萬葉集總釋第四 樂浪書院 1935.9.7発行
 
(1)  萬葉集卷第七
 
(3)   卷第七概説
                窪田通治
 
 此の卷七は、短歌二百二十四首、旋頭歌二十六首、併せて三百五十首から成つてゐる一卷である。
 編纂の方針は、中に「柿本人麿歌集」の歌を取り、又僅かに七首ではあるが「藤原卿」の歌をも取つてゐるが、大體とすると、作者不明の歌の集である。此の作者の不明な點が此の集の特色である。
 此の卷の編者が、編纂の際に用ゐた原本の名は、比較的に詳しく斷つてゐる。それには「柿本人麿歌集」、「藤原卿」の歌、「古歌集」、「古集」が主なるもので、此れら以外の、それと斷らないものもある。
 此れら原本の名は、不明である作者を或點までは暗示し、從つて作歌の年代をも暗示してゐるといへる。それは「柿本人麿歌集」は、その中に人麿の作もあるが、人麿以外の作で、その當時に行はれてゐた歌も收録したものだといふのが定説である。此の卷のものも、その双方を含んでゐると思はれる。「柿本人麿歌集」の歌は、飛鳥藤原朝時代のものだとされてゐる。又、「古歌集」は、藤原朝(4)時代から寧樂朝時代の初期へ亘つての歌を集めたものとされてゐる。更に又、一〇八九の歌の左註に、「伊勢從駕作」とあるものがあるが、此の行幸は、持統天皇の六年か、又は大寶元年紀伊行幸の際のものではないかともいはれてゐる。又、「藤原卿」の作の七首(一二一八−一二二二と、一一九四−一一九五)につき、「藤原卿」は藤原宇合で、時は聖武天皇の神龜元年紀伊行幸の際のものであらうといはれてゐる。しかし此れらの點は、此の卷の編纂者の多く念としなかつた所かと思はれる。編纂者の力をそそがうとしてゐた所は、原本の歌を、その内容によつて分類し、類聚する事であつたと思はれる。
 此の卷の分類は、雜歌、譬喩歌、挽歌の三部にされてゐる。此の分類法は、既に卷三にされてゐるものであつて、又卷十にも、殆ど同樣の状態でされてゐるものである。此の分類法は萬葉集を通じての基本的なものである。
 編纂者は、三大分類をした上で、更に小分類を試み、その上では細緻を求めて、いはゞ分類の爲の分類をしてゐるかの觀がある。例せば雜歌で、「詠v月」、「詠v雲」といふやうに題を附けて、その題のもとに何首かを類聚してあつて、謂はゆる題詠に似た形となつてゐるが、此れは編纂者の歌の素材によつて試みたところの分類である。その甚しいのは、譬喩歌の一三九〇と一四〇〇の如き内容の殆ど同じものを、前の歌には「寄v海」と題し、後のものには、「寄v船」と題して、題のみを變へ(5)てゐるものである。從つて、題は附けてあるが、歌の内容は、必ずしもそれと一致してゐないものもある。
 それよりも甚しいのは、分類の上での混雜である。編纂者は、雜歌の中に、「問答」、「臨時」、「就所發思」、「寄物發思」などの題を設けて、小分類と類聚を行つてゐるのであるが、此等の歌の大部はその内容からいふと、相聞に屬するもので、雜歌の圏外のものである。
 卷第七は、その編纂の上では、整頓されてゐない所があつて、例せば、挽歌の最後に、雜歌に入るべき※[覊の馬が奇]旅歌の一首を添へてもゐ、他にも此れに近いものがある。卷第十に酷似してゐるのであるが、それだけの整頓の持てないものである。編纂の上では、過程のまゝに殘されたものと取れる。
 卷第七の持つてゐる歌風は、大體としていふと變化が多く、多趣多樣である。その理由の一つは作歌の年代がやゝ久しきに亘つてゐて、歌風としての時代的推移を示してゐる所もあるが、それよりも重もなる理油は作者の社會的階級がさして高くなく、從つて請はゆる教養に富んでゐない爲と思はれる。大體、作者不明といふ事は、他の事情も伴つてはゐようが、作者の社會的階級が高くなかつたが爲、おの一づから不明となつたといふ事が主であらう。作歌の上から觀ても、此の事は推察される。それは、譬喩歌はもとより雜歌にあつても、その自然を扱ふ態度は、人事を表現する爲に(6)假りてゐるものが多く、純粹の自然鑑賞の歌は多くないといへる。又その人事は、自然勤勞生活をしてゐる中から生まれたと思はれるものが割合に多く、更に他人の勤勞に對して、自身の體驗よりそれに同情してゐる歌が往々にある。大體此の種の歌は、謂はゆる民謠に多い所から、或は民謠ではないかと疑はせもするが、民謠の一般性を主としたものではなく、個人性の濃厚なものを持ちつつ、さうした作をしてゐるのである。その點から觀ると、社會的階級のさして高くない人の、生活上の實感の表現だと觀ざるを得ないのである。多趣多樣であるのは、此の爲だらうと思はれる。一方此の卷には、明かに民謠的のものと思はれるものがある。それ等は、原本の名を擧げてゐないものゝ中に多い。しかし其の中には、柿本朝臣人麿、高市連黒人などの歌の、傳唱されてゐる中に改作されたと見えるものがある。その改作は、恐らく自身の生活に適合させる爲にしたものであらう。此の傳唱し改作するといふ事は、やがて民謠的といひ得られる事である。此の事は、此の卷の不明の作者は、その最下級の者も、人麿・黒人の歌を謠ひ物としてゐた者だといふ事を語つてゐる事である。更にいへば、民謠的に謠ふものにも、猶ほ個人性の濃厚な歌を愛する者だつたといふ事である。此の事は、此の卷の不明なる作者、即ち大體は社會的階級の高くなかつた人に取つては、時代が、彼等に取つては新興の時代で、個人性に眼覺めて、それを發揮した時代だつた爲と思はれ(7)る。此の卷の歌の多趣多樣といふ上で、此の事は些事であるが、注意すべき事と思はれる。
 しかしながら、同時に一方には、此の卷には後世を暗示するものも、或程度までまじつてゐる。例せば、一〇七二の、「明日の夕《よひ》照らむ月夜は片よりに今宵によりて夜長からなむ」といふ類の、純粹の自然鑑賞の、朗らかな歌がある。又、「問答」として、一二五一−一二五二の、人と千鳥と問答する形で、しかも微旨をいつてゐるに過ぎないものもある。此れは作歌の年代のやゝ久しきに亘つてゐる自然の結果と觀るべきであらう。
 
〔目次省略〕
 
(1)   萬葉集卷 第七 窪田通治
 
(3)     雜《ざうの》歌
 
   天《あめ》を詠む
 
1068 天《あめ》の海に 雲の波立ち 月の船 星の林に 榜《こ》ぎ隱る見ゆ
    右一首、柿本人麿が歌集に出づ。
 
【題意】 題詠の形になつてゐるが、實際は、歌を分類する爲に、取材の中の主となつてゐるものを題のやうにしたものである。以下も同じである。
【口譯】 天の海に雲の波が立つて、月の船がそれを避けようと、星の林に榜《こ》いで隱れるのが見える。
【語釋】 ○天の海 天を、色や廣さから海に譬へたもの。○雲の波 雲を、同じく色や樣から波に譬へたもの。○月の船 月を、形から船に譬へたもの。弦月であることが分る。○里の林 星を、その群らがつてゐる點で林に譬へたもの。○榜ぎ隱る 月が星の爲に光を失ふのを、船が波を避けて隱れたのに譬へたもの。
(4)【後記】 取材が大きいといふ意味で人口に膾炙してゐる歌であるが、平面的な歌で、すぐれた歌とはいへない。「星の林に榜ぎ隱る」といふ譬は、事としても適切ではない。漢詩に類想のものもある。
 
   月を詠《よ》む
1069 常は曾《かつ》て 念《おも》はぬものを この月の 過ぎ匿《かく》れまく 惜しき夕《よひ》かも
 
【口譯】 平生は更にさうは思はないものを、この見る月の、移つて、隱れてゆくことの惜しい夜《よる》ではある。
【語釋】 ○常は は〔傍点〕は、「夕」に對させたもの。○曾て 總《すべ》て、更になどいふ意。○隱れまく まく〔二字傍点〕はむ〔傍点〕の延びた語。隱れる事といふに當る。○夕《よひ》 夜《よる》。平生とはちがつた特別の夜で、快く徹夜しようとする夜である事を暗示してゐる。
 
1070 丈夫《ますらを》の 弓上《ゆずゑ》振り起し 借高《かりたか》の 野《ぬ》べさへ清く 照る月夜《つくよ》かも
 
(5)【口譯】 遠いかり高の野までも、清く照つてゐる月ではある。
【語釋】 ○丈夫の弓上《ゆずゑ》振り起し 序詞。弓上《ゆずゑ》は弓の上方。振り起し〔四字傍点〕は、振り立てで、獵《かり》をする時の状態。その獵《かり》を「借《かり》」に轉じたもの。○借高《かりたか》 奈良市の東南、高圓山《たかまどやま》の麓。○野べさへ さへ〔二字傍点〕は、まで。作者のゐる所だけでなく、野べまでで、野を遠望した意を暗示してゐる。○月夜《つくよ》 月。
 
1071 山の末《は》に いさよふ月を 出でむかと 待ちつつ居《を》るに 夜ぞくだちける
 
【口譯】 山の端《は》に、出さうにしてたゆたつてゐる月を、出るだらうかと思つて待ち待ちしてゐるうちに、夜の方《はう》が更《ふ》けたことではある。
【語釋】 ○いさよふ 躊躇してゐる。○くだち 更《ふ》ける。
【後記】 月明りを待つて外出しようとした折の作と思はれる。類歌の多いものである。
 
1072 明日《あす》の夕《よひ》 照らむ月夜《つくよ》は 片よりに 今宵によりて 夜長《よなが》からなむ
 
【口譯】 明日の夜《よ》照るであらう月は、片寄りに今夜に寄つて、夜が永くあつてほしい。
【語釋】 ○月夜 月。○片よりに 一方に寄る意。○今宵によりて 今夜に寄つてで、月が二夜《ふたよ》分照れば、夜(6)の永さも二夜分あるとの意。快い事のある夜、その夜を永くしたいといふ意の語。
 
1073 玉垂《たまだれ》の 小簾《をす》の間《ま》通し 獨りゐて 見る驗《しるし》なき 夕月夜《ゆふづくよ》かも
 
【口譯】 簾《す》の間《ま》を通して、獨りゐて見ては、見る甲斐のない夕月ではある。
【語釋】 ○玉垂の 枕詞。玉を垂らすところの緒〔傍点〕を、小〔傍点〕に轉じたもの。○小簾の間通し 簾《すだれ》越しの意で、女の状態と思はれる。○獨りゐて 通ひ來る男の來ない意を暗示してゐると思はれる。○驗《しるし》 甲斐。○夕月夜 夕月。
【後記】 女の、宵の程、通ひ來るべき男を片待《かたまち》してゐる心で、心としては相聞の歌と思はれる。
 
1074 春日山 押して照らせる この月は 妹が庭にも 清《さや》けかりけり
 
【口譯】 春日山をおしなべて照らしてゐる今宵の月は、妹が家の庭にも亦さやかなことではある。
【語釋】 ○春日山 奈良市の東方。月の上からいへば、月の出るところの山で、從つて月が初めて照らす山。○押して照らせる おしなべて照らせる。妹が家に通ふ男の、途上に見た光景。○この月は この〔二字傍点〕は、今宵の意。は〔傍点〕は、他の夜に對させた意。○清けかりけり けり〔二字傍点〕を、古義、新考は、「らし」の誤だとしてゐる。(7)一首を、男が女の許《もと》に通ふ途上での心としたのである。女の家へ着いた時の心とすれば、原《もと》のままで通じる。
 
1075 海原《うなばら》の 道遠みかも 月《つく》よみの 明り少き 夜はくだちつつ
 
【口譯】 海の上の、その渡り來る道が遠いせゐか、月の明りが少い。夜は更け更けして。
【語釋】 ○道遠みかも 道〔傍点〕は、月の渡つて來る道で、海上の月に對しての感。かも〔二字傍点〕は、疑のか〔傍点〕に、感歎のも〔傍点〕の添つたもの。○月讀 月。○明り少き 月明りの少い意で、その少いのは、有るとなき海氣《かいき》に遮られて、ぼやけてゐる爲と思はれる。それをさう見ず、月の渡つて來る道が遠く、遠いと物がおぼろに見えるところから、月の明りも少いのだと解したのである。理智をまじへた解である。○夜はくだちつつ 夜が更けると、月の光は照りまさるものである意で、初二句の疑を強めるものである。
【後記】 夜更けて、海上に出た月に對しての心と取れる。異説の多い歌であるが、大體古義の解に依つた。
 
1076 百《もゝ》しきの 大宮人《おほみやぴと》の まかり出《で》て 遊ぶ今宵の 月の清《さや》けさ
 
【口譯】 大宮人の大宮より退出して、遊ぶ今夜の月の清《きや》けさよ。
(8)【語釋】 ○百しきの 枕詞。百《もゝ》の磯城《しき》のある宮の意から宮〔傍点〕にかゝる。○まかり出て まかり〔三字傍点〕は、貴い所より下《さが》る意。○遊ぶ 月ある故の遊び。
【後記】 作者も「大宮人」の中にまじつてゐる一人《ひとり》で、その遊びの喜びと、その場合の大宮人を祝ふ心とをもつて詠んだものと思はれる。
 
1077 ぬばたまの 夜渡る月を 留めむに 西の山べに 關もあらぬかも
 
【口譯】 夜空《よぞら》を渡る月を留めよう爲に、西の山べに關なりとあれ。
【語釋】 ○ぬばたまの 枕詞。今は夜〔傍点〕にかかる。○西の山べ 月の隱れる所。○關もあらぬかも 關〔傍点〕は、人を留まらしめる所なので、月を擬人して、同じく留める所としていつてゐる。も〔傍点〕は、なりと。かも〔二字傍点〕は、疑のか〔傍点〕に感歎のも〔傍点〕の添つたもので、無いか、有れかしといふ餘意を持つた語。
 
1078 この月の ここに來《きた》れば 今とかも 妹が出で立ち 待ちつつあらむ
 
【口譯】 この月が、ここに移つて來れば、今は我が來る時と思つて、妹は門《かど》に出で立つて、我を待ち待ちしてゐるであらうか。
(9)【語釋】 ○ここに來れば ここ〔二字傍点〕は、月の移つた場所で、何らかの目印《めじるし》の物のある場所。男の眼前。○今とかも 今〔傍点〕は、男の來るべき時刻。と〔傍点〕は、と思つて。か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。女の心。
【後記】 月のある頃、連夜、女の許へ通つてゐる男の心で、相聞の歌である。
 
1079 まそ鏡 照るべき月を 白妙の 雲か隱せる 天つ霧かも
 
【口譯】 照るはずの月を、白雲が隱してゐるのか、天の霧が隱してゐるのか。
【語釋】 ○まそ鏡 枕詞。眞澄《ますみ》鏡で、照る〔二字傍点〕にかかる。○白妙 今は白〔傍点〕の意。
【後記】 月の出る前を詠んだ歌とも、出たが朧ろであるのを詠んだ歌とも解されてゐる。出る前に、その出るのを待つ歌と取れる。白雲が低く、天の霧が高く懸つてゐた光景が思はれる。
 
1080 久方《かさかた》の 天照《あまて》る月は 神代にか 出でかへるらむ 年は經《へ》につつ
 
【口譯】 天に照る月は、その初めの神代に立ちもどつて出るのであらうか、それ以未、年は經過しつつも。
【語釋】 ○久方の 枕詞。今は天〔傍点〕にかかる。○月は は〔傍点〕は、下の年〔傍点〕に對させたもの。○神代にか 神代〔二字傍点〕は月の(10)生まれた古い時としていつてゐる。物は古くなると老いるのに、月の老いない意でいつてゐるもの。か〔傍点〕は、疑。○出でかへる 立ちもどつて出る意の詞と取れる。初めて生まれた時の瑞瑞《みず/”\》しさを暗示したもの。○年は經につつ 神代以來、年の經過しつつゐる意で、古び、老いるべきを暗示したもの。
【後記】 月光のいつも瑞瑞《みづ/”\》しくてゐるのを讃へた意のものである。月は神代に生まれた月讀神《つきよみのかみ》であるとの心が背後にあるもの。解が幾通りもある歌である。
 
1081 ぬば玉の 夜渡る月を おもしろみ 吾が居《を》る袖に 露ぞ置きにける
 
【口譯】 夜空を渡る月をおもしろしとして、わが眺めてゐる袖に、露が宿つたことではある。
【語釋】 ○ぬば玉の 枕詞、今は夜〔傍点〕にかかる。○夜渡る 夜空を渡る。○吾が居る わが眺めてゐる。○露 夜露で、更けてのもの。
 
1082 水底《みなそこ》の 玉さへ清《さや》に 見ゆべくも 照る月夜《つくよ》かも 夜のふけゆけば
 
【口譯】》 水底《みなそこ》の小石までもはつきりと見えるやうに、照つてゐる月ではある。夜が更けて來ると。
【語釋】 ○玉さへ 玉〔傍点〕は小石。さへ〔二字傍点〕は、までも。○月夜《つくよ》 月。○夜のふけゆけば 夜が更けると月光は増して(11)來るものである。ゆけば〔三字傍点〕は夜を主とした言ひ方。
 
1083 霜ぐもり すとにかあらむ 久方の 夜渡る月の 見えぬおもへば
 
【口譯】 霜ぐもりがする故にさうなるのであらうか、夜空を渡る月の、見えないのを思へば。
【語釋】 ○霜ぐもり 霜が雨などと同じやうに、降る前に曇る意。霜を降るものとしてゐた爲にある語。○すとにかあらむ すとに〔三字傍点〕は、する故に。か〔傍点〕は疑。あらむ〔三字傍点〕は、さうなるだらうで、月の見えない事。○久方の 枕詞。今は、月〔傍点〕にかかる。○見えぬ思へば 見えぬ訣を思へば。
 
1084 山のはに いさよふ月を いつとかも 吾が待ちをらむ 夜はふけにつつ
 
【口譯】 山の端にたゆたつて出ずにゐる月を、いつになつたら出るものとして吾が待つてゐようか、夜は更け更けするに。
【語釋】 ○いさよふ 躊躇する意で、今は出ようとして出ずにゐる意。○いつとかも か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。いつになつたら出る事としてかで、待ち遠い意。
【後記】 單に月を待つ意とも、月明りを待つて、自身、他に出る場合とも、又人を待つ意とも取(12)れて、餘意の多い歌である。類歌の少くない所から、後の意のものかと思はれる。
 
1085 妹《いも》があたり 吾が袖振らむ 木《こ》の間《ま》より 出で來る月に 雲な棚引《たなび》き
 
【口譯】 妹《いも》があたりに向つて、我が袖を振らう。木《こ》の間《ま》から出て來る月に、雲よ棚引くな。
【語釋】 ○妹があたり 妹が家の邊《あたり》にの意。その妹は、別れて來たばかりのもの。○我が袖振らむ 袖を振る〔四字傍点〕は、聲の通じない程離れてゐる時に、情を通はす仕ぐさ。○雲な棚引き な〔傍点〕は禁止。雲に命じた意。命じるのは、自分の仕ぐさを妹に見せようが爲。
【後記】 夜、妹に別れて來た男の、途中で名殘を惜しんでの心である。卷二「石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか」(一三三)を想はせる歌である。解は幾通りにかなつてゐる。此れは「古義」の解に從つたもの。
 
1086 靱《ゆぎ》かくる 伴《とも》の雄《を》廣き 大伴《おほとも》に 國|榮《さか》えむと 月は照るらし
 
【口譯】 靱《ゆぎ》を負ふ伴《とも》の雄《を》が多くゐるこの大伴《おほとも》に、この大伴の國がいよいよ榮えようとの心で、今宵の月は照つてゐるのであらう。
(13)【語釋】 ○靱 矢を盛る器。弓矢は當時の代表的の武器。○かくる 負ふ意。○伴の雄 伴〔傍点〕は、朝廷に仕へる職分によつて分れてゐる部《べ》の意。雄《を》は、緒《を》で、その部《べ》の長《をさ》の意であるが、今は單に男《をとこ》の意と取れる。靱かくる伴の雄〔七字傍点〕は、武臣といふ事を具象的にいつたもの。○廣き 多き。○大伴 攝津にある地名で、武臣の大伴家の領地。大伴といふ氏は地名を取つたもの。○國 古くは、一郡一郡をも國といつた。この國〔傍点〕は、大伴。○榮えむと 榮え行くだらうとの心での意で、月が大伴の國を祝ふ意。○照るらし らし〔二字傍点〕は、理由を擧げての推量の意の語。理由は、既に榮えてゐる事で、從つて、「いよいよ」といふ餘意がある。
【後記】 大伴家を祝賀した意の歌である。一族の宴などの場合のものかと思はれる。「國」については、日本とする解もある。
 
(14)   雲を詠む
 
1087 痛足河《あなしがは》 河浪たちぬ 卷目《まきもく》の ゆつきが嶽に 雲居《くもゐ》立つらし
 
【口譯】 痛足河《あなしがは》に、吹きおろす風で河浪が立つた。これだと卷目《まきもく》のゆつきが嶽には、雨雲が立つだらう。
【語釋】 ○痛足河《あなしがは》 大和磯城郡|纒向《まきむく》村にある小流。卷向《まきむく》山から發して、初瀬《はつせ》川に合流する。現今は卷向《まきむく》川といふ。○河浪立ちぬ 風の爲に俄に立つ浪で、その風は、驟雨に先立つものである。それは暗示としてゐる。○卷目《ままもく》 三輪山の東に續く連山。多くは卷向《まきむく》といつてゐる。む〔傍点〕がも〔傍点〕に轉じたものと取れる。○ゆつきが嶽 卷向山の中の一つの峰で、高い峰。○雲居 雲の意。○立つらし 立つ〔二字傍点〕は、多くの本が「立有〔二字傍点〕」となつてゐ、中に「立」になつてゐるものもある。立有〔二字傍点〕だと、タテルである。立〔傍点〕に從ふ。らし〔二字傍点〕は、理由を擧げての推量。
 
1088 足引の 山河《やまがは》の瀬の 鳴るなべに 弓月《ゆつき》が嶽に 雲立ち渡る
    右二首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ。
 
【口譯】 山河《やまがは》の瀬が鳴るのにつれて、弓月が嶽に雨雲が一面に立つ。
(15)【語釋】 ○足引の 枕詞。山〔傍点〕にかかる。○山河《やまがは》 前の歌の痛足《あなし》河を、その性質によつて言ひかへたもの。○鳴るなべに 鳴る〔二字傍点〕は、河浪の音。なべ〔二字傍点〕は、連《つ》れて。○立ち渡る 立ち續く意。
【後記】 前の歌とこの歌とは連作になつてゐる。取材は、何れも驟雨の來る前、俄に風が立ち雲が現はれることである。前の歌は、眼を痛足河《あなしがは》にそそぎ、ゆつきが嶽を想像としたもの。後の歌は反對に、眼を弓月が嶽にそそぎ、痛足河《あなしがは》を耳に感じるものとしたのである。一つの光景を二首としたのは、感覺的に、力強く現はさうとしたが爲と取れる。動的な光景を、瞬間的に捉へて、強い調べをもつて表現してゐるところ、人麿の作と思はれる。
 
1089 大海《おほうみ》に、島もあらなくに 海原《うなばら》の たゆたふ浪に 立てる白雲
    右一首、伊勢に從駕して詠める。
 
【口譯】 大海に島さへもない事であるに、海原の搖れかへつてゐる浪の上に立つてゐる白雲よ。
【語釋】 ○島もあらなくに 島も〔二字傍点〕は、陸はもとより、島さへもの意。なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言で、名詞形となつたもの。雲は山の上に立つものと思つてゐる大和の人の、怪しみの意からの語。○たゆたふ浪 一つ所にためらつてゐる浪で、搖れかへつてゐる浪の意。
(16)【左註】 伊勢への行幸の際、從駕した人の作で、その時も、その人も傳はつてゐないもの。
 
   雨を詠む
1090 吾妹子《わきもこ》が 赤裳《あかも》の裾の ひづちなむ 今日のこさめに 吾さへぬれな
 
【口譯】 吾妹子の赤裳の裾が泥《どろ》によごれるであらうところの今日の小雨《こさめ》に、吾までも濡れよう。
【語釋】 ○赤裳 裳〔傍点〕は、女の禮装の一つ。赤〔傍点〕は、その色。○ひづち 雨の日の泥の、はね上《あが》つて汚《よご》す意。○吾さへ さへ〔二字傍点〕は、重きに、輕きを添へる意の語。
【後記】 雨の日、何等かの事情で他行する吾妹子を、自身の家にゐる男の、思ひやつて憐んだ意。
 
1091 とほるべく 雨はな零《ふ》りそ 吾妹子が 形見の衣《ころも》 われ下《した》に著《き》たり
 
【口譯】 濡れとほるやうに雨よ強く降るな。吾妹子の形見の衣《ころも》を、我は下《した》に著てゐる。
【語釋】 ○形見の衣 形見〔二字傍点〕は、今は生きてゐる人の物。男女、下《した》の衣《ころも》を通はして著《き》る風があつた所から、別れの際、形見ともした。
【後記】 女に別れた男の、路で雨に逢つた時の心であるが、その路は家路とも旅路とも分らない。
 
(17)   山を詠む
1092 鳴る神の 音《おと》のみ聞きし 卷向《まきむく》の 檜原《びはら》の山を 今日見つるかも
 
【口譯】 噂にだけ聞いてゐた卷向《まきむく》の檜原《ひばら》の山を、今日見たことではある。
【語釋】 ○鳴る神の 枕詞。音〔傍点〕にかゝる。○音のみ聞きし 音〔傍点〕は、噂。音のみ〔三字傍点〕は、音にのみと同じ。○檜原の山 檜の林のある山の意であるが、地名となつたもの。
【後記】 上代では、林は天《あま》つ神の降《くだ》られる所として尊まれてゐた。その心の伴つた歌と思はれる。
 
1093 三諸の その山並《やまなみ》に 子等が手を 卷向山《まきむくやま》は 繼《つ》ぎのよろしも
 
【口譯】 三輪山《みわやま》のその山續きに、卷向《まきむく》山は、續き方がよい。
【語釋】 ○三諸《みもろ》 御室《みもろ》で、神のいます所。諸所にあるが、こゝは三輪山である。○山並《やまなみ》 山續き。○子等が手を 枕詞。子等〔二字傍点〕は子で、子は妻。手を〔二字傍点〕は、手枕《たまくら》をの意で、卷く〔二字傍点〕即ち枕とする意でかゝる。○継ぎのよろしも 継ぎ〔二字傍点〕は續き。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 これに續く一首と共に、人麿歌集中のものである。前の歌もこの歌も、初めて卷向山を(18)見ての感で、特殊なものでもあり、連作ともなつてゐる。人麿の作と思はれる。
 
1094 わが衣 色に染《し》めてむ 味酒《うまざけ》 三室《みむろ》の山は 黄葉《もみぢ》しにけり
    右三首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ。
 
【口譯】 我が衣を、その色に染めよう。三室の山はうつくしくも黄葉した。
【語釋】 ○色に染めてむ 本文は「色服染」とある。訓み難い所から誤字があるとし、古義は服〔傍点〕を將〔傍点〕の誤として染《シ》メナムと訓み、新考はシメテムとしてゐる。それに從ふ。○味酒《うまざけ》 枕詞。味《うま》い酒の意で、三室山即ち三輪山の神酒をみわ〔二字傍点〕といふところからかゝるといはれてゐる。○けり 感歎で、黄葉《もみじ》の美しさを餘意としてゐる。
 
1095 三諸《みもろ》つく 三輪山見れば 隱口《こもりく》の 始瀬《はつせ》の檜原《ひはら》 おもほゆるかも
 
【口譯】 御室《みもろ》を齋《いつ》く三輪山を見ると、始瀬《はつせ》の檜原が聯想されることではある。
【語釋】 ○三諸つく 三諸《みもろ》は御室《みもろ》で、神のいます所。つく〔二字傍点〕は齋《いつ》くであるといはれてゐる。○隱口《こもりく》の 枕詞。初瀬《はつせ》にかかる。意味は、定説がない。○始瀬《はつせ》の檜原 初瀬にある檜原であるが、地名と爲つてゐる。三輪山と同じく、神を齋《いつ》く所と爲つてゐたと取れる。○おもほゆる 思はれるで、今は聯想されるに當る。
(19)【後記】 三輪山によつて、初瀬の檜原が聯想されるといふのは、何れも神を齋く所であるが爲と取れる。敬神の心を詠んだものである。
 
1096 いにしへの 事は知らぬを 我《われ》見ても 久しくなりぬ 天《あめ》の香具山
 
【口譯】 いにしへ此の山についてあつた多くの事は知らないが、我が見ても久しくなつた、此の天《あめ》の香具山は。
【語釋】 ○いにしへの事 香具山について、古へにあつた事で、卷二の「天降《あも》りつく天の香具山」(二五七)などそれである。○知らぬを 知らぬが。
【後記】 由緒《ゆいしよ》の古いのはやがてその物の貴い事だとする上代精神の現はれで、香具山を神に近いものとする心の歌と取れる。
 
1097 わが背子《せこ》を こち巨勢山《こせやま》と 人はいへど 君も來まさず 山の名ならし
 
【口譯】 わが背子よ、此方《こちら》へ來《こ》せ山と人はいふけれども、我が君は來たまはぬ。これでは、山の(20)名だけのやうである。
【語釋】 ○わが背子を 背子〔二字傍点〕は、女から男を呼ぶ稱。を〔傍点〕は、よ〔傍点〕の意のもの。○こち巨勢山 こち〔二字傍点〕は、此方《こちら》へ。巨勢〔二字傍点〕は、二義がある。一つは、來《く》るの敬語のこす〔二字傍点〕で、その上ではこせ〔二字傍点〕は來ませの意。今一つは山の名で、大和南葛城郡|古瀬《こせ》村にある。○人はいへど 人〔傍点〕は、世間の人。は〔傍点〕は、下の君〔傍点〕に對させてゐる。○君も も〔傍点〕は、輕い意のものと取れる。○山の名ならし ならし〔三字傍点〕は、なるらしで、らし〔二字傍点〕は理由を擧げての推量で、來まさず〔四字傍点〕が即ちそれである。
【後記】 初句より三句までは、謂はゆる占《うら》であつて、人の無心の語によつて、我が上を占ふ意のものと思はれる。上代の言靈《ことだま》信仰の一つである。「わが背子をこち」は、序詞に似てゐるが、技巧のものではない。
 
1098 紀路《きぢ》にこそ 妹山《いもやま》ありといへ 櫛上《みくしげ》の 二上《ふたがみ》山も 妹《いも》こそありけれ
 
【口譯】 紀路にこそ妹山《いもやま》があると人がいふが、あの二上山もまた、妹があることだ。
【語釋】 ○紀路 大和から紀伊へ行く路。○妹山 背《せ》山に對した山で、妻の意を持つた山。○櫛上《みくしげ》の 枕詞。櫛〔傍点〕の上に三〔傍点〕のある本がある所から、古義はミクシゲノと訓《よ》み、新考は、三〔傍点〕を玉〔傍点〕の誤としてタマクシゲとして(21)ゐる。くしげ〔三字傍点〕は櫛笥で、髪上げの道具を入れる筥。葢《ふた》のある所から二《ふた》にかゝつてゐる。○二上山 大和北葛城郡。峰が二つある所から二神《ふたがみ》といつた。今は男嶽《をだけ》女嶽《めだけ》といつてゐる。○妹 女嶽《めだけ》の意。
【後記】 妹《いも》の無い男の、噂に聞く山、目に見る山も、何れも妹を持つてゐるのを羨んだ心のもの。
 
   岳を詠む
1099 片岡《かたをか》の この向《むか》つ峯《を》に 椎《しひ》蒔《ま》かば 今年の夏の 陰《かげ》にならむか
 
【口譯】 片岡の、かの向ひの峰に椎を蒔いたならば、今年の夏の木蔭となるであらうか。
(22)【語釋】 ○片岡 多い地名で、大和の中だけでも諸所にある。何れと定め難い。○この向つ峯《むかを》 この〔二字傍点〕は、後世のかの〔二字傍点〕に通じる。向つ峯〔三字傍点〕は、眞向ひの峰。○ならむか ならむ〔三字傍点〕は、諸本「將比」となつてゐ、ナミムと訓んでゐる。略解は、比〔傍点〕は成〔傍点〕の誤かといひ、古義は化〔傍点〕の誤として、ナラムと訓んでゐる。それらに從ふ。
【後記】 有り得べからざる事をいつてゐる歌である。背後に何等かがあつてのものと思はれる。
 
   河を詠む
1100 卷向《まきむく》の 痛足《あなし》の河ゆ 往く水の 絶ゆることなく 又かへり見む
 
【口譯】 卷向のあなしの河を行く水の如く、絶える事なく又も來て此の河を見よう。
【語釋】 ○河ゆ ゆ〔傍点〕は、後世のを〔傍点〕。○往く水の 水の〔二字傍点〕は、水の如くで、河に對する愛を、その河を譬喩としていつたもの。
 
1101 ぬば玉の 夜《よる》さり來れば 卷向《まきむく》の 川音《かはと》高しも あらしかも疾《と》き
    右二首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ
 
【口譯】 夜《よる》が來ると、卷向の河の音が高い事だ。嵐が烈しい爲なのか。
【語釋】 ○ぬば玉の 枕詞。夜〔傍点〕にかかる。○夜《よる》さり來れば さり來れば〔五字傍点〕は、動き來ればで、同じ意味の語を疊(23)んだもの。○卷向の川音 卷目の川即ちあなし河の瀬の音。○あらしかも疾き かも〔二字傍点〕は、疑のか〔傍点〕に、感歎のも〔傍点〕の添つたもの。
【後記】 前の歌と此の歌とは、あなし河のほとりに、晝から夜にかけて初めて居て、夜の河音の高いのを今更のやうに怪しんだものである。前の「雲を詠む」(一〇八七)の續きのもので、人麿の作と思はれる。
 
1102 大王《おほきみ》の 御笠《みかさ》の山の 帶にせる 細谷川《ほそたにがは》の 音の清《さや》けさ
 
【口譯】 三笠の山の帶にしてゐる細い谷川の水音の清《さや》けさよ。
【語釋】 ○大王の 枕詞。御笠〔二字傍点〕にかかる。○帶 山の腰を饒つてゐる所からの隱喩。○細谷川 細い谷川で、能登河《のとがは》の意。
 
1103 今しきは 見めやと念ひし み芳野の 大川淀《おほかはよど》を 今日見つるかも
 
【口譯】 今は見ようかは見られないと思つてぬた芳野の大川淀を、今日見たことではある。
【語釋】 ○今しきは 今しき〔三字傍点〕は 今〔傍点〕の意の當時の語。は〔傍点〕は、他と對させたもので、老齡を暗示してゐると取れ(24)る。○見めや や〔傍点〕は、反語。見ようかは、見られないの意。○大川淀 大きな川淀で、淀〔傍点〕は水の湛へてゐ所。六田《むつだ》の淀、夏見《なつみ》の川の川淀などがある。
 
1104 馬|並《な》めて 三芳野河《みよしぬがは》を 見まくほり 打越《うちこ》え來てぞ 瀧《たぎ》に遊びつる
 
【口譯】 馬を連ねて、芳野川を見たく、山を越えて來て、瀧《たき》に遊んだことだ。
【語釋】 ○馬並めて 並め〔二字傍点〕は、並べ即ち連ねてで、友と共にの意。○打越えて 山を越えて。山は宇治間山《うぢまやま》であらう。○瀧 吉野川の瀧で、今の宮瀧《みやだき》。瀧《たぎ》》は激湍。
 
1105 音に聞き 目にはいまだ見ぬ 吉野河《よしぬがは》 六田《むつだ》の淀を 今日見つるかも
 
【口譯】 噂には聞いて目にはまだ見た事のない、吉野川の六田《むつだ》の淀を、今日見たことである。
【語釋】 ○六田の淀 上市《かみいち》の下流で、吉野川が廣い淀となつてゐる處。今は六田《むた》といふ。
 
1106 かはづ鳴く 清き川原《かはら》を 今日見ては いつか越え來て 見つつ偲《しぬ》ばむ
 
【口譯】 河鹿《かじか》の鳴く清い川原を今日見て、いつの日に又、山を越えて來て、此處《ここ》を見つつ賞美す(25)るであらうか。
【語釋】 ○かはづ 河鹿《かじか》。○清き川原 吉野川の川原と取れる。○見ては は〔傍点〕は、強め。○いつか越え來て か〔傍点〕は、疑。越え〔二字傍点〕は、宇治間山《うぢまやま》を越える意。○偲《しぬ》ばむ しぬぷ〔三字傍点〕は、思ひ出す意と、賞美する意とある。今は後のもの。
【後記】 佳景に對して、またと見難い感を起したもので、一一〇三の「今しきは」の歌と關係のあるものと思はれる。
 
1107 泊瀬《はつせ》がは 白木綿花《しらゆふばな》に 落ちたぎつ 瀬をさやけみと 見に來《こ》し我を
 
【口譯】 泊瀬川《はつせがは》の、白い木綿花《ゆふばな》のやうに落ちたぎる瀬の清《さや》かなので、見に來た我ぞ。
【語釋】 ○白木綿花に 木綿花《ゆふばな》は、木綿《ゆふ》で造つた花。木綿〔二字傍点〕は、楮《かうぞ》の繊維。白〔傍点〕は、本來白い物に、強めの意で添へたもの。に〔傍点〕は、後世のと〔傍点〕に通ふもので、の如く。○瀬をさやけみと 瀬をさやけみ〔六字傍点〕は、瀬が清《さや》かだとして。と〔傍点〕は、意味には拘はりのない語。○我を を〔傍点〕は、感歎。
 
1108 泊瀬川《はつせがは》 ながるる水尾《みを》の、瀬を早み ゐで越す浪の 音の清《さや》けく
 
(26)【口譯】 はつせ川の流れる水脉《みを》の瀬が早くして、堰を越す浪の音が清《さや》けく聞える。
【語釋】 ○水尾《みを》 水脈で、水筋。○瀬を早み 瀬が早くして。○ゐで 流れを堰《せ》き止める所。堰くのは、水を他に引く爲。○清けく 連用形で、下に語が省かれてゐる。
 
1109 さ檜《ひ》の隈《くま》 檜《ひ》の隈川《くまがは》の 瀬を早み 君が手取らば 縁《よ》せ言はむかも
 
【口譯】 檜《ひ》の隈《くま》の檜《ひ》の隈《くま》川の瀬が早くして、渡り悩んで君が手を取つたならば、それを因《ちなみ》にして人がとやかくいふ事であらうか。
【語釋】 ○さ檜の隈 さ〔傍点〕は接頭語的に添へたもの。檜の隈〔三字傍点〕は、大和高市郡。今は阪合村といふ。○檜の隈川 高取山《たかとりやま》から發し、蘇我川《そががは》に注ぐ流れ。○君が手取らば 君〔傍点〕は、女から男を指したもの。手を取らば〔五字傍点〕は、渡り悩んで、助けを借りよう爲。○縁《よ》せ言はむ 本文は、「將縁言」とある。略解の訓《よみ》に從ふ。手を取つたのを因《ちなみ》に前から關係のあつたやうに、とやかくいはうの意。
 
1110 湯種《ゆだね》蒔《ま》く あらきの小田《をだ》を 求めむと 足結《あゆひ》は沾《ぬ》れぬ この水《かは》の湍《せ》に
 
【口譯】 齋種を蒔く爲の新墾の田を求めようと思つて、足結《あゆひ》を濡らした、此の川の瀬で。
(27)【語釋】 ○湯種 湯〔傍点〕は、「齋《ゆ》」で、その齋《ゆ》は齋《い》み淨める意。種としての籾に、その豐熟を祈つて、神事《しんじ》をしたものと思はれる。○あらきの小田 あらき〔三字傍点〕は、新墾。小田〔二字傍点〕は、田。苗代田《なはしろだ》は、新墾田《あらきだ》をもつてしたと見える。○求めむと 求めるのは、卜占《ぼくせん》などで方角を定めての上の事と思はれる。○足結《あゆひ》は 足結〔二字傍点〕は、袴の裾を結ぶ紐。は〔傍点〕は、本文は「出」になつてゐる。宣長は、者〔傍点〕の誤だとした。それに從ふ。○水《かは》の湍に 川の瀬を渡るのは示された方角に向ふ爲で、勞苦を暗示してゐるものと取れる。
【後記】 上代は、農事と神事とは密接な關係を持つてゐた。この歌はその現はれの一つで、農事の上での行事となつてゐた事を詠んだものと思はれる。
 
1111 いにしへも 斯く聞きつつや 偲《しぬ》びけむ この古川《ふるかは》の 清き瀬の音《と》を
 
【口譯】 昔の人も亦、このやうに聞き聞きして賞美したのであらうか。この古川の立てる清い瀬の音を。
【語釋】 ○いにしへも いにしへの人も亦。○偲《しぬ》びけむ 偲ぶ〔二字傍点〕は、賞美する意のもの。○古川 大和、石上《いそのかみ》の古川《ふるかは》であらう。それだと初瀬《はつせ》川に注ぐ川である。
 
(28)1112 はねかづら 今する妹《いも》を うら若み いざ率去《いざ》河の 音の清《さや》けさ
 
【口譯】 率去《いざ》河の瀬の音の、清《さや》かなことよ。
【語釋】 ○はねかづら 少女のやや長じた年頃の者の、髪の飾りとするかづらであるが、材料も拵へ方も分らない。○今する妹を 今する〔三字傍点〕は、新たにするで、その年頃を暗示する語。妹を〔二字傍点〕は、妹が。○うら若み うら若くしてで、男女間の事に馴れず、それに對して羞耻《はにか》む事を暗示した語。○いさ 誘ふ意の語で、今は男から女を誘ふ語。初句から此れまでは、「率去《いざ》河」へ同音で懸ける爲の序。○率去河《いざがは》 春日山から發して、佐保《さほ》川へ注ぐ小流。
 
1113 この小川 霧ぞ結《むす》べる 瀧《たぎ》ちたる 走り井の上に 事上《ことあげ》せねども
 
【口譯】 この小川に霧が湧いたことだ。水の湧き立つてゐる走り井のほとりで、言擧《ことあ》げはしないけれども。
【語釋】 ○霧ぞ結べる 結ぶ〔二字傍点〕は、湧く意。○たぎちたる 本文は「瀧至」である。至〔傍点〕は誤字だとして、代匠記は去〔傍点〕としてユクと訓《よ》み、古義は足〔傍点〕として、タルと訓《よ》んでゐる。走り井〔三字傍点〕の状態をいつたものであるから、古義に從つて、タギチタルとする。湧き立つてゐるの意。○走り井のうへ 走り井〔三字傍点〕は、迸《ほとば》しる泉の意の名詞で、(29)飲用水である。上の小川〔二字傍点〕は、その泉の水の流れ行くものである。うへ〔二字傍点〕は、ほとり。○事上《ことあげ》 言擧《ことあげ》。思ふ事を言葉として言ひ立てる事で、我が思ふ事を主張する意。神意のままに生活した上代では、此の事は忌むべき事としてゐた。言擧げをすると、吐き出す氣が霧となるといふ事は、類例のあるものである。新考は、「嗟」の誤として、なげき〔三字傍点〕と訓《よ》んでゐる。
【後記】 言擧げしようと思ふが、忌むべき事として堪へてゐる男の、走り井の水の状態と、その末の小川の上の霧とを見て、言擧げをしたのに似てゐる感を起しての歌と思はれる。
 
1114 吾が紐を 妹《いも》が手もちて 結八川《ゆふやがは》 またかへり見む 萬代《よろづよ》までに
 
【口譯】 この結八川《ゆふやがは》は、また還つて來て見よう、萬年の後までも。
【語釋】 ○吾が紐を妹が手もちて 夫婦別れる時、男女互に衣《ころも》の紐を結《ゆ》ふのは上代の風で、その意の歌が多い。今は妹の結ふ場合。この二句は結ふ〔二字傍点〕にかかる序。○結八川《ゆふやがは》 所在は不明。
 
1115 妹が紐 結八河内《ゆふやかはち》を いにしへの 並人《よきひと》見《み》きと 此《こ》を誰れか知る
 
【口譯】 結八河の河内《かうち》を、いにしへのよき人が見たといふ、その事を誰が知らうか。
(30)【語釋】 ○妹が紐 枕詞。妹の衣の紐を我が結《ゆ》ふ意で、結ふ〔二字傍点〕にかかる。○河内 河内〔二字傍点〕は、河の行き廻つてゐる所。佳景としていつてゐる。○よき人 本文は「並人」となつてゐる。考は、並〔傍点〕は淑〔傍点〕の誤だとしてヨキヒトと訓《よ》んでゐる。古義は人並〔二字傍点〕の顛倒として人《ヒト》サヘと訓《よ》んでゐる。卷二、「淑人《よきひと》のよしとよく見てよしといひし芳野《よしぬ》よく見よよき人よくみつ」(二七)の類があり、又、神仙を尊んだ當時、芳野には神仙が居た等の事からの解である。尤も此れは、結八川を吉野にあるとしての解である。暫くこれに從ふ。○此を誰れか知る 略解の訓《よみ》。此を〔二字傍点〕は、その事で、誰れか知る〔五字傍点〕は、誰も知らない意で、古い代の事のなつかしい心からいつてゐる語と取れる。
【後記】 前の歌と同時のもので、結八川を愛する餘り、それに關係した傳説を思つて、愛を深めようとした心のものかと思はれる。解し難い所のある歌である。
 
   露を詠む
1116 ぬば玉の 吾が黒髪に ふりなづむ 天《あめ》の露霜《つゆじも》 取れば消《け》につつ
 
【口譯】 吾が黒髪の上に降りたまる天《あめ》の露の、手に取れば消え消えする。
【語釋】 ○ぬば玉の 枕詞。黒〔傍点〕にかかる。○ふりなづむ ふり〔二字傍点〕は、露を天《あめ》から降るものとしての語。なづむ〔三字傍点〕は(31)溜る。夜戸外にゐての事。○露霜 露のこと。
 
   花を詠む
1117 島廻《しまみ》すと 磯に見し花 風吹きて 波はよるとも 取らずは止まじ
 
【口譯】 島|廻《めぐ》りをするとて、磯で見たあの花、風が吹いて波は寄せようとも、取らないでは止めまい。
【語釋】 ○島廻《しまみ》 島を廻《めぐ》ること。船でするのである。
【後記】 花を女に譬へ、風と波とを、その女を得る上の障りに譬へたものと取れる。「譬喩歌」に入るべきものと見られる。
 
   葉を詠む
1118 いにしへに ありけむ人も 吾が如《ごと》か 三輪の檜原に 挿頭《かざし》折りけむ
 
【口譯】 いにしへにあつた人も、我が今するやうに、三輪の檜原で挿頭《かざし》を折つたであらうか。
【語釋】 ○いにしへにありけむ人 古への世にあつたらう所の人で、古人の意。○挿頭 冠に挿すもの。花、(32)木の小枝などを以てした。今は檜の小枝である。
 
1119 往く川の 過ぎ去《ゆ》く人の 手折《たを》らねば うらぶれ立てり 三輪の檜原は
    右二首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ
 
【口譯】 ここを過ぎゆく人が、挿頭《かざし》として手折らないで、萎《しを》れて立つてゐる、三輪の檜原は。
【語釋】 ○往く川の 枕詞。川水の過ぎてゆく意で、過ぎ〔二字傍点〕にかかる。○過ぎ去く人 本文は「過去人」で、舊訓はスギユクヒト。代匠記が去〔傍点〕をニシと改め、古人の意とし、「手折らねば」の上に、再びといふ意を添へて解した。今は新考の解に從ふ。○うらぶれ 憂へしをれて。
【後記】 前の歌と此の歌とは連作となつてゐる。檜の枝を挿頭に折るにつけ、それをした古人をなつかしみ、轉じて、しなくなつた今を思ひ、檜原を擬人して、「うらぶれ」といつたのである。
 
   蘿《こけ》を詠む
1120 三芳野《みよしぬ》の 青根《あをね》が峰の 蘿《こけ》むしろ 誰か織りけむ 經緯《たてぬき》なしに
 
【口譯】 芳野の青根が峰のこの蘿《こけ》の席《むしろ》は、誰が織つたのであらうか、經糸《たていと》、緯糸《ぬきいと》も無いやうに。
(33)【語釋】 ○青根が峰 吉野山の東南方、金峰山《きんぶせん》の北方にある。○蘿席《こけむしろ》 蘿の席で、席《むしろ》は譬喩。○誰か 怪しんだのは、普通の業《わざ》ではないとした爲。○經緯なしに 經緯《たてぬき》の無いのは、織り方の上手な意。に〔傍点〕は、やうにの意。神仙の衣《ころも》を天衣無縫などいふ、それを思はせる意のもの。
 
   草を詠む
1121 妹らがり 我が通路《かよひぢ》の しぬすすき 我し通はば 靡けしぬ原
 
【口譯】 妹《いも》が許《もと》への我が通路にあるしぬすすきよ、我が通ふ時には、歩きよく靡け、しぬ原よ。
【語釋】 ○妹らがり 本文は「妹所等《いもがりと》」と「妹樂所《いもらがり》」と二通りある。と〔傍点〕を受ける動詞がないので、後の方が原形と取れる。ら〔傍点〕は添へた語。妹がり〔二字傍点〕は、妹が許《もと》。○しぬすすき 細竹《しぬ》と薄。○我し し〔傍点〕は強め。○しぬ原 分け難い細竹《しぬ》の方だけをいつたもの。
 
   鳥を詠む
1122 腰山の際《ま》に 渡る秋抄《あきさ》の 往きて居む その河の瀬に 浪立つなゆめ
 
【口譯】 山の間《かひだ》を飛んで行く秋沙《ちきさ》の、行つて下《お》りるであらうところのその河の瀬には、浪よ立つ(34)な、決して。
【語釋】 ○山の際に 際〔傍点〕は、間〔傍点〕。に〔傍点〕は、後世のを〔傍点〕に通ふもの。○秋沙《あきさ》 今のあひ鴨。游禽類で、鴨に似て小さいもの。○河の瀬 秋沙の居るべき所で、又食を得る所。○ゆめ 強い禁止の意の語。
【後記】 秋沙を愛憐した心のもの。
 
1123 佐保河《さほがは》の 清き河原に 鳴く千鳥 かはづと二つ 忘れかねつも
 
【口譯】 佐保河の清い河原に鳴く千鳥の聲と、河鹿《かじか》の聲との二つは、忘れようとしても忘れられない。
【語釋】 ○千鳥 下にと〔傍点〕が省かれてゐる。○かはづ 河鹿で、聲の清らかなもの。○忘れかねつも かね〔二字傍点〕は、しようとして出來ない意。も〔傍点〕は、感歎。思ひ出として云つたもの。奈良の人の、族に居ての心かと思はれる。
 
1124 佐保河に さわぐ千鳥 夜くだちて 汝《な》が聲聞けば いねがてなくに
 
【口譯】 佐保河にさわいでゐる千鳥よ、夜ふけてお前の聲を聞くと、眠りかねる事よ。
【語釋】 ○さわぐ 本文は「小驟」で、アソブと訓んでゐる。新考は、サワギシかといひ、畫見た状態としてゐ(35)る。サワグと現在にし、聲の頻りに移動する事とも取れる。○いねがてなくに いねがて〔四字傍点〕は、寐《い》ね難《がて》、なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言、に〔傍点〕は感歎で、寐《い》ねかぬる事よの意。眠られないのは、千鳥の聲のあはれさに刺激されての爲。
 
   故郷《ふるさと》を偲《しぬ》ぶ
1125 清き瀬に 千鳥妻よび 山のまに 霞立つらむ 甘南備《かむなび》の里
 
【口譯】 清らかな河瀬には、千鳥が妻を呼んで鳴き、山の間《ま》には、霞が立つてゐるであらう甘南備《かむなび》の里よ。
【語釋】 ○清き瀬 集中の例から見て、飛鳥河《あすかがは》と思はれる。○甘南備の里 甘南備〔三字傍点〕は、本來、神の杜《もり》の意で、諸所にある地名である。これは飛鳥《あすか》の中であらう。故郷としての甘南備の里を思ひ出し、なつかしんでの心
 
1126 年月《としつき》も いまだ經なくに 明日香河《あすかがは》 瀬瀬ゆ渡りし 石《いは》ばしもなし
 
【口譯】 年月もまだ經ないことであるのに、明日香河の瀬瀬を我が渡つたことのあつた、あの石橋もない。
(36)【語釋】 ○經なくに 經ぬことであるに。飛鳥《あすか》から奈良へ遷都して、幾何もたたない意。○瀬瀬ゆ渡りし ゆ〔傍点〕は、を〔傍点〕に通ふもの。○石ばしもなし 石ばし〔三字傍点〕は、河の淺瀬に庭の飛石《とびいし》のやうに石を据ゑて橋としたもの。なし〔二字傍点〕は、飛鳥川は瀬の變りやすい川であるのと、修繕をする者のない所から無くなつた意。これは、推移を目の前に見ての感。
 
   井を詠む
1127 落ちたぎつ 走り井の水の 清くあれば おきては我は 去《ゆ》きがてぬかも
 
【口譯】 落ちて沸きかへる走り井の水が清くあるので、これを後《あと》にしては我は、去りかねることではある。
【語釋】 ○落ちたぎつ 落ちて沸き立つ。○走り井 迸《ほとば》しる泉。}(一一一三に既出)。○おきては 本文は「度者」と、「癈者」「廢者」とがある。度〔傍点〕はワタリと訓んでゐる。新考は廢〔傍点〕を取り、オキテハと訓んでゐる。それに從ふ。後《あと》に殘しては。○行きがてぬ 去るには堪へぬ。
【後記】 大和では良い水が得難かつたと見え、井を貴んでゐる歌が多い。それに又、良水は不老の力を持つてゐるものとして信仰されて、多くの靈泉傳説も殘してゐる。これらが背景をなし(37)てゐる歌と取れる。
 
1128 馬醉木《あしび》なす 榮えし君が 穿《ほ》りし井の 岩井の水は 飲めど飽かぬかも
 
【口譯】 馬醉木《あしび》の花のやうに榮えた君が穿《ほ》つた、この岩井の水は、飲み飽かないことではある。
【語釋】 ○馬醉木なす 馬醉木の花の如くで榮え〔二字傍点〕を形容したもの。○榮えし君 世に榮えた君で、過去としていつてゐるので、今は思ひ出である。君〔傍点〕は、何ういふ人か分らない。○穿《ほ》りし井 堀井で、掘る井は井の一種であつた。○岩井 井筒《ゐづつ》を石で造つたもの。○飲めど飽かぬ 飲んでも飲んでも飽かないで、賞美の意。
【後記】 良い井戸水を飲みながら、その井戸を掘つた人の徳に思ひ及ぼした歌、當時の井といふものの價値を語つてゐる。
 
   和琴《やまとごと》を詠む
1129 琴取れば 嘆き先立《さきだ》つ けだしくも 琴の下樋《したひ》に 妻やこもれる
 
【口譯】 彈かうと琴を手に取ると、嘆きが先づ起る。もし或は、この琴の下樋の中に、妻が隱れてゐるのでもあらうか。
(38)【語釋】 ○嘆き先立《さきだ》つ 彈く前から嘆きが起る。琴の音はあはれで、嘆きを起されるものとなつてゐたので、その習慣からの心。○けだしくも 若《も》しも。○下樋 琴の腹の中空となつてゐる所。○妻やこもれる や〔傍点〕は疑。こもる〔三字傍点〕は、隱れてゐる意。妻〔傍点〕は、嘆きを起させるものとしていつてゐる。この妻は、死んだ人とも、逢ひ難い關係のものとも取れる。こもれる〔四字傍点〕は誇張だからである。
 
   芳野にて作《よ》める
1130 神《かむ》さぶる 磐根《いはね》こごしき 三芳野《みよしぬ》の 水分山《みくまりやま》を 見れば悲しも
 
【口譯】 神神《かう/”\》しい岩のごろごろとしてゐる、吉野の水分《みくまり》山を見ると、おもしろいことだ。
【語釋】 ○神さぶる 古く尊い。○こごしき ごろごろしてゐる。○水分山《みくまりやま》 吉野の青根《あをね》が峰の前方。水分《みくまり》の神を祀りてある山。この神は上代から尊まれたる神。○悲しも 悲し〔二字傍点〕は、意味の廣い語で、今は面白い意。も〔傍点〕は感歎。
 
(39)1131 皆人の 戀ふる三吉野《みよしぬ》 今日見れば うべも戀ひけり 山川《やまかは》清み
 
【口譯】 皆の人が戀つてゐた吉野を、今日來て見ると、戀ふのは尤もなことである、山も川も清いので。
【語釋】 ○今日見れば 今日初めて見ると。○山川清み 山も川も清くして。
 
1132 夢《ゆめ》のわだ ことにしありけり 現《うつゝ》にも 見て來しものを 念《おも》ひし念《おも》へば
 
【口譯】 夢《いめ》のわだは、名のやうに夢でだけ見る所かと思つてゐたが、それは名だけであつた事だ。今は現《うつつ》に見て來たものを、見ようと思ひに思つてゐれば。
【語釋】 ○夢《いめ》のわだ 吉野離宮前にある。吉野川の淵の名。今は夢淵《ゆめぶち》と呼んでゐる。卷三(三三五)參照。○ことにしありけり こと〔二字傍点〕は、言《こと》で、今は名の意。夢といふ名から、夢でだけ見るものとしてゐた意で、下の現〔傍点〕に對させてある。けり〔二字傍点〕は感歎。○現《うつつ》にも 現〔傍点〕は、目《ま》のあたり、も〔傍点〕は感歎。○念《おも》ひし念《おも》へば 念ひに念つてゐればで、一心に思ひ詰めてゐればの意。し〔傍点〕は強め。
 
1133 皇祖神《すめろぎ》の 神の宮人《みやぴと》 ところづら いや常《とこ》しくに 吾《われ》かへり見む
 
(40)【口譯】 すめろぎの神の宮人《みやびと》の我は、御供《みとも》仕へていや長《とこ》しへに、この吉野を立ち還つて見よう。
【語釋】 ○皇祖神《すめろぎ》の神 すめろぎ〔四字傍点〕は、皇祖神であると共に、現在の天皇を、皇位繼承者として見る意で申してもゐる。現在の天皇が御自身を「すめら我が」と仰せられてゐる例は幾つもある。今はその後の意味のものと取れる。神〔傍点〕は、天皇。○宮人 大宮人、即ち廷臣の意。一二句は結句の吾〔傍点〕に續いてゐる。○ところづら 枕詞。ところ〔三字傍点〕の蔓で、薯預《やまのいも》に似た野老《ところ》をかういつたもの。常《とこ》に同音の關係でかかつてゐる。○いや常《とこ》しくに いや〔二字傍点〕は益益《ます/\》。常《とこ》しくは永久。○吾かへり見む かへり見む〔五字傍点〕は、芳野の佳景を立ち還り見ようの意。吾〔傍点〕を、新考は、また〔二字傍点〕の誤字としてゐる。それだと、宮人〔二字傍点〕は、一般的に見たものとなつて、一首の心が通りやすくなる。
【後記】 吉野の佳景を永遠に讃《たゝ》へようといふ心であるが、それは行幸の供奉《ぐぶ》に加はつてしようといふので、皇室に對する賀の心が主となつてゐるものである。
 
1134 能野川《よしぬがは》 石と柏《かしは》と 常磐《ときは》なす 吾は通はむ 萬世《よろづよ》までに
 
【口譯】 常磐《ときは》に、我はここに通つて來て賞美しよう、萬年までも。
【語釋】 ○石と柏と 難解な句で、代匠記、宣長、守部《もりべ》、古義など解を試みてゐるが、肯きかねるものである。(41)新考の試みとしての解が比較的穩かである。その大意を紹介する。石と〔二字傍点〕は、石門《いはと》で、芳野川の南岸の岩が迫つてゐる意。柏と〔二字傍点〕は、堅磐門《かしはと》で、語を變へて繰返したもので、初二句は、三句「常磐」にかかる序だといふのである。○常磐なす 「ときはに」の意味で用ゐてある。とこしへの意である。卷五(八〇五)參照。
 
   山背《やましろ》にて作《よ》める
1135 宇治河は 淀瀬《よどせ》なからし 網代《あじろ》びと 舟呼ばふ聲 をちこち聞ゆ
 
【口譯】 宇治河は、徒渉のできる淀瀬がないのであらう。網代《あじろ》の番をする人の、舟を呼ぶところの聲が、そちこちに聞える。
【語釋】 ○淀瀬 一つの語。淀んだ、靜かな瀕で、徒渉のできる所。○なからし らし〔二字傍点〕は理由を擧げての推量、理由は、舟を呼ぶ聲。○網代びと 網代の番をする人。網代〔二字傍点〕は氷魚《ひを》を捕る爲に、河の淺瀬に竹の簀を渡したもの。捕るのは、秋の末からかけて冬一ぱい。○舟呼ばふ聲 陸に歸る爲の舟を呼ぶ聲。呼ばふ〔三字傍点〕は、呼ぶ〔二字傍点〕の延言。○をちこち そちこちの意。
 
1136 宇治河に 生ふる菅藻《すがも》を 河早み 取らず來にけり つとにせましを
 
(42)【口譯】 宇治河に生えてゐる菅藻を、河が早くして取らずに來たことである。出來れば土産《みやげ》にしようものを。
【語釋】 ○菅藻《すがも》 菅に似た藻で、食用とするもの。○河早み 流れが早くして。○つとにせましを つと〔二字傍点〕は、土産《みやげ》。まし〔二字傍点〕に對して、上に、「出來るならば」の意がある。
 
1137 宇治びとの 譬《たとへ》の網代《あじろ》 吾ならば 今は王《よ》らまし 木積《こつみ》ならずとも
 
【口譯】 宇治びとの譬となつてゐるところの網代《あじろ》に、もし言ひ寄られる者が我であつたのならば、我は依《よ》らう、木つみでなど無くとも。
【語釋】 ○宇治びとの譬の網代 宇治びと〔四字傍点〕は網代をのみ守《も》る者として、網代〔二字傍点〕をその譬とする意か。○我ならば 宇治びとから言ひ寄られる女が、もし我であつたならばの意か。○今は王らまし 王〔傍点〕は、略解が與〔傍点〕の誤とした。それに從ふ。今は〔二字傍点〕は、譬を設けた以前の事に對させたもの。よらまし〔四字傍点〕は、伎らましで、依る〔二字傍点〕は男に靡き從ふ意。こつみ〔三字傍点〕の流れ寄るの意の寄る〔二字傍点〕と同音異義の關係のもの。○木つみならずとも 木つみ〔三字傍点〕は、製材の際に出來る屑で、宇治河に流れてゐたもの。
【後記】 難解の歌である。宇治の里にあつた傳説を背後に持つた、地方的の歌とは思はれるが、(43)その傳説の何ういふものであつたかは分らない。古來の註はさまざまである。試みに想像すると、網代守である宇治びとが女に言ひ寄ると、女は男をいやしめて、男を網代のやうだといひ、又、寄る物(依る女)は、木つみくらゐなものだといつたといふ事が、傳説となつてゐたのではないか。後の女が、その傳説に反感を持ち、我ならば依らうといふ、その心を歌としたものではないか。明らかに民謠と思はれる歌である。
 
1138 宇治河を 船渡せをと 喚ばへども 聞えざるらし 楫《かぢ》の音《と》もせぬ
 
【口譯】 宇治河を船を渡せよと呼んでゐるけれども、きつと聞えないのであらう、櫓を漕いで來る音さへも聞えない。
【語釋】 ○渡せを を〔傍点〕は、よ〔傍点〕に通ふもの。○喚ばへ 喚ぶ〔二字傍点〕の延言。○らし 理由を擧げての推量。○楫の音 楫〔傍点〕は今の櫓に當るもの。音〔傍点〕をいつてゐるのは、夕闇の頃か、又は霧の深い時を暗示したもの。
 
1139 千早《ちはや》びと 宇治川浪を 清みかも 旅ゆく人の 立ち難《がて》にする
 
【口譯】 宇治川の川浪を清しとしてか、旅を行く人がここを立ち去りかねてゐる。
(44)【語釋】 ○千早《ちはや》びと 枕詞。勇猛な事を、ちはやぶる〔五字傍点〕とも、うちはやぶる〔六字傍点〕とも云つた。千早びと〔四字傍点〕は、勇猛な人で、ちはや〔三字傍点〕はうち〔二字傍点〕に異語同義で繰返しとなつてゐる。○清みかも か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。清しとしてか。○立ち難《がて》 立ち去るに堪へぬ意で、佳景に我を忘れてゐる意。
【後記】 旅びとの状態を、第三者となつて見てゐるもの。見てゐる人も、同じく旅びとで、我をもて他を推《お》してゐるものと取れる。
 
   攝津《つのくに》にて作《よ》める
1140 しなが鳥 猪名野《ゐなぬ》を來れば 有馬やま 夕霧立ちぬ 宿はなくして 【一本云、猪名《ゐな》の浦廻《うらみ》を榜《こ》ぎ來れば】
 
【口譯】 猪名野《ゐなぬ》を旅して來ると、有馬山に夕霧が立つた。寢るべき宿は無くて。
【語釋】 ○しなが鳥 枕詞。意味は、定説がない。し〔傍点〕は息《いき》の古語。息の長い鳥で、鳰《にほ》、今のかいつぶりの別名である。水中に長く潜つてゐる所からの名。居並《ゐなら》ぶ習性を持つてゐるので、居並《ゐな》の意で、猪名〔二字傍点〕にかかるともいはれてゐる。○猪名野《ゐなぬ》 今の伊丹を中心とした、豐能、川邊二郡に亘つての野。○有馬山 今の有馬温泉の方面の山。○一本云 一本には、二三句が異つてゐる意のもの。「浦廻《うらみ》」は、浦傳ひ。航海する者に傳唱されて、その方面の者によつて變へられたものと思はれる。口唱された歌だといふことを語つてゐる事がらであ(45)る。
 
1141 武庫河《むこがは》の 水尾《みを》を早みか 赤駒の 足掻《あが》く激《たぎ》ちに ぬれにけるかも
 
【口譯】 武庫河の水脉《みを》が早くしてか、乘る赤駒の、足掻《かが》きではねあがる水に、衣《ころも》が濡れたことではある。
【語釋】 ○武庫河 丹波、又は有馬《ありま》郡方面から發し、尼ケ崎と西の宮の間で海にそそぐ河。○水尾 瀬の深い所。○早みか か〔傍点〕は、本文「嘉」であるが、この字の無い本もある。それだと早《ハヤ》ケミと訓むべきで、意は早み〔二字傍点〕と同じである。一首とすると、その方が妥當に感じられる。激《たぎ》ち 足掻く〔三字傍点〕は、馬の歩み。今もいふ語。激ち〔二字傍点〕は、今は、水を刎ねあげるもの。○沾れ 旅衣《たぴごろも》の濡れる意。○赤駒 旅をする馬に乘つてゐるもの。○足掻《あが》く
 
1142 命を 幸《さき》くあらむと 石走《いはばし》る 垂水《たるみ》の水を むすびて飲みつ
 
【口譯】 わが命を幸《きき》くあらんと思つて、垂水《たるみ》の水を手に掬《むす》んで飲んだ。
【語釋】 ○幸くあらむと 本文は「幸久吉」とある。宣長は吉は在の誤だとして、アラムと訓《よ》んだ。それに從ふ。幸く〔二字傍点〕は、恙なく、又長生きしようとなどの意味である。○石走《いはばし》る 枕詞。當時の瀧は山川の急流であつた所(46)からその状態をいつたもの。垂水〔二字傍点〕にかかる。○垂水《たるみ》の水 垂水〔二字傍点〕は、本來は垂るる水で、瀧の意であるが、今は轉じて地名となつたもの。この水は名水で、飲めば恙なく、又長生きをするものと信じられてゐたと見える。これは上代の、廣く行き渡つた信仰である。
 
1143 さ夜ふけて 堀江こぐなる 松浦船《まつらぶね》 梶の音《と》高し 水尾《みを》早みかも
 
【口譯】 夜ふけて堀江を漕ぐ松浦船《まつらぶね》の梶の音が高い。水脉《みを》が早くして、それに抗《さから》ふ爲なのか。
【語釋】 ○堀江 難波《なには》の堀江と稱せられるもの。淀川の下流、天滿川《てんまがは》だといふ。海から船を溯らせたと見え、その意味の歌が多い。○松浦船《まつらぶね》 肥前の松浦《まつら》で拵へた船の意で、特徴のあつたものと思はれる。○梶の音高し 梶〔傍点〕は、今の櫓に當るもの。高しは、強く漕ぐ爲で、強いのは溯り難い爲。○水尾《みを》早みかも 水尾〔二字傍点〕は、深い瀬。早み〔二字傍点〕は早くしてで、流れの急な意。か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。
 
1144 悔《くや》しくも 滿ちぬる潮《しほ》か 墨《すみ》の江の 岸の浦廻《うらみ》ゆ 行かましものを
 
【口譯】 くやしくも滿ちて來た潮ではある。住の江の岸の浦づたひに、行けるならば行かうと思つたものを。
(47)【語釋】 ○瀬か か〔傍点〕は、感歎。○岸の浦廻《うらみ》ゆ 岸〔傍点〕は、斷崖で、又粘土層で、佳景をなしてゐた所といふ事が、多くの歌で分る。浦廻〔二字傍点〕は、浦傳ひで、浦〔傍点〕は、その斷崖の下。ゆ〔傍点〕は、に〔傍点〕の意のもの。○ましものを 上に、「もし出來るなら」の意がある。
 
1145 妹が爲 貝を拾《ひろ》ふと ちぬの海に ぬれにし袖は ほせど干《かわ》かず
【語釋】 妹に土産にしよう爲、貝を拾はうと思つて、ちぬの海に濡れた衣《ころも》は、ほすけれども乾かない。
【語釋】 ○貝 大和の人には、海の貝は珍らしいものであつた。○ちぬの海 和泉に屬してゐるが、代匠記は、攝津にも亘つてゐるので、ここに入れたのだらうといつてゐる。○ほせど干《かわ》かず 甚しく濡れた意を暗示したもの。從つて妹を思ふ心の暗示ともなつてゐる。
 
1146 めづらしき 人を吾家《わぎへ》に 住《すみ》の江の 岸の黄土《はにふ》を 見むよしもがも
 
【口譯】 住の江の岸の黄土《はにふ》を、見るよすがをほしいものである。
【語釋】 ○めづらしき人を吾家《わぎへ》に 序。めづらしき人〔六字傍点〕は、愛《め》でたき人で、愛する妹の意。「吾家《わぎへ》に」は、我が家(48)にで、我が家に迎へる意。夫婦共にゐるを「住む」といふので、地名の「住《すみ》」に轉じさせたもの。○黄土 今の黏土《へなつち》。色は、文字のやうに黄なもの。○見むよしもがも 見むよし〔四字傍点〕は、見るよすがで、豫定のある旅でその近くまで行つてゐるが、見難い事情のある事を暗示したもの。がも〔二字傍点〕は、希ふ意のが〔傍点〕に、も〔傍点〕の添つたもので、何れも感歎。
 
1147 暇《いとま》あらば 拾ひにゆかむ 住の江の 岸によるとふ 戀忘れ貝
 
【口譯】 暇があるならば拾ひに行かう。住の江の岸に寄ると聞く、我がこの家を戀ふ心を忘れるといふ名を持つた忘れ貝を。
【語釋】 ○暇あらば 暇のない、そして家を離れてゐる人を暗示してゐるから、臨時の國の司《つかま》などと思はれる。○戀忘れ貝 忘れ貝といふ名に、戀忘れ、即ち戀を忘れさせる意をかけたもの。戀は、家即ち妻に對しての戀。忘れ貝〔三字傍点〕は、淡紫色の美しい貝。代匠記は、その美しさの爲、見ると憂さを忘れるところからの名といつてゐる。その名を持つた物には、名のとほりの力があるとする言靈《ことたま》信仰からの語と取れる。
 
1148 馬|並《な》めて 今日わが見つる 住吉《すみのえ》の 岸の黄土《はにふ》を 萬世《よろづよ》に見む
 
(49)【口譯】 馬を連《つら》ねて、今日我が見た住の江の岸の黄土《はにふ》を、更に萬年《ばんねん》に亘つて見よう。
【語釋】 ○馬並て 馬〔傍点〕は、乘馬。並めて〔三字傍点〕は、友と一しよにの意のもの。○萬世に 佳景に、限りなく心の引かれる意。
 
1149 住吉《すみのえ》に 往くといふ道に 昨日見し 戀忘れ貝 ことにしありけり
 
【口譯】 住の江に行くといふ道で昨日見た、戀を忘れるといふ名の忘れ貝は、名だけのものであることだ。
【語釋】 ○往くといふ道 往くといはれてゐる道で、忘れ貝を發見した場所。往くとふ〔四字傍点〕は、本文は「往云」であるが、代匠記は、云〔傍点〕は去〔傍点〕の誤で、往《ユ》キニシかといつてゐる。何れにしても住の江への途中のことであるが、道を主とすれば、云〔傍点〕の方が實際的だといへる。○ことにしありけり こと〔二字傍点〕は言《こと》で、名の意。し〔傍点〕は強め。けり〔二字傍点〕は感歎。一一四七と、心の上では關係のあるやうな歌で、それは希望、これは希望を裏切られた心のものである。
 
1150 住の江の 岸に家もが 奥《おき》に邊《へ》に よする白波 見つつしぬばむ
 
(50)【口譯】 住の江の岸に家がほしい、沖に海岸に寄せて來る白浪を賞美しよう。
【語釋】 ○家もが が〔傍点〕は、希ふ意の感歎。自分の家をほしい。旅人としての心。○奥に邊《へ》に 奥〔傍点〕は沖、邊〔傍点〕は海岸。海全面にの意。○しぬばむ しぬぶ〔三字傍点〕は、賞美する意のもの。
 
1151 大伴《おほとも》の 三津《みつ》の濱べを 打曝《うちさら》し より來る浪の 行方《ゆくへ》知らずも
 
【口譯】 大伴の三津《みつ》の濱を洗つて、寄つて來る浪の、行方《ゆくへ》が知られない。
【語釋】 ○大伴 難波から南の海岸地方の名。○三津の濱べ 三津〔二字傍点〕は、難波の津を尊んでの稱。○打曝し 打〔傍点〕は接頭語。曝し〔二字傍点〕は、洗ひ。○浪 白浪を暗示してゐる。○行方知らずも 知らず〔三字傍点〕は、知られず。も〔傍点〕は感歎。白浪の消えて無くなるのを言ひ換へたものであるが、その言ひ換へによつて、驚きと怪しみとを現はしてゐる。卷三「もののふの八十氏《やそうぢ》河網代木《あじろぎ》にいさよふ浪の行方知らずも」(二六四)と似た歌で、心は同一である。
 
1152 梶の音《と》ぞ ほのかにすなる あまをとめ 奧《おき》つ藻《も》苅《かり》に 舟出《ふなで》すらしも 【一云、夕されば梶の音すなり】
 
【口譯】 梶の音だけがほのかにする。海人《あま》の少女が、沖の藻を苅りに、舟出をするのだらう。
【語釋】 ○梶の音ぞ ぞ〔傍点〕で、櫓(梶)の音だけのすることを現はしてゐる。○奧つ藻 沖に生えてゐる藻。○す(51)らしも らし〔二字傍点〕は、理由を擧げての推量。ほのか〔三字傍点〕がその理由と取れる。も〔傍点〕は感歎。○一云 初二句に異傳があるので擧げたものである。「夕されば」即ち夕となつて舟出するといふのは、事實としてふさはしくない。
 
1153 住《すみ》の江《え》の 名兒《なご》の濱べに 馬立てて 玉拾ひしく 常忘らえず
 
【口譯】 住の江の名兒《なご》の濱べに乘馬をとどめて、貝を拾つたことの面白さは、いつも忘れられない。
【語釋】 ○名兒《なご》の濱 所在は審かでない。攝津名所圖會は、今宮《いまみや》、木津《きづ》、難波などの總名であらうといつてゐる。○馬立てて 馬〔傍点〕は、乘馬。立てて〔三字傍点〕は、留めて。○玉拾ひしく 玉〔傍点〕は、貝。拾ひしく〔四字傍点〕は、拾ひし〔三字傍点〕に、く〔傍点〕の添つて、上を名詞としたもの。此の當時に例の少くない語である。○常忘らえず 常〔傍点〕は、いつも。忘らえ〔三字傍点〕は忘られの意の當時の語。
 
1154 雨はふる かりほは作《つく》る いつの間《ま》に 吾兒《あご》の潮干《しほひ》に 玉は拾はむ
 
【口譯】 雨は降つてくる、假廬《かりほ》は作る、いつの暇に、吾兒《あご》の海の潮干《しほひ》の折の貝は拾はう。
【語釋】 ○雨はふる 雨〔傍点〕は、旅|人《びと》として、その夜を宿るべき家を準備をしなければならない者としていつてゐ(52)るもの。は〔傍点〕は、他に對させたもの。「かりほは」、「玉は」がそれである。○かりほは作る かりほ〔三字傍点〕は、假廬《かりほ》で、夜を宿るべき小屋。○吾兒の潮干に 吾兒〔二字傍点〕は、上の歌の「名兒《なご》」であらう。潮干〔二字傍点〕は、玉の拾へる時。 ○玉は拾はむ 玉〔傍点〕は、貝。貝を拾ふのは、珍らしく面白い事として憧れてゐた事で、作者の大和あたりの人である事を暗示するもの。
 
1155 名兒《なご》の海の 朝開《あさけ》のなごり 今日もかも 磯の浦回《うらみ》に 亂れてあらむ
 
【口譯】 名兒の海の朝明《あさあ》けの引潮《ひきしほ》の殘りの物が、今日も、磯の岸べに亂れてゐるであらうか。
【語釋】 ○朝開《あさけ》のなごり 朝開《あさけ》は、朝明《あさあ》けの意であるが、朝明けの引潮の意でいつてゐた語と察しられる。卷六「難波潟潮干のなごり」(九七六)參照。なごり〔三字傍点〕は、殘るものの意で、引潮の跡に殘る海藻、貝などの意である。○今日もかも 今日も〔三字傍点〕は、今日も亦で、その樣を見た旅人の、後より思ひ出してゆかしんでの語。か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。○磯の浦回 磯の岸べ。○亂れてあらむ 亂れ〔二字傍点〕は、なごり〔三字傍点〕の状態。
 
1156 住の江の 遠里小野《とほざとをぬ》の 眞榛《まはり》もち すれる衣《ころも》の 盛り過ぎぬる
 
【口譯】 住の江の遠里小野の榛《はり》を以て摺つた衣《ころも》の、その美しい色が褪《あ》せた事だ。
(53)【語釋】 ○遠里小野《とほざとをぬ》 住吉の南方の平地で、中世の瓜生野《うりふの》、今は遠里小野《をりをの》といつてゐる。○眞榛《まはり》もち 眞〔傍点〕は美稱。榛〔傍点〕は、榛《はん》の木ともいひ、萩の花ともいつて、定まらない。榛《はん》の木は染料とはするが、衣《ころも》を摺《す》つたことは文献には見えない。しかし萩の花摺《はなずり》はある。ここは萩であらう。遠里小野の榛は名高いものであつたやうだ。卷十六(三七九一)參照。○盛り過ぎぬる 盛り〔二字傍点〕は、色の美しい意。過ぎ〔二字傍点〕は、過ぎ去つたで、色の褪せた意。旅びととして、旅の興に衣《ころも》に摺つた萩の花摺の、色の褪《あ》せたのを見て、それを惜しむ心を暗示したもの。
 
1157 時つ風 吹かまく知らに 阿胡《あご》の海の 朝明《あさけ》の潮《しほ》に 玉藻《たまも》苅りてな
 
【口譯】 さし潮に伴ふ風の吹いて來ようことも知らずに、阿胡《あご》の海の朝明《あさあ》けの引潮に、玉藻を苅らう。
【語釋】 ○時つ風 さし潮に伴ふ風。○吹かまく知らに まく〔二字傍点〕は、む〔傍点〕の延言。吹かんこと。知らに〔三字傍点〕は、知らずに。知らに〔三字傍点〕は、思はずにの意に近いもの。興味の爲に、怖れも忘れての意のもの。○朝明《あさけ》の潮に 朝明けの引潮にで、その時は下の藻を苅り得る時である。○玉藻苅りてな 玉〔傍点〕は美稱。な〔傍点〕は、迫つた意を現はすもの。藻を苅る興味に昂奮しての心。海を珍らしとする大和あたりの人の心を暗示してゐる語。
 
(54)1158 住の江の 奥《おき》つ白波 風ふけば 來寄《きよ》する濱を 見れば清しも
 
【口譯】 住の江の沖の白波が、風が吹くと寄せて來る濱を見れば、清いことよ。
【語釋】 ○奧つ白波 沖の方の白波で、風によつて立つのであるが、常にあるものとしていつてゐる。○風吹けば 風〔傍点〕は、身に感じるもので、白波を運んで來るものとしてゐる。○清しも 〔傍点〕もは感歎。
 
1159 住の江の 岸の松が根 うち曝《さら》し より來る浪の 音の清《さや》けさ
 
【口譯】 住の江の岸の松の根を洗つて、寄つて來る浪の音の清けきことよ。
【語釋】 ○清《さや》けさ 本文は「清羅」で、舊訓が今のやうである。羅〔傍点〕を誤だとして、考は暦〔傍点〕とし、略解は文字はそれとして、音《オト》シ清《キヨ》シモと訓んでゐる。新考は紗〔傍点〕の誤かといひ、舊訓に從つてゐる。舊訓に從ふこととする。
 
1160 難波潟 潮干に立ちて 見渡せば 淡路の島に 鶴《たづ》渡る見ゆ
 
【口譯】 難波潟の潮干に下り立つて見渡すと、淡路島に向つて鶴の飛んでゐるのが見える。
【語釋】 ○潮干に立てば 作者は遊びの時。鶴としては、あさりをする場所を失ふ時。○淡路の島に 鶴の飛ぶ方角としていつてゐるのであるが、陸としてはそれより外無いので、そこへと云つたのである。氣分を主(55)としての誇張である。
 
   ※[覊の馬が奇]旅《たび》にて作《よ》める
1161 家|離《さか》り 旅にしあれば 秋風の 寒き夕べに 雁《かり》鳴き渡る
 
【口譯】 家を離れて旅にゐるに、秋風の寒い夕方に、雁が鳴いて空を渡る。
【語釋】 ○家離り 離り〔二字傍点〕は、遠ざかり。○旅にしあれば し〔傍点〕は、強め。あれば〔三字傍点〕は、あるに〔三字傍点〕と同じ意の語。○秋風の寒き夕べ さみしく、妻の思はれる時といふことを暗示したもの。○雁鳴き渡る 雁〔傍点〕は、使を聯想したもの。渡る〔二字傍点〕は、同じく、遠い家を聯想したもの。
 
1162 圓方《まとかた》の 湊の渚鳥《すどり》 浪立てや 妻|喚《よ》び立てて 邊《へ》に近づくも
 
【口譯】 圓方《まとかた》の湊の、渚に住む鳥の、波が立つのでか、妻を呼び立てて岸に近づいて來るよ。
【語釋】 ○圓方《まとかた》 伊勢多氣郡の東南部。○湊の渚鳥 湊〔傍点〕は櫛田川の河口。渚鳥〔二字傍点〕は洲《す》に住む鳥。○浪立てや や〔傍点〕は本文に巴〔傍点〕と也〔傍点〕とある。也〔傍点〕に從ふ。浪が立てばやの意。○邊《へ》に近づくも 邊《へ》は岸。安全な場所。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 渚鳥の一種の、妻を憐んでの細かい動作を見守つてゐる所に、佳景に對しながら旅情を(56)起してゐることが暗示されてゐる。
 
1163 あゆち潟《がた》 潮干にけらし 知多《ちた》の浦に 朝《あさ》こぐ舟も 奥《おき》に寄る見ゆ
 
【口譯】 あゆち潟は引潮になつたのだらう。知多の浦に、朝漕いでゐる舟も、沖の方に寄つて見える。
【語釋】 ○あゆち潟 名古屋市熱田南方の海岸。範圍が廣く下の知多の浦〔四字傍点〕は、その一部のやうに取れる。○けらし らし〔二字傍点〕は理由を擧げての推量。その理由は、下の「奥に寄る」こと。○知多《ちた》の浦 今の知多郡の西海岸の北部。○朝こぐ舟も 出たばかりのはずの舟さへも。○奥《おき》に寄る 引潮で、漕ぎかねる爲に沖の方へ寄る意。
(57)【後記】 興味からの歌ではなく、生活事象に注意するところからのものである。その意味で特色がある。
 
1164 潮干れば 共に潟に出で 鳴く鶴《たづ》の 聲とほざかる 磯回《いそみ》すらしも
 
【口譯】 潮が干ると、連れ立つて潟に出て、鳴くところの鶴の、その鳴き聲が遠ざかつて行く、磯傳ひをして求食《あさ》るのであらう。
【語釋】 ○磯回すらしも 磯回〔二字傍点〕は、磯傳ひ。らし〔二字傍点〕は、理由を擧げての推量。その理由は、「潟に出で」は、求食《あさ》りの爲であつたので、その延長として、磯回〔二字傍点〕に「求食り」を暗示したのである。
【後記】 海上の鶴の聲を、前の歌と同じく、鶴の生活に關係させて感じたものである。
 
1165 夕なぎに あさりする鶴《たづ》 潮滿てば 沖浪高み 己妻《おのづま》喚《よば》ふ
 
【口譯】 夕凪ぎの海にあさりをしてゐる鶴が、潮が滿ちて來て沖の浪が高いので、己が妻を呼び呼びするすることだ。
【語釋】 ○夕なぎ 夕方の、定まつての海の凪ぎ。○潮滿てば 夕方のさし潮。○己妻《おのづま》喚《よば》ふ 本文、「己妻喚」。(58)舊訓は、オノガツマヨブ。古義は、「おのづま」といふ例が多い所からオノヅマヨブモとした。全釋は、ヨバフとした。これに從ふ。喚ばふ〔三字傍点〕は、喚ぶ〔二字傍点〕の延言。心としては、一一六二の歌と同じものである。
 
1166 いにしへに ありけむ人の 覓《もと》めつつ 衣《きぬ》に摺《す》りけむ 眞野《まぬ》の榛原《はりはら》
 
【口譯】 いにしへの人が覓《もと》め覓《もと》めして、その衣《きぬ》に摺つたであらう所のその眞野《まぬ》の榛原か、ここは。
【語釋】 ○いにしへにありけむ人 古への人。古へを慕ふ心からの語。○眞野《まぬ》の榛原《はりはら》 眞野〔二字傍点〕は、神戸市の西、眞野《まの》町の邊。榛〔傍点〕は、衣《きぬ》に摺るところから萩と取れる。
 
1167 あさりすと 磯に吾が見し 莫告藻《なのりそ》を いづれの島の 泉郎《あま》か苅るらむ
 
【口譯】 あさりをするとて、磯で我が見て置いたあの莫告藻《なのりそ》を、いづれの島の泉郎《あま》が苅るであらうか。
【語釋】 ○あさり 今は、貝、藻など、海からの食物を求める意。○莫告藻《なのりそ》 女の隱喩としてゐる。○いづれの島の泉郎《あま》 卑《いや》しめた意でいつた語。卑しめるのは、自身をそれよりは高い者としてゐる爲。○苅るらむ 苅る〔二字傍点〕は、同じく隱喩で、我が物とする意。
(59)【後記】 歌の上からいふと譬喩歌であるが、作者の上からいふと、作者は、その土地の泉郎《あま》を卑《いや》しと見る人で、都からの司人《つかさびと》と取れる。その點からは※[覊の馬が奇]旅の歌といへよう。
 
1168 今日もかも 奧《おき》つ玉藻は 白浪の 八重《やへ》折《を》るが上に 亂れてあらむ
 
【口譯】 今日も亦、沖の玉藻は、白浪の八重《やへ》に疊む上に、亂れてゐるであらうか。
【語釋】 ○今日もかも 今日も亦に、疑のか〔傍点〕と感歎のも〔傍点〕の添つたもの。後よりの思ひ出。○八重折る 折る〔二字傍点〕を代匠記はたためる〔四字傍点〕と解き、略解は折かへす〔四字傍点〕と解いてゐる。新考は、折る意の轉じて疊むの意となつたものといつてゐる。これに從ふ。
【口譯】 船で見た沖の樣の面白さを、後から思ひ出した心である。面白さの感覺的な、印象的であることが注意される。
 
1169 近江《あふみ》の海《み》 湖《みなと》八十《やそ》あり いづくにか 君が舟|泊《は》て 草結びけむ
 
【口譯】 近江の海の港は八十《やそ》とある。その何れの港に君が舟は着いて、願ひの呪《まじな》ひの草結びをしたであらうか。
(60)【語釋】 ○湖八十あり 本文は「湖者八千」で、舊訓は、ミナトハヤソヂである。千〔傍点〕は十〔傍点〕になつてゐる本が多くあるので、諸註それを取つてゐる。略解は、者〔傍点〕は有〔傍点〕の誤だとして、ヤソアリと改めた。卷十三に「近江之|海《み》泊《とまり》八十《やそ》有《あり》」(三二三九)、があり、他にも此れに近いものがある。これに從ふ。○舟|泊《は》て 泊て〔二字傍点〕は、舟の着く意。○草結びけむ 不安な場合、それを脱れる呪《まじな》ひとして、木の枝、又は草を結ぶ風があつて、その意の歌が本集にも何首かある。これもそれで、旅の無事を祈る爲と取れる。
【後記】 近江の海を船で渡る旅に出た夫の上を、家にゐる妻の思つて、夕方詠んだ歌である。
 
1170 ささなみの 連庫山《なみくらやま》に 雲ゐれば 雨ぞふるちふ 歸り來《こ》わが背
 
【口譯】 ささなみの連座山《なみくらやま》に雲が懸かると、雨になるといつてゐる。歸り來よ、わが背よ。
【語釋】 ○ささなみ 近江の滋賀附近の大名《おほな》。○連庫山 《なみくらやま》 地に所見のない山である。高い山と思はれるので、名が忘れられたのであらう。忘れられたのは、事が地方的な爲である。妻はその山の見える所にゐるのである。○歸り來わが背 歸り來〔三字傍点〕は、雨の降る前にの意である。事としては、夫との距離が近くなくてはならない。時としては、距離が遠くても不自然ではない。恐らく夫の旅立ちして、まだ幾時《いくとき》もたたないといふやうな時の心であらう。
 
(61)1171 大御舟《おほみふね》 泊《は》ててさもらふ 高島《たかしま》の 三尾《みを》の勝野《かちぬ》の 渚《なぎさ》し思ほゆ
 
【口譯】 大御舟が着いて、波の樣子を伺つてゐる、高島の三尾の勝野《かちぬ》の渚が思ひやられる。
【語釋】 ○大御舟 天皇の行幸の御舟。○さもらふ さ〔傍点〕は發語。もらふ〔三字傍点〕は、守《も》るの延言。舟につけては、波の樣子を伺ふ意。○高島 今の高島郡。○三尾の勝野 三尾〔二字傍点〕は、大名《おほな》。今、大溝村と呼んでゐるあたり。○渚し思ほゆ し〔傍点〕は強め。思ほゆ〔三字傍点〕は、思ひやられるで、ゆかしさからである。
【後記】 大御舟での行幸の樣を、都に殘つた者が、ゆかしく思つた心である。高島の三尾の勝野の渚にさもらふといふ事が分つてゐるのは、そこで御休憩になる御豫定だつたと取れる。近江朝を思はせられる歌である。
 
1172 いづくにか 舟乘《ふなのり》しけむ 高島の 香取《かとり》の浦ゆ こぎ出來る船
 
【口譯】 何處《どこ》で舟乘《ふなのり》をした水子《かこ》であらうか、今香取の浦から漕ぎ出して來る船は。
【語釋】 ○舟乘しけむ 舟乘〔二字傍点〕は、舟に乘ることで、水手《かこ》を主としての語。○漕ぎ出來る 今、漕ぎ出して來るで、その時は、舟乘をする時ではないことを暗示してゐる。
(62)【後記】 水子《かこ》の勞苦を思ふ心が背後にある歌と取れる。即ち生活に關してのものである。
 
1173 斐太《ひだ》びとの 眞木《まき》流すとふ 丹生《にふ》の河 言は通へど 船ぞ通はぬ
 
【口譯】 木樵《きこり》の伐り出した檜を流すといふ丹生《にふ》の河は、此の岸とかの岸と言葉は通はすことはできるが、舟は通はない。
【語釋】 ○斐太《ひだ》びと 飛騨の國人《くにびと》は、木工、大工として都へ出て働くものが多かつたところから、轉じて、その職の者を飛騨びと〔四字傍点〕と呼んだ。○眞木 檜。山から伐り出したもの。○流すとふ 流す〔二字傍点〕は、運搬の爲。とふ〔二字傍点〕は、といふで、今は話に聞いたもの。○丹生《にふ》の河 吉野川の上流か。○言は通へど 此の岸と彼《か》の岸と言葉は通はすけれどもで、川幅の狹い意。○船ぞ通はぬ 山川《やまかは》で、狹くて、舟は通らない。
【後記】 旅びととして初めて丹生河を見た心と取れる。四五句は「通ふ」といふ語を興味的に使つてはゐるが、根本は、河の特色をいはうとしたものである。譬喩の意は無からう。
 
1174 霰ふり 鹿島《かしま》の崎を 浪高み 過ぎてや行かむ 戀しきものを
 
【口譯】 鹿島の崎を、浪が高いので、寄れずに過ぎて行くのであらうか、戀しいものを。
(63)【語釋】 ○霰ふり 枕詞。霰の音のかしましきから、鹿島《かしま》にかかる。○鹿島の崎 常陸の鹿島。鹿島郡の南端。○浪高み 崎に寄せる浪が高くしての意。○過ぎてや行かむ 沖の方を漕いで、通り過ぎて行かうかで、船中から鹿島の崎を見ての心。○戀しき 鹿島の崎の佳景に對しての心。
 
1175 足柄《あしがら》の 筥根《はこね》飛びこえ 行く鶴《たづ》の ともしき見れば 大和し思ほゆ
 
【口譯】 足柄の箱根を飛び越えて行く鶴の、羨ましい樣を見ると、大和がひたすらに思はれる。
【語釋】 ○足柄 相模の下足柄郡。○筥根 箱根山。○行く鶴 行く〔二字傍点〕は、大和の方へ行く意。○ともしき見れば ともしき〔四字傍点〕は、羨しきで、翅《つばさ》を持つて、何處《どこ》でも自由に飛び越える樣。○大和し思ほゆ 大和〔二字傍点〕は、家のある所。し〔傍点〕は強め。
【後記】 大和から東國へ旅してゐる人の、箱根山を辛くして越えた折柄、鶴が大和の空へ向つてその峰をたやすく飛び越えて行くのを見ての心である。
 
1176 夏麻《なつそ》ひく 海上潟《うながみがた》の 沖つ洲《す》に 鳥はすだけど 君は音もせず
 
【口譯】 海上《うながみ》潟の沖の洲に、鳥は集まつてさわいでゐるけれども、君はたよりもしない。
(64)【語釋】 ○夏麻《なつそ》引く 麻〔傍点〕は、その皮の繊維を取る爲の麻。引く〔二字傍点〕は、畑からこぐこと。それを作る畝《うね》をうな〔二字傍点〕といふので、海《うな》にかかるもの。○海上潟 上總と下總とに跨つてゐる。何方《どちら》か明らかではない。下總ではないかといふ。それだと利根川の下流である。○沖つ洲 沖の方にある洲。○鳥はすだけど 鳥〔傍点〕は、水鳥。は〔傍点〕は、下の君は〔二字傍点〕に對させたもの。すだく〔三字傍点〕は集まる意で、騷ぐこと、即ち音する事を暗示してゐる。○君は音もせぬ 君〔傍点〕は、作者である女の夫。音〔傍点〕は、たより。上の鳥の音に對させてある。
【後記】 海上潟に住んで、旅へ出てゐる夫を思つてゐた女が、水鳥の騷ぐのを見て、その刺戟で、夫の音のないのを思つたのである。聯想作用に規實味がある。
 
1177 若狹なる 三方《みかた》の海の 濱清み い行き歸《かへ》らひ 見れど飽かぬかも
 
【口譯】 若狹にある三方の海の濱が清くして、行き歸りして幾たび見ても飽かないことではある。
【語釋】 ○三万《みかた》の海 三方郡にある淡水湖。○い行き歸らひ い〔傍点〕は發語。歸らひ〔三字傍点〕は、歸る〔二字傍点〕の延言で、延言にしたのは、繼續の意。
 
1178 印南野《いなみぬ》は 往き過ぎぬらし 天傳《あまづた》ふ 日笠《ひがさ》の浦に 波立てり見ゆ 【一云、しかま江は漕ぎ過ぎぬらし】
 
(65)【口譯】 印南野は、通り過ぎたのだらう。日笠《ひがさ》の浦に波の立つてゐるのが見える。
【語釋】 ○印南野は 印南野〔三字傍点〕は、播磨印南郡。は〔傍点〕は、下の日笠〔二字傍点〕に對させたもの。○らし 「波立てり」によつての推量。○天傳ふ 天《あめ》を傳ふ所の日〔傍点〕とつづく。○日笠の浦 詳かでない。明石《あかし》川の河口の邊かといふ。○一云 しかま江〔四字傍点〕は、播磨|飾磨《しかま》町の港で、飾磨川(今は船場川)の河口。海路を東行する時の歌。傳※[口+甬]されて、海路のものともなつたと見える。
 
1179 家にして 吾は戀ひむな 印南野《いなみぬ》の 淺茅《あさぢ》が上に 照りし月夜《つくよ》を
 
【口譯】 家に歸つて、吾は戀しがるであらう。この印南野《いなみぬ》の、丈低い茅の上に照つた月を思ひ出して。
【語釋】 ○家にして 家にての意で、家に歸つて。今は西國から大和の家へ歸る途中。○印南野《いなみぬ》 播磨印南郡。○淺茅 丈の低い茅。○照りし月夜を 照りし〔三字傍点〕は、現に照つてゐるものであるが、後に思ひ出として戀ひることを主としてゐる關係から、過去としたもの。月夜《つくよ》は、月。
【後記】 印南野に宿つて、淺茅の上に照る月を愛《め》づる餘り、忘れ難いものとして思ひ出すであらうと思ひやつた意の歌。
 
(66)1180 荒磯《ありそ》越す 浪をかしこみ 淡路島《あはぢしま》 見ずや過ぎなむ ここだ近きを
 
【口譯】 荒磯を越す浪を恐ろしいとして、淡路島に立ち寄つて見ずに漕ぎ過ぎることであらうか、甚だ間近い《まぢか》いものを。
【語釋】 ○荒磯 岩の多い磯。○見ずや 見ず〔二字傍点〕は、舟を着けて、立ち寄つて見ずに。や〔傍点〕は疑。○ここだ 多く又は甚だの意。
 
1181 朝霞 やまずたなびく 龍田山《たつたやま》 船出せむ日は われ戀ひむかも
 
【口譯】 朝霞が常にたなびいてゐるこの龍田山を、難波津から船出をするだらう日には、我は戀ひることであらうか。
【語釋】 ○龍田山 大和生駒郡で、大和と河内との國境。卷一(八三)參照。○やまず 常に。○船出せむ日は 船出〔二字傍点〕は、難波津からした。日は〔二字傍点〕は、海路《うみぢ》の旅に出る日はで、特に故郷の戀しい日。○戀ひむ 海の上から見ての故郷の空の山として戀ひるだらう。
【後記】 大和の家にあつて、龍田山を毎日見てゐる人の、船路の旅に立つ日を思ひやつての心。
 
(67)1182 海人小船《あまをぶね》 帆かも張れると 見るまでに 鞆《とも》の浦回《うらみ》に 波立てり見ゆ
 
【口譯】 海人《あま》の小舟が白帆を張つてゐるかと見る程に、鞆の浦邊に浪の立つてゐるのが見える。
【語釋】 ○帆 白帆で、その白は普通であつたと見える。白浪の譬喩であるが、遠く見る小さい帆は、適切な譬喩といへる。○鞆の浦回 鞆の浦は、備後、鞆の津。
 
1183 好去《まさき》くて また還り見む 丈夫《ますらを》の 手に卷き持《も》たる 鞆《とも》の浦回《うらみ》を
 
【口譯】 無事で、亦も還つて來て見よう、此の鞆の浦邊を。
(68)【語釋】 ○好去《まさき》くて 此の訓《よみ》は略解に從つたもので、集中の例は古義が擧げてゐる。ま〔傍点〕は接頭語。さきく〔三字傍点〕は幸《さき》くの字を當てる。今は海路《うみぢ》の旅を無事であつて。○丈夫《ますらを》の手に卷き持たる 序。丈夫が手に卷いて持つてゐる所の鞆〔傍点〕とかかる。鞆〔傍点〕は、弓を射る時、左手の臂に卷くもの。
【後記】 港としての鞆の浦から船出をしようとする時、そこの佳景に愛惜を感じての心。
 
1184 鳥じもの 海に浮きゐて 沖つ浪 さわぐを聞けば あまた悲しも
 
【口譯】 鳥の如くに海に浮いてゐて、沖の浪のさわぐ音を聞くと、甚しくも悲しいことだ。
【語釋】 ○鳥じもの 鳥の如くに。○浮きゐて 船の中にゐる状態を、心細さから誇張した語。○あまた 甚の強い意のもの。
 
1185 朝なぎに 眞梶《まかぢ》こぎ出《で》て 見つつ來《こ》し 三津《みつ》の松原 浪越しに見ゆ
 
【口譯】 朝凪《あさな》ぎに、眞梶をもつて漕ぎ出して、見かへり見かへりして來た三澤《みつ》の松原が、今は浪を越えた彼方《あなた》に見える。
【語釋】 ○朝なぎ 朝、海の凪いだ時の稱。○眞梶 兩舷にかけた楫即ち櫓。○三津の松原 三津〔二字傍点〕は、難波津。(69)松原〔二字傍点〕は名高いものとなつてゐた。
【後記】 乘る船の次第に難波津から遠ざかる心細さを、叙事だけで暗示したもの。
 
1186 あさりする 海人少女《あまをとめ》らが 袖とほり 濡れにし衣《ころも》 干《ほ》せど乾かず
 
【口譯】 あさりをする海人《あま》の少女《をとめ》どもの、袖をとほつて濡れた下の衣《ころも》は、干すけれども乾かない。
【語釋】 ○あさり 海の魚や海草を取ること。○袖とほり濡れにし衣《ころも》 袖とほり〔四字傍点〕は、手業《てわざ》をする爲に、袖が濡れとほつて。衣〔傍点〕は、下《した》の衣《ころも》を暗示した語。○干せど 干してゐるけれどもで、その状態を見てゐてのもの。
【後記】 海人少女の生業の苦をあはれんでの心、大和の人の旅で見た事。
 
1187 網引《あびき》する 海人《あま》とや見らむ 飽浦《あくうら》の 清き荒磯を 見に來し吾を
    右一首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ
 
【口譯】 網引をする海人《あま》だと、人は見るであらうか。飽浦《あくうら》の清い荒磯《ありそ》の風景を見に來た我であるを。
【語釋】 ○網引 魚を捕《と》る爲の網を引くこと。○海人とや見らむ や〔傍点〕は疑。見らむ〔三字傍点〕は、人が見よう。○飽浦《あくうら》 (70)この名は、紀伊海草郡にも、備前兒島郡にもある。何れとも分らない。○吾を 吾なるものをの意。卷三に、人麿の作として、「荒栲《あらたへ》の藤江の浦にすずき釣る海人《あま》とか見らむ旅ゆく吾を」(二五二)がある。
【後記】 飽浦《あくうら》の清き荒磯の景に見とれてゐて、ふと我にかへつた時の心。
 
1188 山越えて 遠津《とほつ》の濱の 岩つつじ 吾が來《きた》るまで 含《ふふ》みてあり待て
 
【口譯】 遠い遠津の濱の岩つつじよ、吾がそこへ行くまでは、蕾のままであり待てよ。
【語釋】 ○山越えて 山を越えて行くで、次ぎの遠津との地理的關係をいつたもの。意としては枕詞に近いものであるが、後世の道行《みちゆ》きのやうな興味で用ゐたものと思はれる、(一二一二の歌參照)。○遠津の濱 所在は明らかでない。紀伊かといふ。○岩つつじ つつじの一種。○吾が來《きた》るまで 「來《きた》る」は、後世ならば行く〔二字傍点〕といふべき所を、土地の方を主に、我を從とする所からいふ語。卷一、「倭には鳴きてか來らむ呼兒鳥《よぶこどり》象《きさ》の中山呼びぞ越ゆなる」(七〇)。○含《ふふ》みて 蕾んで、即ち開かずに。○あり待て ありつつも待てよの意。
【後記】 遠津の濱の岩つつじは名あるものであつたと見える。その花の頃、その地へ旅する人の心である。「山越えて」、「來る」は、自然な語づかひと解せる。
 
(71)1189 大海《おほうみ》に あらしな吹きそ しなが鳥 猪名《ゐな》の湊に 舟|泊《は》つるまで
 
【口譯】 大海に嵐よ吹くな、猪名の湊に我が舟の着くまでは。
【語釋】 ○しなが鳥 枕詞。(一一四〇の歌參照)。○猪名の湊 猪名川の河口。今の尼ケ崎の北、小田村長洲のあたりか。
 
1190 舟はてて かし振り立てて 廬《いほり》せむ 名子《なご》江の濱べ 過ぎがてぬかも
 
【口譯】 舟を着けて、かしを立てて繋《つな》いで、廬をしよう。名子江《なごえ》の濱邊は面白くて、漕ぎ過ぎられないことである。
【語釋】 ○かし振り立てて かし〔二字傍点〕は、船を繋ぐ杙、又は棹で、舟に載せてゐるもの。振り立て〔四字傍点〕の振り〔二字傍点〕は添辭。立て〔二字傍点〕は、繋ぐ爲。○廬せむ 宿りをしよう。○名子江 所在が分らない。○過きがてぬかも 過ぎがてぬ〔五字傍点〕は過ぎ敢へぬ即ち、過ぎようにも過ぎられない意。佳景といふことを暗示してゐる。かも〔二字傍点〕は感歎。
 
1191 妹《いも》が門《かど》 出で入《いり》の川の 瀬を早み わが馬つまづく 家《いへ》思《も》ふらしも
 
【口譯】 入《いり》の川の瀬が早いに、乘つてゐる我が馬が躓《つまづ》く。家の者が我を思ふのであらう。
(72)【語釋】 ○妹が門《かど》出で 枕詞。妹が門出で入りする、その入り〔二字傍点〕を「入《いり》の川」の「入《いり》」にかけたもの。七音のもの。○入の川 所在が分らない。山城かといふ。○瀬を早み 瀬が早いに。○家《いへ》思《も》ふらしも 家の者が我を思ふだらうよの意。らし〔二字傍点〕は理由を擧げての推量。その理由は、乘馬の躓くのは、家の者が此方《こちら》を思ふ爲だといふ信仰が行はれてゐた、それである。も〔傍点〕は感歎。
 
1192 白妙《しらたへ》に にほふ眞土《まつち》の 山川《やまがは》に 吾が馬なづむ 家戀ふらしも
 
【口譯】 眞土にある山川《やまがは》で、吾が乘る馬が行き悩む、家の者が我を戀ふのであらうよ。
【語釋】 ○白妙ににほふ 序。白妙〔二字傍点〕は、白色の意のもの。にほふ〔三字傍点〕は、色の艶艶《つや/\》しい意。眞土〔二字傍点〕の状態をいつたもので、その眞土を地名に轉じさせたもの。○眞土の山川《やまがは》 眞土〔二字傍点〕は、眞土山。大和から紀伊へ越える國境の山、山川〔二字傍点〕は、その山の降り口にある川で、古くは眞土川といひ、今は落合川といふ。○なづむ 行き悩む。○家戀ふらしも 前の歌の結句と同じ意のもの。
 
1193 背の山に 直《ただ》に向へる 妹《いも》の山 言《こと》ゆるせやも 打橋《うちはし》渡す
 
【口譯】 背の山に直接に向つてゐる妹の山、背が誘《いざな》ひを、言葉で許したのであらうか、その間の(73)川に、通ふ爲の打橋を渡してある。
【語釋】 ○背の山 紀伊國伊都郡笠田村にある。○直《ただ》に 直接にで、中に隔てる物のない意。○妹の山 これは背の山とは、紀の川を隔てて、澁田村に屬してゐるといはれてゐる。妹山の所在については、古來異説が多い。その名が傳はつてゐない爲である。それは、背の山に對させて、興味の上から命じた名だからだらうといはれてゐる。○言《こと》許《ゆる》せやも 言許す〔三字傍点〕は、夫の誘《いざな》ひに對して、妹が言葉に許す意。や〔傍点〕は疑で、許せばやの意。も〔傍点〕は感歎。○打橋渡す 打橋〔二字傍点〕は、掛けはづしの出來る橋。渡す〔二字傍点〕は、渡してある意。
【後記】 大和から紀伊へ旅する人が、背山妹山を見、川に打橋を見て、それらに關係を附けて興じた心である。從つて河が紀の川では大き過ぎるといふ事も、問題とするには及ばないと思はれる。
 
1194 紀の國の 雜賀《さひか》の浦に 出で見れば 海人《あま》のともし火 浪の間ゆ見ゆ
 
【口譯】 紀の國の雜賀《さひか》の浦に出て見ると、海人《あま》の漁《いさ》りをする爲の火が、浪の間から見える。
【語釋】 雜賀の浦 和歌の浦の西方の海岸。卷六(九一七)參照。○浪の間ゆ見ゆ 間ゆ〔二字傍点〕は、間から。海の珍らしい大和の人には、特殊な事であつたのを暗示してゐる。
 
(74)1195 麻衣《あさごろも》 著《け》ればなつかし 紀の國の 妹背《いもせ》の山に 麻蒔く吾妹《わぎも》
    右七首、藤原の卿《まへつぎみ》が作《よ》める。未だ年月《としつき》を審にせず。
 
【口譯】 我が麻衣《あさごろも》を着てゐるので、その縁でなつかしい。紀の國の妹背の山に、麻を蒔いてゐる女よ。
【語釋】 ○著《け》れば 著《き》てあれば。著《き》てゐるのは我。○なつかし 親しく、むつまじいの意。その縁でといふ程の餘意がある。○麻蒔く吾妹《わぎも》 麻蒔く〔三字傍点〕は、今、麻の種を蒔いてゐる。吾妹《わぎも》は、知らぬ女を親しんで呼びかけた稱。若い女を暗示してゐる。
【後記】 大和から來て、麻を蒔く田舍の少女を愛らしく思ひ、輕い興から、「麻衣著ればなつかし」と、無い因縁をつけたものである。
【左註】 代匠記は、藤原の卿といふのは、藤原北卿とあつたその北〔傍点〕の落ちたのか。大職冠の事だと、内大臣藤原卿と書くべきである。單に藤原卿といふと、南卿北卿とあつたが、その何れとも分らない。南卿は武智麻呂であるが、和歌は詠めなかつたのか、集中に一首もない。北卿だと房前《ふささき》であるといつてゐる。
 
(75)1196 つともがと 乞はば取らせむ 貝拾ふ 吾をぬらすな 沖つ白波
 
【口譯】 家の者が土産《みやげ》をと乞つたら、取らせようと貝を拾ふ我を濡らすな、岸に寄せる沖の白波よ。
【語釋】 ○つともがと つと〔二字傍点〕は、土産。も〔傍点〕は感歎。が〔傍点〕は希ふ意の感歎。○乞はば取らせむ 乞ふ〔二字傍点〕は、家の者が。取らす〔三字傍点〕は、與へる。○沖つ白波 岸に寄せ來るものとして呼び懸けた語。
 
1197 手に取るが からに忘ると 海人《あま》のいひし 戀忘れ貝 言《こと》にしありけり
 
【口譯】 手に持つ故によつて、物を忘れると海人《あま》がいつた、戀を忘れるといふ忘れ貝は、名だけの物であることだ。
【語釋】 ○手に取るがからに忘ると 手に持つと、その故によつて、物を忘れるとの意で、忘れ貝は、その名の通り呪力のあるものだとの信仰からの語。○戀忘れ貝 忘れ具〔三字傍点〕に、戀を負はせて、戀を忘れる忘れ貝とした語。戀〔傍点〕は、旅にあつて家を戀ひる心。○言にしありけり 言〔傍点〕は、名。名前だけ。し〔傍点〕は強め。けり〔二字傍点〕は感歎。
 
1198 あさりすと 磯に住む鶴《たづ》 明け行けば 濱風寒み 自妻《おのづま》喚《よ》ぶも
 
(76)【口譯】 餌をあさるとて磯にゐる鶴の、夜が明けて行くと濱風が寒くして、己《おの》が妻を喚ぶことだ。
【語釋】 ○磯に住む 住む〔二字傍点〕は、居る意を、やや誇張したもの。作者の見た時の感。○明け行けば濱風寒み 夜明の濱風が寒くしてで、これも、作者の見た時の感。○自妻《おのづま》喚ぶも 喚ぶ〔二字傍点〕は、憐んでの意のもの。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 旅にゐて妻戀しい心を持つてゐる所から、鶴を憐れんだ歌で、いはゆる旅愁を暗示したもの。
 
1199 藻苅舟《もかりぶね》 沖こぎ來《く》らし 妹《いも》が島 形見《かたみ》の浦に 鶴《たづ》かける見ゆ
 
【口譯】 藻苅舟《もかりぶね》が沖から漕いで來るのであらう、妹が島や形見の浦に、鶴の翔けるのが見える。
【語釋】 ○藻苅舟 藻を苅り取る爲の舟。藻〔傍点〕は食料としてのもの。○來らし らし〔二字傍点〕は、鶴の翔けるのを理由としてのもの。○妹が島 所在が分らない。下の「形見の浦」と接してゐることが分るだけだ。○形見の浦 これも明らかではない。今の紀伊海草郡|加太《かた》町の海の名ではないかといふ。又、その海には、今「友が嶋」といふがある。それが妹が嶋ではないかといふ。新考は、二つの名が縁がなくはない所から、「形見の浦」を主に、「妹が嶋」は、準枕詞としたものだといつてゐる。距離を置いて見てゐるのであるから、嶋を小さく、鶴を多いと見れば、二つを並べたものと見ても不自然ではない。○鶴かける見ゆ かける〔三字傍点〕のは、藻苅舟の近(77)づくのに、驚いて舞ひ立つたとしたのである。
【後記】 陸から海の方を見て、島や浦の空に、鶴の翔けるのを見ての想像で、藻刈舟は見えない形である。
 
1200 わが舟は 沖ゆな離《さか》り 迎ひ舟 片待ちがてり 浦ゆ榜《こ》ぎ逢はむ
 
【口譯】 わが舟は、沖の方に漕ぎ離れるな。迎ひ舟を片持ちがてら、浦を漕いで行つて逢はう。
【語釋】 ○わが舟は わが乘る舟はで、は〔傍点〕は「迎ひ舟」に對させたもの。○沖ゆな離り ゆ〔傍点〕は、に〔傍点〕に通ふもの。沖の方に漕ぎ離れるな。○迎ひ舟 迎ひに來る舟。○かた待ちがてり かた待ち〔四字傍点〕は、片心《かたごゝろ》に待つ、即ち傍ら待つ意で、偏《ひとへ》にに對したもの。がてり〔三字傍点〕は、後のがてら〔三字傍点〕。○浦ゆ榜ぎ逢はむ ゆ〔傍点〕はに〔傍点〕。双方、浦で漕ぎ逢はうで、迎ひ舟の浦から出ることを暗示したもの。
【後記】 實際生活に即した歌である。迎ひ舟との行きちがひを恐れてゐる所から、旅での遊覽の折のものかとも取れる。
 
1201 大海の 水底《みなそこ》とよみ 立つ浪の 寄らむと思《も》へる 磯の清《さや》けさ
 
(78)【口譯】 我が舟を寄せようと思つてゐる磯の清《さや》かなことよ。
【語釋】 ○大海の水底とよみ立つ浪の 序。海の底まで鳴り響いて立つ浪のの意で、その浪が磯に寄せるのを、船を寄せる意に轉じたもの。○清けさ 景色の佳《よ》い意。
 
1202 荒磯《ありそ》ゆも まして思へや 玉の浦 離れ小島の 夢《いめ》にし見ゆる
 
【口譯】 荒磯《ありそ》よりもまして思ふのか、玉の浦の離れ小島が、夢にまで見えて來る。
【語釋】 ○荒磯ゆも ゆ〔傍点〕はより〔二字傍点〕。○まして思へや まして〔三字傍点〕は、まさつて。思へや〔三字傍点〕は、思へばやで、思ふのでか。○玉の浦 紀伊、那智山下の、今、粉白浦といふところ。○離れ小島 玉の浦の南の海に、ちりぢりになつてゐる岩。○夢《いめ》にし し〔傍点〕は強め。夢にまで。思ひ出としていつてゐるもの。
 
1203 磯の上《へ》に 爪木《つまき》折り燒《た》き 汝《な》が爲と 吾が潜《かづ》き來《こ》し 沖つ白玉
 
【口譯】 磯の上に爪木《つまき》を折つて燒いて身を暖め、汝が爲と思つて我が水を潜つて取つて來た、沖の白玉ではある。
【語釋】 ○爪木折り燒き 爪木〔二字傍点〕は、薪の細いもの。燒き〔二字傍点〕は、海で冷えた體《からだ》を暖める爲。○潜《かづ》き來《こ》し 海の水を(79)潜《くぐ》つて取つて來た。○白玉 鰒玉、即ち眞珠。
【後記】 旅の土産として、家の妻に白玉を與へる時の歌であらう。人に物を贈る時に、贈主《おくりぬし》がその物を得る爲に勞苦したことをいふのは、定まつた風と爲つてゐた事である。
 
1204 濱清み 磯にわがをれば 見む人は 海人《あま》とか見らむ 釣《つり》もせなくに
 
【口譯】 濱が清いので、岩に我がゐれば、見る人は海人《あま》と見るであらうか。釣もしない事であるに。
【語釋】 ○磯にわがをれば 磯〔傍点〕は、濱の中のもの。岩の意。眺望に便な爲。をれば〔三字傍点〕は、佳景に別れ難くゐる意。○釣もせなくに なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。
 
1205 沖つ梶《かぢ》 漸々志夫乎 見まくほり 吾がする里の 隱《かく》らく惜しも
 
【口譯】 沖を擔《こ》ぐ櫓を□□□□□□。見たいものと吾がしてゐる里の、隱れる事の惜しさよ。
【語釋】 ○沖つ梶 沖を※[手偏+旁]ぐ櫓の意。卷二(一五三)參照。○漸々志夫乎 舊訓はシバシバシフヲで、解し難い。誤字があるとして、諸説試案を出してゐる。略解(宣長の説)は、志夫乎〔三字傍点〕を、爾水手〔三字傍点〕として、ヤヤヤヤニ榜ゲとしてゐる。古義は、それに基づいて、爾〔傍点〕を莫〔傍点〕とし、ヤウヤウナ榜ギと訓み、「やうやう」は、下の(80)隱らく〔三字傍点〕の上へめぐらして意得《こゝろみ》よといつてゐる。新考は、暫莫水手〔四字傍点〕の誤として、シマシクナ榜ギと訓んでゐる。一首の意から見れば、新考のやうなものでもあらうかと思はれる。暫く解し難いとしておく外は無い。○里 いつまでも見てゐたい、隱れる事の惜しまれる里で、旅で、特別のなつかしみを持つた里である。○隱らく惜しも らく〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。も〔傍点〕は感歎。
 
1206 沖つ波 邊つ藻まき持ち 寄り來《く》とも 君にもまされる 玉寄せめやも 【一云、沖つ浪 邊浪しくしく 縁《よ》せ來とも】
 
【口譯】 沖の波が、岸の藻を卷いて持つて寄せて來ようとも、それに籠《こ》もつてゐる玉の中に、君にまさつた玉を寄せて來ようか寄せはしない。
【語釋】 ○邊つ藻 邊〔傍点〕は、沖に對しての岸。邊に生えてゐる藻。○寄せ來とも 寄せて來ようともで、邊つ藻の多い事を暗示してゐる。○君にまされる玉 玉〔傍点〕は、小石など。藻の中にまじつてゐるもの。○しくしく 重なり重なりで、頻りにの意。
【後記】 戀の歌で、玉に寄する戀である。邊つ藻が多く、玉が多く寄せるといふ事は、やや特殊な事である。又、異傳のある事も、或地方の歌といふ事を思はせる。
 
(81)1207 粟島《あはしま》に 漕ぎ渡らむと 思へども 明石《あかし》の門浪《となみ》 いまだ騷げり
 
【口譯】 粟島に漕ぎ渡らうと思つてゐるけれども、明石の海峽の浪はまだ騷いでゐる。
【語釋】 ○粟嶋 明らかでない。淡路の北端の岩屋岬の一部かといふ。○明石の門浪《となみ》 門〔傍点〕は海峽。明石の、海峽に立つ浪。
 
1208 妹に戀ひ わが越え行けば 背の山の 妹に戀ひずて あるがともしさ
 
【口譯】 家の妹を戀つて、我が山を越えて行くと、背の山が、妹山を近く、妹を戀ひずにゐる羨しさよ。
【語釋】 ○我が越え行けば 越え行く〔四字傍点〕は、大和から紀伊へ向つてで、越える山は眞土山。行けば〔三字傍点〕は、家を主にした當時の言方《いひかた》。○味に戀ひずて 妹を戀ひずしてで、妹山が近くある爲。○ともしさ 羨しさよ。
 
1209 人ならば 母のまな子ぞ 麻もよし 紀の川の邊の 妹と背の山
 
【口譯】 これが人であるならば、まさに母の愛子である。紀の川邊の妹山と背山とは。
(82)【語釋】 ○まな子ぞ まな子〔三字傍点〕は愛子。ぞ〔傍点〕は、それ一つを指示する意。○麻もよし 枕詞。麻裳〔二字傍点〕に、よ〔傍点〕の呼び懸けと、し〔傍点〕の強めの添つたもの。「著《き》」の意を、紀〔傍点〕に轉じたもの。
【後記】 相並んでゐる小さな妹山と背山とを、母に愛されてゐる女の子男の子と見たのである。妻よりも子の方に心を引かれる人の作であらう。
 
1210 吾妹子に わが戀ひ行けば ともしくも 並びをるかも 妹と背の山
 
【口譯】 吾妹子をわが戀つて旅路を行くと、うらやましくも、並んでゐることではある、妹と背との山は。
 
1211 妹があたり 今ぞ我が行く 目のみだに 我に見えこそ 言《こと》とはずとも
 
【口譯】 妹が邊に今こそ我は行く。せめて顔だけでも見られてくれ、物はいはなからうとも。
【語釋】 ○今ぞ 今こそは。○目のみだに 目〔傍点〕は、見え〔二字傍点〕の約。顔といふに當る。のみ〔二字傍点〕は、だけ。だに〔二字傍点〕は、でも。○見えこそ 見え〔二字傍点〕は、見られる。こそ〔二字傍点〕は、願。○言とはずとも 言とふ〔三字傍点〕は、物をいふ。
【後記】 單なる戀の歌で、男の懸想中の心を詠んだものである。紛れて入《はひ》つたものと見られる。
 
(83)1212 足代《あて》過ぎて 糸鹿《いとか》の山の 櫻花 散らずあらなむ 還り來るまで
 
【口譯】 足代《あて》を通つて來るこの糸鹿《いとか》の山の櫻花、散らずにあつてほしい、我が此所《こゝ》へ歸つて來るまで。
【語釋】 ○足代《あて》過ぎて 足代〔二字傍点〕は、紀伊有田都の郷名であらうといふ。次ぎの糸鹿山〔三字傍点〕へ行く途中の郷。道行《みちゆ》き風の興味からいつたものか。○糸鹿《いとか》の山 同じく、有田川の南岸にある山。○散らずあらなむ 散らずにゐてほしいで、今、旅の道中で見て、名殘惜しいところからの希望。
 
1213 名草やま 言《こと》にしありけり 吾が戀の 千重《ちへ》の一|重《へ》も なぐさめなくに
 
【口譯】 名草山、即ち慰《なぐさ》といふ名を持つた山は、名のみのものであることだ。それを見ても、我が家戀しい心の、千の一つをも慰めないものを。
【語釋】 ○名草山 紀伊、和歌の浦に面した紀三井寺の後《うしろ》の山。○吾が戀 旅にあつて、家に對しての戀。○なぐさめなくに なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。
【後記】 「言《こと》」は、その言《こと》に相當する力を持つてゐるものとした、當時の信仰を背後に置いての歌。(84)歎きは、それの無いところからのものである。
 
1214 安太《あて》へ行く 小爲手《をすて》の山の 眞木《まき》の葉も 久しく見ねば 蘿《こけ》生《む》しにけり
 
【口譯】 安太《あて》へ行く途中の小爲手《をすて》の山の檜も、久しく見ない中に、さるをがせが生えたことではある。
【語釋】 ○安太《あて》過ぎて 安太〔二字傍点〕は舊訓にアテ。新考は太〔傍点〕は「て」に當てたものだといつてゐる。一二一二の足代《あて》と同じ。下への續きは、これも道行き風である。○小爲手《をすて》の山 有田郡東部の都界の山。○眞木の葉も 眞木〔二字傍点〕は、檜。葉〔傍点〕は添へたもの。も〔傍点〕は、までもの意のもので、檜を變らないものとしての意。○見ねば 見ぬに、と同じ意のもの。○蘿 さるをがせ、又は、さがりごけといふ物。枝に生えるもの。○けり〔二字傍点〕は感歎。
【後記】 小爲手《をすて》の山を以前越えたことのある人が、再び越えて、檜に蘿《こけ》の生えてゐるのを見、以前には見なかつたものだとしての感である。
 
1215 玉津島 よく見ていませ 青によし 平城《なら》なる人の 待ち問はば如何《いか》に
 
【口譯】 玉津島をよく見て行きたまへ。平城《なら》にある人が、何んな所だと待ち受けて問うたならば(85)何うなさる。
【語釋】 ○玉津島 紀伊、和歌の浦にあつた所。(卷六、九一七)。○青によし 枕詞。奈良にかかる。(卷一、一七)。
【後記】 和歌の浦に住む者の、大和から來た人に歌ひかけたもの。
 
1216 潮《しほ》滿たば いかにせむとか わだつみの 神が手渡る 海人《あま》をとめども
 
【口譯】 潮が滿ちて來たならば、何うしようとするのか、わたつみの神の手もとのやうな遠い所を渡つてゐる海人《あま》をとめ共は。
【語釋】 ○いかにせむとか いかにして脱れようとするのか。○わたつみの神が手渡る 本文は、方便海之、神我手渡」とある。「方便海」は他に例のない字である。代匠記は佛典から出たものだと考證してゐる。又、神が手〔三字傍点〕は、神の掌中の意で、たやすく命を取られる所の意だといひ、又一説として、手〔傍点〕は「戸《と》」即ち迫門《せと》の意かともいつてゐる。古義は、「手」は「戸《と》」の誤で、「戸《と》」は「門《と》」の意だとしてゐる。新考は、「方便海」は、「方丈海」の誤で、方丈〔二字傍点〕は「室」に宛てたもの。その「室《むろ》」は牟婁《むろ》で、紀伊の郡名だといひ、手〔傍点〕は「等《と》」などの誤で、「神が門《と》」は地名であらうといつてゐる。代匠記の解に從つて置く。
【後記】 代匠記の解でも、意味は通る。一首は、海に馴れない大和の人の、海を恐ろしいものと(86)する所から、馴れて恐れずにゐる海人のをとめに不安を感じてゐる心である。海を、海であると共にわたつみの神と見たのは、當時の心である。その神を、命を取る恐ろしいものとし、陸よりやや遠い所を、神の手の及ぶ所と感じたことも、あり得べき事である。潮干の時、遠淺《とはあさ》に出て作業をしてゐる海人《あま》をとめの群《むれ》を、陸から見て、不安に滿されての心であらう。
 
1217 玉津島 見てし善けくも 吾はなし 京《みやこ》に行きて 戀ひまく思へば
 
【口譯】 玉津島を見たのは、我には善い事では無い。都へ行つて、戀ひる事を思へば。
【語釋】 ○善けくも けく〔二字傍点〕は、く〔傍点〕の延言。も〔傍点〕は感歎。○戀ひまく まく〔二字傍点〕はむ〔傍点〕の延言。
【後記】 見た佳景の忘れ難いのが、自身に取つては缺點だと、逆説的にいつたもの。
 
1218 黒牛《くろうし》の海《うみ》 くれなゐにほふ 百磯城《もゝしき》の 大宮人し あさりすらしも
 
【口譯】 黒牛《くろうし》の海が、紅《くれなゐ》に映えてゐる。大宮人があさりをしてゐるのだらう。
【語釋】 ○黒牛の海 紀伊海草郡、今の黒江町の海。○くれなゐにほふ くれなゐ〔四字傍点〕は、衣《ころも》の色で、下の大宮人〔三字傍点〕のもの。女官と取れる。にほふ〔三字傍点〕は、色の映える意。○百磯城《もゝしき》の 枕詞。百《もゝ》の礎の意で、宮〔傍点〕にかかる。○らし(87)も らし〔二字傍点〕はにほふ〔三字傍点〕を理由としたもの。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 女帝の紀伊へ行幸になつた際の歌と見える。卷九に、「大寶元年辛丑冬十月、太上天皇大行天皇幸2紀伊國1時歌」といふがある。その中に、これと似た歌がある。その時と關係のあるものかも知れぬ。
 
1219 若の浦に 白浪立ちて 沖つ風 寒き夕べは 大和し思ほゆ
 
【口譯】 和歌の浦に白浪が立つて、沖からの風が寒い夕べには、大和が思はれる。
【語釋】 ○若の浦 紀伊海草郡。○大和し思ほゆ 大和〔二字傍点〕は家。し〔傍点〕は強め。思ほゆ〔三字傍点〕は、思はるで、肌寒さから妻が戀しい意を暗示したもの。
 
(88)1220 妹が爲 玉を拾ふと 紀の國の 由良の岬に この日暮しつ
 
【口譯】 家の妹がつとにする爲、玉を拾はうと思つて、紀の國の由良の岬に、この一日を過した。
【語釋】 ○玉 小石など。°由良の岬 紀伊日高郡由良港の岬。
 
1221 わが舟の 梶はな引きそ 大和より 戀ひ來《こ》し心 いまだ飽かなくに
 
【口譯】 わが舟の櫓は引くな、大和から戀つて來た心が、まだ飽き足りないものを。
【語釋】 ○梶はな引きそ 梶〔傍点〕は櫓。引く〔二字傍点〕は、動かすことで、所の變る意を暗示してゐる。○戀ひ來し 海の景色に對しての語。
 
1222 玉津島 見れども飽かず いかにして つつみ持ち行かむ 見ぬ人の爲
 
【口譯】 玉津島は、見たけれども飽かない。これを何ういふやうにして、包んで持つて行かうか、大和の見ない人に見せる爲に。
【語釋】 ○つつみ持ち行かむ 包みとして、大和へ持つて行かうかで、佳景を見て、愛する者に見せたい意を起(89)したもの。
【後記】 元暦校本には、此の歌から、「紀の國の」(一一九五)の歌に續いてゐる。從つて、「黒牛の海」(一二一八)から此の歌までの五首は、「右七首藤原卿作」といふ中の五首である。
 
1223 わたの底 奧《おき》こぐ舟を 邊《へ》に寄せむ 風も吹かぬか 波立たずして
 
【口譯】 沖を漕いでゐる我が舟を、岸に寄せる風が吹かないか、波は立たなくて。
【語釋】 ○わたの底 枕詞。海の岸より遠い處を、沖とも底ともいつたので、繰返しの意でかけるもの。底〔傍点〕は退《そ》き處《どこ》の意。○邊に寄せむ 邊〔傍点〕は岸の方。邊の風景に心を引かれた爲と取れる。○吹かぬか 吹けかしの意。○波立たずして 風が吹けば波の立つのを、無理な註文をしてゐる。輕い興味からのものといふ事を暗示してゐる。
 
1224 大葉《おほば》やま 霞たなびき 小夜《さよ》ふけて 吾が舟|泊《は》てむ とまり知らずも
 
【口譯】 大葉山に霧がなびき、夜はふけて、我が舟を着けてとまるそのとまり所が知られない。
【語釋】 ○大葉山 所在が分らない。紀伊の中かといふ。○霞 今の霧。○とまり知らずも とまり〔三字傍点〕は、舟を(90)つけて泊る所。知らず〔三字傍点〕は、知られず。も〔傍点〕は感歎。
 
1225 さ夜ふけて 度中《となか》のかたに おぼほしく 呼びし舟人《ふなびと》 泊《は》てにけむかも
 
【口譯】 夜ふけて、船の道すぢの中途の方で、覺束なくも人を呼んでゐた舟人《ふなびと》は、舟を着けて泊つたであらうか。
【語釋】 ○度中の方に 本文は「夜中之方爾」とある。宣長は、夜〔傍点〕は度〔傍点〕の誤だとして、度中《となか》」と改め、その度〔傍点〕は「門《と》」の意、水門《みなと》、迫門《せと》など、舟の出入の口とした。新考は、「度《と》」に從つてゐるが、その度〔傍点〕は、舟の道筋の意のものとしてゐる。これに從ふ。○おほほしく 覺束なく。○呼びし 助けを呼んだ。○泊てにけむかも 泊つ〔二字傍点〕は、舟を着ける意。かも〔二字傍点〕は、疑と感歎。
【後記】 夜ふけて、闇の海に、航路を失つた舟人《ふなびと》の助けを呼ぶ聲を聞いた人の、後になつて、その舟人を案じた心である。聲を聞いた人は、陸にゐたものと取れる。又その距離はさして遠くなかつたと取れる。「度中《となか》」、「おぼほしく」、「泊てにけむかも」が、その關係を暗示してゐるといへる。
 
(91)1226 神《みわ》の崎 荒磯《ありそ》も見えず 浪立ちぬ 何處《いづく》ゆ行かむ 避《よ》き路《ぢ》はなしに
 
【口譯】 神《みわ》の崎のの荒磯も見えないまで浪が立つた。何處《どこ》を通つて行かうか、避《よ》ける路はないに。
【語釋】 ○神の崎 紀伊、熊野浦に面する所。○荒磯も 荒磯までもで、高浪の越す状態。○何處《いづく》ゆ行かむ ゆ〔傍点〕は、を〔傍点〕の意に通ふ。路は荒磯に沿つてゐる事を暗示してゐる。疑の意のもの。○避《よ》き路《ぢ》 避《よ》ける路で、避けるのは浪。
【後記】 海岸の陸路を行つての歌。路は荒磯に沿つて、一方は山になつてゐる所と思はれる。
 
1227 磯に立ち 沖べを見れば 海藻苅舟《めかりぶね》 あま榜《こ》ぎ出《づ》らし 鴨かける見ゆ
 
【口譯】 磯に立つて沖の方を見れば、海藻苅舟《めかりぶね》を海人《あま》が榜《こ》ぎ出すのであらう、鴨の翔《か》けるのが見える。
【語釋】 ○海藻苅舟 海藻《め》は、海藻の食ふべきものの總稱。○榜ぎ出《づ》らし らし〔二字傍点〕は、鴨かける〔四字傍点〕を理由としたもの。舟に驚き立つての意を暗示したもの。
 
1228 風早《かざはや》の 三穗《みほ》の浦廻《うらみ》を こぐ舟の船人《ふなびと》とよむ 波立つらしも
 
(92)【口譯】 風早《かざはや》の三穗の浦の岸を漕いでゐる舟の、舟人《ふなびと》が騷ぐ、浪が立つのであらう。
【語釋】 ○風早の三穗の浦 紀伊日高郡、今、三尾といふ所である。○とよむ 騷ぐで、驚いての騷ぎ。○浪立つらしも らし〔二字傍点〕は、とよむ〔三字傍点〕が理由。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 舟人《ふなびと》の騷ぐ聲を聞いて、浪の高いのを想像したもの。海を目にしてのものではない。卷十四、「葛飾《かつしか》の眞間《まゝ》の浦みを漕ぐ舟の舟人《ふなびと》さわぐ浪立つらしも」(三三四九)に酷似してゐる。謠ひものとして擴がつた歌と見える。
 
1229 わが舟は 明石《あかし》の湊に 漕ぎ泊《は》てむ 沖へな離《さか》り 小夜《さよ》ふけにけり
 
【口譯】 わが舟は、明石《あかし》の湊へ漕ぎつけて泊《とま》らう。沖の方へ遠ざからせるな。夜が更けたことではある。
【語釋】 ○明石の湊 播磨。
【後記】 卷三、高市連黒人の歌に、「わが船は枚《ひら》の湊に漕ぎはてむ沖へな離《さか》り小夜ふけにけり」(二七四)がある。やや特殊な歌である。これが傳はつたものと見える。
(93)1230 ちはやぶる 金《かね》の岬《みさき》を 過ぎぬとも 吾は忘れじ 志珂《しか》の皇神《すめがみ》
 
【口譯】 勢ひの鋭い鐘が岬の海を漕いで過ぎようとも 我は忘れまい、志珂《しか》の皇神《すめがみ》を。
【語釋】 ○ちはやぶる 勢ひの鋭い意で、今は、鐘が岬のある所の海をいつてゐる。航海上での難所といふことを暗示した語。○鐘が岬 筑前|宗像《むなかた》郡の北端。○過ぎぬとも 漕ぎて越さうともで、そこへ懸《かゝ》る前。○志珂《しか》の皇神《すめがみ》 筑前糟屋郡|志珂《しか》島に祀られてある神。海を掌る神。「皇神《すめがみ》」はここは單に神の意。
【後記】 海神である志珂《しか》の皇神《すめがみ》の加護を祈つて、東に向つて航海する舟人の、難所とされてゐる鐘が岬にかからうとする際の心である。一意、志珂の皇神を信仰してゐるのは、海神といふばかりではなく、そこを故郷としてゐる爲と取れる。
 
1231 天《あま》ぎらひ 日方《ひかた》吹くらし 水莖《みづくき》の 岡《をか》の水門《みなと》に 波立ち渡る
 
【口譯】 空がかき曇つて、西南の風が吹くのだらう。岡の港に一面に波が立つてゐる。
【語釋】 ○天ぎらひ 空の曇ること。○日方《ひかた》 西南即ち巽《たつみ》の風。又、土佐では、六月頃の日中の南風をいふと。○らし 波立ち渡る〔五字傍点〕を理由としたもの。○水莖の 枕詞。瑞瑞《みづ/”\》しき莖の意で、「雅《わか》」と續くのを、類音の「岡《をか》」に續けたもの。○岡の水門《みなと》 筑前|遠賀《をか》郡の遠賀川の河口。○立ち渡る 渡る〔二字傍点〕は、一面に續いてゐる意。
 
(94)1232 大海《おほうみ》の 波はかしこし 然れども 神を齋《いの》りて 船出《ふなで》せばいかに
 
【口譯】 大海の波は恐ろしい。然しながら、神を祈つて船出をしたならば何うであらう。
【語釋】 ○祈りて 本文「齊禮而」である。イハヒテ又イノリテと二樣の訓がある。新考に從ふ。
【後記】 旅びとの、波の靜まりかねてゐる際、楫取などに問ひかけた意のもの。
 
1233 をとめらが 織る機《はた》の上を 眞櫛《まぐし》もち かかげ栲島《たくしま》 波の間《ま》ゆ見ゆ
 
【口譯】 栲島が、波の間から見える。
【語釋】 ○初句より四句「かかげ」までは序。○眞櫛もち 眞〔傍点〕は接頭語。櫛を以て。○かかげ 機《はた》の糸の亂れを、掻き上げる意。此の「かかげ」と同じ意味の「たく」に、疊語の關係で續け、それを島の名の「栲」に轉じたもの。たく〔二字傍点〕は、卷二、「たけばぬれたかねば長き妹が髪」(一二三)、その他がある。○栲島 出雲島根郡|多久《たく》か。これにつき全釋が考證をしてゐる。
【後記】 栲島を海の上に遠望しての可隣な状態を、序によつて現はしてゐるものと思はれる。
 
(95)1234 潮《しほ》早み 磯回《いそみ》にをれば あさりする 海人《あま》とや見らむ 旅行く我を
 
【口譯】 潮《しほ》が早くして、磯の岸に、舟を出し難くて居れば、あさりをする海人《あま》と見るであらうか、旅を行く我であるを。
【語釋】 ○潮早み磯みにをれば 舟を出し難くてといふ意を暗示してゐる。
 
1235 波高し いかに楫取《かぢとり》 水鳥の 浮寢《うきね》やすべき 猶や榜《こ》ぐべき
 
【口譯】 浪が高い。如何《いか》にするべきだ、楫取よ。ここに留まつて浮寢《うきね》をするべきか、又|泊《とまり》に向つてこの上漕ぎ行くべきか。
【語釋】 ○水鳥の 枕詞。浮寢〔二字傍点〕に、意味でかかる。○浮寢 一所にとどまらずに寢る意で、搖れる舟の中に寢ること。○猶や榜ぐ 猶〔傍点〕は、この上。や〔傍点〕は疑。榜ぐ〔二字傍点〕は、泊に向つて。
【後記】 舟の旅をしてゐる人の、夜《よる》の泊《とまり》を思ふべき時に、浪が高く、漕ぎ悩む折、楫取に向つて問ひかけたもの。生活に即した歌である。
 
1236 夢《いめ》のみに 繼ぎて見ゆれば 竹島《たかしま》の 磯越す波の しくしく念《おも》ほゆ
 
(96)【口譯】 夢に、續いて妻が見えるので、頻りに思はれる。
【語釋】 ○夢のみに 本文、夢耳《イメノミ》」。代匠記の訓《よみ》。のみ〔二字傍点〕は、強めの意のもの。○繼ぎて見ゆれば 本文「繼而所見小」。宣長は小〔傍点〕は八〔傍点〕の誤として今のやうに訓んだ。○竹島《たかしま》の磯越す波の しくしく〔四字傍点〕の序。竹島〔二字傍点〕は諸國にある。近江高島郡の地といふに從ふ。琵琶湖の西岸の北部。磯を越す波のしくしくを、心のそれに轉じたもの。○しくしく 頻りに。
【後記】 旅にあつて家妻《いへづま》を思つたもの。先方で思ふと、夢に見えるといふ信仰があつたらしく、それを背後に置いてのもの。妻に贈つた形の歌である。
 
1237 靜けくも 岸には波は 寄せ來るか これの屋《や》とほし 聞きつつをれば
 
【口譯】 音靜かにも、岸には波の寄せてゐることである。この家を通して、その音を聞いてゐれば。
【語釋】 ○岸には は〔傍点〕は、沖に對してのもの。○波は は〔傍点〕は強め。○寄せ來るか 本文「縁家留香」。新考は、家〔傍点〕は來〔傍点〕の誤だとしてゐる。それに從ふ。か〔傍点〕は感歎。○これの屋とほし 本文「此屋通」。全釋の訓《よみ》に從ふ。とほし〔三字傍点〕は、家の中にゐて、家を通しての意。
(97)【後記】 純粹な自然鑑照の歌。「岸には」といつて、沖の浪を目に見た後の心である事を暗示してゐる。微細な味ひを持つた、個性的な歌である。
 
1238 竹島《たかしま》の 阿戸河波《あとかはなみ》は 動《とよ》めども 吾は家思ふ いほりかなしみ
 
【口譯】 竹島の安曇《あど》河の波は騷いでゐるけれども、吾は我が家《や》を思つてゐる。旅の庵《いほり》が悲しくして。
【語釋】 ○竹島 一二三六に出づ。○阿戸河波は 本文「阿戸白波」。考は、卷九(一六九〇)に、此の歌が再び載つて、それは「阿渡《あと》河波」となつてゐるので、誤としてゐる。
【後記】 河波の騷ぐ音と、我が心の沈むのとを對照させてゐる。卷二の、人麿の、「小竹《ささ》の葉はみ山もさやに亂《さや》げども吾は妹思ふ別れ來ぬれば」(一三三)と、心は全く同じである。
 
1239 大海の 磯本《いそもと》ゆすり 立つ波の よらむと念《も》へる 濱のさやけく
 
【口譯】 吾が舟の寄らうと思つてゐる濱の清《さや》けさ。
【語釋】 ○上三句は序。○磯本ゆすり 磯〔傍点〕は岩。本〔傍点〕は根。岩の根を搖《ゆ》すつて。○立つ浪の 浪の濱に寄るを、(98)舟の寄るに轉じたもの。
【後記】 一二〇一の、「大海の水底とよみ立つ浪のよらへむともへる磯のさやけさ」に酷似してゐる。
 
1240 珠《たま》くしげ みもろと山を 行きしかば 面白くして いにしへ念ほゆ
 
【口譯】 みもろと山を山行きしたに、山の樣が面白くて、その山に關した昔の事が思はれる。
【語釋】 ○玉くしげ 枕詞。玉の飾りの附いた櫛笥《くしげ》。笥《け》の身〔傍点〕と續く意でかかる。○みもろと山 御室處山、即ち神の御室《むむろ》の處の山の意。諸所の山にもいはれるが、大體は三輪山で、今もそれ。○行きしかば 行きしにに通ふ意のもの。○面白くして 山の樣。○いにしへ 昔の事。三輪山は出雲族が祖先神として祀つた神で、大和の國魂《くにだま》の神である。多くの傳説を持つてゐたと思はれる。面白さの聯想として、歴史が思はれた意。
 
1241 ぬば玉の 黒髪山《くろかみやま》を 朝《あさ》越えて 山下露に ぬれにけるかも
 
【口譯】 黒髪山を朝に越えて、山の下の露にいたくも濡れたことではある。
【語釋】 ○ぬば玉の 枕詞。黒〔傍点〕にかかる。○黒髪山 奈良市の北方、佐保山の一部。○朝越えて 大和から旅(99)立つ爲。○濡れにけるかも ける〔二字傍点〕もかも〔二字傍点〕も感歎。甚しくもの意を暗示してゐる。
 
1242 足びきの 山行き暮らし 宿借らば 妹《いも》立ち待ちて 宿かさむかも
 
【口譯】 山路を行き暮らして、宿を借りたならば、女が立つて待つてゐて、宿を貸すであらうか。
【語釋】 ○足ひきの 枕詞。山〔傍点〕にかかる。○山行き暮らし 山〔傍点〕は山路。行き暮らし〔五字傍点〕は一つの語。暮れるまで行く意。○妹《いも》 女を親しんでいつたもの。○立ち待ちて 門《かど》に立つて待つてゐて、待つを主とした語。○かも 疑のか〔傍点〕と感歎のも〔傍点〕。
【後記】 山路を歩いてゐる旅びとの、夜の宿を氣にする所からの聯想をいつたもの。「妹立ち待ちて」は、宿を主として、快く貸すことを具象的にいつたもの。「妹」を遊女と見る解と、さうでない解とある。後の解の方が當つてゐると取れる。
 
1243 見渡せば 近き里廻《さとみ》を たもとほり 今ぞ吾が來《こ》し 領巾《ひれ》振りし野《ぬ》に
 
【口譯】 見渡すと近く見える里のあたりであるものを、路に從つて回つて、今漸く來た、別れの時妻が領巾《ひれ》を振つた野に。
(100)【語釋】 ○里廻を 我が里あたりであるものを。○たもとほり た〔傍点〕は接頭語。もとほり〔四字傍点〕は、廻つてで、廻るのは、里への路がさうなつてゐる爲。○今ぞ ぞ〔傍点〕は、漸くの意を暗示したもの。○領巾振りし野《ぬ》に 領巾を振つたのは、旅立ちの時、妻が別れを惜しんでしたこと。
【後記】 旅から歸つて來た男が、その里を眼近に見て、早く家に着きたいともどかしく思ひつつ、一方では、妻についての思ひ出を樂しんでゐる心である。實際に即してゐるが故に、おのづから複雜味を持つたもの。
 
1244 をとめらが 放《はな》りの髪を 木綿《ゆふ》の山 雲なたなびき 家のあたり見む
 
【口譯】 木綿《ゆふ》の山に雲がたなびくな、我が家のあたりを見よう。
【語釋】 ○初二句は序。○放《はな》りの髪 童女の切り下げにしてゐる髪。長じると、それを束ねて結《ゆ》ふ。それを山の名の木綿《ゆふ》に轉じたもの。○木綿《ゆふ》の山 豐後速見郡|由布《ゆふ》の山。
【後記】 別れて來て願望する心である。木綿《ゆふ》の山は、家の方面にある山で、それによつて見當を附ける意である。家を離れること稍や遠い時の心である。
 
(101)1245 志珂《しか》の海人《あま》の 釣舟《つりぶね》の綱 堪へがてに 心に念《も》ひて 出でて來にけり
 
【口譯】 堪へあへない程に心に思つて、家を出て來たことである。
【語釋】 ○志珂の海人の釣舟の綱 序。志珂〔二字傍点〕は、筑前糟屋郡志珂島。一二三〇に出づ。釣船の綱〔四字傍点〕は、船を繋ぐ爲のもので、特に強く作つてあつたものと見える。強い意味で堪へ〔二字傍点〕と續き、心の方へ轉じたもの。○堪へがてに 本文「不堪」。古義は不〔傍点〕の下に勝〔傍点〕の落ちたものと見て、「堪へがてに」とした。これに從ふ。堪へきれずにの意。○出でて來にけり 出で〔二字傍点〕は、その家。けり〔二字傍点〕は感歎。
【後記】 古義は、相聞の歌だといつてゐる。さう取れる歌である。しかし部立《ぷだて》をした編者の心を重んじて見れば、「堪へがてに心に念《も》ひて」を、旅愁と見るべきである。序も特色があり、全體も緊密な歌で、島で謠はれた歌とは取り難いから、むしろ旅愁の甚しい心を詠んだ歌と見るべきであらう。
 
1246 志珂《しか》の海人《あま》の 鹽燒く煙《けぷり》 風をいたみ 立ちは上《のぼ》らず 山にたな引《び》く
    右件の歌は、古集の中に出づ
 
【口譯】 志珂の海人の鹽を燒く煙が、風が強くして、空に立ちのぼりはせずに、山の方にたな引(102)いてゐる。
【語釋】 ○潮燒く煙 潮を取る爲に焚《た》く火の煙。○立ちは上らず 立ち上りはせずで、上るのを普通として、それに對させた言ひ方。
【後記】 純粹の叙景の歌で、煙の状態に興味を寄せてゐるといふ、微細な味ひのものである。その微細が特色となつてゐる。
【左註】 左註として歌の出所をいふ場合には、何首と數を斷るのが風となつてゐる。前にあてた左註は、一一九五の「藤原卿の作」といふのであつた。もしそれ以下を指すものとすれば、元暦校本によれば、一一九六から一二〇七までの十二首と、一二二三から一二四六までの二十四首で、合せて三十六首が「右件の歌」である。又他の場合は何れも、古歌集」とある。ここの「古集」もそれではないかと云はれてゐる。
 
1247 大なむち 少御神《すくなみかみ》の 作らしし 妹背《いもせ》の山を 見らくしよしも
 
【口譯】 大なむちの神と、少御神《すくなみかみ》との作らせられた、妹背《いもせ》の山を見ることのよさよ。
【語釋】 ○大なむち 大穴むちの神。出雲民族の神話では、此の國土を作つた神となつてゐる。○少御神 少彦名神《すくなひこなのかみ》。同じく出雲民族の神話では、大穴むちの神を助けて、共に國土を作つた神となつてゐる。○作らし(103)し 作る〔二字傍点〕の敬語。○見らくしよしも 見らく〔三字傍点〕は、見る〔二字傍点〕の延言。見る事。し〔傍点〕は強め。よし〔二字傍点〕は、見る樂しさ。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 人麿歌集の歌である。伊邪那岐《いざなぎ》、伊邪那美《いざなみ》の二神の此の國土を生ませられた神話のほかに、別に又かうした神話が傳はつてゐて、そして一般性のあるものとなつてゐた事は、卷三(三五五)、卷六(九六三)に、此の初二句と同一のものがある事によつて知られる。此の歌は人麿歌集のものである所から、その感が深い。佳景と、妹背《いもせ》といふ名とによつて、それを作られた神を聯想しきたる所、人麿を思はせられる歌である。
 
1248 吾妹子《わぎもこ》と 見つつ偲《しぬ》ばむ 沖つ藻の 花咲きたらば 我に告げこそ
 
【口譯】 吾妹子として見つ見つ愛さう。沖の藻の花が咲いたならば、我に知らせてくれよ。
【語釋】 ○吾妹子と と〔傍点〕は、「として」の意のもの。吾妹子に擬《なぞ》らへて。○偲《しぬ》ばむ 偲ぶ〔二字傍点〕は、愛する意のもの。○告げこそ こそ〔二字傍点〕は希望の意。
【後記】 妻に逢ひ難くしてゐる者の、かつて沖の藻の花を見て慰められた事を思ひ出し、その花の咲く頃に、海人《あま》などに頼んだ形のものである。戀の心のものではあるが、妻を逢ひ難いもの(104)としてゐる所に、※[覊の馬が奇]旅の心があるといへる。
 
1249 君がため 浮沼《うきぬ》の池の 菱採むと わが染《しめ》し袖 ぬれにけるかも
 
【口譯】 君に上げる爲に、浮沼《うきぬ》の池の菱を採まうと思つて、我が染めた衣の袖の濡れたことではある。
【語釋】 ○浮沼《うきぬ》の池 石見にあるといひ、三瓶山の中にもあるといふ。○染《し》めし袖 染めし〔三字傍点〕は、染《そ》めしで、染木《そめき》の汁で染めた意。袖〔傍点〕は、衣の袖で、袖〔傍点〕と斷つたのは、菱を摘む手業《てわざ》の爲。古義は袖〔傍点〕を衣〔傍点〕の誤としてゐる。その方が語としては熱すが、原《もと》のままの方が事に即してゐる。
【後記】 女の歌である。染衣《しめごろも》の袖を濡らしたといふ事に大きな關心を持ち、それを男への心盡しとしてゐるのである。「我が染《し》めし」は、女が勞苦して染めた意を暗示する語で、過去となつてゐることが自然だといへる。
 
1250 妹がため 菅《すが》の實|採《つ》むと 行く吾を 山路に惑ひ この日暮しつ
    右四首、柿本人麿朝臣が歌集に出づ。
 
(105)【口譯】 妹がために山菅《やますげ》の實を摘まうと思つて行く吾であるのに、山路に迷つて此の一日を暮した。
【語釋】 ○菅《すが》の實 菅〔傍点〕は山菅で、やぶらんともいふ。實〔傍点〕は瑠璃色で、實用にはならないものである。○行く吾を を〔傍点〕は、「なるを」の意。古義は、行きし吾〔四字傍点〕と改めてゐる。惑ひ〔二字傍点〕が主であるから、改めない方が心が通る。
【後記】 菅の實は、妹の慰みのもので、摘めずにをはつた意の歌である。
 
(106)1251 佐保河に 鳴くなる千鳥 何しかも 川原《かはら》をしぬぴ ぃや河のぼる
 
【題意】 問ひかけ、又は言ひかける歌と、それに答へる歌との二首が一組になつてゐる歌である。一つの部立《ぶたて》となつてゐるもので、これを初めとして、卷十、十一、十二、十三にもあり、歌の數も可なりに多い。相聞の歌から發して、それ以外にも及んだもので、後には、卷五、「貧窮問答」(八九二)にまで展開してゐる。二首相待つ所から、おのづから叙事的色彩を持つたものとなつてゐる。
【口譯】 佐保河に鳴いてゐる千鳥よ、何ういふわけで川原を賞美して、ますます川上に遡《きかのぼ》つて行くのか。
【語釋】 ○何しかも し、も〔二字傍点〕は感歎。か〔傍点〕は疑。○しぬび 賞美する意。
【後記】 佐保河に千鳥が居た歌は他にもある。千鳥の河上に遡るのを、人の心から、愛でての意と解し、その愛でる理由を訝かつた心である。微細な心の歌である。
 
1252 人こそは おほにもいはめ 我がここだ しぬぶ川原を 標《しめ》結《ゆ》ふなゆめ
    右二首、鳥を詠む
 
【口譯】 人こそはここをなほざりに言ふであらうが、我は甚だ愛《め》でてゐる河原であるものを、我(107)が爲に標《しめ》を結《ゆ》ふな、決して。
【語釋】 ○おほにもいはめ おほに〔三字傍点〕は、凡《おほよそ》に、即ちなほざりに。も〔傍点〕は感歎。いはめ〔三字傍点〕は、評する意で、佐保河に對して。○標《しめ》結《ゆ》ふなゆめ 標結ふ〔三字傍点〕は、繩を張るなど、我が物としての印《しるし》をして、他の物を入れまいとする意の上代の風。今は千鳥を入れまいとする意。ゆめ〔二字傍点〕は、強い禁止の意のもの。
【後記】 甚だ愛するが故に遡るのである。決して妨げはするなの意。
 
1253 ささなみの 志賀津《しがつ》の白水郎《あま》は 吾無しに 潜《かづ》きはなせそ 浪立たずとも
 
【口譯】 ささなみの志賀津の海人《あま》よ、我の居ない時には、潜《かづ》きはするな、たとひ浪は立たなくても。
【語釋】 ○ささなみ 近江、琵琶湖の西南地方。○志賀津 志賀の津。○潜《かづ》き 水を潜ることで、海人《あま》の業。
【後記】 海人《あま》の業《わざ》を面白しと見る身分の高い人の、またも見たいと思ふ心をもつて言ひ懸けた歌。
 
1254 大船に 梶《かぢ》しもありなむ 君無しに 潜《かづ》きせめやも 浪立たずとも
    右二首、白水郎《あま》を詠む
 
【口譯】 大船には、附き物として必ず櫓があらう、そのやうに、君の居ない時には、潜《かづ》きをしよ(108)うかは、しない、たとひ浪は立たなくとも。
【語釋】 ○大船に梶しもありなむ 梶〔傍点〕は櫓。し〔傍点〕は強め。も〔傍点〕は感歎。アリナムは、新考の訓。二つは離し難いものである所から、君と我との譬愉の意でいつたものと取れる。二句をアラナムと訓《よ》み、沖へ出て潜《かづ》きをしたい意の語と取つた解と、潜き〔二字傍点〕は磯での事で、沖へ出る要はない、海人《あま》の常に用ゐる誓辭であらうといふ解とがある。誓辭に近いものではあるが、此の場合だけのものと取れる。
 
   時に臨《つ》けて
1255 月草に 衣《ころも》ぞ染《そ》むる 君がため 綵色《まだら》の衣《ころも》 摺《す》らむと念《も》ひて
 
【題意】 後世の、折に觸れての意のもの。目録には「臨《つけて》v時(に)作《よめる》歌」とある。
【口譯】 月草で衣《ころも》を染める。君の爲にまだらの衣を摺らうと思つて。
【語釋】 ○月草 今の露草。色の美しい爲と、色の附きやすい爲とで、好んで衣《ころも》を摺《す》る材料とした。○衣《ころも》ぞ染むる 衣〔傍点〕は、下にいふ君が衣。染むる〔三字傍点〕は、今は、一部一部を染める意。○綵色《まだら》の衣《ころも》 白い衣を、月草の花でまだらに染めた衣。○摺らむ 花の汁《しる》を摺りつける意で、上の染むる〔三字傍点〕を言ひかへたもの。
 
(109)1256 春霞 井《ゐ》の上《へ》ゆ 直《たゞに》 道はあれど 君に逢はむと たもとほり來《く》も
 
【口譯】 田圃《たんぼ》に、眞直《まつすぐ》に行ける道はあるけれども、君に逢はうと思つて、まはり道をして來た。
【語釋】 ○春霞 枕詞。居《ゐ》る〔傍点〕と續くのを「井《ゐ》」に轉じたもの。○井の上《へ》ゆ 井〔傍点〕を、新考は、田圃《たんぼ》と解し、その井は、田舍《ゐなか》、田《た》ゐ〔傍点〕のゐ〔傍点〕と同じだとしてゐる。井の上〔三字傍点〕を地名としたのを非としてである。これに從ふ。上〔傍点〕は「野《ぬ》の上《へ》」などの上〔傍点〕。ゆ〔傍点〕はに〔傍点〕に通ふもの。○直《たゞ》に 眞直《まつすぐ》にで、詠み人の行かんと志す所へ向つての意のもの。○たもとほり來も たもとほり〔五字傍点〕は、廻《まは》つて。(一二四三に出づ)。來〔傍点〕は、後世の行く〔二字傍点〕の意のもの。も〔傍点〕は感歎。君〔傍点〕といふ人の家のある方といふ意を暗示したもの。
 
1257 道のべの 草深百合《くさふかゆり》の 花咲《はなゑ》みに 笑みしがからに 妻といふべし
 
【口譯】 花の如き笑みを笑んだが故に、君は我が妻といふべきである。
【語釋】 ○道の邊の草深百合《くさふかゆり》の 序。草深百合〔四字傍点〕は、雜草の深い中にまじつてゐる百合。花〔傍点〕と續いて、その花〔傍点〕を花の如きの意に轉じたもの。○花笑みに 花の如き笑みにて愛嬌をもつての笑み。○笑みしがからに 新考の訓。我に向つて笑んだが故に。○妻といふべし 本文「妻常可云也」とある。諸註也〔傍点〕をヤと訓み、反語としてゐる。全釋は和歌童蒙抄に此の歌を載せ、「也」を訓《よ》んでゐない。也〔傍点〕を漢文風に書き添へたものとして訓(110)まない例が多い。これもそれであらうと云つてゐる。これに從ふ。【後記】 男の女に言ひ寄る心である。高壓的な態度のものである。「や」を訓み、反語とすると、一首が矛盾を持つた、心の通りにくいものとなる。
 
1258 黙《もだ》あらじと 言《こと》の慰《なぐさ》に いふことを 聞き知れらくは からくぞありける
 
【口譯】 黙《だま》つてはゐまいと思つて、口先《くちきき》の慰めにいふ事を、相手がそれと聞き知つてゐるといふ事は、つらいものである。
【語釋】 ○黙《もだ》あらじと 「黙《もだ》」は黙つてゐる意であるが、今は無愛想《ぶあいそ》の意のもの。○言《こと》の慰《なぐさ》 言葉の上での慰《なぐさ》めで、世辭《せじ》といふに當る。○聞き知れらくは らく〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。先方がそれと聞き知つてゐるといふ事。○からくぞありける 本文「少可者有來」で、スクナカリケリと訓んであつたのを、古義が少可〔二字傍点〕は苛〔傍点〕の誤。者〔傍点〕は曾〔傍点〕の誤として、カラクゾアリケルであらうといつてゐる。これに從ふ。からく〔三字傍点〕は、つらくに當る。
【後記】 謂はゆるお世辭の好い人が、相手にそれと氣附かれてゐる事を氣附いて、ひどく極《きま》り惡く思つた時の心である。極度に實際に即した歌である。
 
(111)1259 さつき山 卯の花もちし かなしきが 手をし取りてば 花は散るとも
 
【口譯】 五月《さつき》の山に卯の花を持つた可愛い女の、その手を取るならば、花は散らうともよい。
【語釋】 ○さつき山 本文は「佐伯山」。サヘキ山と訓んでゐるが、略解は、地名ではないとして、伯〔傍点〕は附〔傍点〕の誤として、サツキ山即ち五月の山の意とした。○かなしきが かなしき〔四字傍点〕は、可愛いいで、女の意。○手をし取りてば 手を取る〔四字傍点〕は、極めて親しい意の表現。し〔傍点〕は強め。てば〔二字傍点〕は、たらば。○花は散るとも 花の方はたとひ散つてもで、惜しまない意を暗示にしたもの。
 
1260 時ならぬ まだらの衣《ころも》 きほしきか 島のはり原 時にあらねども
 
【口譯】 その時ではない斑《まだら》の衣《ころも》を着たいことではある、島の萩原は、咲く時ではないけれど。
【語釋】 ○時ならぬ その季節ではないで、結句に照應させたもの。○まだらの衣《ころも》 花で斑《まだら》に摺つた衣で、その花は萩。○きほしきか きほし〔三字傍点〕は、著《き》まほしで、著たい。か〔傍点〕は感歎。○島のはり原 島〔傍点〕は、大和高市郡。(卷十、一九六五)。はり原〔三字傍点〕は、萩原。○時にあらねども 時〔傍点〕は、萩の花の咲く時。その萩は、衣を摺る爲のもの。
 
1261 山守の 里へ通ひし 山道ぞ 茂くなりける 忘れけらしも
 
(112)【口譯】 山番が里の女の許に通つてゐた山道は、草木《くさき》が茂くなつたことだ、女を忘れたのであらう。
【語釋】 ○山守 山番。○通ひし 女の許へ通つた。○忘れけらしも らし〔二字傍点〕は、茂くなつたのを理由としてのもの。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 一首の上から見て、山守と里の女との關係を、第三者として見ての心を詠んだものと取れる。忘れられた女自身の詠み口とは見えない。
 
1262 足ひきの 山椿《やまつはき》さく 八つ丘《を》越《こ》え しし待つ君が いはひ妻かも
 
【口譯】 山椿の咲く多くの峰を越えて行つて、猪《しゝ》鹿《か》を待つて覘ふ君が、齋《いつ》くところの妻ではある。
【語釋】 ○足ひきの 枕詞。山〔傍点〕にかかる。○山樺 山に多かつたと見えて、多く出てゐる。○八つ丘《を》 多くの峰。○しし待つ君 しし〔二字傍点〕は、猪《しゝ》鹿《しか》など、食用とする獣の總稱。待つ〔二字傍点〕は、矢で射る爲。君〔傍点〕は、今は獵夫。○いはひ妻かも いはひ妻〔四字傍点〕は、極めて大切にする妻。かも〔二字傍点〕は、感歎の意のもの。
【後記】 考は、第三者としての心だといつてゐる。その第三者は、農耕をしてゐる者の妻などで、獵夫の生活を特異なものと感じる者が、その妻に對しての心と取れる。
 
(113)1263 曉と 夜烏鳴けど この山上《みね》の 木末《こぬれ》がうへは いまだ靜けし
 
【口譯】 曉だと、夜烏は鳴くけれども、此の、我が越ゆる峰の木末の上は》、鳥も寢てゐて、まだ靜かである。
【語釋】 ○この山上 詠み人の越えようとしてゐる峰。○木末がうへは 木末〔二字傍点〕は、梢。うへは〔三字傍点〕は、夜烏に對させて、梢に宿つてゐる鳥はの意を暗示してゐる。○靜けし 塒の鳥の、寢しづまつてゐる意。
【後記】 曉前から道を歩いてゐる人の、峰を越してゐる時の心で、その峰は木立の多い、夜のやうに暗く靜かな事も暗示してゐる。男女別れるべき時に、女が別れを惜しむ心から男にいつたものとし、「山上」を女のゐる所としての解は、事としては面白いが、迎へ過ぎた解と思はれる。
 
1264 西の市に ただ獨いでて 眼並《めなら》ばず 買ひてし絹の 商《あき》じこりかも
 
【口譯】 西の市に、ただ一人《ひとり》で出て、伴ふ人なく買つた絹の、商《あきな》ひの懲りとなつたことである。
【語釋】 ○西の市 奈良に東西の市があつた、その西の市。西の京の、今の郡山町字九條であらうと。○限並ばず 眼並ぶ〔三字傍点〕は、顔を並べる意。新考の解に從ふ。○商じこりかも 商じこり〔四字傍点〕は、他に例の無い語である。(114)古義の、商のしそこなひといふ意だらうといふに從ふ。かも〔二字傍点〕は、感歎。新考は、本文の「商自許里鴨」を、自〔傍点〕は耳〔傍点〕、鴨〔傍点〕は鶴〔傍点〕の誤として、商《アキ》ニ懲《コ》リツルと訓んでゐる。
【後記】 日常生活に即しての心で、譬喩の意のものではなからう。
 
1265 今年ゆく 新島守《にひさきもり》の 麻ごろも 肩のまよひは 誰か取り見む
 
【口譯】 今年《ことし》行く新島守の着てゐる麻衣の、肩のあたりの切れかかつたのを、誰が繕つてやるであらうか。
【語釋】 ○新島守《にひさきもり》 新に徴された島守。島守〔二字傍点〕は、九州の北岸の防備に、東北の壯丁を徴した、その壯丁の稱。○肩のまよひ まよひ〔三字傍点〕は、布帛のいたむこと。○取り見む 手に取つて、世話をするで、繕ふ意。女のする事。
【後記】 新島守の麻衣の肩のまよひを見た女の、憐んでの心である。その女は、母や妻ではない第三者と思はれる。
 
1266 大船を 荒海《あるみ》にこぎ出で 八船《やふね》多氣《たけ》 わが見し兒らが まみはしるしも
 
【口譯】 大船を荒海《あらうみ》に漕ぎ出し、漕ぎに漕げ、我が見た女の目もとは、はつきりと見える。
(115)【語釋】 ○荒海《あるみ》 訓《よみ》は假字書によるもの。荒い海。○八船《やふね》多氣 や〔傍点〕は、彌《いや》の意のもの。たけ〔二字傍点〕にかかる。たけ〔二字傍点〕は漕ぐ意。例は土佐日記にある。いや、船を漕げの意。○見し兒ら 關係を持つた女。○まみ 目もと。○しるしも しるし〔三字傍点〕は、はつきりと眼に浮ぶ意。も〔傍点〕は感嘆。
 
   所に就きて思を發《の》ぶ 旋頭歌
1267 百《もゝ》しきの 大宮人の 踏みし跡どころ 沖つ浪 來よらざりせば 失《う》せざらましを
    右十七首、古歌集に出づ
 
【題意】 その折に臨んで發した感慨の意である。
【口譯】 大宮人が踏んだことのあつた此の跡どころよ、もし沖の浪が寄せて來なかつたならば、失せてはしまはなからうものを。
【語釋】 ○百しきの 枕詞。宮〔傍点〕にかかる。○踏みし 立ち平《な》らした事のあつた。○失せざらましを 失せたのは、浪に洗はれた爲としたもの。まし〔二字傍点〕に照應する「もし」の意が、上にある。
【後記】 近江大津の宮の亡びた後、湖邊の志賀辛崎などに立つての心であらう。都の亡びたのは、高い浪の洗ひ去つた爲だといつたのである。
(116)【左註】 十七首の首〔傍点〕は末文には無い。脱したと見える。
 
1268 兒らが手を 卷向山《まきむくやま》は 常なれど 過ぎにし人に 往き卷《ま》かめやも
 
【口譯】 卷向の山は、永久にあるけれども、世を去つた人を行つて卷くことが出来ようかは。
【語釋】 ○兒らが手を 枕詞。兒ら〔二字傍点〕は兒で、兒〔傍点〕は女。手を卷く〔四字傍点〕と續き、それを山の名に轉じたもの。手を卷く〔四字傍点〕は手枕の意。○卷向山 大和磯城郡、三輪山の東にある山。○過ぎにし人に 過ぎにし〔四字傍点〕は、世を去つたで、死んだ意。人〔傍点〕は、妻。に〔傍点〕は、を〔傍点〕に通ふもの。卷向山は〔四字傍点〕に對したもの。○往き卷かめやも 往きて身を卷かうかは、卷けない。
【後記】 自然の恒久と、人間の無常とを對させたもの。枕詞の「兒らが手を」が、結句の「往き卷かめやも」に照應させてある。卷向山のあたりに「人」が居たことを暗示してゐる。
 
1269 卷向の 山邊とよみて 行く水の 水沫《みなわ》の如し 世の人吾は
    右二首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ
 
【口譯】 卷向の山のあたりを騒がして流れ行く水の、その水沫《みなわ》のやうである、世の中の人の我は。
(117)【語釋】 ○行く水の 川の意であるが、その川は穴師《あなし》川かも知れぬ。○水沫の如し 水沫〔二字傍点〕を脆さの代表的のものとしていつてゐる。
【後記】 前の歌と連作の關係になつてゐて、死んだ妻の命脆さを思ひ出すと共に、我が身の上にも及ぼして考へたものと取れる。人の身の無常を泡沫に譬へるのは佛教の常套語となつてゐる。今もその意味のものであらう。
 
   物に寄せて思を發《の》ぶ
1270 こもりくの 泊瀬《はつせ》の山に 照る月は みちかけしけり 人の常無き
    右一首、古歌集に出づ
 
【口譯】 泊瀬の山に照る月は、満ち缺けをしたことだ。人の身の常の無いのは、當然だ。
【語釋】 ○こもりくの 枕詞。泊瀬〔二字傍点〕にかかる。○照る月は は〔傍点〕は、下の人に對させたもの。○みちかけしけり 本文「盈呉焉烏」。烏〔傍点〕の訓が一定しない。古義は、烏〔傍点〕は焉〔傍点〕に通はしてゐることが多い。ケリと訓むべしといつてゐる。これに從ふこととする。
【後記】 初句から四句までは月をいひ、結句が自身の感慨である。その間に飛躍があるが、聯想(118)としては自然である。「照る月は」の「は」は、その飛躍を助けてゐるものといへる。
 
   行路《みち》にて
1271 遠くありて 雲居に見ゆる 妹が家に 早くいたらむ 歩め黒駒
    右一首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ
 
【口譯】 遠くゐて、空に見える妹が家に、早く行き着かう、歩め黒駒よ。
【語釋】 ○行路 古義は、「路行きぶりの歌」と訓んでゐる。その意のものである。○雲居 空。○黒駒 乘つてゐる駒。命じた語。
【後記】 この歌は卷十四(三四四一)に重出されてゐる。
 
   旋頭歌
1272 劔《たち》の後《しり》 鞘《さや》に納野《いりぬ》に 葛《くず》引く吾妹 眞袖もち 著せてむとかも 夏草《なつくず》苅《ひ》くも
 
【口譯】 納野《いりぬ》に葛を引いてゐる吾妹が、兩袖をもつて、我に著せようと思つてか、夏葛を引いてゐるよ。
(119)【語釋】 ○劔の後鞘に 枕詞。劔の後《しり》の方が鞘に入ると續き、その入るを納《いり》に轉じてゐる。○納野《いりぬ》 山城乙訓郡大原野村。○葛引く吾妹 葛を引くのは、葛の繊維を糸として布を織る爲。吾妹〔二字傍点〕は、今は我が妻。○眞袖もち 眞袖〔二字傍点〕は、兩方の袖で、兩手といふ事を暗示したもの。距離をもつて見ての印象といへる。第六句へ續く。新考は、もち〔二字傍点〕の本文「以」を、「作」などの誤で、縫《ヌ》ヒと訓むべきではないかといつてゐる。○著せてむとかも 我に著せようと思つてかで、も〔傍点〕は感歎。○夏|草《くず》苅《ひ》くも 草〔傍点〕は葛〔傍点〕の誤。苅〔傍点〕は引〔傍点〕の誤ではないかと、童蒙抄がいつてゐる。第三句を繰返したものであるから、誤と思はれる。夏〔傍点〕を添へて詳くし、も〔傍点〕の感歎を添へてゐる。
 
1273 住の江の 波豆麻君之《はりすりつけし》 馬乘《まだら》の衣《ころも》 雜《さひ》づらふ 漢女《あやめ》を座《ま》せて 縫へる衣ぞ
 
【口譯】 住の江の萩の花を摺りつけた斑《まだら》の衣《ころも》の、漢女《あやめ》を招待して縫つたところの衣《ころも》である、これは。
【語釋】 ○波豆麻君之《はりすりつけし》 訓《よみ》は、略解で宣長が試みたものである。舊訓は、ハツマノ君《キミ》ガで、その解し難い所から、諸註さまざまの訓を試みてゐる。宣長は、「波里摩着」の誤として上のやうに訓んでゐる。榛即ち萩の花を摺りつけたの意である。住の江の榛《はり》が名物ともいふべき物となつてゐたと取れる。○馬乘衣《まだらのころも》 舊訓はマソゴロモ。同じく解し難い所から、さまざまの改訓が試みられた。略解で宣長は、乘〔傍点〕は垂〔傍点〕の誤で、訓は上の(120)やうにした。即ち斑《まだら》の衣で、萩の花を斑に摺つた衣の意である。○雜づらふ 枕詞。らふ〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言で、「囀るや唐《から》」と續けてゐる。唐《から》の人の物いひは、解し難い所から囀るやうに聞える意である。今は、「唐」と同じ意の「漠《あや》」にかかつてゐる。○漢女《あやめ》 機織《はたおり》、衣縫《きぬぬひ》の女は、呉《くれ》の國から朝廷に献じた者で、その末が職業を世襲してゐたと見える。今は、すぐれた衣縫女《きぬぬひめ》の意。○座せて 招待して。
【後記】 人に衣《ころも》を贈る時に添へた歌と思はれる。物を贈る時には、その物は心を籠めた物だといふ事を添へるのは、平安朝では殆ど一般の風となつてゐた。これは、それを同じ心のもので、さうした風の古いものと見るべきあらう。又、衣《ころも》は、男女互に贈り合つた。これは女から男に贈つた場合のものであらう。花摺《はなずり》の斑《まだら》の衣《ころも》は貴い物ではない。漢女《あやめ》に縫はせるといふのは適當の事とは思はれない。榛《はり》を住の江の物とし、漢女《あやめ》に縫はせたといふのは誇張で、見えすいた事でもあつたらう。その點から、型に從つて、戯れといふよりもむしろ、甘え心をもつて詠んだ歌かと思はれる。
 
1274 住の江の 出見《いでみ》の濱の 柴な苅りそね をとめらが 赤裳のすその 閏《ぬ》れて行かむ見む
 
(121)【口譯】 住の江の出見《いでみ》の濱の柴を苅るな。をとめらが、その柴に置く露で、赤裳の裾の濡れて歩くさまを見よう。
【語釋】 ○出見《いでみ》の濱 住吉の森の西。今、住吉神社の献火高燈籠のある邊といふ。○赤裳の裾 赤い色の裳の裾。歩くと、自然柴に觸れる部分。
【後記】 出見の濱の柴を苅つてゐる男に向つて、他の男が云ひ懸けた形のものである。云ひ懸ける心は、赤裳の裾の、柴の露に濡れた樣を好ましいものに見て來た、それの無くなる事を惜しむ心からである。官能的の匂ひのある歌である。
 
1275 住の江の 小田を苅らす子 賤《やつこ》かもなき 奴《やつこ》あれど 妹が御爲《みため》と 秋の田を苅る
 
【口譯】 住の江の田を苅りたまふ君は、それをする奴《やつこ》が無いのか。奴はあるけれども、妹《いも》が御《み》爲と思つて、自身秋の田を苅つてゐる。
【語釋】 ○小田 小〔傍点〕は接頭語。○苅らす子 苅らす〔三字傍点〕は、苅る〔二字傍点〕の敬語。子〔傍点〕は、親しんでの稱。○奴かもなき 奴〔傍点〕は、下男。かも〔二字傍点〕は、か〔傍点〕の疑とも〔傍点〕の感歎。○妹が御爲と 御〔傍点〕は、尊ぶ意のもの。尊ぶのは、その妹が前にゐると取れる。と〔傍点〕は、と思うて。○秋の田 本文は「私田」。略解が、私〔傍点〕は秋〔傍点〕の誤だとしてゐる。私田〔二字傍点〕といふ名は(122)あるが、租税の關係から區別した名である。今はそれをいつてゐるとは取れない。誤と見るべきである。
【後記】 前半は問、後半は答で、問答で一首となつてゐる。旋頭歌の成立過程を示してゐるものといへる。問ふ者も答へる者も敬語を使つてゐる所から、新考は、問ふ者は女、答へる者は男で、夫婦關係以前の仲で、男は戀情を持つて答へてゐると解してゐる。さうした歌と思はれる。
 
1276 池の邊の 小槻《をつき》がもとの 細竹《しぬ》な苅りそね それをだに 君が形見に 見つつ偲《しぬ》ばむ
 
【口譯】 池のほとりの槻の木の下の篠は苅るな、それだけでも、君が形見と思つて、見つつ思ひ出さう。
【語釋】 ○小槻 小〔傍点〕は接頭語。○それをだに その篠をだけでも。○君が形見に 形見〔二字傍点〕は、記念。に〔傍点〕はと〔傍点〕に通ふもの。○偲《しぬ》ばむ 思ひ出さう。
【後記】 池の邊の槻の下の篠に人目を避けて、男と相逢つたことのある女の、男と逢へなくなつた後の心をいつたもの。
 
(123)1277 天なる ひめ菅原《すがはら》の すげな苅りそね みなのわた か黒き髪に あくたし付くも
 
【口譯】 ひめ菅原の菅を苅るなよ、黒髪に芥が付くものを。
【語釋】 ○天《あめ》なる 枕詞。天《あめ》にある日〔傍点〕と續き、地名としての「日」に轉じさせたもの。○ひめ菅原 地名と取れるが、所在は分らない。新考は、美濃可兒郡久々利の近傍に姫といふ所がある、それかといつてゐる。○すげな苅りそね すげ〔二字傍点〕は本文「草」となつてゐる。古義は菅〔傍点〕の誤かといつてゐる。これに從ふ。○みなのわた 枕詞。みな〔二字傍点〕は、年魚《あゆ》の事とも、蜷《みな》といふ貝ともいふ。わた〔二字傍点〕は、腸。その黒い所から、意味で黒〔傍点〕につづける。○か黒き か〔傍点〕は接頭語。○あくたし 芥し〔二字傍点〕で、し〔傍点〕は強め。
【後記】 男が、菅原の菅を、髪を芥《あくた》にして苅つてゐるのを見て、女がいたはり心からいつてゐるのである。勞働と愛情と一つになつた、實際に即した歌である。
 
1278 夏影の 房《ねや》のもとに 衣《きぬ》裁《た》つ吾妹 裏儲《うらま》けて わが爲|裁《た》たば やや大《おほ》に裁《た》て
 
【口譯】 夏の、物蔭《ものかげ》の涼しい房《ねや》に、衣を裁つ吾妹よ、裏を附けて、我が爲に裁つのならば、今までの物よりはやや大きく裁てよ。
【語釋】 ○夏影の 夏の物の蔭の意で、凉しい意を暗示してゐる。○房《ねや》のもとに 新考は、房〔傍点〕は窓〔傍点〕の誤ではな(124)いかといつてゐる。もと〔二字傍点〕といふ續きが、無理だからといつてゐる。○裏《うら》儲《ま》けて 裏を設けてで、裏〔傍点〕は衣のそれ、儲け〔二字傍点〕は、附けで、秋の衣《ころも》の意と取れる。他に例のない語である。○やや大《おほ》に 少し大きく。何故に大きくといつてゐるか分らない。早婚の時代であつたから、體《からだ》の大きくなつたことを暗示してゐるものとも取れる。
【後記】 夫から妻に、衣《ころも》の裁ち方の註文をするといふのは、極めて實際に即したもので、此の集でも、短歌には既に無いものである。夏蔭に、秋の衣《きぬ》を裁つてゐるといふのも、實際的である。
 
1279 梓弓 引津《ひきつ》の邊《べ》なる なのりその花 採《つ》むまでに 逢はざらめやも なのりその花
 
【口譯】 引津《ひきつ》のあたりにあるなのりその花の、その花を採む時までに、逢はずにあらうかは、逢ふこともあらう、そのなのりその花を。
【語釋】 ○梓弓 枕詞。弓を引〔四字傍点〕くと續き、地名の引〔傍点〕に轉じたもの。○引津の邊《べ》なる 引津〔二字傍点〕は、筑前糸嶋郡にある。邊なる〔三字傍点〕は、あたりにある。○なのりその花 なのりそ〔四字傍点〕は、今の穗俵《ほだはら》。花は、春咲く。○採むまでに 採《つ》む〔傍点〕は、花を採む意。新考は、採〔傍点〕は咲〔傍点〕の誤ではないかといつてゐる。○逢はざらめやも や〔傍点〕は反語。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 女に逢へずにゐる男の、引津の邊の、海のなのりそを見て、これに花の咲く頃までには(125)と頼みを懸けた心である。略解は、卷十、「梓弓引津の邊なる莫告藻《なのりそ》の花さくまでに逢はぬ君かも」(一九三〇)と同意だといつてゐる。今の歌は頼みを懸けたもの、卷十のは、その頼みの叶はなかつたもので、いはば連作的なものである。今の歌が謠はれてゐる中に短歌となり、内容も展開されたものと思はれる。
 
1280 うち日さす 宮路《みやぢ》を行くに 吾が裳は破《や》れぬ 玉の緒の 念ひ亂れて 家にあらましを
 
【口譯】 宮に行く路を、逢はれようかと行くに、吾が裳は破れた。それと知つたら、思ひ亂れて家にゐようものを。
【語釋】 ○うち日さす 枕詞。うち日〔三字傍点〕は、定説がない。美日《うつひ》即ち美しい日、現日《うつひ》即ちありありとした日の意とも、全日《うつひ》即ち隈なき日かともいはれてゐる。要するに、宮〔傍点〕は日ざしの好いのを大事としてゐる意で、この意味から宮〔傍点〕にかかる。○宮路 宮へ通ふ路。○裳は破れぬ 破《や》れ〔傍点〕は、甚しく歩いた事を具象したもの。は〔傍点〕は、その甲斐のない事に對させてある。○玉の緒の 枕詞。切れる事のある意で、亂れ〔二字傍点〕にかかる。○思ひ亂れて 歎きに心亂れて。○あらましものを まし〔二字傍点〕は、上に省いてある「かうと知らば」に照應するもの。
(126)【後記】 宮路に宮人を見かけた女の、再び見ようとして、見得ずに發した歎きである。その家に籠つてゐられる身で、宮路を特別の所としてゐるので、男ではない。
 
1281 君がため 手力《たちから》勞れ 織りたる衣《きぬ》ぞ 春さらば いかなる花に 摺《す》りてばよけむ
 
【口譯】 君が爲と、我が手力《たぢから》が勞れて織つたこの衣《きぬ》である。春が來たらば、咲く花の中のいかなる花をもつて摺つたならばよからうか。
【語釋】 ○織りたる衣ぞ 本文「織在衣服斜」。斜〔傍点〕を、宣長は料〔傍点〕の誤としてヲと訓んでゐる。新考は叫〔傍点〕の誤かとして、同じくヲと訓んでゐる。全釋は叙〔傍点〕の誤として、ゾと訓んでゐる。今は全釋に從ふ。○いかなる花に 本文は「何何」とある。宣長は、何色〔二字傍点〕の誤として、イカナルイロニと訓んでゐる。新考は何花〔二字傍点〕の誤として、イカナルハナニとしてゐる。「春」との關係から、又「花摺《はなずり》」といふ關係から、新考に從ふ。に〔傍点〕は、を以ての意。
 
1282 橋立《はしだて》の 倉椅山《くらはしやま》に 立つや白雲 見まくほり 吾がするなべに 立つや白雲
 
【口譯】 倉椅《くらはし》山に立つよ白雲が。その山を見たいと我が思ふと共に、立つよ白雲が。
 
(127)【語釋】 ○橋立の 枕詞。橋立〔二字傍点〕は梯子《はしご》で、古への倉は、床が高くて梯子で出入りした所から倉〔傍点〕につづき、地名に轉じさせたもの。○倉椅山 大和磯城郡、多武峰に續く今の音羽山。○立つや や〔傍点〕は感歎。訓は新考に從ふ。○見まくほり 見たいで、見たいのは、倉椅山。○我がするなべ なべ〔二字傍点〕は、同時に、共に、の意。
【後記】 倉椅山を見たいと思ふと、それと共に白雲が立つたといふので、見えないといふ事を暗示にした心と取れる。「見まくほり」を、「白雲」とする解があるのを、新考が「山」とした。後半を、前半の繰返しと見たのである。この雲は夏雲であらう。
 
1283 橋立の 倉椅川の 石橋《いはばし》はも 男《を》ざかりに わが渡りてし 石《いは》橋はも
 
【口譯】 倉橋川の石橋は、何處《いづこ》に行きしぞ。盛りの時に我が渡つた石橋は何處《いづこ》にあるぞ。
【語釋】 ○倉椅川 多武峰の山中から發する川。○石橋 河の中に、庭の飛石《とびいし》のやうに石を据ゑて渡る橋。○はも 差別の意のは〔傍点〕に、感歎のも〔傍点〕の添つたもの。その物を捜し求める意の語。○男《を》ざかり 男盛り、即ち若い時。
【後記】 若い時、倉椅川の石橋を渡つた事のあつた人が、老いての後、その所に立つて、石橋の失せてしまつてゐるのを見ての感。
 
(128)1284 橋立の 倉椅川の 河の靜菅《しづすげ》 わが苅りて 笠にも編まず 川の靜菅
 
【口譯】 倉椅川の川に生えるしづ菅よ、我が苅つて、笠に編まずにしまつた、川に生えるしづ菅よ。
【語釋】 ○しづ菅 何ういふ菅か分らない。笠を編む料のものだつた事だけが分る。新考は、縞のある菅ではないかといつてゐる。○笠にも編まず 女を妻とする隱喩に用ゐられてゐる例が多い。身に着ける物とする意においてである。今もそれと取れる。
【後記】 形から見て、謠ひものの色彩が濃厚である。女と約束はしたが妻とはしなかつたといふ心を、菅を苅つたが、笠即ち身に附ける物とはしなかつたといふやうにいつた歌は例が多く、概念ともなつてゐる趣がある。これもその意のものと取れる。倉椅川のあたりの民謠であらう。
 
1285 春日《はるひ》すら 田に立ちつかる 君はかなしも 若草の つまなき君が 田に立ちつかる
 
【口譯】 心のどかな春の日でも、田に立ち疲れてゐる君の悲しさよ、妻の無い君が、田に立ち疲れてゐる。
(129)【語釋】 ○春日すら 心のどかな春の日でも、やはり。○かなしも 悲し〔二字傍点〕に、も〔傍点〕の感歎の添つたもの。深くあはれんだ意。○若草の 枕詞。解は定まつてゐない。若草の如きの意で、つま〔二字傍点〕にかかるとも、若草の對生する葉をつま〔二字傍点〕といふので、夫婦の意のつま〔二字傍点〕に轉じるともいふ。
【後記】 獨身の男の一人《ひとり》で田に働いてゐるのを見て、心を寄せてゐる女の同情し、共に働きたい心をもつていつたものであらう。生活に即した、民謠の味ひを持つた歌である。
 
1286 山城の 久世《くぜ》の社の 草な手折りそ わが時と 立ち榮ゆとも 草な手折りそ
 
【口譯】 山城の久世の社に生えてゐる草は手折るな。我が盛りの時として立ち榮えてゐようともその草は手折るな。
【語釋】 ○久世の社 久世部久津川村にある神社。○わが時と 草が、我が盛りの時として。
【後記】 社の物は、神に屬した神聖な物として、手の觸れ難いものとするところから、人妻《ひとづま》の譬喩とした歌が多い。今もそれであらう。人妻の盛りの美しさを見ても、手折らうとはするなの意である。民謠の匂ひのある歌である。
 
(130)1287 青みづら 依網《よさみ》の原に 人も逢はぬかも 石走《いはばし》の 淡海縣《あふみあがた》の 物語《ものがたり》せむ
 
【口譯】 この依網《よさみ》の原で、人に逢ひたい。淡海縣《あふみあがた》の物語をしよう。
【語釋】 ○青みづら 枕詞。意味については定説がない。大體、青きみづらで、みづら〔三字傍点〕は蔓。その状態が、網のやうである所から、依網〔二字傍点〕に意味で續くといふのと、青〔傍点〕は髪を褒めた語。みづら〔三字傍点〕は上代の男子の結髪の名で、それを吉《よ》いと褒める意に續き、地名に轉じたといふ解とである。古義は、三河、碧海《あをみ》郡の碧海で、碧海面《あをみづら》の意だとしてゐる。○依網の原 和名抄には、三河。日本書紀には、攝津、河内にもある。何處《どこ》とも分らない。大和に近い所と見る方が自然であらう。○人も逢はぬかも 人も〔二字傍点〕は、新考は、人の〔二字傍点〕の意のもので、我を主とすれば人に〔二字傍点〕、人を主にすれば人の〔二字傍点〕といつてゐる、その後の意のものだといつてゐる。逢はぬかも〔五字傍点〕は、本文は「相鴨」で、略解で宣長が、「逢へかし」の意のもので、例の多いものだといつてゐる。○石走の 枕詞。石橋《いはばし》の間《あひ》と續き、地名に轉じたもの。○淡海縣 縣〔傍点〕は、朝廷の御領の地、又郡などの意でもいつてゐる。近江の地方の意。○物語 傳説の意。
【後記】 近江への旅をして、その地方の傳説に興味を感じてゐる者の、その家への途の依網《よさみ》の原を通りつつ、話相手をほしい心をいつてゐる歌と取れる。「淡海縣」といふものが一般的に興味を持たれてゐた頃の歌と思はれる。實際に即した歌である。
 
(131)1288 みなとの 葦の末葉《うらは》を 誰《たれ》か手折りし 吾が背子が 振る袖見むと 我ぞ手折りし
 
【口譯】 湊の葦の末葉を誰が手折つたのだ。我が背子が、振る袖を見ようと思つて、我が手折つたのだ。
【語釋】 ○みなと 河口。○振る袖 本文は「振手」。略解は、振〔傍点〕の下に「衣《そ》」が脱したものとしてゐる。これに從ふ。袖を振るは、やや遠い所で、心を通はす爲のしぐさである。今は舟出をしようとして、別れを惜しむ心である。特殊な場合の事ではなく、平生の事と取れる。背子〔二字傍点〕は舟人《ふなびと》であらう。
【後記】 前半は問、後半は答である。旋頭歌の成立過程を見せてゐるもの。
 
1289 垣越ゆる 犬よび越して 鳥獵《とがり》する君 青山と 茂き山邊に 馬やすめ君
 
【口譯】 犬を呼んで來させて、鳥獵をする君よ、青山のやうに木の茂つてゐる山の邊《あたり》で、馬を休めたまへよ君。
【語釋】 ○垣越ゆる 枕詞。略解で、宣長が枕詞だとしてゐる。状態をいつて、犬〔傍点〕にかけたもの。○よび越して 越して〔三字傍点〕を、宣長は、呼(び)令v來(ら)ての意といつてゐる。新考は、立てて〔三字傍点〕の誤ではないかといつてゐる。○鳥獵《とがり》 鳥を獵ること。○青山と 本文は「青山葉」。葉〔傍点〕が等〔傍点〕になつてゐる本がある。それであらう。と〔傍点〕は、の如く(132)の意のもの。○馬やすめ 馬〔傍点〕は乘馬。やすめ〔三字傍点〕は命令。
【後記】 夏、鳥獵に出る、身分ある人に對して、傍からいつたもの。日の照る野を越して山の見える地形を暗示してゐる。
 
1290 海《わた》の底 沖つ玉藻の なのりその花 妹と吾 ここにありと なのりその花
 
【口譯】 沖の玉藻のなのりその花よ、妹と吾とがここにゐるといふ事を、その名の通りになのりその花よ。
【語釋】 ○海《わた》の底 枕詞、底〔傍点〕を沖ともいふので、疊語の意で沖〔傍点〕にかかる。○玉藻の 玉〔傍点〕は美群。藻〔傍点〕は、海草の總稱。下に、「の中の」の意がある。○なのりその花 なのりそ〔四字傍点〕は、な告りそ〔四字傍点〕に通じる。な〔傍点〕とそ〔傍点〕は禁止。告り〔二字傍点〕は、告げる意。即ち人に告げるなの意。物は、その名の通りの力を持つてゐるといふ上代の信仰から呼び懸けたもので、單なる懸詞ではない。
【後記】 男女、海邊の、人目を避けうる所に相逢つてゐて、折柄のなのりその花を見て、この事を人に告げるなと命じたもの。民謠的な匂ひの高い歌である。
 
(133)1291 この岡に 草苅るわらは しかな苅りそね ありつつも 君が來まさむ 御馬草《みまくさ》にせむ
 
【口譯】 この岡に草苅る童よ、そのやうに苅るな、そのままに置いて、君が來まさむ折の御馬の食ふ草にしよう。
【語釋】 ○ありつつも そのままにして置いて。
 
1292 江林《えばやし》に 宿るししやも もとむるによき 白たへの 袖まき上げて しし待つ我が背
 
【口譯】 江林に宿る猪鹿《しし》は、獲るのにたやすいのか。白い袖をまくり上げて、猪鹿《しゝ》を待つ我が夫よ。
【語釋】 ○江林 解し難い語である。地名であるとし、奥深くない林であるとし、江〔傍点〕は誤ではないかとしてゐる。○ししやも しし〔二字傍点〕は、猪鹿など、肉を食料とする獣の總稱。や〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。○求むるによき 獲るにたやすいのかの意と取れる。○白たへの 白いの意のもの。○袖まき上げて 捲くり手をして。
【後記】 獵夫の妻の、夫の猪鹿を待つてゐる状態を眼にして、云ひかけたもの。前半はやや曖昧(134)である。
 
1293 あられ降り 遠つあふみの 吾跡川楊《あどかはやなぎ》 苅れども またも生《お》ふてふ 余跡川楊《あどかはやなぎ》
 
【口譯】 遠つ淡海の、安曇川《あどかは》の川楊よ、苅つたけれども、またも生えるといふ安曇川の川楊よ。
【語釋】 ○あられ降り 枕詞。意味が解されない。代匠記は、「音」を「と」ともいふので、遠〔傍点〕にかかるといつてゐるが、何うであらうか。○遠つ淡海 近江に遠江といふ地名があるが、そこは安曇川《あどがは》とは關係がない。淡海の中、都より遠い方面を、遠つ淡海といつたらうと考でいつてゐる。○吾跡川楊 吾跡川〔三字傍点〕は、今、安曇《あど》川と書く。比良の西麓から發し、湖水に注ぐ川。楊〔傍点〕は、川楊。○苅れどもまたも生ふてふ 苅つたけれども、またも生えるといふで、人の語を聞いてのもの。
【後記】 苅つても、後《あと》から生えるのは、何處《どこ》の楊でも共通のことである。安曇川楊について人のその事をいふのを聞いて感を發したのは、その事が詠み人の心に觸れたが爲であらう。諦めても又思ひ出すといふ心のものと思はれる。
 
1294 朝づく日 向ひの山に 月立てり見ゆ 遠妻を 持ちたる人し 見つつ偲《しぬ》ばむ
(135)    右二十三首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ
 
【口譯】 向かひの山の上に月の出てゐるのが見える。遠くに妻を持つてゐる人が、この月を見つつ妻を偲んでゐよう。
【語釋】 ○朝づく日 枕詞。朝月〔二字傍点〕で、出れば向ふと續き、それを方角に轉じたもの。○立てり見ゆ 立つ〔二字傍点〕は、山の上に出る意。
【後記】 月に對しての聯想としては、やや特殊なものである。月の出る頃は女の許へ通ふ頃で、遠妻であれば通へないところから、それを思ひやつてのものである。詠み人自身、さうした状態である所からの聯想と取れる。餘情の多い歌である。
 
1295 春日《かすが》なる 三笠の山に 月の船出づ みやびをの 飲む杯に 影に見えつつ
 
【口譯】 春日にある三笠の山に、月の船が出た。風流男《みやぴを》の飲んでゐる杯に、光として映り映りして。
【語釋】 ○月の船 船〔傍点〕は、月の形からの譬喩。細い月。○影に見えつつ 光として映りつつ。
【後記】 月を待つて酒宴をしてゐる際の興で、みやびをは、その席にゐる人とも、自身の事とも取れる。
 
(136)     譬喩歌
 
   衣に寄す
 
1296 今|造《つく》る 斑《まだら》の衣《ころも》 目につきて 吾におもほゆ いまだ著《き》ねども
 
【口譯】 新たに造つた斑の衣《ころも》の、目に附いて吾に好い物に思はれる。まだ着ないけれども。
【語釋】 ○斑《まだら》の衣《ころも》 斑に花摺《はなずり》をした衣で、派手《はで》なもの。若い女に譬へてゐる。○目につきて 本文「面就」。代匠記は、メニツキテと訓み、宣長はトモヅキテと訓んで、似合ひたるの意と解してゐる。代匠記に從ふ。○いまだ著ねども 女を我が物としないけれどもの意の譬。
 
1297 くれなゐに 衣《ころも》染《し》めまく ほしければ 著てにほはばや 人の知るべき
 
【口譯】 くれなゐに衣《ころも》を染めたいことだと思ふけれども、それを着てかがやかしたならば、人がそれを知るであらうか。
(137)【語釋】 ○くれなゐ 紅花《べにばな》の色。○衣《ころも》染《し》めまく まく〔二字傍点〕はむ〔傍点〕の延言。○著てにほはばや にほふ〔三字傍点〕は、色についてで、かがやかすといふに當る。や〔傍点〕は疑。○人の知るべき 戀を秘むべきものとして、現はれるを怖れる意。
【後記】 くれなゐの衣を美しい女に譬へ、著てにほはばを、我が物とするに譬へたもの。「にほはば」は、美しさを強める意のもの。
 
1298 かにかくに 人はいふとも 織りつがむ 我が機物《はたもの》の 白麻衣《しろあさごろも》
 
【口譯】 とやかくとたとひ人は云はうとも、我は織り續けよう、我が機物《はたもの》の白麻の衣を。
【語釋】 ○かにかくに 古義の正した訓。とやかくとの意。○機物 織物といふに當る。○白麻衣 白麻の布をの意。
【後記】 女の歌と取れる。關係してゐる男を白麻衣に譬へ、人の噂に心を動かすまいといふを、「織りつがむ」といつたもの。
 
   玉に寄す
1299 あぢむらの とを寄る海に、船うけて 白珠採ると 人に知らゆな
 
(138)【口譯】 味鳧《あぢかも》の群れが撓《たわ》んで寄つて來る海に船を浮べて、我が白珠を採るといふことを、人に知られるな。
【語釋】 ○あぢむら 味鳧《あぢかも》の群れ。あぢ〔二字傍点〕は鴨に似て、小さい鳥。○とを寄る 撓み寄るで、水の上のあぢの列が、風の爲に撓んで寄つて來る。○白珠採ると 白珠〔二字傍点〕は鰒玉で女に譬へてゐる。採る〔二字傍点〕は海の底から採るので、相逢ふに譬へてある。
【後記】 四句の「白珠採ると」が、女に逢ふ譬で、初句から三句までは、白珠のある海の形容で、他の意はない。結句「人に知らゆな」は、我と我が身を戒めてゐるもの。
 
1300 をちこちの 磯の中《なか》なる 白玉を 人に知らえず、見むよしもがも
 
【口譯】 そちこちの石の中にまじつてゐる白玉を、人に知られすに見ゆるゆかりをほしいもので(139)ある。
【語釋】 ○をちこち 遠近の意ではなく、あちこちの意。新考はそこら〔三字傍点〕と譯してゐる。○磯の中なる 磯〔傍点〕は石。中なる〔三字傍点〕は、中にまじつてゐるで、白玉の在り場所。○白玉 小石。女に譬へてある。○見むよしもがな 見む〔二字傍点〕は、逢ふ。よし〔二字傍点〕は、ゆかり。も〔傍点〕は感歎。がも〔二字傍点〕は、希望。
【後記】 女に窃に逢ひたいの意で、初二句は、白玉の在り場所としていつたもので、女の周圍の人とまでの意味は持たせてゐないものと取れる。
 
1301 海神《わたつみ》の 手に纒《ま》き持《も》たる 玉ゆゑに 磯の浦廻《うらみ》に 潜《かづ》きするかも
 
【口譯】 海神の手に纒《ま》いて持つてゐる玉だのに、それを得ようとして、磯の浦わたりで潜《かづ》きをすることである。
【語釋】 ○海神《わたつみ》 海を司配する神。○手に纒きもたる玉ゆゑに 手に纒き持たる〔七字傍点〕は、手玉として腕に卷いてゐる。玉ゆゑに〔四字傍点〕は、玉であるによつて。○磯の浦廻 磯〔傍点〕は、石のある海邊。浦廻〔二字傍点〕は、海の岸わたり。
【後記】 「海神」は、女を守つてゐる者の譬で、「手に纒き持たる」は、絶えず嚴重にの意があるので、親と取れる。「玉」は、女。四五句は、女を得ようとして苦勞する意の譬。
 
(140)1302 海神《わたつみ》の 持たる白玉 見よくほり 千《ち》たびぞ告げし 潜《かづ》きする海子《あま》
 
【口譯】 海神《わたつみ》の持つてゐる白玉を見たいことだと思ひ、千たびもその事をいつた、海人《あま》に。○千たびぞ告げし 千度も、見たいといふ事を海人にいつた。海人《あま》は白玉の在り場所を知つてゐる者。
【後記】 「海神《わたつみ》」は女を保護してゐる親、「白玉」は女、「海子」は媒の譬。
 
1303 潜《かづ》きする 海子《あま》は告ぐれど 海神《わたつみ》の 心し得ねば 見えむといはなく
 
【口譯】 潜《かづ》きをする海人《あま》は、白玉に我が意を告げたけれども、海神《わたつみ》の心が知れないので、我に見えられようとはいはぬ事よ。
【語釋】 ○海子は告ぐれど は〔傍点〕で、それに對させた白玉を暗示してゐる。○心し得ねば し〔傍点〕は強め。得ねば〔三字傍点〕は得ぬにと同じで、わからぬに。○見えむといはなく 本文「所見不云」。新考の訓に從ふ。見えむ〔三字傍点〕は、見られんで、逢ふ意。なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。
【後記】 前の歌と連作になつてゐる。媒の海人《あま》の報告を聞いて、歎息していつてゐる心である。
 
(141)   木に寄す
1304 天雲《あまぐも》の たなびく山の こもりたる 吾が下心《したごゝろ》 木の葉知るらむ
 
【口譯】 隱してゐる我が下心《したごゝろ》を、その人は知つてゐるであらう。
【語釋】 ○天雲《あまぐも》のたなびく山の 序。天雲《あまぐも》のたなびいてゐる山の、その山を籠めると續き、心の上のこもる〔三字傍点〕に轉じたもの。○隱《こも》りたる我が下心 隱り〔二字傍点〕は、相手に隱してゐる。下心〔二字傍点〕は、本文「忘」。宣長が下心〔二字傍点〕の誤だといつてゐる。下の心で、即ち内心。○木の葉知るらむ 木の葉〔三字傍点〕は、相手の女に譬へたもの。序の山〔傍点〕の延長としてのものである。知るらむ〔四字傍点〕は、察して知つてゐるであらう。
【後記】 序を、それだけで終らせず、「木の葉」といふ譬喩を引き出すものとしてゐるのは、一種の新しい技巧である。後世には盛んになつたものである。
 
1305 見れど飽かぬ 人國山《ひとぐにやま》の 木の葉をば 下《こた》の心に なつかしみ念《も》ふ
 
【口譯】 いくら見ても飽くことのない人國山の木の葉を、心の内になつかしがり思ふ。
【語釋】 ○人國山の木の葉 人國山〔三字傍点〕は、下の一三四五にもある名で、人國山の秋津野《あきつね》の」と續けてゐるので、秋津野によつて、代匠記は大和吉野にあるとしてゐる。木の葉〔三字傍点〕は女に譬へてある。人の國〔三字傍点〕といふ語は、平安(142)朝では、畿内以外の國即ち他國といふ意に用ゐられてゐる。今も地名に、他國の山の意を懸け、譬喩の上では、木の葉〔三字傍点〕に續けて他人の女即ち人妻《ひとづま》の意にしてあるかと思はれる。
【後記】 人妻《ひとづま》のすぐれて愛《め》でたいのを見て、戀の一歩前の、なつかしさを感じた心と思はれる。
 
   花に寄す
1306 この山の 黄葉《もみぢ》の下《した》の 花を我が はつはつに見て 却《かへ》りて戀ひし
 
【口譯】 僅かに見て、見なかつた時よりも却つて戀しい。
【語釋】 ○この山の黄葉《もみぢ》の下の花を我が 序かと思はれるもの。山の黄葉《もみぢ》の下の花は、かへり咲きの花で、本質として僅か即ちはつはつによりは咲かない。そのはつはつ〔四字傍点〕を、人を見る事の方に轉じたものと思はれる。「花を我が、はつはつ」といふ續きは、序とは云へないものであるが、心としては序と見るのが適當と思はれる。暫くさう見る事とする。
【後記】 噂に聞いて戀つてゐた女を垣間見て、心が一層つのるといふのである。譬喩が序となつてゐる形である。
 
(143)   川に寄す
1307 この川ゆ 船は行くべく ありといへど 渡り瀬毎に 守《も》る人ありて
 
【口譯】 この川を、船は渡つて行けるといふけれども、その渡り瀬毎に、番をする人があつて行かれない。
【語釋】 ○この川ゆ ゆ〔傍点〕はを〔傍点〕に通ふもの。○船は行くべく 船は渡つて行けるで、女は心を許してゐるの譬喩。○守《も》る人ありて ありて〔三字傍点〕は、本文「有」。新考の訓に從ふ。守る人〔三字傍点〕は、渡守で、女の親などに譬へてある。
 
   海に寄す
1308 大海《おほうみ》を 候《まも》る水門《みなと》に 事しあらば 何方《いづく》ゆ君が 吾《わ》を率《ゐ》凌《しぬ》がむ
 
【口譯】 大海の樣子を窺つてゐる港に、もし難事が起つたならば、何所《どこ》に君が、我を連れて凌ぐであらうか。
【語釋】 ○大海を候《まも》る水門《みなと》 候《まも》るは、見守《まも》る、大海の樣子を窺つてゐる水門《みなと》、船出した後、海の荒れを水門《みなと》に避けてゐる心。○事しあらば 事〔傍点〕は、難事の意。し〔傍点〕は強め。その水門《みなと》でもし難事が起つたならば。○何方《いづち》ゆ ゆ〔傍点〕はに〔傍点〕に通ふもの。○君 女から男を指したもの。○率《ゐ》凌《しぬ》がむ 連れて、難事を凌ぐであらうか。
(144)【後記】 親の眼を忍んで男に逢つてゐる女の、その事があらはれたら、何處《どこ》へ連れて行つて難儀を凌いでくれるかと、不安をもつて問うた心のものと取れる。
 
1309 風吹きて 海は荒るとも 明日《あす》といはば 久しかるべし 君がまにまに
 
【口譯】 風が吹いて海が荒れようとも、明日《あす》まで待つといつたら待ち遠いことであらう、君の心のままにしよう。
【語釋】 ○君がまにまに 君が心のままに、すぐにも船出しようの意。
【後記】 「風吹きて海は荒るとも」は、たとひ障りが起らうとも。「君がまにまに」は、君が心のままに、今夜にも逢はうで、何れも戀の上の譬喩。
 
1310 雲隱る 小島の神の かしこけば 目はへだつれど 心へだてめや
    右十五首、柿本朝臣人麿が歌集に出づ
 
【口譯】 親の恐しければ、見る事は隔ててゐるけれども、心は隔てようか隔てない。
【語釋】 ○雲隱る小島の神の 序。雲に隱れてゐる沖の小島の神ので、神は海を司る神。その神の恐《かし》こさを、(145)親の方へ轉じたものと取れる。○かしこけど 後世の、かしこけれどの意。戀の上でいふので、親と取れる。○目はへだつれど 本文「目間」で、訓はさまざまである。見る事は隔ててゐるけれどもで、女が通つて來る男を避けてゐる意と取れる。○心へだてめや 本文「心間哉」で、同じく訓はさまざまである。上の句と反對のものであるから、暫くかう訓むこととする。や〔傍点〕は反語。
【後記】 親を恐れる心から、男を避けてゐる女の、男にいつた心のものと思はれる。
 
   衣に寄す
1311 橡《つるばみ》の 衣きる人は 事なしと いひし時より 著《き》ほしくおもほゆ
 
【口譯】 橡の衣を著る人は、世の煩はしい事がないと聞いた時から、我もそれを著たいと思はれる。
【語釋】 ○橡の衣著る人 舊訓の、衣《キヌ》著《キ》シを、童蒙抄が衣《キヌ》着《キ》ルに改めた。橡は、今のどんぐりで、橡の衣〔三字傍点〕は、その※[者/火]汁で染めた黒色の衣。賤者の服色と定まつてゐた。○事なしと 事〔傍点〕は、身分の高い所から起る世の煩はしい事。○いひし 聞きしと同じ意で用ゐてゐる。○著ほしく 賤者になりたいの意。
【後記】 貴賤を服色で分つた時の心。貴い者が、世間の煩ひに悩んで、賤しい者の氣樂さを慕つ(146)た心を、服色でいつたもの。
 
1312 凡《おほよそ》に 吾し念《おも》はば 下に着て 穢《な》れにし衣を 取りて著めやも
 
【口譯】 なほざりに我が思つてゐるのならば、下着として著て、今は毛《よご》れた衣《きぬ》を、取り上げて、上着として著ようかは著ない。
【語釋】 ○凡に なほざりに。○吾し念はば し〔傍点〕は強め。念ふ〔二字傍点〕は、衣《きぬ》。○下に著て穢れにし 下著として著てその久しい爲に穢《よご》れてしまつた衣。隱妻《かくりづま》として久しく、年をしたの譬。○取りて著めやも 取りて著る〔五字傍点〕は、手に取つて著るであるが、上との對照で、上著として著る意。表立《おもてだ》つての妻とする譬。や〔傍点〕は反語。も〔傍点〕は感歎。
 
1313 くれなゐの 深染《こぞめ》の衣《ころも》 下に著て 上に取り著ば ことなさむかも
 
【口譯】 くれなゐの深染《こそめ》の衣を、今まで下に着てゐて、これを上に着たならば、人が言ひはやすであらうか。
【語釋】 ○深染の衣 派手な衣《ころも》で、美しい女の譬。○取り著ば 取り〔二字傍点〕は手に取りの意。○ことなさむかも ことなす〔四字傍点〕は、言なす〔三字傍点〕で、言葉にいひ立てる意。か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。
(147)【後記】 隱妻を表立つたものにする點は、前の歌と同じであるが、これは若く美しい女で、周圍の思はくを憚つての心のもの。
 
1314 橡《つるばみ》の 解《と》き濯《あら》ひ衣《ぎぬ》の あやしくも 殊に著ほしき この夕べかも
 
【口譯】 橡の解き濯ひ衣の、怪しきまで甚しくも、殊に著たいと思ふ此の夕べではある。
【語釋】 ○橡《つるばみ》 賤者の服色。(前出)。○解き濯ひ衣 解いて濯つた衣《きぬ》で、仕立て直しの一層粗末な衣。○あやしくも極めて甚しい意。も〔傍点〕は感歎。○殊に 取りわけ。○此の夕べかも この夕べ〔四字傍点〕は、何等かの刺戟のあつた時を暗示したもの。かも〔二字傍点〕は感歎。
【後記】「橡の解き濯ひ衣」は、極めて賎しい者の譬喩で、身分のある者が、或夕べ、つくづくその身分の煩ひに堪へられなくなつた時の感で、一三一一の歌の心を更に進展をせられたものと取れる。
 
1315 橘の 島にしをれば 河遠み 曝《さら》さず縫ひし わが下衣
 
【口譯】 楠の島にゐるので、河が遠くて、河に曝すことをせずに縫つた我が下衣よ。
(148)【語釋】 ○橘の島 大和高市都高市村。橘〔傍点〕は大字で、島〔傍点〕はその中の字。下に河遠み〔三字傍点〕とある、その河は飛鳥河でなくてはならないが、事實としては飛島河は遠くはない。その點から橘の島〔三字傍点〕は別の所ではないかといはれてもゐる。○曝さず縫ひし 衣を仕立てる前、必ず河で曝すことが風になつてゐたと見える。今はそのすべき事を省いた意。
【後記】 「曝さず縫ひしわが下衣」といふが一首の中心であるが、何の譬喩になつてゐるかよくは分らない。「下衣」を、他の歌から推して妻とし、「曝さず」を、妻とするには必ず取るべき手段を省いたといふ意でもあらう。親の許しを受けないなどの意かと思はれる。
 
   糸に寄す
1316 河内女《かふちめ》の 手染《てぞめ》の糸を くりかへし 片糸にあれど 絶えむと念《も》へや
 
【口譯】 いつまでも、片糸の合はない仲ではあるが、思ひ切らうかは、切らない。
【語釋】 ○河内女《かふちめ》の手桑染糸を 序。河内女〔三字傍点〕は、河内の女。手染の糸〔四字傍点〕は、自身染めた糸。その糸を、使用するまでには繰り返すと續き、それを、何時《いつ》までもの意に轉じたもの。○片糸にあれど 片糸〔二字傍点〕は、糸は二すぢをより合せて使ふのであるが、そのより合せる前の糸。逢はないの譬喩。序を延長させてのもの。○絶えむと(149)念《も》へや 絶え〔二字傍点〕は、切れる意で、思ひ切る譬喩。念へ〔二字傍点〕は、輕く添へた語。や〔傍点〕は反語。
【後記】 譬喩は、「片糸」と「絶え」だけで、初二句は序と取れる。序を、それだけに止めず、序される事の方へ延長させたものは、上の一三〇四にもあつた。これもそれで、その複雜なものと取れる。
 
   玉に寄す
1317 海《わた》の底 しづく白玉 風吹きて 海は荒るとも 取らずはやまじ
 
【口譯】 海の底の沈んでゐる白玉を、たとひ風が吹いて海は荒れても、取らずにはやめまい。
【語釋】 ○しづく白玉 沈んでゐる白玉で、白玉〔二字傍点〕は鰒玉。女に譬へてゐる。
 
1318 底清み しづける玉を 見まくほり 千《ち》たびぞ告げし 潜《かづ》きする海人《あま》
 
【口譯】 海の底の清くて、沈んでゐる玉を見たいと思ひ、千度もその事をいつた、潜きをする海人に。
【語釋】 ○底清み 海の底の清くて。○しづける玉 沈んでゐる玉で、玉〔傍点〕は女を譬へてゐる。○海人 海に入(150)つて玉に近づく者で、媒に譬へてゐる。
 
1319 大海の 水底《みなぞこ》照らし しづく玉 齋《いは》ひて取らむ 風な吹きそね
 
【口譯】 大海の水底《みなそこ》を照らして沈んでゐる玉よ、神に祈つて採らう、風よ吹くな。
【語釋】 ○水底照らし 水底までも照らしてで、玉の美しさの譬。○しづく玉 玉〔傍点〕は女に譬へてゐる。○齋ひて 神に祈つて。○風な吹きそね 本文「風莫吹行年」。宣長が行〔傍点〕は所〔傍点〕の誤だとした。そ〔傍点〕は禁止。ね〔傍点〕は感歎。風〔傍点〕は妨げの譬。
【後記】 女の得難く、全力をつくさうとする意の歌。
 
(151)1320 水底《みなぞこ》に しづく白玉 誰が故に 心つくして わが念《も》はなくに
 
【口譯】 海の底に沈んでゐる白玉よ、汝ならぬ外の者の故に、心を盡して我は思はぬことであるを。
【語釋】 ○水底 海の底の意でいつてゐる。○玉 女に譬へてゐる。○誰が故に 汝ならぬ外の者の故に。○思はなくに なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。
 
1321 世の中は 常かくのみか 結びてし 白玉の緒《を》の 絶ゆらく思へば
 
【口譯】 世の中は、常にかくあるものであらうか、結んでおいた白玉の緒の、切れる事を思へば。
【語釋】 ○常かくのみか のみ〔二字傍点〕は強め。かくあるものだらうかで、初めて見た驚きの心。○結びてし白玉の緒 白玉の緒〔四字傍点〕は、白玉を貫いた緒で、その緒は強いもの。結びてし〔四字傍点〕は、緒の端と端を結んでおいた白玉〔二字傍点〕を女に譬へ、結びてし〔四字傍点〕で夫婦間の約束に譬へたものと取れる。○絶ゆらく思へば らく〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。絶える即ち切れる事。切れる事を思ふとの意。
【後記】 夫婦關係になつてゐた男の仲の絶えたのに對して、女が意想外の事として驚き歎いた心。
 
(152)1322 伊勢の海の 白水郎《あま》の島津が 鰒玉《あはびだま》 取りて後もか 戀のしげけむ
 
【口譯】 伊勢の海の海人《あま》の島津が採つて持つてゐる鰒玉よ、採つての後も、それに對しての戀は繁くあるだらうか。
【語釋】 ○白水郎の島津が 本文「白水郎之島津我」。解し難いので、諸註、さまざまにいつてゐる。代匠記は、島津〔二字傍点〕を海人《あま》の名とし、考は海人《あま》を地名とし、島津〔二字傍点〕を、島の津としてゐる。略解は島津我〔三字傍点〕を「鳥津流《とりつる》」の誤とし、新考は、「島津之白水郎我《しまつのあまが》」を下上に寫し誤つたものとし、島津〔二字傍点〕は志摩の古への名だとしてゐる。暫く代匠記の解に從ふ事とする。それだと、島津が採つたすぐれた玉があつて、人の口にのぼつてゐたと取れる。○鰒玉《あはびだま》 鰒の中にある玉で、即ち眞珠。○取りて後もか 採つての後もまた。か〔傍点〕は疑。○戀のしげけむ 戀は、玉〔傍点〕に對しての關心。しげけむ〔四字傍点〕は、繁くあるだらうか。
【後記】 「白水郎《あま》の島津」を上のやうに取ると、島津がすぐれた鰒玉を採つた事を聞いて、それだと、取つた後も、その玉が氣に懸つて、取る前と同じく戀は繁からうかと思ひやつた心で、同時に一方では、自身の懸想してゐる女を、その鰒玉に譬へ、ああした女は、逢つての後も戀は繁からうかと思つた意と取れる。即ち「鰒玉」も「取り」も譬喩ではあるが、譬喩は全體に亘つてゐて、間接な、暗示的なものとなつてゐると取れる。
 
(153)1323 海《わた》の底 沖つ白玉 よしを無み 常かくのみや 戀ひ渡りなむ
 
【口譯】 沖の白玉を採るゆかりがなくて、常にこのやうにのみ、戀ひ續けてゐることであらうか。
【語釋】 ○海《わた》の底 枕詞。沖〔傍点〕にかかる。底と沖とは同意義で、繰り返しの關係のもの。○白玉。女の譬喩。○よしを無み ょし〔二字傍点〕は、ゆかり。無み〔二字傍点〕は、無くして。媒が無くして。○戀ひ渡り 戀ひつづける。
 
1324 葦の根の ねもころ念《も》ひて 結びてし 玉の緒といへば 人解かめやも
 
【口譯】 心深く思つて結んだ玉の緒だと聞いたならば、他人が解かうかは、解かない。
【語釋】 ○葦の根の 枕詞。根〔傍点〕がねもころ〔四字傍点〕のね〔傍点〕に繰返しとしてかかる。○ねもころ念ひて 心深く思つて。○結びてし玉の緒 夫婦關係の譬喩。一三二一に出づ。○いはば 聞かばの意。○人解かめやも 人の解くは、夫婦の仲を割く意の譬喩。
【後記】 夫婦關係の成つた後、女が、周圍との關係を案じるのに對して、男が慰めた心のもの。
 
1325 白玉を 手には纒《ま》かずに 匣《はこ》のみに 置きける人ぞ 玉|泳《おぼ》らする
 
(154)【口譯】 白玉を、手玉《てだま》とせずに、匣《はこ》にばかりしまつて置く人が、その白玉を失ふことだ。
【語釋】 ○白玉 妻とした女の譬喩。○手には纒かず 手玉として纒《ま》くで、妻と常に離れずにゐる譬喩。○匣のみに置きける人 匣のみに〔四字傍点〕は、匣にのみの意。置きける〔四字傍点〕は、藏《しま》つて置いたで、大切にはしたが、身から離しておいた意の譬喩。○玉|泳《おぼ》らする 泳らす〔三字傍点〕は、泳〔傍点〕は、訓《よみ》も意味も諸説がある。元暦校本には泳〔傍点〕を詠〔傍点〕に作り玉詠《タマナゲ》カスルとしてゐる。この訓は、代匠記のもの。意味は、水から得た白玉を、水に溺らせる意で、失ふ事の譬喩と取れる。更にいへば、妻である白玉が、あつけなさから裏切る戀の譬喩。
【後記】 妻を愛するよりも敬ふ態度をとつてゐた人が、結果から見ると、その妻が飽氣《あつけ》なさから裏切つたといふ事があつたのを、第三者の立場からいつたものと取れる。
 
1326 照左豆《てるさつ》が 手に纒《ま》き古《ふる》す 玉もがも その緒は替へて わが玉にせむ
 
【口譯】 照左豆《てるさつ》が古くから手に纒いてゐる玉をほしいものである。その緒の方を取りかへて、我が手玉にしよう。
【語釋】 ○照左豆 何ういふ意の語か分らない。從つて諸説がある。古義は、「海神《わたつみ》」とあるべき所で、字が誤つたのだらうといひ、新考も同じやうにいつてゐる。○その緒は替へて 玉の緒を取り替へて、新しいもの(155)としてで、關係を改めての譬喩。○わが玉 玉〔傍点〕は、手玉で、妻の譬喩。
 
1327 秋風は 繼ぎてな吹きそ 海《わた》の底 沖なる玉を 手に纒《ま》くまでに
 
【口譯】 秋風は續いては吹くな、沖にある玉を取つて、我が手玉として纒《ま》くまでは。
【語釋】 ○秋風は は〔傍点〕は、他に對したもので、秋風の強いものである意を暗示してゐる。波を立たせるものとしてで、玉を取る上の障りとなるもの。○海《わた》の底 枕詞。底〔傍点〕と沖〔傍点〕と同義の繰返し。○沖なる王 沖にある、即ち得難い意。玉〔傍点〕は、女の譬喩。○手に纒く 手玉とするで、妻とする譬喩。○までに まではの意。
 
   日本琴《やまとごと》に寄す
1328 膝に伏す 玉の小琴の 事なくば 甚《いと》ここぱくに わが戀ひめやも
 
【口譯】 障り事が起らなかつたならば、かく甚しくも戀ひようか、戀ひはしない。
【語釋】 ○日本琴《やまとごと》 在來の和琴《わごん》で、唐琴《からこと》、高麗琴《こまごと》に對しての名。六絃のもの。○膝に伏す玉の小琴の 序。膝に伏す〔四字傍点〕は、琴が人の膝に載せられる事を、琴を擬人しての語。載せられるのは親しみの意。玉〔傍点〕は美稱。小〔傍点〕は接頭語。琴〔傍点〕を、同音の事〔傍点〕に轉じたもの。○事なくば 事〔傍点〕は事件で、今は男女間の障りで、逢ひ難くなつたこ(156)との暗示。○いとここばくに 本文「甚許多」。略解の訓に從ふ。ここばく〔四字傍点〕は、甚しく。○戀ひめやも や〔傍点〕は反語。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 「琴」は譬喩ではなくて、序にとどまつてゐる。逢ひ難くなつたが故に、戀がつのる意のもの。
 
   弓に写す
1329 陸奥《みちのく》の あだたら眞弓 絃《つら》著《は》けて 引かばか人の 吾《わ》をことなさむ
 
【口譯】 陸奥のあだたらの弓に弦《つる》を張つて引くがやうに、女と關係をつけたならば、人が我をいひ立てるであらうか。
【語釋】 ○あだたら眞弓 あだたら〔四字傍点〕は地名。岩代安達郡で、今の二本松の附近。眞弓〔二字傍点〕は弓。その土地の貢物《みつぎもの》となつてゐた。女の譬喩。○絃《つら》著《は》けて 「絃《つら》」は、弦《つら》」。著け〔二字傍点〕は張る意。卷二(六九)參照。○引かばか 引く〔二字傍点〕は、弓を引く意。女と夫婦關係をつける意の譬喩。か〔傍点〕は疑。○ことなさむ 言ひ立てよう。
【後記】 女と關係をつけようと思つて、世評を憚る心。
 
(157)1330 南淵《みなぶち》の 細川山に 立つ檀《まゆみ》 弓束《ゆづか》まくまで 人に知らゆな
 
【口譯】 南淵の細川山に生えてゐる檀よ、弓を作る最後のことである弓束《ゆづか》を卷く時まで、その木の事は人に知られるな。
【語釋】 ○南淵 大和高市郡の東南方の山の手で、飛鳥川の水源。○細川山 南淵山の中の一峰。○立つ檀 立つ〔二字傍点〕は、生えてゐる。檀〔傍点〕は、上古、弓材とした木。女に譬へてゐる。○弓束〔二字傍点〕まくまで 弓束は弓の中央の握りで、普通、革を卷く。これが弓の工作の最後である。女を妻とする譬。○人に知らゆな 知らゆ〔三字傍点〕は、知らる。我と我にいつたもの。
 
   山に寄す
1331 磐疊《いはだたみ》 かしこき山と 知りつつも 吾は戀ふるか 同等《なみ》ならなくに
 
(158)【口譯】 磐疊のけはしい山だとは知りながらも、我は戀ふることではある、同等の身分ではないものを。
【語釋】 ○磐疊 磐の重疊してゐる所ので、一つの語。○かしこき山 けはしい山で、身分の貴い女に譬へてゐる。○戀ふるか か〔傍点〕は感歎。○同等《なみ》ならなくに 同等〔二字傍点〕はトモとも訓んでゐる。我はその並びの、即ち對當の意。なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。
 
1332 岩が根の こごしき山に 入りそめて 山なつかしみ 出でがてぬかも
 
【口譯】 岩のけはしい山に立ち入り初めて、恐ろしいとは思ふが、山がなつかしくて、出ようにも出られないことではある。
【語釋】 ○岩が根 岩。○こごしき山 けはしい山で、身分の貴い女に譬へてゐる。○入りそめて 懸想をしての譬喩。○なつかしみ なつかしくして。○出でがてぬ 出るに堪へられない。諦められない意の譬喩。
 
1333 佐保山を 凡《おほ》に見しかど 今見れば 山なつかしも 風吹くなゆめ
 
【口譯】 佐保山を一とほりに見てゐたけれども、今見ると、山がなつかしい。山を荒らす風よ吹(159)くな決して。
【語釋】 ○佐保山 奈良市の北方。女に譬へてゐる。○凡《おほ》に見しかど 一とほりの山と見てゐたけれどで、譬の上からは、關係を持たない以前は、さして好い女とも思はなかつたけれども。○今見れば 今〔傍点〕は、山としては黄葉《もみぢ》の時を暗示してゐると取れ、譬の上からほ、關係を持つての今。○なつかしも も〔傍点〕は感歎。○風吹くなゆめ 風〔傍点〕は、黄葉《もみぢ》を散らすもので、譬の上からは、戀の上の障り。ゆめ〔二字傍点〕は、強い禁止。
【後記】 全體が譬喩となつてゐる。關係の無かつた以前と、あつての今との心理の相違を主としたもので、複雜な味ひを持つたものである。
 
1334 奥山の 岩に蘿《こけ》むし かしこけど 思ふ心を いかにかもせむ
 
【口譯】 貴い女で畏《かしこ》くはあるけれども、この戀しく思ふ心を、何うしたものであらうか。
【語釋】 ○奥山の岩に蘿むし 序。奥山の岩に蘿が生えて恐ろしいと續き、その恐ろしいを、貴い身分に對してのそれに轉じたもの。○いかにかもせむ か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。心の制しかねる意を餘意としたもの。
 
1335 思ひあまり いたも術《すべ》無《な》み 玉だすき 畝火《うねび》の山に 吾が標《しめ》結《ゆ》ひつ
 
(160)【口譯】 戀しさが餘つて、何うにもおさへる術が無くて、畏《かしこ》い畝火の山に、我は我が物としての標《しめ》を結《ゆ》つた。
【語釋】 ○思ひ餘り 戀しさが堪へきれなくて。 ○いたも術無み いたも〔三字傍点〕は甚しくも。術無み〔三字傍点〕は、おさへる方法が無くして。○玉だすき 枕詞。纒《うな》ぐと續くうな〔二字傍点〕を、同じ意味のうね〔二字傍点〕に轉じたもの。○畝火の山 畏《かしこ》い山として、身分の高い女の譬喩にしてゐる。○標《しめ》 持主のある印《しるし》としてのもの。
【後記】 身分の貴い女に懸想をし、身分に對しての遠慮をしたが、しきれずに、我が物としたの意。
 
   草に寄す
1336 冬ごもり 春の大野《おほぬ》を 燒く人は 燒き足らぬかも 我が心燒く
 
【口譯】 春の大野を燒く人は、それだけは燒き足らないとして、我が心を燒くのか。
【語釋】 ○冬ごもり 枕詞。冬は草木《くさき》が籠つてゐて、張る〔二字傍点〕とつづくのを、春〔傍点〕に轉じたものといはれてゐる。○春の大野を燒く 春、草が芽を出す前、草のよく育つ爲に、枯草を燒くことで、現在もすること。○燒き足らぬかも 野だけでは燒き不足だとするのかで、か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。○心燒く 戀の悩みの爲に、胸が熱く覺えるのをいつたもの。
(161)【後記】 燃えてゐる大きな野火を見やりつつ、戀に悩んでゐる女の歌つたもの。
 
1337 葛城《かつらぎ》の 高間《たかま》の草野《かやぬ》 早しりて 標《しめ》ささましを 今ぞくやしき
 
【口譯】 葛城の高間の草野《かやぬ》を、かうと知つたら、早く我が物として、その印《しるし》の標《しめ》をささうものを、今になつてくやしいことだ。
【語釋】 ○葛城の高間 葛城山の中の高原。今は葛城村、字高間。○草野《かやぬ》 屋根を葺く草《かや》を苅る野の意。女に譬へてゐる。○早しりて しり〔二字傍点〕は、領する即ち我が物とする意。上に、かくと知らばの意が省かれてゐる。○標ささましを 標《しめ》は、我が物としての印《しるし》。さす〔二字傍点〕は立てる意。妻とする譬。○今ぞくやしき 今〔傍点〕は、人の物となつた事を暗示してゐる。
 
1338 わが屋前《やど》に 生ふる士針《つちはり》 心ゆも 思はぬ人の 衣《きぬ》に摺《す》らゆな
 
【口譯】 我が宿に生えてゐる土針よ、心から汝を思はない人の衣《きね》に摺られはするな。
【語釋】 ○土針 今のつくばね草。初夏の頃、四辨の淡黄緑色の花が咲く。山野に自生するもの。衣を摺る料としたことが分る。親から見た娘の譬喩と取れる。○心ゆも思はぬ人 ゆ〔傍点〕は、から。も〔傍点〕は感歎。思はぬ〔三字傍点〕は、(162)土針を愛さない。眞に愛さない男の意。○衣《きぬ》に摺らゆな 衣《きぬ》を摺る料とはなるなで、その人の物、即ち妻とはなるなの意。
【後記】 娘を監督してゐる母の、その娘を戒めた心と思はれる。
 
1339 つき草に 衣《ころも》色どり 摺らめども 移ろふ色と いふが苦しさ
 
【口譯】 月草で、衣《ころも》を色どり、摺らうと思ふけれども、褪《さ》めるところの色だと聞くつらさよ。
【語釋】 ○つき草 今の露草。○色どり摺らめども 色どり〔三字傍点〕も摺る〔二字傍点〕も同じ事。女が男に心を許さうと思ふことの譬喩。○移ろう色 ろふ〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。移る〔二字傍点〕は、色の褪める意で、男の心の變ることの譬喩。○いふが 聞くがの意。○苦しさ つらさよ。
【後記】 男に心を許さうかと思つて、躊躇してゐる女の心。前半は、心を許さうかとする意。後半は、男の浮氣《うはき》者だといふ噂のあるについての躊躇。譬喩が全體的で、從つて隱約なものである。
 
1340 紫の 糸をぞわが搓《よ》る あしひきの 山橘を 貫《ぬ》かむと念《も》ひて
 
【口譯】 紫いろの糸を我は搓ることだ。山橘の實をその糸で貫《ぬ》かうと思つて。
(163)【語釋】 ○糸をぞ ぞ〔傍点〕で、紫の糸即ち最も美しい糸を選んだことを暗示してゐる。○あしひきの 枕詞。山〔傍点〕にかかる。○山橘 今の藪柑子《やぶかうじ》の實で、小さな、紅《くれなゐ》のもの。○貫《ぬ》かむと念《も》ひて 美しい花や實を、玉を扱ふやうに糸に貫《ぬ》くことをした。女を我が物にしようとする譬喩。
【後記】 男の女に懸想して、心づかひをしてゐる意。我が心を、美しい紫の糸に譬へ、女を山橘に譬へて、似合はしい扱ひをしようとする事を指示してゐる。「紫」は、「柴草《むらききくさ》」で染めるといふ以外には、草との關係のない歌である。
 
1341 眞玉《またま》つく 越《をち》の菅原《すがはら》 わが苅らず 人の苅らまく 惜しき菅原
 
【口譯】 越《をち》の菅原を、我が苅らずにゐるが、人が苅ることは惜しく思はれる菅原ではある。
【語釋】 ○眞玉つく 枕詞。玉を附ける緒〔傍点〕とつづき越《をち》のを〔傍点〕に轉じたもの。○越《をち》の菅原 越〔傍点〕は、大和高市郡にもあり、近江阪田郡にもある。何れか分らない。女に譬へてゐる。○苅らず 我が物、即ち妻とする譬。○苅らまく まく〔二字傍点〕はむ〔傍点〕の延言。苅らむ事は。
 
1342 山高み 夕日かくりぬ 淺茅はら 後《のち》見む爲に 標《しめ》ゆはましを
 
(164)【口譯】 山が高いので、夕日がそれに隱れて、見さかひが附かなくなつた。これだと、淺茅原を後にも見られるやうに、標《しめ》を結ぶべきであつたものを。
【語釋】 ○山高み夕日かくりぬ 山が高くして、その山に夕日が隱れて、俄に暗くなつた意。何らかの混雜の起つた譬喩と取れる。○淺茅原 丈の低い茅の原で、暗い時には區別の附かない所。逢つた女に譬へてゐる。○後見む爲に 後に重ねて逢ふ爲に。○標ゆはましを 標《しめ》は、我が物としての印《しるし》で、女の家を知るといふ意の譬喩と取れる。上に、「これと知つたら」といふ意がある。
【後記】 女と偶然に關係をした男の、俄に障りが起つて、女の家をも聞き得ずに別れた後の心をいつたものと取れる。
 
1343 こちたくば かもかもせむを 石代《いはしろ》の野《ぬ》べの下草 吾し苅りてば 【一云、紅《くれなゐ》のうつし心や妹にあはざらむ】
 
【口譯】 人の口がやかましかつたらば、その時は何のやうにもしようものを、あの時、岩代の野の下草を、我が苅つたならば。
【語釋】 ○こちたくば 人の口がやかましかつたらば。○かもかもせむを とにもかくにも、即ち何うにかしようものをで、適當に處理しようの意。を〔傍点〕は感歎。○岩代 紀伊の西海岸か。○野べの下草 野の木下《こした》の草(165)で、女に譬へてある。○吾し苅りてば し〔傍点〕は強め。苅りてば〔四字傍点〕は、苅りたらばの意で、女を我が物とする譬。○一云 三句以下が異傳となつてゐるものを擧げたもの。○紅《くれなゐ》の 枕詞。紅の花を紙に染めておいて染料にすることを移し〔二字傍点〕といふ、それを現し〔二字傍点〕に轉じさせたもの。○うつし心や うつし心〔四字傍点〕は、現しき心で、正氣の意。や〔傍点〕は反語。正氣なのか、正氣ではないの意。
【後記】 女を我が物としようとは思つたが、世評を怖れて、その事の出來なかつた男が、後になつて思ひ出して悔いた心のもの。「一云」の方を、それだけのものとして口譯すれば、――人の口がやかましかつたならば、何のやうにかしようものを、正氣であらうかは、妹に逢はずにゐようといふは――となるものである。
 これについて略解、古義、新考とも、この「一云」の方を卷十一の物に寄せて思を陳ぶる歌の「玉の緒のうつし心や年月の行きかはるまで妹に逢はざらむ」(二七九二)の亂れて入つたものだとしてゐる。時の關係に無理がある。
 
1344 眞鳥すむ 卯名手《うなで》の神社《もり》の 菅《すが》の實《み》を 衣《きぬ》にかきつけ 著せむ子もがも
 
(166)【口譯】 鷲の住んでゐる雲梯《うなで》の神社《もり》に生えてゐる菅の實を、衣に摺《す》つて着せてくれる女がほしいものだ。
【語釋】 ○卯名手《うなで》の神社《もり》 卯名手〔三字傍点〕は、大和高市郡の地名。神社〔二字傍点〕は、神の御魂の下る所は森であるとして、森〔傍点〕を社《やしろ》としたところからの稱。祭神は事代主《ことしろぬし》命で、出雲民族の祀つた神。○菅の實 本文「菅根」。染料としていつてゐるが、それには實をしたから、根〔傍点〕は實〔傍点〕の誤だらうと考がいつてゐる。○かきつけ かき〔二字傍点〕は添へた語。つけ〔二字傍点〕は、摺りつける意のもの。○子もがも 女がほしい。
【後記】 男の衣《きぬ》を摺るのは、その妻のすることである。神に屬したものは、取るべからざる物としてゐた。今、特にそれをいつてゐるのは、神と「子」と何等かの關係のある爲かとも思はれる。その點が明かでない。
 
1345 常しらぬ 人國山《ひとくにやま》の 秋津野《あきつぬ》の かきつばたをし 夢に見しかも
 
【口譯】 人國山のかきつばたの花を、夢に見たことではある。
【語釋】 ○常しらぬ 枕詞。本文「常不」で常《ツネ》ナラヌと訓んでゐる。代匠記は不〔傍点〕の下に知〔傍点〕が脱したものとして今のやうに訓んでゐる。常は知らない人の國と、意味でかかるもの。○人國山 吉野にある山といふ。一三(167)〇五参照。地名に、人〔傍点〕即ち他人の意を持たせたものと取れる。○かきつばたをし 女の譬喩。上からの續きで、人妻を暗示するものと思はれる。し〔傍点〕は強め。○夢に見しかも 夢に見し〔四字傍点〕は、その人を思ふが故。かも〔二字傍点〕は感歎。夢が覺めての後の、思ひ入つての心のもの。
 
1346 をみなへし 生澤《さきさは》の邊《べ》の 眞葛原《まくづはら》 いつかも絡《く》りて 我が衣《きぬ》にせむ
 
【口譯】 生澤《さきさは》のほとりの葛の原よ、いつその葛を繰りよせて、我が衣にすることだらう、早くしたい。
 
【語釋】 ○をみなへし 枕詞。咲く〔二字傍点〕と續き、地名に轉じたもの。○生澤《さきさは》 奈良市の西北、都跡《みあと》村にある。佐紀《さき》といふ地がある。○眞葛原 眞〔傍点〕は美稱。葛〔傍点〕を女に譬へてゐる。○いつかも絡《く》りて か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。早くの餘意がある。「絡《く》り」は、葛の蔓を手繰《たぐ》り寄せる意で、衣《きぬ》の料としての繊維を取る爲。
 
1347 君に似る 草と見しより 我が標《し》めし 野山《ぬやま》の淺茅 人な苅りそね
 
【口譯】 その人に似る草だと見た時より、我が標めをして置いた、野山の淺茅を、人よ苅るな。
【語釋】 ○標《し》めし 標《しめ》をした。○野山の淺茅 野山〔二字傍点〕は、野や山。範圍が廣過ぎるので、誤がありはしないかと(168)いはれてゐる。淺茅〔二字傍点〕は、丈の低い茅で、女に譬へてゐる。○苅りそね 苅り〔二字傍点〕は、我が物とする意。ね〔傍点〕は命令。
 
1348 三島江の 玉江の薦《こも》を 標めしより 己《おの》がとぞ思ふ いまだ苅らねど
 
【口譯】 三島江の玉江に生えてゐる薦を、標《しめ》をしてからは、我が物だと思つてゐる、まだ苅り取りはしないけれども。
【語釋】 ○三島江の玉江 三島〔二字傍点〕は、攝津三島郡、淀川の西岸の地。そこにある江が三島江で、玉江〔二字傍点〕は、その江の名。○薦 女に譬へてゐる。○標めし 標《しめ》をしたで、約束をした意。○苅らねど 苅る〔二字傍点〕は、相逢ふ意で、妻とする譬。
 
1349 かくしてや 尚や老いなむ み雪ふる 大荒木野《おほあらきぬ》の 篠《しぬ》にあらなくに
 
【口譯】 このやうで、ただに老い行くことであらうか、雪のふる大荒木の野の篠ではないものを。
【語釋】 ○かくしてや かくてや〔四字傍点〕で、や〔傍点〕は疑。○尚や 尚〔傍点〕は、徒《たゞ》。や〔傍点〕は疑。○み雪ふる み〔傍点〕は接頭語。○大荒木野 大和宇智郡かといふ。○篠にあらなくに 篠〔傍点〕は、女が自身を譬へたもの。なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。
【後記】 女が添ふ者がなくて老いで行くのを、冬の篠に寄せて歎いたもの。
 
(169)1350 淡海のや 八橋《やばせ》の小竹《しぬ》を 矢はがずて まことあり得むや 戀しきものを
 
【口譯】 近江の八橋《やばせ》の小竹《しぬ》を、矢に矧がずして、まことに居られようか、その小竹《しね》のかうも戀しいものを。
【語釋】 ○淡海のや や〔傍点〕は、輕い感歎。○八橋《やばせ》 勢田の北方一里ばかりの地。○小竹《しぬ》 女に譬へてある。○矢矧がずて 矢に矧がずしてで、我が物、即ち妻とする譬喩。○まこと 本當に。
【後記】 矢に矧ぐといふ事が、生活上極めて親しかつた時代の譬喩。「八橋」は、女のゐる土地といふことを暗示してゐると取れるが、それ以上のものではない。
 
1351 月草に 衣《ころも》は摺らむ 朝露に ぬれて後には うつろひぬとも
 
【口譯】 月草で、衣は摺らう、朝露に濡れた後は、たとひその色が褪《あ》せようとも。
【語釋】 ○月草に 女から、男に譬へたもの。○ぬれて後には 濡れ〔二字傍点〕は、相逢ふことに譬へてある。○うつろひぬとも うつろひ〔四字傍点〕は、移る〔二字傍点〕の延言。色の褪める意。男の心の變る意に譬へてある。
【後記】 女が男に心を燃やし、たとひ將來の不安はあらうとも、相逢はうの意のもの。
 
(170)1352 わが心 ゆたにたゆたに 浮蓴《うきぬなは》 邊にも沖にも 依りがつましじ
 
【口譯】 わが心は、ゆらりゆらりとして、浮蓴《うきぬなは》のやうに、岸にも、沖にも、寄らうにも寄れさうもない。
【語釋】 ○ゆたにたゆたに 甚だたゆたふの意。○浮蓴《うきぬなは》 浮んでゐる蓴菜《じゆんさい》で、沼などに生える水草。食料とする。心の動搖の譬喩。○邊にも沖にも 邊〔傍点〕は岸。沖〔傍点〕は邊より遠い所。池、沼などにもいふ。○依りがつましじ 橋本進吉氏の改訓。依るに堪へまじの意。寄らうにも寄れさうもないの意。
【後記】 戀の上で、心の定められない女の歌と取れる。戀と結婚との中間のものとも、結婚後、別れようとした際のものとも取れる。
 
   稻に寄す
1353 石上《いそのかみ》 ふるのわさ田を 秀《ひ》でずとも 繩《しめ》だに延《は》へて 守《も》りつつをらむ
 
【口譯】 石上《いそのかみ》の布留《ふる》の早稻《わせ》田を、まだ穗は出さなくても、我が物のしるしのしめ繩だけでも張つて、番をしいしい居よう。
(171)【語釋】 ○石上布留 大和山邊郡。石上の内の布留。○わさ田を わせ稻を作つた田。女の譬喩。○秀《ひ》でずとも 穗は出さずともで、女の幼くて、一人前にはなつてゐない譬喩。○繩だに延へて 繩は、しめ繩。我が物の印。だに〔二字傍点〕は、だけでもで、今は將來の約束の譬喩。延へて〔三字傍点〕は、本文「延與」。一本、與〔傍点〕が而〔傍点〕となつてゐる。新考はそれを取つてゐる。從ふことにする。張つての意。○守《も》りつつ 他人に盗まれないやう番をしつつ。
【後記】 幼女に對して、約束だけして、將來を持たうの意のもの。
 
   木に寄す
1354 白菅《しらすげ》の 眞野《まぬ》の榛原《はりはら》 心ゆも おもはぬ君が 衣《ころも》に摺りつ
 
【口譯】 白菅《しらすげ》の生えてゐる眞野《まぬ》の萩原の萩で、心からは我を思はない君が衣《ころも》に摺つた。
【語釋】 ○白菅の 白菅の生えてゐるの意。○眞野の榛原 眞野〔二字傍点〕は、今の神戸市の西部。榛原〔二字傍点〕は、萩原で、そこの萩をもつての意のもの。女が自身に譬へてゐる。○心ゆも思はぬ君が ゆ〔傍点〕は、より。思はぬ〔三字傍点〕は、我を思はぬ。君〔傍点〕は、女から見た男。君〔傍点〕が吾〔傍点〕になつてゐる本がある。君〔傍点〕に從ふ。○衣《ころも》に摺りつ 女が男と夫婦になつた譬喩。
 
(172)1355 眞木柱《まきばしら》 つくる杣人《そまびと》 いささめに 假廬《かりほ》の爲と つくりけめやも
 
【口譯】 檜の木の柱をつくつたところの杣人は、卒爾に、假廬《かりほ》に使ふ爲と思つて、作つたであらうか、さうではない。
【語釋】 ○眞木柱 檜の木の柱。男の女にいつた心の眞實の譬喩。○杣人 山から木を伐り出す人。男が自身を譬へたもの。○いささめに 卒爾にで、結句の作り〔二字傍点〕につづく。○假廬の爲と 假小屋に使ふ爲の柱と思つてで、眞實に對しての輕薄の譬喩。○作りけめやも や〔傍点〕は反語。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 男が自身の戀の眞實を、女に告げたもの。
 
1356 向《むか》つ峰《を》に 立てる桃の樹 ならむやと 人ぞささめきし 汝が心ゆめ
 
【口譯】 汝との戀は成るだらうかと、人が我にささやいた。汝が心を謹め。
【語釋】 ○向つ峰に立てる桃の樹 序。桃の實のなる〔二字傍点〕と續き、戀の成るに轉じたもの。○ならむやと 本文、「成哉等」で、成〔傍点〕の上に得〔傍点〕のあるものもある。あるのに從ふ。戀が成り立つだらうかで、その戀は、人〔傍点〕といふ男と、汝〔傍点〕といはれる女との間のもの。○人ぞささめきし 人〔傍点〕は、男の友と取れる。ささめき〔四字傍点〕は、ささやく。○汝が心ゆめ 汝〔傍点〕は、詠み人と前から關係のある女。ゆめ〔二字傍点〕は、謹めで、決して動かすなの意のもの。
(173)【後記】 男と女と關係の出來てゐるのを、それを知らない男の友が、その女に懸想して、この戀は成り立つだらうかとたづねたので、男が女に注意をしたもの。複雜な關係を、極めて單純にいつてゐる。
 
1357 たらちねの 母がその業《なり》の 桑すらも 願へば衣《きぬ》に 著るとふものを
 
【口譯】 母がその業とする桑でさへも、神に願つて蠶にあつかへば衣《きぬ》となつて著るといふものを。
【語釋】 ○たらちねの 枕詞。たらち〔三字傍点〕は足る乳《ち》、ね〔傍点〕は親しみの意のもの。意味で母〔傍点〕にかかる。○その業《なり》の 本文「其業」。訓はさまざまに試みられてゐる。業《なり》即ち産業の意と取れる。○桑すらも 桑〔傍点〕は、上からの續きは、蠶飼《こがひ》とあるべきで、それを桑〔傍点〕で暗示したものと思はれる。今は、變化の甚しさを主としてある爲に、態と飛躍させたものと思ふ。すら〔二字傍点〕は、重きを言外にする意のもの。も〔傍点〕は感歎。○願へば衣に 願へば〔三字傍点〕は、神に願ふ意と取れる。蠶飼をする前に、その無事を神に願ふことは今もしてゐる。衣に〔二字傍点〕は、衣となつての意。○とふものを とふ〔二字傍点〕は、といふ。を〔傍点〕は感歎。
【後記】 戀に悩んでゐる男の、我と勇氣をつける意のもの。桑が衣《きぬ》に變り得るから、思ふ女を妻に出來ないはずはないといふ心である。「たらちねの母」がといつてゐるので、その男が母の許(174)にゐる若い男だと思はせる。
 
1358 はしけやし 吾家《わぎへ》の毛桃 本繁み 花のみさきて ならざらめやも
 
【口譯】 花ばかりが咲いて、實のならないといふことがあらうか、ない。
【語釋】 ○はしけやし吾家の毛桃本繁み 序。はしけやし〔五字傍点〕は、枕詞。愛しき〔三字傍点〕で、意味で、吾家《わぎへ》にかかる。本繁み〔三字傍点〕の本〔傍点〕は幹《みき》。繁み〔二字傍点〕は繁きにで、意味で、花咲く〔三字傍点〕と續き、その花を戀の上の、成立以前の交渉の意に轉じたもの。○花のみ咲きて 戀の上で、成り立つのを實に譬へ、それ以前の交渉を花に譬へた歌が多い。今もそれである。○ならざらめやも なる〔二字傍点〕は、實のなるで、戀の成立。や〔傍点〕は反語。も〔傍点〕は感歎。
 
1359 向つ岡《を》の 若楓《わかかつら》の木 下枝《しづえ》とり 花まつい間《ま》に 嘆きつるかも
 
【口譯】 向つ岡の若い楓《かつら》の木の下枝を手に取つて、それの花の咲く間《ま》を待ち遠く、嘆いたことではある。
【語釋】 ○若|槻《かつら》の木 楓〔傍点〕は山地に自生する喬木で、春、紅ゐの花が咲く。若楓〔二字傍点〕で、年の經ない女に譬へてゐる。○下枝《しづえ》とり 下枝を手に取りで、若楓の意と、その木に對しての親しみを現はしたもの。○花まつい間《ま》に(175) い〔傍点〕は接頭。に〔傍点〕は、を〔傍点〕の意。成人を待つ間の譬喩。
 
   花に寄す
1360 いきの緒に 念へる吾を 山ちさの 花にか君が 移ろひぬらむ
 
【口譯】 命を懸けて思つてゐる我であるものを、あだに、君が心は變つたことであらうか。
【語釋】 ○いきの緒に 命がけに。○吾を を〔傍点〕は、なるを。○山ちさの 枕詞。山林に自生する小喬木。夏、白い色が咲く。花に續き、花を心の相に轉じたもの。○花にか 花に〔二字傍点〕は、あだに、即ち浮氣に。か〔傍点〕は疑。○移ろひぬらむ ろふ〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。移ろふは、心の變ること。
 
1361 住のえの 淺澤小野《あさざはをぬ》の かきつばた 衣《きぬ》に摺りつけ 著む日知らずも
 
【口譯】 住の江の淺澤小野にさくかきつばたよ、その花を衣《きぬ》に摺つて著る日を、いつと知られない。
【語釋】 ○淺澤小野 住吉神社の南にある一條の窪地で、今は田となつてゐるといふ。○かきつばた 女に譬へてある。○衣に摺りつけ その花を我が物とする、即ち妻にする意の譬喩。○知らずも 知られず〔四字傍点〕に、も〔傍点〕(176)の感歎の添つたもの。
 
1362 秋さらば 影《うつし》もせむと 吾が蒔きし 韓藍《からゐ》の花を 誰か採みけむ
 
【口譯】 秋が來たならば、移し染めにもしようと思つてわが蒔いておいた韓藍《からゐ》の花を、誰が採んだのであらうか。
【語釋】 ○秋さらば 秋が來たらば。○影もせむと 本文は「影毛將爲跡」。影は、宣長は移の誤としてゐる。染めることだといつてゐる。古義は毛〔傍点〕は爾〔傍点〕の誤だとしてゐる。(一三四三に出づ)。結婚の譬喩。○わが蒔きし 幼女を暗示してゐる。○韓藍《からゐ》 紅花《べにばな》とも鷄頭花ともいふ。女の譬喩。
【後記】 幼女に親しみを持ち、成人したならば妻にと思つてゐたのが、人の物となつた後の歎き。
 
1363 春日野《かすがぬ》に 咲きたる萩は 片枝《かたえだ》は いまだふふめり 言な絶えそね
 
【口譯】 春日野に咲いてゐる萩は、片枝だけはまだ蕾でゐる。しかし音信《たより》は絶つなよ。
【語釋】 ○萩は は〔傍点〕は、下の言〔傍点〕に對させたもの。女に譬へてゐる。○片枝は このは〔傍点〕も、他の片枝に對させたもの。○ふふめり 蕾んでゐるで、女のまだ成人しきらない意の譬。○言な絶えそね 言〔傍点〕は、音信。絶えそ(177)ね〔四字傍点〕は、絶つなに、命令のね〔傍点〕の添つたもの。
【後記】 まだ人とならない女に懸想してゐる男の、人となる時を待つが、しかし音信《たより》だけは絶つなと命じた心のもの。
 
1364 見まくほり 戀ひつつ待ちし 秋萩は 花のみ咲きで ならずかもあらむ
 
【口譯】 見たくて戀ひ戀ひして待つた秋萩は、花だけが咲いて、實にはならないのであらうか。
【語釋】 ○戀ひつつ待ちし 成人するのを待つた意の譬喩。○秋萩 女の譬喩。○花のみ咲きて 花咲き〔三字傍点〕は、成人した譬喩。のみ〔二字傍点〕は、成人しただけで。○ならずかもあらむ ならず〔三字傍点〕は、實のならない意で、戀の成立の譬喩。か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。
 
1365 吾妹子が 宿の秋萩 花よりは 實になりてこそ 戀ひまさりけれ
 
【口譯】 吾妹子の宿の秋萩の花は、花の時よりも、實になつて後の方が、遙に戀が増つたことである。
【語釋】 ○秋萩 吾妹子〔三字傍点〕を譬へたもの。○花よりは實になりてこそ 花〔傍点〕と實〔傍点〕とを對させて、花〔傍点〕は夫婦になる前(178)に、見て戀うた時期の譬喩で、實〔傍点〕は夫婦になつて後の時期の譬喩としてゐる。こそ〔二字傍点〕に、遙かにといふ程の意がある。
 
   鳥に寄す
1366 あすか川 七瀬《ななせ》のよどに 住む鳥も 心あれこそ 波立てざらめ
 
【口譯】 飛鳥川の數多ある瀬の淀となつてゐる所に住んでゐる鳥でさへも、その居ることを人に知られまいとする心があつて、波を立てずにゐるのであらう。
【語釋】 ○七瀬のよど 七瀬〔二字傍点〕は、數多の瀬で、瀬〔傍点〕は、水のたぎち流れる所。よど〔二字傍点〕は、その瀬の湛へる所。○鳥も 水鳥さへもで、鳥を人より遠いものとしたもの。○心あれこそ 心の無い鳥にも、その居ることを人に知られまいとする心があつて。○波立てざらめ 波立て〔三字傍点〕は、騷ぐ音を言ひ換へたもの。
【後記】 夫婦關係となつてゐる者の、人目に立つまいと思つてゐる者が、飛鳥川に住む水鳥の、その騷がしい性質にも似ず、靜かにしてゐるのを見て、自分たちも注意するべきだとの感を發していつたもの。水鳥の状態の全體が譬喩になつてゐる。
 
(179)   獣に寄す
1367 三國《みくに》やま 木末《こぬれ》に住まふ むささびの 鳥待つが如 われ待ち痩せむ
 
【口譯】 三國山の梢に住むところのむささびの、鳥を待つて痩せるがやうに、我も人を待つに痩せるだらう。
【語釋】 ○三國山 所在が明かでない。○住まふ 住む〔二字傍点〕の延言。住む所のの意。○むささび 蝙蝠に似る小獣、深山の林に住み、樹の上を飛行し、鳥を餌としてゐる。○待ち痩せむ 待ち〔二字傍点〕は、女。痩せむ〔三字傍点〕は、待つ久しさを暗示したもの。
 
   雲に寄す
1368 石倉《いはくら》の 小野《をぬ》ゆ秋津に 立ち渡る 雲にしもあれや 時をし待たむ
 
(180)【口譯】 石倉の小野《をぬ》から秋津に立ち渡つてゐる、あの雲であれかし、それだと我も、時を得ての雲のやうに、時を待たう。
【語釋】 ○石倉の小野 石倉〔二字傍点〕は、何處にあるか明らかでない。山城愛宕郡にもあり、紀伊の田邊附近にもあり又、吉野の宮瀧の西方にもあるといふ。詠み人の居る所と思はれ、その人は又、下の秋津〔二字傍点〕にまで立ち渡る雲を見てゐるのであるから、宮瀧の西方と取るべきであらう。○秋津 宮瀧附近の平地で、詠み人の懸想びとの居る所。○雲にしもあれや し〔傍点〕は強め。も〔傍点〕は感歎。あれや〔三字傍点〕は、あれかしの意。雲〔傍点〕は眼に見てゐるもので、ひたすらに羨んでゐるもの。○時をし待たむ 四五句の續きにつき、新考は、卷六、「玉藻苅る辛荷《からに》の島に島回《しまみ》する鵜にしもあれや家|念《も》はざらむ」(九四三)の四五句と同樣だといひ、四五句の間に「さらば」の意のあるものだといつてゐる。時〔傍点〕は、上からの續きでは、雲が時を得て立ち渡る、その時と取れる。風の爲に立ち渡る雲ではなく、おのづからの事と取れるから、その意の時と思はれる。心としては戀の上での時〔傍点〕で、戀の成る時、逢ふ時であるが、それは譬喩として暗示にとどめてゐると解すべきであらう。
【後記】 石倉に住んでゐる男の、秋津に住んでゐる女を想つて、その戀の成らないのを歎いてゐる折柄、その居る所から思ふ方に、おのづからに立ち渡つてゐる雲を見て、我もさうした時の來るのを待たうと、我と慰めた歌と思はれる。
 
(181)   雷《いかづち》に寄す
1369 天雲《あまぐも》に 近く光りて 鳴る神の 見ればかしこく 見ねば悲しも
 
【口譯】 見れば恐《かしこ》く感じ、見なければ悲しい。
【語釋】 ○天雲に近く光りて鳴る神の 序。天雲に近い所で光つて、鳴る神の恐《かしこ》くと續き、恐《かしこ》くを人の上に轉じてゐる。○恐《かしこ》く 相手の身分が貴いので、賤しい自分からは恐《かしこ》くの意。○悲しも 悲し〔二字傍点〕は、戀の切なる意のもの。も〔傍点〕は感歎。
 
   雨に寄す
1370 甚だも ふらぬ雨ゆゑ にはだづみ いたくな行きそ 人の知るべく
 
【口譯】 甚しくは降らない雨である故に、にはたづみよ、甚しくは流れて行くな、人が知るであらうに。
【語釋】 ○甚だも も〔傍点〕は感歎。○ふらぬ雨ゆゑ ふらぬ雨〔四字傍点〕は、相逢はぬ意の譬喩。○にはたづみ 俄に立つ水で、立つ〔二字傍点〕は地上に現はれる意。雨〔傍点〕の爲に出來た水。雨の延長として、相逢つたことの表面に現はれることの譬喩。○な行きそ 流れては行くな。
(182)【後記】 譬喩がやや漠然としてゐるので、如何やうにも取れる。略解の解に從ふ。
 
1371 ひさかたの 雨には著ぬを あやしくも 吾が衣手《ころもで》は ひる時なきか
 
【口譯】 雨降りに著るのではないものを、怪しくも、わが袖は乾く時のないことではある。
【語釋】 ○ひさかたの 枕詞。雨〔傍点〕にかかる。○雨には著ぬを 雨の降る中を著てゐるのではないものを。を〔傍点〕は感歎。○ひる時なきか か〔傍点〕は感歎。常に濡れてゐることかなの意。
【後記】 譬喩の意はない歌である。
 
   月に寄す
1372 み空行く 月《つく》よみをとこ 夕さらず 目には見ゆれど 寄るよしもなし
 
【口譯】 天《そら》を渡る月讀男《つくよみをとこ》の、いつの夜も目には見えるけれども、近寄るゆかりは無い。
【語釋】 ○み空行く 空を渡る。○月《つく》よみをとこ 月のこと。月〔傍点〕は月讀神《つくよみのかみ》の領するものだといふ事から、月を神みづからとし、轉じて神〔傍点〕を男〔傍点〕としたもの。今は、女の懸想してゐる男の、身分の貴いものの譬喩としてゐる。○夕さらず 宵宵《よひよひ》の意で、一|夜《よ》も漏れずの意の語。○目には は〔傍点〕は、下のよし〔二字傍点〕に對させてある。○寄る(183)よしもなし。寄るよし〔四字傍点〕は、近寄るゆかり。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 女の歌と取れる。男の身に近く暮してはゐるが、身分の距離から親しみ難い歎きをいつたものと思はれる。
 
1373 春日やま 山高からし 石《いそ》の上の 菅《すが》の根見むに 月待ちがてぬ
 
【口譯】 春日山が高いのであらう、石の上に生えてゐる菅を見ようと思ふに、月の出るのが遲く待つに堪へない。
【語釋】 ○山高からし らし〔二字傍点〕は、月待ちがてぬ〔六字傍点〕を理由としての推量。逢はうとする女に、何らかの障りのあることの譬。○石《いそ》の上の菅の根 「石《いそ》」は、石《いし》。菅の根〔三字傍点〕は、菅で、根〔傍点〕は添へたもの。石の上に生えてゐる菅で、女の譬。○月持ちがてぬ 月を待つに、待ち遠くて堪へられないで。月〔傍点〕は菅を見る爲のもの。待ちがてぬ〔六字傍点〕のは、月が春日山に遮られてゐるとしてのもの。月〔傍点〕は、時の譬。
【後記】 女に逢はうとして待つ男の、女の待ち遠いのを歎いての心。春日山を東とする、奈良方面に住んでゐる者の歌。
 
(184)1374 闇の夜は 苦しきものを いつしかと 吾が待つ月は 早も照らぬか
 
【口譯】 闇の夜は苦しいものを、いつ出るかと思つてわが待つ月の早く照らないか、照れよ。
【語釋】 ○闇の夜は は〔傍点〕は、月に對させたもの。人を待の意の譬。○いつしかと いつ出るかと思つて。○月も 本文「月毛」。も〔傍点〕は、考はの〔傍点〕の誤ではないかといひ、新考は、は〔傍点〕の誤ではないかといふ。意味は新考のいふやうである。女に譬へてゐる。○早も出でぬか も〔傍点〕は感歎。出でぬか〔四字傍点〕は、出でよかしの意。
 
1375 朝露の 消《け》やすき命 誰が爲に 千歳《ちとせ》もがもと わが念《も》はなくに
    右一首は、譬喩の歌の類にあらざる也。但闇の夜の歌の人、所心の故ありて、並に此の歌を作《よ》みつ。因りて此の歌をもて此の次《なみ》に載す。
【口譯】 死にやすい我が命を、誰の爲に、千年も生きたいと我が思ふのはないものを。
【語釋】 ○朝霜の 枕詞。消《け》と續き、死の意の消〔傍点〕に轉じたもの。○誰が爲に 誰の爲でもなく、君の爲にの意のもの。○千歳もがも がも〔二字傍点〕は希求の意。千年も生きたい。○念はなくに なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。
【左註】 この歌は譬喩の類のものではない。但《たゞ》、前の「闇の夜は」の歌を詠んだ人が、思ふ所があつて、此の歌をも詠んだ。そのゆかりで、此の歌を、月に寄すの歌の次《なら》びに載せたといふのである。即ち、歌によつて(185)分類してはゐるが、特に作者の關係も取入れたといふ意である。
 
   赤土《はに》に寄す
1376 大和の 宇陀《うだ》の眞赤土《まはに》の さ丹著《につ》かば そこもか人の 吾《わ》を言《こと》なさむ
 
【口譯】 我の、君が癖に似ついたならば、それにつけても人の、君と我との關係をいひはやすであらうか。
【語釋】 ○大和の宇陀の眞赤土《まはに》の 序。宇陀《うだ》は、宇陀郡、今の宇太村。眞赤土〔三字傍点〕の眞〔傍点〕は接頭語。赤土〔二字傍点〕は、粘土《ねばつち》で染料とした。「土著《につ》く」と續け、それを「似附《につ》く」に轉じたもの。○さ似つかば さ〔傍点〕は接頭語。似つく〔三字傍点〕は、似て行く事で、無意識に人の癖を眞似る意。今は、女が男の癖に似て行つたならば。○そこもか そこも〔三字傍点〕は、それにつけても。か〔傍点〕は疑。○言なさむ 言なす〔三字傍点〕は、いひ囃すで、忍んでの夫婦關係を、興味でいひ立てる意。
【後記】 新考の解に從ふ。忍んで男と關係してゐる女の反省。宇陀は、女がそのあたりの者であつた事を暗示してゐる。
 
   神に寄す
(186)1377 木綿《ゆふ》懸けて 祭る三諸《みもろ》の 神《かむ》さびて 齋《い》むにはあらず 人目多みこそ
 
【口譯】 忌み嫌ふのでは無い、人目が多いによつて、逢はぬのである。
【語釋】 ○木綿懸けて祭る三諸の神さびて 序。木綿《ゆふ》は、幣《ぬさ》。三諸〔二字傍点〕は、御室《みむろ》で、社《やしろ》。神さびて〔四字傍点〕は、神神《かうがう》しくて、下への續きは、忌み愼まれるの意で、それを忌み嫌ふの意に轉じたもの。○齋むにはあらず 齋む〔二字傍点〕は、相手を忌む意。は〔傍点〕は、下に省かれてゐる「逢ふ」に對させたもの。○人目多みこそ 人目が多いによつてこそ逢ふ事は出來ぬの意で、女の心と取れる。
【後記】 女の男に答へた歌。初句から三句までの解はさまざまである。新考に從ふ。
 
1378 木綿《ゆふ》かけて 齋《い》むこの神社《もり》も 超えぬべく 念《おも》ほゆるかも 戀の繁《しげ》きに
 
【口譯】 幣をかけて忌み愼んでゐるこの神社《もり》さへも、その垣を超えようと思はれることではある、我が戀の繁きによつて。
【語釋】 ○齋《い》むこの神社《もり》も 齋む〔二字傍点〕は、忌み愼んでゐる。「神社《もり》」は、森が即ち社だつた意のもの。も〔傍点〕は、さへも。○超えぬべく 超え〔二字傍点〕は、垣を超える意で、神聖を冒す意。人目もかまはずの意の譬喩。
【後記】 代匠記は、前の歌と問答の形のものではないかといつてゐる。女の人目があつて逢へな(187)いといふに對して、男が、人目を憚つてゐられないと、押返していつたものと取れる。
 
   河に寄す
1379 絶えず逝《ゆ》く 明日香《あすか》の川の 逝かずあらば 故しもある如 人の見まくに
 
【口譯】 もし通はずにゐたならば、理由のあるやうに人は見ることであるを。
【語釋】 ○絶えず逝く明日香の川の 序。逝く〔二字傍点〕と逝かず〔三字傍点〕と發語の關係で續き、水の逝かず〔三字傍点〕を、女の家に通ひ行く上の行かず〔三字傍点〕に轉じたもの。○逝かずあらば 本文「不逝者」。ヨドメラバとも訓んでゐる。初二句を譬喩と見る關係からの訓である。○故しもある如 故〔傍点〕は、理由で、男の移り氣などを暗示したもの。し〔傍点〕は強め。も〔傍点〕は感歎。○人の見まくに 人〔傍点〕は相手の女。まく〔二字傍点〕はむ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。
【後記】 飛鳥川のほとりに住んでゐる男の、聊かの都合で、女の家へ行けなさうになく思つた時、女がそれとは知らず、大きく取つて心配するだらうと思つての歌。初二句は、序か譬喩かといふ事が問題になり得る歌である。三句以下の續きから見ると、序と取るべきものに思はれる。
 
1380 明日香がは 瀬瀬《せぜ》に玉藻は 生ひたれど 柵《しがらみ》あれば 靡《なび》きあはなく
 
(188)【口譯】 飛島川の瀬瀬に玉藻は生えてゐるけれども、瀬と瀬の間に柵《しがらみ》があるので、玉藻の靡き合はないことよ。
【語釋】 ○玉藻 玉〔傍点〕は、美稱。戀する自身らに譬へてゐる。○柵《しがらみ》 河の中に杙《くひ》を打つて、横に竹や木をからませたもので、水を偃《せ》く爲のもの。戀の上の妨げに譬へてある。○靡きあはなく なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。「事よ」の意がある。男女相逢ふことの譬喩。
 
1381 廣瀬がは 袖つくばかり 淺きをや 心深めて わが念《おも》へらむ
 
【口譯】 淺い心の人を、我は心に深く思つてゐるであらうか。
【語釋】 ○廣瀬がは袖つくばかり 序。廣瀬がは〔四字傍点〕は、大和葛城郡河合村のあたりを流れる河で、上流は葛城川。袖つくばかり〔六字傍点〕は、徒渉をすると、衣の袖口が水に漬《つ》くほどの意で、その事は水の淺い意で、淺き〔二字傍点〕と續き、それを心の方に轉じたもの。○淺きをや 淺き〔二字傍点〕は、心淺き人、即ち深く我を思はぬ人。や〔傍点〕は疑。○心深めて 心に深くの意。○念へらむ 思ひてあらむ。
 
1382 泊瀬《はつせ》がは 流るる水《み》をの 絶えばこそ 吾が念《も》ふ心 遂《と》げじと思はめ
 
(189)【口譯】 泊瀬川の流れる水が絶えたならば、その時こそ、我が人を思ふ心も、遂げられまいと思はう。
【語釋】 ○流るる水を 水を〔二字傍点〕は、本文「水沫」。古義は、沫〔傍点〕は脈〔傍点〕の誤だとして、「水脈《みを》」としてゐる。水脈は流れの筋で、水の意である。○吾が念ふ心 念ふ〔二字傍点〕は、下の遂げじ〔三字傍点〕との對照で、片戀と分る。
【後記】 片戀をする男の、あるまじき事を譬に取つて、それのあるまでは諦めまいとの心を詠んだもの。
 
1383 歎きせば 人知りぬべみ 山川《やまがは》の たぎつ情《こゝろ》を 塞《せ》かへたるかも
 
【口譯】 溜息をついたならば、人が知るべきによつて、山川《やまがは》の水の如くに沸き立つ心を、強ひて塞《せ》きとめたことではある。
【語釋】 ○歎き 長息《ながいき》の意で、今の溜息に當る。○人知りぬべみ 他人がその譯《わけ》を知るべきによつて。○山川の 山川の如く。○たぎつ心 歎きの爲に沸き立つ心。○塞かへたるかも 塞かへ〔三字傍点〕は、塞き敢へ〔四字傍点〕の約。塞きとめられないのを、強ひて塞きとめる意。かも〔二字傍点〕は感歎。
 
(190)1384 水隱《みこも》りに 息づき餘り 早川の 瀬には立つとも 人にいはめやも
 
【口譯】 たとひ、水を潜ることによつて、息をついてもつき足らず、又、流れの早い川の瀬に立つ苦しさがあらうとも、吾が忍ぶ戀は人に云はうか、いはない。
【語釋】 ○水隱《みこも》りに 水に隱《こも》ることによつてで、隱《こも》るは潜る意。○息づき餘り 息をついても、つくに餘りで、息をついても足りないの意。下にとも〔二字傍点〕の意があるのを、四句に讓つてゐる。即ち、たとひ其のやうであらうともの意。○早川 流れの早い川。○瀬には立つとも たとひ瀬に立つ苦しさはあらうとも。○人にいはめやも 人〔傍点〕は、他人。忍ぶ戀の故。や〔傍点〕は反語。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 忍ぶ戀をする男の、忍ぶ事のいかに苦しくとも、他人にはいふまいの心。その苦しさをいふに、「水隱《みこも》り」と「早川の瀬に立つ」ことをもつて譬としてゐるのは、その男が漁《すなど》りをする者で、さういふ經驗を持つてゐるが爲と取れる。
 
   埋木《うもれぎ》に寄す
1385 眞※[金+施の旁]《まかな》持ち 弓削《ゆげ》の河原の 埋《うも》れ木《ぎ》の 顯はるまじき 事にあらなくに
 
【口譯】 世間に顯はれまい事ではないものを、その時には何うしよう。
(191)【語釋】 ○埋木 太古の樹木の、土中、水中などに埋もれて、炭化しかけたもの。○眞※[金+施の旁]持ち弓削の河原の埋れ木の 序。眞※[金+施の旁]持ち〔四字傍点〕は、枕詞。眞〔傍点〕は接頭語。※[金+施の旁]〔傍点〕は、かんな。持ち〔二字傍点〕は、以つて。削る意で、弓削〔二字傍点〕の削〔傍点〕にかかるかといはれてゐる。弓削の河原〔五字傍点〕は、今の攝津中河内郡八尾の附近の長潮川で、大和川に注ぐ。埋木の顯はる〔三字傍点〕と續き、その顯はる〔三字傍点〕を戀の上に轉じてゐる。○顯はるまじき事 顯はれまい事で、戀仲の事。○あらなくに なく〔二字傍点〕はぬ〔傍点〕の延言。に〔傍点〕は感歎。あらぬ事であるをの意で、その時は何うしようといふ餘意を持つたもの。
 
   海に寄す
1386 大船に 眞梶《まかぢ》しじ貫《ぬ》き こぎ出《で》にし 沖は深けむ 潮は干ぬとも
 
【口譯】 大船に梶を繁くかけて漕ぎだしたところのその沖の方は深いことであらう、たとひ潮は干ることはあらうとも。
【語釋】 ○眞梶しじ貫き 眞梶〔二字傍点〕は、左右の楫。しじ貫き〔四字傍点〕は、繁くかけてで、立派な船装ひ。○沖は深けむ は〔傍点〕は、潮〔傍点〕に對させたもの。深けむは、深からむ。○潮は干ぬとも たとひ潮は干ることがあらうともで、沖としてはあるまじき事。
【後記】 譬喩が漠然としてゐるので、古來の註がすべて疑を殘してゐる。女が男から戀を打明け(192)られて、うけ入れた其後の心であらうかと思はれる。初句から三句までは、男が戀を打明けたのと、その態度の頼もしさの譬喩で、四句「沖は深けむ」は、行末は、それから推して、心が深くあらうと頼む意の譬喩。結句「潮は干ぬとも」は、たとひ如何なる障りが起らうともの意の譬喩で、要するに、男を深く頼む意のものかと思はれる。
 
1387 伏超《ふしごえ》ゆ 行かましものを 守らふに 打沾《うちぬ》らされぬ 浪よまずして
 
【口譯】 伏超の方から、かうと知つたら行かうものを、浪の引く間《ま》を候《うかが》つてゐて濡らされた、浪を數へずして。
【語釋】 ○伏超ゆ 伏超〔二字傍点〕は地名。諸所にある名で、何所《どこ》とも分らない。歌から推すと、海岸の嶮しい峠で、這つて越すやうな峠である所からの名であらう。又海際にも道があつて、そちらの方が近いが、危險が多いといふ關係であらうといはれてゐる。ゆ〔傍点〕は、より。○行かましものを まし〔二字傍点〕は、上に假定のある推量。即ちかくと知つたらの假定。を〔傍点〕は感歎。○守らふに らふ〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。守る〔二字傍点〕は、今は候《うかが》ふ意。浪の引いた間に通らうと候ふ意。○浪よまずして よむ〔二字傍点〕は、數へること。注意して候《うかが》ふ意でいつてゐる。
【後記】 戀の上の譬喩とすると、親の目を忍ぶといふやうな戀で、男が逢ふことを急ぐ所から、(193)注意すべき事が出來ず、冒險をして失敗した意のもので、初二句は、當然、取るべき方法、三句以下は急いで失敗した状態の譬喩である。しかし此の歌は、果してその意のものか何うか疑はしい感のあるものである。
 
1388 石灑《いはそそ》ぎ 岸の浦みに 寄する浪 邊《へ》に來寄らばか 言《こと》の繁けむ
 
【口譯】 その人の邊《ほとり》に寄つて行つたならば、人のもの言ひが多いことであらうか。
【語釋】 ○石灑《いはそゝ》ぎ岸の浦みに寄する浪 序。石灑ぎ〔三字傍点〕は、本文「石灑」で、諸註、訓《よみ》がそれぞれである。代匠記に從ふ。海の浪が岸の岩に寄せて來てそそぐ意で、三句の寄する〔三字傍点〕に續く。岸の浦み〔四字傍点〕は、岸下の曲浦。寄する浪〔四字傍点〕が沖に對する意の邊〔傍点〕、即ち岸と續き、その邊〔傍点〕を、邊《あたり》の意の邊《へ》に轉じたもの。○邊に來寄らばか 邊〔傍点〕は、懸想してゐる人の邊《へ》、即ち側《そば》。來寄る〔三字傍点〕は、行き寄る、即ち寄り行く意。後世ならば行き〔二字傍点〕といふ場合に、相手の方を主として來〔傍点〕といつた當時の語法。か〔傍点〕は疑。○言の繁けむ 言〔傍点〕は、人の物いひ、繁けむ〔三字傍点〕は、繁くあらむ。
【後記】 ひそかに懸想をして、相手に接近しようとして躊躇してゐる心で、男女いづれとも分らない。
 
(194)1389 磯の浦に 來寄る白波 かへりつつ 過ぎしかてずば きしにたゆたへ
 
【口譯】 磯の浦に寄せて來る白浪よ、立ちかへり立ちかへりして、この浦を過ぎようとし過ぎられないならば、岸にたゆたつてゐよ。
【語釋】 ○かへりつつ 浦の方に立ちかへり立ちかへりして。○過ぎしかてずば 本文「過不勝者」。代匠記は、過《ス》ギシカテズバと訓み、新考は、過《ス》ギシアヘズバと訓んでゐる。主動詞とかて〔二字傍点〕との間に、し〔傍点〕を挿んだ例はないからといふのである。暫く代匠記に從ふ。意は、過ぎあへずばで、過ぎようとしても過ぎられない意。○きしにたゆたへ きし〔二字傍点〕は本文「雉」。宣長は涯〔傍点〕の誤だとしてゐる。たゆたへ〔四字傍点〕は、躊躇してゐよ。
【後記】 男が女の家のあたりに來て、人目を憚つてゐる樣を見て、女の詠んだ歌と取れる。「白浪」を男に、「浦」を女の家のあたりに、「岸」を女の家に譬へたものと思はれる。
 
1390 淡海《あふみ》の海《み》 浪かしこみと 風まもり 年はや經なむ 榜《こ》ぐとはなしに
 
【口譯】 淡海の海の浪を恐《かしこ》しとして、風間《かざま》を候《うかが》つて年を經ることであらうか、船を漕ぎはせずに。
【語釋】 ○浪かしこみと と〔傍点〕は、意味としては無い語。戀の上の障りの譬。○風まもり 風の樣子を候《うかが》つて。○年はや や〔傍点〕は疑。○榜ぐとはなしに 船を漕ぐことはせずにで、相逢ふことの譬。
(195)【後記】 男の歌で、女の親の許さない爲に逢ひ難くてゐる關係のものであらう。
 
1391 朝なぎに 來寄る白波 見まくほり 吾はすれども 風こそ寄せね
 
【口譯】 朝凪《あさなぎ》の海に寄せて來る白浪を見たいと吾はしてゐるけれども、風がその白浪を寄せて來ない。
【語釋】 ○朝凪 朝は海が凪ぐのが常で、その凪ぎ。○白浪 戀の相手の譬。女から見た男と思はれる。○風こそ寄せね 風は、男を伴つて來る者で、媒ともいふべきものの譬。
 
   浦砂《まなご》に寄す
1392 紫の 名高《なたか》の浦の まなごにし 袖のみ觸りて 寢ずかなりなむ
 
【口譯】 愛兒《まなご》に、袖を觸れただけで、共寢をしないことになつてしまうだらうか。
【語釋】 ○紫の名高の浦の 序。紫の〔二字傍点〕は、枕詞。紫〔傍点〕は紫草で、その根を染料とした。その意味で名高い所から名高〔二字傍点〕にかけたもの。名高〔二字傍点〕は、紀伊海草郡の海岸の地。浦の〔二字傍点〕砂《まなご》と續き、砂《まなご》を、人の愛兒《まなご》に轉じたもの。○まなごにし 本文「愛子地」。地〔傍点〕をヂニ、ヅチと訓んでゐるのを、新考は、それでは上の序と、下とが續かない。西〔傍点〕(196)とあつたのが、次ぎの歌の三句の地〔傍点〕が移つたのではないかといつて正してゐる。暫くこれに從ふ。愛兒〔二字傍点〕は、人の齋《いつ》いてゐる娘。し〔傍点〕は強め。○袖のみ觸りて 戀の過程として袖を觸るといふ歌は他にもある。手を握るといふに近い意のことと思はれる。○寢ずかなりなむ か〔傍点〕は疑。なり〔二字傍点〕は、物の變る意の語で、袖を觸れた上で共寢をしないといふことは、戀の上では不自然なこととなつてゐたと見える。
 
1393 豐國《とよくに》の 企救《きく》の濱べの まなご地《づち》 眞直《まなほ》にしあらば 何か嘆かむ
 
【口譯】 君が心の眞直であつたならば、何を歎かうか。
【語釋】 ○豐國の企救の濱べのまなご地《づち》 序。豐國〔二字傍点〕は、豐前豐後。今の豐前。企救の濱〔四字傍点〕は、企救郡の濱。まなご〔三字傍点〕地《づち》は、砂《まなご》のある地。まな〔二字傍点〕の繰返しとして、眞直〔二字傍点〕に轉じさせてゐる。○眞直にしあらば 眞直〔二字傍点〕は、僞のない意。戀の上での眞實。し〔傍点〕は強め。○何か嘆かむ か〔傍点〕は疑。
【後記】 女が、男の眞實を十分には信じかねて、嘆きつついつた心のもの。
 
   藻に寄す
1394 鹽滿てば 入りぬる磯の 草なれや 見らく少く 戀ふらくのおほき
 
(197)【口譯】 潮が滿ちれば、その中に入つてしまふ草であらうか、それではない。相見ることは少く、見ずに戀ふることは多いことよ。
【語釋】 ○入りぬる 潮に入る、即ち隱れる意。○草なれや 草〔傍点〕は藻。なれや〔三字傍点〕は、ならめや、否ならぬにの意。新考の解。○見らく らく〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。○戀ふらく 上と同じ。何れも名詞形。
【後記】 女が、通つて來る事の少い男を、磯の藻に譬へて嘆いたもの。
 
1395 沖つ浪 寄する荒磯《ありそ》の なのりそは 心の中に 疾《もへ》となりけり
 
【口譯】 沖の浪の持つて來る荒磯のなのりそは、名告《なの》りそと我に告げる所のもので、君を心の中に思へと告げるのである。
【語釋】 ○なのりそは なのりそ〔四字傍点〕は、名|告《の》りそ即ち戀の相手の名を云ふなの意を持つてゐるので、その意を告げる物としてゐる。神意を卜《うら》によつて知ると同じ心で、なのりそによつて、名告りその意を悟る意のもの。は〔傍点〕は、差別の意のもので、強めに近いもの。○心の中に 戀の相手を、人には現はさず、心の中に。○疾《もへ》となりけり 本文「疾跡成有」。諸註、解し難いとしてさまざまに訓み試みてゐる。新考は、疾〔傍点〕を念〔傍点〕の誤として、「念《モヘ》」としてゐる。正し方の最も少いもので、意味の最も通りやすいものであるから、これに從つておく。な(198)りけり〔四字傍点〕は、なり〔二字傍点〕は解説の意のもの。けり〔二字傍点〕は感歎で、口語の「のである」といふに當る。
【後記】 詠み人は男か女か分らない。人目を忍ぶべき戀であるが、戀の習ひとして、ともすればそれを漏らさうとする心が起る。詠み人は今さうした心の起つてゐる折柄、磯に寄るなのりそを見て、その名がその事を暗示してゐると感じ、反省を起した時の心と取れる。言葉に威力を感じてゐる時代のものであるから、此の暗示は、後世の縣詞のやうな輕い意のものではないとしなければならぬ。
 
1396 紫の 名高の浦の 名告藻《なのりそ》の 磯に靡《なび》かむ 時待つ我を
 
【口譯】 名高の浦の名告藻《なのりそ》の、磯に寄つて來て靡く時を待つてゐる吾ぞ。
【語釋】 ○紫の名高の浦 一三九二に出づ。○名告藻 女に譬へてゐる。○磯に靡かむ 磯〔傍点〕は、男。靡く〔二字傍点〕は藻の状態で、從ふ、即ち男の物となる譬。○吾を を〔傍点〕は、ぞ〔傍点〕の意のもの。
 
1397 荒磯《ありそ》越す 浪は恐《かLこ》し しかすがに 海の玉藻の 憎くはあらぬを
 
【口譯】 荒磯を越して寄せて來る浪は恐ろしい。さうではあるがしかし海の玉藻は憎くはないも(199)のを。
【語釋】 ○浪は恐《かしこ》し は〔傍点〕は、玉藻〔二字傍点〕に對させたもの。浪〔傍点〕は玉藻の存在してゐる所で、恐ろしいものとしてあるから、女の親の譬喩と取れる。○しかすがに さうではあるものの、しかし。○玉藻 女の譬喩。○あらぬを〔二字傍点〕 をは本文「手」。考は乎《ヲ》の誤としてゐる。
 
   船に寄す
1398 ささなみの 志賀津の浦の 舶乘《ふなのり》に 乘りにし心 常忘らえす
 
【口譯】 妹に乘つた我が心は、常に妹が忘れられない。
【語釋】 ○ささなみの志賀津の浦の船乘に 序。ささなみ〔四字傍点〕は、近江の湖水の西南の地方。志賀津〔三字傍点〕は、ささなみ(200)の中の一部。今の大津市の北方にある津で、津〔傍点〕は船着き場所。船乘〔二字傍点〕といふ語は、意味としては船に乘ることであるが、それだとに〔傍点〕は、「の如く」の意と取らなければならない。しかし、乘りにし〔四字傍点〕と繰返しとして意を轉じてゐる形の上から見ると、序と取れる。今は、船〔傍点〕といふ意を船乗〔二字傍点〕と言ひかへたものと見ることとする。○乘りにし心 乘る〔二字傍点〕は、我が心が他人の上に移りつくした場合と、反對の場合とを現はす語である。今は前の場合で妹に移りつくしてしまつた我が心。○常忘らえず 常に妹が忘れられない。
【後記】 魂や、魂と同じ意での心が、身を離れ、又、身を離れて他のものに憑《つ》くといふ事は、一般に信じられてゐた事である。今もその信仰を背後に置いていつてゐるもの。
 
1399 百傳《もゝづた》ふ 八十《やそ》の島廻《しまみ》を こぐ船に 乘りにし心 忘れかねつも
 
【口譯】 妹に移りつくしてしまつた我が心は、妹を忘れようとして忘れ得ずにゐる。
【語釋】 ○百傳ふ八十の島廻をこぐ船に 序。百傳ふ〔三字傍点〕は枕詞。百《もゝ》と多くの所を縫傳ひゆくで、その八十〔二字傍点〕と續くものといふ。八十の島廻〔五字傍点〕は、多くの島のわたり。こぐ船に乘り〔六字傍点〕と續き、乘り〔二字傍点〕を心の上での意に轉じたもの。○乘りにし心 妹に移りつくした我が心。○忘れかねつも 忘れようとして忘れぬ意で、も〔傍点〕は感歎。
 
(201)1400 島傳《しまづた》ふ 足速《あばや》の小舟 風守り 年はや經《へ》なむ 逢ふとはなしに
 
【口譯】 島より島へと傳つて行く、舟足《ふなあし》の早い舟が、風の模樣を窺つて、年をも過すことであらうか。逢ふといふ事は無くて。
【語釋】 ○島傳ふ 島から島へと傳つて行くで、船行の状態。○足早《あばや》の小舟《をぶね》 足早〔二字傍点〕は、舟足《ふなあし》の早いで、舟の速力の多い意。小舟〔二字傍点〕の小〔傍点〕は接頭語で、舟。戀の上で、自身に譬へてゐる。○風守り 風〔傍点〕は、舟行の上のもので、波を立たせるもの。守り〔二字傍点〕は、模樣を窺ふ意で、風の無く、波の立たない時を見て舟出しようとする意のもの。戀の上で、障りなく、逢へる機會を窺つてゐる譬。○年をや經なむ 年〔傍点〕は、舟行の上では、極めて永い間で、戀の上の焦燥しがちの上でも、同じく永い間である。や〔傍点〕は疑。○逢ふとは無しに。逢ふ〔二字傍点〕は、戀の上での意のもの。は〔傍点〕は、守り〔二字傍点〕に對させたるもの。
【後記】 戀の上で、逢ふ機會の得られずにゐる男の、焦燥から來る歎きで、獨語したもの。「淡海の海《み》浪|恐《かし》こみと風守り年はや經なむ榜《こ》ぐとは無しに」(一三九〇)と、心も形も酷似してゐる。何れかが先で、傳唱された結果と思はれる。
 
1401 みなぎらふ 沖つ小島に 風を疾《いた》み 舶寄せかねつ 心は念《も》へど
 
(202)【口譯】 水煙の立つてゐる沖の小島に、風が強くて、船を寄せようとして寄せられない。心にはさう思つてゐるけれども。
【語釋】 ○みなぎらふ らふ〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。水霧《みなぎり》で、水煙の立つてゐる。○沖つ小島 女に譬へてゐる。○風を疾み 風が強くして。女の親などの妨げの譬。○船寄せかねつ 船〔傍点〕は、我の譬。○心は念へど 心には、船を寄せたく思へども。
 
1402 こと放《さ》けば 沖ゆ放《さ》けなむ 湊より 邊著《へつ》かふ時に 放《さ》くべきものか
 
【口譯】 このやうに遠ざけようとならば、沖にゐる時に遠ざけてほしい。湊から岸に着く時に遠ざけるべきであらうか。
【語釋】 ○こと放けば こと〔二字傍点〕は如。放け〔二字傍点〕は、今の遠ざけ。このやうに遠ざけるで、船を岸に着けさせまいとする意で、戀の上の隔てをつける譬。○沖ゆ放けなむ 沖ゆ〔二字傍点〕は、沖よりで、船の位置。戀の上では、初めからの譬。○湊より 船が湊に入つてから。○邊著かふ時 邊〔傍点〕は岸。かふ〔二字傍点〕はく〔傍点〕の延言。岸に著く時は、船としては終りの時。戀としては相逢ふ時の譬。○放くべきものか 遠ざけようものかと詰《なじ》つた意。
【後記】 男が女を詰つた意のもの。船といふ語はないが、はつきり分る歌となつてゐる。
 
(203)   旋頭歌
 
1403 み幣《ぬさ》取り 神の祝《はふり》が いはふ杉原 たき木《ぎ》伐り ほとほとしくに 手斧取えらぬ
 
【口譯】 幣を取つて神の祝が齋《いは》つてゐる杉原、その原に薪を伐つて、科《とが》として、殆ど手斧を取られようとした。
【語釋】 ○み幣《ぬさ》取り みは美稱。幣を手に取つて。○神の祝 神に仕へる祝、即ち仕へ人。祝〔傍点〕は、女の親に譬へてゐる。○いはふ杉原 いはふ〔三字傍点〕は祭るの意。大切にする娘の譬喩。○たき木伐り 杉原に薪を伐る意で神の木は伐るべからざるものとなつてゐたから、盗伐。娘に忍んで逢はうとする譬喩。○ほとほとしくに 殆どの意。○手斧取らえぬ 手斧〔二字傍点〕は、木を伐る爲のもの。取らえ〔三字傍点〕は取られ。盗伐をすると、科《とが》として伐つた斧を没收するりが定めとなつてゐた。親に認《みと》められ、科《とが》めを受けた譬喩。
 
   挽歌《ばんか》
 
(204)   雜挽
 
1404 鏡なす 吾が見し君を 阿婆《あば》の野《ぬ》の 花橘の 珠に拾ひつ
 
【題意】 「雜挽」といふ二字は、無い本もある。他に例の無いもので、意味が明かでない。代匠記は、何れの人の爲に、誰が詠んだともない歌であらうといつてゐる。推測しての解である。
【口譯】 わが相逢つて來た君を、阿婆《あば》の野《ぬ》にある橘の實の如くに拾つた。
【語釋】 ○鏡なす 枕詞。鏡の如くで、意味で見〔傍点〕にかかる。○わが見し君 見し〔二字傍点〕は、夫婦關係で相逢つた意。君〔傍点〕は、女から男をさしてのものと取れる。○阿婆の野の 大和添上郡で、春日野つづきの野ではないかといふ。火葬場であつたと見える。の〔傍点〕は、にあるの意。○花橘の珠に 花橘〔二字傍点〕は、橘。珠〔傍点〕は、橘の實の小さい時の稱。に〔傍点〕は、の如く。○拾ひつ 君を拾ひ〔四字傍点〕と續く。火葬した後の骨を拾ふ意。骨といはないのは、死後の生活を確信してゐた時代であるから、骨〔傍点〕は即ち君〔傍点〕としてゐた爲と思はれる。
【後記】 火葬しての骨を拾ふ時が、橘の珠が落ちる頃だつたので、眼前の物を捉へて譬喩としたと思はれる。橘の實は緒《を》に貫《ぬ》いて弄んでゐた時代であるから、この譬喩は、その骨を愛すべきものと感じたことが餘情となつてゐる。
 
(205)1405 蜻野《あきつぬ》を 人の懸くれば 朝《あさ》蒔《ま》きし 君が思ほえて 歎きはやまず
 
【口譯】 蜻野《あきつぬ》の事を人がいふと、朝、そこに撒《ま》いた君が偲ばれて、我が歎きは止まない。
【語釋】 ○蜻野《あきつぬ》 吉野。離宮のほとりの野。○人の縣くれば 人が口にいへばで、いふのは無意識のこと。○朝蒔きし 朝〔傍点〕は、火葬しての朝。蒔きし〔三字傍点〕は、骨を撒き散らしたことで、その事が風習となつてゐた。○君が思ほえて 君〔傍点〕は、骨となつた君であるが、骨を即ち君としてのもの。君〔傍点〕は、女から見た男と取れる。思ほえ〔三字傍点〕は、偲《しぬ》ばれ。○歎きは は〔傍点〕は、差別の意のもの。
 
1406 秋津野《あきつぬ》に 朝《あさ》ゐる雲の 失《う》せ行けば 前《むかし》も今《いま》も 無き人念ほゆ
 
【口譯】 秋津野《あきつぬ》に、朝を立つてゐる火葬の煙が消え失せて行くと、今はその人が無いものと思はれて、相見た昔の事も、無い今も一つになつて、亡《な》き人が思はれる。
【語釋】 ○朝ゐる雲 朝下りてゐる雲で、雲〔傍点〕は火葬した煙の譬喩。○前《むかし》も今《いま》も 前も〔二字傍点〕は、世に在つて相見た昔の事も、今も〔二字傍点〕は、亡き今の悲しみもで、形見の煙が無くなつたのに刺戟されて、悲みが取集められて來る意。
【後記】 火葬の煙が消えると、その人の世に無いといふ事が新たに意識されて來て、思ひ出と歎きと一しよになつて來る意で、三句から四句への續きが心理的である。實際に即した歌である。
 
(206)1407 隱口《こもりく》の 泊瀬《はつせ》の山に 霞立ち たなびく雲は 妹にかもあらむ
 
【口譯】 泊瀬の山に霞が立つて、そしてたなびいてゐるあの雲は、妹であらうか。
【語釋】 ○隱口《こもりく》の 枕詞。泊瀬〔二字傍点〕に懸る。○霞立ち 霞〔傍点〕は、火葬の煙の、最初、薄く一面に立つ意。○たなびく雲は 上の煙の、細くたなびく雲と見えるはの意。は〔傍点〕は、差別の意のもの。○妹にかも かは疑〔傍点〕。も〔傍点〕は感歎。
 
1408 抂言《たはごと》か 逆言《およづれごと》か こもりくの 泊瀬の山に 廬《いほり》せりとふ
 
【口譯】 横《よこ》しま言《ごと》か、それとも流言か、君は、泊瀬の山に廬をしてゐると人がいふ。
【語釋】 ○抂言《たはごと》か 宣長は、抂〔傍点〕は狂〔傍点〕の誤だといふ。横しま言《ごと》の意。か〔傍点〕は疑。○およづれ言《ごと》か 流言かで、か〔傍点〕は疑。○こもりくの 枕詞。泊瀬〔二字傍点〕にかかる。○泊瀬の山 墓所としていつてゐる。○廬せりとふ 廬〔傍点〕は、今は死者を生者と見做して、或期間置く爲のもの。とふ〔二字傍点〕は、といふで、人がいふの意。
【後記】 詠み人は女で、死者は、女からいふと、生前關係の深かつた男であるが、その死を知らせられず、間《あひだ》を置いて聞いての驚きと悲しみの心と取れる。一夫多妻の時代で、事情によつてはあり得べき事だつたらうと思はれる。
 
(207)1409 秋山の 黄葉《もみぢ》あはれと うらぶれて 入りにし妹は 待てど來まさず
 
【口譯】 秋山の黄葉《もみぢ》を愛《め》でたいと思ひ、わびしくして、入つて行つた妹は、待つてゐるけれども、その山から出て來られない。
【語釋】 ○秋山の黄葉《もみぢ》あはれと 秋山の黄葉《もみぢ》を愛《め》でたいと思つて。山〔傍点〕は、墓所。葬つた時は黄葉《もみぢ》の頃であつた所から、そこに葬つた妹を、妹の心からの事と見做したもの。死者を尊ぶ心から、死者みづからの心と見做したものと思はれる。○うらぶれて わびしくての意。葬られる時の妹の状態をいつたもの。生者と同じやうにいつてゐるのは、死後の生活を信じてゐる心からである。○入りにし妹は 入りにし〔四字傍点〕は、葬られたのをみづから山に入つたとしたので、意は上と同じ。は〔傍点〕は、差別の意のもの。特殊の状態の妹として。○待てど來まさず 來まさず〔四字傍点〕は、來ず、即ち山より出で來ずの意で、敬語。敬語としたのは、死者を尊む爲である。
【後記】 美化があるが、その程度は少く、大體は死者を尊む心から、死者みづからの心でした事と見做したものである。死後の生活を信じてゐる心は、この事をたやすくさせた事と取れる。又、美化も、妹を愛する心から來たもので、單なる詩的誇張ではない。
 
(208)1410 世の中は まこと二|代《よ》は 行かざらし 過ぎにし妹に 逢はぬ念《おも》へば
 
【口譯】 世の中といふものは、まことに二|度《ど》とは廻つて來ないやうだ。一たび世を去つた妹に逢はないことを思へば。
【語釋】 ○世の中は は〔傍点〕は 他界に對させたもの。○二代は行かざらし 二代〔二字傍点〕は、二度の代。行く〔二字傍点〕は、來ると同じ。らし〔二字傍点〕は、逢はぬ〔三字傍点〕を理由としての推量。○過ぎにし 世を去つたで、死んだ。
【後記】 「二代は行かざらし」と、初めて發見した心をもつて云つてゐる。愛する妹を失つての感傷もあるが、一方には、死後の生活を信ずる心があり、死者に逢つたといふ事も信じられてゐた時代で、それが背後にあつての歌と思はれる。
 
1411 さきはひの いかなる人か 黒髪の 白くなるまで 妹が音《こゑ》を聞く
 
【口譯】 幸《さいはひ》の如何に多い人が、黒髪の白く變るまで、妹が聲を聞くのであらうか。
【語釋】 ○さきはひのいかなる人か 幸の如何に多い人かで、か〔傍点〕は疑。○白くなるまで 白く變るまでの久しい間を。
【後記】 髪の黒い、若い頃に、妹に死別した人が、白髪となつて妹と一しよにゐる人を見て、そ(209)の幸を羨んだ心のもの。
 
1412 わが背子を いづく行かめと さき竹の 背向《そがひ》に寢しく 今しくやしも
 
【口譯】 わが背子を、我より外の所には行かうかと思つて、背中合せに寢たことが、今は悔しい。
【語釋】 ○いづく行かめと 我以外の何處へ行かうと思つて。○さき竹の 枕詞。割いた竹ので、割いた竹は前のやうに合はないもので、合せても背中合せになる意で、背向《そがひ》にかかるといはれてゐる。○背向に寢しく 背向〔二字傍点〕は、背中合せの意。寢しく〔三字傍点〕は、し〔傍点〕は過去の助動詞。く〔傍点〕は、上を名詞とする爲のもの。當時に少くない格。(一一五三に出づ)。○今し悔しも し〔傍点〕は強め、今になつて思へばしみじみと。も〔傍点〕は感歎。
【後記】 夫の死後の妻の思ひ出。極めて實際に即したもの。
 
1413 庭つ鳥 鷄《かけ》の垂尾《たりを》の 亂れ尾の 長き心も 思ほえぬかも
 
【口譯】 長閑《のどか》な心の持てないことではある。
【語釋】 ○庭つ鳥鷄の垂尾《たりを》の亂れ尾の 序。庭つ鳥〔三字傍点〕は、枕詞。庭の鳥で、庭にのみゐる鳥で、意味で鷄《かけ》にかかる。鷄〔傍点〕は、にはとりの本《もと》の名。垂尾〔二字傍点〕は、雄鳥の尻尾。亂れ尾〔三字傍点〕は、風などに吹かれる時の状態。長き〔二字傍点〕と續き(210)その長き〔二字傍点〕を、心の相に轉じたもの。○長き心も 長き〔二字傍点〕は、長閑《のどか》な意。も〔傍点〕は感歎。○思ほえぬかも 思ほえぬ〔四字傍点〕は、思はれぬであるが、心の持てないの意のもの。かも〔二字傍点〕は感歎。
【後記】 鷄の状態を見てゐて感を發したもので、實際に即したもの。四五句は、必ずしも妹の死後の夫の心とは限らぬものであるが、それと取れもするものである。
 
1414 薦枕《こもまくら》 あひまきし兒も あらばこそ 夜の更くらくも 吾が惜しみせめ
 
【口譯】 薦枕を共に枕として寢た女の生きてゐるならば、夜の更けることも惜しみもしよう。
【語釋】 ○薦枕 薦でこしらへた枕。○あひまきし兒も あひまく〔四字傍点〕は、一つ枕を枕とし合つた女の意。も〔傍点〕は感歎。○夜のふくらくも らく〔二字傍点〕はる〔傍点〕の延言。夜の更けることで、獨寢の夜の、今更けてゐることをいつたもの。○惜しみせめ 惜しみもしようで、今のつまらなさから、以前の惜しんだ頃を思ひ出しての心。
 
1415 玉梓《たまづさ》の 妹は珠かも あしひきの 清き山べに まけば散りぬる
 
【口譯】 妹は玉であらうか。清き山に、撒けば散つた事ではある。
【語釋】 ○玉梓の 枕詞。梓〔傍点〕は、梓の枚で、玉〔傍点〕は、それを著けた意で、上代、使の者の持つた物であらうとい(211)ふ。今は妹〔傍点〕にかかつてゐる形であるが、意味は分らない。或は玉〔傍点〕に繰返しでかかるものか。○珠かも 珠〔傍点〕は、火葬にしての骨の譬喩。珠は最も重んじてゐた物。これも、妹〔傍点〕を直ちに珠〔傍点〕として、妹そのものの意でいつてゐる。か〔傍点〕は疑。も〔傍点〕は感歎。○あしひきの 枕詞。山〔傍点〕にかかる。○清き山べに 清らかなる山で、墓には山を撰んだ風からのもの。○まけば散りぬる まく〔二字傍点〕は、骨を撒くことが風習だつたのである。散りぬる〔四字傍点〕は、事としては當然の事であるが、感を強める爲にいつたもの。感歎が含まれてゐる。
 
   或本の歌に曰く
1416 玉梓の 妹は花かも あしひきの この山影に まけば失せぬる
 
【口譯】 妹は花であらうか。この山の蔭に撒くと見えなくなつたことである。
【後記】 前の歌と殆ど同じで、「珠」が「花」になつてゐるほどのものである。かうした感が一般に持たれてゐた所から、民謠的に詠みかへられたものと思はれる。
 
   ※[覊の馬が奇]旅の歌
1417 名兒《なご》の海を 朝《あさ》こぎくれば 海中《わたなか》に 舟子《かこ》ぞ喚ぶなる あはれその舟子《かこ》
 
(212)【口譯】 名兒の海を、朝凪ぎに漕いで來ると、海の中で、舟子《かこ》が我を喚ぶことである。あはれ、その舟子よ。
【語釋】 ○名兒の海 攝津住吉から大阪附近の海。○朝こぎ來れば 朝〔傍点〕は、朝凪ぎの意を持つたもの。○舟子ぞ喚ぶなる 舟子〔二字傍点〕は、舟で働く者の總稱。喚ぶ〔二字傍点〕で、他の船の者と分る。喚ぶ〔二字傍点〕は、我を喚ぶで、海上で逢つた他の船に對して、挨拶の意で聲を懸けたものと取れる。○あはれその舟子 あはれ〔三字傍点〕は、廣い詠歎の意のもの。船子〔二字傍点〕は、親しんで呼び懸けた意のもの。さうした所で聲を懸けられたのに對して、此方《こちら》も舟子《かこ》に劣らぬ好感を持つてなつかしみの情を寄せた意のもの。
【後記】 特別な場所で、未知の旅びと同志が、一種の親しみを感じて聲を縣け合ふ、それと同じ心のものと取れる。餘情の多い歌である。
 
萬葉集 卷第七
〔2017年1月18日(水)午前11時50分、入力終了〕