初期の文章より
〔小品三篇は漱石全集2にあり〕
 
評論
老子の哲學
文壇に於ける平等主義の代表者『ウオルト、ホイツトマン』Walt Whitman の詩について
中學改良策
英国詩人の天地山川に對する觀念
『トリストラム、シヤンデー』
英國の文人と新聞雜誌
小説「エイルヰン」の批評
マクベスの幽靈に就て
 
雜篇
『銀世界』評
愚見數則
人生
無題
祝辭
不言之言
無題
 
作文
正成論
觀菊花偶記
居移氣説
對月有感
山路觀楓
故人到
故人來
母の慈 西詩意譯
二人の武士 西詩意譯
Japan and England in the Sixteenth Century.  (省略)
 
翻譯
催眠術(アーネスト、ハート)
詩伯「テニソン」(オウガスタス、ウード)
セルマの歌(オシアン)
カリツクスウラの詩(オシアン)
A Translation of Hojioki           (省略)
 
英詩                  (省略) 
漢詩文
 七艸集評
 木屑録
 漢詩
和歌
新體詩
俳體詩
連句
俳句
 季題別
 
印譜                  (省略)
 
日記及び斷片
 
書簡集
 
 
  老子の哲學
 
          ――明治二十五年六月十一日稿文科大學東洋哲學論文――
 
 
   第一篇 緒論
 
 蓋反其本矣とは孟子が齊宣に説ける言其事好還とは老子が以道佐人主章に述べたる語にて孰れも末を棄て本に復するを希望せるの意を寓す此二子時代に多少の差はあれども等しく爭亂澆季の世に生れ民俗の日々功名利欲の末途に趨くを嘆じ道の源頭より一隻眼を開いて人心の砥柱たるべき根本を教えんと企てたればこそ其言も斯く符合するなれ去れども孟子の本は老子の本にあらず老子の還亦孟子の還と趣きを異にす孟子は惻隱の心を擴げて仁となし羞惡の心を誘ふて義となしさてこそ仁義は人心に本有なる物にて邪惡は天性我に具はる者にあらずと我點の行く迄百万※[手偏+倍の旁]撃して辯論せる人にて其心には仁義より大なる道なく仁義より深き理なしと思ひ込みしなり成程是は當り障りのなき議論にて之を實行せば治國の上に利益あるは無論の事況して周末汚濁の世には如何許り要用を有せしや知る可らず然し夫すら攻伐を以て賢とし合從連衡を務めとなす當時には容れられず迂なり迂なりの一語を聞て戰國の諸侯を説きあぐんだる次第なり常識に適ふたる仁義の説だに斯の如くなるに仁義以外に一歩を※[手偏+敝]開して當時に迂遠なる儒教より一層迂遠の議論を唱道せんとせる者あり是を誰とか云ふに周國苦縣※[蠣の旁]郷の人姓を李と云ひ名を耳と呼ぶ生れながらにして皓首の異人なり甞て周に仕へて守藏の史たりしが其衰ふるを見て官を棄てゝ西方に至り關を出んとしたるとき關令尹喜が子將隱矣彊爲我著書と云ふに任せて上下二篇無慮五千餘言を著して去る今に傳る所老子道徳經即ち是なり
 偖老子の主義は如何に、儒教より一層高遠にして一層迂濶なりとは如何なる故ぞと云ふに老子は相對を脱却して絶對の見識を立てたればなり捕ふべからず見るべからざる恍惚幽玄なる道を以て其哲學の基としたればなり其論出世間的にして實行すべからず其文怪譎放縱にして解すべからざればなり走者可以爲罔游者可以爲綸飛者可以爲※[矢+曾]至於龍吾不能知其乘風雲而上天吾今見老子其猶龍耶と云へるが如きを以てなり彼れ固より不仁不義をよしとせず去れども仁義も亦左迄有り難き者と思はず三綱を以て民心を繋ぎ五常を立てゝ衆人を導くときは之と同伴して生ずる者は三不綱なり五不常なるべし民を驅つて善に赴かしめんとすれば善の裏には不善あるぞと教ゆるに同じ故に道の根本は仁の義のと云ふ樣な瑣細な者にあらず無状の状無物の象とて在れども無きが如く存すれども亡するが如く殆んど言語にては形容出來ず玄の一字を下すことすら猶其名に拘泥せんことを恐れてしばらく之を玄之又玄と稱す玄之又玄衆妙之門とは老子が開卷第一に言ひ破りたる言にて道經徳經上下二篇八十章を貫く大主意なり
 玄とは相對的の眼を以て思議すべからざる者を指すの謂にして必ずしも虚無眞空を言ふにあらず名くべきの名なき故に無と云ふのみ老子の言時に矛盾する所ありと雖ども其全篇を通觀するに甞て有の眞〔右○〕無より生じたるを説きし點なく from nothing comes nothong と云へる原理に撞着せるを見ず唯第四十章に天地萬物生于有有生于無と云ふ句あれども此無の字とて眞空絶無の謂にはあらで惚兮恍其中有象恍兮惚其中有物と云ふ意味ならん且無名天地之始とあるを見れば天地の剖判萬物の羣生は命名すべからざる一種の物即ち玄の又玄より發生せるにて眞空より宇宙が出來したりと云ふ意にあらざること明かならん
 此玄を視るに二樣あり一は其靜なる所を見一は其動く所を見る固より絶對なれば其中には善惡もなく長短もなく前後もなし難易相成すこもなければ高下相傾くることもなく感情上より云ふも智性上より云ふも一切の性質を有せず去るが故に天地の始め萬物の母にして混々洋々名づくる所以を知らざれば無名と云ふ然し眼睛を一轉して他面より之を窺ふときは天地の始め故天地を生じ萬物の母なる故萬物を孕む其一度び分れて相對となるや行に善惡を生じ物に美醜を具へ大小高下幾多の性質屬性雜然として出現し來る是點より見るときは萬物之母にして有名と云はざる可らず故に其無名の側面を窺はんとならば常無欲にして相對の境を解脱し(能ふべくんば)己を以て玄中に没却し了らざるべからず又其有名の側面を知らんと思はゞ常有欲を以て夫の大玄より流出して聚散離合する事物の終りを見るべし今此二面を表に示せば左の如くならんか
 
        靜…平等故無名…故常無欲觀其妙
玄之又玄(絶對)
        動…萬物之母故有名…故常有欲觀其※[糸+激の旁]
 
 此玄を基礎として修身に及ぼし又治國に及ぼす故老子の學は希臘古代の哲學と同じく cosmology を以て其立脚の地となす者の如し周代煩雜の世に生れて玄の本に反らんとするには先づ自ら反り而る後人を反さゞる可らず自ら反る所は老子の修身となつて見はれ人を反す所は老子が治民上の意見となつて見はる以下篇を分つて之を論ぜんとす
 
  第二篇 老子の修身
 
 修身上の意見は治民上の意見と同じく概ね消極的なり今之を三段に分ち節を追ふて之を敍すべし
 (一) 老子は學問を以て無用とせり
 第二十章に曰く絶學無憂と又四十八章に曰く爲學日益と註に務欲進其所能益其所習とありて學問をなせば巧智愈進んで道の本元を去ること益遠く紛擾爭奪の殃を釀すに至る故に之を無用とせるなり是は「ウオーヅウオース」も屡ば言へる事にて一例を擧ぐれば Dungeon-Ghyll Force と云ふ詩中に
 A Poet,one who loves the brooks
 Far better than the sages’books
とあり尤も「ウオーヅウオース」は只天然の書を愛して聖人の書を愛せずと云ふ主義なれども老子に至つては天然にあれ人爲にあれ痛く書冊を講修するを惡みしのみならず日常普通の經驗觀察すら毫釐の益なしと思へり去れば四十七章にも不出戸知天下不窺※[片+(戸/甫)]隔見天道とありて天下を知り天道を見るは學問の經驗のと騷ぎ立つるより瞑目潜心して其機を察すれば廓然として大悟するに至るべしと云ふ議論なり故に其出彌遠其知彌少とて無形無聲の大道を看破するに形而下の末に拘泥して卑低の處にのみ眼孔を着くれば到底高尚なる世界觀をなす能はずとの考へなり
 かく老子は一方にては學問を以て事物を研鑽するを惡み又一方にては經驗を利用して現象を探究するを無用とし損之又損以至於無爲の域に達せんと力めぬ去れど老子の世界觀は果して外物に待つなかりしか學問もなく經驗もなく宇宙の眞理天下の大道を看破せしか一毫も外界より得たる知識なきも猶能く此の如きの世界觀を構成し其無爲論大玄説冥中より飛び來つて老子の脳中に入るを得べきか、そも世界觀とは其文字通り世界を觀じたる結果に過ぎず假令如何に非凡の人といへど時と處の影響を蒙らざるはなき筈にて一度び目を搖かせば光脳に入り一度び耳を聳つれば音脳に入り一視一聽の間知らず知らず外物の支配を受くること賢愚聖凡の差別はあらじ去るを老子なりとて爭でか此境界を脱するを得ん假令へ獨斷的にせよ經驗的ならざるにせよ一個の世界觀ある以上は外界の助けを得て構成したるに相連なからん今結繩の民は無爲にして化し老子は之に傚はんと欲するが故に無爲を重んじ學問を棄てよ觀察を廢せよと説法したりと見るも矢張り論理上の非難を免かれざるべしそを何故ぞと云ふに自ら知らずして無爲なると之を知つて無爲にならんとするとは同じからず成程古代の民は無爲なりしかは知らざれども自ら無爲をなして自覺せざりしならん(少くとも老子の意見に從へば)今老子は如何老子と同時の民は如何擾々紛々有爲の極に居ると云ふべし老子既に此有爲活溌の世に生れて獨り無爲を説くは是れ無爲に眼の開きたるなり無爲に consious になりしなり偖其無爲を自知せるは何ぞと尋ぬるに轉捩一番翻然として有爲より悟入したるにあらずや去らば其悟入したる點を擧げて人を導くべきに去はなくして劈頭より無爲を説き不言を重んず何とて此有情有智、立行横臥の動物朝夕有爲の衢に奔走する輩を拐し去つて一瞬の際之を寂滅窃冥たる無爲世界に投ずることを得ん余は敢て不言無爲を尊びたる老子が縷々五千言を記述したるを咎むるにあらず無爲不言は目的にして上下八十章は此に達するの方便なるべければなり只其無爲に至るの過程を明示せざるを惜むのみ
 (二) 老子は凡百の行爲を非とせり
 學問は智なり觀察も智なり老子既に智を破却し進んで情を破却し併せて意思をも破却し遂に凡百の行爲を杜絶し了りぬ
 儒家の尤も重んずる所の者は仁義なり老子の一喝して論破せんとする者は仁義なり儒家にては仁を惻隱の心とも云ひ不忍の心とも云ひ朱子は愛之理と説き韓子は博愛之謂と訓ず皆※[央/皿]然たる懇惻の念を指す者にて先天的に我心中に存在する故仁者人也とて人の人たる所以は仁に在りと心得たる者もあり又仁人心也とて心と仁を合一せんと企てたる者もある位にて義禮智の三は皆之より發生するとなす故に程子は專言則包四者と云ひ朱子は仁爲衆善之長雖列於四者之目而四者不能外焉と云へり羞惡の心の萌すも是非辨別の起るも皆仁の生理に徹して喚發せらるゝと思へり然るに老子は全く之と反對にて聖人不仁とも云ひ大道廢有仁義智慧出有大僞とも云ひ絶聖棄智民利百倍絶仁棄義民復孝慈と云へり仁すら斯の如し禮の如きに至つては禮者忠信之薄而亂之首也と誹れり何故儒家の重んずる仁義をかく迄賤めしかと云ふに
 (甲)其相對的なるが爲にて仁の義のと云へども絶對より見れば小にして殆んど取るに足らざればなり夫れ仁と云へば不仁を含み禮と云へば非禮を含む故に二章にも天下皆知美之爲美斯惡已皆知善之爲善斯不善已と云へり
 (乙) 加之仁義禮智は道の本元を失へばなり大道を外れたればなり故曰失道而後徳失徳而後仁失仁而後義失義而後禮と是仁は末にして禮は益末なるを云ふなり
 既に仁義を以て末となす位故肉體上の快樂抔は極力之を攻討せり去れば甚愛必大費多藏必厚亡と云ひ金玉滿堂莫之能守富貴而驕自遺其咎と云ひ五色令人目旨五音令人耳聾五味令人口爽馳騁田獵令人心發狂と云ひ不覺難得之貨使民不爲盗不見可欲使心不亂と云ひ服文綵帶利劍厭飲食財貨有餘是謂盗夸と云ひ凡て慾を斷ち情を攝すべきを説けり
 (三) 老子は嬰兒たらんとす
 既に情慾を斥け次に學問を斥け最後に仁義禮智を斥け如何なる者にならんとするやと云ふに頑是なき嬰兒と化せんと願へるなり是も「ウオーヅウオース」が
  The child is father of the man;
  And I could wish my days to be
  Bound each to each by natural piety.
と云へるに似て一は務めずして得たる piety を賞し一は智を用ひずして自然に合する嬰兒を愛す故に常徳不離復於嬰兒と云ひ、自然の氣に任じ至柔の和を致す嬰兒を愛す故に專氣致柔能嬰兒乎と云ひ、廓然形の名づく可きなく兆の擧ぐべきなき嬰兒を愛す故に我獨泊兮其未兆如嬰兒之未孩と云ひ、求むるなく欲するなく衆物を犯さず又衆物に犯されざる嬰兒を愛す故に含徳之厚比於赤子蜂〓※[兀+虫]蛇不螫猛獣不據攫鳥不搏と云ひ皆嬰兒たるを欲するの意を寓す
 然らば老子は嬰兒に復歸して如何なる境界に居らんとするかと云ふに
 (甲) 足ることを知るなり故に禍莫大於不知足咎莫大於欲得故知足之足常足矣と云へり
 (乙) 柔に居つて爭はず卑に處して人と抗せざるなり故に天下之至柔馳騁天下之至堅と云ひ天下莫柔弱於水而攻堅強者莫之能勝と云び強大處下柔弱處上と云ひ聖人……以其不爭故天下莫能與之爭と云ひ善用人者爲之下是謂不爭之徳と云へり
 (丙) 靜に安んずるなり故に牝常以靜勝牡常以靜爲下
と云ひ致虚極守靜篤萬物竝作吾以觀復と云ひ重爲輕根靜爲躁君と云へり
 かく修身上に於ては靜を尚び柔を愛し足るを知るを重んぜし故に其所説常に退歩主義にて進取の氣象なく消極にして積極の所寡なし今老子の修身上の意見を表にて示せば左〔上〕の如くなるべし
 
     (ア)無爲(消極的)(一)学問を廃す (甲)講修學理するを廢す
                       (乙)致知格物の觀察を廢す
 
               (二)行爲を廃す(甲)道徳上 仁
                               義
修身                            禮
                              智
                       (乙)美術上…音楽等
                       (丙)肉體の快楽…衣食の贅澤等 
               (三)多言を廢す(多言敷窮又云聖人行不言之教)
     (イ)復歸於嬰兒(積極的?) (一)足ることを知れ
                   (二)柔を守り物と爭ふなかれ
                   (三)静に安んじて下に居れ
(茲に積極的と書きたれど其實は學問を取り行爲を取り去れば殘る者は蕩然たる自然の嬰兒なる故あながち之を積極的と云ふにも及ばざれども便宜の爲め斯は名けぬ)
 
   第三篇 老子の治民
 
 修身を擴ぐること一歩にして治他となる老子身を修めて學を廢し徳行を廢し多言を廢し自ら嬰兒の天性に復し能く足ることを知り能く柔を守り能く靜に安んず而る後人をして己れの域に臻らしめんとす故に人を治むるの法を講ず然れども其説く所亦多く退歩主義なりとす今之を數節に分つて述べんとす
 (一) 天下は進んで取るべきにあらず退いて之を受くべし自ら故意を用ひて天下を治めんとすれば爭亂相繼で起るべし故に曰將欲取天下而爲之吾見其不得已天下神器不可爲也爲むべからざる者を強て爲めんと欲し固執すべからざる者を固執して之を守らんとすれば必ず之を敗り之を失ふ故に不敢爲天下先と云て之を三寶の一に數へたり
 (二) 然らば如何にして可なるやと云ふに只道を守つて超然たるべきのみ(道の事は下に論ず)故に侯王若能守道萬物將自賓と云ひ道常無爲而無不爲侯王若能守萬物將自化と云ひ爲道日損損之又損以至於無爲而無不爲取天下常以無事と云ひ苟しくも無爲に居つて道を守れば天下を取らずとも天下之に歸せんとの意なり
 (三) 我れ天下を取るに意なく而して天下我に歸せば我何を以て之に應ずべきかと云ふに只悶々の政を爲して醇々の民を義養ひ察々の政を廢して缺々の俗を滅するにあるのみ故曰治大國若烹小鮮と治は煩なるべからず小鮮を烹るは撓むべからず煩なれば則ち人勞れ撓れば則魚爛るゝを以てなり
 悶々の政をなすに當つて去るべき者三あり
 (甲) 一に甲兵を撤すべし故に以正治國以寄用兵以無事取天下と云ひ兵を用ひ正を用ふは未だ以て天下を取るに足らざるを明にす又以道佐人主者不以兵強天下と云ひ兵者不祥之器非君子之器と云て兵の用ふべからざる所以を示す
 (乙) 二に刑を去るぺし故に曰く民不畏死如何以死懼之と是は政苛察にして刑罰嚴重なる時は民手足を措く所なく從つて死を畏るゝの念も薄らぎ果は恐嚇するに死を以てすと雖も無益なりと云ふ意味なり
 (四) 法令を去るべし故に天下多忌諱而民彌貧……法令滋彰盗賊多有と云ふて防禁嚴密なれば一擧手一投足も自由なる能はず民業に安んじ生を樂しむこと能はざるを明にせり
 前に述べたる三條は司政の機關を鈍くするなり又教育上に在つては則ち一切の智慧を去り※[立心偏+曹に似た字]々たる愚物を製造せんとす故に古之善爲道者非以明民將以愚之民之難治以其智多故以智治國國之賊不以智消國國之福と云ひ又民多利器國家滋昏人多技巧奇物滋起と云ひて民俗の巧詐詭譎に赴くを畏れたり又不尚賢使民不爭不貴難得之貸使民不爲盗不見可欲使心不亂と云ひて民をして無知無欲にして化せしめんとせり
 又政府の取る方針は如何にと云ふに
 (甲) 宜しく儉を守るべし故に曰く民之饑以其上食税之多足以饑と又曰く我有三寶……二曰儉と
 (乙) 宜しく人の下に立つべし故に曰く大國以下小國則取小國小國以下大國則取大國又曰く是以聖人欲上民必以言下之欲先民必以身後之と
 (丙) 能く柔弱にして卑辱を以て自ら處るべし故に曰く受國之垢是謂社稷主受國之不祥是謂天下王と
 (丁) 若し強梁を除き暴亂を去らんとせば當に物の性により之を自滅せしむべし必ずしも法令を用ふるに及ばず刑罰を要せず故曰將欲歙之必固張之將欲弱之必固強之將欲廢之必固興之將欲奪之必固與之と
以上を治民の意見とす之を表に示せば下の如し
 
政治 天下を得る方 (一)不敢爲天下先
          (二)能守道
   天下を得たる後…施悶々之政 (一)消極的 除刑罰
                        撤甲兵
                        廢法令忌諱
                 (二)積極的 教育 無智 不尚賢
                              毀利器
                              已技巧
                            無欲 不貴難得之財
                               去耳目之樂
                        方針 守倹輕負斂
                           善下民
                           柔弱自居
                           因物性禦之
 
 老子道徳經中政治に關する章凡そ廿四章程あり是にても老子が功利の末に趨く民を驅つて結繩の昔に歸らしめんとせし意あるを見るに足らん、なれど其方法抔は到底行ふべからざるのみならず其大主意も科學の發達せる今日より見れば論ずるに足る者寡なし今試みに之を評せんに
 (一) 其言ふ所は動物進化の原則に反せり抑も人間心身の構造は外界の模樣にて徐々と變化し周圍の景況に應じて有機的の發達をなし其性情機關の如きは子は父より受け父は祖父より襲ぎ祖父は又其先より授かりかくして先祖傳來の遺産冥々の裏に蓄積し生るゝ時既に此遺産を讓り受け加ふるに自己の經驗を附加しつゝ進行する者なれば今更先祖の經驗と自己の智識とを悉皆返上して太古結繩の民とならんこと思ひもよらず人間は左樣自由自在に外界と獨立して勝手次第の變化をなし得る者にあらず
 (二) よし勝手次第の變化をなして結繩の風に復したればとて老子の理想たる無爲の境界に住せんこと中々覺束なしそを如何にとなれば人間は到底相對世界を離るゝ能はず決して相對の觀念を没却する能はざればなり假令ひ如何に古代の民にあれ如何に蠢愚の者にあれ苟しくも人間たる以上は五官を有せざる可らず五官を有する以上は空間に於て辨別し時間に於て經驗するを免かれざるべし空間に於て辨別する以上は左右をも知るべく大小も知るべく高下も知るべし又時間に於て經驗する以上は前後も知るべく遲速も知るべく過去現在未來も知るべし斯く人間の知識は悉く相對的なり若し此相對的の知識を閑却するときは人間一日も此世界に存在する能はず美醜の念善惡の心を除去するも生存上差支へなからん結繩の民是なり住宅被服なきも或は生存するを得ん穴居の民是なり去ればとて眞の無爲にて生活せんや既に結繩と云ひ穴居と云ふ以上は幾分か智慧の念を含むにあらずや況して甘其食美其服安其居樂其俗者何とて智慧才覺のなかるべき甘と云へば不廿と對し美と呼べば不美と應じ安は不安と與に起り樂は不樂に伴ふ皆相對なり抑も老子の民は自ら甘しとして其甘き所以を知らざるか美として其美なる所以を知らざるか安んじて其安き所以を知らざるか假令ひ之を知らざるにもせよ彼等とても食はざれば饑へん饑は飽の反なり服せざれば凍へん凍は暖の反なり矢張り相對の智識なしとは云ふべからず今此相對世界に生れて絶對を説くを得るは智の作用推理の能にて想像の辯なり議論上之れ有りと主張するも實際其世界に飛び込む能はず老子の之を知らずして漫に絶對を説きしは前にも云へる如く外界の刺撃に基づきし故にて (三) 隻眼を以て相對の一方のみを見たる結果と云はざるべからず當時の人君策士皆權謀を以て得意となし詭譎反覆利を見て爲さゞるなく民俗も亦之につれて日に浮薄輕跳に赴き其行は佞媚※[さんずい+典]※[さんずい+忍]其術は怪僻瑣屑功利の末を追ひ智慧の小を玩んで悔ることを知らず天下滔々として澆季に赴く故是では困ると茲に其不平を慰藉する爲め一個の世界觀を構造し己れも此主義にて安心立命の地を得又出來得るならば天下の愚物共をも警醒濟度せんとの考へより遂に無爲の行不言の教と云ふことを五千言にて後世に遺したるなり老子がかく昏亂世界にあつて高尚なる一個の哲學思想を發揮せるは支那學問の爲め甚だ賀すべき次第なれども其隻眼を開いて相對世界を觀察するに當つてや相對の兩面を比較對照して其得失利害を改訂することなく單に其醜惡なる側面のみを看破し之と兩立し得る善美の側面をも一撞百碎し去らんとせるは甚だ不可なりとす此相對の兩面を混同一視せる事は老子中に對句(Antithesis)多きを以ても明瞭にて一寸例を學ぐれば爲者敗之執者失之と云ひ明道若昧進道若退夷道若※[類の大が糸]と云ひ天下之至柔馳※[馬+娉の旁]天下之至堅と云ひ甚愛必大費多藏必厚亡と云ひ大成若缺大盈若冲大直若屈大巧若拙大辯若訥と云へるが如くにて其仁義を不可なりとするは其不仁不義と對するが爲にて其之を小なりと云ふは不仁不義に追陪するが爲と云ふ成程不仁不義は善くあるまじ去れども之に對する仁義をも同一視せんとするは如何智を用ふること方を得ざれば邪※[言+皮]狡黠ならん然し善く之を用ひば愚情を啓發し民福を増加するを得ん去るを智は時として人を※[爿+戈]ふ故其の人を益する時も猶惡と云ふは如何、當時の人は仁義の道をも辨へ先王の道をも心得るに却つて放僻邪惡斯の如くなる故必竟仁義抔を知るのが害になり其反動にて不善に赴く者なれば善を手本とし仁を模型とし早く之に從へと勸むればとて到底益なく反つて其裏を潜つて不善を働くが人情故寧ろ禅喜惡無差別靈無澹々の教を立つるに若かずと思ひ込みしにや去はれ民をして仁義の本にだに歸らしむること難き世なるに仁義の關所を通り越して無爲の境に移住せよとは猶々六づ箇敷話しにあらずや六づ箇敷と云はんより何れの世何れの人に施こすも行ひ得ぺからざる相談と云ふべし又は數學上より割り出したる勘定づくの算用にて一と二の差も一と萬の差も無限より見るときは同樣なると等しく善の惡の美の醜のと噪ぎ立つるも高尚なる玄々世界より見るときは可不可は只一條のみにて毫髪の差を認め得ずとの主意なるか夫にしても相對世界に無限を引き入れ無限の尺度を以て相對の長短を度ることは出來まじ學理上の議論ならば兎に角之を應用して政治上に用ひんとするは驚き入るの外なし
 
   第四第 老子の道
 
 道と云ふ字は老子の處々に散見し其哲學の骨子なれば特に此篇を設けて之を説明せんとす
 (一) 道の範圍、 道と云ふ者が若し玄以外に存し然も天地の始めより在りとすれば老子の哲學は二元論なり若し玄と同一なるか或は玄の一部なるときは一元論なり第一章に曰く無名天地之始第三十二章に曰く道常無名此を前提とし三段論を組織すれば左の如し
  (一) 無名天地之始
  (二) 道常無名
  (三) 故道天地之始
 此式によりて道は天地の始めなりと云ふ命題を得天地の始めとは取も直さず玄の事なれば老子の哲學は一元論にて此道とは玄の一部なるや又は玄と同物なるやの問題に移るを得べし第一章に有名萬物之母とあり此有名とは前に云へる如く玄の一面にて蕩々渾沌たる點より見れば無名なれども其分離(differentiation)の根たる點より見れば有名なり又萬物とは有形無形一切宇宙に存在する者を指したる稱ならん今道を以て玄と同物と見傚す時は萬物は皆道の變體と云ふ譯にならん然るに六十二章には道者萬物之奥とあり蘇子由之を解して凡物之見于外者皆其門堂地道之在物譬如其奥物皆有之而人莫之見耳と云へり去らば道は常に物の中にのみ潜んで外に見はるゝことなき物にや斯く解するときは道は物の中に包含せらるゝ者にて萬物の一部に過ぎず從つて玄の一部としか見傚し能はざるが如し然れども子由の意を察するに道は萬物に行き渡れども無形なる故其奥にのみある如くに見ゆと言し迄にて老子の全篇を通觀するも斯く解釋する方至當なる樣に思はるゝのみならず廿五章にも周行而不殆とあれば道は宇宙に填充し萬物に遍滿し至らざるなく在らざるなきを見るべし之を言ひ換ゆれば其範圍至大至廣にして窮極なく天地を包含して餘りあり宇宙に存在する者皆道より成立するの謂なり去らば道は則玄玄は則ち道と解するも妨げなからん又先天地生と云ひ象帝之先と云ひて其初生の期は得て尋ね可らず first cause にあらずして而も萬物の原因となる故に其始めを問へば無始なり其終りを問へば無終なり其限界を問へば無限なり吾人の相對世界は此道に包含せらる之を道の範圍となす
 (二) 道の體、次に考ふべきは道は有形なりや無形なりやと云ふ問題なり第四章に道冲而用之或不盈似萬物之宗とあり蓋其體冲然として宇宙に遍からざるなく其無形なるを以て盈たざる者に似たるを云ふが如し又廿五章には有物混成先天地生寂兮寥兮獨立而不改周行而不殆可以爲天下母吾不知其名字之曰道とあり是れ道の湛然として常存し寂として聲なく寥として形なきを云ふなり去れば五官を以て之を知る能はず故に之を形容して視之不見名曰夷聽之不聞名曰希搏之不得名微とて其色聲摸索の境を離れたるを示し又陰陽を脱し形數を以て推す可らざるが故に其上不※[口+激の旁]其下不昧繩々兮不可名復歸于無物とて其捕捉し難きを言ひ其外にも道之出口淡乎其無味視之不足見聽之不足聞とも云ひ道之爲物惟恍惟惚惚兮恍其中有象恍兮惚其中有物窃兮冥其中有精其精甚眞其中有信抔言ひ皆道の實在するに係はらず五官の作用にて知る可らざるを説明せる者なり
 余輩は前段の議論より二個の命題を得たり(一)萬物の實體は道なり(二)道は五官にて知る可らず此を前提として結論を作れば「萬物の實體は五官にて知る可らず」と云ふ命題を得然らば吾人が通常見たり聞たり觸れたりする物は實體にあらずして假僞なりと云はざる可らず尤も老子はこゝ迄は明瞭に論ぜざれども道は萬物を填充(即ち萬物を組織)し而して無形無聲なりと云ふ前提ある以上は勢ひ此議論を含蓄せざるを得ず故に老子の學は唯道論にて洋人の之を譯して Taoism と云へるは眞に其當を得たりと云ふぺし此唯道論は當今の哲學にて形而下の點は何處迄行くも分析《ヂヴヒヂブル》すべき性質を具する故世界の實體は見るべからざる metaphysical points より成ると云ふ議論とよく似通ひて甚だ面白し (三) 道の用、此至大無邊にして漠々捕捉すべからざる道は何の用をなすか第三十四章に曰く大道氾兮其可左右萬物恃之以生而不辭功成而不名有愛養萬物而不爲主と(此不辭、不名有、不爲主とは皆無覺無我なるを云ふのみ)又五十一章には道生之徳蓄之云々とあり孰れも萬物を生ずる力は道にあるを云ふなり、前に云へる如く萬物は道の一部分なり、今又萬物の發生する力も亦道なりと云ふ以上は
 (一) 道は他力を藉らず自ら變化し自ら differentiate する者なるや明かなり去れば四十章にも反者道之動弱者道之用と云へり王注に高以下爲基貴以餞爲本有以無爲用此其反也とありて道が一度び動けば相對となることを明言せるが如し而して其變化分離する過程は如何にと云ふに第四十二章にあるが如く道生一、一生二、二生三、三生萬物とあり此一、二、三の數字は何を指すやら抽象的にて合點行かねど「ピサゴラス」の數論に似て面白し「ピサゴラス」の意見に因れば無限の空間が一度び一に感觸するときは二となりて線を生じ此空間二に感觸するときは三となりて面を生じ空間最後に三に感觸するときは四となりて立體を生ず然るに老子は其一、二、三の何たるを言はず從つて其如何なる物たるやを知るに苦しむなり何しろ斯樣な過程にて道より一、一より二、二より三、三より萬物と漸々分離するに當つて一の注意すべきは
 (二) 道が自ら發達分離して而も其變化を知覺せざることなり天道無親常與善人と云ひ天網恢々疎而不失と云へば何か道に意思あつて公平の所置をなすが如くに思はるれど其公平なる所反つて其無意識なる所にて一己の blind will を以て自然天然と流行し其際に自ら一定の規律あり無法の法、理外の理に叶ふ故に道法自然と云ひ無爲而無不爲と云ふ是老子の哲學が「ヘーゲル」と異なる所にして兩者共一元論者なれども一は道に意識なしとなし一は Absolute Idea が發達しで最上の位地に到るときは遂に絶對的に意識を有するとす(兩者の差是のみと云ふにあらず「ヘーゲル」の論抔は善くも知らざれども氣の付たこと丈を比較するなり)
 (三) 此道を稱して天道と云び善く之を體し身を修め治を行ふを聖人の道と云ひ聖人の道に及ばざるを人の道と云ひ其下を不道と云ひ愈下を非道と云ふ七十七章に天道と人道を比較して曰く天之道損有餘而補不足人之道則不然損不足而奉有餘八十一章には天之道と聖人之道を雙提して曰く天之道利而不害聖人之道爲而不爭三十章に不道を誹つて日く物壯則老是謂不道不道早已五十五章にも同じ事を繰り合《原》せり五十三章には末を飾り本を廢し施設を以て事となす者を戒めて曰く是謂盗夸非道哉又徳と云仁と云ひ皆道中に含むを云ふて曰く……故失道而後徳失徳而後仁失仁而後義失義而後禮と而して道より直接に出る者は一なり故に老子は重を一にをく曰く載營魄抱一能無何曰く昔之得一者天得一以清地得一以寧神得一以靈谷得一以盈萬物得一以生侯王得一以爲天下正曰く少則得多則惑是以聖人抱一爲天下式
 以上を表に示せば左の如し
 
道 絶對の道 (一)範囲 無限
             無始
             無終
       (二)體(無爲)無形
               無聲
               無臭
       (三)用(有爲)生萬物
               無意識にして法あり
               柔にして屈する能はず
  相對の道  人之遺(損不足奉有餘)
        不道(壮者必老)
        非道(盗夸)
 
 老子道の體に則とるか眞に無爲ならざる可らず其能はざるは前に述べたり老子將た道の用に法らんとするか則臥ち有爲ならざる可らず相對を棄却する能はず善惡の差別を抹殺する能はず美醜を混合する能はず既に道の體に則とる能はず用に則つて相對を棄てんとす是老子の避くべからざる矛盾なり
 
  文壇に於ける平等主義の代表者『ウオルト、ホイツトマン』 Walt Whitman の詩について
 
 革命主義を政治上に實行せんと企てたるは佛人なり之を文學上に發揮したるは英人なり「バーンス」を讀む者は通觀一過して其平等論にかぶれたるを知るべし「シエレー」の如きは多言を須たず“ Promettheus Unbound”の一篇之を證して餘りあらん。「バイロン」に至つては滿腔の不平一發して「チヤイルドハロルド」となり再發して「ドンジユアン」となり餘憤怫々然常に其毛孔より溢出すと云ふも可なり沈着にして舊慣を重んずる英國の詩人が從來の面目を一洗して此思想を唱道し中には身を挺んでて此主義の爲に打死せし位なるに不思議なるかな共和の政を實行し四海同胞の訓へを奉ずる亞米利加にては一人の我は共和國の詩人なりと大呼して名乘り出でたる者なし「ロングフエロー」は詩人なるべし去れど其思想は常に中世紀に溯つて亞米利加の新開地にあらず「アーヴイング」は文章家ならん然し其嗜好は矢張故郷に落付かずして亦欧洲大陸に向へり是等の匹敵を英國に求めばたとひ升を以て量る位は無きにもせよ尋ねて見當たらぬと云ふ程の事はあるまじ其他「ブライアント」にせよ「ホーソーン」にせよ自家一流の特色を具へたるには相違なかるべきも如何せん合衆國といふ前代未聞の共和國を代表するに適したる新詩人は頓と出現せざりしなり然る處天茲に一偉人を下し大に合衆聯邦の爲に氣※[餡の旁+炎]を吐かんとにや此偉人に命じて雄大奔放の詩を作らしめ勢は高原を横行する「バツファロー」の如く聲は洪濤を掠めて遠く大西洋の彼岸に達し説く所の平等主義は「シエレー」「バイロン」をも壓倒せんとしたるは實に近來の一快事と云はざるべからず
 此詩人名を「ウオルト、ホイツトマン」と云ひ百姓の子なり千八百十九年「ポーマノツク」に生る幼にして活版屋の小僧となり夫より雜誌の編修人となり廿歳の時「ニユーヨーク」に移り千八百五十五年始めて“ Leaves of Grass”を著す去れど盲目千人の世の中たる上舊來の詩法に拘泥せざる一種異樣の風調なりしかば之を購讀する者は無論の事其書名をだに知る者なかりしが故出版せる千部の内覆※[剖の左+瓦]の災を免れたるは僅かなれど其僅かなる中の數冊が古道具屋の雜貨と共に英國に渡り後年「ロゼツチ」の Selected poems by W・Whitman となつて現はれたるは著者の爲め且つ出版者の爲め甚だ賀すべき事と云ふべし、斯く米人は冷淡にもかゝる書には手をだに觸れざりしが「エマーソン」の慧眼は早くも其眞價を看破し一篇の書翰を送つて大に著者を祝せり其略に曰く……小生は充分貴著の價値を認識する者に御座候才識雙方の點より觀察致候もわが合衆國の書中得易からざるの好著と存候……斯く雄大なる思想を有せらるゝ段欣羨の至りに堪へず……初陣の御手際としては甚だ出來宜しく全く平素御涵養の功只今見はれ候儀と祝着に奉存候云々顧ふに“ Leaves of Grass”に先だつこと二十年“Sartor Resartus”の始めて世に出るや滿天下の廣き誰あつて之を理解する者なかりしに獨り「エマーソン」は書を出版者に寄せて頻りに之を賞しかゝる論文を續々公けにせん事を望めりとか朝たには一人を取つて其尤を拔き暮には一人を取つて其尤を拔くとはかゝる人の事なるべし南北戰爭の起るや「ホイツトマン」直ちに起つて軍に從ひ看病卒となつて戎馬の間に往來しけるが櫛風沐雨の苦みを閲し肝脳塗地の惨状を目撃したる爲にや是より痛く健康を害なひ荏苒歳月を經て遂に不治の症に陷れり集中戰爭を敍したる詩あまたあり顧ふに當時の實況ならん
 「ホイツトマン」の詩に關しては世評一ならず或は其詩體の一生面を開いて前人の舊路を踏襲せざるを以て是れ韻文にあらずと謗る者あり或は其肉體の快樂を敍して顧ず時に卑猥に陷り風教を害するの恐れあるを以て痛く之を排撃し百方之を傷けんとするものあり去れども其詩法に拘泥せざる所劣情を寫して平氣なる所が即ち「ホイツトマン」の「ホイツトマン」たり共和國の詩人たり平等主義を代表する所なるべし元來共和國の人民に何が尤も必要なる資格なりやと問はゞ獨立の精神に外ならずと答ふるが適當なるべし獨立の精神なきときは平等の自由のと躁ぎ立つるも必竟机上の空論に流れて之を政治上に運用せん事覺束なく之を社會上に融通せん事益難からん人は如何に云ふとも勝手次第我には吾が信ずる所あれば他人の御世話は一切斷はるなり天上天下我を束縛する者は只一の良心あるのみと澄まし切つて險惡なる世波の中を潜り拔け跳ね廻る是れ共和國民の氣風なるべし其共和國に生れたる「ホイツトマン」が己れの言ひ度き事を己れの書き度き體裁に敍述したるは亞米利加人に恥ぢざる獨立の氣象を示したるものにして天晴れ一個の快男兒とも偉丈夫とも稱してよかるべし蓋し「ホイツトマン」あつて始めて亞米利加を代表し亞米利加あつて始めて「ホイツトマン」を産す蘭は幽谷に生じ劔は烈士に歸し鬼は鐵棒を振り廻すが古來よりの約束ならば「ホイツトマン」の合衆國に出でたるも亦前世の約束なるべし
 去らば「ホイツトマン」の平等主義は如何にして其詩中に出現するかといふに第一彼の詩は時間的に平等なり次に空間的に平等なり人間を視ること平等に山河禽獣を遇すること平等なり平等の二字全卷を掩ふて遺す所なし
 時間的に平等なりとは古人に於て崇拜する所なく又無上に前代を有難がる癖なきを云ふ其言に曰く古人も人間なり我も人間なり余は古人に就いて學べり恨むらくは古人を九原に呼び起して余を學ばしむる能はざるを合衆の聯邦豈古代を蔑視せんや其功績を認識するに於ては敢て人に後れざるを期する者なりと暫く眼睛を轉じて他の詩人の思想を窺ひ「ホイツトマン」の此言と比較するときは其差啻に三舍のみにあらざるを見る華麗なる甲冑を着け大なる劔をぶらさげ栗毛の馬に乘つて而して美人の前に試合をせざれは詩中の人物にあらずと思へる「スコツト」は如何小女は nymph と名けざるべからず朝は aurora と呼ばざる可からず晩は hesper と稱へざるべからず原野の景色には必ず羊飼を出し英國は隨分氣候の寒き國柄なれどそこは是非南方大陸を眞似て草頭樹下必ず寒風に吹き曝されて笛を吹かねばならぬと勝手な制限を立てたる「ポープ」一派の詩人は如何、「バイロン」「シエレー」は革命の詩人なり去れども十九世紀を改良し數百年來の舊弊を一掃したる上に希獵古代の分子を注入せざれば其理想を滿足せしむる能はざらん彼等をして「ホイツトマン」を見せしめば亦必ず愕然として其放膽なるを怪しまん蓋し「ホイツトマン」は封建時代の詩人にあらず classicism の詩人にあらず希臘風を戀ふ詩人にあらず其歌ふ所は過去にあらずして現在にあり是れ過去を賤しむにあらず只之を尊奉せざればなり望を未來に屬する者なり是れ現在に不滿なるにあらず世界の大勢は古今を一貫し前後を通徹して圓滿の域に進行すればなり
  Poets to come!orators,singers,musicians to come!
  Not to−day is to justify me and answer what I am
   for,
  But you,a neW brood,native,athletic,continental,
   greater than before known,
  Arouse!for you must justify me.
 此大世界何とて不淨の有らざるべき只此不淨中圓滿の種子を含むとは「ホイツトマン」が。“Song of the Universal”中に述べたる言なり此一言にても其の一種の進化論を抱いて科學的の世界觀を有せるを證するに足れど若し其の“With Antecedents”を讀むときは其主義一層明瞭なりとす其詩に曰く我が今日あるは皆祖先の賜過去の報なり埃及印度希臘羅馬皆吾人をして此域に達せしめたる者なり「ケルト」「スカンヂネウ※[ビの小字]アン」「サクソン」亞拉比亞人皆今日の境界を補益したる者なり航海、法律、工業、戰爭、詩人、卜者、奴隷の賣買、十字軍の遠征、僧侶、舊大陸、列國の興廃、宗教の盛衰皆預かつて力あらざるなし……余は百般の思想を有し百般の事物を信ず唯物論も眞ならん唯心論も僞と云はじ……過去は斯の如くならざる可からざるが故に斯の如し現在も然らざる可からざる理由あつて然り……過去は廣大なり未來も亦廣大ならん奇なるかな此廣大なる過去と未來とは現世一代に蹙まる故に我等何處の果に生息するとも其生息する所即ち萬民の中心なり百代の中心なりと彼の「サラミス」の巖頭に箕坐して“For Greece a blush――for Greece a tear ”と叫び世の味氣なきを嘆じて“Out of the day and night/A joy has taken flight”と悲しんだる詩人等浮世を觀ずること「ホイツトマン」の如き能はず四民同權の主義實行し難きを憤り一は白眼嫉視の旋毛曲りとなり有らゆる厭世の分子を一身に引き受け「ドンジユアン」を公にして天下を愚弄し餘憤洩らす所なく遂に南歐に客死し一は“Prometheus Unbound”を作つて望を後世に屬したりと雖ども彼れ卅年の生涯を三分して一分は讀書世界に没し一分は空想世界に住し殘る一分を擧げては醜惡不埒の世界に委ね不幸薄命を悲しんで客土に溺れぬ此二人説く所の主義「ホイツトマン」を去ること遠からず而るに其世界觀何とて斯の如く異なるや居氣を移すが爲か養體を移すが爲か抑も天稟の氣質に強弱あるが爲か時の先後人心に感ずること此の如く甚しきか余は只「バイロン」の厭世主義を悲しんで「ホイツトマン」の樂天教を壯とするのみ又其の「ヘーゲル」を讀んで
  Roaming in thought over the Universe,I saw the
   little that is Good steadily hastening towards im-
   mortality,
  And the vast all that is call'd Evi I saw hastening
  to merge itself and become lost and dead.
と咏じ出せるを嘉みする者なり
 空間的に平等なりとは場所に因つて好惡を異にすることなく亞弗利加の砂漠も倫敦の繁華も皆同等の權利を有して其話中に出現し來るを云ふ勿論「ホイツトマン」は頻りに自國を稱揚し合衆共和國の文字常に其唇頭を離れざるが如くなれどもこは頑陋なる文盲漢の無暗に己れに誇つて非を顧ざる執拗心と同一視すべきにあらず亞米利加の四字絶えず詩上に入り來るも其故郷なるが爲にあらず財源富贍舊大陸の向ふを張るが爲にあらず殖産の利興業の隆宇内を壓するが爲にあらず只建國の風其奉ずる所の主義と相近く制度文物亦其理想に遠からざればなり但し近しと云ひ遠からずと云ふは未だ全く其理想を滿足せしめざるの謂にして詩人自らも嘗て紐育の紅塵中を徘徊して人間の下等なるに驚きし位なれど熟ら觀ずれば無限の歳月は無限の歳月を迎へて世事流水の如く逝く者は復還らず來る者は暫らくも留まらず轉變無常の理を示す中に自ら一定不變の規律ありて世界の大勢は日に/\惡より善に移り醜より美に趨き壓制主義より自由主義に徙るを看破せし途端自國の政體を觀れば共和なり其制度を見れば平等なりしかば是こそ今後福徳圓滿の極境に達すべき世界の通路ならんと自信し乃ち亞米利加といふ四字の咒文を唱へて一世を切り靡けんと欲したるなり
  I heard that you ask'd for something to prove this
   puzzle the New World,
 And to define America,her athletic Democracy,
 Therefore I send you my Poems that you behold in
  them what you wanted.
と云ふが精神なれば決して他國を度外視したるにあらず獨佛伊西は愚か遠く海山を隔てたる支那にせよ日本にせよ我が亞米利加人の如く親愛すべき人物は幾多もあらん此人々と同胞の交りを締して互に往來するを得は其幸如何ぞやと自ら其詩中に明言せしを見ても其意は瞭然たらんさるにても「ドクインセー」が“Confession”中にわれ若し已むを得ざる事の爲に故郷なる英國を棄てて支那又は支那風の生活をなす處に移住する段にならば嫌惡の餘り必ず發狂すべしと記し置けるは何たる狹量ぞや此男をして一介の詩人ながら歌ふ所は“World Democratic”、なり“the world enmasse”なりと名乘り出でたる「ホイツトマン」に見へしめざりしこそ殘念の至りなれ
 「ホイツトマン」は共和國の詩人なり共和國に門閥なく上下なく華士族新平民の區別なし貴官何者ぞと問はば是れ accident のみと答へん黄白の礦塊或る機會に因り彼を去つて此に附着したるのみと云はん地位何者ぞと問はば一片の肩書甲より飛び來つて乙に落ちたるのみと云はん縉紳は虎皮に坐し匹夫は敝袍を纏ふも虎皮を取り上げて敝袍を脱ぎ替へさへすれば兩者の地を易ふる事朝夕を待たざるべし大統領に面會するに非禮の擧動あるべからずとすれば丐者に對しても相當の挨拶なかるべからず人間と云ふ點より觀察すれば金殿玉樓の客屠肆鼓刀の人と我に於て何ぞ擇ばん凡て形體上の懸隔に因つて人間の取扱に階級を設くるは「ホイツトマン」の大に不埒とする所なり去ればとて横目竪鼻の動物なれば悉く一樣なりと云ふにあらず只其差違は身外を圍繞する所有物にあらずして他人の奪ふべからざる身體なり精神なりに存すと云ふのみ長幹緑髯之を有する者が土方にせよ學者にせよ「ホイツトマン」の之を嘆賞するは一なり明眸皓齒之を美なりとせば閨人にあつても美なり青衣にあつても等しく美なり智は不智に優り徳は不徳に勝る「ホイツトマン」は明らかに之を認識するものなり之を認識すると同時に表面上の尺度を撤去せんと欲する者なり族籍に貴腐なく貧富に貴腐なく之れ有らば只人間たるの點に於て存す是れ「ホイツトマン」の主義なり
 空言は實行に若かず“How beggarly appear arguments before a defiant deed! ”家庭は大道に若かず一家に戀々たる者は田螺のわび住居を悦ぶが如く蝸牛の宅を負ふてのたり/\たるが如く牡蠣の口堅く鎖して生涯蒼海を知らざるが如し此世界は競爭の世界なり安逸して人に後るゝ勿れ、起て、起つて働け、斃るゝ迄働け、旅に病まば夢に枯野を馳け回れ、勝利を説くなかれ、一戰纔かに已むは大戰將に來らんとするの徴なり錢なきを恨むな衣食足らざるを嘆くな大敵と見て恐るゝな味方寡なしとて危ぶむな智を磨くは學校なり之を試みんとならば大道に出でよ吾れ無形の智者を證する能はざるも智自ら之を證せん思を哲理に潜め深く宗教を究め講堂に立つて其の眞理なるを説くとも何の益あらん白雲の下激湍の傍無邊の天然界に跳り出でて其の眞なるを證明せよ
    Have the elder races halted?
  Do they droop and end their lesson,Wearied over
   there beyond the seas?
  We take up the task eternal and the burden and the
   lesson,
    Pioneers! O pioneers!
 「ホイツトマン」の處世の方法概ね斯の如し此方法に從つて生活を送る者は「ホイツトマン」の氣に入るものなり必ずしも長幼の序を論ぜず男女の性を問はず斯く其愛に偏する所なく其情に傾く所なければ一種の人物を描出して之を崇拜する抔とは彼の夢にだも見ざる所なり故に其詩を讀めば種々雜多の人間簇然として入り來り忽然として謝し去ること恰も走馬燈の廻轉して瞬時も止まざるが如し稠人を一幅中に收め其中只眞中の一人に金色の毫光を着くるが畫家の慣手段なれど余は無數の頭を描いて有らゆる善男善女より永代不滅の毫光を放たしめんとすと云ひしは自ら己れを譬へて甚だ巧みなる者と云ふべし去れば其“A Song of Joys”を見ても先づ土木家の快樂を敍し次に馬乘りの快樂に移り轉じて消防夫の樂しみとなり劔術使ひの樂しみとなり捕鯨者の樂しみとなり坑夫兵卒豪飲健啖の樂しみより進んで至大なる精神の快樂に入り終りに死亡の樂しみを敍べ The beautiful touch of Death と稱して遂に其局を結べり固より雅俗高下の差別はなく見る者聞く者悉く其詩料に生擒らるゝ次第なれば漢人の所謂風流邦人の唱ふる都雅の思想抔は一棒に抹殺して顧慮する所なく教育を受けたる上等社會にのみ行はるゝ「テニソン」抔の詩と比較するときは實に天地の差といふべし斯く平等の取扱をなすこと人間に限るかと思へば左にあらず人外の事物も亦一樣の權利を以て其詩中を往來す入り替り立ち替り、故に今水禽の虚空に飛翔する樣を敍するかと思へば忽ち蒼穹水に映ずる景色となり列邦の旗旌晩風に翻つて落日に輝く抔と唐詩めきたる言を發する其次に製造所の烟突より石炭の烟が黒々と立ち登る抔と我朝の思想にては俗氣鼻を衝く程のことを事もなげに言ひ放つは奇といふの外なし詩人自らも之を詠じて曰くわが詩を見よ輪船あつて詩中を横行し一方に東海あり一方に西海ありて潮流わが詩上に進退し家あり舟あり村落あつて余が詩面を點綴す其他牧場あり森林あり都會あり此都會には鐵製の家もあり石造の屋もあり貿易は不斷に繁昌し車馬は日夜に絡繹たり加之蒸※[さんずい+氣]活版所あり電信機あり鐵道は※[さんずい+氣]笛を鳴らして走り坑夫は金を掘り百姓は畠を耕し職人は「ベンチ」に腰を掛けて家業に暇なし此半天社會より裁判官出で哲學者出で大統領出づと恰も手術使ひの口上の如し
 「ホイツトマン」は「テニソン」の如く義理の精神を鼓舞し自重克己の風を養つて社會の秩序を保たんと欲する者にあらず又「ウオーヅウオース」の如く退いて生を山林に寄せ瞑目潜心して天地の靈氣と冥合し以て天賦の徳性を涵養せんとする者にあらず中古任侠の風を寫し然諾を重んずるの氣象を奨勵して世道を維持せんと欲する事「スコツト」に及ばず忠臣孝子節婦義僕を寫して一世を感泣せしむる事日本支那の詩人に及ばず然らば彼れ何を以て此個々獨立の人を連合し各自不羈の民を聯結して衝突の憂を絶たんとするぞと問はば己れ「ホイツトマン」に代つて答へん別に手數のかゝる道具を用ふるに及ばず只“manly love of comrades” あれば足れりと蓋し西洋にて愛の字の普通なる事は己が和歌俳諧にて物の憐れとか情けとか云ふと同じく詩人中一人として此字を使はざる者はあるまじく就中「テニソン」の如きは“In Memoriam” の冒頭に
  Strong son of God,immortal Love,
  Whom we,that have not seen thy face,
  By faith,and faith alone,embrace,
  Believing where we cannot prove;
と云ひ「コレリツジ」は
  All thoughts,all passions,all delights,
  Whatever stirs this mortal frame,
  All are but ministers of Love,
  And feed his sacred flame.
と云ひたる位なれば今「ホイツトマン」が愛の字を用ひたりとてあながち怪しむに足らねど manly love of comrades といふ斬新なる言を使ひたるは詩人あつてより以來始めてなるべく只此一新熟語を敷衍すれば“Calamus” の全篇を掩ふに足り而して。“Calamus”を敷衍すれば又全集を掩ふに足る位なる故此一語中々輕卒に看過すべからず元と Calamus とは亞米利加に産する草の名なるが「ホイツトマン」之を取つて友愛の徽章となし愛に關する數十首を收めて一篇となし冠らすに此草名を以てしたるなり此篇を通觀するときは洵に作者の愛情の純潔にして寸毫も脂粉の態なく實に manly の名に背かざるを見る蓋し「ホイツトマン」は社會的の人物なり(俗物の謂にあらず)自ら社會の一分子となり天下の公衆を助け又天下の公衆に助けられん事を冀ふ者なり故に其の尤も意を傾くる所の者は山水花鳥にあらず紅燈緑酒にあらず蟋蟀の音十五夜の月にあらずして矢張り己れと同類の人間にあり去れば此篇にては第一に人間交際の精神上に必要なるを説き次に凡て哲學の基礎は此種の愛に外ならざるを論じて曰く余は希臘獨乙等古今の哲學を講究せり「カント」「フイヒテ」「シエリング」「ヘーゲル」を讀み「プレートー」に入り「プレートー」より大なる「ソクラチス」をも究め「ソクラチス」より大なる「クライスト」をも研鑽せり然し「ソクラチス」の裏「クライスト」の中に伏する者は人と人との愛友と友との愛夫と婦との愛親と子との愛市と市との愛國と國との愛にすぎずと、愛には相手なかるべからず相手なきの愛は軟風徐ろに吹いて春風の應ぜざるが如し故に曰く嘗て「ルイシヤナ」を通りしに野中に一本の樫あり其古幹天を掠めて悉まゝに蟠屈するを見て坐ろにわが身の上に擬へしが苔の着きたる枝を動かして只獨り風に吟ずる樣の左も心地よげなるに氣が付けば不審の念やみ難し熟ら考ふれば知己なく朋友なきに己れ獨り愉快の聲を擧げん事余に在つては思ひも寄らずと、かゝる人の親友を求むるに切なるは云ふ迄もなし「名四海に震ひ功一世を葢ふと云ふ英雄も羨ましからず大統領の榮譽も綺樓傑閣の富も羨ましからず羨ましきは締契の士危難艱苦を經て交りも變ぜず少より壯に至り壯より老に至り老より死に至つて信義に渝る所なきにありかゝる人を見もし聞きもする時は嫉妬の念禁じ難し」と嘆じ又「筆を執つて何事をか書かん眞帆に風を孕んで沿海を走る軍艦を咏ぜんか古代隆盛の樣を寫さんか今夜の光景にせんかはた余が周圍を包む大都の繁華を敍せんか已むぺし已むべし只已まんと欲して已む能はざるは今日群集の中にて觀たる二客の訣別なり別るゝ時送る者は行人の肩に倚つて之に接吻し行く者は手を伸べて留まる人を擁せり」と賞せりかく譯し出だせば彼も是も譯し度くなれど左樣は行かねば終りに原詩一首を載せて餘は預かり置くなり原詩に曰く
 O you wbom I often and silently ome where you are
  that I may be with you,
 As I walk by your side or sit near,or remain in the
  same room with you,
 Little you know the subtle electric fire that for your
  sake is playing within me.
此境界を知らぬ者は「ホイツトマン」の詩を理解する能はざる者なり序でに云はん此原作は敢て女性に關して咏出せる者にあらず女を戀ふて男を愛せず抔と云ふは「ホイツトマン」の主義に反するものなり
 人は愛情を侍つて結合し之を待つて進化し之を待つて圓滿の境界に臻るとは「ホイツトマン」の持説なり然らば其愛情の發する所はと云ふと全く靈魂の作用なり余は何が故に憐愛の情を起すや人間わが傍らにある時は血脈何が故に勃張し彼等の去る時は又何が故に悄然自失するが如くなるやと自問を提出して自答を得んと欲するは全く靈氣の※[分/土]涌して溢出するに異ならず故に愛情の羈絆能く不羈の民を制し鞭撻して之を疾驅せざるも自ら天下の大勢に從つて善美の方向に進行するなり去れば宇宙の歴史は全く靈魂の歴史なり但靈魂に形なし故に形體を有せる事物を借つて世界に出現す「ホイツトマン」は靈魂説を説く者なり靈魂に形なし故に形體を有せる事物を借つて之を詩に咏ず其言に曰く
 I will make the poems of materials,for I think they
  are to be the most apiritual poems,
And I will make the poems of my body and of mortality,
For I think I sllall then supply myself with the poems of my soul and of immortality.
靈魂の進行するや宗教も之を避け技藝も之を避け政府も之を避く他物の進行は皆眞似事なり記號のみ獨り靈魂は進んで止まる所を知らず常在にして滅する事なし其の之くや何處に之くを知らず最善に向つて行くのみ
これを「ホイツトマン」の靈魂説となす故に「ホイツトマン」は形質上の開化を喜んで精神上の發達に無頓着なるものにあらず肉體のみを知つて恣に劣情を寫す者にあらず既に死を以て快樂の一に數へ魂は冥漠に歸し屍は化して永く下界の用をなさんと云ひ又 How the flolidness of the matelials of cities shrivels before a mans or woman's look! と云へる位なれど猶下に譯出する一篇を讀まば其愛益明らかならん其詩に曰く(但し譯は詩にあらず以上悉く然り)「通邑大都とは如何なる所ぞ埠頭長く突出して船渠深く製造盛んにして百貨輻輳するの地か大厦高樓甍を竝べぺ五洲の物産悉く聚まるの地か藏書棟に充ち庠序の教行き渡るの地か是等のもの未だ大都をなすに足らず大都とは壯快なる辯士と雄大なる詩人の生息する所なり此辯土と詩人とは廣く公衆を愛し公衆は又彼等を敬愛し彼等を理解する所なり個人の爲に記念碑を建てず之を建つれば必ず公共の事業と公共の文字を鐫す是れ大都のある所なり人は經濟に長じ先見の明あつて無謀の行を慎む是れ大都のある所なり市に奴隷なく奴隷あれども之れを使役する者なく男女重きを法律に置かず是れ大都のある所なり其の他の要件を擧ぐれば公民は常に首たり市長役人は單に傭人たるの所なり外部の制裁良心の制裁に先つて來ることなき所なり公平の實行せらるゝ所なり靈魂上の研究を奨励する所なり女子は行列を組んで市中を練り行く事男子の如くせざる可からざるの所なり女子も公會に出入し男子と共に列坐せざる可からざる所なり朋友は信者を重んじ男女に醜行なく父は丈夫に母は健康なる所なり」走れ蓋し「ホイツトマン」が理想上の國ならん此條件中には一千年來儒教の空氣を呼吸して生活したる我々より見れば少しも感心し難き點もあり殊に女子の行列云々に至つては聞くも可笑しき話ながら國體の異なる亞米利加に生長したる詩人故自然其理想の或點に於ては東洋主義と衝突するを免かれざらん兎に角其形質上の進歩よりも精神の進歩を重んじたるは歴然として疑ふぺくもあらず
 余は以上に述べたるところを以て滿足なりとする者にあらず「ホイツトマン」の精神を發揮して餘薀なしと云ふ者にあらざれど其懷抱せる主義の大體を解剖したるに於ては敢て誤謬なきを信ずる者なり蓋し其博愛説は之を基督に得靈魂進化の説は之を「ヘーゲル」に得たるに似たり因果の大法を信じ共和を以て最良の政體となすに至つては別に科學的の眼光あり尋常一般の mystic にあらざるを見る其の知らんと欲する所は人と人との關係なり人と物との關係なり向後科學益開けて人を觀物を察するの方向一變して未聞の新思想現はるゝに至らば詩人の歌ふ處亦必ず一變せん是「ホイツトマン」が“Afte the chemist,geologist,ethnolgist,finall shall come the poet worthy of that name;the true son of God shall come singng his song”云へる所以なり
 「レスリー、スチーブン」嘗て「ウオーヅウオース」の道徳を論じて思らく詩人は哲學者なり哲學者に在つて考〔右○〕ふる所のものは詩人之を感〔右○〕じ哲學者に在つて論〔右○〕ずる所のものは詩人之を悟〔右○〕る一は論理〔二字右○〕に因つて系統を立て一は記號〔二字右○〕を用ひて世界を説明す歸着する所は同じくして探る所の法は異なり鴻天首に飛ぶ越人は以て鳧となし楚人は以て※[乙+鳥]となす詩人は越人にして哲學者は楚人なるべし廬山の形右より觀れば峯となり左より觀れば巒となる詩人は右より望む者哲學者は左より眺むる者ならんと兩者の關係果して斯の如くなるか余は此疑案を斷定せんとするものにあらず又斷定せんと欲して能はざるものながら其説を取つて「マコーレー」の詩論と比較するときは高尚なる事蓋し數等の上にあらん今假りに「スチーヴン」的の讀詩眼を以て“Leaves of Grass”を通讀するときは作者は是れ宛然たる一個の好詩人なるべし蓋し其文學史上に占むべき地位に至つては百世の後自ら定論あり余の如き外國人が入らざる品評を試むるの要なきなり但茲に述べたるは其詩上に出現せる主義人となり他の詩人と異なる所以等に過ぎず夫すら品評の月旦のといふ譯にあらず大雜ぱいに之を解剖して排列して見たと云ふ位な事なり序に記す此篇は固より倉卒の際になりし者故無論諸家を商量するの暇はなかりしかど舶載の書に乏しきを以て參考せんと欲して參考する能はざりし者も亦尠からず“Specimen Days and Collect”の如き「ロゼツチ」の詩選の如き「バツク」の傳の如き皆讀まんと欲して手に入らざりし者なり幸に「ダウデン」の論文を覽ることを得て稿を草するの際稗益を受けたること多し
     −明治二五、一〇、五『哲學雜誌』−
 
  中學改良策
            ――明治二十五年十二月稿了文科大學教育學論文――
 
    第一編 序論
 
 尊王攘夷の徒海港封鎖の説を豹變して貳千五百年の靈境を開き所謂碧眼兒の渡來を許したるは既に廿五年の昔しなり指を屈すれば昔しなれども成就したる事業の數發生したる事件の繁きに比ぶれば白駒隙を過ぐる事倏かにして廿五年の歳月は轉た其短かきに堪へず外交の約一たび成つてより日本は無事の日本にあらず競爭の世界に自立して列邦の間に連※[金+煕]馳騁せんには其丈の用意なかるべからず國防も嚴にせざれば城下の盟に末代の恥を貽す事あるべし工業も興さゞれば財庫空ふして國其弊に堪へざらん運輸も便にせざれば有無を交換するに由なく政令遲滯して治民の術擧らざるべし萬事萬物悉く舊を捨て新を採らざれば泰西諸國と併立して押も押れもせぬ地位を得る事難からん去れば天下の人々狂奔喧走して彼も此もと輸入したる結果如何にと見てあれば先祖傳來の元氣漸く沮喪して見掛許りは驚山なる不具者となりぬ
 人の人たる所以は服装の美車馬のうつくしきにあらず巧に翠黛を描けども氣息の奄々たる小女如何許りの事をか爲し得ん邦人現今の有樣此小女に似たるものあり憐むべきの至りと云ふべし日本を維持せんとならば日本固有の美徳を利用して之を粧ふに文明の利器を以てすべし優孟の衣冠は君子の愧る所にして而も日本の君子は之を學んで得々たり今にして之を救濟せずんば金甌無缺の天下も百年を出ずして猛獣の餌食たらん
 去れども塗り盆に水は浸み込まず腐つた魚は溌※[さんずい+剌]するの期なし天下有爲の士奮つて舂日を未落に挽回せんとするは甚だ結構なれども骨折り甲斐に現は見えまじ夫よりも望を將來に抱いて方今幾萬の子弟を教育し之に日本人固有の資格を與ふる方手緩るき樣にて實際は救治の最捷徑なるぺし日本未來の運命は實に此子弟の掌中にあり萬代一系の美國を左右する人物を製造して之を後世に讓らん事之に過ぎたる偉功はあらじ況して目下の弊之を捨てゝ他に國運を挽回するの策なきに於てをや志あるものども宜しく國家の爲めに身を挺し全力を擧げで教育に從事すべき秋なり
 固より國家の爲めに人間を教育するといふ事は理窟上感心すべき議論にあらず既に「國家の爲めに」といふ目的ある以上は金を得る爲めにと云ふも名譽を買ふ爲にと言ふも或は慾を遂げ情を恣まにする爲に教育すといふも高下の差別こそあれ其の教育外に目的を有するに至つては毫も異なる所なし理論上より言へば教育は只教育を受くる當人の爲めにするのみにて其固有の才力を啓發し其天賦の徳性を涵養するに過ぎずつまり人間として當人の資格を上等にしてやるに過ぎず若し是より以外に目的ありと云はゞ其目的の斷滅する時教育も亦斷滅の運に到着するものなりかくては人は活き民は存すれども教育を施こすに及ばず抔と云ふ時期來らんも知るべからず國家主義の教育も之と同樣にて國家と云ふ條件が滅却するときは國家的教育も純然たる一個の廢物と化し去らざるを得ず試みに今の列邦が合一して地球上に只一の大國を現出したりと思へ然る時は其住民に彼我の別なく其政府に自他の差なきに至らん其時人の心に對外と云ふ精神は消滅すべし是は我國の爲故斯く教育すべし我國の爲めなる故かく訓練すべし抔といふ一切の條件は盡く無用とならん是等の條件無用となるも教育の猶忽かせにすべからざるは言を待たざるなり勿論かゝる境界は實際あるまじけれど理窟上より云へばなしと斷言する事もならず迂濶の説にせよ本源に溯つて考ふれば當然の論と思はる但し目下の形況にては中々にかゝる心配は無益の業にて列國の中に立つて彼我對等の地位を保つ以上は國家は何處迄も萬代不朽なるを冀はざるべからず之を冀ふと同時に其子弟を驅つて國の爲になる樣獨立の維持のつく樣にと鞭撻訓練せん事當局者の責任にして而も子弟たるものゝ喜んで應ずべき義務なりとす故に世界の有樣が今のまゝで續かん限りは國家主義の教育は斷然廢すべからず況して吾邦の如き憐れなる境界に居る國に取つては益此主義を擴張すべし之を擴張して尤も功驗あるは中學校に若くなし
 抑も中學校は中等社會の子弟の聚まる所にして中等社會は一國元氣のある所未來日本の日本たる資格を代表するものは實に此子弟に外ならざれば此子弟等が悉く有爲有徳の人物にして國家の支柱となる以上は夫こそ日本は磐石の安に居るといふも不可なからん又二つには此等の子弟が中學に遊ぶ時間は丁度小兒より大人に移る極めて大切なる時にて未來の目的生涯の性質智徳多くは此時に土臺を据ゆる者故教育して教育甲斐あるは此時期に若くなからん日本を代表すべき少年を其尤も發達し易き時期に於て教育す何物の愉快か之に若かん
 然れども現時の有樣にて放抛せんには到底充分の美果を獲べからず此目的を達せんには豫め方案を設けて鋭意之を實行するに若くなし余は學生の身分にて此件につき未だ叮嚀に調査を遂げたる事なく且つ年來の宿論も有せず一度も實地に臨んだる事なき故精確の議論は迚も出來ざれど聊か取り調べたる沿革を本として改良の卑見を述べ一覽を煩はさんとす
 
    第二編 維新以來中學校の沿革
 
 案ずるに明治以后中學の名稱廣く行はるゝに至りしは明治五年全國を分つて大學區中學區小學區の三とし學制を頒布して大に教育上の體面を改めたる時にありとす該學制中第廿九章に曰く中學ハ小學ヲ經タル生徒ニ普通ノ學科ヲ教フル所トス分ツテ上下二等トス二等ノ外工業學校商業學校通辯學校農業學校諸民學校アリ此外廢人學校アルベシと然らば各種の實業學校は皆中學校に隷屬せしめたるが如し而して中學の課程は如何にと云ふに同章に
 下等中學科
  一國語 二數學 三習字 四地學 五史學 六外國語學 七理學 八畫學 九古言學 十幾何學 十一記簿學 十二博物學 十三化學 十四修身學 十五測量學 十六奏學當分闕
 上等中學科
  一國語 二數學 三習字 四外國語學 五理學 六罫畫 七古言學 八幾何學 九記簿 十化學 十一修身 十二測量 十三經濟 十四重學 十五動、植、地質礦山學
故に初等上等を通じて學ぶものは敷學(算術?)習字、國語、外國語、記簿、修身、測量、等にして下等中學は十四より十六迄上等中學は十七より十九迄とあれば兩者を通じて六年の割なり此六年間如何なる時間割にて如何なる程度迄に教授せしや解し難けれど兎角記簿の如き簡單なる技術を初等上等兩科に通じて設け且つ算術をも兩科にて學ばしむるを見ても其不完全なるは知るべし加之體育上必要なる體操の科なきは甚だ惜むべしとす維新以后學を督する者急劇に書生の精神を使用して毫も健康に注意せざりし爲め大に肺病患者の數を増加せしめたるは掩ふべからざるの事實なるが如し統計上の比例は知らねども今の書生と十年以前の書生と比較せば當今の方必ず丈夫なるべし無論創立の際は鋭意學問の普及を力めて其他を顧みず其弊拯ふべからざるに至つて始めて氣がつく者なればあながち當時の立案者を尤むべきにあらず手始めの課目表としては隨分出來のよき方ならん但し一週の授業時間及び各科目の程度を知る能はざるは殘念の至りなれども此課目は只に表面上の發布にとゞまりて實際施行せられたりとも覺えず其證據には同學制第三十章に當今中學の書器未だ備はらず此際在來の書によりて之を教ふる者或は學業の順序を踏まずして洋語を教へ又は醫術を教る者通じて變則中學となすべしとあり又同三十一章に當今外國人を以て教師とする學校に於ては大學教科にあらざる以下は通じて之を中學と稱すとありて實際上文の課程を踏まざる書生も矢張り中學生徒たりしなり而して明治六年分の文部省年報を覽るに全國中中學の敷僅かに廿にして其十七は私立にかゝり其三のみが公立なれば上の規則を履行せる學校は全國中三所に過ぎずと云ふも不可なきが如し然れども學制頒布以來中學の數は漸く増加し明治七年には三十二となり八年には百十六となり九年には二百一となれり尤も此二百一の内公立は十八にて又其中の八十三は東京にあれば不規則千萬なる私立中學ですら地方には皆無の姿なりしなり明治十年に至つて校數の増加殆んど二倍し公私合して三百八十九となる又私立中學生徒の數男女を合して千七百人の上に上れり是れ高等の普通科を修めんと希望するもの増加せしにも係はらず公立の學枚は卅一に過ぎざりしかば餘儀なく私立中學の生徒となるに至れるなり當時公立中學の年期は便宜に任せて一定せず或は五年或は四年最も短かきは二年半なり學科も所により異同なきにあらねど大抵は左の如し
  習字、文法、畫學、語學、外國語學、地理、歴史、敷學(算術の事?)、代數、幾何、物理、化學、星學、地質、博物、生理、農業、重學、商業、記簿、統計、心理、修身、經濟法律、體操
之を明治五年の科程表と比較するときは表面上は大に高尚に赴けりと云ふべし且つ體操の一科を加へたるは教育上の一大進歩と言はざるべからず但し私立は各自撰定の教則を用ひ一に地方官の認可に任せしを以て定めて不都合のものも多かりしならん、かく諸中學の教則公私の差に因つて非常の徑庭ありしは時勢の已を得ざる所とは言ひながら一は中學を以て大學の豫備と認めず單に高等の普通科を修めしむる積りなりしかば大學の程度に應じて是に入學すべき一定の下地を作る事を務めざりしに外ならず當今高等中學と尋常中學の聯絡全からざるは既に此時に胚胎するものなり(現に東京府の中學校抔にては正則變則の二科ありて正則は邦語にて普通科を教授し變則は大學豫備門に入る便宜の爲め其楷梯を教授せり)
 明治十二年教育令を發し其第四條に於て中學校の資格を定め次で十四年に至り中學校則の大綱を頒布す大網は十三條よりなり中學沿革史上頗る緊要の者なれば之を左に掲載せんとす
 第一條 中學校ハ高等ノ普通學科ヲ授クル所ニシテ中人以上ノ業務ニ就カンガ爲メ又ハ高等ノ學校ニ入ルガ爲メ必須ノ學科ヲ授クル所トス(中學教育の目的に二ある事は全く此時より生ずといふべし)
 第二條 中學校ヲ分ツテ初等高等ノ二等トス
 第三條 初等中學校ハ修身、和漢文、英語、算術、代數、幾何、地理、歴史、生理、動物、植物、物理、化學、經濟、記簿、習字、圖畫及ビ唱歌體操トス但シ唱歌ハ教授法整フヲ待ツテ之ヲ設クベシ
 第四條 高等中學科は初等中學科ノ修身、和漢文、英語、記簿、圖畫、體操ノ續、三角法、金石、本邦法令ヲ加ヘ又更ニ物理化學ヲ授クル者トス
 第五條 中學校ニ於テハ土地ノ情況ニ因リ高等中學科ノ外若クハ高等中學科ヲ置カズ普通文科、普通理科ヲ置キ又農業、工業、商業等ノ專修科ヲ置クコトヲ得
 第六條 普通文科ハ高等中學科中ノ三角法、金石、物理、化學、圖畫等ノ某科ヲ除キ或ハ其程度ヲ減ジ修身、和漢文、英語、本邦法令等ノ某科ヲ増シ又歴史、經濟、論理、心理等ノ某科ヲ加フル者トス
 第七條 初等中學科卒業ノ者ハ高等中學科ハ勿論普通文科、普通理科其他師範學科諸專門ノ學科ヲ修ムルヲ得ベシ
 第八條
 第九條 高等中學科卒業ノ者ハ大學科、高等專門學科等ヲ修ムルヲ得ベシ但大學科ヲ修メントスル者ハ當分ノ内尚必須ノ外國語學ヲ修メンコトヲ要ス
 第十條 初等中學科ヲ修メントスル生徒ハ小學中學科卒業以上ノ學力アルモノトス
 第十一條 中學校ノ修業年限ハ初等ヲ四年トシ高等ヲ二年トシ通ジテ六年トス 但此修業年限ヲ伸縮シ得ベシト雖ドモ一年ヲ過グベカラズ
 第十二條 中學校ニ於テハ一年三十二週以上授業ス
 第十三條 中學校授業ノ時間ハ初等科ハ一週廿八時間高等科ハ一週廿六時間ヲ以テ度トス 但此時間ヲ伸縮スルヲ得ベシト雖一週二十二時ヲ下ルベカラズ
先づ此教則を明治五年の中學制と比較し何れの點に於て改良せしやをふる事必要なり
 第一の差は此教則にて中學大學の聯絡をつけたる事なり即ち中學を卒業したる者は豫備門に入り專修科を經て直ちに大學に入るを得るの制規にて明治五年の學制には頓とかゝる注意はなかりしなり
 第二 高等中學科の外若しくは高等中學科を置かずして普通文科、普通理科或は農業、工業、商業等の專修科を置く事を得るの制規を設けたるは現今の高等中學本科に一部二部三部の別を立てゝ普通科の中にても稍高尚なる學科を教ると同一の制度にて當時既に現制の種子を卸したりと云ふべし然るに明治五年の學制に在つては唯各種の實業學校を以て中學に隷屬せしめたるに過ぎざるのみ
 第三 修業の年期は兩制共六年なれども只前者は上下二等を三年宛に分ち後者は初等科を四年高等科を二年に分ちたるの差あり
 第四 學科の差を表にて比較すれば左の如し
 
    國語 數學 習字 地埋 歴史 外國語 科學 畫學 記簿 博物 修身 唱歌
下等科 國語 算術幾何測量〔二字右○〕 習字 地學 史學 外國語 物理化學 畫學 記簿 博物 修身 奏樂 古言學
初等科 和漢〔右○〕文 算術代數測量〔二字右○〕 習字 地埋 歴史 英語 物理化學生理〔右○〕經濟 圖畫 動物植物 修身 唱歌 體操
    國語 數學 習字 外國語 科學 畫學 記簿 修身 博物 法律 古言學
上等科 國語 算術〔二字右○〕幾何〔二字右○〕代數〔二字右○〕測量〔二字右○〕 習字〔二字右○〕 外國語 經濟〔二字右○〕理學〔二字右○〕重學〔二字右○〕地質礦物〔四字右○〕 罫畫 記簿 修身 動物〔二字右○〕植物〔二字右○〕 ○  古言學〔三字右○〕
高等科 和漢〔右○〕文 三角法〔三字右○〕 ○ 英語 物理化學 圖畫 記簿 修身 ○ 本邦法令〔四字右○]
 
○標は一方に存して一方に存せざる者を示す但中學全體に通じて考ふるときは明治五年の制に存して十四年制になき科目を重學、地質礦物、測量及び古言學の五とし又十四年制に存して五年になきものを生理、三角術、本邦法令及び體操の四科とす但し重學、測量の如きは普通科に必須なる課にあらざれば之を省きたるはよけれど地質礦物は何故に取り除きしや之を解すべからず但し上表は單簡に過ぎて各科目の時間及び委細の題目は知るに由なけれども表面上は左したる變化なきが如し然れども明治五年の學令は單に虚文に過ぎざりしを此時に至つて始めて實行に着手せる故此學制は教育上に大影響ありと知るべし
其影響果して如何にと云ふに
 第一此教則にて中學の資格を確定したる爲め從來不則律なる私立學校は頓に減少し之と同時に公共學校は漸次増加せり明治十三年の統計を覽るに中學校の數百八十七にて其中公立百三十七此を前年に比すれば公立は卅を増し私立は六百廿七を減ず(明かに明治十二年發布の教育令第四條の結果と見るを得べし)
 第二 高等中學科卒業のものも初等中學科卒業のものも等しく大學豫備門に入り夫より大學に入るの制を定めしより生徒は初等科を卒業するや否や直ちに去つて豫備門に來學し爲めに高等中學課は一向振作の機に會せず是は無理ならぬ譯にて將來大學にでも入りて一修業せんとする程の者は一日も早く都下に遊學し完全なる學校に入り又高等なる教師の薫陶を受けんと願ふべければ高等中學科に入りて而る後東京に來るの癡を學ぶものなく遂に此設立をして空しく自滅に歸せしむるに至りぬ
 第三 當時各府縣中學校維持の状を通觀するに其大約は府縣會又は區町村會の供資に頼るを以て其議場の状況により動もすれば學校の規模を縮少し經費を抑損する事ありかゝる故に地方により同じ中學校に高下の程度を生じ或る者は餘程發達せるにも關せず或る者は餘程下等の地位を占むるに至れり(現時地方の尋常中學より高等中學に生徒を送るに或る中學は特待を得て其卒業生を頗る上級に編入する事を得又或る中學は假令校長の證明書あるも其卒業生をして左程の高級に編入せしむる事能はざるは大に此事情の影響に原く所ありといふぺし)
 兎に角此教則にて漸次改良の緒に就き府縣立は着々大綱に準じて改正し教員には大學の出身者又は中學師範學科卒業生を聘するに至れり(但し町村立のものは經費乏しくして大概は不完全に又初等科のみにて高等科の設けなく或は間々舊則に據るものもありしと知るべし)
 明治十七年に至り又中學校通則なるものを頒布して中學の資格益嚴重となる此通則は敢て從來の課程を變更せずと雖ども其改良の點を擧ぐれは第一教員の資格第二圖書器械の備具第三教場の建築にありとす
 通則第四條に曰く中學校ハ教員少クトモ三人ハ中學師範學科ノ卒業證苴又ハ大學科ノ卒業證書ヲ有スル者ヲ以テ之ニ充ツベキモノトス(但シ本文ノ證書ヲ有セズト雖ドモ府知事縣令ニ於テ相當ノ資格アリト認ムル者ハ文部卿ノ許可ヲ經テ之ニ代フルコトヲ得且高等中學科ヲ置カズシテ農業、工業、商業等ノ專修科ヲ置キ又ハ初等中學科ノミヲ置クモノハ文部卿ノ許可ヲ經テ本文ノ制限ヲ斟酌スルヲ得)とありて多少教員の資格に制限を立てたるものなり又第五條に中學校ハ修身其他諸科ノ教授上必須ノ圖書及博物、物理、化學等ノ器械、標本類ヲ備フベキモノトスとあるは明かに器具書籍の點に於て完美を求めたるものなり次に第六條に中學校ハ生徒ヲ教授スルニ足ルベキ教場、物理、化學等ノ試驗室體操場及ビ生徒ノ控所職員詰所等ヲ設クベキ者トスとあるは其建築上に注意を加へたるものにして之が爲め經費に乏しく右の資格に應ずる能はざるものは自滅するに至るは必然の結果なり是は明治十七年の學校表を覽れば著るしく分る事にて町村費維持の中學は前年に比すれば三十七を減じて僅かに五十四となり又私立の如きに至つては全國中唯二所あるのみ
 偖是等の中學生が如何なる有樣なるかを尋ぬるに初等科卒業後直ちに進んで高等科に入るものは十ノ一二に過ぎず除は概ね都下に出で大學豫備門又は他の高等學校に入り若くは其豫備をなすが如く或は轉じて師範學校に入り若くは小學教員となる者あれども出でゝ實業につき中人以上の業務をとるものは甚だ少なしとす高等科の振はざるは明治十九年の卒業生僅かに廿三名なりしを以て之を知るべし(但し同年中學生徒の數總計壹萬四千〇八十四人となす)
 斯く高等中學科はあれどもなきが如き有樣なる故文部省は茲に一策を案じ中學を分つて二個の特別なる學校となし之を名けて高等中學校及び尋常中學となし高等中學を卒業するものは豫備門抔に入らず直ちに大學々生となるの資格を與へ同時に大學豫備門を廢せり其實は豫備門を變じて第一高等中學となし東京外國語學校の佛獨兩學科及び東京法學校の豫科を轉屬せしめたるに過ぎず但し文部省の意は全國を五區に分ち一區毎に高等中學一個を置き其管轄區内の尋常中學卒業生を入學せしむるにあり高等中學設置の地方は仙臺(第二)京都(第三)金澤(第四)熊本(第五)とす別に鹿兒島及び山口に私立高等中學を設くる事を準可す而して高等中學の目的は二個にして一は大學に入るの豫備をなし一は卒業後直ちに社會にて業務を執らんとするものゝ修學する所とす其詳細の變革は同年發布の中學校令に明かなるを以て之を左に掲ぐ
 中學校令
 第一條 中學校ハ實業ニ就カント欲シ又ハ高等ノ學
校ニ入ラント欲スル者ニ須要ナル教育ヲ爲ス所トス
 第二條 中學校ヲ分ツテ高等尋常ノ二等トス高等中學校ハ文部大臣ノ管理二屬ス
 第三條 高等中學校ハ法科、醫科、工科、文科、理科、農科、商業等ノ分科ヲ設クルヲ得
 第四條 高等中學校ハ全國ヲ五區ニ分畫シ毎區ニ一箇所ヲ設置ス其區域ハ文部大臣ノ定ムル所ニ依ル
 第五條 高等中學校ノ經費ハ國庫ヨリ之ヲ支辨シ又ハ國庫ト該學校設置區域内ニ在ル府縣ノ地方税トニヨリ之ヲ支辨スルコトアルベシ但此場合ニ於テハ其管理及經費分擔ノ方法等ハ別ニ之ヲ定ムベシ
  (案ずるに明治廿一年八月文部省の布達に高等中學校費ヲ地方税ニテ分擔スル儀ハ來ル二十二年度以降當分之ヲ止ムル旨府縣知事ヘ訓令スとあれば現今は高等中學校費は全く國庫より支出するものなり)
 第六條 尋常中學校ハ各府縣ニ於テ便宜之ヲ設置スルコトヲ得但其地方税ノ支辨又ハ補助ニ係ル者ハ各府縣一所ニ限ル
 第七條 中學校ノ學科及ビ其程度ハ文部大臣ノ定ムル所ニヨル
 第八條 中學校ノ教科書ハ文部大臣ノ檢定シタル者ニ限ルベシ
 第九條 尋常中學校ハ區町村費ヲ以テ設置スルコトヲ得ズ
 
 又尋常中學校ノ課程ハ左ノ如シ
      第一年 第二年 第三年 第四年 第五年
倫理     一   一   一   一   一
國語漢文   五   五   五   三   二
第一外國語  六   六   七   五   五
第二外國語              四   三
若クハ農業
地理     一   二   二   一
歴史     一   一   二   一   二
數學     四   四   四   四   三
博物     一       二       三
物理化學   一           二   三
習字     二   一
圖畫     二   二
唱歌     二   二   二   二   一
體操     三   三   三   五   五
 
 明治十九年大學豫備を廢して高等中學となすや各分科大學の初年を繰り下げ之に豫備門從來の修學年期四年を合し併せて五年となし之を分つて本科二年豫科三年の二となし本科を法醫工文理の五に分ち各科適宜の
課程を設けしが明治廿一年に至り本科を一部(法文)二部(工理)三部(醫)の三となせしが翌年又不都合を感じたる爲め法文工理共各自特別の科目を修するに至れり是高等中學校設立以來現時に至る沿革の概略となす豫科は前に述べたる如く三年にして其學課に至つては表面上明治十九年の文部省令に從ひ尋常中學校の第三年級以上の學科及び程度と異なる所なければ省きつ只其間多少の變革なきにあらず明治廿二年に豫科二級の第二外國語を廢し第一外國語の時間を増し三級二級共に十時間となせるが如き又國語漢文の時間を増して三級には五時二級一級には四時宛とせるが如し(前には三級に五時、二級に三時、一級に一時間なり)されど大體上別に大差なしといふも可ならんか、又本科現在の課程表及び從來科目の沿革もなきにあらねども之を述ぶるは餘り冗長にして反つて明瞭を缺くの恐れあるを以て之を略す(委細は高等中學一覽に詳なり)且つ前に述べたる高等中學の沿革は第一高等中學一覽に基づくに過ぎずと雖ども他地方の高等中學は國と文部省令に據るもの故其組織は第一と異なる所なしとす但第一及び山口高等中學を除きては豫科の下に補充科ありて豫科に入るべき生徒を二年間養成す
   愚見によれば五個の高等中學を一時に日本に設立せるは大に不得策なりとす日本の教育はかく驚山なる事業を爲すには機運未だ熟せざるものなり假令ひ教育の普及を計るを以て國家只一の長計となすも日本の經濟及び他の條件は未だ是等諸校の設立を許さざるが如く且同時に五個を起すの必要なきなり第一生徒の方より見るも實際高等中學に入る者は必ず大學に來るの有樣なり既に大學に來るものとすれば相當の資産あるものなり是等の輩其地方にて高等中學に入るも東京に來て東京の高等中學校に入るも別に經濟上の不都合を感ぜざるべし第二には一時に斯く幾個の學校を起す時は無論教育費を諸校に分散せざるを得ず從つて器械書籍等完全を望む事難し價令ひ是等の點に於て不都合なきにもせよ現時日本にて高等中學の教師に適したる人物を一時に招聘せん事甚だ困難なり是等の不都合を顧ずして設置したる曉に生徒がなければ何の益にも立たぬなり然るに日本にて大學に入る學生は十ノ一にも足らぬ有樣なれば尋常中學を卒業して高等中學に入るものは矢張り十分の一に過ぎざるべし其少數の生徒を五個の高等中學二個の私立高等中學にて不完全に教育するは如何に考ふるも經濟上且訓練上の策を得たるものにあらず勿論文部省の意見は強ちに大學入校者を製造するにあらざれば學問の普及を計りて東京以外に高等中學を設くるは惡き事にあらざれど漸を以て改良せずして短兵急の策に出でたるは惜しむべき限りにこそ余が意見によれば東京に一高等中學を置き關西に一高等中學を設け(京都は不可なり風俗地位共に國家の支柱たるべき人物を養成するに適せず)東北の書生は皆東京に聚まり西南の學士は皆關西に集まる樣にしたらば善かりしならんと考ふ斯くする事數年の後高等なる普通科を修めんと欲するもの多くなりて迚も二個の高等中學では間に合はず且つ相應なる教員のあき〔二字傍点〕が出來たる時に始めてぽつ/\他の高等中學を作るべきなり當時の文部大臣が尋常中學の程度を高むる方に蓋力せずして徒らに高等中學校設置に配意し東京地方にて落第したる餘りの書生等を養成して得々たりしは余の解するに苦しむ所なり
 右は不完全ながら明治以降今日に至る迄の中學校沿革梗概なり是より進んで少しく其改良策を述べんとす
 
    第三編 中學改良策
     第一 大中小學校の聯絡
 
 高等中學はもと大學豫備門の變化したるものなり文部省令に從へば中學校は大學に入るの楷梯をも教へ又中人以上の業務を執るに必要なる高等普通學を授くる所なりと雖ども前に述べたるが如く現今の有樣にては高等中學を卒業して直ちに社會に出づる者とては少なく十の八九は皆大擧に入るものゝみなれば專門なる大學豫傭校と云ふも不可なしかく大學と高等中學は密接の關係を有するものから其程度學科も大學に準じて都合よき位の組織なりとす然るに尋常中學校は其設置高等中學に比すれば餘程古く且つ始めより高等中學に入るの生徒を養成するの目的にあらざりしを以て其程度に懸隔ありて尋常中學卒業生は直ちに高等中學に入學するを得ず不得已兩三年は豫科に止まつて修業せざるを得ず是青年子弟の爲に大に憂ふべき事とす翻つて小學及び中學の關係を見るに亦之に似たるものあり小學を卒業したりとて試驗を經ざれば中學に入る能はず然るに地方によりては高等小學卒業時期と尋常中學入學試驗期と落ち合ふを以て小學を卒業したる頃は既に中學の試驗期は過ぎ去つて入學相當の學力あるものも見す/\日月を浪費し少なくとも一年は無爲に經過せざるべからず尤も東京の如く私立中學ありて公立中學と聯路を有する所は此私立校より轉じて公立の相當級に編入するを得べじと雖どもかく妄りに學校を改むるは少年者教育の法を得たる者にあらず況して私立中學の設けなくして無爲に有爲の日月を消費せざる可らざるの地方に於ては父兄の配慮は格別なるべし加之地方によりては尋常中學と高等小學の懸隔甚しく假令ひ試驗の時日に右の不都合なきも實際及第し難き所あり是等の地方に生れたる少年は高等小學卒業後又一年許りを費やして漸く尋常中學に徙るを得るなり故に現今吾邦教育上の系統によれば大學と高等中學は聯絡よけれども高等中學と尋常中學は甚しき懸隔あり又尋常中學と高等小學も亦多少不都合の關係を有す是教育上の大缺點なれば是非共改良の法を案じて此阻礙を取り除けざるべからず學齡兒童先づ六歳より就學して八年を小學に費やすとすれば卒業は十四歳なり而して運よき者は直ちに中學校に入れども不幸なるものは十五歳又は十六歳に至らざれば尋常中學に入るを得ず此處にて五年を費やせば年齢早く既に廿歳前後となる是より都合好く行けば高等中學の豫科一級に入り惡ければ三級に入り五年乃至三年の日月を經過して始めて大學に入り又三年を費やして學士となる計算すれば學士となるには少なくとも廿六歳多くて廿八歳の順なり當今の如き粗末なる學士を製造するに日本の青年をして前後二十餘年を費やさしむ寔に浩嘆の至りなり且日本人は西洋人に比すれば早く老い込む者故六十、七十に至つては元氣漸く阻喪して事業心に任せず去らば教育を受けたる人士が社會の上流に立て一と角の事をなすは僅々廿年許りに過ぎず夫も學士が完全なる立派なる人なればまだ好けれども只大學を卒業したと云ふのみにては事業をなすには經驗なく學者となるには知識足らず其下地の爲に少なくとも五六年を費やすとせば眞正なる有爲の時限は僅かに十四五年に過ぎず此多事の時に當つて吾人が國家民人に盡す義務頭割にすれば幾何もなし況んや大學出身の士は毎年通計三百人を出でず之を四千萬の人口に比較するに實に其僅少なるに驚かざるべからず學士の少なきは國庫財乏しくして貧生を補助する道なく人民又餘裕なくして子弟を大學に入るゝの策なきに因り其他惣じて吾邦の經濟之を許さゞるに基づくものなれば詮方なしと雖ども大中小學の連絡を圓滑にして一日も早く子弟の時間を徒費せしめざる事今日の急務と云ふべし
 之を爲すに二法あり一は大學と高等中學の程度を引き下げて尋常中學と連續せしめ又尋常中學を引き下げて高等小學と聯絡せしむるにあり一は高等小學より尋常中學の程度を順繰りに繰り上げて高等中學の豫科を全廢し豫定の如く廿四歳にして大學を卒業するの組織となすにあり前者は行ひ易けれども教育上損あり後者は行ひ難けれど國の爲に利あり難くして國家の爲に利ある後策を採るに若かず然らば此繰り上げ策の方法如何にと云ふに課程表より云へば高等小學を卒業したるものは直ちに尋常中學に入り尋常中學を卒業したるものは直ちに高等中學本科に入學するを得るの組織なるに實際左樣に行かぬは教授の不完全なる爲と言はざるべからず教授の不完全なるは教師其責に任ぜざるべからず方今中學校改良案中第一着に手を下すべきは教〔師〕の淘汰選擇是なり
 
     第二 教師の改良
 
 教員の資格、 當今尋常中學校の教師には何處にて修業したるや性の知れぬ者多く僅かの學士及び高等師範學校卒業生を除けば餘は學識淺薄なる流浪者多し是等の輩に托するに後來日本元氣の中心ともなるべき少年を以てするは害あつて益なし假令ひ益あるも五年の稽古は十年にして漸くなり十年の業は十五年にして始めて成就せん加之學士にして中等教員たるものは學あれども教授法に稽はず高等師範學校卒業生は授業法には精しけれども學識に乏し元來學士及び此種の卒業生は實に僅々に過ぎずして其僅々たる者亦完全の良教師といふべからず今日の急務は可成理科文科出身の學士をして少なくとも半年間教授及び訓練の方法を講究せしめたる上又半年間實地見習ひとして地方の中學校に準教師となり然る後之を中學教員に採用するか或は高等師範學校の程度を高めて充分學識ある卒業生を養成し之に中學教育の事を托すべし明治廿三年の統計を覽るに公立中學の數四十四にして教員の教五百八十人なり故に一校につき殆んど十四人程の割なりとす之を生徒の數に配すれば一人の教師が十六人の生徒を養成する勘定なり今文科理科大學の卒業生及び高等師範學校の卒業生中後來中學校の教師たるもの年々平均四十人と見積れば十年にして四百人を得べし今生徒の數を壹萬人と豫定すれば一人の教師が廿五人の生徒を受持つ割なり去れば若し此方にして行はれんか十年にして全國の中學に良教師を得て性の知れぬ曖昧者を教育場裏より驅逐するを得べし是は百難を排しても實行すべき事と思はる余が目撃せる或る地方の英語教授法の如きは實に驚くべき有樣にて之が教師たるものは單に胡魔化しを事とし生徒も亦之を鎗込る事のみを考へ居るが如し殊に目立ちて見ゆるは讀方の亂暴なる事にてかゝる有樣ならんには到底何年間英語を修業するも成熟の見込なしと思へり勿論外國語を教ふるは易きが如くにして至極六づかしきには相違なけれど若し中學を以て大學の豫備となし大學の下地を作る目的を兼有するものとせば外國語の知識は非常に必要故餘程良き教師を選んで之に教授を嘱托せざるべからず若し現時の如き外國語の教育を受けたる中學生が將來高等中學の本科に入り二年にして大學に來るとせば學問の蘊奥を究むるに必要なる外國語の不出來なる爲め當人は無論苦痛を感ずべく從つて大學卒業生の價値を下落せしむる事必定なり
 教員道徳上の資格、 次に憂ふべきは教員道徳上の資格りとす其缺點に二種あり第一には個人として道徳高からざる事第二には中學教員として徳義完からざる事なり第一の缺點は特に中學教員のみに向つて責むべからず滿天下の人皆其責を負はざる可らざれど殊に少年を支配する任に當る身に取つては道徳は知識よりも遙かに尊きものなれば是非共此點を考察せざるべからず元來吾々當時の青年は破壞時代に生れたる上好加減の教育を生噛みにして只今迄經歴したる者共なれば智育徳育共に充分ならず殊に徳育抔といふ事は近來始めて八釜敷なりたるに過ぎざれは今迄校課の授業上自己の徳性を發揮したりと思ふ事なし只幸ひにして封建の餘習を受け貳三冊の漢書を讀みたると又智育上より得たる結果とを利用して己れの道徳となすに過ぎず故に之を幕府時代の士氣と比較するときは堅軟剛柔の度に於て甚しき相違を見るべし而して當時中學の教授を掌どる者は大概吾人と同樣なる教育を受けたる輩なれば節操の堅固ならず志氣の高尚ならざるものも甚だ多からん是尤も匡さゞる可らざるの缺點とす苟もかゝる人間を師長とする以上は之が業を受くる者にして若し見識あらんには頭から其教師を輕蔑し又見識なきものは何時しか其氣風に感染し何れにしても美しき結果は望むべからず教育の大任を負ふからには能々茲に注意して自ら率ふるに高尚なる徳行を以てし以て衆生の模範たらざるべからず大學の教授及び高等師範學校の教授等は深く茲に鑑みて道徳高き教員を製出する事に盡力すべし又第二の缺點を言へば今の中學教師たるものは大抵自ら好んで其職に就きたるにあらず糊口に差し支へたる溢れ者か左なくば一時の足掛臺として少らく茲に腰を据ゆるに過ぎず學識狹薄なる無能漢すら亦教員を以て高尚なる職業と思はず況んや大學を卒業して學士の肩書を有する者をや彼等が一日も早く好地位を得て他に轉職せんと企つるは珍らしからぬ事なり教師既に安んじて其職に居らず授業の親切なるを望むも得べからざるなり生徒の利害を考へん事を求むるも得べからざるなりかゝる次第なれば學識あるものも其全力を擧げで其校の爲に志さんとはせず大概は其職に居りながら其任を重ぜず實に不都合の至りといふべし今之を改良せんには不徳の人を變じて有徳の君子となすか輕薄の※[黒+吉]兒を逐ふて着實の大人を迎ふるにあり此二策を實行せんには金額を愛惜せずして中學の用度を辨ずるにあり方今高等中學は國庫の支辨を受く而して國會之を削減せんとし尋常中學校は地方税之を維持す而して府縣會之を縮小せんとす之を削減し之を縮小すると同時に其影響は忽ち教師の財布に響いて時ならぬ不都合を感ず中學の教師たるものは假令ひ其職を盡すも又其職を盡さゞるも兩つながら危き地位に立つ者なり危き地位を去りたきは人情なり既に之を去らんとせば身は現在の職に在るも心は常に未來の好位にあり之を如何んぞ生徒に不親切にして教授に不熱心ならざらん明治廿三年尋常中學の歳費は廿九萬七千四百五十八圓許なり之を校數四十四にて除すれば一校の經費は六千七百六十三圓なり其内半分を學校維持費とし殘りを教師の年俸として之を算するときは一人前殆んど三百圓の割なり貴重なる中學教員に僅三百圓位の年給を與へ而も隙さへあらば之を削減せんとしながら其學問の淺薄其徳行の不修且其教務の擧らざるを責む實に無理なりといふべし能ある者爭でか甘んじて此微禄を屑しとせん學あるもの焉んぞ聘に應じて其力を教育に致さん日本の教育の爲めに計るに一方にては教員の資格を嚴にして無頼の徒を退去せしめ一方にては之が俸給を増加して且つ終身官たらしめ安んじて力を教育に盡さしむべし若し金額の出處なしといはば改良の策なしといはんのみ今のまゝにて進行し無能大言の輩天下に充滿し輕卒無頼の徒日本の中等社會を組織し天下の萬事休むに至つて始めて教育改良に着手すべし夫れ人間を造るは飴細工にて人形を造るよりも六づかし、六づかしきが故に費用も之に順じて嵩むなり、父母子を生む、生れたる子は人間にあらずして人形なり四肢を搖かし頭顱を肩上に据ゆるも教育を受ざる内は完全なる人間の名を下し難し軍艦も作れ鐵道も作れ何も作れ彼も作れと説きながら未來國家の支柱たるべき人間の製造に至つては毫も心をとゞめず從らに因循姑|※[女+息]《原》の策に安んじて一錢の費用だも給せざらんとす是等の輩眞に吝嗇の極なり
 教師に對する改良案は大抵右の如し是より生徒に關する改良案を述べんとす
 
     第三 生徒の改良
 
 生徒徳育の改良、 方今の少年子弟を見て驚くは其徳義心に乏しき事なり余は現に或る地方に遊んで其所の少年氣風卑野なるを見始めて大學の有り難さを知れりそれ迄は大學の學生を以て半分以上箸にも棒にもかゝらぬいたづら者とのみ思ひしが世の中にはまだ/\甚しき難物あるを見出し大に教育の大切なるを覺れり 尤も余輩時代の書生は幾分か漢學を專修したるもの故知らず/\の間に支那風又は武士風の氣象が少しは殘れども現今の中學生徒抔は其教育系統の情況にて所謂漢書講讀時期なるものを有せざるが如し從つて徳義上の根本は甚だ覺束なからんと推察せらる吾輩時代すら既に道徳壞亂の萌芽を發生せる位なるに今後の少年が一層甚しくなりては日本の運命も其限りなり人間といふものはたとひ一定の主義ありて守る所ありてすら時には一朝の感情に支配せられて圖らざる過ちをなす位なるに無主義無作法の連中が勝手次第の我儘を仕盡したらんには實に寒心すべき禍害を釀すに至るべし先年木下廣次氏始めて第一高等中學教頭となりし時生徒を聚めて一場の演舌に其風儀の亂れたるを慨し諸君が教師を尊敬するは眞に教師を尊敬するにあらずして點數の爲に之を尊敬するに過ぎずと云はれたるは生徒の惡風を穿てるの言なり例を擧ぐれば數々あれど其中にも尤も著るしかりしは佐々木政吉氏生徒の爲めに冷水浴の功能を述べたしとて態々生徒を集めて親切に演舌せら〔れ〕し事あり元來なれば醫學博士とも言はるべき人が吾輩書生の健康を氣遣ひ餘計な時間を潰しての演舌なれば謹んで聽聞する筈なるに其時多數の生徒は聲を揚げて教授の※[口+内]辯を嗤笑せり是は實に心ある人をして嘔吐をも催さしむべき非禮の振舞にて第一高等中學の生徒にあるまじき淺墓なる者どもかなと思へりかゝる生徒が大學に入ればこそ喫烟室の設けあるにも係らず妄りに廊下にて烟草を燻らし或は木履のまゝ教場に闖入し吾は學校の規則を犯す丈の勇氣ありと云はぬ許りの得色あるに至るなり堂々たる大學の學生も素が素なれば其粗野なる事斯の如し見識の高きはよけれど見識が高ければとて不禮の振舞をなして揚々たるは片腹痛し小人を見て之を賤しむは好し之に接する時は矢張り人間に對するの禮なかるべからず無理なる校則は廢すべし之を犯すは不可なり況んや長者に對してをや遵ふべきの教則に於てをやかほどの事に氣のつかぬ學士の出來するは矢張り中學の教育其當を得ざるが爲のみ第一高等中學の生徒は風儀が惡けれど見識あり(少なくとも余が居りし頃は)地方の尋常中學抔にては見識もなき癖に一層生意氣なる處もある樣なり現に余が旅行せる某地の如きは其適例にて其生徒は只教師を意地め困らせるを考ふるの外他に一個の美徳を有せずと云ふも可なり但し是等の弊は良教師を得ると同時に漸々消滅するものなれど左に聊か匡濟の方法を述んとす
 一 年輩徳識共に高き人を聘して毎週一回倫理上の講筵を開く事
   (a) 此講筵に於て講師は圭として愛國主義を説き次に吾邦の他邦と異なる國體を審になし次に師弟長幼朋友等各人相互の關係に及ぶべし
   (b) 尤も尋常中學に在つては多く東西古人の言行を引證して感情的に生徒を動かすべし、高等中學に在ては右の諸條を貫くに一線の元理を以てし可成生徒の智性に訴へて之を實行する樣にすべし
(余が高等中學にありし頃此法行はれ今に至つても猶存するが如し然し當時の講師は徒らに經中の一言を敷衍して獨斷的の結論をなし知識の發逢せる高等中學生には何等の効驗もなかりしやに覺ゆ他人は知らず余は徳性上一の啓發を受けたる事なし是全く講師其人を得ざるが爲といはざるべからず當今此任に當るものは全國中にも甚だ稀なるべけれども可成碩學高徳の人に依頼せば告朔の※[食+氣]羊に優る事遠し)
   (c) 校長職員等は此講師に對し尊敬を加へ生徒をして可成其言辭に耳を傾くる樣に注意すべし
   (d) 講師出入の際は嚴粛を守り慎んで喧擾を避くべし且つ受持時間なき教師は必ず出席して之を聽聞すべし(是も高等中學にて行ひし法にて幾分か形體上の規律を正ふするの功ありと信ず)
   (e) 講堂は清潔にするは勿論其粧飾も可成壯嚴を保ち之に入るときは恭慎の情油然として發するが如くならしむべし(壁間に古人の言を※[金+雋]し案上に聖賢の像を安置する抔妙なり畫もよけれど拙劣なるときは紙鳶屋の招牌の如き感を起して切角の注意を無にするなり)
 一 漢文國語及び日本支那歴史は日本人の道徳を堅固にするに必要なれば教師は其邊に注意して授業の際其科目の智識を擴ぐると同時に生徒の道徳心を鼓舞する樣注意し兼て興味を加へて生徒に自修の念を起さしむべし
 憾む所のものは日本に國民を代表すべき程の文學なきにあれど或る點に於ては却つて西洋の文字よりも人間を高尚優美にする者なきにあらず且つ俳諧の如き日本只一の文字にして而も平民的の文學なれば是非共生徒をして其一斑を窺はしむべし其調は和歌より平易にして其意は和歌よりも廣く且つ高し
 一 教師授業の際は勿論平生と雖ども言行を慎しみ自重の風を示すべし且つ教場内にあつて氣の付きたる事は親切に忠告すべし我は學問の教師なり道徳は我が關する所にあらずと澄して居るべからず然るにこゝに注意せざるは或は自ら疚しき所あるか又性來不親切千萬なる人なりかゝる教師は一日も早く其職を免ずべし
  (今より考ふればわが高等中學に居りし頃は隨分よろしからぬ不作法の振舞もありたる樣なれども一人も之を譴責したる教師はなし但一遍教場にて欠伸をしたる時大森俊次氏に叱られたる事あるのみ夫れ教師を輕蔑するものは教師より見識あるものなり又教師を尊敬するものは萬事教師に矜式するものなり教師より見識ある程のものならば醇々として己れの失行を責められたらんには何とて反省する事のあらざるべき又教師に矜式するものゝ如きは一言にても教師の言を容るべし右何れよりいふも教師が生徒の品行に無頓着なるはよろしからず)
 一 一級又は一年を通じて茶話會を組織し講學の餘相會して互に所思を述べ以て名節を砥|勵《原》するの具とすべし但し注意して才辯を弄するの討論會となり又は健啖を旨とする飲食會に化せざる樣にすべし
 此會には教員も可成出席し談笑の際自然と生徒を善に誘導すべしかくするときは教場内にて知りにくき生徒の性質及び其意思のある所を審かにするを得て授業上甚だ便利なるのみならず互に親愛の念を生じて生徒は教師を慕ひ教師は生徒の爲を計るに至るべし
 毎年一回或は二回此小茶話會の大會を開き全校一致の實を擧ぐべし各小會をして互に相競いて徳義を研究せしむべし但し教師は注意して其間に葛藤の生ぜざる樣又上級生の下級生に對して誘掖の勞をとる樣に導くべし
 一 教場は必ず一級に一室を與ふべし教師に一室を與へて生徒をして順次轉席せしむるときは同級の生徒互に相親交するの機を失して何事も和合しがたく且つ同輩の善に傚ひ又其惡を正すの途を茅塞するの恐れあり
  (是は余が高等中學より大學に徙りて大に感じたる事なり大學に在つては恰も野蠻人が水草を逐ふて轉居するが如く常に教師の跡を慕ふて轉室する故交友の間自ら冷淡に流れ易し高等中學にありし頃は己れの室は己れの家の如く同級生は恰も一家族の如き思ひありしなり是は余が親しく經驗する所なれば教育者はよろしく注意ありたきものなり)
 智育上の改良
 (一) 屡ば述べたるが如く高等中學は實際大學の豫備校なればしばらくおき尋常中學に至つては明かに二種の人物を養成するものなり即ち文部省令に云へるが如く一は普通教育を受けたる中人以上の業務を執る者を製造し一は將來高等の學科を修むべきものゝ下地を造る此二種の目的を兼有するが爲め學科上大に不都合を感ずるに至る將來大學にでも入らんとするものは是非共力を外國語及び數學に用ひざるべからず又かゝる遠大の目的なきものか、あれども修業しがたきものは以上の科目に左迄力を用ふるに及ばず從つて教授上少しは斟酌せざるを得ず然るに今の組織は兩者に對し毫も區別する所なし此點に就ては教育者中種々議論のある話にて或は中學教育の方針を中途より分岐し將來高等中學に入るものと實業につくものとを區別すべしと云ひ(明治廿二年十一月發兌大日本教育會雜誌阪本龍氏論文參照)或は地方の情勢により斷然孰れか其一を擇んで實業學校にするか又は高等中學豫備校にすべしといひ(同年十二月同雜誌和田豐氏論文參照)未だ何とも方付かざれども早晩何とか處置せざればある生徒は他の生徒の犠牲に供せらるゝに至るべし管見によれば今の尋常中學の下三年は一樣に之を教授し四年目より實業的と豫備的の二に分ちたらば如何ならんと思はる但し豫備的のものは從來の學科を用ひて不都合なかるべく實業的の課目は經驗なき余の妄撰するを欲せざる所なれども英語とか數學とかの時間を減少して必用の課目を入れたらばよからん
 (二) 外國語の教授〔六字右○]には尤も意を用ひざるべからず元來西洋諸國は同一の宗教を有し同一の衣食同一の風俗を保ち其國語の組織も大抵似よりたる故己れの國語より他の國語に移るは東京人が薩摩語を修するよりも容易なる事なれど日本と西洋とは風俗習慣より其言語の構造に至つて截然として別物なる故吾人が西洋語を學ぶには非常の困難を感ずるなり然るに此外國語の智識は學問を修するに當つて只一の器械なれば是非共是に通曉せざるべからず從つて西洋人の力を用ふるに及ばざる點に於て人の知らぬ困難を犯し又馬鹿/\しと思ふ程の時間を費やすの已を得ざるに至る現に大學の文科などにても羅甸語の爲め獨逸語の爲め或は佛語の爲めに大切の時間を奪はれ專心其專門を修むる能はざるの憾ある位なれば中學校抔にて當の目的に縁なき語學の爲に苦しめらるゝは仕方なき次第なり去りながら只仕方なしと許りにて一向之に頓着せざるときは其困難何れの日にか除去するを得ん力を教育に用ふるものはよろしく此點に注意すべきなり先づ是を改良するに二法あり一は良教師を得る事二は其教授法を改むる事なり教師を得るの法は前篇教師の資格と云へる處にて既に之を述べしが如く文科大學卒業生か(純正文學專門のもの尤もよし)或は今の高等師範學校生徒の外國語の智識を一層高めたる上之を中學に赴任せしむべし尤も外國語の六づかしきは前に述べたる通りなればかくの如く格別の目的を以て製造したる教師と雖ども決して完全の良教師と云ふぺからず現に吾知友中英語を正しく發吾し得るもの甚だ寡なし余の如きは英文學を以て專門となすものながら將來英語の教師たるに適せる學力なきは常に慨嘆する所なりこは無論吾才識の陋劣なるにもよるべけれども一は外國語の非常に困難なるを證するに足るべし故に假令ひ余が注文通りの教師を中學に派遣するも充分なる教授は覺束なけれども是を現時の亂暴なる先生方に比すれば其優れる事幾倍なるや知るべからず漢學の日本に入るや久し其尤も盛なる時に於て猶且西土を壓倒するに足らず況んや歐語の吾朝に來る廿五年を出でず其造詣の差決して漢籍の比にあらざるに於てをや故に現今の教師に完全ならん事を望むは恰も赤子をして飛脚屋たらしめんとするが如し先づ/\前述位の改良にて當分は辛防すべし又所在の宣教師を聘して其地方中學の教師となし會話作文誦讀等の諸科を擔當せしむるも可ならん右等の諸科は到底日本人には充分の教授をなす事六づかしければなり就中作文の科の如きは本朝人の氣の付かぬ處に誤謬の存するものにて中々生徒の文章を改竄する抔といふ手際は望むべき事ならず是余が豫備門入校以來親しく經驗する所なれば是非共中學に一人位は洋人を傭ひおくべし學者でなくとも普通の讀み書きが出來て品行方正なるものならば差支へなかるべし明治廿三年の統計を覽るに全國中學の數四十四にして外國人の教師たるもの廿八人あり故に今十六人を傭へば丁度一校に一人宛の割となる此位の改良は差したる困難にあらずと思はる
 第二の改良案は授業法に關す之を數節に分ち左に愚見を述べんとす
  (一) 用書の事、 用書は可成卑近のものを擇んで高尚に失せざる樣心掛くべし生徒といふものは隨分虚榮を喜び易き者故少しにても六づかしき書物に手を着けたがる故教師も不得已自己の力にてさへ覺束なき者を無理に講讀するに至る是目今私立學校の通弊なりとす官立學校にあつては此害稍少なしと雖ども之が教師たるものは常住生徒に此傾きあるを承知せざれば規則のみ立派にて實力は少しも進歩せざるべし
  (a) 西洋と日本とは道徳上の觀念非常の差あり假令語學の稽古なりとて日本從來の徳義と衝突する樣な本を講讀して平氣なるときは生徒は何時しか書中の思想に感化せられ遂には日本人の胴に西洋人の首がつきたる如き化物を養成するに至るべし是は深く注意すべき事にて元來中學生徒などは外國語を修むるに當り此は向來高尚なる學問をなすの方便故不得已入らざる時間を捧げて之を修むる者ぞといふ事に氣がつかず只其課目時間の他よりも多きを見且世間にて洋語の持て囃さるゝを聞く故此課目自身がかく迄に大切なる者と心得果は書中に如何なる事柄あるも之を貴重するの念を起すに至るなり故に教科書は尤も選擇せざるべからず余甞てある私立學校に出席して英詩を講讀せしに詩中には日本人として云ふに忍びざるの言辭を翻譯せねばならぬ場合ありて獨り赤面せる事あり大體かゝる傾きを有する書は講ぜざるを可とす又正面より見れば道徳上に益あるも或點に於て不都合の箇處あらば日本西洋風俗の差を指摘し生徒をしてかゝる思想に浸染せられざる樣心掛くべし是教師たるものゝ見識のある處なり
 (b) 日本人は中年より西洋語を學ぶものなり西洋人は幼時より其國語を學ぶものなり故に人間發育の時期既に異なり去れば用書中にある事柄も夫に準じて異ならざるべからず「猿が手を持つ」抔といふ言は六歳前後の小兒には多少の興味あるにもせよ十四五歳の學童には面白き筈なく且つ人物養成の點に於て一毫の稗益なきなり故に中學にて用ふる讀本には可成注意して生徒の學齡に應じたる丈の遺徳的智識的に有益なる事柄を記載せるものを擇むべし若し適當の書籍なきときは本邦在留の外人に矚して之を作らしむべし尤も文部省にて出版せる讀本中洋語にて日本支那の事を綴れる者ある樣なれど語學なればとて只文字上の學のみならず其國語中に出て來る器物の名、人名、地名、家屋道路の景況等も知らざれは其國語より出來る丈の利益を收めたりと云ふべからず故に編中の事柄は西洋にして其思想は邦人の陋習を打破るか或は本來の美徳を誘導するものを選ぶぺし(自助論の如きは其適例なりとす)
 (c) 方今の生徒が洋語を學ぶに當つて第一に不都合を感ずるは其教授組織の亂雜にして入らざる處に骨を折り費やさずとも濟む時間を費やさしむるにありわが高等中學にありし頃二三年間獨逸語を學びたりと雖ども何事も覺えたる事とてはなし大學に來りて始めて最初からやり返したるに過ぎず尤も是は余輩が不勉強なる事大原因なれども一は教へ方の苦しき許りにて少しも面白からざりしが爲のみ假令ひ余等が獨逸話に於る如き不都合なきにせよかゝる有樣にて今の少年が尋常中學にて五年間英語を修めたりとて其得る所果して幾何ぞや故に現今第一着手に改良すべきは外國語教授の系統を正ふして嚴重に之を生徒に課するにあり嚴重に之を課するは只教師の心得次第にて出來る事なれど如何にして教授上の系統を立るかと云ふに先づ日本語を洋語と比較對照し其似たる處と其異なる所を審にして文法兼會話書ともいふべき書物を作るにあり始めは極單簡なる文章より進んで稍高尚なる構造法に徙り之を終れば洋語の組織瞭然たるが如くにすべし(文部省は一日も早くかゝる書の編纂に從事すべし「コンフオート」の獨逸語案内は好例なり好材料なり)
 (二) 譯讀法
  (a) 何 譯讀は力めて直譯を避け意義をとる樣にすべし「ザツト」の「イツト」で押して行く時は讀のに骨が折れて時間上餘程の損害を招く
  (b) 但し一字一字の譯は可成明瞭に説き明すべし初學者は常に一定の譯字を得ん事を願ふものなり是は不通當なる譯字にでも之を聞くときは胸中に瞭然たる印象を生ずれども十敷言を以て一字を説明するときは脳中混亂して其意義を捕捉し難きによる然れども一度び不適當の譯字を胸中に藏むるときは其害容易にぬけず故に廻りくどくとも長々しき説明をなしたる上若し會し難き場合あらば不穩にても譯字を用ふべし
  (c) 熟字に遇ふ毎に之を書取り且つ諳誦せしむべし
 (三) 讀万
  (a) 讀方は譯讀を付けたる場所に限るべしかくすれば「リーヂング」と共に意義を解する習慣を生じ後來渉獵の際其便鮮からず
  (b) 上級にあつては未だ譯讀を濟さゞる場所にても容易なる部分は之を讀み翻譯の手數を費やさずして直ちに洋書を理解する力を養ふべし
  (c) 教師は譯讀の濟んだる部を徐々と朗讀し生徒をして之を日本文に書き直さしむべし
 (四) 作文
  (a) 作文に先つて文法と書き取りに熟練せしむべし稍熟したる頃に毎時熟字十數を與へて之を暗記せしめ次回には其一を擇んで其作文中に挿入せしむ但し作文は極めて簡單なるべし
  (b) 教師は生徒をして順次黒板に英作文をかゝしめ全級の面前にて之を正すぺし是全級生をして屡ば同一の誤りをなさしめざる好方便とす
  (c) 漸々上達するに及んで問題を與へ短文を作らしむべし但し思想の順序を正ふすべし
  (d) 時々譯讀書を朗讀し生徒をして其義を文章に綴らしむべし(洋語にて)、初めは既に譯讀を了へたる處を朗讀し後には未だ知らざる所を朗讀す
  (e) 時々日本支那の文章を取り之を翻譯せしむべし
 (三) 他の諸科學の教授に就ては可成教科書を用ふるを可とす毎時日課を與へて之を暗誦せしめ其餘りに諸書を參考して有益の「ヒント」を與ふべしかくすれば(一)生徒の記憶力を練習し(二)且試驗前になり急に勉強するの風を匡正するに足る
 動植物等の教授は決して數級を合併せしむべからず是等の諸科は大概實地の標本を覽ざれば何の益にも立たぬ者なり余が高等中學に在りし頃植物學の教場にて顯微鏡を使用したる事あれども多人數の爲め遂に之を窺ひたることなし又地質曠物抔の教場にても混雜の餘り一回も標本を熟視せる事なかりしが故得る處は極めて少なかりし
 生理抔は假令ひ教科書を用ふるとも可成文字の解釋に止まらぬ樣生徒の腑に落る樣教授すべし昔し尋常中學校にて生理の教授を受けし時は只日課を暗誦するのみにて字面を記臆せしと雖ども實際身體の構造は茫乎たる處多かりしが如し
 教科書は可成原書を用ふべし是は語學を上達せしむるの最方便なるのみならず科學上有益なる言語を覺えて將來の利益となる事多し加之大概の譯書は文字艱澁にして理義辨じがたき個所多きものなり
 體育上の改良
 (一) 今の體操は身體を練習するによきのみならず規律ある風習を養成するに必要なり且つ國家萬一の時に當り平素の訓練を應用するを得るが故可成嚴重に之を行ふべし(温厚は美徳なりといへども柔弱なるは甚だ害あり活溌は嘉みすべしと雖ども粗暴は甚だ賤むべし今の學校にて運動家と云はるゝ者多くは粗暴なり又遊び嫌ひは大概柔弱なり願くば心を體育に止むるもの生徒の活溌にして而も温厚に粗暴柔弱の弊風に陷らざる樣注意あらん事を)
 (二) 體操は一週數時に過ぎざれば之を以て身體は充分に發育せらるべきにあらず且つ鐵砲を取り扱ひて兵隊の如く規律に束縛せらるゝは當人の身にとりては餘り愉快を感ぜぬ故課業外に運動會を設けて興味ある遊戯に自然と身體を發育せしむべし撃劍、柔術、舟漕、「テニス」皆便宜に從つて之を設くべし但し運動會の主意は本と身體を練磨するにあれば此目的を忘れぬ樣にするが必要なり紳士貴女を招待して勝者に賞品を與ふるが如きは一方より見れば奨勵の具たるが如くなれども一方より見れば勝を制して褒美を受る爲に運動會に入る抔といふ卑劣者を生ずるの恐れあり能々注〔意〕すべし
 (三) 運動は極めて普通ならん事を要す之をして普及せしむるは教師卒先して生徒と共に遊戯を試むべしかゝれば一校擧つて運動好になり身體上精神上共に活溌なる結果を生ずべし且つ教師と生徒の間を圓滑ならしめ互の親密を増すに至る
 右は中學に對する改良案と云ふものゝ中には單に教授上の意見にとゞまるものあり又は獨り中學のみに適用せずとも可なるものあり要するに思ひ付きたる事は大概書き連ねたる教育上の一意見書に過ぎざるなり
 
  英國詩人の天地山川に對する觀念
 
   本篇は稿者が去る一月文學談話會席上にて講述せる一場の談話に過ぎざれど、哲學會書記諸君の勸めに因り之を本紙に轉載する事とはなしぬ。大方の士其誤謬を指摘して稿者の蒙を啓かば幸甚。
 
 單に英國詩人と云へばとて、上「アングロ、サクソン」時代より、下「ヴイクトリヤ」朝に至る迄、古今千有餘年の作家を網羅せんとの野心にあらず。かゝる大袈裟なる問題は頃刻の談話に述べ切れる譯のものにあらず。よし述べ切れたりとて、不才余の如きもの固より之を試むるの勇なし。茲に所謂英國詩人とは、十八世紀はの末より十九世紀の始めへ掛けて、英國に現れ出でたる新詩人にして、夫の自然主義(naturalism)と申す運動を鼓舞せる面々を指す。偖此主義如何にして文界に出現し、如何にして發達し、如何にして變遷推移せしか。「クーパー」の自然主義は濁世に身を處し難きが爲に起り、「ゴールドスミス」の自然主義は賦性の恬淡なるに基づき、「バーンス」の自然主義は天稟の至情に根し、「ウオーヅウオース」の自然主義は一隻の哲理的眼孔を具したるに因る。抔と云ふ事を不充分ながら、大雜ばいに論じ去らんと欲す。是此問題の主眼なり。
 然し「ナチユラリズム」即ち自然主義。と許りにては一向説明にならざれば、本論に入るに先つて少しく其意義を確かめん。此熟字は申す迄もなく、「ネ−チユアー」より來る。「ネーチユアー」之を翻譯して自然と云ひ、天然と云ひ、時に或は天地山川と訓ず。人工を藉らず有の儘に世界に存在する物か、さなくば其物の情況を指すの語なり。されば之を應用するの區域甚だ廣く、從つて此字より脱化し來りたる「ナチユラリズム」の範圍も餘程曖昧なり。先づ其限界より取り極めん。
 自然主義の範圍如何に暖昧なればとて、固と是文學上の一現象なれば、文學其物よりも廣き事能はず。去らば英文學の範圍如何と云ふと、是も人々にて見解區々にて、現に其羅甸原語なる literatura(Posnett,Comparative Literature,Chap,I.)といふ文字すら、「タシタス」「クインテリアン」「シセロ」の諸家に因つて、各其用を異にする由なれば、方今所謂「リテラチユアー」なる語ばの定義判然たらざるも無理ならず。尤も當の問題に縁なき文學〔二字右○〕の解釋抔は、どうでもよき樣なれど、自然主義の範圍を定むるに當りて、文學てふ文字の限界を知るの必要ある故、あはれ其定義の一樣なれかしと思へど、かくの次第に已を得ず他の方法より文學の區域を定め、從つて其領内に生じたる自然主義の區域をも定めんと欲す。
 文學上に出來する事件を極廣く見積れば、人間界の事か、非人間界の事に外ならず。(是は仔細らしく文學に就て申す迄もなく、凡て吾人思想の及ぶものは、皆此二者の内を出でざるは勿論ながら)偖非人間界にあつて、尤も吾々の注意を惹くものは、日月なり星辰なり山河草木なり。去らば文學上に尤も重要なる材料を給するものは、人間と山川界なり。そこでかの自然と云ふ文字は、前に述べたる如く、一切萬物に適用すべき語ばながら、特に文學に於ては、其意義を縮めて人間の自然と山川の自然と限劃するも差し支へなからん。
 斯く自然といふ字の範圍が粗定まる以上は、是より脱化し來る、自然主義なる語も其限界を定むる事容易にして、矢張り人間の天性に從ふものと、山川の自然に歸する者との二つと區別するを得べし。虚禮虚飾を棄て天賦の本性に從ふ、是自然主義なり。功利功名の念を抛つて丘壑の間に一生を送る、是亦自然主義なり。固より此兩者の間には密接の關係ありて、互に相待つて存在するの傾向なきにあらざれど、兎に角自然主義に兩樣の意義あるは、當時の作家を讀むものゝ疑を容れざるところなるべし。然し余が今日述べんと欲するは、此自然主義の兩面にあらず。單に其一側より此詩人等の景物界に對する觀念如何を窺ひ、少しく杜撰の管見を陳じて高評を乞はんと欲す。日本人は山川崇拜と云ふべき國民放、此問題は多少吾々にとつて面白き筈なれど、校課多忙の際時に閑を偸んで稿を起したる者故、價値のなきは勿論、調べの行屆かざるより思はざる處に誤謬の存する事あらん。
 自然主義の意味は大概前に述べたるが如し。又余の問題とする自然主義も大概説明したる積り故、是より如何にして此主義が文界に出現せるかを研究せんと欲す。之を説明するには先づ一歩を進て此主義の出現せる以前、英國の文壇は如何なる情況なりしかを察せざるべからず。(M.Pattison,Introductry Remarks on Pope's Poems(T.H.Ward The English Poets, Vol IlI,p.58))千六百六十年王政古に復してより、千七百八十九年佛國改命の變あるに及んで、其間凡そ百餘年。當時の詩風を總稱して巧緻派といひ、其時期を呼んで古文時代といふ。凡て此間に行はれたる詩は、一種の性質を帶び、かの自然主義の詩風とは全然其趣を異にし、作家皆巧の一字を以て畢生の目的とせり、巧とは俗に所謂言ひ廻し方の上手なる意味にて、詩は只句を錬り字を鍛へ、經營刻苦して圓滑流暢に辭を遣へば、夫にて能事は畢る者と考へたる當時の詩人の了見にては、言語には調子あり、調子の善惡は文字の配合と順序より來る者なれば、百万苦心して音節の嚠喨なるを求めざる可らずと、遂には肝心の思想抔はそつち除けとなりて、別段深邃なるにも及ばず、又斬新なるにも及ばず、其代り詩法はかく/\句法はかく/\と、命意の點を閑却すると同時に、遣辭の末に跼蹐として、捏造したる詩風如何と見てあれば、繊巧細膩の趣きありて、典麗都雅の體を具へたりと雖ども、無限の感慨を有する者固よりなく、絶大の見識を表するもの亦固よりなく、天眞爛※[火+曼]の氣象いつしか消滅して、殘れるものは彫蟲篆刻の餘技のみ。
 かく當時の詩が、文句の上に拘泥して、煩屑なる詩法に束縛せられ、天然の趣味地を拂つて空しくなりたるは、全く當時の嗜好に因り、當時の噌好は當時社會の風潮に本づく。當時社會の風潮は如何に。當時の文壇と共に繁文褥禮の府なり。例へば日本の封建時代の如く、何事によらず一定の儀式ありて、此儀式に通ぜざれば、社會の交際をなす能はざる如き風習なりしならん。此虚禮を以て充※[牛+刃]せる社會の中心は倫敦にて、當時文學の中心も亦倫敦なれば、詩文の俗界より一頭地を放出して、人性固有の情緒を發揮し、江山流水の美を咏出せん事、幾んど難し。加之當時は所謂文人庇保の時代にて、作者皆知己を有名なる政治家に求め、其助けを得て文事を碎礪するか、或は自ら政治家となりて、其下働きを爲す風なれば、文學は上流社會交際社會の專有物となりて、鉛槧に從事する者は、虚禮を重んずる風潮を迎へて、其嗜好に合する如き詩を作り、或は左程墮落せざるも、かゝる空氣を呼吸して、朝夕俗界中に投了せらるゝ故、胸中一團の英氣は何時しか消えて、街頭の茶店は溪上の茅屋よりも貴く王侯の第宅は無限の江山よりも有り難き樣になるは、已を得ざる次第と云ふべし。(當時の文人が、甘んじて相門に拜趨し、王侯も亦喜んで墨客を優遇せるは、其例枚擧に遑まあらず。「ポープ」は「ボリンブローク」の朋友なり。「アヂソン」は「ゴドルフ※[ヒの小字]」の知遇により、後に顯職に上り、「トムソン」は時の皇太子より百磅の年俸を受けし由。其他「ジヨンソン」が「チエスターフ※[ヒの小字]ールド」に與へたる書の如き、「クラツブ」が「シエルバーン」に上つて憐を乞へる文の如き、皆之を證明する者なり。尤も倫敦に住する文人は、皆王侯の殊遇を受けたるにあらず。「ジヨンソン」の如き「ゴールドスミス」の如き、其他「グラツプ」街に籠城する一群の窮才士の如きに至つては、固より上等社會の交際ありしと云はず。然し貧乏すれば貧乏なりに俗氣を脱せず、酒肆一杯の飲遙かに江山千里の眺めに優る。彼徒の塵懷固より仙氣なきなり。)
 當時「アン」后の朝にあつて、詩名一世を蔽ひ、永く文壇の牛耳を執つて、一世を代表せる者を「アレキサンダー、ポープ」とす。故に當時の操瓠者が山川界に對して如何なる觀念を有せしかを觀るには、其頭梁たる「ポープ」の觀念を見るに若くなし。蓋し「ポープ」は山川を咏ぜざるに非ず。景物を敍せざるにあらず。然れども其尤も意を傾けたるは、交際界裏の光景なり。勃※[穴/卒]無味の議論なり。其傑作と云はるゝ人論、批評論及び竊鬢篇を見ても、其嗜好のあるところは大概察せらるべし。只其牧歌と「ウインドソー」林の二篇は、自然に關する作なれども、是とても天地の靈活なる景物に感觸して衷情を吐露したりとは思へず。且其思想に到つては固より斬新にして讀者を聳動するの點なし。「ポープ」自ら批評論中に宣言して曰く、
 “True wit is nature to advantage dress'd;
  What of twas thought,but ne'er so well express'd.”
と。其意を詞藻の上に費やして、意匠の雋妙なるを願はざるや知るべきのみ。要するに其牧歌は郊外の牧歌にあらずして、舞臺の牧歌なり。篇中の牧童は澗花野草の間を徘徊せず。銀燭の下、繍屏の前、申し譯の爲め鬘を被りて羊飼の茶番をなすが如し。作者自ら牧歌論(Discourse on Pastoral)を草して篇首に掲ぐ。其窮屈なる、讀者をして妙に驚かしむ。其上日本人が讀んで一層面白くなきは、詩中に引き合に出さるゝ古名なり。例へば「ダフニス」とか「アレキシス」とか云ふ字を遠慮なく駢列し、東洋の讀者をして思はず欠伸せしむ。「ダフニス」は「マーキユリー」の子にして羊を牧する者なり。「アレキシス」は「ヴ※[ハの小字]ージル」の「エクローグ」中にある人物なり。抔と合點の行く迄は、一通り古典字彙と相談せざるを得ず。相談して其故事來歴を胸中に疊み込んだ處で、如何程吾人の詩情を刺激するや。(かけまくもあやにかしこき)抔は、譯は分らずとも、何となく有り難き心地のせらるゝは、全く幼時よりの習慣に外ならず。咄「ダフニス」「アレキシス」何者ぞや。汝の素性を知るも、われ固より毫釐の愉快を感ぜざるなり。且つ其風景を敍するに當つては、巧を求むる事愈急にして、巧に失する事愈甚し。
  〃Here waving groves a chequer'd scene display,
  And part admit,and part exclude the day;
  As some coy nymph her lover's warm address,
  Nor quite indulges,nor can quite repress.”
通讀一過すれば、人をして轉々比喩の輕妙なるを感ぜしむれど、二讀三讀の後は、興味自ら索然たり。朗誦數番の後に至つては、復一點の人を動かす者なし。詩品高からざればなり。
 「ポープ」の傍輩「アヂソン」は、明かに山川の趣味を解したりと覺しく「スベクテートー」第四百十四號に、自然と人巧とを軒輊して曰く、後者には浩蕩の景なく、磅※[石+薄]の氣なきが爲め、詩情を動かすの點に於て甚だ不足する所あり。人間の細工善しと雖ども、温籍にして繊巧なるに過ぎず。雄唆博大の氣象、觀者をして絶叫せしむるに至つては、固より自然に待つなきを得ずと。實に適當の斷案と云ふべし。然るに僅か數行下に至れば、語勢急に一轉して、論旨忽ち逆戻りを爲す。其言に曰く。成程假山盆池は亂山野水に及ばざるべけれども、天然の眞景、人爲の小細工に似れば似る程、興味の加はるものなりと。蓋し「アヂソン」の了見にては、造化の所作が人間の意匠を含めば、所謂天人一致の景を生ずる故に其趣味益加はると考へしなるべし。去れど、其言を論理的に吟味すれば、不都合の角なきにあらず。先づ「天然が人爲に似るときは、前者の價値益貴し」と云る命題を、仔細に思議すれば、其前半には、四個の異なる場合を含むを見るぺし。第一造化人爲相似るは、兩者の間に相互の意識ありての事か。やさしく云はば、其似るは、御互に約束づくで、君の眞似がして見たい、よろしいやり玉へと云ふ樣な相談あるか。第二は相方とも無頓着にて、一向豫約の相談のと云ふ事なく、突然無意無識の裏に合したるか。或は相手の一方は眞似たいとの志願あれども、一方にでは御かまひなく、所謂片思ひの間に成立したるものか。何にもせよ兩者が似る以上は、以上四種の中、いづれか其一に居らざるべからず。今解し易き爲、此四色の場合を表にて示せば左の如し。
  第一 天無意、人無意。
  第二 天無意、人有意。
  第三 天有意、人無意。
  第四 天有意、人有意。
 右の内第三第四は採用しがたき者なり。天に意識あり自然に意匠ありとは、常識の許さゞる處、假令ひ常識以外に一隻眼を具へで、天に意志ありと説くも、其意志は人巧に似んと欲するの意志なるや否やは殆んど疑問外に超脱するの點と云ふべきなり。倪黄の筆意を慕ふて、※[山+賛]※[山+元]の山突兀として、地球上に現出せりとは、理を解する者の誰しも夢想せざる處なるべし。去れば右四條の中許容すべきは、第一と第二のみ。其許容すべき二條の第一は、理窟上不都合なきも、實際は萬に一つも起らざる場合なり。例へば畫師が想像を逞くして、牡丹の傍に、唐獅子とか云ふ一種異樣な動物を描き、又は溌墨淋漓の裏に、龍とか稱ふる怪物を寫さんに、不思議にも脳裏一團の怪像世間に實在して、暗雲黒雨の際に隱約として蒼鱗鐵爪を認め、嫩江嬌緑の底に金毛霜牙を見る人續々あらば兎に角、實際斯樣なものは餘りどころか、誰も拜見した人なければ、此場合を除去するも差支へなからん。斯く四條の中、三條は役にたゝぬとすれば、役に立つもの實際生ずる場合は、第二に外ならず。第二の場合とは天化人造に似るに意なく、人造天化に似るに意あつて、兩者の間に類似の生ずる場合なり。今少し平たく云へば、人が自然を摸擬し、摸擬したる結果遂に人巧と自然の間に髣髴たる點を見認め得るに至りしものなり。そこで通例修辭上の順序より云へば、摸倣したる者が摸倣さるゝ者に似ると云ふが適當にて、例へば山陽が蘇東坡を摸したりと云ふ事判然たる以上は、蘇東坡が山陽に似ると云はんより、山陽が蘇東坡に似たりと云はん方適當ならん。尤も親が子に似るも、子が親に似るも、似るは一なれば何處《どち》より云ふも、理窟上不都合なしと云はゞ夫迄なれども、自然が人巧に似る時は、前者の價益貴し〔七字右○〕と云ふに至つては、大に其意を得ざる者あり。眞似らるゝ者が眞似る者に類する故に、一段の光彩を添ふと論じ來る。眞似らるゝ者は隨分迷惑の話しなり。落語家の假聲が役者に似たらば、其が爲めに價値の増すは、役者にあらずして落語家にあり。さるを假聲が旨き故、役者のねうちが上ると云ふに至つては、役者の不平察すべきなり。天地固と意なし。若し之れ有らば必ずまさに「アヂソン」に向つて其憤りを泄さん。深閨の處女擬して娼妓に扮す。卑賤の婦良家の女に衿式せらる、其榮思ふべし。眞似らるゝ者の價値が眞似る者の爲に生ずるは獨りかゝる場合にのみ限る。「アヂソン」自然に對する事娼婦の如く、人巧を遇する事良家の女の如し。其當否は偖置き其人巧を重んじたるは、復疑ふべからず。既に前段に於ては造化の雄渾瑰麗なる遠く人巧に駕すと説きながら、末段に至つて、人巧を重んずる事造化に過ぎたり。矛盾に非ずして何ぞや。論理的の筆鋒を用ひて定規づめに文人の所説を駁するは、惨酷の致し方なれど、誤ちある以上は是非なし、よし一歩を讓つて、此誤ちを等閑に付するも、「アヂソン」が重きを人爲の上に置くの分に過ぎたるは掩ふべからざるの事實なり。
 「アヂソン」「ポープ」は當時の文豪なり。其天然界に對する感情を觀て、他の意志のある處は、大概察するに足らん。猶其他の例を知らんとならば、Thomas Sergeant Perry, Mountains in Literature, in Atlantic Monthly、Vol.XLIV,p.302+ を參考すべし。當時の人は、概ね皆かくの如く、殆んど、一人も目を天然界に注ぐ者なく、俗氛塵氣の裏に生息して得々たりしが、物極まれば反るの道理にて、漸くかゝる社會に不滿を抱き、人巧世界を解脱して、轉捩一番直ちに人情の源頭に歸着せんと欲する者輩出せるものから、偖こそ自然主義及び「ローマンチシズム」と稱する二つの新象を文壇に見はすに至りたるなれ。一は思索の結果にて、歌舞燕遊の樂をすて、置酒高會の小天地を※[手偏+敝]脱して、廣く江湖に飄流し、青山白雲の趣きに俗腸を洗ひ清めんと欲し、一は歴史的の現象にて、遠く中世紀に溯り、普く遐方殊域の人間を捕へ來りて、世界共通の情緒を咏出せんと欲す。此歴史的研究は十八世紀の中頃、「マクフアーソン」及び「チヤタートン」抔が古文書を僞造して一世を瞞着せんと企てたるにても明かなるのみならず、千七百六十五年に「パーシー」が Reliques Of Ancient English Poetry とて上代の謠歌を編纂して出版せるを見てもわからん。尤も「ローマンチシズム」の事は問題外なれば措て論ぜず。但し文學者によると此自然主義と「ローマンチシズム」を區別せず。且つ余が知る所を以てすれば、「自然主義」と別に標題を掲げて論じたるは、「ゴス」の十八世紀文學及び其他二三の書にすぎざれど、余は此主義を以て斷然「ローマンチシズム」と區別し、密接の關係あるにもかゝはらず、兩者を混合するなからん事を望むなり。兎に角此自然主義が如何にして發達し來りたるやと云ふに、前に述べたる如く「ローマンチシズム」の勃興と共に、山川を咏出する詩人漸く輩出するに至り、遂に「ポープ」一派の詩風を杜絶せんとするの勢を生ぜり。其人々を擧ぐれは、「トムソン」「グレー」「コリンス」「ゴールドスミス」の諸家にて、或る歴史家(「コツペー」と覺ゆ)は是等の詩人を總稱して過度の詩人といへり。蓋し其詩巧緻派と自然派の中間に立つの謂なり。
 然し是等の詩人を一々に評隲せんは、中々手數のかゝる仕事なるのみならず、調べも行き屆かざる故、其内より一二人を選んで、其大體を御話し申さん、先づ第一に來るものを「トムソン」とす。此人は時代より云へば、巧緻派の詩人に相違なきも、殆んど取り除けの姿にて、其詩思別に一機軸を出して、清曠時流を壓せり。されば「レスリー、スチーブン」も之を許して、(English Thought in the Eighteenth Centtlry)“He was an outsider of that brilliant Society”と云へる位にて、其の自然を愛したるは The Seasons を讀んで明かに之を知るを得べし。其詩は春夏秋冬の四部より來り、毎部其期節に關する一切の風景を敍したる大文字なり。假令此大文字なきも、既に Of a Country Life の首に、
 “I hate the clamours Of the smoky towns,
  But much admire the bliss of rural clowns.”
と咏じたるにても、其嗜好の一斑は窺ひ得べし。且つ其風光を敍するに當つて、古來の文人が毫も意を留めざりし、山川を描して、斬新の元素を文界に輸入せるは、一見識あるの作家といふべし。去れば「カムブリヤ」の山を寫しては、
 “To where the broken landscape,by degrees
  Ascending,roughens into rigid hills;
  O'er which the Cambrian mountains,like far clouds
  That skirt the blue horizon,dusky rise.”
といひ、又「トウイード」の水を引用して、
 “You,On the banks of soft meandering Tweed,
  May in your toils ensnare the watery breed,
  And nicely lead the artificial flee,
  Which when the nimble,watchful trout does see,
  He at the bearded hook will briskIy spring:
  And,When he's hook'd, you with a constant hand
  May draw him struggling to the fatal land.”
と左も愉快らしく漁獵の樣を述べたり。試みに之を「ポープ」の「ウインドソー」森中に云へる下の敷句に比較せん。
 “In genial sprlng,beneath the quivering shade,
  Where cooling vapours breathe along the mead,
  The patient fisher takes his silent stand,
  Intent,his angle trembling in his hand:
  With looks unmov'd,he hopes the scaly breed,
  And eyes the dancing cork,and bending reed.
  Our plenteous streams a various race supply,
  The bright-ey'd perch with fins of Tyrian dye.
  The silver eel,in shining volumes roll'd,
  The yellow carp,in scales bedropp'd with gold,
  Swift trouts,diversified with crimson stains,
  And pikes,the tyrants of the wat'ry plains.
 「トムソン」「ポープ」共に同樣の事を、同樣の詩風にて述べ立てたり。但し流麗の點より云へば、「ポープ」「トムソン」に優るが如しと雖ども、飾り氣なき處より觀れば、「トムソン」の方「ポープ」に駕せん。夫のみならず、「トムソン」の詩は、かゝる叙事にて充※[牛+刀]し、其田舍を愛するの情、油然として筆墨の上にあらはるゝなり。尤も一言せざる可らざるは、此男かく自然を愛したりと雖ども、申さば死したる現象の往來復剥する樣を外面より寫し來つて、毫も其内部の活動を會せず。只雪が降る。風が吹く。花が咲く。田舍は面白し。釣りも自由なれば、獵も勝手に出來る。去るが故に、……grant,ye powers,that it may be my lot,/To live in place from noisytowns remote といふなり。高尚なる詩想は、中々此位の事では濟まず。漸々自然主義が發達するに從ひ、景物界は活動力なり。天地間には鬱勃たる生氣あり。抔感ずるに至るなり。
 「トムソン」の自然主義一轉すれば、「ゴールドスミス」の自然主義となる。蓋し泰西の文學史家、此好詩人を以て自然派の中に入れたるはなき樣なれど、こは其詩の當時に流行せる雄聯體《ヒロイツクカプレツト》を用ひて、「ポープ」の故型を踏襲せるに由るに過ぎず。其意志の向ふ所を觀れば、※[しんにょう+向]然として前輩と同じからず。之を自然派中の一詩人と呼ぶも、毫も不可なきが如し。然らば其山川に對する觀念は如何。夫の有名なる The Traveller 及び The Deserted Village の二篇、明かに其所思を表出して餘りあらん。蓋し「ゴールドスミス」の愛する景色は、※[山/龍]※[山/從]の山にあらず、※[さんずい+光]洋の水にあらずして、温籍平穩の樂境にあり。一壺の別天地 Where smiling spring its earliest visit paid,/And parting summer's lingering blooms delayed と云ふ樣な處にして、其仙郷染みたる景物中には、人物が生息して、而も安樂無事に閑生涯を送らざるべからず。必ずや The shelter'd cot,the cultivated farm,/The never-failing brook,the busy mill を具せざるべからず。必ずや軟草氈の如く、春草油の如く、老幼は相携へて其上に遊び、少長坐を分つて其傍らに坐せざるべからず。走らば其山川を愛するは、夫程山川其物を愛するにあらず。山川善く朴※[木+内]温厚の民を撫育し、都會の紅塵桃源の仙郷に到らざるが爲のみ。故に人は主にして、山川は客なり。只に客なるのみならず、深山大澤無人の境に至つては、歩を回らして卻走せんとす。元來「ゴールドスミス」は、農業主義を重んじて、商賈主義、工業主義下つては錙銖爭奪主義、毫厘懸引主義を痛く嘆きし人にて、 Ill fares the land,to hastening ills a prey,/Where wealth accumulates,and men decay ともいひ、又は Laws grind the poor,and rich men rule the law とも、 Hence,should one orde disproportion'd grow,/Its double weight must ruin all below とも嘆じ、力を極めて經濟的の世界觀を排撃せり。是は恰も「ゴールドスミス」頃より、現今の政治經濟と云へる學問が漸く開けて、「ヂスレリー」の云へる如く、人間を視ること貨物の如く、有形的産出物の多寡にて、其價値を判ぜんとするの傾きを生じたる爲め、保守主義の詩人の事なれば、飽迄此風潮に逆らつたる次第ならん。果せるかな、「ゴールドスミス」死して漸く二年なるに、夫の有名なる富國論の著あり。(千七百七十六年)著者「アダムスミス」其中に記して曰く。 That unprosperous race of men,called men of letters,must necesarily occupy their present forlorn state in society much as formerly,when a scholar and a beggar seem to have been terms very nearly synonymous と。文人も乞食同樣なりと斷言せらるれば夫迄なり。「ゴールドスミス」如何に閭巷に窮したりとて、乞食と罵られては餘り心持よくあるまじ。幸ひにして富國論に先つて死し、此悲むべき異名拜見の榮を免かれてさへ、其功利説に反すること斯の如し。若し富國論を見たら何とか云はん。兎に角「ゴールドスミス」は、田舍の生活を愛せし人なり。之を愛したるが故に、之に伴ふて離すべからざる、田園、村巷、小川、水車等、一に天然の景物を愛したり。然れども人を離れて山川を愛することなきなり。山川其物を戀ふことなきなり。「ポープ」の如く、宴席の小天地に跼蹐せるに優ること遠しと雖ども、自然を愛する事食色に優る抔とは、申し難からん。
 「トムソン」の The Seasons は無韻體なれど尚時調に拘束せらるゝを免かれず。「ゴールドスミス」の詩思、大に「ウオーヅウオース」に近づけりといへど、其風格未だ雄聯體を脱する能はず。此陋習を一洗して、詩法崇拜の迷夢を撹破せるものを「クーパー」となす。英詩「クーパー」に至つて、一革命を經たりといふも可なり。
 「クーパー」甞て「ホーマー」の詩を譯しけるとき、(千七百九十一年)、或人其草稿を覽て、一二行を改竄せんとしければ、大に怒つて直ちに書を裁して其人に寄せ、先づ當時の詩風は流麗を尚び、「ポープ」を祖述するに過ぎざる由を述べ、且つ云ふ樣、「……去れど若し「ポープ」を摸して、其眞を得る事能はず。章句の整然たる、格調の圓滑なる、彼が如くなる能はずんば、全く之を眞似ざるの優れるに若かず。眞似たる詩には氣力なし。皆骨拔なり。たとひ一句なりとも、意味のある事を咏ぜば、それにてわが願は足らん。全篇流暢、聽者の耳を傾くるに足るも、其説く處、痴人の※[口+藝]語に等しきは、わが望むところにあらず」と。斯る氣分故、夫の有名なる The Task 中には、 Damon,Chloe,Strepfon,Musidora 抔いふ、不都合なる古典的の苗字を用ふる事、極めて希なるのみならず、前人の曾て使ひし事なき、黄瓜とか、糞尿とかいふ、穢なき文字を、遠慮なく※[月+盧]列して大に得意の色あり。且つ一篇の結構抔は、隨分亂暴にて、長椅子を咏ずると思へば、忽ち田園の景色となり。再轉すれば、宗教の議論となり。夫が濟めば、直ちに奴隷問題に移るといふ樣に、惡くいへば取留めのなき位なり。詩風既に此の如くなれば、其詩想の程も大概は推察し得べし。今其自然に對する詩想を説くに當つて、聊か其出處を審かにせん。
 人世に不平なれば、必ず之を厭ふ。世を厭ひて人間を辭職するものあり。小心※[石+經の旁]※[日/木]の人これなり。世を厭ひて之を切り拔けるものあり。敢爲剛毅の人これなり。濁世と戰つて屈せざるものは、固より勇氣なくては叶はぬ事。五十年の生命を抛つて、自ら憤懣の肉を屠るもの、亦相應の勇氣を要すべし。かほどの勇氣なくして世に立つの才なく、又世を容るゝの量なくば、如何にして可ならんか。餘命を風塵に托して、居ながら餓※[草冠/孚]たるを待つ。是一方なり。殘喘を丘壑に養ふて、閑雲野鶴に伴ふ。是亦一方なり。「クーパー」は此最後の策をとりしものなり。之をとらざるべからざるの人物なり。
 「クーパー」は少時法律を修め、長じて腰を斗米に折るの意あり。されど科第の試驗に、心を勞する事一方ならず。受驗の前夕に至つて、憂懼禁ずる能はず。遂に試場に足を入ずして已みぬ。斯る内氣の人、此險惡なる世に身を處して、立脚の地を得べきか、得べからざるか。智者は勿論なり。※[目+未]者と雖も明かに之を龜卜するを得ん。顯微鏡の力を藉らば、一匹の蝨も獰惡なる豺狼に優らん。「クーパー」は常に顯微鏡を通して、浮世を觀じたるの人なり。胸中一團の憐情は、之を與ふるの愛人なく、之を分つの親友なく、之を一宗して自然に供するの已を得ざるに至れり。己れが滿腔の熱血を沸騰して、之を毛孔より射出せしめ、死灰に等しき身を棄つるは、固より難事にあらず、萬斛の愁情を氷結せしめて、一個の冷血動物となり果てたる人の世を逃るゝは亦容易の業ならん。今石佛にもあらず、冷血漢にもあらず、中以上の人情を有せる、「クーパー」が、山林に退きたるは、退かんとの心あらざるに、世態人情之を驅つて田舍に追ひ込めたるなり。これ「クーパー」が世を捨てながら「アンヰン」を捨てざる所以なり。「オースチン」を捨てざる所以なり。domestic poet (家内の詩人)と呼がるゝ所以なり。若し之を遇するに其道を以てし、丁寧親切至らざる處なくんば、其自然主義或はかく迄には發達せざりしならん。
 「クーパー」の自然主義は、己れを土臺にして發達せるものなり。「ゴールドスミス」の自然主義は、人を根本にして起れるものなり。殖産興業の途開けて、貧民其生を安んぜず。澆季風をなして道心漸く微なり。故に山川主義でなくてはならぬと、説法したるが「ゴールドスミス」にて其由來するところは、世の爲め、人の爲めなり。「クーパー」は全く之と異にして、我は我が安心を求むる爲めに、是より浮世を御暇ま申す、俗界の人々は勝手次第にせよ、と云ふが素志なり。其
 “God made the country,and man made the town.
  What wonder,then,that health and virtue,gifts
  That can alone make sweet the bitter draught
  That life holds out to all,should most abound
  And least be threatened in the fields and groves ? ”
と咏ぜるは、單に之が爲めなり。「ゴールドスミス」文を賣つて餞を得ること若干、歸途乞食に遇て盡く之を與へたり。「クーパー」は終身爲す所なくして婦人に寄食し、一毫も己れを割て人に資するを知らず。其性既に然るなり。
 かく云へばとて、「クーパー」は決して不人情の人にあらず。其所爲不人情の如く見ゆるは、有爲の氣象に乏しきが爲め、精魂乏しくして、物事に堪ふるの力なきが爲めのみ、己れを損ぜざる限りは、誰人をも愛したるのみならず、其情けは下禽獣に及べり。去れば The Task の六卷 The Winter Walk at Noon と云へる章に、自ら兎や鳩の類と親しくなりて、毫も己れを恐れぬ樣を敍し、其次に、
 “The heart is hard in nature,and unfit
  For human fellowship,as being void
  Of sympathy,and therefore dead alike
  To love and friendship both,that is not pleased
  With sight of animals enjoylng life,
  Nor feels their happiness augment his own.”
と云へり。「トムソン」も禽獣を愛せざるにあらず。其證據には夏の部羊の毛を刈る條りに、
 “Fear not,ye gentle tribes,'tis not the knife
  Of horrid slaughter that is o'er you waved;
  No,'tis the tender swain's well-guided shears,
  Who having now,tO pay his annual care,
  Borrowed your fleece,to you a eumbrous load,
  Will send you bounding to your hills again.”
とあれど、全體より評するときは、其田舍を愛するは釣が出來る。釣が出來れば、魚が食る。獵が出來る、獵が出來れば獣が食る。といふ樣な考へ大分あり。是は隨分賤しき考へにて、毫も風流の趣あらず。故に此點に關しては、「クーパー」「トムソン」に一歩を進めたるものと云ふべし。又此感情「バーンス」に至つて如何に其極に達せしかは、後段に説く處あるべし。
 「クーパー」の自然主義は、先づ親樣なものなれども、未だ其實例を擧げざれば、「タスク」中より一節を引證せん。上には動物に就て「クーパー」と「トムソン」を比較せし故、茲には純粹の景色に就て兩人を軒輊せんと思ひ、之を選ぶ事下の如し。(前は「タスク」の第四卷 The Winter Evening 中にある雪の景、後は「シーゾンス」中冬の部にある雪の景なり)
 “I saw the woods and fields at close of day
  A varlegated show;the meadows green,
  Though faded;andt he lands,Where lately waved
  The golden harvest,of a mellow brown,
  Upturned so lately by the forceful share.
  I saw far off the weedy fallows smile
  With verdure not unprofitable,grazed
  By flocks,fast feeding,and selecting each
  His favourite herb;While all the leafless groves
  That skirt the horizon,wore a sable hue,
  Scarece noticed in the kindred dusk of eve.
  To-morrow brings a change,a total cbange!
  Which even now,though silently performed
  And slowly,and by most unfelt,the face
  Of universal nature undergoes.
  Fast falls a fleecy shower:the downy flakes
  Descending,and,with neVer-ceasing lapse
  Softly alighting upon all below,
  Assimilate all objects.Earth receives
  Gladly the thickening mantle,and the green
  And tender blade,that feared the chilling blast,
  Escapes unhurt beneath so warm a veil.”
     ――――――――――
 “The keener tempests come;and,fuming dun,
  From all the livid east,or piercing north,
  Thick clouds ascend-in whose capacious womb
  A vapoury deluge lies,-to snow congealed.
  Heavy they roll their fleecy world along,
  And the sky saddens with the gathered storm.
  Through the hushed air the whitening shower descends,
  At first thin-wavering:till at last the flakes
  Fall broad,and wide,and fast,dimming the day
  With a continual flow.The cherished fields
  Put on their winter-robe of purest white.
  'Tis brightness all,save where the new snow melts
  Along the mazy current.Low,the woods
  Bow their hoary head;and,ere the languid sun,
  Faint from the west,emits his evening ray,
  Earth's universal face,deep-hid and chill,
  Is one wild dazzling waste,that buries wide
  The works of man.”
 今試みに上の二章を比較せんに
 (一) 讀者の想像を動かす處、「クーパー」の方大に「トムソン」に優さり。「クーパー」は雪を敍するに當つて、先づ雪前の景色を寫し、中途より To-morrow brings a change! なる一轉語を下して、始めて雪にうつれり。是白き者を見せる前に黒き者を示せるにて、此二段を照應して、讀者の胸中に雪と云ふ、感じを印し、覺えず前後映帶の妙を知らしむ。「トムソン」に至つては、此反映なく從つて讀者の感じも左程強からぬ樣に思はる。
 (二) 文字の用方及び句法に至つては、「クーパー」の方簡易平直なるが如し。「クーパー」の Earth receives gladly the thickening mantle は、「トムソン」の The cherished fields put on their winter robe of purest white となり、「クーパー」が Fast falls a fleecy shower と云へば「トムソン」は Through the hushed air the whitening shower descends と歌へり。降雪を形容して頗る妙なるが如くなれど、兎に角簡の一字に於ては「クーパー」に及ばざらん。
 (三) 「クーパー」の句を讀めば、其深く物の憐れを感じたるを見る。 And tender blade,that feared the chilling blast/Escapes unhurt,beneath so warm a veil と云へば、如何にも自然を氣遣へる樣を見るが如き心地す。「トムソン」の如く、 Low woods bow their hoary head とありては、同じ擬人法には相違なきも、左程に草木を愛するの状は見えざるべし。
 單に此二章のみを擧げて、兩詩人の差此にありと云ふにはあらねど、其變化發達の一般を示さんとて妄評を試みたる事此の如し。
 自然主義を論ずるに當つて、看過すべからざるものを、「バーンス」となす。「バーンス」が如何なる點に於て、前輩と異にして、如何なる方向に進んで、新元素を輸入せしかを研究せんとするに當つて、記憶すべき事あり。
 「バーンス」は貧賤なる百姓の子なり。固より完全の教育なく、古文古詩を弄して其詩想を養ふべき樣なし。幸に農家に生れ、鋤雲耕月の餘、詩靈の乘移るところとなり、忽然として口を開いて天地の美を歌ふに、前に古人なく後に來者なし。是他なし直接に天地の威驗に感じたればなり。家なきも山あれば足れり。天地に定主なし。當てどなく野路に彷徨ひて、飽まで自然の樂みを享けんとは、彼が Epistle to Davie に云ふところなり。
 “What tho' like commoners of air,
  We wander out we know not where,
    But either house or hall?
  Yet nature's charms,the hills and woods,
  The sweeping vales and foaming floods
    Are free alike to all.”
 かく迄に山川を愛したるは、其身百姓にて、親しく之を翫味し得るの地位に居りしが爲には相違なきも、其性質の深く物に感じ易きに因る事、大ならん。元來自然を形容し、天地を敍する丈なら、別に情けの深からずとも、才氣あらば夫にて充分なるべけれど、天地自然を樂しむに至つては、是非共此性質を具へざるべからず。「バーンス」は其性質を具へ過ぎたる程の人なり。前段に「クーパー」と「トムソン」を比較して、前者の動植物に對する憐情は、後者に優る由を述べ、又人間に對しては、「ゴールドスミス」の方「クーパー」よりも情合深かゝりし事を説きたるが、今此情「バーンス」に至つて、如何に變化せしやを論ぜんとす。
 「ゴールドスミス」の社會に對する不平は、單に經濟上の不都合にあり。「クーパー」の不平は宗教的にて、人間の虚榮は、上帝の惡み給ふ所なりと感じたるが如し。「バーンス」に至つては、四民平等と云ふ點より、世界を觀察して不平の源となせり。三人皆不平なりと雖 ども、其根を掘れば各異なり。 A Winter Night 抔を讀むときは、 The Deserted Village に似たる處なきにあらざれど、勿論思想上 “A man's a man for a'that” 抔 は「ゴールドスミス」の決して同意せざる點なるべく、又The Twa Dogs抔には「クーパー」の主義と似たる場所往々あれど、 A Peck o'Maut に至つては、「クーパー」の眉を蹙め顔を背くるところあらん。要するに「バーンス」の人に對する情合は、前の二詩人より一歩を進めて、四海兄弟主義となれるものなり。今此主義を山川界に應用するに當つて、其情如何にして現出し來れるか。之を説明するが「バーンス」を論ずるの本領なり。
 今便宜の爲め之を二段に分ち、(一)禽獣に對する情、(二)死物、即ち花卉草木に對する情、と區別して論ずべし。
 (一) 禽獣に對する情は、敢て「バーンス」の特有にあらず。「クーパー」既に此傾きを有せるは、前段に述べたるが如くなれど、「バーンス」に至り其愛情數歩を進めて動物を視る、幾んど人間を視るが如し。甞て耕耘の際、野鼠の巣を掘り返したるを悲んで、之を咏じて曰く。
 “Im truly sorry man's dominion
  Has broken Nature's social union,
  An'justifoes that ill oplnion,
    Which makes thee startle,
  At me,thy poor,earth-born companion,
    An'fellow-mortal.”
 高が一匹の鼠なり。而も穀作に害を與ふる鼠なり。今之をとらへて、君はわが同輩なりと云ふ。誰か其新奇なるに驚かざらん。さはれ生を天地の間に享くる者は、螻蟻の微と雖ども、皆有情の衆生なり。たとひ萬物の靈なりとて、故なくして之を※[爿+戈]ふの理窟やはある。人間何者ぞ。固是蠢々たる虚榮の塊まり。漫りに地上に跋扈して、これ我が所有なりと叫ぶ。不遜も亦甚し。情を解するの男兒は、吃蚤の血に指頭を染むるをすら屑しとせず。況んや天に翔り、地を走るのやからをや。今詩人朋友を以て老鼠を待つ。之を笑ふ者は、情を解せざるものなり。又詩を解せざる者なり。左の敷句に至つては、益解する能はざるものなり。
 “Why,ye tenants of the lake,
  For me your wat'ry haunt forsake?
  Tell me,fellow creatures,Why
  At my presence thus you fly?
  Why disturb your social joys,
  Parent,filial,kindred ties?
  Common friend to you and me,
  Nature's gifts to all are free.”
 是「バーンス」が、水禽の己れに驚いて、拍々として飛去りしを憐んで、咏出せるの句なり。鴈や鴨を指して fellow creature と呼び、彼等苟も世に生息する以上は、人間と等しく自然を樂しむの權利あるを説く。洵に情に篤き人なり。世の中には鴨を見て晩餐を思ひ出すものあり。鷄を眺めて食指を動かすものあり。甚しきに至つては「ステツキ」を振廻し、罪もなき飼犬に手創を負せて得々たる者あり。是等の輩は啻に風流の罪人なるのみならず皆「バーンス」の罪人なり。見よや。無辜の兎を跛足にしたる獵人の、如何程詩人の心を傷めしかを。
“Inhuman man!curse on thy bab'rous art,
 And blasted be thy murder-aiming eye;
 May never pity soothe thee with a sigh,
 Nor ever pleasure glad thy cruel heart!”
 「バーンス」の禽獣を愛する事此の如し。中々「クーパー」抔の及ぶ所にあらず。「ミツシス、オリフアント」は( Literary History of England 1790−1825,Vol.I,p.99. )「バーンス」の A Winter Night と「クーパー」の Now stir the fire,and close the shutters fast 云々といへる句を比較して、一方は三冬の風雪に戸を閉ぢ爐を擁し、半椀の茶に詩腸を潤さん事を望み。一方は半夜恕風の屋を※[しんにょう+堯]つて叫號するを聽き、惻然として戸外に悄立する家畜を思ふと云へり、兩詩人心行きの差、固より此の如く甚しからずと云へど、其情合の淺深厚薄は、此一點にても略推知するを得べし。かく迄に動物の心情を思ひ遣るは、英詩人中希に見る所なるべけれど、決して「バーンス」のみに限らざるは既に前段に述べたるが如し。但其非情の草木をも、己れと同一視するに至つては他に其例なかるべし。されば、
 (二) 一本の野菊を、鍬の刃にかけて斷ち切りしとき太く之を傷み詩を作つて之に謝して曰く。
 “Wee,modest,crimson-tlpped flow'r,
  Thou's met me in an evil hour;
  For I maun crush amang the stoure
        Thy slender stem;
  To spare thee now is past my pow'r,
        Thou bonnie gem.”
 是全く同類に對するの句調なり。既に鼠を以て人間とし、鴨を以て人間とし、兎を以て人間となして猶足らず。一莖の野菊だも、且人間を以て遇せんと欲す。其天稟の至情、深ぐ骨髓に浸み渡るに非ずんば、曷ぞ能く斯の如くならんや。口に平等を説きながら、事に臨んで高下の分を守る者あり。是理餘りあつて、情足らざればなり。此輩「バーンス」の句を讀まば、當に愧死すべし。但し「バーンス」の情はなほ此にとゞまらず。
 “Ye banks and braes and streams around
    The castle o' Montgomery,
  Green be your woods,and fair your flowers,
    Your waters never drumlie!”
   * * * *
 “Ye banks and braes o'bonnie Doon,
    How can ye bloom sae fresh and fair!
  How can ye chant,ye little birds,
    And I sae weary fu'o'care!”
と云ふを見れば、坡塘樹石に對するも、猶人に語るが如し。自然主義一方より其頂點に達したりといふべし。
 以上の諸例は、皆「バーンス」の自然に對する感情を示す者なるが、今此諸例を取つて吟味するに、一として對話法《アポストロフヒー》ならざるはなし。先づ理窟一遍に考ふれば、人間が向ふへ廻はして、談論を試むべき者は、人間以外にあるべき筈なし。獣は走り禽は飛ぶとも、固より之を相手にして語るに足らず。況んや花卉草木をや。又況んや泉石煙霞をや。今此非情の物を捉へて、君と云ひ僕といふ。是既に之を待つに非情を以てせざるなり。之を人に擬したるなり。之に一團の靈氣を付與したる也。自然主義の極端なり。元來俗眼を以て天地を見渡すときは、自然程冷淡なる者はあらず。成程人間には、親殺しもあり。大泥棒もあり。一方より觀れば、極めて險呑なるに相違なけれど、其代りには、善人もあり慈父もあり。孝子もあり。刎頸の友、霜操の妻もあるべし、加之何人にても全く徳義心なきものは、あらざるべし。之に反して自然は寸毫も情を解せず、如何程此方より愛情を與ふるも、彼より之に酬ゆる抔といふ事は一切なし。故に俗語にも、無情を形容して木石の如しといへり。夫れ愛は相對なり。一脈の靈氣、甲を去つて乙に入り、乙に入るもの又返つて甲に入る。我起動者たれば、彼は反動者なり。與ふる處あれば、必ず受くる處あり。動と反動と互に應じて、戀愛の念始めて深し。人は此動と反動とを解する者なり。故に俗物は只人を愛するを知るのみ。自然は動を受くる事を知る。去れど之を反す事を知らず。之を愛するは石を水に投じて手應へなきが如し。故に世人は自然を樂しむ能はず。今「バーンス」此手應なきの自然を愛し、寤寐忘るゝ能はざるは何の故ぞ。是自然を以て人間に擬したればなり。人間に擬したるにあらず。人間としか思はれざればなり。草木、泉石、花卉、※[令+羽]毛、彼が瞳子に入る者は、一として喜怒袁樂の情を具せざるはあらず。既に此情を具ふる以上は、我之を愛すれば、彼亦我を愛せん。我彼を愍まば、彼亦我を慕はん。所謂動と反動の大則彼我の間に行はれて、而も普通の人間の如く、我を※[爿+戈]び我を傷くるの憂なし、觀じて茲に至れば、自然界は猶人間界の如し。但觀じて茲に至ると、茲に至る能はざるが詩人と常人の差なり。感情鋭どく想像深き事、「バーンス」の如くにして、始めて此境界に入るを得るなり。尤も「バーンス」が用ゐたる對話法は、西洋文人の慣用手段にて、中には只修辭上の方便として、山川に對して汝とか君とか二人稱を用うるものあり。又たとひ心中の深情が、文字の上に見れて、此對話法となりたる中にも、自ら深淺の區別ありて、其深き者は自然を以て純然たる一個の活動力となし、全く己れと同樣なりとなせど、淺き者は之を愛憐するにも關せず、所謂人生の analogy を擴げて、之に及ぼすこと能はず。喩へば、「バイロン」の Address to the Ocean に、
 “Roll on,thou deep and dark blue Ocean一roll!
  Ten thousand fleets sweep over thee in vain:”
と云へば(汝)と大洋を呼びかけたるにも關せず、第二行に至れば、明かに汝即ち活物といへる性質を存せず。「バーンス」の(汝)は之に異にして、終始同輩に對するの(汝)なり。此同輩なる(汝)といふ文字、全詩を貫くが故、自然は決して器械的の死物とならず。「バーンス」の眼を以て之を觀れば、何れも喜憂の感情に支配せらるゝが如く思はるゝなり。既に自然を以て内界の感じを有する者とすれば、之に對するの觀念は只に客觀的なるのみならず、又主觀的なり、是「バーンス」の前輩に異にして反つて野蠻人に似たるところなり。但野蠻人は、自然に驚き且之を懼るゝ者故、果ては之を目して怪力となし、亂神となすに過ぎざれど、「バーンス」は憐愛の極、遂に天地山川を己れと對等視するに至れるなれば、其間には非常の異あるが如くなれど、其自然を活すに於では均しく一なり。「ミソロジー」も詩なり。「リヽツク」も詩なり。去れど之を混同するものは愚なり。二者の異同を審かにする者は、又能く「バーンス」と野蠻人の區別を知らん。
 「バーンス」に繼で自然主義を唱道せる者を「ウオーヅウオース」となす。「ウオーヅウオース」の自然主義を分つて三とす。(一)詩體の平易にして散文に近き事。(二)詩中の人物大概は下賤の匹夫なる事。(三)自然に對する觀念他の詩人と異なる事。第一第二は自然主義全體より論ずれば、隨分要用なれど茲に、所謂自然主義とは餘り關係なく、且之を説くの時間なければ、略しつ、只第三即「ウオーヅウオース」の山川に關する考丈を概略に述べんとす。
 偖「ウオーヅウオース」は如何なる點より自然を觀じ、又如何なる處が「バーンス」と異なるかと云ふに、元來「バーンス」の自然に對する感じは、前に屡述べたるが如く、單に情の一字に歸着すれど、「ウオーヅウオース」の方は、之と趣きを異にして、其起因する所を察するに、智の作用に基づくが如し。「バーンス」の如く、山川を遇して己と對等なるに至れば、自然主義も其にて頂上なるが如くに思はるれど、「ウオーヅウオース」は竿頭更に一歩を進めて、萬化と冥合し自他皆一氣より来る者と信じたり。是即ち平素の冥思遐捜より來りたる者にて、寂然として天地を觀察せるの結果に外ならず。情より来る者は「バーンス」の上に出でがたく、智より悟入する者は「ウオーヅウオース」より進むべからず。自然主義「バーンス」より深き能はず。又「ウオーヅウオース」より高き能はず。老人は「ウオーヅウオース」を愛讀すべく血氣の輩は「バーンス」を喜ばん。
 「ウオーヅウオース」其 “Lines composed a few miles above Tintern Abbey,on revisiting the banks of the Wye during a tour.July 13th,1798” といへる詩中に、わが山川に関する過去の經歴を述べて曰く。昔し此所に遊びし折は、恰も麋鹿の險を走るに異ならず、山を※[走+兪]へ谷を渉りて飽く事を知らず。水聲は情慾の如く、余を驅り。山色は食色の如く、余を襲へり。此時に當つて只兩眼を開いて、眸底に映ずる景色を觀れば、吾願は足りぬ。必ずしも無形の樂みを要せず。耳目以外の趣味を解せざりき。然るに今は全く之と異にして、山光嵐色既に余をして抃舞せしむる能はず。去れど視聽二感の樂み悉く消滅し去ると同時に、幸なるかな他の賜を享けぬ。即ち
 “………………………And I have felt
  A presence that disturbs me with the joy
  Of elevated thoughts;a sense sublime
  Of something far more deeply interfused,
  Whose dwelling is the light of setting suns,
  And the round ocean and the living air,
  And the blue sky,and in the mind of man;
  A motion and a spirit, that impels
  All thinking things,all objects of all thought,
  And rolls through all things.”
是なり。故に余は今に至つて、猶林泉を愛すと。然らば「ウオーヅウオース」の自然を愛するは山峙ち雲飛ぶが爲にあらず、水鳴り石響ぐが爲にあらずして、其内部に一種命名すべからざる高尚純潔の靈氣が、磅※[石+薄]填充して、人間自然兩者の底に潜むが爲めのみ。「バーンス」は自然界裏に活氣を認め得たりと雖も、之を貫くに “a spirit ”“ a force ”を以てする事能はず。山は固より山なり。水は固より水なり。※[山+爭]※[山+榮]たる者を以て、潺湲たる者と混同する意なく、又之を以て人間と氣を同ふすると考へざるなり。此一點が兩詩人の異なる處にて、一は感情的直覺より、一は哲理的直覺より、共に自然を活動せしめたるなり。蓋し活動法( spiritualization )は自然主義の尤も發達せるものながら前二者の間にて自ら深淺の區別なきにあらず。夫れ世に不平あつて山林に逃るゝものは、不平の消する時が山を出づるの時なり。過去の行き掛り( association )にて自然の有り難きは、行き掛りの滅したる時が有り難味のなくなるときなり。(「スコツト」の如し)第三に來るものは、自然の爲めに自然を愛す。自然の爲に自然を愛する者は、是非共之を活動せしめざるべからず。之を活動せしむるに二方あり。一は「バーンス」の如く外界の死物を個々別々に活動せしめ、一は凡百の死物と活物を貫くに無形の靈氣を以てす。後者は玄の玄なるもの、萬化と冥合し宇宙を包含して餘りあり。「ウオーヅウオース」の自然主義是なり。其
 Another race hath been,and other palms are won”
と咏ぜるは、此境界を歌へるに過ぎず。其
 “To me the meanest flower that blows can give
  Thoughts that do often lie too deep for tears.”
といへるは、耳目の外に深く感ずるところあればなり。去らば此幽玄なる思想を何處より得しぞと云ふに、赤子の心を擴げて素直に發達せしめたるのみ。左の小詩を讀まば、「ウオーヅウオース」の心意は自ら明瞭なるべし。
 “My heart leaps up when I behold
    A rainbow in the sky:
  So was it when my life began:
  So is it now I am a man;
  So be it when I shall grow old,
    Or let me die!
  The child is father of the man;
  And I could wish my days to be
  Bound each to each by natural piety.”
「ガメレー」此詩を解剖して、( Handbook of Poetics,p.48.)(一)自然に對する純粹の感情。(二)過去の記憶、及び感慨より生ずる希望。(三)感慨の結果、即ち理窟的約論、の三段となせり。分り易く之を申せば、少時の感は即ち今日の感なり。今日の感亦當に老後の感なるべし。故に小兒は大人の親なり。天稟の性情一貫して襁褓より蓋棺に及ぶと云ふ主意なり。若し能く斯心を開發して、其眞相を看破せば、天地の精と合して、わが永劫不滅なるを感ずるに足るべし。是「ウオーヅウオース」が Intimations of Immortality from Recollections of early Childhood を作つて、文壇の偉觀をなせる所以なり。
 今一つ「バーンス」と「ウオーヅウオース」の異なる點を擧ぐれば、此兩人が自然に對する、消極と積極の差なり。消極とは、胸裏不平の情、ひいて自然の悽楚なる所に及び、積極とは、心中愉快の念發して天地の瑰麗なる點と結合せるを謂なり。故に「バーンス」を讀めば、跌宕沈鬱にして、悲惨の音多く、「ウオーヅウオース」を讀めば、高遠の中、自ら和氣の藹然たる者あり。是固より兩詩人性質の差に根するに相違なきも、其境遇も亦預つて大に力ありといふべし、夫れ「バーンス」は曠世の才なり。而して天下之を知らず。天下之を知つて、遇するに天才を以てする能はず。身分は百姓なり。金はなし。空しく無限の感慨を抱いて、野店村廬の間に酣醉するのみ。去れば其胸裏には、己れ世に賊せられたりといふ感情、常に往來したるが如し。かゝる感情を有して、自然を眺めなば、天地の麗しき現象は、眼中に宿らで、眸中に聚まる者は、悉く可憐の状況のみならん。假令韶光忽來冲融の氣自ら瞳底に映ずるも、徒らに之を吾身の上に較べて、轉た不幸の念を増さしむるに過ぎず。「ウオーヅウオース」は全く之に異なり。其主義とするところは、 “Plain livin gand high thinking” にありて、固より俗界を眼下に見降だしたれば、彼の虚榮を闘はす輩を觀て、氣に障るの何のと云ふ事なし。加之富めるといふにあらねども、衣食に事缺く程の貧乏にてもなく、山林に逍遥して自由に自然を樂しむ位の資産を有せし故に、其外界に對する觀念も從つて和風麗日に接するが如き心地のせらるゝなり。一寸例を擧ぐれば、其野菊を咏じたる句にも、
 “If to a rock from rains he fly,
  Or,some bright day of April sky,
  Imprisoned by hot sunshine lie
    Near the green holly,
  Ana wearly at length should fare;
  He needs but lookabout,and there
  Thou art!−a friend at hand,to scare
    His melancholy.”
とあり。之を「バーンス」の野菊の詩と比較せば、讀者一讀してわが言の虚ならざるを知らん。
 以上の談話を約言すれば、(一)「ポープ」時代の詩人は、直接に自然を味はず。古文字を弄して其詩想を養ひし事。(二)「ゴールドスミス」「クーパー」は、自然の爲に自然を愛せしにあらざる事。及び「トムソン」の自然主義は、單に客觀的にして、間々殺風景の元素を含む事。(三)「バーンス」は情より、「ウオーヅウオース」は智より、共に自然を活動力に見立てたる事。及び自然主義は此活物法に至つて、其極に達する事等なり。
 右の外「スコツト」「バイロン」「シエレー」下つては「ラスキン」に至る迄、皆此運動に關係あれど、餘り冗長に渉る故、今日は是にてやめ、又他日研究の結果を御聽に入るゝ事あるべし。
         −明治二六、三−六『哲學雜誌』−
 
  『トリストラム、シヤンデー』
 
 今は昔し十八世紀の中頃英國に「ローレンス、スターン」といふ坊主住めり、最も坊主らしからざる人物にて、最も坊主らしからぬ小説を著はし、其小説の御蔭にて、百五十年後の今日に至るまで、文壇の一隅に餘命を保ち、文學史の出る毎に一頁又は半頁の勢力を著者に與へたるは、作家「スターン」の爲に祝すべく僧「スターン」の爲に悲しむべきの運命なり、
 さはれ「スターン」を「セルバンテス」に比して、世界の二大諧謔家なりと云へるは「カーライル」なり、二年の歳月を擧げて其書を座右に缺かざりしものは「レツシング」なり、渠の機智と洞察とは無盡藏なりといへるは「ギヨーテ」なり、生母の窮を顧みずして驢馬の死屍に泣きしは「バイロン」の謗れるが如く、滑稽にして諧謔ならざるは「サツカレー」の難ぜしが如く、「バートン」「ラベレイ」を剽竊する事世の批評家の認識するが如きにせよ、兎に角四十六歳の頽齡を以て始めて文壇に旗幟を翻して、在來の小説に一生面を開き、麾いで風靡する所は、英にては「マツケンヂー」の「マン、オフ、フ※[ヒの小字]ーリング」となり、獨乙にては「ヒツペル」の「レーベンスロイフヘ」となり、今に至つて「センチメンタル」派の名を歴史上に留めたるは、假令百世の大家ならざるも亦一代の豪傑なるべし、
 僧侶として彼は其説教を公にせり、前後十六篇、今收めて其集中にあり、去れども是は單に其言行相背馳して有難からぬ人物なる事を後世に傳ふるの媒となるの外、出版の當時聊か著者の懷中を暖めたるに過ぎねば、固より彼を傳ふる所以にあらず、怪癖放縱にして病的神經質なる「スターン」を後世に傳ふべきものは、怪癖放縱にして病的神經質なる「トリストラム、シヤンデー」にあり、「シヤンデー」程人を馬鹿にしたる小説なく、「シヤンデー」程道化たるはなく、「シヤンデー」程人を泣かしめ人を笑はしめんとするはなし、
 此書は始め九卷に分ちて天下に公にせられ、題して「トリストラム、シヤンデー」傳及び其意見といへり、去れば何人にても此九卷の主人公は「シヤンデー」といふ男にて、卷中細大の事、皆此主人公に關係ありと思ふべし、所が實際は反對にて、主人「シヤンデー」は一人稱にて、「余が」とか「吾は」とか云ふにも係らず、中々降誕出現の場合に至らざるのみならず、漸く出産したかと思へば、話緒は突然九十度の角度を以て轉捩する事一番、何時垂直線が地平線に合するやら、讀者は只鼻の穴に繩を通されて、意地惡き牧童に引き摺らるゝ犢の如く、野ともいはず山ともいはず追ひ立てらるゝ苦しさに、偖は「シヤンデー」を以て此書の主人公と豫期したるは、此方の無念にて著者の過りにてはなかりき、と思ひ返すに至るべし、主人公なきの小説は、固より面白き道理なし、但「サツカレー」の「バニチーフエアー」許りは、著者自らの云へる如く、此種の小説に屬すべきものなれど、去りとて「シヤンデー」の如く亂暴なるものにあらず、可憐なる「アミリヤ」執拗なる「シヤープ」順良敦朴なる「ドビン」より傲岸不屈の老「オスバーン」に至るまで、甲乙顯晦の差別こそなけれ、均しく走馬燈裏の人物にして、皆一點の紅火を認めて、此中心を廻轉するに過ぎざれば、假令主人公なきにせよ、一卷の結構あり、錯綜變化して終始貫通せる脈絡あり、「シヤンデー」は如何、單に主人公なきのみならず、又結構なし、無始無終なり、尾か頭か心元なき事海鼠の如し、彼自ら公言すらく、われ何の爲に之を書するか、須らく之を吾等に問へ、われ筆を使ふにあらず、筆われを使ふなりと、瑣談小話筆に任せて描出し來れども、層々相依り前後相屬するの外、一毫の伏線なく照應なし、篇中二三主眼の人物に至つては、固より指摘しがたからず、「シヤンデー」の父は黄卷堆裏に起臥して、また其他を知らず、叔父「トビー」(「リー、ハント」の所謂親切なる乳汁の精分もて作り出されたる「トビー」)は國中に堡寨を築いて敵なきの防戰に餘念なく、其他には不注意不輕濟なる借「ヨリツク」あり、一瞥老士官を惱殺せる孀婦「ウツドマン」あり、皆是卷中主要の人物なれども、彼等は皆自家隨意の空氣中に生息して、些の統一なき事、恰も越人と秦人が隣り合せに世帶を持ちたるが如く、風する馬牛も相及ばざるの勢なり、甞て聞く往時西洋にて造化を職業として、大名豪族の御伽に出るものは、色々の小片を繼ぎ合せたる衣裳を着けたるが例なりとか、「シヤンデー」は此道化者の服装にして、道化者自身は「スターン」なるべし、
 此道化者は此異樣の書き振りを以て、電光石火の如く吾人の面目を燎爛しながら、頗る得意となつて辯じて曰く、吾が敷ば話頭を轉じて、言説多岐に渉るは、諸君の知る如く少しも不都合なき事なり、大英國の作家にて横道に入る事余の如く頻りなるはなく、外れた儘にて深入する事余の如く遠きはなし、されども家内の大事務大事件は、留守中にても澁滯なく裁斷處理し得る樣用意萬端調はざるなしと、又曰く、余の話頭は轉じ易し、されども亦進み易しと、吾人は其轉じ易過ぎるに驚くのみ、進み易きに至つては焉んぞ之を知らん、
 此累々たる雜談の中にて、尤も著明なるは「ヨリツタ」の最後、「スラウケンベルギウス」の話、悽楚なる「ル、フエブル」の逸事、噴飯すべき栗の行衛、等にて個々別々のものとして讀む時は、頗る興味多けれど、前を望み後を顧みてある聯路を發見せんとすれば、呆然として自失するの外なし。而も是作者最も得意の筆法にして、現に第八卷のある篇の如きは冒頭に大呼して曰く、天下に書物を書き始むるの方法は澤山あるべけれども、吾が考にてはわれ程巧者のものはなしと思ふ、啻に巧者なのみならず、又頗る宗教的なりと思ふ、何故と問て見給へ、第一句目は兎に角自力にて書き下せど、第二句目よりは只管神を念じて筆の之くに任じて其他を顧ざればなりと、第一卷廿三篇に曰く、われ出鱈目に此篇を書かんと思ふ念頻なり、因て書き流す事下の如しと、下に出で來る事柄は大抵豫想すべきのみ、かゝる著者なれば嚴格なる態度と眞面目なる調子とは、到底望むべからざるは勿論の事にて、現に「スターン」自身を代表せる篇中の人物と目せられたる「ヨリツク」を寫し出すには、左の言語を用ゐたり、
 「ヨリツク」時としては其亂調子なる樣子を以て、嚴肅を罵つて不埒の癖物と呼び、嚴肅とは心の缺點を隱蔽する奇怪なる身體の態度なりてふ、昔し佛の才人某が下したる定義を崇拜し、願くは金字を以て此義を繍はん抔不注意にも人に洩す事あり、
 既に眞面目を厭ふ以上は、泣かざる可らず、笑はざる可らず、中庸を避けて常に兩端を叩かざる可らず、
 「スターン」が書中には笑ふ可き事實に多し、其尤も單簡なるものは、出來得べからざる事を平氣な顔色にて敍述するにあり、例へば「ヨリツク」の作れる説教を讀めと命ぜられたる軍曹「トリム」が、如何なる身繕して彼等の前に立ちしか、「スターン」事もなげに記して曰く、彼は體の上部を少しく前方に屈して立てり、此時彼の姿勢は地平面上に八十五度半〔右○〕の角度を畫けりと、敢て問ふ半とは何處より割り出したる計算なるか、
 次には無用の文字を遠慮なく臚列して憚らぬ事なり、例へばA、B、C、D、E、F、G、H、I、J、K、L、M、N、O、P、Q等の諸卿馬に騎して整列するを見るときは抔いふが如く、何故AよりQ十六字を妄りに書き立てたるかは、奇を好む著者の外何人も推測し得ざるべし
 次に笑ふといはんよりは、寧ろ驚くといふ方適當なるべきは、常識の缺乏せる事なり、「トリストラム、シヤンデー」を開きて先づ一卷より、二卷に至り順次に讀了して九卷に至れば、其内に二枚の白紙あるを認め得べし、此二枚は卷末卷首の餘白に非ずして、鼈頭に第○○篇と記せるを見れば、明かに白紙を以て一篇と心得べしと云ふの意なるべし、心を以てtabula rasa に比したる哲學者あるを聞きぬ、未だ白紙を以て一篇となせる小説家を聞かず、之れ有るは「スターン」に始まる、而して「スターン」に終らん、
 白紙は猶可なり興に乘じて巫山戯るときは、圖を引き線を畫して、言辭の足らざるを説明する事さへ辭せず、「人間にして自由なる以上」はと「トリム」大呼して杖を揮ふ、其状左の如し
※[波線の如き図あり]
 「一卷より五雀に至るまで吾説話の方法は頗る不規則にして頗る曲折せり第六卷に至らば遂に直線たるを得べし今其經過の有樣を曲線にて示せば左の如くなるべし」と、圖あり之を掲ぐ、
※[1〜5までの番号を付した波線のような図あり]
 「ウオルター、シヤンデー」の奇想に至つては、眞に讀者をして微笑せしむべく、絶倒せしむべく、滿案の哺を噴せしむべし、「ウオルター」は人の姓氏を以て吾人の品性行爲に大關係あるものとせり、其説に曰く「ジヤツク」と「ヂツク」と「トム」とは可もなし不可もなし、中性なり、「アンドリユ」に至つては代數に於る「マイナス」的性質を有す、0よりも不善なり、「ウイリアム」は中々善き名なり、「ナムプス」は云ふに足らず、「ニツク」は惡魔なり、然れどもあらゆる名字中にて最も嫌ふべく賤しむべきは、「トリストラム」なりと、時としては非常の權幕にて、相手を詰問すらく、古來「トリストラム」なる人にて、大事を成したるものあるか、有るまじ、「トリストラム」!出來る筈がないと、「ウオルター」又古書を愛讀す、其妻懷胎して蓐中に臥する時、頻りに虫喰みたる産學書を參考熟讀して以て其蘊奥を究め得たりとなす、其説に曰く、胎内の小兒を倒まにして足より先に引き出す時は、前脳後脳の爲に壓迫せらる事なくして、後脳の方前脳に窘搾せらるゝに過ぎざれば、危險の處なくして頗る安全なりと、是より種々研究の末、子を生むに最も大丈夫なる方法は、母の腹部を立ち割るに在りと斷定し、數週間色々屈托して考へたる後、或日の午後遂に妻君に腹部切開の法を物語りけるに、無論賛成と思ひし産婦は見る/\顔色を變じて死灰の如くなりければ、殘念ながら切角の手術も施こすに由なくして已みぬ、「トビー」の眞率にして無智なるに反して、「ウオルター」の獨りして學者めかしたる、亦讀者をして屡失笑せしむるに足るものあり、「ウオルター」の子外國に死して、其報家に達するや、「ウオルター」其弟「トビー」を顧みて、左も勿體らしく説き出して曰く、「是免る可らざるの數なり、「マグナ、カータ」の第一條なり、變ず可らざる議會の法なり、若し我子にして死なざれば、其時こそ驚きもすれ、死したりとて驚く事やはある、帝王も公子も死なねばならぬが浮世なり、死は天に對して借錢を拂ふに過ぎず、租税を納むるに異ならず、永久に我等を傳ふ可き筈の墓場さへ、紀念碑さへ、此租税を拂ひつゝあり、此借錢を返しつゝあるではなきか、富の力に因り、技術の力に因りて成れる、世界の最大紀念碑三角塔さへ、頭が剥げて地平線上に轉がるではなきか、國も郡も都も町も皆悉く進化するではないか」進化といふ語を聞きて叔父「トビー」は煙管を下に置きて、「ウオルター」を呼び留めぬ、「ウオルター」は直ちに正誤したり、「いや變化の意味ぢや變化といふ積りぢや」「進化では通じません樣で、少しも分らんと思ひます」「然し此大切な處で、横合から口を入れる抔は、猶々分らんではないか、後生だから、頼むから、此肝心の處丈遣らして呉れ」叔父は再び煙管を啣みぬ、「「トロイ」は何處にあるか、「シーブス」「デロス」乃至は「バビロン」「ニネヴエ」、太陽の照す處で最も美しかりし國は皆亡びて、殘るは空しき名のみではないか、其名前さへ樣々に綴り損ねて、遂に忘れられるであらう、聞けや「トビー」、世界其物も遂には破壞する事あらん、われ亞細亞より歸る時、「レヂナ」より海に航して「メガラ」へ渡る時、(いつ左樣な事が有つたかと、「トビー」は竊かに不審なり、)眦を決して周圍の地を見たるに、「レヂナ」は後に在り、「メガラ」は前にあり、「ピレウス」と「コリンス」は左右にあり、繁榮無雙と稱せられたる通邑大都は、落莫として往時の光景を存せず、嗚呼嗚呼かゝる壯嚴のものすら、土中に埋没して眼前に横はるを、一人の子に先立れたりとて、何條我心を亂すべき、汝も男ならずや、男なりと獨り己れに語りたる事さへありき」質直なる「トビー」は、此感慨は全く「ウオルター」自身の感慨にて、昔し「サルピシアス」が「タリー」を慰むる爲に書ける手紙を暗誦して居る事とは、夢にも知らねば、やがて煙管の先にて、「ウオルター」の手を突つきながら問へり、「全體それは何時頃の話で、千七百何年頃で」「千七百何年でもない」「そんな事が有るものですか」「ヱヽ分らぬ奴だ紀元前四十年の事だ」「ウオルター」は所謂「ベーコン」の學者にして愚物( Learned Ignorance )なるもの、「トビー」即ち「グレー」の所謂無智にして幸福ならば、賢ならんと欲するは愚なり( Where ignorance is bliss、\‘Tis folly tO be wise )と云へるに庶幾からんか、
 去れども此順良なる無邪氣なる「トビー」すら、一度「スターン」の筆に上れば、一癖持たねば濟まぬ事と見えて、此人日夕身を築城學の研究に委ねて、中々其道の達人とぞ聞えし、「マルタス」は更なり、「ガリレオ」より「トリセリアス」に至るまで、一として通曉せざるはなく、精密なる彈道は抛物線にあらざれば雙曲線なる事、截錐の第三比例數の彈道距離に對する比例は、投射角を倍したる角度の正弦と全線との比例の如しといふ事抔、皆彼が研鑽究明し得たるの結果なりとぞ、偖も此男の科學的思想は、「ウオルター」の哲學的觀念と相反映して、何れ劣らぬ學者なるこそ頼もしけれ、「ウオルター」の時間を論ずる條に曰く、時は無限の中にあり、無限を解せんには時を解せざる可らず、時を解せんには沈思黙坐して滿足なる結果を得る迄、吾人が時間に對して如何なる觀念を有するか、と究明せざる可らずと、此弟にして此兄あり雙絶といふべし、
 「スターン」の諧謔は往々野卑に流れて上品ならざる事あり、夫の「フユーテトリアス」と栗の話しの如きは其好例なりとす、「或る學者の一群何事かありて一堂に會食しける折、如何なる機會にや、卓上に盛りたる燒栗の一個、忽然ころ/\と轉げて、眞倒まに「フユーテトリアス」の洋袴《ズボン》の穴に躍り込みぬ、此穴は「ジヨンソン」の英字典を何返捜しても見出し得べからざる穴にて、上等杜會に在つては、一般の習慣として、「ジエーナス」の神扉の如く、少なくとも平時は開放嚴禁の場所なりき、然る處最初の二十秒程は、此落栗微温を先生の局部に與へて、彼が愉快なる注意を此所に引くに止まりしが、漸々熱度増進して、數秒の後には既に普通一般の樂しき心地を通過し、果は非常なる勢を以て、猛烈なる熱氣と變化しければ、先生の愉快は俄然として劇性の苦痛となり了ぬ、此時「フユーテトリアス」の精神は、彼れの思想、彼れの觀念、彼れの注意力、判斷力、想像力、沈考力、決行力、推理力と共に、一度に體の上部を去つて、局部の急に赴きければ、彼の脳中は、空しき事我が財嚢に異ならず」此滑稽は野卑なれども無邪氣にして頗る面白し、假令學校の教科書としては不適當なるも、膝栗毛七變人抔よりは反つて讀みよき心地す、蓋し「スターン」集中に在つて諧謔の佳なるものか、英語を解するの讀者之を取つて、下に掲ぐる駄洒落と比較せば、優劣自ら判然たらん、「愛といふ情をいろは順で竝べたらば斯も有うか」
  Agitating,
  Bewitching,
  Confounded,
  Devilish affairs of life;―the most
  Extravagant,
  Futilitous,
  Galigaskinish,
  Handy-dandyish,
  Irancundulous,
  (there is no K to it)and
  Lyrical of all human passions:at the same time the most
  Misglving,
  Ninnyhammering,
  Obstipating,
  Pragmatical,
  Stridulous,
  Ridiculous
是を見て面白しと感ずる人もあるべし、我は唯其勞を謝して已みなん、
 以上は「スターン」の諧謔的側面なり、善く笑ふものは善く泣く、「スターン」豈涙なからんや、「トリストラム、シヤンデー」を讀んで第一に驚くは、涙と云ふ字の夥多なるにあり、「尊むべき悦喜の涙は、叔父「トビー」の兩眼に溢れぬ」といひ「涙は彼の兩頻を傳りぬ」といひ、「涕涙滂沱たり」といひ、「涕※[さんずい+((ホ+ホ)/月)]々として拭ふに暇あらず」といひ、閲して數葉を終らざるに、義理にも泣かねばならぬ心地となるべし、而して其最も泣かざる可らざる所は、九卷の中二三ケ所程あるべく、夫の「トビー」の舊友「ル、フエヴル」の死を寫せる一段の如きは、種々の文學書に引用せられ、頗る有名なるものなり、されども余が最も感じたるは、「ヨリツク」法印遷化の段なり、此僧病んで將に死なんとする時、其友人に「ユージニアス」なる者ありて、訣別の爲めとて訪ひ來る、樣々慰問の挨拶などありたる後、病僧は左の手にて、漸くにわが被れる頭巾を脱ぎ、願くは愚僧の頭に御目を留められよと云ふ、何事の候ぞ、別段變りたる樣子も無きにと答ふるに、否とよ、愚僧の頭は※[穴/(瓜+瓜)]みて候、最早物の役に立つべしとも存じ候はず、卑怯なる……等は、暗に乘じて手痛くも愚僧を打ち据へ、御覽の通り此頭を曲げ候、斯くなる上は假令天より大僧正の冠が、霰の如く繁く降るとも、到底某の頭に合ふものは一つも有之間敷と存候と、嘆息の言さへ今は聞き取れぬ位なり、あはれ無邪氣なる「ヨリツク」よ、汝が茶番的なる末期の述懷は、吾が汝に對する愛憐の情をして、一瞬の間に無量ならしめぬ、吾汝が言を聞て微笑せり、されどもわが微笑せるは、汝の爲に萬斛の涙を笑後に濺がんが爲なり、「ヨリツク」は今頭を傷けらるゝの憂なく、靜かに其墓中に長眠するならん、「ユージニアス」が彼の爲に建てたる粗末なる白大理石の碑面には、「嗚呼呼憐む可き「ヨリツク」」の數字を刻せるのみと云ふ、
 「スターン」「ヨリツク」の死を敍する時異樣の筆法を用ゐて曰く、「天命は忽ちにして復去りぬ、靄は來りぬ、脈は鼓動しぬ、止まりぬ、又始まりぬ、激しぬ、再び止まりぬ、動きぬ、後は? 書くまじ」かゝる筆法は、時々「ヂツキンス」に於て之を見る、好惡は讀者に一任するの外なし、(文體の事は茲には論ぜざる積りなれど序なれば一言す)
 「スターン」の神經質なるは前に述べたる批評にて大概は言ひ盡したる積りなれど、猶一例を擧げて其局を結び、夫より其文章に就て一言すべし、
 「トビー」一日、食卓に着き、晩餐の箸を下さんとせる時、何處より飛び來りてか、一匹の蠅は無遠慮にも、老士官の鼻頭に留りぬ、逐へば去りぬ、去るかと思へば又來りぬ、紙の如き兩翼を鳴して、ぶん/\鼻の端を飛び廻りて、煩はしき事云はん方なければ、流石の「トビー」も面倒と思ひけん、大手を廣げて此小動物を掌中に攫し去るよと見えしが、殺しもやらず徐ろに窓を開き、懇ろに因果を含めて放ち遣る、辭に曰く、須らく去れ、吾れ敢て爾を殺さじ、爾が頭上の一髪だも傷けじ、去れや可憐の小魔、吾れ焉んぞ爾を殺さん、蒼天黄土爾と我とを容れて餘りありと、放たれたる蠅は感泣再生の恩を謝して去りしや否やを知らず、老いたりと雖軍籍に列する身をもちながら、一匹の蠅を傷くるだに忍び得ざる「トビー」を描出したる「スターン」の心情こそ、冷然として其母の困苦を傍觀したる心とも見えね、「ヂスレリー」が作家に二生ありと云へるは去る事ながら、蠅を愛して母に及ぼざる此坊主の脳髓ほど、病的神經質なるはあらじ、
 「スターン」の文體に就ては、諸家の見る所必ずしも同じからず、「マツソン」は彼が豐腴なる想像を稱して、其文體に説き及ぼして曰く、彼の文章は精確にして洗錬なるのみならず、※[女+閑]雅優美楚々人を動かす、珠玉の光粲として人目を奪ふが如しと、「トレール」の意見は之と異にして、「スターン」は唯好んで奇を衒ひ怪を好むに過ぎず、文體といふ字義を如何に解釋するとも、彼は自家の文體を有する者にあらずといへり、此二人の批評は相反するが如くなれども、共に肯綮を得たるものにて、實際「スターン」の文章は錯雜なると同時に明快に、快癖なると共に流麗なり、單に一句を以て一頁を填めけるかと思へば、一行の中に敷句を排列し、時としては強て人を動かさんと力め、時としては又餘り無頓着に書き流す、今其長句法の一例を左に譯出すべし、意義若し明瞭ならずんば是「スターン」の罪なり譯者の咎にあらずと思ひ玉へ、「察する所此女は四十七歳の時四人の小兒を殘して其夫に先き立たれて不幸の境遇に陷りしものと見ゆれど固より賤しからぬ風采と沈着なる態度を具へたる上己が身の貧しき故且は其貪しきに伴ひて萬控へ勝なる故村内の者は誰とて憐みの心を起さゞるはなきが中にも且那寺の妻君は殊の外の贔屓にて幸い此界隈六七里の間には……口でこそ六七里其實雨が降つて道の惡い時や殊には闇の夜で先が見えぬ時抔は十四五里にも相當するが其より近くには産婆と云ふものは一人も居らねば詰り此村には産婆は來らぬと申しても差支なき程の不便を檀家の者共は數年來感じつゝありし折柄なれば此女に産婆學の一端でも稽古させて村中に開業せしめなば當人は無論の事村の者も嘸都合善からんと考へぬ」又短句法の例は下の如し、「父は椅子を掻い遣りぬ、立ちぬ、帽子を被りぬ、戸の方に進む事四歩なり、戸を開く、再び戸を閉づ、蝶※[金+交]の毀れたるを顧みず、席に復せり云々」一篇の文章も、時としては左まで長からぬ單句にて成る事あり、例下の如し、「吾父獨話して曰く、恩給や兵士の事を彼是云ふべき場合であるか」前もなし後もなし、只此一句則ち一篇を組織す、時としては妄りに擬人法を用ゐて厭味多き事あり、例へば「靜肅〔二字傍点〕は無聲〔二字傍点〕を隨へて幽齋の中に入り來り、徐ろに彼等の上衣を脱して「トビー」の頭を蔽ひ、無用心〔三字傍点〕は優柔無頓着なる顔色にて、其傍に坐せり」と云ひ或は「日に焦けたる勞働の娘〔四字傍点〕は群中より出でゝ余を迎へたり」と云ふが如し、斯樣な書き方は、韻文にても妄りに使ふべからざる者にて、現に「カメル」が
 “Hope for a season bade the world farewell,
  And Freedom shrieked as Kosciusko fell!”
と云へる句の如きは、大に評家の嘲笑を買へりとさへ聞く、人は兎にあれ、余は是等の文字を以て甚だ厭味あるものと考ふるなり、
 「スターン」の敍事は多く簡潔にして冗漫ならず、去れども一度此法度を破るときは、※[女+尾]々敍し來つて其繊細なる事、殆んど驚くべし、「トリストラム」出産の當時、婦人科專門の醫師「スロツプ」と云へるが、醫療器械の助を藉りて生兒を胎内より引き出したる爲め、彼の鼻は無殘にも壓し潰されて、扁平なる事鍋燒の菓子に似たりと、聞くや否や、父「シヤンデー」は悲哀の念に堪ず、倉皇己れが居室に走り入りて、慟哭したる時、彼の態度は如何に綿密なる筆を以て寫し出されたるかを見よ、「床上に臥したる吾父は、右手の掌を以て其額及び眼の大方を蔽ひながら、肱の弛むに任せて漸々其顔を低れて鼻の端蒲團に達するに至りて已みぬ、左手は臥床の側らに力なくぶら下り、戸帳の陰より少しく見はれたる便器の上に倚り、左足を彎曲して體の上部に着け、右足の半分を寢臺の上より垂れて其角にて脛骨を傷けながら、毫も痛を感ぜざるものゝ如く、彫りつけたらんが如き悲みは彼が顔面より溢れ出ん許りなり、嘆息を洩す事一回、胸廓の昂進するもの數たび、然れども一言なし」
 「スターン」の剽竊を事とせるは諸家定論あり、こゝには説くべき必要もなく、又必要ありとも參考の書籍なければ略しぬ、只其笑ふ可く泣く可く奇妙なる「シヤンデー」傳と、其文章に就て概評を試むる事斯の如し、
 「スターン」死して墓木已に拱す百五十年の後日本人某なる者あり其著作を批評して物數奇にも之を讀書社會に紹介したりと聞かば彼は泣べきか將た笑ふ可きか (明治三十年二月九日稿)
       −明治三〇、三、五『江湖文學』−
 
  英國の文人と新聞雜誌
 
 文人詩人の資格を具へて居つても眼丁字なしと云ふ樣な者は詩想を表彰する事が出來ぬから論外である。文章を綴り句を成す力量があつても陶淵明や寒山拾得の樣な人々は自分の作を天下後世に傳へたいと云ふ考がないから是も特別である。然し一般に文學者と呼ばれ又自ら文學者と名乘る者は獨りで述作をして獨りで樂んで居る樣な者は極めて鮮い。況んや文を賣つて口を糊するといふ場合に至れば必ず何かの手段を以て世の人に自作を紹介し樣と企てる。新聞雜誌は此紹介物として頗る便利なものであるからそこで文人と新聞雜誌との關係が生じてくる。此關係を不秩序ながら少し述べ樣と思ふ。
 英國で新聞の起源は何時かと云ふと今を去る事幾んど三百年即ち西暦一六二二年に「ナサニエル、バツター」と云ふ男が週報とでも譯すべき一種の新聞に似たものを發刊し始めたのが元祖になつて居る。元來英國の貴族は倫敦に邸宅を構へては居るが一年中此紅塵界裏に起臥するものでは無い。三百六十五日の中で三分の一位を都で暮し殘る三分二は皆田舍へ引拂つて仕舞ふ。偖田舍へ行けば眼先が變るので色々面白い事もあるが矢張今頃都では何んな事があるだらう位は思ひ出しもするし又知り度もなつてくる。そこで此等の人々は皆抱への通信者を倫敦に置て珍事異聞は勿論社會萬端の出來事を一週に一回宛田舍へあてゝ報道せしめたものである。固より通信者中には上手も下手も流行るのも流行らぬのもあつたらしい。處で前に述た「バツター」と云ふ男は此道にかけて餘程巧者な者と見えて諸々方々の注文を引き受て到底一人では手が棒になる程働いても間に合ないと云ふ場合になつた。茲に於て發先生一計を案じて時分の一週間内に纏めた材料を印刷に附して毎週依頼者に發送する事にした。是が即ち週報である。
 是が發端で夫から漸々盛大になつて十七世紀の終には五六種以上の新聞が出來るし又「レストレンジ」以後は紙面の體裁も完備して大に發達をしたと云ふ樣なものゝ「ミルトン」や「ドライデン」が投書家であつたといふ事實の外に別段取立てゝ云ふ程の事も無い。少なくとも文學上に是と云ふ功績も見えなかつた。處が女皇「アン」の時代に至つて彼有名な「タトラー」と「スペクテートー」が前後踵を接で見れた。此は純然たる文學雜誌であるが惜い事に長持がしなかつた。「タトラー」は一七〇九年から一一年迄續いたが「スペクテートー」の方は一一年から一二年で終を告た。此二雜誌を發行したものは誰も知つて居る「アヂソン」と「スチール」である。尤も「タトラー」の中には「スヰフト」や其他の人が手傳つた號もあると云ふ説であるが兎に角此二人が發起人で又主なる執筆者であつた。偖其中には何んな事が書てあるかと云ふと是は當時の人情風俗を清新流暢な文體で諷刺的又は批評的に敍述したものである。夫故に今から見ると其時代の倶樂部の有樣や下世話の模樣が歴々と目に覩る如く面白く分る。例へば英國の習慣に四月一日を皆が馬鹿になる日としてある。即ち此日には互々に人を瞞し合ふて面白がる。何所其所に化物が居るから觀て來いと云はれて往つて見ると何にも無かつたり。又は八百屋へ行つて鯛を買つて來いと云ふから買ひに行くと謝はられたり色々な滑稽を演ずる。其中に斯樣に人を欺したり女小供を馬鹿にして得意がる連中が出來てくる。己は此五年間に百何人を馬鹿にした抔と云つて自慢する樣な者の事が「スペクテートー」を見ると面白く書てある。面白く書てある中に訓戒の微意が見える。即ち「アヂソン」や「スチール」は是を以て幾分か世道人心に裨益せんとの考があつたのである。夫から今一つは此時代の文學趣味は發逢して居らなかつたので或は發達して居つても現今とは大に經過を異にして居つたのであるが「アヂソン」は可成此嗜好を正路(彼の所謂)に引き入れんと企てた。現今では詩聖として崇拜して居る沙翁を「ライマー」と云ふ當時の批評家は犬の吠るが如く馬の嘶くに似たりと云つた位である。今でこそ布鼓を持して雷門に向ふの觀があるが此時代の批評眼は總て佛蘭西を手本としたので實際沙翁も「ミルトン」も空前絶後の大詩人として社會一般から今日の如く許されて居らなかつた。處が「アヂソン」は啻に通俗な文體を用いて一生面を開いたのみでない斯の如き文壇の批評に對しても多少時流と其選を異にして居つた。「スペクテートー」の中で沙翁と「ミルトン」に關した論文が十篇ばかりあるが皆此二人を賞賛したものである。就中「ミルトン」の失樂園を辯護して立派な敍事詩だと云ひ張つたのは「アヂソン」の手柄である。幾分か十八世紀の習氣を※[手偏+罷]脱しなかつたかも知れぬが先づ今世紀の批評眼に近づいて居つたものは此男である。以上述た譯で「スペクテートー」は今でも斷えず英國で出版する。決して普通の新聞雜誌の樣に一時限りのものとしては取扱はない。
 後世に斯の如き影響のある「スペクテートー」が當時にはどうであつたかといふと矢張非常な人氣で倫敦の市民は雜誌の到着を待ち兼て讀むのを樂みにした位である。何故左樣であるかといふと二つの原因がある。從來の新聞雜誌は皆政治的で毫も文學上の趣味が無かつたのと此に類する小説と云ふものが未だ行はれて居らなかつた處へ突然時好に投じたからである。「リチヤードソン」が「パミラ」を著したのは十五六年後の事である。「スモレツト」は未だ生れて居らないし「フ※[ヒの小字]ールヂング」は五六歳の童兒である。「デフオー」は居つたけれども一七一九年に「ロビンソン、クルーソー」を書いた迄は政治上の著述のみをして居つたから此時に出版になつて居つたものは「スヰフト」の「テール、オフ、ア、タツブ」位のものである。然も是は別種に屬すべき性質のものである。其所で「スペクテートー」が幅を利かしたのも無理はない。然し二三年で廢刊して仕舞て其相續者が容易に見はれなかつたのは矢張り時勢よりも進歩し過て居つたに違ひないと「ゴス」抔は評して居る。
 此外當時の文學者で新聞事業に從事したものは隨分ある。現に「フ※[ヒの小字]ールヂング」は「ツルー、ペトリオツト」と云ふ新聞を發行して居つた。「スモレツト」は「ブリトン」の主筆であつた。「ジヨンソン」でさへ議會の傍聽録を書いたと云ふ話しがある。尤も此時分は毎日議會へ傍聽に出掛て行つて翌日之を紙上に掲載する樣な簡便法は無つたので。どうすると云ふと閉會後になつてから善い加減に胡亂な辯論を繋ぎ合せて漠然たる報道をなすに極つて居つた。處が「ゼントルマンス、マガジーン」を發行した「ケーヴ」と云ふ男が工夫をして一改良を企てた。其趣向はと云ふと開會中に二三の社員を院内に忍び込ませる。一生懸命に演説を傍聽する。散會後近所の酒屋で一口飲み乍ら聽た事を文章に綴つて草稿を作る。其草稿を心得のある人が改竄をして新聞に掲載をすると云ふ手筈にした。「ジヨンソン」は「ケーブ」の爲に此心得のある人として生捕られたのである。そこで先生は多年の間草稿を受取つては汚苦しい天井裏に潜んで傍聽録を訂正した。「ジヨンソン」ともあるべきものが斯樣な下らぬ事で糊口しなければ立行かんと云ふは情ない話しであるが情ない中にも愉快な事があつたので「ジヨンソン」は人も知る如く頑固な「トリー」派の一人である。此頑固な先生が議院の喧嘩を自由自在に書うと云ふのだから面白い。先生は何時でも「トリー」が勝つて「ホイツグ」が負た樣に作り替たさうである。先斯の如く大分文人も新聞に從事はしたが此は文人の資格で從事したのではなく云はゞ筆で世渡りをする爲に文學に縁のない事をして暮して居つたと云つても差支ない。
 其から五十年許は別段の事もないが降つて一七六九年一月二十一日に一種の怪物が突如として「パブリツク、アドヴアータイザー」の紙上に現はれた。此怪物は自ら「ジユニアス」と名乘つて居るが其正體は誰も突き留た者がない。只毎日紙上に出現しては當時の名門要路の者共を誰彼の容赦なく片端から攻撃するのみである。其攻撃の方法は皆手翰體にして當の敵に與へたもので固より政治上の議論と人身攻撃を合併したるに過ぎないが其文章が如何にも犀利直截で且縱横排揩の勢があるといふので新紙の賣高を倍※[草冠/徙]したのみならず現今に至る迄文學史中の一著述と目されて居る。處が前に云ふ通り其作者がどうしても分らない。政府でも斯んな者が跋扈しては治安妨害だといふので種々の方面から物色するが分らない。世間は又好奇心に驅られてありとあらゆる探索をしたが分らない。「ジユニアス」は自ら其文中に余が秘密函は余一人なり而して余と共に滅するものなりと公言して居るが果せるかな此秘密函を打開たものがない。先づ色々な方面から觀察を下して「サー、フ※[ヒの小字]リツプ、フランシス」と斷定するものが多い。又或人は左樣ではない是は全く「テンプル」の惡戯だとも云つて居る。何ちらにしても日本人に關係はないが文學者と新聞と云ふ問題には關係があるから述たまでの事である。
 十八世紀の末から十九世紀の始は英國文學史中尤も多事の時である。新派勃興の時である。從來の※[穴/果]窟を打破して新機軸を出さうと云ふので「ウオーヅウオース」と「コルリヂ」が相談をして「リヽカル、バラツヅ」(一七九八年)を出版して滿天下を相手に喧嘩を買た時である。此の文運隆盛の期に際して數多の文學者が必然の勢から段々新聞雜誌に接近してくると同時に新聞雜誌も漸々文學的に傾いて評論は勿論詩歌小説に至る迄が此利器を藉つて世間に紹介さるゝ樣になつた。其勢は滔々として今日迄進で來たが毫も退く景色がない。夫故に何新聞には是が出た何雜誌は是を載せたと一々指摘する暇もないし又實際の所書て居る當人もさう詳い事は知らないから先ざつと一つ二つ掻摘んで述べよう。
 先新聞の方から片付けよう。此時代に新聞に從事した文學者の中には「ハヅリツト」が居る。「モーニング、クロニクル」に戯曲の評論を連載した事がある。「ラム」も居る。一節六片志の割で「モーニング、ポスト」に筆を執た事がある。「コルリツヂ」も其一人である。此人に就ては面白い逸話がある。「モーニング、クロニクル」に關係して居つた時分の事だが或日社長から議會へ傍聽に行つて「ピツト」の演説を筆記して來いと命ぜられた。「コルリツヂ」は早く席を取らうと思ふて朝七時頃から出掛て行つて漸く樓上に座を占めた。占めた事は占めたが待てども待てども演説が始まらない。其内に疲勞と退屈の爲に睡氣が差して遂々「ピツト」が立つて演説をするといふ十分許前にぐつすりと寐込で仕舞た。やがて拍手の音に驚いて眼を覺して見ると今演説が終つたので諸人が喝采をして居る最中であつたから肝心の文句は一言も聞き取らなかつた。然し態々演説を聽きに來て寐て仕舞たでは役目が濟まないから仕方なしに出駄等目な想像を以て筆記を作りあげて素知らぬ顔で新聞へ載せた。處が此筆記が非常に立派な出來であつて「ピツト」の演説も勿論美事なものであつたけれども「コルリツヂ」の筆記には到底及ばなかつた位である。然し世間は何も知らないで新聞通りの事と心得て頻りに評判が高くなつた。時に「カンニング」と云ふ人が「モーニング ポスト」の編輯局へ遊びに來て話しの序でに「ピツト」の演説を大變賞た。夫迄は善かつたがつい口を滑らしてあの筆記者は記憶力よりも脳力の方が餘程善いように思はれるといつたのでとう/\筆記の贋物であると云ふ事が露見して仕舞つた。
 それから雜誌の方で云ふと「ドクインセー」の「オピアム、イーター」「マコーレー」の「ミルトン」「ラム」の「エリヤ」抔が續て掲載される樣になつて其機關も從來の樣なつまらない安つぽい者とは同日に談ぜられぬ者が漸々起て來た。先づ一八〇二年には「エヂンバラ」評論が出來る。一八〇九年には「クオーターレー」評論が出來其他にも「ブラツクウード」雜誌、倫敦雜誌抔云のが段々色々な文學者の創作や批評を世間に紹介した。就中尤目立つて見えるのが「エヂンバラ」と「クオーターレー」である。是は其主筆が新派の「ラム」「リハント」抔と全く相容さぬ守舊派の批評家であつて當時の名家を無茶苦茶に評隲した爲である。取分けて「エヂンバラ」は劇しかつた。「バイロン」でも「ウオーヅウオース」でも「スコツト」でも十九世紀の新詩人とも云ふ可きものは皆劈頭から罵倒し去て毫も怪しまなかつたのは驚く。今では英文學を修むる者の外には餘り「ジエフレー」や「ギフオード」の名を口にせぬけれ共當時は中々な勢力で自らも亦批評界の大王を以て任じて居た。氣の毒なのは作家である。殊に氣の弱い作家である。折角の丹精も苦心も是等の口にかゝつては三文の價値もない樣にけなされて仕舞ふ。「キーツ」の「エンヂミオン」を「クオーターレー」評論で斯云ふ風に評した事がある。「此男は氣の毒だが新派の一人と見える新派とは最も矛盾したる思想を最も奇怪なる言語であらはす一派を云ふ……」又「ブラツクウード」では下の如くに酷評を加へた。「貧乏な詩人よりも貧乏な藥屋の万が増しだらう。何うか詩抔は止めて丸藥でも丸めて居つて貰ふ」。可憐なる「キーツ」は是が本で遂に肺病に罹つたと云ふ人もある。それは「クーパー」が文官登用試驗に心配して氣狂になつたと云ふのと一般で少々穿ち過た話であるが兎に角當時一派の批評家は自分の眼のないのを知らないで無暗に作家に中り散らしたのである。是と同時に又「カーライル」抔と云ふ剛情者が出て來て「ジエフレー」の言ふ事を聽かなかつた話がある。「カーライル」が「バーンス」の論文を草して「ジエフレー」に見せた時に餘り放縱荒誕だと云ふので半分許り削つて殘る半分に潤色を加へ樣とした。すると「カーライル」が承知しない。出さないなら丸で没書にするがいゝ。出す位なら皆出すが善と極めつけた。其所で「ジエフレー」も仕方がないから世間でどんな冷評があるか先づ危險を冒してやつて見樣と云ふのでとう/\其なりで出した。是が今傳つて居る「バーンス」の傳である。
 雜誌の事は此位にして又新聞に戻つて少し述樣。此時分「タイムス」新聞が始めて起つた。是は「ジヨン、ウオルター」といふ親子の盡力で成立した新聞であるが最初の主筆が「ストツダート」であつた。此「ストツダート」が退社する時に適當の後任がない。色々詮索した揚句遂に「サウシイ」の處へ持つて行つてどうか「ストツダート」の後を引き受けて呉れまいかと頼んだ。其時の條件には先づ年俸が二千磅で夫に利益配當をつける。仕事は一週に三四回論説を書く許りであとは只社の方針に關して一般の監督をして呉れゝば善いと云ふ事であつた。然るに「サウシイ」は條件も何も聞かぬ先から眞平御免だと云つて斷つた。後から中間に立つた周旋人に紙面を遣つて縱令どの樣な報酬を受けても田園の居宅を棄てゝ仕慣た勉強を已める氣はないと書いた。尤も此人は雜誌には投書をして居つた男で此時の收入は年に七八百磅のものであつたと云ふ話だ。「タイムス」の主筆となるは總理大臣よりも名譽だと云ふのは現今の諺で當時には適用出來ぬとした處で此時分でも「タイムス」は非常な勢力を有して居たのである。一時他の新聞が何うかして「タイムス」の覇權を奪つて之を壓倒して遣うと企てた事がある。乃ち投書家通信者編輯貝を擧つて「タイムス」に優るとも劣らぬ人のみを蒐集し樣と云ふ計畫を立てゝ金錢に目を呉れずに俊才を網羅し始めた。すると金の威光は恐しい者で今迄「タイムス」に關係して居たものがちら/\と裏切をして味方に馳加はる樣になつたから是なら大丈夫と勇で見たが根つから詰らなかつた。人間も揃ふし論説も雜報も「タイムス」より優つて居るにも關らず「タイムス」は依然として新聞世界を濶歩して切角の經営惨憺も何の利目もなかつた。即ち實質は何うでも御株で賣れますと云ふ地位に達して居つたのだから外の新聞とは新聞が違ふと云ふ新聞であつたのだ。其主筆になつて下されと手を下げて頼みに來たのを「サウシイ」は苦しがりが割前の芝居見物を斷はる樣に無雜作に謝絶したのである。是も一風な男と云つて宜しからう。
 今一つ新聞に就て面白い噺がある。此頃「モーニング クロニクル」に時々「ヂツキンス」の投書が出たが原稿料が安過ぎると云ふので「ヂツキンス」が不平を鳴し出して其極は斷然投書を廢めて自分で一つ新聞を發行して見樣かと云ふ氣になつた。「ヂツキンス」と云へば當時名代の文人である。其「ヂツキンス」が主筆と云ふ振込ならば成功は槌を以て地を撃つよりも慥かな事である。其所で腕の利た人物を招聘し巧者な探訪を傭込み主筆の給料は二千磅以下之に準ずといふ譯で悉皆準備が出來上つた。先づ室内には銀製の墨壺に「ローズ」樹の卓を控へ參考用の書物は魯西亞皮の表装に金の縁を取り小便給使には一樣の仕着せをきせて一寸主筆に手紙を渡すにも銀盆に載せて恭く上ると云ふ樣な丸で御殿風の仕掛であつた。夫で一八四六年正月二十一日に愈「デイレー、ニウス」の初號が發刊になつた。其論説欄には主筆「ヂツキンス」自ら筆を執つて讀者諸君に告ぐと云ふ題目で吾新紙の目的は天下の弊風を一洗し社會の害毒を掃絶して萬民の幸福を鞏固にするにありと滔々と大した勢で述べ立てた。物事が是迄運んで順當に進歩すれば夫ぎりの事であるがさう參らなかつたから可笑い。先づ初號から十號迄は善かつたが愈十一日目に萬民の幸視を鞏固にするといふ意氣込の大將が辟易降參の體で社主の處へ辭職屆を出して自分は到底主筆は務らない是非今日限り御免を蒙る無理に遣つて居ると忙殺されて仕舞からと云ふ仕儀であつた。社主も驚ろいた。切角當にして事業を興した發頭人が十日立つか立たないのに論説を書かないで辭職願を書たのだから一通りの狼狽ではない。漸く「ジヨン フオスター」を後釜に据ゑて「ヂツキンス」は書信を紙上に連載するといふ契約で世間へは矢張り「ピクウイク」の著者が主筆である體に装ふてやつと一時を糊塗し去つた。然し「ヂツキンス」はどうも倫敦に居つては新聞が苦になつて溜らなかつたものと見え匆々行李を理して飄然と「ジネ−ヴ」を指して旅行をした。此旅行先で書初めたのが有名な「クリスマスカロル」である。
 先づ此位な所で結末とし樣。此稿は極めて亂雜であるが一括して云へば初の新聞紙は皆政治的のものである。政治的でないものも文學的趣味に乏しかつたのである。夫が段々發達して有ゆる種類の文學が新聞雜誌の厄介になると云ふ時代になつた。是に連れて文學者と新聞雜誌との關係が漸く密切に成つて來て現今では文筆者で新聞か雜誌に關係を持たないものはない樣になつた。と云ふのが一篇の主意である。
     −明治三二、四、二〇『ホトトギス』−
 
  小説「エイルヰン」の批評
 
 子規も虚子も病氣で健筆を揮ふ事が出來ぬと云ふので例の如く漱石に何でも書けとの注文であるから、何か書かずばなるまい。元來英文學の評判を俳句の雜誌に載せても、興味に乏いのみならず、多數の讀者には嫌厭を來すの恐ある許とは思ふが、是も主筆が病氣である以上は、朋友への義理だと諦めて、黙つて居り玉へ。
 目下英國で八釜敷評判の高い、「エイルヰン」と云ふ小説がある。是は出版になつてから、まだ一年立たない樣に記憶して居るが、非常な速力で流行の度を進めつゝある。漱石の注文したのは、つい二三版の頃であつたに、日本へ到著したのは、十三版のものである。此間或雜誌を見たら、既に十八版に上つて居たから、今ではもう二十版を踰して居るだらう。實に此五六月間週刊雜誌の來る度に、「エイルヰン」新版の廣告の、出て居ない號は寡ない位だ。そこで西洋の小説は、大抵一版に千部宛摺るのだから、假に二十版と見れば、此七八月間に、二萬部賣れた譯である。是に米國(版權所有者が違ふ)で今迄賣た一萬三千部を加へると、隨分な高になる。單に二三萬と云ふと、廣い英米の讀書社會に對して、頗る僅少の樣に思はれるか知れぬが、いくら西洋でも、さう無雜作に捌けるものではない。「キプリング」の小説には、四萬五萬抔と云ふのがある樣だが、其他に是程賣れるのは珍らしい。
 著者は「ヲツツ、ダントン」と云ふ男だ。別段有名な人でもない。一昨年出版になつた「フアーカーソン、シヤープ」の文學者字彙には、一八三二年生とあるから、もう善年齡である。今迄は雜誌記者をしたり、批評家になつたり、又或る時は「アセニーアム」へ詩稿を寄送したり抔して居つた樣に見える。甞て「ロゼツチ」が、此人の詩を賞讃したと云ふ話もあるが、兎に角「エイルヰン」を出す迄は、左のみ有名ではなかつた。
 「エイルヰン」が、どの位世間に歡迎されつゝあるかは前に述た賣高でも分るが、他の雜誌の評論も、幾分か參考にならうと思ふ。或る雜誌では、沙翁の「オフエリヤ」以後、「ヰニー」(卷中の少女)の如き悽絶なるものなし、と云ふて居る。又他の雜誌には、「エイルヰン」は散文にして詩なるものなり。單に小説中の白眉なるのみならず、又文章として上乘なるものなりとある。或は詩人にあらずんは此結構なしと云ひ、或は此書を繙けば、現時に於る驚くべき天才と席を同ふするに異ならず抔と迄賞して居る。
 世間は固より氣の變り易き者だ。新奇を好む者だ。且具眼者の鮮い者だ。此世間を相手にして博し得たる名譽は、何時取り上げらるゝかも知れぬ。小作人たる文學者共は、喜怒常ならぬ文壇の地頭の前に平伏して、一日も借地期限の長からん事を希望するとも、無慈悲なる庄屋は、※[宛+立刀]心※[元+立刀]骨の辛苦を顧みず、卒然として退去を命ずる事がある。「アンステー」の「ヴアイスヴアーサ」はあれ程一世を風靡したものであるが、今日では大抵の人に忘れられて居る。「ベラミー」の「ルツキング、バツクワード」も無論當日の勢はない。「エイルヰン」も此種の現象かも知れぬ。或は是よりも猶果敢なき最期を遂げるかも知れぬ。然し百年の大作も、千年目には蠹魚の腹中に成佛するものである。千年の文章も萬年目には輕塵斷烟に歸するものである。と同時に一年の壽命あるは、一年の好著述である。十年の價聲を保つは、十年の良詩史である。過ぎ去つた一年間に於て、又來るべき?年間に於て、「エイルヰン」が現時の位地を失墜せざる限りは、之を非凡の作と見做して宜しい。此非凡なる小説中には、如何なる人物が出現して、如何なる事件が發展し來るか知らん。
 筋書を述べるのは、長くなり過ぎる恐れがあるが、原書を讀んで居らぬ人に議論ばかりしては、猶更面白くないから、話の續を雜と述べる事に致さう。
 愛の極は唯物論に滿足する能はずして、必ず神秘説に入るぺし。とは「フ※[ヒの小字]リツプ、エイルヰン」の持論であつた。或日其子の「ヘンリ、エイルヰン」を呼んで、己れが先妻の紀念として肌身を放さぬ、金剛石入の十字架を示して、自分が死んだら、屹度此十字架を屍と共に棺に收めて呉れと頼んだ。夫のみではない。「若し我棺を發いて此十字架を奪ふものあらば當人に祟るは勿論其兒女亦家を失ひ食を路傍に乞ふに至るべし」と云ふ自筆の呪文を添へて、是も一所に葬つて呉れと命じた。
 「ヘンリ、エイルヰン」は普通の人間であるから、馬鹿々々敷命令も有つたものだと、竊かに不承知であつたが、偖親の遺言に背くも異な事と心付て、仰の如く葬式を執行した。葬式のあつた晩に寺の堂番が竊かに棺を開いて此十字架を偸んだ。此寺は海岸の崖の上に建てた古刹であつて、其崖は何ぞと云ふと崩れる。頗る危險な場所である。丁度堂番が仕事を終へて此崖際まで來た時に、例の崩壞が始まつて、盗賊は無惨の最期を遂げた。此寺番の娘に「ヰニー」と云ふ少女が居る。其晩は父の命令で海岸を散歩して居つたが、崖の崩れた物音に驚いて來て見ると、恰度目に留つたが例の呪文である。親が惡事を働いて居る中に、風で此所迄飛で來たものと見える。
 「ヰニー」は親の行邊を尋ねたが、毫も手掛りがない、現在己れの父が此恐るべき呪詛を受くる當人であると云ふ事は、一週間の後始めて知り得たのである。岩と岩との間に鯱張つたる己れの父がかの十字架を頭にかけて、恐ろしき面色をして突立て居るのを發見したものは「ヰニー」自身であつた。非常な發作を起して夫ぎり氣が狂つたのも無理はない。親のない氣の狂つた此少女を連れて遠隔の地に居る叔母の在所へ送り屆け樣とした隣人は、「ウエールス」の山中で遂に其人を見失たぎり遂に其踪跡を尋ね得ない。
 「エイルヰン」は「ヰニー」を愛して居る。「ヰニー」も亦「エイルヰン」を慕つて居る。可憐なる少女の行方が知れぬと云ふ話を聞た時に、「エイルヰン」が心の裡に誓つたのは、天翔る鳥、水潜る魚に化しても、必ず「ヰニー」を探し出して廻り合うと云ふ決心であつた。「チヤーレス、キングズレー」の「ウエストワード、ホー」と云ふ小説にも、去る兄弟が女の行邊を尋ねて亞弗利加の果迄行くと云ふ趣向が有つた樣に記憶して居るが、こゝらは別に感心する程の仕組でもない。
 「エイルヰン」が少女の跡を追懸けて、圖らずも邂逅したのが、「ヰニー」と幼馴染のある「シンフアイ」と云ふ「ジプシー」だ。此女は「ジプシー」專賣の幽冥術を信じて居り又心得て居る。そこで此「ジプシー」が「エイルヰン」を「スノードン」と云ふ高山の上へ連れて行つて占ひを立てた。此山の頂で「クルス」と云ふ胡弓の樣な、「ジプシー」特有の樂器を彈ずると、山神の威靈で、尋ぬる人の生靈が現はるゝ、と云ふが古來からの言傳へである。四方は皆翠※[山+章]青巒で何十里となく續いて居る。今上つた太陽は、夜來の靄に映じて瑠璃、瑪瑙、琥珀、色々な光を放つて居る。此時「シンフアイ」は崔嵬たる巖角に坐して例の胡弓をすり始める。「エイルヰン」は湖水の對岸の巖窟に潜んで結果如何と待つて居る。しばらくすると、髣髴として「ヰニー」の姿が濃霧の裏から現はれた。「シンフアイ」は手を揚げて、兩人の頭上に微かに棚引く、拳の如き輝いて居る片雲を指した。是は二人が必ず添ひ遂ると云ふ前兆である。此時「エイルヰン」は唯物論を一歩離れた。
 「ヰニー」は固より眞の「ヰニー」である。只喪心して赤子の愚に歸つて居る許だ。天若し余に此無邪氣なる「ヰニー」を與へば、余は夫にて滿足すべしとは、此時「エイルヰン」の呟やいた獨言である。然し「エイルヰン」の希望は全く畫餅に歸して、再び此狂女を追跡せねばならぬ樣になつたのは、「ヰニー」が突然發作を起して飛鳥の如く巖角を掠めて、行衛知れずになつたからである。
 「シンフアイ」は猶信じて疑はない。金色の雲が出た以上は、必ず再會する、必ず結婚すると主張して居る。然し呪詛に崇られて居る間は、瘋癲病に罹つて袖乞を爲なければならぬ。若し此呪詛を除ふと思ふなら、十字架を父の棺中に歸すより外に道はない。是も「シンフアイ」の意見である。「エイルヰン」は猶半信半疑で居る。且高貴な品物を埋めた事が、世間へ知れゝば、必ず他の盗賊に偸まれるに違ないと、躊躇はしたが氣が濟まない。そこで遂に決心をして、人の知らぬ樣に再び十字架を墓中に收めた。其翌日から不思議にも安眠する事が出來る。是が「エイルヰン」の「スピリチユアリズム」に近付いた第二段である。
 「あそこに美しい女乞食が居る。此雨の降るのに、づぶ濡れで瓦斯燈の下に立つて居る。手に持つて居る、小さな籃を賣る積りかしら。多分氣狂だらう」。血眼になつて、「エイルヰン」が馬車から首を出した時には、其人は既に見えなかつた。「此歌ですか是は此間中こゝらを、ぶらついて居た、「マツチ」賣の娘の歌つてたのを聞覺に覺えたので、何理窟は分らないが調子が面白いから歌つてるんだ」。よく尋ねて見ると、其「マツチ」賣は近頃何處へか姿を隱して、頓と手懸がない。
 茲に當時の畫家で「ヰルダースピン」と云ふものがある。「愛と信」と題する理想畫の書き手と云ふので頗る評判の高い男だ。「エイルヰン」が或日招かれて此大作を觀に行つて驚いた。愛と信との二天使が左右に蹲まる中央に、輕羅の覆面をして屹立して居る女を、誰かと思つて見れば、己れが平素身命を賭して捜索して居る、「ヰニー」自身の肖像に外ならない。此「モデル」は去る珈琲賣の娘であつた。少し脳の作用に異状はあつたが、寫生に差支へる程でもなかつた。が或日偶然父親の事を尋ねた時怖るべき權相をして卒倒をした。其が此娘の最後の發作である。今では既に此浮世の人でない。と云ふ顛末を逐一畫師より聞いた時の「エイルヰン」の驚と悲と失望と殘念とは、固より想像するに餘ある。原書には落膽の極、日本へ漫遊に出掛樣と迄決心したと書てある。妙な所へ引合に出された日本は難有い仕合だ。
 「エイルヰン」は再び「シンフアイ」を訪ねて、又胡弓を鳴らして「ヰニー」を幻出させて呉れと逼つた。畫家既に死せりと云ひ、珈琲賣既に死せりといひ、同住の少婢既に死せりと云ひて、其葬られたる墓地迄目撃したる「エイルヰン」が、何故に萬一の望を胡弓の哀絲に繋いで、瞬時の幻影を「スノードン」の山巓に垣間見んとするのであらう。「エイルヰン」は益唯物主義を離れてくる。
 「シンフアイ」は猶信じて疑はない。金色の雲が棚引た以上は、「クルス」を彈じて生靈が出た以上は、十字架を棺に收めた以上は、「ヰニー」は必ず生きて居らねばならぬ。二人は必ず結婚せねばならぬ。と思ふて居る。其思ふて居る事が命中したから妙だ。「ウイルダースピン」の朋友に「ダーシー」と云ふ畫師がある。平生から「ヰニー」と珈琲賣の老婆とは眞の親子でないと云ふ、鑑定をつけて居つた。「ヰニー」の死を聞くと、すぐ珈琲賣の住で居る裏長屋へ馳け付たものが此「ダーシー」である。見ると婆さんは酒を喰つて前後正體なく寐込んで居る。其向ふに「ヰニー」の死骸が寢臺の上に轉がつて居る。然し「ヰニー」の容貌を熟く視ると、どうも死んだらしくない。若しや發作の烈いのではあるまいかと疑つて居ると、「ヰニー」は不意に眼を開けて正氣に戻つた。今「ヰニー」を連れ出しても、自分の子でないに極つて居るから、此婆樣が事を荒立る恐はない。もし親類縁者が尋ねて來て救ひ出したと思へば、それなり泣寢入になるに相違ない。「ダーシー」は斯う考へたから竊かに「ヰニー」を連れ出して長い間自分の寓居へ隱して置た。それから或醫者に「ヰニー」の病氣を癒す工夫はあるまいかと相談をかけた。夫はある。發作の烈しく起つたとき、磁力を用いて病を他人の身體に移せばよい。尤も健康體であれば、さしたる害もないが、誰も進んで人の病氣を引き受けるものはあるまいから、餘程六づかしい治療法だとは、其醫者の答であつた。此時自ら進んで「ヰニー」の病を自己に感染せしめて、此少女を本復させたのが「シンフアイ」である。夫から「シンフアイ」は「エイルヰン」を「スノードン」の頂上に連れて行つた、「ヰニー」も連れて行つた。其昔し二人が會合した場所で、再び二人を會合せしめた。自分は例の胡弓を取つて最後の一曲を奏して、二人に別れたぎり姿を隱して再び見せなかつた。(人の病氣を磁力の力で傳染せせる抔は、此場合には頗る面白い思ひ付だが。よく覺えて居らんが、慥か「コリンス」の「ムーンストーン」か「ウマン、イン、ホワイト」にも同じ樣な斬新の趣向があつた樣に思ふ。是は或人が夢中不意識の際に色々事を爲る、(英語で「ソムナンブユリズム」と云ふ)病氣に罹つて、貴重な寶石を盗んだ事から騷動が起つて、愈病氣で盗だのか、又は惡意があつて取つたのかと云ふ事を確める爲め、同一の場所、同一の時、凡て同一の事情の下に、本人を試驗に懸けて見た。但寶石の代りに三文の價値もない石か何かを入れて置た處が、矢張夫を盗んで寶石を盗んだと同樣の所へ隱したので、愈病氣である事が列然して騷動が落著したと云ふ趣向である。單に巧と云ふ點から見ると、「コリンス」の方が優つて居る樣だ。)
 以上は雜とした話の筋道である。卷中の人物で第一に目に著くは、「シンフアイ」だ。是は唯の女ではない「ジプシー」である。單に「ジプシー」と云ふ丈で既に詩趣を帶びて居る。古代印度より移住して欧洲に蔓延し、現今に至る迄、諸方を漂流して、到る所にて幕を張つて生活して居る「ジプシー」である。人相手相身上判斷を特有の技術とする「ジプシー」である。次に喪心狂氣せる「ヰニー」が居る。富貴を賭し身命を賭して「ヰニー」を追跡する「エイルヰン」が居る。「エイルヰン」の父に「シユエデンボルグ」宜しくと云ふ神秘學者が居る。次に出て來るのは三名の畫家だ。畫家であるが徒らに潤筆料を食つて金粉紺泥を塗抹する族ではない。一人は世の拘束を逃れんが爲に身を丹青に委ねたる「ボヘミヤン」、一人は亡母在天の靈の庇護に由り吾理想に適ふ「モデル」を發見し得たりと信ずる奇人、殘る一人は失戀の極現世の物質主義を棄てゝ唯神論に傾いたる思想家で、三人共多少超然たる所がある。此數人を除いては幾んど他の人物は出て來ない。言を換て申せば「エイルヰン」中の人物は皆雅である。俗氣がない。銅臭がない。皆一拍子變つて居る。
 此數人の活動する場所が又面白い。彼の「ウエールス」一の高山と呼ぼるゝ「スノードン」が、※[山/卒]※[山/律]として地を拔く三千五百尺の山巓か、若くは山腹、若くは山下の小村が重なを舞臺である。時に現時の「バビロン」と云はるゝ倫敦の光景に接せざる事もないが、十字街頭車馬※[(目/木)+危]※[兀+危]の音を聞かせらるゝ事はない。高樓の夜宴電光青煙の下に、燕姫趙女の舞踏を拜ませられる事もない。倫敦と云へば俗であるが、繪師の畫室は倫敦でも椅別風流なものである。「カンヴアス」や「イヽズル」や愛と信仰と云ふ畫題の説明を承る丈なれば、倫敦と雖煤煙濃霧俗氣罪惡と聯想する必要がない、のみならず却つて※[金+蠖の旁]湯冷處ありの趣がある。
 次に一篤の結構が面白い。事の起りが呪誼即ち「カース」だから奇だ。日本で呪詛と云ふと、法印か修驗者或は丑の時詣りの專賣の樣であるが、西洋では誰にでも出來る事になつて居る。彼人に災難の降れかしと念ずる一心は、必ず應報のあるものとの考が通俗にある。現に聖書の一卷目から「カース」と云ふ字が出て居る。「ジエーコツブ」が父を欺いて滋味を勸めたる罪により父の爲に呪詛を受けはせぬかと掛念したと云ふ話しがある。「デクインセー」が「アン」の行邊を捜索して、遂に再會の機を得なかつた時に、古昔父の呪詛が必然の運命を以て、子に及ぶと信ぜられたるが如く、余が此女に對する重視の祈念も、山を踰え海を踰え、若くは十圍二十圍の重關を踰えて、倫敦の鬼窟裏に入れ、若し鬼窟裡に入つて尋ね得ずんば、三尺の墓標の下を潜りて、九泉の底に彼女を救へかし、と書いてある。「カース」に對する觀念は斯樣な物であるが、十九世紀の今日に、呪詛を骨子にして小説を作らうと思ふものは、一人もあるまい。「コルリツヂ」の三人の墓と云ふ詩に、母の呪詛が娘に及び、娘の夫に及び、又夫婦の媒介をした女に及んで、此三人が快活から幽鬱に、幽鬱から沈衰に赴く所が敍してあるが、是は詩である。而も「コルリツヂ」の詩であるから、例外と見なければならぬ。苟も物質主義進化主義の横行する今日に、古昔の迷信たる呪詛を種にして小説を書いたものは此男許だらう。種にし樣と思つても、種にならなければ夫迄であるが、種になれば甚だ愉快に違ない。灰吹から蛇と云ふて、人が笑ふが、笑ふのは出ないと云ふ事を假定した上の話である。出た日には面白からう、愉快だらう。「ダントン」は首尾よく灰吹から蛇を出したのである。理に凝るときは人情を没却すると同じく、情の切なる時は理を忘るゝものである。古今の名畫名文には不理窟千萬なるものが多い。北宗派の人物には口から仙人を吹き出したり、鯉の背に跨つて天上する所などがある。「カリバン」も「エリエル」も退いて考へれば馬鹿らしい空想に過ぎない。然し其畫其文を翫味する際には、少なくとも其不條理なる事を忘れて居る。即ち滿身が情化して、理の付入べき寸隙がない。展覽通讀の際、理が頭を提げて、動ともすると冷笑したがるのは、作其自身が不理なる爲ではなくて、情に訴ふる力が足りないからである。固より兩方を滿足させ得れば其が善からう。然し二者其一を擇ばねばならぬ時には、蛇を出さうとも、呪詛を種に仕樣とも、不都合だと思ふ餘地がない位に、讀者の情を動かし得ればそれで成功したと云はなければならぬ。
 次には此小説の長短である。英國の小説を讀んで第一に驚かされるのは、非常に長たらしいと云ふ事である。無論短いのもあるが、十八世紀より今世紀へかけて出版になつた大部分の小説は皆冗漫なものだ。少くとも無用の篇を省いて、此半分につゞめたら善ろと思ふ位である。尤も前方は三卷小説と云つて、小説は必ず三卷で出版するものと書肆も讀者も豫想して居つたのだから、穴勝著者を責むる譯には行かないが、其弊は單に興味を殺ぐに過ぎない。十のものを一から十迄書くのは明瞭に違ないが、云はゞ教科書的である。自然の勢として趣味に乏しくなる。著作を翫昧せしむると云ふ以上は、十の中を八分通敍して、殘る二分を讀者が想像力を用うる餘地として存して置かねばならぬ。小學校の兒童ですら己の脳力を用いて問題を解釋する事を喜ぶ。詩歌美文を手にする、少しでも想像力のある者は讀誦の際此力を使用するが爲め、一層の興味を感ずるに違ない。現に修辭學で擬人法比喩法其他一切の手品を發明したのは、皆讀者の想像力を働かしむる道具に過ぎない。就中敍述の際幾分の空間を割て讀者の情解に一任するのは、作詩作歌に必要なる方法である。從つて詩は散文よりも短い。「ミルトン」の失樂園抔は隨分長いには相違ないが、之を散文に直したら、少なくとも二三倍長いものになるだらう。故に散文を詩化するには、無用の敍事を省かねばならぬ。有用の敍事も讀者の想像力に訴へて解釋し得ると思惟する限は省かねばならぬ。「エイルヰン」は四百七十餘貢の大冊子である。無論現時流行する短篇小説の如きものではない。然し其内容の複雜なるに比して毫も冗漫の弊がない。讀み去り讃み來つて一篇も無用だと思ふべき所がない。
 卷中の人物が斯の如く、人物の働く舞臺が斯の如く、一篇の結構が斯の如く、繁簡の程度斯の如くなる故に、「エイルヰン」は小説にして尤も詩に近きものである。此數者を兼ねざれば小説にならぬ、とは云はぬ。又良き小説にならぬとも云はぬ。然し尤も趣味ある小説にはならぬと斷言しても宜からう。
 前に述た如く、此小説は全く「フ※[ヒの小字]リツプ、エイルヰン」の呪詛が發展したものと見て差支ない。然し之を説明するのに二つの解釋がある。第一は呪詛其物の功力で此丈の結果が生じたと解釋する。即ち「シンフアイ」の固執する所である。第二には全く幽冥世界と關係なく、只外界の因果物質的變化と見傚す。即ち主人公「エイルヰン」の觀察法である。二者の中孰れが正當なる解釋であらうか。理より云へば「エイルヰン」正しかるべく、情より入れば「シンフアイ」が優つて居る。抑も愛は情の熱塊である。理を以て伏し得るの愛は、單に其度の高からざるを示すに過ぎぬ。今「エイルヰン」の「ヰニー」に對する愛は合理的の解釋に滿足して諦め得る程冷淡なものでない。「エイルヰン」は強て理窟上の説明を求めて、一歩毎に理窟に遠かる。恰も水に溺れたる者が、滑かなる岩の上に立たんと試むる毎に、深き方へと流さるゝ樣なものである。「エイルヰン」の解釋が事實の上に於て誤つたと云はんより、「シンフアイ」が精神的に「エイルヰン」を屈伏せしめたのである。或は理情の戰爭に理が敗北して情が勝を制したと云つても宜い。
 「エイルヰン」は愛に耽溺したる結果、遂に迷信家に變じたので、局外から見れば一の愚物に過ぎない、と云ふ人もあるだらう。成程「エイルヰン」の愛は理を没却する丈其丈過度のものかも知れぬ。然し愛の觀念を取り去つて考へた處で、「エイルヰン」は矢張「シンフアイ」の奴僕となりはすまいか。理は進むものである。情も變遷するに違ひない。然し理と手を携へて竝行に進むものではない。太古結繩の民と※[さんずい+氣]車※[さんずい+氣]船に乘る吾々とは、理に於て非常な差があるかも知れぬが、情より論ずれば夫程の差はあるまい。近い例が十四五年前に言文一致の議論が大分盛な事があつたが、議論許りで眞面目に試みた者は餘りなかつた。尤も中には「發矢! 空蝉の命御覽なさい噛まれて居る亂髪の末一二本」と云ふ樣なるが出はしたが、其位で餘り世間に流行はしなかつた樣だ。是は理論上言文一致に反對しない者でも、感情の上から在來の習慣を破るのが何となく厭で有つたのだらうと思ふ。然るに當時の理論が、昨今に至つて漸く感情と融和したものと見えて、近頃では言文一致と出掛ても餘り攻撃者も無い樣だし、亦隨分此文體を用うる人もある樣だ。是が即ち感情が理に後れる一例である。人々別々の場合でも此通だと思ふ。我々世の中に幽靈はない者と承知はして居るが化物屋敷へ好んで住む人は容易にない。生死は意に介するに足らずと推論斷定した處で地震の時には一番早く逃出度なる。心の欲する所に從つて規矩を脱せんと云ふのは聖人の事で、理情がひたと合した難有境界である。我々凡夫の理と、凡夫の情は常に鉢合せをして居る。鉢合せをしない迄が、同樣の速力で進行しては居ない。理は馬の如く先へ行き、情は牛の如く鞭ども動かない。
 偖人の言語動作は、己の知り得たる理に基かずして、己の養ひ得たる情に基くものである。日清戰爭の當時如何に御禮御守の類が流行したかを知れば、如何に吾人の感情が幼稚にして、又勢力あるかを知るに足るだらう。「キプリング」の先祖の墳墓と題する小説中に、印度の「ビル」と云ふ種族が、英國の一士官を神と信仰するのみならず、此士官が夜々虎に騎つて村中を練り歩く、と云ひ觸すので、其士官が大に迷惑した、と云ふ事が書てある。吾人の情は遺傳修養の結果として此「ビル」に程遠からぬものである。吾人感情の程度斯の如く、吾人感情の有力なる彼が如くんば、「エイルヰン」が次第々々に「シンフアイ」に感化せられるのは、固より自然の數である。
 若し理を以て論ずれば、堂守が落ちたと云ふ崖は、始終、崩壞の恐のある場所であるから、別段の不思議はない。迷信のある娘が、親の罪惡と變死を一時に發見して、之を呪文と聯想する以上は、氣狂になるのも不思議はない。「ウエールス」の山中に彷徨して居つたものが、己の好な音樂を聞て、其傍に出て來るのも不思議はない。空には色々の雲が出る。金色の手の形をした雲が見はれたとて不思議はない。父を失ひ家を失ひ朋友を持たぬ狂女が、袖乞をして歩行く事も不思議はない。歇斯垤里が全癒したのも、醫者が科學的治療を加へたのだから不思議はない。此數者は皆呪詛と關係はない。讀者は定めて斯う解釋するだらう。「エイルヰン」自身も斯う解釋したのである。解釋はしたが安心が出來なかつたのである。強て安心仕樣として失敗したのである。讀者若し「エイルヰン」の地位に立たば、假令主人公の如く遠く「ジプシー」の血統を引かずとするも、此理窟的解釋で滿足し得たであらうか。理の勝つ時には情の勢力を無視し易きものである。又情の理に後るゝ事を忘却し易きものである。一概には申されまい。
 かの「ダーヰン」傳を草したる進化論者、「グラント、アレン」の小説に、「立派なる罪業」と云ふのがある。是は己の意志に背いて見込の立たぬ夫に嫁いだ婦人が離婚する事の出來ぬ場合には、才識ある男子に情を通じて其子孫を世に遺すのが、女子たるものゝ義務本分である、と云ふ主意を發揮した驚くべき小説である。日本で斯樣な書物を著さうものなら、直發費禁止になるか、又は非常な攻撃を受るに極つて居る。成程進化主義から論ずると、「アレン」の考は不理窟とは云へぬ。人類の發達が果して進化主義に支配せられるならば、吾人の道徳に對する理論も此所に歸著するかも知れぬ。否今日でも一部の人には是が正理であるかも知れぬ。然し吾人の感情が此議論と渙釋一致して、毫も桿格なきに至るは、千年の後であらう、萬年の後であらう、何時迄待つても終に來らぬかも知れぬ。
 理の強い時に考へると、「アレン」の方は奇を好んでは居るが全く不條理ではない。「ダントン」の方は不思議な丈其丈馬鹿々々しい所がある。然し文學は情に訴ふるものであるといふ事を思ひ、吾人の情は如何に幼稚であるかを思ひ、又情の極即ち愛の前には如何なる條理も頭が上がらぬ事を思へば、「アレン」は失敗して、「ダントン」は成功したと云はねばならぬ。
 冥々の裡に「エイルヰン」を束縛して、之を迷信的に感化したる「シンフアイ」は、固より無學無教育の一少女である。軟草を茵席とし、星斗を屋梁とする、流浪組の一人である。「ジプシー」の遺傳と「ジプシー」の習慣を襲ぐ彼女の思想は、頗る迷信的なると同時に大いに詩趣に富んで居る。蕭瑟たる秋風は、一種の言語となつて彼女の鼓膜に響き、蓬勃たる行雲は、有意の讖兆として彼女の眸底に映ずる位だ。「此墓の上には菫が咲て居るから、是は小供か娘の墓に違ない。小供か娘でなければ、中々死んでから春の花にはなれない」。是が「シンフアイ」の語である。「良心? 良心抔と云ふものは知らない。只胸の中の蛇が噛むので痛むのだ」。是も亦「シンフアイ」の語である。夫だから「スノードン」の山巓に、金色の雲影を認めて以來、「エイルヰン」と「ヰニー」とは必ず結婚するものと信じて疑はない。「ヰルダースピン」の證言に關はらず、「ガツジヨン」の主張に係らず、四百七十餘頁を通じて、此信力は毫も撓んだ事はない。幾多の小理窟小議論を躁躙し去り、※[足+易]翻し來つて、※[山/疑]然として一尺も動かぬ有樣は、恰も三千五百尺の「スノードン」が、高く雲表に屹立して、岳麓に風雨の咆吼するを意に介せざるの觀がある。此女丈夫に對すれば、「エイルヰン」の心身は、正に浮標の春潮に漂ふに異ならない。細長い糸瓜の朝嵐に搖蕩する樣なものである。此信力は學問の結果であらうか。「シンフアイ」は無學文盲の女である。教育の結果であらうか。「シンフアイ」は無教育の女である。無學無教育の「ジプシー」であるから、學者紳士貴女令孃の夢にも見る能はざる信力を有して居るのだ。
 此信力あるが故に、一事に遭ふ毎に截然と處理して、毫も遲疑する所がない。人の爲に奔走するも盡力するも、皆肺腑中より迸出するので、決して深思熟慮の結果ではない。壹圓や貳圓の金を借すのに、篤と勘考致した上で抔と云ふのとは雲泥の差である。「ヰニー」の病を己に移して、可憐なる少女を病魔の暗窟中より救ひ出した時、「エイルヰン」に對する自己の戀情を殺して、二人の相思を完からしめた時に、理窟好の讀者は必ず疑ふだらう。「シンフアイ」は二人に對して斯程の親切を志すべき義務があらうかと。義務? 義務抔は「シンフアイ」の知らぬ事だ。又知る必要のない事だ。先祖代々の厚禄を頂戴して居るから、御思報じの爲め、御馬前で討死せずばなるまい。是が義務的の善行である。隣から菓子折を貰つたから、返禮に玉子の箱を遣らずばなるまい。是が義務的善行である。「シンフアイ」の胸中には損得を量る桝目はない。輕重を權る天秤はない。利害を標準にして親切を出したり引込ましたりする、さもしい根性は持たぬ。
 「異日白人あつて、來つて汝を惱殺する事あらん」とは「シンフアイ」の母が「シンフアイ」に遺したる豫言である。「白人に惱殺せらるゝ前に自ら脳蓋を碎いて已まん」とは其時「シンフアイ」の答であつた。「スノードン」の山下に邂逅してより山巓に永訣する迄、彼女は曾て一たびも其愛情を「エイルヰン」にほのめかしたる事はない。顔色にすら出さなかつた。「エイルヰン」自身も、最期の離別を敍する眞際までは、露程も此女の心事を察し得なかつた。富貴爵位に誇るものは固より言ふに足らない。彼の學問に誇り、經驗に誇り、才智に誇るものに、此少女の眞似が出來樣か。教育ある髯男も此に到つて遂に「シンフアイ」の後塵を拜せざるを得ない。
 「エイルヰン」と「シンフアイ」は卷中主要の人物であつから、其性格に就て聊か妄評を加へた。其他の人物に就ても、評すれば評すべき材料はあるが、詰らぬ事を此位書けば澤山だから、是で結末とする。
 著者の考と評者の考とは必ず一致するものではない。評論其物が精確であれば、著者は之に對して郢書燕説の不平を持込むべき次第のものでない。鳴雪や子規が頻りに蕪村の句を評して居るが、銘々區々である。時としては何れも蕪村の意を得て居らぬかも知れぬ。然し批評さへ面白ければ、解釋が二通あらうとも三通あらうとも構はない。若し蕪村が不承知なら、自分の句にして文字は同じいが意味は違ひます、と濟して居ればよい。漱石の批評も固より著者と相談したのでないから、當つて居るか當つて居らぬかは保證しない。但し批評其物が諸先生の俳句に於る如くうまく行かないから餘り威張れない。※[女+尾]々數百言終に是一場の※[口+(合/廾)]※[口+藝]に過ぎない。著者も飛んだものに捕つて定めし迷惑だらう。著者へは氣の毒だが子規と虚子へは申譯が立つ。(七月二十七日稿)
      −明治三二、八、一〇『ホトトギス』−
 
  マクベスの幽靈に就て
 
 自然の法則に乖離し、物界の原理に背馳し、若くは現代科學上の智識によりて闡明し難き事物を收めて詩料文品となす事あり。暫く命名して超自然の文素と謂ふ。此文素の要用にして操觚者の閑却し能はざる所以を述べ、或は假令必須の文素ならざるも、猶詩壘の一角に據つて優に科學の包圍を冷瞰したる理由を論ずるは、頗る興昧ある問題にして學徒研鑽の勞に價するものなり。
 悲劇マクベス中に出現する幽靈は明かに此文素に屬するものなり。故に之を詳論せんとせば先づ如上の問題に明確なる解決を與へざる可らずと雖、茲に之を究覈するの餘地なきを以て略す。辨證は暫く措く。一言にして言へば余は窈冥牛蛇の語、怪癖鬼神の談、其他の所謂超自然的文素を以て、東西文學の資料として恰好なりと論斷するものなり。此論を讀む者は之を讀むの冒頭に於て、先づ余の此論斷に左袒するか、又は之を假定せん事を要す。若し然らずして徒らに幽靈の登場の可否を擬議思量せば、索然として遂に落處を失せん。
 マクベスは功利の念に急なる人なり。想像豐贍にして詩趣に富めるの人なり。門を出て左する事一歩、遂に馬首を回らして右する能はざる人なり。否右する事を知らざる人なり。精力一代に絶するにあらざるも、豪|毅《〔?〕》市井の庸兒を凌ぐに足る人なり。後事を商量して一己の康寧を計るの策に於て賢明なりと云ふを得ざるも、己が目的を達するに自家賦稟の推理工夫を費やす人なり。其畫策の拙其經營の陋なるにも關せず、天分の考慮を回らし得るの人なり。劇裡悲惨の事皆此性格を回轉して發展し來る。主公先天の性亦此鬼哭裡の状況に呼應して其全斑を露出し來る。彼の人を殺すや、三たび。榮耀の夢は枕に就かざる彼の身を追ひて弑虐を現實にするの已を得ざるに至らしむ。空中一口の匕首、彼を導いてダンカンの閨帳爲に紅なり。彼は其君を殺す者なり。慈仁なる其君を殺す者なり。其君を殺さんと欲して之を遂行し得たる者の感果して如何。彼は今更に其心の平かならざるに驚けり。耳邊に語あり、汝眠る能はずといふ。雙手に血痕あり、湖海萬斛の水を傾くるも之を洗ふに由なきを知る。唯彼は眠らん事を要す、又其血を滌はん事を要す。之を要するの極之を得るの術を講じて進むに路あり退くに道なきを覺る。地下に眠るの安きを知らず、己が血を以て吾罪を洗ふの易きに就かざりし彼は、飽く迄も人の眠を奪つて眠らざれば已まず、人の血を濺いで吾手を清めずんば已まず。是に於てか二度び人を殺し、三度人を殺す。ダンカンを弑して眠る能はず、故にバンコーを殺す。バンコーを殺して其手益赤し、故にマクダフの一族を屠る。首に一歩を誤りたる彼の欲する所は只靈精一點の安慰にあり。此安慰を得るの唯一手段として彼の選びしは殺人術なり。彼は此術を講ずる上に於て、又之を實行する上に於て終始一貫して渝らざるものなり。ダンカンを殺すの後、バンコーを殺すの夜、大饗の席宴樂の堂に於て彼の有名なる幽靈は場に上り來る。其現出する事前後二回。後代の學者之を論評する事審かにして異説亦交も起る。或はいふ前に出づる者はダンカンの亡靈にして後に現はるゝ者はバンコーの幽鬼なりと。或は云ふ前者こそバンコーにして後者はダンカンなりと。第三者は即ちいふ、前なるも後なるもバンコーの怨靈に別ならずと。此一篇の主意は諸家の論辯を批評して、余が幽靈觀を演述し歸着し得たる斷案を具して、大方の教を乞はんとするにあり。
 今此考案の要領を明かにし、塗抹汚染の弊を避けんが爲に之を三個に區別し、順を逐ふて之を解決せんとす。一、此幽盛は一人なるか、又二人なるか。二、果して一人なりとせば、ダンカンの靈かバンコーの靈か。三、マクベスの見たる幽鬼は幻想か將た妖怪か。第一と第三は單に第二に附帶して生ずべき疑問に過ぎず。此考案の根蔕とも見るべきは、第二に在つて存す。
 (一)、諸家の論評中ダンカンを離れ、バンコーを離れて、單に此幽靈は一人なりや將二人なりやを説ける者なし。從つて學者の説を擧げて之を辯ぜんとする時は勢ひ第二の問題を犯さゞるを得ず。只ナイトとシーモアあり、一言之に及ぶ。ナイト曰くマクベスが宴に臨んで、バンコーの在らざるを惜む其剃那に於て、バンコーの靈が再び〔二字右○〕場に上り來るは、藝術の極致にあらずと。シーモア曰く同一の幕に、同一の物が再現したりとて、畏怖の念、惱亂の度をいくばくか高めなんと。是其幽鬼の何物たるを論ぜず、少時間内に於て同一の亡魂が兩度出現するは美的ならずとの意見に外ならず、吾人をして二人の言に首肯せしめんとせば豫め吾人をして同處に同事を再度繰返す事の非なるを認識せしめざるべからず。而も吾人は此命題の眞なるを疑ふものなり。重複を避くるの美なると等しく、重複其物も亦美なる事あればなり。文藝は感興を惹くの具なり。詩歌行文にして感興を催さゞらんか、重複を避くるも何の益あらん。若し重複あるが爲に精彩一段を添へ、滋味半※[巒の山が肉]を加ふるを得ば、重複は多々益辨ずるの具にして、文藝の極致時有てか是に存す。詩に韻脚あるは、一種の意義に於て重複なり。文に照應ある亦一種の意義に於て重複なり。修辭に「クライマツクス」あり。是亦一種の意義に於て重複なり。小説に主人公あり、女主人公あり。全篇を貫串して出頭し來る。明に一種の重複なり。故にマクベスの亡靈に就て吾人の考慮すべきは、其重複するや否やの點にあらずして、重複せば感興を毀損するや否やの點にあり。今一歩を讓つて重複は非美なりとするもマクベスと亡靈との關係は、純乎たる重複にあらざるを如何せん。ナイトとシーモアは只亡靈のみを眼中に置く。故に同一の亡靈が再度出現するを見て重複なりと判ず。然れども此光景の燒點は亡靈のみに存せざるを如何せん。マクベスは劇中の主人公にして、且此光景の主人公なり。滿堂の觀客はマクベスを中心として視線を茲殺人漢の心意、表情、言語、動作に凝集す。もしマクベスの心意表情言語動作にして、第一の靈を見るときと第二の靈を見るときに於て、寸毫の差異なく、而して寸毫の差異なき亡者が再現するとせば、是眞の重複なり。去れども吾人の心意は瞬間に流轉し、刹那に推移す。流るゝ水の舊時に似て舊水にあらざるが如し。尋常茶飯裏の生活猶此の如し。況んや詩的なるマクベスをや。又況んや衷懷平衡を失し危機眼前に逼る彼の境遇に於てをや。必ずや彼が心の機微に動きて外に搖曳する所のもの或は、其程度に於て或は其種類に於て前後變化の觀客に認めらるゝものあらん。吾人が全幅の中心として、活畫の主人公として凝視諦觀する、マクベスの上に如上の變化ありて、場中の客皆其變化を認め得るとせば、幽靈の重出は單に副景の重出にして、全般の興懷に關する事なし。加之其配物なる幽靈の重複すら、無意義の重複にあらずして、燒點に活動するマクベスの心裏に反響する事、新たに異樣の幻怪を挿入して一點の凄氣を綴るに優ること疑を容る可らざるに似たり。(第二問に説く所を見よ)若し夫れ人ありて余に告げて、リチヤード三世は十一人の男女を殺して、十一人の靈魂を見たるが故に、ダンカンとバンコーを殺したるマクベスも、亦二人の幻怪を堂中に認めざる可からずと云はゞ、答へて云はん十一人の男女は各自の意向に從ひてリチヤードの枕邊に立ち、マクベスの毒手に斃れたる三者の二人は、無精にして冥土より娑婆に出で來るを面倒と思ひしが爲ならんと。
 (二)、幽靈の一人にして事足るは、前に述べたるが如し。去らば其一人の幽靈はバンコーかダンカンか。是次に解釋すべき問題なりとす。
 千八百三十六年コリアー沙翁に關する一書を著はして、醫師フオーマンの記録を公けにす、其中千六百十年四月二十日の條に此悲劇に關する記事あり。蓋し彼は當夜グローブ座にてマクベスを觀、歸つて其状況を草したるなり。其一節に曰く此夜マクベスは大に臣僚を會して宴を張り、バンコーも此席にあらばなど殘り惜氣なる樣なり。偖てマクベスは諸人の爲に祝杯を擧げんとて席を立ちけるが、其ひまに幽靈は席に入りて、マクベスの背なる椅子に坐しぬ。マクベスは再び席に復らんと振り返りて幽靈と顔見合せ、畏怖と憤怒の餘りバンコーを殺せる事に就きて喋々しければ、諸人も始めてバンコーの此世にあらぬを知り、果はマクベスを疑ふに至りぬ。此記録によりて事實上疑問の一半は解釋せられたりと云ふも不可なきが如し。去れども事實は事實なり。劇の興味が事實以外に於て増減し得るとせば、之に向つて論評を加ふるは、批家適當の義務にして、且フオーマンの記録は單に事實前半を摘出したるに過ぎず、是に於でか諸家各自の意見を闘して相下らず。
 第一の幻怪をダンカンとなし、第二の幽魂をバンコーとなす者あり。シーモア及びハンター是なり。前者云ふマクベスの良心を刺戟し、其非學を悔いしむるものは、慈仁寛厚のダンカンか、將た同輩なるバンコー
かと。思ふに此説をなすものは吾人の心理作用を知らざるものなり。人大事を忘れて小事を念頭に置く事あり。父母の病に走らずして碁に耽るが如し。眼前の丐兒に半錢を與へて、故郷の妻子を閑却するが如し。半夜火あり汝が家に逼るとき、汝の意識は此火災の爲に占領せらるべきか、將た去年破産せる汝の銀行にあるべきか。火災は一時の害、破産は終生の厄なり。若し大小を以て之を論ぜば、兩者固より軒輊するの價値なきものなり。然れども汝の心は此を忘れて彼に赴くは何ぞ。目前の急なればなり。今ダンカンとバンコーの差は近火と破産の差の如く甚しからず、而して眼前の急は兩者共に同じ。マクベスの胸裏、大なるダンカンを忘れて、小なるバンコーを畏る。是理の當に然る可き所なり。彼又云ふマクベスの妖怪を罵る話中に if charnel-houses and our graves etc.の語あり。若しダンカンを指すにあらずんは此語妥當ならず。ダンカン先に死して今既に墓中の人なり。故に「墓を出る」云々の文句に適中すれど、バンコーは今死せるのみにて出づべき墓もなく、見捨つべき塚もなし。若し今幽靈をバンコーなりとせば、此句は如何にして説明するを得んと。此説固より一理なきにあらねど、要するに文字上の理窟にして、酷評を下せば、言句に拘泥せる訓詁家の説といふべし。マクベスは前に述べたる如く詩趣に富める人なり。故に其言語の情に激して噴薄するや、常に天來の警句となつて流出し來る。彼の charnel-house の一語のごときは尤も其奇拔なるものなり。墓は常に死と連想せらるゝものなり。今死せる者が幽鬼となつて娑婆世界を彷徨するとき、詩的に之を形容して墓死屍を吐くといふ。既に其適切なるを見る。其死屍の葬られたると葬られざるとは吾人の問ふ所にあらざるなり。單に吾人のみならで之を口にするもの自身の問ふ所にあらざるなり。且つ此思想たる沙翁に在つて珍奇ならず。「ハムレツト」中に
 “The graves stood tenantless,and the sheeted dead
  Did squeak and gibber in the Roman streets”
なる句あり。去れば既に死したるものゝ幽靈を漠然と、「墓より出で來る」と云へりと見て不可なきが如し。彼又云ふ、マクベスの夫人に告ぐる語中に If I stand here I saw him なる言あり。夫人は此時未だバンコーの死を知らず。知らざるものに向つて單に him と云ふ、何等の意義なし。故此 him なる名詞は夫人の共謀して弑せる、ダンカンに外ならずと。此説又事機に通ぜざるの論なり。人を見て法を説くは日常談笑の際にのみ行はるべき法則なり。即ち吾人が言語の方便を用ひて其意思を人に通ずるときわが言語の對手に了解せられ得るや否やを考へ之を斟酌し之を撰擇し得るの餘裕ある場合にのみ適用すべきものなり。咄嗟倉率の際は、人唯己れのみを顧慮するに過ぎず。念頭一微塵の人に關するあるなし。焉んぞ他の吾を解すると否とを問はんや。昔し一友あり、英人某と爭ふ。爭ふとき彼の片言隻辭を聞得ず。而して彼は平生此英人の授業を受け、日々其講義を筆記せる男なり。見るべし此講師は平生の手加減を忘れて驀地に吾友に吶喊したるを。今マクベスの場合如何と考へよ。彼は平生のマクベスにあらざるなり。情緒惑亂し心胸鼓動す。彼の脳漿は沸々としで聲をなす。是時にあたりで直ちにバンコーを指して him と云はゞ夫人は之を解し難かるべしと、冷靜に分別を回らし得るの理あるべからず。否夫人の解し得べからざる him なる語を放下するが故に、彼の心裡の反響と見るべき此唐突の一語が、一段の趣味を附加し周圍の状況と映帶の妙を極むるにあらずや。且不可解は秘密を意味す。秘密は時あつてか猛勢なる文學的結果を生ず。吾人は狂人の※[口+(合/廾)]※[口+藝]を聞きて解する能はざるに苦しむ。解する能はざると同時に其解する能はざる邊に於て、一種道ふ可らざる悽愴の感を生ず。深夜人靜つて萬籟息むとき、忽然隣床に臥する者呵々大笑す、吾人は其何の意たるを知らず。只此何の意たるを知らざる底の笑裡に、無限の鬼氣あるを思へ。マクベスが他に解し難き him なる言を、當面錯過の瞬間に口外するは、彼の心状を發露するに最も適當なる方便なり。又之を口外したるが爲め呆然たる傍人の心に反射して、一種の薄氣味惡き感を起さしむるも亦、作者工夫の一端と見るべし。
 ハンターの第一幽靈を以てダンカンなりとなすの理由も亦、charnel-house 云々の句に存すれば、重ねて之を論ぜず。第二の幽靈を以てバンコーとなすは、マクベスが幽靈に向つて Or be alive again, and dare me to the desert with thy swordと 云へるに由る。彼れ云ふ此句によりで推測すれば、平易温厚の王者にあらずして悍驕傑張なる武士の怨靈と思はると。余は固より雙方の幽靈を以てダンカンにあらず、バンコーなりと主張する者なれば、是説を駁するの必要なきに似たりと雖、單に此句より推して、此結論に達するは頗る薄弱なりと云はざるぺからず。マクベスは生けるダンカンに戰を挑むにあらず。生けるダンカンは寛厚の長者なり。去れど如何に君子の幽靈なればとて、温風の如くに出現するの道理なし。少なくとも自ら手を下したるマクベスに然く見ゆべきにあらず。從つて刀矢の家に生れたる男子が、之を麾いて劍光の下に雌雄を決せんとするは必ずしも不可なきに似たり。余故に思ふハンターの説は、第二の幽靈をバンコーたらしむる上に左迄の功力なしと。
 以上の二家に反して第一をバンコーとし、第二をダンカンなりと思惟する者をナイトとす。第一の論據は twenty trenched gashes on his head を蒙つて斃れたりと傳へられたる、バンコーにマクベスの句中にある twenty mortal mortal murthers on their crowns と云ふ文辭が善くあてはまると云ふにあり。要するに是も亦言句の議論に過ぎず。去れど單に之を以てバンコーなりと論斷するの大早計なるは勿論なれど、此斷論を鞏固にする上に於て、多少の力なしと云ふ可らず。彼の第二の理由に至つては容易に首肯し難きものあり。其大要にいふ。初現の幽靈と再現の幽盛に對する態度の上に於て、マクベスの言語に變化あるを見る。既に其言語に變化ある以上は、同一の幻怪に對するものと斷定し難し。彼の初靈を見て駕怖せるを咎めて、君も丈夫ならずやと夫人の語りたるに答へて、「然り而も豪膽なる丈夫なり、鬼を戰かしむる者を熟視するからは」と云へり。然るに第二の幽靈に對しては‘Avaunt! and quit my sight!’と云ひ、‘Take any shape but that’といひ、又は‘Hence,horrible shadow!’と云ふ。凡て是傾倒激越の辭にして、之を前段に比するに、一層の熱氣を加ふ。是第二の幽靈は第一よりも獰猛兇惡なるが爲ならんと。之を辯論せんには、再び心象の推移なる問題に入らざるべからず。ナイトは動き得る幽靈を見て、動き得るマクベスを見ず。心的に dynamic なるマクベスは甞て彼の眼中に入らざるなり。吾人は兩個の幻怪を此光景上に點綴し得ると同等の容易さを以て二個のマクベスを描寫し得る事を忘るべからず。故に他の理由ありて、此幽靈は一個にして二個にあらずと斷論し得るときは勢ひ動く者はマクベスなりと云はざる可からず。而して此中心點たるマクベスの動くは副景たる幽靈の動くよりも劇全體の生命を活動せしむる點に於て、功果あるは勿論なり。去らばマクベスは此活人畫裡に如何に動き、如何なる丹碧の彩華によりて、順次に之を色どりしか。余思ふにマクベスの變化は流水の低きに就くが如く、楓葉の秋を染むるが如く、自然の理を極めたるものなり。人あり髪を引きて汝に戯る。汝微笑して過ぎん。頃刻の後彼又汝の髪を引く。汝笑ふ事をやめて澁面を作らん。三度四たびに至つて汝憤然として起ちて彼を撲たん。彼の汝に戯るゝや其動作に於て其程度に於て、前後毫も異なるなきなり。然れども汝の微笑は變じて澁面となり、遂に毆打となる。是動く者彼にあらずして汝に在るなり。マクベスは固より斗大の膽を有する空世の偉人にあらずと雖、其英挺悍勵の氣、優に尋常一樣の鈍瞎漢を拔くに足る。故に其幽鬼に對するや常に畏怖と憤怒の間に彷徨す。彼は己れの殺戮せる舊主舊友の影を、髣髴裡に認むるを怖る。而も同時に彼等の己れを侮蔑し、其死屍冷骸を動かして敢て、わが面前に出で來るを憤る。彼の第一幽靈を見るや、畏怖の念憤怒の念に勝る。其去つて再び來るや憤怒の念畏怖の念に勝る。一たび消えたる亡者を送りて、胸中の波瀾正に收まらんとするに臨みて、又前と同じき亡者に接す。亡者はマクベスをして瞬時の安心を得せしめんが爲にことさらに退却し、漸く安心を得んとするとき又急に起つて其虚を衝く。是最初より退却せずしてマクベスを睥睨するよりも皮肉なる遣口なり。飽く迄も彼を愚弄せる手段なり。勇悍氣を負ふマクベスの如きもの、此幽靈の態度に對して、憤恨痛激の辭なきを得んや。彼の第一の幽靈に對するよりも、第二の幽靈に向つて切齒罵詈の語多きは正に是が爲なり。而も同一の幽靈が隨意に來り勝手に去り、思ふまゝに彼を嘲弄するが爲なり。故に余はナイトの説に反して、變ずる者は幽靈にあらずして反つてマクベスなりと斷ず。
 兩個の幽靈を以て共にバンコーなりと認むる者あり。ダイス及びホワイト是なり。ダイス云ふ stage directipn は元來單に俳優の注意の爲に設けたるものなり。故に若し沙翁をしてダンカンとバンコーと兩人の亡鬼を登場せしむるの計畫ならしめば、最初より混亂の憂なき樣明記すべき筈なりと。余は是に對して然あるべしと云ふの外、一辭を附加する能はず。ホワイトの説に至つては、諸家の評論中尤も耳を傾くべきものと思惟す。曰くマクベスの心を苦しむるものはバンコーに外ならずして、幽靈の出現するはマクベスがバンコーの事に説き及ぼしたる後にあり。第一の幽靈のバンコーなるや疑を容れず。第二も亦同人なる事明白なり。マクベスのバンコーを殺すや、遠く時日を隔てず從つて當時彼の心を支配するものはバンコーなり。且つ彼は衆人の疑念を晴さんとて殊更にバンコーを過賞せる際に、幽靈の突如として現るゝに由つて然るべしと。ホワイトの説簡にして要領を得たり。余は大體の上に於て、其説に同意するに躊躇せざるものなり。今之を詳論せんとす。
 バンコーの怨鬼は唯彼がマクベスに謀殺せられたりといふ單純なる理由によりて、形をあらはすにあらず、若し是を以て幽靈の出るに相當の理由なりとせば、ダンカンの怨靈も亦同等の權利を以て登場濶歩し得る筈なり。去れども沙翁はバンコーの怨鬼を出す前に當りて、周到なる用意を整へたり。少なくとも余の目に映ずる悲劇マクベスに於ては、單なる殺虐以外に興味多き心理上の手順を踏めりと思ふ。マクベスの三個の兇漢を使嗾して、バンコーを途に要撃するや、バンコーは當日の夜會に臨まんとして城外迄馬上にて乘り付けたる折なり。城内にては謀殺の主人宴を張りて大に群臣を饗す。群臣を饗するのマクベスは、兇漢の既に己が命を果し得たるや否やを知らず。心中の煩悶知るべきのみ。而して其煩悶の燒點はバンコーにあるや言を俟たず。宴既に開く。刺客來りて戸外に立つ。マクベス其面上に一點紅あるを認めて曰く‘Tis better thee without than he within と。彼は當夜の宴にバンコーの顔を見ざるを欲し、且其策の成れるを聞きて、漸く安堵の思をなす。苦悶の雲正に收る。宴既に開く。マクベス立つてバンコーの座にあらざるを惜み、衆に向つていふ。
“Here had we now our countryhunn's honour roof''d,
  Were the graced person of our Banquo present;
  Who may I rather challenge for unkindness
  Than pity for mischance.”
 是明かにバンコーの此席に來り得べからざるを豫想して、其心事を倒まに放射せるものなり。此時に當つて彼の念頭は固よりバンコーを離れず。而もバンコーを再び見るの虞なきを信ず。而して殊更に堂上の臣僚を欺瞞せんが爲に、彼が缺席せる爲切角の興味を殺ぐを呶々す。是時に當りて幽靈あり音なく室に入り、聲なくしてマクベスの椅子に坐す。とせば、其幽靈は彼が副意識の下に埋没せるダンカンの幽靈と見るべきか、將た寸時も彼の念頭を離れざるバンコーの幽靈なるべきか。事實は暫く措く。之をダンカンの幽靈とせば興味の頓に索然たるものあらん。充分に諸人を瞞着し得たりと信じたるマクベス、又萬々バンコーの此室に入るの道理なしと思ひつめたるマクベスが、己れの席に復せんとして振りむけば、居るべからざるバンコーが居るべからざる己の椅子に冷然と端坐しつゝあるを見て、悚然たる寒慄の念は、マクベスより傳染して一般の觀客に電氣の如く感動を與ふべきなり。友を殺し了し臣を欺き了したりと自惚れたる彼は、劈頭第一に幽靈より翻弄せられたるなり。
 幽鬼既に去つて波瀾漸く收まる。マクベス思へらく今度こそ安心ならんと。再び先の瞞着手段に訴へて云ふ、
 “I drink to the general joy o'the whole table,
 And to our dear friend Banquo,whom we miss;
 Would he were here!”
 
と。彼の念慮は、猶バンコーを離れざるを見るべし。彼剛腹なる猶臣僚を愚弄せんと欲するを見るべし。而して其他を愚弄せんと欲する裏面には、一點得意の氣あるを認め得べし。得意の氣僅かに機微に發する時、忽然として其鼻梁を挫くの幽靈は再び登場し來るなり。マクベスの憤怨知るべきのみ。余は如何に之を解釋するも、再度の幽靈を以てダンカンと思議する能はざるなり。以上は余の第二問に對する解決なり。
 (三)、最後に解釋すべきは、マクベスの見たる幽靈は幻怪とすべきか、又た幻想とすべきかの問題なり。客觀的に眞物の幽靈を舞臺に出すを否とするに就て二説あり。一は此幽靈は獨りマクベスの目に觸るゝのみにて、同席の他人の瞳孔に入らざるが故に、何人の眼にも映ずる實物を場に登すは、當を得たるものにあらずとの考なり。クラーク、ケンブル、ナイトの諸人之を主張す。一は此幽靈たる單にマクベスの妄想より捏造せられたる幻影の一塊に過ぎざるを以て、之を廢すべしとの意なり。第二の幽靈に就てハドソン之を固持す。第一の説は理に於て妥當なるも、之を廢したりとて感興を引くの點に於て必ずしも實物の幽靈に勝らず。屡ば云へる如く、此劇の中心はマクベスなり。マクベスに對する觀客の態度はマクベスと列席する臣僚の態度と同じからず。吾人は此中心點なるマクベスの性格の發展を迹づけん事を要す。故に吾等觀客はマクベスの臣僚よりもマクベスに密接の關係ありて、又彼等よりも一層マクベスの心裏に立ち入るの權利を作者より與へられたるものと假定して可なり。吾人の劇を觀るや、劇を觀るの前に當つて豫め此假定を認識せるものなり。故に此點より論ずれば一座の人に見る能はざる幽靈が、觀客の眼に入りたりとて不都合なき譯なり。又第二説に對しては余は下の如き意見を持す。文學は科學にあらず。科學は幻怪を承認せざるが故に、文學にも亦幻怪を輸入し得ずと云ふは、二者を混同するの僻論なりと。去れど文藝上讀者若くは觀客の感興を惹き得ると同時に、又科學の要求を滿足し得んには、何人も之を排斥するの愚をなさざるべし。唯單に科學の要求を滿足せしめんが爲に詩歌の感興を害するは、是文藝をあげて科學の犠牲たらしむるものと云はざる可らず。マクベスの幽靈は科學の許さざる幻怪なるが爲に不可なるにあらず、幻怪なるが爲に興味を損するが故なりと云はざる可らず。科學の許す幻想なるが爲に可なりと説くべからず、幻想とせば幾段の興味を添え得るが爲に可なりと論ずべし。而して此光景にあつて實物の幽靈を廢するときは、劇の興味上何等の光彩を添へずして、却つて之を減損するの虞ある事前に述べたる如くなれば、余は此幽靈を以て幻怪にて可なりと考ふ。若くはマクベスの幻想を吾人が見得るとし、其見得る點に於て幻怪として取扱つて不可なき者と考ふ。第三の問題に關して今少し詳論の上明暢なる解決をなさんと思へど時日乏しくして遺憾ながら其意を得ず行文思想共蕪雜なり讀者推讀あらん事を希望す。(十二月十日釋稿)
      −明治三七、一、一〇『帝國文學』−
 
 
雜篇
 
  『銀世界』評
       ――明治二十三年、正岡子規稿『銀世界』書入れ――
 
 〔第一篇の終に〕
 此篇一名を觀雪展覽會小説と云ふ和漢古今ノ雪ヲ苦もなく七|牧《原》の中に縮めたる御手際縮地仙人の術も遠く及ばず只管記者の物ずきなるに感服仕るなり
 展覽會小説の事なれば餘程其道に執心な人でなければ愛讀し難し今少々見物人の滑稽を多くして俗物にも面白がらせては如何然し紙數に制限あると云はゞ是非なし
 
 〔第二篇の終に〕
 此篇脚色善からざるにあらず去れど文字鍛練を缺くが爲め甚た感服しがたき處多し文字の缺妥章句の無味は斟酌せよとの仰せなれどいくら斟酌しても不平が申したくなるなり勿論小生は此種の文體が好物ならぬとて小言を申すには無之文體は人々の嗜好もあり且は文の種類にて適不適も有之べければ御勝手次第ながら文句の巧拙については今少し立派な御手際が拜見したしとだゝ〔二字二重傍線〕をこね度相成候
 
 〔第三篇の終に〕
 此篇半バハ理學的思想ヲ書シ半バハ哲學的分子ヲ含ミ時ニ世ヲ諷刺シ又補フニ漢土ノ故事ヲ以テス結構非凡識見頗ル高シ小生抔ノ夢見スル能ハザル能所ナリ小生此篇ヲ以テ五篇中ノ壓卷トナス感々服々服々感々然シ文字ハ御自稱ノ如ク鍛練ヲ盡サズ妥當ヲ缺ク處多シ只 matter ヨロシキ故左迄 form ハ目立ズ
 
 〔第四篇の終に〕
 
 ドウモ恐レ入ツタ實ニ恐レ入ツタ是ハ舊幕時代ノ小説ダ春水抔ノ作ニ此様ナノガアリソウジヤナイカ、アンマリ、イヤ味タツプリ氣ザ澤山デドウモ恐レ入ツタ
 
 〔第五篇の終に〕
 藝妓の雪權妻ノ雪かゝぬ方か善し傾城の雪ときては猶更かゝぬがよし哲學者の雪理學者の雪抔かいたら面白からん女が善くバおさんの雪令孃の雪妻君の雪バヾあの雪をかくべし
 
 〔巻末に〕
 去年七草集拝見せし折は何でもほめてやつたら嬉しがるだらうと親切心からでこ/\の漢文尤もらしく製造してゑらいかな先生書いたりや隊長と無上に持ち上たところさすが獨尊の君もあまり嬉しくなかつたと見え無暗矢たらに人の文をほむる者ではないほめ過ぎたるはなほほめ足らぬが如しすこしは惡口も雜るがよしと御小言頂戴仕りてよりよろしい承知今度は惡口にてうれしがらせんと心待ちに君の文章の出來るのを待ちたる甲斐ありて銀世界批評の役仰せ付られたり何が偖草稿を取り上たる以上は生かそうと殺そうとそこは批評家の裁配一つと善い氣になりて惡口書きながし机下に返呈仕る是でも御氣に入らずば又を手を換え品を易へたて貴覽に供すべき者なり爲後日一|冊《原》如件
 
  愚見數則
 
 理事來つて何か論説を書けと云ふ、余此頃脳中拂底、諸子に示すべき事なし、然し是非に書けとならば仕方なし、何か書くべし、但し御世辭は嫌ひなり、時々は氣に入らぬ事あるべし、又思ひ出す事を其儘書き連ぬる故、箇條書の如くにて少しも面白かるまじ、但し文章は飴細工の如きものなり、延ばせばいくらでも延る、其代りに正味は減るものと知るべし。
 
 昔しの書生は、笈を負ひて四方に遊歴し、此人ならばと思ふ先生の許に落付く、故に先生を敬ふ事、父兄に過ぎたり、先生も亦弟子に對する事、眞の子の如し、是でなくては眞の教育といふ事は出來ぬなり、今の書生は學校を旅屋の如く思ふ、金を出して暫らく逗留するに過ぎず、厭になればすぐに宿を移す、かゝる生徒に對する校長は、宿屋の主人の如く、教師は番頭丁稚なり、主人たる校長すら、時には御客の機嫌を取らねばならず、況んや番頭丁稚をや、薫陶所か解雇されざるを以て幸福と思ふ位なり、生徒の増長し教員の下落するは當前の事なり。
 勉強せねば碌な者にはなれぬと覺悟すべし、余自ら勉強せず、而も諸子に面する毎に、勉強せよ々々といふ、諸子が余の如き愚物となるを恐るればなり、殷鑑遠からず勉旃々々。
 余は教育者に適せず、教育家の資格を有せざればなり、其不適當なる男が、糊口の口を求めて、一番得易きものは、教師の位地なり、是現今の日本に、眞の教育家なきを示すと同時に、現今の書生は、似非教育家でも御茶を濁して教授し得ると云ふ、悲しむべき事實を示すものなり、世の熱心らしき教育家中にも、余と同感のもの澤山あるぺし、眞正なる教育家を作り出して、是等の僞物を追出すは、國家の責任なり、立派なる生徒となつて、此の如き先生には到底教師は出來ぬものと悟らしむるは、諸子の責任なり、余の教育場裏より放逐さるゝときは、日本の教育が隆盛になりし時と思へ。
 月給の高下にて、教師の價値を定むる勿れ、月給は運不運にて、下落する事も騰貴する事もあるものなり、拘關撃柝の輩時に或は公卿に優るの器を有す、是等の事は讀本を讀んでもわかる、只わかつた許りで實地に應用せねば、凡ての學問は徒勞なり、晝寐をして居る方がよし。
 教師は必ず生徒よりゑらきものにあらず、偶誤りを教ふる事なきを保せず、故に生徒は、どこまでも教師の云ふ事に從ふべしとは云はず、服せざる事は抗辯すべし、但し己れの非を知らば翻然として恐れ入るべし、此間一點の辯疎を容れず、己れの非を謝するの勇氣は之を遂げんとするの勇氣に百倍す。
 狐疑する勿れ、躊躇する勿れ、驀地に進め、一度び卑怯未練の癖をつくれば容易に去り難し、墨を磨して一方に偏する時は、中々平にならぬものなり、物は最初が肝要と心得よ。
 善人許りと思ふ勿れ、腹の立つ事多し、惡人のみと定むる勿れ、心安き事なし。
 人を崇拜する勿れ、人を輕蔑する勿れ、生れぬ先を思へ、死んだ後を考へよ。
 人を觀ば其肺肝を見よ、夫が出來ずば手を下す事勿れ、水瓜の善惡は叩いて知る、人の高下は胸裏の利刀を揮つて眞二に割つて知れ、叩いた位で知れると思ふと、飛んだ怪我をする。
 多勢を恃んで一人を馬鹿にする勿れ、己れの無氣力なるを天下に吹聽するに異ならず、斯の如き者は人間の糟なり、豆腐の糟は馬が喰ふ、人間の糟は蝦夷松前の果へ行ても賣れる事ではなし。
 自信重き時は、他人之を破り、自信薄き時は自ら之を破る、寧ろ人に破らるゝも自ら破る事勿れ、
 厭味を去れ、知らぬ事を知つたふりをしたり人の上げ足を取つたり、嘲弄したり、冷評したり、するものは厭味が取れぬ故なり、人間自身のみならず、詩歌俳諧共厭味のあるものに美くしきものはなし。
 教師に叱られたとて、己れの直打が下がれりと思ふ事なかれ、又褒められたとて、直打が上つたと、得意になる勿れ、鶴は飛んでも寐ても鶴なり、豚は吠ても呻つても豚なり、人の毀譽にて變化するものは相場なり、直打にあらず、相場の高下を目的として世に處する、之を才子と云ふ、直打を標準として事を行ふ、之を君子と云ふ、故に才子には榮達多く、君子は沈淪を意とせず。
 平時は處女の如くあれ、變時には脱兎の如くせよ、坐る時は大磐石の如くなるべし、但し處女も時には浮名を流し、脱兎稀には猟師の御土産となり、大磐石も地震の折は轉がる事ありと知れ、
 小智を用る勿れ、權謀を逞ふする勿れ、二點の間の最捷徑は直線と知れ。
 權謀を用ひざる可らざる場合には、己より馬鹿なる者に施せ、利慾に迷ふ者に施せ、毀譽に動かさるゝ者に施せ、情に脆き者に施せ、御祈祷でも呪詛でも山の動いた例しはなし、一人前の人間が狐に胡魔化さるゝ事も、理學書に見ゑず。
 人を觀よ、金時計を觀る勿れ、洋服を觀る勿れ、泥棒は我々より立派に出で立つものなり。
 威張る勿れ、諂ふ勿れ、腕に覺えのなき者は、用心の爲に六尺棒を携へたがり、借金のあるものは酒を勸めて債主を胡魔化す事を勉む、皆己れに弱味があればなり、徳あるものは威張らずとも人之を敬ひ、諂はずとも人之を愛す、太鼓の鳴るは空虚なるが爲なり、女の御世辭のよきは腕力なきが故なり。
 妄りに人を評する勿れ、斯樣な人と心中に思ふて居れば夫で濟むなり、惡評にて見よ、口より出した事を、再び口へ入れんとした處が、其甲斐なし、況して、又聞き噂抔いふ、薄弱なる土臺の上に、設けられたる批評をや、學問上の事に付ては、無暗に議論せず、人の攻撃に遇ひ、破綻をあらはすを恐るればなり、人の身の上に付ては、尾に尾をつけて觸れあるく是他人を傭ひて、間接に人を撲ち敲くに異ならず、頼まれたる事なら是非なし、
 頼まれもせぬに、かゝる事をなすは、醉興中の醉興なるものなり。
 馬鹿は百人寄つても馬鹿なり、味方が大勢なる故、己れの方が智慧ありと思ふは、了見違ひなり、牛は牛伴れ、馬は馬連れと申す、味方の多きは、時として其馬鹿なるを證明しつゝあることあり、此程片腹痛きことなし。
 事を成さんとならば、時と場合と相手と、此三者を見拔かざるべからず、其一を缺けば無論のこと、其百分一を缺くも、成功は覺束なし、但し事は、必ず成功を目的として、揚ぐべきものと思ふべからず、成功を目的として、事を揚ぐるは、月給を取る爲に、學問すると同じことなり。
 人我を乘せんとせば、差支へなき限りは、乘せられて居るべし、いざといふ時に、痛く抛げ出すべし、敢て復讐といふにあらず、世の爲め人の爲めなり、小人は利に喩る、己れに損の行くことと知れば、少しは惡事を働かぬ樣になるなり。
 言ふ者は知らず、知るものは言はず、餘慶な不慥の事を喋々する程、見苦しき事なし、況んや毒舌をや、何事も控へ目にせよ、奥床しくせよ、無暗に遠慮せよとにはあらず、一言も時としては千金の價値あり、萬卷の書もくだらぬ事ばかりならば糞紙に等し。
 損徳と善惡とを混ずる勿れ、輕薄と淡泊を混ずる勿れ、眞率と浮跳とを混ずる勿れ、温厚と怯儒とを混ずる勿れ、磊落と粗暴とを混ずる勿れ、機に臨み變に應じて、種々の性質を見はせ、一有つて二なき者は、上資にあらず。
 世に惡人ある以上は、喧嘩は免るべからず、社會が完全にならぬ間は、不平騷動はなかる可らず、學校も生徒が騷動をすればこそ、漸々改良するなれ、無事平穩は御目出度に相違なきも、時としては、憂ふべきの現象なり、斯く云へばとて、決して諸子を教唆するにあらず、無暗に亂暴されては甚だ困る。
 命に安んずるものは君子なり、命を覆すものは豪傑なり、命を怨む者は婦女なり、命を免れんとするものは小人なり。
 理想を高くせよ、敢て野心を大ならしめよとは云はず、理想なきものゝ言語動作を見よ、醜陋の極なり、理想低き者の擧止容儀を觀よ、美なる所なし、理想は見識より出づ、見識は學問より生ず、學問をして人間が上等にならぬ位なら、初から無學で居る方がよし。
 欺かれて惡事をなす勿れ、其愚を示す、喰はされて不善を行ふ勿れ、其陋を證す。
 黙々たるが故に、訥辯と思ふ勿れ、拱手するが故に、兩腕なしと思ふ勿れ、笑ふが故に、癇癪なしと思ふ勿れ、名聞に頓着せざるが故に、聾と思ふ勿れ、食を擇ばざるが故に、口なしと思ふ勿れ、怒るが故に、忍耐なしと思ふ勿れ。
 人を屈せんと欲せば、先づ自ら屈せよ、人を殺さんと欲せば、先づ自ら死すべし、人を侮るは、自ら侮る所以なり、人を敗らんとするは、自ら敗る所以なり、攻むる時は、葦駄天の如くなるべく、守るときは、不動の如くせよ。
 右の條々、たゞ思ひ出る儘に書きつく、長く書けば際限なき故略す、必ずしも諸君に一讀せよとは言はず、況んや拳々服膺するをや、諸君今少壯、人生中尤も愉快の時期に遭ふ、余の如き者の説に、耳を傾くるの遑なし、然し數年の後、校舍の生活をやめて、突然俗界に出でたるとき、首を回らして考一考せば、或は尤と思ふ事もあるべし、但し夫も保證はせず。
          −明治二八、一一、二五、愛媛縣尋常中學校『保惠會雜誌』−
 
  人生
 
 空を劃して居る之を物といひ、時に沿うて起る之を事といふ、事物を離れて心なく、心を離れて事物なし、故に事物の變遷推移を名づけて人生といふ、猶麕身牛尾馬蹄のものを捉へて麟といふが如し、かく定義を下せば、頗る六つかしけれど、是を平假名にて翻譯すれば、先づ地震、雷、火事、爺の怖きを悟り、砂糖と鹽の區別を知り、戀の重荷義理の柵抔いふ意味を合點し、順逆の二境を踏み、禍福の二門をくゞるの謂に過ぎず、但其謂に過ぎずと觀ずれば、遭逢百端千差萬別、十人に十人の生活あり、百人に百人の生活あり、千百萬人亦各千百萬人の生涯を有す、故に無事なるものは午砲を聞きて晝飯を食ひ、忙しきものは孔席暖かならず、墨突黔せずとも云ひ、變化の多きは塞翁の馬に※[そうにょう]をかけたるが如く、不平なるは放たれて澤畔に吟じ、壯烈なるは匕首を懷にして不測の秦に入り、頑固なるは首陽山の薇に餘命を繋ぎ、世を茶にしたるは竹林に髯を拈り、圖太きは南禅寺の山門に畫寐して王法を懼れず、一々數へ來れば日も亦足らず、中々錯雜なものなり、加之個人の一行一爲、各其由る所を異にし、其及ぼす所を同じうせず、人を殺すは一なれども、毒を盛るは刀を加ふると等しからず、故意なるは不慮の出來事と云ふを得ず、時には間接ともなり、或は又直接ともなる、之を分類するだに相應の手數はかゝるべし、況して國に言語の相違あり、人に上下の區別ありて、同一の事物も種々の記號を有して、吾人の面目を燎爛せんとするこそ益面倒なれ、比較するだに畏けれど、萬乘には之を崩御といひ、匹夫には之を「クタバル」といひ、鳥には落ちるといひ、魚には上がるといひて、而も死は即ち一なるが如し、若し人生をとつて銖分縷析するを得ば、天上の星と磯の眞砂の數も容易に計算し得べし
 小説は此錯雜なる人生の一側面を寫すものなり、一側面猶且單純ならず、去れども寫して神に入るときは、事物の紛糾亂雜なるものを綜合して一の哲理を教ふるに足る、われ「エリオツト」の小説を讀んで天性の惡人なき事を知りぬ、又罪を犯すものの恕すべくして且憐むべきを知りぬ、一擧手一投足わが運命に關係あるを知りぬ、「サツカレー」の小説を讀んで正直なるものの馬鹿らしきを知りぬ、狡猾奸佞なるものの世に珍重せらるべきを知りぬ、「ブロンテ」の小説を讀んで人に感應あることを知りぬ、蓋し小説に境遇を敍するものあり、品性を寫すものあり、心理上の解剖を試むるものあり、直覺的に人世を觀破するものあり、四者各其方面に向つて吾人に教ふる所なきにあらず、然れども人生は心理的解剖を以て終結するものにあらず、又直覺を以て觀破し了すべきにあらず、われは人生に於て是等以外に一種不可思議のものあるべきを信ず、所謂不可思議とは「カツスル、オフ、オトラントー」中の出來事にあらず、「タムオーシヤンター」を追懸けたる妖怪にあらず、「マクベス」の眼前に見はるゝ幽靈にあらず、「ホーソーン」の文「コルリツヂ」の詩中に入るべき人物の謂にあらず、われ手を振り目を搖かして、而も其の何の故に手を振り目を搖かすかを知らず、因果の大法を蔑にし、自己の意思を離れ、卒然として起り、驀地に來るものを謂ふ、世俗之を名づけて狂氣と呼ぶ、狂氣と呼ぶ固より不可なし、去れども此種の所爲を目して狂氣となす者共は、他人に對してかゝる不敬の稱號を呈するに先つて、己等亦曾て狂氣せる事あるを自認せざる可からず、又何時にても狂氣し得る資格を有する動物なる事を承知せざるべからず、人豈自ら知らざらんやとは支那の豪傑の語なり、人々自ら知らば固より文句はなきなり、人を指して馬鹿といふ、是れ己が利口なるの時に於て發するの批評なり、己も亦何時にても馬鹿の仲間入りをするに充分なる可能力を具備するに氣が付かぬものの批評なり、局に當る者は迷ひ、傍觀するものは嗤ふ、而も傍觀者必ずしも※[其/木]を能くせざるを如何せん、自ら知るの明あるもの寡なしとは世間にて云ふ事なり、われは人間に自知の明なき事を斷言せんとす、之を「ポー」に聞く、曰く、功名眼前にあり、人々何ぞ直ちに自己の胸臆を敍して思ひのまゝを言はざる、去れど人ありて思の儘を書かんとして筆を執れば、筆忽ち禿し、紙を展ぶれば紙忽ち縮む、芳聲嘉譽の手に唾して得らるべきを知りながら、何人も※[足+厨]躇して果たさざるは是が爲なりと、人豈自ら知らざらんや、「ポー」の言を反覆熟讀せば、思半ばに過ぎん、蓋し人は夢を見るものなり、思ひも寄らぬ夢を見るものなり、覺めて後冷汗背に洽く、茫然自失する事あるものなり、夢ならばと一笑に附し去るものは、一を知つて二を知らぬものなり、夢は必ずしも夜中臥床の上にのみ見舞に來るものにあらず、青天にも白日にも來り、大道の眞中にても來り、衣冠東帶の折だに容赦なく闥を排して闖入し來る、機微の際忽然として吾人を愧死せしめて、其來る所固より知り得べからず、其去る所亦尋ね難し、而も人生の眞相は半ば此夢中にあつて隱約たるものなり、此自己の眞相を發揮するは即ち名譽を得るの捷徑にして、此捷徑に從ふは卑怯なる人類にとりて無上の難關なり、願はくば人豈自ら知らざらんや抔いふものをして、誠實に其心の歴史を書かしめん、彼必ず自ら知らざるに驚かん
 三陸の海嘯濃尾の地震之を稱して天災といふ、天災とは人意の如何ともすべからざるもの、人間の行爲は良心の制裁を受け、意思の主宰に從ふ、一擧一動皆責任あり、固より洪水飢饉と日を同じうして論ずべきにあらねど、良心は不斷の主權者にあらず、四肢必ずしも吾意思の欲する所に從はず、一朝の變俄然として己靈の光輝を失して、奈落に陷落し、闇中に跳躍する事なきにあらず、是時に方つて、わが身心には秩序なく、系統なく、思慮なく、分別なく、只一氣の盲動するに任ずるのみ、若し海嘯地震を以て人意にあらずとせば、此盲動的動作亦必ず人意にあらじ、人を殺すものは死すとは天下の定法なり、されども自ら死を決して人を殺すものは寡なし、呼息逼り白刃閃く此刹那、既に身あるを知らず、焉んぞ敵あるを知らんや、電光影裡に春風を斫るものは、人意か將た天意か
 青門老圃獨り一室の中に坐し、冥思遐捜す、兩頬赤を發し火の如く、喉間咯々聲あるに至る、稿を屬し日を積まざれば出でず、思を構ふるの時に方つて大苦あるものの如し、既に來れば則ち大喜、衣を牽き、床を※[しんにょう+堯]りて狂呼す、「バーンス」詩を作りて河上に徘徊す、或は坤吟し、或は低唱す、忽ちにして大聲放歌欷歔涙下る、西人此種の所作をなづけて、「インスピレーシヨン」といふ、「インスピレーシヨン」とは人意か將た天意か
 「デクインシー」曰く、世には人心の如何に善にして、又如何に惡なるかを知らで過ぐるものありと、他人の身の上ならば無論の事なり、われは「デクインシー」に反問せん、君は君自身がどの位の善人にして、又どの位の惡人たるを承知なるかと、豈啻善惡のみならん、怯勇剛弱高下の分、皆此反問中に入るを得べし、平かなるときは天落ち地缺くるとも驚かじと思へども、一旦事あれば鼠糞梁上より墜ちてだに消魂の種となる、自ら口惜しと思へど詮なし、源氏征討の宣旨を蒙りて、道々富士川迄押し寄せたる七萬餘騎の大軍が、水鳥の羽音に一失も射らで逃げ歸るとは、平家物語を讀むものの馬鹿々々しと思ふ處ならん、啻に後代の吾々が馬鹿々々しと思ふのみにあらず、當人たる平家の侍共も翌日は定めて口惜しと思ひつらん、去れども彼等は富士川に宿したる晩に限りて、急に揃ひも揃うて臆病風にかゝりたるなり、此臆病風は二十三日の半夜忽然吹き來りて、七萬餘騎の陣中を馳け廻り、翌くる二十四日の曉天に至りて寂として息みぬ、誰か此風の行衛を知る者ぞ
 犬に吠え付かれて、果てな己は泥棒かしらん、と結論するものは餘程の馬鹿者か、非常な狼狽者と勘定するを得べし、去れども世間には賢者を以て自ら居り、智者を以て人より目せらるゝもの、亦此病にかゝることあり、大丈夫と威張るものの最後の場に臆したる、卑怯の名を博したるものが、急に猛烈の勢を示せる、皆是れ自ら解釋せんと欲して能はざるの現象なり、況や他人をや、二點を求め得て之を通過する直線の方向を知るとは幾何學上の事、吾人の行爲は二點を知り三點を知り、重ねて百點に至るとも、人生の方向を定むるに足らず、人生は一個の理窟に纏め得るものにあらずして、小説は一個の理窟を暗示するに過ぎざる以上は、「サイン」「コサイン」を使用して三角形の高さを測ると一般なり、吾人の心中には底なき三角形あり、二邊竝行せる三角形あるを奈何せん、若し人生が敷學的に説明し得るならば、若し與へられたる材料より]なる人生が發見せらるゝならば、若し人間が人間の主宰たるを得るならば、若し詩人文人小説家が記載せる人生の外に人生なくんば、人生は餘程便利にして、人間は餘程えらきものなり、不測の變外界に起り、思ひがけぬ心は心の底より出で來る、容赦なく且亂暴に出で來る、海嘯と震災は、啻に三陸と濃尾に起るのみにあらず、亦自家三寸の丹田中にあり、險呑なる哉
         −明治二九、一〇、第五高等學校『龍南會雜誌』−
  無題
 
 われ一轉せば猿たらんわれ一轉せば神たらんわが既往三十年刻して眉宇の間にあり明鏡の裡われ焉んぞわれを欺き得ん猿の同類か神の親戚か須らく自家の眼面を熟視して推量一番せよわれはわが父母の墓碑銘わが子はわが傳記抄録なり但横目竪鼻二足の馬眞善美を載せて無限の空間を走るわれ走らずんば彼等去つて他によく走るものを求めん日暮れ道遠し急ぐとも及ぶまじ時に量なし背後に印する鐵鞭の痕は一條毎に秒と分と時と畫夜を刻して自覺の料となす己れに鞭たざるものは時を自覺する能はず時を自覺する能はざるものは死者と一般なり堯之を舜に傳へ舜之を禹に傳へ禹は之を周公孔子に傳ふ祖先の産を傳ふるは難きにあらず吾願くは之を倍し三倍し百倍せん父母の藥罐を受繼ぎ之を子孫に讓るが能ならばわれは唯一個の電信線に過ぎざらん漱石子遂に猿に退化せんか將た神に昇進せんか抑も亦元の杢阿彌か南無愚陀佛
  生れ得てわれ御目出度顔の春
              −明治三十年一月−
 
  祝辭
 
本日本校創業の記念日に當り、我等も聊か所感を述べ并て諸子に告げ、以て今日の祝詞とせむ。夫れ教育は建國の基礎にして師弟の和熟は育英の大本たり。師の弟子を遇すること、路人の如く、弟子の師を視ること秦越の如くんば、教育全く絶えて、國家の元氣沮喪せむ。諸子笈を負て斯校に遊ぶ。必ず當に校舍を以て吾家となすの覺悟あるべきなり。若然らずして放逸喧擾妄に校紀を紊亂せば、我其心と學校との間、白雲千里なるを見る而已。夫れ天人一體自他無別と言へり。斯くならでは、學校の隆盛は期しがたきぞかし。されば此記念日も、往し昔の忘形見にして、一日の歡樂を盡すも、益此の校を光大にして 聖恩に報い奉らんとて也。況てや、今日は國家岌々の時なり。濫費の日に多きは内憂なり。強國の隙を窺ふは外患なり。思て茲に至れば、寢食も安からぬことなり。殊に薄志弱行の徒は、人の色を見て移り、利の多少を聞て走る。恰浮草の如し。豈浩歎の限ならずや。諸子能々此に眼を着け、規則遵奉、校友相和し、孜々として學を勉めば、唯本校の面目なるのみならず、亦國家の幸福なり。諸子今學生たりと雖ども、其一言一動は即國家の全局に影響するなり。佐久間象山、我四十にして斯身の天下に關することを知るといへり、象山の人傑にして、始て然るにあらず。中等の人士も然り。下等の匹夫匹婦も亦然り。則ち學校一致の觀念なきは、其校全體の破綻にして、亦國家教育の陵夷なり。懼て且戒めざるべけんや。是を祝規とす。諸子之を諒せよ。
  明治三十年十月十日
   第五高等學校教員總代 教授 夏目金之助
        −明治三〇、二、五、第五高等學校『龍南會雜誌』−
 
  不言之言
               糸瓜先生
 
 「ほとゝぎす」なるものあり。一日南海を去つて東都に走る。書を糸瓜先生に寄せて其説を求む。先生吐くべきの磊塊なく援るべきの毛穎なく思を構へ想を錬るの餘裕なし。乃ち之に※[言+念]げて曰くわれ平生齷齪として講筵に列し妄りに無用の舌を鼓して諸生を蠱惑す。朝より午に至り午より夕に至つて已まず。半夜少しく閑あれば好んで虚堂の裡に枯坐しつねに香一※[火+主]を爐中に※[草冠/熱]て恭しく閻王を拜して吾舌の完きを謝す。顧ふに惡運まだ盡きず廣長三寸長へに紅なれば生捕れて胃散の看板となるに至らず引き拔かれて「タンシチユー」と運命を同うせず。是希有の僥倖なり。之を奈何ぞ舌を百里の外に動かして胡説亂説如麻如粟の種族を外道に引き込むに忍びんや。天下恥づべき事多し。道を得ずして道を得たるが如くす。尤も恥づべし。道を得て熟せず。妄りに之を人に授く。次に恥づぺし。我既に恥づべきものゝ一を犯す。糊口の途に窮して恒心を失ふに因ると雖豈甘んじて其二を犯し強て人の子を賊すべけんや。われ時に迂、勢に昧し。聞説方今驕旆あり到る所に翻り慢幢あり行く先に充つと。却つて樵者、漁者、舟子、馬子に一點風流の氣を認むるは如何に。已みなんかな人は糸瓜の愚を嘲る。ぶらり/\として彼關せざるなり。杜鵑鳴て雲に入る。觀音で耳をほらすも行燈を月の夜にするも彼の知らぬ事なり。但吾に杜鵑の好音なし。寧ろ糸瓜の愚を學ばんか。書して之を「ほとゝぎす」に質す。「ほとゝぎす」曰く法々華經。
 法々華經か。不如歸か。不如歸か。法々華經か。知らず只一轉語を下し得て恰好なりと思惟する勿れ。糸瓜亦自ら轉身の一路なきにあらず。古人既に一莖草を拈して丈六の金身となせりすたとひ糸瓜の汁を湯煎にかけて茲に雲雨を喚び茲に雷霆を轟かし「サイナイ」の山を震盪して「モーゼス」を辟易せしめたる「ゴツド」の靈腕なくとも天水桶に孑孑を湧かす位の事は承知して居るなり。如是我聞沈黙に執するものは沈黙に堕落して來佛の期なく辯論に着するものは辯論に拘泥して放下の路なしと。糸瓜時に語り杜鵑時に法華を轉す是に於てか先生の駄辯あり。眼なきものは看よ。耳なきものは聽け。
○俳句に禅味あり。西詩に耶蘇味あり。故に俳句は淡泊なり。洒落なり。時に出世間的なり。西詩は濃厚なり何處迄も人情を離れず。神光臂を斷ち雲門脚を折る。西人の眼より見ば殆んど狂人の沙汰ならん。耶蘇磔せられて架上にあり。わが血を以て衆生の罪を償はん事を願ふ。其志常情を以て測り難からず。此故に西人愛を説けば未だ甞て夫婦親子を離れず。俳家慈悲を歌ふ。時あつてか男女の相を絶す。一草花の微と雖感極つて泣く能はざるに至るといへる英國の詩人は明かに天然の趣を解し得たるものなり。去れども俳句より云へば泣くの泣かぬのといふが既にしつ濃き處從つて厭味の生ずる源なるべし。暫く十七字を藉つて之を譯せんに「草花や感極つて涙なし」では如何に端書を付けて説明したればとて餘り露骨に過ぎて句にならざるべし。是固より譯の拙なるにも因るべけれど、其拙なるが西詩の俳化し難きを示すものにて譯し難き丈其丈俳句に遠かれりとも見るべきか。其他人情的のものに至つては大方の思想俳句にならぬもの多く間々俳句的なるも用語抔の點に於て類似を見出す事頗る難し。去ればとて俳句が善くて西詩が惡しとにはあらず。
 “To me the meanest flower that blows can give
  Thoughts that do often lie too deep for tears.”
といへば俳句にて味ひ難き一種の興味を感ずる人もあるべし。俳眼を以て西詩を見る既に斯の如し。暫く雙眼鏡を逆まにして碧瞳を以て俳界を窺ば如何。誰か檜笠の深くして木枕の堅きに驚かざらん。昔し子規子大學にあり。俳句に關する論文を英譯して古池の句に西洋人を消魂せしめたる事あり。尤も子規の譯は Old pond! the noise of the jumping frog. と云ふ樣な頗る怪しげなる譯し方なれば西洋人の驚きしも無理ならねどよし子規が可なりに譯し得たりと假定するも洋人の驚きは依然として故の如くなりしならん。此驚を止むる事固より難きにあらず。但之をとゞむると同時に古池は深川より「セントジエームス」公園に宿替をせねばならぬなり。近き例が「アーノード」の譯したる蜻蛉釣り今日は何處迄行つたやらの句を見ば合點が行くべし甘く英詩になつて居る代りには蜻蛉釣の眞相は消えて居るなり。
 俳句は暫く措く。他の方面に於て東西類似の點を擧ぐれば固より少からざらん。「シラー」の「ブユルグシヤフト」は上田秋成の菊花の契と事實こそ異なれ精神に至つては悉く符合せるが善き例なり。降つて一字一句の末に至つては相似の箇處固より枚擧するに遑あらざるべし。「ウオーヅウオース」が The good die first と云ひ「バイロン」が Heaven gives its favourites ealy death といへるは、共に惡まれつ子世に憚るの裏を見せたるものなり。An old man is twice a child は「シエクスピヤー」「マツシンジヤー」を始めとして所々に見えたる語にて、一寸六十の本卦還りとでもいふべし。夢は逆夢といふ事「フアーカー」にも「ウイツチヤレー」 にも見えたり。Dreams go by contraries とあり。人は見かけによらぬ者といふ諺を「ウイツチヤレー」の Most men are the contraries tO what they seem 抔に比較せんは如何に。 Fer from eye, fer from herte 又は Out Of sight, out of mind 抔は去るもの日々に疎しに適中せり。 So many、 heads, so many wits.――Heywood は十人十色と譯するによろしかるべし。又日本にて瓜二つとあるべき處に西洋にては豆二つといふぞ面白き。「リリー」の「ユウフウス」に As lyke as one pease is to another とあるを以て推すべし。「シエクスピヤー」の「ヘンリー」八世には ‘tis as like you/As cherry is to cherry とあれば櫻の實二つとも云ふと見えたり。
 俚諺は友人紫影子の本領なれば詳しくは云はず。進んで東西の故事故典を蒐聚比較せば優に一部の蒙求を編述するに足らん。「リツプ ヴアン ヰンクル」は浦島と好き取組なるべく、「レナード」狐は猿蟹合戰と好一對ならずとせんや。鳥の將に死なんとする云々の敵手には白鳥の將に死なんとする其聲必ず美なりと云ふがあり。「バイロン」の詩に There swan-Like let me sing and die とあるは是なり。塞翁の馬の向ふには「アンシーアス」の盃なる故事あり。其源を尋ぬるに、昔し希臘に「アンシーアス」と呼ぶ人あり。其僕甞て之に告げて曰く、御宅には葡萄畠もあり葡萄酒も出來ますが到底此酒を召し上る譯には參りませんと。主人信ぜず。既にして葡萄熟し釀成つて一瓶の美酒主人の卓に上る。主人此時なりと僕を呼び、兼ての失言を詰りしに、僕服せずして曰く、唇と盃の距離は短かきが如くなれども其間にて種々の失敗あるべしと。言未だ訖らず、忽ち人ありて主人に告ぐるに一頭の野猪あり園中に闖入して其葡萄を荒らし去るを以てす。主人盃を擧ぐるに及ばず、蹶然として起つて野猪を逐ふ。不幸にして其牙に罹つて死し、僕の言遂に讖を爲す。同じく楊子泣岐墨子悲絲に比すべき事あり。是を「セミヤン」文字と云ふ。即rの字の謂にして、徳義の道は一にして直きも一度常道を離るゝ時は漸々遠かりて途方もなき方向に轉ずるを戒めたるものなり。「ポープ」の「ダンシアツド」に When Reason doubtful, like the Samian letter,/Points him two ways, the narrower is the bettr とあり。其他推摩黙然には「パイサゴラス」の沈黙こそ匹敵なるべく、閉戸先生には逍遥學者を配すべきか。(「アリストートル」常に園中を逍遥して其徒に説法す。後人其派を稱して逍遥學派と云ふ。)宋襄の仁に對するに「プレトー」の愛を以てするは少々杜撰とも思はれん。漢學先生の言に曰く、宋人の章甫を越に賣るが如し、斷髪の俗には用るところなし、郢客の陽春を楚に唱ふるに似たり、鴃舌の俗には和する人なしと。英學者は單に Caviare to the general と云ふ。「ハムレツト」に見えたり。「カヴ※[ヒの小字]アー」とは「スタージヨン」と云ふ魚のはらゝ子を鹽漬にしたるものにして、「シエクスピヤ−」時代には餘り世間に知られざるのみか一般の社會には賞味せられざりし由、即ち「カヴ※[ヒの小字]アー」を流俗に勸むるが如しとの意なり。或は豚の前に眞珠を投ずるが如しとも云ふ。是は新約全書にある語にて、其意は説明せずとも明瞭なるべし。「バツトラー」の「ヒユーヂブラス」に曰く For truth is precious and divine,−/Too rich a pearl for carnal swine と。正に聖書を引用せるものなり。
 此外研究して見たらばまだ/\澤山あるべけれども、左りとては手間のかゝる業なれば、最後に今一則を掲げて此話頭を結ばんと欲す。蒙求の見出しに曰く、一休飲魚。「マホメツト」喚山。
 一休一日洛中の辻々に高札を立てゝ曰く、來る月日紫野に於て魚を喰ひ其儘元の魚に吐き出し水中に躍らしむる事なり、御望の方々御見物奉待と。期に及んで觀者堵の如し。一休即ち大盥に水を入れ魚を料理して悉く喰ひつくして連りに盥中に向つて喝々を呼ぶ。見物眼を丸くして今か/\と待ち草臥れたる時しも、一休衆に向つて曰く、切角の觀物故物の美事に吐かんとすればする程苦しくて吐かれぬ樣になりたり。是非に及ばず糞にしてひり捨つるものなり。諸人早く歸れと。平然として内に入る。「マホメツト」又諸人に廣告して曰く、某月某日某山を遠方より麾き、其搖き出して眼前に來るを待ち、其頂きに登つて見物の善男子若くは善女人の爲めに祈祷するものなりと。之を聞て集るもの雲霞の如し。「マホメツト」乃ち大聲山を呼ぶ。山來るべき氣色なし。「マホメツト」再び呼號す。山依然として動かず。斯の如くするもの數次。山は固より舊時の山なり。「マホメツト」毫も愧づる色なく、衆に告げて曰く、山の方では「マホメツト」の傍に來る氣なしと見えたり。去らば「マホメツト」が山の方へ行くが宜しからんと。遂に山に向つて去る。一休の話しは一休御一代記とか云へる當にならぬ小冊子に見えたり。「マホメツト」の談は「ベーコン」の論文中にありしを記憶す。兩者とも眞僞の程覺束なし。
    −明治三一、一一−一二『ホトトギス』−
 
  無題
 
 水の泡に消えぬものありて逝ける汝と留まる我とを繋ぐ。去れどこの消えぬもの亦年を逐ひ日をかさねて消えんとす。定住は求め難く不壞は尋ぬべからず。汝の心われを殘して消えたる如く吾の意識も世をすてて消る時來るべし水の泡のそれの如き死は獨り汝の上のみにあらねば消えざる汝が記臆のわが心に宿るも泡粒の吾命ある間のみ
 淡き水の泡よ消えて何物をか頼む汝は嘗て三十六年の泡を有ちぬ生ける其泡よ愛ある泡なりき信ある泡なりき憎惡多き泡なりき〔一字不明〕しては皮肉なる泡なりきわが泡若干歳ぞ死ぬ事を心掛けねばいつ破るゝと云ふ事を知らず只破れざる泡の中に汝が影ありて前世の憂を夢に見るが如き心地す時に一瓣の香を燻じて此影を昔しの形に返さんと思へば烟りたなびきわたりて捕ふるにものなく敲くに響なきは頼み難き曲者なり罪業の風烈しく浮世を吹きまくりて愁人の夢を破るとき隨處に聲ありて死々と叫ぶ片月窓の隙より寒き光をもたらして曰く罪業の影ちらつきて定かならず死の影は靜かなれども土臭し今汝の影定かならず亦土臭し汝は罪業と死とを合せ得たるものなり
 霜白く空重き日なりき我西土より歸りて始めて汝が墓門に入る爾時汝が水の泡は既に化して一本の棒杭たりわれこの棒杭を周る事三度花をも捧げず水も手向けず只この棒杭を周る事三度にして去れり我は只汝の土臭き影をかぎて汝の定かならぬ影と較べんと思ひしのみ
             −明治三十六、七年頃−
 
作文
 
  正成論
                 塩原
 
 凡ソ臣タルノ道ハ二君ニ仕ヘズ心ヲ鐵石ノ如シ身ヲ以テ國ニ徇ヘ君ノ危急ヲ救フニアリ中古我國ニ楠正成ナル者アリ忠且義ニシテ智勇兼備ノ豪俊ナリ後醍醐帝ノ時ニ當リ高時專肆帝ノ播遷スルヤ召ニ應ジテ興復ノ事ヲ|ヲ《原》諾スコヽニ於テ正成兵ヲ河内ニ起シ一片ノ孤城ヲ以テ百萬ノ勁敵ヲ斧鉞ノ下ニ誅戮シ百折屈セズ千挫撓マズ奮發竭力衝撃突戰ス遂ニ亂定マルニ及ビ又尊氏ノ叛スルニ因テ不幸ニシテ戰死ス夫レ正成ハ忠勇整肅拔山倒海ノ勲ヲ奏シ出群拔萃ノ忠ヲ顯ハシ王室ヲ輔佐ス實ニ股肱ノ臣ナリ帝之二用ヰル薄クシテ却テ尊氏等ヲ愛シ遂ニ亂ヲ釀スニ至ル然ルニ正成勤王ノ志ヲ抱キ利ノ爲メニ走ラズ害ノ爲メニ遁レズ膝ヲ汚吏貪士ノ前ニ屈セズ義ヲ蹈ミテ死ス嘆クニ堪フベケンヤ噫 (二月十七日)
                 −明治十一年−
 
  觀菊花偶記
        三級二組 塩原金之助拜
 
都下有養菊者至秋造菊花偶榜其門招客余甞徃觀焉雲鬟翠黛豐頬皓齒宛然一美姫也而衣帶皆以菊成焉姿態便妍※[青+見]粧而麗服一見知其貴公子而裙袖皆菊也編竹造其體而花纏之小輪豐朶婆娑團欒緑葉補其隙粉紅青萼采光爛然布置剪裁之妙無所不至有客嘆曰甚哉此|支《原》之可鄙也縱横曲直順性全天是良場師所以養樹也今夫隱逸閑雅野趣可掬者非菊性乎而今如此安在其爲菊哉養花者應曰天下之曲其性屈其天者豈獨菊哉今夫所尚於士者節義氣操耳然方利禄在前爵位在後輙改其所操持不速之恐滔々天下皆是吁嗟此輩雖金冕而繍服而其神則亡矣又安與此菊異哉然此菊也不培糞壤則花不艶不沃※[さんずい+甘]水則輪不大不※[手偏+綴の旁]春苗則枝不岐非灌漑得適培養得宜則不能使之如吾意至士則不然利禄不誘而有自曲其性者焉爵位不餌而有自屈其天者焉豈不甚哉夫士者世之所矜式而尊敬者也而今如此何獨怪於此技客逐不能答
                 −明治十八年−
 
  居移氣説
      一部一年三之組 夏目金之助
 
天地不能無變變必動焉霹靂鳴于上者天之動也崩盪震于下者地之動也噴火降砂爲山之動流石噛岸爲水之動物皆然而人爲甚五彩動其目八音動其耳榮枯得喪動其心蓋人之性情從境遇而變故境遇一轉而性情亦自變是所以居移氣也歟余幼時從親移居于淺草淺草之地肆廛櫛比紅塵※[土+翁]勃其所來徃亦皆銅臭之兒居四年余亦將化爲鄙吝之徒居移氣一焉既去寓于高田地在都西雖未能全絶車馬之音門柳籬菊環堵蕭然乃讀書賦詩悠然忘物我居移氣二焉入茲黌以來役々于校課汲々于實學而草花看月之念全癈矣居移氣三焉抑余年廿三三移居而性情亦自三遷自今至四五十未知其居凡幾遷而其心亦幾變也|鳴《原》呼天地之間形而下之物人爲獨尊今不能外形骸脱塵懷與萬化冥合外物亂吾心俗累役吾身蠕々蠢々將與※[虫+專]※[虫+古]泯滅定可嘆也夫絢彩動日々之罪也管籥動耳耳之罪也耳目不能免累心之罪也余未不能正心罪宜居移境轉而性情亦漫然無所定陽明有言去山中之賊易去心中之賊難可不慎哉故目欲其盲耳欲其聾獨心欲其虚靈不昧心虚靈不昧則天柱之摧不怖地軸之裂不駭山川之變風雲之怪不足以動其魂而後人始尊矣
(己丑六月三日)
               −明治二十二年−
 
  對月有感
          文科二年 夏目金之助
 
 夢路おとなふ風の音にも目に見えぬ秋は軒端ふかくなりぬと覺しくいとものさみし桓《原》根の荻《原》咲きみだれて人待かほなるにつけても柴の戸おとづるゝ友もがなと思へど野分にいとゞあれはてゝ月影ばかりやへむぐらにもさはらずさし入るぞいみじうわびしき夕なりけるあはれ塵の世に生れてはかはり行くわが身の上をうれひ/\て老ぬべきかなかはらぬ月の色をめでたしと見て清き心の友となさんやうもなし去れど世の中のものども誰かは清らなる月の光りをみておのが心にはぢざるべき心ざまいやしうして名聞をのみもとむるものゝあるは秋の江に舟うかべてものゝ音かきならしざれ歌うたひあるはたかどのゝ簾たかくかゝげ銀のともしびつらねて宴開きわれがちに月をめでしたりかほなるもいとあさましわれは月のおもはんほどもはづかしければ舟も浮べず宴もはらずのきばちかくゐより入るかたの空清ふすみわたるまでうちながめつら/\おもほへらく雲井にちかきかしこきわたりはものかはよもぎふの露けき草のいほりさへ月のてらさぬところぞなき昔しより世の中のうつり行くさまをてらし/\て幾世へぬらんあはれむかし見し人も今はすゝきが下の白き骨とこそなりけめむかしゆかしき宮居も今は烟ひやゝかに草もたかくなりけんわれももゝとせの後は苔の下にうづもれて此月影を見んことかなはずわがすまふ草のいほりももとの野原となりて葉末の白露におなじ雲井の月影をやどすらんその時軒端ちかくゐよりて行末を思ひ昔を忍ぶことわれに似たる人もあるべしさてもおかしきは浮世なりけり
  蓬生の葉末に宿る月影はむかしゆかしきかたみなりけり
  情あらば月も雲井に老ぬべしかはり行く世をてらしつくして
                −明治二十二年−
 
  山路觀楓
        文科二年 夏目金之助拜
 
 數ふればはや三歳あまりになりぬ軒端の霜かろくおきそめて柳の影もまばらになりぬる頃山路の景色はさこそよかめれたれこめて秋の行衛しらず峯の紅葉を秋の錦とのみ見るものかはいざたまへとて友のすゝむるにまかせたち出づ定めなき秋の空とて山路はことにかはりやすくけふしも小雨しと/\とふりいでゝやつれし田蓑菅の小笠も秋にたえぬやうなりやあはれ花はのどけき春の日にのみめで紅葉はさやけき秋の朝にのみ見るものかは春雨のおぼろげなるに櫻の花のたゆげにしほれたるもいと情ふかししぐれの絶え間よりもえいづる秋のにしきこそ見所多かれとて人々けふじあへり森の下露うちはらひ山路ふかく分け入る程にときはの松紅葉の梢、枝をかはし縁り紅ひうつりかゞやくも王呉の筆のやうなりや小楓一夜偸天酒却倩孤松掩醉容と云ふからうたはげにこのさまをこそ云ふなれたきぎこる賤の男の森の下草ふみ分けて見えがくれなるも風情ありとてかくなん
  杣人もにしき着るらし今朝の雨に紅葉の色の袖に透れば
 いつしか林も通りすぎぬ登るともなくはや頂きちかく來ぬるとて麓のかたを見やれば木々の梢はけさのしぐれに一しほの色をそえてあるは赤くあるは黄にあるはあせる緑りに夏のなごりをとゞめ濃きうすき幾重となくうちまぢりてたちこめたる白雲のたえ間より見ゆるともなくかくるゝともなくかすみあひたるは鬼神を泣かす歌人も筆をなげうつめり峯のあなた谷のこなたに鹿のなく聲きこえければ一人がとりあへず
  人しらぬ秋の錦を見よとかや白雲ふかく鹿ぞよぶなる
と口すさみて鹿の音をしるべに分け入る秋風にはかに吹き立ちて紅葉のほろ/\と袖の上にちりければ一人が又
  なく鹿の聲をしるべにたづねきてやつれ衣に錦おりかく
と云ふめれば己れも言の葉の園に遊ぶ身にしあれば此景色見て一首のうたよまざらんもはづかしとてあまたゝび誦してからうた一つうたふ
  石苔沐雨滑難攀渡水穿林往又還
  處々鹿聲尋不得白雲紅葉滿千山
言の葉の風情なく色香のにほはざるは野分にやあるらんと人々評しあへりやがて秋の日の暮れやすくて四方の景色の黒み渡るに今はとて家に歸りぬあはれ都の塵に埋れてはかゝる秋もえめでじ朝夕ことくにの文にまなこをさらしぬれば敷島のみやび心もいつか消へ失ぬそのかみの事を思ひ出で物に書きつくるにつけても年わかき昔に歸る由もがなとかこつもいとおろかなりや
(明治廿二年十一月六日)
 
  故人到
         文科二年 夏目金之助拜
 
 春雨こまやかにふりそゝぎ軒の梅かほりゆかしく咲きにほひ鶯の初音まちあへぬさまなるにわれも獨居のつれ/\にえたえず友まち顔なる折しも忽ち柴の戸たゝく音して久しくあはぬ友おとづれぬ八重むぐらおし分けて草のいほり訪ふものは春ばかりと思ひしによくこそ來ませしと云へばこたび去りがたき用事ありて京に上りしついでむかしを忍びてたづね参らするなりといふにいと嬉しく茶よ火よとてのゝしりさはぐもおかし友の云ふやう時ふるまゝにわがすがたのあやしううつろひゆくほどに君のおもかげもさぞかし變り玉ひけむと道ながら昔しなつかしさにえたえず侍りしが見參らすれば思ひしにたがはずいと大人び玉へりといふに左もありなん河べの柳をりて君を送りまいらせしよりはや六歳あまり七歳ちかくなりぬ變りしものはわれのみかはまみつらつきいとめでたかりし君の久しう見ぬほどにあをひげこく生ひいでたる抔あさましとてうち笑ひけるさはれ黄なるはかますそみぢかにきなして高き足駄ひきならし唐歌うたひ玉ひし君の姿今にわすれやらず抔云へば友もうちゑみてわれもなほ覺え侍り君の龍鳴とやらんいふもの聞かんとて枕邊にかたなかけ玉ひしをと云ふめりさてもつるぎをぬいて床柱をきりいり豆をかんで古人をのゝしりし君とわれの變ればかはるものかな君は塵の世をすてゝ山秀で水清きふるさとに草の庵りをむすびわれは都のちりに埋れて名利のちまたにさまよふされど春秋の花もみぢにつけ世渡るすべのむつかしく人の心のつれなきを思へばなまじい名をたて家をおこさんとちかひける事の口惜さよ苔の下に人しらぬ骨をうづめん君こそ中々に心安けれいでや故郷のものがたり聞きて汚れたる耳洗はんと近くゐよれば友うなづきてたばこくゆらしあはれわが故郷よ春は梅のうつり香にやつれし袖もゆかしき心地のせられこち吹く風にさくらの花のほろ/\と讀みさしたる書の上におっめり夏は柳の葉すゞしげにうちなびき緑りもる月影のゆらり/\とうごき水ぎはの螢とびまがふめり秋はもみぢふみ分けて栗柿なんどひろひ袖の上の落葉おとさんと衣振ふもおかし冬は埋火かきおこして遠山寺のかねうつゝに聞くもけう多かりなんど語るにいとうらやましくなりぬ (明治廿三年二月廿三日)
 
  故人來
      第一高等中學生 夏目金之助
 
 春雨しめやかにふりくらし、のきばの梅かをりなつかしくて、鶯のはつ音もまちあへぬさまなるにひとりつく/”\とながめやる折しも、柴の戸たゝきて、久しくあはぬ友人おとづれきぬ、草のいほりをとふものは春ばかりかと思ひしによくこそきませれといへばこたびさりがたき事ありて京に上れるついで昔をしのびてとひまゐらするなりといふ、いとうれしくて茶よ火よとのゝしりさわぐほどに、其人のいふやう、年月にそへて我すがたのあやしうゝつろひゆくに、君のおもかげもさぞあらんと、こひしさにえたへずして訪ひまつるが、思ひしにたがはず、いとおとなび給へりといふ、さもありなん、川べの柳を折て君をおくりしより、はや六年あまり七年ちかくなりぬ、かはれるものは我のみかは、まみつらつきのいと清らなりし君も、久しう見ぬほどに、青ひげこくおひ出たるはあさましや、さばれ黄なる袴をすそみじかにきなして、高足駄はきならし、唐歌うたひ給ひしそのかみの姿、今にわすれやらずなといへば、うちゑみてわれもなほおぼえ侍り君が龍嶋とやらんいふものきかんとて、枕邊に太刀かけ給ひしをといふ、さてもつるぎをぬいて床柱をきり、いり豆をかみて古人をのゝしりしを、君もわれもかはればかはるものかな、さても君はちりの世をすてゝ山高く水清き故郷にくさの庵をむすびぬ、われは都のちりにうづもれて、名利のちまたにさまよひつ、されど春秋の花もみぢにつけても、世わたるすべのわづらはしく、人の心のつれなきを思へば、なまじひに名をたて家をおこさんとちかひし事のくちをしさよ、あり/\て苔の下に人しらぬ骨をうづめんと思ひさだめし君こそ、なか/\に心やすけれ、いでやふるさとの物がたりきゝて、汚れたる耳をあらはんとて近くゐよれば、うなづきて煙ぐさくゆらしあはれわがふるさとよ、春は梅の移り香にやつれし袖もゆかしき心ちのせられ、こちふく風にさくらの花のほろ/\とよみさしたる書の上にちり、夏は柳の涼しげにうちなびきたるかげより、もる月影のゆら/\とうごき、水きはの螢とびまがふあり、秋はもみぢふみわけて栗柿などひろひつゝ、落葉はらはんと衣を振ふもをかし、冬は埋火をかきおこして、雪ふかき遠山寺の鐘の音をかぞふるも興多かり、などかたるに、いとうら山しうなりぬ、
   −明治二三、三、一〇『大八洲學會雜誌』−
 
  母の慈 西詩意譯
        文科二年 夏目金之助拜
 
 わかき男の旅衣さむげにきてあやしき杖を力にわが故郷にかへりきぬるさまこそげにわびしきものゝかぎりなりかし長き髪のちりにまみれ兩の頬のくろみたるなどいとあはれに見ゆるに誰かそのかみのおもかげを知るべき
 大きやかなる古き門のわが村の入口にたてるを通るほどにむかし同じ處に酒くみかはしなどしけるしたしき友の門の柱によりかゝりてゐめ《原》めりされどわがおもかげを見忘れやしけむものもいはずさばかりやつれしわがすがたぞかなしき
 やがてちりほこりうち拂ひほそき路をたどり行くにかなたの窓よりむかしけそうせるわかき女のいとおもしろげに外の方を見やるもをかしされどわがおもてを見忘れやしけむものもいはずさばかりやつれしわがすがたこそかなしけれ
 人の心つれなくて世の中はしたなきことのみまさればたゞなみだもろくなりまさりてなほわが家をさしていそぐに墓參のかへりにやありけむうたてげなる母の寺の石段をくだりくるに出合ひぬあななつかしとて口ごもれば母も吾兒とばかりにてなきいるさまいと哀れなり
 さてもこのつれなき世に母のいつくしみのみぞ誠なりかしないかに姿はやつれたりともいかにおもかげはかはるともわが子を見忘るゝ母やはある (明治廿三年五月十日)
 
  二人の武士 西詩意譯
        文科二年 夏目金之助拜
 
 二人のものゝふの「ろしや」にとらはれたるがゆるされて故郷なる「ふらんす」にかへらむとて「どいつ」につきけるとき國はほろび軍はやぶれ御門はとらはれ給ひぬときゝていとかなしげに涙をながしけるける《原》がやがて手創おひたる一人があなかなしわがふるきづのもゆる如くにいたむことよといへば一人が今は生きがひなき身なればわれもともに死なんと思へどふる里の妻子のわれなくば餓もやせん渇へもやせんといふめれば手負は聲をはげまして餓なばうえよわれは妻も子も何にかせん御門はとらはれ給ひぬるにわが御門はとてさめ/”\となくやがて涙をはらひ今生の願はたゞ一つなん侍るわれ今こゝに身か《原》まりなばわがむくろを「ふらんす」にをくり紅ひのひもつきたる十字の徽章をわが胸にかけ筒を手に太刀を腰にゆひつけて故郷の土にうづめたまへわれは墓の中にてしづかに待たん筒の音の今一度わが耳をつらぬくまで馬の蹄の今一度わがねぶりをおどろかすまでつるぎと太刀のうち合ふ聲の今一度聞ゆるまで其時こそ御門はわが墓の上をよぎりてかへりたまはめ其時こそわれは墓の中よりおどり出でゝ御心をたすけ奉らむとらはれ給ひぬる今の御門をとて息たへぬ
 西も東も同じ樣なるものゝふのさまかないさましきことにこそ (明治廿三年五月十日)
 
翻訳
 
  催眠術(「トインビー院」演説筆記)
          Ernest Hart,M.D.
 
 幽幻は人の常に喜ぶ所なり幽幻の門戸を開いて玄奥の堂を示す者あれば衆翕然として起つて之に應ず智者も此弊を免かれず昧者は勿論なり詩歌を吟泳する者好んで神秘を説く者想像を以て哲理を談ずる者は上に在つて人の附加を得眩人妖師怪を壇上に演ずる者は下に在つて萬金の富を累ぬ思ふに不可思議を説くに一面あり之を唱ふるに一法あり苟しくも此方面に位して此一法を講ずれば天下の耳目を聳勤して流俗好奇の心を喚起するに難からず必ずしも時の古今を論ぜず洋の東西は問はず野蠻人は云ふに及ばず史筆以前の民も亦此境界を免かれざるべし此方面とは何ぞ此一法とは何ぞ靈心の秘力を指示し精神の奇貿を表章するの謂のみ手を擧げ目を揺かさず緘黙不言の間に我が印象を取つて彼に通ず此術を講ずるの謂のみ五官以外に一歩を推開し常人の知らざる所に於て他の心を御す此策を行ふの謂のみ因つて今此問題を論じ且つ其古代の形跡より今世の模樣に及ばんとす是余の主眼とする所なり此術夙に亞細亞上古の民及び波斯の「メーヂヤイ」間に行はる下つて印度の「ヨーギス」及び「フエーカー」の如きは今猶凝視の作用にて入定するとか聞く希臘教會の寺院にては十一世紀の昔し既に之を行ふ者あり現今にても「オムフハロプシキクス」と稱する信徒は己れの臍を見詰めて漠々たる幻想界に没するを例とす今の世に之を催眠術、「メスメリズム」の動物※[金+聶]氣術、讀心術、傳心術抔と稱す其古へ人智未だ開けず合理の法を以て自然の現象を解析するに拙なりしに方つては「メヂアン」の幻術、狐憑の怪、禁呪の驗抔と云ふ大抵似た者なるべし昔し「アポロニアス」の友「サーカス」秘術を以て痿者を歩まし聾者を聰にし狂者を正氣に復せりとか是は方今に云ふ提起法(Suggestion)を用ひしものと察せらる思ふに此提起法は應用次第にて暗憺たる血痕を史上より拭ひ去り荒唐の怪譚を冊裏より除くの力あるべし左なくとも彼の壇上に立つて幻技を售る輩の照魔鏡たるを得ん去れども余は先づ脳髄生理の梗※[既/木]を敍し又此術の研究者として聊か自ら輕驗せる所を述べんとす此經驗の爲めに研鑽探求の情己が念頭に浮び出たればなり且つ事半ば哲理に關す少しく潤色する所なければ※[火+爵]《原》蝋の譏りを受けん事を恐るればなり
 余少時より有名なる「ドクトル、エリオツトソン」と相知る誠實篤學の士なり惜いかな二騙客の欺く所となり遂に大學醫院を退けり騙客名を「オキー」某と稱し共に醫院の患者なり揚言すらく「メスメリズム」にて眠る時人若し一封の書を我身に觸れなば封を破らずして我れ能く其何事の手紙なるかを告げんと其意蓋し催眠術の研究者を籠絡し名を釣り利を貪ぼらんとするにあり「ヱリオツトソン」まんまと其術中に陷り遂に職を罷むるに至りしかど是より一身を催眠術の研究に委ね是を以て治病の一法となさんと欲し孜々餘念なし甞て余が親戚に漫性關節病を患ふる者あり氏に乞ふて之を治す氏乃ち其術を試む性《〔?〕》に患者安眠復宿痾の身にあるを知らざる者の如し此功驗を目撃して深く氏を徳とするの念と共に機會もあらば余も一つ試驗して見ばやと思ひ立ぬ後年刀圭に從事するに到つて始めて之を實行するに先づ十中の八九は外るゝ事なし遂には少しくわが手を動かし又は愚者の視線をわが眼に注がしめて容易に之を眠らしむるを得るに至れり又「エリオツトソン」及び「メスマー」の指圖通り手術の際には故意にわが意思〔二字傍点〕を用ひて疾く患者の眠れかしと心に願ふを常とせり此の時に當つて又々二種の新催眠術現はれ出たり一を「ブレイズス」と稱し「ドクトル、ブレイド」(Dr.Braid)の實行に係り一を生物電氣術と云ひ千八百四十八年頃「グライムス」(Grimes)と云ふ男「亞米利加」にて始めて之を唱ふ是は千八百五十年に至り「ドクトル、ドツヅ」(Dr.Dodds)合衆國議員の請に應じ電氣心理の名を附して下院にて演説せし所の者なり此演説「ニユーヨーク」にて出版せられ題してPhilosophy of Electrical Psychology(電氣心理論)と云ふ余が「ドクトル、ダーリング」(Dr.Darling)及び「ドクトル、カーペンター」(Dr.Carpentr)の諸氏と始めて此問題を研究するや此書海を航して英國に流布せり
 此時余は府立病院の宿直醫なりしが或る日此術を一貴女に行ひたる爲め大に物議を釀し遂にわが位地を危ふするに至れり此貴女甞て我友二人と余を訪ひ四方山の談話の末催眠術に功驗なしといふ自ら試みて見んやと問へば異議なしと答ふ去らばとて試驗するに難なくわが術中に陷ぬ餘程深く感ぜしと見えて昏睡容易に覺めず漸くにして喚び起せば行歩蹌踉身を支ふるの力なく左右より扶けられて歸る此事を惡し樣に告ぐる者ありて醫事委員の前に呼び出されて其審問を受くるに至れり余は力の及ぶ限り科學的の説明を與へたれど彼れ頑として中々信じたる氣色なく頭を掉り乍ら申し渡して曰く此度はよろし以後は屹度慎むべしと此一事のみならず催眠術の功驗に就ては其他種々の珍談ありまづわが經驗する所に因れば其状時には普通の眠りと同じきことあり時には止動病の昏夢となり又或時は夜行病の如き觀を呈す凡て此術に罹る者は萬事施術者の意を迎へて一擧一動其命を聽ざるなく笑ふに堪へたる所作を演じて羞づることなし問に應じて自己の機密を洩す者あり平時爲すを肯んぜざる所のものも唯々として之に赴き只命に後るゝを恐るゝが如き者あり施驗者の意を用ゆるにあらざれば四肢を折り頭髪を焦して顧みざる者あり或は無鐵砲に高處より飛び下り或は机を潜つて床上を這ひ廻り水泳の稽古をなし或は刀を拔き室を斫つて吾敵こゝにありと叫び或は地上に毒蛇を畫て卻走卻歩其劇噬を逃れんと欲し或は黄鳥の幻影を認めて何有の嬌音に抃舞する抔千態萬状なり凡て此當時には意識なく其後日には記憶なし此時彼は人間の自動機の如く寸毫も外物の意志に抵抗する能はざるなり抑も此現象の根底は何れにありや其範圍は何づくに止まるや一たび不審をこゝに抱いてより疑惑中々晴れず遂に支配實驗(Controle experiment)と云ふものを行ふに至れり
 人若し支配實驗の何たるを知らば此問題を圍繞する夢々たる怪霧は半ば消散して白日を見るの思あらん從つて此研究の人を動かすの度も大に減少すべく、かの心理考究會抔云ふ者或は其材料の乏しきに窮するに至らんも知る可らず偖支配實驗とは如何なる者ぞと云ふに先づ此現象を生ずるに有力なる原因を除去したる上にて其結果に影響ありや否やを驗するにあり今傳※[金+聶]術、催眠術、生物電氣術等の功驗あるは如何なる原因に由るかと云ふに通例の考へにては第一施術者の意志第二施術者又は施術者の感應を受けたる器物より生ずる一種の氣(電氣にあれ※[金+聶]氣にあれ心理的の氣にあれ)にありとなすものゝ如し夫の 「メスメリズム」の張本「メスマー」も此原因は※[金+聶]氣にありと唱へたり「パリス」の全都愕然として「メスマー」の怪術に驚ろき王侯貴人踵を接して其門に聚まり跛者盲者相率ひて其治を乞ひ幽冥を説く者も行き圓頂緇衣の士も行き豐頬細腰の人も行き其他奇を好み怪を喜ぶ者うぢや/\と麕集するや「メスマー」先づ六か敷氣なる大桶を製し之に液體を盛れる徳利を入れ之に通ずるに針線を以てし被術者をして此針線の柄を握らしむ彼れ此傳授を賣つて一萬六千「ポンド」を得たり然れども其傳授は少しも傳授にあらず壜中の液亦電氣を含まず其騙術の露はるゝや否や「メスマー」忽ち去つて「ライン」河を渡り巧みに癡漢を瞞着して復巨利を博せり然れど此流行少しく下火となり流俗信仰の念漸く薄らぐに至つては野人復此術を受けて其病を癒すを得ず凡て※[金+聶]氣治術、奉信治術抔にて其病を癒さんと思はゞ其流行の際早く試るべし又其信仰の度尤も篤き時之を行ふべし兩者衰ふるときは毫も其功驗なしと知るべし偖余が第一の支配實驗は電氣※[金+聶]氣の果して此現象に影響あるやを確かむるにありければ手術の際微妙なる電氣器を以て之を驗せり然るに施驗者及び被術者の電氣的情況は依然として變化することなかりき通常の方法にて※[金+聶]氣及び電氣を導き又之を切斷せしに亦何の功驗もなし絹布又は硝子を中に置き余と被術者をして電流に感ずる能はざらしむるも其結果に於て寸毫の變化を見ずかく電氣※[金+聶]氣は、此術に關係なき事明瞭にて人工の睡眠、自動器的の昏夢、奉信治病等の現象を捕へて動物電氣術《アニマル、マグネチズム》抔と唱ふるは大に其意を得ず吾れ能く鬼を役し吾れ能く魔を使ふ抔と大言を放つ者己れの無智なるより現象に關係なき一種の名目を捏造して仕たり顔なりと「ウオルテール」の云ひしも是等の事にや尤も肉體の繊維には電氣の反動あり且つ筋肉の收縮は電氣の變化に追陪する者なれども電氣と神經も同樣の關係を有すとは云ひ難く心中の影響は電氣の關する所にあらずと云ふも可なり去れば奉信治病術を行ふ者抔が動物電氣を口にするは無稽の妄言にして知つて之を唱ふるは勿論知らずして之を道ふも均しく瞞着家の稱を免かれず
 是より第二の支配實驗に移らん手術者より※[金+聶]氣が放散すると云ふ説は却下するとした處で他に有力なるは施驗者の意志〔二字傍点〕が此術に關係ありと云ふ説なり此説古くより行はれ今も猶之を唱ふる者あり故に第二回の試驗には施術の際全く余が意志を除去したり啻に之を除去したるのみならず時に或は吾が意志を轉じて催眠の結果に抵抗せしめたるもあり斯く余は凡て手眞似身振りを廢し冷々淡々として被術者の前に坐し「早く眠つて呉れば善い」抔とは少しも考へず唯彼をして一心に吾眼を見詰めしめ或は一片の貨幣を取つて只管之を打守らしめ或は銀匙を持して鼻頭六「インチ」の前に置き專ら之を凝視せしむるのみ然れども其結果依然として舊の如し此時余は更に一歩を進めぬ甞て聞く「メスマー」の弟子「プイセグール」奇術を木幹に施こし人あり手を連ねて此木を圍むか或は之を熟視すれば木靈忽ち驗あり之を圍む者之を視る者或は眠に就き或は痾を癒すと余も何時か此試驗をして見んと思ひし折幸ひなる哉「ケント」にて有名なる銀行役員某氏の家に宿せしに此に寄寓する一少女咳嗽に苦んで治を余に乞ふこゝぞと思ひて先づ此女を蝋燭の前に坐はらし此蝋燭には催眠術が仕掛てあれば之を見詰給へと云ふ間もなく彼女の咳嗽忽ち已むと同時にすや/\と眠り始めぬ翌日獵にとて外出し畫過歸寓せしに彼女の眠り猶未だ覺めずと聞き之を喚び起さんとするに中々起きず漸々の事にて正氣に回したり其夜主人宴を張つて客を饗し衆人一堂に會す運惡く此女余が向ふに席を占めしが宴未だ酣はならざるに頻りに坐睡を催ふし果は席に堪へずして退く復わが催眠術に罹れりと云ふ稠人衆客の裏余は大に面目を失せり是より此女余を見る度に催眠術を行はん事を恐れ余を見る度に自ら催眠術に陷れり余は去る惡戯をなす者にあらずと種々辯解すれど毫も聞き入るゝ樣子なく遂に余が傍を去つて「ロンドン」に赴けり出立の日余主人の馬に騎して停車場を過ぐるに主人云ふ彼女此※[さんずい+氣]車にて歸るなり一寸暇乞すべしと因つて余も馬を下りて「プラツトフオーム」の上に到る固より余は彼女と言ばを交すを好まず去れど彼方此方と彷徨する際不幸にも二返許り彼女の窓外を通過したり少女は再び自ら催眠術に陷りぬ「ロンドン」に着する迄に正氣に復せず着後の當座も時々再發せし由彼の蝋燭固より余が法力にて靈驗を有するにあらずされど感應ありと信じたる少女には其結果斯の如し是に類似の例此外澤山あり要するに受驗者にてわが催眠術を用ふるを信ずる以上は此方にて如何に眠らすまじと力むるも其甲斐なく睡眠するなり
 去れば俗に所謂※[金+聶]氣睡眠、生物電氣、奉信入定抔と小六づ箇敷御大層なる名を附するものも一たび其源頭に逢着すれば單に主觀的の情況に過ぎざるなり是は施術者の手眞似身振りに關せず其身體より放散する精氣に關せず其意志にも關せざれば又其器物上に有する法力にも關せず距離の遠近之を支配せず導體不導體の阻礙之を妨げず眠れと命じさへすれば眠る傳話器で命ずるもよし電信機で命ずるも同樣なり啻に是のみならず若し幾多の方便を以て被術者の想像を感ぜしめ又其體《〔?〕》性を動かすを得ば施驗者なくとも實際同樣の結果を生ずべし(未完)      −明治二五、五、五『哲學會雜誌』−
 
  詩伯「テニソン」
        オウガスタス、ウード
 
 今は早や昔しとなりぬ。一と歳天公大に育英の念を起して、五人の名士を惜氣もなく、下界に天降し給へることあり。年はと問へば一千八百九。人の名は、「グラツドストーン」、「ダーウイン」、「リンコルン」、「ホームス」及び「アルフレツド、テニソン」。皆夫々の道に於て、天晴一方の首領と仰がれたるともがらなり。敷ふれば、早く既に八十餘年の星霜を閲して、三人は最早此世のものにあらず。殘る二人は、猶未だ鬼籍に上らずといへど、其一世の事業は亦全く終局に達したりと云ふべし。「リンコルン」と「ダーウイン」が絶大の偉功を遺して、黄壤の客となれるは久し。「テニソン」が九十に近き高齡を以て、靜かに塵の浮世を謝し、白鳥の歌を、うたひて無限の大洋に、行衛も知れずなりたるは、つい此頃の事なり。
 詩伯の訃音一たび世間に達してより、茲に數週間。思ふに「テニソン」派復興の時期必ず既に至れるならん。知らず早く既に此翁の傳記に着手したる者幾何ぞ。其傑作を擧げて、再び世間に吹聽せんとする者、又幾何ぞ、翁を愛する者は、復其愛する所以の理を説き、翁を批する者は、再び其功過を比べて、今度こそ穩當の斷案を下すならん。さはれ是等の文字、文學上に如何なる功徳かあらん。從來の材料を磨ぎ上げたればとて、古物は矢張り古物なり、其新奇の點、果していづくにかある、此五十年間英國の詩宗と云へば、誰しも「テニソン」の事と思はぬ者なき位なれば、評者讀者共に、疾くより胸中に、軒輊の標準を具へ、既定の見識を利用して、其集に對せぬは稀なり、去るからに、其説く所は、所謂太倉の粟陳々相因るの嫌ありて、一向面白しとも覺えず。此際只面白しと思はるゝは、「テニソン」と其時代は、如何なる關係を有するかを、考究するにあれど、是も當分は出來惡き注文にて、雙方の比例を見出さんには、夫を見出す丈の距離に、其身を置かざるべからず。當時吾人の「テニソン」に接する事甚だ近し。近過ぎるが爲めに見當つかず。今の世が一と昔となりたらん頃に、「テニソン」は「ヴイクトリヤ」時代に如何なる地位を占めしか。其時勢の影響を受けたるは何れの點ぞ。又其世俗を感化せる處は何れにあるぞ。と心を付くる事、後世評者の務めなるべし。夫の民政時代を代表するものは「ミルトン」なり。「アン」后の朝を表彰するものは「ポープ」なり。後世の人「テニソン」を以て「ヴイクトリヤ」朝の詩宗となすや。なさずや。そは未來に生れざる我々の、知り難きところなれど、只何となく當今詩情の元素と云へば、「テニソン」の名自ら胸裏に浮び出づる樣なり。英文學を修むる人々は、誰しも同樣の感じあらん。
 從來出版の「テニソン」傳抔と稱するものは、皆多く其作を列擧するのみにて、眞の傳記とも稱すべきは、皆無の姿なり。會ま之を試みんとするものあれば、痛く峻拒せらるゝを以て、誰も手を下したるものなし。故に向後「テニソン」の傳あつて、世に公けにせらるゝとも、「ボスウエル」が「ジヨンソン」傳、「ムアー」が「バイロン」傳、偖は「ロククアート」が「スコツト」傳に比すべきものゝ、出來んとも覺えず、よし出來たればとて、そは余輩の望む所にあらず。「テニソン」の一生は平穩にして奇變少なく。且つ其心情の發達に至つては、其詩既に之を盡せり。
 「テニソン」の家は、「ノーマン」の血統を承けて、遠く其祖先を尋ぬれば「デインコート」より出づ。下つて後世に及んで、其族宗門に關するもの多く、從つて子葉學者の風あり。人生を觀ずること、實着にして、輕卒の態なし。詩伯の父名を「ジエオージ、クレートン、テニソン」と呼び、「ソマースベー」の牧師にして、「グレート、グリムスベー」の副牧師を兼ねたり。母は「ラウス」の副牧師の女にて、名を「エリザベス、フ※[ヒの小字]チ」と云ふ。此夫婦子を産む事凡て十二人、「アルフレツド」は實に第三子なり。父は藏書家にて、多少の學力あり。好んで數學及び古代文學を講じ、且つ少々は詩も作れり。兒童の天資既に學問に傾けるに、かゝる父の教訓を受けたれば、幼年より文學のたしなみは、人に優れて目出度かりし節もありしならん。なれど小兄の事なれば大概は内を外にして、そゞろあるきに日を暮したる事も多からん。後年詩人“Dying Swan”及び“Ode to Memory”を作つて田舍平遠の景を寫す、故園の風光歴々目にあり。十二歳の折とか、一日野中に彷徨して、忽然天地の靈に感ずる所あり、詩句口を衝て出づ。其辭に曰く。聲あり、聲あり、風中に語る(I hear a voice that's speaking in the wind)と。之を「テニソン」皮切の詩となす。
 「テニソン」の兄弟、幼時は家に在つて教を受け、後には村學に通ふ。夫より長子「フレデリツク」は「イトン」に行き、「チヤーレス」と「アルフレツド」は「ラクス」の高等小學に入る。當時兄弟共に吟咏を嗜み、家に在つても、校に上るも、又は野中に逍遥するも、甞て賦※[まだれ/尹にノをつけそのしたに貝]の樂を廢せず。當時の作散逸して今傳はらず。是れ兄弟の爲めに惜むに足らず。然るに千八百二十七年に至り、兄弟大に勇を鼓し、是ならばと篇を輯めて、一卷とし、「兄弟の詩」と題して之を世に問へり。評者未だまじめに此詩卷を評したるものなからん。卷中の詩多くは出放題にて、まゝ「バイロン」風を帶ぶる者あり、一篇にても將來望みのありさうなものはなし。讀者若し此等の篇を觀んとの執心あらば、よろしく、米版の「テニソン」全集を繙くべし。
 千八百二十八年には、兄弟三人共に「ケムブリツジ」の「トリニチー、コレツジ」に遊學す。此時校中には、後年世間に其名を知られたる、非凡の青年一時に落ち合へり。其人々には索遜語研究の先登者「ジヨン、ミツチエル、ケンブル」、「ダブリン」の大僧正「リチエード、シエネウエクス、トレンチ」、「カンターベリー」の首牧師「アルフオード」を首めとして、「メソヴエール」「サツカレー」「スペツヂング」の面々何れも「テニソン」同窓の學友とぞ聞えける。中にも「アーサー、ハラム」とは莫逆の交りなり。此友情の塊まり後に破裂して“In Memoriam”となり、親愛の記念を永く不滅の文字に傳へたるは、詩を讀む者の誰も知る所なり。偖是等の青年は一致《ユニオン》會と稱する團體を組織して、日夕其議論を上下しけるが、「テニソン」何時しか其中心となりて、聲望漸く同人中に重し。在學中懸賞詩の募りに應じて「チヤンセロー」の賞牌を受く。「チンバクツー」の一篇是なり。時に「サツカレー」「スノツブ」と云へる雜誌を藉りて善く諷刺の文字を公けにしけるが、忽ち「チンバクツー」の替へ歌を作りて之を嘲笑せり。之に反して、同じ一致會員なる、「スターリング」と「モーリス」と云へる兩人は「アセネーアム」の發行者たりしが、大に「チンバクツー」を賞して云へる樣從來懸賞詩を草する者は皆第一流の詩才にあらず。詩を作り賞を得るも未だ譽れを買ふに足らず。賞を得て賞に誇るを得るものは獨り一の「テニソン」あるのみと。「テニソン」時々其友を携へて、母を「サマースベー」に省す。中にも屡ば同行せるは例の「ハラム」なり。「ハラム」の南歐に遊んで伊太利より歸るや、「テニソン」其小妹を托して伊語を學ばしむ。之を暫らくして、師弟の關係は一變して友愛となり、再變して戀情となり、結婚の約整ひし迄は御目出度かりしが、未だ合※[丞/巴]の式を擧ぐるに及ばずして秀才客土に天死し、伉儷の契り空しく一場の夢となれるは、實に氣の毒なる次第なり。
 「テニソン」の大學にありしは、僅々三年に過ぎざれど、在學中は主として、英國詩人の集を熟讀し沈潜刻苦して、其格調を究め、又常に吟咏を事として、深く將來の地をなせり。かくて千八百三十年に至り“Poems, Chiehly Lyrical”と題する詩集の第一卷を公けにす。此集四方八方より批評を蒙る。多くは攻撃なり。勿論大學の友人等は熱心なる「テニソン」派にて、中にも僧正「トレンチ」首牧師「アルフオード」抔は、集中の詩を以て、悉く完璧なりとし。「ウエストミンスター」記者は“Confessions of a Second-rate Mind”と題する一篇を激賞し、「リーハント」の如きも、亦「タトラー」の紙上にて大に同篇を褒賛せりと雖ども、世間一般の鑒定は大反對にて、「バイロン」「スコト」抔の硬肉を啖ふやからに取りては、「クラリベル」、「リヽアン」「アデライン」等の作は腹に答へざる事、牛乳を啜るが如くなりしならん。尤も集中の詩多くは※[車+(而/大)]弱にして氣骨なく、且つ乙に優美がるの風ありしが爲め、一層評者の癪に障りしと覺し。教授「ジヨン、ウイルソン」抔も、「テニソン」の友人等は、過常の褒辭を以て、値ひせざるの詩人を寵せんとするものなりと極言し、又一層烈しきは、此時「ブラツクウード」雜誌に、「クリストフアー、ノース」と名乘る論客ありけるが、痛く「テニソン」を罵つて曰く、先頃「ウエストミンスター」に一狂生あり。孟浪の言を放つて、「テニソン」を揚ぐ。「テニソン」此魔睡劑を服して、猶平氣なり、其しぶとき事驚くに堪へたり。向後は彼烈火を抱いて寢に就くも、猶且安眠するを得べしと。超えて三年、「テニソン」詩を作つて、評者に答へたる辭に、
 “You late review my lays,
    Crusty Christopher;
  You did mingle blame with praise,
    Rusty Christopher.
  When I learnt from whom it came,
    I forgave you all the blame,
      Musty Christopher;
    I could not forgive the praise,
      Fusty Christopher.”
 此集は固より缺點なきにあらず。中にも。“The How and Why”の如き“Nothing Will die”“All Things will die”の如きに至つては殆んど兒戯に等し。然れども評者の見落したる好處も亦なきにあらず。或る米人當時の文壇を許して、「テニソン」が詩を以て家を興さんとするに當つて、詩法に關する英人の觀念は亂雜極まる事、想像も及ばぬ位なり。と云へるは頗る適評なり。彼評者共既に「キーツ」の好模範を有しながら、猶未だ其必要を悟る能はず。徒らに在來の好尚に支配せられて、聲調の美を辨ぜず又有音の畫を解せず。遂に「タラリベル」「リヽアン」「マーマン」「ダイング、スウワン」「アウル」等の諸作を閑却せるなり。且つ「テニソン」の敍法も餘り輕易纖微なるが爲め、反つて「マリアナ」「リコレクシヨン、オフ、アレビアン、ナイツ」抔の好處を没却し去りたるが如し。
 千八百三十二年より、同三十三年にかけて、「テニソン」又其詩集を刻し、以て諸家前日の評語に應ぜり。
 此時作者年僅かに廿二。而して卷中の詩首々趣を異にす。其才實に測るべからざるものあり。
 “Oenone”は、其調時流を追ひ、「テニソン」一家の詩風を具へたりと雖ども、古色蒼然、艶麗にして清曠の致あり。之に反して、“The Lady of Shalott”及び“The Sisters”の如き、は純然たる獨調《ヂヤーマニツク》なり。凡て是等の諸首を通覽するに、全篇の意匠天然の景物と相和し、打成一片の妙を見る則はち之を稱して、牧歌《アイデル》といふも不可なきが如し。“The Miller's Daughter,”“The May Queen,”“Lady Clara Vere de Vere”の如きに至つては、宛然たる英風にして、牧歌《リヽツク》と述懷詩を兼ねたるものといふべし。諸首皆「テニソン」の特色を帶ぶ。其作家を代表するに至つては、敢て晩年の所作に讓らず。只紙數限りあり。縱まゝに博引例證する能はざるを憾むのみ。概ね句法自在、着色醇厚にして、命意格調相待つて互に諧和す。例へば“The Lotos-Eaters”の首一節の如き、讀者をして覺えず黯然たらしむ。
 “In the afternoon they came unto a land
  In which it seemed always afternoon.
  All round the coast the languid air did swoon,
  Breathing like one that hath a weary dream.”
 (午後陸に着す荒境固より朝なきなり。只見る陰氣暗憺として沿岸を罩め、人の昏夢して覺めず、氣息の奄々たるが如し。)
 又。“A Dream of Fair WoOmen”中には詩人の明星(テニソン詩中の語)とも云ふべき「チヨーサー」を評して曰く。
 (「チョーサー」甞て一鳴す。餘音今に至つて絶えず。「エリザベス」大后の時、歌者盛朝に充つ。「チヨーサー」の鳴く遠く之に先だつ。而して餘音今に至つて蓋きず。)
 世の「テニソン」を知る者、恐らく米人「ステツドマン」に若くなからん。「ステツドマン」甞て千八百三十二年の集を評して曰く。
 斯の如きの斬新、斯の如きの秀麗、豈得易からんや。「テニソン」此に至つて、明かに一家の詩風を興して、而も些の陋習を帶びず。啻に句法の雋妙なるのみならず。又風調の清絶なるのみならず。錬字錬句恰も金殿に鏤めたる花の如し。一辨も毀つべからず。一花も忽かせにすべからず。而して讀者は則ち其全部の美に眩して、隻言片辭の妙を忘る。天巧に非ずんば、豈能く此の如くならん。其他絢彩の粲たる、音節の喨たる、情景配合の妙なる、大凡人を動かすもの、皆こゝに存せざるものなし。「テニソン」眞に綺藝の各體を選み、美術の全面を羅して、一卷中に收めたりといふべし。假令ひ是等の牧歌及び述懷詩が其意義に於て採るべき所なしとするも、崇美派復興の道に於て、其稗益する所豈鮮少ならんや。「テニソン」の集既に在り。此照魔鏡をとつて、他の詩鬼を照破するときは、醜態歴々遂に遁逃する所を矢はん。作家是より漫りに蕪穢の字句を臚列し、鹵莽の言辭を布陳する事を得ず。雕琢の風一度び勢を得てより、文壇爲に靡然。遂に「テニソン」をして所謂巧派の首領たらしむ。巧派とは巧みに情景を錯綜して、讀者を動すを云ふ。
 此種の詩英國に興つてより、或人は力を極めて之を排撃し、或人は其斬新にして其神の舊套を脱したるを悦こび、文界之が爲めに紛然たり。當時(千八百三十二年)英國詩壇の有樣を考ふるに先づ詩を以て世に許されたる人々には、「ウオヅウオース」「サウセイ」「コレリツジ」を始めとして、「スコツト」「ロジヤース」「カンベル」「ムアー」「プロクトー」「フード」等皆一時の選なりしかど、其勢力に至つては、中々一世を左右する程の事はなかりしなり。「スコツト」の尚武、「シエレー」の感慨、「キーツ」の崇美説、偖は「バーンス」「ウオーヅウオース」の山川主義、皆既に振作鼓舞の具たる能はず。「ランドー」の如きに至つては、古文の中に埋没して、上世の夢正に酣なり。抑も當時は科學勃興の時にして、理化發明の期なり。蒸※[さんずい+氣]機關、工業器械の創造と共に、技藝は單に五官を飾るの具と化し去りぬ。二三子の言世を動かす能はざる、亦怪しむに足らず。是に於てか「テニソン」の聲始めて威驗あり。其詩の錬熟にして綺麗なる、良に能く當時の技藝に適せりといふべし。宜なり世人の「テニソン」を讀んで新奇の極となすや。
 千八百三十二年の集に關しては、今更喋々するの必要もなけれど、是は一時隨分世評に上りたるものにて、其中には餘程手酷きもありしかば、之が爲めに詩伯千八百四十二年に至る迄、十年間緘黙して一向口を開かざりしなど、云ふ人もあれど、實際「テニソン」が斯く迄世評を意に介せしや否や甚だ疑はし。作家必ずしも「キーツ」の如く感じ易きにあらず。「テニソン」此等の惡口連を稱して、俗界の鵞群漫りに長頸をあげて、呶々人を罵る(The long-necked geese of the world that are ever hissing dispraise.)といへり。俗評固より「テニソン」をして沮喪せしむるに足らざるなり。顧ふに此十年間は、詩伯が經錬の時期なり。改竄の時期なり。尤も其間を如何にして消光せしやに至つては、頗る判然せざれど、何にもせよ、夫の華奢なる大學出身連の如く、「テニソン」が倫敦に赴けるは誰も知る所にして、常に粘土製の烟管を口にして、「フリート」街を徘徊せし由。其英京にあるや、「アノニマス」及び「スターリング」會の會員となり、「カンニンガム」、「カーライル」、「グラツドストーン」、「スチユワアート、ミル」、「サツカレー」、「フオースター」、「スターリング」、「ランドー」等の諸家と相往來し、詩酒徴逐概ね虚日なし。又「ケンシントン」にて、小「ホーランド」家に住する事少時。かくて千八百四十二年に至り、復其詩集二卷を上梓す。其第一卷は前集中の詩を訂正抄選せるものなり、第二卷の詩は悉く新作に係るもののみなり。此集の賣高は莫大にて、五十三年に至る迄十一年間に早や八版に達せり。例の「ステツドマン」云ふ。「此集は實に「テニソン」を代表すと云ふべきものにて、若し之を上梓することなからんには、詩伯の名作とも見るべきもの過半を失ふに至らん。蓋し其詩を觀るに、一片の性靈幾多の工夫と相伴ふて、毫も破綻の痕なし。抑も推敲鍛錬は、讀者を感ぜしむるの好方便なるのみならず、物によると意匠を凝らして經營刻苦するにあらざれば、之を表はし難き事あり。此表はし難き者を道ひ破る。是全く工夫の功にして、殆んど人巧を脱して天巧に近づく者と云はざるべからず。察する處作者の深意茲に存するものあらん。」
 集中尤も要用なる篇を擧ぐれは、先づ「オードレー、コート」と「ウオーキング、ツー、ゼ、メイル」は湖派の風ありて、牧歌の尤なるもの。「トーキング、オーク」と「ガードナース、ドーター」は精彩煥發「ゴヂヴハ」に至つては玲瓏俊爽にして敍景亦巧妙。思ふに牧歌の上乘なるものならん。其他「ユーリシス」は氣象自ら雄大。「トーキング、オーク」は才思縹緲。以上數篇の外に、「ロツクスレー、ホール」あり。作者上乘の出來にはあらざるべけれど、道徳的社會的の思想を含み、尤も人口に膾炙するものなり。
 牧歌の外に謠歌《バラツド》あり。「レデー、クレアー」の如き、「ロード、オフ、バーレー」の如き、「エドワード、グレー」の如き皆完璧となす。
 此集の缺點は何處にあるかと云ふに、作者其縹緲たる詩思を棄てゝ、勃※[穴/卒の縦線つなぐ]の理窟界に踏み込むときは、何時でも失策するの傾きあり。例へば「ゼ、ツー、ヴオイス」の如く「ヴ※[ヒの小字]ジヨン、オフ、シン」の如し。其中にも「セント、シミオン、スチライツ」抔は詩思を蕩盡して、一狂人に資す。其調固より僞なり。と云はざるべからず。然し是等の詩は人によると賞揚して「テニソン」の傑作と思ふ位なれば、余の評を以て定論なりとなすべからず。
 次に論ずべきは「ヴイクトリヤ」時期の無韻詩にして、是は後日に發達せる長詩の先を爲すものなり。抑も此無韻詩は「シエクスピヤー」以後往々作家の用ふる所なるが、「テニソン」に至つて別に一家の調を加へ、大に萎靡の弊を矯め、且流暢の度を増せり。此無韻詩中尤も妙を極めたるは、「モルト、ダアーサー」にして他は皆艶麗に過ぎたる爲め、詩品を害するの恐れあり。
 此時より「テニソン」俗界の喧擾を厭ひて世外の念漸く切なり。尤も其交友中には、「サツカレー」あり。「ヂツキンス」あり。「カーライル」あり。千八百四十四年「カーライル」書を裁して「エマーソン」に與へて曰く。「テニソン」此頃人を避け世を悲しみ、暗黒世界に住する者の如しと。又曰く「テニソン」は秀麗の士なり。其髪は黒くして光りを帶び。其眼は茶色にして笑を含み。顔は中高にして自ら魁梧の容を具へ。而も甚だ艶美なり。色は白からず黄ばみたる茶褐色にして、殆んど印度人に類す。衣服は甚だ寛きを着け、見るからに身の胖かなるを覺えしむ。又烟草を吹かす事非常にて、瞬時も烟の絶間なし。云々と。「エマーソン」之に報じて曰く。願くば此好詩人を愛惜し、又之を賞揚せよ。彼をして幾卷の新詩を賦せしめよと。
 此頃片《〔?〕》政府は隨分經濟上の困難を感ぜしが、遂に千八百四十五年に至り特に詩伯の爲に年々五百磅を下賜して、之を優待するに至れり。
 是より先き世人「テニソン」の長詩を作らざるを惜みしが、四十七年に至り始めて「プリンセス」を公けにするに至りぬ。「サツカレー」の女「リツチー」夫人の云へる如く、此作は倫敦の霧中に成れるものなり。此詩は男女兩性の差異を破却せんと企てゝ成功せざりし者の由。兎角色々の非難はあるべけれど、其光彩の陸離たる、其思想の純潔なる、又其女性を敍するの巧にして卑野に失せざる、人をして覺えず嘆賞措く能はざらしむ。加之作者は婦女子の爲めに、記念ともなるべき程の詩を咏ぜる人にて、此點にては「シエクスピヤー」以後の一人なれば、此詩は夫の厭ふべき女權〔二字右○〕と云へる主義に對する最後の決答と見て可ならん。
 千八百五十年は、「テニソン」の生涯中尤も多事の時となす。「イン、メモリアム」を出版せるも此年なり。妻を迎へたるも此年なり。「ポエト、ローリエート」となれるも亦此年なり。夫人は北氷洋探檢を以て有名なる「サー、ジヨン、フランクリン」の姪にて、「バークシヤー」の名族なり。既に「テニソン」に嫁して二兒を生む。「ハラム」及び「ライオネル」是なり。「ライオネル」東印度會社の役員となり、間もなく病死せしかば、「ハラム」は始終詩伯に追陪し、其書記を務め、今は詩伯の名を襲ひ、其財産を讓り受けぬ。
 「イン、メモリアム」は友人「アーサー、ハラム」を恤むの詩にして、詩伯の尤も意を用ふるところ、又尤も議論のある作なり。悼惜の詩は前に「ミルトン」の「リシダス」あり。「シエレー」の「アドネイス」あり。袁戚の辭としでは、「イン、メモリアム」恐らくは此二作に及ばざらん。然れども一篇の詩賦としては、遙かに其右に出でん。此大作は三十一篇の小詩より成り、生死、信仰、の大問題を論ず。詩中の佳句吾人日常の用語となるもの多し。且其哲理の如きは、萬人を慰藉して、離愁別恨を消せしむるに足る。啻に一言一句の意義深遠なるのみならず。處々景物を敍するに至つては、筆々靈活宛然たる一幅の畫圖なり。
 千八百五十年「ウオーヅウオース」の死するに當つてや。「ポエト、ローリエート」の職空しき事數月なり。今「テニソン」去つて其職を襲ぐ者亦未だ定らず。衆眸皆集つて此一點にあり。一方にては候補者續々と出現し、我も我もと其任に當らんと欲す。彼等知らずや。異口同音に「テニソン」を推擧せし時すら、政府は空しく七月の時日を費して、始めて詩伯に授くるに此榮譽を以てせしを。「テニソン」既に此職を得てより、時々詩を作つて國家の盛事を頌す。「オード、ツー、ウエルリントン」「ゼ、チヤージ、オフ、ゼ、ライト、ブリゲード」「アレキサンドラ」の如き是なり。然れども此種の作は、大概儀式的の作にて、直接に肺肝より流出する者に比すれば、其巧拙固より多言を待たずして明かなりとす。是より「テニソン」一世の傑作「アイヂルス、オフ、ゼ、キング」に就いて一言せんと欲す。作者力を此に用ふ事幾んど三十餘年。實に「ゲーテ」の「フアウスト」に類する者あり。全詩は凡て十篇より成り毎篇皆一個の完詩なれども、之を達續するときは、首尾相應じて一篇の長作となる。其敍記體なるを以て見れば、評して史詩《エピツク》と稱するも可ならん。聞く「ミルトン」甞て「アーサー」及び其「ラウンド、テーブル」の勇士を種とし一の史詩《エピツク》を作るに意ありしが、如何なる譯にや、手を下すに及ばずして死せりと。「テニソン」も亦此問題に意を注ぐ事久し。昔て「マロリー」の「モルト、ダアーサー」(千四百八十五年出版)を得て其材料を蓄へ、又此を題にして「ゼ、レデー、オフ、シヤーロツト」及び「モルト、ダアーサー」を賦せる事ありしが、千八百五十九年に至り始めて此長作の一部なる、「イニイド」「ヴイヴイエン」「エレイン」及び「ギニヴイヤー」の四篇を著せり。他の六篇は程經てポツ/\と世上に見はれぬ。此等の篇は皆古代尚武の氣風を寫す者にして、試合の樣、決闘の状、或は愛情の具合に至る迄敍し得て妙に入るのみならず、其下には深き寓意の存するものあり。作者「アーサー」王に藉つて、精神と肉體と相闘ふの意を見さんと欲す。されば王は感情を抑制して自ら不惑の境界に達し、理想的の國家を創立せんと欲せしかど、將士共其慾望を抑ゆる事能はず、遂には女皇に不貞の擧動さへあるに至り、切角の企ても水泡となり、王は志を得ず俗界に還るに至れり。
 「テニソン」の一生は頗る長く、其作亦枚擧に遑あらず。「イノツク、アーデン」の如き「シスタース」の如き皆有名なりと雖ども、一々之を評論する程の必要もあるまじく、且つ之を試むるの餘白もなければ、省きつ。又其院本の如きは時として「シエクスピヤー」に比する人ある位なれども、評者によると他作に劣る事遠しとなすもあれば、茲には言ひ及ばず。要するに詩伯は此間安樂なる閑生涯を送り、痛く風塵を避け、勵精筆硯に從事し、冬は退ひて「ワイト」島に籠り、夏は「サレー」の別墅に起臥するを常とせり。稀に大陸に遊び、時々倫敦に出京する事ありと雖ども、其他には殆んど家を去つて外遊せし事なし。其家に在るや大帽を戴き、烟管を口にし、風姿朴野、毫も修飾する處なく、逍遥野外を散策するに近傍の村民其躯幹の長く、其顔面の黒くして「スペイン」人の如く、且つ其態度の異樣なるを見て、誰しも佇立凝視せざる者なし。「テニソン」は一面識なき人に接するを好まざりしと雖ども、其親友に至つては歡待至らざるなし。「クラフ」「モーリス」「ポルグレーブ」「リユイス」及び其夫人(ジエオージ、エリオツト)の如きは皆此寵選に當る者なり。「テニソン」の人を愛するは、單に抽象的にして、實際は己れより地位の卑き者と交際するを甚だ嫌へり。かく其嗜好は貴族的なりしかば、千八百八十四年男爵授與の沙汰ありしとき、直ちに之を拜受したるならん。
 「テニソン」老後の作と雖ども甚だ其壯年の作に劣らず。此四十年間大英第一の詩家と呼ばれ、英米二國の民に愛敬せられ、今其死するに及んで文界光を失ふの嘆あり。余思ふに「テニソン」は好尚の詩人なり。景緻の詩人なり。理想の詩人なり。詩伯が人生に關する目的を知らんと欲せば、左の句を讀むべし。
  To keep down the base in man,
  To teach high thoughts,and amiable words,
  And courtliness,and the desire of fame,
  And love of truth,and all that makes a man.
 (願くば人間の惡を去らん。人に教ふるに高き心を以てせん。愛すべき言を以てせん。人に對するの禮。譽れを希ふの念。眞を敬ふの志。凡て人の人たる所以のものを教へん。)
   −明治二五、一二−二六、三『哲學雜誌』−
 
  セルマの歌
 
    セルマ
 
 暮れ果てて、わびしくも、あらしの皐《をか》に一人。峯に
聽く風の音、岩を下る早瀬。雨凌ぐ軒端もなく、風吹く皐に一人。
 昇れ月、雲の底より。出でよ夜の星。導きの火影もなきか。狩り暮れて獨りおはす君が方に。弦張らぬ弓の傍、喘ぎ臥す犬の中に、獨りおはす君。高く鳴る瀬、高く鳴る風。思ふ人の聲を聞き得ず。わがサルガアの歸らぬは如何に。山に入る強《つは》ものの誓。巖はこゝに、木もこゝに咽ぶ流れもこゝにこそ。こゝに今宵歸らんと誓ひし君はいかに。わがサルガアの行末はいづこ。君とならば行かんものを、父を棄てても。心騎る兄を棄てても。讎あるは家と家、敵ならぬ君と我は。
 吹く風もしばし落ち居よ、逝く水もしばし停まれ。吾が呼ぶ聲のこだま起して、歸らぬ人のわれを聞く迄。呼ぶはコルマ。木もこゝに、巖もこゝに、妾もこゝにあるを。君はなどて歸り來まさぬ。見てあれば、靜かなる月こそ出づれ。冷やかに谷を浸して、山の端に巖黒し。巖角に君見えず。君近づくと告ぐる犬なし。こゝにわれ一人あらばや。
 佇む片邊《かたへ》、荒野に伏すは誰が影ぞ。あらずや君とわが兄入。語り給へ、コルマなるに。コルマには答へ給はず。語り給へ、獨り居れば恐ろしき我に。あなや佩けるつるぎ太刀、斬り結びけん、紅《くれなゐ》深し。生きてあらぬか、君もいろねも。なつかしき人と人、互に斷ちし玉の緒ぞあはれ。譽れ多き二人の爲に、何を語らん。居竝びて秀でたるは岡の上なる君が眉目。戟とりて起てば壯夫《ますらを》。向ふ方に敵なしと見しは吾兄。語り給へ、聽き給へわが聲を、いとしき人よ。いとしき人は語らず、長へに語らず。土の如く冷え盡くしたる胸のほむらよ。語れ亡き魂、邱《をか》に聳ゆる岩の間より、風の吹くなる峯の上より、われは怖れじ。逝ける人の休らふ國はいづこ、いづこなる洞の裏にて君と相見ん。風のもたらす聲もきかず、あらしの奪ふ答だになし。
 悲に埋もれてあり、涙ながらに明くる夜をまつ。亡き人に塚立てよ亡き人の友。土な掩ひそ我來んと思へば。夢の如く去る吾命、生き殘る甲斐もあらず。吾友とこゝにあらばや、岩咽ぶ河のほとりに。山暮れて風高き宵、風の裡にわがまぼろし見えて、戀しき人の逝けるを泣かん。狩小屋に狩人ありて吾をきかば、吾をきく狩人はわれを恐れん、去れどまたわれを戀ふべし。人の情《なさけ》を泣く聲なれば、そのかみうけし人の情《なさけ》を。
 
    ライノオ
 
 風落ちて雨過ぎぬ、靜かなる午の氣合《けはひ》。斷切《ちぎ》れし雲の空に動きて。落つる日影の定かならず。石多き谷をめぐりて、赤き流は山より來る。床しきその音、ゆかしきこの歌。うた人は昔忍ぶ「アルピン」。年老いてうなじ重く、涙ありて眼赤し。あはれうた人。物言はぬ丘の上に獨り立ちて、梢ふく峯の嵐、わびしき岸に寄せては返す、波の如くに訴ふる君は何故。
 
    アルピン
 
 泣くも亡き人のため、うたふも逝くもののためぞ。山に立てば高き君が脊、谷に入れば清き君が目、朽ちざらめやはモラアの如く。なき君が墳の上に、弔ふ人の倚らで已むべき。山々も君を忘れん、弦斷れて君が弓張らで朽つべし。
 あはれモラア、疾きことは枯野原かける女鹿、鋭さは熱ひきて飛ぶ星の光。憤怒のなれはすさむあらし。太刀振るなれは冴ゆる稻妻。なれの聲音は雨ふりて逆捲く流、又遠山にびゞく嶋神。なれの劔多くの人を斬りて、猛火の怒あまたの敵を燒けど、戰やんで歸る時、汝の眉根にかゝる雲なし。雨は洗ふ日の光、物靜かなり月の色、風逆はず湖の面、しかく見えけりなれがかんばせ。
 狹からんなが住居、暗からんなが臥床《ふしど》。昔ありてふ偉丈夫の、三歩に足らぬ墓にすくみて、なれのかたみに殘るものは、苔をいたゞく四つの石のみ。枝に葉を見ぬ一本の樹、風に嘯く高き草、獵人ならで誰か知らん、猛かりしなれが此墓。
 あはれモラア。果敢なきもことわり。弔ふ女親《めおや》なく、音を泣く乙女もたず。なを生みし女遠くゆきて、なを慕ふモオグランの女《め》の子《こ》歸らず。
 杖に倚るはなが父、齡朽ちて髪白く、涙湧きて眼あかきなが父、運ぶ歩み危《あや》しくもわなゝくなが父、なれより外に子なきなが父。父は聞きぬ譽得し汝《なれ》。父は聞きぬ敵追へる汝。聞かざりき深手負ひし汝を。父は泣けど、泣けど父は、耳傾くる子を持たず。亡者の眠りふかく、土塊の枕わびし。泣けど聞かず。呼べども起たず。冥土に明くる朝なくして、眠れる者長へに覺めず。去るからに永き訣れぞ、逝ける壯夫、戰の野に敵屠りて逝ける壯夫。戰の野になが影消えて鎧の縅小暗き森を照らさず。なれに子なし。なれを傳ふるは歌。其歌に後の世はなれを聞くべし、逝けるモラアを。(オシアン)
     −明治三七、二、二二 『英文學叢誌』−
 
  カリツクスウラの詩
 
     クライモラ
 
 夕日染めたる火雲の如くに山より下る。其聲風の吼ゆるが如く、カリルの竪琴《たてごと》鳴らすが如し。磨き上げたる刃金《はがね》の具足に光を帶びて吾郎《わがきみ》來る。其眉開かず愁の影あり。フインガルの一門恙なきや否。知らず如何なる憂あつてか、郎が心の底に潜む。
 
     コンナル
 
 恙なくして生ける人々。光り眩き長河の如く、只一筋に獵より歸る。盾《たて》日に翳《かざ》して丘を下れば燃え立つ※[火+餡の旁]の山の脊と見ゆ。血氣のともがら罵り騷いで戰既に近づけり。わが一門の武威を試《ため》すと。阿修羅のダアゴオ皆寄せ來つて、弓矢の族《やから》手創《てきず》誇る家黨《いへのこ》を挑む。
 
     クライモラ
 
 薄黒き霧の如く見えき其帆、濁る巨浪空拍つ際に。徐ろに漕ぎ寄する陸の方、兵《つは》ものの影夥し。
 
     コンナル
 
 取り出でよなが父の盾、リン※[ワに濁點]ルのかたみの盾、鋲打ちし眞金の眉。黒ずみて大空渡る眞丸の月の盾。
 
     クライモラ
 
 君が爲に取卸ろす其盾、昔吾父を殺しぬ。亡き父のゴオマアの穗先に斃れしや其時。斃れもやせん君も其盾の上。
 
     コンナル
 
 はかり難き此命。われ死なばわが爲に墓《おくつき》つくれ。石ならべ土盛りて後の世に吾名弔へ。泣きはらしたる目、墳にあてて、深き歎きに浮上がる胸打て。春日の如くあでやかに、春風よりも長閑なる汝を棄つとも、吾行かん。つくれ吾塚。
 
     クライモラ
 
 去らば行かん我も。其戟とりて、其太刀佩きて、輝く武器といふもの持ちて。コンナルと共に行く我、戰ふ野邊にダアゴオと見《まみ》えん。アアド※[ヱに濁點]ンの山に負いて、山に住む鹿に負いて、山に鳴る水に負いて、吾等行くなり。吾等行きてまた還らず。吾等が墓は遙か彼方。(オシアン)
     −明治三七、二、二二『英文學叢誌』−
 
 
  七艸集評
 
      ――明治二十二年五月二十五日、正岡子規稿『七艸集』より摘録、原文題なし――
 
詞兄之文情優而辭寡清秀超脱以神韻勝憾間有蕪句鄙言然昆玉微暇何須凡工下手且先輩評論備至故不敢贅至若韻語僕所不解只覺首首皆實況讀之身如起臥墨江耳癡人夢後雖情景歴歴在目不能語人要在心解不必要多舌也蕣篇則筆意悽※[立心偏+宛]文晶亦自高讀去不覺黯然嗚呼天地一大劇場也人生如長夢然夢中猶辨聲色俳優能泣人僕讀此篇雖知其出假想然不能無酸悒之情況於身在其境目睹其事乎抑人事之變桑滄之遷誰辨其眞假曷知吾兄十年之後無再遊墨江追憶往昔悟先之假爲後之眞昔之幻爲今之實※[行人偏+※[氏/一]]徊顧望感極而泣下者乎哉又曷知香雲暖雪之下無不勝今昔之感作詩弔阿花忽忽若失捧詩嗚咽者乎哉葛篇則一氣奔放從横敍去毫無難澁之體議論亦奇特僕輩所不能夢視至瞿麥之篇則自口碑實傳至稗史小説細大無遺洪繊不漏悉取焉而抒自家胸臆可謂巧矣不知吾兄校課之餘何暇綽綽能如此僕天資陋劣加疎懶爲風齷齪没于紅塵裡風流韻事蕩然一掃愧于吾兄者多矣刈萱之篇評存而文缺焉思吾兄才思富贍一唾一珠故割愛不顧乎可惜可惜古人有句云天若有情天亦老月如無恨月長圓欲移以評刈萱而不能他日得一讀知余言非郢書燕説則幸甚要之大著七篇皆異趣同巧猶七草不同姿態而至其沿澗倚籬細雨微風楚楚可愛則一也恐愛翫之極得小人抱玉之罪因匆匆通讀奉還榻下拙作數首附記供瀏覽僕固不解詩故所作粗笨生硬可笑然無鹽與西施坐則美益美而醜愈醜僕豈謂敢傚顰亦欲爲西施之美耳
 
  青袍幾閲帝京秋 酒點涙痕憶舊遊
  故國烟花空一夢 不耐他郷寫閑愁
 
 幾年零落亦風流 好賃江頭香月樓
 麥緑菜黄吟欲盡 又逢紅蓼白蘋秋
 
 江東避俗養天眞 一代風流餞逝春
 誰知今日惜花客 却是當年劔舞人
 
 艶骨化成塚上苔 于今江上杜鵑哀
 憐君多病多情處 偏弔梅兒薄命來
 
 長堤盡處又長堤 櫻柳枝連櫻柳枝
 此裡風光君獨有 六旬閑適百篇詩
 
 浴罷微吟敲枕函 江樓日落月光含
 想君此際苦無事 漫敷篝燈一二三
 
 洗盡塵懷忘我物 只看窓外古松鬱
 乾坤深夜閻無聲 黙坐空房如古佛
 
 京客多情都鳥謠 美人有涙満叉潮
 香髏艶骨兩黄壤 片月長高雙枕橋
 
 長命寺中鬻餅家 當※[土+盧]少女美如花
 芳姿一段可憐處 別後思君紅涙加
 
  明治己丑五月念五日  辱知 漱石妄批
 
  木屑録
 
  余兒時誦唐宋數千言喜作爲文章或極意彫琢經旬而始成或咄嗟衝口而發自覺澹然有樸氣竊謂古作者豈難臻哉遂有意于以文立身自是遊覽登臨必有記焉其後二三年開篋出所作文若干篇讀之先以爲極意彫琢者則頽※[隋/恭の下半]纖佻先以爲澹然有樸氣者則※[骨+凡]※[骨+皮]艱澁譬之人一如妓女奄奄無氣力一如頑兒悍傲凌長者皆不堪觀焚稿※[手偏+止]紙面發赤自失者久之竊自嘆曰古人讀萬卷書又爲萬里遊故其文雄峻博大卓然有奇氣今余選※[而/大]※[走+諮の旁]※[走+且]徒守父母之郷足不出都門而求其文之臻古人之域豈不大過哉因慨然欲曳履遠遊未能果志而時勢一變余挾蟹行書上于郷校校課役役不復暇講鳥迹之文詞賦簡牘之類空束之高閣先之所謂纖佻※[骨+凡]※[骨+皮]者亦將不得爲又安望古作家哉明治丁亥遂擔※[竹/登]登富岳越函嶺行白雲蓬勃之間脚底積雪數尺蹠凍指※[軍+皮]遙瞰八洲之山如培※[土+婁]豪氣稜稜欲凌雲然不能一篇以敍壯遊今茲七月又與季兄遊于興津地爲東海名區滯留十餘日蕭散無聊而遂不得一詩文嗟乎余先者有意於爲文章而無名山大川搖蕩其氣者今則覽名山大川焉而無一字報風光豈非天哉八月復航海遊於房洲登鋸山經二總溯刀川而歸經日三十日行程九十餘里既歸會秋雨連日閑居一室懷旅中快樂辛酸之事有不堪其情者乃執筆書之積至數葉竊謂先之有記而無遊者與有遊而無記者庶幾于相償焉然余既絶意於文章矣且此篇成于閑適之餘則其纖佻※[骨+凡]※[骨+皮]勿論耳命木屑云者特示其塵陋也
余以八月七日上途此日大風舟中人概皆眩怖不能起有三女子坐于甲板上談笑自若余深愧鬚眉漢不若巾※[巾+國]者流強倚欄危坐既欲觀風水相闘之状蹣跚而起時怒濤掀舟舟欹斜殆覆余失歩傾跌跌時旨風※[犬三つ]至奪帽而去顧則見落帽飄飄回流於跳沫中耳舟人皆拍手而大笑三女子亦※[單+展]然如嗤余亡状爲之忸怩
余自遊于房日浴鹹水少二三次多至五六次浴時故跳躍爲兒戯之状欲健食機也倦則横臥於熱沙上温氣浸腹意甚適也如是者數日毛髪漸赭面膚漸黄旬日之後赭者爲赤黄者爲黒對鏡爽然自失
興津之景消秀穩雅有君子之風保田之勝險奇巉※[山+肖]酷似奸雄君子無奇特驚人者故婦女可狎而近奸雄變幻不測非卓然不群者不能喜其怪奇※[山+肖]曲之態也甞試作二絶較之曰
 風穩波平七月天韶光入夏自悠然出雲帆影白千點總在水天髣髴邊
 西方決皆望茫茫幾丈巨濤拍乳塘水盡孤帆天際去長風吹滿太平洋
余長於大都紅塵中無一丘一水足以壯觀者毎見古人所描山水幅丹碧攅簇翠赭交錯不堪神徃及遊于東海于房總得窮山雲吐呑之状盡風水離合之變而後意始降矣賦一絶曰
 二十餘年住帝京倪黄遺墨暗傷情如今閑却壁間畫百里丹青入眼明
同遊之土合余五人無解風流韻事者或被酒大呼或健啖驚侍食者浴後輙圍棋闘牌以消閑余獨冥思遐捜時或坤吟爲甚苦之状人皆非笑以爲奇癖余不顧也邵青門方構思時類有大苦者既成則大喜牽衣※[しんにょう+堯]床狂呼余之坤吟有類焉而傍人不識也
一夕獨不寐臥聞濤聲誤以爲松籟因億在家之曰天大寒閉戸讀書時星高氣清燥風※[風+叟]※[風+瑟]窓外梧竹松楓颯然皆鳴屈指既數年矣而余碌碌無状未有寸毫進于學又漫爲山海之遊不知歳月之倏忽老之將至視之當時苦學豈不忸怩哉
 南出家山百里程海涯月黒暗愁生濤聲一夜欺郷夢漫作故園松籟聲
客舍得正岡獺祭之書書中戯呼余曰郎君自稱妾余失笑曰獺祭諧謔一何至此也輙作詩酬之曰鹹氣射顔顔欲黄醜容對鏡易悲傷馬齡今日廿三歳姶被佳人呼我郎昔者東坡作※[竹/員]※[竹/當]竹詩贈文與可曰料得清貧※[食+巉の旁]太守渭濱千畝在胸中與可與其妻燒筍晩食發函得詩失笑噴飯滿案今獺祭齡不過弱冠未迎室且夏日無得筍之理然得詩之日無噴飯滿案與與可同耶余歸家又得獺祭之書次余韵曰羨君房海醉鵝黄鹹水醫痾若藥傷黄卷青編時讀罷清風明月伴漁郎余笑曰詩佳則佳矣而非實也余心神衰昏不手黄卷久矣獺祭固識余慵懶而何爲此言復作詩自慰曰脱却塵懷百事閑儘遊碧水白雲間仙郷自古無文字不見青編只見山余相房地三分之而其二則山矣山不甚高然皆峻削衝空石質土膚絶無合抱樹叔子之所謂孤劔削空從天而仆者比比皆是東北一脉蜿蜒横截房總者最高最峻望之峯峯嶮巉如鋸刃向碧空而列名曰鋸山鋸山之南端岐爲三中央最高者曰瑠璃峯其東稍低者曰日輪峯其西最低者曰月輪峯而日本寺在峯之中腹聖武帝時僧行基奉勅東下相此山曰是眞靈境也遂開山創寺建院十二坊一百良辨空海慈覺等諸僧先後皆來遊焉其所手刻佛像今猶存云其後興廢不一安永中山僧愚傳得石於伊豆命工刻羅漢像一千合空海等所彫者凡一千五十有三安之山自是寺以羅漢著遊者或比之豐之耶馬渓云己丑八月某日余與諸子登焉渓行五百歩得山門赭堊剥落甍散欄摧遊者皆書其名壁上而去塗鴉滿扉殆不可讀又登數十歩得一小池柳陰四合紅※[草がんむり/渠]湛然山風時一過荷葉微動葉上露珠潜潜搖曳欲墜不墜沿池左折登石磴敷級得平地數十弓芭蕉梧桐之屬森然成陰構小屋二於其中茅檐竹櫺如耕織之家問之則曰山僧之居也時日既高而鉄門閉戸※[門/臭]如無人導者云維新之變朝廷收寺屬宅地田園没之官山遂殆墟焉余徘徊重蔭交柯之間想見徃時緇徒豪奢袈裟錦繍徃來於朱廊彩※[土+皆]之間愴然久之屋前軟草如氈峯巒缺處遙瞰溟渤雲鳥風帆歴歴可指經走路漸險攀岩捉蘿而上遙見石佛雜然列于巌上欲走而就之而峯廻路轉忽失之如此者數次數刻之後始得達像高大者三尺小者一尺或眉目磨滅不可辨或爲遊者所毀損失頭首四肢而其完者姿態百出容貌千状無一相似者亦可以見刻者用意之深矣配置之法亦不悉萃盡列焉遊者初見石像二百許於路傍大石下以爲羅漢之勝盡于此既廻巖角忽又見百餘像仰瞻頭上巨巖※[竹/(束+欠)]※[竹/(束+欠)]欲墜欲畏而避之而轉眸則巖上又安數十像或溪窮路盡一洞豁然而滿洞皆羅漢也蓋山路崎嶇不能得平地而萃列之而遊者亦隨歩改觀喜其勝出于意表也午時達山巓憩群山奔蒼先以爲在雲半者今皆在脚底故其蜿蜒起伏之状晰然可觀余自遊于房洲日夕望見鋸山而未知其高峻如此也同遊之士川關某豐人也爲余語曰耶馬溪廣〓《原》數十里岩壑之奇固不止于此而羅漢之勝遂不能及焉余壯鋸山之勝※[しんにょう+向]異群山又觀羅漢之奇而悲古寺癈頽不脩斷礎遺柱空埋没於荒烟冷雨中也慨然爲之賦
 鋸山如鋸碧崔嵬上有伽藍倚曲隈山僧日高猶未起落葉不掃白雲堆吾是北來帝京客登臨此日懷徃昔咨嗟一千五百年十二僧院空無迹只有古佛坐磅※[石+唐]雨蝕苔蒸閲桑滄似嗤浮世榮枯事冷眼下瞰太平洋
保田之北沿海行五百歩鋸山※[山/卒の縦棒がつながる]然當面※[山+參]嵯不可歩數年前官命辟巖鑿洞若干以使徃來自是過者無復※[足+聶]※[足+喬]曳杖之勞得驅車縱覽山海之勝也洞高二丈廣視高減其半甃甎造洞口以防其崩壞嚴然如關門洞中陰黒溪流浸岩兩壁皆濕或滴瀝流下曳屐而歩跫音戞然久而後已洞路直條過者遙見洞口豁然水光瀲※[さんずい+艶]映之以爲洞接海既出洞則石路一曲而身在怪岩亂※[石+唐]之間如此者數次毎過一洞頭上山石益※[螢の虫が牛]※[石+角]脚底潮水亦益※[句の口が塔の旁]※[句の口が合]眞奇觀也同遊之士井原某常好辨《原》毎説山水之勝嘖嘖名状不已此日緘黙不發一言余問其故則曰非不欲言也不能言也
大愚山人余同窓之友也賦性恬澹讀書談禅之外無他嗜好一日寄書曰閑居無事就禅刹讀佛書時與童兒遊園捉蝉其高逸如此山人甞語余曰深夜結跏萬籟盡死不覺身入于冥漠也余庸俗慵見露地白牛不顧無根瑞草視之山人有愧多矣
余既看保田隧道樂其觀瑰怪也明日爲之詩曰君不見鋸山全身石稜稜古松爲髪髪※[髪の友が朋]※[髪の友が會]横斷房總三十里海濤洗麓聲渤※[さんずい+崩]別有人造壓天造劈巖鑿石作隧道窟老苔厚龍氣腥蒼崖水滴多行潦洞中道望洞外山洞外又見洞中灣出洞入洞幾曲折洞洞相望似連環連環斷處岸嶄窄還喜奇勝天外落頭上之右脚底濤石壓頭兮濤濯脚
保田之南里許有灣窈然爲半月状灣之南端一巨岩高五丈上豐下削状如巨人之拳※[三の中に縦棒/石]然裂地而起掌之下端稍坦平可坐數人其上※[山+贊]※[山+元]開帳如※[竹/登]望之欲墜不墜如※[立心偏+端の旁]※[立心偏+端の旁]焉有不安者因憶二年前與柴野是公爲江島之遊黎明上山時海風※[犬三つ]作草樹皆俯是公跳叫曰滿山之樹皆戰戰兢兢矣余爲絶倒使足公看此岩亦必曰戰戰兢兢臨深淵巨岩之後又有一大石彌縫之起伏數十歩余※[足+榻]石臨水時天晴風死菜藻※[參+毛]※[參+毛]然搖藍曳碧遊魚行其間錦鱗※[赤+頁]尾忽去忽來水底螺石布列如可※[手偏+門]而觀焉倒竿而測其深則至没竿水觸手而不能達也蓋潮水澄清日光透下而屈曲故水底之物浮浮焉如在近而其實在數尋之下矣余觀其風物之冲融光景之悠遠心甚樂焉乃執筆爲之記而亦不能無嘆也鳴《原》呼天下之奇觀亦多矣雖甚好遊者不能盡觀而盡記也而其平居登臨焉往來焉者概皆樵夫牧童不能記其奇而傳之天下後世也幸而遊者至矣而其文或不足傳既足傳矣而或成於流離困苦竄謫之餘怨憤凄※[立心偏+宛]徒籍《原》山水而洩其鬱勃不平之氣是特幸乎作者而不幸乎山水耳至其幸乎山水者則非心無憂愁身無疾病陶然而樂悠然忘歸而其文亦卓然足爲水光嵐色吐其氣者不能也豈不至難哉今余之境足陶然樂之悠然忘歸而文章不副焉可悲夫
誕生寺在房之小湊北華宗祖日蓮生于此後人建佛刹於其廬址故名曰誕生寺寺負山面海潮水※[さんずい+沓]※[さんずい+陀]※[匯のさんずいが外]而復※[さんずい+伏]所謂鯛浦是也余在京聞鯛浦之奇熟矣乃賃舟而發距岸數町有一大危礁當舟濤勢蜿蜒延長而來者遭礁激怒欲攫去之而不能乃躍而超之白沫噴起與碧濤相映陸離爲彩礁上有鳥赤冠蒼脛不知其名濤來一搏而起低飛回翔待濤退復于礁上余與諸子呼奇不歇舟人笑曰此不足道也使客觀更大奇者乃令一人持杓立舳自在艫操※[木+虜]《原》杓方五寸盛鰛數百柄長五尺立者持其端如將揮杓投鰛於水者竢令未發舟人乃顧余曰客但觀水余因凭舷俯凝視頃之舟人呼曰鰛鰛四散應聲而下忽有綺紋生於水底簇然而動既漸近諦觀之則赤※[髪の友が宗]無數排波騰上以爭鰛也時日方午炎暉射波波光※[火+赫]※[火+樂]錦鱗赤章出没於其間或※[さんずい+發]溂露※[髪の友が鼠]或※[足+勇]躍出頭※[日+旬]《原》彩燦然環舟敷歩間一時皆爲黄金色矣舟人曰漁父舟行十里始能捕棘※[髪の友が鼠]魚今此水距岸僅敷丁而斯魚群生既奇矣爭鰛不畏人更奇矣若夫濤礁相噛風水相闘則所至而有安足爲奇哉既捨舟歩抵于誕生寺觀其所藏書畫數十幅日蓮所書最多僧云高祖生時其家人得棘※[髪の友が鼠]二尾釣磯上明日亦得焉如此者七日自足土人以高祖故不敢捕此魚又崇稱明神不稱其名或有竊捕而食者焉必病瘧死
   自東金至銚子途上口號
 風行空際亂雲飛雨鎖秋林倦鳥歸一路蕭蕭荒驛晩野花香濺縁蓑衣
   賃舟溯刀水舟中夢鵑娘鵑娘者女名而非女也
 扁舟行盡幾波塘滿岸新秋芳草長一片離愁消不得白蘋花底夢鵑娘
   天明舟達三堀旗亭即事
 烟霧夢夢見不看黎明人倚碧欄干江村雨後加秋意蕭瑟風吹衰草寒
   客中憶家
 北地天高露若霜客心蟲語兩※[さんずい+妻]涼寒砧和月秋千里玉笛散風雁兩行他國亂山愁外碧牧園落葉夢中黄何當後苑閑吟句幾處尋花徙繍牀
   別後憶京中諸友
 魂飛千里墨江※[さんずい+眉]※[さんずい+眉]上畫樓楊柳枝酒帶離愁醒更早詩含別恨唱殊遲銀※[金+工]照夢見蛾聚素月匿秋知雨隨料得洛陽才子伴錦箋應寫斷腸詞
  余之草此篇也執筆臨紙先思其所欲書者既有會心焉輙揮筆而起直追其所思或墨枯筆禿而不已既成抛藁不復改一字或難之曰古人作文有一字未安焉則終日考之有一句未妥焉則經旬思之鍛錬推敲必盡其力而後出之故其文蒼然古色鏘然爲金石之音今子才不及古人亦遠矣而不知臨紙經営刻苦漫然下筆不速之恐是以不及古人之才欲爲古人難爲也豈不大過哉余笑曰作文猶爲畫爲畫之法有速有遲不必牽束一意匠惨澹十日一水五日一石是王呉之畫山水也振衣而起揮筆而從頃刻成之是文鄭之畫竹與蘭也夫王呉之山水固妙矣而文鄭之蘭竹豈不入神哉今余文亦蘭竹之流耳宜速不宜遲且余之不文假令期年成一篇亦當不過如此則其免起※[骨+鳥]落之速亦不優蚓歩蛇行之遲哉陰暦八月既望東都夏目金書于牛籠僑居時庭棗既熟落實撲窓秋意蕭然
   自嘲書木屑録後
  白眼甘期與世疎狂愚亦懶買嘉譽爲譏時輩背時勢欲罵古人讀古書才似老駘驚且※[馬+矣]識如秋蛻薄兼虚唯贏一片烟霞癖品水評山臥草廬
         (明治廿二年九月九日脱稿)
 
漢詩
 
  無題 【明治二十二年九月二十日正岡子規宛の手紙の中より】
抱劔聽龍鳴 讀書罵儒生 如今空高逸 入夢美人聲
 
山路觀楓  明治二十二年十一月
石苔沐雨滑難攀 渡水穿林往又還 處處鹿聲尋不得 白雲紅葉満千山
 
  無題 【明治二十二年九月二十日正岡子規宛の手紙の中より】
江山容不俗懷塵 君是功名場裏人 憐殺病躯多客氣 漫將翰墨論詩神
 
  無題 同前
仙人堕俗界 遂不免喜悲 啼血又吐血 憔悴憐君姿 漱石又枕石 固陋歡吾癡 君痾猶可癒 僕癡不可醫 素懷定沈鬱 愁緒亂如絲 浩歌時幾曲
一曲唾坪碎 二曲雙涙垂 曲※[門/癸]呼咄咄 衷情欲訴誰 白雲蓬勃起 天際看蛟※[虫+離の左] 笑指函山頂 去臥葦湖※[さんずい+眉] 歳月固悠久 宇宙獨無涯 蜉蝣飛湫上 大鵬嗤其卑 嗤者亦泯滅 得喪皆一時 寄語功名客 役役欲何爲
 
  函山雜泳 八首 明治二十三年九月
咋夜着征衣 今朝入翠微 雲深山欲滅 天濶鳥頻飛 驛馬鈴聲遠 行人笑語稀 蕭蕭三十里 孤客已思歸 
 
函嶺勢※[山+爭]※[山+榮] 登來廿里程 雲從鞋底湧 路自帽頭生 孤驛空邊起 廢關天際横 停※[竹/(工+卩)]時一顧 蒼靄隔田城 
 
來相峯勢雄 恰似上蒼穹 落日千山外 號風萬壑中 馬※[こざと+徑の旁]逢水絶 鳥路入天通 決眦西方望 玲璃岳雪紅
 
飄然辭故國 來宿葦湖※[さんずい+眉] 排悶何須酒 遣閑只有詩 古關秋至早 廢道馬行遲 一夜征人夢 無端落柳枝
 
百念冷如灰 靈泉洗俗埃 鳥啼天自曙 衣冷雨將來 幽樹没青靄 閑花落碧苔 悠悠歸思少 臥見白雲堆
 
奈此宿痾何 眼花凝似珂 豪懷空挫折 壯志欲蹉※[足+它] 山老雲行急 雨新水響多 半宵眠不得 燈下黙看蛾
 
三年猶患眼 何處好醫盲 崖壓浴場立 湖連牧野平 雲過峯面碎 風至樹頭鳴 偏悦遊靈境 入眸景物明
 
恰似泛波鴎 乘閑到處留 渓聲晴夜雨 山色暮天秋 家濕菌生壁 湖明月滿舟 歸期何足意 去路白雲悠
 
  送友到元函根 三首 同前
風滿扁舟秋暑微 水光嵐色照征衣 出京旬日滯山館 還卜朗晴送客歸 煙澹天澄秋氣微 風塵不着舊征衣 東都諸友如相問 飽看江山猶未歸
 
客中送客暗愁微 秋入函山露滿衣 爲我願言相識士 狂生出國不知歸
 
  歸途口號 二首 同前
得閑廿日去塵寰 嚢裡無錢自識還 自稱仙人多俗累 黄金用盡出青山
 
漫識讀書涕涙多 暫留山館拂愁魔 可憐一片功名念 亦被雲烟抹殺過
 
  御返事咒文【明治二十四年七月二十四日正岡子規宛の端書の中より】
燬盡朱顔爛痘痕 失來輕傘却開昏 癡漢悟道非難事 吾是宛然不動尊
 
  無題【明治二十七年三月九日菊池謙二郎宛の手紙の中より】
閑却花紅柳緑春 江樓何暇醉芳醇 猶憐病子多情意 獨倚禅林夢美人
 
  無題 四首【明治二十八年五月二十六日正岡子規宛の手紙の中より】
快刀切斷兩頭蛇 不顧人間笑語※[言+華] 黄土千秋埋得失 蒼天萬古照賢邪 微風易碎水中月 片雨難留枝上花 大醉醒來寒徹骨 餘生養得在山家
 
辜負東風出故關 島啼花謝幾時還 離愁似夢迢迢淡 幽思與雲澹澹※[門/月] 才子群中只守拙 小人圍裏獨持頑 寸心空託一杯酒 劍氣如霜照醉顔
 
二頃桑田何日耕 青袍敝盡出京城 稜稜逸氣輕天道 漠漠癡心負世情 弄筆慵求才子譽 作詩空博冶郎名 人間五十年今過半 愧爲讀書誤一生
 
駑才恰好臥山隈 夙託功名授火灰 心似鐵牛鞭不動 憂如梅雨去遠來 青天獨解詩人憤 白眼空招俗士※[口+台] 日暮蚊軍將滿室 起揮※[糸+丸]扇對崔嵬
 
  無題【明治二十八年五月三十日正岡子規宛の端書の中より】
破碎空中百尺樓 巨濤却向月宮流 大魚無語没波底 俊※[骨+鳥]將飛立岸頭 劍上風嶋多殺氣 枕邊雨滴鎖閑愁 一任文字買奇禍 笑指青山入豫洲
 
  無題【明治二十九年一月十二日正岡子規宛の端書の中より】
海南千里遠 欲別暮天寒 鐵笛吹紅雪 火輪沸紫瀾 爲君憂國易 作客到家難 三十巽邁坎 功名夢半殘
 
   丙申五月。恕卿所居庭前生靈芝。恕卿因徴余詩。余辭以不文。恕卿不聽。賦以爲贈。恕卿者片嶺氏。余僚友也。
 
  五首 明治二十九年十一月十五日
階前一李樹 其下生靈芝 想當天長節 李紅芝紫時
 
禄薄而無慍 旻天降厥靈 三莖抱石紫 瑞氣滿門庭
 
朱蓋涵甘露 紫莖抽緑苔 恕卿三顧出 公退笑顔開
 
茯苓今懶採 石鼎那烹丹 日對靈芝坐 道心千古寒
 
氤※[氤の因が媼の旁]出石罅 幽氣逼禅心 時誦寒山句 看芝坐竹陰
 
  無題
掉頭辭帝闕 倚劍出城※[門/〓] ※[山/卒の縦棒がつながる]※[山/律]肥山盡 滂洋筑水新 秋風吹落日 大野絶行人 索寞乾坤※[黒+甚] 蒼冥哀雁頻
 
  春興 明治三十一年三月
出門多所思 春風吹吾衣 芳草生車轍 廢道入霞微 停※[竹/(工+卩)]而嘱目 萬象帶晴暉 聽黄島宛轉 覩落英紛霏 行盡平蕪遠 題詩古寺扉 孤愁高雲際 大空斷鴻歸 寸心何窈窕 縹渺忘是非 三十我欲老 韶光猶依依 逍遥隨物化 悠然對芬菲
 
  失題 同前
吾心若有吉 相之遂難相 俯仰天地際 胡爲發哀聲 春花幾開落 世事幾迭更 烏兎促※[髪の友が眄の旁]髪 意氣輕功名 昨夜生月暈 ※[犬三つ+風]風朝滿城 夢醒枕上聽 孤劍匣底鳴 慨然振衣起 登樓望前程 前程望不見 漢漠愁雲横
 
  春日靜坐 同前
青春二三月 愁隨芳草長 閑花落空庭 素琴横虚堂 ※[虫+蕭]蛸挂不動 篆烟繞竹梁 獨坐無隻語 方寸認微光 人間徒多事 此境孰可忘 會得一日靜 正知百年忙 遐懷寄何處 緬※[しんにょう+貌]白雲郷
 
  菜花黄 同前
菜花黄朝暾 菜花黄夕陽 菜花黄裏人 晨昏喜欲狂 曠懷隨雲雀 冲融入彼蒼 縹渺近天都 迢遞凌塵郷 斯心不可道 厥樂自※[さんずい+黄]洋 恨未化爲鳥 啼盡菜花黄
 
  客中逢春寄子規 明治三十二年
春風遍東皐 門前碧蕪新 我懷在君子 君子隔※[山+憐の旁]※[山+旬] ※[山+憐の旁]※[山+旬]不可跋 君子空穆※[文/心] 悵望不可就 碧蕪徒傷神 憶昔交遊日 共許管飽貧 斗酒凌乾坤 豪氣逼星辰 而今天一涯 索居負我眞 客土我問禮 舊廬君賦春 二百餘里別 三十一年塵 塵纓無由濯 徘徊滄浪津 寄諸子規子 莫爲官遊人
 
  無題 同前
眼識東西字 心抱古今憂 廿年愧昏濁 而立纔回頭 靜坐觀復剥 虚懷役剛柔 烏入雲無迹 魚行水自流 人間固無事 白雲自悠悠
 
  古別離 明治三十二年四月
上棲湘水緑 捲簾明月來 雙袖薔薇香 千金琥珀杯 窈窕鳴紫※[竹/逐] 徙倚暗涙催 二八纔畫眉 早識別離哀 再會期何日 臨江思※[しんにょう+貌]哉 徒道不相忘 君心曷得回 迢迢從此去 前路白雲堆 撫君金錯刀 憐君奪錦才 不贈貂※[衣+贍の旁]※[衣+兪] 却報英瓊瑰 春風吹翠鬟 悵※[立心偏+刀]下高臺 欲遺君子佩 蘭渚起徘徊
 
  失題 同前
仰瞻日月懸 俯瞰河岳連 曠哉天地際 浩氣塞大千 往來暫逍遥 出處唯隨縁 稱師愧※[口+占]※[口+畢] 拜官足緡錢 澹蕩愛遲日 蕭散送流年 古意寄白雲 永懷撫朱絃 與盡何所欲 曲肱空堂眠 鼾聲撼屋梁 炊梁※[風+場の旁]黄烟 被髪駕神※[風+炎] 寥※[さんずい+穴]崑崙巓 長嘯抱珠去 飲泣蛟龍淵 寤寐終歸一 盈歇自後先 胡僧説頓漸 老子談太玄 物命有常理 紫府孰求仙 眇然無倚託 俛仰地與天
 
  無題 明治三十三年
長風解纜古瀛洲 欲破滄溟掃暗愁 縹渺離懷憐野鶴 蹉※[足+它]宿志愧沙鴎 醉捫北斗三杯酒 笑指西天一葉舟 萬里蒼茫航路杳 烟波深處賦高秋
 
  無題 同前
生死因縁無了期 色相世界現狂癡 ※[しんにょう+屯]※[しんにょう+檀の旁]校※[履の愎の旁が婁]塵中滞 迢遞正冠天外之 得失忘懷當是佛 江山滿目悉吾師 前程浩蕩八千里 欲學葛藤文字技
 
  無題 同前
君病風流謝俗紛 吾愚牢落失鴻群 磨甎未徹古人句 嘔血始看才子文 陌柳映衣征意動 館燈照鬢客愁分 詩成投筆蹣跚起 此去西天多白雲
 
  無題 明治四十三年七月三十一日
來宿山中寺 更加老衲衣 寂然禅夢底 窓外白雲歸
 
  無題 明治四十三年九月二十日
秋風嶋萬木 山雨撼高樓 病骨稜如劔 一燈青欲愁
 
  無題 明治四十三年九月二十二日
圓覺曾参棒喝禅 瞎兒何處觸機縁 青山不拒庸人骨 回首九原月在天
 
  無題 明治四十三年九月二十五日
風流人未死 病裡領清閑 日日山中事 朝朝見碧山
 
  無題 明治四十三年九月二十九日
仰臥人如唖 黙然見大空 大空雲不動 終日杳相同
 
  無題 明治四十三年十月一日
日似三春永 心隨野水空 牀頭花一片 閑落小眠中
 
  無題 明治四十三年十月二日
夢繞星※[さんずい頁黄]※[さんずい+玄]露幽 夜分形影暗燈愁 旗亭病近修禅寺 一※[木+晃]疎鐘已九秋
 
  無題 明治四十三年十月四日
萬事体時一息回 餘生豈忍比殘灰 風過古澗秋聲起 日落幽篁瞑色來 漫路山中三月滯 ※[言+巨]知門外一天開 歸期勿後黄花節 恐有※[羈の馬が奇]魂夢舊苔
 
  無題 明治四十三年十月五日
淋漓絳血腹中文 嘔照黄昏漾綺紋 入夜空疑身是骨 臥牀如石夢寒雲
 
  無題 明治四十三年十月六日
天下自多事 被吹天下風 高秋悲鬢白 衰病夢顔紅 送鳥天無盡 看雲道不窮 殘存吾骨貴 慎勿妄磨※[石+龍]
 
  無題 明治四十三年十月七日
傷心秋已到 嘔血骨猶存 病起期何日 夕陽還一村
 
  無題 明治四十三年十月八日
秋露下南※[石+間] 黄花粲照顔 欲行沿※[石+間]遠 却得與雲還
 
  無題 明治四十三年十月十日
客夢回時一鳥鳴 夜來山雨曉來晴 孤峯頂上孤松色 早映紅暾鬱鬱明
 
  無題 明治四十三年十月
縹渺玄黄外 死生交謝時 寄託冥然去 我心何所之 歸來覓命根 杳※[穴/目]竟難知 孤愁空※[しんにょう+堯]夢 宛勤蕭瑟悲 江山秋已老 粥藥※[髪の友が眄の旁]將衰 廓寥天尚在 高樹獨餘枝 晩懷如此澹 風露入詩遲
 
  無題 明治四十三年十月二十五日
桃花馬上少年時 笑據銀鞍拂柳枝 翠水至今迢遞去 月明來照鬢如絲
 
  無題 明治四十三年十月二十七日
馬上青年老 鏡中白髪新 幸生天子國 願作太平民
 
  無題 明治四十三年十月池邊三山宛
遺却新詩無處尋 暗然隔※[片+(戸/甫)]對遙林 斜陽滿徑照僧遠 黄葉一村藏寺深 懸偈壁間焚佛意 見雲天上抱琴心 人間至樂江湖老 犬吠鷄鳴共好音
 
  春日偶成 明治四十五年五月二十四日
    其一
莫道風塵老 當軒野趣新 竹深鶯亂囀 清畫臥聽春
    其二
竹密能通水 花高不隱春 風光誰是主 好日屬詩人
    其三
細雨看花後 光風静坐中 虚堂迎晝永 流水出門空
    其四
樹暗幽聽鳥 天明仄見花 春風無遠近 吹到野人家
    其五
抱病衡門老 憂時涕涙多 江山春意動 客夢落煙波
    其六
渡口春潮靜 扁舟半柳陰 漁翁眠未覺 山色入江深
    其七
流鶯呼夢去 微雨濕花來 昨夜春愁色 依稀上縁苔
    其八
樹下開襟坐 吟懷與道新 落花人不識 啼鳥自殘春
    其九
草色空階下 萋萋雨後青 孤鶯呼偶去 遲日滿閑庭
    其十
渡盡東西水 三過翠柳橋 春風吹不斷 春恨幾條條
 
  無題 明治四十五年六月
雨晴天一碧 水暖柳西東 愛見衡門下 明明白地風
 
  無題 同前
芳菲看漸饒 韶景蕩詩情 却愧丹青技 春風描不成
 
  無題 同前
高梧能宿露 疎竹不藏秋 靜坐團蒲上 寥寥似在舟
 
  無題 明治四十五年七月
緑雲高幾尺 葉葉疊清陰 雨過更成趣 蝸牛※[足+歩]翠岑
 
  大觀畫をやるといふ。余の書をくれといふ。仕方がないから御禮の詩をかくといふてやる。詩の方先づ出來上る。 明治四十五年七月
獨坐空齋裏 丹青引興長 大觀居士贈 圓覺道人藏 野水辭君巷 閑雲入我堂 徂※[行人偏+來]隨所澹 住在自然郷
 
  酬横山畫伯惠畫
大觀天地趣 圓覺自然情 任手時揮灑 雲煙筆底生
 
  流山の秋元梧樓又入らざる明治百家短冊帖とかを出板す序をかけと云つて聞かず。手紙に詩を添へてやる。 明治四十五年七月
雲箋有響墨痕斜 好句誰書草底蛇 九十九人渾是錦 集將春色到吾家
  百人を九十九人としたるは余を除きたる也。余の短冊は實際物になつてゐるとは思へず、九十九人は謙遜でもなし。事實を申した積也。
 
  妙雲寺觀瀑 大正元年九月
蕭條古刹倚崔嵬 渓口無僧坐石苔 山上白雲明月夜 直爲銀蠎佛前來
 
  題自畫 大正元年十一月
山上有山路不通 柳陰多柳水西束 扁舟盡日孤村岸 幾度鵞群訪釣翁
 
  題自畫
獨坐聽啼鳥 關門謝世嘩 南窓無一事 閑寫水仙花
 
  無題
夜色幽扉外 辭僧出竹林 浮雲回首盡 明月自天心
 
  題畫竹
葉密看風動 枝垂聽雨新 南軒移植後 君子不憂貧
 
  無題
竹裏清風起 石頭白暈生 幽人無一事 好句※[口+塔の旁]然來
 
  題墨竹 大正三年
二十年來愛碧林 山人須解友虚心 長毫漬墨時如雨 欲寫鏗鏘戞玉音
 
  山水ノ圖ノ題 同前
※[涯の旁]臨碧水老松愚 路過危橋仄徑迂 佇立※[竹/(工+卩)]頭雲起處 半空遙見古浮圖
 
  題目畫 大正三年二月
澗上淡煙横古驛 峽中白日照荒亭 蕭條十里南山路 馬背看過松竹青
 
  題自畫 大正三年
起臥乾坤一草亭 眼中唯有四山青 閑來放鶴長松下 又上虚堂讀易經
 
  得健堂先生自壽詩及七壽杯次韻以祝 同前
煙霞不託百年身 却住大都清福新 七壽杯成頒客日 梅花的※[白+樂]照佳辰
 
  閑居偶成似臨風詞兄 同前
野水辭花塢 春風入草堂 徂※[行人偏+來]何澹淡 無我是仙郷
 
  遊子吟贈森圓月 大正三年二月
樓頭秋雨暗 樓下暮潮寒 澤國何蕭索 愁人獨倚欄
 
  題自畫
十里桃花發 春溪一路通 潺湲聽欲近 家在斷橋東
 
  題自畫 大正三年十一月
碧落孤雲盡 慮明鳥道通 遲遲驢背客 獨入石門中
 
  題目畫 大正四年四月
隔水東西住 白雲往也還 東家松籟起 西屋竹珊珊
 
  西川一草亭ノ畫ニ題ス 大正四年九月
十年仍舊灌花人 還對秋風詩思新 一草亭中閑半日 寫從紅蓼到青蘋
 
  題自畫
机上蕉堅稿 門前碧玉竿 喫茶三※[怨の心が皿]後 雲影入窓寒
 
  題結城素明畫
雪後荊榛裏 猗猗緑竹殘 却憐雙凍雀 風急杪頭寒
 
  題自畫 大正五年一月
栽松人不到 移石意常平 且喜靈芝紫 莖莖瑞色明
 
  題自畫 大正五年春
幽居人不到 獨坐覺衣寛 偶解春風意 來吹竹與蘭
 
  題自畫 同前
唐詩讀罷倚闌干 午院沈沈緑意寒 借問春風何處有 石前幽竹石間蘭
 
  無題 大正五年八月十四日夜
幽居正解酒中忙 華髪何須住醉郷 座有詩僧閑拈句 門無俗客靜焚香 花間宿鳥振朝露 柳外歸牛帶夕陽 隨所隨縁清興足 江村日月老來長
 
  無題 八月十五日
雙鬢有絲無限情 春秋幾度讀還耕 風吹弱柳枝枝勤 雨打高桐葉葉鳴 遙見半峰吐月色 長聽一水落雲聲 幽居樂道狐裘古 欲買※[糸+媼の旁]袍時入城
 
  無題 同前
五十年來處士分 豈期高踏自離群 ※[草がんむり/畢]門不杜貧如道 茅屋偶空交似雲 天日蒼茫誰有賦 太虚寥廓我無文 慇懃寄語寒山子 饒舌松風獨待君
 
  無題 八月十六日
無心禮佛見靈臺 山寺對僧詩趣催 松柏百年回壁去 薛蘿一日上墻來 路書誰點窟前燭 法偈難磨石面苔 借問參禅寒衲子 翠嵐何處着塵埃
 
  無題 同前
行到天涯易白頭 故園何處得歸休 驚殘楚夢雲猶暗 聽盡呉歌月始愁 ※[しんにょう+堯]郭青山三面合 抱城春水一方流 眼前風物也堪喜 欲見桃花獨上樓
 
  無題 八月十九日
老去歸來臥故丘 蕭然環堵意悠悠 透過藻色魚眠穩 落盡梅花鳥語愁 空翠山遙藏古寺 平蕪路遠没春流 林塘日日教吾樂 富貴功名曷肯留
 
  無題 八月二十日
兩鬢衰來白幾莖 年華始識一朝傾 薫※[草がんむり/猶]臭裡求何物 蝴蝶夢中寄此生 下履空階凄霧散 移牀廢砌亂蝉驚 清風滿地芭蕉影 搖曳午眠葉葉輕
 
  無題 八月二十一日
尋仙未向碧山行 住在人間足道情 明暗雙雙三萬字 撫摩石印自由成
   「明暗」を艸してゐる時、机上の石印を撫摩する癖を生じたる事を人に話した所、其人轉地先より、自分も量に於ては石印を摩して作る位の作はやる積だと云つてくる。それで此詩を作つた。
 
  無題 同前
不作文章不論經 漫走東西似泛萍 故國無花思竹徑 他郷有酒上旗亭 愁中片月三更白 夢裏連山半夜青 到處緡錢堪買石 傭誰大字撰碑銘
 
  無題 八月二十二日
香烟一※[火+主]道心濃 趺坐何處古佛逢 終日無爲雲出岫 夕陽多事鶴歸松 寒黄點綴籬間菊 暗碧衝開※[片+(戸/甫)]外峯 欲拂胡床遺※[塵/土]尾 上堂回首復呼童
 
  無題 八月二十三日
寂寞光陰五十年 蕭條老去逐塵縁 無他愛竹三更韻 與衆栽松百丈禅 淡月微雲魚樂道 落花芳艸鳥思天 春城日日東風好 欲賦歸來未買田
 
  無題 八月二十六日
結社東台近市廛 黄塵自有買山錢 幽懷寫竹雲生硯 高興畫蘭香滿箋 添雨突如驚鷺起 點睛忽地破龍眠 縱横落墨誰爭覇 健筆會中第一仙
   霜山といふ人が來て不折の丙辰溌墨といふものを出すから題を書いてくれといふ。字がまづいから、詩を作つて、詩半人前字半人前合せて一人前にしようと答へて此詩を作る。別に不折の畫に適切な事ばかりは竝べない。但し彼は健筆で無茶に澤山かいて金を取る男である。
 
  無題 八月二十八日
何須漫説布衣尊 數卷好書吾道存 陰盡始開芳艸戸 春來獨杜落花門 蕭條古佛風流寺 寂寞先生日渉園 村巷路深無過客 一庭修竹掩南軒
 
  無題 八月二十九日
不愛帝城車馬喧 故山歸臥掩柴門 紅桃碧水春雲寺 暖日和風野靄村 人到渡頭垂柳盡 鳥來樹杪落花繁 前塘昨夜蕭蕭雨 促得細鱗入小園
 
  無題 八月三十日
經來世故漫爲憂 胸次欲※[手偏+慮]不自由 誰道文章千古事 曾思質素百年謀 小才幾度行新境 大悟何時臥故丘 昨日閑庭風雨惡 芭蕉葉上復知秋
   黄興書ヲ書イテ呉レル。文章千古事トアリ。前聯故ニ及ブ。
 
  無題 同前
詩思杳在野橋東 景物多横淡靄中 ※[糸+相]水映邊帆露白 翠雲流處塔餘紅 桃花赫灼皆依日 柳色糢糊不厭風 縹渺孤愁春欲盡 還令一鳥入虚空
 
  無題 九月一日
不入青山亦故郷 春秋幾作好文章 託心雲水道機盡 結夢風塵世味長 坐到初更亡所思 起終三昧望夫蒼 鳥聲閑處人應靜 寂室薫來一※[火+主]香
 
  無題 同前
石門路遠不容尋 ※[日+華]日高懸雲外林 獨與青松同素志 終令白鶴解丹心 空山有影梅花冷 春澗無風藥草深 黄髯老漢憐無事 復坐虚堂獨撫琴
 
  無題 九月二日
滿目江山夢裡移 指頭明月了吾癡 曾參石佛聽無法 漫作佯狂冒世規 白首南軒歸臥日 青衫北斗遠征時 先生不解降龍術 閉戸空爲閑適詩
 
  無題 同前
大地從來日月長 普天何處不文章 雲黏閑葉雪前靜 風逐飛花雨後忙 三伏點愁惟※[さんずい+玄]露 四時關意是重陽 詩人自有公平眼 春夏秋冬盡故郷
 
  無題 九月三日
獨往孤來俗不齊 山居悠久没東西 巖頭晝靜桂花落 檻外月明澗鳥啼 道到無心天自合 時如有意節將迷 空山寂寂人閑處 幽草※[草がんむり/千]※[草がんむり/千]滿古蹊
 
  無題 九月四日
散來華髪老魂驚 林下何曾賦不平 無復江梅追帽點 空令野菊映衣明 蕭蕭鳥入秋天意 瑟瑟風吹落日情 遙望斷雲還躑躅 閑愁盡處暗愁生
 
  無題 同前
人間誰道別離難 百歳光陰指一彈 只爲桃紅訂舊好 莫令李白醉長安 風吹遠樹南枝暖 浪撼高樓北斗寒 天地有情春合識 今年今日又成歡
 
  無題 九月五日
絶好文章天地大 四時寒暑不曾違 夭夭正晝桃將發 歴歴晴空鶴始飛 日月高懸何磊落 陰陽黙照是靈威 勿令碧眼知消息 欲弄言辭墮俗機
 
  無題 九月六日
虚明如道夜如霜 迢遞證來天地藏 月向空階多作意 風從蘭渚遠吹香 幽燈一點高人夢 茅屋三間處士郷 彈罷素琴孤影白 還令鶴唳半宵長
 
  無題 九月九日
曾見人間今見天 醍醐上味色空邊 白蓮曉破詩僧夢 翠柳長吹精舍縁 道到虚明長語絶 烟歸曖※[日+逮]妙香傳 入門還愛無他事 手折幽花供佛前
 
  無題 九月十日
絹黄婦幼鬼神驚 饒舌何知遂八成 欲證無言觀妙諦 休將作意促詩情 孤雲白處遙秋色 芳艸緑邊多雨聲 風月只須看直下 不依文字道初清
 
  無題 九月十一日
東風送暖暖吹衣 獨出幽居望翠微 幾抹桃花皆淡靄 三分野水入晴暉 春畦有事渡橋過 閑草帶香穿經歸 自是田家人不到 村翁去後掩柴扉
 
  無題 九月十二日
我將歸處地無田 我未死時人有縁 喞喞蟲聲皆月下 蕭蕭客影落燈前 頭添野菊重陽節 市見鱸魚秋暮末 明日送潮風復急 一帆去盡水如年
 
  無題 九月十三日
挂劍微思不自知 誤爲季子愧無期 秋風破盡芭蕉夢 寒雨打成流落詩 天下何狂投筆起 人間有遺挺身之 吾當死處吾當死 一日元來十二時
 
  無題 同前
山居日日恰相同 出入無時西復東 的※[白+樂]梅花濃淡外 朦朧月色有無中 人從屋後過橋去 水到蹊頭穿竹通 最喜清宵燈一點 孤愁夢鶴在春空
 
  無題 九月十五日
素秋搖落變山容 高臥掩門寒影重 寂寂空※[舟+令]横淺渚 疎疎細雨濕芙蓉 愁前剔燭夜愈靜 詩後焚香字亦濃 時望水雲無限處 蕭然獨聽隔林鍾
 
  無題 九月十六日
思白雲時心姶降 顧慮影處意成雙 幽花獨發涓涓水 細雨閑來寂寂窓 欲倚孤 ※[竹/(工+卩)]看斷碣 還驚小鳥過苔※[石+工] 尢枕。尚在空谷 一脈風吹君子邦
 
  無題 九月十七日
好焚香※[火+主]護清宵 不是枯禅愛寂寥 月暖三更憐雨靜 水閑半夜聽魚跳 思詩恰似前程遠 記夢誰知去路遙 獨坐窈窕虚白裏 蘭※[金+工]照盡入明朝
 
  無題 九月十八日
訂※[食+豆]焚時大道安 天然景物自然觀 佳人不識虚心竹 君子曷思空谷蘭 黄耐霜來籬菊亂 白從月得野梅寒 勿拈筆妄作微笑 雨打風翻任獨看
 
  無題 九月十九日
截斷詩思君勿嫌 好詩長在眼中黏 孤雲無影一帆去 殘雨有痕半榻霑 欲爲花明看遠樹 不令柳暗入疎簾 年年妙味無聲句 又被春風錦上添
 
  無題 九月二十日
作客誰知別路※[貝+分の刀が示] 思詩半睡隔窓紗 逆追鶯語入殘夢 應抱春愁對晩花 晏起牀頭新影到 曾遊壁上舊題斜 欲將爛醉酬佳日 高掲青※[穴/巾]在酒家
 
  無題 九月二十二日
聞説人生活計難 曷知窮裡道情閑 空看白髪如驚夢 獨役黄牛誰出關 去路無痕何處到 來時有影幾朝還 當年※[目+害]漢今安在 長嘯前村後郭間
 
  無題 九月二十三日
苦吟又見二毛斑 愁殺愁人始破顔 禅榻入秋憐寂寞 茶烟對月愛蕭※[門/月] 門前暮色空明水 檻外晴容※[山/律]※[山/卒の縦棒がつながる]山 一味吾家清活計 黄花自發鳥知還
 
  無題 同前
漫行棒喝喜縦横 胡亂※[衣+内]僧不値生 長舌談禅無所得 禿頭賣道欲何求 春花發處正邪絶 秋月照邊善惡明 王者有令爭赦罪 如雲斬賊血還清
 
  無題 九月二十四日
擬將蝶夢誘吟魂 且隔人生在畫村 花影半簾來着靜 風蹤滿地去無痕 小樓烹茗輕烟熟 午院曝書黄雀喧 一榻精機閑日月 詩成黙黙對清※[日+宣]
 
  無題 九月二十五日
孤臥獨行無友朋 又看雲樹影層層 白浮薄暮三叉水 青破重陰一點燈 入定誰聽風外磬 作詩時訪月前僧 閑居近寺多幽意 禮佛只言最上乘
 
  無題 九月二十六日
大道誰言絶聖凡 覺醒開恐石人讒 空留殘夢託孤枕 遠送斜陽入片帆 數卷唐詩茶後榻 幾聲幽鳥桂前巖 門無過客今如古 獨對秋風着舊衫
 
  無題 九月二十七日
欲求蕭散口須緘 爲愛曠夷脱舊衫 春盡天邊人上塔 望窮空際水呑帆 漸悲白髪親黄卷 既入青山見紫巖 昨日孤雲東向去 今朝落影在溪杉
 
  無題 九月二十九日
朝洗青研夕愛鵞 蓮池水靜接西坡 委花細雨黄昏到 託竹光風緑影過 一日清閑無債鬼 十年生計在詩魔 興來題句春琴上 墨滴幽香道氣多
 
  無題 九月三十日
閑窓睡覺影參差 机上猶餘筆一枝 多病賣文秋入骨 細心構想寒※[石+乏]肌 紅塵堆裏聖賢道 碧落空中清淨詩 描到西風辭不足 看雲採菊在東籬
 
  無題 十月一日
誰道蓬莱隔萬濤 于今仙境在春醪 風吹靺轄虜塵盡 雨洗滄溟天日高 大岳無雲輝積雪 碧空有影映紅桃 擬將好謔消佳節 直下長竿釣巨鼈
 
  無題 十月二日
不愛紅塵不愛林 蕭然浮室是知音 獨摩拳石摸雲意 時對盆梅見蘚心 ※[塵/土]尾※[參+毛]毫朱几側 蠅頭細字紫研陰 閑中有事喫茶後 復賃晴※[日+宣]照苦吟
 
  無題 十月三日
逐蝶尋花忽失蹤 晩歸林下幾人逢 朱評古聖空靈句 青隔時流偃蹇松 機外蕭風吹落寞 靜中凝露向芙蓉 山高日短秋將盡 復擁寒衾獨入冬
 
  無題 十月四日
百年功過有吾知 百殺百愁亡了期 作意西風吹短髪 無端北斗落長眉 室中仰毒眞人死 門外追仇賊子飢 誰道閑庭秋索寞 忙看黄葉自離枝
 
  無題 十月六日
非耶非佛又非儒 窮巷賣文聊自娯 採※[手偏+頡]何香過藝苑 徘徊幾碧在詩蕪 焚書灰裏書知活 無法界中法解蘇 打殺神人亡影處 虚空歴歴現賢愚
 
  無題 十月七日
宵長日短惜年華 白首回來笑語※[言+華] 潮滿大江秋已到 雲隨片帆望將※[貝+分の刀が示] 高翼會風霜雁苦 小心吠月老※[鰲の魚が(ム/大)]誇 楚人賣劍呉人玉 市上相逢顧眄斜
 
  無題 十月八日
休同畫龍漫點睛 畫龍躍處妖雲横 眞龍本來無面目 雨黒風白臥空谷 通身遍覓失爪牙 忽然復活侶魚蝦
 
  無題 十月九日
詩人面目不嫌工 誰道眼前好惡同 岸樹倒枝皆入水 野花傾萼陣迎風 霜燃爛葉寒暉外 客送殘鴉夕照中 古寺尋來無古佛 倚※[竹/(工+卩)]獨立斷橋東
 
  無題 十月十日
忽怪空中躍百愁 百愁躍處主人休 點春成佛江梅柳 食草訂交風馬牛 途上相逢忘舊識 天涯遠別報深仇 長磨一劍劍將盡 獨便龍鳴復入秋
 
  無題 十月十一日
死死生生萬境開 天移地轉見詩才 碧梧滴露寒蝉盡 紅蓼先霜蒼雁來 冷上孤幃三寸月 暖憐靈至一分灰 空中耳語※[口+秋]※[口+秋]鬼 夢散蓮華拜我回
 
  無題 十月十二日
途逢※[口+卒]啄了機縁 殻外殻中孰後先 一樣風旛相契處 同時水月結交邊 空明打出英靈漢 閑暗※[足+易]翻金玉篇 膽小体言遺大事 會天行道是吾禅
 
  無題 十月十五日
吾面難親向鏡親 吾心不見獨嗟貧 明朝市上屠牛客 今日山中觀道人 行盡※[しんにょう+麗]※[しんにょう+施の旁]天始闊 踏殘※[山+合]※[山+沓]地猶新 縱横曲折高還下 總是虚無總是眞
 
  無題 十月十六日
人間翻手是青山 朝入市廛白日※[門/月] 笑語何心雲漠漠 喧聲幾所水潺潺 誤跨牛背馬鳴去 復得龍牙狗走還 抱月投爐紅火熟 忽然亡月碧浮灣
 
  無題 十月十七日
古往今來我獨新 今來古往衆爲隣 横吹鼻孔逢郷友 豎佛眉頭失老親 合浦珠還誰主客 鴻門※[王+夬]擧孰君臣 分明一一似他處 卻是空前絶後人
 
  無題 十月十八日
舊識誰言別路遙 新知卻在客中※[しんにょう+激の旁] 花紅柳緑前縁盡 鷺暗鴉明今意饒 石上長垂※[糸+丸]繍帳 巖頭忽見木蘭※[木+堯] 眼睛百轉無奇特 鷄去鳳來我弄簫
 
  無題 十月十九日
門前高柳接花郊 幾段春光眼底交 長着貂裘憐狗尾 愧收鵲翼在鳩巣 萬紅亂起吾知異 千紫吹消鬼不嘲 忽地東風間一瞬 花飛柳散對空梢
 
  無題 十月二十日
半生意氣撫刀鐶 骨肉※[金+肖]磨立大寰 死力何人防舊郭 清風一日破牢關 入泥駿馬地中去 折角靈犀天外還 漢水今朝流北向 依然面目見廬山
 
  無題 十月二十一日
吾失天時併失愚 吾今會道道離吾 人間忽盡聰明死 魔界猶存正義※[月+瞿] 擲地鏗鏘金錯劍 碎空燦爛夜光珠 獨呑涕涙長躊躇 ※[立心偏+占]恃兩亡立廣衢
 
  無題 三首 同前
元是一城主 焚城行廣衢 行行長物盡 何處捨吾愚
 
元是喪家狗 徘徊在草原 童兒誤打殺 何日入吾門
 
元是錦衣子 賣衣又賣珠 長身無估客 赤裸裸中愚
 
  無題 三首 十月二十二日
元是貧家子 相憐富貴門 一朝空腹滿 忽死報君恩
 
元是東家子 西隣乞食歸 歸來何所見 舊宅雨霏霏
 
元是太平子 寧居忘亂離 忽然兵燹起 一死始醫飢
 
  元成禅入自徳源大會回鉢到余家掩留旬日臨去需余畫余爲禅人作墨竹三竿併題詩以贈 十月三十一日
秋意蕭條在畫中 疎枝細葉不須工 明朝鐵路西歸客 聽否三竿墨竹風
 
  丙辰十月余爲元成禅人作墨竹越一日見壁間所挂圖興忽發乃爲珪堂禅人抽毫作松一株配以石二三不知禅人受余贈否也 十一月一日
君臥一圓中 吾描松下石 勿言不會禅 元是山林客
 
  無題 十一月十三日
自笑壺中大夢人 雲寰縹渺忽忘神 三竿旭日紅桃峽 一丈珊瑚碧海春 鶴上晴空仙?靜 風吹靈草藥根新 長生未向蓬莱去 不老只當養一眞
 
  無題 十一月十九日
大愚難到志難成 五十春秋瞬息程 觀道無言只入靜 拈詩有句獨求清 迢迢天外去雲影 籟籟風中落葉聲 忽見閑窓虚白上 東山月出半江明
 
  無題 十一月二十日夜
眞蹤寂寞杳難尋 欲抱虚懷歩古今 碧水碧山何有我 蓋天蓋地是無心 依稀暮色月離草 錯落秋聲風在林 眼耳雙忘身亦失 空中獨唱白雲吟
 
和歌
 
  對月有感 二首 明治二十二年九月
蓬生の葉末に宿る月影はむかしゆかしきかたみなりけり
 
情あらば月も雲井に老ぬべしかはり行く世をてらしつくして
 
  山路觀楓 明治二十二年十一月六日
杣人もにしき着るらし今朝の雨に紅葉の色の袖に透れば
 
  阿蘇山二首 明治三十二年九月五日
赤き烟黒き烟の二柱眞直に立つ秋の大空
 
山を劈いて奈落に落ちしはたゝ神の|奈落出《・奈落を出んと》でんとたける音かも
 
  『それから』會の爲にから歌三首を作る 明治四十二年十月十日
高麗百濟新羅の國を我行けば我行く方に秋の白雲
 
肌寒くなりまさる夜の窓の外に雨をあざむくぽぷらあの音
 
草繁き宮居の迹を一人行けば礎を吹く高麗の秋風
 
  新體詩
 
  水底の感 藤村操女子
 
水の底、水の底。住まば水の底。深き契り、深く沈めて、永く住まん、君と我。
黒髪の、長き乱れ。藻屑もつれて、ゆるく漾ふ。夢ならぬ夢の命か。暗からぬ暗きあたり。
うれし水底。清き吾等に、譏り遠く憂透らず。有耶無耶の心ゆらぎて、愛の影ほの見ゆ。
   −明治三十七年二月八日寺田寅彦宛の端書に−
 
  從軍行
 
    一
 
吾に讎あり、艨艟吼ゆる、
   讎はゆるすな、男兒の意氣。
吾に讎あり、貔貅群がる、
   讎は逃すな、勇士の膽。
色は濃き血か、扶桑の旗は、
   讎を照さず、殺氣こめて。
 
    二
 
天子の命ぞ、吾讎撃つは、
   臣子の分ぞ、遠く赴く。
百里を行けど、敢て歸らず、
   千里二千里、勝つことを期す。
粲たる七斗は、御空のあなた、
   傲る吾讎、北方にあり。
 
    三
 
天に誓へば、岩をも透す、
   聞くや三尺、鞘走る音。
寒光熱して、吹くは碧血、
   骨を掠めて、戞として鳴る。
折れぬ此太刀、讎を斬る太刀、
   のり飲む太刀か、血に渇く太刀。
 
    四
 
空を拍つ浪、浪消す烟、
   腥さき世に、あるは幻影《まぼろし》。
さと閃めくは、罪の稻妻、
   暗く搖くは、呪ひの信旗。
深し死の影、我を包みて、
   寒し血の雨、我に濺ぐ。
 
    五
 
殷たる砲聲、神代に響きて、
   萬古の雪を、今捲き落す。
鬼とも見えて、※[火+餡の旁]吐くべく、
   劍《つるぎ》に倚りて、眥《まなじり》裂けば、
胡山のふゞき、黒き方より、
   銕騎十萬、莽として來る。
 
     六
 
見よ兵《つはもの》等、われの心は、
   猛き心ぞ、蹄《ひづめ》を薙ぎて。
聞けや殿原、これの命《いのち》は、
   棄てぬ命ぞ、彈丸《たま》を潜りて。
天上天下、敵あらばあれ、
   敵ある方に、向ふ武士《ものゝふ》。
 
     七
 
戰やまん、吾武揚らん、
   傲る吾讎、茲に亡びん。
東海日出で、高く昇らん、
   天下明か、春風吹かん。
瑞穗の國に、瑞穗の國を、
   守る神あり、八百萬神。
      −明治三十七年五月十日『帝國文學』−
 
  鬼哭寺の一夜
 
百里に迷ふ旅心、
古りし伽藍に夜を明かす。
甍る音の雨さびて
憂きわれのみに世死したり。
風なく搖らぐ法幢の、
暗き方へと靡くとき、
佛も寒く御座すらん。
黄金と光る※[虫+厨]蛛の眼の、
闇を縫ふべき計、
銀《しろがね》糸に引く見れば
冥府《よみ》の色より物凄し。
 
折しもあれや枕邊に、
物の寄り來る氣合して、
圓かならざる夢冴えつ、
夜半《よは》の燈《ともし》に鬼氣青し、
吾を呼ぶなる心地して、
石を抱くと思ふ間に、
佛眼颯と血走れり。
立つは女か有耶無耶の
白きを透かす輕羅《うすもの》に
空しく眉の緑りなる
佛と見しは女にて、
女と見しは物の化か
細き咽喉《のんど》に呪ひけん
世を隔てたる聲立てゝ
われに語るは歌か詩か
 
『昔し思へば珠となる
睫の露に君の影
寫ると見れば碎けたり
人つれなくて月を戀ひ
月かなしくて吾願
果敢なくなりぬ二十年
ある夜私かに念ずれば
天に迷へる星落ちて
闇をつらぬく光り疾く
古井の底に響あり
陽炎燃ゆる黒髪の
長き亂れの化しもせば
土に蘭麝の香もあらん
露|乾《ひ》て董枯れしより
愛、紫に溶けがたく
恨、碧りと凝るを見よ
未了の縁に纏はれば
生死に渡る誓だに
塚も動けと泣くを聽け』
  ………………
塚も動けと泣く聲に
塚も動きて秋の風
夜すがら吹いて曉の
茫々として明にけり
宵見し夢の迹見れば
草茫々と明にけり
      −明治三十七年頃
 
  俳體詩
 
  送別
 
道ふなかれ長き別れと
束の間も長きはわかれ
水落ちて鮎さびぬるを
眉てらす月こそ憂けれ
舞ふべくも袖短かくて
綰ねたる柳ちり/”\
盃に泡また消えて
酒の味にがきか今宵
詩成れども唱へがたし
  これは俳體詩にはならぬか。わからぬ處が面白い。如何。
      −明治三十七年七月、高濱虚子宛−
 
  無題
   先日四方太を訪ふ。お互に愚痴をこぼして別る。四方太桃を喰ひ漱石サイホンを呑む。俳體詩はいまだ出來ぬにや。
朝貌や賣れ殘りたるホトヽギス
尻をからげて自轉車に乘る
 
四方太は月給足らず夏に籠り
新發明の蚊いぶしを焚く
 
來年の講義を一人苦しがり
パナマの帽を鳥渡うらやむ
     −明治三十七年七月、高濱虚子宛−
 
  無題
無人島の天子とならば涼しかろ  漱石
獨り裸で据風呂を焚く      同
いづくより流れよりけんうつろ船 虚子
大き過ぎたる靴の片足      漱石
提灯のやうな鬼灯谷に生え    虚子
河童の岡へ上る夕暮       漱石
     −明治三十七年七月、於虚子庵−
 
  富寺
秋風の頻りに吹くや古榎
御朱印附きの寺の境内
老僧が即非の額を仰ぎ見て
餌を食ふ鹿の影の長さよ
     −明治三十七年十月十日『ホトトギス』−
 
  無題
ばつさりと後架の上の一葉かな  漱石
壁の破れを出る※[虫+車]   虚 子
糸車夕の月にひきさして     ゝ
宿乞ふ僧を紙燭して見る     石
     −明治三十七年十月十日『ホトトギス』−
 
  無題
なげし浮世に戀あらば
睡中などて詩なからん
春蘭燈の宴罷んで
小袖を寒み臥す橡の
欄に上るや花の影
枕にひゞく星落ちて
李白の醉を忍ぶ時
銀河流れて夢に入る
  眠らば春の夜の高殿
     −明治三十七年十月十日『ホトトギス』−
 
  無題
行春や未練を叩く二十棒
   青道心に冷えし田樂
此頃は京へ頼《〔たより〕》の状もなく
   兀々として愚なれとよ
僧堂と燒印のある下駄穿いて
   門を出づれば櫻かつ散る
     −明治三十七年十月十一日野間眞綱宛の繪端薯の中より−
 
  尼
 
    一
 
女郎花女は尼になりにけり       虚子
絃の切れたる琴に音も無く       漱石
天葢につゞれ錦の帶裁ちて       子
歌に讀みたる砧もぞ打つ        石
 
    二
 
白露に悟道を問へば朝な夕な      石
兀々として愚なれとよ         ゝ
板敷に常香盤の鈴落ちて        子
暫く響く庵の秋風           ゝ
 
    三
 
京の便り此頃絶えて薄紅葉       石
父の庄司の鹿を射るらん        ゝ
夢に入る戀も恨も昔にて        ゝ
夫の位牌に古き雨漏る         ゝ
 
    四
 
蘭の香に月缺けそむるきのふけふ    子
おこりといへる病悲しき        ゝ
懸巣さへ軒端に近く山深み       ゝ
粥も食はずに頼む御佛         ゝ
 
    五
 
燈火を低き屏風に圍ひかね       石
ねまらんとすればかたき枕よ      ゝ
うそ寒き鼠の尻尾ほの見えて      ゝ
朱き漆の剥げし磬臺          ゝ
 
    六
 
日のあたる障子に冬は來りけり     子
ましらかと思ふ聲の聞こゆる      ゝ
木枯の吹く鹿骨も痩するらん      ゝ
眉さへ延びて鏡恥し          ゝ
 
    七
 
生きて世に梅一輪の春寒く       石
雪斑なる山を見るかな         ゝ
身まかりてあらましものを普門品    ゝ
おこたりそめてなか/\に憂き     ゝ
 
    八
 
鶯の啼く時心新たなり         ゝ
經讀みさして閼伽酌みに行く      ゝ
苔吹いて青きもの見ゆ桶の底      ゝ
漏るに任せて汲むに任せて       ゝ
 
    九
 
川上は平氏の裔の住みぬらん      石
落ちて椿の遠く流るる         ゝ
花瓣に昔ながらの戀燃えて       子
世を捨てたるに何の陽炎        ゝ
 
    十
 
此時か松の緑り吹き亂れ        ゝ
茂みにばさと落ちし烏こそ       ゝ
羽搏きて薊の花の散る中に       ゝ
都作りの征矢を負ひけり        ゝ
 
    十一
 
征矢拔けば鳥東に飛び去りぬ      ゝ
手に在る征矢の主や何者        ゝ
うるし文字うるはし文字に書かれたるは ゝ
世にあるまじき夫の名ぞそも      ゝ
 
    十二
 
夫逝きぬと兵部が來せし玉章は     ゝ
我黒髪の形見なりしを         ゝ
北溟に日出づと我を欺きて       石
佛を誣ゆる罪に恥ぢずや        ゝ
 
    十三
 
山吹を手向の花と思ひしに       ゝ
今誰が爲に酌む閼伽の水        ゝ
去にしてふ人去なであらば戀すてふ   ゝ
女なりせばなど戀ひめやも       ゝ
 
    十四
 
月に花に彌陀を念じて知らざりき    ゝ
藕絲にひそむ阿修羅ありとも      ゝ
物狂ひ可笑しと人の見るならば     ゝ
彌生半に時雨降るといへ        ゝ
 
    十五
 
精進の誓を破る心こそ         ゝ
菩提を慕ふほむらならずや       ゝ
道もゆるせ逢はんと思ふ人の名は    ゝ
孤高院殿寂阿大居士          ゝ
 
    十六
 
落椿矢にや刺さまし夫の矢に      ゝ
翳して行けば白き衣照る        ゝ
苔踏んで苔の下なる岩の音に      ゝ
君居ますかと心空なり         ゝ
 
    十七
 
仙人の石にやあらん我を笑ふ      ゝ
否石ならば笑はじものを        ゝ
我も笑へ笑へば耳に風吹きて      ゝ
何を嘲る春の山彦           ゝ
 
    十八
 
道のべの老木の櫻散るを見よ      子
ゆさぶれば散る石打てば散る      ゝ
征矢を取つて鞭打てば散る音を聞け   ゝ
南無阿彌陀佛/\           ゝ
 
    十九
 
花吹雪我を送りて里に入る       石
其里の子等石にはあらじ        ゝ
此わたり死にたる人の生きてあらば   ゝ
生きたる我の死ぬと傳へよ       ゝ
 
    二十
 
古の星きらめくと思ひしが       ゝ
曉方の眉に落ち來る          ゝ
悟とは釋迦の作れる迷にて       ゝ
山を下れば煩惱の里          ゝ
 
    二十一
 
月もやみね花もやみねと狂ふなり     ゝ
三世の佛は猶更にやみね        ゝ
誰かいふ一念一誦功徳ありと      ゝ
紅爐に點ず雪はそもさん        ゝ
 
    二十二
 
夜といへる黒きものこそ命なれ      ゝ
色を隔てゝ鈍き脈搏つ         ゝ
我を呼ぶ死手の烏の聲涸れて      ゝ
怪しき星の冥府に尾を曳く       ゝ
 
 *  *  *  *
 
    二十三
 
夏山の茂木が下の草深み        子
祟ありてふ塚は古塚          ゝ
たま/\に山郭公の落し文       ゝ
來り弔ふ二個の好事子         ゝ
 
    二十四
 
花供ずれば或は動く塚の上       ゝ
香一※[火+主]に夏の蝶飛ぶ     ゝ
横樣に苔を透かせば石の面に      ゝ
狂尼の墓と文字幽なり         ゝ
     −明治三十七年十一月、十二月『ホトトギス』−
 
  冬夜
 
冬牡丹の   花の影
かたまりて  四つ五つ
金屏に    斜なり
 
灯をかこふ  乳玻璃のほや
紅は     壁を射て
光琳の    幅を照らす
 
しん/\と  降る雪の
音を聞く   耳塞く
只一人    夜は半
 
桐火桶    善き炭を
つぎ足せば  ぬく炭に
炭はねて   散る音す
 
水指の    水さして
たぎりたる  鐵瓶の
暫くは    鳴り已むよ
 
發句せんと  思へども
成りがたき  上五文字
漸くに    得るは嬉し
 
寐まらんと  夜着の中
首入れて   南無阿彌陀
襲はれず   夢も無し
     −明治三十七年十二月十日『ホトトギス』−
 
  無題
 
眞綱ある日    眞拆が家を
訪れて      小春の縁に
脊二つほして   垣根にからむ
烏瓜にも     劣りしものを
ぶらり/\と   時を經にけり
日は落ちかゝり  夕餉となれば
したゝかに    物食ふ眞綱
したゝかに    物食ふ眞拆
眞拆が飯を    眞綱が食ひて
眞綱が歌を    眞拆がよみて
長閑なりける   年のくれかな
うらやまし/\
     −明治三十七年十二月十三日、野間眞綱宛−
 
  童謠
 
源兵衛が   練馬村から
大根を    馬の脊につけ
御歳暮に   持て來てくれた
 
源兵衛が   手拭でもて
股引の    埃をはたき
臺どこに   腰をおろしてる
 
源兵衛が   烟草をふかす
遠慮なく   臭いのをふかす
すぱ/\と  平氣でふかす
 
源兵衛に   どうだと聞いたら
さうでがす  相變らずで
こん年も   寒いと言つた
 
源兵衛が   烟草のむまに
源兵衛の   馬が垣根の
白と赤の   山茶花を食つた
 
源兵衛の   烟草あ臭いが
源兵衛は   好きなぢゞいだ
源兵衛の   馬は惡馬だ
     −明治三十八年一月一日『ホトトギス』−
 
   無題
 
元日や歌を咏むべき顔ならず
   胃弱の腹に三椀の餅
火燵から覗く小路の靜にて
   瓶に活けたる梅も春なり
山妻の淡き浮世と思ふらん
   厨の方で根深切る音
專念にこんろ〔三字傍点〕煽ぐは女の童
   黄なもの溶けて鍋に珠ちる
じと鳴りて羊の肉の煙る門
   ダンテに似たる屑買が來る
     −明治三十八年一月五目井上微笑宛の手紙の中より−
 
  ある鶯の鳴くを聽けば
 
春がくりやこそ  身を倒しまに
法と法華經で   憂身をやつす。
花にしやうか   柳に鳴こか。
好いた筧に    水が温んで
羽根も繕へ    のどもうるほせ。
春日春雨     朧月夜の
其數々を     浮れ/\て
浮世に飽いて   花も散りそろ。
啼いた昔しは   あら恥かしや。
夢と思への    仰せが無理か
烟る柳に     姿をかくす。
かくす柳が    何故にくらしい。
 
  ある女の訴ふるを聽けば
 
寒いわびしい   世は忍べども
君がこゝろを   さて計りかね
遠く來て見りや  降る雪の日を
御高祖頭巾も   流行らぬてふよ。
それも道理ぢや  あの故郷は
百里二百里    三百一里
舟に乘るさへ   夢路がゆれる
田舍育ちは    なぜ氣が揉める
花の都に     あら雪がふる
人目つゝめば   頭巾も着やう
戀が積れば    傘も重たし。
     −明治三十八年三月十日『ホトトギス』−
 
  無題
 
雨になろかと  君待つ宵は
雨ともならで  ほとゝぎす
君しまさずば  寐たものを
あの曉の    ほとゝぎす
     −明治三十八年八月十日野間眞綱宛の端書の中より−
 
  連句
 
三吟の星を撼がす野分かな   虚子
萩しどろなる水の隈々     四方太
後の月跛の馬にうち乘りて   漱石
わからぬ歌も節の可笑しき   虚
年々に淋しくなりし熊祭    四
九郎の館は迹ばかりなり    漱
靜舞今も殘れる曲舞に     虚
黄金作りの太刀佩いて立つ   四
鐵網の中にまします矢大臣   漱
御鼻を食ふ蟲も百年      虚
土用干顔輝が軸を見暮しつ   四
眠い時分に夕立が來る     漱
燈臺を今日も終日守る身にて  虚
浦の漁師に蟹貰ひけり     四
惠比壽屋に娘連れたる泊り客  漱
朧の月に三人の影       虚
花更けて御室の御所を退るなり 四
銘をたまはる琵琶の春寒    漱
入唐を思ひ立つ日に舟出して  虚
反吐を吐きたる乘合の僧    四
意地惡き肥後侍の酒臭く    漱
切つて落せし燭臺の足     虚
繪襖に夜な/\見ゆる物の怪  四
百日紅の赤過ぎるなり     漱
白壁に名主の威光ほのめきて  虚
村の出口に立つる高札     四
落人の身を置きかねて花薄   漱
うそ寒き夜を籠に乘るなり   虚
關守も今宵の月を眺むらん   四
歌心ある髷の結樣       漱
發句にて戀する術も無かりけり 虚
妹の婿に家を讓りて      四
和歌山で敵に遇ひぬ年の暮   漱
助太刀に立つ魚屋五郎兵衛   虚
鷹の羽の幕打渡す花の下    四
酒をそゝげば燃ゆる陽炎    漱
     −明治三十七年十月十日『ホトトギス』−
 
  連句片々
 
  嚢の中は割り瓢なり    東洋城
親類の娘を花に誘ひて     漱石
 
夕月の下駄を草履にはきたがへ 東洋城
  戀の奴に罪な邪魔する   漱石
 
酔覺の水を呼びたる枕元    漱石
  夜出る蜘を斬つて笑はん  東洋城
 
唐黍の見渡す限り鳴る暮に   漱石
  十里續きてけふも退く陣  東洋城
     −明治四十一年五月一日『ホトトギス』−
 
  俳句
 
  明治二十二年
 
       五月十三日正岡子規宛の手紙の中より 二句
歸ろふと泣かずに笑へ 時鳥
聞かふとて誰も待たぬに時鳥
 
  明治二十三年
 
       七月二十日正岡子規宛の手紙の中より
西行も笠ぬいで見る富士の山
 
       八月九日正岡子規宛の手紙の中より
寐てくらす人もありけり夢の世に
 
       九月三句〔【子規の添削に從ふ、原句註解】〕
峯の雲落ちて筧に水の音
東風吹くや山一ぱいの雲の影
白雲や山又山を這ひ回り
 
  明治二十四年
 
       七月二十三日 十七句〔【七月二四十日及八月三日正岡子規宛の手紙參照】〕
馬の背で船漕ぎ出すや春の旅
行燈にいろはかきけり秋の旅
親を持つ子のしたくなき秋の旅
さみだれに持ちあつかふや蛇目傘
見るうちは吾も佛の心かな(蓮の花)
螢狩われを小川に落しけり
藪陰に凉んで蚊にぞ喰はれける
世をすてゝ太古に似たり市の内
雀來て障子にうごく花の影
秋さびて霜に落けり柿一つ
吾戀は闇夜に似たる月夜かな
柿の葉や一つ一つに月の影
涼しさや畫寐の貌に青松葉
あつ苦し晝寐の夢に蝉の聲
とぶ螢柳の枝で一休み
朝貌に好かれそうなる竹垣根
秋風と共に生へしか初白髪
 
  悼亡 十三句
       八月三日正岡子規宛の手紙の中より
朝貌や咲た許りの命哉
細眉を落す間もなく此世をば(【末だ元服せざれば】)
人生を廿五年に縮めけり(死時廿五歳)
君逝きて浮世に花はなかりけり(容姿秀麗)
假位牌焚く線香に黒む迄
こうろげの飛ぶや木魚の聲の下
通夜僧の經の絶間やきり/”\す(【三首通夜の句】)
骸骨や是も美人のなれの果(骨揚のとき)
何事ぞ手向し花に狂ふ蝶
鏡臺の主の行衛や塵埃(二首初七日)
ますら男に染模樣あるかたみかな(記念分)
聖人の生れ代りか桐の花(其人物)
今日よりは誰に見立ん秋の月(心氣清澄)
 
  明治二十五年
 
       七月十九日正岡子規宛の手紙の中より
鳴くならば滿月になけほとゝぎす
 
       十二月十四日正岡子規宛の手紙の中より
病む人の炬燵離れて雪見かな
 
  明治二十七年
 
       三月九日菊池謙二郎宛の手紙の中より 四句
何となう死に來た世の惜まるゝ
春雨や柳の中を濡れて行く
大弓やひらり/\と梅の花
矢響の只聞ゆなり梅の中
 
       三月十二日正岡子規宛の手紙の中より 五句
弦音にはたりと落る椿かな
弦音になれて來て鳴く小鳥かな
弦音の只聞ゆなり梅の中
春雨や柳の下を濡れて行く
春雨や寐ながら横に梅を見る
烏帽子着て渡る禰宜あり春の川
風に乘つて輕くのし行く燕かな
菜の花の中に小川のうねりかな
小柄杓や蝶を追ひ/\子順禮
 
       十月三十一日正岡子規宛の手紙の中より
尼寺に有髪の僧を尋ね來よ
 
       君を苦しむるは詩魔か病魔かはた情魔か 寄子規 明治二十七年頃
花に酔ふ事を許さぬ物思ひ
 
  明治二十八年
 
       三月五日『日本』
夜三更僧去つて梅の月夜かな
 
       七月二十五日齋藤阿具宛の手紙の中より
ゆく水の朝な夕なに忙がしき
 
       九月『海南新聞』 四句
風吹けば糸瓜をなぐる瓢かな  〔十八日〕
爺と婆淋しき秋の彼岸かな   〔二十日〕
簑虫のなくや長夜の明けかねて 〔二十五日〕
便船や夜を行く雁のあとや先  〔二十七日〕
 
       正岡手洗へ送りたる句稿 その一〔【以下子規の添削に從ふ、原句註解】〕
蘭の香や門を出づれば日の御旗
芭蕉破れて塀破れて旗翩々たり
朝寒に樒賣り來る男かな
朝貌や垣根に捨てし黍のから
柳ちる紺屋の門の小川かな
見上ぐれば城屹として秋の空
烏瓜塀に賣家の札はりたり
繩簾裏をのぞけば木槿かな
崖下に紫苑咲きけり石の間
獨りわびて僧何占ふ秋の暮
痩馬の尻こそはゆし秋の蠅
鷄頭や秋田漠々家二三
秋の山南を向いて寺二つ〔承露盤〕
汽車去つて稻の波うつ畑かな
鷄頭の黄色は淋し常樂寺〔承露盤〕
杉木立中に古りたり秋の寺
尼二人梶の七葉に何を書く
聯古りて山門閉ぢぬ芋の蔓
澁柿や寺の後の芋畠〔承露盤〕
肌寒や羅漢思ひ/\に坐す〔承露盤〕
秋の空名もなき山の愈高し
曼珠沙花門前の秋風紅一點
黄檗の僧今やなし千秋寺
三方は竹緑なり秋の水は〔承露盤〕
籔影や魚も動かず秋の水〔承露盤〕
山四方中を十里の稻莚
一里行けば一里吹くなり稻の風
色鳥や天高くして山小なり
大籔や數を盡して蜻蛉とぶ
秋の山後ろは大海ならんかし
土佐で見ば猶近からん秋の山〔承露盤〕
歸燕いづくにか歸る草茫々
 明治廿八年九月二十三日散策途上口號三十二首
               愚陀佛庵主
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二 十月
夙に裸で御はす仁王哉
吹き上げて塔より上の落葉かな
五重の塔吹き上げられて落葉かな
瀧壺に寄りもつかれぬ落葉かな
半途より瀧吹き返す落葉かな
男瀧女瀧上よ下よと木の葉かな
時雨るゝや右手なる一の臺場より
洞門に颯と舞ひ込む木の葉かな
御手洗や去ればこゝにも石蕗の花
寒菊やこゝをあるけと三俵
冬の山人通ふとも見えざりき
此枯野あはれ出よかし狐だに
閼伽桶や水仙折れて薄氷
凩に鯨潮吹く平戸かな
勢ひひく逆櫓は五丁鯨舟
枯柳芽ばるべしとも見えぬ哉
茶の花や白きが故に翁の像
山茶花の折らねば折らで散りに鳧(【碌堂曰ク御免蒙リタシ】)
時雨るゝや泥猫眠る經の上
凩や弦のきれたる弓のそり
  霽月に酒の賛を乞はれたるとき一句ぬき玉へとて遣はす五句
飲む事一斗白菊折つて舞はん哉
憂ひあらば此酒に醉へ菊の主
黄菊白菊酒中の天地貪ならず〔承露盤〕
菊の香や晋の高士は酒が好き(落第?)
(【酒名を凱歌といふ】)兵ものに酒ふるまはん菊の花
紅葉散るちりゝ/\とちゞくれて(【アリテレーシヨンデアリマス】)
簫吹くは大納言なり月の宴〔承露盤〕
紅葉をば禁裏へ參る琵琶法師
紅葉ちる竹縁ぬれて五六枚
麓にも秋立ちにけり瀧の音
うそ寒や灯火ゆるぐ瀧の音
宿かりて宮司が庭の紅葉かな
むら紅葉是より瀧へ十五丁
雲處々岩に喰ひ込む紅葉哉
見ゆる限り月の下なり海と山
時鳥あれに見ゆるが智恩院
名は櫻物の見事に散る事よ〔承露盤〕
巡禮と野邊につれ立つ日永哉(【碌堂曰ク無クモガナ】)
反橋に梅の花こそ畏しこけれ
初夢や金も拾はず死にもせず
柿賣るや隣の家は紙を漉く
春蘆の花夫より川は曲りけり
春の川故ある人を《イの》脊負ひけり
草山の重なり合へる小春哉〔承露盤〕
時雨るゝや聞としもなく寺の屋根
   放蕩を仕盡して風流に入れる人に遣はす
憂き事を紙衣にかこつ一人哉
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その三 十月末
煩惱は百八減つて今朝の春
ちとやすめ張子の虎も春の雨
戀猫や主人は心地例ならず(【意味ガ通ズルカ】)
見返れば又一ゆるぎ柳かな
不立文字白梅一木咲きにけり
春風や女の馬子の何歌ふ
春の夜の若衆にくしや伊達小袖
春の川橋を渡れば柳哉
うね/\と心安さよ春の水
思ふ事只一筋に乙鳥かな【(既經檢定)〔承露盤〕】
鶯や隣の娘何故のぞく
行く春を鐵牛ひとり堅いぞや(句ニナルカ)
春の雨鶯も來よ夜着の中(月並カ)
春の雨晴れんとしては烟る哉
咲たりな花山續き水續き
  一死報君恩といふ意を一句
櫻ちる南八男兒死せんのみ〔承露盤〕
鵜飼名を勘作と申し哀れ也【(既ニ及第)〔承露盤〕】
時鳥たつた一聲須磨明石
五反帆の眞上なり初時鳥
裏河岸の杉の香ひや時鳥
猫も聞け杓子も是へ時鳥
湖や湯元へ三里時鳥
時鳥折しも月のあらはるゝ
五月雨ぞ何處まで行ても時鳥
時島名乘れ彼山此峠〔承露盤〕
夏痩の此頃蚊にもせゝられず
棚經や若い程猶哀れ也
  弔古白
御死にたか今少ししたら蓮の花
  弔逍遥一句
百年目にも參らうず程蓮の飯
蜻蛉や杭を離るゝ事二寸
轡虫すはやと絶ぬ笛の音(落第カ)
谷深し出る時秋の空小し
雁ぢやとて鳴ぬものかは妻ぢやもの(又始ツタ)
鷄頭に太鼓敲くや本門寺【(少シ□ヂタリ)〔承露盤〕】
朝寒の鳥居をくゞる一人哉(【今度ハ梅屋ノヲ】)
稻刈りてあないたはしの案山子かも
時雨るゝや裏山續き藥師堂
時雨るゝや油揚烟る繩簾
海鼠哉よも一つにては候まじ【(ワカルカ)〔承露盤〕】
淋しいな妻ありてこそ冬籠
辨慶に五條の月の寒さ哉
妹が文候二十續きけり(季ガナイ)
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その四
 明治二十八年十一月二日河の内に至り近藤氏に宿す翌三日雨を冒して白猪唐岬に瀑を觀る駄句數十
     三日夜しるす  愚陀佛
誰が家ぞ白菊ばかり亂るゝは
澁柿の下に稻こく夫婦かな
茸狩や鳥居の赤き小松山
秋風や坂を上れば山見ゆる
花芒小便すれば馬逸す
鎌倉堂野分の中に傾けり
山四方菊ちらほらの小村哉
二三本竹の中なり櫨紅葉
秋の山靜かに雲の通りけり
谷川の左右に細き刈田哉
瀬の音や澁鮎淵を出で兼る
赤い哉仁右衛門が脊戸の蕃椒
芋洗ふ女の白き山家かな
鷄鳴くや小村々々の秋の雨
掛稻や塀の白きは庄屋らし
四里あまり野分に吹かれ參りたり
新酒賣る家ありて茸の名所哉
秋雨に行燈暗き山家かな
※[女+霜]の家獨り宿かる夜寒かな
客人を書院に寐かす夜寒かな
亂菊の宿わびしくも小雨ふる
木枕の堅きに我は夜寒哉
秋雨に明日思はるゝ旅寐哉
世は秋となりしにやこの簑と笠
山の雨案内の恨む紅葉かな
鎌さして案内の出たり瀧紅葉
朝寒や雲消て行く少しづゝ
絶壁や紅葉するべき蔦もなし
山紅葉雨の中行く瀑見かな
うそ寒し瀑は間近と覺えたり
山鳴るや爆とう/\と秋の風
滿山の雨を落すや秋の瀧
大岩や二つとなつて秋の瀧
水烟る瀑の底より嵐かな
白瀧や黒き岩間の蔦紅葉
瀑五段一段毎の紅葉かな
荒瀧や野分を斫て捲き落す
秋の山いでや動けと瀑の音
瀑暗し上を日の照るむら紅葉
むら紅葉日脚もさしぬ瀑の色
雲來り雲去る瀑の紅葉かな〔承霜盤〕
瀑半分半分をかくす紅葉かな
霧晴るゝ瀑は次第に現はるゝ
大瀧を北へ落すや秋の山
秋風や眞北へ瀑を吹き落す
絶頂や餘り尖りて秋の瀧
旅の旅宿に歸れば天長節
君が代や夜を長々と瀑の夢
長き夜を我のみ瀧の噂さ哉
唐黍を干すや谷間の一軒家〔承霜盤〕
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その五 十一月三日
いたづらに菊咲きつらん故郷は〔承霜盤〕
名月や故郷遠き影法師
   或人に俳號を問はれて 一句
去ん候是は名もなき菊作り
野分吹く瀑碎け散る脚下より
瀧遠近谷も尾上も野分哉
風や瀧に當つて引き返す
   或人を訪うて
炭賣の後をこゝまで參りけり
   傾城倚欄
去ればにや男心と秋の空
   昔々春秋 一句
春王の正月蟹の軍さ哉〔承霜盤〕
待て座頭風呂敷かさん霰ふる
一木二木はや紅葉るやこの鳥居
三十六法峰我も/\と時雨けり
初時雨五山の交る/\哉
菊提て乳母在所より參りけり
   放蕩病に臥して見舞を呉れといふ 一句
酒に女御意に召さずば花に月
菊の香や故郷遠き國ながら
秋の暮關所へかゝる虚無僧あり
   來迎寺觀菊
八寸の菊作る僧あり山の寺
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その六 十一月十三日
喰積やこゝを先途と惡太郎
婆樣の御寺へ一人櫻かな
雛に似た夫婦もあらん初櫻〔承霜盤〕
裏返す縞のずぼんや春暮るゝ
普陀落や憐み給へ花の旅〔承露盤〕
土筆人なき舟の流れけり
白魚に己れ恥ぢずや川蒸氣
白魚や美しき子の觸れて見る
女《メ》郎共推參なるぞ梅の花
朝櫻誰ぞや絽鞘の落しざし〔承露盤〕
其夜又朧なりけり須磨の卷〔承露盤〕
亡き母の思はるゝ哉衣がへ〔承露盤〕
便なしや母なき人の衣がへ〔承露盤〕
卯の花に深編笠の隱れけり
卯の花や盆に奉捨をのせて出る〔承露盤〕
細き手の卯の花ごしや豆腐賣
時鳥物其物には候はず
時鳥弓杖ついて源三位
罌粟の花左樣に散るは慮外なり
願かけて觀音樣へ紅の花
塵挨り晏子の御者の暑さ哉
銀燭にから紅の牡丹哉
旅に病んで菊惠まるゝ夕哉
  客中病
行秋や消えなんとして殘る雲
  有感 一句
二十九年骨に徹する秋や此風
我病めり山茶花活けよ枕元〔承露盤〕
號外の鈴ふり立る時雨哉
病む人に鳥鳴き立る小春哉
廓然無聖達磨の像や水仙花
大雪や壯夫羆を獲て歸る
星一つ見えて寐られぬ霜夜哉
霜の朝袂時計のとまりけり
木枯の今や吹くとも散る葉なし
塵も積れ拂子ふらりと冬籠
人か魚か獣然として冬籠
四壁立つ「らんぷ」許りの寒哉
病氣持腎安からぬ寒哉
凩の上に物なき月夜哉〔承露盤〕
緑竹の猗々たり霏々と雪が降る〔承露盤〕
凩や眞赤になつて仁王尊〔承露盤〕
初雪や庫裏は眞鴨をたゝく吾
我を馬に乘せて悲しき枯野哉
土佐坊の生擒られけり冬の月
ほろ武者の影や白濱月の駒
  保元物語 一句
月に射ん的は栴檀弦走り
市中は人樣々の師走哉
  三冬氷雪の時什麼と問はれて
何となく寒いと我は思ふのみ
 善惡を問はず出來た丈け送るなり左樣心得給へわるいのは遠慮なく評し給へ其代りいゝのは少しほめ給へ
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その七 十一月二十二日
我脊戸の蜜柑も今や神無月〔承露盤〕
達磨忌や達磨に似たる顔は誰〔承露盤〕
芭蕉忌や茶の花折つて奉る〔承露盤〕
本堂へ橋をかけたり石蕗の花
乳兄弟名乘り合たる榾火哉
かくて世を我から古りし紙衣哉〔承露盤〕
我死なば紙衣を誰に讓るべき
橋立の一筋長き小春かな
武藏下總山なき國の小春哉〔承露盤〕
初雪や小路へ入る納豆賣
御手洗を敲いて碎く氷かな
寒き夜や馬は頻りに羽目を蹴る
來ぬ殿に寐覺物うき火燵かな
酒菰の泥に氷るや石蕗の花
古綿衣虱の多き小春哉
すさましや釣鐘撲つて飛ぶ霰
昨日しぐれ今日又しぐれ行く木曾路
鷹狩や時雨にあひし鷹のつら
辻の月座頭を照らす寒さ哉
枯柳緑なる頃妹逝けり
枯蓮を被むつて浮きし小鴨哉
京や如何に里は雪積む峯もあり
  旅宿の女十二三歳時々發句を云ひ出づ 一句
女の子發句を習ふ小春哉
ほのめかすその上《カミ》如何に歸花
戀をする猫もあるべし歸花
一輪は命短かし歸花
吾も亦衣更へて見ん歸花
太刀一つ屑屋に賣らん年の暮
志はかくあらましを年の暮
長松は蕎麦が好きなり煤拂
むつかしや何もなき家の煤拂〔承露盤〕
煤拂承塵の槍を拭ひけり
懇ろに雜炊たくや小夜時雨〔承露盤〕
里神樂寒さにふるふ馬鹿の面
夜や更ん庭燎に寒き古社
客僧の獅噛付たる火鉢哉〔承露盤〕
冬の日や茶色の裏は紺の山
冬枯や夕陽多き黄黄檗寺〔承露盤〕
あまた度馬の嘶く吹雪哉
嵐して鷹のそれたる枯野哉
あら鷹の鶴蹴落すや雪の原
竹藪に雉子鳴き立つる鷹野哉
なき母の忌日と知るや網代守
靜なる殺生なるらし網代守
くさめして風引きつらん網代守
焚火して居眠りけりな網代守
賭にせん命は五文河豚汁〔承露盤〕
河豚汁や死んだ夢見る夜もあり
  悼亡
夕日寒く紫の雲崩れけり〔承露盤〕
  悼亡 一句
亡骸に冷え盡したる煖甫哉〔承露盤〕
あんかうや孕み女の釣るし斬り
あんかうは釣るす魚なり繩簾
此頃は女にもあり藥喰
藥喰夫より餅に取りかゝる
落付や疝氣も一夜藥喰
乾鮭と竝ぶや壁の棕櫚箒
魚河岸や乾鮭洗ふ水の音
本來の面目如何雪達磨
仲仙道夜汽車に上る寒さ哉
西行の白状したる寒さ哉
温泉をぬるみ出るに出られぬ寒さ哉
本堂は十八間の寒さ哉〔承露盤〕
愚陀佛は主人の名なり冬籠〔承露盤〕
情けにはごと味噌贈れ冬籠
冬籠り小猫も無事で罷りある
すべりよさに頭出るなり紙衾
兩肩を襦袢につゝむ衾哉
合の宿御白い臭き衾哉
水仙に緞子は晴れの衾哉
 大政      愚陀稿
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その八 十二月十四日
定に入る僧まだ死なず冬の月
幼帝の御運も今や冬の月
寒月やから堀端のうどん賣
寒月や薙刀かざす荒法師
寒垢離や王事※[(臣+舍の二画目なし)/皿]きなしと聞きつれど
繪にかくや昔男の節季候
水仙は屋根の上なり煤拂
寐て聞くやぺたり/\と餅の音
餅搗や小首かたげし鷄の面
衣脱だ帝もあるに火燵哉
君が代や年々に減る厄拂
勢ひやひしめく江戸の年の市
是見よと松提げ歸る年の市
行年や刹那を急ぐ水の音
行年や實盛ならぬ白髪武者
春待つや云へらく無事は是貴人
年忘れ腹は中々切りにくき
屑買に此髭賣らん大晦日
ゑた寺へ嫁ぐ憐れや年の暮
白馬遲々たり冬の日薄き砂堤〔承露盤〕
山陰に熊笹寒し水の吾〔承露盤〕
初冬や竹切る山の鉈の吾〔承露盤〕
冬枯れて山の一角竹青し〔承露盤〕
炭燒の斧振り上ぐる嵐哉
冬木立寺に蛇骨を傳へけり〔承露盤〕
碧潭に木の葉の沈む寒哉
岩にたゞ果敢なき蠣の思ひ哉〔承露盤〕
炭竈に葛這ひ上る枯れながら〔承露盤〕
炭賣の鷹括し來る城下哉〔承露盤〕
一時雨此山門に偈をかゝん
五六寸去年と今年の落葉哉
水仙白く古道顔色を照らしけり
冬籠り黄表紙あるは赤表紙
禅寺や丹田からき納豆汁〔承露盤〕
東西南北より吹雪哉
家も捨て世も捨てけるに吹雪哉
  圓福寺新田義宗脇屋義治二公の遺物を觀る 二句
つめたくも南蠻鐵の具足哉
山寺に太刀を頂く時雨哉
  日浦山二公の墓に謁す 二句
塚一つ大根畠の廣さ哉
應永の昔しなりけり塚の霜〔承露盤〕
  湧が淵三好秀保大蛇を斬るところ
蛇を斬つた岩と聞けば淵寒し
  大政      愚陀拜
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その九 十二月十八日
飯櫃を蒲團につゝむ※[女+霜]哉
※[火+畏]芋を頭巾に受くる和尚哉
盗人の眼ばかり光る頭巾哉
辻番の捕へて見たる頭巾哉
頭巾きてゆり落しけり竹の雪
さめやらで追手のかゝる蒲團哉
毛蒲團に君は目出度寐顔かな
薄き事十年あはれ三布蒲團
片々や犬盗みたるわらじ足袋
羽二重の足袋めしますや妹が君
雪の日や火燵をすべる土佐日記
應々と取次に出ぬ火燵哉
埋火や南京茶碗鹽煎餅
埋火に鼠の糞の落ちにけり
曉の埋火消ゆる寒さ哉
門閉ぢぬ客なき寺の冬構
冬籠米搗く音の幽かなり〔承露盤〕
砂濱や心元なき冬構〔承露盤〕
銅瓶に菊枯るゝ夜の寒哉
五つ紋それはいかめし桐火桶
冷たくてやがて恐ろし瀬戸火鉢
親展の状燃え上る火鉢哉
黙然と火鉢の灰をならしけり
なき母の湯婆やさめて十二年〔承露盤〕
湯婆とは倅のつけし名なるべし
風吹くや下京邊の綿帽子
清水や石段上る綿帽子
綿帽子面は成程白からず
爐開きや佛間に隣る四疊半
爐開きに道也の釜を贈りけり
口切や南天の實の赤き頃
口切にこはけしからぬ放屁哉
吾妹子を客に口切る夕哉
花嫁の喰はぬといひし亥の子哉
到來の亥の子を見れば黄な粉なり
水臭し時雨に濡れし亥の子餅
枯ながら蔦の氷れる岩哉
湖は氷の上の焚火哉
痩馬に山路危き氷哉
筆の毛の水一滴を氷りけり
井戸繩の氷りて切れし朝哉
雁の拍子ぬけたる氷哉
枯蘆の二十日流れぬ氷哉
水仙の葉はつれなくも氷哉
凩に牛怒りたる繩手哉
冬ざれや青きもの只菜大根
山路來て馬やり過す小春哉
橋朽ちて冬川枯るゝ月夜哉
  範頼の墓に謁して二句
蒲殿の愈悲し枯尾花〔承露盤〕
凩や冠者の墓撲つ落松葉
山寺や冬の日殘る海の上
古池や首塚ありて時雨ふる〔承露盤〕
穴蛇の穴を出でたる小春哉
空木の根あらはなり冬の川
納豆を檀家へ配る師走哉
親の名に納豆賣る兒の憐れさよ
からつくや風に吹かれし納豆賣
榾の火や昨日碓氷を越え申した
梁山泊毛脛の多き榾火哉
裏表濡れた衣干す榾火哉
積雪や血痕絶えて虎の穴
 大政
今度のはなくしてはいやであります惡句には△か□の符號をつけ玉へ
               愚陀佛稿
 
  正岡家析藏『承露盤』の中より 四十三句
鶯の大木に來て初音かな
春三日よしのゝ櫻一重なり
雛殿も語らせ給へ宵の雨
陽炎の落ちつきかねて草の上
馬の息山吹散て馬士もなし
辻駕籠に朱鞘の出たる柳哉
春の雨あるは順禮古手買
尼寺や彼岸櫻は散りやすき
叩かれて晝の蚊を吐く木魚哉
馬子歌や小夜の中山さみだるゝ
あら瀧や滿山の若葉皆震ふ
夕立や蟹はひ上る簀子椽
明け易き夜ぢやもの御前時鳥
尼寺や芥子ほろ/\と普門品
鐘つけば銀杏ちる也建長寺〔【海南新聞九月六日】〕
白露や芙蓉したゝる音すなり〔同〕
長き夜を只蝋燭の流れけり〔同九月七日〕
乘りながら馬の糞する野菊哉〔同九月八日〕
馬に二人霧を出でたり鈴の音〔同九月十日〕
泥龜の流れ出でたり落し水〔同九月十一日〕
影參差松三本の月夜哉
うてや砧これは都の詩人なり〔【海南新聞九月十三日】〕
明け易き七日の夜を朝寐哉〔同九月十四日〕
秋の蝉死度もなき聲音哉〔同九月十五日〕
柳散る片側町や水の音〔同九月十七日〕
稻妻や折々見ゆる瀧の底〔同九月二十一日〕
親一人子一人盆のあはれなり〔同九月二十二日〕
夕月や野川をわたる人は誰〔同九月二十六日〕
掛稻や澁柿たるゝ門構
 
       我宿の柿熟したり鳥來たり
野分して朝鳥早く立ちけらし
日の入や秋風遠く鳴つて來る
鼻珠沙花あつけらかんと道の端
はら/\とせう事なしに萩の露
史官啓す雀蛤とはなりにけり
行年や佛ももとは凡夫なり
驀地に風吹くや鳩の湖
大粒な霰にあひぬうつの山
十月のしぐれて文も參らせず
いそがしや霞ふる夜の鉢叩
十月の月ややう/\凄くなる
山茶花の垣一重なり法華寺
行く年や膝と膝とをつき合せ
 
  送子規
此夕野分に向いてわかれけり
 
  送子規
御立ちやるか御立ちやれ新酒菊の花
 
  子規を送る 二句
秋の雲たゞむら/\と別れかな
見つゝ往け旅に病むとも秋の富士
 
       十二月『海南新聞』
土堤一里常盤木もなしに冬木立
 
      明治二十八年?
雪深し出家を宿し參らする
 
  寄虚子 明治二十八・九年?
詩神とは朧夜に出る化ものか
 
  明治二十九年
 
        一月十二日正岡子規宛の端書の中より
東風や吹く待つとし聞かば今歸り來ん
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十 一月二十八日
此土手で追ひ剥がれしか初櫻〔承霜盤〕
凩に早鐘つくや増上寺〔承霜盤〕
谷の家竹法螺の音に時雨けり〔承露盤〕
冴返る頃を御厭ひなさるべし〔承露盤〕
出代りや花と答へて跛なり〔承露盤〕
雪霽たり竹婆娑/\と跳返る〔承露盤〕
水青し土橋の上に積る雪
若菜摘む人とは如何に音をば泣く
花に暮れて由ある人にはぐれけり
見て行くやつばら/\に寒の梅
靜かさは竹折る雪に寐かねたり
武藏野を横に降る也冬の雨
太箸を抛げて笠着る別れ哉
いざや我虎穴に入らん雪の朝
絶頂に敵の城あり玉霰
御天守の鯱いかめしき霰かな
一つ家のひそかに雪に埋れけり
春大震塔も擬寶珠もねぢれけり
疝氣持雪にころんで哀れなり
天と地の打ち解けりな初霞
呉竹の垣の破目や梅の花
御車を返させ玉ふ櫻かな
掃溜や錯落として梅の影
永き日や韋陀を講ずる博士あり
日は永し三十三間堂長し
素琴あり窓に横ふ梅の影
永き日を順禮渡る瀬田の橋
鶴獲たり月夜に梅を植ん哉
錦帶の擬實珠の數や春の川
里の子の草鞋かけ行く梅の枝
紅梅に青葉の笛を畫かばや
紅梅にあはれ琴ひく妹もがな
源藏の徳利をかくす吹雪哉
したゝかに饅頭笠の霰哉
冬の雨柿の合羽のわびしさよ
下馬札の一つ立ちけり冬の雨
  展先妣墓 一句
梅の花不肖なれども梅の花
まさなくも後ろを見する吹雪哉
氷る戸を得たりや應と明け放し
吾庵は氷柱も歳を迎へけり
 政        愚陀佛稿
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十一
元日に生れぬ先の親戀し
あたら《イや》元日を餅も食はずに紙衣哉
山里は割木でわるや鏡餅
碎けよや玉と答へて鏡餅
國分寺の瓦堀出す櫻かな
斷礎一片有明櫻ちりかゝる
堆き茶殻わびしや春の宵雨
古寺に鰛燒くなり春の宵〔承露盤〕
配所には干網多し春の月
口惜しや男と生れ春の月
よく聞けば田螺鳴くなり鍋の中
山吹に里の子見えぬ田螺かな
白梅に千鳥啼くなり濱の寺
梅咲て奈良の朝こそ戀しけれ
消にけりあわたゞしくも春の雪
春の雪朱盆に載せて惜まるゝ
居風呂に風ひく夜や冴返る
頃しもや越路に病んで冴返る
霞む日や巡禮親子二人なり〔承露盤〕
旅人の墓場見て行く霞かな〔承露盤〕
 政        漱石
  明治二十九年一月二十九日愚陀佛庵小集一題二句
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十二 三月五日
つくばいに散る山茶花の氷りけり
烏飛んで夕日に動く冬木かな
船火事や數をつくして鳴く千鳥
壇築て北斗祭るや釼の霜
龍寒し繪筆抛つ古法眼
つい立の龍蟠まる寒さかな
廻廊に吹きこむ海の吹雪かな
梁に畫龍のにらむ日永かな
奈良の春十二神將剥げ盡せり
亂山の盡きて原なり春の風
都府樓の瓦硯洗ふや春の水
門柳五本並んで枝垂れけり
若草や水の滴たる蜆籠
月落ちて佛燈青し梅の花
春の夜を辻講釋にふかしける
蕭郎の腕環偸むや春の月〔承霜盤〕
護摩壇に金鈴響く春の雨
春の夜の御惱平癒の祈禮哉〔承霜盤〕
鳩の糞春の夕の繪馬白し
伽羅焚て君を留むる朧かな〔承露盤〕
辻占のもし君ならば朧月
蘭燈に詩をかく春の恨み哉〔承露盤〕
恐ろしや經を血でかく朧月
着衣始め紫衣を給はる僧都あり
物草の太郎の上や揚雲雀
野を燒けば燒けるなり間の拔ける程
涅槃像鰒に死なざる本意なさよ
春戀し淺妻船に流さるゝ
潮風に若君黒し二日灸
枸杞の垣田樂燒くは此奥か
春もうし東樓西家何歌ふ
猫知らず寺に飼はれて戀わたる
芹洗ふ藁家の門や温泉の流
陽炎に蟹の泡ふく干潟かな
さら/\と筮竹もむや春の雨
日永哉豆に眠がる神の馬
古瓢柱に懸けて蜂巣くふ
ゆく春や振分髪も肩過ぎぬ
御|舘《やかた》のつら/\椿咲にけり
二つかと見れば一つに飛ぶや蝶
唐人の飴賣見えぬ柳かな
刀うつ槌の響や春の風
踏はづす蛙是へと田舟哉
初蝶や菜の花なくて淋しかろ
曳船やすり切つて行く蘆の角
勅なれば紅梅咲て女かな
紅梅に通ふ築地の崩哉
桔※[木+皐]切れて梅ちる月夜哉
濡燕御休みあつて然るべし
雉子の聲大竹原を鳴り渡る
雨がふる淨瑠〔璃〕坂の傀儡師
むく/\と砂の中より春の水〔承露盤〕
白き砂の吹ては沈む春の水
金屏を幾所かきさく猫の戀
春に入つて近頃青し鐵行燈
旅の夜五右衛門風呂にうなる客
永き日や徳山の棒趙州の拂
飯食ふてねむがる男畠打つ
春風や永井兵助の人だかり
居合拔けば燕ひらりと身をかはす
物言はで腹ふくれたる河豚かな
戞々と鼓刀の肆に時雨けり
枯野原汽車に化けたる狸あり
其中に白木の宮や梅の花
章魚眠る春潮落ちて岩の間
山伏の並ぶ關所や梅の花
梅ちるや月夜に廻る水車
兵兒殿の梅見に御ぢやる朱鞘哉
酒醒て梅白き夜の冴返る
飯鮹の頭に兵と吹矢かな
蟹に負けて飯鮹の足五本なり
梓弓岩を碎けば春の水
山路來て梅にすくまる馬上哉
若黨や一歩さがりて梅の花
青石を取り卷く庭の菫かな
犬去つてむつくと起る蒲公英が
大和路や紀の路へつゞく菫草
川幅の五尺に足らで董かな
三日雨四日梅咲く日誌かな〔承露盤〕
雙六や姉妹向ふ春の宵
生海苔のこゝは品川東海寺
菜の花の中に糞ひる飛脚哉
菜の花や門前の小僧經を讀む
菜の花を通り拔ければ城下かな
海見ゆれど中々長き菜畑哉
海見えて行けども/\菜畑哉
麥二寸あるは又四五寸の旅路哉
筵帆の眞上に鳴くや揚雲雀
風船にとまりて見たる雲雀哉
落つるなり天に向つて揚雲雀
雨晴れて南山春の雲を吐く〔承露盤〕
むづからせ給はぬ雛の育ち哉
去年今年大きうなりて歸る雁
一群や北能州へ歸る雁
爪下り海に入日の菜畑哉
里の子の猫加へけり涅槃像
鶯のほうと許りで失せにけり
鶯や雨少し降りて衣紋坂
鶯の去れども貧にやつれけり
鶯や田圃の中の赤鳥居
鶯をまた聞きまする昼餉哉
 
  古白一週忌
君歸らず何處の花を見にいたか
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十三
三日月や野はゑた村へ燒て行く
舊道や燒野の匂ひ笠の雨
春日野は牛の糞まで燒てけり
宵々の窓ほのあかし山燒く火
野に山に燒き立てられて雉の聲
野を燒くや道標焦る官有地
篠竹の垣を隔てゝ燒野哉
村と村川を隔てゝ燒野哉
蝶に思ふいつ振袖で嫁ぐべき
老ぬるを蝶に背いて繰る糸や
御簾搖れて蝶御覽ずらん人の影
蝶舐る朱硯の水澱みたり
藏つきたり紅梅の枝黒い塀
山三里櫻に足駄穿きながら
花を活けて京音の寡婦なまめかし
鶯や隣あり主人垣を覗く
連立て歸うと雁皆去りぬ
齒ぎしりの下婢恐ろしや春の宵
太刀佩くと夢みて春の晨哉
鳴く事を鶯思ひ立つ日哉
吾妹子に搖り起されつ春の雨
普化寺に犬逃げ込むや梅の花
紅梅は愛せず折て人に呉れぬ
花に來たり瑟を鼓するに意ある人
禿いふわしや煩ふて花の春
きぬ/"\の鐘につれなく冴え返る
虚無僧の敵這入ぬ梅の門
 
  正岡手規へ送りたる句稿 その十四 三月二十四日
先達の斗巾の上や落椿
御陵や七つ下りの落椿
金平のくるり/\と鳳巾
舟輕し水皺よつて蘆の角
薺摘んで母なき子なり一つ家
種卸し/\婿と舅かな
鶯の鳴かんともせず枝移り〔承露盤〕
仰向て深編笠の花見哉
女らしき虚無僧見たり山櫻
奈古寺や七重山吹八重櫻
春の江の開いて遠し寺の塔
柳垂れて江は南に流れけり
川向ひ櫻咲きけり今土燒
頼もうと竹庵來たり梅の花
雨に濡れて鶯鳴かぬ處なし
居士一驚を喫し得たり江南の梅一時に開く
手習や天地玄黄梅の花
霞むの《(後に)いろはにほへと》は高い松なり國境
奈良七重菜の花つゞき五形咲く
草山や南をけづり麥畑〔承露盤〕
御簾搖れて人ありや否や飛ぶ胡蝶
端然と戀をして居る雛かな
藤の花本妻尼になりすます
待つ宵の夢ともならず梨の花
春風や吉田通れば二階から
風が吹く幕の御紋は下り藤
花賣は一軒置て隣りなり
登りたる凌雲閣の霞かな
思ひ出すは古白と申す春の人〔承露盤〕
山城や乾にあたり春の水〔承露盤〕
夫子暖かに無用の肱を曲げてねる
家あり一つ春風春水の眞中に
模糊として竹動きけり春の山
限りなき春の風なり馬の上〔承露盤〕
乙鳥や赤い暖簾の松坂屋
古ぼけた江戸錦繪や春の雨
蹴爪づく富士の裾野や木瓜の花
朧故に行衛も知らぬ戀をする
春の海に橋を懸けたり五大堂〔承露盤〕
足弱を馬に乘せたり山櫻〔承露盤〕
 
  神仙體 十句 三月『めさまし草』
春の夜の琵琶聞えけり天女の祠
路も無し綺樓傑閣梅の花
屋の棟や春風鳴つて白羽の矢
蛤やをり/\見ゆる海の城
霞たつて朱ぬりの橋の消えにけり
どこやらで我名よぶなり春の山
大空や霞の中の鯨波の聲
行春や瓊觴山を流れ出る
神の住む春山白き雲を吐く
催馬樂や縹緲として島一つ
 
  松山客中虚子に別れて 四月
永き日や欠伸うつして別れ行く
 
  留別 村上霽月に 四月
逢はで去る花に涙を濺げかし
 
      四月
市中に君に飼はれて鳴く蛙
 
      四月『めさまし草』 二句
尾上より風かすみけり燧灘
窓低し菜の花明り夕曇り
 
      五月『めさまし草』
駄馬つゞく阿蘇街道の若葉かな
 
      六月十一日正岡子規宛の手紙の中より
衣更へて京より嫁を貰ひけり
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十五 七月八日
海嘯去つて後すさましや五月雨
かたまるや散るや螢の川の上〔承露盤〕
一つすうと座敷を拔る螢かな
竹四五竿をり/\光る螢かな
うき世いかに坊主となりて晝寐する〔承露盤〕
さもあらばあれ時鳥啼て行く
禅定の僧を圍んで鳴く蚊かな
うき人の顔そむけたる蚊遣かな
筋違に芭蕉渡るや蝸牛
袖に手を入て反りたる袷かな
短夜の芭蕉は伸びて仕まひけり〔承露盤〕
もう來ずばなるまいなそれも夏の月
短夜の夢思ひ出すひまもなし
佛壇に尻を向けたる團扇かな
ある畫師の扇子捨てたる流かな
貧しさは紙帳ほどなる庵かな
午砲打つ地城の上や雲の峯
黒船の瀬戸に入りけり雲の峯
行軍の喇叭の音や雲の峯
二里下る麓の村や雲の峯
涼しさの闇を來るなり須磨の浦
涼しさの目に餘りけり千松島
袖腕に成丈高なる暑かな
錢湯に客のいさかふ暑かな
かざすだに面はゆげなる扇子哉
涼しさや大釣鐘を抱て居る
夕立の湖に落ち込む勢かな
涼しさや山を登れば岩谷寺
吹井戸やぼこり/\と眞桑瓜
涼しさや水干着たる自拍子
ゑいやつと蠅叩きけり書生部屋
吾老いぬとは申すまじ更衣
異人住む赤い煉瓦や棕櫚の花
敷石や一丁つゞく棕櫚の花
獨居の歸ればむつと鳴く蚊哉
尻に敷て笠忘れたる清水哉
据風呂の中はしたなや柿の花
短夜を君と寐ようか二千石とらうか
祖母樣の大振袖や土用干
玉章や袖裏返す土用干〔承露盤〕
              愚陀拜
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十六 八月
すゞしさや裏は鉦うつ光琳寺
涼しさや門にかけたる橋斜め
眠らじな蚊帳に月のさす時は〔承露盤〕
國の名を知つておぢやるか時鳥
西の對へ渡らせ給ふ葵かな
淙々と筧の音のすゞしさよ
橘や通るは近衛大納言
朝貌の黄なるが咲くと申し來ぬ
紅白の蓮擂鉢に開きけり〔承露盤〕
涼しさや奈良の大佛腹の中
淋しくもまた夕顔のさかりかな
あつきものむかし大坂夏御陣
夕日さす裏は磧のあつさかな
午時の草もゆるがず照る日かな
琵琶の名は青山とこそ時鳥
就中大なるが支那の團扇にて
くらがりに團扇の音や古槐
夏痩せて日に焦けて雲水の果はいかに
床に達磨芭蕉涼しく吹かせけり
百日紅浮世は熱きものと知りぬ
手をやらぬ朝貌のびて哀なり
絹團扇墨畫の竹をかゝんかな
獨身や髭を生して夏に籠る
夏書すとて一筆しめし參らする
なんのその南瓜の花も咲けばこそ
我も人も白きもの着る涼みかな
物や思ふと人の問ふまで夏痩せぬ
滿潮や涼んで居れば月が出る
大慈寺の山門長き青田かな
唐茄子と名にうたはれて※[穴/(瓜+瓜)]《ゆが》みけり〔承露盤〕
              愚陀拜
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十七 九月二十五日
  博多公園
初秋の千本の松動きけり
  箱崎八幡
鹹はゆき露にぬれたる鳥居哉〔承露盤〕
  香椎宮
秋立つや千早古る世の杉ありて〔承露盤〕
  天拜山
見上げたる尾の上に秋の松高し
  太宰府天神
反橋の小さく見ゆる芙蓉哉〔承露盤〕
  觀世音寺
古りけりな遺風の額秋の風
  都府樓
鴫立つや礎殘る事五十
  二日市温泉
温泉の町や踊ると見えてさんざめく
  梅林寺
碧巖を提唱す山内の夜ぞ長き
  船後屋温泉
ひや/\と雲が來る也温泉の二階〔承露盤〕
  都府樓瓦を達磨の前に置きて
玉か石か瓦かあるは秋風か
  内君の病を看護して 一句
枕邊や星別れんとする晨〔承露盤〕
稻妻に行手の見えぬ廣野かな〔承露盤〕
秋風や京の寺々鐘を撞く
明月や琵琶を抱へて彈きもやらず
廻廊の柱の影や海の月〔承露盤〕
明月や丸きは僧の影法師〔承露盤〕
酒なくて詩なくて月の靜かさよ〔承露盤〕
明月や背戸で米搗く作右衛門
明月や浪華に住んで橋多し
引かで鳴る夜の鳴子の淋しさよ〔承露盤〕
無性なる案山子朽ちけり立ちながら
打てばひゞく百戸餘りの砧哉
衣擣つて郎に贈らん小包で
鮎澁ぬ降り込められし山里に
鱸魚肥えたり樓に登れば風が吹く
白壁や北に向ひて桐一葉
柳ちりて長安は秋の都かな
垂れかゝる萩靜かなり背戸の川
落ち延びて只一騎なり萩の原
蘭の香や聖教帖を習はんか〔承露盤〕
後に鳴き又先に鳴き鶉かな
窓をあけて君に見せうず菊の花
作らねど菊咲にけり折りにけり〔承露盤〕
世は貧し夕日破垣烏瓜
鷄頭や代官殿に御意得たし〔承露盤〕
長けれど何の糸瓜とさがりけり〔承露盤〕
禅寺や芭蕉葉上愁雨なし
無雜作に蔦這上る厠かな
佛には白菊をこそ參らせん
         愚陀
 
   九月二十五日正岡子規宛の手紙の中より 二句
名月や十三圓の家に住む
月東君は今頃來て居るか〔承露盤〕
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十八 十月
行く秋をすうとほうけし薄哉
行く秋の犬の面こそけゞんなれ
※[糸+弟]袍を誰か贈ると秋暮れぬ
祭文や小春治兵衛に暮るゝ秋
僧堂で痩せたる我に秋暮れぬ
行秋や此頃參る京の瞽女
行秋を踏張て居る仁王哉
行秋や博多の帶の解け易き
機を織る孀二十で行く秋や
行く秋やふらりと長き草鞋の緒
日の入や五重の塔に殘る秋
行く秋や椽にさし込む日は斜
山は殘山水は剰水にして殘る秋
           愚陀拜
原廣し吾門前の星月夜〔承露盤〕
新らしき蕎麥打て食はん坊の雨
  憶古白
古白とは秋につけたる名なるべし〔承露盤〕
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その十九 十月
  初戀
今年より夏書せんとぞ思ひ立つ
獨り顔を團扇でかくす不審なり
  逢戀
降る雪よ今宵ばかりは積れかし
思ひきや花にやせたる御姿
影法師月に竝んで靜かなり
  別戀
きぬ/”\や裏の篠原露多し
見送るや春の潮のひた/\に
  忍戀
人に言へぬ願の糸の亂れかな
君が名や硯に書いては洗ひ消す
  絶戀
橋落ちて戀中絶えぬ五月雨
忘れしか知らぬ顔して畠打つ
  恨戀
行春を琴掻き鳴らし掻き亂す〔承露盤〕
五月雨や鏡曇りて恨めしき
  死戀
生れ代るも物憂からましわすれ草
化石して強面なくならう朧月
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十 十一月
藻ある底に魚の影さす秋の水
秋の山松明かに入日かな
秋の日中山を越す山に松ばかり
一人出て粟刈る里や夕燒す〔承露盤〕
配達ののぞいて行くや秋の水
秋行くと山僮窓を排しいふ
秋の蠅握つて而して放したり
生僧や嫁瓶を破る秋の暮
攝待や御僧は柿をいくつ喰ふ
馬盥や水烟して朝寒し
  訪隱者 一句
菊咲て通る路なく逢はざりき
空に一片秋の雲行く見る一人
秋高し吾白雲に乘らんと思ふ
野分して一人障子を張る男
御名殘の新酒とならば戴かん
菊活けて内君轉た得意なり
  悼亡 一句
見えざりき作りし菊の散るべくも
肌寒や膝を崩さず坐るべく
僧に對すうそ寒げなる拂子の尾〔承露盤〕
善男子善女子に寺の菊黄なり〔承露盤〕
盛り崩す碁石の音の夜寒し
壁の穴風を引くべく稍寒し
蟷螂のさりとては又推參な
此里や柿澁からず夫子住む〔承露盤〕
初冬や向上の一路未だ開かず
冬來たり袖手して書を傍觀す
初冬を刻むや烈士喜劍の碑
初冬の琴面白の音じめ哉
 叱正      漱石拜
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十一 十二月
凩や海に夕日を吹き落す
吾栽し竹に時雨を聽く夜哉
ぱち/\と枯葉焚くなり藥師堂
浪人の寒菊咲きぬ具足櫃
謠ふべき程は時雨つ羅生門
折り焚き〔て〕時雨に彈かん琵琶もなし
銀屏を後ろにしたり水仙花
水仙や主人唐めく秦の姓
水仙や根岸に住んで薄氷
村長の羽織短かき寒哉
革羽織古めかしたる寒かな
凩の松はねぢれつ岡の上
野を行けば寒がる吾を風が吹く
策つて凩の中に馬のり入るゝ
夕日逐ふ乘合馬車の寒かな
雪ながら書院あけたる牡丹哉
堅炭の形ちくづさぬ行衛哉
雜炊や古き茶碗に冬籠
鼓うつや能樂堂の秋の水
重なるは親子か雨に鳴く鶉
底見ゆる一枚岩や秋の水
行年を家賃上げたり麹町
行年を妻炊ぎけり粟の飯
器械湯の石炭臭しむら時雨
醉て叩く門や師走の月の影
貧にして住持去るなり石蕗の花
博徒市に闘ふあとや二更の冬の月
しぐれ候程に宿につきて候
累々と徳孤ならずの蜜柑哉 
同化して黄色にならう蜜柑畠
日あたりや熟柿の如き心地あり
大將は五枚しころの寒さかな
山勢の蜀につらなる小春かな
かきならす灰の中より木の葉哉
汽車を逐て煙這行枯野哉
紡績の笛が鳴るなり冬の雨
がさ/\と紙衣振へば霰かな
挨拶や髷の中より出る霰
かたまつて野武士落行枯野哉
  魏叔子大鐵椎傳 一句
星飛ぶや枯野に動く椎の影
鳥一つ吹き返さるゝ枯野かな
さら/\と栗の落葉や鵙の聲
空家やつくばひ氷る石蕗の花
飛石に客すべる音す石蕗の花
吉良殿のうたれぬ江戸は雪の中
覺めて見れば客眠りけり爐のわきに
面白し雪の中より出る蘇鐵
寐る門を初雪ぢやとて叩きけり
雪になつて用なきわれに合羽あり
僧俗の差し向ひたる火桶哉
六波羅へ召れて寒き火桶哉
物語る手創や古りし桐火桶
生垣の上より語る小春かな
小春半時野川を隔て語りけり
居眠るや黄雀堂に入る小春
家富んで窓に小春の日陰かな
白旗の源氏や木曾の冬木立
立籠る上田の城や冬木立
枯殘るは尾花なるべし一つ家
時雨るゝは平家につらし五家荘
藁葺をまづ時雨けり下根岸
堂下潭あり潭裏影あり冬の月
          漱石拜
 
  正岡家所藏『承露盤』の中より 十二句
曉の夢かとぞ思ふ朧哉
干網に立つ陽炎の腥き
時鳥馬追払こむや※[林/下]川
薫風や銀杏三抱あまりなり
茂りより二本出て來る筧哉
亭寂寞薊鬼百合なんど咲く
うつむいて膝に抱きつく寒哉
半鐘と並んで高き冬木哉
茶煙禅榻外は師走の日影哉
雪洞の廊下をさがる寒さ哉
水涸れて轍のあとや冬の川
土手枯れて左右に長き筧哉
 
      十二月『めさまし草』 二句
扶けられて驢背危し雪の客
戸を開けて驚く雪の晨かな
 
      明治二十九年頃
どつしりと尻を据えたる南瓜かな
 
      一月於子規庵運座
うか/\と我門過くる月夜かな
 
 明治三十年
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十二 一月
  〔前文略〕
生れ得てわれ御目出度顔の春
  其他少々
五斗米を餅にして喰ふ春來たり
臣老いぬ白髪を染めて君が春
元日や蹣跚として吾思ひ
馬に乘つて元朝の人勲二等
詩を書かん君墨を磨れ今朝の春
元日や吾新たなる願あり
春寒し印陀羅といふ畫工あり
聾なる僕藁を打つ冬籠
親子してことりともせず冬籠
醫はやらず歌など撰し冬籠
力なや油なくなる冬籠
佛焚て僧冬籠して居るよ
燭つきつ墨繪の達磨寒氣なる
燭きつて曉ちかし大晦日〔承露盤〕
餅を切る庖丁鈍し古暦〔承露盤〕
冬籠弟は無口にて候
桃の花民天子の姓を知らず
松立てゝ空ほの/”\と明る門
ふくれしよ今年の腹の粟餅に
貧といへど酒飲みやすし君が春
塔五重五階を殘し霞みけり
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十三 二月
酒苦く蒲圃薄くて寢られぬ夜
ひた/\と藻草刈るなり春の水
岩を廻る水に淺きを恨む春
散るを急ぎ櫻に着んと縫ふ小袖
出代の夫婦別れて來りけり
人に死し鶴に生れて冴え返る〔承露盤〕
隻手此頃比良日生捕る汐干よな
恐らくば東風に風ひくべき薄着
寒山か拾得か蜂に螫されしは〔承露盤〕
ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり〔承露盤〕
落ちさまに※[亡/(虫+虫)]を伏せたる椿哉〔承露盤〕
貪りて鶯續け樣に鳴く
のら猫の山寺に來て戀をしつ
ぶつ/\と大なる田螺の不平哉〔承露盤〕
菜の花や城代二萬五千石
明天子上にある野の長閑なる〔承露盤〕
大※[毒/縣]や霞の中を行く車
烈士釼を磨して陽炎むら/\と立つ
柳あり江あり南畫に似たる吾
或夜夢に雛娶りけり白い酒〔承露盤〕
霞みけり物見の松に熊坂が
醋熟して三聖顰す桃の花
川を隔て牛散點し霞みけり
薫ずるは大内といふ香や春
姉樣に參らす桃の押繪かな〔承露盤〕
よき敵ぞ梅の指物するは誰
朧夜や顔に似合ぬ戀もあらん〔承露盤〕
住吉の繪卷を寫し了る春
春は物の句になり易し古短冊〔承露盤〕
山の上に敵の赤旗霞みけり
木瓜咲くや漱石拙を守るべく〔承露盤〕
瀧に乙鳥突き當らんとしては返る〔承露盤〕
なある程是は大きな涅槃像
春の夜を兼好緇衣に恨みあり
暖に乘じ一擧蝨をみなごろしにす
達磨傲然として風に嘯く鳳巾
疝は御大事餘寒烈しく候へば
董程な小さき人に生れたし〔承露盤〕
前垂の赤きに包む土筆かな〔承露盤〕
水に映る藤紫に鯉緋なり
        漱石
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十四 四月十八日
古往今來切つて血の出ぬ海鼠かな
西函嶺を踰えて海鼠に眼鼻なし〔承露盤〕
土筆物言はずすん/\とのびたり
  劍 五句
春寒し墓に懸けたる季子の劍
拔くは長井兵助の太刀春の風
劍寒し闥を排して樊※[口+會]が
太刀佩て戀する雛ぞむつかしき〔承露盤〕
浪人の刀錆びたり時鳥
  泳 六句
顔黒く鉢卷赤し泳ぐ人
深うして渡れず余は泳がれず
裸體なる先生胡座す水泳所
泳ぎ上り河童驚く暑かな
泥川に小兒つどいて泳ぎけり
龜といふが泳いできては背を曝す
  字 五句
いの字よりはの字むつかし梅の花
夏書する黄檗の僧名は即非〔承露盤〕
客に賦あり墨磨り流す月の前〔承露盤〕
巨燵にて一筆しめし參らせう
金泥もて法華經寫す日永哉
  謠 五句
春の夜を小謠はやる家中哉〔承露盤〕
隣より謠ふて來たり夏の月
肌寒み禄を離れし謠ひ聲
謠師の子は鼓うつ時雨かな
謠ふものは誰ぞ櫻に灯ともして〔承露盤〕
八時の廣き畑打つ一人かな
角落ちて首傾けて奈良の鹿〔承露盤〕
菜の花の中へ【眞赤な・大きな】入日かな
木瓜咲くや筮竹の音算木の音
若點の焦つてこそは上るらめ
移し窓春の風門春の水
据風呂に傘さしかけて春の雨〔承露盤〕
泥海の猶しづかなり春の暮
  高良山 一句
石磴や曇る肥前の春の山
松をもて圍ひし谷の櫻かな
雨に雲に櫻濡れたり山の陰
菜の花の遙かに黄なり筑後川〔承露盤〕
花に濡るゝ傘なき人の雨を寒み〔承露盤〕
人に逢はず雨ふる山の花盛
筑後路や丸い山吹く春の風〔承露盤〕
山高し動ともすれば春曇る〔承露盤〕
濃かに彌生の雲の流れけり〔承露盤〕
拜殿に花吹き込むや鈴の音
金襴の軸懸け替て春の風
留針や故郷の蝶餘所の蝶〔承露盤〕
しめ繩や春の水湧く水前寺
上畫津や青き水菜に白き蝶
菜種咲く小島を抱いて淺き川
棹さして舟押し出すや春の川
柳ありて白き家鴨に枝垂たり〔承露盤〕
就中高き櫻をくるり/\
魚は皆上らんとして春の川〔承露盤〕
 叱正      漱石拜
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十五 五月二十八日
行く春を剃り落したる眉青し〔承露盤〕
行く春を沈香亭の牡丹哉
春の夜や局をさがる衣の音
  憶子規 一句
春雨の夜すがら物を思はする
埒もなく禅師肥たり更衣
よき人のわざとがましや更衣〔承露盤〕
更衣て弟の脛何ぞ太き
埋もれて若葉の中や水の音
影多き梧桐に据る床几かな
郭公茶の間へまかる通夜の人〔承露盤〕
蹴付たる讎の枕や子規
辻君に袖牽れけり子規〔承露盤〕
扛げ兼て妹が手細し鮓の石
小賢しき犬吠付や更衣
七筋を心利きたる鵜匠哉
漢方や柑子花さく門構〔承露盤〕
若葉して半簾の雨に臥したる
妾宅や牡丹に會す琴の弟子
世はいづれ椶櫚の花さへ穗に出でつ
立て懸て螢這ひけり草箒
若葉して縁切榎切られたる
でゞ蟲の角ふり立てゝ井戸の端
溜池に蛙闘ふ卯月かな
虚無僧に犬吠えかゝる桐の花
筍や思ひがけなき垣根より
若竹や名も知らぬ人の墓の傍
若竹の夕に入て動きけり
鞭鳴す馬車の埃や麥の秋〔承露盤〕
渡らんとして谷に橋なし閑古鳥
折り添て文にも書かず杜若〔承露盤〕
八重にして芥子の赤きぞ恨みなる
傘さして後向なり杜若
蘭湯に浴すと書て詩人なり
すゝめたる鮓を皆迄參りたり
鮓桶の乾かで臭し蝸牛
生臭き鮓を食ふや佐野の人
粽食ふ夜汽車や膳所の小商人
蝙蝠や賊の酒呑む古館
不出來なる粽と申しおこすなる
五月雨や小袖をほどく酒のしみ
五月雨の壁落しけり枕元
五月雨や四つ手繕ふ舊士族
眼を病んで灯ともさぬ夜や五月雨〔承露盤〕
馬の蠅牛の蠅來る宿屋かな
逃すまじき蚤の行衛や子規
蚤を逸し赤き毛布に恨みあり
蚊にあけて口許りなり蟇の面
鳴きもせでぐさと刺す蚊や田原坂
  熊本にて 一句
夏來ぬと又長鋏を彈ずらく
藪近し椽の下より筍が
寐苦しき門を夜すがら水鷄かな
  成道寺 一句
若葉して手のひらほどの山の寺
菜種打つ向ひ合せや夫婦同志
菊池路や麥を刈るなる舊四月
麥を刈るあとを頻りに燕かな
文與可や笋を食ひ竹を畫く
五月雨の弓張らんとすればくるひたる〔承露盤〕
立て見たり寐て見たり又酒を※[者/火]たり
水攻の城落ちんとす五月雨〔承露盤〕
大手より源氏寄せたり青嵐〔承露盤〕
水涸れて城將降る雲の峯
 
      五月『めさまし草』
青葉勝に見ゆる小村の幟かな
 
      七月『めさまし草』
槽底に魚あり沈む心太
 
     八月一日正岡子規宛の手紙の中より
夕涼し起ち得ぬ和子を喞つらく
 
      八月『めさまし草』
落ちて來て露になるげな天の川
 
       八月、九月
  初秋鎌倉に宿して
行燈や短かゝりし夜の影ならず
  鶴ケ岡八幡
徘徊す蓮あるをもて朝な夕な
  圓覺寺
冷やかな鐘をつきけり圓覺寺
  長谷
來て見れば長谷は秋風ばかりなり
  歸源院即事
佛性は白き桔梗にこそあらめ
山寺に湯ざめを悔る今朝の秋
  禅僧宗活に對す
其許は案山子に似たる和尚かな
  九月十日熊本着
南九州に入つて柿既に熟す
 
       九月十一日正岡子規宛の端書の中より
今日ぞ知る秋をしきりに降りしきる
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十六 十月
  或人につかはす 一句
樽柿の澁き昔しを忘るゝな
澁柿やあかの他人であるからは
萩に伏し薄にみだれ故里は〔承露盤〕
粟折つて穗ながら呉るゝ籠の鳥
蟷螂の何を以てか立腹す
※[虫+車]のふと鳴き出しぬ鳴きやみぬ〔承露盤〕
うつら/\聞き初めしより秋の風〔承露盤〕
秋風や棚に上げたる古かばん〔承露盤〕
明月や無筆なれども酒は呑む〔承露盤〕
明月や御樂に御座る殿御達
明月に今年も旅で逢ひ申す〔承露盤〕
眞夜中は淋しからうに御月樣
明月や拙者も無事で此通り〔承露盤〕
※[虫+車]よ秋ぢや鳴かうが鳴くまいが〔承露盤〕
秋の暮一人旅とて嫌はるゝ〔承露盤〕
梁上の君子と語る夜寒かな〔承露盤〕
これ見よと云はぬ許りに月が出る
朝寒の冷水浴を難んずる〔承露盤〕
  妻を遺して獨り肥後に下る 一句
月に行く漱石妻を忘れたり
朝寒の膳に向へば焦げし飯
長き夜を平氣な人と合宿す
うそ寒み大めしを食ふ旅客あり
吏と農と夜寒の汽車に語るらく
月さして風呂場へ出たり平家蟹〔承露盤〕
恐る/\芭蕉に乘つて雨蛙
某は案山子にて候雀どの〔承露盤〕
鷄頭の陽氣に秋を觀ずらん〔承露盤〕
明月に夜逃せうとて延ばしたる
鳴子引くは只退屈で困る故
芭蕉ならん思ひがけなく戸を打つは
刺さずんば已まずと誓ふ秋の蚊や
秋の蚊と夢油斷ばしし給ふな
嫁し去つてなれぬ砧に急がしき
長き夜を煎餅につく鼠かな〔承露盤〕
野分して蟷螂を窓に吹き入るゝ〔承露盤〕
豆柿の小くとも數で勝つ氣よな
北側を稻妻燒くや黒き雲〔承霍盤〕
餘念なくぶらさがるなり烏瓜
蛛落ちて疊に音す秋の灯細し
          漱石拜
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十七 十二月
  朧枝子來る
淋しくば鳴子をならし聞かせうか
  有感
ある時は新酒に醉て悔多き〔承露盤〕
  紫影に別るゝ時 一句
菊の頃なれば歸りの急がれて
傘を菊にさしたり新屋敷
去りとてはむしりもならず赤き菊
一東の韻に時雨るゝ愚庵かな
凩や鐘をつくなら踏む張つて
二三片山茶花散りぬ床の上
早鐘の恐ろしかりし木の葉哉
片折戸菊押し倒し開きけり
粟の後に刈り殘されて菊孤也〔承露盤〕
初時雨吾に持病の疝氣あり
柿落ちてうたゝ短かき日となりぬ〔承露盤〕
提灯の根岸に歸る時雨かな
曉の水仙に對し川手水
蒲圃着て踏張る夢の暖き
塞を出てあられしたゝか降る事よ
熊笹に兎飛び込む霰哉
病あり二日を籠る置炬燵
水仙の花鼻かぜの枕元
        漱石拜
 
  正岡家所藏『承露盤』の中より 十六句
蛭ありて黄也水經注に曰く
土用にして灸を据べく頭痛あり
樂に更けて短き夜也公使館
撫子に病閑ありて水くれぬ
夕立や犇く市の十万家
寂として椽に鋏と牡丹哉
  鶴岡 一句
白蓮にいやしからざる朱欄哉
來る秋のことわりもなく蚊帳の中
晴明の頭の上や星の戀
  留別 一句
朝寒み夜寒みひとり行く旅ぞ
砂山に芒ばかりの野分哉
船出るとのゝしる聲す深き霧
朝懸や霧の中より越後勢
山里や一斗の粟に貧ならず
漕ぎ入れん初汐よする龍が窟
藥掘昔不老の願ひあり
 
      明治三十年頃
竿になれ鉤になれ此處へおろせ雁
鳴き立てゝつく/\法師死ぬる日ぞ
濱に住んで朝顔小き恨みかな
 
    明治三十一年
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その二十八 一月六日
行く年や猫うづくまる膝の上
焚かんとす枯葉にまじる霰哉
切口の白き芭蕉に氷りつく
家を出て師走の雨に合羽哉
何をつゝき鴉あつまる冬の畠
降りやんで蜜柑まだらに雪の舟
此炭の喞つべき世をいぶるかな
かんてらや師走の宿に寐つかれず
温泉の門に師走の熟柿かな
温泉の山や蜜柑の山の南側
海近し寐鴨をうちし筒の音
天草の後ろに寒き入日かな
日に映ずほうけし薄枯ながら
旅にして申譯なく暮るゝ年
凩の沖へとあるゝ筑紫潟
うき除夜を壁に向へば影法師
床の上に菊枯れながら明の春
元日の山を後ろに清き温泉
酒を呼んで醉はず明けたり今朝の春
稍遲し山を背にして初日影
馳け上る松の小山や初日の出
甘からぬ屠蘇や旅なる醉心地
  小天に春を迎へて
温泉や水滑かに去年の垢
  大喪中 一句
此春を御慶もいはで雪多し
正月の男といはれ拙に處す
色々の雲の中より初日出
  賀虚子新婚 一句
初鴉東の方を新枕
僧歸る竹の裡こそ寒からめ
桐かれて洩れ來る月の影多し
  歸庵
一尺の梅を座右に置く机
 正       愚陀佛庵
 
      三月二十一日高濱虚子宛の手紙の中より
梅ちつてそゞろなつかしむ新俳句
 
  正岡手洗へ送りたる句稿 その二十九 五月頃
春雨の隣の琴は六段か
瓢かけてから/\と鳴る春の風
鳥籠を柳にかけて狭き庭
來よといふに來らずやみし櫻かな
三條の上で逢ひけり瀧月
片寄する琴に落ちけり朧月〔承露盤〕
こぬ殿に月朧也高き樓
行き/\て朧に笙を吹く別れ〔承露盤〕
搦手やはね橋下す朧月〔承露盤〕
  有感
有耶無耶の柳近頃緑也〔承露盤〕
  白川
颯と打つ夜網の音や春の川
  本妙寺
永き日を太鼓打つ手のゆるむ也
  水前寺
湧くからに流るゝからに春の水
  藤崎八幡
禰宜の子の烏帽子つけたり藤の花〔承露盤〕
  明午橋
春の夜のしば笛を吹く書生哉
  花岡山
海を見て十歩に足らぬ畑を打つ
  拜聖庵
花一木穴賢しと見上たる
  其他
佛かく宅磨が家や梅の花
鶴を切る板は五尺の春の椽
思ひ切つて五分に刈りたる袷かな
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その三十 九月二十八日
   馬車には乘るものと聞きしに同行四人 一句
小き馬車に積み込まれけり稻の花
夕暮の秋海棠に蝶うとし
離れては寄りては菊の蝶一つ
枚をふくむ三百人や秋の霜
胡兒驕つて驚きやすし雁の聲
※[石+甚]うつ眞夜中頃に句を得たり
踊りけり拍子をとりて月ながら
茶布巾の黄はさめ易き秋となる
長かれと夜すがら語る二人かな
子は雀身は蛤のうきわかれ
相撲取の屈托顔や午の雨
  言者不知知者不言 一句
ものいはぬ案山子に鳥の近寄らず
病む頃を雁來紅に雨多し
寺借りて二十日になりぬ鷄頭花
恩給に事を缺かでや種瓢
早稻晩稻花なら見せう萩紫苑
生垣の丈かり揃へ晴るゝ秋
秋寒し此頃あるゝ海の色
夜相撲やかんてらの灯をふきつける
  聖像をかけて
菅公に梅さかざれば蘭の花
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その三十一 十月十六日
立枯の唐黍鳴つて物憂かり
逢ふ戀の打たでやみけり小夜砧
蝶来りしほらしき名の江戸菊に
塩燒や鮎に澁びたる好みあり
一株の芒動くや鉢の中〔承露盤〕
乾鮭のからついてゐる桂かな〔承露盤〕
病妻の閨に灯ともし暮るゝ秋〔承露盤〕
かしこまりて憐れや秋の膝頭
かしこみて易を讀む儒の夜を長み
長き夜や土瓶をしたむ臺所
張まぜの屏風になくや蟋蟀〔承露盤〕
うそ寒み油ぎつたる枕紙
病むからに行燈の華の夜を長み〔承露盤〕
秋の暮野狐精來り見えて曰く
白封に封書と書いて漸寒し
落ち合ひて新酒に名乘る醫者易者〔承露盤〕
憂あり新酒の醉に托すべく〔承露盤〕
苫もりて夢こそ覺むれ荻の聲
秋の日のつれなく見えし別かな〔承露盤〕
行く秋の關廟の香爐烟なし
 玉斧       漱石拜
 
     十一月『反省雑誌』 五句
朝寒の楊子使ふや流し元
駕舁の京へと急ぐ女郎花
柳散り/\つゝ細る戀
病癒えず蹲る夜の野分かな
つるんだる蜻蛉飛ぶなり水の上
 
  正岡家所藏『承露盤』の中より 六句
菊作る奴がわざの接木かな
ゆゝしくも合羽に包むつぎ木かな
能もなき澁柿共や門の内
朝顔や手拭懸に這ひ上る
むら雀粟の穗による亂れかな
唐黍や兵を伏せたる氣合あり
 
 明治三十二年
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その三十二 一月
  元日屠蘇を酌んで家を出づ
金泥の鶴や朱塗の屠蘇の盃
宇佐に行くや佳き日を選む初暦
  宰府より博多へ歸る人にて汽車には坐すべき場所もなし
梅の神に如何なる戀や祈るらん
  小倉
うつくしき蟹の頭や春の鯛
  正月二日宇佐に入る新暦なればにや門松たてたる家もなし
蕭條たる古驛に入るや春の夕
  宇佐八幡にて
兀として鳥居立ちけり冬木立
神苑に鶴放ちけり梅の花
ぬかづいて曰く正月二日なり
松の苔鶴痩せながら神の春
南無弓矢八幡殿に御慶かな
神かけて祈る戀なし宇佐の春
  橋を呉橋といひ川を寄藻川といふ 一句
呉橋や若菜を洗ふ寄藻川
灰色の空低れかゝる枯野哉
無提灯で枯野を通る寒哉
石標や殘る一株の枯芒
枯芒北に向つて靡きけり
遠く見る枯野の中の烟かな
暗がりに雜巾を踏む寒哉
冬ざれや貉をつるす軒の下
  羅漢寺にて
凩や岩に取りつく羅漢路
巖窟の羅漢共こそ寒からめ
釣鐘に雲氷るべく山高し
凩の鐘樓危ふし巖の角
梯して上る大磐石の氷かな
巖頭に本堂くらき寒かな
絶壁に木枯あたるひゞきかな
  巖端に廊あり藁を積むこと丈餘雛僧一人其端に坐して凩の吹くたびに千丈の崖下に落ちんとす其居の危きを告ぐるに平然として曰くいのちは一つぢやあきらめて居りますると勿然鳥巣和尚の故事を憶起して
雛僧の只風呂吹と答へけり
  參詣路の入口にて道端の笹の葉を結びて登るが例なり極樂の縁を結ぶ爲めなりとかや之を笹結びといふ 二句
かしこしや未來を霜の笹結び
二世かけて結ぶちぎりや雪の笹
  口の林といふ處に宿りて
短かくて毛布つぎ足す蒲團かな
泊り合す旅商人の寒がるよ
寐まらんとすれど衾の薄くして
  耶馬溪にて
頭巾着たる獵師に逢ひぬ谷深み
はたと逢ふ夜興引ならん岩の角
谷深み杉を流すや冬の川
冬木流す人は猿の如くなり
帽頭や思ひがけなき岩の雪
石の山凩に吹かれ裸なり
  溪山幾曲愈入れば愈深し
凩のまがりくねつて響きけり
  山は洗ひし如くにて
凩の吹くべき松も生えざりき
年々や風吹て尖る山
凩の峯は釼の如くなり
恐ろしき岩の色なり玉霰
只寒し天狹くして水青く
目ともいはず口ともいはず吹雪哉
ばり/\と氷踏みけり谷の道
  溪中柿坂を過ぐ
道端や氷りつきたる高箒
  守實に泊りて
たまさかに据風呂焚くや冬の雨
せぐゝまる蒲團の中や夜もすがら
薄蒲團なえし毛脛を擦りけり
  家に婦人なし之を問へば先つ頃身まかりて翌は三十五日なりといふ庭前の墓標行客の憐をひきてカンテラの灯の愈陰氣なり
僧に似たるが宿り合せぬ雪今宵
  峠を踰えて豐後日田に下る
雪ちら/\峠にかゝる合羽かな
排へども/\わが袖の雪
かたかりき鞋喰ひ込む足袋の股
隧道の口に大なる氷柱かな
吹きまくる雪の下なり日田の町
炭を積む馬の脊に降る雪まだら
  峠を下る時馬に蹴られて雪の中に倒れければ
漸くに又起きあがる吹雪かな
  日田にて五岳を憶ひ
詩僧死して只凩の里なりき
  筑後川の上流を下る
蓆帆の早瀬を上る霞かな
奔湍に霰ふり込む根笹かな
つるぎ洗ふ武夫もなし玉霰
新道は一直線の寒さかな
棒鼻より三里と答ふ吹雪哉
  吉井に泊りて
なつかしむ衾に聞くや馬の鈴
  追分とかいふ處にて車夫共の親方乘つて行かん喃といふがあまり可笑しかりければ
親方と呼びかけられし毛布哉
  其他少々
餅搗や明星光る杵の先
行く年の左したる思慮もなかりけり〔承露盤〕
染め直す古服もなし年の暮
やかましき姑健なり年の暮
ニツケルの時計とまりぬ寒き夜半
元日の富士に逢ひけり馬の上
蓬莱に初日さし込む書院哉
光琳の屏風に咲くや福壽草
眸に入る富士大いなり春の樓
 正
  つまらぬ句許りに候然し紀行の代りとして御覽被下度冀くは大兄病中烟霞の僻萬分の一を慰するに足らんか
 
  手帳の中より 二十七句 一月頃
石打でばかららんと鳴る氷哉
樂《〔?〕》しんで蓋をあくれば干鱈哉
乾鮭や薄く切れとの仰せなり
春風に祖師西來の意あるべし
禅僧に旛動きけり春の風
佛畫く殿司の窓や梅の花
郎を待つ待合茶屋の柳かな
鞭つて牛動かざる日永かな
わが歌の胡弓にのらぬ朧かな
煩惱の朧に似たる夜もありき
吾折々死なんと思ふ朧かな
春此頃化石せんとの願あり
招かれて隣に更けし歌留多哉
追羽子や君稚兒髷の黒眼勝
耄碌と名のつく老の頭巾かな
筋違に葱を切るなり都振
玉葱の※[者/火]えざるを※[者/火]つ火鉢哉
湯豆腐に霰飛び込む床几哉
立ん坊の地團太を踏む寒かな
べんべらを一枚着たる寒さかな
ある時は鉢叩かうと思ひけり
寄り添へば冷たき瀬戸の火鉢かな
  清巖曰※[金+獲の旁]湯有冷處 一句
雪を※[者/火]て※[者/火]立つ音の凉しさよ
擧して曰く可なく不可なし蕪汁
善か惡か風呂吹を喰つて合點せよ
何の故に恐縮したる生海鼠哉
老※[耳+再の一画目なし]のうとき耳ほる火燵かな
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その三十三 二月
  梅花百五句
夫子貧に梅花書屋の粥薄し
手を入るゝ水餅白し納屋の梅
馬の尻に尾して下るや岨の梅
ある程の梅に名なきはなかり鳧
奈良漬に梅に其香をなつかしむ
相傳の金創膏や梅の花
たのもしき梅の足利文庫かな
抱一は發句も讀んで梅の花
明た口に團子賜る梅見かな
いざ梅見合點と端折る衣の裾
夜汽車より白きを梅と推しけり
死して名なき人のみ住んで梅の花
法橋を給はる梅の主人かな
丑蘭と大雅と語る梅の花
村長の上座につくや床の梅
梅の小路練香ひさぐ翁かな
寄合や少し後れて梅の椽
裏門や醋藏に近き梅赤し
一つ紋の羽織はいやし梅の花
白梅や易を講ずる蘇東坡服
蒟蒻に梅を踏み込む男かな
梅の花千家の會に參りけり
碧玉の茶碗に梅の落花かな
粗略ならぬ服紗さばきや梅の主
日當りや刀を拭ふ梅の主
祐筆の大師流なり梅の花
日をうけぬ梅の景色や楞伽窟
とく起て味噌する梅の隣かな
梅の花貧乏神の祟りけり
駒犬の怒つて居るや梅の花
筮竹に梅ちりかゝる社頭哉
一齋の小鼻動くよ梅花※[食+卞]
封切れば月が瀬の梅二三片
ものいはず童子遠くの梅を指す
寒徹骨梅を娶ると夢みけり
驢に乘るは東坡にやあらん雪の梅
梅の詩を得たりと叩く月の門
黄昏の梅に立ちけり繪師の妻
髣髴と日暮れて入りぬ梅の村
梅散るや源太の箙はなやかに
月に望む麓の村の梅白し
瑠璃色の空を控へて岡の梅
落梅花水車の門を流れけり
梅の下に槇割る翁の面黄也
妓を拉す二重廻しや梅屋敷
曉の梅に下りて嗽ぐ
梅の花琴を抱いてあちこちす
さら/\と衣を鳴らして梅見哉
佩環の升鏘然として梅白し
戞と鳴て鶴飛び去りぬ闇の梅
眠らざる僧の嚔や夜半の梅
尺八のはたとやみけり梅の門
宣徳の香爐にちるや瓶の梅
古銅瓶に疎らな梅を活けてけり
鐵筆や水晶刻む窓の梅
墨の香や奈良の都の古梅園
梅の宿殘月硯を藏しけり
畠打の梅を繞ぐつて動きけり
縁日の梅窮屈に咲きにけり
梅の香や茶畠つゞき爪上り
灯もつけず雨戸も引かず梅の花
梅林や角巾黄なる賣茶翁
上り汽車の箱根を出て梅白し
佶倔な梅を畫くや謝春星
雪隱の壁に上るや梅の影
道服と吾妻コートの梅見哉
女倶して舟を上るや梅屋敷
梅の寺麓の人語聞ゆなり
梅の奥に誰やら住んで幽かな灯
圓遊の鼻ばかりなり梅屋敷
梅の中に且たのもしや梭の音
清げなる宮司の面や梅の花
月升つて枕に落ちぬ梅の影
相逢ふて語らで過ぎぬ梅の下
昵懇な和尚訪ひよる梅の坊
月の梅貴とき狐裘着たりけり
京音の紅梅ありやと尋ねけり
紅梅に艶なる女主人かな
紅梅や物の化の住む古館
梅紅ひめかけの歌に咏まれけり
いち早く紅梅咲きぬ下屋敷
紅梅や姉妹の振る采の筒
長と張つて半と出でけり梅の宿
俗俳や床屋の卓に奇なる梅
徂頼※[行人偏+來]其角並んで住めり梅の花
盆梅の一尺にして偃蹇す
雲を呼ぶ座右の梅や列仙傳
紅梅や文箱差出す高蒔繪
籔の梅危く咲きぬ二三輪
無作法にぬつと出けり崖の梅
梅活けて古道顔色を照らす哉
潺湲の水挾む古梅かな
手桶さげて谷に下るや梅の花
寒梅に磬を打つなり月桂寺
梅遠近そゞろあるきす昨日今日
月升つて再び梅に徘徊す
糸印の讀み難きを愛す梅の翁
鐵幹や曉星を點ず居士の梅
梅一株竹三竿の住居かな
梅に對す和靖の髭の白きかな
琴に打つ斧の響や梅の花
槎牙として素琴を壓す梅の影
朱を點ず三昧集や梅の花
梅の精は美人にて松の精は翁也
一輪を雪中梅と名けけり
 大政      漱石稿
 
  手帳の中より 十六句 春−初夏頃
靴足袋のあみかけてある火鉢哉
ごんと鳴る鐘をつきけり春の暮
爐塞いで山に入るべき日を思ふ
白き蝶をふと見染めけり黄なる蝶
小雀の餌や喰ふ黄なる口あけて
梅の花青磁の瓶を乞ひ得たり
郎去つて柳空しく緑なり
行春や紅さめし衣の裏
紫の幕をたゝむや花の山
花の寺黒き佛の尊さよ
僧か俗か庵を這入れば木瓜の花
其愚には及ぶべからず木瓜の花
寺町や土塀の隙の木瓜の花
※[壹の豆が(石/木)]駝呼んで突ばひ据ぬ木瓜の花
木瓜の花の役にも立たぬ實となりぬ
若葉して籠り勝なる書齋かな
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その三十四 九月五日
馬渡す舟を呼びけり黍の間
堅き梨に鈍き刃物を添てけり
馬の子と牛の子と居る野菊かな
  戸下温泉  
温泉湧く谷の底より初嵐
重ぬべき單衣も持たず肌寒し
谷底の湯槽を出るやうそ寒み
山里や今宵秋立つ水の音
鷄頭の色づかであり温泉の流
草山に馬放ちけり秋の空
女郎花馬糞について上りけり
女郎花土橋を二つ渡りけり
  内牧温泉
圍ひあらで湯槽に逼る狹霧かな
湯槽から四方を見るや稻の花
遣水の音たのもしや女郎花
歸らんとして歸らぬ樣や濡燕
雪隱の窓から見るや秋の山
北側は杉の木立や秋の山
終日や尾の上離れぬ秋の雲
蓼痩せて辛くもあらず温泉の流
白萩の露をこぼすや温泉の流
草刈の籃の中より野菊かな
白露や研ぎすましたる鎌の色
葉鷄頭團子の串を削りけり
秋の川眞白な石を拾ひけり
秋雨や杉の枯葉をくべる音
秋雨や蕎麥をゆでたる湯の臭ひ
  阿蘇神社
朝寒み白木の宮に詣でけり
秋風や梵字を刻す五輪塔
鳥も飛ばず二百十日の鳴子かな
  阿蘇の山中にて道を失ひ終日あらぬ方にさまよふ 二句
灰に濡れて立つや薄と萩の中
行けど萩行けど薄の原廣し
  立野といふ所にて馬車宿に泊る 一句
語り出す祭文は何宵の秋
野菊一輪手帳の中に挾みけり
路岐して何れか是なるわれもかう
七夕の女竹を伐るや裏の籔
顔洗ふ盥に立つや秋の影
柄杓もて水瓶洗ふ音や秋
釣瓶きれて井戸を覗くや今朝の秋
秋立つや眼鏡して見る三世相
喪を秘して軍を返すや星月夜
秋暑し癒なんとして胃の病
  祝車百合發刊 一句
聞かばやと思ふ砧を打ち出しぬ
秋茄子髭ある人に嫁ぎけり
湖を前に關所の秋早し
初秋の隣に住むや池の坊
荒壁に軸落ちつかず秋の風
唐茄子の蔓の長さよ隣から
端居して秋近き夜や空を見る
顔にふるゝ芭蕉涼しや籐の寢椅子
  寅彦桂濱の石數十顆を送る
涼しさや石握り見る掌
  送別
時くれば燕もやがて歸るなり
 
秋立つや萩のうねりのやゝ長く
 
  正岡子規へ送りたる句稿 その三十五 十月十七日
  熊本高等學校秋季雑咏
   学校
いかめしき門を這入れば蕎麥の花
粟みのる畠を借して敷地なり
   運動場
松を出てまばゆくぞある露の原
   圖書館
韋編斷えて夜寒の倉に束ねたる
秋はふみ吾に天下の志
   習學寮
頓首して新酒門内に許されず
朝寒と申し襦袢の贈物
   瑞邦舘
孔孟の道貪ならず稻の花
古ぼけし油繪をかけ秋の蝶
   倫理講話
赤き物少しは參れ蕃椒
かしこまる膝のあたりやそゞろ寒
   教室
朝寒の顔を揃へし机かな
先生の疎髯を吹くや秋の風
   植物園
本名は頓とわからず草の花
苔青く末枯るゝべきものもなし
   物理室
南窓に寫眞を燒くや赤蜻蛉
暗室や心得たりときりぎりす
   化學室
化學とは花火を造る術ならん
玻璃瓶に糸瓜の水や二升程
   動物室
剥製の鵙鳴かなくに晝淋し
魚も祭らず獺老いて秋の風
   食堂
樊※[口+會]や闥を排して茸の飯
大食を上座に栗の飯黄なり
   演説會
瓜西瓜冨婁那ならぬはなかりけり
就中うましと思ふ柿と栗
   撃釼會
稻妻の目にも留らぬ勝負哉
容赦なく瓢を叩く糸瓜かな
   柔道試合
轉けし芋の鳥渡起き直る健氣さよ
靡けども芒を倒し能はざる
 正        漱石拜
 
  手帳の中より 十三句
見るからに涼しき宿や谷の底
むつとして口を開かぬ桔梗かな
さら/\と護謨の合羽に秋の雨
澁柿や長者と見えて岡の家
門前に琴彈く家や菊の寺
時雨るゝや足場朽ちたる堂の漏
釣鐘をすかして見るや秋の海
菊に猫沈南蘋を招きけり
部屋住の棒使ひ居る月夜かな
  叢中に雀の死骸を拾ひ得て之を白菊の下に葬る 一句
蛤とならざるをいたみ菊の露
神垣や紅葉を翳す巫女の袖
火燵して得たる將棋の詰手哉
自轉車を輪に乘る馬場の柳かな
 
    十二月十一日高濱虚子宛の手紙の中より 四句
横顔の歌舞伎に似たる火鉢哉
炭團いけて雪隱詰の工夫哉
御家人の安火を抱くや後風土記
追分で引き剥がれたる寒かな
 
      月日不詳
決闘や町をはなれて星月夜
  〔長女出生〕
安々と海鼠の如き子を生めり
 
      明治三十二年頃
時雨ては化る文福茶釜かな
寒菊や京の茶を賣る夫婦もの
茶の會に客の揃はぬ時雨哉
山茶花や亭をめぐりて小道あり
茶の花や長屋も持ちて淨土寺
小春日や茶室を開き南向
水仙や髯たくはへて賣茶翁
 
 明治三十三年
 
  北千反畑に轉居して四句 四月
菜の花の隣もありて竹の垣
鶯も柳も青き住居かな
新しき《(後に)疊も》疊に寐たり宵の春
春の雨鍋と釜とを運びけり
 
折釘に掛けし春著や五つ紋
 
  卒業を祝して 手塚光貴宛
ひとり咲いて朝日に匂ふ葵哉
 
  紫川の東上を送る 七月四日
京に行かば寺に宿かれ時鳥
 
    無心常覺涼静坐自生風 原紫川のために 七月四日
ふき通す涼しき風や腹の中
 
     九月六日寺田寅彦宛の端書の中より
秋風の一人をふくや海の上
 
  日記の中より 渡歐 六句 九月より十一月まで
阿呆鳥熱き國へぞ參りける
稻妻の碎けて《(後に)に》青し浪の花
雲の峰風なき海を《(後に)海の上》渡りけり
赤き日の海に落込む暑かな
日は落ちて海の底より暑かな
空狭き都に住むや神無月
 
 明治三十四年
 
 日記の中より 倫敦 二月一日
 朝Dulwichに至りPicture Galleryを見る此邊に至ればさすがの英國も風流閑雅の趣なきにあらず
繪所を栗燒く人に尋ねけり
 
       二月二十三日高濱虚子宛の端書に(倫敦)
  女皇の葬式は「ハイド」公園にて見物致候立派なものに候
白金に黄金に柩寒からず
  屋根の上などに見物人が澤山居候妙ですな
凩の下にゐろとも吹かぬなり
  棺の來る時は流石に静肅なり
凩や吹き静まつて喪の車
  熊の皮の帽を戴くは何といふ兵隊にや
熊の皮の頭巾ゆゝしき警護かな
  もう英國も厭になり候
吾妹子を夢みる春の夜となりぬ
  當地の芝居は中々立派に候
滿堂の閻浮檀金や宵の春
  或詩人の作を讀で非常に嬉しかりし時
見付たる菫の花や夕明り
 
     十一月三日 於倫敦太良坊運座
礎に砂吹きあつる野分かな
角巾を吹き落し行く野分かな
近けば庄屋殿なり霧のあさ
  天長節 一句
後天後土菊匂はざる處なし
栗を燒く伊太利人や道の傍
栗はねて失せけるを灰に求め得ず
 
     十一月十日 於倫敦太良坊運座
澁柿やにくき庄屋の門構
ほきとをる下駄の齒形や霜柱
月にうつる擬寶珠の色やとくる霜
茶の花や智識と見えて眉深し
茶の花や讀みさしてある楞伽經
 
 明治三十五年
 
     一月一日 於倫敦太良坊運座
山賊の顔のみ明かき榾火かな
 
     二月十六日村上霽月宛の端書の中より(倫敦)
花賣に寒し眞珠の耳飾
なつかしの紙衣もあらず行李の底
三階に獨り寐に行く寒かな
 
     四月中旬渡邊春溪宛の手紙の中より(倫敦)
句あるべくも花なき國に客となり
 
  倫敦にて子規の訃を聞きて 五句
     十二月一日高濱虚子宛の手紙の中より
筒袖や秋の柩にしたがはず
手向くべき線香もなくて暮の秋
霧黄なる市に動くや影法師
きり/”\すの昔を忍び歸るべし
招かざる薄に歸り來る人ぞ
 
 明治三十六年
 
     五月 於一高俳句會
落ちし雷を盥に伏せて鮓の石
 
     六月 二句
引窓をからりと空の明け易き
ぬきんでゝ雜木の中や椶櫚の花
 
     七月 二句
雲の峰雷を封じて聳えけり
船此日運河に入るや雲の峰
 
     六月十七日井上微笑宛の手紙の中より
愚かければ獨りすゞしくおはします
無人島の天子とならば涼しかろ
短夜や夜討をかくるひまもなく
更衣同心衆の十手かな
ひとりきくや夏鶯の亂鳴
蝙蝠や一筋町の旅藝者
蝙蝠に近し小鍛冶が鎚の音
市の灯に美なる苺を見付たり
玻璃盤に露のしたゝる苺かな
能もなき教師とならんあら凉し
蚊帳青く涼しき顔にふきつける
更衣※[さんずい+斤]に浴すべき願あり
薔薇ちるや天似孫の詩見厭たり
 
     七月二日菅虎雄宛の手紙の中より
樂寝晝寢われは物草太郎なり
 
     明治三十六年?『几董全集』書入れの中より
一大事も糸瓜も糞もあらばこそ
 
     明治三十六年?『春夏秋冬』夏の部裏表紙に
【座と・手と】襟を正して見たり更衣
衣更て見たが家から出て見たが
 
 明治三十七年
 
      一月三日橋口貢宛の自筆の繪端書に
人の上春を寫すや繪そら言
 
      四月二十一日野間眞綱宛の手紙の中より
鳩鳴いて烟の如き春に入る
杳として桃花に入るや水の色
 
  小羊物語に題す十句
       五月 小松武治譯『沙翁物語集』序
雨ともならず唯凩の吹き募る
  二
〔テンペストの引用英文省略〕
見るからに涼しき島に住むからに
  三
〔ハムレットの引用英文省略〕
骸骨を叩いて見たる菫かな
〔ロメオとジュリエットの引用英文省略〕
  四
罪もうれし二人にかゝる朧月
  五
〔マクベスの引用英文省略〕
小夜時雨眠るなかれと鐘を撞く
  六
〔十二夜の引用英文省略〕
伏す萩の風情にそれと覺りてよ
  七
〔オセロの引用英文省略〕
白菊にしばし逡巡らふ鋏かな
  八
〔ベニスの商人の引用英文省略〕
女郎花を男郎花とや思ひけん
  九
〔冬物語の引用英文省略〕
人形の獨りと動く日永かな
  十
〔お氣に召すままの引用英文省略〕
世を忍ぶ男姿や花吹雪
 
  野田翁八十壽二句 〔七月九日杉田作郎宛の手紙參照〕
野に下れば白髯を吹く風涼し
夏の月眉を照して道遠し
 
    七月二十五日橋口貢宛の端書の中より
十錢で名畫を得たり時鳥
 
    八月十五日橋口貢宛の自筆の繪端書の中より
秋立や斷りもなくかやの内
ばつさりと後架の上の一葉かな
 
    九月二十九日野間眞綱宛の端書の中より
秋風のしきりに吹くや古榎
 
    十一月六日橋口貢宛の自筆の繪端書の中より
名月や杉に更けたる東大寺
 
 明治三十八年
 
     七月二十四日鹿島松濤樓宛の繪端署に
朝※[白/ハ]の葉影に猫の眼玉かな
 
  『一夜』より 七月
蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く
 
  俳書堂主人に子規の像を贈らる
うそ寒み故人の像を拜しけり
 
     十二月六日野間眞綱宛の端書の中より
白菊の一本折れて庵淋し
 
  鈴木子の信書を受取りて
     十二月二十四日鈴木三重吉宛
只寒し封を開けば影法師
 
     十二月二十六日内田貢宛の手紙の中より
一人住んで聞けば雁なき渡る
 
 明治三十九年
 
      猫二匹ゐる繪端書に
寄りそへばねむりておはす春の雨
 
      自著漾虚集を小宮氏に贈りて 五月
本來はちるべき芥子にまがきせり
 
      五月二十七日 元禄美人の繪端書に
短冊に元禄の句や京の春
 
  『草枕』より 九月
春風や惟然が耳に馬の鈴
馬子唄や白髪も染めで暮るゝ春
花の頃を越えてかしこし馬に嫁
海棠露をふるふや物狂
(海棠露をふるふや朝烏)
花の影、女の影の朧かな
(花の影女の影を重ねけり)
正一位、女に化けて朧月
(御曹子女に化けて朧月)
春の星を落して夜半のかざしかな
春の夜の雲に濡らすや洗ひ髪
春や今宵歌つかまつる御姿
海棠の精が出てくる月夜かな
うた折々月下の春ををちこちす
思ひ切つて更け行く春の獨りかな
木蓮の花許りなる空を瞻る
春風にそら解け繻子の銘は何
 
      十月二十四日松根豊次郎宛の手紙より
釣鐘のうなる許りに野分かな
 
      十月二十四日松根豊次郎宛の手紙より
祖師堂に晝の灯影や秋の雨
かき殻を屋根にわびしや秋の雨
青樓や欄のひまより春の海
渡殿の白木めでたし秋の雨
春雨や爪皮濡るゝ湯屋迄《(後に)菊の花》
暮れなんとしてほのかに蓼の花を踏む
 
      十一月
亂菊や土塀の窓の古簀垂
 
      十一月十七日野上豊一郎宛の端書の中より
冬籠り染井の墓地を控へけり
 
      十二月 佐藤紅緑宛
鰒汁と知らで薦めし寐覺かな
 
    十二月二十五日 小宮豐隆のために『鶉籠』の見返しに
春を待つ下宿の人や書一卷
 
 明治四十年
 
      一月『ホトトギス』 二句
御降になるらん旗の垂れ具合
隱れ住んで此御降や世に遠し
 
      一月一日『國民新聞』
御降に閑なる床や古法眼
 
      二月
打つ畠に小鳥の影の屡す
物いはぬ人と生れて打つ畠かな
 
  吾文をあつめて一冊とせる人の好意を謝して二句を題す 二月
長短の風になびくや花芒
月今宵《・(後に)月天心》もろ/\の影動きけり
 
  三月三十一日小宮豐隆宛の手紙の中より 二句 (京都)
春寒く社頭に鶴を夢みけり
布さらす磧わたるや春の風
 
      四月『日本美術』 二句
屑買の垣より呼べば蝶黄なり
香焚けば焚かざれば又來る蝶
 
  日記の中より 京都 四句 四月一日、二日
旅に寒し春を時雨れの京にして
   夷川通り古道具屋 一句
永き日や動き己みたる整時板
加茂にわたす橋の多さよ春の風
   北野天神
雀巣くふ石の華表や春の風
 
      四月二十四日野上豐一郎宛の端書の中より
花食まば鶯の糞も赤からん
 
      四月 猫の繪端書に
戀猫の眼ばかりに瘠せにけり
 
      藤の花の繪端書に
藤の花に古き四尺の風が吹く
 
      六月二十八日 西洋女優の繪端書に
髪に眞珠肌あらはなる涼しさよ
 
  障る事ありて或人の招飲を辭したる手紙のはしに 六月
時鳥厠半ばに出かねたり
 
      七月末?武定巨口宛の端書の中より
のうぜんの花を數へて幾日影
 
  手帳の中より 五十八句
看經の下は蓮池の戰かな
蓮剪りに行つたげな椽に僧を待つ
蓮に添へてぬめの白さよ漾虚集
白蓮に佛眠れり磬落ちて
生死事大蓮は開いて仕舞けり
ほの/”\と舟押し出すや蓮の中
簑の下に雨の蓮を藏しけり
田の中に一坪咲いて窓の蓮
夕蓮に居士渡りけり石欄干
明くる夜や蓮を放れて二三尺
蓮の欄舟に鋏を渡しけり
蓮の葉に麩はとゞまりぬ鯉の色
石橋の穴や蓮ある向側
一八の家根をまはれば清水かな
したゝりは齒朶に飛び散る清水かな
寶丹のふたのみ光る清水かな
苔清水天下の胸を冷やしけり
ところてんの叩かれてゐる清水かな
底の石動いて見ゆる清水哉
二人して片足宛の清水かな
懸崖に立つ間したゝる清水哉
したゝりは襟をすくます清水かな
兩掛や關のこなたの苔清水
市に入る花賣憩ふ清水かな
樟の香や村のはづれの苔清水
澄みかゝる清水や小き足の跡
法印の法螺に蟹入る清水かな
追付て吾まづ掬ぶ清水かな
三どがさをまゝよとひたす清水かな
汗を吹く風は齒朶より清水かな
石清水十戸の村の筧かな
山の温泉や欄に向へる鹿の面
ともし火を挑げて鹿の夜は幾時
芋の葉をごそつかせ去る鹿ならん
厠より鹿と覺しや鼻の息
山門や月に立つたる鹿の角
岩高く見たり牡鹿の角二尺
ひいと鳴いて岩を下るや鹿の尻
水淺く首を伏せけり月の鹿
かち渡る鹿や半ばに返り見る
見下して尾上に鹿のひとりかな
行燈に奈良の心地や鹿の聲
そゞろ寒の温泉も三度目や鹿の聲
蕎麥太きもてなし振や鹿の聲
二三人砧も打ちぬ鹿の聲
郡長を泊めてたま/\鹿の聲
宵の鹿夜明の鹿や夢みじか
曉や消ぬべき月に鹿あはれ
寄りくるや豆腐の糟に奈良の鹿
秋の空鳥海山を仰ぎけり
雲少し榛名を出でぬ秋の空
橋立や松一筋に秋の空
朝貌の今や咲くらん空の色
抽んでゝ富士こそ見ゆれ秋の空
鱸釣つて舟を蘆間や秋の空
秋の空幾日仰いで京に着きぬ
押し分くる芒の上や秋の空
立つ秋の風にひかるよ蜘味の糸
 
      八月二十日松根東洋城宛の端書に
  問ふて曰く男女相惚の時什麼
  漱石子筆を机頭にころがして曰く天竺に向つて去れ
   讃曰
春の水岩を抱いて流れけり
  問ふて曰く相思の女、男を捨てたる時什麼
  漱石子筆を机頭に竪立して艮久曰く日々是好日
   讃曰
花落ちて碎けし影と流れけり
 
     八月二十一日松根東洋城宛の端書に
  心中するも三十棒
朝貌や惚れた女も二三日
  心中せざるも三十棒
垣間見る芙蓉に露の傾きぬ
  道へ道へすみやかに道へ
秋風や走狗を屠る市の中
 
  手帳の中より 七句
恩給に事足る老の黄菊かな
菊に結へる四つ目の垣もまだ青し
端溪に菊一輪の机かな
杉垣に晝をこぼれて百日紅
酸多き胃を患ひてや秋の雨
大鼓芙蓉の雨にくれ易し
後仕手の撞木や秋の橋掛り
 
     十月八日森次太郎宛の手紙の中より
  祝滿洲日々新聞創刊
朝日のつと千里の黍に上りけり
 
  手帳の中より 二十四句
露けさの庵を繞りて芙蓉かな
露けさの中に歸るや小提灯
かりがねの斜に渡る帆綱かな
雁や渡る乳玻璃に細き灯を護る
北窓は鎖さで居たり月の雁
傾城に鳴くは故郷の雁ならん
夕雁や物荷ひ行く肩の上
灯を入るゝ軒行燈や雁低し
帆柱をかすれて月の雁の影
客となつて澤國に雁の鳴く事多し
遠近の砧に雁の落るなり
提灯に雁落つらしも闇の畦
花びらの狂ひや菊の旗日和
佗住居作らぬ菊を憐めり
白菊や書院へ通る腰のもの
草庵の垣にひまある黄菊かな
旗一竿菊のなかなる主人かな
草共に桔梗を垣に結ひ込みぬ
白桔梗古き位牌にすが/\し
草刈の籠の目を洩る桔梗かな
桔梗活けて寶生流の指南かな
扶け起す萩の下より鼬かな
ふき易へて萱に聽けり秋の雨
藁葺に移れば一夜秋の雨
 
      六−十月
雷の圖にのりすぎて落にけり
 
      十月二十九日 『虞美人草』切拔帖の終に
秋の蚊の鳴かずなりたる書齋かな
 
  手帳の中より 十一句
黒塀にあたるや妹が雪礫
女の童に小冠者一人や雪礫
茶の花や黄檗山を出でゝ里餘
丸髷に結ふや咲く梅紅に
むら鴉何に集る枯野かな
川ありて遂に渡れぬ枯野かな
法螺の音の何處より來る枯野哉
たゝむ傘に雪の重みや湯屋の門
吾影の吹かれて長き枯野哉
女うつ鼓なるらし春の宵
白絹に梅紅ゐの女院かな
 
      十月『日本美術』
酒買ひに里へ下るや鹿も聞き
 
      十二月十六日小宮豐隆宛の端書の中より
文債に籠る冬の日短かゝり
 
      斷片の中より 明治四十年頃
姫百合に筒の古びやずんど切
 
 明治四十一年
 
  祝傳四新婚 二月
日毎踏む草芳しや二人連
 
      二月二十四日高濱虚子宛の端書の中より
鼓打ちに參る早稻田や梅の宵
 
  手帳の中より 二十九句
青柳擬寶珠の上に垂るゝなり
居士が家を柳此頃藏したり
門に立てば酒乞ふ人や帽に花
鶯の日毎巧みに日は延びぬ
吾に媚ぶる鶯の今日も高音かな
勅額の霞みて松の間かな
飯蛸の一かたまりや皿の藍
飯蛸や膳の前なる三保の松
飯蛸と侮りそ足は八つあるを
春の水たるむはづなを濡しけり
連翹に小雨來るや八つ時分
花曇り尾上の鐘の響かな
籠の鳥に餌をやる頃や水温む
山伏の關所へかゝる櫻哉
強力の笈に散る櫻かな
南天に寸の重みや春の雪
眞蒼な木賊の色や冴返る
そゝのかす女の眉や春淺し
塩辛を壺に探るや春淺し
名物の椀の蜆や《・後に(蜆の椀に)》春淺し
僧となつて鐘を撞いたら冴返る
穴のある錢が袂に暮の春
いつか溜る文殻結ふや暮の春
逝く春や庵主の留守の懸瓢
嫁がぬを日に白粉や春惜む
垢つきし赤き手絡や春惜む
春惜む人にしきりに訪はれけり
  春色到《(後に)屡》吾家
おくれたる一本櫻憐なり
  南風故國情
逝く春やそゞろに捨てし草の庵
 
  〔『新春夏秋冬』春之部序の末に〕 六月
青柳の日に緑なり句を撰む
 
      六月三日松根東洋城宛の手紙の中より
短夜を交す言葉もなかりけり
 
  手帳の中より 三句 六月
   天生目一治氏細君の病氣の爲めに名流俳句談を草して之を賣りて藥餌の料となさんとす。書肆余が題句あらば出版すと云ふ。天生目氏自ら來つて句を乞ふ。
文を賣つて藥に代ふる蚊遣哉
  森次太郎氏夫人郷里にて男兒を擧ぐ一句を祝へと云ふ
安産と涼しき風の音信哉
二人寐の蚊帳も程なく狹からん
 
  悼亡【六月三十日 松根東洋城より文鳥の死を報じ來れるに返して】
青梅や空しき籠に雨の糸
 
      六月三十日高濱虚子宛の端書の中より
五月雨や主と云はれし御月並
 
      七月一日高濱虚子宛の手紙の中より
鮟鱇や小光が鍋にちんちろり
 
      七月二十七日村上霽月宛の手紙の中より
まのあたり精靈來たり筆の先
 
      九月 猫の墓に
此の下に稻妻起る宵あらん
 
      十月十二日野上豐一郎宛の手紙の中より
朝寒や自ら炊ぐ飯二合
 
      十一月三日『國民新聞』
公退や菊に閑ある雜司ケ谷
大輪の菊を日に搖車かな
 
      〔十二月二十二日杉田作郎宛の手紙參照〕
たゞ一つ湯婆殘りぬ室の隅
 
       二月?『漱石の思ひ出』より
二人して雛にかしづく樂しさよ
 
       明治四十一年?
春色や暮れなんとして水深み
 
一つ家を中に夜すがら五月雨るゝ
 
垣老て虞美人草のあらはなる
 
  明治四十二年
 
       一月一日『讀賣新聞』
小袖着て思ひ/\の春をせん
 
       〔『新春夏秋冬』夏之部序の末に〕 二月
とかくして鶯藪に老いにけり
 
  空間を研究せる天然居士の肖像に題す 四月七日
空に消ゆる鐸の響や春の塔
 
  題句
       五月 蓬草廬主人著『六波羅と鎌倉』見返しに
俊寛と共に吹かるゝ千鳥かな
 
       六月二十四日 エリセーフの求めにより『三四郎』の扉に
五月雨やももだち高く來る人
 
  〔『新春夏秋冬』秋之部序の末に〕八月二十六日
初秋の芭蕉動きぬ枕元
 
春はものゝ句になり易し京の町
 
  日記の中より 十一句
      九月十二日より十月十六日まで満韓旅行
手を分つ古き都や鶉泣く
黍行けば黍の向ふに入る日かな
草盡きて松に入りけり秋の風
  馬車にて支那人の鞭の吾をきく
鞭鳴らす頭の上や星月夜
  水青くして平なり。赤土と青松の小きを見る。
なつかしき土の臭や松の秋
  畫賛 一句
負ふ草に夕立早く逼るなり
高麗人の冠を吹くや秋の風
  韓人は白し 一句
秋の山に逢ふや白衣の人にのみ
秋晴や峯の上なる一つ松
動かざる一篁や秋の村
歸り見れば蕎麥まだ白き稻みのる
 
  『滿韓ところ/”\』より
   熊岳城にて
黍遠し河原の風呂へ渡る人
 
  〔『俳諧新研究』序の末に〕 十月
銅の牛の口より野分哉
 
 明治四十三年
 
      一月八日井本輔憲宛の端書より
獨居や思ふ事なき三ケ日
  畫賛 三月
御堂まで一里あまり《・イばかりの》の霞かな
  虞美人草畫賛 七月
花びらに風薫りては散らんとす
 
  手帳の中より 五句 八月より十月まで修善寺温泉
不圖揺れる蚊帳の釣手や今朝の秋
秋の思池を回れば魚躍る
宮方の御立のあとや温泉の秋
尺八を秋のすさびや欄の人
温泉の村に弘法樣の花火かな
 
  日記の中より 九月八日より十月十日まで修善寺温泉
別るゝや夢一筋の天の川
秋の江に打ち込む杭の響かな
秋風や唐紅の咽喉佛
  秋晴 寐ながら空を見る。ひげをそる。二句
秋晴に病間あるや髭を剃る
秋の空淺黄に澄めり杉に斧
  よすがらの雨 一句
衰に夜寒逼るや雨の音
旅にやむ夜寒心や世は情
  一夜眠さめて枕頭に二三子を見る 一句
蕭々の雨と聞くらん宵の伽
秋風やひゞの入りたる胃の袋
風流の昔戀しき紙衣かな
  二兄皆早く死す。死する時一本の白髪なし。余の兩鬢漸く白からんとして又一縷の命をつなぐ 一句
生殘る吾耻かしや鬢の霜
立秋の紺落ち付くや伊豫餅
骨立を吹けば疾む身に野分かな
  今朝髪をけづる
稍寒の鏡もなくに櫛る
  昨夜主人鯛一尾を贈る。氷嚢を取り去れる祝の心にや 一句
鯛切れば鱗眼を射る稍寒み
病む日又簾の隙より秋の蝶
病んでより白萩に露の繁く降る事よ
蜻蛉の夢や幾度杭の先
蜻蛉や留り損ねて羽の光
取り留むる命も細き薄かな
佛より痩せて哀れや曼珠沙華
虫遠近病む夜ぞ靜なる心
餘所心三味聞きゐればそゞろ寒
月を亙るわがいたつきや旅に菊
起きもならぬわが枕邊や菊を待つ
  嬉しい。生を九仞に失つて命を一※[竹/貴]につなぎ得たるは嬉しい。 一句
生き返るわれ嬉しさよ菊の秋
たそがれに參れと菊の御使ひ
  咋雨を聞く。夜もやまず。 一句
範頼の墓濡るゝらん秋の雨
菊作り門札見れば左京かな
  病後對鏡 一句
洪水のあとに色なき茄子かな
菜の花の中の小家や桃一木
秋淺き樓に一人や小雨がち
生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉
鶴の影穗蓼に長き入日かな
一山や秋色々の竹の色
  宮本氏云ふ今二週間にて歸京し得ぺし。まづ二十日と見れば可からんと。診斷の結果なり。同氏は杉本氏と午頃歸る。坂元も同時に歸る。 一句
古里に歸るは嬉し菊の頃
靜なる病に秋の空晴れたり
菊の宴に心利きたる下部かな
  午後一時楚人冠去る
大切に秋を守れと去りにけり
  始めて床の上に起き上りて坐りたる時、今迄横にのみ見たる世界が竪に見えて新らしき心地なり 二句
竪に見て事珍らしや秋の山
坐して見る天下の秋も二た月目
  寐られぬ夜
ともし置いて室明き夜の長かな
  三人觀音樣より歸る。堂守から菊を乞ふて來る。(金をやつて) 一句
堂守に菊乞ひ得たる小錢かな
力なや痩せたる吾に秋の粥
佳き竹に吾名を刻む日長かな
見もて行く蘇氏の印譜や竹の露
  範頼の墓守も花を作るから今度はあすこで貰つてくるといふ。 一句
秋草を仕立てつ墓を守る身かな
秋の蚊|の螫さん《や我を螫さん》とすなり夜明方
頼家の昔も嘸栗の味
鮎の丈日に延びつらん病んでより
肌寒をかこつも君の情かな
  桔梗 菊、紫苑、桔梗は濃くふつくらしたり。紫苑は高く大きく薄紫の菊の婆裟たるに似たり 一句
貧しからぬ秋の便りや枕元
京に歸る日も近付いて黄菊哉
稻の香や月改まる病心地
  明方戸を明ける時の心持
天の河消ゆるか夢の覺束な
  初めて百舌をきく 一句
裏座敷林に近き百舌の聲
歸るは嬉し梧桐の未だ青きうち
歸るべくて歸らぬ吾に月今宵
  陰。秋かと思へば夏の末、夏の末かと思へば秋。柿も大分赤き由。栗もとうから出てゐる。稻は半分黄くと。
雲を洩る日ざしも薄き一葉哉
  殘骸猶春を盛るに堪えたりと前書して 二句
甦へる我は夜長に少しづゝ
骨の上に春滴るや粥の味
  鶺鴒多き所なり 一句
鶺鴒や小松の枝に白き糞
寐てゐれば粟に鶉の興もなく
  氣管文にて體を拭く事を禁ぜられたれば觸るとざら/\して人間の肌とは覺えず。鶏の羽を引きたる如し 一句
粟の如き肌を切に守る身かな
冷やかな瓦を鳥の遠近す
  快晴心地よし。昨夜眠穩。
冷かや人寐靜まり水の音
  昨日森成さん畠山入道とかの城跡へ行つて歸りにあけび〔三字傍線〕といふものを取つてくる。ぼけ茄子の小さいのが葡萄のつるになつてゐる樣也うまいよし。女郎花と野菊を澤山取つてくる。莖黄に花青く普通にあらず。野菊が砂壁に映りて暗き所に星の如くに簇がる。 二句
的※[白+樂]と壁に野菊を照し見る
鳥つゝいて半うつろのあけび哉
朝寒や太鼓に痛き五十棒
  雨濛々。朝食。床の上に起き返りて庭を眺めると殘紅をかすかに着けながら、百日紅が既に黄に染つてゐる
先づ黄なる百日紅に小雨かな
  昨日看護婦が裏の縁側に出てもうあの柚が黄になりましたと云ふ。明後日は東京へ歸る日取なり
いたつきも久しくなりぬ柚は黄に
足腰の立たぬ案山子を車かな
骨許りになりて案山子の浮世かな
 
  日記の中より
      十月十二日より十一月十五日まで胃腸病院
  昨日途中にて 八句
病んで來り病んで去る吾に案山子哉
濡るゝ松の間に蕎麥を見付たる
藪陰や濡れて立つ鳥蕎麥の花
稻熟し人癒えて去るや温泉の村
柿紅葉せり纏はる蔦の青き哉
就中竹緑也秋の村
數ふべく大きな芋の葉なりけり
新らしき命に秋の古きかな
  ……初め余の森成さんを迎へたる時、院長はわざ/\電報で其地にて充分看護せよと電報をかけたり。治療を受けた余は未だ生きてあり治療を命じたる人は既に死す。驚くべし 一句
逝く人に留まる人に來る雁
?頭に後れず或夜月の雁
釣台に野菊も見えぬ桐油哉
思ひけり既に幾夜の蟋蟀
  病院でも朝五時頃になると太鼓の聲が聞える。始めて聞いた時は恍惚のうちに修善寺に居た樣な心持がした。
過ぎし秋を夢みよと打ち覺めよとうつ
  修善寺にて森成國手へ
朝寒も夜寒も人の情かな
  森成君に病氣前の寫眞を望まれて一句を題す
顧みる我面影やすでに秋
曉や夢のこなたに淡き月
ぷら下る蜘蛛の糸こそ冷やかに
嬉しく思ふ蹴鞠の如き菊の影
肩に來て人懷かしや赤蜻蛉
澁柿も熟れて王維の詩集哉
  晴。夜十時、三時十五分前に目醒む。兩度共小便。 二句
つく/”\と行燈の夜の長さかな
小行燈夜半の秋こそ古めけり
一叢の薄に風の強き哉
雨多き今年と案山子聞くからに
柿一つ枝に殘りて烏哉
  一等患者三名のうち二名死して余獨り生存す。運命の不思議な事を思ひ。上の句あり。
君が琴塵を拂へば鳴る秋か
  (寅彦の?イオリンの事を考へ出して)
明けの菊色未だしき枕元
日盛りやしばらく菊を縁のうち
縁に上す君が遺愛の白き菊
井戸の水汲む白菊の晨哉
蔓で提げる目黒の菊を小鉢哉
 
  身體を拭き爪を剪る。 一句
形ばかりの浴す菊の二日哉
三日の菊雨と變るや昨夕より
  菊の鉢は夜見る方よし。 一句
燭し見るは白き菊なれば明らさま
藏澤の竹を得てより露の庵
  床の中で楠緒子さんの爲に手向の句を作る  二句
棺には菊抛げ入れよ有らん程
有る程の菊抛げ入れよ棺の中
ひたすらに石を除くれば春の水
 
  『思ひ出す事など』の中より
たゞ一羽來る夜ありけり月の雁
菊の雨われに閑ある病哉
菊の色縁に未し此晨
病んで夢む天の川より出水かな
風に聞け何れか先に散る木の葉
萩に置く露の重きに病む身かな
冷やかな脈を護りぬ夜明方
露けさの里にて静なる病
迎火を焚いて誰待つ絽の羽織
朝寒や生きたる骨を動かさず
腸に春滴るや粥の味
 
無花果や竿に草紙を縁の先
屠牛場の屋根なき門や夏木立
勾欄の擬寶珠に一つ蜻蛉哉
 
冷かな文箱差出す蒔繪かな
冷かな足と思ひぬ病んでより
冷やかに觸れても見たる擬寶珠哉
冷やかに抱いて琴の古きかな
提灯を冷やかに提げ芒かな
 
白菊と黄菊と咲いて日本かな
菊の香や幾鉢置いて南縁
生垣の隙より菊の澁谷かな
暖簾に藝人の名を茶屋の菊
青山に移りていつか菊の主
榻置いて菊あるところどころかな
 
  明治四十三年 澁川玄耳へ
いたつきも怠る宵や秋《〔?〕》の雨
 
     明治四十三年頃
なに食はぬ和尚の顔や河豚汁
  謡曲藤戸
浦の男に淺瀬問ひ居る朧哉
 
  明治四十四年
 
  畫讃
蛙去つテ又蹲踞る小猫かな
      四月
※[(壹の豆が石)/木]駝して石を除くれば春の水
 
鷄の尾を午頃吹くや春の風
 
  素川兄の西行を送りて 四月
冠せぬ男も船に春の風
 
      八月十四日 和歌の浦にて
涼しさや蚊帳の中より和歌の浦
 
起きぬ間に露石去にけり今朝の秋
  病中露石子の訪問を受けて逢はず後より此句を贈る 九月 大阪湯川病院
 
  九月八日寺田寅彦宛の端書の中より 大阪湯川病院
蝙蝠の宵々毎や薄き粥
《・(後に)稻妻の》
 
     九月 大阪湯川病院
稻妻に近くて眠安からず
 
  病院にて 九月十四日松根東洋城宛の端書の中より
灯を消せば涼しき星や窓に入る
 
     九月二十日寺田寛彦宛の端書の中より
風折々萩先づ散つて芒哉
 
     九月二十五日松根東洋城宛の手紙の中より
耳の底の腫物を打つや秋の雨
切口に冷やかな風の厠より
 
     十月二十一日松根東洋城宛の端書の中より
たのまれて戒名選む鷄頭哉
 
     十一月
拘一の芒に月の圓かなる
 
     明治四十四年十二月三日 行徳二郎に與へたる『切拔帖より』の包紙に 六句
稻妻に近き住居や病める宵
石段の一筋長き茂りかな
空に雲秋立つ臺に上りけり
廣袖にそゞろ秋立つ旅籠哉
鬢の影鏡にそよと今朝の秋
朝貌や鳴海絞を朝のうち
 
      明治四十四年?
行く人に留まる人に歸る雁
 
  明治四十五年
  大正元年
 
  自畫讃
雪の夜や佐野にて食ひし粟の飯
 
  壁十句 六月十七日松根東洋城宛の手紙の中より
壁隣り秋稍更けしよしみの灯
懸物の軸だけ落ちて壁の秋
行く春や壁にかたみの水彩畫
壁に達磨それも墨畫の芒かな
如意拂子懸けてぞ冬を庵の壁
錦畫や壁に寂びたる江戸の春
鼠もや出ると夜寒に壁の穴
壁に背を涼しからんの裸哉
壁に映る芭蕉夢かや戰ぐ音
壁一重隣に聽いて砧かな
 
     夏頃
水盤に雲呼ぶ石の影すゞし
 
     八月 鹽原にて
湯壺から首丈出せば野菊哉
 
  自畫賛 八月
五六本なれど靡けばすゝき哉
 
     八月 上林にて
蚊帳越しに見る山青し杉木立
 
  奉悼 九月八日松根東洋城宛の手紙の中より
御かくれになつたあとから鷄頭かな
 
  奉送 同前
嚴かに松明振り行くや星月夜
 
     九月二十八日松根東洋城宛の手紙の中より
かりそめの病なれども朝寒み
 
  日記の中より 十月五日
   車上にて「痔を切って入院の時」の句を作る
秋風や屠られに行く牛の尻
 
  手帳の中より 三句
杉木立寺を藏して時雨けり
豆腐燒く串にはら/\時雨哉
琴作る桐の香や春の雨
 
 大正二年
 
  畫賛 正月
人形も馬もうごかぬ長閑さよ
 
      秋頃
菊一本畫いて君の佳節哉
 
  自畫賛 大正二年頃
四五本の竹をあつめて月夜哉
  自畫賛
萩の粥月待つ庵となりにけり
 
      大正二・三年頃
葉鷄頭高さ五尺に育てけり
 
 大正三年
 
      一月 岩崎太郎次のために
播州へ短冊やるや今朝の春
 
松立てゝ門鎖したる隱者哉
 
      一月 内田榮造のために
春の發句よき短冊に書いてやりぬ
 
  手帳の中より 百十四句
冠を挂けて柳の緑哉
鶯は隣へ逃げて藪つゞき
つれ/”\を琴にわびしや春の雨
欄干に倚れば下から乙鳥哉
我一人行く野の末や秋の空
内陣に佛の光る寒哉
春水や草をひたして一二寸
繩暖簾くゞりて出れば柳哉
橋杭に小さき渦や春の川
同じ橋三たび渡りぬ春の宵
蘭の香や亞字欄渡る春の凰
  岡榮一郎句を索む 一句
竹藪の青きに梅の主人哉
茶の木二三本閑庭にちよと春日哉
日は永し一人居に靜かなる思ひ
世に遠き心ひまある日永哉
線香のこぼれて白き日永哉
留守居して目出度思ひ庫裏長閑
我一人松下に寐たる日永哉
引かゝる護謨風船や柳の木
門前を彼岸參りや雪駄ばき
そゞろ歩きもはなだの裾や春の宵
春風に吹かれ心地や温泉の戻り
仕立もの持て行く家や雛の宵
長閑さや垣の外行く藥賣
竹の垣結んで春の庵哉
玉碗に茗甘なうや梅の宿
草双紙探す土藏や春の雨
桶の尻干したる垣に春日哉
誰袖や待合らしき春の雨
錦繪に此春雨や八代目
京樂の水注買ふや春の町
萬歳も乘りたる春の渡し哉
春の夜や妻に教はる荻江節
木蓮に夢の樣なる小雨哉
降るとしも見えぬに花の雫哉
春雨や京菜の尻の濡るゝ程
落椿重なり合ひて涅槃哉
木蓮と覺しき花に月朧
永き日や頼まれて留守居してゐれば
木瓜の實や寺は黄檗僧は唐
春寒し未だ狐の裘
寺町や垣の隙より桃の花
見連に揃の簪土間の春
染物も柳も吹かれ春の風
連翹の奧や碁を打つ石の音
春の顔眞白に歌舞伎役者哉
小座敷の一中は誰梅に月
花曇り御八つに食ふは團子哉
爐塞いで窓に一鳥の影を【見る・印す】
寺町や椿の花に春の雪
賣茶翁花に隱るゝ身なりけり
高き花見上げて過ぎぬ角屋敷
塗笠に遠き河内路霞みけり
窓に入るは目白の八つか花曇
靜かなるは春の雨にて釜の音
驢に騎して客來る門の柳哉
見上ぐれば坂の上なる柳哉
經政の琵琶に御室の朧かな
樓門に上れば帽に春の風
千社札貼る樓門の櫻哉
家形船着く棧橋の柳哉
芝草や陽炎ふひまを犬の夢
早蕨の拳伸び行く日永哉
陽炎や百歩の園に我立てり
  園中 一句
ちら/\と陽炎立ちぬ猫の塚
紙雛つるして枝垂櫻哉
行く春や披露待たるゝ歌の選
眠る山眠たき窓の向ふ哉
魚の影底にしば/\春の水
四つ目垣茶室も見えて辛夷哉
祥瑞を持てこさせ縁に辛夷哉
如意の銘彫る僧に木瓜の盛哉
馬を船に乘せて柳の渡哉
田樂や花散る里に招かれて
行春や僧都のかきし繪卷物
行春や書は道風の綾地切
藁打てば藁に落ちくる椿哉
靜坐聽くは虚堂に春の雨の音
良寛にまり《・(後に)手毬》をつかせん日永哉
一張の琴鳴らし見る落花哉
春の夜や金の無心に小提灯
局に閑あり靜かに下す春の石
春深き里にて隣り梭の音
銀屏に墨もて梅の春寒し
三味線に冴えたる撥の春淺し
海見ゆる高どのにして春淺し
白き皿に繪の具を溶けば春淺し
筍は鑵詰ならん淺き春
行く春のはたごに畫師の夫婦哉
行く春や經納めにと嚴島
行く春や知らざるひまに頬の髭
鶯や髪剃あてゝ貰ひ居る
活けて見る光琳の畫の椿哉
飯食へばまぶた重たき椿哉
行春や里へ去なする妻の駕籠
酒の燗此頃春の寒き哉
皓き齒に酢貝の味や春寒し
嫁の傘傾く土手や春の風
春惜む日ありて尼の木魚哉
業終へぬ寫經の事や盡くる春
春惜む茶に正客の和尚哉
冠に花散り來る羯鼓哉
門鎖ざす王維の庵や盡くる春
春惜む句をめい/\に作りけり
枳殻の芽を吹く垣や春惜む
鎌倉へ下る日春の惜しき哉
新坊主やそゞろ心に暮るゝ春
桃の花隱れ家なるに吠ゆる犬
草庵や蘆屋の釜に暮るゝ春
牽舟の繩のたるみや乙鳥
三河屋へひらりと這入る乙鳥哉
呑口に乙鳥の糞も酒屋哉
鍋提げて若葉の谷へ下りけり
料理屋の塀から垂れて柳かな
 
    十月二十日松根東洋城宛の手紙の中より 四句
酒少し徳利の底に夜寒哉
酒少しありて寐たる夜寒哉
眠らざる夜半の灯や秋の雨
電燈を二燭に易へる夜寒哉
 
  わが犬のために 十月三十一日
秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ
 
       大正四年
 
     一・二月頃
春を待つ支那水仙や淺き鉢
 
  畫賛 四月五日
眞向に坐りて見れど猫の戀
 
     四月 京都にて 七句
柳芽を吹いて四條のはたごかな
筋違に四條の橋や春の川
紅梅や舞の地を彈く金之助 
  木屋町に宿をとりて川向の御多佳さんに
春の川を隔てゝ男女哉
  畫賛
萱草の一輪咲きぬ草の中
  自畫賛
牡丹剪つて一草亭を待つ日哉
  自畫賛
椿とも見えぬ花かな夕曇
 
     四月十八日加賀正太郎宛の手紙の中より
寶寺の隣に住んで櫻哉
 
  畫賛 五月十二日
白牡丹李白が顔に崩れけり
 
     五月『咄哉帖』より
木屋丁や三筋になつて春の川
 
  自畫賛 十一月
竹一本葉四五枚に冬近し
 
  静江さんに 十二月二十六日
女の子十になりけり梅の花
 
  自畫賛
水仙や早稻田の師走三十日
 
      大正四年?
菊の花硝子戸越に見ゆる哉
 
 大正五年
 
      春
春風や故人に贈る九花蘭
 
  手帳の中より 十五句 春頃
白梅にしぶきかゝるや水車
孟宗の根を行く春の筧哉
梅早く咲いて温泉の出る小村哉
いち早き梅を見付けぬ竹の間
梅咲くや日の旗立つる草の戸に
裏山に蜜柑みのるや長者振
温泉に信濃の客や春を待つ
橙も黄色になりぬ温泉の流
鶯に聞き入る茶屋の床几哉
鶯や草鞋を易ふる峠茶屋
鶯や竹の根方に鍬の尻
鶯や藪くゞり行く蓑一つ
鶯を聽いてゐるなり縫箔屋
鶯に餌をやる寮の妾かな
温泉の里橙山の麓かな
 
  手帳の中より 十六句 春頃
桃の花家に唐畫を藏しけり
桃咲くやいまだに流行る漢方醫
輿に乘るは歸化の僧らし桃の花
町儒者の玄關横や桃の花
かりにする寺小屋なれど梅の花
文も候稚子に持たせて桃の花
琵琶法師召されて春の夜なりけり
春雨や身をすり寄せて一つ傘
鶯を飼ひて床屋の主人哉
耳の穴堀つて貰ひぬ春の風
嫁の里向ふに見えて春の川
岡持の傘にあまりて春の雨
一燈の青幾更ぞ瓶の梅
病める人枕に倚れば瓶の梅
梅活けて聊かなれど手習す
桃に琴彈くは心越禅師哉
 
      九月二日芥川龍之介宛の手紙の中より
秋立つや一卷の書の讀み殘し
 
  畫賛 九月八日
蝸牛や五月をわたるふきの莖
 
  畫賛 九月八日
朝貌にまつはられてや芒の穗
 
  畫賛 九月八日
萩と齒朶に贊書く月の團居哉
 
  自畫賛 九月八日
棕※[木+呂]竹や月に背いて影二本
 
  畫賛 九月
秋立つ日猫の蚤取眼かな
 
  畫賛 九月
秋となれば竹もかくなり俳諧師
 
  禅僧二人を宿して 十月
風呂吹きや頭の丸き影二つ
 
  網得魚蝦春水清 畫賛 十月
※[者/火]て食ふかはた燒いてくふか春の魚
 
  春風未到意先到 自畫賛 十一月
いたづらに書きたるものを梅とこそ
 
      十一月十日鬼村元成宛の手紙の中より
まきを割るかはた祖を割るか秋の空
 
      十一月十五日富澤敬道宛の手紙の中より 五句
饅頭に禮拜すれば晴れて秋
饅頭は食つたと雁に言傳よ
  徳山の故事を思ひ出して 一句
吾心點じ了りぬ正に秋
僧のくれし此鰻頭の丸きかな
  瓢箪はどうしました
瓢箪は鳴るか鳴らぬか秋の風
 
 年月不詳
 
  畫賛
歸り路は鞭も鳴さぬ日永かな
春雨や四國遍路の木賃宿
故郷を舞ひつゝ出づる霞かな
鶯や障子あくれば東山
月なゝめたけのこたけになりにけり
  畫賛
ひとむらの芒動いて立つ秋か
うそ寒や綿入きたる小大名
  畫賛
吾猫も虎にやならん秋の風
醉過ぎて新酒の色や虚子の顔
いくさやんで菊さく里に歸りけり
元禄の頃の白菊黄菊かな
 
 斷片 ――明治三十二三年頃――
 
 心ハ喜怒哀樂(ノ)舞臺 舞臺ノ裏ニ何物かある
 煩|脳《原》と眞如は紙の表裏の如し 二而一一而二
 
 天下ノ事皆面白シ而シテ皆面白カラズ金時計ヲ持シテ威張るハ弊袴ヲ着て威張ルガ如シ、學問ヲ誇ルハ無學ヲ誇ルガ如シ
 同時ニ善ナリ同時ニ惡ナリ
 或る學校ノ教師ハ無暗に休席ス生徒不平なり他教師は一日も缺席せず生徒亦不平なり一見矛盾の如し然し是が人情なり反對せるもの各其良き所あるを示す所以なり
 
 新を好むの心は舊を戀ふの心なり現在に滿足せざるは人情也
 老人は新を好むの餘地なし故に舊を好む少者は戀ふべきの舊なし故に新を好む
 天地は此情を滿足せしむる樣に作爲せられてあり夏に苦しんで冬を得冬に困てして春秋に遭遇す
 歴史|を《原》己れを繰返すと繰返すものは歴史のみならず日ありて夜あり闇の後に月あり天下變ぜざるなし時々に變じ刻々に移る變化推移を好むは人情なり
 變化なき是を死といふ不變化を愛するは死を愛する也彼實に不變を愛するにあらず變化の窮りなきを見て不變化の安かるべきを思ふ是妄想なり春日樂しと雖も三百六十五日春のみ〔に〕して寸毫の變なきときは五六年の後人皆秋霜冬雪を戀ふに至らん金錢貴しと雖豪奢を極め盡すときは江湖蓑笠の樂なる事を憶起すべし
 不變既に樂しからず變亦樂しからず氣むづかしきは人間なり
 變にして不變不變にして變なるものを求めよ而して海は始終大安樂なるぺし
 
 無意味と無意味は衝突する事なし
 
 自ら以て高しとす是自ら卑しとするなり自ら以て得たりとす是未だ得ざるを示す
 
 
 日記――明治三十三年九月八日より十二月十八日まで――
 
 八日〔土〕 横濱發遠|洲《原》洋ニテ船少シク搖ク晩餐ヲ喫スル能ハズ
 
 九日〔日〕 十時神戸着上陸諏訪山中常盤ニテ午餐ヲ喫シ温泉ニ浴ス夜下痢ス晩餐ヲ喫セズ
 
 十日〔月〕 夜半長崎着
 床上ニ困臥シテ氣息|※[口+奄]《原》々タリ直徑一尺許ノ丸窓ヲ凝視スレバ一星窓中ニ入リ來リ又出デ去ル船ハ波ニ從ツテ動搖スレバナリ
 
 十一日〔火〕 長崎上陸縣廳ニテ馬淵鈴木二氏ニ面會ス筑後町迎陽亭ニ至り入浴午餐ヲ喫ス四時半歸船
 兩氏及池田氏遂ラル
 夜月色頗ル可ナリ
 
 十二日〔水〕 夢覺メテ既ニ故郷ノ山ヲ見ズ四顧渺茫タリ乙鳥一羽波上ヲ飛ブヲ見ル船頗ル動搖食卓ニワクヲ着ケテ顛墜ヲ防グ、
 漸ク動搖ニナレテ氣分少シハヨシ、長崎ヨリ西洋婦人夥多乘込ム皆我ヨリ船ガ強キ樣ナリ羨シキコトナリ、彼等ハ平氣デ甲板ニ居ル婆サンモ若イノモ、特ニ佛人ノ家族ニ六七歳ノ小供ガ居ルガ御玩弄ノ蒸※[さんずい+氣]船ヲ引張ツテ甲板ヲ戯ケ廻ツテ居ル、我々モ可成平氣ナ顔ヲ装ツテ居ルケレドモ眞ニ平氣ナノハ芳賀位ノモノデ他ハ皆左程平氣デモナイノデアル其内デ尤モ平氣ナラヌノハ小生デアル
 カバンノ中ニ几董集ト召波集ガアツタカラ少シ讀マウト思フタガ讀メヌ周圍ガ西洋人クサクテ到底俳句抔味フ餘地ハナイ芳賀ハ詩韻含英抔ヲヒネクツテ居ルガ是モ何モ出來ヌラシイ俳句モ一二句ハ作ツテ見度ガ一向出テ來ナイ恐入ツテ仕舞ツタ
 横濱ヲ出帆シテ見ルト右モ左モ我々同行者ヲ除クノ外ハ皆異人バカリデアル其中ニ一人日本人ガ居タカラ是ハ面白イト思ツテ話ヲシカケ〔テ〕見タラ駕イタ香港生ノ葡萄〔牙〕人デアツタ神戸カラモ一人日本人ガ乘タト思ツテ喜ンデ居ツタラ是モ豈計ランヤ組デ支那ノ女ニ英《原》ギリスノ男ガツガツテ出來タ相《原》ノコデアツタ是カラ先モ氣ヲツケナイト妙ナ間違ヲシ〔テ〕シクジルコトガアル注意々々
 
 十三日〔木〕 昧爽呉※[さんずい+松]港ニ着ス濁流滿目左右一帶ノ青樹ヲ見ル、夢ニ入ル者ハ故郷ノ人故郷ノ家醒ムレバ西洋人ヲ見蒼海ヲ見ル境遇夢ト調和セゲルコト多シ
 小蒸※[さんずい+氣]ニテ濁流ヲ溯リ二時間ノ後上海ニ着ス、滿目皆支那人ノ車夫ナリ
 家屋宏壮横濱抔ノ比ニアラズ
 税關ニ立花政樹氏ヲ訪フ家屋宏大ニテ容易ニ分ラズ困却セリ
 東和洋行ヲ教ヘラレテ此ニ午餐ス、立花至ル立花ノ家ニテ晩餐ヲ喫シ公園ニ到リ奏樂ヲ聞ク
 夫ヨリ南京町ノ繁華ナル所ヲ見ル頗ル稀有ナリ
 
 十四日〔金〕 愚園張園ヲ見ル愚園頗ル愚ナリ、支那人ノ轎、西洋人ノ車雜多ナリ
 午後三時小蒸※[さんずい+氣]ニテ本船ニ歸ル、就寝、支那人ノ聲毛唐ノ聲荷ヲ揚ル音ニテ喧騷窮ナシ、
 
 十五日〔土〕 今日ハ上海ヲ出帆スル日ナリ昨日ヨリ吹キ暴レタル秋風ノ黄河ノ濁流ヲスクヒ揚ゲテ見ルモ悽ジキ樣デアル檣頭ニカヽゲタル白地ニ錨ヲ黒ク染メヌキタル旗ヲ吹キチギル許リニ吹ク、十時頃ヨリ雨サヘ加ハリテ甲板上ニ竝ベタル籘ノ椅子ヲ吹キ吹《原》バス許ナリ是等ハ皆潮水ニ濡レテ腰ヲカクベクモアラズ且腰ヲカケタリトテ人間サヘモ洗ヒ去ランズル勢ナリ
 
 十六日〔日〕 昨日出帆スベキ筈ノ船ハ遂ニ出帆セズシテ今日始メテ出ヅ船ノ動搖烈シクシテ終日船室ニアリ午後勇ヲ鼓シテ食卓ニ就キシモ遂ニスープヲ半分飲ミタルノミニテ退却ス
 
 十七日〔月〕 舶福|洲《原》邊ニ碇泊ス昨日ノ動搖ニテ元氣ナキコト甚シ且下痢ス甚ダ不愉快ナリ
 午後四時頃福州ノ砲臺ヲ左右ニ見テ深ク灣ニ入ル
 夥多ノ支那人雜貨ヲ持チ來リテ之ヲ賣ル喧噪極リナシ
 風呂番兼奏樂ノ隊長售リニ來ル支那ノ古服ヲ着ケテ得々タリ
 
 十八日〔火〕 曇風ナク波平ナリ
 左右島嶼ヲ見ル腸胃少シク舊ニ復ス
 終日雨 甲板濡ヒテ心地惡シ
 
 十九日〔水〕 微雨尚已マズ 天漸ク晴レントス
  阿呆鳥熱き國へぞ參りける
  稻妻の砕ケテ青シ浪ノ花
 午後四時頃香港着、九龍ト云フ處ニ横着ニナル是ヨリ香港迄ハ絶エズ小蒸※[さんずい+氣]アリテ往復ス馬關門司ノ如シ山巓ニ層樓ノ聳ユル樣海岸ニ傑閣ノ竝ブ樣非常ナル景氣ナリ、十錢ヲ投ジテ香港ニ至り鶴屋ト云フ日本宿ニ至ル汚穢居ル可ラズ食後Queen's ROadヲ見テ歸船ス船ヨリ香港ヲ望メバ萬燈水ヲ照シ空ニ映ズル樣綺羅星ノ如クト云ハンヨリ滿山ニ寶石ヲ縷メタルガ如シdiamond 及ビ ruby ノ頸飾リヲ滿山滿港滿遍ナクナシタルガ如シ時ニ午後九時
 
 二十日〔木〕 午前再ビ香港ニ至リ Peak ニ登ル綱條鐵道ニテ六十度位ノ勾配ノ急坂ヲ引キ上ル驚ク許ナリ頂上ヨリ見渡セバ非常ナ好景ナリ再ビ車ニテ歸ル心地惡キ位急ナ處ヲ車ニテ下ル歸船午後四時出帆
 
 二十一日〔金〕 晴
 
 二十二日〔土〕 曇 牛時香港ヨリ海上六百四十一哩ノ處ヲ行ク
 
 二十三日〔日〕 無事 今日日曜ニテ二等室ノ宣教師ハ例ノ如ク歌ヲ唱ヒ説教ス上等ノ甲板ニモ獨乙人ガ喧嘩ヲスル樣ナ説教ヲシテ居ル
 
 二十四日〔月〕 胃惡ク腹下リテ心地惡シ今夜十時頃シンガポールニ着ク筈ナリ
 
 二十五日〔火〕 昧爽シンガポール着頗ル熱キ處ト覺悟セシニ非常ニ凉シクシテ東京ノ九月末位ナリ尤モ曇天ナリ 土人丸木ヲクリタル舟ニ乘リテ船側ヲ徘徊ス船客錢ヲ海中ニ投ズレバ海中ニ躍入ツテ之ヲ拾フ
 土人ニテ日本語ヲ操ル者日本旅館松尾某ノ)引札ヲ持シテ至ル命ジテ馬車二臺ヲ二圓五十錢宛ニテ雇ハシメ植物園ニ至ル熱帶地方ノ植物青々トシテ頗ル美事ナリ又虎蛇鰐魚ヲ看ル、Coneservatory アリ夫ヨリ博物館ヲ見ル餘リ立派ナラズ歸途松島ニ至り午飯ヲ喫ス此處日本町ト見エテ醜業婦街上ヲ徘徊ス妙ナ風ナリ午後三時再ビ馬車ヲ驅ツテ船ニ歸ル三時半ナリ
 
 二十六日〔水〕 凉
 
 二十七日〔木〕 朝ペナン着 午前九時ノ出帆故上陸スルヲ得ズ雨フル十時頃晴ル
 
 二十八日〔金〕 雨
 二十九日〔土〕 曇 印度洋ト雖甲板上は風烈シク寒キ位ナリ
 
 三十日〔日〕 無事
 
 十月一日〔月〕 十二時頃コロンボ着 黒奴夥多船中ニ入込來リ口々ニ客ヲ引ク頗ル煩ハシ中ニ日本ノ舊遊者ノ名刺又ハ推擧状樣ノモノヲ出シテ案内セント云フ者二三人アリ其一人ニ誘ハレテ上陸 British lndia Hotel ト云フ處ニ至ル結構大ナラズ中流以下ノ旅館ナリ
 馬車ヲ驅ツテ佛ノ寺ヲ見ル砂《原》利塔アリ塔上ニ鏤メタルハ moonstone ナリト云フ舊跡ト雖ドモ年々手ヲ入ルヽガ爲メ毫モ見ルニ足ル者ナシ且構造モ頗ル粗末ナリ路上ノ土人花ヲ車中ニ投ジテ餞ヲ乞フ且 Japan, japan ト叫ンデ錢ヲ求ム甚ダ煩ハシ佛ノ寺内尤モ烈シ一少女錢ハ入ラヌカラ是非此花ヲ取レト強乞シテ已マズ不得已之ヲ取レバ後ヨリ直グニ金ヲ呉レト逼ル亡國ノ民ハ下等ナ者ナリ
 「バナヽ」「コヽー」ノ木ニ熟セル樣ヲ見ル頗ル見事ナリ道路ノ整ヘル樹木ノ青々タル芝原ノ見事ナル固ヨリ日本ノ比ニアラズ
 六時半旅舘ニ歸リテ晩餐ニ名物ノ「ライス」《原》カレヲ喫シテ歸船ス案内ノ印度人頗ル接待二勉メタリト雖後ニテ書ツケヲ見ルニ隨分非常ノ高價ナリ案内料ハ 10 Rubies《sic》ニテ馬車ハ二臺ニテ 20 Rubies《sic》ナリ馬車賃ノ如キハ明カニ規則違反ナリ然レドモ不知案内ノ旅客ナレバ言ガマヽニ錢ヲ與ヘ且推擧状迄書テヤルハ馬鹿ゲタルノミナラズ且後來日本ヨリ遊覽ノ人ニ對シテ甚ダ氣ノ毒ノ至リ我等此馬鹿氣タルコト氣ノ毒ナコトヲシタル一行ナリ
 
 十月二日〔火〕 朝ヨリ驟雨來ル 甲板上ニ印度ノ手間師來リ連リニ戯ヲ演ズ日本ノ豆藏ト大同小異ナリ只ザルノ中ヨリコブラヲ出シテ手足ニ纏ヒツケル樣恰モ手間師ト豆藏トヲ兼タルガ如シ、且Standard Dictionary 中ニアルコブラノ畫ト同一ナリ
 
 十月三日〔水〕 晴 無事
 
 十月四日〔木〕 午前 甲板ノ椅子ニ踞シテ讀書ス突然女ノ聲ニテ夏目サント呼ブ者アリ驚テ見レバ Mrs.Nott ナリ此方ヨリ上等室ニ訪問セザル故向ヨリ來リタリト云明日午後茶ニ來レトテ分レタリ
 
 十月五日〔金〕 午後三時半 Mrs.Nott ヲ一等室ニ訪フ女|子《原》ハ非常ナ御世辭上手ナリ諸人ニ紹介セラル然レドモ一モ其名ヲ記|臆《原》セズ且誰ニモ我英語ニ巧ミナリトテ稱賛セラル赤面ノ至ナリ女子ハ音調低ク且一種ノ早口ニテ日本人ト云フ容赦ナク聽取ニクヽシテ閉口ナリ無暗ナ挨拶ヲスレパ危險ナリ恐縮セリ色々ナ談話ヲナシ且英國着後紹介状ノ樣ナ者ヲ頼ミテ歸ル五時半
 
 十月六日〔土〕 此二三日風波頗ル穩ナリ今朝ハ殊ニ靜カニテ恰モ鏡上ヲ行クガ如シ印度洋モ存外ナ者ナリ、手紙ヲ故郷ニヤラント思ヘドモ面倒ナリ
  雲ノ峰風ナキ海ヲ渡りけり
 午後大魚無數波間ニ躍ルヲ見ル
 
 十月七日〔日〕 滿月ニテ非常ニ美シ
 
 十月八日〔月〕 今日國ヲ出テヨリ一月目ナリ午後 Aden ニ着ク筈ナリ夜 Aden ニ着ス
 
 十月九日〔火〕 猶 Aden ニ泊ス
 見渡セバ不毛ノ禿山※[山+賛]※[山+元]トシテ景色頗ル奇怪ナリ十時頃出帆始メテ亜弗利加ノ土人ヲ見ルロシヤナ佛ノ頭ノ本家ハ茲ニアリト信ズ
 
 十月十日〔水〕 昨夜 Babelmandeb 海峽ヲ過ギテ紅海ニ入ル始メテ熱ヲ感ズ此夜上等室ニテ ball ノ催アリ御苦勞千萬ノ事ナリ cabin ニ入リ寢ニ就ク熱名状スベカラズ
  赤き日の海に落込む暑かな
  海やけて日は紅に〔以下なし〕
  日は落ちて海の底より暑かな
 
 十月十一日〔木〕 昨夜 cabin ニ入リテ寢ニ就ク熱苦シクテ名状スベカラズ流汗淋漓生タル心地ナシ此夜又然リ明方ヨリ漸ク凉
 
 十月十二日〔金〕 秋氣漸ク多シ然レドモ船客未ダ白衣ヲ脱セズ「スエス」以北ニ至ラバ始メテ寒カラン夜 Sinai ノ山ヲ右岸ニ見ル月末ダ上ラザリシ爲メ雲カ陸カ見分難カリシ
 
 十月十三日〔土〕 朝九時頃「スエス」ニ着ス滿目突兀トシテ一草一木ナシ是ヨリ運河ニ入ル「スエス」ニテ London Times 及二三種ノ雜誌ヲ買フニ伊藤山縣ノ寫眞ノアル者アリ又本邦内閣ノ交迭ヲ記ス
 
 十月十四日〔日〕 Port Said ニ着ス午前八時出帆是ヨリ地中海ニ入ル秋氣滿目船客ノ多數ハ白衣ヲ捨ツ中ニハ白ノ上ニ外套抔ヲツケタルアリ頗ル奇
 
 十月十五日〔月〕 Bible ノ exposition ヲ聞ク夜 Doctor Wilson ト談話ス
 
 十月十六日〔火〕 海荒レテ氣色惡シ
 
 十月十七日〔水〕 Exposition ヲ聞ク
 薄暮 Naples ニ着ス Koig Albert ハ今夜十時ノ發ニテ横濱ニ向フ松本亦太郎始メ四五人ノ本邦人此内ニアリ二三町ヲ隔テヽ相泊ス呼べバ應ゼント欲ス然レドモ我船如何ナル故ニヤ上陸ヲ許サズ從ツテ友人ヲ見ルヲ得ズ殘念ナリ
 
 十月十八日〔木〕 Naples ニ上陸シテ cathedrals ヲ二ツ museum 及 Arcade Royal Palace ヲ見物ス寺院ハ頗ル壯嚴ニテ立派ナル博物館ニハ有名ナル大理石ノ彫刻無數陳列セリ且 Pompey《sic》ノ發掘物非常ニ多シ Royal Palace モ頗ル美ナリ道路ハ皆石ヲ以テ敷キツメタリ此地ハ西洋ニ來テ始メテ上陸セル地故夫程驚キタリ
 
 十月十九日〔金〕 午後二時頃 Genoa ニ着ス丘陵ヲ負ヒテ造ラレタル立派ナル市街ナリ 薄暮上陸 Grand Hotel ニ着ス宏壯ナル者ナリ生レテ始メテ斯樣ナル家ニ宿セリ、食事後案内ヲ頼ミテ市中ヲ散歩ス
 
 十月二十日〔土〕 午前八時半ノ※[サンズイ+氣]車ニテ Genoa ヲ出發ス旅宿ノ馬車ニテ停車場ニ馳付タルハ立派ナリシガ場内ニテ委細方角分ラズウロ々《原》スル樣洵ニ笑止ナリ漸ク※[サンズイ+氣]車到着セシガ乘車セントスレバドコ〔モ〕 occupied ト喧《原》突ヲ喰ヒ途方ニ暮レタリ漸ク Cook ノ agent ヲ見出シテ之ニ英語ヲ以テ頼ミシガヤガテ乘客滿員ノ爲メ新列車ヲ増加シ漸ク之ニ乘込ミシガ Turin ニテ乘易ル譯故氣ガ氣ニアラズ漸ク該所ニツキ停車場前ノ旅館ニ至リ中食シ四時半ノ發車ヲ待チ合ス Genoa 上陸以來一切|無《原》中ニテ引キ廻サルヽ如キ觀アリ見當違ノ所ニ至ラザルガ仕合ナリトス
 四時三十分頃旅屋ノ番頭ニ送られて※[サンズイ+氣]車ニ乘る何處モ occupied ト云ハレテ這入ルヲ得ズ五人離々ニナリテ漸ク乘込就中余ハ最後迄赤帽ニ引マハサレテ茫然トシテウロ々《原》スルコト多時漸ク毛唐人ノ内ニ割込ム皆キヨロキヨロトシテ余ガ顔ヲ見ル此體裁ニテ Modane 迄至ル茲所ニテ荷物ヲ檢査シテ佛ノ國境ニ入ルト云フ故此處ニ至リ見ルニ手荷物ヲ持チテ下リルコトト心得テ車ヲ飛ビ出セバ豈計ランヤデ檢査官ガ車中ニ來リテ檢査スト云フニ倉皇引キ返セバ知ラヌ奴ガ我物顔ニ自分ノ席ヲ占メテ居ル故此ハ我席ナリト英語デ云ヘバ佛語ニテ君ハ何モ置テ行カヌ故此ニ座シタルナリト威張ツテ入レズ已ヲ得ズ藤代氏ノ席ノ處ニ至リ廊下ニ佇立スルニ車掌ノ如キ者來リ次ノ部屋ヲ指シ連リニ分ラヌコトヲ兎角申ス故ノゾキ見レバ八人定員ノ處ニ一ノ空席アリ是幸ヒト座ヲ占ムレバ同席ノ一行六人連ノ奴原連リニ何カ吾ヲ罵ル樣子ナリ然此方モ負ヌ氣ニテ馬耳東風ト聞キ流スカクシテ東方ノ白ム頃迄ハヤリ通シ八時頃漸ク「パリス」ニ着ス停車場ヲ出デヽ見レバ丸デ西モ東モ分ラズ恐縮ノ體ナリ巡査如キ者ヲ捕ヘテ藤代氏船中ニテ一夜造リニ強《原》強シタル佛語ニテ何カ云フニ親切ナル人ニテ馬車ヲ雇ヒ呉レテ正木氏ノ宿所迄送リ屆シ《原》呉タリ正木氏英國旅行中ニテ會ハズ渡邊氏アリ朝食ト晝食ノ馳走ヲ受ク佛人ト會食セルハ是ガ姶メテナリ食後停車場ニ至り再ビ荷物ヲ受取リ返ル晩餐ヲ料〔理〕店ニ食ニ行ク美人アリテ英語ヲ話ス夜 Nodier 夫人ノ家ニ歸リテ宿ス是ハ渡邊氏ノ周旋ニテ借リタルモノナリ
 
 十月二十二日〔月〕 十時頃ヨリ公使舘ニ至リ安達氏ヲ訪フアラズ其寓居ヲ尋ねしが又遇ハズ淺井忠氏ヲ尋ネシモ是亦不在ニテ不得已歸宿午後二時ヨリ渡邊氏ノ案内ニテ博覽會ヲ觀ル規模宏大ニテ二日ヤ三日ニテ容易ニ觀盡セルモノニアラズ方角サヘ分ラヌ位ナリ「エヘル」塔ノ《原》上リテ歸路渡邊氏方ニテ晩餐ヲ喫ス其ヨリ Grand《sic》 Voulevard《sic》ニ至リテ繁華ノ樣ヲ目撃ス其状態ハ夏夜ノ銀座ノ景色ヲ五十倍位立派ニシタル者ナリ
 
 十月二十三日〔火〕 朝樋口氏來ル晝食ヲ喫ス岡本氏來ル日本食ノ晩餐ヲ喫ス夫ヨリ Music House ニ至リ又 Underground Hall ニ至ル歸宅ス午前三時歸宅ス巴理ノ繁華ト墮落ハ驚クベキモノナリ
 
 十月二十四日〔水〕 十二時半ヨリ安達氏方ニ赴キ晝飯ノ饗應アリ六時頃歸宅宿ニテ晩餐ヲ喫ス就寢
 
 十月二十五日〔木〕 渡邊氏ヲ訪フ夫ヨリ博覽會ニ行ク美術館ヲ覽ル宏大ニテ覽盡セ《原》レズ日本ノハ尤モマヅシ
 
 十月二十六日〔金〕 朝淺井忠氏ヲ訪フ夫ヨリ芳賀藤代二氏ト同ジク散歩ス雨ヲ衝テ還ル樋口氏來ル
 
 十月二十七日〔土〕 博覽會ヲ覽ル日本ノ陶器西陣織尤モ異彩ヲ放ツ
 
 十月二十八日〔日〕 巴理ヲ發シ倫敦ニ至ル船中風多シテ苦シ晩ニ倫敦ニ着ス
 
 十月二十九日〔月〕 岡田氏ノ用事ノ爲め倫|孰《原》市中ニ歩行ス方角モ何モ分ラズ且南東ヨリ歸ル義勇兵歡迎ノ爲メ非常ノ雜沓ニテ困却セリ夜美|野《原》部氏ト市中雜沓ノ中ヲ散歩ス
 
 十月三十日〔火〕 公使館ニ至リ松井氏ニ面會 Mrs.Nott ヨリノ書状電信ヲ受ク
 
 十月三十一日〔水〕Tower Bridge,London Bridge,Tower,Mpnument ヲ見ル夜美|野《原》部氏ト Haymarket Theatre ヲ見ル Sheridan ノ The School fOr Scandal ナリ
 
 十一月一日〔木〕 十二時四十分ノ※[さんずい+氣]車ニテ Cambridge ニ至り Andrews 氏ヲ訪フ同大學ノ樣子ヲ知ランガ爲ナリ二時着同氏不在四時ニ歸宅スト云フ即ち市内ヲ散歩シ理髪店ニ入ル四時 Andrews 氏ニ會合茶ヲ喫ス夫ヨリ田島氏ヲ訪フ Andrews 氏宿所ニ一泊ス
 
 十一月二目〔金〕 田島氏ノ案内ニテ Cambridge ヲ遊覽ス四時 Andrews 氏方ニテ茶ヲ喫ス田島氏方ニ至リ分袂ス 7.45ノ※[さんずい+氣]車ニテ倫|孰《原》ニ歸ル
 
 十一月三日〔土〕 British Museum ヲ見ル Westminster Abbey ヲ見ル
 
 十一月四日〔日〕 下宿ヲ尋ヌナシ
 
 十一月五日〔月〕 National Gallery ヲ見ル、Westminter Abbey ヲ見ル University College ニ行ク PrOf.Ker ニ手紙ヲ以テ紹介ヲ求ム
 
 十一月六日〔火〕 Hyde Parkヲ見ル
 Ker ノ返事來ル明日午後十二時來レトノ事ナリ
 
 十一月七日〔水〕 Ker ノ講義ヲ聞ク
 
 十一月八日〔木〕 公使館ニ至リ學資金ヲ受取ル下宿ヲ尋ヌ歸宅 Mrs.Nott ノ手紙ト電信ヲ受取ル直ちニ Sydenham ニ行ク
 
 十一月九日〔金〕 Lord Mayor`s Show ヲ見ル倫|孰《原》ニ返ル正金銀行ニ至り金ヲ受取ル文部省會計課ヘ領收書ヲ出ス又中央金庫ヘモ出ス
 
 十一月十日〔土〕 下宿ヲ尋ヌ Priory Rpad Miss Milde 方ニ十二日ニ移ルコトニ決ス
 
 十一月十一日〔日〕 Kenshigton《sic》 Museum ヲ見ル Victoria and Albert Museum ヲ見ル
 
 十一月十二日〔月〕 愈 Priory Road ニ移ルコトニ決ス朝 University College ニ至リ lecture ヲ聞ク Dr.Foster
 
 十一月十三日〔火〕 Uqnderground railway ニ乘ル Kerノ lecture ヲ聞ク
 
 十四日〔水〕
 
 十五日〔木〕 終日長尾氏と話ス
 
 十六日〔金〕 Pritchett ニ至ル
 
 十七日〔土〕 St.Paul ヲ見ル
 
 十八日 日曜 手紙ヲ認む
 
 十九日〔月〕 書物ヲ買ニ Holborn ニ行ク
 
 二十日〔火〕 Biscuit ヲ買ヒ晝飯ノ代リトナサン〔ト〕試ム一カン80錢ナリ
 
 二十一日〔水〕 Ker ノ講義ヲ聞ク面白カリシ Craig ヨリ返事來ル滅茶苦茶ノ字ヲカキテ讀ミニクシ來リテ相談セヨトノ意味ナリ
 
 二十二日〔木〕 Craig ニ會ス Shakespeare 學者ナリ一時間 5 shilling ニテ約束ス面白キ爺ナリ
 
 二十三日〔金〕 Hampstead Heath ヲ見ル愉快ナリ
 巡査ニ會ス水夫トシテ日本ニ居リタル者ナリ日本ヲ頻ニホ〔メ〕タリ
 
 十一月二十七日〔火〕? Craig
 
 十二月四日 (火曜) Craig ニユク
 
 十二月十一日〔火〕
 
 十二月十八日〔火〕
 
〔入力者注、斷片――明治三十三年十月――、として六頁にわたる英文あり、省略〕
 
日記 ――【明治三十四年一月一日より十一月十三日まで――
 
 一月一日 火
 英國人ノ裸體畫ニ關スル意見ヲ聞ク(Mr・Brett ヨリ)英國ニ裸體畫少キ所以ヲ知ル
 (Dalzell 氏及ビ Walker 氏ヨリ Christian Rligion ニ關スル意見ヲ聞ク)
 
 −月二日 水
 Johnson ノ British Poets 75 vols. 及ビ Restoration Drama 14 vols. 等ヲ買フ Tottenham Court Road Roche ニテ
 
 一月三日 木
 倫敦ノ町ニテ霧アル日大《原》陽ヲ見ヨ黒赤クシテ血ノ如シ、鳶色ノ地ニ血ヲ以テ染メ抜キタル太陽ハ此地ニアラズバ見ル能ハザラン。
  彼等ハ人ニ席ヲ讓ル本邦人ノ如ク我儘ナラズ
  彼等ハ己ノ権利ヲ主張ス本邦人ノ如ク面倒クサガラズ
  彼等ハ英國ヲ自慢ス本邦人ノ日本ヲ自慢スルガ如シ
  何レガ自慢スル價値アリヤ試ミニ思ヘ
 
 一月四日 金
 倫|孰《原》ノ町ヲ散歩シテ試ミニ啖《原》ヲ吐キテ見ヨ眞黒ナル塊リノ出ルニ驚クベシ何百萬ノ市民ハ此煤烟ト此塵挨ヲ吸収シテ毎日彼等ノ肺臓ヲ染メツヽアルナリ我ナガラ鼻ヲカミ啖ヲスルトキハ氣ノヒケル程氣味惡キナリ
 
 一月五日 土
 此煤烟中ニ住ム人間ガ何故美クシキヤ解シ難シ思フ二全ク氣候ノ爲ナラン大《原》陽ノ光薄キ爲ナラン、往来ニテ向フカラ背ノ低キ妙ナキタナキ奴ガ來タト思ヘバ我姿ノ鏡ニウツリシナリ、我々ノ黄ナルハ當地ニ來テ始メテ成程ト合點スルナリ
  妄リニ洋行生ノ話ヲ信ズベカラズ彼等ハ己ノ聞キタルコト見タルコトヲ universal case トシテ人ニ話ス豈計ラン其多クハ皆 particular case ナリ、又多キ中ニハ法螺ヲ吹キテ厭ニ西洋通ガル連中多シ、彼等ハ洋服ノ嗜好流行モ分ラヌ癖ニ己レノ服ガ他ノ服ヨリ高キ故時好ニ投ジテ品質最モ良好ナリト思ヘリ洋服屋ニダマサレタリトハ嘗テ思ハズ斯ノ如キ者ヲ着テ得々トシテ他ノ日本人ヲ冷笑シツヽアリ愚ナルコト夥シ
 
 一月七日 月
 此日始メテ倫|執《原》ノ雪ヲ見ル寒甚シ
 
 一月八日 火
 雪尚消えズ午後ヨリ又降リシキル
 
 一月九日 水
 雪已ム尚曇天ナリ石炭ノ灰ノ雪ヲ掩フヲ見ル阿蘇山下ノ灰ノ如シ午前室ヲ易ユ
 
 一月十日 木
 朝雪晴れて心地よき天氣なり獨り野外に散歩す温風面を吹きて春の如し倫|執《原》も Denmark Hill 附近は閑靜にて聊か風雅の心を喚起するに足る Hampsstead Heath に長尾氏と散歩セしときと今日が尤も倫孰に來てよりの愉快なる日なり
 
 一月十一日 金
 昨夜 Kennington ノ Pantomime ヲ見二行ク滑稽ハ日本ノ園遊ニ似タル所アリ面白シ奇麗ナルコト West End theatres ニ讓ラズ然モ best seat ニテ頗ル廉價ナリ
 己レノ英語ノ出來ヌコトニ氣付カズシテ人ノ英語ヲ笑フモノアリ笑ハルヽ者正シクシテ笑フモノノ方却ツテ間違ヘル場合ナキニアラズ妄リニ西洋通ガルモ却ツテ此類ナラン
 
 一月十二日 土
 英國人ナレバトテ文學上ノ智識ニ於テ必ズシモ我ヨリ上ナリト思フナカレ、彼等ノ大部分ハ家業ニ忙ガシクテ文學抔ヲ繙ク餘裕ハナキナリ respectable ナ新聞サヘ讀ム閑日月ハナキナリ、少シ談シヲシテ見レバ直ニ分ルナリサスガ自國ノ文學故知ラヌトハ云ハザレド繁忙ニテ讀書ノ時間ナシ抔トテ御茶ヲ濁スカ或ハ知ツタフリヲシテ通スナリ彼等ノ胸中ニハ日本人ニ負ケテハ耻カシトノ念充分アル故ナラン此方モ餘慶ナ話シヲシテ先方ヲ苦シムルニモ及バズト思ヒ善キ加減ニ話頭ヲ轉ズルナリ、余ノ知レル lady ハ中等社會ノ人ナリ然シ文學ノコト抔ハ一切知ラヌナリ、大學ニテ女生徒ガ講義ノ後ニ Prof. ニ向ヒ Keats 及ビ Landor ノ綴リヲ聞キ居タルヲ見シコトアリ余ガ下宿ノ爺ハ一所ニ芝居ニ行キシ處 Robinson Crusoe ヲ演ゼシガ是ハ一體眞ニアツタコトナリヤ小説ナリヤト余ニ向ツテ問ヒタリシ故無論小説ナリト答ヘシニ余モ然思フト云ヘリ因ツテ 18th cent. ニ出來タ有名ナ小説ナリト云ヒシニ左樣カト云フテ直チニ話頭ヲ轉ジタリ其女房ハ先日迄女學校ヲ開キツヽアリ〔シ〕女故少シク教育ノアルベキ筈ナルガ文學ノコトハ矢張り一二冊ノ小説ヲ讀ミシノミ其癖生意氣ニテ何デモ知ツ〔タカ〕振ヲスルナリ此方ニテ少々六ヅカシキ字ヲ使ヘバ分ラヌ癖ニ先方ニテハクダラヌ字ヲ會話中ニ挾ミテ此字ヲ知ツテ居ルカト一々尋ねラレルニハ閉口ナリ此等ハ只現今ノ Ouida 又ハ Correli 位ノ名ヲ知ルノミ而シテ必ズシモ下賤ナモノニハアラズ中以下ハ篤志ノモノニアラザレバ概シテ斯ノ如キモノナラン、會話ハ自國ノ言語故無論我々鯱立シテモ及バヌナリ然シ所謂 cockney ハ上品ナ言語ニアラズ且分ラヌナリ倫|孰《原》ニ來テ是ガ分レバ結構ナリ倫孰上流ノ言語ハ明斷ニテ上品ナリ Standard ナランカ是ナラ大抵分ルナリ、カヽル次第故西洋人ト見テ妄リニ信仰スベカラズ又妄リニ恐ルベカラズ然シ Prof. 抔ハ博學ナモノナリ夫スラ難問ヲ出シテ苦メルコトハ容易ナリ 濃霧春夜ノ朧月ノ如シ市内皆燭照シテ事務ヲトル、長尾氏方ニ至ル門野氏万ニテ牛鍋ノ御馳走アリ非常ニウマカリシ午後十一時頃歸宅ス
 
 一月十五日 火
 Craig 氏ニ行ク
 
 一月十七日 木
 倫敦デハ silk hat ト flock‐Coat ガ流行ル中ニハ屑屋カラ貰タ樣ナ者ヲ被ツテ歩行テ居ルノモアル思フニ英國ノ浪人ナルベシ
 裏ノ草原ニ鵯程ナ鳥ガ夥多降リテ餌ヲ探シテ居ルカラ下女ニ名ヲ尋ネタラ雀ダト云ツタ倫敦ハ雀迄ガ大キイ
 
 一月十八日 金
 英國人ニテモ普通ノモノハ accent ヲ間違ヘタリ pronunciation ヲ取違ヘタリスルコト目《原》珍シカラズ日本人ハ無理ナラヌコトナリ、然シ日本人ノ英語ハ大體ニ於テ頗ルマヅシ、調子ガノラヌナリ變則流ナリ、切角ノ學問見識モ是ガ爲ニ滅茶|々《原》ニ見ラルヽナリ殘念ノ事ナリ字ノ下手ナモノガ下品ニ見ユルガ如シ
 
 一月十九日 土
 長尾氏ヲ饗ス午十二時半頃ヨリ午後九時半頃迄話す愉快ナリ
 
 一月二十日 日
 Mr.Brett ト犬ト共ニ散歩ス
 
 一月二十一日 月
 女皇危篤ノ由ニテ衆庶皆眉ヲヒソム
 
 一月二十二日 火
 The Queen is sinking.Craig 氏ニ行ク、ほとゝぎす届く子規尚生きてあり
 
 一月二十三日 水
 昨夜六時半女皇死去ス at Osborne.Flags are hoisted at half‐mast. All the town is in mourning. I,a forelgn Subject,also wear a black‐necktie to show my respectful sympathy.“The new century has opened rather inauspiciously,”said the shopman of whom I bought a pair of black gloves this morning.
 
 一月二十四日 木
 Edward VII 即位ノ Proclamation アリ、妻ヨリ無事ノ書状來ル、返事ヲ認ム、夜入浴ニ行ク
 終日散歩セヌト腹工合ガ惡イ散歩スレバ二圓位ノ金ハ必ズ使ツテ歸ル此デ困ルナー
 
 一月二十五日 金
 妻ヘ返書ヲ出ス小兒出産後命名ヲ依托シ來ルナリ
 西洋人ハ日本ノ進歩ニ驚ク驚クハ今迄輕蔑シテ居ツタ者ガ生意氣ナコトヲシタリ云タリスルノデ驚クナリ大部分ノ者ハ驚キモセネバ知リモセヌナリ眞ニ西洋人ヲシテ敬服セシムルニハ何年後ノコトヤラ分ラヌナリ土臺日本又ハ日本人ニ一向 interest ヲ以《原》テ居ラヌ者多キナリツマラヌ下宿屋ノ爺抔ガ日本ヲ appreciate セヌノミカ心中輕侮スルノ色アルヲ見テ自ラ頻リニ法螺ヲ吹キ己レ及ビ己レノ國ヲエラソウニ言ヘバ云フ程向フハ此方ヲ馬鹿ニスルナリ是ハ此方ガ立派ナコトヲ云ツテモ先方ノ知識以上ノコトヲ言ヘバ一向通ゼヌノミカ皆之ヲ conceit ト見傚セバナリ黙ツテセツ/\トヤルベシ
 
 一月二十六日 土
 女皇ノ遺骸市内ヲ通過ス
 
 一月二十七日 日
 大風
 夜下宿ノ三階ニテツク/”\日本ノ前途ヲ考フ」日本ハ眞面目ナラザルベカラズ日本人ノ眼ハヨリ大ナラザルベカラズ
 
 一月二十八日 月
 昨日ハ女皇死去後第一ノ日曜ニテ諸院皆 Handel《sic》 ノ Dead March ヲ奏シ muffled tolls of Bells ヲ響カス此夜モ鐘聲頻ナリ
 内〔ノ〕下宿ノ妻君モ妹モ Twopence Tube ヘ乘ツタコトガナイ下女ハ此家ノ周囲ヨリ外何モシラナイ外國ニモ斯ノ如キ者ガアルカラ我々ハ彼等ヨリ餘慶倫敦ヲ知ルト云ハネバナラヌ 萬歳
 
 一月二十九日 火
 Craig 氏ニ至ル、 King Lear ノ Introduction ヲ書キツヽアリ、歸途 Water Colour Exhibition ヲ見ル畫題筆法油畫ヨリモ我嗜好ニ投ズル者頗ル多シ日本畫ニ近キ故カ日本ノ水彩畫抔ハ遠ク及バズ夫ヨリ Portrait Gallery ヲ見ル一婦人妙ナ風ナノアリ諸人之ヲ嘲笑ス是ガ英國ノ civility カ厭ナ事ナリ、歸宅再出入浴、此日大風天氣晴
 
 一月三十日 水
 善キ天氣ナリ世間知ラズノ英國ノ女ニハコマル、或ル婆さんハ御前ハ superstition ト云フ字ヲ知テ居ルカト尋ネタ下宿ノ神さんハ tunnel ト云フ字ヲ知ツテ居ルカト聞タ呆レテ物ガ言ヘヌ
 
 一月三十一日 木
 下宿ノ神さんがそんなに勉強して日本へ歸つたら嘸金持になるだらうと云つた 好笑
 
 二月一日 金
 朝 Dulwich ニ至リ Picture Gallery ヲ見ル此邊ニ至レバサスガノ英國モ風流閑雅ノ趣ナキニアラズ
  繪所を栗燒く人に尋ねけり
 
 二月二日 土
 Queen ノ葬儀ヲ見ントテ朝九時M呂T、Brett ト共ニ出ヅ
 Oval ヨリ地下電氣ニテ Bank ニ至り夫ヨリ Twopence Tube ニ乘リ換フ Marble Arch ニテ降レパ甚ダ人ゴミアラン故 next station ニテ下ラント宿ノ主人云フ其言ノ如クシテ Hyde Park ニ入ルサスガノ大公園モ人間ニテ波ヲ打チツヽアリ園内ノ樹木皆人ノ實ヲ結ブ漸クシテ通路ニ至ルニ到底見ルベカラズ宿ノ主人余ヲ肩車ニ乘セテ呉レタリ漸クニシテ行列ノ胸以上ヲ見ル、柩ハ白ニ赤ヲ以テ掩ハレタリ King、German Emperor 等隨フ
 
 二月三日 日
 Dulwich Park ニ散歩ス廣々トシテ池アリ家鴨多シ紳士貴女頗ル多シ
 
 二月四日 月
 ウチノ女連ハ一日ニ五度食事ヲスル日本デハ米ツキデモ四度ダ是ニハ驚ク其代リ朝カラ晩迄働イテ居ル
 
 二月五日 火
 Craig 氏ニ至ル謝儀ヲ拂フ歸途 Don Quixote Watrton ノ History 等ヲ買フ代價四十圓程ナリ頗ル愉快今日藤代ヨリ手紙來ル夜田中氏ト入浴ス
 
 二月六日 水
 昨夜獨乙ノ藤代ト故郷ノ中根ノ母ヘ書信ヲ認ム一時頃就寢今朝少々咽喉ワルシ十二時過ヨり買物ニ行ク十園以上ヲ費ヤス、昨日買ヒタル書物到着ス宿ノ女房問て曰アナタハドコデコンナ古本ヲ御求メナサイマスカ
 
 二月七日 木
 山川ヨリ年始状來ル菅ヨリモ來ル諸氏ニ御無沙汰ヲシテ濟マヌ其内手紙ヲカクベシ
 
 二月八日 金
 朝入浴、午後七時田中氏ト Metropole Theatre ニ行ク Wrong Mr.Wright ト云フ滑稽芝居ナリ徹頭徹尾オドケニテ面白キコト限ナク然モ其滑稽タルヤワルフザケニアラズシテ興味尤モ多シ、
 
 二月九日 土
 今日午前九時ヨリ十二時半頃迄カリ《原》リテ山川狩野菅大塚ノ四人ニ書状ヲ認ム連名デ長キ者ヲカキタリ
 先達てCraig 氏に雪は好キかと尋ねたら大嫌ひだと答へた何故と云たら泥がきたないと云つた泥は誰も好くまいが雪は poet ノ愛するものだと答へてやつた Craig は頻りに nature を云々する男だ
 
 二月十日 曰
 田中氏と Dulwich Park に至る夫より門を拔けて Sydenham の方に至り引き返す泥濘にて大弱りなり
 
 二月十一日 月
 Brixton に至る
 「ミス スパロー」ハ頗ル内氣ノ神經質ノ女デアル人ガ居ルト「ピヤノ」ヲ彈ズルコトガ出來ンノデ始終試驗ニ及第スルコトガ出來ナイト云ツタ
 
 二月十二日 火
 Craig ニ至ル文章ヲ添削センコトヲ依頼ス extra Charge ヲ望ム 卑シキ奴ナリ、歸途 Charing Cross ニテ古本ヲ購ハントス一週間前ニ出タル catalogue 中ノ欲シキ者大概ハ賣レタリ何人ガ買フニや倫|孰《原》ハ廣キ處ナリ Mackenzie の三卷モノト Macpherson ノOssian ヲ得テ歸ル
 
 二月十三日 永
 Camberwell Green デ繪入ノ草花ヲ説明シタ本ヲ二冊十志デ買タ是カラ鈴木ヘ手紙ヲ出ス、 小兒ガ澤山獨樂を廻して居た熊本邊ではやる蕪の樣な木に鐵の|眞《原》棒ヲ通した頗る單純なもので妙ニ西洋につり合はんと思ツた
 家の者共は犬ノ共進會を見に行た惡い天氣デ雪が降つて居る、當地のものは天氣を氣にかけない禽獣に近い
 
 And on the bank a lonely flower he spied,
 A meek and forlorn flower,With nought of pride,
 Drooping its beauty o’er the watery clearness,
 To woo its own sad image into nearness.
               ――Keats.
 
 面白キ句ナリシ故此ニ書キタリ
 
 二月十四日 木
 今日ハ Edward VII ガ始メテ國會ヲ開ク開院式デ大騷ギダ此間ノ Victoria ノ葬式デ閉口シタカラ行カナイ、Bixton ヲ散歩シテ歸ル、昨日古本ヲ買タ Camberwell ノ爺ハストーブガナクテ寒イカラト云フテ「ガス」ヲツケテ寒ヲ凌イデイタ此爺トアノ青《原》イ雇人ヲ見ル度ニScrooge ト BOb ノ事ヲ思ヒ出ス
 
 二月十五曰 金
 ウチノ下宿ノ飯ハ頗ルマヅイ此間迄ハ日本人ガ澤山居ツタノデ少シハウマカツタガ近頃ハ段々下等ニナツテ來タ尤モ一週 25 shil. デハ贅澤モイヘマイ夫ニ家計ガ頗ル不如意ラシイ可愛想ニ
 
 二月十六日 土
 Mrs.Edghill ヨリtea ノ invitation アリ行カネバナラヌ厭ダナー
 Peckham Road ヲ散歩ス歸途道ヲ失フ bus ニテ歸ル
 夜田中氏ニ誘ハレテ Kennington Theatre ニ至ルChristian ト云フ外題ナリ餘リ感服仕ラズ
 
 二月十七日 日
 Snow storm. 暫クシテ已ム倫|孰《原》ニテノ雪是ニテ四回許ナリ 田中氏ト Brixton ニ至ル
 
 二月十八日 月
 往來ヲ歩クト何レモ小惡ラシイ顔許リダ愛|矯《原》ノアル顔ヲシテ居ルモノハ一人モ居ラヌ其代リ小供デ鼻ヲ垂ラシテ居ル者ハ一人モナイ
 一昨日 Brixton デ買物ヲシタラ善イ結構ナ御天氣デスナト云ツタ此ガ結構デハタマラナイ辱クモ日本晴ヲ拜マシテやリタイ
 今日ハ髪結床ニ行ツタ夫カラ Denmark Hill ヲ散歩シタ五時頃カラ家内ノ女連と話しをした
 
 二月十九日 火
  A thing of beauty is a joy forever:
  Its loveliness increases;it will never
  Pass into nothingness;but still wil lkeep
  A bower quiet for us,and a sleep
  Full of swee tdreams,and health,and quiet
   breathing.
 Keatsト云フ男ハコンナコトヲ考ヘテ居ツタ
 Craig ニ行ク三時頃カラ突然太陽ガ strike ヲシテ市中ハ闇ダ
 
 二月二十日 水
 Craig ニ George Meredith ノ事に就て間たら少しも知らない色々言譯をした英語の書物を悉く讀まねばならぬ譯はない耻るに及ばぬ事だ
 故郷の妻に文ヲツカハス、晩に虚子ヨリほとゝぎす四卷三號を送り來るうれし夜ほとゝぎすを讀む
 
 二月二十一日 木
 Carls‐bad ヲ買フ
 雪ガチラ/\降ツテ居ル時計ガ三時ニナル厭ダガ Dulwich 迄行カナケレパナラナイ雪ヲ衝テ出掛タ目的地ニ達シテ時計ヲ見ルト三十分許早イ雪ハ益烈敷降ル仕方ガナイカラ雪見ト覺悟ヲシテソコラヲ無暗ニ歩行タ、漸ク時ガ來タカラカチ/\/\ヲやツテ這入タコチラヘト云フカラ這入ルト驚イタ狹イ drawing room ニズラリ列ンダリナ半ダースの貴女ガ御出ダ已ヲ得ナイカラ腰ヲ据えタ右ヲ見テモ左ヲ見テモ知ラナイ女ダ家ノ妻君モ知ラナイ女ダ外國人ノ然モ日本人ヲ一度モ逢ツタコトモナイノニ‘at home’ ニ呼ブナンテ野暮ナ奴ダト思ツタガ仕方ガナク向モ義理デ呼ンダンダラウ此方モ義理デ行ツタノダ茶ガ出ル、キマリキツタ事ヲ二三言話ス其内ニ亭主ガ出テ來タ白髪頭ノ坊主ダ餘リ善イ人デハナイ樣ダ妻君ハ好イ顔ヲシテ居ル善イ英語ヲ使フ早々ニ還ツタ全ク時間ツブシダ西洋ノ社會ハ愚ナ物ダコンナ窮窟ナ社會ヲ一體ダレガ作ツタノダ何ガ面白イ雪ハマダ降ツテ居ル家ヘ還ツテ家内ノモノトカルタヲシテ domino ヲシタ夫カラ室ヘ還ツタガ書物ヲ讀ム氣ニナラナイ三十分許リストーブト首引ヲシタ夫カラ寢タ益愚ダ
 
 二月二十三日 土
 晝ヨリ市ニ行キ田中氏ト同道 Charing Cross ニ至リ Her Maajesty《sic》 Theatre ニテ Twelfth Night ヲ見ル Tree ノ Malvolio ナリ装飾ノ美服装ノ麗人目ヲ眩スルニ足ル席皆賣切不得已 Gallery ニテ見ル
 Mrs.Nott ニ手紙ヲ出ス
 高濱ニモ端書ヲ出ス
 
 二月二十四日 日
 夜「ブレツト」ト話ヲシタラ日本ノ人間ヲ改良シナケレバナルマイ夫ニハ外圖人ト結婚ヲ奨勵スルガヨカラウト云フタ
 
 二月二十五日 月
 松本氏ヨリ七言律ヲ寄セラル
 表ヲアルイテ居ルト道ヲハク奴ガ禮ヲシタ小イ女ノ兒ガ叮嚀ニ腰ヲカヾメテ Good morning ト云ツタ前ノハ金ヲ貰ヒタイノダ後ノハ意味ガ分ラナイ
 今夜シヤツ及ビ白シヤツ襟ヲ着換ユル用意ヲナス
 
 二月二十六日 火
 Craig 氏ニ至ル Shelley Society ノ Publication 二冊ヲ借リテ還ル夜 Kennington ノ Theatre ニ至ル大入ナリ外題は The Sign Of the Cross ト云フ Rome ノ Nero ガ耶蘇教征伐ノ事ヲ仕組ミタル者ナリ服装抔頗ル參考ニナリテ面白カリシ
 
 二月二十七日 水
 Hundred Pictures ノ Part I 來ル 17 parts ニテ完結スル筈ナリ
 
 二月二十八日 木
 Herne Hill ニ至ル
 
 三月一日 金
 Brockwell Park ニ至ル歸途 Shower ニ出逢ヒビシヨ濡トナル歸リテ「シャツ」及ビ其他ヲ着換ユ、夜入浴、此夜妄想ヲ夢ム浴後寢ニ就キタル故カ、
 
 三月二日 土
 Elephant & Castle ニ至ル、漸々春ノ氣候トナル
 此日ハ倫|孰《原》着以來ノ好天氣ナリ然シ此好天氣ハ長持セズ april shower ニ近ヅキツヽアルナリ
 
 三月三日 日
 Bixton ヲ散歩ス Carls‐bad ノ精《原》ニテ下痢ス
 
 三月四日 月
 又 Boockwell Park ニ至リ花園ヲ觀泉水ヲ過ル葦ノ芽ノ青キヲ見ル又桃ノ花ノ蕾ムヲ見ル愉快ナリ歸リテ午飯ヲ喫ス「スープ」一|血《原》 cold mea t一血プツヂング一血|密《原》柑一ツ林檎一ツ
 
 三月五日 火
 Craig ニ至リ謝禮ス先生余ノ文章ヲ觀テ大變賞讀シタリ然シ議論其物ニハ平カナラザルガ如ク少々余ニ議論ヲ吹キカケタリ、 Shelley Society ノ PublicatiOn ノ 内 W.Rossetti ノ A Study Of Prmethes Unbound ヲ借テ歸ル歸途 Knight ノ沙翁集其他合シテ 50 圓許ノ書籍ヲ買フ、近頃ノ天氣陰晴不定所謂 april shower 既ニ來ル者ノ如シ書物屋ノ主人曰ク厭ナ御天氣デスナ然シ書物許リ讀ンデ居ル人ニハ宜シフ御座ンシヨウト此日 Baker Street ニテ中食ス肉一|血《原》芋菜茶一椀卜菓子二ツナリ一(シリング)十片ヲ拂フ晩入浴ス
 
 三月六日 水
 不相變 Denmark Hill ヲブラツキテ歸ル此所ハ Ruskin ノ父ノ住家ナリシト云フ何處ノ邊ニヤ
 英國デ女ノ醉漢ヲ見ルハ珍ラシクナイ Publiv House 抔ハ女デ一パイノ處ガアル
 
 三月七日 木
 此日シャツ襟ヲ替ユ
 夜田中氏ト Drury Lane Theatre ニ至ル Sleeping Beauty ヲ見ン爲ナリ是ハ pantomime ニテ去年ノクリスマス頃ヨリ與行シ頗ル有名ノ者ナリ其仕掛ノ大、装飾ノ美、舞臺道具立ノ變幻窮リナクシテ往《原》來ニ遑ナキ役者ノ數多クシテ服装ノ美ナル實ニ筆紙ニ盡シ難シ眞ニ天上ノ有樣極樂ノ模樣若クハ畫ケル龍宮ヲ十倍許リ立派ニシタルガ如シ觀音樣ノ天井ノ仙女ノ畫抔ヲ思ヒ出スナリ又佛經ニアル大法螺ヲ目前ニ睹ル心地ス又 Keats ヤ Shelley ノ詩ノ description ヲ其儘現ハセル樣ナ心地ス實ニ消魂ノ至ナリ生レテ始メテカヽル華美ナル者ヲ見タリ
 
 三月八日 金
 英國デ雨ガ降ツテ〔モ〕町ノ賑サ與行|者《原》ノ入リハ同ジ事デアル日本人ハ雨ヲ恐レル是ハ日本ハ天氣ノ好イ日が多イノト日本ノ衣服ガ雨デ損ズルノト日本ノ道路ガ無暗ニ惡ノト夫カラ足駄ヲハカネバナラヌカラダラウ
 
 三月九日 土
 今日ハ郵便日なるを以て正岡へ繪葉書十二|牧《原》と妻へ消息ヲ遣ハス Lang ノ Dreams and Ghosts ヲ讀ム
 
 三月十日 曰
 田中氏ト Vauxhall Park ニ散歩シ Clapham Common ヨリ Brixton ニ出テ歸ル晩ニ「ブレツト」カラ
 
  Red sky at night
  Is the shePherd's delight.
 
  Red sky in the morning
  Is the shepherd's warning.
 
  Morning red and evenin ggray
  Send the traveller on his way.
 
  Morning gray and evening red
  Send the rain on his head.
 
ト云フコトヲ習フ
 
 三月十一日 月
 
 今日熊本櫻井氏ヨリ書面來ル一月二十五日附ナリ京都大學ノ蒲生生ヨリモ來ル一月三十一日附ナリ櫻井氏ノ書面ニ Brandram 氏發狂ノ事アリ香港ニ送ル途中ニテ死亡ストアリタリ氣ノ毒ナルコトナリ
 
 三月十二日 火
 白シャツ下シヤツ股引ヲ替ユ
 Ctaig 氏ニ至ル歸途 Bond St. ヨリ Piccadilly ニ出デ St.John's Park ニ至ル青キ芝ノ中ヨリ董ト藤色ノ tulip ガ「ニヨキ/\」出テ居ルノガ大變美クシイ
 西洋人ハ執濃イコトガスキダ華麗ナコトガスキダ芝居ヲ觀テモ分ル食物ヲ見テモ分ル建築及飾粧ヲ見ニ《原》モ分ル夫婦間ノ接吻や抱キ合フノヲ見テモ分ル、是ガ皆文學ニ返照シテ居ル故ニ洒落超脱ノ趣ニ乏シイ出頭天外シ觀ヨト云フ樣ナ樣ニ乏シイ又笑而不答心自閑ト云フ趣ニ乏シイ
 
 三月十三日 水
 昨日山川ヨリ端書來ル妻ガ産ヲシタ(一月十六日)トノ消息ナリ山川ノ手紙ハ一月二十八日日附ナリ
 午後四時頃ヨリブレツト夫人ト話ス過去交際社會ニアリシ昔話ヲ聞キタリ英國ノ不品行ナル日本人ニ勝ルトモ劣ルベカラズ
 
 三月十四白 木
 穢ない町を通つたら目暗が「オルガン」ヲ彈て黒イ以太利人ガ「バイオリン」ヲ鼓シテ居ルト其傍ニ四歳許リノ女ノ子ガ眞赤ナ着物ヲ着テ眞赤ナ頭巾ヲ蒙《原》ツテ音樂ニ合セテ※[足+勇]ツテ居タ
 公園ニチユーリップノ咲クノハ奇麗ダ其傍ノロハ臺ニ非常ニ汚苦シイ乞食ガ晝寐ヲシテ居ル大變ナcontrast ダ
 
 三月十五日 金
 日本人ヲ觀テ支那人ト云ハレルト厭ガルハ如何、支那人ハ日本人ヨリモ遙カニ名譽アル國民ナリ、只不幸ニシテ目下不振ノ有樣ニ沈淪セルナリ、心アル人ハ日本人ト呼バルヽヨリモ支那人ト云ハルヽヲ名譽トスベキナリ、假令然ラザルニモセヨ日本ハ今迄ドレ程支那ノ厄介ニナリシカ、少シハ考ヘテ見ルガヨカラウ、西洋人ハヤヽトモスルト御世辭ニ支那人ハ嫌ダガ日本人ハ好ダト云フ之ヲ聞キ嬉シガルハ世話ニナツタ隣ノ惡口ヲ面白イト思ツテ自分方ガ景氣ガヨイト云フ御世辭ヲ有難ガル輕薄ナ根性ナリ
 
 三月十六日 土
 日本ハ三十年前ニ覺メタリト云フ然レドモ半鐘ノ聲デ急ニ飛ビ起キタルナリ其覺メタルハ本當ノ覺メタルニアラズ狼狽シツヽアルナリ只西洋カラ吸収スルニ急ニシテ消化スルニ暇ナキナリ、文學モ政治モ商業モ皆然ラン日本ハ眞ニ目ガ醒ネバダメダ
 今日田中氏ノ《原》 Metropole Theatre ニ行ク In the Soup ト云フ滑稽演劇ナリ Ralph Lumley ト云フ人ノ作ナリ滑稽ヲ無理ニ引キ上ゲテ膝栗毛的ナリ
 
 三月十七日 日
 襟白シャツヲ易フ
 晝ヨリ田中氏同道ニテ Kew Garden ニ至ル美事ナル暖室夥多アリ且頗ル廣クシテ立派ナル garden ナリ Kew Palace ニ入ル
 
 三月十八日 月
 中根ノ父ヨリ消息アリ恒子出産ノ報ヲ聞ク
 吾人ノ眠ル間吾人ノ働ク間吾人ガ行屎送尿の裡に地球ハ回轉シツヽアルナリ吾人ノ知ラヌ間に回轉シツ〔ヽ〕アル|ア《原》リ運命ノ車ハ之ト共ニ回轉シツ〔ヽ〕アルナリ知ラザル者ハ危シ知ル者ハ運命ヲ形クルヲ得ン
 
 三月十九日 火
 Craig 氏ニ至ル謝儀ヲ拂フ夜入浴烟草四箱ヲ買フ
 
 三月二十日 永
 Camberwell ノ Park ヲ散歩ス風雨ハゲシ
 二月十日附ニテ妻ヨリ消息アリ
 
 三月二十一日 木
 金澤ノ藤井氏ヨリ手紙來ル書物|講《原》求委托ノ件ナリ、文部省ヨリ送金ナシ大困却
 英人ハ天下一ノ強國ト思ヘリ佛人モ天下一ノ強國ト思ヘリ獨乙人モシカ思ヘリ彼等ハ過去ニ歴史アルコトヲ忘レツヽアルナリ羅馬ハ亡ビタリ希臘モ亡ビタリ今ノ英國佛國獨乙ハ亡ブルノ期ナキカ、 日本ハ過去ニ於テ比較的ニ滿足ナル歴史ヲ有シタリ、比較的ニ滿足ナル現在ヲ有シツヽアリ、未來ハ如何アルベキカ、 自ラ得意ニナル勿レ、自ラ棄ル勿レ黙々トシテ牛ノ如クセヨ孜々トシテ鷄ノ如クセヨ、内ヲ虚ニシテ大呼スル勿レ眞面目ニ考ヘヨ誠實ニ語レ摯實ニ行ヘ汝ノ現今ニ播ク種ハヤガテ汝ノ收ムベキ未來トナツテ現ハルベシ
 
 三月二十三日 土
 夜 MEetropole Theatre ニ至リ The Royal Family ヲ見ル頗ル面白カリシ
 明朝白シヤツ襟履足袋ヲ易ル準備ヲナス
 
 三月二十四日 日
 Balham ニ Ihara 氏ヲ訪フ不在 Claphpm Common ニ邊邊ヲ訪又不在田中氏ト同行ナリ
 
 三月二十六日 火
 Craig 氏ニ至ル夜井原氏來る晩餐ノ招待アリ、「パリ」の長尾氏ヨリ書翰來ル
 
 三月二十七日 水
 Albert Doek の常陸丸ヨリ立花ノ書翰來ル病氣ニテ歸國ノ由直チニ訪問ス容態惡シ醫學士望月|邊《原》邊二氏ヲ案内シテ British Museum 及ビ National Gallery ニ至ル二氏ノ話シニ立花ノ病氣ハダメナリトアリ氣の毒限ナシ、夜邊邊氏來る、領事館ノ諸井氏來ル examiner ノ件ナリ
 
 三月二十八日 木
 朝長尾の手紙來ル 夜返事ヲ認ム借金ノ爲ナリ
 此日入浴、夜ロバート孃トピンボンノ遊戯ヲナス、多忙故井原氏ノ晩餐招待ヲ斷ハル
 
 三月二十九日 金
 カルルスバード一瓶ヲ買フ夜ニ人ツテ領事館ヨリ電報アリ Glasgow Uqniversity ノ examiner ニ appoint セラル直チニ問題ヲ作リ領事館ニ送ル、井原氏ヨリ殘念ナリトノ端書來ル、
 
 三月三十日 土
 白シヤツ襟ヲ易フ、近頃ハ毎日風ナリ、晝 Hippodrome ヲ見ニ行ク Twopence Tube ヲ出ルト方角ガ分ラナイ反對ノ方ヘ歩行テ行ツタ夫カラ cab ニ乘ツタ夫カラ Hippodrome ニ行クト席ガナクテ5シリング拂ツタ Cinderella ヲ見夕獅子ヤ虎や白熊抔ヲ見タ、歸リニ bus ニ乘ツタラ「アバタ」ノアル人ガ三人乘ツテ居タ、Glasgow Unv. ノ書記官 Clapperton ニ試驗承諾ノ旨ヲ答フ同時ニ Addison ニ試驗問題ヲ送ル時ニ九時半ナリ
 
 三月三十一日 曰
 田中氏ト Brockwell Park ニ行ツタラ、男女二人連ノ一人ガ吾々ヲ日本人ト云ヒ一人ガ支那人ト云ツタ
 
 四月一日 月
 朝起キテ食事ヲシニ行クト Flance ノ長尾カラ爲替ガ來テ居タ八十磅ノ中七十磅ヲ「パリ」ヘ送レト云フカラ正金銀行ヘ行ツテ手續キヲ濟マシタ、Fardel カラ手紙ガ來テ居タ、正岡ト夏目ノ兄カラモ來タ、散髪屋ヘ行ツテ床屋《原》獨乙人ト日本ノ話シヲシタ
 
 四月二日 火
 Craig 氏ニ至ル歸途 Charing Cross ニテ古本ヲヒヤカス、二三冊ヲ買フ中ニー 1820 ノ Miss Burney ノ Evelina アリ三冊モノナリ、馬車ノ上ニテ日本ヲ見たと云フ西洋人ニ話シカケラル、入浴、故里ヨリ小包着、MEilde ト山田氏ヘ手紙ヲ出ス
 
 四月三日 水
 Glasgow University ヨリ examiner ニ appoint スル旨公然通知アリ
 
 四月四日 木
 下宿ノ夫婦 Easter Holiday ニテ里ニ行ク妹一人殘レリ此人娯樂ヲ好マズ貪ニテ勉強日々働ク「アナタ」ハコンナ生活ヲシテ愉快デスカト聞ケバ眞ニ幸福ナリト答フ何故ト尋ヌレバ宗教ヲ信ズレバナリ〔ト〕答フ、難有キ人ナリ
 田中氏ノ妻ヨリ同氏ヘ手紙來レリ其中ニ田中氏ノ舊師同氏留守宅ヲ訪ヒテ父君ト對談ノ時御子息ハ何年位外國ニ留マラルヽヤトノ問ニ對シテ父君ハ二三年ト答へラレシガ舊師ノ云フ樣切角行ツタ位ヒナラ五六年居ツタガ好カラウ、此話シヲ蔭ニテ妻君聞キテ甚ダ悲シカリシ旨書キ送レリト田中氏ノ物語ナリ、婦人ノ情昔シ流ノ先生ノ風躍如トシテ小説ノ如シト思フ
 
 四月五日 金
 今日ハ Good Friday ニテ市中一般休業ナリ終日在宿 Kidnapped ヲ讀ム五時半ヨリ Brixton ニ至リテ歸ル、往來ノモノイヅレモ外出行ノ着物ヲ着テ得々タリ吾輩ノセビロハ少々色ガ變ツテ居ル外套ハ今時ノ仕立デナイ顔ハ黄色イ脊ハ低ヒ數ヘ來ルト餘リ得意ニナレナイ
 宿ヘ歸ツテ例ノ如ク茶ヲ飲ム今日ハ吾輩一人ダ誰モ居ナイソコデパンヲ一片餘慶食ツタ是ハ少々下品ダツタ
 
 四月六日 土
 今日モ無事 祭日ト家内ノモノガ居ランノデ九時半頃ニ漸ク gong ガ鳴ツタカラ下ヘ行ツテ朝飯ヲ喰フ、田中氏ハ是カラ二日ガケデ旅行ヲスル、晝ハ「スパロー」孃ト二人デアル夫カラ Elephant & Castle デ古本ヲヒヤカシタガ金ガナイカラ一冊モ買ハナイデ歸ツタ、茶ヲ飲ンダ時スパローガ色々日本ノ婚禮ヤ葬式ノ事ヲ聞タカラ其話ヲシタ、今日 Camberwell ヲ歩行イテ居タラ二人ノ女ガ余ヲ目シテ least poor Chinese ト云ツタ
 
 四月七日 目
 白シヤツト襟ヲ易ユ
 Denmark Hill ヨリ Peckham ノ Green ヲ經テ歸途 South L.Art Gallery ニ至ル Ruskin, Rossetti ノ 遺墨ヲ見ル面白カリシ
 
 四月八日 月
 Kennington ヨリ Clap ham Common ニ至り歸ル
 Mrs.Edghill より手紙あり十七日に茶の案内なり
 
 四月九日 火
 今朝田中氏ヨリ Shakespeare ト《原》 Bust ト Stratford‐on‐Avon ノ Album ヲ貰フ、Craig 氏ニ至ル歸ル山川ノ端書アリ、突然 Rev.P.Nott 氏ノ訪問ニ遇フ、明日午後四時より Walker 氏方にて茶の饗應案内の爲なり、晩九時頃よりMrs.Edghill に承諾の旨通知す夫より正岡に長き手紙を認む
 
 四月十日 水
 牛後三時よりSt.James Place Walker 氏方に至り Mrs.Walker,Mr.and Mrs.Nott と共に茶を飲み四方山の話をなす、歸宅正金銀行より電報爲替あり、カツセルの Century Ed.of H.of England ヲ切ル
 
 四月十二日 金
 Elephant Castle ニ至リ Cowper ノ 1789 出版ヲ買フ
 
 四月十三日 土
 雨ナリ再ビ Elephant & Castle ニ至リ Smith Bible Dictionary 其他ヲ買フ 1679 ノ Spenser ノ Works 此中ニアリ凡テ三十三圓ナリ此日田中氏 Kenshington《sic》 ニ引越ス
 
 四月十四日 日
 町ヲ散歩シテモ公園ニ行ツテモ穢ヒゴロ付見タ樣ナ者ニ遇ツテモ惡口セヌハ感心ナリ
 
 四月十五日 月
 To give the lie ハ大變ナ失敬ナリ此上ナキ耻辱ヲ與フルナリ(G.Mereditth ノ Rhoda Fleming 及ビ Catrionaa 參照)、Gentleman ノ信用茲ニ存スルナリ日本人ハ如何 貴君ノ年齢ハト問ハレタトキハ正直ニ答ヘルト妙ナ顔ヲシテ嘘ダラウト云フ言フ者モ失敬トモ思ハズ答フル者モ大體ハ嘘ヲ言ツテ居ルナリ信義ハ何邊ニアランヤ、然シ西洋人モ嘘ヲツクナリ御世辭的ニ嘘ヲツクナリ
 西洋ノ etiquette ハイヤニ六ヅカシキナリ日本ハ之ニ反シテ丸デ禮儀ナキナリ窮窟ニスルハ我儘ヲ防グナリ但シ artificiality ヲ免カレズ日本ハ禮儀ナシ而モ artihiciality アリ且無作法ニ伴フ vulgarity アリ禮ナクシテ spontaneity アレバマダシモナリ其利ナク其苦アルノミナラズ禮ノ害ヲモ兼有セリ馬鹿|々《原》敷
 
 四月十六日 火
 Craig 氏ニ至ル一磅ヲ拂フ同氏曰ク英國人ハ金バカリ欲シガツテ居テ困ル己レモ少シ lecture デモシテ金ヲトラネバナラヌ、早銀行ニテ爲替ヲトル Bumpus ニテ六十圓餘ノ書物ヲ買フ
 Craig 氏曰ク Tennyson ハ artist ナリ大詩人ナリ去レトモ缺點アリ彼ノ哲學的詩ハ深カラズ彼ノ Nature ニ對スル觀念ハ Wordsworth ヨリモ scientific ナリ細カイト云ニ過ギズ Wordsworth ノ傑作ハ固ヨリ T. ノ上ニアリ、
 
 四月十七日 水
 再ビ Edghill ニ招待されて午後三時 W.Dulwich ニ至ル Miss Nott アリ Mrs.Edghill ラ耶蘇ノ説教ヲ承ハツタ仕方ガナイカラ自分ノ思フコトヲ述ベタ Mrs.Edghill ガ云フニハ貴君ハ pray スル氣ニナラヌカト云ツタ余ハ pray スベキ者ヲ見出サヌト云ツタ、Mrs.E. ハ此 great Comfort ヲ知ラヌハ情ケナイト云ツテ泣タ氣ノ毒デアツタ M試rs,E. ハ私ハ貴君ノ爲ニ pray シ樣ト云ツタ宜シク御頼マウシマスト答ヘタ、E. ハ私ニ一ノ事ヲ約スルカト問タ吾輩ハ貴君ガソンナニ深切ニ私ノ事ヲ思ツテ下サルカラ私ハ約シマシ〔ヨ〕ウト云ツタラ Bible ノ Gospel ヲ讀メト云ツタ氣ノ毒ダカラ讀ミマシヨウト云ツタ歸ルトキハ貴君ハ約束ヲ忘レハシマイト念ヲ押シタ决シテト云ツタ是カラゴスペルヲ讀ムンダ
 
 四月十八日 本
 ホトヽギス來ル二月二十八日發行ナリ
 昨日日本銀行ト文部省ヘ受取ヲ出ス
 
 四月十九日 金
 Port Said カラ立花ヨリ端書ガ來ル Watanabe 望月二氏ヨリモ謝禮ノ手紙ガクル、Swiss Cottage ノ lady カラ宿問ヒ合セノ返事ガ來ル、行カヌ事ニシテ返事ヲ出ス、獨乙ノ池田氏ヘ手紙ヲ出ス、
 
 四月二十日 土
 今日ノ晝飯 魚、肉米、芋、プヂング、pine‐apple、クルミ密《原》柑
 七時茶 姉妹トモ外出新宅ノ窓掛其他ノ尺ヲトル爲ナリ
 非常ナル快晴珍ラシ風立ツ
 
 四月二十一日 日
 再ビ快晴矢張風
 
 四月二十二日 月
 誰モアラズ basement ニ入リテ kitchen ヤ scullery ヤ larder ヤ gas stove ヲ見タ 早飯ノトキニ神サンガ『アライやナ魯シヤハアンナ大キナナリヲシテ日本ト軍ガ出來ナイナンテ』ト云ツタ『然シ「ロシヤ」ノ艦隊ハ東洋バカリジヤナイ絶體ニ弱インデスヨ』ト知リモセヌ癖ニ勝手ナコトヲ云ツタ亭主ガソンナコトヲ言フニハ少シ本デモ讀ンデ調ベタ上ノコトダトキメツケタ妻君ハ閉口シタ
 快晴アツシ底《原》ノ梨花眞盛ナリ
 
 四月二十三日 火
 天氣快晴愉快 夏服ヲツケル、麥藁帽ノ人多シ
blouse ノ lady モアリ Craig 氏ニ至ル Tennyson ノ In Memoriam ヲ評ス、Taste ハ天福ナリ君之ヲ得タリ賀スベシト云フ、歸ル田中氏新聞ヲ送ル、池田氏ヘ返事ヲ出ス、明朝三時ニ荷ヲ新宅ヘ送ルノデ大混雜シヤツ一ツデ書物ヲ方付ル Miss ケート泣聲デ a fright ニ逢ツタト云フ差配人ガ來タコトナリ家ノ夫人ハ之ヲ恐ルコト蛇蝎ノ如シ、茶ノ時神サン云フ若シ内ノ人ノ家具迄差シ押ヘラレル樣ナコトデ〔ハ〕到底一所ニ夫婦ニナツテ居ラレマセン、氣(ノ)毒ナリ余ハ方付テ|テ《原》仕舞フ、三人ハ差配人ヘ談判ニ行ク十一時頃歸ル案外六ヅカシクナカツタト亭主言フ、Oxhord 邊ノ貴女ノ樣ヲ見テ家ヘ歸ルト Contrast ガ烈イ早ク日ガ暮レバ云《原》ヒイ妹ハ云フタ日ガクレヽバ財産ヲ運ビ出スコトガ出來ルナリ
 
 四月二十四日 水
 朝散歩歸ル(ペン)ガ※[口+堯]《原》舌リダシタ(ペン)ノ※[口+堯]舌ル時ハ家ノモノガ居ラヌ時ナリ十五分許ノペツ立續ケニ噺スガ何ヲ云フヤラ薩張ワカラヌ、昨日差配ノキタトキ不得已嘘ヲツイタト云フコトナリ後ハ何ダカ分ラナイ餘リ分ラナクツテ可笑イカラ笑ツタラ噺ガ面白クテ笑ツタト思ツテ愈※[口+堯]舌ツタ、家ハガラン堂デアル自分ノ荷物ハ行ツタ家ノモノハ新宅ヘ方付方ニ行ツタ殘ルハ我輩ト(ペン)許リダ淋シイイヤナ感ジダ 是デ家ノモノガ詐欺師デ歸ツテ來ナカツタラ我輩ハ頓《原》ダ馬鹿ダ 八時頃又ペンガ三階ヘ上ツテ來テ又差配ガ來タト云フ夫カラ又ベチヤ/\※[口+堯]舌ルガ何ヲ云フノカ些トモ分ラナイ 十時頃ニナツテ下女ガ又來夕差配ガ今日三遍來タコンナニ早ク引越ヲスルモンダカラ近所デハ大變不思議ニ思ツテ居ル怪シマレルノモ尤モダ、家内ノモノハマダ歸ラナイドウシタラウト云ツテ心配ソウダ
 
 四月二十五日 木
 午後 Tooting ニ移る聞シニ劣ルイヤナ處デイヤナ家ナリ永ク居ル氣ニナラズ
 
 四月二十六日 金
 朝 Tooting Station 附近ヲ散歩ス ツマテヌ處ナリ
 
 四月二十七日 土
 Balham ニ行ク、又移リ度ナツタ 兎ニ角池田君ノ來テカラノ事ダ
 
 四月二十八日 日
 Tooting Graveney Common ニ至ル、遠山藤代ヨリ手紙來ル
 
 四月二十九日 月
 鈴木夫婦ヨリ手紙來ル、遠山フアーデル及ビ金澤ノ藤井ニ手紙ヲ出ス
 
 四月三十口 火
 Craig 氏ニ至ル、歸宅家人アラズ Tooting Bec Common ヨリ MEitcham ニ至リ歸ル
 鈴木ヘ手紙ヲ出ス
 
 五月一日 水
 Common ヨリ Streatham ニ至ル
 
 五月二日 木
 又 Tooting Common ニ至ル、Glasgow ノ Hill & Hoggan ヨリ手形ヲ送リ來ル、諸井氏ヘ手紙ヲ出ス、中根ノ母、ト妻ヨリ手紙來ル筆ノ寫眞も來ル
 
 五月三日 金
 Streatham ニ至ル、Glasgow ヘ受取ヲ出ス諸井氏ヨリ返事來ル、神田氏在英ノ事ヲ知ル、主人ニ手形引換ヲ頼ム池田氏ノ部屋出來上ル
 
 五月四日 土
 池田氏ヲ待ツ來ラズ Balham ニ至ル歸途鐵道馬車ニ乘ラントス人足余ヲ拉えテ降リル人ヲ待テト云フ感心ナコトナリ
 薔薇二輪 9 pence 百合三輪 9 pence ヲ買フ素敵ニ高いコトナリ
 
 五月五日 日
 朝池田氏來ル午後散歩 神田、諸井、菊池三氏來訪
 
 五月六日 月
 池田菊苗氏ト Royal Institute ニ至ル
 夜十二時過迄池田氏ト話ス
 
 五月七日 火
 Craig 氏二至ル池田氏寫眞ヲ惠マル、
 日本銀行ヨリ受取請求書至ル
 遠山氏ヘ目録、鈴木ヘ繪葉書、日〔本〕銀行ヘ受取ヲ出ス
 文部省ヨリ二通ノ書状來ル、ホトヽギス來ル
 
 五月八日 水
 文部ノ寺田會計課長ヘ手紙ヲ出ス妻、ト虚子ト 野遊會ノ斷状ヲカク
 
 五月九日 木
 Tooting Common ニ行ク讀書夜池田氏ト英文學ノ話ヲナス同氏ハ頗ル多讀ノ人ナリ
 
 五月十日 金
 Mitcham Common ニ至ル廣大ナル草原ニ furze ノ散點スルヲ見ル cattle and horses 自由ニ草ヲ食ム
 
 五月十二日 日
 Streatham ニ神田先生ヲ訪フ先生結婚上ノ議論ヲ述ブ love or duty
 畠ニテ cows,pigs, howls ヲ見ル頗ル愉快ナル家ナリ、晝飯ノ〔饗〕應アリ
 
 五月十四日 火
 Craig 氏ニ至ル 繪葉書 3 s. 許リ買フ、田中氏ヨリ書翰至ル、池田氏と話す
 
 五月十五日 水
 池田氏と世界觀ノ話、禅學ノ話抔ス氏ヨリ哲學上ノ話ヲ聞ク
 
 五月十六日 木
 小便所ニ人ル宿の神さん曰く男ハ何ゾト云フト女ダモノト云フガ女ハ頗ル useful ナ者デアルコンナコトヲ云フノハ失敬ダト
 夜池田氏ト教育上ノ談話ヲナス又支那文學ニ就テ話ス
 
 五月十七日 金
 晩洋服屋來ル見本を置て歸る
 
 五月二十日 月
 夜池田ト話ス理想美人ノ descriptiin アリ兩人共頗ル精シキ説明ヲナシテ兩人現在ノ妻ト此理想美人ヲ比較スルニ殆ンド比較スベカラザル程遠カレリ大笑ナリ
 
 五月二十一日 火
 朝洋服屋ノ見本來ル Craig 氏ニ行ク壹磅ヲ拂フ次回迄ノ分ナリ
 昨夜シキリニ髭ヲ撚ツテ談論セシ爲右ノヒゲノ根本イタク出來物デモ出來タ樣ナリ
 
 五月二十二日 水
 晩ニ池田氏ト Common ニ至ル男女ノ對此所彼所ニ bench ニ腰ヲカケタリ草原ニ坐シタリ中ニハ抱合ツテ kiss シタリ妙ナ國柄ナリ
 
 五月二十三日 木
 又 Common ニ至ル妻ヨリ二通ノ手紙來ル文部省ヨリ一通ノ手紙來ル
 鈴木ヨリ太陽二部送リ來ル櫻井氏ヨリ手紙來ル西洋人招聘ノ件ナリ
 
 五月二十五日 土
 Lambeth Cemetery ニ至ル廣キ墓場ナリ然シ周圍ハ頗ル邊|癖《原》ナリ
 
 五月二十六日 日
 再ビ Lambeth Cemetery ニ至ル
 
 五月二十七日 月
 頗ル賑カナリ吾住む處ハ Epsom 街道ニテ茲ニ男女馬車ヲ驅リ喇叭ヲ吹テ通ルコト夥シ、近所ノ貧民共又往來ニ充滿ス
 
 五月二十八日 火
 主人ト共ニ Battersea ニ至リ The Dog House ヲ見ル Mr.Jack 捜索ノ爲ナリ、燒イタル犬ノ骨二片ヲクレタ、夫カラ Battersea Park ニ至ル
 鈴木ヘ繪葉書ヲ出ス
 
 五月二十九日 永
 Craig 氏に至ル、遠山と妻ヨリ手紙來ル
 Hales(Prof.)ヘ手紙ヲ認ム妻ヘモ出ス
 
 五月三十日 木
 Hales ヨリ手紙來ル余ノ手紙ハ二通認メ「ケシ」ノ方ヲ誤ツテ送リシニヨル直チニ正シキ方ヲ封ジヤル
 
 六月一日 土
 Balham ニ至リ種々買物ス二磅ニ上ル
 
 六月三日 月
 Elephant & Castle ニ至リ Hazlitt ノ Handbook 其他古本 2 guinea 許ヲ買フ、
 Prof.Hales ヨリ手紙來ル候補者ニ通知セリトノ事ナリ
 ○烟草二箱隼ヲ買フ
 
 六月四日 火
 Craig 氏二至ル George Winter ニテ古本ヲ買9圓許ナリ
 Prof.Hales ヨリ第五校ニ關スル印刷物ヲ送リ來レト云フ端書來ル
 
 六月五日 水
 今日Derby Day ニテ我家ノ附近大騷ギナリ夕景ハ彼等喇叭ヲ吹キ馬車ニ乘リテ歸リ來ル頗ル雜沓ナリ
 
 六月六日 木
 午後三時二十分ニ King's College ニ來テ呉レ候補者直ニ御目ニ掛り御話致シ度とあり(Prof.Hales ノ手紙)
 King's College ニ至ル約ニ後ルヽコト三十分 Prof. 既ニ去ル
 
 六月七日 金
 Prof.Hales ヨリ手紙來ル、候補者 Sweet 氏ニ明日逢ヘトノ事ナリ
 
 六月八日 土
 牛後三時 King's College ニ至リ Swee t氏ニ遇フ College 閉ルヲ以テ Park ニ至ル
 
 六月十日 月
 King's College ニ至リ Prof/Hales ニ面會ス
 
 六月十一日 火
 Craig 氏ニ至ル、Hyde Park St.James Park ヲ經テ歸ル Miss.Nott ヨリ書翰至ル、領事館ヨリモ至ル、洋服屋ニ百圓許ヲ拂フ
 
 六月十二日 永
 Sweet ヨリ application ト testimonial 來ル Sweet ニ返事ト testimonial ヲ返ス櫻井ヘ手紙ヲ認ム
 Nott ト諸井ヘ手紙ヲ出ス
 
 六月十三日 木
 鈴木ヨリ繪葉書太陽、文部省ヨリ留學生表及規定學資來ル
 
 六月十四日 金
 Sweet 氏ヨリ來翰之ニ返事ヲ出ス櫻井氏ヘ手紙ヲ出ス
 
 六月十五日 土
 Sweet 氏ヨリ返翰三年ノ契約ヲ希望スル旨挨拶アリ
 此日池田室ニテ煖爐ヘ火ヲタク
 
 六月十八日 火
 Craig 氏ニ至ル、£1 ヲ拂フ Hippodrome ニ至ル
 田中氏ヨリ手紙 Wright ヨリ手紙至ル、日本ノ輕業岡部一座アリ
 
 六月十九日 永
 渡邊氏ヨリ來翰 Sweet, Wright, 渡邊田中四氏ヘ手紙ヲ出ス 藤代へも出ス
 文部省ヨリ手紙來ル學術研究ノ旅行報告ヲ慥ニスベシト云フコトナリ
 
 六月二十l日 金
 Sweet 氏ヨリ手紙來ル明日 King's College ニテ會《原》トノ事ナリ
 
 六月二十二日 土
 十時半 King's College ニテ Sweet ニ會ス午後一時田中氏方ニ至ル川上ノ芝居ヲ見ント云フイヤダト云ツタ|ス《原》レカラ田中氏ノ下宿ニ至ル Earls Court ノ Exhibition ヲ見ニ行ク
 
 六月二十四日 月
 渡邊氏來る土井氏下宿ニ就テナリ
 
 六月二十五日 火
 Craig 氏ニ至ル
 
 六月二十六日 水
 池田氏 Kensington ニ去る
 
 六月二十七日 木
 池田氏ヨリ端書來ル
 
 六月二十八日 金
 ブレツト夫人ニ下宿替ヲスル旨ヲ言渡ス
 
 七月l日 月
 近頃非常ニ不愉快ナリクダラヌ事ガ氣ニカヽル神經病カト怪マル、然一方デハ非常ニヅーヅー敷處ガアル、妙ダ
 洒々落々光風霽月トハ中々ユカン駄目/\
 鈴木へ Studio ノ Special number ト檜葉書ヲ出ス
 
 七月二日 火
 Craig 氏二至ル
 
 七月六日 土
 井原氏至ル
 
 七月八日 月
 鈴木夫婦ヨリ繪葉書來る
 
 七月九日 火
 Craig 氏二至ル
 Barker & Co.(Castle Court,Cornhill)ニ至リ宿捜索ノ廣告ヲ續ム
 Holborn ニテ Swinburne 及 Morris ヲ買フ
 
 七月十一日 木
 鈴木ヘ Academy Architecture 及ビ建築雜誌一部ヲ送ル
 
 七月十二日 金
 池田氏ヨリ端書來ル
 池田氏ヘ返事ヲ出ス
 應募ノ下宿ノ手紙來ル無數
 大塚ヨリ端喜 心の花送リ來ル
 土井ヨリ書翰
 鈴木ヨリ太陽來ル
 
 七月十三日 土
 池田氏ヨリ返事來ル
 Miss Leale ト池田氏ヘ手紙ヲ出ス
 
 七月十五日 月
 終日下宿ヲ尋ねてうろつく北の方 Leighton Crescentヨリ西ノ方 Brondesbury ニ至ル晝飯ヲ喰ヒ損ヒ足ヲ棒ノ樣ニシテ毫モ氣ニ入ル處ヲ見出サズ閉口家ニ歸レバ餘リツカレテ寐ラレズ
 
 七月十六日 火
 Clapham Commonノ The Chase ニ至リ  Miss Leale ニ面會ス同人方ニ引越ス事ニ决ス夫ヨリ革嚢屋ニ至リ革嚢二帽子入一個ヲ買フ £4.4 ナリ
 
 七月十七日 水
  Miss Leale ニ手紙 Mrs.Brunton ニモ手紙ヲ出ス
 
 七月十八日 木
  Miss Leale ヨリ返事アリ山川ヨリ端書池田氏ヘ日々新聞來ル
 
 七月十九日 金
 方付方ニテ多忙汗滿面注文ノ箱來ラズ七時頃來ル、 Miss Leale ヘ電報、公使館ヘ手紙
 藤代、井原、田中三氏ヘ轉宅ノ報知ヲナス
 
 七月二十日 土
 午前  Miss Leale 方ニ引越ス大騷動ナリ四時頃書籍大革嚢來ル箱大テシテ門ニ入ラズ門前ニテ書籍ヲ出ス夫ヲ三階ヘ上ル非常ナ手數ナリ暑氣堪難シ發汗一斗許リ室内亂難膝ヲ容ルヽ能ハズ
 
 七月二十一日 日
 非常ニ暑シ午後池田氏來ル晩餐ヲ喫シ十一時歸ル
 
 七月二十二日 月
 大坂ノ鈴木、熊本ノ奧、金澤ノ西田、京都ノ紫川 London ノ田中氏ヨリ手紙及時事新報來ル
 
 七月二十三日 火
 Craig 氏ニ至ル
 
 七月二十四日 水
 Cassell ノ Illustrated History 26 及 Wild Bird 10 來ル
 
 七月二十五日 木
 大雷大雨
 
 七月二十六日 金
 茶ノ時御客二人來ル御婆さんの甥ナリ坊さんなり夫婦
 郵船會社へ聞き合ス、晩返事來ル
 今日モ雨
 
 七月二十七日 土
 今日モ雨 獨乙ノ藤代芳賀ヨリ端書來ル
 土井氏ヘ手紙ヲ出ス
 
 七月二十八日 日
 East Hill ニ至ル 夜老大佐ヲ訪フ日本ハエラキ國ニナルベシト云ヘリ日本ノ青年ノ禮讓アルコトヲホメタリ
 
 七月二十九日 月
 ほとゝぎす、春夏秋冬の春の部來ル山川より手紙來ル、
 
 七月三十日 火
 Craig 氏ニ至ル、歸途池田氏ヲ訪アラズ
 ×Cassell ノ Illstrated History 27 至
 
 八月一日 木
 池田氏ヨリ手紙至ル本邦ノ鈴木、日本銀行ヨリ三磅許金ガキタ何ノ爲ヤラ分ラナイ
 
 八月二日 金
 池田、Sweet、鈴木、芳賀ヘ手紙、日本銀行ヘ受取ヲ出ス
 文部省ヨリ手紙 鈴木時子より手紙
 
 八月三日 土
 朝 Battersea ヨリ South Kensington ニ至リ池田氏ヲ訪フ同氏宅ニテ蒜版ヲ食フ午後 Cheyne Road 24 ニ至り Carlyle ノ故宅ヲ見ル頗ル粗末ナリ Cheyne Walk ニ至リ Eliot ノ家ト D.G.Rossetti ノ家ヲ見ル前ノ Garden ニ D.G.R ガ噴井ノ上ニ彫リツケテアル
 
 八月六日 火
 Craig ニ至ル 氏我詩ヲ評シテ Blake ニ似タリト云ヘリ然シ incoherent ナリト云ヘリ
 
 八月七日 水
 ○土井氏ノ葉書來ル Cassell's Illstrated 28
 
 八月八日 木
 Cassell ノ Wild Birds
 山川ノ手紙、俣野ノ年賀状ツク
 
 八月九日 金
 日本新聞 鈴木ヨリ讀賣新聞來る
 村上氏ヨリ端書來ル
 
 八月十日 土
 櫻井氏ヨリ電報、E.Fardel氏ヨ〔リ〕手紙
 Sweet氏並ニ Fardel 氏ヘ手紙ヲ出ス
 
 八月十一日 日
 E.Fardel氏ヲ訪フ Battersea P. 門前ニテ無神論者ノ演説ヲ聞ク
 
 八月十二日 月
 Sweet 土井二氏ヨリ手紙
 Sweet ヨリ晩ニ手紙來ル九月十三日ニ立チタイトノ事ナリ
 
 八月十三日 火
 Craig 氏ニ至ル、半磅ヲ拂フ 井原氏來ル、夜十二時半頃歸ル
 
 八月十四日 水
 大幸氏ヨリ手紙來ル
 
 八月十五日 木
 土井氏ヨリ電報來ル
 土井氏ヲ迎フル爲メ Vicctoria Station ニ至ル
 故郷ヨリ妻、妻ノ父、梅子ヨリ手紙來ル妻ヨリ冬ノ下着二着ハンケチ二牧《原》、梅子ヨリハンケチ二牧送リ來ル
 
 八月十七日 土
 田中氏來ル、Hyde Park ニ至ル Protestants ノ Catholic ニ對する demonstration ヲ見ル四五人ノ演説使ヲ聽聞す
 
 八月二十日 火
 Craig 氏ニ至ル 壹磅ヲ拂フ、(3回分貸)
 Charing Cross Road ニテ古本及ビ新版本ヲ買フ五十六七圓ナリ
 
 八月二十一日 水
 日本新聞、太陽來ル、
 
 八月二十二日 木
 Sweet 氏ヨリ手紙來ル返事
 菊池仙湖ヨリ端書
 夜御婆さんの姉婿夫婦來ル一所ニ茶ヲ飲ミ晩餐ヲ喫ス
 
 八月二十四日 土
 Sweet ニ Bedford Row ニテ面會ス
 
 八月二十五日 日
 Fardel 氏ヲ Chwlsea ニ訪フ晝餐後共ニ Hyde Park ヲ散歩ス、辻演説ヲ聽ク
 
 八月二十七日 火
 Craig 氏ニ至ル
 
 八月二十九日 本
 夜池田來ル
 
 八月三十日 金
 Albert Dock ニテ Sweet, 池田、呉三氏ヲ送ル
 
 九月二日 月
 Elephnt & Castle ニテ古本ヲ買フ、夜 佛ノ小《原》年モリス兄ニ殘サレテ泣イテ居ル故(カルタ)ヲシテ遊ブ
 
 九月三日 火
 村上氏來ル
 
 九月七日 土
 モリスヲ連レテ Hyde Park 邊ヲ散歩ス Natural History Museum ニ至ル
 
 九月十二日 木
 寺田寅彦、野々口勝太郎ヨリ手紙來ル
 
 九月十三日 金
 Dr.Furnivall ニ遇フ、元氣ナ爺サンナリ
 
 九月十四日 土
 午後 Wimbledon Common ニ至ル七時半歸宅又桑原氏ノ宅ニ一寸寄ル
 櫻井氏ヨリ手紙來ル
 
 九月二十一日 土
 洋服屋ニ金ヲ拂フ、 Glasgow University ヨリ試驗ノ paper ヲ請求シ來ル、
 Morris ヲ連レテ散歩ス
 
 九月二十三日 月
 Glasgow ヘ手紙妻ヘ手紙ヲ出ス
 King's College ニ至ル Denny ニテ Ethics 及ビ Origin Of Art ヲ買フ
 
 九月二十五日 水
 文部省ヨリ學資來ル、大坂鈴木ヨリ手紙來ル妻ト倫ヨリ手紙來ル、鈴木ヨリ太陽、讀賣新聞、利喜子ノ寫眞ヲ送リ來ル
 
 十月七日 月
 Craig 氏ニ手紙ヲ出ス
 
 十月八日 火
 Cassell's Illustrated, Hundred Pictures 來ル
 
 十月十三日 日
 土井氏ト Kensington Museum ニ至ル
 
 十月十四日 月
 West Hampstead ニ長尾氏ニ遇フ
 
 十月十五日 火
 Cassell's Wild Bird and Illustrated Eng. Hist.
 Craig 氏ヲ訪フアラズ本ヲ返シテ去ル
 
 十月十六日 水
 鈴木ヨリ太陽來ル Bosanquet ヲ讀始ム
 Studio 來ル
 
 十月二十一日 月
 Hundred Pictures 來ル
 
 十月二十二日 火
 Living London 及ビ Cassell's Illustrated, Eng. History 來ル
 
 十−月三日 日
 發句ノ會アリ
 
 十一月四日 月
 本ヲ買ニ行ク
 
 十一月十三日 水
 學資東ル 文部、中央金庫ヘ受取ヲ出ス
 
 
斷片 ――明治三十四年四月頃以降――
 
       一
 
 (一)金の有力なるを知りし事
 (二)金の有力なるを知ると同時に金あるものが勢力を得事
 (三)金あるものゝ多数は無學無智野鄙なる事
 (四)無學不徳義にても金あれば世に勢力を有するに至る事を事實に示したる故國民は窮窟なる徳義を棄て只金をとりて威張らんとするに至りし事
 (五)自由主義は秩序を壞亂せる事
 (六)其結果愚なるもの無教育なるもの齡するに足らざるもの不徳義のものをも士大夫の社會に入れたる事
 (七)昔時は金の力を以て社會的の地位は高まらざりし事御用達は一個の賤業にして金ある爲め尊敬は受けざりし事
 (八)猿が手を持つから始めて「クライブ」に終る教育の恐るべき事英語を習つて英書より受くる Culture を得る迄には讀みこなせず去りとて英書以外のカルチュアー(漢籍和書より來る)は毛頭なしかゝる人は善惡をも辨ぜず徳義の何物たるをも解せず只其道々にて器械的に國家の用に立つのみ毫も國民の品位を高むるに足らざるのみか器械的に役立つと同時に一方には國家を打ち崩しつゝあり
     ――――――――――
 ノット氏と對談  四月十日
 (1)英國の紳士ハ頑固ナリ然シ中々負ケズ(知ツタフリハセズ)(嘘をつかず)
 (2)近頃ハ紳士ならざるものが坊主ニナル尊敬を受けんが爲なり
 (2)《原》倫孰《原》ノ巡査ノ馬車ノ往來をとめるは感心なり
 (3)倫孰ノ群集ハ存外秩序正シ
 (4)南方の英人は比較的に浮薄なり北方ノ人ハ頑固正直なり
 (5)英語ハ shire 々《原》にて皆異ナリ始メテ「ランカシヤー」に行きし時ハ毫モ之ヲ解する能ハざりき
 (6)或人ハ英國ノ女ノ脊ノ高を見て亡國の兆なりと云へり
 (7)Church ノ seating accommodation ハ三分一ニモ足ラズマンチエスター「リバープール」殊ニ然リ
 外人ガ東洋人ヲ「ズルシ」ト云フハ尤モナリコロンボ以東皆小商人ノ狡猾ナル西洋ニ類ナカラン
 (八)《原》英國人ハ國民ヲ正直ナル人トシテ取扱ヒ大陸人ハ盗賊トシテアシラフ英國ノ戸籍調ハ毎年四月ニ一度アルノミナリ旅行シテモ宿帳ノ必要ナシ大陸ハ然ラズ
     ――――――――――
 英國の或女ハ自分共ハ男子ヨリ餘程純潔ダト思ツテ居る從つて男子を純潔ならしむるは婦人の義務だと心得て居る其心掛丈は感心だ日本にはそんなのはない
     ――――――――――
 ボチヤ何かが壁に釘づけにしてある耶蘇のハリツケから思ひ就《原》たかも知れぬ
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 我輩の衣服
     ――――――――――
 西洋ハ萬事大袈裟ダ、水マキ、引越車、家、ローラ
     ――――――――――
 眞平御免ネーと云ひ度いコトがあるが是を英語に翻譯すると何と云つていゝか分らない
     ――――――――――
 一《*》指頭の神、女が鐵道馬車へ乘るとき、巡査が車をとめるとき、カツブを呼ブ時、右……道左……道のとき
我々はポツトデの田舍者のアンポンタンの山家猿のチンチクリンの土氣色の不可思議ナ人間デアルカラ西洋人から馬鹿にされるは尤だ加之彼等は日本の事を知らない日本の事に興味を持つて居らぬ故ニ我々が西洋人に知られ尊敬される資格が有つて〔も〕彼等が之を知る時間と眼がなき限りは尊敬とか戀愛とかいふ事は兩方の間に成立たない
     ――――――――――
 西洋人は感情を支配する事を知らぬ日本人は之を知る西洋人は自慢する事を憚らない日本人は謙遜する一方より見れば日本人はヒポクリツトである同時に日本人は感情にからるべき物ではない謙遜は美徳であるといふ一種の理想に支配されつゝあるといふ事が分る西洋人は之を重んぜざる事が分る
 (又西洋人は御世辭を喜び之を云ふ事を憚からぬ日本人のあるも〔の〕は可成御世辭をさける又之を喜ばぬ)
 小説でも西洋人は實を尊ぶ代りに理想的な完全な人間を寫さない日本人は空※[しんにょう+貌]たる代りに完全無缺な人間を寫す西洋人にはgod ト云ふ大理想がある人間のコンシーヴする完全なる者を理想的に表現せるものとせば馬琴の仁義禮智信と同一のものだ
     ――――――――――
 裸體畫の可否、裸體畫の美、裸體畫の不徳、
 美として見れば宇宙のもの皆美なり裸體畫なるのみならず春畫にも美あり道徳より見れば双方とも degenerating effect を有す世間は artist のみで出來て居らん artist にも道徳的方面がある又之を守るべき義務がある以上は artistic ナラザル方面に裸體畫や春畫を擴ぐるは世間の人に其美を味はゝしむる能はざる無益の骨折をなすのみならず却つて道徳的にあしき弊を作りつゝあるなり
     ――――――――――
 或人と或人の間には禮儀を dispense する事が出來る如く或人と或人の間には或度迄道徳をなくなす事が出來る
     ――――――――――
 西洋人は往來で kiss シタリ男女妙な眞似をする其代り衣服や言語動作のある點や食卓抔ではいやに六づかしい日本人は之に反す
    ――――――――――
 西洋の犬や馬はよく英語を解す例
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 川「駄目ですよ魚は居マセンヨ」と云つた 山「御覽の通りの禿山で御座い癩病やみの頭宜しくと云ふ……」と云つた
    ――――――――――
 彼は平常の哲學や good manner や……や……や皆忘れて喧嘩を始めた――――――――――
 人は日本を目して未練なき國民といふ數百年來の風俗習慣を朝食前に打破して毫も遺憾と思はざるは成程未練なき國民なるぺし去れども善き意味にて未練なきか惡しき意味に於て未練なきかは疑問に屬す西洋人の日本を賞讃するは半ば己れに模倣し己れに師事するが爲なり其支那人を輕蔑するは己れを尊敬せざるが爲なり彼等の稱讃中には吾國民の未練なき點をも含むならん去れども是を名譽と思ふは誤なり深思熟慮の末去らねばならぬと覺悟して翻然として過去の醜穢を去る是よき意味に於ての未練なきなり目前の目新しき景物に眩せられ一時の好奇心に驅られて百年の習慣を去る是惡き意味に於ての未練なきなり沈毅の決斷は悔る事なかるべく發作的の移動は又後戻する事あるべし日本人は一時の發作にて凡ての風俗を棄てたる後又棄てたるものをひろひ集めつゝあるなり俳句は棄てられて又興りぬ茶の湯は斥けられて又興りぬ謠は癈せられて又興りぬ棄てたる時に惡漢あつて拾ひ去らざりしは諸君の爲に甚だ賀すべき事なり然しながら諸君の未練なきを賀する氣にはなれぬなり
 日本人は創造力を缺ける國民なり維新前の日本人は只管支那を模倣して喜びたり維新後の日本人は又專一に西洋を模擬せんとするなり憐れなる日本人は專一に西洋人を模擬せんとして經濟の點に於て便利の點に於で又發作後に起る過去を慕ふの念に於て遂に悉く西洋化する能はざるを知りぬ過去の日本人は唐を模し宋を擬し元明清を模し悉くして一方に倭漢混化の形迹を留めぬ現在の日本人は悉く西洋化する能はざるが爲め已を得ず日欧兩者の衝突を避けんが爲め其衝突を和げんが爲め進んで之を渾融せんが爲苦慮しつゝあるなり日本服に帽子は先づ調和せられたりと云はん洋服に足駄は遂に不調法と云はざる可らず美術に文學に道徳に工商業に東西の分子入り亂れて合せんとし合せんとして合する能はざるの有樣なり日本の書は右より下〔に〕始まり西洋の書は左より横に讀むなり兩者は如何にして合併すべきか日本の假名は v,d,th 等の音を示すを得ず諸君は如何にして兩者の調和をはかるべきか支那人は黄金時代は堯舜の世にありと思へり世の澆季〔以下凡そ四字紙破れて映〕覺れるが故なり洋人は未來に於て黄金時代の來るべきを信〔以下凡そ四字紙破れて缺〕は進歩しつゝあると自覺すればなり日本人はいづれの〔以下四字紙破れて缺〕時代を置くべきか
 
     二
 
 ○池ガアルカイ
  ア、有ルヨ、魚ガ居るか居ないか受合はないが池は慥かにあるよ
 ○ホテルチカルな所へ行かなくつても婆々の茶屋が澤山あるからそこで壽司を食ふんだ何中りやしない大丈夫だ
 ○左樣さね東京で云へばどこだらう一寸六づかしいな何でも石段が澤山あるんだよ夫から樹があるそして御堂がある何でも氣分が少し違つて來るんだ御堂に這入つて居る時丈は惡い事をして濟なかつたて《原》う云ふ樣な心持になるのさ
 ○かう見えても亡國の士だからな、何だい亡國の士といふのは、國を防ぐ武士さ
 
     三
 
 西洋人ハ日本人ヲ目して愛嬌があると云ふ始終笑つて居ると云ふそれに違ひない但し笑つて居らなくても日本人の顔の大部分は滑稽的に出來上つて居るから戰はずして先づ敵を屈する位のものさ
    ――――――――――
 「眞闇だ――何か動いて居る樣だ
 「 《原》の木だよ
 
      四
 
 一普通ノ人間ノフワ/\ナル事 Dichotomy
  ○行動、言語、志操一貫セズ、故ナク變化ス
  咄嗟ノ際ニハ修養ノ功果何レニカ飛去ル
 一成人ニハ或ル時ト場所ニ於テ(1)一定ノ嗜好アリ(2)一定ノ徳義心アリ是ハ推移スベキ者ナリ是事實トシテ存ス必要不必要ヲ論ズベキ者ニアラズ、不必要ナラバ己レキタナキ者ヲ見己レ不徳ノ行ヲ人ヨリ受ケテ平氣ナラザル可ラズ
 一フワ/\)源因、之ヲ矯正スル道
 一嗜好、徳義ノ發達、傾向、順序、
 一頭デ考テ之ヲ實事ニ徴スルカ實事ニ考テ之ヲ頭デ集成スルカ兩者ノ牴牾スルトキ何ヲ非トスルカ
 一今ノ文化ハ金デ買ヘル文化ナリ金デ買ヘル文化ガ最モヨキ文化ナルカ若シ然ラズンバ日本ガ萬事ニ於テ西洋ヲ崇拜スルハ愚ナリ
 一男女ノ愛ハ徳育美育上如何許ノ價値アルカ
○一普通ノ人間ノ心ニハ清キ時トキタナキ時トアリ如何ナル罪惡モ之ヲ犯スベキ種アルヲ發見スベシ
 一感情ト理ノ關係其價値
    ――――――――――
○人問ハ牴牾ノ塊物デアル偉人ガ愚ナコトヲナシ善人ガ惡事ヲナシ又己レガ己レノ行爲ヲナストキ正邪ノ判斷ニ迷フ(牴牾セル兩主義又二以上ノ主義同時ニ働クトキ)
    ――――――――――
 善惡ノ衝突、善惡分明ナラズシテ双方共其執ル所ヲ善ト心得テ相下ラザルヨリ起ル爭(吾人道徳ノ code 完全ナラズ又如何ニ雜錯ナルカハ此種ノ衝突多キニテ分ル、惡ト惡トノ衝突、
 己レト己レノ爭、己レト人トノ爭、己レト自然トノ爭、
    ――――――――――
 Love−SaCred?−Plato−Ape−fearless dissection−lookf full in the face,Without deifying it.
    ――――――――――
 美ハ事實ナリ大部ノ人ハ(1)連想ニテ之ニ其物以外ノ意味ヲ附着ス從ツテ其物ノ美ガ實際ヨリ増シ又ハ減ズ其ハ夫ニテヨシ但シ美其物ト連想トヲ區別スル必要アリ多クノ場合ハ連想其物ヲモ美ノ原素トシテ見傚スノ弊アレバナリ
  花ハ紅、柳ハ緑          是事實ナリ
  花ノ紅、柳ノ緑ノ奧ニハ一ノ力アリ 是 Wordsworth
  〃 〃  ノ奧ニハ神アリ     多數ノ詩人
  此「ビステキ」ハ甘イ       是事實ナリ
  此「ビステキ」ニシタ牛ノ殺サレ  
  タ事ヲ考ヘ出シタ故ニマヅイ         
  此「ビステキ」ハ母親ガ作ツテクレタカラ甘イ
         〔上三行に括弧をつけて〕是連想味ニ伴ヘルナリ
 此連想ヲ連想ト白知シ乍ラ是ヲ以テ其物自身ノ美ノ價値ニ影響ヲ被ラシムルコトアリ又之ヲ知ラズシテ其物自身ノ美ヲ判斷スルトキニ是ガ爲メ支配サレツヽアルコトアリ
 (2)道理ニテ原因結果ノ法則ヲ考ヘテ其物自身ノ美ヲ左右スルコトアリ   骸骨ノ上ヲ粧フ花見かな
  宗教抔ニテ吾々ノ認メテ美イト云フモノヲ否定セントスルハ此種ニ屬ス
  (1)(2)ハ人々ニアレドモ美其物ヲ増減スル能ハザルナリ
    ――――――――――
 鈍ナ「アタマ」ノ者ガ哲學書抔ヲ一二冊讀ンデ威張ツテ居ルハ放蕩子抔ガ娼妓抔ノ下等ナ美ニ迷ふと同一ノ程度ニアル者デ決シテ軒輊スベキ者デナイ前者ハ人ガ野暮ト云フ許リデ何トモ云ハヌ後者ハ但馬鹿ダト云ハレル氣ノ毒ナコトダ
    ――――――――――
 結婚法の可否(西洋日本)
 喜んで下さい家のせがれは女郎買をする樣になりました是は人情學の稽古といふ意味である男女交際の便ある國にはない事だ
    ――――――――――
 義侠といふ語が西洋にない是は觀念がないからだ小説抔に此 sacrifice といふ事を綴つたものが少ない
    ――――――――――
 道徳は習慣だ強者の都合よきものが道徳の形にあらはれる孝は親の權力の強き處忠は君の權力の強き處貞は男子の權力の強き處にあらはれる
 
      五
 
 金さへあれば何でも我意の如くさと云ふ樣な顔をして居る奴にはたてをついて困らしてやるがいゝ日本を背負つて立つ樣〔な〕風をする政治家には民間で大議論を吐いて驚かしてやるがいゝ天下の學者は我一人だといはぬ許りのものには無づかしい質問をかけてへこましてやるがいゝ己れは日本一の力持だと云ふものは小股をすくつてなげてやるがいゝ軍人は國家の柱石だ抔いふ奴には……
 
 微行は一寸酒落て居るが尾行は一向幅が利かない第一尾行抔をするものは三太夫か探|禎《原》ばかりだからな飼犬でさへ時によると一足御先へ御免蒙つてまがり角で用をたすぢやないか
 
 ……演説がやむ彼は……にならべてある小冊子を出して是は「インガーソン」……買ひ給へといふがだれも買はない日本に居つた時落語家から承つた言に佛は法を賣り祖師は佛を賣り云々現に此男はインガーソンを賣つて居る是を冷笑する我輩は歸ると英語を賣るのである
 或る香をかぐと或る過去の時代を臆《原》起して歴々と眼前に浮んで來る朋友に此事を話すと皆笑つてそんな事があるものかと云ふシヨーペンハワーを讀んだら丁度同じ事が書いてあつたさすが英雄の見る處は大概同じであると我ながら感に入つた我輩を知りもせぬもの迄が我輩を稱して厭世家だ抔と申す失敬だと思つて居つたが成程厭世家かも知れぬ(倫|孰《原》の香ひ 十月ニナルト去年ノ十月ヲ臭デ思出ス)
 
 知らざるを知らずとす是知らざるなり知らざるを知るとす飽くまでも知るなり
 
 始め棒で石をたゝいた時にはあつといつて驚ろいたに違ひない二返目には不思議に思つたに違ひない三返目には考へだしたらうと思ふ……終りに原人界の「ニユートン」が出て來て諸君聞き給へ吾輩は多年研鑽の結果一の大眞理を發見したから是を概括して一言で申せば撃てば響くといふ事ですと高慢な顔をして述べたに違ひない
 
 氣宇宙を呑む宇宙を呑めば腹がさけて仕舞唐の※[まだれ/龍]居士といふ人は汝が西江の水を吸ひ盡すを待つて之を語らんといつた西江の水が飲み盡せるなら禅坊主になるより豆藏になる方がいゝ
 
 疳癪玉がセリ上ると後ろから「ヤツツケロ」といふ暴れ者が兩手を出して押《原》ゲテ居ル其下ニ「茲が思案ノシ處ぞ」といふ外山さんの詩體詩然たる奴がぶらさがつて待つた/\といつて居るひつくり返る逆蜻蛉をうつ其内に肋の三|牧《原》目邊で大きな太鼓をドン/\と叩く奴がある腹の中を弘道舘の道場だと思つて居る
 
 此地ノ small talks 程ツマラナイ者はない内の猫が何疋子を生んだとか御隣りの犬がよく吠えるとか當然の事をさも面白さうに仰せられる犬は古往今來吠えるものに相場がきまつて居る犬にして吠えざるは玉の盃底なきが如しといふ位な者さ唖の犬なんか誰も飼ふものはありやしないそれをおやまあ、左樣で御ざんすかよくねー抔と仰山らしく受けるこんなことを云つて居る内にはや左樣なら御機嫌よろしうの時刻が來る切角主人と學問の話を仕樣と思つたつて此體裁だからだめな事だ
 
 日本ノ昔ノ道徳ハ subordination ガヨク出來て居る君臣、父子、夫婦 是は社會を統一シテ器械的に働かす爲に尤も必要である今はだめ
 
 西洋では人をそらさぬ樣人の機嫌を損ぜぬ樣にするのが交際の主眼である夫故に己れの不愉快な感じ人に不愉快に見える顔色抔は仕そうもなき筈なり即ち感情をかくす事も餘程發達せねばならぬ譯ながら日本人の樣に發達して居らん感情を發表せぬ事は日本人程熟練した者はない第一男抔は泣度ても泣かないたまに泣くと男泣だと云ふ泣き方に男|姓《原》女姓があるのは日本許りであらうこれが一層高じると此度は泣くべき處に返《原》つて笑つて見せたり抔する松王の泣笑抔といふものは甚だ骨の折れる藝だと思ふ泣笑といへば言語夫自身に於て既に衝突である
 
 ウツカリして居る處を後ろからスカリ、ポンと首が落ちる抔は一寸乙だが難有くない方の乙だから先づそんな水瓜的御成敗は平に御容赦を願ひたい
 
 彼は三角形が地震で顔の底へめり込んだ樣な眼を有して居る幾何學的眼孔を有する彼は
 
 自慢ぢやないが佛蘭西語も獨乙語も讀めない其代り羅甸も希臘も出來ない――何、それでは論理に合はない、いや是は失敬――夫なら始めから出直さう自慢ぢやないが……――何それぢや嘘だやかましいな困る論理的ならんと欲すれば正直ならず正直……ならず明治の日本外史を書
 
 表をあるいて居ると眞黒な奴が石炭を載せた車を驅つて來た其時に一寸疑問が生じた此男の顔は石炭層の下に存在して居るのか又は石炭が此男の顔の上に積つて居るのか現今スコラスチツクフヒロソフヒーを研究して居る人が若しあるならば伺ひ度
 
 こちらの女は顔へ網を被つてあるいて居る網を被つて居るものは日本では柿餅ばかりだ男は頭へ釜をのせて居る
 
      六
 
〔以下1頁と3行文英文省略〕
 
      七
 
 (1)西洋ヲ紹介スルハ善事
 (2)Shelling《sic》 ノ organisation デアル
 (3)生存競爭上必用デアル
 (4)夫故ニ取捨ノ見識ナカルベカラズ
 (5)取捨ノ見識ハ intellect ニ屬ス
 (6)Intellect ハ cosmopolitan ナル故ニ取捨シ易シ
 (7)只アル establisbed science ノ外ニハ妄リニ西洋ノ intellect ヲ信ズベカラズ lawless sciencCe ノ【原】 tentative ナリ氣ヲ付ケベシ
 (8)Intellect 以外ノ faculty ヲ用ユル取捨ハ猶嚴重ニ慎マザル可ラズ
 (9)文ハ feeling ノ faculty ナリ
 (10)Feeling ノ faculty ハ一致シ難シ
 (11)故ニ西洋ノ文學ハ必ズシモ善イト思ヘヌ
 (12)之ヲ強テ善イトスルハ軽薄ナリ
 (13)之ヲ introduce シテ參考スルハ可ナリ
 (14)之ヲ取捨スルノ見識ハ非常ニ必用ナリ
 (15)Insurmountable difficulty アリ
 (16)是ハ一朝一夕ニ正シ難シ
 (17)且或部分ハ正ス必用ナシ是見識ナリ
 (18)Voltaire ハ Milton ノ Paradise Lost ヲ評セリ
 
断片――明治三十七八年頃――
 
〔一、二、三、英文七頁分省略〕
 
     四
 
      ハムレツト〔五字二重傍線〕の性格
 
 蜜を含み針を吹く。藥を飲み毒を吐く。
 銅汁を飲み錢丸を嚥む
 
 たとひ馬糞をやきて菜根を折脚鐺に烹るもわれ汝が智識といふをゆるさず。一壺の香油を傾けて日に汝が八萬四千の毛孔を塗澤するも汝豈聖徒たるを得んや
 
 直ちに自己の胸臆を排して紙に向つて之を抛つ五彩紛糅爛として錦を披くが如し
 
 彼の世界は光明の天にあらず幽冥の府にあらず昊天の麗日群象をてらして魑魅の影を潜む黄泉の黯澹四邊を包圍して目を遮るものなし。鬼前に跳躍すれども見ず人の世に住む明ならば極めて明なるを要す暗け|て《原》眞に暗きを要す只彼の住む世界は晝にあらず夜にあらず晝と夜の境なり見る程のもの|も《原》の見えざるはなくて見る程のもの慥かに見ゆるはなし彼の世界は方のつかぬ世界なり夢を結|昌《原》して魔《原》睡劑を以て之を saturate セルが如し未だ地獄に入らず去りとて天國に上らず※[煢のわがんむり無し]として其間を行く茫としで際限なく而も視線の達する處天と地と合するを見て遂にこゝに達する能はざるが如し
 彼は兩眼を有す盲者にあらざるを知る故に周圍の事物を明視せん事を欲す之を欲するの極横に視竪に視目を開きで視半眼にして視遂に要領を得ず朦朧に了る一翳眼に在つて空花亂墜するが如し繽粉として彼が前後に舞ふ者は影か形か實在か物象か彼が莽然として直往せんとする時疑の繩ありて彼が頭をまとふ
 
 思へ汝が踏む所の大地は汝が五尺の躯を托して崩壞の憂なきかもと是れ一塊の頑球懸つて乾坤の裡に旋轉す汝が足阯を下すとき其球體の左右に搖曳するを認めざるや琉璃色の空に彫るは星珠風温き野に敷けるは董汝が爲に何の意味ある
    ――――――――――
 人汝を傷けて汝之を怒るとき其人汝をあざけりて局量偏小なりといふ彼等は因果の法則を無視し起動に對する反動を削除して人の世に處せんとする狡猾の徒なり汝をあざけるはあざけられたる汝が彼に相當の復讐を與へん事を辭すと云ふの換言に過ぎず汝を傷くる事は我勝手なり去れど汝が我に仕返しをなすは余が欲する所にあらず故になすべからずと云ふに過ぎず我をして思ふが儘に汝を傷けしめよ而して一毫も汝の我を傷くることを許さずとの利己主義を尤も狡猾なる手段にて表現せる言語に過ぎずかくの如くにして局量偏小なりと云はるゝを恐るゝものは至當の成敗を渠が頭に加ふるを躊躇せんとす躊躇するものは敵の一粲を博するが爲に、敵の術中に陷るが爲に、敵の惡徳を増上せしむるが爲に、敵の暴威を逞ふせしむるが爲に躊躇するに過ぎず而して彼等は遂に覺る所なく己れの道徳心に對する義務と信じ敵の在不在に關せざる者の如く考ふ白癡も茲に至つて極まれり局量偏小なりといふは傷けたるものより汝を評するの語なるを忘るゝ勿れ讐を報ずる汝が見地より汝自身を評するの語にあらざるを忘るゝ勿れ、彼の立脚地より見て汝を評せる語を以て汝が立脚地より汝に應用せんとするは盗賊の汝の財をかすめて仁者なりといふに甘んじて仁者の名を成さんが爲に汝が金庫の鍵を賊に與ふるが如し
 此故に一指を切れば一指を切り一髪を拔けば一髪をぬく睚眦の恨に報ずるに睚眦の讐を以てするは古の法にして今の法なり今の法にして人の道なり尤も公明なる道なり正大なる道なり恨を受けて久しければ久しき程の利子を打算して之に報ずるの準備となさざる可らず人ありて汝に吠ゆるとき噬んで之に報ずるはかの吠ゆるものをして悔いしむるに於て至當の所爲なりわが身を護るに於て適宜の方畧なりかれ若し汝に向つて「汝噬む事を耻ぢずや」と云はば道へ噬む事を耻づとは人に向つて唱ふべき事なり吠ゆるものに向つて念ずべき辭にあらずわれは吠ゆるものゝ間に立てば毫も噬む事を耻づるの 《原》を解する能はずもし耻づと云はゞわれとわが心に耻づべしわが耻づとは汝等|※[口+言]《原》々たるものに對して何等の意義を有せざれば凡て没交渉なりと蓄《原》生に向つて袴を着けぬ謝辭を述ぶるの愚は猿芝居の興行師と雖なすを難んずるの禮讓なればなり
    ――――――――――
 水を誓はしめ火を誓はしめ
 
 ハムレツトの劇に出でゝ口をきく最初の語は more than kin and less than kind ト云フノト No, my lord,I'm too much in the sun ト云フ曖昧なる語ナリ、古來の評|語《原》此二句の爲ニ非常の辯を費やス余思フニ此二句ニカク數多の解釋アルは曖昧ナルガ爲にして其曖昧ナル處がハムレツトの性格の一端ヲ示ス者ナリ然ラバ批評家の説の如く明白ノ意味を附シテ解釋スルノ必要ナ|ル《原》古來よりの all possible interpletation ハ皆此二句中に存シ得ル者としてカヽル明白ナラザル謎ノ樣ナ語ヲハムレツトガ王ニ對シテ吐キタルト見ルガ至當ナルベシ
 偖彼ガ斯樣ナ語を吐クハ何故カト問フベシ、吾人ノカヽル言語ヲ弄スルハ色々ノ場合アルベシ。冗談ヲ好ム人。ゴマカサントスルトキ。不平ナル時。明ラ樣ニ罵ル能ハザル場合然モ之ヲ罵ラント欲スルトキ。狂氣ノ場合等ナリ Col. ヲ參考スべシ」。H ハ王ニ對シテ之ヲ用イタリ同時ニ母ニ對シテ之ヲ用イズ、母ニハ眞面目ナ答ヲナセリ。ホレシオニモ眞面目ナ答ヲナセリ」
 Act I、ii. 王ノハムレットを説ク所頗ル義理冗|辨《原》的ナリ。ハムレツトハ心苦シキ故ニ心苦シキナ〔リ〕父の死ガ悲シキ故ニ悲シキナリ王ハ説法ニテ之ヲ直サントス酒の酢に變ジタル者酢ニ相違ナシ酢ニ向ツテ酒ニ歸レト云フガ如シ世ノ中ニ他の心的現象の變化を自ラ讓《原》シテ而シテ他ノ何故ニ心的變化ヲ起シタルカヲ責ム焉ンゾ知ラン彼の説法スル者自身の過去の行爲其者〔を〕除却スルニアラズンバ到底之ヲ滅却スル能ハザルヲ又タトヒ之ヲ除却スルトモ一反醋ニナリタル酒ハ酒ニモドラザルヲ知ラズ餓ル者餓ヲ訴フルトキ餓を忍ぶは大丈夫なりと説法するが如し汝が數十萬言の横説竪説をやめて彼に一杯の飯を惠むとき彼は忽ちにして餓何かあらん口腹の事を云々するは劣等なりといふべし。茶椀を抛つてひゞの入りたるとき何が故にひゞが入れるやと説法す説法するよりは抛たざるに若かず
 
 H が王に對シ、ホレシオニ對シ、母ニ對シ、又 Ophelia ニ對シテ其 mood ノ異ナルを見レバ彼は頗る versatile ナル人ナルヲ見ルベシ融通のきく人なるを見るぺし固定せざる人流動せる人ナルヲ見るべし頑愚一徹の人にあらざるを見るべし但此變通は心ありての事故意になす事か自己に一定の胸算ありて物に應じ事に臨んで圓轉スルカ或は其變化流動は object ニ depend シテ必然の勢茲ニ至ルカ是研究スベキ問題ナリ
 Act I.Sc.ii. 王去リ母去リH獨リ殘ルトキニ彼は始メテ其不平ヲ遠慮なく漏せり父死シテ月を經ざるに伯父ト母結婚するが不平ナルコト觀客讀者に一般に了解せらる。甚だ詩的の文句なり。此モノローグ中ニ注意スベキコトアリ彼曰く O! that this too too Solid flesh would melt, thaw and resolve itself into a dew; or that the Everlasting had not fixd His canon against self‐slaughter 彼は母〔の〕結婚が不平なるなり父の死が悲しきなりまのあたり之を見んよりは死ぬ方がよきなり去レトモ死ハ宗教の禁ズル所ナリ故ニ死スル能ハズ。彼は未來を犠牲に供スルノ勇氣ナク又現在ニ滿足スルノ方便をかく兩者の間ニ彷徨シテ手モ足モ出せズ。去レバトテ父が死シテ自ラ國政を調理シ伯父や母ヲ己レノ活力ニテ支配スルコトモ出來ズ彼等の結婚を指ヲ※[口+卸]ヘテ見テ But break, my heart, fOr I must hold my tongue! ト云ふ評者或は云ふ彼は十七八ナルベシ大學生なりト最後ニ至ツテ三十歳ナルコトガ分ル若シ三十歳ナルコトガ事實トスレバ三十歳の男ガ如何ニ此場合ニ處スルカヲ見テモ普通以下ノ意志の力ナキ力《原》ナルコトヲ表明スルナリ彼は躊躇スル人ナリ無暗ニ活働セヌ人ナリモラレーニ意志ナキノミナラズ又インテレクチユアレーニ判然セヌコトニハ手ヲ出サヌ男ナリ是彼をして因循せしむる所以ナリ。之ヲりやノ直情徑行毫髪モ考ヘザルニ比較セヨ如何ナル對照ゾや
 
 H ノ Wi,
 Pol.Do you know me,my lord?
 Ham. Excellent well; you are a fishmonger.−II.ii.174.
 一語Pol.ノ膽ヲ奪フ、
 Ham. My lord,I have news to tell you.−II.ii.415.
 Pol.ノ言語ヲ其儘用ユ妙
 Nay,that follows not −II.ii.438.
 是等ハ上乘ナリ
 Then are our beggars bodies,and our monarchs and outstretched heroes the beggars,shadows.−II.ii.271.
 是等ハ中ナリ、理ニカランダ wit ナリ、感ジ少ナシ、三百代言の法文ヲ舞ハスト同ジ
 In the secret parts of her fortune.−II.ii.241.
 是ハ下ナリ理ニモ合ハズ情ニモ訴ヘガタシ
 
     五
 
 我輩の向ふの家に○○○といふ書生の合宿所がある此書生等は日常我輩の疳癪を起して大聲を發するのを謹聽するの榮を得る果報者である時として先生の假聲抔を使つて我輩を驚かしめる其所に女の召使か何かゞ居つて此書生と二人假聲を使ふ其標本を一寸諸君に御招《原》介する、但し此書生共は種々研究の結果色々な假色を使ひ分ける或る時は某教授となりある時は某先生となる中々多藝なものである餘慶な事であるが其代りに役者の假聲でも習つたら小使取位になるだらうと思はれるが學校の先生の假色では單に我輩を驚殺せしむるのみで他に何等の功能もないのは氣の毒である
 書生某教授の假聲にて「……中々評判がいゝですよ」 女「セルマの歌でも出れば善う御座んすがね」 男「それに近頃帝國文學へマクベスの幽靈と云ふをかいた所が大變評判がいゝです」有難い仕合せであるひそかに感謝の意を表して居ると女「そうですかそんなに皆樣が仰つて下さるのにねー」と何だか我輩の母さん然とした事を云ふ「どうしてあれで頭は中々可いのですよ」と陰ながら贔屓をして呉れる但しあれでも〔四字右○〕丈は少々不平であつた「まあ何んて強情な人でせうね」と母さんが云ふ此邊よりさすが此女に息子の侍《原》遇を受ける我輩にも何の事だか分らなくなつて來た 男「いつそ出したら幸いでせう」何を出す積りか知らん恐らく烟突より花火でも出すか去らずばから財布から金貨でも出す工夫をして居るんであらう女はかゝる名案を一言の下に斥けた曰く何か色をつけなくちやいけませんやねと白痴《こけ》が新粉《しんこ》屋と喧嘩する樣な事を叱りつける樣な口調でいふかゝる母さんを得たる我輩は實に仕合せであると思つた 男「時にいくつですと云ふ」《原》 女「もう三十八でさあね」と嘲る如くに答へた成程我輩は三十八だ此點に於ては暗に御母さんの總《原》明なるに驚いた然し不孝なる我輩は未だ曾て此の御母さんの御年がいくつであるか毫も思ひ及ばなかつた多藝多能なる男はいつの間にか某教授の假色をやめた今度は一躍して魚河岸の兄いと變化した、「駄目だーな、とても折れねーや」「うむとても折れねー」と合槌を合せる、但し御母さんか御父さんかは我輩の知る限りでないすると又一人が「何にもう直に折れるよ大丈夫だ」と云ふ何が大丈夫なのか是亦分らなかつた
 
     六
 
 新體詩、「僕は新體詩を作つたから見てくれ給へ從軍行と云ふのだ帝國文學へ投書したから今に出るだらう」「それは面白いだらう見せ給へ、エー何だつて抑も敵は讐なれば、成程御尤もだ、油斷をするな士官下士官、何だか妙だね」「散は讐だといふのだから別に妙な事もないぢやないか」「それが餘り尤も過ぎて妙だと云ふのさ何となく可笑いしかのみならず油斷をするな士官下士官とはなんだまるで狂歌の下の句見た樣だね 「然し士官、下士官と士官を重ねた處が甘いだらう」「恐らく三日三晩苦心したのだらう」「なにそんなに名句の積りでもないのさその位な事は朝食前の藝さ」「何でも腹の減つて居る時の句に相違ないと思つた先づ是等は進めや進めと敵は幾萬の間に寐轉んで居て此日や天氣晴朗と來ると必ず一瓢を腰にして瀧の川に遊ぶ類の句だね、然し戰爭の詩歌も段々出來た樣だが中々面白いのがあるよ先達て僕の知つて居る奴でいやに傲慢な人を馬鹿にする男が御多分に洩れず頗るまづい詩を作つたのさ處が其男が無暗矢鱈に剛慢とか無禮とか色々な形容詞を使つて露西亞の惡口をついて居る御當人は御世辭の圏點をもらつて頗る得意の樣だがそれが自畫自賛の圏點だから滑稽だ自分で自分の惡口をいつて其惡口が當つて居るので人に褒められて喜んで居る世は樣々のものさ夫から見る〔と〕君の新體詩の方が下手といふ丈だからまだ罪がない
 
     七
 
 K君は近頃頻りに水彩畫の稽古をして居る彼に對して丹青の天才なる稱號を呈するは其畫を一分でも見た以上何人も躊躇する次第であるが彼は其技に熱心なりと云ふ點に於ては亦何人も首肯せざるを得ない此熱心といふ一段になるとK君は古來斯道の天才より遙かに地歩を進めて居る余は滿腔の同情を以て此熱誠が唯一の武器となつてK君將來の成功の基礎とならん事を切望する者である
 K君の畫題は得意もなければ苦手と云ふ程な者もない何で〔も〕手近にある者(K君は至つて無精者であるから)を手當り次第に畫いて面白がつて居る然し近來は漸々傾向が定まつて矢鱈には筆を著けない、K君は始め畫をかゝうと思つて友人B君の處へ行つて先づ何をかいたも〔の〕だらうと するとB君はアンドリや《原》デルサルト 畫を學ぶなら何でも自然其物を寫せ天に星辰あり地〔に〕露華あり飛ぶに禽あり走るに獣あり池に金魚あり枯木に寒鴉あり自然是一幅の大活畫なりと云ふといゝ加減な事をいふとK君は眞面目になつてアンドリやデルサルトがそんな事を云ふたかい 先第一に何をかゝうと思つて家へ歸つて書齋へ這入て考へて居ると向ふの垣根の上に隣の三毛猫が寐て居たK君こゝだと合點してすぐに紙を展ぺて彼の猫の寫生〔を〕始めた先づ耳をかき胸をかき夫から胴の圍りを茶色に塗る處で肝心の猫は伸をしてあくびをしてのそ/\垣根を下りて隣の家へ歸つて仕舞たK君は九仞の功を一簣に缺いたのを轉た殘念に思つたが仕方がない夫より猫は險呑だからといふので決してかゝない其次にはどう云ふ考か人間が一つかいて見度なつたが是も猫の樣に始|動《原》活動して中々K君の筆底に收まらない段々樣子を聞くと畫家は高い錢を拂つて「モデル」といふものを使つて夫で寫生をするさうである成程如何に自然其物が師でも到底そんな事でなくつちや|や《原》此複雜な運動をする人間は寫せまいと思つたと自分もどうか自分の自由になる樣な人間を畫いて見度と云ふ希望を起して心當りの人に談判して見たが皆にや/\笑ふばかりで應ずるものがないK君は最後に一策を案じて筋向ふの車屋の子の八つちやんに五錢やつて之を寫生する事にした今度は猫の樣に中途で逃げ出さないからまんま〔と〕首尾よく仕舞迄かき終せた少々泣面をして居る樣だが是は窮窟を我慢して居るのを無理に白銅の威力で寫したのだから仕方がない然し其他には別段に可笑い所もない樣だ先成功したと喜い《原》で「自然は吾師なり」てう一教訓を與へたるBの所へ恭しく持つて來てだうだと云いながら出して見せたBは|は《原》見ると顔と覺しき處に鼻はなくて風穴の樣なものが二つ開いて居る其周圍はセピやで眞黒に塗つてある夫から衣服は繪具箱にある繪具を一色づゝ公平に分配したといふ樣〔な〕色で一向何だか分らない背景には猫が逃げだした例の垣根を無遠慮な太い線であらはして居る濃淡もなければ遠近もない
 「一體君是は何だ」とBは冷笑の意味を以て問ふた
 「夫や筋向の車屋の子だよ」とK君は濟して答へた
 「車屋の子はいゝがこんなものは繪にやならないよ、第一此顔の色を見給へ人間の色ぢやない眞黒ぢやないか」
 「車屋の子だもの」と平氣である
 「著|色《原》抔の汚ない色だ事」
 「それも車屋の子だから仕方がない」
 「車屋の子であると否とを問はず是は駄目だ遠近も濃淡もない英語で所謂ドーブなるものだ
 車夫の子としても駄目かなとK君は問ふ何人の子でも駄目だといふ事を聞いてK君は憮然として去つたが夫から人間の寫生を斷念して仕舞つた、 夫からK君は一日活動せざる自然を寫さんとて……道具を携へて郊外寫生に出掛たK君は大膽なるが如く實際は非常に臆病ものである……
    ――――――――――
 ……出來上つた繪を柱へ立て懸けて三歩退いて眺める横から眺め竪から眺る時には逆さにして見る奇體な事にはK君の繪は逆かさにしても眞直にしても印象の點に於て格別の異りはないかくして見て居る内にどうも空の色があやしくなる今少し藍色にしたらよ〔か〕ろう。水の色が濃過る。此度は岩の角が出張つて居るのが氣にかゝる。遠景があまりぼんやりし過る
    ――――――――――
 トリストラムシや《原》ンデーがギボンに忠告して佛國革命史を佛語でかくのをやめて英語で著はした
    ――――――――――
 上の句丈は漸く無事に治まつたが下の句が出來ない
 梅咲くや  梅の花でもいけない  梅の木やでは花をうたはれない
    ――――――――――
 K君は妙な顔をして居る君どうしたのか心持でもわるいか
 寶丹を出す
 K君は可愛想な俗人だといふ風をして
 
 Aヲ相手にするのは三で以て二を割るが如きものだいつ迄いつても割り切れない
 
 君の發句を好むは竪好か將た横好かと禅家の問答の如きものをかける
 
     八
 
 ○舌上龍泉沽れ筆端彩雲竭く一言句なし雀の窓に鳴くを聽く
 ○銅汁を飲み鐵丸を嚥む胸裏一團の靈火ありて〜′。の爐|※[火+備]《原》を熔く吹く息は?なり汝我前に出んか眉目悉く燒く
 ○鏡に向つて吾舌の恙なきを見る
 ○屋後に石牛ありて鳴く聲雷の如し川を隔てゝ寒雲夕陽をうく屠れる犬の血の如し
 ○凡ての男を呪ひ、凡ての女を呪ひ凡ての草凡ての木を呪ふ凡ての生けるものを呪ふ三世を坑中に封じ大干世界を微塵に摧き去る地球破滅の最終日我胸中にあり
○百尺の琅※[王+干]を以て蒼穹無數の星を拂ひ落して三途の河底にうづむ小舟を艤して其上を渡る暗中光ありて微かに精塚の婆々の顔を照らす之によりて挨拶する事を得云々ダンテ未だ之を詩に上せずドーデ未だ之を畫かず咄瞎漢この好題目を逸し去る、大銕|錐《原》を揮つて金鳥をくだく斷片飛んで散亂太陽系の大火事となる未曾有の偉觀を呈出し來るミルトン遂に語るに足らず
○西郷の銅像を卸ろし|に《原》團子の串に日本一の美人の首をさして東京市の紀念とす
○愚なる人を祭る堂に題して大愚神社といふ愚人奨勵の策なり
○裏の木にカツレツ來りて鳴く事頻なり源三位頼政に命じて射て之を落す晩に食饌に上す傍に韓退之あり一片を頒たん事を願ふて曰く閣下一朝の饗を癈するに及ばずして……、言下に痛棒を與ふる事三十
○大法鼓を鳴らし大法螺を吹かんと欲して百尺竿頭に坐す尻こそばゆき事限りなし遙かにトラフアルガー、スクエヤーのネルソンを憶ひて同情の念に堪へず
○厨裏に一個の飢鼠を見る一指頭を以て彈じて之を發すぷらさげて門を出る事半町四つ角の交番に至る恭しく査公に呈して曰く※[鼠+吾]鼠敢て社稷の害をなすちよいと之を殺して閣下に獻ず草莽の微臣報國の一端に過ぎざるのみ若し夫れ五錢銅の如きは敢て乞ふ所にあらずと査公微笑して之を受く彼れは櫛風沐雨の勞を辭セずして左り/\といふもの蓋し社稷の臣なるべし
○罪業の風木枯しの如く浮世を吹まくる其時隨處に聲ありて死、死と叫ぶ中天の月貧乏ゆすりをして余に告げて曰く罪業の影ちらつきて定まらず死の影は靜かなれども土臭し
○日うらゝかに風暖かなり親愛なる蝨氏脊筋を這ひて聊かむづがゆき日なり十二時を相圖に打上花火の筒に中に込められてズドンと空中に飛び出で大地を去る事三百メートルの所にてパツと發く見物共遙かあなたの下界にて※[亡/(虫+虫)]の鳴くが如くに拍手喝宋す吾枝垂柳の烟の中を紅色の日傘をさしてフワ/\と歩む一二時間の後少々腹が減つたる故地上に歸らんとすれどもフワ/\中々休まず手答も足答もなく容易に下界に到着する事能はず
 
     九
 
○門前の溝を渫つて金とんを得る事一升二合食ふ事三日三夜にして曰く金とんでもあるめへと決然釣竿を肩にして百本杭に至る腰辨當の太公望五六名あり不相變無能なる人相をして大川と睨め比をして居る天才余の如きは綸を垂るゝ事瞬時忽ちフライ二尾蒲鉾三棹を得て歸る晩に鷄の尻よりオムレツを出す方法を考ふ遂に成らず
○我は觀音樣の鳩たらんよりも月給とりたらん事を希望するものなり易に曰く公用車を高※[土+庸]の上に射て之を獲と苟も鳥たらんと欲する以上は月給取か借金取となるべし餘は險呑なり
○Ta,ta,ta,la,la,la;tala,tala,li;hanatalali;talali,talali y‐a‐a‐a‐a‐i‐i‐i! 是西洋の眞言秘密の呪符なり之を唱ふる事三遍なれば博士になる事受合なり蓋し其意義に至つては未だ何人も之を明め得たるものなし先に千萬圓の懸賞を以て時事新聞に廣告したれども滿足なる答をなしたるものなし聊か後世の功徳と思ひてこゝに之を譯す多々々羅々々多羅々々利、波奈多羅利、多羅利々々々、耶阿々々々矣々矣
○烏賊ノ睾丸を絞つてインキを製造する事を發明す即ち專|買《原》特許を願ふに審査官冷淡にして取り合はず吾日本の如き地に生れたるを恥づ
 
     十
 
母、息子 二十三四
娘、十六七
 ○息子ハイカラニテエルテル的病氣ニ罹ル、新體詩ヲ作敍情詩ヲ讀ミ、小説ヲ愛讀ス、ペンシーヴネス、メランコリ|リ《原》ハ高等ナル詩的ナル性質ナリト思惟ス
 ○母此娘ヲ息子ニ娶ハスルノ意アリ、所ガ此娘陽氣ニテ開豁ニテゲラ/\シテ毫モ息子の所謂詩的ナル所ナシ
 ○母 娘ヲ息子ニ氣ニ入ラシメン爲メ機嫌ヲ取ル樣ニセヨト云フ娘どうシタラ氣ニ入ルカト問フ、母色々説法スレトモ分ラズ娘逐ニ見本ヲ示シテ呉レト云フ
 ○母已を得ず其雛|方《原》ヲ示ス Sentimental ナル女ヲ寫シ出ス娘ゲラ/\笑フ
 ○娘教ヘラレタル通リヲ器械的ニ演ズ息子之ヲ見テ不審ヲ起ス
 
     十一
 
 ○嬉劇ノ筋
 甲ト乙ガ love ヲスル、成就セズ、昔の事トナル、忘レル
 丙ト丁ガ love ヲスル、又ハ丙ガ love ヲスル、無分別ニ戀ヲスル|ル《原》
 甲ガ之ヲ訓戒スル、大ニ老成家ヲ以テ任ズ
 乙ガ突然アラハレテ free ナル situation トナル
 甲ト乙ノ love ガ再ビ燃立ツ
 丙ガカヘツテ甲ヲヒヤカス
 甲又昔の心ニ歸ツテ、丙ト丁トノlove ヲ尤ナリト同情ス
 丙ト丁ガ結婚スル
 
  ○壯士役者ノ仲間 Daphnis and Chloe ヲヤルコト、其中ノ女役者
  ○大學生ノハイカラ國カラ母と未來妻ガ來ルノヲ見物ニツレテアルク、イやガル樣(大學構内)
  ○無暗に伯爵、貴族院議員、豪商抔ノ噺バカリスルコト 男、身分ヒクキ人ヲ輕蔑スル樣其嘲弄の辭 etc. 此男ノ趣味の標準見識の程度、虚榮心
  ○藝者上りの妻君、生意氣、浮誇、自分ヨリ金ナキ人ヲ評スル有樣、己ヲ誇ル樣子
  ○其娘ノハイカラ式部ノコト
  ○此家ノ下女     〔○壯士〜○此家の上に括弧あり、入力者〕
 
     十二
 
 ○虹を拂ひ落して電燈の光に織り込む
 ○鏡。 胡弓 に寫る〔鏡の下から「に」に向かって傍線あり、入力者〕
 ○上總。草山。修竹。給仕の女
 ○コンデンスド、エキスピリエンス
 ○アーノルド、ゼ、トレイター
 ○楯に寫る
 ○小倉  御北さん
 ○
 ○朝、晝、夜、夕暮の糸
 ○十年の命を縮めて一年とし……一分の問に……  〔六行上の、エンスから…まで線あろ、入力者〕
 ○幻住庵
 ○戰爭(慰問袋。新聞記者。決死隊。
 ○反響。パロツト、林檎、蜂、空、大地
 ○ルイン
 ○松。針。銀ノ針
 ○川の向カラ舟が出テ近ヅイテ來る
 ○以太利亞の/\
 ○楯から拔け出す。純一無雜。夢のセオリー
 ○Virgin ノ夢〔括弧があって、そのしたに傍線五本、入力者〕
 ○先祖が北ノ國ノ巨人ト戰ツテ楯ヲ得ル、巨人楯ヲ與フルトキ楯の功ヲ説ク
 ○氷る大
 ○地獄の光り
 
     十三
 
 一 秘密を語らずに居る。之をかくさうとする 最後ニ母が嘘をつく。子に
 二 父にあやまれと云ふ。父は無論承知せず。母は父の加勢する。子はきかず
 三 貴族。金滿家。其子先生を慕ふ。父母先生を輕蔑す。
 四 滑稽家。Full of anecdotes。ある事件に absurd ナ解釋をつける
 五 甲、乙ノ女ヲ愛ス。丙ノ子又之ヲ愛ス。
   甲、乙ニ女ヲクレト談ズ。
   丙其子ノ爲ニ乙ニ談ズ。乙は丙ノ目下ナリ。唯々之ヲ諾ス
   甲實ヲ探リテ丙ノ策ナルヲ疑フ
   乙モ丙モ語ラズ秘密ハ二人ノ間ニ葬ラル
 六 娘父の意に逆つて結婚す。之が爲め父の家と音信不通となる。
   父娘の事を心配す然し男の一言の爲め、又プライドの爲め之を口にせず
   娘父の事を思ふ然し零落せるが爲めプライドの爲に父に面會せず
 七 男、女を戀ふ。此|女《原》の guardian 其身元をきく。女の父母の内一人は惡漢(男ナラバ懲役。女ナラバ逃亡)
 八 AトBト親友。Aある女ヲ戀ふ。B之を知る而も亦此女ヲ愛ス。Bノ temptation 及ビ heroism。Bある地位ヲ得ントスAモ之ヲ希望ス(親ノ vanity ヲ滿足スル爲メ。新婚ノ費用多キ爲め) Aノ temptation 及ビ heroism。Bハ女ヲAニ與ヘ。Aハ地位ヲBニ與フ
 九 A。父ノ急死ヲ聞いて歸る。繼母と種違ひの妹ヲ疑フ。煩悶。解剖せんと思ふ。醫モキカズ。母も妹もキカザルヲ知リ遂ニ口ニ出サズ
 十 甲、乙を排※[手偏+齊]す。只 hint ヲ用ヰて其他に渉ラズ。其言語行爲ニ於テ何人も非難する事能はず。然モ遂ニ乙ヲ ruin ス。
 十一 甲、乙ノ世話ヲスル。後之ヲ忌ンデ排※[手偏+齊]ス。後ニ誰彼寄集マリテ甲ノ行爲言語ヲ批評解剖スルニ矛盾衝突。遂ニ其人となりを知るに苦しむ。
 十二 Lovers が喧嘩して、感情が冷却す。二人會してうちとけず。地震急に起る。女不覺男に抱きつく。男又女を擁するとき梁落ちて二人共埋まる
 十三 細君下女を呼び出して吟味す。近傍の兵士不品行の疑あるあり。下女泣いてごまかす
 十四 Lovers アリ。男家事の爲めに地方へ赴任す。殘りたる女都にて田舍へ行ける男よりも粹な人と懇意になる。田舍の男の女《原》は東京に殘りて時々女を訪ふ女は之をもとの如く扱ふ。母病む。女看病す。母死す。男上京して。始めて女の心を疑ふ。女、男に實を告ぐるの勇氣なくして苦しむ
 十五
 
 ○パナマ。ハサミ
 ○蛇メシ
 ○候補者 妻君
 ○氷川神社ヲ買フ
 ○陶札  役に立ツカモ知レナイ
 ○若い時は四十五里はあるいたものだ
  (時間の考ナシ)
 ○蟇は何を食つて生きてゐる。
 ○泥棒に御辭儀をする
 ○文學士を辭し軍人を迎ふ軍人は戰死す
 ○許嫁留守中父と喧嘩。第二の許嫁が出來る。當人之をよろこぶ
 ○めい。螢で勉強。三平、蒟蒻問答。〔凡〔平〜凡、線あり、入力者〕そ三字不明〕猫を食ふ
 ○女兒を籃に入れて賣つてあるく。Virgin カ。前のは始終見て居るから慥かだ。後ろのは受合はぬ。
 ○年齡。兩方共五歳
 ○獣が口をきく時代の事である――獣が口をきいたのはつい此間の事です
 
     十四
 
〔英文省略、入力者〕
 
     十五
 
 ○猫魔物だ。魔物なら人間だ。どうりで君に似てゐる
 ○それは警句ぢやない。衒句だ。衒句天正時代の遺物だ
 ○駄洒〔落〕禁斷の席だ。駄洒落離しやれ。
 ○××に駄洒落るなら、鞋はいて駄洒落  犬の病氣
 ○立町老梅、理野陶然
  帽子を〔凡そ二字不明〕くし〔凡そ一字不明〕。
 ○坊主は髪を長くして居る。――牛肉屋は牛屋へ行かぬだらう――呉服屋は裸で居る――早桶屋は死ぬ事がない
 ○月並は馬琴の胴へ○○の首をつけて二三年間留學をしてくるもの
 ○偶然〔凡そ二字不明〕
 ○岫雲流水の如し。〔凡そ三字不明〕が〔凡そ二字不明〕、行て歸を忘る
 ○迷亭猶未我を解せず
 ○「馬鹿〔に〕し切つて居るんですもの」「中々馬鹿にし切れるものか」
  「俺れが是程英書を讀んでもよみ盡されんと同じ事だ」「讀み盡されゝば馬鹿にし切れる譯だ」
 ○鰻飯を食ふ。琴の音。天※[王+章]院
 ○自炊。玉子割り。米とぎ。米たき。澤庵。小松菜。
 ○「獨乙語がよめると云つたぢやないか」「獨乙語はよめるさ然し是や何だい」
 ○融通が利かなくなつたのは夫丈專|問《原》に深入りをしたといふものだ。
 ○なし崩しに自殺する
 ○向ふの菓子屋できく。菓子屋の丁稚が云々。隣りの酒屋できく。酒屋の小僧が云々。横町の桶屋デ聞く。桶屋の亭主が……
 ○電車へ乘リ後レテ自分丈キタカラ。後ノデ來ルト思つテ居るト來ナイ。迎ニユクト途中デ遇フ向デ待ツ今度ハ此方カラ迎ニユク……
 ○書法ノ稽古
 ○矛盾家な
 ○完全。永き日や。結婚。餘裕がない。行きどまり。變ずればわるくなる
 ○細君の洗髪。春風。禿。脊丈。御父樣は餘程天子樣
 ○ボーナス。街鐵株。書籍賣拂。
  アヽヽヽヽヽ。ウヽヽヽヽヽと呵※[口+云]の呼吸を殘りなく發揮する
  泥棒。
 ○「泥棒はどんな顔をして居て」「何故御父樣にしかられる樣に這入つてこないの」
 ○巡査「明治何年何月……戸締をして……」
 ○一寸起きて下さい。見ると衣服がない。臘《原》燭が座敷にある。烟草の灰が敷居に棄てゝある。
 ○紙入。銀貨入
 ○「ゾーゾ」「だまつて居て下さい」
 ○主觀的休暇
 ○風船つき
 ○××の鮨。隨分天子樣。實業家ニナレ。ボーナス。月給上ラズ月給も人間も十年一日の如し。物價も十年一日の如くならず。郎君獨寂寞。一飯重君恩。奧樣も少し舐なさつたらう。六十七歳の爺の嫉妬。二十五圓。褐炭 coals
 ○「番頭さんや湯加減はよいかな。手を入れて見て上げなよ」「へえ/\」四つ許りの子供爺を見て泣き出す…「《原》爺これは/\」と
 ○生蕎麥。墓原撃劍。鼠狩。鼠ニ鼻。玉子ふみつぶ。《原》二階から落ち。
 ○オタンチンパレオロガス
 ○動物園の獣聲。寒月君の誘引。學校生徒ニ逢ふ
 ○國民の自覺
 ○教師と組打、教師に切腹を逼る。ナイフで教師を嚇ス。闇黒室
 ○非常手段。金の價値。
 ○日本程寶のある國はなからう。泥棒に逢つては大變だ。富士山がある。美人が居る。博士二百三十名ある
 
     十六
 
  高等學校支那人事件
     ――――――――――
  將碁
     ――――――――――
  カイドリ
     ――――――――――
  父。
     ――――――――――
  カイシヤク
     ――――――――――
  秋風が八ツ口の綻び云々……風邪
  ホメル (1)自分ノ爲
      (2)人ノ爲
     (3)
     ――――――――――
  Contrast
     ――――――――――
  キリクランキー
 
     十七
 
〔英文省略、入力者〕
                         ――Pendennis XXX.p.297
 
     十八
 
 ○夏ハ身投多シ。女ノ身投ハ巡査が親切に介抱シ。男ノ身投ハ平氣だと云ふ
 ○淺草ノ淫賣婦ノ店頭ハ警世書屋出版ノ書ヲ專賣スル。良心起原論。耶蘇傳。釋迦牟〔尼〕傳
 ○水戸ノ家ノ子ガ大學生で(ボートレース)ヲヤルト家中ノモノガ一同旗ヲフル、抱ヘノ車夫ガ列ヲ組ンデ聲援スル、巡査ガ捉まへる、車夫曰ク徳川樣だ。巡査忽ち之ヲ放免ス
 ○女學校ノ教師曰ク女教師ハ産前一月、産後一月ハ既得權トシテ休業ス。輕濟上厄介ナリ
  地代ヲ月ニ百二十圓拂ツテ居テハ※[貝+諸]《原》カラヌ
  月ニ五百人ノ生徒ガアレバ校舍ヲ五千圓カケテ新築シテモ六年ノ後ニハ皆濟ガ出來ル、然シ其時ニハ又本舍ノ大修復ヲ要スル、中々うまく※[貝+諸]カテナイ、
 ○黒田清輝曰ク先日支那公使館へ行つたら公使ノ令孃が僕ニ love シテ居タラシイガ不幸ニシテ言語ガ通ジナイノデ分ラナカツタ、秘密ヲ守ル信用ノ出來ル通辯が居ルナラ周旋シテクレ
 ○圖書館を出たら○○君がくる君にして此熱いのに勉強するのは感心ダト思つたら、小便をしに來たのだと云ふ。
 ○オイ/\ト云ふから振り向く、○君が頭を半分刈つたなり立つて居る。譯を聞くと此先の髪結所ニ居つたが君の姿が鏡ニ寫つたから飛び出して來た〔圖書〜來た、の上に括弧あり、入力者〕
 ○大學デ珠ヲスル
 ○人間ノ氣取ルコト。髪の分け方。食物 etc。四這
 ○Hannibal 卜酢
 ○蛙の眼球の電動的作用に對する紫外光線の影響。
 
     十九
 
 〔三字不明〕一催眠術
     ――――――――――
 帝國ホテル。錠前直し
     ――――――――――
 烏帽子折の太鼓
     ――――――――――
 音樂會のシンバル。と太鼓
     ――――――――――
 スツポン事件
     ――――――――――
 辨當の御菜……
     ――――――――――
 牛の乳を飲むと牛になる
     ――――――――――
 神から信仰をとると鰯の頭
     ――――――――――
 人間は人間を食ふもの
     ――――――――――
 赤十字總會〔以下一二字不明〕
     ――――――――――
 風〔以下一字不明〕
     ――――――――――
 學校 無理でも勢力に服從する。 Nude ノ哲學 60年前英國ノアル田舍で圖案學校ヲタテタトキ裸體像ヲコト/\ク植木デカクシテ Soiree ヲやツタ。然ルニ彼等は夜肩ヲアラハシ手ヲアラハス。是は文藝復興時代ノ淫靡ナ風ト古代ノ art ヲ慕フカラ出タ。十四世紀迄ハ欧人ノ衣服ハ decent デアツタ(Valerius Maximus p131) 希獵人ガハダカの感ジハ自然デアル Purgatory XXXIII 87‐99
     ――――――――――
 寒月の※[ワに濁點]イオリン研究
 電話を貸して下さい。貸せません。用事なら車へ乘つて行ったらいゝでせう
 
 多くの事を知る――地球が大《原》陽の周圍を廻轉する事換言すれば――換言
 ChrysippuS――novel〔五字□で囲む〕
 Socrates swearing by the dog
 Zeno   〃  〃 the goat
 虎の聲。
 動物園の虎の聲を聞きに行く。
 オヤマア
 雁の味−蕪+塩煎餅
 燒芋(多數食ふて induction)
 木登り。
 烏ト喧嘩。
 馬の歴史。
 
     二十
 
〔ヨーロッパの馬や牛の文化についての英文、所々わずかに日本語有り、省略、入力者〕
 
     二十−
 
〔英文省略、入力者〕
 
 ○喜劇 行水ノ女ニ惚れる烏かな
 ○空家へ蕎麥をあつらへる
 ○Kanbukuro
 ○Looking‐glass
 ○自轉車、上野山中、邂逅、高利貸、女ノ自轉車ヘ乘つて逃げル、アトデ高利貸ト女ガ結婚スル
 ○女ヲ love スル、色々工夫シテ逢ハントスル、女ノ家ヘ火ヲツケル、出テ來ル所ヲ救ヒダサウトスル、消防夫ノ方ガ上手ニ救ツテ仕舞フ
 ○方寸、寸方、物ガ inversion ヲヤルト別物ニ見えル、此方ガ point of view ヲ invert シテモ同樣ノ結果デアル、高イ鼻ハ尤モ低イ鼻、
 ○※[火+畏]芋ノ味。36920本ヲ食フテ generalisation:−
  (1) Size−middle ガ best (2)Colour (3)Scientist ノ generalisation
 ○首を肩の上にのせて居るさへ面倒くさい。目ばたきをするのが面倒だと云人がある、尤も義眼だ
 ○迷亭ノ著(1)結婚ノ不徳(2)獨身ノ害(3)野合ノ弊
  其次ギハマダ考へヌ、其丈書いて居ル中二死ンデ仕舞フダラウ、死ニサヘスレバ書カンデモいゝカラナ。書クノ書カヌノト何トカカントカ云フノハ生キテ居ルウチノコトサ
 ○東風子ノ新體詩集(金田富子ノ君に捧ぐ)、萬葉ノ古語其他ワカラヌ戀ノ歌、主人云フ二三年前迄ハ分ツタガ今ハ分ラ〔ヌ〕暫ラクノ間ニ大分進歩シタモノダ
 ○Rasin《sic》獨乙語モ佛語、獨乙デハ何ト云ヒマス、何大抵同ジサ、高ガ乾葡萄ダカラネ、
 ○靜岡の廣小路ノ對山樓、下女、農學士、結婚を申し込む。
  うどんが食ひたくなる。靜岡にうどんがあるか。其晩に腹が痛くなると靜岡に醫者はあるかと云ふ。うどんがある位だから醫者は無論あります。翌朝になつて女が云ふには私はどこへ緑づいても宜しう御座いますがうどんの好きな人には結婚しないと云ふ願をかけました。
 ○女房取り換論
 
 十二錢ノ雑誌ヲ十銭ニマケロ
 
     二十二
 
 ○Gustave Flaubert,(a simple Heart ) p.27. 無邪氣ナル小兒ノ Christ ヲ様々ニ考フル處アリ。
     ――――――――――
 女ノ水泳 Cordova
〔以下英文省略、入力者〕
 
     二十三
 
〔英文約六頁分省略、入力者〕
 
斷片 ――明治三十八年十一月頃より明治三十九年夏頃まで――
 
 ○民ノ聲が天の聲ならば天の聲は愚の聲なり。
 ○月の世の諺に曰く
 ○邪なる人云ふわれに金力あり、威力あり、大衆あり。正しき人を攻めて、攻めて、正しき人の膝を屈する迄攻めよと。
  攻める事一日を長くせば正しき人の膝は一日屈する事をのばすべし。攻める事二日を長くせば正しき人の膝は二日屈する事をのばすべし。攻める事千日を長くして正しき人の膝は遂に屈する事を得ざるべし。
  日は空しく天に懸らず、水は自ら流る。正しき人の勝つは日の天にかゝり、水の流るゝが如く自然なり。如何に負けんとするも降らんとするも之を奈何ともする能はず。自ら奈何ともする能はざるものを人何んぞ奈何ともし得べけんや
  始皇は長城を築きフェラオはピラミツドを築く宇宙の壯觀を指呼の間に湧出せしむるの技能ありと雖も日を暗くして水を一所にとゞむる事能はず。日の明らかなるは日の性なればなり。百の始皇ありとも千のフェラオありとも物の性を奪ふの力なし。性を奪ひ得たる時其物は既に其名を有せず。正しき人が膝を屈したる時に其人は既に正しからず。邪の人なり。
  群旨瞶々たり。正義〔二字傍点〕を以て只紙上の空名となす。正義は天地の間に蟠まる大活力なり。書をよまず字を知らざるもの一念勇猛の心を起したる時磅※[石+薄]として天地靈活の氣と相觸る。一指を擧げて天を指す時正大の氣は大空に漲る。かの庸衆の喧噪し、紛擾し、小智小術を講じて一秒、一分、乃至一刻の計をめぐらして得々たる如き者は悉く蟻群の如く微弱なり。正大の氣來つて汝等を吹くとき瞬間にして靈界の表面より焦熱地獄に向つて墮落し來る。正義の士は彼等を賤しむのみ。彼等を輕しとなすのみ。彼等の人間と稱して社界に生存するを不思議と思ふのみ。百萬の小人ありと雖も一正義の士を奈何ともすべからず。
 
     二
 
 ×人ニ可愛ガラレルノヲ嬉シキコトニ思ヘル時アリ。人に尊敬セラレルヲ難有シト思ヘル時アリ。人に對シテ圓滿ナルヲヨキ事ト思ヘルコトアリ。今ニシテ思ヘバ皆愚ナルコトナリ
 ×小人に可愛ガラレルハ君子の恥辱なり。小人に尊敬セラルヽハ君子の耻辱なり。小人と交つて圓滿なるは君子の耻辱ナリ。小人は君子ヨリ輕蔑セラル可キ運命ヲ以テ世界ニ生レ出デタル者ナリ。小人ヲ輕蔑するは君子の義務ナリ。天下ニ嬉シキコト只一事アリ。小人ヲ輕蔑する事是なり。
 ×小人ノ尤モ憂ふる所は其技倆の功果を生ぜざる時にあり。小人をして日夜に奔走せしめ、日夜に勞苦せしめて、十年の功を徒勞に屬せしむるを以て君子は一大愉快となす。是君子の小人に對する輕蔑を表する唯一の良法なり。
 ×小人十年二十年の勞を一指頭に彈じ盡したる時君子の眉は始めて愁を開く。破顔して始めて墓に入るを得べし。
 ×小人は恐るべきものか、もしくは賤しむべきものなり。小人は自己の半面を知らず、己れは只他を恐れしむるの伎倆のみありと思へり。焉んぞ知らん。此伎倆こそ益他の輕蔑を招きつゝあるを。
 ×自己の技倆が他の輕蔑を招きつゝあるか、他の恐怖を起しつゝあるかをさへ辯ぜぬ程の者なれば只一圖に自己の技※[手偏+兩]《原》を弄して遂には人をして恐怖せしむるの時機至るぺしと信ず。春過ぎて來るべき春を待つは夏に於てするも、秋に於てするも至當なり。只自己の技兩が他の輕蔑を招きつゝある際に一歩を進めさへすれば變じて恐怖の念となし得べしと考ふるは尻より出たる糞便を睨めて居れば豆腐に變化する時機もあるべしと決心せるものゝ如し。
 ×小人の恐るべきは何をなしても憚からぬが故なり。小人の賤しむべきも亦何をなしても憚からぬが故なり。事は同じ。只相手によりては恐れられ、又相手によりて賤しめらる。之を混同するは小人の眼が股倉に着いて居る故なり。
 ×小人ヲ十個集むれば十個の小人を産す。百個集むれば百個の小人ヲ生ズ。百個千個に至ツテ正義ヲ恐怖セシメ得ルト思フハ天下ノ泥土ヲ積ンデ珠玉トナシ得ベシト誤解セルガ如シ
 ×小人ヲ遇スルニ君子ノ道を以テスレバ君子ハ常ニ敗ル。小人ヲ遇スルニ小人ノ道ヲ以テスルトキハ或ハ勝チ或ハ敗ル。小人ヲ遇スルニ小人以上ノ道ヲ以テスルトキ小人ハ姶メテ手ヲ束ネテ已ムベシ。小人ノ道ハ他ナシ只人ヲ欺クノミ。小人以上ノ道トハ他ナシ。小人以上ノ頭脳ヲ以テ小人ヲ欺クノミ。只小人ハ己レノ智ノ程度ヲ知ラズ。事局ノ展開ニ展開ヲ重ネテ危機一髪に逼ル迄ハ自己ノ敗レタルヲ知ラズ。此故ニ小人ヲ服スルニハ多年ノ根氣ヲ要ス。十年モシクハ二十年乃至わが死ニ瀕スルニ至ツテ始メテ彼等ヲ服セシムルヲ得ベシ。
 ×彼等ヲ取扱フニ急グコトナカレ。急グ時ハ彼等ノ術中ニ陷ル。急ガザルナカレ。急ガザルトキハ彼等ノ輕蔑スル所トナル。急グガ如ク急ガザル如クニシテ十年、二十年、モシクハ三十年ノ後ニ彼等の無智無能ニシテ且陋醜下劣ナルコトハ不言ノ間ニ明白ニスルヲ得ベシ。
 
     三
 
 ×神ハ人間ノ理想ナリ。理想トハ二個ノ異ナル意義ヲ含ム。自己ノ有スル凡テノ良好ナル點ヲ目惚ノ顯微鏡ニカケテ見タルトキハ光彩陸離タル神トナリ。是一義ナリ。われはわが父母ヲ完キ人ト思ハズ。わが君ヲ完キ人ト思ハズ。わが隣人朋友ヲ甚ダシキ陷缺アル人物ト思フ。完カラズ、陷缺アリトハ、われヲ遇スルノ點ニ於テ完カラヌナリ不公平ナルナリ。此不平ヲ世ノ中ニテ醫セント欲シテ得ズ、已ヲ得ズ、人間以上ノ神ヲ假定シテ慰|籍《原》トス。是神ノ第二義ナリ。
 此故ニ神ハ尤モ大ナル自惚ヲ有スル人間ガ作リタルカ又ハ尤モ人ヨリ逆待セラレタル人間ガ慰籍ヲ求ムル爲メニ作リタル者ナリ。
 前者ノ極端ニ達スレパ自己即チ神〔右○〕ナリ。釋迦是ナリ。(ニイチエ)ハ多少之ニ類似スレトモ後者ノ極端ニ至レバ自己即チ神ノ子〔三字右○〕ナリ。耶蘇是ナリ。
 ×己レヲ根本トシテ己レガ人ニ對スルノ理想ヲ發表スル時ニ自己ハ即是神〔六字右○〕ノ形式ニテアラハル。他ヲ根本トシテ他ガ如何ニ己レヲ遇シテクルヽカノ理想ヲ發表スルトキ自己は即是神ノ子〔右○〕ノ形式ニテアラハル。
 ×自己神ナレバ天上天下唯我獨尊ナリ。自己神ノ子ナレバ天上天下依頼スル所アリ。
 ×前者ヨリ云ヘバ父母ノ威モ、君主ノ權モ、陶朱ノ富モ皆ワガ膝下ニ跪ヅクベキ者ナリ
 ×後者ヨリ云ヘバ父母如何ニ無理ナルモ、君主如何ニ暴虐ナルモ、隣人朋友如何ニ無情ナルモ、最後ニ依頼スベキ神アルガ故ニ毫モ窮愁ナシ
 ×此兩者ノ間ニ彷徨スル者ヲ覺ラザル者ト云フ。救ハレザル子ト云フ。覺ラザル者ト救ハレザル子ト意義全ク異ニシテ其不幸ナルハ即チ一ナリ
 ×世界ニ自己ヲ神ト主張スル程ノ自惚者少ナシ。又自己ヲ神ノ子ナリト主張スル程ノ馬鹿者少ナシ。故ニ萬人ノ人ニ遇へパ萬人ナガラ皆不幸ナリ。
 ×不幸ハ彼等ノ尤モ厭フ所ナリ。此故ニ何等カノ方便ヲ求メテ此不幸ヲ逃レント欲ス
 ×不幸ヲ逃レント欲スルノ極ハ甘ンジ|デ《原》大ナル自惚者トナリ。又大ナル馬鹿者トナラザル可ラズ
 ×ジレンマは明カ|ラ《原》ナリ。不幸ヲ甘ンズルカ。自惚者ト馬鹿者ニ強ヒテナルカ。
 ×大多數ノ人ハ不幸ニモ甘ンゼズ。又自惚レタリ馬鹿ニナリキル程ノ決心ナシ。
 ×是等ヲ常ノ人ト云フ
 ×不幸ニ甘ンズル人は昔ヨリ古人ニ至ツテ只一ノストイツク派ノ學者アリ。日本ノ武士亦之ニ近シ。
 
     手帳の右より左へ
 
 (1) 兩面 【男女】 同一ノ事件ヲ與ヘテ之ニ關係スル男ノ感ト女ノ感トヲカキワケル(一)(二)ヨリ成ル
 
 (2) 生【少女青年老人】等ノ人生觀ヲカキワケル。
 (3)發見ヲ畏れて人ヲ殺すに至る迄の徑路ヲ心理的ニカク
 (4) 趣味ノ遺傳
 (5) 温泉場
 (6) 一日、 朝一、朝二、……午后一、午后二……ト云フ風ニカク。先ヅ一家内ノ娘、息子、親抔ガ秋ノ日の麗カナル朝に於テ各滿足シテ居ル樣ヲカク。夫レカラ次二其一人が心にヂスターバンスヲ起ス。他ノ者ハ平氣デ滿足シテ居ル。次ニ又一人ガ何カ不平ヲ起ス他ノ者ハ笑つて居ル。次ニ第三ノ者が心配ノ事件ニ遇ふ。殘ル者ハ平氣で居る。かくして一日のうちに家内中何か事が出來て皆心が平で居る事が出來んといふ事をかく。世の中は變り易いもので今滿足して居てもすぐ心配が起るものだといふ事を物語りで示す。然し不自然デナイ樣に極めて無理のない樣にかく
 
 (7)夢の樣な空想をかく。
  埃及のマミーニナルコト。埃及ノ有樣や埃及ノ神や事情を色彩ニ添ヘル
  希獵ノ芝居 プロメシアスやイーヂパスを芝居にして居る所を見物した有樣を空想的にかく。芝居の構造や。見物人の態度等をかく
 
 (8)虚栄心に充ちタル新細君。道理の分つたる夫。――細君自己の虚榮心を滿足させる爲に或る事を夫に懇願す。夫ある條件の元《原》に之を許す。其條件は夫と共に微服して貧乏人のみ集まる所へ用足しに行く。細君已を得ずして之を諾す。途中から行きつく迄、行きついてから歸る迄に虚榮心を害する事非常なり。終りに心機一轉の事實に逢ふ。歸來夫細君に問ふて妻の懇願通りすべきや否やと問ふ。細君悄然としてやめますと云ふ。
 
 (9)兄弟墻にせめぐ外侮りを禦ぐといふ事實をかく
  (1)二人の交情の甚だ圓滑ならざる所(2)新事件と二人が急に助ケ合ふ事
 
 (10)私に恨みある者二人(1)仲惡しき樣を描く(2)公の事で私を棄つべき事柄が出來てくる(3)二人の私情が此事件につれて發展してくる事(4)公私の境を劃然と立てゝ。公の爲めに甲が乙をあつく取り扱ふ事
     ――――――――――
 ○Emilia(Sandra Belloni)音樂ノ天才、豪商 Pericles ガ發見シテ、 Italy へ修業ニヤラント云フ。Emilia,Wilfrid ノ傍ニ居リタイ爲メ Pericles ノ命令通リニセズ
 ○Wilfrid(Pole W.)權謀家ナリ、Charlotte ト云フ女ト engage シテ居ルニモ拘ラズ、Emilia ヲ愛ス。仕舞ニドツチカキメナクテハナラントキニ遂ニ Belloni ヲステル。然モ思ひキルコトガ出來ンデ又戀ヲ戻ス。W. ハ C. ト engage シテ居ルカラ到底自分ハ結婚ガ出來ント云フコトヲ知ツタ Belloni ハ非常ニ失望スル。其アトノ consolation ニマダ voice ヲ有シテ居ル、ト思フ所ガノドガカレテ命ノ親ナル聲ガナクナル。 Belloni ハ失望シテ狂氣ノ樣ニナル。最後ニ音ガ又出ル。
 ○Pole(W. ノ父)Mrs.Chump ヲ後妻ニセントス。是ハ love デモ何デモナイ、Chump ガ金ヲ持つテ居ルカラ、自分ノ子供等ノ爲ニ結婚シテ家計上ノタシニセントスルノデアル
 ○Cornelia(Pole ノ末女)ト Barrett(organist, 父ガ狂氣デ disinherit シタ爲ニ organist ニナツテ居)ノ love.
     ――――――――――
  「さあ御這入なさい」「まあよさう」「それでも切角來たんぢやありませんか」「然し」「いゝから御はいんなさい」「また來やう」……
 Oさんは餅を食つてゐる
     ――――――――――
 アラシデ家ガ滅茶々々に壞れる。其中に彼が一人悄然と立つて居る
     ――――――――――
  額に皺が三本ある。一本は金の皺……一本は失戀の皺……
     ――――――――――
 一○親。金持。俗物。不見識。月並を厭ふ
 ○子。學問をする。名利を忌む。金の番人を厭ふ。月並を嫌ふ
 ○親自分の子が氣に入らず。之を自分の氣に入る樣にせんとす。子供の訓練と心得て無暗に子供のすかぬ事のみをする。子供之に從はざれば財産を讓らずといふ。親は財産を以て何よりも尊きものと心得るが故に之を懸賞にすれば吾子は何でも自由になるべしと思ふ。親は此安心あるが故に遠慮會釋もなく子供をいぢめる。子供は單に孝といふ義務の爲に之に服從す。愈財産を讓るといふ段になつて子供は蹶然として去る。父は唖然として自失す。
 二 子供は家を出でゝ非常な困難をする。父を《原》子を失つて金の無意味なるを知る。子は家に歸りたい。父は子を歸したい。然し一たび割かれたるものは如何ともする能はず
     ――――――――――
 三歳の小兒を馬鹿にして色々冗談をいつてからかふ。……最後に何とかいふ。小兒「ばぶ」といふて睨めつける。此「ばぶ」に避《原》易する
     ――――――――――
 (一)甲ノ乙ニ對する不平 (二)乙の甲に對する不平 (三)兩人の會合喧嘩  (四)喧嘩の解決
     ――――――――――
 ○宴會 裸躍
 ○會議 居眠
 ○ツリ。魚ヲ放ス。次ニハ魚ヲ胴の間へ叩キツケル
     ――――――――――
 意志の文學 Typhoon 參考
     ――――――――――
 1)and danced with the daffodils
 2)lmitation
 3)Thought‐reading
  ○WmArcher:Anatomy of Acting 中ニ actor ノ act スルトキ genuine feeling ヲ生ズルコトヲ引ケリ。(2)ノ Imitation ノ例ナリ
     ――――――――――
 Typhoon. 寡獣ニシテ humour ナキ船長、が航海中暴風雨ニ逢フ有樣ヲカク。暴風雨中ニ船室内ニテ Chinese coolies ガ自分ノ賃銀ヲ床の上ニ落トシテ互ニ爭ツテ奪ヒ合フ。非常ニ豪壯ナモノナリ
 To‐morrow. 16年間息子ノ行キ方ガ知レヌ、父ハ廣告ヲシテサガス。明日歸ル明日歸ルト云フ、遂ニ息子ガ歸ルト眞ノ息子ト思ハナイ矢張リ明日歸ルト云フテ居ル。息子ハチツトモ氣ニシナイ漂流|物《原》デアル。親ノ膝元ニモ二週間トハ居レナイ女ヲー○諾 シテモ二週間トハ續カナイ、頗ル小説中ニ出テキサウモナキ男デ〔ア〕ル。夫ダカラ御やぢガ自己ヲ recognise センノデスグニ歸ツテ仕舞フ、然シ金ガナイソコデソコニ居ル Bessie ト云フ女カラ金ヲ貰ツテ歸ル。Bessie ハ此おやぢが息子ニ娶ハセル積リノ女デアル、此女ハ此おやぢト夫から自分ノ盲目ノおやぢノ大聲ヲ揚ゲテ罵ル父トヨリ外ニ男ヲ見ナイカラ、Harry(息子)トシバラク話シテ居ルウチニ多少其人ヲ戀フ樣ニナルソレニモカヽハラズ息子ハ去ル。おやぢは厄介者ヲ逐つ拂つたと云フ。女ばかり妙な心持ニナル
     ――――――――――
〔以下、意味不明の図、省略〕
     ――――――――――
 Stout Analytical Psychology――
 Macbeth sleep no more
 Sound ノ interpretation
 Coleridge ノ 梟
  Mew‐mew
     ――――――――――
〔以下、意味不明の図、省略〕
     ――――――――――
 Conrad
 Youth. 船火事ノ話
 Heart of Darkness. 蠻地ヘ行ツタ船長ノ物語リ。Indian ニ襲ハレタリ抔スル、ソコニ Kuetz ト云フ人ガ居ル。エライ男デアル病氣デ死ヌ、船長ガ其遺書ヲ携ヘテ其戀人ヲ訪フ。夕暮ノ景色、戀人ノ愁嘆ヲヨクカイテ御仕舞
 The End of the Tether. 老船長ガ娘(遠方ニ居ル)ノ家計ヲタスケル爲メ自分ノ船ヲ賣ツテ雇ハレテ他ノ船長トナル。同時ニ目ガワルクナル。然シ娘ノ爲メニ眼ガ見えルフリヲシテ居ル。30度以上航海ヲシタ所ヲ渡ルノダカラ大抵見當ガツク。又 Malay 人ノ心キヽタル者ヲ使ツテ之ヲ信用シテ勤メテ行ク。所ガ船ノ持主ガ借金ニ困ツテ船ヲ淺瀬ヘ乘リアゲテ沈没サセテ保險金ヲトラウトスル。自分ノ上衣ニ鐵ヲ入レテ compass ヲクルハシテ船長〔ノ〕思フ樣ニ船ガ向ハナイデ遂ニ暗礁ニ乘リアゲル、船長ハ船卜沈ム他ハ boat デノガレル。船長ノ手紙ガ娘ニトドク。死ンダラ屆ケテクレト頼ンダノヲ lawyer ガ屆ケル娘ハ下宿屋ヲシテ貧乏シテ居ル。此手紙ヲ見テ非常ニ感ズル所デ御仕舞
     ――――――――――
      夢
 (一) 女が高い所から珠をなげる。男が下に居て之を受け取る。男はある時間内に此珠を手に入れなければならない。又此珠を手で受けとめなければならない。此剃那の心のうち
 (二) 女が死んで仕舞ふと云ふ。男がとめる。男が歸つて仕舞ふといふ。女がとめる。次に女が又死ぬと云ふ。男が死んで見ろといふ。女が石を袂へ入れたり何か色々な事をする。男が烟草をふかし出す。此兩人の心の攻守の勢の變化する處
 (三) 阿蘇のクレータの中
      ○
 プロスペラスナル人トミゼラブルナル人。甲ノ得意ト乙ノ失意。双《原》互ノインターアクション。physical,moral。ミゼラブルナ人ノ妻ノ心行。
      ○
 ×日を積んで月となし。月を重ねて年となし。年を疊んで墓となすとも……
 ×何が故に神を信ぜざる。
 ×己を信ずるが故に神を信ぜず
 ×蓋大千世界のうち自己より尊きものなし
 ×自を尊しと思はぬものは奴隷なり
 ×自をすてゝ神に走るものは神の奴隷なり。神の奴隷たるよりは死する事優れり。況んや他の碌々たる人間の奴隷をや
 ×浮世は陷缺のみ、憂と慾と窮と悶とのみ。唯未來ありて光明の一縷を暗き世に引く。未來あるものは安し。
 ×未來に安きを願はず。未來に黄金の天地を鑄出して無圓通の世に住せんよりは現世に一寸の錦を織るにしかず。一斤の金をあつむるにしかず。善と美と眞の高さを一分たりとも高むるにしかず。一寸の地を擴するにしかず。
  寂滅爲樂の後極樂に生るゝは此世にて一寸たりとも吾が意志を貫くにしかず。一個半個の犬を撲ち殺すにしかず。
  われは生を享く。生を享くとはわが意志の發展を意味する以外に何等の價値なきものなり……
     ――――――――――
 ○若イ男ノdescription、其 motive の straight 凡テノ物ヲ destroy スル in the way destroy 出來ヌ時ハ stand still
 ○年寄ノ desecription 只道アル方ニ行く。Tavern デ昔シノ何年何月コヽニ來タカト聞ク。傍人知ラズト云。川ノ邊ニ出る。川の中に入る
 ○死ぬが可い。死ぬが可い。(結句
     ――――――――――
 ○Nashe の Anatomy《sic》 of Absurdities《sic》 ヲ見ヨ
 ○黠者をして乘ぜしむるは汝の正義に背くなり
  陋者をして侮らしむるは汝の氣品に背くなり
  愚者をして輕んぜしむるは汝の智慧に背くなり
  富者をして擅まゝな〔ら〕しむるは汝の學殖に背くなり
  權者をして專らならしむるは汝の道念に背くなり
  黠者をして其黠に斃れしめよ
  陋者をして其陋に敗れしめよ
  愚者をして其愚に懲りしめよ
  富者をして其富を悔《原》いしめよ
  權者をして其權に窮せしめよ
  彼等は其利器を用ゆる事愈急にして、其失愈顯はる。是天下の道なり。帝王の尊と雖之を奈何ともする能はず。百年の後氣息鼻口に入らず、醜肉腐爛して髑髏雨を盛るを待つて吾言の誤らざるを覺れ。
  吾は日本の人なり、天下の民なり。日本を擧げで吾を容れずんば天下に行かん。天下を擧げて吾を容れずんば天下を去らん。天下を去るは己を屈して天下に容れらるゝの耻に優る。
  一人の朋なきを憂へず。只卑しきを耻づ
  妻子なきを憂へず只陋なるを耻づ
  父母兄弟なきを憂へず只曲れるを耻づ
  われはわれなり、朋友にもあらず、妻子にもあらず、父母兄弟にもあらず。われはわれなる外何者たるを得んや。われ人を曲げずんば人遂に我を曲げんとす。兩者曲げ得ざる時、兩者は死するべき運命を有す。運命はわれの如何ともする能はざる所なり
  われ人を曲げざるに何者か來つてわれを曲げんとする者ぞ。全世界の富と全世界の權と全世界の策を以てするもわれを曲げ得るの理あるべからず。われを曲げ得ざるの前に吾は世界の表面より消えて去るべし。
 ○昔の人は己を忘れよと云ふ。今の人は己を忘るゝなと云ふ。二六時中己れの意識を以て充滿す。故に二六時中|大《原》平の時なし。
 ○人に向つて云ふわれ人に耻づるの行爲なしと。焉んぞ知らん此人は何等の行爲なきなり
     ――――――――――
 ○英人の所謂 nice なるものは矢張り己れを離れざるの nice なり。nice を爲すとも實は pain なり。Edward ノ 例。mess‐room ノ例
     ――――――――――
 ○Self‐conscious の age は individualism を生ず。社會主義を生ず、levelling tendency を生ず。團栗の脊くらべを生ず。數千の耶蘇、孔子、釋迦ありと雖と《原》遂に數千の公民に過ぎず。
  Henley 云フ R.L.Stevenson ハ self‐consciousness ヲ免カレヌ人ナリ。Japp ヲ見ヨ
 ○Self‐consciousness の結果は神經衰弱を生ず。神經衰弱は二十世紀の共有病なり。
  人智、學問、百般の事物の進歩すると同時に此進歩を來したる人間は一歩一歩と頽癈し、衰弱す。
  其極に至つて「無爲にして化す」と云ふ語の非常の名言なる事を自覺するに至る。然れども其自覺せる時は既に神經過敏にして何等の術も之を救濟する能はざるの時なり。
 ○全世界の中尤も早く神經衰弱に罹るべき國民は建國尤も古くして、人文尤も進歩せる國ならざる可らず。彼等は自ら目して最上等の國民と思ふにも關らず實は一層毎に地下に沈淪しつゝあるなり。異日彼等は亞米利加内地の赤人を慕ひ、臺灣の生蕃を慕ふに至るべし。然れども一たび廻轉せる因果の車は之を昔に逆轉するを得ず。アルコール中毒のものが禁酒家を羨みつゝ昏睡して墓に入るが如し
  父子ノ關係を疎にし。師弟の情誼を薄くし。夫婦の間を割き。朋友の好みを滅する傾向なり。昔人の如き關係にては到底今日ノ程度ノ神經にで堪へ得べからざるが故なり
 英國人は此傾向に resist スル爲めに賢さ完と云ふものを非常に重んず。home は神聖にして他人の妄りに亂入しがたき所とす。日曜にも平日にも妄りに來客に接せず。彼等はこれにあらざれば神經を沈靜する能はざるなり。他日もし神經衰弱の爲めに滅亡する國あらば英國は正に第一に居るべし。
  彼等のコノ傾向は彼等の近世文學を見て徴するを得ぺし。Henry James etc. カヽル minute analysis を以て進ま|ゞ《原》人間は只神經のカタマリ、ウルサキ刺激ヲ受クル動物、煩瑣なる挑撥に應ずる器械なる事を證明す。只人間がコマカクなるのみなり。キワドクなるのみなり。神經衰弱の用意をなすにとゞまるのみなり。
  Homer ノ時代を見よ。Chevy Chase の時代を見よ。
  彼等の病的なるは自然の刺激を以て滿足する能はず。人爲的に此等の刺激を創造して快なりとなす。愚なる日本人は此病的なる英人を學んで自ら病的なるを知らず。好んで自殺を遂ぐるにひとし。英の 《原》女皇頸に創あり已を得ずドツグ、コラーを装ふ宮庭の女官皆之に傚ふ。今の日本人は此女官の流なり。
 ○英人の文學は安慰を與ふるの文學にあらず刺激を與ふるの文學なり。人の塵處を一掃するの文學にあらずして益人を俗了するの文學なり。彼等は自ら弊竇の中に坐して益其弊を助長す。阿片に耽溺せる病人と同じ。
 ○靜をあらはすものはポテンシアリチーであるポテンシアリチーは何に變化するか分らない。靜變じて動となるときアクチ※[ヰに濁點]チーとなる。アクチ※[ヰに濁點]チーは盛なると同時に限られて居る。其無能を發表する其微弱なる事を證明する。英國の文學は此動の尤もダラシナキものなり。淺墓なるものなり。蛙の足に電氣を通じてピく/\させたる如きものなり。巾着切りの文學は衰亡の文學に相違なし。
  天下に英國人程高慢なる國民なし。世人は支那人を高慢と云ふ。支那人は呑氣の極鷹揚なるなり。英人はスレカラシの極、巾着切り流に他國人を輕蔑して自ら一番利口だと信じて居るなり。神經衰弱の初期に奮興せる病的の徴候なり。
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 ○文學士の洋服は八圓位
 ○車上美人に逢ふ。グル/\廻る。仕舞に下りる。あとをつける。女時計をすてゝ去る
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 ○生れる時には誰も熟考してから生れるものはないが死ぬ時には誰でも苦心する。金をかりる時には何の氣なしに借りて返す時に心配する樣なものだ。
 ○どうして返さずに濟ますか是が問題である。どうして死なずにすむか是が問題である
 ○どうしても返さなければならない、どうしても死なゝければならない時に返し方死に方に就て色々な注文を出す。
 ○金の返し方。死に方。ペトロニアス。ソクラテス。耶蘇。エムペドクリス。大燈國師等。
 ○借りた金を返す事を考へないものは幸福なる如く死ぬ事を苦にせぬものは幸福である
 ○之を苦にする樣になつたのは神經衰弱と〔いふ〕病氣が發明されてから以後の事である。自殺クラブの例。
 ○死ぬ事は苦しい然し死ぬ事が出來なければ猶苦しい。神經衰弱の國民には生きて居る事が死よりも甚しき苦痛である。夫だから死ぬ事を苦にする。死ぬのが厭だから苦にするのではないどうして死んだらよからうかと苦心するのである
  然し大抵のものは別段名案も浮ばないうちに隣り近所の人や、友達や、或は妻子が殺してくれる。業つくばりで死に切れないものは自分で一工夫して死ななければならない。世の下るに隨つて人間は業つく張りになる中々世の中と摩擦位な事で脆く死ぬものはない。然し夫にも關らず死にたいのである。是に於て自殺者が日にまし多くなる。世界向後の趨勢は人間はみな自殺するものであると云ふ命題が事實に證明せらるゝ時期に到|底《原》する。千年後の人間は病氣で死ぬといふ事は忘れて仕舞ふ。死といへば必ず自殺だと思ふ。たまに病死するものがあれば愚圖の骨頂だと笑ふ樣になる。
 ○其時分には警察の巡査は犬殺しの如く棒を以て天下の公民を殺してあるく。殺されたい人間は門口に張り紙をして殺されたき男ありと出す。巡査は棒を以《原》て這入つて來て云々。車に積んで持つて歸る。時々は警察の御威光で殺されたくない人民迄も撲殺して仕舞ふ事がある。
  學校では中學校アタリから自殺學及び他殺學を倫理ノ代りに教へる。時によるにおやぢやお袋抔が倅に殺してもらう事がある。其時に學校で人殺し法を習つて置かないと非常に不便である。
 ○夫婦。結婚は云々獨身は云々。アーサー、ジヨーンスの劇。ナツシのアブサーヂチー
 ○パーソナリチーの世の中である。出來る丈自分を張りつめて、はち切れる許りにして生きて居る世の中となる。昔は夫婦を異體同心と號した。パーソナリチーの發達した今日そんな、プリミチーヴな事實がある筈がない。細《原》は妻、夫は夫、截然として水と油の如く區別がある。而も其パーソナリチーを飽迄も擴張しなければ文明の趨勢におくれる譯である。そこである哲學者が出〔て〕來て夫婦を束縛して同居せしむるのは人性に背くと云ひ出した。元來人間はパーソナリチーの動物であつて此擴張が文明の趨勢である以上は筍も此傾向を害するものは皆野蠻の遺風である。夫婦同棲といふ事は野蠻時代に起つた遺物であつて、到底今日に實行すべからざる僻習である。嫁、姑が太古蒙昧の時代に同居したる如く夫婦が同居するのも人類の害である。一歩を進めて論ずれば結婚其ものが野蠻である。カクの如くパーソナリチーを重んずる世に二個以上の人間が普通以上の親密の程度を以て連結されべき理由がない。此眞理は所謂前世の遺物なる結婚が十中八九迄失敗に終るので明瞭である云々
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 ○二ト二ガ四トナルトハ今世論理の方則デアル。昔ハサウモ相場がきまつて居ラナカツタ。キマラヌ所ニ面白味ガアツタ。物は何デモ先ノ見エヌ所ガ御慰ミダ
 ○ニイチエは superman ヲ説ク、バーナード、シヨーモ ideal man ヲ説ク Wells モ giant ヲ説ク。Carlyle モ hero ヲトク。
  此等ノ人ノ hero ヲトクハ Homer ガ Iliad ヲ歌ひ、Chevy Chase ニ勇武ヲ歌フトハ全然趣ヲ異ニス。現代ハパーソナリチーの出來ル丈膨脹する世なり而して自由の世なり。自由は己れ一人自由ト云フ意ナラズ。人々が自由ト云フ意ナリ。人々が自己ノパーソナリチーヲ出來得る限り主張スルト云フ意ナリ。出來る丈自由ニ出來得丈ノパーソナリチーヲ free play ニ bring スル以上は人ト人トの間ニハ常ニテンシヨンアルナリ。祀會の存在ヲ destroy セザル範圍内ニテ出來得る限りに我ヲ張ラントスルナリ。我は既ニ張リ盡シテ此先一歩デモ進メバ人ノ領分ニ踏ミ込ンデ人ト喧嘩ヲセネバナラヌ所迄張リツメテアルナリ。去れドモ心のウチニアル我ハ際限ナシ理想ハ現實以上ヲ意味ス。理想ハ realization ヲ意味ス。彼等は自由ヲ主張シ個人主義ヲ主張シ。パーソナリチーの獨立ト發展とを主張シタル結果世の中の存外窮窟にて滅多ニ身動キモナラヌコトヲ發見セルト同時ニ此傾向ヲドコ迄モ擴大セネバ自己の意志の自由を害スルコト非常ナリ。百尺竿頭ニ坐ス。一歩ヲ進メザレバ苦痛ナリ。一歩ヲ進ムレバ萬事休ス。是ニ於テカ彼等ハ此一歩の開拓ヲ事實の上ニ試むる代りに文筆の上に試みたるなり。白紙の上に向つて superman ヲ説ク人ハ其愚ヲ笑ふ。自己モ亦其愚ナルヲ知ラザルニアラズ。然レトモ内心の本能的要求は此愚ヲ無意義ナル楮墨ニヨリテ、カラクモ一條の活路ヲ開カントスルナリ。發言ヲ禁ジラレタルモノガ已ヲ得ズアクビに托シテ何等カノ音ヲ洩ラシテ見タキト同ジキナリ。此故ニ彼等ノ ideal man ハ不平ノアラハレタル者ナリ。Homer ノ愉快ナク。Chevy Chaase ノ simplicity ナシ。
  彼等ハ humiliation ヲ奴隷的ナリトシテ遙カニ後ヘニ見捨テヽ獨立ノ方面ニ向ヘリ。獨立ノ方面ニ着々歩ヲ進メタル今日今更ナガラ自由ノ甚シキ不自由ナルコトヲ悟レリ。昔日ノ humiliation ニ歸ラント欲スルヲ遂ニ得ベカラザルナリ。封建の世は只一ノ assumption ヲ要ス、分ニ安ンズ是ナリ。此 assumption アル以上は他ノ何等ノ刺激ナク障害ナク氣樂ニシテ生ヲ過ゴシ得ルナリ。今日ノ世ハ分ニ安ンズル勿レトノ格言ノ下ニ打チ立テラレタリ。分ニ安ンゼザル者ガカラウジテ禮儀御世辭ノ油ノ力ニテ自他ノ摩擦ヲ免カレツヽアルナリ。昔は孔子ヲ聖ト云ひ釋迦ヲ佛ト云ひ耶蘇ヲ神ノ子ト唱ヘテ自己は遙カニ之ニ及バザル者ト思ヘリ此 humiliation ナリ此Fアルガ故ニ世ハ安ク渡ラレタリ。今日ハワレモ孔子ナリ、ワレモ釋迦ナリト天下ヲ擧ゲテ皆思フ世ナリ。孔子ナル以上は崇拜者ナカルベカラズ、釋迦ナル以上は弟子ナカル可ラズ。弟子ナキ孔子ト釋迦トハ裸體の天子ノ如シ。然レドモ我孔子ナレバ隣りの車夫も亦孔子タリ前ノ肴星モ亦釋迦ナリ。人々釋迦ト孔子ナル以上は釋迦ト孔子ノ勢力ノ範圍内は自己ノ足ヲ据ゑる二尺四方以内ニ過ギズ。抑モ孔子タリ釋迦タルノく value ハ自己ノパーソナリチーヲ凡人ノ上ニ壓シカケルニアリ。孔子釋迦トナツテ天下ニ孤立セバ切角パーソナリチーヲコヽ迄ミガキ上ゲタ甲斐ナキナリ。十年苦學シテ豫期ト正反對ニシテ巡査ニ採用セラレタルガ如シ。彼等は巡査ヲ以テ滿足スル能ハズ巡査以上ニ出デントスレパ社會ノ秩序ヲ破ラザル可ラズ茲ニ於テ毫ヲトツテ長嘯シテ其不平ノ氣ヲ紙上ニモラス。Superman 是ナリ。
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 ○ Analysis of laughter
  Anatomy of melancholy
  Anatomy of absurdities
OImprovement of pencils.Once started in the way of improving pencils,they can never go back till they have quite exhausted their ingenuity in pencil improvement,and start in another direction.
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 ○Belschazaar《sic》 the King……
  大漠孤烟直。長河落日圓
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 ○Dream series――(1)……(2)……(3)God is tired of the world……(4)The whipping of the pigs.(5)Young man(6)Old man.
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 ○昔は御上の御威光なら何でも出來た世の中なり
 ○今は御上の御威光でも〔二字右○〕出來ぬ事は出來ぬ世の中なり
 ○次には御上の御威光だから〔三字右○〕出來ぬと云ふ時代が來るべし。威光を笠に着て無理を押し通す程個人を侮辱したる事なければなり。個人と個人の間なら忍ぶべき事も御上の威光となると誰も屈從するものなきに至るべし。是パーソナリチーの世なればなり。今日文明の大勢なればなり。明治の照《原》代に御上の御威光を笠に着て多勢をたのみにして事を成さんとするものはカゴに乘つて※[さんずい+氣]車よりも早く走らんと焦心するが如し。
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 ○今人について尤も注意すべき事は自覺心が強過ぎる事なり。自覺心とは直指人心見性成佛の謂にあらず。靈性の本體を實證せるの謂にあらず。自己と天地と同一體なるを發見せるの謂にあらず。自己と他と截然と區別あるを自覺せるの謂なり。此知覺は文明と共に切實に鋭敏になるが故に一擧手一投足も自然なる能はず。人々コセ/\して鷹揚な人を見る事能はざるに至る。探偵なるものは人の目を忍んで、知らぬ間に己れの勝手な眞似をするものなり。故に探偵たるものは此意義に於て自覺心が尤も強くならざるべからず。而して現今の文明は天下の大衆を驅つて悉く探偵的自覺心を鋭敏ならしむる世なり。思ふに自覺心の鋭どきものは安心なし。起きて居るうちは無論の事寐て居る間も飯を食ふ間も落ちつく事なし。此故に探偵を犬と云ふ。落ち付いたる所なければなり。彼等も人間なれば落ち付きたい事あるべし。然れども彼等の職業の結果として自ら自覺心を鋭敏にしたるの結果は身を恨むとも世を恨むとも遂に安心する期あるべからず。此等の自覺心に鋭どきは猶泥棒の自覺心強きと同樣の程度にあり二六時中キヨト/\、コソ/\して墓に入る迄一瞬の安き事なし。現今文明の弊は探偵ならざる人泥棒ならざる人をして探偵的、泥棒的自覺心を生ぜしむるにあり。
 天下に何が藥になると云ふて己を忘るゝより鷹揚なる事なし無我の境より歡喜なし。カノ藝術の作品の尚きは一瞬の間なりとも恍惚として己れを遺失して、自他の區別を忘れしむるが故なり。是トニツクなり。此トニツクなくして二十世紀に存在せんとすれば人は必ず探偵的となり泥棒的となる。恐るべし。
 此弊を救ふにはたとひ千の耶蘇あり。萬の孔子あり。億兆の釋迦ありとも如何ともする能はず只全世界を二十四時の間海底に沈めて在來の自覺心を滅却したる後日光に曝して乾かすより外に良法なし。
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 ○天子の威光なりとも家庭に立ち入りて故なきに夫婦を離間するを許さず。故なきに親子の情合を殺ぐを許さず。
  もし天子の威光なりとて之に旨從する夫あらば之に旨從する妻あらば、是人格を棄てたるものなり。夫たり妻たり。《原》子たるの資格なきものなり。桀紂と雖此暴虐を擅まゝにするの權威あるべからず。况んや二十世紀に於てをや。况んや一個人をや。况んや金あつて學なきものをや。况んや車夫馬丁をや 况んや探偵をや。
  天は必ず之を罰せざる可らず。天之を罰するは此迫害を受けたる人の手を借りて罰せしめざる可らず。是公の道なり 照々として千古にわたりて一絲一毫もかゆべからざる道なり
     ――――――――――
 ○A ノ考ニヨレバ自己ハ A ナリ
 ○B A ニ云ふ君は(い)なり
 ○A 服せず去つて、C ニキク C 云はく君は(い)なり
 ○ A 猶服せず今度は D に行く。D 曰ク無論(い)なり
 ○ A 奮然として E ニ行く。E 冷々として曰く(い)
 ○ A、E を去つて獨り考ふ。今一遍 F ニ聞いて見るべしと。遂ニ F に行く。F 笑つて曰く(い)に極まつて居る。
 ○ A 分レテ三トナル 憮然。惘然
            冷然。超然
            激昂、不平、罵倒
   此 critical moment ヲ寫す
     ――――――――――
 ○小供ノイタヅラ。animal ヲ殺ス。血ヲ見ル。shudder。
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 ○七騎落。
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 △All those mountains about him,1ike terraces of huge petrified waves,the black ravines on the sides of the cliffs,the immensity of the blue Vault,the brilliant glamour of the day,the depth of the abysses,disturbed him;and a wave of desolation swept over him at the spectacle of the desert,which,in the upheavals of its surface,formed amphitheatres and ruined palaces.
     ――――――――――
 △汝ノ見るは利害の世なり。われの立つは理否の世なり。汝の見るは現象の世界なり。われの視るは實相の世なり。人爵――天爵。榮枯――正邪。得失――善惡。……
     ――――――――――
 ○萬引ヲスル病氣ノ女。父之ヲ知ツテ殺ス
     ――――――――――
 ○(一)友人孤苦零丁遂ニ死ス(二)遺言ニヨリ報ヲモタラシテ其郷里ノ父母ニ行ク。父母其子ノ死ヲ知ラズ。頻リニ目下ノ淋シキ有樣ヲトキ、未來ノ樂ヲ説ク。わが子ノ卒業。出世ヲ樂ニシテ居ル。其子ノ死ヲ知ラセルコト出來ズシテ去ル
     ――――――――――
 ○友ノ死ヲカク。息ヲヒキトル所。ヒキトツタアト。死骸ヲ見テ一夜ヲアカス。友云フコノマヽデハ死ネナイ。
     ――――――――――
 ○Aナル子病危篤ナリ。Bナル母之ヲ看護ス。AトBハCナル父ヲ待ツ。Cハ公用ノ爲メニ百里ノ外ニアリ。非常ニ心配スレトモ公ノ爲メニ還ラズ。漸ク用ヲ了ヘテ歸ル時A死ス
     ――――――――――
〔英文省略〕
     ――――――――――
〔英文省略〕
 
        手帳の左より右へ
 ○シムボリズム。黄金は衣食住、音樂、美術、凡テノ symbol デアル。從ツテ黄金ノ詩ヲ作レバ最上等ノ象徴詩ガ出來ル
     ――――――――――
 ○君の麺麭は君の勝手に切るがいゝ△箸は君と同じ樣に持たないと飯が食ひにくいから
     ――――――――――
 ○H ヲ drop スルコトハ不合理ではない只可笑い許りだ。切角付いて居る眼を眠つてあるく樣なものである
  入らぬ所に h ヲつけるのは眼を臍の處へつけてあるく樣なものだ。     ――――――――――
  小兒 ちりん/\へえ動きます。もう御上りになる方はありませんか。「御上りぢやないわ。御下りだわ」。ぬるい、熱い、三介水汲めぢやぶ/\/\
     ――――――――――
  放蕩 自分が放蕩をし盡して置いて。やるものぢやないよと意見がましき事を云ふ。腹が減つた時食ひたい丈食つてもういやになつ〔て〕から人に飯なんか食ふものぢやないよと云ふが如し。自分が放蕩したくても出來んから人にもしちやいけないよと云ふ。己れの奪はれたる特權は人からも奪はんといふ心掛である。人間の公平といふはこゝから出るのぢや
     ――――――――――
 ○二個の者が same space ヲ occupy スル譯には行かぬ。甲が乙を追ひ拂ふか、乙が甲をはき除けるか二法あるのみぢや。甲でも乙でも構はぬ強い方が勝つのぢや。理も非も入らぬ。えらい方が勝つのぢや。上品も下品も入らぬ圖々敷方が勝つのぢや。賢も不肖も入らぬ。人を馬鹿にする方が勝つのぢや。禮も無禮も入らぬ。鐵面皮なのが勝つのぢや。人情も冷酷もない動かぬのが勝つのぢや。文明の道具は皆己れを節する器械ぢや。自らを抑へる道具ぢや、我を縮める工夫ぢや。人を傷けぬ爲め自己の體に油を塗りつける〔の〕ぢや。凡て消極的ぢや。此文明的な消極な道によつては人に勝てる譯はない。――夫だから善人は必ず負ける。君子は必ず負ける。徳義心のあるものは必ず負ける。清廉の士は必ず負ける。醜を忌み惡を避ける者は必ず負ける。禮儀作法、人倫五常を重んずるものは必ず負ける。勝つと勝たぬとは善惡、邪正、當否の問題ではない――power デある――will である。
     ――――――――――
 ○獨身のときは月給四十圓で七十五錢の石鹸を使つて居た。細君を貰つて一月の間は一圓の石鹸になつた。二月目には五十錢のになつた。三月目には三十五餞。一年目に赤ん坊が出來たら二十錢
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 ○藝者〔二字右○〕 白いリボンに……I am very gla to see you……。此前來た時は日の短かい時分であつた「だつて夏ぢやないか」「夜が短かい時分だと云へばいゝのでせう。只少し間違つた許りですは。あなたの御國では夜御天道樣が出るんですか……」
     ――――――――――
 ○西洋の婦人二十三四琴カツポレ。印度人。ホコで物を食ふ。ペンセツトをペンヘッドと云ふ。器械師だと思つた。醫者にしては小さい器械だと思つた
     ――――――――――
 ○干瓢の醋味噌
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 ○池に浮いてゐる金魚麩の樣にふわ/\してゐる。
  藁で括つた蒟蒻の樣にぶる/\
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 ○藝者 「あるいて歸らうか」「寐て入らつしやい」「東京亭の姉さんに西洋料理のたべ方を習つた。色々〔二字傍点〕」「繪葉書に出たの、此間洋服をきて二|牧《原》とつたの、一は禮服、一つは只の服、夫から男の洋服でとつた事もある」
     ――――――――――
 ○海鼠 海鼠を食ひ出した人は餘程勇氣と膽力を有して居る人でなくてはならぬ少なくとも親鸞上人か日蓮上人位な剛氣な人だ。河豚を食ひ出した人よりもえらい。
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 ○今日は御前と一所に遊びに行かう――ねえ○○ちやん――今日は私の番だから――無駄な御金はいくらでもあるんだから。入る御錢は一文もないさうだけれども。自分丈は人がねむいのも構はずにいつ迄でも遊んであるくんだとさ。ねえ私だつてちつとは遊びに出たつていゝでせう。○○ちやん今日は寄席か御芝居へ行かう。濱町の法事だつて今迄缺かした事はないのに今年に限つて出ないてえだもの、自分さへよけりや親類なんざどうでもいゝんだとさ。御前さん書いて下さ〔い〕よ、よう御前さん、一寸書いて御呉んなさいよ。かいて御呉んなさいてえのに。
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 ○「血が出た。」「生きて居る證據だ」
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  衣。「更紗の樣な絣の表。絣の樣な更紗の裏」
  君の脊廣はからだ〔に〕合んではないか、なあに今に脊廣の方で合はすさ
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  人間はちや〔ん〕として居れば百二十迄は生きるもんだ。女が長生。牛込の曲淵に百三十
 
  「ランプの火に手をのせて熱くないんだが不思議だね」「ありや術だよ」「へえ」「術だよ、術だから仕方がない。」「出來るかね」「出來なくつて、術だもの」
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  犬がいたづらをして仕方がありません。さうして皮膚病に罹つて――仕方がないから病院へやりました。御金が入るから二週間許りで退院させました。然し病氣は中々癒らない。抛つて置くと段々蔓延すると云ふので困りました。仕舞に醫者に手紙をやつて藥を盛つて殺してくれと云ひましたら。醫者が私は是でも動物虐待癈止會員であつて苟しくも生きて居る犬を藥で殺す抔といふ殘酷な事は出來ないと云ひます。夫で仕方がないから又病院に入れました。さうしたら醫者があんまりいゝ犬でもないから入院料をまけて上げますと云ひました
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  地方の醫學雜誌抔には隨分なのがありますよ。ペスト豫防法抔とあるからどんな事がかいてあるかと思つて見るとペストの豫防法としては第一に猫を飼ふがいゝとある。雄猫なら睾丸をぬけと書いてある。
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  花月卷白いリボンのハイカラ頭、乘るは自轉車|引《原》くは※[ワに濁點]イオリン、半可の英語でペラ/\と I am glad to see you。
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   疊たゝいてねー、くどい樣だが、ようきかしやんせ、悋氣で云ふのぢやなけれども、一人でさしたる傘ならば片袖濡れよう筈がない。
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  金や太鼓でねー、迷子の迷子の三太郎とどんどこどんのちやんちきりん叩いて廻つて合はれるものならば、わたしなんぞも金や太鼓で、どんどこどんのちやんちきりんと叩いて廻つて逢ひたい人がある。
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  障子張り。「中々うまく張れた。所々波を描いてふくれて居るのはどう云ふ筋だね」「トランセンデンタル、カーヴで出來上つてる。到底普通のフアンクシヨンではあらはせないサーフエスだ」
  「キユラソー」ノ瓶と青羊羹とはコンプレメンタリー、カラー。
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  「御母さまは猫が好き」「えゝ」「どんな猫がすき」「どんなんでも」「わたし虎猫がすき、虎猫が一番可愛いわ」「虎猫つてどんな猫」「うちの猫の樣なの」「御飯をたぺたら元禄をしませう」「あら元禄だつて、雙六だは」「雙六なの? あらそれでも元禄だは」「なぜ」「なぜでも元禄なのよ、元禄をしませう」「○子さんは可笑しいのね。雙六の事を元禄だつて」
  「御姉さま、御嫁に行かなくつて」「えゝ」「どこへ行くの」「わたし○○さんの所へ行きたいのだけれども。あすこは砲兵工廠の前を通らなくつちや行けないからいやなの」「さう、それぢやいゝは、わたし一人で行くから」「わたし招魂社へ御嫁に行きたいは」
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  豚や牛を喰ふけえ〔二字傍線〕コロリやペストンにかゝるのでがんす。
  役《原》病除けのまじなひに炮烙……さあ是で大丈夫でがんす。
     ――――――――――
  雙六(元禄)、惠比壽大黒(臺所) 御茶の水(御茶の味噌) 火事でキノコが飛んできた
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  開化ノ無價値なるを知るとき始めて厭世觀を起す。開化の無價値なるを知りつゝも是を免かる能はざるを知るとき第二の厭世觀を起す。茲に於て發展の路絶ゆれば眞の厭世的文學となる。もし發展すれば形而上に安心を求むべし。形而上なるが故に物に役せらる事なし。物に役せられざるが故に安樂なり。形而上とは何ぞ。何物を捕へて形而上と云ふか。世間的に安心なし。安心ありと思ふは誤なり。
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  あの男の電光影裏も古いものだ。二十七年の大地震の時には二階から飛び下りた。
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  鏡を見る件  カゴの比較  カヾミがなければ自惚が半分減ずる譯だ
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  電車から落ちる。手はあるかと思つて見るとある。立てるかと思ふとたてる。額から何かたれるが何だらうと思ふと泥水であつた
     ――――――――――
  日本堤分署  カツレツ庭樹ニ鳴く。蒲鉾
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  一體全體絶體は……
     ――――――――――
  裁縫秘術綱要、 歡迎
     ――――――――――
  風呂
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  音樂
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  猫の讀心術
     ――――――――――
  やつちやん
     ――――――――――
  西洋人の痘痕。痘痕不滅。頬をふくらす。氣の小さいのをかくす如し
  二三間隔つて見る。鏡。あたまを五分に刈つた事。小供あばたの意味を問ふ。アバタの數。痘瘡の轉居
     ――――――――――
〔英文省略〕
     ――――――――――
 ○親ノ威光ヲ借リル細君。御大名ノ威光ヲ借リル細君。下女ヤゴロツキ書生の補助ヲカリル細君。ナカウドの威光ヲカリル細君。……他人ノ力ヲ借リテ夫ニ對スル細君ハ細君ニアラズ他人ナリ。只名前丈ノ細君デアル。二十世紀デハ妻スラ他人ナリ。况ンヤ他ヲヤ。親愛トカ交情トカ云フ者ノ存在スベキ理由ナシ。
     ――――――――――
  Pope's mule ノ kick
     ――――――――――
  昔ハ誤ツテ人ノ足ヲ踏ンダト云ツテ謝罪シタ世ナリ。今ハ故意ニ人ノ頭ヲ打ツテ其上恐レ入ラセル世ナリ。贅澤モコヽニ至ツテ勿體ナシト云フベシ。
  是ヨリ其頭ノ打チ方ヲ説明スベシ。種々アレトモ悉ク「スリ」ト擇ブ所ナシ。夫デ世ガ渡レルナラ。天道樣ハ泣クダラウ
     ――――――――――
 ○獨立セル人ノ他ノ憐ミヲ乞フ程愚ナルハナシ。故ナクシテ人ヲ賤シムヨリ下品ナルナシ。
 ○獨立セル人ハ孤立シテ天下ヲ行ク。他ノ侮蔑ヲ受クレバ他ヲ侮蔑スルノミ。陰陽剥復ハ天下ノ理ナリ。我ヲ侮ドル者ハ天子ト雖モ侮ツテ可ナリ。
  人先ヅ他ヲ侮ツテシカル後侮ラル。天下ヲ侮ドルハ天下ノ故ナキニ我ヲ侮ドルガ爲メ也。
     ――――――――――
 ○馬ノ言葉がわかつたらよからう
     ――――――――――
 ○あの書生は出てくれゝばよい。始終見て居る顔がはれる
     ――――――――――
  死ンデモ〔英文省略〕
 
斷片 ――明治三十九年――
 
     手帳の左より右へ
 
 ○〔仏文省略〕
 
  神を恐るゝ癖に人を恐れず。
  今の世の豪商とか金滿家と云ふものは常に恐れつゝある。何を恐れつゝあるかと云へば金を失ふ事と權力を失ふ事を恐れつゝある。
  金は何の爲めに失ふか。權力は何の爲めに失ふか。彼等をして金と權力を失はしむるものは何であるか。――人である。金や力を失ふのを恐れて人を恐れぬのは、濡れる事を恐れて、雨を恐れぬ盲人である。
  神の聲。世に神の聲があれば、人間の聲となつてあらはれる許りぢや。
 
  〔英文省略〕
 
     手帳の右より左へ
 
    日置長枝娘子《ヒオキノナガエガヲトメ》歌(萬葉八 四十一)
 あきづけば、をはながうへに、おくつゆの、けぬべくもわは、おもほゆるかも
    見|菟負《ウナヒ》處女墓歌一首并短歌(萬葉九ノ四十九丁ヨリ同三十五ヨリ)
 古への、ますらをとこの、あひきそひ、つまどひしけん、あしのやの、うなひをとめの、おくつきを、わがたち見れば、ながきよ《・永世》の、かたりにしつゝ、のちびとの、しぬびにせんと、たまぽこの、みちのべちかく、は《原》は構へ、つくれるつかを、あまぐもの、そきへのかぎり、このみちを、ゆくひとごとに、ゆきよりて、いたちなげかひ、佗人は、ねにもなきつゝ、かたりつぎ、しぬびつぎこし、をとめらが、をくつきどころ、われさへに、みればかなしも、いにしへおもへば、
    反歌
 いにしへのさゝだをとこの、つまとひし、うなひをとめの、おくつきぞこれ。
 かたりつぐ、からにもこゝだ、こひしきを、たゞめにみけん、いにしへをとこ、
    田邊福麻呂之歌集出
     ――――――――――
 ○甲學校ニ不平アリ、同級生を煽動して休業ス。診察料ヲ出シテ診斷書ヲ出ス。父之ヲ聞キテ肯ンゼズ校醫ノ診斷ヲ經ザレバ休校ヲユルサズト云フ。甲閉口ス。幸ニ其蕃カラ熱ガ出ル
     ――――――――――
 ○甲浪人シテ負債山ノ如シ。アル紳商其才ヲ惜ンデ某會社ノ社長ニ推ス。社長タル爲ニハ其社ノ株ヲ持タザルベカラズ。紳商因ツテ自分ノ株ヲ甲ノ名義ニ書キカヘテ甲ヲシテ社長タルノ資格ヲ具ヘシメ次回ノ重役會議ニ於テ甲ヲ社長ニ推サントス
  期末ダ至ラズシテ甲急病ニテ死ス。嗣子某ナル者アリ家督ヲ相續スレバ父ノ負債ヲ負ハザルベカラズ。負ヘバ生涯浮ム瀬ナシ。限定相續ヲスレバ紳商ノ株ヲワガ父ノ名義ニ書キ替ヘタル者ヲ父ノ財産トシテ債權者ニ按分比例デ分タザルベカラズ。紳商ハ大ナル損ヲ招ク。
  是ヨリ先キ嗣子家ニ寄食スル女某ト通ジテ二子ヲ生ム。父死シテ葬儀ヲ營ム能ハザルノミカ、固ヨリ妻子ヲ養フノ力ナシ。母一人、妹三人、弟一人と自己ト自己ノ妻子トヲ擧ゲテ悉ク人ノ助ケニヨリテ生活セザル可ラズ。而モ存外平氣ニテ恐レ入ツタル容子モナシ。
  嗣子ノ妹、嗣子ノ妻ト合ハズ。妹ハ此妻ヲ目シテ不義ノ女ナリト云フ。此妹、父ノ存生中結婚ノ約アリ。父母ニ強ヒラレタルニモアラズ、望ンダルニモアラズ。父母ヨリ意向ヲ聞カレタラバ斷ハル積リナリシト云フ。此結婚ノ約アリシ男國ヘ歸ツテ出テ來ズ。殆ンド黙々ノ破約ノ觀ナリ。父死シテヨリ相應ノ所ヘ嫁ニ行クノガ困難ニナル。年ハ段々トル
  嗣子ノ姉二人、AトBトニ嫁グ。AトBトノ關係。Aト此家族トノ關係。Bト此家族トノ關係。
     ――――――――――
 ○アル物ヲアラハス時。アル物〔三字傍点〕トアラハス〔四字傍点〕技術ガ必要デアル。從ツテアル物〔三字傍点〕ト之ヲアラハス技術〔六字傍点〕ハ別物デアル。然シアル物ハ即チ技術ノ遂行デ、技術ノ發現ハ即チアル物〔三字傍点〕ニ過ギンノダカラ。ツマリハ一ツ物デアル。一ツ物卜云フノハ同物ト云フノデハナク。一個ノ作品ノウチニアル物〔三字傍点〕ト技術ガ結ビツイテ居ル。此二ツガ含マレテ居ル。タトヘバ一物ノウチニ色ト形ガ含マレテ居ルト同樣デアル。アル意味カラ云フト色モ形モ一ツ物デアル只同物デナイノデアル。
  ダカラ事實上カラ云フト形ヲハナレテ色ナク、色ヲ離レテ形ナキガ如クアル物〔三字傍点〕ヲ離レテ技巧ナク技巧ヲ離レテアル物〔三字傍点〕ナキ譯デアル。但之ヲ放スノハ理解上便宜デアルカラデアル。人間ノ頭脳ノ發達デコノ一ツノ物ヲ離レ離レニ考ヘルコトガ出來得ルノデアル。ダカラ詩ノハジメ文ノハジメニハ質〔右○〕ト形〔右○〕ノ區別ハナカツタラウ。
  シバラク之ヲ二個ト區別シテ見ルト。(一)アル物〔三字右○〕トハ何ゾ(二)アル物〔三字右○〕ノ種類(三)アル物ノ高下抔ノ問題ガ出ル。又技術ニ就テモ同樣ノ問題ガ出ル。
  而シテ技術ハ此アル物ヲベスト、アド※[ワに濁點]ンテージニ發現スル手際デアル。ト假定スルト技術ハ手段〔二字右○〕デアル物〔三字傍点〕ハ目的デアル。必竟ズルニ技巧ハ目的ヲ達スル道具デアル。
  本來カクアルベキ筈デアル。カラシテ作品ノ價値ハ技巧ヨリモ技巧ニヨリテウマク發現セラレタル目的デ定マル。
  所ガ人間ガ段々複雜ニナツテ(ヂフエレンシエート)スルト目的ト技巧ヲ截然區別シテ見ルコトガ出來ル樣ニナル。一歩進ムト技巧丈シカ目ニツケナイ人ガ出來テクル。目的ノ如何ヲ問ハズ只技巧其者丈ヲ賞翫シテ滿足シ得ル樣ナ(スペシフハイ)サレタ鑑賞力ヲモツテ生レテクル人ガ出來テクル。Art for art's sake ハ此人ガ出來タ時ニ出現スルノデアル。アート、フォー、アート主義ハ人間ノ頭脳ノ發達分岐シテ細緻ナル觀察力ガ出來ル樣ニナツタトキ必然ノ勢トシテ起ルベキ者デアル。
  他ノ例ヲ擧ゲテ云ヘバ。寒暑ヲ防グ爲メノ目的ヲ有スル衣服ガ目的以外ノ装飾ニ意ヲ用ヰ。金其物ガ愉快ニナリ。其他色々アリ。Transferance《sic》 of emotion
  衣服や金ノ場合ハ目的|意《席》外ニ装飾又ハ無意味ノ愉快ヲ生ズルノダカラシテ。之ガ爲メニ目的其物ハヨリヨク達セラレルト云フ譯ニ行カズ。
  然シ工學士ガ橋ヲカケル技巧抔ハ技巧ガウマケレバウマイ程目的ガ餘計ニ達セラレル。此場合ニ在ツテハ技巧ハ益目的ヲ達スル爲メノ道具デアル
  文學ノ技巧ハ如何
 
 ○需用供給。 ヨキ作品ヲ出シタル人ガ、ヨキ地位ト報酬ヲ得ベキガ正當デアル。
  然ルニ大多數ノ讀者ハ趣味ガ低イ。從ツテ趣味ノ低イ者ガヨク賣レル。從ツテ趣味ノ低イ者ヲ本屋ガ歡迎スル。從ツテ高級ナ作品ヲ出ス者ハ餓死スル譯ニナル。作品ノ價値ト報酬が反比例スルト云フ妙ナ現象ニナル。
  之ヲ正ス器械的ナ方法。 高尚ナ作品ヲ喜ブ讀者ハ少數デアル。然モ作者ハ大多數ノ讀者ヲ有スル低級藝術家ヨリモ多クノ報酬ヲ得ねバナラン。從ツテ自己ノ作品ハ作品固有ノ價値ヲ付サネバナラン。即チ普通ノ著書ガ一圓ナラ五六圓デウルノガ至當デアル。然シイクラ自分丈ガ高クシテモ買手ガナケレバ仕方ガナイ。コヽニ於テ「アルタネーチーヴ」ガ起ル。少數ノ趣味のある人ガ普通ヨリ數倍高イ本ヲ買フ餘力ガアルカ又ハ是等ノ人ガ金ヲ得ルニ便宜ナ地位ニ立タネバナラヌ。換言スレパ金持チガ趣味ノアル人デアルカ又は趣味ノアル人ガ金ヲ得ナケレバナラヌ。
 (一)金持チガ趣味ガナイ。(二)金持チガ趣味ガアルト假定シテモ畫や彫刻ト違ツテ本ハ敷デコナス者デアル。金持ノ專有スル者デナイ。畫や彫刻ハタヾ一ツシカナイ。ダカラ金持チガ專有スルコトガ出來ル。然シ本ハサウ云フ者デナイ。金持ガ保護シテモ只一部シカ買ハナイ。ダカラ著|書《原》ハ左程難有味ヲ感ゼヌ。
  之ヲ逆ニ云ヘバ金ヲ得ル方ノ人ハ勞力ノ高下深淺ニ比例シテ所得アルニアラズ。從ツテ金持チハ立派ナ勞力ヲシタト云フ譯ニアラズ。即チ金持ハ金ヲ得ベカラザルニ得タ|ト《原》カモ知レナイコトトナル
〔図所為略〕  ABハ頭脳ト勞力ノ高サナリ
        ACDハ此頭脳ト勞力ニ對スル報酬ヲ示ス線ナリ。
        AC迄ハ頭脳ノ高サニ比例シテ金ノ報酬ガ増スナリ。
        Cヲ越スト頭脳ガ|ノ《原》Bノ方ニ高クナルニ從ツテ報酬ハDノ方ヘ下落シテ行クナリ。
尤モ成功シテ尤モ公平ナル取扱ヲ社會ヨリ受クル人ハ頭脳ガ(C)ノ所ニアル人ナリ。
     ――――――――――
 ○美其物ヲ愛シテ其他ヲ顧ミザル状態ハ
  (一)世間ガ何處ヲ向イテモ醜惡デ然モ之ヲ改良スル餘地ノナイトキ、此絶望ヲ苦ニセヌ爲メ、ワザト美ノ一面ニノミ眼ヲツケテ「マギラカス」。悲酸ナモノナリ。借金ヲ返却スル路ナキ故ニ壹杯ノ酒ニシバラク其心配ヲ忘ルヽガ如シ
  (二)天下太平ニシテ衣食ニ齷齪スル心配ナク。心ニ餘裕アリ。贅澤ヲスル時ト了簡アリ故ニ美ノ方面ニ着眼シテ充分ニ之ヲ味ヒ得。之ハ安樂ナリ
     ――――――――――
 ○二ト二ヲ加ヘレバ四ニナル。二ト二ヲ乘ケレバ四ニナル
  一人曰ク。何デモフタツの者ヲ加ヘタ者ト乘ケタ者トハ同結果デアル
  一人曰ク。否同數ナレバ。之ヲ二ツヨセルモ、カケルモ同ジコトニナルノデアル
  一人曰ク。二〔右○〕ダカラ之ヲ重ネテ加ヘルノモ、カケルノモ同ジニナルノダ。
     ――――――――――
 ○ウマイ者を食はせる人。うまいものを食ふ人。
  ×ウマイカラ食ハセル。眞ノ技術家デアル。(毒デモ構ハナイ)
  ×滋養ニナルカラ食ハセル。眞ニ藝術家ニアラズ。
  ×滋養物ヲ食ハセタイガ(ウマク)シテ食ハセナイト。人ガ食ハナイカラ。ウマクシテ出ス。是滋養ガ目的ニシテ技術ハ方便ナリ。
  ×滋養物モ食ハセタイ。同時ニウマクモ食ハセタイ。此二ツ目的ヲ有シテ居ル。
  食フ方
  ×但ウマイカヲ食フ。毒デモ藥デモ構ハナイ。滋養ニナツテモ不消化デモヨイ
  ×滋養ニナルカラ食フ。ウマイ、マズイハ措イテ問ハン
  ×滋養物ハ目的デアルガ(ウマイ)滋養物デナクテハ食フ氣ニナラン。
  ×滋養物も目的デアル。ウマイ者モ目的デアル。双方カネタ者ガ食イタイ。
  Purely ニ artistic ナ點カラ云ヘバ(ウマイ)者ヲ食ハセル人モ食フ人モ(此ウマイ者)ガ體中ニ入ツテドノ位ナ滋養ニナルカハ些トモ考ヘテゐナイ。全ク無意識カモ知レヌ。只食ツテ仕舞ツタアトデ(一)醫者ガ其男ノ身體ヲ解剖シテその爲此丈滋養ガツイテ居ルト指摘スルノデアル(批評家ノコト)。是ハ偶然ノ結果デ純粹ナル藝術家ノ目的デナイカモ知レナイ。然ルニモカヽハラズ。批評家ノ評論ヲ見ルト大概ハ滋養ノアルナシヲ議論シテ居ルラシイ。シカモ author 自身ガ滋養ノコトモ意識シテ(ウマイ)者ヲ製造シタカノ如クニ假定シテゐるラシイ。事實上滋養ニナレバソレデイヽガ author 自身ガソレヲ自覺シテ爲シタコトダカ、ドウダカハ疑問デアル。コトニ西洋ノ批評家ニハ此弊ガアルト思フ。甚シキハ author ニ此觀念ガナケレバ筆ヲトル可カラザルカノ如クニ云フ。(二)食ツタ當人ハ其時ハ別段ノ考モナク只ウマイカラ食ツタ所ガ二三週間スルト身體ガ肥えて來タノデ是ハ全クアノ御蔭ダナト氣ガツク。食フ時ハソンナ事ハ分力ラナイデモ差支ハナイノデアル。アトカラ考ヘテ見テ成程アノ中ニハ是丈ノ滋養分ガアツタナト始メテ合點スル。ダカラ、此斷定ハ後ニナツテ reflection カ〔ラ〕得來ル者デアル。食フ時ニ豫期スル必要モナケレバ、スグ判斷スル必要モナイ。モシウマイ者ノウチニ滋養分ガアレバ、アトニ行ツテ歴然ト出テクルノダカラシテ。失張リウマイ者ハ單ニウマイ者トシテ食ツテ置ケバイヽ。
     ――――――――――
 △森ノナカニ妖怪ガ出ル。皆恐レテ歸ル。只一人ガ平氣デ往來スル。毫モ異状ナシ
     ――――――――――
 △多人衆ガ列席ノ上デ一人ノ罪人ヲ責ム。罪人ヲ責メル役トシテ衝ニ當タラセラレタ者ハ共謀者デアル
     ――――――――――
 △教育なき者はコンナ事を人生ト思つて居る。女ハコン〔ナ〕コトを人生と思つてゐる。老人はコンナコトを人生と思つてゐる。小供ハコンナコトヲ人生ト思つてゐる。
  種々ナル人ノ人生ヲ一篇毎ニカク。最後ノ一章ニ之ヲ説明スル。
     ――――――――――
  奇麗ナ着物ヲキテ得意ニアルイテ居ル者ガアル。奇麗ナ着物ヲ奪ヘバ忽チ厭世家トナル。
  美クシイ顔ヲシテ揚々トシテアルイテゐる者ガアル美クシイ顔ヲ傷ケレバスグ厭世《原》ニナル
  キタナイ着物ヲキテ、醜イ顔ヲシテサウシテ得意ニアルイテゐるモノハドウシタラ厭世家ニナルダラウ
     ――――――――――
  過去ヲ顧ミルハ(一)前途ニ望ナキ故ナリ(二)下り坂ナルガ故ナリ(三)過去ニ理想アルガ故ナリ(四)エライ先例ガアル故ナリ
  明治ノ三十九年ニハ過去ナシ。單ニ過去ナキノミナラズ又現在ナシ、只未來アルノミ。青年ハ之ヲ知ラザル可カラズ
  子規。樗牛。伊藤博文。井上哲|二《原》郎。三井。岩崎。
     ――――――――――
  詩ヲヨンデモ文ヲ讀ンデモ其興味ハ 
〔山型の図あり、省略〕
ナル curve デ示スコトヲ得。換言スレバ興味ノ最頂點ニ達スルハ瞬時ノ間デアル。作其物ノ善惡ニカヽハラズ。カクノ如キ者ナリ。果敢ナキ者ナリ
  此 curve ト作其者ノ curve ヲ一致せシムル利害如何。此 curve ノ長サト作其者ノ長サノ curve ヲ一致セシムルノ利害如何
     ――――――――――
  現代ノ青年二理想ナシ。過去ニ理想ナク、現在ニ理想ナシ。家庭ニアツテハ父母ヲ理想トスル能ハズ。學校に在ツテハ教師ヲ理想トスル能ハズ。社會ニアツテハ紳士ヲ理想トスル能ハズ。事實上彼等ハ理想ナキナリ。父母ヲ輕蔑シ、教師ヲ輕蔑シ先輩ヲ輕蔑シ、紳士ヲ輕蔑ス。此等ヲ輕蔑シ得ルハ立派ナコトナリ。但シ輕蔑シ得ル者ニハ自己ニ自己ノ理想ナカルベカラズ。自己ニ何等ノ理想ナクシテ是等ヲ輕蔑スルハ、墮落ナリ。現代ノ青年ハ滔々トシテ日ニ墮落シツヽアルナリ。
  英國風ヲ鼓吹スル者ナ《原》リ。氣ノ毒ナコトナリ。己レニ何等ノ理想ナキヲ示スナリ。英國人ハ如何ナル點ニ於テ模範トスベキや。愚モ茲ニ至ツテ極マル。
  毎日鏡ヲ見ル者ハ昨日ノ吾ト今日の吾ト同ジト思ヘリ。今日の吾と明日の吾トモ同ジ者と思へり。かくして十年立つて始メテ十年前の吾の大ニ異ナルヲ悟ル。明治ノ世ニ住ム者モ斯ノ如シ。今年ハ明年の如く又昨年ニ似タリト思ヘリ。明治四十年ニナツテ明治元年ヲ回顧シタルトキ始メテ其變化ノ大ナルニ驚ロク。
  俗人ハ之ヲ知ラズ昨日ヲ以テ今日ヲ律シ、今日ヲ以テ明日ヲ律セントス。日月の留マ〔ラザ〕ルコトヲ知ラズ、思想ノ刻々ニ推移スルヲ覺ラズ。
  昨日迄ハ大臣ガドンナ我儘|迄《原》デモ出來タ世ノ中ナリ。故ニ今日モ大臣ナレバ何でモ出來ル世ト思ヘリ。昨日迄ハ岩崎ノ勢ナラバ何デモ意ノ如クナリタルガ故ニ今日モ岩崎ノ勢ナラバ出來ヌコトハアルマジト思ヘリ。彼等大臣タリ岩崎タル者モ亦シカ思ヘリ。彼等は自己ノ顔ヲ毎日鏡ニ照ラシテ知ラヌ間に容色ノ衰フルヲ自覺セヌ愚人ト同ジク。先例ヲ以テ未來ヲ計ラントス愚モ亦甚シ。
  カノ元勲ナル者ハ自己ヲ以テ後世ニ示スニ足ル先例ト思フベシ。明治ノ歴史ニ於テ大ナル光彩ヲ放ツ人物ト思フベシ。大久保利通ガ死ンデ以來如何ニ小サクナリタルカヲ思ハズ。木戸孝允が今日ニ至ツテ忘レラレタルヲ思ハズ。氣ノ毒ナ者ナリ
  明治四十年ノウチニ住ミ古ルシタル輩ハ四十年ハ長イ者ト心得テ其長イ間ニ名譽アル我等ハ明治ノ功臣トシテ後世ニ傳ハルベシトノ己惚ヲ有ス。
  遠クヨリ此四十年ヲ見レバ一彈指ノ間ノミ。所謂元勲ナル者ハノミ〔二字右○〕ノ如ク小ナル者ト變化スルヲ知ラズや。明治ノ事業ハ是カラ緒ニ就クナリ。今迄ハ僥倖ノ世ナリ。準備ノ時ナリ。モシ眞ニ偉人アツテ明治ノ英雄ト云ハルベキ者アラバ是カラ出ヅベキナリ。之ヲ知ラズシテ四十年ヲ維新ノ業ヲ大成シタル時日ト考ヘテ吾コソ功臣ナリ模範ナリ抔云ハヾ馬鹿ト白惚ト狂氣トヲカネタル病人ナリ。四十年ノ今日迄ニ模範トナルベキ者ハ一人モナシ。吾人ハ汝等ヲ模範トスル樣ナケチナ人間ニアラズ
     ――――――――――
  書契ナキ以前ハ口カラ口ヘ傳ヘテ長キ詩や、トラヂシヨンが傳はつたものである。シテ見ルト昔ノ人ハ書物ガナクテ、書物ト同樣ノ用ヲ口デ辨ジテ居タ。從ツテ昔ノ人ハ今人ヨリモ記憶ガヨカツタト云フ意味ニナル。換言スレバ人間ハ書物ト云フ依頼スル者ガ出來テ記憶ト云フ道具ノ力ガ鈍ツテ來タノデアル。即チ人間ハ書物ヲ發明シテ夫丈記憶ノ發達ヲ害サレタノデアル。今デモ本ノ讀メナイ人ハ記憶ガイヽ。金持ガ馬鹿ニナルノモ此理由デアル
     ――――――――――
  エライ人ヲ馬鹿ニスル程馬鹿ナコトハナイ。後世ノ人ハドウシテソンナ愚ナコトヲシタカト怪シム。然シ同時代ニ住ム者ハ矢張リ自分ト同程度ナ人間位ニ考ヘテ居ルカラシテ馬鹿ニシテモ差シ支ヘナイト思フ。
  時ガ經過シテ他ノ平凡ナ人ハ皆忘レテレテ此エライ人ガ其時代ノ代表者トシテ殘ルトキニ成程エライ人デアツタンダト氣ガ付クノデアル。後世ノ人ハ初カラ茲ニ氣ガツク。同時代ノ人ハ死ヌ迄氣ガ付カナイコトガアル。
  一時代ノ代表者ト云フニ足ル程ノ人ヲ壓迫スルノハ自分デ自分ノ腕ヲ切ツタリ、足ヲ挫ク樣ナ者デアル。後世ノ人カラ見レバ、ソレダカラ馬鹿々々シイノデアル。同時代ノ人ハソレガ當然ト心得テ居ルノデアル。
  後世ニ殘ル人ハ金持チノ名前デハナイ、華族ノ名前デハナイ。今ノ世ニ赫々タル人カラ尊敬セラレル人デハナイ。コンナ者ハイカニ生前ニ威張ルコトガ出來テモ死ネバスグ滅シテ仕舞フ。
  同時代ノ人ハ生前ニエラ|イ《原》クテモスグ忘レラレル人ト、生前ニハ別ニ權威門地ガナクテモ死後ニ生命ヲ有スル眞ノエライ人トノ區別ガ出來ナイ。出來ナイノミナラズ之ヲ逆サマニ考ヘテ居ル。――歴史ハ古來カラ口ヲスクシテ此事實ヲ繰リ返シテ居ルニモ關ハラズ、衆人ハ決シテ悟ルコトハナイ。
  エライ人ガ同時代ノ人カラ馬鹿ニサレテ怒ルノハ愚デアル。エライ人ハ決シテ同時代ノ人カラ尊敬サレル樣ナツマラナイ人間デハナイノデアル。
  同時代ノ人カラ尊敬サレルノハ容易ナコトデアル
  (一) 《原》族ニ生レヽバヨイ
  (二)華族二生レヽバヨイ
  (三)金持ニ生レヽバヨイ
  (四)權勢家ニ生レヽバヨイ
  是等ニナレバスグ尊敬サレルノデアル。然シ百年ノ後ニハ誰モ之ヲ尊敬スル者ハナイ。是等ト同等ニ尊敬サレル樣デハ到底後世ニ尊敬サレル譯ガナイ。エライ人ハ小供ニモ車夫ニモ否自己ノ妻子ニモ馬鹿ニサレルコトガアル。彼等ハ同時代ノ人間デ決シテ大、小、厚薄、深淺、等ノ區別ヲ有スル者デナイカラ、エライ人モ自分ト同等位ナ者ダト思フノハ無理ノナイコトデアル。ダカラ、エライ人ガ他カラ馬鹿ニサレル、或ハ己レノ眞價ヲ認メテレヌノヲ怒ツテ居タラバ、エライ人程不幸ナ人ハナイ。ドウセ世間ハ相手ニナラント思ツテ居レバ幸福デモ不幸デモナイ。ナマジイ、故意ニエライ事ヲ注意シテ知ラシメ樣トスルト大變ナ苦痛デアル。ト云フ者ハ適當ナ時機ガコナケレバ其眞價ハ到底認メラレル者デハナイ、自分ガイクラ世間ニ向ツテ吹聽シタツテ耳ヲ傾ケルモノハ決シテナイ。却ツテ輕蔑サレル許リデアル。馬鹿々々シクツテモ、黙ツテ居ル方ガ呑氣デイヽ。
  後世ニナレバ到底同程()人デナイ者ヲ同程度位ノ考デ併ベ稱シテ居ル樣ナ場合ハ本人カラ云フト可笑シイ位ナコトガアルカモ知レヌガ、ソレヲ辨《原》解シタツテ却ツテ世間ニハ誤解ヲ引キ起スノミデアル。濟マシテ居ルウチニ、自分ト同程度ダト見傚サレタ連中ハポツリ/\ト消えて行クノデアル。エライ人ハ、ソコガ分ツテ居ルカラシテ失望ヲシタリ、不平ヲ言ツタリ、苦痛ヲ求メタリスル必要ハナイ。――車屋カラ馬鹿ニサレテモ、小供カラ馬鹿ニサレテモ、妻子カラ馬鹿ニサレテモ、矢張リエライ人デ滿足シテ居ルガヨイ。
     ――――――――――
 △社會ハ存外公平ナモノデアル  (一章)
 △社會ハ存外不公平ナモノデアル (二章)
 △社會ニ吾ハナイモノデアル   (三章)
 △社會ハ己レデアル       (四章)
 △神、告ゲ、幽靈、等ヲ皆 suggestion ノ personification トシテ使用スル方法
     ――――――――――
  己レヲ大ニスル方法。己レノ住ンデ居ル世界ヲ遠クカラ眺メル法。遠クカラ見ルト自己ノ世界ノ高低、深淺、高下及ビ自己ト周圍トノ關係ガ歴然トワカル。
  普通ノ眼力デ遠クカラ眺メルノト、燃犀ノ眼識ヲ以テ其ウチニ居テ眺メルノトハ同樣デアル。夫ダカラ現代ヲ評スルニ當ツテ後世ノ凡人ト現代ノ巨人トハ同程度デアル。
  町内ノモノヲ己レト同程度ニ譯ノワカツタ人間ダト假定スルガ故ニ彼等ガ自己ノ見識以下ノコトヲスルトキニ其非ヲ責メタクナルノデアル。シカシ町内ノ者ガソンナニ見識家デナイト云フコトハ己レヲ遠クニ置イテ眺メレバスグ合點ノ行クコトデアル。己レト同樣ノ程度ノ生活ヲシテ、己レト同程度ニ社會上ノ地位ヲ有シテ、其他色々ノ點ニ於テ自己ト同程度デアルト思フ序ニ彼等ノ教育モ同程度ダト知ラヌ間ニ假定スルノデアル。成程教育ハ同程度ノモノガアルカモ知レヌ。然シ形式丈同ジ教育ヲ受ケタト云フ意味ト教育ノ内容ガ同ジト云フ意味トハ大變ナ違デアル。同ジ大學ヲ卒業シタカラト云ツテ、同ジ見識ヲ有シテ居ルト速斷スルト大變ナ誤謬ニナル。吾人ハ町内ノ人ガ同程度ノ生活ヲシテ同程度ノ服装ヲシテ同程〔度〕ニシヤベツテ同程度ニ形式上ノ教育ヲ受ケタト云フ點ヲ見テスグ其見識や人生觀迄ガ己レト同程度ダラウト超ユ可カラザル論理ノ畛域ヲ跨イデ仕舞フカラシテ彼等ノ行爲動作ガ己レノ豫期スル所ニ及バザルトキニ不平デアル。其非ヲ責メタクナル。失敬ダト思フノデアル。此結論ハ正シイカモ知レヌガ其假定ハ大間違デアル。夫程理窟ノ分ツタ人ガ世ノ中二澤山居ルナラバ自分ハ矢張リ凡人デアル。町内中ニゴロ/\シテ居ル様ナ者ノ一人デアル以上ハ筆ヲ執ツテ文章ヲカク必要モナイ。自己ノ所説ヲ天下ニ紹介スル必要モナイ。又天下後世ニ謠ハレル必要モナイ。苟モ自己ハ後世迄生キル資格ガアルト自信スル以上ハ、苟モ自己ヲ後世迄殘サウト決心スルカラニハ、町内ノ誰彼トハ別途ノ人間デアルコトヲ暗々裏ニ認識シタノデアル。認識スル以上ハ彼等ノ行爲言動ガ遙カニ自己ノ豫期以下ニ愚劣デアツテモ野卑デアツテモ淺薄デアツテモ驚ロクコトモ怪シムコトモ不平ナコトモナイ譯デアル。彼等ガ愚劣デ野卑デ淺薄デアレバコソ自己ハ天下後世ニ殘ル資格ガアルノデアル。一方デハ自己ガエライト云フコトヲ認メナガラ一方デハ徃來デ逢フ誰彼ノ淺薄デ野卑デ庸劣ナコトヲ憤フルハ大ナル矛盾デアル。
  先方カラ云ツテモ同様デアル。先方ト同ジ位ナ形式的ナ教育ヲ受ケテ、同ジ位ナ社會上ノ地位ヲシメテ、同ジ位ナ身ナリヲシテ居ルカラ心ノ底モ多分ハ自分位ナ者ダト假定ヲシテカヽル。コノ假定ニハヅレタトキハ程度ガ違フトハ心付カヌ。程度ハ同ジダガ性質ガ違フト思フ。程度ハ高イノデハナイ、變ツテ居ルノデアル。變物デアル。變人デアル丈ダカラシテ、自己ノ見識や料簡デ充分料リ得ル人間デアルト思フ。
  ダレダツテ自分ノ壽命ヲ知ツテ居ル者ハナイ。他人ニハ猶知レツコナイ。醫ヲ業トスル專|問《原》家ダツテ人間ノ生命ヲ勘定スル譯ニハ行カナイ。自分ガイクツ迄生キルカハ、生キタアトデ始メテ、言フ可キコトダ。八十迄生キタト云フノハ八十迄生キテ事實ガ證據立テナクテハ云ヘヌコトダ。假|定【原】八十迄生キル自信ガアツテ其自信通リニナルニシテモ八十迄生キタト云フ事實ガナイ以上ハ誰モ信ズル者デハナイ。人間ヲ知ルノモ此レト同様デアル。自己ニドノ位ナ忍耐力ガアルカ、才氣ガアルカ、記憶力ガアルカ、慈善心ガアルカ、ヤリ通シタ上デナクテハ分ルモノデハナイ。過去ガカウダカラ未來モ其位ナ程度ダラウト豫想スルノハ、今迄生キタカラ、是カラ先キモ生キルダラウト云フ様ナモノデアル。今迄ハ外界ノ境遇ガ自己ノ生活ヲ保存スル様ニウマク出来テ居タカラ生キタノデアル。是カラサキ周圍ノ状況ハドノ位變化スルカワカラナイ。ドノ位ノ變化ニ堪ヘ得ル程ノ體質デ、ドノ位以上ノ變化ニ逢ヘバ死ヌカハ過去デハ判斷ガ出來ナィ。只其場合ニ臨ンデ事實ガ證據ダテルノヲ待ツヨリ致シ方ガナイ。
  自己ガ世間ト戰爭ヲスルノデモ、戰爭ヲシツクシテ後ヲ顧ミルトキデナクテハ自己ノ戰闘力ハ知レ樣ガナイ、世間モ亦其人ガドノ位強イ人デアルカハ其人ガ死ヌ迄ノ事實ヲアトカラ纏メタ上デナケレバ一言モ云ヘル譯ノ者デハナイ。最後ニアンナ人ナラ、ヨセバヨカツタト云フ結果ニナルノハワカリ切ツテ居ツテモ事實ガソレヲ證明シナイ以上ハ到底覺レルモノデハナイ。
  ダカラシテ吾人ガ世間ト戰爭ヲスル、又ハアル者ト戰爭ヲスル場合ニハ戰爭ヲやメロ、戰爭ヲシテモ貴樣ハ勝テツコナイト教ヘテやツテモ到底承知スルモノデハナイ。矢張リ仕舞迄やツテ見テ、アヽ詰マラナイ、トウ/\駄目デアツタト落膽サセテ自覺スル迄ヤラセルヨリ外ニ道ハナイノデアル。見ス/\先ガ見エ隙イテ居ルカラ忠告シテやルノハ親切心デアルケレトモ、ソレガ合點出来ル様ナ人間ナラバ、コツチト同程度ナ者デアル。コツチト同程度ナ者ナラバ、コツチ程エラクテ、コツチ程天下後世ニ慙ル資格ガアル者デアル。ソンナ者ナラバ姶メカラコンナ愚ナコトハセン筈デアル。之ヲやり出ス樣ナ淺墓ナ者ナラバ、コチラノ見識ガ呑ミ込メテ、コチラの云フコトガ分力ル者デハナイ。ヤル丈やツテ自覺サセルヨリ仕方ガナイ。コンナ馬鹿デモ後世ニ生レルカ、利害ノ關係ノナイ祀會カラ見レバ自分ノやツテルコトノ愚ナコトハスグ氣ガツクノデアルガ因果ノ波ニ足ヲサラハレテ、アツプ/\シテ居ルウチハ人ノ云フコトガワカル者デハナイ。仕方ガナイ。
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  西洋ハドウデモイケナイで今日迄發達したる國なり
  日本はドウデモヨイで今日迄押し通したる國なり
  日本ガ西洋ト接觸シ出シタ今日カラハ、ドウデモヨキモノが漸々ドウデモヨクナクナル時機ナリ。夫故ニ今ノ日本デ先例ニノツトラントスル者ハ時勢ニ通ゼザル者ナリ
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  文士保護ヲ説ク。文士保護ハ獨立シ難キ文士ノ云フ言ナリ。獨立スルノ法ハ自己ノ作|者《原》ヲヨク賣レル樣ニスルコトナリ。世間ノ趣味ヲ開拓スルニアリ。保護ハ舊幕時代、貴族的時代ニ云フベキコトナリ。個人平等ノ世ニ保護ヲ口ニスルハ耻辱ノ極ナリ。退イテ保護ヲ受クルヨリ進ンデ自己ニ適當ナル租税ヲ拂ハシムベシ。
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  理想ハ自己ノ内部ヨリ躍如トシテ發動シ來ラザル可ラズ。奴隷ノ頭脳ニ何等ノ雄大ナル理想ノ宿リ得ル理ナシ。西洋ノ理想ニ壓倒セラレテ目ガ眩ム日本人ハアル程度ニ於テ皆奴隷ナリ。奴隷ヲ以テ甘ンズルノミナラズ、好ンデ奴隷タラントスル者ニ如何ナル理想ノ脳裏ニ醗酵シ得ベキゾ。既ニ理想ノ凝ツテ華ヲ結ブ者ナクンバ藝術ハ死屍ナリ
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  自己ハ過去ト未來ノ一連鎖ナリ。過去ヲ未來ニ送リ込ム者ヲ舊派卜云ヒ未來ヲ過去ヨリ救フ者ヲ新派ト云フ。自己ノウチニ過去ナシト云フハ吾ニ父母ナシト云フガ如シ。吾ニ未来ナシト云フ者ハ吾ハ子ヲ生ム能力ナシト云フニ等シ
  ワガ立脚地ハコヽニ於テ明瞭ナリ。(1)ワレハ親ノ爲ニ生存スルカ(2)ワレハ自己ヲ樹立センガ爲メニ生存スルカ(3)ワレハ子ノ爲メニ生存スルカ。(一)卜(三)ニアタ※[ヰニ濁點]ズムヲ加へ得ルガ故ニ吾人ノ立脚地ハ五トナルヲ得
  (a)文藝復興ハ大ナル意味ニ於テ親ノ爲メニ生存セル意義ノ大活動ナリ(但シアタ※[ヰニ濁點]スチツク)
  (b)スコツトは中世紀ナル先祖ノ爲メニ生存セル人ナリ(アタ※[ヰニ濁點]スチツク)、ラフアエル前派モ亦同ジ。マクフアーソンモ同ジ。チやタートンモ同ジ
  (c)イブセンは自己ノ爲メニ生存セル人ナリ。ニイチエモ同ジ。ブラウニングモ同ジ、キプリングも同ジ。
  (c)《原》子ノ爲ニ生存シタル者
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  人間ハ朝カラ晩迄假面ヲ被ツテ居ル。只飯ヲ食フ時丈ハ假面ヲトル。敢テトリタイカラデハナイ。トラネバ飯ガ食ヘンカラデアル。飯ヲ食フコトハ假面ヨリモ大切デアル。
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  假面ヲトランデモ飯ガ食ヘル者ハ始終ツケテ居ル。華族ダノ金持ハ是デアル。ダカラ華族や金持ハ假面ダカ本當ノ顔ダカワカラナイ顔ヲシテ居ル。
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  教育ノナイ者ハ日ニ何遍モ仮面ヲトラナクテハナラヌ。貧乏人モ日ニ幾度トナク假面ヲトル。白銅一ツヤルトスグトツテ見セル。
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  假面ガ薄クテ下カラ本當ノ顔ガ見エ透クノガ大分居ル。之ハ塵ヨケノ氣デ面ヲ被ツテ居ルノダラウ
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  假面ト云フ名ノ下セナイ、マヅイ面ヲツケテ得意ナノガアル。探偵ノツケテ居ル面ハ之デアル
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  自分ニハ大變利口ナ面ニ見エテ他人カラハ馬鹿氣テ見エル假面ガアル。占者ノ假面デアル
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  大人ノ樣デ頗ル若イ面ガアル。中學生ノ假面デアル
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  自分ニモ人ニモ愚ニ見エル假面ガアル。教師ノ假面デアル
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  小便デ假面ヲ洗ツテ居ル者ガアル。何年立ツテモ臭イ假面ダツタサウダ
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  一生懸命ニ假面ノ鼻ヲ削ツテゐる者ガアル。持主ハ何年立ツテモ痛クナカツタサウダ
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  假面ノ上ニ御白粉ヲツケルノガ居ル。イクラツケテモ本當ノ顔ハキタナカツタサウダ
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  エラサウデ詰ラナイ假面ガアル。學士ノ假面デアル
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  戀ハ剥ゲ易イ假面デアル。
  忠君愛國ハ都合ノイヽ假面デアル。
  耶蘇ノ假面ハ惡魔ノ被ルモノデアル。英國人ハコレデアル
  孔子ノ假面ハ盗跖ガ盗ンデ行ツタ。支那人ハコレデアル。
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  虚榮ハ戀ノ假面ヲ被ル。戀ヲタヽキ壞ハスト、スグ知レル。
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  博士ノ假面ハ死ヌト消えテナクナルサウダ。
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  占者ノ假面ヲ信仰シテ居ル者ガアル。裏側ノ方ヘ舌ガ出テ居ルノガ難有イノダサウダ。
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  ▲一人曰く圓なり。一人曰く方なり。固く執つて下らず。第三者ニ行ツテ之ヲ質ス。第三者曰くどうでもよい。二人呆然タリ。一人ハ圓ノミヲ知ル。一人ハ方ノミヲ知ル。故ニ己レヲ是トシテ他ヲ非トス。第三者ハ圓ヲ知リ又方ヲ知ル。故ニドウデモヨイト云フ。而シテ二人ハ第三者ヲ以テ愚トナス
     ――――――――――
  ▲道義上醜ナル者、怪ナル者、卑ナル者、ヲ容レテ平然タル者ヲ廣イト云フ。之ヲ容レヌ者ヲ狹イト云フ。世間デハ容レル〔三字傍点〕ト云フヲ賛辭ニ用ヰ、容レヌ者ヲ貶辭ニ用ヰル。而シテ何ガ故ニ廣イ人ガヨクテ、狹イ人ガ惡イノカヲ考ヘヌ。廣イノハ只廣イノデ、狹イノハ只狹イノデアル。上下ノ區別ハナイ筈デアル。
  清濁併呑ムト云フコトハ(一)清濁ノ區別ノ出來ヌ人(二)感覺ノ鈍イ人(三)是非ニ關セズ、アル事ヲ成就セントスル人。コノ三種ノ人ハドツチカラ云ツテモ、ホメラレル可キ人ニアラズ
  惡ヲ容レヌト云フ人ハ(一)善惡ノ區別ノ出來ル人(二)感覺ノ鋭敏ナル人(三)是非其モノガ目的デ、是非以外ニ目的ヲ有シテ、惡人ヲ惡人ト知リナガラ、之ヲ利用スルガ如キ下等デナキ人
 右ニヨツテ見レバ人ヲ容レル〔五字傍点〕ト云フ人ヨリモ人ヲ容レヌ人〔六字傍点〕ノ方ガ健全デアル。高尚デアル。純潔デアル。
  然シ容レラレル人、容レラレヌ人ノ側ヨリ云ヘバ此評價ハアベコベニナル。
  下等ナ者デモ己レヲ容レテ呉レルカラ褒メルノデアル。
  上等ナ者デモ己レヲ容レテ呉レヌカラクサス〔三字傍点〕ノデアル。
  褒メルノモ、クサス〔三字傍点〕ノモ皆人ノワレニ對スル利己主義カラ來ルノデアル。ソレニ心ヅカズシテ、廣イ人ト云ハレヽバ喜ビ、狹イ人ト云ハレヽバ不平ナノハ無暗ニ人ノ煽動ニ乘ルト同樣ナモノデアル。
     ――――――――――
 △怒ルノモ假面デアル、泣クノモ假面デアル。笑フノモ假面デアル。本人ハ假面ヲ被リナガラ、之ヲ眞面目ト心得テ居ル。愚ナコトダ。日本デモ西洋デモ死ヌ時ニ云フコト丈ハ眞面目ナ者ダトシテアル。本當ヲ云フト是モ假面デアル。只云フや否や死ンデ仕舞フカラ、其假面タルコトヲ證據立テヽ見セル機會ガナイノデアル。
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  尤モ可笑シイノハ女ノ涙デアル。女ノ泣クノハ、ソラ涙ガ多イ。タマニハ本當ノ涙ヲ出シタ積デ本人丈ハ泣イテ居ル。所ガソノ涙ガ大々的ノソラ涙デアル。男ニモヨクコンナ事ガアル。
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  世ノ中ニ笑フ可キコトハ甚ダ多イ。泣クベキコトハ殆ンドナイ。皆假面デアルカラデアル。笑フ可シト云フノハ假面ヲ被ツテ眞面目ナ氣デ居ルカラデアル。假面其物ハ笑フベキコトモ何トキナイ
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  尤モ淺薄ナ假面ノ例ニハ貴婦人抔ノ慈善事業ガ一番イヽ。本人ハ眞ニ慈善ノ氣デ居ル。實際ハ虚榮ノホカニ何ノ意味モナイ。女ハコンナ淺薄ナ假面サヘ剥イデ自分ヲ研究スル能力ノナイワカラズ屋デアル。單ニワカラン丈デハナイ、ソンナ勇氣ガナイノデアル。
  單ニ勇氣ガナイノデハナイ、シカク己惚ガ強イノデアル。
  身分ノイヽ上品ノ樣ナ女ニハ猶々コンナ己惚ガ強イ。ダカラ彼等ハ地獄ヘ落チテ然ル可キ罪ヲ持チナガラ、死ヌ迄神ノソバヘ行カレルト思ツテ居ル。世ニ女|抔《原》幸福ナモノハナイ
     ――――――――――
  面白イ世ノ中ダト云フ者ハ小供カ馬鹿デアル。苦シイ世ノ中ダト云フノハ世ノ中ヲ買ヒ被ツタ者ノ云フコトデアル。世ノ中ハ自殺ヲシテ御免蒙ル程ノ價値ノアルモノニアラズ
     ――――――――――
〔英語混じりの図あり、省略〕
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  三ノ人物ヲ取ツテ相互ノ關係ヲ寫ストキ此六個ノ分岐ヲ生ズ。之ヲ交錯シテ互ニ用ゐるトキ無限ノ波瀾ヲ生ズ
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 △悲劇ト喜劇ハ同ジ物ナルコト
 △神經衰弱デアル
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  遊離的文素(色々種類ヲ擧グベシ) 戀愛ハ serious ナル要素ノ如タニシテ又一面ニハ此遊離的ノ素質ヲ帶ブ。之ガ爲メニ戀愛專|問《原》ノ文學ハ滑稽文學、諷逸文學、解脱文學ト同樣ナル趣ヲアル點ニ於テ認ム。現今ノ戀愛文學ガ何ダカ飽キ足ラヌト云ハルヽ一源因ニハ如何ナル理由アルカト考ヘレバ、極端ノ戀愛文學ヲ想像シテ見レバ分ル。極端ノ戀愛文學ハ一種ノ遊戯文學デアル。而モ戀愛ナル者ハシリアスナル人生ノ要素トシテ著者ニヨリテ描カレ、又讀者ニ因ツテ期待セラル。カクノ如クニシテ其結果ハ遂ニ一種ノ遊戯文學ニ終ル故ニ讀者ハ何トナク不滿ナノデアル。ダカラ此遊戯的ナ量ヲ減ジテ實際ノ生活問題ニ觸レタ者ヲ加味スレバ戀愛モ大ニ眞面目ナモノニナル。而シテ讀者ガ首肯スルコト受合ナリ
     ――――――――――
  禮義ハ文法ノ如シ。文法ガ文章ヲ作リ能ハザル如ク、禮義ハ人格ヲ作ルコト能ハズ、今ノ世ノ紳士ノ資格ト云フノハ禮義ト云フ意味ナリ(尤モヨク解釋シタ所デ)是猶文法ニ合セル文章ヲ見テ名文ナリト騷ギ立テルガ如シ
     ――――――――――
  服装抔ニ好ミノアル人ガ反ツテ「ハイカラ」に見えズシテ、其方ニアマリ趣味ナキ人ガ却ツテハイカラニ見える事あり。是はこんな譯である。前者はいかに凝ツタナリをしてもそれをよく着こなして居る。後者ハ左程に品物ヲ撰ばざるにも關はらず、己れが着けたものをこなし〔三字傍点〕て居らん。だから一方は自然ニ見えて、一方は不自然に陷る。言ヲ換えて云へば前者は嚴密なる嗜好ノ試驗ニ及第セルモノヽミヲ、アツメテ身につけて居るにも拘はらず其選擇ノ際ノ苦心や、愉快や、自慢に拘泥シテ居ラン。恰モ裸體デ居ルト一般ノ心持チデ居ル。然ルニ他ハ左程ニヤカマシク衣装道具ヲ詮議立てをせぬ癖にどこへ行つても、いつ迄も己れの服装に拘泥して居る。百姓が大禮服ヲつけた樣なものである。
  して見るとハイカラと云ふ語は一寸考へると服装丈で極る樣デアルガ一歩進ンデ考へると是ハ當人ノ氣ノ持ち樣。心の態度である。
  そこで文章もその通りである。一字一句を吟味して苟もせぬからして、何だか不自然で窮窟に見える。又ハ厭味が多いと言ふ(換言すれば作つた文章はいかぬ。行雲流水ノ樣に天眞爛|※[火+曼]《原》に飾らない所がいゝ)と云ふのは一應尤もの樣だが、句を撰み、字ヲ練る事が必ず不自然になるとは云へない。嚴密にエリ好ミをして、飽く迄スキ嫌をして。そして其句其字を平氣〔二字右○〕、自然〔二字右○〕に、何の苦もなく。拘泥センデ使ヒコナシテ居レバヨイノデアル。イクラ字句ヲ關ハズニ書イテモ、書イタ所ヲ見テ何トナク拘泥シテ居ル、始終氣ニシテ居ル、自分で自分ヲ、始終批評シナガラ進行シテ行ク樣デハ讀者ハ反ツテ「キザ」な文章家だと思ふ。なぜコンナ結果ガ起ルカ心理的ニ説明スルト面白イ。説明略ス
     ――――――――――
 △空想。 庭前の景色カ何カヲ見テ過去ヲ考ヘテ居ル。茫然トシテ居ル所ヘ。「アナ夕御飯デス」ト妻君ガ出テ來ル
     ――――――――――
 △若イ男卜女ノ會話ヲカク。戀ニ似テ戀デナイ樣ナ。ツヤガアツテ厭味ノナイ者
     ――――――――――
  人ノ感化ヲ受ケルト云フコトハ偉大ナ人ニ接シタ場合ニヨクアルコトデ、常ノ場合ニハ起ラナイト考ヘルノハ間違デアル。感化ハ微細ナ程度ニ於テ常人ガ接觸ノ際ニ始終起ツテ居ル。感化ト云フト一種ノ特別ノ意味ガアル樣ダガ實際ハ双方ノ呼吸ガ合フコトデアル。或ハ双方ノ近似スルコトデアル。近似スルト云フ意味ハ甲ガ乙ヲ己レニ似タ者ニ變化サセ、乙ハ又甲ヲ己レニ似タ者ニ變化サセ樣トシテ、ソレデ双方ノ間ニ一種ノ調停的變形ガ出來ル。片方ガ片方ヲ「モヂフワイ」スル程度ガ強ケレバ強イ程人格ノ判然シタ人ト云フ。此働キハ二十分、三十分ノ間ニモ起ル。二十分三十分ノ間ニ會談ヲシテ居ルノハ即チ互ニ感化シ合ツテ居ルノデアル。感化シ合ツテ居ル證據ニハ二十分デモ三十分デモ話ガ出來ルノデアル。シカシ斯樣ナ感化ハ本人自身ハ意識セズに濟ンデ仕舞フ。
 
〔図有り、省略〕
     ――――――――――
〔図有り、省略〕
     ――――――――――
〔図有り、省略〕
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  第一ハ普通ノ場合ナリ。第二ハ左程多カラズ。小供ガ先生ノ前ニ出タリ。青年ガ長者ニ接シタル場合ニ起ル。第三の(2)ノ一ノ場合ハ車夫ト碩學ト對シタル場合ノ如シ。双方度外視セザルヲ得ヌ故ニ斯ノ如シ。坊主ト金滿家モ然リ。第三の(2)ノアトノ場合ハ非常ニ多シ。世ノ中ハ是ヲ以テ充滿ス。而シテ其場合ノアル者ハ全ク自滅ニ了ル。傍カラ見レバ氣ノ毒デアル。然シソレガ其物ノ性質ダカラ仕方ガナイ。人間ノ心ノ根底ニ働ク大原動力ハカウデアル。――他人ヲ悉ク己レノ樣ナ者ニシタイ。――其又奧ニヒソム原動カニ曰ク、世間ガ己レト同ジ樣ナ者ニナツタトキ自己ハ心丈夫デアル。――ダカラ自分ヲ心丈夫ニスル爲メニ人ハヨク自滅スルノデアル 換言スレバ自己ノ目的ト反對ノ結果ヲ來ス。此結果ヲ豫期シテアル所デ我慢スル者ヲ智慧ノアル者ト云フ。反對ノ結果ガ出テ始メテ悔ユル者ヲ馬鹿ト云フ。反對ノ結果ガ出テモ氣ガツカズニ死ヌ者ヲ本能性ノ人間ト云フ。而シテ女ハ多ク此本能性ニ屬ス。或ハ馬鹿ノ部ニ屬ス。智慧者ニ屬スル女ハ頗ル少ナイ。女ノ智慧ハ一日ノ智慧デアツテ、根本的ニハ本能性デアル。ダカラ女ノ智慧ヲ猿智慧ト云フ。
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  國史ヲ專|問《原》間ニシタ人ガ來テ私モ妻ヲ貰ツテ子ガ出來タ。是カラ金ヲタメネバナラヌ。是非共子供ガ修業ノ出來ル程貯蓄ヲシナケレバナラヌ。然シドウシタラ好イデせウ。
  ドウシタラ國史デ金ガトレルダラウト云フ質問程馬鹿氣タコトハナィ。國史ハ金ニナル者デハナイ。學者ニナル者デアル。國史ヲ修メテ金ヲ取ル工夫ヲ考ヘルノハ北極ヘ行ツテ虎狩ヲ工夫シテ居ル樣ナ者デアル。一般ノ世人ハ勞力ト金ノ關係ニ於テ大ナル誤謬ヲシテ居ル。彼等ハ相應ノ學問ヲスレバ相應ノ金ガ取レル見込ノアル者ダト考ヘテ居ル。ソンナコトハドウ考ヘタツテ成立スル譯ガナイ。學問ハ金ニ遠ザカル器械デアル。金ガ欲シケレバ金ヲ目的ニスル實業家トカ、商人ニナルガイヽ。學者ト町人トハ丸デ別途ノ人間デアツテ、學者ガ金ヲ豫期シテ學問ヲスルノハ町人ガ學問ヲ目的ニシテ丁稚ニ住ミ込ム樣ナ者デアル。
  ダカラ學問ノコトハ學者ニキカナケレバナラナイシ、金ガ欲シケレバ町人ノ所ヘ持ツテ行クヨリ外ニ致シ方ハナイ。學問即チ物ノ理ガワカルト云フコトト生活ノ自由即チ金ガアルト云フコトハ獨立シテ關係ノナイノミナラズ反ツテ反對ノモノデアル。學者ダカラ金ガナイノデアル。金ガアルカラ學者ニナレナイノデアル。學者ハ金ガナイ代リニ物ノ理ガワカルノデ、町人ハ理窟ガワカラナイカラ其代リニ金ヲ持ツテ居ルノデアル。
  ソレヲ知ラナイデ金ガアル所ニハ理窟モアルト考ヘルノハ愚ノ極デアル。而シテ世人一般ハサウ考ヘテ居ル。アノ人ハ金持チデ世間ガ尊敬シテ居ルカラシテ、理窟モワカツテ居ルニ違ヒナイ。カルチユアーモアルニ極ツテ居ル。其實ハカルチユアーガナイカラシテ金ヲ抱イテ居ルノデアル。自然ハ公平ナ者デ一人ノ男ニ金モ與ヘカルチユアーモ與ヘル程贔屓ニハセンノデアル。此見易キ道理も辨ゼズシテカノ金持チ共ハ己惚レテ自分達ハ社會ノ上流ニ位シテ一般カラ尊敬サレテ居ル。ダカラシテ世ノ中ニ自分達程理窟ニ通ジタ者ハナイ、ダカラ學者ダラウガ何ダラウガ己ニ頭ヲ下ゲネバナラント思フノハ憫然ナ次第デ、コンナ考ヲ起スノモソレ自身ニカルチユアーガ缺ケテ居ルト云フコトヲ證明シテ居ル。
  譯ノワカラヌ彼等ガ己惚レルノハ到底濟度スベカラザルコトト致シテ他人カラモ其己惚ヲ尤モダト認メルニ至ツテハ愛想ノ盡キル程ナ見識デアル。ヨク云フコトダガ、アノ男モアノ位ナ社會上ノ地位ニアツテ相應ノ財産モアルカラ、マンザラ、ソンナ、譯ノワカテナイコトモ無カラウト、豈計ランヤアル場合ニハ、ソンナ社會上ノ地位ヲ得テ相應ノ財産ヲ有シテ居レバコソ譯ガワカラナイノデアル。社會上ノ地位ハ何デキマルト云ヘバ、(1)カルチユアーデ極マル場合モアル(2)門閥デキマル場合モアル(3)藝デキマル場合モアル(4)金デキマル場合モアル、而シテコレハ尤モ多イ。コンナニ色々ノ標準ガアルノヲ混同シテ金デ相場ガキマツタ男ヲ學問デ相場ガキマツタ男ト相互ニ通用スル樣ニ考ヘテ居ル。殆ンド盲者モ同樣デアル。
  金デ相場ノキマツタ男ハ金以外ニ融通ハキカナイノデアル。金ハアル意味ニ於テ貴重ナ者デアル。彼ハ此貴重ナ者ヲ擁シテ居ルカラ世人カラ尊敬サレル、是モ誰モ異存ハナイ。然シ金以外ノ領分ニ於テ彼ハ幅ヲ利カシ得ル人間デハナイ、金以外ノ標準ヲ以テ杜會上ノ地位ヲ得ル人ノ仲間入リハ出來ナイ。モシソレガ出來ルト云ヘバ學者モ金持チノ領分ヘ乘リ込ンデ、金錢本位ノ領分内デ威張ツテモイヽ譯ニナル。彼等ハサウハサセナイ。然シ自分丈ハ自分ノ領分内ニ大人シクシテ居ルコトヲ忘レテ他ノ領分迄ノサバリダサウトスル。ソレガ必竟ズルニ物ノワカラ〔ナ〕イ人々ダト云フコトヲ事實上證據立テヽ居ル。
  金ハ努力ノ報酬デアル。ダカラ努力ヲ餘計ニシタモノハ餘計ニ金ガトレル。コヽ迄ハ世間モ公平デアル。(否是スラモ不公平ナコトガアル、相場師抔ハ努力ヲセンデ金ヲトツテ居ル)。然シ一歩進メテ高等ナ努力ニ高等ナ報酬ガ伴フカヨク考ヘテ見ルガイヽ。報酬ト云フ者ハ眼前ノ利害ニ最モ影響ノ多イ事情丈デキマルノデアル。極メテ實際的ノモノデアル。眼前以上ノ遠イコト、高イコトニ努力ヲ費ヤス者ハイカニ將來ノ爲メニ國家ノ利益ニナラウトモ報酬ハ減ズルノデアル。ダカラ今ノ世デモ教師ノ報酬ハ小商人ノ報酬ヨリモ少ナイ。ダカラシテ努力ノ高下デ金ノ分配ハ定マラナイ。從ツテ金ノアル者ガ高尚ナ努力ヲシタトハ限ラナイ。換言スレバ金ガアルカラ人間ガ高尚ダトハ云ヘナイ。金ヲ目安ニシテ人ノエライ、エラクナイヲキメル譯ニハ行カナイ。ソレヲ無茶苦茶ニ金ガアルカラエライ/\ト騷グノハ何ノ事ダ。金持モ金ガアルカラ自分ガエライ何デモワカツテ居ル。學者ト喧嘩ヲスル資格ガアル。學問ノアル高尚ナ考ヲモツテ居ル、氣品ノアル人々ノ頭ヲ下ゲサセルコトガ出來ルト自信シテ居ルノハ驚ロイタ者ダ。一寸考へテ見ロ。自分ガ病氣ヲスレバ醫者ニ頭ヲ下ゲナクテハナルマイ。イクラ金ガアツタツテ自分デ藥ハ盛レマイ。醫者ハ其代リニ貴樣ノ金ニ頭ヲサゲル。サウシテ相應ノ報酬ヲトルノデアル。病氣ヲシタトキニハ醫者ニ頭ヲ下ゲルコトヲ知リナガラ、趣味トカ、嗜好トカ、氣品トカ人品ト云フコトニ關シテハ學問ノアル高尚ナ理窟ノワカツタ人ニ頭ヲ下ゲルコトヲ知ラン、ノミナラズ却ツテ金ノ力デソレ等ノ頭ヲ下ゲサセ樣トスル。之ヲ旨蛇ニ怖ヂズと云ふのである。學問ノアル人、ワケノ分ツタ人は貴樣等ガ金ノ力デ世ノ中ニ利益ヲ與フルト同樣ノ意味ニ於テ、其學問ヲ以テ其ワケノ分ツタ頭ヲ以テ世ノ中ニ利益ヲ與フルノデアル。ダカラシテ立場コソ違エ、對等ニシテ毫モ冐スベカラザル地位ニ立つてゐるのである。學者がもし金ノコトになつたらば、自己ノ本領ヲ棄てゝ、貴樣等の領分に入るのだから貴樣等ニ頭ヲ下げるのが順當だらう。同時に金以上の趣味トカ文學トカ人生トカ社會とか云ふ問題に關しては貴樣等の方が學者ニ頭ヲ下げねばならぬのである。今貴樣等と學者の間ニ葛藤ガ起つたとする。其問題がもし單ニ金の問題なら學者は初手から無能力である。然しそれが人生問題である道徳問題である。社會問題である以上は貴樣等は最初からして口を開く權能はないものと覺悟をして絶對的ニ學者の前ニ服從せんければならん。岩崎は別莊を立て連ねる事に於て天下の學者を壓倒してゐるかも知らんが社會、人生、の問題ニ關しては小兒の樣なものである。三歳の兒童と一般である。十萬坪の別莊を八ツ山に建てたから天下の學者を凹ましたと思ふのは凌雲閣を作つたから仙人を恐れ入らしたと考へる樣なものだ。
  商人ガ金ヲ儲ケル爲メニ金ヲ使フノハ學問上ノコトデ誰モ容喙ガ出來ヌ。然シ商買上ニ使ハズシテ人事上ニ使フトキハ、ワケノ分ツタ人ニ聞カ|ヌ《原》バナラヌ。サウシナケレバ社會ノ惡ヲ自ラ釀造シテ平氣デ居ルコトガアル。今ノ金持チノ金ノアル部分ハ常ニ此惡ヲ釀造スル爲ニ用ヰラレテ居ル。夫ト云フ者ハ彼等自身ガ金以外ニハ取柄ノナイ者ダカラデアル。學者ヲ尊敬スルコトヲ知ランカラデアル。教ヘテやツテモ分ランカラデアル。災ハ必ズ己レニ歸ル。彼等ハ是非共學者文學者ノ云フコトニ耳ヲ傾ケネバナラヌ時期ガクルモシ耳ヲ傾ケネバ社會上ノ地位ヲ保テヌ時期ガクル。
     ――――――――――
 △
  (1)學問ノアル高尚ナル學者
  (2)悲酸ナル家庭ニ生レテ漸ク卒業シタル人
  (3)絞|滑《原》ニシテ假面ヲ被ル男
  (4)華族ノ馬鹿ト驕悍ナル夫人
  (5)只美的ナコト許リヲ好ム人
  (6)淺ハカニシテ、意志モ、感情モ、足ラヌ妻君
     ――――――――――
  カラダの局部ガドコゾ惡イト、ソコガ氣ニカヽル。何ヲシテモソレガ、コダワル者デアル。極メテ健全ナル状態ニアル人ハ自己ノ身體ヲ忘レテ居ル。一點ノ局部ダニワガ注意ヲ集注ス〔ル〕箇所ガナイカラ、樂々ト豐カナルノデアル。アル人ガ瘠せテ蒼イ顔ヲシテ居タカラ、君ハ胃ガ惡イダラウト尋ネテ見タ。スルト其人ガ答ヘテ胃ハ少シモワルクナイ、其證據ニハ僕ハ此年ニナツテモ未ダニ胃ガドコニアルカ知ラナイト云ツタ。其時ハ頗ル可笑シイト思ツタガ、ヨク考ヘテ見ルト大ニ悟ツタ言葉デアル。此人ハ胃ガ健康ダカラ胃ニ拘泥スル必要ガナイ、ソコデドコニ胃ガアツテモ構ハナイノダラウ。自由ニ飲食ヲシテ毫モ苦痛ヲ感ゼズニ安々トシテ居ル。是ハ胃ニ於テ悟ツタ者デアル。胃ヲ擴張シテカラダ全體ニ就テモ同樣ノコトガ云ハレル。カラダヲ擴張シテ精神状態ニ於テモ同樣ノコトガ云ハレル。一徳ニ秀デタ者ハ兎角其徳ニ拘泥シタガル。一藝ニ秀デタ者モ亦稍トモスルト其藝ニ束縛セラレ勝ナ者デアル。然シ自己ノヨイ所ハ考ヘ方デスグ忘レルコトガ出來ル。然シ自己ノ缺點や、過失や、惡事ニ至ルト中々拘泥シテ容易ニ解脱スルコトガ出來ヌ。百圓モ二百圓モスル帶ヲシメテ女ガ音樂會ヘ行クト此帶ガ妙ニ氣ニナツテ音樂ガ耳ニ入ラヌコトガアル。是ハ帶ニ拘泥スルカラデアル。帶ガ崇ツテ居ルノデアル。然シ人ニ自慢ニナル方ハ忘レルコトモ容易デアル。立派ナ服装ヲシテ冷飯草履ヲハイテ、アル席ヘ臨ムト此草履ガ氣ニナル。昔シ去ル所デ一人ノ客ニ紹介サレタトキニ御辭義ヲシテ下ヲ向イタラ其男ノ靴足袋の片々ガ破レテ親指ガアラハレテ居タ。余ガ下ヲ向クト殆ンド同時位ニ此男ハ滿足ナ方ノ足ヲ片方ノ足ノ上ヘ乘セテ靴足袋ノ穴ヲ塞イダ。此男ハ靴足袋ノ穴ニ拘泥シテ居タノデアル。
  シテ見ルトアル局部丈ガ見《原》立ツ(ノ)ハ(善カレ惡カレ)ソレガ束縛ニナル拘泥ノ種ニナル。自分ガ拘泥スルト云フノハ他人ガ其注意ヲ集注スルト思フカラデ、ツマリハ他人ガ拘泥スルカラデアル。從ツテ之ヲ解脱スルニハ二ノ方法ガアル。(一)ハ他人ガイクラ拘泥シテモ自分ハ拘泥セヌコトデアル。人ガ目ヲ峙テヽモ、耳ヲ聳ヤカシテモ、冷評シテモ罵詈シテモ、自分丈ハ拘泥セズニ勝手ニ振舞フノデアル。大久保彦左衛門ガ盥デ登城シタ樣ナモノデアル。或ハ無頓着ニ立派ナ衣服ヲツケテ、イクラ人ガヂロ/\見テモ平氣デ居ルノデアル。(華族サン抔ハ習慣カラシテ此解脱ノ域ニ達シテ居ルノガ大分アル、ト云フ者ハイクラ、人カラ立派ナ着物ニ見エテモ自分丈ニハ當然デアル、人ノ目ヲ惹クニ足ル者デナイ、ヨシ人ノ目ヲ惹イテモ自分ニハ自然デアルト思ツテ居ルカラデアル)或ハイクラ冷飯草履ヲハイテモ、トンチンカンな服装ヲシテモ毫モソレニ苦シメラレテ居ランノデアル、何ノ(コダワリ)モナクトンチンカンの衣装ヲツケテ居ル。物質界ニ重キヲ置カヌ人、耶蘇トカ釋迦トカ云フ人ハコレデ濟ムノデアル。(ニ)ノ解脱法ハ少々違ツテ居ル。之ハ拘泥ヲ脱スルノデハナイ。拘泥スル必要ノナイ樣ニスルノデアル。言ヲ換えて云へば妄リニ人ノ注意ヲ惹イテ其反射デ自分迄苦ニナル樣ナ態度トカ服装トカヲ避ケルノデアル。タトヘバ(1)服装ノ一局部ガ他ト著ルシク目立ツ樣ナコトヲ避ケル。――即チ全體ノ調和カラシテ人ノ眼ニモツカズ、自分ガ見テモ自障リノ箇所ガナイ樣ニスル(2)言語動作デモ其一部ガ無暗ニ高ク飛ビ出ス樣ナ突飛ヲ避ケル。始終同ジ樣ナ態度ヲ保ツコトヲ力メル(3)服装全體ニ就テ云ヘバ、自己ノ服装ガ他ノ服装トアマリ懸ケ離レテキラビやカデアルトカ恰好ガ違フトカ云フ懸隔ヲサケル。(4)言語、思想、全體カラ云ヘバ自分ト人トノ間ニ無暗ナ調子ハヅレガナイ樣ニシテ行ク。――カクノ如ク他ヲ眼中ニ於《原》テ、始終氣ヲクバル結果、他ヲ眼中ニ置ク必要ノナイ程度迄ニ己レヲ自由ニスル。然シドコ迄モ差別觀カラ出立スルノデアルカラシテ、他卜自己トヲ全然同一ニハセヌ、同ジ樣デド|カ《原》カ違フ然シドコガ違フ|ガ《原》一寸見テハ分力ラナイ樣ニスル。然シ其道ノ黒人ガ見ルトスグワカル樣ニスル。――結城紬ヲキテ手織木棉ト見セテ居ル樣ナ者デアル。
  右ノ解脱方ノウチ(一)ハ自己ガ本位デアル。非常ニ自己ガエライ人、若クハ他ヲ念頭ニ置ク必要ノナイ程ナ權力アル人(學者デモ、宗教家デモ、或ハ外部ノ權威者ナポレオン、豐太閤デモヨイ)ガヤル解脱法デアル。ニイチエ、イブセンノ主唱スル理想ハコヽデアル。
  (二)ハ普通ノ俗人ノ解脱法デアル。此解脱法ヲ得タル人ヲ列擧スレバ
  (1)昔シ風ノ江戸ノ町人及ビ其妻女ノ趣味
  (2)藝妓、粹人、等ノ解脱
  (3)西洋ノ一般ノジエントルマン
   其他色々アリ
  (二)ノ人ヨリ(一)ヲ見ルト氣違ニチカイ。決シテヨク見エル譯ガナイ。又決シテ自分ガやリタイト思ハナイ
  (一)カラ(二)ヲ見ルト、依然トシテ拘泥シテ居ル。拘泥ノウチニ拘泥ヲ脱シテ得意デアル。ソレデ世ノ中ヲ知リヌイタ、コレガ御手本ダト高慢ブツテ居ル。ソコガ頗ル可笑シイ。ダカラ西洋ノゼントルマンは一方カラ見ルト悉ク可笑シイノデアル。然ルニ彼等ハ他ヲ笑ツテ野暮ダ開化ノ禮ヲ知ラヌト云フ。水ニ住ンデ居ルカラ、陸ノ樣子ガ不案内ナノデアル。
  カクノ如クニシテ學者趣味、精神趣味、俳諧趣味、坊主趣〔味〕ト町人趣味、粹人趣味、藝者趣味、ゼ|ル《原》トルマン趣味トハ根本ニ於テ一致シ難キモノデアル。双方ヲ見ル眼ノアル人ガ双方トモワカルノデアル。双方トモ知ル人力ラ一方ニカタマツテ是非其デナクテハイカヌト云フ連中ヲ見ルト可笑シイノデアル。貴樣モ是非カウシロトセマル時ニハ馬鹿野郎ト云ハネバナランノデアル。モースコシ修業シテコイト云ヒタクナルノデアル。ダカラ廣クワカリ、大キク考ヘテ居ル人ハカヽル偏狹ニシテ固陋ナルフヒリスタイン即チ英國ノ紳士流ノヤリ口ヲ攻撃シテモー少シ一般ノ人ノ眼ヲアケテヤラネバナランノデアル。東洋ノ一部ニハ夫ヨリモ偉大ナル解脱法ガアルコトヲ教ヘネバナランノデアル。今ノ世ニ英國ノ紳士ヲ模セヨ模セヨト云フノハ日本橋邊ノ町人ノ樣ナ氣風ニナレ/\ト云フ樣ナ者ダ。ダカラ普通ノ英國趣味ヲ鼓吹スル抔ト號スル者ハ皆一知半解ノ俗物デ、我等ガ大ニ是カラ攻撃セネパナラン愚輩デアル。
  文章ニモ此論法ガアテハマル。拘泥セヌノハ結構デアル。然シ拘泥中ニ拘泥センノト、超然トシテ拘泥センノトハ丸デ趣ガ違フ。
  拘泥スル種ニナル樣ナコトハ一切カヽンカラ、拘泥シテ居ナイト見エルノモアル。拘泥スベキコトヲイクラデモ書イテ然モ拘泥センノガアル。是等ヲ見分ケルノヲ趣味ノ修業ト云フ。趣味ノ修業ハサウ一朝ニ出來ルモノデハナイ。三味線ヲヒクノデモ五六年ハカヽル。三味線ヲキヽ分ケルノデモ一年ヤ二年ハ入ル。趣味(文學)ダツテ三味線ヨリヤサシイコトハナイ。現代ノ弊ハ書物ヲヨンデ字ガワカリサヘスレパ文學趣味ハ出來タ者ト心得ルコトニアル。ソレデ何モワカラン人ガ趣味ノ修養ヲ積ンダ人ノ行爲動作ヲ無趣味ナ眼識デ批評シタリ。其著作ヲワカラン癖ニヅー/\シク論斷シテシカモ自分ハ立派ニ權能ガアルト心得テ居ル。
  茶ノ湯ヲ稽古スルトキニハ萬事茶ノ湯ノ先生ノ云フコトヲ聞カネバナルマイ。文學書ヲヨムノダツテ茶ノ湯ニ於テ我ヲ折ル樣ニ同程度ノ謙讓ノ態度デ教ヘテ貰ハナクツテハドコガドウシテ居ルノカワカル譯ガナイ。ソレヲ心得ズニ其方ノ教育ノカケテ居ル者ガ、ダレカレノ構モナク文學書丈ハ立派ニ口ガ出セルト思フ。又文學者ノ言論や行爲ハ自分等ノ尺度デハカルコトガ出來ルト思フ。少シモ考ヘノナイ小供カ何カデナクテハコンナ無茶ナコトガ敢テ出來ル者デハナイ。
  徳望ノアル坊サンニ大臣ヤラ金持ヤラガ法ヲキク如ク、イクラ門閥家デモ金持デモ趣味ノコトハ文學者ノ所ヘ來テ頭ヲサゲネパ悟レ樣ガナイ。
  趣味ハ人間ニ大事ナ者デアル。樂器ヲ破ル者ハ人間カラ音樂ヲ奪フ點ニ於テ罪人デアル。書物ヲ燒ク者ハ人間カラ學問ヲ奪フ點ニ於テ罪人デアル如ク、趣味ヲ崩ス人ハ矢張リ罪人デアル。否法律ヲ犯ス人ヨリモ甚シキ罪人デアル。ト云フ者ハ音樂や美術ハ人間ノ交渉ニハマヅ關係ハナイガ、趣味ノ蔽フ所ハ非常ニ大ナル者デ人間ノ交際區|別《原》ノ全體ニワタル者デアルカラシテ、モシ之ヲ破ル者アラバ懲役以上ノ罪ヲ犯シタ者デアル。
  コヽニ一人ノ男ガアル。其男ガ自分ノ云フコトヲ聞カナイト云フノデ、朝ニ晩ニ其人ヲツヽツキ、コヅキシテ幾年ノ間ニ其男ノ人格ヲ墮落セシメテ、實ニ趣味ノ低イ者ニシタラ、カヽルコトヲナシタ者ハ人殺シヨリモ重イ罪ヲ犯シテ居ル。人ヲ殺セバ、殺サレタ人ハ世ノ中カラシテ消えテナクナルカラシテ、世間ニ苦ハナイ。然シ趣味ノ墮落シタ人ヲ一人デモ世ノ中ニ製造スレバ、其男ハ世ノ中ノ空氣ヲ夫丈不愉快ニスル。世ノ中ニ其丈不幸ヲ與ヘル。――シカモ十中八九ハ當人ノ罪デハナイ。皆積極的ニ働ラキカケル者ガアルカラシ|モ《原》、コンナ現象ヲ生ズル。一人ノ男ノ趣味ヲ打チ壞ハスノハ其男ヲ不具ニスル樣ナ者デ間接ニハ世ノ中全體ニ其空氣ヲハビコラセル。ソンナ惡事ヲ働イテ平氣デ居ルノハ人殺シヲシテ罰セラレンノト同ジコトデアル。又コンナ者ハ多ク身分ノアル者ニ多イ。門閥ノアル者ニ多イ。金ノアル者、權威ノアル者ニ多イ。是等ハ皆積極的ニ個人ニ働ラキカケルコトノ出來ル能力ヲ有シテ居ル。而シテ是等ガ毫モ人ニ働ラキカケル道《◎》ヲワキマヘズシテ下劣ナ趣味デ働ラキカケレバ、働ラキカケラレタ人モ下劣ナ趣味デ正當防禦ヲ講ジナケレバナラナクナル。多少考ノアル人、ワカツタ人ト雖方便ノ具トシテ反省ヲ促ガス爲メ、モシクハ罪人ヲ罰スルノ意ヲ以テ彼等ニ應ゼネバナラヌ。カウナツタトキニ世ノ中ノ趣味ハ毎日/\留メ度モナク墮落スル。
  金ノアル者、身分ノアル者、等ガ「カルチユアー」〔ノ〕ナイノハ前ニ述ベタ通リデアツテ、其金ヲ使ヒ身分ヲ利用シテ人ニ働キカケルトキニハ、働キカケル能力ガアツテモ、働ラキカケル權利ハナイト云ハネバナラヌ。ダカラシテ彼等ガコンナコトニ首ヲ出ス場合ニハ譯ノワカツタ人ニ平身低頭シテ聞カネバナラヌ。文學者ハカウ云フコトヲ彼等ニ教ヘル爲メニ世ノ中ニ生レテ來タノデアル。彼等ニ教ヘル筈ノ文學者ヲ捕ヘテ、彼等ガ無暗ニ働ラキカケルノハ顛|到《原》シタ者デアル。ソンナ文學者ガアレバソレハ自己ノ天職ヲ自覺セザル文學者デアル。腰拔ノ文學者デアル。ソンナ金持や華族ニ教ヘルコトノ出來ヌ程ノ、否ソンナ馬鹿ニ頭ヲ下ゲネバナラヌ文學者ナラバ文學者ニナラメガヨイ
     ――――――――――
 △Life is literature。他ノ學問ハ學問を障害スル者ガ敵デアル。貧、多忙。壓迫。不幸。悲酸。不和。喧嘩等。夫ダカラ他ノ學問ヲヤルモノハ可成之ヲ避ケテ、時ト心ノ餘裕ヲ得ヤウトスル。文學者モ今迄ハサウ云フ了見デ居タ。サウ云フ了見ドコロデハナイ。凡テノ學問ヲヤルウチデ文學者ガ一番ノンキナ閑日月ガナクテハナラント思ハレテ居タ。當人モ其氣デ居ルラシイ。――然シ夫ハ間違デ|テ《原》文學ハ Life 其者デアル。苦痛、悲酸、人生ノ行路ニアタル者ハ即チ文學デアル、他ノ學問ガ出來得ル限リ之ヲ避ケントスルニ反シテ文學ハ進ンデ此中ニ飛ビ込ムノデアル
 
 △糸ノキレ(參)
 △若イ女ノ想像、空想、山茶花、ノ落片。布團()模樣。芭蕉未だ破れず。梧桐未ダ落ちず。十月二十五六日。菊既ニ開ク。美ナル者。美ナル人。美ナル…… 〔若イ〜を}でくくって〕二人
 △○○ハ遂ニ細君ノ云フ通リニシタ。然シ夫カラハ細君ヲ愛セヌ樣ニナツタ。女房ト雖ヤハリ女デアルト云フコトヲ自覺シタ。
 △演奏會
 △汽車留別、送別、女、男、女云フ行キタクナイガ行ク。男云フ行カセタクナイガ行カセル
 △Tall‐ball
 △Sister without culture  Giny
     ――――――――――
 リズム論  自然。個性的
     ――――――――――
 △天長節、
     ――――――――――
   主客論。 主客は一なり。但便宜の爲めに之を分つ。物に於テ色ト形ヲ分ツガ如ク。文ニ於テ想ト形トヲ分ツガ如ク。物ト心ヲ分ツガ如シ。
   物ト心トハ本來分ツベキ物ニアラズ。何人モ之ヲ分チ得ルナシ。天地山川日月星辰悉ク是自己なり。但コノ自己ノ存在ヲ明瞭ナラシムル爲メ、又自己ノ存在ヲ容易ナラシメン爲メニ之ヲ主客ノ二ニ分ツニ過ギズ。分カチタル後ハ自己ヲ離レテ萬物存在スルニ至ル。
 
  天地ノ事ハ皆夢幻ノ如シ只一事ノ炳乎トシテ爭フベカラザル者アリ、自己ノ存在是ナリ。萬物ハ影ノ如シ、影ノ消エル時、影ノ死スルトキ猶儼然トシテ實在スル者ハ自己ナリ。自己程慥カナル者ナシ。故ニ自己程貴キ者ナシ。
     ――――――――――
 △Dialectic。
  人ヲ取扱フアル人ノ方法
    \※[斜め破線]\※[斜め破線]\※[斜め破線]\
 △Necklace(diamond)
     ――――――――――
 △桐の葉ヲ見る。風が吹いて落ちんとする。中々落ちぬ。落ちる迄の事。
     ――――――――――
 △御寺の赤門。毎日通る。月に二三度宛は張札がある。靈|巖《原》島中川。
  白丁を着たものが秋の雨中を濡れて行く。弔の歸り
     ――――――――――
 △香一※[火+主]
     ――――――――――
 △臨終
     ――――――――――
 △Kindness or cruelty?
     ――――――――――
〔英文省略〕
     ――――――――――
〔英文省略〕
     ――――――――――
 ○Great interest ノcritical moment 一面
  平穩無事ノ一面
  兩者ノ接觸點
 ○Great stake of life and fortune
 ○甲郷關を去る。乙之ヲ留む及ばず追つて……ニ至ル。
 
日記――其明治四十年三月二十八日より四月十日まで
 
  三月二十八日〔木〕八時東京發。
 ○丸い山ガ重ナリ合フ。色は薄茶で薄黄。濃淡ニ角度ナシ
 ○角度アル山ニ雪ガアル。雪ノ筋。雪ノ光リ。
 ○梅ガヒラメク。梅ガ亂レル。梅ガ雲ヲ呼ブ。梅ガ夢ヲ破ラントシツヽアル
 ○松林ヲ遠クニ見ル。幹ト幹ノ間ガ明カニ幹ハ黒イ。
  明カナ上ハ葉デ暗イ。明カニ透いた向ハ海
 ○海道の松。廣重。
 ○山ノ上の松 〔松の図、略〕コンナノガ一本立ツテ居ル
 ○夜七條ニツク車デ下加茂ニ行ク。京都ノ first impression 寒イ
 ○湯ニ飛ビ込ム
 ○糺ノ森ノ中ニ宿ス。
  春寒く社頭に鶴ヲ夢ミケリ
 ○曉ニ烏ガ鳴ク。への字ニ鳴きくの字ニ鳴く
 ○夜中に時計ガチ――――――――――ンと鳴る。
 
  三月二十九日〔金〕
 ○大學ニ行く。桑木、狩野直喜、伊津野氏に逢ふ。
 ○圖書舘拜見。尊攘堂の遺物ヲ見ル。象山の軸。明珍の兜。色々あり。記念の扇ヲ見ル。
 ○二條の橋のたもとに西洋料理を食ふ
 ○※[女+氏]《原》園に行く。公園は俗地なり。平野屋、中村樓抔云ふ料理屋あり。村井兄弟の西洋館建築中。八陀彌ホテルの燒殘リ頗ル見苦し。
 ○大谷の納骨所を通りから見る。石道がくの字に爪上りなる左右から。細かな松の葉が生ひかぶさつて見事なる perspective を作る。上ると左程デモナシ
 ○智恩院。鐘樓臺より下ヲ見ル。大ナ甍の銀鱗ヲ寂然と曇れる春のうちに据ゆ。松に包まれて天下穩かなり
 ○本堂の下より梁を見上げルと數百の桷の端の四角なるが縮まつて遠くに見える端に青銅の風鈴が見える
 ○欄間の上部は〔圖省略〕の如きか〔た〕ちのものが層々と連なつて小さく見ゆる。衆會堂へ通ずる橋の下を通る。春雨蕭々と至る
 ○經堂の柱を三十六本。廻る。
 ○山門ニ下る下より仰ぎ見る。(華頂山)
 ○清水へ行く。途中で陶器ヲ買フ。俗地ナリ
 ○上加茂 舞殿、細殿、橋殿、神樂殿、御手洗池、糺森、松が崎 妙法
 
 三十日〔土〕
  布晒す磧わたるや春の風
  丈山の閑居
  三月三十日午前一乘寺村詩仙堂
 ○瓦硯裏銘
   寸餘小池〓〓浪
   一考染來字々生
    參陽石川丈山銘并書
 ○六勿銘
   勿妄丙王 忽《原》〓棍賊
   勿〓島興 勿嫌〓食
   勿變〓勤 勿惰排拭
 ○生垣四尺。左右竹林  石階ヲ登る急ニ翠色の濕ひを浴す
 ○突當りの石垣に口ナシの董バみたる滴々の苔ヲ見る
 ○松一樹。苔むす。白川砂
 ○木犀ニ苔蒸す一根ヨリ五六本。寄生木
 ○玄關の沓脱は菱形の黒瓦。扉
 ○額「蜂要」。
 ○尼
 ○佛壇。玄關の右。一尺下る。瓦で敷きつめる 圓座ヲ敷く。
  繹林課誦。卷頭の畫
  (中央釋迦、大衆合掌)
  南無楞嚴會上佛菩薩
 ○額「摩尼」隱元。六角ノボンボリ。燭ともす
 ○木魚。香爐。角。
 ○諷經錦嚢。觀音普門品經
 ○戸帳。額。黒。「紫金聚」
  海雲七十五翁百拙
 ○聯。
   青山白石飛鳴鶯鶴鳳|皇《原》
   月竹風松諷直佛法僧寶
 ○六曲屏 應擧
   雪中 松、竹、鶴
 ○大雅堂二枚折屏風
 ○兜。 (丈山の)
 ○探幽三十六詩仙。丈山賛
  岑參の顔ノ中ガ途切レテ居ル。
  柳宗元の額ガ白クボケテ居ル
  白居易の鼻ガ大デアル
  廬徹の坊主頭ガ凹凸デアル
  邵雍ノ頬カラ顎ガフクレテ齒痛
  李商隱ハ後ろ向き冠の尾ガ黒ク耳の下を筋違ニ横切つてゐる
 ○天井の龍。黒クシミテ何ヤラ分ラズボロ/\ナリ。
 自筆の由
 ○持佛堂ノ本尊 バロフの觀世音
 ○伏見の桃山御殿の欄間の木彫の獅子 扇形の透しぼり。甚五郎の作。
  獅子の子落し。牡丹
 ○凹凸※[穴/果] (額)
 ○梅關 (額)
 ○小有洞(額)
 ○銀閣寺。
  蕪村襖。
  普明國師九條法衣
  籌顔筆瀟湘八景
 ○東山水上行 了龍林州
   〔図略、御手洗の文字有り〕
 ○義政公法體肖像
 ○惠心僧都作義政公持佛
 ○東求堂文明十二年創建
  明治四十年に四百二十八年
 ○相阿彌筆金屏風 蘆
  弄晴亨。泉殿。香座敷
 ○樓閣 潮音閣 下層(心空殿)
  四百二十八年
 ○運慶作觀音(階上)
     ――――――――――
 ○眞如堂
  塔。本堂。山門ヨリ石甃ヲ望むに斜めに上る。左右楓樹のみ。石甃は不規則なる御影を亂れがたに、かためて姿致多し
 ○夕陽は吉田山の上より來る
     ――――――――――
三十一日〔日〕
黒谷 文珠塔(運慶作)三重塔 二百六十三
 ○扇の如き松二本
 ○木魚〔の〕音
 ○淀見席。庸軒茶席
×若王子
 山の隈を上る。旗亭あり。松。楓樹。
×永觀堂
 楓樹池を※[しんにょう+堯]りて多し。
  〔図略〕屋根の感
×南禅寺。本堂再建中。松
     疏水。
×大極殿
×櫻の馬場
×武徳會
 
  四月一日〔月〕
 ○相國寺 平地
 ○同志社     今|手《原》川通
 ○御所
 ○寺町通
 ○京極――見世物
 ○四條五條
 ○建仁寺
  陰晴未定。時雨の如し。叡山の頂に雪を見る。
   旅に寒し春を時雨れの京にして
 ○五條に扇を買ふ。景色給端書を買ふ。
 ○鍵屋に西洋菓子を買ふ。
 ○觀世落雁。月餅
 
  四月二日〔火〕
 ○夷川通り古道具屋
   永き日や動き已みたる整時板
 ○堀川
  天晴始めて春の心地なり
 ○ 加茂にわたす橋の多さよ春の風
 ○北野天神
   雀巣くふ石の華表や春の風
 ○金閣寺
   高臺寺描金花筏水手桶
   金閣四方の風鈴
 ○大徳寺
 ○上加茂 社後(水潺湲)
 
  四月三日〔水〕
 ○新古美術展覽會
   ○光琳 百鹿百鶴
       盛上げ菊扇面
   ○能阿彌筆 蘆雁圖
   ○乾山作 瀟湘八景八角水指
 ○五二會
 ○歌の中山消閑寺 郭公亭
 ○博物館
    ※[號/食]※[殄/食]紋火鉢
    二十八部衆立像 蓮華王院
  ○豐彦の屏風。波。模樣ニアラズ。寫生ニアラズ。理想ナリ。濃キ色ガ※[ヘアピンのような圖]形ニ落チ來ル
  ○光琳の杜若の金屏。杜若の紫花累々たり。緑葉※[手偏+申]々たり。金色のうちに埋まる
  ○興《〔東〕》福寺。本堂ハ燒失。礎の傍ニ松ヲ生ズ。山門は依然として九尺ニアマル欅の丸桂ヲ列ヌ。
   通天橋の橋ハ屋根アリテ廻廊の一部なり。
  ○高臺寺
   廻廊ヲ登ル。堂に秀吉ノ木像大政所の木像アリ。山松赤く幹ヲ交フ
  ○稲荷 俗地ナリ
  ○三十三間堂。桃山血天井。
 
  四月四日〔木〕
 ○東本願寺
   臺所
 ○枳|穀《原》邸  渉成園
   ○嗽枕居
   ○雙梅居
   ○印月池
   ○傍花閣
   ○丹楓溪
   ○滴翠軒
   ○臨池亭
   ○廻棹廊
   ○紫藤岸
   ○五松塢
   ○縮遠亭
   ○臥龍堂
   ○侵雪橋
 ○東寺
   ○八足門 延暦十五年桓武天皇御創建
   ○塔 本尊四佛八大菩薩
      創建天長三年弘法大師
      再建寛永十八年
 ○句佛ニ逢フ。今夜東上すと云ふ
  歸途カステラを包んでくれる。カステラヲ入れる所なし
 ○車を雇ふて東寺ニ行く繪馬堂ニ茶見せが出て居る。
 ○五重塔を春の温かき空に仰ぐ
  カステラを懷いて徘徊す
 ○菜の花の中を島原に行く。
  角屋と云ふが尤も古るき家なり
 ○西本願寺に至る。
  本堂の前に大なる樹あり。
 ○七條の停車場ニ至る。時早し
 ○大坂着中の島散歩。朝日新聞へ赴く。社主村山氏に逢ふ。小山氏にも逢ふ
 ○ホテル晩餐會に臨む會するもの十二三名なり
 ○夜高麗橋際星野方に宿す
 
  四月五日〔金〕
 ○宿の神さんの話を昨夜鳥居氏よりきく
  朝京都の地面が買へるなら教へてくれと云ふ。勘定は御序でゞよいといふ。古雅なり。桑名の人といふ。盆に蕪をつけたり。
 ○大坂は氣象雄大なり
 ○車中下等藝妓三人を携へたる商人あり
 ○十時半京都着。直ちに電車にて伏見に至る。桃山に登る眺望のよき所なり
 ○車にて宇治に向ふ。黄檗山
   ○赤門。白地の聯。青の字。支那風なり
     宗綱濟道重恢廓
     聖主賢臣悉仰尊
〔図省略〕
   ○齋堂
  宇治橋、平等院、興聖寺。
 
  四月六日〔土〕
  雨。
 
  七日〔日〕 晴
 ○三本木土屋員安方にて山陽外史の室を見る。午飯
 ○嵐山、吐月橋、温泉、釋迦堂。
  天龍寺。
 
  八日〔月〕
 ○嵐山
 ○保津川。
   潭、激流。岩。平ナルモノ Crystal ノ如きもの〔図省略〕の如きもの、不規則に凸凹あるもの、烏帽子岩、書物岩、屏風岩。
   ○山、松山、石山、雜木山。
   ○杣、木樵、猿の如し。
   ○筏、一列毎ニ楫ヲトル。
   ○筏士 岩の上に數多辨當ヲ食フ
   ○舟、構造、舟子四人。二人は櫂ヲ右側に結ひつける(藤蔓)。一人は軸《原》ニテ竹ノ竿デ岩ヲツク。一人は櫨デ楫ヲトル
 ○仁和寺
   田樂
 ○妙心寺
 ○等持院
 
  九日〔火〕
  叡山上り。高野より登る。轉法輪堂。叡山童。草木採集。八瀬の女
  根本中堂。學校デ晝食ヲ乞ふ案内に應ずるものなし。
 ○坂本。はしり堂にて中食。石橋の上。石橋は古雅。數三あり。
 ○大津迄汽船を待つ。時間かゝる。車にて大津迄行く。
  疎《原》水の隨道を下る。篝火。※[疑の旁が欠]乃。
 ○十一屋。平八茶屋。高野村へ行く途中山端にあり。
  御前川上、わしや川下で……
 
  十日〔水〕雨
  平八茶屋(雨を衝いて虚子と車をかる。溪流、山、鯉の羮、鰻、)
  都踊
   うた〔以下は小さき女の手蹟なり〕
   ふとんきてねたるすがたやふるめかしおきてはるめくちおんいんのそのろーもんのゆーぐれにすいたおかたにあいもせですかぬきやくしゆーによびこまれ山寺のいりやいつぐるかねのこへしよーぎよーむじよーはまゝのかはわしはむしよーにのぼりつめ花のいたゞきどれいてみよー花はうつろをものなれどさこそおしけれおしけれさこそいろふかみぐさ。
 ○一力亭。藝者が無暗に來る。舞子が舞ふ。
 
斷片――明治四十年頃――
 
     一
 
 ○蜘味ノ圍ニ秋の日があたつて、一本、二本がきら/\虹ノ樣に五色ニひかる
 ○むらがる雲が。縁が銀の樣にひかる其なかゞ薄黒く。むく/\する。……風が出るね
 ○川へ這入つて、ずん/\行く。仕舞に首がなくなつたぎり出て來ない
 ○一膳飯を食ふ。男が向をむいて居る。
 ○赤ん坊をだく。首が下る
 ○錢化して石となる
 ○已みね。人。……已みね雲……
 ○夫婦喧嘩
 ○蜉蝣
 ○吾ハ詩人ナリ。食逃
 ○ 里の灯を力によれば燈籠かな
 ○※[鼠+吾]鼠 亂菊
 ○菊の瓣。不規則中の規則
 ○骸骨の躍
  日を重ねて月となし、月を重ねて年となし、年をかさねで墓となす。
  墓のなかに……
  「吾は骨なり」
  「吾も骨なり」
  「吾も骨なり」
  「吾は肉なり」
 ○新酒を△壺に入れて吾妹子待てば
     鳴くや※[虫+車]ちんちろり
  ……………………………
     ……………………………
 ○わが泣く聲は秋の風
     ――――――――――
  山より海より、
  山とも海とも
  知らぬ果より
  秋風が吹いてくる
  ごうと鳴つて吹いてくる
 
  山の方へ
  海の方へ
  山とも海とも
  知らぬ果の方に
  ごうと鳴つて吹いて行く
 
  蒼黒く、大いなる、
  限りなく、靜なる、
  海の底に
  赤い日が沈んだ。
  赤い日の玉が
  しゆつと云つて沈ち《原》だ。
     ――――――――――
  生れた、生れた
      御月樣より先に
  生れた生れた
      御星樣より先に
  御月樣より、御星樣より
  御「時」さんより御「暗」さんより
    とくの先に生れた
        本當にさうならようい。
  死んだ死んだ
      死んでも飯を食ふ
  死んだ死んだ
      死んでも酒は飲む
  飯を食つて、酒を飲んで
  話をしながら死んで居る
      大方さうだろ、やあい。
     ――――――――――
  惚れて、恨んで、泣いて、 《原》れて
    それから死んだ。
  死んで見たらば惚れる事も
    恨む事も泣く事も
      《原》る事も入らなくなつた
     ――――――――――
…………………………
…………………………
…………………………
 わが呼ぶ聲は――わが呼ぶ聲は
 あゝわが呼ぶ聲は――などて
      よみに――なにとて
      よみに聞えざる
 
     二
 
〔英文省略〕
 
     三
 
 ×京都へ落ちる。糺の森の夜。烏。時計。雨。正岡子規
 ×書法。臺山。
     ――――――――――
 大明竹。箱根竹。寒山竹
 矢竹。女竹。唐竹。業平竹
 シボ竹。シハウ竹。蓬莱竹
 胡麻竹。黒竹。眞竹。雲門竹。ハ竹。稚子笹。
 鳳凰竹。夜叉竹。スワウ竹
 タイサン竹。スヾ竹
 
     四
 
 米澤。
  風通大島。地紋織。刺子織。高貴松織。御召刺子。本糸刺子 平糸織。本風通。一樂。
     ――――――――――
  琴(菖蒲形)
  胴   南部産 無キズ
  包   象牙
  角   象牙無垢枕繰り出し
  百足足 象牙無垢
  猫足  全樣銀撞木
  丸口  象牙繰リ拔キ
  口前  金消シ金具象牙縁
  舌   象牙菊水蒔繪
  眞座  頭金消シ太座赤銅
  柱   象牙
 ○※[方+金]《原》六梳櫛。於六梳櫛
  外島毛筋立。峯張於六〇〇
  (品川形)
  朱月形吹寄。於初蒔繪
  貳拾金蝶形ルビー入束髪ピン
  半京形 [図略]
  後差  [図略]
  差込  [図略]
  平打  [図略]
     ――――――――――
  赤銅夜光貝研出し
  束髪横差
  團扇形簪
  玉虫貝菫形※[髪の友が包]どめ
 
  刷
  黒小町小形。白鹿毛小町
  牡丹刷。雲井形眉刷毛
     ――――――――――
  緋銅光悦好燈寵 [図略]
  達磨形鐵瓶   [図略]
  手取形鐵瓶   [図略]
  平寶珠形鐵瓶  [図略]
  紅瑠尺【一二】朝鮮形會席膳
     ――――――――――
  七寶
    小豆地○○模樣盛上
    瑠璃美人草
  洗朱沈黒會席膳
  宗利膳     [図略]
  流釉 赤釉
  淡路焼敷瓦
  蕎麥釉花生
 
     五
 
 ○ 春此頃化石せんとの願あり。
  エツツの metamorphosis ヲシタ後の想像。
 ○茫々たる平原。川。川を渡る。馬の群。
 ○〔英文省略〕
 ○遠き世の怒り。劍の音、矢叫び
 ○率いて死に赴く。(××の死)。死に赴くものは生を免かる。死を免かれんとするものは死を見て惡を免かる。
 ○世界を齧む。齧んで世界の髓に至る。
 ○世界の風。ドコへ持つて行かれるか分らない。うつかりして居ると
 ○月よりも長い命
 ○星洗ふ大なる波
 ○Jack London の犬の話あり。舊主人と新主人の間ニ立ちて犬が去就ニ迷フ struggle ヲ寫ス
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
     ――――――――――〜
 
     六
 
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
〔9頁ほど英文省略〕(203頁〜211頁)
 ○羊毛筆ノ必要。All possible phases of which the length of the brush is capable ヲ出スコトガ出來ル。尤モ多種多様ナル線ト其 combination ヲ作ルコトガ出來ル。
 
     七
 
 通俗 ○物、我(dual)
    ○時間、空間、數
    ○因果律
 眞實 ○物我(oneness)−succession of consciousness
    ○Life
〔2頁ほど英文省略〕
 ○Still,比較ノ出来ヌ程其作ノ ideal ガ prominent ナラザル可カラズ換言スレバ他ノ ideals ヲ破ル樣ナコトガ目ニツクベカラズ。現代ハ奈何
 ○四ノ ideals ノウチ Sensuous ヲ目的トスルハ一ニ過ギズ他は Sensuous ヲカリテアルモノヲアラハス。故ニ單ニ表面ノ description ヲコトトスベカラズ。Dessin ノミヲ終局ノ目的トスベカラズ。Dessin ハ means ナル場合多シ。文學者モ畫家モ彫刻家モ此弊ニ陷ルトキハ單ナル藝人トナル。Orchardson 仁王、――技巧以外ナリ。Art and Lit. ハ此點ニ於テ同ジ然シ
 ○繪、彫刻ト文學。Succession of consciousness。two factors
  Succsesson−literature.(重ニ)−time、Succession ノ ideal ハ movement、−其 movement ノ determined manner.――カク move セザル可カラザル如ク書ク。迷ハズ亂レズ遲疑セズ拘泥セズ。讀者之ニ從ツテ矢張リ迷ハズ、亂レズ……――故ニ此 succession ハ作家ノミナラズ讀者ニモ尤モ ideal ナリ。換言スレバ尤モ pleasant ナリ。故ニ此 succession ハ寸毫ノ disturbance ヲ受ケズ從ツテ他ノ Series of consciousness ヲ入レズ。從ツテ contens ト一致ス。物我ノ境ヲ免カル。Oneness ノ還元的傾向ヲ有ス。Time ニ govern セラルヽニモ關セズ、time ノ自覺ナシ(繪畫ノ筆、書家ノ書法、彫刻家ノ刀ニモ多少應用シ得)然レドモ繪、彫刻ハ重ニ space ノ延長ノミニテナル。比較的 time ノ必要ナシ。乃チ two factors ノ内ノ consciousness itself ノ内容ノミニテナル而シテ此 contents ガ space ノ relation 即チ arrangement ニ於テ寸毫ノ束縛ナク自由ニ出來テ居ルト觀ルモノハ矢張リ此内容以外ノ cons. ヲ容ルヽコトガ出來ズシ〔テ〕物我ノ一致ヲ得ル。スルト space ニ束縛セラレタル繪ニモカヽハラズ space ヲ超越シテ恍惚トナル。(Lit. ニ就テモ多少ハ同ジ)
  カクノ如ク藝術ノ極致ハ Sensuous ナルアルモノト一致シテ其モノニナルノデアツテ其 Sensuous ノ奧ニアルモノガアレバ Sensuous ヲ通シテ此アルモノト一致スル故ニ此アル物ガ高尚デアレバ自分ハ此間高尚ニナルノデアル。是ハ consciousness ノ differentiate セザル以前ノ oneness ト同ジ state デアツテ highly dihherentiation ノ後ニ至ツテ還元スルノダカラシテ大ニ趣ガ違フ。Dim cons. デ物我ノ境ガ判然セヌノデハナイ。Clear cons. デ物我ヲ免カレテ悲壯ニモ雄大ニモ高遠ニモ慈仁ニモ色々ニナリ得ルノデアルカラシテ是程功徳ノアルモノハナイ。無我
 ○Philosophers, scientist ハ吾人ノ Cons. ヲ Clear ニスル爲メニ whole ヲ分解スル。此分解シタ者ヲ Sensuous ノウチニ綜合シテ up to date ニ Clear ナル cons. ヲ replesent スルノガ藝術デアル。シテ見ルト philosopher ヤ scientist ガイクラ骨ヲ折ツテモ此結果ヲ人ニ inspire スル者ハ藝術デナクテハナラヌ。此 highly differentiated knowledge ヲ Sensuous ナルモノヽウチニ收メテ活動セシムル者ハ藝術家デアル。活動セシムルコトガ出來ナケレバ inspire スルコトハ出來ン。眞ノ reality ハ藝術家ノ手ニヨツテ仕上ゲラルヽノデアル。
 ○吾人ハ live スベキ tendency ニヨツテ subject ト object ヲワカチ。Succession of consciousness ニ choice ヲ生ジ、ideal ヲ生ジ、分岐シテ philosopher トナリ men of action トナリ又藝術家トナル。而シテ其藝術家ガ又色々ナ ideal ヲ作ツテ色々ナ手段デ自己ノ欲スル succession of cons. ヲ求メル。要スルニ皆 live スベキ tendency ヨリ出デ how to live ノ問題ヲ考ヘテノコトデアルカラシテ皆 practical interest ヲ有スル家業デアル其ウチデモ藝術家ハ以上ノ効果ガアルカラシテ尤モ世道人心ニ關係ノ深イモノデアル。世間デ之等ヲ閑人ノ如ク云フノハ大變ナ誤解デアル。藝術家モ閑人ト考ヘテハナラヌ出立地ヲ考へナクテハイカヌ。
 ○技巧ノミヲ考ヘルト此弊ニ陷ル(人格デアル)人格ヲ express スル爲メノ技巧デアル taste ヲアラハス爲メノ expression デアル。然シ difficult to separate 色ト形ノ如シ。無技巧ノ内容ハキカズ。今ノ人ガ文章ヲ構ハヌト云フアレハ大ナル間違デアル(繪カキノ方デハ夫レ許リ構ツテ居ル樣ダ)。例
 ○〔英文省略〕
 ○故ニ内容ハ技巧ニヨツテ intensify セラレ visualiz eセラレ且ツ明瞭ニナル。而シテ明瞭ナル意識ハ吾人ノ生活ニ必要デアル實用的ナモノデアル(一種ノ意味デ云フ)カラシテ之ヲ neglect スルノハ自カラワガ持ツテ生レタ tendency ニ遠カル樣ナモノデアル。之ヲ無用ト云フノハ愚ノ極デアル。
 ○夫デ技巧ハ必要デアルガ其必要ナルハ contents ヲ發揮スル爲メデアルノデ(技巧其モノガ必要ノ度ヨリモ、今ノ文學者ノ一部又ハ畫家ノ云フ如クナラズ)アルカラ吾人ハ第一ニ技巧ノ内容タルベキ ideals 即チアル者ニ向ツテノ sentiment ヲ養成セネバナラヌ。此アル物ハ智カ仁カ勇カ人ニヨリ時、場合ニヨツテ異ナルノハ無論デアルガ要スルニ藝術ノ爲メノ ideal ト云ハンヨリモ life 其モノニ於ケル ideal ニシテカネテ藝術ノ ideal ト云フノガ適當デアル。life 其物ノ ideal デアレパ人間トシテノ ideal デアル。Sentiment デアル。即チ人格デアル。此人格ガアツテ始メテ之ヲ立派ナ技巧デ expless シタ時ニ人ヲ物我一致ノ極ニ誘ツテ還元的眞理ヲ悟ラシムルト共ニ複雜ナル今日ノ develop シタ ideal ノ領分ニ入り込マシメテ之ヲ感化セシムルノデアル。
 
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○番一※[火+主]。   ○謡曲《老人》、鼓《少女》。
 ○髑髏、紅紐 萱の原。  馬車、追人、御者。
 ○緋櫻、渡シ。      ○女(上)――男(下)
 ○介錯          ○入畫、出畫《−――○――ヲナゲル》
 ○マジヨリカ皿      ○緑竹
 ○叡山          ○暗中銘を給はる琵琶の春寒
 ○松蟲          ○Finale
 
     八
 
 ○物のessence ヲ represent スルト云フコトハ此人ガある consciousness (俗ニ物ト名ヅクル)ノ一部分即チ feeling ヲカクト云フコトデアル。而シテ此 feeling ハ此物ニ對スル cons. ノ主要ナ部分デアル即チ reality ノ大ナル物デアル文藝ハ之ヲ represent スル
 ○Whole ナ consciousness ヲ寫スコトノ効果ハ――古人ノカイタ物ガsimple デ whole ヲ grasp スルモノヲ喜コブノデモワカル。
 ○Whole ナ consciousness ハ experience デキマル。故ニ此還元的ニ悟入シタ人ハ何ヲ見テモ何ヲ聞イテモ不思議ニ思ハヌ。Causal relation ニ反シタ consciousness デモ平氣デアル。如何トナレバ Causal relation ハ cons. ヲ綜合シテマトメタ abstraction デ consciousness 其物ノ方ガ本デアル real デアル。此 real ナル者ニ causal relation ヲ破ルモノガアレバソレガ real ナノデ causality ガ false ナノデアル。少シモ不思議ガルニハ當ラヌ。俗人ハ causality ハ independentニ exist シテ居ルト思フテ其 conception ト自己ノ cons. ト一致セヌト却ツテ自己ノ cons. ノ方ヲ疑フ。之ハ本末ヲ誤ツタ議論デアル。Causal law ハ矢張り便宜ノ爲メニ作ツタ abstraction デアル。之ヲ assume シテ矢鱈ニ應用スルノモ矢張り一時ノ便宜ニ過ギヌ。自己ノ cons. ガ real デアル以上ハ何モ疑フ必要ハナイ。
     ――――――――――
  姫百合に筒の古びやずんど切
     ――――――――――
  いかり草。露草(セレリノ類)
  小町菊 おいらん草 ホトヽギス草 夏雪。ギボシ。紫苑。檜扇。蘆
  苑 嫁菜。
     ――――――――――
  四月二十八日
  かやの原。野うるし。馬の足形(金米糖)。櫻草。擬寶珠。
  原の遠景。白帆。遠くの森の若葉ニ微茫たる光線。士女の點々。
     ――――――――――
  荒川境の櫻
     ――――――――――
  鷺草。白菫。嫁菜。おんばこ。
  ×Problematic Interest.
  ×Eternal Interest.
  雅號
  肝膽相照らす。
  血で洗ふ。
  死は眞である。
     ――――――――――
  宗近 二十八
  甲野 二十七
     ――――――――――
  動かぬ山
  動く雲
  古今を貫
     ――――――――――
 ○夏の眞夜中の東京市
  ×電車のレール
  ×縁日の植木屋の歸り。無提灯
  ×夜通しの、御でん、かん酒、
  ×電柱にしばりつけた廣告の巡り燈籠。
  ×往來に黒い帽子が落ちてゐる。――車へ乘つて居眠をしてあるく。帽子が落ちて知らずにゐる。
  ×電燈の點々
 
  借家探し
 ○西片町を出る理由
 ○富士前町ノ家
 ○大久保(五六間、)
 ○千駄ケ谷(成金趣味)
 ○カラ橋ノ家
 ○原町。二十圓 毫所ノツキ合せ。十五圓デ暮シテ居ル人モアル。十圓 塚本靖ノ前。飛ビ上ル
 ○曙町。香村小録ノ二階。池田菊苗の舊宅。池田菊苗の隣。倉を建てゝゐる家。將軍 中將ノ家。松ノアル家。裏カラスツカリ見える家。昨日の晩空いた家。ハドレダ。
 ○小石川。閉門ノ家ヲ覗イタラ書生ガ本を讀ンデゐた。――千駄ケ谷へ越した家ヲ聞いたら叱られた。新しい家に爺が草を取つてゐたから聞いたらもう。ふさがつてゐた。
 ○動坂の別荘 當分カサナイ
 ○上富坂町 八ガ四、六ガ一、三ガ一、二ガ一デ四十圓ト云フ
 ○金鷄書院が八十五圓だと云フ
 ○磯村が九十圓だと云フ
 
 ○大久保 戸川秋骨。雨。
  千田貞幹のうち
 ○動坂。小糸。松波ノ家
 ○千駄ケ谷。八圓ノうちありと踏切番人云ふ。
  徳大寺ノ屋敷。
 ○伊勢屋ノ親方ニキク。八幡神社
 
     九
 
〔英文省略、一部日本語あり〕
 
     十  (『坑夫』素材)
 
 ○前橋
  夜九、大宮ヘ夜二時、神樂殿 三時間寐タ。
 ○松並木掛茶屋、草鞋バキの筒袖ガ呼ブ。働カヌカト云フ。腰ヲ掛ケル。儲ロアリ。足尾ノ銅山。始メカラ工夫ニナレル。――日光ノ山奧デ人ニ顔ヲ合ス必要ナシト思ヒ行ク。其男ト前橋カラ※[さんずい+氣]車ヘ乘ル。宇都宮(暮方)。ソコデ通リ掛ノモノト小供(十三四)二人ト共ニ出發(日光へ)。
  雨ノ日 夜日光ヘ着ク。ダイヤガハヲ溯ル。草鞋店ヘ這入る。其男主人ト話ス。此カラ峠ヘカヽルノハ難義ダカラトテ寐ル。夜着モナシ。殆ンド野宿。翌日足尾着。草木モアルガ段々赤クナル(馬返シ前カラ左ヘ折レル)
 ○午後一時飯場ヘ着ク。(足尾橋ノ左ガ「シキ」ニナル。段々 右ノ方ガ役人ノ住居。「シキ」カラ出ル「レイル」ニ就《原》テ行クト工夫の長屋が澤山アル。三、六疊。長屋カラ右ヲ見テ左ニ銀山平ヲ見テ上ル。石崖ノ上ニ大キナ長家。顔色のイヤナ男ガ顔ヲ出シテ居ル。
 ○ポンピキノ林ガ飯場頭ト問答ス。飯場掛ガ云フ。工夫ハ六づカシイ。歸レト云フ。兎ニ角歸レナイ何デモ使つテ呉レト云フ。ト使フニ忍ビヌト云フ。足尾デ働ク氣ダカラ是非使つテクレト云フ。二階へ案内。ユ《原》ルリガアル婆サンガ居ル。火ガカン/\アル。休ミノ工夫ガ澤山居ル。皆異樣ノ顔ヲシテ居ル
   御前ドコカラ來夕
   僕ハ東京
   僕ナンテ云フカラ書生ツ坊ダラウ。
   女郎買の結果。此頃書生の風儀ガワルイ。ソンナ奴ニ辛抱ハデキヌ。歸レ。
  中ニ二十七八ノ美《原》目正シキ男。人品普通ナラズ ナゼ來タカ。決シテ儲カル所ニアラズ。食詰者ノヨル所ナリ。歸ツテ新聞配達ヲシロ。元ハ自分も學校ヘ行ツタ。遊廓ノ結果。書生ハ皆やメル。君モ歸レ。
 他ノ工夫云フ。――「此社會ニハ夫々掟アリ。呑込ンデ置カナクツチや困ル」
  「親分トハドンナ者カ」
  「仕樣がねえ奴ダ――。兄弟分モ居ル。ダカラ。金ナンザタマラネえ。歸ルガイヽ。
  皆口々ニ歸レト云フ
  所ヘ婆サンガ來テ飯ヲ食ヘト云フ。箸ヲ米へ掛ケ樣トスルト飯ガスベル。飯ニツヤガナイ。南京米。壁土ヲカム樣デ。一箸デ驚ロイタ。工夫ガ笑フ。銀米ハ御祭日。我慢シテ一杯。
 
  夕暮近ク工夫ガ段々歸ル「カンテラ」ヲ提ゲテ泥ダラケ。又色々ナ事ヲ聞ク。嘲リ。其日ハ夫デ寐ル。晩ハツカレテ足ハ棒ノ樣デアル。情ナイト思ヒナガラ寐ル。スルト身體ガ針ヲ刺ス樣ニチク〔チク〕スル。眼ガサメル。カラダヘ手ヲやルトザラ/\スル。皮膚病カト思フ。光デ見ルゾロ/\シテ居ル。カラダガカユク痛クナル。ツブスト青臭イ。
  向ヲ見ルト柱ヘ布ヲツツテ人ガ寐テ居ル。ソレカラ起キタガ。下ハ騷イデ居ル。ノデイやニナル。仕方ナシニ着物ヲ着テ起ツテ柱ニ倚ル。夫デモ足ヘ這上ル
  夜ガ明ケタ。雨ガ降ル。四方共赤イ山。工夫ガ出テ行ク。笠。腰ヘ藁ヲツケテ三々五々行ク。自身モアンナニナルカト思フトイやニナツタ。
  下カラ工夫ガ上ツテ來ル親方ガ呼ンデ居ルト云フ。親方ノウチヘ行ク。是非居タイト云フカラ。穴ヲ見テカラニシロト云フ。「此儘デイヽデスカ」「イケナイ。着物ヲ持ツテ行ツテやル」
  飯場ニ歸ツテ居ルト親方ノ小供ガ着物ヲ持ツテ來タ。ジメジメシタ土ノツイタ着物ヲカシテ呉レル。
〔カンテラなどの図と説明省略〕
  案内ニツレラレテ行ク。長屋の窓カラ昨日のダト云フ。
  シキヘ這入ル。※[さんずい+氣]車の隧道ニ電車ガ通フ。高五尺
  第一見張所ヘ行ク。「カンテラ」の光デ。水ガジイ/\ト落チル。耳ヲ澄ストカン/\ト行《原》ク。「茲ラハ地獄ノ三町目位ダト」工夫ガ云フ。少シ下リテ左ヘ周ルト巡査の交番ヘ出ル見張所。工夫ガ待ツテガや/\シテ居ル。見張所ニハ役人ガ三人居ル。六時ガ來ル。第一坑ヘ下ル。
  這フ所。腰ノ方カラ這入ル所。愛宕の坂ノ樣ナモノガイクツモアル。
  此度ハ穴倉。アカリヲ用意シロ。先ヘ下リル。猿ノ樣ニ下リル。
  楷《原》子ハ眞直幅八寸位。階ノ間ハ八寸位。障《原》ルトヌル/\スル。ヘナ土がツク。草鞋ノ土ヘ清水ガ落チル。
 工夫ノ姿ガ遙カニ見えタノガ仕舞ニハ見エナクナツタ。種油ガジイト水デ消えかゝる。
  ハシゴガ十五程ツナガル。ト休ム處ガアル。ソコニ工夫が待ツテ居ル。ソコヲ這フ樣ニ先ヘ這入ルト又穴ニナル
  「下リラレルカ」
  「下リマス」
  「デハ」
  ト又先ヘ行ク。斯ノ如キ者三四ニシテ二番坑ニツク。ソコハ廣イ。材木ニ腰ヲカケタ工夫が五六人居た。是ハシチウデアツタ
  「新米カ」
  「又新規ダ」
  腰ヲ掛ケテ見ルト「アテシコ」ノ便宜ナ事ガ見エル。(アテシコ〔四字傍線〕 中デ腰ヲツク時ノ用意)
  「何處ノ達磨……
  「アスコヘハ新シイ玉ガ來タ
  「アレヲ買ツタカ
  「御前ハドコカラ來タ
  「何シニ來タ。金ヲ儲ケル氣カ」
  「ヨシンバ殘シテモ足尾ノ金ハ足尾ヘ戻ル」
  「ナゼ」
  「足尾ニハ神樣ガ居ル」
  「何デス」
  「足尾の神樣ハ達磨ダ」
  「ダカラ歸レ。
  夫カラ見廻リガ來ル。皆作業ヲスル。
  「シチユノ説明」
  二番坑ヲ下ル。必死ノ苦シミデ八番坑ヘ下ル。
  ホリコガ銅ヲ箕ニ積ンデスノコヘナゲ込ム。
  八番坑ハ水ガ腰キリアル。「ナレヽバ此所ヘクル」ト云フ。
  上ル時ノ方ガ困ル。
  下ルトキ身ガ前ヘ出ル。上ル時ハ身ガ後ヘ落チル樣ニナル。
  七番へ出タラ呼吸ガ變ニナツテ。ホノホノ樣ナイキガ出ル。「休メ」ト云フ
  「自分ハナゼコヽデ働カナケレバナラヌカ」ト思フ
  「モシ人間ラシクシテ居レバコソ。必然ノ結果デアル」。涙グム。
  「ドウシタ。苦シイノカ」
  「苦シイ」
  「到底アシタハ作業モ出來マイ」
  「毎日此所迄下ルノデスカ」
  否 二番、三番、――
  デハ大丈夫デス マギラス。足ノ勞レデス
  ドコカラ來タ
  東京カラ前橋迄、昨夜モ南京蟲
  夫ハ氣の毒ダ。モツト休。己ハ遊ビニ行ツテくる
  夫から一人で稍二十分許居ル。萬感|喟《原》集。
  ヤガテ來テ
  「ドウダ。氣持ハ直ツタカ」
  「ソウカ。夫ヂやノロク上ツテやラウ」
  矢張リ工夫ノアカリガワカラナクナル。暗クテイやニナル。一層手ヲ放シテ落チテ死ンデ仕舞フカト思フ。始メテ浮世ノ苦痛ヲ感ジタ。又思ヒ直シテ上ル。(日光ガ出タ。ドウセ死ヌナラ。日光ガアル。コンナ畜《原》生ノ樣ナ人間ノ所デト思ヒ直シテ猛進シタ
  六番坑ヘ出ル。工夫ガ待ツテ居タ。アマリ遲イカラ死ンダカト思ツテモヂ/\シ〔テ〕居タ
  「ドウシタ
  「メマイガシテ楷《原》子の途中デ休ンデ居タ
  「おれは驚ろいた。さがしに行くだれか誘つて一人では氣味ガ惡イカラ」
  自分ハ決心ガアルカラ
  「スグ上リマセウ」と云フ。工夫はケヾンな顔をする。
  「デハ上ラウ」
  自分ハ夢中デアル。怖イ事モ何モナカツタ。無暗ニ上ル。
  三番坑ヘ上ル。廣イ所デ休ム
  工夫曰ク「アシタカラ此所デヤラセラレルダラウ」成程一番奇麗だ仕事ハシイヽダラウト思ツタガドウセ廣カラウガ狹カラウガ構ハナイ。コンナ工夫ノ樣ナ奴ニト
  「スグ上ガリマセウ」
  「馬鹿ニ元氣ダナ」ト妙な頚をする
  無言ノ儘手ヲカケル
  「イケネえ/\」
  今度ハ無暗ニ早い。此度ハ少し廣イ所へ出たが工夫ガ見えぬ
  工夫ガ怒タト見える。坑のなかをまごついて居たら。坑夫の仕事をして居る所へ出た。五十許ノホリ子が居た。聞かうと思つたら妙な顔をして居る。蒼ぶくれ。きく勇氣がなくなつた。こつちの坑夫のそばへ行つて腰を卸す(銅をつめた藁俵の上)
  「何をしやがるんだ」
  びつくりして立ち上がる。坑夫が振り向いて來た。少し怖くなつた。
  「手前は新規だな」
     ――――――――――
  「ひでえ奴だ。よし/\己が送つてやるから待つてゐろ」
  腰をかけて待つて居たらカン/\云はして烟草をのむから待てと云つて、自分の前でアグラをかく。見ると尋常の顔である。ナツカシイ氣がする。人間の樣である
  「御前はどこだ。何しに來た。からだつきはすらりとして居る。どうして來た」
  彼考へて云ふ。
  「己達の云ふ事だが龜の甲より年の功だ――若いうちは皆失敗するもんだ。青年は情の時代だ。情に走る。だから察しる。然し敢て咎めない。己は盛岡のもので中學へ這入つた。夫から二十三の時花柳の巷へ入る。容易ならん犯罪を犯してゐる。社會に容れられない。夫が爲め學問も成功も抛つた。自覺した時は遲かつた。其時考へた。甘んじて制裁の手に捕へられやうか。然し逃げ度から逃た。此足尾へ來たのは六年前だ。もう一年で消える。社會の制裁は消えるが罪惡は消えぬ。こゝへ來て目撃するに就て人情や何かをよく考へる。然し世の中は猶苦し〔い〕から辛抱してゐるうちついなれて仕舞つた。なれて見ると娑婆へ出る氣はない。自分の兄は服岡日報の主筆だ。――どんなものがどんな目的を持つて來ても目的がなくなつてなれて仕舞ふものだ。夫が君の爲に悲しむ所だ。だから東京へ出ろ。自分は社會の爲に悲しむのだ。こゝは墓所だ。葬る所だ。坑夫になれば埋つたのと同然だ。故に君を殺すに忍びないから親にあやまつても、獨立してもやれ、旅費がなければ出してやる。己は中村組ニ居る。金さんと云へば分ル。シキの外に送り出してやるから、あとで一返來い」
  此男に説かれて落涙。自分がかく墮落しても人を救ふと云ふのがある。かう云ふ人があるのに何が故に自分が死ぬ事になつたのか
  此に於て翻然志をひるがへす。親は氣強い事を云ふが死んだら裏面では嘸悲しむだらう。
  そこで自分は飯場へ歸つた。先の案内者が長屋の前に立つてゐる。
  「どうしたい。よく上れたな」
  夫から飯場でヰロリの傍で雜談の中で考へた。――坑夫自身がわるいのではない。わるいならばあんなやさし〔い〕心はあるまい。屹度社會の境遇の爲に犠牲になつたのだらう。非常に氣の毒だ。旅費抔を借りる譯に行くものか。自覺してかせいでゐるのは實につらいだらう。其金を使つて歸るのは面目ない。斷はらう」
  三時の交代を待つ。其内親方から呼びにくる。親方云ふ
  「出來るかい」
  「出來ます」――此はさきの決心から來た。
  然らば醫師の健康診斷が入る。四時迄に。札をもらつてくる。
  シキノ手前の長屋の二町程前ニ青い塗の病院がある。行つた。受付へ出す。受付の二十三四位な奴が余の顔を見る。
  「御前かい」
     ――――――――――
  「此所へ廻れ」
     ――――――――――
  診察室へ入る。始めて椅子へ腰をかける。藥品の臭がする。
  「これは藥だ。死に關係してゐる。自分は健康がわるくなつてゐる。屹度此病院デイやナ臭のする藥を飲むだらう。此藥で癒ればいゝがどうも癒りさうもない。どうしても死ぬ。して見れば死にゝ來たのだ。情ない。然し今更……。とう/\足尾の土になるのか。」
  戸があく。靴の音がして前へ廻つて來た。
  「御前が荒井か」
  「ドツカラ來た。職業はなにか親のスネを囓つてゴろ/\して――」
  「ゴロツキカ」
  「まあそんなものです」
  「着物を脱げ」
  呼吸を見る。鼻を抑へて。
  今度は鼻からいきをさせる。
  自分の手を鼻の下へあてゝ。
  嘲弄的「駄目だ」
  「駄目でせうか」
  落膽もない。驚も悲もなかつた。「一體何です」「今かいてやる」
  「きかんし炎かたる」
  もう駄目だ肺病の下地だ。其時の心は平氣であつた。色々の事は自覺してゐるが平氣である
  飯場で親方へ出すと
  「夫だから東京へ歸れ。旅費はやるから
  「自分は決して歸らない。何でもいゝから使つてくれ
  「夫は無理な事だ」
  自分は悲しくなつて涙が出た。
  「小使でも掃除夫でもいゝ」
  「では考へてやるから待て」
  飯場へ歸る。みんな雜談に耽る。胡坐をかいて考へてゐる。坑の中の坑夫の事を考へる。五時頃雨を冒して金さんの所へ行く。小林組へ行く
  「近《原》さん誰か來たよ」
  逢ふ。
  朝の事に就て考を云ふ。「無斷で金をもらふ事はいや。どうしても足尾へとまる氣だ」
  穴のあく程見た近さんは
  「ではおれの云ふ事をきかないのか」
  自分は醫師から……
  死は目前だから、歸る事はしない
  近さんは涙を流して「では仕方がない。自分は何も云はない。何でも働くがいゝ。休みの時は時々遊びに來い。」
 
  其足で笹又組の親方を尋ねたら
  「丁度いゝ所がないが、氣の毒だから帳つけ」に傭ふ。
  帳つけは向で食つて湯に這入つて月に四圓也(飯場の帳つけ)
  「それでいゝから」夫から飯場へ坐つた。夫から坑夫が大に丁寧になる。益獣的の感を起す。獣類の中で死ぬかと思ふ。
  毎日帳つけをして醫者へ通ふ。ポンビキが毎日小供なんどを連れて來る。
  其内病氣が直る。飯場の飯が食へる樣になる。直る確信につれて東京へ歸り度なる。(七月)四圓の金が多少あまつたのを小供抔にやつた。が歸らうとなると小供に金をやり度なくなつた。夫から金をためて歸つた。
 
 ○長屋八十人許圍爐裏二。二階。
  蒲團二枚(三錢宛一枚)
  飯代十四錢五厘(朝御汁一杯)
  豆等一杯(二錢五厘)
  日當三十五餞(ホリコ)
  坑夫(請負)五六十錢
  ヤマイチ(坑夫候補生)
  シチウ(大工)
  五分ハ親方ガトル。
  長屋持ノ小供ハ十二三カラ「ヤマイチ」ニナル慾バカリデアル。
 ○妻を抵當に入れる。獣慾ノミ。
 ○病氣の時ハ半分ノ日當
 ○ジやンボ。ハやシ立テル。御經ヲ歌ヒナガラ供ニ立ツ。
 ○一日ニ一人位死ヌ。五六人ノ事モアル
 ○馳ケ出しは五六日 這入るものも五六人
 ○惣勢一萬人
 ○歸る時衆人ハ猜疑ト侮リの眼を以て送つた。草鞋錢をくれる。小供は物をやるとなつく。慾でなつく也。愛情にあらず。
 ○歸る時近さんの云ふ决して手紙を送るな。决して手紙を出さない。
 
斷片 ――明治四十年、四十一年頃――
 
 ○Relation カラ起ル beauty.
   1) Formal.――Propotion
   2) Substantial−
 例ヘバ小説
     第一篇――第二篇―― 第三篇
 二ハ一ニ depend シテ面白ク。三ハ一ト二ニ depend シテ面白イ必ズシモ independent ニ面白クナクテモヨイ。カヽル場合ニ起ル面白味ハ relation ヨリ起ルナリ。relation ノ面白味ニハ (1)causal 是ハ時ニ refer ス。(二)ガ(1)ノ evolution トシテ出テクルコトヤ。(2)ガ(3)ノ cause ニナルコトヤ。凡テ是ニアツテハ時間ノ function デアル。(2)は spacial 是ハ Lessing ノ 所謂 pictorial ナル者ナリ。 Lessing ハ poetry ノ essence トシテ時ニ《原》入レタリ。然レトモ必ズシモ同時ニ起ル objects 若クハ incidents ノ pleasure ヲ picture ニ限ル必要ナシ。(一)(二)三)(四)(五)ガ時間ノ關係ナク小説ノ chapter トシテ排列セラレタルトキニ其排列ノ順序如何ニ因ツテ pleasure ニ差違ヲ生ズルコトハ疑フベカラズ。Harmony、contrast,Veriety、Unity ノ感ヲ起スガ如シ。此ウチニ objective relation ト subjective relaftion トヲ區別スルヲ要ス。双方共 pleasure ナリ。ob.Relation トハ時ニ於テ(1)(2)(3)ト causality ヲ結バザルモ(1)(2)(3)(4)ノ各 chapter 若クハ element ガ其自身ノ性質上互ニ關連スルナリ。subjective relation トハ其 chaapter ヲヨム人ノ心ニ感想ノ relation ガアルノミニテ(1)(2)(3)(4)ノ chap. ノ contents ニハ objectively ニ relation ナキモ可ナルナリ。
   ○小説ニテ chaaracter ノ evolution ヨリ出来ル
         pleasure ハ時ニ depends
   ○    Inncident ノ evolution ヨリ出來ル
             pleasure モ時ニ depend ス
   ○picaresque novels or Romance ヨリ出來ル pleasure ハ causal ナラズ。Picture ノ series ヲ見ルガ如キ者ナリ其 each picture ガ面白ケレバヨキナリ。plot ガナクテモ causality ガナクトモ構ハヌナリ。
   ○Novel トサヘ云ヘバ evolution ト離ルベカラザル者ト思ヘリ。然シ Evolution ナクシテ面白キ者アルヲ忘レタリ。忘ルヽニアラザレトモ譯ガワカラヌナリ。
   ○Objective Relation ニヨリテ興味ノ變化スル場合
〔英文省略〕
  是ハ悲壯ナル感ジヲ起ス句ナリ。然シ其悲壯ト云フ意味ハ Oth. モ Iago モ dead earnest ナルコトヲ presuppose セザル可ラズ。同時に noble cause ニ身ヲ委ネルコトヲ presuppose セザル可ラズ。出來得ベクンバ Oth. ト Iago ガ君臣ハ刎頸ノ盟アル義士ナルコトヲ Presuppose スルコトヲ要ス。若シ然ラザレバ悲壯ノ感ハ起ラズ。所ガ實際ハ Iago ハ earnest ナラズ Othello ハ earnest ナレトモ noble cause ノ爲メニ earnest ナルニアラズ。
〔図省略〕
   ○Objective Relation (1)Othello ノ場合○ハ Othello 全體ヲ示ス△ハ Othello ノ此句ヲ意味ス。スルト○‥△ノ興味ハ○ノ性質如何ニヨリテキマルナリ。Iago ノ△(句)ノ興味モ彼全體ヲ示ス○ト此句△トノ relation ニヨリテ大變異ナツテクル。又 Othello ノ全體○ト Iago ノ全體○トノ性質ニヨリテ其對話(即チ上ノ二人ノ句ヲ sum シタル者)全體ノ興味ハ異ナツテクル。
   同書 Act III sc.IV. ニ Othello ○ガ Desdemona ノ手ヲ見テ暗ニ自己ノ怨恨ヲホノメカシテ其貞節ナキヲ見露ハサント力ムル所アリ。
〔英文省略〕
   是ハ Hamlet ノ Ophelia ニ對スル語ト同ジ樣ナ感ヲ起ス(單獨ニ見レバ)然ルニ事實上ハ左樣ナ感ガ起ラヌノハ失張 Othello ナル全體○と△ナル此語ノ relation ガ Hamlet ナル○ト△ナル Ophelia 對ノ語トノ如キ relation ヲ有セザレバナリ
   ○Othello ノ case デハ Othello ハ Des. ノ心ヲ見拔クノガ主意デアル。此語其者ハドウデモヨイ。此語ヲ借リテ自分ノ主意ヲ貫ケバイヽカラ。此語ニ importance ハ attach シテ居ラヌ。夫ダカラ、探偵的ナ文句デアル。毫モ感情ガ起ラナイ。pathetic ナ心細イ憐レナ感ガナイ
   ○Hamlet ハ Ophela ニ對シテソンナ探偵的態度ヲトツテ居ラン。彼ノ云フコトニモシ虚僞ノアル者ガアルトスレバ夫レハ自己ヲ隱ス爲メデ消極的デアル。Othello は積極的ニワルガシコク〔六字傍線〕出テ居テ居ルニ反シテ Ham. ハ自衛的不得已的ノ中ニ大ニ同情ヲ表スベキ所ガアル
   ○Ham.ノ Ophelia ヲ愛スルハ Othello ノ Des. ヲ愛スルガ如クデアラウ。然シ Ham. ノハ他ノ dutyノ爲ニ Oph. ヲステルノデアル。其ウチニハ一種云フベカラザル forlorn ナ所ト邪見ノ樣ナ底ニ纏綿ノ情ヲ想見スルコトガ出來ル。Othello ハ Des. ヲ罰シ樣ト云フノデアル。彼ノ語ノ hysteric ナルハ bloody ナル hysteric デ幽玄ナル情緒ガ突梯ナル言葉ヲカリテアラハレタ者トハ見ヘヌ。Sacrifice ノ言語ニアラズシテ利害ノ念。得損ヲ含ンダル商買的ナ文句デアル。
   ○此 Evolution ト Pictorial ノ關係ハ短《原》ニ小説抔ノ vhapter ノミナラズ。Paragraph ニモアリ
   ○Paragraph ノ evolution ハ order ナリ one sentence ガ naturally ニ another sentence ニ follow スルコトナリ。Naturally トハ如何。
    1)Naturally ノ meaning ハ intellect ノ law ニ逆ハズシテ logical requirement ヲ fulfil スルコト一ツナリ(小説ノ chapter 抔デ character ノ evolution ガ自然ナリト云フノハ多クノ場合ニ於テ矢張リ Empirical ナ intellectuall law 即チ今迄ノ experience ヲ sum up セル者ヲ repeat スルガ故ニ natural ナル場合多シ)。又 logical sequence ノ自然ナルハ Matthew Arnold ノ例ヲ見ルベシ
    2)Emotion ノ law ニ逆ハズシテ之ヲ fulfil スル Order ナリ。one sentence ト next sentence ノ relation カラ生ズル emotion ガ hitch ヲ感ゼヌ場合ナリ。此場合ニハ logical sequence ヲアル程度迄 neglect スルヲ得。アル Poem ノ如シ
   ○Paragraph ニモ evolve セザル者アルカ? 矢張リ只ニ連續セル者ニテ intllectual ニモ emotional ニモ relation カラ pleasure ノ生ゼヌ者モアリ得ベシ。即個々ノsentence 丈ノ emotional or intllectual value 丈デモツ者。Carlyle 又 Emerson ノ如キハ其例?
 
   ○Greek ノ symmetry ヲ重ンズル議論。Aristotle ノ plot ニ重キヲ置ケル議論 參考
   ○Addison ノ Imagination ニ appeal スルト云フ criticism(Locke ノ Association of Ideas ヨリ脱化?)
   ○Aristotle ノ無象ハ Plot ハ relation ニ過ギズ而モ action ノ relation ナリ。又 aim アル action ノ relation ニ過ギズ。
 
   ○結構
   ×人間の activity の普通の活動を陳腐なりとして、異常の活動を寫さんとするときには此異常の活動を possible にする situation が入用である。此 situation を作るのが結構の一〔右○〕ノ目的である。だから此目的の爲めの結構は自然を缺いても無理でも仕方がない。思ひ通りの situation ニナレバヨイ。(Merchant Of Venice の Antonio が一度に多數の船を失ふが如きを云ふ)
   ×結構其ものが目的の場合がある。人間はまとめる事が好である。生存競|存《原》上の必要にせまられて、まとめつゝ進んで來た習慣は何事をも(生存競爭に必要のなき事迄も)まとめたくなる。
    自然は存外まとまらぬものである。だらしのないものである。之をまとめたがるのが人情である。從つて此人情を滿足きせる時には不自然になる事がある。それでもまとめる方を好む場合がある。結構を目的にする場合にも(此故に)自然を標準にする事は出來ん。よく纏つたと云ふ事を標準にする。
   ×此場合に於では孔明、正成の軍略を賞する如く結構をほめる。孔明や正成の軍略は自然ではない。自然を離るゝ尤も甚しき人工的のものである。あるにも拘はらず如何にもうまいと云つてほめる。結構も此態度から其 skill や ingenuity をほめる。自然と隔たれば隔たる程ほめる場合がある。
   ×從つてまとめる爲めには作中の人物の自由行動を束縛する事がある。多人數會合の相談の際に多人數を自由に働かしては決してまとまらない。まとめる爲めには壓制が必要な場合がある。無理でもまとめる場合がある。小説も其通りである。
   ×まとめる爲めには人事上一人の權力に自己の自由を委任する事が必要な時がある。從つて個人主義の世界には纏まりがつかない事が多い。個人主義に渇仰するとまとまらなくても仕方がないとあきらめる。まとまらないでも自由行動がいゝと云ふ氣になる。從つて、まとまらないもの事を見聽しても左程氣にかゝらない。
   ×此傾向が自然と小説にもあらはれる。乃ち讀者が小説に對して「まとまる」事を要求しなくなる。作家も無理にもまとめる事が必要でないと思ふ樣になる。從つて結構はまとまらないでも作中の人物が其性格に應じて自由自然に働らく樣にする。
   ×花其ものは小説の内容である。活花の方法は結構である。Arrangement が面白いのは結構其ものが面白いのである。此結構の爲めに花が引き立つのは結構を方便にした場合である。此花と他の花を配するのは結構の一である。その爲めに甲の花が乙の花に關係して互に美を發揮するとせば結構は方便である。甲は甲で面白く、乙は乙で面白ければ結構其物が面白いのである。甲はつまらないが乙を添へて始めて面白くなるのは結構……。甲も面白い、乙も面白いが並べると御互に害をするのは結構がまづい
    單獨の價値、Relation ノ價値。照應、contrast 云々
    Proportion。變化。unity。繁簡の對
〔図省略〕
   ○Great literature ハ tragic ダト云フ。或人其意味を説明して final ダカラト云フ。是ハ eternal ナ落着ト云フ義カモ知レヌ(Hale ノ Dramatists of To‐day ヲ見ヨ)。余思フニ tragedy ハ人ヲ眞面目ニスル。(是は誰モ異議ハアルマイ)然シソレガ何故 great ニナルカ。眞面目ニナツタ時始メテ人間の moral being ガ活動スルカラデアル。人ニカラカツタリ、人ヲイヂメタリシテ不埒ヲやツテ恬然タル動物モ其人ガ惨死ヲ遂ゲルトキニ始メテ悚然トシテ本來ノ我ニ歸ルカラデアル。
    喜劇ガ忽然ト悲劇ニ變ズルハ此時デアル。 life ノ positive side ヲ無暗ニ stretch シテ行クト急ニ negative side ニ歸ル。其時彼等は始メテ life ニモnegative side ガアルカト氣ガツク。life ハ唯一ノ目的デアル。而シテ positive ノ方面ニ進ンデ種々ナル quality ヲ introduce スルノ結果は人々皆 absurdity ニ陷ル。彼等は life ハ何ニ耽ツテモ、如何ナルコトヲシテモ absolutely ニ secure デアルト自覺スル。所ガ positive ノ方面ニ無暗ニ進行スルト彼等の第一目的タル life ノ bare existence ト矛盾スル。彼等ハ此矛盾ト當面ニ相見エタトキ始メテ生活ノ第二意義ヨリ第一意義ニ歸ル。而シテ自己の行動の從來ハ輕佻デアツタト云フコトヲ切實ニ自覺スル。如何トナレバ彼等ハ今迄生活の第二意義の爲メニ第一意義ヲ忘レテ居タカラデアル。因果ト云ヒ天罰ト云ヒ應報ト云フハ皆此根本義ニ逢着シタトキノ語デアル。
    喜劇ハ道徳ヲ抽出スル。而シテ道徳ハ life ノ根本義ヲ維持スル上ニ於テ absolutely ニ必要デアル。故ニ喜劇ノ多クハ life ノ第二義ニ墮ツル者デアツテ、 life ノ第一義ニ觸レル者ハ必ズ道徳問題ヲ含ンデ居ル。而シテ道徳問題の尤モ深キモノヽ表現ハ tragic デアル。 tragedy ニ於テ始メテ此道徳問題の重要ナルコトガ明瞭ニ分ツテクル。是ダカラ古來カラ悲劇ハ喜劇ヨリモ重要視セラルヽノデアル。(コンナ説ヲ述ベタ人ガアルカナイカ知ラヌ。然し是ハ眞理デアル。何人モ打チ壞スコトノ出來ヌ眞理デアル)
    人間ガ尤モ痛切ニ人生ノ根本義ヲ覺ルノハ。今迄喜劇ダト心得テ面白半分ニ道徳ヲ重ンゼズ無暗ニ進行シテ來タ事件ガ卒然トシテ tragic end ニ終ルトキデアル。其時人間は始メテ喜劇ヨリモ大切ナモノガアルト云フコトニ氣ガツク。道徳ノ大切ナコトニ氣ガツク。面白半分ニ騷ギ立テタノハ根本義ト遠ザカツテ居タコトニ氣ガツク。此根本義ノ念ヲハツト思ヒ出ス爲メニハ悲劇デナクテハ出來ヌ。
〔図省略〕
     ――――――――――
    ○暴風のとき漁船が岸へ這入リソコネタ。遙かの沖に大きな波を控ヘテ見えたり隱れたりする。村のものは老若男女をつくして磯へ立つてゐる。腰へ綱をつけて海へ飛び込んで舟を引いてくるのである。夜は篝をたき盡して翌日の午後三四時迄かゝつたさうだ。此間老若とも一言も交へなかつたさうである。老若とも一椀の飯も食はなかつたさうである。(高須賀淳平が小田原から歸つての話)
 ○四十年ノ五月場所に常陸山が梅ケ谷に負けた。勝負後双方の部屋の樣子が新聞にあつた。梅ケ谷の部屋は歎聲湧くが如くなるに引き易へて常陸の方は並んでゐる力士がみんな無言であつたさうだ。其中に小常陸と云ふのが、だまつてぽろ/\と涙をこぼしたさうだ。
 
 一 叡山。死、D、F、
 二 保津川 童、女
 三 E、I
 四 F、G、H、
 五 D、○B
 六 F、I、
 七 D、E、
 八 ○B ○E D、F、
〔一〜八の下の図略〕
   九 D、I
   十 I、
   十一 G《〔?〕》、
   十二 F 、○B
   十三 E  Death
   十四 
 
   ○Dialogue(character in) The Academy June 8,1907.
    Action ト situation ノ爲メノ會話ト Character ヲアラハス爲ノ會話トハ違フ。
   ○Character ヲ dialogue デアラハシ得ル人ハ――
    lbsen,Meredith,Pett Ridge,W.W.JacObs.
   ○アラハセヌ人ハ
    Pinero、Hardy、etc.Shaw
   ○James ハ dialogue ヲ用ヒズシテ character ヲアラハシ得ル人ナリ
   ○Oscar Wilde モ character ヲアラハスコトガ出來ル。
〔英文省略〕
     ――――――――――
   ○修飾ナクシテe鞠ectアル句。
    (1)句自身ガ或ル sense ニ於テ bedeutngsvoll ナル時、即チ内容ガ one way or Other ニ rich ナル時。
    修飾ノ必要ナクシテ修飾以上ノ効能アリ
    (2)ハ law of transference ニ depend ス。前後ノ關係カラシテ眞率ナル一句半句モ必然ノ勢大變ナ效果ヲ生ズ。此場合ニ於テハ此句ヲ切リ離セバ一文ノ價ナシ。
    (此 law ヲ研究スルハ文學ノ dynamics ノ一部分ナリ)
     之ヲ extend スレバ一句ノ場合ノミナラズ one scene, one action 皆前後ノ關係ヨリ非常ノ importance ヲナス。然シ切リ放セバ平凡トナル。
   ○以上ノ意味ナクシテ effctive ナラントスルトキ普通ノ修辭ガ必要トナル。
   ○此故ニ Art ハ三種トナル(1)ornamentalisation (2) materiralisatiOn (3) juxtaposition
   ○三ノ関係ヲ極ムレバ一トナル。只主眼ガ違フ。第一義トスル所ガ違フ。
     ○第一ヲ formula ニ deduce スレバ f+f′、又ハ f-f′、トナル
     ○第二ヲ formula ニ deduce スレバ f トナル
     ○第三ヲ formula ニ deduce スレバ f+f《sic》又ハf−f′、トナスヲ妨ゲズ
     ○故ニ artless ナル literature ヲ主張スル人ハ第一《原》ノ意味ニ art ヲ狹メタル人ノ言ナリ
     ○第三J uxtaposition ノ art ハ
〔英文省略〕
     ――――――――――
   ○反動〔二字傍線〕。(1)支那詩。(2)十九世紀ノ nature。(3)Naturism (4)自分ニナイ物
     ――――――――――
   ○Arrangement ヨリ起ル interest.La Faustin,
      ――――――――――
   ○分化作用 La Faustin Rudin
      ――――――――――
   ○Brunetiere 曰ク
    ×〔英文省略〕
   ○漱石曰ク
    ×○吾ト○物 此二個ノ separate existence ヲ假定ス。
   ○スルト文藝ハ (1) representation of ○吾
           (2) representation of ○物
   トナル。然シ(1)モ(2)モ represent セラレルモノト represent スルモノトガナケレバナラヌ。從ツテ(1)ハ○吾對○吾トナリ(2)は○吾對○物トナル。引キクルメテ云ヘバ○吾對(吾モシクハ物)トナル。文藝ノ流派ハ此對ノ一字ヲ研究スレバ足ルコトトナル。詳言スレバ representation ノ subject ガ represent セラルヽ object (吾ト物トヲ含ム)ニ向フ態度デ決スルコトガ出来ル。此態度ハ absolutely ニ一ナレバ文藝ニ流派ヲ生ズルコトアリ得ベカラズ。而シテ此態度ハドノ位ニワカレ得ルカヲ斷ジ得レバ文藝ノ流派ハ最初ヨリ豫想出来ル。之ヲキメルノハ矢張陳腐ナ方法ニヨル。人間ノ faculty ノ大別カラシテ此大別サレタ faculty ノ predominate シタ態度デアル
   (1) intellectual attitude
   (2) emotional attitude
   (3) volitional attitude
  (3)ノ attitude ハ representation ニ関係少ナシ。故ニ問題ニナラズ  残ルモノハ(1)ト(2)ナリ
   (1)ノ attitude デ represent スレバ自他ノ truth ヲ represent シ若クハ發揮スル從ツテ scientific ナ attitude ナ文藝トナル
   (2)ノ attitude デ represent シ若クハ發揮スレバ poetical ナ attitude ヨリ成ル文藝トナル。
   從ツテ
   (1)ハ教ヘル。 life ノ眞相ハコンナモノデアルト云フコトヲ教ヘル  從ツテ美醜善悪ノ區別ハナイ。只有ノ儘ヲカケバヨイ
   從ツテ Naturalism ニナル。choice ヲ許サヌ。choice ヲスレバ不公平ニナル life ノ眞相ヲ教ヘラレナクナル。
   (2)ハ教ヘル。美ヲ味ヘト教ヘル。善ニ與セヨト教ヘル。壯ヲ行ヘト教ヘル。作家ノ emotion (善惡美醜)ヲ寫スコトガ主トナル。作家ガ物ヲ見テ其物カラ受ケタ emotion ヲ寫ス。物其物ヲ represent スルヨリモ物カラ生ズル sentiment ヲ寫ス。從ツテ subjective デアル。 life 其物ノ representation ヲ主トスルヨリモ life カラ得タ emotion 即チ作家ニヨツテ emotionalise サレタ世界ヲ寫ス。故ニ partial デアル。之ヲ romantic ト云フ
    (此二者ハカウ截然トハ區別出來ヌ只大體ノ傾向ヲ云フ)
   ×ダカラシテ Naturalism ハ只物ヲ冷静ニ寫シテ其冷静ニ寫サレタ事物カラシテ讀者ガ勝手ナ emotion ヲ得ル。 Romanticism ハ author ノ人格ニヨリテ emotion ヲ附加シテ讀者ニ author 一流ノ emotion ヲ強ヒル。
   ×此點カラシテ Naturalism ハ性慾デモ肉慾デモ人生ノ眞ノ一部デアルカラシテ其眞ヲ represent スルト云フ了見デカク。ダカラ眞ノ爲メニカクノデ眞〔デアル〕カラシテ其眞デアルガ爲メニ成程ト云フ emotion ヲ讀者ニ起サセレバヨイ。肉慾其物ニ興味ヲ以テ之ヲ挑撥シタリ又ハ排斥スル樣ナ emotion ヲ示シテカクベキ筈ノモノデハナイ。褒貶以外ニ超然トシテカクベキモノデアル。自ラ批評的ノ態度デカクベキ筈ノモノデハナイ。サウデナイト矛盾ニナル。肉慾抔ハ別ニ排斥スル必要モナケレバ奨励スルニモ足ランモノデアルカラシテ今日革新ラシク之ニ emotion ヲ以テ讀者ニ強ヒルノハ陳腐デアルト共ニ餘計ナ御世話デアル。
   (田山花袋氏ノ蒲圃ハ此點ニ於テ自然派ノ態度ニカナツテ居ル)
   アレヲ見テ成程コンナ人ガ居ルカナト事實ヲ教ハル丈デアノ主人公ノ眞似ヲシテ布|蒲《原》ヲカイデ見樣ト云フ心持ニナル人ハ一人モナイ
   ×自然派ハ只 life ハコンナ者デアルト云フ丈デ life ハカウシナケレバナランカウシタノガイヽト云フ批評ハ含ンデ居ラン。information ヲ供給スル丈デアル。從ツテ美醜善惡ハ擇バナイ。醫者や化學者ガ(クソ)ヲ取リ扱フ了見デヤルノミデアル。夫ハ只眞ヲ寫スト云フ emotion ニ支配サレルカラデアル。然シ糞ヲ奇麗ダト emotionalise スレバスグ過ヲ犯スコトニナる。
   ○自然派ハ life ハコンナモノダト教ヘル。コンナモノトハドンナ者デアルカト人ニキカレタ時又ハ自分デ聞イタトキ作物全體ヲ繰返サ〔ナ〕クテハ返事ガ出來ヌノハ不便デアル。從ツテ自然ノ傾向トシテ彼等も一句ニ reduce スルコトノ出來ル樣ナ life ヲ represent スル。
   サウスルト作物ノ下ニ意味ガ出來テクル。是ガ寫生文ト自然派トノ差ニナル。兩方共 objective デアル。faithful description of actual life デアル。ケレトモ寫生文ハ讀ンデ一個ノ proposition ヲ得ナイコトガ多イ。 life ヲ represent シタニモ拘ハラズ life ノ眞相ヲ一句ニ握ツタ樣ナ心持ガシナイ。
  “True to life” 此點ニ於テ兩者間ニ何の差異ガアルモノデハナイ。  一句ニ人生ヲ示サウトスルカラシテ life ヲ represent スル樣ナ construction ヲ作ラ|ヌ《原》バナラヌ。ドコニアル life デモ其儘ニ句ニナルト云フ譯ニハ行カヌ。從ツテ自然派ノ作物ハ life ノ true representation デナクテハナラヌニモ關セズ斧鑿ノ痕ヲ免カレヌ。之ハ意味ヲ深クスル爲メ|テ《原》趣向スルカラデアル。寫生文ハ人生ノ一句ニマトマテヌ代リニ眞ノ representation デアル genuine デアル
  器械的デアルト云ヘバ双方共器械的デナケレバナラヌ筈デアル。只讀ンダ人ガ此器械的ナ叙述カラ眞デアルト云フ emotion ヲ得ル丈デアル。ソコガ science ト違フ丈デアル。作家ハ讀者ニ emotion ヲ與ヘルノデハナィ。 description ヲ與ヘルノデアル。Nature 其儘ヲ器械的ニ與ヘルノデアル。 emotion ハ讀者ノ方デ勝手ニ製造スルノデアル。然モ其 emotion ハ眞ニ對スル emotion デナクテハナラヌ。
  虚子ハヨク(オチンコ)トカ(屁)トカ云フ。丁度自然派ガ性慾トカ何トカ云フノト同ジ態度デアル。毫モ差支ナイ。何モ之ヲ奨励スル意味デハナイ
 
  アル意味ノアル作物ヲ作ラウトシテ散漫ニナツテマトマラヌノガアル。マトマツテモ意味ガ一句ノ言語デ現ハセヌノガアル。之ヲ神秘派ト云フ
 
  ○小説デハ characterisation ヲ必要トスル。アル人ハ之ガ essence ト迄思フ。之ニ成功スレバドンナコトニナル。―― life‐like ダト云フ活動シテ居ルト云フ。――猶之ヲ研究スルト consistent ト云フコトニナル矛盾ガナイト云フコトニナル言ハヾ纏マリ易イ character 云フコトニナル。A,B,C,ノ symbol デ代表ノ出來ル character ト云フコトニナル。丁度一篇ニ意味ガアツテ此意味ガ一句ニツヾメ得ルコトヲ喜ブ如ク。character ニモ特長ガアツテ此特長ガ貫ヌク爲メ最後ニ一句ニツヾメ得ル樣ナ character ヲカキ終セタ者ガ成功シタト云ハレテ居ル。
  然シ此意味デ成功シタ者ハ個人ノ whole character ヲ描イタ者デハナイ(少ナクトモ萬ノウチ九千九百九十九迄ハ)。個人ノ whole character ノウチアル traits (作家ニ都合ノヨイ)ヲ抽出シテ、此抽出シタ者バカリヲ貫ヌイテ自分ニ都合ノイヽ character ヲ create スル。ノダカラ nature ノ law ニ從ツテ create シタモノデナクシテ小説ノ世界ニ便宜〔二字傍点〕ナ爲メニ nature ノ lawヲ violate シテ create シタ者デアル
  普通ノ場合ニ於テ特|特《原》ノ traits ガ個人ノ生涯ヲ貫ヌイテ居ルト云フコトハ事實デアル。然シ此 traits 丈デ人物ハ出來テ居ランコトモ事實デアル。ノミカ多クノ場合ニ於テハ此 traits ニ反對矛盾スル樣ナ phases ヲ澤山具ヘテ居ルノガ事實デアル故ニ Valet has no hero ト云フ語ガアル。人事ニハ極メテ冷淡デ貫イテ居ルガ身體ニ關スルト極メテ神經質ナモノガアル。family ニハ無愛想デ朋友ニハ叮重ナ人ガアル。アル物ニ對シテハ吝嗇デアルガ、アル物ニハ非常ニ liberal デアル。コンナ例ハ澤山アルカラシテ矛盾シタ方ガ自然ノ character デ、セヌ方ガ小説ノ作ツタ character デアル。
  ソコデ小説家デモ此點ニ着眼シタモノハ矛盾ノ性行ヲカキ出シタ。アル場合ニハ善、アル場合ニハ善デナイ人ト云フ樣ナモノヲカイタ。サウシテ讀者モ之ヲ承知スル樣ニナツタ。――然シ之ハ只ニ一本調子ヲ去ルコト啻ニ一歩ト云フ程度ニ過ギン。――即チ明カニ矛盾セル性行ヲ並ベテコトサラニ人ノ注意ヲ聚メテ判然トシタ contrast デ讀者ニオヤト云ハセル。
  然シ是ハ character delineation ノ observation カラ云ツテモ execution カラ云ツテモ未ダ幼稚ナ者デアル。自然ノ character ハ單ニ一ノ contrast デ全部ヲ描出サルヽ程ニ單調ナモノデハナイ
  ソコデ尤モ accurate ナ observer 若クハ executor ガ尤モ truthfully ニ character ヲ ( whole side 勿論)カヽウトスルト云フ迄モナク今迄ヨリモ遙カニ different phases ガ出テ來ルニ違ナイ。サウシテ phases ガ different デアルガ故ニ互々ノ phases ノ間ニ consistency ガナイ樣ニ見エル。一ノ矛盾位デハ〔ナク〕 several inconsistensies ガ出テ來ル樣ニナル。從ツテヤリ口ガ subtle デアレバアル程 whole side ガ寫サレヽバ寫サレル程マトマリノツカヌ character ニナリ易イ。一言ニシテ蔽フコトノ出來ナイ character ニナル。記|臆《原》ニ不便ナ character ニナル。A,B,C ノ symbol デ現ハシ難キ character ニナル。
  大變下手ニ描イタ樣ニ思ハレル。而シテ其實ハ尤モ true ナ character ニナル。尤モ發達シタ delineation ニナル。
  例へバ從來ノ character ハヨク風邪ヲ引ク人ガアルト。風邪ヲ引イタ時丈ヲヨツテ書ク。ダカラ風邪ヲヒク人ト一言ニマトメラレル。其次ハ風邪ヲヒイタ時ト直ツタ時ヲ contrast ニカク。前ヨリハ複雜デ前ヨリハ true デアル。然シ whole side ハ無論盡スコトハ出來ぬ。風邪ヲヒイタ時ト、丈夫ナ時ト、中間トヲカイテ始メテ完イモノガ出來ル然シ。サウカクトマトマリガナクナル。散漫ナ者ニナル要領ヲ得ナクナル。然シ true ニナル。
  Characte ハ風邪ヨリモ遙カニ複雜デアル。而シテ物ニ遇ヒコトニ逢ツテ reveal セラレル phases ハ決シテ consist デハナイ。例へバ A ナル character ノ第一ノ action ヲ A1 トスルト A1 カラシテ A2、A3、A4、ガ推セル樣ナモノデハナイ。否推セヌ場合ノ方ガ多イ。此推セル場合丈ヲカケバ Whole side ハ出テ來ナイ。repetition ニナル repetition ヲカイテ whole character acter デアルカノ如クニ思ヒ又思ハセテ居タノガ今迄ノ小説デアル又今後ノ小説デアル。 repetition デハナイガA′,A″,A′″ト causal relation ガアツテシカモ此 causal relation ガ相互ノ内容ニ密接ナ類似ヲ示ストキハ大抵ノ場合ニ evolution ニナル、然シ evolution ノ場合デ〔ハ〕A′ガ本位デアツテ他〔ノ〕A″,A′″ハA′ニ depend シテ起ル者デアルカラシテ whole character ノウチノ A′ナル traits ノ causal relation ニテ reveal スル different phases ニ過ギン。從ツテ whole side デハナイ。モシ whole side ヲカヽウトスルト differnt phases ガ支離滅裂ニナル(所謂)又ハ朦朧ニナル又ハ神秘ニナル。
  寫生文ハ(character デハナイガ)事件ノ whole side ヲ寫サウトスル從ツテトリトメガツカナイ、同ジ事デアル。
  Hamlet ノ character ハ面白イ氣狂ダカ正氣ダカ意志ガ強イノダカ弱イノダカ分ラナイ
    (1)  (2)  (3)
  △人−Culture−Nature−Culture
  △人ハ forgive,行爲ハ借ス所ナシ
  △(a+b+C+d=……)ヲ A ナル person ニ act ス。A ナル person ガ此 act ノ series ノ爲二一轉化ヲ來ス時、act セル人ハ始メテ我意ノ如クナルヲ得。一轉化ヲ來サヾル時 act セル人ノAニ對スル責任ハ益重クナル。此責任ヲ逃ルヽ爲メ(換言スレバ A ノ一轉化ヲ bring about センガ爲メ) B ハ(a+b+c……)ヲドコ迄モツヾケテ行ク。ツヾケテ行クガ爲メ B ノ A ニ對スル責任ハ益重クナル。自己ノ責任ヲ重クシツヽ進行シテ最後ニ無責任ノ境ニ至ラントス。B ガカクシテ無責任ニ萬事ヲ結了シ得ルカ又ハ大責任ノ爲メニ困憊ノ死地ニ陷ルカハ A ノ性格ニ depend ス。
  此 series ト此解決ノ如何ト此 evolution ハ大小説ヲ構成ス
  △〔英文省略〕例此外色々
  △二對ヲカク一對ニハ以上ノ mystic influence ノアルモノ一對ハ丸デナイモノ。サウシテ兩方ノ contrast ヲ出ス。イヅレガ truth ナルカ又ハイヅレガ truth ニ近キカ。 Poetry カ prose カ。 Actual world ヲ godvrn スルモノハ poets,カ practical men カ。
  △The Master Builder(Solness)ハ old generation ノ new generation ニ取ツテ代ランコトヲ恐ル。カヽル人ハ常ニアルベシ。カヽル人ヲカキコナシ得ル作家ハ青年ナルヲ得ズ
 
  ○Characters ノ relation ニ start ノ relation ト evolution ノ relation トヲ區別ス。故ニ A,B ナル characters ノ relation ハ α′《sic》(start ノ rel.)+ β(evolved rel.)ノ二トナル。
  故ニ relation ノ complexity トハ
  (1)αノ敷ノ多キコトヲ意味シ
  (2)βノ successive phses ノ数ノ多キコトヲ意味シ
  (3)A ナル single character ニ即シテ(1)ト(2)ガ出來ル場合
  (4)A ニモ B ニモ即セズ漫然ト(1)ト(2)ガfulfil セラルヽ場合
  ソコデ(3)ノ case ニハ complexity ガアルト同時ニ unity ガアル。常ニアル方向二向ツテ interest ガ acelerate スル。(4)ノ場合ニハ complexity ヲ生ズレバ生ズル程 unity ヲ失フ。
  ○Complexity ハシバラク論ゼズトシテ Hauptmann ノ Weavers ハ(4)ノ case ニアテハマル故ニ unity ノ
 
觀念少ナクシテ物足ラヌ心地ス。Ibsen ノ Borkman モ亦多少(4)ノ case ニアテハマル。(4)ニアテハマル丈ソレ丈物足ラヌ心地ス。The Master Builder ハ(今讀ミカケテ居ル所迄 p.99)デハ(3)ニアテハマル故ニ interest ガ accelerate シテ unity ヲ keep シテ居ル。然モ同時ニαノ多キ爲メニ complexity ノ感ヲ失ナハナイ。
  Ibsen ハαヲ用ヰル手際ガウマイ。Master Builder ニ就テ云ヘバ出ル人モ出ル人モ皆最初カラ start ノ relation ヲ (Master Builder ニ對シテ)有シテ居ル。然モ其 relation ガ中々深イ意味ノアル好奇心ヲ起ス、運命ヲ支配シサウナ從ツテ人ノ注意ヲ引ク relation デアル。サウシテ皆夫々チガツテ居ル。
    重ナルα Solness 對 Miss Wagnal《sic》
         Solness 對 Mrs Solness
         Solness 對 Miss F
 
         Solness 對 Brovik
  斯様ニ start ノ relation ヲ single ナ Solness ニ結ビツケテサウシテ其 relation ニ變化ヲツケル此 start ノ relation ノ variety ト meaning ガウマク出來レバ drama デモ小説デモ過半ハ成立シタ者デアル。アトハ只自然ニ follow スレバヨイ。此 creation ガ眞ノ creation デアル。
  此 start ノ relation ヲ二様ニ分ツ。一ハ過去ノ general state 及ビ condition カラ follow スル漫然タル relation。一ハ particular event 又 ocasion ガ chief cause ニナツテ出テ來タ relation。此二者ノウチ general ノ方ヲ用ヰルト interest ハ少ナクナル。particular ノ方ヲ用ヰルト interest ガ大キクナル keenニナル。此 particular ナル cause ノ説明ガ知リタイカラデアル。知リタイノガモトニナルノダカラ general デモ説明ガ求メタイ look back シテ何カアルナ。今ニ分ルダラウト云フ氣ヲ起ス様ニ書キ出セバ其功力ハ particular ニ近クナル。lbsen ハ此點ニ於テ artist デアル。
 
  △AガBヲ壓服シテ地位ヲ得。地位ヲ得タル後Bノ子ガ又己ヲ壓服シテワガ地位ヲ奪ハンコトヲ恐ル。是封建時代ノ復讐ノ condition ナリ。之ヲ二十世紀ニ翻譯セバ如何
  △AノB、C、D、E、F……ニ對スル行爲働作ハ normal ナリ獨リ N ニ對スルトキ abnormal トナル。其理由及ビ結果如何。
  △Aノ他ニ對スル行爲ハ normal ナリ獨アルαナル subject ニ關シテ abnormal ナリ其理由及結果如何
  △B、C、D、F……(ノ數多ノ人)ノ他ニ對スル行爲ハ normal ナリ獨リAナル格段ナ人ニ對スル行爲ハ abnormal ナリ、其理由及ビ結果如何。
   以上三種類ハ氣狂トモ氣狂デナイトモ云ヒ得ベシ而シテ小説ニ仕組ンデ尤モ興味アルモノナリ
   B、C、D、F……ノ abnormal ナ行爲ヨリ A ノ abnormal ナ行爲ヲ生ジタル時ノ結果如何。
 
  △巨萬ノ財ヲ擁シテ心配シテ居ル人
  △絶世ノ美人ヲ娶ツテ心配シテ居ル人
  △Love ノ specfication−sensuous,sensual,artistic,phlosophical,material,interested……
  △Bored サレタル夫婦
  △Love,hatred,indifference ノ mixture.Single person ニ對スル  △Aナル男トBナル女ノ past relation
 
  ×Degradation ヲ寫スコト。
  (1)昔ハ degradation ナカリシト云フ supposition
    Suffering, pain etc.ガ比較的少ナカリシコト。
    人々アル level 以上ニ生活難ヲ越えたる事。
  (2)observation 微弱ナリシ爲メ昔ハ之ヲ discriminate スル能ハザルカノ supposition
  (3)beauty, sublime, good ニ飽キテ、食傷ノ結果、新シキ者ヲ discover セントシタレバ澤山キタイナ者ガアツタコト
  (4)今ノ世ハ昔ヨリ degradation ガ殖えタト云フコト。殖えタ結果 conspicuous ナリ。誰ノ目ニモツク
  (5)之ニ伴ツテ degradation ヲ耻ト思ハズ。平氣ニカクニ至ルコト。天下コゾツテ有夫姦ヲスレバ此 truth ハ open secret ニテスコシモ耻ニナラズ。一夫一婦ノ制ハ告《*》朔ノ※[食+氣]羊トナル。モーパサン
〔英文省略〕
  ○意識界ニアラハル、Idea ト feeling ノ遲速 p.237.
     ――――――――――
  ○新聞小説ノ普通ノ小説ト異ナル所 Wundt 137 ヲ參考
     ――――――――――
 
〔約2頁にわたって大方英文で組み方も複雑なため省略〕
 
  ○甲、去る所より手紙にて乙ニ送金ヲ頼ム。甲場所ヲ移シ、今度ハ電報ニテ送金ヲ頼ム。手紙ヨリ電報ガ先ヘツタ。電報ニハ宿所ナシ。乙金ヲ送ル能ハズ(爲替ハ留置ナキ故)。即チ局待ニテ金送ル宿所シラセヨト書イテヤル。然ル所其日ノ午後手紙來り(自分ハ人ヲ尋ネル爲メ是カラドコソコ(行ク。金ハドコソコノ何某宛ニテ送ツテクレ)トアル。乙一文ナシ。金策ニ手間ドリ、夜ニナツテ電報ヲ出サントスルニ電報爲替ハ四時迄故間ニ合ハズ。即チ明朝早クセントス。其夜大雪。電信悉ク不通トナル。
  ○信|洲《原》ヘ行ク旅費ヲクレト云フ。旅費ヲヤル。スルト信《原》洲ヘ行カズ。今度ハ東京ヲ出ルト云フ。デハ出ロト云フ。出ズ。次ニ學校ヘ行キタイカラ束修月謝ヲ出シテ呉レト云フ。束修月謝ヲヤル。學校ノ入學試驗ナシトテ行カズ。次ニ女ノ決心ガ聞キタイカラ聞イテ呉レト云フ。次ニハ漁夫ニナラウト云フ。――矛盾。矛盾ノ解釋 打算カ發作カ。解釋ヨリ生ズル誤解。
 
  ○The Lady from the Sea. 約束ハ nothing。 freedom ノ choice ナラザルベカラズト。之ヲ translate スレバ duty ハ重《原》ンズベシ nature ノ desire ハ滿足スべシト云フ意味トナル。
  ○Rosmersholm. 夫婦アリ。アル女此男ノ emancipation ノ爲ニハ此女房デハ駄目ト思フ。自分ガ適當ナ細君ト思フ。夫デアル意思ヲ決行シテ其結果女房ハ入水スル。アトカラ男ト女ハ添ハレズシテ情死スル。
  ○萬事ヲ勝負卜見ル人。勝負ヲ忘ルヽ人
  ○Love ニ抵抗スル人。despise スル人。stamp out スル人。
 
  ○〔英文省略〕
  ○〔英文省略〕
  ○ Dream 投ゲル物。moss covered stone. 鰻トリ、鏡、蛙、榎 入水(刹那)、Excavation. 鯉、髭、神殿、豚、begga. 鼓、“After yoi” の two extreme cases.
         おさらばの月
         〃の物
         〃と吹く風に
    鼻が動ク  oblonoff 釣鐘ト撞木
 
  ○某氏葬式ハ立派ナモノデシタラウナア
  ○〔以下○の下、すべて英文省略〕
  ○
  ○
  ○
  ○
  ○
  ○
  ×夫婦、夫ノ父ノ死、妻 respond セズ
      妻ノ母ノ死、夫 respond セズ loss of sympathy
     ――――――――――
〔手書き英文省略〕
     ――――――――――
  ×外出。青ニ心ヲ奪ハレテ歸ル。家人突然赤ヲ説ク。
   1、青本位ノ世界ニ立ツテ赤本位ノ者ヲ憐ム
   2、 〃    ヨリ   〃 ニ移ル struggle
   3、 〃    〃    〃  〃 時ノ不安ト regret etc
  ×Blood is thicker than water?
     a=blood
     b=water
    aノ災難ヲ心痛スル際、b來ツテ其利益ヲ説ク。
     1、aニ對スル affection=bヲ憎ム。
     2、aニ對スル conscience=bニ從ハズ。a本位ノ解決
     3、我ニ對スル affection=bヲ愛ス。
     4、我ニ對スル conscience=bニ從フ。我本位ノ解決
     5、bニ對スル affection=bヲ愛ス
     6、bニ對スル conscience=bニ從フ b本位ノ解決
     ――――――――――
  ×Peter ノ父アリ Alexis ノ子アリ、解決ハ幾通リアルカ? 答。
  ×Peter ハ勝利者タルベキカ? 勝利ノ意|議《原》如何。
  ×Alexis ハ必ズ敗者タルベキカ? 敗者トハ何ゾ。
     ――――――――――
  ×A甥ノ財産ヲ管理ス。事業ニ失敗ス。財産ヲ流用ス。之ヲ辨償セントシテ成ラズ。甥成長シテ財産ノ讓渡シヲ請求ス。A言葉ヲ左右ニシテ荏苒日ヲ送ル。甥Aヲ以テ惡漢トス。冷刻トス。Aノ煩悶。
 
  ○Alexis, Peter ノ嚴刻ヲ厭ヒテ以太利ニ逃レ Emperor ニ依ル。Peter Peter〔sic〕spy ヲ放ツテ其居所ヲ突キ留ム。lnterview。TOlstoi Alexis ニ示スニ Peter ノ手書ヲ以テス。曰ク歸ラバ凡テヲ許スベシ。歸ラザレバ遇スルニ traitor ヲ以テシ兵カニテ連レ歸ルベシ。Alexis 書ヲ信ゼズ。歸ルコトヲ諾セズ。Tolstoi 曰ク臣君ノ命ヲ果ス迄ハ何處迄モ殿下ヲ離レザルベシ。何時迄モ以太利ニ留マリ。何處迄モ殿下ヲ dog スベシ。Tolstoi ハ politician ナリ。功績ヲ擧ゲテ自己ノ器量ヲ示ス爲メニハ何事ヲモ敢テス。Alexis ノ愛妾 Afrossinia ヲ離間シテ Alexis ヲ孤立セントハカル。又 Emperor ハ Alexis ヲ protect スル意ナキ風評ヲ流布ス。Alexis ト Afrossinia p.326.
     ――――――――――
〔図省略〕
     ――――――――――
 
〔英文省略、所々に以下の語句等あり〕
  活動 (陳腐) ※[行人偏+※[氏/一]]徊趣味  
 1. What will come after a. reaching b thro. a. causal links. 推移趣味
 2.一篇ヲ讀ミテ後ニ起ル声 一篇ハ means. x ハ end.
 3.12モ※[行人偏+※[氏/一]徊趣味ト blend スル理由。
 
  ○病院  ○engagement ○memento
 
  ○女ノ先生、her ring engagement female view of the other sex
  ○御房サント東洋城ト虚子
  ○高須賀淳平女子大學へ忍び込む術。
 
  ○汽車轢死以前
  ○線香畠ノ事
  ○陸軍大學デ試験 梯子段ハ何段アルカ、御前ハ御前ノ妻ノ姦通シテ居ルノヲ知ツテ居ルカ
  ○夢枕ニ立ツテ色ヲ白クシナケレバ不可ト云フカラ、クラブ白粉ヲ使フ
 
  ○己ハ婿ニ行くから入夫をしろ
  ○大人ト支那留學生ニ呼ばれた。
 
  ○羽織ノ目方ヲハカリ競スル。目ヲ眠ツテハカル、ドウシテモ自分ノ方ガ重イ
  ○金満家。器量好ミ。嫁ヲ探ス。芝居ヘ行ク。肺病。病中毎日手ヅカラ髪ヲワケル。香水。香水ヲ贈ルモノアリ。死ヌ迄枕元ニ置ク
  ○七時半起床。五時半晩食。八時半迄就眠。八時半より三時半迄起床。
  ○The sight of human misery
  ○柔術ノカタヲ教ハル
  ○馬鹿囃ノ稽古
  ○口ノキヽ様
  ○Turbine engine necktie
  ○Brampton Urn.
  ○Law of remuneration
  ○ハツカ鼠ノ神經  necktie
 
 
 斷片 ――明治四十一年初夏以降――
 
 茄子苗。月見草。大※[糸瓜の絵]。コスモス。トマトー。松葉牡丹。芋。
     ――――――――――
〔絵省略〕
     ――――――――――
〔絵省略〕
     ――――――――――
〔絵省略〕
     ――――――――――
〔絵省略〕
     ――――――――――
〔絵省略〕
     ――――――――――
 甘酒屋。 苗賣。
     ――――――――――
 天狗草履發賣所
 中島善太郎廣告
     ――――――――――
〔絵省略〕
     ――――――――――
 畔柳《*二字傍線》。喉頭結核。森《*》田 川崎のピストル。森《*傍線》。姙娠細君嘔吐。小兒百日咳。夜眠レズ。
  後藤〔二字傍線〕。不眠
    肺炎
 浦谷〔二字傍線〕。二《*》十五圓。下《*》駄ノ鼻緒
 佐藤〔二字傍線〕。免職
     ――――――――――
〔絵省略〕
     ――――――――――
 出《*》齒龜。田子浦入水親子三人脊髓病。本所小女二人同時入水。
 中尉。副官を斬ル(戀ノ恨)
 建《*》部博士離縁。
 大《*》久保腎肉斬取事件。
 長一寸八分幅一寸二三分厚五分位ノ雹降ル(六月八日)
 姙婦震死。(眞鍮ノカンザシ)
 四十二ト三十九ノ夫婦情死。美貌ノ妻強姦セラル。其事評判トナル。夫ノ嫌疑。妻ノ慰撫。情死。
     ――――――――――
〔図省略〕
     ――――――――――
 六月十日
 五日某家ノ下女チンを連れて芝公園辨天ノ所ヲ散歩ス。午後七時頃。暴漢之を襲フ。チン暴漢ノ頭ニカミツク 事ナキヲ得タリ。
     ――――――――――
 禿ヲ自慢スル者ハ老人ニ限ル
     ――――――――――
 日本外債ヲ佛蘭西ニ募リテ將ニ成ラントス。露國日本ガ自國ニ對シテ第二ノ作戰計畫アルヲ名トシ、極東ニ於テ蒐メ得タル材料ヲ提ゲテ抗議ヲ佛政府ニ申シ込ム。日本ハ已ヲ得ズ日露協約ノ相談ヲ持チ出シテ辛ウジテ外債ヲ募リ了ル
     ――――――――――
 六月十三日故法學士澁谷慥爾(二十八年没)未亡人三人ノ遺子ト共ニ横須賀ニテ入水ス。長男次男共ニ多病ナル故ナリ。死スルヲ得ズ。
 コツホ來ル。横濱烟花ヲ揚グ。小蒸※[さんずい+氣]ノ出迎。花束進呈。棧道ニ花ヲ撒ク。馬車ニテ停車場着。新橋着。出迎人無數。
     ――――――――――
 國際私法。婚姻ノ場所。國境ニテ甲ノ國人乙ノ國人ヲ狙撃セシ場合。HigF sgニ於テ兩國船舶衝突第三國ニ訴フル場合。兩國人賣買(品物)ノ時。英國ニテハ品物アシキ時買手ノ損トナルCa諾atEmptO「大陸ハ反對     ――――――――――
 六月十六日川上眉山自刃ス。頸動脈切斷
     ――――――――――
〔図省略〕
     ――――――――――
 十九日靜岡縣ノ田舍 親子三人古池に飛込溺死。妻ト養父ト折合はぬ爲め離縁を逼られたる結果といふ。
 二十日腰越デ巖頭より入水シタル※[人偏+句]※[人偏+婁]アリ。
 ○一昨年より今年四月に至る迄嬰兒十五人を貰ひ(育料十五圓乃至二十圓附)悉く之を遺棄せるものあり。
     ――――――――――
〔英文省略〕
     ――――――――――
〔英文省略〕
     ――――――――――
 田子の浦の海月を盗む樣なものである。盗まれもせず。盗んだ處で利益にもならない
     ――――――――――
  甲職工 支那人ノ額ハ平たいだらう
  乙   うん
  甲   國が大きいから、どうしてもあゝなるんだ
     ――――――――――
  甲婆。もう梅雨《つゆ》は明けたんだらうか
  乙婆 まだだらう
  甲− 昔は神鳴がなると梅雨はあけたもんだが、近頃ぢやどうして/\
  乙− どうして/\神鳴位なこつちや明けるこつちやありやしない
     ――――――――――
 諸君、第九條を見給へ小指で米俵を一俵振ふ法と云ふのがある。 ――學理で行けば譯はない。
〔図省略〕
     ――――――――――
 六月二十二日
 秀英舍ノ職工|鑿《ノミ》を揮つて女二人ニ重傷ヲ負ハス。二人ハ母ト子ナリ。職工此子ヲ嫁ニスルノ約アリ。性不良ノ爲メ破談トナリ、愛想づかしを云はれたるを憤りてなり。
 向島寺島村第六天境内に女ノ裸體ノ死體アリ。
     ――――――――――
 自然ハ寶石を作ルニ幾年ノ星霜ヲ費ヤシタルカ。カクノ如クニシテ作ラレタル寶石は幾年ノ星霜ノ間カクノ如ク靜カに輝くベキカ
     ――――――――――
 六月二十四日
 妻と計つて病氣の姉に毒饅頭を食はす。江州のもの千駄木のもの離別を悲しんで長崎諌早の夫の庭前に忍び入り毒を仰いで死す。
 二十六日
 浦和中學校長陰莖を切り自殺ス
 二十七日
 夫肺結核、貧、妻子二人を連れて自殺セントテ諸所を漂泊ス
 
     ――――――――――
〔図省略〕
 硝子ガ破レルダラウカ。破レヌダラウカ。遣ツテ見ナケレバ中々分ラナイ。やツテ見タラ。硝子が部屋中ヘ飛ンデアブナク怪我ヲスル所デアツタ。
 苦學ヲシテ卒業シタ人ガ嫁ヲ貰フ時ニ富豪カラ貰ヒタガルダラウカ。又は同程度ノ家カラ貰ヒタガルダラウカ云々
 人事問題ノ解釋ハ硝子ヲワル砲丸ヨリ餘程複雜デアル。
 然ルニ人は一人事問題ニハ必ズ solution ガ一ツシキヤナイト思フテ平氣ナコトヲ云ヒ又平氣ナコトヲヤル。
 人事問題ノ solution ハ何レノ場合ニテモ兩極端ノ二樣ヲ含ム。其中間ヲ合シテ三トナル。之ヲ細カニ分類スレバ限リナシ。
 
 Why do we read books?
  Flaubert
  Daudet
英文省略〕
 
   〔『三四郎』〕
  A
 ○汽車、1 女ノ話。同ジ停車場デ下リル。同ジ宿屋ノトマリ
     2 髯ノアル人ニ逢フ、其話シ
2、○汽車、第2ノ女ノ話、(歸ル時、母カラノ手紙)
 
  大學構内ノ話
〔英文省略〕
 B(Aノ友達)
 ○〔英文省略〕
 ○國府津宿
 ○
 ○大學構内ノ話
 (peculation)
 ○女子大學ヘ入ル事
 ○見ヤげ
〔英文省略〕
  如何ナ事タツテ
  ノツピキナラネー
  腹ヲ抱へテ笑フ
  手ヲ拍ツテ笑フ
  恐レナガラ
  豈計ランヤ
  其|義《》原ナラバ
  コロゲ返ツテ笑フ
  割レツ返ル程
    神變不思|義《原》
  イヤミツタラシイ
  etc  〔如何〜etcの上に括弧あり〕
 
 C (Aノ先輩)
 Aニ逢フ汽車
 
 位置ノ話 〔英文省略、所々横書きの日本語有り〕
 
 水晶ノ粉ヲ酸水素吹管ノ※[餡の旁+炎]デトカシテ|デ《原》吹ク其カタマリヲ二ツ合セテ置イテ左右ニヒクト絲ガ出來ル
 弧光燈ノ光
〔英文と図省略、所々横書きの日本語有り〕
     ――――――――――
 末廣−中津の殿様−朝吹下宿ヲ調べる。酒のむ謝絶。
    朝吹妻
 荒川−華族女學校教師(謝絶)
    朝吹
 末松−西村に嫌ハレル。朝吹ニ戻る(謝絶。)
     ――――――――――
〔図省略〕
 
 中村不折。
 髪結床。此形式デ刈リマスカ。
 コツクリサンノ話
 既婚者、未婚者、子供ノアルナシニ就テノ觀想
 
 競馬デ損ヲスル
 御かみさんはありますか。
 濱町  醫學生小供ノ診察。仙臺出張。林檎。呼出。反物屋の嫁。金をかりては前回ノ借ヲ返ス。
 燒火箸。
〔英文省略〕
 × (Stop and reflect)スル art。是ハアル官能的ノモノヲ見テ、何ダカ通過スル事ガ出来ズニ、佇立ス。ケレドモ其官能的ノモノハ何時迄經ツテモ官能的ニ appeal スル丈ナリ。ソコデ此 sensuous ナモノヲ reflect シテ奧ヘ入リ底ニ meaning ヲ見出ス。或ハ analysis.
 ×芝居ハ聲ヲ普通ノ談話以上ニ擧ゲネバナラズ。創作ニ於テモ是ト同様ノ artificiality アリ。夫ハ necessity カ、物數奇ノ厭味カ、SymonS ハ D'Quincey《sic》ニ此癖アリト云フ
 ×眞面目ナモノガ考ヘル時ハ 凡テノ pleasure ハ皆 illusion デ凡テノ sin ハ reality ナル如クニ見エル。何故ニ我等ハ双方ヲ illusion ト見做シ若くハ双方ヲ reality ト見得ザルカ。
〔英文省略〕
 
日記――明治四十二年三月二日より八月二十八日まで――
 
 三月二日 火
 雛を賣る店。櫻の作り花。鯛と榮螺と蛤を籃に盛りて青き笹を敷きたるが魚屋の店にあり。赤く塗つた蒲鉾も澤山並んでゐる。花屋が赤い桃の花を竹の筒に挿してゐた。室咲と思ふ。梅しきりに咲く。
 明日小松原隆二英國へ行く。
 朝、皆川正禧よりザボンの皮の砂糖漬來る。
 凡て春めきたり。雨に香あり。
 今日も敦賀より繪端書來る。無尋藏也。
 二月より菜の花を瓶裏にさす。是も室咲か
 冬去つて漸く生き返る。何處かへ行つて一日遊び暮らしたし
 
 三月三日、水
 朝新橋停車場へ行く。小松原隆二洋行。風烈。丸善ニテブルジエの小説とバザンの小説を買ふ。
 田中君子さんが蟹を呉れる。藁をほどいたら中に赤いの二疋向ひ合せに這入つてゐた。籃の縁が木で出來てゐた。好い感じであつた。
  〔來信〕 田中君子
 
 三月四日 木
 慶應義塾講演依頼の返事
 〔來信〕 橋口貢歸京 森細君病氣
 
 三月五日 金
 「クレイグ先生」以外に永日小品の最後の一篇を書いてくれと素川より申し來る。「變化」の一篇を送る。
 濤蔭が書齋で何かしてゐると思つたら、知らぬうちに水彩畫の船と海を額へ入れて行つた。是は模寫であるが、色が面白く出來てゐる。氣持のいゝ畫である。
 榎本吉それがしなるもの來る。懸合事也
  〔發信〕 鳥居素川
 
 三月六日 土
 要吉朋子九段の上での會合の場
 煤烟は劇烈なり。然し尤もと思ふ所なし。この男とこの女のパツシヨンは普通の人間の胸のうちに呼應する聲を見出しがたし。たゞ此男と此女が丸で普通の人を遠ざかる故に吾々は好奇心を以て讀むなり。しかも其好奇心のうちには一種の氣の毒な感あり。彼等が入らざるパツシヨンを燃やして、本氣で狂氣じみた芝居をしてゐるのを氣の毒に思ふなり。行雲流水、自然本能の發動はこんなものではない。此男と此女は世紀末の人工的パツシヨンの爲に囚はれて、しかも、それに得意なり。それが自然の極端と思へり。だから氣の毒である。神聖の愛は文字を離れ言説を離る。ハイカラにして能く味はひ得んや。
 〔發信〕 森卷吉 橋口貢 慶應義塾長澤壽一へ斷状
 〔來信〕 坂元三郎 田中君子 紫芳社(元園町二、四) 中村武羅夫(神樂町二ノ二三大島方) モヅメカヅ子
 
 三月七日 日
 Die Geschichte von den sieben Gehenkten.
 〔來信〕 副島松一 野間眞綱
 
 三月八日 月
 榎本某又懸合ノ爲ニ來ル。
 〔來信〕 皆川正禧(鹿兒島春日町三七濱崎方)
 
 三月十日 水
 終日雨。春寒。
 春陽堂「文學評論」の奧附千枚を取りに來る。
 大阪朝日滿三十年の記念號を出す。紙數百頁。
 
 三月十一日 木
 快晴。麗日甚快。禽鳥和鳴。
 夜、虚子と土車を謠ふ。東洋城西洋の蝋|即《原》立ヲ呉レル。
 ヘラーの「現今獨乙文學」ヲ讀ミ了ル。
 
 三月十二日 金
 曇。新來らず、午後清嘯會へ出向く。歸途雨。
 「ヤング」なるもの手紙をよこす。「ヤング」とは何者なるや知らず。亜米利加のひま人なるべし。
 「花月」の戀は寐られぬと云ふ所を謠ふ。中々出來ず。あれは昔の俗謡なるべし。
 アンドレーフの獨譯ジーベン、ゲヘンクテンの一章を豐隆に讀んでもらふ。
 
 三月十三日 土
 曇風烈し。物皆濕ふ。春雨の感なし。されども鶯鳴く。
 淳平の細君今堯死去。寅彦土佐の國元より端書をよこす。菜の花盛なる由。柳は芽を吹ける由。博文舘小説辭典編纂の爲なりとて雪月花のうち何を好むかをきゝに來る。愚なる事なり。加計正文山羊を飼つて、山羊と相撲をとる。森卷吉來る。開化丼を食つて歸る。讀賣新聞新築記念號を出す。余の手紙を載す。
  〔來信〕 加計正文(アキ山縣郡加計村) 寺田虎彦(國元) 博文舘 高須賀淳平
 
 三月十四日 日
 昨夜風を冒して赤坂に東洋城を訪ふ。野上臼川、山崎樂堂、東洋城及び余四人にて櫻川、舟辨慶、清經を謠ふ。東洋城は觀世、樂堂は喜多、臼川と余はワキ寶生也。從つて滅茶苦茶也。白川五位鷺の如き聲を出す。樂堂の聲はふるへたり。風熄まず、十二時近く、電車を下りて神樂坂を上る。左右の家の戸障子一度に鳴動す。風の爲かと思ふ所に、ある一軒から子供を抱いた男が飛び出して、大きな地震だと叫ぶ。坂上では壽司屋丈が起きてゐた。
 今日も曇。きのふ鰹節屋の御上さんが新らしい半襟と新らしい羽織を着てゐた。派出に見えた。歌麿のかいた女はくすんだ色をして居る方が感じが好い。
  〔來信〕 東洋印刷株式會社 タイムス社 澁川柳次郎 小宮豐隆
 
 三月十五日 月
 昨夕大久保から戸山を散歩す。土乾かず、護謨の上を歩るく樣な所あり。森の杉赤黒く見ゆ。
 今日曇畫頃晴三時頃又曇。散歩途中で鈴木春吉に逢ふ。一所に招魂〔社〕の梅を見る。英語の先生と博文舘の外交記者菊池曉汀なるものを夜料理屋に置いてきぼりにした話をきく。殘された兩人は初對面の男で一文も持たないで、あくる日迄飲みつゞけた末、とう/\巡査を呼んでこられたといふ。
 留守に本多嘯月來る。逢はず。
 ツルゲネーフの手紙ヲ讀む。トルストイとフローベルに敬服してゐる。
 
 三月十六日 火
 寅彦來る。昨日國元より歸りし由。乘合船のうちにて、「英國では何と云ふか知らないが、此方で云へばダイナマイトだな。あれを舐めて見たら一日頭が痛かつた」と話して居たものがある由。スルメ鰹節の御見《原》品。
 西村濤蔭來る。朝若杉三郎來る。
 三重吉の手紙に「きたない袢天をきて、繩を帶にして千葉へ行つて酒を呑んだら刑事につけられた。當時稻妻小僧が逃亡した最中でした」とある。
  〔來信〕 鈴木三重吉
 
 三月十七日 水
 朝起きると眞白に雪が積つてゐる。厚さ三寸ばかり、午少し前やむ。寶生新例によつて來らず。
 朝澁川玄耳綱曳にて來る。二十日出帆世界一週の途に上るといふ。暇乞かた/”\次回小説の相談也。「煤烟」のあとを與謝野鐵幹がかいて、其次を自分が書く筈に取り極む。多分掲載は七月位ならんといふ。
 招魂社九段に行つて雪の下町を望む。
 「ダヌンチオ」は美くしい事をかさねてかく人也。しかも※[火+爰]室内に入りて上氣したる氣味也。
 
 三月十八日 木
 春寒。來客 飯田青凉、野村傳四、青凉短篇二つを持ち來る。傳四茶の間にて饅飯を食ふ。心理學專攻の菅原教造來る。プロソヂーの心理研究ニツキ質問、答要領ヲ得ズ。傳四と入浴、散歩歸る。夜西村濤蔭、小宮豐隆、高濱虚子、松根東洋城來る。寺田の送別會ニツキ相談アリ。謠會を催すとの由。
 豐隆アンドレーフ論ヲカク
  〔來信〕 龍口了信の學校卒業式招待 野上豐一郎
      (平信)
 
 三月十九日 金
 朝小宮豐隆とアンドレーフの獨譯一章を讀む。獨乙語が少々面白くなる。新今日も來らず、錦町の清嘯會迄出掛けて行く。すると新が大きな聲をして怒鳴つてゐた。やがて生玉子を三つ食ふ。午飯の代りだといふ。花月を習ふ。こし方より……の所をやつたら、まあそんなものだと評した。自分では立派に謠つた積りであつた。歸らうとしてゐると虚子が來た。虚子は雨月をならふのださうだ。向ふの辯護士高野さんが私は高濱と同郷のものですといつて挨拶をした。
  〔來信〕 小島武雄(轉居)
 
 三月二十日 土
 九時玄耳を新橋に送る。久振で朝日の豪傑に會す。土屋大夢が是から塔の澤迄行くから序に横濱迄送るんですといふ。弓削田が夏目さん所から新橋迄は大變ですねといふ。池邊吉太郎が越しました。若松町百二番地といふ。大阪の鳥居素川が來てゐる。いつ來たんですと聞くと二日前だといふ。歸り銀座迄素川と話して來る。明後日午飯を一所に食ふ事を約す。
 二葉亭露西亞で結核になる。歸國の承諾を得た所經過宜しからず入院の由を聞く。氣の毒千萬也。
 大阪朝日十萬圓で社を新築すと素川よりきく。
 妻が寅彦の所へ餞別をもつて行く。シャツ、ヅボン下、鰻の鑵詰、茶、海苔、等なり
 午後より雨、寒き方、鶯啼く。
 電話にて春陽堂へ「文學評論」の送付(例により三十部)を促がす。賣切の由答あり。二十五六日頃再版出來のよし
 八重子「鳩公の話」といふ小説をよこす。出來よろし。虚子に送附
  〔發信〕 虚子、八重子
  〔來信〕 峯間鹿水(牛込若宮町二七、教育公論編輯局) 會津八一(越後針村)短冊所望 野上八重子
 
 三月二十一日 日
 二十一日快晴、甚快、十一時頃より曇る。
 午後小宮が來てアンドレーフを讀んで呉れる。散歩高田の方。濱武が金を返しにくる。三十圓。濤蔭來る。桑原喜市オーパル數顆を送つて買へといふ。一個一圓五十錢也。五圓で三個をとる。
 寺田の奥さん暇乞にくる。忙がしいとてすぐ歸る。紅屋の唐饅頭をくれる。
  〔來信〕 野上豐一郎 本多直次郎 森卷吉
 
 三月二十二日 月
 快晴風強し。十一時過連雀町に鳥居素川を訪ふ。弓削田が來てゐる。三人で神田川へ鰻を食ひに行く。不折山人來り會す。不折の顔少々蒼膨れの氣味也。四時歸る。五時過着寅彦暇乞にきて待つてゐる。本多嘯月來訪。
  〔來信〕 東洋城(水戸より) 島村抱月(演説の依頼) 桑原喜市
 
 三月二十三日 火
 曇其うち降り出す。學校の卒業式。筆と恒が上級。筆子は諸課目大方甲也。之に反して恒は乙と丙也。昨日寺田から留守中預つたオルガンを子供がしきりに鳴らす。筆は少々出來る樣也。
 朝眼が醒めると豐田醫學士が來る。顔を洗つてゐるうちに診察を了へて歸る。伸六の睾丸に水のたまるのは針で穴をあけて管でとるべしとなり。之は精液の管から洩れる由。但し大事にはなる氣|違《原》少なき由。外科の渡邊さんを頼む事にする。伸六は滿三ケ月也。大きな睾丸を有して、重さを感ぜざるが如し
 御彼岸の御萩を作る。華子が雨中、車に乘つて中島さんへ御萩をやりに行く。
 小宮とアンドレーフを讀む。二人で望月を謠ふ。
  〔發信〕 島村抱月(謝絶)
  〔來信〕 春陽堂本多直次郎 高濱清(寺田の送別會)
 
 三月二十四日 水
 曇。九時頃虚子來る。十一時頃星が岡茶寮に行く。寅彦送別會。雨氣歇んで風甚し。寶生新來る。大原御幸。雲雀山。を謠ふ。
 虚子、碧梧桐と千壽、俊寛を謠ふ。夜腹中違和。苦しき爲め屡ば眼を醒す。半夜妻に懷爐を作つてもらふ。その爲め寐る事を得たり。
 夜西村濤蔭チユーリツプ一朶を送り來る。
  〔來信〕 米山熊|二《原》郎(天然居士寫眞の件) 浦瀬白|夜《原》 杉田某 田中君子
 
 三月二十五日 木
 晴。心地あしき爲め寺田の出立を送らず。妻が代りに行く。神樂坂へ行つて散髪。松の盆栽と君子蘭を買ふ。氣分あし。食慾皆無。
 明日神田にて謠會あり。清經のシテを仰付けらる。
 ○○○○來訪。四月下旬から宅へ置いてくれといふ。色々譯を話して歸す。東京へ來たのは元の夫の所へ行つて、あなたが惡いと仰やいと云ふ爲也と語る。
 
 三月二十六日 金
 晴、午前アンドレーフ習讀。午後より神田の倶樂部へ謠の會に出席。舟辨慶、望月、清經、七騎落、三山、紅葉狩なり。皆々初心。高野さんは御經を上げる樣な聲を出す。菅能さんは應接をする樣な言葉を使ふ。天下斯の如く幼稚なる謠會なし。其代り誰も通をいふものなく至極上品也。あとで新、碧梧桐、虚子、かやの、の四人蝉丸を謠ふ。碧梧桐うまし。みぞれ降り出す。車を傭つてもらつて歸る。五十錢取られる。
 夜胃又不安、灰《原》爐を抱いて眠る。
  〔來信〕 本間久 杉原曠
 
 三月二十七日 土
 快晴、十一時に起きる。パンを食つて、たゞぶら/\す。閑適。髭の白髪を拔く。細君の顔少しく美しく見ゆ。座敷に生けた丁字少しも香を放たず。
 田中君子今日敦賀へ歸る由故昨日細君に頼んで半襟を贈る。
  〔發信〕 本間久 杉原曠
 
 三月二十八日 日
 曇、朝小宮が來テ、アンドレーフを讀む。是から鈴木三重吉の所へ行くといふ。多分廣島の家を賣る相談の爲め呼ぶんだらうといふ。五圓取つて行く。十二時過ぎ田中君子暇乞に來る。半襟の禮をいふ。越山頼治萬朝に取消を出して呉れたといつて禮に來る。つと入りの玉子を呉れる。見掛雅也。月末にて濤蔭困るだらうと思ひ「三四郎」の校正料として又十圓を贈る。手紙のなかへ封じてやる。
  〔發信〕 犬丸貞吉
  〔來信〕 犬丸貞吉 高田知一郎(西村濤蔭の件)
 
 三月二十九日 月
 曇。昨夜えい子咽喉痛み咳嗽頻也。あい子と一所に寐る。夜中にわが腹を蹴る事幾度なるを知らず。降參。
 十一時頃より降雨。
  〔發信〕 野間眞綱 副島松一 春陽堂(文學評論の催促) 土井林吉(かした本の催促)
  〔來信〕 橋口貢(轉居)
 
 三月三十日 火
 曇。午、本間久來る。日本外|外《原》の通俗譯をやると云ふ。余の俳句を表紙のちらしにするといふ。胃よからず。終日蟄居。夕暮豐隆千葉より歸る。三重吉が醉拂ひになぐられて怪我をして、病院に在るといふ。始めは眼に故障があるとかにて心配したる由。今の處では大した事もなさゝうなり
  〔來信〕 高田知一郎 岩崎太郎 明治大學
 
 三月三十一日 永
 薄日。妻伸六を連れて大學病院に行く。昨夜本間久より貰ひたる秋田蕗の砂糖漬を食ふ。胃痛安眠を害す。
 養生。鷄卵、牛乳、パン少々。夜蕎麥を三口程食ふ。
(60) 午後新來る。綾鼓を少し習ふ。夜安倍能|勢《原》來る。草紙洗と三山を謠ふ。
  〔發信〕 鈴木三重苦 副島松一
  〔來信〕 浦瀬七太郎 副島松一 石田源一
 
 四月一日 木
 晴、日少し弱し。伸六の療治は四五歳にならなくては出來ぬ由。伸六はそれ迄大きな睾丸をぶら下げてゐなければならぬ。昨日鈴木禎次の御母さん死ぬ脳溢血也。座敷の丁字の花香ふ。
 米山熊次郎氏天然居士の引のばし寫眞を携へて來る。何か題せよといふ。
 夜臼川、東洋城、濤蔭、豐隆來る。豐隆、東洋城一泊
 植木屋が土管を掃除したら、裏の田中彦兵衛君の庭へ水が落ちて來るといつて、彦兵衛君が來る。
  〔來信〕 田中君
 
 四月二日 金
 快晴、朝浦瀬七太郎來る。越後より熱田へ轉任也。越後の飴を御見舞に貰ふ。
 細君が白木屋の見切賣出しに買物に行く。今日は松根が妻と豐隆を食傷新道の初音へ連れて行くのだといふ。白木屋で襦袢の袖を見て來いといつてやる。
 春陽堂へ文學評論の獻本の催促を豐隆にたのむ。
 散歩、東洋城又來る。細君鈴木へ通夜に行く。城一泊。
 襦袢の袖は羽二重しかない由。羽二重の袖はいやだ。細君葬式の黒帶を買ふ。九圓。豐隆のアンドレーフ論を讀む。
 散歩の時鰹節屋の御神さんの後ろ姿を久振に見る。
 植木屋が芭蕉をすからり切つたら、軸の中が青くなつてゐた。今日は其青い所丈が一寸許延びてゐた。
  〔發信〕 岩崎太郎(露月の宿所)
 
(61) 四月三曰 土
 雨。朝起きたら昨日萎れて倒れかゝつたチユーリツプが眞直に立つてゐた。快。妻歸る。眠いといつて寐る。
 大谷繞石より來信。文學評論をよんで教訓を得たとある。誤植を表にして送つてくれる。甚だ恐縮。春陽堂獻本を怠る爲に繞石の買ふ前に寄贈する能はず。
 岡田耕三小田原の塩辛を送る。明日東京へ歸る由。「煤烟」に厭きたとある。
 鈴木禎次曰く。夏目は鰹節屋に惚れる位だから屹度長生をすると。長生をしなくつても惚れたものは惚れたのである。
 文學評論二十八部來る。寄贈人の宛名をかく三部殘る。
 草が芽を出す。いかり草、かすみ草、鋸草、
  〔來信〕 久内清孝 大谷正信 岡田耕三
 
 四月四曰 日
 陰、昨夜小林さんが來て、左の手頸の脉をとる所に出來た瘤の樣なものを見てくれる。大して障りのあるものぢやないといふ。序に胃を見てもらふ。胃も腸も無論わるい。肝臓もわるいらしい。右の肺の下部が薄弱ださうだ。からだのうちで何處も健全な部分はない樣だ。
 濤蔭來る。二人で文學評論を郵便局へ持つて行く。
 寺町へ下駄を買ひに行く。胃が痛いから腰を掛けて、向ふを見ると毘沙門の境内に高い柳が芽含んで風に搖られてゐる。併んで半鐘が立つてゐる。門の傍の櫻がふくりとしてゐる。前の肴屋で小僧大僧が景氣よく怒鳴つてゐる。演藝館で清國留學生謹演といふ慈善芝居があつた。
 
 四月五日 月
 晴陰常なし。細君鈴木の葬式に行く。白襟黒紋つき。夜虚子の所へ文學評論を持つて行く。巨口と中濱を相手にして田樂で酒を呑んでゐる。櫻が咲きかけたからだといふ。巨口は藝者になる女と好い仲になつて東京へ來たのださうだ。虚子酒がうまいといつてしきりに呑む。九時過東洋城來る。虚子ます/\酒をうまがる。甚だ太平樂也。自分も常に似ず呑んで駄辯を揮ふ。十一時より謠一番を謠つて東洋城を拉して歸る。明月。不寒不暖。夜行可人。御堀の松。遠くの安藤坂の點々たる燈火。
 細君鈴木の穆さんより二十五本入のマニラ價十五圓程のものをもらつて歸る。穆さんが朝鮮から持つて來たものださうだ。
  〔來信〕 田中君子 青楊會通知 内田貢 岩崎太郎 若杉三郎 田島道治 本間久
 
 四月六日 火
 陰、朝、小宮の稽古。午から天然居士の寫眞を持つて、菅の處へ行く。不在。歸りに狩野へ寄る。インフルエンザ也。部屋のなかの洋書を見る。菅の細君が十日程〔前〕に御産をした話をきく。狩野を出て九段の御能に立ち寄る。國民新聞の席で六郎、新の鉢の木を見る。四方太、臼川、安倍能|勢《原》あり。八時頃辭して歸る。細君に俊寛を謠つてきかす。謠つてから難有うと云へと請求したら、あなたこそ難有うと仰やいと云つた。
 留守に菅がくる。
 二日上海出の端書寅彦より來る。麥緑菜黄のよし
  〔來信〕 中村蓊 田中勝助(久留米聯隊)
 
 四月七日 水
 晴、無事。新來る。綾鼓を習ふ。仕舞の所で降參す。新自分の癖二三を指摘す。新蟇口を忘る。車代を借りて行く。散歩。君子蘭と石楠木を壹圓貳十錢で買ふ。植木屋に松の培養法を聞く。日に曝して水をやれといふ。自分の考とは正反對也。早速表へ出す。
 米山熊次郎氏に天然居士の寫眞を持たしてやる。
    空間を研究せる天然居士の
    尚像に題す
 空に消ゆる鐸の響や春の塔  漱石
と書いた。
 風烈し。午後やむ。
  〔發信〕 青楊會(缺席通知) 田中君子(ニシンの御禮)
  〔來信〕 大塚保治(文學評論の禮)
 
 四月八日 木
 快晴麗日。鶯啼く。ウド、筍、八百屋に見ゆ。
 朝野村傳四來る。大島紬を來《原》て居る。大島の學生から學資援助の爲に買つたものゝ由。粟田燒の皿をくれる。壹圓五十餞かと聞いたら壹圓四十錢だといふ。
 戸川秋骨來。明治大學の藤澤が田岡の雜誌黒白を持つて來る。
 夜東洋城、臼川、豐隆來る。十一時熊野を謠ふ。
  〔來信〕 坂本四方太 米山熊次郎留守《原》
 
 四月九日 金
 晴。アンドレーフを讀む。小宮歸る。西村檮蔭來る。エイ子とアイ子を連れて江戸川へ御花見に行く。歸りに御腹が痛む。
 大阪へ小説を書く約束あり。もう書き始めねばならぬと思ふ。一向始める氣色なし。自分でも分らず。
 船田一雄來。向ふに住んでゐる友人の檢事の處へ來たといふ。玄關で歸る。
 
 四月十日 土
 晴、朝下痢腹工合よくなる。南風甚し。机の上に砂がたまる。胴着を脱ぐ。食後花月を謠ふ。強吟の曲の所へ行つて閉口途中でやめる。ほかの所は中々上手になる。
 えい子二三日前より幼稚園に行く。今日自分の製作品を見せる。色紙で制札の樣なものを白地に張り付けたるものなり。筆子鈴木へとまりに行つて歸らず。御母さんが死んで淋しいから小供を泊めるのださうである。
 秋田蕗の砂糖漬を食つて細君に叱られる
 空際の榎薄茶の芽を吹いて風に搖ぐ。暗灰色の空に雨宿るが如し
  〔來信〕 中川芳太郎
 
 四月十一日 日
 晴、昨夕散歩矢來で支那燒の一輪插と蝋石の肉入(刻《原》入)を壹圓二十錢で買つてくる。堀出し物と號して大得意なり。肉入を胡麻油を着けて西洋楊枝で洗ふ。小宮が昨晩エリセフに誘はれてニコライのイースター祭を見に行く。夜の十二時から始まる由。風烈し。
 生田長江來。塩原が訴へるとか騷いで居るといつて高田と兄が來る。何の意味か分らず。没常識の強慾ものなり。情義問題として呈出せる出金を拒絶す。權利問題なれば一厘も出す氣にならぬ故也。自分は自分の權利を保持する爲に産を傾くるも辭せず。威嚇に逢ふては一厘も出すのは御免なればなり。
  〔來信〕 ナシ
 
 四月十二日 月
 陰、暖、三重苦病院より手紙をよこす。五十圓貸してくれといふ。
 スヰンバーン死す。虚子使を馳せて批評を托す。返事をやる。午後江戸川の櫻を見る。群集。櫻は一重を近く見ると寧ろきたなきものなり。花片靜かに散る。豐隆昨日紙人を奪ひ去る中に三圓の銀貨あり。一文なしにて歩く。
 加計正文文學評論の禮をよこす。自分の本を讀むと自分に逢ひたいと書いてある。正文、加計町の町長となる。年俸百二十圓外に交際費二十圓。
  〔來信〕 加計正文
 
 四月十三日 火
 晴。臼川スヰンバーンの評を書いて來る。間違其他二三を指摘す。昨夜エイ子 から咳をせいて泣く事頻りなり。漏布をして頭を冷やす。今日、朝は氣嫌よし。午後又泣き出す。小林さんに來てもらふ。コロツプとかいふジフチリヤは奧の方に出來るから、もし聲が涸れたら呼びに來いといつて歸る。劔呑故小宮に泊つてもらふ。
  〔來信〕 戸川明三
 
 四月十四日 水
 晴、風砂を捲く。遠くの若芽、杉の古葉、黒き幹相交る上を濠々と烟る。暖かし。庭砌の齒朶の若葉目の醒る樣な軟緑を吹く。細君植木屋からアネモネ其他二三の西洋草花を買つて來る。
 小宮に銀行から金を取つて三重吉に送つてもらふ。
 虚子の來翰。田樂を食はす招待也。同席は東洋城、豐隆、臼川丈の由。
 明日から小宮にハウプトマンのワーンヱルターを讀んでもらふ。今日は新に碪をならはうと思ふ。
 夕刻虚子庵に行く田樂の馳走。東洋城狐鮪をもたらし來る。酒二合あまりを飲む。雨になる。十二時頃傘と足駄を借りて歸る。
  〔來信〕 虚子
 
 四月十五日 木
 雨。朝甚しく降る。
 雲照死す。南摩羽峯死す。昨夜は羽織を疊んで懷に入れて角帶を締めて、山高を被つて、番傘を差して、人のゐない町を歩いて歸つた。甚だ妙な晩であつた。
 エイ子未だよろしからず。輕き肺炎の如し。
 大橋新太郎招待。龜清樓、舟を墨江に艤す催しあり。斷り状を出す。
 昨日新不參。寅彦の端書香港より着。六日出なり
 昨日鈴木穆來。色々朝鮮の話を聞く。物騷な頃謁見の爲め參内した模樣は面白かつた。
  〔來信〕 大橋新太郎 寺田寅彦 寶生新
 
 四月十六日 金
 快晴、稍寒。新又不來。尾上に張良のカタ〔二字傍点〕を教へる爲の由。清嘯會へ行く。「碪」を出す。これをやるんですかといつて笑つてゐた。えい子の病氣まだよからず。小供の肺炎の由。柘榴深紅の芽を吹く。山吹とこゞめ櫻を瓶に插む。
 晩に小説を少し考へる。別段まとまらぬうちに寐て仕舞ふ。
 Bahnwarter Thiel を小宮に讀んでもらふ。
 日糖會社破綻。重役拘引、代議士拘引。天下に拘引になる資格のないものは人間になる資格のない樣なものぢやないかしらん。
  〔來信〕 野間眞綱 野上豐一郎
 
 四月十七日 土
 曇晴。春色澹蕩。
 虚子「續俳諧師」を書くとき豫告を出して期日がせまつても何も書く事がない。とも角も向島を散歩しやうといふので散歩に出て、それを書いた。明日になつても明後日になつてもまだ書く事がないので好加減に向島を引き延ばしたのださうである。呑氣な事なり。宜なり續俳諧師の冒頭十數回の振はざるや。夫を蘇峯が、今度のは大變面白い屹度評判になるでせうと云つたさうだ。虚子も能く出來てゐるが、蘇峯も能く出來てゐる。
 
 四月十八日 日
 晴。坂|本《原》三郎來。朝日の新聞の用。溜池の白馬會を見に行く※[エに濁點]ラスケスの模寫あり。歸途仲の町に橋口の新居を訪ふ。長崎鹿兒島より買ひ來りたる書畫敷幅を見る。
 昨日は本郷の通りで西洋人がパン/\と云つて箱をひいて歩いてゐた。
  〔來信〕 皆川正禧 高田知一郎 岡田耕三
 
 四月十九日 月
 陰。夜に入つて雨。西村濤蔭文學評論を再讀して誤植表を作つてくれる。總じて百餘。尤も正さなくてもよきものあり
  〔來信〕 坂|本《原》三郎 宇高忠高
 
 四月二十日 火
 晴。蒼空片雲なし。北窓の遲櫻軟葉とともに開かんとす。四條派の畫に似たり。信州柏原の人自から一茶の郷人と號して來訪、一茶の遺稿出版の發起人に加入せよと乞ふ。諸君子の後に署名す。書畫帖へ二冊俳句を書きしるして返す。
 袷を着く。夜、蛙の鳴く聲す。細君にヱイ子の感冒傳染。臥蓐。
 萬物皆青くならんとしつゝ日出で日没す。これを何度繰り返したら墓に入るだらうと考へる。
 神田を散歩。余の著作が到る所の古本屋にある。然し大抵奇麗なのばかりなり。
 
 四月二十一日 永
 快晴、曉二時頃妻が自分の寐床の傍へ來て胸が苦しいといふ。起きて介抱する。細君吐く。海苔と玉子が少々出る。便通あり。四時過注射でもしたいといふ。自分で小林さんを迎に行く。留守中又吐く。小林さんが來て曰く大した事ではありませんと。漸く安心。細妻《原》の御蔭で曉起の味を知る。六時過露多き庭をあるく。榎の若葉天に聳えて甚だ美くし。
 かう家族が多くなると少々醫術を心得て置く方便利なりと思ふ。醫術、法律、文藝、是は昔の武藝十八般と同じく普通教育としてかぢるべきものなり。其外に柔術を覺えて、それから度胸を落ち付ける修業をすると好い。たゞし何れも時日がかゝるから甚だ不便である。金持は夫々專|問《原》家を雇つて家内に飼つて置いても濟むが貧乏人は困る。
  〔來信〕 野上八重子(閑文字) 松根東洋城(佛文) 矢崎千代二(漫遊畫集展覽會の案内) 發起人、黒田、和田、岡田、
 
 四月二十二日 木
 陰暖。昨日細君病氣よからず。晩に小林さんを又迎へに行く。今逗子から歸つた所だといつて來て呉れた。病症は子宮内膜炎だと決定する。氷で冷やす。看護婦を呼び寄せる。安靜を可とす。ヱイ子を抱いて寐る。裏の六疊へ行くとアイ子も純一もみんな頭に手拭を乘せてゐる。さうして時々聲を出して泣く。下女が抱いたりさすつたりする。伸六が又泣き出す。非常な混雜なり。ヱイ子と余と同衾安眠。
 中林さんいふ。私は年に二千五百人の患者を見る。もし嚴重に藥禮其他を取り立てたら今は巨萬の富を得た筈である。所が借金で困つて犬養さんに相談した事さへある。云々。小林さんが年に二千五百人位の患者を見るやうになつたのも嚴重に藥禮抔を取り立てないから〔の〕事と思へばあきらめられるだらう。其損耗は今日の流行の資本と心得べしである。
  〔來信〕 濱武元次
 
 四月二十三日 金
 曇。 昨日の來客、物集の御孃さん。飯田青涼。西村濤蔭。小宮豐隆。高濱虚子。純一、アイ子發熱。ヱイ子夜に入つて泣く。細君よからず。北庭の八重櫻を瓶に插む。枝からこぼれる程に咲いてゐる。机前の君子蘭盛也。
  〔來信〕 岡田耕三 小松原隆二(コロンボ) 鈴木三重吉 三浦文江 坂元三郎 松根東洋城(佛文) 荷室林野管理局豐住出張所
 
 四月二十四日 土
 無上の好天氣。朝起少々小説を考へる。何だか書けさうな氣がした所であまり天氣が好いので散歩に出たくなる。大島の袷を着て神田をぶらつく。可成通つた事のない所をあるく。通りから裏へ拔けると小供の時とは丸で樣子が變つてゐる。
 森田草平煤烟の原稿料一回四圓五十錢の積で執筆した。是は大塚楠緒子さんと同等といふので多分四・五〇だらうと自分が教へたからである。それで肝《原》違をして原稿料を取りに行つて拒絶されて大いに弱つてゐる。手紙を|か《原》出して大いに謝罪す。それから春陽堂へ手紙を出して前借の周旋をする。
 臼川大いに氣※[餡の旁+炎]をかいてくる。臼川は逢ふ時と丸で違つた感じを與へる文を作る。
  〔來信〕 野上臼川
 
 四月二十五日 日
 又晴。どうも外へ出たい。早稻田田圃から鶴卷町を通る。田圃を掘り返してゐる。遠くの染物屋に紅白の布が長く干してあつた。大きな切り山椒の樣であつた。
 商科大學を大學に置くといふので高商の生徒が同盟罷校一同母校を去る決心の由諸新聞に見ゆ。由來高商の生徒は生徒のうちより商買上のかけ引をなす。千餘名の生徒が母校を去るの決心が洞《原》喝ならずんば幸也。況んや手を廻して大袈裟な記事を諸新聞に傳播せしむるをや。澁澤何者ぞ。それ程澁澤に依頼するなら大人しく自己の不能を告白して澁澤にすがるのが正直也。高商の教授校長二三辭職を申し出づ。尤也。早く去るべし。
  〔發信〕 春陽堂本多直次郎
  〔來信〕 森田草平
 
 四月二十六日 月
 曇。韓國觀光團百餘名來る。諸新聞の記事皆輕侮の色あり。自分等が外國人に輕侮せらるゝ事は棚へ上げると見えたり。
 芭蕉伸びる事三尺。生垣の要目芽を吹く。赤し。
 もし外《西洋》國人の觀光團百餘名に對して同一の筆致を舞はし得る新聞記者あらば感心也。
 午後小石川台町、茗荷谷、竹早町、同心町を散歩。竹早町の通りに謠教授尾上といふ札があつた。尾上始太郎の事だらう。家はわからなかつた。
 鬼灯所々に芽を出す。植木屋が來て庭が奇麗になる。
 
 四月二十七日 火
 晴。咋二十六日觀櫻御宴。小町菊將に咲かんとす。錨草散る。細君の病氣輕快。ヱイ子昨日から起きる。「續俳諧師」稍冗長に陷る。二三十萬圓の金を欲する事頻なり。小説を書かう書かうと思つて末だ書かず。大坂より原稿送れといふ電報でも掛かれば好いと思ふ。
  〔來信〕 鳥居赫雄
 
 四月二十八日 水
 快晴。素川來信に曰く自分の小説を四月下旬より載せる筈の處如是閑の作中々盡きさうになし。よつて五月下旬より載せる事にすると。結構也。序でに東京の大塚楠緒女子の終結を待つて東京大阪へ双方一時に出して呉れないかと申してやる。さうでないと、つゞけて兩方へ書く爲め。力を分つて充分に兩方を纏める事が出來ないからなり。尤も兩方へ輕いものを二つ書く方が樂な心持もする。
 
 四月二十九日 木
 曇。風。起きると三つ半が鳴る。但し何處だか分らず。此頃の火事は大抵半鐘が代理をつとめる丈である。
 岡田耕三、吉松武通、水上齊、東洋城、濤蔭。豐隆來訪。
 玄耳朝日に世界漫遊通信を載せ始む。文達者にしてブルコト多し。強いて才を舞はして田臭を放つ。彼は文に於て遂に悟る能はざるものなり。
 
 四月三十日 金
  〔來信〕 寅彦の端書二通
 
 五月一日 土
 晴、午後急に思ひ立つて廣尾行の電車に乘つて一の橋迄行つて不知案内の麻布を六七町見物して歸る。林菫の家渡邊千冬の家其他名を知らぬ大きな邸宅を見る。此邊樹木多し。宅地も餘裕あり。こんな所の大きなやしき一つ買つて住みたいと思ひながら歸る。晩に紅緑が來る。縮緬の格子縞の袷せに同じ茶の羽織を着て其上に失張縮緬らしい道行を來《原》たのみならず羽二重の長襦袢を着けたり。中々凝つたものである。さうして車夫を待たして置いて之に乘じて歸る。紅緑は是が道樂と見える。自分もやつて見たい氣もある。
 午、森卷吉來。高等學校職員親睦會の幹事に選ばれた。場所は富士見樓だといふ。
 
 五月二日 目
 晴。豐隆が黙語圖案集をくれる。太陽雜誌を送つて來る。名家の投票當選と云ふのがある。政治家、宗教家、抔色々あるうちに文藝家として自分が當選してゐる。當選者に金盃を進呈すると書いてある。金盃を斷わらうと思ふ。投票に就ての自分の考を公けにする必要があると思ふ。
 
 五月三日 月
 晴。市ケ谷大久保散歩。「太陽雜誌の名家投票に就て」を草し「朝日」に送る。
 
 五月四日 火
 曇。神田へ行つて※[ワに濁點]テツクと東京の地圖を買ふ。神樂坂で禅關策進を買はうとしたらもう賣れてゐた。小宮明日歸國。裏庭の櫻ぼけつくして猶あり。瓶裏花なし。聊か寂|聊《原》。
 
 五月五日 水
 夕暮より降る。二時頃中村蓊來る。滿韓を旅行すと云ふ。中村是公、小城齊、佐藤友熊へ紹介状をかく。
 
 五月六日 木
 雨。坪谷善四郎來る。太陽所贈の金盃を受けろと云ふ。段々相談の未、自分の投票に對する考を太陽の次號に載せる事を約して訣る。其代り金盃は御免蒙る事にする。
 午後。基督教世界記者來る。飯田青凉謠を半分聞いて歸る。散歩雨甚し藤の盆栽を見る。
 濤蔭又金に困るといつて借りに來る。十圓貸す。本を賣つて十圓になつたといふ。質を入れるかと聞いたらもう五十圓程入つてゐるといふ。
 
 五月七日 金
 雨。林久男鹿兒島のザボンの砂糖漬をくれる。加賀美五郎七より來翰。高千穗小學校長川田銕彌へ紹介状を依頼
  〔發信〕 林久男 加賀美五郎七(川田銕彌へ紹介)
 
 五月八日 土
 晴寒。高須賀洋平來る。バザンの小説を讀む。下らぬものなり。大久保散歩躑躅赤し。留守中に佐治秀壽來る。仙臺へ行く暇乞の爲なりと。仙臺へ轉任と見ゆ。
  〔來信〕 野上豐一郎 坪谷善四郎
 
 五月九日 目
 晴。無事。日暮散歩から歸ると中島さんが來てゐた。中島さんは音樂家で筆子の先生である。髪を長くちゞらかして丸で西洋の音樂者の樣である。大きな聲で快談をやる男であつた。金がなくつて困つてゐるさうだ。是は藝術を神聖視し過ぎるから起る貧病らしい。別に營業部の事業として音樂をやつて金を取つたら善からうけれども、人間はさう旨く行かぬものである。
  〔來信〕 小宮豐隆
 
 五月十日 月
 晴。細君小林さんの注射を受けるといふ。神經座骨何とかいふので尻に注射するのだといふ。注射をするとき傍にゐて呉れといふ。尻だから傍にゐる必要があるのださうだ。書齋にゐて注射の時咳拂でもしたら澤山だらうと返事をした。醫者もこんな事を云はれては迷惑だらう。
 野上が來る。漢時代の石摺だといふものを見せる。何だか一向不明。夜野上再來。御能見物を勸む。今からでも張良丈は見られるといふ。尾上の張良を見る事を御免蒙る。野上筆子を連れて行く。細君既にあり。
 虚子の家で女の子生る。
  〔來信〕 坪谷善四郎
 
 五月十一日 火
 陰。大掃除。濤蔭手傳に來てくれる。
 虚子來。あした明治座を見に行かないかといふ。芝居はついに見た事がない。どんな連中が行くのかと聞くと中村不折、坂本四方太、鼓打の川崎、それに國民社の凡鳥、温亭なりと、まあ行つて見やうと約束す。
 夜濤蔭の生立ちから今日迄の經歴を聞く
 豐隆の母八里程汽車に乘つて御嫁さんを見に行く。
  〔來信〕 小宮豐隆
 
 五月十二日 水
 雨。濤蔭また窓硝子を拭に來てくれる。雨を冒して虚子の宅から明治座に行く。丸橋忠彌。御俊傳兵衛、油屋御こん、祐天和尚生立、何とか云ふ外題の※[足+勇]り。一時から午後の十一時迄かゝる。非常に安きものなり。然らずんば見物が非常に慾張りたるものなり。御俊傳兵衛と仕舞のをどりは面白かつた。あとは愚にもつかぬものなり。あんなものを演じてゐては日本の名譽に關係すると思ふ程遠き過去の幼稚な心持がする。まづ野蕃人の藝術なり。あるひは世|見《原》見ずの坊つちやんのいたづらから成立する世界觀を發揮したものなり。徳川の天下はあれだから泰平に、幼稚に、馬鹿に、いたづらに、なぐさみ半分に、御一新迄つゞいたのである。一時頃歸宅
  〔來信〕 小宮豐隆電報(徴兵無事に濟む)
 
 五月十三日 木
 雨。高商生徒一同退校すとか何とかいふ。退學を命じたらよいのに、保証人を呼び出して勸誘すとか何とか云つてゐる。
 臼川、濤蔭來。
 純一戸棚から落ちて頭を切る。醫者へ行つて縫つてもらふ。
 
 五月十四日 金
 雨。眠くていけない。畫寐一度、夜九時頃一度寐る。
 松根の親類伊達男爵の子ピストルで同年輩のゴロツキ書生を打つ。
 余は肝癪持だからピストルと刀は可成買はぬ樣にしてゐる。夫で泥棒抔の時はいつでも、どつちかあれば良いと思ふ。
  〔來信〕 松根東洋城。
 
 五月十五日 土
 陰。池松雅常來。宮本武藏の木|大《原》刀を持つてゐた。赤樫のぴか/\した丸太の樣なものである。先を虫が食つてゐる。
 二葉亭印度洋上ニテ死去。氣の毒なり。遺族はどうする事だらうと思ふ。春陽堂から二葉亭の事に就てきゝにくる。何の知る所なし。
 夜森田草平來。煤烟が出さ《原》さうもないと云つて憤つてゐた。彼は他の書物が發賣禁止になつても平氣な男也。そこで余かれに告げて曰く。煤烟どころか如何なる傑作が發賣禁|示《原》にならうと世間は平然たる時代なり。煤烟なんかどうなつたつて構ふものか。
  〔發信〕 長谷川柳子
  〔來信〕 小宮豐隆
 
 五月十六日 日
 雨。桑原喜市の細君が金を借りに來る。同宿の人の歸國旅費をかりて仕舞つた所が其人は徴兵檢査で今日立たなければ間に合はないといふ。澁谷の兄弟の所で半分こしらへたから十五圓丈貸してくれといふ。細君に聞くと月末迄の小遣が十圓あるといふ。それに自分の紙入に五圓あつたのを加へて渡す。
 此正月から今日迄臨時に人に借りられたり、やつたりしたのを勘定して見たら二百圓になつてゐた。是では収支償はぬ筈である。
 そのうちで尤も質のわるい、又尤も大びらなのは淳平である。淳平はにくい奴だ。もう一文も貸さない。
 東洋城が來てとまる。
 葛寛藏死す。いつの間にやら從四位勲四等になつてゐた。殿上人である。
 
 五月十七日 月
 晴、風。「三四郎」出づ。檢印二千部、書肆即日賣切の廣告を出す。濤蔭が來て表紙がよく出來てゐなかつた由を話す。濤蔭は町で見た《原》來たのなり。(以上昨夜の話)
 細君鈴木の法事に行く。昨夜東洋城來。一泊。今朝歸る。
 
 五月十八日 火
 晴。細君鈴木の寺參りに行く。森田草平來る。書物をかへす。レギーナは凡てチピカルだから不可ないといふ。夫から大いにタイプとインヂ※[ヰに濁點]ヂユアルの説明をしてやつた。
 
 五月十九日 水
 晴。メレヂス死す。臼川來つてメレヂスに就て何か國民文學へ載せるから話せといふ。臼川午頃から晩迄居つて原稿をかいて歸る。
 坪内雄藏、内田貢二人連名にて二葉亭に關する感想を認めん事を依頼し來る。靈前に供し、又之を出版して其所得を遺族に送る爲なりといふ。
 先達て明治座見物料は七人で三十圓の由。西洋のストールと同じ位なり。
  〔來信〕 鳥居赫雄 田中勝助 坪内雄藏
                 田《原》中勝助
 五月二十日 木
 雨。日暮森田草平來。春陽堂「三四郎」再版の檢印をとりにくる。獻本を持つて來ないうちに初版を賣り盡して、催促をするにも關はらず、本を持參せず、印丈をとりにくる。手前勝手も甚しき奴なり。小僧を叱り付ける。草平黙然として歸る。濤蔭文學上の談話をなす。濤蔭學力未熟にて人のいふ事も自分の云ふ事もよく分らず。段々悟るべきなり。濤蔭衣食の途に窮して愈没落せば書生に置いてくれといふ。妹は淺草へあづけるといふ。其淺草の事情をきくと妹は到底辛抱が出來る所にあらず。困つた事なり。
 十二時過厠に上る。窓の隙間より星影を見る。雨何時か晴れたり。
 
 五月二十一日 金
 晴。非常に心持のいゝ午睡をした。矢來で金を借せといふ。金ばかり借りられる。借りる方も心細からうが貸す方も心丈夫ぢやない。
 
 五月二十二日 土
 晴。豐隆歸京。三重吉歸京。草平來。三人と晩食を食ふ。
 高商問題方付かず、中野武營仲裁に入る。
 
 五月二十三日 日
 晴。細君子供四人をつれて野上臼川の巣鴨の宅へ行く。臼川が子供を迎に來たからなり。夜に入つて細君子供、臼川夫婦來る。田端から道灌山へ出て※[さんずい+氣]車へ乘つて、上野へ出てだるま汁粉へ這入つて晩食をしたといふ。いくらかと聞いたら壹圓三十餞だといふ。安くて甚だ頂上である。
 
 五月二十四日 月
 晴。高商生徒無條件にて復校ときまる。仲裁者は實業家也。高商生徒は自分等の未來の運命を司どる實業家のいふ事はきくが、現在の管理者たる文部省の言ふ事は聞かないでも構はないといふ料簡と見ゆ。
 要するに彼等は主義でやるのでも何でもない。あれが世間へ出て、あの調子で浮薄な亂暴を働くのだから、實業家はいゝ子分を持つたものである。明治の日本人は深く現今の實業家に謝する所なかるべからず。
 新不規則故手紙で稽古を斷る。
  〔發信〕 寶生新
  〔來信〕 寺田寅彦ミラノ(五月四日)ベルリン(五月六日)
 
 五月二十五日 火
 晴。新來。色々忙がしかつた事情を話す。其上借金に連印をした爲め執達吏に強制執行をやられたといふ。以來可成ズボラはやらぬといふ約束で又教はる事にする。
 本間久自著を持參。子供のおもちやに獨樂をくれる。夜半強雨
 あい子腹が痛いとて泣く。小林さんが朝と晩二遍來てくれる。野|川《原》のうちへ行つて食ひ過ぎた所爲ならん。
  〔來信〕 若杉三郎
 
 五月二十六日 水
 雨。未だ晴れず。
 馬場孤蝶來る。「慶應」を已められて二時間になるといふ。日々新聞に入るといふ。午飯を食ふ。晩に濤蔭來る。
 池邊吉太郎來翰。タイムス社員を星が岡茶寮に招く。社員勢揃の必要あり。來會を望むと。返事に曰く願くは御免蒙りたし。是非出な〔け〕ればならぬならば、再度使を寄〔こ〕せと。再度の使來らず
 丸善へ注文書を出す
  〔來信〕 戸川秋骨
 
 五月二十七日 木
 晴。物集芳子來訪美くしき薔薇の花束をくれる。よき香なり。川浪道三來。夕暮臼川來。勉強の都合ありてすぐ歸る。
 夜虚子、豐隆、濤蔭來。虚子と黒塚を謠ふ。
  〔來信〕 久内清孝、栗原元吉 中村蓊(旅順)
 
 五月二十八日 金
 陰。風。地久節なり。一時頃西神田倶樂部へ謠を謠に行く。櫻川の仕手也。其他紅葉狩、關原與市、猩々、融、也。諸君皆上手になる。高野さん丈が相變らず念佛の樣な節を出す。將棋をさす。豐隆に一度負ける。二度目には虚子の助言で勝つ。新とやる、うまく負ける。新と虚子とやる。勝負のつかぬうちに歸る。
 大谷繞石「三四郎」の切拔を送つてくる。是は旅行中も大阪朝日を逃さぬ樣に買つて集めたるものゝ由。
  〔來信〕 田中君子 大谷正信
 
 五月二十九日 土
 晴。内丸最一郎來。學習院の歸りに早稻田から車に乘つて南町迄十二錢取られたといふ。保|儉《原》社員來。玄關で歸す。細君小供音樂會へ行く。
 米山熊次郎天然居士の寫眞を送り來る。
 今度の木曜に臼川と安倍能|勢《原》が謡にくるといつた。
 チロル、モリソン兩人はタイムス社員也。大隈に逢ひ誰を訪ひ、首相と晩餐を共にし頗る景氣よし。貧弱國の諸公彼等を以て儕輩となす。而して内地の社員連を目して新聞屋々々々といふ。新聞屋のうちに漱石先生あるを知らざるものゝ如し。好笑。
  〔來信〕 物集和子
 
 五月三十日 日
 晴。International Prss Association。伊藤、桂、大隈、其他新聞記者等。乾盃の辭、數種いづれも空言なり。これを以て世を渡るものは世を知らずに暮す仙人と同一なり。仙人よりも嘘を交へたる丈惡し。
 二葉亭の遺骨着。午後二葉亭の遺族を訪ふ。細君と御母さんに逢つて弔詞を述べる。靈前に香奠を供へ一拜して歸る。葬儀は二日染井墓地で執行の由。
 濤蔭來。愈没落一日から家に置いてくれといふ。
 
 五月三十一日 月
 晴。小説「それから」を書き出す。
 
 六月一日 火
 晴。奥田悌來。二宮行雄來。小説約一回分しか書けず。久内清孝ピツクルズを送り來る。
  〔來信〕 久内清孝
 
 六月二日 水
 晴。午後一時長谷川二葉亭の葬式に染井の墓地に赴く。
 國技館の開會式擧行。
 夜二葉亭の追想を書いて西本波太に送る。葬儀のとき池邊がしきりに何か書け/\といふから魯庵に相談したら一寸したものでも可いといふから書いたのである。
 
 六月三日 木
 曇。立石駒吉といふ人小説家志望の由にて來る。急に齒痛起る。齒醫者へ行く。歸りに床屋へ入る。
 前田夕闇來。
 
 六月四日 金
 晴。齒醫者へ行く。太平洋畫會に行く。滿谷國四郎に逢ふ。新海竹太郎大塚保治兩人來る。
  〔來信〕 野間眞綱 林久男 寺田寅彦(スエズより)
 
 六月五日 土
 晴 齒醫者へ行く。眠くて晝寐をする。甚だ好い心持であつた。夜小説二回を書く。考へてゐた趣向少々不都合を生ず。
 夜半何者か門の名札を引つぺがし、牛乳函を壞し、石を投げ怒號して去る。家人みな眠つて知らず。朝になつて庭内の酒井さんから聞く。名札は酒井さんの庭に放り込んであつた由。
 
 六月六日 日
 雨。齒醫者へ行く神經をとる。寺町を散歩して歸る。筆とヱイ子御伽芝居へ行く。森田草平金を借りに來る。酒井さんの御孃さんオルガンを壞す。
  〔來信〕 鹿兒島市春日町三九、濱崎方皆川正禧
 
 六月八日 火
 晴。朝齒醫者へ行く。細君神經痛にて寐る。午後豐隆來る。晩方、東洋城來る。松の盆栽に蟻が巣を食ふ。常陸山太刀山に負ける。
 
 六月九日 水
 雨。新來。花筐をならふ。盆栽の松に油を注いで蟻の巣を亡ぼす。
  〔來信〕 鈴木三重吉 野上臼川
 
 六月十日 木
 陰晴不定。風。夜|阿《原》倍、野上謡に來る。
  〔來信〕 内田魯庵
 
 六月十一日 金
 陰。後に雨。虚子〔と〕歌舞伎へ行く。太功記、きられ與三郎。鷺娘
  〔來信〕 島文次郎 朝日社會部 香川縣の人
 
 六月十二日 土
 晴。歌舞伎座を見て手紙を虚子にかく、午前中をつぶす。午後はぐず/\休む。晩食後畔柳芥舟來。高等學校の内部不平の噂をきく。十時歸る。櫻の實をくれる。例年の慣例なり。「三四郎」三版の奧附をとりにくる。
  〔來信〕 朝日社會部
 
 六月十三日 日
 陰。來客。青木昌吉。野村傳四。兒島献吉郎。傳四が竹の椅子をくれる。
 草平國民に「三四郎」評をかく。豐隆來つてぶつ/\不平を云ふ。草平の態度よろしからざる故國民紙上で之を駁すといふ。どうでもやつて見るがよし。
 草平の議論をこまかに論じて行けば瓦解土崩すべき所至る所にあり。
 東北※[さんずい+氣]車逆行して貨車折り重なる。重輕傷十數名
  〔來信〕 朝日社會部 高殯清
 
 六月十四日 月
 陰。烈風。朝虚子と國技舘に行く。九時から六時迄居る。色々な相撲と色々な取|込《原》を見る。然し花相撲に於ける若い力士が無暗に取る樣な際どいもの一つもなし。
 相撲の筋肉の光澤が力瘤の入れ具合で光線を受ける模樣が變つてぴか/\する。甚だ美くしきものなり。中村不折は到底斯ういふ色が出せない。だから不可ないといふのである。
 六時から九段の能へ行く。金剛謹之助のかんたんを見る。十時半歸る。遊びくたびれる。
 留守中藤代禎輔來。森卷吉來。
 
 六月十五日 火
 陰。疲勞 朝十時迄寐る。午後又寐る。三時入浴。散歩。晩食。
 昨日森が呉れたリヽー、オフ、ゼ ※[ワに濁點]ーを大丼に浸し紫檀の机の上に置く。其下に畫寐す。異香あり。
 
 六月十六日 水
 陰。本間久。ダツタン人の回々教の管長と事を友《原》にする天下の志士を連れてくると云つてくる。此人余が著述を好んで讀むよし。奇人だから材料にしたらどうだと書いてある。
  〔來信〕 本間久。寺田寅彦。
 
 六月十七日 木
 陰。時に雨。細君松屋へ行つて夏羽織を買つてくる。縞絽なり。學校を已めてから町人じみたなり〔二字傍線〕をする樣になつた。インキを買ひに早稻田へ行く。風葉の耽溺した所を濤蔭に教へてもらふ。
 夜。草平、東洋城、豐隆來。○○○東宮御所の會計をしらぺてゐる。皇太子と皇太子妃殿下が二人前の鮪のさしみ代(晩食だけで)五圓也。一日の肴代が三十圓なりと。天子樣の方は肴代一日分百圓以上なり。而して事實は毎万と〔も〕一圓位しかかゝらぬ也。あとはどうなるか分らず。
 伊藤其他の元老は無暗に宮内省から金をとる由。十萬圓、五萬圓。なくなると寄こせと云つてくる由。人を馬鹿にしてゐる。
  〔來信〕 本間久
 
 六月十八日 金
 晴。碧巖會より案内あり。宗演和尚の碧巖の提唱ある由。所は内幸町三井集|會《原》なり。多分森大狂の發送する所ならん。發起人ニ曰く大石正巳、朝吹英二、早川千吉郎、野田卯太郎、大岡育造、徳富猪一郎。御顔揃なり。
 目下禅僧の講話をきゝたき了簡なし。ひまでも出來たら行つて見るも妨げず。
 百合の花の香ひよし。瓶中に二輪咲く。
 中村蓊平|城《原》にて小城を訪ふ。小城は骨董を集めゐる由。小城と骨董とは岩崎と武士道の樣な感がある。
  〔來信〕 中村蓊(平壌) 碧巖會
 
 六月十九日 土
 雨。朝日へ「それから」二十回を送る
  〔來信〕 瀧田哲太郎 中村六郎(一茶同好會) 安井藤太郎(片岡機死去)
 
 六月二十日 日
 陰。草平長い手紙をよこす。一日で書いたものにあらず。言譯やら自分の事情やらをこま/”\と認めてある。
 夜パウルハイゼのワインヒユターといふ奴を讀み出す。散歩に出た後へ小宮が來て待つてゐて、先生は不熱心だといふ。
  〔來信〕 森田草平
 
 六月二十一日 月
 雨。とう/\ピヤノを買ふ事を承諾せざるを得ん事になつた。代價四百圓。「三四郎」初版二千部の印税を以て之に充つる計畫を細君より申し出づ。いや/\ながら宜しいと云ふ。
 子供がピヤノを彈いたつて面白味もなにも分りやしないが、何しろ中島先生が無暗に買はせたがるんだから仕方がない。
  〔來信〕 召《原》波瓊音 坂上忠之介
 
 六月二十二日 火
 曇。
  〔來信〕 佐藤緑郎
 
 六月二十三日 永
 雨と曇。高等師範生徒二名來る。逢はずして返す。
 新に三井寺を習ふ。
 
 六月二十四日 木
 雨。猪股勲來る。仙台の人、新聞屋になりたき希望あり。高等師範學校生徒二名又至る。果して演説の依頼なり。一人は普通の依頼者の如く此方の云ふ事に耳を借さずたゞいつ迄も頼む男也。一人は分つた/\と云つて、無暗に人を擔ぐ男也。二人と猪股とを比較して其間に大なる差違を認めたり。猪股は自から品格あり。生田長江來る。
 夜。エリセフ、東、小宮、安倍能|勢《原》、來る。エリセフは露人なり。日本語の研究の爲に大學の講義をきく由。「三四郎」を持つて來て何か書いて呉れ|た《原》云ふ。
 十時過安倍、小宮と清經を謠ふ。安倍教師の口をたのむ。此人も品格あり。
 
 六月二十五日 金
 雨。
 
 六月二十六日 土
 陰
 
 六月二十七日 日
 雨。西村にエキザーサイサーを買つて來て貰ふ。之を椽側の柱へぶら下げる。
 伸六よく引きつける。日に一返位顔へ水を吹きかける。
 「それから」朝日に載る。
 
 六月二十八日 月
 雨。中村蓊滿洲より歸りて來る。ハルピン迄行つた由。露語不通色々失敗。朝鮮團扇をくれる。
 エキザーサイサーをやる。四五遍。夜からだ痛し。
 
 六月二十九日 火
 陰。
  〔來信〕 早稻田大學卒業式案内
 
 六月三十日 水
 晴。夜に入つて雨。中島さん來る。ピヤノ來る。中|鳥《原》さんの指揮の下に座敷へ擔ぎ込む大騷ぎなり。中島さん六時頃迄ゐる。夜獨乙語。小説を一回もかゝず。
 渡邊和太郎横濱の開港五十年祭を見に來《こ》いといつてくる。
 十時過早稻田鶴卷町に火事あり。
  〔來信〕 伊|藤《原》榮三郎、寺田寅彦、大河内(獨乙より) 渡邊和太郎(開港五十年祭招待) 澁川柳次郎
 
 七月一日 木
 陰。寶生新。釋義堂。本多直次郎。田中龍勝。飯田政良。今古堂。來訪
  〔發信〕 渡邊和太郎
  〔來信〕 本間久
 
 七月二日 金
 陰。三重吉卒然として至る。ツメ襟の夏服を着てゐる。大學の制服を釦丈かへたものの由。午飯を食つて、小宮としきりに何か論じてゐた。三時頃とう/\成田へ歸つた。今日も妨害にて小説をかゝず。夜に入りて漸く一回書く。
 
 七月三日 土
 朝六時頃地震あり。夜支那人來る。椅子の前に立つて此所を開けろといふ。どこの誰で何しに來たかと問へば、私あなたのうちの事みんな聞いた。御孃さん八人下女三人、三圓といふ。まるで氣狂なり。返れといふに歸らず、ぐづ/\すると巡査に引渡すぞといつたら私欽差ありますと云つて出て行つた。怪しからぬ奴也。
 〔來信〕 國民文學
 
 七月四日 日
 陰。西村を警察へやる。夕べの支那人は四人にて下女を前後より擁し自分等の聞く事を答へないとひどい目に逢はす抔と威嚇したる由。且つ其前に下宿をさせて呉れと云つて來て、待つてゐる時に蝙蝠傘で御房さんの臀をつゝきたる由。言語同斷なり。
 昨夜子供が活動寫眞を見に行つたら、蘆花の不如歸をやつたさうだ。さうしたら常《原》子が泣いたさうだ。常子は九つである。どうして泣けるか不思義でならない。
 東洋城昨夜より泊りに來る。
 船田一雄 白石勉をつれてくる。
 〔來信〕 水上|齋《原》 復原鐐次郎方 愛媛新報 物集芳子
 
 七月五日 月
 雨。昨夢に中村是公佐藤友熊に逢ふ。又青榔に上りたる夢を見る。
 茨|木《原》縣のものだと云つて玄關に來た。昨日《きのふ》國を立つて來た。其目的は書生に置いて貰ふつもりだと云つて動かない。西村に應對さしたら、何でも一時間以上もゐたらしい。困つたと云つて溜息をついて雨の中を歸つて行つたさうである。
  〔來信〕 野上臼川 坪谷善四郎
 
 七月六日 火
 陰。雨に近し。
 臼川の台所の揚板が一寸許り持ち上《あ》がつてゐたから、明けて見たら筍が一面に生えてゐたさうだ。
 角田武夫。三四郎の繪端書二枚をかいて、題辭を求めてくる。此人は草枕、虞美人草の繪端書抔もかいた事がある。
  〔來信〕 角田武夫
 
 七月七日 水
 雨。大塚保治文學評論を讀んで其印象をかき送る。國民文學に送る。
 「朝日」へ「それから」のつゞきを五十回迄送る。椋十明朝八時新橋着の報あり。
  〔發信〕 角田武夫
  〔來信〕 大塚保治 椋十(羅馬より)
 
 七月八日 木
 雨。
 北白川|宮《原》の宮樣へ天子樣のむすめさんが嫁《よめ》に行かれて、其北白川の宮の妹さんが保科子爵へ行かれて、其保科子爵の姉さんが岩崎男爵へ行かれた。こゝに於て岩崎男爵は天子樣を叔父さんに持つた譯になる。
 
 七月九日 金
 雨。朝飯田青涼來。午後高濱虚子來。三井寺と雨月を謠ふ。晩、徳田秋江、眞山青果來。小宮。松根。
 臼川の書翰に曰く。昨夜夢の中で大いに切齒振腕して、今日は唇が少し破れて痛く候。……昨日は藥研堀まで買物に行つた序にヨヘイずしを食つて兩國で土左〔衛〕門を見てかへり候。
 畔柳芥舟の來翰に曰く先生の御作只今落掌致しました、難有御禮申上げます、斯う云ふ風に先生々々と崇め奉るのは無價で書物を頂戴する時だからです。
 
 七月十日 土
 雨。皆川正禧が鹿兒島から來《く》る。錫の茶托。薩摩燒の湯呑。夫から野間から言づかつた竹の硯箱をくれる。
 鎌田も一所にくる。鎌田は逗子の中學校へ行くといふ。
 皆川と櫻川を謠ふ。此二月頃から謠を習ひ始めたといふ。驚ろくべき上達なり。
 
 七月十一日 日
 陰。寐坊十時に朝食をくふ。森田草平來。議論。
 晩、生田長江來。ザラツストラの翻譯の件につき。不明な所を相談。
 
 七月十二日 月
 陰。暑し。
 日糖社長酒勾常明ピストルヲ以テ自殺ス。會社の不都合ヲ自己ノ責任ト解したるなり。新聞紙同情ス。
 
 七月十三日 火
 陰。淀川玄耳來。「世界一週」して歸りたての面會なり
  〔來信〕 高濱虚子(修善寺より) 内田榮造
 
 七月十四日 水
 陰。夜蝉一羽机の上に飛び來る。今年蝉を見る始也。
 牛後新に實盛を歌《原》ふ。余の謠に不純な音が交る由注意あり。
 
 七月十五日 木
 稍晴。始めてかすかなる蝉の聲を軒端にきく。夕暮蜩始めて鳴く。二三日俄然として劇暑となる。
 夜、東洋城、臼川、豐隆、東來る。
 午、中村武羅夫來。早稻田の卒業生某氏俳句帖を持參。揮毫を乞ふ。飄亭、鳴雪、東洋城等の句あり。
  〔來信〕 内田榮造 高濱虚子(修善寺) 山本松之助
 
 七月十六日 金
 晴。暑益劇。豐隆、東洋城とまる。朝三人で蝉丸を謠ふ。ひるから草紙洗を謠ふ。晩には一人で花月を謠ふ。
 小説中々進まず。しかし是が本職と思ふと、いつ迄かゝつても構はない氣がする。暑くても何でも自分は本職に力めてゐるのだから不愉快の事なし。「それから」は五月末日に起稿今六十三四回目なり。其間事故にて書かざりし事あり。又近來隔日に獨乙語をやるのと、木曜を丸潰しにするのとで捗取らぬなり。
 
 七月十七日 土
  〔來信〕 廣田道太郎 野上臼川 飯田青涼
 
 七月十八日 日
 大暑。晴。娘共眞裸にて家中を馳け回る。暑い故に裸になる程自然なるはなし。先生、野蠻人に圍繞せられて小説をかく。
 松浦一、金子健二來。金子が一昨日亞米利加から歸つたといふ。金子はバークレー大學にて白人の學生に殴打せられたと云ふ評判で一時は大變八釜しかりし男也。よく聞いて見ると子供がいたづらをやりたる由の誤傳也。
  〔來信〕 内田榮造
 
 七月十九日 月
 晴暑甚。強行軍の結果兵士の死傷者を出す。高崎と大阪なり。
  〔來信〕 第一銀行 水野錬太郎 戸川明三
 
 七月二十日 火
 陰。大いに涼しくなる。台所へ瓦斯を引く。口《くち》三つ。
 午後狩野、菅來訪。夕景歸る。
 
 七月二十一日 水
 晴。凉風。午後神樂坂へ繪の展覽會を見に行く。西洋人の畫と、西洋人の繪の模寫也。大變面白いものがあつた。
  〔來信〕 寺田寅彦(伯林)
 
 七月二十二日 木
 宮垣四海來。短冊の揮毫ヲ依頼。二枚かく。
 西村の買つて來た螢を軒端にかけて、眺める。
  〔來信〕 皆川正禧(國元より)
 
 七月二十三日 金
 森田草平來。野村傳四來。傳四此夏歸國する由にて暇乞にくる。晩に雨ふる。
 細君具合わるし。小林さんに來て貰ふ。矢張り妊娠なりといふ。無暗に子供が出來るものなり。出來た子を何うする氣にはならねど、願くは好加減に出來ない方に致したきものなり。もし鉅萬の富を積まば子供は二十人でも三十人でも多々益可なり。尤も細君の産をする時は甚だいやなものなり。
 秋骨、余の文學評論を二六に評す。臼川其切拔を送る。
  〔來信〕 廣田道太郎 田中君子 鳥居素川 野上臼川 時事新報
                  如是閑 
 
 七月二十四日 土
 晴。松根來。逗留
  〔來信〕 大谷正信
 七月二十五日 日
 晴。齋藤阿具、青木昌吉來。夕刻迄居て歸る。
 
 七月二十六日 月
 晴。實業家米國の招待に應じて渡航 うちに神田乃武、佐藤昌|助《原》、巖谷小波あり。何の爲なるやを知らず。實業家は日本にゐると天下を鵜呑にした樣なへらず口を叩けども、一足でも外國へ出ると全くの唖となる爲ならん。
 文科大學にて神話を課目に入れんとするの議を起す。總長濱尾新「神話」の神の字が國體に關係ある由にて抗議を申し込む。明治四十二年の東京大學總長の頭脳の程度は此位にて勤まるものと知るべし。
  〔來信〕 森卷吉(沼津より)
 
 七月二十七日 火
 忘
 
 七月二十八日 水
 忘
 朝日艦十二斤砲尾栓演習中破裂。死傷者數名(時日忘)
 
 七月二十九日 木
 晴。午東洋城來。夜、安倍能|勢《原》、野上臼川來。通盛と調伏曾我ヲ謠フ。遲く鈴木三重吉來。三重吉豐隆一泊。
 
 七月三十日 金
 晴。少雨。稍涼。午後三重吉、豐隆歸る。
 三重吉弟と喧嘩をして絶交を申し渡す。
  〔來信〕 畔柳芥舟
 
 七月三十一日 土
 稍涼。早戸川秋骨來。午後中村是公來。是公トラホームを療治して餘病を發し一眼を眇す。左の黒眼鼠色になれり。
 滿洲に新聞を起すから來ないかと云ふ。不得要領にて歸る。近々御馳走をしてやると云つた。
  〔來信〕 奧太一郎(照會)
 
 八月一日 日
 稍涼。驟雨時々至る。大阪大火。三十一日午前四時頃始まつて三十一日の日中續いて八月一日の六時半に終る。二十六時間燃えてゐた。戸數二萬。ほとんど北區の全體を燒き拂ふ。水道の供給不充分、蒸※[さんずい+氣]喞筒少なく、烈風、炎熱、皆其原因也。兵隊を繰り出す。川に荷物を運ぶ。荷物が川の中で燒ける。
 
 八月二日 月
 陰稍涼。
 虚子修善寺より歸京。春陽堂本多嘯月來訪。此春國光杜が燒けて虞美人草の紙型がなくなつて、組かへをしなければならない。それを半分負擔してくれといふ。金は百圓位の負擔だからどうでも好いが、どう云ふ筋で僕が出すのか分らないと云つた。
  〔來信〕 虚子
 
 八月三日 火
 稍涼
 素川、如是閑の?額の男を送る批評しろといふ意味也。
 おしろい草咲く。此間から、所々を點綴す。
 
 八月四日 水
 陰、大いに涼。
 一|間《ま》置いて次の部屋で按摩が妻の腰を揉んでゐる。其横顔が羅漢によく似てゐる。不折に見せてやりたい。此按摩は酒で生きてゐる。たゞの酒では利かないと云つて燒酎やドブロクを飲む。
 中村是公六日晩くる事出來るかと電報ヲカケル。是公の使露西亞烟草を二箱持つて來る。二百五十本入也。
 虚子來。實盛ヲ謠フ。髪刈。
 丸善ドウデの全集十六卷をかつぎ込む。大いに辟易ス。
 
 八月五日 木
 九時半驟雨一過。小説それから漸く結末に近づく。
 辻村鑑來る。鳥取の話をする。東京へ移りたき希望を述ぶ。
 
 八月六日 金
 陰晴不定。三時半頃から飯倉の滿鐵支社に赴く。是公に逢ふ。建物立派なり。夫から公園の是公の邸に行つて湯に入る。茶がゝつたよき家也。夫から木|晩《原》町の大和とかいふ待合に行く。久保田勝美、清野長太郎、田島錦治と是公と余なり。貞水が講談を二席やる。料理は濱町の常磐。傍に坐つてゐた藝者の扇子に春葉の句がかいてあつた。それはきたない扇子であつた。どこかで拾つた樣に思はれた。十時半歸る。
 十四の少年號をつけてくれと云つてくる。
 
 八月七日 土
 七。一昨日岡田耕三が來て第一高の佛文學志望の試驗を學科の方で及第したが、体格があやしいと云つて落膽してゐたが、新聞を見ると首席で及第してゐた。定めて嬉しからう。
 是公の宅から滿洲の拂子一本と、烟草一箱をもらつて歸る。其烟草には藁の管が二寸程着いてゐる。特許なり。
 兩國の花火。大賑ひ。晴夜。
 
 八月八日 目
 それからを一回しか書かず。
 
 八月九日 月
 晴。それからの第百回を半分程書いてから又書き直す。「それから」を書き直したのは是で二返目也。
 夜天の川を見る。
 
 八月十日 火
 おしいつく/\の聲を聞く。
 
 八月十一日 水
 陰大いに凉。毛織のシヤツを着る。箱根へ避暑に行つた樣也。
 夕方中島襄吉さんに來てもらふ。細君ツワリで腹の具合が妙だといふから也。診察の上腸の加減だらうといふ。
 高等學校の粟津清秀さんの養老金を募集にくる。
 新不來。
  〔來信〕 畔柳都太郎 寺田寅彦(ドレスデン) 野々口勝太郎
 
 八月十二日 木
 晴。佐治秀壽仙台より來る。晩に虚子來。草紙洗を謠ふ。
  〔來信〕 濱武元治 大坂在河内の人
 
 八月十三日 金
 陰。蒸あつし。
 伊藤幸次郎來書。滿鐵に入つて新聞の方を擔任す。中村からの話ありて、一應挨拶だか相談だか分らぬ手紙也。中村はどの位な話をし、伊藤はどの位な考で手紙を寄こしたものやら分らず。返事に困る。
  〔來信〕 小島武雄(豆州伊東)
 
 八月十四日 土
 「それから」を書き終る。
 
 八月十五日 日
 管虎雄の細君死す。産後經過不良
 大倉書店燒く。
 
 八月十六日 月
 陰。朝菅の所へ行く。
 田中君子よりうに〔二字傍点〕》と菓子到來。
 中村是公より「不可不讀」を寄せ來る
 「二葉亭四迷」を送り來る。
 
 八月十七日 火
 晴。伊藤幸次郎來訪。滿洲日々新聞の事に就て一時間半ばかり談話。
 ※[ワに濁點]インヒユーター讀了。
  〔來信〕 中村是公
 
 八月十八日 水
 午後一時菅の細君の葬式に行く。大塚が二十年前のフロツクコートを着て來た。車に乘るのは失禮だと云つて麟祥院迄あるくと云ふ。富坂迄一所につき合つて見たがたまらなくなつて御免蒙つた。
 小さな子が燒香をやるのは實に氣の毒なものだ。會葬者は大体知つた顔であつた。
 中村より愈滿洲へ行くや否やを問合せ來る。行く旨を郵便で答へる。
 滿洲行の爲め洋服屋を呼んで脊廣を作る。
 
 八月十九日 木
 朝林久男來。鹿兒島から仙台へ移るといふ。長野の山奥の熊捕りの話。蛇を生で食ふ話。山で霧に取り卷かれた話。戸隱の裏山をめくらが熊捕りの腰につけた鈴の音を便りに上る話抔をする。信|洲《原》の山奥で越後の糸魚川に通ずる所は大變淋しくつてそこの教師が郷里へ歸つて歸任するのが厭だといつて自殺した話をする。
 
 八月二十日 金
 劇烈な胃カタールを起す。
 嘔氣。汗、膨滿、醗酵、酸敗、オクビ、面倒デ死ニタクナル。
 氷を噛む。味のあるものを食ふ人を卑しむ。本棚の書物の陳ぶ樣を見て甚だ錯雜堪えがたき感を起す。
 昏々
 
 八月二十一日 土
 昏々
 
 八月二十三日 月
 東洋城來
 
 八月二十四日 火
 虚子來
 紅緑春葉を伴ふて至る。臥蓐中につき斷る。春葉とは初對面なればなり
 
 八月二十五日 水
 東津城來。
 
 八月二十六日 木
 森田、豐隆來。森田の離合、水死を評す。
 新春夏秋冬の秋の部に
  初秋の芭蕉動く《原》ぬ枕元  と云ふ句を題す
 印度タンツラ僧伽イマジネーシヨン研究會長木村秀雄來る。
 
 八月二十七日 金
 朝。池邊吉太郎へ暇乞に行く。不在。
 醫者滿洲行に反對。午後自分でも無理だと自覺す。中村に電話で其旨を云つてやる。
 夜池邊來。談話。午中村蓊來。夕、野上臼川來。朝岡田耕三來。
 朝泉鏡花來。月末で脱稿せる六十回ものを朝日へ周旋してくれといふ。池邊不在故玄耳へ手紙をつけてやる。
 
 八月二十八日 土
 泉鏡花來訪|咋《原》。昨日の禮を云ふ。
 森田來。豐隆來。森卷吉來。
 
 
斷片 ――【明治四十二年一月頃より六七月頃まで――
 
    一
 
蛇   
泥棒、 ×Aconversation    Kilt    ○もう一時間早ク來レバよかつた。
霧、  ×Selling a heirloom  火事、   ○書く事はいくらでもある。
文士、 ×The Red Lily      梧桐、 ○山鳥
死、  ×procession       寐起   ○五位
TFeft  ×根津          幽靈、  ○猫
木賊  ×泳           晴着
    ×三公  ×母病氣    
     I am a man!       
    ×子規          貧――痛切――生活難
    ×Snow          富――贅澤――美
     浪士          
 Chimney Sweeper
 London Theatre
 Craig
 Dixon Pitrro《〔?〕》
 
 ×禅、新體詩、藝者
  |  |  |
  毛布
 ×天動説  地動説
  |     |
  自己中心 他中心
 ×金の説、金ノ變形、變形ノ徳ト變形ノ弊
 
 ○寶生九郎 「箙」ノ絶句(東は……)シカケテ本ユリノ仕舞デ漸ク思ヒ出ス
 ○寶生新 觀世ノ舞台、横濱ト掛持チノ爲メ早クヤル、見物二三組。それを見タトキ氣ガ散ツタ、それデ絶句。
 ○鼓ノ拍子ガ豫期ノ如クウマク行カナイト絶句
 ○凡ての coordination ガ崩レルト同ジ自然ノ推移ガ出来ナクナル、
 ○ダカラ、旨クヤラウト思フテモコヽヲ一ツドウシヤウト思フテモ其思ヒニ煩ハサレルカラ駄目
 ○必竟ハ錬習以外ニ何ニモナクナル。
 
 ○會津栗。四升一圓、東京デハ一升壹圓五十錢。支那人ノ注文1800俵(2yen.)支那人ヘノ賣高一俵4.50yen.支那人ノ所へ持ツテ行くト大キナ桶ヘ水ヲ汲ミ込マセタ。一日モカヽツタ。夫カラ栗ヲ水ノ中ヘ入レタ。虫ノアル奴ガミンナ浮イタ。七分許浮イテ仕舞ツタ。浮イタ奴ハペケダト云フ。九百圓許ノ損
 ○崎《原》玉ノ芋。2000俵。一俵4yenニ賣リ込ム。十四日ノ申込デ二十五|《原》迄ノ約束。到底間ニ合ハナイ。番頭云フ契約ハ嚴行セズ。ヨツテ芋ヲ買ヒアツメル。二十八日過ギニ至ル。番頭(商舘ノ)甚シキ日限ノ違約ト云フ條※[疑の旁が欠]ニ損害賠償8000圓トアルノヲ楯ニシテ金ヲ渡サズ。
 コツチハ1000ノ保証金ヲ收《原》メテ現物取抑ヘヲ申請シテ船ニ積ミ込ンダ芋ヲサシ抑ヘタ。向フハ8000ノ保証金ヲ出シテ船ヲ出シテ仕舞ツタ。裁判ニナル。約定書ガアルモノダカラマケ。2000俵ノ芋ヲアツメルノハ容易ナコトデハナイ。芋ハトラレル。裁判ニハマケル。コンナ詰ラヌコトハナイ
 ソープ石〔四字傍線〕。伊豆ノ下田。探堀代。三斗五升入ノ叭《原》代、繩代、水揚代、運賃靈岸島迄 三斗五升ニツキ五十錢。是デ六百袋出來ル。16貫(百斤)ニツキ砂ヲフルツテ12貫ハ慥カデアル。一袋3錢ト見テ18圓ニナル。
 千二百萬坪ノ鑛山借區料。三千六百圓ノ年税。借區料百萬坪デ50圓。  溶《原》鑛爐。フキ分ケル。 精錬。
 
 ×零度以下39.6、旭川、三十年来ノ寒
 ○夜具ヘ呼息ガアタルト襟ヘ霜ガ出來ル。
 ○薬鑵ノ湯氣ガ壁ヘ凍リツイテヂヤリ/\スル。
 ○醤油ガ氷ル。味噌ヲ切ル。砂糖ガ氷ル。
 ○鷄ヲ持ツテ來タラ一晩ノウチニ死ンデ仕舞ツタ。食ツタラ不味カツタ。
 ○ランプ〔三字傍線〕が下から氷ツテ來ル。暖爐ノ上ニ置カナイト消える。
 ○汽車ガ途中デ動カナクナツタ。救助ニ行ツタ汽鑵車が又二台も三台も途中で動けなくなつた。
 汽車ノトマツタ村から焚出をした。
 
 ○A century of conflagration
 ○?Truth−established fact
   Mystery−not established region
   Falsehood−established
〔英文省略〕
 ○Distance Distance ハ彼我ノ distinction ヲ打破す。physically ニ然り。interset ニ於テ然リ。morally ニ然リ。故ニ局ニアル人ノ甲乙相爭ノ状ヲ見テ笑ハザルヲ得ズ。distance ヨリ眺ムレバ甲乙共ニ distinction ナケレバナリ。Distinction ナシトハ或ル意味カラシテ甲乙ヲ小サク見ルノ義ナリ。小サクシテ區別ナシト見ルナリ。之ヲ同一ニ見ルガ故ニ甲ヲ以テ乙ヲ代表セシメ又ハ乙ヲ以テ甲ヲ代表セシメテ適當ナリトス。何ゾハカラン。甲と乙トハ當時ニアツテ氷炭相容レズト罵リ騷ゲルモノナリ。
 十歳の子供ト二十歳ノ青年トハ大變ナ相違アリ。七十ノ老人ト六十ノ老人トハ左シテ異ナル所ナシ。然レトモ兩者ノ差ハ均シク10ナリ。換言スレバ廿ノ人ガ十ノ人ニイツノ問ニカ追ヒ付カレタルナリ。世ニ追ヒツカレザル者ナシ。追ヒ付カレルハ自分ノ發達ガトマルノ意ナリ。發達ノトマル人間ハ生ニ於テ希望ナシ。生ノ感ジ薄キガ故ナリ。生ノ感ジ薄キモノハ死ニ近クノ証據ナリ。
 ○Experience、生ノ内容ハ ekperience ナリ。故ニ人ノ ekperience ヲ單調ニスルハ人ノ生ヲ奪フナリ。自カラ ekperience ノ範圍ヲ狹クスルハ自カラ命ヲ縮ムルナリ。
  愛ノ experience ナキ者ヲ想像セヨ。非常ニ短命ナル感アラン
  音樂ヲ味ヒ得ザル者ヲ想像セヨ。〃〃〃カヽル意味ニテ短命ナル者ハ敷フベカラズ。彼等一旦コヽニ氣ガツイタトキ急二淋味ヲ感ジテ、自己ノ experience ヲアル方面(趣味ノ養成、愛情ノ滿足其他)ニ充實セント試ムルコトアリ。シカモ時既ニ遲ク如何トモスベカラズ、空シク貧弱ナル短命ヲ以テ死ニ赴ク。死ニ赴キツヽ非常の不安ト悔恨ト淋味ヲ感ズ。
  一生嫁ガズシテ死スル婦人ヲ見ル度ニ尤モ強ク此感ジヲ起ス。子ナキ人ヲ見ル度ニ此感ジヲ起ス。suffer 「セルコトナキ馬鹿ヲ見ルトキ此感ジヲ起ス。道義ノ念ナキ奴ヲ見ルトキ此感ジヲ起ス。……
  人情ハ一刻ニシテ生ノ内容ヲ急ニ豐富ナラシム。
  此一刻ヲ味ツテ死スル者ハ眞ノ長壽ナリ。
 ○Uncertainty ――人事不安ナリ。今日ノ親友モ明日ハ敵トナルヲ思ヘバ不安ナリ。今日ノ愛人モ明日ハ心變ルト思ヘバ不安ナリ。名譽財産悉ク不安ナリ。老ノ人に逼ルコト愈不安ナリ。此不安ノ念ヲ切實ニ感ジタル者ハ道ヲ求ム。(中ノ兄ガ急ニ卒倒シテ馬鹿ニナツテ仕舞ツタト云フ。中ノ兄ハ福岡醫科大學ノ教授デアル。一刻ニシテ教授所デハナイ白癡ト化シテ仕舞ツタ)
 ○Secret. 靈ノ活動スル時、われ我ヲ知ル能ハズ。之ヲ secret ト云フ。此 secret ヲ捕ヘテ人ニ示スコトハ十年ニ一度ノ機會アリトモ百年ニ一度ノ機會アリトモ云ヒ難シ。之ヲ捕ヘ得ル人ハ萬人ニ一人ナリ。
  文學者ノアルモノノ書キタル アルモノノ價値アルハ之ガ爲ナリ。
 
 ○最後ノ權威ハ自己ニアリ
 ○都會的生活(文學評論アヂソンノ部參考)と lovw affair.
  Permanency ノ缺乏、――其理由、――D’Annunzio, The Child of Pleasure.
  Fickleness ト endurance ノ lack ノ perfectly natural ナルコト、
 ○自己ノ作ヲ尤モ佳ト考ヘ得ベキ至當ノ理由。――Individuality ノ choice ト其實行。(not in obligation but in free will) 此大いなる範疇内ニテ説明シ得べキモノナリ。
  此意味ニ於テ自己ノ作物ハ necessarily ニ他ノモノヨリモ better ナリ。
  然シfreedom ナキ場合即チ他ニ移ラントシテ individuality ノ束縛ヲ受ケテ如何トモスル能ハザル場合ハ前ト反對ノ conclusion トナル
 ○Test ノ不徳義ナル所以。==自己ノ不眞面〔目〕なる態度を以テ他ノ眞面目ナル態度ノ對象トナシテ耻ヂザレバナリ。
  故ニ此態度ヲ assume スル以上ハ他モ不眞面目なる態度ヲ以テ我ニ對スルやモ知レヌト云フコトヲ覺悟セザル可ラズ(徳義上、公平ノ立場よりして)
  換言スレバ自己が不眞面目ナル丈ソレ丈自己ハ他ヨリ欺カルヽノ權利ヲ他ニ與ヘタルモノナリ。
 ○家ヲ出テ氣が散る人、家ヲ出テ氣ニ懸ル人
 ○アンドレーフ−Oberst
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○私の不徳の致す所です
  西村濤蔭の話
 ○美顔術の女――東洋城の話
 ○雜誌記者〔英文省略〕
 ○まあそんなものですな
 ○世界が黄色く見える。
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○關口  舊、新、
 ○雨夜、虚子より歸る  車夫眠る。書生
 ○貸、借、 借りる方ノ資椅下ル。借りる方の資格上る。
 ○情義問題。權利問題。 二者ノ混同。損徳問題
 ○新ノ缺席、夫ニ對スル感
 ○祖父、腹切、夏目金十郎
 ○人ニ調子ヲ合セルコト。不矛盾
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 ○※[さんずい+氣]車旅行と潮流。〔英文省略〕
 ○〔英文省略〕
 
 ○洋傘屋の看板。ボスト、烟草屋ノ暖簾、勉強堂の看板。小包郵便車。電柱。風船玉。あか暖簾 半襟。
  電車――青い火。馬肉屋。福助堂。ハカマ 仁丹。賣出シ
 ○Aヲ排ス。Bヲ欲ス。然ルニAはBノ necessary condition ナリ。
    ugliness−grotesque
    ―― − ――
    ―― − ――
 ○ポートセイド、シンガポア
 ○地震の時  寶玉珍器、一椀の粥  comparative worth
 ○始メハ criticism 其物ニ心を動かしてゐた。後には criticism の影響に就て心を動かした。
  始メハ criticism 其物を目的として criticism ヲ書いた。後には criticism ノ及ぼす影響を目的にして criticism ヲ書いた。
〔英文省略〕
  貧乏人ガ旦那ノ御馳走ニナリタル時ノ如シ。
  是ハ
 
 ○何を爲やうと思つても結果を想像すると厭になる。さうして何に當つても爲ないうちに結果の方を考へる。
  戀。美人。花。邸宅。金儲。貯蓄。
 
 ○鉢の木の主人公は幸福なる程自意識に乏しき男也。今の人があれを見てだまってゐるのが不思議である。
 
 ○アルゼンヘラトーゼ 250gram 1.30
  スペル|リ《原》ン  豚の睾丸? 羊の睾丸?
 ○交番の血を見る
 ○君子蘭の葉を切る
 
 ○袂時計の  鈴虫  植込玄関
 ○下女の 胃ケイレン。 其全快
       |      |
       1感     2感
 ○始めて女に接したる時  女に接したるあとの
       |      |
       1感     2感
 ○子供六人  細君子宮炎。子供肺炎。齒痛、下痢、風邪
 ○御醫者さんの頭の中 多忙
 ○アンドレーフ  Sieben Gehenkten.
 ○Erleben ト Erkennen
 
 ○高商生徒
 ○裏店屋賃
 ○椿
 ○亂世の泥棒、治世ノ泥棒、pOSiti諾
    Crime−pleasure−negative
 ○田舎者の愚直  生活問題
 ○苦學生
       Aesthete,Decadent
 ○亡國の luxury.富國の luxury.
      Moral
      Intellectual Decrepitude
      Physical
 ○性格ハ相手次第なり。
 ○甲州の反物屋
 ○Amaranth
 
 ○Only the ideal man is the tyrant.
 ○贈答ノ禮。 Gratitude. Prospective.
  punishment hatred preventive
 ○人ノ爲ニ泣くコトヲ好ム。人ニ泣イテモラフコトヲ好ム
 ○生活の爲の生活。善ナク美ナク眞ナク壯ナシ
 ○Fight
 
 ○虚子、長江、漱石
 ○樗陰、漱石
 ○Paul Bourget Incidents of War 1st., one.
 ○hair
 ○Leidensschaft  product Of folly
〔英文省略、一部日本語有り〕
 
     二  〔『それから』〕
 
 1,代助(ノ)家、門野と婆さん。寫眞
 2,平岡の來訪。談話。
 3,代助ト家族。親爺
  (a)親爺トノ會話
  (b)嫂との對話
  (c)妹の候補者
  (d)其因縁ばなし
 4,(1)アンドレーフ。激セザル人。死ヲ怖レル人
  (2)アマランス、平岡ノ移轉ニ就テ
  (3)平岡ノ細君來訪。平岡ノセカ/\シイ容子。獨リノ旅宿ノ細君ヲ訪ハントシテ果サズ。
  (4)來訪ノツヅキ。細君ノ容貌、眼、指輪 血色ノ わるい事。
  (5)金ヲ借リル件。
 5.(1)引越。d匡nnGnNiOノ空ノ色
  (2)時計ノ音虫ノ音ニ變ル夢、夢ノ試驗、Jlpmes氣狂ニナル徴候
  (3)園遊會。英國ノ御世辭。兄トノ會見
  (4)兄ノ Characterization.
  (5)鰻屋ノ會話
 6.(1)兄ハ金ヲ貸サウト云ハヌ。平岡ハ連判ヲセマリサウダ。
  「煤烟」ニ對スル門野
  (2)現代的不安ニ就。ロシヤ、フランス、イタリー、
   大隈伯ノ雜報
  (3)誠太郎來ル
  (4)平岡ノ家、中流社會ノ家。平岡手紙ヲカイテル、
                |
                despe「ateナ調子、
  細君ト行李
  |
  小供着物
 (5)金ノ事ヲ平岡ニ云ハズ。冷淡ヲ以テ任ズ。眞鍮ヲ以テ甘ンズ
 (6)平岡ノ醉。議論。自我發展。
 (7)代助ノ働ラカヌ理由。日本ノ衰亡。
 (8)神聖ノ努力ハパンヲ離ル
7.(1)代助風呂ニ入ル。足、髪剃、心臓ノ鼓動、ウエーバー。旅行、三千代ガ氣ニカヽル
 (2)三千代ト知リ合ニナツタ顛末。菅沼ノ死 清水町ノ家 母ノ死。結婚。媒酌。
 (3)嫂ヲ訪ねテ金ノ相談の目的。電車デ兄父ト摺レ違フ。ヘクター。ピアノ。縫子
 (4)※[ワに濁點]ルキール。晩食。父ト兄ノ多忙。金ヲ借りる件 何時返スノ。
 (5)梅子ト代助ノ會話。――アナタは人ヲ馬鹿ニシテゐる
 (6)結婚問題。結婚ニ興味ナシ。
8.(1)青山ノ夜電車、神樂坂ノ地震、日糖事件、東洋※[さんずい+氣]船會社。父ト兄ノ會社。天ノ與ヘタ偶然。人造偶然
 (2)寺尾。恐露病。眞面〔目〕ナ商買ぢヤない。ennui.
 (3)梅子ノ手紙、200yen、平岡へ持參
 (4)平岡訪問。不在。小切手ヲヤル。放蕩ノ源因
 (5)君子蘭。平岡來。新聞入社の意
 (6)現代人の孤獨。平岡と代助ノ隔離。三千代ガ源因。
9.(1)父ヲ避けル。互ヲ侮辱スル現代。生活慾ト道義慾。
 (2)其矛盾。事實カラ出立セヌ教育。
 (3)葡萄酒。――兄ト一所ニ飲ム。――兄ノ休養。日糖ノ重役ト同樣。――低氣壓(父ノ)
 (3)父ト面談。一体何ウスル積ダ。獨立ノ財産ハ欲イカ。洋行ハドウダ。
 (4)代助ノ罪惡觀。怒ラセル事ガ嫌 ヤ|ル《原》込メルコトモ嫌。
  少シハ此方ノ都合モ考ヘルガイヽ。
  御前ノ名譽ニ關スルコトガ出來テクル
  アナタハ(ワタシ)ヲ御父サンニ讒訴シタネ
10.(1)リリー、オフ、ゼ、※[ワに濁點]レー、神經過敏。日本現代ノ不安ニ襲ハレル。
 2.蟻を殺ス。睡眠中ニ三千代ガ來ル。三千代ヲ訪フノヲ避ケタ。散歩。平岡ノ影ヲ見ル。追懸けズ引返ス。
 3.寐テゐル中ニ人ガ來タ樣ナ心持ガシタ。不落付。ブランギン。
  矛盾、没論理、没論理ハ單ニ形式ニ過ギズ。論理強、心臓弱、
 4.三千代來。銀杏返。白百合。息ヲ喘マシテゐる。水。リリー、オフ、ゼ、※[ワに濁點]レーの鉢ノ水ヲ呑ム
 5.百合ノ花。昔シノ連想。
 6.二百圓ノ言譯
11.1.散歩、誠太郎ノスキナ所、人間ニ嫌ハレルノハ人間トシテ生存スルモノヽ運命也。番町、堀端。賤民。身體、頭ガ二重三重ニナル、
 2.ennui. 何故ニ生キルカ。其不理。生キル故ニ何故アリ。ennui ヲ發カレ〔ル〕ニハ三千代ニ逢フニアリ。
 3.寺尾來る。外出ノ妨害。翻譯ノ相談。
 4夜平岡ヲ訪ヌ。不在。神田デビルヲ飲ム。此前平岡夫婦ニ二三度逢フ。
 5.二重ナ頭。酒ノ咎ニアラズ。physical sense. 宅カラ迎ガクル。護謨輪ノ車、
 6.歌舞伎座ヘ行ツテ頂戴。
 7.佐川ノ令孃ニ紹介、(高木携帶、)
 8.姉ノ策畧批評。芝居ノ印象。其反照トシテノ三千代。
 9.但馬ノ友人ノ手紙。都會人種ハin證e−ityニ陷ラザルベカラズ。
  彼ノ三千代ニ對スル情合。現在的? heart ト head ノそれニ對する態度
12.1.旅行ニ决心。銀座ヘ買物。誠太郎使ニクル。
 2.旅行ノ用意。もう一返三千代ニ逢フ。平岡留守、指輪ナシ、
 3.旅行費ヲヤル。歸宅。香水ヲ部屋ニフル。翌日兄來ル。
 4.兄曰ク、父怒ル、嫂氣ヲ揉ムダカラ來ル。代助、午餐ニ赴ク旨ヲ答フ
 5.食卓前
 6.食卓ノ談話
 7.食卓後
13.1.新橋ノ見送リカラ歸リ。書齋の考、
 2.代助ノ夢。代助ノ讀書癖。代助ノ restlessness。赤坂ノ侍《原》合
 3.又三千代ヲ訪フ。退屈ノ張物。指環受戻。金ノ事ヲマダ平岡ニ話サナイ
 4.平岡ト三千代ハ結婚ヲ誤マツタ。代助ノ罪ニアラズト辯解ス。
  三千代ノ父ノ手紙。
 5.三千代ト對座スルコトノ危險。平岡ヲ新聞ニ訪問
 6.平岡ト代助ト一所ニ飲む。幸徳秋水ノ話。大倉組牛ノ話。眞面目ナ話ヲシダス。平岡ハ借金ノ催促ト思フ
 7.代助、平岡ニ放蕩ヲヤメテ三千代ヲ愛セヨト云フ。ソレデ代助ハ三千代トノ關係ヲ絶タウト思フ
 8.平岡ノ ambition ヲ instigate シヤウトシテ失敗。廣瀬中佐ノ例。
 9.會見ハグヅ/\ニ終ツタ。彼ノ熱誠ナリ得ザリシ譯。motive ノ嘘。dilemma 三千代ト密關係。三千代ト絶縁。
14.1.賽ヲ投ゲベキ時機。※[足+厨]躇。縁談謝絶ニ决ス。
 2.今日カラ積極的、青山行。姉さんは淋シクハアリマセンカ。
 3.嫂曰、あなたハ今日ハ餘程何うかしてゐる。代曰もし貴女ニ好きな人があつたら何ウデス。代日ク此結婚ハ御斷ヲスル積デス
 4.會話ツヾキ。私ハ好イタ女ガアル
 5.ツヾキ。運命ノ半ヲ破壞シ了ルト思ヒタカツタ。三千代ノ事ハ何ニモ話サナカツタ
 6.歸リニ平岡ヘ回る立聽。
 7.翌日雨。計畫易。三千代ヲ呼ブ。來ル前ノ感想
 8.三千代來ル
 9.三千代、三千代ノ兄、代助ノ過去ノ關係。會話
 10.僕ノ存在ニあなたは必要だ
 11.仕樣ガナイ覺悟ヲ極めませう
15.(1)絶望ノ途中、父面會セズ
 (2)自己ノ surroundings ノ rview.
  車ニ乘ツテグル/\あるく。三千代ヲ訪フ。
 (3)運命ノ潮流。――1、三千代ト自分 2、平岡ト自分、3、社會ト自分、家ノモノト自分
 4.父と會見、(そんな親類が一軒あるのは必要ぢヤないか)
  5
   代助      寺尾 文學者
   門野        菅沼 三千代の兄
   平岡常次郎  裏神保町
          三千代
   長井 得
   長井誠吾(40)
         誠太郎(15)、縫(12)
   長井……死亡
   姉(外交官)
   長井……死亡
   代助
 
   高木(神戸實業家、得ヲ助ケタ人ノ孫)40
   佐川(高木ノ sister ノ嫁イダウチ、多額納税者)
 
   等覺寺楚水
 
日記 ――【明治四十二年九月一日より十月十七日まで】――
 
 九月一日〔水〕二百十 《原》晴風強し。晩に風やむ。雲と月。あすは雨。〔二日〕果して晝から降る、物集御孃さん來る。ホロをあげて出づ。大した事なし、
 萩の花。湯に入る。森田來る。
 箱根にて日暮る
 ○二日夜汽車中。音烈敷不寐。ボイ寢台|車《原》を作る。〔三日〕京都にて起出づ。天次第に晴る。七時大坂商船待合所に入る。一寸散歩。九時小蒸汽にて鐵嶺丸に乘り込む。
 商船會社の大河内氏サルーンに案内、烟草、菓子、及び飲料を給せらる。同社の伊庭氏今井文學士の友也。堀の内にて逢へる由。忘れたり。事務長は山形の人色々談話す。余の書物を讀んだ由。滿洲航路が朝鮮航路程に繁榮すればよいと云ふ。此航路に用ふるは皆特別の目的を有する新造船なり。鐵嶺丸の姉妹船開城丸同港にあり。美麗也。
 天候佳良。
 總裁と一所に行く由を聞いたと三人ながら云ふ。
 浪鈍。天鈍。サルーンから出て左舷に出づ。營口丸が烟を吐いて行く。鐵嶺丸漸々近づく。營口丸拔かれまいと思つてわが進路を妨害す。われ同速力で進む。船と船と漸々接近遂につき當る。鐵嶺摺り拔ける時ボートがでんぐり返つて再び落ち來る。長い木が二本折れる。
 八時過ボーイ湯を立てゝくれる。船室に返つて寐る。眼が醒めたら十二時過であつた。甲板に出たら暗い所を船丈音を立てゝ通つてゐた。時々北の方で稻妻がさす。其時向ふ側の山が瞬間にはつきり見えた。左舷に出たら十八日の月が高くかゝつて居た。波が少し光つて見えた。マストの上にランターンが淋しくかゝつてゐた。
 〔四日〕五時過下等船客の下甲板で騷ぐ音で眼が覺めた。暗い室なのでボイが蝋燭をつけてくれた。髭をそる。
 船中に二十を少し超えた英國人あり。ブルドツグを引張つて甲板をあるく。それから椅子にしばりつけて置く。
 七時過門司着。雨。霏々として降る。石炭を積み込む。
 船長に逢ふ。昨日の營口丸との接觸の話をする。營口丸は先へ立つて始終人の航路の妨をしてゐた。此方が追ひ越さうとするとき、すこし舳を開いて呉れゝば譯はなかつたのである。此方は右にも左にも避けられない地位にあつた。是から海事局へ屆けに行く。故意の仕業とすれば重大な事になる云々。
 玄海に出る。
 夫婦づれの西洋人釜山に行くと云つて去る。クツク社の肥つた男と、英吉利の副領事(犬をつれて)が殘つてゐる。此男は甲板で犬を抱いて來てゐる。夫から米國の宣教師が夫婦ゐる。
 鐵嶺丸の費用
 四十五萬圓。是より上の船では算盤が持てぬ。
 一航海八千圓あがらなくては駄目
 夕暮對|島《原》を見る。夜半玄海を拔けると云ふ。
 終日|黠《原》雲漂ふ。夜に入つて暗し。
 部屋を代ふ。
 九時入浴。
 
 五日〔日〕 朝左舷に鳥《原》嶼を認む。運轉士に問へば太郎島と云ふ。是から朝鮮群島の中へ入るらし。
 朝鮮群島の景色は内海と同じなり。島の形色々なり。又其數澤山なり。中々盡きず七時頃より十時に至つてまだ盡きず。岩山に木の付着したるもの
 運動甲板には稍寒の風が吹いて善い心持であるが、しばらくすると身体に答《原》へ過ぎる樣になつたので船室に入つて長椅子の上で寐た。十二時十五分前に眼がさめる。甲板に出ると船は鏡の中を行く樣である。群島は依然として左右に羅列してゐる。算へて見たら眼に入るものは凡てゞ五十三あつた。
 船長に先刻の船は何時追ひ越しましたかと聞いたらそらあの艫に見えますと云つた。長い島の前をどす黒く烟を吐いて展望を濁しつゝやつてくる。
 二時七發島の燈台を左に見る。是が群島の終りと云ふ。ポンプの練習にて上ががた/\云ふ。火事かと思つて驚ろく。
 今日正午の寒暖計七十三度
 船大海に入る。水平線と雲の界が判然としてゐる。黒い輪の樣である。空は鈍く曇つてゐる。
 夕方になつて日出づ 西の方が斜めに線をひきたる如く飴色になる。其上の雲が襞を疊める如く悉く飴色になる。
 甲板で船長と談話す。船長曰く是が last voyage なり。瀬戸内の水先案内の試驗を受ける積で東洋汽船を辭したる所、試驗なき故一時此船にのる。十月に試驗がある故それを受くる積りなりと、
 南米の航海の話をす。スペインの美人の話をする。亞米利加がよひの時一等運轉|手《原》として table に着いたものは自分一人なり。其時歐洲婦人が自分の顔を見てすぐ席を立つて黄色人の隣へ坐るのはヤだと云つた事が二遍ある。日本人でもそんな奴があつた。こんな平穩な航海は少ない。
 晩餐の席上で前に坐る西洋婦人しきりに耶蘇教の話をし出す。迷惑千萬なり。
 食後事務長并びに他の日本乘船客と十時迄談話夫より入浴
 
 六日〔月〕 朝眼が醒めるとバースから窓の中にジヤンクの浮いてゐるのが見える。海はよく晴れて日が照つてゐた。給仕曰くもう少し行く〔と〕三頭角が見えますと。
 五時頃大連着。
 大きな烟突が見える。檢疫が見える。混雜。佐治氏周旋。ヤマトホテルの馬車に乘る。中村の家に行く妻君病氣。沼田氏來つて色々話す。中村歸らず。ヤマトホテルに行く。入浴 中村來る。後で家に來いといふ。行く。國澤氏を呼ぶ。一所に倶樂部に行く。ジンコーク何とかいふものを飲む。歸る十二時。園澤氏族舘迄送らる。
 
 七日〔火〕
 大連
 中央試驗所。
 豆油。精製 cooking purpose。olive oil ノ九分ノ一。動物製と同じく digestible。石鹸 塩水に溶解柞蠶。精製糸。絹の半分。
 Lottery。高粱酒
 電氣公園
     ――――――――――
 西公園。射撃場。税關。
 南滿鐵道會社。午餐。
 河村氏に就き滿鐵事業質問。今夜舞踏會にて食堂を装飾中。雨ふる。車を雇ふて歸る。俣野義郎送り來る。
 腹工合惡く。談話に困却。ソーフアーの上に寐る。醒むれば雨霽る。寐《原》室に食事を取り寄せる。浴を命ず。須田綱雄氏來つて晩食を共にせんと申出でらる。乍殘念謝絶。中村より電話今夜の舞踏會に出席するや否やを問ひ合せ來る。
 
 八日〔水〕 晴空。立花氏來訪。俣野來。
 夜。滿鐵の重役松木、橋本を扇芳事に呼ぶ余にも來いといふ。胃惡し。謝絶。中村より電話話しに來いと云ふ。八時過行く。法螺を吹く。十二時歸る。
 此日午前俣野に連れられて諸方へ見物に行く。
 
 九日〔木〕 晴。民政|所《原》より電話。旅順へ何時來るかと云ふ。
 朝食の後讀書室にて橋本氏と談話
 十二時散歩。一時午餐。俣野と出づ
 從事員養成所。二組の生徒英語支那語。製圖。火夫、車掌 別に支那人の電信技手。(卒業日給四十錢)
 バケモノ屋敷。荒凉たり。夫より以上の寄宿舍。清潔。俣野の二階 comfortable
 勸工場。古道具屋。町の景色。
 扇芳亭。下等料理茶屋。
 俣野の家に至る。村井啓太郎氏と三人にて會食。夫より中村方に至り晩餐。田中理事。橋本左五郎。犬を見る。十一時歸る。
 パスを貰ふ。
 十日〔金〕 八時半旅順に向ふ。畠。高粱。粟。蕎麥。赤い濁水の澤。中に唐玉黍の蘆の如きあり。部落は二三 樹木の間に石垣。畫趣。山の景色。墓地。大なるは公牧場
     ――――――――――
 昨夜是公から始めて大連に來た時の事を聞く。殘燒家屋ばかり。今の化物屋敷に陣取る。厠に行く寒さ。田中君※[さんずい+氣]車に乘る。貨車 lantern 搖れて火が消える。外套を着てすくまる。窒息して病人が出る(炭火) 平野水が二三滴しか飲めず。清野理事シヤツを半ダース着る
     ――――――――――
 臭水子。夏河河子。(海水浴場)
 (停車場)營城子
     ――――――――――
 畠に道なし。車の通るを恐れて溝をほる。或は土を盛る。其土を徃來から取つてくる。
 茫漠たる田畠 どこから耕作にくるか分らず
 支那人の二食 十時。七〔?〕晩。上下の別なし。四人前が一Se.
 和氣生財。和氣致祥。  我有嘉賓
 名馳塞北、味壓江南   堆金額玉
 客逢孺子休懸榻     發福生財
 門到薛公且進餐
 十時旅順着。白仁長官馬車を停車場に迎によこす。渡邊秘書と同乘。大和ホテル着。夫から民政署に至り白仁氏に面會。佐藤友熊氏に面會。歸る。小木貞氏大和ホテルに來る。
 新市街は廃墟の感あり。宿の前にて虫しきりに鳴く。港は暗緑にて鏡の如し。古戰場の山を望む。
 岡の上に半工事の家處々に立つ。草が立派に切り開いた道の pavement の上に立つ。森閑たり。
 旅順の記念碑を汽車中より望む。二百何尺の高さなり。此二十三日に東郷大將來る。港の入口三百何メートル
     ――――――――――
 午餐。佐藤氏同行 戰利品|品《原》陳列場。もとの病院。壁の穴。屋根の穴
 火矢。土嚢。Search light。一人で一|齋《原》射撃。鐵條網。手投彈。魚形水雷。濠を渡る時の梯子電柱。
 高鶏冠山北砲台。外濠
 外岸側防穹孔
 三十七年
                                      
                    廿《〔?〕》二砲
 對溝。九月二日より十月二十一日。窖道。反對窖道。十月二十七日爆發。十月三十日。外濠へ出る。機關砲で打たれる。窖道を堀一口四十五サンチが一番也。
 窖内の談話 死体の收容。酒の有無。
 手投彈を投げる奴が窖内に死んだ人間に火がつく。此下に下《原》骸あり。
     ――――――――――
 砲台に上る。
 二百三高地   二龍山砲台
 椅子山     萬龍山新萬龍山西、砲台、
 ナマコ山    北砲台、萬龍山東砲台
 高崎山
 松樹山
 大古山、小古山
 クロパトキン
     ――――――――――
 先づ前山一帶の高地を專《原》領(八月)。
     ――――――――――
 夜民政署長ホテルに招待。署の高等官列席、伊藤、松木兩氏出席。十時頃散會。
 
 十一日〔土〕 晴。八時二百三メートル。river bed、野菊、brick house 所々。日廻リ草。アカシア。浣衣の衣。アタマの光。耳輪。驢を驅りて地ならし。
 百七十四メートルの方激。味方の砲|※[火+單]《原》でやられる
其意味。鶉飛ぶ。墓。火打石。
     ――――――――――
 妨《原》禦三層。機關砲五六門。ボロに石油を包ンデ投げる。油色。火矢のあと。双島灣
 第一線の苦痛。糧食の夜送。雨。水の中にしやがむ。唇の色なし。ぶる/\振ふ。馬がづぶ/\這入る。
 六月より十二月迄外に寐る。人間状態にあらず犬馬也。血だらけ
 白玉山。納骨堂。迂曲して登る。
     ――――――――――
 午後海軍港務部に至り海軍中佐河野左金太氏の案内にて港灣のうちを小蒸汽にて乘り廻す。港内港外に沈没したる船を引揚中(請負師の不都合)今年十一月迄に完結の積り。
 廣瀬中佐の乘つた所。防材の標本。
 引揚方は一〇〇キロ位な爆發藥にて船体を section に切り六インチのwire にて結び。六百噸のブイアンシーのある船に水を入れて重くし、其上|緩《原》潮に乘じて作事。夫から滿潮と喞筒の力にて上にあげる。
 器械水雷の數は此邊に三千許りある。まだいくらでも殘つてゐる。危險。密獵をやる奴が知つてゐるが教へないのもある。
 作業の危險 時々爆發の機をあやまりて死す。又は惡い潜水器の爲に水の壓力に堪えず死ぬ事あり。水中にて水雷爆發の爲に死んだ事もあり。
 露西亞の戰利品ブイ錨などが陳んでゐる。あれで約三十萬圓。摧氷船二艘。
     ――――――――――
 佐藤友熊の家に行く。子供に逢ふ明日の朝食の案内
 晩に田中理事の招待にて近所の日本料理店にすき燒を食ひに行く。荒凉たる露西亞の半立の家の中に暗闇な道路を行いて草茫々たる空地を横切れば一軒の西洋軒に火を點じて客を迎ふ。中は新らしく疊を敷きあり。酌婦が四人出て來る。
 
 九月十二日〔日〕 民政長官告別 立派なる邸宅。古加皮酒を飲む。友熊訪問。鶉の御馳走。田中、橋本。
  手を分つ古き都や鶉泣く
     ――――――――――
 十一時二十分發一時大連に着く。田中理事の宅に來いと云ふ。行つて library を見る。SteevenS の fOlio の Shakespeare にて Sir Robert Peel の署名あるものを見る其他 edition de luxe 多し。二時半頃ホテルに歸る。相生氏の方より櫻木來る。俣野も同行。埠頭へ來て演説しろといふ。腹痛。入浴。六時頃飯を食はして貰つて出る。事務員養成所へ行つて講話をやる。七時過より八時過一時間餘やる。中村、田中、國澤、の諸君傍聽。歸りに中村方へ行く。田中國澤同席。犬塚を呼ぶ。橋本後れて至る。十二時歸る。
 貴樣おれの通辯にならんか。橋本に牧|蓄《原》をやる望があるならやれ
 明朝七|十《原》五十分の汽車で立つ所を明後日の急行にのばす。金が不足したら借りる約束をする。橋本にプログラムを作つて貰ふ。
 
 九月十三日〔月〕 晴。朝相生氏櫻木氏と至る。今夜埠頭の hall にて講演を承諾す。橋本も承諾。其前總裁から電話がかゝる。今日出立かと聞く。夕《原》十二時頃迄話して來たからいつ立つか分つてゐる筈だと云つたらボイが又復命して奥さんが聞くんだと云ふ。夕べ中村は妻君におれの事を話さなかつたと見える。或は夫から田中と一所にあれからどこかへ飲みに行つたのかも知れない。
 正金にて爲替受取。散歩歸る。腹痛む。立花政樹と今井達雄來り畫食を食ふ。三時過中村是公來る。俣野義郎至る。是公馬の話を橋本とする。自分の馬に乘つて見ろと云ふ。二人して馬場に行く。余は途中から腹が痛くて引き返す。櫻木氏演説の迎にくる。馬車で相生氏方に至る 是公に逢ふ。天草丸がつく迄こゝに來て居たのなり是公去る。晩餐。直ちに講堂に赴く。橋本君先づ辯ず。余も一時間程|※[口+堯]《原》舌る。一時間餘。馬車でホテルに歸る。途に是公を訪ふ不在。
 
 十四日〔火〕 朝ホテルの勘定を拂はんとするに不用と云ふ。是公の家にて細君に別れ。社に至りて重役課長に告別田中君と共に立花を訪問停車場に至る。express にのる。立派也。十一時發。
 山の裾に乏しき蕎麥畑があつて鳩が飛んでゐた。
 瓦房店
 丈より高き高粱を刈る。水牛の如き豚の如き動物
 牛、河を渡る。高粱を五六頭に引かせて行く
 草山に牛馬を飼ふ。仰ぎ見ると、馬が空に見える。
 三時半過熊岳城着。トロに乘つて十八町高粱の間を行く。一軒の宿屋に着く。
 崖を下ると前が河になる。川は深さ一尺に足らず、五寸幅の厚板を/\/\に渡して渡る。水の幅は十間に足らず。然し河原の廣さは岸より岸へ約三町餘もあるべし。其向ふが高粱の畠なり。此洲の中に小屋を立てゝ地を堀つたものが温泉である。遠く左りに屏風を立てた樣な連山が見える(高麗城子)。石山の上に青い草が齒《原》噛み付いてゐる。角度が非常に急で襞が甚だ鋭どい。從つて明暗の色が鮮やかに直線で區切られてゐる。河の上流の左岸に楊柳の村があつて水を渡る人が柳の裡に隱れる。牛を追ふて牧童が渡る。犬が渡る。向ふ側に牛が點々として散在す。
 夜橋本と玉を突く。生れて始めてなり。寐る。雨が降り出す。〔十五日〕朝湯に入る熱甚し。風呂にて鐵嶺丸の乘客に逢ふ。營口よりの歸りだと云ふ。主婦記念帖を出して頻りに字を求む。小雨晴れず。松山より梨畠に行かんとすれど雨具の用意なかりし故やめ。橋本と今一人苗圃の主人(橋本の舊生徒)と《原》通譯として出立す。
 鮎が此川上で取れる由。
 細雨の河原を濕ほす枝。遠山の濡れる樣子、秋の川を馬の渡る具合。柳の雨を受けたる所。黍畑の穗の色濃く着いたる模樣。
 雨漸く晴る。電話かゝりて今から松山に行かぬかと云ふ。停車場迄行く。トロ〔二字傍線〕來らず。いやになつて歸らんとす。保線より電話かゝりて松山より今トロが出たと云ふ。しばらくしてからトロ來る。器械トロで頗る早し。
 松山は平たい勾配の緩き山なり。一面に芝が生えて所々に岩が出てゐる。岩には苔が一面に生えてゐる。松の大きさは約三四十年のもの許り也。上に關帝廟あり。土塀の門を這入ると梭の音がする。老翁が麻を織つてゐた。年が七十だと云ふ。松山の下に梨畠がある。木の數は二千本といふ。全然林檎也。松山の上から渤海灣が見える。
 望小山と云ふ。裸山がある。上に塔が刻んである。トロの早さ。砲台に蛇のゐるといふ話。
 韓文の家を見る。※[土+尼]の塀の角に※[城壁のような図]を作る。赤い旗がちら/\見える。丸で玩具也。右の方の門内に馬が草を食ふ。觀音開き。石甃。
 來がけに停車場へ來た時から腹が痛んだ。歸りも苦しかつた。再びトロに乘つて停車場に來た時は益苦しかつた。午飯をまだ食はず。三時着。大石橋への汽車は四時二十分也。是から輕便トロに乘つて二十分ばかりで宿に歸つて飯を食ふとすれば時間足らず已を得ず延ばす。夜は九時頃寐る。
 
 十六日〔木〕 朝天氣。直ちに風呂に入る。宿の風呂は熱し。次の風呂に入る。混浴なり。滿洲の空の美しき事。牛群れて河を渡る。電話の柱に柳の木あり。夫から葉がさす。朝貌が一面に生えてゐる。
 午後四時二十分の汽車で立出營口に向ふ。昨夜十一時に就《原》いた客が營口の※[女+氏]《原》園舘から藝妓二名を呼ぶ。駄辯を弄する事甚だし。客は滿洲鐵道の役員らし。元治元年生れの女をやつた事なし。書生の時はあるでせう抔といふ。
 羽鵲。野菊。玉蜀黍を屋根に干す。屋根黄に見える。
 支那の田園平均一人が二町を耕す割。
 高粱の利用。穀は屋根。壁。薪。アンペラ。笠。
 守備隊。交換。馬、車、其他悉く持ち還る。
 公學堂。鐵道に必要なる智識を授く。三十二名。八歳以上十六歳以下
 右は蓋平の話。
 蓋平と次の停車場の間塩多くして畠作れず。山羊の群を見る。
 大石橋にて下車營口行は五十分待ち合す。食堂に入る。立派なり。
 (夕碁の空赤き所に黒く高く續きたる塀の樣なものが見える。其上を人が馳けて行く よく見ると電柱の頭が出てゐるのであつた。)
 夜八時過營口着。清林舘の馬車にて宿につく二十分許かゝる。夜茫漠として廣き道路を行く。清林舘は洋式なれど内部は純然たる日本式也。奇麗な室で奇麗な器物で甚だ快し。湯に入る支那人が脊中を流す。停車場に正金銀行支店|中《原》杉原氏及び甘《原》糟氏と橋本の蒙古へ連れて行つた二人出迎ふ。
 
 十七日〔金〕 朝橋本杉|本《原》氏等小寺牧場に行く余は市街を見る。主人が馬車で案内をする。支那町は臭し。看板は金字にて中には大變高きがあり。千圓位費やす由。Ferry boat にて潦《原》河を横ぎる。濁流際限なし。サンパンの帆。三千噸位の船は自由に入る。歸りにはサンパンに乘る。防岸工事。葭を使ふ。結氷の方浚渫出來る。大倉組の豆粕會社を訪ふ。營口、大連の豆荷は大した差違なし。倉田氏に逢ふ。屋根に上りて營口を見る。支那家屋の屋根は徃來の如し。回々教の寺だと云ふ。赤く塗つた塔の如きもの見ゆ。牛島氏芝居を見ろと云つて連れて行く。未だ開場でない。Stall は table 椅子。棧敷は※[階段の図]隨分廣し。舞臺は前へ突き出|場《原》してゐる。登場、下場の二口あり。芝居の後ろへ牛島君が出ていや女郎屋だと云つて却《原》つてくる。煉瓦の低い長屋の如きもの横斷面が徃來に面してゐる。其長屋の兩方の間を這入ると左右が房になつてゐる。其中の一人がまあ御掛けなさいと云つた。夫から本當の女郎町を見る。町の入口は《原》並んでゐる家は大抵前と同然也。這入つて左の門を這入ると。右に房が三つある一番は幕が低れてゐる。二番には女が三人寐てゐた。其眞中の一人は美くしかつた。小さい足を前へ出して半分倚りかゝつてゐた。其隣の室から絃歌の聲が出る。覗いて見た時に恐くなつた。正面に table があつて、其右に眞黒な大きな顔の支那人が一生懸命を《原》聲を出して拍子木の樣なものを左へ持ち右に噬《原》竹の樣なものを一本持つて table をたゝく。table の前に十四五の女が立つて歌つてゐる。盲目だか何〔だか〕異樣の面をした奴が懸命に胡弓を摺つてゐた。table の左方には女が三人並んでゐた。其部屋の前の部屋では眞中に卓を置いて汚い丼を置いて二三人食つてゐる。何事か分らず。
 先刻から腹痛十二時半に杉原氏へ行く約束があるのを斷はる。宿へ歸つて寐る。三時頃杉原氏橋本と來る。約束故支度をして倶樂部へ行つて演|話《原》をする。くらぶ軍政時代に造りたるもの比較的立派なり。約一時間の後宿に歸りて又寐る。橋本五時過歸る。すぐ立つ。杉原、天春、領事代理送らる。清林館は甚だ叮嚀親切にて設備の行き屆きたる宿也。夜九時湯崗子着。氣分惡く仕方なし。寂寞たる原野のうちに一點の燈光を認む。是が金湯ホテルである。
 虫聲喞々の間を行く。着。西洋館なり。裸かの床の上を行く廣間に椅子がある。bar の如き茶や何かを作る處がある。夫を通り越すと左右が部屋である。部屋は一尺許り高い其處へ草履を脱いであがる。余等の部屋は二室より成る。一室には絨|氈※[左右逆]《原》、table ソファー、椅ありて、floor と同じ高さなり。一部は一尺許かりの楷《原》段ありて夫れを上ると疊が敷いてある。壁は白く所々汚れたり。夜具眞紅の支那緞子。湯に入る提灯をつけて下女が案内をする。暗い中を一町程行くと別館が|あ《原》つある。湯壺は三つある。段を二三尺下りて石でたゝき上げたるもの少し熟し。心持あしき故飯を食はず葛湯を飲んで寐る。便通大いに心地よし。〔十八日〕朝。千山行を見合せて靜養す。橋本以下騾馬を驅り行く。馬驚ろいて乘せず。目隱しをする。漸くのる。鐵砲を肩にさげた支那人が二人立つて見てゐる。滿目蕭々遠い山と近き岡を除いては高粱の渺々として連なるのみしかも宿の周圍は一面の平野なり。三頭の馬を《原》此平野のうちを行くうちに段々高粱の間に隱れた。銃を持つた支那人もまた高粱の間に隱れた。宿のもの曰く乘るときと下りる時は屹度目を隱すがいゝ。危險だからと。
 池あり。湯也。此邊に水なし。池の湯に魚あり。奇妙な所なり。
 ゆるい草山に馬が點々ゐる。靜。室の周圍に虫の聲夥し。
 午飯より四時頃迄室中閑坐靜甚し。入浴。晩餐に鷄のすき燒を命ず。夜に入る。下女報じて曰く今支那人を提灯をつけて迎に出しました。少時又來り報じて曰く灯が見えます。屋根に出て見ると星の如き光が暗い中に搖れて來た。八時頃橋本等歸る。
 
 十九日〔日〕 快晴。八時半起床。入浴。甚だ愉快。十一時發奉天に向ふ。草山の頂より岩ザク/\出づるあり。高粱百里皆色づく。所々に矮樹あり。豆畠漸く繁し。
 (昨日の話。染付模樣をきた海老茶の袴をはいた履を穿いた女がやつてきた。ちと入らつしやい、私だけですからと云ふ聲が聞えた。窓をあけたら曠野の中を黒い影が見えた。何處へ行くにや)
 三時奉天着。滿鐵の附屬地に赤|練《原》瓦の構造所々に見ゆ。立派なれども未だ點々の感を免かれず。※[さんずい+審]陽舘の馬車にて行くに電鐵の軌道を通る。道廣けれど塵挨甚し。左右は茫々たり。漸くにして町に入る。(其前にラマ塔を見る。)※[さんずい+審]陽舘迄二十分かゝる。電話にて佐藤肋骨の都合を聞き合す。よろしと云ふ。直ちに行く。城門を入る。大なるものなり。十五分許にして滿鐵公所に着。門は純然たる日本式次の門は純支那式。三和土の土《原》を直眞に行くと正房右は《原》廂房は洋式。左の廂房は支那式は《原》正房のすぐ左りは純日本式也。應接問にて暫時滞留。堀三之助氏に逢ふ。晩食の招待あり。旅宿に歸りて入浴直ちに再赴。七時半。玉突場にて島竹次郎氏に逢ふ。橋本と島氏と玉を突く。食堂にて正餐の饗應あり。應接間にて俳句やら俳人やらの談話あり。十時辭して歸る。
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 〔二十日〕北陵。獅の首、龜の甲、高さ四|首《原》、五尺。脊に石碑あり。幅六尺厚二尺。隆恩門。アーチ。其上三層。アーチの上厚壁。四方共壁厚さ二丈五尺位。四隅に樓閣あり。正面に殿。左右にも殿。屋根の瓦藥付、茶。玉子色。赤。紅。下は總石。正面の石階左右は段々中央は龍刻大官は其上を通る。隆恩殿。欄干。それに菊生ゆ。
 昭陵。太宗文皇帝の陵。滿洲。蒙古。彫石。着色。剥落
 石壁の上幅二間半。昭陵の後ろ※[かまぼこ型の図]形。傳つて歩すべし。長さ百六十歩。
 三層閣に上る。鳩の糞。下に屋根の野菊を見る。砲彈の迹
 正門の前の左に元の儘の場所あり剥落 殆んど粉色を認めがたし。屋根に茨松生ず。
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 昨夜肋骨蒙古人の家をとく。パノラマの上に傘を伏せたるもの。柳の枝を編みて上にフエルトを蔽ひ。ひもを引けばフエルトが明いて烟が出る。五徳の長いものゝなかに馬糞をつめて焚く。蒙古人の馬を御する事。アブミの上に立つて馬を走らす。車を驅る方法。馬を換える方法。
 角田氏の農事試驗場の話。土地乾き、有機物少なく。春風吹きすさみて駄目。
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 午後二時より宮殿拜觀。寶物拜觀。眞珠で龍の鱗をつゞりたる衣服。ダイヤモンドの束の刀。玉の束に珊瑚の珠のぶら下がりたる刀。眞珠入りの甲。金の玉璽。車のついた花瓶等。
 次に芝居を看る。左右の入口に入相出將とかいて中央に錦爛の幕を張る。六七人卓を圍む。外國人日本人の婦人等。琵琶をひき歌をうたふ。
 
 二十一日〔火〕 昨夜和田維四郎一行七八人着隨分な話で持ち切る。騷擾。朝五時眠い所を起さる。六時撫順に向け出發。九時二十分着。家屋所々に建設中。芝居。病院。學校。其他悉く錬《原》瓦にて且つ立派なる建築也。
 大山坑七百六十尺。九百尺(徑二十一尺) Gastworks 發電所2200v.二。water‐works。タンク。錬瓦製造。一昨年四月より。一年は殆んど建築。
 錬瓦の構造殆んど畫 variety ありて皆風雅也。太田技師の設計にかゝる。
 石炭は夏は營口。冬は大連然し冬は大連も豆が大事也。故に港の必用を感ず。多くの石炭貯藏するのは大變也。
 五時の汽車で八時頃奉天着。支那人の食堂にて夕食。露西亜人多し。博|堵《原》をやつてゐる奴あり。寢台車に入る。足りるとか足りぬとかにて大騷ぎなり。ボイがまぐれ當りに下列の向き合つたのを二つ見出してくれる。カーテンを立て切ると暑い。〔二十二日〕寐てゐると、四時ですと云つて起しにくる。顔を洗ふ。汽車とまる。向ふ側に露西亞の列車が待つてゐる。又部屋があるとかないとかで大混雜なり。長春の驛長が部屋を取つて置いてくれる。(和田維四郎一行と余等の爲に三室つゞき。一等は二三人宛別々なり)驛長切符を買つてくれる。停車場内の兩換屋曰く露西亞の奴は用心せぬと危險だ。針金で首をしめて連れて行く。此年の四月兩換をしまつて歸る時七八人にやられて斬られた。
 プラツトフオームにて英人が部屋がないとて怒鳴つてゐる。That is all right。This is abominaable 何とか云ふてゐる。
 生僧の北京からの連絡日にて乘客雜沓せり。
 長春左程寒からず。二十二日也。
 九時二十分停留の停車場につく。稍寒の感あり。飲食店に入れば旅客爭つて物を食ふ。ソツプを皿に注いで自分で食つてゐる奴あり。
 十時過松花口江を通る。大砲を備ふ。渡江沿岸沮洳の地、風光好。
 露助の油揚のパンを食ふ。中に米の入りたるものと、肉の入りたるものと、カベツの入りたるものとの三種あり。
 汽車中よりハルビンを望む。洋屋層々として規模宏壯に見ゆ。停車場につく。夏秋氏。長春の藤井氏の斡旋にて東洋舘につく。つまらぬ宿也。夏秋氏來りて紹介を受く。馬車にて市中を見物せんとするに夏秋氏序に案内せんと云ふ。市街を通りて大きな店に入る二階にて外套を買ふ。二十二圓なり。腕の長さを詰め脊を少し直す。一時間の後旅宿へ屆ける約束す。夫から公園に行く。奥に芝居をやり、舞踏をやり。酒を呑む場所あり。いづれも粗末なものなり。夫から松花江の石橋を見る。日露戰爭の時之を破壞せんとして成らざりしものといふ。長い橋也。夫から支那人の市街を見る。日本人の飲食〔店〕あり。
 露助が赤い衣服を着て御者になる。馬は必ず二頭。
 新市街は大分立派な家がぽつ/\す。歸ると外套が着。自分の裏にはスペリオーテイローメードとある。橋本には千八百六十七年十月とある。大笑ひ
 相談の末翌朝立つ事に決す。
 
 二十三日〔木〕 厠に行かんとて厨に出づ冷氣也。朝の内新市荷を見んとて馬車に乘る。日滿商會にて夏秋氏に禮を云ふ。東清錢道本社及び附屬商業學校及び參謀本部、日本領事館(持主は戰爭の時通譯で儲けて露西亞人三人、支那人二人の妾を置くといふ)。霹西亜士官の住宅。遙かに舊ハルピンを望む。停車場着。九時發。今夜六時長春着の筈。
 (露助の子供學校へ行く)
 滿洲の黄土。中央亞細亞より風が吹き來る。深き處は八百尺。潦河の水……渤海灣は五萬年の後埋る。
 香に句へうに堀る山の梅の花。五平太 300年以前
     ――――――――――
 逸見の博奕取締り。
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 薄暮長春着。和田氏の御一行は大和ホテル。ホテル手狹の由につき三義旅館に行く。道に同行者の車を見失ふ。支那車夫無暗に走る。ある橋の處へ行つて車を停めて何か云ふ。何にも分らず。事を引き返して來る。日本人に逢ふ。旅館の在所を確めて行くに宿のものゝ尋ねて來るに逢ふ。
 宿屋の案内で横町の湯屋へ行く。大坂式なり。日本人が這入つてゐる。内地へ歸つた心持也。按摩が笛を吹いて通る。
 旅館で畫の展覽會を開いてゐる。ある畫工が旅稼ぎに來き《原》ものらし。御かみさんが來て芝居がありますから行つて御覽なさいませんかといふ。長春の景氣がわかりますといふ。
 
 二十四日〔金〕 快心の天氣。朝湯に入る。大重氏至る。藤井氏至る。兩氏の案内にて博奕場を見る。十二三ケ所あり。大きな家のなかに幾ケ所もある奴が一ケ所ある。八釜しき事限りなし。歩して北門より城内に入る。隨分大きな家あり。道普請にて汚なき事夥し。墓地を發堀して餘所に移しつゝあり。大きな棺を七八人で荷つて行く。
 芝居小屋二萬五千圓。道具立三千圓。華實病院。(逸見の仕事)
 電話滿鐵より都督府に讓る。
 電氣は滿鐵營業。(來年二一月頃)小學校(滿鐵事業)。病院も都督府に讓り渡す。
 宿の神さんが何〔か〕かいてくれと云ふ。どこから聞いたものか。二帖に一つ宛と云ふ夫婦分れをした時の用心といふ。
  黍行けば黍の向ふに入る日かな
  草盡きて松に入りけり秋の風
 午後八時昌圖で晩食。午前一時過奉天着宿屋迄は一里程ある。馬車にて支那人の鞭の音をきく。
  鞭鳴らす頭の上や星月夜
 
 翌日二十五日〔土〕 和田氏の一行先づ在り。未だ安東縣に向つて出發せず。大將玄關で髪結屋を呼んで髪を刈つてゐる。
 朝の内勘定をする。午領事館に至り小池領事に逢ふ。公所に至り佐藤君に逢つて金を百圓借る。犬塚理事と其妹に逢ふ。歸舘。犬塚理事。島技師至る。大坂朝日新聞通信員至る。
 外出筆と墨壺を買ふ。七圓に三圓二十錢也。宿で支那人から絽を買ふ。三十一圓を二十九圓に負ける。日本の金で二十一二圓位のものなり。
 
 二十六日〔日〕 朝七時過安奉線に向つて出發。便《原》輕鐵道にて非常の混雜名状すべからず。大變な窮屈な所にて我慢す。どうする事も出來ず。しばらくして驛夫來りて別に席を拵らへるといふ。今度は非常にゆつくりす。
 再び渾河を渡る。其前沼澤沮洳の地に葭蒹茂るを見る。牛馬點々たり
 宿で葡萄をくれる。サンドヰツチの午飯。水二本。サイダ六本
 石橋子より道漸く山に入る。山に樹あり。迂回大嶺を上る。トンネルの南側より道を作りつゝあり。山上に天幕を張つてクーリー蠅の如く休息す。始めて清流を見る。雲山角にあらはる。山角が一寸陰になつてゐる。
 火連塞着。
 本溪湖。溪流あり。
 孟家堡
 橋頭にてとまる。孟家堡に置いて來た半分の列車を引きに返る爲也。橋頭にて山を下る。四面皆山。
 橋頭南攻の間山水の景色佳。水の色藍の如し。或は洋々として靜なり。山斧で襞を横にへずりたるが如し。松あれども奇態なし。牛馬所々。鷄頭を澤山畠に植ゑたり。※[者/火]て食ふよし。
 八時過小河口に着。日新舘に宿る。湯に入る。普請中にて星を望むぺし。山間の小驛也。客室皆塞がる。
 
 二十七日〔月〕 快晴七時半の汽車に乘る。寐ながら山を見る。山に日が當る。さうして木が光る。宿の四方皆草木ありて不愉快なる砂土見えず。鷄鳴を聞く
 草河口より遠通堡に至るの間。山の木、形、畠の具合日本に似たり。
  粟を刈る饅頭笠や 《原》
 鷄冠山に來り。休息。午飯。うどん御手輕酒さかな等の暖簾あり
 二時四十分鳳凰城着。三等列車一台買切の支那人の一家族下る。
 五龍背に温泉あり。伊藤幸次郎氏下る。温泉場は汽車からよく見える。清楚なり。
 七時半安東縣につく。月の夜に鴨緑江を見る。狹いと思つたら廣い所は二哩ある由。車を驅りて玄陽舘に赴く。車上通る所悉く日本市街なり。是には意外の感あり。滿洲はまだ是程に發展せず。其代り家屋は皆日本流なり。
 鍋燒饂飩が通る。
 堀三之助氏に逢ふ。パスの事に就て聞き合せてくれる。
 
 翌朝《二十八日》安東縣派出所主任天谷操氏來訪昨日迄滯在の處用事にて鎭南浦へ直行せりとて名刺を渡す。舊義洲へ行くなら案内をするといふ。午後の汽車で出發平壤にて多少ゆつくりする事にする。パスは上等の二週間通用のをくれるが汽車が中等しかないと云ふ。
 車を馳つて絹紬を買ひに出る。今日盆だから休みだといふ。出て見ると果して大概は休んでゐる。東益増遠といふ所で絹紬を二疋買ふ。十四圓。五圓。外に支那繻子。四尺三圓六十錢を買ふ。關帝の廟に上りて鴨緑江を望み納骨堂に賽錢を上げて歸る。滿鐵の官舍丈歐洲式にて他は日本式。洋館迄然り。日本人の建物は粗末にて大抵トタン葺なり。人家は年々殖える。日清戰爭のときは殆んど人家なかりし由。
 始めて日本人の車に乘る。車も清潔にてクツシヨンあり毛の厚い膝掛あり。其代り馬車なし。
 十一時半午飯。小蒸流で鴨線江を渡る。渡頭の待合所に小城の通知なりとて新義洲の驛長出迎へらる。天谷氏も送つて舟に乘る。堀氏に渡頭で別る。對岸檢疫を受けて驛長室にて休憩。橋本氏のパス面倒にて渡らず遂に平壤迄を買ふ。余は小城よりあらかじめ長官に依頼したる事とて且新聞記者たるの故に上等のパスをもらふ。然し列車には上等なし。中等が一室あり。皮の椅子にて comfortable ナリ。室中只二人。天谷氏は十二時の※[さんずい+氣]車にて奉天方面へ向け引き返す
 一度朝鮮に入れば人悉く白し
 水青くして平なり。赤土と青松の小きを見る。
  なしかしき土の臭や松の秋。
 蓼の莖赤し
 頗る暑し。フラネルを脱ぎたくなる。朝鮮人の子供が緋の袴をはいて遠くを行く裾開いて西洋婦人の袴の如し
 豚、山羊、馬のむれなくなりて。牛のみになる。それも單獨にぽつ/\見ゆ。
 滿洲の如く支那人を使ふ人なし。朝鮮人の使役せらるゝもの一人も見受けず。
 始めて稻田を見る。安東縣の米は朝鮮米なり純白にて肥後米に似たり。
 肴にかれいと鯛あり。いづれも旨かつた。
 六時七分前定州につく。眞丸の赤い月が山の上に出る
 九時が來ても十時が來ても平壤につかず。やがて十一時過に漸く着。小城が書生を連れて迎に來てくれる。柳屋の提灯をつけた男が電報で御座いますが、生憎部屋が塞がつてゐますのでと云ふ。旅館は三軒程しかなくつて中村製織所長官やら和田維四郎の一行やらでいゝ部屋はないのだといふ。ので小城は鐵道旅舘といふのに連れて行くと云ふ。是は旅館の拂底な爲め鐵道に關係あるものゝ宿泊する所として鐵道官舍構内に設けたるものといふ。廣い原の中を構内に這入る官舍が二行程ある。其左側のはづれが旅館である。ボイ一人、朝鮮人一人、至極ノンキで閑靜なものなり。小城と話してゐるうちに十二時になる。入浴、飯を濟ましたら十二時過であつた。
 昨日ある驛で車掌が平壤の運輸課から電話でもし宿舍の都合がつかないなら其手數をすると云つて來たので、もし柳屋がいけない樣だつたら御願しますと頼んで置いた。
 
 二十九日〔水〕 快晴。旅館の周圍は白菜やら花畑やらカボチややら植ゑてあるがまだ新らしいので趣が乏しい。板塀の外は茫々たる原で此所は近來人に借すさうだが一向借り手がない。其向が徃來で人車鐵道の樣なものが通る。
 朝食のときボイ曰く此邊では朝鮮語を習ふ譯に行きません。朝鮮人の方で日本語を使ひますからと。日清戰爭のときと日露戰爭のとき通譯の必要から起る也。
 朝九時過小城の案内にて鐵道構内を一覽。苗圃。栗。アカシヤ。銀杏。落葉松。等なり。年々の經費二千圓といふ。是より所々の停車場に植付ける由。
 工夫の家清潔にて comfortable ナリ。局員集會所。玉突三台。日本間床つき十五疊程。別に夜學をやる所あり。夫の一端に舞台を作り講談をなす。其次に絨|氈《原》を敷きピやノとオルガンを具ふ。小城の官舍に行く徐念淳の※[さんずい+貝]水賦を看る。長さ一丈幅一尺五寸餘。字体秀麗名筆なり。寧邊の孔子廟にある木版十枚朱子の字と云ふのを貰ふ。謹嚴方直の字也。
 食事。鶏の丸燒。奥。通子さん。
 箕子廟を去る一二丁の松山のなかで慟哭してゐた。
 三時大同門に上る。大同江を望む。腰に天秤を結ひつけて水を負ふ。
 萬壽山の松。乙密台の眺望 石垣に蔦。垣半ば崩る。角樓廢頽。
 白帽の人樓上にあり。
 玄武門。
 牡丹台。箕子廟。を見て(鵲しきりに飛ぶ。松の中)永明寺に下る。浮碧樓に憩ふ。樓下より渚に下り登船直ちに纜を解く。絶壁を削りて大朱字を刻す。清流拜といふのが見えた。
 遠く斜陽を受けたる州の向の山が烟る。白帆一つ光る。
 絶壁の下朱字を刻する所に日本の職〔人〕三人喧嘩をしてゐる。一人は半袖のメリヤスに腹掛屈竟の男一人は三尺に肌脱の体共に大坂辯なり。何時迄立つても埒あかず。風雅なる朝鮮人冠を着けて手を引いて其下を通る。實に矛盾の極なり。船を上つて新市街の遊廓を過ぎ繪端書を買ふ。て歸る。正七時なり。
 晩に入浴。小城の御孃さんと坊ちやんが遊びにくる。飯を食つてゐると平壤日報社の社主白川正治氏がくる。此人は支那や朝鮮通で所々方々にゐた事がある。沖横川抔の一類ださうだ。戰爭の始まらない前既に安東縣より北の方に進んでゐたさうだ。此人が色々な額やら古版やらを尋ね出しては小城にやるので小城がそれをあつめてゐるのであるといふ事が分つた。
 酒巖の話を聞いた。
 晩に電話が鎭南浦からかゝる。余にやつて來いと云ふ。まあ御免蒙りたいと云ふと是非必要があるといふ事である。小城の奥さんと二三回ちりん/\の交換をやる。結局來て仕舞ふ
 
 三十日〔木〕 五時頃小便に起きる。ポプラーの上に丸い月が出る。又寐る。橋本は八時發で立つと云ふので起き出した。鎭南浦から又電話がかゝる。とう/\十一時半大同江を通ふ蒸汽で行く事になる。
 朝小城にたのまれた。春潮といふ人の畫に句を題す。
  負ふ草に夕立早く逼るなり
 二時五十分平壌發。出立前宮崎氏に乞はれて一貫とか至誠とか云ふ字をかく不敵なものなり。大漢孤烟直長河落日圓の十字もかいた。負ふ草にを小城の細君の所へ持つて行つて暇乞をする。且つ鎭南浦へ行かなかつた御詫をする。停車場に之く。和田さんの一行の澤口氏に逢ふ。逢つたり離れたりするなと云つて笑ふ。汽車が着く。犬塚理事が降りてくる。妹さんも下りてくる。やあと云ふ。妹さんがよく御目にかゝりますと云ふ。肋骨が下りてくる。やあと云ふ。手を出す。もう逢ふまい。と云ふ。汽車へ乘る。驛夫が中等汽車へ荷物を積み込む。上等とつゞいてしきりなきのみか、上等は一部屋毎に區切りたれば特別室と思ひ中等に濟まし込んで居る。見送りの宮崎先生亦泰然たるものであつた。新聞の白川君が三隱のうちの牧隱先生の祈願所にある三十佛の一だと云つて金佛を送らる。しばらくして今日は中等は込むねといふ。此所が中等か、それなら向へ移つてもいゝと云つたら案内の宮崎先生黙つてゐる。何故荷物を此所へ入れたのかと聞くと、中等だらうと云ふ事でと云はる。恐れ入つたもの也。黄州で上等に移る。十時過龍山着。稻垣だと云つて這入つてくる。遠藤横田二君も來る。コレラで大變だよと云ふ。
 京城着。卓で天津旅館へ行く。道路よし。純粹の日本の開化なり。旅館も純日本式也。
 角の十二疊にて心よし
 十一時故すぐ寐る。
 譯《原》より電話かゝる。驛長室で御休息云々。
 萬年筆の墨切れる。
 龍山の手前で眼がさめると草の中に灯が點いてゐた。よく見ると朝鮮人の屋根であつた。
 
 九《原》月一日〔金〕 朝鈴木穆來る。菊池武一來る。色々親切に世話をやいてくれる。大阪朝日の山本光三氏來訪。裏の南山に上る。一時歸る。――南山の松、統監府、眺望北漢山。歸途セウルプレスに山縣氏を訪ふ。午飯の爲め歸りたる由にて不在。本町通りを通りて歸る。山本氏に別る。古道具屋をひやかしたら硯の價値を聞いたら十二圓と云つたのでやめにした。
 宿に竹があつた。滿韓を旅行して始めて竹を見る。
 午飯後又町を散歩。髪を刈る。朝鮮人がえんやらやと云つて道をならしてゐる。あれは朝鮮人の掛聲かと聞いたら左樣ですと答へた。本町通りと云ふ所を通る。巡査に右へ右へと云つて叱られた。唐物屋へ行つて革鞄と(二十六圓)香水(六圓五十錢)贈りもの及び襟半ダースを買ふ。鈴木に電話をかける。曰く三十分の後來て飯を食つてくれ。山縣五十雄電話にて今夜行つてもよいかときくから不在と斷わる。
 車に乘つて鈴木穆方へ赴く坂出君に逢ふ。晩餐。橋本より電話十時二十分で立つ由申し來る。車にて停車場に行く。伊藤幸次郎氏亦釜山に赴く偶然相會す。
 鈴木より寫眞帖をもらふ。天皇陛下に獻上したるものゝ由。穆氏明日新築の官舍に引き移る由。夜にて分明ならざれど立派なる建築なり。
 朝家にカワリナキカと云ふ電報をかける。午後外より歸ればミナカワリナシゴブジカイツカヘルとの返電あり。山本氏より椋十釜山に着の旨をきく。着京のときは知らせてくれと頼んで別る。
 
 九《原》月二日〔土〕 十二時二十分の汽車で仁川に之く 稻垣、遠藤二氏龍山より同車案内の勞を取る。仁川は京城より調へる日本町あり。去れどもさびれて人通り少なし。大神宮より月尾島と小月尾島を望み。ワリやツクの沈没せる所を見る。遠淺にて一里餘も歩して渡るべし。二人砂上を行く影す。壯士芝居の一行車にて自己を廣告してあるく。四つ角にて大聲をあげる。口上を述ぶ。女人あり。よく見ると三等列車にて來れる一團隊なり。
 仁川倶樂部の三階に登り夕食。夫から石段をいくつも上り山の脊に出づそれを下りて停車場に至る。惠登津にて下車こゝにて釜山より來る汽車を待ち合はす。中に玄耳先生あるを途中に迎へんが爲なり。四十分ばかり待つ。稻垣氏樣子が分るまいとて一所に下りてくれる。
 車中にて玄耳に逢ひ京城に下る。旅館に歸り入浴。矢野義次郎至る。久し振にて葡萄酒を飲む。明日開城を案内せんとて歸る。
 
 十月三日〔日〕 晴。七時起矢野の來るを待つ。大將は四五日休暇を取つても案内せんと云ふ。九時十分發。唐芋が山に干してある。松。墓墳佛の頭の如し。誰のやら分らず。稻田。
 十一時過開城着。※[草がんむり/參]政課の人出迎ふ。關野氏もこゝを見に來て廟に行く《原》つた由。※[草がんむり/參]政課の家に入つて憩ふ。
 ※[草がんむり/參]政課の……
 勘定所。洗場。蒸場。乾場。苗場、南をきらふ。
 兩|斑《原》の孔徳聖を訪ひ内房を見る。水鉢の大なるもの。箪笥。
 滿月台。高麗朝の宮殿。松嶽山。(半月の城壁) 天文台。石柱。ばかり。遙かの岩の上に布を晒らす曝《原》ある由。礎は都府樓と同じ。
 
 十月四日〔月〕。鐘路の鐘を見る。普信閣(もと興福寺の境内也)
 六物店。二階建をゆるす
 景福宮。大院宮の建物。光化門。蔦。靜なものなり。陶山氏通譯。
 勸農齋と云ふ董其昌の額ある所に出づ。清楚可喜。後ろに白嶽を望む。
 午後尚徳宮に之く。内閣と名のつく妙な所を通る。左に折れて秘苑を見る。山あり、谷あり、松あり。細き流れあり。生れてより以來未だ斯の如き庭園を見たる事なし。
 歸りに博物館を見る。高麗燒が澤山ならんでゐる。札には皆大凡七百年前のものと書いてある。大抵開城の墳より掘り出したるものゝ由。
 其外に畫を陳列せる所あり。畫には中々面白いものあり。二棟なり。離れて陶器、漆器、石器等を陳列せる所あり。金佛も十敷あり。
 歸りに菊池武一君の招待にて倶樂部にて會食。久水三郎氏亦列席。久水氏は世界を殆んど歩ける人なり。何とか云ふ所で日本の淫賣婦十名餘の家に至りて歡迎を受けたる由の話あり。シンガポアにて千圓の貯蓄を奨勵せる事。それから日露戰爭中亞米利加の賤しき女共の寄附金をする話。日本人ばかりを客にする外國人。外國人丈を相手にする外國人の話あり。
 
 十月五日〔火〕 關帝廟。
 閔妃墓 澁川、○○、陶山、矢野、道路担、稻田みのる。楊柳村、村の松、道白し。忽ちポプラー 白壁。横を廻ると一面の芝原。中に二の堂。みす。後ろの陵土饅頭の二重。御影の玉垣。左右と後ろの松山。
 ※[毒/縣]島《トクソン》。園藝模範所。クジメ技師。亞米利加葡〔萄〕、歐洲葡萄、混血兒 地から生る葡萄、地から生る梨。三年位で百なる由。牛《原》蒡。葱。茄子の大きさ。鷄頭をもらふ。
 外で行厨を開く。裏に出て漢江を見る。四時過模範所を出る。西風強くして漢江を下る能はず
 陶山さんが大院君の別莊と石《原*》坡亭へつれて行くといふ。
 夜花月といふ料理屋に招かる。新聞記者の主唱にかゝる宴會なり。他の四五名亦來り會す。惣勢凡て五十名程韓人亦三名程あり。山縣五十雄に逢ふ。隈本繁吉にも逢ふ。絹を毛氈の上にのべて字を乞ふ騷ぎとなる。是非書か|ゝ《原》なければならないならば宿へ屆けてくれと云ふといや是非此所でなければならないさうでと云ふ
 隈本氏傍にありて苦笑して曰く度し難いなと。好い加減に御免蒙つて山縣を引張つて宿へ歸る。久し振だから話さうと云ふ。隈本、矢野後れて至る。岡崎遠光亦至る。遠光と五十雄と冗談をいふ。矢野の曰く從來此所で成功したものは贋造白銅、泥棒と○○なり。其例をあぐ。期限をきつて金を貸して期日に返濟すると留守を使つて朋日抵當をとり上げる。千圓の手附に千圓の証文を書かして訴訟する。自分の宅地を無暗に増して繩張をひろくする。
 余韓人は氣の毒なりといふ。山縣賛成。隈本も賛成。やがて歸る。
 六日〔水〕朝。例の如く陶山さん來る。車で龍山に之く軍司令長官の官舍を見る大したものにあらず。然し他と比例を失して大壯なり。印刷局に至り製紙室。圖案室。活字室。寫眞室等を見る。
 朝鮮人百名以上日本人二百名程を使用する由。子供のときは甚だ可なれども年をとると(結婚するとすぐ馬鹿になる)。裏の山の巓に亭あり。そこで所長と高木事務官と午餐の饗應あり。パン。ジヤム。サーヂン。茶ヰスキーなり。漢江を眼下に見て眺望佳なり。
 引き返して太平町の郵便局に淺井榮煕を訪ふ。先生三等郵便局の主人たり。膝を容るゝとは正に是なり。余と陶山さんと這入つたらあとは何うする事も出來ない。淺井さん大いに喜こぶ。其顔を見たのが甚だ愉快であつた。
 宿に歸ると矢野が先刻から待つてゐた。三人で石坡亭に行く。景福宮の左の横を拔けて北漢山の路を上る。坂にて車を棄つ。路は砂ばかり奇麗なり。空は拭ふ如し 左右は石山に松あり。北門に出づ。門を出でて回顧すればアーチの中に山の巓と石と松と空がうつる。夫から道は細くなる。洗劍亭に至る。河邊の亭なり。河は石のみ。三地庵に至る。大きな大理石を斷面にして佛像を彫刻す。向の山から岩を缺いて石を切り出してゐる。又固の路に引き返す。石坡亭に入る。大院君の別|野《原》のよし。宮島の紅葉に水のない位な所也。
 夜山縣を晩餐に呼ぶ俳人牛人來る。短冊に句を乞ふ。東洋專門學校の生徒二名來り講話を依頼。謝絶。
 
 七日〔木〕。例により快晴。宿に二階に余一人。下に一人となる。靜。今日別段の日程なし。氣樂。
  高麗人の冠を吹くや秋の風
     韓人は白し
  秋の山に逢ふや白衣の人にのみ
  松の映る〔以下抹消シアリ〕
 學部の小泉なにがしに依頼されたる扇子を三本かく。午から出て行く。ぶら/\歩行く。鈴木方に至る。歸つて勘定をする。宿料其他凡てゞ五十圓近くなる。茶代二十圓と下女に十圓やる。矢野の家に至る。松山の下に一部落をかたちづくる。町で高麗燒の水指の樣なものを見る。見やげに買つて行かうと思つて聞いたらもう賣れたと云ふ。いくらで賣れたのかと聞いたら四十五圓だといふ。驚ろくべし。歸り際にすぐ鈴木の家に至り一二泊して立つ事にする。入浴。喫飯。十二時過寐る。
 
 八日〔金〕 例により快晴。鈴木と奥さんが鐘路で朝鮮人の勸工場を見せてくれる。午飯後※[エに濁點]ランダに出て椅子による。砂土の上に菊の花壇を作つてゐる。藤棚を作るんだと云つて丸太を燒いてゐる それから會といふ會の人來りから歌を作つてくれといふ。
 夜謠をうたふ。
 
 九日〔土〕 朝 始めて曇 野上、野村、宅へ繪端書を出す。稍曇。學校參觀を勸めらる。
 野上への端書に
  秋晴や峯の上なる一つ松
 學部の隈|元《原》繁吉君に電話をかけて學校參觀の事を依頼す。生憎女學校は休みなりとて師範學校を見に行く。日本語で代數を教へてゐる。(三年生)、通譯つきで地理を教へてゐる。(一年生)。漢文を教へてゐる。御經の通りなり。習字を教へてゐる。歐陽詢を支那人の模したるものなり。字旨し。速成科では日本の讀本を讀んでゐた。惣敷三百名なれど現在は二百名餘。腹痛歸る。
 長椅子の上に横はる。一時半頃穆さんと鈴子さんと一所に飯を食ふ。釋尾春荐氏來る。
 朝鮮の坊主。高麗朝の弊害に懲りて李朝の壓迫。上流社會は佛を信仰するを以て恥辱とす。其代り巫女殿。夫婦でやる。舞壇に出でゝ妻舞ひ夫はやす。平生は市井に住す。
 大いなる寺には五百名乃至三百名の僧あり。耕織、大工、其他悉く自家の手にてやる。惡漢少し。
 百に一位超然たる文字ある僧あり。維持は寄進の田地等なり。
     ――――――――――
 朝鮮人を苦しめて金持となりたると同時に朝鮮人からだまされたものあり。
     ――――――――――
 晩に入浴始めて雨を聽く。好き心地なり。大連を出て始めての雨聲也。夜主人と十二時頃迄談ず。明くれば一天拭ふが如し。南山の松霞んで見ゆ。鈴子さんが春の樣でせうといふ。
 
 十日〔日〕 主人新聞記者其他を招待して開城の人蔘製造を一覽せしむるとて出て行く。
 坂出さんが來る。話をしてゐるうちに正春さんが轉んで錬《原》瓦で額を切る。下女がいときり草の油を塗つて繃帶をする。坂出さんがドクトル和田に電話をかけてくれる。下女が車でつれて出る。電話で大した事なき旨の返事あり。
 喫飯後坂出さんと話す。四時過南山に上る。松及び谷驚ろくべくよき所あり。歸る。鈴子さんに誘はれて荒井賢さんの庭を見に行く。
     ――――――――――
 それから會の爲にから歌三首を作る。
  高麗百濟新羅の國を我行けば
       我行く方に秋の白雲
  肌寒くなりまさる夜の窓の外に
       雨をあざむくぽぷらあの音
  草繁き宮居の迹を一人行けば
       礎を吹く高麗の秋風
 夜穆さん歸る高麗百濟の歌を見て要領を得ない歌だなといふ。晩に主人の發議で十三日に立つ事にする。
 
 十一日〔月〕 七時起顔を洗つて裏の山へ登る。弘法大師があつて提灯に米子、小勇抔とかいてある。奉納の手拭が樅の小木につるしてあつた。南山の松が靄につゝまれて鼠のうちに蒼味を味《原》びてゐたのが晴れて來た。谷の底に小家があつて前は絶壁で、ハゼ紅葉が肩から乾いた茶色を色彩してゐる。上には松が縱横に見える。八時歸る。主人馬に乘つて出たぎりまだ歸らず
 十一時より十軒程挨拶にあるく。歸つてから龍山|錬《原》瓦製造所の朱泥の花瓶にコールターで字をかく。あまり墨をつけ過ぎたので五分程したら流れて來て失敗した。是に懲りて殘りは可成かすれ/\にやつた。それから會の河合さんが禮にくる。晩に師範學校の増戸校長と澁川山本兩氏來る。雜談。短冊數葉をかく。それから玄耳が平壤で日射病にかゝつた話をする。
 十時半奥さんに電氣を頼んで寐る。何時迄立つてもかん/\輝いてゐる。起きて消した。
 
 十二日〔火〕 朝市を見に行く。あれが明太魚ですと云ふ。刀の樣なこち/\したもの|も《原》とに穴を明けて柳の枝にさしてゐる。
 蛸の虫《原》が一寸幅の革の樣にぶら下がつてゐる。唐辛子の細末を賣つてゐる。胡桃。栗。銀杏。棗の干したの等がある。肉に蚊帳をかけて賣つてゐた。
 午後主人統監邸に出て行く。國枝技師、坂出技師來り語る。神田書記官亦至る。短冊をかゝせらる。
 
 十三日〔水〕 九時南大門發。鈴木夫婦、矢野、菊池、國枝、セウル記者の丶丶。通信記者宇津宮、隈本繁吉等。なり。車中にて三井の京城支店長に逢ふ。鈴木の紹介。基督青年會の大塚氏と夫から佐々木清丸に逢ふ。草梁で矢野事務官の案内を受く。井本靖憲氏亦迎へらる。すぐ船にのる。京城より東京迄通し切符四十一圓九十八錢也。
 
 十四日〔木〕 六時にボイが起しに來る。窓から島が見える。もう玄海は盡きたと見える。船がとまつたので、馬關着かと思つたら左樣ぢやない檢疫の爲だと云ふ。
 八時馬關着朝日の五十崎氏出迎へらる 發車九時半なり。一時間程連れて歩いてもらふ。春帆樓を遠くに望む。左右に長き町なり。
 車中大塚氏と談ず。京都にて落ち合ひ栂尾嵐山の紅葉を見やうと約束す。廣島で下りる。直ちに赤帽に荷物を長沼支店に放り込まして車で出る。車夫が詢々として口説き立てる頗るうるさい位也
 權現樣。
 饒津神社。公園。泉邸。此橋が何橋で此河が何河で、向ふに見えるのが水道であすこへ水をためて上へ吸ひ上げて何とかする。これが何とか聯隊で是が軍司令部で云々。
 歸りに大手町の井原君を訪ふ。先生ぼんやり出て來て夏目君と云ふ。小供が病氣でと云ふ。
 宿に歸る。宿は表から見ると支店とは云ひなが〔ら〕甚だ汚い。這入ると表二階の廣間に通した。果せるかなあまりよくない。額丈は立派である。二枚折の金屏風もある。戎《原》たんは怪しいものだ。九時半迄三時間餘ある。枕を借りて寐る。急行券の入らない汽車だと云ふ。では寢台を取つてくれと云ふ。下女が下がつて番頭が出て來て上等で御座いますかと云ふ。上等でなくつて寐台があるかと聞いたら、へえ畏りましたと云つて下りて行つた。
 
 十五日〔金〕 昨夜九時三十分廣島發寢台にて寐る。夜明方神戸着。大坂にて下車直ちに中の島のホテルに赴く。顔を洗ひ食堂に下る。ホテルの寢室の設備は大和ホテルに遠く及ばず。車を驅りで朝日社を訪ふ。素川置手紙をして東京にあり。天囚は鐵砲打に出で、社長は御影の別荘なり。天下茶屋迄車を飛ばして遊園地の長谷川如是閑を訪ふ。遊園地の《原》閑靜にて家々皆清楚なり。秋光澄徹頗る快意。如是閑遠藤といふ高等下宿を去つて近所に家を構ふ。去つて尋ぬるに不在待つ少らくにして歸る。二階で話をする。好い心地也。鳥居素川の留守宅で妻君に逢ふ。如是閑濱寺へ行かうといふ。行く。大きな松の濱があつて、一力の支店と云ふ馬鹿に大きな家がある。そこで飯を食ふ。マヅイ者を食はせる。其代り色々出して三圓何某といふ安い勘定なり。電車で歸る。難波の停車場から車を飛ばして大坂ホテルに入るともう六時であつた。六時四十四分の汽車にのる。如是閑と高原と金崎とがやつて來た。
 此汽車の惡さ加減と來たら格別のもので普通鐵道馬車の古いのに過ぎず。夫で一等の貸銀を取るんだから呆れたものなり。乘つてゐると何所かでぎし/\云ふ。金が鳴る樣な吾がする。暴風雨で戸ががたがたすると同じ聲がする。夫で無暗に動搖して無暗に遲い。
 三條小橋の萬屋へ行く。小さな汚ない部屋へ入れる。湯に入る。流しも來ず。御茶代を加減しやうと思ふ。(最中を三つ盆に入れて出す抔は滑稽也。しかも夫をすぐ引き込めて仕舞ふ。)此宿屋は可成人に金を使はせまいと工夫して出來上つたる宿屋也。金のあるときは宿るべからざる所也。
 
 十六日〔土〕 快晴。塩漬昆布の白湯を飲ませる。九時に二條にて大塚氏に逢ふ。嵯峨に下りて嵐山に向ふ。紅葉まだ早し。コレラの爲にや人に逢はず。大悲闇に登る。腹痛し。空を望み谷を臨み。木を觀て寐る。眼さむ。腹の痛やむ。台の下を豚の鳴く樣な聲がする。保津川を下る櫓の聲なり。渡月橋で車を雇ふ。一台一圓。高雄に行く。松山の峠を超ゆ御料地なり。夫から平坦の爪先上りを行く。清澄の空氣の中を日光が輝いて實に好い心持である。山は凡て青い。
 高雄に至り高雄川の橋を渡る。紅葉は殆んど色づかず。其代り遊人とては一人もなし。神護寺に登る。閑靜可喜。地藏院の所で突然婆さんが橡から旦那御茶を飲んで御行きやすもしと云ふ。猿股を穿いて齒を黒くしてゐる。寺に現はるべきものとも見えず。地藏院に憩ふ。表札に少僧都何某とあるから益婆さんと縁のない事が分る。新築の奇麗な坐敷で日が暑い程這入る床に含雪の雪《原》と雲照律師の書をかく。
 「和尚さんは御小僧はんと居やはりますが」今日は留守なので番をしてゐるのだと云ふ。小僧は修業で本堂の方で御經をあげてゐるのださうだ。
 八つ橋。豆ねぢ。塩煎餅を食ふ。橡の先は崖で谷の下に水が流れる。深い谷である。向ふは眞蒼な杉や松ばかり上に秋の空が見える。遠い山が後ろの方で霞んでゐる。歩して栂尾に至り石水院を見せてもらふ。天井が妙な凹形の琴の台を裏返した樣なもので拵らへてある。峠へ出て車で北野の天滿宮迄來る。松茸を擔ふ人ばかりに逢ふ。電車にのる。四條の襟善で半襟帶上を買ふ。十八圓程とられる。更紗を買はうとしたが女房が氣に食はんのでやめた。八時二十分の急行に乘る。土曜日なので上等滿員、寢台一つもなし。〔十七日〕沼津で夜が明ける。少しも寐られず。和田維四郎に逢ふ。今御歸りかと云ふ。國府津で白川がぶらりと車中に這入つてくる。昨夕小田原へとまつたから御迎かた/”\來たといふ。停車場では松根、鈴木の弟、小宮、西村等がゐる。筆と常《原》とゑい子が來て居る。護謨輪の車で家り《原》歸る。腹痛む。元氣なし。
  動かざる一篁や秋の村
  地嶋して汽車 《原》
  歸り見れば蕎麥まだ白き稻みのる
 
 
日記――【明治四十三年六月六日より七月三十一日まで】――
 
 六月六日〔月〕 内幸町腸胃病院行。雨。
 麹町の花屋でみづ/\しきあやめを桶にすい/\と入れてあつた。
 
 六月八日〔水〕
○五月の半頃に植木屋 鉢に花隱元、萬代紅朝貌を蒔く。それが芽を出した。朝貌は三寸。花隱元は拳程な葉で五寸。萬代紅は苗の如く鉢の中に一杯出る。之は莖赤く葉二つ宛にて一寸位なり。
○行徳の送つたバンテージと札のつけてあるもの咲く。石竹の如し。眞紅。
○裏の家のオ|ン《原》ラン草枳殻垣の隙より見ゆ。小町菊は先月中旬より咲く。ひめやめ〔五字傍線〕もしきりに延びる。子供金運花を鉢で買ふ花散る。莖延ぶ。松葉菊まだ鉢にあり。
○植木屋高二尺の朝鮮矢來を欄前につくり。それに灰とどぶ泥と、白水の肥料をやつて花隱元をからます。四つ目垣は裏へ廻す。
○此間から湯屋に入つて、上つて、錬《原》瓦塀の外を見ると、向側の古門の眉にうつぎが白赤綺麗に見ゆ。杉垣の上に松蔽ひかゝる。是は余の隣家にて余の家よりも五六尺低し。
○フラネルに薄き毛のシヤツ。肌の心地よし。
 
 六月九日〔木〕。胃腸病院行。便に血の反應あり。胃潰ヨウの疑あり。歸りに日比谷で高貴の人の馬車を拜す。皇后陛下なりといふ。然し誰人か分らず。唯脱帽して敬意を表す。
○好天氣。坐敷の花活に夏菊を插す。黄のなかに赤を帶びたる小さき花簇がりて、ぴんと勢よく頭を並べたり。書欄の上の銅瓶には百合を活ける。色黒を帶びたる赤。菊も百合もわが心に適ふ。
○裏の北縁の硝子戸を開ける。角に薔薇の樹あり。まだ花を着く。此木の咲き出したのはもう二ケ月位も前と思つてるのに、まだ所々に赤き蕾あり。夫から夫へと落ちては咲き咲いては落ちるなるべし。梧桐の根の小町菊も然り。
 花壇に濃き黄の小百合開く。石榴もいつか花を着けたり。芭蕉の實赤子の頭程になる。葉出て青く見えてより既に月餘ならん。
 濟勝寺の境内の樫の古木を遠くから見ると、枝を切つたのか、枯らしたのか太いの丈が高い頂丈に見えて其所に萌る樣な色が集つてゐる。其恰好が芝山(二段になつた)の樣であつた。
 
 十日〔二字二重傍線〕〔金〕。曇。冷。北縁の籐椅子に倚りて眠る。眼覺むるとき、西の空微かに破れて、薄き光り木犀の込んだ葉を透して、余の顔を射る。
 
 六月十一日〔五字二重傍線〕〔土〕 不圖思ひ立つて上野の白馬會と太平洋畫會を見に行く。好晴。薄暑。胃病で歩くとあとが痛くなるので、外出が恐くなつた。
○上富坂を上る右手の廣い空地に何といふ木か名の分らないのが、若い軟かい緑りを吹いてゐた。其色は舐めて見たい程美くしかつた。其一本の下に薪が高く積みあげて、括くつた藁の色が見えた。後ろには砲兵工廠の偉大な烟突から煙がもう/\と立ち上つてゐた。
○一週間前に長與病院に行つた時は雨が降つて寒かつたので袷に袷羽織を着た。是は寒がりの部で珍らしい方であつたが、夫でも其頃はセルを着てゐる人が多かつた。今日はみんな絹の羽織に普通の單衣である。
○夜書齋に坐つてゐると、北庭と南庭と開け放つた暗い庭から初夏の香が心よく鼻に通つて來る。
 
 六月十二日〔五字二重傍線〕〔日〕
 北の縁側の籐の長椅子に寐て庭を眺めてゐる。風吹いて梧桐や櫻がぱた/\と鳴る。
 薄き藍色の空に二たかたまり程の白雲が出る。其輪廓が暈した樣に薄くなつて藍に流れ込んでゐる。秋の空に似たり。
○勾欄のすぐ前にある芭蕉を臨む。日落ちてからが猶快よし。暗いうちに微かに大きな葉の重なる氣色が窺へる。
 
 六月十三日〔五字二重傍線〕〔月〕 胃腸病院行。十一日の便には著るしく血の反應あり。且つ繊維の如きもの見える由。しかしまだ胃潰癰《原》の判斷を下す事能はず、もう一返便の檢査をなすといふ。外出歩行を禁ぜらる。謠も病症のきまる迄やめろといふ。
 歸つて長椅子に倚つて書見してゐたら眠くなつたから富士太鼓をうたつた。夫から晩食後には花月をうたつた。是で惡くなれば自業自得也。
○もう浴衣をきてゐる人がちらほら見える。
○まだ蚊帳をつらず。夜氣甚快。
○眼あしく夜の書見困難なり。
 
 六月十四口〔五字二重傍線〕〔火〕
 朝床のうちにて強雨の聲をきく。起き出づ。空暗し。フラネルに薄き夏の毛織の襯衣を着て其上に袷羽織を重ねる。冷氣。一二日前より梅雨なる由。
 
 六月十五日〔五字二重傍線〕〔水〕
 
 六月十六日〔五字二重傍線〕〔木〕 早強雨の響を聞く。胃腸病院行。入院に決す。雨の儘の菖蒲を見る。
 
 六月十七日〔五字二重傍線〕〔金〕 坐敷に白百合を活ける。香強し。銅瓶に桔梗を插す。終日雨。日暮に晴れかゝる。薄シヤツにフラネル。
 
 六月十八日〔五字二重傍線〕〔土〕 濃陰。胃腸病院に入院。床が敷いてあるから寐る。午飯、牛乳、玉子、刺身。米飯三杯。夜。牛乳、玉子、茶碗蒸但し中味何もなし。
○室南向明るし。病院といふよりも宿屋に來たやうなり。眼の前にひば〔二字傍線〕の先尖りたると青梅の葉見ゆ。
 大小便共捨てず。徳利と葢物に入れて檢査す。
○雨に濡れた赤|練《原》瓦の色。獨乙公使館美なり。裏霞關を下る。大道の中に突兀たる柳緑に濡る。左石造赤煉瓦の家。日比谷圖書館
 豐隆、白川來。行徳來。
 
 六月十九日〔五字二重傍線〕〔日〕 曇。五時起。病院の規則のよし。洗顔五時半室に歸る。隣の人既に書を讀む。昨日も終日時々讀書の聲をきく。是は附添のものが病人に小説を讀んで聞かしてゐる也。病人は御婆さん也。
 伸六一週間前に頭を刈る。謙信の模型の如し。
 湯に入る事を申し出る。看護婦曰く。もう二三日御見合せなさるべし。よければ此方からさう云ふべしと。何故に湯が惡きか殆んど解しがたし。苦笑して已む。
 冷氣。薄シヤツ。セル。褥中にては冷風のため夜具をかける。
 布團高さ四五寸(三枚をかさぬ)シートデ蔽ふ故品もの分らず。上掛一枚。ケンドンなり。是も表裏白布ニテ蔽フ。たゞ袋に入れて左右から括るところ見ゆ。
 楚人冠。上野氏來。
 
 六月二十日〔五字二重傍線〕〔月〕 五時前起。陰。風強し。
 看護婦の掃除する間二階と二階下を見廻る。悉く掃除也。混雜。歸る。自分の室も掃除中。あとから外の看護婦が拭に來る。六時に出《原》つて日雲を洩る。
 神崎氏來。
 午 池邊三山來。午後草平蓊村來。妻來。
 
 六月二十一日〔六字二重傍線〕〔火〕。曉起(四時過)。眼に映るもの悉く雨に濡れたり。鳩 軒に鳴く。風北より吹く。
 深陰雨ならんとす。居室冷ならず。
○今朝硝酸銀の藥を呑む。粘液を洗ふためならん。
○病院の食事は。三度々々半熟玉子一個。牛乳一合なり。朝は是は《原》麺麭二切れ。バタ二片。ひるは刺身。晩は玉子豆腐又は魚の※[者/火]たもの|も《原》、又は玉子燒等なり。
○室より望めば電線空端に縞を描く。余の着たる浴衣の如し。南の方に細くて高い烟突あり。湯屋らし。其後ろにこんもりした丸き森あり。其左少し低き處から一本の高い松らしきもの聳ゆ。距離慥ならず少くとも十町はあるべし。近頃の梅雨の天氣にては蒼い上に常に白きものを被つて判然せず。
○朝 松山忠氏來訪。行徳團扇を持つてくる。小宮來る。午迄で歸る。
 桐生悠々來。中村是公來。
○醫員後藤氏來。わざ/\長與院長の傳言を述ぶ。院長病氣にて面會の機なきを憾むとの事。院長は余の著述を讀む由。謝してよろしくといふ。
○日暮兄來。
 
 六月二十二日〔六字二重傍線〕〔水〕
○昨夜半夜看護婦二人夢の間に來りて蚊が出たから蚊帳を釣つて上げませうといふ。唯々として應ず。あとは知らず。
○五時覺。上|厮《原》。便なし。陰。蒸暑し。前の電燈會社の物置場より毎朝七時頃から人夫が色々のものを引き出す騷ぎ罵る。八時に至つて已む。
○十一時半弓別田來。午よりうと/\と寐る。
○二時過妻來。
○つゞいて畔柳來。
○大便不通灌腸
 
 六月二十三日〔六字二重傍線〕〔木〕
 五時起。大便又なし。天氣朦々。しかも雨にならず。
○八時半便通少々。
○朝のパンと午の刺身に窮す。
○小宮豐隆。黒田朋信。森田草平來。
○入浴を許さる。三助糸瓜の干したので背中をごし/\擦つてくれる。
 
 六月二十四日〔六字二重傍線〕〔金〕 五時起。便通。晴天。昨夜隣室の御婆さんの所へ女三四人來。花を活けてゐるやうなり。御婆さんを先生といふ。御婆さんは花の師匠か。余は町人の御隱居かと思へり。
○十時物集和子さん花束を持つて來る。十二時歸。
○午後春陽堂主人ビスケツトの罐を持つて來る。受付をどう切り拔けたものやら。
○妻白百合を携へて來る。
○平山氏獨乙より歸朝來診。
○毎日午に刺身を食ふ。少々厭きた心持なり。
 
 六月二十五日〔六字二重傍線〕〔土〕
○五時十五分前起。陰。七時半より晴れかゝる。
○午食後東洋城來。御膳をとる(五十錢)。豐隆月給をとつてくる。
○行徳 筆子とあい子を連れて來る。二人とも殆んど一語を發せずして去る。
 
 六月二十六日〔六字二重傍線〕〔日〕 隣室掃除の音にて目覺む。四時半也。五時十分前位に起床。曇。冷。例の如し。
○隣室の御婆さん今日退院の由。見舞人先生々々といふ。花の師匠らし。
○昨日目方をはかる。体量四十八キロ百。少し減じたり。食慾乏しき爲ならんと杉本氏云ふ。食慾の乏しきは朝硝酸銀を呑む結果なるべし
○今日一日の尿の全量を檢査する由 昨日看護婦云ふ。
○昨日東洋城物集さんの花束をばらにして復活をはかる。無効。今朝は大部分凋落す。
○燕遙かの空を飛ぶ。階下に紫陽花咲く。くちなし白く咲く。花卉の鉢物を並べたるうちにジエレニアム赤し。
○午前白石良五郎來。是は此四月福岡から出て高等師範の國漢文科に入りたる人也。文學者志望の旨の手紙をよこした故返事を出したら來た。是も菓子折を持つて無難に受付を切り拔けてくる。
○妻例の如く來る。山田茂子、神崎恒子前後して至る。神崎の御孃さんが山百合と菊の花をくれる。山田の奥さんが稗蒔の鉢をくれる。
○森卷吉來。傘を忘る。
○隣の御婆さん退院。一軒置いて東の人其あとへ引き移る。是も輕症の人と見えて碁などを打つてゐる。相手は弟らし。
 
 六月二十七日〔六字二重傍線〕〔月〕
 曇 例の如し。五時起。今朝からパンを燒いて食ふ事にする。たゞではもご/\して如何にも食ひ苦し。
○高田姉來。笠原親次來。森田草平來。野上白川來。兄來。
○晩に瀬川さんから三大めしの因縁をきく。
○あまり寐てゐるものだから腹がぶつ/\云ふ。
○今日入浴
 
 六月二十八日〔六字二重傍線〕〔火〕
○五時起。寐ながら雨聲をきく。
○今日より硝酸銀を廢す。
○支那人王某なるもの入院す。
○四十一圓二十五錢を病院に拂ふ。
○小宮豐。安|陪《原》能成。西洋料理を食はす。
○三時中村蓊來。三時過内丸最一郎來
○五時、澁川、坂本《原》來。
○九時過眠る。忽ち地震で眼が覺る。眞夜中の樣な感じなり。地震の長さも中々也。漸く靜つたとき電車の音が耳に入る。恐らく十二時位ならんと漸く想像す。
 
○六月二十九日〔六字二重傍線〕〔水〕
○五時起床。顔洗所で看護婦が昨夜は大した地震ですねといふ。漸く御天氣になりましたといふ。成程地震の御蔭かも知れない。久振で快晴。美くしき日が病院の烟突の本《もと》の所に見えた。
○十一時入浴。室に歸ると是公が來てゐる。昨日は大臣を御馳走したといふ。獻立をきく。其時の薔薇の花をやればよかつたといふ。
○十時頃一青年障子を開けて入り來る。顔が白石良|太《原》郎と云つて此間來た高等師範の學生に似てゐる。見た樣な見ない樣な顔なので躊躇す。是は辨天町に住んでゐて、湯屋で余に逢つた事のある少年のよし。其辨天町の厄介になつてゐた男が文學士で、其文學士の先生だと余を教へたので名前を知つたといふ。成城學校に行くといふ。軍人になるのかと聞けばさうでもないと答へる。入院後四十日になるといふ。四の大を食ふ由。澤山食つて營養がよくなれば癒るのだと云ふ。
○庇のさきに葭簀を出す。柱を立てゝ。其中央から直角に台を手摺の上から長く出して其上で仕事をする。
 
○六月三十日〔五字二重傍線〕〔木〕 曇。五時起床。
○朝誰も來ず。午。小宮來。西洋料理を食ふ。昨夜河岸の天ぷらを食つて明治座の立見に行つたらもう落《原》のあとで新橋の濱藝舘へ來たら薩摩琵琶なので失望して此病院の前を九時頃通つたといふ。
○二時過例により妻來。純一と御房さん來る。
○森田丸善より電話をかける。大塚へ禮にやる文房〔具〕に就てなり
○二ノ宮行雄、太田善男、水上|齋《原》來。
○森田來。六圓五十餞のインキ壺を見せる。
○杉本氏回診。療治後血がとまつてから二週間して腹を蒸すのが、胃潰瘍の療法なりといふ。其あとは火ぶくれの樣に色が變るんだといふ。腹だから差支なからうと答へる。
○中村是公から楓樹の盆栽を見舞にくれる。中々見事のものなり
 
 七月一日〔四字二重傍線〕〔金〕
○例により五時起。昨夜腹が鳴り通しに鳴る。
○菊の水を代ふ。楓樹の盆栽格好頗るよし。
○此日晴ならんとして未だ判らず。
○是公より端書來る。今日北海道へ行く。十三日頃歸る。一所に行かれぬが殘念なり。左五へは宜しく云つてやるとあり
○島村苳三來。高須賀淳平來。石川啄木來。
○今日より蒟蒻で腹をやく。痛い事夥し。
 
 七月二日〔四字二重傍線〕〔土〕 四十八キロ百五十。
○五時十五分前起。晴ならんとす。又暑からんとす。
○腹に火ぶくれが二ケ所出來る。
○虚子來。松本樓から一圓の西洋料理を取り寄せて自ら代を拂つて去る。
○入れ代つて東洋城來る。森卷吉來。草平來。妻がえい子と恒子を連れて來る。行徳も來る。行徳は三四日内に歸るといふ。
○百合枯れ/\になつて色落つ。妻菊を插し易ふ。
○腹の火ぶくれを見て杉本さんがかう精を出してやつたら屹度よくなるだらうと賞めた。病院だから火ぶくれを拵えて賞められるのだらう。
 
 七月三日〔四字二重傍線〕〔日〕 強雨の聲耳を冒す。車軸の譬の通りの降り方なり。五時起。洗顔後稍穩やかになる。洗|顔《原》所にて看護婦と鳩の話をする。鳩が三羽程居る。何處からか飛んで來たものだといふ。さうしてみんな子だといふ。親は子を生むと何處かへ飛んで行くといふ。鳩はさうだといつて承知せず
○朝鈴木の弟來。縞の羽織に角帶。鼻の療治に大學へ通ふので商店を休んでゐる由
○午後うと/\する。横濱の奥村來。春陽堂の岡田復三郎來。栗野の話をする。御母さんが酒飲でどぶろく抔を作る時脊中の子が泣くと乳を飲ませるのが面倒なので こうじを甞めさせた由
○松浦一來。高田の養子來。
 
 七月四日〔四字二重傍線〕〔月〕五時十五分起。冷風肌を襲ふ。北風らし。鳩|軒《庇》下にあつまりて寂如たり。今日は眞白なのが一羽ます。是が親か。
○倉光空喝來。小宮豐隆來。妻來。蒟蒻をかへる爲め附添看護婦を雇ふ。昨日長野より出て、紺屋町の會に着いたばかりといふ。
○新小説と西洋の雜誌をよむ。
 
 七月五日〔四字二重傍線〕〔火〕
○五時起 例の如き天氣。あまり暑からず。
○太陽記者中原司馬雄來。太陽の小説の選をしてくれといふ。草平來。石川啄木來(スモークを借りに)
○病院の廊下をあるくに宅から草履を買つて來た。所がそれはつつかけ草履である。
○天畧晴。しかも暑からず。あつきは腹の上の蒟蒻のみなり。
○晩に二宮行雄來。
 
 七月六日〔四字二重傍線〕〔水〕
○五時五分起。天晴の如く陰の如し。稍白き空と畧青き空と相交はる。交はり方は帶の如し。さうして其帶と帶の間はボカシなり。
○附添の看護婦にどこかと聞いたら小縣だといふ。上田から三里ほどある田中とかいふ所の驛に親が勤めをしてゐる由。生れは越後ださうだ。飯を湯漬にして呑み込むから、まづいかと聞いたらまづいといふ。身体がわるいのかと聞いたら、いゝえといふ。東京へ出たての爲ならん。
○病院の患者がよくなつて段々退院するのはうれしいと瀬川さんがいふ。此間かげが見えなかつたから、どうしたと尋ねたら兄の法事で麻布へ行つたと答へた。兄は二年前に死んであとは幼兒と若い未亡人がある由。それから自分はこゝへ看護婦に住み込んだといふ。
○中野善右衛門。昨夜は來ず。これは盛岡の青年。早稻田の湯で自分を見た事ある由にて突然來る。二度目は盛岡で雜貨を商買にする由を云ふ。木綿屋へ奉公に行つた事を語る。自轉車から落ちて鼓膜を破つた事を語る。四の大を食つてゐる事を語る。二《原》度目はえらくなりたいといふ事は本能ですかと聞く。本能ぢやないが本能に近い共有性だらうと答へる。誰でもえらくなりたいものでせうかと聞く。三度目は神はあるでせうかと聞く。あると思ふかと尋ねるとある樣に思ふと答へる。Wil の話をする。善衛君聖書の百合の話をする。
○蒟蒻今日は六日目也。あついのは稍我慢しやすくなる。たゞ皮膚がすれて紫色になり。火ぶくれのあとは癩の如く水を含んで|あ《原》れ上る。腹を出して直立するよりも稍ともすると猫背になる。
○胃腸の養生法といふものを買つて來てもらつて讀む。
○妻絽の袴が出來たといつて見せる。手に取れば地のわるいざら/\したものなり。少し遠くへ持つて行けば失つ張りどつしりしてゐる。  ○耕三より手紙 ○「太陽」へことわり
 
 七月七日〔四字二重傍線〕〔木〕褥中にてびし|し《原》よ/\の音をきく。起きれば風水を含んで面を吹く。樹の葉 屋根瓦より濡れたものを誘つてくるなり。割合に冷。病院生活をしてより夫程あついと感じた事なし。七月も此位凉しいものかと人にきくとそんな事はないと云ふ。
 梅雨は明けたかと訪問の客にきくと皆知らぬといふ。
○午過小宮來。五時過野上來。
○午前十一時頃看護婦鼻血を出す。汽車に乘つた爲だらうといふ。
○是公札幌よりアイヌの繪端書をよこす。
○夜蒸暑し。蒟蒻に疲る。
○昨日より西隣の患者退院。此人は岡田正三とかいふ。輕症らしく。碁などを圍めり。下女を附添に連れて來てゐたり。
○夜に入りて東のはづれの人亦退院。是は廿位の青年なり。書生ならん。
○東隣の人が此列にて一番重患らし。肛門に懷爐をあてるとか何とか看護婦がきいてゐる。病人は靜かな人なり。
 
 七月八日〔四字二重傍線〕〔金〕
 細雨濠々。無風。入院後大方は雨。時に霏々。時にどう/\。時には今朝の如く濠々たり。
○東のはづれの部屋の患者が洗顔所にて顔を洗つてゐる。のつぺらぼうのやうな白い顔をした女なり。さうして髪の毛を切つてゐる。然し隱居の樣に切つてゐるにもあらず。後ろに束ねたさきが三寸ばかり殘つてゐる。さうして黒塗の細長い箱を持つて出て來る。其中に舊式の道具が一切這入つてゐる。楊枝は昔し使つた房楊枝なり。今頃こんなものを使ふのだから安全かみそりの余とは釣り合はない。
○東隣りの患者は床の間に大きな熨斗の形をした何處かの御|禮《原》を奉つてゐる。
○昨日白川が佐久間艇長の遺言の寫眞版を持つて來てくれる。其死ぬ時を想像すると憐れなものである
○今日病院の仕拂日。四十一圓貳拾七錢。三十七圓五十餞は一等入院料十日分。三圓五十餞は付添五日分。二十七錢は蒟蒻。十五丁。
○妻來
 
 七月九日〔四字二重傍線〕〔土〕
 陰。暑。一二日前より看護婦長歸る。これは伊勢の人。七八年前よりこゝにゐる由。堀を埋めぬ前は前が土堤で松が生えてゐた由。昨夜來て話す。
○咋日朝火ぶくれを切つて上から膏藥を張る。
○西隣に支那人來。鄭某といふ。西隣は是で三人目なり。
○妻扇を忘れて去る。象牙骨の銀紙に百穗の畫。
○早玄關に下りて花を買ふ。鋸草。麒麟草。金龍。それを竹筒と床の間に分けて活ける。七錢。
 花賣の荷車が露に濡れていき/\眼に映つた。
 
 七月十日〔四字二重傍線〕〔日〕
○例刻起。霧の如く雨の如きもの世を蔽ふ。電信柱の向ふに見える烟突が霞んでゐる。電信柱か烟突か區別がつかず。其向ふの丸い森は丸で見えず。
○いつか電線を勘定して見やうと思ふが。晴れた時は目まぐるしくつて出來ない。雨のときはぼんやりして出來ない。
○昨夜寐るとき頭を洗ふ。
○藤井節太郎より手紙。此人は自分で香魚を漁つたといつて小包でよこして呉れたのが、箱入だつたものだからすつかり腐れてゐた。其旨を通じてやつたら殘念がつて今度は腐らないのを贈りたいが生憎雨で不漁であると云つて來た中に不如歸の巣を見付けた事が書いてある。――
  「塩田宮内省御用掛御陵取調のため來|付《原》案内致し候所ゆくりなく郭公の巣に行當り申候。鶯其他の巣を見付け得ざりしものか石ころの上に巣形もなく卵二個を生みて※[孚+孚]《原》化に黽め居候ひしが人氣に驚ろきて飛び申候田舍にても時島の巣は珍らしく塩田氏と相談の上燕の巣にて〔孵〕化せしめんと歸宅後燕の巣を求め候ひしも折惡しく一番子終りにてよろしきもの無之仕方なさに捨置申候|浮《原》化したら人工的に飼養して見る積候。雲に啼きてこそ時鳥の特色はあれ籠に入れては俗に落ち申候ならんも茶店などにて思ひがけなく鳴かしてやるも多少の面白味有之べく歌の會俳席などの實物題に出しても俗中に幾分かの味有之べく候かと存候。
  二匹ともうまく行つたら一匹は差し上げてもよろしくと存候。永日小品に小鳥に興味を持たるゝ樣見受候につき云々
○例の髪を茶煎にした東のはづれの女今朝も洗顔所にて顔を洗ふ。つき添二人、ばあさんに中年の年増なり。いづれも上流の召使とも見えず。寧ろ田舍びたり。當人は例の如くぬうたる顔とぬうたる態度にてやつてゐる。大きなブリキの藥鑵に湯をわかして瀬戸引の金盥に湯を入れさしてゐる。長い箱以外に下女が小さな茶碗を持つて來た。其中に糊の樣なものが這入つてゐる。當人はそれを指の先に塗り付けて、片方にに置いた茶碗樣のものに入れてある妙なもの(一寸見たら木の葉の枝に見えた)を取り出して、其糊をすり付けてゐる。よく見たら四五本の金齒を腮の脊に喰つつけたものであつた。般若の樣な氣がした。
○是公から呉れた盆栽を大事に枕元に据えて置いたのを昨日見ると黄色な葉が大分出來た。自分は盆栽を手がけた事がない。たま/\買つてくるとみんな枯れて仕舞ふ。驚ろいて水を吹いた。枯れなければいゝがと思ふ。みだりに水をやるのが却つて枯らす工夫ではなからうかと思ふ。梅雨はやんだのやら、やまないのやら、空はいまだに暗い。
○朝 東新來。鈴木三重吉、小宮豐隆來。鳥《原》村孝三來。太田正男來。神崎恒子來、花束をくれる。鳥居素川、杉村楚人冠來。野村傳四來。
 賑やかな日曜を過す。晩方一軒置いて隣りの患者の看護婦隣りの支那人の室へ來て抗議を申し込む。手前の方の患者は老人ですから、高い聲をして話をしない樣にして下さいといふ。此看護婦は特等看護婦のよし。加藤さんといふ。是から看護〔婦〕會をたてるんだといふ。
 
 七月十一日〔五字二重傍線〕〔月〕
 例刻起。曇、陰、暗、新胃腸病學を讀む。枯れかゝつた盆栽を洗顔所の窓の張出の上にのせる。
○是公から繪端書がくる。是で三度目なり。此前のは夕張の炭坑附近の懸崖の景色。是には左五、加二太、久保田勝美皆々一口づゝ病氣見舞を延《原》べてゐる。今日のは登別の湯の瀧の氣《原》色なり十本許の瀧に五六人打たれてゐる。其右のはづれは西加二太に似てゐる。「今着。此瀧に打たれた心地は何とも云へない好い心地、君も二三度此所にて打るゝとすぐ癒ります、是公」とあつた。
○咋日東の言傳にはひな〔二字傍線〕子が熱が出たから醫者に見てもらうので、今日はことによると病院へ行かれないと妻が云つたさうである。
○突然皆川正禧が來る。一昨日出て來て誰かから余の病氣の事をきいて、大方入院してゐるだらうと思つて尋ねに來たのだといふ。屋久杉の謠の見台を三つ、棕梠の葉の團扇を四五本、薩摩燒の猪口を一つくれる。
○森田草平來。妻來。
○二三日前より新らしい看護婦を二名|※[病垂/郎]下で見受ける。朝洗面所で新らしい人に逢ふ。金縁の眼鏡をかけた男也。夫からさつき手水に行つたら頗る脊の高き患者に逢ふ。毎日入院と退院があると見ゆる。
 
 七月十二日〔五字二重傍線〕〔火〕
 例起。便通少なし。陰。潤。細雨眼を奪いて飛ブニ似タリ。
○昨日の長身の人ニ今朝洗面所デ逢フ。西洋人でもなからうけれども慥かに合の子なり
○黒田|朋《原》心來。松根來。北白川宮の御用掛をかねる事になつたといふ。西洋料理を食ふ。
○太田善男來。森卷吉來。
○二階の角の人今日三時か四時に死ぬ。毎晩うなれる由。細君は子供三人ありといふ。いつでも小さいのを負つてゐた。脊の高い女なり。患者は三十四といふ。來た時から大勢看護して入れ替り立ち替り見えたり。あるときは鍋で何か食ふ樣、湯治に來て間借をするに似たり。病人は久しい間滋養浣腸の由にきけり。
○同じく二階の向側の楷《原》子段の入口の支那人に附添の看護婦やり切れないと云つて歸る。支那人はくさくつて厭なんだといふ。
 
 七月十三日〔五字二重傍線〕〔水〕
○曇。例起。
○昨夜、死亡せる患者の部屋に集ひたる人影もなし。鬩として疊のみ見ゆ。片隅に布團をたゝみ重ねたり
○看護婦云ふ今日は祗《原》園祭ですと。長野にも祗園祭あり町々から屋台を出して盛なる由。東京に祗園はないと教へてやる。
○東はづれの慈姑の髪の女、突然ゐなくなる。何でも昨日抔は今迄の附添の外に若い銀杏返しの女が二人も泊り込んでゐた。よく聞けば上野の別荘とかへ來た所まだ空かないとかにて不得已病院へ入つた所、空いたときいて急に引き移つたのだといふ。うちの付添の聞いた事だから何處に間違があるかも知れない
○今日久し振にて薄き日の光を見る。從つてあつし。晩方稻妻しきりに起り雨ついで至る。
○九時頃看護婦が縁に出てもう月夜だといふ。雨は何時か晴れたと見ゆ
○妻來。是公來。胃に棚を釣つて物を載せた樣だと云ふ。小宮來。
 
 七月十四日〔五字二重傍線〕〔木〕
○例起。快晴。病院に入つてから始めての快晴なり。洗面所にて二軒置いて東隣りの附添の下女好い御天氣で御座いますといふ。
○蒟蒻の最後の日なり。今日より焦げた所しきりに痒し。いかに熱いのを乘せても痒し。仕舞には手を出して掻きたくなる
○看護婦が膏藥を貼り替へに來て美事に燒けましたといふ。杉本さんが回診の時 是はあと迄記念になりますといふ。此黒い色が記念になつて年來の胃病が癒れば黒く燒けた皮膚は嬉しい記念である。
○花屋から桔梗と女郎花とくわりんばいを買ふ。く|れ《原》りんばいは始めての花なり。白くて子供のチンボコの樣な形の蕾をなす。葉は柿の葉の葉裏のあれ程にがさつかぬものなり。
○楓の盆栽を物干台から取り下して縁に置く。見違へるやうに生々した。
○鋸草の殘つたのを短かく切つてコツプに活けたら水が赤くなつた。是は葉を染めて美くしくしたものだといふ事が始めて分つた。
○小便に行つたら階子段の上の洗面所の所で余の看護婦が若い男と話をしてゐた。歸つてからあれが國の人かと聞いたらさうだと答へた。病氣は何だと云つたら腹膜だと答へた。此二月から病院に來て六月に二週間程國の方を旅行して又入院したのだといふ。醫者は安靜にして一日寐てゐるがいゝと云ふのださうだが自分は堪へられないので、忍んで外出をするといふ。結核性らし。年は十九といふ。
○野村傳四來。畫家が雛鷄をかく時牡鷄を合せかくは事實でないといふ。雛鷄は常に牝鷄に連れられて歩いてゐるものだといふ。俳家の猫の戀も間違つ〔て〕ゐるといふ。私のうちの猫は正月に戀をして三月に子を生んで五月に又戀をする。再度の戀の時は子供を放り出して構はない。つまり二度さかる。しかも兩方とも春ぢやないといふ。油かす(約束の)を持つて來て楓の盆栽にふりかけて去る。
 
 七月十五日〔五字二重傍線〕〔金〕
○例起。洗面所にて支那人の鄭さん王さん郭さんなるものと合の子の中川さんなるものと一所になる。鄭さんは余の隣室にゐる。王さんは東から二番目なり。寐坊也。今朝看護婦から王さん試驗中は早く起きなくつちや不可ませんよと催促されてゐた。郭さんは香水だの油だのを持つて顔を洗に出てくる。水の中に香水をたらして身体などを拭いてゐる。しかも附添から支那人は臭くていやだと云つて逃げられたものは此郭さんである。今朝便所へ這入つたら郭さんの名前の貼付けた便器がれい/\ときん隱しの前に置いてある。大將便を垂れて戸棚に仕舞ふ事を敢てしなかつたのである。
○昨日王さんと鄭さん隣の部屋で話をしてゐると、病院の男が縁側の硝子障子を拭いてゐるので※[病垂/郎]《原》下の仕切りを開けてゐた。一軒置いて隣りの看護婦と支那人と話を始めた。
 王「私の顔色は今日は惡いでせう」
 看「どうだか、何時も洗顔所で見る丈だから、あすこへ行つて見なければ分りやしない」
 王「夫ぢや仕方がない」
 看「王さんは丸で駄々つ子の樣だ」
 看護婦は夫から鄭さんと話をしてゐた。
  「失張御國が好いでせうね。始めて東京へ來た時は厭でしたらうね」
  「えゝ、言葉からして分らない」
  「鄭さんは本郷ですか」
  「駒場です。青山の電車の終點を下りて」
  「農科はあつちにあるんですか」
○今朝東のはづれの看護婦が氷枕の水をあける時、余の石鹸入の中へ其水をどつと入れた。東隣りの後藤さんの看護婦が合の子の中川さんの齒磨入を流の下へ落した。
○昨日は此合の子の中川さんの姉さんが來たといふ。脊が高くつて瘠せて、色が赤く髪が赤いと余の看護婦が云ふ。
○東はづれの患者は慈姑の髪の女のあとへ引移つたのである。氷で冷してゐる。何病だか分らない。看護婦は二人附添つてゐるらしい。
○此間患者の死んだ部屋が又ふさがつたといふから今朝見たら青い蚊帳が垂れてゐた。
○顔を洗ふ時は例の如く陰と思つて部星へ歸つて縁から往來を見ると番傘の相々にした男が通つたので細かい雨が降つてゐるといふ事が分つた。傘に|て《原》短冊の樣なものゝなかに三日月が書いてあつた。
○雨ふる。十一時過飲む。物干に上つて天下を望む。中庭に盆栽を數多並べたり。誰の所有なるやを知らず。
○廣瀬歸芳氏余と前後して入院せしが、此間森卷吉が見舞に行つたら、此院内の空氣がいやだからもう出ると云つてゐたさうである。物干に出て天下を觀望した歸りに室の前を通つて見たら、果して外の人が這入つてゐた。其前の室に御爺さんが一人ゐる。是は文人畫にありさうな白い髯を蓄へてゐる。此間もゐた。蒟蒻の濟んだ今日通つて見るとまだゐる。眼鏡をかけて仰向に寐て本を讀んでゐた。浴衣は手拭をつぎ合せた凉しさうなものである。床に墨畫の文人畫をかけて竹の花活に杜松か何かを活けてゐる。夫は遠州とか古流とか法に叶つた枝を曲げたり撓はしたりしたものである。此御爺さんは病院を家として此所に落付いて生活してゐるらしい。壁にかけた驗温表がひら/\して見えた。其數は十枚程ある。一枚十五日分だから決して昨今の御客ではない。
○今日も支那人が隣の部屋へ來て話してゐる。何を云つてゐるか薩張り分らない。然し其音調の接續高低は言葉の意味が分らない丈それ丈よく分る。寐てゐて近所の部屋へ來た見舞客の談話をきいでゐると意味の分らない時は丁度支那人の談話と同じ趣で聞く事が出來るが、意味が通じるや否や illugion が破れてしまふ。
○三時過やけどの膏藥を貼り易へる。やけどならもつと痛みさうなものだが些とも痛くない。
○風呂場へ行つて足と頭を洗ふ。三助曰くちと御辛抱が足りませんでしたなと。何の意味か分らぬ故 え? と聞き返すと又大きな聲でちと御辛抱が足りませんでしたなと云ふ。仕方がないからうんと肯つた。すると少しつめて熱いのを取り香へ引き替へやる人は十日位で濟みますと云ふ。余はそんな人があるかと思つた。始めの二三日は熱くて堪らなかつた。
 
 七月十六日〔五字二重傍線〕〔土〕
○例起 夜來雨。顔を洗つてたまだ部屋の掃除が出來ず。病院をぶら/\す。試驗室で胃の中へ管を入れて洗つてゐた。驗便所へ四方八方から便が輻輳して來た。めまぐるしく二人ばかりの看護婦が働いてゐた。どうするのだか能く分らない。狹い部屋に便器が一杯ならんでゐるので足を入れやうがなかつた。看護婦は水の自由に出る水道の栓を前に控えて何かしてゐたらしかつた。
○座敷の硝子を開けて置くと※[病垂/郎]《原》下を通る人は大概部|部《原》の中をのぞき込んで行く。見舞人でも患者でも看護婦でもさうである。たゞ合の子の中|山《原》さん丈は眞直を見て行く。是はさすがに西洋流な所がある。
○鏡で舌を見たら牛の舌を思ひ出した。少し白いけれども滑かで肌理が大變こまかになつた。さうして見てゐると舌の上が萬遍なく波の樣に動く。是は新發見である。此間新胃腸病學を讀んだら舌は診斷の足しにはならないとあつた。咀嚼をよくするものは舌苔がない。咀嚼のわるいものは舌苔が多いとあつた。入院當時は舌が厚かつたしかも焦げて黒かつた。今はかくの如しだが咀嚼は同じ事である。如何。矢張り胃がよくなつたからぢやないか。
○今日は盆の十六日である。
○体重をはかる。四十八キロ七百。
○隣の支那人が入らつしやい、入らつしやいと云つて寄席かなんぞの假聲を使ふ。入院の同國人の話に來てゐたものが部屋を出て行くとき又入らつしやいと大きな聲を出す。
 
 七月十七日〔五字二重傍線〕〔曰〕
 例起。細雨罪々。
○咋夕方白川來。銀行の監査役になつたといふ。是は親類の銀行のよし。不動貯蓄とかで資本金は十萬位の小さなもの。
○看護婦がもう御用もないから御ひまをくれといふ。小石川の親類から呼びに來たが多分國のいとこが死んで國で歸れといふんではなからうかと云ふ。妻にあした病院の仕拂日だから例仕拂と看護婦の日當を持つてくる樣に手紙を出す
○廣田道太郎がくる。やが|と《原》皆川と鎌田と佐治が三人揃つてくる。それに東が宅から着物をもつてくる。
○森田がくる。みんな歸る。東が辨當を食つて去る。
○憐《原》りの病人が退院。病氣はよくない樣である。氣の毒である。商人らし。
○三時過便所へ行つたら一軒置いて東隣りの十七號の患者も何時の間にか退院してゐる。是は蒼い顔の五十代の爺さんであつた。白髪頭を五分刈にして、夜中でもよく咳をしてゐた。
 
 七月十八日〔五字二重傍線〕〔月〕
○例起。細雨。しばらくして歇む。
○一軒置いて西隣りの御婆さんは名古屋とか横濱とかの財産家で、大きな宿屋を作つて人に借してゐるんだとか云ふ。地面と屋敷とかゞ五萬坪あるといふ。それでたつた一人で毫も親類がない。自分の所有をどうしたら好からうと云ふのださうである。是は看護婦の話なり。おれに相談すれば何うでもしてやると答へた。
○此間出た慈姑の髪の女は名古屋とかの財産家で未亡人ださうである。病院へ這入つても間食ばかりしてゐる。食物がまづいとか何とか云つてゐる。あるとき看護婦が行つたら稻荷壽司を食つてゐたさうである。
○昨日退院した隣りの後藤さんは古着屋ださうである。
○突然高田知一郎が見舞にくる。肺病で國へ歸つて仕舞つたと聞いたが、どうしたかと思つたら此三月頃出て來たのだといふ。弓削田から病氣の事を聞いたと云つてゐた。
○森田が昨日生田の原稿を持つて來たのをいけないと云つたら、無斷でそれを社へ廻して仕舞つた。癪に障るから自分で書いてひる迄に社へ持たしてやつた。
○妻來
○病院の部屋が一つ空くとすぐ塞がる。昨日の後藤さんの部屋ももう塞つた。
 
 七月十九日〔五字二重傍線〕〔火〕
 例起。輕陰。
○管《原》が來る。重武が一本足で鷺の樣に立つ事を覺えたといふ。
○隣り〔の〕患者が十二|支《原》腸虫で驅虫をして、ひよろ/\して余の室へ這入つてくる。眼がくらんだんだといふ。
○高田の姉がくる。
○始めて外出。髪を刈る。叮嚀なる刈方に驚ろいた。仕舞に櫛と髪剃とを重ねて頭の周圍をぞりぞりと剃つた。鋏で髪をかるのみか、髪剃で髪をそるのは珍らしい事である。十二錢の所を二十錢やつて歸る。此髪を刈つた男余の頭を刈りながら「好い毛ですね。鏝手を使つて曲げた樣だと云つて何返もほめる
○栗原古城來。晩食をくつて九時頃迄話す。平田禿木氏の弟の死んだ話をきく
 
 七月二十日〔五字二重傍線〕〔水〕
 例起。晴。隣りの患〔者〕顔洗場にて昨日は失禮しましたといふ。
○雲出づ。白い雲が薄く濁つた中か《原》に、微かに赤みを帶びてゐる。その奥には紫の匂も見える。數は切れる樣に續がる樣に澤山であつた。其背景たる青空もつや消しである。暖かく藏れてゐる。冴えたぎら/\したものではない。嫩雲である。
○森田、東來。湯に入つて身体を拭く。
○山田茂子來。女郎花 桔梗、くわりんばいを呉れる。
○此朝菊とりうせい〔四字傍線〕と樺色の八重の襞の亂れたのを買ふ。
○橋口清來。グロクスニやとかいふ花をくれる。葉を切つて砂に埋れば接くといふ。熱帶の植物で尤も熾な色をなす。花の形はまだ知らず、蕾は細長く釣鐘の如し。豐隆來、パナマの帽子を被つてゐる。
 
 七月二十一日〔五字二重傍線〕〔木〕
○例起。かたまつた糞が出る。此二三日然り。
○昨夜電車の通る徃來に荷車の音とがや/\いふ人聲が耳に入つて眼が覺めたから、も〔う〕夜が明けたのかと思つたらまだ三時であつた。何事か分らず。
 熱帶の花 白いくわりんばいと對して異彩を放つ。強烈なる色のうちに紫と赤と黒を藏す。
○朝原稿をかいてゐると芥舟がくる。少し待つてもらう所へ長谷川達子がくる。絹糸をかゞつて作つた苺をくれる。半日ばかり毎日やつて十日かゝつたといふ。明朝國へ歸るといふ。
○入浴。太田善男來長く話して歸る。
○非常に暑い日なり。昨日から始めて暑い日を經驗ス。今日は飯を食つてもあつい。汗が出る。
○蒟蒻をやめてから既に七日になるよし早きもの也。
 
 七月二十二日〔六字二重傍線〕〔金〕
○例起。寐苦しき晩を過ごしたり。最初眼が覺めたら電車の音がするのでもう夜が明けたのかと思つたらまだ十二時前であつた。次にもう障子が薄明るくなつてゐたからと思つてマツチを擦つて時計を見たら一時過であつた。障子には※[病垂/郎]下の電燈が映つてゐたのである。うと/\して四時半にまた眼がさめた。足を布團の上で右へやり左りへやり仕舞には厚い寐床から疊の上へ落ちて見たくなつた。
○昨夜は日比谷公園に散歩した。噴水に月が映るさまが面白かつた。
○朝植木に水をやつて有樂町山下町を散歩。渇。茶を一合程のむ。
○昨日芥舟が來て床の花を見て、あれは唐菖蒲といふものだと教へた。バイブルにある野の百合といふのはあの事だと云つた。
○桐生悠々來。中村是公來。蚊遣香をくれる。小使が間違へ早稻田へ持つて行つた事は、其小使が又病院へ持つて來たとき始めて分つた。兵糧がなくなつたら何時でもさう云へと云つて歸る。
○森卷吉來。小宮來、明日歸るといふ。森田來。
○妻來。夕食後アイスクリームを食ふ。
○夜散歩。烏森、愛宕町、湖月といふ料理屋だの、藝者屋のある所を通る。夏の暑い晩だから家のうちが大概〔見〕える。ある家は簀垂をかけて奥の軒に岐阜提灯をつけて虫を鳴かしてゐた。ある米屋では二階で謠をうたつてる下に凉台を徃來へ出して三四人腰をかけて、其一人が尺八を吹いてゐ〔た〕。ある家では裸の男が二人できやりをうたつてゐた。ある車〔屋〕の帳場では是も裸が五六人一室に思ひ/\の態度で話しをしてゐた中に倶利迦羅の男が床凡の樣なものに腰をかけて、一同より少し高く腰を据えてゐたのが目に立つた。ある家では主人と客と相談して謠をうたつてゐた。ふしも分らないし、字も讀めないらしかつた。始め其聲が耳に入つたときは又此所でもキヤリを遣つてゐるなと思つた。ある家は五六組の柔術遣ひが汗を流してゐた。
○蚊がぶん/\くる。よく見たら是公から貰つた蚊遣香が消えてゐた。
 
 七月二十三日〔六字二重傍線〕〔土〕
 例起。日比谷公園散歩。今日は午飯を食つてから五時間して胃の消化の試驗。
○朝小宮を送つて阿部、安倍、森田がくる。原稿二三を持つてくる。兄來。アイスクリームを食ふ。森田歸る。
 渡邊和太郎來。華山の一掃百態をくれる。(審美書院出版)。
 戸川秋骨、田部隆次來。
 
 七月二十四日〔六字二重傍線〕〔日〕
 例起。
○昨夜銀座を散歩。今朝は日比谷。
○昨日午飯後五時間目に消化の試驗をやる。四十グラム殘る。食事は三の大で藥を兩食の間に二度飲んで、しかも四十グラム殘つては心細い。余のからだでは三の大以上を食はなければ間に合はぬ由
○二等に大きな圓錐形の金魚鉢に金魚を澤山買つて眺めてゐる人がある。風鈴を鳴らし釣荵をかけて樂んでゐる人がある。虫籠をつるしてゐる人がある。
○石井柏亭がきて畫集の序をかけといふ。生田長江もくる。橋本左五が來る。昨日着いたといふ。滿洲で農業計畫のため。
 
 七月二十五日〔六字二重傍線〕〔月〕
 例起。上厠便通なし。胃液の試驗のため五時三十分燒パン一切白湯一合を飲む。散歩露國公使館の竹の色、壁にかゝる蔦の色を見る。七時九分前試驗室に行つて、クダにて胃の酸をとる。序に洗滌。成績可なる方。肉を半人前増してくれる事になる。
○物集芳子和子來。森田來。一番最初に倉光空喝來。うそを書きましたと云つて名士禅とかいふものを見せる。余に關したから嘘をかいてゐる。君は新聞記者としてづう/\しくなつてゐる上に座禅などをやつて二重にづう/\しくなつてゐると云つてやつた。
○東來。渡邊和太郎兄弟來。下から廣瀬歸芳常磐大定をつれてくる。そこへ中村是公來。見なれぬ人を連れて、いや|し《原》又來やうといふて去る。階下に見なれぬ人を追馳けて挨拶をしたら龍居頼三であつた。客がつゞいて少し頭が痛くなつた。
 
 七月二十六日〔五字二重傍線〕〔火〕
○夜來強雨の聲をきく。すさましかりし。例起。濛々。下の部屋で飼ふ虫鳴く。
○物集の御父さんが病氣だといふ。さうして頼んでも醫者にかゝつてくれぬといふ。いえ掛りませんといふのださうである。
○昨日東云ふ奥さんは小供の避暑地をさがしに出られた。
○野村來四時頃からロゼツタホテルで親睦會がある由。皆川廣田來。妻來。歸る時車をたのむ早稻田迄七十五錢といふ。
○階下のジエレニアム入院當時に見たとき既に咲けり。今朝ふと氣が付て手摺から下を見ると依然として咲いてゐる。長くもつ花なり。時日の早く立つ事を忘る。
○皆川今夜の汽車にて郷里に向つて去る。
 
 七月二十七日〔五字二重傍線〕〔水〕
○例起。陰曇。
○昨日花賣來らず、洗顔所にて菊の枯葉を※[手偏+劣]りて再び竹筒に插む。食前十五分程散歩。
○一昨日より菜を二品つけてくれる。晩には玉子燒とコールドミート二切を食ふ。
○西隣の支那人二等に去つて代りに若い人來る。看護婦と話してゐる。書生の町人なり。金持ならん。
○グロキシニヤ花落つ。洗顔所の手摺に乘せて置く。
○來訪者、寶生新、見舞に烟草をくれる。森|治《原》太郎。鈴木の弟。
○石井柏亭の新畫譜の序をかく。
 
 七月二十八日〔五字二重傍線〕〔木〕
○例起。晴、もやまだ晴れず。日比谷公園散歩。桐の葉の丸くて小さい樣な樹に長い細い實がなる。
○昨夜は銀座を散歩信盛堂で齒磨と石鹸をかふ。天上堂の屋根に上る。脚の下を見て身のすくむやうな氣がした。
○朝漸く落付く。少々讀書。森圓月長い萌黄の風呂敷に包んだ桐の箱を抱いてくる。子規の書はまだ/\と云ふ處なるべし。眞蹟のよしを別に添たる卷物の初に書きしるす
○坂本四方太、森田草平來。圓月亦來。是から不折の處へ行くといふ。石井柏亭來。夫から小林郁がくる。夫から飯田政良がくる。妻は仕事を持參して取り出すひまなくして歸る。
○夜銀座散歩、裏通りで女がオルガンに合せて踊つてゐた。
○東のはづれの入退院。(驅蟲中子供の病氣のよしで)。
○一軒置いて西の御婆さんも退院の模樣。訪問の若い女、洗顔所で洗濯をしてゐた附添の女に、今年中もつでせうかと聞いてゐる。御婆さんは胃がんの由然し歩行自由也。
○小林がきて承はれば胃がんだとかいふ話でといふ。橋口もさう云ふ。
 
 七月二十九日〔五字二重傍線〕〔金〕
 例起。日比谷公園散歩。帝國劇場、警視廳等の(新築中)間を通り拔ける
○昨日の胃の消化の試驗は二十グラム程殘りし由
○西村醉夢來り。「雜誌」學生掲載の談話を筆記す。談は英語教育に就てなり
○北海道有珠山破裂。鐵嶺丸沈波。自瀬中尉の南極探檢
○是公來。今日三時の※[さんずい+氣]車で歸るといふ。森圓月來 懸物の箱をとつて去る。
 
 七月三十日〔五字二重傍線〕〔土〕
 例より十分遲く起る。五時十分。四時頃眼覺む。終夜夢を見る。
○昨夜は銀座散歩、電氣噴水を見、蓄音機を二所できく。發明舘を見る。雨一二滴顔にあたる。
○今朝例の如く日比谷散歩序に平野屋の新築三井集會所の前を通る。
○体重をはかる。四十九キロ四百也。前は四十八キロ百五十。
○奧太一郎熊本より出京病院訪問。森圓月金婚式の書畫帖を持つて來て見せてくれる。森田草平來。中村蓊來。
○退院してもよろしからうと云ふ。明日退院に決す。一軒置いて東の人も退院、一軒置いて西の御婆さんも退院挨拶にくる。下の廣瀬歸芳も退院是も挨拶にくる。
○雨ぱら/\落つ。晩に南佐久間町愛宕下町日蔭〔町〕銀座を散歩。暗い小路へ這入つたら天井に頭の屆きさうな家で※[ワに濁點]イオリンを彈いてゐた。其隣りで婆さんが南無妙法蓮華經と大きな聲を出してゐた。少し行くと左側の二階家の奥で眼鏡をかけた婆さんが薩摩琵琶を彈いてゐた。謠つてゐるものも女である。よく見ると妙齡の女であつた。机を置いて本を載せて小さな聲を出してゐた。婆さんが大きな聲で教へてゐる。十許の女の子が坐つてゐた。濱の家の裏で擦硝子に歌澤とかいてあつた。二階で歌つてゐた。
 
 七月三十一日〔五字二重傍線〕〔日〕
 例起。曇。日比谷公園散歩。
○八時橋本左五來。九時の汽車で三島へ行つて大坂へ寄るとの事也。
○一昨日森圓月の置いて行つた扇に何か書いてくれと頼まれてゐるので詩でも書かうと思つて、考へた。沈吟して五言一首を得た。
  來宿山中寺、 更加老衲衣、
  寂然禅夢底、 窓外白雲歸。
 十年來詩を作つた事は殆んどない。自分でも奇な感じがした。扇へ書いた。
○今日退院。
 
斷片 ――【明治四十三年夏胃腸病院入院中頃】――
 
○Idealist トシテノ Ibsen. 迂濶突飛なり。 それを日本の青年が讀んで一圖ニ實社會に影響あるものと速斷して生活に表現せんとする effort ヲナス。Ibsen ノ書いた國にても ideal ナリ。日本ニテハ無論 ideal ナリ。これを履行せんとして窮し窮して煩悶す。寧ろ gratuitous ナ torture ナリ
○アル ism ヲ奉ズルハ可。他ノ ism ヲ排スルハ life ノ diversity ヲ unify セントスル智識慾カ、blind ナル passion[youthful]ニモトヅク。さう片付ねば生きてゐられぬのは monotonous ナ life デナケレバ送レヌト云フ事ナリ。片輪トモ云ヒ得ベシ。life ハ action ニテ determinate ナリ思想(感情)ニ於テ indeterminate ナリ。indeterminate ナルハ茫漠ナル故ニアラズ。アラユル alternative ヲ具備スル故ナリ。○Harmony.Life ノ harmony トはアラユル elements ガ援ケ合フテ one end ニ lead スルノ意味ニアラズ。opposing elements, カンセリング factors ニ due place ヲ與ヘテ valuation ノ gradation ヲツケルコトナリ。ダカラ結果ハ resultant ナリ。addition ニアラズ。duaalism ニテモ trialism ニテモ差支ナシ。elements ニ balance ガ取レタトキハ inactivity デ差支ナシ
○Eucken ハ Sense−Naturalism、Thought −Intellectualism, Humanism 云々(Religion ト Immanent Idealism ヲモ含ム)而シテ是等ノ矛盾衝突より life ニ meaning ヲ見出シ難シト云フ。根本的ニ life トハ one ism ニ支配サレベク(又ハ different isms ガ調和助長シテ one great end ニ lead セザレバナラヌ如クニ考フ。life ヲ斯クナラネバナラヌト考フルハ既ニ prejudice ナリ。life ハカクアルモノナリ。
○以太利カラ佛蘭酉ニ行ツタ時ハ器械的ニ運搬セラレタルカノ觀アリ。今考ヘテモ物足ラヌ心地ス。以伊《原》利佛蘭西間ノ旅行ハ夫デヨシ。モシ life 全体ガカク器械的ニ運搬セラルヽモノトスレバ情ナクナル。シテ見レバ吾々ノ life ハ吾々ノ will デ lead セザルベカラズ
●(セザルベカラズ)トハ此場合ニ於テ prejudice ニアラズ。現ニ吾人ノ life ハ吾人ノ will ニテ lead シツヽアルガ故ニ此 will ガ全く不用ニ歸シタルとキ物足らぬ感ヲ起スナリ。
○同時ニ吾人ノ life ハ悉ク自己ノ will デ lead シツヽアラヌ事モ fact ナリ。是ヲ will アリト片付ケ will ナシト片付ケ、而シテ我儘ナ egoism ヲ主張シテ威張り。powerless ナ pessimism ヲ唱ヘテ悲觀スルハ全ク片眼ナレバナリ
●Practical ナ問題ハ何處迄ガ自分ノ will デナク、何處迄ガ他ノ will モシクハ nature ノ爲ニ支配セラルベキカヲ極める丈ナリ
●此proportion ハ時ト場合デ定マル
●故ニ universal ナ且ツ concrete ナ事ハ云ヘヌナリ。云ヘバ formal ニ云ヘル丈ナリ
 
●放タレルト云フコトハ一方ニ囚ヘラルヽト云フ事なり。
●Emancipation ガ modern cry デアルト同時〔ニ〕union and organization ガ modern cry デアル。ソレガ矛盾ダト云フ。何ノ矛盾カアラン。何ノ modern カアラン。昔ヨリ然リ。同ジ形式は何時デモ繰返サレテゐる也。
●Capitalist ハ union ト organization ヲ説キ又之ヲ實行ス。去レトモ彼等自身ノ business 以外ノ conduct ハ emancipation ノ權化ニ過ギズ。國家ノタメニ設ケラレタル機關 陸海軍、教育其他ハ又 union ト organiztion 黨ナリ。去レトモ國家ノ爲ニ存在セザル彼等ノ private life ハ emancipation ノ cry ニ過ギズ
●前者ト逆ナル性質ノ artist ハ固ヨリ大体ニ於テ emancipation ヲ本音とシテ cry スルモノナリ。去レドモ營業的ニ又ハ勢力擴張ノ上ニテハ自然ノ結果 union ト organization ナリ。俗ニ之ヲ黨同異伐と云ふ。
 
●Napoleon, Wellington,Nelson,東郷大將、Christ,Budddhas――hero ノ時代ハ漸ク passing、Why? Indidividualism,Intellectualism,equaiity. えらくならうと云ふ attempt コトニ己レ一人偉くならうと云ふのは attempt ニ於テ anachronism デアルシ、desire ニ於テ illusion デアル。
●われ自身ニ depend シテ事ガナセル時代ハ交通ノ不便ナ世ノ事也。education ノ普及セザル時代ノ事也。
●今ノ世ハ個人ガ一般ノ community ニ depend シテ生キル程度ノ多キ時代ナリ昔ハ community ガ個人ニ depend シテ生存スル時代ナリ、
●個人そのものは夫程 account ニ入らず。平凡ナルものも適當ナ circumstances ノ下ニ置カレヽバ相應ナモノニナルナリ、金持ノ馬鹿息子ガ大學ヲ卒業シテ留學ヲスレバ、貧乏人ノ頭脳アル青年よりモ(えラク)ナルナリ、
 
○芝居(筋ト技巧)、下手な筋を優れたる技巧を以て表現するは腐つた鷄卵に第一流ノ cookery ノ極致ヲ盡すが如し。上手な筋を愚なる技巧デ演ズルハうち立ての蕎麥を露なしに食ふが如し。
 創作(人生と藝術)もこれニ似たり。
○創作の depth は其内容のまとまりにあり。一句ニまとまるにあり。人生を道破セル一句にまとまるにあり。
 故ニまとまる樣に書いてなければならず、又まとまる樣に讀まねばならず
 故に創作家ノ philosophy ノ必要なる程度に於テ讀者ノ philosophy も必要なり。
 一句にまとまらずして、此一句の力を冥々に感得する事あり。此時讀者ハたゞ泳嘆ス。たゞ之を道破セルものは批評家なり
 始めから一句にまとまらずして展開的のものあり、此時ノ面白味は平面也故ニ depth ヲナサズ
 其他ノ意味ニ於テまとまらぬものは愚作なり。
○一句ニまとまるといふ事は particular case ガ general case ニ reduce サレルト云フ意味なり。更ニ云ヘバ particular case ノ application ガ廣キナリ。parlticular case ガ孤立セル particular case デナクテ given species ノ type トシテ見ルヲ得ルガ故ナリ(此意味ノ type ハ平凡トカ型トカ云フ type ニアラズ)、ツマリ融通ノ利ク particular case ナル故ニ深キナリ。
 故ニ particular デアルト共に universal ナル tendency ヲ有スルナリ。permanent ナル感ジヲ與フルナリ。
○particularity ト nniversality ノ一致スル所ガ極トナル。
 眞ノ意味に於ル particular ハ名ノ示ス如ク partiular ナリ。generalize シ難キモノナリ。scientist ノ collect スル零碎ノ instance ナリ。
 故ニ inhormation ニハナル。然シナガラ夫以外ニハ感興ナシ。要スルニ一種ノ surprise モシクハ stimulus ヲ與フル丈ナリ。
 此 single,isolated instances ヲアツメテ其ウチヨリ common ナ所ヲ引キ拔ケバ generalization ガ出來ル。(scienee)
 所謂 depth ノアル創作はカク generalise サレタ truth ヲ代表スベキ parlticular case ナリ。model example ナリ
○けれども此 generalization ニアフ particular ヲサガサウトスルト出來損フナリ
 例(性格描寫ノ如シ。○original conception ヲ以テ、其 conception ニ合フ樣ニカクト屹度型ニ落チル。particular デ universal ダケレトモ死ヌト云フ弊ニナル。ダカラ original conception ヲ捨テテ particular カラ出テサウシテ其結果ガ一種ノ conception ヲ與ヘル樣ニスベキデアル。要スルニ性格ハ conception カラ來ルモノデハナイ。conception ハ數多ノ實際ノ character ノ generalization デ人間カラ二等親ニモ三等親ニモ離レテゐる。ダカラ性格ハ consistent ナルヨリハ活動スル方ガ好い。consistent デ死ンダ character ハヨクアル。矛盾シテ活動スルノモアル。要スルニカヽル人ヲ書カウトキメテ掛ツテハ死ニヤスイ。たゞ斯ク云フタ斯ク行ツタ、斯ク考ヘタト云フ圖ヲツヾケテ行ツテ其圖ガ一枚々々ニ生キテゐれば前後ハ矛盾シテモ活タ人間ガ出來ルナリ。如何トナレバ實際ノ人間ハいくらでも矛盾シテゐるからである。
 たゞ活躍スル樣ニ書かんと力むべし。かゝる性格ヲ書かうと力むベカラズ。
 性格ガ出ルト云フコトハ(余ノ考デハ)取モ直サズ其人間ガ生キテゐると云ふ事也其人ノ quality ガ describe サレルト云フ意味ニ取ツテハ間違である。今ノ評家は性格云々と云フガ、此點ニ於テ注意ヲ拂ツテゐないらしい)
     ――――――――――
○物《原》作ノ批評ガ肯綮ニ當ラヌ時作者ハ驚ろいたり、不平を云つたり、憤つたりする。然し夫ハ無理デアル。
 Purely artistic ナ批評(複雜ナ他ノ事情ヲ交へヌ)デスラ、みんな各自勝手ナモノデアル。自信ノアル批評デスラ其通リデアル。况ンヤ出鱈目ヲヤ、(此出鱈目ハ大分アル)
 然シ多クノ批評ノウチデドレガ一番正シイカヾ決定出來ルモノトシテ、(夫は容易ニ出來ナイ、或ハ不可能カモ知レナイ)、其正シイノガ勝ヲ占メ得ルト思フハ可笑イ事デアル。
 Artノ世界デハ能ク人ガ斯云フ迷信ニ近イ考ヲ持ツテゐる。今日ノ作物ガ今日人ニ認メラレナクテモ、其作物ガヨクアリサヘスレバ何時カ一度ハ世ニ認メラレルコトガアルト信ジテゐるらしい。
 正直ナラ何時カ一度ハ成功スルト信ジテゐる連中ト同ジデアル。道徳ノ世界デハ(然シ)善ガ勝ツテ惡ガ亡ビルモノト版行ノ樣ニ人ガ信ジテゐナイ。ダカラ道徳界ニ於ル觀察點ガ美術界ニ於ル觀察ヨリモ進ンでゐるノデアル。今更天道是耶非カ何ゾト叫ブ野暮ナモノハナイ。
 正直ナラ何時カ一度ハ出世スルカモ知レナイ、然シ出世スル程人ニ認メラレル前ニ免職ニナレバソレギリデアル。後世ノ judgment ハ公平だと云つテ事蹟ガ摩滅スレバ judge シヤウガナイ。又後世ハ(公平ナ代リニハ)冷淡ナモノデアル。摩滅シタ事蹟ヲ誰ガ物數奇ニ掘出サウゾ。
 辯護士ノ話ニ有罪ノモノガ無罪ニナツタリ無罪ガ有罪ニナツタリスルノハ珍ラシクナイト云フ事デアル。夫ハ其筈だと思フ。それが其筈なら Art ノ世界でもさうぢやないか。(Intellect ノ domain デモ同ジデアル。)時メク學者ニクダラナイノガ澤山アル。隱レタルニ偉イノモゐる。流行ル藪醫モアレバ流行ラヌ眞醫モアル。
 chance ガドノ位 prevail スルカも觀念スレバ夫迄デアル。
 此 chance ヲ eliminate スルノガ正シキ人ノ所爲デアル、此 chance ヲ hate スルノガ正シキ人ノ indignation デアル。
 
○近來は現代的トカ輓近的トカ云フ言葉ヲ無暗ニ使フ。サウシテ其内容ハトニカク此等ノ言葉ヲ使ツテ其字ヲ知ルコトガ、又は其意味ヲ解スルコトガ、又ハ自カラガ其特色ヲ有スルコトガ誇デアルカノ如ク振舞フ。
 ソレハ別段ノ事デナイ樣ニナツテゐるガ少シ考ヘルト昔トハ反對デアル。昔は古人トカ古代トカヲ尊敬シタモノデアル。支那日本ハ無論デアルシ、西洋デモ Shakespeare トカ Dante トカ Michael Angelo トカヲ art ノ type トシテ之ヲ口ニシタ、(今デモ多少サウデアル。living author ヲ大學デ講義するなんて事ハまあ無イコトニナツテゐる。dignity ニ關スルコトトナツテヰル。)
 然ルニ今ハ(コトニ日本|)《原》ハ Rodin トカ Ibsen Andreief トカ何トカ新シイ人ノ名前ヲ口ニスルコトガ權威ニナツテゐル。
 西洋ハ夫程劇シクナイガ是も大勢ハサウダラウ。少ナクトモ昔シノ大家ニ夫程敬意ヲ拂ハナクナツタコトハ事實ダラ|ロ《原》。
 シテ見ルト二十世紀ノ人間ハ自分ト縁ノ遠イ昔ノ人ヲ idolize スルヨリモ自分ト時ヲ同クスル人ヲ尊敬スル又ハ尊敬シ得ル樣ニナツタノデアル。
 此傾向ヲ極端ヘ持ツテ行クト自己崇拝ト云フコトデアル。(Individualism, egoism)
 (否? 寧ろ我々ハ egoism カラ出立スルノデハナイカ? 自己崇拝ガ第一デ、他人ハ寧ロ第二ニ來ルノデハナイカ。已ヲ得ナイカラ他ヲ崇拝スルノダラウ。古人ハ崇拝シナクテモ好イガ崇拝シテモ自分ノ利害ニ關係シナイカラ別ノ世界ノ事ダカラ公平ニ崇拝スルノダラウ。今人ハ同時ニ生キテゐルカラ何ダ蚊ダツテ惡ク見えルノダラウ。ウチノ下女ガ世間ニ對シテハえライ旦那ノ缺點ヲ列擧スル様ナモノダラウ)
 古人崇拝ガ衰ヘ、今人崇拝ガ衰ヘ自我崇拝ガ根本ニナル。今ノ日本人ガ西洋人ノ名前ノ新ラシイノヲ引張ツテ來ルノハ此等ヲ崇拝スルヨリモ比等ヲ口ニスル pride ヲ得意トスルノダカラツマリハ他ヲ admire スルノ聲デナクツテ自己ヲ admire スルノ方便デアル
○恰モ薄輕《原》兒ガ富貴權威ノアル人ノ名前ヲ絶えズ口ニシテ夫ト親交アルガ如クニシテ自己ノ虚榮ヲ充スガ如シ。其人一旦富ヲ失ヒ權ヲ失スレパケロリトシテ昨日ノ事ヲ忘ルル如クス。 方今西洋ニ名アル大家卜云フモノヲ何カノハヅミデ急ニ名聲ヲ失墜セシメテサウシテ此等ヲ口ニスル日本人ノ顔ヲ見タイ。ケロリトシテそんな人ガあるかと云ふ風ヲセヌモノ幾人カアル。
 ソンナコトガ試驗出来ルモノカ、價値アルカラホメルノダ、其証據ニハ彼等大家ノ名ヲ一朝ニシテ墜ス人工的手段ハナイジヤナイカト辯ズルカモ知レナイ。サウカモ知レヌ。ケレドモ余ハ公等ニ信用ヲ置カヌモノナリ。公等モシ余ノ信用ヲ得ントナラバ既成ノ名聲ヲ口ニセズ本家本元ノ西洋人ガマダ氣ノツカヌ先こ、眞ニ價値アル大家ヲ指名シ來レ
 
○新聞小説ノ運命
○文晃の畫
 
 日記 ――【明治四十三年八月六日より明治四十四年一月二十一日まで――
 
 八月六日〔四字二重傍線〕〔土〕
 十一時の汽車で修善寺に向ふ。東洋城來らず、白切符二枚を懷中して乘る。しまつた事をしたと思ふ。途中車掌が電報を持つて來て、松根は一汽車後れたる故國府津か御殿場で待ち合せろといふ。
○品川から白服の軍人らしき人乘る。絽の小紋の樣に細かい縞の着物をきた人、下女と向側にゐる。紗の羽織に紫の紐をさげてダイヤの指環をはめた男、壯士の親方か辯護士か。義太夫を語る。
○白切符の買ひ餘しの割戻しの件をボイに聞き合はしてもらふ。御殿場で三圓九十六錢を受取る。角の茶屋でいかふ。三時〇九分。五時二十九分迄待つ。御殿場は五月燒けたり。家皆新けれども皆粗末なり。目に入るは富士講のみ、西洋人の出入ちよく/\見ゆ。
○三島で四十分待つ。大仁へ着いたら車が一挺もゐない。漸く三台を驅り出す。荷物は荷車で運ぶ。途中雨來る。車夫の脛丈見ゆ。車に提灯の光映る。夫がぐる/\廻る。道端の草に灯うつる。其外は暗。川かと思ふ。ほろの中から仰向く暗いと思つたものが微かに薄くなつて空につゞいてゐる。黒いのは山か森か近いのか遠いのか分らない。雨ざつと至る。車夫幌をつぐ。蛙の聲夥し。
○菊屋別舘着。座敷なし。關子爵の居たといふ部屋に入る。新らしい座敷也。西村家貸切と書いてある。今夜丈の都合なり。入浴。喫飯。強雨の聲をきく。
 八月七日〔四字二重傍線〕〔日〕
 雨聲。雨戸をあくれは溪聲なり。上厠無便。浴|漕《原》に下る。混雜。妙な工夫をしてひげをそる。朝飯 鷄卵二個。汁一。飯三。飯後上厠便あり。
○東洋城番頭と談判部屋の都合つきかねる樣也。本店なら一間ある由。今の部屋は前にも山が見え、後ろにも山が見え。寐てゐると頭も足も山なり。好い部ならん。十疊と六疊つゞき也。此離れの二階を折れ曲つた角には昨日品川から乘つた軍人が何時の間にか來てゐた。海軍少將の由。
○碧雲山峯をはれやかにす。須臾にして雨。飴賣の笛の聲をきく
○十時本店に移る。三階に入れられる。しばらくして考へると是は宅へ歸るか別の處へ行つた方がよい。十日に來るといふ新築の座敷十疊を談判して借りる事にする。
○胃常ならず。膨滿でもなければ疼痛でもなければ※[口+曹]※[口+雜]でもなくて幾分かそれを具へてゐる。凝と寐てゐる眠り覺めると多少は好い心持也。とう/\五時頃迄起たず。アイスクリームを一杯呑む。思ふに朝飯を食ひ過ぎたると汁の實の野菜や、海苔を口にせし爲ならん
○日落つ。隣りで觀世流の謠をうたふ。其隣りで三味線を彈き出す。三味線の方聞き手多し。獨りでジエームスの多元的宇宙を讀む何だか意味が分らず。
○九時に寐る。十時に東洋城來。御上が今御休みになつたと云ふ。十一時頃迄話して歸る。宮樣が「猫」を讀んだ由
 
 八月八日〔四字二重傍線〕〔月〕
 雨。五時起上厠便通なし。入浴。浴後胃痙攣を起す。不快堪へがたし。
○十二時頃又入浴又ケイレン。漸く一杯の飯を食ふ。
○隣の客どこかへ行く。雨月半分と藤《原》渡半分を謠ふ。四時過松根より迎、足駄をかりて行く。七時頃晩餐。誂ものをわざ/\本店から取り寄せる。午よりは食慾あり。松根に含漱剤を作つてもらつてうがひをする。かんの聲が潰れたので咽喉と鼻の間の間《原》を濕すと少しは好い心持なり。鼻洟を拭ふ。
○殿下が余に話をしてくれと松根迄云はれる由。袴も羽織もなし、且此聲では聞く人も話す人も苦痛故斷はる。松根の方でも慣例なき事故御用掛の責任を考へて未だ殿下へは受合はぬよし。
○八時過歸りて服藥。隣りは謠、向座敷は義太夫、辨慶上使の半頃也。一時間半過入浴歸りて又服藥。忽ち胃ケイレンに罹る。どうしても湯がわるい樣に思ふ。
○半夜夢醒む、一体に胸苦しくて堪えがたし。
○余に取つては湯治よりも胃腸病院の方遙かによし。身体が毫も苦痛の訴がなかつた。萬事整頓して心持がよかつた。便通が規則正しくあつた。
 
 八月九日〔四字二重傍線〕〔火〕
 雨。伊豆鐵道がとまるかも知れぬといふ。
 
 八月十日〔四字二重傍線〕〔水〕
 八月十一日〔五字二重傍線〕〔木〕
 
 八月十二日〔五字二重傍線〕〔金〕
 夢の如く生死の中程に日を送る。膽汁と酸液を一升程吐いてから漸く人心地なり。氷と牛乳のみにて命を養ふ。あれの報知諸々より至る。東京より水害の聞き合せ來る。湯河原の旅屋流れて其寶物がどことかへ上つたといふ。松根が余の病状を報知していつでも來られる支度をせよと妻にいつてやつた。それを後から電報で取り消す。
○半夜一息づゝ胃の苦痛を句切つてせい/\と生きてゐる心地は苦しい。誰もそれを知るものはない。あつても何うしてくれる事も出來ない。膏汗が顔から脊中へ出る。
 
 八月十三日〔五字二重傍線〕〔土〕
○今日も亦あれる。隣の人は先達て立つと云つて雨の爲に二日程延ばした。今日は是非と云つてゐたが此模樣ではどうするか。
○障子を立てゝ寐る。
○午 葛湯、おも湯、玉子豆腐
○晩、重湯一椀、刺身、葛練、
○下女に今日は幾日だねと聞く、多分十四日でせうと云ふ。よく知し《原》ませんと云ふ。呑氣也。あしたから新聞を御取りなさいといふ。
○下女の話に下の八番の御客が何とかいふ處にゐて、水が出て主人が別莊へ逃げてくれと云ふのに藝者をあげて醉つて寐たら四時頃水が出て山が崩れて見る間に押し流された。逃げた御客は東京へも歸られず三島迄は汽車が通じると云ふので三島迄來てそれから馬車で此處へ來たといふ。
 
 八月十四日〔五字二重傍線〕〔日〕
 終夜強雨の音を聞く。山聲、樹聲、雨聲、耳を撼かす。三時頃迄眠られず。天明眠覺む。胃部不安。上厠排便。入浴、酸出。苦痛。 牛乳、チリ玉、重湯にて朝飯。食後うと/\する。謠の聲耳に入る。
 
 十四日〔三字二重傍線〕〔月〕
 十六日〔三字二重傍線〕〔火〕
 苦痛一字を書く能はず
 
 十七日〔三字二重傍線〕〔水〕
 十八日〔三字二重傍線〕〔木〕
 十九日〔三字二重傍線〕〔金〕
 ノ事を忘れぬ爲に書く
 八月二十日〔五字二重傍線〕〔土〕の四時過なり。
○十七日|咄《原》血、熊の膽の如きもの。醫者見て苦い顔す
○十八日東洋城來り、今社から社員一名と胃腸病院の醫師一名をよこす。十二時四十分の汽車で立つと云ふ電話あり。
○同夜二人來。大和堂から長距離電話をかけたら胃腸病院で社へ知らせて、夫から社で驚ろいた由
○十九日又咄血。夫から氷で冷す。安靜療法。硝酸銀
 
○今朝漸く乳五|酌《原》、ソツプ五酌、を飲む。二時間後膨滿苦痛。三時間目の藥にて漸く癒る。
○ひるから氣分よし。氷依然。水飴。氷を噛む。
 
 八月二十一日〔六字二重傍線〕〔日〕
○十九日の吐血以後滋養浣腸。食物は流動物丈。
○昨日森成氏歸京の筈の處見當たゝぬ爲め滞在。
○但し院長よりは着以後直ちに當分其地にとまり看護に手を盡すべしと好意の電報あり、
○昨夜終列車にて玄耳來。池邊と相談どんな醫者でもどんな器械でも送る事にした由。來て見れば夫程にもなしといふ。醫者のいふ事をきかぬ爲也といふ。
○始め東洋城が宅へ手紙を出して妻に來る用意をうながす。夫から電報にて見合せろといふ。宅からは忙がしい處長距離電話をかける。細君と知らず叮噂に問答せり。後にて聞けば山田三良の家の電話のよし
○五時半硝酸銀を呑む。
○昨夕澁川一五〇持參。意味不明 妻にきくと是は坂元のはからひの由。相談の上今月の月給の一分として貰ふ事にする
○朝食牛乳一合。半熟鷄卵一個、水飴三匙。
○咋朝は氷嚢の重みに堪えず。今日は何の苦なし。
○澁川十時四十分の汽車で歸る。
○弘法樣の御祭りで四時頃から花火が揚る。目録を活版にしてある。雷鳴、軍旗、露牡丹、秋の七草色々なり。
 
 八月二十二日〔六字二重傍線〕〔月〕
○快晴。牛乳一合、重湯五勺、玉子黄味一つ。
○昨夜は寐ながら弘法樣の花火を見る。秋の景色也。坂、森、妻三人にて橡で水瓜を食ふ。
○昨日松根不來、妃殿下は晩に山莊へ御|起《原》の由。
○家のもの夜山荘で酒を酌む。二時過就寢のよし。
○東洋城歸京。十二時頃發
○尺八の大家と三味線と※[足+勇]子下の※[病垂/郎]下で合奏
○坂元森成裏の山で七草を折り來る
○高田早苗投宿
 
 八八月二十三日〔六字二重傍線〕〔火〕
 快晴。女郎花、野菊、男郎花、薄、萩、桔梗、紫の玉(藤の如きもの)
○おくび生臭し。猶出血するものと見ゆ。便は無類血色あり
○高田早苗氏の名刺を番頭持參。坂元に此方の名刺を依頼。高田民謡をうたひ初む。
 
   八月二十四日〔水〕〔以下九月七日迄夏目鏡記〕
 朝より顔色惡シ杉本副院長午後四時大仁着ニテ來ル診察ノ後夜八時急二吐血五百ガラムト云フ、ノウヒンケツヲオコシ一時人事不省カンフル注射十五食エン注射ニテヤヽ生氣ツク皆朝迄モタヌ者ト思フ
 社ニ電報ヲカケル夜中ネムラズ
 
 八月二十五日〔木〕
 朝容態聞ケバキケンナレドゴク安靜ニシテ居レバモチナヲスカモ知レヌト云フ杉本氏歸ル
 東京ノ家ノ東カラ電話ガカヽリ今朝一番デ夏目兄上高田姉上御夫婦小供三人高濱さん野上さん森田さん中根倫さんお立ちになりましたと云ふ大塚さん大磯から來ラル安倍さんも來てクレル一汽車ヲクレテ野村さんも來ル
 池邊氏モ來ラル
 
 八月二十六日〔金〕
 容態ヤヽ良好
 見舞客 奥村鹿太郎、滿鐵ノ山崎氏、鈴木三重吉、春陽堂、湯淺廉孫、高田知一郎、菅虎雄、森卷吉、看ゴ婦二人、春陽堂ハ菓子折ヲクレル
 
 八月二十七日〔土〕
 容態別ニ異状ナシ
 見舞客
 小宮豐隆渡邊和太郎香水とビスケツトヲモラフ 高尾忠堅早稻田大學ノ學生、早矢仕四郎元同ジ學校ニ居タ人ノヨシ、奥村又モウ少しヨクナツタラ來マストアワズニカヘル其時小供兄姉上倫野村さん一處ニカヘル
 
 八月二十八日〔日〕
 容態別状ナシ
 森成さん東京ニ用事ガ出來テ歸ル病院カラヌカダト云フ先生代理ニヨコシテ呉レル
 見舞客
 小林郁、高須賀淳平、石井柏亭、行徳二郎、野間眞綱、
 
 八月二十九日〔月〕晴
 容態良好ニテ此分ナラバ心配ナシトノ事皆安心シテ東京ヘカヘラル
 大塚さん菅さん森さん野上さん小林さん湯淺さん野間さん 大倉書店ヨリ見舞状ニソヘテ小包デ菓子折ヲクレル名古屋ノ鈴木カラ心配シテ毎日容態ヲ電報デシラシテ呉レロト云テクル見舞トシテ金二十五圓クレル其金デ毛ブトンヲ買テ病人ニカケヨウト思ヒ野上さんニタノム
 
 八月三十日〔火〕
 晴 容態別ニ異状ナシ
 ヌカダ醫師午後二時ノ汽車ニテ歸ル森成サン入リカワリ東京カラ歸テクル其時行徳サン高須賀サン一處ニ歸ル夜滿鐵ノ中村サンカラ山崎氏ヲヨコシテ御見舞トシテ金三百圓ヲ下サル
 
 八月三十一日〔水〕
 晴 容態異状ナシ
 今日カラソツプヲノマセルト云故朝トリヲ買テ切テモラヒ酒トツクリヲカリテ其中ヘトリヲ入レユセンニカケテ火鉢デソツプヲコシラエル夕方名古屋カラ鈴木ガクル二三日前ニアツヲエタハネブトンガクル
 
 九月一目〔木〕
 晴 容態ヤヽ良好ナリ
 早稻田大學生小林修二郎ト云フ人ガクル中村さんの使山崎さん歸ル鈴木モ午後カラ歸ルイロ/\東京ヘ買物ヲ頼ム夕方野間さんガ東京カラクル
 
 九月二日〔金〕
 晴 容態變りなし
 今日カラソツプガ三度ニナル食ベル事バカリカンガヘテイルヨシ坂元サンガ七時頃カラゲリヲシテ腹ガイタイト云ヒ出スカイロヲコシラヘテ上ル夜九時頃ニナリ内丸サンガ來ル
 
 九月三日〔土〕
 雨 容態異状ナシ
 朝十時ノ汽車デ内丸サンガ歸ル野間サンモ午後二時ノ汽車ニテ鹿兒島ヘ歸ル
 
 九月四日〔日〕
 晴 容態同じ
 朝九時頃湯淺サンガ東京カラ歸道ニヨル阿部次郎サンガ午後ニクル山形カラ歸リ道東京ヲス通リシテ當地ヘクル病人に話シタラ酒デモノマシテ上ゲロト云フ事故ビールヲ二本小宮サント二人デノム湯淺サン三時ノ汽車デ歸ル
 
 九月五日〔月〕
 雨 容態だん/\よろし
 阿部サント小宮サンガサン歩ニ行キ歸リニ草花ヲ取テクル花イケニサス
 
 九月六日〔火〕
 晴 異状ナシ
 今日は十時食塩ノカン腸ヲスル四人ガヽリデオコシテ大便ヲサセル少シ出タヨシ
 ハダカニシテセナカヲアルコールデフキ着物ヲネルト取カヘルワラブトンノ上ヘナミノフトンヲ二枚カサネテ其上ヘ寐カス皆大變心配シタレド別ニ變リナシ大キニ安心阿部サン午後二時ノ汽車デ東京ヘ歸ル
 
 九月七日〔水〕
 雨 容態よろし
 今日一番デ坂元サン歸ルカバンヲ持テ行テモラフ野上サン夕方クル御土産ヲクレル
 
 〔九月八目〕〔木〕
○ 別るゝや夢一筋の天の川
○ 秋の江に打ち込む杭の響かな
○ 秋風や唐紅の咽喉佛
○赤蜻蛉、燕
○languid stillness。weak state。painless。passivity
○庇護。被庇護。
○氷
○Intellectuality ニ indifference.Self‐assertion ニ indifference 、人事ノ葛藤ニ indifference
○goodness,peace、calmness. Out of struggle for existenc. material prosperity.
○nature
○Essen、住宅。西洋と日本ノ懸隔。
○自然淘汰に逆ふ療治。小兒の撫育より手がかゝる。半白の人果して此看護をうくる價値ありや
○吾より云へば死にたくなし。只勿体なし。
 
○九月九日〔金〕 十一時と二時に間食。アイスクリームは冷たくていやになる。ペプトン・カーニスを五十グラム位宛
○正食 湯煎ソープ三十グ、葛湯百グ、今日から五十を百にス
○アイスクリームの器械は鈴木送る、
○吐血の時モルヒン注射 再度の嘔氣を恐れて
 
 十日〔土〕
○昨夜森成氏と禁烟の約をなす。今朝臥して思ふ左のみ旨くなけれど夫程筈にならぬものを禁ずる必要なし。食後一本宛にす
○森成氏初診の時の胃の亂調の働をかたる
○最後の吐血の時、二回の注射。ブンメルン
○紫苑 みそはぎ
○萬年筆をふる力なし
○ひかん白萩梅林より來る。
○病院で一ケ月半、修善寺で一ケ月是から何月かゝるか分らない惜い時間也。小宮云ふ牢へ這入つたと思へ。
○時間を惜いと思ふ程人間に精力が出たのだらう
○森成氏又歸京
 
 十一日〔日〕
○曹達ビスケツトは十七日頃より
○子供の手紙を讀む。
 
 九月十二日〔月〕
 秋晴 寐ながら空を見る。ひげをそる。
  秋晴に病間あるや髭を剃る
  秋の空淺黄に澄めり杉に斧。
 昨夕大和堂來りいふ。仰臥不動の忍耐感心なり是でよくならなければ圍師の責任
○羽根布團を買はぬ理由
 
 九月十三日〔火〕
○昨夜森成氏歸來。羽根枕。塩瀬の飴。ソーダビスケツト來る。
○暗雲層疊
○まだ氷嚢を盛る。
○宮本叔氏
○吐血は醫師の責任也と杉本氏いふ
○昨日より妻頭病むとて寐る。
○昼ソツプ五十より七十グラムに増
○秋雨蕭々、二絃琴と三味線を合せてゐる
○臼川歸る
○四時頃突然ビスケツト一個を森成さんが食はしてくれる。嬉しい事限なし
 
 九月十四日〔水〕
○よすがらの雨
○ 衰に夜寒逼るや雨の音
○ 旅にやむ夜寒心や世は情
○一夜眠さめて枕頭に二三子を見る
 蕭々の雨と聞くらん宵の伽
○ 秋風やびゞの入りたる胃の袋
○藝術の議論や人生上の理窟が一時は厭になつた。
  一竿風月、明窓淨几
さう云ふ趣味が募つた。
  微雨當窓冷、一燈洩竹青 といふ句を得た。
  風流の昔戀しき紙衣かな
○体力日に加はる。床の上にて身体を動かす力、頭を枕にずらす力にて自分によく分る。
○十一時眞のソーダビスケツトを半分呉れる。東京より送るものと云ふ。塩氣ありて些の甘味なし
○二兄皆早く死す。死する時一本の白髪なし。余の兩鬢漸く白からんとして又一縷の命をつなぐ
  生殘る吾耻かしや鬢の霜
○四時に灌腸をやるよし。最後の吐血後一週間にして第一灌腸。今日二週間にして第二灌腸なり。宿便出るや否や。
 
 九月十五日〔木〕
○秋雨山村を鎖す
○昨日灌腸脱便好成蹟
○昨夜東來。洪水の寫眞帖。ロヤルアカデミー 土産
○朝飯ソツプ百グラム。ソーダビスケツト半片
○ 立秋の紺落ち付くや伊豫餅
○ 骨立を吹けば疾む身に野分かな
○今朝髪をけづる。
  稍寒の鏡もなくに櫛る。
○昨夜より白毛布をかく清楚佳意
 
 九月十六日〔金〕
○晴雨將至
○昨夜重湯を呑むまづき事甚し。
 ビスケツトに更へる事を談判中々聞いてくれず
○今朝より漸く氷を取り除く
○耕香舘畫※[月+券の刀が貝]を見る。蘇氏印譜が見たくなる。
○重湯葛湯水飴の力を借りて仰臥靜かに衰弱の回復を待つはまだるこき退屈なり併せて長閑なる美はしき心なり。年四十にして始めて赤子の心を得たり。此丹精を敢てする諸人に謝す
○健全なる人の胃潰瘍は三週間で全治する由。余は最後の出血より計算して今三週間目なり。漸く日に半片のビスケツトを許さるゝに過ぎず
 
 九月十七日〔土〕
○一番にて小宮歸る。雨
○安心安神靜意靜情。この忙しき世にかゝる境地に住し得るものは至福也。病の賜也。
○昨夜主人鯛一尾を贈る。氷嚢を取り去れる祝の心にや
  鯛切れば鱗眼を射る稍寒み
 
 九月十八日〔曰〕
○秋晴澄徹
 昨夜は十五夜で美くしき月のよし
○昨夜東洋城歸京の途次寄る。
 九雲堂の見舞のコツプ虞美人艸の模樣のものをくれる。戸部の一輪插是は本人の土産也。
○地方にて知らぬ人余の病氣を心配するもの澤山ある由難有き事也。京都の髪結某余の小さき寫眞を飾る由。金之助といふ藝者も愛讀者のよし。東洋城より聞く
 宮樣余によろしくとの事也。
○今日は体力回復と思ふ。明日になると夫がイリユージヨンである。今日は切實に何か思ふ明日になると夫がイリユージヨンである。
 今朝はソーダビスケツトを一枚もらふ。旨くも何ともなかつた
 夢中に獻立などをして樂んでゐたがよくなつて見ると馬鹿氣てゐる
○午食に起き返りて始めて粥半椀を食ふ。起き直りつゝある退儀を思へば粥の味も半分は減る位也。吾は是程疲れたりやと驚く
○一等軍醫正矢島氏伊東迄來れる序にと見舞はる森氏の命令也
○ 病む日又簾の隙より秋の蝶
○晩に百グラムのオートミール旨し
 湯煎ソツプ百グラム
 玉子豆腐、あん百グラム
 
 九月十九日〔月〕
○晴
○昨夜は御月見をするとて妻が宿から栗などを取り寄せてゐた。栗がもう出てゐるかと思つて驚いた
  病んでより白萩に露の繁く降る事よ
○花が凋むと裏の山から誰かゞ取つて來てくれる。其時は森成さんが大抵一所である。女郎花 薄、桔梗、野菊、あざみに似たものが多い。
○昨日臼川の送つた宇治拾遺を少し讀む。少し讀むと馬鹿々々しくなる。
○瓶に挿した薄の葉の上に何時の間にか蟋蟀が一匹留つてゐる。風が搖れるたびに搖れてゐる
○晝のうち恍惚として神遠き思ひあり。生れてより斯の如き遐懷を恣にせる事なし。衰弱の結果にや。夜は却つて寐られず屡眼覺む。昨夜は修|善《原》寺の大《原》鼓の鳴るを待ちたり
  蜻蛉の夢や幾度杭の先
  蜻蛉や留り損ねて羽の光
○ 取り留むる命も細き薄かな
 
 九月二十日〔火〕
 夜來の雨。しば/\眼覺む。
  大風鳴萬木  山雨|搖《撼》高樓
  病骨稜如劍  一燈青欲愁
○東云ふ先生は蒼い高《原》々しい顔をしてゐながら食物の事ばかり考へてゐるから可笑しいと。昨日はソツプをやめてオートミールか粥を増す事をねだりて拒絶さる。
 間食にミルクとカジノビスケツトを食ふは丸で赤子也。
 粥を口へ運んでもらう處は赤子也
  佛より痩せて哀れや曼珠沙華
○昨夜看護婦に二度時を聞く。始は四時十分前。後は五時十五分前。修神寺の太鼓は五時頃より鳴るものと知れり。
○昨日より病前に讀みかけた六づかしい本を寐ながら少々讀むに頭の工合は病前と差して異ならず。其癖起き直りて便器にかゝる事は一世の大事業の如く困難である。かほど衰弱したものが何うして哲學的の書物抔を讀む事が出來るかと思ふと不思議である。妻に其事を話すと、あなたは惡かつた二三目頭が判然し過ぎてみんな困りました。
○蘇氏印略が來る。面白いけれども讀めるのは極めて少ない。
○雨中床屋が來て髭を剃る。
○胸も肩も脊も觸るとぼろ/\する
○南畫|宗《原》を買はうと思つたが贅澤過ぎるので躊躇す。妻に話すと御買ひなさいといふ。
 
 九月二十一日〔水〕
○昨夜始め〔て〕普通の人の如く眠りたる感あり。節々の痛柔らぎたるためか。体力回復のためか
○ 虫遠近病む夜ぞ靜なる心
○ 餘所心三味聞きゐればそゞろ寒
○ 月を亘るわがいたつきや旅に菊
○ 起きもならぬわが枕邊や菊を待つ
○朝オートミール百グラムになる。ソーダビスケツト一枚ソツプ前に同じ
○昨日宮本博士來診の報あり。日取未だ定まらず。博士は一度余に逢ひたき由過日云はれたる由。額田さんは※[漱の欠が攵]《原》石といふ人はどんな顔か見て置きたいと思つて來たと。
○玄耳より醉古堂劔掃と列仙傳を送り來る。(蘇氏印略の一卷を看通した時也)
○爽颯の秋風椽より入る
○嬉しい。生を九仞に失つて命を一簣につなぎ得たるは嬉しい。
  生き返るわれ嬉しさよ菊の秋
○遠くにて瓦をたゝく音す
○夜半魚池中に躍る水時あつて池に注ぐ。未だ其状を見たる事なし
○養其無象象故常存守其無体也故全眞全眞相濟可以長生天得其眞故長地得其眞故久人得其眞故壽
 (長生詮)洞古經よりか?
○(大通經より?)
 靜爲之性心在其中矣動爲之心性在其中矣心生性滅心滅性生現如空無象湛然圓滿
 
 九月二十二日〔木〕
○秋冷。昨夜は失張よく眠らず
○ 圓覺曾參文字禅
  眉毛今日着前縁
  青山不拒庸人骨
  却下九原月在天
○ たそがれにあれと菊の御使ひ
 
 九月二十三日〔金〕
○昨日より咽喉わろし。漏布
○妻が桑の莨盆を賣《原》つてくる。二圓五十錢といふ。桑は陳腐である。もう一つあつた樟のを見てよければ代へたいと思ふ。松の盆(角)六圓程といふ。奇麗也。たゞ全体透明ならず。且つ丸盆が好ましいと思ふ。妻もしかいふ。頼んで外をさがして見る事にする。
○粥も旨い。ビスケツトも旨い。オートミールも旨い。人間食事の旨いのは幸福である。其上大事にされて、顔迄人が洗つてくれる。糞小便の世話は無論の事。これを難有いと云はずんば何をか難有いと云はんや。醫師一人、看護婦二人、妻と外に男一人附添ふて轉地先にあるは華族樣の贅澤也。
○昨日は雨終日。午前にジエームスの講義をよむ。面白い。蘇氏印略を繰返し見る。面白い。會話の本を讀む。面白い。
○咋雨を聞く。夜もやまず。
  範頼の墓濡るゝらん秋の雨
○ 菊作り門札見れば左京かな
○午前ジエームスを讀み了る。好き本を讀んだ心地す。
○昨夜熱度三十七度一分。輕微の氣管支にて右の方が犯されてゐる由。手を出して本を讀む事を禁ぜらる。
○(病後對鏡)洪水のあとに色なき茄子かな
○家を出る時植木屋の苗から植えて庭に下した鷄頭が三四〔寸〕になつてゐた。どの位に延びたかと思ふ。其頃は芭蕉の影に花隱元といふものも咲いてゐた。
 植木屋が此鷄頭を萬代紅といふ。雁來紅の間違かと思つたらさうぢやない。雁來紅は斑入で是は眞赤になるのだと云つた。
○ 菜の花の中の小家や桃一木
○ 秋淺き樓に一人や小雨がち
○四時過便通始めて尋常に近き色なり。起きるとき横になつて一寸休んで、起き上つて足をベツドから下して休んで漸く便器にかゝる。手は少し力あれど、足は全く萎て丸で腰の拔けた人の如し。甚しき衰弱なり。
 
 九月二十四日〔土〕
○ 秋淺き桜に一人や小雨がち
○ 生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉
○今日は新鮮のさしみ(もしあれば)を少し食はせてくれる筈。刺身は夫程でもなし
○昨夜右の足の骨が痛むので眠が覺めた。肉がなくて骨許の上へ片々の足を載せたため也。其外尻が痛み手が麻痺して眠の覺むる事多し。
○昨夜痰がつかへて三四度せく。其度に看護婦が起きてくれた。
○今夜は特別列車で觀光團が修善寺へ押かけるよし。其上宮本叔氏と杉本氏もくる由
○ 鶴の影穂蓼に長き入日かな
○午飯後髭をそり、髪を梳り、脱糞、衣服を着換へ、坂元の持つて來た新らしい毛布を懸ける。天氣清澄(坂元は昨夜沼津迄來り今朝一番でくる大祭日と日曜と重なる爲也。
○朝 Croce の美學を讀む。
○ 一山や秋色々の竹の色
○四時頃楚人冠至る。觀光團と一所也。汽車が一圓いくらとまりが八十五錢馬車が十錢といふ安いもの也
○腹へる。森成氏へ訴へる。拒絶
 
 九月二十五日〔日〕
○曇。昨日觀光團のため終夜擾々。相變らず眠らず。夜通し風呂場に人氣あり。朝は暗いうちから顔を洗ふ。夜半に下女の笑ふ聲す。黎明に又下女の聲す。思ふに下女は床に入らざりしなるべし。
○昨夜宮本杉本二氏來診。十時頃喫飯。醫師も規律ある生活は送りがたし。其上觀光團にて恐らく眠り得ざりしならん
○ 風流人未死  病裡領消閑
  日々山中事  朝々見碧山
○宮本氏云ふ今二週間にて歸京し得べし。まづ二十日と見れば可からんと。診斷の結果なり。同氏は杉本氏と午頃歸る。坂元も同時に歸る。
○ 古里に歸るは嬉し菊の頃
○午飯に鯛の刺身四切を食はせらる。平常刺身に嗜好なきも矢張旨し。ソーダビスケツトに水を塗り食塩をつけて烙りたるを食ふ。是亦旨し。
○昨日觀光團に加つて見舞に來てくれた畔柳岡田二人去るとて十一時頃來る。
○ 靜なる病に秋の空晴れたり
○ 菊の宴に心利きたる下部かな
○午後一時楚人冠去る。
  大切に秋を守れと去りにけり
○二時頃より蒸暑、蝉なく。
○クローチエを讀んで疲勞。
○無言の玄境、放恣なる安靜、努力なき想像(雲の岫を出るが如く。起りて自然に消ゆ。無抵抗の放任、目的なき靜臥。消極に安んずる倦怠。悠々たる精神。※[横目/圭]碍なき活動。苦を感ぜざる程の想像。義務なき脳の作用。
 
 九月二十六日〔月〕
○昨夜始めて起き直つて食事。横に見る世界と竪に見る天地と異なる事を知る。食事うまし。夜に入つて元氣あり。妻から失|心《原》中の事をきく。失心中にも血を吐いて妻の肩へ送れる由。其時間は三十分位注射十六筒といふ。坂元がふるへて時々奥さんしつかりなさいと云つた。電報をかけるのに手がふるへて字が書けなかつた由。余の見たる吐血は僅かに一部分なりしなり。成程夫では危險な筈である。余は今日迄あれ程の吐血で死ぬのは不思議と思ふてゐた。
 人間の血の三分一を吐けば昏睡し。三分二を吐けば死する由
○昨夜は藥の所爲か比較的安眠(四時頃迄)然し夢は始終見たり。友人の坊主が叡山の麓迄うどんを食ふたと云つて一時間許りの間に歸つて來た。さうしてうどん程天下に旨いものはないと云つてゐた
○朝始めて起き直つて顔を洗ひ髪を梳る。心地よし。
○始めて床の上に起き上りて坐りたる時、今迄横にのみ見たる世界が竪に見えて新らしき心地なり
  竪に見て事珍らしや秋の山
  坐して見る天下の秋も二た月目
○其時松陰に百日紅の殘紅を見る。久しき花なり。どつと床に伏したる前既に咲けるものなり
○病正に輕快に移らんとして、今更病を慕ふの情に堪えず。本復の後はかゝる寛容ある、stress なき生涯、自己の好む儘の心の働きを盡して朝より夕に至る時間、朝夕余の周圍に奉侍して凡て世話と親切を盡す社會の人、知人朋友もしくは余を雇ふ人のインダルジエンス。――是等は悉く一朝の夢と消え去りて、殘るものは鐵の如き堅き世界と、磨き澄まさねばならぬ意志と、戰はねばならぬ杜會丈ならん。余は一日も今日の幸福を棄るを欲せず。
 切に考ふれば希望三分二は物質的状況にあり。金を欲するや切也。
○床に就きたる人の天地は床の上に限られる事無論也。されどもわが病甚しき時の天地は狹き布團の上の一部分に限られたり。足の付く脊の觸るゝ處腰の据はる所丈にて其他はわが領分にあらぬ心なり。衰弱甚しければ容易に動きもならぬ故也。小き枕にてもわが領分と領分でなき所ありき頭を動かす〔は〕大變な事業也。
○病床のつれ/”\に妻より吐血の時の模樣をきく。慄然たるものあり。危篤の電報を方々へかけたる由。妻は五六日何も食はなかつた由。森成さんも四五日殆んど飯も食はずに休息せざりし由。顧みれば細き糸の上を歩みて深い谷を渡つた樣なものである。
○看護婦を呼ぶとき杉本さんが早く行かないと間に合はないと云つた由。吐血後一週間は危險なりし由。杉本氏歸る時もう一度吐血すれば助からぬ由を妻に云へる由
 
 九月二十七日〔火〕
○曇。床の上に起きて顔洗、食事、
○昨夜もよく寐ず。寐れば必ず夢を見る。然し寐てゐる事が大變樂になつた。
○寐られぬ夜
  ともし置いて室明き夜の長かな
○午腹減りて殆んど起き直る事能はず。食後疲れて熟睡三十分藥の時間に看護婦に起さる。
○妻君と森成さんと東と朝日瀧へ行つたらしい。午院閑寂
○反物屋が雁皮紙織と、眞綿織を持つてくる。眞綿織は伊豆の大島の産也。雅な質で雅な色なり
○三人觀音樣より歸る。堂守から菊を乞ふて來る。(金をやつて)
  堂守に菊乞ひ得たる小錢かな
○ 力なや痩せたる吾に秋の粥
○ 佳き竹に吾名を刻む日長かな
○ 見もて行く蘇氏の印譜や竹の露
○範頼の墓守も花を作るから今度はあすこで貰つてくるといふ。
  秋草を仕立てつ墓を守る身かな
 
 九月二十八日〔水〕
○曇。昨夜も不眠。去れども眼が冴えるにあらずうと/\として天明に至る也。
  秋の蚊の螫さんとすなり夜明方
     や我を螫さんと
○ 頼家の昔も嘸栗の味
○ 鮎の丈日に延びつらん病んでより
○ 肌寒をかこつも君の情かな
 
 九月二十八日〔水〕
○昨日昨夜便通二回。一回を胃腸病院に送る。
 夜安々と寐る。然し眼未明に覺む。
○桔梗 菊、紫苑、桔梗は濃くふつくらしたり。紫苑は高く大きく薄紫の菊の婆娑たるに似たり
  貪しからぬ秋の便りや枕元
 
 九月二十九日〔木〕
○ 仰臥人如唖  黙然對大空
  大空雲不動  終日杳相同
○昨日も髭剃。細君の注意による。始めは顋の下を剃り落した時は殘り惜さうなりき
○ 京に歸る日も近付いて黄菊哉
○晩に玉子の煎りたるを食ふ
 
 九月三十日〔金〕
 陰。漸々寐心よくなる。
○東京より返事。二日前に送つた便に血は交らない由申し來る
○昨夜オレーフ池を十グラム程飲む。是は酸を抑へる功、いたみをとめる功、幽門の出口を滑にする功。及び滋養の功ある由。(或病人四十筒の注射をした時オレーフで溶解した(藥液の)ために大いに元氣を回復せる由。
 
 十月一目〔土〕
○ 稻の香や月改まる病心地
○ 日似三春永  心隨野水空
  牀頭花一片  閑落小眠中
○取寄せたる清六家詩鈔、唐賢詩集、宋元明詩集來
○名古屋の鈴木來る
○午 鯛のうしほを食ふ。
 
 十月二日〔日〕
○夜寐られず。看護婦に小便をさして貰ふ。三時半。寐れば夢を見る。夢を見ればすぐ覺める。
○明方戸を明ける時の心持
  天の河消ゆるか夢の覺束な
○ 夢擁銀河白露流
  夜分形影一燈愁
  旗亭病近修禅寺
  聽到晨鐘早上秋
○初めて百舌をきく
  裏座敷林に近き百舌の聲
○ 歸るは嬉し梧桐の末だ青きうち
○雨猶歇まず。細雨也
○午前雲晴日出づ。ミン/\猶鳴く
○細君、東、森成どこかへ行つたと見えて音なし。
奥の院。(二十一日の絶食)
○ 歸るべくて歸らぬ吾に月今宵
 
 十月三日〔月〕
○陰。秋かと思へば夏の末、夏の末かと思へば秋。柿も大分赤き由。栗もとうから出てゐる。稻は半分黄《原》くと。
  雲を洩る目ざしも薄き一葉哉
○小宮が毎日の樣に繪葉書をよこす。歌麿の浮世繪にこんな人になりたいとか、こんな人を演ずる芝居が見たいとか書いてある。たわいもない事である。
 臼川も自畫の繪葉書をくれる。御能のスケツチを色取つたものである。松風、鉢の木、山姥等である。たまには文句入である。甚だうまい
○昨夜。鯛の※[者/火]たのを食ふ。
 
 十月四日〔火〕
○陰 雨を帶ぶ。昨夜雨滴千萬點を聞き盡す。睡眠状態漸々平生に近づく
○昨日花を更ゆ。コスモス、菊、菊と野菊の中間にて黄なるもの。東君の取つて來てくれたもの
○氣管支漸く治まる
○昨日妻髪を洗ふ。
○殘骸猶春を盛るに堪えたりと前書して
  甦へる我は夜長に少しづゝ
  骨の上に春滴るや粥の味
 米は東京より取り寄せたるものなり
○鶺鴒多き所なり
  鶺鴒や小松の枝に白き糞
  松濡るゝ。濡るゝは女松。降るは秋雨
○ 寐てゐれば粟に鶉の興もなく
○氣管文にて體を拭く事を禁ぜられたれば觸るとざら/\して人間の肌とは覺えず。鷄の羽を引きたる如し
  粟の如き肌を切に守る身かな
○午 障子を開けば晴空澄徹久し振也。體を拭く。垢出でゝぼろ/\す。寐卷を着更ふ。よき心地なり。やがて腹減りて汗出づ。
○夜は朝食を思ひ、朝は晝飯を思ひ、晝は夕飯を思ふ。命は食にありと、此諺の適切なる余の上に若くなし。自然はよく人間を作れり。余は今食事の事をのみ考へて生きてゐる
○ 萬事体時一息回。 餘生豈忍比殘灰。
  風過朽葉動秋去。 露滴竹根沈翠來。
  漫道山中三月滯。 ※[言+巨]知門外一蹊開。
  歸期勿後黄花節。 恐有雁聲落舊苔。
 
 十月五日〔水〕
○晴、稍寒。眠無事、殆んど平生に近し。
○ 淋漓鮮血腹中文  嘔照黄昏漾綺紋
  入夜通身渾是骨  臥牀如石夢寒雲
○野菜の高き處なりほうれん草の浸し物一人前二十五錢。鷄の高き處也。百目八九十錢。余は日に三百目の湯煎ソツプを飲む。其代が日日に二圓乃至三圓也。可驚
○十一日に歸る由。其前にもう一遍便を東京に送りて檢査させると。
○ 冷やかな瓦を鳥の遠近す
 
 十月六日〔木〕
○快晴心地よし。昨夜眠穩。
  冷かや人寐靜まり水の音
○昨日森成さん畠山入道とかの城跡へ行つて歸りにあけび〔三字傍線〕といふものを取つてくる。ぼけ茄子の小さいのが葡萄のつるになつてゐる樣也うまいよし。女郎花と野菊を澤山取つてくる。莖黄に花青く普通にあらず。野菊が砂壁に映りて暗き所に星の如くに簇がる。
  的※[白+樂]と壁に野菊を照し見る
  鳥つゝいて半うつろのあけび哉
○昨日ベアリングの露文學を讀み出す。一昨日にて現今哲學讀了
○ 天下自多事  被吹天下風
  高秋知鬢白  衰病夢顔紅
  懷友讎無到  讀書道不窮
  瘠躯猶裏骨  慎勿妄磨※[石+龍]
 
 十月七日〔金〕
 快晴。安眠常人と同じ。
○ 朝寒や太鼓に痛き五十棒
○ 鏡中人已老  嘔血骨猶存
  病起期何日  夕陽復一村
 
 十月八日〔土〕
○數へると明|後《原》日は東京へ歸る日也。嬉しくもある。又厭でもある。歸りたくもある。歸りたくもない。現状は餘程の苦痛でなければ變る事を敢てし得ないものである。
○顔に漸く血の色が出て來た。
 
 十月九日〔曰〕
○雨濛々。朝食。床の上に起き返りて庭を眺めると殘紅をかすかに着けながら、百日紅が既に黄に染つてゐる
  先づ黄なる百日紅に小雨かな
○昨日看護婦が裏の縁側に出てもうあの柚が黄になりましたと云ふ。明後日は東京へ歸る日取なり
  いたつきも久しくなりぬ柚は黄に
○コスモスを活けて東が持つて來る。コスモスは干菓子に似てゐると云つたら東は何故ですかと聞いた。何故と聞いちや仕方がないと答へた。花瓶の後ろに銀の袋戸と金の袋戸がある。下が銀で上が金である。中間が砂壁である。其砂壁の所に白と赤の花が點々として美しく映じてゐる。さうして其葉の處が青く銀紙に映つてゐる。
 
 十月十日〔月〕
○陰。
○昨夜、寄木細工を取り寄せて色々見る。箱を三つ買ふ。皆婦人趣味なり。あけびの箱を買ふ、又誂へた樟の烟草盆と烟草箱が一昨日出來上る。
○愈明日東京へ歸れると思ふと嬉しい
○ 客夢回時一鳥嶋
  夜來山雨曉來晴
  孤峯頂上孤松色
  早映紅※[日+敦]欝々明
○ 足腰の立たぬ案山子を車かな
○昨夜見やげもの抔を買ふ事を相談する。やるとなると何處も彼處もやらなければならぬので大變になる。細君がなる丈葉書入と修善寺飴と柚羊羹で間に合せて置かうといふ。それもよからうといふ。
○神代杉の文庫とあけびの籃を買つて池邊澁川兩氏にや《原》更に桑の硯箱を坂元に縮緬の兵兒帶を添へてやる事にする。
○ 骨許りになりて案山子の浮世かな
○ 扶け起す案山子の足《原》
 
 十月十一日〔火〕
 愈歸る日也。雨濛々。人々天を仰ぐ。荷拵出來。九時出立の筈。
○甘鯛の頭付にて粥二椀、オートミール一椀をしたゝむ。
○雨の中を馬車にのる。人の考案にて橇の如きものにて二階を下る。夫を馬車の中へ入れる。浴客皆出見る。橇は白布で蔽はる。わが第一の葬式の如し
○雨の中を大仁に至る二月目にて始めて戸外の景色を見る。雨ながら樂し。日《原》に入るもの皆新なり。稻の色尤も目を惹く。竹、松山、岩、木槿、蕎麥、柿、薄、曼珠沙華、射干、悉く愉快なり。山々僅かに紅葉す。秋になつて又來たしと願ふ。
○大仁にて菊屋の主人、番頭先づあり。番頭は人足四人をつれて三島迄來る。漸くに汽車を乘りかゆ。人足なかりせば必ず後れたらん。一等室借切りなり。九人のを六人前出す二十二圓某也。神奈川にて東洋城乘る。大森にて楚人冠乘る。新橋にて人々出迎はる少々驚く直ちに擔架にのる。大抵の人には目禮した積なり。あとで聞けば知らぬ人多し。釣台で病院に行く。暗い中で四邊更に分らず
○入院故郷に歸るが如し。修善寺より靜なり。面會謝絶、醫局の札をかゝげたる由。壁を塗り交へ疊をかへて待つてゐると云はれた杉本氏の言葉はまことなり。落付いて寐る。電車の音も左迄ならず。
○終夜雨
 
 十二日〔水〕
○朝。食パン二片、牛乳一合、ソツプ一合、玉子一個を食ふ。修善寺の倍にあたる
○昨日途中にて
○ 病んで乘り病んで去る吾に案山子哉
○ 濡るゝ松の間に蕎麥を見付たる
○ 藪陰や濡れて立つ鳥蕎麥の花
○ 稻熟し人癒えて去るや温泉の村
○ 柿紅葉せり纏はる蔦の肯き哉
○ 就中竹緑也秋の村
○ 數ふべく大きな芋の葉なりけり
○ 新らしき命に秋の古きかな
○院長の病氣を昨夜後藤さんに聞く。
  えゝ又寒くなつたものですから
 今朝妻が來て實はあなたに隱してゐました病《原》長は死んで、葬式には香典を以《原》て東さんに行つてもらひました。死んだのは先月五日のよし。森成さんが最初に歸つたのは危篤のため後で歸つたのは葬式のためだといふ。わるくなつたのは八月の二十四日頃即ち余の吐血したる頃なり。初め余の森成さんを迎へたる時、院長はわざ/\電報で其地にて充分看護せよと電報をかけたり。治療を受けた余は未だ生きてあり治療を命じたる人は既に死す。驚くべし
  逝く人に留まる人に來る雁
○杉本さんが疊替をして待つてゐるといふ。成程疊も新らしく壁も塗りかへ、襖も張り替へたり。居心地頗るよし。
○滿鐵の龍居が來て中村が心配してゐる由を妻に物語る。金が要るなら遠慮なく云へといふ意味らし〔と〕いふ
 
 十月十三日〔木〕
○陰雨。
○ 鷄頭に後れず或夜月の雁
○ 釣台に野菊も見えぬ桐油哉
○安倍、坂元、池邊、來。妻來
○夜十二時地震あり
○ジエームスの死を雜誌で見る。八月未の事、六十九歳。
 
 十月十四日〔金〕
○陰雨
○病室の新らしくなりたるを喜んで
  〔俳句を書きて消してあり〕
○昨日滿鐵の山崎氏又見舞を持參。
 
 十月十五日〔土〕
○ 思ひけり既に幾夜の蟋蟀
○曉に氷を摧く音を聞く。はづれの人は胃潰瘍の由。しかも重|體《原》と聞く。本復を祈る。
○曉より烈しき雨。恍惚として詩の推敵や俳句の改竄を夢中にやる。
  清露下南※[石+間]
  黄花粲照顔
  欲行沿※[石+間]遠
  却得與雲還
○Dr.Furnivall ノ死七月九日の Athenaeum ニ Saturday トアリ
 
 十月十六日〔日〕
 陰。二時半より眼覺む。
  天地有無裏  死生交謝時
  人間失寄託  如踞一※[耕の左+萬]絲
  命根何處來  靈台不可知
  窈窕日月遐  ※[山/及]々萬象危
こゝ迄考へたら看護婦が起き掃除を始めた。
○昨夜浣腸
  幽明忽咫尺  乾坤半餉移
  單躯跨双界  隻眼挂大疑
  幸生天子國  未逢當代師
  四十猶兀々  斯道果屬誰
○鈴木、森田、小宮次の室に乘り語る外にも人ある樣なり
○狩野來る由會はず歸す。昨日の小林醫師も同じ。今朝長與又郎氏戸口迄來て引き返せる由
  單謳入双界  隻眼挂大疑
  休言閲兩極  曷得窮兩儀
  生住天子國  未許稱人師
  四十徒兀々  斯道竟屬誰
○ 孤愁澹難語  况逢蕭颯悲
  仰臥秋已闌  一病欲銀髭
  寥廓天空在  黙見《・|看》高果枝
 
 十月十七日〔月〕
 陰。四時に眼覺む。
  縹渺天地外  生死交謝時
  杳然無寄託  懸命一藕絲
  命根何處在  窈窕不可知
  唯覺天日暗  翻怪人間奇
  幽明固比隣  乾坤一瞬移
 朝食前に昨日の詩を改めてこんなものにした。實際の詩である。詩のための詩ではない。だから存して置く。
○病院でも朝五時頃になると大《原》鼓の聲が聞える。始めて聞いた時は恍惚のうちに修善寺に居た樣な心持がした。
  過ぎし秋を夢みよと打ち覺めよとうつ
 
 十月十|七《〔?〕》日
○晴。
○咋服部より銀の莨入を取り寄せて見る。森成さんと相談の上、光澤けしの小さい奴を撰びそれに修善寺にて森成國手へと前書して
 朝寒も夜寒も人の情かな といふ句をほる事
にする。價は十三圓五十錢也彫賃は知らず
 
 十月十八日〔火〕
○昨日澁川柳次郎來 禮を述ぶ
○同昨日妻來。池邊の所に至り余の旨を傳へたる由を語る
○昨日寐てゐてフラネルの柄を擇ぶ。
○昨日、修善寺の菊屋の朝日より電話、御誂の寄木の箱は敷不足故新たに作らせるから待つて呉れといふ。妻にきくと十六個注文したといふ。皆禮にやるなり。
○今朝昨日の古詩を作り了へ帳面の末尾に書く。
  〔帳面の末尾より掲出〕
  縹渺玄黄外  生死交謝時
  杳然無寄託  懸命一藕絲
  命根何處是  窈窕不可知
  只驚白日暗  翻怪人間奇
  單心貫双界  隻眼挂大疑
  幽明咄嗟變  乾坤頃刻移
  敢言閲兩極  曷得明二儀
  語黙共勃※[穴/卒]  吾事問向誰
  孤愁來落枕  又搖蕭颯悲
  仰臥秋己闌  苦病欲銀髭
  寥廓天猶在  高樹空餘枝
  對比※[立心偏+中]悵久  晩懷無盡期 〔只驚〜語黙、上に〔が引いてある、間奇〜向誰、下に〕が引いてある〕
○秋意體によろし。
○今朝眼醒めて發句を思ふ遂にならず
  鳴かぬ夜は蝉も亦死んだと思ふ
と云ふ樣な意味のものなり。
○鴎外漁史より「涓滴」を贈り來る。※[漱の欠が攵]石先生に捧げ上ると書いてありたり 恐縮
○宮本叔氏見舞。東京市廳迄來れりといふ。暫時にして歸り去る。
 
 十月十九日〔水〕
○快晴。昨夜莨入の上へ貼る雁皮の上へ細字で發句と前書をかく。それを貼り付けて彫る事にする。寫眞では燒き付けがたしといふ。
○朝食前脱便。
○リードのナチユラルエンド ソシアル モラルスを讀み出す。
○菅來る。重武が脚氣で鎌倉へ連れて歸つたと云ふ。自分も大森を引き上げて鎌倉に居る由
○内丸來。東洋城來。皆面會謝絶を無視して來る。東洋城と俳句を作る。宮内省御料地のバタを四斤くれる。
 
 十月二十日〔木〕 快晴
○昨日寅彦より長き手紙屆く。病氣の事を内丸の報知で知れる由。旅行中の事など巨細記しあり面白し。
○「思ひ出す事など」一を書き草平に送る。十一時半頃突然花火の音をきく。寺内統監の歸京の由也
 
 十月二十一日〔金〕
 雨。朝東洋城に端書を出す。菊の句をたのまれた故也。昨日草平來。しばらく話す
○妻來。昨夜よりウオードのダイナミツク ソシオロジーを讀む。
 獨乙の哲學者の言説は雲の峯の如し。ウオード抔の著述は地を行く人に似たり。平々たり坦々たり。而して足遂に地を離れず。散文的也
○森成君に病氣前の寫眞を望まれて一句を題す
  顧みる我面影やすでに秋
○昨日池邊來。過般來社から出して呉れた金の所置に就いて自分に一任せよといふ。諾す。實は歸り匆々妻を以て辨償の事を申し出でたるなり
○一等に入院の人は食道癌一人。胃癌一人。胃潰瘍一人。何れも死ぬ人のみなり。食道癌の人は中途にて退院他の二人はもう二三日で六づかしいといふ。親類抔聚まる模樣也。胃癌の人は死ぬのもあきらめさへすれば何でもないと云ひたる由。
 
 十月二十二日〔土〕
○陰。昨夜十一時三十分、二時二十分前、四時三十分前に目覺む。
○ 曉や夢のこなたに淡き月
 是は寐ながらの句也。今朝の實况にはあらず
○縁にベコニやあり。昨日妻の持つて來たもの。實は菊を買ふ積の處植木屋が十六貫だといふので、森成さんが五貫にまけろと云つたら負けなかつた。歸りに六貫やると云つたら矢張負けなかつた。さうである。今年は水で菊が高いさうである。
○ ぶら下る蜘味の糸こそ冷やかに
 晝食後始めて室内をあるく。木庵の落※[疑の旁が欠]が見たくなりし故也。序に北の廊下口迄出て面會謝絶の貼紙を見る。
 
 十月二十|二《原》日〔日〕
 半晴。十一時過。三時半小便をする。
○ 嬉しく思ふ蹴鞠の如き菊の影
○昨夜九時半頃胃癌の加藤さんが死んだよし。道理で眼を覺ますと人聲が聞へた。余〔は〕看病のため徹夜するのかと思つてゐた。一等室に殘るは胃潰瘍の二人である其一人は二三日有つか有たぬかといふ所なり。
○ 肩に來て人懷かしや赤蜻蛉
○ 澁柿も熟れて王維の詩集哉
 
 十月二十|三《原》日〔月〕
○晴。夜十時、三時十五分前に目醒む。兩度共小便。
  つく/”\と行燈の夜の長さかな
  小行燈夜半の秋こそ古めけり
○尻の痛み漸く癒ゆ
○細き足漸く瘠せた身體を支ふ。力石を持ち上げる樣な氣分直る。
○胃潰瘍の人今日晩景に死す。吾等三人のうちわれ一人生殘る。氣の毒の心地す。此病人嘔氣ありて始終げえ/\吐きたるに此二三日は靜なる故或は快氣に向へるかと思へるに實は疲勞の極聲を出す元氣を失ひたるものと知れたり。
 
 十月二十五日〔火〕
○雨と陰の間。
  桃花馬上少年時(醉吟時)
  笑據銀按拂柳枝
  緑水如今迢逓去
  空留〔二字□で囲む]明月照秋思
  別懸
  猶可考。
○ 一叢の薄に風の強き哉
○ 雨多き今年と案山子聞くからに
○ 柿一つ枝に殘りて烏哉
 一等愚者三名のうち二名死して余獨り生存す。運命の不思議な事を思ひ。上の句あり。
○咋地震あり。看護婦が見舞に來る。長き地震なり。三時半と覺ゆ。
 
 十月二十六日〔水〕
 陰。二十三か二十四の日記をつけ損つたり。
○一昨夜二十四日の晩澁川玄耳入院。胃カタールか何か分らぬ由。ちつとも知らず
 余の病氣につき世話をしてくれた男今は余と同じ樣に病院の患者となる。うその樣なり。
○昨日純一來る。純一を見たのは八月六日ぎりなり。少し青が高くなつた樣なり
○今朝水洟出づ。のどえがら〔三字傍線〕つぽし。始めて袷をきる。
○山田美妙齊の死を新聞できく。癌|種《原》のよし。
 
 十月二十七日〔木〕
○晴。三時頃より眼覺む。眠つたり覺めたりして例刻迄過ぐ。詩一首句一句を褥中に得。
  馬上青年老  鏡中白髪新
  幸生天子國  願作太平民
○ 君が琴塵を拂へば鳴る秋か。
   (寅彦の※[ワに濁點]イオリンの事を考へ出して)
○弓削田が來て大分長く話をする。區役|役《原》所の役人の樣な服装をしてゐる。
 
 十月二十八日〔金〕
○晴。身體を拭く。
○咋日東より※[ヰに濁點]カーの佛譯來る。二三頁讀む。
○明日は霞寶會の日なり。森成さんは行かれるにや。
 
 十月二十九日〔土〕
○雲出づ。陰晴共に不明。
○昨夜服部より森成さんにやる莨入を持參。細君不在にて金なき故拂はず。小僧又持つて歸る。
○澁川の妻君が來て、ウエーフアーとカルヽス煎餅をくれる
○中根榮といふ名古屋の人「思ひ出す事など」を讀んで長い手紙をくれる。
○中村蓊來。西村醉夢來。
○日課 例によりウアードのダイナミツク社會學、※[ヰに濁點]カーの佛譯。
○森成さんが越後高田の翁飴をくれる。一日に三つ許さる。
○雨の音蕭々の夜
 
 十月三十日〔日〕
○陰 將に晴んとす
○昨日は客四人に接す。社の山本。澁川の妻君。中村蓊。西村醉夢。
○昨日體量をはかる。フラネルに薄い毛織のシヤツを着て四十四キロ五百ありたり。もと病院を出た時は四十九キロなにがしなりき
○坂|本《原》來(ひるから)、晩妻來。ごた/\する氣分にて、自分の思ふ事出來ず。不快なり。
○晩に病院の園丁が手作りの菊二鉢を贈り來る。見事なる白菊也。白菊は院長の遺愛の品のよし。院長は菊を愛せるよし。英國から取寄せた菊が咲いた時見せたら口が利けないので、胸に手をあてゝ其手を以て胸を打ち喜を表したりといふ。
○森成さんに莨入を贈る。
○願ふ所は閑靜なり、ざわつく事非常に厭なり
 
 十月三十一日〔月〕
○曉に昨夜の菊を見る。
○風流の友の《原》逢ひたし。人生だの藝術だの何のかのといふものには逢ひたくなし。
○今の余は人の聲よりも禽の聲を好む。女の顔よりも空の色を好む。客よりも花を好む。談笑よりも黙想を好む。遊戯よりも讀書を好む。願ふ所は閑適にあり。厭ふものは塵事なり
○妻が昨夜來る時車屋の菊屋で病院へ行くならと云つてダリヤを呉れた。此ダリヤは丸で菊の樣な大きなものである。花瓣の亂れた具合も丸で大輪の菊である。色は赤、薄紅、黄等である。何となく下品で菊とは較べられない。梅もどきの傍へ放り込んだら不釣合な事甚しい。
○余の病中のプログラムを打ち毀して、其損失を償ふて餘りある樣な友人なら余はいつでも驩迎する。余はかくの如き友人を多く持たない事を甚だ口惜く思ふ。
○澁川の室より小さい菊の土鍋の平たいのに入れて、長い蔓をつけて提げる樣にしたものを呉れる。苔の間に白砂を蒔いて、札を立てゝ目黒の里としてある。
○神崎さんがダリヤを呉れる。ダリヤは今年に入つて非常に發達した樣である。大輪の菊の如きもの續々出る。
○ 明けの菊色未だしき枕元
  日盛りやしばらく菊を縁のうち
  縁に上す君が遺愛の白き菊
  井戸の水汲む白菊の晨哉
  蔓で提げる目黒の菊を小鉢哉
 
 十一月二日〔水〕
 陰。昨草平來、丸善と南江堂へ電話をかけてもらふ。坂元來、是は醫師の謝禮につき池邊と宮本兩氏の相談の經過を報告の爲め、
○朝倫敦の大谷正信よりプレイゴーアー、及びソサエチー一部寄贈、修善寺へ屆きたるを回送せり
○身體を拭き爪を剪る。
  形ばかりの浴す菊の二日哉
 
 十一月三日〔木〕
 雨。
  三日の菊雨と變るや昨夕より
 
 十一月四日〔金〕
 晴。からだを拭く。
○小使が貸してくれた二鉢の白菊に虫がつく。小使がそれを癒してやると云つて代りに別の鉢を貸してくれた。それは黄の蕋に細い長花片が間を置いて出てゐるものである。野菊の大きいものである。普通の菊よりも雅である。
○小西海南見舞にくる。讃岐の話をする。
○太田祐三郎が立派な風月堂の菓子折を置いて行く。四日の日附のある菓子折なり。
 
 十一月五日〔土〕
○ナゴやの鈴木より花瓶を送る旨申し來る。
○森成さんが越後の笹飴をくれる。雅なものなれど旨からず。カステラはと聞いたら胃にも腸にも瓦斯があるから御止しなさいと云つて止められる。
○森圓月來る。疲勞を言譯にして不會。一時間程して小使手紙を以《原》て來る。藏澤の墨竹の軸を添ふ。御見舞とも御土産とも致し進呈すとあり。早速床にかく。
○體重四十五キロ三百。前週より一キロ九百グラム増す。十二貫餘なり。
○病院へ入つたら好い花瓶と好い懸物が欲しいと云つてゐたら、偶然にも森圓月が藏澤の竹をくれる。禎次が花瓶をくれるといふ報知をする。人間萬事かう思ふ樣に行けば難有いものである。
○ 笹飴の笹の香や 《原》
○菊の鉢は夜見る方よし。
  燭し見るは白き菊なれば明らさま
○夜鐵瓶の音をきく。
 
 十一月六日〔目〕
○つね子、えい子、あい子三人來る。有樂座の御伽芝居を見に行く。歸りに又寄る。
 
 十一月七日〔月〕
 晴。
○鈴木より花瓶とゞく。平安萬磯堂と葢に銘あり。
 
 十一月八日〔火〕
○昨日丸善よりケンブリヂ、英文學史五六二卷を持參す
○昨晩町井さんに菊を買に行つてもらふ。十輪で十二錢也。直ちに鈴木のくれた瓶に插む。
○朝副院長兩名宛の手紙をかく。三等の病人喧騷して堪へがたき故なり。
 
 十一月九日〔水〕
 晴。午前陰に變ず。
 
 十一月十日〔木〕
 秋雨蕭々。
 看護婦が小説を讀んでゐる。奇麗な表紙だから何だと聞いたら笑つてゐる。見ると虞美人草であつた。六づかしい本だから止せと注《原》告した。
 
 十一月十一日〔金〕
 霧。霧中に電燈を見る。
○金子薫園より短冊と畫帖に題句をたのまる。
○今日は修善寺を出て一ケ月目なり
 
 十一月十二日〔土〕
 晴。是公、三重吉、山口弘一より來信。
○三重吉喇叭を稽古す。
○ 藏澤の竹を得てより露の庵
○體量。四十六キロ七百。前週より一キロ四百増加ス。
 
 十一月十三日〔日〕
 晴。
○新聞で楠緒子さんの死を知る。九日大磯で死んで、十九日に東京で葬式の由。驚く。
○大塚から楠緒さんの死んだ報知と廣告に友人總代として余の名を用ひて可いかといふ照會が電話でくる。
○池邊義象氏來。倫敦で逢つたぎりなり
○東來、洋服を着てゐる。東洋城來。
○妻來。
 
 十一月十四日〔月〕
 晴
 
○昨日山田の奥さんから鉢植の西洋花をもらう。雪の下の樣な葉に菫の樣な紫の花が出てゐる。雪の下の葉よりも遙かによし
○妻來。横濱に行くといふ。森成さんの出診料として五百圓事務に拂ふ。
○菅來。銅牛來。
 
 十一月十五日〔火〕
○晴。床の中で楠緒子さんの爲に手向の句を作る
  棺には菊抛げ入れよ有らん程
  有る程の菊抛げ入れよ棺の中
○ ひたすらに石を除くれば春の水
 
 十一月十六日〔水〕
○曇。
○昨夜二時頃火事ありと見えて、蒸汽喞筒の鈴の音聞ゆ。今朝きけば麻布|長《原》坂の下のよし。
 
 十一月十七日〔木〕
 晴。看護婦が又菊をもらつて來て瓶に活ける。入院患者に植木屋があつて澤山餘つた花を洗面所に置いてどなたでも好ければ持つて入らつしやいと云ふのださうである。菊の名を知らず
○昨日池邊三山薩天錫の二詩集と蛻巖の詩集を持つて來てくれる。
 蛻巖の詩の七言絶句抔はゴマカシもの多し。蛻巖の文章に至つては甚だ整はず、まゝ稚氣を交ゆ。
 
 十一月十八日〔金〕
 晴。始めて微霜を見る。須臾にして日の爲に解く。
○今日午飯に始めてめし〔二字傍点〕を食はせる。粥より旨し。
 
 十一月十九日〔土〕
 晴。今日は楠緒さんの葬式である。好き天氣で幸である。
○妻が昨日電話で風邪の由を言ひ越す。今朝森成さんが來〔て〕昨夕見舞に行つたと云ふ。風邪の氣味故處|法《原》を置いて歸つたといふ。今日大塚の葬儀には行かれぬらし
 
 十一月二十日〔日〕
 晴。此前入院した時よりは肥ゆ。昨日體重をはかる十二貫九百四十也。一週間に四五百目づゝ増して行く。
 
 十一月二十一日〔月〕
 晴。昨日午後五時頃渡邊和太郎さん横濱より來る。八時頃迄話して歸る。
 
 十一月二十二日〔火〕
 晴。午前石井柏亭來。
 
 十一月二十三日〔水〕
 曇。午後黒田朋信|友《原》
○蛻巖集後篇の八の終にある梁邦※[乃/鼎]の撰した蛻巖府君行述の一節に曰く
 府君年三十業見二毛。未及五十。齒牙豁。眉髪皓々。七十齒牙不復存一根。眉髪成黄。
 
 十一月二十四日〔木〕
 風。坂元來。晩餐の時電燈悉く消ゆ。二十分後又明なり
 
 十一月二十五日〔金〕
 晴。今日より午も晩も普通の飯となる。午食後二時間程寐る。覺めると頭が痛む、晩食後又寐る。八時頃覺めると今度は胸がわるい、さうして頭も依然として痛い。
 
 十一月二十六日〔土〕
 晴。朝、乳をやめる。頭少しよし
○今日より野菜を少し宛食はせる。生返る心地なり
○池邊三山來。社の金を社長が君にやるから隨意に處置したら善からうといふ。余も其所で貰ふ事にする。せめて二三百圓でも取つて公共の事に使つたらといつたら面倒だと云つて歸つた。
 
 十一月二十七日〔日〕
○久し振りで妻〔來〕る。頭が痛いといふ。筆は此間からパラチフス、毎日森成さんの厄介になつてゐた由。始めてきく。
 
 十一月二十八日〔月〕
 晴。山田茂子さんから奇麗な薔薇をくれる。
○二三日前から肴が全くいやになる。副食についてゐる些少の野菜を食ふ。
○龍居頼三來訪 明朝九時是公が新橋へ着く由をいふ。山田さんへ電話をかけてうちへ其由を取次いでもらふ。
 
 十一月二十九日〔火〕
 晴。能成來、草平來、是公來。是公は馬車に乘つて來たといふ。看護婦の話也
 
 十一月三十日〔水〕
 雨。寒氣を覺ゆ。始めて入浴心地快。
 
 十二月一日〔木〕
 畫晴。韋柳詩集と王猛詩集を買ふ。
 
 十二月二日〔金〕
 晴。菅の重武が死んだので妻が鎌倉へ行く。重武はベースボールで足を怪我して夫から足を切つて片足になつた。夫から脚氣だと云つて菅が東京から鎌倉へ連れて行つた。さうしたら肋膜だといふ。氣の毒な事をした。
 
 十二月三日〔土〕
 晴。玄耳が來て人から頼まれた短冊をかけといふ。
 松山がくる。夏以來逢はず。
 
 十二月四日〔日〕
 晴。栗原、梅谷來。
○玄耳先生退院。
 
 十二月五日〔月〕
 欠
 
 十二月六日〔火〕
 是公が龍居頼三と一所にくる。龍居君がシルクハツトを被つてゐるから何處へ行つたかときいたら、野村龍太の御母さんの葬式に行つた歸りだといふ。
 
 十二月七日〔水〕
 晴。
 
 十二月八日〔木〕
 晴。坂元、小宮、來。夜に入りて東洋城來。
 
 十二月九日〔金〕
 晴。島村苳三來。
 
 十二月十日〔土〕
 晴。生田長江來。行徳來。體重五十一キロ(十三貫五百六十六匁)。夜奥村來。 <