひ爭つて呉れなかつたと思ふ」
 斯ういふ兄さんの顔は苦痛に充ちてゐました。不思議な事に兄さんはこれ程鮮明に自分が細君に對する不快な動作を話して置きながら、その動作を敢てするに至つた原因に就いては、具體的に殆んど何事も語らないのです。兄さんはたゞ自分の周圍が僞《いつはり》で成立してゐると云ひます。しかも其|偽《いつはり》を私の眼の前で組み立てゝ見せようとはしません。私は何でこの空漠な響を有《も》つ僞《いつはり》といふ字のために、兄さんがそれ程興奮するかを不審がりました。兄さんは私が僞《いつはり》といふ言葉を字引で知つてゐる丈《だけ》だから、そんな迂濶《うくわつ》な不審を起すのだと云つて、實際に遠い私を窘《たし》なめました。兄さんから見れば、私は實際に遠い人間なのです。私は強《し》ひて兄さんから僞《いつはり》の内容を聞かうともしませんでした。從つて兄さんの家庭には何んな面倒な事情が縺《もつ》れ合つてゐるか、私には頓《とん》と解りません。好んで聞くべき筋でもなし、又聞いて置かないでも、家庭の一員たる貴方には報道の必要のない事と思ひましたから、其儘にして濟ましました。たゞ御參考迄に一言《いちごん》注意して置きますが、兄さんは其時御兩親や奧さんに就いて、抽象的ながら云々《うん/\》されたに拘《かゝ》はらず、貴方に關しては、二郎といふ名前さへ口にされませんでした。それからお重《しげ》さんとかいふ妹さんの事に就いても何にも云はれませんでした。
 
     三十八
 
 私が兄さんにマラルメの話をしたのほ修善寺《しゆぜんじ》を立つて小田原《をだはら》へ來た晩の事です。專門の違ふ貴方だから、或は失禮にもなるまいと思つて書き添へますが、マラルメと云ふのは有名な佛蘭西《フランス》の詩人の名前です。斯ういふ私も實はその名前だけしか知らないのです。だから話と云つた所で作物《さくぶつ》の批評などではありません。東京を立つ前に、取りつけの外國雜誌の封を切つて、一寸眼を通したら、其うちにこの詩人の逸話があつたのを、面白いと思つて覺えてゐたので、私はついそれを擧げて、兄さんの反省を促《うなが》して見たくなつたのです。
 此マラルメと云ふ人にも多くの若い崇拜者がありました。其人達はよく彼の家に集まつて、彼の談話に耳を傾ける宵を更《ふか》したのですが、如何に多くの人が押し懸けても、彼の坐るべき場所は必ず暖爐の傍《そば》で、彼の腰を卸《おろ》すのは必ず一箇の搖椅《ゆりいす》と極つてゐました。是は長い習慣で定《さだ》められた規則のやうに、誰も犯すものがなかつたといふ事です。所がある晩新しい客が來ました。慥《たし》か英吉利《イギリス》のシモンズだつたといふ話ですが、その客は今日《こんにち》迄《まで》の習慣を丸《まる》で知らないので、何《ど》の席も何《ど》の椅子も同じ價《あたひ》と心得たのでせう、當然マラルメの坐るべきかの特別の椅子へ腰を掛けて仕舞ひました。マラルメは不安になりました。何時《いつ》ものやうに話に實《み》が入りませんでした。一座は白けました。
 「何といふ窮屈な事だらう」
 私はマラルメの話をした後《あと》で、斯ういふ一句の斷案を下しました。さうして兄さんに向つて、「君の窮屈な程度はマラルメよりも烈しい」と云ひました。
 兄さんは鋭敏な人です。美的にも倫理的にも、智的にも鋭敏過ぎて、つまり自分を苦しめに生れて來たやうな結果に陷《おちい》つてゐます。兄さんには甲でも乙でも構はないといふ鈍《どん》な所がありません。必ず甲か乙かの何方《どつち》かでなくては承知出來ないのです。しかも其甲なら甲の形なり程度なり色合《いろあひ》なりが、ぴたりと兄さんの思ふ坪に嵌《はま》らなければ肯《うけ》がはないのです。兄さんは自分が鋭敏な丈《だけ》に、自分の斯うと思つた針金の樣に際《きは》どい線の上を渡つて生活の歩《ほ》を進めて行きます。其代り相手も同じ際どい針金の上を、踏み外《はづ》さずに進んで來て呉れなければ我慢しないのです。然し是が兄さんの我儘から來ると思ふと間違ひです。兄さんの豫期通りに兄さんに向つて働き懸ける世の中を想像して見ると、それは今の世の中より遙に進んだものでなければなりません。從つて兄さんは美的にも智的にも乃至《ないし》倫理的にも自分程進んでゐない世の中を忌むのです。だから唯の我儘とは違ふでせう。椅子を失つて不安になつたマラルメの窮屈ではありますまい。
 然し苦しいのは或はそれ以上かも知れません。私は何うかして其|苦《くるし》みから兄さんを救ひ出したいと念じてゐるのです。兄さんも自分で其苦しみに堪へ切れないで、水に溺れかゝつた人のやうに、只管《ひたすら》藻掻《もが》いてゐるのです。私には心のなかの其爭ひが能く見えます。然し天賦《てんぷ》の能力と教養の工夫とで漸く鋭くなつた兄さんの眼を、たゞ落付を與へる目的のために、再び昧《くら》くしなければならないといふ事が、人生の上に於て何んな意義になるでせうか。よし意義があるにした所で、人間として出來得る仕事でせうか。
 私は能く知つてゐました。考へて/\考へ拔いた兄さんの頭には、血と涙で書かれた宗教の二字が、最後の手段として、躍り叫んでゐる事を知つてゐました。
 
     三十九
 
 「死ぬか、氣が違ふか、夫《それ》でなければ宗教に入るか。僕の前途には此三つのものしかない」
 兄さんは果して斯う云ひ出しました。其時兄さんの顔は、寧ろ絶望の谷に赴《おもむ》く人の樣に見えました。
 「然し宗教には何うも這入れさうもない。死ぬのも未練に食ひ留められさうだ。なればまあ氣違だな。然し未來の僕は偖《さて》置《お》いて、現在の僕は君|正氣《しやうき》なんだらうかな。もう既に何うかなつてゐるんぢやないかしら。僕は怖くて堪まらない」
 兄さんは立つて縁側へ出ました。其處から見へる海を手摺《てすり》に倚《よ》つてしばらく眺めてゐました。夫《それ》から室《へや》の前を二三度行つたり來たりした後《あと》、又元の所へ歸つて來ました。
 「椅子位失つて心の平和を亂されるマラルメは幸ひなものだ。僕はもう大抵なものを失つてゐる。纔《わづか》に自己の所有として殘つてゐる此肉體さへ、(此手や足さへ、)遠慮なく僕を裏切る位だから」
 兄さんの此言葉は、好い加減な形容ではないのです。昔から内省の力に勝つてゐた兄さんは、あまり考へた結果として、今は此力の威壓に苦しみ出してゐるのです。兄さんは自分の心が如何《どん》な状態にあらうとも、一應それを振り返つて吟味した上でないと、決して前へ進めなくなつてゐます。だから兄さんの命の流れは、刹那々々《せつな/\》にぽつ/\中斷されるのです。食事中一分毎に電話口へ呼び出されるのと同じ事で、苦しいに違ありません。然し中斷するのも兄さんの心なら、中斷されるのも兄さんの心ですから、兄さんは詰まる所二つの心に支配されてゐて、其二つの心が嫁《よめ》と姑《しうと》の樣に朝から晩迄責めたり、責められたりしてゐるために、寸時の安心も得られないのです。
 私は兄さんの話を聞いて、始めて何も考へてゐない人の顔が一番|氣高《けだか》いと云つた兄さんの心を理解する事が出來ました。兄さんが此判斷に到着したのは、全く考へた御蔭です。然し考へた御蔭で此|境界《きやうがい》には這入れないのです。兄さんは幸福になりたいと思つて、たゞ幸福の研究ばかりしたのです。所がいくら研究を積んでも、幸福は依然として對岸にあつたのです。
 私はとう/\兄さんの前に再び神といふ言葉を持ち出しました。さうして意外にも突然兄さんから頭を打たれました。然し是は小田原で起つた最後の幕です。頭を打たれる前にまだ一節《いつせつ》ありますから、先《まづ》それから御報知しようと思ひます。然し前にも申した通り、貴方と私とは丸《まる》で專門が違ひますので、私の筆にする事が、時によると變に物識《ものしり》めいた餘計《よけい》な云ひ草のやうに貴方の眼に映るかも知れません。それで貴方に關係のない片假名|抔《など》を入れる時は、猶更《なほさら》躊躇しがちになりますが、是でも必要と認めない限り、成るべくそんな性質《たち》の文字は、省いてゐるのですから、貴方も其|積《つもり》で虚心に讀んで下さい。少しでも貴方の心に輕薄といふ疑念が起る樣では、折角書いて上げたものが、前後を通じて、何の役にも立たなくなる恐れがありますから。
 私がまだ學校に居た時分、モハメツドに就いて傳へられた下《しも》のやうな物語を、何かの書物で讀んだ事があります。モハメツドは向ふに見える大きな山を、自分の足元へ呼び寄せて見せるといふのださうです。それを見たいものは何月何日を期して何處へ集まれといふのださうです。
 
     四十
 
 期日になつて幾多の群衆が彼の周圍を取卷いた時、モハメツドは約束通り大きな聲を出して、向ふの山に此方《こつち》へ來いと命令しました。所が山は少しも動き出しません。モハメツドは澄ましたもので、又同じ號令を掛けました。それでも山は依然として凝《ぢつ》としてゐました。モハメツドはとう/\三度號令を繰返さなければならなくなりました。然し三度云つても、動く氣色《けしき》の見えない山を眺めた時、彼は群衆に向つて云ひました。――「約束通り自分は山を呼び寄せた。然し山の方では來たくないやうである。山が來て呉れない以上は、自分が行くより外に仕方があるまい」。彼はさう云つて、すた/\山の方へ歩いて行つたさうです。
 此話を讀んだ當時の私はまだ若う御座いました。私はいゝ滑稽《こつけい》の材料を得た積《つもり》で、それを方々へ持つて廻りました。すると其内に一人の先輩がありました。みんなが笑ふのに、その先輩|丈《だけ》は「あゝ結構な話だ。宗教の本義は其處にある。それで盡《つく》してゐる」と云ひました。私は解らぬながらも、その言葉に耳を傾けました。私が小田原で兄さんに同じ話を繰返したのは、それから何年目になりますか、話は同じ話でも、もう滑稽の爲ではなかつたのです。
 「何故《なぜ》山の方へ歩いて行かない」
 私が兄さんに斯う云つても、兄さんは黙つてゐます。私は兄さんに私の主意が徹しないのを恐れて、附《つ》け足《た》しました。
 「君は山を呼び寄せる男だ。呼び寄せて來ないと怒る男だ。地團太《ぢだんだ》を踏んで口惜《くや》しがる男だ。さうして山を惡く批判する事|丈《だけ》を考へる男だ。何故《なぜ》山の方へ歩いて行かない」
 「もし向ふが此方《こつち》へ來るべき義務があつたら何うだ」と兄さんが云ひます。
 「向ふに義務があらうとあるまいと、此方《こつち》に必要があれば此方《こつち》で行くだけの事だ」と私が答へます。
 「義務のない所に必要のある筈がない」と兄さんが主張します。
 「ぢや幸福の爲に行くさ。必要のために行きたくないなら」と私が又答へます。
 兄さんは是で又黙りました。私のいふ意味はよく兄さんに解つてゐるのです。けれども是非、善惡、美醜の區別に於いて、自分の今日《こんにち》迄に養ひ上げた高い標準を、生活の中心としなければ生きてゐられない兄さんは、さらりとそれを擲《なげう》つて、幸福を求める氣になれないのです。寧ろそれに振《ぶ》ら下《さ》がりながら、幸福を得ようと焦燥《あせ》るのです。さうして其矛盾も兄さんには能く呑み込めてゐるのです。
 「自分を生活の心棒《しんぼう》と思はないで、綺麗に投げ出したら、もつと樂《らく》になれるよ」と私が又兄さんに云ひました。
 「ぢや何を心棒にして生きて行くんだ」と兄さんが聞きました。
 「神さ」と私が答へました。
 「神とは何だ」と兄さんが又聞ました。
 私は此處で一寸自白しなければなりません。私と兄さんと斯う問答をしてゐる所を御讀みになる貴方には、私がさも宗教家らしく映ずるかも知れませんが、――私が何うかして兄さんを信仰の道に引き入れようと力《つと》めてゐるやうに見えるかも知れませんが、實を云ふと、私は耶蘇《ヤソ》にもモハメツドにも縁のない、平凡な唯の人間に過ぎないのです。宗教といふものを夫《それ》程《ほど》必要とも思はないで、漫然と育つた自然の野人なのです。話が兎角そちらへ向くのは、全く相手に兄さんといふ烈しい煩悶家《はんもんか》を控へてゐる爲だつたのです。
 
     四十一
 
 私が兄さんに遣られた原因も全く其處にあつたのです。事實私は神といふものを知らない癖に、神といふ言葉を口にしました。兄さんから反問された時に、それは天とか命《めい》とかいふ意味と同じものだと漠然《ばくぜん》答へて置いたら、まだ可《よ》かつたかも知れません。所が前後の行きがゝり上、私にはそんな説明の餘裕がなくなりました。其時の問答はたしか下《しも》の樣な順序で進行したかと思ひます。
私「世の中の事が自分の思ふ樣にばかりならない以上、そこに自分以外の意志が働いてゐるといふ事實を認めなくてはなるまい」
 「認めてゐる」
私「さうして其意志は君のよりも遙に偉大ぢやないか」
 「偉大かも知れない、僕が負けるんだから。けれども大概は僕のよりも不善《ふぜん》で不美《ふび》で不眞《ふしん》だ。僕は彼等に負かされる譯がないのに負かされる。だから腹が立つのだ」
私「それは御互に弱い人間同志の競合《せりあひ》を云ふんだらう。僕のはさうぢやない、もつと大きなものを指《さ》すのだ」
 「そんな曖昧《あいまい》なものが何處にある」
私「なければ君を救ふ事が出來ない丈《だけ》の話だ」
 「ぢや暫くあると假定して……」
私「萬事|其方《そつち》へ委任して仕舞ふのさ。何分宜しく御頼み申しますつて。君、俥《くるま》に乘つたら、落《おつ》ことさないやうに車夫《くるまや》が引いて呉れるだらうと安心して、俥《くるま》の上で寐る事は出來ないか」
 「僕は車夫《くるまや》程信用出來る神を知らないのだ。君だつて左右《さう》だらう。君のいふ事は、全く僕の爲に拵へた説教で、君自身に實行する經典ぢやないのだらう」
私「左右《さう》ぢやない」
 「ぢや君は全く我《が》を投げ出してゐるね」
私「まあ左右《さう》だ」
 「死なうが生きようが、神の方で好いやうに取計つて呉れると思つて安心してゐるね」
私「まあ左右《さう》だ」
 私は兄さんから斯う詰寄せられた時、段々|危《あや》しくなつて來るやうな氣がしました。けれども前後の勢ひが自分を支配してゐる最中《さいちゆう》なので、また何うする譯にも行きません。すると兄さんが突然手を擧げて、私の横面《よこつら》をぴしやりと打ちました。
 私は御承知の通り餘程神經の鈍《にぶ》く出來た性質《たち》です。御蔭で今日《こんにち》迄餘り人と爭つた事もなく、又人を怒らした試《ためし》も知らずに過ぎました。私の鈍《のろ》い所爲《せゐ》でもあつたでせうが、子供の時ですら親に打たれた覺えはありません。成人しては無論の事です。生れて始めて手を顔に加へられた私は其時われ知らずむつとしました。
 「何をするんだ」
 「それ見ろ」
 私には此「それ見ろ」が解らなかつたのです。
 「亂暴ぢやないか」と私が云ひました。
 「それ見ろ。少しも神に信頼してゐないぢやないか。矢張《やつぱ》り怒るぢやないか。一寸した事で氣分の平均を失ふぢやないか。落付が転覆するぢやないか」
 私は何とも答へませんでした。又何とも答へられませんでした。そのうちに兄さんはつと座を立ちました。私の耳にはどん/\階子段《はしごだん》を馳け下りて行く兄さんの足音|丈《だけ》が殘りました。
 
     四十二
 
 私は下女を呼んで伴《つれ》の御客さんは何うしたと聞いて見ました。
 「今しがた表へ御出になりました。大方《おほかた》濱でせう」
 下女の返事が私の想像と一致したので、私はそれ以上の掛念《けねん》を省いて、ごろりと其處に横になりました。すると衣桁《いかう》の端《はじ》に懸つてゐる兄さんの夏帽子がすぐ眼に着きました。兄さんは此暑いのに帽子も被らずに何處かへ飛び出して行つたのです。あなたの樣に、兄さんの一擧一動を心配する人から見たら、仰向けに寐そべつた其時の私の姿は、少し呑気《のんき》過ぎたかも知れません。是は固《もと》より私の鈍《のろ》い神經の仕業に違ないのです。けれども唯|鈍《のろ》い丈《だけ》で説明する以外に、もう少し御參考になる點も交つてゐるやうですから、夫《それ》を一寸申上げます。
 私は兄さんの頭を信じてゐました。私よりも鋭敏な兄さんの理解力に尊敬を拂つてゐました。兄さんは時々普通の人に解らない樣な事を出し拔けに云ひます。それが知らないものゝ耳や、教育の乏しい男の耳には、何處かに破目《われめ》の入つた鐘の音《ね》として、變に響くでせうけれども、能く兄さんを心得た私には、却つて習慣的な言説よりは難有《ありがた》かつたのです。私は平生から其處に兄さんの特色を認めてゐました。だから心配の必要はないと、あれ程強くあなたに斷言して憚らなかつたのです。それで一所に旅に出ました。旅へ出てからの兄さんは今迄私が叙述して來た通りですが、私は此旅行先の兄さんの爲に、少しづゝ故《もと》の考へを訂正しなければならない樣になつて來たのです。
 私は兄さんの頭が、私より判然《はつきり》と整《とゝの》つてゐる事に就いて、今でも少しの疑ひを挾《さしは》さむ餘地はないと思ひます。然し人間としての今の兄さんは、故《もと》に較《くら》べると、何處か亂れてゐるやうです。さうして其亂れる原因を考へて見ると、判然《はつきり》と整つた彼の頭の働き其物から來てゐるのです。私から云へば、整つた頭には敬意を表したいし、又亂れた心には疑ひを置きたいのですが、兄さんから見れば、整つた頭、取りも直さず亂れた心なのです。私はそれで迷ひます。頭は確《たしか》である、然し氣はことによると少し變かも知れない。信用は出來る、然し信用は出來ない。斯う云つたら貴方はそれを滿足な報道として受け取られるでせうか。それより外に云ひやうのない私は、自分自身で既に困つて仕舞つたのです。
 私は梯子段《はしごだん》をどん/\馳け下りて行つた兄さんを其儘にして、ごろりと横になりました。私は夫《それ》程《ほど》安心してゐたのです。帽子も被らずに出て行つた位だから、すぐ歸るに極《きま》つてゐると考へたのです。然し兄さんは豫想通りさう手輕くは戻りませんでした。すると私もつひに大の字になつて居られなくなりました。私は仕舞に明らかな不安を抱いて起《た》ち上りました。
 濱へ出ると、日は何時《いつ》か雲に隱れてゐました。薄どんよりと曇り掛けた空と、其下にある磯と海が、同じ灰色を浴びて、物憂く見える中を、妙に生温《なまぬる》い風が磯臭《いそくさ》く吹いて來ました。私は其灰色を彩《いろ》どる一點として、向ふの波打際に蹲踞《しやが》んでゐる兄さんの姿を、白く認めました。私は黙つて其方角へ歩いて行きました。私は後《うしろ》から聲を掛けた時、兄さんはすぐ立ち上つて「先刻《さつき》は失敬した」と云ひました。
 兄さんは目的《あて》もなくまた留度《とめど》もなく其處いらを歩いた揚句、仕舞に疲れたなりで疲れた場所に蹲踞《しやが》んでしまつたのださうです。
 「山に行かう。もう此處は厭になつた。山に行かう」
 兄さんは今にも山へ行きたい風でした。
 
     四十三
 
 我々は其晩とう/\山へ行く事になりました。山と云つても小田原からすぐ行かれる所は箱根の外にありません。私は此通俗な温泉場へ、最も通俗でない兄さんを連れ込んだのです。兄さんは始めから、屹度《きつと》騷々しいに違ないと云つてゐました。それでも山だから二三日は我慢出來るだらうと云ふのです。
 「我慢しに温泉場へ行くなんて勿體《もつたい》ない話だ」
 是も其時兄さんの口から出た自嘲《じてう》の言葉でした。果して兄さんは着いた晩からして、八釜しい隣室の客を我慢しなければならなくなりました。此客は東京のものか横濱のものか解りませんが、何でも言葉の使ひやうから判斷すると、商人とか請負師《うけおひし》とか仲買《なかがひ》とかいふ部に屬する種類の人間らしく思はれました。時々不調和に大きな聲を出します。傍若無人《ばうじやくぶじん》に騷ぎます。さういふ事に餘り頓着のない私さへ隨分|辟易《へきえき》しました。御蔭で其晩は兄さんも私も些《ちつ》とも六づかしい話をしずに寐て仕舞ました。つまり隣りの男が我々の思索を破壞するために騷いだ事に當るのです。
 翌《あく》る朝《あさ》私が兄さんに向つて、「昨夜《ゆうべ》は寐られたか」と聞きますと、兄さんは首を掉《ふ》つて、「寐られる所か。君は實に羨ましい」と答へました。私は何うしても寐つかれない兄さんの耳に、さかんな鼾聲《いびき》を終宵《よもすがら》聞かせたのださうでず。
 其日は夜明から小雨《こさめ》が降つてゐました。それが十時頃になると本降《ほんぶり》に變りました。午《ひる》少し過には、多少の暴模樣《あれもやう》さへ見えて來ました。すると兄さんは突然立ち上つて尻《しり》を端折《はしを》ります。是から山の中を歩くのだと云ひます。凄まじい雨に打たれて、谷《たに》崖《がけ》の容赦《ようしや》なく無暗に運動するのだと主張します。御苦勞千萬だとは思ひましたが、兄さんを思ひ留らせるよりも、私が兄さんに賛成した方が、手數《てかず》が省けますので、つい「宜からう」と云つて、私も尻《しり》を端折《はしを》りました。
 兄さんはすぐ呼息《いき》の塞《つま》るやうな風に向つて突進しました。水の音だか、空の音だか、何とも蚊とも喩へられない響の中を、地面から跳ね上る護謨球《ゴムだま》のやうな勢ひで、ぽん/\飛ぶのです。さうして血管の破裂する程大きな聲を出して、たゞわあつと叫びます。其勢ひは昨夜《ゆうぺ》の隣室の客より何層倍猛烈だか分りません。聲だつて彼よりも遙に野獣らしいのです。しかも其原始的な叫びは、口を出るや否や、すぐ風に攫《さら》つて行かれます。それを又雨が追ひ懸けて碎き盡します。兄さんは暫くして沈黙に歸りました。けれどもまだ歩き廻りました。呼息《いき》が切れて仕方なくなる迄歩き廻りました。
 我々が濡《ぬ》れ鼠《ねずみ》のやうになつて宿へ歸つたのは、出てから一時間目でしたらうか、又二時間目に懸りましたらうか。私は臍《へそ》の底《そこ》まで冷えました。兄さんは唇の色を變へてゐました。湯に這入つて暖まつた時、兄さんはしきりに「痛快だ」と云ひました。自然に敵意がないから、いくら征服されても痛快なんでせう。私はたゞ「御苦勞な事だ」と云つて、風呂のなかで心持よく足を伸ばしました。
 其晩は豫期に反して、隣の室《へや》がひつそりと靜まつてゐました。下女に聞いて見ると、兄さんを惱ました昨夕《ゆうべ》の客は、何時《いつ》の間《ま》にかもう立つて仕舞つたのでした。私が兄さんから思ひ掛けない宗教觀を聞かされたのは其宵の事です。私は一寸驚きました。
 
     四十四
 
 貴方も現代の青年だから宗教といふ古めかしい言葉に對してあまり同情は持つて居られないでせう。私も小六《こむ》づかしい事は成るべく言はずに濟ましたいのです。けれども兄さんを理解するためには、是非共其處へ觸れて來なければなりません。あなたには興味もなからうし、又意外でもあらうけれども、それを遠慮する以上、肝腎の兄さんが不可解になる丈《だけ》だから、辛抱して此處のところを飛ばさずに讀んで下さい。辛抱さへなされば、貴方には能く解る事なんです。讀んでさうして善く兄さんを呑み込んだ上、御老人方の合點《がてん》の行《ゆ》かれるやうに御宅へ紹介して上げて下さい。私は兄さんに就いて過度の心勞をされる御年寄に對して實際御氣の毒に思つてゐます。然し今の處貴方を通してより外に、ありの儘の兄さんを、兄さんの家庭に知らせる手段はないのだから、貴方も少し眞面目になつて、聞き慣れない字面に眼を御注《おそゝ》ぎなさい。私は醉興で六づかしい事を書くのではありません。六づかしい事が活きた兄さんの一部分なのだから仕方がないのです。二つを引き離すと血や肉から出來た兄さんも亦存在しなくなるのです。
 兄さんは神でも佛でも何でも自分以外に權威のあるものを建立《こんりふ》するのが嫌ひなのです。(この建立《こんりふ》といふ言葉も兄さんの使つた儘を、私が踏襲するのです)。それではニイチエのやうな自我を主張するのかといふと左右《さう》でもないのです。
 「神は自己だ」と兄さんが云ひます。兄さんが斯う強い斷案を下す調子を、知らない人が蔭で聞いてゐると、少し變だと思ふかも知れません。兄さんは變だと思はれても仕方のないやうな激した云ひ方をします。
 「ぢや自分が絶對だと主張すると同じ事ぢやないか」と私が非難します。兄さんは動きません。
 「僕は絶對だ」と云ひます。
 斯ういふ問答を重《かさ》ねれば重《かさ》ねる程、兄さんの調子は益《ます/\》變になつて來ます。調子ばかりではありません、云ふ事も次第に尋常を外《はづ》れて來ます。相手が若し私のやうなものでなかつたならば、兄さんは最後|迄《まで》行かないうちに、純粋な氣違として早く葬られ去つたに違ありません。然し私はさう容易《たやす》く彼を見棄てる程に、兄さんを輕んじてはゐませんでした。私はとう/\兄さんを底迄押し詰めました。
 兄さんの絶對といふのは、哲學者の頭から割り出された空《むな》しい紙の上の數字ではなかつたのです。自分で其|境地《きやうち》に入つて親しく經驗する事の出來る判切《はつきり》した心理的のものだつたのです。
 兄さんは純粹に心の落ち付きを得た人は、求めないでも自然に此境地に入《はい》れるべきだと云ひます。一度《ひとたぴ》此|境界《きやうがい》に入《はい》れば天地も萬有も、凡《すべ》ての對象といふものが悉《こと/”\》くなくなつて、唯《たゞ》自分|丈《だけ》が存在するのだと云ひます。さうして其時の自分は有るとも無いとも片の付かないものだと云ひます。偉大なやうな又微細なやうなものだと云ひます。何とも名の付け樣のないものだと云ひます。即ち絶對だと云ひます。さうして其絶對を經驗してゐる人が、俄然として半鐘《はんしよう》の音を聞くとすると、其半鐘の音は即ち自分だといふのです。言葉を換へて同じ意味を表はすと、絶對即相對になるのだといふのです、從つて自分以外に物を置き他《ひと》を作つて、苦しむ必要がなくなるし、又苦しめられる掛念《けねん》も起らないのだと云ふのです。
 「棍本義《こんぽんぎ》は死んでも生きても同じ事にならなければ、何うしても安心は得られない。すべからく現代を超越すべしといつた才人は兎に角、僕は是非共|生死《しやうじ》を超越しなければ駄目だと思ふ」
 兄さんは殆んど齒を喰ひしばる勢で斯う言明しました。
 
      四十五
 
 私は此場合にも自分の頭が兄さんに及ばないといふ事を自白しなければなりません。私は人間として、果して兄さんのいふ樣な境界《きやうがい》に達せられべきものかを未《ま》だ考へてゐなかつたのです。明瞭な順序で自然其處に歸着《きちやく》して行く兄さんの話を聞いた時、成程そんなものかと思ひました。又そんなものでも無からうかとも思ひました。何しろ私は兎角の是非を狹《さしは》さむ丈《だけ》の資格を有《も》つてゐない人間に過ぎませんでした。私は黙々として熱烈な言葉の前に坐りました。すると兄さんの態度が變りました。私の沈黙が鋭い兄さんの鋒先《ほこさき》を鈍《にぶ》らせた例は、今迄にも何遍かありました。さうして夫《それ》が悉《こと/”\》く偶然から來てゐるのです。尤も兄さんの樣な聰明《そうめい》な人に、一種の思はくから黙つて見せるといふ技巧《ぎかう》を弄《ろう》したら、すぐ觀破《くわんぱ》されるに極つてゐますから、私の鈍《のろ》いのも時には一得《いつとく》になつたのでせう。
 「君、僕を單に口舌《こうぜつ》の人《ひと》と輕蔑して呉れるな」と云つた兄さんは、急に私の前に手を突きました。私は挨拶に窮しました。
 「君のやうな重厚《ちようこう》な人間から見たら僕は如何にも輕薄な御喋舌《おしやべり》に違ない。然し僕は是でも口で云ふ事を實行したがつてゐるんだ。實行しなければならないと朝晩《あさばん》考へ續けに考へてゐるんだ。實行しなければ生きてゐられないと迄《まで》思ひ詰めてゐるんだ」
 私は依然として挨拶に困つた儘でした。
 「君、僕の考へを間違つてゐると思ふか」と兄さんが聞きました。
 「左右《さう》は思はない」と私が答へました。
 「徹底してゐないと思ふか」と兄さんが又聞きました。
 「根本的《こんぽんてき》の樣だ」と私が又答へました。
 「然し何《ど》うしたら此研究的な僕が、實行的な僕に變化出來るだらう。どうぞ教へて呉れ」と兄さんが頼むのです。
 「僕にそんな力があるものか」と、思ひも寄らない私は斷るのです。
 「いやある。君は實行的に生れた人だ。だから幸福なんだ。さう落付いてゐられるんだ」と兄さんが繰り返すのです。
 兄さんは眞劔のやうでした。私は其の時|憮然《ぶぜん》として兄さんに向ひました。
 「君の智慧は遙に僕に優《まさ》つてゐる。僕には到底《とて》も君を救ふ事は出來ない。僕の力は僕より鈍《のろ》いものになら、或は及ぼし得るかも知れない。然し僕より聰明な君には全く無效である。要するに君は瘠《や》せて丈《たけ》が長く生れた男で、僕は肥えてずんぐり育つた人間なんだ。僕の眞似をして肥《ふと》らうと思ふなら、君は君の脊丈《せい》を縮めるより外に途はないんだらう」
 兄さんは眼からぼろ/\涙を出しました。
 「僕は明かに絶對の境地を認めてゐる。然し僕の世界觀が明かになればなる程、絶對は僕と離れて仕舞ふ。要するに僕は圖《づ》を披《ひら》いて地理を調査する人だつたのだ。それでゐて脚絆《きやはん》を着けて山河《さんか》を跋渉《ばつせふ》する實地の人と、同じ經驗をしようと焦慮《あせ》り拔いてゐるのだ。僕は迂濶《うくわつ》なのだ。僕は矛盾なのだ。然し迂濶と知り矛盾と知りながら、依然として藻掻《もが》いてゐる。僕は馬鹿だ。人間としての君は遙に僕よりも偉大だ」
 兄さんは又私の前に手を突きました。さうして恰《あたか》も謝罪でもする時のやうに頭を下げました。涙がぽたり/\と兄さんの眼から落ちました。私は恐縮しました。
 
     四十六
 
 箱根を出る時兄さんは「二度と斯んな所は御免だ」と云ひました。今《いま》迄《まで》通つて來たうちで、兄さんの氣に入つた所はまだ一ケ所もありません。兄さんは誰と何處へ行つても直《すぐ》厭になる人なのでせう。夫《それ》も其筈です。兄さんには自分の身?《からだ》や自分の心からしてが既に氣に入つてゐないのですから。兄さんは自分の身?《からだ》や心が自分を裏切《うらぎ》る曲者《くせもの》の樣に云ひます。それが徒爾半分《いたづらはんぶん》の出放題《ではうだい》でない事は、今日《けふ》迄一所に寐泊りの日數《ひかず》を重ねた私には能く理解出來ます。其私から有の儘の報知を受ける貴方にも篤《とく》と御合點《ごがてん》が行く事だらうと思ひます。
 斯ういふ兄さんと、私がよく一所に旅が出來ると御思ひになるかも知れません。私にも考へると、それが不思議な位です。兄さんを上《かみ》に述べた樣に頭の中《なか》へ疊み込んだが最後、如何《いか》に遲鈍《ちどん》な私だつて、御相手は出來|惡《にく》い譯です。然し事實私は今兄さんと斯うして差向ひで暮してゐながら、左程《さほど》に苦痛を感じてはゐないのです。少くとも傍《はた》で想像するよりは餘程樂なのだらうと考へてゐます。さうして夫《それ》を何故《なぜ》だと聞かれたら、一寸返答に差支《さしつか》へるのです。貴方も同じ兄さんに就いて同じ經驗をなさりはしませんか。若し同じ經驗をなさらないならば、骨肉を分けた貴方よりも、他人の私の方が、兄さんに親《した》しい性質を有《も》つて生れて來たのでせう。親《した》しいといふのは、たゞ仲が好いと云ふ意味ではありません。和《わ》して納《をさ》まるべき特性をどこか相互に分擔して前へ進めるといふ積《つもり》なのです。
 私は旅へ出てから絶えず兄さんの氣に障《さは》る樣な事を云つたり爲《し》たりしました。ある時は頭さへ打《ぶ》たれました。それでも私は貴方の家庭の凡《すべ》ての人の前に立つて、私はまだ兄さんから愛想を盡かされてゐないといふ事を明言出來ると思ひます。同時に、一種の弱點を持つた此兄さんを、私は今でも衷心から敬愛してゐると固く信じて疑はないのであります。
 兄さんは私のやうな凡庸な者の前に、頭を下げて涙を流す程の正しい人です。それを敢てする程の勇氣を有《も》つた人です。それを敢てするのが當然だと判斷する丈《だけ》の識見を具へた人です。兄さんの頭は明か過ぎて、やゝともすると自分を置き去りにして先へ行きたがります。心の他《ほか》の道具が彼の理智と歩調を一つにして前へ進めない所に、兄さんの苦痛があるのです。人格から云へば其處に隙間があるのです。成功から云へば其處に破滅が潜んでゐるのです。此不調和を兄さんの爲に悲しみつゝある私は、凡《すべ》ての原因をあまりに働き過ぎる彼の理智の罪に歸《き》しながら、やつぱり、其理智に對する敬意を失ふ事が出來ないのです。兄さんを唯《たゞ》の氣六《きむ》づかしい人、唯の我儘な人とばかり解釋してゐては、何時《いつ》迄經つても兄さんに近寄る機會は來ないかも知れません。從つて少しでも兄さんの苦痛を柔《やはら》げる縁は、永劫《えいごふ》に去つたものと見なければなりますまい。
 我々は前《ぜん》申した通り箱根を立ちました。さうして直《すぐ》に此|紅《べに》が谷《やつ》の小別莊に入りました。私は其前一寸|國府津《こふづ》に泊つて見る積《つもり》で、暗に一人極《ひとりぎめ》のプログラムを立てゝゐたのですが、とう/\兄さんにはそれを云ひ出さずに仕舞つたのです。國府津《こふづ》でもまた「二度と斯んな所は御免だ」と怒られさうでしたから。其上兄さんは私から此別莊の話を聞いて、しきりに其處へ落ち付きたがつてゐたのです。
 
     四十七
 
 何にでも刺戟され易い癖に、何んな刺我にも堪へ切れないと云つた風の、今の兄さんには、草庵《さうあん》めいた此別莊が最も適してゐたのかも知れません。兄さんは物靜かな座敷から、谷一つ隔てゝ向ふの崖の高い松を見上げた時、「好いな」と云つて其處へ腰を卸しました。
 「あの松も君の所有だ」
 私は慰めるやうな句調で、わざと兄さんの口吻《こうふん》を眞似て見せました。修善寺では頓《とん》と解らなかつた「あの百合は僕の所有だ」とか、「あの山も谷も僕の所有だ」とか云つた兄さんの言葉を想ひ出したからです。
 別莊には留守番の爺さんが一人居ましたが、是は我々と出違《でちがひ》に自分の宅《うち》へ歸りました。夫《それ》でも拭掃除のためや水を汲むために朝夕《あさゆふ》一度位づゝは必ず來て呉れます。男二人の事ですから、※[者/火]炊《にたき》は無論出來ません。我々は爺さんに頼んで近所の宿屋から三度々々食事を運んで貰ふ事にしました。夜は電燈の設備がありますから、洋燈《ランプ》を點《とも》す手數《てかず》は要らないのです。斯ういふ譯で、朝起きてから夜寐る迄に、我々の是非遣らなければならない事は、まあ床を延べて蚊帳を釣る位なものです。
 「自炊よりも氣樂で閑靜だね」と兄さんが云ひます。實際|今《いま》迄《まで》通つて來た山や海のうちで、此處が一番靜に違ないのです。兄さんと差向ひで黙つてゐると、風の音さへ聞こえない事があります。多少|八釜《やかま》しいと思ふのは珊瑚樹《さんごじゆ》の葉隱れにぎい/\軋《きし》る隣の車井戸《くるまゐど》の響ですが、兄さんは案外それには無頓着です。兄さんは段々落付いて來るやうです。私はもつと早く兄さんを此處へ連れて來れば好かつたと思ひました。
 庭先に少しばかりの畠があつて、其處に茄子《なす》や唐《たう》もろこしが作つてあります。此茄子を?《も》いで食はうかと相談しましたが、漬物《つけもの》に拵へるのが面倒なので、つい已《や》めにしました。唐もろこしは未《ま》だ食べられる程|實《み》が入りません。勝手口の井戸の傍《そば》に、トマトーが植ゑてあります。それを朝、顔を洗ふ序《ついで》に、二人で食ひました。
 兄さんは暑い日盛に、此庭だか畑だか分らない地面の上に下りて、凝《ぢつ》と蹲踞《しやが》んでゐる事があります。時々かんなの花の香《にほひ》を嗅いで見たりします。かんなに香《にほひ》なんかありやしません。凋《しぼ》んだ月見草の花片《はなびら》を見詰めてゐる事もあります。着いた日|抔《など》は左隣の長者《ちやうじや》の別莊の境に生えてゐる薄《すゝき》の傍《そば》へ行つて、長い間立つてゐました。私は座敷から其樣子を眺めてゐましたが、何時《いつ》迄經つても兄さんが動かないので、仕舞に縁先にある草履を突掛《つつか》けて、わざ/\傍《そば》へ行つて見ました。隣と我々の住居《すまひ》との仕切になつてゐる其處は、高さ一間位の土堤《どて》で、時節柄一面の薄が蔽ひ被さつてゐるのです。兄さんは近づいた私を顧みて、下の方にある薄の根を指さしました。
 薄の根には蟹《かに》が這つてゐました。小さな蟹でした。親指の爪位の大きさしかありません。それが一匹ではないのです。しばらく見てゐるうちに、一匹が二匹になり、二匹が三匹になるのです。仕舞には彼處《あすこ》にも此處にも蒼蠅《うるさ》い程眼に着き出します。
 「薄の葉を渡る奴があるよ」
 兄さんは斯んな觀察をして、まだ動かずに立つてゐます。私は兄さんを其處へ殘して又|故《もと》の席へ歸りました。
 兄さんが斯ういふ些細《ささい》な事に氣を取られて、殆んど我を忘れるのを見る私は、甚だ愉快です。是でこそ兄さんを旅行に連れ出した甲斐があると思ふ位です。其晩私は其意味を兄さんに話しました。
 
     四十八
 
 「先刻《さつき》君は蟹を所有してゐたぢやないか」
 私が兄さんに突然斯う云ひ掛けますと、兄さんは珍らしくあはゝと聲を立てて愉快さうに笑ひました。修善寺以後、私が時々所有といふ言葉を、妙な意味に使つて見せるので、單にそれを滑稽と解釋してゐる兄さんには可笑《をか》しく響くのでせう。可笑《をか》しがられるのは、怒られるよりも餘つ程|増《ま》しですが、事實私の方ではもつと眞面目なのでした。
 「絶對に所有してゐたのだらう」と私はすぐ云ひ直しました。今度は兄さんも笑ひませんでした。然しまだ何とも答へません。口を開くのは矢張私の番でした。
 「君は絶對々々と云つて、此間《このあひだ》六づかしい議論をしたが、何もさう面倒な無理をして、絶對なんかに這入る必要はないぢやないか。あゝいふ風に蟹に見惚《みと》れてさへゐれば、少しも苦しくはあるまいがね。まづ絶對を意識して、それから其|絶對《ぜつたい》が相對《さうたい》に變《かは》る刹那《せつな》を捕《とら》へて、そこに二つの統一を見出すなんて、隨分骨が折れるだらう。第一人間に出來る事か何だか夫《それ》さへ判然しやしない」
 兄さんはまだ私を遮《さへぎ》らうとはしません。何時《いつ》もよりは大分《だいぶ》落付いてゐる樣でした。私は一歩先へ進みました。
 「それより逆《ぎやく》に行つた方が便利ぢやないか」
 「逆《ぎやく》とは」
 斯う聞き返す兄さんの眼には誠が輝いてゐました。
 「つまり蟹《かに》に見惚《みと》れて、自分を忘れるのさ。自分と對象とがぴたりと合へば、君の云ふ通りになるぢやないか」
 「左右《さう》かな」
 兄さんは心元なささうな返事をしました。
 「さうかなつて、君は現に實行してゐるぢやないか」
 「成程」
 兄さんの此言葉はやはり茫然《ばうぜん》たるものでした。私は此時|不圖《ふと》自分が今迄餘計な事を云つてゐたのに氣が付きました。實を云ふと、私は絶對といふものを丸《まる》で知らないのです。考へもしなかつたのです。想像もした覺がないのです。たゞ教育の御蔭でさう云ふ言葉を使ふ事|丈《だけ》を知つてゐたのです。けれども私は人間として兄さんよりも落付いてゐました。落付いてゐるといふ事が兄さんより偉いといふ意味に聞こえては面目ない位なものですから、私は兄さんより普通一般に近い心の状態を有《も》つてゐたと云ひ直しませう。朋友として私の兄さんに向つて働き掛ける仕事は、だから唯《たゞ》兄さんを私のやうな人並な立場に引き戻す丈《だけ》なのです。然しそれを別な言葉で云つて見ると非凡《ひぼん》なものを平凡《へいぼん》にするといふ馬鹿氣た意味にもなつて來ます。もし兄さんの方で苦痛の訴へがないならば、私のやうなものが、何で兄さんにこんな問答を仕懸けませう。兄さんは正直です。腑《ふ》に落ちなければ何處迄も問ひ詰めて來ます。問ひ詰めて來られゝば、私には解らなくなります。それ丈《だけ》ならまだしもですが、斯ういふ批評的な談話を交換してゐると、折角實行的になりかけた兄さんを、又もとの研究的態度に戻して仕舞ふ恐れがあるのです。私は何より先にそれを氣遣ました。私は天下にありとあらゆる藝術品、高山大河《かうざんたいが》、もしくは美人、何でも構はないから、兄さんの心を悉皆《しつかい》奪ひ盡して、少しの研究的態度も萠し得ない程なものを、兄さんに與へたいのです。さうして約一年ばかり、寸時の間斷なく、其全勢力の支配を受けさせたいのです。兄さんの所謂物を所有するといふ言葉は、必竟《ひつきやう》物に所有されるといふ意味ではありませんか。だから絶對に物から所有される事、即ち絶對に物を所有する事になるのだらうと思ひます。神を信じない兄さんは、其處に至つて始めて世の中に落付けるのでせう。
 
     四十九
 
 一昨日《をとゝひ》の晩は二人で濱を散歩しました。私たちの居る所から海邊《うみべ》迄は約三丁もあります。細い道を通つて、一旦街道へ出て、また夫《それ》を横切らなければ海の色は見えないのです。月の出にはまだ間《ま》がある時刻でした。波は存外暗く動いてゐました。眼がなれる迄は、水と磯《いそ》との境目《さかひめ》が判然《はつきり》分らないのです。兄さんは其中を容赦なくずん/\歩いて行きます。私は時々|生温《なまぬる》い水に足下《あしもと》を襲はれました。岸へ寄せる波の餘りが、のし餅の樣に平《たひ》らに擴がつて、思ひの外遠く迄押し上げて來るのです。私は後《うしろ》から兄さんに、「下駄が濡れやしないか」と聞きました。兄さんは命令でも下すやうに、「尻を端折《はしを》れ」と云ひました。兄さんは先刻《きつき》から足を汚す覺悟で、尻を端折《はしを》つてゐたものと見えます。二三間離れた私にはそれが分らない位|四圍《あたり》が暗いのでした。けれども時節柄なんでせう、避暑地|丈《だけ》あつて人に會ひます。さうして會ふ人も會ふ人も、必ず男女《なんによ》二人連《ふたりづれ》に限られてゐました。彼等は申し合せた樣に、黙つて闇の中を辿《たど》つて來ます。だから忽然《こつぜん》私たちの前へ現はれる迄は、丸《まる》で氣がつかないのです。彼等が摺《す》り拔けるやうに私たちの傍《そば》を通つて行く時、眼を上げて物色《ぶつしよく》すると、どれも是も若い男と若い女ばかりです。私は斯ういふ一對《いつつゐ》に何度か出合ひました。
 私が兄さんからお貞《さだ》さんといふ人の話を聞いたのは其時の事でした。お貞さんは近頃大阪の方へ御嫁に行つたんださうですから、兄さんは其宵に出逢つた幾組かの若い男や女から、お貞さんの花嫁姿を連想でもしたのでせう。
 兄さんはお貞《さだ》さんを宅中《うちぢゆう》で一番慾の寡《すく》ない善良な人間だと云ふのです。あゝ云ふのが幸福に生れて來た人間だと云つて羨ましがるのです。自分もあゝなりたいと云ふのです。お貞さんを知らない私は、何とも評しやうがありませんから、只さうか/\と答へて置きました。すると兄さんが「お貞さんは君を女にしたやうなものだ」と云つて砂の上へ立ち留りました。私も立ち留りました。
 向ふの高い所に微《かす》かな燈火《ともしび》が一つ眼に入りました。晝間見ると、其見當に赤い色の建物が樹《こ》の間隱《まがくれ》に眺められますから、此|燈火《ともしび》も大方其赤い洋館の主《ぬし》が點《つ》けてゐるのでせう。濃い夜陰の色の中にたつた一つ懸け離れて星のやうに光つてゐるのです。私の顔は其|燈火《ともしび》の方を向いてゐました。兄さんは又浪の來る海をまともに受けて立ちました。
 其時二人の頭の上で、ピアノの音《ね》が不意に起りました。其處は砂濱から一間の高さに、石垣を規則正しく積み上げた一構《ひとかまへ》で、庭から濱へぢかに通へるためでせう、石垣の端《はじ》には階段が筋違《すぢかひ》に庭先迄|刻《きざ》み上げてありました。私は其石段を上りました。
 庭には家を洩れる電燈の光が、線のやうに落ちてゐました。其弱い光で照されてゐた地面は一體の芝生でした。花もあちこちに咲いてゐるやうでしたが、是は暗い上に廣い庭なので、判然《はつきり》とは分りませんでした。ピアノの音《おと》は正面に見える洋館の、明るく照された一室から出るやうでした。
 「西洋人の別莊だね」
 「左右《さう》だらう」
 兄さんと私は石段の一番上の所に並んで腰を掛けました。聞こえない樣な又聞こえるやうなピアノの音《おと》が、時々二人の耳を掠《かす》めに來ます。二人共無言でした。兄さんの吸ふ煙草の先が時々赤くなりました。
 
     五十
 
 私はお貞《さだ》さんのつゞきでも出る事と思つて、暗い中でそれとなく兄さんの聲を待ち受けてゐたのですが、兄さんは煙草に魅《み》せられた人の樣に、時々紙卷の先を赤くする丈《だけ》で、中々口を開《ひら》きません。それを石段の下へ投げて私の方へ向いた時は、もう話題がお貞さんを離れてゐました。私は少し意外に思ひました。兄さんの題目は、お貞さんに關係のない許《ばかり》か、ピアノの音《おと》にも、廣い芝生にも、美しい別莊にも、乃至《ないし》は避暑にも旅行にも、凡《すべ》て我々の周圍と現在とは全く交渉を絶つた昔の坊さんの事でした。
 坊さんの名はたしか香嚴《きやうげん》とか云ひました。俗にいふ一を問へば十を答へ、十を問へば百を答へるといつた風の、聰明靈利《そうめいれいり》に生れ付いた人なのださうです。所が其|聰明靈利《そうめいれいり》が悟道《ごだう》の邪魔になつて、何時《いつ》迄經つても道に入《はい》れなかつたと兄さんは語りました。悟《さとり》を知らない私にも此意味は能く通じます。自分の智慧に苦しみ拔いてゐる兄さんには猶更《なほさら》痛切に解つてゐるでせう。兄さんは「全く多知多解《たちたげ》が煩《わづらひ》をなしたのだ」ととくに注意した位です。
 數年《すねん》の間|百丈禅師《ひやくぢやうぜんじ》とかいふ和尚さんに就いて參禅した此坊さんは遂に何の得る所もないうちに師に死なれて仕舞つたのです。それで今度は※[さんずい+爲]山《ゐさん》といふ人の許《もと》に行きました。※[さんずい+爲]山《ゐさん》は御前のやうな意解識想《いげしきさう》を振り舞はして得意がる男はとても駄目だと叱り付けたさうです。父も母も生れない先の姿になつて出て來いと云つたさうです。坊さんは寮舍に歸つて、平生讀み破つた書物上の知識を殘らず點檢した揚句、あゝ/\畫《ゑ》に描《か》いた餅はやはり腹の足《たし》にならなかつたと嘆息したと云ひます。そこで今迄集めた書物をすつかり燒き棄てて仕舞つたのです。
 「もう諦《あきら》めた。是からはたゞ粥《かゆ》を啜《すゝ》つて生きて行かう」
 斯う云つた彼は、それ以後禅のぜの字も考へなくなつたのです。善も投げ惡も投げ、父母《ちゝはゝ》の生れない先の姿も投げ、一切《いつさい》を放下《はうげ》し盡して仕舞つたのです。それからある閑寂《かんじやく》な所を選んで小さな庵《いほり》を建てる氣になりました。彼はそこにある草を芟《か》りました。そこにある株を掘り起しました。地ならしをするために、そこにある石を取つて除《の》けました。すると其石の一つが竹藪に中《あた》つて戞然《かつぜん》と鳴りました。彼は此|朗《ほがら》かな響を聞いて、はつと悟《さと》つたさうです。さうして一撃《いちげき》に所知《しよち》を亡《うしな》ふと云つて喜んだといひます。
 「何うかしで香嚴《きやうげん》になりたい」と兄さんが云ひます。兄さんの意味はあなたにも能く解るでせう。一切の重荷を卸して樂《らく》になりたいのです。兄さんは其重荷を預かつて貰ふ神を有《も》つてゐないのです。だから掃溜《はきだめ》か何かへ棄てて仕舞ひたいと云ふのです。兄さんは聰明な點に於いてよく此|香嚴《きやうげん》といふ坊さんに似てゐます。だから猶《なほ》のこと香嚴《きやうげん》が羨ましいのでせう。
 兄さんの話は西洋人の別莊や、ハイカラな樂器とは、全く縁の遠いものでした。何故《なぜ》兄さんが暗い石段の上で、磯《いそ》の香《か》を嗅ぎながら、突然こんな話をし出したか、それは私には解りません。兄さんの話が濟んだ頃はピアノの音《おと》ももう聞こえませんでした。潮に近いためか、夜露の所爲《せゐ》か、浴衣《ゆかた》が濕《しめ》つぽくなつてゐました。私は兄さんを促《うなが》して又|故《もと》の道へ引き返しました。往來へ出た時、私は行きつけの菓子屋へ寄つて饅頭を買ひました。それを食ひながら暗い中を黙つて宅《うち》迄《まで》歸つて來ました。留守を頼んで置いた爺さんの所の子供は、蚊に喰はれるのも構はずぐう/\寐てゐました。私は饅頭の餘りを遣つて、すぐ子供を歸してやりました。
 
     五十一
 
 昨日《きのふ》の朝食事をした時、飯櫃《めしびつ》を置いた位地の都合から、私が兄さんの茶碗を受けとつて、一膳目の御飯をよそつてやりますと、兄さんは又お貞《さだ》さんの名を私の耳に訴へました。お貞さんがまだ嫁に行かないうちは、丁度今私がしたやうに、始終兄さんのお給仕をしたものださうですね。昨夜《ゆうべ》は性格の點からお貞さんに比較され、今朝は又お給仕の具合で同じお貞さんにたとへられた私は、つい兄さんに向つて質問を掛けて見る氣になりました。
 「君は其お貞《さだ》さんとかいふ人と、斯うして一所に住んでゐたら幸福になれると思ふのか」
 兄さんは黙つて箸を口へ持つて行きました。私は兄さんの態度から推《お》して、大方返事をするのが厭なんだらうと考へたので、それぎり後《あと》を推《お》しませんでした。すると兄さんの答が、御飯を二口三口|嚥《の》み下《くだ》したあとで、不意に出て來ました。
 「僕はお貞《さだ》さんが幸福に生れた人だと云つた。けれども僕がお貞さんのために幸福になれるとは云やしない」
 兄さんの言葉は如何にも論理的に終始を貫いて眞直に見えます。けれども暗い奧には矛盾が既に漂《たゞ》よつてゐます。兄さんは何にも拘泥してゐない自然の顔をみると感謝したくなる程嬉しいと私に明言した事があるのです。それは自分が幸福に生れた以上、他《ひと》を幸福にする事も出來ると云ふのと同じ意味ではありませんか。私は兄さんの顔を見てにや/\と笑ひました。兄さんはさうなると只では濟まされない男です。すぐ食ひ付いて來ます。
 「いや本當にさうなのだ。疑ぐられては困る。實際僕の云つた事は云つた事で、云はない事は云はない事なんだから」
 私は兄さんに逆《さか》らひたくはありませんでした。けれども是程頭の明かな兄さんが、自分の平生から輕蔑してゐる言葉の上の論理を弄《もてあそ》んで、平氣でゐるのは少し可笑《をか》しいと思ひました。それで私の腹にあつた兄さんの矛盾を遠慮なく話して聞かせました。
 兄さんは又無言で飯を二口程頬張りました。兄さんの茶碗は其時|空《から》になりましたが、飯櫃《めしびつ》は依然として兄さんの手の屆かない私の傍《そば》にありました。私はもう一遍給仕をする考へで、兄さんの鼻の先へ手を出したのです。所が今度は兄さんが應じません。此方《こつち》へ寄こして呉れと云ひます。私は飯櫃《めしびつ》を向ふへ押して遣りました。兄さんは自分でしやも子《じ》を取つて、飯をてこ盛《もり》にもり上げました。それから其茶碗を膳の上に置いた儘、箸も執らずに私に問ひ掛けるのです。
 「君は結婚|前《まへ》の女と、結婚|後《ご》の女と同じ女だと思つてゐるのか」
 斯うなると私にはおいそれと返事が出來なくなります。平生そんな事を考へて見ないからでもありませうが。今度は私の方が飯を二口三口立て續けに頬張つて、兄さんの説明を待ちました。
 「嫁に行く前のお貞《さだ》さんと、嫁に行つたあとのお貞さんとは丸《まる》で違つてゐる。今のお貞さんはもう夫《をつと》の爲にスポイルされて仕舞つてゐる」
 「一體|何《ど》んな人の所へ嫁に行つたのかね」と私が途中で聞きました。
 「何《ど》んな人の所へ行かうと、嫁に行けば、女は夫《をつと》のために邪《よこしま》になるのだ。さういふ僕が既に僕の妻《さい》を何《ど》の位惡くしたか分らない。自分が惡くした妻《さい》から、幸福を求めるのは押《おし》が強過ぎるぢやないか。幸福は嫁に行つて天眞《てんしん》を損《そこな》はれた女からは要求出來るものぢやないよ」
 兄さんはさういふや否や、茶碗を取り上げて、むしや/\てこ盛《もり》の飯を平《たひ》らげました。
 
     五十二
 
 私は旅行に出てから今日《こんにち》に至る迄の兄さんを、是で出來る丈《だけ》委しく書いた積《つもり》です。東京を立つたのはつい昨日《きのふ》のやうですが、指を折るともう十日あまりになります。私の書信《たより》を宛《あて》にして待つて居られる貴方や御年寄には、此十日が少し長過ぎたかも知れません。私もそれは察してゐます。然し此手紙の冒頭に御斷りしたやうな事情のために、此處へ來て落ち付く迄は、殆んど筆を執る餘裕がなかつたので、已《やむ》を得ず遲れました。其代り過去十日間のうち、此手紙に洩れた兄さんは一日もありません。私は念を入れて其日其日の兄さんを悉《こと/”\》く此一封のうちに書き込めました。それが私の申譯です。同時に私の誇りです。私は當初の豫期以上に、私の義務を果し得たといふ自信のもとに、此手紙を書き終るのですから。
 私の費やした時間は、時計の針で仕事の分量を計算して見ない努力だから、數字としては申し上げられませんが、隨分の骨折には違ありませんでした。私は生れて始めてこんな長い手紙を書きました。無論一氣には書けません、一日にも書けません。ひまの見付《みつか》り次第机に向つて書き掛けたあとを書き續けて行つたのです。然し夫《それ》は何でもありません。もし私の見た兄さんと、私の理解した兄さんが此一封のうちに動いてゐるならば、私は今より數層倍の手數《てかず》と努力を費やしても厭はない積《つもり》です。
 私は私の親愛するあなたの兄さんのために此手紙を書きます。それから同じく兄さんを親愛する貴方のために此手紙を書きます。最後には慈愛に充ちた御年寄、あなたと兄さんの御父さんや御母さんのためにも此手紙をかきます。私の見た兄さんは恐らく貴方方《あなたがた》の見た兄さんと違つてゐるでせう。私の理解する兄さんも亦《また》貴方方《あなたがた》の理解する兄さんではありますまい。もし此手紙が此努力に價するならば、其價は全くそこにあると考へて下さい。違つた角度から、同じ人を見て別樣の反射を受けた所にあると思つて御參考になさい。
 あなた方は兄さんの將來に就いて、とくに明瞭な知識を得たいと御望みになるかも知れませんが、豫言者でない私は、未來に喙《くちばし》を挾《さしは》さむ資格を持つて居りません。雲が空に薄暗く被《かぶ》さつた時、雨になる事もありますし、又雨にならずに濟む事もあります。たゞ雲が空にある間《あひだ》、日の目の拜まれないのは事實です。あなた方は兄さんが傍《はた》のものを不愉快にすると云つて、氣の毒な兄さんに多少非難の意味を持たせて居る樣ですが、自分が幸福でないものに、他《ひと》を幸福にする力がある筈がありません。雲で包まれてゐる太陽に、何故《なぜ》暖かい光を與へないかと逼《せま》るのは、逼《せま》る方が無理でせう。私は斯うして一所にゐる間、出來る丈《だけ》兄さんの爲に此雲を拂はうとしてゐます。貴方方《あなたがた》も兄さんから曖かな光を望む前に、まづ兄さんの頭を取り卷いてゐる雲を散らして上げたら可《い》いでせう。もし夫《それ》が散らせないなら、家族のあなた方には悲しい事が出來るかも知れません。兄さん自身にとつても悲しい結果になるでせう。斯ういふ私も悲しう御座います。
 私は過去十日間の兄さんを書きました。此の十日間の兄さんが、未來の十日間に何うなるかゞ問題で、その問題には誰も答へられないのです。よし次の十日間を私が受け合ふにした所で、次の一ケ月、次の半年《はんとし》の兄さんを誰が受け合へませう。私はたゞ過去十日間の兄さんを忠實に書いた丈《だけ》です。頭の鋭くない私が、讀み直すひまもなく唯《たゞ》書き流したものだから、そのうちには定めて矛盾があるでせう。頭の鋭い兄さんの言行にも氣の付かない所に矛盾があるかも知れません。けれども私は斷言します。兄さんは眞面目です。決して私を胡麻化《ごまか》さうとしては居ません。私も忠實です。貴方を欺《あざむ》く氣は毛頭《まうとう》ないのです。
 私が此手紙を書き始めた時、兄さんはぐう/\寐てゐました。此手紙を書き終る今も亦ぐう/\寐てゐます。私は偶然兄さんの寐てゐる時に書き出して、偶然兄さんの寐てゐる時に書き終る私を妙に考へます。兄さんが此眠から永久|覺《さ》めなかつたら嘸《さぞ》幸福だらうといふ氣が何處かでします。同時にもし此眠から永久覺めなかつたら嘸《さぞ》悲しいだらうといふ氣も何處かでします」
            (2007年6月15日、金、午前9時57分、入力終了。2014年2月26日(水)午前11時40分、校正終了。2020年8月29日(土)午前9時35分再校正終了。)
 
  こゝろ
大正三、四、二〇−三、八、一一
 
  上 先生と私
 
     一
 
 私《わたくし》は其《その》人を常に先生と呼んでゐた。だから此所《こゝ》でもたゞ先生と書く丈《だけ》で本名《ほんみやう》は打ち明けない。是は世間を憚《はゞ》かる遠慮といふよりも、其方が私に取つて自然だからである。私は其《その》人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」と云ひたくなる。筆を執つても心持は同じ事である。餘所々々《よそ/\》しい頭文字《かしらもじ》抔《など》はとても使ふ氣にならない。
 私《わたくし》が先生と知り合《あひ》になつたのは鎌倉である。其《その》時私はまだ若々しい書生であつた。暑中休暇を利用して海水浴に行つた友達から是非《ぜひ》來いといふ端書を受取つたので、私は多少の金を工面して、出掛《でかけ》る事にした。私は金の工面《くめん》に二三日を費やした。所が私が鎌倉に着いて三日と經《た》たないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に國元から歸れといふ電報を受け取つた。電報には母が病氣だからと斷《ことわ》つてあつたけれども友達はそれを信じなかつた。友達はかねてから國元にゐる親達に勸《すゝ》まない結婚を強《し》ひられてゐた。彼は現代の習慣からいふと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心の當人が氣に入らなかつた。夫《それ》で夏休みに當然歸るべき所を、わざと避《さ》けて東京の近くで遊んでゐたのである。彼は電報を私に見せて何《ど》うしやうと相談をした。私には何《ど》うして可《い》いか分らなかつた。けれども實際彼の母が病氣であるとすれば彼は固《もと》より歸るべき筈であつた。それで彼はとう/\歸る事になつた。折角來た私は一人《ひとり》取り殘された。
 學校の授業が始まるにはまだ大分《だいぶ》日數《ひかず》があるので、鎌倉に居つても可《よ》し、歸つても可《よ》いといふ境遇にゐた私《わたくし》は、當分元の宿に留《と》まる覺悟をした。友達は中國《ちゆうごく》のある資産家の息子《むすこ》で金に不自由のない男であつたけれども、學校が學校なのと年が年なので、生活の程度は私とさう變りもしなかつた。從つて一人坊《ひとりぼつ》ちになつた私は別に恰好な宿を探《さが》す面倒も有《も》たなかつたのである。
 宿は鎌倉でも邊鄙《へんぴ》な方角にあつた。玉突だのアイスクリームだのといふハイカラなものには長い畷《なはて》を一つ越さなければ手が屆かなかつた。車で行つても二十錢は取られた。けれども個人の別莊は其所此所にいくつでも建てられてゐた。それに海へは極《ごく》近いので海水浴を遣《や》るには至極《しごく》便利な地位を占めてゐた。
 私《わたくし》は毎日海へ這入《はい》りに出掛けた。古い燻《くす》ぶり返つた藁葺《わらぶき》の間を通り拔けて磯《いそ》へ下りると、此《この》邊《へん》にこれ程の都會人種が住んでゐるかと思ふ程、避暑に來た男や女で砂の上が動いてゐた。ある時は海の中が錢湯の樣に黒い頭でごちゃ/\してゐる事もあつた。其《その》中《なか》に知つた人を一人《ひとり》も有《も》たない私も、斯ういふ賑やかな景色の中に裹《つゝ》まれて、砂の上に寐そべつて見たり、膝頭《ひざがしら》を波に打たして其所いらを跳《は》ね廻るのは愉快であつた。
 私《わたくし》は實に先生を此|雜沓《ざつたふ》の間《あひだ》に見付出《みつけだ》したのである。其《その》時《とき》海岸には掛茶屋が二軒あつた。私は不圖《ふと》した機會《はずみ》から其一軒の方に行き慣《な》れてゐた。長谷《はせ》邊《へん》に大きな別莊を構へてゐる人と違つて、各自《めい/\》に專有の着換場《きがへば》を拵《こしら》えてゐない此所《こゝ》いらの避暑客には、是非共《ぜひとも》斯うした共同着換所といつた風なものが必要なのであつた。彼等は此所《こゝ》で茶を飲み、此所《こゝ》で休息する外《ほか》に、此所《こゝ》で海水着を洗濯させたり、此所《こゝ》で鹹《しほ》はゆい身體《からだ》を清めたり、此所《こゝ》へ帽子や傘《かさ》を預けたりするのである。海水着を持たない私にも持物を盗まれる恐れはあつたので、私は海へ這入《はい》る度《たび》に其茶屋へ一切《いつさい》を脱ぎ棄てる事にしてゐた。
 
     二
 
 私《わたくし》が其《その》掛茶屋で先生を見た時は、先生が丁度《ちやうど》着物を脱《ぬ》いで是から海へ入《はい》らうとする所であつた。私は其《その》時《とき》反對に濡れた身體《からだ》を風に吹かして水から上つて來た。二人《ふたり》の間には目を遮《さへ》ぎる幾多《いくた》の黒い頭が動いてゐた。特別の事情のない限り、私は遂に先生を見逃《みのが》したかも知れなかつた。それ程|濱邊《はまべ》が混雜し、それ程私の頭が放漫であつたにも拘《かゝ》はらず、私がすぐ先生を見付出《みつけだ》したのは、先生が一人《ひとり》の西洋人を伴《つ》れてゐたからである。
 其《その》西洋人の優《すぐ》れて白い皮膚の色が、掛茶屋へ入《はい》るや否や、すぐ私《わたくし》の注意を惹《ひ》いた。純粹の日本の浴衣《ゆかた》を着てゐた彼は、それを床凡《しやうぎ》の上にすぽりと放《はふ》り出した儘、腕組をして海の方を向いて立つてゐた。彼は我々の穿《は》く猿股《さるまた》一《ひと》つの外《ほか》何物も肌に着けてゐなかつた。私には夫《それ》が第一不思議だつた。私は其|二日前《ふつかまへ》に由井《ゆゐ》が濱《はま》迄行つて、砂の上にしゃがみながら、長い間《あひだ》西洋人の海へ入《はい》る樣子を眺めてゐた。私の尻を卸《おろ》した所は少し小高い丘の上で、其すぐ傍《わき》がホテルの裏口になつてゐたので、私の凝《ぢつ》としてゐる間に、大分多くの男が鹽《しほ》を浴びに出て來たが、いづれも胴《どう》と腕《うで》と股《もゝ》は出してゐなかつた。女は殊更《ことさら》肉を隱《かく》し勝《がち》であつた。大抵は頭に護謨製《ごむせい》の頭巾《づきん》を被《かぶ》つて、海老茶《えぴちや》や紺や藍の色を波間《なみま》に浮かしてゐた。さういふ有樣を目撃した許《ばかり》の私の眼には、猿股|一《ひと》つで濟まして皆《みん》なの前に立つてゐる此《この》西洋人が如何にも珍らしく見えた。
 彼はやがて自分の傍《わき》を顧《かへ》りみて、其所《そこ》にこゞんでゐる日本人に、一言《ひとこと》二言《ふたこと》何か云つた。其《その》日本人は砂の上に落ちた手拭を拾ひ上げてゐる所であつたが、それを取り上げるや否や、すぐ頭を包んで、海の方へ歩き出した。其人が即ち先生であつた。
 私《わたくし》は單に好奇心の爲に、並《なら》んで濱邊《はまべ》を下りて行く二人《ふたり》の後姿《うしろすがた》を見守つてゐた。すると彼等は眞直に波の中に足を踏み込んだ。さうして遠淺の磯近《いそぢか》くにわい/\騷いでゐる多人數《たにんず》の間《あひだ》を通り拔けて、比較的廣々した所へ來ると、二人《ふたり》とも泳ぎ出した。彼等の頭が小《ちひ》さく見える迄《まで》沖の方へ向いて行つた。夫《それ》から引き返して又一直線に濱邊|迄《まで》戻つて來た。掛茶屋へ歸ると、井戸の水も浴びずに、すぐ身體を拭いて着物を着て、さつさと何處《どこ》へか行つて仕舞つた。
 彼等の出て行つた後《あと》、私《わたくし》は矢張《やはり》元の床几に腰を卸《おろ》して烟草を吹《ふ》かしてゐた。其時私はぽかんとしながら先生の事を考へた。どうも何處かで見た事のある顔の樣に思はれてならなかつた。然し何《ど》うしても何時《いつ》何處《どこ》で會つた人か想ひ出せずに仕舞つた。
 其時の私《わたくし》は屈託《くつたく》がないといふより寧ろ無聊《ぶれう》に苦しんでゐた。それで翌日《あくるひ》も亦《また》先生に會つた時刻を見計《みはか》らつて、わざ/\掛茶屋|迄《まで》出かけて見た。すると西洋人は來ないで先生|一人《ひとり》麥藁帽を被つて遣つて來た。先生は眼鏡《めがね》をとつて臺の上に置いて、すぐ手拭で頭を包んで、すた/\濱を下りて行つた。先生が昨日《きのふ》の樣に騷がしい浴客の中を通り拔けて、一人《ひとり》で泳ぎ出した時、私は急に其|後《あと》が追ひ掛けたくなつた。私は淺い水を頭の上迄|跳《はね》かして相當の深さの所|迄《まで》來て、其所から先生を目標《めじるし》に拔手を切つた。すると先生は昨日《きのふ》と違つて、一種の弧線《こせん》を描《ゑが》いて、妙な方向から岸の方へ歸り始めた。それで私の目的は遂に達せられなかつた。私が陸《をか》へ上つて雫《しづく》の垂れる手を振りながら掛茶屋に入《はい》ると、先生はもうちやんと着物を着て入違《いれちがひ》に外《そと》へ出て行つた。
 
      三
 
 私《わたくし》は次の日も同じ時刻に濱へ行つて先生の顔を見た。其《その》次の日にも亦《また》同じ事を繰《く》り返《かへ》した。けれども物を云ひ掛《か》ける機會も、挨拶をする場合も、二人《ふたり》の間には起らなかつた。其上《そのうへ》先生の態度は寧《むし》ろ非社交的であつた。一定の時刻に超然《てうぜん》として來て、また超然と歸つて行つた。周圍がいくら賑やかでも、それには殆んど注意を拂ふ樣子が見えなかつた。最初|一所《いつしよ》に來た西洋人は其後《そのご》丸で姿を見せなかつた。先生はいつでも一人《ひとり》であつた。
 或時先生が例の通りさつさと海から上《あが》つて來て、いつもの場所に脱ぎ棄てた浴衣《ゆかた》を着やうとすると、何うした譯か、其《その》浴衣に砂が一杯《いつぱい》着いてゐた。先生はそれを落《おと》すために、後向《うしろむき》になつて、浴衣を二三度|振《ふる》つた。すると着物の下に置いてあつた眼鏡《めがね》が板の隙間から下へ落ちた。先生は白絣《しろがすり》の上へ兵兒帶《へこおび》を締めてから、眼鏡の失《な》くなつたのに氣が付いたと見えて、急にそこいらを探し始めた。私《わたくし》はすぐ腰掛の下へ首と手を突ツ込んで眼鏡を拾ひ出した。先生は有難うと云つて、それを私の手から受取つた。
 次の日|私《わたくし》は先生の後《あと》につゞいて海へ飛び込んだ。さうして先生と一所の方角に泳いで行つた。二丁程沖へ出ると、先生は後《うしろ》を振り返つて私に話し掛けた。廣い蒼い海の表面に浮いてゐるものは、其近所に私等《わたくしら》二人《ふたり》より外《ほか》になかつた。さうして強い太陽の光が、眼の屆く限り水と山とを照らしてゐた。私は自由と歡喜に充ちた筋肉を動かして海の中で躍《をど》り狂《くる》つた。先生は又ばたりと手足の運動を已《や》めて仰向《あふむけ》になつた儘《まゝ》浪の上に寐た。私も其眞似をした。青空の色がぎら/\と眼を射るやうに痛烈な色を私の顔に投げ付けた。「愉快ですね」と私は大きな聲を出した。
 しばらくして海の中で起き上がる樣に姿勢を改めた先生は、「もう歸りませんか」と云つて私《わたくし》を促《うな》がした。比較的強い體質を有《も》つた私は、もつと海の中で遊んでゐたかつた。然し先生から誘《さそ》はれた時、私はすぐ「えゝ歸りませう」と快よく答へた。さうして二人で又《また》元の路を濱邊へ引き返した。
 私《わたくし》は是から先生と懇意になつた。然し先生が何處にゐるかは未《ま》だ知らなかつた。
 夫《それ》から中|二日《ふつか》置いて丁度|三日目《みつかめ》の午後だつたと思ふ。先生と掛茶屋で出會つた時、先生は突然|私《わたくし》に向つて、「君はまだ大分《だいぶ》長く此所に居る積《つもり》ですか」と聞いた。考のない私は斯ういふ問に答へる丈《だけ》の用意を頭の中《なか》に蓄《たくは》えてゐなかつた。それで「何うだか分りません」と答へた。然しにやにや笑つてゐる先生の顔を見た時、私は急に極《きま》りが惡くなつた。「先生は?」と聞き返さずにはゐられなかつた。是が私の口を出た先生といふ言葉の始りである。
 私《わたくし》は其晩先生の宿を尋ねた。宿と云つても普通の旅館と違つて、廣い寺の境内にある別莊のやうな建物であつた。其所に住んでゐる人の先生の家族でない事も解つた。私が先生々々と呼び掛けるので、先生は苦笑《にがわら》ひをした。私はそれが年長者に對する私の口癖《くちくせ》だと云つて辯解した。私は此間の西洋人の事を聞いて見た。先生は彼《かれ》の風變《ふうがは》りの所や、もう鎌倉にゐない事や、色々の話をした末、日本人にさへあまり交際《つきあひ》を有《も》たないのに、さういふ外國人と近付《ちかづき》になつたのは不思議だと云つたりした。私は最後に先生に向つて、何處かで先生を見たやうに思ふけれども、何うしても思ひ出せないと云つた。若い私は其時|暗《あん》に相手も私と同じ樣な感じを持つてゐはしまいかと疑つた。さうして腹の中《なか》で先生の返事を豫期してかゝつた。所が先生はしばらく沈吟《ちんぎん》したあとで、「何うも君の顔には見覺《みおぼえ》がありませんね。人違《ひとちがひ》ぢやないですか」と云つたので私は變に一種の失望を感じた。
 
      四
 
 私《わたくし》は月の末に東京へ歸つた。先生の避暑地を引き上げたのはそれよりずつと前であつた。私は先生と別れる時に、「是から折々御宅へ伺つても宜《よ》ござんすか」と聞いた。先生は單簡《たんかん》にたゞ「えゝ入らつしやい」と云つた丈《だけ》であつた。其時分の私は先生と餘程《よほど》懇意になつた積《つもり》でゐたので、先生からもう少し濃《こまや》かな言葉を豫期して掛つたのである。それで此《この》物足りない返事が少し私の自信を傷《いた》めた。
 私《わたくし》は斯ういふ事でよく先生から失望させられた。先生はそれに氣が付いてゐる樣でもあり、又全く氣が付かない樣でもあつた。私は又《また》輕徴な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く氣にはなれなかつた。寧ろそれとは反對で、不安に搖《うご》かされる度にもつと前へ進みたくなつた。もつと前へ進めば、私の豫期するあるものが、何時《いつ》か眼の前に滿足に現はれて來るだらうと思つた。私は若かつた。けれども凡《すべ》ての人間に對して、若い血が斯う素直《すなほ》に働かうとは思はなかつた。私は何故先生に對して丈《だけ》斯んな心持が起《おこ》るのか解らなかつた。それが先生の亡《な》くなつた今日になつて、始めて解つて來た。先生は始めから私を嫌つてゐたのではなかつたのである。先生が私に示した時々の素氣《そつけ》ない挨拶や冷淡に見える動作は、私を遠《とほざ》けやうとする不快の表現ではなかつたのである。傷《いた》ましい先生は、自分に近づかうとする人間に、近づく程の價値のないものだから止《よ》せといふ警告を與へたのである。他《ひと》の懷かしみに應じない先生は、他《ひと》を輕蔑する前に、まづ自分を輕蔑してゐたものと見える。
 私《わたくし》は無論先生を訪《たづ》ねる積《つもり》で東京へ歸つて來た。歸つてから授業の始まる迄にはまだ二週間の日數《ひかず》があるので、其うちに一度行つて置かうと思つた。然し歸つて二日三日《ふつかみつか》と經《た》つうちに、鎌倉に居た時の氣分が段々薄くなつて來た。さうして其上に彩《いろど》られる大都會の空氣が、記憶の復活に伴《ともな》ふ強い刺戟と共に、濃く私の心を染め付けた。私は往來で學生の顔を見るたびに新らしい學年に對する希望と緊張とを感じた。私はしばらく先生の事を忘れた。
 授業が始まつて、一ケ月ばかりすると私《わたくし》の心に、又一種の弛《たる》みが出來てきた。私は何だか不足な顔をして往來を歩き始めた。物欲しさうに自分の室《へや》の中《なか》を見廻した。私の頭には再び先生の顔が浮いて出た。私は又先生に會ひたくなつた。
 始めて先生の宅《うち》を訪《たづ》ねた時、先生は留守であつた。二度目に行つたのは次の日曜だと覺えてゐる。晴れた空が身に沁《し》み込むやうに感ぜられる好《い》い日和《ひより》であつた。其日も先生は留守であつた。鎌倉にゐた時、私《わたくし》は先生自身の口から、何時《いつ》でも大抵|宅《うち》にゐるといふ事を聞いた。寧ろ外出嫌《ぐわいしゆつぎら》ひだといふ事も聞いた。二度來て二度とも會へなかつた私は、其言葉を思ひ出して、理由《わけ》もない不滿を何處かに感じた。私はすぐ玄關先を去らなかつた。下女の顔を見て少し躊躇して其所に立つてゐた。此前《このまへ》名刺を取次いだ記憶のある下女は、私を待たして置いて又|内《うち》へ這入《はい》つた。すると奧さんらしい人が代つて出て來た。美くしい奧さんであつた。
 私《わたくし》は其人から鄭寧《ていねい》に先生の出先を教へられた。先生は例月其日になると雜司《ざふし》ケ谷《や》の墓地にある或|佛《ほとけ》へ花を手向《たむ》けに行く習慣なのださうである。「たつた今出た許《ばか》りで、十分になるか、ならないかで御座います」と奧さんは氣の毒さうに云つて呉れた。私は會釋《ゑしやく》して外へ出た。賑かな町の方へ一丁程歩くと、私も散歩がてら雜司《ざふし》ケ谷《や》へ行つて見る氣になつた。先生に會へるか會へないかといふ好奇心も動いた。夫《それ》ですぐ踵《きびす》を囘《めぐ》らした。
 
     五
 
 私《わたくし》は墓地の手前にある苗畠《なへばたけ》の左側《ひだりがは》から這入《はい》つて、兩方に楓《かへで》を植ゑ付けた廣い道を奧の方へ進んで行つた。すると其|端《はづ》れに見える茶店の中から先生らしい人がふいと出て來た。私は其人の眼鏡《めがね》の縁《ふち》が日に光る迄近く寄つて行つた。さうして出拔《だしぬ》けに「先生」と大きな聲を掛けた。先生は突然立ち留まつて私の顔を見た。
 「何《ど》うして……、何うして……」
 先生は同じ言葉を二遍|繰《く》り返した。其言葉は森閑とした晝の中《うち》に異樣な調子をもつて繰り返された。私《わたくし》は急に何とも應《こた》へられなくなつた。
 「私《わたくし》の後《あと》を跟《つ》けて來たのですか。何うして……」
 先生の態度は寧ろ落付いてゐた。聲は寧ろ沈んでゐた。けれども其表情の中《うち》には判然《はつきり》云へない樣な一種の曇《くもり》があつた。
 私《わたくし》は私が何《ど》うして此所へ來たかを先生に話した。
 「誰の墓へ參りに行つたか、妻《さい》が其人の名を云ひましたか」
 「いゝえ、其んな事は何も仰《おつ》しやいません」
 「さうですか。――さう、夫《それ》は云ふ筈がありませんね、始めて會つた貴方《あなた》に。いふ必要がないんだから」
 先生は漸く得心《とくしん》したらしい樣子であつた。然し私《わたくし》には其《その》意味が丸《まる》で解らなかつた。
 先生と私《わたくし》は通《とほり》へ出やうとして墓の間を拔けた。依撒伯拉《いさべら》何々の墓だの、神僕《しんぼく》ロギンの墓だのといふ傍《かたはら》に、一切衆生悉有佛生《いつさいしゆじやうしつうぶつしやう》と書いた塔婆《たふば》などが建《た》てゝあつた。全權公使何々といふのもあつた。私は安得烈と彫《ほ》り付けた小《ちひ》さい墓の前で、「是は何《なん》と讀むんでせう」と先生に聞いた。「アンドレとでも讀ませる積《つもり》でせうね」と云つて先生は苦笑《くせう》した。
 先生は是等の墓標が現《あら》はす人|種々《さま/”\》の樣式に對して、私《わたくし》程《ほど》に滑稽もアイロニーも認めてないらしかつた。私が丸《まる》い墓石だの細長い御影《みかげ》の碑《ひ》だのを指《さ》して、しきりに彼是《かれこれ》云ひたがるのを、始めのうちは黙つて聞いてゐたが、仕舞《しまひ》に「貴方《あなた》は死といふ事實をまだ眞面目に考へた事がありませんね」と云つた。私は黙つた。先生もそれぎり何《なん》とも云はなくなつた。
 墓地の區切《くぎ》り目に、大きな銀杏《いてふ》が一本空を隱《かく》すやうに立つてゐた。其下へ來た時、先生は高い梢を見上げて、「もう少しすると、綺麗ですよ。此木がすつかり黄葉《くわうえふ》して、こゝいらの地面は金色の落葉《おちば》で埋《うづ》まるやうになります」と云つた。先生は月に一度づゝは必ず此木の下を通るのであつた。
 向ふの方で凸凹《でこぼこ》の地面をならして新墓地《しんぼち》を作つてゐる男が、鍬《くは》の手を休めて私達《わたくしたち》を見てゐた。私達は其所から左へ切れてすぐ街道へ出た。
 是から何處へ行くといふ目的《あて》のない私《わたくし》は、たゞ先生の歩く方へ歩いて行つた。先生は何時《いつ》もより口數を利《き》かなかつた。それでも私は左程の窮屈《きゆうくつ》を感じなかつたので、ぶら/\一所に歩いて行つた。
 「すぐ御宅へ御歸りですか」
 「えゝ別に寄る所もありませんから」
 二人は又黙つて南の方へ坂を下りた。
 「先生の御宅の墓地はあすこにあるんですか」と私《わたくし》が又口を利き出した。
 「いゝえ」
 「何方《どなた》の御墓があるんですか。――御親類の御墓ですか」
 「いゝえ」
 先生は是以外に何も答へなかつた。私《わたくし》も其話はそれぎりにして切り上げた。すると一町程歩いた後《あと》で、先生が不意に其所へ戻つて來た。
 「あすこには私の友達の墓があるんです」
 「御友達の御墓へ毎月《まいげつ》御參りをなさるんですか」
 「さうです」
 先生は其日|是《これ》以外を語らなかつた。
 
      六
 
 私《わたくし》はそれから時々先生を訪問するやうになつた。行くたびに先生は在宅であつた。先生に會ふ度數が重なるに伴《つ》れて、私は益《ます/\》繁く先生の玄關へ足を運んだ。
 けれども先生の私《わたくし》に對する熊度は初めて挨拶をした時も、懇意になつた其|後《のち》も、あまり變りはなかつた。先生は何時《いつ》も靜《しづか》であつた。ある時は靜過ぎて淋《さび》しい位であつた。私は最初から先生には近づき難い不思議があるやうに思つてゐた。それでゐて、何《ど》うしても近づかなければ居られないといふ感じが、何處かに強く働らいた。斯ういふ感じを先生に對して有《も》つてゐたものは、多くの人のうちで或は私だけかも知れない。然し其|私《わたくし》丈《だけ》には此直感が後《のち》になつて事實の上に證據立てられたのだから、私は若々しいと云はれても、馬鹿氣てゐると笑はれても、それを見越した自分の直覺をとにかく頼もしく又嬉しく思つてゐる。人間を愛し得る人、愛せずにはゐられない人、それでゐて自分の懷《ふところ》に入らうとするものを、手をひろげて抱《だ》き締《し》める事の出來ない人、――是が先生であつた。
 今云つた通り先生は始終靜かであつた。落付いてゐた。けれども時として變な曇りが其顔を横切る事があつた。窓に黒い鳥影《とりかげ》が射《さ》すやうに。射《さ》すかと思ふと、すぐ消えるには消えたが。私《わたくし》が始めて其曇りを先生の眉間《みけん》に認めたのは、雜司《ざふし》ケ谷《や》の墓地で、不意に先生を呼び掛けた時であつた。私は其異樣の瞬間に、今迄快よく流れてゐた心臓の潮流を一寸《ちよつと》鈍らせた。然しそれは單に一時の結滯に過ぎなかつた。私の心は五分と經《た》たないうちに平素の彈力を回復した。私はそれぎり暗さうなこの雲の影を忘れてしまつた。ゆくりなくまた夫《それ》を思ひ出させられたのは、小春の盡きるに間《ま》のない或る晩の事であつた。
 先生と話してゐた私《わたくし》は、不圖《ふと》先生がわざ/\注意して呉れた銀杏《いてふ》の大樹《たいじゆ》を眼の前に想ひ浮べた。勘定して見ると、先生が毎月《まいげつ》例として墓參に行く日が、それから丁度三日目に當つてゐた。其三日目は私の課業が午《ひる》で終《をへ》る樂《らく》な日であつた。私は先生に向つて斯う云つた。
 「先生|雜司《ざふし》ケ谷《や》の銀杏《いてふ》はもう散つて仕舞つたでせうか」
 「まだ空坊主《からばうず》にはならないでせう」
 先生はさう答へながら私《わたくし》の顔を見守つた。さうして其所からしばし眼を離さなかつた。私はすぐ云つた。
 「今度|御墓參《おはかまゐ》りに入らつしやる時に御伴《おとも》をしても宜《よ》ござんすか。私《わたくし》は先生と一所に彼所《あすこ》いらが散歩して見たい」
 「私《わたくし》は墓參《はかまゐ》りに行くんで、散歩に行くんぢやないですよ」
 「然し序《つい》でに散歩をなすつたら丁度好いぢやありませんか」
 先生は何とも答へなかつた。しばらくしてから、「私《わたくし》のは本當の墓參り丈《だけ》なんだから」と云つて、何處迄も墓參《ぼさん》と散歩を切り離さうとする風に見えた。私《わたくし》と行きたくない口實だか何だが、私には其時の先生が、如何にも子供らしくて變に思はれた。私はなほと先へ出る氣になつた。
 「ぢや御墓參りでも好いから一所に伴《つ》れて行つて下さい。私《わたくし》も御墓參りをしますから」
 實際|私《わたくし》には墓參《ぼさん》と散歩との區別が殆んど無意味のやうに思はれたのである。すると先生の眉がちよつと曇つた。眼のうちにも異樣の光が出た。それは迷惑とも嫌惡《けんを》とも畏怖《ゐふ》とも片付けられない微《かす》かな不安らしいものであつた。私は忽《たちま》ち雜司《ざふし》ケ谷《や》で「先生」と呼び掛けた時の記憶を強く思ひ起した。二つの表情は全く同じだつたのである。
 「私《わたくし》は」と先生が云つた。「私はあなたに話す事の出來ないある理由があつて、他《ひと》と一所にあすこへ墓參りには行《ゆ》きたくないのです。自分の妻《さい》さへまだ伴《つ》れて行つた事がないのです」
 
     七
 
 私《わたくし》は不思議に思つた。然し私は先生を研究する氣で其|宅《うち》へ出入《でい》りをするのではなかつた。私はたゞ其儘にして打過ぎた。今考へると其時の私の態度は、私の生活のうちで寧ろ尊《たつと》むべきものゝ一つであつた。私は全くそのために先生と人間らしい温《あたゝ》かい交際《つきあひ》が出來たのだと思ふ。もし私の好奇心が幾分でも先生の心に向つて、研究的に慟らき掛けたなら、二人《ふたり》の間を繋《つな》ぐ同情の糸は、何の容赦《ようしや》もなく其時ふつりと切れて仕舞つたらう。若い私は全く自分の態度を自覺してゐなかつた。それだから尊《たつと》いのかも知れないが、もし間違へて裏へ出たとしたら、何《ど》んな結果が二人《ふたり》の仲に落ちて來たらう。私は想像してもぞつとする。先生はそれでなくても、冷《つめ》たい眼《まなこ》で研究されるのを絶えず恐れてゐたのである。
 私《わたくし》は月に二度|若《もし》くは三度づゝ必ず先生の宅《うち》へ行くやうになつた。私の足が段々繁くなつた時のある日、先生は突然私に向つて聞いた。
 「あなたは何でさう度々《たび/\》私《わたくし》のやうなものの宅《うち》へ遣《や》つて來るのですか」
 「何でと云つて、そんな特別な意味はありません。――然し御邪魔なんですか」
 「邪魔だとは云ひません」
 成程迷惑といふ樣子は、先生の何處にも見えなかつた。私《わたくし》は先生の交際の範圍の極めて狹い事を知つてゐた。先生の元の同級生などで、其頃東京に居るものは殆んど二人《ふたり》か三人しかないといふ事も知つてゐた。先生と同郷の學生などには時たま座敷で同座する場合もあつたが、彼等のいづれもは皆《みん》な私程先生に親しみを有《も》つてゐないやうに見受けられた。
 「私《わたくし》は淋《さび》しい人間です」と先生が云つた。「だから貴方《あなた》の來て下さる事を喜こんでゐます。だから何故《なぜ》さう度々《たび/\》來るのかと云つて聞いたのです」
 「そりや又|何故《なぜ》です」
 私《わたくし》が斯う聞き返した時、先生は何とも答へなかつた。たゞ私の顔を見て「あなたは幾歳《いくつ》ですか」と云つた。
 此問答は私《わたくし》に取つて頗る不得要領のものであつたが、私は其時|底《そこ》迄《まで》押さずに歸つて仕舞つた。しかも夫《それ》から四日《よつか》と經《た》たないうちに又先生を訪問した。先生は座敷へ出るや否や笑ひ出した。
 「又來ましたね」と云つた。
 「えゝ來ました」と云つて自分も笑つた。
 私《わたくし》は外《ほか》の人から斯う云はれたら屹度《きつと》癪《しやく》に觸《さは》つたらうと思ふ。然し先生に斯う云はれた時は、丸《まる》で反對であつた。癪《しやく》に觸《さは》らない許《ばかり》でなく却《かへ》つて愉快だつた。
 「私《わたくし》は淋《さび》しい人間です」と先生は其晩|又《また》此間の言葉を繰り返した。「私は淋《ざび》しい人間ですが、ことによると貴方《あなた》も淋《さび》しい人間ぢやないですか。私は淋《さび》しくつても年を取つてゐるから、動かずにゐられるが、若いあなたは左右《さう》は行《い》かないのでせう。動ける丈《だけ》動きたいのでせう。動いて何かに打《ぶ》つかりたいのでせう。……」
 「私《わたくし》はちつとも淋《さむ》しくはありません」
 「若いうち程|淋《さむ》しいものはありません。そんなら何故《なぜ》貴方はさう度々《たび/\》私《わたくし》の宅《うち》へ來るのですか」
 此所でも此間の言葉が又先生の口から繰り返された。
 「あなたは私《わたくし》に會《あ》つても恐らくまだ淋《さび》しい氣が何處かでしてゐるでせう。私にはあなたの爲に其|淋《さび》しさを根元《ねもと》から引き拔いて上げる丈《だけ》の力がないんだから。貴方は外《ほか》の方を向いて今に手を廣げなければならなくなります。今に私の宅《うち》の方へは足が向かなくなります」
 先生は斯う云つて淋《さび》しい笑ひ方をした。
 
     八
 
 幸《さいはひ》にして先生の豫言は實現されずに濟んだ。經驗のない當時の私《わたくし》は、此豫言の中《うち》に含まれてゐる明白な意義さへ了解し得なかつた。私は依然として先生に會ひに行つた。其内いつの間《ま》にか先生の食卓で飯を食ふやうになつた。自然の結果奧さんとも口を利かなければならないやうになつた。
 普通の人間として私《わたくし》は女に對して冷淡ではなかつた。けれども年の若い私の今《いま》迄《まで》經過して來た境遇からいつて、私は殆んど交際らしい交際を女に結んだ事がなかつた。それが源因《げんいん》か何《ど》うかは疑問だが、私の興味は往來で出合ふ知りもしない女に向つて多く働く丈《だけ》であつた。先生の奧さんには其前玄關で會つた時、美くしいといふ印象《いんしやう》を受けた。それから會ふたんびに同じ印象を受けない事はなかつた。然しそれ以外に私は是と云つてとくに奧さんに就いて語るべき何物も有《も》たないやうな氣がした。
 是は奧さんに特色がないと云ふよりも、特色を示す機會が來なかつたのだと解釋する方が正當かも知れない。然し私《わたくし》はいつでも先生に付屬《ふぞく》した一部分の樣な心持で奧さんに對してゐた。奧さんも自分の夫《をつと》の所へ來る書生だからといふ好意で、私を遇《ぐう》してゐたらしい。だから中間《ちゆうかん》に立つ先生を取り除《の》ければ、つまり二人《ふたり》はばら/\になつてゐた。それで始めて知《し》り合《あひ》になつた時の奧さんに就いては、たゞ美くしいといふ外《ほか》に何《なん》の感じも殘つてゐない。
 ある時|私《わたくし》は先生の宅《うち》で酒を飲まされた。其時奧さんが出て來て傍《そば》で酌《しやく》をして呉れた。先生はいつもより愉快さうに見えた。奧さんに「御前《おまへ》も一つ御上《おあが》り」と云つて、自分の呑《の》み干《ほ》した盃《さかづき》を差した。奧さんは「私《わたくし》は……」と辭退しかけた後《あと》、迷惑さうにそれを受取つた。奧さんは綺麗《きれい》な眉を寄せて、私の半分ばかり注《つ》いで上げた盃を、唇《くちびる》の先へ持つて行つた。奧さんと先生の間に下《しも》のやうな會話が始まつた。
 「珍らしい事。私《わたくし》に呑めと仰《おつ》しやつた事は滅多《めつた》にないのにね」
 「御前は嫌《きらひ》だからさ。然し稀《たま》には飲むといゝよ。好《い》い心持になるよ」
 「些《ちつ》ともならないわ。苦しいぎりで。でも貴夫《あなた》は大變《たいへん》御愉快さうね、少し御酒《ごしゆ》を召上ると」
 「時によると大變愉快になる。然し何時《いつ》でもといふ譯には行かない」
 「今夜は如何《いかゞ》です」
 「今夜は好《い》い心持だね」
 「是から毎晩少しづゝ召上ると宜《よ》ござんすよ」
 「左右《さう》は行《い》かない」
 「召上《めしや》がつて下さいよ。其《その》方《はう》が淋《さむ》しくなくつて好《い》いから」
 先生の宅《うち》は夫婦と下女だけであつた。行くたびに大抵はひそりとしてゐた。高い笑ひ聲などの聞こえる試《ため》しは丸《まる》でなかつた。或時は宅《うち》の中にゐるものは先生と私《わたくし》だけのやうな氣がした。
 「子供でもあると好いんですがね」と奧さんは私《わたくし》の方を向いて云つた。私は「左右《さう》ですな」と答へた。然し私の心には何の同情も起らなかつた。子供を持つた事のない其時の私は、子供をたゞ蒼蠅《うるさ》いものゝ樣に考へてゐた。
 「一人《ひとり》貰つて遣らうか」と先生が云つた。
 「貰《もらひ》ツ子《こ》ぢや、ねえあなた」と奧さんは又|私《わたくし》の方を向いた。
 「子供は何時《いつ》迄|經《た》つたつて出來つこないよ」と先生が云つた。
 奧さんは黙つてゐた。「何故《なぜ》です」と私《わたくし》が代りに聞いた時先生は「天罰《てんばつ》だからさ」と云つて高く笑つた。
 
     九
 
 私《わたくし》の知る限り先生と奧さんとは、仲の好い夫婦の一|對《つゐ》であつた。家庭の一員として暮《くら》した事のない私のことだから、深い消息《せうそく》は無論解らなかつたけれども、座敷で私と對坐してゐる時、先生は何かの序《ついで》に、下女を呼ばないで、奧さんを呼ぶ事があつた。(奧さんの名は靜《しづ》といつた)先生は「おい靜《しづ》」と何時《いつ》でも襖《ふすま》の方を振り向いた。その呼びかたが私には優《やさ》しく聞こえた。返事をして出て來る奧さんの樣子も甚だ素直《すなほ》であつた。ときたま御馳走になつて、奧さんが席へ現はれる場合|抔《など》には、此關係が一層|明《あき》らかに二人《ふたり》の間に描《ゑが》き出される樣であつた。
 先生は時々奧さんを伴《つ》れて、音樂會だの芝居だのに行つた。夫《それ》から夫婦づれで一週間以内の旅行をした事も、私《わたくし》の記憶によると、二三度以上あつた。私は箱根から貰つた繪端書《ゑはがき》をまだ持つてゐる。日光へ行つた時は紅葉《もみぢ》の葉を一枚封じ込めた郵便も貰つた。
 當時の私《わたくし》の眼に映《うつ》つた先生と奧さんの間柄はまづ斯んなものであつた。そのうちにたつた一つの例外があつた。ある日私が何時《いつ》もの通り、先生の玄關から案内を頼まうとすると、座敷の方で誰かの話し聲がした。能《よ》く聞くと、それが尋常の談話でなくつて、どうも言逆《いさか》ひらしかつた。先生の宅《うち》は玄關の次がすぐ座敷になつてゐるので、格子の前に立つてゐた私の耳に其|言逆《いさか》ひの調子|丈《だけ》は略《ほゞ》分つた。さうして其うちの一人《ひとり》が先生だといふ事も、時々高まつて來る男の方の聲で解つた。相手は先生よりも低い音《おん》なので、誰だか判然《はつきり》しなかつたが、何《ど》うも奧さんらしく感ぜられた。泣いてゐる樣でもあつた。私はどうしたものだらうと思つて玄關先で迷つたが、すぐ決心をして其儘下宿へ歸つた。
 妙に不安な心持が私《わたくし》を襲《おそ》つて來た。私は書物を讀んでも呑み込む能力を失《うしな》つて仕舞つた。約一時間ばかりすると先生が窓の下へ來て私の名を呼んだ。私は驚ろいて窓を開《あ》けた。先生は散歩しやうと云つて、下から私を誘つた。先刻《さつき》帶の間《あひだ》へ包《くる》んだ儘の時計を出して見ると、もう八時過であつた。私は歸つたなりまだ袴を着けてゐた。私は夫《それ》なりすぐ表へ出た。
 其晩|私《わたくし》は先生と一所に麥酒《ビール》を飲んだ。先生は元來《ぐわんらい》酒量に乏《とぼ》しい人であつた。ある程度|迄《まで》飲んで、それで醉へなければ、醉ふ迄飲んで見るといふ冒險の出來ない人であつた。
 「今日は駄目です」と云つて先生は苦笑した。
 「愉快になれませんか」と私《わたくし》は氣の毒さうに聞いた。
 私《わたくし》の腹の中《なか》には始終|先刻《さつき》の事が引つ懸つてゐた。肴《さかな》の骨が咽喉《のど》に刺さつた時の樣に、私は苦しんだ。打ち明《あ》けて見やうかと考へたり、止《よ》した方が好からうかと思ひ直したりする動搖《どうえう》が、妙に私の樣子をそは/\させた。
 「君、今夜は何《ど》うかしてゐますね」と先生の方から云ひ出した。「實《じつ》は私《わたくし》も少し變なのですよ。君に分りますか」
 私《わたくし》は何《なん》の答もし得なかつた。
 「實《じつ》は先刻《さつき》妻《さい》と少し喧嘩をしてね。それで下らない神經を昂奮《かうふん》させて仕舞つたんです」と先生が又云つた。
 「何《ど》うして……」
 私《わたくし》には喧嘩といふ言葉が口へ出て來なかつた。
 「妻《さい》が私《わたくし》を誤解するのです。それを誤解だと云つて聞かせても承知しないのです。つい腹を立てたのです」
 「何《ど》んなに先生を誤解なさるんですか」
 先生は私《わたくし》の此《この》問に答へやうとはしなかつた。
 「妻《さい》が考へてゐるやうな人間なら、私《わたくし》だつて斯んなに苦しんでゐやしない」
 先生が何《ど》んなに苦しんでゐるか、是も私には想像の及ばない問題であつた。
 
     十
 
 二人《ふたり》が歸るとき歩きながらの沈黙が一丁も二丁もつゞいた。其|後《あと》で突然先生が口を利き出した。
 「惡い事をした。怒つて出たから妻《さい》は嘸《さぞ》心配をしてゐるだらう。考へると女は可哀さうなものですね。私《わたくし》の妻《さい》などは私より外《ほか》に丸《まる》で頼りにするものがないんだから」
 先生の言葉は一寸《ちよつと》其所で途切れたが、別に私《わたくし》の返事を期待する樣子もなく、すぐ其續きへ移つて行つた。
 「さう云ふと、夫《をつと》の方は如何にも心丈夫《こゝろぢやうぶ》の樣で少し滑稽だが。君、私《わたくし》は君の眼に何《ど》う映《うつ》りますかね。強い人に見えますか、弱い人に見えますか」
 「中位《ちゆうぐらゐ》に見えます」と私は答へた。此《この》答は先生に取つて少し案外らしかつた。先生は又口を閉《と》ぢて、無言で歩き出した。
 先生の宅《うち》へ歸るには私《わたくし》の下宿のつい傍《そば》を通るのが順路であつた。私は其所迄來て、曲《まが》り角《かど》で分れるのが先生に濟まない樣な氣がした。「序《ついで》に御宅の前まで御伴《おとも》しませうか」と云つた。先生は忽《たちま》ち手で私を遮《さへ》ぎつた。
 「もう遲いから早く歸り玉へ。私《わたくし》も早く歸つて遣るんだから、妻君《さいくん》の爲に」
 先生が最後に付け加へた「妻君の爲に」といふ言葉は妙に其時の私《わたくし》の心を暖かにした。私は其言葉のために、歸つてから安心して寐る事が出來た。私は其《その》後《ご》も長い間《あひだ》此「妻君の爲に」といふ言葉を忘れなかつた。
 先生と奧さんの間に起《おこ》つた波瀾《はらん》が、大《たい》したものでない事は是でも解つた。それが又|滅多《めつた》に起《おこ》る現象でなかつた事も、其《その》後《ご》絶えず出入《でいり》をして來た私《わたくし》には略《ほゞ》推察が出來た。それ所か先生はある時斯んな感想すら私に洩らした。
 「私《わたくし》は世の中で女といふものをたつた一人しか知らない。妻《さい》以外の女は殆んど女として私に訴へないのです。妻《さい》の方でも、私を天下にたゞ一人しかない男と思つて呉れてゐます。さういふ意味から云つて、私達は最も幸福に生れた人間の一|對《つゐ》であるべき筈です」
 私《わたくし》は今|前後《ぜんご》の行《ゆ》き掛《がゝ》りを忘れて仕舞《しまつ》たから、先生が何の爲に斯んな自白を私に爲《し》て聞かせたのか、判然《はつきり》云ふ事が出來ない。けれども先生の態度の眞面目であつたのと、調子の沈んでゐたのとは、今《いま》だに記憶に殘つてゐる。其時たゞ私の耳に異樣に響いたのは、「最も幸福に生れた人間の一|對《つゐ》であるべき筈です」といふ最後の一句であつた。先生は何故《なぜ》幸福な人間と云ひ切らないで、あるべき筈であると斷《こと》わつたのか。私にはそれ丈《だけ》が不審であつた。ことに其所《そこ》へ一種の力を入れた先生の語氣が不審であつた。先生は事實|果《はた》して幸福なのだらうか、又幸福であるべき筈でありながら、それ程幸福でないのだらうか。私は心の中《うち》で疑《うた》ぐらざるを得なかつた。けれども其|疑《うたが》ひは一時限《いちじかぎ》り何處《どこ》かへ葬むられて仕舞つた。
 私《わたくし》は其うち先生の留守に行つて、奧さんと二人《ふたり》差向《さしむか》ひで話をする機會に出合つた。先生は其日横濱を出帆する汽船に乘つて外國へ行《ゆ》くべき友人を新橋へ送りに行つて留守であつた。横濱から船に乘る人が、朝八時半の汽車で新橋を立つのは其頃の習慣であつた。私はある書物に就いて先生に話して貰ふ必要があつたので、