3577、
中宗4年(1509年)1月1日(甲午)
望闕礼を行う。大妃殿で祝賀会を上げて百官の祝賀を受ける。
○甲午朔/上率百官, 行望闕禮。又賀大妃殿, 受百官賀。命停會禮宴, 以謹天變也。
●甲午朔、上は百官を率いて望闕礼を行った。また大妃殿で祝賀会を上げて百官の祝賀を受けた。会礼宴を停止して天変を謹むよう命じた。
望闕礼:ここで言う望闕礼は正月朝に朝鮮国王が中国皇帝の大闕(宮殿)に向けて敬賀する意味で拝礼する礼。
会礼宴:正月または冬至の日に文武百官が集まって人君に拝礼した後に施す宴。
 
○太白晝見。
●〔省略〕。
 
3578、
中宗4年(1509年)1月2日(乙未)
台諌が完川正の『?源録』の削除と李承元、金引石、尹c、崔世陳について奏上する。
○乙未/臺諫啓曰: "完川正禧, 雖不供服, 懷二心明甚, 請削《?源?》。李承元事, 不可論以與人贓, 所當?案, 其事干亦當究竟推之。金引石倉庫之穀八百餘石, 擅自區處, 宜論以入己之罪。尹c出身未久, 又無名望。六曹判書, 亞於三公, 實朝廷重任也。上ヘ云, c已?承旨、觀察使, 臣等以爲, 承旨則於廢朝承乏驟陞, 觀察使除授時, 物論皆以爲不可。赴任果無聲績, 請遞。崔世陳, 無行人也, 不可處師表之地, ヘ誨儒生, 請遞直講。" 皆不允。
●乙未、台諌が奏上して言った、「完川正禧は、供述では服しなかったが。二心を抱いていることは明白なので、『?源録』で削ることを求める。李承元のことは、与人贓で論じるのは不可だから、録案すべきで、その事干も推問し終えるべきだ。
 
3579、
金引石倉庫之穀八百餘石, 擅自區處, 宜論以入己之罪。尹c出身未久, 又無名望。六曹判書, 亞於三公, 實朝廷重任也。上ヘ云, c已?承旨、觀察使, 臣等以爲, 承旨則於廢朝承乏驟陞, 觀察使除授時, 物論皆以爲不可。赴任果無聲績, 請遞。崔世陳, 無行人也, 不可處師表之地, ヘ誨儒生, 請遞直講。" 皆不允。
●金引石は倉庫の穀八百余石を、勝手気ままに処分したから、入己の罪で論じるべきだ。尹cは出身が、まだ長くなく、また名望もない。六曹判書は、三公に次ぎ、まことに朝廷の重任だ。上教して言った、c已は承旨、観察使を経歴したが、臣等の考えでは、承旨は廃朝で人材のない時にわかに昇ったのであり、観察使を除授したときは、物論は、皆、不可とした。赴任したが、果たして成績がなかった、交替を求める。崔世陳は、行いの悪い人で、師表の地にいて、儒生を教誨すべきではないから、直講を替えるのを求める。」皆允許しなかった。
?源録 : 李氏王室の系譜の記録。
録案 : 犯罪人の姓名、身分、犯罪事実などを罪案に記録して入れる。
事干 : 関係者。
入己 : 私事で占める。
 
3580、
中宗4年(1509年)1月3日(丙申)
昼講で参賛官成夢井等が御書を下して過失を言うことについて奏上する。
○丙申/御晝講。參贊官成夢井曰: "日者下御書于政院, 臣等伏讀不勝感激。其曰:‘自古人君, 惡聞其過者多, 喜聞其過者少。’此言大關治亂。大抵人主樂聞直言, 則雖中人以下, 皆欲進言, 惡聞其過, 則小人必逢迎上意, 人臣直言與諛侫, 皆由君上開導。
●丙申、昼講に出た。参賛官成夢井が言った、「先頃御書を政院に下したが、臣等は伏して読んで感激に堪えなかった。それに言う、「昔から人君は過失を聞くのを憎むものが多く、過失を聞くのを喜ぶものは少ない。」この言は大いに治乱に関係する。大抵の人主が直言を聞くのを楽しむと、中人以下といっても、皆、進言しようとし、その過失を聞くのを憎むと、小人は必ず上意に迎合するが、人臣の直言と諛侫は、皆、君上によって開導される。
 
3581、
「矩忠於唐, 而侫於隋, 此其效也。唐太宗, 三代以下卓越之君也, 貞觀之治, 多足稱者, 然閨門多有慙コ。今殿下以爲不取, 古人云: ‘取法於上, 僅得其中, 人主多以堯?舜爲高遠, 莫肯取法。’今下御書, 非徒臣等知之, 朝廷士林, 傳誦於口, 豈但一時之美?
●「矩が唐に忠で、隋に侫だったのが、その効果だ。唐の太宗は三代以下の卓越した君で、貞観の治は、多く称するに足るが、閨門は多く慙徳がある。今、殿下は取らないとしたが、昔の人が言う「法を上に取って、僅かに中を得る。人主は多く尭?舜を高遠だとして敢えて法に取ることをしない。」今、御書を下したが、ただ臣等が知るだけでなく、朝廷の士林も口に伝誦する。どうしてただ一時の美事であろうか。
 
3582、
亦於史冊有光, 請終始一心。古人稱人君之コ, 仁厚、剛斷二者, 必兼備, 然後無弊。一於仁厚, 則其弊也優游; 一於剛斷, 則下人莫知所措。今臺諫所言, 如其可用, 當速決斷, 不宜優游也。" 檢討官李希曾曰: "一國臣民, 責望殿下者至矣, 而臺諫所啓, 間或留難, 臣恐衆望缺矣。
●また史冊にも光がある、終始一心なのを求める。昔の人は人君の徳を称して、仁厚、剛断の二つとを必ず兼備すれば弊害がない、とした。一に仁厚なら、その弊害は優柔不断であり、一に剛断なら下人はどうしていいか分からない。今、台諌が言う所は、もし用いるべきなら、速く決断すべきで、優柔不断ではいけない。」検討官李希曽が言った、「一国の臣民が殿下に責望するのが強いが、台諌の奏上は、間々あるいは保留になる。臣は衆望に欠けるのを恐れる。
 
3583、
今下御書, 見聞者孰不感動? 然古人云: ‘非言之艱, 行之惟艱。’願殿下終始此心, 以副一國之望。" 上曰: "予庶幾終始此心, 勉從直言。" 記事官權?曰: "古人云:‘王言如絲, 其出如綸, 王言如綸, 其出如?。’日間傳臺諫曰:‘務勝。’又曰:‘附下罔上。’徐祉言事, 殿下?之。雖非以此遞職, 外人皆曰: ‘徐祉言事太過, 見遞。’人主出言, 不可不愼。"
●今、御書を下したが、見聞するものだれが感動しないだろうか。しかし昔の人は言った「言うのがむつかしいのではない、行うのがただむつかしいのである。」願う、殿下が終始この心で、一国の望みに添うことを。」上が言った、「予は終始この心を願う。努めて直言に従う。」記事官権?が言った、「昔の人は言った「王の言は糸のようで、それが出るのは綸のようで、王の言は綸のようで、その出るのは?のようだ。」近頃台諌に伝教して言った、「務勝。」また言った「附下罔上。」徐祉の言のことを殿下はわるいとした。このことで職を替えないとしても、外の人は、皆、言った、「徐祉の言は甚だ出過ぎており、それで替えられた。」人主の発言は、謹まないわけにはいかない。」
責望:しなければならない事を責任を持ってすることを期待する。
務勝:競って勝つことに力をつくす。
 
3584、
○夕講に出る。
●〔省略〕。
 
○台諌が以前のことを奏上するが、允許しない。
●〔省略〕。
 
○太白晝見。
●〔省略〕。
 
3585、
中宗4年(1509年)1月4日(丁酉)
昼講に出る。侍講官金ェが慶尚左道の防御を止めさせようとする。
○丁酉/御晝講。侍講官金ェ曰: "臣近日自慶?道來, 左道防禦, 不甚緊, 而年年別赴防, 軍士無休息之時, 問諸大臣, 姑罷防禦何如? 奉化、禮安, 本是殘邑, 因廢朝之亂, 流民未盡安集。蘇復間, 貢賦移定他邑何如?"
●丁酉、昼講に出る。侍講官金ェが言った、「臣は近日慶尚道から来たが、左道の防御はそれほど緊要ではないが、年年別に赴防して、軍士は休むときがない。大臣に尋ねる、しばらく防御を止めてはどうか。奉化、礼安は、もともとそこなわれた村で、廃朝の乱で、流民は、未だことごとく安集していない。復興の間、貢賦は他の村に移定してはどうか。」
 
3586、
台諌が崔世珍は師表として相応しくないと奏上するので、彼を交替させる。
○臺諫啓前事。又啓: "崔世珍喪中娶妾事, 考諸推案, 則切隣皆以喪前事, 受刑納供。然而終不窮推, 故世珍亦不得發明。大抵門地, 以興販爲業, 身且卑?, 嘗赴京時, 多?人財物, 爲法官所劾, 其不合師表無疑也。" 傳曰: "完川正等事, 不允。崔世珍事, 果如所言, 則不合師儒, 其遞之。"
●台諌が前のことを奏上した。また奏上して言った、「崔世珍が喪中に妾を娶ったことは、その推案を考えると、近所が、皆、喪を前のこととして刑を受け納供した(供述した)。しかし、終りまで窮推しなかったから、世珍も弁明できなかった。大抵、門地は、販売を起こすのを仕事にして、身分もまた低く、かつて京に赴くとき、他人の財物多くもたらし、法官の弾劾する所となったが、師表に合わないことは疑いない。」伝教して言った、「完川正等のことは允許しない。崔世珍のことは、はたして言う通りなら、師儒に合わないから、交替させよ。」
 
○夕講に出る。
●〔省略〕。
 
○太白晝見。
●〔省略〕。
 
3587、
中宗4年(1509年)1月5日(戊戌)
○戊戌/御朝講。
●〔省略〕。
 
熊川人が倭賊に殺された事と咸鏡道軍堡の移設問題とを議論する。
○慶?道敬差官金謹思馳啓曰: "熊川官吏, 令人取材木于加コ島, 逢倭賊見殺事, 臣方推之。且親到觀其形勢, 島在海中, 與倭居浦所不遠。臣疑彼見我人孤單懸入, 乘機竊發, 致此變故也。" 兵曹啓曰: "此事當通諭島主, 然臣等不得擅便, 請收議。" 傳曰: "可。" 仍召三公、兵曹堂上議之。領議政柳洵、左議政朴元宗、右議政柳順汀、判書洪景舟、參判任由謙、參議朴召榮、參知姜景叙等議:
●慶尚道敬差官金謹思が馳啓して言った、「熊川の官吏が、人を加徳島にやって材木を取らせたら、倭賊に逢って殺されたことを、臣がまさに推問した。また自ら行ってその形勢を見たところ、島は海中にあり、倭の居る浦と遠くない。臣が疑うに、倭人が我が国の人が単独で深く入ったので、機に乗じてひそかに発し、この事変に至ったと思う。」兵曹が奏上して言った、「このことは島主に通諭すべきだが、臣等勝手な便宜は出来ないので、収議を求める。」伝教して言った、「そうせよ。」それで三公を召して、兵曹と堂上が議論した。領議政柳洵、左議政朴元宗、右議政柳順汀、判書洪景舟、参判任由謙、参議朴召栄、参知姜景叙等が議論した:
 
3588、
"觀謹思所啓之意, 則加コ島賊變, 必是三浦居倭所爲也。若置而不問, 國威不振, 彼無所畏忌, 寇鈔益甚。令謹思招語頭倭等曰:‘近者熊川人, 取材木于加コ島, 因連日大風, 不得回來, 賊倭乘夜竊發, 殺害人物, 掠奪衣糧。聞其人皆能爲我國言語, 若眞賊倭, 則豈得解我國言語? 又於大風, 獨能渡大海來寇, 是必三浦倭人, 知熊川人在此島, 窺便作耗耳。
●「謹思の奏上の意を見ると、加徳島の賊変は、必ず三浦に居る倭の仕業だ。もし放置して不問にすると、国威が振るわず、彼は畏忌するところが無く、寇鈔が益々ひどくなる。謹思に頭倭等を招いて次のように言わせるに、「近ごろ熊川の人が、加徳島に材木を取りに行ったが、連日の大風で、戻ってこれないと、賊倭が夜に乗じてひそかに発し、人々を殺害し、衣糧を掠奪した。聞くと、その人たちは皆、我が国の言葉をよく話す、もし真の賊倭なら、どうして我が国の言葉が分かろうか。また大風で、単独にどうして大海を渡って來寇できようか、これは必ず三浦の倭人で、熊川の人がこの島にあるのを知って、便宜を見て盗みをはたらいたのだ。
 
3589、
爾等來居于此, 積有年紀, 食我土毛, 長子及孫, 與我編氓無異, 猶懷獸心, 剽竊不已可乎? 爾豈不知麾下人所犯乎? 如不來告, 則朝廷必有處置, 後悔無益。’以此嚴辭詰責, 得其要領馳啓事, 下諭何如?" 傳曰: "依啓。" 兵曹又啓曰: "咸鏡道觀察使高荊山所啓各堡移排事, 請遣大臣, 措置何如?"
●あなたたちはここに来て住み、長年たって、我が国のものを食い、子孫が成長し、我が編氓に違いないのに、なお獣心を抱き、剽竊が止まないのは、それでいいのか。あなたはどうして麾下のの犯行だと知らないのか。もし来て告げなかったら、朝廷には必ず処置があり、後悔しても無益だ。」これで厳しい言葉で詰責し、その要領を得たら馳啓することを下諭してはどうか。」伝教して言った、「奏上によれ。」兵曹がまた奏上して言った、「咸鏡道観察使高荊山が奏上した各堡の移排のことは、大臣を遣って措置するのを求めるが、いかがなものか。」
 
3590、
傳曰: "固當遣之。但去年失農, 似或不可, 其議于三公。" 柳洵等啓曰: "咸鏡道雖曰失農, 然爲大事, 不計小弊。各堡移排事, 今若不?措置, 則恐有大弊。且此道近年以來, 人馬彫殘, 防戍不固, 尤當速遣大臣, 以爲措置之方。其城底野人, 亦於大臣之行, 可饋餉慰ス其心。但令省減帶行之人, 俾無州縣之弊。" 傳曰: "可。"
●伝教して言った、「もとより派遣すべきだ。ただし去年農を失ったのは、或いは不可のようだ,。三公で議論せよ。」柳洵等が奏上して言った、「咸鏡道は失農したといっても、しかし大事だ。小弊は問題ない。各堡塁の移排のことは、今もしすぐに措置しなかったら、大弊があるだろうことを恐れる。またこの道は近年、人馬が彫残し、防戍が固くない。最も速やかに大臣を派遣して、措置の方をなすべきだ。その城下の野人は、また大臣が行くにあたって、食糧を送ってその心を慰問すべきだ。ただし引率の人数を減らさせて、州県のの弊をなくさせるべきだ。」伝教して言った、「そうせよ。」
 
3591、
命遣朴元宗, 元宗啓曰: "國家之事, 所當盡力, 而一身不足憚勞也。然臣以武人, 驟居台位, 前日固辭不得, 常懷危懼。今此沿革之事至大, 非臣所能措置, 請辭。" 傳曰: "邊方之事, 卿當任責。去年當行而止, 今則不可辭。"
●命じて朴元宗を派遣する。元宗が奏上して言った、「国家のことは尽力すべきだが、一身は労を憚るには足りない。しかし臣は武人として、急に台位に居り、前日固辞したができなかった、常に怖れを抱いている。今、この沿革のことは至大で、臣がよく措置できるものではない、辞退を求める。」伝教して言った、「辺方のことは卿が責任を負うべきだ。去年行くべきを止めたから、今は辞退できない。」
 
3592、
朴元宗等が金寿卿の加資、閔懐発の叙任、職任の遷転について奏上する。
○忠勳府堂上朴元宗等啓曰: "金壽卿嘉善之加, 例以執事加改之。前日會盟宴時, 下ヘ云, 三等以上, 其授一資, 壽卿其時, 已爲嘉善, 故不授具加。今則只帶通政, 其加不得不授。閔懷發所犯, 雖無?, 然以親功臣, 不可久罷其職, 宜可速敍。
●忠勳府堂上朴元宗等が奏上して言った、「金寿卿の嘉善の加資は、執事の加資を例にして改めた。前日の会盟宴のとき、下教して言った、「三等以上は、一資を授けよ」と。寿卿はそのとき、すでに嘉善だったので、加資を具えて授けなかった。今はただ通政を帯びているので、その加資は授けないわけにいかなかった。閔懐発の犯したのはひどいけれども、しかし親功臣ということで、長くその職を止めさせるわけにはいかない、速やかに叙任すべきだ。
 
3593、
且以親功臣, 爲參奉、奉事者, 雖過箇滿, 不得遷轉, 臣等請參外之職, 箇滿則遷。當今功臣最多, 故臣之欲啓此事者久, 而不敢也。 然國家待功臣之意, 不可與凡例等, 故敢啓。" 傳曰: "可。壽卿加資, 亦一時之事, 不可追論授之。且以親功臣, 豈無陞嘉善之時? 今則不可。" 元宗等謝曰: "上ヘ允當。"
●また親功臣で、参奉、奉事になった者は満期が過ぎても遷転できない。臣等は、参外の職は満期が来たら遷すことを求める。今は功臣が最多なので、臣がこのことを奏上しようとしたのも長いが、あえてしなかった。しかし国家が功臣を待遇する意は、凡例と同じであっては行けないので、敢えて奏上した。」伝教して言った、「そうせよ。」寿卿の加資も、また一時のこと、追論して授けることはできない。また親功臣で、どうして嘉善に昇進するときがないか。今はできない。」元宗等が謝して言った、「上教はまことに当を得ている。」
箇満:在任期間。
 
3594、
完川正に加罪する事を下問すると、柳洵等が加罪しないようにする。
○傳曰: "完川正事, 臺諫累請加罪, 何以斷之?" 柳洵等啓曰: "若干大事, 則當服大罪, 不止分配。臣於推鞫時, 悉知情?, 頓不相干, 今若加罪, 則似乖於理。" 傳曰: "知道。"
●伝教して言った、「完川正のことは、台諌が重ねて加罪を求めるが、どう断定すればよいか。」柳洵等が奏上して言った、「いくつかの大事は、当然大罪に服すべきで、分配に止まってはいけない。臣は推鞫のとき、ことごとく実情を知った、急には相関しないから、いまもし加罪したら理におそむくようだ。」伝教して言った、「わかった。」
 
○昼講に出る。
●〔省略〕。
 
3595、
台諌が完川正、李承元、金引石、尹c等のことを奏上したが允許しない。
○臺諫啓完川正、李承元、金引石、尹c等事, 傳曰: "完川正事, 問諸三公, 皆云不可加罪, 予意亦然。餘亦不允。"
●台諌が完川正、李承元、金引石、尹c等のことを奏上した。伝教して言った、「完川正のことは三公に問うと、皆、加罪すべきではないという。予の意もそうだ。ほかも允許しない。」
 
3596、
夕講に出て論語を講じた。侍講官金?が忌辰斎、巫覡の禁止を求める。
○御夕講。講《論語》, 至 "非其(思)〔鬼〕而祭之諂也。" 侍講官金?曰: "聖人垂ヘ如此, 其至如國家(忌晨)〔忌辰〕之齋, 亦可革也。且城中巫覡成風, 士大夫之家, 亦出入無忌。 請申明禁斷。" 傳曰: "巫覡事, 憲府當禁, (忌晨齋)〔忌辰齋〕 不可革也。"
●夕講んみ出た。『論語』を講じて、「鬼でなくて祭るのは諂いだ。」にお至った。侍講官金?が言った、「聖人の垂教はこのようだ。その最たるものは国家忌辰祭のようなもので、また廃止すべきだ。また城中、巫覡が風俗をなし、士大夫の家にも出入りして憚らない。禁断を申明することを求める。」伝教して言った、「巫覡のことは司憲府が禁ずべきだ、忌辰斎は廃止できない。」
 
3597、
弘文官修撰李希曽の卒記。
○弘文館修撰李希曾病歿, 命賜賻。
【史臣曰: "希曾, 允儉子也, 年少聰睿, 才藝宿成。料事合宜, 善爲疏、箚, 爲史官稱職。 至是夭歿, 時人惜之。"】
●弘文館修撰李希曽が病歿したので賻儀を下賜するよう命じた。
【史臣が言う、「希曽は允倹の子だ。年少にして聰睿で、才芸ははやく完成した。事の処理が適切で、疏剳がよくでき、史官となって職をまっとうした。ここにいたって夭歿し、時の人は惜しんだ。】
 
3598、
中宗4年(1509年)1月6日(己亥)
朝講に出る。献納柳思敬が職田を功臣に量給しようとする。
○己亥/御朝講。掌令尹希仁、獻納柳思敬, 以前事極論, 不允。思敬曰: "國用田, 盡給功臣, 國用不足, 乃以軍資補之。軍資日至?竭, 請以百官職田, 量給功臣。如是則待功臣厚, 而軍資亦不至?竭。古有守信、恤孤、科擧之田, 而無職田, 今量減何妨?" 命收議于大臣。
●己亥、朝講に出た。掌令尹希仁、献納柳思敬が、以前のことを極論したが、允許しなかった。思敬が言った、「国用田を全部功臣に給し国用が不足しているので、軍資で補った。軍資が日々に虚渇した、百官の職田を功臣に量給することを求める。こうすると功臣への待遇も厚く、軍資も虚渇に至らない。昔、守信、恤孤、科虚の田はあったが、職田はなかった。今、量って減らしても何の妨げがあろう。」収議を大臣に命じた。
 
3899、
昼講に出る。柳希渚、権?が冗官減縮と荒れ地の免税を求める。
○御晝講。侍講官柳希渚曰: "古云:‘省事不如省員, 省員不如省官。’祖宗朝設官分職, 非不至也, 今承廢朝之後, 民窮財盡, 所當省費。冗官之有可省者省之, 則財自足矣。" 記事官權?曰: "陳荒之田, 該曹不許免?, 計國用不足也。今民生方困, 不當收其租也。"
●昼講に出た。侍講官柳希渚が言った、「昔言った、「省事は省員に如かず、省員は省官に如かず。」と。祖宗朝の設官分職は至らざるは無かった。今廃朝の後を承けて、民は窮し財は尽きた、まさに省くべきところだ。冗官があって省くべきものは省く、そうすれば財は自ずから足る。」記事官権?が言った、「荒田は、該曹が免税を許さない、国用を計ると不足だからだ。今、民生はまさに困窮している、その租税を収納すべきではない。」
 
3900、
冗官を減員することを伝教し、府院君以上、該曹堂上に収議させる。
○傳曰: "柳希渚等所言果是。頃因廢朝板蕩, 生民流離, 田野荒蕪, 理固宜也。陳田不得免?, 非爲用度不贍也。今欲救弊, 必須儲備, 欲儲備, 必須省員。今之外方各官, 事務不緊, 而有二員者, 京職以一任, 而有二三員者, 量減其員, 官職不緊者, 亦減之。明日府院君以上及該曹堂上, 召集收議。"
●伝教して言った、「柳希渚等が言うのはやはり正しい。先頃の廃朝の板蕩で、生民は流離し、田野が荒蕪したのは、理としてもとよりその通りだ。陳田が免税できなかったのは、用度が足りなかったためではない。今、救弊しようとすれば、必ず備えがいる、備えようとすれば、必ず省員しなければならない。今、外方の各官は、事務が緊急でなくて二員あるのと、京職が一つの任で、二三員あると、量ってその人員を減らせ。官職の緊急でないものも減らせ。明日、府院君以上及び該曹の堂上は、召集して収議せよ。」
 
3901、
戸曹郎官が、奉化、礼安に貢物を割当てなければならないと言う。
○?曹カ官啓曰: "各道貢物, 已磨?, 奉化、禮安, 雖殘弊, 貢物不可移定他郡。且此二縣, 非路邊。路邊殘邑必多, 請令其道監司, 分揀馳啓。" 從之。
●戸曹カ官が奏上して言った、「各道の貢物は、すでに用意したが、奉化、礼安は、残弊したといっても、貢物を他郡に移定できない。またこの二県は、路辺ではない。路辺の残邑は必ず多い。その道の監司に、分揀(分別)して馳啓するようにさせることを求める。」従った。
 
3902、
崔夢錫の濫刑した事について司憲府に伝教する。
○傳于憲府曰: "觀崔夢錫推案大略, 其被殺者, 初以盜牛囚?, 終無盜牛形迹, 必夢錫懷憤殺之也。被殺人等, 當初以衙中數外馬二匹, 將告訴監司, 夢錫疾之, 乃托以盜牛而濫刑, 父子、兄弟相及者八人。凡枉刑殺人, 雖一人猶不可, 況八人乎? 此雖蒙宥, 憲府觀事之輕重, 當論啓, 而不爲。予意此事已甚, 若全釋, 則無以懲後人。"
●司憲府に伝教して言った、「崔夢錫の推案の大略を見ると、殺されたものは、初め牛を盗んで囚?されたが、遂に牛を盗んだ形跡がない。必ず夢錫が憤りを抱いて殺したのだ。殺された人たちが、当初、官衙中の数字外の馬二匹で、監司を告訴しようとして、夢錫が気に病み、そこで牛盗みに託して濫刑した。父子、兄弟、相及ぶもの八人だ。およそ枉刑で人を殺すのは、一人でもなお不可だ、まして八人はなおさらだ。これは容赦されても、司が事の軽重を見て、論啓すべきだが、しなかった。予の意ではこのことはすでにお甚だしい。もし全部釈放したら後人を懲戒できないだろう。」
 
3903、
中宗4年(1509年)1月7日(庚子)
○庚子/御朝講。
●〔省略〕。
 
職田節減、陳田免税、陳田の免税、官職の減縮等、官場の弊害駆除を議論する。
○傳曰: "如奉化、禮安及路邊殘弊等官救弊事, ?議之。柳洵等議: "今調度不足, 移用軍資倉穀, 實非經遠之謀。但職田, 國家所以優待朝士, 載在《大典》, 無朝夕之急, 而減朝官職田, 以充軍資, 非惟失祖宗經制本意, 亦有傷於事體。
●伝教して言った、「奉化、礼安及び路辺の残弊等、官場の救弊のことを、みな議論せよ。柳洵等が議論した、「今、調度不足で軍資の倉穀を移用するのは、実に将来を見越した計策ではない。ただし職田は、国家が朝士を優待するためのもので、『大典』に載せてあり、朝夕の急なしに朝官の職田を減らして、軍資にあてるのは、ただ祖宗経済の本意を失うだけでなく、また事体をそこなうものがある。
 
3904、
況今國家方節儉省浮費, ?仍有稔, 則不數三年, 用度有餘, 自不至於借費軍資。省費不如省官, 然祖宗設官分職, 量事置吏, 今無可省之員, 且近日如加設官、假官、軍職之類, 減汰已多。雖加省一二員, 其省費不廣, 而舊典有虧矣。陳田免?事, 收?案已到該曹, 今不可更議。
●まして、今、国家はまさに節倹して浮費を省くが、豊作なら三年を経ずして、用度は余りがあるので、自然軍資を借費するに至らない。省費は省官に如かず、しかし祖宗の設官分職は、事を量って吏を置いた、今、省ける員はない、また近日、加設官、仮官軍職の類は、減汰がすでに多い、一二員を省くのを加えても、その省費は広くなく、旧典に欠ができる。陳田の免税のことは、収税案がすでに該曹に至り、今、更議すべきではない。
 
3905、
如奉化、禮安殘邑救弊事, 遙度擬議爲難, 下諭各道觀察使, 如有殘弊最甚各官, 則弊事及可救之策, 磨?以啓後, 更議何如?" 洵等又啓曰: "各道方物進上大鹿皮, 得之艱難, 而國用則不切。雖不可永除, 限民生蘇復, 權減何如?" 傳曰: "卿等所啓果是。朝士職田, 載在《大典》, 不可廢也, 然限豐稔權減何如?
●奉化、礼安のような残邑救弊のことは、遠くから推測で議論するのはむつかしいので、各道観察使に下諭して、もし残弊が最も甚だしい村があれば、弊害及び救うべき策を準備して奏上してから、更に議論してはどうか。」洵等がまた奏上して言った、「各道が方物で進上する大鹿皮は、得るのが困難で、国用も切実ではない。長く止められないといっても、民生の蘇復に限って仮に減らすのはどうか。」伝教して言った、「卿等の奏上はやはり正しい。朝士の職田は、『大典』に載せてあり、やめることは出来ないが、豊稔になるまで仮に減らすのはどうか。
 
3906、
省官亦是難事, 然漢光武時, 亦減損吏職, 以救弊, 今亦省官以儲備何如? 陳田免?, 前年則已矣, 今年則?免何如?" 洵等啓曰: "朝士職田, 所以養廉恥之具, 不可永減, 但限豐稔, 量減爲當。省官事, 臣等以官案觀之, 無可省者。然必欲減省, 令吏、兵曹磨?後, 更議何如?
●省官も難事だが、漢光武の時も、吏職を減損して救弊したが、今また省官で儲備するのはどうか。陳田の免税は前年のは終わった。今年は免税してはどうか。」洵等が奏上して言った、「朝士の職田は廉恥心を養う具で、永減はできない。ただし豊年まで量減するのが当を得ている。省官のことは、臣等が官案を見るに省けるものがない。しかし必ず減省しようとするなら、吏、兵曹に準備させた後、再議してはどうか。
 
3907、
陳田免?事, 農前預定, 則惰農不昏作勞, 待秋成可議。" 傳曰: "大鹿皮豈無所用, 但今時則百姓困弊, 限五年權減。職田太半量減, 則過矣, 若六品以上字數多者, 量減爲當。省官事, 亦令該曹磨?, 只省其員多無事處。陳田免?事, 依允。"
●陳田の免税のこと, 農事の前にあらかじめ定めたら、農事を怠けて力を尽くさないから秋の稔りを待って議論すべきだ。」伝教して言った、「大鹿皮はどうして無用なのか。但し今の時は百姓が困弊しているから五年を限って仮に減らせ。職田は太半を減らしたら行き過ぎだ。六品以上で字数の多いようなものは、量減するのが穏当だ。省官のことは、また該曹にお準備させよ。ただしその員数が多くて用事のないところを省け。陳田の免税のことは、奏上によって允許する。」
 
3908、
○御晝講。
●〔省略〕。
 
南憬が伐木軍人を侵奪した事件を推問せよと義禁府に伝教する。
○傳于禁府曰: "南憬前任善山府使時, 侵漁代木軍人, 收合緜布五百匹, 移置?州人家, 買家舍田民事, 其推問。"
●義禁府に伝教して言った、「南憬が以前善山府使に任じていたとき、伐木軍陣を侵奪して、緜布五百匹を収納し尚州の人家に移し置いて、家舎と田民を買い取ったことを推問せよ。」
 
○御夕講。
●〔省略〕。
 
3909、
司憲府が崔夢錫が8人を死なせたことについて奏上する。
○憲府啓曰: "崔夢錫致令八人同時皆死, 府中議亦以爲未便。但非關係綱常, 而已經赦宥, 故未敢請罪耳。" 傳曰: "夢錫事, 雖非贓汚綱常, 不可以赦宥之。若不畢推, 無以懲後, 其畢推之。"
●司憲府が奏上して言った、「崔夢錫が八人を同時に皆死なせたが、府中の議もまた穏便ではないとする。ただし綱常に関係せず、すでに赦免したから、あえて罪を乞わなかったのだ。」伝教して言った、「夢錫のことは,、贓汚や綱常ではないとしても、赦免は出来ない。もし推考を遂げなかったら、後の懲戒とならない。推考を最後までやれ。」
 
○臺諫, 以完川正、尹c事啓之, 不允。
●〔省略〕。
 
3910、
左議政朴元宗が病気のことを言うので代わりに宋軼を巡辺使にする。
○左議政朴元宗啓曰: "臣以各堡移排事, 當往咸鏡道, 但前者赴京時, 左脚不仁, 驅馳遠路, 恐生他病。臣以武臣當任邊事, 病勢如此, 故敢啓。" 傳曰: "然則當改之。" ?以宋軼爲巡邊使。
●左議政朴元宗が奏上して言った、「臣は各堡の移排のことで咸鏡道に行くべきだが、ただ先に赴京したとき左脚が悪くて、遠路を馳せていくと、他病が生じるおそれがある。臣は武臣として辺事に任ずるべきだが、病勢がこのようなのであえて奏上した。」伝教して言った、「それなら改めるべきだ。」そこですぐに宋軼を巡辺使にした。
 
3911、
中宗4年(1509年)1月8日(辛丑)
朝講に出る。沈貞の外任、尹cの判書任命、官職と職田の縮小を議論する。
○辛丑/御朝講。領事成希顔曰: "成川僻地, 非務劇也, 而沈貞爲府使。貞才兼文武, 眞有用者也。用人當重内而輕外。" 持平申?、正言洪彦弼, 論完川正、尹c事, ?又曰: "六曹之任甚重, 府院君年未至老, 而堪爲任事者, 亦多有之。兼判六曹以之治事, 則當有益國家, 何必以c爲判書也?"
●辛丑、朝講に出た。領事成希顔が言った、「成川は僻地で、事務が激しくないのに、沈貞を府使にした。貞は文武を兼ねる才があって、まことに有用なものだ。人を用いるには内を重んじ外を軽くする。」持平申?、正言洪彦弼が、完川正、尹cのことを論じ、?はまた言った、「六曹の任は甚だ重く、府院君はまだ年老いていないが、ことを任ずるに堪えるのも多い。判書、六曹を兼ねてことを治めさせれば、国家に利益があるだろう。どうして必ずしもcを判書にする必要があるか。」
 
3912、
上曰: "沈貞, 銓曹數擬望於守令, 予亦欲擇差, 故差之。然若可用人, 不宜出守州郡也。" 希顔曰: "日者以省官職、減職田事, 命議。若調度甚乏, 則當如是救之, 不然, 當遵守成憲而已。大抵人君當先自節儉而已。昔漢文帝節儉, 天下殷富, 隋 文帝之時, 天下財物極盛, 煬帝以奢侈自敗, 爲唐所有。節儉爲上, 省官等事乃末務也。" 上曰: "人君崇儉節用可也。但欲救弊, 故欲省官耳。"
●王が言った、「沈貞は銓曹がしばしば守令に擬望し、予も択差しようとしたので任命した。しかし使える人なら州郡を出守すべきではない。」希顔が言った、「最近、省官職、減職田のことを議論するよう命じた。もし調度が甚だ乏しかったら、このようにして救うべきだ。そうでないなら成憲を遵守するだけだ。だいたい人君が率先して倹約すべきだ。昔、漢の文帝は節倹し、天下は殷富で、隋の文帝の時, 天下の財物は極盛だったが、煬帝は奢侈で自滅し、唐の有する所となった。節倹が上策で、省官等のことは、結局末務だ。」王が言った、「人君が節倹を貴んで節用するのはよいことだ。ただ弊を救おうとして省官しようとしたのだ。」
 
3913、
府院君で判書を兼任させることを伝教する。
○傳曰: "以府院君兼判書, 古有其例。雖不必例皆除授, 間或交差事, 言于銓曹。"
●伝教して言った、「府院君で判書を兼任させることは、昔その例がある。例によって皆除授する必要はないが、間々あるいは交差することは銓曹に言え。」
 
○御晝講。
●〔省略〕。
 
○御夕講。
●〔省略〕。
 
3914、
○傳曰: "沈貞, 可用於京職云, 其遞之。"
●〔省略〕。
 
諌奏聴納、官爵重視、字牧重視など7条目を奏上する大司諌柳世?等の上訴。
○司諫院大司諫柳世?等上疏曰:
天道至誠不貳, 故能斡旋樞極, 而萬物得以遂, 王者誠一無僞, 故能統攝機務, 而庶政得以理。古之人君, 孰不欲善治, 然而不能者, 患在於循名, 而無實。故?僞日滋, 上下相欺, 而終至於不可救。
●司諌院大司諌柳世?等の上疏に言う:
天道は至誠で不二だから、枢極が斡旋でき、万物は遂げられる。王は誠一で無偽だから、機務が統摂出来、庶政は道理を得る。昔の人君は、だれが善治しようとしないだろうか、それでも出来ないのは、その患は名に従い実がないからだ。だから虚偽が日々に盛んになり、上下が相欺き、ついに救えないことになる。
 
3915、
伏惟殿下再造丕基, 慨然圖治, 可謂盛矣。然其求治之誠, 慮有所未至, 故敢以七事條陳, 而歸之於誠。曰納諫諍。臣等聞理亂之始, 必有萌象, 開直言廣視聽, 理之萌也, 甘?諛蔽近習, 亂之象也。自古人君?位之初, 必有敢言之士。人主苟能?懷納諫, 則士皆樂行其道, 競爲忠?, 而上下之志通, 幽遠之情達, 欲無理, 得乎?
●伏して思うに殿下は丕基を再造し、慨然として治を図るから、盛んと言うべきだ。しかしその求治の誠は、まだ至らない所があると思われるので、あえて七つのことを条陳したが、誠の帰するところだ。
諌諍を納れるということ。臣等が聞くに理乱の始めは、必ず萌しがある。直言を開いて広く視聴するのは理の萌しだ。?諛に甘んじて近習を選ぶのは乱の象だ。昔から人君即位の初めは、必ず敢言の士がある。人主が仮にもよく虚心に諌言を納れれば、士は皆その道を行うのを楽しみ、競って忠直をなす。そして上下の志が通じ、幽遠の情が届き、治まらないようにしようとしても出来ない。
 
3916、
苟拒而不納, 則士皆阿意迎合, 以竊其位, 而十?之事, 皆可欺也, 欲無亂, 得乎? 殿下臨御未久, 而言官相繼伏閤, 天聽猶?, 終至於擧朝爭之, 然後勉而從之。臣等竊恐懷祿保身者, 有以窺殿下聲色, 而不盡言也。如此而謂殿下有納諫之誠乎? 曰惜名器。臣等聞名器者, 朝廷公器, 帝王所以礪世磨鈍, 以待賢者, 固不可謂我私有, 而授之非人。
●仮にも拒んで納れないと、士は皆意におもねって迎合し、その位をぬすみ、十?のことも皆欺けるから、乱のないようにしようとしてもできるだろうか。殿下は臨御がまだ長くなく、言官が相継いで伏閤しても、天聴はまだ遠く、ついに朝廷を挙げて争うに至り、その後で勉めて従う。臣等はひそかに恐れる懐禄保身のものにひそかに殿下の声色をぬすんで言葉を尽くさないのがあるのではないかと。このようであっては殿下は納諌の誠があると言えようか。
名器を惜しむということ。臣等は聞く、名器は朝廷の公器で、帝王が礪世磨鈍する道具で、それで賢者を待遇する。もとより私有物とは言えないし人でなしに授けることも出来ない。
 
3917、
是以名器重, 則朝廷尊, 名器賤, 則朝廷卑。臣等觀廢朝, 舊老諫輔, 殺戮殆盡, 引進嬖倖, 雜糅混施, 而終底亂亡, 此其驗也。今殿下其命一官爵一人, 固當難愼, 而驟陞望輕者, 備諸列卿, 庸鄙無能者, 典守方面。名器之賤, 一至於是, 臣等恐殿下尊賢之誠, 有所未至也。
●そこで名器を重んじれば朝廷は尊く、名器を賎しめば朝廷は卑しい。臣等が廃朝を見るに、舊老が諌輔すると、殺戮されてほとんど尽きた、嬖倖を引き進めて雑糅混施して、ついに乱亡に至った、これがその験だ。今、殿下が一官爵を一人に命ずるにも、もとより慎重であるべきだが、にわかに軽い人を昇進させて、列卿に備え、平凡で無能なものを地方官に任命する。名器の賎しさは、まったくここに至った。臣等は殿下の尊賢の誠はまだ至らない所があるかと恐れる。
 
3918、
曰重字牧。臣等聞漢宣帝有言曰: "庶民安於田里, 而無愁嘆者, 政平訟理也。與我共理者, 其惟良二千石乎!" 今殿下常重是任, 至引對問以字牧之方, 其恤民之意至矣。然以今觀之, 銓曹不問賢愚, 若陞參職, 則例皆注擬。而至於殿最, 爲監司者亦曰, 某守, 某之姻?也, 某宰, 某之膠漆也, 政苛猛虎, 而譽言日至, 沽名鸞鳳, 而民實怨咨。臣等恐殿下愛民之誠, 有所未盡也。
●字牧を重んじるということ。臣等は聞いいている、漢の宣帝に「庶民が田里に安んじ、愁嘆するものがないのは、政治が平和で訴訟が理にかなっているからだ。我と共に治めるのは、ただ善良な二千石だろうか。」という言葉がある。今、殿下が常にこの任務を重んじ、引いて、字牧の方を対問するなら、それは恤民の意の至ったものだ。しかし今これを見るに、銓曹が賢愚不問で、もし参職に昇進させると、皆、例によって注擬する。殿最に至っては、監司になったものも、某守は某の姻?だ、某宰は某の膠漆、と言う。苛政は虎よりも猛しなのに、誉言は日々に至り、鸞鳳の名は得たが、民はまことに怨咨する。臣等は、殿下の愛民の誠が、まだ尽くされていないのではと恐れる。
 
3919、
曰嚴贓汚。古者竊鉤者誅, 所以養廉也。今無ョ小民, 迫於飢寒, 竊人財物, 則必嬰木索受笞?, 死而不恤, 況貪吏犯贓, 豈但竊鉤哉? 頃自廢朝, 廉恥道喪, 攘奪人財, 盜取官物, 貪汚成風, 其擧劾見推者, 僅百中一二。而殿下曲加恩貸, 至於承元之罪, 論請逾年, 而未回天聽。
●贓汚を厳重にするということ。昔は竊鉤するものは誅した、養廉のためだ。今、無ョの小民が飢寒に迫られて、人の財物を盗んだら、必ず木索につながれて笞?を受け、死んでも憐れまれない、まして貪吏の犯贓はどうしてただ竊鉤だけだろうか。近頃、廃朝から廉恥の道が失われ、人の財を奪い取り、官物を盗み取る貪汚が風を成し、弾劾されて推問されるのは僅かに百中の一二だ。しかし殿下は曲げて恩貸を加え、承元の罪に至っては、論請が年を越すが、まだ天聴が返されない。
 
3920、
是殿下之法, 不行於奸贓, 而獨行於小民, 臣等恐殿下養廉之誠, 有所未至也。曰抑奔競。古者士?操節, 不求僥倖, 故韓維守道, 而彦博薦之, 劉器之靜退, 而?公進之。今士習不正, 奔競成風。爲士者率皆藉父兄勢, 托故舊親, ?求媚謁, 乞哀昏夜, 至於除拜之日, 片牘公行, 其貪鄙無恥, 甚於攫金, 而恬不知愧。
●この殿下の法は奸贓には行われないで、ただ小民に行われる。臣等は殿下の養廉の誠はまだ至らない所があるかと恐れる。
奔競を抑えるということ。昔、士は操節を貴び、僥倖を求めなかったから、韓維は道を守り、彦博が薦めた。劉器は静退して温公が進めた。今は、士習が正しくないので、奔競が風習となった。士たるものは率先して皆父兄の勢を借り、故旧の親しみに託して、諂って求め媚びて謁見を求め、暗夜に於乞哀し、除拜の日に至って、片牘が公に行われて、貪鄙無恥は金を得るより甚だしく、恬として恥を知らない。
 
3921、
入(大學)〔太學〕衣縫掖者, 亦不事窮經, 唯務媒進, 旁谿曲逕, 爭相倣效, 士習之?, 孰甚於此? 臣等恐殿下礪士之誠, 有所未至也。曰闢異端。夫異端之?, 售僞而假眞, 似是而實非, 深排痛觝, 惟恐不去。今妖尼惠明, 執左道惑民, 罪不可貰。殿下?位之初, 當致天誅, 以肅民聽, 而卵育至今, 此殿下失刑之大者也。
●太学に入り縫掖を着るものも、経書を極めることをこととせず、媒進を努め、旁谷曲逕を争い模倣するので、士習の毀れるのは、何が此よりひどいだろうか。臣等は殿下、礪士の誠がまだ至らない所があるのではと恐れる。
異端をしりぞけるということ。だいたい異端の説は、偽りを売って真実を仮り、正しいようで正しくなく、深く排斥して厳しく当たっても、ただ除去できないのを恐れる。今、妖尼恵明は左道を執って民を惑わす、その罪は許せない。殿下は即位の初め、まさに天誅を致して民聴を粛清すべきだが、卵が育って今に至った。これは殿下の失刑の大きなものだ。
 
3922、
一(公)〔幺〕魔尼至賤也, 而(大學生)〔太學生〕上封章, 臺諫、侍從、經幄大臣, 皆曰可去, 而殿下猶不去之, 獨何耶? 曩者殿下欲復兩宗, 已開緇?之窺覘, 而今不去惠明, 益培其根抵, 臣等竊痛焉。臣等未知殿下衛道之心, 果在於誠乎。曰謹終始。《書》曰: "謹終于始。" 始之不謹, 而能有終者, 未之有也。殿下, 上承祖宗付托之重, 下負臣民拭目之望, 當謹其始, 以圖其終。
●一人の幺魔尼は至って賎であり、太学生が封章を進じ、台諌、侍従、経幄大臣が、皆、除去すべきと言うが、殿下だけはやはり除去しないのはどういうことか。先に殿下は両宗を復興させようとし、すでに緇?の窺覘を開いたが、今、恵明を除去しないのは、益々その根底を養うもので、臣等はひそかに痛む。臣等は、殿下の衛道の心は、果たして誠にあるのか、疑問だ。
終始を勤めるということ。『書』に言う、「終わりを始に勤める。」と。始に勤めないでよく終わりのあったものは、未だない。殿下は、上は祖宗付托の重責を承け、下は臣民の拭目の望みを負い、まさにその始めを勤め、その終わりを図るべきだ。
 
3923、
然當今失政, 如上所陳, 則豈可謂有其始乎? 唐太宗喜聞直言, 聞過必改, 可謂納諫之主矣。然徒事?名, 而不主於誠, 故罔終之漸, 遽形於魏?之疏, 甚可懼也。故臣等以一誠, 爲七條之綱。殿下以誠而納諫, 則?言日進, 而下無壅塞, 以誠而命官, 則賢智登用, 而名器自尊。
●しかし当今の失政が上に述べたようなものなら、どうして始めがあると言えようか。唐の太宗は直言を聞くを喜び、過ちがあれば必ず改めたのは、納諌の主と言える。しかしただ虚名を事として、誠を主としなかったから、終わりがないの漸で、にわかに魏?の疏が現れたのは、甚だ恐るべきだ。それで臣等は一誠をもって、七条於の綱を作った。殿下が誠をもって納諌すれば、忠直な言葉が日に日に進んで下に押し塞がることがなく、誠をもって官に命じれば、賢智が登用され、名器も自ずから尊い。
 
3924、
至於重守令之選, 而民生厚, 嚴贓吏之法, 而貪風?, 士習可正也, 異端可排也, 一政之施, 一號之發, 皆在於殿下之至誠, 殿下可不深念之乎? 昔李絳言於憲宗曰: "陛下置臣於耳目之地, 若臣畏避左右, 愛身不言, 是臣負陛下, 言之而陛下惡聞, 是陛下負臣。" 臣等官以諫爲名, 寧有隱而不言, 言而不盡, 以負殿下耳目之任乎?
●そして守令の人選を重くするに至ば民生が厚くなるはずで、贓吏の法を厳しくすれば貪風が抑えられ、士習を正し、異端を排することができる。一政の施行、一号の発令は、皆、殿下の至誠にある。殿下は深く念じないでおれようか。昔、李絳が憲宗に言った、「陛下は臣を耳目の地に置いたが、もし臣が左右を畏避し、身を愛して言わなかったら、これは臣が陛下に背くのであり、言っても陛下が聞くのを憎むと、これは陛下が臣に背くのです。」臣等の官は諌を名とするが、どうして隠れて言わず、言って尽くさず、そういうことで殿下の耳目の任に背けようか。
 
3925、
傳曰: "觀疏陳七條皆善, 其曰謹終始, 曰至誠等語, 尤嘉。《詩》云:‘靡不有初, 鮮克有終。’予以不穀, 猶恐不及, 敢忘斯言? 爾等效李絳之言, 欲不負其任, 若實有是誠, 則國家之福也。所言如其可納, 予安敢違?? 爾等不忘此意, 當盡言無諱。"
●伝教して言った、「疏陳七条を見ると、皆、善い。終始を謹め、至誠と言う等の語は、最も嘉い。『詩』に言う、「始めのないものはないが、良く終わりのあるものは少ない。」予は不穀で、やはり及ばないのを恐れるから、どうしてこの言葉を忘れようか。あなた達は李絳の言に倣いその任に背かないようにするが、、もしまことにその誠があるなら、国家の福だ。言うところがもし納れられるなら、安は敢えて違うだろうか。あなた達はこの意を忘れず、言葉を尽くし憚ることのないようにすべきだ。」
 
3926、
○臺諫啓前事, 不允。
●〔省略〕。
 
中宗4年(1509年)1月9日(壬寅)
○壬寅/御朝講。司諫李希孟、持平韓效元啓前事, 不允。
●〔省略〕。
 
○御晝講。
●〔省略〕。
 
○御夕講。
●〔省略〕。
 
3927、
中宗4年(1509年)1月10日(癸卯)
朝講に出る。柳世?、李自華等が完川正、尹c、官職縮小について奏上する。
○癸卯/御朝講。大司諫柳世?、掌令李自華, 以完川正、尹c事啓之, 領事柳洵曰: "臣爲推官見之, 完川正, 果以父病, 問卜於盲者, 慮其不來, 以韓亨允之言請之, 則其與盲不相知明矣。豈以不道之事, 輕問於不相識之盲乎? 事?疑似。"上曰: "尹c則遞之。完川正事不允。"
●癸卯、朝講に出た。大司諌柳世?、掌令李自華が、完川正、尹cのことで奏上し、領事柳洵が言った、「臣が推官となって見ると、完川正は果たして父の病で、盲人に問卜したが、来ないのを考慮して、韓亨允の言で求めたが、その盲人と面識がなかったことが明らかだ。どうして不道のことを、軽率に相識でない盲人に尋ねようか。ことは疑わしい。」王が言った、「尹cは替えよ。完川正のことは允許しない。」
 
3928、
世?曰: "欲省官者, 專以省費也。但祖宗朝設官分職, 各司其任, 今不可改也。成均館、承文
●〔省略〕。
院, 亦以員多減之, 成均風化之源, 承文事大之地, 省員則不可謂重學校, 亦不可謂重事大也。"知事金應箕曰: "百司之員雖多, 或災傷敬差官, 或軍籍カ官, 皆以他官兼之, 不可減也。且以員多者減之, 故成均館、承文院, 亦皆減省, 臣非不知不可, 出於不得已也。"
●世?が言った、「官を省こうとするのは、もっぱら費を省くためだ。ただし祖宗朝の設官分職は、それぞれの司がそれぞれの任で、今、改められない。成均館、承文院も、員が多くて減らしたが、成均は風化の源、承文は事大の地で、省員は学校を重んじることにならないし、事大を重んじることにもならない。」知事金応箕が言った、「百司の員が多いといっても、あるいは災傷敬差官、あるいは軍籍カ官は、皆、他官を兼ねていて減らせない。また員が多くて減らすから、成均館、承文院も、皆、減省したが、臣は出来ないのを知らないのではないが、やむを得ないことから出たのだ。」
 
3929、
省官減職田のことを明日宰枢で収議することと政院に伝教する。
○傳于政院曰: "省官減職田事, 明日欲收議于宰樞, 今日於經筵, 左右大臣、臺諫所言, 甚合予意, 其勿議之。上無濫費, 下至守令, 亦皆節用, 則財自足矣, 不須省官。"
●政院に伝教して言った、「省官減職田のことは、明日宰枢で収議しよう。今日、経筵で左右大臣、台諌が言うことは、甚だ予の意に合う、議論するな。上が濫費せず、下が守令に至るまで皆節約したら、財は自然に足る。省官すべきではない。」
 
3930、
尹cの遞任は注擬のとき慎重にするように銓曹に下諭せよと伝教する。
○傳于政院曰: "用人不可不愼擇。尹c之遞, 非有過失, 以其踐?未久也。然?除之, 又改之, 事甚不可。當初注擬時, 尤當愼簡, 其諭銓曹。"
●政院に伝教して言った、「人を使うには慎重に選択せざるを得ない。尹cの遞任は、過失があるのではなく、その経歴が長くないからだ。しかしすでに除したあとで、また改めるのは、事は甚だ不可だ。初め注擬のとき、最も慎重に選ぶべきだ、銓曹に下諭せよ。」
 
○御晝講。
●〔省略〕。
 
3931、
台諌が完川正のことを奏上する。
○臺諫啓完川正事, 傳曰: "經筵聞領議政之言, 其罪可疑。古云: ‘罪疑惟輕。’ 豈可以疑事, 絶其屬籍乎?"
●台諌が完川正のことを奏上した。伝教して言った、「経筵で領議政の話を聞くと、その罪が疑わしいと言う。古語に「罪が疑わしければただ軽くする。」と言う。どうして疑わしい事で属籍絶ってしまうのか。」"
 
○御夕講。
●〔省略〕。
 
○太白晝見。
●〔省略〕。
 
3932、
中宗4年(1509年)1月11日(甲辰)
○甲辰/受朝賀, 御朝講。
●〔省略〕。
 
輪対を聴く。平安道長城の築城、馬価の暴騰について議論する。
 
3933、
○聽輪對。司僕副正李軾曰: "平安道長城, 基址已定, 而未築者, 慮民力之困也。臣往見中朝, 自遼東至山海關, 築土城, 不擾民間, 而令戍卒, 分授自築, 事甚便易。臣願解氷以後, 合氷以前, 各堡戍卒, 半爲防戍, 半爲版築, 鎭將, 以一朔所築, 報于監司、兵使, 考其勤慢殿最, 則民無騷擾, 而長城自成矣。
●輪対を聴く。司僕副正李軾が言った、「平安道長城はその土台は既に定まったが、まだ築けないのは、民力が困しむのを配慮するからだ。臣が中朝に行って見るに、遼東から山海関に至るまで、土城を築くのに、民間を煩わさず、戍卒に命じて分担させて自築するが、事は甚だ簡便だ。臣が願うに、解氷以後、結氷以前、各堡の戍卒を、半分は防戍し、半分は版築をし、鎮将は一月の所築を監司と兵使,に報告し、監司と兵使に勤慢を調べさせて殿最させれば、民は騒擾がなく、長城は自然に成る。
 
3934、
今之鎭將, 以不緊之事, 勞役戍卒, 略無休息, 寧使築城, 以圖無窮之利。" 軍資主簿姜終孫曰: "近年以來, 馬價極高, 驛吏爭先貿買, 散盡家産。一馬之價, 幾至三四百匹, 因此驛吏彫殘, 不堪其苦。今後定上中馬價, 毋過其限。"
●今の鎮将は緊急でないことで戍卒を労役し、ほぼ無休だが、むしろ築城させて無窮の利を図らせよ。」軍資主簿姜終孫が言った、「近年以来、馬価がばかばかしく高く、駅吏は争って先に貿買し、家産を散尽する。一馬の価が、ほぼ三四百匹に至る。これによって駅吏は彫残し、苦痛に堪えない。今後上中馬の価を定めて志の限度を過ぎさせるな。」
輪対:毎月三回ずつ各部の郎官が順に王に謁見して所管職務について報告する事。
 
3935、
掌苑署で立春の節花を献上する。
○掌苑署獻立春節花。傳曰: "冬至、立春節花, 只獻大妃殿, 勿獻大殿、中宮。予不喜花卉。"
●掌苑署で立春の節花を献上した。伝教して言った、「冬至、立春の節花は、ただ大妃殿にお献上せよ、大殿、中宮には献上するな。予は花卉を喜ばない。」
 
○御晝講。
●〔省略〕。
 
3936、
完川正は廃庶人とし、前善山府使南憬の貪汚は時推罪人で照律させる。
○臺諫啓完川正事, 又啓曰: "前善山府使南憬, 恣行貪汚, 事干人等, 皆已承服, 當刑訊南憬, 而命更推事干。臣等聞之, 不勝驚愕。事干人等, 請勿拿推。" 傳曰: "完川正事, 爾等以大義言之, 其削屬籍, 廢爲庶人。南憬事, 其子宜城尉南致元, 欲與事干面質, 故命拿來。其勿更推, 以時推照律。"
●台諌が完川正のことで奏上し、また奏上して言った、「前善山府使南憬は、ほしいままに貪汚を行い、関係者等は、皆既に承服したが、南憬を刑訊し、関係者を更に推問することを命じるべきだ。臣等はこれを聞いて驚愕に堪えない。関係者等は拿推しないことを求める。」伝教して言った、「完川正のことは、あなた達は大義ということで言った、属籍を削り、廃して庶人とせよ。南憬のことは、その子宜城尉南致元は、関係者と面質しようとするので、拿来を命じた。更に推問するのは止めて時推罪人として照律せよ。」
 
○太白晝見。
●〔省略〕。
 
3937、
中宗4年(1509年)1月12日(乙巳)
朝講に出る。南憬、禁標外の陳田に対する免税、流難民、安集等を議論する。
○乙巳/御朝講。執義朴光榮、正言南袞曰: "南憬事, 以時推照律, 凡時推照律者, 皆不緊小事也。此則罪犯贓汚, 不可不取服定罪。" 上曰: "事干已服, 無更推之事, 故命以時推照律矣。" 光榮曰: "前者禁標内陳田, 已令免?矣。標外之民, 亦不安集, 今還舊居, 不得耕耨, 田多茂穢, 請勿收?。"
●乙巳、朝講に出た。執義朴光栄、正言南袞が言った、「南憬のことは時推で照律するが、だいたい時推照律は、皆、緊急でない小事だ。これは贓汚の罪を犯したので、取服して罪を定めざるを得ない。」王が言った、「関係者がすでに服して、更に推問することがないから、時推で照律することを命じた。」光栄が言った、「前に禁標内の陳田は、既に免税を命じた。標外の民も、安集せず、今、旧居に帰還し、耕耨が出来ず、田は多く荒れている、収税しないことを求める。」
 
3938、
領事朴元宗曰: "光榮之言是矣。臣於廢朝, 爲京畿觀察使, 備嘗知之, 立標無常, 或近或遠, 民不安業, 流離散亡者多。然臣意以謂收?案, 已到?曹, 今不可改。且免陳田?, 則恐惰農自安也。且廢朝, 民間騷擾, 不堪徭役, 一里之民, 竝皆流離, 又罹癘疫, 散亡殆盡, 其幸存者, 欲還舊士, 慮其絶?徭役, 督及其身, 不復舊居者多矣, 請曉諭各道, 務要安集。" 傳曰: "流離之民, 欲還舊土者, 下諭八道, 毋使督役, 以安其業, 標外未收田?, 與陳田?, 竝皆?免。" ?曹啓曰: "陳田, 今皆耕治, 考之無據, 其?不可減也。"
●領事朴元宗が言った、「朴光栄の言は正しい。臣は廃朝で、京畿観察使となり、かねて知ったことだが、標を立てるのに一定がなく、あるいは近くあるいは遠い、民は安業せず、流離散亡するものが多い。しかし臣が思うに収税案は既に戸曹の至り、今、改められない。また陳田税を免除すると、惰農が怠けるかと恐れる。また廃朝で、民間が騒擾し、徭役に堪えず一村の民が皆流離し、また癘疫にかかり、散亡して殆ど尽きた。その幸いに残ったものが元の土地に帰ろうとしても絶戸の徭役がその身に及ぶのを心配して元の家に帰らないものが多い、各道によく教え知らせて努めて安集を要するよう求める。」伝教して言った、「流離の民で元の家に帰ろうとするものは、八道に下諭して、督役させないで、その仕事を安くさせよ。標外の未収の田税と陳田の税は、皆免除せよ。」戸曹が奏上して言った、「陳田は、今皆耕作して、調べても根拠がなくその税は減らせない。」
 
1-12、2〜