古今集遠鏡、増補本居宣長全集第七巻、再校訂 本居清造、吉川弘文館、1902.11.15(1927.1.10増訂再版)
            〔入力者注、訳を補った部分の傍線を( )に置き換えた、合字は普通の表記にした、熟語を示すハイフンは略した、圏点は略した、〜サ(小字)のように送りがな以外の字で小字のフォントのないものは大字のままにした、変体仮名は普通の仮名にした。〕
 
(235)遠鏡序
 
この遠鏡はおのれはやくよりこひ聞えしまゝに師のものしてあたへたまへるなりこの集はしもよゝの注釋あまたあれともちうさくはかきりありていかにくはしくときさとしたるもなほ物へたてたるこゝちのするをまことに書の名のたとひのことくちとせをへたてゝ遠きあなたの世のこゝろふかき言の葉をいまの世のうつゝの人のかたるをむかひて聞たらむやうにこゝろのおくのくまもあらはにはたらく詞のいきほひをさへに近くうつしてちかくたしかに聞tらるゝこの鏡のうつし詞はおほろけの人のなしうへきわさにはあらすそのかみの世のこゝろことはをおのかものと手のうちににきりえたるわか師のしわさならてはといともいともたふとくめてたくおもひあふかるゝにつきてはかゝるいみしきよのたからをしもおのれひとりこゝろせはくわたくしもの(236)にひめおきてやみなむことのねしけかましくあたらしくおほゆるまゝにさくらの花のえならぬ色をひろく人にも見せまほしく松かえの千代とほく世にもつたへまほしくてこたみ名におふその植松の有信にあつらへつけて櫻の板にゑらしむるになむかくいふは木綿苑の千秋
 
(237) 古今集遠鏡
 
       雲のゐるとほきこずゑもとほかゞみ
           うつせばこゝにみねのもみぢ葉
 
此書は、古今集の哥どもを、こと/”\くいまの世の俗語《サトビゴト》に譯《ウツ》せる也、そも/\此集は、よゝに物よくしれりし人々の、ちうさくどむのあまた有て、のこれるふしもあらざ(ン)なるに、今さらさるわざは、いかなればといふに、かの注釋といふすぢは、たとへばいとはるかなる高き山の梢どもの、ありよばかりは、ほのかに見ゆれど、その木とだに、あやめもわかぬを、その山ちかき里人の、明暮のつま木のたよりにも、よく見しれるに、さしてかれはとゝひたらむに、何の木くれの木、もとだちはしかしか、梢のあるやうは、かくなむとやうに、語り聞せたらむがごとし、さるはいかによくしりて、いかにつぶさに物したらむにも、人づての耳《ミヽ》は、かぎりしあれば、ちかくて見るめのまさしきには、猶にるべくもあらざ(ン)めるを、世に遠《トホ》めがねとかいふなる物のあるして、うつし見るには、いかにとほきも、あさましきまで、たゞこヽもとにうつりきて、枝さしの長きみじかき、下葉の色のこきうすきまで、のこるくまなく、見え分れて、軒近き庭のうゑ木に、こなきけぢめもあらざるばかりに見ゆるにあらずや、今此遠き代の言の葉の、くれなゐ深き心ばへを、やすくちかく、手染の色にうつして見するも、もはらこのめがねのたとひにかなへらむ物をや、かくて此事はしも、尾張の横井(ノ)千秋ぬしの、はやくよりこひもとめられたるすぢにて、はじめよりうけひきては、有ける物から、なにくれといとまなく、事しげきにうちまぎれて、えしもはたさず、あまたの年へぬるを、いかに/\と、しば/\おどきろかさるゝに、あながちに思ひおこして、こたみかく物しつるを、さきに神代のまさことも、此同じぬしのねぎことにこそ有しか、さのみ聞けむとやうに、しりうごつともがらも有べか(ン)めれど、例のいと深くまめなるこゝろざしは、みゝなし山の神とはなしに、さて過すべくもあらずてなむ.
〇うひまなびなどのためには、ちうさくは、いかにくはしくときたるも、物のあぢはひを、甘しからしと、人のかたるを聞(238)たらむやうにて、詞のいきほひ、てにをはのはたらきなど、こまかなる趣にいたりては、猶たしかにはえあらねば、其事を今おのが心に思ふがごとは、さとりえがたき物なるを、きとびごとに譯《ウツ》したるは、たゞにみづからさ思ふにひとしくて、物の味を、みづからなめて、しれるがごとく、いにしへの雅言《ミヤビゴト》みな、おのがはらの内の物としなれゝば、一うたのこまかなる心ばへの、こよなくたしかにえらるゝことおほきぞかし、
〇俗言《サトビゴト》は、かの國この里と、ことなることおほきが中には、.みやびごとにちかきもあれども、かたよれるゐなかのことばゝ、あまよねくよもにはわたしがたければ、かゝることにとり用ひがたし、大かたは京わたりの詞して、うつすべきわざ也、たゞし今のにも、えりすつべきは有て、なべてはとりがたし、
〇俗言《サトビゴト》にも、しな/”\のある中に、あまりいやしき、又たはれすぎたる、又時々のいまめきことばなどは、はぶくべし、又うるはしくもてつけていふと、うちとけたるとのたがひあるを、哥はことに思ふ情《コヽロ》のあるやうのまゝに、ながめ出たる物なれば、そのうちとけたる詞して譯《ウツ》すべき也、うちとけたるは、心のまゝにいひ出たる物にて、みやびごとのいきほひに、いますこしよくあたればぞかし、又男のより、をうなの詞は、こにうちとけたることの多くて、心に思ふすぢの、ふとあらはなるものなれば、哥のいきほひに、よくかなへることおほかれば、をうなめきたるをも、つかふべきなり、又いはゆるかたことをも用ふべし、たとへばおのがことを、うるはしくはわたくしといふを、はぶきてつねに、ワタシともワシともいひ、ワシハといふべきを.ワシヤ、それはをソレヤ、すればをスレヤといふたぐひ、又そのやうなこのやうなを、ソンナコンナといひ、ならばたらばを、ばをはぷきて、ナラタラ、さうしてをソシテ、よからうをヨカロ、とやうにいふたぐひ、ことにうちとけたることなるを、これはたいきほひにしたがひては、中々にうるはしくいふよりは、ちかくあたりて聞ゆるふしおほければなり、
〇すべて人の語は、同じくいふことも、いひざまいきほひにしたがひて、深くも淺くも、をかしくもうれたくも聞ゆるわざにて、哥はことに、心のあるやうを、たゞにうち出たる趣なる物なるに、その詞の、口のいひざまいきほひはしも、たゞに耳にきゝとらでは、わきがたければ、詞のやうをよくあぢはひて、よみ人の心をおしはかりえて、そのいきほひを譯《ウツ》すべき也、(239)たとへば「春されば野べにまづさく云々、といへるせどうかの、譯《ウツシ》のはてに、へゝ/\へ/\/\と、笑ふ聲をそへたるなど、さらにおのがいまのたは|ふ《ム》れにはあらず、此(ノ)下(ノ)句の、たは|ふ《ム》れていへる詞なることを、さとさむとてぞかし、かゝることをだにそへざれば、たは|ふ《ム》れの答(ヘ)なるよしの、あらはれがたければ也、かゝるたぐひ、いろ/\おほし、なすらへてさとるべし、
〇みやびごとは、二つにも三つにも分れたることを、さとび言には、合せて一(ツ)にいふあり、又|雅言《ミヤビゴト》は一つなるが、さとびごとにては、二つ三つにわかれたるもあるゆゑに、ひとつ俗言《サトビゴト》を、これにもかれにむあつるこあり、又一つ言の譯語《ウツシコトバ》の、こゝとかしこと、異なることもある也、
〇まさしくあつべき俗言のなき詞には、一つに二(ツ)三(ツ)をつらねてうつすことあり、又は上下の語の譯《ウツシ》の中に、其意をこむることもあり、あるは二句三句を合せて、そのすべての意をもて譯《ウツ》すもあり、そはたとへば「ことならばさかずやはあらぬ櫻花などの、ことならばといふ詞など、一つはなちては、いかにもうつすべき俗言なけれげ、二句を合せて、トテモ此ヤウニ早ウ散(ル)クラヰナラバ一向ニ初(メ)カラサカヌガヨイニナゼサカズニハヰヌゾ、と譯《ウツ》せるがごとし、
〇哥によりて、もとの語のつゞきざま、てにをはなどにもかゝはらで、すべての意をえて譯《ウツ》すべきあり、もとの詞つゞき、てにをはなどを、かたくまもりては、かへりて一うたの意にうとくなることもあれば也、たとへば「こぞとやいはむことしとやいはむなど、詞をまもらば、去年ト云(ハ)ウカ今年トイハウカ、と譯すべけれども、さては俗言の例にうとし、去年ト云タモノデアラウカ今年ト云タモノデアラウカ、とうつすぞよくあたれる、又「春くることをたれかしらましなど、春ノキタコトヲ云々、と譯《ウツ》さゞれば、あたりがたし、來《ク》ると來《》タとは、たがひあれども、此哥などの來《ク》るは、來《き》ぬると有べきことなるを、さはいひがたき故に、くるとはいへるなれば、そのこゝろをえて、キタと譯《ウツ》すべき也、かゝるたぐひいとおほし、なすらへてさとるべし、
〇詞をかへて、うつすべきあり、「花と見てなどの見ては、俗言には、見てとはいはざれば、花ヂヤト思ウテと譯すべし、「わぶ(240)とこたへよなどの類のこふるは、俗言には、こたふとはいはず、たゞイフといへば、難義ヲシて居ルトイヘと譯すべし、又てにをはをかへて譯すべきも有(リ)、「春は來にけりなどのはもじは、春ガキタワイと、ガにかふ、批類多し、又てにをはを添(フ)べきもあり、「花咲にけりなどは、花ガ咲タワイと、ガをそふ、此類は殊におほし、すべて俗言には、ガといふことの多き也、雅言のぞをも、多くはガといへり、「花なき里などは、花ノナイ里と、ノをそふ、又はぷきて譯すべきも有(リ)、「人しなければ、「ぬれてをゆかむなどの、しもじをもじなど、譯言《ウツシコトバ》をあてゝは、中々にわろし、〇詞のところをおきかへてうつすべきことおほし、「あかずとやなく山郭公などは、郭公を上へうつして、郭公ハ殘リオホウ思フテアノヤウニ鳴(ク)カと譯し、「よるさへ見よとてらす月影は、ヨルマデ見ヨチテ月ノ影ガテラスとうつし、「ちくさに物を思ふころかなのたぐひは、ころを上にうつして、コノゴワハイロイロト物思ヒノシゲイコトカナと譯し、「うらさびしくも見えわたるかなは、わたるを上へうつして、見ワタシタトコロガキツウマア物サビシウ見エルコトカナと譯すたぐひにて、これ雅言《ミヤビゴト》と俗言《サトビゴト》と、いふやうのたがひ也、又てにをはも、ところをかへて譯すべきあり、「ものうかるねに鶯ぞなくなど、ものうかる音にぞと、ぞもじは、上にあるべき意なれども、さはいひがたき故に、鶯の下におけるなれば、其こゝろをえて、譯《ウツ》すべき也、此例多し、皆なすらふべし、
〇てにをはの事、ぞもじは、譯すべき詞なし、たとへば「花ぞ昔の香にゝほひけるのごとき、殊に力(ラ)を入(レ)たるぞなるを、俗言には、花がといひて、其所にちからをいれて、いきほひにて、雅語のぞの意に聞(カ)することなるを、しか口にいふいきほひは、物には書とるべくもあらざれば、今はサといふ辞を添(ヘ)て、ぞにあてゝ、花ガサ昔ノ云々と譯す、ぞもじの例、みな然り、こそは、つかひざま大かた二つある中に、「花こそちらめ根さへかれめやなどやうに、むかへていふ事あるは、さとびごとも同じく、こそといへり、今一つ「山風にこそみだるべらなれ、「雪とのみこそ花はちるちめ、などのたぐひのこそは、うつすべき詞なし、これはぞにいとちかければ、ぞの例によれり、山風にぞ云々、雪とのみぞ云々、よいひたらむに、いくばくのたがひもあらざれば也、さるをしひていさゝかのけぢめをもわかむとすれば、中々にうとくなること也、「たが袖ふれしやど(241)の梅ぞも、「戀もするかな、などのたぐひのももじは、マアと譯す、マアは、やがて此もの轉《ウツ》れるにぞあらむ、疑ひのやもじは、俗語には皆、カといふ、語のつゞきたるなからにあるは、そのはてへうつしていふ、「春やとき花やおそきとは、春ガ早イノカ花ガオソイノカと譯すがごとし、
〇んは、俗言にはすべて皆ウといふ、來《コ》んゆかんを、コウイカウといふ類也、けんなんなどのうんも同じ、「花やちりけんは、花ガチツタデアラウカ、「花やちりなんは、花ガチルデアラウカと譯す、さて此、チツタデといふとチルデといふとのかはりをもて、けんとなんとのけぢめをもさとるべし、さて又語のつゞきたるなからにあるんは、多くはうつしがたし、たとへば「見ん人は見よ、「ちりなん後ぞ、ちるらん小野のなどのたぐひ、人へつゞき、後へつゞき、小野へつゞきて、んは皆なからに有(リ)、此類は、俗語にはたゞに、見ル人ハ、チツテ後ニ、チル小野ノとやうにいひて、見ヤ|ウ《ん》人ハ、チルデ|アラウ《なん》後ニ、チルデ|アラウ《らん》小野ノ、などはいはざれば也、然るに比類をも、しひてんなんらんの意を、こまかに譯さむとならば、散なん後ぞは、オツヽケチルデ|アラウ《なん》ガソノ散タ後ニサと譯し、ちるらん小野のは、サダメテ此ゴロハ萩ノ花ガチルデ|アラウ《らん》ガ其野ノ、とやうに譯すべし、然れども、俗話にさはいはざれば、中々にうとし、同じことながら、「春霞たちかくすらん山の櫻をなどは、山ノ櫻ハ霞ガカクシテアルデアラウニ、と譯してよろしく、又かの見ん人は見よなども、見ヤウト思フ人とうつせば、俗語にもかなへり、哥のさまによりては、かうやうにもうつすべし、
〇らんの譯《ウツシ》は、くさ/”\あり、「春たつけふの風やとくらんなどは、風ガトカスデアラウカと譯す、アラウらんにあたり、カ上のやにあたれり、「いつの人まにうつろひぬらんなどは、イツノヒマニ散テシマウタコトヤラと譯す、ヤラらんにあたれり、「人にしられぬ花やさくらんなどは、人ニシラサヌ花ガ咲《サイ》タカシラヌと譯す、カシラヌやとらんとにあたれり、又上にや何などいふ、うたがひことばなくて、らんと結びたるには、ドウイフコトデといふ詞をそへてうつすも多し、又「相坂のゆふつけ鳥もわがごとく人や鯉しき音のみ鳴らんなどは、人ガ戀シイヤラ聲ヲアゲテヒタスラナクとうつす、これはとぢめのらんの疑ひを、上へうつして、やと合せて、ヤラといふ也、ヤラは、すなはちやらんといふこと也、又「玉かづら今はたゆとや吹(242)風の音にも人のきこえざるらんなどのたぐひも、同じく上へうつして、やと合せて、ヤラと譯して、下(ノ)句をば、一向ニオトヅレモセヌと、落しつけてとぢむ、これらはらんとうたがへる事は、上にありて、下にはあらざればなり、
〇らしは、サウナと譯す、サウナは、さまなるといふことなるを、音便にサウといひ、るをはぶける也、然れば言の本の意も、らしと同じおもむきにあたる辞也、たとへば物思ふらしを、物ヲ思ウサウナと譯すが如き、らしもサウナも共に、人の物思ふさまなるを見て、おしはかりたる言なれば也、さてついでにいはむは、世にらんとらしとを、たゞ疑ひの重きと輕きとのたがひとのみ心得て、みづからの哥にも、其こゝろもてよむなるは、ひがこと也、たとへば時雨ふるらんは、時雨ガフルデアラウ也、時雨ふるらしは、時雨ガフルサウナの意也、此俗言のアラウとサウナとの意を思ひて、そのたがひあることをわきまふべし、
〇かな《哉》は、さとびごとにもカナといへど、語のつゞきまは、雅言のまゝにては、うときが多ければつゞける詞をば、下上におきかへもし、あるは言をくはへなどもして、譯すべし、すべて此辞は、歎息《ナゲキ》の詞にて、心をふくめたることおほければ、譯《ウツシ》には、そのふくめたる意の詞をも、くはふべきわざなり、
〇つゝの譯は、くさ/”\あり、又雪はふりつゝなど、いひすてゝとぢめて、上へかへらざるは、テと譯して、下にふくめたる意の詞をくはふ、いひすてたるつゝは、必(ス)下にふくめたる意あれば也、そのふくめたる意は、一首《ヒトウタ》の趣にてしらる、
〇けりけるけれは、ワイと譯す、「春はきにけりを、春ガキタワイといへるがごとし、またこその結びにも、ワイをそへてうつすことあり、語のきれざるなからにあるけるけれは、ことに譯さず、
〇なりなるなれは、ヂヤと譯す、ヂヤは、デアルのつゞまりて、ルのはぶかりたる也、さる故に、東の國々にては、ダといへり、なりももとにありのつゞまりたるなれば、俗言のヂヤダと、もと一つ言也、又一つ「春くれば鴈かへるなり、「人まつ虫の聲すなり、などの類のなりは、あなたなる事を、こなたより見聞ていふ詞なれは、これは、アレ鴈ガカヘルワ、アレ松虫ノ聲ガスルワなど譯すべし、此なりは、ヂヤと譯すなりとは別《コト》にて、語のつゞけざまもかはれり、ヂヤとうつす方は、(243)つゞく詞よりうけ、此なりは、切るゝ詞よりうくるさだまり也、
〇ぬぬる、つつる、たりたる、きしなど、既に然るうへをいふ辞は、俗言には、皆おしなべてタといふ、なりぬなりぬるをば、ナツタ、來《キ》つ來《キ》つるをば、キタ、見たり見たるをば、見タ、有き有しをば、アツタといふが如し、タは、タルのルをはぶける也、
〇あはれを、アヽハレと譯する所多し、たとへば「あれにけりあはれいくよのやどなれやを、何(ン)年ニナル家ヂヤゾヤ、アヽハレキツウ荒タワイと譯せる類也、かくうつす故は、あはれはもと歎息《ナゲ》く聲にて、すなはち今(ノ)世の人の歎息《ナゲキ》て、アヽヨイ月ヂヤ、アヽツライコトヂヤ、又ハレ見事ナ花ヂヤ、ハレヨイ子《コ》ヂヤなどいふ、このアヽとハレとを、つらねていふ辞なれば也、「あはれてふことをあまたにやらじとや云々は、花を見る人の、アヽハレ見事ナといふ其詞を、あまたの櫻へやらじと也.「あはれてふことこそうたて世の中を云々は、アヽハレオイトシヤト、人ノ云テクレル詞コソ云々也、大かたこれらにて心得べし、さてそれより轉《ウツ》りては、何事にまれ、アヽハレと歎息《ナゲ》かるゝ事の名ともなりて、あはれなりとも、あはれをしるしらぬなども、さま/”\ひろくつかふ、そのたぐひのあはれは、アヽハレと思はるゝ事をさしていへるなれば、俗言には、ただにアヽハレとはいはず、そは又その思へるすぢにしたがひて、別《コト》に譯言《ウツシコトバ》ある也、
〇すべて何事にまれ、あなたなる事には、アレ、或はアノヤウニ、又ソノヤウニなどいひ、こなたなる事には、コレ、或は此ヤウニなどいふ詞を添て譯せることおほきは、其事のおもむきを、さだかにせむとてなり、
〇物によせて、其詞をふしにしたる、又物の縁の詞のよしなど、すべて詞のうへによれる趣は、雅言と−俗言とは、こと/\なれば、たゞには譯しがたし、、さる類は、俗言のうへにても、ことわり聞ゆべきさまに、言をくはへて譯せり、
〇枕詞序などは、哥の意にあづかれることなきは、すてゝ譯さず、これを譯しては、事の入まじりて、中々にまぎらはしければ也、そも哥の趣にかゝれるすぢあるをば、その趣にしたがひて譯す、
〇此ふみの書るやう、譯語《ウツシコトバ》のかぎりは、片假字をもちふ、假字づかひをも正さず、便(リ)よきにまかせたり、譯《ウツシ》のかたはらに、(244)をり/\平假字して、ちひさく書ることあるは、其哥の中の詞なるを、こゝは此詞にあたれりといふことを、猶たしかにしめせる也、數のもじは、其句としめしたる也、又かたへに長くも短くも、筋を引たるは、哥にはなき詞なるを、そへていへる所のしるしなり、そも/\さしも多く詞をそへたるゆゑは、すべて哥は、五もじ七もじ、みそひともじと、かぎりのあれば、今も昔も、思ふにはまかせず.いふべき詞の、心にのこれるもおほければ、そをさぐりえて、おぎなふべく、又さらにそへて、たすけもすべく、又うひまなぴのともがらなどのために、そのおもむきを、たしかにもせむとて也、〔一〕〔二〕〔三〕、あるは〔上〕などしるせるは、枕詞序など、譯をはぷけるところをしめせる也、但しひさかたあしひきなど、人のよく枕詞と知(リ)たるは、此しるしをはぶけり、一二三は、句のついで、上は上の句也、
〇うつし語《ことば》のしりにつぎて、ひらがなして書ることあるは、譯の及びがたくて、たらはざるを、たすけていへること、又さらでも、いはまほしき事ども、いさゝかづゝいへるなり、
〇大かたいにしへの哥を、今の世の俗語にうつすゝぢにつきては、猶いはまほしきことゞも、いと多かれど、さのみはうるさければ、なすらへてもしりねと、みなもらして、今はたゞこれかれいさゝかいへるのみ也、又今さだめたる、すべての譯《ウツシ》どもの中には、なほよく考へなば、いますこしよくあたれることゞもゝ、いでくべかめれど、いとまいりて、此事にのみは、えさしもかゝづらはで、たゞ一わたり、思ひよれるまに/\物しっる也、哥よく見しれらん人、なほまされるを思むえたらむふしもあらば、くはへもはぷきも、あらためもしてよかし、
                   本居宣長
 
(245)やまとうたは人の心を種として よろづのことのはとぞなれりける
 〇哥ト云物ハ人ノ心ガタネニナツテ イロ/\ノ詞ニサナツタモノヂヤワイ世(ノ)中にある人ことわざしげきものなれば心におもふことを見るものきく物につけていひいだせるなり
 〇世(ノ)中ニカウシテ居ル人ト云モノハ イロ/\ト事ノ多イモノヂヤニヨツテ (ソノナニヤカヤノ事ニツケテ) 心ニ思フコトヲ (ソノ時) 見ル物ヤ聞(ク)物ニツケテ 云(ヒ)ダシタノヂヤ
花になくうぐひす水にすむかはづのこゑをきけばいきとしいけるものいづれか哥をよまざりける
 〇花ノ枝ヘキテ鳴く鶯ヤ水ニスンデアル蛙ヤナドノ聲ヲキケバ (ソレ/\ニ面白イトコロハ皆哥ヂヤ) スレヤ生《イキ》テアルホドノ物ハ 何ガ哥ヲヨマヌゾ (鳥類畜ルイマデ皆メン/\ニソレ/\ノ哥ヲヨムヂヤワイノ)
ちからをもい丸ずしてあめつちをうごかしめに見えぬおに神をもあはれと思はせをとこ女のなかをもやはらげたけきものゝふのこゝろをもなぐさむるはうたなり
 〇チカラヲモ入レズニ天地ヲウゴカシタリ 目に見エヌ鬼ヤ神オ感ジサシタリ 男ト女トノアヒダヲムツマシウナルヤウニシタリ アラクマシイ武士ノ心ヲヤハラゲタリナドスルモノハ哥ヂヤ
このうたあめつちのひらけはじまりける時よりいできにけり
 〇サテ此哥ト云モノハ 天地ノハジマツタ時カラデケタワイ
  あまのうきはしのしたにてめ神を神となり給へることをいへる哥也
 〇ソレハカノ伊弉諾伊弉冉ノ尊ガ 天ノ浮橋ノ下デ 御夫婦ノ神ニオナリナサレタコトヲオヨミナサレタ哥ノコトヂヤ
しかあれども世につたはることはひさ|か《〇清》たのあめにしてはしたてる|ひ《〇清》めにはじまり
 〇サウヂヤケレドモ シツカリト哥ト云テ世(ノ)中ニツタハツテキタノハ〔ひさかたの〕天デハ下照姫ト云神カラハジマリ
  したてるひめとはあめわかみこのめなりせうとの神のかたちをか谷にうつりてかゞやくをよめるえびすうたなるべしこれらはもじのかずもさだまらず哥のやうにもあらぬことども也
 〇下照姫ト云神ハ 天若彦ト云タ神ノ御内《ゴナイ》シヤウデアツタ (ソノ哥ト云ハ 下照姫ノ)兄《アニ》ゴガ (殊ノ外ウツクシイ神デ ソノ身ノ光リガソコラノ岡ヤ谷ヘウツヽテ照リカヾヤイタコトヲヨンダエビス哥(ト云ガアルガ 其事)デアラウ《なるべし》 コレラハ文字ノ數ナドモ定マツタコトモナウテ 哥ノヤウデモナイコトヾモヂヤ
あらかねのつちにしてはすさのをのみことよりぞおこりける
 〇〔あらかねの}此(ノ)國土デハ 素盞嗚(ノ)尊カラサハジマツタワイ
(246)ちはや|ぶ《濁》る神代には哥のもじもさだまらず すなほにして ことのこゝろわきがたかりけらし
 〇〔ちはやぶる〕神代ノ時分ニハ 哥ノ文字ノ數モマダ定マタツタコトモナシ コトノホカ古風ナコトデ ドサ云コトヲヨンダモノヤラソノ哥ノ心ガ (今見テハ) ワクリニクイコトデアツタ|サウナ《けらし》
人の代となりてすさのをのみことよりぞみそもじあまりひともじはよみける
 〇サチ人ノ代ニナツテカラ カノ素盞嗚(ノ)尊カラ (始マツタ哥ノトホリニ) 卅一字ニサヨムコトニハナツタワイ
  すさのをのみことはあまてるおほん神のこのかみ也女とすみ給はむとていづもの國に宮づくりし玉ふ時にそのところにやいろの雲のたつを見てよみ給へるなり
 〇スサノヲノ尊ハ 天照大神ノ御兄《オアニ》ゴ樣ヂヤ (シテソノ御哥ト云ハ) 女ト一所ニ御住《オスミ》ナサレウトテ出雲(ノ)國ヘ御殿ヲオタテナサルル時ニ ソノアタリヘ八色ノ雲ガ立(ツ)タヲ御覽ナサレテ オヨミナサレタ御哥ノコトヂヤ
  八雲たついづも八重垣つまごめに八重垣つくるその八重がきを
 〇アレイクヘモ雲ガタツタ 《二》アノ出《デ》ル雲ノ八重垣ワイノ 《三》吾(カ)妻ヲノ入レル宮ノタメニ (アレ雲ガ《四》八重垣ヲ作(ツ)タ 《五》アノ八重垣ワイノ
  いづもは、いでくも也、でくつゞまりて、づとなる、こゝは國(ノ)名にはあらず、
かくてぞ花をめで鳥をうらやみ霞をあはれ|ひ《ミ》露をかなし|ふ《ム》こゝろことばおほくさま/”\になりにける
 〇サウシテサ 花ヲ賞翫シタリ 鳥ヲウラヤンダリ 霞ヲ感ジタリ 露ヲ愛シタリスルヤウナ心 詞ガオホウサマ/”\ニナツタモノヂヤワイ
とほきところもいでたつあしもとよりはじまりて年月をわたり たかき山もふもとのちりひぢよりなりて あまま雲たなびくまで おひのぼれるごとくにこの哥もかくのごとくなるべし
 〇キツウ遠イ所デ タツタ一足フミダス 足モトカラ始マツテイク 月モ何(ン)年モカヽルホドノ所マデモユキ 又キツウ高イ山デモ フモトノチリホコリホドノ土カラ段々ツモツテ 雲ノタナビクホド高ウナルヤウナ物デ 此哥モソノトホリナ物デアラウ
難波津のうたはみかどのおほんはじめなり
 〇サテ難波津ノ哥ハ天子ノ御事ヲヨンダ哥ノハジメヂヤ
  大さゞきのみかどのなにはづにてみこと聞えける時東宮|を《と》たがひにゆづりてくらゐにつき給はで三年になりにければ王仁《ワニ》といふ人のいふかり思ひてよみてたてまつりける哥なりこの花は梅の花をいふなるべし
 〇難波津ノ哥ト云ハ 仁徳天皇ノ難波津ニ御座ナサレテ皇子ト申シ(247)タ時ニ東宮宇治ノ若郎子《ワキイラツコ》ト御タガヒニユヅリアフテ御位ニ御ツキナサレイデ三年ニナツタニヨツテ 王仁《ワニ》ト云タ人ガマチカネテシンキニ思フテ (仁徳天)皇ヘヨンデ上《アゲ》た哥ヂヤ (其哥)ニコノ花トヨンダハ 梅ノ花ヲ云タデアラウ
  わがをしへ子、須賀(ノ)直見がいひるは、東宮をは、東宮とを、寫し誤れる也、ととをと似たり、
あさか山のことのはゝうね|へ《メ》のたは|ふ《ム》れよりよみて
 〇アサカ山ノ哥ハ(奥州ノ)釆女ノタハムレカラヨンダ哥デ
  かづらきのおほきみをみちのおくへつかはしたりける時に國のつかさことおろそかなりとてまうけなどしたりけれどすさましがりければうね|へ《メ》なりける女のかはらけとりてよめるなり これにぞおほきみの心とけにける
 〇コレハ葛城(ノ)王ト云ヲ(御用デ)奥州ヘツカハサレタ時ニ 國ノ守ナドガ御馳走申シタケレドモ アシラヒガ麁末ナトテ (葛城(ノ)王ガキツウブケウニ思ハレタ時ニ 其國ノ釆女デアツタ女ガ 盃ヲ持テ出テヨンダ哥ヂヤ トコロガ此哥デサ 葛城(ノ)王ノキゲンガナホツタワイ
此ふたうたは哥の父母のやうにてぞ手ならふ人のはじめにもしける
 〇此(ナニハヅト アサカ山ト) ニ首ノ哥ハ哥ノテヽ親ハヽ親ノヤウデサ 子供ノ手習ノ始メニモマヅ是(レ)ヲナラウコトヂヤワイ
そも/\哥のさまむつなりからのうたにもかくぞあるべき
 〇サテマヅ哥ニ六(ツ)ノワケガアルヂヤ 唐ノ詩ニモ大カタ此六(ツ)ノワケガサアルデアラウ
そのむくさのひとつにはそへうたおほさゞきのみかどをそへ奉れる哥
 〇ソノ六イロト云一ツニハソヘ哥 カノ仁徳天皇ヲオヨソヘ申シタ哥
なにはづに咲やこの花冬ごもりいまは春べとさくやこのはな
 〇難波津ニサクコノ花ガ 〔三〕サアモウハ春サキヂヤト云テサクコノ花ガといへるなるべし
 〇ト云ヤウナガサウデアラウ
ふたつにはかぞへうた
咲花におもひつく身のあぢきなさ身にいたつきのいるもしらずて
 〇咲テアル花ニ ウツカリト思ヒ入テ居ル者ノサテモイラザルコトワイノ 身ニ心勞ナコトノデケテクルモシラズニサ
といへるなるべし
   これはたゞことにいひて物にたとへなどもせぬものなり此うたいかにいへるにかあらむそのこゝろえがたしいつゝにたゞこと哥といへるなむこれにはかなふべき
 〇此カゾヘ哥ト云ハ (其事)ヲタヾコトニ云テ 物ニタトヘナドモ(248)セヌモノヂヤ ソレニ此咲花ニト云歌(ヲカゾヘ哥ニ出シタハ) ドウ云心ヂヤヤラ ガテンガイカヌ 五番メノタヾコトウタト云所ヘ出シタ哥ガサ 此カゾヘ哥ニハ叶ウデアラウ
みつにはなすらへうた
君に《がイ》けさあしたの霜のおきていなば戀しきごとにきえやわたらむ
 〇オマヘガケサ(別レテ) 〔二〕起《オキ》テイナシヤツタナラ (ワシハ今カラ) 戀シウ思フタビゴトニ消ルヤウニ思フテ|タテル《わたらん》デカナアラウ君には、一本君がとあるよろし、
といへるなるべし
   これは物にもなすらへてそれがやうになむあるとやうにいふ也此哥よくかなへりとも見えず
 〇此ナスラヘ哥ト云ハ 物ニナゾラヘテ 其物ノヤウナト云ヤウニヨンダヲ云ヂヤガ 此君ニケサト云云々ハ ヨウ叶ウタトモ見エヌ
   たらちめのおやのかふこのまゆごもりいふせくもあるか妹にあはずて
 養蠶《カヒコ》ノマユニコモツテアルヤウニ〔一〕親ノヒザモトニ居テ外ヘ出ヌ娘ナレバ ドウモエアハイデ サテモ/\《四》シンキナコトカナ
   かやうなるやこれにはかなふべからむ
 〇此ヤウナ哥ガ 此ナスラヘ哥ト云ニハ叶ウデアラウカ
よつにはたとへうた
わが戀はよむともつきじありそ海の濱のまさごはよみつくすとも
 〇タトヒ海ノ濱ノ砂ノ數ハヨミツクスト云テモ オレガ戀ノシゲイ數ハヨミツクサレマイ
   これはよろづの草木鳥けだものにつけて 心を見する也此うたはかくれたるところなむなきされどはじめのそへ哥とおなじやうなればすこしさまをかへたるなるべし
 〇此タトヘ哥ト云ハ イロ/\ノ草木ヤ鳥ケダモノナドニヨセテ思フ心ヲ見セタモノヂヤ ソレニ此ワガ戀ハト云哥ハカクレタ所ガサナイ (タトヘ哥ハ物ニタトヘテ云テ アラハニハ云ハヌヂヤニヨツテ カクレタ所ガナウテハスマヌ) ヂヤケレドモ始メノソヘ哥ト云ト同シヤウナコトナレバ スコシモヤウノカハツタ哥ヲ出シタモノデアラウ
   すまのあまの塩やく烟風をいたみ思はぬかたにたなびきにけり
 〇スマノ浦ノ海士ガ塩ヲヤク烟ガ風ノハゲシサニ 思ヒモヨラヌ方ヘナビイテイタワイ
   此哥などやかなふべからむ
 〇此哥ナドガタトヘ哥ニハ叶ウデモアラウカ
いつゝにはたゞことうた
いつはりのなきよなりせばいかばかり人の言の葉うれしからま|し《〇清》
 〇僞リト云コトガナイ世(ノ)中デアラウナラ ドレホド人ノ云テクレル(249)詞ガウレシカラウゾ
といへるなるべし
   これはことのとゝのほりたゞしきをいふなりこの哥のこゝろさらにかなはず とめうたとやいふべからむ
 〇此タゞコト哥ト云ハ コトノトヽノウテタヾシイノヲ云ヂヤ 此イツハリノト云哥ノ心ハネカラ叶ハヌ 此哥ハトメ哥ト云物デアラウカ
   山櫻あくまで色を見つるかな花ちるべくも風ふかぬ世に
 〇山櫻ヲ腹一ハイ十分ニ見タ サテモアリガタイコトカナ 花ノチルクラヰノアライ風モフカヌ ケツカウナ御代デサ (此哥ナドガ タヾコト寄ト云ニハ叶ウデアラウカ)
むつにはいはひうた
此とのはうべもとみけりさき|く《〇清》さのみつばよつばに殿づくりせり
 〇此御屋形ハゲニモ御繁昌ナコトヂヤワイ 御殿/\ノツマ/\ガ殷々ト〔三〕三ツモ四ツモツヾイテ サテ/\ケツカウナ御普請ヂヤ
といへるなるべし
   これは世とほめて神につぐる也此哥いはひ哥とは見えずなむある
 〇此イハヒ哥と云ハ 御代ヲホメテ 其事ヲ神ヘ申スノヂヤ ソレニ此御殿ハと云哥ハ ドウモイハヒ哥トハサ見エヌテイヂヤ
   春日野にわかなつみつゝ萬代をいはふこゝろは神ぞしるらむこれらやすこしかなふべからむおほよそむくさにわかれむことはえあるまじきことになむ 〇コレラナドノ哥ガ イハヒ哥ト云ニハ スコシ叶ウデモアラウカマアタイテイ 哥ノシナノ六イロニ分レウコトハ ドウモサウハワケラレヌコトデサゴザル
今のよのなかいろにつき人の心花になりにけるよりあだなる哥はかなきことのみいでくれば
 〇サテ今ノ世ノ中ハ人ノ心ガ花/”\シイコトニツイテ ウハキニナツタカラシテ アダナキツトセヌ哥バツカリデケルニヨツテ
いろこのみの家にうもれ木の人しれぬことゝなりてまめなるところには花すゝきほにいだすぺきことにもあらずなりにたり
 〇(大切ナ哥ガ) 色事シノ家ノ〔うもれ木の〕ナイシヨウゴトニナツテ カタイトコロヘハ〔花すゝき〕アラハシテダサレヌヤウニナツテシマウタ
そのはじめをおもへばかゝるべくなむあらぬ
 〇ホンタイノトコロヲ思ウテ見レバ カウアラウコトデハサナイ
いにしへのよゝのみかど春の花のあした 秋の月の夜ごとにさ|ふ《ム》らふ人々をめしてことにつけつゝ哥をたてまつらしめ給ふ
(250) 〇昔ハ御代々ノ天子樣ガ 春ノ花ノ時分ヤ 秋ノ月夜ナド云時ニハ イツデモ《ごとに》 ツメテ居サツシヤル衆ヲ御前ヘメシテ ナンゾレカゾレ事ニツケテハ 哥ヲ上《アゲ》ルヤウニ仰付ラレタ
あるは花をこふとてたよりなきところにまどひあるは月を思ふとてしるべなきやみにたどれる心々を見給ひてさかしおろか也としろしめしけむ
 〇サウシテ或ハ花ヲ見タウ思フテ ヨリツキモナイ所ナドマデ尋ネマハツテアルイタリ 或ハ月ニ執心シテ(見ニ行《イ》テハ マダ出ヌサキヤ 入テシマウタアトヤナド) 闇《クラ》イノニ 案内モシラヌ所ヲアチラヘコチラヘトシテアルイタリスルヤウナ風流ナ心々ヲ (ソノヨンダ哥デ)考ヘテ御覽ナサレテ (ソノ哥ニヨツテ) アレハカシコイ者ヂヤ アレハオロカナ者ヂヤト云コトヲ 御存知ナサレタモヤウヂヤ(昔ハサ)
   花をこふとてといふより、やみにたどれるといふまで、すべて風流《ミヤビ》たる人々のさまをいへる也、然るに諸説、これを愚《オロカ》なるかたにとれるは、ひがこと也、さかしおろかなるをしろしめすは、さてよめる哥のさまをもてこそ考へ玉へるなれ、もしこれらを、おろかなるかたのしわざとせば、今一つかしこき方をもいはでは、こととゝのはず、たゞ愚かなる方のみをいひて、やむべきにはあらざるをや、
しかあるのみにあらずさゞれ石にたとへつく|は《〇清》山にかけて君をねがひ
 〇サテ又サウバカリデナシニ サヾすレ石ニタトヘタリ 筑波山ニツケタリシテ君ヲ御祈《オイノ》リ申シ
よろこび身にすぎたのしみ心にあまり
 〇又ハ身ニ過タヨロコビノアル時ヤ 心アマルホドオモシロイ事ノアル時ヤナド
ふじのけ|ふ《ム》りによそへて人をこひ松虫の音に友をしのび
 〇アルイハ又富士ノ山ノケムリニヨソヘテ人ヲ戀シウ思フコトヲ云タリ 松虫ノ聲ヲキイテ友ダチヲナツカシウ思ウタリ
高砂住の江の松もあひおひのやうにおぼえ
 〇(キツウ年ガヨツテハ) 高砂ヤ住ノ江ノアノ久シイ松ト 相追《アヒオヒ》ナヤウニ思ハレタリ(スル時ニモヨミ)  あひおひは、今の俗語にもいふことにて、相追也、そはもと、たがひに追《オヒ》み追《オ》はれみする意より出たる言にて、いくばくの前後もなく、大かた同じほどなることにいへり、
をとこ山のむかしを思ひいでをみな|へ《メ》しの一ときをくねるにも哥をいひてぞなぐさめける
 〇(又年ヨツテハ 男ハ)ヲトコザカリデアツタ昔ノ事ヲ思ヒダシ (女ハ) ワカザカリノ早ウスギタコトヲ愚癡《グチ》ニクヨ/\ト思ウヤウナ時モミナ哥ヲヨンデサ心ヲハラシタコトヂヤワイ
(251)又春のあしたに花のちるを見秋の夕暮にこのはの落るをきゝ
 〇又春ノコロ朝花ノチルノヲ見タリ秋ノユフカタ木ノ葉ノオチル音ヲキイタリ
あるはとしごとにかゞみの影に見ゆる雪と浪とをなげき
 〇或ハ鏡ノ影ニ見ユルワガ白髪ヤ面《カホ》ノシワノ毎年多ウナルノヲ見テ歎イタリ
草の露水のあわを見てわが身をおどろき
 〇草ノ露ヤ水ノ沫(ノキエル)ヲ見テ 我身(モアノトホリヂヤト云コトヲ知テ)驚イタリ
あるはきのふはさかえおごりて時をうしなひよにわびしたしかりしもうとくなり
 〇アルイハ昨日マデハ繁昌シテ何(ン)ノ思ヒゴトモナカツタ者ガ ニハカニ不仕合セニナツテナンギヲシタリ 又モトシタシカツタ中ガ ソヱンニナツタリシタトキ
あるは松山の浪をかけ野中の水をくみ秋萩の下葉をながめあかつきのしぎのはねがきをかぞへ
 〇或ハ又末ノ松山ノ浪ヤ野中ノ清水ヲタトヘニシタリ 萩ノ下葉ヲナガメタリ 曉ノ鴫ノ羽根ガキスル數ヲカズヘタリ
あるはくれ竹のうきふしを人にいひよしの川をひきて世の中をうらみきつるに
 〇或ハ〔くれ竹の〕身ノウイ事ヲ人ニハナシ 吉野川ヲタトヘニ引テ世(ノ)中ヲ恨ンダリ
   きつるにといへる詞、次の文とあひかなはず、いかゞ、
今はふじの山もけ|ぶ《ム》りたゝずなりながらの橋も造るなりときく人は歌にのみぞ心をなぐさめける
 〇又今デハモウ富士山モ煙ノタヽヌヤウニナリ 長柄ノ橋モ又新シウ出來タト聞(ク)人ナドハ別《ベツ》シテ歌ヨムバツカリデサ 心ヲハラシタ事ヂヤワイ
   つくる也を、盡(ル)也と見たる説は、ひがこと也、もし盡なれば、つきぬなりとこそいへ、つくるなりとはいはず、これ雅言の、かならず定まれる格也、
いにしへよりかくつたはるうちにもならの御時よりぞひろまりにけるかのおほんよや歌のこゝろをしろしめしたりけむ
 〇ズツト昔カラ右ノ通リ傳ハツテキタウチニモ奈良ノ御時代カラサ 別《ベツ》シテヒロマツタワイ 其御時代ニハ定メテ哥ノワケヲヨウ御存知デアツタモノデカナアラウ
かのおほん時におほきみつのくらゐかきのもとの人まろなん歌のひじりなりける
 〇其御世ニ正三位柿本ノ人麿ハ歌ノ聖人デサアツタワイ
これは君も人も身をあはせたりといふなるべし
(252) 〇コレハマコトニ君臣合躰ト云モノデアラウ
秋のゆふべ立田川にながるゝもみぢをばみかどの御目に錦と見給ひ春のあした吉野山のさくらは人まろがこゝろには雲かとのみなんおぼえける
 〇秋ノユフグレニ立田川ニ流レル紅葉ヲバ (ソノ奈良ノ)帝ノ御目ニハ錦ノヤウニ御覽ナサレ 春ノ朝吉野山ノ櫻ヲバ 人麿ノ心ニハ雲カトバッカリサ思ハレタワイ
又山のべのあか人といふ人有けり歌にあやしくたへなりけり
 〇又山ノベノ赤人ト云人ガアツタワイ コレモ歌ニ妙《メウ》ナ名人デアツタワイ
人まろはあか人がゝみにたゝむことかたくあかひとは人まろがしもにたゝむことかたくなむ有ける
 〇人マロハ赤人ノ上ニタツコトハナリニクカラウシ 赤人ハ人マロノ下ヘオキニクイクラヰナコトデサアツタワイ
   ならのみかどの御うた
   たつた川紅葉みだれて流るめりわたらば錦なかやたえなむ
   人まろ
   梅花それとも見えずひさかたのあまぎる雪のなべてふれゝば
   ほの/”\とあかしの浦の朝霧に嶋がくれゆく船をしぞ思ふ
赤人
   春の野にすみれつみにとこし我ぞ野をなつかしみ一よねにける
 〇春ノ野ヘスミレヲツマウト思ウテオレハ來タガ アマリノドカデ面白サニ此(ノ)野デサ一夜|寐《ネ》タワイノ
   わかの浦にしほみちくれはかたをなみ蘆邊をさしてたづなきわたる
 〇若ノ浦ヘシホガミチテクレバ干潟ガ無《ナ》サニ芦原ノ方ヲ指《サイ》テ 鶴ガ鳴テワクルアレ
此人々をおきて又すぐれたる人もくれ竹のよゝにきこえ かたいとのより/\にたえずぞ有ける
 〇此二人ノ外ニモ又スグレタ人は〔くれ竹の〕御代々〔かた糸ノ〕時々タエズサアツタワイ
これよりさきの哥をあつめてなむ萬えうしうとなづけられたりける
 〇サテ此奈良ノ御時代マデノ哥ドモヲ集メテ 萬葉集トサ 題号ヲツケラレタワイ
 こゝにいにしへのことをも哥〔い〜右〇〕のこゝろをもしれる人〔六字右〇〕わづかにひとりふたりなりきしかあれどこれかれえたるところえぬところたがひになんある〔こゝに〜全体を□で囲む〕
かの御時よりこのかた年はもゝとせあまり 世はとつぎになむなりにける
 〇其御時代カラコチヘ年ハ百年アマリ御代ハ十代ニサナルワイ
(253)(こゝに)いにしへの事をも哥の(こゝろ)をもしれる人よむ人おほからず(わづかにひとりふたりなりきしかあれどこれかれえたるところえぬところたがひになむある)
 〇其(ノ)間(ダ)ニ昔ノ事モ哥ノワケモヨウ知(ツ)タ人ヨンダ人ハ タクサンニハナイ ワヅカニ一人カ二人ト云ホドノコトデアツタ ヂヤガソレモ タガヒニ得タトコロト得ヌトコロガサアツテ (カノ人麻呂ヤ赤人ホドニ十分|難《ナン》ノナイ名人トハイハレヌ)
今此事をいふにつかさくらゐたかき人をばたやすきやうなればいれず
 ○サテ今其(ノ)人々ノ事ヲ云(ハ)ウヂヤガ 其内ニ官位ノ高イ人ノ事ハ云(フ)ノハ慮外ナヤウナ物ヂヤニヨツテ ソレヤノケテオイテ
そのほかにちかきよにその名きこえたる人は
 〇(ソノ官位ノ高イ衆デハナシニ)其外ニ近イ代ニ哥ノ名ノ聞エタ衆ハ
すなはち僧正遍昭は哥のさまはえたれどもまことすくなしたとへばゑにかけるをうなを見ていたづらに心をうごかすがごとし
 〇マヅ僧正遍昭ハ 哥ノテイハ得テアツタケレドモ マコトガスクナイ 物ニタトヘテイハウナラ 繪ニカイテアルオヤマヲ見テ センノナイコトニ心ヲウゴカスヤウナモノヂヤ
   浅みどり糸よりかけて白露を玉にもぬける春のやなぎか
   はちす葉のにごりにしまぬ心もてなにかは露を玉とあざむく
   嵯峨野にて馬よりおちてよめる
   名にめでゝおれるはかりぞ女郎花われおちにきと人にかたるな
ありはらのなりひらはそのこゝろあまりてことばたらずしぼめる花の色なくてにほひのこれるがごとし
 〇在原ノ業平ノ歌ハ コヽロガアマツテ 詞ガタラヌ テウドシボンダ花ノ 色ハナウナツテ ニホヒノ殘ツテアルヤウナ
   月やあらぬ春やむかしの春ならぬわがみひとつはもとの身にして
   大かたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの
   ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさる哉
ふ《〇清》ん屋のやすひではことばゝたくみにてそのさまみにおはずいはゞあき人のよきゝぬきたらんがごとし
 〇文室(ノ)康秀ハ 詞ハタクミデ 歌ノ躰ガソノ詞ト相應セヌ イハバアキンドノエイキル物ヲ着《キ》タヤウナモノヂヤ
   吹からに野べの草木のしをるればうべ山風をあらしといふらむ
   深草のみかどの御國忌に
   草深きかすみの谷に影かくしてる日のくれしけふにやはあらぬ
宇治山の僧きせんは ことばかすかにしてはじめをはりたしかならずいはゞ秋の月を見るにあかつきの雲にあへるがごとし
 〇宇治山ノ僧喜撰ハ 詞ガオクフカウテ ソシテ始(メ)トハテトノツリアヒガシツカリトセヌ イハヾ秋ノ月ヲ見ルノニ曉ノ雲ノデヽキタヤウナモノヂヤ
(254)   わが庵はみやこのたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
よめるうたおほく聞えねばかれこれをかよはしてよくしらず
 〇(此人ハ)ヨンダ哥ガ多ウハ傳ハラヌニヨツテ アレヤコレヤヲ見合スコトガナラネバトクトハシレヌ
をのゝこまちはいにしへのそとほりひめの流《ナガレ》なり あはれなるやうにてつよからずいはゞよき女のなやめるところあるにゝたり つよからぬはをうなの哥なれはなるべし
 〇小野(ノ)小町ハ昔ノ衣通姫ノ流《リウ》ナ哥ヂヤ アハレナヤウデ ツヨウナイ イハヾエイ女ノナヤム所ノアルニ似タ物ヂヤ ツヨウナイノハ女ノ哥ユヱデアラウ
   思ひつゝぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを
   色見えでうつろふ物はよの中の人のこゝろの花にぞありける
   わびぬれば身をうき草の根を絶てさそふ水あらばいなむとぞ思ふ
そとほりひめの哥
   わがせこがくべきよひなりさゝがにのくものふるまひかねてしるしも
大とものくろぬしは〔コトバオチタリ〕そのさまいやしいはばたき木おへる山人の花のかげにやすめるがごとし
 〇大友(ノ)黒主ハ(オモシロイ所ガアツテ) 哥ノテイガイヤシイ イハバ薪ヲ負(フ)テヰルヤマガオヤヂガ 花ノ木ノ下デ休《ヤス》ンデ居ルヤウナテイヂヤ  【千秋云、譯に、オモシロイトコロガアツテとあるは、眞字序に、頗(ル)有2逸興1とあるによりて、補はれたるなるべし、此序には、これにあたる詞の有しが、落たる也、】
   思ひ出て戀しき時ははつかりの鳴てわたると人はしらずや
   鏡山いざ立よりて見てゆかむとしへぬる身はおいやしぬると
このほかの人々その名きこゆる野べにおふるかづらのはひひろごりはやしにしげきこの葉のごとくにおほかれど哥とのみおもひてそのさましらぬなるべし
 〇此外ニモ名ノアル人々ハ野ニハヒヒロガツテアル葛《カヅラ》ヤ林ニシゲウハエテアル木ノ葉ヤナドノゴトクニタントアルケレドモ 皆自分ニ哥ヂヤト思ウテ居ルバカリデ 實ニ歌ト云モノヽクハシイヤウスヲバ知ラヌモノヂヤト見エル
かゝるにいます|べ《メ》らぎのあめのしたしろしめすことよつのときこゝのかへりになむなりぬる
 〇サテ右ノ通リデアツタトコロニ 御當代|上《ウヘ》樣ノ天下ヲ治メサセラルヽノモ 今年デ九年ニサナルガ
あまねきおほんうつくしみの浪やしまのほかまでながれひろきおほんめぐみのかげつく|は《〇清》山のふもとよりもしげくおはしまして
 〇ドコカラドコマデモモレタ所ノナイ御慈悲ガ 日本ノ外マデイキワタツテ イヅクノウラマデモミナソノ御蔭《オカゲ》ヲカウムラヌ者ハ(255)ナイ難有イ時節デ
よろづのまつりごとをきこしめすいとまもろ/\の事をすてたまはぬあまりに
 〇イロ/\ノ御政事ヲトリ行ハセラルヽ御ヒマ/\ニ 其外ノ一切《イツサイ》ノ事マデヲ御ステアソバサレヌアマリニ
いにしへの事をもわすれじふりにし事をもおこし給ふとて今も見そなはし後の世にもつたはれとて
 〇古(ヘ)アツタ事ヲモ御忘レアソバサルマイ 年久シウナツタ事ヲモ御取(リ)立(テ)アソバサウト云(フ)思召(シ)デ 今モ御覽遊バサレ 又後々ヘモ傳ハレト思召テ
延喜五年四月十八日に大内記きのとものり御書のところのあづかりきのつらゆきさきのかひのさうくわんおふしかふちのみつね右衛門(ノ)府生みふのたゞみねらにおほせられて
 〇當年延喜五年四月十八日ニ ワレラ四人ノ者ヘ仰付ラレテ
まんえうしうにいらぬふるきうたみづからのをもたてまつらしめ給ひてなむ
 〇万葉集ニ入ラヌフルイ哥并ニ自分/\ノ哥ヲモ集メテ差(シ)上(ケ)マスルヤウニト仰(セ)付ラレテサ
それがなかにも梅をかざすよりはじめてほとゝぎすをきゝもみぢををり雪を見るにいたるまで
 〇ソノ中ニモ春梅ノ花ヲカザス哥カラウツタツテ 郭公ヲキク哥 紅葉ヲ折(ル)哥 雪ヲ見ル哥マデ四季ノ部
又つるかめにつけて君をおもひ人をもいはひ
 〇又鶴龜ニツケテ君ノ御壽命ヲ長カレト思フテ御祝ヒ申シタリ 其外ノ人ヲモ祝フタ歌
秋萩夏くさを見てつまをこひ逢坂山にいたりて手向をいのり
 〇又秋ノ萩ノ花ヤ夏ノ草ヲ見テハ妻ヲ戀シウ思フタ戀ノ哥 逢坂山マデ旅立テ行《イ》テ手向ノ神ヲ祈ル哥ナド
あるは春夏秋冬にもいらぬくさ/”\の歌をなむえら|は《マ》せ給ひける
 〇アルイハ四季(戀ナド)ノ部ニモイラヌ イロ/\ノ雜《ザウ》ノ哥マデヲサ撰ミマセイト仰付ラレテ其通リ撰ンデ集メタ
すべてちうたはたまきなづけて古今和哥集といふ
 〇其歌數都合千首 卷ノ數ガ廿卷 題号ハ古今和哥集トツケタ
かくこのたびあつめえら|は《マ》れて山下水のたえずはまのまさごのかずおほくつもりぬれば
 〇カヤウニ此度此集ガ出來タデ〔山下水の〕昔ノ撰集ノ跡モ斷絶セズ〔はまの眞砂の〕ヨイ哥ガ數オホクアツマツタコトナレバ
いまはあすか川の瀬になるうらみもきこえずさゞれいしのいはほとなるよろこびのみぞあるべき
 〇モウコレカラハ哥ノ風《フウ》ノワルウ變《カハ》ルキヅカヒモナウテ 次第ニ此道ノ末長ウ繁昌スルメデタイコトバカリガサアラウ
それまくらことばゝ春の花にほひすくなくしてむなしき名のみ秋の夜のながきをかこてれば
 〇サテ我々ドモガ義ハ ヨミ歌ハ〔春のはな〕オモシロイトコロモ(256)ナイノニ 實《ジツ》デモナイ名バカリ〔秋のよの〕上手ナヤウニ云ヒハヤサレルコトナレバ
  おのがをしへ子なる、三井(ノ)高蔭がいはく、まくらは、われらを寫し誤れるなるべし、われ《草書》と|まく《草書》と似たり、同じ貫之の大井川(ノ)序にも、われらみじかき心の云々、後拾遺集(ノ)序にも、仰せをうけ給はれるわれら云々、伊勢が長哥にも、涙の色のくれなゐは、われらが中の時雨にて云々、とありといへり、横井(ノ)千秋も、われらなるべしといへり、又或人はいはく、それまくらは、それがしらの誤なるべし、おのがことを、それがしといへることも、中昔の文に例ありといへり、今思ふに、此ふたつのうちなるべし、まろらの誤とするはわろし、まろといふは、無禮《ナメ》き語に用ひたる例なれば、此序などに、いふべきにあらず、
かつは人のみゝにおそりかつは哥の心にはぢおもへど
 ○世間ノ人ノ聞(ク)トコロモナントアラウカト思ハレ又一(ツ)ニハ哥ノ思フ心モ七恥カシケレドモ
たなびく雲のたちゐなく鹿のおきふしはつらゆきらがこの世におなじくうまれて此事の時にあへるをなむよろこびぬる
 〇拙者ドモガ此世ニ同シヤウニ生レアハセテ カヤウナ仰付ラレノアル時節ニ逢(フ)タコトヲサ〔たなひくくもの〕タツテモ居テモ〔なくしかの〕寐〔ネ〕テモサメテモ悦ビマス
ひとまろなくなりにたれど哥の事とゞまれるかな
 〇カノ人麻呂ハトウ無《ナ》クナツテシマウタケレドモ 哥ノ道ハノコツテアルサテ/\難有イコトカナ
たとひときうつりことさりたのし|ひ《ミ》かなし|ひ《ミ》ゆきかふとも  〇コレカラ後タトヒ時代ガ段々カハツテ ドノヤウニナリユクト云テモこのうたの|もし《若》〔あるをや〕あをやぎの糸たえす松の葉のちりうせずLてまききのかづら長くつたはり鳥の跡久しくとゞまれらば
 〇此集ガ若《モシ》世間ニ〔青柳のいと)〔松のはの〕タエウセズニ〔まさきのかつら〕末長ウ〔鳥のあと〕久シウ傳ハツテサヘアツタナラバ
  あるをやの四字は、次のあをやぎよりまぎれたる誤なるべし、もしは、若《モシ》にて、久しくとゞまれらばといふへかゝれる詞也、
哥のさまをもしりことのこゝろをえたらむ人は
 (末代ニ至テ) 哥ノヤウスヲモヨク知リ 物モ心得テアラウ人ハ大そらの月を見るがごとくにいにしへをあふぎて今をこひざらめかも
 〇此集ヲ《いにしへを》 (サテ/\結搆ナ集ヂヤト云テ) 天《ソラ》ナ月ヲ見ルゴトクニ仰ギタツトンデ今此御當代ヲシタハヌト云コトハアルマイワサテ【千秋云、いにしへとは、後(ノ)世よりいふ古(ヘ)へにて、すなはち此延喜の御代をさせり、】
 
(257)古今和歌集卷第一遠鏡
 
 春歌上
 
    ふるとしに春たちける日よめる 在原(ノ)元方
年のうちに春は來にけり一とせをこぞとやいはむことしとやいはむ
 〇年内ニ春ガキタワイ (コレデハ) 同シ一年ノ内ヲ去年ト云タモノデアラウカ (ヤツハリ)コトシト云タモノデアラウカ
 
    春たちける日よめる     紀(ノ)貫之
袖ひぢてむすびし水のこほれるを春たつけふの風やとくらむ
 〇袖ヲヌラシテスクウタ水ノコホツテアルノヲ 春ノキタ今日ノ風ガ (フイテ)トカスデ|アラウカ《らんや》
 
    題しらず          よみ人しらず
春霞たてるやいづこみよし野のよしのゝ山に雪はふりつゝ
 〇春(ガキテ)霞ノタツタハドレドコヂヤゾ (見レバ)吉野山ニハ(マダ)雪ガフツテ (ナカ/\春ノケシキハ見エヌガ)
 
    二條(ノ)后の春のはじめの御哥
雪のうちに春は來にけりうぐひすのこほれる涙いまやとくらむ
 〇マダ雪ノツモツテアル處ヘ春ガキタ|ワイ《けり》 (コレデハ)鶯ノ氷ツタ涙モ|モウ《今》トケルデ|アラウカ《らんや》
 
    題しらず           よみ人しらず
梅がえにきゐるうぐひす春かけてなけどもいまだ雪はふりつゝ
 〇梅ノ枝ヘキテ居ル鶯(ハハヤ)鳴(ク)ケレドモ マダ(此ヤウニ)春マデカケテ雪ガフツテ (春ノヤウニモナイ) 鶯なけども、春かけて、いまだ雪はとつゞく意也、
 
    雪|の《ガ》木にふりかゝれるをよめる 素性法師
春たてば花とや見らむしら雪のかゝれる故に鶯のなく
 〇春ニナツタレバ 花ヂヤト思フテ|ヤラ《やらん》 雪ノフリカヽツテアル木ノ枝デ鶯ガナク
 
    題しらず          よみ人しらず
心ざしふかくそめてしをりければきえあへぬ雪の花と見ゆらむ
 〇(トウカラ)花ノ事ヲ深ウ思ヒコンデ居ルガソレユヱヂ|ヤラ《五らん》シテ(春ニナツタレバソノマヽ) 雪サヘマダロクニ消ヌノニ ソノ殘ツテアル(木ノ枝ノ)雪ガ ハヤ花ニ見エル
   此哥古く聞ゆれば、三の句、をりけれかなるべし、をりければにやの意なり、此格万葉に多し、然るを此集のころにいたりては、けれかといふ詞は、耳なれぬ故に、ければととなへ來つるか、はた後の人の、かははの誤と心得て、さかしらに改めたるにも有べし、然れども、ければにては、結(ヒ)のらむとかけあひわろし、されば、結(ヒ)を一本に、見ゆるかとあるも、後にかけあひを思ひて、改めたるにやあらん、
(258)      ある人のいはくさきのおほきおほいまうちぎみの歌也
 
    二條后のとう宮の|みやすむ《御母儀樣》所と|きこえけ《申シタ》る時正月三日|おまへに《康秀ヲ》めしておほせごとあるあひだに日はてりながら雪の|かしら《康秀ガ》にふりかゝりけるを|よませ給ひける《オヨマセアソバサレタ》       ふ《〇清》んやのやすひで
春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき
 〇此節ノ春ノ日ノ光ノヤウナ難有イ御惠(ミ)ヲ蒙リマスル私デゴザリマスレドモ 年ヨリマシテカヤウニ頭《ツムリ》ガ雪ニナリマスルハサ難義ニ存ジマスル コマリマシタ物デゴザリマス
 
    雪のふりけるをよめる         きのつらゆき
霞たちこのめもはるの雪ふれば花なき里も花ぞちりける
 〇霞ガタツテ木ドモノコノメモ張(リ)出ル春ノコロ此ヤウニ雪ガフレバ 花ノナイ里ニモサ花ガチルワイ (トント花ト見エル)
 
    春のはじめによめる         ふぢはらのことなほ
春やとき花やおそきときゝわかむうぐひすだにもなかずも有かな
 〇(ハヤ春ニナツタコトナレバ モウ花ガサキサウナ物ヂヤニ マダサカヌハ) 春ノ(來《キ》タガホドヨリ)早イノカ 花ノ(サクノガホドヨリ)オソイノカ 鶯ナリトモ鳴(イ)タラ ソレデドチラヂヤト云コトガシレウニ サテモマア鶯サヘナカヌ事カナ
 
    春のはじめのうた          みぶのたゞみね
春きぬと人はいへどもうぐひすのなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ
 〇春ガキタト人ハ云ケレドモ (マダ鶯ガナカヌ) ナンデモ鶯ノナカヌウチハイツマデモ(オレハ)春デハアルマイトサ思ウ
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥    源(ノ)まさずみ
谷風にとくる氷のひまごとにうちいづる浪や春のはつ花
 〇(春ノ初(メ)ニ) 谷ノ風ニ(アソココヽ)トケル氷ノヒマ/”\カラウチダス浪ハ (テウド花ノウニ見エルガ) コレガ春ノハツ花ト云モノデアラウ|カ《四や》
 
                            きのとものり
花の香を風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる
 〇風《二》ノ(吹イテイク)幸便ニ 花《一》ノ香ヲコ《三》トツケテ|ヤツ《やる》テサ(ソレヲ) 鶯ヲサソヒダシテクル案内者ニハスルヂヤ
 
                        大江千里
鶯の谷より出るこゑなく|は《〇清》春くることをたれかしらま|し《〇清》
 〇谷カラ鳴テ出テクル鶯ノ聲ガナクバ 春ノキタト云コトヲタレガシラウゾ
 
                        在原(ノ)棟梁
春たてど花もにほはぬやま里はものうかる音に鶯ぞなく
 〇春ニナツテモ花モナイ山中ノ里デハ (ナニモハリアヒガナサニ) 鳴(キ)トモナサウナ聲ヲシテサ 鶯ガナク【〇千秋云、下(ノ)句、ものう(259)かる音にぞ鶯のなくといふ意にて、ぞもじは、ものうかるねへかゝれるてにをは也、此類おほし、】
 
    題しらず               よみ人しらず
野べちかく家ゐしせればうぐひすのなくなる聲は朝な/\きく
 〇(ワシハ)野ヘンノ近イ所ニスマヒヲシテヰレバ 鶯ガヨウ鳴テ毎日アサカラキヽマス
 
春日野はけふはなやきそ若草のつまもこもれり我もこもれり
 〇此春日野ヲバ今日ハ燒《タイ》テクレルナヨ|三〔□で囲む〕妻《サイ》モ來テアソンデ居ル我《オレ》モキテ遊(ン)デ居ルホドニ
 
かすが野のとぶ火の野守出て見よいまいくかありてわかなつみてむ
 〇此春日野ノ飛火野ノ番人ヨ 出テ(ヤウスヲ)見テクレイ (ソチハ此野ニ住デ居レバ タイガイ知レルデアラウガ) マウイクカバカリアツテカラ 若菜ヲツミニハ來《コ》ウゾ
 
み山には松の雪だにきえなくにみやこは野べのわかなつみけり
 〇山ニハ雪サヘマダキエズニアツテ 松ナドモ白ウ見エルニ京ハ(ハヤメツキリト春メイテ) 野ヘンハ(人ガデヽ) 若菜ヲツムワイ
 
あづさ弓おして春雨けふふりぬ明日さへふらばわかなつみてむ
 〇〔一〕オシナメテ《おして》(ドコモカモ)春雨ガマヅ今日ハフツタガ アスマ一日フツタナラバ (オホカタ若菜ガツマルヽクラヰニナルデアラウホドニ 野ヘ出テ)若菜ヲツマウゾ
 
    仁和のみかどみこにおまし/\ける時に人にわかな給ひける御歌
君がため春の野に出てわかなつむわがころもでに雪はふりつゝ
 〇ソコモトヘ進《シン》ゼウト存ジテ 野ヘ出テ此若菜ヲツンダガ (殊ノ外寒イコトデ)袖へ雪ガフリカヽツテ (サテ/\ナンギヲ致シテツンダ若菜デゴザル)
 
    哥奉れとおほせられし時よみてたてまつれる    つらゆき
春日野のわかなつみにやしろたへの袖ふりはへて人のゆくらむ
 〇ワザ/\《ふりはへ》春日野ノ若菜ヲツミニ|ヤ《や》ラ《五らん》 アレ白妙ノ袖ヲフツテツレダツテ人ガイクワ
   打開、ふりはへの説いかが、延《ハヘ》と、はえあふのはえとは、假字さへ異なる物をや、
 
    題しらず            在原(ノ)行平(ノ)朝臣
春のきる霞のころもぬきをうすみ山風にこそみたるべらなれ
 〇春ノ着《キ》ル霞ノ衣ハ横ノ糸ガウスサニ 山風ニサミダレルデアラウサウ見エル
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合によめる   源(ノ)むねゆきの朝臣
ときはなる松のみどりも春くれば今一しほのいろまさりけり
(260) 〇イツモカハラヌ松ノ青イ色モ 春ガキタレバ マ一入《ヒトシホ》(染タヤウニ)色ガマシタワイ
 
    歌たてまつれとおほせられし時よみて奉れる   つらゆき
わがせこがころもはるさめふるごとに野べのみどりぞ色まさりける
 〇〔一〕〔衣〕春雨ノフルタビニ 野ヘンノ草ノ青イ色ガサ(ダン/\)マスワイ
   わがせこがの説、打聞よろし、妻が夫の衣をはるといふ詞也、餘材誤れり、
 
青柳の糸よりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける
 〇(糸ヲヨツテハホコロビモヌフコトヂヤニ) 青イ柳ノ糸ヲヨリカケル春ノコロハ ケツク《しもぞ》サ 花ガ咲ミダレテホコロビルワイ  ほころぶるは、花のひらくをいふ、
 
    西大寺のほとりの柳をよめる          僧正遍昭
あさみどり糸よりかけてしら露を玉にもぬける春のやなぎか
 〇(アレアノ柳ヲ見レバ) ウスモエギ色ノ糸ヲヨツテカケテ (キレイナ)白イ露ヲ|マア《も》 玉ニシテツナイデ サテモ/\見事ナ春ノ柳カナ  餘材わろし、
 
    題しらず               よみ人しらず
もゝ千鳥さへづる春はものごとにあらたまれども我ぞふりゆく
 〇鶯ヤナニヤカヤ 鳥ノ(オモシロウ)サヘヅル春ハ 物ゴトニナニモカモ (改マツテ)アタラシウナルケレドモ オレガ(此身バカリハサ春ノクルタビニダン/\ト)フルウナツテイク
 
をちこちのた|づ《濁〇清》きもしらぬ山中におぼつかなくもよぶこどりかな
 〇アチモコチモ案内モシラヌ 此山中ニナンヂヤカ呼子鳥ガナイテ人ヲヨブガ ドコヂヤヤラサテ/\マア《も》シツカリトシレヌコトカナ
 
    鴈のこゑをきゝて、こし《北國》へまかりける人を思ひてよめる
                            凡河内(ノ)躬恆
春くれば鴈かへるなり白くものみちゆきぶりにことやつてま|し《〇清》
 〇春ニナツタレバ アレ鴈ガカヘルワ (鴈ハアノヤウニ) ソラ《白雲》ヲ|トンデ《途》 (北國ノ方ヘユクヂヤガ) コレハヨイトコロデ|ユ《四》キアフタ コトヅケヲシテヤラウカヨ
 
    かへる鴈をよめる             伊勢
春霞たつを見すてゝゆく鴈は花なき里にすみやならへる
 〇(オツツケ花ガサクヂヤニマア) 此ヤウニ春ノ霞ノタツタノヲ見ステヽイヌルアノ鴈ハ 花ト云モノヽ(昔カラ)ナイ里ニスミナレタコトカイ (ソレデ花ノ面白イコトヲシラヌデカナアラウ)  餘材、花なき里の説わろし、
 
    題しらず              よみ人しらず
(261)をりつれば袖こそにほへうめの花ありとやこゝにうぐひすのなく
 〇梅ノ枝ヲ折タニヨツテ ソレデ袖ガニホフノデコソアレ (コヽニ梅ノ花ハアリモセヌノニ 此袖ノニホフノヲ) 梅(ノ)花ガコヽニアルト思フカシテ 鶯ガ來《キ》テ鳴(ク)  打聞わろし、
 
色よりも香こそあはれとおもほゆれたが袖ふれしやどの梅ぞも
 〇(梅ノ花ハ色モヨイガ) 色ヨリ香ガサナホヨイワイアヽハレヨイニホヒヂヤ (此ヤウニヨイニホヒノスルハ) タレガ袖ヲフレタ此庭ノ梅(ノ)花ゾイマア《ぞも》
 
やどちかく梅の花うゑじあぢきなくまつ人の香にあやまたれけり
 〇ム《三》ヤクナ事ヂヤニ 庭ノ近イ所ニ梅ハウヱマイゾ 花ガ(サケバアマリヨウ匂ウノデ 待(ツ)人ハ來《キ》モセヌニ) ソノ人ノ袖ノニホヒニトリチガヘラレルワイ  【〇千秋云、梅うゑじ、花のあぢきなくと心得べし、】
 
梅(ノ)花たちよるばかり有しより人のとがむる香にぞしみける
 〇梅ノ花ノ下ヘチヨツト立ヨツタト云ホドノコトガアツタガ ソレカラ 人ノフシンヲウツヤウニサ衣《キルモノ》ガ香ニソマツタワイ (キツイ匂ヒナモノヂヤ)
 
    うめの花ををりてよめる    東三條(ノ)左のおほいまうちぎみ
鷺の笠にぬふてふうめの花をりてかざゝむ老かくるやと
 〇(ソウタイ笠ハツムリヤカホヲカクス物ナレバ) 鶯ガ笠ニヌウト云梅ノ花ヲヲツテ 吾《ミ》ガ年ヨツタ形ガカクレルカドウヂヤトツムリヘサシテ見ヤウ
 
    題しらず             素性法師
よそにのみあはれとぞ見しうめの花あかぬいろ香はをりてなりけり
 〇(オレハアハウナ今マデハ) 梅ノ花ヲタヾヨソニバッカリサアヽハレ見事ナコトカナト思フテ見テ居タガ 梅ノ花ノドウモイヘヌ色ヤ香ハ 折テカウ近ウ見テノコトヂヤワイノ(又々ヨソニ見タヤウナコトデハナイ)  餘材わろし、
 
    梅(ノ)花をゝりて人におくりける       とものり
君ならでたれにか見せむ梅(ノ)花いろをも香をもしる人ぞしる
 〇此(ノ)梅(ノ)花ヲ貴樣デナウテハ 誰ニ見セウゾイ 色デモ香デモ ヨウ知テ居ル人ガサ (ヨシアシハ)ヨウシリマス (ソレヲ知ラヌ人ニ見セテハ ナンノセンモナイコトサ)
 
    くらぶ山にてよめる              つらゆき
うめの花にほふ春べはくら|ぶ《濁》やまやみにこゆれどしるくぞ有ける
 〇梅ノ花ノニホウ春サキノコロハ 暗部《クラブ》山ヲクライ闇《ヤミ》ノ夜ニコユル時デモ(梅ガサイテアルト云コトハ 見エイデモソノ匂ヒデ)サ ヨウシレルワイ
 
    月夜に梅(ノ)花を|ゝりてと《折テクレト》人のいひければをるとてよめる
(262)                               みつね
月夜にはそれとも見えずうめの花香をたづねてぞしるべかりける
 〇(ハテヨイトコロヲ一枝折テヤラウト思ウガ 此ヤウナ)月夜ニハ(月ノ影ノサス所ガミンナオンナシヤウニ白ウ見エルニヨツテ) 梅(ノ)花ガソレヂヤトドウモ見分ラレヌ (コレデハ)匂ヒヲタヅネテ行《イ》テサ知ラウ|ヨリ《ぞ》ホカハナイ
 
    春のよ梅の花をよめる
春の夜のやみはあやなし梅(ノ)花色こそ見えねかやはかくるゝ
 〇春ノ夜ノ闇《ヤミ》卜云モノハ ワケノタヽヌ物ヂヤ (ナゼト云ニ) 梅ノ花ガ 暗《クラ》ウテ色コソ見エネ 香ガカクレルカ 香ハナンボクラウテモ隱レハセヌ (色ハカクレテ香ハカクレネバ 隱レルデモナシ隱レヌデモナシドチラトモワケノタヽヌ闇《ヤミ》ヂヤハサテ)
        
    はつせにまうづるごとに 屋どりける人の家に 久しくやどらでほどへて後にいたれりければ かの家のあるじかくさだかになむやどりはあるといひ出して侍りければそこにたてりける《マヘカタ長谷ヘマヰルタビニトマツタイヘヘ久シウ中絶シテトマラズニヰテソノノチマタ久シブリデソノイヘヘイタワイシタレバ ソノイヘノテイシユガマウスニハ此ヤドハコレコノトホリニサマヘカタノマヽデアヒカハラズシツカリトアルゾヤト口上デ申シテダシマシテゴザレバ ソコニサイテアル》梅(ノ)花ををりてよめる                                つらゆき
人はい|さ《〇清》心もしらずふるさとは花ぞむかしの香にゝほひける
 〇人ハ|ドウヂヤヤラ《いさ》 心モ(カハラヌカカハツタカ)シラヌガ ナ《三》ジミノ所ハ 梅ノ花ガサ (ワシガ來《キ》タレバ コレ此ヤウニ) マヘカタノトホリノ匂ヒニアヒカハラズニホウワイノ
 
    水のほとりに梅(ノ)花のさけりけるをよめる       伊勢
春ごとに流るゝ川を花と見てをられぬ水に袖やぬれなむ
 〇流《二》レテイク川ヘ(花ノ影ノウツツタノヲ アノ水ノ中ニモ)花《三》(ガアル)ト見テハ イ《一》ツノ春デモ(ダマサレテ) 折ラレモセヌニ (ヲラウトシテハ) ソノ水デ袖ガ(ヌレルガ 今年モ又)ヌレルデ|カナアラウ《やなん》  詞書に水とあるは、京極(ノ)院の庭の池なれば、哥に、ながるゝ川とよめるは、その池につゞきたる、やり水をいふなるべし、上(ノ)句、二三一と句を次第して心得べし、
 
年をへて花のかゞみとなる水はちりかゝるをやくもるといふらむ
 〇年ヲ重ネテ (毎年春ハ花ノ影ガウツツテ) 其花ノ鏡ニナル水ハ 花ノチリカヽルノヲ 鏡ガクモルト云デアラウカ (花ノチリカヽルト云ト 年ヘテ鏡ヘ塵ガカヽルト云ト詞ガ同シコトヂヤニヨツテカウヨンダノヂヤゾヱ)  【〇千秋云、としをへてといふ詞は、上の句にはさして用なきを、たゞ鏡の年をへてくもることにいはんために、おける也、さて此歌などは、俳諧(ノ)部にいるべきさまにあらずや、】
 
    家に《イヘノ庭ニ》有ける梅の花のちりけるをよめる      (263)貫之
くるとあくとめかれぬものを梅(ノ)花いつのひとまにうつろひぬらむ
 〇日ガクレルト云テハ見 夜ガアケルト云テハ見ィシテ シバシモ目モハナサズニ見テ居ルノニ 此(ノ)梅ノ花ハ イツノヒマニ(此ヤウニ) チツテシマウタコトヤラ
   打聞、うつろふの説、中々にわろし、【〇千秋云、此初句の二つのとは、とての意なり、與《ト》にはあらず、】
 
    覚平(ノ)御時きさいの宮の哥合のうた       よみ人しらず
梅(ガ)香を袖にうつしてとゞめて|ば《濁》春はすぐともかたみならまし
 〇梅ノニホヒヲ 袖ヘウツシテトメテオイタナラバ 春ハ過テシマウタト云テモ (ソレガ春ノ)形見デアラウニ
                           素性法師
ちると見てあるべきものをうめの花うたてにほひの袖にとまれる
 〇ハアチツタワトバカリ見テ ソノブンデアラウコトヂヤニ ヒヨンナ《うたて》コトヤ 匂ヒガ袖ヘノコツタ (コレデドウモ散タ梅ノ花ノコトガワスレラレヌ)
 
    題しらず                 よみびとしらず
ちりぬとも香をだにのこせ梅の花戀しき時の思ひ出にせむ
 〇梅ノ花ヨ チツタリトモ セメテハ香ヲナリトモ ノコシテオケ (ソレヲ後ニ)戀シイトキ/”\ノ思ヒダシグサニセウ
 
    人の家にうゑたりける櫻の《ガ》花さきはじめたりけるを見てよめる
                                つらゆき
ことしより春しりそむるさくら花ちるといふことはならはざらなむ
 〇春(ハサク物ヂヤト云コトヲ外ノ櫻ニナラウテ) 今年カラ始メテ知テ 咲(イ)タ此サクラ花ヨ ドウゾチルト云コトヲバ (ホカノ櫻ニ)ナラハヌガヨイゾヨ
 
    題しらず                よみ人しらず
山高み人もすさめぬさくらはないたくなわびそ我見はやさむ
 〇山ガ高サニ(コヽヘハ誰モ來テ見テ)賞翫スル人モナイ此櫻花ヨ (人ガシヤウクワンセヌトテ) アマリツラウ思ウナイ オレガ見ハヤシテヤラウホドニ
     又は里とほみ人もすさめぬ山ざくら
 
山ざくらわが見にくれば春がすみ峯にも尾にもたちかくしつゝ
 〇山ノ櫻ヲオレガカウ見ニクレバ 霞ガ一メンニドコモカモ立テカクシテ (花ヲ見セヌワイ サテモイヂノワルイ霞カナ)
 
    染殿(ノ)后のおまへに花がめに櫻の花をさゝせ給へるを見てよめる
                          前のおほきおほいまうちぎみ
年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をし見れば物思ひもなし
 〇年數ヲ經《ヘ》マシタレバ ワタクシモイカウ年ハヨリマシタガ(264) サリナガラ (アナタノ御繁昌ナサルヽ此御殿デ カヤウニ)花ヲ見マスレバ (ナンニモ)物思(ヒ)モゴザリマセヌ
 
    なぎさの院にてさくらを見てよめる      在原(ノ)業平(ノ)朝臣
世(ノ)中にたえてさくらのなかりせば春のこゝろはのどけからま|し《〇清》
 〇イツソ世(ノ)中ニトント櫻ト云物ガナイナラバ (ケツク)春ノジブンノ心ハ ノドカニアラウニ (櫻ト云物ガアルデ 此ヤヤウニイロ/\ト心ガサワツイテ 春モノドカニオモハヌ)
 
    題しらず                 よみ人しらず
石ばしるたきなくもがなさくら花手折てもこむ見ぬ人のため
 〇岩ノウヘヲハシル此早イ川ガナケレバヨイニ (ソシタラ内ニ居テ)エ見ヌ人ノタメニ (アノ川ノアチラナ)櫻ノ枝ヲ折テキテマア (ミヤゲニ持テ)イナウモノヲ (川ガアルデドウモヲリニイカレヌ)
 
    山のさくらを見てよめる           そせい法師
見てのみや人にかたらむ櫻花手ごとにをりて家づとにせむ
 〇(カウシテアノ見事ナ)櫻花ヲ見テ 人ニハタヾ咄《ハナ》スバカリデオカウコトカイ (ソレデハ見タカヒガナイホドニ) 手ンデニ折テ來テ (持テインデ) 内ヘミヤゲニセウ
 
    花ざかりに京を見やりてよめる
見渡せば柳さくらをこきまぜてみやこぞ春のにしきなりける
 〇(此山ノ上カラ)カウ見渡セバ 柳(ノ青イ色ト)櫻(花ノ白イ色ト)ヲコキマゼテ (トント錦ト見エル 此見ワタシタトコロノ) 京ノケシキガサ 春ノ錦ト云モノヂヤワイ
 
    さくらの花のもとにてとしの老ぬることをなげきてよめる  きのとものり
色もかも同じむかしにさくらめど年ふる人ぞあらたまりける
 〇櫻ハ(アノヤウニ)色モ香モ (イツノ年モ)同シコトデ昔ノトホリニサクケレドモ 年ヲ經《ヘ》タ人ハサ (コレ此トホリニ 若イ時トハ)大キニカハツタワイ   此哥三の句、さくらめどゝいひては、いさゝかかなひがたきやうなるを、櫻をたちいれむとてしひたりときこゆ、【千秋云、さくらめどは。げにさけれどもとか、さくなれどとかいはねば、かなひがたきさま也、】
 
    をれるさくらをよめる               つらゆき
たれしかもとめてをりつる春霞立かくすらむ山のさくらを
 〇此《五》櫻ノアツタ山ハ サ《三四》ダメテ霞ガ立テカクシテ (知レニク)カ|ラウ《らん》ニ タ《一》レガマアタ《二》ンダヘテイテ折テキタコトゾ
 
    哥奉れとおほせられし時によみてたてまつれる
櫻花咲にけらしもあし|ひ《〇清》きの山のかひより見ゆるしら雲
 〇櫻花モサイタ|サウナワイマア《けらしも》 アノ山ノアヒダカラ白イ雲ノ見エルノハ
 
(265)    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥       友のり
みよし野の山べにさける櫻花雪かとのみぞあやまたれける
 〇吉野山ノアタリニ咲テアル櫻花(ヲ見レバ) トントサ雪ヂヤナイカトトリチガヘラレルワイ
 
    やよひにうるふ月の有けるとしよみける      いせ
さくら花春くはゝれる年だにも人のこゝろにあかれやはせぬ
 〇櫻花ヨ(イツモノ年ハ早ウチルトモ) セメテ春ノ一月|加《クハ》ハツテ長イ今年バカリナリトモ 人ノ心ニタンノウスルホドユルリト咲テアツタガヨイニ ナゼニイツモト同シヤウニ今年モ早ウチルゾイ  此結句のてにをは、一格也、例多し、詞の玉のをに出せるがごとし、打聞、いひざまあしくて、いかなる意とも、きゝとりがたし、
 
    さくらの花のさかりに、久しくとはざりける人のきたりける時によみける    よみ人しらず
あだなりと名にこそたてれ櫻花年にまれなる人もまちけり
 〇櫻花ハアダナ物ヂヤト名ニコソタツテアレ (ナカ/\アダナ物デハゴザラヌ) 一年ノ内ニモタマ/\ナラデハ 尋ネテ下サレヌ人ヲサヘ (キドクニ今日マデチラズニ)待テ居タワイノ (スレヤ久シウ尋ネテモ下サレヌ貴樣ノアダナ御心ヨリハ 櫻ガハルカマシヂヤ)
 
    かへし               なりひらの朝臣
けふこず|は《〇清》明日は雪とぞふりなま|し《〇清》消ずは有(リ)とも花と見ま|し《〇清》や
 ○(貴樣ハ 櫻ハアダニハナイ業平《ワシ》ヲアダナト云(ハ)シヤルガ ソレヤ大キナチガヒヂヤ ワシガ今日參ツタレバコソアノ櫻ヲ花ヂヤトハ見レ) モシ今日參ラズバ 明日ハモウ雪ニナツテ降《フツ》テシマウデアラウ (タトヒソノ雪ニナツタノガ) 消ズニハアツタトテモ (雪ヂヤトコソ見ヤウケレ) モトノ花トハ見ヤウカヤ
 
    題しらず               よみ人しらず
ちりぬればこふれどしるしなき物をけふこそさくらをらばをりてめ
 〇櫻花ハチツテシマウテカラハ ナンボ見タウ思フテモ ソノセンハナイモノヲ 折ルナラ早ウ今日ノ内ニコソ折ウコトナレ (明日ハモウチルデアラウ)
 
をりとらばをしげにもあるかさくら花いざやどかりてちるまでは見む
 〇(此櫻ガアマリ見事サニ一枝折テ見ヤウカト思ヘド) 折テ取ルノハ イカニシテモマア惜イヤウナ物カナ (サテ/\ナントセウゾイヤ/\折ルノハ惜イコトヂヤニ) ドレヤ此(ノ)木ノ下デ宿ヲカツテ居テ 散ルマデハ(ソノマヽデ)見ヤウ
 
                          きのありとも
櫻色にころもはふかく染てきむ花のちりなむ後の形見に
(266) 〇花ハオツツケ散テシマウデアラウソノ後ノ形見ニキル物ヲ櫻色ニコウ染テ着《キ》ヤウゾ 【〇千秋云、此さくら色といへるは、たゞ櫻の花の色にといへるなるべし、櫻色とて、さだまれる染色をいへるにはあらじ、】
 
さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人によみておくりける  みつね
我やどの花見がてらに來る人は散なむ後ぞ戀しかるべき
 〇コチノ花ヲ見ガテラニ尋ネテクル人ハ (花見ガテラノコトナレバ花ガチツタラモウ來《キ》ハスマイヂヤニヨツテ) 散テシマウタ後ニサ(其人ガ)戀シカラウ
 
    亭子院の哥合の時よめる            伊勢
見る人もなき山ざとのさくら花ほかの散なむ後ぞさかま|し《〇清》
 〇來テ見ル人モナイ山里ノ櫻花ハ ヨソホカノ花ガミンナ散テシマウテ後ニササカウコトヂヤニ (今ハドコニデモ澤山ニ花ハアルヂヤニヨツテ ソレデ遠イ山里ナドヘハ誰モ見ニクル人モナイヂヤガ ホカノ所ノ花ガモウ無《ナ》イジプンニナツテカラ咲(イ)タラ イヤトモ遠イ所デモ見ニクルデアラウワサ)
 
古今和歌集卷第二遠鏡
 
 春歌下
 
    題しらず           よみ人しらず
春がすみたなびく山のさくら花うつろはむとや色かはりゆく
 〇霞ガタナビイテ (其霞ヘ色ノウツヽテ見エル)アノ山ノ櫻花ガ チ《四》ラウトテヤラ (霞ノ色ガカハツテキタ《ゆく》
 
まてといふにちらでしとまる物ならば何をさくらに思ひまさま|し《〇清》
 〇(チリカヽツタ櫻ニ向(フ)テ シバラクチラズニ)待テクレト云ノヲ(聞入(レ)テ ソレデシバシデモ)チラズニ留《トマ》ル物ナラ 何ヲ櫻ヨリマサツタ物ヂヤトハ思ハウゾ (ソレデハモウ世ノ中ニ櫻ヨリマサツタ物ハアルマイニ 惜イノニ早ウチルバツカリガ アツタラ櫻ノキズヂヤ)
 
のこりなくちるぞめでたき櫻花有てよの中はてのうければ
 〇(ワルウナツテウザ/\ト殘ツテアラウヨリ) サツハリト殘リナシニ早ウ散テシマウノガサアヽヽケツカウナコトヂヤ櫻花ハ 世ノ中ト云モノハ (ソウタイ何(ン)デモ 長ウ)アレバカナラズシマイクチガワルイ物ナレバサ
 
此里にたびねしぬべし櫻花ちりのまがひに家路わすれて
 〇コヨヒハ此里デトマラウコトヂヤ (此ヤウニオモシロイ)櫻花ノチ(267)ルマギレニ 内ヘイヌルコトヲバ思ヒダサズニサ
 
うつせみの世にもにたるか花ざくらさくと見しまにかつ散にけり
 〇櫻花ハサ 咲(イ)タワト思フタウチニ ハヤ|カタ《かつ》一方カラ散テシマウタワイ 人間ノ一生ノアヒダハ ナンノマモナイ物ヂヤガ ソレニ|マ《四》アヨウ似タコトカナ
 
    僧正遍昭によみておくりける          これたかのみこ
櫻花ちらばちらなむちらずとて故郷人の來ても見なくに
 〇(遍昭師ガ大方此花ヲ見ニ來テクレラルヽデアラウト思フテ 毎日/\マテドモ見エヌ ケフマデ見エヌカラハ モウ大方見エヌノデアラウ スレヤヨイワ)櫻花ヨ チルナラ勝手ニ散テシマヘサ チラズニアツタトテ在所ノ人ガ來テ見モセヌニ (カヤウニヨミ候ユヱ御目ニカケ候已上)
 
    雲林《ウリン》院にてさくらの花のちりけるを見てよめる   そうく法師 承均
櫻ちる花のところは春ながら雪ぞふりつゝきえがてにする
 〇櫻花ノチル所(ヘキテ)見レバ 時節ハ春デアリナガラ 雪ガサチラ/\トフツテ ヂキニハキエニクイ (春ノ雪ハソノマヽ消ル物ヂヤニ コレハ正《シヤウ》ノ雪デナイ櫻バナヂヤニヨツテサ) 【〇千秋云、初二句は、さくら花のちるところはといふことなるを、さはいひがたき故に、花とちるとを、下上にはいへるなり】
 
    櫻の花のちり侍けるを見てよみける       そせいほうし
花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよゆきてうらみむ
 〇(サテモ/\アツタラ)花ヲ 此ヤウニチラス風メガ逗留シテ居ル所ハ (タレゾハ)知)テ居ル者ガアラウ 誰(レ)ガ知テ居ルゾ オレニ教ヘテクレイ ソコヘ行《イ》テ(ゾンブンニ)恨ミヲイハウ
 
    うりんゐんにて櫻の花をよめる         そうく法師
いざさくらわれもちりなむ一さかりありなば人にうきめ見えなむ
 〇(此ヤウニ櫻ノ早ウ散テシマウノハ アヽヨイ料簡ヂヤ) ドレヤ櫻ヨ オレモイツシヨニ散テドウナリトモナツテシマハウ (人ト云物モ) 一サカリ盛リナ時ガアツテ ソレガ過(ギ)(テオトロヘ)タナラバ 老ボレテラツシモナイヤウスヲ人ニ見ラルヽデアラウホドニ
 
    あひしれりける人のまうできてかへりにける後によみて花にさしてつかはしける                 つらゆき
一め見し君もやくるとさくら花けふはまち見てちらばちらなむ
 〇(此間(タ))チヨツトキテ見テ(イナシヤツタ)人ガ 又ゴザルカト 今日一日ハマア待テミテ (ソシテゴザラズバ) チルナラチツタガヨイ 櫻花ヨ (大カタ今日ハゴザリサウナ物ヂヤ)
 
    山のさくらを見てよめる
(268)春霞なにかくすらむさくら花ちるまをだにも見るべきものを
 〇霞ハナゼニ此ヤウニ櫻花ヲカクスヤラ (ユルリト見ルコトハナラズトモ) セメテハ(枝カラ)チルアヒダナリトモマア見ヤウモノヲ (ソノ間(タ)サヘ霞デ見ラレヌ
 
    こゝちそこなひてわづらひける時に風にあたらじとておろしこめてのみ侍りけるあひだにをれる櫻のちりがたになれりけるを見てよめる   藤原(ノ)よるかの朝臣
たれこめて春のゆくへもしらぬまにまちし櫻もうつろひにけり
 〇(ワシハアンバイガワルウテ) 帳《ネドコロ》ノ帷《カタビラ》ヲオロシテ ヒツコモツテバカリ居テ 春モイクカヤラ日ノ過テイクモシラヌマニ (咲タラ見ヤウ/\ト思ウテ セツカク)待(ツ)タ櫻モ (ハヤ此ヤウニ)ウツロウテシマウタワイノ
 
    東宮の雅院にてさくらの花のみかは水にちりてながれけるを見てよめる    すがのの高世
枝よりもあだにちりにし花なればおちても水のあわとこそなれ
 〇(水ノ上ヘチツテ流レル櫻花ガアレトツト沫ノヤウニ見エル) 枝カラモモロウ散タ花ヂヤニヨツテ 下(タ)ヘ落テモ又同クアノヤウニモロイ水の沫ニサナルヂヤワ
 
    櫻の花のちりけるをよめる            つらゆき
こ《〇清》とならばさかずやはあらぬ櫻花見る我さへにしづ心なし
 〇トテモ此ヤウニ早ウチルクラヰナラバ 一向ニシヨテカラサカヌガヨイニ ナゼニサカズニハヰヌゾ櫻花ハ (此ヤウニ早ウ散テハ) 見テ居ルコチマデガ心ガサワ/\トシテオチツカヌ  打聞、ことならばの説、いと物どほし、此詞は、いづれも右の譯の意を以て見べき也、例を考へ合せて、味ふべし、
 
    櫻のごとゝくちる物はなしと人のいひければよめる
さくら花とくちりぬともおもほえず人のこゝろぞ風も吹あへぬ
 〇オレハ櫻花ハ早ウチル物ヂヤトモ思ハレヌ (ソレヨリハ)人ノ心ガサ (アダナモノヂヤ ナゼト云ニ 櫻ハマダ風ガフカネバ メツタニチリモセヌガ 人ノ心ハ)風ノフクマデモ(マタズニ早ウ ウツル物ヂヤワサテ)  餘材、下句の注わろし、
 
    さくらの花のちるをよめる          きの友のり
ひさ|か《〇清》たのひかりのどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ
 〇日ノ光(リ)ノノドカナユルリトシタ春ノ日ヂヤニ (ドウ云コトデ)花ハ此ヤウニ サワ/\ト心ゼワシウチルコトヤラ
 
    春宮《トウグウ》の|たちはきのぢん《帶刀陣》にてさくらの花のちるをよめる             藤原(ノ)よしかぜ
春風は花のあたりをよ|き《〇清》てふけこゝろづからやうつろふと見む
 〇春風ハ花ノ咲テアルアタリヲバヨケテフケ (モシ風ハフカイデモ) 花ハジブンノ心カラヒトリデニモチルモノカト タメシテ見ヤ(269)ウニ
 
    さくらのちるをよめる           凡河内(ノ)みつね
雪とのみふるだにあるをさくら花いかにちれとか風のふくらむ
 〇サクラ花ハ(ヒトリデニモ) ヒタスラ《のみ》雪ノヤウニフルモノヲ ソレ|サヘアルニ《だにあるを》 マダ此上(ヘ)ドノヤウニチレト云コトデ風ハフク事ヤラ
 
    ひえにのぼりてかへりまうできてよめる         つらゆき
山高み見つゝわがこしさくらばな風はこゝろにまかすべらなり
 ○(アノ櫻ノアル所ヘ行《イ》テ見テ折(リ)タカツタケレドモ) 山ガ高サニ(エノボライデ 殘念ナガラ)オレハヨソニ見イ/\來《キ》タニ 風ハ(アノ櫻ヲ)心マカセニスルデアラウト思ハレル  餘材、山高みの説わろし
 
    題しらず               一本 大友(ノ)くろぬし
春雨のふるはなみだかさくら花ちるをゝしまぬ人しなければ
 〇櫻ノチルヲ惜マヌ人ハナケレバ 此ヤウニ此節春雨ノフルノハ (世間ノ人ノ櫻ヲヲシンデ泣(ク))ナミダカイ
 
    亭子院(ノ)哥合のうた          つらゆき
櫻花ちりぬる風のなごりには水なき空に浪ぞたちける
 〇(櫻ノチル時ニ風ガ吹タテヽ其花ガシバラク中《チウ》デサワグケシキハテウド浪ノタツケシキヂヤ ソシテ海ベニナゴリト云コトガアル其ナゴリハ浪ガタツヂヤガ) 花ヲチラシタ此風ノアトノナゴリニハ 水ノアリモセヌ空ニサ浪ガタツワイ
 
    ならのみかどの御歌
ふるさととなりにしならのみやこにも色はかはらず花は咲けり
 〇フルイ昔ノ都ニナツテシマウタ此奈良ノ京ニモ ヤツハリ色ハ昔ニカハラズ(都デアツタ時ノトホリニ) 花ハサイタワイ
 
    春のうたとてよめる            よしみねのむねさだ
花の色は霞にこめて見せずとも香をだにぬすめ春の山風
 〇花ノ色ヲバ霞ノ中ニコメテオイテ見セズトモ セメテソノ香ヲナリトモ (霞ノ中カラ)ヌスミダシテキテ(コヽヘモニホハセイ) 春ノアノ山ノ風ヨコレヤ
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥       素性法師
花の木もいまはほりうゑじ春たてばうつろふ色に人ならひけり
 〇花ノ咲ク木モ モウ今カラハ ホツテ來テウヱマイ 春ニナレバ (花ガ咲テ早ウ)ウツロウ色ヲ見ナラウテ 人ノ心モウツロヒヤスウナルワイ
 
    題しらず              よみ人しらず
春の色のいたりいたらぬ里はあらじ咲るさかざる花の見ゆらむ
 〇春ノ色ハ (ドコモカモヒラ一マイナレバ) イキワタツタ里トイキワタラヌ里トノ(ワケヘダテハアルマイニ ドウ云コトデ) 花ハ咲(270)タ所トサカヌ所トガアルコトヤラ
 
    春のうたとてよめる             つらゆき
三輪山をしかもかくすか春がすみ人にしられぬ花やさくらむ
 〇サテ/\三輪山ハキツウカスンダコト|カナ《二カ》 此ヤウニ《シカ》マア《も》霞ノ隱《カク》スノハ (此山ニハ) 人ニシラサヌ(ナイシヨウノ)花ガアル|カシラヌ《やらん》
 
    うりんゐんのみこのもとに花見にきた山のほとりにまかれりける時によめる          そせい
いざけふは春の山べにまじりなむくれなばな|げ《濁》の花の陰かは
 〇ドレヤケフハ(日ノクレルマデモ) 此春ノ山ベヲ|カ《三》ケアルイテアソバウゾ (日ガクレタトテモ) 花ノ陰ガ|ナササウ《なげの》ナカイ《かは》 イクラモ花ノカゲガアレバ モシ暮《クレ》タナラ《くれなば》 (サイハヒヂヤ花ノカゲニトマラウワサテ  なげは、なは無《ナ》にて、げは、何げとおほくいふ詞也、 打聞、なげの説わろし、くれなばといへるにかなはず、
 
    春の哥とてよめる
いつまでか野べに心のあくがれむ花しちらず|は《〇清》千世もへぬべし
 〇(花ガチラズバ) イツマデ此野邊ニ心ガウカレテ居ルデアラウ モシ花ガチラズニアツタラバ 千年デモ此野デタテウヤウニ思ハレル
 
    題しらず          よみびとしらず
春ごとに花のさかりはありなめどあひ見むことは命なりけり
 〇(花ハ今年チツテモ又來年カラ後モ)春ゴトニ盛(リ)ハアラウケレドモ ソノ盛(リ)ニ逢テ見ルコトハ コチノ命次第ヂヤワイ (ナンボ花ザカリガ毎年アツテモ 命ガナケレヤ 又ト見ルコトハナラヌ サウ思ヘバアヽ殘リオホイ花ヂヤ)
 
花のごと世の《ガ》つねならば過してし昔は又もかへりきなま|し《〇清》
 〇(花ハチツテシマウテモ 又春ニナレバ年々相替ラズ定マツテ咲ク物ヂヤガ) 世ノ中ガ 花ノトホリニ定マツテカハラヌ物ナラバ 過シテキタ昔モ 又フタヽビカヘツテクルデアラウニサ (世ノ中ハ過タ昔ガフタヽビカヘルト云コトハナイ)
 
吹風にあつらへつ|く《〇清》るものならば此一本はよ|き《〇清》よといはま|し《〇清》
 〇吹テクル風ニ 頼ンデイヒツケラルヽ物ナラ 此(ノ)花一本ハヨケテ吹テクレトイハウニ (サウ云コトハナラヌモノナレヤ ドウモ散テモセウコトガナイ)
 
まつ人もこぬものゆゑに鶯のなきつる花をゝりて|け《〇清》る哉
 〇(此花ヲ馳走ニ折テ生《イケ》テオイテ 來《キ》タナラバ見セウト思ウテ) 待(ツ)人モ來《キ》モセヌニアヽヽ鶯ノ(オモシロウ)鳴テヰタアツタラ花ノ枝ヲオレハ折タワイ サテモヲシイコトヲシタコトカナ(待ツ人ガ來《コ》ヌクラヰナラ 折ラネバヨカツタニ)
こぬものゆゑには、來《キ》もせざるにといふ意也、
 
(271)    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥   藤原(ノ)おきかぜ
さく花は千種ながらにあだなれどたれかは春を恨みはてたる
 〇ヨニ春サク花ハイロ/\アルガ何(ン)ノ花デモ皆アダナ物ナレド ソレデモ誰(レ)ガ春ノ花ハアダナト云テ トント見カギツタ者ガアルゾ (アダナ物ヂヤ/\トハ誰モイヒツヽ 咲ケバ又ヤツハリ賞翫スルヂヤ  餘材、後の説はわろし、
 
春霞いろのち|く《〇清》さに見えつるはたなびく山の花のかげかも
 〇霞ノ色ガイロ/\ニ見エルノハ 其霞ノタナビイテアル中ナ山ノ花ノ色ガ霞ヘ|ウツツタ《かげ》ノカイノ
 
                      在原(ノ)元方
かすみたつ春の山べはとほけれど吹來る風は花の香ぞする
 〇霞ノ立(ツ)テアル春ノコロノ山ハ遠ウ見ユルケレドモ (カクベツ遠ウモナイカシテ) 吹テクル風ハ花ノニホヒガサスル  此哥の意、諸説ともに、くはしからず、
 
    うつろへる花を見てよめる       みつね
花見ればこゝろさへにぞうつりける色にはいでじ人もこそしれ
 〇(ウツロウタ)花ヲ見レバ (アヽヲシヤト思ウ心ガ花ニシミコンデ) コチノ心マデガサ花ノ色ニウツツタワイ (此ヤウニ花ノ色ニウツヽツタ心ヲ) ドウゾ顔《カホ》イロニハダスマイ 人ガ知ラウモシレヌホドニ (人ガ知テハアマリアハウラシイコトヂヤ  打聞よろし、餘材わろし、
 
    題しらず                よみ人しらず
うぐひすのなく野べごとにきて見ればうつろふ花に風ぞふきける
 〇鴛ノナク野ヘ來《キ》テ見レバ ドコノ《ごとに》野モ/\ ウツロウタ花ヲ風ガ吹テチラスヮイ (鶯ガ惜(シ)ガツテナクノハダウリヂヤ)  【〇千秋云、二の句のごとにといふ詞は、下の句へかけて心得べし、來て見ればへはかゝらざる也、】
 
吹風をなきてうらみようぐひすはわれやは花に手だにふれたる
 〇(鶯ガオレガチカクヘ來テ恨メシサウニ鳴クガ) ソチハ(花ノチルガ惜ウテ恨ミルナラ)アノ吹テクル風ヲ恨ンデナケサ オレガアノ花ニチヨツト|ナリ《だに》トモ手ドモフレタナラコソ オレヲ恨ミヤウケレ オレハ手モフレハセヌゾヨ (スレヤコチガ知タコトデハナイワサテ)
 
                 典侍洽子《ナイシノスケアマネイコノ》朝臣
ちる花のなくにしとまる物ならばわれ鶯におとらま|し《〇清》やは
 〇散テユク花ガ 惜ンデ泣《ナク》ノデ チラズニトマル物ナラ コチモ鶯ニオトロウカイ 鶯ニオトラヌホド泣《ナカ》ウケレド (ナンボ泣テモ花ハドクモトマラヌワイノ)
 
    仁和の中將のみやすん所の家に哥合せむと〔て〕しけるときによみける                  藤原(ノ)後蔭
(272)花のちることやわびしき春霞たつたの山のうぐひすの聲
 〇霞ノタツテアルアノ立田山ニ鶯ノナク聲ガスルガ 花ノチルコトガツラウ思ハレテ (アノヤウニ鳴(ク))カイ《や》
 
    うぐひすのなくをよめる            そせい
こづたへばおのが羽風にちる花をたれにおほせてこゝら鳴らむ
 〇(鶯ガアノヤウニ花ノ枝ヲアチラヘコチラヘ)コヅタヘバ 自分ノ羽《ハネ》ノアヲチノ風デ花ハチルモノヲ ソレヲ誰(レ)ガ咎《トガ》ニシテ (アノヤウニ恨メシサウニ)シキリニ《こゝら》鳴(ク)コトヤラ (外《ホカ》ノ物ガチラスカナンゾノヤウニマア) 【〇千秋云、こゝらは、物の數の多きことなれば、シキリニといふ譯は、あたらざるがごとくなれども、俗語にていふときは、必(ズ)しきりになくといふ勢なるところ也、すべて此類多し、なずらへてしるべし、】
 
    鶯の花の木にてなくをよめる           みつね
しるしなきねをもなくかなうぐひすのことしのみちる花ならなくに
 〇鶯《三》ノ何(ン)ノセンモナイ鳴(キ)ゴトカナ 今年バカリチル花デハナイ (イツノ年トテモツヒニ鶯ノナクノデ花ガチラズニアツタト云コトハナイニ)
 
    題しらず                  よみ人しらず
こまな|へ《メ》ていざ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ
 〇(ダレカレサソヒアハセテ) 馬ヲノリナラベテ(打ツレテ) ドレヤ見ニユカウゾ 此節フル京《サト》ハサゾヤ雪ノフルヤウニサ ヒタ/\《のみ》ト花ハチルデアラウワイ
 
ちる花をなにかうらみむ世(ノ)中に我身もともにあらむ物かは
 〇花ノチツテユクヲ 何(ン)ノ恨メシウ思ハウゾ コチガ身トテモ (イツマデモ) 此世ニカウシテアラウモノカイ 花ト同シヤウニ《ともに》(オツツケ死ンデユク物ヂヤ 花バカリヲ早ウチルトテ恨ミヤウヤウハナイ)
                                                            小野(ノ)小町
花の色はうつりにけりないたづらにわが身よにふるながめせしまに
 〇ヱエヽ花ノ色ハアレモウ ウツロウテシマウタワイナウ 一度モ見ズニサ《いたづらに》 ワシハツレソフテ居ル男ニツイテ 心苦ナコトガアツテ (何(ン)ノトンヂヤクモナカツタ)アヒダニ長雨ガフツタリナドシテ (ツイ花ハアノヤウニマア
世にふるとは、男女のかたらひするをいふ、男女の中らひのことを、世とも世(ノ)中ともいへる多し、此集戀の歌にも、これかれあり、いせ物語に、世ごゝろつける、源氏物語に、まだ世をしらぬ、などあるたぐひもこれ也、
 
    仁和の中將のみやすんどころの家に哥合せんとしける時によめる   そせい
をしと思ふ心はいとによられなむちる花ごとにぬきてとゞめむ
(273) 〇(散テユク花ヲ) ヲシイト思フ心ハ ドウゾ糸ニヨラルヽ物ナラヨイニ (ソシタラソノ)チル花ヲ一ツ《ごとに》/\ 其糸デツナイデ (チラヌヤウニ)トメテオカウニ
 
    しがの山ごえ|に女のおほくあへりけるに《デ女ノオホゼイ來ルニユキアフタトキニ》よみてつかはしける    つらゆき
あづさ弓はるの山べをこえくれば道もさりあへず花ぞ散ける
 〇〔一〕春ノコロ山ヲ越テクレバ ドウモ道モヨケラレヌホド 花ガチツテクルワイ (アノ女|等《ラ》ガサ)
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合のうた
春の野にわかなつまむとこし物を散かふ花に道はまどひぬ
 〇此春ノ野デ若菜ヲツマウト思フテ來タモノヲ アチラヘコチラヘチリマガウ花デ (ワカナヲツム所ヘユク)道ハマギレテフミマヨウテ (ソカモナイ所ヘキタワイコレヤ
 
    山寺にまうでたりける|に《よ歟》よめる
  ある人のいはく、此詞書なる下のには、よを寫し誤れるなるべし、
やどりして春の山べにねたる夜は夢のうちにも花ぞちりける
 〇春《二》(花ノチル)時分ニ山ニトマツテ寐《三ネ》タ夜ハ (ソノ花ヲ惜イ/\ト思フユヱカ) 夢ノウチニモサ 花ノチルコトバツカリヲ見ルワイ
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥
吹風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花を見ま|し《○清》や
 〇フキ(チラス)風ト(流レテユク)谷川ノ水トガナイモノナラバ ミ山ノオクニカクレテ咲テアル花ヲバ見ヤウモノカイ 見ラレハスマイニ (スレヤ風ヤ川ノ水モ花ノタメニメツタニワルイコトバカリデモナイモノヂヤ)
 
   志賀よりかへりけるをうなどもの花山にいりて藤の花のもとに立よりてかへりけるによみておくりける                   僧正遍昭
よそに見てかへらむ人にふぢの花はひまつはれよ枝はをるとも
 〇(チヨツト立ヨツタバカリデ足モ留《ト》メズニ) ヨソニ見テイヌル人ニ ハヒマツウテイナスナ藤ノ花ヨ タトヒ枝ハ折レルトモ (ドウゾハヒマツウテトメヨ)
 
    家に藤の花さけりけるを人のたちとまりて見けるをよめる      みつね
我やどに咲るふぢなみ立かへりすぎがてにのみ人の見るらむ
 〇コチノ庭ニ咲テアル藤ノ花ヲアノヤウニ人ガヒツカヘシ/\シテ ドウモ見ステヽイナレヌヤウニ ヒタスラ《のみ》見ルガ ドウ云コト|ヤラ《らん》 (エイ庭デモナイニ)
 
    題しらず               よみ人しらず
いまもかもさきにほふらむたちはなの小嶋のさきの山吹の花
(274) 〇タチバナノ小嶋ノ崎ノ山吹ノ花ハ ケ《一》フコノゴロ|カナ《か》 見事ニサイタデアラウ
  初句もは、二つともにやすめ辭にて、今か也、今もといふにはあらず、
 
はるさめにゝほへる色もあかなくに香さへなつかし山ぶきの花
 〇此《五》(ノ)山吹ノ花ワイ 春雨ニヌレテ一入マサツタ色モ|ドウモイヘヌニ《あかなくに》 (色バカリデナシニ) 香マデガ (雨ニヌレテハ別シテ)シホラシウ《なつかし》ニホウ
  春雨、香の方へもかゝれり、物のにほひは、しめればまさる物也、
 
山吹はあやなゝさきそ花見むとうゑけむ君がこよひこなくに
 〇山吹ハ|ワケノタヽヌ《あやな》物ヂヤ (コソナコトナラ)サカヌガヨイ《なさきそ》 花ガサイタラ見ニ來《コ》ウト思フテ植テオカシヤツタ|デアラウ《けん》ニ 其御方ガコヨヒミエモセヌニ (咲テモ何(ン)ノセンモナイコトヂヤ 咲ククラヰナラ 其御方ガ見ニミエルヤウニ シテクレレヤ ソレデハ咲タカヒガアツテワケノタツト云モノヂヤニ)  戀の歌なり、
 
    よしの川のほとりに山ぶきの咲りけるをよめる
吉野河きしのやまぶき吹風に底の影さへうつろひにけり   つらゆき
 〇吉野川ノ岸ナ山吹ヲ見レバ 風ガ吹テ(チルガ) ソノ風デ(川ノ水ガウゴクニヨツテ) 底ヘウツヽツタ影マデガチツタワイ
 
    題しらず                 よみ人しらず
かはづなく井手の山吹ちりにけり花の盛にあはま|し《〇清》物を
 〇〔一〕此井手ノ山吹ガハヤモウ散テシマウタワイ (アヽ殘念ナコトヲシタ マソツト早ウ) 花ノサカリノ時分ニ逢(フ)ヤウニ來テ見ヤウデアツタモノ
      此歌はある人のいはくたちはなのきよともが歌なり
 
    春のうたとてよめる                そせい
思ふどち春の山べにうちむれてそこともいはぬ旅寐してしが
 〇(ソンデフソコヘイクト云テ定マツタ旅デハ ヨソニトマルノハウイ物ヂヤガ サウイフ)定《四》マツタ旅デハナシニ 心《一》ノアフタドウシ春ノ山ヘツレダツテイテ (一日日ノクレルマデアソンデ) イ《四》キガヽリニト《五》マツテミタイモノヂヤ (ソレデハオモシロイ旅寐デアラウ)  打聞、下句の意、くはしからず、
 
    春のとく過るをよめる               みつね
あづさ弓はるたちしより年月のいるがごとくもおもほゆるかな
 〇(古哥ニ)梓弓(春トツヾケテヨンデアルガ マコトニ)月《三》日ガ早ウタツテ 矢ヲイルヤウニ思ハルヽ 春《二》ニナツテカラ(マダナンノマモナイニ) サテモ早ウタツタコト|カナ《かな》
  とし月とよめるは、まことは年の暮の哥なれはなるべし、春の暮の哥にては、此詞いかゞにきこゆ、
 
(275)    やよひに鶯のこゑ久しう聞えざりけるをよめる   つらゆき
なきとむる花しなければうぐひすもはては物うくなりぬべらなり
 〇(ナンボ惜ンデ鳴テモ/\花ハミナ散テシマウテ) 鳴(イ)タデトマル花ハナケレバ (コレデハセンノナイコトヂヤト思フテ) 鷺モシマヒニハ鳴(キ)トモナウナツタ《ものうく》デアラウ サウアリソナコトニ思ハレル(ソレデ久シウナカヌヂヤマデ  餘材わろし、
 
    やよひのつごもりがたに山をこえけるに山川より花のながれけるをよめる   ふかや|ぶ《濁》
  此人は、こゝに始めて出たれば、姓をあぐべき例なるに、姓なきはいかゞ、又打聞に、此名のぶを、皆ぼとせるは、ひがこと也、
花ちれる水のまに/\とめくれば山には春もなくなりにけり
 〇花ノ散テ流レル川スヂニソウテ段々ミナカミノ方ヘ尋ネテキテ見レバ 山ニハ(モウ花ハミナチツテシマウテ) ハヤ春モナイヤウニナツタワイ
 
    春を惜みてよめる                もとかた
をしめどもとゞまらなくに春霞かへる道にしたちぬと思へば
 〇春ヲ惜ムケレドモ モウシヨセントマリハセヌ 春ハモウタツテイヌル道ヘ旅ダチシタレバ (トマラヌハズヂや)
  霞は、たつの縁にいへる也、結句は、たゞたちぬればといふ意にて、思には意なし、すべて思又いふといふ詞を、そへていへる例つねに多し、思へばを、春の思ふと見たる説は、わろし、
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥
聲たえずなけやうぐひす一とせに二たびとだにくべき春かは   おき風
 〇(春ハ)一《三》年ノ内ニ(イク度モ來レバ重疊ノコトヂヤガ サウハナラズトモ) セ《四》メテ二度ト|ナリトモ《だに》來レバヨケレドモ 二度トモクル春カイ (タツタ一度ナラデハナイ春ヂヤニ クレテユクハサテ/\ノコリオホイコトヂヤ) ウグヒスハズイブン絶ズ鳴テ恨ミヨヤイ (イカニモ鳴(キ)ドコロヂヤ)
 
    やよひのつごもりの日花つみよりかへりける女どもを見てよめる  みつね
とゞむべき物とはなしにはかなくもちる花ごとにたぐふこゝろか
 〇(アノ花ガアマリ惜サニ 一本/\)チツテユク花ゴトニ コチノ心ガ|ツイテイク《たぐふ》ワ アノ女《ハナ》ニ サテモ|マア《も》 アホラシイ《はかなく》コト|カ《五》ナ《か》 (ツイテイタトテ)ト《一》メラレウ物デハナイニ  打聞みなわろし、
 
    やよひのつごもりの日雨のふりけるにふぢの花ををりて人につかはしける                 なりひらの朝臣
ぬれつゝぞしひてをりつる年のうちに春はいくかもあらじと思へば
 〇(此藤ノ花ハドウゾソコモトヘ御日ニカケウト存ジテ 今日ノ此(276)雨ニ)ヌレ/\サムリニ折(リ)マシタ 春《四》ハマダイクカモアルデハアルマイ モ《三》ウ當年ノ内ニハ(タッタケフ一日ナラデハ春ハナイ)ト存ズル故ニ《とおもへば》サ  諸説、下句の意を得ず、
 
    亭子院(ノ)哥合に春のはての哥     みつね
けふのみと春を思はぬときだにもたつことやすき花の陰かは
 〇春ヲモウ今日バカリヂヤトハ思ハヌ時デ|サヘ《だにも》 花ノ下ハ立(ツ)テイヌルノガ何(ン)トキナイカサア ソレデサヘ花ノ下ハ立(チ)サリトモナイニ (マシテケフギリノ春ヂヤモノ)
 
とほかゞみ一の卷のをはり
 
(277)古今和歌集卷第三遠鏡
 
  夏歌
 
    題しらず                 よみ人しらず
我やどの池の藤なみ咲にけり山ほとゝぎすいつかきなかむ
 〇コチノ庭ノ池ノ邊ナ藤ノ花ガ咲タワイ 郭公ハイツ來テナクデアラウ
      此うたある人のいはくかきのもとの人まろが也
 
    うづきにさける櫻を見てよめる       紀(ノ)としさだ
あはれてふことをあまたにやらじとや春におくれてひとり咲らむ
 〇(今月ニナツテ櫻花ノアルハメゾラシイコトヂヤ コレハナンデモ 見ル人ガ) アヽハレ見ゴトナ アヽハレ見事ナト云(フ)其詞ヲ 方々ノ櫻ヘ分テヤルマイ (己《ワレ》ヒトリガサウ云(ハ)レウト思フテ) ワザト春ヨリ後ニオソウヒトリ咲タデアラウカ  【〇千秋云、結句にさくらをかくしてよみたるなり、】
 
     題しらず                よみ人しらず
さつきまつ山郭公うちはぶき今もなかなむこぞのふる聲
 〇郭公ハ五月ヲ待テ鳴(ク)ヂヤガ (マダ其五月ニハナラネドモ) 去年ノ殘リノフルコヱヲ出シテ ドウゾ今モナケカシ  【〇千秋云、うちはぶきは、萬葉に打羽振と書て、羽をふるを云、此譯なきは、なきがよろしきなるべし、】
 
五月こばなきもふりなむ郭公まだしきほどのこゑをきかばや
 〇時鳥ハ五月ニナツタナラバ モウ澤山ニナツテメヅラシウナイデモアラウ ドウゾマダ其時節ニナラヌウチノ聲ヲ聞タイモノヂヤ
                                                                 よみびとしらず
さつきまつ花たちばなの香をかげば昔の人の袖のかぞする
 〇五月ニサク橘ノ花ノニホヒヲカゲバ マヘカタノナジミノ人ノ袖ノ香ガサスル
 
いつのまにさつききぬらむあし|ひ《〇清》きの山時鳥いまぞなくなる
 〇イツノマニ五月ニナツタヤラ (ヒゴロマチニ待(ツ)タ)時鳥ガ 今|始《ぞ》メテサ ナクワ|アレ《なる》
 
けさきなきいまだ旅なるほとゝぎす花たちばなにやどはからなむ
 〇ケサ始メテ來テ (マダエ住《スミ》ツカズニ)旅ガケデ居テ鳴(ク)時鳥ヨ (定メテ宿ヲトルデアラウガ コチノ庭ナ)橘ニ宿ヲバカレカシ (ソシタラ存分ニ聞ウニ)
 
    おとは山をこえける時に時鳥のなくを聞てよめる   きのとものり
音羽山けさこえくればほとゝぎす梢はるかにいまぞなくなる
(278) 〇音羽山ヲケサ越テクレバ時鳥ガアノハルカナ梢デ アレ《なる》今始メテサナクワ  音羽山といへるに、郭公の意はなし、
 
    ほとゝぎすのはじめて鳴けるをきゝてよめる     そせい
ほとゝぎすはつこゑきけばあぢきなくぬし定まらぬ戀せらるはた
 〇時烏ノ始メテ鳴聲ヲキケバ (オモシロウハアレドモ)又サ (何トナウカンジャウガオコツテ 無益《ムヤク》ナ 其人卜定マツタコトモナイ戀ゴコチガスル
  すべてはたは又也、此哥なるは三の句の頭にうつして聞べし、おもしろけれども又の意也、
 
    ならのいそのかみ寺にて郭公のなくをよめる
いそのかみふるき都の郭公こゑばかりこそむかしなりけれ
 〇此石(ノ)上ノアタリハ昔ノ奈良ノ都ヂヤガ(今ハモウ何モカモ昔トハ變《カハ》ツテシマウタニ) 郭公ノ聲バカリガサ カハラズニ昔ノトホリ|ヂヤワイ《なりけれ》   詞書なる石(ノ)上寺は、山邊(ノ)郡石の上にあるを、奈良といへる事は、今の京にては、石(ノ)上のあたり迄をも、ひろく奈良といひならへる也、たとへば今の世に、丹波(ノ)國なる愛宕《アタゴ》山をも、他國にては、京の愛宕といふ類也、 打聞の説ひがこと也、
 
    題しらず              よみ人しらず
夏山になくほとゝぎす心あらば物思ふ我に聲なきかせそ
 〇アノ山デナク時鳥ヨ 心ガアルナラ 此ヤウニ物思ヒヲシテヰルワシニ キカシテクレナイ
 
郭公なくこゑきけば別れにし故郷さへぞ戀しかりける
 〇ホトヽギスノナク聲ヲキケバ (感情ガオコツテ) ハナレテキタマヘカタノ在所ノ事マデガサ ナツカシウ思ハレルワイ
 
ほとゝぎすながなく里のあまたあればなほうとまれぬおもふものから
 〇時鳥ヨ ソチハ ナク里ガ(アソコニモコヽニモ)アマタアツテ (コヽバカリデ鳴(カ)ヌニ)ヨツテ 賞《五》翫ニ思ヒハスレドモ ソ《四》レデモ《ナホ》ウト/\シウ思ハレル
 
おもひいづるときはの山の時鳥からくれなゐのふり出てぞなく
 〇(戀シイ人ヲ)思ヒダシタ時ニハ〔の山の〕〔三〕〔四〕聲ヲアゲテサ ワシヤナクワイノ
  四の句は、たゞふり出の序のみにて、戀二に、紅のふり出つゝなくとあるとは、異なり、さて此歌は、もはら戀の歌なるを、こゝに入れるは、いかにぞや、
 
聲はして涙は見えぬほとゝぎす我衣手のひ|づ《濁》をからなむ
 〇時鳥ハ ナク聲ハシテ 涙ハ見エヌガ (涙ガナクバ) オレガ袖ガヒツタリトヌレテアルヲ(借(シ)テヤラウホドニ コレヲソチガ泣《ナク》(涙ニ)カツタガヨイ
 
(279)あし|ひ《〇清》きの山郭公をりはへてたれかまさるとねをのみぞなく
 〇(オレハイツシユク泣テバツカリ居ルガ) アノ時鳥モ(オンナシヤウニ 間(タ)モナシニ鳴テ (オレト)誰(レ)ガ勝《カツ》ゾ (サアナキクラベヲセウ)トテ ヒタ《のみ》スラナクワイ
  をりはへは、時延《ヲリハヘ》にて、時長くつゞく事をいふ詞也、をりはへて鳴(ク)は、時長く、あひだもなしになくこと也、
 
今さらに山へかへるなほとゝぎす聲のかぎりは我やどになけ
 〇(山カラ出テキテモウ里ナレタコトヂヤニ) 今サラ山ヘハカヘルナヨ時鳥 聲ノアリタケハ(シマイマデ) コチノ庭デナケ    
 
                        みくにのまち
やよやまて山郭公ことづてむわれ世の中にすみわびぬとよ
 〇(山ヘカヘル)時鳥 ヤイノウ (チヨツト)待テタモ コトツテヲセウ ワシハモウ世ノ中ニ住(ミ)アグンダ|ワイノ《とよ》 (ソレデ追(ツ)付(ケ)ワシモ山へコモラウト思フホドニ サウ云テタモ)
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合のうた    紀(ノ)友則
さみだれに物思ひをれば時鳥夜深く鳴ていづちゆくらむ
 〇五月雨ガフリツヾイテ イヨ/\夜(ル)モモヤクヤト物思ヒヲシテ居レバ 時鳥ガ鳴テイクガ 夜モフケタニ ドチヘイクヤラ (オレモ此ヤウデハドチヘナリトモイキタイ)
 
夜やくらき道やまどへる郭公我やどをしも過がてになく
 〇夜(ル)デクライニヨツテ(ドチヘモエイカヌ)ノカ 又ハ道ニマヨウタノカ 郭公ガ 所モ多イニ《しも》 コチノ庭デバツカリ ドウモ過テイナレヌヤウニヂツト鳴テヰル
 
                 大江(ノ)千里
やどりせし花橘もかれなくになど時鳥こゑたえぬらむ
 〇宿カツテ居タ橘モマダカレモセヌニ 時鳥ハナゼニヨソヘインデ聲モセヌヤウニナツタヤラ
 
                 きのつらゆき
夏の夜のふすかとすれば時鳥なく一こゑにあくるしのゝめ
 〇ネルカト思ヘバ 時鳥ノナイタ一聲デ ハヤモウ明ガタニナツタ サテ/\短イ夜カナ 下句又ハ 郭公ノナイタ一聲デ目ガサメタガ ハヤモウ夜ガアケル
  しのゝめを、打聞の如く、朝《アシタ》の目とするときは、後の譯也、餘材、しののめの説、わろし、 【〇千秋云、初句ののもじは、がの意にて、結句のあくるへつゞく詞なり、】
 
                 みぶのたゞみね
くるゝかと見れば明ぬる夏のよをあかずとやなく山郭公
 〇日ガクレルカト思ヘバ ハヤアケタ此夏ノ夜ヲ アマリ短サニ殘リオホウ思フテ 郭公ハアノヤウニナクカヤ
 
(280)                 紀(ノ)秋峯
夏山に戀しき人や入にけむ聲ふりたててなくほとゝぎす
 〇此山ヘ時鳥ノ戀シウ思フ人ガコモツタカシラヌ ソヂヤヤラ聲ヲアゲテナク  餘材わろし、打聞よろし、
 
    題しらず         よみ人しらず
こぞの夏なきふるしてし郭公それかあらぬか聲のかはらぬ
 〇去年ノ夏タクサンニタエズナイテ (ヨウ聞知テ居ル)時鳥ガ今又ナク アレハ去年ナイタ其時鳥歟 サウデハナイカ 聲ガオンナシコトヂヤガ
 
    郭公のなくを聞てよめる        つらゆき
五月雨の空もとゞろに時鳥なにをうしとかよたゞ鳴らむ
 〇時鳥ガ五月雨ノ空モドンドヽ ヨヒトヨ《よだゞ》ヒタスラ鳴(ク)ガ 何事ヲウイト思フテアノヤウニナクコトヤラ
 
    さ|ぶ《ム》らひにてをのこ共のさけたうべけるにめして時鳥まつ哥よめと有ければよめる             みつね
ほとゝぎす聲も聞えず山彦はほかに鳴(ク)音をこたへやはせぬ
 〇郭公ガ(ナクカ/\トマテドモ)聲モ聞エヌガ ヨソデ鳴(ク)聲ナリトモココヘヒヾイテ聞エレバヨイニ 山彦《コタマ》ハナゼニココヘヒヾカサヌゾイ
 
    山にほとゝぎすの鳴けるをきゝてよめる    つらゆき
郭公人まつ山になくなれば我うちつけに戀まさりけり
 〇人ガ來《キ》モセウカト待テ居ル此松山ニ アノヤウニ郭公ガナケバ 今マデハサホドニモ思ハナンダガ ニハカニコチモ人ヲ待(ツ)心ガマサツタワイ
 
    はやく《マヘカタ》すみけるところにてほとゝぎすの鳴けるを聞てよめる                      たゞみね
むかしへや今も戀しき郭公ふるさとにしも鳴てきつらむ
 〇時鳥ヨ (ソチモオレト同シヤウニ) 昔ガ今デモ戀シイカ 所モ多イニ此本(ト)ノ在所ヘ鳴テ來《キ》タノハ昔ガ戀シイヤラ  【〇千秋云、今もは、なれもとあらまほしくおぼゆ、】
 
    時鳥の鳴けるをきゝてよめる         みつね
ほとゝぎすわれとはなしにうの花のうきよの中になき渡るらむ
 〇(世(ノ)中ヲウイ物ニ思フテ泣テクラスモノハオレヂヤガ) 時鳥ハオレデハナシニ ドウイフコトデ世(ノ)中ガウイト云テ卯(ノ)花ノアタリヘキテ アノヤウニオレト同シヤウニ鳴テクラスコトヤラ
 
    はちすの露を見てよめる          僧正遍昭
はちす葉のにごりにしまぬ心もてなにかは露を玉とあざむく
(281) 〇蓮ハ世(ノ)中ノ濁リニソマヌ(譬ヘニ御經ニトイテアルガ サウ云(フ))清淨ナ心デ ナゼニアノヤウニ葉ノ露ヲ玉ト見セテ 人ヲバダマスコトゾイ
 
    月のおもしろかりけるよあかつきがたによめる      ふかやぶ
夏の夜はまだ宵ながら明ぬるを雲のいづこに月やどるらむ
 〇(アヽヨイ月デアツタニ) 夏ノ夜ノ短イコトハ マダヨヒノマヽデ (フケル間《マ》モナシニ)ハヤ明《アケ》タモノ (コノ夜ノ短サデハ)月ハ (西(ノ)方ノ山マデイキツク間《マ》ハアルマイガアノ曉ノ)雲ノドコラニトマツタコトヤラ
 
    となりよりとこなつの花をこひにおこせたりけれはをしみて此哥をよみてつかはしける                みつね
ちりをだにすゑじとぞ思ふ咲しより妹とわがぬる床なつの花
 〇(手前ノトコナツハ) カ《四》ヽトワシガ二人|寐《ネ》マス床ナツデ (大事ノデゴザル) 花《三》ガサイテカラハ 塵サヘカケマイトサ 存ズル(ホド大事ノデゴザル 折テハエシンジマスマイ)  【〇千秋云、此哥上(ノ)句、三一二と句を次第して見べし、】
 
    みな月のつごもりの日よめる
夏と秋とゆきかふ空の通ひぢはかたへすゞしき風やふくらむ
 〇(今晩)クレテユク夏ト來ル秋ト イキチガウ空ノ通り道ハ (ソノ夏ノ通《トホ》ツテユク片一方ハマダ暑ウテ 秋ノトホツテクル)片一方ハ スヾシイ風ガフクデアラウカイ
 
(282)古今和歌集卷第四遠鏡
 
  秋歌上
 
    秋たつ日よめる           藤原(ノ)敏行(ノ)朝臣
あききぬとめにはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
 〇秋ガキタトイフテ ソレトハツキリト目ニハ見エヌケレド ケフハ風ノ音ガ(ニハカニカハツタデ)サ (コレハ秋ガキタワト)ビツクリシタ
 
    秋たつ日うへのをのこどもかもの川原に川せうえうしけるともにまかりてよめる                  つらゆき
河風のすゞしくもあるかうちよする浪とともにや秋は立らむ
 〇川風ガサテモマア涼シイコトカナ (浪モ立(ツ)ト云也秋ノ來《ク》ルノモ立(ツ)トイヘバ 此岸ヘ)ウチヨセル浪トイツシヨニ 秋ガタツタカシラヌ
 
    題しらず               よみびとしらず
わがせこが衣のすそを吹かへしうらめづらしき秋の初風
 〇〔上〕コレハ/\メヅラシイ秋風ヂヤ (サテモ涼シイコヽロヨイ)  餘材に、わがせこは、女をさせりといへるは、いみしきひがこと也、これは女の哥なるべし、又哥林良材集に引れたるには、わぎもこがと有(リ)、新古今集有家卿、「さらでだに恨みむと思ふわぎもこが衣のすそに秋風ぞふく、これらによれば、わぎもことある本も有しなるべし、
 
きのふこそさなへとりし|か《〇清》いつのまにいなばそよぎて秋風のふく
 〇マダ昨日コソハ田ヲウヱタレ (ソレニマア) イツノマニ(此ヤウニ)稻ノ葉ガソヨ/\トシテ秋風ノフクヤウニハナツタコトゾ
 
秋風の吹にし日よりひさ|か《〇清》たの天の川原にたゝぬ日はなし
 〇(ワシハ)秋風ノフキソメタ日カラシテ (毎日/\此ヤウニ此(ノ))天(ノ)川ノ川原ヘ出テ立テ(君ヲマタ)ヌ日ハ一日モナイ  【〇千秋云、此歌などは、たなばたつめになりてよめる也、七夕の哥此類多し、】
 
ひさかたの天のかはらのわたし守君渡りなばかぢかくしてよ
 〇天(ノ)川ノ渡シ守ヨ 君ガコチラへ御渡リナサツタナラ ヂキニ其船ノ棹ヲシレヌヤウニカクシテオイテクレイ (ソシタラ 川渡ツテ御カヘリナサルコトガナルマイニヨツテ イツマデモコチニ御逗留デアラウニ)
 
天川もみぢを橋にわたせばやたなばた|つ《〇清》めの秋をしもまつ
 〇天(ノ)川ノ橋ニ 紅葉ヲ渡スユヱカシテ 時《五》節《しも》モ多イニ 棚機樣ガ 秋ヲ御待ナサル
 
こひ/\てあふよはこよひあまの川霧立わたりあけずもあらなむ
 〇(一年ノアヒダ長ノ月日ヲ)戀々テ (タツタ一度彦星ト棚機ト) 御逢ナサル夜ハコヨヒヂヤ ドウゾ天ノ川へ霧ガ一メンニ立テ (283)(闇《クラ》ウナツテイツマデモ)夜ガアケネバヨイ
 
    寛平(ノ)御時なぬかのようへにさ|ふ《ム》らふをのこども哥奉れと仰せられける時人にかはりてよめる      とものり
あまのがは淺瀬しらなみたどりつゝ渡りはてねばあけぞしにける
 〇此天(ノ)川ノ淺瀬ノ所ヲシラヌ故ニオボツカナウテ 水ノナカヲアチヤコチヤトシテヒマドツテ マダ渡ツテシマイモセヌウチニサハヤ夜ガアケタワイ  【千秋云、四の句ねばは、ぬにの意なり、】
 
    同御時きさいの宮の哥合の哥       藤原おきかぜ
契りけむ心ぞつらきたなばたの年に一たびあふはあふかは
 〇(一年ニタツタ一度ヅヽト)約束シテオイタ棚機ノ心ガサキコエヌ 一年ニタツタ一度グラヰ アウノガアウノカ (ソレヤアウト云モノデハナイ)
 
    七日の日の夜よめる         几河内(ノ)躬恆
年ごとにあふとはすれどたなはたのぬるよの數ぞすくなかりける
 〇棚機ハ毎年|逢《アハ》ツシヤリハスレドモ 一年ニタツタ一度ヅヽナレバ 逢《アハ》ツシヤル夜ノ數ハサ スクナイコトヂヤワイ
 
たなばたにかしつる糸のうちはへて年のを長くこひや渡らむ
 〇タナバタ祭(リ)ニコヨヒ手向テオ借(シ)申シタ糸ノヤウニ長ウ引ノビテ コレカラモ年久シウ此ヤウニ戀シウ思(フ)テ月日ヲタテルコトデアラウカ  是は七夕によめるおのが戀の哥也、
 
    題しらず               そせい
こよひこむ人にはあはじたなばたの久しき程にまちもこそすれ
 〇今夜クル人ニハアウマイ (今夜ハ七夕ヂヤニヨツテ) 棚機ノ久シイ一年ノ間(タ)ヲ(待(ツ)ノニアヤカツテ) コチモ久シウ待(ツ)ヤウナ中ニナルコトモアラウホドニ
 
    なぬかのよの曉によめる        源(ノ)むねゆきの朝臣
今はとてわかるゝ時は天の川わたらぬさきに袖ぞひ|ぢ《濁》ぬる
 〇サアモウト云テ 別レルトキニハ マダ天(ノ)川ヲ渡リモセヌサキニ此ヤウニ袖ガヒツタリト涙デサヌレタ
 
   やうかの日よめる          みふのたゞみね
けふよりは今こむとしの昨日をぞいつしかとのみ待渡るべき
 〇(タナバタ樣ハサゾ) 今日カラシテハ 又今カラ來年ノ(七月七日)昨日ヲサ イツカ/\ト|ヒタスラ《のみ》待テ月日ヲタテサツシヤルデアラウト思ハレル
 
    題しらず          よみ人しらず
このまよりもりくる月の影見れば心づくしの秋はきにけり
 〇木ノ枝ノ間(ダ)カラモツテクル月ノ影ヲ見レバ (廣ウ見ルトハチガウテ スコシヅヽホカ見エネバ サテ/\シンキナ物ヂヤ 是ヲ見レバ 今カラ惣體モノゴト)シンキナ秋ガキタワイ
 
大かたの秋くるからにわが身こそかなしきものと思ひしりぬれ
(284) 〇世問一同ノ秋ガキタカラシテ (人ハ此ヤウニハナイサウナニ) オレヒトリガサ 秋ハカナシイ物ヂヤト思ヒシツタ (秋ハオレ獨ノ秋デハナイ世間一同ノ秋ヂヤニ)
 
わがためにくる秋にしもあらなくに蟲のねきけばまづぞ悲しき
 〇オレニ悲シウ思ハサウタメニ來ル秋デモナイニ 蟲ノ聲ヲキケバ (人ヨリサキヘ) マヅ一番ガケニサオレハカナシイ
 
物ごとに秋ぞかなしきもみぢつゝうつろひゆくをかぎりと思へば
 〇草《三》木ノダン/\色ガカハツテ 散《四》テイク(ノハ) 草《五》木ノシマイニナル(ノヂヤガ オツヽケサウ物ノシマイニナル時節ノハジメヂヤト)思ヘバ 惣《一》躰ノ物ナニヽツケテモ 秋《二》ハサ悲シイ  打聞よろし、餘材わろし、
 
ひとりぬるとこは草葉にあらねども秋くるよひは露けかりけり
 〇(草ノ葉コソ秋ハ露デヌレルモノナレ) ワシガヒトリネル床ハ 草ノ葉デハナケレドモ 秋ニナレバ夜(ル)ハ此ヤウニ涙デ露ノヤウニヌレルワイ
 
    これさだのみこの家の哥合のうた
いつはとは時はわかねど秋の夜ぞもの思ふことのかぎりなりける
 〇イツハ物思ハヌ時ヂヤト云(フ)時節ノ差別ハナシ(ニ イツデモ物思ヒハアル)ケレド (ソノウチニモ)秋ノ夜ガサ イツチ 物思ヒスル頂上ヂヤワイ
 
    かむなりのつぼに人々あつまりて秋の夜をしむ哥よみけるついでによめる  みつね
  つぼは、御坪《オツボ》の内にて、梅壺藤壺などいふは、その御坪の内にある木草をもて、そこの舍の異名にしたる物也、かむなりのつぼも、雷の落たる事有しより、異名になれる也、壺(ノ)字は、宮中(ノ)※[街の圭が共]謂(フ)2之|壺《コント》1とある是也、器の壺《コ》とは別なり、まがふることなかれ、
かくばかりをしと思ふ夜をいたづらにねてあかすらむ人さへぞうき
 〇コレホドニ面白イアツタラ秋ノ月夜ヲ 寐《ネ》テシマウテ|ムザ/\ト《いたづらに》明《アカ》ス人モア|ラウ《らん》ガサウシタ人マデガサ キコエヌコトヂヤト思ハレル  餘材、いたづらの説わろし、いたづらにねては、ねていたづらにと心得べし、
 
    題しらず              よみびとしらず
白雲にはねうちかはしとぶ鴈の數さへ見ゆる秋のよの月
 〇サテモサヤカナ月カナ 雲ヘトヾクホド高イソラヲ ツレダツテトンデユク雁ノ數マデガヨウ見エル  【〇千秋云、はねうちかはしは、いくつもつらなりて、鴈と鴈と、羽をならべかはして、飛渡るをいへり、白雲と打かはすにはあらず、】
 
さよ中と夜はふけぬらし鴈がねの聞ゆる空に月わたる見ゆ 
 〇夜ハイカウフケタ モウトント夜半《ヨナカ》ニナツタ|サウナ《らし》 見レバ鴈ノ(285)ナク聲ノ聞エルズツトソラノ方ヘ モウ月ガマハツタ
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合によめる      大江千里
月見ればちゞにものこそかなしけれ我身ひとつの秋にはあらねど
 〇月ヲ見レバオレハイロ/\ト物ガサ悲シイワイ オレヒトリノ秋デハナケレド
 
ひさ|か《〇清》たの月のかつらも秋はなほもみぢすればやてりまさるらむ
 〇月ノ中ナ桂ハ(此國土ノ木ノヤウニ秋ヂヤト云テモ 紅葉スルナド云コトハアリソモナイモノヂヤニ) ソレモ|ヤツハリ《なほ》秋ハ紅葉スルカシテ《すればや》 (イツモヨリハ光(リ)ガテリマサツタ 紅葉シタニヨツテ此ヤウニ)照リマサルデ|アラウ《らん》  打聞わろし、
 
    月をよめる                 在原(ノ)元方
秋の夜の月のひかりしあかければくら|ぶ《濁》の山もこえぬべらなり
 〇此ヤウニ月ノ光(リ)ノアカイ秋ノ夜ハ ナンボ闇《クラ》イクラブ山デモ越ラレウト思ハレル
 
    人のもとにまかれりける夜きり/”\すのなきけるをきゝてよめる   ふぢはらのたゞふさ
きり/”\すいたくななきそ秋のよの長き思ひは我ぞまされる
 〇(コレ御亭主 貴様ハ 心苦ガオホウテイロ/\ノコトヲ思フテ夜ノ長イヲ明《アカ》シカネルトイハシヤルガ 御亭主) アノキリ/”\ス(ト同シヤウニ)アマリ《いたく》泣(カ)シヤルナイ (心苦ガ多ウテ)秋ノ夜ノ長イノガメイワクナコトハ (貴様ヨリ) 拙者ハサ ナホノコトヂヤワイ  餘材打聞ともにわろし、
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥
秋のよのあくるもしらずなく蟲はわがごと物やかなしかるらむ  としゆきの朝臣
 〇此長イ秋ノ夜ノアケルモシラズニアノヤウニナク蟲ハ オレガヤウニアレモ物ガ悲シイカシラヌ
 
秋萩も色づきぬればきり/”\すわがねぬごとやよるはかなしき
 〇萩ノ葉モ色ヅイテ(ソロ/\枯カケテクル時節ニナツタレバ 物ガナシウテ)夜(ル)モネラレヌニ アノ蛬モ(同シヤウニ夜(ル)ハ鳴(ク)ハ)ソチモオレガヤウニ物ガカナシイカ
 
秋の夜は露こそことに寒からし草むらごとにむしのわぶれば
 〇草ムラゴトニ アノヤウニ蟲ガ難義ガツテ鳴クノヲキケバ 秋ノ夜ハ露ガサカクベツニ寒イサウナ
 
君しのぶ草にやつるゝふるさとはまつ蟲の音ぞかなしかりける
 〇(人ガ見ステテヨリツカイデ) ドコモカモキツウアレテ (軒ナドヘハ)シノブガハエテ見苦シウナツテ 其人ヲ戀(ヒ)シタフテ居ル家デハ 庭デナク松蟲ノ聲ガサ (人ヲ待(ツ)ト云名ユヱカ) 一入カナシウ聞エルワイ  打聞、やつるゝの注わろし、
 
(286)秋の野に道もまどひぬまつ蟲の聲する方にやどやからまし
 〇此秋ノ野デ (モウ日モクレニ及ブ) 道モフミマヨウタホドニ アノ(人ヲ待(ツ)ト云名ノ)松蟲ノ聲ノスル方ヘイテ 宿ヲカツタモノデアラウカイ
 
あきの野に人まつむしのこゑすなり我かと行ていざと|ぶ《ム》らはむ
 〇此秋ノ野ニ アレ人ヲマツト云名ノ松蟲ノコヱガスルワ ソチヤオレヲマツノカト云テ ドレヤ行《イ》テオミマヒ申サウ
 
もみぢ葉の散てつもれるわがやどに誰をまつ蟲こゝら鳴らむ
 〇モミヂガ散テツモツテ (誰モフミ分テ來タ人モナイ)コチノ庭デタレヲ待(ツ)トテアノヤウニ松蟲ハシキリニ鳴(ク)コトヤラ (タレモ來ル)人ハ(アルマイニ)  打聞よろし、餘材わろし、
 
ひぐらしのなきつるな|べ《濁》に日は暮ぬと思ふは山の陰にぞ有ける
 〇ヒグラシガ鳴(イ)タニ|ツレテ《なべに》 日ハクレタト思フタハ(サウデハナカツタ) 山ノカゲデサ闇《クラ》イノデアツタワイ  【〇千秋云、なべには、並《ナベ》ににて、これとかれとならぷときにいふ言也、つねに云々并(ニ)云々といふも、これにちかし、】
 
日ぐらしのなく山里の夕暮は風よりほかにとふ人もなし
 〇ヒグラシノナク此山里ハユフグレニハ風ヨリ外ニハ一向ニ尋ネテクル人モナイ (アヽサビシイコトヂヤ)
 
    はつかりをよめる          在原(ノ)元方
まつ人にあらぬ物からはつ鴈のけさなく聲のめづらしき哉
 〇(待(ツ)人ガキタカナンゾノヤウニ) ケサ始メテ鴈ノ鳴(ク)聲ガサテモメヅラシウ思ハレルコトカナ コチガ待テ居ル人デハ|ナ《二》イヂヤケレド
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合のうた       とものり
秋風にはつ鴈がねぞ聞ゆなるたが玉づさをかけてきつらむ
 〇秋風ノ吹(ク)空ニアレ始メテ鴈ノ聲ガサスル (鴈ハ遠方カラノ状ヲクビヘ掛テ持テ來ルト云コトヂヤガ アノ鳴鴈ハ ドコカラ) タガ状ヲカケテキタコトヂヤヤラ
 
    題しらず                  よみ人しらず
わがかどにいなおほせ鳥のなくなべにけさふく風に鴈はきにけり
 〇コチノカドデ 稻負鳥ガナクニツレテ ケサノ風ニ鴈ガキタワイ
 
いとはやもなきぬる鴈かしら露の色どる木々ももみぢあへなくに
 〇キツウ早ウマア雁ハナイタコトカナ 露ノ色ドル木共モマダロクニ紅葉モセヌウチニ
 
春霞かすみていにしかりがねは今ぞ鳴なる秋霧のうへに
 〇春 霞ノ中ヘカスミニ見エテインダ鴈ガ(ソノ時ノ霞ト同ジヤウナ)秋ノ霧ノ上ノ方デ アレ今サ又ナクワ
 
夜を寒みころもかりがねなくなべに萩の下葉もうつろひにけり
 〇夜ガ寒サニ衣ヲカルト云名ノ鴈ノ鳴(ク)ニツレテ 萩ノ下葉モウツ(287)ロウタワイ
       此哥はある人のいはくかきのもとの人まろが也と
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥  藤原(ノ)菅根(ノ)朝臣
秋風に聲をほにあげてくる船はあまのと渡る鴈にぞ有ける
 〇アレ/\アノ青イ海《四》ノヤウナソラヲ 秋風ニ聲ヲ高ウ帆ノヤウニアゲテ 船ノヤウニ見エテ來《ク》ルモノハ 鳴テワタル鴈ヂヤワイ
 
    かりの鳴けるを聞てよめる         みつね
うきことを思ひつらねて鴈がねのなきこそ渡れ秋のよな/\
 〇鴈ノイクツモツラナツテ鳴テワタルヤウニ オレハ秋ノ夜ノウイコトノ數々ヲオモヒツヾケテ 毎夜/\泣テサアカスワイ
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥       忠岑
山里は秋こそことにわびしけれしかの鳴音にめをさましつゝ
 〇山里ハ(イツデモト云(フ)ウチニ) 秋ガサ別《ベツ》シテツラウナンギニ思ハレルワイ (ヨル/\)鹿ノナク聲デ目ヲサマシ|テハ《つゝ》 (夜ハ長シ何ヤラカヤラト難義ナコトヲ思ヒツヾケラレテサ)
 
                        よみびとしらず
おく山にもみぢふみわけ鳴鹿の聲きく時ぞ秋はかなしき
 〇(秋ハ惣躰カナシイ時節ヂヤガ 其秋ノ内デハ又ドウイフ時ガイツチ悲シイゾトイヘバ 紅葉モモウ散テシマウタ)奥山デ ソノチツタ紅葉ヲ 鹿ガフミワケテアルイテ鳴(ク)聲ヲキク時分ガサ 秋ノウチデハイツチ悲シイ時節ヂヤ  ふみわけは鹿のふみ分る也
 
    題しらず
秋萩にうらびれをれば足引の山したとよみ鹿のなくらむ
 〇萩ノ(葉モ段々枯テイク)ヲ見テ (時節ノ物ガナシサニ) 此ヤウニ|ウ《二》ナジヲナゲテ居ルノニ (ドウ云コトデアノヤウニ) 山ノ下マデヒヾクホド鹿ガ鳴(ク)コトヤラ (アノ鹿ノ聲ヲキケパイヨ/\悲シウテドウモタヘラレヌニ)  をればは、をるにの意也、
 
秋萩をしがらみふせてなく鹿のめには見えずておとのさやけさ
 〇野ノ萩ノ中ヲフミアラシテオシフセテシガラミニシテ 鳴テアルク鹿ノ目ニハ見エイデ アノマア聲ノサヤカニヨウ聞エルコトワイ  【千秋云、古(ヘ)は鹿などの鳴こゑをも、おとゝもいへり、万葉に、鶯のおとなどもよめり、】
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合によめる   ふぢはらのとしゆきの朝臣
あきはぎの花咲にけり高砂のをのへの鹿はいまやなくらむ
 〇アレ萩ノ花ガサイタ|ワイ《ケリ》 山ノ鹿ガ|モウ《今》ナクデ|アラウカ《らんや》
 
    むかしあひしりて侍ける人の秋の野にてあひて物がたりしけるついでによめる    みつね
秋萩のふるえにさける花見ればもとの心はわすれざりけり
(288) 〇萩ノ去年ノ古枝ヘ アレアノトホリ 又花ノサイタヲ見レバ (草木デモ) マヘカタノ事ヲバ忘レハシマセヌワイ (スレヤソコモトモ 中絶ハ致シタケレド 先年御コンイニ致シタコトハ オワスレハナサルマイ)
 
    題しらず            よみ人しらず
秋はぎの下葉色づく今よりやひとりある人のいねがてにする
 〇萩ノ下葉ガソロ/\枯カケテキタ (アヽ段々ト夜ハ長ウナラウシ)モウ《いま》コレカラ又 オレガヤウナ獨ズミノ者ハネラレヌデアラウ|カイ《や》  【千秋云、此哥、二の句にてきれたり、】
 
鳴わたるかりの涙やおちつらむ物思ふやどの萩の上の露
 〇ア《四》レハテヽ悲シイコチノ庭ノアノ萩ノウヘヽ露ガキツウシゲウオイタガ ソラヲワタル雁モ (オレガヤウニカナシイコトガアルカシテ) 泣《ナイ》テイク スレヤアノ雁ノナク涙ガオチタノ|カシラヌ《らん》(アノ萩ノ露ハ)
 
萩の霹玉にぬかむととればけぬよし見む人は枝ながら見よ
 〇萩ノ露ガ(キラ/\トシテアマリ見事サニ) 玉ニシテツナガウト思フテトツタレバ ヂキニ消タ エイワ《よし》 ソンナラ見ヤウト思フ人ハ (トラズニヤハリ) 枝ニアルマヽデ見ヨサ
       ある人のいはく此哥はならのみかどの御うたなりと
 
をりて見ばおちぞしぬべき秋萩の枝もたわゝにおける白露
 〇萩ノ花ノエダモヒワ/\トタワムホドオイタアノ露(ガキツウ見事ナガ) アレヲ折テ取テ見ヤウトシタナラ サダメテ落テシマウデサアラウ
 
はぎが花ちるらむ小野の露霜にぬれてをゆかむさよはふくとも
 〇(今夜妹ガトコロヘイカウト思フ)野道ハ 萩ノ花ガ散テサゾ露モフカイデアラウガ (ヨイワ)ヌレテイカウゾ 夜ガフケテ (露ハシゲク)トモ  露霜といふは、たゞ露のこと也、万葉に多し、皆然り、  【〇千秋云、ぬれてをのをは、助辭ながら、其事をつよくいへることば也、】
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合によめる    文屋(ノ)あさやす
秋の野におくしら露は玉なれやつらぬきかくるくもの糸すぢ
 〇秋ノ野ノ露ハ 玉ヂヤカシテ 蛛ノ糸スヂヘツナイデカケタ
 
    題しらず            僧正遍昭
名にめでゝおれるばかりぞ女郎花われおちにきと人にかたるな
 〇女郎花ト云名ガヨサニ (チヨツト馬カラ)オリテ見タバカリヂヤゾ カナラズオレガ女ニオチタト人ニ云デハナイゾヨ  【〇千秋云、そのかみ然るべきほどの法師は、つねに馬にのりてありきたりし也、物に多く見えたり、】  おれるとは、馬よりおりたるをいふ、をみなへしを折れるにはあらず、打聞わろし、
 
    僧正遍昭がもとにならへまかりける時にをとこ山にてをみ(289)なへしを見てよめる          ふるのいまみち
をみなへしうしと見つゝぞ行過るをとこ山にしたてりと思へば
 〇アノ女郎花ヲバアヽイタヅラナ女ヂヤト思フテ オレハヨソニ見テサ通リ過テイク コヽハ男山ナレバ男ノ中ニマジツテ居ル女ヂヤト思フニヨツテサ
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合のうた     としゆきの朝臣
秋の野にやどりはすへし女郎花名をむつましみ旅ならなくに
 〇トマルナラ秋ノ野ニトマルガヨイ 女郎花ガアツテ女ト云名ガムツマシサニ ヨ《五》ソデ寐《ネ》ルヤウデハナイワサテ  二の句のはもじ、心をつくべし、餘材打聞ともに、ときえず、わろし、 【○千秋云、必遠き所にはあらでも、常の家をはなれて、他所にて寐るを、旅ねといふこと、つねなり、】
 
    題しらず          をのゝよしき
をみな|へ《メ》しおほかる野べにやどりせばあやなくあだの名をやたちなむ
 〇女郎花ノオホクアル野ニトマツタナラ ワケノナイ《あやなく》コトニアダナ名ガタヽウカシラヌ (女郎ト云ハ名バカリデコソアレ ホンノ女デモナイニ)
 
    朱雀院のをみなへしあはせによみて奉りける   左のおほいまうちぎみ
をみなへし秋の野風にうちなびき心ひとつをたれによすらむ
 〇オミナメシガ 秋ノ野ノ風ニナビクガ タレニ心ヲヨセテアノヤウニナビクヤラ  心ひとつといふは、たゞ心といふこと也、
 
                    藤原(ノ)定方(ノ)朝臣
秋ならであふことかたき女郎花あまの川原におひぬものゆゑ
 〇(天ノ川コソタナバタノ秋デナウテハアハヌ所ナレ) アノ女郎花ハ 天(ノ)川ノカハラニ|ハ《五》エテアルデモナイニ 秋デナウテハアフコトガナリガタイ女ヂヤ
 
                    つらゆき
たが秋にあらぬものゆゑ女郎花なぞ色に出てまだきうつろふ
 〇誰《タ》ガ飽《アイ》タトイフ秋デモナイニ 女郎花ハ ドウシタコトゾ アノヤウニ色ニデテ(恨ンデ) マダ早イニウツロウノハ
 
                    みつね
妻こふる鹿ぞ鳴なるをみな|へ《メ》しおのがすむ野の花としらずや
 〇アレ妻ヲコヒシタウ鹿ガサ アレナクワ《なくなる》 (鈍《ドン》ナヤツヂヤ) 女郎花ヲ己《オノ》ガカヨウ野ノ花ヂヤトハ知ラヌカイ(女郎花トイヘバ女ヂヤニ ナゼアハヌゾイ)
 
をみな|へ《メ》し吹過てくる秋風はめには見えねど香こそしるけれ
 〇女郎花ヲ吹テトホツテクル風ハ 目ニハソレト見エヌケレド (テウド女ニ逢テキタ男ノ ウツリガノスルヤウデ 女郎花ヲ吹テキタト云コトガ) 香デサ ヨウシレルワイ
 
(290)                  たゞみね
人の見ることやくるしきをみな|へ《メ》し秋霧にのみたちかくるらむ
 〇女郎花ハ(女ノ人ヲハヅカシガツテカクレルヤウニ) 霧ニカクレテ|バツカリ《のみ》アルガ (ドウ云コトデ)アノヤウニ霧ニカクレル|ヤラ《らん》アレモ人《一》ノ見ルノガ|メイヮクナ《くるしき》カイ《や》
 
ひとりのみながむるよりは女郎花わがすむやどにうゑて見ましを
 〇女郎花ヨ (此野原ニ此ヤウニ露ニシヲレテ) ヒトリ|シホ/\ト《ながむる》シテ|バツカリ《のみ》居《イ》ヤウヨリハ オレガヤドヘウツシテ植テ 見ハヤシテヤラウモノヲ  餘材にしたがふべし、打聞わろし、 【〇千秋云、ひとりとは、一もとにてあるよしにはあらず、女の男にそはずして、ひとりあるよしにいへる也、】
 
    ものへまかりけるに人の家にをみな|へ《メ》しうゑたりけるを見てよめる      兼覽(ノ)王
女郎花うしろめたくも見ゆる哉あれたるやどにひとりたてれば
 〇アノ女郎花ハ 此アレタヤドニ 見レバ(人モツカズニ) タッタ一人居レバ サテモマアキヅカイナ物カナ
 
    寛平(ノ)御時藏人所のをのこどもさが野に花見むとてまかりたりける時かへるとてみなうたよみけるついでによめる    平(ノ)さだ|ふ《〇清》む
花にあかで何かへるらむをみな|へ《メ》しおほかる野べにねなまし物を
 〇(見事ナ色々ノ)花ヲ ハライツハイエ見ズニ ナゼニ此ヤウニカヘルコトヤラ 女郎花ノ多クアル野デ (コヨヒハ)ネヤウデアツタモノヲ (女ト云名ナレバヨイトマリ所ヂヤニ)
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合によめる   としゆきの朝臣
なに人かきてぬぎかけし藤ばかまくる秋ごとに野べをにほはす
 〇此フヂバカマハ (マヘカタ)何人ノ着テヌギカケテオイタ袴ゾ 毎年/\秋ニナレバ此野ヘンヲニホハス (今ニ此ヤウニニホウハ ナンデモコレハナミタイテイノ人ノ袴デハアルマイ ヨク/\レキ/\ノ人ノ袴デ 香ガヨウシメテアルユヱデアラウ
 
    藤袴をよみて人に遣しける       つらゆき
やどりせし人のかたみかふどばかまわすられがたき香にゝほひつゝ
 〇此藤袴ハ (イツゾヤ此方デ)オトマリナサレタ貴様ノ形見ニオイテ御歸リナサツタ袴デゴザルカ 今ニワスレガタイ香ガニホフ|テサ《つゝ》 (貴様ノコトヲオナツカシウ存ズル)
 
    ふぢばかまをよめる              そせい
ぬししらぬかこそにほへれ秋の野にたがぬぎかけしふぢばかま|ぞ《濁》も
 〇此フヂバカマハ 此秋ノ野ヘ タレガヌイデ掛テオイタ袴ゾマア《ぞも》 主《ヌシ》ノシレヌ香ガサ ニホウテアル
 
    題しらず           平(ノ)貞文
今よりはうゑてだに見じ花すゝきほに出る秋はわびしかりけり
(291) 〇(スヽキハドコニモタクサンニアル物ヂヤガ ソレヤドウモセウコトガナイヂヤガ) 今《一》カラセメテハコチノ庭ニ|ナリトモ《だに》植テハ見ヌヤウニセウゾ アノヤウニ薄ノ穗ガデヽ 秋ノケシキガ見エレバ キツウ物ガナシウテナンギナワイ  だには、なりともの意也、餘材、だにの意、なほとき得ず、
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥    在原(ノ)むねやな
秋の野の草のたもとか花すゝきほに出てまねく袖と見ゆらむ
 〇(スヽキノホノ風デナビクノハ テウド人ガ)色ニデテ(戀シイ人ヲ)マネク袖ノヤウニ見エルガ スヽキノ穂ハ 秋ノ野ノ惣躰ノ草ノ袖カシラヌ  此歌にて袂と袖とは、たゞ詞をかへたるのみにて、同じ意也、  【〇千秋云、かやうに留りたるらんの格、此譯にて心得べし、】
 
                       素性法師
われのみやあはれと思はむきり/”\すなく夕かげのやまとなでしこ
 〇キリ/”\スガ鳴テオモシロイユフカゲニ見事ニ咲テアルアノ撫子《ナデシコ》ト云|兒《コ》ヲ (母親ヤ乳母ナドモ打ソロウテトモ/”\ニテウアイスルヤウニ タレニモカレニモ見セテ賞翫サセタイモノヂヤニ タッタ一人ノ手デソダテル兒ノヤウニ) オ《一》レバカリガ|ア《二》ヽヨイ兒《コ》ヤト云テ獨(リ)見ハヤサウコトカヤ (アツタラ此花ヲ)  餘材後の説ちかし打聞わろし、
 
    題しらず               よみ人しらず
みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋は色々の花にぞ有ける
 。春見夕時ニハ タヾ皆同シ青イ一ツノ草ヂヤトバツカリ思フタガ(サウデハナイ) 秋《四》ニナツテ今見レバ (コレ此ヤウニ)イロ/\ノサ 見事ナ花ヂヤワイ
 
もゝくさの花のひもとく秋の野に思ひたはれむ人なとがめそ
 〇(ソウタイ花ノ開クヲ紐トクト云ヂヤガ) 此ヤウニイロ/\サマ/”\ノ草ノ花ノ帶紐トイテミダレテアル(面白イ)秋ノ野デ (ドレヤコチモアノ花ヲ賞翫シテトモ/”\ニ)ミ《四》ダレテアハウヲツクサウ (人ガ見タナラ) ア《五》レハマア何事ヂヤトフシンニ思ウデアラウガ ユルセ/\
 
月草にころもはすらむ朝露にぬれてのゝちはうつろひぬとも
 〇キルモノヲバ 月草ノ花デスラウ (エイ色ナ物ヂヤ シタガ外ヘ色ノウツリヤスイ物ヂヤニヨツテ) 朝ノ露ニヌレタラ 色ガ外ノ物ヘウツツテシマハウモシレヌガ エイワサ 後ニハウツツタト云テモ
 
    仁和のみかどみこにおはしましける時ふるのたき御覽ぜむとておはしましける道に遍昭が母の家にやどり給へりける時に庭を秋のゝにつくりておほむ物がたりのついでによみて奉りける  僧正遍昭
(292)里はあれて人はふりにしやどなれや庭もまがきも秋の野らなる
 〇(此ヤドノ義ハ) 里ハアレマシタ里也 住デヲリマスル者ハ老人也 (致シマスレバ諸事不都合ナ)宿《三》ユヱカ《なれや》致シマシテ 庭モ籬モ (御覽下サレマストホリ) トントハヤ秋ノ野原デゴザリマス  上(ノ)の二(ツ)のはもじ、心をつくべし、
 
古今和歌集卷第五遠鏡
 
  秋歌下
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥   文屋康秀
吹からに秋の草木のしをるればうべ山風をあらしといふらむ
 〇フクトソノマヽ 秋ノ草ヤ木ガアノヤウニシヲレヽバ 尤ナコトヂヤ《うべ》 ソレデ山ノ風ヲアラシトハ云デアラウ  【〇千秋云、あらしといふ名は、此哥のごとく、物をあらす意にて、令《シ》v荒《アラ》か、又あらき風といふことか、風をしといふ也、】
 
草も木も色かはれどもわ|た《〇清》つ《〇清》海の浪の花にぞ秋なかりける
 〇草デモ木デモ (此秋ト云時節ガアツテ) 皆色ガカハツテ枯テシマウケレドモ アノ海ノ浪ノ花|バツカリガ《ぞ》 (イツデモ同シヤウニ咲テ) 秋ト云コトガナイワイ
 
    秋の哥合しける時によめる      きのよしもち
もみぢせぬときはの山はふく風の音にや秋をきゝわたるらむ
 〇秋デモ木(ノ)葉ノ色ノカハルト云コトモナウテ常住同シコトヂヤト云常磐山デハ (時節ガイツヂヤカシレマイガ) 秋ヂヤト云コトハ風ノ吹(ク)音バカリデヨソニ聞テ|タテル《わたる》デアラウカ
 
    題しらず              よみ人しらず
霧たちて鴈ぞなくなるかた岡のあしたの原はもみぢしぬらむ
(293) 〇霧ガ立テアレ鴈ガサナクワ (コレデハモウ片岡ノ朝ノ原ハ 紅葉シタデアラウ
 
かみな月しぐれもいまだふらなくにかねてうつろふ神な|び《ミ》のもり
 〇(木(ノ)葉ヲソメル)十月ノ時雨モマダフラヌノニ神ナビノ杜ハ ハヤカネテ チヤント色ガ染(マ)ツタ
 
ちはや|ぶ《濁》る神な|び《ミ》山のもみぢ葉に思ひはかけじうつろふものを
 〇(心ノカハリヤスイ人ニ思ヒヲカケルハアハウナコトヂヤガ) 此神ナミ山ノ紅葉モ (ソンナモノヂヤ) 思ヒハカケマイゾ ホドナウチツテシマウモノヲ
 
    貞觀(ノ)御時綾綺殿のまへに梅の木有けりにしのかたにさせりける枝のもみぢはじめたりけるをうへにさ|ふ《ム》らふをのこどものよみけるついでによめる                藤原(ノ)かちおむ
同じえをわきてこのはのうつろふは西こそ秋のはじめなりけれ
 〇同シ一本ノ木ノ枝ヂヤニ (西ノ方ヘサシタ枝ガ) トリ分テアノヤウニ色ノカハツタヲ見レバ ナルホド西ガサ 秋ノハジメヂヤワイノ
 
    いし山にまうでける時おとは山の紅葉を見てよめる   つらゆき
秋風の吹にし日よりおとは山みねの梢も色づきにけり
 〇秋ノタチソメタ日カラシテ風ノ音モカハツテキタガ 今日見レバ此山ノ木共モソロソロ色ガツイテキタワイ  【〇千秋云、此譯にて、上句を心得べし、梢もといへるにて、風の音もかはりたる意を、思はせたるものなり、】
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合によめる      としゆきの朝臣
白露の色はひとつをいかにして秋のこのはをちゞにそむらむ
 〇露ノ色ハ皆同シ一(ツ)ノ白イ色ヂヤニドウシテ秋ノ木ノ葉ヲアノヤウニイロ/\ノ色ニソメルコトヤラ  【〇千秋云、ひとつをのをは、ものをの意にて、ひとつなるものをといへるなり、】
 
秋の夜の露をば露とおきながら鴈の涙や野べをそむらむ
 〇秋ノ夜ノ露ヲバ白イ露デ|ソ《三》ノマヽデオイテ 別《ベツ》ニ鴈ノナク涙デアノ野ノ草木ヲバソメルカシラヌ
 
    題しらず             よみびとしらず
秋の露いろ/\こ《〇清》とにおけばこそ山のこのはの千種なるらめ
 〇(秋ノ露ハタヾ白イ物ヂヤトバカリ思フテ居ルガサウデハナイサウナ) 色々チガウテオクサウナ ソレデコソ染《ソマ》ツタ山ノ木(ノ)葉ガアノヤウニサマ/”\ノ色デアラウ
 
    もる山のほとりにてよめる       つらゆき
しら霞もしぐれもいたくもる山は下葉のこらず色づきにけり
 〇露モ時雨モキツウモル此守(ル)山ノ木共ハ下葉マデノコラズ色ヅ(294)イタワイ
 
    秋のうたとてよめる         ありはらのもとかた
雨ふれど露ももらじをかさどりの山はいかでかもみぢそめけむ
 〇カサドリ山ハ (傘《カサ》ヲモツト云名ナレバ) 雨ガフツテモ 露ホドモモリハスマイニ ドウシテアノヤウニ紅葉シソメタコトヤラ
 
    神のやしろのあたりを|まかり《ヨホリ》ける時にいがきのうちの紅葉を見てよめる                つらゆき
ちはや|ぶ《濁》る神のい|が《濁》きにはふくずも秋にはあへずうつろひにけり
 〇コレハマア神社ノイガキニハウテアル葛ナレバ (神ノ御守リデ 色ハカハリソモナイモノナレド) ソレデモ秋ニハエコタヘズニ色ガカハツタワイ
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合によめる     たゞみね
雨ふればかさどり山のもみぢ葉はゆきかふ人の袖さへぞてる
 〇〔一〕笠取山ノ紅葉ハ (コトノ外ヨウ染テ) 往來ノ人ノ袖マデサ色ガカヾヤイテテリマス
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥   よみ人しらず
ちらねどもかねてぞをしきもみぢ葉は今はかぎりの色と見つれば
 〇此紅葉ヲ見レバ マダチリハセネドモ チラヌサキカラサ惜イ モウ《今》十分ニソメタレバオツツケチルデアラウト思ヘバサ
 
    やまとの國にまかりける時さほ山に霧のたてりけるを見てよめる  きのとものり
たがためのにしきなればか秋霧のさほの山べを立かくすらむ
 〇此サホ山(ノ紅葉)ハ タガタメニドノヤウニ大切ニスル錦デ アノヤウニ霧ガカクシテ(人ニモ見セヌ)コトヤラ (セツカク紅葉ヲ見ヤウト思フテキタニ)
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥     よみ人しらず
秋ぎりはけさはなたちそ佐保山のはゝその紅葉よそにても見む
 〇霧ハドウゾケサハ立テクレルナイ アノサホ山ノ柞ノ紅葉ヲヨソカラナリトモ見ヤウニ
 
    秋の歌とてよめる          坂上(ノ)これのり
さほ山のはゝその色はうすけれど秋は深くもなりにけるかな
 〇(ソウタイ柞ノ木ト云モノハナンボ染テモ色ノアマリ濃《コ》ウハナラヌ物ナレバ) 今此サホ山ノ柞モ色ハウスウテ深ウハナイケレドモ(アノケシキヲ見レバ) サテ/\マア秋ハイカウ深ウナツタコトカナ
 
    人のせんざいに菊にむすびつけてうゑける哥  ありはらのなりひらの朝臣
うゑしうゑ|ば《濁》秋なきときやさかざらむ花こそちらめ根さへ枯めや
 〇(カウシテ) ウヱテサヘオイタナラバ (コレカラ後) 秋ト云時ガナイコトガアツタラバコソサカヌコトモアラウカシラヌガ (秋ト云(295)時節サヘアラバ 咲(カ)ヌト云コトハアルマイ 此今年ノ)花コソチツテシマハウケレ 根マデガ枯ウカ根ハカレハセネバ (イツマデモ毎年秋ハ咲(ク)デアラウハサテ)
 
    寛平(ノ)御時きくの花を|よませ給うける《オヨマセナサレタ》
とし行(ノ)朝臣
ひさかたの雲のうへにて見る菊はあまつ星とぞあやまたれける
 〇カヤウニ禁中デ見マスル菊ノ花ハ 雲ノウヘデゴザリマスニヨツテ 天《テン》ノ星ヂヤトサ トリチガヘラレマスルワイ
      此哥はまだ殿上ゆるされざりける時にめしあげられてつかうまつるとなん
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥       紀(ノ)友則
露ながらをりてかざゝむ菊の花おいせぬ秋の久しかるべく
 〇(菊ノ露ハ壽命ヲ長ウスル物ヂヤトキケバ) イツマデモ年《四》ノヨラヌ秋ヲ久シウ重ネテ長生《ナガイキ》ヲスル|ヤウニ《ベク》 此《三》菊ノ花ヲ露《一》モソノマヽデ折テ頭ヘサヽウ 
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥    大江(ノ)千里
うゑし時花まちどほに有し菊うつろふ秋にあはむとや見し
 〇春ウヱタ時ニハ (早ウ花ノサク秋ニシタイト)マチドホニ思フタ菊ガマア 盛(リ)ガ過テモウ色ノカハツテシマウ時節ニナツテ 此ヤウニナツタノヲ見ヤウトハ思フタカイ  【〇千秋云、結句やもじは、やはの意にて、うつろふ秋にあはむとは思はざりしものをといへる也、】
 
    おなじ御時せられける菊合にすはまをつくりて菊の花うゑたりけるにくはへたりける哥ふきあげの濱のかたに菊植たりけるをよめる  すがはらの朝臣
秋風の吹上にたてるしらぎくは花かあらぬか浪のよするか
 〇秋風ノフク吹上ノ濱ニアル アノ白イ菊ノ花ハ 花カ サウデハナイカ 浪ノヨセルノカ (風ガフクナレバ浪ノヨセルヤウニモ見エルガ)
 
    仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる  素性法師
ぬれてほす山路のきくの露のまにいつか千年を我はへにけむ
 〇(在所ヘカヘツテ見タレバモハヤ千年モ過タヤウスヂヤガ オレハ仙人ノスミカヘイクトテ) 山道ノ菊(ノ)花ノ中ヲ分テイテ其菊ノ露ニキル物ノヌレタヲ干《ホ》ス間(タ)ホドノチツトノマデアツタニ イツノマニマア千年モタツタコトヤラ
 
    きくの花の|もと《ソバ》にて人の人まてるかたをよめる  とものり
花見つゝ人まつときはしろたへの袖かとのみぞあやまたれける
 〇庭ノ菊(ノ)花ヲ見(イ)/\クル人ヲ待テ居ルトキニハ ソノ白イ花ガ (296)ソノクル人ノ白イ衣ノ袖ノヤウニ見エテ ヒタモノ《のみ》 ソヂヤカトトリチガヘラルヽワイ
 
    大澤の池のかたに菊うゑたるをよめる
一もとゝ思ひしきくをおほさはの池の底にもたれかうゑけむ
 〇タッタ一本ヂヤト思フタ菊(ノ)花ヂヤニ (アレ此池ノ底ニモアルワ アレハ)誰ガ 池ノ底ヘモウヱタコトヤラ (イヤ/\ヨウ見レバ影ノウツヽタノヂヤ)  【〇千秋云、これまで四首の題は、みなかのすはまのかた也、】
 
    世中のはかなきことをおもひけるをりにきくの花を見てよめる  つらゆき
秋のきくにほふかぎりはかざしてむ花よりさきとしらぬ我身を
 〇菊ノ花ヲ カウ咲テアルウチハ散ルマデハ カザシテアソバウゾアノ花ヨリサキヘ死ナウモシレヌ我身ヂヤモノヲ (アソバイデハ)
 
    白菊の花をよめる            凡河内(ノ)みつね
心あてにをらばやをらむ初霜のおきまどはせるしらぎくの花
 〇アノヤウニ初《三》霜ガオイテ 花ヤラ霜ヤラシレヌヤウニマガウテ見エル 白イ菊ノ花ハ|タ《一》イガイスイリヤウデ ヲ《二》ラバ折(リ)モセウカ(ナカ/\見分ラルヽコトデハナイ)
 
    是貞みこの家の哥合のうた       よみびとしらず
いろかはる秋のきくをば一とせにふたゝびにほふ花とこそみれ
 〇ハジメノホドヽハトント格別ニ色ノカハツタアノ菊ノ花ハ (同シ本《モト》ノ花トハ見エヌ)一年ノ内ニ二度サイタ花ヂヤトサ思ハルヽ  餘材、下句意違へり、打聞よろし、
 
    仁和寺にきくの花めしける時に哥そへて奉れとおほせられければよみて奉りける           平(ノ)さだ|ふ《〇清》ん
秋をおきて時こそ有けれきくの花うつろふからに色のまされば
 〇キ《三》クノ花ハウツロイマシテカラ 又カヤウニ始(メ)ヨリハ色ガマサリマスレバ (秋ノ一(ト)サカリバカリデハゴザリマセヌ 秋《一》ガ過テカラ又マイチド盛(リ)《二》ノ時節ガサゴザリマス (恐レナガラ陛下《ゴゼン》ノ御義モ此菊ノ花ノトホリト存ジ奉リマス)
 
    人の家なりけるきくの花をうつしうゑたりけるをよめる  つらゆき
咲そめしやどしかはれば菊の花色さへにこそうつろひにけれ
 〇此菊ノ花ハ始メニ咲タヤドヽ ヤドガ替ツテウツヽタレバ (所ノウツヽタバカリカ) 花ノ色マデガサ アノヤウニウツヽテカハツタワイ
 
    題しらず               よみ人しらず
佐保山のはゝその紅葉ちりぬべみよるさへ見よとてらす月影
(297) 〇アノサホ山ノ柞ノ木ノモミヂガ オツヽケ散(ラ)ウヤウニ見エルニヨツテ (晝バカリデナシニ)夜(ル)モ人ニ見ヨト云テ アノヤウニ月ガアカイ
 
    みやづかへ久しうつかうまつらで山里にこもり侍りけるによめる    藤原關雄
おく山のいはかきもみぢちりぬべしてる日の光見る時なくて
 〇此ヤウニ高イ岩ノ築地《ツイヂ》ノヤウニ立(ツ)テアル陰《カゲ》ニアル奥山ノ紅葉ハ 日ノ光ヲ見ル時モナシニ散テシマウデアラウト思ハレルガ (アヽクチヲシイオレガ身ノウヘモテウド此紅葉ト同シコトヂヤ)
 
    題しらず                よみ人しらず
立田川もみぢみだれてながるめり渡らば錦中や絶なむ
 〇立田川ハ紅葉ガチリミダレテ今|最中《サイチウ》流レル|ヤウスニ《めり》思ハレル ソレデハ今渡ツタナラバ アツタラ錦ガマン中カラキレルデアラウカイ
       此哥はある人ならのみかどの御哥也となむ申す
 
たつた河もみぢ葉ながる神な|び《ミ》のみむろの山に時雨ふるらし
 〇此川ニ紅葉ガナガレル 神ナビノ御室ノ山ニ時雨ガシテ(風ガフク)サウナ《らし》  時雨といふに、風のふくことを、もたせたるなるべし、
       又はあすか川もみぢ葉流る、〔此哥不注人丸哥〕
 
戀しく|は《〇清》見てもしのばむもみぢ葉をふきな散しそ山おろしの風
 〇(紅葉ハモウ散テシマウタガ 今カラモ) 散タ紅葉ノ戀シイ時ニハ (此落葉ヲ)ナリトモ《も》見テ愛《アイ》セウニ ソノヤウニヨソヘフキチラシテヤルナイ コレ山オロシノ風ヨ  【〇千秋云、此もみぢ葉は、ちりしきたる落葉をいへる也、見てもといふにて、然聞えたり、せめては落葉を見ても也、ももじあはれ也、】
 
秋風にあへずちりぬるもみぢばのゆくへさだめぬ我ぞかなしき
 〇秋風ニエコタヘズニ散ルアノ紅葉ノ (アチヤコチヤ散テイテ) ドコトモイク方ノ定マラヌヤウニオレガ身モ 行末ノドウナルコトヤラシレヌガカナシイ
 
秋はきぬ紅葉はやどにふりしきぬ道ふみ分てとふ人はなし
 〇物《一》ガナシイ時節ニハナツタ也 紅《二》葉ハ庭ヘチツテシマウ ソノ散シイタ落葉ヲフミ分テタレモ尋ネテクル人ハナシ (サテモ/\何モカモソロウテサビシイコトカナ)  三つのはもじに、心をつくべし、 餘材に、初句を、秋の暮(レ)は來《キ》ぬといへるは、しひごと也、秋とは、物がなしき時節といふ意にいへる、例おほし、
 
ふみわけてさらにやとはむもみぢ葉のふりかくしてし道と見ながら
 〇(アノ家ヘハイル道ハ) アノヤウニ紅葉ガチリシイテ (タレモ人ノシラヌヤウニ フミ分テコヌヤウニト)隱《カク》シテアル道ヂヤニ サウト見ナガラ ソレヲフミ分テ今サラ見舞(フ)ベキコトカ サウト見ナガラフミ分テ見|舞《マ》ハウヤウハナイ
 
(298)秋の月山べさやかにてらせるはおつる紅葉のかずを見よとか
 〇月ノアノヤウニ山ヲサヤカニテラスノハ オチル紅葉ノ數ハイクツヂヤト云コトヲトクト見ヨトテノコトカヤ
 
吹風のいろのちくさに見えつるは秋のこのはのちればなりけり
 〇(風ニハ色ハナイモノヂヤニ) アノヤウニ風ノフク色ガ イロ/\ニ《ちくさに》見エルハ (ドウシタコトカト思ヘバ) 紅葉ノチルユヱヂヤワイ
 
霜のたて露のぬきこそよわからし山の錦のおればかつちる
 〇(山ノ紅葉ハ露ヤ霜ニ染(マ)ツテソシテ錦ノヤウニナルヂヤ スレヤ霜ト露トガ錦ノハタヲ織ル竪《タツ》ト横トノ糸ノヤウナ物ヂヤガ) ソノ露ト霜トノタテヨコノ糸ガサ弱《ヨワ》イ|サウナ《らし》 (ソレユヱカシテ) アノ紅葉ノ錦ガ 織ルカト思ヘバ ハヤ片一方《かつ・カタイツハウ》カラ破レルヤウニチリマス
 
    うりんゐんの木のかげにた|ゝ《〇清》ずみてよみける    僧正遍昭
わびびとのわきて立よるこの本は頼むかげなく紅葉散けり〔二九二〕
 〇ナンジフナ身ハ (ナニカラナニマデナンジフナモノカナ コレハ頼モシイヨイ陰《カゲ》ヂヤト思フテ)見タテテ《わきて》立ヨル木ノ本ハ (ヨニモ早ウ)紅葉ガチツテシマウテ頼ムベキカゲモナクナツテシマウタワイ 又ナンジフナ者ノ立ヨル木ノ本ハ トリワケテ《ワキテ》早ウ
 
    二條(ノ)后の春宮のみやす所と申ける時に御屏風にたつた川に紅葉ながれたるかたをかけりけるを題にてよめる       そせい
もみぢ葉の流れてとまるみなとにはくれなゐ深き浪やたつらむ
 〇此立田川ノ紅葉ガ ヅツト下ヘナガレテイテ トマル湊ノアタリニハ マツカイナ色ノヨイ浪ガタツデアラウカ
 
                            なりひらの朝臣
ちはや|ぶ《濁》る神代もきかず立田川からくれなゐに水く|ゝ《〇清》るとは    
 〇(此立田川ヘシゲウ紅葉ノ流レルトコロヲ見レバ トント紅鹿子《ベニガノコ》紅《ベニ》シボリト見エルワイ サテ/\奇妙ナコトカナ 神代ニハサマ/”\ノキメウナ事共ガアツタヂヤガ) 此ヤウニ川ノ水ヲ紅《ベニ》ノクヽリゾメニシタト云コトハ 神代ニモイツカウキカヌコトヂヤ  【〇千秋云、くゝりぞめは、令式などにも見えて、纐纈といへる是也、】
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥
わが來つるかたもしられずくら|ぶ《濁》山木々のこのはのちりとまがふに     としゆきの朝臣
 〇此クラブ山ノ木ドモノコノハノ最中チリマガウノデ 今トホツテ來タ方モ(ドチカラキタヤラ)シレヌ
 
                        たゞみね
(299)神な|び《ミ》のみむろの山を秋ゆけば錦たちきるこゝちこそすれ
 〇今秋ノコロ此神ナビノミムロノ山ヲトホレバ (紅葉ガチリカヽルデ) 錦ヲ着《キ》るコヽロモチガサスリワイ  【千秋云、たちの譯なきは、俗語には、此詞なきがよろしきなるべし、】
 
    北山にもみぢをらむとてまかれりける時によめる    貫之
見る人もなくて散ぬるおく山の紅葉はよるのにしきなりけり
 〇(ナンデモセンノナイコトヲバ夜(ル)ノ錦ト云ヂヤガ) 見ル人モナシニ此ヤウニムダニ散テシマウタ奥山ノ紅葉ハ (ナンボ見事デ錦ノヤウデモ) マコトニ夜(ル)ノ錦ヂヤワイ
 
    秋のうた                    かねみの王
立田姫たむくる神のあればこそ秋の木(ノ)葉のぬさと散るらめ
 〇立田姫ハ(神樣ヂヤガ ソレデモ又)御手向(ケ)ナサル神樣ガアル|ヤラ《らめ》)コソ (御自身ノ御染ナサツタ)紅葉ガ アレトント手向ノ麻《ヌサ》ヲチラスヤウニチリマス
 
    小野といふところにすみ侍ける時もみぢを見てよめる  つらゆき
秋の山紅葉をぬさとたむくればすむ我さへぞ旅ごゝちする
 〇秋ノ山デハ (アレアノトホリニ) 紅葉ノチルヤウスガ テウド旅人ノ道クダリ神々へ 麻《ヌサ》ヲチラシテ手向テユクヤウニ見エルニヨツテ 住デ居ルコチマデガサ ドウヤラ旅ノコヽチガスル
 
    神な|び《ミ》山を過てたつた川を渡りける時に紅葉のながれけるをよめる    きよはらのふかやぶ
神な|び《ミ》の山をすぎゆく秋なれば立田川にぞぬさはたむくる
 〇(コチモ今神ナビ山ヲ過テキテ立田川ヲ渡ルガ 暮テユク秋モソノトホリデ神ノゴザル)神ナビ山ノ(紅葉ハモウ散テ) ソコハ過テ西ヘユケバ アレアノヤウニ紅葉ノヌサヲバ立田川ヘサタムケマス  神なび山は、山城國乙訓郡、立田川は其西にて、津(ノ)國嶋上郡也、ともに山崎のあたり也、此事別に考(ヘ)有(リ)、  【〇千秋云、師の此考へ、玉勝間の初若葉(ノ)卷に、くはしく見えたり、】
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥      藤原(ノ)おき風
白浪に秋のこのはのうか|べ《メ》るをあまのながせる船かとぞ見る
 〇浪ノウヘヘ木(ノ)葉ノチツテウイテアルノハ 獵師ノ流シタ船デハナイカトサ見エル
 
    立田川のほとりにてよめる         坂上(ノ)是則
もみぢ葉のながれざりせば立田川水の秋をはたれかしらまし
 〇(木(ノ)葉ノ青イノハ色ノカハルデ秋ガシレルガ 水ノ青イノハ色ノカハラヌ物ナレバ 秋ガシレヌニ) 今立田川ノ(水ヲ見レバ 紅葉ガ流レルデ秋ヂヤト云コトガシレタ) モシ此ヤウニ紅葉ノナガレルコトガナイナラバ 水ノ秋ヲバドウシテ誰(レ)ガシラウゾ (シルモノ(300)ハアルマイ)
 
    しがの山ごえにてよめる         はるみちのつらき
山河に風のかけたるしがらみは流れもあへぬもみぢなりけり
 〇山川ヘアレ風ガモテキテシガラミヲカケタト見エルノハ エナガレモセズニトマツテアル紅葉ヂヤワイ (アレハ風ガフクデアマリシゲウ紅葉ガチツテセキカケ/\流レテクルニヨツテ サラ/\ト下ヘエ流(レ)テハイカズニアノトホリニシガラミノヤウニヨドムヂヤ)
 
    池のほとりにて紅葉のちるをよめる       みつね
風ふけばおつるもみぢ葉水清みちらぬ影さへ底に見えつゝ
 〇風ガフケバ (チトヅヽソロ/\)紅葉ガチリカケタガ 此池ノ水ガキヨサニ マダチラズニ枝ニアル紅葉ノ影マデガ 底ヘヨウウツツテ (ハヤ大分チツタヤウニ)見エル
 
    亭子院の御屏風の繪に川わたらむとする人のもみぢのちる木の本に馬をひかへてたてるを|よませ給ひ《オヨマセナサレ》ければつかうまつりける
たちとまり見てを渡らむもみぢばゝ雨とふるとも水はまさらじ
 〇シバラク立トマツテアノ紅葉ヲ見テカラ此川ハ渡ラウ (雨ガフレバ水ガマシテ川ガ渡ラレヌヂヤガ) 紅葉ハ雨ノヤウニナンボフツタトテモ 水ハマシハスマイホドニ
 
    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥         たゞみね
山田もる秋のかりほにおく露はいなおほせ鳥の涙なりけり
 〇秋ノコロ山ノ田ノ番ヲスル此小屋ヘ此ヤウニ露ノオイタハ 稻負(セ)鳥ガ(此ゴロハ來テシゲウ鳴ケバ) ソノナミダヂヤワイ(コレハ)
 
    題しらず                よみ人しらず
ほにも出ぬ山田をもるとふぢ衣いなばの露にぬれぬ日はなし
 〇マダ穗モデヌ山ノ田ヲトウカラ番ヲスルトテ 毎日/\稻ノ葉ノ露デキルモノヽヌレヌ日ト云ハナイ (百姓ト云モノハアヽヽナンギナモノヂヤ 此ヤウナヤウスヲ上《カミ》ニハ御存知アルマイガ)  藤衣は、いやしき者のきもの也、  【〇千秋云、こは君たる人は、ことに深く心をとめて、味ひ給ふべき歌也、下として、貴き人の御心ばへをも知(リ)奉り、又貴き人の、下が下の有さまをも、よくしろしめすべきは哥也、】
 
かれる田におふるひつちのほに出ぬは世を今さらにあきはてぬとか
 〇苅テシマウタ田ヘ 又アトヘハエタヒヅチノ穗ノデヌノハ 時節モモウ秋ガハテタ也 世(ノ)中ヲモウアキハテタレバ 今サラ穗ヲダサウヤウハナイト思フテノコトカイ  【〇千秋云、今さらにといふ詞は、三の句の上へうつして心得べし、】
 
(301)    北山に僧正遍昭とたけがりにまかれりけるによめる   そせい法師
もみぢ葉は袖にこきいれてもて出なむ秋は限と見む人のため
 〇此紅葉ヲバ袖ヘコキオロシテ入レテ持テ此山ヲ出テ (インデミヤゲニ)セウ 人ハ定メテ秋ハモウハヤシマイヂヤト思フテ居ルデアラウガサウ思フテ居ル人ノタメニサ
 
    寛平(ノ)御時ふるき歌たてまつれとおほせられければ立田川もみぢ葉ながるといふ歌をかきてそのおなじ心をよめりける    おきかぜ
みやまより落くる水の色見てぞ秋はかぎりと思ひしりぬる
 〇(モシヤ深山ナドニハマダ秋ガ殘ツテアルデモアラウカト思フタガ) 此ヤウニ深山カラ (散タ紅葉ノ)流レテクル水ノ色ヲ見レバサ サテハモウイヨ/\秋ハシマヒニナツタト思ヒシツタ
 
    秋のはつるこゝろを立田河に思ひやりてよめる   つらゆき
年ごとにもみぢ葉ながすたつた川みなとや秋のとまりなるらむ
 〇毎年/\秋ノ紅葉ヲ (筏ヤ船ノヤウニ)流シテヤル立田川ハ 川下ノ湊ガ秋ノトマル所デアラウカイ (ソレナラ湊ヘ尋ネテイテ秋ニアヒタイモノヂヤ クレテユクノハノコリオホイ秋ヂヤニ)
 
    ながづきのつごもりの日大井にてよめる
夕月夜をぐらの山に鳴鹿の聲のうちにや秋はくるらむ
 〇〔一〕(ケフハ九月晦日デモウ日モクレカタニナツタガ) アレアノ小倉山デ鹿ノナク 長イ聲ノキレヌウチニ ハヤ秋ハクレテシマウデアラウカ
 
    同じつごもりの日よめる         みつね
道しらばたづねもゆかむもみぢ葉をぬさと手向て秋はいにけり
 〇秋ハモウ紅葉ノチルノヲ(道ノ神ヘノ)麻《ヌサ》ニシテ手向テ (旅立シテ)インデシマウタワイ (サテモ/\ノコリオホイコトカナ) 道ヲシツタナラ跡カラ尋ネテナリトモユカウ
 
(302)古今和歌集卷第六遠鏡
 
  冬歌
 
    題しらず
たつたがは錦おりかくかみな月しぐれの雨をたてぬきにして  よみ人しらず
 〇立田川(ヘ紅葉ノ散テ流レルトコロヲ見レバ) 時雨ノ(糸ノヤウ)ナ雨ヲ 竪横《タツヨコ》ノ糸ニシテ 機《ハタ》ヘ|カケ《かく》テ錦ヲ織ル(ト見エル)
 
    冬の哥とてよめる        源(ノ)宗于(ノ)朝臣
山里は冬ぞさびしさまさりける人めも草もかれぬと思へば
 〇山里ハ(イツデモサビシイガ) 冬ハサベツシテサビシサガマシタワイ (人ノコヌコトヲ人目ガカレルト云ヂヤガ 今マデハタマ/\見エタ)人目モカレル 草モ枯(レ)タニヨツテサ  かれぬと思へばゝ、たゞかれぬればといふに同じ、思に意なし、此例多し、
 
    題しらず              よみびとしらず
大空の月のひかりし清ければ影見し水ぞまづこほりける
 〇(昨夜《ユフベ》ノ)ソラノ月ガキツウサエタニヨツテ ソノ影ノ見エタ水ガサ (ケサハアレアノヤウニ)マヅ一バンニコホツタワイ  【千秋云、三の句、菅家萬葉朗詠などに、寒ければとある、その方まさりて聞ゆ、】
 
夕|さ《〇清》れ|ば《濁》は衣手さむしみよし野のよしのの山にみ雪ふるらし
 〇(此ゴロハ) ユフカタニナレバ イカウ寒イ マ一ツ着《キ》ニヤナラヌ コレハモウ吉野山ヘハ雪ガフツタ|サウナ《らし》
 
いまよりはつぎてふらなむわがやどの薄おしなみふれる白雪
 〇コレカラハツヾイテ段々フレカシ コチノ庭ノスヽキヲオシナビカシテツモツタアノ雪(ノケシキキツウオモシロイ)
 
ふる雪はかつぞけぬらしあし|ひ《〇清》きの山の瀧つせ音まさる也
 〇山ハ雪ガフルヤウスヂヤガ フルウチニ ハヤ片一方《かつ》カラサキエル|サウナ《らし》 (ソノ雪ドケト見エテ) アノ山カラ流レオチル川ノ水ガマシテ 音ガアレ高ウナツタワ
 
此川にもみぢ葉ながるおく山の雪けの水ぞ今まさるらし
 〇此川へ紅葉ガ流レル (コレマデハ流レテコナンダガ) 今《五のいま》アノヤウニ流レテキタノハ 川上ノ奥山ノ雪ドケデ水ガサ マシタサウナ (ソレデ川上ニヨドンデアツタ木(ノ)葉ガ今流レテクルヂヤ)
 
故郷はよしのの山しちかければひと日もみ雪ふらぬ日はなし
 〇此吉野ノ里ハ高山ガ近イニヨツテ ケガナ一日モ雪ノフラヌ日ト云ハナイ
 
我やどは雪ふりしきて道もなしふみ分てとふ人しなければ
(303) 〇コチノ庭ハ イチメンニ雪ガツモツタマヽデ道モナイ フミ分テ尋ネテクル人ガナイヂヤニヨツテサ (通《トホ》ツテクル人ガアラウナラセメテ道ハシレテアラウニ)
 
    冬の歌とてよめる         紀(ノ)貫之
雪ふれば冬ごもりせる草も木も春にしられぬ花ぞさきける
 〇冬《二》ガレデマダメモデヌ草モ木モ 雪ガフレバ 春ニハサタナシノ花ガササイタワイ (ソウタイ花ハ春ニナツテ咲クモノジヤニ
 
しがの山ごえにてよめる            きのあきみね
白雪のところもわかずふりしけばいはほにもさく花とこそ見れ
 〇雪ガドコト云コトナシニ タヒラ一メンニツモツタレバ (木デハナウテ花ノサクマイ)岩ヘモサ 花ガ咲タト見エル  【〇千秋云、志賀の山ごえは、花の名どころなれば、春の花のことを思ひて、よめるならんか、】
 
    ならの京にまかれりけるときにやどれりけるところにてよめる  坂上(ノ)これのり
みよし野の山のしら雪つもるらし故郷寒くなりまさるなり
 〇今夜ハ吉野山ノ雪ガイカウツモルサウナ ソレデ此ヘンマデガ此ヤウニ ダン/\サムサガマサルヂヤ
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥   ふぢはらのおきかぜ
浦ちかくふりくる雪はしら浪の末のまつ山こすかとぞみる
 〇(カノ奥州ノ末ノ松山ト云所ハ古哥ニ浪モコエナントヨンデアツテ名ノ高イコトヂヤガ) 今カウ海邊近イ所へ雪ノフツテクルケシキハ 白イ浪ガマコトニソノ末ノ松山ヲサ コエルノカト見エル  餘材、此初句を末の松山のあたりの浦と見たるにや、ひがこと也、此浦は、いづくにまれ、海の浦也、
                                                     壬生(ノ)忠岑
みよし野の山のしら雪ふみ分ていりにし人のおとづれもせぬ
 〇吉野山ヘ深イ雪ヲフミ分テコモツタ人ガ 其後一向ニオトヅレモナイガ (雪ガ段々フカウナツテ便(リ)モシラレヌコトカ イヨ/\無事ナカ 寒氣ノツヨイトコロナレバモシワヅラハレナドハセヌカ アンジラルヽワイ)
 
白雪のふりてつもれる山里はすむ人さへや思ひきゆらむ
 〇雪ノフツテ段々フカウツモツタ山里ハ (サゾヤ寒ウハアラウシ サビシウハアラウシ サウ云所デハ) 住デ居ル人マデガ 心ノキエイルヤウニ思フデカナアラウ (雪ハシマイニハ消ルモノヂヤガソノ雪ノヤウニサ心マデガ)
 
(304)    雪のふるを見てよめる     几河内(ノ)みつね
雪ふりて人も通はぬ道なれや跡はかもなくおもひきゆらむ
 〇(雪フリニカウシテ居ル我心ハ タトヘバ) 此ヤウニ雪ガフツテ人《二》ドホリモタエテ 足《四》跡モナウナツテ ソコト云筋モシレヌヤウニ消テシマウ道《三》ノヤウナ物ヂヤ|ヤ《三や》ラ《五らん》カウシテ居ル心ガキエルヤウナ  【〇千秋云、三の句のなれやと、結句のらんとのあつかひ、此譯をよく味ひてしるべし、】
 
    雪のふりけるをよみける         清原(ノ)ふかやぶ
冬ながら空より花のちりくるは雲のあなたは春にやあるらむ
 〇マダ冬ナガラ空カラアノヤウニ花ノ散テクルハ アノ雲ノアチラハモウ春ヂヤカシラヌ
 
    雪の木にふりかゝれりけるをよめる      つらゆき
冬ごもりおもひかけぬをこのまより花と見るまで雪ぞふりける
 〇今ハ冬ガレデマダメモデヌアノ木ナレバ 思ヒガケモナイニ枝ノアヒダカラ花ノチルト見エルホドニサ 雪ガフルワイ
 
    やまとの國にまかれりける時に雪のふりけるを見てよめる   坂上(ノ)これのり
朝ぼらけ有明の月と見るまでによしのゝ里にふれる白雪
 〇カウ夜ノクワラリツトアケタ時ニ見レバ テウド有明ノ月ノ殘ッタ影ト見エルホドニ吉野ノ里ヘ雪ガフツタ  【千秋云、朝ぼらけのほらけは、朗明《ホガラアケ》のつゞまりたる也、集中戀三に、しのゝめのほがら/\と明ゆけば云々、是也、】
 
    題しらず               よみ人しらず
けぬがうへに又もふりしけ春霞たちなばみ雪まれにこそ見め
 〇此雪ハ マダキエヌウヘヽモ又ツヾイテフリカサナレ オツヽケ春ガキテ霞ノタツ自分ニナツタラ マレニコソフリモセウケレ 度々ハ見ラレマイホドニ
 
梅花それとも見えずひさ|か《〇清》たのあまぎる雪のなべてふれれば
 〇〔三〕〔あまぎる〕雪ガオシナメテドコモカモフツタレバ 梅ノ花ガ梅ノ花トモ見エヌ (同シ白サヂヤニヨツテ
       此歌はある人のいはくかきの本(ノ)人まろがうたなり
 
    梅の花に雪のふれるをよめる    小野(ノ)たかむらの朝臣
花の色は雪にまじりて見えずとも香をだにゝほへ人のしるべく
 〇花ノ色ハ雪ニマジツテ (ソレト分レテ)見エズトモ人《五》ガ梅ノ花ヂヤトシル|ヤウニ《べく》 セメテ香ナリトモ《だに》 (ハツキリトシレルヤウニ) ニホヘ
 
(305)    雪のうちの梅(ノ)花をよめる        きのつらゆき
梅の香のふりおける雪にまがひせばたれかこと/\《〇清》分てをらまし
 〇梅(ノ)花(ハ色ハ白ウテ雪ニマガウガ) モシ香マデガ (色ノヤウニ)ツモツタ雪ニマガウナラバ 誰(レ)ガ雪ト梅(ノ)花トヲヨウベツ/\ニ見分テ折ウゾイ タレモエ見分(ケ)ハスマイ (香ガマガハネバコソ)
 
    雪のふりけるを見てよめる         紀(ノ)とものり
雪ふれば木ごとに花ぞ咲にけるいづれを梅とわきてをらまし
 〇雪ガフレバ 何(ン)ノ木モミナ花ノサイタヤウナワイ ドレヲ梅ヂヤト見分テヲラウゾ (ドウモ見分(ケ)ニクイ)
 
    物へまかりける人を《ヨソヘイタ人ヲ》まちてしはすのつごもりによめる                みつね
わがまたぬ年は來ぬれど冬草のかれにし人はおとづれもせず
 〇コチガマチモセヌ來年ノ年ハモウ近ウキタケレドモ 今《三》ジプンノ草ノヤウニカレテヨソヘインダ人ハ (コチガコレホド待(ツ)ノニマダカヘツテコヌノミナラズ) ネカラオトヅレモセヌ (カレルト云ハ ヨソヘイテヨリツカヌコトヂヤゾイ)
 
    としのはてによめる         ありはらのもとかた
あらたまのとしのをはりになるごとに雪も我身もふりまさりつゝ
 〇〔一〕年ノ終リニナルタビゴトニ 雪モフリマサルガ コチガ身モ段々フルサガマサツ|テサ《つゝ》 (次第ニ年ガヨツテイク アヽコマツタモノヂヤ)
 
    覚平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥    よみ人しらず
雪ふりて年の暮ぬる時にこそつひにもみぢぬ松も見えけれ
 〇(今マデ露ヤ霜ヤ時雨ガフツテモ 松ハ色ガカハラナンダガ ソレデモマダ此ウヘ雪ガフツタラバ モシ色ガカハルデモアラウカト思フタガ) 今此ヤウニ雪ガフツテモ (ヤツハリ色ハカハラズニ) モウ年ガクレタカラハ サテハ|トウ/\《つひに》シヾウ色ノカハラヌ松ヂヤト云コトモ|コ《三》ヽデコソ見エタモノナレ
 
    としのはてによめる         はるみちのつらき
昨日といひけふとくらして明日香川流れて早き月日なりけり
 〇昨日今日明日ト云テ一日/\トクラシテ (ツイモウ年ノクレニナツタヂヤ) アスカ川ノ水ノ早ウ流レテユクヤウニ アヽサテ/\早ウタツ月日ヂヤワイ
 
    哥奉れとおほせられし時によみて奉れる    きのつらゆき
ゆくとしのをしくも有かなます鏡見る影さへにくれぬと思へば
(306) 〇(年ノツモルニシタガウテ 次第ニ)鏡デ見ル影マデガ (ツムリガ眞(ツ)白ニナツテ面《カホ》ハシワガヨツテ) 此ヤウニオイクレテイクト思ヘバ サテ/\暮テユク年ガマアヲシウ思ハルヽコトカナ
 
遠かゞみ二の卷のをはり
 
(307)古今和歌集卷第七遠鏡
 
  賀歌
 
    題しらず              よみ人しらず
我君は千世に八千世にさゞれ石のいはほとなりて苔のむす迄
 〇コマカイ石ガ大キナ岩ホニナツテ苔ノハエルマデ 千年モ萬年モ(御繁昌デオイデナサレ)コチノ君ハ
 
わ|た《〇清》つ《〇清》海の濱のまさごをかぞへつゝ君が千年のありかずにせむ
 〇海ノ濱ノ砂ノ數ヲダン/\ニカゾヘテ君ノ御長壽ノ御年ノ數取(リ)ニセウ
 
しほの山さしでの磯にすむ千鳥君が御代をば八千世とぞなく
 〇シホノ山ノサシデノ磯ニ住デヰル千鳥ノ鳴(ク)ヲキケバ 君ノ御代ヲバヤチヨ/\トサ鳴(キ)マス
 
わがよはひ君がやちよにとりそへてとゞめおきて|ば《濁》思ひ出にせよ
 〇ワレラガ(此長命ナ)ヨハヒヲ (ソコモトヘ進ゼウホドニ) コレカラソコモトノ八千世ノヨハヒノ上《ウヘ》ヘ (此ワレラガ齢モ)トリソヘテ ソコモトニトヾメオカレタナラバ 後ニ思ヒダシグサニシテ我ラガコトヲ思ヒダサツシヤレ  打聞よろし餘材わろし
 
    仁和(ノ)御時僧正遍昭に七十の賀給ひける時の御哥
かくしつゝとにもかくにもながらへて君が八千代にあふよしもがな
 〇朕《ミ》モ|ド《二》ウシテナリトモ共ニ長命デ居テ 此《一》度ノトホリニ 又イク度モ/\賀ヲイハウテ進ジテ ソコノ八千歳ノ賀ニドウゾ逢ウヤウニシタイコトカナ
 
    仁和のみかどのみこにおはしましける時に御をばの八十の賀にしろかねを杖につくれりけるを見てかの御をばにかはりてよめる           僧正遍昭
  御をばは、御祖母なるべし、おの假字を書べき也、
ちはや|ぶ《濁》る神のきりけむつくからに千年の坂もこえぬべらなり
 〇(此杖ハ一トホリノ物トハ見エヌ) 大カタ神ノ御キリナサレタ杖デアラウ (然レバ此杖ヲ)ツクカラシテハ 千年ノ坂マデモ 心ヤスウ越ラルヽデアラウト思ハルヽ
 
    ほり川のおほいまうちぎみの四十(ノ)賀九條の家にてしける時によめる         在原(ノ)業平(ノ)朝臣
櫻花ちりかひくもれおいらくのこむといふなる道まがふ|が《濁》に
 〇(四十ニ御ナリナサレタレバ 初老ト申(シ)テコレカラ)老《オイ》ガコウト云ヂヤガ (ドウゾコヌヤウニシタイモノナレバ) ソノ老メガ來ル道ヲフミマヨウヤウニ其用意ニ《がに》櫻花ヨタントチリアウテソコラガ闇《クラ》ウ曇ルヤウニセイ (ソシタラソレデ道ガ闇《クラ》ウテ來ル老ガフミマヨウテエ來マイホドニ)  がには萬葉に多き詞也、疑ひのかにはあらず、
 
(308)    さだときのみこのをばのよそぢの賀を大井にてしける日よめる  きのこれをか
  此をばも御祖母にて、おばなるべし、
かめのをの山のいはねをとめて落る瀧の白玉ちよの數かも
 〇此大井ノ近所ナ龜ノヲノ山ノ岩ノネニソウテオチル瀧ノ白玉ノ多イ數ハ御壽命ノ千年ノ數カヤレ (山ノ名サヘメデタイ龜山ナレヤ)
 
    さだやすのみこのきさいの宮の五十の賀たてまつりける御屏風に櫻の花のちるしたに人の花見たるかたかけるをよめる        藤原(ノ)興風
いたづらに過る月日はおもほえ|で《濁》花見てくらす春ぞすくなき
 〇ナントモナシニタヾ過テイク月日ハ (多イヤラスクナイヤラ) 何(ン)トモ思ハズニ (ウカ/\トシテクラスガ) 此ヤウニ面白イ花ヲ見テクラス春ハサキツウ日數ガスクナウ思ハルヽ  餘材に、春のすくなきにおどろきて思へば、過にし月日は多かりけりと始めておぼゆる意なるべしといへるはかなはず
 
    もとやすのみこの七十の賀のうしろの屏風によみてかきける  きのつらゆき
春くれはやどにまづさくうめの花君が千年のかざしとぞ見る
 〇春ガクレバ比御庭ヘマヅ一バンニサク梅ノ花ヲ 君ガ千年マデノ春ノ御カザシヂヤトサ存ジマスル
                                                             素性法師
いにしへにありきあらずはしらねども千年のためし君に始めむ
 〇(千年モイキタ人ハ) 昔モアツタカナカツタカハシラヌケレドモ (タトヒ今マデニハサウ云人ハナイニモセヨ) 千年イキルタメシヲ君カラ御始メナサルデアラウ
 
ふして思ひおきてかぞふる萬代は神ぞしるらむわが君のため
 〇吾君ノ御年ノ數ヲドウゾ万年マデモト 寐《ネ》テモオキテモ願ヒマスルコトハ (人ノ力《チカラ》ニコソ及バズトモ) 神ガサ 其通リニ御ハカラヒナサレウワサ 我君ノタメニ  神ぞしるらむは、萬葉に神ししらさむなどある類にてしるとははからひおこなふをいふ也たゞつねにいふしるの意のみにはあらず
 
    藤原(ノ)三善が六十賀によみける   .    在原(ノ)しげはる
つるかめも千年のゝちはしらなくにあかぬ心にまかせはてゝむ
 〇鶴龜(ハ千年ノヨハヒヲタモツ物ナレド) ソレモソノ千年ノ後ハドウアルヤラシラヌガ (貴樣ハ千年ゴザツテモ)マダソレデハ十分ニハ存ゼネバ ソノウヘモマダ存分ニ長ウ久シウ御無事デオキマセウ
     此歌はある人在原(ノ)ときはるがともいふ
 
    よしみねのつねなりがよそぢの賀にむすめにかはりてよみ(309)侍ける  そせいほうし
萬代をまつにぞ君をいはひつる千年の陰にすまむと思へば
 〇君ハ萬年ノ御壽命ヲ待(ツ)ナレバ (ソノマツト云名ノ)松デサ オイハヒ申シマスル (サウシテソノ千年モアル松ノカゲニ鶴ノスムヤウニ ワタシモ君ノ)千年ノオカゲヲ蒙ツテ共ニ長ウ居マセウト存ジマスレバサ  餘材に、つるといふ辞に鶴をもたせたりといへり、まことに下句のことば鶴によれりと聞えたり、
 
    ないしのかみの右大將藤原(ノ)朝臣の四十(ノ)賀しける時に四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた
春日野にわかなつみつゝ萬代をいはふこゝろは神ぞしるらむ
 〇(御賀ノタメニカウ)春日野デ若菜ヲツミ/\(心ノ内デ御壽命ヲ)万年マデトオイハヒ申ス心願ノホドハ (御先祖ノ此(ノ)春日ノ)御神ガサ 御納受ナサレテ御守リナサルヽデゴザラウ  しるらむの意上にいへるがごとし
 
山高み雲ゐに見ゆるさくら花こゝろのゆきてをらぬ日ぞなき
 〇高イ山デ雲ノアタリニ見エルアノ櫻花ガ(キツウヨイ花ヂヤガ) 山ガ高サニ(ドウモアソコヘハエイカネバ) アヽドウゾ一枝折テキタイ物ヂヤト思ウ心ガ 毎日アノ山ヘイテアノ櫻ヲヲラヌ日ハサナイ
 
    夏
めづらしき聲ならなくにほとゝぎすこゝらの年をあかずも有哉
 〇(イツノ年モ同シ聲デナケバ) ナニモメヅラシイ聲デハナイニ アノ郭公ハオホクノ年毎年聞テモ サテモ/\マア聞アカヌコトカナ  打聞こゝらの説わろし
 
    秋
すみのえの松を秋風吹くからにこゑうちそふるおきつ白浪
 〇住ノ江ノ松ヲ秋風ガサアヽトフクトソノマヽ ドオヽト浪ノ音ヲウチソヘル
 
千鳥なくさほの川霧たちぬらし山の木(ノ)葉も色まさりゆく
 〇佐保山ノ木(ノ)葉モ段々色ガマサツテキタ (此トホリナレバ今マデニモウ) 〔一〕此佐保川ノ霧ガタツタサウナ  【〇千秋云、露時雨のみならず、霧にも、木葉は色づく物なる故に、かくよめり、】
 
秋くれど色もかはらぬときは山よその紅葉を風ぞかしける
 〇秋ニナツテモ木ノ葉ノ色ノカハラヌト云常磐山ヂヤニヨツテ (此山ニハ紅葉ハナイニ) ヨソノ山ノ紅葉ヲ風ガ吹テ來テサ 此(ノ)トキハ山ヘ借スワイ
 
    冬
しら雪のふりしく時はみよしのの山下風に花ぞちりける
 〇此吉野ノアタリヘドコモカモ白イ雪ガフッタ時ニハ 山ノ風デ麓ハ花ガサ散(ル)ワイ
 
(310)    春宮のうまれ給へりける時にまゐりてよめる  典侍藤原(ノ)よるかの朝臣
峯高き春日の山にいづる日はくもる時なくてらすべらなり
 〇春日(ノ)神ノ御末ノ藤原氏ノ中デモ此上(ヘ)モナイ《みねたかき》御方ノ姫君ノ御腹ニデキマシナサツタ若宮樣ナレバ テウドソノ春日山ノ高ウウチハレテクモル所ノナイヤウニ 御行末イツマデモ クモリナウ天下ヲ御照シアソバスデアラウト存ジラレマス
 
古今和歌集卷第八遠鏡
 
  離別歌
 
    題しらず                  在原(ノ)行平(ノ)朝臣
立わかれいなばの山の峯におふるまつとしきかば今かへりこむ
 〇(今|此方《コノハウ》ハ京ヲ)立テ別レテ因幡(ノ)國ヘ下ルガ 其国ノイナバ山ノ峯ニハエテアル松(ノ名ノトホリニソナタガ此方《コノハウ》)ヲ待(ツ)ト聞タナラ ヂキニ又カヘツテコウワサテ
                                                           よみ人しらず
すがるなく秋の萩はら朝たちて旅ゆく人をいつとかまたむ
 〇朝立テ旅ヘユク人ニ〔一〕萩ノ咲テアル此秋ノ野デ(今ワカレルガオカヘリヲバ)イツト思ウテマタウゾ (ソレヤキツウ遠イコトデアラウ)  打聞、すがるなくの説うけがたし、
 
かぎりなき雲ゐのよそにわかるとも人を心にお|く《〇清》らさむやは
 〇今カウ別レテ限(リ)モナイ遠イ雲ヨリアチラノ國ヘワシハイクヂヤガソレデモ (此故郷ノ人ノコトハ常住忘レルマモナシニ思ウテ行ウヂヤニヨツテ 心ノ内ハドコマデモイツシヨニツレダツテイクモ同シコトヂヤワサ 身コソカウシテ今別ルレ)心ノ内デハ 貴樣タチヲ|アトヘ殘シテオカウカイ《おくらさんやは》 心デハツレダツテイクワサテ  打聞結句の説いとわろし餘材よろし
 
(311)    をのゝちふるがみちのくのすけにまかりける時にはゝのよめる
たらちねのおやのまもりとあひそふる心ばかりは關なとゞめそ
 〇ソナタノ身ノ守リヂヤト思ウテ添(ヘ)テヤル此母ガ心バカリヲバ ユクサキノ關所/\デモ ドウゾトメテ下サルナ (トホシテヤツテ下サレ)
 
    さだときのみこの家にてふぢはらのきよふが近江のすけにまかりける時にうまのはなむけしけるよゝめる        きのとしさだ
けふわかれあすはあふみと思へども夜やふけぬらむ袖の露けき
 〇今日別レテ明日ハヂキニ 又アハレルホド近イ近江(ノ)國ヂヤトハ思ヘドモ (カハツタモノデ別レトイヘバ悲シイ) アヽ夜ガイカウフケタヤラ 袖ガ露デヌレタワイ (イヤ/\コレヤ涙ヂヤワイ)
 
    こしへまかりける人によみてつかはしける
かへる山ありとはきけど春霞たちわかれなば戀しかるべし
 〇北國ニハカヘル山ト云山ガアルト云コトナレバ (其名ノトホリニオツヽケ)御無事デカヘラツシヤラウトハ思ヘド ソレデモアノ霞ノ立テアル方ヘ立テ別レテイカシヤツタナラバ戀シカラウ
 
    人のうまのはなむけにてよめる       きのつらゆき
をしむから戀しきものをしら雲のたちなむ後は何ごゝちせむ
 〇ナゴリヲシウ思ヘバ マダタヽツシヤラヌウチカラハヤ此ヤウニ戀シイ物ヲ〔三〕立テイカシヤツタアトデハ ドノヤウナコヽチガスルデアラウ
 
    ともだちの人の國へまかりけるによめる  在原(ノ)しげはる
わかれてはほどをへだつと思へばやかつ見ながらにかねて戀しき
 〇別レテカラハ遠イ道ヲヘダテヽ (久シウアハレヌコトヂヤガ)ト思ウユヱカシテ マダカウシテ見テ居ナガラ|カタ一方デハ《かつ》 ハヤ《かねて》今カラモウ戀シウ思ハルヽ
 
    あづまのかたへまかりける人によみてつかはしける  いかこのあつゆき
思へども身をしわけねばめに見えぬ心を君にたぐへてぞやる
 〇ナンバウカナゴリヲシウ思ヘドモ 人ノ身ハ二(ツ)ニ分ラレヌ物デ ドクモツイテハエイカネバ 目ニハ見エヌケレド心ヲサ 其方ヘソハセテヤリマス
 
    相坂にて人をわかれける時によめる
     【〇千秋云、人をわかるといふも、人にわかるといふと、同じこと也、然るを打聞に、人の旅行に別るゝには、人をといひ、我(ガ)行(ク)には、人にわかるといふといへるは、あたら(312)ず、万葉に、くやしく妹をわかれ來にけり、又たらちねの母を別れてまことわれ旋のかりほにやすくねむかも、これらわがゆく時の別れ也、】
 
                      なにはのよろづを
あふ坂の關しまさしき物ならばあかず別るゝ君をとゞめよ
 〇アフ坂ト云ガマサシク其名ノ通リチガヒナイ物ナラバ (人ニ逢ウハズヂヤ別レウハズハナイ) スレヤ殘リ多イニ別レテユク此人ヲ (アヒカハラズ逢ウヤウニ)此關デトヾメヨ  餘材まさしきといへるにかなはず  【〇千秋云、餘材抄は、關といへる言になづみて、二三の句を説たれども、關にて人をとゞむるは、常の事なるを、まさしきものならばなど、こと/”\しくいふべきにあらず、】
 
    題しらず             よみ人しらず
から衣たつ日はきかじ朝露のおきてしゆけばけぬべき物を
 〇〔一〕御あ(チ)ノ日ヲバ(明日ヂヤト云コトハ) ワシヤモウ聞(キ)マスマイ (ワシヲバ)ステヽオイテ御出ナサルコトナレバ (明日御立ヂヤト聞テハ 明日ノ朝ニナツタナラ)ワシヤモウ露ノキエルヤウニアラウト存ジラレマスモノ
     此歌はある人つかさをたまはりてあたらしきめにつきて年へて|すみける人《カヨウタ女》をすてゝたゞ明日なむたつとばかりいへりける時にともかうもいはでよみてつかはしける
 
    ひたちへまかりけるときにふぢはらのきみとしによみてつかはしける    寵
あさなけに見べき君とし頼まねば思ひたちぬるくさ枕なり
 〇毎日アハレル公利樣ヂヤトハ頼マレヌ ミヅクサイ御心ナレバ ソレユヱワシヤ存ジ立(ツ)テ常陸ヘ下リマスル今度ノ旅デゴザリマス
 
    きのむねさだがあづまへまかりける時に人の家にやどりてあかつき出たつとて|まかりまうし《イトマゴヒ》しければ女のよみていだせりける    よみ人しらず
えぞしらぬ今こゝろみよ命あらば我やわするゝ君やとはぬと
 〇(オマヘハワタシヲイツマデモ忘レハセヌトオツシヤルケレドモ ワシハドウモソレハサ) エ《一》ガテンセヌ (末デ)ワ《四》シガ忘レルカオ《五》マヘガ忘レテトウテ下サレヌカハ 命ガアツテイキテ居タナラ オツツケ《今》(知レウホドニ)タメシテ《こゝろみよ》ゴラウジヨ (ワシハオマヘヲイツマデモワスレハスマイガ オマヘハ追付ワタシヲバ御忘レナサルデアラウワサ)
 
    あひしりて侍ける人のあづまのかたへまかりけるをおくるとてよめる    ふかやぶ
(313)雲ゐにも通ふこゝろのおくれねばわかると人に見ゆばかり也
 〇貴樣ガ今度ドレホド遠イ所ヘイカシヤツテモ 拙者ガ心ハ イツモソノ貴樣ノ方ヘカヨウテ コ《三》ヽニ殘ツテハ居ネバ ヒツキヤウ此身ガ 今別レテ跡ニ殘ルト見ラレルバカリヂヤ (心ハ別レハセヌ)
 
    友のあづまへまかりける時によめる    よしみねのひでをか
白雲のこなたかなたに立別れ心をぬさとくだく旅かな
 ○雲ノアチコチヘ分レテイクヤウニ今度遠イ間(タ)ヲヘダテヽ別レル悲シサニ (今ハナムケニ進ズル此手向ノ)麻《ヌサ》ノコマカナヤウニ拙者ハイロ/\ニ心ヲクダイテ サテ/\ナゴリヲシイ御旅立デゴザルコトカナ  【〇千秋云、ぬさとて、五色の絹などを、こまかにきりて、袋にいれて、道の神に手向の料に、旅だつ人に贈る事有、ぬさぶくろといふこれなり、】
 
    みちのくにへまかりける人によみてつかはしける   つらゆき
しら雲の八重にかさなるをちにても思はむ人に心へだつな
 〇ハルカニ雲ノイクヘモヘダヽツテアル|アチラ《をち》ノ國デアラウトモ 拙者ハ貴樣ノコトヲタエズ思ウテ居ヤウホドニ (タトヒ雲ハヘダテルトモ) 心ハヘダテサツシヤルナヤ
 
    人をわかれける時によみける
わかれてふことは色にもあらなくに心にしみてわびしかるらむ
 〇(色コソ物ニシム物ナレ) 別レト云コトハ色デモナイニ ドウ云コトデ此ヤウニ心ニシミ/”\トツラウ思ハレルヤラ
 
    あひしれりける人のこしの國にまかりて年へて京にまうできて又かへりける《コシノ國ヘ》時によめる      凡河内(ノ)躬恆
かへる山なにぞは有てあるかひは來てもとまらぬ名にこそ有けれ
 〇(貴樣ノ又下ラツシヤル國ニアルカヘル山ト云山ハ ヨソヘイタ人ノカヘルト云名ヂヤト思ウタニ) ソノカヘル山ハ 何(ン)ノ《なにぞは》ヤクニタツコトゾ (サウ云山ガ有テモ アルカヒハナイ) ア《三》ルカヒト云ハ (久シブリデ)來テモ(京ニハ)居トマラズニ (又アチヘカヘルト云)名デコソアレ
 
    こしの國へまかりける人によみてつかはしける
よそにのみこひやわたらむ白山のゆき見るべくもあらぬ我身は
 〇今カラハヨソニバツカリ オナツカシウ《こひ》思ウテ 月日ヲタテル《わたらむ》デゴザラウ|カ《ヤ》 アノハウヘ參ツテ御目ニカヽラレウトモ思ハレヌワシガ身ナレバサ  ゆきて見るといふことを白山の雪を見るといひかけたり
 
    おとは山のほとりにて人をわかるとてよめる   つらゆき
(314)おとは山こだかく鳴てほとゝぎす君が別れを惜むべら也
 〇此オトハ山ノ高イ木ノ上デアレ郭公ガ高ウ鳴(キ)マス 郭公モアノトホリ鳴テ貴樣ノ御別レヲナゴリヲシウ思ウデアラウ サウ聞エル (拙者ドモモ同シコトサ)
 
    ふぢはらののちかげが|から物のつかひに《唐物シラベノ役ニ仰付ラレテ西國ヘ》なが月のつごもりかたにまかりけるにうへのをのこどもさけたうびけるついでによめる         ふぢはらのかねもち
もろともに鳴てとゞめよきり/”\す秋の別れは惜くやはあらぬ
 〇トモ/”\ニ鳴テドウゾオトメ申セキリ/”\スヨ 今(マ)秋ノ別レノ時分ニオワカレ申スハ (コレホドナゴリヲシイニ) ソチハナゴリヲシウハナイカイ
 
                      平(ノ)もとのり
秋霧のともに立出てわかれなばはれぬ思ひにこひや渡らむ
 〇アノ霧ノ立(ツ)ヤウニ貴樣モ共ニ立テ出テイカシヤツテ御別レ申(シ)タナラ (ワシハ今カラハアノ霧ノハレヌヤウニ)心ガハレズニ イツモオナツカシウ思ウテタテルデゴザラウカイ
 
    源(ノ)さねがつくしへゆあみむとてまかりける時にやまざきにてわかれをしみけるところにてよめる        しろめ
いのちだに心にかなふ物ならは何か別れのかなしからまし
 ○命サヘ心マカセニナツテ(死ナズニ居ラルヽ)物ナラ ナニガサテ御別レ申(ス)ガ(コレホドニ)悲シカラウゾイ (人ノ命ハ御歸(リ)ノ時分マデノコトモ知(レ)ヌニヨツテサ 悲シイワイノ)
 
      山ざきより神なびのもりまでおくりに人々まかりてかへりがてにしてわかれをしみけるによめる      みなもとのさね
人やりの道ならなくに大かたはいきうしといひていざかへりなむ
 〇人ノサセル旅デハナイ我心カライク旅ヂヤニ タイガイナコトナラ モウイキトモナイト云テドレヤカヘラウゾ
 
    いまはこれよりかへりねとさねがいひけるをりによみける   藤原(ノ)かねもち
したはれてきにし心の身にしあればかへるさまには道もしられず
 〇(ドコマデモイツシヨニイキタイト)シタハレテコレマデキタ心ニ着《ツイ》テアル我身ヂヤニ 其心ガドコマデモ貴樣ニツキソウテ參レバ (コレカラ歸ルトキニハ此身ハ心トハナレテ心ノナイヌケガラヂヤニヨツテ) カヘリシナニハ道モエシリマセヌ
 
    藤原(ノ)これをかゞむさしのすけにまかりける時におくりに相坂をこゆとてよみける               つらゆき
かつこえて別れもゆくかあふ坂は人だのめなる名にこそ有けれ
 〇(此坂ハ逢坂ナレバ人ニ逢ウハズヂヤニ) 此坂ヲコエ|ツヽ《かつ》ソシテ(315)マア別レテイカツシヤルコトカ コレデハ逢奴ト云名ハ 頼モシサウニ聞エテ 頼ミニナラヌサ名ヂヤワイノ (コレガ人ダノメト云モノヂヤ 人ダノメトハ 人ニ頼モシウ思ハセテオイテソシテ其通リデモナウテムダナ事ヲ云(ヒ)マス  【〇千秋云、かつとは、逢坂をこえながら、かつわかれゆくかといへる意にて、逢と別るゝと、まじはる事にいへることば也、】
 
    おほえのちふるがこしへまかりけるうまのはなむけによめる   藤原(ノ)かねすけの朝臣
君がゆくこしのしら山しらねどもゆきのまに/\跡はたづねむ
 〇貴樣ノ下ラツシヤル北國ノ道ハ拙者ハ不案内ナレドモ 白山ハ(モトヨリノコト惣躰雪ノ深イ國ヂヤト云コトナレバ) 貴樣ノトホツテイカツシヤツタソノ雪ノ跡ヲタヅネテ拙者モアトカラ參ラウ
 
    人の花山にまうできてゆふさりつがたかへりなむとしける時によめる   僧正遍昭
夕ぐれのまがきは山と見えななむよるはこえじとやどりとるべく
 〇夕《ユフ》カタノ此庭ノマガキハ 山ト見エレバヨイニ (サウシタナラ) 夜(ル)ハドウモ山ハコエラレマイト思ウテ (アノイヌル人モ)コヨヒハコヽデトマル|ヤウニ《べく》
 
    山にのぼりてかへりまうできて人々別れけるついでによめる   幽仙法師
わかれをば山の櫻にまかせてむとめむとめじは花のまに/\
 〇(サテカウ)御別レ申スハ(キツウ御殘念ナガ ト云テ拙僧ガナソボオトメ申シタトテトマリハナサルマイホドニ) コレハナンデモ此山ノ櫻ニウチマカセテ ト《四》メウトモトメマイトモ アノ花シダイニ致サウワイ (オノ/\ガタモヨモヤアノ花ヲフリモギツテエカヘリハナサルマイワサテ)
 
    うりんゐんのみこの、舍利會に山にのぼりてかへりけるに櫻の花の本にてよめる              僧正へんぜう
山風にさくら吹まきみだれなむ花のまぎれに立とまるべく
 〇山風ニ此櫻ノ花ヲ吹卷《フキマイ》テチリミダレヨカシ ソシタラ此花ノチリミダレルノニマギレテ (カヘル道ガシレヌト云テ) 君ガオトマリナサルヤウニ
 
                           幽仙法師
こ《〇清》とならば君とまるべくにほはなむかへすは花のうきにやはあらぬ
 〇ト《一》テモ見事ニ咲(ク)ホドナラバ 君ノ(殘リ多ウ思召テ)オトマリナサルヤウニ咲(イ)タガヨイソレニ君ヲオカヘシ申スノハ 花ノキコエヌノデハナイカ 花(ノキコエヌノヂヤワサ) オカヘシ申サウヤウ(ハナイワサテ) 結句又 花ヨソチガタメニモウイコトデハナイカ (ソチガタメニモウイコトヂヤワサテ)
 
(316)    仁和のみかどみこにおはしましける時にふるの瀧御らんじにおはしましてかへり給ひけるによめる          兼藝法師
あかずして別るゝ涙たきにそふ水まさるとや下は見ゆらむ
 〇ノコリオホウテ御別レ申ス拙僧ガ此涙ガ瀧ニソウテ流レル コレデハ川下デハ 水ガマシタト見エルデカナアラウ
 
    かむなりのつぼにめしたりける日おほみきなどたうべて雨のいたうふりければゆふさりまで侍りてまかり出侍けるをりにさかづきをとりて     つらゆき
秋萩の花をば雨にぬらせども君をばましてをしとこそ思へ
 〇アノ萩ノ花ヲ此雨ニヌラシテシヲラカシテシマウノハ キツウ惜ウ思ヒマスレドモ マダソレヨリモ貴樣ノ(此雨ニヌレテ御歸リナサルノニ御別レ申スノガサ) ナホサラ御名殘ヲシイコトヂヤト存ジラレマスワイノ (マアマヒトツアガリマセ ソノウチニ雨モヤミマセウワサテ)
 
    とよめりけるかへし           兼覽王
をしむらむ人の心をしらぬまに秋の時雨と身ぞふりにける
 〇ソノヤウニ別レヲ惜ンデ拙者ヲ御深切ニ思ウテ下サレウトハ今日マデ夢ニモ存ゼナンダ サウシタ貴様ノ御志(シ)ヲマダ存ゼナンダウチニ 拙者ガ身ハサ此秋ノ時雨ノフルと云ヤウニ舊《フル》ウナツテモウラチノアカヌ物ニナリマシタ (マソツト早ウ若イウチニ其御志(シ)ヲ知(ツ)タラ 別シテ大慶ニゴザラウニアヽ殘念ナ)
 
    かねみのおほきみにはじめて物がたりして別れける時によめる  みつね
わかるれどうれしくも有かこよひより逢見ぬさきに何を戀まし
 〇御別レ申スハナゴリヲシウハアレド サテ/\マア嬉シイコトカナ (ナゼニト申(ス)ニ)今夜ヨリサキイマダ御近付(キ)ニナラナンダウチニハ 何ヲオナツカシウハ思ヒマセウゾ (今夜始メテ御近付(キ)ニナリマシタレバコソ 御別レ申(ス)ナレ) スレヤ別レノナコリヲ(シウ思ハレルヤウニ御近付ニナツタ所ガ ナンボウカ嬉シイコトヂヤワサテ)
 
    題しらず                    よみ人しらず
あかずして別るゝ袖のしら玉は君が形見とつゝみてぞゆく
 〇ノコリ多ウテ別レル袖ノ涙ハ (トント玉ノヤウニ落ルガ)此玉ヲバソコモトノ形見ヂヤト存ジテ即(チ)此袖ニツヽンデサ參ル
 
かぎりなく思ふ涙にそほぢぬる袖はかわかじ逢む日までに
 〇此別レヲナンボウカ悲シウ思ウテ此ヤウニ泣(ク)涙ニヒツタリトヌレタ此袖ハ 又逢ウ日マデハ乾《カワ》キハスマイ (ナゼニト云ニコレホドニ悲シウ思ウコトヂヤニヨツテ イツマデモ忘レラレマイホドニ) イツヲ限ト云コトモナウ(泣テヌラスデアラウニヨツテサ)
 
(317)かきくらし|こ《〇清》とはふらなむ春雨にぬれぎぬきせて君をとゞめむ
 〇此春雨ハ ト《二》テモフルホドナラバ マツクラニナツテマソツトツヨウフツタガヨイ (ソシタラ)此雨ヲ|イ《四》ヒタテニシテ 別レテイク君ヲトメウニ
 
しひてゆく人をとゞめむ櫻花いづれを道とまどふ迄ちれ
 〇(ナンボトメテモトマラズニ)シヒテ別レテイク人ヲトメウニ 櫻花ヨ (道ノシレヌヤウニチリウヅンデ) ドレガ道ヂヤトアノ人ノ迷ウテエユカヌホドチツテクレイ
 
    しがの山ごえにていし井のもとにて物いひける人の別れけるをりによめる           つらゆき
むすぶ手のしづくににごる山の井のあかでも人に別れぬる哉
 〇(惣體此ヤウナ)山ノシミヅハ(淺イ吻ヂヤニヨツテ 飲ウト思ウテ)スクヘバ 其手カラ落ル雫デヂキニ濁ルニヨツテ (思ウヤウニスクウテノマレヌ)飲《ノミ》タラヌ物ヂヤガ (テウド其通リニ) サテ/\マア殘リ多イニアノ人ニ別レタコトカナ
 
    道にあへりける人のくるまに物をいひつ|き《〇清》てわかれけるところにてよめる  とものり
下の帶のみちはかた/”\わかるとも行めぐりても逢むとぞ思ふ
 〇帶ヲスルニ (ウシロヘアテタ所デハ) 端《ハシ》ノ方ガ兩方ヘワカレルケレドモ (前《マヘ》ヘマハツテムスプ所デハ)又イキアウ物ヂヤガ 其通リニ今イク道ハカウ別々《ベツ/\》ニワカレテイクトモ 又ソノウチドウシテナリトモ 出合《デアハ》ウワサテ
 
(318)古今和歌集卷第九遠鏡
 
  ※[羈の馬が奇]旅哥
 
    もろこしにて月を見てよみける   安倍(ノ)仲麻呂
天の原ふりさけ見れば春日なるみかさの山に出し月かも
 〇(今カウ)空ヲゾツトハルカニ見渡セバ (アレ/\海ノウヘヽ月ガデタ アヽヽアノ月ハ) 故郷ノ三笠山ヘ出タ月デアラウ|カイ《か》マア《も》
      此歌はむかしなかまろをもろこしに物ならはしにつかはしたりけるにあまたのとしをへてえかへりまうでこざりけるを此國より又つかひまかりいたりけるにたぐひてまうできなむとて出たりけるにめいしうといふところのうみべにてかの國の人うまのはなむけしけりよるになりて月のいとおもしろくさし出たりけるを見てよめるとなむかたりつたふる
 
    おきの國にながされける時に船にのりて出たつとて京なる人のもとにつかはしける        小野(ノ)たかむらの朝臣
わ|た《〇清》の原八十嶋かけてこぎ出ぬと人にはつげよ海士の釣舟
 。ユクサキハイクラトモナク段々ニアマタアル嶋々ヲ過テイクベキ海上ヘ  今出船シタト云コトヲ故郷ノ人ニハシラシテクレイ (コレアノアチヘ歸ツテイク)アマノ釣舟ヨ  餘材結句の誘わろし
 
    題しらず           よみびとしらず
みやこ出てけふみかの原いづみ川々風寒しころもかせやま
 〇今日京ヲ出テ此ミカノ原ヘキテアノ向ヒニ見エル山ハ(鹿背山ヂヤガ) 此イヅミ川ノ川凰ガキツウ寒イニ (アノカセ山ヨ) オレニキルモノヲ一(ツ)借セ山  【〇千秋云、二の句のいひかけ、鹿背山を見るとのいひかけなり、譯は其こゝろなり、】
 
ほの/”\とあかしの浦の朝霧に嶋がくれゆく船をしぞ思ふ
 〇夜ノウス/\トアケテクル時分ニ 海上カラ見レバ アノ向ヒナ明石ノ浦ガ 朝霧デカクレテ見エヌヤウニナツテイクアノケシキヲ (遠ウヨソニ見テ過テイク) 此船中ノ心ハ サテモ/\心ボソイ物ガナシイコトヂヤ
      此歌はある人のいはくかきのもとの人まろが也
  此哥は、打聞に出されたるごとく、今昔物語に、小野(ノ)篁(ノ)卿の歌とてのせたるぞ、よろしかるべき、但し明石にて、海をながめてよめるとあるは、下(ノ)句を心得誤りて、おしあてにいへる詞也、今昔物語古本、廿四の卷に出たり、餘材四の句の説たがへり、すべて嶋がくれといふことを、よく解得たる人なし、嶋がくれとは、海をへだてたる所の、かくれて見えぬをいへり、必しも嶋にはかぎらず、此哥にては、朝霧にかくれて、明石の浦の見えぬを、海の沖(319)よりいへる也、 【千秋云、嶋がくれゆく船とは、船の嶋がくれゆくごとく聞ゆれど、さにはあらず、朝霧に明石の浦のかくれゆくを、見つゝゆく船といふ意也、此所むかしより人皆まどへり、】
 
    あづまのかたへ|友とする人《ツレニスル人》ひとりふたりいざなひていきけり三河(ノ)國八(ツ)橋といふところにいたれりけるにその川のほとりにかきつばたいとおもしろくさけりけるを見て木の陰におりゐてかきつばたといふいつもじをくのかしらにすゑて旅の心をよまむとてよめる            在原(ノ)業平(ノ)朝臣
かり衣きつゝなれにしつましあればはる/”\きぬる旅をしぞおもふ
 〇〔一〕〔きつゝ〕(故郷ニ)ナジンダ妻ガアレバ (別レテ)ハル/”\ト來タ此旅ガサコヽロボソウ物ガナシウ思ハルヽ
 
    むさしの國としもつふさの國との中にあるすみだ川のほとりにいたりてみやこのいと戀しうおぼえければしばし川のほとりにおりゐて思ひやればかぎりなくとほくもきにけるかなと思ひわびてながめをるにわたしもりはや舟にのれ日もくれぬといひければ船にのりて渡らむとするにみな人ものわびしくて京におもふ人なくしもあらずさるをりに白き鳥のはしとあしとあかき川のほとりにあそびけり京には見えぬ鳥なりければみな人見しらず渡し守にこれは何鳥ぞととひけれはこれなむみやこ鳥といひけるをきゝてよめる
名にしおはゞいざことゝはむみやこ鳥わが思ふ人はありやなしやと
 〇都《一》ト云コトヲ名ニツイテ居ルナラバ (定メテ京ノコトヲヨウ知テ居ルデアラウホドニ)ドレヤモノトハウ都鳥ヨ コチガ思ウ人ハ|無事デヰルカ《ありや》 ドウヂヤ《なしや》
 
    題しらず             よみ人しらず
きたへゆく鴈ぞなくなるつれてこし數はたらでぞかへるべらなる
 〇北ノ方ヘイヌル鴈ガサアレマア鳴(ク)ワイノ(ワシバカリカト思ヘバ)アノ鴈モツレダツテキタ友ノ數ハタラヌヤウニナツテサ 歸ルデアラウ ソレデアノヤウニ泣《ナイ》テイヌルト見エル
      此歌はある人男女もろともに人の國へまかりけりをとこまかりいたりてすなはちみまかりにければ女ひとり京へかへりける道に歸る鴈の鳴けるをきゝてよめるとなむいふ
 
    あづまのかたより京へまうでくとて道にてよめる   おと
山かくす春のかすみぞうらめしきいづれみやこのさかひなるらむ
 〇ド《四》ノアタリガ京ヂカクノ山ヂヤヤラ (片時《カタトキ》モ早ウカヘリタウ思ヘバ モウ京ノ山ガ見エルカ/\ト氣ヲ付(ケ)テ見ルケレド ドレヂヤヤラシレヌ) ア《一》ノヤウニ山ヲカクシテハツキリト見セヌ春ノ(320)霞ガサ キコエヌ霞ヂヤ
 
    こしの國へまかりけるときしら山を見てよめる
きえはつる時しなければこしぢなるしら山の名は雪にぞ有ける
 〇ノコラズ《はつる》消テシマウ時ト云ハナクテ (イツデモアノヤウニ雪ガ)アレバ 此北國海道(ノ)白山ト云山ノ名ハサ 雪ノコトヂヤワイ  打聞説名はといへるにかなはず
 
    あづまへまかりける時道にてよめる      つらゆき
糸による物ならなくに別路のこゝろぼそくもおもほゆるかな
 〇(ナンデモ糸ニヨレバ細ウナルヂヤガ カウシテ故郷ヲ)別《三》レテキタ旅ノ道ハ ソノヤウニ糸ニヨル物デハナイノニ サテ/\マア心ポソウ思ハルヽコトカナ
 
    かひの國へまかりける時道にてよめる      みつね
夜を寒みおくはつ霜をはらひつゝ草の枕にあまたゝびねぬ
 〇此ゴロハ夜ガ寒サニ 草ヘハ霜ガフツテアルヲ イク夜カ其霜ヲハラウテハネハラウテハネ 野ノ草ヲ枕ニシテモウハヤ何度《ナンド》モ/\ネタ
 
    たぢまの國のゆへまかりける時に ふたみの浦といふ所にとまりて夕さりのかれいひたうべけるに|ともに有ける《ツレデアツタ》人々うたよみけるついでによめる              藤原(ノ)かねすけ
夕づくよおぼつかなきを玉くしげふたみのうらはあけてこそ見め
 〇〔三〕此二見ノ浦ノケシキヲ(見タイ物ヂヤガ) コ《一》ヨヒハ宵月夜デ(マダ影ガウスケレバ)ハ《二》ツキリトハ見エヌニ 夜ガ明テカラサトクト見ヤウ
 
    これたかのみこのともにかりにまかりける時にあまの川といふところの川のほとりにおりゐてさけなどのみけるついでにみこのいひけらくかりしてあまのかはらにいたるといふ心をよみてさかづきはさせといひければよめる    ありはらのなりひらの朝臣
かりくらしたなばた|つ《〇清》めにやどからむ天の河原に我はきにけり
 〇(此方ドモハ今日ハ)一日狩ヲシテアルイテ コレハ/\天ノ川ノ川原ヘキタワイ 日モクレタニ (サテヨイ所ヘキタ 天ノ川ナレヤ) タナバタニ宿ヲカラウ
 
    みこ此歌をかへす/”\よみつゝ|かへしえせずなりにければ《トウ/\カヘシガデケナンダレバ》ともに侍りてよめる        きのありつね
一とせに一たびきます君まてばやどかす人もあらじとぞ思ふ
 〇(イヤ/\天ノ川デハ)一年ニ一度ヅヽ御出ナサル(彦星ト云)御方ヲ待(ツ)ヂヤニヨツテ ナカ/\外ノ者ガ) 宿(カラウト云タトテモ) 借(ス)人モアルマイトサ 存ズル
 
(321)    朱雀院のならにおはしましける時に手向山にてよめる  すがはらの朝臣
此たびはぬさもとりあへず手向山紅葉の錦神のまに/\
 〇此度ノ旅ハ(御供ユヱ) ヌサモ得用意致サナンダ ソレユヱ神《五》ノ御心マカセニト存ジテ即(チ)此山ノ紅葉ノ錦ヲソノマヽ手《三》向マスル
 
                      素性法師
たむけにはつゞりの袖もきるべきに紅葉にあける神やかへさむ
 〇神ヘノ手向ニハ (出家ノ身モ)此ツヾリノ袖ナリトモ 切リキザンデ麻《ヌサ》ニシテ手向ルハズナレドモ (此ヤウニ見事)ナ紅葉ノ錦ヲハラ一(ツ)ハイ見テ御座ナサルヽ神ナレバ (此ヤウナキタナイツヾリノ切レナドハ御受(ケ)ハナサルマイ 御返シナサルデカナゴザラウ (ソレユヱサシヒカヘテ手向マセヌ)
 
古今和歌集卷第十遠鏡
 
  物(ノ)名
 
    うぐひす       藤原(ノ)としゆきの朝臣
心から花のしづくにそほぢつゝうくひずとのみ鳥のなくらむ
 〇オノガ心カラスキデ花ノ雫ニヌレナガラ ツライコトヂヤ乾《カワ》カヌト云テ 鶯ノ|ヒタスラ《のみ》アノヤウニナクノハ ドウ云コトヤラ
 
    ほとゝぎす
くべきほどときすぎぬれや待わびてなくなる聲の人をとよむる
 〇郭公ガ待(ツ)妻ノ來ベキジセツガ過テコヌカシテ マチカネテナクアノ聲ガ 人ヲビツクリサセル  郭公のうへの戀の歌也 餘材わろし 打聞よろし但し結句の説はわろし
 
    うつせみ
浪のうつせみれば玉ぞみだれけるひろはゞ袖にはかなからむや  在原(ノ)しげはる
 〇浪ノウツ川ノ瀬ヲ見レバ (水玉ガ トントマコトノ)玉ガサチルヤウナワイ (アノ玉ヲ)ヒロウタナラ (ホンノ玉デハナイホドニ) 袖ヘ入(レ)ウトシタナラ ヂ《五》キニ消ルデアラウカ  餘材わろし
 
    かへし          壬生(ノ)忠岑
たもとよりはなれて玉をつゝまめやこれなむそれとうつせみむかし
 〇(貴樣ノ袖ヘ入(レ)ウシタナラヂキニキエルデアラウカト云ハシ(322)ヤルガ デモ袖ヲオイテ外ニ玉ヲツヽマウカ 袖ヨリ外ニ玉ヲツヽマウ物ハナイハサテ スレヤ貴樣ノ袖ヘツヽンデ コレガサソレデゴザルト云テ (ワシガ袖ヘ)ウツサツシヤレ ワシモ見ヤウワサ  打聞よろし 餘材わろし
 
    うめ               よみ人しらず
あなうめにつねなるべくも見えぬかな戀しかるべき香はにほひつゝ
 〇梅(ノ)花ハヤレ/\ウイ物ヤ (マモナウ散テシマイサウデ) 目ニ常住見ラレサウニモ見エヌコトカナ (ソノクセアトデ)戀シカリサウナ香ハヨウニホウテサ
 
    かにばざくら           つらゆき
かづけども浪のなかにはさぐられで風ふくごとにうきしづむ玉
 〇(海ニ浪ガ立テ水玉ノチツテキエルノハ 玉ノヤウナガ (ソレヲホンノ)玉ヂヤト思ウテ其《一》海ノ底ヘハイツテ取ウトスレドモ 浪ノ中デハドウモ手《三》ニアタライデ(トラレヌ) ソシテ風ノフク度ニテウド底ニアル玉ガ ウイテハシヅミ ウイテハシヅミスルヤウニ見エル
 
    すもゝの花
今いくか春しなければうぐひすもゝのはながめておもふべらなり
 〇モウ春ノアヒダハナニホドモナケレバ (ソレヲ殘リ多ウ思ウテ人ト同シヤウニ)鶯モシンキサウナカホシテ 物思イスルヤウナ サウ見エル
 
    からもゝの花                ふかやぶ
あふからもものはなほこそかなしけれ別れむことをかねておもへば
 〇(逢(フ)タラウレシイハズヂヤニ) 逢(ヒ)ナガラモ|ヤツハリ《なほ》ソレデモサ カナシイワイ アヘバマダ別レヌサキカラハヤ別レルコトヲ思ウニヨツテサ
 
    たちばな        をののしげかげ
あし|ひ《〇清》きの山たちはなれゆく雲のやどり定めぬ世にこそ有けれ
 〇山カラ立テハナレテイク雲ノトマリドコロノ定マラヌヤウナモノデ トント行末ノサ ドウナラウヤラシレヌ世ノ中ヂヤワイノ
 
    をかたまの木       とものり
  打聞をかたまの木の説うけがたし、
みよし野のよしのゝ瀧にうかび出る沫をかたまのきゆと見つらむ
 〇吉野ノ瀧ヘウキデル水ノ沫ヲ 人ハ 玉ガ出テキエルト見ルデアラウカ
 
    やまがきの木       よみ人しらず
  横井(ノ)千秋云、山柿は、ちひさくむらがりてなる柿にて、世に信濃柿とも、吉野柿共いふ、又|材《キ》に黒柿といふも是也、
秋はきぬ今やまがきのきり/”\すよな/\なかむ風の寒さに
 〇秋ガキタ コレデハ風ノ寒サニマガキノ蛬ガ モウ《今》オツヽケ (323)ヨナ/\ナクデカナアラウ
 
    あふひか|つ《〇清》ら
かくばかりあふひのまれになる人をいかゞつらしとおもはざるべき
 〇コレホドニ逢(フ)事ガマレニナツタ人ヲ ドウシテツライト思ハズニ居ラレウゾ ツラウ思ハイデハ
 
人めゆゑ後にあふひのはるけく|は《〇清》わがつらきにや思ひなされむ
 〇人目ヲツヽムヱエニ コレカラ後ニモシ逢フコトガ遠ウナツタナラ (ソノワケハシラズニ) コチガツライノニナルデモアラウ
 
    くたに                僧正遍昭
ちりぬれば後はあくたになる花を思ひしらずもまどふてふ哉
 〇花ハチツテシマヘバ後ニハ芥ニナツテシマウテ ナンデモナイ物ヂヤニ ソレヲエガテンセズニアハウナ サテモマア花ニマヨウコトカナ
 
    さうび               つらゆき
われはけさうひにぞ見つる花の色をあだなる物といふべかりけり
 〇オレハ花ト云物ヲ今朝始メテサ見タガ (花ヲバ世間ノ人ガアダナ物ヂヤト云ヂヤガ ナルホド見レバ) アダナ物ト云ベキ色ヂヤワイノ  打聞よろし
 
    をみなへし            とものり
白露を玉にぬくとやさゝがにの花にも葉にも糸をみなへし
 〇露ヲ玉ニシテツナグトテヤラ 蜘ガ女郎花ノ花ヘモ葉ヘモミナ糸ヲ引テカケタ
 
朝露を分そほぢつゝ花見むと今ぞ野山をみなへしりぬる
 〇女郎花ヲ見ヤウト思ウテ 朝ノ露ヲ分テヌレ/\アルイテ 今日サ野ヤ山ヲドコモカシコモミナトホツテ知(ツ)タ
 
    朱雀院のをみなへしあはせの時にをみなへしといふいつもじをくのかしらにおきてよめる      つらゆき
をぐら山みね立ならしなく鹿のへにけむ秋をしる人ぞなき
 〇小倉山ノ峯ノアタリヲアチコチアルイテ鳴(ク)鹿ノ コレマデ經《ヘ》テキタ秋ノ數ヲサ何(ン)年ヂヤカシル人ハナイ
 
    きちかうの花          とものり
あきちかうのはなりにけり白露のおける草葉も色かはりゆく
 〇野ノケシキヲ見レバ 冬ガレノ物ガナシイ時節ガ近ウナツタワイ 露ノオイタ草ノ葉モ色ガカハツテ|キタ《ゆく》  秋とは、物がなしき時節をいへり、さる例秋(ノ)部にも、「秋はきぬ紅葉はやどに云々など有、考へ合すべし、
 
    しをに             よみ人しらず
ふりはへていざ故郷の花見むとこしをにほひぞうつろひにける
 〇ドレヤ昔ノ在所ノ花ヲイテ見ヤウゾト思ウテ ワ《一》ザ/\キタ物ヲ  モウサ色ガカハツタワイ
 
(324)    りうたんのはな         友のり
わがやどの花ふみしだくとりうたんのはなけれはやこゝにしもくる
 〇コチノ庭ノ大事ノ花ヲフミアラスアノ鳥ヲ|オウテヤラウ《うたん》 住(ム)野ガナイカシテ トカクコヽヘ來《キ》オル  しだくは、しのぐと本同言也
 
    をばな             よみびとしらず
  をばなは尾花也、打聞の説わろし、萬葉の歌の見誤(リ)也
ありと見て頼むぞかたきうつせみのよをばなしとや思ひなしてむ
 〇(惣ジテ世(ノ)中ノ事ハナンデモ 有(ル)物ヂヤト思ウテ (頼ミニシテモ) 頼ミニハサナリガタイ スレヤ〔三〕世(ノ)中ノ事ヲバ皆無イ物ヂヤト レウケンヲツケルガヨカラウカイ
 
    けにごし             やたべの名實
うちつけにこしとや花の色を見むおく白露のそむるばかりを
 〇(花ヲ見テ)サツキヤクニ濃《コ》イ色ヂヤト見ヤウモノカ (アレハ花ノ色ノコイノデハナイ) オイタ露デヌレテソレデアノトホリニ濃《コ》ウ見エルバカリヂヤモノヲ
 
    二條(ノ)后春宮の|みやすむ所《御母儀》と申ける時にめどにけづり花させりけるを|よませ給ひける《およませなされた》        ふむやのやすひで
花の木にあらざらめども咲にけりふりにしこのみなる時もがな
 〇(此ケヅリ花ヲ見マスレバ) 花ノ咲(ク)ベキ木デモアルマイケレドモ 花ガサキマシタワイ 致セバナルマジイ木ヘモ木實《コノミ》ノナルヤウニ 年ヨリマシタ私ガ此身モドウゾ立身イタス時節モアレカシト願ヒマスル儀デゴザリマス  餘材四の句の初(メ)の説いとわろし
 
    しのぶぐさ            きのとしさだ
山高みつねにあらしのふくさとはにほひもあへず花ぞ散ける
 〇近所ナ山ガ高サニ ジヤウヂウ嵐ノフク里ノ花ハサ 咲《四》テアルマモナシニツイ散テシマウワイ 打聞四の句の説わろし
 
    やまし          平(ノ)あつゆき
郭公峯の雲にやまじりにしありとはきけど見るよしもなき
 〇郭公ハ峯ノ雲ノ中ヘトンデイタカシラヌ アソコラデ鳴(ク)トハ聞エルケレド ドウモ形ハ見ヤウヤウガナイ
 
    からはぎ         よみ人しらず
  千秋云、清暑堂の御神樂の時に、人長、かれたる荻《ヲギ》の枝を持(ツ)こと有(リ)、これを枯荻《カラヲギ》といふよし、體源抄などに見え、又いとしろく枯たるをぎを、たかやかにかざしてなど、源氏物語にも見えたり、さればこれはもと、からをぎと有て、哥も二の句、からを木毎にと有けむを、題の荻《ヲギ》を、萩《ハギ》に誤りて、哥のてにをはをも、それによりて、改めつるものにはあらじ歟、
うつせみのからはきごとにとゞむれどたまのゆくへを見ぬぞかなしき
(325) ○蝉ノカラヲバ(ヌギステヽ) ドノ《ごとに》木ニモトメテオイテ (其身ハドコヘカ飛(ン)デイヌルガ 此人間モテウドソンナモノデ) 人ゴトニ死ヌレバ皆カラダヲバ棺ノ(中ヘトメテオケドモ) カンジンノ玉シヒハ (ドコヘトンデイヌルヤラ) ユクヘガシレヌヤウニナツテシマウノハサカナシイコトヂヤ  打聞よろし
 
    かはなぐさ            ふかやぶ
うはたまの夢に何かはなぐさまむうつゝにだにもあかぬこゝろを
 〇(逢(ヒ)タイト思フ人ハ夢ニデモ見レバ心ガヰルト云コトナレドモ 〔一〕夢ニ見タバカリデドウシテ心ガヰヤウゾ シヤウジンニ逢テサヘマダタラヌヤウニ思ウ心ヂヤモノヲ
 
    さがりこけ         たかむこのとしはる
花のいろはたゞ一さかりこけれどもかへす/”\ぞ露はそめける
 〇花ノ色ノ濃《コ》イノハ タツタ一サカリデ ワヅカノ間バカリナレドモ ソレヲ露ハ 毎朝毎晩ナンベンモ/\サソメルワイ (タツタ一サカリナモノヲソノヤウニ染ズトモヨイコトヲ
 
    にがたけ          しげはる
  にがたけは、次なるかはたけと共に、くさびらの名なり、うつほ物語にみゆ、【〇千秋云、にがたけは苦茸、かはたけは革茸なり、】
いのちとて露をたのむにかたければ物わびしらになく野べの虫
 〇野ヘンノ虫ハ 露ヲ命ヂヤト思ウテ頼ミニスレドモ頼ミニナリニクイハカナイ物ヂヤニヨツテ 難義ニ思ウテカナシサウニ鳴(ク)
 
    かはたけ          かげのりの王
さよふけてなかばたけゆくひさかたの月ふきかへせ秋のやま風
 〇夜ガフケテモウ半分ホドモタケテイクアノ月ヲ東ノ方ヘ吹カヘセ秋ノ山ノ風ヨ
 
わらび            しんせい法師
け|ぶ《ム》りたちもゆとも見えぬ草のはをたれかわらびとなづけそめけむ
 〇(ワラ火ナラバ煙モ立(ツ)テモエルハズヂヤニ) 煙モタヽズモエルトモ見エヌ草ノ葉ヂヤモノヲ タレガワラ火ト云名ヲツケソメタコトヤラ  【〇千秋云、此歌は、物(ノ)名のよみざまにあらざれば、此部に入べきにあらず、】
 
    さゝ まつ びは は《〇清》せをば   きのめのと
いさゝめに時まつまにぞひはへぬる心ばせをば人に見えつゝ
 〇(近イウチニ逢(イ)マセウトタガヒニ約束ヲシテオイテ 其日マデハ)ツ《一》イワヅカノ間(ダ)ノコトニ思ウテ待(ツ)アヒダニサ 大分日數ガタツタワイ (コレデハドウアラウカ逢《ア》ウコトハ心モトナイモノヂヤ(逢《ア》ハウト云ワシガ)心アヒヲバ人ニ見ラレテマア (ヱヽコンナコトナラ約束セネバヨカツタニ)
 
    なし なつめ くるみ    兵衛
(326)あぢきなしなげきなつめそうき事にあひくるみをばすてぬ物から
 〇イロ/\サマ/”\ノウイコトニアフテ來《キ》タ此身ヲエステモセズニ居ナガラ ソノウイ事ノカズ/\ヲトリアツメテナゲカウコトデハナイ ア《一》ヽムヤクナコトヂヤ
 
    からことといふところにて春の立ける日よめる   安倍(ノ)清行(ノ)朝臣
浪の音のけさからことに聞ゆるは春のしらべやあらたまるらむ
 〇アノ浪ノ音ノケサカラカハツテ聞エルノハ (此唐琴ノ調子モ ケサカラハ) 春ノ調子ニナツテ (キノフマデトハ)改マツタカシラヌ
 
    いかゞさき                 かねみのおほきみ
かぢにあたる浪のしづくを春なればいかゞさきちる花と見ざらむ
 〇舟ノカヂヘアタツタ浪ノクダケテチル雫ガ 今ハ春ナレバ(花ガチルト思ハレル トント花ヂヤ) アレヲドウシテ花ト見ヌ者ガアラウゾ  花のさきちるといふは、たゞちること也、例皆然り、 打聞わろし
 
    からさき                あほのつねみ
かのかたにいつからさきにわたりけむ浪路は跡ものこらざりけり
 〇(見レバアレアノ)辛崎ニ (人ガ立テヰルガ) ア《一》ソコヘハ今マデニ何時《イツ》渡ツテ イツカラアヽシテ居ルコトヤラ (今マデニ渡ツタナラ其跡ガアリソナ物ナレドモ) 浪ノ道ナレバ渡ツタ跡モ殘ツテハナイワイ
 
                        伊勢
浪の花おきからさきて散(リ)くめり水の春とは風やなるらむ
 〇(浪ノウチヨセテクルノハ テウド花ノチツテクルヤウニ見エルガ 此ヤウニ打ヨセテ礒ヘチツテクル)浪《一》ノ花ハ (アノ沖ヘサイタ花ガ) 沖ノ方カラチツテ來《ク》ル|樣子ヂヤ《めり》 (サテ花ヲサカスノハ春ノコト也 浪ノヨセテクルノハ風ユヱ也) スレヤ水ノタメニハ 風ガ春ニナリカハツテ アノヤウニ花ヲサカスカシラヌ  打聞(ノ)説上(ノ)句にかなはず
 
    かみやがは               つらゆき
うば玉のわが黒かみやかはるらむかゞみの影にふれるしら雪
 〇オレガ黒イ髪ガ色ガカハツテ シラガニナツタカシラヌ 鏡ヘウツツタ影ヲ見レバ ツムリヘマツ白ニ雪ガフツタ
 
    よどがは
あしひきの山べにをれば白雲のいかにせよとかはるゝ時なき
 〇山里ニ住(ン)デ居レバ (ジヤウヂウ雲ノハレル時モナイ サウナウテサへ氣《キ》ノツマツタ山ノ中ヂヤニ) 何(ン)トセイト云コトデ此ヤウ(327)ニ雲サヘ晴ルトキモナイコトゾ
 
    かた野                たゞみね
夏草のうへはしげれるぬま水のゆくかたのなきわが心かな
 〇(拙者ガ身ハテウド) ウヘニハ夏ノ草ガ一ハイハエシゲツテ (アルヤラナイヤラ)シレヌ沼水ノヤウナモノデ (世問ノ人ニモシラレズ 立身モエセネバ) テウド又ソノ沼水ノ流レテユク所ノナイヤウニ サテ/\心ノユカヌコトカナ オモシロウナイコトカナ
 
    かつらの宮              源(ノ)ほどこす
秋くれど月のかつらのみやはなるひかりを花とちらすばかりを
 〇(ソウタイノ木ハ秋ハ實《ミ》ガナル物ヂヤガ) 月ノ中ナ桂ハ 秋ガキタトテ實ガナルカ 實ハナリハセヌ (タヾ秋ハ常ヨリサヤカナ)光ヲ花ノヤウニ四方ヘチラスバカリノコトヂヤモノヲ (ソレニ世間デ秋ノ月ヲバカクベツニ賞翫スルハドウ云コトゾイ)
 
    百和香                よみ人しらず
花ごとにあかずちらしゝ風なればいくそばくわがうしとかは思ふ
 〇花ト云花ヲバドレモカレモ皆 殘リオホイニチラシテシマウタヤツナレバ風ヲバオレハドレホドフソクニ思ウゾ (タイテイフソクニ思ウコトデハナイ)
 
    すみながし              しげはる
春がすみなかしかよひぢなかりせば秋くる鴈はかへらざらまし
 〇春ノ霞ノ(ベツタリトフサガツテアル)中ニ 通《トホ》ツテイク道ガナイナラバ 秋キタ鴈ガ春カヘリハスマイニ (霞ノ中ニモ道ガアルデ春ハカヘルデアラウ)
 
    おき火                みやこのよしか
流れいづるかたゞに見えぬ涙川おきひむときや底はしられむ
 〇流レテ出ル源サヘドチヂヤカシレヌ涙川ナレバ (マシテ底ノ深サハイカホドアルカシレヌガ) モシ沖ノ深イ所マデ水ノ干《ヒ》ル時ガアツタナラ  底ノ深サモ見エルデアラウカ
 
    ちまき               大江(ノ)千里
のちまきのおくれておふるなへなれどあだにはならぬたのみとぞきく
 〇後蒔(キ)ノオクレテハエタ苗デモ ムダニナツテシマイハセズニ 秋ハヤツハリ實《ミ》ノツテ頼ミノアル田ノ稻ヂヤトサ聞及(ン)デ居ル(スレヤ學問デモナンデモオソガケヂヤト云テ爲《ス》マイヤウハナイゾヤ)  打聞四の句の注俗意也
 
    はをはじめるをはてにてながめをかけて時の歌よめと人のいひければよめる   僧正聖寶
はなのなかめにあくやとて分ゆけは心ぞともにちりぬべらなる
(328) 〇ゾ《二》ンブン目二見アクカト思ウテ 花《一》ノタント咲テアル中ヲ分テイケバ (花ニ目ガ移(ツ)テ) コチノ心ガサ 花トイツシヨニアチコチト チツテイクヤウナ心モチガスル
 
遠鏡三の卷のをはり
 
(329)古今和歌集卷第十一遠鏡
 
  戀歌一
 
    題しらず              よみ人しらず
郭公なくやさつきのあやめ草あやめもしらぬ戀もする哉
 〇〔上〕ドノヤウナワケナ物ヤラマダシラズニ(ワシヤ)マア《も》ムチヤナ戀ヲスルコトカナ
 
                       素性法師
音にのみきくの白露よるはおきてひるは思ひにあへずけぬべし
 〇音ニキクバカリデ〔の白露〕(マダ見タコトモナイ人ヲ思ウテ) 夜(ル)ハ(ネラレネバ)オキテ居テ 晝ハ又戀シサニエコタヘイデ 消サウニ思ハルヽ
 
                        紀(ノ)貫之
よし野川岩浪たかくゆく水のはやくぞ人を思ひそめてし
 〇〔上〕アノ人ヲ(オレヤ) トウカラサ 思ヒソメタ 又(オレガ)アノ人ヲ(思ウノハ) サイショカラモウ吉野川ノ早瀬ノヤウニヤルセモナウ思ウ  【千秋云、後の譯の意は、「たきつ心をせきぞかねつる、「たきつせの中にもよどはありてふを云々、などの意也、】
 
                         藤原(ノ)勝臣
白浪のあとなきかたにゆく船も風ぞたよりのしるべなりける
 〇浪ノ上ノ人ノトホツタ跡モナイ方ヘイク舟デモ 風ト云物ガサ手《テ》ヨリノ案内者ヂヤ (ソレニワシガ戀ハソンナ風ノヤウナタヨリニセウ物サヘナイ)ワイノ  餘材打聞ともにわろし 例をもてしるべし
 
                      在原(ノ)元方
音羽山おとに聞つゝあふ坂の關のこなたに年をふるかな
 〇音羽山(ハ逢坂ノ關ノコチラニアル山ヂヤガ 其山ノ名ノトホリニコナタデ)音ニハキヽナガラ 關ガアツテコエラレネバコチラニヂツトトマツテ居ルヤウニ 逢坂ト云名ノヤウニ思フ人ニ逢(フ)コトモエセズニ 何(ン)年モタテルコトカナ (サテモ早ウ逢(ヒ)タイ)
 
立かへりあはれとぞ思ふよそにても人に心をおきつしら浪
 〇此《三》ヤウニヨソニハナレテ居テモ 心ハジャウヂウカノ人ノ所ヘバツカリイテ居レバ 〔つ白浪〕又《一》シテモ/\アヽハレ(逢タイコト)ヤトサ思ウ  打聞いとわろし
                                                        つらゆき
世中はかくこそ有けれふく風のめに見ぬ人も戀しかりけり
 〇ヨノ中ト云モノハマアカウシタコトヂヤワイ (マア聞テ下サレ 〔三〕マダ一目モ見タコトモナイ人モ 此ヤウニ戀シイヂヤワイ
 
    右近のうまばのひをりの日むかひにたてたりける車の下すだれより女のかほのほのかに見えければよみてつかはしけ(330)る    在原(ノ)なりひらの朝臣
  ひをりといふ名は、袖中抄の説のごとくなるべし、
見ずもあらず見もせぬ人の戀しく|は《〇清》あやなくけふやながめくらさむ
 〇見ヌデモナシ見タデモナイ人ガ 此ヤウニ戀シイヂヤガコレデハ|ワ《四》ケモナイコトニ今日ハ一日シンキニ思フテクラスデアラウカ
 
    かへし              よみ人しらず
しるしらぬ何かあやなく分ていはむ思ひのみこそしるべなりけれ
 〇見《一》タノ見ヌノト分テハ何(ン)ノイハウコトゾ ソレヤ|ワケモナイ《あやなく》コトヂヤ (戀ト云モノハ) 思ヒバッカリコソハ (イツゾハアハレル)シルベナレ (其外ノコトハナニモドウコウト云コトハナイ)ワイナ
 
    かすがのまつりにまかれりける時に物見に出たりける女のもとに家をたづねてつかはせりける         みぶのたゞみね
春日野の雪間を分ておひ出くる草のはつかに見えしきみはも
 〇春日野ノ雪ノアヒダカラ ハエデテクル草ノチツトバカリ見エソメタヤウニ ハツ/\ニチヨツト見エタ御方《オカタ》ワイノマア
 
    人の花つみしける所にまかりてそこなりける人のもとに後によみてつかはしける                つらゆき
山櫻霞のまよりほのかにも見てし人こそこひしかりけれ
 〇山ノ櫻ノ花ヲ霞ノアヒダカラ見ルヤウニ ウス/\ト見タ人ガサマアサテ/\戀シイコトヂヤワイ
 
    題しらず             もとかた
たよりにもあらぬ思ひのあやしきは心を人につくるなりけり
 〇(何(ン)ゾノタヨリニコソ物ハコトツケテヤルモノナレ) タヨリデモナイ此ワシガ思ヒノ カ《三》ハツタコトハ 此ヤウニ思フ心ヲソノ人ニツケルノヂヤワイ (カウイフノハ タヨリニ物ヲコトヅケルト心ヲ人ニツケルト云ト詞ガ同シコトヂヤニヨツテ)  餘材わろし、打聞、いかなる意とも、聞とりがたし、
                                                              凡河内(ノ)躬恆
はつ鴈のはつかに聲を聞しより中空にのみ物をおもふ哉
 〇空ヲ飛テイク始メテノ鴈ノ聲ヲ聞(ク)ヤウニ 人ノ聲ヲハツ/\ニチヨツト聞テカラ 心ガヒタスラ ウテウテンニナツテサテモ/\物思ヒヲスルコトカナ
 
                      つらゆき
逢事は雲ゐはるかになる神の音にきゝつゝこひわたるかな
 〇(コレホド戀シウ思ウケレドモ) ナカ/\逢(ハ)レサウナモヤウハ遠イコトデ タヾ雲ノ中デ鳴(ル)カミナリノ遠イ音ヲヨソカラ聞(ク)ヤウニ 音ニバツカリ 聞テ月日ヲタテルコトカナ
                                                          よみびとしらず
(331)かた糸をこなたかなたによりかけてあはず|は《〇清》何を玉のをにせむ
 〇一筋ヅヽノ糸ヲ(合セテ玉ヲツナグ緒ニヨラウト思ウテ) ソノ糸ヲアチラヘコチラヘトヨリカケテ モシソレガ一ッニ合(ハ)(イデ緒ニナラズバ) 玉ツナグ緒ニハ何ヲセウゾ (ワシガ戀モテウドソンナ物デ) 此ヤウニイロ/\トスレドモ モシシジウ逢(ハ)レズバ ドウシテ命ガツヾカウゾ  餘材打聞共に、二の句の注わろし、これはたゞ、さま/”\として、心をつくす事を、たとへたる也、男女のこなたかなたを、たとへたるにはあらず、
 
夕ぐれは雲のはたてに物ぞおもふあまつ空なる人をこふとて
 〇ユフカタニハ雲ノ旗手ト云テイロ/\ノ雲ガタツ物ヂヤガ テウドソノ雲ノタツ空ノヤウニ何(ン)ノ手ガヽリモナイ 遠イ人ヲ思ウトテ ワシハユフカタニナレバソノ雲ノハタテノヤウニイロ/\サマ/”\トサ物思イヲシマスル
 
かりこもの思ひみだれてわがこふと妹しるらめや人しつげず|は《〇清》
 〇苅(ツ)タマコモノミダレルヤウニ ワシハイロ/\ト心ガミダレテ此ヤウニ思フト云コトヲ 妹ハ知ラウカイ 人ガ云テキカサズバ コレホドニ思フトハ知(リ)ハスマイ
 
つれもなき人をやねたく白霧のおくとはなげきぬとはしのばむ
 〇〔三〕オキルト云テハナゲキ ネルト云テハシタウテ ア《一》ノアイソモナイ氣ヅヨイ人ヲ此ヤウニ思《オモ》ハウコトカヤ サテモ|クチヲシイ《ねたく》コトヤ (ドウゾ思ウマイゾ)
 
ちはや|ぶ《濁》るかものやしろのゆふだすき一日も君をかけぬ日はなし
 〇〔上〕ワシハ一日モオマヘノコトヲ云ダシテ思ハヌ日ト云ハナイ
 
我戀はむなしき空にみちぬらし思ひやれども行(ク)方もなし
 〇ワシガ戀ハ (サテケシカラヌ戀デ) 虚空《コクウ》ヘ一(ツ)ハイニフサガツタサウナ (サウヂヤカシテ) 思ヒヲハラシテヤラウト思ヘドモ ドツコヘモ行(ク)トコロガナウテ ナンボウデモ此思ヒガハレテユカヌ
 
するがなるたごのうら浪たゝぬ日はあれども君をこひぬ日はなし
 〇此タゴノ浦ノ浪ハ(オホカタイツデモ立(ツ)ガ ソレデモサタマ/\ニハ)此浪デモタヽヌ日ハアレドモ ワシガオマヘヲ戀シウ思ハヌ日ト云テハケガナ一日モナイ
 
ゆふづくよさすや岡べの松の葉のいつともわかぬ戀もする哉
 〇アレアノ夕《ユフ》)日ノ影ノサス岡ノ松ノ葉ハ(四季トモニ同シ色デ) イツト云ワカチモナイガ テウドソノヤウニワシハイツト云ワカチモナイ戀ヲマアスルコトカナ サテモ/\  【〇千秋云、此初句、夕づくよ、夕づくひ、昔より兩本有しと見ゆ、千五百番(ノ)哥合に、公經卿「さびしさをいかにとはまし夕づく日さすや岡べの松の雪をれ、季經判にいはく、万葉集には、ゆふづくひさすやと侍り、古今の哥を思ひて、松をよまば、夕づくよとぞ侍るべき云々、か(332)ゝれば公經卿は、夕づく日とある本によりてよまれ、季經は、夕づくよとある本につきて、判ぜられたる也、今師も、譯は、日とある本によられたり、】 打聞に、松を待(ツ)にとりなしてとあるは、わろし、其こゝろはなし
 
あし|ひ《〇清》きの山下水のこがくれてた|ぎ《濁》つ心をせきぞかねつる
 〇山ノ陰ナ川ハ シゲツタ木ノ下ニカクレテ (ヨソヘ見エハセネドモゲウサンニサツサト流レオチル物ヂヤガ ワシガ戀モテウドソノヤウデ 見エヌヤウニカクシテハ居ルケレド) 胸《ムネ》ノ内ハサツサト瀧ノ流レルヤウデ (ソレヲセキトメウト思ヘド) 中々セキトメラルヽコトデハサナイ
 
吉野川いはきりとほし行水の音にはたてじこひはしぬとも
 〇(吉野川ハケシカラヌ早イ川デ ドウ/\ト鳴(ツ)テ 岩ヲ切リトホシテイクヤウニスルドイ流レヂヤガ ワシガ戀モムネノ内ハ吉野川ヂヤ) ソレデモタトヒコレデ死《シニ》ハスルト云テモ (吉野川ノヤウニ)音ニタテ(ヽ人ニハシラレ)マイゾ
 
たぎつせの中にも淀はありてふをなど我戀の淵瀬ともなき
 〇山川ハ早イ物ナレド ソレデモ其間(タ)(ニハ淵ガアツテ)ヨドム所モアルト云コトヂヤニワシガ戀ハナゼニ淵ヂヤ瀬ヂヤト云ワカチモナシニ (イッツモ早瀬ノヤウナコト)ゾイ
 
山高み下ゆく水のしたにのみ流れてこひむこひはしぬとも
 〇山ガ高サニ(上《ウヘ》ノ方ヲパイカズニ)下ノ谷バッカリ流レル水ノトホリニ ワシモタトヒ此|分《ブン》デコヒジニヽ死ヌルト云テモ (ウハベヽアラハシハスマイゾ) イツマデモ《ながれて》心ノ内デバッカリ思ウテ居ヨウゾ
 
思ひ出るときはの山のいはつゝじいはねばこそあれ戀しき物を
 〇〔の山の〕〔三〕口《クチ》ヘダシテイハヌデコソアレ思ヒダシタ時ニハソレハ/\戀シイ物ヲ
 
人しれず思へばくるしくれなゐの末つむ花の色にいでなむ
 〇人ニシラサズニ心ノ内デバッカリ思ウテ居レバキッウジユツナイ (コレデハドウモ)タマラヌホドニ〔三四〕イツソ|ウ《五》チダシテノケウ
 
秋の野の尾花にまじり咲花のいろにや戀むあふよしをなみ
 〇(此ヤウニ心ノウチデバッカリ思フテ居テハ トテモドウシテモカウシテモ) 逢《五》(ハ)レサウナモヤウガナサニ (シアンシテ見レバ)〔上〕イ《四》イツソウチダシテカヽラウカイ  上句打聞の説よろし
 
わがそのゝ梅のほ|つ《〇清》えに鶯のねになきぬべき戀もするかな
 〇アレコチノ庭ノ梅ノ木ノ高イ枝デ鶯ガナクガ (ワシモアノヤウニ)聲ヲアゲテナキモセウヤウニ思ハレルホドノ戀ヲマアスル アラレモナイコトカナ
 
あし引の山ほとゝぎすわがごとや君にこひつゝいねがてにする
(333) 〇(夜(ル)モヨヒトヨネラレヌニヨツテ聞テ居レバ ヒタモノ)郭公(ガナクガ) アレモワシガ君ヲ思フヤウニ 戀ヲシテネラレヌコトカイ  三四の句は、わが君に戀るごとや、こひつゝ、といふ意也、
 
夏なればやどにふすぶるかやり火のいつまで我身下もえにせむ
 〇夏デイハウナラ テウド家ノマヘデタク蚊遣火ノ (上《ウヘ》ヘアラハレテハモエズニ) イツマデモクス/\トフスボツテアルヤウニ ワシガ身モ此ヤウニイツマデ人ニハイハズニ胸ヲモヤシテ居ルコトデアラウ  夏なればゝ、夏の物にてたとへていはば、といはむがごとし、秋なればともある、それも同じ意也、
 
戀せじとみたらし河にせしみそぎ神はうけずぞなりにけらしも
 〇ドウゾ戀ヲスマイト思フテ 御手洗川デシタミソギヲ 神ハトウ/\御《オ》ウケナサレヌサウナワイ|マア《も》 (サウカシテネカラ戀ガヤマヌ)
 
あはれてふことだになく|は《〇清》なにをかは戀のみだれのつかねをにせむ
 〇(思ヒガ胸ニ一(ツ)杯《ハイ》ニナルトキニハ 聲ヲアゲテアヽヽハレアヽヽハレトイヘバコソスコシハ胸モユルマレ》 ソノアヽアハレアヽヽハレト云コトサヘナクバ 戀スル者ハ何デ心ヲヲサメウゾ (テウド萱《カヤ》ナドヲ苅テ亂レタ時ニ 一トコロヘトリアツメテ緒デユヒツカネルヤウニ) 戀デ心ガ亂レタ時ニハ アヽヽハレアヽヽハレト云ノガ束《ツカ》ネ緒ヂヤ
 
思ふにはしのぶることぞまけにける色には出じとおもひし物を
 〇ナンボシノンデ見テモ 思ウ方《ハウ》ガツヨイニヨツテ トウ/\シノブ方《ハウ》ガサマケタワイ イツマデモ色ニハダスマイト思ウタモノヲ
 
我戀は人しるらめやしきたへの枕のみこそしらばしるらめ
 〇(此通リニキツウシノベバ) ワシガ戀スルノハ 人ガシラウカヤ タレモ知(ル)人ハアルマイ枕バツカリコソハ (夜(ル)/\シテネル物ナレバ) モシ知(ル)ナラシリモセウケレ
 
あさぢふのをののしのはら忍ぶとも人しるらめやいふ人なしに
 〇〔一二〕此ヤウニ忍ンデ思フト云コトモ 君ハ知ウカイシリハスマイ 云テキカス人ナシニハ
 
人しれぬ思ひやなぞとあしがきのまぢかけれどもあふよしのなき
 〇人ニシラサヌ此思ヒトシタコトワイノ 〔三〕マヂカイ所ヂヤケレドモ ナゼニ《なぞと》ア《五》ハレルモヤウノナイコトゾ  千秋云、二の句、なぞとのともじ、顯注打聞などに、たゞなぞ也、とゝいふ辭は、いはれぬやうなれども、ことばのたすけにおきたる也、とあるは心得ず、助辭《タスケコトバ》に、ともじを用ひたること、をさ/\見えず、此とは、かならずもを寫し誤りて傳へたるにて、もとはなぞもにてぞ有けむ、なぞもは、古歌に例多く見ゆ、ちかくは此卷の中にも、かゞり火に云々なぞもかくと有(リ)、もととゝ、字の形よく似たり、
 
(334)思ふともこふともあはむ物なれやゆふてもたゆくとくるしたひも
 〇イカホド思フタト云テモ コヒシタウタト云テモ 逢(ハ)レウモノカイ ドウデアハレルコトデハナイニ ソレニ又シテモ/\ムスブ手モダルイホドセツ/\下紐ガトケル (惣躰シキリニ人ニ逢(ヒ)タウ思ウ時ニハ 下紐ガトケル物ヂヤト云コトヂヤガ ワシハナニホドアヒタウ思フテ下紐ガトケタト云テモ トテモ逢(ハ)レハセネバ 何(ン)ノセンノナイコトヂヤニ) 打聞、下句の説上句にかけ合わろし、
 
いで我を人なとがめそ大ぶねのゆたのたゆたに物おもふころぞ
 〇イヤサ《いで》(コレ貴樣タチソノヤウニ)トガメテ下サルナイ ワシハ大キナ舟ノ浪ニユラレルヤウニ物思ヒデウカラ/\トシテ居ルジセツヂヤ (スレヤアヂナ顔《カホ》ツキニ見エルハズヂヤ)
 
いせの海に釣するあまのうけなれや心ひとつをさだめかねつる
 〇(戀ヲスルワシガ心ハ) イセノ海デ獵師ノ釣ヲスルウケ|ヂヤカシテ《なれや》 (フハラ/\トウカレテ) シヅメウト思フテモドウモシヅメラレヌ (釣ノウケト云モノハ 浪ニユラレテ フハラ/\トウキアルク物ヂヤガ心ガテウドソノヤウニサ)
 
いせの海のあまのつりなはうちはへてくるしとのみや思ひ渡らむ
 〇〔一二〕(戀ユヱニ)長《三》イ月日ヲ此ヤウニジユツナイコトヤトバツカリ思ウテ|タテル《わたらん》コトデアラウカ  千秋云、あまのつりなはうちはへてくる、とつゞけたるは、いと/\長き繩に釣の枝糸をあまたつけて、海の中へ、遠くうちはへおきて、その繩をくりよせあげて、かの釣をくひたる魚共をとるわざあり、これ也、今(ノ)世にこれを、ながのゝ釣といふは、長繩の釣といへるを、訛れる也、國によりては、ながなはともいへり、此哥うちはへて、くるといへる、よのつねの釣にては、かなはぬ事也、
 
涙川なにみなかみをたづねけむ物思ふ時のわが身なりけり
 〇涙川ト云川ノミナカミハドコヂヤカトナゼ思フタコトヤラ (其川ノミナカミハドコデモナイ) 物ヲ思フ時ノ此ワシガ身ヂヤワイ (ハテ涙ハ身カラ出ルハサテ)
 
たねしあれば岩にも松はおひにけり戀をしこひばあはざらめやは
 〇タネガアレバ岩ヘモ松ハハエルワイ (スレヤナンボ出來ニクイ戀ヂヤト云テモ) 隨《四》分骨ヲ折(リ)サヘシタナラ逢(ハ)レヌト云コトガアロカイ (ドコゾデハアハレヌト云コトハアルマイ)
 
あさな/\たつ河霧の空にのみうきて思ひのある世なりけり
 〇毎朝タツ川ノ霧ノ中《チウ》ニウイテアルヤウニ イツヽモ《のみ》落(チ)付(カ)ヌ思ヒノアル世ヂヤワイ
 
わすらるゝ時しなければあしたづの思ひみだれてねをのみぞなく
 〇ワスレラレル時ガナケレパ〔三〕イロ/\ト思ウテ泣テバツカリサ居ル(ワシヤ)
 
(335)から衣ひも夕ぐれになるときはかへす/”\ぞ人はこひしき
 〇〔一〕〔ひも〕毎日ユフカタニナレバ カヘス/”\モサ カノ人ガ戀シイ
 
よひ/\に枕さだめむかたもなしいかにねし夜か夢に見えけむ
 〇イ《下》ツゾヤ戀シイ人ヲ夢ニ見タコトガアツタガ 其夜ハドチラ枕ニドウシテ寢《ネ》タ時デアツタヤラ (思ヒダシテ見レド覺エヌ ソレデ此ゴロモ)毎《一》晩/\(ドウゾ又夢ニ見ヤウト思ヘド) ドチラ枕ガヨカラウヤラ定メウヤウガナイ  餘材打聞共に、上句の説たがへり、よく上下の詞を味ひてしるべし、
 
戀しきに命をかふるものならばしにはやすくぞあるべかりける
 〇命ヲ此戀シサノクルシイノニカヘテ死ナルヽ物ナラ 死ヌルノハヤスイコトデサアラウト思ハレルワイ (此クルシイメヲセウヨリ 死ンダ方《ハウ》ガハルカマシヂヤ)
 
人の身もならはし物をあはずしていざこゝろみむこひやしぬると
 〇人ノ身ト云物モナンデモナラハシカラナモノヂヤニ (戀シイ人ニアハズニ居テモソレガナラハシニナツテ其通リデ居ラルヽモノカ 又ソレデハコタヘラレイデ)死《五》ヌル物カ ド《四》レヤ(逢(ハ)ズニ居テ)タメシテ見ヤウゾ
 
しのぶればくるしきものを人しれず思ふてふことたれに語らむ
 〇思フコトヲ隱シテ居ルノハ サテモ/\苦シイニ 此ヤウニ人ニシラレズニ心デバカリ思ウト云コトヲ (誰ニナリトモ語リタイ物ヂヤガ) タレニ語ラウゾ (タレニモ語ラウ人ガナイ)
 
來む世にもはやなりなゝむめのまへにつれなき人を昔と思はむ
 〇イツソ早ウ來世《ライセ》ニナツテシマヘバ|ヨイニ《なゝむ》 ソシタラ此現在目ノマヘニツレナイ人ヲ 昔ノコトヂヤト思(モ)ワウニ (昔ノコトヂヤト思フタラ コレホドニツラウハ思ハレマイワサ)
 
つれもなき人をこふとて山彦のこたへするまで歎きつるかな
 〇アイソモナイ人ヲ戀シウ思フトテ(ワシハマア 山ノ中ナラ)コダマノヒヾクホドニ サテモ/\大キナタメ息ヲツイテナゲイタコトカナ
 
行水にかずかくよりもはかなきは思はぬ人をおもふなりけり
 〇流レテイク水ヘ物ノ數ヲカキトメル(ノハ ヂツキニ消テシマヘバ ナンノセンノナイラチノアカヌコトヂヤガ) ソレヨリマダキツイラチノアカヌコトハ コチヲ思ウテモクレヌ人ヲ (コチカラバツカリ)思フノヂヤワイ (ワシガ戀ハサウヂヤワイノ)
 
人をおもふ心は我にあらねばや身のまどふだにしられざるらむ
 〇人ヲ戀シウ思ウ心ハ (我心ヂヤケレド) 我心デハナ|イ《三》ヤ《五》ラシテ《やらん》 此我身ノマヨフノサヘシレヌ (モシ此心ガキツト我心ニチガイナクバ 我身ノマヨフノガシレヌト云コトハナイハズヂヤワサテ) アヽ(戀ト云モノハカハツタモノヂヤ)
 
(336)おもひやるさかひはるかになりやするまどふ夢路にあふ人のなき
 〇(人モナイハルカナ國ヘイタナラ道デ逢ウ人モアルマイガ テウドソンナモノデ ワシガ戀シイ人ノ事ヲ)思ヒヤル其心ノイク道モダン/\遠ウナルカシラヌ (サウカシテ) アチコチト思ウテ《まどふ》夢ヲ見テモ 思フ人ニアウ夢ハ見ヌ  打聞、上句の意、たがへり、
 
夢のうちに逢見むことを頼みつゝくらせるよひはねむかたもなし
 〇セメテハドウゾ夢ノウチニ逢(ハ)ウト思フテ (ヒルノ内カラ)ソレヲ頼ミニシテ暮(ラ)シタ夜ハ (ドチ枕ニドウ寢《ネ》タナラ夢ニ見ラレウゾ ドウ寢タ物デアラウゾト心ガマヨウテ) ドウモ寢樣《ネヤウ》ガナイ  餘材打聞共に、結句を解(キ)えず、上なる「いかにねし夜か夢に見えけむといふ哥と、合せて心得べし、
 
こひしねとするわざならしうは玉のよるはすがらに夢に見えつゝ
 〇コレハマア戀デ死ンデシマヘト云コト|サウナ《らし》 (ナマナカニ)夜(ル)ハヨヒトヨ夢ニ見エテ (思ヒヲサセテ ソシテホンマニハネカラアハレイデサ)
 
涙川まくら流るゝうきねには夢もさだかに見えずぞ有ける
 〇涙ガ川ノヤウデ枕ガ流レテ (川舟ノ中デ浮テ寢ルヤウナ カウイフ)浮寢《ウキネ》デハ 見ル夢モハツキリトハサ見エヌワイノ
 
戀すれば我身は影となりにけりさりとて人にそはぬものゆゑ
 〇戀ヲスレバ ワシガ身ハ此(ヤウニヤセテ) 影ノヤウニナツタワイ サウカト云テ《さりとて》思ウ人ニ添(ヒ)モセヌモノヽ|クセニ《ものゆゑ》サ (影ナラ人ニソヒソナモノヂヤニ)
 
かゞり火にあらぬわが身のなぞもかく涙の川にうきてもゆらむ
 〇(鵜飼舟ノカヾリ火コソ川ニ浮テモエル物ナレ) カヾリ火デモナイワシガ身ノ ナゼニマア此ヤウニ浜ノ川ニウイテ 胸ニ思ヒノ火ガモエルコトヤラ
 
かゞり火の影となる身のわびしきは流れて下にもゆるなりけり
 〇(川ヲ流レテクダル鵜飼舟ノ)カヾリ火ノ(移(ツ)タ影ハ 水ノ下デモエルガ ワシモテウドソンナモノデ 戀ニヤツレテ) 影ノヤウニナツタ身ノツライ難義ナコトハ 長《四》イ月日ヲ心ノ内デパッカリ思フテムネノモエルノヂヤウイ
 
早き瀬にみるめおひせば我袖の涙の川にうゑましものを
 〇ミルメ(ト云モノハ海ノ中ヘハエル物ヂヤガ) ソレガ若(シ)川ノ早イ瀬ヘハエテソダツナラ ワシガ袖ノ涙ノ川ヘウヱウモノヲ (ナゼニナレヤ ワシガ涙ハ早イ瀬ノヤウニ流レル ソシテ戀シイ人ニ逢(フ)コトヲミルメト云ニヨツテサ)
 
おき|へ《〇清》にもよらぬ玉もの浪のうへにみだれてのみや戀渡りなむ
 〇(ワシガ戀ハ) 沖ノ方ヘモ磯バタヘモヨラズニ 浪ノ上デミダレテアル藻ノヤウニ ドチラヘモツカズニ心ガ亂レテ (イツマデモ此ヤウニ) 戀シイ/\ト思フテバッカリ月日ヲクテルデアラウカ
 
(337)あしがものさわぐ入江のしら浪のしらずや人をかくこひむとは
 〇〔上〕人ヲ今此ヤウニ戀シウ思ワウトハ 思《四》ヒモヨラヌコトヨ
 
人しれぬおもひを常にするがなるふじの山こそ我身なりけれ
 〇常住人ニシラサヌ思ヒヲスルワシガ身ハ (外ニハナイ) 駿河ノ富士ノ山ガサ ワシガ身ヂヤワイ (ナゼト云ニ富士ノ山モ火ハモエズニ常住煙ガ立テモエルハサテ)
 
とぶ鳥のこゑも聞えぬおく山のふかき心を人はしらなむ
 〇イカウ深イオク山デハ鳥ノ聲モセヌモノヂヤガ ソノクラヰノ奥山ホド深イ此ワシガ心ヲ 思フ人ハ(サウトハシラヌサウナガ) ドウゾ知テクレカシ
 
あふ坂のゆふつけ鳥もわがごとく人や戀しきねのみなくらむ
 〇相坂ニハナシテアルアノ木綿《ユフ》ヲツケタ鷄モ人ガ戀シイ|ヤ《五》ラ《らん》 オレト同シヤウニ聲ヲアゲテヒタスラ鳴(ク)  打聞ゆふつけ鳥の説わろし
 
逢坂の關に流るゝいはし水いはで心に思ひこそすれ
 〇〔上〕イハズニ居ルデコソアレ 心ニハタイテイ思フコトデハナイ
 
うき草のうへはしげれるふちなれや深き心をしる人のなき
 〇(ワシガ深イ心底ハ) ウヘニハ浮草ノシゲツテ見エヌ淵ヂヤカシテ 此深イ心底ヲ 人ガ知テクレヌ (フカイコトガ見エヌサウナ)
 
うちわびてよばゝむ聲に山びこのこたへぬ山はあらじとぞ思ふ
 〇サシツマツテセンカタナサニ大キナ聲ヲシテヨバヽツタナラ 其聲ニハヨモヤコタマノヒヾカヌ山ハアルマイトサ思フ (大キナ聲ヲスレバ必コタマノヒヾキ通リデ ワシガコレホドニ深ウ思フコトナレバ アチラカラモスコシハ何(ン)トゾ思フテクレソナモノヂヤ)
 
こゝろがへする物にもがかたこひはくるしき物と人にしらせむ
 〇タガヒニ人ノ心ガトリカヘラレル物ニシタイモノヂヤ (ソシタラコチノ心トアチノ心ト入(レ)カヘテ) 片思ヒハクルシイ物ヂヤト云コトヲアノ人二思ヒシラサウニ
 
よそにしてこふればくるしいれひもの同じ心にいざむすびてむ
 〇(今ノトホリニ) ヘダツテヨソデ戀シウ思フテ居レバクルシイニ 兩方ノ紐ヲ一所《ヒトヽコロ》ヘムスビ合スヤウニ ドレヤコレカラハ一所ニ居ルヤウニセウゾ
  同じ心にといへるは、或人(ノ)云、からぶみに、同心結といふことあるによれる也、といへり、又今思ふに、ところを、こゝろと寫(シ)誤れるにや、
 
春たてはきゆる氷のゝこりなく君がこゝろは我にとけなむ
 〇春ニナレバ氷ノ殘ラズトケルヤウニ 君ガ心ハドウゾオクソコナウ我ニウチトケヨカシ
 
あけたてば蝉のをりはへ鳴くらしよるは螢のもえこそ渡れ
(338) 〇夜ガ明レバ晝ハ蝉ノヤウニヒガナ一日ナイテクラシ 夜(ル)ハ螢ノヤウニ思ヒニモエテ夜ヲアカシテサ 月日ヲタテルワイ《わたれ》
 
夏虫の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり
 〇夏ノコロ虫ノ火ノ中ヘトビコンデ ツイ我身ヲムダニシテシマウノモ 火ヲトラウト云(フ)思ヒ一(ツ)ニヨツテノコトヂヤワイ (人ノ戀ヲスルノモテウド其通リデ 人ニ心ヲカケテツイ我身ヲシモテノケルコトヂヤ アヽヽ戀ハスマイコトヂヤゾヤ)  餘材打聞ともに、ひとつおもひの説わろし、
 
夕|さ《〇清》れ|ば《濁》いとゞひがたき我袖に秋の露さへおきそはりつゝ
 〇(戀ヲスレバ) タ《二》ヾサヘ涙ガカワキニクイワシガ袖ヘ ユ《一》フカタニナレバ 此時節ノ露マデガオキソフテサ (イヨ/\カワカヌ)
 
いつとても戀しからず|は《〇清》あらねども秋の夕はあやしかりけり
 〇イツヂヤト云テモ コヒシウナイト云コトハナケレドモ (其内ニモトリワケテ) 秋ノ時分ノユフカタハ又カクベツニドウモタヘラレヌワイ
 
秋の田のほにこそ人をこひざらめなどか心に忘れしもせむ
 〇〔一〕サウト顯《アラ》ハレテ思フフリコソスマイケレ心ニハ何(ン)ノ忘レウゾイ ワスレハセヌ
 
秋の田のほのうへをてらすいな妻の光のまにも我やわするゝ
 〇秋ノ田ノ稻ノ穗ノウヘヘイナヅマノ|ヒ《△》カリット光ルホドノチヨツトノマモ ワシハオマヘノコトヲ忘レルカイ ソレホドノ間モワスレハセヌゾイワシヤ
 
人めもる我かはあやな花すゝきなどかほに出てこひずしも有(ラ)む
 〇人目ヲハヾカル我身カイ オレハ何(ン)ニモ人目ヲハヾカルコトハナイニ アヽ|ワケモナイ《あやな》 ナンノタメニ此ヤウニ〔三〕アラハサズニバッカリ思フテ居ヤウゾ
 
あわ雪のたまれは|か《〇清》てにくだけつゝわが物思ひのしげきころ哉
 〇沫雪ノタマルカト見レバ|エ《かてに》タマラズニクダケテ消ルヤウニ オレハ心ガクダケテ此ゴロハサテ/\物思ヒノシゲイコトカナ
 
おく山のすがの根しのぎふる雪のけぬとかいはむ懸のしげきに
 〇此ヤウニ思ヒガシゲウテハ(ドウモタマラヌニ) 〔上〕ワシハモウキエル死ヌルト云テヤラウカイ
 
(339)古今和歌集卷第十二遠鏡
 
  戀歌二
 
    題しらず
おもひつゝぬればや人の見えつらむ夢としりせばさめざらましを  小野(ノ)小町
 〇思ヒ/\寐《ネ》ルユヱ|ニ《三》ヤラ《らむ》戀シイ人ガ夢ニ見エタ 其時ニ夢ヂヤト知(ツ)タナラ サマサズニオカウデアツタモノヲ (ヲシイコトヲシテサマシテノケタ)
 
うたゝねに戀しき人を見てしより夢てふ物は頼みそめてき
 〇イツゾヤウタヽネシタ時ニ 戀シイ人ヲ夢ニ見テカラ 夢ト云モノハヨイ物ヂヤト思ヒソメテ ソレカラ(又見ヤウ又見ヤウト思ウテ) 夢ヲ頼ミニシテ居ル
 
いとせめて戀しき時はうば玉のよるの衣をかへしてぞきる
 〇(衣ヲカヘシテ着テネレバ思フ人ヲ夢ニ見ルモノヂヤトイヘパ) ワシモキツウサシツマツテ戀シウテタヘラレヌ時ニハ ネマキヲウラガヘシテサキテネル
 
                    素性法師
秋風の身に寒ければつれもなき人をぞ頼むくるゝよごとに
 〇ワシガ思フ人ハツレナイ人ナレドサ 秋風ガ身ニシンデ寒ケレバ 日ガクレヽバ毎夜 モシヒヨツト見エルコトモアラウカト思フテ ワシハソレヲ頼ミニスル
 
    しもついづもでら|に《デ》人の|わざ《ツヰゼンノ法事》しける日しんせい法師のだうしにて|いへりける《説法ニ》ことばを歌によみてをのゝこまちがもとに遣しける   あべのきよゆきの朝臣
つゝめども袖にたまらぬしら玉は人を見ぬめのなみだなりけり
 〇(眞セイノ談義ニトカレタカノ法華經ノ表裏寶珠ノ事ニツイテサ) ナンボ袖ヘツヽンデモタマラズニコボレテ出ル玉ハ 戀シイ人ヲエ見ヌ目カラコボレル涙ヂヤワイ
 
    かへし               こまち
おろかなる涙ぞ袖に玉はなす我はせきあへずたぎつせなれば
 〇ワシガ涙ハ(又々ソンナコツチヤナイ) ドウモセキトメラレヌホド流レテ瀧ノ水ヂヤ スレヤオマヘノソノ袖ニツヽマレヌ玉ト見エルクラヰノ涙ハ オロカナコトイノ
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合のうた  藤原(ノ)としゆきの朝臣
戀わびてうちぬる中に行かよふ夢のたゞぢはうつゝならなむ
 〇(思フテモ/\モアハレハセズ) 戀アグンデスコシネムツタ間(タ)ニ通《カヨ》ウト見ル夢ノスグミチハドウゾホンマノコトデアレカシ (夢デコソズツト通ハレル直道《スクミチ》ナレ ホンマニハソンナコトハ及ビモナイコト) イツヽモ戀ワビテ居ル中ヂヤモノ  中は、思ふ人との(340)中也、然るを餘材に、ねたる中也といへるは、かなはず、もし然らば、うちぬるほどにとこそ有べけれ、
 
すみのえのきしによる浪よるさへや夢の通路人めよ|く《〇清》らむ
 〇(晝ホンマニ通フ道デハ人目ヲハヾカルモ ソノハズノコトヂヤガ)〔一二〕夜(ル)夢ニ通フト見ル道デマデ人目ヲハヾカツテヨケルヤウニ見ルノハドウシタコトヂヤヤラ
 
をのゝよしき
わが戀はみやまがくれの草なれやしげさまされどしる人のなき
 〇ワシガ戀ハ 山ノオクニカクレテアル草ヂヤカシテ 段々トシゲサガマサルケレドモ サウト云コトヲ 知テクレル人ガナイ
 
                          きのとものり
よひのまもはかなく見ゆる夏蟲にまどひまされる戀もする哉
 〇(アノヤウニ夏蟲ノ火ヲトラウト思ウテ飛入テ) 宵ノ間ヲモ(エタモタズニ ツイ命ヲシマウテノケルノハ) キツイアハウナコトヂヤト|思ハルヽ《見ゆる》ガ (ワシガ又此ヤウニ人ニアヒタイ/\ト思フテ)戀ニ身ヲシマウノハ アノ夏蟲ノ火ニマヨウノヨリハナホマサツテサテモ/\マアアハウナコトカナ  餘材よひのまもの説たがへり
 
夕|さ《〇清》れ|ば《濁》螢より|け《〇清》にもゆれども光見ねばや人のつれなき
 〇毎日ユフカタニナレバ 螢ヨリモナホワシハ思ヒガモエルケレド (ワシガ此ヤウニモエル思ヒハ 螢ノヤウニ光(リ)ガナイニヨツテ)見ヌユヱニ人ガツレナイカ|シラヌ《ばや》 (光(リ)ガアツテ見タナラヨモヤカウツレナウハアルマイコトヂヤワサ)
 
さゝの葉におく霜よりもひとりぬるわが衣手ぞさえまさりける
 〇サヽノ葉ヘフツタ霜(ハキツウサエル物ヂヤガ) ソレヨリモヒトリネルワシガ袖ガサ ナホキツウサエテ寒イワイノ
 
わがやどの菊のかきねにおく霜のきえかへりてぞ戀しかりける
 〇〔上〕イヤモウキツウ/\キエ入ルヤウニサ戀シイワイノ  餘材打聞共に、きえかへりの説わろし、すべてわきかへりしにかへりなどいふ類皆、其事の、いたりて甚しきをいふ詞也、今(ノ)世の語にも、にえかへるひえかへるなど多くいふと、同じことなるをや、
 
河の瀬になびく玉藻のみかくれて人にしられぬ戀もする哉
 〇川ノ瀬ノ底ニハエテナビイテアル藻ノ水ニカクレテシレヌヤウニ 思ウ人ニシラレヌ戀ヲワシハマアスルコトカナ
                                                                   みぶのたゞみね
かきくらしふる白雪の下ぎえに消て物思ふころにも有かな
 〇雪ノ下カラ消ルヤウニワシハ人ニハ云(ハ)ズニ此《ころ》ゴロハホンニ消入ルヤウニ物思ヒヲ|マア《も》スルコトカナ
 
                      藤原(ノ)おき風
(341)君こふる涙のとこにみちぬればみを|つ《〇清》くしとぞ我はなりける
 〇(ミヲツクシト云物ハ海ノ中ニ立(ツ)テアル物ヂヤガ) ワシハ君ヲ戀シウ思ウテ泣ク涙ガ (テウド海ノシホノミチタヤウニ) 床|一《イツ》ハイニミチタレバ (ソノ床ニネテ居ル)ワシガ身ハ トントソノミヲツクシニサ ナツタワイ (ソシテソノミヲツクシト云名ノトホリニ 身ヲツクシテシマウテノケルデアラウ)
 
しぬる命いきもやするとこゝろみに玉のをばかり逢むといはなむ
 〇ドウデ戀デ死ヌル此命ガ 若(シ)ヒヨツト生《イキ》ノビルコトモアルカ 物ハタメシヂヤニ《こゝろみに》ドウゾ 短イ玉ノ緒ノアヒダホドナリトモチヨツト逢(ハ)ウト云テクレカシ
 
わびぬればしひて忘れむと思へども夢といふ物ぞ人だのめなる
 〇ト《一》ツトモウ戀ニナンギシハテタレバ ドウゾシテムリニ此事ヲ忘レウト思ヘドモ (夢ニ逢《ア》ウト見ルコトガアルニヨつて 又ヒヨツトアハレルコトモアラウカト ソレガ頼ミニ思ハレテ ソシテアハレモセネバ) アヽ夢ト云物ハサ 人ニ頼モシウ思ハセテオイテ 何(ン)ノヤクニタヽヌモノヂヤ  打聞に、人だのめを、人だのまれとあるは、たがへり、人だのませとこそいふべけれ、めは即(チ)即(チ)ませのつゞまりたる也、
 
                       よみびとしらず
わりなくもねてもさめても戀しきか心をいづちやらばわすれむ
 〇ナ《一》ラヌコトヲムリニ此ヤウニ|マア《も》 サテ/\ネテモオキテモ戀シイコトカナ (コレデハドウモタマラヌガ) 此心ヲドチヘヤツタラ此戀ヲワスレルデアラウゾ
 
戀しきにわびてたましひまどひなばむなしきからの名にや殘らむ
 〇此ヤウニ戀シイノニ トツト難義シハテヽ モシヒヨツト魂(ヒ)ガマヨウテ ドコゾヘインデシマウタナラバ アトハ此身ハムナシイヌケガラニナルヂヤガ ソシテ思フ人ニアヒモセヌムナシイ戀ノ|クセニ《からの》 戀デ死ンダト云名ガ殘ルデアラウカ  四の句は、魂のさりて、むなしきからとなる意を、逢事なくて、むなしき戀ながらにといふ意に、いひかけたるもの也、
 
                          紀(ノ)貫之
君こふる涙しなく|は《〇清》からころもむねのあたりは色もえなまし
 〇君ヲ戀シウ思フ(ワシガ胸ハ 思ヒノ火ガモエルケレド 泣(ク)涙デケセバコソアレ) モシ此涙ガナクバ 衣物《キルモノ》ノムネノアタリハ (思ヒノ火デ)モエル色ニナルデアラウ
 
    題しらず
よとゝもに流れてぞゆく涙川冬もこほらぬみなわなりけり
 〇(川ハ冬ハ氷(ツ)テ流レガトマルモノヂヤガ) ワシガナク此涙ノ川ハ (342)ジ《一》ヤウヂウ流レテサ|トマル《ゆく》時ハナイ 冬デモ氷ラヌ水ヂヤワイ 【〇千秋云、哥にみなわとあるを、水の沫とは譯せずして、たゞ水とのみ譯せられたる、これをもて、すべて哥の譯法を思ふべし、又此哥、みなわとよめるは、水とのみにては、詞たらざる故なることをもさとるべし、】
 
夢路にも露やおくらむよもすがら通へる袖のひ|ぢ《濁》てかわかぬ
 〇夢(ニ思フ人ノトコロヘ通フ)道ヘモ露ガオクヤラ ヨヒトヨ夢ニ其道ヲカヨウタ袖ガ ヒツタリトヌレテ(今朝モ)カワカヌ (イヤ/\ヨウ思ヘバサウデハデイ コレヤ涙ヂヤワイノ)
 
                        そせい法師
はかなくて夢にも人を見つる夜はあしたの床ぞおきうかりける
 〇タヾチヨツト夢ニデモ思フ人ヲ見タ夜ハソノ朝《アサ》ノ床ガサハナレテ起《オキ》トモナイワイ
 
                        ふぢはらのたゞふさ
いつはりのなみだなりせばから衣しのびに袖はし|ぼ《濁》らざらまし
 〇(戀シイフリヲシテ) ウソニ泣(イ)テ見セル涙デアラウナラ (隨分人ニ見セウトコソセウケレ 此ヤウニ人ニ見ラレマイト) シノンデキル物ノ袖ヲシポルコトハアルマイニ
 
                         大江(ノ)千里
ねになきてひ|ぢ《濁》にしかども春雨にぬれにし袖ととはゞこたへむ
 〇泣テ此ヤウニヒツタリトヌレタ袖ヂヤケレド モシ人ガ問(フ)タラ春雨ニヌレタノヂヤトイハウ
                                                                 としゆきの朝臣
わがごとく物やかなしき郭公時ぞともなくよたゞなくらむ
 〇郭公モオレガヤウニ物ガカナシイカイ 時シホナシニ夜(ル)ハヒタモノアノヤウニナゼナクヤラ
 
                         つらゆき
さつき山梢をたかみほとゝぎすなくね空なる戀もするかな
 〇〔上〕泣テバツカリ居テ ウカ/\トシテ 心モソヾロナ 戀ヲマアスルコトカナ
 
                       凡河内(ノ)みつね
秋霧のはるゝ時なき心にはたちゐの空もおもほえなくに
 〇〔一〕(戀ヲスルデ)ハレル時モナイ心デハ トント起居《タチヰ》スルノモソヾロデウカ/\トシテオボエヌ
 
                       清原(ノ)ふかやぶ
虫のごとこゑにたてゝはなかねども涙のみこそ下にながれる
 〇(人マヘヲシノブユヱニ) 虫ノヤウニ聲ヲタテヽハナカヌケレドモ ナイシヨウデハ涙ヲナガシテバッカリサヲリマスワイノ
 
(343)    是貞(ノ)みこの家の哥合の哥       よみ人しらず
秋なれば山とよむまで鳴鹿にわれおとらめやひとりぬる夜は
 〇ヒトリネタ夜 (オレガ泣(ク)ノハ) 秋《一》デイハウナラ 山ヂウヘヒヾクホドニナク鹿ニモオトラウカ (オレハ鹿ヨリナホキツウ泣(ク))  秋なればとは、秋の物にてたとへていはゞといふ意也、夏なればともあるに同じ、
 
    題しらず                    貫之
秋の野にみだれて咲る花の色の千種に物を思ふころかな
 〇〔上〕此《五》ゴロ《ころ》ハイロ/\サマ/”\ニ心ガミダレテ サテモ/\物思ヒヲスルコトカナ
 
みつね
ひとりして物を思へば秋の田のいなばのそよといふ人のなき
 〇ヒトリ此ヤウニ物思ヒヲシテ心ヲクルシメテ居ルニ 〔三〕〔いなばの〕ソレヨ御《オ》ダウリヨト云テクレル人ガナイ  ひとりしては、ひとり也、思へばゝ、思ふにの意也、皆ふるきいひざまなり、
 
                            ふかやぶ
人を思ふ心は鴈にあらねども雲ゐにのみもなきわたる哉
 〇人ヲ思フ心ハ鴈デハナケレドモ (鴈ノ空ヲ鳴テワタルヤウニ) サテモ/\ワシガ心ハウカ/\トウハノソラニナツテマア 泣テバツカリタテルコトカナ  餘材、二三の句の注、ひがことなり、かりそめの意はなし、打聞、雲ゐの説、此哥にはかなはず、
 
                        たゞみね
秋風にかきなす琴の聲にさへはかなく人のこひしかるらむ
 〇自身トヒキナラス 琴ノ聲ノ秋風ノ吹(ク)ヤウニ聞エルニマデ人ガ戀シイ 此ヤウナ|チヨツトシタ《はかなく》コトニマデヂキニ此ヤウニ戀シウ思フハドウシタコトヂヤ|ヤラ《らん》  【〇千秋云、譯に、自身トヒキナラスとある、自身といふこと、哥に見えず、いかにといふに、これはみづからひく琴にあらざれば、かきなすといへる詞、いたづら也、さればよその琴のねにはあらざることを、たしかにしめさむために、わきて自身といふことを、添られたる也、すべて此類多し、なほざりに見過すべからず、】
                                 
                       つらゆき
まこもかる淀のさは水雨ふればつねよりことにまさるわが戀
 〇〔一二〕雨ガフレバ (ウツトシウ物サビシイ故ニ) ツネヨリモカクベツニ戀ガマサル
 
    やまとに侍りける人につかはしける
こえぬまはよし野の山のさくら花人づてにのみ聞わたるかな
 〇ソチノ大和(ノ)國ヘマダコエテイカヌウチハ (見タイ/\ト思フ)吉(344)野山ノ花ヲ 人ノハナシニバカリ聞テクラス(ヤウナモノデ 大和ニゴザルオマヘノ事ヲワシガツネ/”\戀シウ思ウノモソノトホリヂヤ) アヽシンキナコトカナ  初句は、あはぬまはといふ意にいへるにはあらず、
 
    やよひ|ばかりに《ジプンニ》ものゝ|たうびける《イヒケル》人のもとに|又人《又外ノ人ガ》まかりてせうそこすときゝてよみてつかはしける
露ならぬ心を花におきそめて風ふくごとにものおもひぞつく
 〇(花ニハ露ガオクモノヂヤガ) ソノ露デハナイワタシガ心ヲ オマヘノ花ニオキソメテヰルユヱニ 風ノフクタビニ 花ガヨソヘチラウカト) ソコヘ心ガツイテサ 思ヒコトガゴザル (ドウカヨソヘチリサウナウハサモチラトウケタマハツタゾヱ)
 
         題しらず            坂上(ノ)これのり
我戀にくらぶの山のさくら花まなくちるとも數はまさらじ
 〇暗部山ノ櫻花ノサイチウトヒマモナシニチル數ハオビタヽシイコトデアラウケレドモ ワシガシゲウ思ウ戀ノ數ニクラベタナラマサリハスマイ
            
                         むねをかのおほより
冬川のうへはこほれる我なれや下に流れて戀わたるらむ
 〇ワシハ ウハツラノ氷ツテアル冬ノ川ヂヤ|ヤ《五》ラ《らん》シテ 其氷(リ)ノ下ヲ水ノ流レルヤウニ 外《ソト》ヘハアラハサズニ 心ノ内デ長ノ月日ヲ戀シウ思フテタテル
                                                                 たゞみね
た|ぎ《濁》つせにねざしとゞめぬうき草のうきたる戀も我はするかな
 〇早イ川ノ瀬ニアル浮草ノ根モトノ 底ヘツカズニウイテアルヤウニ ワシハウイタ戀ヲ|マア《も》スルコトカナ
 
                         とものり
よひ/\にぬぎてわがぬるかり衣かけて思はぬ時のまもなし
 〇〔上〕心ニカヽツテカタ時ノマモ思ハヌ事ハナイ  【〇千秋云、ぬぎてわがぬるは、ぬるとてわがぬぐといふ意なり、】
 
東路のさやの中山なか/\に何しか人をおもひそめけむ
 〇(アハレモセヌ人ヲ)〔一二〕ナマナカニナゼニ此ヤウニワシハ思ヒソメタコトヤラ
 
しきたへの枕の下に海はあれど人をみるめはおひずぞ有ける
 〇〔二〕枕ノ下ニ涙ノ海ハアルケレド 戀シイ人ヲ見ルメハサ ハエヌコトヂヤワイ
 
年をへてきえぬ思ひは有ながらよるの袂はなほこほりけり
 〇何(ン)年カキエズニモエル思ヒノ火ハアリナガラモ 夜(ル)/\ソレデモヤッハリ袖ハナミダガ氷ルワイ (思ヒノ火デトケサウナモノ(345)ヂヤニ)
 
                      つらゆき
我戀はしらぬ山路にあらなくにまどふ心ぞわびしかりける
 〇(シラヌ山道コソマヨウモノナレ) ワシガ戀ハシラヌ山道デモナイニ 此ヤウニマヨウ心ハサ ツライナンギナコトヂヤワイ
 
くれなゐのふり出つゝなく涙には袂のみこそ色まさりけれ
 〇聲《二》ヲアゲテ泣ク血ノ涙ノ紅ハ ソメルタビニ袖バッカリガサ 色ガマスワイ (ツネニ紅デ衣ヲ染ルノハ ドコモカモ同シヤウニコソ染(メ)ルモノナレ 此ヤウニ袖バカリ染(メ)ルモノデハナイニサ)  初二句、夏部に、「からくれなゐのふり出てぞなくとあるとは、意異也、此哥にては、紅といふに用あり、ふり出は、紅をふり出て染る事を、聲をあげてなく事にかねたり、餘材、四の句の説わろし、
 
白玉と見えし涙も年ふれはからくれなゐにうつろひにけり
 〇始(メ)ノホドハ白イ玉ノヤウニ見エタ涙モ ダン/\ト年ガヘレバマツカイニ色ガカハツタワイ
 
                        みつね
夏むしをなにかいひけむこゝろから我も思ひにもえぬべらなり
 〇夏虫ノ(火ノ中ヘハイツテ心カラ身ヲモヤシテシマウコトヲ ヱヽヽハカナイオロカナコトヂヤトハ) ナゼニ云タコトヤラ (夏虫バカリデハナイ) オレモ其通リニ心カラ思ヒニ身ヲシモテノケルデアラウヤウニ思ハルヽ
 
たゞみね
風ふけば峯にわかるゝしら雲のたえてつれなき君がこゝろか
 〇〔上〕サテ/\ルヰモナイ ケシカラヌキヅヨイ君ガ心カナ
 
月影に我身をかふる物ならばつれなき人もあはれとや見む
 〇(月ヲバ惣躰人ガアヽヽハレト思ウテ見ルモノヂヤガ) ワシガ身ヲ月ニカヘラルヽモノナラ (カハツテ月ニナツテミタイ) ソシタラツレナイ人モ見テ アヽハレカアイヤト思フテクレルデモアラウカイ  餘材、影といふに、心をつけたる説わろし、月影は、たゞ月也、
                                                                ふかやぶ
こひしなばたが名はたゝじよの中のつねなき物といひはなすとも
 〇ワシガモシ此通リデ戀死ンダナラバ (ツレナイ人ハ 深義父ハカワイヤワシユヱニ死ンダ)トハイハズニ (タヾ一通リニ)世(ノ)中ガ無常ナ物デ死ンダヤウニ(云(ヒ)ナシテオクデカナアラウガ タトヒサウハ)云(ヒ)ナストモ (世間ノ人ハヨウ知テ居レバ) 外《二ホカ》ノ事デ死ンダトハ云マイ (君ユヱニ死ンダト云(ヒ)フラシテ)君ガ名ハ(346)立ツデアラウ
 
                         貫之
津の國の難波のあしのめもはるにしげき我戀人しるらめや
 〇難波ノ蘆ノ|ハ《三》ルカニ見エル所マデ|ヒ《△》ツシリトシゲウハエテアル如クニシゲイ此ワシガ戀ヲ思フ人ハカウトハ知ウカイ コレホドニアラウトハ知(ル)マイ  めもはるにといへるは、たゞ見渡しのはるかなる意のみ也、蘆の芽《メ》、又張(ル)春などの意はなし、
 
手もふれで月日へにけるしらま弓おきふしよるはいこそねられね
 〇弓ヲ久シウ手モサヘズニオクヤウニ 思ウ人ニ久シウアハネバ (其人ノ事バツカリ思ウテ) 夜(ル)ハネタリオキタリシテ ヨノメモサネラレヌワイノ
 
人しれぬおもひのみこそわびしけれわが歎きをばわれのみぞしる
 〇思ウ人ニ知(ラ)レヌ戀ホドサナンギナコマツタ物ハナイ 此ワシガ歎クノヲバ ワシバツカリガサ知テヰテ (ソノ思フ人ハネカラシラヌヂヤ)
 
                          とものり
ことに出ていはぬばかりぞみなせ河したに通ひて戀しき物を
 〇(ワシガ戀ハテウド)水無瀬川(ノウハベハ水ノナイヤウニ見エテ 下《シタ》ノ方《ハウ》ヲ)水ガトホツテ流レルヤウナモノデ 詞《一》ニダシテイハヌト云バカリヂヤゾイ (心ハジャウヂウ思フ人ノ所ヘ通ウテ)戀シイモノヲ
 
                          みつね
君をのみ思ひねにねし夢なればわが心から見つるなりけり
 〇オマヘノコトバツカリヲ思ウテ寐《ネ》テ見夕夢ナレバ (逢《ア》ウト見タノモ オマヘノナサケデハナイ) ワシガ心カラ見タノヂヤワイ
 
                         たゞみね
いのちにもまさりてをしくある物は見はてぬ夢のさむるなりけり
 〇イノチ(ホドヲシイ物ハナイヂヤガ)ソレヨリマダ惜ウ思ハレルモノハ (戀シイ人ニ逢《ア》ウト見ル)夢ノマダトクト見テシマハヌウチニ早ウサメルノヂヤワイ
 
                         はるみちのつらき
梓弓ひけば本末わがかたによるこそまされ戀のこゝろは
 〇晝ヨリモ〔上〕夜(ル)ガサカクベツニ戀シウ思フ心ハマサルワイ
 
                         みつね
わがこひはゆくへもしらずはてもなしあふをかぎりと思ふばかりぞ
 〇ワシガ戀ハ (タトヘテイハヾ道ヲイクニ) ドコヘイクコトヤラサキモシレズ ドコマデト云限リモナイ(ヤウナモノデ ドウナルコトヤラネカラサキノシレヌコトデ タヾ)アウノヲイキトマリト思ウバ(347)カリヂヤ
 
われのみぞかなしかりける彦星もあはで過せる年しなければ
 〇世(ノ)中ニオレホドサカナシイ物ハナイワイノ 彦星(ノ戀ガ一年ニタッタ一度ヅヽナラデハアハレネバカナシイヤウナ物ナレド) ソレモ(年ニ一度ヅヽハチガヒナシニ逢《ア》ウコトガアツテ) 一年モアハズニスギタ年ハナケレバ (ワシホドニカナシイ戀デハナイワサテ)
                                                                 ふかやぶ
今はゝやこひしなましをあひ見むと頼めしことぞ命なりける
 〇モウハヤ今ゴロハ 戀死ンデシマウデアラウニ イツゾヤ逢《ア》ハウト ア《四》チカラ約束シテオイタコトガアルヲ頼ミ二シテサ ソレバッカリガ命デ(マダカウ生《イキ》テ居ル)ワイノ
 
みつね
たのめつゝあはで年ふるいつはりにこりぬ心を人はしらなむ
 〇イク《つゝ》度カ/\ 逢《ア》ハウト約束シテ 頼ミニサセテオイテハアハズニ何(ン)年カタツダ《三》マシゴトニコリズニ(ヤッハリ頼ミニ思フ)ワシガ心底(ノ深イ所ヲ)推量シテクレカシ
                                                                 とものり
いのちやはなにぞは露のあだ物をあふにしかへばをしからなくに
 〇命ガサ何(ン)ヂヤ|ゾイ《ぞは》 ホンノ露ノヤウナアダナ物ヂヤ|モノ《を》 逢《ア》フニカヘテナラ 此命シマウノハヲシイコトハナイ
 
古今和歌集卷第十三遠鏡
 
  戀歌三
 
    やよひのついたちよりしのびに人にものらいひて後に雨のそほふりけるによみてつかはしける                   在原(ノ)業平(ノ)朝臣
おきもせずねもせでよるを明しては春の物とてながめくらしつ
 〇オキルデモナシネルデモナシニ (ウツラ/\トシテ)夜ヲアカシテハ (又晝ニナレバ) 此ゴロノ空ノヤウニ 長雨ハ春ノ物デ一日ナガメテシンキニ思ウテクラスヂヤ
 
    なりひらの朝臣の家に侍ける女のもとによみてつかはしける  とし行(ノ)朝臣
つれ/”\のながめにまさる涙川袖のみぬれてあふよしもなし
 〇ウチツヾイテ《ながめ》日ヨリハワルシ (日ハ長シ) ヒ《一》マデサビシイニツケテハ イヨ/\シンキデナガメヲシテ 涙ノ川ノ水ガマシテ 袖ガヌレルバッカリデ (ソシテ川ノ水ガマセバ渡ラレヌヤウニ) 逢《ア》ハレサウナモヨウモナイ
 
    かの女にかはりてかへしによめる        なりひらの朝臣
淺みこそ袖はひ|づ《濁》らめ涙河身さへながるときかばたのまむ
 〇(袖ガヌレルトオツシヤルガ ソレヤオマヘノ)涙川ガ淺《一》サニサ サウデアラウ (袖バッカリヌレルグラヰノ淺イコトデハ 頼ミニナリマセヌ) 身マデガ流レルトオツシヤル(クラヰノ涙川ノ深サ)ナラ ソレデハ類ミニ致シマセウ  餘材打聞、四の句の説わろし、身さへ流るとは、たゞ袖のみひづるにむかへて、深きことをいへるのみ也、たとへたる意はなし、
 
    題しらず                   よみ人しらず
よるべなみ身をこそ遠くへだてつれ心は君が影となりにき
 〇近ウヨルテスヂガナ|サニ《み》 身コソカウシテ遠ウヘダテヽ居レ (心ハジヤウヂウオマヘノソバヲハナレハセヌ) 影ノヤウニ|トウカラ《にき》心ハオマヘニソフテ居ル  餘材に、古(ヘ)は、よるといふことを、よるべといへり、といへるはひがこと也、さることなし、引たる萬葉の歌のべは、可の意なるを、心得誤れる也、
 
いたづらにゆきては來ぬる物ゆゑに見まくほしさにいざなはれつゝ
 〇行《イ》テハムダニカヘツテクルモノヽクセニ 逢(ヒ)タイト思ウ心ニサソハレテハ (又シテモイキ又シテモイキスルワイ ドウ云テモトカク逢(ヒ)タサニサ)
 
(349)あはぬ夜のふる白雪とつもりなば我さへともにけぬべき物を
 〇雪ノツモルヤウニ逢(ハ)ヌ夜ガイクヨモ/\ツモツタナラ (其雪ノキエルヤウニ) ワシマデガ共ニ消ルデアラウト思ハレルモノヲ (サテモアハレヌコトカナ)
     此哥はある人のいはく柿本(ノ)人まろが哥なり
 
                           なりひらの朝臣
秋の野に篠分しあさの袖よりもあはでこしよぞひぢまさりける
 〇秋ノ野デ笹ノ中ヲ分テトホツテキタ朝ノ袖ハ(キツウ露デヌレルモノヂヤガ) ソレヨリモ(思フ人ノ所ヘイテ)エアハズニモドツテキタ夜ガサ ナホキツウ(涙デ袖ガ)ヌレルワイ
 
                        小野(ノ)小町
みるめなき我身をうらとしらねばやかれなであまのあしたゆくくる
 〇海松《ミル》メノ無《ナ》イ浦ヂヤト云コトヲシラズニ 海士ガミルメヲ苅《カラ》ウト思フテヒタモノ來《ク》ルヤウニ (アノ御人《オヒト》ハ) ワシガ身ヲ ドウモ逢レヌ身ヂヤトハ 知ラシヤラヌカシテ 一《四》夜モカヽサズニ 足《アシ》ノダルイニ (毎夜/\逢(ハ)ウト思フテ)見エル (トテモアハレハセヌノニサ)  初二句の意、むかしより説(キ)得たる人なし、是は「春かけてなけどもいまだ雪はふりつゝといへる類にて、詞を下上に打かへして心得べき格也、我身をみるめなき浦としらねばやといふこと也、みるめなき浦とは、逢がたき身といふ意也、浦は、たゞ見るめによれる詞のみ也、されば我身を恨むとも、うしとも、いひかけたるにはあらず、さて後に、わが身のうらとよめる歌多きは、此歌の詞によれるものなり、
                                                                源(ノ)宗于(ノ)朝臣
あはずしてこよひあけなば春の日の長くや人をつらしと思はむ
 〇(今夜ハゼヒトモドウアツテモト思フタニ 又トウ/\エアハズニアカスヂヤサウナ) 今夜(アハイデハモウ逢《ア》ウベキ時節ハナイニ) 此トホリデエアハズニ夜ガアケタナラ 春ノ此日ノ長イノニシンキニ思ヒクラシテ イ《四》ツマデモツライ人ヤ/\ト思ウテ一生ヲタテルデカナアラウ
                                                                みふのたゞみね
有明のつれなく見えし別れより曉ばかりうきものはなし
 〇(マヘカタ女ト)曉ニ別レタ時ニ 有明ノ月ヲ見タレバ (シキリニアハレヲモヨホシテ)アヽヽアノ月ハ夜ノアケルノモ|シ《二》ラヌカホデ アノヤウニヂツトユルリトシテアルニ (オレハ夜ガアケレバカヘラネバナラヌコトトテ ノコリ多イトコロヲ別レルコトカヤト 身ニシミ/”\)ト思ハレタガ 其時カラシテ ヨニ曉ホドウイツライモノハナイ(ヤウニ思フ)  餘材、上句を、あはずしてかへる意とせ(350)るは、歌の入(リ)どころになづめる、ひがこと也、顯注の如く、逢(ヒ)て別れたる也、然るをこゝに入たるは、ふと所を誤れる也、六帖も、此集によりて誤れり、
 
ありはらのもとかた
あふことのなぎさにしよる浪なればうらみてのみぞ立かへりける
 〇浦ノ礒バタヘヨツテクル浪ノヂキニ引テ沖方ヘカヘルヤウニ 逢事モナイ人ノ所ヘイクワシナレバ イツデモソノ人ヲ恨ンデバッカリサカヘルワイ 
 
                         よみ人しらず
かねてより風にさきだつ波なれやあふことなぎにまだきたつらむ
 〇マダ逢(ウ)タコトモナイサキカラ 早ウ名ノタツノハ (云テ見ヤウナラ 浪ハ風ガフクニヨツテタツモノヂヤニ) マ《二》ダ風ノフカヌサキニ マ《一》ヘカタカラ ナギニ浪ノ立(ツ)ヤウナ物カシラヌ ナゼニ此ヤウニマダ早ウカラ名ノクツコトヤラ
 
                         たゞみね
みちのくにありといふなる名取川なき名とりて|ば《濁》くるしかりけり
 〇〔上〕ナイコトヲ云(ヒ)タテヽ名ヲタテラレテハ メイワクナコトヂヤワイ
 
                         みはるのありすけ
あやなくてまだきなき名の立田河わたらでやまむ物ならなくに
 〇マ《二》ダ早ウカラ此ヤウニ名ノタツハ ワ《一》ケノタヽヌコトヂヤ (トテモカウ名ガタツタカラニハ ドウシテナリトモ) 逢ズニオカウモノデハナイ
 
                         もとかた
人はい|さ《〇清》我はなき名のをしければ昔も今もしらずとをいはむ
 〇人ハ|ドウアルカ《いさ》 ワシハナイコトヲ云(ヒ)タテラレル名ガ惜ケレバマヘ方モ今モソンナコトハシリマセヌト云(ハ)ウ
 
                         よみ人しらず
こりずまに又もなき名はたちぬべし人にくからぬよにしすまへは
 〇(マヘカタモナイコトヲ云(ヒ)タテラレテメイワクシタコトガアツタガ) ソレニコリモセズニ 又ドウヤラ名ヲタテラレウヤウニ思ハレル 世《五》(ノ)中ノナラヒデ ニ《四》クウナイ人ガアルデサ
 
    ひむかしの五條わたりに|人をしりおきて《ナジミヲコシラヘテオイテ》まかりかよひけりしのびなる所なりければかどよりしもえいらでかきのくづれよりかよひけるをたびかさなりけれはあるじきゝつけてかの道によごとに人をふせてまもらすればいきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける              なりひらの朝臣
人しれぬわがかよひぢの關守はよひ/\ごとにうちもねなゝむ
(351) 〇人ニシラサヌオレガ通ヒミチノ關所ノ番ハ ドウゾ毎夜ヨヒ/\ニ チヨツトナリトネムツテクレカシ (ソシタラソノ間ニハイラウニ》
 
    題しらず                 つらゆき
忍ぶれど戀しき時はあし|ひ《〇清》きの山より月のいでゝこそくれ
 〇ズイブンカクシシノブケレドモ キツウ戀シイ時ニハ (エコラヘズニ) 月ガ出テヨウ見エルノニ 此ヤウニ出テサクルワイ  又三四の句は、たゞ出ての序のみともすべし、
                                                                 よみ人しらず
こひ/\てまれにこよひぞあふ坂のゆふつけ鳥はなかずもあらなむ
 〇ハラ一ハイ戀/\テタマ/\コヨヒ|始メテ《ゾ》サ逢(フ)タニ ドウゾ今夜ハ庭鳥ハマアナイテクレネバヨイガ (鳥ガナケバオキテ別レネバナラヌニ)
 
                         をのゝこまち
秋の夜も名のみなりけりあふといへばことぞともなく明ぬる物を
 〇秋ノ夜(ヲ長イ物ヂヤト云)モ名バカリヂヤワイ (タマ/\戀シイ人ニ)アウ夜トイヘバ コ《四》レガコウト云コトモナシニ ツイ早ウ明タモノヲ ナンノ秋ノ夜ガ 長カラウゾ
 
                         凡河内(ノ)みつね
長しとも思ひぞはてぬ昔よりあふ人からの秋の夜なれば
 〇(秋ノ夜ハ一(ツ)タイハ長イモノヂヤケレドモ) ア《四》ウ人ニヨツテ 秋ノ夜デモミジカウオボエル物ヂヤト 昔《三》カラモ云トホリデ (此(ノ)節ハ秋デ夜ノ長イ時節ナレドモ) スイタ人ニ途タ夜ヂヤニヨツテ 長《一》イトモサ ドウモ思ヒ|キハメラレヌ《はてぬ》
                                                                 よみびとしらず
しのゝめのほがら/\とあけゆけばおのがきぬ/”\なるぞかなしき
 〇目《一》ガサメテ 夜ガクワラリツト明テ|クレバ《ゆけば》 (一(ツ)ニナツテネテ居タ)二人ノキルモノガ別々ニナツテ ワカレルガサカナシイ  打聞、ほがら/\の説わろし、餘材、きぬ/”\の説、いさゝかたがへり、面々とりきるを、きぬ/”\とはいはず、千秋云、結句、顯注本に、きるぞかなしきとあるぞ、よろしかるべき、なるぞは、おだやかならず聞ゆ、密勘に、又此書寫の誤にやとのたまへるは、きるぞのこと歟、なるぞのこと歟、
                                                                 藤原(ノ)國經(ノ)朝臣
あけぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらむ
 〇夜ガアケタト云テ サアモウ《いまは》(別レルヂヤ)ト思フ心ガツクカラシテ ナゼニ此ヤウニ イフニイハレヌ思ヒガソウコトヂヤヤラ
 
    寛平御時きさいの宮の哥合の哥       とし行(ノ)朝臣
(352)あけぬとてかへる道にはこきたれて雨も涙もふりそほぢつゝ
 〇此ヤウニ雨ノツヨウフルノニ 夜ガ明タト云テ 別レテ歸ル道デハ 涙モ雨ト同シヤウニ物ヲコキオロスヤウニヒタ/\ト落テイヨ/\ヒツタリトヌレテ サテモ/\カナシイナンギナコトカナ
 
    題しらず                  寵
しのゝめのわかれをゝしみ我ぞまづ鳥よりさきになきはじめつる
 〇目ガサメテ別レルガナゴリヲシ|サニ《み》 鷄ヨリサキヘ ワシガサマヅ泣(キ)ハジメタ
 
                         よみ人しらず
郭公ゆめかうつゝかあさ露のおきて別れしあかつきのこゑ
 〇〔三〕オキテ別レタ曉ニ今鳴(イ)タ郭公ノ聲ハ 聞テモ夢ヂヤカウツヽヂヤカ オボエヌ (心ガ亂レテアルニヨツテサ)  打聞よろし、よざいわろし、
 
玉くしげあけば君が名たちぬべみ夜深くこしを人見けむかも
 〇〔一〕夜ガ明テカラカヘツタナラ (人ガ見テ君ガ名ガタヽウト|思フテ《べみ》 マダ夜ノ深イウチニ別レテキタガ ソレデモモシ人ガ見ハセナンダカシラヌ
                                                                 大江(ノ)千里
けさはしもおきけむかたもしらざりつ思ひ出るぞきえてかなしき
 〇ケサハ|マア《しも》(別レニ心ガ亂レテ) ドウシテ起《オキ》テキタヤラネカラオボエナンダガ 其事ヲ思ヒダシテ 今サキエルヤウニカナシイ  打聞、日影の説あれど、さまではあらじ、
 
    人に逢て朝によみて遣しける         なりひらの朝臣
ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさるかな
 〇ユフベ逢テ寐《ネ》タノハドウデアツタヤラ夢ノヤウデアマリハカナサニ (セメテハホンノ夢ニナリトモマイチド見ヤウト存ジテ) 眠《ネム》ツテミレドネラレモ致サネバ (夢ニサヘ)エ見イデ サテモ/\イヨ/\ハカナイコトニナリマスルコト
 
    業平(ノ)朝臣のいせの國にまかりたりける時齋宮なりける人にいとみそかにあひて又のあしたに人やるすべて思ひをりけるあひだに女のもとよりおこせたりける                             よみ人しらず
君やこし我やゆきけむおもほえず夢かうつゝかねてかさめてか
 〇(ユフベノコトハ)オマヘガ(ワシガ方ヘ)御出ナサツタデアツタヤラ ワシガ(オマヘノ方ヘ)參ツタデアツタヤラ 又夢デアツタカ ホンマノコトデアツタカ 眠ツタ内デアツタカ 目ノサメテ居ルウチノコトデアツタカ (ドウデアツタヤラワシヤネエカラ)覺《三》エマセヌ(353) (オマヘハドウヂヤイナ)
    かへし                   なりひらの朝臣
かきくらす心のやみにまどひにき夢うつゝとは世人さだめよ
 〇(サイナユウベノコトハ) イツソ心ガクラガツテ闇《ヤミ》ノ夜ニ道ヲイクヤウデ (ドウデアツタヤラ)ワシモサ一向オボエマセヌ 夢デアツタホンマデアツタト云コトハ世間ノ人定メテクレイ
 
    題しらず                  よみ人しらず
うば玉のやみのうつゝはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり
 〇闇《クラ》イノニチヨツト逢タノハ(ホンマノ事デモ) タシカナ夢ニ何ホドモマサツタコトハナイワイ (夢ニ見タト同シクラヰノコトデアツタ)
 
さよふけてあまのと渡る月影にあかずも君を逢見つるかな
 〇〔上〕君ニ逢(フ)テサテモ/\マア/\ノコリオホカツタコトカナ  三の句のには、のの誤にて、上句は、あかずの序なるべし、万葉に例多し、
 
君が名もわが名もたてじなにはなるみつともいふなあひきともいはじ
 〇ドウゾオマヘノ名モワシガ名モタヽヌヤウニセウ 〔三〕ワシニ逢タトオマヘモイハシヤルナ ワシモオマヘニ逢タト云マイホドニ  あひきは、難波の縁に、網引にいひよせたる也、
 
名取川せゞのうもれ木あらはればいかにせむとかあひ見そめけむ
 〇〔二〕世間ヘシレテ名ガタツタラ ドウセウト思フテ逢(ヒ)ソメタコトヤラ
 
よし野川水の心ははやくとも瀧の音にはたてじとぞ思ふ
 〇吉野川ノ水ノ早イヤウニ心ニハヤルセナウ思フトモ 瀧ノヤウニ音ニハタテマイトサワシヤ思フ
 
戀しくはしたにを思へむらさきの根ずりの衣色にいづなゆめ
 〇戀シウ思ウナラ心ノ内デ思フテ居タガヨイゾ 〔三四〕色ニダスデハナイゾ|カナラズ《ゆめ》/\
                        をのゝはるかぜ
花すゝきほに出てこひば名を惜み下ゆふひものむすぼゝれつゝ
 〇アラハシテ思フタナラ 名ガタツデアラウト ソレガヲシサニ 心《四》ノ内デバッカリ思ウデ ム《五》シヤクシヤトシテ (サテモ/\苦シイ戀ヲスルコトヂヤ)  打聞、下ゆふ紐の説、俗《サトビ》たり、
 
    たちばなのきよきがしのびにあひしれりける女のもとよりおこせたりける                           よみ人しらず
思ふどちひとり/\がこひしなばたれによそへてふぢ衣きむ
 〇カウ思ヒアフタドウシノ内ニ オマヘカワシカドチラゾ一人ガ 若(シ)ヒヨツト戀死ンダナラ (服《ブク》ヲ着ヤウナレド 表《オモテ》ハレタ夫(354)婦デナケレバ 服ハキニクイヂヤガ 親類ノ内ニ)誰(レ)ガ死ンダニヨツテキルト云テ 服ハキタモノデアラウゾ   餘材、ひとり/\を、我事にとれるはわろし、打聞よろし、すべてひとり/\といふは皆、俗言にどちらぞひとりといふ意也、
 
    かへし                 たちばなのきよき
たきこふる涙に袖のそほぢなばぬぎかへがてらよるこそはきめ
 〇(ナルホドソンナ物ヂヤ モシワシデモソナタデモドチラゾ戀死ンダ時ニハ) カナシウテ泣テ戀シタウ涙デ 定メテ袖ガキツウヌレルデアラウ ソシタラヌレタヲヌギカヘガテラニ夜(ル)サ服《ブク》ヲバ着《キ》ヤウワサテ (夜(ル)ナライカウタレモ知ルマイホドニ)
 
    題しらず                こまち
うつゝにはさもこそあらめ夢にさへ人めをもると見るがわびしさ
 〇ホンマニハサウモアリソナ物ヂヤガ 夢ニマデ人目ヲハヾカルヤウニ見ルコトノナンギサワイノ
 
かぎりなき思ひのまゝによるもこむ夢路をさへに人はとがめじ
 〇カギリモナイホド思フ此心ニマカセテ セメテ夢ニナリトモセイダシテ行《イ》テ逢(ハ)ウ (ホンマニ通フハカクベツノコト) 夢ニ通フ道マデヲ人ハ見トガメハスマイホドニ  よるもは、夢になりともの意也、下に夢路といへる故に、詞をかへて、よるとはいへり、こむは、ゆかむの意也、此例つねにおほし、
 
夢路にはあしもやすめず通へどもうつゝに一め見し|ご《濁》とはあらず
 〇夢ニハ足モヤスメズニ毎夜セイダシテ通ウテ(タビ/\逢《アウ》ト見ル)ケレドモ ソレデモイツゾヤチヨツトホンマニ逢タヤウニハナイ (アヽヽ夢ハヤクニタヽヌモノヂヤ)
 
                        よみ人しらず
思へども人め|つ《〇清》ゝみのたかければ川と見ながらえこそ渡らね
 〇戀シウ思フ人ヲ見テハ ア《四》ヽアレハト思ヒナガラモ 人《二》メヲツヽム心ガイツハイヂヤニヨツテ ド《五》ウモヨウサアハヌワイ  四の句、かれはといふことを、川にいひよせたり、
 
瀧つ瀬の早き心をなにしかも人めつゝみのせきとゞむらむ
 〇早イ川瀬ノヤウニヤルセモナウ思ウ心ヂヤモノヲ ドウ云コトデマア 堤デ川ノ水ヲセキトメルヤウニ 人目ヲツヽンデ此ヤウニコラヘ忍ンデクルシイメヲスルコトヤラ
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥       きのとものり
くれなゐの色にはいでじかくれぬのしたに通ひてこひはしぬとも
 〇〔三〕此《四》ヤウニ心ノ内デバツカリ思フテ居テ タトヒ戀死ヌルト云テモ 〔一〕色《二》ニハダスマイ  餘材打聞共に、下に通ひてを、たがひの心といへるは、わろし、かよひとは、たゞ沼水の縁の詞にていへるのみにて、哥の意は、たゞ下に思ふこと也、
 
    題しらず                    みつね
(355)冬の池にすむにほどりのつれもなくそこに通ふと人にしらすな
 〇〔上〕其所《ソコ》ノ家ヘワシガ通ウト云コトヲ人ニシラスデハナイゾ  餘材、つれもなくの注わろし、上句は序にて、四の句のそこは、序よりは、底とつゞきたり、つれもなくは、氷の下を通ふ故に、上《ウヘ》へはさも見えぬよし也、此詞は、序のうへの事のみにて、哥の意にはあづからず、
 
さゝの葉におく初霜の夜を寒みしみはつくとも色にいでめや
 〇笹ノ葉ヘフツタ霜ガ夜ノ寒サニシミツクヤウニ ワシガ戀心モシミツクヤウニハ思ウト云テモ 色ニダサウカイ ドノヤウニアツテモ色ニハダスコトデハナイ
 
                             よみ人しらず
山しなの音羽の山の音にだに人のしるべくわがこひめかも
 〇(ナンボ戀シウ思ウトテモ 〔一二〕音ニモ人ノシルヤウナフリヲセウカマア (ソノキヅカヒハナイゾイナ)
     此哥ある人あふみのうね|へ《メ》のとなん申す
 
きよはらのふかやぶ
みつしほの流れひるまを逢がたみみるめの浦によるをこそまて
 〇〔一〕〔ながれ〕晝ノ間(タ)ガ逢(ヒ)ガタサニ〔四〕夜(ル)ヲサワシハ待(ツ)ワイ
 
                             平(ノ)貞文
白川のしらずともいはじ底清みながれてよゝにすまむと思へば
 〇(人ガ問(フ)タラ〔一〕シラヌトモイハウナレドサウハ云マイ オレヤ眞《三》實ナ心底ヂヤカラハ イ《四》ツマデモ末長ウ|ツ《五》レソハウト思フ料簡ナレバサ (スレヤソノヤウニナニモ人ニカクスコトデハナイワサテ)                                            とものり
したにのみこふれはくるし玉のをのたえてみだれむ人なとがめそ
 〇ナイセウデバツカリ思フテ居レバキツウジユツナイニ モウワシモイツソウチダシテ〔三〕〔たえて〕ミダレウ (ソシタラ人ノ目ニカヽルデアラウガ 必(ス))タレモトガメテ下サルナヤ
 
我戀をしのびかねて|ば《濁》あし引の山たちばなの色に出ぬべし
 〇ワシガ此思ヒヲ(今マデハマアドウヤラカウヤラ忍ビカクシテ居ルガ コレカラモウ)ド《二》ウモコタヘラレヌヤウニナツタナラバ 〔三四〕色ニデヽ人ノ目ニモカヽルヤウニナルデアラウト思ハレル
 
                              よみ人しらず
大かたは我名もみなとこぎ出なむよをうみべたにみるめすくなし
 〇礒バタハ海松《ミル》メガスクナサニ 舟ヲ湊カラ沖ヘズツトコギ出シテ存分ニミルメヲ苅ルヤウニ (ワシガ中モ) 大《一》ガイナコトナラモウ名ノタツコトヲカマハズニ 世《三》間ヘバツトウチ出シテシマハウ(隱《カク》シ忍ブ中ハ) 思《五》ウヤウニ度々モアハレヌガ イ《四》カニシテモウイ(356)コトヂヤホドニ  餘材打聞、よをうみの説わろし、世は、男女の中をいへるにて、忍ぶ中をうく思ふよし也、又餘材、船の名のさだ、用なし、
 
                           平(ノ)貞文
枕より又しる人もなき戀を涙せきあへずもらしつるかな
 〇ワシガ戀ヲバ (枕ハトウカラモ知テヰタコトモアラウガ) 枕ヨリ外ニハ又ト知ル人モナカツタニ 涙ヲドウモエセキトメイデ ツイトリハヅシテモラシテノケタワイ サテモ/\ツライコトヲシタコトカナ
                                                                   よみ人しらず
風ふけば浪うつ岸の松なれやねにあらはれてなきぬべら也
 〇風ガ吹テ浪ノウチヨセル岸ノ松ハ根ガ顯レル物ヂヤガ ワシガ戀モソンナモノカシテ ドウヤラネニアラハレテ泣(キ)サウニ思ハルヽ (ドウモコタヘラレネバサ カウ云タバカリデハ聞エマイガ 聲ヲアゲテ泣(ク)コトヲ 哥デハネニ顯レルト云ニヨツテサ)
       此哥はある人のいはくかきのもとの人まろが也
 
池にすむ名をゝし鳥の水を淺みかくるとすれど顯れにけり
 〇池ニ住デアル鴛ノ底へカクレルト思ヘド 水ガ淺サニアラハレテ見エルヤウニ (ワシガ戀モ) ウキ名ノタツヲ惜ウ思フテ 隨分トカクシシノブヤウニスルケレド (ゼヒモナイコトハ) 人ガ知タワイ
 
あふことは玉のをばかり名のたつは吉野の川の瀧つせのごと
 〇(玉ヲツナグ緒ハズンド細イヒヨワイワヅカナ物ヂヤガ ワシガ中モ) 逢(フ)コトハテウドソノ玉ノ緒グラヰノワヅカナコトデ ソシテ名ノタツコトハ 吉野川ノ瀧ノ音ノ高イクラヰデ (ソレハ/\ヤカマシイコトヂヤワイノ)
 
むら鳥のたちにし我名今さらにことなし|ふ《ム》ともしるしあらめや
 〇〔一〕一(ト)タビ立(ツ)タ名ハ (モウドウモゼヒガナイ) 今サラ|ワ《四》シヤソンナ事ハナイト云(ヒ)ワケシタトテモ ヤ《五》クニタヽウカイ ナンノヤクニタヽヌコトヂヤ  ことなし|ふ《ム》の注、打聞よろし、餘材わろし
 
君により我名は花に春霞野にも山にも立みちにけり
 〇君ユヱニワシガウキ名ハテウド野ヤ山ノ花ニ霞ガイチメンニタツヤウニ ドコカラドコマデ知ラヌ人モナイヤウニナツタワイナ (花ニ霞ノタツハツライモノヂヤガ ウキ名ノ立(ツ)タモ同シコトデサテモツライコトヂヤ)  花にといへる意の説、餘材打聞ともに、わろし、
 
しるといへば枕だにせでねし物をちりならぬ名の空に立らむ
 〇(ナンポカクス戀デモ) 枕ハヨウ知ルト云コトヂヤニヨツテ ワシ(357)ヤ枕サヘセズニ寐《ネ》タモノヲ (誰(レ)ガマア知テ) ウキ名ガパツト高ウ立(ツ)タコトヂヤヤラ (塵コソ空ヘバツトタツ物ナレ) 塵デモナイウキ名ガサマア
 
とほかゞみ四の卷の終
 
古今和歌集卷第十四遠鏡
 
  戀歌四
 
    題しらず                   よみ人しらず
みちのくのあさかの沼の花がつみかつ見る人に戀やわたらむ
 〇〔上〕カツ/\ニチヨツトカウ逢タバカリノ人ヲ コレカライツマデモ戀シウ思ウテ月日ヲタテルコトデアラウカイ
 
逢見ず|は《〇清》戀しきこともなからまし音にぞ人をきくべかりける
 〇一度モ逢タコトガナクバ 此ヤウニ戀シイコトモアルマイ アフタ事ガナクバタヾヨソノコトニ聞テ居ルバカリデサアラウニト思ハルヽ
 
                           つらゆき
いそのかみふるの中道中々に見ず|は《〇清》戀しとおもはましやは
 〇〔一二〕ナマナカニ一度モ逢タコトガナクバ 此ヤウニ戀シイトハ思(モ)ハウカイ 此ヤウニハ思フマイニ
 
                           藤原(ノ)たゞゆき
君といへば見まれ見ずまれふじのねのめづらしげなくもゆる我戀
 ○富士ノ山ノモユルノハジヤウヂウノコトデ メヅラシイコトモナイガ ワシモ|オ《一》マヘノコトヽサヘイヘバ 逢《二》テモアハイデモ イツデモフジノ山ノヤウニ戀ノ思ヒガモエマス
 
伊勢
夢にだに見ゆとは見えじ朝な/\わが面影にはづる身なれば
 〇ワシヤモウ思フ人ノ夢ニモ見エルトハ見ラレマイゾ 朝々(鏡ヲ見ルニモ キツウヤツレタ)オモカゲデ ハヅカシイ身ヂヤニヨツテサ
                                                                  よみ人しらず
石間ゆく水の白波立かへりかくこそは見めあかずもある哉
 〇〔一二〕ドウゾ又ヒツカヘシテ來《キ》テ此通リニサアハウワイ サテモ/\マアノコリオホイコトカナ
 
いせのあまの朝なゆふなにかづくてふみるめに人をあくよしもがな
 〇〔上〕ドウゾ/”\思フ人ニ存分ニハ一(ツ)ハイ 逢ハレルヤウニシタイコトカナ  朝な夕なは、朝食の菜、夕食の菜也、魚類をもなといふ、菜と同言也、此哥などの朝な夕なを、たゞ朝夕のことゝ見るは、ひがことぞ、
                                                                   とものり
春霞たなびく山のさくら花見れどもあかぬ君にもあるかな
 〇霞ノタナビイテアル山ノ櫻花ヲ見ルヤウデ 見テモ/\逢テモ(359)/\ サテモマアアカヌ君ヂヤコトカナ
                                                                   ふかやぶ
心をぞわりなき物と思ひぬる見るものからや戀しかるべき
 〇心ト云モノハ ムリナコトヲ思フ物ヂヤトサ思ハレル (カウシテ逢テ居ナガラモヤツハリ戀シイワイ) 逢テ居ナガラ戀シカラウハズカイ 逢テ居テハ戀シカラウハズハナイニ
 
                           凡河内(ノ)みつね
かれはてむ後をばしらで夏草のふかくも人のおもほゆるかな
 〇夏シゲル草モ (冬ハ殘ラズ枯レルモノヂヤガ ワシガ思フ人モ 今コソアレ) 後ニハカレテ遠《トホ》ノイテシマウデアラウニ サウ云コトヲバ|ガテンセズニ《しらで》 サテモ/\夏草ノヤウニ深ウ思ハレルコトカナ
 
                           よみ人しらず
飛鳥川ふちは瀬になる世なりとも思ひそめてむ人はわすれじ
 〇アスカ川ハ淵瀬ガヨウカハルト云コトデ 世間ノ人ノ心モソンナ物ヂヤト云コトヂヤガ タトヒソノヤウナ世(ノ)中ヂヤトテモ ワシハ一(ト)タビ思ヒソメテアラウ人ヲバ イツマデモ忘レハスマイ
 
    覚平(ノ)御時きさいの宮の哥合のうた
思ふてふ言の葉のみや秋をへて色もかはらぬ物にはあるらむ
 〇(ソウタイ木デモ草デモ 秋ハ色ガカハル物ヂヤガ) 秋《三》ヲコシテモ 色ノカハラヌ物ハ (ワシガオマヘヲ)思ウト云此詞バカリデ|カ《二》ナ《や》ア《五》ラウ《らん》何《ナニ》ハカハルト云テモ此ワシガ詞バツカリハカハリハセヌゾヱ)  打聞わろし、
 
    題しらず
さむしろに衣かたしきこよひもや我をまつらむ宇治の橋姫
 〇今夜モ(帶ヲトイテ) フ《一》トンノ上ヘキルモノヽ片一方ヲ敷テ 我ヲ待テ居ルデ|カ《三》ナ《や》ア《四》ラウ《らん》 宇治ノ橋姫ガサ  打聞、はし姫の説いかゞ、
        又はうぢのたまひめ
 
君やこむ我やゆかむのい|さ《〇清》よひに眞木の板戸もさゝずねにけり
 〇君ガクルデアラウカ ワシガ行《ユカ》ウカト シバラク見合セテ居タデ戸モサヽズニネタワイ
                                                                   そせいほうし
今こむといひしばかりに長月の有明の月をまちいでつる哉
 〇オツツケソレヘ參ラウト云テオコシタバッカリニ 此九月ノ末ノ(夜ノ長イニ サテマツホドニマツホドニ) オソイ有明ノ月ガハヤモウ出タワイ (約束モセナンダ有明ノ月サヘ)待(チ)ダシタニ ソレニサ待(ツ)人ハサテモ/\來ヌコトカナ (コレハマアドウシタ(360)コトゾ)
 
                           よみ人しらず
月夜よし夜よしと人につげやらばこてふにゝたりまたずしもあらず
 〇今夜ハキツウ月ガヨウゴザル 月ガヨウゴザルト(人ノ所ヘ)シラセテヤツタラ (ソレデハ) チ《四》トゴザレト云テヤルモ 同シヤウナモノヂヤ (ドレヤシラセテヤラウ オレモアマリヨイ月ヂヤニヨツテ モシワセモセウカト マ《五》タヌデモナイニ)  月夜よしよゝしは、月夜よし、月夜よしと、重ねたる詞なるを、はぶきたる物也、東屋のまやのと云るも、同じ格にて、東屋の東屋のと、かさねたり、こてふは、こよといふ也、こんといふにはあらず、こよをこといふは、常也、こんをことのみいへる例なし、すべて此歌、諸注みな説(キ)得ず
 
君こず|は《〇清》ねやへもいらじこむらさきわが本ゆひに霜はおくとも
 〇君ガコズバイツマデモ閨ヘモハイルマイ (カウシテ外《ソト》ニ立(ツ)テヰテ) 髪ヘ霜ガオクト云テモ(イトヒハセヌ ヤツハリコヽデ待テ居ヤウ)
 
宮城野の本あらの小萩露をおもみ風をまつごと君をこそまて
 〇宮城野ノ本アラノ小萩ノ露ガ重サニ風ノフイテクルノヲ待(ツ)ヤウニサワシハ君ヲマツワイノ  本あらは、本だちのしげからず、あらく生たる也、さる故に、なびきやすくて、殊に露の重きよし也、こ萩のこは、小菅小柴などの類の小也、木萩にはあらず、又小は、つけていふ詞のみにて、ちひさきをいふにもあらず、
 
あな戀し今も見てしが山がつのかきほに咲るやまとなでしこ
 〇アヽヽ戀シイ ドウゾ今モ逢タイモノヂヤ 山中ノ家ノ垣ニヨウ咲テアルアノヤマトナデシコ(ノヤウナカアイラシイソノコニサ)
 
津の國のなには思はず山しろのと|は《〇清》に逢見むことをのみこそ
 〇〔一〕何事モホカノコトハ思ヒハセヌ タヾ逢(ヒ)タイ/\ト ソレバッカリヲサ 〔三〕ヂヤウヂウ《とはに》(ワシヤ思ウテ居ルワイ)  とはには、あひ見むへかゝれるにはあらず、とはに思ふといふ意也、上の思はずといふを、下へひゞかせて、思ふといふことをしらせたり、
 
                          つらゆき
しきしまのやまとにはあらぬから衣ころもへずして逢(フ)よしもがな
 〇〔上〕ドウゾ|ア《四》ヒナシニ又アウヤウニシタイコトヂヤ
 
                          ふかやぶ
戀しとはたがなづけゝむことならむしぬとぞたゞにいふべかりける
 〇戀シイナドヽ云名ハ タレガツケタコトヂヤヤラ (ソンナマハリ(361)ドホイ名ヲイハウヨリハナニカナシニ) 死ヌルトサスグニ云タガヨイワイ (キツウ戀シウ思フトキニハ實《ジツ》ニ死ヌルヤウナワサテ)
                                                                  よみ人しらず
みよし野の大川のべの藤なみのなみに思はヾわがこひめやは
 〇〔上〕一(ト)トホリニ思フコトナラ ワシガ此ヤウニコヒシタハウカイ一トホリノコトデハナイワイナ
 
かくこひむ物とは我も思ひにき心のうらぞまさしかりける
 〇(サイシヨカラサ 後ニハ)此ヤウニ戀シカラウ物ヂヤトハ ワシモ思ウタコトヂヤ サイシヨノワシガ心ノウラナヒガヨウ合《アウ》タワイナ
 
天の原ふみとゞろかしなる神も思ふなかをばさくるものかは
 〇神ナリト云物ハ ヨニオソロシイ 何(ン)デモタマラヌ ケシカラヌイキホヒナ物ヂヤケレド ソレデモ人ノ思ヒアウタ中ヲバトホノケルモノカイ (ソンナカミナリサヘトホノケハセヌコトナレバ タトヒ何事ガアツタトテモノクコトデハナイワシヤ)
 
梓弓ひき野のつゞら末つひにわが思ふ人にことのしげゝむ
 〇〔一二〕末デハ|ドウデ《つひに》 ミガ此ヤウニ思フ人ニ 名ガ立テ イロ/\トウワサガシゲウナルデアラウ
       此うたはある人あめのみかどのあふみのうね|べ《メ》に給ひけるとなむ申す
 
夏引の手びきの糸をくりかへしことしげくとも絶むと思ふな
 〇タトヒ世間ノウワサハ ドノヤウニシゲウゴザリマセウトモ 〔一二〕イ《三》ツマデモ ワタシヲ絶《キラ》ウトハ思召テ下サリマスナ  くりかへしとは、長くつゞきて、たえきれざる意にいへる也、
       此歌はかへしによみて奉りけるとなむ
 
里人のことは夏野のしげくともかれゆく君にあはざらめやは
 〇(人ノウワサヲハヾカツテ) 君《四》ハトホノイテイクガ 在《一》所デノウワサハタトヒ夏ノ野ノ草ホドシゲクトモ オレガ逢(ハ)ズニ居ヤウカ コレカラトテモアハズニハオクマイ  餘材説くだ/\し、打聞きこえず
 
    藤原(ノ)敏行(ノ)朝臣のなりひらの朝臣の家なりける女をあひしりてふみつかはせりけることばに|いまゝうでく雨のふりけるをなむ見わづらひ侍る《オツツケ參リ候ガアメフリ候ヲデカケニクヽ候ユヱシバシ見合セ居申候》といへりけるをきゝて女にかはりてよめりける               在原(ノ)業平(ノ)朝臣
かず/\に思ひおもはずとひがたみ身をしる雨はふりぞまされる
 〇(ワタシガコトヲ)シ《一》ンセツニ思《二》召テ下サルヤラ|サウモナイヤラ《おもはず》 (ソコノホドハドウモ) キ《三》ヽタヾシガタサニ (コヨヒノ雨デソレヲ考ヘテ見テ ソレデワシガ身ノ仕合(セ)不仕合(セ)モシレルヂヤガ) (362)ソ《四》ノ雨ハサ 此ヤウニ段《五》々卜大ブリニナリマス (コレデワシガ不仕合(セ)モシレタヂヤワイナ 此雨デワシガ身ノ仕合不仕合ヲ知ルト申スワケハ マアタヾ今ノ御文ノ通リナレバ 此雨ガ止《ヤ》ンダナラ御出ガアラウシヤッハリフツタラ御出ハアルマイヂヤ スレヤ此雨ハワシガ身ノ仕合不仕合ノシレル雨ヂヤワサテ)  かず/\にといふ詞、諸説みなあたらず、これは俗言に深切にといふにあたれり、そはまづ數々とは、物の多きをいふ言也、さて古哥に 「我戀はよむともつきじ云々など、戀の數おほきよしをつねによみ、又思ひのしげきよしをいふ、多きしげきは、戀る心の深く切《セチ》なるをいへり、これにてかず/\にをもさとるべし、こゝの外にも、此詞をよめる古哥ども、皆此意也、考へ合せて知べし、
 
    ある女のなりひらの朝臣をところさだめずありきすと思ひてよみてつかはしける                          よみ人しらず
大ぬさのひくてあまたになりぬれば思へどえこそ頼まざりけれ
 〇祓ノ時ニ大|麻《ヌサ》ヲアマタノ人ガ手(ン)手ニ引(ク)ヤウニ オマヘハ近イコロハ方々カラヒツハル所ガ多ウナツタナレバ 思ヒハスルケレドモ ワシハドウモオマヘヲ頼ミニハサエイタサヌワイナ
 
    かへし                   なりひらの朝臣
おほぬさと名にこそたてれ流れてもつひによる瀬はありてふ物を
 〇(サアワシハソノヤウニ引(ク)人ガ多イ大ヌサヂヤト) 名ニコソタテラレタレ (其大ヌサハ)川ヘ流レテハユクケレド ドコゾデハ《つひに》流レテヨル所ノ瀬ハアルト云ノニ (アンマリソノヤウニ大ヌサヂヤ/\ト云テ下サルナ ワシヂヤトテ末デハドウデヨル所ガナウテハサ ソノヨル所ハオマヘヨリ外ニアロカイノ)
 
    題しらず                  よみ人しらず
須磨のあまのしほやく煙風をいたみ思はぬ方にたな引にけり
 〇スマノ浦ノアマノ鹽ヲヤク煙ガ 風ノツヨサニワキノ方ヘナビイテイクヤウニ ワシガ思フ人モ 思ヒモヨラヌ人ノ方ヘナビイテイタワイノ
 
玉かづらはふ木あまたになりぬればたえぬ心のうれしげもなし
 〇(オマヘハテウド) カヅラノアノ木ヘモ此木ヘモハヒカヽルヤウニ アチコチト御通《オカヨ》ヒナサル所ガ方々ニデケタレバ (ワシガ方ヲタエハナサライデモ) ソノタエヌ御心ガナンノウレシイコトモナイ
 
たがさとによがれをしてか郭公たゞこゝもとにねたるこゑする
 〇(夜中ニアレ)郭公ガ|ツ《四》イコヽデサ鳴(ク)聲ガスル (イツモトマル里ハ) ド《一》コノ里カ(シラヌガ) ソノ里ヲバ今夜ハ|ト《二》マルノヲ一夜|闕《カヽ》(363)シテ (メヅラシイコチノ庭デ寐《ネ》タトミエル) アソコデネテヰテナク聲ヂヤ  これはたゞ郭公の哥なるを、こゝに入たるは、誤なるべし、戀のたとへとしては、ねたる聲するといへること、聞えがたし、然るを戀の意に注したるは、しひごと也、菅家萬葉には、夏の哥とし、六帖にも、郭公の哥とせり、
 
いで人はことのみぞよき月草のうつし心は色ことにして
 〇イヤモウ《いで》人ト云モノハ口《クチ》バッカリナサ物ヂヤ 〔三〕ウツリヤスイ心ハ 口《クチ》トハキツイ|チガヒデサ《ことにして》
 
いつはりのなきよなりせばいかばかり人の言の葉うれしからまし
 〇(誰デモ口《クチ》デハ嬉シイコトヲ云テクレルケレド 皆ウソデ ネカラ頼ミニハナラヌガ) ウソ云コトノ無イ世(ノ)中デアラウナラ 人ノ云テクレルコトガ ドレホドウレシイコトデアラウゾ
 
いつはりと思ふ物から今さらにたがまことをか我はたのまむ
 〇ウソヂヤガトハ思ヒナガラモ (コレマデ頼ミニ思フテ居ル人ノ云コトナレヤ ワシヤヤツハリソレヲ頼ミニ思フテ居ルワイノ)タトヒ外《ホカ》ニマコトナ人ガアツタトテモ 今サラ(心ヲウツシテ) 誰(レ)ヲ頼ミニハセウゾイノ (ワシヤトツトサウ云心ハナイ)
                                                                    素性法師
秋風に山のこのはのうつろへば人のこゝろもいかゞとぞおもふ
 〇此ゴロノ秋ノ風ニ山ノ木ノ葉ノ色ガカハツテチツテイクヲ見レバ 人ノ心モドウアラウゾ (カハリハスマイカ)トサキヅカヒニ思ハルヽ
 
    寛平御時きさいの宮の哥合の哥          とものり
蝉の聲きけばかなしな夏衣うすくや人のならむと思へば
 〇蝉ノ鳴(ク)聲ヲキケバ (モウオツツケ秋ガ近イト思ヘバ) 頼ミニ思ウ人ノ心モ (秋風ガタツテ)心ザシガ 此節ノ夏衣ノヤウニウスウナルデアラウカト思フノデ カナシイワイノ  餘材説、あまりくだ/\し、夏衣といへるは、蝉の羽衣の縁をかねて、たゞうすくといはん料の、枕詞のみ也、打聞説、二の句にかなはず、
 
    題しらず                    よみ人しらず
うつせみのよの人ごとのしげゝればわすれぬものゝかれぬべら也
 〇〔一〕世間ノ人ノウワサガシゲヽレバ ワシヲ忘レハセヌナガラ オノヅカラトヲノクノデアラウト思ハルヽ 又人ヲワスレハセヌナガラ オノヅカラトヲノクデアラウト思ハルヽ
 
あかでこそ思はむ中ははなれなめそをだに後のわすれがたみに
 〇思フ中ナラ タガヒニアキノコヌウチニサ ハナレテシマハウコトヂヤ (ドウシテモ久シウナレバアキノクルナラヒナレバ) セ《四》メテ(364)今此タガヒニアカヌトコロヲナリトモ 後々ノ思《五》ヒダシグサニシテサ (ハヤアキガキテカラハナレテハ 何(ン)ニモ思ヒダシグサモナイワサテ)  餘材、わすれがたみの説わろし、
 
わすれなむと思ふ心のつくからに有しより|け《〇清》にまづぞかなしき
 〇(コチノ思ウヤウニモナイ人ヲ思ウテ此ヤウニ心ヲ苦シメウヨリハ) ワ《一》スレテシマハウゾト思ヘバ (又ドウヤラ心ボソウナツテ) 今《四》マデヨリハナホキツウカナシイ サ《二》ウ思フ心ガツクカラシテ ハヤマア《まづ》(此ヤウニカナシウテハ トテモワスレテシマハルヽコトデハナイ)  【〇千秋云、ともじは二の句へつくべし、】
 
わすれなむ我をうらむな郭公人の秋にはあはむともせず
 〇ワスレテシマハウ(ト思フガ必(ス))オレヲ恨ムナヨ 郭公ノ秋ニナラヌサキニ早ウドコヘカインデシマウヤウニ オレモ人ノ秋風ニハアハウトハ思ハヌ  【〇千秋云、二の句にてよみ切て、三の句は、下へつゞけてよむべし、】
 
たえずゆく飛鳥の川のよどみなば心ありとや人のおもはむ
 〇タエズ流レテツヒニヨドンダコトノナイ 此飛鳥川ノヨドンダヤウニ (オレガモシタマ/\ サシツカヘデモアツテ)通ハヌコトガアツタラ ナンゾ心ニシナノアルヤウニカノ人ガ思ウデカナアラウ  四の句、一本に、心あるとやとあるにつきて、田中(ノ)道まろが、心あるごとやの、ごもじのおちたるならむといへる、まことにさること也、此哥、ふるきすがたなれば、必然るべし、万葉の歌の例、皆しか也、あるとやにては、語とゝのはず、
       此哥ある人のいはくなかとみのあづま人が哥也
 
淀川のよどむと人は見るらめど流れて深き心あるものを
 〇(此間(タ)ワシガエイカヌヲ) 川ノヨドンダヤウニ ナンゾトヾコホリガアルト思ウデアラウケレドモ ワシヤ 末《四》長ウイツマデモト思フ深イ心ヂヤモノ (ナンノトヾコホリガアロゾイ)
 
                          素性法師
そこひなき淵やはさわぐ山川の淺きせにこそあだ浪はたて
 〇山ノ川ノ淺イ瀬コソザワ/\ト浪ハクツモノナレ 底ノナイヤウナ深イ淵ガサワグ物カ 深イ淵ハケツクサワギハセヌ (テウドソンナモノデ シンジツニ深ウ思フ人ハ口《クチ》ヘダシテ何(ン)トモイヒハセヌ シンジツラシウナンノカノト云ノハ ソレヤケツク心ノ淺イアダ浪ヂヤ)
 
                          よみ人しらず
くれなゐのはつ花ぞめの色ふかく思ひし心われわすれめや
 〇〔一二〕サイシヨカラ深ウ思ヒソメタ心ヲ (ドンナコトガアツタトテ)ワスレウカ ワシヤイツマデモワスレルコトデハナイ
 
(365)                        かはらの左大臣
みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑにみだれむと思ふ我ならなくに
 〇〔一二〕タレユヱニ外ヘ心ヲチラサウゾ (オマヘヨリ外ニ)心ヲチラスワシヂヤナイゾヱ  しのぶもぢずりの説、顯注よろし、打聞わろし、
 
                           よみ人しらず
思ふよりいかにせよとか秋風になびく淺茅の色ことになる
 〇ワシハコレホドニ深ウ思ウニマダ此ウヘヲドウセイト云コトデ 〔三四〕人ハ心ガハリノシタコトゾ (コレホドニ思ウ此ウヘハモウドウモシヤウガナイ)
 
ちゞのいろにうつろふらめ|ど《濁》しらなくに心し秋の紅葉ならねば
 〇人ノ心ハアチヤコチヤイロ/\ニウツルデアラウケレド 心ハ紅葉ノヤウニ色ノ見エル物デハナケレバ ウ《三》ツロウノガシレヌ  餘材、初(メ)の説わろし、打聞よろし、
                                                                   小野(ノ)小町
あまのすむ里のしるべにあらなくにうらみむとのみ人のいふらむ
 〇海邊ノアマノスム里ノ案内者(ニコソ浦ヲ見ヤウトハ云(ハ)ウハズノコトナレ) ワシハソンナ浦ノ案内者デモナイニ ドウ云コトデ ウラミヲ云(ハ)ウ ウラミヲ云(ハ)ウトバツカリヒタモノ人ノイフコトヤラ
                                                                   しもつけのをむね
くもり日の影としなれる我なればめにこそ見えね身をばはなれず
 〇ソラノクモツタ日ニハ (人ノ影ノアツテモ見エヌヤウナモノデ) ソレト目ニ見エコソセネ (ワシハ戀ニヤセホソツテ) 此ヤウニ影ノヤウニナルホド思フコトナレバ (人ノ影ノ身ヲハナレヌヤウニ 心ハジヤウヂウ)思フ人ノ身ヲハナレハセヌ
                                                                   つらゆき
色もなき心を人にそめしよりうつろはむとはおもほえなくに
 〇(色ノアル物ナラバコソ ウツロウテカハリモセウケレ 人ノ心ハ色ハナイモノナレバ) ソノ色モナイワシガ心ガ カノ人ニシミコンダカラハ イツマデモカハラウトハ思ハレヌ
                                                                   よみ人しらず
めづらしき人を見むとやしかもせぬ我下紐のとけわたるらむ
 〇久シウアハヌメヅラシイ人ニアハウトテ|ヤ《五》ラ《らん》 サ《三》ウシモセヌノニ ワシガ下紐ガ|コノゴロハ《わたる》度々ヨウトケル  【〇千秋云、譯にサウシモセヌノニとあるは、即(チ)下紐をときもせぬにといふこと也、】
 
かげろふのそれかあらぬか春雨のふる人なれば袖ぞぬれぬる
(366) 〇〔一〕サウカサウデハナイカ (モウ見ワスレタクラヰヂヤ) サテモ/\〔三〕久シウアハナンダ人ヲ見レバ (イゼンノ事ガ思ヒダサレテ) 涙ガサコボレル  四の句、六帖又顯昭本に、ふる人見ればとあるぞよろしき、  【〇千秋云、此集のなればはみをなに寫し誤れる也、みとなと似たり】
 
ほりえこぐたなゝしをぶねこぎかへり同じ人にや戀渡りなむ
 〇堀江ヲ往來スル小船ノ イク度モ同シ川筋ヲノポリ下リスルヤウニ ワシハマヘ方ノ同シ人ヲ 又タチモドリ/\ 此ヤウニイツマデコヒシタウコトヤラ
 
伊勢
わ|《〇清》た《同》つみとあれにしとこを今さらにはらはゞ袖や沫とうきなむ
 〇(ワシガ床ハ 久シウウチタエテ思フ人ト逢テ寢タコトモナイユヱ カナシサニ涙ハ海ノヤウデ)ソノ海ノアレルヤウニアレテシマウタ床ヂヤニ (久シブリデ)又今サラ (其人ニ逢(ウ)ウヂヤトテ) ソノ床ノツモツタ塵ヲ 袖デハラウタナラ 海ヘ沫ノウクヤウニ ワシガ袖ガ涙ニウクデカナアラウ
                                                                    つらゆき
いにしへに猶立かへるこゝろかな戀しき|こ《〇清》とに物わすれせで
 〇今デモヤツハリ昔ニ立カヘツテ (マヘ方ノ人ガ戀シイ) サテモ/\物ワスレセヌ心カナ ドウゾ此ヤウニ戀シイ事ニ物ワスレヲシテ マヘ方ノ人ノコトヲバ ドウゾ忘レテシマハイデ
 
    人をしのびにあひしりてあひがたく有ければその家のあたりをまかりありきけるをりに鴈のなくをきゝてよみてつかはしける        大とものくろぬし
思ひ出て戀しきときははつ鴈のなきてわたると人しるらめや
 〇思ヒダシテ戀シイ時ハ アノ鴈ノ鳴テワタルヤウニ 我モ此トホリニ此|門《カド》ヲ泣テトホルト云コトヲ 此家ノ内ノ思フ人ハ知ウカヤ カウヂヤトハシリハスマイ
 
    右のおほいまうち君|すまずなりにければ《モウカヨハヌヤウニナツタレバ》かのむかしおこせたりける文どもをとりあつめてかへすとてよみておくりける                 典侍藤原(ノ)よるかの朝臣
たのめこし言の葉今はかへしてむ我身ふるればおきどころなし
 〇コレマデイロ/\ト末頼モシサウニオツシヤツテ下サレタ御文ドモゝ モウ《いまは》御モドシ申シマセウゾワタシガ身ガ此ヤウニアカレテシマウタレバ 今デハモウ此ヤウナ御文ナドハ 此方ニハオキドコロガゴザリマセヌ  ふるればは、ふるさるれば也、ふりぬればとは異也、
 
    かへし                   近院(ノ)右のおほいまうち君
(367)今はとてかへすことのはひろひおきておのが物から形見とやみむ
 〇モウハト云テカヘシテオコサレタ此文ヲ ヒロウテトツテオイテ モト自分ノ物ナガラモ ソナタノ形見ヂヤト思ウテ見マセウカイ
 
    題しらず                    よるかの朝臣
玉ぼこの道はつねにもまどはなむ人をとふとも我かと思はむ
 〇(オマヘハ今デハ 毎夜御通ヒナサル所ガ外《ホカ》ニアルヂヤガ タマ/\今夜コレヘ御出下サレタハ 定メテ道ヲトリチガヘナサツタデアラウヂヤケレドモ 此ウヘトテモ) イツデモ《つねにも》コヨヒノヤウニドウゾ道ヲトリチガヘテ御出下サレバヨゴザリマス ソシタラ餘《ヨ》ノ人ノ所ヘ御出ナサルノデモ 實《ジツ》ニワタシガ所ヘ御出下サレタノカト思ヒマセウワサテ
 
                            よみ人しらず
まてといはゞねてもゆかなむしひてゆく駒の足をれまへのたな橋
 〇マ《一》アシバラクト申スカラニハ コヨヒハトマツテモインデ下サレカシ (ソレニナンゾヤトリイソイデトツカハトイナシヤルハサテモ/\キコエマセヌ) カウシテフリモギツテイナシヤルアノオ人ノ馬ノ足ヲツマヅカシテ コケサシテクレイ 門ノマヘナ溝ノ橋ヨコリヤ  【〇千秋云、譯のはてに、コリヤといふ詞をそへられたる、おもしろし、さる勢ある歌也、さて此歌、俳諧の類也、】
 
    中納言源(ノ)のぼるの朝臣のあふみのすけに侍ける時によみてやれりける     閑院
相坂のゆふつけ鳥にあらばこそ君がゆきゝをなく/\も見め
 〇(ワシガ身モ) 相坂ノ關ニハナシテアル庭鳥ナラバコソ ナキ/\モセメテハ オマヘノ近江ヘ御通ヒナサルノヲナリトモ見ヤウケレ(ワシハサウシテ御往來ナサルノヲ見ルコトサヘナラヌガカナシイワイナ)
 
    題しらず                    伊勢
故郷にあらぬものからわがために人の心のあれて見ゆらむ
 〇(故郷コソアレテ見エル物ナレ) ワシガ思フ人ノ心ハ故郷デハナケレドモ ワシガタメニ此ヤウニアレテウト/\シウナツタハドウ云コトヤラ  心のあるゝは、外へうつろひて、こなたへうとくなること也、餘材打聞わろし、見ゆといへるは、故郷のあれて見ゆる方にいへる詞也、人の心の方へかけては見べからず、
 
                            寵
山がつのかきほにはへる青つゞら人はくれどもことづてもなし
 〇〔上〕(思ウ人ノ所カラ此アタリヘ)人ハ度々|來《ク》ルケレドモ (ワシガ(368)方ヘト云テハ)ネカラコトヅテモナイ  上句はたゞ、くるの序也、
 
                            さかゐのひとざね
大そらは戀しき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ
 〇空ハ戀シイ人ノ形見カイ 形見デモナンデモナイニ ドウ云コトデ戀シウ思ウタビゴトニ此ヤウニナガメラルヽコトヤラ
                                                                    よみ人しらず
あふまでのかたみも我は何せむに見ても心のなぐさまなくに
 〇又アウマデノ形見ノ物モ ナニヽセウゾ (ヤクニタヽヌ物ヂヤ) コレヲ見テモオレハ 戀シウ思フ心ガ ネエカラヤスマルコトモナイ
 
    おやの|まもりける《ツイテヰル》人のむすめにいとしのびにあひて物らいひけるあひだにおやのよぶといひければ|いそぎかへるとて《キフニヘヤヘカヘルトテ》もをなむぬぎおきていりにける其後もをかへすとてよめる      おきかぜ
あふまでのかたみとてこそとゞめけめ涙にうかぶもくづなりけり
おきか
 〇此裳ヲノコシテオカシヤツタハ 定メテ又逢(フ)マデノ形見ニ見ヨトイフ御心デコソゴザラウガ (コレヲ見レバオマヘノ事ガ思ヒダサレテ 涙ガナガレテサ) 海ノ浪ニウク藻屑《モクヅ》ノヤウニ 涙ニウク裳ヂヤワイノ
 
    題しらず                      よみ人しらず
かたみこそいまは|あ《〇清》たなれこれなく|は《〇清》忘るゝ時もあらまし物を
 〇形見ハサ ケツク今デハモウ ニクイカタキヂヤワイノ コレガナクバ ヲリニハ又ワスレテヰル時モアラウ物ヲ (此形見ガアルユヱ 見テハ思ヒダシ見テハ思ヒダシ シバシノマモワスレラレヌ)
 
古今和歌集卷第十五遠鏡
 
  戀歌五
 
    五條のきさいの宮のにしのたいに住ける人に|ほいにはあらで《オモテハレテデハナウテ》物いひわたりけるをむ月のとをかあまりになむほかへかくれにけるあり所はきゝけれどえものもいはで(又のとしの《アクルトシノ》春梅の花ざかりに月のおもしろかりける夜|こぞを《去年ノ事ヲ》こひてかの西のたいにいきて月のかた|ぶ《ム》くまで|あばらなる《戸シヤウジモナイ所ノ》いたじきにふせりてよめる   在原(ノ)業平(ノ)朝臣
月やあらぬ春や昔の春ならぬ我身ひとつはもとのみにして
 〇(今夜コヽヘ來テ居テ見レバ) 月ガモトノ去年ノ月デハナイカサア 月ハヤッハリ去年ノトホリノ月ヂヤ 春ノケシキガモトノ去年ノ春ノケシキデハナイカサア 春ノケシキモ(梅ノ花サイタヤウスナドモ) ヤッハリモトノ去年ノトホリデ (ソウタイナンニモ去年トチガウタコトハナイニ) タヾオレガ身一ッバツカリハ 去《五》年ノマヽノ身デアリナガラ (去年逢タ人ニアハレイデ 其時トハ大キニチガウタコトワイノ サテモ/\去年ノ春ガ戀シイ  二つのやは、やはの意也、さて結句の下へ、もとのやうにもあらぬことかな、といふ意をふくめたり、然ふくめたることは、月やはあらぬ、春やはあらぬ、月も春も、もとのまゝなるにといへる、上句にて聞えたり、すべて此朝臣の哥は、心あまりて、詞たらずといふは、かゝるところ也、 餘材打聞ともにわろし、かの説どものごとくにては、してととぢめたる語のいきほひにかなはず、よく/\語のいきほひをあぢはひて、心得べき哥ぞかし、
 
 
     題しらず            藤原(ノ)なかひらの朝臣
花すゝき裁こそ下に思ひし|か《〇清》ほに出て人にむすばれにけり
 〇内々我《ミ》コソ逢(ハ)ウト思ウテ其心デ居タニ (ソレニマア我《ミ》ガオモイレハ ムダ事ニナツテ 此花薄ノ穂ニデタノヲ結《ムス》ンダヤウニ オモテハレテ外《ホカ》ノ人ガトリクンデ逢テシマウタワイ (ハレ殘念ナコトヤ)  花薄をむすぶ事、伊勢家集、此歌のはしの詞に見えて、餘材抄に引り、
 
                     藤原(ノ)かねすけの朝臣
よそにのみきかまし物を音羽川わたるとなしにみなれそめけむ
 〇タヾヨソニバカリ聞テ居ヤウデアツタモノヲ 〔三〕アウデモナシニ ナニシニ此ヤウニナレソメタコトヤラ (ナマジケニナレナジンデソシテ逢(ハ)レヌノハ サテ/\ツライモノヂヤ)
 
                     几河内(ノ)みつね
(370)わがごとく我を思はむ人もがなさてもやうきと世をこゝろみむ
 〇(サテ/\ウイコトヤ オレハコレホド人ヲ深ウ思フニ 人ハトカクソレホドニ思フテクレヌ オレガ)思ウトホリニオレヲ思フテクレル人ガアレカシ ソレデモヤッハリ此ヤウニウイモノカ タメシテ見ヤウニ  世は、男女の中をいふ世也、  【〇千秋云、世といへる詞の譯なきは、一首の譯のうちに、そのこゝろはあればなるべし、】
 
                          もとかた
ひさ|《〇清》かたのあまつ空にもすまなくに人はよそにぞ思ふべらなる
 〇天ニ住デ居ルワシデモナイニ (ドウシタコトカ) 人ハワシヲトホヨソニサ思ウヤウスニオモハルヽ
 
見<もまた笑も見まくのほしければなるゝを人はいとふべらなり
 〇オレハ逢テモ/\ヤッハリ又々アヒタウ思ウニ 人ハ段々ナレルノヲイヤガルヤウスニ見エル  見まくのほしければゝ、見まくのほしきにといふ意也、古き哥には、此格おほし、
                                  
                           きのとものり
雲もなくなぎたるあさの我なれやいとはれてのみよをばへぬらむ
 〇雲モナウテ風モナイデアル朝ノ空ハヨウ晴テアルモノヂヤガ オレハソノヤウナモノヂヤ|ヤ《五》ラ《らん》 人ニイトヒキラハレテバッカリ一生ヲタテル (カウタトヘテイフワケハ (甚晴《イトハレ》ト被厭《イトハレ》)ト(詞ガ同シコトヂヤニヨツテサ 哥ト云物ハアヂナコトヲヨムモノヂヤナイカイノ)
                                                                   よみ人しらず
花がたみめならぶ人のあまたあればわすられぬらむ數ならぬ身は
 〇〔一〕ホカニイクタリモヨイノガアルナレバ ワシガヤウナ人カズデモナイ身ハワスレラレタデアラウ
 
うきめのみおひてながるゝ浦なればかりにのみこそあまはよるらめ
 〇ナニヽツケテモウイコトバッカリデ泣テクラスワシナレバ 思フ人ノタマ/\ニミエルノモ タヾカリソメニ口《クチ》フサゲニチヨツト立ヨラルヽバカリノコトデコソアラウケレ (マコトノ心ザシデ見エルノトハ思ハレヌ)
 
                           いせ
あひにあひて物思ふころの我袖にやどる月さへぬるゝがほなる
 〇此ヤウニ物思ヒヲシテ(涙デ袖ノヌレテアル)時節ヂヤトテ 此袖ヘウツヽタ月ノカホマデガ (ワシガ顔ト同シヤウニ) ヨ《一》ウソロウテ|ヌ《五》レテ見エルコトワイノ  あひにあひての説、餘材わろし、打聞もときをへず、すべて此詞は、これとかれと、よくあひかなひて、同じやうなる意也、
 
(371)                           よみ人しらず
秋ならでおく白露はねざめするわが手枕のしづくなりけり
 〇(露ハ秋ヨウオク物ヂヤガ) 秋デナシニオク露ガアル ソレハ (物思ウテ夜半《ヨナカ》ニ目ヲサマシテ居ルワシガ枕カラ床ヘオチル涙ノ雫ヂヤワイ
 
すまのあまの鹽やきごろもをさをあらみまどほにあれや君がきまさぬ
 〇〔上〕道ノアヒダガ遠イユヱカシテ マテドモ/\マダ御出ナサラヌ (アヽオソイコトヂヤ)  上句の意、餘材の如し  【〇千秋云、四の句の譯、まどほなる故にや、といふ意にとられたる也、まことに此哥、その意にあらざれば、よろしからず、】
 
山しろの淀のわかごもかりにだにこぬ人たのむ我ぞはかなき
 〇〔一二〕セメテカリソメニチヨツトサヘ來《キ》テクレヌ人ヲ頼ミニ思フテ居ルワシハサ アヽラチノアカヌ心ヂヤ
 
あひ見ねば戀こそまされみなせ川なにゝ深めておもひそめけむ
 〇ワシガ中ハ 水ノナイト云水無瀬川ノヤウナモノデ 逢《一》コトガナケレバ タヾ懸シイコトコソマサレ (水ノマサツテ深イヤウナコトハナイ中ヂヤニ) ナニシニ末カケテ深ウワシハ思ヒソメタコトヤラ
 
曉の鴫のはねがきもゝはがき君がこぬよはわれぞかずかく
 〇曉ニハ鴫ノハネガキト云テ 鴫ガキツウシゲウ羽タヽキヲスル物ヂヤガ 君ガコヌ夜ハ (ソノ鴫ノハネガキホドシゲウ) ワシガサイク度トナシニ タメ息ヲツイテナゲキマス  此哥の下句の意、ときえたる人なし、數かくとは、たとへの鴫の百羽がきの詞によりていへるのみにて、意はたゞ、歎きすることのしげきよし也、
 
玉かづら今はたゆとや吹風の音にも人のきこえざるらむ
 〇〔一〕モウハキレテシマウト|テ《二》ヤ《五》ラ《らん》 此ゴロハイツカウ〔三〕オトヅレモセヌ
 
わが袖にまだき時雨のふりぬるは君が心に秋やきぬらむ
 〇マダ《まだき》ソノ時節デモナイニ此ヤウニワシガ袖ヘ時雨ノフツタハ君ガ心ニ秋ガキタカシラヌ (ソレデ此袖ノヌレタハ涙ノシグレヂヤ)
 
山の井のあさき心も思はぬに影ばかりのみ人の見ゆらむ
 〇ワシハ山ノ井ノヤウニ淺イ心デハナイニ ドウ云コトデ君ハ イツデモ《のみ》影バカリ見エテヨリツカツヤラヌコトヤラ  ばかりのみとは、いたづらに重なれる詞にはあらず、のみは、いつとてもの意也、
 
わすれ草たねとらましを逢ことのいとかくかたき物としりせば
 〇此ヤウニキツウ逢(フ)コトノナリニクイモノヂヤト云コトヲ トウカ(372)ラシツタナラ 忘草ノタネヲトツテオカウデアツタモノヲ (ソシタラソレヲ蒔《マイ》テハヤシテ 此節戀ヲワスレルヤウニセウモノ)
 
こふれどもあふ夜のなきは忘草夢路にさへやおひしげるらむ
 〇ナンボ戀シウ思ウテ(寐《ネ》テ)モ (夢ニモ)逢《ア》ウ(ト見ル)夜ノナイハ カノ(人ガワシヲ忘レタ)ワスレ草ガ 夢ノ道ヘマデハエシゲツタカシラヌ
 
夢にだにあふことかたくなりゆくは我やいをねぬ人やわするゝ
 〇夢ニサヘアハレヌヤウニナツテキタノハ ワシガ(物思ヒデ)エネムラヌユヱカ 又ハ君ガワシヲ忘レテ(心ガカヨハヌ)ノカ  餘材わろし、打聞よろし、
                                                                  けんげい法師
もろこしも夢に見しかばちかゝりき思はぬ中ぞはるけかりける
 〇(唐ハ(キツウ遠イ所ヂヤト聞テ居ルニ) ソレモ夢ニ見タレバ 近イコトデアツタガ (トカク唐ヨリモドコヨリモ) 遠イノハ思ハヌ中デサゴザルワイ
 
                          さだのゝぼる
ひとりのみながめふるやのつまなれば人をしのぶの草ぞおひける
 〇長《二》雨ガフレバフルイ家ノ軒《三》ハ (クサツテ)忍草ガハエシゲルヤウニ タ《一》ッタヒトリ物思ヒノシンキナナガメバッカリシテ|月日ヲオクル《ふる》ワタシナレバ 人ヲ戀シノブ心ノ忍(ブ)草ガサシゲウナルワイ
 
                          僧正遍昭
わがやどは道もなきまであれにけりつれなき人をまつとせしまに
 〇心ヅヨウテ來《キ》モセヌ人ヲ (クルカ/\ト)待テ居タマニ (ツイ月日ガタツテ) コチノ庭ハ(草ガアノヤウニシゲツテ) 道モナイホドニアレタワイ
 
今こむといひて別れしあしたより思ひくらしのねをのみぞなく
 〇チカイウチニ又|來《コ》ウト云テ別レテインダ朝カラシテ (毎日其人ノ事バッカリ) 思ヒグラシニクラシテ ヒグラシノ鳴(ク)ヤウニ オレヤ泣テバッカリサ居ル
                                                                  よみ人しらず
こめやとは思ふものからひぐらしのなく夕暮はたちまたれつゝ
 〇(ナンボ待(ツ)タトテ)來(コ)ウカヤ クルコトデハナイトハ思ヒナガラモ 夕《ユフ》カタヒグラシノ鳴(ク)ジブンニナレバ (門口《カドグチ》へ出テ)立テ居テハモシモヤト待(ツ)心ガアツテ (ドウモ思ヒ切(ツ)テハ居ラレヌ)
 
今しはとわびにし物をさゝがにの衣にかゝりわれをたのむる
 〇(カウ久シウ來《コ》ヌカラニハ) モ《一》ウハト思フテ 力《チカラ》オトシテ氣《キ》ヲクサラシテ居タモノヲ 蛛《クモ》ノ糸ガキルモノヘカヽツテ ドウカ又頼ミノアルヤウニ思ハセル 此蛛ガ (蛛ノ糸ノキルモノヘカヽルノハ (373)待(ツ)人ノクルシラセヂヤトヤラ云コトヂヤニヨツテサ)
 
いまはこじと思ふものからわすれつゝまたるゝことのまだもやまぬか
 〇モウ來《ク》ルコトハアルマイト思ヒナガラ ソレヲワスレテハ又シテハ待(ツ)心ガマダマアヤマヌコトカナサテモ/\
 
月夜にはこぬ人またるかきくもり雨もふらなむわびつゝもねむ
 〇(此ヤウニサヤカナ)月夜ニハ 來《コ》ヌ人ガ(モシヤ來《キ》モセウカト)待(タ)レ(テキカモメル) イツソマツクラニ曇ツテ雨ガフリドモスレバヨイニ ソシタラツライコトヂヤト思ヒ|/\モ《つゝ》寐《ネ》テシマハウニ
 
うゑていにし秋田かるまで見えこねばけさ初鴈のねにぞなきぬる
 〇(五月ノコロ)此田ヲウヱテオイテインダ人ノ 此ヤウニモウ其田ヲ刈《カ》ルジセツニナルマデ (待(ツ)テモ/\)ワセネバ (サテモ/\ナサケナイ人カナトオモハレテ) ケサ始メテ雁ガナイタガ ソノ雁ノヤウニサワシモナイタ
 
こぬ人をまつ夕ぐれの秋風はいかにふけばかわびしかるらむ
 〇コヌ人ヲ待テ居ルユウ方ノ秋ノ風ハ ドノヤウニ吹(ク)コトデ コレホド悲シイツライコトヂヤヤラ
 
久しくもなりにけるかな住の江のまつはくるしき物にぞ有ける
 〇(ワシガ思フ人ノ來《キ》テ逢(フ)タハイツノコトデアツタヤラ ソレカラ一向ニアハズニ) マア/\久シウナツタコトカナ (來《キ》モセヌ人ヲ)待(ツ)ノハ サテ/\クルシイ物デサゴザルワイ  久しくといふ縁に、住のえの松といひ、其松を、人をまつにいひかけたる也、
                                                                   かねみのおほきみ
すみのえのまつほど久になりぬればあしたづのねになかぬ日はなし
 〇(コヌ人ヲクルカ/\ト)待テ居ル間(タ)ガ久シウナツタレバ ワシハ毎日ナカヌ日ト云ハナイ
 
    なかひらの朝臣あひしりて侍けるをかれがたになりにければちゝがやまとのかみに侍けるもとへまかるとてよみてつかはしける         伊勢
みわの山いかにまちみむ年ふとも尋ぬる人もあらじとおもへば
 〇(ワタシモモウ京ニ居テモオモシロウナイニヨツテ 此度大和ヘ下リマスルガ) 三輪ノ山(本トムライキマセト古哥ニヨンデアルヤウ二 今カラアノ方《ハウ》デ戀シイ人ヲ待(ツ)タトテモ 何《三》(ン)年タツトモ タ《四》レモ尋ネテ來テクレル人モアルマイト存ジマスレバ ド《二》ウシテマア待(チ)ヲヽセテ逢(ハ)レマセウゾイノ
 
    題しらず                     雲林院のみこ
吹まよふ野風を寒み秋萩のうつりもゆくか人の心の
 〇アチコチトフキマヨウ野ノ風ガサムサニ 萩ノ花ノチツテユクヤウニ ヨソヘウツヽテユクカマア 人ノ心ガ  餘材わろ(374)し、打聞よろし、
 
                             をののこまち
今はとて我身時雨にふりぬればことのはさへにうつろひにけり
 〇ワシガフルウナツタレバ モ《一》ウイヤト思召テ (マヘカタオツシヤツタ御約束ノ)御詞マデガチガウテ參ツタワイナ  時雨は、ふりといひ、又ことのはうつろふといはむ料なり、 【〇千秋云、此歌は、二三一四五と、句をつゞけてこゝろうべし、】
 
    かへし                      小野(ノ)さだき
人を思ふ心このはにあらはこそ風のまに/\ちりもみだれめ
 〇人ヲ思フ心ガ木(ノ)葉ナラバコソ 風ノフクニシタガウテ チリミダレモセウケレ (ワシガソナタヲ思ウ心ハ 木ノ葉ノ風ニチリ亂レルヤウナカル/”\シイ心デハナケレバ 何事ガアツタトテモ ナンノメツタニカハラウゾイ)
 
    なりひらの朝臣きのありつねがむすめ|にすみけるを《ノ所ヘカヨヒケルガ》うらむる事有てしばしのあひだひるはきてゆふさりはかへりのみしければ《イツデモカヘリケレバ》よみてつかはしける
あま雲のよそにも人のなりゆくかさすがにめには見ゆる物から
 〇空ノ雲ハ目ニハ見エルケレドモ遠イヨソナ物ヂヤガ (オマヘモチカゴロハテウドソレデ 晝ハ御出ガアツテ) サスガ目ニ見エハシナガラ ヨ《二》ソ/\シウナツテマア (根カラ夜(ル)オトマリナサツテ下サルコトハナイ)サテモ/\キコエマセヌナサレカタ|カ《三》ナ《か》
 
    かへし                      なりひらの朝臣
ゆきかへり空にのみしてふることはわがゐる山の風はやみなり
 〇(ワシヲ雨雲ニタトヘラレタガ ナルホドヨイタトヘヂヤ 其雲ノヤウニ) ワシガ イ《一》タリキタリバッカリシテ足ヲトメズニ|タテル《ふる》ノハ 其雲ノカヽツテ居ル山ノ風ガツヨサニ (トヾマツテ居ルコトノナラヌヤウナモノデ ワシガカカツテ居ルソナタノ心ガミヅクサヽニ ドウモ夜(ル)ハトマラレヌ)ヂヤワイノ《なり》  ふるは雨雲の縁也、
 
    題しらず                     かげのりのおほきみ
唐衣なれば身にこそまつはれめかけてのみやはこひむと思ひし
 〇キルモノハ(着《キ》ナレヽバヤハラカニナツテ 身ニヒツタリトツキマツハレル物ナレハ ソノ通リニ人モ) ナレタナラバ身ニシタシウコソナラウハズナレ (ソレニ馴テカラモヤツハリ此ヤウニヨソ/\シウテ) ジヤウヂウ心ニカケテ戀シウ思フテバッカリ居ヤウコトトハ思ウタコトカイ ナレテカラモヤッハリ此ヤウニアラウトハ思ハナンダ  かけては衣の縁也、
 
                             とものり
(375)秋風は身を分てしもふかなくに人の心のそらになるらむ
 〇秋風ハ(雲ヤ霧ナドヲ吹分ルヤウニ) 人ノカラダヲ分(ケ)テ腹《ハラ》ノ内ヘ吹テハイルモノデモナイニ ワシガ思フ人ノ(腹ノ内ナ)心ガ (風ニ木(ノ)葉ノ空ヘチルヤウニ) ヨソヘウツヽタハドウ云コトヤラ  上句の説、餘材打聞ともにわろし、かの説どものごとくにては、身を分てといふこと、いたづら也、
 
                             源(ノ)宗于(ノ)朝臣
つれもなくなりゆく人の言の葉ぞ秋よりさきの紅葉なりける
 〇次第ニツレナウナツテユク人ノ詞ガサ 秋ヨリサキノ紅葉ヂヤワイ (ナゼトイフニマヘカタ云テオイタコトガサツハリカハツテシマウタワサ 木(ノ)葉ノ色ノヤウニ)
 
    こゝちそこなへりけるころ《ビヤウキノジセツ》あひしりて侍ける人のとはで|こゝちおこたりて後《クワイキシテカラ》と|ぶ《ム》らへりければよみてつかはしける                             兵衛
しでの山ふもとを見てぞかへりにしつらき人よりまづこえじとて
 〇(サキダツテハワタシモワヅラヒマシテ スデニ死《シニ》マスデアツタガ) ツレナイオマヘヨリ先(キ)ヘワシハシデノ山ハコエマイゾト存ジテ ソノ麓マデ參(ツ)テ見テサモドツテ參リマシタ
 
    あひしれりける人のやうやくかれがたになりけるあひだにやけたるちの葉に文をさしてつかはせりける                   こまちがあね
時過てかれゆくをのゝ淺茅には今は思ひぞたえずもえける
 〇秋モ過テ冬ガレニナツタ野ハ (火ヲツケテヤイテモエル物ヂヤガ テウド其通リデ)年《一》ガイテオマヘノ御心ノ|カ《二》レガレニナツタワタシハ 今デハモウ ジャウヂウムネノ思ヒガサモエマスワイナ (ソレデ此淺茅モ此通リニヤケマシタ ゴラウジテ下サリマセ)
 
    ものおもひけるころ物へまかりける道に|野火《野ヲヤク火》のもえけるを見てよめる                          いせ
冬枯の野べとわが身を思ひせばもえても春をまたまし物を
 〇(人ニ見ステラレタ)ワシガ身モ 冬枯ノアノ野ヂヤト思フナラ (アヽシテ燒《ヤク》ヤウニ) 今コソ思ヒガモエルケレドモ (ソレデモ又春ニナツタナラ 芽《メ》ガデルデアラウト思フテ) 春ヲ待(タ)ウモノヲ (ワシハモウアノ冬枯ノ野トハチガウテ 春ニナツタトテモ芽《メ》ノデル頼ミモナイ身ヂヤワイノ) 從女《ソナタ》シウモスヰリヤウシテタモイノ)
 
    題しらず                    とものり
水のあわのきえてうき身といひながら流れて猶もたのまるゝかな
 ○水ノ沫ノキエルヤウニキエルホドウイ我身ヂヤト思ヒナガラ (イツモカウバカリデモアルマイト) マダ末ヲ頼ミニ思フテヤッハ(376)リマア(消モセズニ)カウシテ居ルハ サテ/\ラチノアカヌ我心カナ  【○千秋云、ながらへてを、水の縁にて、ながれてとはいへり、】
                             よみ人しらず
みなせ川有てゆく水なく|は《〇清》こそつひにわが身をたえぬと思はめ
 〇水無瀬川ニ 有(ツ)テ流レル水ガナイナラバコソ ワガ中ヲ トヲ/\《つひに》切レテシマウタトハ思ハウコトナレ (水ノナイト云名ノ水無瀬川サヘヤッハリ水ハアツテ流レルナレバ 我中モ絶タヤウナレド ヤッハリ縁ハアツテタエキリハセヌコトモアラウワサテ)  四の句、わが中をといふべきを、身をといへるは、少しいかゞ也、身をに、川の水脈《ミヲ》をかねたるにや、
                             みつね
よし野河よしや人こそつらからめはやくいひてしことは忘れじ
 〇(人ノツライハ)〔一〕ハ《二》テゼヒガナイ 人コソツラカラウケレオレハ|マヘカタ《はやく》云テオイタコトハイツマデモワスレマイト思ウ  はやくは、吉野川の縁也、
 
                             よみ人しらず
世(ノ)中の人の心は花ぞめのうつろひやすき色にぞ有ける
 〇世(ノ)中ノ人ノ心ト云モノハ テウド花染ノ色デ カハリヤスイ物デサゴザルワイ
 
こゝろこそうたてにくけれそめざらばうつろふこともをしからましや
 〇ウタテヤ 人ヲ思フコチノ心ガサ ニクイヤツヂヤワイ コチカラ思《三》ハズバ サキノ心ノカハルモ惜《ヲシ》カラウカイ 人ノ心ノカハルガツライモ コチカラ思ウユヱヂヤワイ  色とはいはざれども、三四の句は、色につきていへる詞なり、
 
                             こまち
色見え|で《濁》うつろふものはよの中の人の心の花にぞありける
 〇(草ヤ木ノ花ハ 色ガアルユヱニウツロウヂヤガ) 色ハアルトモ見エズニ ウツリカハルモノハ 世ノ中ノ人ノハナ/”\シイ心ノ花デサゴザリマスワイ  色見えでは、色のなきをいふ也、餘材、初二句の注わろし、
 
                             よみ人しらず
我のみや世をうぐひすとなきわびむ人の心の花とちりなば
 〇花《五》ノチツテシマウタヤウニ ツ《四》レソウ人ノ心ガカハツテ ノイテシマウタナラバ ウ《二》イコトヤツライコトヤト思フテ 相《一》手ナシニワシヒトリ 鶯ノナクヤウニ泣テ居ルデ|ア《三》ラウ《む》カ《一や》  世は、男女の間をいふ、打聞、下句を、人の心の、花とともにちりなばとあるは、わろし、花とは、花の如くにといはんがごとし、鶯(377)とのととおなじ、 【〇千秋云、なきわびんの譯に、泣テ居ルデアラウカとあるは、わびといふ詞の譯、たらざるが如くなれ共、是は上に、ツライコトヤト思フテとある、是にあたれり、此たぐひなほおほし、心をつくべし、】
 
                             そせい法師
おもふともかれなむ人をいかゞせむあかずちりぬる花とこそ見め
 〇(イカホド残念ニ)思ウタト云テモ (心ガカハツテ) トホノイテユク人ヲバ ナントセウゾ (ドウモセウコトガナイ スレヤ) マダ見タラヌウチニ早ウ散タ花ヂヤトサ思ウテ居ヤウマデ
 
                             よみ人しらず
今はとて君がかれなばわがやどの花をばひとり見てやしのばむ
 〇モ《一》ウコレギリト思フテ 君ガトホノイテ來《コ》ヌヤウニナツタナラ コチノ庭ノ花ヲバ ワシヒトリガ見テ 君ノ事ヲイロ/\ト思ヒダスデアラウカ
                                                                      むねゆきの朝臣
忘草かれもやするとつれもなき人の心に霜はおかなむ
 〇(人ノワシヲ忘レタ)ワスレ草モ枯(テモシ又モトノヤウニ思フテク)レルコトモアラウカト思ヘバ ワシヲワスレタツレナイ人ノ心ヘ霜ガオケバヨイニト思ハレル (霜デハソウタイ草ガ枯レルモノナレバ ソノワシヲワスレタ忘草ノカレルヤウニサ)
 
    寛平(ノ)御時御屏風に哥かゝせ給ひける時よみてかきける
                              そせいほうし
わすれ草何をかたねと思ひしはつれなき人の心なりけり
 〇ワスレ草ト云物ハ 何|ヲ《を》タネ(ニシテハエルコト)カト思フタガ ソノタネ|ハ《三は》 ツレナイ人ノ心ヂヤワイノ (ハテツレナイ心カラシテ人ヲバ忘レルモノヂヤワサ)
 
    題しらず
秋の田のいねてふこともかけなくに何をうしとか人のかるらむ
 〇〔一〕(ワシガキラウテ)モウイネト云詞ヲカケタコトモナイニ 人ノ此ヤウニ遠《トホ》ノイテ來《コ》ヌハ 何ヲウイト思ウテノコトヤラ  かけ、かる、皆稻の縁の詞也、
                                                                      きのつらゆき
初鴈のなきこそ渡れよの中の人のこゝろの秋しうければ
 〇人ノ心ノ秋ガウイユヱニ ワシハ空ヲワタル初鴈ノヤウニ泣テサタテルワイ
 
                              よみ人しらず
あはれともうしとも物を思ふときなどか涙のいとなかるらむ
 〇物ヲアハレト思フ時モ ウイト思フ時モ (トカク涙ガホロ/\ホ(378)ロ/\ホロ/\ホロ/\トコボレル) ナゼニ此ヤウニ涙ガ|イ《五》ソガシウコボレルコトヤラ  餘材打聞ともに、くだ/\しき注也、
 
身をうしと思ふにきえぬものなればかくてもへぬる世にこそ有けれ
 〇キツウ身ヲウイト思ウニハ(命モ消(エ)サウニ思ハレルケレドモ) ソレデモサスガキエハセヌモノヂヤ スレバ|此ヤウニウイ身デモ《かくても》 (ヤツハリソレナリニ) タツテユク世デサゴザルワイノ
 
                   典侍藤原(ノ)直子《ナホイコ》(ノ)朝臣
あまのかる藻にすむゝしの我からとねをこそなかめ世をば恨みじ
 〇海士ノ苅ル藻ノ中ニワレカラト云虫ガ住デヰル(物ヂヤト云コトヂヤガ) ソノ虫ノ名ノトホリニ 何事モワレカラヂヤ 我身カラノコトヂヤトレウケンシテコソ 泣(ク)ナラ泣キモセウコトナレ ツレソウ人ヲバ恨ミマイゾ (ヨウ思ヒマハシテ見レバ 人ヲウラミルノハ大キナフカクヂヤ)  【〇千秋云、われからの事、己つら/\思ふに、もしは虫の名にはあらで、たゞ藻にすむ虫のごとく、はかなく數にもあらぬ我身から、といへるにはあらじか、又海人といひて、我からといへる詞は、仁徳紀に、あまなれやおのが物からねなく、とあるをも思ひて、よまれたるにやあらん、】
 
                              いなば
あひ見ぬもうきも我身のから衣思ひしらずもとくるひも哉
 〇逢タイ人ニアハレヌノモ 其人ノツライノモ ミンナ我身カラノコトヂヤ (スレヤドレホド思フタトテアハレルコトデハナイニ 此ヤウニ下紐ノトケルハ) サテモ/\マア ガテンノワルイ下紐カナ  下ひものとくるは、人にあふべきしるし也、
 
 
         寛平御時きさいの宮の哥合の哥       すがののたゞおん
つれなきを今はこひじと思へども心よわくもおつるなみだか
 〇ツレナイ人ヲ モウ《今は》戀シウ思ウマイゾト タシナムケレドモ ナントゾスルト(思ヒダシテ)涙ガコボレル サテモ/\マア心ヨワイコトカナ
 
    題しらず                      伊勢
人しれずたえなましかばわびつゝもなき名ぞとだにいはまし物を
 〇シヾウ世間ヘシレズニ絶タ中デ|アラウナラ《ましかば》 (絶ルハ)ツ《三》ライコトナガラモ 無イ事ヂヤト云テ セメテハウキ名ノタヽヌヤウニナリトモセウモノヲ (ワシガ中ハ ハヤ世間ノ人モ知テ居レバ 無イ事ヂヤトモイハレネバ 絶タバカリカウキ名サヘ立(ツ)テ サテモ/\メイワクナツライコトカナ)  【〇千秋云、すべてまし物をととめたる哥は、此譯のごとく、おほく意をふくめたるもの也、心をつくべし、】
 
(379)                           よみ人しらず
それをだに思ふこととて我やどを見きとないひそ人のきかくに
 〇(人ヲ深ウ思フ時ニハ) 其《一》人ノ家|ナリトモ《だに》見タイヤウニ思ウモノヂヤガ サウツネ/”\思フテ居ルコトトテ (ヒヨツトシタ詞ノハシニモ) ワ《三》シガ所ヲ見《四》タト云コトモ 人《五》ノ聞(ク)トコロデ必(ズ)云デハナイゾヤ (エテハソンナコトカラシレルモノヂヤ)  此哥は、こゝに入べき哥にあらず、然るを餘材は、部立になづみて、哥の意にたがへり、此集ならむからに、まれ/\は、などか部立の誤(リ)もなからん、
 
あふ事のもはら絶ぬる時にこそ人の戀しきこともしりけれ
 〇(自由ニアハレル時ニハ 戀シイト云ハドノヤウナモノヤラシラナンダニ 今カウ) スキト《もはら》絶テアハレヌ時節ニナ
 
 
     
ツテ|ハジメテ《こそ》人ノ戀シイ事モ知(ツ)タワイ
 
わびはつる時さへもののかなしきはいづこをしのぶ涙なるらむ
 〇此ヤウニ戀ニアグミハテタ時節ニサヘ (其人ヲヤッハリ)イ《三》トシイ戀シイト思ウテ涙ノコボレルハ ド《四》コガ戀シウテノコトヤラ (此ヤウニウイツライメニアハスル人ナレバ イトシイコトモ戀シイコトモナイハズヂヤニ)  此かなしきは、いとほしく思ふ意也、さて三の句と、しのぶ涙といへる詞とを、たがひに相まじへて心得べし、打聞に、忍びに涙のおつらんとあるは、たがへり、
                                                          藤原(ノ)おきかぜ
恨みてもなきてもいはむかたぞなき鏡にみゆる影ならずして
 〇ウランデモ泣テモ (此カナシサヲバ誰ヲ相手ニシテイハウゾ 思フ人.ハモハヤ絶テ一向ニアウコトモナケレバ) 鏡ヘウツルオレガ影デナウテハ (外ニ相手ニシテ)云(ハ)ウヤウハナイ
                                                          よみ人しらず
 
夕|さ《〇清》れ|ば《濁》人なきとこをうちはらひ歎かむためとなれる我身か
 〇ユフカタニナレバ 君ガキテ寐《ネ》モセヌ床ヲハラウテ (獨(リ)ネルトテハ イツノ夜デモ/\ ツライコトヤト思フテタメイキヲツイテ寐《ネ》ルヂヤガ) ワシハマア此ヤウニツライ歎キヲセクタメニ|生《ウマ》レテキタ《なれる》身カヤ (サテモ/\イングワナ身カナ)
 
わ|た《〇清》つ《○清》みの我身こすなみ立かへりあまのすむてふうらみつるかな
 〇サツハリ絶《二》テシマウタ中ヂヤノニ (其人ノ心ノカハツタコトヲ) 又|ヒ《三》ツカヘシテ此ヤウニ恨メシウ思フコトワイノ (今サラ恨ンダトテナンノセンガアラウゾ) サテモグチナワシガ心カナ
 
あら小田をあらすきかへしかへしても人の心を見てこそやまめ
 
 
        ありそ海のはまのまさごと頼めしは忘るゝことの數にぞ有ける
 ○濱ノ眞砂ノ數ハヨミツクスト云テモ 我戀ハヨンデモ/\ツキマイナドト ギヤウサンニ云テ ワ《三》シヲヨロコバシテオイタ ソノ濱ノマサゴノ數ハ ミヅクサイコトノケシカラヌタトヘデサ アツタワイ
 
あしべより雲ゐをさしてゆく鴈のいやとほざかる我身かなしも
 〇蘆原カラ空ヲサシテヅツトトンデユク鴈ノダン/\ト遠ウナルヤウニ ダン/\ト《いや》思フ人ノトホノイテユクワシガ身ハ|マ《五》ア《も》カナシイコトヂヤ
 
しぐれつゝもみづるよりも言の葉の心の秋にあふぞわびしき
 〇時雨ガ|フリ/\《つゝ》シテ 木(ノ)葉ノ色ノカハツテユク秋(ノコロハツライモノヂヤガ) ソレヨリハ 云テオイタ詞ノカハル人ノ心ノ秋ニアウ身ガサナホツライ
 
秋風のふきと吹ぬるむさし野はなべて草葉の色かはりけり
 〇秋風ガフキサヘスレバ アノ廣イ武藏野デモ 野ハ|サツハリミナ《なべて》草ノ色ガカハツテ枯ルワイ _(人ノ心モソノトホリサ」)  餘材くだ/\し、
                                                              小町
秋かぜにあふたのみこそかなしけれわがみむなしくなりぬと思へば
 〇秋ノ大風ニアウ稻ハサ キノドクナモノヂヤ 百姓ノ頼ミニシテ居ル田ガ サツハリシマヒニナル (ワシガ中モテウドソンナ物デ) 人ノ秋風ガフイテ 頼ミニ思ウタコトガ 皆ムダニナツタト思ヘバサ カ《三》ナシイワイノ  たのみは、由の實によせたり、さて四の句、我身むなしくと、つゞけては心得べからず、我身は、秋風にあふといふへかかり、むなしくは、たのみへかゝれり、
 
                        たひらのさだ|ふ《〇清》ん
秋風のふきうらがへすくずの葉の恨みてもなほうらめしきかな
 〇〔上〕ウラミヲ云テモ/\ マダヤッハリ(恨ミガハレヌ) サテモ/\ウラメシイコトカナ
                                                                     よみ人しらず
秋といへばよそにぞ聞しあだ人の我をふるせる名にこそ有けれ
 〇秋ト云コトヲバ ヨソノコトノヤウニサ思ウテ居タガ (ヨソ事デハナイ) ウツリギナ人ノワシヲ見捨タ(ノガ ワシヲアキト云モノデ) 其名デサゴザルワイノ
 
わすらるゝ身をうぢ橋の中絶て人もかよはぬ年ぞへにける
 〇テウド橋ノ中ガキレテアレバ渡ル人モナイヤウニ 思フ人ニ忘レラレタ身ハ ウイモノデ 何《五》(ン)年カモウネカラ使《四》《ヒト》モコヌワイ  (381)【〇千秋云、四の句、人もかよはずしてと見れば、やすくきこゆ、】
      又はこなたかなたに人もかよはず
 
                              坂上(ノ)これのり
あふことをながらの橋のながらへてこひわたるまに年ぞへにける
 〇逢事モナイニ ヤッハリアヒカハラズ 戀シタウテ月日ヲオクルウチニサ ハヤ何(ン)年カタツタワイ 又ハ アヒタイ/\ト思ウテ戀シタウテ月日ヲオクルウチニサ  【〇千秋云、後の譯の意なれば、逢ことを戀わたるとつゞきて、逢ことなくてと、いひかけたるにはあらず、をもじによれば、さやうにも聞ゆ、然れ共、逢こと無と、いひかけたるやうにも聞ゆる也、】
 
とものり
うきながらけぬる沫ともなりなゝむ流れてとだに頼まれぬ身は
 〇セ《四》メテハ又末デナリトモト思フ頼ミサヘナイワシガヤウナウイ身ハ イツソノコト水ニウキナガラ消ル沫ノヤウニキエテシマイナリトモスレバヨイ 【〇千秋云、うきながらは、憂《ウ》きまゝにての意にかねたるなるべし、】
 
                               よみ人しらず
流れてはいもせの山の中に落るよし野の川のよしや世の中
 〇紀ノ國ノ妹山トセ山トノ間(タ)サヘ 吉野川ガ流レテ來テ 中ノヘダテガアルカラハ ソウタイ人問ノ男女《イモセ》ノ中モ (イツマデモ始(メ)ノヤウニムツマシウハナイハズノコトデ) 久《一》シウナレバ オ《二三》ノヅカラカレコレガ出來テクルノモ ソノハズノコトヂヤ ハテゼヒガナイ《よしや》(山デサヘサウヂヤモノ)  世の中は、男女の中をいへる也、すべて男女のなからひを、世とも世の中ともいへること多し、心得おくべし、
 
古今和歌集卷第十六遠鏡
 
  哀傷歌
 
    いもうとの身まかりける時よみける  小野(ノ)たかむらの朝臣
なく涙雨とふらなむわたり河水まさりなばかへりくる|が《濁》に
 〇(雨ガフツタナラ) 三《三》途《セウヅ》川ノ水ガマスデアラウ ソシタラ (妹(ト)ガヨウ渡ラズニ)又《五》此世ヘモドツテクルコトモアラウ|ソノタメニ《がに》 此《一》オレガ泣(ク)涙ガ ド《二》ウゾ雨ノトホリニフレバヨイ
 
    さきのおほきおほいまうちぎみを白川のあたりに|おくり《送葬》ける夜よめる                    そせい法師
ちの涙おちてぞた|ぎ《濁》つ 句 しら川は君がよまでの名にこそ有けれ
 〇此《三》川ノ名ヲ白川ト云ハ (此度オカクレナサレタ)良《四》房公樣ノ御在世|ギリ《まで》ノサ名デアツタワイ (此殿ノ御カクレナサレタレバ 悲シサニ拙僧ガ泣(ク)此|眞赤《マツカ》イナ)血ノ涙ガ|サ《二》ツサト流レル (スレヤモウ白川デハナイ赤川ヂヤ)
 
    ほりかはのおほきおほいまうち君みまかりにける時にふかくさの山にをさめて|け《○清》る後によみける        僧都勝延
うつ蝉はからを見つゝもなぐさめつ深草の山け|ぶ《ム》りだにたて
 〇蝉ハ(カラヲヌギステテオイテ ドコヘカインデシマウ物ヂヤガ) ソレモソノヌケガラハ イツマデモ殘ツテアルニ (人ハ死ヌルトソノマヽ ヌケガラサヘ燒《ヤイ》テシマウテ 跡ヘ残シテハオカヌモノデ 此基經公樣モ 御尊骸サヘノコラヌハ サテ/\オノコリオホイコトヂヤ セメテソノ御火葬)ノ煙ナリトモ殘ツテアレ 此深草ノ山ヨ ソシタラソレヲ見テナリトモ 御尊骸ノナゴリヂヤト思フテ 少シハカナシサヲハラサウニ  なぐさめつといふこと、蝉の方にいひたれども、意は蝉にはかゝらず、蝉には、からを見てなぐさむる事、よしなし、此詞は、煙だにたて、それを見てなぐさめん、といふ意なるを、上にいひて、下へひゞかせたるもの也、古哥には、かゝることおほし、さる例をしらでほ、まどふこと也、心得おくべし、
 
                             かむつけのみねを
深草の野べの櫻しこゝろあらばことしばかりは墨染にさけ
 〇(此度基經公ヲヲサメマシタ此)深草ノ野ノ櫻 心ガアルナラ 今年バカリハ墨染ノ色ニサケサ (人モミナ墨染ノ服ヲキテ居ル春(383)ヂヤニ)
 
    藤原(ノ)敏行(ノ)朝臣の身まかりける時によみてかの家につかはしける       きのとものり
ねても見ゆね|で《濁》も見えけり大かたはうつせみのよぞ夢には有ける
 〇(此度ノソコモトノ御不幸ニツイテ ヨウ思ウテ見マスレバ 夢ト云モノハ) ネムツテ居テモ見ルモノナリ 又|寐《ネ》イデモ見ルモノデゴザルワイ 此《四》人間ノ世ガサ ソ《三》ウタイミナ夢デゴザルワイ (スレヤ寐イデモ見ルヂヤワサ アヽヽ敏行殿ノ御事マコトニ夢ノヤウニ存ジマス)
 
    あひしれりける人のみまかりにければよめる      きのつらゆき
夢とこそいふべかりけれ世中にうつゝある物と思ひけるかな
 〇世(ノ)中ヲバソウタイ皆夢トサ云(ハ)ウコトヂヤワイ ソレニ今マデハ 正眞《シヤウジン》ノコトガアルモノヂヤト思ウテ居タハ サテモアハウナコトカナ
 
    あひしれりける人の身まかりにける時によめる     みふのたゞみね
ぬるがうちに見るをのみやは夢といはむはかなき世をもうつゝとは見ず
 〇ネムツテ居ルウチニ見ル夢バカリヲ夢ト云(ハ)ウコトカイ (ソレバカリデハナイ) ソウタイ此|無常《ムジヤウ》ナヨノ中モ正眞《シヤウジン》ノコトトハ思ハヌ (ミナ夢ヂヤ)
 
    あねのみまかりにける時よめる
瀬をせけば淵となりてもよどみけり別れをとむるしがらみぞなき
 〇川ノ瀬ヲ(シガラミデ)セキトメレバ (流レテユク水デモ) 淵ニナツテトマル物ヂヤワイ ソレニサ死ンデユク人ヲセキトメルシガラミハナイ
 
    藤原(ノ)たゞふさが昔あひしりて侍ける人のみまかりにける時にと|ぶ《ム》らひに遣すとてよめる           閑院
さきだゝぬくいのやちたびかなしきは流るゝ水のかへりこぬなり
 〇人ノ死ヌルハ テウド流レテユク川ノ水ノトホリデ 二タビ返ツテクルト云コトハナイ (此度ノ御事サゾヤ御力(ラ)落シ御推量申シ)マシタ (ワタシモ御同前ニ力《チカラ》ヲ落シマシタ) サ《一》キヘ早ウ死(ニ)マシタラヨカツタニ カウシテ生《イキ》テヲリマスノガ悔シウテ クリカヘシ/\《やちたび》カナシイハ 此度《四五》ノ御事デゴザリマス (サキヘ死ニマシタナラ コンナコトハウケタマハルマイモノ)  餘材打聞ともに、(384)たしかならず、三の句のはもじと、結句のなりとを、相照して味ふべし、さて二の句、くいのと、しばらく切て、八千度かなしきはとつゞけて讀べし、八千度は、かなしきへかゝれり、悔《クイ》にかかれる詞にはあらず、
 
    紀(ノ)友則が身まかりにける時よめる       つらゆき
あすしらぬ我身と思へどくれぬまのけふは人こそかなしかりけれ
 〇我身モ明日ハシレヌトハ思ヘド マダ暮テ明日ニナラヌ今日ノウチハ (マアオレハカウシテ殘ツテ居レバ) 人ノ死ンダノガサ悲シイワイ
 
                             たゞみね
時しもあれ秋やは人のわかるべきあるを見るだに戀しき物を
 〇時節モアラウニ 秋ノ時分ニ人ノ死ナウコトカイ (秋ハ物ノカナシイ時節ナレバ 生《イキ》テアルノヲ見テサヘ ナツカシウ思ハレルニマア
 
    はゝ|が《ノ》思ひ《忌中》にてよめる       凡河内(ノ)みつね
かみな月しぐれにぬるゝもみぢ葉はたゞわび人のたもとなりけり
 ○此十月ノ時雨ニヌレタ紅葉ヲ見レバ トント《たゞ》悲シイコトノアル者ノ袖ヂヤワイ (今度母樣ニハナレテカナシサニ 血ノ涙ヲ流シテヌレル我《ミ》ガ袖ト アノ紅葉ト 色モヌレタヤウスモ トツトオンナシコトヂヤ
 
    ちゝが思ひにてよめる               たゞみね
ふぢ衣はつるゝ糸はわび人のなみだの玉のをとぞなりける
 〇ワシガ今|服《ブク》デ着《キ》テ居ルキルモノヽ ハツレテ來《ク》ル糸ハ 涙ノ玉ヲツナグ緒ニサナルワイ (涙ノテウド玉ノヤウニコボレルノガ ハツレタ糸へカヽルハ 玉ヲ緒ヘツナグヤウニ見エテサ)
 
    思ひに侍けるとしの秋山でらへまかりける道にてよめる   つらゆき
朝露のおくての山田かりそめにうきよの中をおもひぬるかな
 〇〔一二〕(今マデハ) 世ノ中ノウイ物ヂヤト云コトヲ タヾウカ/\トカリソメニ思ウテ居タコトカナ (今度不幸ニアウテ 世(ノ)中ノウイコトヲ 眞實ニ思ヒシツタ)
 
    おもひに侍りける人をと|ぶ《ム》らひにまかりてよめる   たゞみね
墨染の君がたもとは雲なれやたえず涙の雨とのみふる
 〇貴様ノキテゴザル服《ブク》ノソノ袖ハ雲ヂヤカシテ 涙ガタエズ|ヒタ(385)モノ《のみ》雨ノヤウニフリマス
 
    めのおやの思ひにて《妻ノ親ノ忌中デ此ヨミ人ガ》山寺に侍けるをある人のと|ぶ《ム》らひつかはせりければ返(リ)事によめる       よみ人しらず
 
あし|ひ《〇清》きの山べに今はすみ染の衣の袖のひるときもなし
 〇(私モモウハヤ)只今ハ (御聞及ビノ通リ) 山ニ住(ミ)ハジメマシテ (泣テバカリヲリマスレバ) 服《ブク》ノ袖ノカワキマスヒマモゴザリマセヌ
 
    諒闇のとし池のほとりの花を見てよめる        たかむらの朝臣
水の面にしづく花の色さやかにも君がみかげのおもほゆるかな
 〇アノ池ノ水へウツツタ花ノ影ノハツキリト見エルヤウニ 崩御ナツタ君ノ御顔《オカホ》ガアリ/\トマアヲガムヤウニ 思ハルヽコトカナ  しづくは、物の水の中に見ゆることなり、万葉に多し、其哥どもを考へて知べし、然るを或は沈浮也といひ、或は沈(ム)也といふは、皆ひがこと也、万葉にまれに、沈《シヅク》とかけるところのあるは、借りて書る字也、たゞ沈むことを、しづくといへることなし、
 
    深草のみかどの御国忌の日よめる           文屋(ノ)やすひで
草ふかき霞のたにゝ影かくしてる日のくれしけふにやはあらぬ
 〇サイチウト照ル日中ノ日ガ 深イ霞ニカクレテ ニハカニ闇《クラ》ウナツタヤウニ (先帝樣ハ)マ《四》ダサカリノ御年デ 俄ニ崩御ナツテ 草ノフカイ深草山ノ谷ヘヲサメ奉ツタガ (ホドナウ御一周忌ニナツテ) 今日ハソノ去年ノ御崩御ノ 日デハナイカイマア (アヽヽ其時ハ悲シイ事デアツタガ 去年ノケフデアツタト思ヘバ又其時ノヤウニ思ハレテ サテモ/\カナシイコトヂヤ)
 
    深革のみかどの御時に藏人(ノ)頭にてよるひるなれつかうまつりけるを諒闇になりにければさらに世にもまじらずしてひえの山にのぼりてかしらおろして|け《〇清》りその又のとしみな人御ぶくぬぎてあるはかう|ふ《ム》りたまはりなどよろこびけるを聞てよめる                         僧正遍昭
みな人は花の衣になりぬなりこけのたもとよかわきだにせよ
 〇世間ノ人ハ皆(此節ハモハヤ御服ヲヌイデ) 花ヤカナ衣ニナツ|タヂヤガ《ぬなり》 (我《ミ》ハソンナ花ノ衣ドコロデハナイ マダ今ニ涙ヲコボシテ泣テバッカリ居レバ) セメテハ此涙ニヌレタ苔ノ衣ノ袖ヨカワキナリトモセイサ (人ハミナ花ノ衣ニサヘナツタヂヤニ)
 
    河原のおほいまうち君のみまかりての秋かの家のあたりを|まかり《トホリ》けるに紅葉の色まだ深くもならざりけるを見てかの(386)家によみていれたりける               近院(ノ)右のおほいまうちぎみ
うちつけにさびしくもあるかもみぢ葉もぬしなきやどは色なかりけり
 〇亭《四》主ガナクナラレタレバ 庭ノ紅葉サヘ ホツコリトシタ色ガナイワイ (ソレユヱコノ紅葉ヲ見タレバ) ニ《一》ハカニマアドウヤラ此屋敷ガサビシウ思ハルヽコトカナ
 
    藤原(ノ)たかつねの朝臣のみまかりての又のとしの夏郭公の鳴けるをきゝてよめる                           つらゆき
ほとゝぎすけさなく聲におどろけば君に別れし時にぞ有ける
 〇ケサ郭公ノナク聲ニビツクリシテ目ガサメテ 思フテ見レバ (アヽモウ郭公ガナケバ) 去年君ニハナレタ時節デサオヂヤルワイ
 
    櫻をうゑて有けるに|やうやく《ソロ/\》花さきぬべき時にかのうゑける人身まかりにければその花を見てよめる             きのもちゆき
花よりも人こそあだになりにけれいづれをさきに戀むとか見し
 〇櫻花(ハキツウ早ウチツテハカナイ物ヂヤガ) ソレヨリサキヘウヱタ人ガサハカナウナツタワイ (アヽ無常ナ世(ノ)中ヂヤ 花ト人ト) ドチラガサキヘ(アダニナツテ)戀シウアラウト思フタゾ (此ヤウニ花ヨリサキヘウヱタ人ガアダニナツテ戀シカラウトハ サラ/\夢ニモ思ハナンダコトヂヤ)
 
    あるじみまかりにける人の家の梅(ノ)花をみてよめる  つらゆき
色も香もむかしのこさににほへども植けむ人の影ぞ戀しき
 〇(此梅ノ花ヲ見レバ) 色モ香モマヘカタノ濃《コ》サニカハラズ同シヤウニ 咲テ見ゴトナケレドモ《にほへども》 (今年ハウヱタ亭主ガ居ラレヌユヱ 此花ヲ見ルニツケテモ) ウヱテヒサウシラレタ亭主ノ面影ガサ戀シイ
 
    河原の左のおほいまうち君のみまかりて後かの家にまかりて有けるにしほがまといふところのさまをつくれりけるを見てよめる
君まさでけ|ふ《ム》り絶にし塩がまのうらさびしくも見えわたるかな
 〇君ノゴザナサレヌデ (塩モヤカネバ) 煙ノタエテシマウタ此シホガマノ浦ハ カウ見|ワタシ《わたる》タトコロガマア 物ガナシウサビシウ見エルコトカナ
 
    ふぢはらのとしもとの朝臣の右近(ノ)中將にてすみ侍けるざうしの身まかりて後人もすまずなりにけるに秋の夜ふけ(387)て物よりまうできけるついでに見いれければもとありしせんざいいとしげくあれたりけるを見て はやく《マヘカタ自分モ》そこに侍ければむかしをおもひやりてよみける             みはるのありすけ
君がうゑし一むらすゝき虫の音のしげき野べともなりにけるかな
 〇君ノウヱテオカセラレタ タツタ一ムラノ薄ガ (シゲウナツテ)虫ノシゲウナク野|ニマア《とも》ナツタワイ サテモ/\ケシカラヌアレヤウカナ
 
    これたかのみこの、ちゝの侍りけむ時によめりけむ哥ども|とこひけれ《ヲ見セヨト》ばかきておくりけるおくによみてかけりける        とものり
こ《〇清》とならば言の葉さへもきえなゝむ見れば涙のたきまさりけり
 〇(我父ハ)トテモ死ナルヽナラバ ヨンデオカレタ哥マデモ ミナイツシヨニ イツソ消テシマヘバヨイニ (ナマナカニ此哥ガ殘ツテアツテ) 跡デ見レバ」(一シホ思ヒダサレテ) イヨ/\カナシサガマスワイ
 
    題しらず                       よみびとしらず
なき人のやどにかよはゞ郭公かけてねにのみなくとつげなむ
 〇郭公ハ死ンダ人ノ居ル所ヘカヨフ鳥ヂヤト云コトヂヤガ イヨ/\サウナラバ コレヤ 郭公ヨ オレガジヤウヂウ|思ウテ《かけて》泣テバッカリ居ルト云コトヲ アチヘシラシテクレカシ 又かけてハイヒダシテ
 
たれ見よと花さけるらむ白雲のたつ野とはやくなりにし物を
 〇(此家ノ)此花ハ タレニ見ヨトテ咲タコトヤラ (亭主ハ死ナレテ 家モアレテ 此庭ハ)モハヤ《はやく》今デハ 里《三四》遠イ野ノヤウニナツテシマウタ物ヲ (花ガ咲タトテタレガ見ヤウゾ)  打聞に、三四の句を、火葬のけぶりによせたりとあるは、わろし、
 
    式部卿(ノ)みこ閑院の五のみこ|にすみわたり《ノモトヘタエズカヨヒ》けるをいくばくもあらで|女みこ《五ノミコ》のみまかりにける時にかのみこのすみける帳のかたびらのひもにふみをゆひつけたりけるをとりて見れば|むかし《五ノミコ》の手にて此哥をなむかきつけたりける
かず/\に我をわすれぬものならば山の霞をあはれとは見よ
 〇御深切ニ思召テワタシガコトヲ御忘レ下サレヌモノナラバ 山ヘタチマス霞ヲ アハレトハ思召テゴラウジテ下サリマセ (山ノ霞ガ ワタシガ煙ニナリマシタ跡ノユカリデゴザリマスルホドニ)  打聞、かず/\にの注、わろし、
 
    をとこの|人の國に《他國へ》まかりけるまに 女にはかにやまひをして(388)いとよわくなりにける時よみおきてみまかりにける      よみ人しらず
聲をだにきかでわかるゝたまよりもなきとこにねむ君ぞかなしき
 〇(追付京ヘ御カヘリナサツタラ ワタシハモウ今度死ンデシマウテ)居《四》モセヌ床ヘオヒトリサビシウ御寢《ギヨシ》ナルデアラウト存ジマスレバ オ《一》マヘノ御聲ヲサヘエキカズニ ワカレテ死ニマスルワタシガ魂(ヒ)ヨリモ オ《五》マヘガサワシヤオイトシイ
 
    やまひにわづらひ侍ける秋こゝちの|たのもしげなく《ドウヤラ快気シソモナウ》おぼえければよみて人のもとにつかはしける           大江(ノ)千里
もみぢ葉を風にまかせて見るよりもはかなきものは命なりけり
ワシ}ヤ
 〇紅葉ヲ風ノフクナリニシテオイテ見ルヨリモ マダハカナイ物ハ ワシガ命|デゴザルワイ《なりけり》 (モウ/\カウ申ス今モ シレマセヌ)
 
    みまかりなむとてよめる               藤原(ノ)これもと
露をなどあだなる物と思ひけむ我身も草におかぬばかりを
 〇ヒゴロ露ヲハカナイ物ヂヤトハナゼ思フタコトヤラ (ハカナイノハ露バカリデハナイ サウ思フタ)オレガ身モ (露ノヤウニ)草ノ葉ニオカヌト云バカリデコソアレ (今消ウモシレネバ 露トナンニモカハルコトハナイ)ニ《を》)
 
    やまひしてよわくなりにける時よめる         なりひらの朝臣
つひにゆく道とはかねて聞しかど昨日けふとはおもはざりしを
 〇死ンデユク道ハ (タレデモ) イツゾハゼヒニ《つひに》ユク道ヂヤト云コトハ カネ/”\聞テ居テ (ヨウガテンシテ居タケ)レドモ ソレデモ此ヤウニモウ今日カ明日ユカウコトトハ思ハナンダニ (ハヤ其時節ガキタツテ死ナネバナラヌコトカヤ)  【〇千秋云、此哥、儒佛などの、さとりがましき意にへつらはずして、思ふ心のありのまゝに、よみ出られたることの、いとも/\あはれふかく、たふときことを味ふべし、これぞ皇國の古(ヘ)の意にて、人の眞心なりける、】
 
かひの國にあひしりて侍ける人と|ふ《ム》らはむとてまかりける道なかにてにはかにやまひをして|いま/\となりにければ《モウヂヤ/\ト云ホドニナツタレバ》よみて、京にもてまかりて母に見せよといひて人に|つけ侍るりけるイヒツケテヤリケル《》哥                            ありはらのしげはる
かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこし今はかぎりのかどでなりけり
 〇甲斐(ノ)國ヘ參ル此旅ヲ ツイカリソメナ往來ヂヤトサ存ジテ 出(389)テ《こし》參リマシタガ 其時ガ|モハヤ《いまは》此世ノイトマゴヒノ門出《カドイデ》デゴザリマシタワイナ
 
遠鏡五の卷の終
 
古今和歌集卷第十七遠鏡
 
  雜歌上
 
    題しらず                     よみ人しらず
わがうへに露ぞおくなる天の川と渡るふねのかいのしづくか
 〇ワシガウヘヽ コレ空カラ露ガフツテクルワ (コレハナンデモ)天ノ川ノ渡シ船ノカイノ雫デアロカイ
 
思ふどち圓居せる夜はからにしきたゝまくをしき物にぞ有ける
 〇カウ心ノアフタドウシ ウチヨツテ居ル夜ハ 〔三〕タツテイヌルノガノコリオホイモノデサゴザルワイ
 
うれしきをなにゝつゝまむから衣袂ゆたかにたてといはましを
 〇此マアウレシイノヲ 何ニツヽマウゾ (此ヤウナ嬉シイ事ガアラウトシツタラ) キルモノヽ袖ヲマソツトユツクリトタテト云(ハ)ウデアツタモノヲ (此キツイウレシサガ コンナセバイ袖ヘハ中々ツヽマレルコトデハナイ)
 
かぎりなき君がためにとをる花は時しもわかぬものにぞありける
 〇御命ノカギリモナイ君ニ御目ニカケウト存ジテ折(リ)マスル花ハ カヤウニ イツト云時節ノワカチモナシニ咲クモノデサゴザリマスワイ (君ノ御命ガ限(リ)モナイユヱニ 花モ時節ノカギリナシニイツデモ咲(ク)デゴザリマス)
       ある人のいはく此歌はさきのおほいまうちぎみのなり
             【〇千秋云、こはさきのゝ下に、おほきといふ三字、おちたるなるべし、】
 
紫の一もとゆゑにむさし野の草はみながらあはれとぞ見る
 〇武藏野ハ一本ノ紫ヲアハレニ思フ故ニ (其縁デ同シ)ムサシ野|中《ヂウ》ノ草ガ皆ノコラズアハレニサ思ハレル
 
    めの《妻ノ》おとうとを《妹ヲ》もて侍ける人に《妻ニモツテ居ル人ニ》うへのきぬをおくるとてよみてやりける               なりひらの朝臣
むらさきの色こきときはめもはるに野なる草木ぞ分れざりける
 〇拙者〔一二〕ガ妻《サイ》ヲ大切ニ存ズレバ ソノ《三四》ユカリノ人ハ誰デモ皆サ (妻同前ニ) ワ《五》ケヘダテナシニ大切ニ存ズルワイ
 
    大納言ふぢはらのくにつねの朝臣宰相より中納言になりける時にそめぬうへのきぬのあやをおくるとてよめる          近院(ノ)右のおほいまうちぎみ
いろなしと人や見るらむ昔よりふかき心にそめてしものを
 〇(コレハ白ノ綾ナレバ) ナンニモ色ガナウテ (興《ケウ》ノナイヤウニ) 思ハツシヤルデ|カナ《や》ゴザラウ《らん》 吾《ミ》ハ|ト《三》ウカラ貴樣ヘキツウ深イ心ザシデ濃《コ》ウ染テオイタ綾デゴザルモノヲ
 
(391)    いそのかみのなみまつがみやづかへもせでいそのかみといふところにこもり侍けるをにはかにかう|ぶ《ム》りたまはれりければよろこびいひつかはすとてよみてつかはしける                        ふるのいまみち
日のひかりやぶしわかねはいそのかみふりにし里に花もさきけり
 〇御上ノ御メグミハ ドコマデモユキワタツテ テウド日ノ光ノドノヤウナアレタ所デモワケヘダテナシニ御照シナサルヽ通リナレバ 久シウ引(ツ)籠ツテゴザツテ御沙汰モナカツタ貴樣|モ《五も》 (此度ケツカウニ仰付ラレテ) マコトニ花ガ咲マシタワイ (マヅ目出度(ウ)ゴザル)
 
    二條のきさきの東宮の|みやすむ所《御母儀樣》と申けるときにおほはら野にまうで給ひける日よめる                    なりひらの朝臣
大原やをしほの山もけふこそは神代の事もおもひ出らめ
 〇(カヤウニ御子孫ノ藤原氏の御息所ノ東宮ノ御母儀トシテ御參詣ノアルナレバ) 此大原野ノ御神モ カノ神代ニ天照大神ノ此神ヘ勅定ノアラセラレタ御事モ 今日コソ思召(シ)出サレテ御滿足ニ思召スデゴザラウ  此歌の説、打聞よろし、
 
    五節のまひ姫を見てよめる              よしみねのむねさだ
天つ風雲のかよひぢふきとぢよをとめのすがたしばしとゞめむ
 〇アノ天女ノ舞ノスガタガ (キツウ面白イコトデ殘リオホイニ) 空ヲフク風ヨ アノ天女ガ 雲ノ中ヲ通《トヲ》リテ天ヘイヌル道ヲ吹トヂテ (イナレヌヤウニシテ)クレイ ソシタラモウシバラク留メテオイテ マソツトアノ舞ヲ見ヤウニ  餘材に、風雲共に、うきたる物なれば云々の説は、くだ/\し、
 
    五節の|あした《アクルアサ》にかむざしの玉のおちたりけるを見てたがならむと|とぶ《・ム》らひて《ヌシヲタヅネテ》よめる  河原(ノ)左のおほいまうちぎみ
ぬしやたれとへどしら玉いはなくにさらばなべてやあはれと思はむ
 〇此玉ノ主《ヌシ》ハタレヂヤトトヘドモ 皆ワシヤシラヌ/\ト云テ タレモワシガノヂヤト云モノモナシ 誰(レ)ガノヂヤト云モノモナイニ ソンナラユフベノ舞姫ヲバ誰(レ)ト云事ナシニ惣々《ソウゾウ》ヲアヽハレイトシヤト思ウテヤロカイ  上句又主(シ)ハ誰(レ)ヂヤト玉ニトヘドモイハヌニ
 
    寛平(ノ)御時にうへのさ|ぶ《ム》らひに侍けるをのこども|かめ《酒ガメ》をもたせてきさいの宮の御方におほみきのおろしときこえにたてまつりたりけるを《御酒ノオサガリヲ下サリマセト申シニヤツタレバ》くら人ども|わらひて《ソノカメヲ見テ》かめを|おまへ《皇后ノ》にもていでてともかくも|いはずなりにけれ場《イハズニシマウタレバ》つかひのかへりきてさなむありつるといひければくら人の中におくりける    としゆきの朝臣
玉だれの小がめやいづらこよろぎの礒の浪わけおきに出にけり
(392) 〇サキノ小亀ハドコヘイタゾ (催馬樂ニ玉ダレノ小瓶《ヲガメ》ヲ中ニスヱテ肴求メニコヨロギノ礒ニトアルガ) コチノ小亀モコヨロギノ礒ノ浪ヲ分テ沖ヘ出タワイ (御前《オキ》ヘサ)  玉だれのこがめ、諸説皆わろし、打聞よろし、 【〇千秋云、留りのけりは、けむを寫(シ)誤れるにやと、田中道まろがいへる、さも有べし、】
 
    女共の見てわらひければよめる           けんげいほうし
かたちこそみやまがくれのくち木なれ心は花になさばなりなむ
 〇(女中タチメツタニワシヲ笑ハシヤルガ) 此通リ形コソ深山ノオクノ朽木ノヤウナレ ワシモ花ニセウナラ心ハ花ニモナラウワサ
 
    かたゝがへに人の家にまかれりけるときにあるじのきぬをきせたりけるをあしたにかへすとてよみける                   きのとものり
蝉のはのよるの衣はうすけれどうつりがこくもにほひぬるかな
 〇ユフベオカリ申(シ)タ此衣ハ 時節ナレバウスウハゴザルケレドモ ウツリガヾサテモマア濃《コ》ウニホヒマスルコトカナ (オタシナミノホド感心致シタ)  餘材わろし、打聞よろし、
 
    題しらず                     よみ人しらず
おそくいづる月にも有かなあし引の山のあなたもをしむべらなり
 〇サテモ/\|マア《も》オソウ出ル月デ|ゴザル《ある》コトカナ (コレハナンデモ コチラデ此ヤウニ待(ツ)トホリニ) アノ東ナ山ノアチラデモ 山ヘ入(ル)ノヲ人ガ皆惜ムト見エマス (ソレデコチラヘエ出テコヌデゴザラウ)
 
わがこゝろなぐさめかねつさらしなやをばすて山にてる月を見て
 〇今夜此ヲバステ山デ月ヲ見レバ (サテ/\サヤカナ月デ 見テ居レバドコトモナウ物ガナシウナツテキテ) ワシハドウモ心ガハラサレヌ  此哥、をばすてといふ、山の名にかゝはることにあらず、又所がらにもかゝはらず、所はいづこにても同(シ)コトにて、哥の意はたゞ、「月見ればちゞに物こそかなしけれ、などいへるたぐひなるを、たま/\をばすて山にて見たる時によめるのみ也、
 
                             なりひらの朝臣
大かたは月をもめでじこれぞこのつもれば人のおいとなるもの
 〇タイガイナコトナラモウ月モアマリ質翫スマイゾ コノ見ル月ガサ《これぞ》 アノ《この》ダン/\トツモレバ人ノ年ノヨル年月ノ月ヂヤ  すべてこれぞこのといふ詞は、俗語に、コレガアノ云々《ナニナニ》ヂヤといふ意、これやこのは、コレガアノ云々《ナニ/\」》カといふ意なり、このはかのの意也、此外にも雅言には、かのといふべきことを、このといへる例多し、打聞に、初句、大かたのとある本をとりて、ははあしきよしあるはいかゞ、
 
    月おもしろしとて几河内(ノ)躬恆がまうできたりけるによめる   (393)紀(ノ)つらゆき
かつ見れどうとくもあるかな月影のいたらぬ里もあらじと思へば
 〇月ハカウシテ見テ居|ツヽ《かつ》モマア ウト/\シウ思ハルヽコトカ (コヽバカリデハナシニ)ドコヘモカシコヘモ影ノユカヌ里モアルマイト存ズレバサ (貴様モソンナモノカシラヌ)  【〇千秋云、はじめ二句、見れどかつうとくもあるかなの意にて、かつは、見るとうときと一つにまじれるにおきたる詞なり、】
 
    池に月の見えけるをよめる
ふたつなきものと思ひしをみな底に山のはならでいづる月かげ
 〇月ハ二ツハナイ物(デ山ノハデナケレバ出ヌモノ)ヂヤト思ウタニ アレ山ノハデナイアノ池ノ水ノ底ヘモ出タ (コレデハ二ツモアル物ト見エル)
 
    題しらず                      よみ人しらず
天の川雲のみをにてはやければひかりとゞめず月ぞながるゝ
 〇天(ノ)川ハ雲ノ水スヂデ瀬ガ早イニヨツテ 月ノ光ガサシバラクモ留ラズニ早ウ流レテユク
 
あかずして月のかくるゝ山もとはあなたおもてぞこひしかりける
 〇マダ見タラヌノニ月ノカクレルソノ山ノフモトデ見テ居レバ 月ノ入(ル)アノ山ノアチラウラヘ行《イ》テサ 又見タイワイ
 
    これたかのみこのかりしけるともにまかりてやどりにかへりてよひとよ酒のみ物語をしけるに十一日の月もかくれなむとしけるをりにみこゑひて|うちへ《オクヘ》いりなむとしけれはよみ侍ける                 なりひらの朝臣
あかなくにまだきも月のかくるゝか山のはにげていれずもあらなむ
 〇アノ月ハマダ見タラヌニ キツウ早ウマウカクレルコトカナ アノ月ノ隱レル山ガ ワキヘニゲテインデ月ヲ入(レ)テクレネバヨイニ (カウ云ノハ月ノコトバカリヂヤナイゾヱ)
 
    田村(ノ)みかどの御時に齋院|に侍ける《デアツタ》あきらけいこのみこを|はゝ《母》あやまちありといひて齋院をかへられむとしけるを其事やみにければよめる                                あま敬信
大空をてりゆく月し清ければ雲かくせどもひかりけなくに
 〇空ヲ照テイク月ガ清イニヨツテ ナンボ雲ガカクシテモドウシテモ 光ハキエハセヌワサテ
 
    題しらず                       よみ人しらず
いそのかみふるからをのゝ本がしはもとの心はわすられなくに
 〇〔上〕モトカラノ心ハ ナンボウデモワスレラレヌモノヂヤ
 
いにしへの野中のし水ぬるけれど本のこゝろをしる人ぞくむ
 〇ムカシキツイケツカウナ清《シ》水ヂヤト云テ 名ノ高(カ)カツタ野中ノ清水ハ今ハモウナマヌルウナツテアルケレドモ ソレデモ昔ノコトヲ知テ居ル人ハサ 今デモ汲《クン》)デノミマス
 
(394)にしへのしづのをだまきいやしきもよきもさかりは有し物なり
 〇〔一二〕ヨイ衆バカリデハナイ 我ラガヤウナ賤シイ者デモ 一度ハ男ザカリハアツタ物ヂヤ
 
今こそあれ我もむかしはをとこ山さかゆく時も有こしものを
 〇今コソ此ヤウニ年モヨツテビンボフヲスレ オレモ昔ハイツカドノ男デ 繁昌ニクラシタ時節モアツテキタモノヲ (アヽクチヲシイコトヂヤ)
 
世(ノ)中にふりぬる物は津の國のながらのはしとわれとなりけり
 〇(ナンデモフルウナツテオトロヘタ事ノタトヘニハ津ノ國ノ長柄ノ橋ト云ヂヤガ) 世(ノ)中ニフルウナツテシマウタ物ハ 其長柄ノ橋トオレトヂヤワイ
 
さゝの葉にふりつむ雪のうれをおもみ本くだちゆくわがさかりはも
 〇篠ノ葉ヘ雪ガツモツテ 末ガオモサニ本ノ方ガカタムイテユクヤウニ オレモ此ヤウニダン/”\年ガヨツテ衰ヘテユクガ 昔男ザカリノ時節ハマアイツノコトデアツタゾイ ハアヽヽ
 
大あら木のもりの下草おいぬればこまもすさめずかる人もなし
 〇大荒木ノ森ノ草モ キツウタケテカラハ 馬モ喰《クヒ》タガラズ 苅ル人モナイガ (人モソンナモノヂヤ 年ガヨツテカラハ 誰レデモキラウテヨリツカヌワイ)
       又はさくらあさのをふの下草おいぬれば
 
かぞふればとまらぬものをとしといひてことしはいたくおいぞしにける
 〇シ〔二〕バラクモトマラズニ早ウ過テユク年ヲ ア《三》ヽ早ウタツタ/\ト云テハ過ギ云テハ過ギシテ ソ《一》ノ年ノ數ヲカズヘテ見レバ 今年ハモウオレモ キツウヨイ年ニサナツタワイ  初(ノ)句は、四の句の上につけて心得べし、餘材に、上の三句、引つゞけてよみて心得べしといへるは、誤也、とまらぬ物とは、早《ハヤ》き物といふ意にて、年のこと也、
 
おしてるや難波のみつにやくしほのからくも我は老にけるかな
 〇〔上〕アヽヽ|ナンギナ《からく》 オレハ|マア《モ》 キツウ年ガヨツタコトカナ
      又はおほとものみつのはまべに
 
おいらくのこむとしりせば門さしてなしとこたへてあはざらましを
 〇此|老《オイ》ト云モノガ 來《コ》ウト云コトヲ トウカラ知タナラ 門ヲサシテオイテ 留守ヂヤト云テ 逢(ハ)ズニ居ヤウデアツタモノヲ
      此三つのうたは昔有けるみたりのおきなのよめるとなむ
 
さかさまに年もゆかなむとりもあへず過るよはひやともにかへると
 〇月日ガドウゾマアサカサマニアトヘユケバヨイニ ソシタラ|何《三》(ン)ノマモナウツイタツテユク人間ノ年モ ソノ月日トイツシヨニ跡ヘモドツテ (又若ウナルデアラウ)カ《や》ト思ヘバサ
 
とりとむる物にしあらねば年月をあはれあなうと過しつる哉
 〇月日ノタツテユクノハ トリトメラルヽ物デナケレバ (ドウモセ(395)ウコトガナサニ) アヽハレ(早ウタツタコト)カ《五》ナ《かな》 アヽウイコトヤト云テタテヽユクヂヤ
 
とゞめあへずうべもとしとはいはれけりしかもつれなく過るよはひか
 〇ト《一》メウト思フテモドウモトメラレイデ 此《四》ヤウニマア (ヲシムノニ)シラヌカホデ心ヅヨウズカ/\ト年《五》ハ過テユクコトカヤ トシ《二三》ト云(ハ)レルノハ モツトモナコトヂヤワイ (トシト云ハ早イト云コトナレバサ)  打聞に、句をおきかへて、一四五二三と次第して心得べしと有、よろし、
 
かゞみ山いざ立よりて見てゆかむ年へぬる身はおいやしぬると
 〇鏡山(ト云山ナラ 人ノ影ガヨウウツルデアラウホドニ) 久《四》シウナツタ此身ハ 年《五》ガヨツタカト ド《二》レヤタチヨツチ見テユカウゾ
      此歌はある人のいはく大とものくろぬしが也
 
    なりひらの朝臣のはゝのみこ長岡にすみ侍ける時になりひら宮づかへすとて時々もえまかりと|《ム》ふらはず侍ければしはす|ばかり《ジブン》にはゝのみこのもとより|とみの事《キフナ用》とて文をもてもうできたりあけて見ればことばゝなくて有けるうた
おいぬればさらぬわかれもありといへばいよ/\見まくほしき君哉
 〇(世(ノ)中ノナラヒデ) ゼヒトモノガレヌ別レモアルト云コトナレバ 年《一》ヨツテハ (殊ニ明日モシレネバ) イヨ/\君ニドウゾ逢タイコトカナ  上句、二三一と次第して心得べし、
 
    かへし                     なりひらの朝臣
世(ノ)中にさらぬ別れのなくもがなちよもと歎く人の子のため
 〇(親ノ壽命ヲ)アヽヽ《なげく》ドウゾ千年モト願フ子ノタメニ 世(ノ)中ニハドウゾ遁《ノガ》レヌ別レト云コトノナイヤウニシタイコトカナ  【〇千秋云、人の子と云は、親にむかへて、たゞ子といふこと也、人のおやといふも、たゞ親也、これ古語の例也、】
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥          ありはらのむねやな
白雪の八重ふりしけるかへる山かへる/\もおいにけるかな
 〇オレガ頭ハマア 雪ノイクヘモ/\ツモツタヤウニマツ白ニナツテ カヘス/”\モキツイ年ノヨリヤウカナ
 
    おなじ御時うへのさ|ふ《ム》らひにてをのこどもにおほみき給ひて|おほみあそび《御管絃》有けるついでにつかうまつれる          としゆきの朝臣
おいぬとてなどか我身をせめ|ぎ《濁》けむおいず|は《〇清》けふにあはまし物か
 〇我身ヲ年ガヨツタト云テ ナゼニフソクニ思ウタコトゾ (今日思フテ見レバ 年ノヨツタハウレシイコトヂヤ) カ《四》ウ年ノヨルマデ生《イキ》テ居ズバ 今日ノヤウナアリガタイ事ニアハウモノカイ (年ガヨツテ生《イキ》テヰレバコソ)  せめぎの説、顯注よろし、
 
    題しらず                     よみ人しらず
(396)ちはや|ぶ《濁》る宇治のはし守なれをしぞあはれとは思ふ年のへぬれば
 〇〔一〕宇治ノ橋守ヨ (ホカノ人ヨリハ) 其方ヲサオレハフビンニ思フ (オレト同シヤウニ)年ヘタ老人ヂヤト思ヘバサ
 
我見ても久しくなりぬ住の江の岸の姫松いくよへぬらむ
 〇此住ノ江ノ岸ナ松ドモハ オレガ見キタツテモモウ久シウナルガ (ソレヨリマヘ 始メカラハ) イカホド年ヲ經《ヘ》タコトヤラ (サダメテキツウ久シイコトデアラウ)
 
住吉のきしのひめ松人ならばいくよか經しとゝはまし物を
 〇住吉ノ岸ノ姫松ガ人間ナラ イカホド年ヲ經《ヘ》タゾト問テ見ヤウニ
 
梓弓いそべの小松たが世にか萬代かねてたねをまきけむ
 〇〔一〕此礒ベノ松ハ 最初ニタネヲ(マク時ニ定メテ)コ《四》レカラ後萬年モオヒシゲレト思ウテ (蒔テオイタデアラウガソレハ)昔イツノ代ニ誰ガマイタコトヤラ  此小松は、たゞ松也、ちひさきをいふにはあらず、そはたゞ馬を駒といひ、猪をゐのこ、鹿を鹿子《カコ》といへる例也、これらの例、みな古書に見ゆ、
      此歌はある人のいはく柿本人まろが也
 
かくしつゝ世をやつくさむ高砂の尾(ノ)上にたてる松ならなくに
 〇(オレハ此ヤウニ年バッカリヨツテ 今マデ何一ッコレゾト云テ シダシタコトモナイガ) モウ此通リデ一生ハテルデアラウカ 高イ山ノ上(ニ)アル(松コソ 何スルコトモナシニ久シウアル物ナレ オレハソノ松)デモナイニサ  【〇千秋云、わかき人の、よく心得べきうたにぞ有ける、】
                                                                      藤原(ノ)おきかぜ
たれをかもしる人にせむ高砂の松もむかしの友ならなく
 〇(オレハ此ヤウニキツウ年ガヨツテ 今デハモウ同ジコロアヒノ友モネカラナイガ) 誰ヲマア相手ニセウゾ 山ノ上(ヘ)ノ松(ガ年久シイ物ナレド) ソレモ昔カラノ友デナケレバ (相手ニハナラヌ モウ松ヨリ外ニオレガクラヰ年ヘタ物ハトントナイ)  餘材わろし、
 
                              よみ人しらず
わ|た《〇清》つ《〇清》海のおきつしほあひにうか|ぶ《ム》沫の消ぬものからよる方もなし
 〇オレハ海ノ沖ノシホアヒヘ浮(ク)沫ノヤウナ物デ 消ズニハアリナガラドコヘモヨリツク所モナイ
 
わたつみのかざしにさせる白たへの浪もてゆへるあはぢしま山
 〇(浪ノ白ウタツノハ トツト花ノヤウニ見エルガ ソレデアノ浪ハ) 海ノ神樣ノ御ツムリノカザシヂヤトイノ ソレニアノ淡路嶋ヲコレカラ見レバ アレマア其(ノ)マツ白ナ浪デ クルリツトトリマハシテ テウド帶ヲシタヤウナ《ゆへる》 (サテモ見事ナケシキヂヤ)  打聞わろし、かざしにさせるとは、浪の事にこそあれ、又前後の説あはず、
 
(397)わたの原よせくる浪のしば/\も見まくのほしき玉|づ《濁》嶋かも
 〇此玉津嶋ヲ見レバ 浪ノウチヨセルヤウスナド サテ/\面白イケシキ|カナ《かも》 ドウゾ度々モ來《キ》テ見タイトコロヂヤ  【〇千秋云、玉つ嶋は、三代實録に、玉|出《ヅ》嶋とかゝれ、うつほ物語には、玉出る嶋とも有(リ)、つを濁るべし、】
 
なにはがたしほみちくらしあま衣たみのゝ嶋にたづ鳴わたる
 〇ハアシホガミチテクル|サウナ《らし》 難波ノ〔三〕タミノヽ嶋ニ鶴ガトビサワイデ鳴(ク)
 
    貫之がいづみの國に侍ける時にやまとよりこえまうできてよみてつかはしける                              藤原(ノ)たゞふさ
君を思ひおきつの濱になくたづの尋ねくればぞありとだにきく
 〇拙者ハ貴樣ヲ思フテ忘レズニ|此《二》邊マデ〔三〕尋ネテ參ッタレバコソ 御無事ナト云コトナリトモ聞《キイ》タレ (貴樣ノ方カラトテハ一向御尋ネモ下サレヌ サテ/\キツイオミカギリデゴザル)
 
    かへし                       つらゆき
おきつ浪たかしのほまのはま松の名にこそ君をまち渡りつれ
 〇[一]アノ高師ノ濱ノ松ノソノ松ト云名ノ通リニサ 拙者ハ|トウカラ《わたり》貴樣ヲ御待申(シ)タワイノ
 
    なにはにまかれりける時よめる
難波がたおふる玉藻をかりそめのあまとぞ我はなりぬべらなる
 〇難波ガタ(ノ風景サテ/\面白サニ シバラク此邊ニ逗留シテ) 當分《かりそめ》玉藻ヲ苅ル海士ニサ オレハナラウヤウニ思ハレル
 
    あひしれりける人の住吉にまうでけるによみてつかはしける  みふのたゞみね
住吉とあまはつぐともながゐすな人わすれ草おふといふなり
 〇住吉ヘゴザツテモシソコノ海士ハ住《スミ》ヨイ所デゴザルト云テキカストモ 必(ス)長居バシサツシヤルナヤ (住吉ハ在所ノ人ヲ忘レルト云)ワスレ草ガハエテアルト云コトヂヤホドニ
 
    なにはへまかりけるときたみのの嶋にて雨にあひてよめる    つらゆき
雨によりたみのゝしまをけふゆけば名にはかくれぬ物にぞ有ける
 〇雨ガフルニヨツテ (蓑《ミノ》ト云名ヲ頼モシウ思フテ) 此難波ノ田蓑ノ嶋ヲ今日トホツテユケバ (所ノ名ハ蓑ナレド) 名ニハ身《カラダ》ガ隱レヌモノデ (雨フリノ間《マ》ニハアハヌ物デ) ゴザルワイ
 
    法皇西川|に《ヘ》おはしましたりける日《御出アソバサレタ日》つるすにたてりといふことを題にて|よませ給ひける《オヨマセアソバサレタ》
あしたづのたてる河べを。吹風によせてかへらぬ浪かとぞみる
 〇川ノハタニ白イ鶴ノ立テヰルノヲ ワシハ風ガフイテヨセタ浪ノカヘラズニアルノカトサ見タ  千秋云、すべてあしたづとは、白き鶴をいへり、蘆の花の白きによれる名也、萬葉にも白鶴《アシタヅ》とあり、(398)なほおのれくはしき考へあり、
 
    中務のみこの家の池に船をつくりておろしはじめてあそびける日法皇御らんじにおはしましたりけり夕さりつかたかへりおはしまさむとしけるをりによみてたてまつりける    伊勢
水のうへにうかべる船の君ならばこゝぞとまりといはまし物を
 〇君ガ 水ノ上ニウイテアル船デアラセラレウナラ コヽガ船ノ泊リマス所デサゴザリマスト申(シ)上(ゲ)テ コヨヒハ御留メ申シマセウモノヲ  【〇千秋云、此歌上句の意、此譯にて、いとよく聞えたり、】
 
    からことといふ所にてよめる    眞せい法師
みやこまでひゞきかよへるからことは浪の緒すげて風ぞひきける
 〇京マデ聞エテ名ノトホツテアル唐琴ト云所(ヲ來《キ》テ見レバ 風ガフケバ浪ガ立テ音ガスル) スレヤ此カラ琴ハ 浪ノ糸ヲスゲテ風ガサ弾《ヒク》ノヂヤワイ
 
    布引のたきにてよめる            在原(ノ)行平(ノ)朝臣
こきちらすたきの白玉ひろひおきて世のうき時の涙にぞかる
 〇此瀧ヲ見レバ水ノトンデ走ルノガテウド玉ヲ緒カラコキチラスヤウナガ 此玉ヲヒロウテオイテ借リマス ソシテワシガ身ノウヘノカヤウニウイ此節ノ涙ニセウト存ズル
 
    布びきの瀧のもとにて人々あつまりて歌よみける時によめる  なりひらの朝臣
ぬきみだる人こそあるらし白玉のまなくもちるか袖のせはきに
 〇此《五》マアセバイ袖ヘ (ツヽマレモセヌホド) 玉ガアヒダナシニシゲウマアチツテクルコトカナ (コレハナンデモ ツナイデアル玉ヲ 誰(レ)ゾ緒ヲ)トイテバラ/\ニシテ 此瀧ノ上ノ方カラチラス人ガサアルサウナ
 
    よしのゝ瀧を見てよめる                承均法師
たがために引てさらせる布なれやよをへて見れどとる人もなき
 〇アノヒツハツテサラシテアル布ハ 誰ガキルモノニスル布ヂヤカ ヅヽトマヘカタカラ見ルガ イツ見テモ(ソノマヽデアツテ) トリイレル人モナイ  瀧を、すなはち布にしてよみたる也、次なる三首も同じ、
 
    題しらず                       神たい法師
清瀧のせゞのしら糸くりためて山分ごろもおりてきましを
 〇此清瀧川ノ(瀬々ニタツ浪ハトント)白イ糸ヂヤ 此糸ヲクツテタントタメテ 山ヲアルク時ノ衣ヲ織テ着《キ》ヤウニ (清瀧ノ清イ糸ナレヤ 出家ノ山アルキノ衣ニヨカロワサテ)
 
    龍門にまうでゝ瀧のもとにてよめる            いせ
たちぬはぬきぬきし人もなき物をなに山びめの布さらすらむ
(399) 〇タチモヌイモセヌ衣ヲ着《キ》タト云昔ノ仙人モ今ハ居モセヌノニ ナンノタメニ山姫ノアノヤウニ布ヲサラシナサルコトヤラ
 
    朱雀院のみかど布引の瀧御らんぜむとてふむ月のなぬかの日おほしまして有ける時にさ|ぶ《ム》らふ人々にうたよませ給ひけるによめる     たちばなのながもり
ぬしなくてさらせる布をたなばたに我こゝろとやけふはかさまし
 〇ヌシモナウテサラシテアルアノ布ヲ (オレガ物デハナケレド ヌシガナケレバ) オレガ心デ タナバタニ借(シ)テ進ゼウカイ 今日ハ(七夕《しつせき》ヂヤニ)
 
    ひえの山なるおとはのたきを見てよめる          たゞみね
おちた|ぎ《濁》つ瀧のみなかみ年つもり老にけらしな黒きすぢなし
 〇タギツテ落ルアノ瀧ノミナカミガ 久《三》シウナツテ 年ガヨツタサウナワイナ (皆白髪パツカリデ) 黒イ筋ハ一スヂモナイ (カウ云ノハミナカミヲ髪ニシテヂヤゾエ サア聞エルカノ)
 
    おなじ瀧をよめる                    みつね
風ふけどところもさらぬ白雲はよをへて落る水にぞ有ける
 〇(雲ハ風ガフケバ段々ヨソヘウツヽテユクモノヂヤガ) 風ガフイテモ同ジ所ヲサラズニ (イツデモ同シヤウニ) アルアノ白イ雲ト見エルノハ 昔《四》カラ落ル瀧ノ水デサゴザルワイ
 
    田村の御時に女ばうのさ|ぶ《ム》らひにて御屏風のゑ御らんじけるに瀧おちたりけるところおもしろしこれを題にてうたよめとさ|ぶ《ム》らふ人におほせられけれはよめる                             三條の町
思ひせく心のうちのたきなれやおつとは見れど音の聞えぬ
 〇人ノ思ヒヲコラエテ隱シテ居《ヲ》リマスル心ノ内ハ瀧ノヤウニワキカヘリマスル物デゴザリマスルガ 此繪ノ瀧ハサヤウノ心ノ内ノ瀧ヂヤカ致シマシテ 落ルトハ見エマスレド ネカラ音ガ聞(エ)マセヌ
 
    屏風の繪なる花をよめる                つらゆき
咲そめし時より後はうちはへて世は春なれや色のつねなる
 〇咲ソメタ時カラシテハ ウチツヾイテ世ノ中ハイヽツモ春ヂヤカシテ 此(ノ)花ハ色ガジヤウヂウオンナシコトヂヤ
 
    屏風のゑによみ合せてかきける             坂上(ノ)これのり
かりてほす山田のいねのこきたれてなきこそ渡れ秋のうければ
 〇オレハ秋ガツライニヨツテ〔一二〕此ヤウニヒタ/\ト涙ヲ流シテ泣テサクラスワイ  かりてに、雁をこめて、下(ノ)句の縁とせり、
 
(400)古今和歌集卷第十八遠鏡
 
  雜歌下
 
    題しらず                       よみ人しらず
世中はなにかつねなるあすか川きのふの淵ぞけふは瀬になる
 〇世(ノ)中デハ何ガイツモカハラヌ物ヂヤゾ アノ飛鳥川ヲ見レバ 昨日マデ淵デアツタ所ガサ 今日ハモウ淺イ瀬ニナル (川サヘサウヂヤ スレヤナンデモカハラヌ物ト云ハナイ)
 
いくよしもあらじ我身をなぞもかくあまのかるもに思ひみだるゝ
 〇モウ生《イキ》テ居ルアヒダモ何ホドモアルマイ此身ヲ 海士ノ刈ル藻ノ亂レタヤウニ ナゼニオレハマア此(ノ)ヤウニ ドウカウトイロ/\ニ苦勞ニ思ウコトゾ (モウワヅカノ間(ダ)ナレヤ ドウデモカウデモヨイコトヂヤニ)
 
鴈のくる峯の朝霧はれずのみおもひつきせぬよの中のうさ
 〇〔一二〕心ノハレル時モナシニ常住思ヒゴトノツキルト云コトモナイ 此世(ノ)中ノツラサワイノ
 
                          小野(ノ)たかむらの朝臣
しかりとてそむかれなくに事しあればまづ歎かれぬあなうよの中
 〇サウヂヤト云テ ノガレラレモセヌ世(ノ)中ヂヤニ ナ《三》ンゾト云トマヅアヽヽウイ世(ノ)中ヤト云テナゲカルヽ
 
    かひのかみに侍けるとき京へまかりのぼりける人につかはしける をのゝさだき
京へまかりのぼるとあるを、打聞に、誤也といひて、まうのぼりと、改められたるは、ことわりはさることなれども、中々に例にたがへり、そは古(ヘ)になづみて、此集のころの詞づかひを、わきまへられざるなり、哀傷(ノ)部の詞書にも、京にもてまかりてとあるをや、今の京となりての詞には、すべて京にまれゐなかにまれ、かなたこなたの尊卑上下にはかゝはらず、あなたへゆくを、まかるといひ、こなたへ來るを、まうでといへる一種あり、例を考へわたして知べし、常に多き詞也、
みやこ人いかにとゝはば山たかみはれぬ雲ゐにわぶとこたへよ
 〇モシ京ノ人ガ (ワシガコトヲ) ドウヂヤト尋ネタナラ 山ガ高サニジヤウヂウ雲ノハレヌヤウニ心モハレヌ遠イ國ニ難義ニ思フテ居ルト云テ下サレ
 
    ふんやのやすひでがみかはのぞうになりてあがた見にはえいでたゝじやといひやれりけるかへりことによめる  打聞、あがたの説わろし、   
                               小野小町
(401)わびぬれば身をうき草の根を絶てさそふ水あらばいなむとぞ思ふ
 〇ワタシハモ|ウイツライ身《身をうき》デ 難《一》義ヲ致シテヲリマスレバ 浮草ノ根ガナウテ ドチヘデモ水ノユク方ヘサソハレテユクヤウニ 誰デモサソウテクレル人ガアラウナラ ドツチヘナリトモ參ラウトサ存ジマスル
 
    題しらず
あはれてふことこそうたてよの中を思ひはなれぬほだしなりけれ
 〇人ノアヽハレオイトシヤト云テクレル詞ガサ ウタテヤ 世(ノ)中ヲエ思ヒハナレヌホダシヂヤワイ (タマ/\ニモサウ云テクレル人ガアルト 又ドウヤラステルモ殘リオホウナツテサ)  打聞、うたての説わろし、
クマくニモ
 
                              よみ人しらず
あはれてふ言の葉ごとにおく露は昔をこふるなみだなりけり
 〇昔《四》ヲ戀シウ思ウテ (アヽヽハレアヽヽハレト)云タビゴトニ (涙ガコボレル) スレバソノ|ア《一》ヽハレアヽハレト云言ノ葉ヘ (草ノ葉ヘオクヤウニ)オク露ハ 涙ヂヤワイ
 
よのなかのうきもつらきもつげなくにまづしるものは涙なりけり
 〇世(ノ)中ノウイコトモツライコトモ 云テキカセモセヌノニ マヅ一番ニ知(ル)モノハ涙ヂヤワイ
 
世の中は夢かうつゝかうつゝとも夢ともしらず有てなければ
 〇夢《二》デアラウカ 正眞《シヤウジン》ノ事デアラウカ ソ《一》ウタイ世(ノ)中ノ事ハミナ ア《五》ツテナケレバ 正《三》眞ノ事ヂヤトモ 夢《四》ヂヤトモ ドウモシレヌ
 
よの中にいづら我身の有てなしあはれとやいはむあなうとやいはむ
 〇世(ノ)中ニ|ド《二》レドコニ我身ガアルゾ (人ト云モノハ 明日死ナウモシレヌガ 明日ニモ死ネバヂキニ埋ミカ燒(キ)カシテシマヘバ) 此《三》(ノ)身ハアツテモナイ物ヂヤ (ソレヲ思フテ見レバ) ア《四》ハレトイハウカ アヽヽウイトイハウカ (サテモ/\人ノ身ハハカナイ物ヂヤ)  餘材、四の句を、おもしろき物とやいはむと注したるは、たがへり、
 
山里はものゝさびしきことこそあれ世のうきよりはすみよかりけり
 〇山中ハ物ノサビシイコトコソワルケレ ソレデモ世(ノ)中ノウイノヨリハマシデ 住(ミ)ヨウゴザルワイ
 
                             これたかのみこ
白雲のたえずたなびく峯にだにすめばすみぬる世にこそ有けれ
 〇雲ノフダンタナビク此ヤウナ高山ノ峯デサヘ スメバカウシテスンデトホル世(ノ)中デサゴザルワイ
                             ふるのいまみち
しりにけむきゝてもいとへよの中は浪のさわぎに風ぞしくめる
 〇(コレ世間ノ衆) 知《一》テ居ラルヽデモアラウガ (モシ知ラシヤラズバ 今ワシガ云テキカスヲ) 聞テナリトモ (此世ヲバ早ウ)ステ(402)サツシヤレ テウド風ガ吹テ浪ノサワガシウシキリニウチヨセテクル荒イ海ベノヤウナ世(ノ)中デ (アヽヽドウモ落付(カ)ヌアンドノナラヌ)ヤウスヂヤゾヤ《める》  【〇千秋云々、下句、風吹て、浪ぞさわぎしくめる、といふ意なるを、さはいひがたき故に、風と浪とを、分てはいへるなり、】
 
そせい
いづくにか世をばいとはむ心こそ野にも山にもまどふべらなれ
 〇世ヲステヽドコニサ住ウゾ タトヒ野ニスンダリトモ山ニスンダリトモ ヤッハリ心ハサマヨウデアラウト思ハルヽワイ
 
                              よみ人しらず
世(ノ)中はむかしよりやはうかりけむ我身ひとつのためになれるか
 〇ヨノ中ハ昔カラ此通リニウイ世ノ中デアツタカ (但シ又)オレガ身ヒトリノタメニ此ヤウニウイ世(ノ)中ニナツタノカ  【〇千秋云、二の句やはは、たゞやの意なり、】
 
よのなかをいとふ山べの草木とやあなうの花の色に出にけむ
 〇(セケンノ人ガ) ア《四》ナウヤト云テ世《一》(ノ)中ヲ|イ《二》トウテ來《キ》テ住(ム)山ノ草木《サウモク》ヂヤトテ|ヤラ《五けん》 ウイト云名ノ卯(ノ)花ガ|此《五》山ヘ咲(イ)タ
 
みよし野の山のあなたにやどもがなよのうき時のかくれがにせむ
 〇(吉野山ハズイブン深イ山ヂヤガ オレガノゾミニハ マダソノ)吉野山ノアチラニ家ガホシイモノヂヤ 世ノ中ノウイ時ノヒツコミドコロニセウニ
 
よにふればうさこそまされみよしのゝ岩のか|け《〇清》道ふみならしてむ
 〇世間ニカウシテ居レバ 次第ニウイツライ事バカリマシテクルニ (一日モ早ウ) 吉野ノ難所《ナンジヨ》ナ山ノオクヘヒツコモラウゾ (ヤレ/\イヤナ世(ノ)中ヤ)
 
いかならむいはほの中にすまばかはよのうき事のきこえこざらむ
 〇ドノヤウナ深イ山ノ中ニスンダナラ 此世間ノウイ事ガキコエテコヌデアラウゾ  すべてかやうに、いはほの中といへるは、皆たゞ岩のたちめぐれる所のよしにて、深き山の中をいふ也、まことに岩窟の内をいふにはあらず、
 
あし|ひ《〇清》きの山のまに/\かくれなむうき世中はあるかひもなし
 〇山ノオクヘ ドコマデナリトモ《まに/\》カクレウゾ 此ヤウナウイ世(ノ)中ニハ住デ居ルセンモナイ
 
よの中のうけくにあきぬおく山のこのはにふれるゆきやけなまし
 〇世(ノ)中ノウイ事ニアキハテタ モウドコマデナリトモ〔四〕ユキ|グレ〔五〕《け》ニ奥山ヘカクレウ|カシラヌ《やまし》
 
    おなじもじなき歌                   ものゝべのよしな
世のうきめ見えぬ山路へいらむには思ふ人こそほだしなりけれ
 〇世ノ中ノウイコトヲ見モ (聞モ)セヌ山中ヘハイツテ住ウト思フニ(403)ハ ドウモ見ステラレヌ人ガアツテ ソレニサツナガレルワイ
 
    山のほうしのもとへつかはしける            凡河内(ノ)躬恆
よをすてゝ山にいる人山にてもなほうきときはいづちゆくらむ
 〇(御《ゴ》坊樣モ山ニオスマヒヂヤガ ソウタイ) 世ガウイト云テステヽシマウテ 山ヘハイツタ人ガ 山ニスンデモ ソレデモマダヤッハリウイ時ニハ ドチヘイクコト|ヂヤシリマセヌ《らん》
 
    物思ひける時いときなきこを見てよめる
いまさらに何おひいづらむ竹の子のうきふししげきよとはしらずや
 〇此子ハマアイマサラナゼニ生レテキタコトヤラ 何ニツケテモ《ふし》此ヤウニ ウイ事ノオホイ世ヂヤトハシラヌカヤイ
 
    題しらず                        よみ人しらず
よにふれば言の葉しげき呉竹のうきふしごとにうぐひすぞなく
 〇世ニアレバ ナンノカノト 人ニイロ/\〔三〕ウイコトヲイハルヽコトガ多ウテサソノ度ゴトニ〔うぐひす〕泣(キ)マス  【〇千秋云、結句、鶯のごとくにぞなくといふ意也、】
 
木にもあらず草にもあらぬ竹のよのはしに我身はなりぬべら也
 〇ワシハ木デモナシ草デモナイ竹ノヤウデ ドチラ《はし》ヘモツカヌ物ニナルデアラウヤウニ思ハルヽ
      ある人のいはくたかつのみこのうたなり
 
わが身からうきよのなかと歎きつゝ人のためさへかなしかるらむ
 〇(ナンジフナ身ハ) ツネ/”\《つゝ》サ《二》テモウイ世(ノ)中カナ/\ト歎イテ (ソシテ人ノタメニマデ世(ノ)中ガ悲シウ思フテヤラレルガ 此ヤウニ世(ノ)中ノウイノハ) 我《一》身カラ(ノコトデコソアレ 人ハソノヤウニモアルマイニ) ド〔下〕ウ云コトデ人ノタメニマデカナシウ思フテヤラルヽコトヤラ  餘材たがへり
 
    おきの國にながされて侍けるときによめる         たかむらの朝臣
思ひきやひなのわかれにおとろへて海士の繩|た《〇清》ぎ《濁》いさりせむとは
 〇遠イヰナカヘ別レテ來テ居テ 此ヤウニオチプレテ 獵師共ノスルシゴトヲマアセウトハ|思《一》フタカイ 思ヒモヨラナンダコトヂヤ  【〇千秋云、なはたぎは、繩たぐり也、網繩釣繩など、長く打はへおきたるを、たぐりよするわざをいへり、】
 
    田村(ノ)御時に事にあたりて津(ノ)國のすまといふところにこもり侍けるに宮のうちに侍ける人につかはしける            在原(ノ)行平(ノ)朝臣
わくら|ば《濁》にとふ人あらば須磨の浦にもしほたれつゝわぶとこたへよ 
 〇(京デ身ガ事ヲ誰モ問テクレル人ハアルマイケレドモ) モシモシゼント問テクレル人モアツタラバ 身ハ須磨ノ浦デ海士ノスルシゴトヲシテ キ《五》ツウ難義ヲシテ居ルト云テ下サレ
 
(404)    左近(ノ)將監|とけて侍ける《ノ官ヲメシアゲラレタル》時に女のとぶらひにおこせたりける返事によみて遣しける          をのゝはるかぜ
あまびこの音づれしとぞ今は思ふ我か人かと身をたどる世に
 〇(ワタシモ御聞及ビノトホリノ仕合(セ)デ タ《下》ウワク致シテ 我身デハナイカト存ズル時節ニ (カヤウニ御訪《オトヒ》下サルレバ) 今デハモウハヤ 天人ノ御尋ネ下サレタヤウニサ存ジマスル (サテ/\御深切ナヨウコソ御尋ネ下サレタレ)  あま彦とは、天上の人をいへり、物語どもに、これかれ見えたり、餘材打聞に、山彦と同じとて、説《トキ》たるはかなはず、これは昔より、誤りて、まぎれたることも有しにや、集中貫之の長歌には、山彦の事を、あまびことよめり、但しかれは、もし後にふと寫し誤れるにてもあらむか、そはいかにまれ、こゝの哥は、山彦にはあらず、かれになずらへて、思ひあやまることなかれ、
 
    つかさとけて侍ける時よめる            平(ノ)さだふん
うきよには門させりとも見えなくになどか我身のいでがてにする
 〇オレハ門ヲサシテ出入セヌヤウニモ見セヌニ ナ《四》ゼニ我身ノタメニハ ウ《一》イ世(ノ)中デ 得《五エ》世ニ出ヌコトゾイ  初句は、四の句の、などかの下にうつして見べし、さて出がてを、打聞に、籠居る事とあるは、わろし、これは、官をとらるゝは、つぎ/\になり出(ヅ)べき道をうしなふなれば、出がてとよめる也、
 
ありはてぬ命まつまのほどばかりうき事しげく思はずもがな
 〇イツマデモ生テ居ル命デハナイ オツツケ死ヌルヲ待(ツ)ワヅカノ間(ダ)(ヂヤニ) セ《三》メテソノ間(タ)ナリトモドウゾ此ヤウニ ツライ苦勞ノオホウナイヤウニシタイモノヂヤ
 
    みこの宮のたちはきに侍りけるを|みやづかへ《フヅトメナトテ》つかうまつらずとてとけて侍ける時によめる              みやぢのきよき
つく|は《〇清》ねのこの本ごとにたちぞよる春のみやまの陰をこひつゝ
 〇筑波山ノキツウシゲツテアルヤウニ|御《下》メグミノ深イ春宮ノ御蔭ヲ 此上(ヘ)ナガラドウゾト頼ミ奉ツ|テハ《つゝ》ヒタスラ|其〔二三〕《ノ》御所邊(ン)ヲサオシタイ申シマスル  餘材、上の句の説わろし、
               
    時なりける人の《ハブリノヨカツタ人ノ》にはかに|時なくなりて《ブシユビニナツテ》歎くを見てみづからのなげきもなくよろこびもなきことを思ひてよめる                                 清原(ノ)ふかやぶ
光なき谷には春もよそなれば咲てとくちる物思ひもなし
 〇日ノ光(リ)ノアタラヌ谷デハ 春モヨソ(ノ事デ 花ノサクコトモナ)ケレバ (ソノカハリニ又) 早ウ花ガチツテ惜イ思ヒモナイ(ヤウナモノデ オレガヤウニ本カラ花モサカヌ身ハ 人ノ今度ノヤウナ歎キモナケレバ ケツクコレモマシカヤ)
 
    かつらに侍ける時に七條(ノ)中宮とはせ給へりける御返事にたてまつりける                                伊勢
(405)ひさかたの中におひたる里なればひかりをのみぞ頼むべらなる
 〇此里ハ月ノ中ニハエテア(ルト申シマスル桂ノ)里デゴザリマスレバ ヒタスラ《のみ》アナタ樣ノ光(リ)ヲサ頼ミニハ致シマセウト存ジマスル(ワタクシハ)  后をば、月にたとへ奉ること也、
 
    きのとしさだがあはのすけにまかりける時にうまのはなむけせむとて|けふと《今日御出下サレト》いひおくれりける時にこゝかしこにまかりありきて夜ふくるまで見えざりければつかはしける                   なりひらの朝臣
今ぞしるくるしきものと人またむ里をばかれずとふべかりけり
 〇(人ヲマツノハ)ナ《二》ンギナ物ヂヤト云コトヲ 今《一》日サ始メテ知(リ)マシタ (コレナレバソウタイ) 人《三》ヲ待テ居ル所ヘハ ブサ《かれ》タヲセズニ《ズ》早ウイテヤルベキコトデゴザルワイノ
 
    これたかのみこのもとにまかりかよひけるを《親王》かしらおろして小野といふところに侍けるに《ナリヒラ》正月にと|ぶ《ム》らはむとてまかりたりけるに《小野ハ》ひえの山のふもとなりければ雪いとふかゝりけりしひてかの|むろ《庵室》にまかりいたりてをがみけるにつれ/”\としていと物かなしくてかへりまうできてよみておくりける
わすれては夢かとぞ思ふおもひきや雪ふみ分て君を見むとは
 〇深イ雪ヲフミワケテ (トホイ山里ヘ參ツテ) 君ニ御目ニカヽリマセウトハ存《三》ジマシタカイ 存ジモヨリマセナンダコトデゴザリマス (ソナタヘ御籠リナサレタコトヲ)フトワスレテハ コレハマア夢デハナカツタカトサ 存ジマスル
 
    深草の里にすみ侍りて京へまうでくとてそこなりける人によみておくりける
年をへてすみこし里をいでゝいなばいとゞ深草野とやなりなむ
 〇年久シウ住(ミ)キタツタ此里ヲデゝインダナラ タヾサヘ深草ノ里ヂヤニ イヨ/\アレテ草ノフカイ野ニナルデカナゴザラウ
 
    かへし                    よみ人しらず
野とならばうづらと鳴て年はへむかりにだにやは君はこざらむ
 〇サイナア此里ガ野ニナツタラ ワシハ鶉ト同シヤウニ泣テ月日ヲタテマスデゴザラウニ モウコレカラ オマヘハ セメテチヨツトモ御出ナサルマイ御《ゴ》レウケンカヱ (ソレヤアンマリデゴザリマスゾヱ)  かりには、うづらを狩(リ)にといふによせたり、
 
    題しらず
我を君なにはのうらに有しかばうきめをみつのあまとなりにき
 〇オマヘガ ワタシヲ|ナ《二》ンデモナイモノニナサツテ ウ《四》イメニアフタ|ユ《三》ヱニ《かば》 ソレデワタシハ此難波ノ三津寺ヘ參ツテ尼ニナリマシタ  難波浦、三津、海布《メ》、海士にてしたてたり
      此哥はある人、むかしをとこ有けるをうなのをとことは_(406)ずなりにければ難波のみつの寺にまかりてあまになりてよみてをとこにつかはせりけるとなむいへる
 
    かへし
なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこをみつの海士とかはなる
 〇ワシハ ソノヤウニソナタニ恨ミラルヽヤウナ ナンニモ覺エハナイニ 何ヲマアフソクニ思ウテ尼ニハナリヤツタゾイ  浦を見るべき間もなきに、いづれの所を見たるぞ、といへるをもてしたてたる也、間《マ》といひ、いづこといへるに、心をつくべし、さてその間といひ、いづこといへるは、たゞ詞のしたての方のみにて、哥の意にはあらず、此ところをよくわきまへずは、まぎるべし、哥の意は、恨みらるべきこともおぼえず、何事をうらみてといふ意也、
 
今さらにとふべき人もおもほえず八重むぐらして門させりてへ
 〇(子供ヨ アレ案内ガアル カウ云テヤレ) 今ニナリマシテ御尋下サレサウナ御方ハ オボエガゴザラヌ (此(ノ)方ノ内ハ) イクヘモシゲツタ葎《ムグラ》デトヂテ門ヲサシテゴザル(ニヨツテ アケラレマセヌ)ト云テイナセヨ  此歌は、右の返しのともにはあらず、別《コト》歌也、
 
    友だちの久しうまうでこざりけるもとによみてつかはしける     みつね
水のおもにおふるさつきのうき草のうきことあれや根を絶てこぬ
 〇〔上〕ナンゾ此(ノ)(方)ヲフソクニ思召スコトガゴザルカシテ チカゴロハトント打絶テ御出ガゴザラヌ (ケシカラヌオミカギリデゴザル)  【〇千秋云、結句根をといへるは、たゞ上のうき草の縁にいへるにて、哥の心にはあづからず、】
 
    人をとはで久しう有けるをりにあひうらみければよめる
  あひは、一本に、あひてとあるぞ、よろしかるべき、
身をすてゝゆきやしにけむ思ふよりほかなるものは心なりけり
 〇(オウラミ御尤デゴザル 拙者モナニカト據《ヨントコロ》ナイコトドモニトリマギレテ 存ジナガラ久シウ心外ニ御無沙汰ヲ致シ)タ 我《下》身ナガラ心ニ思フヤウニナラヌ物デゴザルワイ (身ハ我身ナレバ ドウナリト我心シダイニナルハズデゴザルニ 心ニ思フヤウニナラヌノハ ワシガ心ハ) 身《上》ヲバ捨《ステ》テオイテヨソヘインデシマウ(テ 心ト身トガ別々ニナツ)タカシリマセヌ《やけん》  餘材よろし、打聞わろし、下句は、心に思ふより外なる物は、身なりけりといふ意なるを、さはいひがたき故に、心なりけりとはいへる也、
 
    むねをかのおほよりがこしの國よりまうできたりける時に雪のふりけるを見て|おのが思ひは《ワシガ貴様ヲオナツカシウ思フ思ヒハ》この雪のごとくなむつもれるといひけるをりによめる
(407)君が思ひ雪とつもらば頼まれず春より後はあらじとおもへば
 〇貴様ノ思ヒガ雪ノヤウニツモツタナラ ソレヤドウモ頼ミニナリマセヌ (ナゼト申スニ) ソンナラ春カラハモウサウハアルマイト存ズレバサ (雪ハ春ニナレバミナ消マスゾヤ)
 
    かへし                        宗岳(ノ)大頼
きみをのみ思ひこしぢのしら山はいつかは雪のきゆるときある
 〇(イヤ/\サウデハゴザラヌ) 貴樣ノ事バツカリ思ウテ ワシガ來《キ》タ北國海道ノ白山ハ イツサ雪ノ滑ル時ガゴザルゾイ (御聞及ビデモアラウガ 白山ノ雪ハ春デモイツデモキエハ致サヌ) ワシガ思ヒモソノトホリデゴザルゾヤ)
 
    こしなりける人につかはしける             きのつらゆき
おもひやるこしのしら山しらねども一よも夢にこえぬ夜ぞなき
 〇君ノコトヲ思フテ常住我心ハ北國ヘ通ヒマス ソレデ白山ト云所モドンナ所カシラネドモ (毎夜心ガカヨフニヨツテ 其白山ヲ夢ニコエヌ夜ハ一夜モゴザラヌ
 
    題しらず                       よみ人しらず
いざこゝに我世はへなむ菅原やふしみの里のあれまくもをし
 〇モウレウケンヲキハメテ ワガ一生ハ此伏見ノ里ニ住(ミ)ハテウゾ (オレガモシ∃ソヘ移(ツ)テインダナラバ) 此家ガアレテシマウデアラウ ソレハマアイカニシテモ殘念ナコトヂヤニ
 
わがいほはみわの山本戀しく|は《〇清》とぶらひきませ杉たてるかど
 〇ワシガ内ハ 三輪ノ山ノ麓ヂヤ 逢(ヒ)タクバ尋ネテ御出ナサレ 杉ノ立(ツ)テアル門ガソデゴザンス
                                                                       きせん法師
わが庵はみやこのたつみしかぞすむよをうぢ山と人はいふなり
 〇ワガ庵室ハ京カラ辰巳ノ方(遠カラヌ) 宇治山ト云處ヂヤ 外《ホカ》ノ人ハ (此山ニ住(ン)デミテモ 京ガ近イユヱ) ヤッハリ世ノウイコトガアツテドウモスマレヌ山ヂヤト云ヂヤガ (拙僧ハ) コレ|此通リニサ《しかぞ》 年久シウ住(ン)デ居ル  餘材に、他人は、山の名を、うぢ山となづけてといへる、たがへり、打聞もわろし、さて都のたつみとしもいへるは、京の遠からぬよしにいへる詞なるに、昔より其こゝろを得たる人なき故に、此詞いたづらになり、又四の句をも、たしかにときえざる也、四の句は、京ちかき故に、なほ世のうき事のある山、といふ意にいひかけたる也、  【〇千秋云、譯に、ドウモスマレヌとある詞、よをうぢといへる詞の勢ひにあたれり、】
 
                       .       よみ人しらず
あれにけりあはれいくよのやどなれや住けむ人の音づれもせぬ
 〇此家ハ アヽヽハレキツウアレタワイ 此ヤウニシテ何(ン)年ニマアナル家ナレバ 昔(シ)住(ン)ダ人ノ音ヅレモセヌコトゾ サダメテ住(ン)ダ(408)人ハ|アツタデアラウニ《けん》
 
    ならへまかりける時にあれたる家に女の琴ひきけるをきゝてよみていれたりける                よしみねのむねさだ
わび人のすむべきやどと見るな|べ《濁》に歎きくはゝる琴の音ぞす
 〇此家ハナンジフナ人ノ住ヤウナ家ヂヤガト見レバ ソレニツレテ《なべて》又ソノ歎キノソフ琴ノ音ガサスル
 
    はつせにまうづる道にならの京にやどれりけるときよめる    二條
人ふるす里をいとひてこしかどもならのみやこもうき名なりけり
 〇京ハ人ノワシヲフルイ物ニシテ見ステタ所ヂヤニヨツテ イヤニ思フテ出テキタケレドモ 此奈良ノ都モ (フルサトヽ云ナレバ 同ジクフルイ物ニ思ハレル) ツライ名ヂヤワイ
 
    題しらず                     よみ人しらず
よの中はいづれかさしてわがならむゆきとまるをぞやどゝ定むる
 〇(モノゴト定メナイ)此世(ノ)中デハ イヅクノドノ家ガ コレゾト《さして》云テ 定マツタワガ家デアラウゾ 定マツタコトハナイ (ドコデアラウガ) イキトマツタ所ヲサ オレハ家ヂヤトシテ居ル
 
逢坂のあらしの風は寒けれどゆくへしらねばわびつゝぞぬる
 〇此相坂山ハキツウ嵐ガフイテ 夜(ル)ハ寒イケレドモ (所ヲカヘテドコヘイタト云テモ) サキガ又ドノヤウニアラウヤラシレネバ ナンギナガラモ《わびつゝ》シンバウシテ コヽニサカウシテ寐《ネ》マスル
 
風のうへにありかさだめぬちりの身はゆくへもしらずなりぬべら也
 〇ドコト云コトナシニ 風ニフキアゲラレテアルク塵ノヤウナ何(ン)デモナイ此身ハ テウドソノ塵ノヤウニ ユクサキハドコヘドウナツテユカウヤラシレヌヤウニ思ハレル
 
    家をうりてよめる                    伊勢
飛鳥川ふちにもあらぬわがやともせにかはりゆく物にぞ有ける
 〇(アスカ川ノ淵コソ瀬ニカハル物ヂヤト聞及ンデ居レ) ソノ飛鳥川ノ淵デモナイワシガ家モ (不仕合(セ)ナ時節ニナレバ) 瀬ニカハツテユク物ヂヤワイ (瀬ニト云ノハ ソレアノオアシノコトサ ガテンカヱ)
 
    つくしに侍ける時にまかり通ひつゝごうちける人のもとに京にかへりまうできて遣しける                            きの友のり
故郷は見しごともあらずをのゝえのくちし所ぞ戀しかりける
 〇京ハ故郷《コキヤウ》ナガラ (久シブリデモドツテ)見マスレバ (何事モキツウモヤウガカハツテ) 先年ノヤウニモナウテ シラヌ所ヘ參ツタヤウニゴザル ソレユヱ貴樣ト毎度碁ヲウツテ 何事モワスレテ面白ウクラシタ 其許ガサ 戀シウ.コザルワイナ
 
    女ともだちと物がたりしてわかれて後につかはしける     みちのく
(409)あかざりし袖の中にや入にけむわがたましひのなきこゝちする
 〇(ワシガタマシヒハ) オノコリオホウ存ジテ 別レマシタオマヘノ袖ノ中ヘハイツテ アナタニトマツテアルカ存ジマセヌ (サウカシテ アナタカラ歸リマシテカラ トツトワシハオマヘノコトバカリ思フテ ウカ/\ト致シテ) タマシヒガコヽニハナイヤウナコヽロモチデゴザリマス
 
    寛平御時にもろこしの|はうぐわん《判官》に|めさ《任》れて侍りける時に東宮のさ|ぶ《ム》らひにてをのこどもさけたうべけるついでによみ侍ける                     ふぢはらのたゞふさ
なよ竹のよ長きうへに初霜のおきゐてものをおもふころかな
 〇此《五》節《ころ》夜ハ長シ 竹ノウヘゝハヤ初霜モオイテ寒イニ 寐《ネ》モセズニオキテ居テ 遠イ別レノ物思ヒヲスルコトカナ  此遣唐使は、扶桑略記に、寛平六年八月廿一日に、其詔有し事見えたる、度の事なるべし、
 
    題しらず                      よみびとしらず
風ふけばおきつ白浪たつた山よはにや君がひとりこゆらむ
 〇〔一二〕アノ立田山ヲ 夜ガフケテカラ君ガタツタオヒトリコエテ御出ナサルデアラウカ (サテモ/\アンジラルヽコトカナ)  立田山の事、打聞に、或人の書そへたる説よろし、但し立田川は、おのれ別に考へ有(リ)、 【〇千秋云、此立田川の師の考、玉がつまの一の卷、又二の卷に出たり、】
      ある人此歌はむかし大和國なりける人のむすめにある人すみわたりける此女おやもなくなりて家もわろくなりゆくあひだ此男かふちの國に人をあひしりてかよひつゝ|《大和ノ女ニハ》かれやうにのみなりゆきけりさりけれどもつらげなるけしきも見えでかふちへいくごとに男の心のごとくにしつゝいだしやりければあやしと思ひてもし|なきまに《ルスノマニ》こと心もやあるとうたがひて月のおもしろかりける夜かふちへいくまねにてせんざいの中にかくれて見ければ夜ふくるまで琴をかきならしつゝうち歎きて此歌をよみてねにければこれをきゝてそれより又ほかへもまからずなりにけりとなむいひつたへたる
 
たがみそぎゆふつけどりかから衣たつたの山にをりはへてなく
 〇〔三〕此立田山ニ 誰《タガ》禊《ミソギ》ヲシテ ハナシテオイタ庭鳥ヂヤカ サキ|カラヒキツヾイテ《をりはへて》久シウ鳴(ク)  木綿付鳥の説、餘材よろし、
 
わすられむ時しのべとぞはま千鳥ゆくへもしらぬ跡をとゞむる
 〇(人ハドウナラウヤラ)〔三〕ユ〔四〕クサキノシレヌモノナレバ 後ニモシ人ニ忘レラレタ時ニ (コレヲ見テ)思ヒダセト思ウテサ (此通リニ物ヲカイテ)手跡ヲノコシテオキマス
 
    貞觀(ノ)御時萬葉集は|いつばかり《イツジブンニ》つくれるぞととはせ絵ひけれ(410)ばよみて奉りける                 ふんやのありすゑ
かみな月時雨ふりおけるならのはの名におふ宮のふることぞこれ
 〇〔上〕コレ《五これ》ハ奈良ノ宮ノ御時代ノ古《フル》イ書デゴザリマス 又ハ奈良ノ宮ノ御時代ニ古哥ヲ集メタト申ス集《シフ》ガサ 此《五これ》萬葉集デゴザリマス   ならの葉の名におふとは、楢の葉の、名につきてあるといふ意にて、すなはち奈良といふこと也、時雨に、ふりおけるとはめづらし、
 
    寛平(ノ)御時歌たてまつりけるついでに奉りける     大江(ノ)千里
あしたづのひとりおくれてなく聲は雲のうへまで聞えつがなむ
 〇(世間ノ人々ハミナ立身致スニ 〔一〕我一人オクレテエ立身モ致サズ歎イテヲリマスヲバ (誰(レ)モ申上テ下サル人ハナイコトカヤ) ドウゾ此樣子ヲ上《カミ》ヘ申(シ)傳ヘテ下サレカシ
                                                                      ふぢはらのかちおん
人しれずおもふ心ははる霞たち出て君がめにも見えなむ
 〇人ニハイハズニ我(ガ)望ミ願フ事ノアル此心ハ ドウゾ春ノ霞ノヤウニタチ出テ 上《カミ》ノ御目ニモ見エヨカシ (ソシタラ此願望ノ叶ウコトモアラウニ)
 
     うためしける時に奉るとてよみておくにかきつけてたてまつりける   伊勢
山川の音にのみきくもゝしきをみをはやながら見るよしもがな
 〇御《三》所ノ御事ハ (モウタヾ今デハ 〔一〕音ニバカリウケタマハツチヲリマシテ (ウチタエテ上《アガ》リマスルコトモゴザリマセヌガ) ドウゾマヘカタ宮ヅカヘ致シテヲリマシタトホリノ身デ (今モ參ツテ)見マシタイコトヂヤ(ト存ジマスル)
 
 古今和歌集卷第十九遠鏡
 
  雜體
 
   短歌
 
    題しらず                     よみ人しらず
あふことの まれなるいろに おもひそめ わが身はつねに あまぐもの はるゝときなく ふじのねの もえつゝ|とはに《ジヤウヂウ》 思へども あふことかたし なにしかも 人をうらみむ  わたつみの おきをふかめて おもひてし おもひは今は いたづらに なりぬべら也 ゆく水の たゆる時なく かくなはに 思ひみだれて ふる雪の けなばけぬべく おもへども えぶの身なれば《ボンブノ身ナレバ》 なほやまず おもひはふかし あし引の 山した水の こがくれて たぎつ心を たれにかも あひかたらはむ 色にいでば 人しりぬべみ《人ガシラウヤウニ思ハハレルニヨツテ》 そ《〔す〕》みぞめの ゆふべになれば ひとりゐて あはれ/\と《アヽヽハレアヽヽハレト》 なげきあまり せんすべなみに《センカタナサニ》 庭に出て たちやすらへば しろたへの 衣のそでに おく露の けなばけぬべく おもへども 猶なげかれぬ 春がすみ よそにも人に あは|れ《〔む〕》と思へば
 
    ふるうた奉りし時のもくろくのそのながうた       つらゆき
ちはやぶる 神の御代より くれ竹の よゝにもたえず あま彦の 音羽のやまの 春がすみ 思ひみだれて さみだれの そらもとゞろに さよふけて  山ほとゝぎす なくごとに たれもねざめて からにしき たつたの山の もみぢ葉を 見てのみしのぶ 神なづき しぐれくて 冬の夜の 庭もはだれに ふる雪の 猶きえかへり としごとに ときにつけつゝ あはれてふ ことをいひつゝ 君をのみ 千代にといはふ 世の人の 思ひするがの ふじのねの もゆる思ひも あかずして わかるゝなみだ ふぢごろも おれるこゝろも やちくさの 言の葉ごとに す|へ《め》らぎの おほせかしこみ まき/\の 中につくすと いせの海の 浦のしほがひ ひろひあつめ とれりとすれど たまのをの みじかきこゝろ 思ひあへず なほあらたまの 年をへて 大宮にのみ ひさかたの ひるよるわかず つかふとて かへりみもせぬ わがやどの 忍ぶ草おふる いたまあらみ ふる春雨の もりやしぬらむ
 
    ふるうたにくはへてたてまつれるながうた        壬生(ノ)忠岑
(412)くれ竹の よゝのふること なかりせば いかほのぬまの いかにして おもふこゝろを のばへまし あはれむかしへ ありきてふ《アツタトイフ》 人まろこそは うれしけれ《大慶ナ事ナレ》 身はしもながら 言の葉を あまつ空まで きこえあげ すゑの世までの あととなし 今もおほせの くだれるは ちりにつげとや《人マロノアトヲツゲトテヤラ》 ちりの身に つもれることを とはるらむ これをおもへば いにしへも くすりけがせる けだものゝ 雲にほえけむ こゝちして ちゞのなさけも おもほえず ひとつこゝろぞ ほこらしき かくはあれども てるひかり ちかきまもりの 身なりしを たれかは秋の くるかたに あざむき出て みかきより とのへもる身の みかきもり をさ/\しくも おもほえず こゝのかさねの 中にては あらしの風も きかざりき 今は野山し ちかければ 春は霞に たなびかれ 夏はうつせみ なきくらし 秋は時雨に 袖をかし 冬は霜にぞ せめらるゝ かゝるわびしき 身ながらに つもれる年を しるせれば いつゝのむつに なりにけり これにそはれる わたくしの おいのかずさへ やよければ《ヨケイニナツタレバ》 身はいやしくて としたかき ことのくるしさ かくしつゝ ながらの橋の ながらへて なにはの浦に たつ浪の なみのしわにや おほゝれむ さすがにいのち をしければ こしの國なる しらやまの かしらはしろく なりぬとも おとはの瀧の 音にきく おいずしなずの くすりもが 君が八千代を わかえつゝ見む  やよければゝ、今の世の言に、物の多きを、よけいとも、ようけともいふ、これ也、よけいは、餘計などの字音かとも聞ゆめれど、然にはあらじ、古言なるべし、餘材に引る、佛足石(ノ)歌の、夜與都《ヤヨツ》も是也、よけいといふは、やを略ける也、此やよけれはを、彌過《イヤヨギ》ればといふ説、ひがこと也、數の過《ヨギ》るといふこと、有べくもあらず、又打聞に、さへぎることゝあるも、いはれず、
 
君が代にあふ坂山のいはし水こがくれたりとおもひける哉
 〇カヤウナアリガタイ君ノ御世ニアウ時節モアルモノヲ (今マデハタヾヒタスラ) ウヅモレテ居ルコトトバッカリ思フタコトヨ アハウナコトカナ
 
    冬のながうた                 凡河内(ノ)躬恆
ちはやぶる 神な月とや けさよりは くもりもあへず うちしぐれ 紅葉とともに ふるさとの よし野の山の 山あらしも 寒く日ごとに なりゆけば 玉のをとけて こきちらし あられみだれて 霜こほり いやかたまれる 庭の面に むら/\みゆる 冬くさの うへにふりしく しら雪の つもり/\て あらたまの 年をあまたも(413) すぐしつるかな
 
    七條(ノ)后うせ給ひけるのちによみける         伊勢
おきつ浪 あれのみまさる 宮のうちは 年へてすみし いせの海士も 船ながしたる こゝちして よらむかたなく かなしきに 涙のいろの くれなゐは われらがなかの 時雨にて 秋のもみぢと ひと/”\は おのがちり/”\ わかれなば 頼むかげなく なりはてて とまるものとは 花すゝき  君なき庭に むれたちて 空をまねかば はつ鴈の なき渡りつゝ よそにこそ見め
 
   旋頭歌
 
    題しらず                      よみ人しらず
ぅち渡すをちかた人に物まうすわれ。そのそこにしろく咲るはなにの花ぞも
 〇ウチ見ワタス アチノ方ノ人ニワシハ物トヒマシヨ ソノソコニ咲テアル白イ花ハ ナンノ花ゴザルゾマア (サテモ見事ナ花ヂヤ)  打渡すは、見わたすこと也、古歌の例皆然、
 
    かへし
 
春|さ《〇清》れ|ば《濁》野べにまづさく見れどあかぬ花。まひなしにたゞなのるべき花の名なれや
 〇コレハ春ニナレバ 野ヘンニマヅ一番ガケニサク花デア 見テモ/\見アカヌ花デゴザルガ (其名ハ) 何(ン)ゾツカハサレネバ (ドウモ申サレヌ) タヾデ申スヤウナヤスイ花ヂヤゴザラヌ (ヘヽ/\へヽ/\)  【千秋云々、まひとは、人に物を贈るをいふ、今俗にいふまひなひにはかぎらず、】
 
    題しらず
はつせ川ふる川のべに二本ある杉年をへて又もあひ見む二もとある杉
 〇〔上〕年ガタツテ後ニモ 重ネテ又御目ニカヽラウ  上三句は、年をへての序にや、又稲掛(ノ)大平がいはく、上は又といはむ序也、二本ある木の岐《マタ》の意につゞけたる也、
 
                             つらゆき
君がさすみかさの山のもみぢ葉の色かみな月しぐれの雨のそめるなりけり
 〇〔一〕三笠山ノ紅葉ノ色ハ (ドウシテアノヤウナヨイ色ニナツタカト思ヘバ) シグレノ雨ガシミツイテ 染《ソマ》ツタノヂヤワイ  そめるは、そみたるといふ意也、俗言に、そむることを、そめるといふとは異なり、
 
    俳諧歌
 
    題しらず                       よみ人しらず
梅(ノ)花見にこそ來つれうぐひすの人く/\といとひしもをる
(414) 〇梅ノ花ヲ見ニキタノデコソアレ (ドウモスルコトデハナイニ ナゼニヤラ) 鶯ガ人ガクル人ガクルト鳴テ (人ノ來《ク》ルヲ)イヤガツテマア居ル
 
                               素性法師
山吹の花いろごろもぬしやたれとへどこたへずくちなしにして
 〇此山吹ノ花ノ色ノ衣ハ ヌシハ誰(レ)ヂヤト トヘドモヘンジセヌ 山吹ハ梔子《クチナシ》ノ色デ口《クチ》ガナイニヨツテサ
 
                            藤原(ノ)敏行(ノ)朝臣
いくばくの田をつくればかほとゝぎすしでの田長を朝な/\よぶ  〇ドレホドノ田ヲ作ルトテ 時鳥ハアノヤウニ シデノタヲサヲ毎朝/\ヨブコトゾ
 
    七月六日たなばたのこゝろをよみける         藤原(ノ)かねすけ いつしかとまたく心をはぎにあげて天の川原をけふや渡らむ
 〇(今日ハ六日ナレバ) 天ノ川(ハ明日ワタルヂヤケレドモ 牽牛《オレ》ガ此)イ《一》ツカ/\ト待(チ)カネテ居ル心ヲ 織女《三タナバタ》ニ見セウタメニ 今日渡ラウカシラヌ  人に物を、かくと顯はし見することを、古(ヘ)の語に、はぎにあぐといふことの有しなるべし、土佐日記にいへるも、其意也、此哥にては、待わびたる心を見せむために、七日に渡るべきを、六日に渡らんといへる也、さて脛《ハギ》をかゝげて渡ることをかねたり、右の如く見ざれば、心をといへる詞、聞えず、よく味ふべし、
 
    題しらず                      凡河内(ノ)躬恆
むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋の長してふよは
 〇ムツゴトモマダ皆マデエ云ハヌノニ ハヤ夜ガアケル樣子ヂヤ 秋ノ夜ノ長イト云ハドコガ長イゾ
                              僧正遍昭
秋の野になまめきたてる女郎花あなかしかまし花もひととき
 〇秋ノ野ニアノヤウニ女郎花ガ大ゼイ ヂヤラクラト云テ立テ居ルガ アヽヤカマシヤ アノヤウニ花ヤカナモ一サカリノワヅカノ間ノコトヂヤ (オツツケシボンデ見苦シイ物ニナルコトヲバシラズニアヽヽ)
                              よみ人しらず
秋くれば野べにたはるゝをみな|へ《メ》しいづれの人かつまで見るべき
 〇秋ニナレバ野ヘンニ ジヤラツイテ居ル女郎花ヲ 來《キ》テ見ル人ハ 誰(レ)デモツメツテタハムレル ツメツテ見ヌ者ハナイ  つむは、花を摘(ム)をかねたり、
 
秋霧のはれてくもれば女郎花花のすがたぞ見え|か《〇清》くれする
 〇霧ガハレタリクモツタリスレバ 女郎花ノウツクシイ姿ガサ見エタリカクレタリスル  結句かくれのかもじ、清《スミ》てよむべし、(415)餘材打聞ともにわろし、
 
花と見てをらむとすれば女郎花うたゝあるさまの名にこそ有けれ
 〇女郎花ヲ花ヂヤト思フテ折(ラ)ウトスレバ、女郎《ヲンナ》ト云名ハ ヒヨンナ名デコソアレ (ドウモ女郎《ヲンナ》ニ手ヲカケテ折ラレハスマイ)  餘材打聞ともに、うたゝあるの注かなはず、すべて雅言をとくに、其本の意にのみかゝづらひては、中々に物どほくして、用ひたる意に違ふこと多し、哥にまれ文にまれ、その用ひたるやうを、他の例どもを引合せて、よく考へてとくべき也、
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥         在原(ノ)むねやな
秋風にほころびぬらし藤ばかまつゞりさせてふきり/”\すなく
 〇藤袴ガ秋風デホコロビタサウナ (ソノホコロビヲツヾクリサセ/\ト云テ キリ/”\スガナク
 
    あす春たゝむとしける日となりの家のかたより風の雪を吹こしけるを見てそのとなりへよみてつかはしける                 きよはらのふかやぶ
冬ながら春のとなりのちかければ中垣よりぞ花はちりける
 〇マダ冬ナレド (モウ明日春ガタツ今日デ) 近イ春ノトナリヂヤニヨツテ サカヒノ垣ノウヘカラサ ソノ春ノ花ガチツテクルワイ
 
    題しらず                     よみ人しらず
いそのかみふりにし戀の神さびてたゝるに我はいぞねかねつる
 〇(何(ン)デモ年久シウナレバ 神ノヤウニ性《シヤウ》ガ入ルモノヂヤガ) オレガ戀モ年久シウナツタユヱ 性《三シヤウ》ガ入(ツ)テ ソノ戀ガタヽツテオレハサ夜(ル)モエネムラヌ
 
枕より跡より戀のせめくればせむかたなみぞとこなかにをる
 〇(オレハ夜(ル)ネテ居ルノニ) 枕ノ方カラモ跡ノ方カラモ (兩方カラ)シキリニ戀ト云(フ)鬼メガ セメヨセテクルニヨツテ (跡ヘモヨラレズサキヘモヨラレズ) ドウモシヤウガナサニ床ノマン中ニサ ヂツト起《オキ》テ居ル  をるは、臥《フサ》ずして座してゐるをいへり、かやうのをるは、例皆然り、なみは無《ナ》み也、浪の意はなし、打聞に、戀を泥《コヒヂ》になして云々、とあるはわろし、
 
戀しき|が《濁》かたもかたこそありときけたてれをれどもなきこゝちする
 〇ドノヤウニ戀ヲスル人ノ形デモ ヤツレナガラモホソリナガラモ 其身ハアル物ヂヤトコソキケ (ソレニオレハ戀デ心ガ心デナケレバ) 立テヰテモスワツテヰテモ 此|身躰《カラダ》ガドウヤラ無イヤウナ心モチガスル  戀しきがかたとは、戀をする人の身躰《カタチ》をいへる也、なきこゝちするは、我身躰のなきやうにおぼゆる也、あるかなきかのこゝちしてなどいへるに同じ、たてれをれどもといふも、身躰につきていへる也、心をつくべし、餘材打聞ともに、上下のかけ合かなはず、
 
ありぬやとこゝろみがてら逢見ねばたは|ぶ《ム》れにくきまでぞ戀しき
(415) 〇ア《一》ハズニモ居ラルヽモノカト タ《二》メシテ見ガテラニ ア《三》ハズニ居レバ ソ《四》ンナジヤウダンゴトモシテ見ラレヌホドサ 戀シウテ (ドウモ逢(ハ)ズニハ居ラレヌ)
 
みゝなしの山のくちなしえてしがな思ひのいろの下ぞめにせむ
 〇アヽヽ耳無シ山ノ支子《クチナシ》ガ|ホ《三》シイ物ヂヤ 戀ノ思ヒノ色ノ下染ニセウニ (ソレデ下染ヲシタナラ 忍ブ思ヒヲ 耳無シデ人モエ聞(ク)マイシ 口《クチ》ナシデ人ニ云レモスマイホドニ ソシテ思ヒト云ニヒノ字ガアルニヨツテ 緋《ヒ》ノ色ト云ヂヤ)
 
あし|ひ《〇清》きの山田のそほづおのれさへ我をほしといふうれはしきこと
 〇山ノ田ノカヾシヲ見ルヤウナ汝《オノレ》サヘ ワシヲノゾンデ逢(ヒ)タイトイフ サテモイヤラシイコマツタコトヤ  人をいやしめても、おのれといふ也、打聞に、あやしの我をさへとあるは、かなはず、
                                                                       きのめのと
ふじのねのならぬ思ひにもえばもえ神だにけたぬむなし煙を
 〇出《二》來ヌ戀ノ思ヒニムネノモエルノハ (キツウ苦シイケレドモ ハテドウモセウコトガナイ) モ《三》エルナラモエヨサ 富《一》士ノ山ノ神樣サヘ エ御消《オケ》シナサレイデ (ジヤウヂウ思ヒノ)煙ニモエサツシヤルモノヲ (人間ハソノハズノコトヂヤ)  初句は、四の句へつゞきて、ふじのねの神といふこと也、
 
                               きのありとも
あひ見まくほしは數なく有ながら人につきなみまどひこそすれ
 〇アヒタイト思フ心ハ腹一ハイアリナガラモ 其人ニアハレル手ガヽリガナサニ ドウシタラヨカロカカウシタラヨカロカトイロ/\ニ心ガサマヨウワイ (ソレヲ夜(ル)ノ月ヤ星ノコトニシテ星ハタントアリナガラモ月ガナイ故ニクラウテ道ニマヨフト云コトニシタノガ俳諧デゴザル)
                                                                       小野(ノ)小町
人にあはむつきのなきには思ひおきてむねはしり火に心やけをり
 〇思ウ人ニアハレル寄付《ヨリツキ》ノナイ夜ハ 其人ヲ思フ思ヒガ 火ノハシルヤウニハシツテ胸ガモエテ エ寐《ネ》ズニ起《オキ》テ居ル  二の句にはゝ、夜はとある本よろし、にもじは、よを寫し誤れる也、さて二三の句は、月のなき夜は、月を思ひてといふ詞のしたて也、又おきてに、熾《オキ》をかねて、はしり火とはいへり、餘材に、かねてより思ひおきてと注したるは、ひがこと也、其意はなし、たゞ思ひて起《オキ》て居る也、
 
    寛平(ノ)御時きさいの宮の哥合の哥           藤原(ノ)おきかぜ
春霞たなびく野べのわかなにもなり見てしがな人もつむやと
 〇モ《五》シ思フ人ガツムカドウヂヤ 春ノ野ヘンノ若菜ニマアナツテ (ツマレテ見タイ物ヂヤ 若菜ハ誰デモツム物ヂヤワサテ ツマレ(417)テ見タイトハ ツメラレテ見タイト云コトヂヤゾヱ)  若菜といへるを、老たる人の、若きを願ふ意に見るはわろし、其意はなし、
 
    題しらず                        よみ人しらず
思へども猶うとまれぬ春がすみかゝらぬ山のあらじとおもへば
 ○(ワシガ思ウ人ハキツイ性《シヤウ》ワルナレバ 方々ヘカヽリアルイテ) テウド春ノ霞ノドコノ山ヘモカシコノ山ヘモカヽラヌ所ハナイヤウナモノデアラウト思ヘバ 思ヒナガラモヤッハリ ウト/\シイ心モチガスル
                                            平(ノ)貞文
春の野のしげき草葉のつまごひにとびたつ雉のほろゝとぞなく
 〇〔一二〕オレハ女ヲ思フ思ヒガシゲウテ 〔四〕ホロ/\トサ泣《ナキ》マス  上句は、春の野の草葉のごとく、しげき妻戀といふこと也、草葉のつまとつゞきたるに、意はなし、打聞に、草のはしとあるは、わろし、
 
                                 きのよしひと
秋の野に妻なき鹿の年をへてなぞわが戀のかひよとぞなく
 〇毎《二》年/\|秋《一》ノ野デ 妻ノアリモセヌ鹿ガ 我戀ノカヒヨ/\トサナクガ アレハ|ドウシタ《なぞ》コトヂヤゾ (妻ニアフタラバコソ 戀ノカヒガアルトハ鳴ウコトナレ 妻ノナイノニ戀ノカヒヨト鳴ウハズハナイニ)  此歌下句のてにをはの事、なぞと切て、右の意に見べし、又詞の玉の緒二の卷の終にいへるも、一つの見やう也、
 
みつね
蝉の羽のひとへにうすき夏衣なればよりなむ物にやはあらぬ
 〇〔一〕(今コソ)一向ニウスイ心ナレ 〔三〕馴《ナレ》タラバ(ユク/\ハ 厚ウ)我《オレ》ニ思ヒヨツテ來《キ》サウナ物デハナイカ 馴タラ大カタヨツテ來サウナモノニ思ハルヽ  打聞よろし、餘材わろし、但しよりなむといへるは、衣の※[糸+比]《ヨル》ことにていへるは、たがはず、
 
たゞみね
かくれぬのしたよりおふるねぬなはのねぬ名はたゝじくるないとひそ
 〇一《イツ》シヨニ寐《ネ》サヘセズバ メツタニ名ハタチハスマイホドニ 隨分《一二》忍ンデオレガ來《ク》ルバカリヲバ ソノヤウニイヤガラシャルナイ
 
                               よみ人しらず
こ《〇清》とならば思はずとやはいひはてぬなぞよの中の玉だすきなる
 〇トテモ逢テクレヌクラヰナラ イツソイヤヂヤト云(ヒ)切テシマヘバヨイニ ナゼニイヤトモオヽトモ云(ヒ)キラズニ ヒ《五》ツカヽツテ居ルコトゾ アヽ世ノ中ト云モノハ  打聞、ことならばの説わろし、此哥は、かけたるといふことを、玉だすきなるとのみいへるが俳諧也、下に、いでや心は大ぬさに(418)してといへると、同じたぐひ也、
 
思ふてふ人のこゝろのくまごとに立かくれつゝ見るよしもがな
 〇オレヲ思フ/\トイツデモ云人ノ心ノ内ヘ 其度ゴトニハイツテ隱レテ居テ (實《ジツ》ニ思フニチガヒナイカ ウソデハナイカ ジツシヤウノ所ヲ)見トヾケタイモノヂヤ
 
おもへども思はずとのみいふなればいなや思はじおもふかひなし
 〇(コレホドニワシハ)思ウケレドモ (ソレヲ其人ハトカク) 思ハヌ/\トバッカリ云ナレバ イヤ/\ (コレカラモウ)思ウマイゾ 思フテモソノカヒガナイ
 
我をのみ思ふといはゞあるべきをいでやこゝろは大ぬさにして
 〇思ウ/\ト云ノモ ワシバカリヲ思ウノナレヤ ソレデヨイガ《あるべきを》 イヤモウ《いでや》 (面白ウナイ) 其人ノ心ハ大麻《オホヌサ》デサ (引(ク)手ガ多ケレバドウモ)
 
我を思ふ人をおもはぬむくいにやわが思ふ人の我をおもはぬ
 〇ワシヲ思フテクレル人ヲ (コチカラ) ワシガ思フテヤラヌムクイカシテ ワシガ思フ人ガ ワシヲスッキリ思フテクレヌ
 
                            一本 ふかやぶ
思ひけむ人をぞともに思はましまさしやむくいなかりけりやは
 〇(マヘカタ誰(レ)ゾオレヲ)思《一》フタ人ガアツ|タデアラウ《けん》 (其時ニ)コ〔二三〕チカラモ其人ヲ思ウテヤレバサヨカッタニ (コチカラハ思ハナンダデ ソノムクイガキテ 今オレガ思フ人ガ オレヲ思フテクレヌ) アヽヽアラソハレヌ《まさしや》コトヤノ ムクイト云コトハナイコトカイ キツトアルコトヂヤワイノ
 
                            一本 よみ人しらず
出てゆかむ人をとゞめむよしなきにとなりのかたにはなもひぬかな
 〇出テイナウトスル人ヲ ドウモ留《トメ》ウシカタガナイニ (ドウゾ今) 近所《キンジヨ》隣《トナリ》デ(タレナリトクサメヲスレバヨイニ) ヱヽヽカウ云トキニハクサメヲスル人モナイコトカナ
 
くれなゐにそめし心も頼まれず人をあくにはうつるてふなり
 〇深ウ思ウノモドウモ頼ミニハナラヌ 其人ヲアイテクレバ ドノヤウニ深カツタ心デモカハルヂヤ  紅|灰汁《アク》にうつるをもて、詞をしたてたり。
 
いとはるゝわが身は春の駒なれや野がひがてらにはなちすてつる
 〇人ニキラハルヽワシガ身ハ 春ノ駒カシテ (テウド春ノコロ駒ヲ)野飼《ノガヒ》ガテラニハナシテ(ヤツテカマハズニオクヤウニ) ワシヲ見ステヽネカラカマハヌ
 
うぐひすのこぞのやどりのふるすとや我には人のつれなかるらむ
 〇ワシニ人ノツレナイノハ〔一二〕フルイ物ニシテシマウテノコト|カ《三や》シ|ラヌ《五らん》  上二句は、たゞ詞のつゞけのみ也、打聞に、ふるすのごとくとある(419)は、わろし、
 
さ|か《〇清》しらに夏は人まねさゝの葉のさやぐ霜夜をわがひとりぬる
 〇オレモ夏ノ間(タ)ハ|イ《一》シコサウニ (暑イニヨツテ獨寢《ヒトリネヲスルト) 人ナミニ《人まね》云テ (マギラカ)シテオケドモ (冬ニナツテ)此ヨウニ寒イ夜獨(リ)寐《ネ》ル(ノハ 何トモ云(ヒ)ヤウガナイ)
 
                             平(ノ)中興《ナカキ》
逢事の今はつかになりぬれば夜ふかゝらではつきなかりけり
 〇逢(フ)コトモモウ今デハ ハツ/\ナコトニナツテ 夜ガフケテカラデナケレバ 其サリヤクガデケヌヌワイ  三の句、ぬればといふてにをはゝ、廿日になりぬれば、月のおそきよしの、詞のしたての方のみによれり、哥の意にはかゝらず、
 
                          .   左のおほいまうちぎみ
もろこしのよしのゝ山にこもるともおくれむと思ふ我ならなくに
 〇(吉野山ハ殊(ノ)外|深山《シンザン》ヂヤケレドモ 日本ノ吉野山ハオロカナコト) タトヒソナタガ唐《カラ》天竺ノ吉野山ノオクヘコモツタト云テモ 我《ミ》ハ其(ノ)分(ン)ニシテ跡ニ殘ツテ居ヤウトハ思ハヌ (ドコマデモアトヲシタウテ オツカケテユカウトサ思ウ)
 
                               なかき
雲はれぬあさまの山のあさましや人の心を見てこそやまめ
 〇何(ン)ゾ氣《キ》ニイラヌコトガアツテ ワシニ逢(フ)事ヲ止《ヤメ》ウト思フナラ) コ《下》チノ心ヲトツクリト見定メテ其上(ヘ)デコソヤメルナラ止《ヤ》メタガヨイ 雲《上》ノカヽツテアル山ノヤウナモノデ (コチノ心ハドウヂヤヤラ知(レ)ハスマイニ カル/”\シウ逢事ヲ止メタノハマア) ア《三》マリケシカラヌキモノツプレタコトヤノ  人は我也、あなたのことに見たるは誤也、餘材、結句のてもじを濁る説はわろし、打聞、あさましの説わろし、
 
伊勢
難波なるながらのはしもつくるなり今は我身をなにゝたとへむ
 〇(今マデハ何(ン)デモフルウナツテシマウタ物ヲバ) 難波ノ(長柄ノ橋ニタトヘタヂヤガ) ソノ長柄ノ橋モ 今度新シウ出來タヂヤ (スレヤ此ヤウニ人ニアカレテ舊《フル》イ物ニナツテシマウタ)ワシガ身ヲバ モウ今デハ何ニタトエウゾ (ナンニモ譬(ヘ)ル物モナイ)
 
                               よみ人しらず
まめなれどなに|ぞ《濁》はよけくかるかやのみだれてあれどあしけくもなし
 〇オレハ隨分|實躰《ジツテイ》ニ堅《カタ》ウ身ヲ持(ツ)ケレドモ 何(ン)ノエイコトガアルゾ (ソレデモナンニモエイコトハナイ 世間ノ人ハ) 苅《カツ》タ萱《カヤ》ノ乱レタヤウニ乱レテ ハウラツナ者モアレド ソレデモサノミワルイコトモナイ (スレヤ實躰ニタシナムブンガソンヂヤ)
 
                               おきかぜ
何かその名のたつことのをしからむしりてまどふはわれひとりかは
(420) 〇ナンノソノ名ノタツコトガヲシカラウ (戀ヲスレバ名ガタツト)シリナガラ迷《マヨ》フノハ オレヒトリカ (オレバカリヂヤナイ皆サウヂヤ)
 
    いとこなりけるをとこに|よそへて《ワケガアルト》人のいひければ
  此詞書の意は、くそがいとこなる男の、くそを思ひて、けさうするよしを、或人の、しか/\の事をきゝつと、くそにいひければ也、よそへては、さもあらぬことを、さ也と、言依《イヒヨ》する也、万葉などに例多し、考へて知べし、餘材、此詞書の意を誤れるから、哥をもとき誤れり、
                               くそ
よそながら我身にいとのよるとい|へ《ふ》ばたゞいつはりにすくばかり也
 〇(ソンナコトハワシヤ夢ニモシラヌ スレヤソノヤウニ) ワ《二》シガイトコガ ワ《三》シニ戀ヲスルヤウニ ヨ《一》ソナガラ云ノハ (ソレヤホンノコトデハナイヂヤ) タ《四》ヾウソニ|ソ《五》ノヤウニ云パカリヂヤ (ソレガモシホンノコトナレヤ ワシガ方ヘ 何(ン)トゾ云(ヒ)カケサウナ物ヂヤワサテ)  三の句いへばは、いふはなるべし、そはもと、云はと書たるを、心得誤りて、いへばほとは寫しなせるなるべし、餘材わろし、すくは、すきごとをする也、過《スグ》にはあらず、糸よる針に着《すぐ》るをもて、詞とせる哥也、
 
    題しらず                       さぬき
ねぎことをさのみ聞けむやしろこそはては歎きの森となるらめ
 〇ソノヤウニ《さのみ》メツタニ人ノ云コトヲ聞入(レ)テ タレニモカレニモ逢フ人《やしろ》ガサ シマイニハ《はては》 ナゲキガシゲウナルデアラウヮイ  ねぎことやしろ杜をもてしたてたり、稲掛(ノ)大平がいはく、下(ノ)句は、歎きのきを、木にとりて、その木のしげくて、杜となるならんとよめる也、歎きのと、切て心得べし、然るを後の世に、なげきの森といふ名所とせるは、此哥を心得たがへたるより出たるひがこと也、さる森の名あるにはあらずといへり、此説よろし、
 
                               大輔
歎きこる山とし高くなりぬればつらづゑのみぞまづゝかれける
 〇イロ/\ノ歎キガ山ノヤウニツモツタレバ ヤヽトモスレバ|ヒタモノ《のみ》マヅ臂杖《ヒヂツエ》ヲツイテ (ツムリヲ傾《カタム》ケル)ヤウニサナルワイ  木をこり來て、山高くて、道すがら杖をつくをもて、したてたり、
 
                               よみ人しらず
なげきをばこりのみつみてあしひきの山のかひなくなりぬべらなり
 〇戀ユヱニ此ヤウニ歎キバッカリガツモツテ シヾウソノカヒモナイコトニナルデアラウヤウニ思ハルヽ
 
人こふることを重荷とになひもてあふごなきこそわびしかりけれ
(421) 〇重荷ヲニナウタヤウニ ジユツナイ戀ヲシテ ソシテイツアハレルト云時節モナイハ サテモ難義ナコトデコソアレ  枴《アフコ》と荷をになふとをもてしたてたり、
 
よひのまに出て入ぬるみか月のわれてもの思ふころにもあるかな
 〇〔上〕コノゴロハマア サテモ/\ワリナイ物思ヒヲスルコトカナ
 
そへにとてとすればかゝりかくすればあないひしらずあふさぎるさに
 〇(ドウシタガヨカラウカカウシタガヨカラウカト レウケンノ定メニクイコトヲ イロ/\ニ思案シテ見テ ヨイレウケンヲ一(ツ)思ヒツイテ) サ《一》ウヂヤト定メテ 其《二》通リニスレバ 又|一方ニ《かゝり》サシツカエガアリ 又《三》思案ヲカヘシテ見レバ (又一方ニサシツカヘルコトガアリ トカク世(ノ)中ノ事ハ) ア《四》ヽドウモナラヌモノヂヤ 一《五》方ガヨケレバ一方ガワルウテ  三の句の下に、とありといふことを、くはえて心得べし、上にならはせて、此詞をはぶける物也、餘材わろし、但しそへにの注に、古今著聞集を引たるは當れり、其意也、
 
世の中のうきたびごとに身をなげばふかき谷こそ淺くなりなめ
 〇世(ノ)中ノウイ度ゴトニ (コレデハ/\ト思ウテ 人ガ)身ヲナゲタナラ (死骸ガオビタヾシウツモツテ) 深イ谷ガサ淺ウナルデアラウワイ (此ヤウニウイコトノ多イヨノ中ナレバ)
 
                              在原(ノ)もとかた
よの中はいかにくるしと思ふらむこゝらの人にうらみらるれば
 〇(人ゴトニ世ノ中ハウイ物ヂヤ/\ト云テ恨ミル) サウ數萬人ノ人ニウラミラルヽコトナレバ 世(ノ)中殿ハ|サゾヤ《いかに》 メイワクニ思ウデアラウ
                                                                      よみ人しらず
何をして身のいたづらに老ぬらむ年のおもはむことぞやさしき
 〇オレハマア何ヲシテ此ヤウニ年ヨツタコトヤラ 何(ン)ニモセズニ《いたづらに》年バツカリヨツテ (身ニツモツタ)齢《トシ》ノ思フトコロガサハヅカシイ
                                                                      おきかぜ
身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかゞなるとしるべく
 〇(トテモ立身ナドモエセネバ) 此身ハモウ無イ物ニシテ居ルヂヤガ セメテハ心バカリナリトモ (大切ニ持テ) ステコンジャウニハナルマイゾ ソシテ|シヾウハ《つひには》 ドノヤウニナルゾト 見トヾケル|ヤウニサ《べく》
                                                                      ちさと
しら雪のともにわが身はふりぬれど心はきえぬ物にぞ有ける
 〇我身ハ此ヤウニ年ヨツテドコモカモ大ニチガウタケレドモ 心ハクヅヲレヌモノデサ ヤツハリ若イ時ニカハラヌワイ  雪にふる、きえぬといふ、詞のしたて也、
 
(422)    題しらず                   よみ人しらず
うめの花咲ての後のみなればやすき物とのみ人のいふらむ
 〇梅ノ花ノ咲テチツテシマウタ跡ヘナル(實《ミ》ハ酸《ス》イ物ヂヤガ オレハソノ梅ノ)實《ミ》ヂヤヤラシテ 人ガ|タレデモ《のみ》オレヲバ スキモノヂヤ/\ト云  酸《ス》きと好色《スキ》とをもていへり、
 
    法皇にしがは|に《ヘ》おはしましたりける《御出アソバシタ》日さる山のかひにさけぶといふことを題にて|よませ給うける《供奉ノ衆ニ》
                                みつね
わびしらにましらなゝきそあしひきの山のかひあるけふにやはあらぬ
 〇猿ヨ ソノヤウニ難義サウニアマリナクナイ 今日ハ(此通リニ忝クモ法皇樣ノ御幸ガアツテ) 此山ノカウシテアルカヒガアルデハナイカ アリガタイ日ヂヤゾヨ今日ハ
 
    題しらず                        よみ人しらず
世をいとひこの本ごとに立よりてうつふしぞめのあさのきぬなり
 〇(此衣ハ) 世ヲイトウテ一所不住ノ僧ノ イツデモ《毎に》ドコナリトユキガヽリニ 木ノカゲヘ立ヨツテハ 帶ナドモトカズ ツイソノマヽデ寐《ネ》ル 五倍子《フシ》染ノ麻ノ衣デゴザル  うつぶしとは、神代紀に、全剥《ウツハギ》とある全《ウツ》と同じくて、そのまゝにて臥《フス》をいふ、まろねといふに同じ、うつむきに臥《フス》にはあらず、又打聞に、五倍子《フシ》は、うつろなる物なる故に、うつふしといふとあるも、いとわろし、全臥《ウツフシ》を、五倍子《フシ》にいひかけたるにてこそ、俳諧には有けれ、
 
(423)古今和歌集卷第二十遠鏡
 
   大歌所(ノ)御歌
 
    おほなほひのうた
あたらしき年のほじめにかくしこそ千年をかねてたのしきをへめ
 〇行《四》末千年マデモ 毎年トシノ始(メ)ニハ 此《三》通リニサ タノシイコトヲ存分ニシツクサウワイ  をへめは、終《ヲヘ》めにて、極《キハ》むる也、つめの時は、千年までもといはひて、かくのごとくたのしきつみ木を、つむといへる也、
       日本紀にはつかへまつらめ萬代までに
 
    ふるきやまとまひのうた
しもとゆふかづらき山にふる雪のまなく時なくおもほゆる哉
 〇〔一〕(葛城山ハ 冬ハ雪ノフラヌ間ト云ハナイガ) ソノ葛城山ノ雪ノトホリデ ワシハイツト云コトモナシニ ジヤウヂウ君ノコトガ思ハレテ サテモ忘レルヒマノナイコトカナ
 
    あふみぶり
あふみよりあさたちくればうねの野にたづぞ鳴なる明ぬこの夜は
 〇近江カラ今朝 (夜ノ内ニ)タツテクレバ ウネノ野ニアレ鶴ガサナクワ サア夜ハモウアケルゾ
 
    みづぐきぶり
みづぐきの岡のや|が《濁》たに妹とあれとねての朝けの霜のふりはも
 〇山城(ノ)國ノ此|岡屋縣《ヲカノヤガタ》デ 妹《カカ》トオレト寐《ネ》テ夜ノアケタ今朝ノアノ霜ノフリヤウワイノマア (アノ霜ヲ見レバ 昨夜《ユフベ》ハ キツウヒエタサウナ コチハ二人ネタデ ソレホドヒエル夜ヂヤトモ思ハナンダニマア)  水ぐきは、すべて岡の枕詞也、別に考(ヘ)有(リ)、又古(ヘ)に、家を屋形といへること、さらになし、打聞わろし、もし彼説のごとくは、四の句、ねてし朝けなどあらでは、かなはぬこと也、  【〇千秋云、みづぐきの考へ、玉がつまにくはしく見ゆ、】
 
    しはつ山ぶり
しはつ山うち出て見れはかさゆひの嶋こぎか|く《へイ》るたなゝしをぶね
 〇シハツ山カラズツト出テ見レバ コイデ歸ル小船ガアレ 笠ユヒノ嶋ノアタリヲユクワ
 
    神あそびのうた
 
      とりものゝうた
神がきのみむろの山のさかき葉は神のみまへにしげりあひにけり
 
霜八たびおけどかれせぬさかきばの立さかゆべき神のきねかも
 きねは、木根にて、すなはち榊をいへる也、木を木根といふは、萬葉に、草を草根とよめる哥多く、又岩を岩根、屋を屋根、矛を矛(424)根などいふ例にて、根は添たる言也、されば神のきねは、神の木也、然るを拾遺集貫之哥に、あし引の山の榊葉ときはなる陰に榮ゆる神のきね哉とよめるは、既にこゝの哥を、巫覡の事と心得誤りて、よめりとぞおぼゆる、
 
まきもくのあなしの山の山人と人も|見るがに《見ルヤウニソノタメニ》やまかづらせよ〕
 打聞に、見るがにを、見てしかなにとあるは、わろし、がにの、他の例にたがへり、
 
み山にはあられ|ふるらし《フルサウナ》とやまなるまさきのかづら色づきにけり
 
みちのくのあだちの眞弓わがひかば末さへよりこしのび/\に
 
わがかどの板井のしみづ|里とほみ《サトガトホサニ》人しくまねばみ草おひにけり
 
    ひるめのうた
さゝのくまひのくま川に駒とめてしばし水かへ|かげをだに見む《カゲナリトモ見ヤウニ》
 
    かへしものの歌
青柳をかたいとによりて鶯のぬふてふかさは梅の花がさ
 
眞金ふくきびの中山おびにせるほそ谷川の音のさやけさ
    此歌は承和の御《オホン》べのきびの國の哥  【〇千秋云、おほんべは、大嘗《オホニヘ》のにを、音便にんといひ、へを濁るは、上をんといへば也、】
 
みまさかや久米のさら山さら/\にわが名はたてじ萬代までに
       これは水のをの御(ン)べの美作(ノ)國のうた
 
みのの國關のふぢ川たえずして君につかへむよろづよまでに
       これは元慶の御(ン)べのみののうた
 
君が世はかぎりもあらじ長はまのまさごの數はよみつくすとも
       これは仁和の御(ン)べのいせの國のうた
 
                             大とものくろぬし
近江のやかゞみの山をたてたればかねてぞ見ゆる君がちとせは
       これは今上の御(ン)べのあふみのうた
 
 東歌
 
    みちのくうた
あふくまに霧たちわたりあけぬとも君をばやらじまてばすべなし
 〇アノアフクマ川ヘ霧ガ|ズウツト《わたり》立テ夜ガアケタリトモ 君ヲバヤルマイゾ (イナセテ又見エルマデ) 待(ツ)アヒダガ|ドウモナラヌ《すべなし》  初二句はたゞ、夜の明るけしきのみなり、打聞、詞にかなはず、もしかの注の意ならば、わたりは、わたれといはでは聞えず、餘材に、あふくまを、人に逢(フ)によせてといへるも、わろし、
 
みちのくはいづくはあれど塩がまのうらこぐ船のつなでかなしも
 〇奥州ニハドコニモカシコニモ面白イ所ハオホクアレドモ 中デモ此塩竈ノ浦ヲ アレ綱手デ船ヲ引テユクアノケシキガ (ドウモイヘタ物デハナイ) オモシロイ《かなし》コトヂヤワ|マア《も》
 
わがせこをみやこにやりて塩がまのまがきの嶋のまつぞ戀しき
(425) 〇コチノ人ヲ京へヤツテ (留守ヂウ イツモドラルヽコトヤラト) 〔三四〕待テ居レバサテモ戀シイ
 
を|く《〇清》ろざきみつのこじまの人ならば都のつとにいざといはましを
 〇アノ黒崎ノミツノ小嶋ガ人ナラ 京へノミヤゲニ イザ來《コ》イト云テ ツレテイナウモノヲ  をくろざきのをは、をはつせなどのをにて、黒崎といふ地(ノ)名也、
 
みさぶらひ御かさとまうせ宮城野の木の下露は雨にまされり
 〇御侍衆《オサムラヒシウ》 ソレ御笠《オカサ》ト申(シ)上(ゲ)サツシヤレ 此宮城野ノ木カラオチル露ハ (ケシカラヌモノデ) 雨ヨリモキツウヌレマスゾヱ
 
もがみ川のぼればくだるいなぶねのいなにはあらずこの月ばかり
 〇〔上〕イヤデハナイガ 此月中ハドウモナラヌ  のぼればくだるは、のぼるもあれば、くだるもあるをいふ、
 
君をおきてあだし心をわがもたば末のまつ山浪もこえなむ
 〇(ドウ云コトガアツタト云テモ) オマヘヲオイテ ワシハ外ヘ心ヲウツスコトデハナイ モシソンナ心ヲワシガ持(ツ)タラ アノ末ノ松山ノウヘヲ 浪ガコエルデアラウ(ソンナ事ハナイ事ヂヤハサテ)  未の松山といへるは、すゑといふ所の、松山なるべし、
 
    さがみうた
小よろぎの礒たちならしいそなつむめざしぬらすな沖にをれ浪
 〇小ヨロギノ礒ヘ出テ居テ 礒菜ヲツムアノ子供ガ (アレ/\浪ニヌレル) 浪ヨコレヤソノヤウニアノ子供ヲヌラスナ 沖(ノ)方ヘ折(レ)ヨ 又ハ立テコズニ沖(ノ)方ニ居《ヲ》レ  をれは、をれ《折》よにても有べし、又浪のたちゐなどもいへば、居れにても有べし、
 
    ひたちうた
つく|は《〇清》ねのこのもかのもに陰はあれど君がみかげにます陰はなし
 〇筑波山ノアチラウラニモコチラウラニモ 木ノカゲハ オビタヾシウシゲウアレドモ 君ノ御蔭ニマサツタカゲハナイ
 
つく|は《〇清》の峯のもみぢ葉おちつもりしるもしらぬもなべてかなしも
 〇此ツクハ山ノ紅葉ノチツテツモツタヲ見レバ 惜《ヲシ》ウ大事ニ思ハルヽガ テウド此紅葉ヲ思ウトホリニ此常陸ノ國ノ内ノ百姓ハ ドレカレト云(フ)ヘダテナシニコト/”\ク フビンニ大切ニ思ハルヽコトヨマア  上(ノ)句は、結句のかなしもといふへかゝれる、たとへ也、さてしるもしらぬもなべてといふ詞は、上(ノ)句の、落葉のたとへの方へは、あづからず、此所よくせずはまぎれぬべし、さて此哥、何人のいかなる事をよめるにか、さだかならざれば、結句の譯も、其さす事によりて、かはるべきを、今はしばらく、國(ノ)司の部内の民をあはれ|び《ミ》たる事にとりて譯しつ、さるは京人の哥にても、其國に傳はりぬるは、其國の哥とせること、萬葉の東哥の中にも見えたり、餘材わろし、又打聞に、女の男を思へること(426)にとかれたるは、いかゞ、もし其意ならば、四の句、これもかれもなどはいひもすべけれど、しるもしらぬもなべてとは、あまり廣くして、ひたゝけたり、
 
    かひうた
かひがねをさやにも見しがけゝれなくよこほりふせるさやの中山
 〇甲斐ガ嶺《ネ》ヲハツキリト見タイモノヂヤ アノサヤノ中山ガ ヨコタワツテアルデ (ツカヘテ ハツキリト見エヌ) アヽ心ナイサヤノ中山ヂヤ  【〇千秋云、四の句のふせるを、顯注に、一本にくせる、又一本にこせるともあるよしいへり、東哥にて、心をも、けゝれといへれば、その同じさまの國詞なるべければ、右の二つの内ぞ正しかるべき、但し古言に、ふすをこやるといへれば、くせるこせるともに、せもじは、やを寫し誤れるにはあらざるか、】
 
甲斐が根をねこし山こし吹風を人にもがもやことつてやらむ
 〇峯ヲコシ山ヲコシテ 甲斐ガ根ヲ吹テコエル風ヲ ド《四》ウゾ人ニシタイ物ヂヤ|ナア《や》 (ソシタラ京ヘ) コトヅケヲシテヤラウニ  此歌も、京より下り居る、國の司などのよめるなるべし、顯注にしたがふべし、上なるみちのく歌に、みやこのつとに云々 とあるも、京人のとこそ聞えたれ、餘材の説は、かひがねをといへる、をもじにかなはず、又遠江も、上なる哥によりていへるなれど、此哥にはよしなし、
 
    いせうた
をふの浦にかたえさしおほひなるなしのなりもならずもねてかたらはむ
 〇〔上〕ナルナラザルハトモカクモ マアナンデアラウト イツシヨニ寐《ネ》テハナシヲセウ  なるとは、父母などもゆるして、顯はれて夫婦となる事の、成就するをいふ
 
    冬のかものまつりのうた           藤原(ノ)敏行(ノ)朝臣
ちはや|ぶ《濁》るかものやしろの姫小松よろづよふとも色はかはらじ
 
   家々(ニ)稱(スル)2證本(ト)1之本(ニ)乍(ラ)2書(キ)入(レ)1以v墨(ヲ)滅《ケシタル》歌今別(ニ)書(ク)v之
 
  卷第十 物名部
    ひぐらし                        つらゆき
そま人は宮木ひくらしあし|ひ《清》きの山のやまびこよびとよむなり
 〇杣人ガ材木ヲヒクサウナ アレコダマガキツウヒヾイテ 大ゼイノ人ゴヱガスルワ
      在(リ)2郭公(ノ)下空蝉(ノ)上(ニ)1
 
                                かちおん
かけりても何をかたまのきても見むからはほのほとなりにし物を
 〇死ンダ人ノ魂ガ ソラヲ飛ンデ又カヘツテ來《キ》テモ 何ヲ見ヤウゾ (427)(何モ見ル物ハナイ) ジブンノ死骸ハヤイテシマウテ灰ニナツタモノ
      をがたまの木友則(ノ)下
 
    くれのおも                       つらゆき
こし時とこひつゝをれば夕ぐれのおもかげにのみ見えわたるかな
 〇ユ《三》フカタニナレバ (アヽ今ゴロハ思ウ人ノ)來《キ》タジブンヂヤガト 戀シウ思フテ居レバ 其人ガ|ヒタスラ《のみ》面影ニ見エテ サテモ今コヽヲ|アルク《わたる》ヤウニ見ユルコトカナ
      忍草利貞(ノ)下
 
    おきのゐ みやこじま                  をのゝこまち
おきのゐて身をやくよりもかなしきはみやこしまべの別れなりけり
 〇カラダヘ熾火《オキ》ヲ居《スヱ》テ我身ヲヤクヨリモカナシイハ 京ト嶋ベトノ別レヂヤワイ  下句は、思ふ人の、京より、嶋べといふべき遠き國へゆく、別れをいへるなるべし、
      からこと清行(ノ)下
 
    そめどの あはた                    あやもち
うきめをばよそめとのみぞのがれゆく雲のあはたつ山のふもとに
 〇(我ラハ今) 世ノ中ノウイコトヲバトントノガレテヨソニ見テ 雲ノフカイ山ノフモトヘ引(ツ)越(シ)テユキマス  あはたつは、深くたつ也、萬葉二に、ふる雪はあはになふりそとあるも、深くなふりそ也、此事説有(リ)、此哥の事、打聞のごとし、但し染殿と粟田とは、何の縁もなき地(ノ)名なるを、つらねて題にしたるは、かの清和天皇の御事有しによりて、そのころよめるなるべし、されば左の注も、其意にて見れば、難なし、かのみかどの御事によらざれば、染殿と粟田とつらねたること、よしなし、
      此歌は水のをのみかどのそめどのよりあはたへうつりたまう|け《〇清》る時によめる   桂(ノ)宮(ノ)下
 
  卷第十一
    奥山の菅の根しのぎふる雪の(ノ)下
けふ人をこふるこゝろは大井川ながるゝ水におとらざりけり
 〇今日オレガ人ヲ戀シウ思フ心ハ 大井川ノ流レル水ニモオトラヌクラヰヂヤワイ
 
わ|ぎ《濁》もこにあふ坂山のしのすゝきほには出ずもこひわたるかな
 〇〔上〕ワシハ色ニモ詞ニモ出サズニ (心デバツカリ)マア戀シウ思フテクラス サテモシンキナコトカナ
 
  卷第十三
      戀しくはしたにを思へ紫の(ノ)下
いぬかみのとこの山なるい|さ《〇清》や川い|さ《〇清》とこたへよわが名もらすな
 〇(モシ人ガ問(フ)タナラ 〔上〕ソンナコトハ)ドウヂヤカシラヌト云ヂヤゾ 必(ス)我名ヲモラスデハナイゾ  打聞に、萬葉の此哥をと(428)かれたるやう、いたくたがへり、訓もたがへり、万葉にあるは、いさとを寸許瀬《キコセ》、余名告奈《ワガナノラスナ》にて、こゝなると同じ意也、きこせは、のたまへといふに同じ、
      此うたある人あめのみかどのあふみのうねべに給へると
 
    かへし                 うね|べ《メ》のたてまつれる
山しなの音羽のたきの音にだに人のしるべくわがこひめやも
 
  卷第十四
      おもふてふことのはのみや秋をへて(ノ)下
     そとほりひめのひとりゐてみかどをこひたてまつりて
わがせこがくべきよひなりさゝがにのくものふるまひかねてしるしも
 〇コヨヒハ必(ズ)御出ガアラウト思ハルヽ夜ヂヤ アレアノ蛛《クモ》ノスルコトデ サウヂヤト云コトガサキヘ《かねて》ヨウシレルワマア  蛛をさゝがにといふは、蟹《カニ》に似て小きよし也、
      深養父戀しとはたがなづけゝむことならむ(ノ)下
 
                                 貫之
道しらばつみにもゆかむすみの江の岸におふてふ戀わすれ草
 〇道ヲシツテ居ルナラ 住ノ江ノ岸ニハエテアルトイフ 戀ヲワスレル忘草ヲツミニデモユカウ  貫之、萬葉の哥をおぼえずして、かくよまるまじきにあらず、又おぼえずして、此集にも入まじきにあらず、又貫之のよみくちにあらずといふも、うけられず、ゝべて古哥は、さまでまさしくは、わかるゝ物にあらざるをや、
 
遠鏡六の卷のをはり
〔2022年3月17日(木)午前11時43分、入力終了〕