内村鑑三全集16、岩波書店、557頁、4700円、1982.1.25
 
目次
凡例
1908年(明治41年)八月−一二月
Propagandist Nuisance.…………………… 3
様々の事業 他……………………………… 6
様々の事業
一生の事業
苦痛は事業
回顧の涙
名誉の死
伝道の真相
制度の排斥
無情の宣教師
偶像の交換
預言者の迫害者=教会
政変と草花
近時の教訓
国家の危殆
休養
多読の害
霊魂実在の真義………………………………13
非戦論の原理…………………………………18
学者の態度
戦争の悪事なること
戦争と天然
歴史に於ける戦争
戦争廃止の必要
勿来関を訪ふの記……………………………29
回々教信者に贈る文…………………………33
大尽と乞食 路加伝十六章十九節以下(改訳)……36
秋の黙示 他…………………………………38
秋の黙示
我が祈願
我が生涯の事業
信仰と感情
信者と不信者
我が宗教
キリストの所在
我が所得
キリストの神
完成せる救済
真理と基督教
新約聖書の供する二大真理
脆き証拠論
時事雑感
聖霊とは何ぞや………………………………46
高等批評に就て………………………………57
「真理」とは何ぞ……………………………61
善悪の遺伝……………………………………64
生活問題の解決………………………………66
余輩の弟子とは誰ぞ 他……………………70
余輩の弟子とは誰ぞ
家訓
神学博士
異端
万物悉く可なり 他…………………………75
万物悉く可なり
地上の楽園
狭き直き路
交際と信仰
儀式と憐憫
逆境の感謝
第二の宗教革命
我等の教会
伝道の妨害
何よりも確かなる事
自己の示顕
生涯の実験
罪人と悪人
読史余瀝………………………………………81
羅馬人と希臘人
二者の神
基督教会の起源
正教と異端
思想混濁の泉源
如何にして聖霊を受けん乎…………………84
亜伯拉罕伝の研究……………………………92
序言
テラの移住(創世記十一章二十七節以下)
アブラムの移住(創世記十二章一−八節)
饉饑をエジプトに避く(第十二章九節以下)
アブラム、ロトと別る(第十三章)
ケダラオメルの侵入(創世記十四章)
嗣子の祷求(創世記十五章)
アブラムの失敗(創世記十六章)
割礼の制定(創世記十七章)
ソドムとゴモラの滅亡(創世記第十九章)
イサクの献供(創世記二十二章)
戦場ケ原に友人と語る 神の無窮の愛に就て…… 114
秋酣なり 他……………………………… 120
秋酣なり
人生の四期
生涯の実験
既成の事業
神の器具
思想の昇進
悪しき口癖
人を援くるの途
主義と政略
神の忿怒のなき確証
パウロのキリスト観 羅馬書一章三、四節の研究…… 126
鞫く教会と赦すキリスト………………… 131
憐憫の交換………………………………… 133
クリスマスの祈祷 他…………………… 135
クリスマスの祈祷
幸福なる生涯
キリストの神性
人なるキリスト6
想像と実験
友愛の刺戟
不遇の慰藉
パリサイ主義
近世の偶像
罪の脱却
教会と神の国
財産としての意志
利己主義の信仰
最大感謝
キリストの来世観………………………… 142
神の忿怒に就て…………………………… 146
マリヤの讃美歌 路加伝一章四十六節より五十五節まで…… 150
今年の出来事……………………………… 159
稀有の事 余輩の交友…………………… 162
 
1909年(明治42年)1月―10月
『檪林集 第壱輯』……………………… 167
檪林集に題す…………………………… 168
ワルト ホヰットマン………… 170
地と人
今の米国人
米国の希望
ワルト ホヰットマン
彼の生涯
金銭を賤む
学問の人に非ず
文才の人に非ず
彼の特有物
彼の詩題
彼の目的
彼の宗教
彼の天然観
彼の国家観
彼の同情性
彼の人生観
米人の待遇
札幌県鮑魚蕃殖取調復命書并ニ潜水器使用規則見込上申(旧作)…… 199
商売成功の秘訣………………………… 200
幸福なる生涯 他………………………… 203
幸福なる生涯
完全なる此世
我を護る者
国のために祈る
文明の解
信仰難
損失の利益
処世の途
寥々たる信者
困難の歓迎
雷霆の神
読書と智識
イエスと教会
福音と基督教
キリストの血に就て……………………… 209
満全の幸福………………………………… 222
人生の目的と之に達する途……………… 223
無謀の信仰………………………………… 227
冬休み……………………………………… 231
A New Bishop in Japan ………………… 236
春を迎ふ 他……………………………… 238
春を迎ふ
最善の思想
我の祈願
聖書と他の書
読書と苦痛
教会と国家
鳥と人
教会を要せざる信仰
満全の幸福
計画の愚
悪魔を斃すの途
奇跡の信仰
平信者の祈祷
平和の態度
キリストの死……………………………… 245
贖罪の真義と其事実……………………… 260
什麼な世…………………………………… 266
無意識の善 馬太伝廿五章三十一節以下…… 267
信仰表白の必要…………………………… 270
キリストの僕たる余……………………… 273
春風到る 他……………………………… 275
春風到る
希望の今日
愛の安全
我がキリスト
説と精神
説の進歩
信仰の自然淘汰
独立伝道の効果
谷の百合花
信者の名実
内と外
我が矛盾
天然詩人としての預言者ヱレミヤ……… 281
イエスは何故に人に僧まられし乎……… 293
争闘と平和………………………………… 301
モーセの五書 モーセ伝研究の端緒…… 306
旧約聖書研究の必要
愛国心養成のために必要なり
信仰確定のために必要なり
五書の略解
五書は宛然長篇の抒情詩
花の見方…………………………………… 313
得まほしきもの 日本人の基督教……… 316
エデンの園 他…………………………… 318
エデンの園
腐敗と希望
犠牲と善行
宇宙の精神
我が悲歎
成効の秘訣
国を亡す者=敵愾心
人と聖書
信者と不信者
天然の愛
木と人
来世の信仰
無抵抗主義
罪の目録…………………………………… 323
目録第一
聖霊の進化………………………………… 352
元始的日本………………………………… 359
モーセ伝の研究…………………………… 361
一、イスラエルの出生(出埃及記第一章)
二、モーセの誕生(出埃及記第二章上半)
三、モーセの遁逃(出埃及記二章下半)
四、モーセの聖召
   (出埃及記二章二十三節以下、三章、四章)
五、パロとの応対(出埃及記五章)
五、パロの剛愎(出埃及記六−十二章)
六、紅海の横断(出埃及記十四章)
七、モーセの歌(出埃及記十五章)
八、マナと鶉(出埃及記十六章)
基督教研究の二方面……………………… 379
An Example from Buddhism. …………… 384
杜鵑花 他………………………………… 386
杜鵑花(さつき)
感謝会後の一年
予定の信仰
聖書の理解
脳と心
余輩の賛成者
資格の作成
無勢力の感謝
祭事と同情
式又式又式
カーライルの葬式
「凡そ事信じ」…………………………… 391
聖霊とは誰ぞ……………………………… 392
明白なる一事……………………………… 400
忍耐と勝利………………………………… 401
余の耐えられぬ事………………………… 402
Thomas Paine. …………………………… 406
庭園の奇蹟 他…………………………… 407
庭園の奇蹟
雑草
活ける神
既成の救拯
信じ難き理由
神の確実の愛
我の称揚
無礙の生涯
善人たるの途
歴史と聖書
我が理想の人
自由の衰退
忿怒と救拯
キリストは如何なる意味に於て万物の造主なる乎…… 413
真の聖公会………………………………… 420
余の信仰の真髄 人類の普遍的救済…… 421
批評家と思想家…………………………… 426
秋と聖書 他……………………………… 427
秋と聖書
我は信ず
起て我父に往かん
光明の宇宙
希望の人生
祈祷の普及
宇宙生命充実説
新福音と旧福音
プロテスタント主義
人たるの特権
君子と戦士
完全の標準
単独の称讃
詩作
疑はしき書翰 所謂「牧会書翰」の研究…… 435
一、聖書の識別
二、パウロの書翰
三、牧会書翰
四、懐疑の理由
附記
神の単一…………………………………… 467
人類の王…………………………………… 471
希臘の三大偉人…………………………… 472
教会の本性………………………………… 473
最も辛らき事 怒る事…………………… 474
社会の救済………………………………… 477
The Late Mrs. Harris. A Reminiscence.…… 481
『基督教世界』の開書への回答………… 483
秋郊の福音 他…………………………… 485
秋郊の福音
信仰の進歩
信仰の秘訣
我が潔き時
我が信ぜざる事
懐疑と破壊
批評家に答ふ
労働の讃美
教師と教壇
キリストと教会
青年に告ぐ
顔と心
世界に於ける無教会主義
天使とは何ぞや…………………………… 491
前進の声…………………………………… 498
理想の友人 故ハリス夫人……………… 499
人乎制度乎………………………………… 502
洗礼の省略………………………………… 505
読書余録…………………………………… 506
詩歌、歴史、伝記
科学と考古学と神学入門
山形県に入るの記………………………… 516
故ハリス夫人 回想……………………… 519
Village Life in Japan.………………… 521
書物と其撰択……………………………… 523
別篇
付言………………………………………… 525
社告・通知………………………………… 528
 
一九〇八年(明治四一年)八月−一二月 四八歳
 
(6)     〔様々の事業 他〕
                     明治41年8月10日
                     『聖書之研究』101号「所感」
                     署名なし
 
    様々の事業
 
 進んで為すの事業あり、退いて俟つの事業あり、事業の目的は神を示すにあり、神の勢力を示すの必要あり、彼の忍耐を示すの必要あり、退いて俟つ者も亦神の事業を為す者なり。
 
    一生の事業
 
 人生五十年或は七十年、然れども事を為すは一瞬間に在り、其時意を決して「然り」と言ひ、或ひは「否な」と答へて為すべきの業は為さるゝなり、其以前はすべて準備なり、其以後はすべて証明なり、一人の生涯は真理の一点を護るに過ず、而かも其任に当り、能く其命を全うする者は福なり。
 
    苦痛は事業
 
 苦痛は勢力の空費に非ず、善事の遂行なり、我等は忍んで苦痛に耐えて人を神に導き神を人に紹介するを得る(7)なり、キリストの事業は斯かる事業なりし、吾等も亦彼に傚ひて能く苦痛に耐え、以てキリストの患難の欠けたる所を補ふべき也。哥羅西書一章二十四節。
 
    回顧の涙
 
 神、我を呪ひ給へりと思ひし時に我は神に恵まれしなり、其時我は我が能力以上の事業を神に為さしめられし也、其時我はキリストに傚ひ、我罪ならぬ他人の罪を負はしめられしなり、価値なき我はキリストと偕に苦むに足る者として認められしなり、栄光何ぞ之に過ん、幸福何ぞ之に若かん、静想黙思、後事を顧みて我等は時に感謝の涙を禁ずる能はざるなり。
 
    名誉の死
 
 国民に謳歌されつゝ戦場に斃る死に非ず、牧師、監督、宣教師等に祈られつゝ天国に登り行く死に非ず、国民には国賊として罵られ、教会には不信の徒として嘲けられつゝ苦悶絶叫して愛のために死する死なり、世を救ふの死は斯かる死なり、余輩は斯の如くにして余輩のために死せる者あるを知る、余輩も亦若し神の聖意とならば斯の如くにして世のために死するを厭はざるべし。
 
    伝道の真相
 
 伝道は伝道なるよりは寧ろ犠牲なり、公けに教を説くことなるよりは寧ろ密かに罪を担ふことなり、九たぴ苦(8)んで一たび語ることなり、数斛の涙に和するに一篇の詩を以てすることなり、伝道に成功せんと欲する者は成るべく公的運動を避け、隠れたるに在す神と偕に隠れたる所に歩むべきなり。
       ――――――――――
 
    制度の排斥
 
 余輩が教会に反対するは其腐敗を嫌ふてにあらず、制度其物を悪くんでなり、制度は規則なり、愛の自由にあらざるなり、制度は如何に完全なるも神の国を作る能はざるなり、制度の完全するを待て教会は何時までも完全なる能はざるなり、制度を廃し、愛に頼りて教会は始めて完全なるを得るなり、教会が純然たる兄弟的団体と化するまではキリストの聖旨《みこゝろ》は此世に行はれざるなり。
 
    無情の宣教師
 
 外国より我国に来り、父祖の宗教を棄てよと我等に迫る、若し誤謬ならんには我等は之を棄つるに躊躇せざるべし、然れども其如何に辛惨の業なる乎は彼等宣教師の知らざる所なるが如し、旧来の習慣と絶たざるべからず、父母親戚と争はざるべからず、宗教を変ふるは霊魂を更ふるが如く難し、而かも軽々しく宗教の変更を我等に勧む、彼等宣教師の無情も亦甚しからずや。
 而かも我等に宗教の変更を迫る彼等宣教師は彼等の狭隘なる教会をすら棄つる能はざるなり、彼等は自身、何の棄つる所なくして、我等にすべてのものを棄てよと迫るなり、無情なる宣教師!彼等は我等が荏弱《よわき》を体恤《おもひや》る(9)こと能はざる祭司の長の如き者なり、彼等は我等を助くる能はず、故に主は彼等に由りて吾等に顕はれ給はざるなり。希伯来書四章十五節参考。
 
    偶像の交換
 
 金や銀や木や石を以て作りたる偶像を棄てよと云ふ、然り、我等は之を棄つべし、然れども我等も亦彼等宣教師に対して我等の要求なき能はず、我等は彼等に言はんと欲す、「汝等も亦汝等の偶像を棄てよ、今は既に廃りたる汝等の信仰個条を棄てよ、人の作りたる汝等の教会を棄てよ、汝等の洗礼晩餐式を棄てよ、汝等の聖十字、聖麪、法衣等を棄てよ、是れ皆な偶像の類なればなり、我等にのみ偶像排棄を勧むる勿れ、汝等も亦汝等の偶像を排棄せよ、己の為さざることを人に勧むる勿れ、我等は主キリストの名に由り是等の要求を汝等に為して憚らざるなり」と。
 
    預言者の迫害者=教会
 
 教会が斥けて顧みざりしスビノザは世界第一流の哲学者なりし、教会が凌辱して止まざりしトマス・ペインは熱誠なる人類の友なりし、教会が無神論者の首と称びしヴオルテヤは仏国稀有の敬神家なりし、教会が其敵と見做せしダーウヰン、スペンサーは近世最大の思想家なりし、聖ステパノ、当時の猶太教会の信徒を詰めて曰く
  汝等の先祖等は孰れの預言者をか窘迫《なやま》さゞりし(行伝七章五十二節)
(10)と、余輩も亦同一の言を以て今の教会を責めざるを得ず、教会に排斥されず、教会に敵視せられざりし第一流の科学者、哲学者、思想家、慈善家は何処にかある、教金は其始めより其今日に至るまですべての預言者の迫害者たりしなり。
       ――――――――――
 
    政変と草花
 
 花は咲き花は散る、夏は去り、秋は来る、内閣は斃れ、内閣は興る、政党は結ばれ、政党は解かる、天然と人生との事にして何事か不変ならん乎、神のみ、キリストのみ、而して彼の永久の言辞のみ、是れのみ永久に変らざるなり、其他はすべて庭前の草花の如し、政権然り、栄位然り、此世のすべて貴きもの、すべて権ある者にして然らざるはなし。
 
    近時の教訓
 
 戦て一国に勝てば他の一国は起て我敵となる、人の怒は神の義を行ふ能はず、戦争は以て平和を来たすに足らず、而かも悪魔に欺かれて国民は剣を磨て止まず、言ふ、更らに大なる軍隊を与へよ、然らば平和を保たんと。
 
    国家の危殆
 
(11) 不信の世は人物、人物と絶叫して人物を要求して止まず、然れども知らずや神に還りて人は皆な悉く人物なることを、人に依らずして神に頼むで国家の指導を能く小児に委ぬるを得べし、イザヤは未来のキリストの国に就て予言して曰く
  狼は小羊と共に宿り、豹は小山羊と共に臥し、犢、雄獅、肥えたる家畜と共に居りて小さき童子に導かれん(以賽亜書十一章六節)
と、人物に指導さるゝにあらざれば立つ能はざる国家と社会とは危いかな。
 
    休養
 
 我が衣食の料は神より来る、我は競争場裡に入て他人の手より之れを奪ふを須ゐず、雨の草木に臨むが如く、我が衣食の料は我身に加へらる、我は唯働て静かに神の恩恵を待てば足る。
 我が思想は神より来る、我は万巻の書を渉猟して積塵の裡より真理を攫取するを須ゐず、風の緑葉を払ふが如くに神の真理は我心に臨む、我は唯祈て神の声を聴けば足る。
 我が事業は神に由て成る、我は自から進んで※[竹/孤]を街衢に吹くを須ゐず、果実が日光を受けて労めずして熟するが如く、我事業は求めざるに成る、我は唯静かに種を蒔き、之に灌漑《みづそゝ》ぎ其成熟を待てば足る。
 
    多読の害
 
 多読の害は寡読の害に劣らず、多読は人をして著者の奴隷たらしむ、多読の人に独立の思想乏し、ヲルズヲス、(12)スペンサー等、独創の人は多くは寡読の人なりし、人は消化し得る丈けの食物を要するが如く、又同化し得る丈けの思想を要す、多見多聞、必しも学者を作らず、我等は自我の主権を犯されざる限り他人の著書に目を曝らすべきなり。
 
(13)     霊魂実在の真義
                           明治41年8月10日
                           『聖書之研究』101号「研究」
                           署名 内村鑑三
 
 “The correlation of forces exbibits Mind as in nowise a product of Matter,but as something in its growth and manifestations outside and paarallel.It is incompatible with the theory that the relation of the human soul to the body is like that of music to the harp;but it is quite compatible with tbe time-honoured theory of the human soul as indwelling in the body and escaplng from it at death.”
 ――JOHN FISKE.Through Nature to God,p.156
 
 霊魂は直に神より出で来つた者である、肉体の生命が進化して成つた者ではない、霊魂は肉体に属する者ではない、之に宿る者である、霊魂と肉体とは全く別物である。
 意志の自由とは霊魂の自由である、思想の独立とは霊魂の独立である、霊魂が若し肉体に属する者であるならば之に自由も独立もありやう筈はない、肉体は此地に繋がる者であつて、束縛は其特有性である、此地に全く関係の無い者があつて、始めて自由と独立とがあるのである、我等が自由を慕ひ独立を愛する事が我等に霊魂の在る何よりも確かなる証拠である。
 自我とは何である乎、固有の霊魂である、地にも国にも親にも兄弟にも何の関係もない霊魂である、是れは血(14)肉に由て生れた者ではない、是れは神の像に象られて直に神に造られたる者である、故に之は神を父と呼び、神とのみ直接の関係を有つ者である、詩人は言ふた、
  あゝ神よ、鹿の渓水を慕ひ喘ぐが如く我が霊魂も汝を慕ひ喘ぐなり(詩篇第四十二篇一節)
と、又智者は言ふた、
  塵は本の如くに土に還り、霊魂は之を賦《さづ》けし神に還るべし(伝道之書十二章七節)
と、神は特別に霊魂の父である、故に彼を「霊魂の父」と称し奉る(希伯来書十二章丸節)、彼は勿論万物の造主であるから或意味から言へば万物の父である、併し彼が直接に造り(生み)給ひしものは人の霊魂である、故に人が其子に対する愛を以て神は人の霊魂を愛し給ふ、人の肉体は多分下等動物より徐々と進化し来つた者であらふ、然しながら其霊魂は直に神より出で来つた者である。
 故に霊魂はすべて平等である、是に貴族平民の別はない、之に親子、兄弟、夫婦、君臣の差別はない、すべての霊魂は神の子であつて神に在りて兄弟姉妹である、霊魂の実在を認めずして律法の公平と尊厳とは解らない、律法は人と人との関係を示すものである、即ち霊魂と霊魂との関係を示す者である、社会の階級なるものは肉体の階級であつて霊魂の階級ではない、神と律法の前に立てば王侯も乞食と何の異なる所はない。
 個人とは個々の霊魂である、之を英語で Individual と云ふ、分つべからざる者の意である、恰かも理化学で分子のことを atom と云ふと同じである、分子即ちアトムは是れ以上分つべからざる者である、其如く個人も霊的実在物として是れ以上に分つべからざる者である、人類は之を人種に分つことが出来る、人種は之を国民に分つことが出来る、国民は之を階級に分つことが出来る、階級は之を家族に分つことが出来る、爾うして家族は之を(15)個人に分つことが出来る、併しながら分割は之を個人以下に及ぼすことは出来ない、個人は分つべからざる者である、個人は人其儘である、神の子、永久の存在者、自由、独立、不滅の固有性を有し、全世界を代価に払ふても購《あがな》ふことの出来ない程、貴い者である。
 霊魂は自由である、独立である、故に之は人の作つた法則を以て縛ることの出来る者ではない、之は剣を以て断つことは出来ない、威を以て圧することは出来ない、若し霊魂にして自己の威権を覚り、奮然として之を維持するならば世に霊魂ほど不動不抜の者はない。
 併しながら威権ある霊魂は亦愛する者である、彼は圧制を棄斥する、併しながら自から進んで他を愛する、彼は自己を愛する者を愛するのみならず、亦時には自己を憎む者をも愛する、愛は霊魂の特性であつて又其特権である、父なき、母なき、兄なき、弟なき、夫なき、妻なき、君なき、臣なき霊魂は自から進んですべての人を父母とし、兄弟とし、夫婦とすることが出来る、愛を以て自由独立の霊魂は四海を真の兄弟となし、自己を万人の僕となすことが出来る、肉体の関係を軽視する霊魂は愛を以て自己を万人に縛り附け、肉体の関係以上の潔《きよ》い、固い、深い国家と社会と家庭とを作る、霊魂は大なる破壊者であると同時に又大なる建設者である、爾うして霊魂の自由意志より出たる愛を以て新たに建設されたる社会、是を天国と称するのである。
 爾うして文明の進歩とは何でもない、血骨の関係が段々と減つて来て、霊魂の関係が段々と増して来ることである、最も劣等なる社会は族戚の関係を以てのみ繋がる社会であつて、最も優等なる社会は血肉の関係を全く離れて主義を以て繋がる社会である、霊魂が直に霊魂に繋つて始めて完全なる社会は成るのである、最も高尚なる社会は血縁の絆を以て繋がるゝ社会ではない、愛の鎖を以て結ばるゝ社会である、自由を排斥する者は亡び、之(16)を歓迎する者は興る、霊魂の実在と権能とを無視し、血縁を以て人を拘束せんと欲する者は自から択んで自他の滅亡を急ぐ者である。
 霊魂が愛を以て相結んで成せる社会、是れがキリストの天国である、斯かる社会を建設せんためにキリストは世に降り給ふたのである、人を先づ罪の機関たる肉体の束縛より救出し、彼に霊魂の自由を供し、以て彼をして愛を以て相繋がる社会を作らしめんために彼は十字架の死をさへ忍び給ふたのである、キリストの目的とせる社会の何たる乎を究めずして、彼の生と死との意味を解することは出来ない。
 肉体の産でない霊魂は勿論肉体と共に死する者ではない、人は「我は死す」と云ふ、即ち「我は我が肉体を遺して逝く」と云ふ、人が肉体を客観するのは彼が肉体以外の者たるの証拠である、霊魂の実在を術学的に証明することは出来ない、然し人は何人も死して死せざる者であることを知る、詩人テニソンの言を藉りて言へば
   我等は何故なる乎を知らず
   然れども死ぬべく造られざりしを知る、
 人が霊魂の消滅を聞て悲み、其不滅を聞いて喜ぶのは是れ彼の不滅の固有性に因るのである、人の何よりも欲《この》んで止まざることは彼の霊魂の不滅の確かめられんことである、爾うして此事さへ確かめらるゝならば、即ち、彼の姓名が、生命の名簿に記さるゝことをさへ確かめらるゝならば、彼はすべての苦痛に別を告げ、流がるゝ涙を拭ふのである、世には死を恐れないと揚言する人がある、然れども彼等とても不滅を望まないではない、不滅が解らないから恐れないと揚言するのである、死は恐るべき者である、実に「恐怖の王」である、其故は死に苦痛が伴ふからではない、世には苦痛の死がある、死の恐るべきは霊魂が其行先を知らないからである、何やら独(17)り幽暗《くらやみ》に入る心地して非常に心細く感ずるかたである、下等動物に人間にあるやうな死の恐怖はないに相違ない。人間に在りては死の恐怖は生命の冀慾ではない、前途の不安である、人が非常に死を嫌ふのは彼に霊魂の在る確証の一つである。
 キリスト死を廃し、福音を以て生命と不滅とを明著《あきらか》にせり(提摩太後書一章十節)、キリストの事業は実に是れであつた、彼は政治を革《あらた》めなかつた、彼は特に慈善事業に従事しなかつた、彼は智識の増進を計らなかつた、彼は此世の人の眼より見て別に是ぞといふ善い事を為さなかつた、併し彼は人の知らない善事を為した、最大最上の善事を為した、彼は死を無きものとした、「恐怖の王」を廃した、爾うして永久の生命と霊魂の不滅とを明著にした、彼の福音とは此大事業を伝ふる者である、霊魂を無い物と見てキリストの生涯と死とは全く無意味である、若しキリストが霊魂の監督、霊魂の牧者でないならば、彼は殆んど何でもない者である、世にはキリストを最上の教師、最善の慈善家としてのみ見る者がある、然し爾う見てキリストの真価は決して判明らない、キリストを霊魂の救主と見て、始めて彼の聖さ、貴さ、美はしさが判明るのである。
 
(18)     非戦論の原理
                     明治41年8月10日
                     『聖書之研究』101号「講演」
                     署名 内村鑑三
 
   毎年夏期は講談会を開くを例とす、然るに今年は之を為さず、空しく夏を過さんことを恐れ、茲に机に対しながら数千の聴衆の我目前に在るを冥想し、此演説文を草す。
 
    学者の態度
 
 私は今日は非戦論の原理に就て申上たく思ひます、併し本論に入るに先立て私は一言諸君に申上げて置かなければならないことがあります、即ち、私が非戦主義を懐くのは、私が悉く其真理なるを証明し尽したからではないと云ふ事、其事であります、世の中の大抵の人は自己の奉ずる主義信仰と云へば之に一点の懐疑、一点の批難の加ふべきものゝ無いものであるやうに思ひます、然し是れ真理を愛する学者の持つべき心の態度ではありません、学者は懐疑を許します、批難を歓迎します、爾うして主張と批難とを較べて見まして、二者執れか真理の多い方を取ります、故に彼の提供する説は完全の真理ではありません、斯かる真理を提供し得る者は人間の中に一人も無い筈であります、我が奉持する真理は完全の真理なりと称する者は神にあらざれば狂人であります、我等人間はより大なる真理を供するまでゞあります、爾うして他人の批評を俟て更らに大なる真理に達するまでゞあ(19)ります。
 私は今は非戦主義を懐きます、私は非戦論は道理として最も正しく、道徳として最も高く、政略として最も慧《かしこ》き主義であると思ひます、併し斯く思ひますればとて非戦論に多くの批難すべき点が無いとは言ひません、其反対の主戦論にも亦多くの採るべき所があります、少くとも同情を寄すべき点があります、私は非戦論を証明し悉《つく》したとは云ひません、之を宇宙進化の理から考へて見ましても、又実際に之を行ふの点から考へて見ましても、之に多くの批難すべき点のあることを認めます、私はより大なる真理として非戦論を採るのであります、絶対の真理として之を懐くのではありません、爾うして若し諸君の中に、斯かる信念は是れ半信半疑の信念であつて聞くに足らずと言はるゝ方がありますならば、其方は公平を愛する学者の精神を有たない方と認めますから、私の講演中は今より直に此場を退かれんことを願ひます。
 
    戦争の悪事なること
 
 却説《さて》、戦争の悪い事であることは誰でも承知して居ります、如何に戦争好きの人でも戦争は善い事であると云ひ得る人は一人もありません、戦争に対する普通の弁護は「戦争は戦争を止めることである」との事であります、漢字の「武」は戈を止るの意であるとの事であります、平和のための戦争であつて戦争のための戦争ではないとは誰でも言ふことであります、故に私は茲に戦争の悪い事を述ぶるの必要はありません、其事は世界一般に知られて居ります、恰かも売淫制度の悪い事が一般に知られて居ると同然であります、誰も貸座敷は善いものであると云ふ者はありません、唯、悪ひけれども止むを得ないと言ふまでであります、人類一般が其悪事なるを認める(20)一点に於ては戦争は売淫と毫《すこし》も異なりません、故に道徳の立場から見て私は勿論戦争を悪みます、然しドレ丈け悪むか、其れが問題であるのであります、憎悪にも強いのと弱いのとがあります、悪んでも恕《じよ》して置く憎悪があります、之を排除せざれば止まない憎悪があります、貸座敷は悪いものであるけれども存して置いて左程害がないと云ふ憎悪と、貸座敷を存して置けば我家庭も社会も竟には国家までも滅びて了ふと云ふ激烈の憎悪とがあります、爾うして戦争に対する私の憎悪は前の微温《ぬる》い憎悪ではなくして、後の激熟《あつ》い憎悪であります、私は私の全心全性を傾けて之を嫌ひます、恰かも故ビクトリヤ女皇が之を嫌ひ給ひしやうに之を嫌ひます、伝へ聞く所に由りますれば彼女は老年に邁むに従ひ戦争を嫌ひ給ふこと益々甚だしく、「朕は朕の在世中再び戦争の宣告に署名せざるべし」とまで言張《いわは》り給ふたこともあるさうであります、然るに英国の憲法に由り、民の欲する所は皇帝も亦之を可とせざるべからざる所より、止むを得ずかの最も不幸なる戦争、南阿戦争の宣告に署名し給ひしより、彼女の心常に安からず、終に彼女の崩御を数年早めたとの事であります、憎悪は勿論感情でありまして、道理を以て量るべきものではありません、併しながら感情にも高いのと低いのと、鋭いのと鈍いのとがあります、深い道徳は鋭い感情を作ります、女皇陛下の戦争に対する憎悪はヒステリー的であるとばかりは言へません、彼女は最も常識に富み給ふ婦人でありました、彼女の戦争を嫌ひ給ひしは彼女と同時代同国の人なりし哲学者スペンサーが非常に之を嫌ひしと同一の源因に基くのであると思ひます、道理の問題は別にしまして、小さき私も今は非常に戦争を嫌ひます、私は今は英国非戦主義第一等の政治家なりしジョン・ブライトと共に言ひます、「人類の罪悪を一括せしもの、是れ戦争なり」と。
 
(21)    戦争と天然
 
 併し人は言ひます、戦争は広く天然に行はるゝ所、戦争は天然の法則であつて又進化の理であると、成程、戦争は広く天然界に行はれます、優勝劣敗の理は天然界至る所に行はれます、私は天然界に於ける戦争の実在と、又或点から言へば、其利益とを認めます、乍併茲に一つ注意して置くべき事があります、それは天然の法則は戦争にのみ限らない事であります、天然界には戦争と共に協同一致も行はれます、愛憐犠牲も行はれます、万物が進化して今日に至つたのは戦争のみに由りません、優勝劣敗を戦争にのみ限るは極く浅薄なる天然観であります、獅子は成程鹿や兎を食ひます、獅子と鹿と相対すれば勝利は勿論獅子に帰します、去れど鹿には獅子に無い者があります、群居の性があります、随て多少和合一致、相互共済の性があります、故に戦争に於ては鹿は獅子に負けますが、蕃殖に於ては獅子は鹿に負けます、故に印度阿弗利加の地方に於て獅子が絶えても鹿の絶えない所が沢山あります、獅子は其牙と爪の鋭いために鹿に勝ちますが、其猛烈なる呑噬の性を有つために終には弱い鹿に負けます、天然界を修羅の街と見るは大なる間違であります、天然界は修羅の街ではありません、矢張り愛と正義とが最後の勝利を占むる家庭の一種であります。
 広く天然界を其大体に就て観察して御覧なさい、其中で最も高い、最も貴い、最も美はしい物は、強い、猛《たけ》しい、厖大なる者ではありません、若し力の一点より言へば最も強い者は王蛇《わうじや》と〓魚《がくぎよ》とであります、然し誰が王蛇と〓魚とが此世界の主人公であると言ひます乎、詩人ヲルズオスの歌ふた牡鹿は弱く且つ脆くありますが、然し遙かに王蛇、〓魚以上の動物であります、鷲は一番強い鳥でありますが、鳥類の王は鷲ではありません、木蔭涼(22)しき所に五色の錦繍《にしき》を水面に映す翡翠は逢かに鷲以上の鳥であります、若し力の一点から言ひまするならば原始の人はゴリラ、チムパンジー等の猿猴類に遙かに劣つたる動物でありました、然るに此弱い人類が終に世界の主人公と成つたのであります、若し戦闘的の優勝劣敗が天然界を支配る唯一最大の勢力でありますならば、此世界は今や全く王蛇、〓魚、鷲、ゴリラ等に属して居つたでありませう、然るに爾うではなくして、獅子や虎は絶ゆるも其餌物となりし鹿や兎は蕃殖し、鷲は山深く巌高き所に其巣を作るに代へて、翡翠は里に下て水辺を翔り、ゴリラ、チムパンヂーは僅かに熱帯地方の深林に其種属を保存するに代へて、人は全世界を掩ふて至る所に文明を進めつゝあるのを見て、天然界は決して強者必盛、弱者必滅の世界でないことが最も明白に分かります、主戦論は之を天然界の事実に訴へて其説を維持することは出来ません、天然を深く学んで其、戦争の奨励者でなくして、返て平和の宣伝者であることが明かに分かります。
 
    歴史に於ける戦争
 
 然るに人は更らに言ひます、若し天然は平和を教ゆるとするも、人類の歴史は戦争の必要を説いて止まない、戦争なくして興つた国はない、人類の歴史は実に戦争の歴史であると。
 成程戦争に由て国は興りました、然し其亡ぶるのも亦戦争に由ります、戦争は素々破壊性の者であります、故に他を破壊すると同時に自己をも破壊します、戦争を以て他を破壊して置きながら己れは破壊を免がれんとするは出来るやうで出来ません、基督教の聖書では「剣を採る者は剣にて亡ぶべし」と教へ、仏教の教典では「呪詛諸毒薬、還着於本人」と祝いて居ります、是れは神の法律であると同時に又天然の法則であります、爾うして歴(23)史在て以来此法則に洩れた人も国も無いと思ひます、和漢西洋孰れの国の歴史を見ましても此法則の働らきは有々と顕はれて居ります。
 爾うして其理由は探ぐるに難くありません、戦争は勢力の消耗であります、勝つも負けると同じく勢力の消耗であります、負くれば失ひし勢力を補はんとし、勝てば更らに進んで消耗の途を設けんとす、人も国も戦争の方面に発達膨張して終に立つ能はざるに至ります、古きはアツシリヤ、バビロニヤ、マセドニヤ、羅馬の亡びたのも全く是れがためであります、新らしきは西班牙、仏蘭西の衰へたのも亦全く是れがためであります、国費の大部分は戦争の方面に注がれ、才能の大部分も亦同一の方面に使用され、人物と云ふ人物、天才と云ふ天才が生産的でなくして消費的の軍事一方に引かれて、国は其根本に於て衰へ、甚だしきに至ては終に亡ぶるに至ります、国の宝は第一に其人物であります、爾うして戦時に在ては之を戦場に消費し、平時に在ては之を兵営の中に囲い置きて国は発達せんとするも得ません、誠に希臘の亡びたのは全く連続せる戦争の結果に由る人物欠乏が其最大原因であつたとのことであります、一時は大詩人、大哲学者、大美術家、大政治家を続出して止まざりし希臘が今日の如くに衰へしは全く戦争に由て人物を消費し尽したからであると言ひます、実に爾うであらふと思ひます、羅馬の滅亡も亦同一の理由を以て説明することが出来ます、一時は世界の半を握りし西班牙が三百年後の今日世界の第三等国とまで下りましたのも全く引続く戦争に由て国の第一の宝たる人才を消費し去つたからであります、仏国が今や其第一等国の地位を失はんとしつゝあるのも亦同一の原因に由るのであると思ひます、国民の精華は悉く軍人と成り、其屑のみが残て教師となり、文人となり、美術家となり、実業家となるのであります、それで国の衰へない理由《わけ》はありません、社会の道徳の日々衰へ行くは決して怪むに足りません、徳性涵養の任に当る(24)教育家 宗教家の殆んどすべてが国民の渣滓《かす》であるからであります、聖賢君子の為すべき業が小人愚物に委ねらるゝからであります、軍人たるは貴くして宗教家たるは卑しき国に道徳が盛んになりやう筈はありません、戦争に由て国威は顕揚されますが、それと同時に国力は減退します、爾うして顕揚が虚栄となり、減退が空乏と成つて終に亡国となるのであります。
 天然に於けるが如く歴史に於ても、之を狭く見ずして広く見て御覧なさい、短かく見ずして永く見て御覧なさい、戦争が決して国を興し国を保つの途でない事が明かに分かります、戦争で興つた国で亡びない国は未だ曾てありません、唯時日の問題であります、同一の原因は同一の結果に終ります、剣を以て興つた国は剣と其悪結果とに由て亡びます。
 世に剣を以て興らず、又剣を以て維持されない一つの国があります、それは猶太《ユダ》国であります、牧人アブラハムの家より出で、連綿として四千年後の今日に至ります、其王政時代に於て、又其マカビー家執権の時に方て、武を以て隣国を圧したことがありましたけれども、それは国民としては至つて僅かの間でありました、猶太人は主として無抵抗主義の民であります、迫害せらるゝのが彼等の特性であります、猶太人の歴史は戦争史ではなくして迫害史であります、遠くは紀元前三百年頃、シリヤ王アンチオカス・エピフハネスの虐待凌辱する所となりし以来、近くは露国キシネフに於て彼等の多数が虐殺されしまで、猶太人に迫害の絶えた事はありません、然るに彼等は之に対して一剣を磨かずでありまして、彼等は唯|待《あしら》はるゝが儘に己が身を任かしました、若し腕力の勝敗が民の興亡を決する者でありますならば猶太人は既に業に此世より絶たれたのであります、然かし事実は何うであります乎。
(25) アブラハムが始めてカルデヤを出た時には未だアツシリヤも起らず、ビロニヤも立たず、エジプトは隆盛の極に居り、ギリシヤもローマも未だ時の胎内に在つた時でありました、然るに世紀は変り、紀元は改まりて、是等の国民は栄えては衰へ、興きては亡びましたけれども常に変らないのは賤視《いやし》められたる無抵抗主義の猶太人であります、ローマは滅びても猶太は亡びませんでした、欧洲に国は興り、国は衰へましたけれども依然たるは矢張り猶太人であります、爾うして其数今や一千一百万以上、世界各国至る所に散在し、其財権を握り、其思想を左右し其哲学と美術に貢献し、実に敬すべき恐るべき一大勢力であります、世界第一等の人物を産出すること多き猶太人の如きはありません、哲学者としてはスピノザを出し、音楽家としてはメンデルゾーンを出し、政治家としてはヂスレリーを出し、新聞記者としてはブローヴイッツを出し、其他数へ来れば数限りはありません、若し文明世界より猶太人を除いたならば其最良最善最美のものは無くなります、民として継続することの長きこと猶太人に及ぶものはありません、世界第一等の人物を産出することの多き猶太人に及ぷものはありません、すべての点に於て(勿論軍事を除き)勢力の充溢すること猶太人に及ぶものはありません、猶太人は露西亜人が亡びた後も尚ほ存ります、猶太人は英人、仏人、独逸人が消え去つた後にも尚ほ栄えます、爾うして此民が特に無抵抗主義の民であることを知つて、民は戦争に由て存在する者でないことが最も明かに分ります。
 人は申しませう、猶太人の勢力は大なりと雖も彼等に国土なるものはない、故に彼等は既に亡国の民であると。
 誠に其通りであります、猶太人に定限されたる国土はありません、併しそれが即ち彼等が強い理由であります、彼等は世界を己が国土となす者であります、彼等は国土獲得《ランドグラツビング》と云ふ異邦人の誤謬より夙に脱しました、彼等は国土を見ること空気を見るが如く、之を一国民の専有物として見ません、猶太人は国土専有の念を絶つてより世界(26)的の民となつたのであります、戦争の廃《や》まる時は土地獲得の野心の絶ゆる時であります、猶太人に其割拠する国土の無いのは其弱点ではなくして返て其強所であります。
 猶太人に関すると同じ事が支那人に関しても言はれます、支那人は猶太人程偉大の民ではありません、然し之に似て戦争嫌ひの民であります、爾うして其結果として蕃殖力非常に強く、是れ又稍もすれば世界を横領せんとする民であります、列強は武力を以て支那の国土を分割することが出来ます、然し支那人を征服することは出来ません、否な、支那を取るの危険は終に支那人に取らるゝの危険にあります、横浜、上海、香港等に於て、日本人は名義を貴び、英人は権利を求めつゝある間に、支那人は徐々として実力を得つゝあります、支那人は国旗のために戦ひません、実利のために戦ひます、故に剣を用ひずして算盤を用ひます、賤むべしと云へば賤むべしであります、慧しと云へば慧くあります、何れにしろ算盤は剣よりも強い武器であります、剣を以てする者の斃れし後々までも算盤を以てする者は存ります。
 斯くて人類の歴史は戦争の利益を教へません、其害毒を伝へます、国は戦争を以て亡びます、民は戦争を廃めて栄えます、世界は徐々と戦争嫌ひの民の手に渡りつゝあります。
 
    戦争廃止の必要
 
 斯く言ふも人は言ひませう、説明は誠に立派である、然し事実は矢張り事実である、戦争を今廃めることは出来ない、軍備拡張は列強目下の最大問題である、詩人の夢想は午睡の幇助《やすけ》とはなるが、実際問題を解決するに足りないと。
(27) 若し爾うならば止むを得ません、私供は沈黙を守りませう、然し縦令私供は黙りまするも神と天然ろは黙りません、神の律法《おきて》と天然の法則とは政治家の評議に関はらず行はれます、ヱホバも亦智慧あるべしと聖書に記してあります(以賽亜書三十一章二節)、実際問題は実際政治家の評議に由て解決されません、彼等は実際如何なる大問題を解決しました乎、彼等は戦争を議決して其後始末に困つて居るではありません乎、夢想家は詩人ではなくして返て彼等政治家であります、神を知らず、天然を学ばない彼等は間違より間違へと陥りつゝあります。
 戦争は廃まります、必ず廃まります、之れは私供非戦主義者が非戦論を唱ふるからではありません、神が之を命じ天然が之を要求します故に終に必ず廃まります、若し進化の理が今日直に無に帰する者ならばいざ知らず、宇宙と人類とが其今日まで取り来りし経路に由て進みますならば戦争は終に必ず廃まります。
 人類が進むに従て戦争の害は益々増して其益は益々減じて来ます、随て戦争は勝つも負けるも大なる損害たるに至ります、戦争は其代価を償はず其目的に達せざるに至ります、爾うして其時に至れば国民は否でも戦争を廃めます、爾うして斯かる時は時々刻々と近づきつゝあります、列強目下の軍備増大の如きむ、斯かる時機の到来を示すの外ありません、列強は今や餓死する乎戦死する乎の境に達しつゝあります、戦へば敵の手に斃れ、戦はざれば債主の手に斃れんとしつゝあります、茲に於てか国民は生きんと欲すれば戦争を廃むるより外に手段の無き域に達しつゝあります、爾うして国民に生存慾の絶えざる限りは、彼等は余義なくせられて戦争を止めます。
 斯かる場合に臨んで最も慧き国民は最も早く戦争を止める国民であります、爾うして最も愚かなる国民は最後まで戦争と其準備とを継続する国民であります、国力を益なき戦争のために消費し悉して、彼等は将さに開けんとする平和的競争場裡に入つて、憐れなる敗北を取らざるを得ません、獅子や虎の如くに勢力の大部分を牙や爪(28)に消費せずして、哲学者や慈善家の如くに、之を脳と心とに蓄へ置かなければなりません、之を為さずして目下の勢に駆られ、万事を犠牲に供して戦争の準備を為すが如き、之を愚の極と称はざるを得ません。
 
(29)     勿来閑を訪ふの記
                     明治41年8月10日
                     『聖書之研究』101号「雑録」
                     署名 内村生
 
〇過る日、友人と打連れて常陸磐城の境なる勿来の関を訪ふた、有名なる源義家の古蹟であつて、彼が
   吹風を勿来の関と思へども
     路も狭に散る山桜かな
なる名歌を詠じた所として知られる。
〇日鉄海岸線勿来駅に下車し、丘に添ふて歩むこと二十丁余、旧道にして八幡太郎が通りし道として伝へらる、関は小山の頂上に在る、東の方、海に向て座すれば、右なるは常陸の国であつて、関東平原の始まる所、左なるは磐城であつて、昔時の陸奥である、渺茫たる太平洋は眼下に横たはり、左方逢かに小名浜湾を望み、得も言はれぬ風景である、今は野生の山桜は悉く絶えて、唯逞ましき松の梢の二十本程簇りて関の古蹟を飾るを見る、奥州征伐の帰路茲に息ひし古への英雄の心が偲ばれて、暫時天然の美形を忘れて歴史的感想に耽つた。◎源義家と云へば今より八百年前の人であつて今日の我等とは全く関係の無い人であるやうであるが、然し決して爾うではない、日本武士の中で彼はゼントルマンの模範である、勇敢で、寛大で、謙遜で、弓を能くし、歌を能くし、獅子の如くに猛く、婦人の如くに優さしく、実に好個の日本男子であつた、若し此人が日本に生れなか(30)つたならば日本歴史は全く違つた者であつたであらふ。
〇義家の奥州征伐は勿論弓馬を以てする征伐であつた、彼は前九年に彼の父と共に安倍頼時、貞任を滅し、後三年に単独で武衡 家衡を平げた、彼の軍功に由て奥州は再び王土と化した、彼は実に武を以て天下に鳴つた者である。
〇然し彼を武人としてのみ見るは大なる間違である、彼は弓箭を以て奥羽を平らげると同時に品性を以て関東を征服した、爾うして前なる平定は一時的であつて、後なる征服は永久的であつた。源家は義家の時既に天下を取つたのである、源頼朝が鎌倉に府を開きし百年前、其四代の祖義家は既に業に高き潔き品性を以て関東人の心を奪つたのである、彼れ後三年の役を終て都に還るや、朝廷は彼の軍功を認めず、彼を遇すること甚だ薄かつた、然し彼は朝廷の恩賞を俟つを要さなかつた、彼は既に徳を以て関東人の心を得た、関東は爾来九百年、彼の子孫の根拠地となつた。
〇頼朝も、義貞も、尊氏も、家康も義家の功に由て天下を取つたのである、若し義家微りせば源家はなかつたのである、随て幕府と封建制度とはなかつたのである、随て日本国過去八百年間の誇るべき歴史はなかつたのである、爾うして此誇るべき歴史の淵源は八幡太郎義家であつた、彼の弓箭であるよりは寧ろ彼の品性であつた、彼が徳を以て関東を風靡して置かなかつたならば彼の子孫は決して続いて大事を為し得なかつたに相違ない。
〇聖書に云ふてある
  神言ひたまはく……我は我を愛し、我|誡命《いましめ》を守る者には恩恵を施して千代に至るなり(出埃及記二十章五節)、と、
(31) 爾うして此言辞の真理は源家の歴史に於て顕はれて居る、義家はヱホバの名を知らなかつたが其誡命を守つた、彼は民を愛した、慈悲を施した、彼は彼の軍功を賞められないとて不平を起さなかつた、彼は進んで己のために国土を得んとしなかつた、彼は与へられし物を以て満足し、従五位下の卑しき位を以て彼の一生を終つた。
〇「柔和なる者は福なり、其人は地を嗣ぐことを得べければなり」、源義家は朝廷が彼に与へし冷遇を憤り、三たび関東に下り、平将門の如くに朝廷に叛き、日本の半を領して自から征夷大将軍となることが出来た、然し謙遜なる彼は斯かる社会主義者的の事を為さなかつた、彼は何処までも柔和であつた、彼は己のために得らるゝものをも得なかつた、故に天は彼の謙遜に報ゐて八百年の間日本全国を彼の子孫に賜ふた。
〇斯の如くに見て神の言は猶太歴史に於てのみならず、日本歴史に於ても在る、神を信ずるとは只アーメンと叫び、水の洗礼を受けて教会に入り、異教を攻撃することではない、神を信ずるとは神の誡命を守ることである、神は預言者ミカをして言はしめ給ふた、
  ヱホバの汝に要め給ふ事は唯正義が行ひ、憐憫を愛し、謙遜りて汝の神と偕に歩むこ上なり(米迦書六章八節)
 源義家は正義を行ひ、憐憫を愛し、謙遜つた故に子孫千代に至るまで万民の父なる神の恩恵を受けた、余輩は斯かる信者ならざる信者の我国に在りしことを余輩の神に感謝する。
〇剣は大なる勢力である、然し徳は更らに更らに大なる勢力である、義家の徳は彼の剣よりも更らに更らに大なる勢力であつた、安倍の貞任の「糸の乱の苦さに」の半句に番ひし矢を収あて敵の生命を助けし彼は天の救に与かるを得た、誠に「憐憫ある者は福なり、其人は憐憫を得べければ也」である、逃ぐる敵を追はざりし義家は終(32)に敵を友と化し、其心と共に其土地までを得た。
〇去らば我等も神の偕命を守り、源義家に倣ふべきである、我等は斯世に大ならんと欲する者では無い、然し、謙遜りて斯世に於ても亦大ならざるを得ない、山桜の如き芳香は之そ血腥き戦場に於て放つべきではない、之を日常の行為の上に放つて友を後世に求むべきである、今の時は暗黒の時である、我等は斯かる時に此地の主人公とならんとは為ない、然し、謙遜りて神の偕命を守りて、光明《ひかり》の臨む時に亦此地をも賜はらんと欲する、源義家は斯かる教訓を我等に与ふる者である。
〇颯々たる風は松の梢に鳴り、娟々たる石竹花は岩の狭間に咲く、勿来の関の古蹟は永久の山に拠り、永久の海に対し、余輩に永久の真理を語る、余輩は其処に面と面とを合せて源義家と共に語りしやうに感じ、感に打たれて山を下り、心に彼の俤を宿して関東平原なる余輩の家に帰り来つた。
 
(33)     回々教信者に贈る文
                    明治41年8月10日
                    『聖書之研究』101号「雑録」
                    署名なし
 
 頃日元埃及国陸軍大尉ア、フワドリ氏なる人、余の居寓を訪はれ、席に即くや否や直に回々教と基督教との優劣に就て余と宗教論を闘はさんと欲せらる、蓋し氏は熱心なる回々教信者なればなり、余は氏に告ぐるに余は斯かる事を為すを好まざるを以てす、宗教は人の聖事にして一面識なき者の初対面早々、軽々しく論議すべき者にあらざれば也、氏甚だ不興なるが如し、基督教の三位一体論其他二三の教義訓誡に対して激烈なる批評を加へられ、他日の再会を約して帰られたり、余は氏の来訪当日、旅行先より帰来匆々疲労甚だしかりし時なりければ、氏に余が告げんと欲する所を告ぐる能はざりしを恨みたり、故に疲労の癒ゆるを待ち、英文の書翰を認めて氏に送りたり、事、私交に属するが如くなれども、氏と同様の人士に対し余の態度を明かに為し置くの必要ありと信ずれば、茲に其訳文を掲ぐることゝなせり。
 
 埃及国陸軍退職大尉ア、フワドリ君、
 敬する足下よ、
 足下は余と宗教問題を論ぜんと欲せらるゝが故に余は先づ茲に余自身を足下に紹介せんと欲す。余は余自身な(34)り、余の者に非ず、余は基督教の宣教師に由て改宗せられざりしなり、実に余は余を自己の宗教に改宗せしめんと欲するすべての人を斥くるなり、而して足下にして若し余を足下の宗教に改宗せしめんと欲せらるゝならば、余は必ず足下をも斥くべし、余の嫌ふ事にして他人を自己の宗教に引入るゝが如きことは非ず、是れ人の最も神聖なる所に立入ることにして、人類に対する罪悪の最も大なるもの也、故に余は決して此罪を他人に対して侵さゞらんと務む、又余は他人が此罪を余に対して犯すを許さゞる也。
 余は自身を基督信者なりと称す、そは余が有する最善のものは是れ余が基督教の聖書の研究に由て得しものなれば也、然れども此事たる必しも余が基督教国に於て解せらるゝ意味に於ての基督信者なるを表示せず、余は前にも述べし如く、基督教の宣教師に由て改宗されざりし也、余は何れの基督教会にも属せざる也、余は何れの基督教的儀式にも与からざる也、余は或る特種の教義の一体を奉ぜざる也、故に多くの基督信者は余を基督信者として認めざる也、然れども余はナザレのイエスを信ず、彼は余の神人なり、彼に事へ彼に似んことは余の生涯の大目的なり、余は智識的に基督教の中にあるすべての事を了解し得ざるべし、然れども余はイエス并に彼の直弟子と心霊的に相繋がるを知る、故に余は己を基督信者と称するなり。
 余は余の教育に就て足下に一言せざるを得ず、余の教育は宗教的又は神学的に非ずして、科学的たりしなり、故に足下にして若し余と宗教問題を論ぜんと欲せらるゝならば、余は足下が科学的見地よりせられんことを欲す、先づ第一に余は足下が進化哲学の全体智識を以て足下自身を具備せられんことを欲す、そは足下の知らるゝ如く、進化哲学は新世紀特有の哲学にして之に通ぜずして何人も何等の問題をも議するに適せざるれば也、余は勿論進化哲学はすべての問題を解決すと言はず、然れども之に由て鍛えられたる智能のすべての問題を公平に議するに(35)最も適切なるを認む。
 終りに、足下にして若し余の国人の中に足下の宗教を伝布せられんと欲せらるゝならば、余は足下に一言の注告を呈せざるを得ず、そは他事ならず、日本人は決して足下の宗教其儘を受けざるべしとの事是れ也、日本人は足下より受けし宗教を変更すべし、其粋を抜て之を以て新たなる宗教を作るべし、彼等は仏教を以て爾かなせり、彼等は基督教を以て爾か為しつゝあり、而て彼等は回々教を以ても亦爾かなすべし、是故に日本人は始終宣教師をして失望せしめたり、日本の仏教は印度の仏教とは全然別物也、日本の基督教は欧洲又は米国の基督教とは全く別物たらんとしつゝあり、而して若し回々教にして此国に足場を得るに至らば是れ亦土耳古又は埃及の回々教とは全く別物と成るべし、足下は足下の宗教が日本人の手に由て受けし変更の大なるを見て驚かるべし、而して若し足下の人情にして基督教宣教師のそれと多く異なる所なくんば、足下も亦尠からざる不快の感を以て余の国人の中に発達せる新回々教を見らるなるべし。
 以上の如くに余自身を足下に紹介して余は足下と友誼的交際に入らんことを欲す、前述の条件を以て余を受くる者は、その基督信者なると、仏教信者となると、回々教信者なると、不可思議論者なるとに係はらずすべて余の友人なり、然れども爾かなさざる者は、其、余の同国人なると同宗教の人なるとに関はらず、余は其姓名を余の友人名簿の中に記入せざるなり。                                     敬具。
                  足下の甚だ誠実なる
                         内村鑑三
 
(36)     大尽と乞食
         路加伝十六章十九節以下(改訳)
                     明治41年8月10日
                     『聖書之研究』101号「雑録」
                     署名なし
 
 
 十九 茲に或る富める人ありたり、紫袍と細《ほそき》布を衣、日々奢驕を極めたり、二十 又或る貧しき者ありたり、其名をラザロと云へり、彼れ其人の門に置かれ、身体爛れ 廿一 富める人の食卓より落る余屑《くづ》にて養はれんと欲へり、而已ならず、犬来りて其|爛瘍《たゞれ》を舐めたり。
 時経て後に貧しき者死たり、彼は天使等に由てアブラハムの懐に運ばれたり、富める人も亦死たり、彼は葬られたり、廿三 陰府《よみ》に於て、彼れ苛責の中に在りて、其目を揚げ、遠くよりアブラハムと其懐にあるラザロを見
たり、廿四 彼れ声を揚げて曰ひけるは、父アブラハムよ、我を憐み又ラザロを遣せよ、彼れ其指の先を水に浸し、我が舌を冷さんためなり、我れ此火焔《ほのほ》の中に在りて苦めばなり、廿五 アブラハム曰ひけるは、子よ、汝は存命中汝の福《さいはひ》を充分に受けたり、而してラザロは苦みを受けたり、依て今茲に彼は慰められ、汝は苦めらるゝなり、廿六 而已ならず、我等と汝等との間には深淵の定め置かれしあり、是れ此処より汝等の所に渉らんと欲するも、亦彼処より我等の所に来らんと欲するも、為す能はざらんためなり、廿七 彼れ答へけるは、然らば父よ、我れ汝に乞ふ、彼を我が父の家に遣されんことを、そは我に五人の兄弟あれば也、彼等も亦此苛責の所に来らざるやう、(37)彼等に証明せんがためなり、廿九 アブラハム彼に答へけるは、彼等にモーセと預言者とあり、彼等之に聴くべし、三十 彼れ答へけるは、否らず父アブラハムよ、若し死より彼等に往く者あらば彼等悔改むべし、卅一 アブラハム曰ひけるは、彼等若しモーセと預言者等に聴かざれば、縦へ死より甦る者あるとも彼等は其説服する所とならざるべし。改行
 
(38)     〔秋の黙示 他〕
                     明治41年9月10日
                     『聖書之研究』102号「所感」
                     署名なし
 
    秋の黙示
 
 銀河蒼穹に漲り、清霄星を降らすに似たり、湖上風雨去て、峰巒其|面《おも》に鮮《あざやか》なり、ヱホバ其聖殿に在ます、世界の人其前に静かにすべし、彼れ細微き声を以て語り給ふ、人皆な其黙示に接すべし。哈巴谷書二章二十節。
 
    我が祈願
 
 我れ我が神に向て何をか祈求《もと》めん、富か、権力《ちから》か、智慧か、天才か、幸福か、安全か、将又山を移す程なる信仰か、否らず、我霊よ、我は我が神に向て他を愛するの心を祈求めむ 軽々しく怒らざる心、撃れて赦す心、到る所に温良の香を放つ心を祈求めむ、我は斯くて衷に充満する者となり、何物をも有たざるが如くなれども万物《すべてのもの》を有つ者とならむ。
 
(39)    我が生涯の事業
 
 神の子イエスキリストは人を彼と共に神の子と為さんがために世に降り給へり 我も亦彼によりて人を神の子と為さんがために此世に働くべし、信者を作らんがために非ず、同志を募らんがために非ず、人を神の子と為さんがために働くべし、我は我が短かき、而かも貴重なる此生涯を是れ以下の事業のために消費する能はざる也。約翰伝一章十二節。
 
    信仰と感情
 
 信仰は意志の事なり、感情の事に非ず、我れ道理に従ひ神は在りと信じて彼を感ぜざる時と雖も彼を信ずべき也、感情は日光の如し、我身を照らす時あり、雲に遮られて照らさざる時あり、然れども照らす時も照らさざる時も我は太陽の存在を信じて疑はざる也、善は我れ之を感ぜざる時と雖も善なり、神は我れ之を感ぜざる時と雖も神なり、我れ我が信仰を感情の上に建てず、道理の上に築きて我は我が神に対して山岳と共に渝らざるべし。
 
    信者と不信者
 
 愛なき者は神を識らず、神は即ち愛なれば也と、然り、愛なき者は不信者なり、その洗礼を受けしに関はらず、その聖餐式に列なるに関はらず、その監督なると牧師なると伝道師なるとに関はらず、その神学者なると聖書学者なるとに関はらず、愛なき者は不信者なり、余輩は聖書に此明白の言あるを神に感謝す。約翰第壱書四章八節。
 
(40)    我が宗教
 
 神を愛し人を愛する事なり、我が礼拝は是れなり、我が信仰は是れなり、我が奉仕は是れなり、是を除きて我に宗教なるものあるなし、教会何物ぞ、儀式何物ぞ、教義何物ぞ、神学何物ぞ、若し我に愛なくんば我は無神の徒なり、異端の魁《かしら》なり、我れ口と筆とを以て我が信仰を表白したればとて我は信者に非ず、我は愛する丈けそれ丈け信者たるのみ、我が愛以上に我が信仰あるなく、又我が愛以下に我が宗教なるものもあらざる也。
 
    キリストの所在
 
 今や基督教は基督教会に於て在らず、然れども基督教は未だ此世を去らず、基督教はダンテの詩集に存す、カントの哲学に在り、すべての善人とすべての善行の中に在り、キリストは教会の救主にあらずして、世界の救主なり、彼は今や狭き教会を去て広き世界に遍在し給ふ、キリストの教会は世界にして其会員は人類なり、余輩は其処に彼等の中にキリストに於ける余輩の兄弟姉妹を求めんと欲す。
 
    我が所得
 
 我れキリストを信じて何の獲る所なきが如し、我は之に由て権力ある友人を得ざりき、世に愛せられざりき、我が属すべき教会をすら発見せざりき、然れども我は之に由て神の愛の幾分を知るを得たり、万有の精気に触るゝを得たり、宇宙の中心を窺ふを得たり、キリストに由て我は真理の真珠を与へられたり、彼を信ずるに由て(41)我が獲し所のものは偉大なり、我は之に由て我が求めし所、思ひし所よりも甚《いた》く過《まさ》れるものを獲たり。以弗所書三章二十節。
 
    キリストの神
 
 異邦人は言へり、神は勢力なりと、希臘人は言へり、神は智識なりと、猶太《ユダヤ》人は言へり、神は聖なりと、而してキリストは言ひ給へり、神は愛なりと、神は勢力ならざるに非ず、然れども勢力以上なり、智識ならざるに非ず、然れども智識以上なり、神は聖なり 然れども聖にして罪を悪むに止まらず、愛にして恩恵を施し給ふ、愛は神の精気なり、神御自身なり、我等神の愛に接して始めて神の何たる乎を知る也。
 
    完成せる救済
 
 人類はキリストに在りて其罪を鞫かれたり、人類はキリストに在りて其罪を赦されたり、人類はキリストに在りて神に還りたり、今や神はキリストを愛する愛を以て人類に臨み給ふ、人類は既に救はれたり、唯各人が其救済を認めざるのみ、我等は既に恩恵の中に在り、我等此事を心に認むれば救はるべし。
 
    真理と基督教
 
 基督教は真理なりと言ふ勿れ、先づ真理の何たる乎を定めよ、然る後に基督教の真理なるを証《あかし》せよ、詩人コレリツヂ言へるあり、曰く「真理に優さりて基督教を愛する者は基督教に優さりて自己の教会を愛する者にして、(42)斯かる人はすべてのものに優りて自己を愛する者なり」と 而かも斯かる偏愛の人の所謂基督信者の中に多きは歎ずべきの限りならずや。
       ――――――――――
 
    新約聖書の供する二大真理
 
 新約聖書は吾人に二個の真理を供す、二個の貴き真理を供す。
 其第一は是れなり、即ち、神は霊なれば彼は時と所とを以て制限さるべき者に非ず、アブラハム、イサク、ヤコブの神は我等の神なり、彼は又聖殿又は会堂の中に祭込まるべき者に非ず、神は時間に於て永久なり、又空間に於て無辺なりとの事是れなり。
 其第二は走れなり、即ち、宇宙広しと雖も其中に正義の代用をなすに足るの儀式あるなし、神に納《う》けられんと欲せば割礼も無益なり、水の洗礼も無益なり、麺麪と葡萄酒とを以てする聖餐式も無益なり、神の霊は如何なる礼式に列するも降らず、神は又何等の外形的儀式を設けて之を人に強ふることなし、彼の前に貴き者は砕けたる心なり、神がキリストを十字架に釘け、彼をして人に代てすべての義を行はしめ給ひし後は、人は彼に近かんとして何等の制度、何等の儀式に依るの要なしとの事是れなり。
 此二大真理の新約聖書に由て吾人に伝へられしあり、吾人は今やすべての恐怖を脱し、僧権、宗則、信条等に何の頓着することなく、機に会ふ助けとなる恩恵を受けん為めに憚らずして恩寵の座に来るべきなり。希伯来書四章十六節。
 
(43)    脆き証拠論
 
 基督教は欧米諸国の宗教なるが故に神の真理なりと、又基督教は某々の名士を信徒として有するが故に神の真理なりと、然れども是れ最も脆き証拠論なり、そは欧米諸国に於て行はるゝ罪悪にして吾人の意想にだも及ばざる所の者多ければ也、又基督教を信ぜざる名士は世に挙げて数ふべからざれば也、若し夫れ信徒の多きの故を以て誇る教会の如きは之を不明の極と称せざるべからず、そは信徒を有すること最も多き教会は羅馬加特利教会にして、新教諸教会にあらざれば也、真理は之を奉ずると称する国と人と其数とに由て判別する能はざるなり、然り、真理の特性は多数に認められずして少数に認めらるゝにあり、世の慧き者|権《ちから》ある者に納けられずして、愚かなる者弱き者に納けらるゝに在り、普通、基督信者に由て唱へらるゝ基督教証拠論の如きは砂の上に建てられたる家よりも脆き者なり。哥林多前書一章二十六節。
       ――――――――――
 
    時事雑感
 
      神を瞻よ
 政府を見る勿れ、神を瞻よ、政党を見る勿れ、神を瞻よ、教会を見る勿れ、神を瞻よ、教師と政治家とを見る勿れ、神を瞻よ、そは人より何の善事は来らず、すべての善事は神より来ればなり。
      日本国の救ひ
(44) 内閣の更迭に由て日本国は救はれざるべし、政党の改造に由て日本国は救はれざるべし、上下の一致に由て日本国は救はれざるべし、神に由てのみ日本国は救はるべし、神が其|腕《かひな》を顕はし給ひ、内より、外より、火と水と細き声とを以て之を指導型造し給ひて日本国は救るべし、人智の窮する時が神の機会たるなり、而して余輩は斯かる機会の時々刻々と到来しつゝあるを見て喜ぶなり。
      国民の根本問題
 政治問題は畢竟するに経済問題なり、経済問題は畢竟するに道徳問題なり、而して道徳問題は畢竟するに宗教問題なり、国の政治問題は畢竟するに其民の信仰如何に由て解決せらる、而かも其末を思ふ人は多くして其本を思ふ人は尠し、火の熄えんことを気遣ふ人は多くして油を注がんとする者は尠し、国家の危険にして信仰の油の絶ゆるより大なるはなし。
      愛国的道徳の欠点
 愛国の精神は以て能く自国を護るに足らん、然れども愛国の精神は以て能く他国を治むるに足らず、他国を治むるに世界的精神を要す、人類的観念を要す、愛国的道徳の欠点は最も著しく他国を治めんとする時に方て顕はる。
      批評の無頓着
 今人の批評に何ぞ意を留めん、彼等は既に絶望の民たるなり、瀑下に身を投じ、自から己が咽喉を断つ者、彼等如何でか人生の意義を知らんや、彼等をして思ふがまゝに彼等の言はんと欲する所を言はしめよ、我等は地下に降らんとする彼等を見ずして、天上に座し給ふ神を瞻て、栄光より栄光に向て進まんと欲す。
(45)      信仰上の無気力
 或は仏を棄て耶に降り、或は耶を去て仏に還る、余輩は勿論他人の信仰に関渉せず、然れども、今人の宗教を更ふること弊履を棄つるよりも易きを見て、余輩は彼等の意気地無きに呆れざるを得ず。
 
(46)     聖霊とは何ぞや
                     明治41年9月10日
                     『聖書之研究』102号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 
 今や基督信者は全体に聖霊を要求して止まない、然かし聖霊の何たる乎は彼等の間に能く判明つて居らないと思ふ。
 聖霊とは希臘語の pneuma hagion,英語の Holy spirit を訳した辞である、之を辞義なりに解すれば聖き霊であつて、即ち神の霊である、然かし新約聖書に云ふ所の聖霊なる者は単に神の霊ではない、是れを爾う解するのが抑々誤解の始である。
 神の霊は種々《いろ/\》の形態に放て顕はれた、神が元始に天地を造つたのは其霊に由てゞある(創世記一章二節)、神が其生気(霊)を人の鼻に吹入れたれば人は生霊と成つたとのことである(仝二章七節)、ヱホバの霊、士師等に臨み、彼等をして剣を揮てイスラエルの敵を退かしめた、神の霊ソロモンに降て彼は賢明の智者となった、預言の霊も亦神の霊であつて、之に由て預言者はイスラエルの現在と未来とに就て語つた、霊に種々の種類のあることは聖書の充分に証明する所である、智憲の霊がある(以弗所書一章十七節)、真理の霊がある(約翰第壱書四章六節)、預言の霊がある(黙示録十九章十節)、信仰の霊がある(哥林多後書四章十三節)、是れ皆な勿論神より来る霊であつて、或る意味に於ては神の霊である、然かし是等を称して悉く皆な聖霊であると云ふことは出来ない、聖霊(47)は或る特別の霊である。或ひは神の霊が或る特別の形態《かたち》に於て顕はれたる者である。
 霊は気である、フホース(力)である、エネルギー(能的力)である、エッセンス(精)である、ライフ(生気)である、マインド(心)である、ハート(情)である、霊は体ではない、物ではない、気体でもない、エーテルでもない、霊に形もなく、色もなく、重量《おもみ》もない、霊は物質とは全く素性を異にしたるものである、故に物を以て霊のことを説明するは甚だ難い、「風は己がまゝに吹き汝其声を聞けども何処より来り何処へ往くを知らず、凡て霊に由て生まるゝ者は此の如し」(約翰伝三章八節)とあれども霊は空気ではない、霊と空気と似て居る所はたゞ其形が肉眼に見えないと云ふ一点に止て居る、聖霊は神が人類に賜ふ最大の賜物である、然かし賜物であると云ふて物ではない、触れ、量り、分析することの出来るものではない、霊は気である、勇気である、正気である、道徳的感化力である、聖霊をみたまと訓んで、瑤玉の更らに精化したる者でもある乎のやうに解するのは大なる誤りである。
 聖霊は霊である、故に気である、精神である、生命である、心である、情である、故に道徳的感化力として我等の心に臨み、其中に愛を生じ、信仰を起す者である、聖霊に鴿の形もなければ焔の熱もない、我等はたゞ之を我等の霊の力、光、生《いのち》とし感ずるまでゞある。
 聖霊は霊であつて気である、然かし特別なる霊であつて特別なる気である、天地を造つた神の霊は聖霊ではない、ギデオンやサムソンに敵を屠るの勇気を供した神の霊は聖霊ではない、ソロモン王をすべての人に優さりて賢明く聡慧《さと》くなした神の霊は聖霊ではない、預言者は聖霊に由て預言したと云ふことは出来ない、聖霊は勿論神の霊である、然れども造化力、勇気、智力、霊智と云ふやうな比較的に低い霊ではない、神の霊が其最も高い、(48)聖い形態(止むを得ず斯かる文字を使ふ)に於て顕はれたる者、其れが聖霊である。
 希伯来語に在ては「聖」とは普通「聖別」の意である、「人と畜とを論ぜず凡てイスラエルの子孫の中の始めて生れたる者をば皆な聖別して我に帰せしむべし」(出埃及記十三章二節)とある、聖めらるゝとは神の所属となることである、聖は神の特性である、「其は我れヱホバ汝等の神は聖なれば也」と神は己に就て幾度となく宣べられた(利未記十九章二節参考)、故に聖と云ふと神と云ふと殆ど同じである、神を離れて聖なるものあるなく、聖なるものはすべて神に属ける者である。
 故に「聖」てふ文字に貴尊とか、醇良とか云ふ意味が附いて居る、聖別は勿論精選を要するが故に、聖物はすべて最善、最良の物でなくてはならない、宗教的の猶太人に取ては神を離れて物の価値を定むることは出来なかつた、ヱルサレムを聖邑と云ひ、変貌の山を後に聖山と称へ(彼得後書一章十八節)、キリストの福音を聖誡《きよきいましめ》(仝二章二十一節)と云ふたのも「神聖」の意味に「最高」「最善」の意味を加へてゞある、聖書にある「聖」の字をすべて悉く単に「神聖」とのみ解して其多趣多様の意味を味ふことは出来ない、使徒等がイエスを称して「神の聖僕」(行伝四章三十節)といふたのも以賽亜書五十三章に於ける「ヱホバの僕」と云ふと同じく、吾人今日の言語《ことば》を以てすれば、「理想の僕」とか「完全の人」とか云ふ意味に於ていふたのであると思ふ。
 斯の如くにして聖霊は神より出づる最高、最善、最良の霊である、其、神の霊であるは言ふまでもない、又聖い霊であるは勿論である、然しそれと同時に又人類に与へられし、又今尚ほ与へられつゝある、最も貴き、最も慕ふべき、霊である、聖霊なる語は実に新約聖書に於ける術語の一つである、是れは単に辞義なりに解すべき者ではない、是れは或る特別の者を指したる辞である、其者の何たる乎を知らずして、其名称の意義を解すること(49)は出来ない。
 茲に注意すべき一つの事がある、それは聖霊なる辞の旧約聖書に無いことである、「神の霊水の面を覆ひたりき」とあつて、聖霊とはない、「ヱホバの霊ギデオンに臨みて」とあつて聖霊とはない、若し詩篇五十一篇十一節に「汝の聖き霊を我より取り給ふ勿れ」とあれば、それは新約聖書に於ける聖霊の意味に於ての霊を指して云ふたのではない、それは聖浄の霊と云ふ意味で、神の霊と云ふと同じである、以賽亜書六十三章十節に「彼等は悖りて其聖霊を憂ひしめたり云々」とあるは、今日の言辞を以てすれば「神の神聖を涜したり」と云ふと同じである、預言者ヨエルはヱホバの言なりとて
  その後我れ我霊をすべての人に注がん(約耳書二章二十八節)
と叫んで居るが、然し、続いて
  又天と地に徴証《しるし》を顕はさん、即ち血あり、火あり、煙の柱あるべし(仝三十節)
とあるを見て、彼れ預言者の謂ふ所の霊なる者のキリスト、パウロの謂ふ所の聖霊でないことは能く判明る、所謂エリヤの霊(路加伝一章十七節、「心」とあるは誤訳なり)とはキリストの霊ではない、偽預言者を屠りて喜びしエリヤの霊は自己を殺す者の罪を赦さんとせしキリストの霊ではない、キリスト降世以前に聖霊なる者はない、聖霊はキリストを以て始めて世に臨んだる霊である。
 然らば新約聖書で謂ふ所の聖霊とは何である乎。
 新約聖書は聖霊を称して神の聖霊(以弗所書四章三十節)、キリストの霊(羅馬書八章九節)、イエスの霊(行伝十六章七節)、イエスキリストの霊(腓立比書一章十九節)、神の子の霊(加拉太書四章六節)、アバ父よと呼ぶ子た(50)る者の霊(羅馬書八章十五節)などといふて居る、其他種々の名称があるが、然かし茲に載せたる所の者が最も善く其何たる乎を表はして居ると思ふ、聖霊は勿論神より出る者であるから、神の聖霊である、特に我等をして神を父として認めしむる霊であるからキリストは之を称して汝等の父の霊といひ給ふた(馬太伝十章二十節)、又キリストより出で、我等を化して終に彼の如く成らしむる霊であるから、キリストの霊、イエスの霊、イエスキリストの霊である、爾うしてキリストは特に神の子であつて、我等をして亦彼に傚ふて神の子たらしむる者であるから彼より出る聖霊は特に神の子の霊である、爾うして此霊が我等の霊に宿り、我等に父を示し、我等をして実際的に其子たらしむるに方て、我等は之をアバ父よと呼ぶ子たる者の霊として感ずるのである、要するに聖霊はイエスキリストの霊である、キリストの精神、キリストの中心、故にキリスト彼れ自身、それが聖霊である。
 聖霊の何物たる乎、其|実質《サブスタンス》、其|実在《ビーイング》に就ては我等は知らない、然かし我等は其何んである乎を示された、即ち其性質に就て示された。
 我等は先づ聖霊即ちキリストの霊の何んで無い乎を能く知つて居る、(一)聖霊即ちキリストの霊は腕力ではない、之を受けたればとてギデオンのやうに敵を破り、サムソンのやうに異邦人を鏖《みなごろし》にすることは出来ない、聖霊は愛である、非戦の霊である、無抵抗主義である、何が明白であるとて、キリストの霊が復讐、敵愾の霊でない事程明白なることはない。
 (二)聖霊即ちキリストの霊は権力ではない、是れは威力と法律とを以て民の上に臨む霊ではない、是れは恐怖の霊ではない、親愛の霊である、預言者ヨエルの云ふたやうな血と火と煙とではない、「慰めよ慰めよ」といふ如き優しき声である、「神は其使者等を風となし、其役者を火焔《ほのほ》となす」とあるが、それは聖霊に由てゞはない(51)(希伯来書一章八節)、聖霊に導かれたる神の使者は和平《おだやか》なる言を宣べ、又善事を宣ぶる美はしき歩行《あゆみ》の者である(羅馬書十章十五節)、キリストの霊は圧迫を其すべての形に於て嫌ふ者である、権力に頼て福音を伝へやうとする者はすべてキリストの敵である。
 (三)聖霊即ちキリストの霊は必しも智識の霊ではない、之を受けて直に大学者と成ることは出来ない、プラトーの霊、アリストートルの霊は之を聖霊と称することは出来ない、聖書に聖霊を称して真理の霊(約翰第一書四章六節)といふて居るが、茲に云ふ真理とはキリストに於て顕はれたる神の奥義を指して云ふたのであつて、科学的又は哲学的真理を云ふたのではない、勿論キリストの霊を受くるは真理探究のために最大の利益である、然ればとて聖霊が宇宙、人生に就て万事を示すと云ふことは出来ない。
 (四)聖霊即ちキリストの霊は必しも宗教的熱心ではない、之を受けて所謂る十字軍の戦士となることは出来ない、所謂宗教的熱心の多分は名誉心である、競争心である、我が党を樹て、我が勢力を扶殖せんとするの心である、爾うして是れキリストの霊でないことは何よりも明かである、斯かる競争心はキリストの敵なるパリサイ人にもあつた、彼等は一人をも己が宗旨に引入れんためには※[行人偏+扁]く水陸を歴巡ぐりたりとの事である(馬太伝二十三章十五節)、キリストは大将ではないから彼の弟子の内に兵卒を要め給はない、大声を揚げ、大鼓を鳴らし、喇叭を吹く者は未だ深く彼の霊を飲んだ者でない、聖霊は殊に静かなる霊である、山中の湖水の如く清くして深い霊である、之を受けて勿論何人も之を他に頒たずしては居られない、乍然余りに聖くして余りに貴い故に粗忽に之を扱ふ事は出来ない、之を喇叭に合はしては唱へられない、之を巷に曝しては伝へられない、ダンテは之を不朽の詩篇の中に蔵《かく》した、アンゼロは之を大理石の上に刻んだ、爾うして我等何の天才なき者と雖も、我等に与へ(52)られし最も聖き最も尊き物の中に裹《つゝ》まずしては之を他人に供することは出来ない、豚の前に真珠を投与ふる勿れとのキリストの誡は特に聖霊の伝達に就て与へられしものであると思ふ。
 茲に於て余輩は知る、使徒行伝に記されたるペンテコステの日に於ける聖霊の降臨は真正《ほんとう》の降臨でなかつたことを、俄かに天より迅風の如き響ありて彼等が座する所の室に充ち、焔の如きもの現はれ、岐れて彼等各人の上に止まりたりとは、聖霊の来臨を軟風の戦ぐに譬へられしキリストの言とは全く其趣を異にして居る(行伝二章二、三節を約翰伝三章八節に比べて見よ)、爾うして斯かる騒然たる降臨が永久的の降臨でなかつたことは其、直に熄えて了つた事で判明る、ペテロを始めとして其日弟子に加はれると云ふ三千の人は一年足らぬ中に其信仰冷却し、教会に対し大迫害起り、ステパノ一人が起て大胆に福音を弁明する時に方ては彼等の中一人として殉教者の味方として立つたものはなかつた、此処は使徒行伝を論ずる所ではない、然かし此書を以て使徒等の功績をのみ載せて其失敗をも明かに記す者でないやうに見るは大なる誤謬であること丈けは此処に言ふて置かなければならない。
 然らば腕力でなし、権力でなし、智識でなし、宗教的熱心でない聖霊は何である乎。
 (一)聖霊即ちキリストの霊は第一に柔和の霊である(哥林多前書四章二十一節、「心」とあるは誤訳である)、是れ負けて勝つの霊である、十字架の耻をも敢て忍ぶ霊である、万物を作り之を維持するの力を有ちながら之を敵人圧伏のために使用せざる霊である。
 (二)聖霊即ちキリストの霊は第二に罪の赦免の霊である、最終まで赦す霊である、七次《なゝたび》を七十倍するに止まらず、永久に赦す霊である、父よ、彼等を赦し給へ、其為す所を知らざるが故なり(路加伝二十三章三十四節)と、(53)此霊を有たない者は聖霊を受けた者ではない、故にキリストの属ではない。
 (三)聖霊即ちキリストの霊は第三に犠牲の霊である、敵の罪を赦すに止まらず、進んで其罪を己が身に担ふ霊である、人の子の来るは人を役《つか》ふるために非ず、反て人に役はれ又多くの人に代りて生命を与へ、その贖ひとならん為めなり(馬太伝二十章二十八節)と、就役の霊である、贖罪の霊である、他人に代て死せんとする霊である。
 (四)聖霊即ちキリストの霊は殊に子たるの霊である、故に之をアバ父よと呼ぶ子たる者の霊と云ふ(羅馬書八章十五節、加拉大書四章六節)、父なる神に服従するの霊である、自己の意志は少しも行はんとせず、聖父の命維れ従はんとする霊である、我慾より全く脱したる霊である、自我を十字架に釘ける霊である、最終まで従ふ霊である、キリストの精神は従順の一字を以て尽きて居る、彼は「己を卑し、死に至るまで順ひ」給ふた(腓立比書二章八節)、彼は子たるの本分を完全に尽したる者である、彼は誠に「神の子」である、其権威に由てゞはない、其従順に由て神の子である、爾うして我等彼に由て同じく神の子とならんと欲する者は彼より此従順の霊を受けなければならない、是れ聖霊が我等に取り特に必要なる理由である、我等は生れながらにして反逆の子供である、我意を遂げんとのみなして聖父の命を省みざる子供である、罪とは其本源に於て聖父に対する不幸の罪である、故に罪より救はるゝとは聖父に還らしめらるゝことである、預言者の言を藉りて曰へば我等の反逆を医さるゝことである(何西阿書十四章四節)、爾うしてキリストは其従順の霊を我等に降して我等の反逆を医し、我等をして聖父の懐に還らしめ給ふのである、キリストが我等の救主であるとは殊に此意味に於てゞある、即ちアバ父よと呼ぶ子たる者の霊を我等に降して我等をも己の如くに神の子となし給ふからである、「彼を受け、其名を信ぜし者には権《ちから》を賜ひて之を神の子となせり」と(約翰伝一章十二節)、又「汝等視よ、我等|称《とな》へられて神の子と(54)なることを得、是れ父の我等に賜ふ何等の愛ぞ」と(約翰第壱書三章一節)、我等を神の子となす者は神より出でキリストに由りて我等の心に臨む聖霊である、聖霊は特に従順の霊である、聖父に対する孝道の精神である、是を受けずして何人も神の子となり、其栄に入ることは出来ない。
 聖霊とは斯かる性質の者である、聖なればとて消極的の者ではない、是を為す勿れ、彼を為す勿れと云ふ否定詰責の霊ではない、神は「永遠の然《エバーラスチングイエー》」である、故に彼より出る聖霊は積極的の者である、柔和の霊、赦免の霊、犠牲の霊、子たる者の霊、一言に約めて言へば愛の霊、即ち愛其物である、神は不浄に耐え給はぬとの思考から聖霊を燬尽《やきつく》す火と解するのは大なる間違である、燬尽す火はホレブの山に於てモーセに顕はれし霊である、是れ最上の霊でない事は前に述べた通りである、キリストに由りて世に臨みし霊は鴒の如くに降り、露の如くに滴るゝ霊である、慰むる者(約翰伝十四章十六節以下)、反逆を医す者、仲保者、和平を求むる者にして人の間に平和を来たす者、是れが聖霊である。
 我等基督者が要求して止まざる聖霊とは斯かる霊である、其本性に於て倫理の霊である、玄妙不思議なる理解し難き霊ではない、之を受けて奇跡を行ひ、所謂宗教的熱心を増すことの出来る霊ではない、聖霊は霊であるから、直ちに我等の霊の中に働く者である、我等の神経に臨み、我等の智覚を離れて我等を動かす者ではない、聖霊は物的でないは勿論、半物的でもない、全然霊的である、故に精神として、又感化力としてのみ感ずることの出来る者である。
 斯く云ふと多くの基督信者は曰ふであらふ、殊に正統派を以て自から任ずる者は言ふであらふ、聖霊が若し単に倫理の霊であり、精神であり、感化力であると云ふならば、三位一体の教義は消えて了ふ、聖霊は性格を具へ(55)たる実在者であるとは基督教の根本的教義の一つである、故に余輩の如き説を唱ふる者は聖霊の性格を否むユニテリアンであると。
 或ひは爾うかも知らぬ、若し爾うであるとならば止むを得ない、余輩はユニテリアンを以て甘んずる、真理は正統派の奉ずる教義よりも貴くある、後者は何時之を棄ても可い、前者は永久離るべからずである、余輩は無理に努めて正統派の人たらんとは為さない。
 然しながら霊は精神又は感化力としてより他に如何して知る事が出来る乎、若し之を物理的に知ることが出来るならばそれは霊ではないのである、神は霊なりとは彼は物理的に其存在を認むべからずとの謂ひである、霊であると云へば性格を具へたる者であつて、精神と云へば性格を具へない者であると云ふのは最も気儘なる論法である、霊は精神である、精神に霊より来る者である、精神は風の如き死物ではない、是は霊の生命であつて、其精気と称して差閊のない者である、我等は人に清神の在ることを知る、禽獣や、草木や、岩石に精神の在ることを知らない、若し在ると云ふならば、詩人的に云ふのである、精神を死物と見るも生気と見るも考へやう一つである、爾うして我等はキリストの精神に接して、之を死物として考へることは出来ないのである、我等を活かすキリストの精神は死物でありやう筈はない、否な、我等は生命の何たる乎を知らなかつた、然れどもキリストの精神、即ち彼の霊に接して、始めて生命の何たる乎を己に自覚したのである、縦し又精神が若し電気のやうなる死物であるとするとも(爾うして電気は果して死物である耶、即ち単に物理的能力である耶否耶は目下学術界の大問題である)、斯かる有力なる精神を送出したる本源は死物でありやう筈はない、ダンテの詩は「死せる文学」である、然し之を綴りしダンテは死人ではなかつた、縦し我等を活かすキリストの精神が電気の如き者であると(56)するも、其溯源池たるキリストの心は生命の充ち満ちたる所でなくてはならない。
 故に斯かる議論は全く無益である、聖霊の性格を唱へ、之を固持して動かざると同時に、憎悪、陥※[手偏+齊]、嫉妬、紛争に日も亦足らざるが如きは是れ聖霊を受くるの途ではない、聖霊の性格に就て論ずる前に先づ聖霊を受くべきである、然らば聖霊の何たる乎が判明る、樹は果を以て知らる、我等は如何にして聖霊を認め、其、我等に降りし乎を確かめ得る乎、使徒パウロは此問に答へて曰ふた、
  (聖)霊の結ぶ所の果は是なり、即ち仁愛、喜楽、平和、忍耐、慈悲、良善、忠信、温柔、※[手偏+尊]節是れなり、斯の如き類を禁ずる律法あるなし(加拉太書五章二十二、二十三節)
 此果の在る所に聖霊は在る、爾うして此果の無い所には、仮令預言するの能があらふが、すべての奥義とすべての学術に達する神学があらふが、又山を移す程なる信仰があらふが、縦し又焚かるゝ為めに身を予ふる熱心があらふが、聖霊の果のない所には聖霊は無い、随てキリストは彼の霊を以て其中に在し給はない、我等の神学は如何でも可い、我等は唯善良の霊として聖霊を迎へ奉るべきである。
  (此編を草するに方て余は近刊 W.L.Walker 氏著 Spirit and Incarnation に負所多し)
 
(57)     高等批評に就て
                     明治41年9月10日
                     『聖書之研究』102号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 高等批評と云へば其名が如何にも厳しくある、恰かも高等裁判と云ふが如きであつて、其判決に由て聖書の真偽までが直に定まるやうに思ふて居る人が尠くない。
 併し物は何物に限らず其名を聞いたばかりでは解らない、高等批評と云ふが故に是れは思想界の高等法院であると思ふのは大なる間違である、高等批評とは英語の Higher Criticism を訳した辞であらふが、併し訳語としても人を甚だ惑はし易いものである、既に Higher(より高き)と云ふ、故に其下に、或ひは其前に、より低い者がなくてはならない、若し辞義なりにより高き批評と訳したならば誤錯は稍々尠かつたであらふ、余輩は高等批評の何んである乎に就て論ずる前に先づ其名称改善の必要を感ずる者である。
 併し名は何んでも宜いとして、茲に其実を明かにするの必要がある、爾うして我等が先づ第一に心に留めて置かなければならないことは高等批評とは高等裁判と云ふことではないと云ふ事である、是れは批評の或る一面をいふた事であつて、其高下をいふたことではない、聖書に限らず、すべての古文を研究するに方て、完全なる研究は二つの階段を経なければならない、即ち其第一は本文の校定であつて、第二は全書の論定である、前者を称して普通 Textual Criticism 即ち本文的批評と云ひ、後者を Literary Criticism 即ち文学的批評と云ふ、爾うして、(58)前者は後者の前提として必要であるが故に之を称して Lower Criticism 即ち「下の批評」と云ひ、後者は前者の完成するを俟つて之を基礎として従事すべき者であるが故に之を称して Higher Criticism 即ち「上の批評」と云ふのである、何にも本文の批評が劣等であつて、全書の批評が高等であるが故に此名を附したのではない、批評の順序より爾う云ふたのである。
 若し批評の困難に就て云はんには、下なる批評は上なる批評に優るも劣ることはない、少くとも二千年前に書かれたる文書の本文を定めんとするのである、其上に新約聖書だけにても其謄写本として残つて居る者は二千通以上に達して居る、其中より原記者の本文を校定せんとするのである、其困難たる此業に従事したことの無い者の推察だも及ばない所である、此業を称して「下等批評」なりといふ者の如きは未だ共に古文の研究を語るに足りない者である、世の高等批評を口にする者は先づ一日なり半日なり、所謂「下等批評」に従事して見るべきである。
 却説《さて》、本文の批評が成つて、即ち下地の批評が成つて、即ち批評の基礎が置かれて、然る後に全書の批評に移ることが出来るのである、斯く校定されし此文書は是れ何人に由て何れの時代に書かれし書である乎、其伝へんとせし真理は如何に、其文体は如何に、と、斯かる研究を称して上なる批評と云ふのである、爾うして其非常に困難い研究であることは云ふまでもない、原著者の時代を考へ、其特異性に鑑み、其時代通有の思想文体より推して原著作の地位と価値とを定むる事である、故に苟くも高等批評家たらんと欲する者は先づ第一に言語学者でなくてはならない、第二に歴史家でなくてはならない、第三に哲学者でなくてはならない、其他彼は考古学、心理学、審美学、社会学等の諸学に達して居らなければならない、爾うして高等批評家として名のある人は実に斯(59)かる博学多能の人であった、エ※[ワに濁点]ルトの如き、ヴェルハウセンの如き、ロバルトソン・スミスの如き、皆な世界第一等の学者であつた、若し強いて高等批評の訳名を存して置かなければならないと云ふならば、是れ最高等の学力を具へたる人にあらざれば従事することの出来ない学科であるとの意味に於て存して置くべきである。
 斯くて批評は其下なる者も上なる者も、「下等」なる者も「高等」なる者も裁判ではない、審査である、緻密と忍耐と謙遜とを要する学究である、爾うして学究である故に信仰を起す者ではない、学究の達する所は蓋然《プロバビリチー》である、信仰《フェイス》ではない、故に批評に由て神の存在に関はる信仰は否定されない、キリストの神性と贖罪と復活と昇天とに関する信仰は否定されない、万一、批評に由て聖書が壊されるとするも、それがために基督者の信仰は壊されない、基督者は聖書に由て神を信ずる者ではない、神を信ずるに由て聖書を信ずる者である、聖書は信仰上の最大参考書である、併し其憑典ではない、批評の奏したる大なる功績の一つは聖書の文字に依る信仰を壊つたことである、神は霊であるから、彼は霊に由てのみ之を認めることが出来る、聖書は如何に貴き者であるとも、書物であつて霊ではない、爾うして批評は書物に接《さ》はることは出来るが霊に触るゝことは出来ない、我等は批評より余り多くを望んではならない、批評に由て信仰を作らふとしてもならなければ、亦之を壊たふとしてもならない、批評は学問であるから、学問の範囲を出てはならない、爾うして学問であるから学問以上のことを為すことは出来ない。 爾うして真正の批評家は常に批評の此真価を自覚した者である、エ※[ワに濁点]ルトでも、ヴエルハウセンでも、ハーナツクでも、ロバルトソン・スミスでも、彼等は曾て批評に由て基督教を壊たうとは為なかつた、否な、彼等は皆な批評に由て自己の信仰を強め、又他人の信仰を固めんと欲した者である、余輩はヴエルハウセンの『イスラエ(60)ル史』を読んで少しも余輩の信仰を害はれなかつた而已ならず、返て多くの点に於て之を強め且つ高められた、ヴエルハウセンに由て旧約聖書史は秩序ある道理ある者となつた、彼に由てヱホバの神は怪物にあらずして宇宙と歴史との原動力であることが明白になつた、ダルウヰンが進化論の開祖である如く、ヴエルハウセンは高等批評の開祖である、爾うして彼は決して懐疑の人ではなかつた、信仰の人であつた、すべての高等批評家がヴエルハウセンの如くになつて、高等批評は信仰の建設者であつて、其破壊者ではなくなるのである。
 高等批評とは斯かる者であるから、我等は何にも之を恐るゝに及ばない、恐るゝに及ばないのみならず、返て之を歓迎すべきである、高等批評に由て多くの迷信は取除かれた、高等批評に由て教会は其多くの不道理なる主張を維持することが出来なくなつた、高等批評に由て聖書は奇怪なる書でなくなつた、高等批評は聖書研究を常識の範囲に移した、高等批評は確かに聖書の改造者である、爾うして之に由て改造されし聖書は旧来の聖書よりも遙かに深い、遙かに貴い書であるに至つた。
 世には勿論似而非なる高等批評がある、恰かも似而非なる進化論があると同じである、曾ては進化論が聖書と基督教を壊はす者であるかのやうに思はれたと同じく、今や高等批評が同一の破壊事業を繰返す乎のやうに思はれて居る、併し事実は想像の正反対である、高等批評も進化論と同じく暗らく見えたる恩恵であつた、余輩は機会《おり》を見て高等批評に由て改造されし聖書を本誌の読者に供したく欲ふ。
 
(61)     「真理」とは何ぞ
        (八月九日、千葉県鳴浜村に於ける講演の大意)
                     明治41年9月10日
                     『聖書之研究』102号「小釈」
                     署名なし
 
  律法はモーセに由りて伝はり、恩寵《めぐみ》と真理《まこと》とはイエスキリストに由りて来れり。約翰伝一章十七節。
 是れ一読して解し難い言葉である、恩寵のことは暫らく措き、律法はモーセに由りて伝はり、真理はキリストに由りて来れりとあれば、モーセの律法は果して真理でなかつたかとの疑問が直に起て来る、然し神がモーセに伝へし律法が真理でない筈はない、又聖書は繰返し、繰返し其真理であることを述べて居る、「汝殺す勿れ」とは確かに真理である、「汝、己の如く汝の隣人を愛すべし」とは宏逮なる真理である、真理はモーセに由りて伝はらないとはドウしても言へない、モーセの律法の中に確かに多くの真理が籠つて居る。
 去らば此一節は如何に解釈すべきものである乎と云ふに、これは真理と訳されし言葉の意味を索《さぐ》るに由て判明るのである。
 約翰伝に「真理」なる言葉が沢山使はれて在る、「イエス曰ひけるは我は途なり、真(理)なり、生命なり」と(十四章六節)、「真理の霊来らんとき汝等を導きて凡の真理を知らしむべし」と(十六章十三節)、「汝の真理を以て彼等を潔め給へ、汝の言は真理なり」と(十七章十七節)。
(62) 其他にもまだ沢山ある、爾うして是等の場合に於て真理とは吾人が今日称ふ所の真理を謂ふのではない、即ち哲学的真理とか、道徳的真理とか云ふものを謂ふのではない、原語の「アレーサイヤ」は猶太気質の人の書いた約翰伝に在てはすべて猶太人的に解釈しなければならない、即ち吾人今日の言葉を以てすれば実体とか本質とか言ふべき者である、陰影《かげ》に非ずして実物、像《かた》にあらずして本体、是れが真理と訳されし原語の意味である、故に之を真理と訳して人を誤謬に導き易くある、之を第十四章十六節に於けるが如く単に「真」と訳するか、左なくば「実」とか、或ひは場所に循《よつ》ては真者とか実体とか訳すべきものである。
 斯う解して一章十七節の意味は能く判明る、律法は実物の陰影である、哥羅西書二章十七節に在るが如くである、
  此等は皆な来らんとする者の影にして其真の形はキリストに属けり
と、後者は前者の最も好き註解である、律法は福音の前駆、キリストなる実在の像《かた》として与へられた、乍然、謂ふまでもなく律法は福音其物、キリスト彼自身ではなかつた、希伯来書の記者の言を以て曰へば是れ「天に在る者の状《かたち》と影」とであつた(仝書八章五節)、又同書の十章一節に曰ふが如く律法は来らんとする善事《よきこと》の影にして実《まこと》の形に非ずであつた。
 律法であつたから之れに刑罰が附いて居つた、所謂「律法の詛」なる者が伴つて居つた(加拉太書三章十三節)、恩寵は律法の特有物ではない、是れは特に福音に由て来つた者である、福音の福音たる所以は呪詛と刑罰とを除いて赦免《ゆるし》と恩寵《めぐみ》とを来たしたからである、神が自由に人の罪を赦し給ふてふ福音はモーセの律法の中にはなかつ(63)た。
 キリストが真《まこと》である、実物である、実の形である、イスラエル人が待望みし希望の本体である、キリストに於てすべての預言は成就されたのである、故に謂ふ
  律法はモーセに由りて伝はり(与へられと訳すべし)、恩《めぐみ》と真《まこと》とはイエスキリストに由りて来れり。と。
 
(64)     善悪の遺伝
       (八月十六日千葉県鳴浜村に於ける講演の大意)
                     明治41年9月10日
                     『聖書之研究』102号「小釈」
                     署名なし
 
  我れヱホバ汝の神は我を悪む者に向ひては父の罪を子に報いて三四代に及し、我を愛し、我|誡命《いましめ》を守る者には恩恵を施して千代に至るなり。出埃及記二十章五、六節。
 遺伝は免がるべからざる天然の法則である、人類は一個有機体であるから、人は相互に其罪をも徳をも分担せざるを得ない、神は親の罪のために其子孫三四代までを罰し給ふとは甚だ無慈悲のやうに聞ゆるが然し止むを得ない、是れ第一に事実である、第二には是れ人をして罪の罪たるを知らしむるに甚だ必要である、父母は己の犯した罪の結果を其愛しい子孫に於て見て一層深く罪の恐ろしさを感ずるのである、否な、多くの場合に於ては人は其罪の結果を其子や孫に於て見るまでは己の罪に気附かないのである、子を以て親を罰すとは甚だ無慈悲のやうであるが、然し人類の中より罪を除くの手段としては甚だ有効なるものと云はざるを得ない。
 然し神は無慈悲ではない、彼は父の罪を子に報ひて三四代に及び給ふが、其徳は之を報ひて千代に至るとのことである、罪の報ひの三四代に及ぶに対して徳の報ひは千代に及ぶとのことである、三四代に千代、神の忿恚は恐ろしくあるが、其恩恵は無窮である。
(65) 爾うして此事は明かに人生の事実に於て顕はれて居る。罪は洵に子孫三代にまで及ぶ、然し永遠にまで及ばない、如何なる悪病の結果と雖も三四代を歴れば大抵は消へて了ふ、肺病患者の子孫とて永久に肺病患者ではない、黴毒も三四代を歴れば消へて了ふ、若し爾うでないならば人類は悉く悪疾を以て絶えて了ふに相違ない、亦其他の罪の結果とて同じである、父母の不徳の結果として其三四代の子孫は非常に苦むが、然し困憊にも終りがある、苦《くるしみ》尽して光明は復たび不幸なる家に臨んで来る。
 若し犬れ徳に至ては其結果たるや実に無窮である、本誌前号所載の源義家の事跡の如きは其最も好き実例である、善は之を為すに甚だ難い、然かし難い丈けそれ丈け其結果が永く続く、世に悪が多いに関はらず、善が段々と勝ちつゝあるは一つの善は百千の悪よりも強いからである、一人の孔子が支那を支配し、一人の釈迦牟尼が東洋全体を支配して居るやうに、善は断じて之を為し置けば其功果たるや千載に至るも尽きない。
 故に我等何人も努めて善を為し置くべきである、善は為すのに決して易容くない、悪は何人と雖も容易に之を為すことが出来る、恰も積まれし財産は如何なる馬鹿息子にも消費することが出来ると同然である、然し善を為すは財産を作るが如く難い、然り、財産を作るよりも難い、善は容易に為せるものではない、故に我等何人も多くの善吾を為さんとて焦心《あせ》るべきでない、然かし一つの善をも為さずして此世を去るべきではない、我等は唯石塔を遺すのみにて此世を去つてはならない、只の一つなりとも子孫千代に至る善を遺して去るべきである、之を為すに多くの勇気が要る、忍耐が要る、然かし千代に至るも功果の消えざる種を播かんとするのである、困難は当然である、我等何人も努めて書を為すべきである。
 
(66)     生活問題の解決
        (八月二十三日鳴浜村に於て)
                     明治41年9月10日
                     『聖書之研究』102号「小釈」
                     署名なし
 
  汝等何を食ひ、何を飲み、何を衣んとて思慮ふ勿れ、是れ皆な異邦人の求むる者なり、汝等の天の父は凡て此等のもの、必需《なくてならぬ》ことを知り給へり、汝等先づ神の国と其|義《たゞしき》とを求めよ、然らば此等のものは皆な汝等に加へらるべし。馬太伝六章三十一−三十三節。
  汝等世を渡るに貪ることをせず、有る所を以て足れりとせよ、そは我れ汝を去らず、更らに汝を棄てじと言給ひたれば也、然れば我等毅然として曰ふべし、主、我を助くる者なれば恐れなし、人、我に何をか為さんと。希伯来書十三章五、六節。
 衣食のために憂慮する勿れとの教訓である、斯かる憂慮を懐くことは神の子として耻づべきこと、是れ異邦人のなすこと、クリスチヤンたる者の為すべからざる事であるとの事である。
 然し実際は如何である乎、信者不信者を問はず、生活問題は人生の最大問題ではない乎、我等の見ること、聞くこと、考ふることはすべて此問題に関聯して居るではない乎、然るにキリストは教へて曰ひ給ふのである、斯かる問題を放棄せよ、是れ汝等に取り不用問題である、汝等は他に大問題のあるあり、之を解決せよ、去らば(67)生活問題の如きは問はずして明かになるべしとの事である。
 爾うして世に誰か生活問題の煩悶より脱せんことを願はざるものあるや、是れ吾人を縛る縄である、吾人を圧する石である、是れあるが故に吾人は奴隷である、吾人は饑餓の鞭に捷たれながら止むを得ず動く牛馬の如き者である。
 然れども神は吾人が斯かる浅ましき地位に在ることを欲《この》み給はない、万物の霊長たる人間は牛馬の如くに饑餓の恐怖に駆られて事を為すべき筈の者ではない、人生の目的は食つて、飲んで、衣ることではない、人生の目的は他にある、それは神の国と其義である、是れをさへ求むれば衣食の如きは求めずして来るとのことである。
 聖書の此言葉を取て多くの人は極く簡短に且つ浅薄に解釈する、即ち「汝正義を執て動く勿れ、然らば饑餓の憂慮あるなけん」と、是れ悪るい解釈ではない、其中に取るべきの真理が無いではない。
 乍然、単に正義を追求すればとて衣食問題は解けない、少くとも其心配は去らない、世の正義を唱ふる人士にして往々にして貧を嘆つの悲声を発する者多きは是れがためである、
 神が吾人より求め給ふ所は貧を忍ぶことではない、之を意に介せざる事である、貧に居りながら貴公子の態度に在る事である、必ず与へらるべしとの確信を以て生活のことに就ては些少の心配なく神の命じ給ひし事業に就くことである、「神の子の自由」とは此事である、此自由を得し者が即ちクリスチヤンであるのである。
 然らば如何したならば此自由と此安心とが得られやう乎と云ふに、それは神の国と其義とを得るに由てゞある、神の国一名之を「父の国」(馬太伝二十六章二十九節)といふ、爾うして父の国と云へば即ち父の家である、国と云へば是れに法律もある、政治もある、然し家には法律はない、ホームの法律は愛である、愛は法律ならざる法(68)律である、此処は恩恵の充ち満つる所である、此処には「アバ父よ」と云ふ声と「アヽ我子よ」といふ声との外に権利義務の声は聞えないのである、父の家には帝王の威厳がないと同時に又臣民の奴隷根性がない、愛する父に愛せらるゝ子、二者に由て「聖家《きよきいへ》」は組織せらるゝのである。
 神の国とは父の家であつて、愛は其唯一の法律であるから、其義なる者は此世でいふ、硬い、冷たい、規則の義ではない、是れは人が己を義とする義ではなくして、神がキリストに由て人に被《き》せ給ふ義である、即ち神より与へらるゝ義である、故に受くる人の側に在ては虚心である、極く深い意味に於ての謙遜である、即ち父に縋る小児の心である、是れが父の家に於ける義である、最も単純なる、而かも最も高い最も貴い義である。
 此国(家)と其義(小児心)を求めよ、去らば衣食の心配は全く取去らるべしとのことである、爾うして是れ理由なき教訓ではない、天地は父なる神の造つた者、其中に父の心は充ち溢れて居る、之に対するに小児の心を以てすれば神は父の心を以て吾人に対し、天地は其宝庫を開いて吾人に供給する、爾うして是れ六ケ敷い一つの人生哲学ではない、何人も実験することの出来る人生の事実である、吾人が己の義に頼り、権利を笠に被て天地に迫り、吾人の受くべきものを受けんとする故に、天地も亦吾人に臨むに権能を以てし、吾人相当のものより他の物は与へないのである、「父の家」に居らない人の万物に対する態度は債主が負債者に対するの態度にあらざれば、被雇人が雇主に対する態度である、即ち法律一方の態度であつて、極く冷たい、狭苦しい態度である。
 然れども斯かる冷たい狭苦しい態度を去て、小児の心を以て神と万物とに対せんか、二者は大手を拡げて我等を迎へ、子を愛するの愛を以て我等を待《あし》らひ、我等をして何の乏しき所あらざらしむるのである、斯かる態度に
出て我等は直に心に大なる平和を感じ、饑餓の憂慮の如きは其時直に消去て跡なきに至るのである、キリストに(69)子たるの此心があつた、故に彼は身は貧に居りしと雖も曾て一回も衣食と金銭との事に關して心配を為し給はなかつたのである。恰かも天地と其中に在る万物は我有であるかの如くに感じ、大手を揮て人生の大道を歩まれたのである、我等も亦彼より「子たるの霊」を受け、神に対し子たるの態度に出で、饑餓の憂慮の如きは全然之を放棄し、毅然として此世に対し、其中に在て神の聖意を行ふべきである。
 
(70)     〔余輩の弟子とは誰ぞ 他〕
                     明治41年9月10日
                     『聖書之研究』102号「雑録」
                     署名なし
 
    余輩の弟子とは誰ぞ
 
 世に余輩の弟子なる者は無い筈である、然し若し万一にも有るとすれば彼は左の如きものでなくてはならない。
 一、キリストの外何人をも師と仰がざる者である、即ち「汝等の師は一人即ちキリストなり、汝等は兄弟なり」とのキリストの言を文字其儘通りに信ずる者である。
 一、働らく者である、自己の額の汗を以て自己のパンを獲る者である、小児と病人とを除くの外、依頼者はすべて余輩の友人ではない、外国人のみならず内国人にも依頼せざる者である。
 一、自己の宗教を他人に強ひざる者である、厚かましくも他人の信仰に立入らざる者である、信仰のことに就ては成るべく沈黙を守る者である、余輩が痛く外国宣教師を嫌ふは彼等が外国人であるからではない、又其奉ずる信仰を嫌ふからではない、彼等が他人の信仰に立入るからである。
 余輩を師と仰ぐ者、懶ける者、自己の事業を等閑に附し、伝道すると称して他人を自己の教会に引入れんとする者、斯かる者は余輩の友ではない、勿論余輩の弟子でない、余輩は斯かる人等に師よ師よと称ばるゝことを甚(71)だ迷惑に感ずる者である。
――――――――――
 
    家訓
 
  秋到り、家族団欒の時期に達したれば近頃左の訓令を発しぬ。
〇労働を恥とする勿れ、我等の救主イエスキリストは御自身労働者なりし也、最も高尚なる事業は読書に非ず、福音の真髄は読書に由らず、労働に由て知るを得るなり。
〇成るべく他人の労を減ぜんことを努むべし、一人、事を為さずと雖も家事は整ふべし、然れども一人、事を為さゞれば或る他の者が彼に代て之を為さゞるべからざる事を記臆すべし、他人をして自己の責任を負はしむる勿れ。
〇物品の浪費を慎むべし、是れ所謂倹約のために非ず、神の造り給ひし物を大切に思ふてなり神は無益に何物をも造り給はず、故に我等は何物をも無益に消費すべからざる也。
〇清潔を重ずべし、清潔に内外の差別あるべからず、心を清くすると同時に、身と其の周囲を潔くすべし、清潔は多く時間を要せず、唯僅少の注意を要するのみ、心に於て聖徒なれば身の清潔を顧ずと云ふが如きは是れ不信の言なり、衷に清き者は必ず外の潔からんことを欲する也。
――――――――――
 
(72)    神学博士
 
〇西洋の諺にある「神学博士の著したる書は之を読む勿れ」と、是れ一理ある言である、人は神学博士となると同時に固結《かたま》つて仕舞う、生命は彼より脱けて彼は純粋なる教会の役人と成て仕舞う、故に彼は今は活ける生命の泉ではない、古い教義の貯蓄池である、彼は主に聖徒に一たび伝へられしと云ふ信仰の道を守るに止て、進で新たに真理の荒蕪を開拓せんとは為ない。
〇勿論神学博士にも固結締らない者がある、然し爾う云ふ人は大抵は純粋の神学博士である、即ち神学を純粋の科学として研究する博士である 斯かる人は教会の機嫌を取るの必要がないから何時までも其独立的態度を維持し、老いて尚ほ青春時期の気象を失はないやうに見える、有名なる聖書学者ドクトル・マイヤー氏の如きは其一人である、彼は終りまで壮《さかん》であつた、彼の大著述に古《ふる》つ臭い所は少しもない、我等は老いたるマイヤー先生に頼つて自から老人と成り終るの危険は少しもない、先生は何処までも大胆で何処までも自由である、先生は聖書の誤謬を摘指して憚らない、処女懐胎説の如き、之を否定するも信仰上差閊ないと云ふて居る、而かも彼は独逸国教会の役人であつて、正統神学歴々の弁護者であつた。
〇然かし先生の如きは例外である、神学博士と云へば大抵は老物である、何よりも破壊を恐れ万事を犠牲に供しても教会の平和を維持せんとし、無理に聖書を解釈して古き教義を護らんとする、神学博士と云へば大抵は学者ではない、名誉職である、教会の藩屏である、自由思想を以て世に臨まずして、教権を身に具して信徒を指揮する者である、
(73)〇神学博士、D.D.温良の君子、教会の柱石、彼等に従へば安全である、然かし自由はない、進歩はない、詩人レッシング曾て曰へるあり「主なる神若し我に問ふて、真理と真理を探究する自由の精神と二者孰れをに汝に与へん乎と云ひ給はゞ我は答へて曰はんのみ、主よ、我の僭越を許し玉へ、然れども我に後者を与へよ」と、実に其通りである、真理は貴くあるが、真理を探研する自由の精神は更らに貴くある、真理を握て神学博士たらんよりは真理を探研して常に進むが遙かに優《まし》である、昔し周公は道を望で得ずと云ふ、我等も亦教会に祭込まれて、其老臣と化すべきでない、常に粗野なる学生として存し、永久に望んで永久に進むべきである。
 
    異端
 
〇異端、異端と云ふ、然し実は世に異端ほど貴い者はないのである、世に異端があればこそ進歩があるのである、預言者は異端であつた、イエスも異端であつた、パウロも異端であつた、ルーテルも異端であつた、ウエスレーも異端であつた、異端であつたからこそ彼等は今日仍ほ世に勢力があるのである。
〇異端は不道徳ではない、不道徳は正教の中にもある、然り、余輩の見る所を以てすれば不道徳は異端の中に於てよりも正教の中に於てより多く行はれる、異端は独創の思想である、真理を探研するに方て人のオーソリチーに頼らない事である、異端は真理の直参である、其陪臣でない、人には構はず一直線に真理と真理の神とに向て進むことである。  〇故に異端は常に新鮮である、陳腐なるは異端ではない、異端は多くの誤謬に陥る、乍然常に進む、異端を恐れる者は沈静の危険を冒す者である、身を所謂正教に委ねて其命維れ徒ふに優るの安全はあるまい、然し斯くて(74)奇峰に攀登《よぢのぼり》て広原を望むの快楽はない、深渓に下て洌水を掬ふの愉快は無い、老人は悉く正教に帰依すべきである、然し青年と壮士とは異端を試むべきである、余輩は山川を跋渉するの心を以て好んで異端に入る者である。
〇危険とよ、此神の造り給ひし宇宙に在て何の危険か之れあらん、父は吾人が何処の谷底、何処の噴火口に至るも吾人を護り給ふなり、彼れ時には吾人の突進、輕躁を誡め給はん、然れども彼は永久に吾人を棄て給はざるなり、彼は怒り易き老爺に非ず、世の監督、神学博士の如き者に非ず、吾人は唯彼を忘れざれば足る、縦横に宇宙を渉猟し、真理を採て誤謬を棄つ、何ぞ教会の放逐を恐れん、何ぞ正教の破門に怯《おぢ》ん、父の庭園を跳飛するに方て、何ぞ人の制裁に堪えん、異端は神の子たるを自認するより出ず、是れ其貴き所以。
 
(75)     〔万物悉く可なり 他〕
                     明治41年10月10日
                     『聖書之研究』103号「所感」
                     署名なし
 
    万物悉く可なり
 
 星は音信を伝へて曰く万物悉く可なりと、地は洪声を放て曰く万物悉く可なりと 歴史は其数訓を伝へて曰く万物悉く可なりと、信仰は其実験を宣べて曰く万物悉く可なりと、神其造り給へるすべての物を視給ひけるに甚だ善かりきと、宇宙と人生の事物にして何れか善且つ可ならざらんや。創世紀一章三十一節。
 
    地上の楽園
 
 密林満山を蔽ひ、夕陽其頂を照らす、浮雲中腹を纏ひ、静湖其麓を洗ふ、両友扁舟に棹し、湖上山に対して進めば、暮雲四境を鎖して、黒暗全景を裹めり、感謝す、地上亦此楽園あるを、天上のそれを予想せしむ。日光山中の秋色。
 
    狭き直き路
 
(76) 人の批評を顧ず、事の成否を思はず、唯一直線に進む、神と語り神に導かれて、人に諮り其決議を待つを要せず、独り無人の地を歩むが如く、信ずる儘を行ひ、命ぜられし儘を為す、世は喧囂を極むるも其響は我に達せず、我は唯天上の音楽を耳にするのみ、我は我が事業を広告せず、単へに之を我が神に委ぬ、既に此世に死して此世に存す、福ひなるは此生路なり、狭しと雖も苦しからず、直しと雖も淡味ならざるなり。馬太伝七章十三、十四節。
 
    交際と信仰
 
 世人の生涯は交際に有り、基督者の生涯は信仰に有り、交際は常に周囲に注目し、信仰は恒に上を瞻る、交際は煩雑なり、信仰は単純なり、交際は躊躇し、信仰は直進す、優にして美なるは交際なり、剛にして毅なるは信仰なり、交際若し女性ならん乎、信仰は男性なり、而して余輩は信仰を簡ぶ者なり。
 
    儀式と憐憫
 
 世のすべての儀礼に参せざるも可なり、然れども一人の寡婦をして泣かしむる勿れ、貴人の招待に応ぜざるも可なり、然れども孤児の厚意を斥くる勿れ、狷介たるは悪事に非ず、然れども無慈悲なるは罪の罪たるなり、「我れ衿恤を好みて祭祀《まつり》を好まず」と主は言ひ給へり、儀礼を行ふに厳にして衿恤を施すに寛なる者はヱホバの僕にあらざるなり。
 
(77)    逆境の感謝
 
 逆境を歎ずるを休めよ、此邪曲の世に在て順境こそ寧ろ歎ずべきものなれ、我等世に逆て立ちし者、逆境は我等の予め期せし所なり、我等は却て之を歓び、昔時の信徒と共にイエスの名のために辱を受るに足る者とせられし事を喜びて神に感謝すべきなり。使徒行伝五章四十一節。
 
    第二の宗教革命
 
 教権を無謬の教会に求めて羅馬天主教会ありたり、之を無謬の聖書に求めて新教諸数会ありたり、無謬の教会を壊たんために第一の宗教革命ありたり、無謬の聖書を壊たんために第二の宗教革命は行はれつゝあり、破壊は痛事なり、然れども必要事なり、第二の革命の成らん時に神の栄光は更らに揚げらるべし。
 
    我等の教会
 
 若し我等に教会ありとせん乎、是れ我等の家庭なり、我等の書斎なり、我等の事務所なり、我等の田園なり、我等の工場なり、我等の店舗なり、我等は此所に神に事へ、彼を讃美し、彼の栄光を彰はさんと欲す、我等に特別に神聖なる所あるなし、我等が座する所、立つ所、すべて神聖なり、神は其処に我等に顕はれて言ひ給ふ、汝が立つ処は聖き地なりと、我等は其時モーセと等しく其処に我等の履を脱ぎ、其処に我等の神を拝して其貴き黙示に接するなり。出埃及記三章五節。
(78)       ――――――――――
 
    伝道の妨害
 
 伝道の妨害は異端に非ず、無教会主義に非ず、伝道の妨害は負債なり、束縛なり、人に対する遠慮なり、是れありて如何なる純福音を懐く者と雖も人を其心の根底に於て救ふ能はざるなり、自由は伝道第一の要件なり、是れあらん乎、多少の異端は意とするに足らず、是れ無からん乎、正教も聖職も以て人を有力なる伝道者と為すに足らず、悪魔は債鬼なり、彼を駆逐してのみ吾人は能く霊界の勇士と成るを得るなり。
 
    何よりも確かなる事
 
 神の在す事、我が在る事、神の義なる事、我の不義なる事、故に我が不義を以てして義なる神と和《やわら》ぐこと能はざる事、我は努めて自から己を義とする能はざる事、故に生れながらにして滅亡の子なる事、然るにキリストは我が罪を己に担ふて死に給ひし事、而して我は信仰を以て彼の義を我が義となすを得、以て始めて義なる神に近づき得るに至る事、是れ何よりも確かなることなり、聖書は廃るも此事は廃らざるなり、基督教は失《う》するも此事は失せざるなり、我が存在の確実なる間は我は福音の此根本的真理を疑ふ能はざる也。
 
    自己の示顕 キリストと自由
 
 希臘の哲人は教へて曰く「自己《おのれ》を識れ」と、然れども我れ如何にして自己を識るを得んや、自省自察日も亦足(79)らずと雖も我は自己を識る能はざる也、我は能く天然を識るを得る也、我は能く他人を識るを得る也、然り、我は能く万物と万事とに就て識るを得るなり、然れども、惟り自己に就て識る能はざる也。
 如何にして自己を識るを得ん乎、キリストを識りてのみ始めて自己を識るを得る也、キリストは神の示顕者にして又各人自己の示顕者なり、キリストに由りて我は我の何たる乎を識るなり、始めに我の罪人たるを識るなり、次ぎに我が神の子たるを識るなり、我はキリストに由て我の恥辱と栄光とを識るなり、我はキリストに由て始めて自覚するを得るなり。
 曰く自由、曰く自治と、然れども自覚なき所に何の自由か是れあらん、富あり、知識ありて未だ自由はあらざるなり、キリストのみ能く自由を人に供し給ふ、彼は「自己」の示顕者なればなり、キリストの無き所に自由あるなし、歴史は此事を証明す、我が実験も亦此事を証明す。
 
    生涯の実験
 
 我れ曾て我が要求を以て神に迫て曰く「我に生活の安全を供せよ、去らば我れ懼れずして汝に事へん」と、神、我に答へて曰ひ給はく「汝、我が命に従へ、去らば我れ汝に安全を供せん」と、我は彼の言を信ずる能はざりし、故に我の要求を繰返して彼に迫れり、然れども彼は其言を曲げず、断乎として我が服従を要求し給へり。
 時経て後に我は疲れたり、我れ又我が要求の誤れるを知れり、故に我は言を変へて曰へり「神よ我れ汝の命に従ふ、我が全身、全家、之を汝の聖手に委ぬ」と、其時生活の憂慮は忽焉として我を去り、我は楽しき者となりて躍り勇んで我が業に就けり、又其後我は曾て欠乏を感ぜしことなく、すべて必需《なくてなら》ぬ物は我に供せられて、余り(80)あるにあらざれども、富者の如くに感ずるに至れり、茲に於てか我は悟れり、神は前にして我は後なり、我れ安全に居て神に依るにあらず、神に依て而して我れ安全なることを。
       ――――――――――
 
    罪人と悪人
 
 罪人(sinners)とは主観的悪人なり、悪人(bad men)とは客観的罪人なり、罪人とは自から神の前に己の悪性を認むる者、悪人とは憚らずして人の前に不義、不徳を行ふ者なり、故に罪人は敬すべし、悪人は恕すべからず、吾人何人も努めて罪人たるべし、然れども悪人たるべからざる也。
 
(81)     読史余瀝
                  明治41年10月10日・11月10日
                  『聖書之研究』103・104号「所感」
                  署名なし
 
    羅馬人と希臘人
 
 羅馬人は権力を貴び、希臘人は自由を重じたり、羅馬人は統一を好み、希臘人は独立を欲したり、羅馬人は規則を愛し、希臘人は放縦を慕ひたり、羅馬人は教会を建て、希臘人は之を壊てり、圧制は常に羅馬に傚ひて生じ、自由は常に希臘に学びて起りたり、羅馬は保守なり、希臘は進歩なり、羅馬は官僚的なり、希臘は平民的なり、羅馬は独断的なり、希臘は批評的なり、羅馬は老人的なり、希臘は青年的なり、人、各々其欲する所を選むべし、余輩はエラスマス、メランクトン、其他すべての革新者と偕に若き自由なる希臘に与する者なり。
 
    二者の神
 
 羅馬人は言へり、神は宇宙の上に存在して、其大権を以て万物を統御し給ふと、希臘人は言へり、神は宇宙の中に存在して、其霊能を以て万物を成化し給ふと、前者の観たる神は君主なり、後者の観たる神は友人なり、前者は神を会堂の中に請じ、後者は之を心の衷に認めたり、羅馬人は希臘人の異端を赦す能はざりし、希臘人も亦(82)羅馬人の虚儀、虚礼、方策、因循に堪ゆる能はざりし。
 
    基督教会の起源
 
 基督教を羅馬化せしもの、之を基督教会と称《い》ふ、其大監督は執政官《コンソル》なり、其小監督は領土総督《プロコンソル》なり、其執事長老は属吏なり、其信徒は民衆なり、其神は帝王にして其キリストは太子なり、其規則は法文なり、其信仰は詔勅なり、羅馬制度を其儘基督教に適用して基督教会出たり、教会の起源は之を探ぐるに難からざるなり。
 
    正教と異端
 
 宗教、政権の保護する所となりて「正教」と化す、露西亜政府の保護する所となりて希臘教会は正教会となり、英吉利政府の保護する所となりて監督教会は聖公会となりたり、真理、人に頻らずして独り立つ時に、世は之を異端と称し、帝王の庇保する所となりて、人、之を正教と命名《なづ》く、邪曲の世に在りては事物悉く其名を転倒す、福ひなるは此世に在りて異端の故を以て「正教」の忌む所となる事なり。 〔以上、10・10〕
 
    思想混濁の泉源
 
 神学思想混濁の泉源は外国宣教師に於て在りし乎、否らず、彼等を送りし西洋諸国の教会に於て在りし乎、否らず、教会を建設せしウエスレー、カルビン、ルーテル等に於てありし乎、否らず、中古時代の羅馬天主教会に於て在りし乎、否らず、然らば何処にありし乎、余輩は聖アウガスチンに於て在りしと想ふ、彼は西洋神学の始(83)祖なり、彼の深厚なる感化を吾人今日の日本基督信者も亦受けつゝあり。
 アウガスチンは拉典人なり、故にキリストの福音を拉典人的に解釈したり、拉典人種は政治的人種なり、故にアウガスチンの神学は政治的なり、所謂原罪説なる者は彼に由て出たり、贖罪説なる者も亦然り、彼は神と人とを絶対的に隔絶せしめたり、而してキリストを二者の中間に置きて其和合を計らんとせり、茲に於てか教会の必要は起りたり、是れキリストと民衆との間に立て更らに其和合を計らんためなり、中保に加ふるに中保、神を帝王と見、人を臣民と視し拉典人種に取りては中保の連鎖に由てのみ上下の聯結は維持せられたり。
 然れども人は神の子なり、其臣下にあらざるなり、彼は法律に由て支配さるべき者に非らず、愛を以て導かるべき者なり、神と人との間に何の中保もあるべからざるなり、法王も不用なり、監督も不用なり、教会も不用なり、人は唯アバ父よと叫びて神の膝下に到るべき者なり、神と人との関係をして直接ならしめずして間接ならしめし責は之を聖アウガスチンに帰せざるべからず。
 過去は追ふも益なし、我等東洋の天地に在て新たにキリストの福音を信ぜし者は、聖アウガスチンの創始に係る西洋神学を以て身を縛るの要、一もなきなり、我等はアウガスチン以前に遡り、福音を其清き泉源に於て求め、すべての神学とすべての教会との検束を脱し、自由に自由の神より罪の自由の赦免を受くべきなり。ジョン、フイスク著『神に関する思想《アイデヤ、オブ、ゴツト》』を読みて後の所感。 〔以上、11・10〕
 
(84)     如何にして聖霊を受けん乎
                     明治41年10月10日
                     『聖書之研究』103号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 
 聖霊の何なる乎に就ては余輩は之を本誌の前号に於て述べた、余輩は聖霊はキリストの霊であつて、柔和の霊、赦免の霊、犠牲の霊、殊に子たるの霊であると云ふた。
 既に聖霊の何たる乎を知て之を受くるの道を知るは難くない、聖霊を要求すること切なるに関はらず之を獲る者の尠きは先づ其何たる乎を究めないからである、神の此最大の賜物に接せんとして我等は定向《めあて》なきが如くに趨《はしり》てはならない、空《くう》を撃つが如くに戦てはならない(哥林多前書九章二十六節)。
 一、言ふまでもなく聖霊は祈て受くべき者である、聖霊は我が霊ではない他者の霊である、単に清い心ではない、キリストに託りて聖父《ちゝ》の遺し給ふ訓慰師《なぐさむるもの》である(約翰伝十四章二十六節)、故に是れ人が己に求めて獲ることの出来る者でない、善なる者は我れ即ち我肉に居らざるを知るとパウロは言ふた(羅馬書七章十八節)、我れ我心を其奥底まで探りたればとて、其処に聖霊を発見することは出来ない、何物に就ても爾うであるが、殊に聖霊に就て我は空虚き者である、神に乞ふて之を獲るより他に、聖霊を獲るの途はない、我は実に心の貧しき者であつて、饑渇く如く神の義なる聖霊を慕ふ者である。
 二、乍然、聖霊は唯祈るばかりでは獲られない、我等は先づ深く其何たる乎を究めなければならない、洵に(85)其何たる乎を究めずして、善くその我等に与へられんことを祈ることは出来ない、我等の祈祷にハッキリとしたる定向《めあて》がなくてはならない、我等は何を祈る乎を知らずして祈てはならない、唯漠然として聖霊の与へられんことを祈るも聖霊は与へられない、我等は善く聖霊の何たる乎を究めて然る後に其降臨を祈るべきである、茲に於てか聖霊を受くるの準備として聖書研究の必要が起るのである、神とは何ぞ、キリストとは何ぞ、又キリストの霊なる聖霊とは何ぞ、是れ聖書の悉《くわ》しく示す所であつて、又聖書に依らずして知ることの出来ない所である、我等は巷説《うはさ》に由て神を知ることは出来ない、聖霊の本源たる基智者の神は神道で言ふ神ではない、儒教で言ふ天ではない、ヱホバの神は特別の神であると同時に彼より出る聖霊は特別の霊である、爾うして其の如何なる霊である乎は我等は之を聖書に由てのみ能く知ることが出来る、聖書を深く究めない者は聖霊を求むると称して、或ひは英雄の心を求め、或ひは聖賢の徳を求めつゝある乎も知れない、聖霊は今日世に謂ふ所の愛国の精神ではない、浩然の気ではない、聖霊は又教派的熱心ではない、聖霊の何たる乎は聖書の深き研究に由てのみ知ることが出来る、キリストは言ひ給ふた「汝等が度《はか》る所の量《はかり》をもて汝等も度らるべし」と(馬可伝四章二十四節)、即ち恩恵は我等の要求の量に応じて加へらるべしとのことである、多く求むる者には多く与へられ、深く充たれんと欲する者には深く注がるべしとのことである、我等は深き聖書の研究に由て我等の要求の量を大にし、以て聖霊の多量を我等の衷に度られんことを祈るべきである。
 三、聖霊を受けんと欲すれば神の誡命を守らなければならない、聖霊は単に祈つた丈けでは獲られない、聖書を研究した丈けでは得られない、決心と勇気とを以て神の命令を実行して裕かに与へらるゝものである、聖霊は神が其子の善行に報ひんが為めに下し給ふ最大の恩賞である、我等は信仰の行為に由てのみ聖霊の獲得を確実に(86)することが出来る、研究に由て霊慾を起し、祈祷に由て之を※[龠+頁]求《よびもと》め、実行に由て之を獲取するのである、実行は洵に最も有力なる祈祷である、働らくは祈るなりと謂ふが、神の最大の賜物たる聖霊を獲んとするに方て、其殊に然るを覚るのである。
 実にアブラハムはすべての懐疑を排し、すべての情実を斥け、神の命に循ひて其の独子イサクを祭壇の上に献げて、神より大なる祝福に与かり、「汝の子孫に由りて世界の民皆な福祉《さいはひ》を得べし」との約束を蒙つた(創世記廿二章)、イエスはパリサイの人并に学者等の嘲笑を省みず、断然罪人と伍を共にし、自身罪なきに罪人の受くべき罪の悔改のバプテスマを受けたれば、聖父《ちゝ》は其謙遜を嘉し給ひて、天忽ち彼が為めに開らけ、神の霊《みたま》、鳩の如くに降りて其上に来り、又天より声ありて「此は我心に適ふ我愛子なり」と云へりとのことである(馬太伝三章十六、十七節)、又ステパノ独り立てイエスのために証明し、死を懼れず、権威を憚らず、諄々イエスのキリストたるを述ぶるや、衆人大に憤り切歯《はがみ》しつゝ彼に向ひ一斉石を以て彼を撃しや、彼れステパノは聖霊に満たされ、天を仰ぎて神の栄光と其右にイエスの立てるを見たりとのことである(使徒行伝七章)、聖霊は大なる行為に伴ふて降る、我等は行はずして神の此大なる恩賞に与かることは出来ない。 以上は聖霊の恩賜に与からんとするに方て我等の取るべき最も明白なる道である、然るに実際は什麼である乎と言ふに、実際は此大道を取る者は少くして、他の間道を取る者が多いのである、即ちリバイバルと称し、悲鳴と絶叫とに由て大に神経を刺戟し、忽ちにして泣き、忽ちにして喜び、夢想を語り、幻像を説く、熱心高まり、歓声湧く、然れども其一たび醒めて旧態に復するや、義を見て為すの勇気なく、理に循て歩むの思想なし、恰かも悪鬼一たび人より出て、其浄まりしを待て、己よりも更らに悪しき七の悪鬼を携へ入り来りしと同然、其人の(87)後の患状《ありさま》は前より更らに悪しくあるのである(路加伝十一章二十四節)、リバイバルは今や一種の伝道術である、是れ亦神の賜物を受けんとして人の設けたる方法である、天然の方法でない、勿論神の命じ給ひし途でない。
 按手礼は又基督教会全体に由て聖霊接受の途として認められて居る、使徒行伝第八章十四節以下に左の言がある、
  エルサレムに居る使徒等サマリヤ既に神の道を受けたりと聞きてペテロとヨハネを彼処に遣はす、この二人の者下りて彼等が聖霊を受けんために祈れり、……此時二人の者手を彼等の上に按きければ彼等聖霊を受けたり。
 同じく第十九章に左の言がある、
  アポロのコリントに居れる時、パウロ東方の地を経てエペソに来り、或る弟子等に遇ひて之に曰ひけるは
  「汝等信者となりし時聖霊を受けしや」と、答へけるは「我等は聖霊の有ることだに聞かざりき」と、……パウロ手を其上に按きければ聖霊彼等に臨り、皆な異なる諸国の方言にて語り且つ預言せり(一、二、六節)。
 若し以上の使徒行伝の記事が真《まこと》を伝ふる者であるとすれば、按手礼は確かに聖霊接受の方法として認めらるべき者である、乍然、使徒行伝の歴史的価値の未だ判然せざる今日、直に以上の記事を歴史的事実として受取ることは出来ない、縦し又歴史的事実であるとするも、按手礼の今日尚ほ有効なる者であるや否やは疑問である、之を施かされし者が皆な異なる諸国の方言にて語り且つ預言せりとあるは既に異例である、爾うして斯かる事の(88)既に歇みし今日監督長老たちの按手に由て神の聖霊が人の心に降るとは信ずるに甚だ難い事である、或ひは使徒在せの当時には今日見ることの出来ない特別の場合が有つて、斯かる礼式が信仰的に有効であつたのである乎も知れない、或ひは単に「手を按きければ」とあるが、之にイエスの受洗の場合に於けるが如く、何にか深い道徳的理由が伴つて居つて、それがために聖霊が降つたのである乎も知れない、何れにしろ、按手礼其物が礼式として聖霊接受に今日何の効もない事は明白である、此礼式に与かつた信者で仁愛、喜楽、平和等の聖霊の実を結ばない者は挙て数ふべからずである、否な、最も荘厳なる按手礼に由て聖職に就いた監督、牧師、伝道師等が時には最大の悪人、最獰の奸物であることを知つて、我等は此礼式が人を基督信者として印する上に於て何の効力も無いことを最も明かに識るのである、又基督教の精神から推して見ても如何に貴き聖人の手なりと雖も、肉の手を按《お》くことに由て霊が心に降りやう筈はない、降ると信ずるは確かに迷信である、神は霊である、故に霊に由てのみ迎へ奉ることの出来る者である、人の按手に由て聖霊が降るとならば聖霊は霊ではない、是れ聖霊を物力視することであつて、余輩は褻涜の罪を犯さんことを畏れて斯かる思念を懐かんと欲するも得ない。
 聖霊はキリストの霊である、其御心である、其御精神である、故に是れ彼に傚ひ奉つてのみ受くることの出来る者である、常に彼を仰ぎ奉り、其美はしさ、貴さを知り、茲に彼の如く完からんと欲するの聖慾を起し、此慾の充たされんことを神に祈り、其祈祷の聴かれんために喜び勇んで神の命を実行し、以て其恩賜に与かることの出来る者である、之を除いて他に此恩恵に与かるの途はない、聖霊は神より出る霊である、故に道理の霊である、故に明白なる道理に通はざる途に由て得らるべき者ではない。
 余輩は聖霊は柔和の霊、赦免の霊、犠牲の霊、子たるの霊であると言ふた、即ち特に倫理の霊であると言ふた、(89)然しながら聖霊は直接に倫理の霊として感じ得られる者ではない、聖霊の始めて我が心に降るや、先ず我の罪を定め、我をして罪人の首《かしら》たるを自覚せしめ、我が内心に多くの煩悶を起し我をして一時は宇宙広しと雖も其内に我身を寄するに所なきを感ぜしむ、其時彼(聖霊)は我にキリストの十字架を示し、其処に我罪のすべて贖はれしを証し、我をして之に縋て我が在天の父と和らがしめ給ふ、我は茲に於て真に謙遜なる者となり、己に何の誇る所なき者となり、「手に物もたで、十字架にすがる」と言ひて聖父の恩恵を感謝して止まざるに至る、斯くて我はキリストと共に十字架に釘けられ、彼と共に死して、再び彼に由て甦り、今や我れ生くるに非ず、キリスト我に在りて生き給ふと言ひ得るに至る、茲に至て聖霊は我身に在りて其実を結び、仁愛、喜楽、平和等、今日まで其名を聞き、其美を知りしかども未だ其実を知らざりし美徳が、我れ努めざるに我が衷より滾々として湧出るに至り、我は我れながら己の聖さ貴さに就て驚くに至るのである、是れ聖霊が我衷に在りて働らき給ふ順序である、其倫理的なるは其結果に於てゞある、其活動の方法に於ては全然奇蹟的である。
 要するに聖霊の充分なる降臨は吾人の全生涯に渉る神の聖働である、此不完全なる且つ小なる我は一時に聖き窮りなき神の霊を受くることは出来ない、初めに苗、次ぎに穂出で、穂の中に熟したる穀を結ぶと云ひ(馬可伝四章二十八節)、誡命に誡命を加へ、度《のり》に度を加へ、此処にも少しく、彼処《かしこ》にも少しく教ふと云ふ(以賽亜書二十八章十節)、健全なる聖霊の降臨は徐々たる降臨である、我等の願ふべきことは、其一時に迅風の如くに降らずして、永く軟風の如くに戦がんことである、雷火の如くに臨まずして朝の露の如くに潤さんことである、万止むを得ざる湯合の外は我に急劇の変化を来さざらんことである。
 爾うして神は我等の此祈願に循ひ、時の進化と同時に徐々として其聖霊を人に注込み給ひつゝある、今や人は(90)昔と異なり、神を其異能に於て見ずして自然に於て拝し奉るのである、我等は今や神が罪人を懲さんとて洪水を降し、火焔《ほのほ》を降らし給はないとて其存在を疑はない、神は宇宙と人生の中に内在し給ふ、而して時々刻々と其内在の度を強め給ひつゝある、彼の示顕なる者は今や外より内に臨む示顕にあらずして、内より外に向て発する発顕である、彼は万物に充満し給ふて、万物を透うして自己を顕はし給ひつゝある、福ひなる哉、此第二十世紀に生れし我等に取ては神の超自然性を認むるために、血と火と煙を以てする懼るべき日の到釆を目撃するの必要はない、懼るべき日は既に去つた、キリストは独り我等万人に代て我等の罪を己が身に受け給ひて、死と罪とを減し給ふた、今は恩恵の時代である、赦免の霊は既に業に人類の中に臨み、日々各自の心の門を叩き、其開放を勧めつゝある、科学は天然の宝蔵を開き、其重器珍宝を示しつゝある、哲学も今や定向《めあて》なき思弁ではなくして、宇宙の福音的解釈を試みつゝある、今や存在其物が奇蹟であつて恩恵である、キリストを知つて我等は此宇宙と此生涯以上に特別の恩恵を望まないのである、実に聖霊は既に業に注がれたのである、今や我等は聖霊の中に在て生き又動き又|存《あ》るのである(使徒行伝十七章二十八節)、故に之を得んと欲して天に向て号泣するに及ばない、唯信ずれば可いのである、即ち謙虚なる者となりて心の門戸を開けば可いのである、然らば空気が空所に向て突入するが如くに聖霊は直に虚しき人の心に浸入するのである、我等が聖霊に充たされんと欲するよりも聖霊は我等を充たさんと欲して待ち給ひつゝある。
 然らば我等秋の夕、湖水の辺《ほとり》に静かに我が充実を祈求《もと》むべきである、「汝等立帰りて静かにせば救を獲、平穏にして依頼《よりたの》まば力を得べし」とは今の時の事である(以賽亜書三十章十五節)、シローアムの泉に至りし時の如くに我等は静かに深く生命の水を汲むべきである、静かなる祈祷を以て、深き聖書の研究に由て、休まずして急が(91)ず、断乎として動かざる神の誡命の実行に由て、キリストに託りて神より出る聖霊の裕かなる恩賜に与かるべきである。
 
(92)     亜伯拉罕伝の研究
                明治41年10月10日・11月10日・12月10日
                『聖書之研究』103・104・105号「講演」
                署名なし
 
  第一回 九月二十日
 
     序言
 
 旧約聖書が解らないで新約聖書は解らない、旧約は新約の最も善き註解である。
 アプラハムは今日の我等に関係のない人物ではない、彼は今より四千年前の人であるが、然し信仰的には我等の極く近い友人である、我等と境遇を異にし時代を異にしたる彼は我等の信仰の父である、彼の伝記に解し難い事は尠くない、然し其の中心たる信仰の一事は我等の善く解し得る所である、信仰的のアブラハムは実に今日現下の人物である。
 アブラハムの伝記を以てイスラエル人の歴史は始つた、随てキリストの生涯と直接の関係がある、キリストの生涯は其多くの点に於てアブラハムのそれに像られたる者である。
 新約聖書に列祖(羅馬書九章五節)とあるはアブラハム、イサク、ヤコブの三人を指して云ふたのである、基督教は神がアブラハムに誓はれし約束に従つて出たものである。
 
(93)     テラの移住 (創世記十一章二十七節以下)
 
 アブラハムの父をテラと云ふた、「テラの伝」と云ふは其系図と云ふと同じである、但し祖先の系図を云ふのではなくして、子孫のそれを云ふのである、之を表に作れば左の通りである、
 
      アブラム
  テラ――ナホル
              ロト
      ハラン     ミルカ
              イスカ(サライ?)
 
 テラに三人の子があつた、アブラムは多分其の長子であつたのであらふ、ハランは三人の子を遺して早世し、ナホルはハランの女即ち彼の姪を迎へて妻となした、アブラムの妻をサライと云ふた、彼女はハランの女イスカと異名同人であつたらふとの説がある、或ひはさうであつたかも知れない、二十章十二節に彼女が彼の近親であつたことが記してある、何れにしろテラ家の一家族は或る避け難き事情のために近親結婚を行つた事は確かである。
 爾うして其事情とは何であつたらふ乎、確かには解らないが、多分周囲の偶像信者との混合を避けんがためであつたらふ、テラ家の故郷なるカルデヤのウルは有名なるバビロンの市より遠からず、偶像崇拝の盛んなる地で(94)あつた、恰かも我国の名古屋市の如き所であつて、繁華なる不道徳なる所であつたらしい、此中に在て純潔なるヱホバ崇拝を維持せんと欲す、近親結婚は止むを得ざる次第であつたのであらう、神の子等が人の女子を取て妻となしたのが洪水以前に於ける聖民堕落の起因であつた(六章二節) 又後に至てアブラハムが其|家宰《いへつかさ》に嘱して其子イサクのためにカナン人の女を妻とし取らざらしめたのも此ためである(二十四章二、三節)、結婚は私事であって私事でない、信仰維持のためには近親結婚も時には止むを得ない、此事勿論今日の我国に於て基督教徒は仏教徒と結婚してはならないと云ふことではない、悪人の滔々として基督教会内に入来りし今日、信徒相互の結婚は不信者との結婚よりも危険である、テラの一家の場合に於ては信仰は道徳であつた、異教信者と結婚を避けて、彼は罪悪の感染を避けたのである。
 テラが終に其故郷カルデヤのウルを去りし其理由も亦其腐敗を避けんためであつたに相違ない、恰かも清党《ピユリタン》の祖先が英国を去て新英洲に到りしと同然、移住の目的は経済的ではなくして信仰であつた、人類の歴史に於ける大事業は屡々斯かる移住に由て成つた、若しテラが偶像崇拝の盛なるカルデヤのウルを去らなかつたならば如何《どう》であつたらふ、若し彼が多くの情実に纏はれ、彼の将来を慮りて旧き腐つたるカルデヤの地に止つて居つたならば如何であつたらふ、モーセの一神教は無つたであらふ、パウロの基督教は無つたであらふ、随てダンテの天主教も、ルーテルの新教も無つたであらふ、随て吾人今日の信仰も無つたであらふ、テラの断乎たる移住は実に今日より見れば世界的の事業であつた、此創世記の数節の中に人類四千年間の進歩歴史が籠つて居る。
 
     アブラムの移住 (創世記十二章一−八節)
 
(95) テラ、カルデヤを去てユウフラテス河の上流ハラン(カランと讀むべし)の地に至り、其目的地たるカナンに達する能はずして其地に死んだ、依て其子アブラム、父の志を継いで更らに西の方カナンに向て出立した、
  茲にヱホバ、アブラムに言ひ給ひけるは、汝の国を出で、汝の親族に別れ、汝の父の家を離れて我が汝に示さん其地に至れ(一節)
と、是れ奉ずるに随分辛らい命令であつた、「アブラム乃ちヱホバの己に言ひ給ひし言に従て出たり」と、目的《めあて》のない移住である、何処へ行けと云ふのではない、「我が汝に示さん其地に到れ」との命である、神に導かるゝ儘に行けとの事である、而かもアブラムは躊躇しなかつた、彼は万事を神に委ねて親族と父の家とを後にして行先不明の旅程に就いた。
 テラはウルの市民の中より撰抜され、アブラムはテラの一族の中より撰抜された、撰抜(予定)は神が人を救ふの順序である、精選又精選、斯くして信仰も淘汰されるのである。
 シケム(七節) 後にてサマリヤの市の建てられし所、イエスが其辺にてサマリヤの婦と語り給ひしと云ふヤコブの井戸の在りし所より程遠からぬ所にある。「処」とあるは「聖処」の意であつて、「シケムの神聖なる所」即ちアブラムが後に祭壇を築きし所との意であらふ、「及び」は「乃ち」と読むべきである、祭壇は「モレの橡樹」と称し、当時有名の大木の在りし所に築かれたのである。
 断然家郷を去りしアブラムの信仰に報ゐんためにヱホバは茲に己を彼に顕はし給ひて「我れ汝の苗裔《すゑ》に此地を与へん」との約束を賜ふた。
 テラとアブラムの二回の移住に由て、茲に撰民発展の端緒は開かれた、神の命令に出で、人の信仰に成り、祝(96)福されたる端緒であつた。
       ――――――――――
  第二回 九月二十七日
 
     饉饑をエジプトに避く (第十二章九節以下)
 
此記事の中に信仰上、別に注目を値ひすべき者はない、たゞアブラムが小なる嘘言を吐いて無益の心配を己が身に招き、其妻を大なる危険に曝らせし事、ヱホバの特別の干渉に由り、妻の節操を全うするを得し事が録《しる》してある、信者に取りては嘘言は小なるものと雖も語るべからずである、又不信者に取りては彼が信者を肉慾の器と為さんとするは大なる危険である、神はそれがために彼(不信者)を悩まし給はん、彼は速かに彼(捕はれし信者)を放釈すべきである。
 
     アブラム、ロトと別る (第十三章)
 
 アブラム、エジプトより帰り、ベテルとアイの間に暫時の居を定めた、時に彼の家財は増して甥のロトと共に同所に居住する能はざるに至つた、アブラムの牧者とロトの牧者との間に競争が始つた、二人は分離せざるを得ざるに至つた、然るに此時に方てアブラムは其甥ロトに向つて伯父たるの権威を振はなかつた、彼は甚だ謙遜で又深切であつた、彼がロトに曰へる言は実に平和を愛する人の言である、
  我等は兄弟なれば、請ふ、我と汝の間、及び我が牧者と汝の牧者との間に競争あらしむる勿れ、地は皆な汝(97)の前に有るにあらずや、請ふ我を離れよ、汝、若し左に往かば我れ右に往かん、又汝若し右に往かば我れ左に往かん(八、九節)
と、是れ普通、伯父が甥に向つて発する言ではない、誠にヱホバの忠僕の言である、アブラムの気質は此等の言に於て善く現はれて居る。
 然しロトにはアブラムの謙遜がなかつた、彼は伯父に譲らんとは為なかつた、彼は伯父の提言其の儘を受けて、己の欲する所を撰んだ、彼れは東の方ヨルダンの低地の善く潤沢ひてエデンの園の如くなるを見て自から之れを撰んで其処に移つた、然るに何んぞ計らん、潤沢の地は罪悪の地であつた、ソドム、ゴモラといひて古代悪徳を以つて有名なる市邑の在る所であつた、大慾は無慾に等しである、肥えたる土地を択んで罪人の中に陥つた、ロトの不幸は東方移住を以つて始つたのである、其の事は後に審かである。
 之に反して其甥に先きを譲りしアブラムは其謙遜と譲退とに由て大なる祝福を得た、
  ロトのアブラムに別れし後、ヱホバ、アブラムに言ひ給ひけるは、汝の目を挙げて汝の居る所より西東北南を瞻望《のぞ》め、凡そ汝が観る所の地は我れ之を汝と汝の裔に与ふべし、我れ汝の後裔を地の塵沙《すな》の如くなさん、若し人、地の塵沙を数ふることを得ば汝の後裔も数へらるべし、汝、起て縦横に其地を行き巡るべし、我れ之を汝に与へんと。(十四−十七節)。
 是れ実に大なる約束である、爾うして是れはアブラムの其甥ロトに対する寛大の措置の報賞として彼に与へられたのである、アブラムは善きものを他人に譲て、己れはそれよりも更らに善きものを神より賜はつた、謙遜の結果は常に此通りである、得んと欲する者は失ひ、失はんと欲する者は得る、無慾は大慾に等しである、アブラ(98)ムの無慾はヱホバの歓ぶ所となりて、彼に福祉を来すの基因《もとゐ》となつた。
 アブラハムを信仰の人といふは、彼が斯かる人であつたからである、彼が何にも今日世に称する宗教的熱心家であつたからではない、彼がヱホバの聖名を喧しく唱へたからではない、彼の気質と行為とが謙遜で、従順で、寡慾であつたからである、信仰の人とは斯かる人である、神の命とあれば断乎として之に従ひ、人に対して寛大に、争つて利を己に収めんとしない人、是れが信仰の人の模範である、アブラハムは平和主義の人、謙退の人、謙退の人であつた、故に万世に続く国民の祖父となつた。
 ロト、アブラムを離れて撰民の淘汰は更らに一歩を進めた、此時よりしてロト族の運命はアブラム族の運命の正反対であつた、其事は創世記を研究するに循て益々明かに現はれて来る、祖先の決断一つに由て子孫千代の運命は定まるのである、慎むべきは人生の岐路に立てる時の吾人の行為である。 〔以上、10・10〕
 
     ケダラオメルの侵入 (創世記十四章、十月四日)
 
 甥は慾に駆られて叔父の許を去て悪人の地に入つた、然し叔父は甥を忘れなかつた、其危急の場合に臨んでは危険を冒して其救済に赴いた。そうして危急の場合とはエラムの王ケダラオメルのソドム侵入であつた、彼は東方三人の王と結んで西方パレスチナの地に攻入つた、茲にソドムの王とゴモラの王とは他に三人の王と結んで之を防がんとした、東方四人の王は西方五人の王とシデムの谷に戦つた、而うして戦争は全く西軍の敗北に帰した、ソドムとゴモラの両市は掠奪され、其人民と財産とは戦勝者の運び行く所となつた、而して被害者の中にアブラ(99)ムの甥ロトがあつた、此事、アブラムの知る所となるや、彼は蹶然として起つた、家人三百十八人を率ひ、大軍の跡を逐ひ、ダマスコの辺に於て之に追及し、ロトと其家族並に財産を奪回《とりかへ》した、平和好きのアブラムは臆病者ではなかつた、危急の場合に臨んでは彼は勇者と化した、茲にアブラム剣を抜いて敵を屠つたとは書いてない、然し彼が腕力に訴へて彼の甥を救つたことは確かである、ケダラオメルの侵入に由て計らずもアブラムの勇敢性は発揮せられた、アブラムが戦争に類したることを爲したのは唯の一回、此時丈けである、此時を除いては彼の全生涯は平和なる家庭の生涯であつた、名を万世に垂れたるアブラムは功を戦場に立てたる人ではなくして、純然たる家庭の人であつた、アブラハム伝は主としてて彼の家庭談である。
 アブラム、ケダラオメルと其聯合軍を撃破りて帰るや、途にサレムの王メルキゼデクがパンと酒とを携へて彼を迎ふるに会ふた、此人は至高き神の祭司なりしと云ふ、即ち一神教の信者であつて、アブラムと信仰を同うせし者、ソドム ゴモラの王等とは全く主義信仰を異にしたる者であつた、彼れアブラムを祝して言ふた、
  願くは天地の主なる至高き神アブラムを祝福し給へ
  願くは汝の敵を汝の手に付し給ひし至高き神に称誉あれ
と、実に立派なる祝福の言辞である、拝すべき者は至高き神、彼は天地の主なりと云ひ、而して功績《いさほ》は之をアブラムに帰せずして彼に勝利を賜ひし此至高き神に帰すべしと云ふ、此祝福の辞に接せしアブラムの歓喜は如何許りなりしぞ、彼は即座に彼の所有の十分の一を饋りて此人に対する彼の尊敬を表した、異郷カナンの地に在てアブラムと信仰を同うし、彼に深き同情を寄せし者は実に此メルキゼデク一人であつた、アブラムと其子孫とは永久に此人の恩を忘れなかつた、其事は詩篇第百十篇四節、希伯来書五章より七章までに照らして見て明かである。(100)メルキゼデク王去て後にアブラムを迎へし者はソドムの王であつた、彼は曰ふた、
  人を我に与へ、物を汝に取れ
と、是れ無礼の言であつた、己れは戦に敗れ、家人と家財とを敵に奪はれ、之を回復し能はざるに、今やアブラムの之を奪回し帰するに及んで其処分を彼に要求したのである、アブラムは之を聞て怒らざるを得なかつた、
  我れ天地の主なる至高き神ヱホバを指して言ふ、一本の糸にても鞋帯《くつひも》にてもすべて汝の所属は我れ之を取らざるべし、恐らくは汝「我れアブラムをして富ましめたり」と言はん、
と、アブラムはソドムの王よりは一本の糸にても鞋帯にても受けじとの事であつた、至高き神の祭司なるサレムの王に接しては之に其所有の十分の一を献ぜしアブラムは、神を識らず、奢侈に耽り、不法、猥褻を以て其民の上に立ちしソドムの王よりは糸一本をも受けじとのことであつた、柔和なるアブラムは又豪気の人であつた、彼は聖者に物を饋つて惜まなかつたと同時に又俗人よりは糸一本たりとも受けんとしなかつた、
  我れ天地の主なる至高き神ヱホバを指して言ふ、一本の糸にても鞋帯にても汝の所属は我れ之を取らざるべし、
と、我等も亦、その貴族なると、商人なると、外国宣教師なるとに関はらず、卑俗の人が我等に物を与へんとする時に方てはアブラムの此言を以て断然之を斥くべきである。
 註、ケダラオメル(Chedorlaomer)はバビロニヤ語のクーヅル・ラゴモル(Kudur Lagomor)即ち「ラゴモル(神の名)の僕」の意であつて、之に類したる名のバビロニヤ王の中にありしことは該地方に於ける近世の考古学的発見に由て明かになつた。
(101)  シナルの王アブラメルはバビロニヤ語のハムムラビ(kammurabi)であつて、彼が紀元前二千二三百年頃西方亜細亜に於て覇権を振つたことは今や歴史上疑を挟み難き事となつた、所謂ハムムラビ律と称し、羅馬法、摩西律よりも更らに古き法律は姶めて此人に由て編成された、アブラムの時代は決して野蛮時代ではなかつた、今を去る四千年前の事ではあるが、其時既に法律も有り、文学もあつた、殊に天地の主なる至高き神の崇拝があつた、聖書の年代の計算に由てアブラムの時代は紀元前千九百年乃至二千年として知られて居つたが、今やユウフラテス河岸に於ける古代文明の遺物の発見に由て此計算に大なる違算のなかつた事が明自になつた、即ちアブラムの年代を紀元前二千年と見て大差のないことが判明つた
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     嗣子の祷求 (創世記十五章、十月十一日)
 
 自己に不実なりし甥の難に赴いて之を救ひ、聖者に会ふて之に多大の尊敬を表し、悪者に会ふて其有利なる提供を斥く、ケダラオメル侵入事件に際してアブラムは彼の勇敢と敬虔と寡慾の本性を彰はした、茲に於てかヱホバは例に由りて復た彼に顕はれて曰ひ給ふた、
  アブラムよ、懼るゝ勿れ、我は汝の干櫓《たて》なり、汝の甚だ大なる賚《たまもの》なり
と、ブラムは他《ひと》に対して寛大であり、自己に対して寡慾であつた、故に神は彼を賞め彼を慰めて曰ひ給ふた、欠乏を懼るゝ勿れ、そは天地の主なる我は、我は汝の干櫓、汝の甚大の賚なれば也と、実に神に依る者の受くる賚は金でもなければ銀でもない、又其干櫓は政府でもなければ教会でもない、神御自身である、彼れ御自身が我(102)等の最高き櫓、最固き砦である、而して又彼れ御自身が我等の最貴き宝である、ヱホバは今此貴き教理《おしへ》をアブラムに伝へ給ふた、然しアブラムにはまだ此事が能く解らなかつた、故に彼はヱホバに答へて曰ふた、
  主ヱホバよ、汝、我に何を与へんとし給ふや、我れは子なくして逝かん、此ダマスコのエリエゼル我が家の相続人なり、視よ、汝、我に子を賜はず、我の家人《いへのもの》、我が嗣子《よつぎ》とならんとす、
と、アブラムが今望んで歇まざる者は嗣子であつた、然るに彼に子なくして、彼の財産は家人ダマスコのヱリエゼルの手に渡らんとす、神は彼に甚大の賚を約束し給ひしと雖も彼は之を受けて何かせん、世に子に勝さるの宝なきに非ずや、神は彼に子を賜はず、彼は神が彼に下さんとする「賚」の何たる乎を解する能はずと。
 「我れ子なくして逝かん」「子なくして居り」ではない、「嗣子なくして逝《さ》らん、憐むべき我ならずや」との意である。
 然れども神は怨言がましきアブラムの此言を責め給はなかつた、却つて彼に嗣子をも給はんと約束し給ふた、夜、彼を屋外に携出《つれいだ》し、天空に輝く星を示し、「汝の子孫は是の如くなるべし」と言ひ給ひて彼に力附け給ふた。
 七節以下は古代に於ける誓約の式である、之に類したる式は希臘人の中にも行はれた、即ち馬の屍を二つに截《た》つて盟約者は相携へて其間を通つたのである、神が人と盟約を結ぶに方て人の定めたる法式に循つたとは信じ難いことであるが、然し今に至て其真偽を判断することは出来ない、或ひは神が幼穉の民を教ゆるに方て斯かる手段を執られたのである乎も知れない、或ひは七節以下を省いて直に十六章一節を読めば前後の聯結が善く着くのを見れば、第七節以下契約結締に関する記事は後世の人の想像竄入に係る者であつて、実際に有つた事でない乎も知れない、聖書の言は必しも是非其儘に解釈しなければならない者ではない、敬虔と常識とを以て之を究め、(103)其解し難き者は解し難き者として存し置くべきである。
 此章の中に於て最も肝要なる言は第六節である
  アブラム、ヱホバを信ず、ヱホバ之を彼の義とし給へり。
 我等、キリストの福音を信ずる者に取りては此言葉の意味は明白である、パウロは幾回《いくたび》か此言葉を引いて其解説を試みた(羅馬書四章三節、加拉太書三章六節)此言葉は又雅各書二章二十三節、希伯来書九章八、十七節にも引かれてある意義深淵の言葉である、実にアブラムの全生涯が信仰の生涯であつたのである、彼が特に神に愛せられたのは之れが為めである、彼を正義の人といふことは出来ない、彼は殊更らに信仰の人であつた、神の命としあれば疑はずして之れを信じ、其示すが儘を行つた、故に正義の人ならざりしアブラムは其信仰に由て正義の人として認められた、而して彼は実際に正義の人となつた、彼がソクラテスや孔子と異なる所は茲に在る、此世の義人は先づ義しからんとする、神の人は先づ神を信ぜんとする、神に信頼せんとする、二者の道義は其発足点に於て違つて居る、アブラムは此点に於てキリスト系の人である、故に我等の兄弟であつて又我等の祖先である。
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     アブラムの失敗 (創世記十六章、十月十八日)
 
 神はアブラムに子を賜はんと約束し給ふた、然し其妻サライには子がなかつた、依てアブラムとサライとは思ふた、嗣子は多分正妻に由て与へられるのではあるまいと、彼等は如何にもしてアブラムの身より出たる嗣子を得んとした、茲に於て当時の習慣に従ひ、サライは其侍女をアブラムに与へ、彼女に由て嗣子を得んとした、誘(104)惑はアダムとエバとの場合に於けるが如く、女より出でゝ男に由て行はれた、而して欲ふ通りに子を得て大波瀾は平和の家庭に臨んだ、サライは自己の供せしエジプト人ハガルを悪んだ、アブラムは彼女に抗言《さから》ふことが出来なかつた、ハガルは終に懐胎の身を以て家を逐はれた、アブラムは心に大なる悲痛を感じた、是れ彼の生涯に於ける大失敗である、彼は是れが為めに終生苦んだ、聖書人物の中で失敗しない者はイエスキリストを除いては他に一人もない、モーセも、ギデオンも、エリヤも、ヱレミヤも、パウロもペテロも皆な失敗した、而してアブラムも其数に漏れなかつた、人は其最も得意の点に於て失敗する者である、アブラムの得意とせし所は其の聖き平和なる家庭であつた、而して彼は家庭に於て失敗したのである、彼は神の定め給ひし時を待つ能ずして余りに嗣子を得たさに妾を蓄へて終生拭ふべからざるの苦痛を招いた、然し止むを得ない、彼も亦人である、神の摂理に於て是れ彼のために返て善き事であつたのであらふ、此苦痛と失敗とに由て彼はより深く神の恩恵を知つたのであらふ、聖書はアブラムを完全の人として吾人に紹介しない、信仰の始祖なるアブラムも亦人である、故に失錯《しくじ》り易き者である、然り、実際に失錯つた者である、故に我等の兄弟である、我等を推察し得る、又我等の近づき得る者である。
 ハガル、アブラムの男子を生めり、アブラム、ハガルの生める其子の名をイシマエルと名づけたり、ハガル、イシマエルをアブラムに生める時、アブラムは八十六歳なりき(十五、十六節)。第二十一章参考。
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     割礼の制定 (創世記十七章、同日)
 
(105) アブラム失敗の後十三年を経てヱホバはまた彼に顕はれて曰ひ給ふた、
  我はヱルシヤダイなり、汝、我前に歩みて完全かれよ、
と、エルシヤダイ、之を訳《とけ》ば「全能の神」である、荘厳なる名であつて、ヱホバと云ふが如き親しみ易き名でない、アブラムは罪を犯して後、久しき間、神より遠かつて居つたと見える、故に神は復び彼に顕はれ給ふに方て此厳めしき恐ろしき名を以てし給ふた、神は又前回《まへ》の如く「アブラムよ、懼るゝ勿れ云々」とは言ひ給はなかつた(前章一節)、「汝、我前に歩みて完全かれよ」と、是れ確かに詰責の言葉である、「汝、何を為したる乎、シッカリせよ」と言ふが如き詰責に響誡を加へたる言葉である、之を聞きたるアブラムは「地に俯伏したり」とある、左もあるべきである、茲に於て神又彼に告げて曰ひ給ふた、
  我れ汝と我が契約を立つ、汝は衆多の国民の父となるべし、汝の名を此後アブラムと称ぶべからず、アブラハム(衆多の国民の父)と称ぶべし、そは我れ汝を衆多の国民の父と為せばなり云々
と、罪の増す所には恩恵もいや増さる(羅馬書五章二十節)、失敗の後のアブラムは却て彼が曾て受けし最大の契約に与つた、嗣子は必ず彼に与へられるであらふ、而して彼は大国民の祖先となるのみならず、衆多の国民の始祖となるであらふ、故に彼は彼の名を改むべきである、彼は最早アブラムと称すべきではない、アブラハムと改むべきであると、アブラムは「高き父」の意であつて、日本語の高祖に相当する、然し彼は単に一国民又は一宗派の高祖たるに止まるべきでない、故に其名をアブラハム、即ち「衆多の国民の父」と改むべきである、そは彼の子孫は全世界に拡がり、国を異にし、政を異にし乍ら、等しく彼を始祖として仰ぐべければなりと。
 アブラハムは斯かる契約に接して更らに驚いたであらふ、然し信仰を以て其生命の根底と定めし彼は亦此事を(106)も信じ得たであらふ、如何にして、又如何なる意味に於て彼が衆多の国民の父となるのである乎、其事はキリスト降世二千年後の我等ならでは能く解らない、然し、アブラハムは小児の如き信仰を以て神の此契約を其言辞なりに納《う》けたであらふ、聖書はすべて預言の書であつて、歴史はすべて其実現である、アブラハムは今日実に誠に衆多の国民の父であるではない乎。
 茲に於て割礼の式が定められた、是れは男児の陽の皮を割《き》ることである、早くより埃及人、亜拉此亜人等の間に行はれし習慣である、其最初の目的は衛生にあつたのであらうとの事である、然し、茲には古き式が新しき意味を以てアブラハムに伝へられたのである、イスラエル人に取ては割礼は病毒予防のための習慣ではない、宗教的儀式である、然し、実際に於ては予防を兼ねたる儀式であつたことは言ふまでもない、聖書の中にある儀式は大抵は古き習慣に新らしき意味を附けたものである。 〔以上、11・10〕
 
     ソドムとゴモラの滅亡 (創世記第十九章、十一月八日)
 
 ソドムとゴモラは今の死海の在る所にあつた市であると言伝へられて居る、其事の真偽は今後の地理学的探検に依らなければ分らない、或ひは死海の底より古い市の遺跡が出て来るかも分らない、何れにしろ二市共に今や地上に痕跡をだも留めない事は確かである、ソドムとゴモラとの滅亡は実に文字通りの全滅であつた。
 二者の腐敗は其極度に達した(第十八章二十三節以下を見よ)、アブラハムは其中に五十人の義人はあらふと思つたが、善く数へて見ると五十人も無かつた、四十人と思ふたが四十人も無つた、三十人、二十人、十人と段々(107)と数を減らして算へて見たが十人も無つた、実に憐むべき状態である、茲に於てアブラハムは神に二市の救済を乞ふて見たが、既《もは》や乞ふの理由を発見し得なかつた、神は容易に社会や国家を滅し給はない、義人其跡を断ち、腐敗其極に達して、全然人類の団体として存在するの理由を失ふまでは之を滅し給はない、然し存在の理由を失つた以上は之を滅さずには置き給はない、滅すは人類全体の幸福のために必要である、ソドムとゴモラとを其儘に存し置て正義は正義で無くなるに至る、実に止むを得ない。
 二市の如何程腐敗せし乎は第十九章一節より十節までを読んで見て分かる、是れ二市の罪悪の一端である、斯かる暴戻は毎日のやうに行はれたのであらふ、清潔の念もなければ慈悲の念もない、外来人を扱ふこと甚だ酷、唯利慾と淫縦にのみ耽けつた、茲に至て全滅の命令は天使に由て降つた、二人の天使は先づロトに告げて曰ふた、
  汝の婿、子《むすこ》、女《むすめ》、及びすべて市に居りて汝に属する者を此所より携へ出づべし
と、然るに憐むべし、ロトは財産の損失を恐れて出づることが出来なかつた、彼の婿の如きは曰ふた
  之れ戯言《たはぶれごと》なり
と、而して容易に市の滅亡を信じなかつた、茲に於てか天使は遅延《ためら》ふロトと其妻と其二人の女の手を取り、無理に彼等を市の外に導き出した、然るにロトは尚も断念し得ずして遠く山地に逃れんことを拒み、天使に乞ふて其附近の小村ゾアルの邑に至り其処に二市の滅亡を目撃して居つたらしい、ロトの妻の如きは今や燼滅せんとする己が家屋や財貨を惜んで止まず、生命を救はんとて逃げず、途中に彷徨《うろつ》き居りし間に終に天火の執らふる所となり「塩の柱となりたり」と言ふ。
(108)  ロト、ゾアルに至れる時、日、地の上に昇れり、ヱホバ硫黄と火を天よりソドムとゴモラの上に降らしめ、其|市《まち》と低地《くぼち》と其市の居民、及び地に生《は》ふる所の物を尽く滅し給へり(二十三−二十五節)。
 是れ火山作用に由る天然的現象であつたことは今の死海附近の地質状態より推して見て能く分かる、而して之に類したる現象は我国に於ては明治二十一年の岩代国磐梯山の破裂、又西洋に在ては紀元七十九年に於ける伊太利国ポムペー、ヘルクレーニムの二市の破滅である、特に後者の場合は其天然的并に道徳的状態に於て善くソドムとゴモラのそれに似て居る、又ロトの妻が塩の柱と成つたと云ふことは磐梯山の破裂の時に木や草が急に上より降り来る硫黄に蔽はれて硫黄の柱となつたと云ふことであるが、其事に能く似て居る、塩と云ふは勿論化学的の塩類ではない、塩に似た物であつて、多分磐梯山のと同じく硫黄であつたであらふ。
 故にソドムとゴモラ滅亡の談は事実談ではないと云ふ説は立たない、之に類したる事は実際他にも有つた、唯問題は天然的現象は人類の道徳的状態に応じて来るものである乎、それである、然し是れノアの大洪水其他の所謂刑罰的大災害に関して起る問題であつて、低地の二市の場合に於てのみ起る問題ではない、然し人も天然の一部分であつて、其道徳は天然と深い関係を有つものであるから、今遽かに二者の間に関係はないと速断することは出来ない、聖書の此記事は猶ほ此儘に存して置いて可い。
 ソドムとゴモラの滅亡は世の最後の滅亡の前兆である、其事は彼得後書三章十節以下其他を読んで見て分かる、而して其時に臨み注意すべきは之に対する世人多数の態度であらふ、彼等も亦ロトと等しく容易に世の滅亡を信じまい、彼等はロトの婿と等しく曰ふであらふ「之れ戯言《たはぶれごと》なり」と、而して神に救はるゝ者、即ち信者と称する者までも、ロトと等しく強いて手を以て天使に引き出されるまでは滅ぶべき此世を去らないであらふ、而して彼(109)等の或者はロトの妻と等しく回顧《ふりかへ》りて途に亡ぶるであらふ、而して最後の滅亡の時ばかりでは無い、今でも爾うである、今でも人は容易に悪魔の支配する此世を捨てない、彼等はナンとかカンとか理屈を附けて此世に縋り附かんとする、憫《いた》はしきは実に人間である、大破滅の世に臨みつゝあるに関はらず、イツまでも此世の人として存《のこ》らんとする、何にも四千年前のソドムとゴモラの事ではない、今日現下の吾人の事である、ソドムとゴモラとに行はれしやうな罪悪は今吾人の中にも行はれて居らないか、吾人の中に義人は幾人あるか、果して滅亡を免がるるに足る丈けあるか、是れ大に思考すべき問題である。
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     イサクの献供 (創世記二十二章、十一月二十二日)
 
 アブラハムに取り何よりも大切な者はイサクであつた、彼は彼に取り、すべての財産よりは勿論、自己の生命よりも大切であつた、アブラハムのすべての希望は彼の一子イサクの中に籠つて居つた、之れなからん乎、彼の存在は無意味となるのである、彼の神に対する信仰までも之に繋つて居つた、イサクを失ふはアブラハムに取りては神を失ふに等しかつた。
 然るに神はアブラハムに命じて
  汝の子、汝の愛する一子、即ちイサクを携へてモリヤの地に到り、我が汝に示さんとする彼所《かしこ》の山に於て彼を燔祭として猷ぐべし
と曰ひ給ふた、是れアブラハムに取りては何よりも辛らい命令であつた、多分此命令は此時始めて彼に下つたの(110)ではあるまい、イサクが生れしと同時に彼の心に臨んだる微《かす》かなる声であつたらふ、彼が彼の老年に於て設けし一子を愛する余りに切なるより彼は轍《やゝ》もすれば之を己が属と思ひ、神が特に彼に賜ひし者であつて、是れ亦神の属であることを忘れんとしたであらふ、彼は度々心に思ふたであらふ、他の物はこれを神に献げてもイサク丈けは献げることは出来ない、縦し我は死んでも此子は存して置かなければならないと、然し神は彼に此不信を許し給はなかつた、故に益々声を高くしてイサクの献供を迫り給ふたであらふ、此時イサクは歳が二十五であつたらふとの事であれば、事の終に茲に至りしはアブラハムに取りては二十五年間に渉る試練の後であつたらふ、実に辛らかつたであらふ、若し薄信の人であつたならば速《とう》に試練に負けて仕舞て、イサクを保存せんがためにヱホバの神を棄て去つたであらふ。
 然しアブラハムは終りまで神を信じた、神の命に従ひ故郷のカルデヤを去り、神の命に従ひハランに故旧親戚を残してカナンの地に彷徨ひ、神の命に従ひ千辛万苦して今日まで来つた、彼は最後に至て信仰の戦に負けてイサク欲しさのために神を否むべきではない、彼は決心した、彼は彼が己が生命よりも貴しとするイサクをも献げんと決心した、彼は茲に於て己が生命を献ぐるよりも辛らい犠牲を為したのである。
 斯く決心してモリヤの山に向て出立した、途に二人の従者を留め、父子相携へて途に進んだ、イサクは父アブラハムに語りて曰ふた、
  父よ
と、彼れ答へて曰ふた、
  子よ、我れ此にあり
(111)と、此時のアブラハムの心は什麼であつたらふ、口には言はねども心は張り裂くるばかりであつたらふ、誘惑の悪魔は此時復た彼の心に懐疑を起こさせたではあるまい乎、無情なる神よと、我れ神を信ぜざりしものをと、仁慈《めぐみ》の神が人の子の犠牲を要求し給ふ理あらんやと、万感交々浮び、足も竦まんばかりであつたらふ、然し、彼は又心を取直したであらふ、故にイサクが再び彼に向ふて
  火と柴薪《たきゞ》は有り、然れど燔祭の羔は何処にあるや
と問ひし時に、アブラハムは曰ふた
 子よ、神自から燔祭の羔を備へ給はん
と、是れ遁辞でむあり、亦希望でもあつた、「神、或ひは遁逃《のがれ》の途を開き給はん」と。
 斯くて二人は偕に進み往きて遂に神の示し給へる処に到つた、其処にアブラハムは壇を築き、柴薪を列べ、其子イサクを縛りて之を壇の柴薪の上に置いた、斯くして手を舒べ、決心の臍《へそ》を固ため、刀を取りて其子を宰《ほふ》らんとした、嗚呼一刹那、其刀がイサクを貫いたならば如何であつたらふ、老ひたるアブラハムは其刀を採りて己で己が身を貫いて其処にイサクと共に燔祭の煙と共に消えて仕舞ふたではあるまいか、然し
  ヱホバヱレ(ヱホバ備へ給はん)
 ヱホバは憐憫の神である、其子を苦しめんと欲して苦め給ふのではない、其罪の本源たる利己の心を殺《そ》がんがために苦しめ給ふのである、既に犠牲の決心と行為と現はれて、ヱホバは其余を要求し給はない、天より声あり、アブラハムに告げて曰ふた
  汝の手を童子《わらべ》に按《つ》くる勿れ、亦何をも彼に為すべからず、
(112)と、嗚呼救ひ!然り恩恵!愛子を一たび神に献げて彼は再たび神より之を与へられた、イサクは今や前より強き意味に於てアブラハムの子となつた、アブラハムは茲に復たび犠牲の何たる乎を覚つた、犠牲は棄てるのではない、更らに得るのである、燔祭の供物は神御自身別に之を備へ給ふた、牡羊は林叢《やぶ》の中に繋がれて在つた、
  アブラハム即ち往きて其の牡羊を執らへ、之を其代りに燔祭として献げたり。
 是れで万事は済んだ、此後は又々恩恵の契約である、ヱホパの使者再たび天よりアブラハムを呼びて曰ふた、
  ヱホバ諭し給ふ、我れ己を指して誓ふ、汝、是事を為し、汝の子、即ち汝の独子を惜まざりしに因りて我れ大に汝を恵み又大に汝の子孫を増して天の星の如く浜の砂の如くあらしむべし、汝の子孫は其敵の門を獲ん、又汝の子孫によりて世界の民皆な祝福を得べし、汝、我が言に遵ひたるに因りてなり
と、斯くてアブラハムは信仰の戦争に勝ち、凱旋の讃美を揚げながらイサクと共にモリヤの山を降り、其妻サラの天幕へと還つたであらふ。然り、我等も亦すべて神より我等の有する最も善き物を要求せられるのである、或ひは子である乎、或ひは妻である乎、或ひは財貨である乎、或ひは位階である乎、或ひは此世の名望である乎、或ひは時には技芸学問である乎、何れにしろ我等各自が己が生命よりも大切なりと思ふ者を要求せられるのである、其時が信仰の大試験である、此試験に及第して我等は始めて完全に神の属となるのである、然し此試験に落第して我等は其時までに得しものまでを 悉く失ふに至るのである、人生の大事とは実に此時である、我等各自の永遠の運命の定まるのは実に此時である。
 然るに嗚呼、此試験に及第した者、又は及第し得る者は幾人ある乎、神を信ずる十年又は二十年、而して此試験に際会す、猷ぐべき物は財産又は名誉、然るに之を献げ得ずして此世の人と化し去つた人は実に多いではない(113)乎、此世は実に信仰の試験の落第者を以て充ち盈ちて居るではない乎、我等は茲にアブラハム伝を研究して信仰維持の決して容易でない事を知るのである、凡てを献ぐるにあらざれば神の属となることは出来ない、イサクをさへ献げてアブラハムは始めて完全に神に納《う》けられた、嗚呼、我等も亦神の恩恵に由り我等のイサクをも献げんかな。
  因に曰ふ、人を犠牲として献ぐることはイスラエル人に取ては大なる罪悪として信ぜられて居つた、然るに茲にアブラハムの最大の信仰的行為としてイサクを献げし事が記されてある、是れ或人に取りては解するに甚だ難いことである。
  然し多分神はアブラハムよりイサクを燔祭の供物として献げんことを要求し給ふたのではあるまいと思ふ、之を単に神に献げよと告げ給ひしにアブラハムは壇の上に燔祭として献ぐるより他に犠牲の何たる乎を知らざりした由り、彼の思想に応ふ方法を以て献げんとしたのであると思ふ、アブラハムは誠に犠牲の精神を解した、然れども其方法を誤つた、献ぐるとは刀を以て宰ると云ふことではない、自己の所有権を放棄することである、故に神はアブラハムの精神を受け給ひて其方法を斥け給ふたのであると思ふ。 〔以上、12・10〕
 
(114)     戦場ケ原に友人と語る
        神の無窮の愛に就て
                     明治41年10月10日
                     『聖書之研究』103号「談話」
                     署名 内村生
 
  去月十七日、友人某と共に日光山中に遊ぶ、湯元に湯の湖の幽勝を賞し、湯の滝の偉観を見、男体山を前にして中禅寺湖に向つて再び歩を進むるや、途は戦場ケ原の高原を過ぎ、歩調最も緩かなり、時に話頭は人生の此最大問題に移り、彼れ問ひ、我れ答へて、竜頭《りうづ》の滝の辺に至りて止みぬ。
 余にはまだ基督教は善くは解らない、余はまた余の信ずる所を悉く聖書の言を以て証明することは出来ない、乍然、余が今日信ずる所は是れである、即ち神は既にキリストを以て人類全体を救ひ給ふたと云ふことである、即ち世には救はれない人とては一人もないと云ふことである、是れは所謂「普遍的救済説」と云ふ説であつて、多くの反対のある説であるが、然し、余は今始めてではない、夙くより密かに此説を懐いて居つた者である。
 余が此説を懐く重なる理由は個人的である、余は思ふ、若し世に救はれない人が一人でもあるとするならば其人は余自身である、余は罪人の首である、故に余が救に漏れざらんがためには、すべての人が救はれなければならない、万人救済は余一人の救済のために必要である、余は普遍的救済を信ずるに由てのみ、余自身の救済を確かめることが出来る。
(115) 神学者は余の此説に対して曰ふ、若し普遍的救済が真理であるとするならば、福音宣伝の動機は失せて了ふ、若し人は何人も救はれる者であるとするならば、何を苦んで彼を救はんとするのである乎、彼を其儘に為して置けば可いではない乎と。
 然し余は爾う思はないのである、余は福音は人の恐怖心に訴へて伝ふべき者ではないと思ふのである、福音の福音たるは之に恐怖が伴はないからである、是れ人の愛心に訴へて伝ふべき者である、之を信ぜざれば地獄に堕つればとて之を説くのではない、之を信ぜざれば父なる神が歎き給ふと曰ひて伝ふるのである、福音を信ぜざるは吾人自身に取りては大なる損失である、愛なる神に取りては大なる悲歎である、父は既に吾人の罪を赦し給ふた、吾人は唯彼の許に到れば可いのである、到らざれば神は怒りて吾人を地獄に投入れ給ふといふのではない、父なる神は斯かる事は為さんと欲するも為し得給はない、キリストの十字架に由て吾人にかゝはるすべての咀詛《のろひ》は取除かれたのである、罪に対するの刑罰は必ずあるが、其刑罰はキリストが吾人に代りて既に其身に受け給ふたのである、是れキリストの十字架が吾人に取り非常に貴い理由である、乍然、キリスト既に我等のために詛はるゝ者となりて我等を贖ひ、律法の詛より脱かれしめ給ひし以上は(加拉太書三章十三節)、我等の罪は既に神の前より取除かれたのであつて神は今や我等に就て怒らんと欲するも能はないのである、キリストの十字架の死に由て神の怒は人類の呪詛と同時に永久に取除かれたのである、今や神と人類との間に何の阻害もないのである、神は今や其赦免の大聖手《おほみて》を拡げて我等を待受け給ふのであつて、我等は今は唯、父よ我れ悔ゆと言ひて彼の許に到りさへすれば、それで其時直に救はれるのである。
 悔改は勿論救済の条件である、縦令余と雖も悔改めずして救はれることは出来ない、乍然、人は其悔故にのみ(116)由て救はるゝのではない、人の救済に神の方面がある、神がその赦免の霊を以て人に接近し給ふにあらざれば、人はいくら悔改めても救はるゝことは出来ない、否な、斯かる場合に於ては人は充分に悔改めることさへ出来ないのである、故に余が普遍的救済を信ずると云ふは人は悔改めずして救はるゝと云ふのではない、神の方面に於ては万人救済の途は既に完全して居るから、人は何時なりとも悔故に由て其救済を己の有となす事が出来ると云ふのである、爾うして若し人が悔改めないならば神は永久に彼の悔改を待ち給ふのである、悔改は神の歓喜であつて、人の利益である、神は今や、人が悔改めないとて彼を呪ひ給はない、乍然、人は悔改めないで救済の恩恵に与かることは出来ない、若し今尚ほ呪詛があるとすれば、それは人が己に招く呪詛である、神の方面に於ては既に呪狙なるものはない、彼には今や永久の赦免と、永久の仁慈と、永久の忍耐とがあるばかりである。
 茲に於てか神に在りてはキリストの十字架に由て人類の呪詛と滅亡《ほろび》とは不可能事と成つたのであると思ふ、神は人類全体を恩恵の圏内に閉込め給ひて彼をして其外に逸出する能はざらしめ給ふたのであると思ふ、今や詩人の言は事実となつたのである、
   我れ何処に往きて汝の聖霊を離れんや、
   我れ何処に往きて汝の前を逃れんや、
   我れ天に昇るとも汝、彼処に在し、
   我れ我|榻《とこ》を陰府《よみ》に設くとも、
   視よ、汝、彼処に在ます、
   我れ曙の翅を借りて海の端に住むとも
(117)   彼処にて尚ほ汝の手我を導き、
   我を保ち給はん。
        (詩篇第百三十九篇七−十節)
 神の在さざる所はない、乍然、其神は今は赦免の神である、神は何処何処までも其赦免の霊を以て其子の跡を追ひ給ふ、彼の忍耐は又無窮である、彼は人が此世で悔改めないとて之を棄て給はない、彼は未来永劫まで其跡を追ひ給ひて其悔改を促し給ふ、天に昇るも、陰府に降るも、海の端に住むも、人は神の愛を離れ、其慈恵より遠かることは出来ない。
 斯く云ふならば悪人は云ふであらふか、「然らば我は安全なり、我は安心して悪を継けん」と、嗚呼、悪人よ、否らざるなり、汝が悪を継くればとて汝の父は汝に就て怒り、汝を滅さんとは為し給はざる也、然れども彼は汝に就て心を痛め給ふなり、汝の其|頑強《かたくな》なる心を和らげん為めに彼は其愛子を十字架に釘け給ひたり、汝は彼の子なり、故に彼の完全きが如く完全かるべき者なり、汝は王の子なり、国を嗣ぐべき者なり、然るに汝は更らに汝の悪を継けんと欲す、汝の父は汝のために悲むや切なり、汝此上更らに父の心を痛めんとする乎、再たぴ三たびキリストを十字架に釘けんとする乎、我れキリストに代りて汝に求む、汝、神と和らげよ(哥林多後書五章二十節)、汝が自から好んで罪に居る間は汝は自身、己を呪ふ也、汝、天に在す汝の父のために、又汝自身のために、汝の悪を去て彼に還れよ。
 宣教師と牧師と伝道師とは言ふであらうか、「然らば我が伝道は無用なり、若し滅亡の危険なしとならば、我等は伝道を廃むべきである」と。
(118) 嗚呼、否らざるなり、我が兄弟よ、父の愛は一日も之を同胞に示さずして可ならんや、父は既に其恩恵を以て人類に臨み給ふに、人類は之を知らずして日々自己の智慧に頼み、失望を重ね自殺を企て、神を恨み、自己を呪ひつゝあり、我等如何でか手を束ねて之を目撃するに忍びんや、父の忍耐は無窮にして彼は能く人の不仁、不孝に堪え給ふと雖も、我等彼の子たる者、如何でか永久に彼の心を痛め奉るべき、人、若し永久に悔ひざれば永久に救はれざらんのみ、恰かも美食積んで前に山をなすと雖も、之を食はざれば饑ゆるが如し、人は救はれて在りながら其救済を己が有とせざるなり、悲歎何物か之に過ぎん、資産の分配を受けながら、之を知らずして貧に困む、是れ神を知らざる者の状態なり、我等彼等に彼等の幸と富とを告げずして止まんや。
 神の無窮の愛を耳にして悔改を拒む悪人に対して、又伝道を廃めんとする伝道師に対して余の言はんと欲する所は以上の如くである、恐怖を以て悪人を嚇さない、嚇すも彼は悔改めないからである、また嚇すの理由がないからである、キリストの福音はモーセの律法ではない、故に人の恐怖に訴へて伝ふべき者ではない、基督信者が受くべき霊は臆する霊に非ず、能《ちから》と愛と謹の霊であるとのことである(提摩太後書一章七節)。
 人類は既に救はれてあるから安心である、然し安心であればとて伝道を廃めない、然り、安心しながら伝道に従事する、人は今や火山の上に座して滅亡を待つ者ではない、彼は救済の磐に座して、恩恵の聖手《みて》もて支えらるゝ者である、歎ずべきは彼の救はれないことではない、救はれて居りながら自から救はれないと思ふことである、我等は彼を促して父に乞ふて其遺産を獲しめんとはしない、既に与へられし産業を己が有と認めしめんとするのである、茲に於てか我等の伝道なる者の至て容易い業であることが解かる、伝道は道徳の教授ではない、さう思ふから甚だ困難しいのである、伝道は罪の赦免の宣告である、善事を宜る事である(羅馬書十章十五節)、放(119)釈の年の宣布である(申命記十五章九節)、是れよりも喜ばしい事はない筈である、神がキリストに在りて人類の罪を除き給へりと伝ふることである、是れに何の困難い事がある乎、余に伝道の熱心の足らないのは余の正義の念が薄いからではない、余の道穂が低いからではない、又必しも民の心が頑剛《かたくな》であるからではない、余が神の思恵を知る其度が浅いからである、人類に若し神の恚怒を伝ふるのであるならば、それこそさぞ辛らい事であらふ、乍然、神の愛を伝ふるのである、善事を宣るのである、斯かる楽しい事はない筈である。
 神は宇宙万物の造主であると云ふ、かの瀑布を岩に懸けし者、かの湖水を窪に湛えし者、かの山を地に築きし者である、爾うして其者が愛であると云ふのである、其愛は人類全体を包む愛でなくてはならない、其の愛は人類の犯せしすべての罪を以てしても侵すことの出来ない愛でなくてはならない、人類の罪は莫大であるが然し神の愛を消すに足らない、爾うしてキリストの贖罪なる者は少数の善人義人の罪を贖ふ丈けのものでないに相違ない、是れは人類全体の罪を贖ふて尚ほ余りあるものであるに相違ない、余は神の無限を其能力と智識と正義とに於てのみ見ない、又之を其愛に於て認める、其慈悲と憐憫とに於て認める、余は神は愛なりと聞いて彼は万人の救済を企て、之を実行し給ふ者であることを知る、余の救済の希望は茲に在る、若し斯くまで神が慈恵《めぐみ》ある者でないならば、余の未来は甚だ危険である、すべての人が救はれて後に余一人が地獄に堕つるのであるかも知れない。
 そは或ひは死、或ひは生、或ひは天使、或ひは執政《つかさ》、或ひは有能者《ちからあるもの》、或ひは今在る者、或ひは後在らん者、或ひは高き、或ひは深き、又他の受造者《つくられたるもの》は我等を我主イエスキリストに頼る神の愛より絶《はなら》する事能はざる者と我は信ず。(羅馬章八章三十八、三十九節)。
 
(120)     〔秋酣なり 他〕
                     明治41年11月10日
                     『聖書之研究』104号「所感」
                     署名なし
 
    秋酣なり
 
 コスモス開き、茶梅《さゞんか》咲き、木犀匂ひ、菊花薫る、燈前夜静かにして筆勢急なり、知る天啓豊かにして秋酣なるを。
 
    人生の四期
 
 人生の春ありたり、勇気勃々、希望満々、夢み、企て、愛し、歌へり、然れども花のみにして実は無かりき、閣楼は空中に画かれて地上に築かれざりき、希望に憂愁伴ひ、歓喜に煩悶纏へり、春は実に歓ばしき悲しき時期なりき。
 人生の夏ありたり、議論諤々、主義堂々、撃ち、撃たれ、憎み、呪へり、人の無情を憤れり、事の成らざるを怒れり、時には神の存在をすら疑へり、熱涙湧き、心琴断たれんばかり 夏は実に辛らき苦しき時期なりき。
 人生の秋は来れり、感涙滴々、思惟粛々、顧み、黙し、謝し、祈る、実は識らざる間に熟し、事は企てざる(121)に成れり、寂寥に感謝伴ひ、孤独に祝福溢る、秋は実に静かなる楽しき時期なり。
 人生の冬は来るべし、然れども絶望の時期にあらざるべし、複た来ん春を望みつゝ過去の恩恵を感謝しつゝ、父の家に還るなるべし。
 
    生涯の実験
 
 余の教師は余に教へて曰へり(彼等は重に米国人なりし)、汝若し善き基督信者たらんと欲せば多く善を為すべしと、余は彼等の教に従ひ、国に対し、社会に対し、人に対して出来得る限り善を為さんとせり、然れども能はざりき、余の企図はすべて失敗に終り、余は人をも己をも満足する能はざりき。
 余は失望せり、惟り密かに思へり、余は神に愛せられざるならん、故に余は善を為す能はざるならんと、茲に於てか余は神を恨み、彼を疑ふに至れり。
 或時、独り小川の辺《ふち》を徐歩せし時、静かなる声は余に告げて曰へり、汝、我がために善を為さんと欲せしが故に誤れり、我が汝のために為せし善を受けよ、我は汝に善を為されんと欲するよりも汝に善を為さんと欲すと。
 余は此声を聞て大なる平和余の心に莅みたり、余は神を課工者《タスクマスター》と解して彼を誤解せり、神は父なり、彼を愛するは先づ彼に愛せらるゝことなり、善を為せよと言ひて余に迫りし余の教師等は未だ神の何たる乎を知らざりし也。
 
(122)    既成の事業
 
 余の事業は既に成れり、千九百年前に既に成れり、余の為すべき最大事業はキリストに由て既に成されたり、彼は余に代て神と余との関係を正し給へり、余は彼の功績に由て神の子となれり。
 今や余の為すべき事は此世の事のみ、余の為し得る限り此世に改善を加ふる事なり、人の涙を拭ふ事なり、神の賜物として此生涯を楽む事なり、然れども是れ余の永久の運命に関はる事にあらず、余は是に由て救はるゝにあらざる也、余の救済はキリスト既に余に代て成就げ給へり、余はキリストに在て余の宝珠を握る者なれば、其他の物を得る能はざるも悲まざるなり、然れども、既に宝珠を握るが故に歓喜と平和に充ちて其他の物を得ざらんと欲するも能はざる也。
 
    神の器具
 
 イエス曰ひ給ひけるは我父は今に至るまで働き給ふ、故に我もまた働くなりと、父我に在りて働き給はずして我れ働く能はず、彼れ働き給ひて我れ働かざる能はず、既に自己に死したる我は純然たる神の器具なり、我の如く弱き者あるなし、又我の如く強き者あらざるなり、我は我が自由を神に返納して新たに神の自由を得し者なり。約翰伝五章草十七節。
 
    思想の昇進
 
(123) 余は初めに己が身を立てんとせり、兒して己が身を立てんとするに方て国のために尽すの必要を感じたり、茲に於てか利己主義の余は国を愛する者と成れり。
 而して国のために尽さんとするに方て余は人類のために尽すの必要を感じたり 茲に於てか愛国者たる余は世界主義者となれり。
 而して世界人類のために尽さんとするに方て余は神のために尽すの必要を感じたり、茲に於てか世界主義者たる余は基督信者となれり。
 利己主義に姶てキリストの愛神愛人主義に終れり、是れ正当の順路なり、余は此の順序に循て終にキリストの御父なる真の神に至るを得しを感謝す。
 
    悪しき口癖
 
 弱し弱しと口癖に言ふ、然り、我等は神に対して弱きなり、人に対して弱きに非ず、我等は人に対しては強きなり、我等は人の面を懼れざるなり、我等は人の交際を求めざるなり、我等は人の賛成を得て事を為さんと欲せざる也、我等は人に対しては預言者ヱレミヤと同じく堅き城、鉄の柱、銅の牆たらんと欲するなり、言ふを休めよ、弱し弱しと。耶利米亜記一章十八節
 
    人を援くるわ途
 
 人を援けよ、然れども援けて彼を懦弱たらしむる勿れ、彼の独立を援けよ、彼の自由を授けよ、徒らに彼の負(124)へる重荷を取去らんとする勿れ、神が吾人を援くるが如くに人を援けよ、即ち彼をして安楽ならしめんが為めに非ずして、彼の意志を強めんがために授けよ、深遠に親切なれ、時には彼に不仁、不情の故を以て怨まるゝ程度に於て親切なれ。
 
    主義と政略
 
 オルソドックス(正統)主義を唱ふるも可なり、然れども政略のために唱ふる勿れ、新神学を唱ふるも可なり、然れども政略のために唱ふる勿れ、悪むべきは主義に非ず、政略なり、教会の壊れんことを恐れ、教会に於ける自己の地位を失はんことを恐れ、又は世に異端視せられんことを恐れてオルソドックス主義を唱ふるも罪悪なり、新神学を唱ふるも罪悪なり、真理は教会よりも大なり、故に之を究め之を唱ふるに吾人は絶対的に自由ならざるべからず、政略は如何なる形に於ても吾人の真理唱道に寸毫だも混合すべからざる也。
       ――――――――――
 
    神に忿怒のなき確証
 
 余がキリストを信ずる前に余に忿怒が有つた、余は余に侮辱を加へし人を什麼しても赦すことが出来なかつた、余は彼に対して怨恨《うらみ》を懐き、数年を経るも之を霽らすことが出来なかつた。
 然るにキリストを信じてより以来、忿怒の情は段々と薄らいで来て、今は之を永く懐かんと欲するも得ない、余は今怒ることあるも是れ一時の情に過ぎない、是れ余の生れつきの性の為す所であつて余の新しき人の為す所(125)でない、キリストにある余は怒らんと欲するも能はない、赦さざらんと欲するも得ない、宥恕と赦免とは余の本性となりつゝある。
 罪に生れし余ですら爾うなつたとならば、況して余をして斯く為らしめ給ひし神に忿怒のありやう筈はない、余が敢て為し得ない事を神が為し給ふ筈はない、余は自己の今日に顧みて神に忿怒なるものゝ無いことを確信する、余は余の心の真に神の無窮の愛の確証を蔵《かく》す者である。馬太伝七章十一節。
 
(126)     パウロのキリスト観
         羅馬書一章三、.四節の研究
                     明治41年11月10日
                     『聖書之研究』104号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
  彼(キリスト)は肉体に由ればダビデの裔より生れ、聖書の霊性に由れば甦りし事によりて明かに神の子たること顕はれたり(羅馬書一章三、四節)。 是れパウロの言としては最も著しいものである、此数語に現はれたる彼のキリスト観は殆んど吾人の予想外と称しても可い程である。
 キリストは「肉体に由ればダビデの裔より生れ」とある、「裔」とは男系の意である、キリストはダビデより男系を引いて居るとのことである、然るに馬太、路加両伝に従へば、彼は聖霊に由て処女マリヤに孕まれし者であつて、彼には人なる父はなかりしとの事である、然るにパウロは茲にキリストは肉体に由ればダビデの男系を引きたる子孫であると云ふて居る(希臘語の sperma)、然らばパウロはマリヤの処女懐胎を信じては居らなかつたのではあるまい乎、彼は彼の書翰に於て此事に就ては何も明かに示して居らない、吾人は実にキリストの奇跡的誕生の証人として使徒パウロを算へることは出来ないのである。
 茲に「生れ」とあるは「現はれ」の意であつて、普通の人の場合に於けるが如く「出生」ではないとの説もあ(127)るが、然し、ダビデの裔(男系)とある以上は、人なる父なくして生れたりとの説は羅馬書の此二節を以ては立たない。
 肉体に由れば.ダビデの男系を引き、「聖書の霊性に由れば甦りし事に由て明かに神の子たること顕はれたり」とある、是れ難解の言辞である、深き研究を要する。
 「聖善の霊性」であつて聖霊ではない、肉に由てはダビデの裔、霊に由ては云々との事である、肉と霊との対照である、人としての霊肉両性を指したる言辞である。
 キリストに肉体の有りしと同時に霊性があつた、即ち彼は其点に於て普通の人と少しも違つて居らなかつた、但し其霊性は「聖善」のそれであつた、即ち著しく聖く且つ善なる霊性であつた、キリストの霊性が普通の人の霊性と異つて居つた点は其聖善の度に在つて、其性質の差に於てなかつた、「聖書の霊性」、ドクトル・マイヤーは此言辞を「聖善を以て満ち充たる霊性」と解して居る、洵に適註であると思ふ。
 次ぎは「甦りし事」である、日本訳に大切な字が脱けて居る、即ち死者の一字である、「死者の甦りし事に由て」と訳されなくてはならないものである、而かして死者(nekron)とは複数であつて単数ではない(「甦りし」(過去)は「麹る」(現在)である、故に「死者の甦りし事」とは多くの死者の甦る事であつて、キリスト一人の復活に就て言つたのではない、或人は此語を「死者に代て甦りし事」と解せんとするがそれは無理な解釈である、文字其儘に解釈して少しも差支は無い。
 「神の子」は「神の独子」ではない、英語を以て言へば a son of God であつて、the Son of God ではない、キリストが神の惟一の子たること顕はれたりとの意ではなくして、彼が神の子の一人たる事顕はれたりとの意であ(128)る、キリストを尊信して止まざるパウロの言として是れ亦著しい言である。「顕はれたり」「定められたり」とは原語の定訳である(路加伝二十二章二十二節、使徒行伝十一章二十九節、同十七章二十六節、希伯来書四章七節)、又「発表される」、「叙任される」の意である、「明かに神の一子として発表されたり」と意訳したならば善く原意を通ずるであらう。
 第四節後半の意は左の如くである、即ち
  キリストは其聖書の充ち満たる霊性によれば多くの死者が彼れによりて興ることに由て明かに神の子として発表されたり。
 而かして此言を発せしパウロの真意は之を探るに難くない、彼は茲にキリストを先天的の神の子として見て居らないのである、彼が茲に羅馬に於ける信徒に紹介せんとするキリストは其死者を起せる功績に由て神の子として明かに世界に発表されたる者である、即ち奇跡的に胚胎されたる先天的の神の子ではくして、普通の順序を経て生れ出で、普通の方法に由て其神子たるを証明せられしキリストである、是れ実に前にも述べし通り、パウロの言としては最も驚くべき者である。
 斯くパウロが言ひたればとて勿論直にキリストの奇跡的胚胎を拒むに及ばない、又其先天的神性は此言に由て否定されない、本誌の読者の善く知る如く、余輩も一個人としては、処女の懐胎、キリストの先天的神性を信ずるに躊躇しない者である、然れどもパウロの道義心に厚き、彼はキリストの神性を物理的に証明せんとはしなかつた、キリストは神なるが故に奇跡的に生れ、奇跡的に復活せりとは言はなかつた、彼は其反対に出て、キリストは人の子なりしも多くの死者を起すことに由て神の子たること顕はれたりと言ふた、実に気高い論法ではな(129)い乎。
 而かして斯くキリストを観ればこそ、彼の神性は永久に壊たれないのである、今や世界第一流の聖書学者にしてキリストの奇跡的出生と復活、昇天を疑ふ者は決して尠くないのである、さうして若し彼の神性が福音書に録されたる彼の出生と復活とに関する記事の上に立つ者であるならば、其記事の批評的非認はやがて彼の神性の非認に及ぶは勿論である、然し如何なる批評家と雖も「死者の甦り」に関するキリストの功績を否むことは出来ない、是は今、目下に起りつゝある事実である、「死者」とは勿論肉体に死したる者ではない、死に関するパウロの観念はそんな浅薄なる散文的のものではなかつた、「死者」とは其霊に於て神より離れたる者である、さうして「甦る」とは斯かる死の霊的復興である、即ち以弗所書五章十四節にある通りである、
  寐たる者よ目を醍し、死より起きよ、キリスト汝を照さん。
 霊的に寐ねたる者は続々としてキリストに由て目を醒まされつゝある、肉体の復活よりも更らに有力なる復活は彼に由て人の霊魂に於て行はれつゝある、キリスト降世以後の世界歴史は此事の最も明白なる証明者である、而かして此事に由てキリストの神の子なることは最も明かに顕はれるのである。
 神の子の一人であつて、其惟一の子でないと云ふならば、キリストは神ではなくして人ではない乎と言ふ者があらふ、然り、人である、一人の人である、然れども如何なる人である乎、聖書を以て満充ちたる人である、是れは普通の人ではない、実に多くの死者を起すことの出来る人である(此人を指して神の子の一人と云ふ、是れキリストの貴尊を害ふの言ではなくして、彼の救主たる資格を表明せんための辞である、彼の在世の目的は人をして悉く彼の如く神の子たらしめんとするにあつた、彼は神の惟一の子であつたが、万人と伍を同うせんがた(130)めに遜りて神の子の一人となつたのである、即ち聖書に言ふてある通りである、
  それ子等は偕に肉と血とを具ふれば彼も同じく之を具ふ、……実に天子等を助けず、アブラハムの子孫を助く、是故に彼れ神に属《つ》ける事に就て衿恤ある忠義なる祭司の長となりて民の罪を贖はんために、彼がすべての事に於て兄弟の如くなるは宜べなり、そは彼れ自から誘はれて艱難を受けたれば誘はるゝ者を助け得るなり(希伯来書二章十四節以下)。
 パウロは斯の如くにキリストを観た、余輩も亦其やうに観んと欲する、是れ最も健全なるキリストの観方である、キリストの神性を彼の肉体に関する記事に於て認むるのは甚だ危険である、斯かる信仰は何時壊さるゝか判らない、然れども彼の霊的勢力に由る事実の観察と実験との上に立つ信仰は永久に安全である、斯かる信仰に対しては如何なる批評家と雖も之を如何ともする事が出来ない、斯く観じたるキリストは昨日も今日も永遠までも変らざる者である(希伯来書十三章八節)。
 
       改訳
  彼は肉体に由ればダビデの裔より生れ、聖書の霊性に由れば多くの死者を起すことに由て明かに神の子たること顕はれたり。
 
(131)     鞫く教会と赦すキリスト
                     明治41年11月10日
                     『聖書之研究』104号「雑録」
                     署名なし
 
  学者とパリサイの人、姦淫を為せる時に捕へられし婦人をイエスの所に曳来り、之を其中に置き、彼に曰ひけるは、師よ、此婦人は姦淫を為し居る時、其まゝ捕へられし者なり、此の如き者は石にて撃殺すべしとモーセ其|法律《おきて》の中に命じたり、汝は如何に言ふやと、斯く言へるはイエスを試みて彼を罪に陥ゐれんがためなり、イエス身を屈め、指にて地に書《ものか》けり、彼等が切りに問ふに由り、イエス身を起して彼等に言ひけるは汝等の中此罪なき者は先づ石を取りて彼女を撃つべしと、又身を屈めて地に書けり、彼等之を聞き長老より始め、末者《すゑのもの》に至るまで一人一人に出往けり、而してイエス一人残れり、婦人は元の所に立てり、イエス身を起して婦人に言ひけるは「婦よ、汝を訟へし者は何処に往きしや、汝の罪を定むる者なき乎」と、婦言ひけるは「主よ、誰もなし」、と、イエス、彼女に言ひけるは「我も亦汝の罪を定めず、往け、今より後復たび罪を犯す勿れ」と。約翰伝八章三−十一節。
  註、第七節「汝等の中此罪なき者云々」と改訳せり、普通訳に単に「罪なき者云々」とあるは、完全の者先づ石を取りて此婦を撃つべしとの意を通じ易し、然れども是れ此所に於けるイエスの意にあらざりしなり、「此罪なき者」なり、汝等姦淫罪を以て此婦を責むるなれども、汝等の中若し此罪即ち姦淫の罪を犯せし者(132)なくば其者をして先づ石を取て彼女を撃たしめよとの意なり、即ちイエスは茲に馬太伝五章二十八節に在るが如き教訓を適用して言ひ給ひしなり、而してイエスの此言を聞て教会の長老を始めとして其未派の輩に至るまでこそこそと逃去りしとのことなり。
 
(133)     憐憫の交換
                     明治41年11月10日
                     『聖書之研究』104号「雑録」
                     署名 無教会生
 
 教会信者にして余輩無教会信者を憐む者あり、余輩は深く彼等の好意を謝す、然れども彼等の達見に服する能ざる也。
 今や教会は有て無きが如き者なり、之に一定の信仰あるなし、其の中に奇跡の信仰を拒む者あり、聖書を聖書として認めざる者あり、今や基督教会は一種の社交倶楽部と化せり、モハヤ信仰的団体にあらざるなり。
 教会信者、無教会信者を憫むと云ふ、嗚呼若し余輩にも亦憐憫の傲慢を許さるゝならば、余輩も亦教会信者を憫むを得るなり、彼等の拠て立つ教会の基礎は高等批評に由て洗去られ、彼等は今や沙の上に立つ城の如く、幸福なる無学の上に一日の安を偸むに過ず、今やキリストの福音は駸々々乎として教会以外に於で進みつゝあるに関はらず、彼等は古き牢獄を脱し得ずして、其内に徒らに門外漢を批評し、己れ惟り天国の鍵を握りて他は悉く地獄に落行くものなりと迷想す、若し憐憫を値する者ありとすれば是れ余輩無教会信者なるよりも寧ろ彼等教会信者ならずや、余輩とても亦独り立つ者にあらざるなり、余輩にも亦多くの同志あり、日本のみに限らず、泰西諸国に於て多くあり、独通国に於ける Unkirchiche の如きは是れなり、夙く既に教会の旧套を脱し、神の広き宇宙に出て、自由の空気を呼吸しつゝある余輩の同志は世界到る所にあり 欧米近時の新刊物に眼を曝らせし者に(134)して誰か真個の信仰を基督教会内に限る者あらん乎。
 無教会の信者を憫むと云ふ、嗚呼、憫む者よ、広く神の宇宙を観よ、深く思想の趨勢を察せよ、而して謙遜なれ、然れば余輩を憫む前に、汝は汝自身を憫むに垂らん。
 
(135)     〔クリスマスの祈祷 他〕
                     明治41年12月10日
                     『聖書之研究』105号「所感」
                     署名なし
 
    クリスマスの祈祷
 
 キリストよ、今直に我が心の槽《うまぶね》に生れ給へ、教会に由らずして、教職の手を潜りずして、聖霊に因て、天使と牧者とに謳はれながら我が心の衷に生れ給へ、爾は何の善者《よきもの》も出じと思はれしナザレより出てユダヤの郡中にて至微さきベツレヘムに生れ給へり、願くは今何の資格をも備へざる、何の善事をも認められざる此罪人の悔ひたる砕けたる心の中に生れ給へ、而して此槽よりして再たび四方の暗黒を照らし給へ。
 
    幸福なる生涯
 
 事を為すに非ず、為されし事を伝ふるにあり、人は自から欲《この》んで己が罪より免がる能はず、神は人に代て之を除き給へり、人を救ふに非ず、救はれし人を斂むるにあり 神に竭すに非ず、神に感謝するにあり、恩寵は世に溢れ又身に溢る、基督者の生涯は讃美たり感謝たるより他にあらざるなり。
 
(136)    キリストの神性
 
 キリストはヨセフの子に非ず、亦マリヤの子にも非ず、神の子にしてマリヤに由て世に出し者なり、彼は自身、己が神性を称へ給はざりし、彼の弟子等も亦深く此事に就て知らざりしが如し、然れども我等は千九百年間の人類の経験に由て能く此事を識るなり、即ち彼は真に神の栄《さかへ》の光輝《かゞやき》、其|質《たち》の実像《かた》にして世の創始《はじめ》より父と栄光を共にせし者なることを。
 
    人なるキリスト
 
 キリストは人なり、然り、キリストのみ人なり、其他の人は人にして人にあらざるなり、キリストのみ能く完全に人たるの本分を尽したり、キリスト若し人ならん乎、人は皆な人にあらざる也、人にして若し人ならん乎、キリストは人に非ず、神なり、我等はキリストに由て人たらんと欲す、そは我等は人なりと称するも、我等の情性に於て、我等の行為に於て、我等の目的と之に達する手段に於て人たるよりも寧ろ禽獣に近き者なれば也。
 
    想像と実験
 
 余は想像せり、人はすべて善人なりと、余は実験せり、人はすべて悪人なるを、余は想像せり、我れ若し善を以て人に対せば、人は必ず善を以て我に報いんと、余は実験せり、我れ若し善を以て人に対すれば人は我を侮りて止まざることを、去らば如何にせん、キリストを信ぜんのみ、キリストを信じて侮らるゝと知りつゝ人に善を(137)為さんのみ、人は人のために愛するを得ず、キリストの愛に励まされてのみ、能く人を愛するを得るなり。
 
    友愛の刺戟
 
 キリストは万人のために死に給へり、然れども直接に万人のために死に給まひしに非ず、彼は直接に少数の彼の友人のために死に給ひしなり、愛は普遍的ならず、注集的なり、我等は、我等を悪む此世の人のために死する能はず、然れども我等を愛する少数の友人のために死して、間接に我等を悪む世のために死するを得べし、イエス此世を去て父に帰るべき時到れるを知れり、己の民を愛して終に至るまで之を愛したり、縦令イエスと雖も友愛に励まされずして十字架の凌辱を忍ぶ能はざりしなり。約翰伝十三章一節。
 
    不遇の慰藉
 
 我れ歳を経るも世と和らぐ能はず、之と衝突し軋轢して今猶ほ止まず、我れ之を見て心、甚だ憂ふ、ヱレミヤと共に叫で曰ふ
  嗚呼我は禍ひなるかな、我母よ、汝、何故に我を生みしや、全国の人我と争ひ我を攻む、我れ人に貸さず、人、亦我に貸さず、皆な我を詛ふなり(耶利米亜記十五章十節)
と、時に神の声我衷に臨みて曰ふ、汝何故に心に憂ふるや、世は全く我を去りし者なるに汝は我に近かんと欲す、茲に於てか世と汝との間に不和あるなり、汝が世と和する時に汝は世と共に亡ぶべし、衝突は生命の猶ほ汝に存する証なり、軋轢は汝が未だ世と共に詛はれざる徴なり、汝の憂愁は感謝と変ずべきなり、そは汝は汝の神の敵(138)と和する能はざればなりと。
 我れ此声を聞き更らに聖書を繙き見れば、聖書は我に告げて曰ふ
  我等は神に就き、世は挙て悪者(悪魔)に服するを我等は知る(約翰第壱書五章十九節)。
  世、若し汝等を悪む時は汝等よりも先に我を悪むと知れ、汝等若し世の属ならば世は己れの属を愛すべし、然れど汝等は世の属ならず、我れ汝等を世より選びたり、之に因て世汝等を悪む(約翰伝十五章十八 十九節)。
 
    パリサイ主義
 
 是の善を為せば救はるべし、彼の悪を為せば赦されざるべしと云ふ、然れども是れ昔時のパリサイ宗の唱へし所、中古時代の羅馬天主教の伝へし所にして、キリストの福音の教ふる所にあらざる也、救済はキリストの十字架に在て存す、之を信じて救はれ之を信ぜずして自から罪に定めらるゝなり、善行の目録を作て善を勧め、罪悪の目録を製して悪を懲らさんとするが如き、是れ全然キリストの福音に戻る所業なり、而かも正統教を以て自から任ずる基督教会にして往々にして此非福音的態度に出るあるは余輩の歎じて止まざる所なり。
 
    近世の偶像
 
 社会と云ひ教会と云ふ、然れども二者共に実在する者にあらず、人の想像に成る偶像たるのみ、故に之に訴ふるも聴かれず、之に求むるも与へられず、
(139)  偶像は銀と金にして人の手の作《わざ》なり、口あれども言はず、目あれども視ず、耳あれども聞かず、鼻あれども嗅がず、手あれども取らず、脚あれども歩まず、喉あれども声を出すことなし。
 近世の偶像も昔時の偶像と異ならず、之を作る者と之に依頼む者とは皆な之に均し、唯ヱホパに依頼む者のみ救はるべし。詩篇第百十五篇四節以下。
 
    罪の脱却
 
 罪の此世に在て罪を犯さゞらんと欲するも能はず、恰かも疫癘地に在て病に冒されざらんと欲するも能はざるが如し 病に冒されざらんと欲すれば疫癘地を去らざるべからず、罪を犯さゞらんと欲すれば此世と絶たざるべからず、故に天より声あり 曰く、我が民よ、汝ら彼の罪に共に与かり、又彼の災に共に遇ふことを免れんがために其中を出づべし、と、然り、罪の世を出づべし、罪の世と繋がる今の教会を出づべし。黙示録十八章四節。
 
    教会と神の国
 
 教会を廃すべし、而して之に代へて神の国を建つべし、教会は人の作る者、神の国は神の建て給ふ者なり、神の国に教会に於けるが如く人の自由を縛るの信仰簡条あるなし、人の上に立て之を役人的に支配する監督、牧師、執事、伝道師等あるなし、神の国は愛の団体なり、神を父として戴く家族なり、余輩は教会を排斥す、然れども鹿の渓水を慕ひ喘ぐが如くに神の国を恋ひ慕ふ。
 
(140)    財産としての意志
 
 富も財産なり、智識も財産なり、健康も財産なり、才能も財産なり、而して意志も亦財産たるなり、而して意志の他の財産に優さるの所以は、何人も之を有すると、之を己が欲する優に使用し得るとに存す、吾人は意ふて人を愛するを得るなり、志して己に死して神と人とのために生くるを得るなり、人は何事を為す能はざるも欲《この》んで善人たるを得るなり、而して吾人たるを得て、神と人との愛を己に惹き、人生最大の賜物たる無窮の生命を此世よりして享有するを得るなり、吾人何人も意志を有す 故に吾人何人も貧者にあらざる也。
 
    利己主義の信仰
 
 キリストに慰められんと欲する者は多し、彼を慰めまつらんと欲する者は尠し、神を使はんと欲する者は多し、彼に事へまつらんと欲する者は尠し、数千の男女のパンと魚とを以てキリストに養はれんと欲せし者ありしに対して唯一人の婦人の蝋石の盒《はこ》に香膏《にほひあぶら》を携来《もちきた》り、之を彼の足に注ぎし者ありしのみ、パウロ、ピリピ人に書贈て曰く、多くの人は皆な己が事のみを求めてイエスキリストの事を求めざる也と、余輩も亦今日の所謂基督信者なる者に就て同一事を曰はざるを得ざるを悲む。腓立比書二章二十一節。
 
    最大感謝
 
 感謝すべき事は沢山ある、然し、イエスの名のために苦しむ事が出来しこと、之に優さるの感謝はない、イエ(141)スの名のために国人には国賊として斥けられ、社会には偽善者と称ばれ、教会には危険物として嫌はれ、親戚知友にまで愚物、融通の利かぬ者として嘲けられしこと、是れイエスに従ふ者に取ては最大の名誉であつて、最大の感謝を値ひすべきことである、是れ正しく我等が身に佩びるイエスの印記《しるし》であつて我等は此勲章を佩びてこそいつか彼の前に立つことが出来るのである(加拉太書六章十七節)。
  使徒等はイエスの名のために凌辱を受くるに足る者とせられし事を喜びて云々(使徒行伝五章四十一節)。
  我れキリストのために荏弱《よわき》と凌辱《はづかしめ》と空乏《ともしき》と迫害《せめ》と患難《なやみ》に遭ふを喜楽《たのしみ》とせり(哥林多後書十二章十節)。
  我が兄弟よ、若し汝等さま/”\の試練に遇はば之を喜ぶべき事とせよ(雅各書一章二節)。
 
(142)     キリストの来世観
                     明治41年12月10日
                     『聖書之研究』105号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 基督教会に由て一般に信ぜられ、且つ基督教の教義として一般に伝へらるゝ来世観は之を善く調べて見るとキリストの来世観ではなくして使徒パウロのそれである、パウロの来世観なる者は大略左の如き者である、
  人は死して直ぐ天国に入るのではない、彼は先づ墓に下て其処に暫時眠るのである、而してキリストが号令と天使の長の声と神の※[竹/孤]を以て再たび天より降り来り給はん其瞬間に、彼等は死より甦り、受くべき裁判を受け、生命に入るべき者は生命に入り、滅亡《ほろび》に往くべき者は滅亡びに往くのである(テサロニケ前書四章、哥林多前書十五章等参考)と。
 然しながら是れキリストの説かれし所とは大に違う、キリストの説かれたる所に依れば死と復活との間に永き睡眠の時期はなかつた、即ち現世と来世とは直に連続して居つた、彼は彼の側に十字架に釘けられし盗賊の一人に告げて曰ひ給ふた、
  汝、今日我と偕に楽園に在るべし(路加伝二十三章四十三節)。
 又ラザロの姉マルタがキリストに告げて彼女の死せる弟は「末日《をはりのひ》の甦るべき時に甦らん」と曰ひしに、キリストは之に答へて曰ひ給ふた、
(143)  我は復生《よみがへり》なり、生命なり、我を信ずる者は死ぬるとも生くべし、凡て生きて我を信ずる者は永遠《いつまで》も死ぬることなし(約翰伝十一章二十四−二十六節)。
 是れ確かにマルタの誤謬《あやまり》を正し給ひての言である、マルタは末日の復生を信ぜしに対しキリストは即時の復生を教へ給ふたのである。
 而してキリストの復活の事実が此事に関する何よりも善き証拠である、キリストの復活は彼の死と同時に始つた、第三日に甦れりとあるも、それは復活作用進行の時間を云ふたのであつて、第三日に突如として復活したと云ふのではない、又変貌の山に於てモーセとエリヤとがキリストと共に顕はれたとあるを見ても、復活は世の未《をはり》に於て行はれる事でない事が解かる、永生は不死の意である、例令《たとい》百年にしろ、千年にしろ、死と復活との間に死に類する長期の睡眠があらふとは如何しても思へない、永生が無いものならばそれまでゞあるが、有る以上は、それは現世の連続でなくてはならない、殊にキリストも曰はれし通り神は死者の神ではなくして生者の神であるが故に(馬太伝二十二章三十二節、馬可伝十二章二十七節、路加伝二十章三十八節)、神に依る者に死なる者は無い筈である、キリストが死と復活との間に永き間距《あいだ》を置き給はざりしは善く理に適《かな》つて居ると思ふ。
 故にパウロと雖も彼が神学者流の論鋒を去て、彼の天真有の儘に帰りし時はキリスト同様の来世観を唱へて居る、哥林多前書第十五章に彼のラビ流の復活論はあるが、同じ後書第五章には単純なる基督者としての彼の死後の希望が載せてある、
  我等此事を知る、即ち我等が地に在る幕屋|壊《やぶ》れなば我等に神より出る所の屋《いへ》在ることを、是れ天に在りて、手にて造られざる窮りなく有る所の屋なり、我等此幕屋に居りて歎き、天より来る所の我等が屋を衣の如く(144)着ん事を深く欲《ねが》ふ、誠に着ることを得ば裸になること無らん、我等此幕屋に居り重きを負ひて歎くなり、之を衣の如く脱がんことを欲はず、彼を衣の如く着んことを欲ふ、是れ死ぬべき者の生《いのち》に呑まれんためなり(一−四節)。
 「是れ死ぬべき者の生に呑まれんためなり」 死ぬることの解らんためなり、死の経験を経ずして生に入らんがためなりとの意である、是れ誠にパウロの希望であつて、又すべての人の希望である、而してキリストに由て此希望が充たされるのである、我等は瞬間たりとも死の実験を嘗めたくない、此地の幕屋を脱ぐと同時に直に天の屋を着んことを欲する、「誠に着ることを得ば裸になること無からん」、肉体を脱ぐと同時に霊体を着んことを欲する、重苦しき肉体であつて、永く之を負ふは苦痛であるが、然ればとて之を衣の如く脱がんことを欲はない、更らに書き衣に着更《きか》えんことを欲ふ、即ち彼の天の衣を着んことを欲ふ。
 然らば哥林多前書十五章其他に於て表はれたるパウロの復活論なる者は如何なる者である乎と問ふに、是れはキリストの精神を以て在来の猶太数の来世観を説かんとしたる者であると思ふ、縦令パウロの如き偉人と雖も直に衣を脱ぐが如くに旧来の思想より脱することは出来なかつた、彼は勿論固く来世の存在を信じた、然し其状態如何に就ては彼は彼が幼児より授かりし猶太思想を以て之を説明せんとした、是れ決して怪しむべきではない、信仰は信仰であつて、智識は智識である、神は何人にも直に完全なる智識を与へ給はない、智識は時と共に進む者である、パウロ自身も曰ひし通り「我等の智識は全からず」である、来世の実在する事と、其状態如何とは全く別問題である、前者は之を信仰に由て識り、後者は之を研究に由て知るのである。
 其事は爾うであるとして、我等が来世の存在を死後遠き未来に置いた事は大なる謬見である、キリストは人情(145)に適《かな》ひ道理に従ひて之を死の直ぐ後《あと》に置き給ふた、否、彼を信ずる者には死なる者を認め給はず、世に渉る生命の連続を説き給ふた。
  女《むすめ》は死ぬるに非ず、たゞ寝ねたるのみ(馬太伝九章二十四節)。
  我等の友ラザロ寝ねたり(約翰伝十一章十一節)。
 キリストに取りては死は生に入るの門であつた、其如く我等彼を信ずる者に取ても、墓は永久の死でないは勿論、長期の睡眠の場所でもない、我等は死ぬるや否や直に生くる者である、故に預言者ホゼヤと共に曰ふ、
  死よ、汝の疫《なやみ》は何処にあるか、陰府よ、汝の災は何処にある乎(何西阿書十三章十四節)。
 
  内村生曰ふ、英国 R.F.ホルトン氏近著「余が信仰《マイベリーフ》」を読み、其中の一事に感激し此篇を綴る、全篇に渉り氏に負ふ所多し。
 
(146)     神の忿怒に就て
                     明治41年12月10日
                     『聖書之研究』105号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 余輩は前号に於て神に忿怒は無いと曰ふた、然るに聖書には所々に神は怒り給ふと書いてある、例へば
  子に従はざる者は生命を見ることを得じ、且つ神の怒その上に留らん(約翰伝三章三十六節)。
  そは神の怒は不義をもて真理を抑ふる人々の凡の不虔不義に向ひて天より顕はる(羅馬書一章十八節)。
  汝等人の虚言に欺かるゝ事勿れ、神の怒此等の事に因りて背逆者《もとれるもの》に至る也(以弗所書五章六節)。
 是等の章節に由て見るも神に怒のあることは明かである、然らば余輩は如何にして神に忿怒は無いと云ふ余輩の提言を維持する事が出来る乎。
 怒に二つある、今仮りに二者の区別を立てんために其一つを忿と云ひ、其第二を怒と云ふて置かう、希臘語の thumos《ツーモス》と orge《オルゲー》とであつて、其間に自から明白なる別がある。
 忿は発怒である、一時の怒にあらざれば不道理なる怒である、故に忿怨とも云ひ、忿懣とも云ふ、禽獣にも有る怒であつて、恨を報ゐんとする念である、忿恨、忿恚の熟語が能く其意義を顕はして居る、今聖書に由て見るに
  会堂に在りし者大に憤り起てイエスを邑の外に出し云々(路加伝四章二十八節)。
(147)  彼等之を聞きて甚しく怒り叫びて曰ひけるはエペソ人のアルテミスよ云々(使徒行伝十九章二十八節)。
  夫れ肉の行ひは顕著《あらは》なり、即ち……※[女+戸]忌、忿怒云々(加拉太書五章二十節)。
 以上の場合に於て怒はすべて悪い怒である、イエスを殺さんとせしナザレ人の怒、パウロを殺さんとせしエペソ人の怒、肉の行ひなる怒、即ち使徒ヤコブが「人の怒は神の義を行ふ事をせざる也」と言ひし其怒である(雅各書一章二十節)、而して以上の場合に於ては原語は「ツーモス」であつて、「オルゲー」ではない(雅各書は然らず)、即ち下等なる、禽獣的の、復讐の念を心に蓄ふる怒である、而して余輩が神に忿怒がないと云ふのは此種の忿怒が無いと云ふのである、使徒パウロを以て「父なる者よ、汝等の子を怒らすること勿れ」と教へ給ひし神に此不道理なる、発情的の、復讐を意味する怒のありやう筈はない。(以弗所書六章四節)。
 勿論茲に適切の文字を以て二種の怒を別つことは出来ない、支那文字を以てしても、忿とか、憤とか、怒とか、恚とか、瞋とか種々の文字があるが、然し大抵は何れも悪い意味に於て用ゐられて居る、熟語としては義憤があり、丹憤があるのを見れば憤の字は稍や深い清い怒を表はすやうであるが、然し悲憤もあり、讐憤もあれば、之れとても神の怒を言表はすためには用ゐられない、新約聖書に於ては前に述べしが如くに、大抵の場合に於ては神の怒(orge)と人の怒(thumos)とが区別してあるが、左ればとて、二者が混同されてある箇所も決して尠くない、哥羅西書三章八節に「恚憾、忿怒」と訳してあるが、前なるは「オルゲー」であつて、後なるは「ツーモス」である、黙示録十五章七節に「神の怒を盛れる金の金椀《かなまり》」とあるが、それは「ツーモス」であつて、大抵の所に於ては人の怒を表はすために用ゐられたる言葉である、同十六章十九節に「劇しき怒の酒」とあるのも同じ言葉である、如斯二者を明白に区別するは困難であるが、然し大抵の場合に於ては神の怒としては「オルゲー」(148)が用ゐられてあり、人の怒としては「ツーモス」が使はれてある、縦し又二者の間に実質上の区別がないにしても、程度の区別のあることは確かである、即ちオルゲーは深い怒で、「ツーモス」は浅い怒、前なる者は喜怒色に現はれずと言ふが如き深怒幽憤であつて、後なる者は躁怒と云ふが如き、瞋恚と云ふが如き、外に現はるゝ感情的の怒である事は明かである。
 茲に於てか神の怒なる者の何である乎は明かである、是れ深い怒である、義しい憤である、怒るよりは寧ろ愁ふる怒である、大河の底を流るゝ水の如き深き、洪いなる、静かなる怒である、人間の言葉を以て言ふならば憂悒の文字が最も書く斯かる種類の怒を言表はすであらふと思ふ、即ち人が神の専厳を涜し、宇宙の法則を破るを見て、神が人に対して憂ひ且つ心安からず念ひ給ふこと、是れが神の怒であると思ふ、而して神に此怒のあることは確かである、人がすべて其罪を悔改めて父なる神に還り来るまでは神の此怒は解けない、神には別に不安とてはないが、乍然、其子等が罪に沈み、聖旨に背逆《もと》りて行ひつゝあるを見ては、彼は不安に堪へ給はない、是れ子に対する父の怒である、涙の充ち盈つる怒である、愛の一面であつて、聖くして貴き怒である。
 神に讐憤はない、怨怒はない、小忿はない、然し聖憤はある、甚だしく罪を嫌ひ給ふ心はある、即ち人の言ふ忿怒なる者はないが、然し我等が神の聖霊を受けて始めて推量することの出来る罪に対する深き憂愁はある、我等は神に忿怒がないと言ふて彼に此宇宙大の聖憂のあることを忘れてはならない。故に聖書は絶対的に怒を禁じない、キリストさへも怒り給ふた、
  イエス怒を含みて環視《みまは》し、彼等が心の頑硬《かたくな》なるを憂へ云々(馬可伝三章五節)。
  イエス怒を含み彼等に曰ひけるは、嬰児《をさなご》を我に来らせよ云々(仝十章十四節)。
(149) 又聖書が特に怒を許して居る場合もある、
  怒て罪を犯す勿れ、怒て日の入るまでに至る勿れ、悪魔に処を得さすること勿れ(以弗所書四章二十六、二十七節)。
 罪を犯すことなく怒れとのことである、怒るも可なり、然れども罪を犯す勿れと、即ち茲に正当の憤怒のあることが示してある、乍然、如何に正当なる怒と雖も怒は罪に陥ゐり易い、故にパウロは其事を警めて居る、「怒て日の入るまで云々」の原語は之を直訳すれば「日をして汝等の怒の上に入らしむる勿れ」となる、茲に「怒」 parogismos とあるは前の「怒て」(orgizo)とあるとは別の言菓である、即ち激怒とか躁憤とか訳すべきものであって、永く之を心に懐けば道徳上甚だ危険なる怒である、故にパウロは日の入るまで之を蓄ふる勿れ、悪魔をして其機に乗じて汝等を罪に陥ゐらしむる勿れと誡めたのである、今、パウロの言を意訳すれば左の如くになると思ふ、
  怒るも可なり、然れども怒て罪を犯さゞるやう注意せよ、激怒は直に之を抑へよ、之を懐て夜に入る勿れ、一日の激怒を翌日まで持越す勿れ、恐くは汝等悪魔の乗ずる所となりて挽回し難き危険に陥ゐることあらん。
 是れで忿怒に関する聖書の教訓は明白である、約めて曰へば神の如く怒るべしとのことである、而して其如何に深い聖い義しき怒である乎は彼を識てのみ知ることが出来る、其他の怒はすべて罪である、避くべき、悪むべき、絶滅すべき罪である。
 
(150)     マリヤの讃美歌
         路加伝一章四十六節より五十五節まで
                     明治41年12月10臼
                     『聖書之研究』105号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 キリストは勿論ヨセフの子でなかつた、然ればとて彼は亦マリヤの子でもなかつた、マリヤを称んで「我が主の母」と云ふたのはユリサベツの迷信に因つたのである(路加伝一章四十三節)、キリストの出生はヨセフに何の千与《かゝはり》が無かつたと同じく亦マリヤにも何の干与がなかつた、故に後に彼女が彼を彼女の子と思ふて彼に或る事を命じた時に、彼は明白に彼女に告げて曰ふた、
  婦よ、汝と我と何の干与あらんや(約翰伝二章四節)、
と、真《まこと》にマリヤは人としてはキリストに何の関係もなかつた者である、彼女は彼の母であるよりは寧ろ彼の婢《しもめ》であつた、故に彼女も後に此事を覚つて自から弟子の群に加つて彼を拝した(使徒行伝一章十四節を見よ)。
 斯かる次第であれば普通の意味に於てマリヤがキリストを生んだと云ふことは出来ない、彼女はキリスト出生の機械として神に使はれたまでゞある、其点に於て彼女は神の他の僕婢《しもべしもめ》等と少しも異らなかつた、彼等はすべて己の意志を行ふにあらずして、神の聖旨を為す者である、然り、為さしめらるゝ者である、神はマリヤを以て其子を世に遣し給ふたのである、彼は真《まこと》に肉体に由て生れたのではない、聖霊に由て生れたのである、故に天使(151)は彼女に告げて曰ふた、
  聖霊汝に臨《きた》る、至上者《いとたかきもの》の大能汝を庇《おほ》はん、此故に汝が生む所の聖なる者は神の子と称へらるべし(路加伝一章三十五節)
と、路加伝の始めの三章に聖霊なる言葉が十二回使はれてあるのを見ても、記者が如何にキリストの出世に就ては此聖霊の力に重きを置て居つたかゞ判明る、キリストは特に聖霊の子であつたのである。
 故に茲に研究せんとするマリヤの讃美歌なる者は、是れは彼女が救世主の母たるの名誉に与つた故に、其|歓喜《よろこび》の余り彼女の口より溢れ出たるものではない、斯かる事は謙遜なる彼女に取りて思ひも寄らざることであつた、彼女は茲に彼女が神の聖旨を為すための機械として用ゐられしを歓び感謝の余り此讃美の声を揚げたのである、故に彼女は曰ふた
  我は是れ主の使女《つかひめ》なり、汝の言へる如く我にあれかし(三十八節)
と、是は神の選択に当りし時の感謝の言辞である、処女心より湧出し最も聖き感謝の言辞である。
   我心は主を崇めまつる、
   我霊は我救主なる神によりて喜ぶ、
撤母耳前書二章一節にあるエルカナの妻ハンナの歌に
 我心はヱホバによりて喜び、
 我角はヱホバによりて高し。
(152)とある、マリヤの歌はハンナのそれに似るも其意は遙かに深くして聖い、「我心」といひ、「我霊」と云ふ、心の衷より、精神を籠めて主を讃めまつるとの意である、「角は高し」とは「世に向て誇るを得べし」との意であるが、マリヤは謙遜にして「我救主なる神によりて喜ぶ」と曰ふ、「救主」とは此所に於ては敵より救ふ者の意であるが、敵に対して言はずして、敵の手より救ふ神に対して言ふは奥ゆかしくもあり亦優さしくもある、「崇(讃美)めまつる」、「喜ぶ」、此歌は其|発端《はじめ》より感謝の歌である。
 
   彼は其|婢《しもめ》の卑賤《いやしき》を眷顧み給へり、
   視よ、今より後、万世までも、
   人々我を恵まれし者と称へん
 感謝の理由は是である、主なる神は彼女の卑賤きにも関はらず、却て彼女を眷顧み給へりと、イスラエルに彼女の外に多くの婦女子があつた、綺羅を被ぐ者は王の宮殿に在つた、聖書に精しき者は教師《ラビ》の家庭に在つた、然るに是等を簡び給はずして大工職工の妻たるべき地位なき才なき彼女を択らみ給ふた、特に感謝すべきは此事である、視よ、今より後、万世まで、人々、我を、然り、此卑賤しき婢なる我を神に恵まれし者と称ふべしと、処女マリヤの美質は其謙遜にある、神が特に彼女を簡み給ひしは彼女の此美質に因るのである、後世の美術家は常に彼女を理想の美人として画かんとした、然し彼女の美は決して外形的でなかつた、マリヤは実にイスラエルの理想的婦人であつた、使徒ペテロの言なる
  汝等の※[牀の木が女]飾《かざり》は髪を※[辯の言が糸]《く》み、金を掛け、又衣を着るが如き外面の※[牀の木が女]飾たるべからず、たゞ心の中の隠れたる人、(153)即ち壊る事なき柔和にして静かなる霊を以て※[牀の木が女]飾とすべし(彼得前書二章)
とあるは多分マリヤを模範として曰ふたのであると思ふ、柔和にして静かなる霊、是れがマリヤであつた、神は此霊を嘉し給ひて、彼女をして婦人として与かるを得べき最大の栄誉に与からしめ給ふたのである。
 
   大能者は我に大なる事を成し給へり、
   其名は聖し!
   其憐憫は世々彼を畏るゝ者に及ばん。
 「大なる事云々」 奇ぎなる事を為し給へり、奇跡を行ひ給へり、モーセを以てイスラエルのためにエヂプト人の前に為し給ひしに等しき事、人の為す能はざる事、天使が彼女に告げて「そは神に於ては能はざる事なければ也」と言ひし事(三十七節)は実際に彼女に於て行はれたりと 〇「其名は聖し」 感嘆の意を強めて曰ふ、驚くべき聖業、讃美するの外なしと云ふが如し 〇「其憐憫は云々」 詩篇第百三篇十七節の言辞である、
  ヱホバの憐憫は永遠より永遠までヱホバを畏るゝ者に至る。
 憐憫は貧者と弱者とに臨む恩寵である 〇「畏る」は恐懼ではない、粛んで服従するの意である 〇「永遠より永遠まで」 神の恩寵に常に変化はない、彼を畏るゝ者には常に降る、前も爾うであつた、今も爾うである、後も必ず爾うであらふ。
 
   彼れ其腕を以て大能を現はし
(154)   高慢《たかぶ》る者を其心の計略を以て散らし
 是れより以下三節に渉りてマリヤはイスラエルの歴史に顕はれし神の聖業を記念して其徳を頌め奉つた 〇「其腕を以て云々」 詩篇第八十九篇十節に云ふ
  汝、己の敵を力ある腕を以て打散し給へり
と、邦語にて「腕を振ひて」と云ふに等し、特に其時、力を出してとの意である 〇「大能を現し」 奇しき跡《わざ》を行ひ給へり、埃及王の逐撃軍を紅海の底に沈めし類、イスラエルの歴史に神が異能を現して選民を其敵の手より救出し給ひし例多し 〇「高慢る者云々」 ヱホバは大能を現はし、起て選民を撃たんとせし其勁敵を挫き、坐して之を侮る者(高慢る者の意)は其心の計略を以て之を散らし給へりと、詩篇第九篇十六節に曰ふ、
  ヱホバは己を知らしめ審判を行ひ給へり
  悪しき人は己の手の業なる羂に罹れり
と、又箴言五章の二十二節に曰ふ
  悪者はおのれの愆《とが》に※[手偏+虜]《とら》へられ、その罪の縄に繋がる
と、神は高慢る者を罰し給ふに方て常に此方法を採り給ふ、即ち彼等をして其俗才世智を以て己を縛り、己を亡さしめ給ふ、自縄自縛の災害に陥ゐらしめ給ふ。
 
   権ある者を位より下し、
   卑しき者を上げ、
(155) 約百記十二章十九節に曰ふ
  祭司等を裸体《はだか》にして※[手偏+虜]へ行き、権力《ちから》ある者を滅しと、同じく五章十一節に曰ふ
  卑しき者を高く挙げ、
  憂ふる者を引興して福《さいはひ》ならしめ給ふ
と、祭司エリの子等を廃してサムエルをして之に代らしめ、サウロを位より下してダビデをして之に即かしめ給へり、使徒ヤコプは此等の事実的教訓を総括して曰へり
  神は驕傲者《たかぶるもの》を拒み、謙卑者《へりくだる》に恩寵《めぐみ》を施し給ふと、雅各書四章六節。
 
   飢えたる者を美食《よきもの》に飽かせ
   富める者を空しく還らせ給へり。
 飢えたる者来れば美食を以て之を飽かせ、富める者来れば何物をも与へずして之を還らせ給へりと、詩篇第百七篇九節に曰ふ
  ヱホバは渇き慕ふ霊魂を足らはせ、
  飢えたる霊魂を嘉物《よきもの》にて蝕かしめ給ふ
と、貞女ルツの如き其一例である、飢えたるとは飢え渇く如く心に義を慕ふ者である、富めるとは其富を頼みて(156)ヱホバを畏れざる者である、貧富の別は其源は謙驕の別である。
 以上は歴史的事実である、又人生日常の実験である、今、処女マリヤに特殊の恩恵の臨みしも亦此天道に準じてである、神が選民を其塗炭より救はんがためである、高きを下し、低きを上げ、飢えたるを飽かせ、充ちたるを虚しくせんがためである、マリヤに現はれし神の大能は彼女一人に限りて現はれたのではない、是れは選民の歴史の連続である、之に類したる事は前にも幾度となくあつた、故に今、之を彼女の身に実験して、彼女は敢て之を怪まなかつた、彼女は祖先の歴史に鑑みて、彼女に臨みし奇跡を信じた。
 
   彼は其僕イスラエルを扶け給へり、
   是れアブラハムと其裔に
   我等の祖先等に告げ給ひしが如くに
   窮なく憐憫を忘れざらんがためなり。
 「僕」家奴である、愛情を含めたる語である 〇「扶け」 支持し給へり、担ひ給へりと云ふに均し、脊に負ふの意にして保育撫愛の意を含む 〇「アブラハムと其裔云々」 イスラエルに臨みしすべての恩恵はヱホバが曾てアブラハムに為し給ひし契約に応《かな》はんためである(創世記二十二章十七、十八節)。
 然れど我僕イスラエルよ……我れ誠に汝を助けん、誠に我が義しき右手《みぎのて》、汝を支えん(以賽亜四十一章八、十節)。
 其憐憫をイスラエルの家に向ひて記念し給ふ(詩篇九十八篇三節)。
(157)  汝、昔の日、我等の先祖に誓ひたりし、その真実をヤコブに賜ひ、憐憫をアブラハムに賜はん(米迦書末章末節)。
  ダビデと其裔に永遠に恩恵を施し給ふ(撤母耳後書二十二章末節)。
 マリヤは独り創めて此讃美歌を作つたのではない、古き聖書の言を藉り、之を以て己が感謝を表はしたのである、彼女は平民の娘であつたが、イスラエルの家庭に成育し者として善く聖書の言葉を暗誦んじて居つた、故に即座に之を綴りて此美はしき歌を唱へたのであると思ふ。
 
     改訳
 
   46 我心は主を崇めまつる、
   47  我霊は我教主なる神によりて喜ぶ、
   48 彼は其婢脾の卑賤を眷顧み給へり、
      視よ、今より後、万世までも人々我を恵まれし者と称はん。
 
   49 大能者は我に大なる事を成し給へり。
      其名は聖し、
   50 其憐憫は世々に渉り
      彼を畏るゝ者に及ばん。
(158)   51 其腕を以て力を現はし、
    傲者《たかぶるもの》を其心の計略《はかりごと》を以て散らし
   52 権者《ちからあるもの》を位より下し、卑者《いやしきもの
》を上げ
   53 飢者《うえたるもの》を美食《よきもの》に飽かせ富者《とめるもの》を空しく還らせ給へり。
   54 其|家僕《しもべ》イスラエルを扶け給へり、
      永久にアブラハムと其裔に
   55 我等の祖先に告げ給ひしが如くに
       其恩恵を忘れざらんがためなり。
 
 別に深い歌ではない、然し天真有の儘である、「マリヤ曰ひける」とあれば、歌ふたのではなくして、心に念じたのであらう(四十六節)、彼女の親戚エリサベツが「聖霊に満たされ大声に叫び曰ひけるは」とあるとは全く赴きを異にして居る、マリヤの讃美歌とは云ふものゝ実は彼女の黙想であつた、然らざれば彼女の低吟であつた、之を詩人の作つた歌と見て其真意を解することは出来ない、其歌なる所以は其意に在て其文に於て無い、すべての真情は歌である、マリヤの処女心を動かせし情、それが此歌ならざる優《すぐ》れたる歌となつて現はれたのである。
 
(159)     今年の出来事
                     明治41年12月10日
                     『聖書之研究』105号「雑録」
                     署名 主筆
 
 人の生涯の中で執筆者の生涯ほど無事なるはない、為すことは年が年中、読む事と書く事と刷る事と許りである、歳明けてより歳暮るまで為す事は是れ丈けである、其間に挿入するに家庭の快楽、交友の快楽、山野跋渉の快楽を以てするまでゞある、其他に何の野心もなければ何の刺戟もない、唯、時には世の薄倖者の援助を乞はんがために訪来るありて、光輝ある此国家にも亦此惨事あるを知りて独り窃かに涙に袖を潤すことがあるまでゞある。
 故に明治の第四十一年も余に取りては至て無事平安の年であつた、雑誌は約束より一冊多く十一冊を出し、日曜日には大抵欠かさず聖書を講じ、少し許りの慈善を為し、多くの読書をなした、先づ年中の重なる出來事を掲ぐれば
  一月、「代表的日本人」の独逸訳並に丁瑪訳出づ。
  三月、大阪神戸に聖書講演を開かんとして病を得て帰る。
  五月、「よろづ短言」を発行す。
  六月、第百号感謝会を開き、併せて今井館を献ぐ。
(160)  八月、太平洋の水に浴し、序に九十九里海辺に伝道す。
  九月、青木義雄君に伴はれて日光山中に地上の楽園を探る。
 先づ特筆すべき事は是れ丈けである、アトは読書と思考とである、外に甚だ無事なりし此一年は頭脳の中には中々多事の一年であつた、W.L.ウオルカー氏の『聖霊並に受肉』の一巻は多くの大問題を余に供した、余は又市中の電車を乗廻る間に車の中にて希臘文典一冊を複読した、プラムメル氏の『路加伝註』、アレン氏の『馬太伝註』は多くの新光明を余の心に送つた、殊に古い書ながらトレンチ大監督の『新約聖書同義語集』は此年余を益した書の一つである、邦文になりし書にして余が非常の興味を以て読んだ者は久米邦武氏の講演を編輯して成りし『日本古代史と神道の関係』である、是れ我国に於て稀れに見ることの出来る独創の思想である、余は今日の日本にも真正の学者のあるを知つて大に志を強うした。
 然し此世に於ける余の誇りは読書でもなければ著述でもない、神が余に賜ひし少数の善き友人である、彼等の同情、彼等の厚意、彼等の婦人の愛にも優さる愛、是れ此冷たき世に在て余が全世界に向て誇ることの出来る者である、余の宝とは是れである、余の勲章とは是れである、パウロの言を藉りて日へば是れ
  我が愛する所慕ふ所の兄弟、我れの喜び、我が冕たる我の愛する者
である(腓立比書四章一節)、此点に於て余は或時は日本中で一番幸福なる人であると思ふ。
 斯くて今年も幸福の中に去らんとする、明年も亦仝じく幸福であるであらふ、明後年も明後々年も同じく幸福であるであらふ、然り、処女マリヤの讃美歌の一節を藉りて曰へば
   大能者は我に大なる事を成し給へり、
(161)    其|名《みな》は聖し
   其憐憫は世々に渉り
    彼を畏るゝ者に及ばん。
 
(162)     稀有の事
        余輩の交友
                     明治41年12月10日
                     『聖書之研究』105号「雑録」
                     署名 柏木生
 
 今や日本人全体の求むる所のものは利である、其貴族なると平民なると信者なると不信者なると、商人なると文士なるとを問はず、彼等の求むる者は是れである、彼等は利のためには友を売る、宗教を棄る、宗教に入る、主義を変へる、何でも為る、預言者ヱレミヤの見たる社会は実に日本今日の社会である、 汝等各自其隣に心せよ、何れの兄弟をも信ずる勿れ、兄弟は皆な欺きをなし、隣は皆な讒りまはれば也、汝等は各自其隣を欺き且つ真実を言はず、其舌に※[言+荒の草がんむりをとったような字]《いつはり》を語る事を教へ、悪を為すに疲る、汝の住居は詭譎《いつはり》の中に在り。耶利米亜記九章四−六節。
 斯かる時に方て貴き物は金ではない、銀ではない、宝石ではない、株券ではない、正直なる人である、是れ実に稀れに有る所の物であつて、之を得るのは実に価貴き真珠を得るよりも難い、人は恒河の岸の砂の如く多い、然し正直なる人は南洋に在る海底の大真珠よりも尠い、今の時に方て彼を発見し、彼を友とし持つは何よりの幸福で何よりの宝である。
 爾うして斯かる人物はまだ此日本国に居る、勿論多くは居らないが、然し少しは居る、彼は宗教家の中には(163)居らない、政治家、学者、文人の中には見当らない、然し居る、人の知らない所に居る、新聞記者は其居る所を知らない、政府も教会も彼等の存在を認めない、然し居る、余輩は彼等に遇ふた、彼等と交はつた、然り彼等と交はる、爾うして彼等は己を顕はさんとしないから殊に貴い、然り、人の眼には貴く見えないから殊更ら貴い、嗚呼、誰か今の世に在て直に正直なる人を見んことを欲せざる者があらふ、然し幸にも余輩は斯かる人を見た、又斯かる人と交つて居る。
 世に幸福の種類は沢山ある、然し今の世に在て利を顧みざる人と交はるに優さるの幸福はあるまい、一人ならず、二人ならず、三人ならず、然り、十人ならず、二十人ならず、尠からざる正直なる人の秘密団体に入て、其一員たるの幸福に優さる幸福はあるまい、然し、是れ余輩の有つ幸福である。
 「ヤソ」でも可い、異端でも可い、国賊でも不信者でも何んでも可い、今の世に在て聖き、義しき、遜りたる人等と兄弟的関係に入るの特権を与へられて、余輩は此世に在て他に何をも要求しないのである。
 
一九〇九年(明治四二年) 四九歳
 
(167)     『櫟林集 第壱輯』
                               明治42年1月25日
                               単行本
                               署名 内村鑑三 著
 
〔画像略〕   初版表紙 187×127mm
 
        (168)   櫟林集に題す
 
 櫟林《らくりん》はくぬぎばやしなり、角筈の櫟林を指して謂ふ、彼処に明治三十一年より四十年に至るまで十年間に渉る余の地上の生涯は送られたり、角筈は余に取り最も多事の住処なりき、余は之を忘れんと欲するも能はず。
 角筈櫟林の地たる今や復たび旧時の荒廃に帰し、呪はれたるバビロンの如く野犬|鴟※[号+鳥]《ふくらふ》の住処と化せり、前には浄水池の市民二百万の生命を湛ふるありと同時に、後には大蔵省煙草専売局の雲を突くが如き大建築物の今や将さに工を竣へんとするあり、遠からずしてニコチン毒の氛煙は揚り、四隣の緑葉ために枯死するに至るべし、余は幸にして煙毒の到るに先んじて彼地を去るを得たり、然れども此静かなる柏木の地に在りて南方遙かに櫟林の小丘の煙に裹まるゝを見て時に懐旧の感なき能はず
 角筈の櫟林は遠からずして枯れむ、然れども櫟林に養はれし思想は煙滅に附すべからず、是れ此小集輯のある所以なり、敢て之を櫟林在住以来の友人に献ず。
  明治四十二年一月十五日    内村鑑三
〔画像略〕丁瑪国マリヤ ウノレフ女史
   著者の思想を丁瑪語に訳し之を北欧諸邦に紹介されし人 室内に著者の写真三葉を掲げらる
(169)〔画像略〕米国アマスト在留当時の著者
   千八百八十七年撮影時に二十七歳
〔画像略〕角筈櫟林の片景
   明治三十一年より四十年まで十年間に渉る仕事場
 
(170)     詩人ワルト ホヰットマン
         WALT WHITMAN
                            内村鑑三
 
    地と人
 
 米国は大国である、太平洋より大西洋まで、ミシシピ河の源より其河口まで、広袤三百万方哩、其中に世界最大の原野がある、最大の河がある、最大の湖水がある、最大の瀑布がある、其他尚ほ最大と称すべき者が尠くない、米国は多くの点に於て世界最大の国である。
 若し地がある如く人があるとならば米国は大人物を産すべき国である、ナイヤガラの瀑《たき》が人と成つて轟く者、ミシシピの流れが人と成つて灌《みづそゝ》ぐ者、ロッキー山の如く高き者、チェサピーク湾の如く深き人物を産すべきである、而うして米国は今日までの其短かき歴史に於て多くの世界的人物を生じた、政治家としてはワシントン、ジヱフヮソン、フランクリン、リンコルン、宗教家としてはジョナサン・エドワード、文士としてはエマソン、トロー、是れ皆な世界第一流の人物である、米国が世界に向て誇るべき者は其養豚の群ではない、其鋼鉄と銑鉄とではない、其蛛の巣の如き鉄道ではない、誠に其産せし人物である、其、彼等に由て唱へられし自由である、其、彼等に由て施されし人道である、  に曾てカーライルが曰ひし如く、英人の誇るべき者は英領土たる印度に非ずして、其所有たる沙翁の作であるが如く、米国の誇るべき者は其菲律賓群島に非ずして其エマソン集で(171)ある、其ジョナサン・エドワードの神学論である、米国の偉大なるは其沃饒なる原野に於てあらずして、其無私なる政治家に於て在る、其宏濶なる文士に於てある、其神と交はる最も深き宗教家に於てある、若し彼等にして微からん乎、ペルシルバニヤの炭山何かある、ネバダの金鉱何かある、テキサスの水田何かある、カリホルニヤの果園何にかある、ミネソタの麦田何かある、吾人は米国の産せし人物を羨む、其ワシントン府の金庫に堆積さるゝ銹腐る金と銀とを羨まない、前なる者は永久の宝である、後なる者は塵芥と糞土とである。
 
    今の米国人
 
 然しながら惜むべし今の米国人は前の米国人ではない、彼等は今や其天与の富の呑む所となりつゝある、然り、彼等の多数は已に業に其呑み去る所となつた、彼等は今や神と自由とを追求めずして土と金とを求む、彼等は今や天に宝を蓄へんとせずして地に大なる者と成らんと欲する、彼等の理想的人物は今や純然たる地的人物である、コンコルドの哲人に非ずして新聞王ハーストである、石油王ロックフェラーである、政治家としては彼等は自由の戦士たるジェフヮソンの如き者を迎へずして精力の人なるルーズベルトの如き人を仰ぐ、宗教家としては彼等はジョナサン・エドワードの如き高士を尊まずして、「宗教界の成功者」を貴ぶ、主義は今や米国に於て滅びつゝある、歌は絶え、理想は消えつゝある、米国に今響き渉る者はワルデン湖辺より出し文士トローの天然の声ではない、製造所の槌の声である、両換店の貨幣の音である、Does it pay?「果して勘定に合ふ乎」と、是れ今や殆どすべての米国人が何事に就ても提出する問題である、何事も方法と化し、何事も会計吏の手に渡りつゝある、政治は勿論、思想も美術も、然り神学と伝道とまでが弗と仙に由て計算されつゝある、実に米国の今の状態ほど(172)浅ましき者はない、全人類の希望を脊に担ふて起ちし此国と民とは今や羅馬の共和国の取りし滅亡の道に進みつゝある、彼にして亡びん乎、人類は誰に由て自由の光明に入らんとかする、余輩此事を思ひ、太平洋の水に臨み東の方遙かに西太陸を想望する時、又洋底を潜りて余輩に達する電報を読む時に長大息を発すること、幾回なるを知らない。
 
    米国の希望
 
 乍然、神は未だ米国を棄て給はない、彼は今尚ほ予言者を送りて之を警め給ふ、縦し其文士も宗教家も今や奴僕の一種と化し、富豪の門に座して其|案《だい》より落るパンの余屑にて養はれんと欲する者となりしと雖も、ロッキー山の霊は未だ眠らない、ミシシピの魂は未だ尽きない、米国の山野は今尚ほ真個の自由を宿して居る、詩人ブライアントの愛せし森は今尚ほ自由の風に揺るぎつゝある、ワルデンの小湖は今尚ほ天の碧を映して自由の水を湛えつゝある、嗚呼ハドソン、嗚呼デラウェヤ、嗚呼コンネチカット、嗚呼メリマック、汝の水の尽きざる間は汝の岸に自由を尽きざらしめよ、ホヰッチャーを起し、ブライアントを起して止む勿れ、汝の米国を救へよ、而して米国を以て全世界を救へよ。
 
    ワルト ホヰットマン
 
 而して此天職を以て生れ来りし者がワルト ホヰットマンである、純粋の米人、旧世界の痕跡をだも留めず、其骨の髄まで新世界の人たりしは此人である、彼に旧きはなかつた、彼はすべて新らしくあつた、彼に帝王も監(173)督もなかつた、彼に唯平民があつたのみである、彼には過去は無つた、現在と未来とがあつたのみである、彼は貧しき人なりしも大手を揮《ふる》つて人生の大道を歩んだ、彼は純粋の米人であつた、即ち「人」であつた、勲章も位階も何も有たざる、又之を求めざる、然り之を賤めたる「アダムの子供」の一人であつた。
 
    彼の生涯
 
 彼の生涯は実に単純なる者であつた、千八百十九年五月三十一日、ニューヨルク州ロングアイランドなるウエストヒルの父の農舎に生れ、長じてブルックリン市の某新聞社に雇はれ、二十歳にして独力を以て『ロングアイランダー』なる週刊雑誌を発刊し(今尚ほ存す)、猶ほ是に慊らずして再びブリックリン市に出て其『イルグル』新聞の編輯室に入り、此処にやゝ満足なる地位を保ちしが、或る意見の衝突よりして又茲を去り、遠く南方ニューオリン市に遊び、其処に『クレセント』新聞の編輯主任たりしが、北方恋しさに再び故郷に還り、自から小なる書店を開き、同時に又『フリーマン』なる新聞を発行し、茲に彼の終生の事業なる『草の葉』の著作に着手した、然るに南北戦争の始まるありて彼の兄弟の一人の戦地に在りて負傷せしを聞きたれば、直に筆を投じて応援に赴き、彼を野戦病院に看護して健康に復さしめた、然るに多数の同胞の傷と病に苦むを見て還るに忍びず、茲に純然たる看護卒と化し、戦争終るまで戦地に止まつた、後、大統領リンコルンの知遇を得て中央政府に官吏たりしも、暫時にして職を辞し、フィラデルヒヤ市外、カムデンの地に一小屋を借受け、茲に家僕一人と共に淡はき貧しき生涯を送り、千八百九十二年三月二十七日、七十三歳を以て飾りなき彼の一生を終つた。
 以上は彼の外面の生涯である、一平民の平凡なる生涯である、彼の平生を視て誰も彼が世界大の詩人であつて、(174)新大陸の預言でありしことを識らなかつた、衷に大なる者は常に外に小である、彼が外に鳴らないのは衷に深いからである、ホヰットマンは理想的米国人であつた、故に平服と平屋と平食との外に何の慾も望もなかつた。
 
    金銭を賤む
 
 然らば彼の富とは何んでありし乎、勿論金ではなかつた、拝金宗の米国に生れて彼程金銭に淡白なる者はなかつた、彼は幾回か彼の手に落ち来りし有利なる事業を放棄した、彼は曾て曰ふた
  『余は金銭を賤む』
と、彼は弗の表号をすらも知らざりしとの事である、彼の金銭の受取証には$は常に¢と記されしとのことである、米国の繁栄を誇て止まざりし此人は米国の富を弗に於て認めなかつた。
 
    学問の人に非ず
 
 然らば彼の富は学問に於てありし乎と云ふに、爾うでもない、前にも述べし如く彼は学校に於て学んだ人ではない、彼は一つの学位をも有たなかつた、彼の学問は人生の活劇に於て得た者である、故に彼は自から無学の平民を貴んで、鼻眼鏡の下に学問を誇る学者を賤んだ、彼は
  『天真にして気取らざる者』
を愛した、又
  『能力《ちから》ある教育なき人』
(175)を尊んだ、彼は勿論、自身教育の無い人ではなかつた。彼は自修の人であつた、十六歳の時ウォルター スコットの詩集一冊を購ひ、之を五十年間の彼の侶伴としたとのことである、又時には独り海浜に至り、其砂の上に、又樹影の下に、旧新両約聖書、シェクスピヤ、ホーメル、エスキラス、ソフホクリス、ゲーテ、ダンテ等の作を読んだとのことである、彼は常に曰ふた
 『書は之を読む場所に由て其価値を異にす』
と、即ち以上の如き大著述は是れ室内に於て読むべき者ではない、青き海原に面し、青き空の下に、自由の風に吹かれながら読むべき者であるとのことである、彼は又彼の母国の言語の外、別に外国語を解し得なかつた、故にホーマー、ゲーテ、ダンテ等はすべて翻訳書に由て読んだと曰ふて居る、誠に大詩人としては有名なるジョン バンヤンにも劣らざる寡聞浅学の士であつた、然し彼は少しも彼の無学を耻としなかつた。
 
    文才の人に非ず
 
 然らば彼に文才があつた乎と云ふにそれも無かつた、余輩は彼は詩人なりと言ふ、然しながら是れ彼れ自身が自己に就て言ふた所であつて、世が彼に就て道ふたことではない、彼の詩なる者は文学上の如何なる標準に照らして見ても詩ではない、之に韻もなければ、律もない、唯の散文其儘である、亦散文にしても美文ではない、重苦しい所もあれば俗語其儘の所もある、英語を解し得る読者は左の二三の例に由て彼の文体如何を覗ふべきである。
   “I celebrate myself,and sing myself,
(176)   And what I assume you shall assume,
   For every atom belonging to me as good beloongs to you.”
 
   “Walt Whitman,a kosmos,of Manhattan the son,
   Turbulent,fleshy,sensual,eating,drinking and breeding,
   No sentimentalist,no stander above men and women or apart from them,
   No more modest than immodest.”
 
   "O my brave soul!
   O farther,farther saiI!
   O daring joy,but safe! Are they not all the seas of God?
   O fatther,farther,farther saill”
 是れ詩であると云へば詩である、然し普通の意味に於ては如何しても詩でない、詩人コレリッヂの定義に由れば
  『詩は最も美き思想を最も美き言葉を以て表はしたる者なり』
とのことであるが、ホヰットマンの詩なる者は其思想の如何は別問題として、其言葉は決して「美き言葉」ではない、故に詩人スウィンバルンの如きは彼を評して曰ふた
(177)  『泥溝の中に転《まろ》ぶ飲んだくれの婦人の如し』
と、実に職業的詩人の眼には彼は多分爾う見えたのであらふ、然しながら世の文士と批評家とを眼中に置かざりし彼れホヰットマンは斯かる批評には何の注意をも払はなかつた、彼は自から断じて曰ふた「我は詩人なり」と、而して彼は詩を以て万世を化せんとした。
 
    彼の特有物
 
 然らば彼の富は何に於て在りし乎と云ふに、正直なる清き心より出たる理想に於て在つた、彼は詩人の天職を詠じて曰ふた
  『大なる理想が
   噫、我が兄弟よ、大なる理想が詩人の天職なり』
と、而して理想の一点に於ては彼は実に実に豊富であつた、実に理想の一点に於ては彼は詩人中の帝王であつた、余輩の見る所を以てすれば此点に於ては彼は確かに余輩の知るすべての詩人の及ぶ所でない、ウォルズオスも及ばない、ブライアントも及ばない、ダンテ、ゲーテと雖も決して彼の如く豊富でないと思ふ、ホヰットマンの一行は一大思想である、之を伸ばして一長篇となすことが出来る。
 
    彼の詩題
 
 勿論今茲に彼の著作に就てすべてを語ることは出来ない、然れども其如何なる者なりし乎は彼の詩題を一見し(178)て分かる、『草の葉』とは彼が彼の詩集全体に与へし題目である、而して其中に幾箇の部門がある、其一は「自己の歌」である、其第二は「男女両性の歌」である、其他「戦争の歌」がある、「死の歌」がある、「平民国の歌」がある、而して又各部門の中に幾箇の短篇、長篇があるが、多くは別に詩題を設けず、其発端の句を以て名として居る、「平民国の歌」の一を「青きオンタリオの岸に於て」と云ふ、是れ其発端の句である、「死の歌」の中にアブラハム・リンコルンの死を悼める歌がある、彼の作中最も優美なる者の一である、
 “When lilacs last in the dooryaa bloom'd.”
 『丁香花が最後に戸口の庭に咲きし時に』
是れ此優篇の命題である、題、奇抜にして、作、平凡なるが平凡詩人の常である、然れども、題、平凡にして、作、非凡なるが此人の特質である、彼は彼の作を総称して『草の葉』といふた、誠に謙遜なる名である、乍然、謙遜なる丈けそれ丈け深遠且つ雄大である。
 
    彼の目的
 
 今より少しく彼の預言に就て述べんに、(余輩は彼の預言と曰ふて詩想と曰はない、そは彼は詩人であるよりは寧ろ預言者であつたからである)、彼は一つの道徳的目的を以て世に起つた者である、彼は美文を弄するには余りに真面目であつた、彼は彼の作詩の目的の一として曰ふた
  『余が『草の葉』を発刊するに至りし主なる動機は合衆国発展最終の目的は心霊的にして又神人的たらざるべからずとの余の確信に存す、此発展を促し、之を扶くる事……少くとも之に人の注意を惹き、或ひは其必(179)要を感ぜしむる事……是れ此詩集の目的の初にして、其中に其終りなり』
と、前にも述べしが く彼の目的とせし読者は上流社会の人ではなかつた、彼は曰ふた
  『余が此書に於て其始めより終りに至るまで一歩も譲ることなく、余の目的とする所の者は労働の男と労働の女となり』
と、而して
  『彼等に盈たすに強健にして純潔なる人格と宗教心とを以てし、而して彼等に根本的の所有物又常習として善良なる心を供せん』
こと、是れ詩人としての、又た預言者としての彼の終生の目的であつた。
 
    彼の宗教
 
 故に先づ始めに彼の宗教に就て語らふ、人には何人にも宗教が無くてはならない、況して詩人に於てをや、ワルト ホヰットマンにも亦宗教があつた、然し如何なる宗教か、彼は確かに世に所謂基督信者では無つた、彼は屡々明言して曰ふた
  『余は正統派の信者に非ず』
と、而して彼の国人も亦彼を基督信者として認めなかつた、彼等は彼は万有神教徒《パンセイスト》なりと曰ふた、彼はメッタに神と基督との名を用ゐなかつた、彼の詩を通読して彼が宗教家の所謂善男善女の中に加はるべき者でない事は能く分かる、然らば彼は無宗教の人であつたかと云ふに、決して、否な決して爾うでない、彼は真に「神に酔ふた(180)る人」であつた、余りに神と親しかりしが故に無神論者のやうに見えたる人であつた、彼を万有神教徒と嘲けりし米国の基督信者は同じ忌はしき名をエマソンにも与へた、彼等はトローをも、カーライルをも神の予言者として認めなかつた、故に彼等が彼等の中に起りし神の此寵児の真価を認め得なかつたことは敢て怪むに足りない、預言者は常に教会の外に起る、昔時の猶太国に於ても爾うであつた、今の米国に於ても爾うである。
 宗教とよ、ホヰットマンは曰ふた
  『余は曰ふ全世界と空天に懸るすべての星は宗教のためなりと、
   余は曰ふ人は未だ曾て彼がなるべき丈けそれ丈け半分も敬虔ならざりしと、
   何人も未だ曾て為すべき丈けそれ丈け半分も神を拝せず又之を敬まはず、   何人も未だ曾て彼自身が如何に神聖なる乎未来が如何に確実なる乎に就て考ふべく始めもせずと。
 
   余は曰ふ此国の真正の且つ永久の偉大は其宗教にありと、
   之に由らずして真正の且つ永久の偉大あることなしと、
   宗教なくして品性も亦生涯と称すべき生涯あるなしと、
   宗教なくしてまた国も男も女もあるなしと』
神の存在に就て彼は曰ふた
  『余は万物に就て神を見且つ神に聴く、然れども未だ少しも神を解せず、
   余は四六時中、一時として又一瞬間として神に就て或物を見ざる時なし、
(181)   余は男と女との面に於て神を見る、又鏡に対し余の面に於て神を見る、
   余は神よりの書翰《ふみ》を途上に於て拾ふ、皆な神の手を以て署名さる、
   余は之を元の所に遺す、そは余は何処に往くと雖も
   尚ほ他に彼よりの書翰が時を定めて余の手元に達するを知ればなり』
と、彼は真に使徒パウロの如く
  『神に頼りて生き、又動き、又存在することを得し者』
であつた、故に彼は勿論霊魂の不滅を信じた、固く固く信じた、彼は曰ふた
  『余は知る余は不滅なることを、
   余は知る余の生涯の軌道は大工のぶんまわしに由て限らるゝ者にあらざることを、
   余は知る余は小児が焼箸《やけばし》を以て暗中に画く火の輪の如くに消え去る者にあらざることを、
   余は知る余は尊厳なることを、
   余は自己を弁明する為に心を苦めず、又人に了解せられんとせず。
   余の往くべき所は定まれり、確実なり、主は其処に在まして余が彼と同等の権利を以て彼に来るまで余を待ち給ふ、
   大なる仲間、我の恋慕ふ真実の恋人は其処にあり』
 霊魂の不滅と神の愛とに就て是れより強く曰ふことは出来ない、此確言を発し得る者は基督教会内にはメッタに居らない、是れは議論では無い、実験である、実験に止らない、確信である、世には教会の大監督、大神学者(182)にして此確信の半分をも有たない者が沢山居る。
 
    彼の天然観
 
 以上は彼の宗教観である、然らば彼の天然観は如何であつた乎と云ふに、彼は哲学者ではなかつたから彼に組織立つたる天然観はなかつた、彼は彼の標語として
  “Ensemble,Evolution,Freedom”
  『合一、進化、自由』
を掲げて居るが故に、彼の天然観は進化論である乎と云ふに必しも爾うではない、彼は天然の無限大なるを知りしが故に之を小なる博物館に於けるが如くに彼の小なる脳裏に収めんとは為なかつた、彼は唯天然を愛した、非常に愛した、熱切に愛した、深刻に愛した、彼の天然観は寧ろ天然愛であつた、故に天然は彼の熱愛に報ひんが為めに彼女の秘密を彼に伝へた、ワルト ホヰットマンは激甚の愛を以て天然の衷心に逼り其恋愛を贏《か》ち得た者である。
 彼の有名なる一句は左の如き者である、
  『小児あり、其手を拡げ、我に草一茎を齎して曰く草とは何ぞやと、
   我れ如何にして小児に答へんや、我は之に就て彼が知るより以上を知らず。
   我は想ふ、之れ我が天性の旗号なるべし、希望の緑の色にしあれば。
   或ひは想ふ、之れ神の手巾《はんけち》なるべし、
(183)   香水滴らしたる紀念品《かたみ》にして故意《わざ》と途に遺されし者なるべし、
   其隅に持主の名は記されて我等は其、誰のものなる乎を知るを得べし。
   或ひは想ふ、之れ「広き国にも狭き国にも、均しく萌芽し
   黒人の中にも亦白人の中にも同じく発生す」てふ意味を通ずる
   万国共通の象形文字なるべし。
   我は更らに思ふ、之れ墓場に生《は》ふる長くして美くしき頭《かみ》の髪《け》なるべし。
   心して我は汝を手に取るべし、汝、波打たる頭の髪よ、
   汝或ひは若き人等の胸より生へし者ならん、
   我れ若し彼等と識りしならば、多分彼等を愛せしならん、
   或ひは老ひたる人よりなる乎、或ひは母の懐より生れて間もなく取り去られし赤子《あかご》よりなる乎、
   而して今又此所にありて汝は母の懐たり』
 即ち、詩人は曰ふのである、我は草に就て小児が知るより以上を知らず、或ひは是れ希望に傾く我が天性の旗章ならん、或ひは是れ我が恋人なる神が我に拾はしめんとて、其情を※[横目/卓]めたる香水を注ぎ、其名を署して途上に遺せし愛の紀念品ならん、或ひは其、地上到る所に生ふるを見れば、是れ万国共通の表号文字ならん、或は更らに深く思へば、是れ墓場に生ふる頭髪にして、或ひは愛すべき青年男女の胸より生ふる者もあらん、老ひたる人より生ふるもあらん、或ひは母の懐より生れて間もなく取り去られし愛児の身より生ふるもあらん、而して今や草其物が母の懐の代用《かはり》を為して愛児を墓に護りつゝありと、実に深くもあり優しくもある、草一茎に詩人の智識(184)と信仰と愛と情とが※[横目/卓]めてある。
 ホヰットマンが天然を歌ふに方り、彼に何にも大山に登り、大海に臨み、大瀑を聞き、大河を眺むるの必要がなかつた、彼は景色を探らん為めに無用の旅行を企てなかつた、此点に於て彼は天然教の宗祖、英のウォルヅオスと全く赴を異にして居る、彼は撰んで湖水地方に隠退しなかつた、フィラデルヒヤ市外、カムデンの地、デラウェヤ河の流れ広くして深く、大船巨舶の往来する辺に在りて彼は充分に天然と交はり得た、天然とは何も必しも山中の湖水ではない、巌上の桜草ではない、空天高く啼く杜鵑ではない、夜な/\頭上に輝く星も天然である、路辺に生ふる草も天然である、河も天然である、空気も天然である、馬も天然である、鼠も天然である、而してホヰットマンは平民詩人であつたから、彼は平民の眼に接する天然に就て歌ふた、天然を愛すると称して人を避けて山に入り、独り風月を楽む詩人を彼は心より賤んだであらう。
 彼れ曾て家に在て過雁一行、声を放て空天を翔るを聞いた、
  『巨雁一群を率いて暗夜を走る、
   彼は曰ふ、「ヤホンク」と、而して我を招くが如し、
   浅慮の人は之に意味なしと言はん、然れど我は耳を傾けて聞く、
   而して其心意と場所との冬天高く彼処に在るを知る』
 是れ確かにウォルヅオスの杜鵑に寄する語に優さるの言葉である、飛雁は叫鳴を発して詩人を上に招きつゝある、而して詩人は耳を澄して其の招待の声を聞て、其招待の心意《こゝろ》と場所との
  『冬天高く彼処に在るを知る』
(185)と曰ふ、家に座して雁行を聞て天国を懐ふとは此事である。
  『蹄鋭き北方の大鹿、戸口の鴨居に座する猫、鶏雛《ひよつこ》、野犬、   吭々と唸る牝豚の其乳房に犇と取附く豚児の一群、
   半ば張りたる翼の下に雛を隠まふ七面鳥、
   我は見る彼等と我との中に旧き同一の法則の働らくあるを』
 天然物に対する同情は是れより以上に達することは出来ない、獅子とか麒鱗とか、鳳凰とか、孔雀とかに対する頌讃の辞ではない、犬と猫と豚と家禽とに対する同情の歌である、而かも彼等と我との間に同一の天則が働らいて居ると云ふ、人、賤しき乎、禽獣、貴き乎、詩人は勿論言はんと欲した、「神の造りし禽獣は人丈けそれ丈け貴くある」と。
 詩人は又曰ふ
  『我れ我足を以て地を践めば万感一時に湧出す、
   我れ之に就て語らんと欲するも我が力及ばず』
と、彼は洵に昔時のモーセと均しく神前聖き所に立ちつゝあつたのである、此地は到る所、彼に取ては神聖であつた。
 彼は馬に対して曰ふた、
  『牡馬《ぼば》の雄大なる美形我が愛撫に応じて我が前に立つ、
   其額は高く眼の間に広し、
(186)   艶々したる靭《しな》やかなる四足、地を払ふ尾、
   猛威輝く眼、尖りたる耳、
   我れ其上に跨るや其鼻孔は開く、
   其整備せる四足は我等が馳走する時歓喜を以て震ふ。
 
   然れども我は暫時汝を用ふるのみ、我は直に汝を放免す、牡馬よ、
   我れ汝を追越し得るに何ぞ汝の足を藉らんや、
   我は起つも座するも汝よりも遙かに迅く走るを得るなり』
 勿論思想を以てゞある、詩人の思想は電光よりも迅し、名馬も及ぶべきでない、彼は馬を見て喜ぶ、然し之に乗りて遊ばんとはしない、若し走るの要あらんか、座するも能く竜馬を追越し得べしとのことである、天然を愛して之を濫用せずとは此事である。
 彼は又曰ふた
  『余は信ず草の一葉は星の万年の工《はたらき》に劣らざることを、
   蟻も完全なり、砂の一粒、鷦鷯《みそさゞき》の卵子《たまご》、皆な等しく完全なり、
   蟾蜍《ひきがへる》は至上者の最上の食物なり、
   地を匍ふ懸鉤子《きいちご》は天の客間を飾るに足る、
(187)   如何なる機械も我が手の一関節に及ばず、
   頭を低れて草を噛む牝牛はすべての彫刻物に優さる、
   鼠一疋は億万の無神論者を踉蹌《よろ》かすに足るの奇跡なり』
 天然と親交を結びし者は此詩を解するに難くない。
 然しホヰットマンは鳥や獣を歌ふのみにては満足しなかつた、彼は大字宙を歌はんとした、天文学を歌はんとした、地質学を歌はんとした、彼の歌は直に近世科学を襲ふた、雄大なる彼は星雲説と進化論とを詩化せんとした。
  『我れ我が母より生れ来りし前に我に万代の守護ありたり、
   我は胎卵たりし時より未だ曾て眠らざりし、何物も我を埋没する能はざりし、
   我がために星雲は軌道を離れざりき、
   時を経て地層は我が上に積まれたり、
   広大なる植生は我に滋養を供せり、
   巨大なる怪獣は我を其口に咬へて注意を以て我を育めり。
   すべての勢力は我を完成し、我を楽ますために使はれたり、
   而して今此所に在て我は我が強健なる霊を以て立つなり』
 此歌の意味を知らんと欲せば星学と地質学とを学ばなければならない、
スペンサー氏の綜合哲学も、ジョン フィスク氏の宇宙哲学も詩人の此言を敷衍証明せし者に過ぎない、雄大と言はん乎、深遠と言はん乎。
 
(188)    彼の国家観
 
 次ぎは彼の国家観である、而して彼の国家なるものは北米合衆国である、哲学者ならざる彼には彼の空想に画かれたる理想の国家なる者はなかつた、彼はトマス・モーアのやうに大洋の彼方に理想の国家を夢想しなかつた、又博士スタインのやうに先づ国家なる辞に定義を下して然る後に其発達を論じなかつた、直ちに天然を愛して天然を謳ひしホヰットマンは直ちに彼の国を愛して其愛を歌に現はした、彼に取りては理想の国家は後に在るべき者ではない、今、在る者である、北米合衆国は人類六千年間の歴史を継承して、世界の責任を担ふて起つた者である、彼れの国なるが故に貴いのではない、人類の希望を充たすべき国なるが故に尊いのである、宇宙的なる彼は自己のために自国を愛しなかつた、又国のために国を愛しなかつた、世界のために、人類のために、万物発展のために、宇宙進行のために彼は彼の北米合衆国を愛した。
  『青きオンタリオの岸に立ちて、
   我れ過ぎにし戦争《いくさ》と復《かへ》りし平和と、復たび帰らぬ去りにし人を懐ひし時に、
   儼《いかめ》しき風耒《ふうばう》の巨大なる人影《じんえい》我前に現はれ、我を捉らへて曰く
   我がために亜米利加の丹心より出る詩を作れよ、勝利の歌を唱へよ、自由の曲を奏せよ、
   然り、汝、此処を去る前に之よりも更らに力ある、民主国の産出の劬《くるしみ》の歌を謳へよ』
 是れ彼が南北戦争終りし後に、独りオンタリオの湖辺に立ちて亜米利加の霊より聴きし声である、「民主国の産出《うみ》の劬の歌」、産出に伴ふ苦痛、苦痛に伴ふ希望、希望の供する奨励、之を歌ひし者が彼の愛国歌である、彼は(189)合衆国を帆船に擬らへて言ふた、
  『走れよ、善く走れよ、汝、民主国の船よ、
   汝の積荷は価《あたへ》貴し、現在のみならず、
   過去も亦載せて汝の艙中に在り、
   汝の運命のみにあらず、西大陸のそれに止まらず、
   全世界は約めて汝の竜骨の上に浮ぶ、
   「時」は汝に由て進航す、前《さき》の国民は汝に由て浮き又沈む』
 北米合衆国は恁かる国である、全世界を約めたる者、其粋を萃めたる者、エジプトも、バビロニヤも、アッシリヤも、ギリシヤも、ローマも、其後に起りたる旧世界の国々もすべて彼女に在て浮ぶとの事である、而して世界歴史を究めし者は詩人の此言の決して誇大の言でない事を知る、北米合衆国は一時に、他より飛び離れて独りで起つた国ではない、其建設者はワシントン、フランクリン、ジェフヮソンに止まらない、英国のコロムウェルも其建設に与つて力がある、仏国のコリニーも其建設者の一人である、伊国のサボナローラも其土台石の一個である、然り、更らに歴史に遡りて稽ふれば猶太のパウロも羅馬のシーザーも、希臘のペリクリスも皆な悉く合衆国の建設に貢献したる者である、ナイル、ユウフラテス両河の岸に起りし文明が西漸して太平洋岸に達せし者が北米合衆国である、西洋文明の最後の継承者たる此国は其華であり、粋であるべきである、故にホヰットマンは米国詩人の天職に就て言ふた、
  『亜細亜と欧羅巴の不朽の詩人は既に其業を終へて他界に去れり、改行
(190)   今や一事業の尚ほ存するあり、彼等すべての上に出る事是れなり』
 是れ傲慢の言であるやうで爾うではない、弟子は常に其師に優さるべきである、詩にして若し古人に学ぶべき者ならん乎、詩は詩ならざるべし、詩は希望である、予言である、先見である、回顧を主とする支那人の詩が、詞にのみ巧にして、人を奮起せしむる霊能に於て欠くるあるは人の善く知る所である、詩は善く其国を代表する、詩人を知て能く彼を産せし国を知ることが出来る、文豪トローは彼れホヰットマンに就て言ふた「彼は民主国其物なり」と、北米合衆国を身に体せる彼は大胆であり、自由であり、不覇であり、不遜、無礼と見做さるゝ程までに独立であつた、彼が自己を世に紹介せる言に左の如き者がある、
  『ワルト ホヰットマン、小字宙なり、マンハタンの市民たり、
   躁々しく、肉肥え、情強く、食らひ、飲み、繁殖す、
   感情家に非ず、人の上に立たず、又人を離れて立たず、
   不遜にも非ず、亦謙遜にも非ず』
 殉に模範的米国人其儘である、平等は米国の精神である、すべての人をして「人」たるまでに進歩せしむること、夫れが米国の天職であると。
 
    彼の同情性
 
 以上の叙述に由て彼が如何に情の深い人であつたかゞ分かる、犬や猫や豚や七面鳥に対して「同一の法則の我と彼等との間に働らくを見る」と曰ふた人は人に対して深き同情を懐いたる者であつたことは言ふまでもない、(191)実に『草の葉』の全篇に渉りて何物に対しても彼の同情は充ち溢れて居る、是れが彼を第一流の詩人となしたる主なる理由である、彼に優麗の文はなかつた、玄妙の哲学はなかつた、該博の智識はなかつた、然れども彼に深き同情があつた、是れが彼をして詩人たらしめた、実に偉大なるは同情である、深遠なるも亦同情である、同情は人の心を開く鍵である、天然の秘密を探ぐる光である、是れありて多くの欠点を償ふことが出来る、是れなくして文字も智識も死物である、ワルト ホヰットマンは特に同情的詩人である、詩神の心を授かつた者である。
  『大陽が汝を拒絶するまでは我は汝を拒絶せざるべし』
 是れ彼が世のすべての不倖者、異端の徒、救済の希望なき者として人に棄てられし者に対して発せし言である、世の失敗者に対しては彼は言ふた
  『余は高調の音楽を執て来る、喇叭と大鼓とを執て来る、
   余は世が戦勝者と見做す者のためにのみ曲を奏せず、余は亦戦 者のために、亦戦場に斃れし者のために楽を奏す。
 
   汝は人の言ふを聞きし乎、戦に勝つ者は福ひなりと、
   余は言ふ、負ける者も亦福ひなりと、そは勝つも負けるも同じ精神に由ればなり、
   余は斃れし者のために打ち又鳴らす、
   余は余の口を喇叭に当てゝ最高最荘の曲を彼等のために奏す。
 
(192)   敗れし者万歳!
   海に軍艦を打沈められし者万歳!
   軍艦と共に海に沈みし者万歳!
   戦に敗れし将軍万歳!克服されし勇者万歳!
   世に知られたる最大の勇者に劣らざる無数の知られざる勇者万歳!』
 余輩は近世の文学に於て劣敗者に対する是よりも深い同情を知らない、成功者の謳歌を唯一の業とする今の文学者流は此詩人の前に立て漸死すべきである。
 彼が老兵二人の葬儀に会し、彼等を弔ふ辞に左の如き者がある、時は日曜日の夕暮、日は西に没し、月は東に昇る、楽隊は大鼓と喇叭とを打鳴らし悲曲を奏しながら柩を送る、
  『噫、死を送る進行曲よ、汝は我に楽し、
   噫、銀色を以て輝く月よ、汝は我を慰む、
   噫、我が二人の兵卒よ、墓に下らんとする老兵よ、
    我は汝に何を与へん乎。
 
    月は汝に光を供す、
  喇叭と大鼓とは楽を供す、
  而して我心は、噫、 卒よ、老兵よ、
(193)   我心は汝に愛を供す』
 然り、米国の南北戦争に於ても他の戦争に於ての如く、戦死者に音楽を供し、讃辞を供し、名誉を供する者は多かつた、然れども詩人のみ能く愛を供した、彼は他の人の供せざる者を供した、彼は心よりする愛を供した、国に欲しき者は斯かる詩人である。
 ホヰットマンの同情の秘訣は左の言葉に於て現はれて居る、
  『余は傷を負へる人に彼が如何に感ずるやを問はず、余は自身傷を負へる人と成る』
 他人の苦痛を画くのではない、自身痛み苦むのである、彼の粗雑なる文字が強く読者の肺腑を突くは全く是れがためである。
 
    彼の人生観
 
 而かも斯くも同情に富みし詩人は自身は徴頭徴尾歓喜の人であつた、彼に若し人生観なるかのがありしとすれば之を※[口+喜]々的人生観と称するより他に言葉はない、余輩が彼の詩を悦ぶ所以は主として此奪ふべからざる彼の歓喜性に於て存するのである。
  『心に喜び意に適ひて余は生路を歩む、
   余は歩行の処を択まず、余は唯其善なるを知るのみ、
   全宇宙は其善なるを表彰す、
   過去と現在とは其善なるを表彰す、
(194)   如何に美はしく且つ完全に動物はあるよ、
   如何に完全に此地はあるよ、其最微のものに至るまで、……
   善と称ばるゝ者は善なり、亦悪と称ばるゝものも等しく善なり』
 然らば彼に取りては悪なる者は無かりし乎と云ふに、彼は勿論悪の存在を認めた、然し、善のための悪であつて、悪に呑まるゝための善ではなかつた、彼は言ふた、
  『余は黙想の中に宇宙を逍※[行人偏+羊]して、小なる善が徐々として不朽に向て進行くを見る、
   又大なる悪が自から跡を絶ち、消え且つ失せ行くを見る』
 善は小且つ弱なりと雖も不朽に赴き、悪は大且つ強なりと雖も自滅に終る、善は慕ふべきである、悪は恐るべきでない、全宇宙の赴く所は善である、悪ではない、悪の存在は嬉々的人生観の抱懐を妨げない、故に詩人は又言ふた、
  『地は善なり、星は善なり、彼等の附属物は皆な善なり』
 ホヰットマンは又カーライルのやうにすべての善き事を過去に於て見んとしなかつた、彼に取りては「善き時」とはコロムウェル時代ではなかつた、ワシントン時代ではなかつた、黄金時代は過去に於て無かつた、今在ると、彼は言ふた、
  『億々年を経て我に来りし此時、
   之に優さりて善き時はなし、而して今は其時なり』
 而して此地を楽み現在を楽しみし彼には死の恐怖は寸毫もなかつた、彼には実に死なるものはなかつたのであ(195)る、此地が既に生掛たる以上は、死しで此地に葬られるのは生に呑まれるのである、故に彼は言ふた、
  『余は余の身を塵に委ぬ、余の愛する草となりて復たぴ生え出んがためなり、
   若し汝、復たび余を見んと欲せば之を汝の靴の下に探れ』
 注意して路を歩めよ、汝は余を践まんも計られずとの事である、必ずしも天に昇るの要なし、此地既に神の楽園なりと、世に楽天主義ありと雖もホヰットマンのそれの如く嬉々たり又快々たるはない。
 
    米人の待遇
 
 米国人は彼等の中に降り来りし此絶大の詩人を如何にして迎へし乎と云ふに、侮蔑、嘲笑、誹謗、罵辱を以て迎へた、千八百五十五年、詩人が自から植字して『草の葉』の第一版を出せし時に、売れしもの僅かに十二冊、而して進呈本の多数は其中に罵辱、嘲誚の言を記入されて著者に突戻された、曰く是れ野蛮人の文字なりと、曰く泥酔者の誑言《たはごと》なりと、普通の人でありしならば此待遇に失望して永久に筆を収めたであらふが、嬉々的人生観を懐く吾人の詩人は少しも之を意に介せず、其年の夏は暑を海浜に避け、宇宙の大気に接して更らに大に養ふ所あり、涼風到りて都市に帰り来るや、彼は記して言ふた。
  『余は余自身の定めし法式に由り余の詩的企業を以て前進するに決心せり』
 詩人は元来勇者である、筆執る繊弱《かよわ》き文人ではない、亜米利加の丹心《まごころ》を歌はんとせし詩人ワルト ホヰットマンは米国人の冷遇に辟易しなかつた。
 然し二三の米国人は彼の天才を認めた、而して其一人はコンコルドの哲人エマソンであつた、其他の一人はエ(196)マソンの友人なるトローであつた、リンコルンも亦後に『草の葉』の著者に会して、
  『彼は洵に人らしき人なり』
との評を下した、偉人は偉人を知る、然り、偉人のみ能く偉人を知る、米国の社会も教会も此大詩人を措て問はざりし時に、当時の米国の精華たりし此等の三人は此人に於て天来の大予言者を見た。
 予言者は其故郷其家の外に於て尊まれざることなしと云ふ、ホヰットマンも予言者の数に漏れず、彼の故国の米国に於て疎まれて洋の彼方の欧洲に於て尊まれた、英国に在てはカーライル、ラスキン、コンウェー等の一団は彼の天才と偉大とを認めた、テニソンの如きも早く彼を迎へ、終生彼の友となりて存した、テニソンが毎年、年改まる毎に太西洋の西岸にある彼の詩友に送りたる短信は左の如きものであつた、
  『敬愛する老ひたる人よ、君よりも更らに老ひたる余は君に新年の慶賀を贈る』
 仏国に在てはブランク夫人、彼を彼女の国人に紹介し、独逸に在てはライグラート氏同一の任に当り、伊国に在てはネンチオーネ氏、彼をダンテの国人に紹介した、而して最後に彼に耳を傾けし者が彼の国人たる米人である、彼はカムデンの寓居に在て老ひて老を養ふに資なく、僅かに友人の寄贈に由て其寡欲なる生活を続けた、而して千八百九十二年三月二十七日、彼れ何の悪意を挟むことなく、一点の恐怖を懐くことなく、嬉々快々の声を遺して、此世を去るや、彼の葬式を司りし者は基督教会の監督に非ず、又其牧師、伝道師、神学博士に非ずして、無神論者の首魁と見做されしロバルト・インガーソル其人であつた、彼れ「無神論者」のインガーソル、詩人の貧と病に苦むを聞くや、フィラデルヒヤ府に詩人慰撫のための演説会を開き、八百余弗を醵金して之を彼に贈つた、其演説の一節に曰く
(197)  『ワルト ホヰットマンは大なる理想を夢みたり、大なる真理を語りたり、荘厳なる思想を言表はせり、諸君が『草の葉』と題する書を読まるゝ時に諸君は太古時代の自由を感ぜらるべし、太初の声を聞くなるべし、元始《はじめ》の大詩人の声を聞くなるべし、大濤と大風の声の如き元始的の声を聞くなるべし』
 而して此の荘大の言を発して後二年、詩人の終に世を去るや、同一の「無神論者」は同一の雄弁を揮ひ、此大詩人を頌揚した、其|終結《おはり》の一言は是れである、即ち
  『偉人は死せり、偉大なる米国人は死せり、此共和国の最上の市民は今や死して吾人の前に在り』
 而して「無神論者」に由て葬られし詩人ホヰットマンは無神論者でなかつた事は前に述べた通りである、彼は今の米国人に解せらるるには余りに偉大であつた、彼と彼の国人との間に天壌も啻ならざる差があつた、彼は絶対的自由を慕ふに彼等は名義のみの自由を愛する、米国の少女は欧洲の貴族に嫁して爵位を以て己れの名を粧はんとする、米国の宗教家は己れの信仰を他人の上に強ひて伝道の成功を誇らんとする、米国民全体は階級制度を廃せしと称して、今や人類が未だ曾て見しことなき程の貧富の階級を自己等の中に作り出した、斯かる民に取りてはホヰットマンは確かに「野蛮人」である、「泥酔せる狂人」である、余輩は米人が此詩人を斥けたことを怪まない、斥けられし詩人の名誉である、斥けし米人の大恥辱である。
 然しホヰットマンは毫も彼の国人を恨まなかつた、彼は世に解せられざるを詩人当然の運命と信じた、国と詩人との関係に就て彼は左の如くに言ふた、
  『国に詩人現はるれば国は終に進んで彼を接《うく》るに至るべし、此事に関し憂慮を懐くの要なし、
   詩人が詩人たるの証明は彼が彼の国を消化せし如く彼の国が彼を消化するまで厳格に延期せらるべし』
(198) 然り、米国人も終に此詩人を解するまでに進歩するであらふ、然し詩人は国民の理想まで下るべきではない、国民は詩人の理想まで上るべきである、米国人が其詩人ワルト ホヰットマンの理想に達する時に彼等の中に軍艦増設の声は上らざるべし、異人種排斥の説は立たざるべし、而してミシシピは静かに海に向て流れ、金に代て真の神は拝せられ、平和と恩寵とは両洋の間に溢れて、全世界は米国人に由て理想の楽土と成るであらふ。
 
        WHAT IS GRASS?
 
   A child saidI What is grass? fetching it to me with full hands;
   How could I answer the child? I do not know what it is any more than he.
   I guess it must be the flag of my disposition,out of hopeful green stuff woven.
   Or I guess it is the handkerchief of the Lord,
   A scented gift and remembrancer designedly dropt
   Bearlng the owner's name someway in the corners,that we may see and remark,and say Whose?
   Or I guess it is a uniform hieroglyphic,
   And it means,Sprouting alike in broad zones and narrow zones,
   Growlng among black folks as among white.
   And now it seems to me the beautiful uncut hair of graves.
(199)   Tenderly will I use you curling grasses,
   It may be you transpire from the breasts of young men,
   It may be if I had known them I would have loved them,
   It may be you are from old people,or from offsprlng taken soon out of their mothers’laps,
   And here you are the mother's laps.
 
〔全種編集者の注記、単行本『櫟林集 第壱輯』のこの場所には「札幌県鮑魚蕃殖取調復命書并ニ潜水器使用規則見込上申(旧作)」が収められているが、本全集では1巻に収録し、ここには再録に際しての付言のみを収めた〕
内村生曰ふ、文は意を為さゞる所多く、今より之を見て他人の作を読むの感あり、然れども余は余の今日の事業に対して恁かる練習を経しを感謝す、書中載する所の鮑魚の卵子を初めて顕微鏡下に発見せし時の如き、余は歓懐措く能はず、感涙滂沱として下り、直ちに祝津《しくづし》村の西方に聳ゆる赤岩山の巓に登りE々たる日本海に臨み独り万物の造主なる真の神に感謝の祈祷を捧げたりき、日本官吏の上申書に聖使徒保羅の言を引きしが如き、蓋し歴史有て以来此公文書を除て他に未だ曾て無き所なるべし、山と海とを造り給ひし神は此時既に二十七年後の余の今日の小事業あるを知り給ひしが如し。      
 
(200)    哲学に関して熊と八との問答
 
熊「オイ、八、貴様は哲学に賛成か?」
八「哲学とは全体何んだい」
熊「俺も善くは知らねいが、何んでも哲学とは熊は八でない、又八は熊でないと云ふことださうだ」
八「ソンナ事か、それならば俺は哲学には不賛成だ」
                 (独逸マチアス・クラウデウスより)
 
〔全種編集者の注記、単行本『櫟林集 第壱輯』のこの場所には、楽天生「我が家」、くらはし「梅が香」の二篇が収められている−略〕
 
    商売成功の秘訣
                            かしはき生
 
 商売成功の秘決とて別にありません、すべての高貴なる事業の成功の秘訣と少しも異なりません、即ち成功を急がない事であります、成功を求めない事であります、成功しようとて焦心らない事であります、成功は之を天に任かし、己れは日々為すべき事を正直に為すことであります、即ち古への聖賢の白せし
  凡て汝の手に堪ふることは力を尽して之を為すべし(201)との言を守り、誠実に之を実行することであります、即ち成功を度外視して商売に従事する事であります、爾うすれば成功するものならば真正に成功します、失敗しまするものならば立派に失敗します、成功必しも名誉ではありません、失敗必しも恥辱ではありません、卑しき手段を以て為したる成功は恥辱であります、潔き手段を以て取つたる失敗は名誉であります。
 世には金を溜めんと欲する人が饒多《あまた》あります、然し是れ望んで出来ない事であります、金を溜めんと欲して金は溜まる者ではありません、金が若し溜まりまするならば自然に溜まるものであります、溜める金と溜まる金との間に多くの差違があります、僅かに「め」と「ま」との差違でありまするが、然し其間に天地の差があります、溜める金は無理に溜める金であります、世間に対しては義理を欠き、雇人に対しては慈悲を欠き、我身の自由修養をまで欠いて溜めた金であります、それは溜めたのでなくつて盗んだのであります、金を溜めたとは申すものゝ実は災害を我と我家とに積んだのであります。
 之に反して溜まつた金は自然に溜まつた金であります、為すべき事を為して溜つた金であります、之れは正直なる労働の報酬として天が降したものであります、故に感謝して受くべきもの、又受けて何の危険もないものであります、爾うして天は必ず正直なる労働に酬ひます、私共は金を溜めんと焦心るべきではありません、働らいて天が恵を降し給ふ其時を待つべきであります。
 今の人の大抵は商売は戦争の一種であるやうに思ひ、機に乗じ計略を運らし、狡猾《こす》く、機敏《すばしこ》く出でなければ成功は望めないやうに思ふて居ります、然し是れ大なる間違であります、商売は正業であります、戦争ではありません、戦争は他を殪して成功するものであります、然し商売はすべて他の正業と同じく他を益して己も益する者(202)であります、害を他人に加へざれば己れは成功する能はざるやうな、そんな事業には決して従事すべきではありません、「己れ達せんと欲すれば人をも達す」と申します、商売を戦争と見ること程謬つた思考は無いと思ひます、所謂「商戦」と称しまして、他を突倒し、其失敗に乗じて己れ利益を収めんとしまする、実に人は鬼であります、爾うして多くの商売人は鬼であります、斯かる人々に永久の成功と幸福との来りやう筈はありません。
 商売成功の秘訣は志士仁人の心を以て此業に従事する事であります、米国の大統領リンコルンの申しましたやうに
  何人に対しても敵意を挟むことなく万人に対して善意を懐いて
此正業に従事する事であります、それで成功が来ないものならば成功を求めません、然しそれで成功の来ない筈は無いと信じます、謹んで茲に此事に関する私共の意見を披瀝致しまする。
       ――――――――――
 
     御ことわり
 
 本輯予告の百頁に達せず、故に口画三枚を副へて之を償はんとせり、読者の諒察を乞ふ。
 
〔全種編集者の注記、単行本『櫟林集 第壱輯』のこの場所には、‘NEBULAR HYPOTHESIS.’が収められているが、本全集では1巻に収録した〕
 
(203)     〔幸福なる生涯 他〕
                     明治42年2月10日
                     『聖書之研究』106号「所感」
                     署名なし
    幸福なる生涯
 
 人あるを知らず、神あるを知るのみ、明日あるを知らず、今日あるを知るのみ、何の計画をも立てず、唯、全力を尽して手に来ることを為す、斯くして歳は始まり、歳は終る、我は知る、我は此世よりして既に永生を享楽しつゝあるを。
 
    完全なる此世
 
 此世は不完全極まる世なりと云ふ、然り、身の快楽を得んがためには実に不完全極まる世なり、然れども神を識らんがためには、雨して愛を完うせんがためには余輩は之よりも完全なる世に就て思考する能はず、忍耐を練らんとして、寛容を増さんとして、而して愛を其極致に於て味はんとして、此世は最も完全なる世なり、余輩は遊戯所として此世を見ず、鍛錬場として之を解す、故に其不完全なるを見て驚かず 偏へに之に由て余輩の霊性を完成せんと計る。
 
(204)    我を護る者
 
 我を護る者は軍隊に非ず、法律に非ず、社会の輿論に非ず、教会の同情に非ず、我を護る者はヱホバの神なり、彼は其聖霊を以て我心を護り給ふ、彼は其愛を我が友人に降して彼等をして我を助けしめ給ふ、彼は我が敵の企図を挫きて彼等をして我に害を加へ得ざらしめ給ふ、彼れ我を護りて我は安全なり、世は縦し無政府となることあるとも、社会に制裁絶えて悪人は恣まゝに悪を行ふとも、彼れ我を護りて我は安全なり。
 
    国のために祈る
 
 愛国は唱へられて国は愛せられず、腕力は日々に加はりて意力は日々に萎縮す、外敵を千里の外に破りて、内敵に自由の本城を渡せり、神よ、此国を憐み給へ、我等をして敵に対して強きが如く自己に対して強からしめ給へ、国として大なるが如く人として大ならしめ給へ、国に優りて爾を愛して誠に国を愛さしめ給へ、我等の間に多くの義人を起して此国の基礎を其民の堅固なる良心の上に築かしめ給へ、アーメン。
 
    文明の解
 
 文明は蒸汽にあらず、電気にあらず、憲法にあらず、科学にあらず、哲学にあらず、文学にあらず、演劇にあらず、美術にあらず、人の心の状態なり、人を尊む乎、真理を愛する乎、主義に忠なる乎、正義に勇なる乎、責任を重ずる乎、義務に服する乎、文明の程度は是等の諸問題に由つて決せらる、文明は人の霊魂に在り、装飾と(205)器具と便宜とに存せざる也。
 
    信仰難
 
 人は容易に人を信ず、物を信ず、人の定めし制度を信ず、政治家を信ず、宗教家を信ず 金と銀とを信ず、銅と鉄とを信ず、政府と教会とを信ず、然れども容易に神を信ぜざるなり、彼等は容易に目に見ゆるものを信ず、然れども目に見えざる者は容易に之を信ぜざるなり、パウロ曰く
  見ゆる所の者は暫時にして見えざる所の者は永遠なり(哥林多後書四章十八節)
と、人は彼が信者なると不信者なると、愚者なると智者なるとに関はらず、見ゆる暫時的の者は容易に之を信じ、見えざる永遠的の者は容易に之を信ぜざるなり。
 
    損失の利益
 
 一友人を失ふは更に他により善き友人を得んがためなり、一事業に失敗するは更らに他により貴き事業に成功せんがためなり、壊《くち》る此世の物を失ふは壊ざる天に宝を積まんためなり、失ふは得ることなり、損失なくして利徳あることなし、損失は恒に利徳の前駆なり 損失の我等に臨む時に、我等は感謝して、希望を以て之を迎ふべきなり。
 
(206)    処世の途
 
 余輩にも亦処世の途あり、至て簡短なり、活ける神を信ずる事なり、其指導を仰ぐ事なり、其霊を我霊に受けて罪悪の世と闘ふ事なり、之に十字架あらん、骨肉と友人との反逆あらん、然れども其達する所は明白なり、危険なるが如くに見えて最も安全なる途なり、窄《せま》しと雖も直し、之を探ぐるに多くの智識を要せず、盲者も能く之を辿るを得べし、余輩は世に屈曲極まりなき虚偽の世路を探ぐる者多くして此直道を選む者尠きを怪むなり。
 
    寥々たる信者
 
 一尾の鱈は四百万粒の卵子を胚胎すと雖も其中生育して完全の鱈と成る者は三四に過ぎず、※[木+解]林は歳毎に数斛の実を産すと雖も、其中生長して再び実を結ぶに至る者は甚だ稀れなり、人も亦然らざらんや、キリストを慕ふて来る者は多し、キリストの為めに苦まんとする者は尠し、キリストを主よ主よと呼ぶ者は多し、キリストと共に苦《にが》き杯を飲まんと欲する者は尠し、真に信仰を持続して荊棘の冕を着て天国に進入する者は甚だ尠し、聖書と天然とは余輩の実験を証明して曰ふ、夫れ召さるゝ者は多しと雖も選まるゝ者は尠しと(馬太伝二十二章十四節)。
 
    困難の歓迎
 
 人に来る事はすべて我にも来よかし、疾病も来よかし、重税も来よかし、骨肉の反逆も来よかし、友人の裏切(207)も来よかし、世の無慈悲なる批評も来よかし、社会の冷酷なる待遇も来よかし、是れ皆な人に来る事なり、惟り我にのみ来らざるの理あらんや 我は独り神の寵児として存在せんことを欲せず、人に来るすべての悪事を身に受けて人と共に悲み、又人と共に、神の恩恵を仰がんと欲す、困難は我をして神に接近せしめ、又人に鍛接せしむ、困難は我の単独を破り、我をして人類の一員たらしむ、尊むべきかな困難!
 
    雷霆の神
 
 平静数月に渉りて奇跡は止み歌は絶ゆ、我は思ふ我は神なくして能く存在するを得るなりと、然るに青天霹靂として雷霆の我が心思を撃つありて我が眼は覚め、我が祈祷は揚る、而して我が声に応じて奇跡の我がために行はれ、援助の思はざる辺より我に臨むや、歌は再び我が唇に浮び、詩は再び我が筆より走る、平和の神は又擾乱の神なり、彼は新たに自己を我等に示さんがために屡々雷霆を以て我等に臨み給ふ、ベテスダの池に水の動くは天使の其中に降りてなり、我等の平和の擾さるゝは我等に恩恵の臨みしに因る(約翰伝五章一−四節)。
 
    読書と智識
 
 書を読んで事を識る能はず、書は事を紹介し又起想せしむるに過ず、事を行てのみ能く之を識るを得るなり、智識は実験なり、所謂博学の士にして何事をも識らざる人多し、読書家を識者と見るは非なり、余輩の知る最も無智なる人は読書の外、何事をも為さざる人なり、百聞一見に若かず、千読一行に及ばず、深く事物を識らんと欲して万巻の書を渉猟するの必要一つもあるなし。
 
(208)    イエスと教会
 
 イエスは神の国を建んとせり、然れども其弟子等は之を為す能はずして之に代へて教会を建たり、彼等はイエスに効ふ能はざりし、故に彼を神と崇め奉りて遠くより之を拝したり、斯くて彼等は教会を持続して今日に至り、イエスを主よ主よと呼びて其旨に従はざるなり。
 然り、イエスは神なり、神なるが故に効ふべき者なり、そは効ふべからずして拝すべき者は神に非ずして偶像なればなり。(トマス・デビツドソンの思想に依る)
 
    福音と基督教
 
 キリストの福音が此世と和合せし者、之を基督教と称す、其制度となりて現はれし者が基督教会なり、其学問となりて修められし者が基督教神学なり、二者の煩雑なるは和すべからざる者が相和せしに因る、福音は透明にして水晶の如し、福音、濁世の偽和する所となりて教会と神学との必要起りたり、福音にして其固有の単純に復せん乎、教会と神学との必要は失せて、預言者ヱレミヤの言は事実となりて顕はるべし、曰く
  其時、人、各自、其隣人と其兄弟に教へて、汝、ヱホバを識れと亦言はじ、そは小より大に至るまで悉く我を識るべければ也とヱホバ言ひ給ふ(耶利米亜記三十一章三十四節)。
 
(209)     キリストの血に就て
                     明治42年2月10日
                     『聖書之研究』106号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 新約聖書は所々にキリストの血の効力に就て記して居る、キリスト御自身の言葉としては左の如きものがある、
  イエス曰ひけるは誠に実に我れ汝等に告げん、若し人の子の肉を食はず、其血を飲まざれば汝等に生命なし、夫れ我が肉は真正の食物、又我血は真正の飲料なり、我が肉を食ひ、我血を飲む者は我に居り、我も亦彼に居る(約翰伝六章五十三−五十六節)。
 然し、キリストの血の効力に就てはキリスト御自身よりは彼の弟子等に由て多く述べられて居る、使徒行伝に於て、書翰に於て、黙示録に於て此事に関する言辞は決して尠少くない、
  主の己が血を以て買ひ給ひし所の教会(使徒行伝二十章二十八節)。
  今、其血に頼りて我等義とせられたれば、況して彼に由て怒より救はるゝことなからん乎(羅馬書五章九節)。
  我等其血に由り、贖、即ち罪の赦を得たり(以弗所書一章七節)。
  今はキリストイエスに在れば曩《さき》に遠かりし汝等はイエスの血に由りて近づけり(仝二章十三節)。
  其十字架の血に由りて平和をなし云々(哥羅西書一章二十節)。
  血を流すことあらざれば赦さるゝことなし(希伯来書九章二十二節)。
(210)  新約の中保なるイエス及び其灑ぐ所の血(仝十二章二十四節)。
  汝等が贖はれしは……疵なき汚《しみ》なき羔の如きキリストの宝血に由ることを知る(彼得前書一章十八、十九節)。
  其子イエスキリストの血、すべて罪より我等を潔む(約翰第壱書一章七節)。
  彼等は……曾て羔の血にて其衣を滌ひ、之を白くなせる者なり(黙示録七章十四節)。
  我等の兄弟は羔の血に因りて之(悪魔)に勝てり(仝十二章十一節)
 キリストの血を以て買はれたりと云ひ、キリストの血を以て贖はれたりと云ひ、キリストの血に由て平和を得たりと云ひ、キリストの血を以て滌はれたりと云ひ、キリストの血を以て潔められたりと云ひ、キリストの血を以て救はるゝと云ひ、キリストの血を以て悪魔に勝つと云ふ キリストの血の効力は千殊万様である、新約聖書記者の心よりキリストの血を取去て、福音の勢力のすべてが取去られるやうに感ずる。
 聖書がさうであるから、聖書より出しと称する基督教会の神学も信仰も亦キリストの血を高調して止まない、キリストの血、キリストの血と、敬虔と云ひ、熱信と云ひ、すべて此標語に聯結して居るやうに見える、基督信者の信仰に於けるキリストの血の効力は最も著しく詩人カウパーの有名の作なる「イムマヌエルの血」の讃美歌に於て顕はれて居る、其邦文に訳されし者は左の通りである、
   一、みめぐみあふるゝ イマヌエルの
       ちしほのいづみに つみをあらへ
     じふじかのうへの ぬすびとすら
(211)       このいづみをみて よろこびけり
   二、われらもいづみを ふかくくゞり
       くれないのつみを みなあらはれん
     かみのこひつじの ながせるちの
       きよむるちからは かぎりあらじ
   三、しゆにたよるたみの みなひとしく
       きよめらるゝまで ながれたえじ
     われいけるときも しにてのちも
       イマヌエルのちを たゝへうたはん
 然しながら斯くも呶々《くど/\》しと思はるゝ程までにキリストの血の功徳を述べて居るが、其何たる乎、或ひは何故たる乎は之に由て少しも解らない、血と云へば其中に何にか惨憺たる所があつて、悲哀の情が加はり、之を口に唱ふる者は何にやら特別に深くキリストを愛するやうに聞える、乍然、是れ僅かに感情に止つて道理ではない、キリストの福音は深き感情を惹起す者であるが、然し、素々人の感情に訴へて彼を動かす者でない、「率《いざ》我等共に論らはん」と神は今尚ほ人に向て言ひ給ふ(以賽亜書一章十八節)、「論らはん」とは道理に訴へて議論を闘はさんとの意である、キリストの脇より流出《ながれいで》し血と水とを見て甚く心を動かせし者は十字架の側に立ちし婦人等である、乍然、其血は何を意味する乎、其血は如何にして万国の民を救ふ乎、如何なる意味に於てすべて我等の罪を潔むる乎、是れ感情ではなくして道理の問題である、我等はキリストの血と其潔めとの明白なる意味を知らんと欲す(212)る、我等は何故にキリストの宝血が我等を救ふか、其理由を知て、深く其救拯に与らんと欲し、又深くキリストの贖罪の恩恵を感得せんと欲する。
 言ふまでもなく血は血である、赤血球と白血球と血漿との混合物である、其点に於て牛の血も羊の血も人の血も何の異なる所はない、余輩は憚らずして言ふ、其点に於てはキリストの血とて余輩の血と異らない、血は血である、キリストの血とて血である、血は如何なる物の血でも又如何なる人の血でも罪を滌はない、罪は心の事である、体の事ではない、血はたとへ之に浸されても人の罪を滌はない、縦へキリストの血であるとするも血其物は、即ち物質的の血は人の罪を潔めない、其事は誰が何と云ふとも確かである、余輩はキリストの脇より流出し血其物に何の効力をも認めない。
 然れば何故にキリストの血、すべて我等の罪を潔むと云ふのである乎、何故に聖徒は彼の血にて其衣を滌ひ、之を雪の如く白くなせりと云ふのである乎、何故にキリストの血は信徒に取り無上の効力があるのである乎、是れ我等の特に知らんと欲する所である。
 新約聖書に謂ふ所の血の何たる乎を知らんと欲せば、之を旧約聖書に於て探らなければならない、血なる言葉は旧約に於て何を表号して用ゐられし乎、其事を先づ究むるの必要がある、而して此事たる、すべての宗教の根底義たる犠牲の何たる乎に渉る問題であつた、宗教上の最大問題であるが故に、今茲に委細に論ずる事は出来ないが、然し、左の三ケ条の、旧約聖書に顕はれたる血に関する明白なる事実であることは誰も疑ふことは出来ない、
  一、血は生命であること、
  二、血を流すとは生命を棄つることである事、
(213)  三、血を灑ぐとは生命を他に移すことである事。
 一、血は生命であるとのことは明かに旧約に示してある、肉の生命は血に在りと、即ち血其物が贖罪をなすのではない、血の中に生命が存する故に贖罪をなすのであると、生命は血を離れて存在する者である乎否やの問題は今茲に之を論究するに及ばない、我等はただ昔時のユダヤ人が血を生命の所在と認めたといふ事を知れば足りるのである、生命は血に於てある、故に血は神聖である、血を流すことは大罪悪である、蓋は是れ生命を奪ふことで、即ち殺すことであるからであると、此事を心に留めて、旧約聖書の左の言葉を解することが出来る、
  凡そイスラエルの家の人、又は汝等の中に寄寓《やど》れる他国《よそくに》の人の中、血を食ふ者あれば我れ(ヱホバ)其血を食ふ人には我面を向けて攻め、其民の中より之を断去るべし、そは肉の生命は血にあれば也、我れ汝等が之を以て汝等の霊魂のために壇の上にて贖罪を為さんために之を汝等に与ふ、血は其中に生命のある故によりて贖罪をなす者なれば也(利未記十七章十、十一節)。
 即ち犠牲はイスラエルの家の人等に由て無意義に献げられたのではない、之に或る深き心霊上の意味があつた、犠牲は言葉の如き者であつて心意の一種の表号であつた、神に生命を献ぐとの意義を以て牛や羊や犢が献げられたのである、表号は心意を顕はすには足らない、如何なる表号と雖も充分に且つ完全に心意を顕はすことは出来ない、貞操は松を以ては充分に且つ完全に表はされない、然し松は貞操の善き表号である、悔ひたる砕けたる心の状態は之を壇の上に屠られたる犠牲の獣を以てしては充分に且つ完全に表はすことは出来ない、乍然、犠牲は儀悔の最も善き表号である、生命は血に在ると固く信ぜしイスラエルの人は神の前に獣の血を流して己の生命を神に献ぐるの意を表した、人が此世に於て為すことはすべて表号に過ぎない、而かも表号に強いのと弱いのと、(214)深いのと浅いのとがある、而して犠牲は心の悔改を表はすための最も強い且つ深い表号である。
 二、生命は血に於て在る、故に血を流すことは生命を奪ふことである、即ち死することである、或ひは殺すことである、而して罪を犯して死せざるを得ない、罪を犯せる霊魂は死ぬべしと(以西結書十八章四節)、血を流す事あらざれば赦さるゝ事なしと、ユダヤ人の信ぜし所に由れば罪と流血(即ち死)との間には必然的関係があつた、使徒パウロも亦此信仰を変へなかつた、彼は曰ふた罪の価は死なりと(羅馬書六章二十三節)。
 三、生命は血の中に在る、而して生命は又之を他に伝へることが出来ると、是れ又ユダヤ人の信仰の一つであつた、彼等は信じた、神は其生命を人に伝へることが出来る、人は其生命を他の人に伝へることが出来る、禽獣も亦其生命を人に伝へることが出来ると、所謂|潔礼《きよめのれい》とは此信仰に基ゐて起つたものである、即ち潔き鳥の血を籟病より潔められんとする者の上に七回灑げば其人は潔められたりとの事である(利未記十四章三−七節)、此場合に於ては潔き鳥の生命が病める人の体に移りて、其人は潔められたりとの事である、即ち今日の言葉を以て言へば茲に血清療法が行はれたのである。
 以上は血に関するユダヤ人の見解であつた、其、吾人今日の見解と赴きを異にするは言ふまでもない、ユダヤ人に取りては生命はすべて一つであつた、人の生命も禽の生命も獣の生命も皆な一つであつた、故に是等は相互に交換することが出来ると思ふた、彼等には又吾人に於けるが如く、肉的生命、智的生命、霊的生命と云ふが如き区別はなかつた、彼等に取りては生命は唯一つであつた、パウロの左の言の如きは此辺の消息に通ずるにあらざれば解らない、
  若しイエスを死より甦らしゝ者の霊、汝等に住まば、キリストを死より甦らしゝ者は、其、汝等に住む所の(215)霊を以て汝等が死ぬべき身体をも生かすべし(羅馬書八章十一節)、
 即ち霊的生命は肉的生命となりて働らくべしとの事である、生命の一元説は古くよりユダヤ人の信ぜし所である、今日の科学を以てしては未だ充分に証明することは出来ないが、乍然すべての哲学が一元論に傾きつゝある今日、決して輕忽に附すべからざる信念である。
 (一)血は生命である (二)血を流すことは死することである (三)血を人に灑ぐことは其人に生命を頒つことであると、以上が血に関するユダヤ人の思想であつた、而して此思想をキリストの生涯の事実に通用したものが新約聖書に顕はれたるキリストの血に関する思想である。
 キリストの血とはキリストの生命である、而して人の生命は其人自身であるから、キリストの血と云ふはキリストと云ふと同じである、キリストの血に由て救はるゝとはキリストの生命に由て救はるゝと云ふ事であつて、又キリストに由て救はるゝと云ふと同じである。
 又血を流すとは死すると云ふ事であつて、死に伴ふすべての苦痛をも合せていふ、故にキリストの血に頼りて義とせらるとか、又は十字架の血に由て平和を得たりとか云ふ場合には「血」は「流されし血」と解すべきであつて、死と之に伴ふ苦痛を指して謂ふのである。
 「我血は真正の飲料なり」と云ひ、「新約の中保なるイエス及び其灑ぐ所の血」と云ふ場合に於ては、血は永久にイエスより流れ出る生命であつて、之を受けて復活あり、又永生ありと云ふのである、「我血は真正《まこと》の飲料なり、……我血を飲む者は我に居り、我も又彼に居る」と云ふは同じ約翰伝の四章十四節に
  我が予ふる水を飲む者は永遠に渇くことなし、且つ我が予ふる水は其中にて泉となり、湧出て永生に至る(216)べし
とあると、唯、血と云ふと水と云ふとの違があるのみで其根底の意味は同じである、故に黙示録二十二章十七節に於ては此水を称して「生命の水」といふて居る、血と云ふと水と云ふと生命と云ふと終る所は同じである。
 キリストは如何にして人を救ひ給ひし乎と云ふに、犠牲の言葉を以て此問に答へて曰へば、
  彼は自己を神の祭壇の上に捧げ、自から罪祭の礼物《そなへもの》となりて其血を流し、神に対しては其怒を宥め、人に対しては其罪を担ひ、以て人を神の前に執成し給へり
と、倫理の言葉を以て答へて曰へば、
  彼は完全に人たるの本分を尽し、死に至るまで神を怨まず、人を愛し、彼の身を以て神を人に示し、人を神に導き給へり、而して彼れ死して彼の構神(彼の場合に於ては聖霊と称す、霊的生命なり)益々人に伝はり、彼は今尚ほ彼の精神(霊的生命)を以て彼を信ずる者の中に在りて生き給ふ
と、ユダヤ人の祭事《まつり》の慣例《ならはし》より全く脱却する能ざりし新約聖書記者等は犠牲の言葉を以てキリストに関はる彼等の霊的実験を述べたのである 然れども此慣例に何の干与《かゝはり》なき吾人は斯かる言葉に接して其意義を探ぐるに甚だ困むのである、吾人は之を今日の吾人の言葉に翻訳して読なければならない、古人の言葉を文字通りに解釈して吾人は大なる誤謬に陥らざるを得ない。
 乍然、茲に一つ注意すべき事がある、即ち吾人が古人の言葉を吾人今日の言葉を以て解き去らざらんこと、其事である、即ち吾人の浅薄なる思想を以て古人の深淵なる思想を読了せざらんこと、其事である、今人の理想的なるに対して古人は写実的であつた、殊に古代のユダヤ人は爾うであつた、理想は空想に傾き易く、随て皮想(217)に走り易い、精神と云へば一時の活気なりと思ひ、生命と云へば肉体の精力である乎の如くに想ふ、然し、精神とは斯かる浅薄なる者ではない、生命とは斯かる薄弱なる者ではない、精神は聖霊である、神より出る真正《まこと》の生命である、若し生命を血と称して迷信に傾く惧があるならば、血を単に生命と解して浅薄に流るゝの危険がある、霊的生命は単に生命としてイエスの身より流出るのではない、彼が紅き温き生血を流して其結果として彼より流出て吾人の中に在て永生と成るのである、斯の如くにして古人の言葉を今人の言葉に訳して読むの必要があるが、其れと同時に又今人の思想を古人の言葉を以て言表すの必要がある、我等は誠にキリストの血に由て贖はれ又潔められ、又救はれるのである、人間の不完全なる言葉を以てして、我等に在りて成就げられたるキリストの救拯を言表さんとするに之に優さりて適切なる言葉はないのである、我等がキリストに由て救はるゝと云ふのは哲学者に由て思想の新光明に引出さるゝと云ふ事とは違ふ、キリストが我等に予へ給ふ生命は世の所謂る元気でもなければ又活気でもない、是れは深い静かなる霊であつて、真の真、実の実である、我等は之を聖霊と称し奉る、即ちキリスト御自身である、彼の人格の本体であつて、すべての生命の精髄である。
 尚ほ一つ注意して置くべきことがある、其れは救拯に両面のあることである、即ち消極的并に積極的の両面のあることである、救拯は其一面に於ては罪の消滅である、他の一面に於ては生命の供給である、前者は一時的であつて、後者は永久的である、聖書の言葉を以て言へば我等は先づ我等の反逆を医されなければならない(何西阿書十四章四節)、是れが所謂る贖罪である、罪は死を価ひする者であるが故に我等罪より救はれんと欲すれば、自身死に当る乎、然らざれば或る他の者が我等に代て死の苦痛を嘗めなければならない、然しながら救拯は此れ丈けにては成就げられない、死を免れし罪人は更らに義とせられければならない、即ち正義の生命の供給を受け(218)て自身、義人と成らなければならない、医術の言葉を以て曰へば患者は第一に病根を取除かれなければならない、第二に之に続いて滋養物の注入に由て生活力を加へられなければならない、而して血を流す(shedding)は罪を除くために必要であつて、血を濯ぐ(sprinkling)は新生命を注入するために必要である、キリストの施されし救拯にも又此両面があつた、彼は血を流して彼を信ずる者の罪を除き給ふた、彼は又彼等の上に彼の血を灑ぎ給ふて彼等を永久に活かし給ふ、十字架の血に由て民を贖ひ給ひ、彼より流れ出る血に由て彼等に永生を予へ給ふ。
 今、以上の二つの注意を以てキリストの血に関する新約聖書の言葉を読むならば其意味は較《やゝ》明瞭になるであらうと思ふ。
 「人の子の血を飲まざれば汝等に生命なし」と云ふは、イエスの生命を受けざれば生きて神の子たる能はずとのことである( 約 六〇五十三)。
 「主が己が血を以て買ひ給ひし所の教会」とはキリストが十字架上の死を以て其罪を除き給ひし所の信徒の団体との意であつて、血は此場合に於ては前に述べし救拯の第一の意義に於て解すべきである(使徒行伝二十章二十八節。以弗所書一章七節も同じやうに解すべきである)。
 「今、其血に頼りて我等義とせられたれば況して彼に由て怒より救はるゝ事なからん乎」 「今」は此場合に於ては「既に」と解すべきである、既に其血に頼りて我等の罪を除かれ、義人として神に納けられたれば(第一義)、況して今より後|終末《おはり》の裁判の日に至るまで、彼の生命の供給を受けて、潔められ且つ活かせられて終に神の子となりて救はるゝことなからん乎との意である(羅馬書五章九節)。
 「今はキリストイエスに在れば曩に遠かりし汝等はイエスの血に由りて近づけり」 曩に異邦人たりし汝等は(219)今はイエスの生命、即ち子たる者の霊を受けてアバ父よと呼びて神に近づくを得たり云々(第一義に解す、然れども第二義の其中に含まれあるを見る。以弗所書二章十三節)。
 「其十字架の血に由りて平和を為し云々」 神、反逆《もと》れる者を其子の死に由りて己と和がしめ云々(哥羅西書一章二十節)。
 「父なる神、福音に順はしめ、イエスキリストの血に灑がれしめんとて云々」 信者に就て謂ふ、「イエスの血に灑がれしめん」とは「イエスの生命に与からしめん」との意である、基督者とならしめんとて、イエスと共に恥辱と栄光とを担はさしめんとて云々(彼得前書一章二節)。
 「其子イエスキリストの血すべての罪より我等を潔む」 キリストの生命我等の中に降り、血清療法的に我等を潔むとの意である、即ち光明は来りて闇黒を逐ひやり、正義は来りて不義を消し、生命は来りて死を滅《ほろぼ》すとのことである、キリストの血が不可思議的に我等を潔むと云ふのではない、実際的に新勢力を以て汚れし我等を潔むとのことである、聖ヨハネは茲に単に宗教的信仰を述べて居るのではない、実験的事実を語つて居るのである(約翰第壱書一章七節)。
 以上は解釈の実例に過ぎない、同じやうに新約聖書に於けるキリストの血に関するすべての章節を解釈することが出来ると信ずる、要するに聖書はキリストの血に於て不可思議的効験を認めない、之に触れやうと、染らふと、浸されやうと、血其物に何の効力もない、迷信と情動とを嫌ひし聖書記者は特に血の神秘的了解を避けんとして居る、其最も善き例は希侶来書の記者である、彼は曰ふて居る
  若し牛及び羊の血、又|牝犢《わかきめうし》の灰と雖も之を汚穢《けが》れたる者に灑ぎて其肉体を潔むることを得るとならば、況(220)して永遠の霊に由りて瑕なくして己を神に献げしキリストの血は汝等に活ける神に事へんがために死の行を去らしめて其心を潔むることを為さざらん乎(希伯来書九章十三、十四節)。
 即ちキリストの血が吾人をして死せる意義なき外形的の行を去らしめ、進んで吾人の心を潔むる所以は、彼が永遠の霊に由て瑕なくして己を神に献げたからであるとの事である、彼の血其物に不可思議的の能力が存して居るからではない、彼が純愛を以て之を神の前に流したからであると、即ち血の貴きは之を注ぎし精神に因るとのことである。
 要するにキリストの福音は聖霊供給の福音である、吾人が潔めらるゝのも聖霊に由てゞある、永遠に救はるゝのも聖霊に由てゞある、「聖霊の供給」、福音の目的は之を以て尽きて居る、之を血と云ふも、水と云ふも、パンといふも唯言葉を変へて同じ事を言ふまでゞある、「子たる者の霊」、如何にして之を人に予へん乎、如何にして之を己に受けん乎、是れ神に取り、人に取り、最上、最後、最大の問題である、而して
  其子イエスキリストの血すべて罪より我等を潔む
と聞いて吾人はアーメンと応へ、心の中に躍り喜び、迷信的にあらず、然ればとて又空想的にもあらず、事実中の事実、真理中の真理として此|音信《おとづれ》を受け、深き新らしき意味を附して古き讃美を唱ふるのである、
   主にたよるたみの  みなひとしく
   きよめらるゝまで  ながれたえじ
   われいけるときも  死にてのちも
   イマヌエルの血を  たゝえうたはん。
(221)       ――――――――――
   編者曰ふ、此問題に附着する他の大問題は人格に関する問題なり、人は果して其人格即ち霊的生命を他に移転するを得る乎と、聖書は勿論得ると教へ、近世心理学も亦得ると唱ふるが如し、更らに後日を待て論ずべし。
 
(222)     満全の幸福
                     明治42年2月10日
                     『聖書之研究』105号「寄書」
                     署名なし
 
 基督教を信ずるは幸福なりし、然れども教会に由て之を信ぜしは不幸なりし、若し教会に由らずして基督教を信ずるを得しならば満全の幸福なりしならん、我等は不幸中の幸福に与かりしのみ、基督教は信ずべかりき、然れども教会には入るべからざりしなり、己れ人に為られんと欲する事は亦人にも其如く為よ、我等は他人をして満全の幸福に与からしむべき也。路加伝六章三十一節。
 
(223)     人生の目的と之に達する途
        (一月十日柏木今井館に於て)
                     明治42年2月10日
                     『聖書之研究』106号「講演」
                     署名なし
 
  ピリボ彼に曰ひけるは主よ我儕に父を示し給へ、然らば足れり、イエス彼に曰ひけるはピリポよ、我れ斯く久しく汝等と偕に在りしに未だ我を識らざる乎、我を見し者は父を見し也、何ぞ父を我儕に示せと言ふや(約翰伝十四章八、九節)。
  汝等聖書に永生ありと意ひて之を索ぬ、此聖書は我に就て証《あかし》する者なり(仝五章三十九節)。
  人、若し我を遣しゝ者の旨に従はゞ此教の神より出づるか又己に由て言ふなるかを知るべし(仝七草十七節)。
 人生の目的は碑を識るに在る、其他に無い、金を溜めるのではない、人に誉められるのではない、哲学と美術とを楽むのではない、神を識るに在る、是れが人生の唯一の目的である、此目的を達せずして人生は全く無意味である、真正の夢である、此目的を幾分なりと達せずして最も成功せる生涯も失敗である、我儕は歳の始めに方て、復たび此事を深く々々心に留むべきである。
 人生唯忘目的は神を織るに在る、而して神を識る唯一の途はキリストを識るに在る、神は哲学の研究に由ては解らない、天然の観察に由ても解らない、歴史も文学も神の誠に何たる乎を教へない、キリストのみ能く神を(224)伝へ給ふ、キリストを識ることは神を識ることである、「我を見し者は神を見し也」と、実にさうである、神は絶対的実在物なりと言ふたりとて神は解らない、神は万物の造主なりと言ふたりとて神は解らない、神は父なりと言ふたりとて未だ能く神は解らない、神はキリストの如き者である、即ち実際的に言へばキリストは神なりと言ふて神は最も善く静かる、是れは議論でもなければ哲学でもない、是れは実験である、而して神は実物であるからキリストなる実現物に由らなければ解らない、キリストを離れて神を識らんとするは不可能事である、他の事はキリストに由らずして解かる乎も知らない、然れども神のみはキリストに由らなければ解らない、キリストは神の唯一の示現者である、キリストは洵に人が神に至るの途である、故に彼はトマスに曰ひ給ふた、
  我は途なり……人、若し我に由らざれば父の所に往くこと能はず
と(約翰伝十四章六節)。
 人生唯一の目的は神を識るに在る、而して神を識る唯一の途はキリストを識るに在る、然らば如何にしてキリストを識らん乎と云ふに、其途は二つある、其第一は聖書を探るにある、「此聖書は我に就て証する者なり」とキリストは曰ひ給ふた、聖書を探らずしてキリストを識ることは出来ない、単に新約聖書に止まらない、聖書全体を探らなければならない、創世記より黙示録までを探らなければならない、新約のみではない、旧約も亦キリストに就て証明する者である、実に旧約を探らずしてキリストは解らない 今の日本の信者がキリストを識ることの至て浅いのは彼等が旧約を読むこと至て尠いからである、新約は旧約と相待てキリストに就て証しする者である、旧約は新約の根である、土台石である、旧約を識らずして新約は解らない、解ると思ふのは迷想である、旧約を以て一たび固まれる良心を打砕かれなければ新約の恩恵に有難味を感ずることは出来ない、旧約は人の宗(225)教心を深くする者である、旧約の供する下拵を経ざれば人は真正にキリストの教に与かることは出来ない。
 キリストを識る第二の途は其旨に従ふことである、即ち其明白なる教を実行することである、此事を為さずして聖書の研究も吾人をキリストの善き弟子となすに足りない、キリストは実行的にのみ識ることが出来る、吾人今日の弊害はキリストに就て学ぶこと余りに多くして彼の旨に従ふこと余りに尠いことである、若し従ふとすれば教会に出席するとか、僅かばかりの慈善金を出すとか云ふことに止て、此世を拒み十字架を担ふて彼に従ふと云ふ根本の教訓に於て彼に従はない、而かも斯くなして幾年間教会に列らなり、聖書講演会に出席するもキリストは解らない、キリストを解らんとすればキリストと共に此世の憎しみを受けて彼と偕に十字架に就かなければならない。
 実《まこと》にキリストに従はんとせずして基督教を究むるは害有て益は無い、神の真理は之を行はなければ吾人の心の中に在て激烈なる毒と成る、霊魂を救ふべき福音の霊薬は行為を以て之を消化せざれば返て霊魂を亡す毒素と化す、是れ実に恐るべき事実である、而して否むべからざる事実である、キリストに対して最も激烈なる反対を唱ふる者は全くの不信者ではない、一たびは厚く彼を信じ、彼を心の中に迎へ奉つた者である、然るに彼の旨に従ふ能はずして彼に反くや福音は其人に取り耐え難き苦痛となり、為めに彼をして之に反抗せしめ、終には之を罵詈せしめ、嘲弄せしむ、実に慎むべきは実行の固き決心を以て取掛らざるキリストの福音の探究である、天国に登り行く道は又地獄に下り行く道である、慎みても尚ほ慎むべきは十字架を担ふの決心を以てせざる遊び半分の基督教の研究である。
 然らば我儕は今年何を為さん乎、以上の四つのことを為さんと欲する、之を重複すれば左の如し、
(226)  第一、人生唯一の目的たる神を識ること。
  第二、神を識るためにキリストを識ること。
  第三、キリストを識るために聖書を探ぐること、殊に旧約聖書を探ぐる事。 
  第四、キリストの旨に従ふこと、即ち十字架を担ふて彼に従ふこと。
 余は諸君が今年履行すべき事項として以上の四ケ条を諸君に献上する。
 
(227)     無謀の信仰
        (一月十七日、今井館に於て)
                     明治42年2月10日
                     『聖書之研究』106号「講演」
                     署名なし
 
  多くの人々イエスと偕に行きしが、イエス顧みて彼等に曰ひけるは、凡そ我に来りてその父母、妻子、兄弟、姉妹また己れの生命《いのち》をも憎む者に非ざれば我が弟子となることを得ず、又その十字架を任《おは》ずして我に従ふ者は我が弟子となることを得ず、汝等、誰か城を築かんに先づ座して其費この事の竣《な》るまでに足るや否やを計らざらん乎、恐らくは基を置《す》ゑて之を成し能はずば、見る者皆な嘲笑ひて、此人は築始《きづきかけ》て成し遂げざりしと曰はん、又王いでゝ他の王と戦はんに、先づ座して此一万人をもて彼れが二万人に敵すべき否やを籌《はか》らざらん乎、もし及《しか》ずば敵なほ遠《へだ》たれる時に使を遣はして和睦を求むべし、然れば此の如く爾曹その所有を尽く捨てざる者は我が弟子となることを得ず(路加伝十四章廿五−卅三節)。
 此時イエスの人望は益々揚り、天国の建設と其栄光を聞て人々益々彼に心服するに至つた、故に誰も彼もイエスの弟子と成らんと欲し、今や彼がエルサレムに上らんと欲するに際し、多くの人々は彼の後に従ひ、彼が天国を建設するに際して其恩恵に与からんとした、其時イエスは振回りて己に従ふ人等に路加伝の茲に在る言葉を語り給ふたのである、即ち彼等が天国の建設に伴ふ栄光にのみ目を注いで、之に達する費と犠牲とを思はざりしが(228)故に此警告を彼等に向て発し給ふたのである。
 而して其時さうであつて今も尚ほさうである、多くの人はイエスと天国とを理想して之にあこがれて彼に来る、彼等は想ふクリスチヤンとなることは美なることである、天国を建設するは立派なることである、故に我もクリスチヤンと成り、我も力を天国の建設に尽さんと、然れども彼等は此理想に達するに必要、欠くべからざるの費と苦闘《くるしみ》とを算へないのである、而して予め己の実力を計らずして此理想に向て出立して、彼等は中途にして疲れ又倦み、終に目的に達し得ずして世の嘲笑を己が身に招き、又一たび拒みし此世と和睦せざるを得ざるに至て大なる恥辱を己に取るのである、恰も遠くより富士山を望んで其美を賞し、之を歌に謡ひ詩に吟じて、既に富士山は己が所有である乎のやうに思ふなれども、サー愈々登山となると六合目七合目に至て力尽き、見すぼらしくも登山を果し得ずして帰り来りて友人の嘲ける所となると同然である、富士山は洵に美である、乍然、富士山に登るのは容易でない、如何なる弱虫でも富士山の賞讃者となる事が出来る、乍然、健脚者のみ能く富士山に登るを得て天下の眺望を楽む事が出来る、其如くキリストと其の建て給ふ天国は洵に立派である、乍然、すべての所有《もの》を尽く捨つるの勇気と覚悟とのある者のみ能く彼の弟子と成り、天国の栄光に与かることが出来る。
 実にキリストの弟子となりクリスチヤンとなることは容易の事ではない、
  凡そ我に来て其父母、妻子、兄弟、姉妹、又己の生命をも憎む者に非ざれば我が弟子と為ることを得ず
 「父母を憎むにあらざれば云々」とのことである、我国の多くの漢学者は今日まで幾たびとなく此言葉を引いて基督教を罵つた、是れ人倫を乱す教であると、而して又多くの意気地のない基督教の教師伝道師輩は此攻撃に耐えずして「憎む」と云ふ言葉を「より少く愛する」とか何んとかモット軽い意味に於て解釈せんとした、乍然、(229)憎むは憎むである、若しキリストが非倫を語りたりと云ふならば止むを得ない、キリストは茲に明白に「其父母、妻子、……を憎むにあらざれば」と曰ひ給ふたのである。
 キリストが不孝を奨励しない事は聖書の他の所を見て瞭かである(馬可伝七章一−十三節を見よ)、然るに此キリストが父母をさへ或時は憎むにあらざれば彼の弟子と為ることを得ずと曰ひ給ふたのである、彼は勿論茲に非倫を教へ給ふたのではない、彼の弟子となるの非常の困難を示し給ふたのである、即ち場合の要求するあれば人の最も捨難き情をも捨つるにあらざれば彼の弟子と為るを得ずと曰ひ給ふたのである、而して実際、幾人《いくたり》の人が情実に惹かされてキリストを棄てたか、実に数ふべからずである、先祖の墓に対して済まないとか、妻子の行末が案じられるとか、兄弟姉妹の反抗が劇しいとか云ふ理由の下に一たび信じたキリストを捨去つた者は我国に於ても沢山ある、彼等とても始てキリストを見た時には最も美はしい心を以て彼に従ひ奉つたのである、然しながら意志薄弱、情実纏綿に勝ち得ずして、終に又元の不信者と成つたのである、実に憐むべきである、彼等はイエスに従ふに先んじて己の力量を測らなかつた、故に此恥辱を己が身に招いた。
 而してキリストを棄去つた後の彼等の状態は什麼である乎、世には笑はれ、意気は鎖沈し、其後の状態は前の状態よりも遙かに悪くある、殊に一たび棄てし世と和睦を結ぶの見苦しさよ、純然たるクリスチヤンたる能はず、然ればとて純然たる俗人たる能はず、クリスチヤンの理想を心の中に蔵すと称して実際は世人同様に行はざるべからず、世に見苦しき者とて堕落信者の如きはない、
  塩は善き物なり、然れども塩其味を失はゞ何を以て之に味を附けんや、田にも糞《こえ》にも益なく外に棄てらるゝなり(卅四、五節)。
(230) クリスチヤンと成ることは洵に善い事である、余輩は何人もクリスチヤンと成らんことを願ふ、然し軽々しく成らんと欲することは甚だ危険である、反て身と霊魂とを滅すに至る、クリスチヤンとならんと欲するに大なる覚悟を要する、大なる城を築かんと欲するのであるから、決心の資本を充分に蓄へてから之に取掛るべきである、又強き敵と戦はんとするのである、故に奮闘犠牲を決心して戦場に臨むべきである、教会に入て妙齢女子と共に讃美歌を歌はんと欲し、宣教師牧師等の庇保《おかげ》に与からんと欲し、或ひは少しく進んで家庭の幸福、社会国家の改良位ひを目的としてイエスの弟子と成らんと欲する者は、其希望は全く失望に終り、大なる恥辱を身に招きて再び立つ能はざるに至る、殷鑑多く目前に有り、謹みても尚ほ慎むべきである。
 
(231)     冬休み
                     明治42年2月10日
                     『聖書之研究』106号「雑録」
                     署名 主筆
 
〇年が年中、聖書の事にのみ携はつて居るから年に一度は聖書の事を忘れんと思ひ、一月は本誌に代へて櫟林集の発行と定め、クリスマス号の発送を終りしと同時に聖書の日課的攻読は之を中止し、註解書と希臘文典とは深く之を書棚の奥に閉込めて、爰に一ケ月間の冬期休業に入つたのである、机上に残りし者はホヰットマン詩集一冊、火燵に持運びし者は平家物語全部、其他は書籍無用と決心し、誠に面白く過ぐる歳末歳姶を過した。
〇所が機会《おり》も機会、独逸にて余輩の著書が新たに版を重ねしとの故を以て其出版会社より少しばかりの金を遙か日本東京の隅なる柏木村の余の許にまで送り越し呉れたれば、何か面白き事に之を使はんと思ひしに、恰かも好し長くより心掛け居りし房州小湊なる日蓮上人誕生の地に到らんとの念浮出し頃なりければ、此目的を実行するに決し、聖夜節前四日、即ち十二月の二十一日、隣家の而かも同じ独逸国の人なるグンデルト氏と共に連れ立ち、爰にベツレヘムならぬ僧日蓮の誕生地目懸けて柏木の地を立つた。
〇途は両国橋停車場より上総の大原まで汽車を取り、大原より所謂ガラクタ馬車にて勝浦を経て小湊に至るのである、房州境に至りし頃は日は全く暮れ、途は険はしく、車は危く、為めに歩行して馬車の後押《あとおし》しながら進み、有名なる「お仙転がし」の悪所に到れば、海上一面に花綵《フエスツーン》を懸けしが如くに燈火の列なるを見た、是れなるは(232)期節の烏賊釣舟の海に浮ぶのであつて、其美くしさ紙にも筆にも尽し難し、去年神戸沖に有りしと云ふ観艦式も是には及ぶまじと思はれた、然し彼れなるは人を殺すための艦列であつて、是れなるは人を活かすための舟列である、余は彼れなる偉観を見ざりしことを悔いない、是れなる美観を目撃せしことを喜ぶ。
〇夜、晩くなりて小湊に着き、翌朝の風景を夢みながら眠に就いた、明くれば十二月二十二日冬の真最中に在て房州の海辺は春の日和である、鴎は波に浮び、花は路傍に絶えず、山に常盤木繁りて得も言はれぬ風景であつた、誕生寺は後の事になして、先づ日蓮得度の地なる清澄山に登つた、天津の湊より一里半、海上一千尺余り、道すがら思ふた、六百年の昔、十二歳の薬王麻呂が其父に伴はれて此阪を上つたのであらふと、絶頂に達し、先づ日蓮が旭日に向て始めて題目を唱へし所なりと云ふ朝日の森に入り、後、清澄寺を隈なく探り、多くの歴史的感想に充たされ、二人沈黙の中に山を下つた、其れより西へ二里、小松原の忍鏡寺に至り、其処に日蓮迫害の旧蹟を見た、此辺到る処日蓮の古蹟である、日運の袈裟を掛けしと云ふ松、日蓮が其岸に夜を明かせしと云ふ小川、日蓮が傷を洗ひしと云ふ井戸、何んでも、かんでも日蓮である、実に偉らいことである、然かし活きたる日蓮は一人も見当らない、仏教に於ても基督教に於けるが如く、残りしものは唯墓と寺と名とばかりである、憐れむべし勇敢なる日蓮は今は上人として拝まれ、大菩薩として崇められる丈けであつて、其活きたる精神は少しも働いて居らない、小松原に東条景信の剣を受けしと云ふ数珠《ずゞ》は示さるゝが、同じやうに数珠を振つて法理を拡めやうとする日蓮宗の僧侶は居らない、袈裟掛の松の下に日蓮の銅像は安置されてあるが、同じ浄衣の裏に烈火の如き信仰を宿す法華経の行者は居らない、古今東西変ることなし、信仰が宗教と化する時に生物が化石と成りしと同然、実に憐れなる者である。
(233)〇忍鏡寺を辞して再び野に出づれば嶺岡の山は春を宿し、太平洋の水は暖を送る、雲雀は畑に降り、蜜柑は庭園に実る、活きたる人は活きたる天然より善くある、然し、活きたる天然は死したる寺や教会よりも遙かに善くある、碧なる山に対し、青き空天の下に、徐かに車を軋《きしら》せて余輩は其日古蹟探見以上の快楽を感じた。
〇其夜は又小湊に一泊し、翌日、大風を冒して誕生寺に至り、寺僧の厚待を得て又数々の古物を見、激浪のために鯛の浦に大魚の群がるを見る能はずして、其儘海に添ふて帰途に就いた、後は歩行と人事と汽車とにて夜遅く柏木に帰つた、クリスマスに際し、ユダヤのベツレヘムに行かずして房州の小湊に行いた、然し、縦しベツレヘムに行いたとしても別に変つた事は無かつたらふと思ふ、眼に触るゝ者は寺院と迷信、今や活きたるキリストは活たる信者の心に生れて、ユダヤの山地には生れ給はない、古蹟探見は美はしき天然と接見するために価値がある、古蹟其物は石である、寺院である、教会である、昔しの支那人の詩にあるやうに
   唯碧水の流るを見る
   曾て黄石公無し
   歎息す此人去て
   蕭条として徐洒空しきことを
である、唯、涙の種とる計りであつて、奮進の心は更らに起らない。
〇家に帰て後はクリスマスが来り、海の四方より友人の愛が来り、歳の終りは余輩に取りては相も変らず楽しくあつた、余輩は思ふた、歳の終りに斯くも恩恵が溢るゝならば、況して生涯の終りに於てをやと、聖書は教へて曰ふ「明日の事を思煩ふ勿れ」と、然り、歳末の事を慮煩ふ勿れ、終末の事を慮煩ふ勿れ、唯手に来る事は力を(234)尽して之を為すべきである。
〇新年に入つてよりは陣を火燵に張りて平家物語の楽読に耽けつた、日本文も斯くも美はしく書けるものかなと独り嘆美を続けた、然し、美くして悲しとは此文学である、是を読んで勇気は起らない、
  裟婆の栄花は夢の夢、楽み栄えて何にかせん、人身は受け難く、仏教は合ひ難し、此度|奈裏《ないり》に沈みなば、他生広劫《たじやうくわうごう》をば隔つとも、浮び上らんこと難かるべし、老少不定の境なれば年の若きも頼むべからず云々、
 仏御前の此言葉に接して余輩は消入るばかりに感じた、是れは来世の希望に勇気を鼓したのではない、現世の悲しさに来世を夢みたのである、和文の美なるは希伯来文の剛強なるに若かない、平家物語は冬休みの読物としては適当であるが、戦闘の日の咏吟としては全く不適当である、余は他日此書に就て余の批評を試みやうと思ふが今は是れ丈言ふて置く。
〇一月の二十日に約束通りに櫟林集第壱輯を出し、特愛詩人ワルト ホヰットマンを友人に紹介して詩人に対する余の義務の一部分を果たせしやうに感じた、余は実に今より彼のやうなる生涯を送りたく欲ふ、詩は作れずとも、彼が詩を作りし其精神を以て聖書を研究しやうと欲ふ、彼が自から
  余は正統教会の信者に非ず
と断言したやうに余 同じ事を断言する、彼が米国の基督信者に不信者のやうに思はれしやうに、余も日本国の基督信者に不信者と見られて少しも苦くない、余は彼の持ちしやうなる「善き心」を持ちたく欲ふ、余は彼の持つたる「嬉々的人生観」を余の所有となしたく欲ふ、余は今より後、ビーチャーや、ムーデーの迹を逐ふまいと欲ふ、ワルト ホヰットマンの迹を逐ふて、彼のやうに余の教主なるイエスキリストに従ひたく欲ふ。
(235)〇斯くて一ケ月の冬休みが済んで、愈々例月の原稿日と成つて、久し振りにて聖書を取出して見れば、嗚呼、旧き懐かしき友人よ、余は彼を接吻するを禁じ得なかつた、ホヰットマンの詩集も善くあるが聖書は更らに善くある、余は再び聖書を手にして久振りにて故郷に帰つて来たやうに感じた、さうして飢えたる人が食に就くが如くに熱心以て再び聖書の研究に入つた、而して筆の走ることいつもより迅く、何の苦もなく本誌第百六号は成つた、諺に曰く
  空腹は良き食慾興進剤なり
と、時に霊魂に空服を感ぜしむるは其消化力を増すの一策である、余は今年冬休みを実行して大に余の霊魂を健かにした、其味に慣れて又今年の八月も同じ断食を為さうと欲ふ、読者も返て歓ぶであらふ、余輩に取りては是れ最上の生命《いのち》の洗濯である。
 
(238)     【春を迎ふ 他】
                     明治42年3月10日
                     『聖書之研究』107号「所感」
                     署名なし
 
    春を迎ふ
 
 人生の貴きは之に春あるが故なり、多く春を楽みし者、之を長寿と言ひ、少なく春を味ひし者、之れを短命と称す、春は生命なり、又復活なり、春は天国の降臨なり、「爾国《みくに》を臨《きた》らせ給へ」、然り、春を臨らせ給へ、而して裕かに春の恩恵に浴して其真意を覚らしめ給へ。
 
    最善の思想
 
 最善の思想は最初の思想なり、天真の深き泉より爛漫として湧き出る思想なり、之に思考を加へて濁らざるを得ず、所謂深慮と称し再思熟考して天真の思想は人為の劣策と化す、最上の智慧は義人の本能なり、学者の提説に非ず、余輩が詩人を尊んで神学者を賤むは是れがためなり、民の声を重じて政治家の議論を軽んずるも亦是れがためなり。
 
(239)    我の祈願
 
 我は詩人たるべし、神学者たらざるべし、我は預言者たるべし、祭司たらざるべし、我は労働者たるべし、所謂教役者たらざるべし、我は自由の人たるべし、規則の人たらざるべし、我は自己と自己の衷に宿り給ふ神の外に我が権能を求めざるべし、我は神と共に独り世に立つべし、人と其定めし制度に拠らざるべし 我は神に使はるべし、人に又人を通うして使はれざるべし、我は元始の人の如くなるべし、即ち神の友となりて彼と偕に歩むべし、我は神の恩恵に由り斯く為し又斯く成らんと欲す。
 
    聖書と他の書
 
 ブラウニングは深し、然れども聖書は之よりも遙かに深し、ダンテは大なり、然れども聖書は之よりも遙かに大なり、ゲーテは偉なり、然れども聖書は之よりも遙かに偉なり、彼所に智識あらん、然れども此所に智識の本源はあり、彼所に自由はあらん、然れども此所に自由の根底はあり、彼所に天才はあらん、然れども此所に神と聖霊とあり、彼れ若し枝なれば是は幹なり、彼れ若し註解なれば是は本文なり、彼は人の書にして是れは神の書なり、人類が彼を超越する時は来るべし、然れども聖書が超越せらるゝ時は永久に来らざるべし。
 
    読書と苦痛
 
 人は我に就て言ふ、彼れ多く読みたれば多く語るを得と、然れども我は自己に就て言ふ、我れ少しく苦みたれ(240)ば少しく語るを得と、目に読んで筆に綴るは易し、心に苦んで文字に顕はすは難し、而かも我は深く我神に感謝す、我も亦少しく苦むを得たれば少しく人生の事実を語るを得るを。
 
    教会と国家
 
 教会、国家と相和して教会は腐れ国家は衰ふ、教会、国家と相対して教会は栄え国家も亦栄ゆ、教会は素と是れ church militant なり、「対塁せる教会」と称す、此世に対して常に詰責の態度に居り、之を警め、之を導くべき者なり、教会、国家と和するは、監査役、重役と和するが如し、会社は是れがために傾く、国家も亦終に是がために倒れざるを得ず。
 
    鳥と人
 
 雀は群を為して地に餌を拾《ひら》ひ、相共に※[口+周]《さえず》り相共に語る、然れども日を指して登る雲雀は独り歌ひ、晴空に翔《か》ける鷲は独り飛ぶと、若し然らんには集会を愛する輩《ともがら》は雀族なり、義の大陽を指して登らんと欲する者は単独を免がるゝ能はず、大著作の未だ曾て委員の手に由て成りし者あるを聞かず、大信仰の未だ曾て信徒の会合に由て起りし例あるを知らず、強く神の光輝に触れんと欲する人は雲雀と鷲とに就て学ばざるべからず。英国婦人某の慰藉の書翰に由る。
 
    教会を要せざる信仰
 
(241) 宇宙に拠り真理に築きて我が信仰を護るに教会の要あるなし、風は我がために弁じ、波は我がために証《あかし》す、我が信仰の基礎を問はれん乎、我は山嶽を指して答へん、我が復活の希望を問はれん乎、我は植生に由て弁ぜん、我が父は星座を穹蒼に列ねし者なり、我が教主はすべて人を照らす真の光なり、我は神学者に依て我が信仰を維持せんとせず、すべての科学者とすべての哲学者とをして我が希望の証明者たらしむ。
 
    満全の幸福
 
 政府に頼り、教会に頼り、貴顕に頼り、宣教師に頼り、名士に頼り、先輩に頼り、弟子に頼り、兄弟に頼りて幸福あるなし、不幸あるのみ、名誉あるなし、恥辱あるのみ、成功あるなし、失敗あるのみ、神と自己とにのみ頼りて無上の幸福あり、無窮の栄光あり、永遠の成功あり、幸福に達するの途、他にあるなし、人を離れて神に頼るにあり、他を去て自己に帰るにあり、瑕なき曇なき満全の幸福は神に頼る独立の生涯にあり。
 
    計画の愚
 
 世に用なき者にして人の計画の如きはあらず、そは是れ一つも成る者にあらざれ なり、成る者は神の計画なり、地の基礎《いしづえ》の置かれし前に定められし神の計画なり、人の計画は成て敗れ、神の計画は敗れて成る、故に賢き人は計画を立てず、単へに神の聖旨を知らんと欲す、愚かなる者は計画に満ち、自から神に代て世を済度せんと欲す、策士是れ愚人なり、其政治家なると宗教家なるとは余輩の問ふ所にあらざるなり。
 
(242)    悪魔を斃すの途
 
 悪魔は之を後門より攻めて降す能はず、正々堂々として之を正門より攻めて征服するを得べし、世と和するは世を化するの途に非ず、世を化せんと欲せば之と闘はざるべからず、自から世に紛れ入り、其一人となりて之を化せんと欲すれば、自身、終に其化する所となる、基督教会は今日まで幾回となく世と和らぎて終に世の化する所となりたり、而して今も猶ほ奇計なりと称して同一の愚を繰返しつゝあり、悪魔のゴリヤテは正面より之に対する信仰のダビデの礫《つぶて》を以てのみ能く之を斃すを得るなり。
 
    奇跡の信仰
 
 我は奇跡を信ず、キリストの奇跡を信ず、普通の人の奇跡を信ぜず、神の子キリストの奇跡を信ず、彼の如く聖く、彼の如く義しくして奇跡の実行は敢て怪むに足らず、行為は性格の表顕なり、キリストの性格ありて之に適ひたる行為ありたり、是れ即ち奇跡なり、我をして彼の如く成らしめよ、然らば亦彼の如く行ふを得べし。
       ――――――――――
 
    平信者の祈祷
 
 教職に就かず、故に特種の神学説なし、唯平人の従事する一事業の供せられしあり、之を善く為すが彼の天職にして又彼の伝道なり、故に彼の祈祷は自   り。
(243) 父よ、我に為すべきの事業あり、是れ輙《たやす》き事業に非ず、亦必しも我が自《みづ》から好んで選みし事業に非ず、然れども是れ境遇の途を経て我に来りし者、今爰に我前に在りて我を招きて之に当らしむ、而して我は其招きに応じ、今之に従事す、我は時に疲る、其或る部分は難くして針の如くに我を刺す、然れども是れ我が事業なり、他人の事業に非ず、我は之を善く為さんと欲す、単に我が手と脳とを以てのみならず、我全身を之に投じ、喜び歌ひつゝ之を為さんと欲す、報酬、※[王+丁]※[王+當]《ざら/\》と鳴る報酬――嗚呼、是れ我れの多く関する所にあらず、我は唯全力を尽し、熟練と歓喜とを以て我事業を成就せりと自覚するを得れば足る、我をして我に此事業の与へられしことを汝に感謝せしめよ、又我が自から播き、白から耕し、自から収穫《かりと》る此労働の小田圃の我に供せられしことを汝に感謝せしめよ、我をして我が真正の且つ充分なる報酬の、我が日となく歳となく従事する事業其物と之に従事する我が歓喜とに存することを覚らしめよ、斯くて日は照るも亦は曇るも、風は暖きも亦は冷たきも、願はくは我をして人らしく毅然として立ち、労働者特有の興感を以て人生の万事を歓呼するを得せしめよ。『米国雑誌《アメリカンマガジン》』所載リツチヤード・ワイトマン氏の祈祷文に依る。
       ――――――――――
 
    平和の態度
 
 我れ正義を唱ふれば我は偽善者なりと言ふ国人あり、我れ孝道を語れば我が不孝の罪を訴ふる骨肉あり、我れキリストの愛を説けば、我が不信の条々を数ふる基督信者あり、此世と其教会とは我が如何なる方面に於ても善人なるを許さず、我が極悪の罪人なるを聞て我に就て満足す、依て知る、我れ若し世と争はざらんと欲せば、我(244)は悪人として世に立つべき事を、義人を避けて罪人と交はり、忠孝は一切之を口にせず、信者と絶ちて不信者と親みて、世は我に就て満足し、我も亦自己に就て満足す、而して知る、此平和の態度こそ我主イエスキリストの取り給ひし態度なりしことを。
 
(245)    キリストの死
                     明治42年3月10日
                     『聖書之研究』107号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 キリストの死を見るに二方面がある、其の第一は其解釈である、其第二は其事実である。
 先づ其解釈に就て語らんに、之を最も明白に唱へたる者は使徒パゥロである、
  我等思ふに一人すべての人に代りて死にたればすべての人既に死にたるなり(哥林多後書五章十四節)。
  キリストは我等猶ほ罪人たる時我等のために死に給へり(羅馬書五章八節)。
  キリスト既に我等のために詛はるゝ者となりて我等を贖ひ、律法の呪詛《のろひ》より脱れしめ給へり、そは凡て木に懸る者は詛はるゝ者なりと録《しる》されたれば也(加拉太書三章十三節)。
 以上に由て観ればパウロはキリストの死を贖罪の死と見たことは明かである、之れに由て人類の罪は赦され、之に由て其上に懸りし呪詛は除かれたりとの事である、キリストの死に関して一般に基督教会に由て懐かるゝ観念は此観念である、深き真理を其の中に蔵する観念であつて福音の根本義として一般に仰がるるは決して無理でない、罪人の寄縋るべき最後の拠所はキリストの十字架である、是れありて彼は始めて神の前に立て人のすべて思ふ所に過る平安を感ずるのである、パウロの是等の言は彼の神学説とのみ見てはならない、是れ彼の深き心霊的実験より出たる言辞である、
(246)  噫、我れ困苦《なや》める人なる哉、此の死の体より我を救はん者は誰ぞや
と己れに問ふて
  是れ我等の主イエスキリストなるが故に神に感謝す
と己れに答へし彼のみ能く是等の言を発し得たのである(羅馬書七章廿四、廿五節)、故にパウロのキリストの死の解釈とは云ふものゝ普通の意味に於ての解釈ではない、即ち哲学的解釈ではなくして、実験的解釈である、是れ拠て以て神学説を組立つべき言辞ではない、神の前に義とせられんとする罪人の実験を言表はしたる言辞であつて、パウロ其人、並に彼と等しき実験を有つたる人々の心の状態を言ひ表はしたる言辞《もの》である。
 パウロに由て発せられしと同様の言辞は聖書の他《ほか》の記者に由ても発せられた、故にパウロの十字架観なるものをパウロ独特の解釈と見てはならない、キリストに由て発せられし言辞の中にも、亦ヨハネ、ペテロ、希伯来書の記者等に由て用ゐられし言辞の中にも十字架の贖罪的意義を示したる者は決して尠くない、贖罪其物の真理なると否とは余輩の今茲に論ぜんと欲する所ではない、乍然、贖罪はパウロ特有の教義であつて聖書記者全体の与つて知らざる所であるとの提説は余輩の全然反対する所である、キリスト御自身の言としても左の如き者が録されてある、
  此の如く人の子の来るも人を役《つか》ふために非ず、反て人に役はれ又多くの人に代りて生命を予へ、その贖ひとならんためなり(馬太伝廿章廿八節、馬可伝十章四十五節)。
 又バプテスマのヨハネはキリストに就て証明して
  世の罪を負ふ神の羔を観よ
(247)と言ふたと録してある(約翰伝第一章廿九節)、其他、ヨハネの書翰並に黙示録に於て、希伯来書に於て。ペテロの書翰に於て、キリストの死に関する贖罪的観念を暗示又は表示する章節は今茲に之を一々引証することは出来ない。
 
 新約聖書がキリストの死の贖罪的解釈を明示して居ることは確かである、乍然、それと同時に亦其事実を詳記して居ることも確かである、而して基督教会全体が其注意をキリストの死の解釈に奪はれて、其歴史的事実に注意しないことも亦確かである、キリストの死と言へば彼等は贖罪の死と解して其他を問はない、神の怒を宥むるための死、人類の罪を除きし死、祭壇の上に於ける疵なき汚《しみ》なき羔の死、我等の義を全ふせし死、義を罪人に帰せんがために神の子が彼等に代て受けし刑罰、故に苦痛の極、耻辱の極、悲惨の極と、是れ基督教会全体に由て懐かるゝキリストの死に関する観念である、彼等はキリストの死を人の死として見んと欲しない、神の提供されし犠牲物の死とのみ見んと欲する、彼等は十字架に於て己が罪の消滅をのみ見んと欲する、之に最も勇敢なる、最も静粛なる最も柔和なる模範的の死を見んと欲しない、茲に於てか余輩が特更らにキリストの死の事実に就て研究するの必要が起るのである。
 幸にして聖書はキリストの死に就て詳しく述べて居る、馬太伝の第二十七章、馬可伝の第十五章、路加伝の第二十三章、約翰伝の第十八章、是れ皆なキリストの死に関する事実其儘の記録である、其中に議論は無い、神学的説明はない事実其儘である、而して余輩は之を読んで必しもパウロの贖罪説を思出さない、之を読んで唯深く感ずるまでゞあつて、其宗教的意義を発見せんとする好奇心は起らない、四福音書の伝ふるキリストの死の事(248)実は人なるキリストの死の事実である、其処に愛は溢れ、人情は漲る、其処に人たる者の死が詳かに叙述されて居る、故に是れ神学者の眼を以て読まるべき者ではない、歴史家の心を以て閲《けみ》すべき者である、四福音書はキリストは何故に死に給ひし乎、其解釈を供せんとしない、キリストは如何に死に給ひし乎、其事実を述べて居る。
 (一)キリストの死に就て余輩の第一に注目すべきことは彼に臨みし死の天然的に臨んだる者でない事である、キリストは天寿を全うして死に就いたのではない、歳は三十を超ゆる二つ或ひは三つ、人生の花の真ツ盛り、満々たる希望は目前に横はり、隆々たる能力は身に溢れたり、人生若し楽むべくんば此時である、然るに死は強暴的に彼を襲ふた、彼は自身聖くして柔和なりしも、社会と教会とは甚しく彼を憎んだ、通常《ふだん》は相排し相※[手偏+齊]して厥まざりしパリサイの人、サドカイの人、又はヘロデの党《ともがら》も此時此人に対しては相共に一致した、彼は国民の憎悪の焦点となつた、而して其「十字架に釘けよ、十字架に釘けよ」との喊声の下に彼の敵人の手に渡されて髑髏山の上の晒者と成て消えた、歎すべく慨すべく、悲むべきものにしてキリストの死の如きはない、茲に正義は不義の殺す所となつたのである、彼の潔白も柔和も仁慈も彼の身を全うするに足りなかつた、否な、彼の完全は反て彼を殺すの基因《もとゐ》となつた、キリストの死に由て余輩は此世の決して正義に与する者でないことを知るのである、此世は抽象的の正義を愛する 然れども実際的の正義を憎む、正義が自己に関せざる限りは之を賞讃して歇まない、然れど其、自己の身に臨み、其実行を要求せらるるや憤然起て之を拒み、之を排し、之を攻め、終に之を殺さゞれば歇まない、キリストに臨みし死の劇烈なりしは彼がすべての人に勝さりて聖く且つ義しかつたからである、キリストの死は義人の死である、其点に於て他の義人の死と異らない 乍然、富士山が其周囲の山々に秀づるが如く、彼の正義は他の義人のそれに秀でしが故に、彼に臨みし死も亦それ丈け劇烈であつたので(249)ある、キリストの死は特別であつたと言ふことは出来ない、同じ理由の下にソクラテスも死んだ、佐倉惣五郎も殺された、余輩はキリストの死を分別して特別にユダヤ人と其|有司《つかさ》、祭司、学者等の罪を責むべきではない、キリストが若し今日世に出で給ふならば今の政府と教会とは相合して同じやうに彼を殺すに定つて居る、
  世は汝等を悪むこと能はず、我を悪む、そは彼等が行ふ所は悪しゝと我れ証すれば也(約翰伝七章七節)
と彼は言ひ給ふた、キリストの死は義人に臨む当然の死である、彼れ一人死して我等はすべて死より免がるゝのではない、彼も斯く死にたれば我等も亦彼の如くに死ぬべきである、彼の死は代償的ではない、模範的である、我等も若し彼の如くに神と其正義とに忠ならば、役の如くに此世の人の憎む所となりて、終に其殺す所となる、所謂文明の進歩なるものは此点に於て未だ此世に改善を加へない、此世は今も猶ほ昔の如く光の敵である、
  光は暗に照り、暗は之を暁らざりき(約翰伝一章五節)、
 然り、今も猶ほ之を暁らずして、光の地上に臨むあればすべての方法を尽して之を打消し、多くの悪名を之に附して之を髑髏山の上の晒者となさなければ止まない。
 (二)斯くも劇烈に彼を襲ひし死に対してキリストは如何に静粛なりしよ、是れ彼の死に関して余輩の注目すべき第二の点である、此時に際して彼に死の恐怖なる者は寸毫もなかつた、彼は言を曖昧にして免れ得べきの死を免れんとは為なかつた、「汝は頌《ほ》むべき者の子キリストなる乎」との祭司の長の問に対して彼は沈黙を破つて明白に答へて曰ふた
  然り、人の子大権の右に坐し、天の雲の中に現はれ来るを見るべし(馬可伝十四章六十二節)
と、ビラト彼を放免せんと欲し、彼より弁解を求めしと雖も口を噤《つむ》いで語らず、然れども「爾はユダヤ人の王(250)なるか」との問に対しては人の誤解を恐れず、身の危険を顧みず、儼然として答へて曰ふた
  爾が言へる如し(路加伝廿三章三節)
と、ビラト、又彼に向つて
  我れ汝を十字架に釘くる権威あり、亦汝を釈す権威あり、汝、此事を知らざる乎(約翰伝十九章十節)
と曰へば、彼は権威を憚らずして答へて曰ふた、
  汝、上より権威を賜はらずば我に対つて権威ある事なし
と、若し死に臨んで真に大胆不敵なる者があつたとすれば、其者はキリストである、彼は今茲に軍隊に加つて、喇叭の声に励され、敵愾の心に駆られて、敵と相対して立つたのではない、又は名を青史に垂れんと欲する心より、或ひは後世に嗤れんことを恐るゝ動機よりして茲に世の所謂る節操を全うせんとしたのではない、彼は茲に独り立つたのである、彼の弟子は悉く彼を棄て去り、彼の国人は挙て彼に対して起ち、彼は王に逆ふ者、民を毒する者、神を涜す者として政府と教会とに鞫かれつゝあつたのである、戦場に出ては虎の如くに勇猛なる兵卒も法廷に引出されては猫の如くに怯懦である、凌辱を恐れて自刃を敢てする武士も手を束ねられて衆人稠座の中に置かれては能く其頭をも擡げ得ない、詩人シルレルは曰ふた
  勇者は独り立つ時に強し
と、実に独り立て強き者でなければ真正の勇者ではない、友なく、味方なく、誹謗、讒誣、嘲弄、侮蔑の中に在て、粛然、自己を持する者、是れが真正の勇者である、羅馬と希臘と日本と支那との歴史は多くの勇者の実例を載せて居る、三百の小軍を以て百万の波斯軍を迎へしレオニダスは確かに勇者であつた、死を覚悟して独り身を(251)敵人の中に投ぜしレキラスは確かに勇者であった、項羽も勇者であつた、清正も勇者であった、乍併、イエスキリストに較べて見て彼等は皆な甚だ劣等なる勇者であつたと言はなければならない、キリストは敵の前に立て敵を敵と見ない勇者であつた、彼は敵愾心と称する者の如きは寸毫も之を心に蓄へざりし勇者であつた、主義のための勇者であつた、信仰のための勇者であつた、神と人類のための勇者であつた、実にキリストは茲に勇気の模範を供し給ふたのである、彼に由て勇気に関する人類の思想は一変したのである、
  然り、然り、否な、否な、
 之より過ぐるは悪より出るのである、汝は神の子キリストなる乎と問はるれば「然り」と答へ、汝は洵にユダヤの王なる乎と問はるれば「然り」と答ふ、生命を賭して衆人の前に嘲弄、忿恚を顧ずして「然り」と答へ得る者が真正の勇者である、世に勇敢の死は多くありしと雖もキリストの死に優りて真に勇敢なりし死は無い。
 (三)キリストの死は愛の死であつた、此時愛と憎とは非常の勢力を以て衝突した、憎は潮の如く愛に押寄せて之を投了せんとした、然し愛は岩の如くに之に抗して其呑去る所とならなかつた、憎は怒れる濤の如くに咆哮《ほへたけ》りて愛の岸を打つた、然るに愛は其優しき手を伸ばして憎の怒濤を制止《とゞ》めて曰ふた、
  此までは来るべし、此を越ゆべからず、汝の高浪此に止まるべし(約百記三十八章十一節)
と、弄《なぶ》られ、嘲けられ、撃たれ、唾きせられて、彼は一言の荒らき言葉を出さなかつた、而してすべての侮蔑、すべての嘲弄、すべての屈辱に対して彼の発せし最後の一言は
  父よ彼等を赦し給へ、其為す所を知らざるが故なり(路加伝廿三章卅四節)
とであつた、実《まこと》に後に使徒ペテロが曰ひしが如く
(252)  彼れ罪を犯さず、又其口に詭譎《いつはり》なかりき、彼れ※[言+后]《のゝし》られて※[言+后]らず、苦しめられて激しき言を出さず、唯義を以て鞫く者に之を託したり(彼得前書二章廿二、廿三節)。
 茲に如何なる手段を以てしても怒らすことの出釆ない唯一の人があつた、棘の冕を冠らせても掌を以て打ても、唾きしても、十字架に釘けても、怒らすことの出来ない一人の人があつた、憤怒の颶風《はやて》は吹かば吹け、此愛の厳を動かすことは出来なかつた、憎悪の潮は来らば来れ、此愛の堤を崩すことは出来なかつた、キリストの死は憎悪に対する愛の勝利の死であつた、茲に憎悪は非常の勢力を以て愛と衝突して其撃退する所となつた、今より後、憎悪は其狂威を誇ることは出来ない、既に一回人の子の打破る所となりて其殲滅は既に宣告された、キリストの愛の死に由て世界平和の端緒は開かれた、今より後勝つ者は負ける者である、撃たるゝ者は撃つ者を征し、刺さるゝ者は刺す者を服す、キリストは十字架に上りて愛は最高の位に即いた。
 (四)敵に対する愛の勝利の死でありしキリストの死は又人に対する慈恵哀感の死であつた、死に臨んで彼の心を痛ましめし者は自己の不幸と苦痛とではなかつた、此時に臨んで彼は一回も苦痛の声を揚げなかつた、然れども十字架を負はせられて髑髏山に到るの途中、ヱルサレムの婦人等が己れの跡に従ふを見て、大なる禍患《わざはひ》の遠からずして彼等の上に落来るを思ひやり、彼等を半ば警め半ば慰めて曰ふた
  ヱルサレムの子女《むすめ》よ、我がために哭く勿れ、惟己れと己が子のために哭けよ、未だ産まざる者、未だ孕まざるの胎《たい》、未だ哺《のま》せざる者の乳《ち》は福ひなりと曰はん日来らん(路加伝廿三章廿八、廿九節)
と、是れは威嚇《をどし》の言辞でもなければ、亦|怨恨《うらみ》の言辞でもない、同情の言辞である、此時に於けるキリストの憂慮は自己の事に就てゞはなかつた、ユダヤとエルサレムの事に就てゞあつた、彼が曾て橄欖山の巓よりヱルサレム(253)の都城を臨み、涙を含みて
  噫ヱルサレムよ、ヱルサレムよ、預言者を殺し、汝に遣されし者を石にて撃てる者よ、牝鶏が其雛を翼の下に集むる如く我れ汝の赤子を集めんと為《せ》しこと幾回ぞや、然れども汝等は欲せざりき(路加伝十三章卅四節)
と叫びし時と同じ同情の心を今、此時ヱルサレムの婦人等に語り給ふたのである、キリストが今悲むことは自己の殺さるゝことではない、彼の国の亡ぼさるゝことゝ、其れと同時に多くの無辜の者が苦むことである、彼は此時に臨むも猶ほ自己を忘れて国と民とを思ふた、死の苦痛は大なりしも、国を憂ふるの憂愁《うれい》は更らに強かつた、愛は彼をして死の苦痛を忘れしめた、彼に取りてはユダ国の前途は彼が脊に負ひし十字架よりも遙かに重かつた。
 彼は既に十字架に懸けられて二人の罪人の間に曝された、其一人は彼を譏りしに反へて、他の一人は彼に乞ふて曰ふた、
  主よ、汝の国に来り給ふ時に我を憶《おぼ》へ給へ
と、今や血は手と足とより滴れ、苦痛其極に達せし時に、一人の罪人の罪の悔改の表白に接してキリストは天来の美曲を耳にするが如くに感じた、彼は茲に一友人の彼の側に立つを知つた、今や有司《つかさ》の嘲笑何にかある、祭司、学者の藐視何にかある、まことに一人の罪ある人悔改めなば、悔改むるに及ばずと称する九十九人の義人よりも尚ほ天に於て喜びあらん(路加伝十五章七節)
である、一人の罪人の悔改の声を聞いて、キリストの心は春草が東風に触れし時の如くに蘇生した、彼は茲に最後の揚合に於て一人の味方を発見した、それは学者の一人ではなかつた、有司、祭司等の一人ではなかつた、(254)悔改を要せざる義人の一人ではなかつた、盗賊であつた、多分不平家の一人であつて、国事犯の故を以て罰せられし者の一人であつたらふとの事である、彼の悔改の言葉は実にキリストに取りては蜂蜜の如くに甘くあつた、彼は罪人の乞ひに応へて曰ふた
  誠に我れ汝に告げん、今日汝は我と偕に楽園《パラダイス》に在るべし(路加伝廿三章四十三節)
と、キリストにも臨終の慰藉があつた、それは彼と共に十字架に釘けられし罪人の一人の悔改であつた。
 彼れ今気息絶えんとするに方て彼の釘けられし十字架の旁に彼の母と彼女の姉妹と其他二三の婦人の立つを見た、又彼等と共に彼の愛する弟子の一人の在るを見た、茲に於てか彼は又自己を忘れて母の事に思ひ及んだ、弟子を見て母に曰ふた
  是れ汝の子なり
と、母を見て弟子に曰ふた
  是れ汝の母なり
と(約翰伝十九章二十五節以下)、キリストが此世に於て為せし最後の事は其母を弟子に託することであつた、此事を為し終りし後に彼は
  我れ渇く
と曰ひて醋《す》の数滴を口に受けて
  事竟りぬ
との一言を以て首を低れて霊を附《わた》せりとのことである、キリストの教に孝道なしと言ふ者は誰である乎、孝は之(255)れよりも切なるを得る乎、若しキリストの他の行為にして東洋人の倫理思想に適はざる所がありしとするも、此最後の一事が彼に関する不孝の誤想を一掃するに足るではない乎、キリストは母を想ふ最後の一念を以て此世を去られたのである。
 暴死に際して国を思ひ、罪人を思ひ、母を思ふた、優さしき美はしき死とは是れである、敵に対する怨恨の彼の心を乱すなく、薄命を歎つ不平の彼の胸を充たすなし、唯同情溢れ、愛心湧く 実に人は未だ曾て斯の如くに死なかつた、ソクラテスの死も釈迦の死も斯くまでには立派でなかつた。
 或人は日ふ、キリストの最後の一言たる
  エリ、エリ、ラマサバクタニ(我神、我神、何ぞ我を棄て給ふ乎)
は確かに神を怨みたる言辞であると(馬太伝廿七章四十六節)、成程、言辞其れなりを読むならば、爾う解せらるゝ乎も知れない、然しながら福音記者が此言葉を載せたのは神に対するキリストの最後の態度を示さんがためではない、是れは単に彼がエリヤを呼ぶと彼の敵に誤解せられしとの事を示さんために書記《かきしるさ》れたのである、言辞其物は詩篇第二十二篇の発端の句であつて、其中に神を怨むの意味は少しも存して居らない、否な、事実は其正反対である、全篇を読んで其終に至れば、其、他の聖詩と等しく信仰讃美の詩であることが解かる、是れはキリストが善く暗誦んじて居つた詩であつて、此場合に臨んで自づと彼の唇に上つた者である、之を信仰の減退、怨恨の発表と見るは大なる間違である、神を呼ぶに我が神(My God)と言ふたのである、神と彼との間に親密の関係の絶えなかつたことは善く判明る、神は終りまで其愛子を棄てなかつた、キリストも亦終りに臨んで子が父を呼ぶが如くにエリ、エリ(我が神、我が神)と叫んで其援助を求めた。
(256) 畢竟するにキリストの死は死ではなかつた、是れは生を以て死に打勝つことであつた、死は最も醜悪なる形を以て彼に臨みしに彼は最も善美なる道を以て之を迎へた、キリストに由て死は聖化されて、優れて美はしき者となつた、キリストは実に死を廃《ほろぼ》し給ふた(提摩太後書一章十節)、キリストは其死方に由て死なる者をして無からしめ給ふた、死は苦痛であり、煩悶であり悔恨であり、絶望であるのに、茲に苦痛を忘れ煩悶を離れ、悔恨を覚えず、絶望を知らない死の模範が供せられた、即ち愛の絶大の力が示された、愛は人の最大の敵なる死にさへ勝ち得るの力である、死をして死ならざらしむる者は愛である、福音記者はキリストは最後に臨んで来世の希望を以て自己を慰めたとは一言も曰ふて居らない、彼は唯愛した、而して愛して以て死に打勝つた、実に愛を除いて他に死に打勝つの力はない、臨終の聖餐式も、正統教金の奉ずる来世存在に関する教義も、以て死をして死たらしめざるに足りない。
 
 而して斯かる立派なる死が之を目撃し、又は之を執行せし人等に及ぼしたる結果は如何でありし乎と云ふに、彼等は之に由て彼の神の子なると、自己等の極悪の罪人なるを認めざるを得ざるに至つた、百夫の長は事の成行を見て曰ふた
  此は誠に神の子なり、誠に此人は義人なり、(馬太伝廿七章五十四節、路加伝廿三章四十七節)
と、彼の説教を聞て彼の義人なるを知る能はず彼の奇跡を見て彼の神の子たるを認むる能はざりし彼等は茲に彼の死状を見て彼の何者たる乎を覚らざるを得ざるに至つた、キリストの死は実に彼が為したる最大の説教であつた、誠にイエスのキリストたるは彼の死に由て現れた、十字架を説かずしてキリストを伝ふる能はずと云ふは此(257)事である。人の何たるかは其死状に由て判明る。キリストの神の子たるは彼の神らしき死に由て判明る、之を見て人は彼の神性を否む事は出来ない、而して又之を見て彼等は強く自己の良心を撃たれ、罪の赦免を切求せざるを得ない、彼に対して罵詈、嘲笑を擅にせし有司、祭司、学者等も彼の死状を見ては最早や口を開き得なかつた、彼等は彼を死刑に処して自身死刑に処せられしが如くに感じた、凱歌を揚げながら彼を髑髏山に送りし彼等は重き良心に自己を責められ、頭を低れ、粛然として、離ればなれになりてエルサレム指して歩を運んだであらふ。
 而してキリストの死が彼等に此感覚を与へし事は、之より殆んど二ケ月を経て後、ペンテコステの日に至りて、ペテロが立てユダヤ人を責め
  汝等は無法の手を以て彼を捕へ、十字架に釘けて殺せり
と曰ひしや、此言を聞きし彼等は其心刺さるが如くに感じ、ペテロと他の使徒等に問ふて曰ふた
  人々兄弟よ、我等は如何にすべき乎
と(使徒行伝二章廿三、卅七節)、而してペテロの此説教の結果として其日弟子に加はれる者凡そ三千人ありたりと云ふ、、前には「十字架に釘けよ」と叫びしヱルサレムの市民もキリストが毛を剪る者の前に黙《もだ》す羊の如くに十字架の上に死せしを見、又は聞きては、彼を主として仰がざるを得ざるに至つた、茲に於てか彼が曾てユダヤ人に告げて曰ひし
  我れ……我れ若し地より挙げられなば万民を引きて我に就《きた》らすべし(約翰伝十二章卅二節)
との言が事実となりて顕はれたのである、然りキリストは今も猶ほ其死を以て万民を己れに引き附けつゝある。
(258) 実に我等はキリストの死に由て救はるゝと言ふは此事である、(1)キリストの死に由て神の愛は現はれた、我等は之に由て彼の愛に勝つの罪のなき事を示された、我等の罪は如何に重くあるも、縦し我等は彼を譏り、窘《せ》め、十字架に釘け剣にて其|脅《あばら》を刺すとも、我等に対して彼の心より出づる言辞は
  父よ彼等を赦し給へ、其為す所を知らざが故なり
とである、罪の赦免は最も著明にキリストの死に由て顕はれた、神に此赦免あるを示されて如何なる罪人も神に近づき得るに至つた、キリストは誠に人が神に到るの途である、彼の死の事実を以てする罪の赦免の福音に接して、如何なる罪人も憚らずして神の宝座《みくらゐ》に近づき得るのである。
 (2)キリストの死に由て我等の罪が示された、人は如何に悪しき者なる乎はキリストの十字架に於て顕はれた、彼を殺した者はユダヤの有司祭司、学者、パリサイの人、サドカイの人、ヘロデの党《ともがら》ばかりではない、全人類は彼等を以て神の子を十字架に釘けたのである、即ち我も亦此兇暴の罪に与つたのである、我も亦「十字架に釘けよ」と叫んだ者の一人である、我も亦棘の冕を編み、之を彼の頭の上に押附けて血の流るゝを見て喜んだる者の一人である、詩人ゲーテは曰ふた
  余は歳の邁《すゝ》むに循ひ、人の犯せし罪にして余の犯さざる罪の無きを覚る
と、我等も若し深く我等の心の底を探り見るならば其中にイスカリオテのユダの罪、祭司の長カヤパの罪、ピラトの罪、ヘロデの罪を悉く発見するに相違ない、罪は神の子を十字架に釘けざれば止まない、罪の恐しさは髑髏山上に於けるキリストの死に於て顕はれた。
 キリストの死は我等の罪を顕はし、又之を赦す神の愛を顕はし、又更らに進んで (3)赦されし我等に神の義を(259)供する、使徒パウロの言辞を以て曰へば、キリストの十字架は人を罪に定め、定められしその罪を滌ひ、又更らに進んで彼を義とする、罪の増す所には恩《めぐみ》も愈や増せり、人の罪が其極点に達せし所に神の恩の泉は湧き出でた、人の手が神の子の脅を刺したる時に生命の血と水とは永久に流れ出た、モーセが其手を挙げ杖をもて磐を撃ちければ水多く湧出て会衆と其|獣畜《けもの》共に飲みしが如く(民数紀略二十章十一節)、羅馬の一兵卒、其剣を以て神の子の胸を刺したれば生命の水と血潮とは限りなく流出て世界の万民は之を飲みて蘇生した、神の義はキリストの死に由て世に臨んだ、而して我等も亦悔ひたる心を以て彼に来りて彼の義を我等の有《もの》となす事が出来るのである。
 而して十字架の此倫理的作用が使徒パウロの謂ふ所の贖罪であると思ふ、之を贖罪と言ふたのはキリストの生命を彼の血と言ふたと同然、パウロの猶太的思想より出たのである、贖罪は猶太人の祭事の言辞である、之れを今日の倫理思想に訳して言へば前に述べしが如くになるのであると思ふ、キリストの十字架が我等を救ふとは決して奇談《ふしぎ》ではない、是れ深き倫理的理由の其中に存することであつて、此神聖なる死があつて、罪の潔聖の行はれない理由はないのである。
 
(260)     贖罪の真義と其事実
                     明治42年3月10日
                     『聖書之研究』107号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
  編者日ふ、此篇、四五ケ月前に作りし者なり、今は稍々旧稿に属すと雖も、前篇と相対して読んで多少読者を益するならんと信ず。
 今や「我は贖罪を信ぜず」と公言して憚らない基督信者が沢山居る、彼等は贖罪はキリストの福音の中に無い事であつて、後世の教会が造出した事であると言ふ。
 余輩とても勿論粗雑なる贖罪説を信じない、外国宣教師に由て伝へられ、教会の信条として強いらるゝ所謂贖罪の教義を信じない、乍然、贖罪の真義と其事実とは之を信ぜざらんと欲するも得ない、余輩は之を取除いて福音の真価を認めることは出来ない、真正の意味に於ての贖罪は今に至るるも尚ほ余輩の信仰の根本である。
 贖罪の文字が甚だ嫌はしき者である、贖ふとは奴隷制度の行はるゝ国に於て起つた辞であつて其中に多くの嫌はしき思想が籠て居る、贖ふは買ひ戻すであつて、売られし者を買戻すの意である、人類が罪を犯せし結果として悪魔の手に付されしが故に、神は其独子を代償として彼(悪魔)に付して、人類を其手より取回し(贖ふ)たりと言ふが如き、或ひは同一の結果として人類が忿れる神の手に付されしが故にキリストは己が血を流し、其血の代償として神は人類を釈き放ち給へりと言ふが如き、神を愛と見る余輩には到底承取り難い説である、贖罪を文(261)字なりに解して之に忌むべき嫌ふべき節が沢山ある。
 乍然、文字の嫌はしきは其実の嫌はしき理由とはならない、若し文字を云ふならば神と云ふも決して慕はしき者ではない、日本語の加美は単に「上」の意であつて、政府又は役人のことであると云ふ、然し、我等は神を拝すると言ふて大臣や次官を拝するのでない、又英語の God は Woden であつて、元は北欧の神話より出た辞であると云ふ、然し英米人がゴツドに事ふると云ひて半神的勇者ヴオーデンに事ふるのでない事は明かである、名は表号に過ぎない、我等が神と言ひ、ゴツドと称する者は実は名を附し難き者(The unnamable One)である、我等はたゞ之に便宜の名を附して我等の言難きことを言表はさんとするまでゞある。
 贖罪とても同じである、贖罪は人智が今日の如く進歩せざる時に人が適用した文字である、然れども、其、之に由て表明せらるゝ事実は此文字を以て言尽されるものではない、此粗雑なる文字の中に深い微妙なる意味が籠つて居る、我等は其文字を責むる前に之に由て言表さるゝ事実を探るべきである、之を為さずして、文字の嫌はしきが故に、その之に由て表はさるゝ深い貴い事実までを斥くるは識者の為すべき事でない。
 贖罪の意義とは何ぞ、英語で贖罪を atonement と云ふ、爾うして atonement は at-one-ment であると云ふ、即ち一つになることであると云ふ、今まで分離して在りし者が或る手段に由りて一つになること、是れが atonement 即ち贖罪であると云ふ。
 atonement は又 attunement であると云ふ、而して attunement は調子を合はすの意であつて楽器の調子を協はす事である、即ち不調に居りし者が或る手段に由て和合する事である、単に一つになると云ふよりは稍や深い意味に於ての和合をいふ。
(262) 然し、一つになると云ひ、調子を合はすと云ひ其中に贖ふとの意義は無い、atonement は其語原より推して見て贖罪と直訳することの出来る辞ではない。
 贖罪の事実を表明するために聖書に三つの言辞が使はれてある、贖ひと訳せられし希臘語の apolutrosis(羅馬書三章二十四節、以弗所書一章七節、哥羅西書一章十四節等)、和らぎと訳せられし katallage(羅馬書五章十節、哥林多後書五章十八、十九節)挽回の祭物(なだめのそなへもの)と訳せられし hilasmos(約翰第一書二章二節、仝四章十節)是れである 贖罪の訳字は第一の臘語より出た者である、贖ひとは代価を払て囚人を釈放すること、和らぎとは不和に居りし者の間を調和すること挽回の祭物とは全然宗教上の言辞であつて、供物を献げて神の忿怒を宥めるといふことである、罪の奴役より放つ贖ひ、神との不和を調ふ和らぎ、神の忿怒を宥むる祭物、キリストの生と死とを三方面より観たる観察である 贖罪のみではない、調和である、単に調和と云ひて尽きない、挽回《なだめ》の祭物《そなへもの》であると、キリストは完全の救主であるから、目的と同時に手段である、神と人との調和は目的であつたが贖罪と犠牲とは此目的を達するために必要手段であつた、而して猶太人たる聖書記者の立場より見て何れの方面より見るもキリストは完全に人類の救主たる本分を尽し給ふたのである。
 乍然、調和にも深いのと浅いのとがある、人と人との調和に於ても、単に好意の交換丈けでは遂げられないものが多くある、若し強く感情を害せられ、名誉を傷けられ、人権を蹂躙せられし場合に於ては調和は決して容易の業でない、之に仲裁も要る、賠償も要る、謝罪も要る、いくら双方又は一方が仁慈、高潔の人であるとするも、践むべきの道を践まざれば調和は遂げられない。
(263) 神と人との関係に於ても同じである、調和は容易であるやうで容易でない、縦し神は無条件にて赦すと言ひ給ふとも人は斯かる赦免を信ぜんと欲して信ずることが出来ない、是れ何にも必しも彼の心が頑剛にして疑念深いからである計りではない、是れには深い霊性上の理由が在るのである、霊と霊との関係は物と物との関係に異ならない、即ち二者共に或る法則に従はざれば和合一致する事は出来ないのである、木と石とを合せんと欲してもたゞ単に結合を望んだ丈けでは出来ない、木の性を考へ、石の質に循て二者の結合を計るにあらざれば結合は決して永久的のものでない、其如く聖き神の霊と穢れたる人の霊とは或る一定の法則に由てのみ和合一致することが出来る、物と物との間に物質的法則即ち天則が行はるゝやうに霊と霊との間に霊的法則即ち道義が動《はた》らいて居る、此法則に従はずして、縦令父子たりと雖も其親しき関係を持続することは出来ない、神は愛なりと云ひてすべての法則を離れて動らき給ふ者のやうに思ふは大なる間違である。
 而して贖罪の文字を以て表はされたる霊性上の事実は一たび破れたる神と人との関係を回復するに必要であるのである、仲裁者あり、罪の消滅あり、神の側に於ては慈悲の振興あり、人の側に於ては悔改の喚起ありて始めてより高き霊とより低き霊とが相抱合し、相接吻するのである、ナゼ爾うである乎と問ふ者があれば、事実爾うであると答ふるまでゞある、斯くするは霊の法則である、霊は斯くせざれば和合一致せざる者であると云ふまでゞある、霊にも亦其自然性がある 即ち其特性と常習とがある、ナゼ爾うである乎は問ふも無益である、ナゼ鳥は飛んで、虫は匍うか、ナゼ水は流れて石は重いか、ナゼ仲保者の血と涙とに破れし友誼を恢復するの能力がある乎、此等の問題に対して吾人は「神斯く命じ給へり」とか、「是れ彼等の自然性なり」とか答ふるより他に途がないのである。
(264) キリストの死が神と人とを和合一致せしむるに於て非常の能力を有することは歴史上の事実である、又吾人の実験である、吾人と雖もキリストの十字架を知る前に神を識らないではなかつた、然れども十字架を知て後の神に関する吾人の智識と之を知らざる前のそれとの間には霄壌も啻ならざる相違がある、又十字架を知りし前にも吾人に罪の悔恨なる者があつた、乍然、十字架を知て後に始めて真正の悔改が起つた、十字架なしの神は至て低い神であつて、十字架なしの悔改は至て浅い悔改である、キリストの十字架に由て神に対する吾人の態度に大変化が来た、ナぜ来た乎は吾人の悉く説明し得る所でない、然し来たこと丈けは何よりも明白なる事実である。
 依て知る、調和は贖罪以上の事実なることを、調和は贖罪なりと見たのは大なる間違であつた、然し、贖罪なしに調和のないことは確かである、贖罪は罪の免除であつて調和の一要素である、罪の免除なくして神と人との間の調和はない、人類の罪が或る深き意味に於て根本的に取除かるゝまでは彼は再び聖き神と親むことは出来ない。
 要するに贖罪は調和の消極的一面である、故に調和は贖罪丈けでは足りない、之に勿論積極的方面がある、罪を除くと同時に新たに義を起すの必要がある、傷を癒すに止まらず、新たに生命を供するの必要がある、キリストの事業は単に神と人との破れたる関係を恢復するに止まらない、彼は平和を克復して後に更らに平和を増進し給ふ、彼は人に代て其罪を除きしに止らず人に代て義を完全に行ひ給ふた、神は完全き者である、而して完全からざる者は神の子と成ることは出来ない、然るに吾等は皆な完全からざる者である、迷ふたる羊である、茲に於てか何人《たれか》が吾等に代て完全き者となり、吾等は或る方法に由り、或ひは吾等に供せられし或る性能に由て、其完全を吾等の完全となすことが出来なくてはならない、若し斯かる事は吾等が如何に望むとも絶対的に為す能は(265)ざる所であるとならば吾等が神の子となるは絶対的に不可能事である、神は汚穢に耐ゆる人の如き者ではない、絶対的に聖なる神は其子より絶対的の聖潔を要求し給ふ者である。
 誰か之に堪えんやである、女の生みし者にして此要求に応じ得る者は一人もない、然れども一人の此要求に応じたる者がある、其人は人類の救主なるイエスキリストである、彼れのみは完全なる人であつて、又完全なる神の子である、而して人は信仰の性能に由て彼れキリストの完全を己が完全とすることが出来るのである、是れ大なる奥義である、然し、奥義であればとて人の実験に上らない事ではない、神の完全を恋慕ふ衆多《おほく》の人は此実験を経て神と結ばれ、凡て思ふ所に過る平安を彼等の心に感得しつゝある。腰罪 atonement,katallage,reconciliation 文字は何でも可い、然し事実は事実である、罪の重荷は単に言辞を以てしては取除かれない、又神の正義は単に議論を以てしては臨《きた》らない、罪なき者が罪ある者のために苦み、聖き者が聖からざる者のために尽して、罪は消え、義は溢るゝのである、余輩は贖罪の事実を信ずる、之を其量り知られざる深き広き微妙なる意義に於て信ずる。
 
(266)     什麼《こん》な世
                     明治42年3月10日
                     『聖書之研究』107号「研究」
                     署名なし
 
 此世は実に詰らない所である、一人の悪人の一瞬間の詭譎《いつはり》に由て一生涯の幸福が取去らるゝ事があるやうな、ソンナ詰らない所である、什麼な詰らない所であるが故に此世に希望を繋ぐなと云ふのである、又什麼な詰らない所であるが故に、此世の生涯に於て失敗したればとて甚く失望するなと云ふのである、什麼な世はドウでも良い、我等は此世以外に永久の住所を築くべきである、蠹《しみ》くはず、銹くさらず、盗人穿ちて窃まず、悪人が計画んで事を為す能はざる所に財を蓄へよと云ふのである、馬太伝六章十九、二十節。
 
(267)     無意識の善
        馬太伝廿五章三十一節以下(一月三十一日今井館に於て)
                     明治42年3月10日
                     『聖書之研究』107号「講演」
                     署名なし
 
 善は無意識のものでなければ真正の善ではない、我は善を為せりと意識する時に我は善を為して居らない、我は善を為したか為さない乎少しも識らない時に我は善を為して居るのである、世の最終の裁判の時に我等の善として認めらるゝものは此無意識の善である、
 斯くて王、其右に在る者に曰はん、我父に恵まるゝ者よ、来りて世の創始《はじめ》より以来汝等のために備へられたる国を嗣げ、そは汝等我が飢えし時我に食はせ、渇きし時我に飲ませ、旅せし時我を宿らせ、裸なりし時我に衣せ病みし時我を見舞ひ、獄に在りし時我に就《きた》りたればなりと、茲に於て義者《らだしきもの》彼に答へて曰はん、主よ何時汝の飢えたるを見て食はせ、渇きたるに飲ましゝ乎、何時主の旅したるを見て宿らせ又裸なるに衣せし乎、何時主の病み又獄に在るを見て汝に至りし乎と、王答へて彼等に曰はん、我れ誠に汝等に告げん、既に汝等、我が此兄弟の最微さき者の一人に行へるは即ち我に行ひしなり。
 「何時」、「何時」、「何時」と義者は不思議に思ひ繰返して主に問ふた、彼等は善を為したる記憶《おぼへ》はない、キリストのために働いたる記憶はない、彼等は特に恵まるべき人ではない、主の彼等に曰へるは間違であらうと彼等(268)は思ふた、而して義人の此無意識に反して悪人は其為したる少し許りの善を悉く記憶し、之を楯に取て天国に入らんとする、彼等は王の責問に答へて曰ふ
  主よ何時汝の飢え、又渇き、又旅し、又裸か、又病み、又|獄《ひとや》に在るを見て主に事へざりし乎
と、彼等は善と云ふ善は悉く成就《なしとげ》たりと自信して居る、故に主は斯かる者に宣告を下して曰ひ給ふ
  我を離れて悪魔と其使者のために備へられたる熄へざる火に入れよ
と、実にキリストの嫌ひ給ふ者とて意識せる善の如きはない、彼は全然之を善と認め給はない、汝の右の手の為す事を左の手をして識らしむる勿れと教へ給ひし彼は無意識の善にあらざれば之を善として受取り給はない。
 是に由て今日基督教会に由て奨励される所の善なる者のキリストの前に何の価値も無い事が解かる、「キリストの為めに此事を為すべし、キリストのために彼《か》の事を為すべし」と言ふ、今の基督信者は善を為すに凡て基督信者の義務として之を為す、彼等の為せし善行は教会の機関雑誌に由て広告され、彼等の信仰までが彼等を信仰に導きし宣教師の功績話《てがらばなし》として全世界に伝へらる、然しキリストの見給ふ所は彼等の見る所とは全く異なる、キリストは善の隠匿を欲し給ふのみならず、其無意識なるを求め給ふ、善を為すことを当然の事と思ひ、之に注意を払はらざらんことを欲し給ふ。
 茲に於てか我等は善行を努むるに止まらずして品性を善良にするの必要が起るのである、詩人ホヰツトマンの曰へるが如く
  根本的の所有物又は常習として善良なる心を有する
の必要が起るのである(櫟林集第十八頁を見よ)、キリストも亦教へ給ふた、
(269)  或ひは樹をも善《よし》とし其果をも善とせよ、或ひは樹をも悪《あし》とし果をも悪しとせよ、夫れ樹は其果に由て知らるゝなり(馬太伝十二章卅三節)
と、樹を善くせずして善き果を得る事は出来ない、悪しき樹を強ひて善き果を結ばしめたりとて、其果は世の眼には善く見えてもキリストの前には悪しくある、今の基督信者は果を獲ることにのみ汲々として樹を善くすることを等閑《なほざり》にするから其獲んと焦心る果をさへ獲られない。
 洵に善に無頓着になるまでは真正の善人と成つたとは言へない、己れ善を為すに汲々として他人の善を為すを見れば之を妬み、之を貶視《さげし》み、以てキリストの前に立て我れこそ第一の恩賞に与からんと欲する者の如は先づ第一に悪魔と其使者とのために備へられたる熄へざる火の中に遣《おく》らるべき者である。
 
(270)     信仰表白の必要
        (二月七日、今井館に於て)
                     明治42年3月10日
                     『聖書之研究』107号「講演」
                     署名なし
 
  凡そ人の前に我を識ると言はん者を我も亦天に在す我父の前に之を識ると言はん、人の前に我を識らずと言はん者を我も亦天に在す我父の前に識らずと言ふべし(馬太伝十章卅二、三節)。
  夫れ人は心に信じて義とせられ、口に認《いひあら》はして救はるゝなり(羅馬書十章十節)。
 信仰は心の事であれば之を衷に蓄へて置けば沢山である、何にも之を人の前に表白はすの必要はないとは今の基督信者の口より度々聞く所である、彼等は信仰のために世と争ふの愚を説いて歇まない、彼等はアリマタヤのヨセフの如くユダヤ人を懼れて隠《ひそか》にイエスの弟子たるを以て満足する(約翰伝十九章三十八節)、彼等は自己の心の中に於て基督信者である、又基督信者の前に立て善き基督信者である、然しながらキリストを憎み福音を嘲ける世人の前に立てば慎んで彼等の基督信者たるを表白はさない、而して彼等は斯かる態度を以て智慧であり、深慮であると言ふ。
 然しながらキリストは斯かる態度を許し給はない、彼は或る場合に於ては我等より明白なる信仰の表白を要求し給ふ、パウロも亦斯かる態度に賛成しない、彼は信仰の表白は霊魂の救のために必要であると言ふて居る、是(271)れ抑も々何が故であらふ乎。
 我等は勿論、問はれざるに我より進んで我が信仰を世に吹聴するの必要はない、信仰は聖事である、是れは軽々しく人の前に曝出さるべき者ではない、余輩は此点に於て信仰表白を以て伝道の手段とする一派の基督信者に反対する者である、聖事をやたらに露出すれば終に聖事たらざるに至る、信仰の表白は容易に為すべき事ではない。
 余輩は又通常基督教会に於て行はるゝ所の信仰の表白なるものに少しも重きを置かない、是れ信者の前に於ける信仰表白である、多くの場合に於ては宣教師、牧師、伝道師等を歓ばせんための表白である、斯かる表白に何の苦痛もない、随て何の益もない、キリストは人の前に我を識ると言へと曰ひ給ふたのである、即ち彼がピラトやカヤパの前に彼のキリストたるを表白し給ひしやうに、暗らきを好む此世の人の前に表白せよと教へ給ふたのである、今の基督教会に於ける信仰表白なる者はキリストの此訓誡とは何の関係も無い者である。
 然らば我等は如何なる場合に於て我等の信仰を表白すべき乎と云ふに、不信者に問はれ、或ひは不信者が我等の信仰に就て疑惑を懐いて居る時に、彼等の前に於て、彼等の嘲弄と誹謗とを顧みず、我等の身に臨み来るすべての不利益と困難とを覚悟して、大胆に我等の信仰を表白すべきである、此場合に於ては勿論、教会に於て為さるゝ教会信者の表白の如く多くの言葉を用ゆるに及ばない、我等は何にも行々敷く「我は是を信ず、彼を信ず」と言ふに及ばない、然れどもキリストが其敵の前に於て為されしが如ぐ「我はキリストの弟子なり」とか、「汝等が言ふ如し」とか、極く簡短に、而かも全心の力を※[横目/卓]めて、キリストに対する我等の遵服を表白すべきである。
 而してキリストは斯かる表白に必ず報ひ給ふとの事である、而して斯かる表白は我等の救済《すくひ》のために必要であ(272)るとの事である、何故に爾うである乎。
 斯かる表白は我等の意志を強くする、随て我等の人格を堅くする、我等の信仰を確実にする、思想は之を衷に蔵《かく》して置いて常に混沌の状態に於てある、之を外に言表はして始めて確実になる、人の前に信仰を隠して之を言表はさゞる者は自身信仰を懐くと想ふと雖も実は未だ之を有たないのである、表白せざる信仰は半信仰に過ぎない、是れは未だ信仰と称するに足りない、信仰である、故に霊魂を救ふに足りない信仰である。
 故に恩恵に富み給ふ神は我等の信仰を確実にせんがために時々信仰表白の機会を我等に供し給ふ、而して我等此機会を利用し、人の面を懼るゝことなく、大胆に我等の信仰を世の人の前に表白して、我等は我等の眠らんとする信仰を醒まし、我等の死なんとする霊魂を活かすのである、然れども此機会を供せらるるや、大難の我身に臨みしが如くに感じ、懼れ戦慄き、何にかツマらなき理屈に訴へ、口を噤いで語らざらん乎、其結果は直に我等の品性に及び、熱心は冷へ、霊魂は萎へ、終に有りし僅かばかりの信仰までを失ふに至る、実に信仰の危機とは斯かる場合である、此時に方て「キリストを識る」と言ふのと、「識らず」と云ふのとに由て我等の永遠の運命は定まるのである。
 今や信者の世才頓に進み、信仰表白を無用視する「基督信者」は社会到る処に潜伏するに際し、キリストと使徒との言辞に由る余輩の此注意は全く無益ではないと思ふ。
 
(273)     キリストの僕たる余
                     明治42年3月10日
                     『聖書之研究』107号「雑録」
                     署名 柏木生
 
〇余はキリストの僕である、故にキリストが欲《この》み給はざること、又はキリストが為し給はざることは、為さんと欲するも為すことは出来ない、例へば余は単に金を得んために何事をも為すことは出来ない、若し為せばキリストは痛く余を咎め給ふ、爾うして若し余が彼の詰責の声に従はざれば、彼は余より彼の聖霊を奪ひ給ひて余をして無能なる者とならしめ給ふ、斯くて余は止むを得ず彼の命を奉ずるに至る、余も慾心の子供であれば、今まで幾度となく金を得んがために仕事を為さんとした、然し多くの辛らき経験に由て此事を再びせざるに至つた、余が何よりも欲する者は余の心に輝くキリストの聖顔である、是を取去られんことは余に取りては何よりも辛らくある、余はキリストの聖顔を見失はざらんがために金銭の奴隷とならざらんと欲す。
〇キリストの僕として余は又名を得んがために何事をも為し得ない、世には名を売るといふことがあるが、キリストの僕には斯かることは余りに馬鹿げきつて為すことが出来ない、我等は人に由て事を為す者でないから、人に知られるの必要は一つもない、我等は神に識られ、其使ふ所とならんと欲する、我等には此世の人は無いと同然である、恰かも日は照るも曇るも地は其形を変へざるが如くに、神に依る我等は誉らるゝも誹らるゝも少しも我等の意志方針を変へない、国賊の名も結構である、異端の称も結構である、我等の内心の状態より言へば誹ら(274)るゝは実は誉めらるゝよりも益が多いのである。
〇キリストの僕として余は政略を使ふことは出来ない、余は人の権威を藉りて事を為すことは出来ない、余はこの人かの人、この政府かの政府を賛成して何事をも為すことは出来ない、キリストは誠実の化身である、「永遠の然り」である、故に彼に属ける者に取りては「然り、然り、否な、否な」より以外のことはすべて罪である キリストは又絶対者であるから、彼は彼自身より他の者に対して余が余の全心を傾けることを許し給はない、余の去就はすべてキリストのそれに由て決せられるのである、キリストに就かない者に余は就くことは出来ない、鉄片がマグネツトに就くやうに余はキリストに就かんと欲する者である。
〇キリストは余の道徳的宇宙である、余は精神的には彼に在りて生き、働き、存る者である、故に余は彼を離れて何事をも為し得ない、恰かも木から落ちたる猿の如き者であつて世にキリストを離れたる余の如くに憐れなる者はない、キリストに従ふは余の徳ではない、是れは今は余の生存上の必要である、彼を離れんか、すべての恥辱と失敗とは余を待ちつゝある、余が誉れある生涯を送らんと欲せば余はキリストに縋るより他に途はない、憐むべき羨むべき者とは余のことである。
 
(275)     〔春風到る 他〕
                     明治42年4月10日
                     『聖書之研究』108号「所感」
                     署名なし
 
    春風到る
 
 寒冬去て春風到れり、富者は歓び、貧者も亦喜ぶ、神の恩恵はすべて斯の如し、万人に及んで人を択まず、而かも貧者の之を感ずること富者よりも大なり、吹けよ春風、吹けよ聖霊、而して万人の心を融和して天恩の豊けきを感謝せしめよ。
 
    希望の今日
 
 キリスト世に顕はれ給ひてより神学と教会との蔽ひ隠くす所となりて茲に千九百年、人は彼を拝し奉ると称して彼れならざる者を拝し来れり、然れども期《とき》は満てり、神の国は近づけり、今やキリストは誠に再び世に顕はれ給はんとす、聖書の新研究は旧き神学の石窟より世を照らす真の光を援《ぬ》き出さんとす、今は誠に希望の時なり、瑞星、ベツレヘムの天空に輝きてより以来、今日の如き福ひなる時は未だ曾てあらざりしなり。
 
    愛の安全
 
(276) 愛に懼れあることなし、全き愛は懼を除く、神を愛と解して神に就て何を信ずるも彼を涜すの懼れあることなし、福音を愛と悟りて聖書に就て如何に考ふるも誤謬に陥るの懼れあることなし、愛は律法を完うし又智識を完うす、愛は自由なり又大胆なり、愛に充ちて我等は鵬《おほどり》の翼に駕して智識の大空を飛行するも何の危険あることなし、貴きかな愛、安きかな愛! 約翰一書四章十八節。
 
    我がキリスト
 
 パウロのキリスト観は我れ之を彼の書翰に於て見る、マタイのキリスト観は我れ之を馬太伝に於て見る、マコのキリスト観は我れ之を馬可伝に於て見る、ルカのキリスト観は我れ之を路加伝に於て見る、然れども是れ必しもキリスト御自身にあらざるなり、我はキリスト御自身を見奉らんと欲す、故に彼等に由ると雖も必しも彼等に傚はざるなり、我は我がキリスト観を作らんと欲す、而して彼を我が主と称び奉りて我が全力を献げて彼に事へ奉らんと欲す。
 
    説と精神
 
 求むべきは説に非ず精神なり、常に進まんと欲する精神なり、此精神ありて説の如何は深く問ふべき所に非ず、現に永劫不動なる者あるなし、唯精神の永久に進歩的なるを要す、余輩にして此精神を此誌の読者に供し得ざらん乎、余輩は何物をも供せざるなり、然れども幸にして此精神の幾分かを供し得ん乎、余輩の供する説の如何に関はらず、余輩は或る永久的の善事を彼等のために為しつゝあるなり、願ふ、余輩は定説と教義との供給者に非(277)ずして、精神と生命との分与者たらんことを。
 
    説の進歩
 
 我に定説なしと云ふ者あらん、然り、我に固定せる説あるなし、我が説は常に生長す 我は既に多くの旧説を棄てたり、又今の説をも棄つることあらん、アブラハムの神イサクの神ヤコブの神は生ける者の神なりと云ふ、而して生ける者は絶えず生長す、我が説にして岩の如くに変らざる者ならん乎、我は死せる者にして我を保育する神も亦死せる神なり、活ける神に事ふる生ける者は日と共に新たならざるべからず、歳と共に進まざるべからざるなり。
 
    信仰の自然淘汰
 
 自然淘汰は天然の法則なり、天然の法則なるが故に亦神の法則なり、神は此法則に循ひて万物を完成し給へり、彼は又此法則に循ひて信徒を完成し給はざらん耶、弱き者は滅び強き者は残る、言ふを休めよ、是れ無慈悲なる法則にしてキリストの法則に非ずと、キリスト御自身は言ひ給へり、
  それ有てる者は予へられて尚は余りあり、有たぬ者はその有てる物をも奪はるゝ也
と。馬太伝十三章十二節。
 
    独立伝道の効果
 
(278) 信仰の弱きを憐み、堅き物を食ふ能はざればとて乳を以て之を養ふ、是を教会の事業となす、然るに如何せん、弱き者は何時までも弱く、十数年を経るも猶は乳房を離れず、偶々之を乳母の手より放てば直に不信の路傍に餓死す、若かず始めより乳を以て養はざらんには、若かず始めより独立信者たらしめんには、独立伝道は厳父の伝道なり、慈母のそれの如く優しからずと雖も、其最後の効果に至ては遙かに補助伝道のそれに勝さる、伝道の事に関しては余輩は今に猶ほ余輩の採り来りし方法を改むる能はざるなり。
 
    谷の百合花
 
 純信徒の団体あり、人は其所在を知らず、余輩も亦之を人に告げず、彼等に蹂躙られんことを恐れてなり、然れどもその実在するは確かなり、或ひは空谷に在り、或ひは草木に隠る、教則と教職とを識らず、教義と儀式とあるなし、峰の桜の如き者、谷の百合花に類したる者、世の教会に於て見る能はざる純信徒なり、
  エルサレムの女子等よ、我れ汝等に誓ひて請ふ 我が愛する者の自から起る時まで殊更らに彼を喚起し且つ醍す勿れ(雅歌八章四節)、
 世の宗教家等よ、我れ切に汝等に請ふ、是等の純信徒を妨ぐる勿れ、彼等が自から起つ時まで汝等の荒らき不熟練なる手を以て殊更らに彼等を喚起し又醍す勿れ。
 
    信者の名実
 
 宣教師某あり、余輩が基督信者にあらざる理由十六ケ条を数へられしと云ふ、余輩之を聞て身に戦慄せざるを(279)得ず、然り、余輩は基督信者にあらざるべし、然れども神の奇《くす》しき恩恵の続々として余輩に臨むを如何せん、余輩は基督信者の名は喜んで之を教会と其信者に譲るべし、然れども余輩に臨む神の恩恵は余輩之を受けざらんと欲するも能はず、余輩は自から進んで基督信者なりと称する者にあらず、神の恩恵余輩に臨んで余輩をして止むを得ず基督信者たらしむるなり、余輩の罪は積んで山を為すも神が余輩を恵み給ふ間は余輩は基督信者たらざらんと欲するも能はざるなり。
 
    内と外
 
 肉の事に就ては普通の人たれ、霊の事に就ては特別の人たれ、世が見ては普通の農夫たれ、普通の職工たれ、普通の商人たれ、然り、止むを得ざる場合に於ては普通の官吏たるも可なり、然れども神の眼より見ては此世の属たる勿れ、籍を天国に置く聖徒たれ、キリストと偕に歩む神の子たれ、外《そと》は他の人と異ならんと欲する勿れ、唯内に神の光を宿して暗き世に在て其暗黒を照らすべし、ナザレのイエスに鑑みよ、彼は身は木匠《だいく》に在《ましま》して霊は神の独子に在せり。処世の方向に迷ふ青年某に語りし所。
 
    我が矛盾
 
 我に大なる矛盾あり、我は其事を自認す、我は自身、円満無欠の人なりと言はざるなり。
 我は己れに自由意志ありと云ふ、然れども我は又我が救はるゝは我が意志に由るに非ず、神の聖意に由ると言ふ、茲に確かに大なる矛盾あり、而して此矛盾あるに関せず、我は我が自由の人なるを信じ、又神は我が意志の(280)如何に関せず、其恩恵ある聖意を我が上に行ひ給ふを信ず。
 我は人はすべて救はるべしと言ふ、然り、既にすべて救はれたりと言ふ、然れども我は又召さるゝ者は多くして択まるゝ者は尠しと云ふ、茲に確かに大なる矛盾あり、而して此矛盾あるに関せず、我は万人の救拯を信じ、又少数者の聖別を信ず。
 我は人は先づ神に愛せらるべしと云ふ、然れども我は又人は先づ神を愛すべしと云ふ、即ち神に対する受身的の愛を説くと同時に又活動的の愛を説く、茲に確かに大なる矛盾あり、而して此矛盾あるに関せず、我は人に向て、神に愛せられよと勧め、又神を愛すべしと告げて止まず。
 我が矛盾は之に止まらず、猶ほ此他にも甚だ多し、而して我は我が矛盾を調和せんと努めざるなり、そは是れ我れ一人に限る矛盾にあらずして、聖書に示され、人生全般に渉る矛盾なるを知ればなり、矛盾は人生の事実なり、而して事実は事実として之を受くべきなり、矛盾を恐れて事実を信ぜざらん乎、人は何事をも信じ得ざるに至る。
 詩人ホヰツトマン曰へるあり
  我に大なる矛盾あり、そは我は大なればなり
と、人は何人も神に象られて無限大に造られし者なり、故に矛盾は彼に於て免がるべからず、人は唯悪意的に矛盾ならずして善意的に矛盾ならんのみ、小人的に矛盾ならずして巨人的に矛盾ならんのみ、矛盾は敢て恐るゝに足らざるなり。
 
(281)     天然詩人としての預言者ヱレミヤ
                     明治42年4月10日
                     『聖書之研究』108号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
  (引照はすべて耶利米亜記よりす、本文はドライバー博士の英訳に依る) 預言者は詩人であり、詩人は預言者である、二者の間の区別を立てることは甚だ難い、預言者は神の旨を伝ふる者であつて、詩人は天然の心を語る者であると言ふても二者の間の区別は立たない、何故となれば神の旨を解せざれば天然の心は解らず、天然を解せざれば神の旨は解らないからである、故にすべての預言者は能く天然を解し、すべての詩人は能く神の旨を知る、預言者も詩人も均しく直に神より遣られたる者であつて、人よりに非ず又人に由らず、直に神に由て立てられたる者である、若し強いて両者の間に区別を立てんとするならば余輩は預言者は昔の詩人、詩人は今の預言者と謂ふのが最も適切であると思ふ、二者は同階級の人である、儀礼に重きを置く儀式家《リチユアリスト》、文字を争ふ神学者の正反対に立つ者であつて、活きたる神に最も近く立つ者である。
 而して預言者の中でもヱレミヤは殊に詩人的である、彼の濃かなる婦人の如き情緒は自づと麗はしき詩の言辞を以て現はれた、彼の預言に組織立つたる所は無い、彼の言辞は喊声にあらざれば嘆句である、哀歌にあらざれば短詩である、心情其儘の噴出であつて、其秀美なるは主として其点に在る。
   嗚呼、我腸よ我腸よ、我は痛む、
(282)   我が胸板よ、我が心は我が衷に悲む、
   我は黙する能はず、
   我は喇叭の声、戦争《たゝかひ》の喊《さけび》を聞けばなり。
       *       *       *       *
   我れ地を見しに形なく又虚しかりき、
   天を見しに光なかりき、
   山を見しに皆な震ひたり、
   すべての丘は動揺ぎたり、
   我れ視しに人は絶えたり、
   空の鳥はすべて飛去れり、
   田園は曠野《あれの》と化せり、
   すべての邑はヱホバの前に壊《くづ》れたり、
   其激しき怒の前に壊れたり。
            (四章十九節以下)
 是れ其一例に過ぎない、而かも能くヱレミヤの文体を代表する者である、
文字に彼の熱情が写りて、彼の血管の脈拍を感ずるが如くに覚ゆる。然し余輩は今茲に彼の預言全体に就て語らんと欲するのではない、彼を天然詩人として観んと欲するのである、誠にヱレミヤは預言者中のウオルヅオスである、彼は天然を感ずること甚だ敏(283)く、随て彼の思想は善く天然の言辞を以て現はれた、彼は勿論神の預言者であつたから、殊更らに天然を歌はんとは為なかつた、巴旦杏《あめんどう》も無果樹も、鶴も、斑鳩《やまばと》も、燕も、雁も、豹も駱駝も、彼に詩題をば供しなかつた、然しながら彼の国人に神の聖旨を伝ふるに方て、詩人的なる彼は自づと是等の天然物を以て語つた、常に深く天然と親しみ、善く其心を解つた者でなければ斯くも自由に、且つ適切に天然を以て神の情を語ることは出来ない、余輩は耶利米亜記を読むたび毎に思ふ、若しアナトテの祭司の子なる此青年が神の捕ふる所となりて、預言の職を強いらるゝ事がなかりしならば、彼は第一等の詩人となりて世界の文学を飾つたであらふと。
 
 ヱレミヤは彼が蒙りし最初の黙示に天然物を以て接した、彼れ預言職に就きてよりまだ間もなく、一日郊外に出で、呑まだ寒きに巴旦杏の樹の其梢に白葩を噴出するを見てありしに、ヱホバの言は彼に臨みて曰ふた
  ヱレミヤよ、汝、何を見るや
と、彼は答へて曰ふた
  我れ巴旦香の枝を見る
と、時にヱホバ彼に言給ひけるは
  汝、善く見たり、そは我れ我言を為さんとて醒むればなり
と(一章十一、十二節)、巴旦杏、ヘブル語にて shaked と謂ふ、「醒むる」の意である、我国の梅に似て春の魁として冬の真中に其花を開くが故に斯く称せらる、而して醒むる樹の花咲くを見て預言者の心に直に浮びしは醒むる神の存在である、今や不義は横行し、正義は眠り、神も亦眠り給ひしかの如くに思はれて、預言者の信仰は将(284)さに消えなんとした、然れども目を挙げて看よ巴旦杏の枝を、醒むる樹の梢の白団々たるを、天地は未だ全く眠らず、ヱホバは世と共に眠り給はざるなり、
 視よ、イスラエルを守り給ふ者は微睡《まどろ》むことなし、又寝《ねぶ》ることもなし(詩篇百二十一篇四節)、
 醒むる樹、寝らざる神と、預言者は巴旦杏を見てヱホバを聯想した、彼の消えなんとする信仰は百花の魁なる此花を見て復活した、神は巴旦杏を以て預言者に語り給ふた、ヱレミヤはシヤケド(醒むる樹)に由てシヤコド(醒むる者)の心を識つた、茲に天然物は預言的に解釈されて、神の言は之に由て預言者に臨んだ。
 惟りパレスチナの巴旦杏に限らない、我国の梅の花とても同じである、梅は春の魁であつて又復興の預言である、梅の咲く所に寝らざる神は在し給ふ、霜雪地を閉ぢて万籟声を潜め、世は蕭条の冬と化して、革正の希望全く絶えんとする時、梅花の一枝は吾人に公義来復の希望を供すべきである、吾人は梅花の開くを見て不信者の如くに
  梅の花春より先きに咲きにけり
     見る人稀れに雪は降りつ1
と歎ずべきではない、預言者ヱレミヤの心を以て
  梅は咲けり、不義の冬は将さに去らんとす、
  ヱホバは今より其臂の力を顕はし、聖国の春を此地に来らし給ふ
と唱ふべきである、今や此国に預言者ヱレミヤは居らざるも、巴旦杏に似たる梅は在る、吾人は之を見て彼に臨みたると同じ黙示を吾人の心に受くべきである。
(285) 早咲の巴且杏に寝らざる神の守護と活動とを識りし預言者は天空《そら》翔る鳥に民の心の頑硬にして済度し難きを見た、彼はイスラエルの民を責めて言ふた、
  天空の鸛《こうどり》は其定められたる期を知り、斑鳩と鶴と燕とは其来る時を守る、然れども我民はヱホバの律法《おきて》を知らざるなり(八章七節)
 茲に其名を列ねられたる鳥はすべて所謂る候鳥《わたりどり》である、鸛《こうづる》は鷺に似て夫れよりも稍々大きく、冬は赤道直下、阿弗利加中部にありて、春来ると同時に北の方パレスチナ地方に移転する鳥である、斑鳩、鶴、燕、亦同じく時期を定めて南北に移動する者である、其移転の、時期を誤らざるを目撃せし預言者は之と対照して彼の国民の心の変遷常ならざるを歎ぜざるを得なかつた、鳥の移転は其本能に因り、人の変心は其意志に因ると言ふと雖も、人にも亦道義的本能と称すべき者があつて、彼が神と其定め給ひし律法を知るは重もに此本能に因るのである、若し人にして神を離れざらん乎、彼は意力を以て努むることなくして、彼の本能の欲する所に循て人たるの本分を尽し得るのである、即ち鳥が本能に由て還るべき時を知り、往くべき道を知るが如くに人も亦天賦の本能に由て彼を造りし神を知り又之に到るべき途を知るのである、人に神を知る本能が無いのではない、彼は罪に由て之を失つたのである、此点に於て人は確かに鳥や獣に劣て居る、視よ、本能の力の如何に偉大なるを、西此利亜の曠野、北氷洋の岸、短かき夏の光に高く茂る葦の中に孵化されし水島は秋至れば其発生の地を去りて、亜爾泰、喜馬拉の嶮を越えて遠く印度の叢林に移り、茲に三冬の寒を避け、春至れば又北へ北へと復たび其発生の地に還るにあらずや、彼等を大空の中に導くに羅針盤あるに非ず、彼等に危険の在所を示す空中案内あるに非ず、而か(286)も神は本能を以て彼等を導き、彼等をして年に二回、地球の周囲四分の一に渉る長途の旅行を為さしめ給ふに非ずや、鳥類の移転は博物学者も未だ解し得ざる天然の秘密である、本能は道理以上、意志以上の力である、之を失ふは大なる損失である、之を保存し、又回復するは大なる利益である、而して鸛と斑鳩と鶴と燕とは之を失はない、然しイスラエルの民は之を失ふた、預言者は此事を思ふて長大息せざるを得なかつた。
 日本にも亦鸛(Ciconia boyciana)がある、鳩の類には斑鳩、雉鳩、紅鳩、金鳩、糸鳩《あをばと》等がある、鶴には那鶴、鍋鶴、黒鶴等がある、蕪《つばめ》には普通の燕の外に、琉球燕、腰赤燕、しやうどう燕等がある、何れも候烏であつて、時期を定めて此地に来り、時期を定めて此地を去る者である、彼等は今も猶ほ其往来の時を忘れない、燕は必ず其生れし巣に還帰し、其、曾て受けし主人の恩を忘れず、秋来れば宇宙何処となく飛去ると雖も、春来れば必ず復た旧の古巣に帰り来る、然れども人は如何、基督教徒と称する者は如何、彼等は燕に優さる所あるか、彼等来る時に何ぞ慇懃なる、彼等去る時に何ぞ乱暴なる、彼等は去て遠く北洋に往きしにあらず、而かも主家の恩は既に忘却して其門前を過ぐるも敢て之を訪はんとしない、而して人なる主人に対して斯くも浮薄なる彼等は主なる神に対しては更らに不虔を極め、神を信ずると称するも実は彼を利用するに過ぎない、彼等は実に燕に劣り、鳩に劣り、鷺に劣る、彼等は人なるが故に少しも貴くない、預言者イザヤは彼等如き者に就て言ふた、
  牛は其主を知り、驢馬は其主人の厩を知る、然れどイスラエルは知らず、我民は覚らざるなり
と(以賽亜書一章三節)。
 
 天然は善きをも示し亦悪しきをも示す、天然は実物を以てする善悪の解説である、鷺は白きを示し、鴉は黒き(287)を示す、羊は優しさを示し、虎は猛きを示す、鳩の如く従順(おとなし)く、蛇の如く智くあれとはキリストの教訓である、而して性来《うまれつき》の天然詩人たりし預言者は能く天然の此両面を解した。 鸛と鳩と燕とは善く其時を守るに由て智慧を示し、鷓鴣は無益の業に従事するに由て愚を示す、イスラエルの民は燕に劣る、而して世には又鷓鴣に似る者あり、其人は誰か、預言者は曰く
  鷓鴣の己れの生まざる卵を抱くが如く、義に由らずして財を獲る者あり、其人は命の半ばにして之を離れ、其終りに愚かなる者と成るべし
と(十七章十一節)、事実然るか否かは知らず、然れども鷓鴣の牝鶏は他の鳥の卵を集め、之を翼の下に覆ひて己が雛を得んとするも、其己が生みたる卵にあらざるが故に孵化せし雛は飛去て跡なく、彼女の労は無益に終るとは昔時の民の一般に信ぜし所である、此事を疑はざりし預言者は不義の富者を愚なる職場の牝鶏に譬へて曰ふた
  正道に由らずして産を作りし人は鷓鴣の如し、其産は彼の生命半ばにして翼を生《はや》して飛去り、彼は生涯の終りに於て大なる馬鹿を見るべし。
 滑稽を混へたる詰責の言辞である、而かも不義の富者を評し得て余りある言辞である、己が生まざる卵は己が子でない、之を孵化するは全く無益の労である、義に由て作らざる産は己が産ではない、いくら骨を折て之を培養すればとてその長く己が身に附き居る筈はない、悪銭身に附かず、不義の産羽翼を生じて飛去る、政権を利用し、愚民を欺き、百千万の富を作りたればとて其富は窃みし富であつて正当に己に属けるものではない、鷓鴣に鑑みよ、鷓鴣の愚を学ぶ勿れ、世の蓄財に余念なき者よと、預言者ヱレミヤは言ふたのである。
(288) 鳥を以て責め、鳥を以て諭せし預言者は又獣を以て説き獣を以て教へた、罪に沈める民は天空を飛ぶ鳥に譬ふべくよりは寧ろ地を匍ふ獣に較ぶべきである、イスラエルの民を何にか譬へん、預言者は曰く
   彼等は此処其処と走廻る若かき牝駱駝なり、
   彼等は又曠野に慣れたる野の牝驢馬なり、
   其慾に駆られて風に喘ぐ、
   其慾の動く時に誰か之を制し得んや
と(二章廿三、廿四節)、是れ詩歌の境を脱して激越の言である、而かも道理の境を脱して肉慾の要求是れ道とする民に対しては最も適切なる言である、詩は必しも麗詞ではない、時に耻の裸体を発くも亦詩人の天職である。
 
 漢語に豹変の熟語がある、善に遷るの義であつて、豹の皮毛の変更して文をなすこと、彬蔚たるが如きことを云ふなりとある、故に易経に「君子は豹変し、小人は面を革む」とある、然しながらヱレミヤの観たる豹は全く之と異なる、彼の観たる豹は変らざる豹である、其黒き圜《まる》き斑文は終生其皮毛に存し、除かんと欲して除く能はず、洗はんと欲して洗ふ能はず、茲に於てか彼の有名なる「豹の斑駁《まだら》」の比喩が出たのである、
   エチオピヤ人其皮膚を変へ得るか、
   豹、其斑駁を更へ得るか、
   若し之を為し得ば悪に慣れたる汝等も善を為し得べし(十三章廿三節) エチオピヤ人は性来の黒人である、彼等は如何に望むとも其黒檀色の皮膚を変じて雪の肌となすことは出来な(289)い、豹の斑駁は性来の汚点である、是れ洗ふも磨くも除くことの出来ない者である、其如く罪に生れ、其中に成育ちたる人の罪は性来の罪である、之を除かんとするはエチオピヤ人が其皮膚を変へんとするが如く、豹が其斑駁を除かんとするが如く難い、是れ到底人力を以て為すことの出来る事でない、預言者が他の所にて日ひしが如く
  人の心は万物《すべてのもの》よりも偽はる者なり、是れ改善の希望なきまでに悪し(十七章九節)、
 黒人の皮膚と豹の斑駁、之に加ふるに人の心、世に変らざる者は是れである、道徳は説かるゝも、政治は改めらるゝも、美術と学術とは如何に進歩するとも、変らざる者は人の心である、是れ絶望的に悪しき者、之を改むるの力は人より出づるに非ずして神より来らなければならない、故に此絶望の言を発せし預言者は後に改更の希望を述べて曰ふた、
  ヱホバ曰ひ給ふ、
  視よ、時は到らんとす、
  我れイスラエルの家とユダの家とに新たに契約を立てんとす、
  是れ我が曾て彼等の先祖の手を取りてエヂプトの国より彼等を導き出せし時に彼等に立てし契約に循《よ》る者に非ず、
  此契約は彼等之を破りたり、我れ彼等に対して善き夫たりしに関はらずとヱホバ曰ひ給ふ、
  然れども我が後の日にイスラエルの家に立てん所の契約は是なるべしとヱホバ曰ひ給ふ、即ち
  我れ彼等の真に我律法を置くべし、
(290)  我れ是を彼等の心の上に記すべし、
  我は彼等の神となるべし、彼等は又我民となるべし、
  彼等は復たび各人其隣人に告げ、又各人其兄弟に告げて「汝、ヱホバを識れ」と言はざるべし、
  そは小なる者より大なる者に至るまで悉く我を識るべければ也とヱホバ曰ひ給ふ、
  そは我れ彼等の不義を赦し、其罪を復たび思出さゞればなり。(三十一章卅一卅四節)
 エチオピヤ人の皮膚も終には雪の如く白くなるべし、豹の斑駁も終に除かれて汚《しみ》なき穢れなき羊の如くなるべし、而して罪に慣れたる人の心も、意志の力に由てに非ず、教師の訓誡に由てに非ず、神の無限の恩恵に由て聖き全き者となるべしと、預言者は責むるばかりではない、又慰む、傷けるばかりではない、又癒す、豹の斑駁を以て始め、天使の衣を以て終る、預言者は畢竟するに訓慰師《なぐさむるもの》である。
 
 ヱレミヤの詩人的観察は草木禽獣の生物に止まらない、山川礦石の無生物に及んだ、而かも彼は小にして手近かなるを択らんで大にして宏速なるを避けた、大瀑を歌はずして小泉を讃へた、岩石に此べずして宝玉に喩へた、詩人としてヱレミヤの秀美なるは其引用物のすべて素撲なるに在る、彼が国人の罪科を天に訴へたる言辞に左の如き者がある、
   天よ、此事に駭《おどろ》け、
   甚く慄《おのゝ》けよとヱホバ曰給ふ、
(291)   彼等は活ける水の泉なる我を棄て、
   己がために水溜《みづため》を掘れり、
   水を保たざる壊れたる水溜を掘れり。 (二章十二、十三節)
「活ける水の泉」とは滾々として湧出て涸るゝことなき天然の泉である、之に対して水溜は人の作りし者であつて、其量は少なく、其供給に限りがある、天然の泉と人為の水溜、神と政府又は教会、前者は無限であつて後者は有限である、前者は常に新鮮であつて、後者は常に腐敗して居る、而かも人は好んで神を去つて官吏と役者に寄る、水を保たざる壊れたる水溜なる政府と教会に依る。
 
 金剛石は石の中で最も堅い者である、之を以て岩の面をも容易に刻むことが出来る、此事を知りたる預言者はユダの罪を述べて曰ふた、
   ユダの罪は鉄のペンを以て書かる
   金剛石の尖を以て記さる
   彼等の心の石碑の上に刻まる
   彼等の祭壇の隅に※[金+雋]《えりつ》けらる
と(十七章一節)、ユダの罪は鉄のペン、金剛石の尖を以て其心の石碑の上に刻まると云ふ、実に強い言葉である、(292)善く金剛石の堅きと人の心の頑硬《かたくな》なるとを識る者にあらざれば此言を発し得ない。
       *     *     *     *
 此他耶利米亜記全篇を通うして之に類したる言は少くない、余輩は此書を読む毎に英国詩人ジヨン・ゲイの有名の作なる『牧者と哲学者』の中の左の一句を想出さゞるを得ない、
   天然の法則を探り
   其真理より訓誡を引かん乎
   人は学問に依ることなくして
   能く賢且つ善且つ智なるを得べし。
 
(293)     イエスは何故に人に憎まられし乎
                      明治42年4月10日
                     『聖書之研究』108号「研究」
                      署名 内村鑑三
 
 世に未だ曾てイエスほど善き人は無つた、其れと同時に又未だ曾てイエスほど人に憎まられし者は無つた、彼は柔和であつた、すべての人を愛した、争論を嫌つた、何物をも己に求めなかつた、然るに彼は誰にも愛せられなかつた、彼は竟にすべての人の憎悪の焦点となつて十字架に釘けられた、是れ抑々ドウ云ふ訳であるか、善人はすべて人に愛せられ、敬はるべき者であるに、何故にイエスのみはすべての人に憎まれし乎、何故に彼の兄弟も、郷党も、教会も、国人も、竟には彼の弟子までも、此柔和なる神の羔を憎んだか、是れには何にか深き理由がなくてはならない。
 イエスが人に憎まられし理由の一つは確かに彼が常に正義を採て動かざりし事であつたに相違ない、
  人、其悪しきに因りて光を愛せず、反て暗《くらき》を愛す、凡て悪を為す者は光を悪み、其行を責められざらんがために光に来らず(約翰伝三章十九、廿節)。
  イエス彼等に日ひけるは………世は汝等を悪むこと能はず、我を悪む、そは我れ彼等が行ふ所は悪しと証《あか》しすればなり(仝七章七節)。
 イエスの放ちし光の余りに熾烈なりしがために彼は多くの人に悪まれた、梟《ふくろ》と鴟《みゝづく》とは日光を嫌ふ、俗人は清士(294)の席に堪え得ない、世が光の証明者なるイエスを悪みしはその罪に定められんことを恐れてゞである。
 然しながらイエスは罪の詰責者ではなかつた、彼は明かに罪を認め給ひしも、左ればとて之を摘発し其暴露を悦び給ふ者ではなかつた、否な、事実は其正反対であつて、彼は罪を責むる者なるよりも寧ろ之を赦す者であつた、サマリヤの婦人に五人の夫のありしことを認め給ひしと雖も、彼女が話題を転じて彼の詰責を避けんとせしや、彼は彼女の罪を迫窮し給はなかつた(約翰伝四章)、又奸姪を為したる時其まゝ執へられし婦人に対しても彼はたゞ
  我も亦汝の罪を定めず、往て再び罪を犯す勿れ
と曰ひ給しに止つて、其他を問ひ給はなかつた、イエスは実に税吏《みつぎとり》と罪人との友であつた、彼の如くに罪人の近づき易い人は無かつた、人の罪を責むるに酷なりしはイエスでなくして彼の敵対に立ちし当時の宗教家なりしパリサイの人であつた、イエスは罪人に対しては寧ろ寛大に過ぎて苛酷ではなかつた、彼は当時の宗教家の罪の叱責に堪え得ずして泣き悲む彼の国人に告げて曰ひ給ふた、
  凡て疲れたる者、又重荷を負へる者は我に来れ、我れ汝等を休ません、我は心柔和にして謙遜りたる者なれば我軛を負ひて我に学べ、汝等心に平安を獲べし
と(馬太伝十一章廿八、廿九節)、此言を発せしイエスは決して冷酷なる宗教家又は無慈悲なる神学者の類ではなかつた、故に彼が人に悪まれたのは、侃々たる正義の唱道以外、何にか他に原因がなくてはならない。
 而して其原因は之を発見するに難くない、イエスは其道徳が他に優れて余りに高潔なりしが故に人に憎まれたのではない、彼が彼の父なる神に忠実ならんとして人には何人にも与せざりしが故に、それがためにすべての人(295)に憎まられたのである、即ち彼は無党派、無教会、無国家なりしが故に、すべての党派、すべての教会、すべての国人に憎まられたのである、世に孤独なる者とて神と偕に在る者の如きは無い、而かもイエスは神をのみ友としたる者である、世は斯かる者を納れない、此世はすべて党派である、党派でない者は此世の者ではない、党派は常に相互に争ふと雖も、何れの党派にも属せざる者はすべての党派の斥くる所となる、世は党人を嫌ふと雖も、絶対的に党派を離れたる者は、之を恐れ之を諱みて止まない、イエスが全然世の斥くる所となりしは半ばは此恐怖、半ばは此嫌悪に因るのである。
 然るにイエスは如何であつた乎と云ふに、彼は或る意味に於ては彼の家族をさへ認めなかつた、彼は彼を我子と思ひ、親の命とあれば何事も之に従ふべき者と信ぜし彼の母マリヤに告げて曰ふた
  何故我を尋るや、我は我父の事を務むべきを知らざる乎
と(路加伝二章四十九節)、如何にも母を蔑ろにしたるが如き言である、又曾て彼が説教しつゝありし時に彼の母と兄弟とが戸外に立て彼を尋ねつゝありと云ふを聞いて、彼は聴衆の上に彼の両手を伸べて日ふた
  我母、我兄弟とよ、それ神の旨に従ふ者は是れ我が兄弟、我が姉妹、我が母なり
と(馬可伝三章卅三節以下)、是れ実に彼の一族を無視したる言であつて、普通の道徳を以てしては到底赦すべからざる者である、イエスには或場合には母も無つた、兄弟も姉妹も無つた、但神があつたのみである、ヨセフの家もなかつた、ダビデの血統もなかつた、唯神と神が彼に賜ひし霊の兄弟姉妹があつたのみである、故に彼の兄弟も彼を信ぜざりしとの事である(約翰伝七章五節)、彼等は多分彼の在生中は彼を疑ひ、彼を悪んだであらふ、彼等は屡々相互に言ふたであらふ、骨肉を疎んじ、他人と親む者は家に背き道に乖《もと》る者であると、斯く言ひて(296)彼等はイエスの行為に就て屡々大なる不快を感じたであらふ。
 彼の家人に対して爾うでありしイエスは彼の居村に対して又彼の家郷に対して爾うであつたのである、彼は特別にナザレの村のためにも、亦ガリラヤの州のためにも尽さなかつた、彼は彼の故郷の産せし有名人物と名乗て之に名誉を帰せんとするが如き事を為さなかつた、彼は世界の有である、ナザレ一村の有でない、彼は人類の有である、ガリラヤ一州の有ではない、故に彼れ故郷に帰るや、郷人相集つて彼に一席の説教を乞ひ、彼の口より出でし恩恵の言を聞き、之を奇み且つ称讃《ほめ》し時に、彼は少しも彼等の歓迎に心を奪はるゝことなく、他国に於て為せしと同じ奇跡を亦彼等の前に於て為すべしとの彼等の要求は断然之を斥け、返てイスラエルの歴史を引いて、預言者は其家郷にては敬重《たふと》まるゝ者に非ずとの実例を述べた、之を聞きたるナザレ人は大に憤り、起てイエスを邑の外に引出し、投下さんとて邑の建ちたる山の崕にまで曳往きたりとの事である(路加伝四章十六−卅二節)、郷人の歓迎を悦ぶのは誰しもの情であるが、イエスは断然之を斥けたのである、彼等はナザレの出身者として彼を以て全国に向て誇らんとした、然かれども彼は彼の郷人の斯かる虚栄の器具とならんことを全然骨じなかつた、彼は神の属である、世界の救主である、一村、一郷の専有物ではない、ナザレの村民は此事を知るべきである、而して彼等をして此事を知らしめんがために彼は茲に此峻厳の態度を取り給ふたのである。
 ナザレのイエスに非ず、又ガリラヤのイエスにあらざりし彼は猶太国のイエスなりしかと云ふに、爾うでなかつた、彼は彼の公生涯の首途に於て政権を握て国を救へとの悪魔の誘惑は全然之を斥けた、彼は終生国事には携はり給はなかつた、彼は彼の在世当時、猶太国に於て盛に行はれし羅馬の羈絆より脱せんとする猶太人の愛国運動には一切加担し給はなかつた、彼は猶太国の亡びんことを預想して此事を悲んで止まざりしも、然ればとて其(297)政治的独立を謀らんがためには彼は一臂の力をも貸し給はなかつた、是れ愛国心に富める彼の国人と弟子とが彼に就て常に怪んで止まざりし所であつた、イエスは政治に全く無頓着であつた、彼に愛国の心は有つたが、彼は之を国威宣揚のために顕はさなかつた、彼の弟子に愛国党のシモンは有りしかども(カナンのシモンと杯せられしは是れである)、彼れ自身は此党に何の関係をも有たなかつた、彼は多分此党よりしては屡々国賊、売国奴を以て目せられたであらふ。
 郷党に組みせず、政党に与からざりしイエスは此世に在て此世の者でなかつた、去らば彼に彼の身を託する教会ありし乎と云ふに、是れ又彼には絶対的に無かつた、彼の在世当時に猶太国に二大教派があつた、其一はサドカイ派であつて、其他の者はパリサイ派であつた、サドカイは神殿を司る儀式派であつて、パリサイは聖経を護る実行旅であつた、当時の宗教家は此二大派の中孰れにか身を投ぜざるを得なかつた、二者の間に常に争論宗議の絶えざりしは言ふまでもない、彼等は猶太国の宗教界を彼等の間に二分せし乎の如くに思ひ、彼等の配下に属せざる者とては之を信仰の人として認めなかつた。
 然るにイエスは両派孰れにも属し給はなかつた、彼れ曾て聖殿を清め、サドカイ派の歓心を己に惹きしことありしと雖も、彼等の更らに彼より休徴《しるし》を要求するに遭ふや
  汝等此|殿《みや》を毀て、我れ三日にて之を建てん
と言放ちて彼等の此要求を斥けた、サドカイ派は茲に彼を其中に引入れんとするの希望を絶ちて、其後は常に彼の反対に立て彼を苦めた(約翰伝二章十二節以下)、而して此事を見て取りしパリサイ派は奇貸、居くべしとなし、彼を己れの教派に引入れて大に其教勢を張らんとし、其長老の一人ニコデモを送り、彼をして窃かに彼に入会を(298)勧めしめんとせしも、訪ひし者は返て訪はれし者の説破する所となりて、其訪問の目的を果たし得ずして茫然として立還りしと云ふ始末である(約翰伝三章)、斯くてイエスの眼中にはサドカイ派あるなく又パリサイ派あるなく、唯神と其福音あるのみであつた、故に彼は何の憚かる所なく当時の宗教家を罵て曰ふた、
  噫、汝等禍ひなるかな、偽善なる学者とパリサイの人よ
と、人に由て事を為さんとは毛頭思はざりしイエスには教派に属して其勢力を借りるの必要は毫もなかつた、神は教会以上である、真理は宗義以上である、神と真理とに身を委ねし者は一宗一派に己を投ずることは出来ない、神のためには母をも拒みしイエスはサドカイ、パリサイの両大派をも拒んだ。
 斯くてイエスは絶対的に孤独であつた、彼は彼の家人を怒らし、郷党を怒らし、国人を怒らし、教会を怒らした、彼に取りては地上に於て彼の頼るべき者とては何にもなかつた、洵に彼が曾て彼に従はんと欲せし或る学者に告げ給ひしが如く、
  狐は穴あり、天空の島は巣あり、然れど人の子は枕する所なし(馬太伝八章廿節)
であつた、人は郷人の同情を説くもイエスには夫れはなかつた、人は国民の後援を語るもイエスには夫れはなかつた、人は教会の保護を口にするもイエスには夫れはなかつた、イエスは社交的には全く赤裸々であつた、頼りなき、助けなき者とてイエスの如きは無かつた。
 此人世の無宿者、浮浪人………人は拳て此人を憎まざるを得なかつた、家のためにも尽さず、村のためにも尽さず、地方のためにも尽さず、国のためにも尽さず、又孰れの教会のためにも尽さず、唯、神と人類とのために尽すと称す、国人は挙て此人を憎まざるを得ない、故に他の事に於ては常に相反目して止まざりし党派も此事に(299)於ては相一致し、愛国党はヘロデ党と一致し、サドカイ派はパリサイ派と結び、歩調を一にし運動を共にして、此罪なき門外漢を十字架に釘けたのである、恰かも一羽の白鳥が鴉の群に入りしが如く、党派なき者が党人の中に入りて此悲惨の運命に遭遇せざるを得ない、イエスが人に憎まれしは彼が取りし超然の態度に因る、世に超然主義を唱ふる者多しと雖もイエスの如くに此主義を完全に実行したる者はない、而して此主義を実行せんと欲する者はイエスの如くにすべての人に憎まるゝことを覚悟しなければならない。
 超然主義を実行するは斯の如くに困難である、然しながら此主義を実行するに由てのみ真個の平和は世に臨むのである、世に党派の存在する間は争闘は止まない、我が村と云ひ、我が地方と云ひ、我が国と云ひ、我が教会と云ふ者の存在する間は世に競争、戦争、論争は絶えない、我れと我が有なる者全く無きに至つて世に天国は来るのである、イエスに此嫌ふべき「我れ」は無つた、故に彼は人の「我れ」に由て成る団体又は党派に己を委ぬることは出来なかつた、人はすべて主我の人であるのに彼れのみは無我の人であつた、而して主義の人は党を結ぶも争闘の人であつて、無我の人は孤独なるも平和の人である、イエスは猶太人として羅馬人と争はなかつた、パリサイの人としてサドカイの人と争はなかつた、然し無我の人として主我の人と争つた、平和の人として争闘の人の殺す所となつた。
 然しながら万人の憎悪の焦点と成つて殺されしイエスは茲に万人平和の途を開き給ふた、彼を殺すことに於て始めて相一致せしすべての党派は彼を殺して始めて党派分立の理由を了つた、党派は党派のために在るのではない、人の利慾が之を在らしむるのである、党派は偶像の如き者である、人は之に事ふるが如くに見ゆれども、実は是れ人の作りし者であつて、人を造りし者ではない、人が党のために尽すと云ふは実は己れのために尽すので(300)ある、己れにして無からん乎、党はないのである、争闘の源因は党派分立に於て非ずして己れに於て在る、利己の心にして之を絶つを得ん乎、党は絶え、争闘も亦絶ゆるのである。
 十字架に釘けられしイエスを看よ、彼はパリサイに非ず、又サドカイに非ず、羅馬人に非ず、又猶太人に非ず、彼は人である、「己れ」を脱したる人である、彼がすべての人と異なるは此点に於てある、人はすべて其属する政党を異にし教会を異にすと雖も、「己れ」を尊ぶの一点に於てはすべて皆な同一である、故に人は何派何党と称して相互に区別すべき者ではない、人は皆な同種同類である、即ち罪人である、パリサイ対サドカイではない、罪人対キリストである、彼等は相結んで此人を殺して均しく同一の罪に定められた、即ちパリサイもサドカイも、羅馬人も猶太人もすべて暗きを好む罪人であるとのことが判明に成つた。
 然れば相|噬《か》むを止めよ、人の子よ、相食ふを止めよ、蝮の裔よ、パリサイはサドカイよりも聖からず、猶太人は羅馬人よりも義しからず、相共に神の子を殺せし者、何れか極悪の罪人ならざるを得んや、然らば剣を其鞘に
納めよ、国民よ、宗義を闘はして自己を義とするを止めよ、宗教家よ、罪人、如何で罪人を鞫き得んや、汝等が相謀りて屠りし神の子の前に懺悔せよ、而して相互に赦して相互に和らげよと、是れイエスの十字架がすべての党人すべての宗徒に向て告ぐる所である。
 イエスは聖なる孤独を守りて万民平和の基を開き給ふた、我等彼の弟子たる者も亦彼に傚ひ、能く寂寞を忍び孤独に堪え、喃々擾々、到る所として争闘の街ならざるなき此憐むべき人の世に在て我等相応の平和の種を蒔くべきである。
 
(301)     争闘と平和
        (二月廿一日、今井館に於て)
                     明治42年4月10日
                     『聖書之研究』108号「講演」
                     署名なし
 
  汝等の中の戦闘《いくさ》と争競《あらそひ》とは何より来りしや、汝等の百体を以て戦ふ所の慾より来りしに非ずや(雅各書四章一節)。
  夫れ衣食あれば之をもて足れりとすべし(提摩太前書六章八節)。
  地と其中に充つるもの、世界と其中に棲む者とは皆なヱホバの属なり(詩篇二十四篇一節)。
 外に求めて争闘があり、中に求めて平和がある、外に求むるは悪魔の途であつて、中に求むるは神の途である、争闘と平和との相分かるゝ点は一目燎然である。
 何故に国家は国家と争ふ乎、何故に世に所謂る国際的戦争なる者がある乎、言ふまでもなく一つの国家が他の国家の土地を占領せんとするからである、国家が外に拡がらんと欲して他の国家との戦争は免がれない。
 何故に政党相争ひ、教派相鬩ぐ乎、一つの党派が他の党を侵蝕し、彼の党員を奪て我党員と為さんとするからである、政党間の嫉妬暗闘、教会間の誹毀陥※[手偏+齊]は二者等しく外に向て拡がらんと欲するからである。
 何故に個人間の競争排斥があるか、言ふまでもなく、彼等衷に足ること能はずして、他人の物を奪つて我有(302)となし、他人の名誉を傷けて我名を揚んとし、他人に損失せしめて我れ利得せんとするからである、信者なると不信者なるとを問はず、其間に存するすべての嫌ふべき罪悪は彼等が中に深からんと欲せずして外に広からんと欲するからである。
 然しながら神は平和の神であつて争闘の神でない、彼は自己にて足り給ふ者である、故に彼を識る者は彼に似て自己を以て足りて他を侵さんとしない、神は全能全智にして無限大であると云ふ、而して無限大であると云ふは無限に広いと云ふ事ばかりではない、無限大は外に広いと同時に中にも広く且つ深いことである、神の無限は宇宙の端にまで及び又分子原子の微妙にまで及ぶ、神の無限は之を天体に於て探ぐるを得ると同時に又之を岩石の一片に於て窺ふことが出来る、神は無限に大にして無限に小である、神の造りし地は無尽蔵である、外に求めても無尽蔵である、中に求めても亦無尽蔵である、アマゾンの平野を尽く我有となして我は富むを得ると同時に、又一歩の畑を我有となして我は又等しく富むことが出来る、万巻の書を渉猟して我れ智者たるを得ると同時に我心に神の真影を認むるを得て我は等しく智者たることが出来る、神と神の造り給ひし万物のすべての方面に於て無限大なるを覚て我は他人の領分を侵して我が幸福を増さんと欲するの思念を起さない、我は神が我に賜ひし我自身を以て足れりとする、故に自づと争闘を嫌て平和を愛する人となる。
 日本は小国であると云ふ、誠に小国である、面積は僅かに十五万方哩、之に充たすに五千余万の人口を以てす、故に経世家は言ふ、日本は外に拡がらざるべからず、然らざれば人口稠密の故を以て終に窒息死に至るべしと、然れども顧みて其国土如何を察すれば其中に改善拡張の区域の多大なるを見る、其表面の八割八分を占むると云ふ山地は今は概ね禿山である、今若し之を原始時代の森林に復するとせん乎、其産する木材を以てしても、(303)国民より.一銭の税をも徴収せずして優に帝国の経済を維持することが出来るとの事である、又山林復旧より来る間接の結果として洪水は止んで河流は其岸に溢れず、今日の磧は化して昔日の良田と成り、為めに国土の生産力を増すことは非常である、殊に外に拡がらんと欲する力を悉く内に注ぎ、農事の改良、運搬の便益を計らん乎、日本国の人口は今日の二倍又は三倍となるとも国民餓死するの虞れは少しもない、今や科学の進歩に由て一段の田圃は能く一町の産を供し得るに至つた、無限の宇宙の一部分たる日本国も亦無限である、之を耕すに智慧と徳とを以てすれば其小面積も以て能く数億の民を養ふに足る、何を苦んで剣を磨き、砲を鋳て外に拡がらんと欲するのである乎、我等は未だ自国の富を知らない、其山の富、野の富、海の富を知らない、故に常に国土の狭きを歎じ、機会《おり》もあらば外に向て拡がらんと欲するのである、他国の事は言ふに及ばない、独逸や、英国や、露国や、仏国が狼虎飽くことを知らざるの慾を逞うし、互に相噛み相呑まんとするの愚を学ぶに及ばない、我は我を以て足るべきである、而して平和なる幸福なる国民的生活を送るべきである。
 教派とても同じである、教派は嫌ふべき者であるが、然かし自己に足りて他派を侵さゞらんと欲すれば教派は教派でなくなりて愛すべき者となる、自己の信者は信仰足らず、聖書を識ること至て浅く、歓喜に乏しく、希望に欠くるに関はらず、之を教へ、之を満全の幸福に導かんと努めずして、唯単へに教派の勢力を増さんとし、信者の増加を計り、大演説会を開き、大運動を行ふ、故に他宗と他派との衝突起り、茲に忌はしき地獄の状態が地上に於て演ぜられるに至るのである、一人の霊魂と雖も之を神に導くを得ば大なる事業である、米国の有名のアン・サリバン女史が其全生涯を費してヘレン・ケラーなる一盲唖生を教育せし例がある、何故に一伝道会社は全力を捧げて一人又は二人の信者を養生せんとしないのである乎、之を為さずして信者の数の増すを以て伝道成功(304)と見做すが故に伝道も成功せずして常に他流と悪関係に於てあるのではない乎、神より一人の不死の霊魂を託せらるればそれで沢山であるではない乎、何を苦んで自から進んで数百数千の信者を獲んとするのであるか、教派間の軋轢を絶つは最も容易である、各派が己れに与へられし者を以て満足する時、其時世に最も嫌ふべき宗派的憎悪は全然其根を絶つのである。
 個人に於ても爾うである、如何なる人と雖も何物をも与へられないと云ふ人は一人も無い筈である、或ひは小なる田圃《はたけ》である乎、或ひは小なる家屋である乎、或ひは小なる職業である乎、或ひは若し自己以外に何物をも有たないとしても、其自己丈けは己が有である、手もある、足もある、眼もある、耳も鼻もある、是れ又善く使へば大なる財産である、縦し又身体の自由を失ひて、不幸臥床の人となりしとするも我霊魂は尚ほ我有である、我は猶ほ愛し、考へ、祈り、讃美する事が出来る、英国の名士チヤーレス・キングスレーと云ふ人の言ふた事がある、
  心ぞ我の王国なれ
と、実に心其物が大なる所有物である、是れありて人は何物を欠くとも満足すべきである、然るに之を以て足らずと做し、自己以外に何物をか求めんとするが故に不平は起り、競争は生じ、終に種々の悪むべき社会的関係に入り、煩悶憂慮に身を窶すに至るのである、何にも金を獲んとて苦むばかりではない、或ひは学問の不足を歎ずるの余り、節を折り、頸を曲げてまでも皇統教育を受けんとして焦心り、或ひは己が手に在る書を読み終らざるに更らに新らしき書を蓄へ、視力を傷ない、頭脳を痛めてまでも博識の名誉を博せんとする、外へ、外へ、外へと、野心勃々として抑ゆべからず、平和なく、満足なく、唯他人を羨み、自己の不幸を歎つのみである、乍然、一朝志を翻し、外に求むるを止めて中に求むるの人とならん乎、其時に平和と幸福とは沛然として我衷に流込み、(305)我は瞬間にして満ち溢るゝの人となるのである、我所有物は尠しと雖も以て我が欠を補ふに足る、我が知識は淺しと雖も以て我が黙想の題目たるに足る、我は又信仰的にまで満足の人となりて、今日までの如く薄信を標榜して偽はりの謙遜を人の前に呈し、常に自己を責めて又他人を責めて止まない信仰的の餓鬼たらざるに至る。
 然らば我等は国家としても、団体としでも、又は個人としても中にのみ求めて外には一切拡がるべからざる乎と言ふに、爾うではない、外に拡がらんと欲するも可い、然しながら健全に外に拡がるの唯一の途は自から外に拡がらんと欲せずして、中を以て足れりとする事である、キリストの言ひ給ひし、
  夫れ有つ者は予へられて尚は余りあり、有たぬ者は其有つ物をも奪るゝ也(馬太伝十三章十二節)
との言は此事を教へ給ひしものである、即ち既に与へられし物を我有と認め、之を尊重し、之を使用し、之を扶殖せんと努むる者は自から求めざるも更らに尚ほ与へられて余りあり、既に与へられし物を無きが如くに感じ、之を棄て他に獲んと欲する者は其有てる物をも取上げらるとの事である、此事に就ては他日を期して更らに論じやうと思ふ。
 
(306)     モーセの五書
         モーセ伝研究の端緒(三月七日、今井館に於て)
                     明治42年4月10日
                     『聖書之研究』108号「講演」
                     署名 内村鑑三
 
    旧約聖書研究の必要
 
 今の信者は、殊に日本の基督教信者は、旧約聖書を読むことが至て尠ない、彼等に取りては聖書と云へば新約聖書のことである、彼等は旧約の如きは彼等の信仰に何の関係も無い者であるかのやうに思ふて居る。
 然しながら是れ大なる誤謬である、聖書は旧約と新約とより成る者であつて、其一を欠いて聖書は完全なる者でない、新約は花であり果であるが故に見るに美はしく食ふに善くあると雖も、然し之を結んだる者は旧約の根と幹とである、樹は其果を以て知らると云ふが、樹を知らずして其果の如何を知ることは出来ない、旧約を知らざる新約の智識は頼るに足りない者である、新約のみを以て養成されたる信者が往々にして憐むべき信仰的最後を遂ぐるのは、彼等が深く彼等の信仰の根を旧約の磐根に突入れないからである。
 
    愛国心養成のために必要なり
 
(307) 今の信者が新約に重きを置いて旧約を顧みない主なる理由の一は彼等の僧仰が余りに個人的であるからである、彼等は唯単へに彼等各自の霊魂を救はれんと欲する、彼等に取りては救済とは彼等が一人一人にキリストに由て神に救はるゝことである、国家的救済と云ふことの如きは彼等は措いて之を省みない、彼等は国家は之を政府に任かし、政党に委ねる、之を神に任かし神に由て之を救はんとするが如き思考は今は全く彼等の念頭を去つた、故に主としてイスラエル国の救済に就て記せる旧約聖書は自づと彼等の注意を惹かないやうになつた、是れ彼等に取り国家に取り最も歎ずべきことである、我等の愛国心も亦神の我等に賜ひし者であれば、我等は之を神より離して此世の政府と政治家に献ずべきではない、我等の霊魂が神に由て聖めらるゝの必要がある如く、我等の国家も亦神に由て救はるゝの必要がある、而して旧約は主として「如何にして神が国民を救ひ給ふ乎」其事を記したる書である、故に是れ何人も深く研究すべき書であつて、此書を等閑に附するが如きは信仰の大欠点であると云はなければならない。
 何れの国にも愛国者は無いではない、我国にも多くの愛国者があつた、然しながら人類の歴史に顕はれたる最も高い最も潔い愛国者はイスラエルの愛国者であつた、何れの国にも未だ曾てモーセの如き、ヱレミヤの如き崇高にして荘厳なる愛国者の出たことはない、若し理想の愛国者を見んと欲するならば我等は之をイスラエルの歴史即ち旧約聖書に於て見なければならない、而してイスラエルの愛国者に学びて国に真正の愛国者が出るのである、英国に於てもアルフレツド大王の如き、コロムウエルの如き、ジヨン・ブライト、グラツドストンの如き愛国者はすべてイスラエル的の愛国者であつた、欧洲大陸に於ても爾うである、米国に於ても爾うである、余輩の知る所に由れば未だ曾てイスラエルに学ばずして愛国者と称すべき愛国者の出た例は無いと思ふ、余輩の此(308)言を疑ふ者は旧約聖書に於てモーセ、イザヤ、ヱレミヤ等の伝を究むべきである、茲に此世を全く離れたる愛国心が働いて居る、自己以上なるは勿論、国家以上、人間以上の愛国心が働いて居る、愛国心は如何に聖く、如何に尊い者であるかはイスラエルの歴史を読まなければ分らない、哲学者スペンサーの所謂る
  愛国心とは利欲の心を国家の上に表はせしものなり
とか、或ひは博士ジヨンソンの有名の言として伝へらるゝ
  愛国心は獰人最後の隠場なり
と云ふ者の如きはイスラエルの愛国者に於てはその痕跡だも見ることは出来ない、故に余輩は真正の愛国心養成のために旧約聖書の研究を我国人に勧める者である。
 
    信仰確定のために必要なり
 
 旧約聖書研究の必要は猶ほ他にも有る、其れは神が人を導き給ふ其方法を拡大して見ることである、神の法則はすべて一つである、大木が生長するも幼芽が発生するも其法則は一つである、大河が海の如くに大洋に注ぐも、細流が糸の如くに溝に入るも其法則は一つである、大は小に由て見るを得べく、小は大に由て見ることが出来る、宇宙の美は茲に在る、大なるもの大ならず、小なるもの小ならず、大も小も皆な同一の法則に由て支配さるゝからである。
 其如く神が箇人を導き給ふも国家を導き給ふも其取り給ふ道は同じである、神に個人道徳と異なりたる国家道徳はない、同一の太陽が大陸をも照らし庭園をも照らすやうに、同一の父なる神が国家をも導き嬰児《をさなご》をも護り給(309)ふのである、我は我心を護り給ふ神を歴史の神に於て認め、又イスラエルを護り給ふ神を我が凡ての艱難《なやみ》よりの隠場として仰ぐのである、神はイスラエルを救ひしと同じ方法を以て我が霊魂を救ひ給ふのである、撰民の歴史はすべて召されたる者の実験である、新約は個人的で旧約は国家的であるとの区別は信仰的には決して立たない、同じく神が人を救ひ給ふ方法である、旧約は新約を拡大したる者である、旧約を緊縮したる者、其れが新約である、新約の微妙は之を拡大して旧約に於て見るを得べく、又旧約を昇華したる者が新約である、而して多くの場合に於て小は之を大に於て見るの利益あるが如く、我等の信仰の場合に於ても、之を狭き胸の中の実験としてのみ感ずることなく、時には之を広き国民の歴史として見るの大なる利益があるのである。 而して旧約聖書は斯かる歴史である、国民を一個人として見ての歴史である、
  ヱシユルンは肥えて※[足+易]《け》ることを為す、汝は肥太りて大きくなり、己を造りし神を棄て、己が救拯の磐を軽んず(申命記三十二章十五節)
とあるはイスラエルの民を一個人と見做して云ふたのである、神のイスラエルとはイスラエル国であつて、又イスラエル人である、イスラエルの歴史なる旧約聖書は国の歴史でもあり、又信者各自の実験でもある、信者は之に由て其信仰を確かめることが出来る、内なる者果して外なる事に合ふか、微妙なる事、果して顕明なる事である乎、信者は己れの実験をイスラエルの歴史に較べて見て、己に就て此問題を解決することが出来る。
 
    五書の略解
 
 旧約聖書は所謂モーセの五書を以て始まつて居る、即ち創世記、出埃及記、利未記、民数紀略、申命記、是(310)れである、五書等しくモーセに由て書かれたりとの古代よりの伝説に由て「モーセの五書」と称せられるのである、其、誠に然るか否やは学者間に大なる議論のある問題であつて、今茲に之に就て余輩の判決を下すことは出来ない、然し五書を通うしてモーセが中心的人物であることは之を一読して見て明かに分かる。
 五書は旧約の一部分であつて、別に一階級を為して居る、否な、少しく注意して読んで見ると五書は五書でなくして一書であることが分かる、今、出埃及記一章一節を読んで見ると、英訳に於ては now を以て始まつて居る、日本訳には此字が訳してないが、是れは是非保存して置くべき字である、即ち「而して」とか「さて」とか訳すべき片詞であつて前後の連続を示す言葉である、即ち出埃及記一章一節は新たに巻を始むる者ではなくして、前の章節、即ち創世記の末章末節に続いて居る者である事を示して居る、同じ文字が次ぎの利未記の始めに於ても顕はれて居る、英訳聖書は and を以て始めて居るが日本訳には茲にも之が除いて在る、是れ亦尠からざる手落であると思ふ、and は接続詞であつて是れ亦利未記を前の出埃及記に継ぐ者である、其次ぎの民数紀略に於ても同じである、申命記は此片詞を以て始めて居らないが、然し其全体の内容より推して見て是れ又前四書に続いて読むべき書であることが分かる、斯くて五書は一書として見るべきである、其一人の作であるか、数人の編纂である乎は別問題として其連続せる一の歴史的記録であることは疑ふことは出来ない。 偖、五書は一書であるとして、その五分されたる理由も亦之を探ぐるに難くない、五書は宇宙万物が創造られてより撰民が国民として存在するに至りしまでの歴史である、即ち其第一期が出世并に生長期であつて之を記せる部分が創世記である、其第二期は聖別期であつて之を記せるが出埃及記である、其第三期が規則制定期であって、其記事が利未記である、其第四期が沙漠漂流期であつて、其記録が民数紀略である、其第五期が建設期で(311)あつて、之を記述するのが申命記である、イスラエル民族発達の順序が此五書に於て善く顕はれて居る。
 然れども五期は判然と区画されたる時期ではない、個人の生涯に於けるが如く国民の発達に於ても一期は他の時期と相聯結して居ることは言ふまでもない、故に創世記を以て悉く宇宙創造の記事とのみ見てはならない、其、爾うでない事は之を一読して見れば明かに分かる、宇宙創造の記事は始めの三章を以て尽きて居る、次ぎに来るのが、人類の草昧時代に関はる記事であつて、其次ぎに来るのがイスラエル民族撰定の記事である、創世記の名は初めの敷章より出た者であつて、全書に渉りて通用せらるべき者でない、出埃及記も爾うである、埃及を出るの記は是れ又始めの数章にて尽きて居る、其大部分は埃及を出てより後の記である、即ちシナイ山滞留記とも称すべき者であつて、埃及には何の関係も無い者である。
 利未記は主としてイスラエルの祭事に関はる法令を掲げたる書である、之を利未記といへるは祭事はすべて利未の族なるアロンと其子孫とに委ねられたからである、又民数紀略と云へば何やら乾燥無味なる人口統計表のやうにも聞こえるが、民の統計を掲げたのは僅かに始めの二章であつて其他は重もに民族の沙漠漂流記である、終りの申命記はモーセの回顧録とも称すべき者であつて、神が撰民に下し給ひし恩恵の数々を述べて之を一輯して後世に伝へた者である、即ち五書を約めて言へば、撰民の生長を記せる者、其れが創世記である、其救拯を記せる者、其れが出埃及記である、其祭事の儀令を蒐めたる者、それが利未記である、其懐疑漂流の状を示せる者、それが民数紀略である、而して以上を回想し一括して後世を誡めし者、又之に由て自から約束の地に入りし記事が申命記である、生長、救拯、祭事、漂流、平安、イスラエル民族も亦人生の此旅程を経て約束の地に入つたのである、而して之を順次に記したる者が所謂る「モーセの五書」である。
 
(312)    五書は宛然長篇の抒情詩
 
 モーセの五書が斯かる書であるとすれば、其、我等各自に深い関係のある書であることは一目燎然である、我等も亦以上の旅程を経て我等の約束の国に入るのである、我等も先づ始めに肉の生長を為し、次ぎに我等の埃及なる此世より救出され、其次ぎに厳格なる祭事の下に聖き神に近かんとし、之に次いで長き間の懐疑の生涯を送り、終に全生涯に渉る神の恩恵を回想し、己に耻ぢ神の前に懺悔して後世を誡めながら自からも亦天のカナンに入るのである、其中に小児時代の無邪気なる歓喜がある、青年時代の冒険がある、潔清《きよめ》と犠牲《いけにえ》とを以て神に事へんとする苦るしき経験がある、涙の谷に彷徨ひし長き間の漂流がある、而して漂流息んで最後の歓喜が来る、五書は斯く解して長篇の抒情詩である、我等は古き過去に於ける異国の民の記録として之を看過すべきではない。
 
(313)     花の見方
                     明治42年4月10日
                     『聖書之研究』108号「雑録」
                     署名 愛花生
 
 花は之を上から見なければ其真正の美は分らない、之を下から見て、唯其裏が見える丈であつて、其真正の美は見えない、其事は躑躅、牡丹等人間の長《せい》より低い花に於て見ることが出来る、人は何人も緋の衣のやうに照り輝く躑躅の美を知つて居る、然しながら梅の美、桜の美に至ては之を知らない人が沢山ある、其故は樹は高くして其花を上から見るの機会が甚だ尠いからである、彼等は桜と云へば必ず其下に立て見るのであつて、常に梢を経て花の裏をのみ見て居る、之に勿論美はないではないが、然し真正の桜の実は中々そんな物ではない。
 何故に月ケ瀬の梅は殊に美くしくあるか、何故に吉野の桜は特に麗はしくある乎、言ふまでもない、之は高き処より谷の中に咲く花を上から見るからである、花を真正面から見るからである、斯く見て梅も桜も全く別物である、花は上から見るまでは其真正の美は分からない。
 又梅や桜に限らない、奈何なる花でも、普通世に美を称せられざる森の雑木でも、之を上から見れば至て美しい者である、山上より谷を望んで之に特別の美の有るのは之がためである、雑木とて決して馬鹿にはならない、之を見るべき点より見れば何れも賞すべき嘆ずべき者である。
 何故に爾うであるか、言ふまでもない、草木はすべて其生命の源なる太陽に向て其枝を伸し其花を開く者であ(314)るからである、草木は人に見られんとて其花を開くのでない、太陽の光に引かれて、恰かも其恩に報いんがために、太陽に向て之を開くのである、故に人が花を其真正の美に於て見んと欲すれば己れを太陽の地位に於て見なければならない、爾うせずして、恰かも己のために開く者であるかのやうに思ふて之を下なる己れの地位より見て、其美の足らないのを呟くのは最も愚かなることである。
 花が爾うである、人も亦爾うである、人の美も亦之を真正に見んと欲すれば之を上から見なければならない、之を下から見て欠点のみ多く見へて其真正の美は分らない、其理由は最も明白である、花が其生命の源なる太陽に向つて開くやうに人も亦其生命の源なる神に向て開くのである、花は太陽の恩に報ひんとて上に向て開くやうに、人も亦神の恩に報ひんとて天に向て開くのである、花も人も人に見られんとて開くのではない、人には其後を向け、彼等に悪しざまに評せらるゝ事には少しも意を留めず、唯天に向て其美を呈はさんとするのである。
 然しながら人を見るに下なる人の立場よりせずして上なる神の立場よりせんか、月瀬に行て梅を見るが如くに、又は吉野の峰より奥の千本を見るが如くに、其真正の美が見えるのである、清士賢人の美が真正に見えるに止まらない、世が見て以て極く詰らないと思ふ人でも、上から見れば至て美くしいものである、人は神の立場から見なければ其真正の価値は分らない、人の立場から見て、唯其裏が見える丈けであつて、欠点のみ多く見えて、其真正の美は分らない。
 然るに世には小人が多い、彼等は己れを神の立場に置くことが出来ない故に、人の真正の美を認むることが出来ない、彼等は人を下から見る故に汝等の眼には何人も彼等の如き小人のやうに見える、彼等の眼に映ずる社会はすべて小人俗物の社会である、未だ吉野に桜を見たことのない人が桜と云へば庭の老木の其老幹を露出して醜(315)くあるを呟くやうに、彼等は偉人聖徒に接するも、唯だ悪きことのみ見えて善事は少しも眼に止まらない、世に憐むべき者とて花をも人をも其真正の美に於て眺むること能はざる小人の如きはない。
 然しながら一旦心を改めて神の子供となり、己れを神の立場に置て人を見んか、人の美点は多く見えて其欠点は殆んど眼に止らざるに至る、神の眼を以て見て聖人君子に於て欠点が見えなくなる計りではない、詰らない平々凡々の人に於てまで多くの美点が見えるやうになる、山の上より見て雑木|草莽《さうばう》は無くなるやうに、父なる神の立場より見て美ならざる人とては一人も見えなくなるに至る。
 去らば我等も亦人には何の遠慮することなく神に向て我等の感謝の花を開かんかな、世を後ろにし、神を前にし、神に見られんために天に向て我等の花を開かんかな。
 
(316)     得まほしきもの
        日本人の基督教
                     明治42年4月10日
                     『聖書之研究』108号「雑録」
                     署名なし
 
 日本今日の医学は西洋の医学ではない、是れは日本人が西洋の医学を採用して、之を以て新たに日本人適当の医学を作つた者である。
 其他日本の陸軍でも海軍でも、政治でも、法律でも悉く爾うである、日本の新文明は西洋伝来其儘の文明ではない、是れ日本人が西洋文明を咀嚼し、之を消化して、日本人の所有となしたる者である。
 然るに日本の基督教に至ては未だ西洋の基督教である、是れは未だ日本の宗教ではない、医学に於ても、工学に於ても、文学に於ても、政治、経済、法律の学に於ても、西洋人の教師は夙く既に跡を絶ちしに、惟り基督教に在ては千有余人の外国宣教師は今尚ほ我国に滞在し、我同胞を教化せんとなしつゝある、是れ基督教が未だ日本の宗教とならざる最も確かなる証拠であつて、其、我国同胞を精神的に導くに方て効力至て薄きは敢て怪むに足りない。
 日露戦争開始の時に際して其愛国心表彰に於て人後に落ちざらんと焦心りし我国の基督信者は何故に同じ愛国心を自己の信ずる宗教に於て表はし、先づ第一に信仰の独立を計らないのであらふ乎、何故に他の学科に於ける(317)が如く日本人適当の基督教を作つて、思惟の此領域に於ても外国教師の跡を絶たないのであらふ乎、余輩或時は此事を思ふてはがゆくて堪らない事がある、基督教普遍説を楯に取て何時までも外国人の指導に甘んずるは決して誉むべき事ではないと思ふ。
 
(318)     〔エデンの園 他〕
                     明治42年5月10日
                     『聖書之研究』109号「所感」
                     署名なし
 
    エデンの園
 
 遠き太古の事に非ず、新緑五月の春の野なり、天地は新たに造られて栄光全地に満つ、神の霊梢を払ひ、翼を有てる者|水浜《みぎは》に降る、緑蔭涼しき所に神の声聞こゆ、聖なる哉、聖なる哉、聖なる哉万軍のヱホバと、セラピム、ケラピムは飛翔けりつゝ歌ふ、誰か言ふ地は既に詛はれたりと新緑山野を被ふ時に余輩は其決して爾《しか》あらざるを識る。創世記第二、第三章、以賽亜書第六章。
 
    腐敗と希望
 
 社会は日々に腐敗しつゝありと聞く 福音は日々に進歩しつゝあるを識る、旧きは日々に失せつゝあるなり、新らしきは日々に起りつゝあるなり、落葉の秋に青春の兆あり、腐敗は万物復興の徴に外ならざるなり。
 
    犠牲と善行
 
(319) 我れ己に失ふことなくして人を援くること能はず、善行は常に犠牲を要す、我れ疲れて人体み、我れ死して人生く、キリストは我がために斯く為し給へり、我も亦人のために斯く為さゞるべからざるなり。
 
    宇宙の精神
 
 犠牲は宇宙の精神なり、而して此精神の最も完全に顕はれたる者を主イエスキリストとなす、神はキリストに由りて万物を造り給へりと云ふは此事を謂ふなり、即ち神はキリストを規範《ノーム》として宇宙を造り給ひしを謂ふなり、キリストを識る者は神を識り、十字架を解する者は宇宙を解す、我等はキリストに傚ひ、其犠牲の生涯を送りて、哲学者たらずして能く宇宙を解するを得るなり。
 
    我が悲歎
 
 我は我が口を以て或ひは我が筆を以てキリストに就て美はしきことを語るを得べし、然れども我は我が行為《おこなひ》を以て我が救主を我が身に顕はす難し、我が理想は駿馬の如くに前に走り、我が行為は駑馬の如くに其後に従ふ、願ふ我は我が語る丈けを行はんことを、或ひは我が行ふ丈けより以上を語らざらんことを。
 
    成効の秘訣
 
 境遇の強ふる所となりて事を行へば其事必ず成効す、自から境遇を作りて事を行へば其事必ず失敗に終る、自から求めずして来る境遇は神の声なり、自から計画《たくら》みて作りし境遇は己が声なり、神意は必ず成り我意は必ず敗(320)る、成功の秘訣は神に強ひられざれば起たざるにあり。
 
    国を亡す者=敵愾心
 
 若し日本国を亡す者あらん乎、そは兵備の不足にあらざるべし、愛国心の欠乏にあらざるべし、其国民の熾烈なる敵愾心なるべし、敵を憎むの念の激烈なるより、万事を忘れ、万物を抛ち、彼を斃さゞれば息まざるの心なり、此心ありて人は敵を斃して己も亦斃る、四海素と是れ兄弟なり、彼を傷くるは我を傷くるに均し、敵を憎んで息まざれば我が心又愛に渇して死す、愛の正反対なる敵愾心は決して国を護るの精神にあらざるなり。
 
    人と聖書
 
 聖書は貴し、然れども神に象られて造られし人は更らに貴し、聖書は人のためなり 人は聖書のためにあらず、人は聖書を研究すべし、聖書を以て鞫かるべからず、人を救ふための聖書は彼を縛るための縄となすべからざるなり。
 
    信者と不信者
 
 不信者とは誰ぞ、我を張る者なり、信者とは誰ぞ、他に譲る者なり、不信者とは誰ぞ、己を頌むる者なり、信者とは誰ぞ神を讃美する者なり、自己を中心とする是れ不信なり、自己を無き者とする是れ信仰なり、信、不信の別は一目燎然なり、敢て信条に照らして之を定むるを要せず、碩学に問ふて之を判つの要なきなり。
 
(321)    天然の愛
 
 天然を愛すべし、然れども天然にあこがるべからず、天然を愛して神と義務とを忘るべからず、天然をして事ふる霊たらしむべし、彼をして誘ふ友たらしむべからず、天然は之を猶太人の如くに観ずべし、希臘人の如くに之を愛すべからず、天然は之を神に達するの足※[登/几]《あしだい》とすべし、神を祭るの聖殿となすべからず、恐くは彼れアシタロテの如くなりて偶像崇拝の罪に我等を導かん。列王紀略上十一章三十三節参考。
 
    木と人
 
 木を植ゆるに成るべく若木を選むべし、老木は枯れ易し、若木は生き易し、労多くして効尠きは老木移植の事業なり。
 福音を植ゆるに成るべく少者を選むべし、成人は老人に優り、青年は成人に優り、少年は青年に優り、幼児は少年に優る、老人は信じ難し、成人は棄て易し、青年は変り易し、惟少年と幼児とのみ希望多し、新らしき酒は之を旧き革嚢に盛るべからず、新らしき生命は之を旧き人に注ぐべからず、余輩に少年と幼児とを与へよ、余輩は彼等に由て天国を地上に建てん。
 
    来世の信仰
 
 我は来らんとする世の存在を信ず、之を信じて歓び且つ自から慰む、我は来世を獲んがために現世に於て善を(322)為さず、然れども現世に於て少しく苦んで善を為すを得て、来世の在るを聞て喜ぶなり、彼処にすべての涙は拭はるべし、彼処に愛する者の再会はあるべし、彼処に花は悲歎に伴はれずして開くべし、彼処に我等は万物の主たるべし、来世の信仰は春の夜の夢の如くに我に臨む、我は之に科学的証明を供する能はずと雖も、我れ之を信じて我心は安し、之を望んで歌は我が唇にあり。
    無抵抗主義
 
 悪人我に対して起てば我は彼に抗せずして忍耐と宥恕とを学ぶ、而して彼は悪を行ひ尽して終に自から亡ぶ、得る者は我にして失ふ者は彼なり、神は彼を以て大なる恩恵を我に施し給ふ、我は彼を燐む、故に彼のために祈る。
 
(323)     罪の目録
                明治42年5月10日・6月10日・7月10日
                「聖書之研究』109・110・111号「研究」
                署名 内村鑑三
 
 新約聖書は所々に罪の目録と称すべき者を掲げてをる、左の如きは其重なる者である。
  人の心より出づるものは悪念、姦淫、苟合、兇穀、盗窃、貪婪、悪慝、詭譎、好色、嫉妬、謗※[言+賣+言]、驕傲、狂妄なり、是等の悪行は皆な内より出て人を汚すもの也(馬可伝七章廿一、廿二節。馬太伝十五章十九節参照)。
  諸《すべて》の不義、悪慝、貪婪、暴很を充たす者、又妬忌、兇殺、争闘、詭譎、刻薄を盈たす者、又讒害、毀謗をなし、神を怨む者、狎侮、傲慢、矜夸、譏詐、父母に不孝、頑梗、背約、不情、不慈なる者云々(羅馬書一章廿九−卅一節)。
  夫れ肉の行は顕著なり、即ち苟合、汚穢、好色、偶像に事ふること、巫術、仇恨、争闘、※[女+戸]忌、忿怒、分争、結党、異端、※[女+冒]嫉、兇殺、酔酒、放蕩などの如し(加拉太書五章十九−廿一節)。
 以上を称して新約聖書中の罪の三大目録と云ふことが出来る、其他長き者としては提摩太前書一章九、十節、并に仝後書三章一−四節がある、短かき者としては羅馬書十三章十三節、哥林多後書十二章廿節、以弗所書四章三十一節、哥羅西書三章八節、彼得前書二章一節、仝四章三節等がある、其他尚ほ少数の罪を例挙せる章節、(324)又は単独の罪に就て詳述せる聖句は決して尠くない、然し以上は最も注目すべき罪の目録であつて、之を精究して罪に関する聖書の教訓を窺知ることが出来る、罪を赦すために世に臨みし福音は罪を摘発するに方て甚だ厳密
である、
  夫れ神の言は活きて且つ能《ちから》あり、両刃《もろば》の剣《つるぎ》よりも利く、気《いのち》と魂、又筋節骨髄まで刺し剖ち、心の念《おもひ》を鑒別《みわく》るものなり(希伯来書四章十二節)。
 先づ人を罪に定めて然る後に彼を救ふ、彼を殺して然る後に彼を活かす、大慈を齎らして世に臨みし福音は手に切断の利剣を握る、聖書は神の恩恵に就て示す所が多い、随て罪に就て語る所が多い、罪の増す所には恩もいや増すと云ふ、聖書が罪に就て記すこと長くして詳しきは其供する救済が深くして宏いからである。
 以上三大目録の中に収められたる罪の数は総て三十九である、肉の罪、霊の罪、外なる罪、内なる罪、異邦人の罪、基督信者の罪、社会の罪、教会の罪、罪と云ふ罪にして新約聖書の罪の目録の中に漏れたる者は無い、我等は唯無意味に之を読過すべきではない、深く各項の真義を探り、其指示する所を明かにし、以て罪を其すべての方面に於て審かにすべきである。
 
    目録第一
 
 目録第一はキリストに由て供せられし者である、罪とは食物の事、儀式の事、交際の事、即ち身の外の事と思ひしパリサイの人に対して、罪とは惰性の事、思念の事、意志の事、即ち心の内の事であることを述べられし時に、特に彼の弟子等に供せられし罪の目録である(馬可伝七章一−廿三節)、茲に十三の罪が挙げられてある、之(325)を左の三種に別つことが出来る。
  悪念、是は罪の総称である、罪とは外より来るものではない、内より出る者である、故に素々行為ではない、思念である、悪しき思念、是れ罪である、悪しき行為は其結果たるに過ぎない。
 
       悪念第一種
  苟合、盗窃、兇殺、姦淫、貪婪、悪慝、是れ悪念の第一種である、悪行となりて容易に外に顕はるゝ者、而かも其源因は深く潜んで心の底に在る。
  苟合。情性の紊乱より出る情慾の乱行である、婚姻は貴く閨門に汚れなしと雖も、神は苟合又は姦淫する者を審判き給ふとある(希伯来書十三章四節)、苟合は情性を穢して閨門を乱す、子孫を毒し、社会を害す、苟合は重大なる罪である、之を軽く見るは、情性の如何に神聖なるかを知らざるに由る。
  盗窃。十誡第八条を以て禁ぜられたる罪である、己れ労せずして他の労して獲しものを獲んとする罪である、或ひは神が与へざる者を自から進んで獲んとする罪である、物を盗み、地位を盗む、盗窃は人が思ふが如き稀れなる罪ではない、多くの人に由て多くの場合に於て広く行はるゝ罪である。
  兇殺。人の生命を奪ひ、又は之を害ふの罪、十誡第六条を以て禁ぜられたる罪である、其最も著明なる者が戦争である、是れ人を大げさに殺す罪である、戦争を行ふ者、之を賛成する者、軍旗を祝福する者、戦勝を祈る者、是れ皆な此罪を犯す者である、其他兇殺の罪は社会のすべての方面に於て行はれる、堕胎する者、堕胎を助くる者、避妊を企つる者、貧者の食を奪ふて、其健康を害ふ者、食品を偽和して之を鬻ぐ者、酒類(326)煙草等、確かに生命を害ふものを世に供給する者、是れ皆な兇殺の罪を犯す者である、神を離れたる罪の世は兇殺の世であると云ふことが出来る、生存競争を社会進歩の原理、国運伸長の本原と見做す者はすべて兇殺の罪を其根底に於て是認する者である。
  姦淫。十誡第七条を以て禁ぜられたる罪である、苟合に似て之と異なる、姦淫は情慾を以て殊に他人の妻(又は夫)に臨むの罪である、故に是れ苟合に盗窃を加へたる罪である、他人の所有権を其最も貴重なる点に於て最も卑猥なる方法を以て犯す所の罪である、姦淫は他人の愛を奪ふの罪である、盗窃の物を奪ひ、兇殺の生命を奪ふに此べて更らに嫌ふべき更らに憎むべき罪である、実に人に対する罪の中に姦淫は最醜極悪の罪である(利未記二十章十節を見よ)。
  貪婪。十誡第十条を以て誡められたる罪である、己に属せざる物を獲んとする点に於ては盗窃に類す、然れども貪婪は盗窃よりも遙かに深い且つ広い罪である、貪婪は他人の物を獲んとするに止まらずして、他人の所有権を否認せんとする、貪婪の罪の国家の上に現はれたる者が所謂帝国主義である、地を万国と共に均しく頒たんとせずして、之を挙て自国の版図と為さんとする、是れが帝国主義である、貪婪は己れ一人を最も貴き者と思ふより起る罪である、万人と共に均しく人生を楽まんとせずして、己れ一人万物を専有して独り富と貴きとに誇らんとする、貪婪は平和の撹乱者である、大戦争は是れがために起り、限りなき紛争は是れがために醸さる、貪婪の範囲は出埃及記々者が十誡の此条に附せし註解に由て明かである、
    汝、其隣人の家を貪る勿れ、又汝の隣人の妻、及び其、僕、婢《しもめ》、牛、驢馬并に凡て汝の隣人の所有を貪る勿れ(出埃及記二十章十七節)、
(327)  ダビデ王は其隣人の妻を貪り、其夫を殺して彼女を奪ひ(撒母耳後書十一章)、アハブ王は其隣人ナバテの葡萄園を貪り其所有主を殺して之を奪ふた(列王紀略上、二十一章)。
 悪慝。悪のために悪を為す罪である、即ち、物を獲んがために非ずして、又は楽みに耽けらんがために非ずして、悪を為すの面白さより之を為すの罪である、箴言四章十六節に
    彼等は悪を為さゞれば睡らず、人を蹶かせざれば寐ず
とあるは此種の罪に就て言ふたのである、俗に之を悪戯《わるいたづら》と云ふ、人の苦むを見て喜び、事の破るゝを見て楽む、悪慝は殊に悪魔の性である、彼は悪を好む者である、神が善のために善を愛し給ふやうに悪魔は悪のた
めに悪を好む、罪は上進すれば終に茲に至る、即ち利慾を離れ、情慾を去り、悪其物に興味を有つに至る、悪慝は悪其物以外に何の求むる所なくして之を行ふ罪である。
 以上は悪行となりて外に顕はれ害を他人に及ぼす罪の目録である、即ち情操を汚すの罪(苟合)、物を奪ふの罪(盗窃)、生命を奪ふの罪(兇殺)、愛を奪ふの罪(姦淫)、権利を奪ふの罪(貪婪)、悪を楽むの罪(悪慝)是れである、何れも恐るべき罪であつて、而かも何れも広く世に行はるゝ罪である、簡単なる罪の目録の中に此世の罪の悉くが茲に列挙せられてあるかの如くに感ずる。
 
       悪念第二種
 以上の六つは外に顕はれて他人を害する罪であつて、以下の六つは内に匿れて己を毒する罪である、悪念の第二種は即ち左の如くである、
(328)  詭譎、好色、嫉妬、謗※[言+賣+言]、驕傲、狂妄。
  詭譎。他を欺くことであつて又故意を以て己を欺くことである、然れども譎計を施して他を瞞まさんとする罪と見ずして自己の誠実を衷に隠くして之を外に現はさゞる常習と見ての罪であると思ふ、詭譎と訳されし原語の語源に就ては学者間に種々の異説がある、或ひは「餌」を意味する語より出た者であつて、餌を以て他人を釣らんとする詭計の意であると云ひ、或ひは「混和する」の意であつて、随て偽和せる物品を鬻ぐことであると云ふ、然し其語原に因て此目録に於ける此語の意義を定むることは出来まいと思ふ、勿論内に己を欺く者は外に他を欺く者であれば、二者の間の区別は立て難しと雖も、之を外に現はるゝ罪と見ると内に働く罪と解するとの間には自から明白なる区別があると思ふ、余輩は此所に於ては詭譎は誠実の隠蔽又は天真の抑圧と解するのが適当であると思ふ、即ちイエスがナタニエルを評して
    視よ、真のイスラエルの人にして其心詭譎なき者(約翰伝一章四十七節)
と言ひ給ひし其意味に於て解すべきであると思ふ、之を詭計と訳すべき場合は之を馬可伝十四章一節に於て見るべきである。
  好色。好色の訳字は能く原語の意義を尽さない、是れ放縦又は放埒と訳すべき者であつて、すべて意志の検束なきを云ふ、前なる詭譎が天真の抑圧であるに対して是れなる「好色」は肉慾の放縦である、善き心は之を抑へ、悪しき心は之を放つ、以弗所書四章十節に曰へるが如し
    彼等は恥を知らず、好みてすべての汚穢を行はんがために己を放蕩に付せり
と、放蕩は色慾の放縦(猶太書四節)に限らない、内なる獣慾を其欲する儘に任かすこと、其事が放蕩である、(329)而して「好色」とは此事である、故に余輩は之を放縦と改訳するの適当なるを認む。
  嫉妬。原語には悪しき眼とありて、悪意を以て他人の成効又は幸福を見るの罪である、単に之を羨むに止まらない、又必しも進んで之を毀たんとするのでもない、他人の幸福を見て不快に感じ、彼れ落ちよかしと心、密かに祈る事である。
  謗※[言+賣+言]。嫉妬の更らに亢じたる罪である、嫉※[女+戸]は他人の成功、清浄、善行、幸福を不快に感ずることであるに、謗※[言+賣+言]は之に由て更らに忿怒を起すことである、好意は之を悪意に解し、善行は之を悪手段と見る、パリサイの人并に学者等がイエスの善行を鬼の王との共同事業と観たりし時に彼等は彼を謗※[言+賣+言]したのである(馬可伝三章廿二節以下)、謗《ばう》はそしるであつ※[言+賣+言]《とく》はにくむ又はうらむである、憎みて謗る、神に対して此罪を行へば褻涜となり、人に対して之を犯せば誹※[言+毀]となる、聖霊を涜す者は限りなく赦さるべからず(三章廿九節)とあるは、神の下し給ふ最善の賜物に何の価値をも認めず、返て之を悪しき者と見做す者、斯かる者は永久に赦さるべからずとの事である、
    彼等は悪をよびて善とし、善をよびて悪とす(以賽亜書五章廿節)
る者であつて、斯かる者は仮令全能の神と雖も救はんと欲して救ふことは出来ない、俗諺に「愚者に用ゆる薬はない」と云ふ事があるが、其如く善を悪と解し、悪を善と観る者に対しては説くに教なく、諭すに言葉がない、人を誹※[言+毀]するの危険は茲に在る、誹※[言+毀]は人を害するよりもより多く己を害する、誹※[言+毀]と褻涜とは其根原を同うす、而して人に対する誹※[言+毀]が神に対する褻涜となる時に、謗※[言+賣+言]の罪は其極悪の果を結んで、人は之に由て終に永遠の滅亡に陥ゐるのである。
(330)  驕傲。嫉※[女+戸]の亢じたる者が謗※[言+賣+言]であつて、謗※[言+賣+言]の亢じたる者が驕傲である、善を不快に感じ、善を悪と見做し、終に善に対する悪の優勢を誇る、驕傲は悪が善の上に立ち、之を足下に視て蔑視む心の態度である、善を以て善に秀でんとせずして悪を以て之に勝たんとする、悪を押通さんとする、愚かにもあり、又恐ろしき心の状態である、悪魔とは神に対して恒に此態度を取る者である、彼は神の善に代ふるに己の悪を以てし、之を以て地をも人をも支配せんとする、故に
    神は驕傲者を拒み給ふ
とある(雅各書四章六節)、而して悪人とは悪魔が神に対して取る此態度を神と善人とに対して取る者である、悪人の特性は驕傲である、世に「謙遜なる悪人」とては決して無い、悪人若し謙遜を装ふことありとするも、彼は其心の根底に於て驕傲である、「俺れが、俺れが、俺れが」と、「俺れ」が最も大なる者であつて、「俺れ」が最も貴き者である、彼は世が「俺れ」を揚げざるを憤り、「俺れ」に抗する者あるを見て怒る、驕傲、之を罪の終、悪の極と称することが出来る。
  狂妄。以上悪念第二種の総称である、了智の欠乏の意である、神を識る心の欠乏である、
    愚かなる者は心の中に神なしと云へり
とあり(詩篇五十三篇一節)、又
    不義を行ふ者は了智《さとり》なし
とあるは(仝四節)、狂妄の罪に沈める愚者と不義者とに就て云ふたのである、詭《いつ》はるも、嫉むも、謗るも、驕るも神を覚らないからである、或は神を知らざるの結果として人は是等の罪に陥ゐるのである、狂妄は道(331)徳并に信仰の空乏である、キリストは其弟子に教へて
    其兄弟を愚者よと云ふ者は集議に干《あづ》からん、又|狂妄《しれもの》よといふ者は地獄の火に干かるべし
と曰はれた(馬太伝五章廿二節)、兄弟を狂妄と呼ぶは讒誣の極である、而して自身狂妄となるは不幸の極である、狂妄は罪といはんよりは寧ろ善の皆無である、悪を継続するの結果、善なる者は全く無きに至りし人の心の状態である。
以上目録第一に掲げられたる罪はすべて十三である、今之を分類すれば左の如くになる
  悪念、之を二種に分つ、
      第一種
  苟合、子孫を害するの罪
  兇殺、人命を害するの罪
  盗窃、財産を害するの罪
  姦淫、家庭を害するの罪
  貪婪、権利を害するの罪
  悪慝、人格を害するの罪
      第二種
  詭譎、善性を抑ふるの罪
  放縦、悪性を放つの罪
(332)  嫉※[女+戸]、善を喜ばざるの罪
  謗※[言+毀]、善を誹るの罪
  驕傲、悪を喜ぶの罪
  狂妄、善性欠乏の罪
 即ちすべての罪は悪念である、而して悪念に外に現はれて人を害するものと、内に匿れて己を害する者とがあるとの事である、外に現はるゝものが六つ、内に匿るゝものが六つ、イスラエルに十二支派があり、キリストの弟子に十二使徒がありしが如くに、罪にも亦十二種ありて、世を壊ち、霊魂を滅すとの事である、実に完全なる罪の目録である。
  因に云ふ、日本訳聖書に姦淫を苟合の前に掲げあるも、是は最も信頼すべき古写本に循ひ、盗窃と貪婪との間に挿まるべき者である。 〔以上、5・10〕
 
    〔目録第二〕
 
 目録第一はキリストに由て供せられたる者であつて、罪を内なる悪念と見てのものである、目録第二はパウロに由て与へられたる者であつて、罪を神を神として認めざる結果と見てのものである、初めに先づ余輩の改訳を掲げる、即ち左の如し、
  諸《すべて》の不義、即ち暴※[獣偏+艮]、悪慝、貪婪を以て充たされたる者、又妬忌、兇殺、争闘、詭譎、刻薄に盈てる者、讒害する者、毀謗する者、神を怨む者、狎侮る者、傲慢《たかぶ》る者、衿夸《ほこ》る者、悪事を企つる者、不孝なる者、不理(333)なる者、不信なる者、不情なる者、不慈なる者……彼等は凡て斯かる事を行ふ者は死に当るべしとの神の規定《さだめ》を知りながら、尚ほ自から之を行ふのみならず、亦之を行ふ者を善とす。羅馬書一章廿九−卅一節。
 斯く訳して見て、是れは罪の目録であるよりは寧ろ罪人のそれであることが判明る、即ちパウロは茲に抽象的の罪を掲げたのではなくして罪の化身たる罪人を引立てたのである、然し余輩は研究の便宜上より茲には罪人に就て語らずして罪其物に就て語る事とする。
  不義。「諸の不義」と云ふ、後に列挙せる罪全体の総称である、目録第一に初めに悪念と云ひて、然る後に悪念の種類を列ねしやうに、茲にも亦初めに諸の不義と云ひて、後に不義の分枝を挙げたのである。
  暴※[獣偏+艮]。此訳字果して適切なるや否やを知らない、哥林多前書五章八節には悪毒と訳してある、仮りに暴※[獣偏+艮]の訳字を存するとして、暴※[獣偏+艮]は悪慝よりも更らに深い罪である、悪行であるよりは寧ろ悪性である、猛獣の暴悪なるが如く其根性に於て佞悪なる事である、暴※[獣偏+艮]の反対は良善である(加拉太書五章廿二節)、鴿の心に対する蝮の心である、機会さへあれば人に害を加へんとする心の状態である、暴※[獣偏+艮]は不義の首《はじめ》であつて其源である、キリストの曰ひ給へるが如し、
  噫、蝮の裔よ、汝等悪にして何《いか》で善を言ふことを得んや、夫れ心に充るより口に言はるゝ者なれば也、善人は心の善庫《よきくら》より善きものを出し、悪人は其|悪庫《あしきくら》より悪きものを出せり(馬太伝十二章卅四、卅五節)。
  悪慝。目録第一に見えたり、悪を喜んで之を為すの罪である、不義の源は暴※[獣偏+艮]であつて、暴※[獣偏+艮]の外に現はれたる者が悪慝である、悪毒を内に蓄へて人に接して之を放射す、蝮は爾か為す、悪人も亦爾かなす、前者に(334)取り螫すは自然であるが如く、後者に取り傷つくるは快楽である、世に中傷の盛に行はるゝは蝮の裔が多いからである。
  貪婪。同じく目録第一に見えたり、他人の所有権を無視する罪である、貪婪は悪慝の更らに歩を進めたる罪である、罪にも子があり、又孫がある、暴※[獣偏+艮]の子が悪慝であつて、其孫が貪婪である、慾すでに孕みて罪を生み、罪すでに成りて死を生むとあるが如く(雅各書一章十五節)、人其心に暴※[獣偏+艮]を孕みて悪慝を生み、悪慝生長して貪婪を生むと云ふことが出来る、罪は単に其発表を以てしては満足しない、終に自から主たらんとする、他を傷つくるを以て止まない、進んで彼を己に従はしめんとする、好んで人の名誉を傷つくること、是れ悪慝である、更らに進んで其名誉を己に収めんとすること、是れ貪婪である、好んで人の事業を妨害すること、是れ悪慝である、更らに進んで其事業を己に奪はんとする事、是れ貪婪である、罪は素より己に求むる者である、其悪慝となりて現はるゝや、無私の観を呈することありと雖も、然れども罪は終に其本性を現はさゞれば歇まない、悪慝は終に貪婪となりて現はれる、罪を犯すの快楽は終に物を獲るの快楽と成る、罪は暴※[獣偏+艮]として心に孕まれ、悪慝として外に現はれ、貪婪として其私慾の本性を明かにする。
  貪婪は之を広義に解すれば外に現はれたる罪の総体である、罪は私慾であつて、貪婪は私慾の実現したるものである、故にキリストは心して貪心を慎めよと戒め給ひ(路加伝十二章十五節)、パウロは貪婪は即ち偶像を拝すること也と言ふて居る(哥羅西書三章五節)、貪婪は自己を愛する事、財神に事ふる事、せ界の国々と其栄華とを己に得んとて俯伏《ひれふ》して悪魔を拝する事である(馬太伝四章八、九節)、人が人に対して犯す罪の中に貪婪の罪として見ることの出来ない罪は無い。
(335) 以上は罪の稔体である、暴※[獣偏+艮]は其根である、悪慝は其幹である、而して貪婪は其枝総体として見ることが出来る、罪の親と子と孫、其根と幹と枝、暴※[獣偏+艮]、悪慝、貪婪と云ひて罪のすべてが尽きて居る。
 然しながら罪は又之を他の方面より考察することが出来る、罪は悪毒であると同時に又仇恨である、悪意であると同時に又敵意である、而して罪を敵意と見て茲に又罪の新たなる系統が生じて来るのである。
  妬忌。目録第一に嫉妬として見えたる罪である、他人の善を見て悦ばざる罪である、妬忌は敵意の濫觴《はじめ》である、始めは内に隠れて何の危害をも他に加へざるが如くに見ゆると雖も、而かも其中に悪毒は含まれ、利剣
は蔵さるゝのである。
  兇殺。妬忌の外に現れたる者が此罪である、彼れ無かれよかしと欲ひて終に其人を除かんとするに至る、或ひは剣を以て除くあり、或ひは言を以て除くあり、其手段と方法とは様々である、然れども除かんと欲する心は一つである、カインが其弟アベルを殺したのも妬忌の故である、
    彼(カイン)は其弟を殺せり、何故之を殺しゝか、己の行ひし所は悪しく、弟の行ひし所は義しかりしに因る(約翰壱書三章十二節)、
サウロがダビデを殺さんとしたのも妬忌の故である、而してパリサイの人、学者、祭司等がイエスの十字架に釘けられんことを願ひて竟に其目的を達したのも妬忌ゆゑである、妬忌と兇殺とは近く相関聯する罪である、妬忌ゆゑに競争者の生命を奪ひ、妬忌ゆゑに彼を其地位より突落し、妬忌ゆゑに其名誉を傷けて社交的に彼を殺さんとする、軍人は剣を以て殺し、教育家は勅語を以て殺し、宗教家は聖書を以て殺す、兇殺の範囲は甚だ広くある、而して吾人の最も懼るゝ者は剣を以て身を殺し得る者ではなくして、舌と言語と教義と(336)を以て魂と身と両つながらを地獄に滅し得る者である(馬太伝十章廿八節)。
  争闘。妬忌、其目的を達して兇殺となりて止む、然れども其目的を達し得ずして争闘となりて継続す、争闘は妬忌が兇殺に達せんとする筋道である、故に兇殺の如くに劇烈にして果断ならずと雖も、其達せんとする最後の目的は一つである。
  詭譎。目録第一に見えたり、誠実隠蔽の罪である、争闘に従事する者の必ず犯す罪である、世に誠実を以てする争闘はない、詭譎を以てするにあらざれば争闘は行はれない、争闘の在る所に必ず詭譎がある、争ふ者は詭《あざむ》く者である、彼は誠実を装ふも無益である、彼の争闘其物が彼の詭譎の何よりも良き証明である。
  刻薄。刻薄の訳字は不当であると思ふ、然し永く使用し来りし者なれば之を保存して、其原意を明かに為さうと欲ふ、原語の Kakoetheia は万事に悪意を帰するの意である、愛は人の悪しきを念はずと云ふが、是は悪しきをのみ是れ念ふ罪である、即ち善をすべて其反対に解する罪である、伝道は野心のためと解し、慈恵は勢力扶植のためと解す、之を刻薄と訳して其一面の意味を通じないではない、其故|何《いか》にとなれば、人の好意を悪意に解するほど、刻薄なることはないからである、幾多の善人は此罪の追跡する所となりて悲惨の最後を遂げた、刻薄の人が相集て善人を弄殺にするの惨事は是れ決して世に稀れなる事ではない、余輩は此事を屡々基督教会の中に於て目撃した、刻薄は特に宗教家の陥り易き罪である。
 罪を敵意と見て其胚胎表現に以上の順序がある、妬忌として孕まれ、兇殺として生まる、而して妬忌が兇殺に達する手段として争闘、詭譎、刻薄が行はる、使徒ヤコブの所謂
  汝等貪れども得ず、殺すことをし、嫉むことをすれども得ること能はず、汝等争ひ闘ひたり(337)とは此事である(雅各書四章二節)、其互に相関聯するより以上を称して嫉妬系の罪といふことが出来る。
 少しく系統を異にすれども、然かも常に以上と共に併発する罪は左の二つでする、
  讒害。口舌を以て密かに人を傷くる罪である、婦人と小人との甚だ陥り易き罪である、公然と立て人を責むる能はず、故に陰に隠れて耳語す、罪にも大胆なると卑怯なるとがある、而して讒害は卑怯なる罪である、然かも人の平和を害ふ罪にして此罪の如きはない、
     北風は雨を起し、
     かげごとを言ふ舌は人の顔を怒らす、
とあり(箴言廿五章廿三節)、
    視よ、微火《わづかのひ》、いかに大なる林を燃すを
とある(雅各書三章五節)、小なる舵も採りやうに由ては大なる船を覆へす、小なる舌も使ひやうに由ては社会を壊ち国家を亡す、讒害は蛇の毒である、其量は尠少にして其害は多大である、撲滅すべきは讒者の小蛇である。
  毀謗。讒害は隠密の罪である、毀謗は公然の罪である、讒害は中より傷けんとし、毀謗は外より毀たんとする、讒害は情を離さんとし、毀謗は名を絶たんとする、先づ讒害を以て敵人を孤立せしめ、然る後に毀謗を以て彼を打殺せんとする、讒害に長けたる悪人がある、毀謗に秀でたる佞人がある、彼等は社会到る処に存在し、此世を地獄と化しつゝある。
 以上の二罪、之を讒誣系の罪と称することが出来る。
(358) 次ぎに来るのが所謂「神を怨む」の罪である。
  怨神。是れ果して如何なる罪を指したる者である乎、原語の意味の明瞭ならざるより確かに之を定むることは出来ない、聖霊を誇ると云ふが如き褻涜の罪を謂ふた者である乎、或ひは神に逆ふとの意であつて、不敬不虔の罪を指したる者である乎、今に至て其意味を定むることが出来ない、或ひは英語の GODFORSAKEN と云ふが如くに「神」の文字を用ゆるも神とは直接何の関係もない罪を謂ふた者である乎も知れない、即ち邦語の無頼と云ふが如く、字義とは全く関係の無い罪を指して謂ふたのである乎も知れない、何れにしろ「怨神」は目録第二に於ける意義不明の罪である。
 其次ぎは傲慢系の罪である。
  狎侮。自から己を高うし、人を蔑視《さげし》むに止まらず、進んで之に凌辱を加ふるの罪である、
    夫れ人の子は異邦人に附され、戯弄《なぶら》れ、凌辱《くるし》められ、唾きせらるべし
とある其中に「凌辱められ」と訳されしが此辞である(路加伝十八章卅二節)、然し「狎」はなれる、又なぶる(「狎書」の熟字を参照せよ)の意であるが故に、狎侮は「なぶる」と訓むのが適当であると思ふ、人を見下して之を戯弄するの意である、傲慢の極であつて、又迫害の最も甚だしき者である、信者不信者を問はず、悪人が善人を窘めるに方て取る方法は常に是である、彼等は単に窘むるを以て満足しない、狎り侮りて大なる愉快を感ずる。
  傲慢。人に対して自己を高くする罪である、路加伝一章五十一節に
   心の騎れる者を散らし
(339)とあるは此罪に在る者を指して云ふたのである、ネブカデネザル王は此罪を犯したる者である、彼は自己の造りしバビロンの城市を見て言ふた
     此大なるバビロンは我が大なる力をもて建て、京城となし、之をもて我が威光を輝かす者ならずや
と(但以理書四章三十節)、ヘロデ王も亦同じ罪を犯したれば彼は虫のために噬まれて気息絶えたりと云ふ(行伝十二章廿三節)、狎侮は他を賤める罪であつて、傲慢は自己を高く思ふ罪である、人の苦むを見て楽み、自己の高きを見て喜ぶ、傲慢は狎侮に比べて稍々愛すべき罪である、彼は進んで害を他人に及ぼさんとはしない、彼はたゞ其独尊の迷想に耽らんことを欲《ねが》ふ、併しながら傲慢に逆ふは蝮の巣を擾すが如くに危くある、彼は直に狎侮と化して其|刺《はり》を以て吾人を螫すであらふ。
  衿夸。大言壮語の罪である、狎侮の如く残忍ならず、傲慢の如く横柄ならず、たゞ空風の如くに鳴る、邦語之を「ほこる」と云ふ、塵埃《ほこり》の立つが如くに軽く揚がるの意である、風船の空中に昇るが如く、自己の軽きを忘れて、唯其高きを誇る、衿夸は特別に愚者の罪である、其言辞の大なるを以て其人格の小なるを掩はんとする罪である。
 以上傲慢系の罪三つ、重きを先にし、輕きを後にす、若し罪の亢進の順序より言へば、衿夸が先きにして、其次ぎが傲慢、其極が狎侮である、始めに誇り、次ぎに高ぶり、終りに狎《なぶ》る、傲慢の言《ことば》、傲慢の心、傲慢の行、之を傲慢罪の三組《みつぐみ》と称す。
  悪事の計画。普通訳聖書に「譏詐」とあるは確かに誤訳である、譏詐ではない、原語の字義通り悪事の発見又は其計画である、思考を凝らして悪事を企つる事である、小人閑居して不善を作すと云ふが、神を心に(340)認めざる者は静粛に在て罪過を案出す、
  悪を為さんと謀る者を邪曲なる者と称ふ
と(箴言廿四章八節)、又
  彼等は平安を語らず、欺詐《いつはり》の言を作りまうけて国内に平穏に住ふ者を害はんと謀る
と(詩篇三十五篇二十節)、人は努めざるも自《おの》づから悪を為す者であると云ふに、此罪を犯す者は努めて悪を為すのである、或ひは学理を応用し、或ひは政治を利用し、或ひほ教会に拠りて、智慧を絞り、思想を傾けて悪事を計画して之を為すのである。
 謀悪の罪に次いで信実欠乏の罪が来る、余輩は之を不実系の罪と称へんとする、
  不孝。父母に対して信実を欠くの罪である、父母を敬まず、虚偽と詐欺とを以て彼等に対する事、是れが不孝である、父母は或る意味に於ては地上に於ける神の代表者である、故に神に事ふるの心を以て事ふべき者である、父母も人なれば彼等に誤り無しとは言へない、併しながら如何なる場合に於ても彼等は敬ふべき者である、縦令彼等に不孝と呼ばるゝとも彼等に対して信実を欠いてはならない、孝行とは親を歓ばすと云ふ事ではない、親を欺かない事である、彼等に対し最善を尽すことである、此点に於て基督教の孝道は東洋道徳のそれと異なる、聖フランシスは父の望に従はずして富貴を棄て貧者の友となりて彼の孝道を全うしたのである、孝、不孝は良心の問題である、感情の問題ではない、多くの場合に於て所謂孝行は親を詐はる事である、真正に親を敬ふ者は親の怒に触れても親を欺かざらんとする。
  不理。理に従はずして事を為す罪である、不法といふと同じである、即ち社会に対する信実欠乏の罪である、(341)法律を重んずるは刑罰を恐れるからではない、隣人を敬ふからである、法律は治世の便宜上、人の設けたる者ではない、之れは人と人との関係を支配する天然固有の道理である、故に人を敬ふ者は此理に従はざるを得ない、不理の罪は気儘勝手の罪である、己れあるを知て他人あるを知らざる罪である、法律違反は社会に対する信実欠乏の結果である、法律は決して道徳と離れたる者ではない。
  不信。同輩に対する信実欠乏の罪である、約束を守らず、友誼を重んぜず、利のためには輙《たやす》く盟を破り友を売る、詩人杜子美の有名の句なる   手を翻せば要と作り手を覆へば雨
   紛々たる軽薄何ぞ数ふるを須いん
とは此罪に題して言ふたのである。
  不情。妻子眷族に対する信実欠乏の罪である、彼等の憂苦を思ひやらず、己れ独り楽めば足れりとする、世に不孝の子が多いと同時に又不情の親が多い、不貞の妻が多いと同時に又不情の夫が多い、責むべきは子と妻とのみではない、親も夫も亦責むべきである、不情は不孝に劣らざる罪である、東洋道徳の欠点は茲にある、即ち不孝を責むるに厳にして不情を責むるに寛なるにある、神の国が此世に臨む時に、
  彼(神)は父の心に子女を思はせ、子女の心にその父を念はしめん
とある(馬拉基書四章五節)。
  不慈。下僕、下婢、下民等すべて己れより地位の低き者に対する信実欠乏の罪である、貧者に対して慈恵の心を発せず、弱者に対して憐愍の念を起さゞる罪である、尚ほ進んでは※[釐の里が女]婦《やもめ》の家を呑み、孤児の食を奪ふ、(342)富者と権者との最も陥り易き罪である、圧制は此罪に由て孕まれ、虐政は之に由て生まる。
 
 此目録に於て現はれたる罪はすべて二十一である、之を大略左の如くに分別することが出来る、
  罪の総称=不義。
  罪の総体=暴※[獣偏+艮]、悪慝、貪婪、
  嫉妬の罪=妬忌、兇殺、争闘、詭譎、刻薄。
  讒誣の罪=讒害、毀謗。
  不虔の罪=怨神(?)
  傲慢の罪=狎侮、傲慢、衿夸。
  不実の罪=不孝、不理、不信、不情、不慈。
 第一の如く完全なる目録ではないが、併し罪の諸方面に渉り、能く其要を穿ちたる者である、パウロは茲に神を拒みたる人類の罪を列挙するに方て、当時彼の心に浮び出たる罪の数々を述べたのであらふ、罪は勿論此目録を以て尽きない、若し悉く之を列挙せんとすれば、其数は悪魔の名の如く
  多きが故にレギヨンと云ふ
と云ふより外はない(馬可伝五章九節)、罪の種類と名称との多くして徳のそれの割合に尠きを見ても罪は亦神を離れたる人類の特性であることが分かる。 〔以上、6・10〕
 
(343)     〔目録第三〕
 
 目録第一は罪を内なる悪念と見てのものである、目録第二は罪を神を神として認めざる結果と見てのものである、而して目録第三は罪を肉の行為と見てのものである、罪を三ツの異なりたる方面より見て其の三ツの目録が成つたのである、
  それ肉の行為は顕著《あらは》なり、即ち苟合、汚穢、好色、偶像に事ふること、巫術、仇恨、争闘、※[女+戸]忌、忿怒、分争、結党、異端、※[女+冒]嫉、兇殺、酔酒、放蕩及び之に類する事なり(加拉太書五章十九−廿一節)。
 「肉」とは肉体のことではない、神を離れたる人の性である、肉其物は罪ではない、是れ又神の造り給ひたる者であつて神聖である、肉が罪の機関となりてパウロの茲に謂ふ所の「肉」となるのである、神を宿し其宮殿となるべき肉が、神を離れ、其欲する儘を行ふに至て、「肉」即ち罪の器となるのである、禽獣に罪なきは之に肉の外、之を主る霊がないからである、人に罪あるは、彼に肉の外に之を主るべき霊があるからである、而かも人の霊は単独で肉に対して其勢力を維持することの出来るものでない、之に神の霊が加はりて始めて真正の霊となりて肉を主ることが出来るのである、而して神を離れて霊は萎縮し、肉は跋扈して其慾を逞しうするのである、肉をして其猛威を振はしむるは霊の愆《とが》である、故に罪の責任は肉に於て無くして霊に於てある、神を拒絶せし霊に於てある、罪を肉の行為と謂ひたればとて肉を責むべきではない、罪は霊の事である、人に在りては肉は霊の賛同を得て其慾を恣にするのである、而して此放任されし肉、是れがパウロの茲に謂ふ所の「肉」である、而して人に在りては肉は単に其慾を追求するに止まらない、神を離れたる霊の慾をも之を行はんとする、故に肉は(344)悪しき意味に於て霊化されて、種々の霊的罪悪を其行為に於て顕はすのである、「肉」とは単純の肉ではない、肉に邪僻《よこしま》なる霊を加へたる者である、即ち所謂「邪性」である。
  苟合。前に見えたり、性慾乱行の罪である。
  汚穢。又不潔と云ふ、猥褻罪の総称である、淫語、妄想、艶文等、凡て情を汚し、思を濁す罪は此中に含まる、心の清き者は福ひなり、其人は神を見ることを得べければ也とあるは、殊に惰性の清粛を指して云ふたのである(馬太伝五章八節)、パウロが特に淫行を誡めて
  汝等淫を避けよ、人の凡て行ふ罪は身の外にあり、然れど淫を行ふ者は身を犯すなり
と曰ふたのも此種の罪の、其害毒の測るべからざるを知つたからである(哥林多前書六章十八節)、淫行は軽く見えて実は甚だ重い罪である、堕落は之に始まり、滅亡は茲に萌す、天使が堕ちて悪鬼と化せしも此罪に由るとのことである(創世記六章二節を見よ)、避くべく慎むべきは実に汚穢の罪である。
  好色。前に見えたり、放縦と訳すべきもの、普通の場合に於ては苟合に酔酒を兼ねたる罪である、然し此目録に於ては苟合、汚穢の後に録されたるを見れば色慾の放縦と見るが適当であると思ふ、即ち好淫を窃に犯して苟合あり、之を心の中に犯して汚穢あり、公然と犯して好色即ち放縦があると云ふべきであると思ふ。
  偶像に事ふること。神以外の者に敬崇を奉るの罪である、単に木石を神として祭るに止まらない、或ひは神に奉るべき敬崇を人に呈し、或ひは制度に呈し、或は団体に呈し、或ひは主義に呈す、是れ皆な偶像崇拝である、人に自づから神を拝するの心がある、此心を称して宗教心と云ふ、而して偶像崇拝は宗教心の濫用である、正当の夫妻に呈すべき愛心を他人に呈するのが奸淫罪であるが如くに、独一無二の神に奉るべき宗(345)教心を神以外の者に呈するのが偶像崇拝である、実《まこと》に聖書に従へば偶像紫拝は人が神に対して犯す奸淫の罪である(耶利米亜記三章十三節以下、以西結書十六章廿三節以下、何西阿書一章二節以下、黙示録二章廿二節等を見よ)、偶像崇拝が苟合、汚穢、好色の後に来るは適当の順序である。
  巫術。妖術、魔法、卜筮、呪禁《まじなひ》等の迷信である、偶像崇拝に必ず伴ふ罪である、宇宙の主宰に奉るべき敬崇を彼れ以外の者に呈して人の宇宙観は誤らざるを得ない、茲に於てか多くの迷信が生じ来るのである、迷信は決して無学の結果ではない、不虔の結果である、神を神として認めずして人は何人も或種の迷信に陥らざるを得ない、迷信は無智無学の人に限らない、智者にもある、学者にもある、巫術は迷信である、唯物論の迷信、国家主義の迷信、金力万能主義の迷信は近世に於て智者学者の間に行はるゝ巫術であつて、等しく偶像崇拝の結果である。
  仇恨。同胞に対し敵意を懐くの罪である、反逆は罪の特性である、男女相反いて奸淫がある、人が神に反いて偶像崇拝がある、而して人が人に反いて仇恨がある、仇恨はすべての争闘の原因である。
  争闘。仇恨が外に向て現はるゝ時の第一歩である、心に恨らんで外に争ふ、好意のある所に争闘は無い、先づ憎んで然る後に闘ふ、争闘は仇恨の実現に外ならない。
  ※[女+戸]忌。後に在る※[女+冒]嫉と区別せんがために競争と訳するが適当であると思ふ、仇恨の更らに具体的になりて外に顕はれたる罪である、未だ※[女+冒]嫉の深きには至らずと雖も、而かも既に平和的両立に堪えずして対手圧倒の途に就く、是れが競争である、競争に有利的なると、有害的なるとがある、然し競争は大抵の場合に於ては※[女+冒]嫉兇殺として終らざれば止まない、競争は平和的戦争である、即ち血を流さざるまでの戦争である。
(346)  忿怒。競争に必ず伴ふ罪である、競争勲して忿怒となる、恰かも車軸熱して火を発するが如し、之を政治家の選挙場裡に於て見るも、宗教家の伝道界域に於て見るも競争のある所には必ず忿怒がある、競争は罵声を揚げずしては決して行はれない、憤然叱咤して敵を追ふと云へば立派であるが、肉の行為たる忿怒と解すれば甚だ醜くある。
  分争。党派心である、次に来る結党の前兆である、競争の他に伝染せし結果である、即ち一人敵に当らんとせずして同類相結んで彼を仆さんとする心である、パウロがピリピ人に書贈て
  或人は党を結ぶ心よりキリストを宣ぶ
と言ふたのは此心である(腓立比書一章十六節)、今も昔と異なることなく伝道界に盛に行はるゝ罪である。
  結党。分争の事実となりて顕はれたる罪である、平和は全く破れて、一団は割れて数団となり、各自、其党する旗幟の下に立つ、曰く我はパウロに属す、我はアポロに属す、我はケパに属す、我はキリストに属すと(哥林多前書一章十二節)、而して譏詐と呪詛の鎬を削りて相闘ふ、余事は措て問はず、平和を主とする基督教会ですら今や六百有余の教派に分かれ、其間に犬猿も啻ならざる悪關が行はれつゝある、実に歎ずべきの限りである、之に対するパウロの訓誡は左の如くである、
  汝等|思念《おもひ》を同うし、愛心を同うし、心を合せて念ふことを一にし、以て我が喜びを満たしめよ、何事を為すにも党を結び或ひは虚栄を求むる心を懐くべからず、各々謙《へりくだ》りたる心を以て互に人を己に愈《まさ》れりと為よ
と(腓立比書二章二、三節)、結党の罪悪に対し、之よりも適切なる訓誡は無い。
(347)  異端。結党は党派の樹立である、異端は異説の唱道である、真理のために異説を唱ふるは可い、実に多くの場合に於て異端と称せらるゝ者が真理であつて、異端と称する者が異端である、異端の異端たるは其説の如何に由らない、之を唱道する動機精神に由る、教理を弄び、「党を結び或ひは虚栄を求むる心」より之を唱ふる、是れが異端である、腐敗せる教会に対してキリストの純福音を唱ふるは決して異端ではない、異端は教理ではない、又学説ではない、異端は悪しき、曲りたる、邪まなる心である、故に説の異端なると否とは其説の如何に由ては解らない、其、之を提出せし動機を知て解るのである、例へば今日唱へらるゝ聖書の高等批評の如き、説其物は決して異端ではない、其れが異端の道具として使はれる事はあらふ、然し乍ら高等批評其物は決して異端ではない、異端は保守思想を以ても行はれる、然り、分争、結党の如何に多く保守家の間に行はるゝかを見て、パウロの茲に謂ふ所の異端の決して新説唱道を指したる者でない事は明かである、異端の文字程宗教家の間に誤解さるゝものはない、異端は罪である、罪であるが故に心の事である、説の事でない、此事を知て我等は各自、己が此罪に陥らざるやうに慎む、無闇に他人を異端と称して兄弟を鞫くの罪に陥らない。
  ※[女+冒]嫉。前に見えたり、反対者の成功、繁栄、存在に堪えざる罪である、仇恨が其極に達したる罪である、単純なる仇恨は亢進して終に深刻なる※[女+冒]嫉となる、彼れ怨めしとの心は終に彼れ無かれよかしとの念となる、罪は罪に由て昇る、仇恨は争闘以下の段階を経て終に※[女+冒]嫉の怪物となりて顕はれるのである。
  兇殺。前に見えたり、仇恨最後の手段である、之に由て万事は終るのである、争闘を試み、競争、分争、結党、異端と、手を替へ品を代へて其反対者を仆さんとして能はず、終に兇殻に由て其目的を達するのである、(348)仇恨は始めであつて兇殺は終りである、カイン、アベルを殺して万事は休んだのである、或ひは毒刃を以て、或ひは毒舌を以て、或ひは毒筆を以て、或ひは奸策を以て、兇殺に由て仇恨を晴らして悪人の心は満足するのである、仇恨が兇殺に終て罪の一段落は就くのである。
 兇殺は罪悪の極である、之を以て此目録は終るべきである、然るにパウロは茲に至て尚ほ書落《かきおとし》のあることを発見した、彼は飲酒の罪を書落した、故に彼は附録として此比較的に軽い罪を※[女+冒]嫉兇殺の重罪の後に加へたのである。
  酔酒。飲酒の罪の総称である、其中に沈湎、酔興、※[號/食]餮《たうてつ》、酒宴等の別がある(彼得前書四章三節を見よ)、世に一般に行はるゝ罪であつて、多くの場合に於ては罪として認められざる罪である、然れども酔酒は大なる罪たるを免れない、良心を麻痺せしめ、家庭を破壊し貧困を来たし、疾病を醸すものにして酔酒の罪の如きは無い、酔酒は諸悪の媒介者である、其直接の結果より見れば比較的に軽い罪であるが、然かし其永遠に及ぼす結果より見て其まことに地獄の火、凶毒、死毒たるを疑ふことは出来ない。
  放蕩。彼得前書四章三節に於けるが如く酔興と訳すが当然であると思ふ、無恥の酔酒と称せんか、羅馬書十三章十三節には※[號/食]餮と訳してある、恥を忘れ、己を忘れて酔酒に耽ける罪である、酒に自己を放棄する罪である、自から府く一時的の発狂である、其時に良心はない、道理はない、礼節はない、肉慾は其儘暴露されて、人は純乎たる禽獣と成る、人の如何に賤しき乎は彼が此罪に陥る時に現はれる、而かも彼れ醒めて後は再び天下の事を語る政治家たり、又国家の干城たる軍人たるのである、人が酒の奴隷となること、是れが酔興の罪である。(349)及び之に類する事。酔酒、酔興に類すること、即ち沈湎、※[號/食]餮、酒宴の類を云ふ、パウロは悉く之を茲に掲ぐるを好まなんだ、彼は既に罪の名称十六を掲げて倦厭の感を起したであらふ、罪の数に限りはない、「之に類する事」と云ひて其すべては尽きるのである。
 
 目録第三に掲げられたる罪の名称はすべて十六である、之を左の如くに類別することが出来る
  異性に対する罪、情の濫用=苟合、汚穢、好色(放縦)。
  神に対する罪、宗教心の濫用=偶像崇拝、巫術(迷信)。
  人に対する罪、敵意の抱懐=仇恨、争闘、※[女+戸]忌、忿怒、分争(党派心)、結党、異端、※[女+冒]嫉、兇殺。
  自己に対する罪、節度の超越=酔酒、放蕩、(酔興)。
 順序正しき罪の目録である、肉は情の所在であるが故に、罪を肉の行為と見たる此目録は凡の方面に於ける情の乱行を良く尽くして居る、罪は勿論情に限らない、意の罪もある、識の罪もある、然しながら罪として最も顕著なるは情の罪である、故に曰ふ「肉の行為は顕著なり」と、表面に現はれて何人も之を罪として認むることの出来るもの、是れが肉の行為即ち情の罪である。
 
 以上は罪の目録である、然し之に添ふて徳の目録がある、即ち左の如し
  霊の結ぶ所の果は仁愛、喜楽、平和、忍耐、慈愛、良善、忠信、温柔、※[手偏+尊]節、云々(廿二、三節)
 罪は肉の行為であつて内より外に向て現はるる者である、之に対して徳は霊(聖霊)の結ぶ果であつて、外より(350)内に臨む者である、行為は複雑である、故に複数である、果は単純である、故に単数である、英語を以て言へば enmities に対して love がある、jealousies に対して goodness がある、罪の名称はすべて複数名詞であつて、徳の名号はすべて単数名詞である、罪の分離に対し徳の統一を示し、良く二者の性質を明にして居る、名は結党であると雖も結党は結合ではない、結党は不平分子の集合である、結党は反逆である、故に対手の引退と同時に自から分散する者である、故に divisions と云て division と云はない、結党の結党である、争闘の争闘である、※[女+冒]嫉の※[女+冒]嫉である、相結び、相争ひ、相嫉むことである、真正の味方があるのではない、唯同一の敵があるのである、其敵にして斃れん乎、後は相互の争闘、相互の兇殺となるのである、紛雑なるものにして肉の行為たる罪の如きは無い。
 罪の複雑なるに対して徳は単純である、すべては愛の一字を以て竭きて居る、聖霊の結ぶ所の果は一つである、即ち愛(仁愛)である、而して愛の諸方面に現はれたる者が喜楽以下の美徳である、而かも諸徳ではない、一ツの徳である、徳の徳たるは其合一性に於てある、平和は一ツである、温柔も一ツである、而して平和と温柔とは又一ツである、而してすべてが相合して一ツの愛である、三位一体の神より出て之に等しき者であつて、多くであつて、一ツであり、一ツであつて多くである者である。
 罪は肉の行為であると云ひ、徳は聖霊の結ぶ所の果であると云ふ、故に罪は我に在るものであつて、徳は生来の我には無いものである、善なる者は我れ即ち我肉に居らざるを知るとパゥロは言ふて居る(羅馬書七章十八節)、又凡の書き賜物と全き賜物は皆な上より降るなりとヤコブは言ふて居る(雅各書一章十七節)、罪は我物であつて徳は賜物である、故に我は誇ることは出来ない、我は唯祈て善なるを得るのである、罪に勝つの途は(351)茲に在る、徳を建つるの途も亦茲に在る、克己自制、以て完全の聖人と成らんと欲するも成れない、謙虚、己を卑うして聖雲(キリスト)の降臨を仰いで神の聖旨に合ふ者と成ることが出来るのである、故にパウロは曰ふた
  我れ言ふ汝等霊(聖霊)に由て歩むべし、然らば肉の慾を為すこと莫らんと(十六節)、基督者建徳の秘訣は簡単なる此一節に籠つて居る。 〔以上、7・10〕
 
(352)     聖霊の進化
                     明治42年5月10日
                     『聖書之研究』109号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 聖霊に進化があると云ふは不敬の言であるやうに聞こえる、然し事実は蔽ふべからずである、聖書は確かに聖霊に進化のありしことを示してをる。
 聖霊は初めに造化の能《ちから》として顕はれた、
   元始に神、天地を造り給へり、地は定形《かたち》なく曠空《むなし》くして黒暗《やみ》淵《わだ》の面《おもて》にあり、神の霊水の面を覆ひたりき(創世記一章一、二節)。
 又言ふ
   諸の天はヱホバの言葉によりて成り、
   天の万軍はヱホバの気によりて造られたり
と(詩篇三十三篇六節)、茲に「ヱホバの気」とあるは神の霊と云ふと同じである、天の万軍、即ち諸の星は神の霊によりて造られたりとのことである。
 宇宙を造りし神の霊は今、猶ほ之を支持する霊である、
   汝、霊を出し給へば万物皆な造らる、
(353)   汝、地の面を新たにし給ふ
と(詩篇百四篇三十節)、春来る毎に緑葉滴り、百鳥梢に帰り囀るのは同じく神の霊によるのである、或る意味に於ては風も聖霊である、電気も聖霊である、天然の能力であればとて決して賤むべきものではない。
 造化の力として顕はれし神の霊は次に腕力として人に現はれた、聖母マリヤの讃美歌に
  其臂の力を発はして心の驕れる者を散らし
とあるは此事である(路加伝一章五十一節)、昔の勇者は神の霊によりて身の弱きを以て敵の強きを挫いた、神の霊オテニエルに臨みたれば、彼れ戦に出てメソポタミヤの王を※[手偏+虜]《とりこ》にしたりとの事である(士師記三章十節)、神の霊ギデオンに臨みたれば彼れ※[竹/孤]を吹き、民を集め、ミデアン人を破りて之を鏖にしたりと云ふ(仝六章卅四節)、神の霊サムソンに臨みたれば、彼れ山羊の子を裂くが如くに稚《わか》き獅子を裂きたりと云ひ(仝十四章六節)、又
  茲にヱホバの霊サムソンに臨みしかばサムソン、アシケロンに下りて彼所《かしこ》の者三十人を殺し、其物を奪ひたり
と云ふ(仝十九節)、後にはイエスをして永遠の霊に由り己を神に献げしめし聖霊は前には士師等に臨みて獅子を裂き敵を殺さしめたりとの事である。
 神の霊は又技工の霊として人に降つた、
  ヱホバ、モーセに言ひ給ひけるは、我れユダの支派《わかれ》のホルの子なるウリの子ベザレルを名指して召し、神の霊を之に充たして智慧と了知《さとり》と智識の諸《すべて》の類の工《わざ》に長けしめ、奇功を尽して金、銀、及び銅の作をなすことを得せしめ、玉を切り嵌め、木に彫刻みて諸の類の工をなすことを得せしむ
(354)とある(出埃及記三十一章一−五節)、即ち神の霊は冶金の術、彫刻の技、即ち美術の霊として此人に降りたりとの事である。
 聖霊は又預言の霊である、神の霊サウルに臨みたれば、サウル預言者の中にありて預言せりとの事である(撒母耳前書十章十節)、又ヱホバの霊ダビデの中にありて彼は最後の言を遺せりと云ふ(仝後事二十三章二節)、異邦人バラムさへも神の霊彼に臨みたれば、彼はイスラエルの子孫の将釆に就て預言せりとの事である(民数紀略廿四章二節)、誠に預言は人意に由りて出しに非ず、神に属ける聖き人が聖霊に感じて語りし者である(彼得後書一章廿一節)。
 此ほか聖霊は聡明の霊としてソロモン王に降り、夢を解する知了の霊としてダニエルに降り、荒廃復興の霊としてネヘミヤに降つた、或ひは審判の霊として審判の席に坐する者の上に降り(以賽亜書廿八章六節)、或ひは謀略の霊、才能の霊として民を治むる者の上に臨んだ(仝十一章二節)。
 以上は旧約時代に於ける聖霊の進化である、新約時代に入てより聖霊は更らに又其進化を継けた、聖霊マリヤに臨みて至上者の大能彼女を庇《おほ》へりと云ひ(路加伝一章卅五節)、エリサベツ聖霊に、充たされて大声に呼はりて聖母を祝したりと云ひ(仝四十一節)、ヨハネの父ザカリヤは聖霊に充たされて其子の将来に就て預言せりと云ふ(仝六十七節)、イエスの全生涯が聖霊指導の生涯であり、彼れ天に挙げられてより、聖霊は又著しく彼の弟子等の上に降つた、ペンテコステの日に於ては聖霊迅風の如き響を以て焔の如き形をなして弟子等の上に降り、
  彼等は皆な聖霊に満たされ、其聖霊の言はしむる所に随ひて異なる国々の方言を言ひはじめたり
と云ふ(行伝二章四節)、聖霊、ピリポに命じ彼をして往いて途にエチオピヤ国の大使を要し、彼に福音を説き、(355)洗礼を授けしむ、而して
  彼れ水より上れる時主の霊ピリポを取去れり
と云ふ(行伝八章卅九節)、又ペテロとヨハネの二人、サマリヤに下り、手を其地の信徒の上に按《お》きければ彼等聖霊を受けたりと云ふ(仝十四−十七節)、而して聖霊の降臨により、奇しぎなる能力の信者の上に加はるを見てシモンなる者、金を持来りて聖霊授伝の特権を得んとせしかばペテロの詰責する所となりしと云ふ(仝十八節)。
 後又福音のコリントに伝はりしや、茲に又聖霊は多くの奇跡と休徴とを以て顕はれ、
  或ひは霊によりて智慧の言を賜はり、或ひは同じ霊に由りて知識の言を賜はり、或ひは同じ霊に由りて信仰を賜はり、或ひは同じ霊に由りて病を医す能を賜はり、或ひは異能を行ひ、或ひは預言し、或ひは霊を弁へ、或ひは方言を言ひ或ひは方言を訳するの能を賜はれり
との事である(哥林多前書十二章八−十節)、智慧の言とは雄弁なるべし、智識の言とは哲学なるべし、信仰とは山を移す程なる信仰なるべし、其他病を医すの能、奇跡を行ふの能、預言するの能、真の霊を偽はりの霊より弁別するの能、外国語を語り、又之を訳するの能が聖霊降臨の結果としてコリント教会の信者に与へられしとのことである。
 然れども時は進み、神の自顕は益々其度を高むるに随て、聖霊が奇跡として顕はるゝの度は段々と減じて来た、聖霊は素と是れ神の霊であつて、神は其本性に於て愛である、而して愛は特別の場合に於ては異能奇跡を以て顕はるゝことありと雖も、然れども愛の特性は間断的でなくして恒久的である、愛は外に顕はるゝを諱み、内に潜むを好む、愛は喧しきを嫌ひ、静かなるを愛す、故に聖霊最後最高の発顕は斯かる静かなる恒久的の降臨で(356)あるに相違ない、聖霊が愛として人の心に顕はるゝまでは、聖霊は未だ其本体を以て人の中に降らないのである。
 而してキリストが世に降り給ふたる主なる目的は斯かる秀美なる形に於て聖霊を人の心に降さんがためであつた、キリストに在りて聖霊は聖化されたと言ふことが出来る、彼に在りて一たぴは人を殺せし霊は人を救ふの霊となりて顕はれた、彼に在りて聖霊は才能の霊であるよりは寧ろ常識の霊であつた、奇跡を行ふの能であるよりは寧ろ患難に耐ゆるの力であつた、預言するの霊であるよりは寧ろ感謝するの霊であつた、キリストに在りて聖霊は少数の天才に臨む霊ではなくして多数の平人に降るの霊となつた、聖霊は恒久にキリストの上に宿つた、而して永久の雪を以て養はるゝ谷川の如くに冽《きよ》き間断なき生命の水は彼より流れ出づるに至つた。
 故にパウロは言ふた
  我等に賜ふ所の聖霊に由りて神の愛、我等の心に灌漑がる
と(羅馬書五章五節)、又
  霊《みたま》の結ぶ所の果は仁愛、喜楽、平和、忍耐云々
と(加拉太書五章廿二節)、又
  霊に由て行ふべし、互に怒り、互に嫉むことを為して虚《むなし》き栄を求むる勿れ
と(仝廿五節)、又天国の何たる乎に就て述べて曰ふた
  神の国は飲食に非ず、惟、義と和と聖霊に由る歓喜なり
と(羅馬書十四章十七節)、斯くてパウロに取りては聖霊は異能又は怪力ではなくして、全く品性であつた、ギデオン、サムソンに取り、猛獣を挫ぐの力、敵を殺すの能でありしに較べて実に驚くべき進化であると言はざるを(357)得ない。
 始めに天然力として顕はれ、次ぎに腕力として降り、次ぎに技工の霊、預言の霊、聡明、謀略才能の霊、夢を解するの霊、民を治むるの霊として順次に顕はれ、斯くて旧約時代を去て新約時代に入り、病を医し、方言を語るの霊として顕はれし聖霊は終にはキリストの霊、即ち正義と平和と歓喜の霊として顕はるるに至つた、是れ余輩の称する聖霊の進化である、物質界に於ける進化に優さるの進化であつて、余輩、霊界の過去を回想して、其進歩の甚大なりしに驚かざるを得ない。
 然るに人は言ふ、聖霊は昔しは降りしも今は降らず、又降ることあるも甚だ稀れなりと、又信者の多くはペンテコステの日の再び繰返されんことを願ひ、聖霊が再び迅風の如き響をなして焔の如くに彼等の上に降らんことを祈る、然しながら是れ神の摂理を解せざるより出る無益の祈願である、聖霊が人を殺すの能として降りし時の歇みしが如く、迅風として焔の如くに臨むの時も亦去つた、聖霊は今は人の眼を驚かすの能としては降らない、キリスト、十字架の上に柔和の霊を注ぎ給ひてより茲に千九百年、聖霊は今や柔和の霊(加拉太書六章一節)、恩を施すの霊(希伯来書十章廿九節)として降り、異能を呈はして人目を驚かすの霊としては降らない、今は最も善き時である、今は最も善き霊の降る時である、敵を殺して神に感謝せし士師、列王の時代は遠く過去り、※[火+毀]尽す預言者の烈火も、ペンテコステの霊火も、コリント教会の霊能も今は其跡を絶ちしと雖も、之に代て更らに秀でたる、更らに貴き賜物は今や我等の上に臨みつゝある、即ち敵を殺すの能にあらずして敵に殺されて尚ほ其敵を赦すの霊である、※[火+毀]尽す火にあらずして、傷める葦を折ることなく、煙れる麻を熄すことなきキリストの愛の霊である、迅風の響を以て臨まずと雖も、細き静かなる声を以て同じ昔しの聖霊は昔しに優るの力を以て今、我等(358)の霊に臨み給ふ、誠に我等は今や「聖霊の時代」に於て在るのである、即ち聖霊が其最上最高の形を以て人類の間に顕はれつゝある其幸福なる時代に於て在るのである。
 是故に我等衿恤を受け機《おり》に合ふ助けとなる恩恵を受けんために憚らずして恩寵の座に来るべきである(希伯来書四章十五節)、昔しを今に復さんとて賤の繰言繰返すことなく、今の恩恵を慕ひまつり、第二十世紀のクリスチヤンとして最も完全なる霊の賜物に接すべきである。
 
(359)     元始的日本
                     明治42年5月10日
                     『聖書之研究』109号「雑録」
                     署名なし
 
 近頃筑波山下に遊び少しく元始的日本を覗ふことが出来た。
 元始的日本に於ては今日と異なり、桜樹が山野到る所に茂つて居つたに相違ない、松、杉、橿、樅、檜等と混《まじ》り春来る毎に緑葉の間に比雪の色を呈したであらふ、其事は山間稀れに残る所の古代の山林を見て判明る、其処に桜樹は山の雑木として存《のこ》り、何、誇る所なく其薄紅の花を開いて居る。
 回顧す、明治の初年、始めて北海道札幌に到りし時、余輩は始めて其処に野生の桜を見た、其幹は一ト抱へもある程、其枝は高く雑林の上に聳え、浅紅其巓を飾りし頃は、遠くより之を望んで大なる日傘の開けて地下を翳《かざ》すの観があつた、余輩青年は度々其下に集ひ、聖歌を讃え、祈祷を共にし、聖談終へて後は各自一枝を肩に負ひて寄宿舎指して帰り来つた、然るに歎ずべし、文明、石狩平原を襲ふて其残害の難に遭ひし者は先づ第一に是等の桜樹であつた、無慈悲なる移民は先づ第一に此等「林の王」を斃した、而して数年ならずして、桜樹は元始的山野より絶えた。 〔以上、「研究」欄〕
 元始的日本に於ても桜樹は同じ運命に遭遇したのであらふ、大和民族の心は朝日に匂ふ山桜であると云ふが、然し、此大和民族に由て野生の桜樹は何の惜気もなく争ふて斫倒されたのであらふ、而して幾年ならずして山に(360)桜の花は絶え、天より降りし処女の林は今日吾人が見るが如き没趣味のものと化したのであらふ。
 桜もさうであらふ、人もさうであらふ、愛すべき、誠実なる元始的日本人は南洋又は朝鮮半島より入来りし征服者に由て何の惜気もなく斫倒されたのであらふ、而して残りし者は吾人が今日見る所の者、八重桜、御殿桜、牡丹桜等、天然の性を失ひて偽はりの花を開く者、而かも山野に生ずる能はずして、都門に春の錦を織る。
 然れども感謝す、元始的日本の未だ全く其迹を絶たざることを、文明の虚偽の未だ深く浸潤せざる所に今尚ほ元始的日本人は居る、而して神の霊は直に彼の上に降りて日本国の改造は始まりつゝある。 〔以上、「寄書」欄〕
 
(361)     モーセ伝の研究
        (三月七日以後日曜日毎に今井館に於て講ずる所なり)
                  明治42年5月10日−9月10日
                  『聖書之研究』109−112号「講演」
                  署名なし
 
     一、イスラエルの出生 (出埃及記第一章)
 
  我れ我子をエジプトより召出せりと(馬太伝二章十五節)、イスラエルは国としてはエジプトより生れたものである、今を去ること凡そ三千二百年、アブラハム、カルデヤに生れてより凡そ七百年、彼の子孫はエジプトに降りてより愈《いや》増しに繁殖し、茲に一国民と成りて生れ出たのである、時にエジプトは既に世界の老大国であつて、太古の文明は此地に於て其発達の極に達した、而してイスラエルの民は此国に留まること既に四百余年、太古文明の供する利益は悉く之を享受し、今より新たに其天職たる霊性発展の途に就かんとしてあつた、而して機会は外より又内より供せられた、外よりの機会は為政家の圧制であつた、内よりの機会は偉人モーセの聖召であつた、外なる圧制は内なる自由と相伴ひ、茲に世界歴史の大事件なるイスラエル民族の出埃及は演ぜられたのである。
 精神なき文明は国を栄えしめずして反て之を衰へしむ、エジプト国は其物質的文明の毒する所となりて今や茲(362)に衰退の状を現はした、然るに其中に客たりしイスラエルの民は生気益々熾んにして
  イスラエルの子孫|饒《おほ》く子を生み弥増《いやまし》殖え甚だしく大に強くなりて国に満つるに至れり
とのことであつた(七節)、茲に於てか彼等はエジプト人の嫉み懼るゝ所となり大なる圧制を彼等の上に招いた、然れども彼等の生気は少しも衰ふべくもない、彼等は苦しむに随ひて愈々増し殖えたれば(十二節)、エジプト人は更らに彼等の撲滅策を講ずるに至つた、即ち彼等は古代に於て屡々行はれし嬰児の穀戮を実行して此外来の民を根絶せんとした(馬太伝二章十六節以下参照)、エジプト王は産婆を召して之に命じてイスラエル人の中に生れし男子は悉く之を殺さしめんとした、然れども文明の惰気に触れざりしヘブルの婦はエジプトの婦の如くではない
  彼等は強健《すこやか》にして産婆の彼等に至らざる前に産了れり
とのことであつた(十九節)、精神的のみにあらず、肉体的にもイスラエルは遙かにエジプト人に勝さるの民であつた、此生殖力を有する強健の民は到底、衰弱せる文明の民の圧潰《おしつぶ》すことの出来る者ではなかつた、彼等の体質に由て見るも自由は終に彼等の間に起らざるを得なかつた。パロとヘロデ、彼等は東洋流の二大圧制家であつて、同じ方法を以て光明を民の中より絶たんとした、然れども彼等と雖も摂理の大なる聖手《みて》に抗することは出来なかった、神の人モーセはパロの圧制の手の下より生れ、神の子イエスはヘロデの残虐の剣を免がれた、而して前者はイスラエルの国を創立し、後者は神の国を建設した。
 
(363)     二、モーセの誕生 (出埃及記第二章上半)
 
 神碑の途は人の途に非ず、
  ヱホバを懼るゝ者にヱホバの賜ふ其|憐恤《あはれみ》は大にして天の地よりも高きが如し(詩篇百三篇十一節)。
  実に人の恚怒《いかり》は汝を讃むべし(仝七十六篇十節)。
 神の民を絶たんとせしパロの計画は終に己を滅すの基となつた、モーセはレビの婦《をんな》に由て生れた、彼れ美はしき男子なりしかば彼の母は彼を殺すに忍びず、一時は彼を匿した、而して終に匿し得ざるに至て、パピラス草(※[草がんむり/隹]《よし》)の舟を作りて彼を其中に入れ之をナイル河の水に委ねた、流や之を洗ひ去るべき、鮮魚や之を食ひ去るべき、然れども神は嬰児と共に在り給ふた、パロの王女は身を洗はんとて河に下り来つた、是れ蓋し当時の習慣に循ひ、ナイルの水神を祭らんためであつたらふ、而して彼女の眼に止まりしはパピラス草の小さき箱舟であつた、彼女之を開いて見れば嬰児は彼女を見て啼いた、パロは暴虐の君であつた、然し彼の女《むすめ》は仁慈の婦人であつた、彼女は嬰児を水の中より援出《ひきだ》した、而して之にモーセ(援出)の名を与へて彼女の子として彼を養つた、子は親の罪を償ふと云ふ、此父にして此女があつた、パロの女はエジプト国将来の敵を養ふて不忠不孝の罪を犯したりと云ふべきであらふ乎、然り、若しエジプト国のための人類であつて人類のためのエジプト国でないならば此詰責は適当であらふ、然し世界に偉人モーセを供せし此王女は此詰責に当るべきであらふ乎、池の尼は頼朝を援けしが故に不義不忠の婦であつたらふ乎、日本国は平家を犠牲に供しても頼朝を要したではあるまい乎。
 若し世界歴史の舞台にモーセが現はれざりしならば如何? 人類が有せし最初の自由は無つたであらふ、所謂(364)モーセの十誡は無つたであらふ、随て摩西律なる者は無つたであらふ、それが故に四大預言者も十二小預言者も出なかつたであらふ、随てナザレのイエスも出ず、タルソのパウロも出なかつたであらふ、随て基督教世界千九百年の歴史は無かつたであらふ、今の英国も無かつたであらふ、米国も無かつたであらふ、独逸国も無かつたであらふ、而して余輩が若しモーセ微りせば憲法的日本も無かつたであらふと言ふならば余輩の国人は余輩に向つて憤怒を発するであらふ乎、モーセは実に世界文明の泉源である、猶太教も基督教も回々教も、亦之に伴ひしすべての美術も文学も哲学も一時は弱き一人の嬰児と共に※[草がんむり/隹]の箱舟の中に在てナイル河の流れに浮いて居つたのである、而して之を援出した者がパロの女である、繊弱《かよわ》き婦人の手の中に全世界の文明は嬰児と共に託されたのである。
 モーセはパロの女の下に在て老大国の王子として其授け得る最善最良の教育を受けた、時に太古の文明の華は鍾《あつま》つてエジプト国に有つた、政治、法律、宗教、文学、理学、薬学、之に加ふるに法術と卜筮、……諸学に渉るモーセの造詣の如何に深かりしかは彼が後に彼の国人の為めに作りし法律制度に由て知ることが出来る、彼は是等を直にヱホバより授かりたりと言ふと雖も、ヱホバは物を人に授くるに彼の予め有たざるものを以てし給はない、法律家には法律を授け、政治家には政治の智慧を授け給ふ、モーセの授かりし黙示の大なりしに由て彼の素養の如何に大なりし乎を察する事が出来る。
       ――――――――――
 
     三、モーセの遁逃 (出埃及記二章下半)
 
(365) モーセの教育は終つた、彼の智識的準備は成つた、彼は今より世に出て何にか大なる事を為さんとした、彼は既に彼の埃及国の王子にあらざるを知つた、彼は彼のイスラエル的血統を認めた、彼は今より苦しめる彼の国人のために彼の力を揮はんとした、彼の愛国心は燃えた、彼の衷に義務の念は動いた、後に希伯来書の記者が曰ひし如く彼は
  暫らく罪の楽を享けんよりは寧ろ神の民と共に苦難を受けんことを善とした(希伯来書十一章廿五節)、彼は一日野に出てそこに彼の同胞なるイスラエルの民がエジプト官吏の虐待する所となるを見た、彼は憤慨に堪えずなつた、四方を視まはし人の居らざるを見て其エジプト人を撃て殺し、之を砂の中に埋め匿くした、而して此事終に発覚せんとしたれば、人を殺せし彼は己れも亦殺されんことを懼れ、終に独りエジプトの地を去て東の方、紅海の彼方なるミデアンの地に逃れた、燐むべし「エジプト人の学術を尽く教へられ、言と行《わざ》とに才能ありし」モーセは未だ民を救ふの途を知らなかつた(使徒行伝七草廿二節)、彼は人の怒を以て神の義を遂げんとした、彼の志は嘉すべしとするも彼の取りし方法は全く誤つて居つた、彼は多くの青年愛国者の取る途に由て彼の国人に自由を与へんとした、己れの暴力に訴へて暴虐者の暴を挫かんとした、彼は未だ国民救済の大任を委ねらるゝに足りなかつた、彼は今はエジプト人の学校ならで神の学校に行て学ぷの必要があつた。
 而して其学校はシナイ半島ミデアンの地であつた、彼は茲に尚ほ四十年間の彼の修養を継けた、今は教師と文字とを以てせずして、労働と寂寞と山嶽と家畜とを以て彼は此所に神の事に就て教へられた、彼は血気の頼るに足らずして頼るべきは神の霊なることを教へられた、彼は又人の怒は神の義を行《な》す者でないことを教へられた、(366)剣を以て人を殺すも民の自由は獲られないことを教へられた、四十年間に渉る曠野に於ける神との接触に由て怒り易きモーセは柔和なるモーセと化した、
  モーセは其|人成《ひとゝなり》、温柔なること世の中のすべての人に勝れり
と(民数紀略十二章三節)、是れ神の学校を卒へし後のモーセである、エジプトの学者は彼に法律、理学、哲学を伝へ得た、然れども神のみ能く彼を温柔の人となすことが出来た。
 モーセはミデアンの地に至りて計らずも其地の祭司リウエル(一名エテロ)の女《むすめ》に邂逅した、而して彼女の導く所となりて祭司の家に至り茲に彼の客となり又終に其婿となつた、チポラ、之を訳せば「小鳥」である、鳥子《とりこ》は今はモーセ夫人となつた、モーセの竄流にも亦小説的の所がある、彼は泉の傍に於て彼の未来の妻に会ふた、彼の新生涯は茲に姶つた、王女の宮殿は養はれし彼は牧羊者の女を娶つた、彼は茲に下つて平民となつた、而して彼の向上は此時に始つた。 〔以上、5・10〕
 
 
     四、モーセの聖召 (出埃及記二章二十三節以下、三章、四章)
 
 モーセは其死たる時百二十歳(申命記三十四章七節)、そのパロと談論《ものいひ》ける時は八十歳であつた(出埃及記七章七節)、故に彼は修養に全生涯の三分の二を費したのである、埃及に於ける人の学校に於て四十年、シナイの曠野に於ける神の学校に於て四十年、実に長い間の修養であつた、大器晩成の理に洩れず、偉人モーセも亦晩成の人であつた、実に彼は一時は此世に於ける活動を断念したのであらふ、彼は曠野に於て羊を牧ひながら神と偕(367)に歩む生涯に慣れて、是れ以上の幸福を求めざるに至つたであらふ、世に事を為さんと欲する者が事を為すのではない、世の事業を断念せし人、其人が大事を為すのである。時勢は終にモーセの出動を促した
  斯くて時を経る程にエジプトの王死ねり、イスラエルの子孫其労役の故によりて歎き号《さけ》ぶに、其労役の故によりて号ぶ所の声神に達しければ、神その長呻《うめき》を聞き、神そのアブラハム、イサク、ヤコブになしたる契約を憶へ、神、イスラエルの子孫を眷み、神、知しめし給へり
と(二章廿三−廿五節)、以上三節の中に神と云ふ文字が五つある、機は已に熟して神が人事に携らざるを得ざるに至つたとのことであらふ、苛政は其極に達し、民の叫号の声神に達したれば、神は其臂の力を発し、彼等を救ひ給へりとのことであらふ。
 神、神、神と、イスラエルの歴史は実に神の歴史である、神を以て始まり、神を以て終て居る、イスラエルの為したる事ではない、神が彼等を以て為し給へる事である、此出埃及記も亦神の歴史である、特に神の歴史である。
 
  モーセは其妻の父なるミデアンの祭司エテロの群を牧ひ居りしが、其群を曠野の奥に導きて神の山ホレブに至るに、ヱホバの使者|棘《しば》の裏《うち》の火焔《ほのほ》の中にて彼に現はる
と(三章一、二節)、モーセは斯かる境遇に在て斯かる場所に於て神の聖召《めし》に接した、身は今は彼の舅の牧者と化し、羊と共にホレブの山奥に入りし時、神は彼に現はれ給ふた、礼服を着けて会堂に出た時ではない、労働の粗服に天然と交はりし時である、其時神は彼に現はれ給ふた、
  神曰ひ給ひけるは、汝の足より履を脱ぐべし、汝が立つ所は聖き地なればなり
(368)と(五節)、此所に人なる証人は一人もなく、只、山と羊との彼の証人として立つありて彼は彼の聖職に就いたのである、神の聖召は常に斯の如くにして行はれる、或ひは静かなる河辺に於て或ひは無人の山奥に於て、或ひは鋤取る時に、或ひは斧を揮ふ時に、神の声は彼の僕に臨むのである。
 然れども謙遜なるモーセは直に神の聖召に応じなかつた、彼は今は前日《まへ》とは異なり、能く自己の弱きを識つた、前には自から進んで民を救はんとせし彼は今は其事の到底彼の力に及ばざることを覚つた、
  モーセ神に曰ひけるは、我は如何なる者ぞや、我れ豈パロの許に往きイスラエルの人々をエジプトより導き出すべき者ならんや
と(三章十一節)、パロは大王である、我は微小さき牧者である、我れ如何で此大任に当り得る者ならんやと、是れは臆病の声ではない、謙遜の言葉である、斯く謙遜りてこそ、救民の大業は就げられるのである。
  モーセに尚ほ一つの引目があつた、それは彼の訥弁であることであつた、彼は実はしき言葉の人でなかつた、彼に能弁の術がなかつた、故に彼は彼の授けられし職を辞退せんとした、
  モーセ、ヱホバに曰ひけるは、我主よ、我は素と言辞に敏き人に非ず、……我は口重く舌重き者なり
と(四章十節)、力なし、又弁舌なし、故に我を免し給へと、然れども神は彼を免し給はなかつた、彼は己の力を以て行ふのではない、神が彼を以て行ひ給ふのである、訥弁は敢て憂ふるに足りない、
  我、汝のロに在りて汝の言ふべきことを教へん
と(十二節)ヱホバは彼に告げ給ふた、而して彼れ尚ほ辞退して止まざるが故に、神は彼の兄アロンを彼の代言人として任命し給ふた、モーセは斯くして止むを得ずして彼の聖職に就いた、自己の之に耐ふるを信じたからで(369)はない、神の能力を信じたからである、容易く聖職に就く者は容易く殪る、辞退に辞退を重ね、止むを得ずして神に引出さるゝ者、其著が能く神のために大事を為すのである。
       ――――――――――
 
     五、パロとの応対 (出埃及記五章)
 
 モーセとアロンとは相携へて埃及王パロの前に立つた、彼等は曠野より来りし野人、彼は大国の王であつた、両者相対して勿論、大王は直ちに野人の言に耳を傾くべくもない、
  其後モーセとアロン入てパロに曰ふ、イスラエルの神ヱホバ斯く曰ひ給ふ、我民を去らしめ、彼等をして曠野に於て我を祭ることを得せしめよと、パロ曰ひけるはヱホバは誰なれば、我れ其声に循ひてイスラエルを去らしむべきか、我れヱホバを識らず亦イスラエルを去らしめじ
と(一、二節)、モーセとパロとの対抗は斯くの如くにして始まつた、彼はヱホバの名に由りて語りしに、是はヱホバの存在をさへ認めなかつた、二者の間に調和のありやう筈はない、神の外、何の頼る所なきモーセと、強国の大権を独り己に握りしパロ、蟷螂斧に当るとは此事であらふ。
 モーセの言を聞いてパロは益々怒つた、彼は更らにイスラエルの重荷を増した、虐待の上に更らに虐待を加へた、彼は民の有司《つかさ》に命じて曰ふた、
  人々の工作《はたらき》を重くして之に労《はたら》かしめよ、然らば偽はりの言を聴くことあらじ
と(九節)、自由を欲するが如きは彼等に閑暇があるからである、更らに労働を重くして他を思ふの閑暇なからし(370)めよ、然らば彼等は煽動者の言に耳を傾けざるに至るであらふと、是れ暴虐の君の常に言ふ所である、民が自由を要求するは彼等に余裕があるからである、若し税を重くし、労を増さば、彼等は沈黙するであらふと、
  パロ曰ふ、汝等は懶惰なり、懶惰なり、故に汝等は我等をして往てヱホバに犠牲を捧げしめよと言ふなり
と(十七節)、民が自由を要求すれば、是れ懶惰の故なりと云ふ、解し難きは実に王者の心である。
 歴史家は曰ふ、昔時のエジプトにすべての文物は具つて居つた、唯一つ無い者があつた、それは己人の自由であつたと、実に爾うであつた、エジプトのみならず、バビロンに於て、アツシリヤに於て、印度に於て、支那に於て、然り東洋全体に於て、すべての文物は具はつて在つたが、己人の自由のみはなかつた、東洋諸国に於ては人らしき者は帝か王かの一人であつて、他は皆な所謂民草であつた、人間ではなくして器械であつた、王の命維れ従ふ所の意志なき自由なき牛馬の如き者であつた、而して自由はエジプトに於てイスラエルを以て始つたのである、茲に始めて神政は創まり、神政と同時に律法は定められ、律法に由て民の自由は確証されたのである、誠にモーセは世界最始の立憲的政治家である、彼に由てイスラエルの子孫のみならず、人類は始めて自由の首途
に就いたのである、モーセが其兄弟アロンと共に埃及王パロの前に立て民の釈放を要求せしまでは、人類は未だ曾て王者に向て此要求を為したる事はない、而かもモーセの此要求を始めとして、彼より三千五百年後の今日に至るまで人類の歴史に於て此要求の絶えたる時はない。 〔以上、6・10〕
 
     五、パロの剛愎 (出埃及記六−十二章)
 
(371) 神はモーセを以てパロに命じ、彼をしてイスラエルの民を釈放たしめんとした、然れどもパロは頑として神の命に応じなかつた、神は言辞を以て命じ給ふた、然れどもパロは断じて之に従はなかつた、茲に於てか神は其能力を顕はし給はざるを得ざるに至つた、神は容易に奇蹟を行ひ給はない、道理と言辞とを以てして諭す能はざるに至り止むを得ず之を行ひ給ふ、神はパロの如き剛愎《かたくな》なる者と雖も始めより奇蹟を以て之を圧し給はない、又奇蹟を以て之に臨み給ふと雖も先づ軽きを以て試み、其信ぜざるを見て徐々と重きを加へ給ふ、始めにモーセをして杖を執り之をパロの前に擲ちて蛇となし、以て彼れモーセに異能の存するを示さしめ給ひしと雖も、パロと其臣下とは此事を覚り得ず、更らに彼等の心を剛愎にしてモーセとアロンの言を斥けた、其後ナイル河の水を血に化して彼等を覚醒せんとし給ひたれども、是れ又効を奏しなかつた、次ぎに蛙《かわづ》を呼出し、次ぎに蚤を発生《わか》し、次ぎに蚋《あぶ》を送り、次ぎに獣疫を下し、次ぎに雹を降らし、次ぎに蝗を送りてパロの剛愎を挫かんとし給ひたれども、彼は尚ほ其心を変へなかつた、茲に於てか最後の大災難はパロと埃及国とに臨んだ、
  エジプトの国の中の長子《うひご》たる者は位に坐するパロの長子より磨《うす》の後に居る婢《しもめ》の長子まで悉く死ぬべし
との命が下つた(十一章五節)、而して此災難が全国に臨んでパロは終にヱホバの命に従はざるを得ざるに至つた、
  パロ即ち夜の中にモーセとアロンを召して曰ひけるは汝等とイスラエルの子孫《ひとびと》起て我が民の中より出去り、汝等が言へる如くに往てヱホバに事へよ
と(十二章卅一節)、パロは又二人に乞ふて曰ふた、
  汝等又我を祝せよ
と(仝三十二節)、国に幾回か災難臨みしも其心を改めざりしパロは己が長子を奪はれんとするを見て終に神の命(372)に従はんとした、強国の大王も矢張り人である、己が子を助けんがためには民に自由を供しもし、亦人に祈祷を依頼もする、
  汝等又我を祝せよ
と、憐むべし、今や乞ふ者はモーセとアロンとではない、大王である、大王は今や我子を助け呉れよと神の人モーセに乞ふたのである。
 此所は奇蹟論を語る所でない、神がモーセを以てパロの前に奇蹟を行ひ給ひたりとの事は聖書の茲は明かに録す所である、之を信ずると疑ふとは人々の自由に在る、然れども一二我等の茲に注意すべきことがある、其一ツは此所に録されたる奇蹟の埃及的たることである、即ち埃及国に有り得る事である、杖を蛇となしたりと云ふ当時有触れの租術を外にして、ナイル河の水が血の如く赤くなりしこと、蛙が全国に跋扈せしこと、蚤、蚋、蝗の発生せし事等は埃及国に有勝ちなる天然的現象であつて、其、相続いて斯くも激烈に之に臨みしは神の奇蹟と云はざるを得ざるとするも、其、埃及に何の関係もない現象でない事は確かである、神は即ち此時埃及国特有の災害を以て其王と民とに臨み給ふたのである、若し天災に道徳的の意味があるとするならば、すべての国に臨む天災は又其治者と被治者との覚醒を促すための神の警戒である、伊国の震災も印度の饑饉も亦此意味に於て解釈することが出来る、特に埃及に限り此時此災害が臨んだのではない、之に類したる災害は幾回となく、他の国にも臨み、且今尚ほ臨みつゝあるのである。
 我等の注意すべき第二の点は自由獲得の困難なることである、民の自由は容易に獲らるゝ者ではない、治者は被治者に容易に自由を与へない、彼等は余義なくせられざれば民に自由を与へない、志士の勧告に遭ふて聴かず、(373)識者の明示を見て信ぜず、終に災害踵を接して己に臨んで止むを得ず民を釈放する、而して為政家然りである、悪魔更らに然りである、彼は容易に罪の螺紲《なわめ》を解かない、彼は容易に霊魂に自由を与へない、彼の束縛より脱するは至難の業である、而してパロは悪魔を代表し、イスラエルは神の民を代表する、出埃及記は歴史的事実を以てする心霊釈放、自由獲得の記事である、神の忍耐に対する悪魔の剛愎を示す記録である。
 奇蹟を奇蹟丈けに見て之を解することは甚だ難くある、然れども奇蹟を人を救ふ手段と見て、其解釈は左程に難くない、奇蹟は科学的に解釈さるべきものではない、道徳的に解釈さるべきものである、而して道徳的に解釈せんとして其科学的解釈は容易になるのである、宇宙万物は素々人を縛るための者ではない、人に事ふための者である、彼を養ひ、彼を教へ、彼を自由と栄光とに導くための機械又手段である、而して今や茲にイスラエルを以て自由は始めて人類に供せられんとしたのである、事は甚だ小なるが如くに見えて実は非常に大である、自由は今やイスラエルの民を以て埃及の圧制国に在て人類の中に生れんとしつゝあつたのである、此人類的理由の此事件に存するを知て、神が其聖手を以て特別に此事に携はり給ひしことを解することが出来る、一小民族の救済ではない、全人類の救済である、神は所謂「ゴーシエンの穢多村」の民を救はんために茲に奇蹟を以て人事に携はり給ふたのではない、茲に自由の源を開いて、世の終りに至るまで全人類に自由の恩恵を垂れんがために茲に此奇蹟を行ひ給ふたのである、目的の遠大なるを知て手段の異常なりし理由が解かる、出埃及記はユダヤ歴史の一部分ではない、人類歴史の要部である、之に奇蹟の伴ひしは当然である、人類は斯くの如くにして其最初の自由を獲たのである。
――――――――――
 
(374)     六、紅海の横断 (出埃及記十四章)
 
 イスラエルの民はモーセに率ゐられてエジプトを出た、其数は子女の外に徒にて歩める男子のみにて六十万人(十二章三十七節)、往く先きはシナイ半島のホレブの山、人は多く途は遠く、困難なる旅途《たびぢ》であつた、進んで紅海の辺《ほとり》に至れば、右は巌山、左は沼、前は海、而して後を回顧ればパロの馬、車及び其騎兵と軍勢の彼等の後を迫ひ来るを見た、進退茲に谷りて民はモーセに訴へて曰ふた
  汝、我等を携出して曠野にて死しむるや、何故に汝、我等をエジプトより導き出して斯く我等に為すや、我等がエジプトにて汝に告げて我等を棄置き、我等をしてエジプト人に事へしめよと曰ひしは是れならずや、そは曠野にて死るよりもエジプト人に事ふるは善ければなり
と(十四章十一節以下)、是れエジプトを出てより民がモーセに語りし怨言の第一である、彼等は此時より幾回となく、彼等が困難に遭遇する毎に之に類したる怨言を彼に述べた、彼等は幾回となく奴隷の生涯の自由独立の生涯に較べて安全にして幸福なるを述立た、
  そは曠野にて死るよりもエジプト人に事ふるは善ければなり
と、イスラエルの民に限らない、すべて神の人に導かれて奴隷の国を脱して自由の郷土に向ひし者は其途中にて幾回か之に類したる怨言を発するのである、  独立の曠野にて餓死よりも政府に事へ、教会に属するは善し
と、斯かる時に方て神の人モーセの声は我等の耳に響き渡るのである、
(375)  ヱホパ我等のために戦ひ給はん、汝等は静まり居るべし
と(十四章十四節)、而して思ひがけなき援助は我等に臨み、我等の前に途は開かれ、我等は難を免がれ、敵は我等の後を追ひ来つて神の手にて減さるゝのである。 〔以上、7・10〕
 
     七、モーセの歌 (出埃及記十五章)
 
 イスラエルの民は紅海を横断し、茲に不思議にも強敵の爪牙を免がれた、彼等は安全の陸に揚るを得て、彼等の敵は海底の藻屑と化した、茲に於てか彼等の口より讃美の歌が上つたのである、是れ黙示録十五章三節に謂ふ所の「神の僕モーセの歌」である、基督者に由て今日唱へらるゝ所の讃美歌の濫觴《はじめ》である、勿論不完全なる翻訳文を以てして原文の言辞の優と思想の美とを現はすことは出来ないが、然し少しく文字の配列を変へて見て其壮厳なる歌であることが解かる、
   我はヱホバを歌ひ頌めん、彼は美事に勝ち給へり
   馬と其|乗者《のりて》をば彼は海に投ち給へり
 
   ヱホバは我力なり、我歌なり
   彼は我救となり給へり
   彼は我神なり、我れ彼を頌めまつらん
(376)   彼は我父の神なり、我れ彼を求めまつらん
 
   ヱホバは軍人《いくさびと》なり、ヱホバは其名なり
   パロの戎車《いくさぐるま》と軍勢とを彼は海に投ち給へり
   パロの選抜の軍士等は紅海に沈みたり
   深淵彼等を掩ひて彼等は石の如く海の底に沈みたり。
 全篇を以上の如くに読んで其実に模範的の讃美歌であることが判明る、其中に下品なる所は寸毫もない、感情に走り、狎々しく神に近づかんとするが如き今日の讃美歌に有り勝なる点は一ツもない、
   誰か汝の如く聖くして栄えあり
   讃むべくして威ある者あらんや
と、讃美の精神は茲にある、ヱホバは栄えあると同時に亦聖い者である、故に讃むべき者であると同時に亦威あるが故に狎るべからざる者である、此最大最初の讃美歌に傚ふてすべての讃美歌は作らるべきである。
       ――――――――――
 
     八、マナと鶉 (出埃及記十六章)
 
 イスラエルの民は自由を獲んがためにエジプトの地を出た、彼等は奇跡的に紅海を過ぎて茲に全然独立の民と成つた、然し束縛の地を去て彼等は楽園に来らずし曠野に入つた、自由は霊の自由であつて、肉の不自由である、(377)美衣飽食は自由に伴はない、饑餓は自由の附随物である、
   斯くてエリムを出立ちてイスラエルの子孫《ひと/”\》の会衆そのエジプトの地を出しより二箇月の十五日に皆なエリムとシナイの間なるシンの曠野に至りけるが、其曠野に於てイスラエルの全会衆モーセとアロンに呟けり、   即ちイスラエルの子孫彼等に言ひけるは
    我等エジプトの地に於て肉の鍋の側に坐り飽くまでパンを食ひし時ヱホバの手にて死にたらば善かりし者を、汝等は此曠野に我等を導き出して此会衆を飢に死なしめんとするなり(一−三節)。
 自由は之を獲しも束縛の地に於ける「肉の鍋」を想出して彼等はモーセに呟いたのである、然り人は同時に二兎を獲ることは出来ない、自由を得れば「肉の鍋」を失ひ、永久に「肉の鍋」に有附かんとすれば永久に束縛に甘んじなければならない、而かもイスラエルの民は此事を忘れ、自由の特権を得ながら食の足らざるの故を以てモーセに呟いた、彼等の愚や憐むべしである、然し憐むべきは彼等イスラエルの民に限らない、多くの自由の獲得者は彼等と同じ愚を演ずるのである、彼等は自由を望んで止まず、終に善き教導者を得て、束縛の所を出るや、其エジプトなると、政府なると、教会なるとの別はない、彼等は之を去て後に其曾て供せし「肉の鍋」の味を忘るゝ能はず、之を想出して彼等の教導者を恨んで止まない、彼等は言ふ、
  我れ自由を得て此曠野に来れり、我と我が妻子とは将さに饑死せんとす、嗚呼、我は教会を去らざりしものを、其時我に豊かなる衣食ありたり、其時我は月毎に俸給を得たり、饑死の恐怖は其時我になかりき、我は其時実に幸福なる者なりき
と、而して斯く言ひて彼等の或者は再び踵を転《かへ》してエジプトの地に向ひ、再び紅海を横断し、再びパロの配下に(378)帰して「肉の鍋」の恩恵に与かるのである、意地《いくぢ》無しの極とは実に此事である。乍然、曠野には曠野の食物がある、束縛の「肉の鍋」は無いが自由の神より降り来る自由の食物がある、
  時にヱホバ、モーセに言ひ給ひけるは、視よ、我れパンを汝等のために天より降らさん、民、出て日用の分を毎日|斂《あつ》むべし、………………………………………………………………………………………………
  即ち夕に及びて鶉来りて営を覆ふ、又朝に及びて露、営の四囲《まわり》に置きしが、其置ける露乾くに方りて曠野の表に露の如き小さき円き者地にあり、……モーセ彼等に言ひけるは是はヱホバが汝等の食に与へ給ふパンなり。 茲所に肉も与へられ亦パンも与へられた、然かも人の手よりにあらず直に神より与へられた、神の自由を求むる者が饑死するの虞れは決してない、肉とパンとを獲んとして吾等は再び教会のエジプトに還るの必要はない、吾等は断然独立の曠野に止まりて神より降り来る聖き食物を待ち望むべきである。 〔以上、9・10〕
 
(379)     基督教研究の二方面
        (四月十七日、某所に於て)
                     明治42年5月10日
                     『聖書之研究』109号「講演」
                     署名なし
 
 基督教を研究するに二方面がある、其一面は教訓であつて、其他の一面は教義である。
 教訓は主としてキリストの教訓である、例へば左の如き者である、
  汝、心を尽し、精神を尽し、意《こゝろばせ》を尽して主なる汝の神を愛すべし、亦己の如く汝の隣を愛すべし(馬太伝廿二章卅七−九節)。
  己れ人に為られんとする事は亦人にも其如く為よ(路加伝六章卅一節)。  汝等の中、首《かしら》たらんと欲する者はすべての人の僕となるべし、其は人の子の来るも人を役《つか》ふために非ず、反て人に役はれ、且つ多くの人に代りて其命を予へて贖とならんためなり(馬可伝十章四十四、四十五節)。
  人、若し働らくことを好まずば食すべからず(帖撒羅尼迦後書三章十節)。
 其他之に類したる者である、而して是れ最も明白なる事であつて、何人も之に関して疑を懐くことは出来ない、又之に対して異議を唱ふることは出来ない、是れは誰が見ても真理である、是に反対するのは反対する者の悪いのである、我等は又世に向て、其真理たるを弁護するの必要はない、是れは自明の真理である、太陽の光の如き(380)者であつて、視る眼さへあれば其真理たる事の判明る事柄である。
 然し教義は教訓とは違う、例へば左の如き者である、
  神は一位である、然しながら又三位である、父、子、聖霊は等しく神である。
  聖書は神が人に賜ひし唯一の天啓である、人は之に由らずして神の真理に就て識ることは出来ない。
  末《おはり》の日に人はすべて霊体を以て復活し、キリストの台前に出て最後の裁判を受くべし。
  キリストは永遠の実在者であつて、彼は処女マリヤに由りて世に生れたる者なり。
 其他之に類したる事である、是れは解するに至て難い事である、或人は之を信じ得ると云ひ、又或人は之を信ずる能はずと言ふ、又同じ人でも或時は之を信じ、或時は之を信じない、又同じく信ずると称するも其信じやうは種々様々である、教義の解釈は人と時代とに由て異なる者である、世に一定不変の教義の解釈なる者はない、余輩も亦三位一体の教義を信ずるに躊躇しない者であるが、然し千五百年前の昔し、聖アウガスチンが信じたやうには信じない、又五十年前に神学者等が信じたやうには信じない、余輩は又余輩の其解釈を以て之を他の人に強ふることは出来ない、余輩の教義の解釈は余輩の受けし教育の程度と余輩の経過せし信仰的実験の如何に由て定まる者である、余輩と境遇を異にし、教育を異にし、実験を異にする者は到底余輩の解するやうに教義を解することは出来ない。
 茲に於て余輩は知る、教訓は永久不変の者であつて、教義は時代と共に変る者であることを、余輩は教訓を人に薦めると同じ確信を以て教義を人に推すことは出来ない、教訓は明白なる神の真理である、教義は神の真理に附したる人の解釈である、神のものと、人のもの、宇宙の真理と学者の解釈、其間に大なる逕庭がある。
(381) 然るに多くの基督信者は此逕庭あるを認めない、否な、大抵の場合に放ては天地を転倒して教義を教訓よりも大切なる者と見る、彼等は基督教を説くに方て先づ明白なるキリストの教訓を説かずして、疑問多き教義を伝へんとする、彼等は教訓は余りに簡易であつて、之を説くの必要がないやうに思ふて居る、甚だしきに至ては彼等は教訓を見ること至て軽く、「単《たゞ》の道徳」と称して之を不問に附せんとする、彼等は宗義を闘はすを以て伝道第一の要務と信ずる、彼等は人がキリストの如くならことを努めずして、彼等の如くにキリストに就て信ぜんことを欲する、彼等の所謂る信者なる者はキリストの教訓を守る者ではなくして、彼等の教義を奉ずる者である、即ちキリストの弟子ではなくして彼等の弟子である、教訓を措て教義を先きにするの結果は終に茲に至る、謹みても尚は慎むべきである。
 教訓は簡易であると云ふ、然り、理解するには至て簡易である、然し、教訓は知能を以て理解すべき者ではない、行為を以て了得すべき者である、而して理解するの易き丈けそれ丈け了得するに難い者である、
  汝等の中、首たらんと欲する者はすべての人の僕となるべし
と、是れは神学者の説明を待たずして何人にも能く解かる教訓である、然し其深さ、尊さを了るの困難さよ、是れは数年に渉る多くの苦しき実験を経るにあらざれば了る事の出来ない深い大なる神の真理である、而して聖書を研究すること数十年、碩学泰斗を以て世に目せらるゝ宗教学者にして此簡短なるイエスの教訓の一端だも未だ了らざる者は決して尠くない、彼等は贖罪論に就て多く論ずる所がある、彼等はキリストの神性を拒む者あれば、之を呼ぶに異端の名を以てする、彼等の教会論は聖書的であつて歴史的であると云ふ、彼等の信仰はすべて哲学の鞏固なる基礎の上に立つ者であると云ふ、然れども悲ひかな、彼等は未だ人の首となる秘訣を知らない、(382)彼等は哲学者と戌つて嬰児とならなかつた、彼等は上へ昇らんとして反て下に降つた、高き教義を知らんと欲して「単の道徳」を忘れた、彼等は神学を講じ、教会を建つると同時に、憎み、嫉み、刺し、殺しつゝある。
 斯く言ひて余輩は教義の研究を軽んずるのではない、教義は教訓の真価を定むるために必要である、余輩が屡々述べし如く、教義は畢《つま》る所哲学問題ではなくして良心問題である、教訓を宇宙的真理として見んと欲すること、是れが教義の在る所以である、イエスの教訓は貴くある、而して此教訓を伝へしイエスの何人なるを知て其数訓は更らに貴くなるのである、聖書の教ふる道徳は潔くある、而して其特に始めてシナイ山上より煙と焔の中に神の人モーセに伝へられし者なるを知て、其潔き所以が一層明白になるのである、復活の教義は人生の謎語を解する上に大なる光明を供する、贖罪の教義は神が罪人を救はんとするに方て取り給ふ方法手順の最も善き説明である、教義の研究を怠て教訓は無味に終り易い、教義の無い教訓は時には理由なき法令の如き者と成りて人に自由を与へずして、反て彼を縛るの縄となる、人に理性の存する間は彼は教義を講じて止まない、余輩は信仰を熾んにする上より見て教義攻究の必要を認むる者である。
 然しながら教訓は本にして教義は末である、教訓のための教義であつて、教義のための教訓ではない、止むを得ざる場合に於ては教義は無くても可なれども教訓は常になくてはならない、神の国は義と和と聖霊に由る歓喜である(羅馬書十四章十七節)、之れが無くして神の国は無い、幾許ら神学があつても、いくら宗義の討論があつても単純にして明白なる正義と平和とがなくして神の国は無い。
 又実際的に神に就て知る上に於ても教訓を行ふは教義を究むるよりも遙かに近い又遙かに安全なる道である、基督教の神は希臘人の神とは全く違う、彼は論理を以て近づき得る者ではない、潔い謙遜なる行ひを以てしての(383)み其子となることの出来る神である。
 教訓を正とし、教義を副とし、教訓を主とし、教義を従とし、教訓を本尊とし、教義を宮殿として、伝道は誠に功を奏し、信徒はまことに互に相親む、
  知識は人を驕らしむ、然れど愛は徳を建つる者なり(哥林多前書八章一節)、
 教義を信仰第一の要素と見做して、人に福音を伝ふることは難い、又教義に由て成りし信者は絶へず紛争、結党、※[女+冒]嫉を事とし、人を蹶かせ、己を毒し、福音に接して其宏益に与かる事が出来ない。
 
(386)     〔杜鵑花 他〕
                     明治42年6月10日
                     『聖書之研究』110号「所感」
                     署名なし
 
    杜鵑花(さつき)
 
 春老ひ花失せて庭園空し、時に杜鵑花の濃緑を破て開くあり、桜花の如く高く聳えず、躑躅の如く赤く燃えず、地上低く実に隠れて咲く、謙遜なる杜鵑花よ、我は汝を愛す、汝は衆芳と色を競はず、独り百花に後れて開く、願ふ我も亦汝に傚ひ、低くして晩く開き、以て世の晩春の憂を慰めんことを。
 
    感謝会後の一年
 
 百号の感謝を捧げてより茲に又一年、余輩の筆は未だ萎ず、神の黙示は未だ絶ずして、此小誌は猶ほ其存在を続けつゝあり、「汝の能力は汝が日々需むる所に循はん」と主は曰ひ給へり、彼の余輩を支ふるありて余輩は永久にヱホバの宮に仕へん。申命記三十三章廿五節。詩篇第二十三篇
 
    予定の信仰
 
(387) 余輩は事実として予定を信ず、余輩は救はるべきすべての機会と境遇とを供へられながら終に救はれざる者あるを視たり、余輩は又救はるべき機会に遭ふこと甚だ尠く、又其境遇たるや信ずるに最も困難なるものゝ中に在りて能く救を全うせし者あるを知る、茲に於てか余輩は識る、救は機会と境遇とのことにあらざることを、救はるゝ者は救はるべし、救はれざる者は救はれざるべし、救はるゝ者は余輩之を迎へずとも来るべし、救はれざる者は余輩之を逐ふとも止まらざるべし、余輩は心を傷むるを要せず、そは神は予め定めたる所の者は之を召き、召きたる者は之を義とし、義としたる者は之に栄を賜へばなり。羅馬書八章三十節
 
    聖書の理解
 
 聖書は解かる書に非ず、神に解からしめらるゝ書なり、聖書を他の書の如くに解せんと欲して如何なる大学者と雖も之を解する能はず、然れども神に解せしめられて如何に無智なる者と雖も能く之を解するを得るなり、是れ聖書の聖書たる所以なり、聖書は智識以上の智識を以てするにあらざれば到底解す能はざる書なり。
 
    脳と心
 
 脳より心に臨む信仰あり、心より脳に現はるゝ信仰あり、前者は合理的ならんも弱くして冷かなり、後者は背理的ならんも強くして温かなり、前者は姿美はしきも根弱し、後者は形醜しと雖も根、強し、前者は世に向て福音を弁明するために益あらん、然れども後者は徳を建つるために力あり、余輩は脳を支配する心を賜はらんことを欲す、心を支配する脳を賜はらんことを願はず。
 
(388)    余輩の賛成者
 
 余輩にも亦余輩の賛成者あり、是れ高貴の人に非ず、教会の監督、長老又は執事、伝道師に非ず、時には仏教の僧侶なり、多くは労働の子供なり、何の教権をも握らざる者又何の義務をも余輩より要求せざる者なり、余輩は彼等の賛成を得て心甚だ強し、余輩は主イエスが彼等を以て余輩を賛成し給ひつゝあるを知る、彼と彼等との賛成ありて余輩は政府に嫌はるゝも悲まず、教会に憎まるゝも何の痛痒をも感ぜざるなり。
 
    資格の作成
 
 若し資格を作るの必要ありとせん乎、神と自己とに依て之を作るべきなり、人に依て作るべからざるなり、政府に依り、教会に頼るは資格を作るの捷径たるに相違なし、然れども是れ附与せられし資格にして我が資格にあらざるなり、資格は我が品性を以て苦闘して得たる者ならざるべからず、詔書を以て与へられし者に非ずして、実功を以て授けられし者ならざるべからず、前者に紙丈けの価値だにあるなし、後者は之を携へて来世に到り、天使の前に誇るに足る者なり。
 
    無勢力の感謝
 
 我に政権なし、故に人は我に依りて利益を計らんとせず、我に教権なし、故に人は我に由りて教職に就かんとせず、我に政権なし、又教権なし、故に我に勢力あるなし、然れども政権なきが故に我は此世の裁判に干からず、(389)教権なきが故に人の我を教会に訴ふる者あるなし、議会と教会とが喧囂を極むる時に、我に讃美あり、又静かなる聖書の研究あり。
 
    祭事と同情
 
 善く儀式を司るを得べし、善く聖歌を祝唱するを得べし、善く教義を弁ずるを得べし、善く異端を排するを得べし、然れども一人の寡婦を慰むる能はず、一団の疑を解く能はず、余輩は度々斯かる聖職を見たり、而かも彼等は手を按《お》かれたる神の教役者なりと云ふ、若し余輩の欲する所を言はしめば、余輩は式を司り得ざるも可なり 聖歌を祝唱し得ざるも可なり、教義に暗らく、異端と親むも可なり、然れども寡婦の涙は之を拭ひ得んことを、懐疑は之を解き得んことを而して手を按かれたる神の教役者たらずと雖も、同情に富める人類の友たるを得て、単純なる平人の生涯を送らんことを。
 
    式又式又式
 人に見られんと欲する此世の人は式を以てするにあらざれば何事をも為す能はず、彼等は式を以て信者となり、式を以て信仰を継け、而して終に式を以て墓に葬らる、式、式、式と、彼等の教師なる者は主として式を司る者なり、式にして廃せられん乎教師は用なきに至るべし、式は外の事なり、衷の事に非ず、式は事を定めず又心を潔めず、意志のみ能く事を定め、神の霊のみ能く心を潔むるなり、誠実の人の式に重きを置かざるは、その主として肉の事、社交の事たるを知ればなり。
 
(390)    カーライルの葬式
 
 貴きはカーライルの葬式なりき、ケルシーの彼の住家より蘇国の彼の墳墓の地まで彼の柩を送りし者は彼の親友僅かに三人、其一人は理学者チンダール、其第二者は歴史家レツキー、其第三者は弟子フルードなりき、彼等柩を守りて墓地に到れば之を迎へし者は少数の旧故なりき、牧師の其上に祈祷文を読む者なく、会集の其前に讃美歌を唱ふる者なかりき、傍に見る者は曰へり「茲に無神論者は葬られつゝあり」と、斯くて彼の肉は蘇国の土に帰り、彼の霊は彼を造りし神に帰りたり、彼は不信者の如くに葬られたり、然れども彼は神の忠僕として働らきたり、慕ふべきかなカーライル、我も葬らるゝ時には亦彼の如くに葬られんことを。
 
(391)     「凡そ事信じ」
                     明治42年6月10日
                     『聖書之研究』110号「所感」
                     署名 蜀江生
 
 善事は凡て之を信ず、神を信ず、救拯を信ず、復活を信ず、永生を信ず、健康を信ず、幸福を信ず平和を信ず、地上に於ける神の国の建設を信ず。
 善事は凡て之を信ず、然れども之に対して悪事は凡て之を信ぜず、悪魔を信ぜず、呪詛を信ぜず、死滅を信ぜず、永罰を信ぜず、疾病を信ぜず、窮困を信ぜず、戦争の永続を信ぜず、此世の破滅を信ぜず。
 神は善なり、彼を信じて善事は凡て之を信ぜざる能はず、彼は愛なり、故に彼を信じて悪事は之を信ずる能はず、彼は生命なり、故に彼を信じて死と死滅とを信ずる能はず、神を信じて我は極端の楽観者となれり、我は悪事の我を去るに先ちて、善の外、何者をも信ぜざる者となれり。哥林多前書十三章七節。
 
(392)     聖霊とは誰ぞ
                     明治42年6月10日
                     『聖書之研究』110号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 聖霊とは何ぞとの問題ではない、誰ぞとの問題である、聖霊は風ではない、気ではない、精神と云ふが如き、元気と云ふが如き、又浩然の気と称するが如き漠然たる者ではない。
 聖霊は或る明白なる者である、実在者である、人格を具へたる実在者である、彼と呼び、汝と称へ、友として交はり、師として事へ得ることの出来る者である、即ち我等の主イエスキリストである。
 此事に関し聖書の示す所は明白である、
  主は霊《みたま》なり……主、即ち霊に由るなり
と(哥林多後書三章十七、十八節)、又
  終のアダム(キリスト)は生命を予ふる霊となれり
と(仝前書十五章四十五節)、キリストは又自己の聖霊と同体なるを示して曰ひ給ふた、
  彼れ(真理の霊、即ち聖霊)汝等と偕に在り、且つ汝等の衷に在らん、我れ汝等を捨て孤子《みなしご》とせず、再び汝等に就《きた》らん
と(約翰伝十四章十七、十八節)、彼は又聖霊としての彼の再来を弟子等に約束して曰ひ給ふた
(393)  暫らくせば汝等我を見じ、復た暫らくせば我を見るべし
と(仝十六章十六節)、彼は又聖霊の彼自身なるを示さんが為に、弟子等と最後に別かるゝに臨んで、彼等に彼の気息を噴きかけて曰ひ給ふた
  汝等聖霊を受けよ
と(仝二十章廿二節)、又イエスが肉体に在りて最後に其弟子等に告げし言葉として左の如きものが伝へられてある、
  夫れ我は世の末まで常に汝等と偕に在るなり
と(馬太伝末孝末節)、而して彼が聖霊として彼等に伴ひしことは使徒行伝以下の聖書の記事の明かに示す所である、例へばパウロがシラスとテモテとを伴ひ、フルギヤとガラテヤの地を過ぎし時、アジヤに道を伝へんとせしや、其事を
  聖霊に禁《とゞ》めらる
とあり、遂にムシヤを経てビテニヤに往かんとせしや
  イエスの霊之を許さゞりき
とある(行伝十六章六、七節)、此場合に於ても聖霊はイエスの霊と同一のものである事は明かである。
 併しながら問題は単に文字のそれではない、基督者の実験のそれである、基督者は其信仰的実験に由て聖霊の主イエスキリストであるより他の者で無いことを知る、彼等に取りてはキリストは故人ではない、即ち単に歴史的人物ではない、彼は今猶ほ在し給ふ者である、彼は即ち黙示録記者の所謂「今在し、昔在し、後在す者」であ(394)る、基督者が他の信者と其信仰を異にする点は全く茲に在る、彼等は死せる昔時の英雄を慕ふ者ではない、今存在する主に事へる者である、彼は真に今猶ほ葡萄樹《ぶだうのき》であつて、我等は其枝である、我等は彼を離れて存在する者ではない、
  我れ生くれば汝等も生きん
と彼は日ひたまふた(約翰伝十四章廿節)、又使徒パウロの曰ひし
  最早や我れ生けるに非ず、キリスト我に在りて生けるなり
との言は基督者各自の実験を言ふのである、キリストと信者との此個人的関係、是れが基督教の特徴である、是れなくして聖書も神学も教会も教義も何でもない、而して是れありてすべてがあるのである、キリストが我等と借に在り給ふが故に我等は基督者であるのである。
 而して此事は単に我等の迷想ではない、是れはキリストの約束し給ひし事であるのみならず、又我等の実験する所である、キリストは確かに今我等と偕に在り給ふのである、其事は何に由て判明るかといふに、種々のことに由て判明るのである、先づ第一に、聖霊即ちキリストが我等に臨み給ふ時に彼は
  罪に就き義に就き審判に就き暁らしめん
とある(約翰伝十六章八節)、実に其通りであつて、我等は是等の事を暁らしめられて始めて我れ以外、人以上の者が我等に臨りしことを識つたのである、罪と云ひ、義と云ひ、審判と云ひ、之を文字に読んで何にも解し難い事はない、併し其まことに何である乎は、是れ天よりの或者の降臨を待たざれば如何しても鰐らない事である、我等は倫理書を読み、宗教家に尋ね、然り、広く聖書を研究して其真に何たる乎が解らない、然れども一たび或(395)者が我等の心に臨んで我等に指示す所がありて我等は翻然として暁らしめられるのである、我等は直にキリストに接するまでは罪の何たる乎を知らなかつた、孔子も孟子もソクラテスもカーライルも此事を我等に識らしむるに足りない、而して此事を識らしめられて我等は「イスラエルの聖者」の直に我等に臨み給ひしことを識るのである。
 而して罪に就てばかりではない、キリスト御自身の何たる乎、福音書に画かれたるナザレのイエスが果して神の子にして人類の首である乎否や、此事も亦直接彼と偕ならざれば解らない事である、聖書学者必しもキリストを識らない、然り、多くの聖書学者は聖書の文字に精はしきに係はらず、不信者ほどもキリストを識らない、我等も亦久しく聖書を学んで、キリストの真に何たる乎を識らなかつた、併しながら何時か或る所に於て或る聖者《きよきもの》に接して始めて彼の主たることを暁つたのである、其時死せる聖書の文字は活きたるものとなつて、我等の心に焼きつけられた、若し此事が会合でないならば我等は会合の何たる乎を知らない、会合とは肉体の面と面とを合する事ではない、是れは心の投合である、其相互的了解である、「汝」と呼ばれて「我」と答ふ、其時我等はイエスの弟子となつたのである、師弟の関係は茲に始つたのである、教会の提供する信仰箇条に名を書して所謂「信者」となることが出来やう、併しながらキリストと会合せざれば彼の弟子となることは出来ない、「基督教信者」と云ふと 「キリストの弟子」と云ふと其間に大なる差別がある。
 斯くの如くキリストと我等との関係の全然個人的なるは彼の今尚ほ在し給ふ最も善き証拠である、彼にして今尚ほ在さゞらん乎、我等の信仰は無益である、歴史的人物は今の我等を救ふに足りない、歴史的想像は信仰の代用を為さない、我等は真に見ざれば信じ得ない者である、聖書は如何に貴しと雖も活きたるキリストを我等に紹(396)介するに足りない。
 而して此活きたるキリストが聖霊であるのである、主は霊である、主、即ち霊である、彼れ我等と偕に在り、且つ我等の衷に在す、我等は聖霊を受けてキリストを迎へまつる、キリストは聖霊として世の末まで我等彼を愛する者と偕に在し給ふ、彼は今猶ほ生きて我等を導き、我等が誤りに陥らんとする時我等を禁《とゞ》め、我等が為すべからざることを為すを許し給はない、昔しは
  人が其友に言談《ものい》ふ如くにヱホバ、モーセと面を合せて言談ひ給ふ
とあるが(出埃及記三十三章十一節)、今は同じやうにキリストは賤しき我等と面を合せて言談ひ給ふのである、奇しぎでもあり、亦驚くべきでもある、併しながら基督者の実験として否むべからざる事実である。
 キリストは聖霊である、聖霊はキリストである、故に聖霊を受くるはキリストを迎ふるのである、我等は聖霊を受けんと欲して雲を掴まんと欲するのではない、我等は或る確実なる目的を達せんとするのである、我等はキリストを我心に請ぜんとするのである、之に適当の準備が要る、適当の方法がある、準備は謙遜ることである、方法は絶えず祈ることである、而して此準備を為し此方法を竭して彼の入来は確かである、
  視よ、我れ戸の外に立ちて叩く、若し我声を聞きて戸を開く者あらば我は其人と偕に、其人は我と偕に食せん
と彼は言ひ給ふた(黙示録三章廿節)、我等彼を迎へんと欲して遠く天の高きに昇りて彼の降臨を乞ふに及ばない、彼は既に戸の外に立ちて叩き給ふ、既に我等の側に立ちて我等の友として接《う》けられんことを待ち給ふ、聖霊は天より降り来る雨ではない、既に地に湛えられたる水である、我等謙遜の手を伸べて之を汲まん乎、我等は直に之(397)を掬ひ得て我等の渇を癒すことが出来る、聖霊を祈るに雨乞ひを為すが如き思考を以て為してはならない、友を迎ふるの心を以て為さなければならない、聖霊を人と見ないで物と見るが故に我等度々之を祈て之を獲ないのである。
 聖霊はキリストである、故に我等は良く其如何なる霊である乎を識るのである、我等は洵に使徒ヨハネの曰ひし如く霊を試すの必要がある、
  愛する者よ、凡の霊を信ずる勿れ、其霊神より出るや否を試むべし
と(約翰一書四章一節)、我等は屡々聖霊ならざる者を聖霊と称んで居る、人が熱心にさへなれば、それで彼に聖霊が降つたと言ふて居る、或ひは彼に奇ぎなる能が加はれば、それで彼に聖霊が降つたと称して居る、併しながら聖霊は但の熱心でもなければ奇蹟でもない、
  仮令我れ山を移すほどなる諸の信仰ありと雖も若し愛なくば数ふるに足らぬ者なり、仮令我れ我がすべての所有《もの》を施し、又焚かるゝために我が身を予ふとも若し愛なくば我に益なし
とパウロは言ふて居る(哥林多前書十三章)、奇蹟も熱心も献身も未だ以て聖霊降臨の確証となすに足りない、実に多くの場合に於て悪魔の霊を受けたる者が怪ぎなる力を出し、驚くべき事を為す、かの戦争の時に方て人が人を殺さんがために慾を去り己を忘るゝが如きは其最も良き実例である。
 然らば如何にして聖霊を認めん乎と云ふに、キリストの供し給ひし武験法に由るのである、即ち
  樹は其果を以て識らる
との誤りなき試験法に由て我等は霊の真偽を識別するのである、而して聖霊の結ぶ所の果は顕著である、即ち左(398)の如し
  仁愛、喜楽、平和、忍耐、慈悲、良善、忠信、温柔、※[手偏+尊]節
是れである(加拉太書五章廿二、廿三節)、是等の果の結ばるゝ所には聖霊が降つたのである、而して是等の果の無い所には仮令伝道心が熾んに燃えやうが、仮令教義が死力を以て護られやうが、仮令教会が起り信者が殖えやうが聖霊は降つて居らないのである。
 而してキリストを友とし迎へまつりて是等の美はしい果は我等に在りて結ばれるのである、是等はすべて既にキリストに在りて結ばれたる果であつて、今又彼と偕にある我等に在りて結ばれるのである。
  汝等、我に居れ、然らば我れ又汝等に居らん、枝若し葡萄樹に連らざれば自から実を結ぶこと能はず、汝等も我に連らざれば亦此の如くならん、我は葡萄樹、汝等は其枝なり、人、若し我に居り、我れ亦彼に居らば多くの果を結ぶべし
とある(約翰伝十五章四、五節)、善果を結ぶの途は明白である、漠たる霊火を仰ぐのではない、キリストを迎へまつり、彼に結び付けらるゝのである、キリストの新婦《はなよめ》となり、彼に嫁ぎて、直に其霊に化せらるゝのである、而して良縁の夫婦が其琴瑟の交りの親しきよりして終に二者同体となり、胎を異にして生れし者が終には其容貌までも相似るに至るが如くに、我等も亦キリストと交はること益々親しくして、終には彼が我に移り、罪と汚穢《けがれ》に生れし我等も終には彼の聖きに似るに至るのである、茲に至てかのパウロの言として註解者が常に解釈に苦む所の哥林多後書三章十五節以下の意味が稍々明瞭になるのである、
  主は即ちかの霊《みたま》なり、主の霊のある所には自由あり、凡て我等※[巾+白]子《かほおほひ》なくして鏡に照すが如く主の栄《さかえ》を見、栄(399)に栄いや増さりて其同じ像《かたち》に化《か》はる也、是れ主即ち霊に由てなり
と、即ち主と我との琴瑟の交はりの愈々益々親しきより、彼と我との間に存するすべての隔離《へだて》は取除かれ、新婦が其※[巾+白]子を撤して自由に新郎《はなむこ》に近づくが如く、我も亦自由に主に近づき得て、鏡に対して我顔を見るが如く常に主の聖顔を拝しまつりて、我は終に其同じ聖き像に化せらるゝ也、而して我に此事あるは是れ主が聖霊として我に伴ひ給ふに由ると、是れがパウロの此言辞の意味であると思ふ。
 洵にキリストが聖霊として我等と偕になり給ふが故に我等は真に自由になり、又真に恐怖より脱するのである、
  子若し汝等に自由を賜《あた》へなば汝等真に自由なるべし
と(約翰伝八章三十六節)、又
  若し神我等と偕に在さば誰か我等に敵せん乎
と(羅馬書八章卅一節)、碑の子我等に自由を賜ひ、神に等しき者我等の友となり給ふとのことである、然れば我れ今何をか恐れん、困苦《くるしみ》か、迫害《せめ》か、飢餓《うえ》か、裸※[衣+呈]《はだか》か、政府か、教会か、大臣か、監督か、彼等何者も我等の自由を奪ふことは出来ない、又何者も我等を威圧することは出来ない、主、我と共に在りて我は真に自由の民である、真に独立信者である。
 斯く論じ来て茲に教理上の大問題が起るのである、即ち聖霊が若しキリストであるならば三位一体の教義は如何になる乎との問題、是れである、余輩は機会を見て更らに此大問題に就て論じやうと欲ふ。
 
(400)     明白なる一事
                     明治42年6月10日
                     『聖書之研究』110号「研究」
                     署名なし
 
 明白なる一事は是れなり、即ち、教会の既に世を救ふの力なき事なり、其死期は既に近づけり、其壁にはメネ、メネ、テケル、ウパルシンの文字書かる、米国の思想家エルバート・ハッバード氏曰く、葬儀師は今や既に教会の門に在りと、今やキリストの福音は教会に由りてよりは教会を離れてより深くより広く伝へられつゝあり、中古時代の遺物として残る教会は光明の進昇と共に消へ失せつゝあり、余輩は教会を詛はず、然れども其用の今や将さに終らんとしつゝあることを世に告げずんばあらず。但以理事五章廿五節以下。
 
(401)     忍耐と勝利
                     明治42年6月10日
                     『聖書之研究』110号「寄書」
                     署名なし
 
 難難に耐ゆるは善し、然れども之に勝つは更らに善し、敵を支ゆるは善し、然れども之を追ひまくるは更らに善し、我等は低頭長顔以て艱難を歎つべからず、蹶起笑顔以て之を足下に踏みつくべきなり、世に勝てる者我等と偕に在し給ふ、我等彼に頼りて何故此事を為し得ざらん乎。
 
(402)     余の耐えられぬ事
                     明治42年6月10日
                     『聖書之研究』110号「雑録」
                     署名 内村生
 
 余に一つ耐えられない事がある、其事は人が他の人を己の宗教に引入れんとする事である、余は大抵の事には耐えられると思ふが(神の恩恵に由て)、併しながら此事には耐えられない、余は其人の奉ずる宗教が何であらふが、其事を問はない、併しながら何れの宗教にしても、人を己の宗教に引入れんとする事は余の耐えられない所である、余は此事を為す人に向て余の救主イエスキリストの言葉其儘を発せざるを得ない、即ち
  噫、汝等禍ひなるかな、偽善なる学者とパリサイの人よ、そは汝等※[行人偏+扁]く水陸を歴巡り、一人をも己が宗旨に引入れんとす、既に引入るれば之を汝等よりも倍したる地獄の子となせり(馬太伝廿三章十五節)
 信仰自由は人の有する最も貴重なる権利である、此権利に較べて見て財産所有の権利の如きは実に軽いものである、余は若し人ありて余の所者の物を奪ふことありとするも余は彼を赦すことが出来る、或ひは余の名誉を傷くる者ありとするも余は差程に其事を心に留めない、併しながら余の信仰自由を少しなりと侵す者があれば、余は其者に向て余の大なる聖憤を発せざるを得ない、彼なる者は朽ちる此世の物を奪はんとするに過ぎない、然るに此れなる者は朽ちざる霊魂を奪はんとする、宗教勧誘は詐欺窃盗に勝さるの罪である。
 而して斯かる罪人は世に尠い乎と云ふに決して爾うではない、余輩の見る所を以てすれば宗教家と云ふ宗教家(403)は大抵は此種の罪人である、彼等は人を己の宗教に引入れる事は悪い事であると云ふことを知らないのみならず、反て此事を善き事であると思ふて居る、善き事であると思ふに止まらない、彼等の信ずる神や仏の最も喜び給ふ事であると思ふて居る、彼等は神を見る事、昔しの武士が其殿様を見しが如く、他の殿様の領分を侵し、其家来を誘ひ来て己が殿様の家来とする事が此上もなき忠信であると思ふて居る、伝道は彼等に取り信者の取合である、多く信者を作る事、其事が伝道の成功である、教会に最も忠実なる者は最も多く他の教会の信者を奪ひ来りて之を其会員となしたる者である、彼等の信仰なる者は此世の愛国心と少しも異ならない、彼等は帝国主義を彼等の伝道に応用し、全世界の人を駆て己が教会の会員と為さんとする。 併しながら是れ真理を愛する者の決して為すべからざる事である、悪しき事は決して仏教を信ずる事でない、天理教又は黒住教、天主教又は希臘教に帰依する事ではない、悪しき事は嫉む事である、盗む事である、殺す事である、争ふ事である、誇る事である、他人の悪事を思ふ事である、然るに人をして其悪を棄てしめんとせずして其宗旨を変へしめんとする、是れ大なる誤謬であつて又大なる悪事である、人の宗旨は之を変へるに及ばない、彼を善人となせばそれで良いのである、何にも彼を誘ひて我宗旨に引入れるの必要はない、人は之を今日彼がある其地位に於て恵むべきである、彼れ先づ我党の人となるにあらざれば我れ彼を恵む能はずと云ふが如きは決して神の嘉みし給ふ所でない。
 然れば我は我宗教を人に対して語るべからずであると言ふ乎と云ふに、爾うではない、我宗教を語るべき時と場合とがある、其時には我は何の憚かる所なく大胆に之を語るべきである。
 (一) 人が我に我が信仰の理由を糾す時に我は臆憚なく之を語るべきである、我は人を恐れて密かに信ずる者(404)ではない、我にも亦我が信仰の理由がある、我は之を人に語るを憚らない、我に就て之を知らんと欲する者の前に我は之を蔽ひ隠さんとはしない。
 (二) 我と信仰を同うする人の前に之を語るべきである、斯くなして我は少しも彼の自由を妨げない、彼は喜んで我に聞かんとし、我も亦彼に告ぐるを喜ぶ、我は兄弟に語るの心を以て語り、親友に書贈《かきおく》るの心を以て書く、我と信仰を異にし、主義を異にし、教会を異にする者は我に聴くべからずである。
 (三) 我は又時には我信仰を公けにする、是れ我の有する言論の自由に由るのである、他人を我信仰に引入れんがためではない、我の信仰の何たる乎を世に知らしめ、其是非を公論に訴へ、些少かなりとも真理の発展に貢献せんがためである、而して真理は自証する者であると云へば、我は強ひて其採用を人に迫るべきではない、我は静に我所信を唱へ、之を神と時とに委ね置けば、それで事は足りるのである。
 而して以上の場合に於て我信仰を人に語るの結果、或者が自から進んで我と信仰を共にするに至らば、我は敢て之を拒まず、喜んで彼を我に迎ふるであらふ、然れども我は其時までは些少たりとも彼に圧迫を加へてはならない、権力を以てせざるは勿論、利益を以てしても、議論を以てしても、将た又無益の能弁と思弁を以てしても彼を我に誘ふてはならない、我の勉むべきことは、彼の我が如く成らんことに非ずして、寧ろ我の如くならざらんことである、世に嫌ふべき者にして画一《ユニフホーミチー》の如きはない、樹が若し悉く桜となりたらば如何、鳥が悉く孔雀となりたれば如何、若し人が悉く我が如く成り、我宗教を信じ我主義を奉じたらば如何、其時は我は此世に厭はてゝ一日も早く之を去らんことを願ふであらふ。
 仏教徒は仏教徒として発達せしめよ、旧教徒は旧教徒として発達せしめよ、新教徒は新教徒として発達せしめ(405)よ、而して余輩は余輩として発達せしめよ、我等神の子は相互の発達を助くべきである、所謂法幢を掲げて他宗を説伏すると称するが如きは愚の極、不法の極、悪事の極と称せざるを得ない。
 
(407)     〔庭園の奇蹟 他〕
                     明治42年7月10日
                     『聖書之研究』111号「所感」
                     署名なし
 
    庭園の奇蹟
 
 過去の奇蹟は之を教会に譲れよ、余輩に目前の奇蹟あるあり、ガリラヤ湖畔に於てにあらず、余輩の狭き庭園に於て大なる奇蹟は行はれつつあり、黒き穢れし土よりして野百合は白き面※[巾+白]《かつぎ》を織り、ダアリヤは赤き衣裳を紡ぐ、金糸桃《びやうやなぎ》に黄金輝き、瞿麦に紅白乱る、神は余輩の庭園に在し給ふ、余輩は教職を要せず、花間を逍※[行人偏+羊]して直に神に教えらる。
 
    雑草
 
 酢漿草《かたばみ》は酸気強し、※[草がんむり/(揖の旁+戈)]菜《どくだみ》は臭気甚し、車前は葉面広し※[草がんむり/(火+旱)]菜《いぬがらし》は根蔕深し、雑草庭園に蔓延り、生長甚だ速かなり、心園又斯くの如し、罪の目録に加へて雑草のそれを想出さしむ。
 
(408)    活ける神
 
 神は働らき給ふ、我れ寤る時も亦|寐《ねぶ》る時も働らき給ふ、我れ働らく時も亦休む時も働らき給ふ、我を以て働らき給ふ、又我れ無くして働らき給ふ、彼は活ける者なれば我に関せずして働らき給ふ、地は日々歳々正義を摂取しつゝあり、時々刻々不義を吐出しつゝあり、我に責任なきに非ず、然れども釐革と進化との主として神の事業なるを識て我は大なる慰安を感ずるなり、神、我を以て働らき給ふに非ず、彼れ今に至るまで働らき給ふが故に我も亦働らくなり。約翰伝五章十七節。
 
    既成の救拯
 
 神、キリストに在りて世を己と和らがしめ給へりと云ふ、祝すべきかな此福音、我れ之を聞て我が心衷に躍る、然らば世は既にキリストに在りて救はれしなり、人類は既にすべて彼に在りて義とせられしなり、神の側に在りては罪なる者は既に無きなり、救拯は今や既成の事実たるなり、我は既に救はれて在るなり、我は唯此事を認め得ずして日々苦悶に沈みつゝあるなり、起きよ、我|霊《たま》、既に救はれし世に生れ来て汝は救はれざらんと欲するも能はざるなり、汝、何故に永く迷ふや、起て父に還れ、彼れ汝を見て趨り来り、汝の頸を抱き、接吻して汝を納けん。哥林多後書五章十九節、路加伝十五章二十節。
    信じ難き理由
 
(409) 福音若し信じ難くんば善きに過ぎて信じ難きなり。
  東の西より速きが如く彼は我等より愆《とが》を遠ざけ給へり(詩篇百三篇十二節)。
  キリストは我等の尚ほ罪人たりし時に、我等の為に死たまへり、神は之によりて其愛を彰はし給ふ(羅馬書五章八節)。
 福音は道徳の如くに「汝、己を潔くせよ、然らば我れ汝を救はん」と言はず、「我れ既に汝を救ひたれば、汝、我が救拯を受けよ」と言ふなり、道徳の結果の救拯に非ず、救拯の結果の道徳なり、福音の信じ難きは是れがためなり、天の地よりも高きが如く、其説く所の人のすべての思念《おもひ》に過ぐればなり。
 
    神の確実の愛
 
 神は愛なり、彼れ既に我罪を贖ひ給へり、故に彼れ若し我を殺し給ふことあるとも彼は愛なり、彼は特に我を恵み給ふが故に愛なるにあらず、キリストに在りて罪なる者を既に滅し給ひしが故に愛なるなり、神は特別に愛なるに先じて全体に愛なり、選択的に愛なるに先じて抱容的に愛なり、彼は殊更らに我を愛し給ふに先じて人類全体を愛し給へり、我は我として彼に愛せらるゝに先じて人類の一員として彼に愛せらる、彼の愛の確実なるは是れがためなり、其容は無限にして其量は無尽なればなり。
 
    我の称揚
 
 我は自己を称へず、天然を称へず、文明を称へず、国家を称へず、教会を称へず、我が救主なる神を称へまつ(410)る、彼の遂げ給ひし聖業を称へまつる、彼の聖なる美を称へまつる、彼の無窮の愛を称へまつる、我は昼も夜も彼を称へまつる、彼は我が讃美、我が矜夸《ほこり》なり、彼を仰ぎまつりて光明我が心に満つ、人の悪事を思はず、世の堕落を怒らず、死の来るを悲まず、事の成らざるを憂へず、唯称へ、唯感謝し、唯望み、唯働らく、神を我が歌として我は歓喜の翼に乗りて安らかに人生の波浪を横《よぎ》るを得るなり。
 
    無礙の生涯
 
 天然に因果あり、人世に応報あり、然れども神に唯愛と生命と精力とあるのみ、我れ肉に在りて因果より免がるゝ能はず、応報より脱する能はず、然れども神に在りて我冷は超自然にして脱世間なり、我は天然の法則以上に立ち、社会の制裁以外に在り、使徒パウロの曰へるが如し、
  是故に我等臆せず、我等が外なる人は壊るゝとも衷なる人は日々に新たなり。
 神に在りて我が失敗は失敗ならず、我が荏弱は荏弱ならず、我れ神に在りて新なる力を獲、鷲の如く翼を張りて登り、走れども疲れず、歩めども倦まざるなり。哥林多後書四章十六節。以賽亜書四十章卅一節。
 
    善人たるの途
 
 我れ努めて書人と成らんと欲して成る能はず、然れども祈てキリストを心に迎へまつりて直に善人と成るを得るなり、善人たるは易きが如くに見えて難し、難きが如くに見えて易し、キリストを識て善人たるは甚だ易し、彼を識らずして善人たるは不可能事に近き業なり。
 
(411)    歴史と聖書
 
 我は人に就て此上更らに知らんと欲せず、我は既に良く其何たるを知るなり、彼は罪人なり、蝮の裔なり、好んで悪を為す者なり、貴族然り、平民然り、白人然り、黄人然り、義人あるなし、一人もあるなし、
  其喉は破れし墓、其舌は詭詐《いつはり》を為し、其唇には蝮の毒を蔵し、其口は詛ひと苦《にが》きとに満ち、其足は血を流さんために疾し(羅馬書三章十三−十五節)。
 其歴史と新聞紙とは此筆を伝へて余りあり、我は此上更らに人に就て知らんと欲せず。
 我は此上は神に就て知らんと欲す、其愛と其義、其憐愍と其恩恵、其忍耐と其寛容、我は此上は此等の事に就て知らんと欲す、我は今は歴史を去て聖書に行んと欲す、人類の罪悪の記録なる歴史を去て神の恩恵の示顕なる聖書に往んと欲す。
 
    我が理想の人
 
 善人必しも我が理想の人に非ず、我が理想の人は勇者たるを要す、真理と正義のために情と闘ひ、慾と闘ひ、友と闘ひ、家と闘ひ、国と闘ひ、世と闘ふ者たるを要す、我は我眼を以て多くの善人を見たり、然れども勇者は之を見しこと甚だ稀なり、我は完全なる紳士を求めず、峻厳なる戦士を需む、我が理想の人は世と相対して独り陣を張る者なり、終生の孤立に堪え得る者なり。
 
(412)    自由の衰退
 
 今や人は自由を口にせず、彼等は愛国を説き、成功を語る、然れども古き自由は措て之を省みざるなり。
 然れども自由を忘却せし民を視よ、疑獄は続発して其底止する所を知らず、国家は其根底に於て壊《くづ》れ、事業は其本源に於て敗れつゝあり、古きミルトンの言は今も尚ほ真なり、曰く「自由の在る所にのみ道徳は行はる」と、自由を国賊視して国家は亡び之を異端視して教会は廃る、自由は今も尚ほ人の生命なり、自由は今も尚ほ盛に之を唱道せざるべからざるなり。
 
    忿怒と救拯
 
 不義を怒るの忿怒あり、正義を怒るの忿怒あり、前者は義者の発する忿怒にして後者は悪人の起す忿怒なり、二者同じく忿怒なり、然れども其動機に天地の差あり。
 悪人、正義に接すれば必ず怒る、其不義の顕はれんことを懼れてなり、然れども怒て自から其罪を悟り、罪を悟りて終に之を悔ゆるに至る、忿怒は悪人に取り彼が救拯に入るの第一歩なり、彼は怒らしめられずしては救はれざるなり、彼が怒るは善き兆候なり、彼は良心の急所を衝かれて驚て蹶跳《はねあが》りしなり。
 忿怒、嘲罵、呪詛、迫害、是れなくして救拯あることなし、平和の説教者は世を救ふ者にあらず、人が我等の肉を食はんとし、我等の骨を挫かんとして我等は救拯の福音を以て神に委ねられしを知るなり。
 国人に怒られよ、家人に怒られよ、教会に怒られよ、而してキリストの忠実なる僕となれよ。
 
(413)     キリストは如何なる意味に於て万物の造主なる乎
                     明治42年7月10日
                     『聖書之研究』111号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 万物はキリストに由て造られたりとは聖書の所々に示す所である、例へば
  万物之(道《ことば》即ちキリスト)に由て造らる、造られたる者にして一ッとして之に由らで造られざるはなし(約翰伝一章三節)。
  我等に……又一ッの主即ちイエスキリストあり、万物之に由り、我等も亦之に由れり(哥林多前書八章六節)。
  イエスキリストを以て万物を造り給ひし神云々(以弗所書三章九節)。
  そは彼(キリスト)に由て万物は造られたり、天に在るもの、地に在るもの、人の見ることを得るもの、見ることを得ざるもの、……万物彼に由りて造られたり、且つ其造られたるは彼が為めなり、彼は万物より先にあり、万物は彼に由りて存《たも》つことを得るなり(哥羅西書一章十六、十七節)。神は彼(其子即ちキリスト)を以て諸の世界を造りたり(希伯来書一章二節)。
 是れ抑々什う云ふ繹《こと》であるか、是れ一種の迷信として看過すべきこ−とである乎、或ひは深き真理の其中に存する事である乎、大に攻究すべき問題である。
 是れ勿論大工の子ナザレのイエスが世界万物を造りたりと云ふことでない事は明かである、イエスは人の子で(414)あると雖も宇宙万物の造主であるとは我等信ぜんと欲して信ずることは出来ない、是れ信ずるに余りに洪大なることである、教会の信条として之を無智の信徒の上に強ゆることは出来やうが、道理として識者に之を薦むることは出来ない。
 是れ又唯一の紙即ち父の外に万物の造主があつたと云ふことでない事は確かである、聖書は明かに此事を示して居る、例へば
  そは万物は彼(主なる神)より出で、彼に倚り、彼に帰ればなり、願くは世々栄光神にあれ(羅馬書十一章卅六節)。
  我等に於ては惟一の神即ち父あるのみ、万物之より生り、我等之に帰す(哥林多前書八章六節)。
 万物の起因は主なる父の神である、万物は彼より出でと云ひ、之より生りと云ふ、キリストに就て斯かる語辞は決して使はれてない。
 然らば如何なる意味に於てキリストは万物の造主であるのである乎。
 以上引用せし聖書の語辞《ことば》の中で稍々解し易いのは
  其(万物)の造られたるは彼(キリスト)の為めなり
と云ふ事である(哥羅西書一章十六節)、キリストは神の子にして人の首であるから、彼は万物の首、造化の終極であると云ふ事は決して解し難い事ではない、宇宙を一体と見てキリストは其首である、其意味に於て宇宙はキリストの属《もの》である、彼のために造られたる者である、人は万物の霊長であるが故に万物は人のために造られたりと云ふと同じである、パウロの所謂
(415)  万物は汝等の属なり……汝等はキリストの属、キリストは神の属なり
とは此事を謂ふたのであると思ふ、(哥林多前書三章廿一、廿二節)。
 茲に於て神がキリストを以て、或ひはキリストに由りて万物を造り給へりと云ふことが少しく明瞭になるのである、キリストは造化の終極である、終極であるが故に其目的であつて又其理想である、物の理想は其最高の結果に於て顕はるゝ者であるが故に、宇宙最高最美の産たるキリストが其理想であると云ふことが出来る、而して神がキリストを以て万物を造り給へりとは此事を謂ふたのであると思ふ、即ち彼は常にキリストを最後の目的即ち理想として万物を造り給へりと云ふことであると思ふ、即ち最後にキリストを生まんがために、即ち愛と犠牲の化身なる彼を生まんがために神は万物を造り給へりと云ふことであると思ふ、恰かも人なる父が其愛子の出生並に生育を目的として万事を計画し之を処弁するが如くに、神はキリストの出生と其天国建設の聖業を目的として万物を造り給へりと云ふことであると思ふ、何にも神はキリストの手を藉りて万物を造り給へりと云ふことではない、キリストを惟一の眼目として、彼に在りて、愛を彼の中に籠めて、万物を造り給へりと云ふことであると思ふ、由りて又は以てと訳せられし希臘語の前置詞 en は斯かる意味を通ずる詞である、基督者がキリストに在りて事を為すと云ふ時にも同じ詞を使ふのである、キリストと共に為すと云ふのではない、又キリストの援助を藉りて為すと云ふに止まらない、心をキリストの中に置いて、彼の意を以て我が意となして為すと云ふのである、勿論神がキリストに対するのと、我等が彼に対するのと立場は全く之を異にすると雖も、然れども彼に在りて事を為すと云ふ愛の態度に至ては神も我等も少しも異なる所はない。
 哥羅西書一章十六節に於ける「彼に由て云々」は斯くの如くにして解釈することが出来る、併し乍ら約翰伝一(416)章三節、又は哥林多前書八章六節等の場合に於ては此解釈は用を為さない、是等の場合に於ては異《ちが》つた前置詞が使はれてある、夫れは希臘語の dia であつて、英訳聖書には普通 through を以て訳され、日本訳には或る場合には託りての文字を以て訳されてある、文法家の所謂 dla instrumental であつて、手段の使用を示す詞である、故に
  万物之に託りて造らる
とあ.るは之を文字通りに解釈すれば、万物はキリストを手段として、或はキリストを以て、或ひはキリストを使ふて造られたりと云ふ意味になる、而して斯く解釈して茲にキリストが事実上の万物の造主であるかの如くに示してあるやうに見える。
 茲に至つて問題は甚だ困難くなるのである、事は神の実在問題に渉りて純粋の哲学問題とならざるを得ない、併し乍ら前に述べしが如く、万物の目的(理想)のキリストにありしを知り、又神がキリストに在りて宇宙を造り給へりと云ふ事の何たる乎を悟りて、彼が又キリストを使ふて万物を造り給へりてふ事の何たる乎は之を略々推測することが出来やうと思ふ、此場合に於てはキリストは歴史的のキリストではない、造化の原理たる道《ことな》(Logos、Word)である、今日の術語を以て言へば天然の法則である、而して神がキリストを以て万物を造り給へりと云ふは、此法則に従て造り給へりと云ふと同じであると思ふ、勿論天然の法則と云ひたりとて今の人が思ふやうに神を離れ、彼れに何にも関係の無いものではない、天然の法則は神の法則であつて、神より出たる者である、併し乍ら神が万物を造り給ふに方て、一々之に自から聖手を下し給はずして、之を彼の定め給ひし法則に委ね給ひしと云ふことは近世科学の結論に照らして見て疑ふべくもない、万物は神が造り給ふたのである、其事は確かであ(417)る、然し如何にして造り給ひし乎と問ふに、聖書はキリストを以て造り給へりと答へ、科学は天然の法則を以て造れりと答ふ、彼は或る中間者を以て万物を造り給へりと云ふに至ては聖書も科学も其数ふる所を共にして居ると思ふ。
 併し乍ら聖書と科学とは全く異なりたる方面より造化を見て居るのである、聖書は其目的より、科学は其造られし手段より之を見て居るのである、造化の目的は愛である、即ちキリストである、併し乍ら其発生、生長の手段方法は今人の所謂天然の法則である、而して科学者ならで信仰家なりし聖書記者が神はキリストを以て万物を造り給へりと云ひしことは決して無理でないと思ふ、是れ実に然《あ》もあるべき事であつて、信仰の眼より見たる宇宙は実に爾うなくてはならないと思ふ。
 斯く論じ来て、人は余輩に問ふて言ふであらふ、若し其事の爾うであるとして如何、其事を知つて何の用に立つ乎、其事は文法と科学とにまで訴へて論究するの価値がある乎、是れ中古時代の煩瑣学者等が天使のことに就て議論を闘はしたと同様、究むるに労多くして益なきことではない乎と。
 併し余輩は爾う思はないのである、神がキリストを目的に、彼に在り、彼を以て万物を造り給へりと云ふ事は人類の実際問題として甚だ大切なる事であると思ふのである、宇宙の目的如何、其終極如何、其理想如何、破滅か、優勝劣敗か、宇宙は仁者の理想に背きて暴力の専制に帰しつゝある乎、林に虎が猛るが故に、世に佞人が跋扈するが故に、万物の終る所は暴虐無道である乎、「否なよ」と聖書は答ふるのである、神はキリストを目的に、キリストに在りて、キリストを以て宇宙万物を造り給へりと、即ち愛を目的に、愛に在りて、愛を以て宇宙を造り給へりと、章宙の目的は愛、其成りし手段は愛、其原理と精神とは愛であるとのことである、是れ何と貴い(418)告知《つげしらせ》ではない乎、福音とは実に是れではない乎。
  彼れ(キリスト)は人の見ることを得ざる神の状《かたち》にして万の造られし物(造化)の先に生れし者なり
と(哥羅西書一章十五節)、又
  キリストは神の造化の始なる者
なりと(黙示録三章十四節)、之を即ち今日の言辞を以て云へば、キリストは宇宙の太原又其原理であると云ふのである(希臘語の prototokos 並に arche は此意味であると云ふ)、宇宙の太原が既に愛なるキリストであり、其原理が犠牲の羔であると云ふならば、其実質の何たる乎、其終極の何たる乎は問はずして明かである、而して此羔は
  世の始めより殺され給ひし者
なりと云ふ(黙示録十三章八節)、之を他の言葉を以て言へば
  宇宙は犠牲に由りて成る
とのことである、即ち所謂天然の法則なるものは暴力でもなく圧制でもなく、其原理は羔即ち犠牲であるとのことである、即ち髑髏山上の十字架は神の愛を顕はす者であるのみならず、又宇宙万物の精神を彰はす者であるとのことである、宇宙を盲力の衝突と見るのは大なる誤謬である、良く之を解すれば宇宙其物が大福音である、天然は腕力で福音のみが恩恵を示す者であると云ふが如きは極く浅薄なる宇宙観であつて、又極く浅薄なる聖書智識である。
 而して近世の大詩人としてはヲルヅヲス、又彼よりも更らに遠大なるはブラウニング、彼等は宇宙の原則の実(419)に愛即ちキリストにあるを洞察して此事を彼等の崇高なる詩に表はして歌ふた、哲学者としてはジヨン・フイスクの如き人、科学者としてはルコントの如き人、又社会学者としてはクロポトキン、神学者としては W、L、ウオルカーの如き人、彼等は皆な真理の茲に在るを認め、キリストを中心とする宇宙観を世に提供した、キリスト中心説は決して痴者の夢ではない、是れ最良く道理に叶ひ、最良く良心を満足せしめ、又最良く吾人の希望を維持する、完全にして宏遠なる宇宙観である。
 
(420)     真の聖公会
                     明治42年7月10日
                     『聖書之研究』111号「寄書」
                     署名なし
 
  余は聖なる公会あるを信ず
とは使徒信経の一条である、之に対してジヨン・ラスキンは曰ふた、
  真の教会は一人の人が援助の手を伸ばして他の人に接する所にあり、是れ曾て有りし所の、又曾てあらん所の唯一の聖公会又母教会なり
と、真に爾うである、教会は愛の行はるゝ所には何処にでもある、而して愛の行はれざる所には教堂があらうが、儀式があらふが、聖職が居らふが、信徒が集らふが教会はない、況んやキリストの教会をや。
 
(421)     余の信仰の真髄
        人類の普遍的救済
                     明治42年7月10臼
                     『聖書之研究』111号「雑録」
                     署名 内村生
 
  是は近頃電車中にて友人某に語りし所である
 余の信仰の真髄は紙は愛なりと云ふことである、而して此前提よりして神はキリストにありて世を救ひ給へりと云ふことである、而して神が世を救ひ給へりと云ふことは余一人を救ひ給へりと云ふことではない、又彼を信ずる少数の信者を救ひ給へりと云ふことでもない、又勿論所謂基督教会を救ひ給へりと云ふことでもない、神が世を救ひ給へりと云ふことは世全体を救ひ給へりと云ふことである、即ち人類全体を救ひ給へりと云ふことである、神を信ずる者をも信ぜざる者をも、キリストの名を聞きし者をも聞かざりし者をも、善人をも、悪人をもすべて人と云ふ人を悉くキリストに在りて救ひ給へりと云ふことである、余に取りては是れより以下のことは福音ではない、余は又宇宙万物の造主なる父の神に是れより以下の愛を帰し奉ることは出来ない、余は神は愛なりと信じて少くとも彼に就て是れ丈けのことを信ぜざるを得ない、余に取りては人類全体を救ひ給はざりし神は神にして神でない、神である、人ではない、父の父である、彼が人が彼を愛するまで彼の愛を匿し置き給ふ筈はない、彼は人が彼を知らざる前に、然り、彼を憎みつゝある間に、業《すで》に已に人を救ひ給ふたに相違ない、神の愛(422)とは斯かるものであるに相違ない、是れ以下の愛は人の愛であつて、神の愛ではない。
 而して余は聖書は斯かる普遍的救済を教ふる書であると信ずる、
  世の罪を任《お》ふ神の羔を観よ
と(約翰伝一章廿九節)、単に我が罪ではない、又汝の罪ではない、又イスラエルの罪ではない、世の罪を任ふ神の羔である、神は彼の上に人類全体の罪を置き給ふたのである、キリストは人類の首である、其代表者である、而して神は彼を十字架に釘け給ひて人類の罪を罰し給ふたのである、而して又彼を死より甦らしめ彼を受け給ひて人類を受け給ふたのである、キリストの一生は人類の代表的生涯である、人類は彼に在りて罰せられ、彼に在りて赦され、彼に在りて復活し、彼に在りて栄を得たのである、キリストは善き祭司の長《をさ》として人類全体を担ふて神の聖所に入つたのである、彼の肩の上には支那人もあつた、朝鮮人もあつた、印度人もあつた、基督信者もあつた、仏教信者もあつた、回々教信者もあつた、無神論者もあった、アダムの子はすべてあつた、過去の人、現在の人、未来の人はすべて此善き牧羊者の肩の上に置かれた、而して彼はすべて彼等を担ふて神の前に出で、其所に彼等の清潔《きよめ》と赦免《ゆるし》と光栄とを得た。
 然らば伝道は何のためである乎と人は余に問ふであらう乎、然り、余は人を救ふために伝道に従事しない、是れ余の絶対的に為す能はざる事である、余は未だ曾て一人の人をも救つたことはない、縦し又救ひ得るとするも、世界の人口は十五億余であつて、其中千人や万人を救ふた所で其余は如何なるのである乎、余は彼等の滅び行くのを見るに堪えられるであらう乎、若し人類の救済が我儕少数の伝道者の尽力に由るものであるならば、人類の救済は絶望的事業である、余は余の祖先のすべてと、十数億の同胞とを残して独り少数の信徒と共に天国に行く(423)に忍びない、余は斯かる場合に於ては世の最大多数と永遠の運命を共にしたく欲ふ、余は僅かに百人や千人の人を救ひ得て、他は悉く之を永遠の死に委ねずばならぬやうな、そんな絶望的事業に従事したくない。
 然らば何のための伝道である乎。
 然り、伝道ではない、福音の宣伝である、主のヨベルの歳の到来を告知らすることである(利未記二十五章)、平和の言を宣べ又|善事《よきこと》を宣《のぶ》ることである(羅馬書十章十五節)、余は罪人に向て「神怒り給へば汝の罪を悔ひて彼に還り来れ」とは言はない、余はパウロに傚ひ
  神、キリストに在りて世を己と和《やはら》がしめ給へり、故に我れキリストに代りて汝等に願ふ、汝等神に和らげよ
と(哥林多後書五章十九節以下)云ふ、神の側《がわ》に在りては和らぎは既に済んだのである、故に余は罪人に勧め、彼等をして此和らぎに応ぜしめんとするのである、既に救はれたる者をして其救拯を承認せしめんとするのである、誠に容易なる、誠に楽しい、誠に喜ばしい業である。
 併し若し人はすべて救はれたる者であるとするならば、其事を彼等に知らするの必要はない、又知らするならば彼等は罪を悔改めないと云ふであらふ乎。 余は爾うは信じない、神の普遍の愛!余は什《ど》うして此事を人に知らせずに居られやう乎、
  キリストの愛我を余義なくす
とパウロは言ふて居るが実に其通りである(哥林多後書五章十四節)、福音宣伝は義務ではない、情熱《パツシヨン》である、作詩又は美術に類することであつて、神の愛を知りたる者には為さゞれば居られない事である、人のすべての思念《おもひ》に過ぐる神の愛、之を人に知らせずして居られやうか、余にして若し之を知らざれば止む、乍然之を知りし以(424)上は之を人に知らしむることが余の生命である、余に天の美想が降り来る時に余は之を詩に表はさずしては居られない、それと均しく、余は神の愛を知て之を叫び又書き綴らざるを得ない、福音宣伝を義務なりと云ひ、又は教会の事業なりと称する者の如きは共に此事を語るに足りない。
 又人はすべて既に其罪を赦されたりと聞き罪人は其罪を悔改めないと云ふ其事は果して事実であらふ乎、罪人は果して紙の忿怒を聞て恐怖の余り其罪を悔改めるのであらふ乎、余は爾うは思はない、少くとも余の実験は其正反対である、余自身は神の忿怒を聞いて震へながら悔改めたのではない、忿怒は人を絶望せしめざれば彼を頑剛《かたくな》にする、罪は忿怒を以てしては去らない、愛のみ能く罪を征服することが出来る、少くとも余自身の場合は爾うであつた、而して余はすべての人の場合が爾うであると思ふ。
 悔改は羞耻に始まるものである、我れ愛せざるに人、我を愛すと聞いて我は己に耻ぢ、我罪を悔ひて彼の赦免を乞ふに至るのである、人に対して爾うである、神に対しても亦同じである、我はキリストを十字架に釘けつゝありしに神は其キリストの其十字架を以て我を赦し給ひたりと聞て、我は己に耻ぢて耐えられなくなるのである、罪は鉄槌を以て之を砕くことは出来ない、然し愛を以て之を鎔くことが出来る、神は良く人の心の何たる乎を知り給ふ、故に彼は恐怖を以て入に臨み給はない、無限の愛を以て彼等を見舞ひ、彼等が猶ほ彼の敵たりし時に彼等の罪を贖ひ、彼等をして彼の愛に感じて己を改めて彼に還らしめ給ふ、宇宙万物の造主なる父なる神は爾かせざらんやである。
 神は愛である、彼はキリストにありて既に人類全体を救ひ給ふた、救済は已に既成の事業である、故にハレルヤである、蛇の頭は婦の生みし者に由て既に砕かれたのである(創世記三章十五節)、迹に残りしはたゞ僅少の此(425)世の苦痛である、之を除けばそれで万事は成るのである、最も難き事は神、キリストに在りて既に成し遂げ給ふたのである、人類の罪は既に除かれたのである、神との平和は既に成つたのである、迹は唯人が人との戦争を止め、平和を此地に来たすれば、それで万事は完成するのである、而して残余の此小事業が我等に委ねられたのである、我等は今より進んで苦戦悪闘して敵を斃さんとするのではない、敵の大将は既に我等の手を着りずして斃されたれば、我等は楽戦以て北る残余の敵を追尽さんとするのである。
 
(426)     批評家と思想家
                     明治42年7月10日
                     『聖書之研究』111号「雑録」
                     署名なし
 
 詩人ゲーテ曰く
  誤謬を知覚するは真理を発見するよりも易し、そは誤謬は表面に現はれて見るに易く、真理は深く隠くれて、少数者のみ之を探らんと欲すればなり
と、世に千人の批評家あるに対して僅かに一人の思想家あるは之れがためなり、誤謬と欠点とは何人も之を見るを得べし、然れども真理と美点とは神に恵まれたる少数の人のみ能く之を認むるを得べし。
 
(427)     〔秋と聖書 他〕
                     明治42年9月10日
                     『聖書之研究』112号「所感」
                     署名なし
 
    秋と聖書
                                    秋は来れり、我は聖書に帰らん、地の書に非ずして天の書なる聖書に帰らん、肉の書に非ずして霊の書なる聖書に帰らん、教会の書に非ずして人類の書なる聖書に帰らん、然かも自由の精神を以て之に帰らん、学者の態度を以て之に帰らん、而して神と自由と永生とに就て更らに少しく知る所あらん。
 
    我は信ず
 
 我は信ず神は善なりと、我は信ず我は我が悪を以て神の善を消す能はずと、我は信ず神は我れが神を愛するよりも遙かに我を愛し給ふを、我は信ず我は生くるも死するも我が神の手より離るゝ能はざるを、我は信ず我は光明の宇宙に棲息するを、我は実に信ず、高きも低きも、今ある者も後あらん者も、亦其他の、すべての者も我を我主イエスキリストに於て顕はれたる神の愛より絶《はな》らすること能はざるを。羅馬書八章三十八、三十九節。
 
(428)    起て我父に往かん
 
 我れ一たび罪を犯さん乎、我は起て我父に往かん、我れ再たび罪を犯さん乎、我は起て我父に往かん、我れ七たび罪を犯さん乎、我は起て我父に往かん、我れ七たびを七十倍するまで罪を犯さん乎、我は起て我父に往かん、我父の愛は無限なり、彼は我の滅びんことを欲ひ給はず、彼は我に就て永久に絶望し給はず、故に我も亦自己に就て絶望することなく、彼の無限の愛を信じ憚らずして今日起て彼に往かん。路加伝十五章十八節。
 
    光明の宇宙
 
 穹蒼に輝く無数の恒星はすべて悉く大陽なり、而して吾人の大陽も亦恒星の一たるに過ず、而して其の光明は二十八億哩外の海王星を照らし、尚ほ遙かに其以外に達す、依て知る吾人の棲息する此地球の光明の海に漂ふ者なることを、其夜と称する者は自身其面を大陽より反くる時に自から作る己が影たるに過ず、環外一歩を出れば洋々たる光明の宇宙の際限なきを見る、斯かる宇宙に幽暗の陰府の存する理なし、人は自から求めて暗黒を作るを得べし、然れども神も宇宙も彼を収容するために特別の暗処を備へざるなり。
 
    希望の人生
 
 人の世に生まるゝや彼は新たに生る、彼は祖先の遺伝を受くること甚だ尠し、悪人の父より善人生れ、病弱の母より健児生る、神は各人を以て新たに其聖業を始め給ふ、祖先の悪しきは憂ふるを須ゐず、人は各自アダムと(429)エバの如く直に神に造らるゝ者なり、嬰児が呱々の声を揚ぐる毎に革新の声は揚る、希望は時々刻々此世に臨みつゝあり、腐敗の累積は敢て恐るゝに足らざるなり。
 
    祈祷の普及
 
 祈祷は宗教家の専業に非ず、学者は真理の示されんことを祈るべし、医家は療法の授けられんことを祈るべし、農家は穀の稔らんことを祈るべし、商家は財の増さんことを祈るべし、祈るべし、祈るべし、何人も祈るべし、而して祈て獲し物を神に献げて万人と共に感謝すべし。
 
    宇宙生命充実説
 
 瑞典国の学者スヴハンテ・アルレニウス氏宇宙生命充実説を唱へて学界の歓迎する所となる、其説く所に循へば一|英寸《インチ》の六百二十九万七千六百分の一以下の生的細胞全宇宙に充満し、光線の推す所となりて球体間を往来し、其熟して生命を受くるに足る者あるに遇へば之に降て生物を発生すと、是れ実にパウロの所謂
  夫れ我等は彼(神)に在りて生き又動き又存ることを得るなり
との真理を科学の方面より唱へし説ならずや、生命は僅かに地上に存し、虚空は無涯の墓地なりとの説は今や学者の破棄する所となれり、生命は宇宙に充満す、死は不可能なり、生命不滅説は今や科学的に証明されんとす、喜ぶべきにあらずや。使徒行伝十七章二十八節。
 
(430)    新福音と旧福音
 
 新福音は今や多く近世科学に由て唱へらる、旧福音は謂へり霊魂は不滅なりと、新福音は云ふ、肉体も亦不滅なりと、旧福音は謂へり、神は天上高き所に在して一時キリストとなりて世に臨み給へりと、新福音は謂ふ、神は宇宙に内在し、空間として其生命の充盈せざる所なしと、旧福音は謂へり、キリストは世の末期に至り再び来臨して之を審判き給はんと、新福音は謂ふ、審判は日々行はれつゝあり、不義と正義とは刻々分化しつゝあり、其意味に於てキリストは日々刻々再来しつゝありと、旧福音は謂へり、真理が一たぴ聖徒に伝へられし以来、神は其黙示を以て再たび人に臨み給はずと、新福音は謂ふ、神の黙示は今尚ほ絶えず、歳と共に益々熾なり、最近の黙示は最善の黙示なり、神は歳と共に益々明かに、益々深く自己を人類に顕はし給ひつゝありと。
 其他之に類する新福音甚だ多し、旧は旧として貴し、新は新として貴し、余輩は新に接して旧を棄てんとせず、旧に絆されて新を斥けんとせず、新旧両つながらを永久の神よりの恩賜として受け以て余輩の救済を完成せんと欲す。
 
    プロテスタント主義
 
 余輩は今尚ほプロテスタント主義を把持す、之を把持して天主教会、希臘教会、英国国教会に反対す、プロテスタント主義は進歩主義なり、之を棄るは進歩の趨勢に背馳するに等し、余輩は歴史が逆行せざる以上はプロテスタント主義を棄てざるべし。
(431) 余輩はプロテスタント主義を把持す、然れども今の所謂プロテスタント教会に与せず、彼等は能く此主義を代表する者にあらざれば也、プロテスタント主義は之を其論理的結極まで推して無教会主義とならざるべからず、法王、祭司、監督の教権を拒む者は論理上すべての人の教権を拒まざるべからず、プロテスタント主義は人を直に神に繋ぐ者なり、其間に長老、牧師、執事等の介在するを許さゞるなり。
 ルーテルはプロテスタント主義を唱へて、之を合宜的に守る能はざりし也、彼は羅馬教会を脱して、之に劣らざる圧制教会を創始せり、カルビン亦然り、ウエスレー亦然り、プロテスタント主義に始まりし長老教会メソヂスト教会は亦其中に僧侶的階級を設くるに至れり。
 純然たるプロテスタント主義の把持者はルーテルに非ずしてレツシングなり、ウエスレー兄弟に非ずして、ジヨージ・フホックスなり、其精神に於ては文豪エマソンは福音師ムーデーに勝さるのプロテスタント教徒なり、プロテスタント主義は今より四百年前に始まりて今尚ほ完成中にあり余輩不肖と雖も此貴重なる主義を把持する以上は今日此地に於て其完成を期すべき也、即ち旧教三教会は勿論、今の所謂プロテスタント教会の半プロテスタント主義に反対し純乎たるプロテスタント主義を今日此国に於て発輝すべきなり。
 
    人たるの特権
 
 余輩は基督信者なるや否やを知らず、然れども余輩は一人の人なるを知る、而して人なるが故に余輩に大なる特権あり、余輩は禅を父として呼ぶを得るなり、余輩はキリストを兄弟として愛するを得るなり、余輩は聖書を人類の書として究むるを得るなり、人たるの特権は大なり、此特権の余輩に供せらるゝありて、余輩は教会が供(432)する洗礼、堅信、按手礼等無意味の特権に与からんと欲せざるなり。
 
    君子と戦士
 
 温厚篤実の君子とは世が仰で以て敬慕して歇まざる所の者なり、然れども進歩の先陣に立て能く人類を光明の域に導きし者は多くは斯かる円満無謬の人士にあらざりしなり、其敵を犬よと呼びしパウロなり、豚よと罵りしルーテルなり、或ひは瑕瑾枚挙するに遑あらざりしルツソーなり、荊棘は彼等に由て除かれ、迷信は彼等に由て壊たれたり、温厚篤実の士は教会の監督として価値あらん、牧師伝道師として有益ならん、然れども信仰の戦士としては無能なり、愛に励されて行為の完全を省みるの遑なき者にあらざれば光明の先駆者たる能はざるなり。
 
    完全の標準
 
 完全の標準は之を定むるに甚だ難し、イエスキリストすら神を涜すとの故を以て十字架の刑に処せられたり、多くの悪人は其在世当時に於て完全の人として崇められたり、完全の標準にして外観の行為に存するとせん乎、人の善悪は到底之を定むる能はざるなり。
 完全の標準は外に於てあらずして内に於てあり、多く愛する者、是れ完全に近き者なり、少く愛する者、是れ完全に遠き者なり、而して少しも愛せざる者、是れ悪鬼と其子となり、行為の如何は遺伝に循《よ》り、亦境遇に従《よ》る、唯愛は神より出る者なり、完全は神の定め給ふ事なり、人の判知し得べき事にあらざるなり。
 
(433)    単独の称讃 パウルゼン著『カント伝』を読みて感ずる所
 
〇人類のために尽さんと欲して世に交際を求むるの必要は一ツもない、吾等は単だ独り在りて人類のために尽すことが出来る、人は何人も人類の一部分である、故に己に尽して人類のために尽すことが出来る、独り真理を発見することが出来る、独り神に接することが出来る、独り霊性を磨きて完全の域に向て進むことが出来る、吾等は人類の好き標本として己を世に呈供することが出来る、単独は決して無為の境遇ではない。
〇キリストのために尽さんと欲して教会に属するの必要は一ツもない、吾等は単だ独り在てキリストのために尽すことが出来る、キリストは万民の贖主である、而して我も亦贖はれし者の一人である、我はキリストを我心に迎へまつりて彼の光を世に放つことが出来る、我は巌頭に独り立て暗夜を照らす燈台となることが出来る、我は又他の多くの単独者の慰藉者となることが出来る、単独は決して世に稀れなる境遇ではない、世に単独に堪え得ずして泣き悲む者は多くある、斯かる者に単独の幸福と神聖とを教ふる事は大なる事業である、吾等は単だ独り在りて世界幾百千万人の単独者の牧師と成ることが出来る。
〇単独は決して特更らに追求むべきではあるまい、乍然、単独を与へられて吾等は決して之を拒絶すべきでない、否な返て感謝して之を受け、之を利用し、星が独り輝きて穹蒼を彩るが如く、吾等も亦独り働らきて人世を賑すべきである。
 
(434)    詩作
 
 詩は成る、作るべからず、美《よ》き思想は美き言辞と共に臨《きた》る、文を練るを要せず、高く思ひて潔く行へば足る、詩は勇者の事なり、文士の業にあらず、敢為以て何人も詩人たるを得るなり。
 
(435)    疑はしき書翰
        所謂「牧会書翰」の研究
                  明治42年9月10日−11月10日
                  『聖書之研究』112−114号「研究」
                  署名 内村鑑三
 
  (本論中「提」は提摩太書の略、「多」は提多書の略なり)
 
     一、聖書の識別
 
 聖書は一巻の書ではない、数巻の書より成る文庫である、旧約は三十九巻より成り、新約は廿七巻より成る、其中に書きもあれば悪しきもある、進歩もあれば退歩もある、自由もあれば束縛もある、聖書なればとて一様に聖書ではない、其中により多く聖い部分とより少く聖い部分とがある、聖書は洵に大いなる家であつて、其中には金と銀との器あるのみならず、亦木と土の器もある(提後二の二十)、此事を識別《しりわく》るのが聖書研究の目的である、
  聖書は皆な神の黙示なり
と云ひて(提後三の十六)其中に書いてあることはすべて神の言葉であると思ふのは簡便にして容易ではあるが、然し真理は如斯くにして識ることの出来る者ではない、真理は之を識るに甚だ困難である、而して識るに困難であるが故に甚だ貴重なるのである。
 
(436)     二、パウロの書翰
 
 パウロの書翰として聖書に載せられたる者は総数十四ある、其中希伯来書は聖書には
  使徒パウロ ヘブル人に贈れる書《ふみ》
として載せてあるが、然し今や何人も之を使徒パウロの書いた者とは認めない、或ひはアポロの作なりと云ひ、或ひはルカの作なりと云ひ、或ひはバルナバの作なりと云ふ(本号掲ぐる所の宮崎君の論文を参照すべし)、然し其パウロの作でないことは何人も疑はない、而して之に反して十四の書翰中パウロの作として何人も疑はない者がある(英、蘭両国の神学者二三を除いて)、それは即ち
  羅馬書、哥林多前書、仝後書、加拉太書
の四ツである、是等はパウロ独特の書である、パウロ思想の何たる乎は是等に由て判明るのである。
 明かにパウロの作でない書翰と明かに彼の作である書翰との間に、有無判然せざる書翰があるのである、其中で疑を挟むの余地の最も尠い者が腓立比書である、之に次ぐ者が腓利門書である、帖撒羅尼加前書と後書との二書も亦パウロの自作として見るに難くない、以弗所書と哥羅西書とは純粋のパウロ思想を去る稍や遠く、従つて其パウロ的起原を疑ふ学者も亦尠くない、而して終りにパウロの作として受取るに最も難い三ツの書翰がある、夫れは即ち
  提摩太前書、仝後書、提多書
である、普通「牧会書翰」と称せらるゝ者であつて、余輩が疑はしき書翰と称する者は是れである。
 
(437)     三、牧会書翰
 
 提摩太前書、仝後書、並に提多書、之を称して「牧会書翰」と云ふ、パウロが其晩年に於て其弟子テモテ並にテトスに宛て、教会指導の要義並に方法に就て書贈りし者として一般に信ぜらるゝが故に斯く称せらるゝのである、テモテは時にエペソ教会の監督なりしと云ひ(提前一の三)テトスはクレテ教会の監督なりしと云ふ(多一の五)、パウロは茲に彼等の信仰の父としてのみならず、又使徒の権威を神より授かりし者として彼等に対し、彼等を教ゆるに止まらずして、権威を以て彼等に命じて居る、此等の書翰に於て現はれたるパウロは加拉太書、哥林多書等に於て現はれたる彼とは全く趣を異にして居る、記者の読者に対する態度が異なり、其文体が異なり、其語辞が異なり、其旨意が異なつて居る、縦令彼を書きし時と是を書きし時とは記者の年齢に於て大なる相違がありしにもせよ、去りとて同じパウロが其生涯の中に彼の思想の傾向を斯くも著しく変へしとは余輩の信ぜんと欲して容易に信じ難い所である。
 故に近来に至て是等牧会書翰のパウロ的起原を疑ふ学者が基督教国到る所に漸々と増加して来たのである、彼の有名なる歴史神学者独逸チユービンゲン大学教授バウル博士を先鞭とし、エヴハルト、バイシュラーグ、ホルツマン等の碩学、殊に保羅学の泰斗として仰がれ、使徒パウロに関する智識と彼に対する同情とに於て全世界に比類を見る能はざりし伯林大学教授故プフライデレル氏の如きは是等の書翰の非パウロ的出所を明言して憚からなかつた、其他牧会書翰のパウロ的起原を否認しまた疑ふ聖書学者としてはルナンあり、サバチエールあり、ハーナックあり、フホン ソーデンあり、ユーリヘルあり、マクギフェルトあり、其他枚挙するに遑がない、英国の(438)学者博士ハッチは『英国聖書大辞典』に於て牧会書翰に関する近世研究の結果を約言して曰ふて居る
  近世聖書学者の大多数は是等書翰のパウロ的起原を疑ひ或ひは否認す
と、以て学者の輿論の那辺に存する乎を推知することが出来る。
 勿論此輿論に対して強き反対がないではない、殊に地位を英国々教会に有する神学者の中に此反対は最も強烈である、有名なる聖書学者監督ライトフート氏の如き、カノン ファラー氏の如き、ヂーン ノーリング氏の如き、プラムメル氏の如き、ケムブリッヂ聖書註釈者の一人なるハムフレー氏の如き皆な熱心なる牧会書翰パウロ説の維持者である、又大陸諸邦に於ても此説を維持する学者は尠くない、バウムガルテンの如き、ランゲの如き、ネアンデルの如き、シャッフの如き、皆なパウロ説の賛成者である、乍然、余輩論争の中心点を離れ、遙かに賛否両側の人物を観察して余輩は左の断案を下さゞるを得ない、
  教会に拠て立つ学者はパウロ論を維持し、教会を離れて自由攻究に従事する者は非パウロ説を採る
と、実に牧会書翰は教会の拠て立つ基礎である、之にして崩れん乎、教会は其聖書的根拠を失ふに至るのである、故に攻むる者も多くは之がために攻め、守る者も主として之れがために守らんとするのである、牧会書翰は今も尚ほ聖書研究の関ケ原である、茲に保守派の西軍は鋭を尽七て其本拠を守らんとする、而して進歩派の東軍は勇を鼓して之を抜かんとする、実に目醒ましき戦争である、而して余輩羸兵弱卒の一人なりと雖も亦小なる聖書研究者の一人として東西孰れかの軍に左袒せざるを得ない。
 
     四、懐疑の理由
 
(439) 然し学者は学者である、余輩は余輩である、余輩は学者の提説に拠て余輩の信仰を立てない、「人よりに非ず又人に由らず」である、他の事に於けるが如く此事に於ても亦爾うである、余輩は学究の結果、是等の書翰のパウロ的起原を疑ふに至つたのではない、余輩の希臘語の造詣は至つて浅くある、余輩は亦多く古代の教会歴史に就て知らない、パウロの文体、彼の使用語、是れ又余輩がオーソリチーを以て語ることの出来る事ではない、若し学者の論争に依らん乎、余輩は保守説に傾く時もある、亦進歩説に服する時もある、然し是れ余輩の確信ではない、確信は自説でなくてはならない、余輩の基督的意識を以て是等の書翰を読んで見て、余輩は如何なる感を興す乎、是れ余輩が茲に読者の前に開陳せんと欲する所である。
 牧会書翰を普通の日本訳又は英訳に由て読んで見て、余輩は多くの奇異の感を起さゞるを得ないのである、是れ果して自由を愛せしパウロの自づから書きし書翰である乎と、是れ余輩に起る第一の疑問である、パウロは制度習慣を破つて起ちし人であるに、茲には復た彼に由て新たに制度習慣に類する事の制定せられんとするの観あるは如何の訳である乎、是れ余輩に起る第二の疑問である、其他是に類する疑問は余輩の胸裏に湧来て歇まない、教会の関係を離れ、遺伝の羈絆を脱し、自由独立の観察者として是等の書翰を読んで余輩は如何にしても之を以てパウロの手より出たる書翰として認むることが出来ない。
 
       甲、命令の辞多し
 是等の書翰に於て先づ第一に余輩の注意を惹くことは其中に命令の辞の多いことである、
  神及びキリストの命に遵ひてイエスキリストの使徒となれるパウロ(提前一の一)。
(440)  誡命の主意は愛なり云々(仝一の五)。
  汝、是等の事を命じ且つ教ふべし(仝四の十一)。
  我れ審判《さばき》するキリストイエスの前にて汝に求む(命ず) ……各様《さま/”\》の忍耐と教誨を以て人を督し戒め勧むべし云々(提後四の二)。
 短かき提摩太前書の中に「命令」を意味する同一の詞が実に七回まで用ひられてあるのである。
 然し是れ果して意志の自由を尊重せし使徒パウロの為した事であらふ乎、彼は神の愛に励まされて使徒となつたのであつて、其命令に余儀なくされて此職を採つたのではない、神は其|聖旨《みむね》(善意)を以て彼を召し給ふたのである、而して彼はアブラハムがヱホバに答へしが如くに「我れ此にあり」と云ふて其|聖召《みまねき》に応じたのである(創世記二十二章十一節)、キリストの御父なる真の神は命令を以て其子に臨み給はない、恩恵を以て之を導き給ふ、旧約の律法と新約の福音との異なる点は茲にある、前者が命ずるに対して後者は諭すのである、モーセの十誨が雷鳴を以てシナイ山より授けられしに反してキリストの福音はヘルモン山の露としてガリラヤ湖畔に降つた、新約の神は愛を以て其子を捕へ給ふ、命令を以て其僕を使役し給はない。
 神に於て爾うである、人に於て亦爾からざるを得ない、
  キリストの愛我を勉《はげま》せり
と云ひしパウロは亦命令を以て人に臨まなかつた、彼は
  神、我に命じ給へり、故に汝等我が命に聴くべし
と云ひて彼の伝道に従事しなかつた、パウロは何んと云ひて彼の福音を人に勧めし乎、彼は云ふたのである、
(441)  是故に我等召されて(恩恵を以て)キリストの使者となれり、即ち神、我等に託り汝等を勧め給ふが如し、我等キリストに代りて汝等が神に和がんことを汝等に求《ねが》(懇願)ふ
と(哥林多後書五章二十節)、是れが福音の精神であつて、又之を伝ふる者の構神である、神に在りては其聖旨(善意)を以て我等を召き給ひ、我等を以て世に改悔を勧告し給ふ、而して我等はキリストに代りて彼等に神に和らがんことを懇願す、愛に始つて愛に終る、聖召あり、勧告あり、懇願あり、罪人に臨むにも懇願を以てするとのことである、其中に権威を以て命令するの余地はない、驚くべき愛とは此事である。
 然るに是等牧会書翰に於ては福音の宣伝がすべて命令を以て行はれんとしてゐるのである、パウロは神の命令に由て使徒の職を授かり、彼は又命令を以てテモテとテトスとを教会の監督に任命し、彼等は又命令を以て信徒を導くべしとの事である、命令を以て始まり命令を以て終つて居る、是れ確かにキリストの福音ではない、パウロの伝道の精神ではない、是れモーセの律法の復興である、祭司等が其聖職に服従する時の精神である。
 
       乙、服従の要求
 命令を以て人に臨む者が服従を愛して不服を憎むは自然の結果である、斯かる人は服従を称して誠実と云ひ、不服を呼んで反逆と云ふ、信仰とは其命に従ふことであつて、異端とは之を拒むことである、長者の命維れ従ふ、是れ信仰である、之に背く、走れ不信である、信仰、不信仰は真理非真理に由て決せられない、従順、不従順に由て定められる、而して牧会書翰は頻りに服従を要めて不服を誡めて居る。
  汝、彼等(信者等)をして執政と権威ある者(教会の役人)とに服し且つ順はしむべし(多三の一)。
(442)  服はざることなき信者(多一の六)。
  服はずして虚き論をいふ者(多一の十)。
 是れ三書翰全体を透うして満ち亘る精神である、信者を小児視し、之に服従を求め、不服を誡む、唯偏へに彼等をして監督長老の命令に従はしめんとして居る、而して是れ使徒パウロの精神でないことは言ふまでもない、彼れパウロは信仰の事に関しては当時の猶太数会に対して反抗独立の態度を取つて起つた者である、
  人よりに非ず又人に由らず、イエスキリストと彼を死より甦らしし父なる神に由て立てられたる使徒パウロ云々(加拉太書一章一節)。
  今、我れ人の親みを得んことを要るや、神の親みを得んことを要むるや、或ひは人の心を得んことを求ふや、若し人の心を得んことを求はゞキリストの僕にあらざる也(仝一章十節)。
  今より後何人も我を擾はす勿れ、そは我れ身にイエスの印記を佩びたれば也(仝六章十七節)。
 是れ疑似《まぎら》ふべきなき使徒パウロの声である、而して自己に自由を要求せしパウロが、特に服従の要求を以て他人に臨むの理はない筈である。勿論、服従は善事《よきこと》である、パウロ自身が屡々之を他人に勧めしことは余輩の善く知る所である、然れどもパウロの勧めし服従は「信仰の服従」である(羅馬書一章五節、同十六章二十六節、「信仰の道に従はせんとて」とあるは大なる誤訳である)、即ち信仰の結果として来る服従である、神を愛なる父と認むる(パウロの所謂「信仰」とは此事である)より来る服従である、即ち服従ではなくして心服である、敬服又は愛従である、権威を恐れてにあらず、愛に励まされての従順である、自由の主なるイエスキリストの弟子の服従とは斯かる服従でなくてはならない、先づ第一に愛なる天の父に愛を以て服従することである、而して其結果(443)として同胞隣人に愛を以て仕事することである、イエスキリストの弟子は権威と命令とを以てする服従の要求は全然之を拒絶する、斯かる要求が使徒から来らふと、法王から来らふと、監督から来らふと彼の問ふ所ではない、聖子に由て自由を得し彼は愛に報ゆる任意的服従を除いて他に服従なる者のあることを知らない、而して教権に対する恐怖的服従を命ずる是等牧会書翰はパウロの自作としては甚だ相応しからざる者である。
       丙、恐怖の神
 命令を以て信者に臨み、其畏懼的服従を要求する牧会書翰が神を恐怖の神として伝ふるは決して怪むに足りない、
  神は即ち福《さいはひ》ある所の独一の権威ある者、諸の王の王、諸の主の主、独一死なざる者、近づくことを得ざる光に在して人、未だ見しことなく、又見ること能はざる者なり(提前六の十五、十六)。
 是れマリヤの子として人の間に顕はれ、「我を見し者は父を見しなり」と曰ひ給ひしキリストの神としては如何しても受取ることが出来ない、希伯来書の記者さへ曰ふて居る、
  我等の祭司の長は我等が※[兀+王]弱《よわき》を体恤《おもひや》ること能はざる者に非ず、彼は罪を犯さゞりしも凡の事に於て我等の如く誘はれ給へり、是故に我等恤を受け機《おり》に合ふ助けとなる恩恵を受けんために憚らずして恩寵《めぐみ》の坐に来るべし(希伯来書四章十五、十六節)。  基督者の神は「権威ある者」、「近づくことを得ざる光」ではない、其正反対である、柔和なるナザレのイエスである、
(444)  嬰児《をさなご》の我に来るを禁《とゞ》むる勿れ
と曰ひ給ひし彼れである、人をして神に対する恐怖の念を脱せしめ彼をアバ父よと呼びまつりて彼に近づかしめんとするのが福音の目的である、然るに茲にパウロの作として吾等に伝へらるゝ書翰の中に出埃及記又は利未記に於て読むが如き峻厳にして近づくべからざる神が提供せらるゝのである、吾等は其パウロ的起原を疑はざらんと欲するも得ない、パウロは其の明白に彼の手に作りし四大書翰に於て斯かる恐怖の神を吾等に伝へない、吾等はパウロに由て人は近づかざらんと欲するも彼より進んで人に近づき給ひし神を紹介せられた、パウロは彼の晩年に至りて彼の壮年時代の神を忘れて再び古き律法の神に返りしか、是れ余輩の肯ふ能はざる所である。
 
       丁、浅薄なる信仰観
 信仰は信仰である、信仰箇条ではない、信仰とは神の義と聖と愛とを識認し、自から進んで身を彼に信《まか》し奉ることである、信仰は自由行動である、祈祷のみならず、思考と撰択と決心とを要することである、信仰は奉体すべき者ではない、識別し摂取すべき者である、全呑《まるのみ》にすべき者ではない、咀嚼して消化すべき者である。
 然るに牧会書翰の伝ふる信仰は如何なる者である乎と云ふに、決して斯かる深き意味に於ての信仰ではない、牧会書翰の伝ふる信仰は普通今日の教会に於て唱へらるゝが如き信仰である、即ち信仰と称せんよりは寧ろ信仰箇条と謂ふべき者である、即ち
  聖徒に由て一たび伝へられし信仰の道
として畏懼、戦慄、以て謹んで奉体すべき質の者である(猶太書三節)、即ち其依て立つ所の基礎は道理ではなく(445)して権威である。
  信仰にある神の道を立てずして弁論(研究)を生ずる奇談と極りなき系図に心を寄すること勿らしめよ(提前一の四)。
  汝、若し之を兄弟等に教ふるならば汝はキリストイエスの良き役者にして信仰の道と汝が従ひし所の善教《よきをしへ》の道に育はれたる者なり(仝四の六)。
  汝、学びし所の真理を守るべし、是れ正教を以て人を勧め、且つ弁駁する者を折かん為なり(多一の九)。
  是故に汝厳しく彼等を戒め、彼等をして信仰を堅うし云々(仝一の十三)。
 其他之に類する言辞は饒多ある、孰れも信仰を建てよ、研究に頼る勿れ、信仰を堅うせよ、正教を以て反対者を挫けよと云ふが如き語調であつて、如何見ても教会の奉体する信条弁護の言として外、見ることは出来ない、是れ実に牧者が羊を牧ふの途である、人が人を導くの方ではない、人は人である、羊ではない、神より見給へば迷へる羊の如き者であらふが、然し人は人として教へ且つ導かなければならない、即ち其自由意思を重んじ、其自由攻究を促し、其自由思想に訴へて之を神の信仰に導かなければならない、牧会書翰の記者の陥りし誤謬は基督教会全体の陥りし誤謬である、即ち信仰を信仰箇条と成したることである、霊の活動を儀文と化したることである、千九百年の長き間、基督者の霊魂をして畏懼戦慄の中に漂しめし此大誤謬が、其源を新約聖書其物の中に発して居ると思へば余輩は自由の光明の如何に暗雲に蔽はれ易きかを歎ぜざるを得ないと同時に、又自由の神が世の末期の今日に至り、多くの大胆なる学者を起し給ひて、暗雲を山麓に於て排し、キリストの福音を其源より清め給ひつゝあるを感謝し且つ嘆美せざるを得ない。 〔以上、9・10〕
 
(446)       戊、儀式の重視
 信仰を浅く見る者は必ず儀式を重く見る、信仰と儀式とは反比例に増減する、信仰が篤くなれば成るほど儀式は軽くなる、霊と肉と相乖るが如くに信仰と儀式とは相離る、信仰の最も盛なる時は儀式の最も簡略なる時である、信仰が消えんとする時に儀式は荘厳を極む、牧会書翰は信仰を浅く視る、故に儀式を重く視る、之に紛ふべきなき信仰衰落の兆が現はれて居る。
  長老会の按手礼に由て汝に賜ひし所の賜を忽略《ゆるいがせ》にすること勿れ(提前四の十四)。
  軽々しく人に按手する勿れ、人の罪に干る勿れ、自ら守りて潔くすべし(仝五の廿二)。
  我れ汝をして我が按手に由て汝が受けし神の賜を復び熾にせんことを欲はしむ(提後一の六)。
 茲に按手礼の効果が示されてある、之に由てテモテは神より特別の賜を受け監督の職に就きたりとの事である、按手礼の事たる他にも示してないではない、昔時のイスラエル人は燔祭の牡牛の首《かしら》に手を按きて之に己が罪を移し、之を神に献げて己に代て罪を贖はしめたりと云ふ(利未記一章四節)、又老ひたるヤコブはヨセフの子二人の頭に手を按きて神の祝福を彼等に伝へたりと云ふ(創世記四十八章)、即ち罪は手を通して獣に移り、徳は手に由りて人に伝はりたりとの事である、而て同じ思想よりして基督教会に於て長老の按手を以てする聖霊伝達の思想が生じたのである、牧会書翰と思想の系統を共にする使徒行伝も亦幾回となく按手の事を述べて居る。
  此時二人の者(ペテロとヨハネ)手を彼等の上に按きければ彼等聖霊を受けたり(行伝八章十七節)。
  アナニヤ往きて手を彼(サウロ)の上に按きければ……忽ち彼の眼より鱗の如きもの脱て再び見ることを得(447)云々(仝九章十七節)。
 然し按手のことに就てはパウロ自身は彼の四大書翰に於て曾て一回も述べて居らない、彼の信仰は人に由て来たものではない、随て彼に人の按手の必要は無かつた、彼は人よりに非ず又人に由らず、神より直に其聖霊を受けた、彼は神よりの聖召《めし》を蒙りて之を確実にせんがためにヱルサレムに上りて彼より先に使徒となりし者より誨《をしへ》を受くるの必要を感じなかつた、彼は直に無人のアラビヤの曠野に往て其処に直に神よりの黙示に与つた、若しパウロにも按手礼の必要があつたとならば彼は何故に其事に説き及んで居らないのである乎、彼は何故に他の使徒等に対し純然たる独立的態度を取つて居るのである乎、四大書翰に於て現はれたる使徒パウロは儀式に由て起ち儀式に由て動いた人ではない(而して自身神に依て独り立ちしパウロが其弟子等に向て長老会の按手礼に由て神の賜を受けよと勧めやう筈はない、若し彼が此事を為したりとならば彼は自家撞着の人である、自由を自己《おのれ》に要求する者は亦之を他人に奨励する、己れ惟り聖霊と聖職とを直に神より受けて、他は之を己に由て受けしむる者は真理に忠実なる人ではない、誠に或人の曰へる如く牧会書翰をパウロの作と見做す者は彼れパウロを侮辱する者である。
 パウロの時に於て爾うであつた、今の時に於て又爾うである、聖霊は霊である、故に霊より霊に伝はる者であつて、手に由て伝はる者でない、又聖霊は神の霊である、故に神より直に臨む者であつて監督や長老を経て来る者でない、聖霊は電気とは違う、故に人の手を伝はりて吾人に臨む者ではない。
 按手札の迷信と共に洗礼式の迷信が記されてある、
  彼れ重生の洗と聖霊に由て新たにする事とを以て我等を救へり(多三の五)。
(448) 茲に「重生の洗」とあるは「再生の水槽《みづぶね》」と訳さるべき詞であつて、之に由て其時既に洗礼式施行のために教会内に大なる水槽の設けられてありし事が明かである、神は「再生の水槽」に由て我等を救ひ給へりとは如何に見てもパウロ的語調でない、
  我れステパノの家族にバプテスマを施せり、此外には我れ人にバプテスマを施しゝこと有るや否やを知らず、キリストの我を遣はしゝはバプテスマを施さん為に非ず、福音を宣伝へしめん為なり(哥林多前書一章十六、十七節)。  夫れイエスキリストに於ては割礼を受くるも受けざるも益なく、唯新たに造られし者のみ益あり(加拉太書六章十五節)。
 是れが洗礼式又すべての儀式に対するパウロの態度である、我等の救済に「再生の水槽」が必要であると云ふが如き詞のパウロの筆より出でやう筈はない。
 
       己、現世的観念
 牧会書翰の説く所は甚だ現世的である、信仰其物さへ実益の方面より奨励されてある、
  神を敬ふことは凡の事に益あり、今生及び来世に係る約束を得るなり(提前四の八)。
 即ち信仰は来世に於て益あり又今世に於て益ありとの事である、霊魂のために益あり、肉体のために益あり、事業のために、健康のために、交際のために凡の事に益ありとの事である、或ひは爾うである乎も知れない、然し是れパウロの言はんと欲する所ではない、
(449)  我れ前に我が益となりし所の事はキリストに在りて損ありと意へり、而已ならず我れ我が主キリストイエスを識るを以て最も益ある事とするが故に凡のものを損となす、我れ彼のために既に此等の凡のものを損せしかど之を糞土の如く意へり(腓立比書三章七、八節)。
 是れは紛ふべきなきパウロの声である、彼はキリストによりて今世来世両つながらを獲んとしない、
  兎にも角にも死たる者の 甦ることを得んが為なり
とは彼の終生の目的であつた(仝十一節)、彼は此世に死してキリストの国に生きんとした、彼に取りては福音は此世に関しては大なる損失であつた。
 
       庚、世評の恐怖
 信仰を凡の事に益ある者として奨励した牧会書翰は此世の尊重に多大の重きを置て居る、
  又監督は外人《そとのもの》にも令聞《よききこえ》あるべし(提前三の七)。
  我れ希ふ少き寡婦は嫁《よめいり》をなし、子女を生み、家を理《をさ》めて敵する者に僅《すこし》にても譏るべき機《をり》を得しめざらんことを(仝五の十四)。
  凡そ軛の下にある僕(奴隷)は己の主を毎事《こと/”\》に敬ふべき者となすべし、是れ神の名と其教との謗られざらん為なり(仝六の一)。
  此は敵する者をして我等の悪を言ふに縁《よし》なからしめんため也(多二の八)。
 外人の令聞、世人の好評、基督信者は之を心に留めて其行為を謹むべしとの事である、是れ勿論決して悪い(450)訓誨《をしへ》ではない(キリスト御自身は教へ給ふた、
  人々の前に汝等の光を輝かせよ、然れば人々汝等の善行を見て天に在す汝等の父を栄《あが》むべし
と(馬太伝五章十六節)(パウロも亦言ふて居る、
  キリウストに事ふる者は神の心に適ひ又人に善とせらるゝ也
と(羅馬書十四章十八節)、人の批評は決して軽ずべきではない、我等は人々の善とする所は心に記《とめ》て之を為すべきである(仝十二章十七節)。
 然しながら我等の標準は此世ではない、我等は其評判を恐れて事を為さない、我等は多くの場合に於ては其誹謗を冒して事を為さなければならない、我等は世の要求に従て我等の行動を変へない、我等は世に国賊と呼ばれんことを恐れて戦争の時に戦争を叫ばない、我等は世の好評を喜んで慈善事業に従事しない、世の批評は尊重すべきである、然し其尊重に程度がある、而して何事にも世人の令聞に注目して吾人は阿諛屈従の人となるの虞れがある、而して多くの場合に於て基督教会は世の令聞を得るに汲々として終に此世の者と化した、パウロは世の好評の尊重すべきを説いた、然し教会書翰に於けるが如く之を重複して説かなかつた、而して之を説くと同時に強く其反対を説いた、即ち其軽視すべきを説いた、
  我等神の撰《えらび》を得、福音を伝ふることを託《ゆだね》られたるに由りて語るなり、此は人を悦ばするに非ず、我心を察し給ふ神を悦ばする也、汝等知るが如く我等いつも諂ふ言を用ゐず、又事に藉りて貪る事をせず、神、之が証をなす、我等キリストの使徒にて人に重ぜらるべしと雖も或は汝等にめ或は他人にも人に栄耀《ほまれ》を求めず(帖撒羅尼加前書二章四節以下)。(451) 是れ遙かにパウロ的の言である、世の譏誘を恐れて戦々兢々たるが如き牧会書翰の態度は決してパウロに応はしきものでない。
 
       辛、教会の偏重
 信仰は固結し、儀式は重視せられ、世評が尊重せらるゝに及んで教会が偏重の地位に置かるゝに至りしは当然の順序である、
  神の家は活ける神の教会なり、真理の柱と基となり(提前三の十五)。
 パウロの明言に依れば真理の基礎《いしづゑ》は唯一つである、
  そは(神の)置ゑ給ひし基礎の外に誰も基礎を置うること能はざれば也、此基礎は即ちイエスキリストなり(哥林多前書三章十一節)。
 後に至て使徒等の令名の甚だしく尊重せらるるに至りしや、此基礎はキリストより転じて使徒等に移された、
  汝等(神の家に属する信徒等)は使徒と預言者の基の上に建らる(以弗所書二章廿節)。
 茲に明白に信仰の基礎の変遷が示されてある、始めはイエスキリストに於てありし者が、中ごろは使徒と預言者に移り、終に教会に定めらるゝに至つた、而してパウロの信仰の第一の者にあつたことは言ふまでもない、「此基礎はイエスキリストなり」と彼は断言した、神の置ゑ給ひし此基礎の外に何人も基礎を置く能はずと彼は言ふた、使徒は如何に聖なりと雖も真理の柱となることは出来ない、教会は如何に聖なりと雖も真理の基礎となることは出来ない、況して英数会なる者の、牧会書翰の記者の言に依るも、決して聖神なり又完全なる者にあら(452)ざるに於てをや、彼は教会を大なる家に譬へ、之を組織する分子に就て言ふて居る、
  大なる家の中には金と銀の器あるのみならず、木と土の器もあり、彼は貴きに用ゐ、是は賤きに用ゐるなり(提後二の廿)。
 教会とは実際の所、今も昔も斯かる者である、是れが真理の柱と基でありやう筈はない、木と土とは以て真理の大建築物を支ふるに足りない、基礎はパウロの明言せしが如く唯一つである、此基礎はイエスキリストである、監督と長老とのみならず
  懶惰に習ひ、人の家を遊周り、妄りに人の風評を言ひ、好みて人の事に関はり、言ふべからざる事を言ふ
 少き寡婦と老ひたる嬢とを多く其中に隠匿《かくま》ふ教会が真理の柱、又其基でありやう筈は決してない(提前五の十三)。
 
       壬、細事の干渉
 神の人に取りては物に大小巨細の別はない、万物は神の物である、故に大であつて又小である、人のためにすれば大なる者も小である、神のためにすれば小なる者も大である、物の大小は其使用の目的に由て定まるのである、而してパウロの偉大なるは彼が万物を神の物として観しことである、此意味に於て彼は決して細事に就て語らなかつた、彼は天の事として地の事に就て語つた、神の事として人の事に就て述べた、然れども純然たる此世の事と人の事とには彼は決して携らなかつた。
 然れども牧会書翰は如何である乎と云ふに、偉大なるパウロの言としては余りに些細なる事にまで説き及んで(453)居るやうに見える、彼が少きテモテを誨へし言として左の如きものが記されてある、
  汝の胃のため、及び汝屡次|疾《わづら》ふに因りて恒に水を飲むこと勿れ、少しく葡萄酒を用ふべし(提前五の廿三)。
 是れパゥロの言としては余りに平凡である、師が其弟子の健康を気遣ふより出たる愍惻の言であると云ふ人もあるが、然し、一個人としてのテモテに対してに非ず、教会の監督としての彼に対して、彼に模範的監督の何たる乎を教へんために書贈られたりと称はるゝ此書翰に於て、使徒パウロたる者が斯かる姑息の言を発したりとは余輩の信ずるに甚だ難しとする所である、パウロは今や茲に霊のことに就て語らず、胃の事に就て語て居るのである、健康のために水を廃して少しく葡萄酒を飲めよと勧めて居るのである、吾人今日の基督者はパウロが黙示に依て獲し神の言として此言に耳を傾くべきであらふ乎、聖書は胃の腑の事にまで説き及んで居るのであらふ乎、聖書は特に健康維持のために少量の葡萄酒の使用を命じて居るのであらふ乎、余輩は爾か信ずることは出来ない、余輩は斯かる事を神の聖書より学ばんと欲しない、是れは神と自由と永生とに余りに縁の遠い問題である、若し斯かる問題にまで使徒パウロが携はりたりとならば彼は何故に家屋の事に就て、衣服の事に就て、其他居住交際の万事に就て教誨を加へなかつたのである乎、
  是故に今より後我等肉体に依りて人を識るまじ、我等肉体に依りてキリストを識りしかども今より後は此の如く之を識るまじ(哥林多後書五章十六節)、
 是れ明白なるパウロの言である、此言を発したる者が其晩年に至て其公的書翰に於て其弟子に対して胃のために少量の葡萄酒を用ふべしと書贈りたりと聞いて余輩は彼の変化の余りに急激なりしに驚かざるを得ない、パウロが歳と共に老耄したりとならばいざ知らず、パウロが終りまでパウロでありし以上は彼が自から斯かる事を公(454)職に在る其弟子に書贈りしとは余輩の信ずるに甚だ苦む所である。
 弟子に葡萄酒の使用を勧めし是等の書翰は婦人の着るべき衣服に就て(提前二の九)、監督、長老の家庭整理に就て(仝三章)、寡婦の救助に就て(仝五章)述べて居る、殊に教会の救助に与かるべき寡婦の年齢を定めしに至ては実に用意周到と言ふの外はない、
 寡婦を其籍に録することは六十歳より少《わか》かるべからず(提前五の九)。
 事の当香は余輩の問ふ所ではない、公義と※[手偏+尊]節と来らんとする審判とを論ぜしパウロが斯かる細事にまで立入りしと聞いて余輩は胸に一人のパウロに非ずして二人のパウロを画かざるを得ない「牧会書翰はパウロの作としては余りに小刀細工的である、人生の最大問題を解決せし人は大抵は斯かる小問題には無頓着であつた。
 
       癸、全体の精神
 
 然し牧会書翰に関はる問題は此の教義、彼の教訓に就ての問題ではない、三書翰を通ずる全体の精神の問題である、牧会書翰の精神は純然たるパウロの書翰のそれではない、彼れなる者は殆んど破壊的であるまでに進歩的であるに比べて、是れなる者は殆んで沈滞的であるまでに保守的である、彼れなる者は自由を主張するに、是れなる者は服従を要求する、彼れなる者は精神を尊ぶに、是れなる者は儀式を重んずる、彼れなる者に壮者の冒険があるに、是れなる者に老人の思案がある、余輩四大書翰を読んで後に牧会書翰に移りて印度の叢林を去て西蔵の曠野に入りしの感がする、全体の空気が違う、全体の風景が違う、全体の意気が違う、同一の人の作とは如何しても思はれない、若し加拉太書を書いた人が提摩太前書を書いたとするならば、其人は同時に進歩、保守両主(455)義を懐いた人である、自由束縛両方針を採つた人である、即ち自から己を打消した人である、而して斯かる人が強く人類を感化した例はない、近頃米国ハーバード大学前綜理エリオツト氏は曰ふた、
  偉人と称せられ、永久に人類の運命を変へし人はすべて単一の思想の人なりし
と、実に其通りである、自由を世に供せし人は自由一徹の人であつた、人を進歩に導きし人は進歩一貫の人であつた、自由と同時に束縛を唱へし人にして曾て世に自由を供した例はない、進歩と同時に保守を説いた人にして曾て人を進歩の域に導いた者はない、人は円満を愛して極端を嫌ふなれども世に実は円満なる偉人とては無いのである、偉人はすべて極端の人である、単一の思想の人である、而してパウロとても其例に洩れない、
  我れ意ふに人の義とせらるゝは信仰に由りて律法の行に由らず(羅馬書三章廿八節)、
パウロの福音は之にて尽きて居る、他は皆なその敷衍に過ぎない、律法に類する事はパウロに取りてはすべて違則である、教会書翰に於て現はれたる制度的教会の如きはパウロの思想内に入るべからざる者である、彼にして若し彼をも唱へ是をも説きしとならば彼は単一の思想の人ではない、余りに注意して両面を見た人であつて、短刀直入、以て深く人の肺腑に截入りし人ではない、牧会書翰をパウロの作と見て、活けるパウロは自から消えて仕舞ふのである。
 余輩は左に新約聖書学者バイシュラーグ氏の言を藉りて此事に関する余輩の主張を強めやうと欲ふ、
  余輩は斯かる事に於て表明し能ふ丈けのすべての明確を以てパウロ主義の教訓の記録として牧会書翰を排斥せざるを得ず、……是等の書翰はパウロ以後の時代の境遇と精神とを表示す……其中の数節を除くの外は是等の書翰は北極の南極より遠かるが如くパウロ自身の思想と記事とより離る、……殊に三書翰の中、其最大(456)と称すべき提摩太前書に就ては余輩は確信を以て曰ふを得、即ち今日に至り其起原を羅馬書并に加拉太書の記者に帰する者は未だ曾て使徒パウロの文体并に雄偉を会得せしことなき人なりと。
 
 斯く論じ来て茲に二大問題が起り来るのである、即ち
  第一、然らば牧会書翰は何人の作なる乎。
  第二、牧会書翰は全然無用の書なる乎。
 余輩は次号に於て此重要問題に関する余輩の卑見を述べ、以て此編を結ばふと欲ふ。 〔以上、10・10〕
 
 余輩は牧会書翰はパウロの作でないと言ふた、然るに書翰其物は彼の作であると云ふて居る、
  我等の教主なる神及び我等の望なるイエスキリストの命に遵ひてイエスキリストの使徒となれるパウロ、信仰に由りて我が真の子たるテモテに書を贈る云々(提前一の一、二)。
  神の旨に由りてキリストイエスに在る生命の約束を伝へんためにキリストイエスの使徒となれるパウロ、我愛する子テモテに香を贈る云々(提後一の一、二)。
  神の僕又イエスキリストの使徒パウロ同じ信仰に由りて我が真の子なるテトスに書を贈る云々(多一の一)。
 是れ抑々 如何の訳である乎。
 パウロが贈りたる書と書いてあるが故にパウロの書いた者でなくてはならないと云ふは誠に簡単なる解釈である、乍然、其内容を調べて見て余輩は其パウロの書翰としては甚だ疑はしいものであることを叙べた、然らば(457)パウロが書いた者でない者を何故に彼が書いたと記しある乎と問ふに、それには又其理由があるのである。
 今の世に在て書翰と云へず必ず一人の人より他の人に宛て書く手紙である、乍然、パウロの在世時代に於ては必ずしも然うと限らなかつた、其時代に於ては書翰に二ツの種類があつた、即ち信書と公書との二ツがあつた、信書は今日で謂ふ書翰であつて、公書は今日で言へば公開状とも称すべき者であつた、新約聖書の中に在ては多分腓利門書と約翰第三書とが第一種の中に属する者であらふ、而して其他はすべて公書である、即ち友人間に好意と消息とを通ずるための者ではなくして、通信を機会として公けに意見を述べし者か、然らざれば通信体に所信を発表したるものである、而して此意味に於て書翰は決して書翰でないのである、パウロの四大書翰の如きは半ば信書にして半ば公書であるが、以弗所書の如きに至ては全く私信の範囲を脱して回章の性質を帯びて居る、而して牧会三書翰は二種何れの中に属すべき者である乎と云ふに、此は第二種に属すべきものである、即ちパウロより其弟子テモテ又はテトスに書き贈りし者として示してあるが、然し是《こ》は其文体たるに止つて、実は教会整理に関して或る大監督より小監督に宛て書き贈つた者である、即ちパウロの名を以て教会に宛てたる公文であつて、師弟の間に取交はされたる親展ではない、其事は黙示録を見ると能く解る、黙示録はアジアの七教会に宛て送られたる書翰であるが、然し教会に贈ると言はずして其使者即ち監督に贈ると云ふて居る、其如く牧会書翰の場合に於てはテモテはエべソ教会の、テトスはクレテ教会の使者即ち監督であつて又其代表者である、而して監督より監督に宛てたる是等の書翰は私書ではなくして公書である、私書の如くに見ゆるは其文体たるに過ぎない、其内容は明かに公書である。
 而して公書であるが故に発信人は必ずしも書名人に限らない、恰かも天子の詔勅が必ずしも天子の自作に限ら(458)ないと同じである、而して政治の場合に於ては詔勅は天子の名を以てする政府の命令であるが如くに、宗教の場合に於ても公書は監督の名を以てする教会の訓示である、故にパウロ曰くとありたればとて必しもパウロが言ひたりとのことではない、パウロに由て建てられたる教会が彼の教訓に従ひ、彼の権能を以て言はんと欲せし時は憚らずして斯く言ふたのである。
 此事たる今日の我等より見て頗る奇異に感ずる所であるが、然しパウロの時代に在ては何人も怪まない事であつた、故にパウロの作と書いてある書翰を彼の作にあらずと言ふは、之を偽書と認むるのであるとの反対説は全く立たないのである、牧会書翰は決して偽書ではない、其記者は故意に偽りて時からパウロなりと称して是等の書翰を書き贈つたのではない、若し彼が斯かる事を為したりとするも罪の発覚は容易であつた、其パウロの自作でないことは今日の吾人さへ知ることの出来ることであれば、況して其当時の人に取ては容易に判明る事であつたに相違ない、然るに此睹易き理由あるに関らず、初代の教会が神聖に之を保存し来りしを見れば、彼等は其、故意に出たる偽書でないことを充分に認めて居つたに相違ない。
 然らば教会書翰は何人《たれ》が書いた者であらふ? 其、確かに何人である乎、之を名を指して定めることは出来ない、近頃ロバルト・スコツトなる人は、其『保羅書翰論』に於てルカ著作説を唱へて居る、而して其論拠とする所は是等の書翰と路加伝並に使徒行伝との間に存する類似の点の多きに在る、然し其説の一般に承けらるゝに至るや否やは大なる疑問である、多分今日に至て其作者の何人なる乎を判定するは不可能事であると思ふ、我等は是等の書翰に就ても聖書の他の多くの著作に就ての如く「我等其作者の何人たるを知らず」と云ふが、我等の為すべき事であると思ふ。
(459) 然し我等は其著者に就て左の事を推知することが出来る、
  一、著者のパウロにあらざりしこと。
  二、彼がパウロ主義の人なりしこと。
  三、パウロの死後数十年、教会制度が略ぼ定まりし時の作なること。
 余輩の此結論に対して反対論者は言ふであらふ、「言を費す数万、而して其結論は否定に過ず、始より駄弁を弄せざるに如かず」と、然れども余輩は爾う信じないのである、余輩は此場合に於ては否定は大なる獲得であると信ずるのである、之に由て(一)余輩はパウロを自家撞着の譏より救ふことが出来た、(二)又之に由て更らに明かにパウロ思想の何たる乎を知ることが出来た、而して夫れと同時に(三)余輩は聖書を文字通りに解せずして、歴史的に又文学的に之を研究するの必要なる事を見た、余輩の此研究は決して無益でなかつた、余輩は之に由て近世の聖書研究なる者の如何なる者である乎を窺ふの機会を与へられた。
 然らば若し余輩の唱ふるが如く、一枚会書翰はパウロの作でないとならば、是は全然無用の書として排斥すべき者であらふ乎、勿論然うでない、此等の書翰に限らない聖書の中に在る其他の書に於ても、著書の誰たる乎は其価値に何の関係もない問題である、聖書は大抵は無名の著である、吾人は約百記は何人の作であるかを知らない、乍然、其、世界最大の韻文であることは何人も知つて居る、以賽亜書の後半部は何人の作なる乎、是れ又不可解の問題である、乍然、其予言者イザヤ以上の大預言者の作なることは何人も疑ふことは出来ない、其他馬太伝に就ても、約翰伝に就ても、使徒行伝に就ても、希伯来書に就ても、黙示録に就ても其著者の何人なる乎は吾人の知らざる所である、乍然、其誠に生命の書であることは之を味ふた者の能く知る所である、先づ著者の誰なる(460)乎を定めて、然る後に其著作の価値を定むるは是れ此世の人物崇拝家の為す所であつて、キリストの弟子の為すべき事でない、縦令パウロの作であると雖も善き者は善くある、悪しき者は悪しくある、確かにパウロの作として認めらるゝ書翰の中にも余輩が神の言葉として受取り難い事は決して尠くない、牧会書翰がパウロの作である乎否やは歴史的并に文学的の問題であつて信仰的の問題ではない、其真価は作者の何人なる乎に由て定まるのではない、其誠に如何なる書なる乎に由て定まるのである、此点に就ては四百年前のルーテルは今日の聖書学者よりも遙かに高い意見を持つて居ツた、彼は曾て臼ふた、
  文書を試めすための真正の試験石は、此はキリストを以て充る否やの一事である、そは聖書全体はキリストを証明するものであるからである、即ちキリストの外、我れ何をも知るまじとパウロの言ひしが如くである、キリストを教へざる者は縦令パウロ又はペテロの言でありとするも使徒的でない、乍然、之に反してキリストを説く言は縦令ユダ、又はアンナス、又はヘロデ、又はピラトより出し者にもせよ使徒的である。
 実に大胆なる言葉である、此度胸があつてこそ宗教革命は出来たのである。 牧会書翰はパウロの作としては受取れない、乍然、若し其中にキリストの証明あらん乎、是れ、ルーテルの言に従へば、真正の意味に於て使徒的である、而して余輩は其中に斯かる証明のあるを信ずる、勿論、四大書翰に較ぶれば甚だ弱い証明ではあるが、然し、其れに係はらず明かなる証明のあるを認むる、今其三四の例を挙げんに、
  キリストイエス罪人を救はんために世に臨れり、是れ信ずべく亦疑はずして納くべき話なり、罪人の中我は首なり(提前一の十五)。
(461)  それ神は一位《ひとり》なり、又神と人との間に一位の中保あり、即ち人なるキリストイエスなり(提前二の五)。
  我れ今|祭物《そなへもの》とならんとす、我が世を去る期近づけり、我れ既に善き戦を闘ひ、既に馳るべき途程《みちのり》を尽し、既に信仰の道を守れり、今より後義の冕我が為めに備へあり、主即ち正しき審判をなす者、其日に至りて之を我に予ふ、唯我に予ふるのみならず、凡て彼の顕はるゝを慕ふ者にも予ふべし(提後四の六−八)。
  キリスト我等のために己の身を捨て給へり、是れ我等をすべての罪より贖ひ出し、且つ己のために一ツの民を潔め、之をして熱心に善事を行はしめんがため也(多二の十四)。
 此他尚ほ之に類する言葉は尠くない、殊に三書翰の中、提摩太後書はパウロの精神を最も善く写した者であつて、多くの批評家の説に従へば、是は多分パウロの手書を基礎として成つた者であらふとのことである。
 教会は時代の必要に応ぜんために人の作つた者である、キリストは教会の制定を命じ給はなかつた、キリストの思想《かんがへ》に若し教会なる者がありしとすれば、其れは単に彼を中心とする兄弟的団体であつた、
  我が名のために二人又は三人集る処には我も其中に在らん(馬太伝十八章廿節)。
  汝等はラビ(教師)の称を受くること勿れ、そは汝等の師は一人、即ちキリストなり、汝等は皆な兄弟なり(仝廿三章八節)。
 斯かる言葉を発し給ひしキリストが、長老の、監督のと称するが如き役人の任命を命じ給ひし筈はない、牧会書翰に現はれたる教会制度は当時の社会制度を信徒の社会に適用して成つた者であつて、単純なるイエスの福音の立場から見れば確かに信仰の堕落である、乍然、境遇の強ゆる所となりて斯かる制度の起りし以上は、成るべく其弊害を矯め、成るべく其精神をしてキリストの精神たらしめんことは望ましき、又必要なる事であつた、牧(462)会書翰の目的は教会なる人為的制度をキリスト化せんとするに在つたのである。
 教会が福音を作つたのではない、福音は常に教会をキリスト化せんと努めたのである、其監督なる者が常に傲慢に走り易く、人を蔑視み、責任を省みず、不情、不実、柔和と謙遜とに於て多く欠くる所ありしが故に、茲に厳密に監督たるべき人の資格が示されたのである、
  そは監督は神の家宰《いへつかさ》なれば必ず咎むべき所なく、己が儘をなさず、軽々しく怒らず、酒を嗜まず、人を撃ず、利を貪らず、遠人《たびびと》を懇切《ねんごろ》に待《あし》らい、善を好み、謹虔《つゝし》み、公義《たゞし》、聖潔《きよ》く、自から制し、学びし所の真道《まことのみち》を守るべし云々(多一の七、八)。
 是れキリストの福音の立場から見れば実に「言はずもがな」であつて、斯かる言の用ゐられしを見て、教会の此時既に甚だしく腐敗して居つた事が判明る、其他長老の資格に就ての訓示、寡婦《やもめ》の扱方に就ての命令等に依て見て、当時の教会の如何なる状態に於てありし乎を推知する事が出来る、而して斯かる悲むべき状態に於て在りし教会をキリストの精神に引還さんとして是等の書翰は成つたのである、余輩は牧会書翰を以て教会の神聖を弁護せんとするが如き聖書の濫用を思附くことが出来ない、其正反対が真理である、牧会書翰は明かに教会の不神聖を示すものである、其如何に腐敗し易き者である乎、其如何にキリストの構神を去て、此世の構神に化し易きものである乎を示す者である、キリストの福音は教会と云ふ現世的制度を如何に処理せんとせしか、是れ吾人が是等の書翰に於て見る所である。
 教会に取て最も尊き事は単純なるキリストの理想に帰らんことである、乍然、種々の事情の之に纏ふあるが故に今日直に此事を為す能はずとならば、教会は牧会書翰の命ずる所に従つて、其万事を処理すべきである、牧(463)会書翰は永遠に渉るべき教会制度を定めたる者ではない、教会なる一時的出現物にキリストの精神を注入せんとして成つた者である、故に教会の有らん限りは是等の書翰は其指導のために必要である、余輩は「教会の書」として牧会書翰の価値を充分に認むる者である。
 斯の如くに見て余輩は牧会書翰を賤視《いやし》めない、是れ又時代の必要に応ぜんが為に、神の人が聖霊に感じて作つた書であると信ずる、是等の書翰に限らない、聖書はすべて時代の必要に応ぜんために成つた書である、其点に於ては四福音書も四大書翰も是等の書翰と何の異なる所はない、神は未来永劫を目的として聖書を作らしめ給へりとの思想は今は識者の否認する所となつた、神は時代的に永久の真理を伝へ給ふのである、ガラタヤ人の変信を誡めんとして成つた加拉太書が万世に渉り、万人に係はる経典となつたのである、永久の真理を以て語れば一篇の書翰も万世を導く宝典となるのである、余輩は牧会書翰を以て羅馬書又は加拉太書と較ぶべき宝典であると信ずることは出来ない、乍然、初代の基督者の筆に成りし信仰の書として之に対して多大の尊敬を払ふ者である、余輩が是等の書翰より学ぶべきことは沢山ある、余輩はパウロの作にあらずと云ひて、又は教会の書であると云ひて少しも之を擯斥しない、否な、前に優さるの敬虔を以て之を読み、以て余輩の救済を全うせんとする、常識と信仰との立場より見て是等の書翰も亦神の聖書である、而して
  聖書は皆な神の黙示にして教誨と督責《いましめ》、又人をして道に帰せしめ、又|義《たゞしき》を学ばしむるに益あり(提後三の十六)。
       ――――――――――
 
(464)     附記
 
 牧会書翰に就て茲に尚ほ一つの問題が残つて居る、即ち、近世聖書学者の確言あるに係はらず、若し是等の書翰が誠にパウロの作でありしならば如何との問題、是れである、余輩の前に述べしが如く、保守派の神学者にして今尚ほ牧会書翰パウロ起原説を維持する者は尠なくない、殊に英国聖公会派の神学者は非常の熱心を以て此説を維持して居る、エキスポジトル聖書に於けるアルフレッド・プラマー氏の如き、ケムブリッヂ聖書に於けるA・E・ハムフレース氏の如き、又『聖保羅の基督の証明』に於けるR・J・ノーリング氏の如きは其実例である、而して若しバイシュラーグ、ホルツマン、ハーナック等の非パウロ説は悉く非にして是等の聖公会派神学者の説が悉く是《ぜ》でありしならば如何と、是れ更らに余輩の考究を要する問題である。
 而して此問題に対して余輩は斯く答ふるのである、即ち、若し牧会書翰がパウロの作であるとならば、それは彼の老年時代の作であつて、其価値たる決して彼の壮年時代の作に及ばざる者であると、即ち余輩は牧会書翰に於てパウロの老衰を認むるのである(若しそれが彼の作であるとならば)、茲に彼は全く別人となりて余輩の前に現はれ、余輩をして彼の老後の状態に就て歎惜、措く能はざらしむ。
 パウロ老耄説を唱ふるが如きは或る人には堪え難き程の不敬として感ぜられるであらふ、乍然、是れ不敬の如くに聞えて決して不敬でない、パウロとても人である、人であるが故に彼も亦多くの過失を為した、其事は聖書の明かに示す所である、彼は度々人が彼を目して人以上の者となすことを拒んだ、彼とバルナバとは共にルステラの人に告げて曰ふた、
(465)  我等も亦汝等と同じ情を持つ所の人なり
と(行伝十四章十五節)、彼は又コリント人に告げて曰ふた、
  パウロは誰か、アポロは誰か
と、即ち彼は人にして神に非ずとの意である、而して人なるパウロは時には怒りもし、亦政略を使ふの誤謬にも陥つた(行伝廿一章廿六節)、彼が特に吾人の同情を惹く所以は主として茲に在る、即ち彼れが吾人と均しく弱くあつたからである、彼は病まざる、誤らざる神ではなかつた。
 而して弱き人であつた故に彼が永年に渉る労働の結果として終に老耄するに至つたと云ふは彼に対して決して不敬の言ではない、人なるパウロは人に通有なるすべての疾病に罹り易かつた、老耄は罪ではない、体力衰退の結果である、パウロが此病に罹りたればとて、決して彼を擯斥すべきでない。
 而して多くの偉人は此病に罹つた、哲学者カントの如きですら、歳の邁《すゝ》むに随て彼の思考力は著しく減退し、彼の老年の作を中年時代のそれに比べて見て驚くべき程の変化のあることが判明る、詩人ウォーヅウォースの如きも亦其一例である、彼の老年の作として見るに足るべき者は甚だ尠ない、多くの批評家の説に従へば、彼れ湖水詩人の詩才は四拾歳前後を以て其絶頂に達し、其後は徐々と衰退したりとのことである、詩人テニソンの如きは更らに著しき実例であつて、彼が死する数年前の作の如きに至ては殆んど詩として見るに難き者がある、而して又其情性に於て善く使徒パウロに似たるルーテルに在りては彼の思想の硬化は齢を加ふると共に益々甚しく、自由を叫んで起ちし彼は終に彼の壊ちし教会に勝さるも劣らざる頑固なる教会を建設するに至つた、人は全体に老ゆれば漸やく保守に傾く者である、而してパウロも人の数に洩れず老いて教会制度を設くるに至りしとは信ず(466)るに難い事ではない、余輩は勿論パウロの斯くあらざりしことを希望する、余輩は又牧会書翰の彼の作でなかりしことを説て之を以て彼の老衰の証拠となす可らざることを主張する、乍然、若し万一にも牧会書翰パウロ著作説が成立するに至るならば余輩は止むを得ずパウロ老衰説を執らざるを得ない。
 乍然、余輩は余輩の愛するパウロが老衰して終に保守家となり、牧会書翰の如き者を後世に遺さゞりしことを信ぜんと欲する、即ち使徒行伝記者の記事に従ひ、彼が大帝国の主府に入り、此処に彼の大望を達し世界の人に向て彼の福音を述べし後は、神の人モーセの如くに、ヱホバの葬むる所となりて「今日まで其墓を知る人なし」と云ふに至りしことを信ぜんと欲する、余輩はパウロは改革者として其命を全うせしことを信ぜんと欲する、即ち彼は加拉太書、腓立比書を彼の後期の声となして此世を去りしならんと信ずる、牧会書翰をパウロの作なりと弁護して少しもパウロの弁護にならない、余輩が前に述べしが如く、斯かる弁護は却て侮辱となるの虞れがある、願くは牧会書翰をしてパウロの作たらざらしめよ。 〔以上、11・10〕
 
(467)     神の単一
                     明治42年9月10日
                     『聖書之研究』112号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
  イスラエルよ聴け、我等の神ヱホバは惟一のヱホバなり(申命記六章四節)。
  神と称ふる者或ひは天に在り、或ひは地に在りて多くの神、多くの主あるが如しと雖も、我等に於ては惟一の神即ち父あるのみ(哥林多前書八章五、六節)。
  それ中保《なかだち》は一人に属ける者に非ず、神は即ち一人なり(加拉太書三章二十節)。
 「神は一なり」、是れ基督教の根本的教義として何人も疑はない所である、乍然、其如何に深い、如何に広い教義であるかは多くの人の知らない所であると思ふ。
 神は一なりとは単に数に於て一であると云ふこと許りではない、質に於ても亦理に於ても一であると云ふことである、宇宙に真理多しと雖も神は一なりと云ふが如き深い、広い、美はしい真理はないのである、此真理をすべての方面に於て解して基督教は勿論のこと、宇宙万物は悉く解し得らるゝのである、神は一なりと、是れ世に始めて出て、最も深い哲学である、ピサゴラス、プラトーの哲学に止まらない、今日のカント、スペンサーの哲学と雖も之より以上に達することは出来ない、人類は其賦与せられし総ての智慧を絞り出して是れよりも深い哲学を考へ出すことが出来ないのである。
(468) 神は一つである、多数でない、八百万ではない、故に其為し給ふ事に不和撞着のありやう筈はない、宇宙に不調のあるが如きに見ゆるは是れ単に爾う見ゆるに過ぎない、人の眼の達せざる奥に於ては万物はすべて悉く調和であるに相違ない、一ツの神に二ツの意志のありやう筈はない、神が一つである以上は万有は一元に始まり、真理は一理に帰し、人類は終に一団とならざるを得ない、科学の根底も、哲学の基礎も、歴史の終点も、神は一なりと云ふ、此古き旧き教義に於て存るのである。
 神は一ツである、故に彼は単純である、一なるが故に入組める、繁雑なる、複碓なる者でないに相違ない、清き心を以てすれば何人にも解し得らるゝ者であるに相違ない、恰かも嬰児の如き者であつて、天真爛漫、無偽正善の者であるに相違ない、神の解し難きは彼が複雑なるが故ではない、単純に過ぎて余りに透明なるが故である、恰かも英雄の心の如く、清風霽月、一点の塵を留めざるが故に人は彼を解し得ないのである、人は容易に多くの神を信ずる、然し容易に独一無二の神を信じない、純清は彼等の堪えられない所である、故に彼等は多くの不純なる神を作りて、己が不潔を薇はんとする。
 神は一つである、故に率直である、
  ヱホバ言ひ給へば成れり
と云ふ(詩篇三十三篇九節)、彼にありては意志と実行とは一つである、彼は世の所謂方法手段を講じ給はない、大陽の光線が直に物を照すが如くに神の聖旨は直に人の心に臨む、単一にして率直なる神は何の媒介者にも由らずして直に其恩恵を万物に施し給ふ、天使に由らず、教会に由らず、使徒、聖人、教職等に由らず、御自身親しく直に吾等を導き給ふ、単純は煩雑を嫌ひ、真直を愛す、単純の人はすべて爾うである、単一の神が爾うでない(469)理はない。
 神は一である、故に彼は不朽である、彼に始めもなく、亦終りもない、彼は即ち永遠的実在者である、生は合成である、死は分解である、故に単一にして純正なる神に生死の有りやう筈はない、神に永生の存するは是れがためである、死は彼に取ては不可能であるからである、惟一なるが故に不朽不滅である、而して不純、不潔、混成、粗雑の人類は惟一の神に結ばれてのみ不朽なるを得るのである。
 神は一である、故に彼は平和である、彼と競ひ争ふ者はない、又彼が取て代るべき者はない、彼は独り在て独り足りる者である、故に永久の平和は彼に於て存る、人は人に頼て他の人と争はざるを得ない、国に頼て他の国と争はざるを得ない、教会に頼て他の教会と争はざるを得ない、然れども神に頼て彼は争はんと欲するも得ない、
  夫れ神は乱《みだれ》の神に非ず和平の神なり(哥林多前書十四章三十三節)、
 山の神は海の神と争はん、日本の神は露西亜の神と争はん、聖公会の神はメソヂスト教会の神と争はん、然れども独一無二の宇宙の神は争ふに争ふべき神がない、彼は其必然性より乱の神に非ずして和平の神である、人は惟一の神を信じてのみ始めて相互に和することが出来る、神は唯一なりと教へられし時に人類は始めて平和の福音に接したのである。
       *     *     *
 「神は一なり」、誠に単純なる教理である、然し単純なる丈けそれ丈け深い且つ広い教理である、人類のすべての智慧を尽して此教理の奥義を識り悉すことが出来ない、基督教の奥義はすべて此単純にして透明なる教理の中に※[横目/卓]つて居る。
(470)  汝、神は惟一なりと信ず、如此信ずるは善し、悪鬼も亦信じて戦慄《おのゝ》けり(雅各書二章十九節)
 神は一なりと信じて(信ずると称して)互に相争ひ、神は一なりと信じて其直接の恩恵に与からんと欲せず、神は一なりと信じて教会、神学、礼式等、迂曲の路に由て彼を探り奉らんとし、神は一なりと信じて神と財とに兼ね事へんとす、「神は一なり」と信ずるは易い、悪鬼も亦能く之を信ずると云ふ、然し神は一なりと信じて之を行ふは難い、大抵の基督信者は神は一なりと唱へて実は其事を信じない、彼等は実際的には未だ多神教信者である、不純なる、矛盾せる、隔絶せる争乱の神を信ずる者である、故に神はモーセを以て特に此事を其民に教へて曰ひ給ふた、
  イスラエルよ聴け、我等の神ヱホバは惟一のヱホバなり、……汝、之を其心に在らしめ、勤めて汝等の子等に教へ、家に坐する時も路を歩む時も、寝る時も興る時も、之を語るべし、汝又之を汝の手に結びて号《しるし》となし、汝の目の間に置て誌《おぼえ》となし、又汝の家の柱と汝の門に書記すべし(申命記六章四−九節)。
 神は一なり、神は一なり、吾等が寤寐にも忘るべからざるは此事である。
 
(471)     人類の王
                     明治42年9月10日
                     『聖書之研究』112号「研究」
                     署名なし
 
 今の世界に二大偉人あるを見る、其一を露国のトルストイ伯となし、其他の者を米国のカーネギー氏となす、前者は終生非戦を主張し、後者は廃戦を畢生の業となす、二者に比べん乎、法王は光を失ひ、監督は愧耻に呑まる、若しキリストの弟子にして戦争を恕し得るとせん乎、彼は如何なる罪悪をも恕するを得べし、而かも 孑孑《ぼうふり》を漉して駱駝を呑む今の所謂教役者輩は戦争を可とし軍旗を祝福して恥ず、二氏の如きは誠に人類現時の王と称すべし。
 
(472)     希臘の三大偉人
                     明治42年9月10日
                     『聖書之研究』112号「寄書」
                     署名なし
 
 希臘に三大偉人ありたり、其第一はソクラテス、其第二はプラトー、其第三はアリストートルなり、ソクラテスは道徳家なり、彼は国に精神を供したり、プラトーはソクラテスの弟子にして哲学者なり、彼は民に思想を供したり、アリストートルはプラトーの弟子にして理学者なり、彼は社会に科学を供したり、精神と思想と科学、三者は此順序に由て発現す、精神なくして思想なし、思想なくして科学なし、思想は科学の母にして、精神は思想の母なり、昔時の希臘に於て然り、何れの時、何れの国に於ても然らざるはなし、文明は道徳即ち精神を以て生る。
 
(473)     教会の本性
                     明治42年9月10日
                     『聖書之研究』112号「講演」
                     署名なし
 
 教会は我等を援けんために我等に来らず、我等をして彼女自身を助けしめんために我等に臨む、其教権なる者は我等を威嚇するための者にして我等を慰藉するための者に非ず、教会は温柔を装ふ大なる圧制家なり、良媼の如くに見ゆる女夜叉なり。
 
(474)     最も辛らき事
          怒る事
                     明治42年9月10日
                     『聖書之研究』112号「雑録」
                     署名 柏木生
 
 世に辛らい事は饒多《たくさん》にある、親を失ふ事、妻に別かるゝ事、友人に誤解せらるゝ事、其他算へ来れば数限りない、乍然、神を愛寸る吾等に取りては此世の苦痛は必しも苦痛ではない、其中に大なる慰藉がある、吾等は之に由て自己を磨き、神に近づく、苦痛は人世の夜である、其時吾等は天を望み、明かに其栄光を認むるのである。
 然し茲に慰藉の伴はない苦痛がある、夫れは怒ることである、最も辛らい事とは此事である、神を識らざる者に取ては忿怒は一種の慰藉である、彼等は之に由て其堪え難き憤悶を放ち、之を放て大に心に緩弛《ゆるみ》を感ずるのである、然るに神を識る者に取ては忿怒ほど辛らい事はない、彼等は此時地獄の辺端《ふち》に臨むのである、悪魔に再び似るのである、天の平静を去て地の騒擾に降り来るのである、彼等が忌むことにして怒ることの如きはない、彼等の切に願ふ所は彼等が永久に怒らざらん事である。
 乍然止むを得ない、彼は此世に在ては時には怒らざるを得ないのである、正義が公然と蹂躙せらるゝ時に、愛が幾度も蹴倒さるゝ時に、恩恵が蔑視《さげし》めらるゝ時に、無辜が虐待さるゝ時に、彼は怒らざらんと欲するも得ないのである、彼に取りては人生の痛事とは此事である、故に彼は為し得る限り之を避けんとする、乍然、時には止(475)むを得ない、彼は時には危険を冒し、苦痛を忍び、怒らざるを得ないのである。
 キリストにも斯かる辛らい苦しい時があつた、彼も亦終には学者とパリサイの人との頑硬無情を怒らざるを得ざるに至り給ふた、
  噫汝等禍ひなる哉偽善なる学者とパリサイの人よ
と、彼は幾回となく連続けて此怒声を発し給ふた(馬太伝二十三章)、彼の聖き柔和なる心に取て此声を発するの如何に辛らかりし乎は今より能く推察し奉ることが出来る、其事は彼の怒声が知らず識らずの中に悲声に変じ行きしに由て明分る、
  我れ誠に汝等に告げん此事皆な此代に報ひ来るべし
と云ひて地獄の刑罰の竟に彼等偽善者の上に落来らんとすることを告げ給ひて後に彼は言ひ給ふた、
  噫ヱルサレムよヱルサレムよ、予言者を殺し汝に遺さるゝ者を石にて撃つ者よ、母鶏《めんどり》の雛を翼の下に集る如く我れ汝の赤子を集めんとせしこと幾次《いくたび》ぞや、然れど汝等は欲《この》まざりき
と、雷鳴歇んで軟風の梢を払ふが如く、怒濤斂りて漣波の穏かに岸を打つが如く、キリストの怒声は倏《たちまち》にして涙の鳴咽《むせび》と化したのである、彼に取ては怒るは最大の苦痛であつた、故に彼は努めて之を避け給ふた、而して避くべからざる場合に遭遇し給へば怒て直に和らぎ給ふた、誠に詩人の言ひしが如く
  其怒は暫時《しばし》にして其恵は生命と共に永し
であつた(詩篇三十篇五節)、彼は又怒て罪を犯すことなく、日の入るまでに至らなかつた(以弗所書四章二十六節)、恰かもヘルモン山颪の烈しくガリラヤ湖面を撃ち、怒濤を揚げて漁夫の胆を寒からしむることありと雖も、(476)其猛威は倏にして消え、鏡面復たび秀峰の翠影を映ずるが如くである、キリストの怒は烈しくあると雖も永く続かない、是れ愛の打撃であるからである、之に怨恨のそれの如く執念深い所はない。
 然れば吾等も亦怒らざる得ざる場合にはキリストの如くに怒るべきである、即ち怒るや否や直に赦し、詛ひし口を以て直に接吻し、撃ちし手を以て直に癒し、以て吾等の怒るに乗じて悪魔をして其処を得せしむる事なからんやう努むべきである。
 
(477)     社会の救済
                     明治42年9月10日
                     『聖書之研究』112号「雑録」
                     署名なし
 
  (本号掲ぐる所の住谷君の論説と併読せよ)
〇今や政治家は腐敗し、教育家は腐敗し、宗教家までも腐敗したれば社会は茲に奮然起て自から己を救はなければならないと云ふ者がある、乍然、社会は果して己を救ひ得る乎、是れ大なる疑問である、社会は個人の集合に過ぎない、個人を離れて社会はない、而して個人が既に腐敗したりとすれば社会は既に腐敗したるのである、腐敗したる社会は腐敗したる自己を救ふことは出来ない、是れ明白なる理であるやうに見える。
〇人は己を救ふことは出来ない、故に教師に頼り、僧侶に頼りて己を救はんとするのである、救ひは常に自己以外より来るものである、社会と雖も亦同じである、社会も亦己を救ふことは出来ない、社会の救済も亦社会以外より来らなければならない。
〇人が救はるゝに二つの方法がある、己れ以外の人に由て救はるゝ乎、又は己れ以外にして人以上の神に由て救はるゝ乎、是を除いて他に人が救はるゝの途はないのである、依るべきの人もなく、頼むべきの神もなくして罪に沈める人は如何に自から悶掻くとも己で己を救ふことは出来ない。
〇社会も亦同じである、既に其指導者たる政治家、教育家、宗教家までが腐敗して、社会は誰に由て己を救はん(478)とするのである乎、是れ泥中に落ちたる人が他よりの援助を藉りずして自から己を救はんとすると同じである、彼は沈淪を歎きつゝ終に死に就かざるを得ない、彼は自己を救ふ能はずとて怒るも憤るも全く無益である。
〇人は神に由て己を救ひ、己を救ひ得て後に他の人を救ふ、救はれたる者のみ能く救はれざる者を救ふことが出来る、而して救はれたる者が相合して沈淪びつゝある社会を救ふことが出来る、人は自己を救ふ能はず、社会も亦其れ自身を救ふこと能はず、救ひは之を神に救はれたる者に待たなければならない。
〇神は要らない、人丈けで足ると、是れ不信の社会が今日まで唱へ来りし所である、然れども其、今日頼るに足るべき人は何処に居るか、其|救者《すくひて》は誰である乎、政治家は社会到る処に頭を列べて居るではない乎、而して彼等は各自其社会救済策を唱へて居るではない乎、然るに腐敗は日々に甚だしくして、救済はさらに彼等に由て行はれないではない乎、英雄若し社会を救ひ得る者であるならば、何故に英雄揃ひの今日の社会が日々腐れ行きつゝあるのである乎、法律をも作り、戦争をも宣告し得る政治家等は社会救済には全く無能であると見える。
〇社会の腐敗とは金力の事ではない、又兵力の事ではない、是れ道徳の事である、而して道徳は霊魂の事であつて、霊魂は神の事である、神を嘲けり来りし社会は今や己を救ひ得ずして其無能を表明しつゝある、社会は鉄道を作り得た、銀行を起し得た、政党を樹て得た、然れども自己を救ひ得ない、自己の腐敗を潔め得ない、全能なる人の社会も罪の絆より己を救ふに於ては全く無能であると見える。
〇マハラツの楽器に合せて伶長《うたのかみ》をして歌はしめしダビデの歌の中に左の如き言がある
   愚者は心の中に言へり神は無しと、
   彼等は腐れたり、憎むべき不義を行へり
(479)   彼等の中に善を行ふ者あるなし。
 
   神は天より人の子を視給ひて
   悟る者ありや
   神を探る者ありやと尋ね給ひしに、
   彼等は皆な堕落せり、悉く汚れたり、
   善を為す者なし、一人だになし、
           (詩篇第五十三篇)
 数言、能く今日の社会状態を尽して居るではない乎、「善を為す者なし、一人だになし」と、社会改良を絶叫する者も、社会改良策を提出する者も、天より視れば「腐れたる者」、「憎むべき不義を行ふ者」である。
〇茲に於てか詩人は此歌の終りに於て言ふて居るのである、
  願くはイスラエルの救のシオンより出んことを
と(六節)、シオンは神の聖座の在る所である、彼は国民の救の此所より出んことを願ふた、而して救はシオンを除いて他所《ほか》より之を望むことは出来ない、神は無しと言ひし愚かなる人の子は悉く汚れたれば、彼等の中より救を望むも全く無益である。
〇而して今やイスラエルの救はシオンより出でつゝある、政治家の知らない所に於て、教育家、宗教家の目の達かない所に於て、真正の社会改良は純撲の民の間に静かに行はれつゝある、此処に彼等は政府に依らず、教会を(480)離れて神に救はれて、誠実、勤勉、仁慈の民となりつゝある、社会全体は腐れ行きつゝあるに此所の浜辺、彼処の山里に於て根本的刷新の実は喜ばしくも挙げられつゝある、神の国は現はれて来る者に非ずと云ふ、寔に真正の社会改良は政治家に謳はれず、新聞紙に称えられず、宣教師、牧師、伝道師等に何の負ふ所なくして、人の見ざる所に於て確かに行はれつゝある、余輩の眼は斯かる改良を目撃した、余輩は其、何処にあるかを人に告げない、世の評判に上つて其中途にして止まんことを恐れるからである、而して世の政治家が社会改良を叫び疲れる頃に、世の新聞紙が社会改良を論じ尽くす頃に、而して権力を以てしても、政略を以てしても、議論を以てしても、奨励を以てしても、すべての手段を尽し、すべての方法を講じて社会は少しも改まらずして、日に日に腐れ行く時に、是等無名の実際の改良家等が、かの浦より、又この里より光を放ちて全地の暗黒を照らすであらふ、其時智者は口を噤《つぐ》み、識者は頭を低れ、彼等が曾て識者《ものしり》がほして社会改良を唱へた事を深く心に耻づるであらふ、余輩も亦世の社会改良論者の列に加はりて、今、改良を唱へて後に耻んことを恐るゝが故に、茲に静粛なる真の改良者の群に入り、少しく其真面目なる事業を援け、以て後日の栄誉に与からんと欲する。
 
(483)     〔『基督教世界』の開書への回答〕
                 明治42年9月23日
                 『基督教世界』一三五九号
                 署名 内村鑑三氏(聖書之研究主幹)
 
     第一問 貴下の平素愛読する又は信仰上最も有益なりと考へらるゝ十種以上の書名を問ふ。
     第二問 今年の総会に対する貴下の希望如何。
     第三問 貴下の誕生日を問ふ。
一、机上の物左に申上條。
 Nestle's Scribner's Novum Testamentum Graece.
 Cremer's Biblico-Theological Lexicon of N.T.Greek.
 Meyer's Critical Commentary(Galatians).
 Winer's N.T.Grammar.
 Pfleiderer's Influence of the Apostle Paul etc.
 Wm.James' The Varieties of Religious Experience.
 Thomas Davidson's Rousseau.
 Walt Whitman's Poems.
(484) 古文真宝
二、無教会信者には総会等の煩累更に無之候
三、拙著「予は如何にして基督信者になりし乎」に於て明記致置候
 
(485)     〔秋郊の福音 他〕
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「所感」
                     署名なし
 
    秋郊の福音
 
 死者の復活のみ大能の証明に非ず、五穀の豊熟も亦異能の休徴なり、バルナバとパウロ、ルカオニヤの人に告げて曰く
  神は汝等を恵みて天より雨を降らせ、豊穣なる時期《とき》を与へ、糧食と喜楽を以て汝等の心を満たしめ、以て己れ自から証し給へり
と、今や金波稲田に靡き、玉粒香穂に低る、何ぞ福音に秋郊に接して罪を悔て父に還らざる。行伝十四章十七節。
 
    信仰の進歩
 
 始めに善悪の差別なし、次ぎに悪事の摘発あり、終りに善事の顕揚あり、悪事の誅求にのみ汲々たるは信仰幼穉の確証なり、吾人は更らに進んで善事探求の域に達すべきなり。
 
(486)     信仰の秘訣
 
 神を信ずるに非ず、神に信ずるにあり、自己を神に信《まか》し奉るにあり、自己に死してキリストをして代て生かしめ奉るにあり、信仰の秘訣は是れなり、大なる能力の加へらるゝも、聖き思想の与へらるゝも其秘訣はすべて是れなり。加拉太書二章廿節。
 
    我が潔き時
 
 人に就て思はざる時に我心は神に向て潔し、其時我は哲学者ならず、又批評家ならず、純乎たる基督信者なり、其時天の戸は我がために開かれ、我は其内に我が救主の父の右に座し給ふを見る、哲学と批評とは雲霧を排するために必要なり、然れども天国の鍵は其手に於て存せず、ユダの支派より出たる獅子ダビデの根のみ能く其門を開くを得るなり。黙示録五章五節。
 
    我が信ぜざる事
 
 我は教会の教権を信ぜず、我は永遠の刑罰を信ぜず、我は天啓の終熄を信ぜず、我は無謬の聖書を信ぜず、我は戦争の永続を信ぜず、我は罪悪の不滅を信ぜず、我が信ずる事は多し、然れども信ぜざる事も亦尠からず、而して我は神と宇宙と人生とに関しすべての善事を信ずる其熱心を以て是等に関するすべての悪事を全然信ぜざらんと欲す。
 
(487)    懐疑と破壊
 
 信ずるは疑ふよりも良し、然れども疑はずして深く信ずる能はず、懐疑は信仰のために必要なり。
 建つるは壊つよりも良し、然れども壊たずして堅く建つる能はず、破壊は建設のために必要なり。
 然れば恐れずして疑はんかな、大胆に壊たんかな、而して深遠に信じ、永久に築かんかな。
 
    批評家に答ふ
 
 我に利己心あり、已むを得ざるなり、我は人として造られたり、然れども我に亦キリストあり、彼に利己心あるなし、而して我れ彼を信じて我に亦利己心あるなし、我を信ずる勿れ、キリストを信ぜよ、亦キリストを信ずる我を信ぜよ、キリストを離れて我は罪人の首なり、我は正直に此事を表白す。
 
    労働の讃美
 
 最も書き事は手を以て労働く事なり、其次に善き事は言辞を以て手の労働を援くる事なり、我等若し不幸にして自身労働者たり得ずんば努めて労働の讃美者たるべきなり、文士たり、又説教師たる、亦全く無用の業にあらざるなり。
 
(488)    教師と教壇
 
 神に祈るに特別の声を発するを須ゐず、唯、父に求むるが如くに求めまつれば足る、人に説くに特別の風《ふう》を装ふを要せず、唯友に語るが如くに語れば足る、教師は役者に非ず、教壇は舞台に非ず、彼等は神と人とに対して戯劇を演ずべからざる也。
 
    キリストと教会
 
 彼等は言ふ盛んなり盛んなりと、然れどもキリストは其弟子等に曰ひ給へり  汝等散りて各人其属する所に往き、唯、我一人を残さん、然れど我れ独り在るに非ず、父、我と偕に在るなり
と、而して独り在りしキリストは万世に無数の友を得、「盛んなる」今の教会は常に其衰頽を歎じて歇まず、キリストは失敗の成功を教へ給へり、而して今の基督教会なる者はキリストの福音を伝ふると称して常に成功の失敗を示しつゝあり。約翰伝十六章廿二節。
 
    青年に告ぐ
 
 余輩は今の青年に告げんと欲す、「汝意を決して基督教の伝道師となれ」と、「教会に依らず、外国宣教師に頼まず、自由独立の伝道師となれ」と、何ぞ数千金を投じて学士となり、業卒へて後に世に為すことなくして路頭(489)に迷ふや、何ぞ法学又は理学、文学又は工学に投ずる資力と脳力とを教理の研究に投じ、以て同胞に霊魂の糧を供する業に就かざる、言ふを休めよ独立伝道に生活の道なしと、曠野に其民にマナと鶉とを送りて之を養ひ給ひし神は今も尚ほ存して彼に依頼む者を養ひ給ふなり、神は人よりも確実なり、政府は替り、銀行は倒るゝも神は永久に渝らざるなり、青年よ、起て霊界の勇士となれよ、教会の寄食者なる今の所謂伝道師となれと云ふにあらず、フランシスの如き、ルーテルの如き、ノックスの如き人の顔を恐れざる自由独立の伝道師となれよと云ふなり。
 
    顔と心
 
 顔に於て多くの人を知り又顔に於て多くの人に知らるゝ人あり、之を称して交際の人と云ふ、顔に於て多くの人を知らず、又顔に於て多くの人に知られずと雖も、心に於て多くの人を知り、又心に於て多くの人に知らるゝ人あり、之を称して詩人又は思想家と云ふ、人は各自其好む所を撰むべし、而して余輩は此世の交際場裡に於て顔に於て多くの人を知り、顔に於て多くの人に知られんよりはキリストの国に於て心に於て多くの人を知り、心に於て多くの人に知られんことを欲する者なり。
 
    世界に於ける無教会主義
 
 米国紐育市のプロテスタント教徒は二百余万を算し、其中過半数(百七万余)は無教会信者なりと云ふ、而して其数は年々増加しつゝありと云ふ、依て知る無教会主義なる者の我国の一隅に現はれたる特発の現象にあらざ(490)ることを、今より五十年前丁抹国の思想家ゼーレン・クリーケゴードが其強大なる声を揚げて以来、欧米諸国に於て漸次瀰漫しつゝある主義なり、無教会主義は純キリスト主義なり、神を愛し人を愛するの外に何の勢力をも権能をも認めざる主義なり、人類の進歩は此主義を助けつゝあり、科学の進歩は此主義を促しつゝあり、無教会主義を嘲ける者の如きは世界の大勢を知らざる者なり。『米国雑誌《アメリカンマガジン》』五月号に於けるR、S、ベーカー氏の筆に成れる「紐育市の不信」の一節を見るべし。
 
(491)     天使とは何ぞや
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「研究」
                     署名 内村鑑三
 
 天使とは肩に翼を生じ、童顔清姿、天地の間を※[皋+羽]翔《かうしやう》し、神と人との間に介在して前者の聖旨を後者に伝ふる者であるとは人に由て一般に信ぜらるゝ所である、然し聖書の示す所の天使とは果して斯かる者である乎、是れ余輩の茲に知らんと欲する所である。
 一、天使とは天人である、人の如き霊を有つも、人の如き肉と情とを具へざる霊的実在物である、斯かる者が事実、存在するや否やは科学的に証明することは出来ない、然し単に人の場合に於ても彼は肉のみに非ずして又た霊であれば、彼が肉を脱して後は天使の如き者となりて其霊的存在を続くるならんとは信ずるに余り難い事ではない、所謂祖先の霊を祀ると云ひ、英雄の霊を崇むと云ふは人の此信仰に基くのである、而して天使とは人の如くに肉に宿らざる霊である、神の如き純霊の実在物である、彼は人に似て肉を具へず、神に似て神より低き者である、神は霊であるが故に、彼は肉を具へたる人の外に己に似たる天使をも造り給へりとは信ずるに難い事でない、人も亦死して後は天使の如き者と成るとのことである、即ちキリストの曰ひ給ひしが如し、
  それ死より甦る時は娶らず、嫁がず、天にある使者等の如し
と(馬可伝十二章廿五節)、又人ならざる天使の実在に就てはキリストも使徒等も屡々述べて居る、
(492)  其日其時を知る者は唯我父のみ、天の使者と雖も知る者なし(馬太伝廿四章卅六節)。
  我等は宇宙の者、即ち天の使及び人々に観玩《みもの》にせられたり(哥林多前書四章九節)。
 尚ほ之に類したる言葉は他にも多くある。
 二、天使は天の使即ち神の使者である。故に神の命を人に伝へ、神の旨を此世に於て行ふ者はすべて天使である、必しも肉を具へざる天人に限らない、肉を具へたる人でも、亦或る場合に於ては悪人でも、天使として使はれることがある、聖書に謂ふ所の天使なる者は多くの場合に於ては此意味に於ての天使である、彼は天より福《よ》き音《おとづれ》を齎らす者である、嘉き恩賜を持来る者である、而して此意味に於てキリストも天使であれば使徒等も天使である、すべて「和平《おだやか》なる言を宣べ又書き事を宣る者」は天使である、故に聖書に天使と書いてあればとて必しも之を天人と解すべきでない、多くの場合に於て其明かに神に遺されたる人であることが示してある、
  二個《ふらり》の天使|黄昏《ゆふぐれ》にソドムに至る、ロト時にソドムの門に坐し居たりしが之を視、起ちて迎へ首《かうべ》を地にさげて言ひけるは、我主よ、請ふ僕の家に臨み、足を濯ひて宿り云々(創せ記十九章一、二節)。
  彼れ(エリヤ)金雀花《えにしだ》の下に伏して寐りしが、天の使彼に※[手偏+門]《さは》り興きて食へと言ひければ彼れ見しに其頭の側に炭に焼きたるパンと一瓶の水ありき云々(列王紀略上十九章五節以下)。
 其他新約聖書に於て百夫の長コルネリヲに使徒ペテロを紹介せしと云ふ神の使者は如何に見ても信者の一人である(行伝十章)、黙示録に云ふ七の教会の使者(天使)なる者は其監督なるべしとは多くの註解者の所説である、又処女マリヤが天使の見舞を受けたりと云ふも天人の降臨に接したりと鮮するの必要はないと思ふ、神がアナニヤを遣りてパウロを見舞はしめ給ひしが如く(行伝九章)、又マケドニヤ人の一人を送りて彼を其地に招き給ひし(493)と云ふが如く(仝十六章)、或る聖き信仰の人を送りて此時に於けるマリヤの心を励まし給へりと解するのが最も適当であると思ふ、聖書全体の記事に由れば、すべて人として知られたる神の使者は人として記され、如何なる人なりしか、其姓も名も分明せざりし者は単に天使として録されてあるやうに見える。
 三、然し吾人の茲に特に注意すべきことは聖書に謂ふ所の天使なる者は、其多くの場合に於て、肉を具へざる霊でもなく、又肉を具へたる人でもなくして、風、火、水、電気等の天然力であつたことである、言ふまでもなく昔時の人は小児の如くに万物を人格視したる者である、彼等に取りては彼等の所謂火、水、土、気の四行なる者は単に物質の力ではなくして、活きたる霊を具へたる者であつた、彼等に取りては物に死物と生物との区別は無かつた、彼等に唯神と万物との区別があつたのみである、人と天使との区別が判然せざりしが如くに、人と物との区別も判然しなかつた、随て人が天使と見做されしが如くに、火も水も風も電気も時には天使と看做されたのである、吾人今日の言辞を以てすれば天然の法則に由り事が成れりと云ふを古代の人は神が天使を以て為し給へりと云ふたのである、天然力を人格視して、聖書に於ける天使に関する多くの記事が出来たのであると思ふ。
 希侶来書の記者は詩篇の言を藉りて左の如くに云ふて居る、
   彼れ(神)その使者を風となし
   其|役《つか》はるゝ者を火焔《ほのほ》となす
と(一章七節)、即ち神は或時は風を使者として送り、火焔を僕として使ひ給ふとのことである、其意味は此語の出所たる詩篇第四篇四節を見れば更らに明白に分かる、即ち
(494)   (彼は)風を使者となし
   焔を出す火を僕となし給ふ
とある、即ち神は人を天使として使ひ給ふのみならず、風をも火をも使者として又僕として使ひ給ふとのことである。
 斯く解して加拉太書三章十九節の意味は稍々明白になるのである、
  律法は……(之を)天使等により中保の手に備へ給ひし也
 中保とはモーセを指して云ふたのであることは前後の関係によりて明かである、然し天使等によりて律法がモーセに伝へられたりとは此所を外にして聖書の何処にも書いてない、出埃及記に依れば雷と電光《いなびかり》及び密雲
シナイの山にあり、金山都て煙を出せる時ヱホバは火の中にありて十誡(即ち律法)をモーセに授け給へりとある(出埃及記十九章十六節以下)、雷はあり、火はあり、煙はありたりとあるが天使がありたりとは書いて無い。
 然し神は風を使者となし、火を僕となし給ふと知て、シナイ山に於ける此現象の実に天使の出現であつたことが分る、律法は実に此意味に於て天使等によりてモーセの手に備へられたのである、肩に翼を供へたる天使の※[皐+羽]翔に由りてにあらず、之よりも遙かに偉大なる遙かに荘厳なる天然力の活動に由て、即ち天柱挫け、地軸折れんとするが如き現象の中に人類に曾て授けられし最大最高の道徳は神の人モーセの手に授けられたりと云ふのである、
  律法は天使等によりて中保に備へられたり
と、偉大なるかな律法、雷電と颶風と噴火と地震とに伴はれて、稗より直に偉人の手に授けられし者、律法も亦(495)素はキリストの福音と同じく人よりに非ず又人に由らず、天と地との証明を以て人の手を藉りずして神より直に聖なる人に授けられし者なりとの事である、天使を単に天使と解して加拉太書に於けるパウロの此言葉の意味は甚だ軽くなる、彼は言ふたのである、
  律法は偉大である、宇宙万有の証明を得て神より直にモーセに授けられたる者である、然れどもキリストの福音は更らに偉大である、是は神の子に由て父御自身の証明を以て吾等に授けられたる者である
と、古きパウロの此言葉を今日の言葉に訳して見て其意味の実に雄偉なることが分かる。
 左の場合に於て天使は天然の力と解すべき者であることは何人が見ても明白である、
  ヱルサレムの羊門の辺にベテスダと云ふ池あり、其中に病める者、瞽者、跛者又衰へたる者など多く臥ゐて水の動くを待てり、そは天の使時々池に下りて水を動かすことあり、水の動ける後、先きに池に入りし者は何の病によらず癒たり(約翰伝五章二−三節)。
 是れ地文学者の所謂間歇泉であつたことは言はずして明かである、我国の熱海温泉に於て見るが如き現象であつて、其科学的説明は至て容易である、「天使時々池に降りて水を動かす」とは非科学的時代の人の此現象の説明である、天使と云ひしは水の重量と空気の圧力と地球の引力とである、聖書は茲に天使云々と謂ひて天使のことに就て教へて居るのではない、病者に対するキリストの恩恵に就て語て居るのである、斯かる場合に於て天使を強ひて天人と解釈せんとするは愚の極である。
 聖書は又自身天使の天然的解釈を供して居る、帖撒羅尼迦後書一章七節に於て世の末期の状態を述るに方て
  此事は主イエス火焔《ほのほ》の中にて其能力の諸使《つかひたち》と偕に天より顕はれん時にあり
(496)と云ふてある、火焔と云ふと同時に使(天使)と云ふて居る、即ち火を天使として見て居るのである、又同前書四章十六節に
  夫れ主号令と使長の声と神の※[竹/孤]を以て自から天より降らん
とあるに対し、他の記者は同じ末期の事を叙して
  其日には天は大いなる響ありて去り体質悉く焚け毀れ、地と其中にある物皆な焚け尽きん
と云ふて居る(彼得後書三章十節)、即ち天使の長の声とあるを天に大いなる響きあらんと云ふて居る、或ひは流星の破裂である乎、或ひは星と星との衝突である乎、何れも大なる天然的現象であること丈けは明かである。
 余輩は茲に此問題に就て是れより以上を叙ることは出来ない、旧約撒加利亜書に於ける天使の観念の如き、波斯思想の感化に成りたるの形迹ありとの事であれば、其事も亦深き研究を価するであらふと思ふ、乍然、余輩の此短かき且つ不完全なる研究に由て見ても、聖書に所謂天使なる者の単に古人の迷信として排斥すべき者でない事が判明る、すべて神の聖旨を伝へ又為す者は天使である、其意味に於て天の万軍は勿論天使である、又人はすべて天使である、特に善人は碑の使者であつて、又其僕である、而して天使と人とのみに限らない、地のすべての力も亦天使である、風も天使である、水も天使である、空気も天使である、電気も天使である、希伯来書記者の言に従へば是等はすべて天の使者であつて
  救を嗣がんとする者に事へんために遣はさるゝ霊
である(一章十四節)、而して斯く解して聖書の意味が明瞭になるのみではない、吾人が之より受くる慰藉が甚だしく増大せらるゝのである、吾人は実に天使に繞囲せられて在るのである、ガブリエルと云ひミカエルと云ふが(497)如き天使族の長と、其率ゐる天の万軍とに由てのみではない、曾て此世に在りて大事を為し、今は肉を脱して霊となりし偉人英雄に由て吾人は繞囲せられてあるのである、曾ては吾人の妻と呼び、或ひは父と呼び、或ひは友人と呼びし者も今は天使となりて吾人を護り、吾人を助けつゝあるのである、而して事は茲に止まらない、天地万有も亦神の使者となりて吾人を援くるとの事である、神は実に愛の父であつて、人と万物とは其愛の使命を吾人に伝ふる天使であるとのことである、宇宙何物か之に優さるの福音あらんやである、誠に吾等は人と天使の繞視の中に吾等の馳場を走りつつあるのである、
  是故に我等斯く多くの見証人《ものみびと》に雲の如く囲まれたれば、すべての重荷と※[螢の虫が糸]《まと》へる罪を除き耐へ忍びて我等の前に置かれたる馳場を趨るべきである(希伯来書十二章一節)。
 進化論の泰斗※[ワに濁点]イスマン氏は曰ふて居る
  此宇宙は微妙なる時計の如し、刻々運転して至善至美を産す
と、又使徒パウロは言ふて居る、
  凡の事は神の旨に依りて招かれたる神を愛する者の為に悉く働らきて益をなす
と(羅馬書八章廿八節)、斯くて神を愛する者に取りては凡の事が善であるのである、即ち凡の者が神より遺されたる天使であつて、彼等に益をなすのである、偉人、父母、友人、妻子、兄弟に限らない、風も雨も、地震も火山も、然り、凡の天然的現象、すべての社会的事項も、然り死其ものも、神より遺されたる天使であつて、吾等に大なる益をなすものである。
 
(498)     前進の声
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「研究」
                     書名なし
 
 ヱホバ、モーセを以てイスラエルの子孫に命じ給ひけるは『汝等前に進め』と、而してモーセが埃及を去てカナンに向ひしが如く、パウロが猶太教を去て福音を唱へしが如く、ルーテルが天主教を去て新教を創めしが如く、ウエスレーが聖公会を去てメソヂスト教会を建てしが如く、ジヨージ・フホックスがすべての教会を去て教友相互の愛を説きしが如く、余輩も亦今の所謂半死半生の新教諸教会を去て更らに新鮮なる自由の境土に向はんかな、前に進まんのみ、餓死を恐れず、単独を恐れず、失敗を恐れず、破滅を恐れず、前に進まんのみ。出埃及記十四章十五節
 
(499)     理想の友人
         故ハリス夫人
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「演説」
                     署名 内村鑑三
 
  九月十日青山学院講堂に於ける同夫人の葬式に臨み友人総代として述べし所。
 余は思ふ故ハリス夫人は理想の友人でありしと、彼女は善き友人たるの二つの大なる資格を具へて居つた。
 第一に彼女は人の善を見るの非常の力を具へて居つた、悪を見るの力は誰にもある、乍然、善を見るの力は極く少数の人にのみある、詩人ゲーテの曰ひし如く人の悪は其表面に現はるゝが故に何人にも見ることが出来る、然し其善は深く奥に潜むが故に極く少数の人のみ之を見ることが出来ると、而してハリス夫人は此少数者の一人であつた。
 彼女は又善を見るのみならず之を拡大するの力を具へて居つた、日本今日の如き社会に在ては人は努めて其善を外に現はさゞるのみならず、社会の嘲笑冷遇を恐れて之を深く心の奥に匿さんとする、而して其結果として善は益々萎微して終に殆んど認め難きに至る、斯かる時に方てハリス夫人の如き人があつて、其鋭き眼を以て斯くも萎徹したる吾人の小善を発見し呉れ、之を拡大して之を吾人に示し、失せんとする吾人の希望を取返し、吾人に存在の理由を示し呉るゝと同時に、又社会に対し、殊に吾人の敵に対し、吾人を弁言し呉るゝは吾人に取り(500)実に大なる恩恵である、而してハリス夫人は斯の如くにして幾多の人を救つたと信ずる、余の如きも彼女に由り斯くの如くにして救はれたる者の一人である、余が己れに何の善き事なきを思ふて自暴自棄せんとせし時に、彼女は余にも亦確かに或る美点の存する事を示し呉れ、余をして幾回か回生の感あらしめた、而して余に余の美点を示し呉れしのみならず、他人に対して余を善く紹介し呉れ、余をして幾回となく思はざる所に思はざる同情者を得さしめた、実にハリス夫人の同情ほど力ある者はなかつた、之を得るは百人の友を得るに勝さるの力であつた、彼女は吾人の小善を拡大して吾人に善の外、何物もなきやうに吾人を世に紹介して呉れた。
 第二に彼女は強い心を有つて居つた、一度び善を発見すれば永久に之を見放さない力を有つて居つた、彼女が危篤に陥りしとの報に接して余は直に趨せて彼女の傍に至り、曾て幾回となく握るを許されし彼女の手を握り、其脈搏を検て見しに其非常に強かりしに驚いた、依て側に侍せし夫君に向ひ是れ将さに永久に眠らんとする人の脈では無いと云ひしに、夫君は涙の中に余に答へて曰ふた「彼女の心臓は常に甚だ強かりし」と、余は此言を聞いて直に心に浮んだ「彼女の心臓は常に非常に強かりし」と、彼女の手と足とは弱かつた、彼女の胃と腸とは弱かつた、晩年に至つて彼女の脳も弱くなつた、乍然、彼女の心臓《ハート》は常に甚だ強かつた、彼女は一度其強い心臓を以て人の善を握れば永久に之を放さなかつた、彼女は日本今日の友人の如き者ではなかつた、即ち一度び善と信じたる友人は決して見放さなかつた、其人に関する世評に彼女は耳を傾けなかつた、彼女に信ぜらるゝ事は永久に信ぜらるゝ事であつた、実に何人に取りても彼女の其強き心臓に捕へられし事は一生涯の出来事であつた、彼女は鷲が其獲物を攫んで之を手放さゞるやうに彼女の一度び信じたる友人は固く之を捉へて永久に見放さなかつた、実に彼女の心臓は殆んど頑強なるほどまでに強かつた。
(501) 而して彼女は此鋭き眼と強き心臓とを以て此日本国を愛したのである、而して彼女の望み通り彼女は今や此地に眠りて彼女の心臓を其土に委ぬるのである、恰かもリビングストンが阿弗利加を愛して其バングエロー湖畔に其心臓を埋めし如く今や我等の愛するハリス夫人は其優さしき、温かき、強き心臓を此国の土に埋むるのである、我等は彼女を失ひしを悲むと同時に彼女の心臓を此国の有《もの》となすことを喜ぶ。
 文学者としてのハリス夫人は忘らるゝ時もあらん、メソヂスト教会の宣教師としての彼女は世の記臆より去ることもあらん、然れども、人類の友としての彼女、日本人の友としての彼女、殊に日本青年の友としての彼女は永久に忘らるゝことはないと信ずる、彼女に助けられし多くの人は余と等しく My friend として永久に彼女を心に記《とめ》るであらふ。
  内村生曰ふ、故ハリス夫人、名をフローラ・ベスト・ハリスと云ふ、メソヂスト教会監督 M・C・ハリス君の令閨なり、今より三十六年前宣教師として日本に来られ、爾来一日の如く此国と国人とを愛されたり、余も三十年の久しき彼女の知遇を辱ふするを得、殊に米国在留中の如きは其指導慰藉に与かりしこと尠からず、彼女は誠に理想の友人たりしのみならず又理想の宣教師たりしなり、人に善を為さんと欲するの外他に何等の思念を有せざりし人なり、余は茲に彼女を本誌読者諸氏に紹介し、以て本誌が又彼女に負ふ所ある所以を告げんと欲す。
 
(502)     人乎制度乎
        (友人某と散歩しながら語りし所)
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「演説」
                     署名 内村鑑三
 
  イエス又彼等に曰ひけるは安息日は人のために設けられたる者にして人は安息日のために設けられたる者に非ず(馬可伝二章廿七節)。
 是は実に雄大にして実に深遠にして又実に有難い言辞である、是を以て人の自由と尊厳とは確定せられたのである、安息日制度は時のユダ人が非常の重を置いた所のものである、然るにイエスは人を救ふためには之をも破棄して人の制度以上の者であることを示し給ふたのである。然り、人のために設けられたる政府であつて政府のために造られたる人ではない、人のために設けられたる教会であつて(若し教会にも其存在の必要があるとならば)教会のために設けられたる人ではない、世に人よりも重き制度は一つもない筈である。
 此世に於ける社会的又精神的事業の成敗はイエスの此言辞を心に記《と》むると記めざるとに由て定まるのである、余輩は特に此事を伝道事業に於て見るのである、すべて人よりも制度を先にする伝道は始めより失敗と定つて居る、其費す金の高は如何に多きも、其之に従事する人の才能は如何に高きも其|業《すで》に既に呪はれたる事業であることは始めより明かである、之に反して何よりも人を先きにし、之に対して無限の同情を懐き、之を救はんがため(503)には何をも棄て、何をも犠牲に供せんとする心があつて伝道は始めより成功と定つて居る、斯かる伝道に従事して資金の欠乏の如きは顧るに足りない、智識の欠乏も亦些少の障害とならない、我等は人を愛して其時既に成功して居るのである。
 教会は壊れても良い、神学は破れても良い、聖書其物も廃れても良い、唯貴きは人である、其霊魂である、其自由である、之は誠に万物の霊であつて、之れ以上に貴い者は神の造り給ひし者の中に無い、故にイエスは曰ひ給ふたのである、
  一人の罪ある人悔改めなば天に於て喜びあらん
と(路加伝十五章七節)、天に於て喜びあらんとの事である、天は歓声を以て鳴り渡らんとの事である、地に於て人が敵軍を破り、英数万人を屠りたりとて、歓呼して狂ひ騒ぐが如くに、天に於ては一人の罪人が悔改めたりとて、天の万軍は凱歌を奏し、其音響は星より星へと伝はりて宇宙の極にまで及ぶとのことである。
 神は人とは異なり、数十万人の生命を犠牲に供して獲し国家の降盛を喜び給はない、神は又人と異なり、信徒の信仰よりも教会の盛大を望んで止まざる今の基督教会なる者の事業を喜び給はない、貴い者は人である、国家ではない、教会ではない、是等はすべて人に役ふべき者である、是を先きにして彼を後にするは偶像崇拝である、キリストの福音ではない。
 人を先きにせん乎、制度を先きにせん乎、是に由て霊と肉、進歩と退歩、自由と束縛、の別は定まるのである、ユダヤ人は言ふた、安息日制度は人よりも貴しと、然るにイエスは之に答へて言ひ給ふた、否な然らず、人は安息日制度とモーセの律法よりも貴しと、天主教徒は云ふた、羅馬教会は人よりも貴しと、之に答へてルーテルは(504)云ふた、香な然らず、人は如何に親しき者なりと雖も其一人は全羅馬教会よりも貴しと、英国の貴族と僧侶とは云ふた、我聖公会は神の教会にして使徒より連続して綿々として今日に至りし者なりと、之に答へてウェスレーは云ふた、或ひは然らん、然れども人は何人も其霊に於て聖公会に依らずして直に神の恩恵に接するを得べしと、宗教的革命とは何でもない、唯人を先きにして制度を後にすることである、人が其適当の地位に置かるゝ時に旧きは去り新らしきは来り、官僚と僧侶とは迹を絶て、神が直に其子に於て現はれ給ふのである。
 昔しに於て爾うであつた、今に於て爾うである、吾人が今日要する改革とて他の事ではない、人が制度に優さりて重ぜられんことである、歌と香《にほひ》とを以て神を拝せずして、人に小なる善を為してヱホバの神を祭らんことである、神学を闘はして神を讃めんとせずして愛を交換して彼を喜ばし奉らんことである、教会の盛大を祝せずして小者の改悔を賀することである、余輩はキリストの福音を斯の如くにして解した、若し人に善を為すと云ふ事の外に福音の奥義が存するとならば、余輩は之を無用物として断然排斥するに躊躇しない。
 
(505)     洗礼の省略
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「演説」
                     署名なし
 
  信仰は水よりも大なり
とは中古時代の名僧ピーター・ロムバードの言なり、信仰あれば洗礼なくとも可なりとの意なり、洗礼は救霊の必要条件にあらず、然れども人は何人も信仰に由らざれば救はれざるなり、信仰にして有らん乎、洗礼は之を顧るに足らざるなり、先づ神に祈て信仰を求めよ、而して用少き洗礼を省けよ。
 
(506)     読書余録
                   明治42年10月10日・11月10日
                   『聖書之研究』113・114号「雑録」                       署名 内村生
 
    詩歌、歴史、伝記
 
 豊太閤の寵臣曾呂利新左衛門は曰ふた、世に最も多き者は人であつて又最も少き者は人であると、其如く世に最も多き物は書物であつて又最も尠き者は書物であると云ふことが出来る、世に善人の尠いやうに善き書物は尠ない、而して善人に遇ふは大なる幸運であるが如くに善き書物に接するは大なる幸福である、善き書物は実に稀れなる者である、百冊の中に、又は千冊の中に一冊の外、見当り難い者である。
 余も読書家を以て自から任ずる者の一人である、歳は半百に垂んとし、既に若老《じやくろう》の中間に入つた者であるが、然し読書の一事に於ては壮者を凌ぐに足ると自から信ずる、余は間暇さへあれば読書に耽けて居る、余は勿論読書は特別の美徳であるとは信じない、読書は余に取りては一ツの道楽である、然り惟一の道楽である、然し読書は道楽ではあるが、悪い道楽ではないと思ふ、之に由て多くの無益の書と尠からざる有害の書を読むの害はあるが、然し時には有利有益の書に接して心に無限の快楽を感ずることがある、世に快楽の種類は多いが、真理を発見した時に優さるの快楽はない、其時我等は宇宙を我有になしたるやうに感ずる、己れ陋屋に在て一人の貧生(507)であるに係はらず、王子か貴公子に成つたやうに感ずる、而して此快感が欲しさに毎日毎時書籍を漁るのである、恰かも墨川に釣を垂るゝ者の如く、獲物の稀れなるは覚悟しつゝ、獲た時の嬉しさが忘れられずして、真理の漁猟に従事するのである。
 余が今日まで購求《かいもと》めた書籍は随分多くある、百や千の事ではない、若し眼を通し指を入れし書籍を悉く今尚ほ保存して置きしならば随分の嵩になつたであらふ、然し書籍も一種の反故《ほぐ》に過ぎない、悉く之を保存し置くは愚の極である、故に余は三年に一度位ひづゝ書棚払ひをする、役に立つ者丈けを存して他は之を古本屋と称する屑屋の一種に反故同様の代価を以て売り払ふ、然し百冊の中一冊位ひは保存して置く、是れは生涯の友として常に余の側に置き、而して時々之を取出して彼と我との間に存する消えなんとする我等の旧好を温ためる。
 余の読書の趣味は随分広くあると思ふ、余にもエドモンド・バークに於けるが如く種々の読書熱が時を替へて来る、或る時は詩歌熱が来る、或る時は歴史熱が来る、或る時は伝記熱が釆る、或る時は科学熱が来る、或る時は考古学熱が来る、而して常に多少存する熱は聖書熱である、唯曾て一回も来たことのないのは小説熟と法学熱とである、余は生れて小説とては唯一冊読んだ丈けである、それは有名なる『アンクル、トムス、カビン』の著者ストウ夫人の筆に成れる『我妻と我れ』と題する英文小説である、是れが余が読みし最始最終の小説である、法律書としては余の書斎にポロツク氏著『法理初歩』が一冊ある丈けである、然し十年も前に購つた書であるが、まだ一回も指を入れた事はない、余に取りては小説は虚偽であるから面白くない、法律は情がないから詰らない、余の脳と心とは小説と法律とには如何しても向かない。
 詩歌熱は夙くより余を襲ふた、幼年時代には唐詩撰を暗誦し、古文真宝を朗吟した、後に英文を読み得るに至(508)つて、ホヰツチヤ先づ余を虜にし、次いでヲルヅヲス、ローエル、ブライアント等順を追ふて余を生捕つた、ゲ−テとシルレルとは学校で読んだ丈けであつて、其感化は今に尚ほ残つて居るが、其言辞は独逸語と共に忘れて了つた、ダンテは英訳を以て少しく読んだ、其地獄篇を読みし時に恐怖《こわく》つて幾夜も寐られなかつた事を今でも忘れない、近頃に至てホヰツトマンを読始めた、而して彼は今余の特愛詩人である、近頃米国費府の友人某より其全集一冊を寄贈し呉れたれば此「泥酔詩人」に対する余の愛情は一層増し来つた。 歴史熱は日本外史で姶まり、太平記、平家物語等で養はれたが、米国に行てギボンの羅馬史を読んでより一層熱くなつた、実に此書は史学の宝典であると思ふ、ギボンの伝記者コツター・モリソンは云ふて居る、史学に志す者は何を読まずとも先づ第一に『羅馬史』を読むべしと、之に劇烈なる基督教の反対あるに拘らず、余は今に至るも「ギボン」を忘れない。
 人の余り注意しない書であるが、余が歴史熱勃興時代に読んだ一冊で今尚ほ古物として余の書斎に保存してある者はローリング・ブレース氏の著『ゲスタクリスタイ、一名 人道の進歩に於けるキリストの感化』なる書である、是は余が札幌を去て後、芝の日蔭町の或る古本屋に於て購求めた書であつて、余と共に洋行し余と共に帰朝し、余と共に多くの艱難を嘗め、而して星霜二十有五年、今尚ほ余の小なる書斎を飾る者の一ツである、別に面白いと云ふ書ではないが、然しキリストの福音と人道的思想の進歩との関係を叙べた書としては最も忠実なる者であつて、余が其頁より受けた感化は実に永久的であると言はざるを得ない、余をして基督教会なる者を嫌ふに至らしめし其源因の一ツは此書である、此書に由て余は始めてキリストの福音の基督教会と同一視すべからざる者であることを知つた、ローリング・ブレース氏は余を広くした者の最初の者である、余に取りては基督教会と(509)の分離は此人に由て始つたのである。
 伝記熱は一時は非常の勢力を以て余を襲ふた、余は一時は伝記の外何物をも読まなかつた、余は自分の伝を読むの感興を以て他人の伝を読んだ、余は「英国文士伝」は大抵読み尽くした、其中特にジヨンソン伝とバンヤン伝とは強く余を刺激した、其他余の読んだる伝記類は数限りない、然し其中二ツが永久的感化を余に及ぼした、其一はブレキー氏著『リビングストン伝』で、其二はカーライルの『コロムウエル伝』である、前者は米国ハートホード在留中、三昼夜を以て大冊五百頁余の者を読み了つた、読み了つて余は泣いた、余も斯かる人となるべしと、余は其時決心した、伝道の快楽と偉大とは余は始めて其時に知つた、余は此著に由て興味を阿弗利加大陸に対して有つに至つた、余が後年南阿戦争の時に際して英国に反対して南阿の民に同情を表はすを得しは此著より受けし感化に依つたのである。
 カーライル著『コロムウエル伝』の余に及ぼせし感化に就ては余は之を叙するに足るの言辞なきを歎ずる、余は英国版五冊物を麻布飯倉の古本屋橋爪に於て購求めた、時は明治の二十三年、余が嘱託教員として東京第一高等学校に雇はれた時であつた、余は之を得て何物をも忘れて読み続けた、余は之に由て自由と独立との愛すべく貴むべきを深く教へられた、而して読んで半ばに至りし頃、余は高等学校の倫理講堂に於て其頃発布せられし教育勅語に向て礼拝的低頭を為せよと、時の校長代理理学博士某に命ぜられた、然るにカーライルとコロムウエルとに心魂を奪はれし其当時の余は如何にしても余の良心の許可を得て此命令に服従することが出来なかつた、余は彼等の勧奨に由て断然之を拒んだ、而して其れがために余の頭上に落釆りし雷電《いかづち》、……国賊、不忠……脅嚇と怒喝……其結果として余の忠実なる妻は病んで死し、余は数年間余の愛する此日本国に於て枕するに所なきに至(510)つた、余の肉体の健康は夫れがために永久に毀損えられ、余の愛国心は甚大の打撃を被りて余は再たび旧時の熱心を以て余の故国を愛する能はざるに至つた、実に余の全生涯に渉る此世の不幸はすべて此一瞬間より来つた、然し余は今に至り此事のありしを悲まない、余は確かに信ずる余の神が其時特に余に命じて『コロムウエル伝』を購はしめ給ひしを、若し此伝記と此伝記が余に起しゝ此事件なかりしならば余の生涯は平々凡々取るに足りない者であつたらふ、余は真個の洗礼を此時に受けたのである、水の洗礼にあらずして火の洗礼を余は此時に受けたのである、而して之に由て余は始めて少しく信者らしき信者となつたのである、唯取返す能はざるは余の憐れなる妻である、然し彼女も亦之に由てキリストの天国に於て救はれたのであると信ずる、吾等は国に反いて此事を為したのではない、良心の声を重じ、良心に反くのは国を欺くのであると信じたから此事を為したのである、嗚呼カーライルの『コロムウエル伝』よ、汝は余に取りては火の書である、汝は余を益せしこと深き丈けそれ丈け余に殃ひしたる書である、余は永久に汝を保存せん、而して余は余の小なる書斎に於て汝の五冊が列を正うして立つを見て、余の胸は感慨の涙に溢れ、余の思は高き彼国に及ぶ、基督教の聖書を除いて汝ほど深刻に余を感化した書物はない。 〔以上、10・10〕
 
     科学と考古学と神学入門
 
 科学熱は余に早くより起りしものであつて、今も猶ほ有る者である、善き天然学者たらんことは余の幼年時代よりの野心であつた、余は文学を嫌ひ、哲学を賤めた、すべて五感に触れざる事物は余は学ぶに足らないものであると思ふた、余は第一に地理学を好んだ、地図を見ることは絵を見ることよりも好きであつた(今も猶爾う(511)である)、而して後年に至りギヨー氏著『地人論』を読み、地理学の原理の何たる乎を知つてより此学科に対する余の興味は一層増して来た、地理学の立場より見たる日本国の天職は今より凡そ二十五年前に余の脳裡に浮んだる者である、誠に地理学は科学の初歩であつて、多大の趣味を留むる者である。
 地理学に連れて余は気象学を好んだ、雲と風と雨と雪とは大に余の注意を惹くに至つた、而して気象学より天文学へは唯の一歩である、余は尠なからざる時間を天文書の愛読に費した、プロクター氏著『吾人の世界以外の世界』なる書は今も猶ほ深く余の記憶に存する者である、又仏国の天文学者フラメリオンの筆に成りし書は余の喜んで読みたる者である、『天上の不思議』并に『世界の最期』は今猶ほ忘れ難き者である。
 然れども余の特愛の科学は生物学であつた、余は当分の間は余の天職は之に在ると信じた、而して余は植物学よりも動物学を好んだ、而して動物学の中で殊に魚類学を好んだ、東洋第一の魚類学者たらんことは青年時代に於ける余の唯一の野心であつた、而し動物に就て余の読みたる書は随分多いことである、今は大抵は其名を忘れて仕舞つたが、然し一時は余の財嚢は悉く之がために傾けられたのである、余の最大快楽とては新刊の動物学書を購ふことであつた、ニコルソンと、ハツクスレーと、エドアードと、ダルウヰンと、其当時の余は実に幸福なる者であつた、贖罪説と云ふが如き、高等批評と云ふが如き、夢のやうなる問題の余の頭脳を悩ますことなく、美くしき介と、美くしき魚と、美くしき鳥と、美しき獣とは余の脳裡を往来し、夢に海浜に遊びて五色の介殻を拾ひしを夢み、醒めて蓬莱島に遊びしを覚えた、無慈悲なる運命よ、汝は何故に余を其処に留め置かざりしや、今に到りて之を思ふて、余は今や天国に向て進むのではなくして、既に天国を迹に棄てたのではあるまい乎と感ずる。
(512) 科学書の中に永久に余を感化した者は言ふまでもなくダーウヰン著『種の起源』である、余は数回反覆して此書を読んだ、而して生物進化の理の何んである乎を知つた、余をして始めより基督信者であると同時に進化論者であらしめし者は実に此書である、此書に由て余の思想の傾向は定つたのである、天然は進化である、故に万物悉く進化でなくてはならないとは此書が深く余の脳中に刻み込みたる真理である、ダーウヰンの『種の起源』は聖書并に『コロムウエル伝』等と共に余の全生涯に根本的の変化を来したる書である、余は始めより進化論の基督教の敵でないことを認めた、否な、基督教は寧ろ此学理に準じて解釈せらるべき者であることを知覚した、故に余のオルソドツクス主義は始めより異端の傾向を帯びて居つた、余は始めより宣教師の基督に服従することは出来なかつた、今より三十年前に在りては聖書と共にダーウヰンの著書を敬読した者は決して忠実なる教会の信者ではなかつた、然るに余は始めよりダーウヰン主義の弁護者であつたのである。
 ダーウヰンの著書にして猶ほ他に一ツ余に永久的感化を及ぼしたる者がある、それは彼の有名なる『世界週航紀』である、是れは読むに至て易き書であるが、然し実際的に学者を感化する力に至つては『種の起源』に優さるも劣らざる書である、天然物観察の方法と精神とは実例的に茲に示されてあるのである、此書に由て余は天然界に注意を値せざる者とては何一つなきことを知つた、蚯蚓の爬《は》ふも、蜥蜴の走るも皆な注目すべき事実であつて、善く之を観察して而して天然の原理に達することが出来るのであることを覚つた、天然学と云へば甚だ六ケ敷きやうなれども、是れ必しも実験室に入て顕微鏡を手にして究むべきものではない、日常目撃する事物を組織的に考察すること、それが天然学研究の秘訣であるとはダーウヰンの此著が余に教へて呉れた事である、故に余は欧文を解し得る人には何人にも此書を勧めたく欲ふ、又一日も早く其日本訳の出んことを欲する。
(513) 考古学熱は旧約聖書研究の余波として余に臨んだ、而して此学を余に紹介して呉れた者は英国の学者ジヨージ・ローリンソン氏である、余は始めに彼の『国民の起源』を読んだ、次に『古代民の宗教』を読んだ、而して終に彼の大著『古代七大帝国史』を読んだ、其文章の優麗なる、解説の明快なる、今日之を復読するも尚ほ倦怠を感ぜざる書である、吾人の思想を駆て遠く四千年前の昔に遡らしめ、今を忘れて昔を偲ばしむる太古史の興味は忘れんと欲して忘るゝことは出来ない、後、セイス氏の著書に由つて更らにバビロン、アッシリヤの文明に就て学び、ラゴーヂン氏の著に由りて印度波斯の神話が其歴史と接触する点に就て少しく知ることを得た、尚ほ研究を継けんには支那文明の起原を探り、其バビロン文明との関係を究め、又一方には日本文明のヒッタイト文明に類似するの点を究めんには興味尽きざるべしと雖も、然れども人の力量に限りあり、我等万事を知らんと欲して能はず、唯近世考古学の何たる乎を知れば、それで事は足ると思ひしが故に、余は之より以上考古学の迹を逐はなかつた、然し一二年に渉りし此研究は尠なからざる利益を余に与へ、余の聖書の研究をして更らに興味ある者とならしめた。
 
 之れからが余が手にし又眼を通うせし宗教書類の列挙である、詩人ゲーテは其フハウスト劇に於て曰ふて居る、
  余は哲学も学びたり、科学も学びたり美術も学びたり、而し噫亦神学も学びたり
と、「噫亦神学も」と、余も亦彼と同じ歎声を発せざるを得ない、然り、余は白状す、余は常に神学を罵りながらも自から神学を学びたりと、尤も神学校に入り、神学者に就て学んだのではない、余は他の学科に就ては多く(514)の善き教師を持つたが、神学ばかりは余の独学したる者である、(余は三ケ月間米国ハートフホード神学校に在りしが、其生涯に堪え得ずして直に退校せり)故に余に取りては神学は道楽学問である、余が学課の傍らに学んだる者である、而して其の道楽学問が終に余の本職とならんとは余の夢にも知らない所であつた、余は己の身を修めんために神学書を読んだのである、他人に伝道するために読んだのではない、余が今日に至るも尚ほ宗教界のフリーランス(遊撃隊)であるのは是れが故である、余は今が今までキリストの福音を世に伝ふるを以て余の一生の事業となすべき者であることを知らなかつた、余に取つては遊戯が本職となつたのである、夢が事実《ほんとう》となつたのである、道楽も茲に至つて恐ろしい者であることが解る。
 今を去ること廿三年前。余が米国に在りし頃、余が余の旧き聖書の表紙の裏に余が其時までに読みし神学書類の目録を記入したる者がある、今左に該目録を揚ぐ。(著書と書名とを邦訳せしも其原名は知るに難からざるべしと信ず)。
〇バーンス氏註解書(約百記全部、以賽亜書全部、新約聖書全部。)
〇カウルス氏註解書(以賽亜書、耶利米亜記、但以理事、以西結書、小予言吉、詩篇)
〇スミス氏著『旧約史』
〇ブリグス氏著『聖書研究論』
〇フエヤバーン氏著『預表論《タイポロジー》』
○ホツジ氏註解書(羅馬書、哥林多前書)。
〇スミス氏著『聖書小字典』
(515)〇ガイキー氏著『基督伝』
〇フハラー氏著『基督伝』
〇フハラー氏著『使徒保羅伝』二冊
〇聖書地図
〇ブルース氏著『基督の比喩的教訓』
〇ワラス氏著『ベンハー一名基督一代記』
〇ネアンデル氏著『基督教会建設史』
〇ミルマン氏著『猶太史』第一巻
〇フハラー氏著『初代の基督教』
〇トレンチ氏著『奇蹟論』
 以上、能くも読みたるものである、道楽も茲に至て殆んど許すべからずである、之がために余の健康は如何に害せられしょ、余の課業は如何に妨げられしよ、宗教書類なればとて、斯かる乱読は害多くして益尠しである、憐むべし余は此時既に宗教に囚はれたのである。 〔以上、11・10〕
 
(516)     山形県に入るの記
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「雑録」
                     署名 内村生
 
〇開教五十年祭とやらが東京に於て執行されつつあると聞く今日此頃、余は山形県の或る村落に於て善き林檎畑を有する教友某を訪はんとて去る一日夜此地を立て彼地に向つた。
〇小山駅に至る頃、※[さんずい+氣]車の窓より先生、先生と声を懸けて呉れる者があつた、首を擡げて見れば、二十年来の友人にして今は奥羽線に或る有勢なる地位を有する工学士某君であつた、招かれて彼の一等室に入れば談話百出終る所を知らず、板谷峠の険も知らざる間に過ぎて、翌朝九時神町駅に於て別れた、余は別るゝに臨んで彼に告げて曰ふた、「君に此汽車中に遭ふは地獄に仏に遭ふが如し、持つべきものは実に友人である」と、彼れ又自分の線路に旧き友人を運ぶを喜び、今日こそは先生が弟子であると言はんばかりに誇り且つ優待して呉れた、斯くて此行友愛の翫味は汽車の中より姶つたのである。〇一人の友に別るれば更らに他の一人の友の迎ふるあり、彼に伴はれて関山街道を東に向て進むこと二里余、右に折れ、松林の間を過ぎ、清き流れを横ぎり、小高き丘を登り詰むれば山の中腹に建てられたるナザレの如き小さき村がある、茲処に余は十年来想像し来りし友の静かなる住家に達したのである、家人に挨拶して後直に林檎畑に往き、其栽培の要義と駆虫の困難とに就て学び、紅を漲れる二三を捩ぎ取りて之を胃の腑に送り、更ら(517)に樹下に立て二人共に撮影し、労働の困難と快楽とを語り、暫時詩人的冥想に耽つた。
〇明くれば三日、安息日であつた、朝集り、午後集り、夜談じ、重に主の山上の垂訓に就て語つた、来り会せし者は村の学校教師と青年、附近の兄弟、殊に注意すべきは炭焼業者の二人であつた、彼等が黒き指を以て古き聖書を開らきし其|状態《ありさま》は永く忘るべからざる者であつた、此山奥に斯かる愛の兄弟的団合ありとは予想外であると云ふの外はない、然し事は想像ではない、事実である、茲に勿論宣教師も居らず、牧師も居らない、然し活きたる神の霊は教友の霊を透うして働らきつゝありて、此日集りし人々の外に、今は諸方に散在する多くの潔き兄弟と姉妹とは生れたのである、其日我等が学びし聖書の言葉の中に左の如き者があつた、
  汝等は世の光なり、山の上に建られたる城邑は隠るゝことを得ず
と、誠に其通りである、神の燃《とも》し給ひし燈火《ともしび》は山の奥に隠るゝと雖も隠るゝことを得ず、燭台の上に置かれて多くの人を照らしつゝある、之に反して「人」の燃しゝ燈火は之を都会の地に引出し、高壇の上に立たせて、叫ばせ、喝采させても少しも人を照らさない、斯くて主の大業を見んと欲して何にも都会に集合し来るの必要はない、関山峠の西麓、月山と朝日嶽とを逢かに望む、此小さき山の村里に於て大なる燈火は燃えつゝある。
  雲の嶺いくつ崩れて月の山
とは芭蕉翁が羽前の月山を詠ぜし句なりと聞く、誠に天才の明吟であると思ふ、「雲の嶺」とは基礎なき伝道事業である、金力と勢力と方便とに頼る今の所謂る基督教会の事業である、それが「幾個《いくつ》となく崩れて」、即ち悉く失敗に終りて茲に神の造り給ひし地の磐《いわほ》の上に立つ「月の山」が顕はれ出るのである、然れば崩れよ雲の嶺である、其形は如何に壮大なるも、基のない実のない雲の嶺である、然し神は岩を土台とする山を築きつゝあり給ふ、(518)月山の如き、鳥海山の如き地と共に動かざる山を築きつゝあり給ふ、而して余は此日此小さき村に於て、月山を遙かに望みつゝ之に類したる信仰の堅き山を目撃したのである。
〇尚ほ一夜を友の家に過ごし、翌日彼と共に山を下り、天童を経て山形市に至り、茲に又教友某を訪ふた、彼は或る教会の牧師である、然し彼は余を許し、余も亦彼を許す、我等は至て親しき信仰の友である、此日此地の信者諸氏の要求に従ひ、メソヂスト教会に於て短かき談話を試みた、会する者三十余名、静かなる楽しき会合であつた、余は此地に於て教派の別なる者の殆んどなきを見て喜んだ、教会問題を離れて信仰を以て相会する時に、教会、無教会の別はない、我等は主に在りてすべて一ツである。
〇其夜は友の家に彼と彼の夫人との優遇に与かり、翌朝諸氏に送られて山形を発し、再び峠を越へて福島に至れば、或る所より或る教友の迎へ来りあるに会した、彼の燿きたる眼は満身の歓喜を示し、我等は停車場に又汽車中に二時間の楽しき時を有つた、彼も亦信仰の戦士である、彼の呉服店を彼の戦場と見做し、茲に正直に正品を鬻ぐを以て彼の天職となしつゝある、彼の「教会員」は店員二十余名である、而して彼は其監督であり、又牧師である、彼と余とは信仰を共にするのみならず、又伝道の方法を同じくする、我等に取りては労働是れ伝道である、故に店も畑も山林も神の在まし給ふ教会堂である。
〇斯くて秋に入て親たしき東北の山野と旧交を温ため、数多の聖き友に接し、感謝に満ちて夜十一時柏木の巣に還り来つた、人に賤しめらるゝ東北の山野は多くの信仰的勇者を宿して居る、禅よ東北と其民とを恵み給へ。
 
(519)     故ハリス夫人 回想
                     明治42年10月10日
                     『聖書之研究』113号「雑録」
                     署名 内村鑑三
 
 日本の国土は今日まで多くの偉大なる恋愛者を有せり、其中に、且つ其首位に於て、繊弱なる米国婦人にして又宣教師たりしフロラ・ベスト・ハリスの名は記載せられざるべからず、彼女は所謂「九分は構神にして唯僅かに一分のみ肉なる者」の一人なりき、而して其充ち溢るる精神を以て彼女は普通以上の婦人の愛を以て日本国を愛したりき、誠に彼女の唯一の欠点は余りに日本を愛し過るにありき、彼女は之に善の外何物をも見る能はざりき、而して彼女の此「盲愛」は最期まで彼女に存りき、而して斯くも強く日本国と其民とを愛したりければ彼女は彼等に対し最深の同情に入るを得たりき、誠に余は土生の日本人と雖も彼女の如くに深く且つ潔く日本国を愛する者のありしを知らず、余自身も亦如何にして余の国を愛すべき乎を彼女より学びたりき。
 嗚呼我等が相共に日本の国土に就て語りし時は楽しかりしよ、時に余は彼女の生国に於て在りき、而して彼女は余の保護者なりき、其時我等は恍惚として遠き国を望みたりき、我等は共に美はしき日本に就て夢みたりき、瑕なき、誤りなき、理想の日本に就て夢みたりき、二十年は過ぎたりき、其間に二大戦争は闘はれたりき、而して我等は再たび相会したりき、此時は余の生国に於て会したりき、彼女は前と変らざる同じ婦人なりき、然れども余は同じ人にあらざりき、彼女は日本国に対し尚ほ愛に惚《みと》れてありき、然れども悲ひかな之に対する余の愛は(520)破壊せられてありき、余は余の眼を以て美はしき日本の他の方面を見たりしなり、彼女は曰へり余は変れりと、而して余は実に変りしことを彼女に表白せざるを得ざりき、其後余は度々彼女を見ざりき、彼女と余とは日本国に関する意見を異にしたりき。
 然れども今や慕ふべき彼女は休息に入りて我等が愛せし又今尚ほ愛する国土は我等の神の手に在て存す、我等の理想の日本は今も昔と変ることなし、唯彼女の熱き愛を以てしては現実の日本と理想の日本とは溶けて一物となりしかども、詩人ならざる余の心に在ては二者は別々に存し、余は其一を憎んで其二を愛するなり、我等の次回の会合は光の国に於てあるべし、而して其時我等は両人共に変りてあるべければ、日本の国土に関し、又全宇宙に関し、我等は同じ意見を懐くなるべし、然れば
   またあふ日まで
   またあふ日まで
   かみのまもり
   汝が身をはなれざれ
            (讃美歌第三百九十二)
 
(523)     書物と其撰択
                          明治42年10月15日
                          『回顧二十年』
                          署名 内村鑑三
 
○書物の数は人間の数が多い程多くある、今や如何なる人でも其一生涯を費して人類が一ケ年間に出版する書物を読み尽すことは出来ない、徒らに地を塞ぐ者にして現今の出版物の如きはない。
〇書物の数は多くある、随て善き書物を発見することは非常に困難である、善き書物を発見することは善き友人を発見するが如くに困難である、是れは一生涯にたゞの数回各自に臨む天よりの恩賜である、書物はすべて書物であつて、読書は必ず善事《よきこと》であると思ふは大なる間違である、多くの書物は悪物であつて、多くの場合に於て読書は悪事《あしきこと》である、善き書物に接してのみ始めて読書は善事となるのである。
〇然らば如何にして善き書物に接せん乎、是れ至大にして至要なる問題である、而して是れ如何にして善き友人を得ん乎と云ふと同じ問題である、善き友は得んと欲して得られない、是は天上り賜はるにあらざれば人が求めて得ることの出来る者でない、善き書も同じである、是れ書店の店頭を漁りたればとて、又は其出版目録を閲《けみ》したればとて得らるゝ者ではない、是は神より賜はる者である、或る特別の手段を以て、我等が求めざる間に我等の手に落来る者である、其時我等は永久の宝物の我等の手に落来りしを知らない、否な、多くの場合に於ては我等は始の間は之を斥け之を嫌ふ、然しながら之を手放す能はずして終に之と親むや、彼は我が終生の友人となる(524)のである、書物は実に物ではない、人である、心と心とを合はして相語る友人である、斯かる書物は万巻の中に一冊しかない、之を得た時に我は貴き真珠を手に入れたのである。
〇然らば如何にして此宝物、此真珠、此善き友人、即ち善き書物に接せん乎と云ふに、之に接するに惟一の方法があるのである、それは祈ることである、善き書を与へられんことを祈ることである、何にも必しも声を張り揚げて祈るに及ばない、乍然、すべての精神を尽し、心を尽し、意を尽して其、我に与へられんことを祈ることである、口と心を以てのみならず、潔き行動と正しき労働とを以て祈ることである、而して祈れば必ず与へられる。
〇余も幸にして少数の善き書を与へられた、多分二十を超へまい、然し其二十以下の書籍は余の終生の宝物である、余が此世に於て為すことを許されし僅かばかりの善事はすべて是等少数の書物の恩賜である、其或者は宗教である、或者は科学である、或者は歴史である、或者は伝記である、或者は詩集である、孰れも神の言であつて又人類の声である、余に神と自由と永生とを教へた者である、余をして幾分なりと社会以上の人たらしめ、教会以外の信者たらしめし者であるが、余の霊魂の糧である、余の星である、義の太陽である。
〇斯かる書に接した者は福ひである、斯かる書を著はした者は福ひである、而して斯る書を出版し之を世に広めたる者も亦福ひである。
 
(525)     別篇
 
  〔付言〕
  左近義弼「イザヤ書五十三章字解」への付言
        明治41年10月10日『聖書之研究』103号「研究」
 編者曰ふ、本文改訳は之を前号に掲げたり、之と対照して此篇を精読せられん事を望む。
 
  天来生「然燈録」への付言
        明治41年10月10日『聖書之研究』103号「雑録」
 内村生曰ふ、天来君の思想は例に由て甚だ健全である、唯、君がキリストを正義の権化として見ること厚くして罪の贖主として見ること薄きを悼む、我等はキリストに倣ひて不滅となるのではなく、信仰に由て彼の不滅を我がものとなして不滅になるのであると思ふ、我等の目的とする所は完全なる正義であるが、其、之に達する道は思想のコンボルシヨンではなくして、意志のそれである、即ち明白に我が不善不徳を神の前に表白して、彼の赦免に与かることである、爾うすれば聖霊が直に我心に降て我ならで聖霊が我を浄くして呉れるのであると思ふ、聊か所思を附す、君の宥恕を乞ふ。
 
  「恩恵録(一)」への付言
        明治41年10月10日『聖書之研究』103号「雑録」
 
 〔「甲斐キ、ヨ、女」の寄稿文の末尾に〕
 内村生曰ふ、真正の悔改とは是れである、高義高徳を以て誇るの今日我邦人中に斯かる美はしい悔改は他に何処に有る乎、是れでも我等は基督教は要らないと言ふ乎。
 
(526)  〔「北海道S、K、生」の寄稿文の冒頭に〕
 編者曰ふ、君は教会の牧師を廃めて労働者となりし人なり。
 
  〔「北海道M、D、生」の寄稿文の冒頭に〕
 編者曰ふ、勿論前者とは別人なり、同じく今の所謂伝道の苦界を脱して労働の楽園に入りし人なり。
 
  「恩恵録(二)」への付言
        明治41年11月10日『聖書之研究』104号「雑録」
 
  〔「上野 谷の泉」の寄稿文の末尾に〕
 内村生曰ふ、是れ真個《まこと》の恵恩録なり、恩恵はまことに富にも名誉にも智識にも、然り、健康にもあらざるなり、世に此人を羨まざる者幾人かある、同情を表する為めならで斯かる人の同情を得んがために、此貧しくして富たる兄弟に此世の物を頒たんと欲する者あらば、之を余輩の許まで送られよ、余輩は喜んで転送の任に当らん。
 
  左近義弼「聖書の由来(三)」への付言
        明治42年5月10日『聖書之研究』109号「寄書」
 編者曰ふ、此篇は長く左近君より預かり置きし者なり、君の新寄贈の絶えざりしがために、其掲載を遷延して今日に至れり、今茲に其全部を掲ぐ、偏へに君と読者諸君との宥恕を乞ふ、前篇は昨年五月号に在り。
 
  宮崎八百吉「基督教大観」への付言
        明治42年6月10日『聖書之研究』110号「寄書」
 内村生白す、宮崎君は『国民之友』以来の余の誌友なり、余は君の誠実を敬し、君の天才を愛す、君、近来意を聖書研究に注がれ、頃者余を訪はれ、此篇を寄せらる、余は茲に之を本誌の読者に紹介するの歓喜を有す、願ふ此篇、君の寄贈の最終の者にあらざらんことを。
 
(527)  住谷天来「耽溺せる国民と其救治」への付言
        明治42年9月10日『聖書之研究』112号「寄書」
 内村生曰ふ、人は自から努めてキリストに達し、己れキリストの如くなりて世を救ふに非ず、己れキリストを仰ぎ瞻て彼に由て引上げられ、「恩恵の器」と成りて世をキリストに連れ来りて之を救ふを得るなり、住谷君の言の読者に由て誤解せられんことを恐れ茲に此一言を附す。
 
      (528)   〔社告・通知〕
 
 【明治41年8月10日『聖書之研究』101号】
    謹告
 今八月も休刊致すやう広告致し置候処、逓信省規則は一ケ月以上の休刊を許さゞるに付き今月は例月の通り発行致し候に付き、左様御承知被下度候。
 尚ほ其代りに来九月休刊致さんとも存候得共肝要なる問題続出し休刊を許し不申候に付き、引続き発行致し候間、右合せて御承知被下度候。
  明治四十一年八月
                  聖書研究社
 
 【明治41年9月10日「聖書之研究」102号】
    社告
〇予告に反し去る八月本誌発行致候。
〇次号より恩恵録の一欄を設くべく候、読者諸君が神より受けられし恩恵の実験に就て続々御投稿下されんことを願上候、例に由て文章の巧拙は少しも意に留め不申候、唯誠実なると簡潔なるとを要し候、恩恵は霊的なると物質的なるとを問ひ不申候、唯明確なるを貴び候、基督者の生涯のすべて奇跡的なるは申上ぐるまでも無之候。
                   聖書研究社
 
 【明治41年10月10日『聖書之研究』103号】
    聖書研究会出席志望者に告ぐ
 本誌一年以上の購読者は毎日曜日午前十時より開会する聖書研究会に出席するを得可し、但し一応本社の許諾を得らるゝを要す、目下旧約聖書アブラハム伝の研究中なり。
  明治四十一年十月
                   聖書研究社
 
 【明治41年11月10日『聖書之研究』104号】
    謹告
(529) 次号は又々クリスマス号なり、大々的感謝号たらんと欲す、読者諸君に於ても振て感謝の実験を寄贈せられんことを望む。
  十一月              聖書研究社
 
 【明治41年12月10日『聖書之研究』105号】
    緊要謹告
 来る一月は休刊仕候、二月十日を以て第百六号を発行仕候。休刊に代へて
  内村鑑三編著 櫟林集 第一輯
を発刊仕るべく候、此は天然、平和、労働、家庭、教育、詩歌、美術に関する記事を集めんとする者に御座候、新作あり、旧作あり、自作あり、他作あり、英文あり、邦文ありて必ず『研究誌』の読者の歓迎する所たらんことを期し候、神若し許し給はゞ毎年、一月、八月、本誌休刊の時を利用して、此集を発行仕りたく存候。
 第一輯は一月二十日までに発行仕るべく候、四六版にて百頁以上、定価二十五銭、郵税不要、研究誌読者諸君にして前金御払込の方へは御申込に由り、雑誌二冊分代金を引去り、発送仕るべく候、御入用の方は端書を以て御申込被下たく候、但し別に御送金被下候はゞ更らに好都合に御座候。
  第一輯には
 新作としては米国独特の詩人
  ワルトホヰットマン
を紹介仕るべく候、彼の生涯、彼の宗教観、彼の天然観、彼の国家観は以て此世の細事に圧砕されんとする現時の人を自由の大平原に引出すに足るべくと存候。
 旧作としては
  札幌県鰒魚蕃殖取調復命書并に潜水器使用規則見込上申
なる記者の筆になる最初の公文(明治十五年作)を掲げ申すべく候、彼の水産熱心時代の作として大に読者諸君の感興を惹くことならんと存候。
 英文には
  Nebular Hypothesis(星雲説)
を掲げ申すべく候、是れ記者のアマスト大学留学中の作に有之、彼の宇宙観の一に御座候。
 其他友人の作一二篇有之べく候。
                   聖書研究社
 
      (530  )――――――――――
 
    謝辞
 上野「谷の泉」君に対し読者詔君の中より続々と御同情を表し被下、有難奉存候、茲に謹で御礼申上候。
  ――――――――――
 
    祝詞
 楽しきクリスマスと喜ばしき新年の読者諸君の上にあらんことを祈上候
                   内村鑑三
                   一家一同
 
 【明治42年2月10日『聖書之研究』106号】
    謹告数件
〇去る一月は予告通り本誌休刊致候。
〇尚ほ又予告通り一月廿日を以て『櫟林集』第壱輯を発行致候。
〇本誌は自今毎年一、八両月休刊仕るべく、而して休刊に代へて『櫟林集』を発行仕るべく候。
〇此外、若し主筆に於て疾病又は其他執筆致し難き止むを得ざる場合に遭遇する時は其月に限り休刊致すべく候に付、例月雑誌御落手の日より計算して一週間を経るも到達無之時は休刊の事と御承知被下度候、尤も今日までの経験に照らして斯かる場合は当分の処万々無之事と存候。
〇振替貯金を以て御払込の方は必ず『聖書研究社』と御記入有之度候、主筆の姓名等御記入有之候節は配達非常に延引致候。
                   聖書研究社
 
   内村鑑三編著櫟林集第壱輯
 去る一月廿日先行、定価二十五銭、郵税を要せず。送金郵券代用不苦。
   目次
 写真三葉
  丁瑪国マリヤ・ウルフ女史〇米国在留中の著者〇旧角筈櫟林の片影。
 詩人ワルト ホヰットマン
(531) 五十頁に渉る長文なり、偉大なる平民詩人を紹介す、敬虔と自由と歓喜と同情と其中に充溢す。
 鰒魚蕃殖取調書
  明治十四年の作なり、「幼児は成人の父なり」と云ふ、今日の著者は二十八年前の彼れに異ならず。
 星雲説(英文)
  天然は著者に取り第二の聖書なり、彼は天然を讃美する前に之を研究するの機会を与へられたるを見るべし。
 此外、楽天生作『我が家』、並に倉橋君寄稿『梅ヶ香』を収む、前者は平民の家庭を謡ひ、後者は平民の香花を讃す。『研究誌』の読者諸君の必ず一本を手にせられんことを望む。
  二月  東京府下掟橋町柏木九一九 聖書研究社
 
 【明治42年3月10日『聖書之研究』107号】
    出版報告
〇警醒社は今回『興国史談』第四版を発行しました。
〇本社発行の『基督教問答』第三版は成りました。
〇本誌次号には独逸国より到来せるキリストの住居の地たりしナザレの写真と其図説とを載せる積りであります、之を以て猶太国歴史地理研究の発端を開きたく欲ひます。
                   聖書研究社
 
 【明治42年4月10日『聖書之研究』108号】
 此号画図を挿みしに由り、本文は四十八頁止めの事。
 
 【明治42年7月10日『聖書之研究』111号】
    休刊並に櫟林集発行に就き広告
 例年の通り来る八月は本誌休刊致し候。
 之に代り櫟林集第二輯を八月廿日までに発行仕るべく候。掲載の決定せる分は左の通りに御座候、
  詩人ホヰツトマンの真影
米国婦人某の寄贈に係り近頃彼地より到来せる者に御座候、第一輯に於て此詩人の思想を窺はれし諸君は必ず茲に彼の風※[蚌の旁]に接するを喜び玉ふことゝ存候。
 編者の旧稿としては
(532)  北海道鱈漁業の実況
と題し彼が明治十五年大日本水産会報告第四号に寄贈せし文を掲載仕るべく候、蓋し我国に於ける水産調査の嚆矢と存候、其頃彼の頭脳が如何なる方面に向ひし乎は之に由て察せらるゝ事と存候。
 英文旧稿としては
  Natron Lakes(鹹水湖)
と題する一文を掲ぐべく候、明治十九年の作にして地質学研究の際に成りし論文に御座候、湖水研究の傍ら特に聖地「死海」の鹹水状態に就て論ぜし者に御座候。
 其他住谷天来君は
  耽溺せる我国民と其救治
と題し、君の近作中、最善と称して可なるべき君独特の一文を掲げ申すべく候、又御前約は仕り申さず候得共、編者も同君に負けずに何にか新らしき者を製作仕り、以て紙面を充実仕るべく候。
 要するに本集は『聖書之研究』読者の夏期講談会に代るべき者に御座候、広く智識を聖書以外に於て求め、以て我等の信仰を一層鞏固にせんとする者に御座候。
 定価は従前の通り一冊に付き二十五銭、郵税当方持にて発送仕るべく候。
  明治四十二年七月         聖書研究社
 
 【明治42年9月10日『聖書之研究』112号】
   櫟林集第弐集休刊に付き謹告
 本集代金御払込の諸君に対し一々左の通知を発したり。茲に之を転載して休刊の謹告に代ふ、
 拝啓 本年は暑気殊にに厳しく候処貴下益々御清康の事と奉慶賀候 扨誌上に於て予め広告致候処の『櫟林集第二集』発行の儀暑気酷烈の為め執筆甚だ困難を感じ候折柄医師並に友人の勧告も有之候に付右は甚だ残念ながら休刊致す事に致し候間不悪敷御承知被下度願上候 御払込の代金は別に御通知無之節は購読前金に繰込可申又は御申越に由り他の出版物を以て御償ひ可申上候 右御断迄に申上候                 草々
  明治四十二年八月         聖書研究社
                   内村鑑三
〔2022年5月24(火)午前9時20分、入力終了〕