内村鑑三全集21、岩波書店、568頁、4700円、1982.5.24
 
一九一四年(大正三年)七月より一九一五年(大正四年)一〇月まで
目次
凡例………………………………………… 1
一九一四年(大正三年)七月―一二月
『宗教と現世』… 3
自序………………………………………… 4
I TRUST IN JESUS.唯イエスを信ず ……… 7
人の善と神の善……………………………… 9
悔改の意義……………………………………11
復活と其状態…………………………………15
イエスキリストの復活
復活の状態
信者の復活
友誼の高価………………………………23
安心立命の途…………………………………24
人なる先生……………………………………32
基督的生涯とは何ぞ…………………………34
WHAT IS CHRISTIANITY?基督教とは何んである乎……36
救済の能力……………………………………38
患難と其結果 羅馬書五章三節四節の解釈……41
イエスの血と肉 約翰伝六章五三―五五節の研究……46
哲学と宗教……………………………………50
聖名の濫用……………………………………51
夏の午後『教へられし所の確実』…………52
THE EUROPEAN CONFLAGRATION. ……………56
WHO ShALL SURVIVE? ………………………57
秋と読書………………………………………58
WARS AND HOPE.戦乱と希望…………………59
偉人の戦争観 他……………………………61
偉人の戦争観
イエスの過激
意力の統一
約翰伝は何を教ゆる乎………………………66
一、約翰伝の著作問題
二、約翰伝の価値
三、約翰伝の教訓 必しも愛一方の書に非ず
ヤイロの女……………………………………95
イエスの弟子 他………………………… 100
イエスの弟子
間接の労働
誤らざる生涯 自分の実験
WHAT I READ.……………………………… 102
独逸国は亡びても 他…………………… 103
独逸国は亡びても
富源の価値
独逸に関する祈求
信仰………………………………………… 106
日本の基督教会…………………………… 107
宣教師と余輩……………………………… 108
戦争と伝道………………………………… 110
MY PEACE AND JOY.我が平和と歓喜 …… 111
平和とは何ぞ 他………………………… 112
平和とは何ぞ
幸福とは何ぞ
我等の救済法
聖書之鍵
自由の基礎
贖罪と復活………………………………… 115
信仰の勝利 戦はずして勝ちし実例 歴代志略下第二十章解訳 聖書を以てする聖書の解釈…… 120
牧師の指導………………………………… 127
欧洲の戦乱と基督教……………………… 128
文明=砲煙 他…………………………… 136
文明=砲煙
基督教と文明
THE GOSPEL THAT SAVES THE WORLD.世を救ふの福音…… 138
永生と不滅 他…………………………… 140
永生と不滅
幸福
過去の完全
戦争又戦争
基督者は誰か
王の誕生…………………………………… 144
紳士に非ず………………………………… 154
今年の仕事………………………………… 155
『感想十年』〔序文・目次のみ収録〕… 157
緒言……………………………………… 158
一九一五年(大正四年)一月―一〇月
誤錯の恐怖 無用なり…………………… 171
戦争の止む時……………………………… 173
修羅の巷…………………………………… 180
告白………………………………………… 181
文明の最後………………………………… 182
愛女の墓に葬る…………………………… 190
歳末と歳始………………………………… 192
新年のいのり……………………………… 196
PERSECUTION AND CHRISTIANITY.迫害と基督教…… 197
人の貴尊 他……………………………… 199
人の貴尊
信者の真偽
基督教の真価
信仰の強弱………………………………… 203
再嫁の教訓………………………………… 212
奇異なる信仰……………………………… 218
様々の批評………………………………… 219
植樹の福音………………………………… 221
OUR CHOICE.余輩の選択 ………………… 223
惟一人 他………………………………… 225
惟一人
純福音
神の法貨
祈祷の模範 最善の賜物………………… 230
馨しき生涯………………………………… 244
ウヲルヅヲスの詩に就て 畔上君の新著を紹介しながら…… 245
THE TIME OF BELIEF.信仰の時 ………… 247
春の曙……………………………………… 248
変らざる基督教 他……………………… 249
変らざる基督教
信仰の成功
祈願二ツ
偉人以上のイエス
罪と義(約翰伝十六章九、十節)……… 255
信仰の統一………………………………… 258
不信者と其生涯…………………………… 261
教会信者…………………………………… 262
ステパノの演説 使徒行伝六章八節より七章末節まで…… 263
NUMBERS OR QUALITY.数乎質乎 ………… 276
我社の感謝 他…………………………… 278
我社の感謝
真正の教会
寧ろステパノたらむ
変化の弁明 旧友に告ぐ………………… 280
主を讃えよ………………………………… 282
ピリポの伝道 使徒行伝第八章の研究… 283
罪の赦とバプテスマ……………………… 292
不深切なる教師 他……………………… 295
不深切なる教師
信者不信者の区別
信仰の欠乏 歎くに足らず
福音と来世………………………………… 297
福音対道徳
今世対来世
WHAT IS CHRISTIANITY? 簡短なる基督教…… 304
基督教国と基督教 他…………………… 306
基督教国と基督教
善悪の大小
自由福音の解
僕の信仰…………………………………… 309
約翰伝第六章大意………………………… 311
政党と教会………………………………… 319
完全の途…………………………………… 320
聴講録(1) ……………………………… 327
神の慈愛に関する比喩 路加伝第十五章…… 327
復活の記事 馬太伝二十八章………… 331
殉教者ステパノ 使徒行伝第六章…… 333
“I LOOK UNTO JESUS.” イエスを仰ぎ望む…… 336
空の空 他………………………………… 338
空の空 伝道之書第一章
「生の哲学」と十字架の福音
我が信仰の友 源信と法然と親鸞
寧ろ儒者に傚ふべし
信者の護衛
ジヨン・ハツスを懐ふ
日英問答…………………………………… 351
徒労………………………………………… 359
聴講録(2) ……………………………… 360
伝道と聖書の研究
保羅の改信 使徒行伝第九章
教会と聖書 朝鮮人に聖書研究を勧むるの辞
伝道之書一章
癒されし者に告げし辞…………………… 372
AMERICAN CHRISTIANITY.米国流の基督教…… 374
『爾国を臨らせ給へ』 他……………… 376
『爾国を臨らせ給へ』
何でもない
如何にして復活する乎…………………… 378
此世と我等と基督………………………… 382
約百記の研究……………………………… 383
第一回
第弐回
第参回 第三章−第三十一章
第四回 第三十二章−第四十章
第五回 第四十二章
日本紳士と基督教………………………… 411
HONEN'S THREE UTAS.法然上人の信仰歌三首…… 412
信者の祈祷 他…………………………… 414
信者の祈祷
キリストの愛
神を識るの途=苦痛
患難と神の愛
如何にして救はるゝ乎…………………… 418
我が信仰の祖先…………………………… 420
危険と安心………………………………… 422
恩恵としての苦難………………………… 423
約百記の概要……………………………… 424
約百記 一、二章
約百記 三、四章
約百記 従三章至三十一章
約百記 従三十二章至四十一章
約百記 四十二章
神を見ること 他………………………… 447
神を見ること
悪評の幸福
恩寵記に序す……………………………… 448
AMERICANS AS TEACHERS.………………… 449
イエスに頼る……………………………… 450
恩恵と罪…………………………………… 451
高価なる基督教 他……………………… 452
高価なる基督教
教会と戦争
基督者のたのみ
旧式耶新式耶
義人と患難
山上の垂訓の読方
福音大観 約翰伝三章十六節の註釈…… 460
余の尊卑…………………………………… 465
宗教と其の必要…………………………… 466
宗教の要素………………………………… 473
檪林樹下の涙……………………………… 478
発行満十五年……………………………… 480
 
別篇
付言(483)
社告・通知(486)
参考(491)
Be Ambitious.(491)
THE NECESSITY OF HAVONG A KNOWLEDGE OF JAPANESE LITERATURE.(495)
基督教青年会第二四回夏期学校講演(499)
過去二十年
基督教とは何ぞや
ヨハネ伝は何を教ふる乎
基督教とは何ぞや(523)
基督友会第二〇回大会講演(526)
モーリス氏記念講演
聖書研究に就て
約翰伝第六章
戦争に就て
 
一九一四年(大正三年)七月―一二月 五四歳
 
(3)     『宗教と現世』
                            大正3年7月8日
                            単行本
                            署名 内村鑑三
〔画像略〕初版表紙191×128mm
 
(4)     自序
 
 宗教は此世の事ではない、彼世の事である、肉の事ではない、霊の事である、人の事ではない 神の事である、純宗教の立場より見て此世と此世の事とは什麼でも可い事である、宗教は現世に対つて言ふ「我れ汝と何の干与《かゝはり》あらん乎《や》」と。
 然れども此世に何の負ふ所なく、又此世より何の求むる所なき宗教は此世と何の関係もない者ではない、宗教は此世に拠て立つ者ではないが、然し此世は宗教に依らずしては立つことの可能る者でない、純清《きよ》き宗教に根柢を据えざる国家と社会とは有て実は無き者である、此世が要求する最大の者は政治でも無ければ実業でもない人の生命は其宗教である、此世に宗教が絶えて其生命は失するのである。
 宗教と現世と非戦、非戦は宗教の真偽を試めす為の唯一の試金石である、戦争の廃止を迫らざる宗教はすべて虚偽の宗教である、真正《まこと》の宗教が此世に臨んで非戦は其必然の結果である、余が旧稿を集輯するに方りて三者に関する者を以て一事を作りし所以も亦茲に在ると言はざるを得ない。
  千九百十四年五月廿六日      東京市外柏木に於て 内村鑑三
 
   附言
 
 此書は新著述ではない、曾て一度、著者の主幹の下に成る雑誌『聖書之研究』に掲げしことのある論文、演説(5)の筆記等を蒐めて一書を作りたる者である、其の成りし時と場合とに差違がありし故に文体にも差違のある事は免がれ難いことである、然し乍ら其間に思想の差違は無いと思ふ、思想の一貫する一点より見て、之を一書と見做して、敢て差支は無いと思ふ。
 此書を編纂するに方て、筆硯の業に於ける余の目下の唯一人の共働者なる畔上賢造君が旧稿の選択其訂正、校正等に与へられし多大の勤労に就て余は茲に特書して君に感謝せざるを得ない。
  千九百十四年五月廿六日               著者
 
〔目次〕
 
  上篇 宗教
 
宗教の必要
実力の宗教
我が理想の基督教
基督教と世界歴史
基督教と法律問題
神学耶農学耶
青年に告ぐ
信仰と健康
医術としての宗教
 
  中篇 現世
 
家庭の建設
世の状態と吾人の希望
時世の要求と基督教
失望と希望
(6)基督信徒と社会改良
聖書の研究と社会改良
国は基督教なくして立つを得る乎
農民救済策としての基督教伝道
饑饉の福音
自由伝道と自由政治
東北伝道
余の好む人物
スチーブン・ジラードの話
 
  下篇 非戦
 
非戦論の原理
平和の福音(絶対的非戦主義)
戦時に於ける非戦主義者の態度
余が非戦論者となりし由来
平和成る(平和的膨脹策)
日露戦争より余が受けし利益
日露戦争と基督教の趨勢
朝鮮国と日本国(東洋平和の夢)
 
(7)     I TRUST IN JESUS.唯イエスを信ず
                        大正3年7月10日
                        『聖書之研究』168号
                        署名 Kanzo Uchimura.
    I TRUST IN JESUS.
 
I know not whether I am a good man or a bad man;I simply trust in Jesus.
I know not whether I am doing good or evil;I simply trust in Jesus.
I know not whether I can enter heaven or am to fall into hell;I simply trust in Jesus.
I trust in Jesus,yes, I trust in Jesus.Whether I shall be lifted up to the height of heaven,or be cast down to the depth of hell,I shall ever trust in Jesus.
 
     唯イエスを信ず
 
我は吾人なる乎又は悪人なる乎我は知らず、我は唯イエスを信ず。
我は善事を為しつゝある乎又は悪事を為しつゝある乎我は知らず、我は唯イエスを信ず。
我は天国に入り得る者なる乎又は地獄に落つべき者なる乎我は知らず、我は唯イエスを信ず。
我はイエスを信ず、然り、唯イエスを信ず、天の高きに上げらるゝも、或は陰府《よみ》の低きに下げらるゝも、我は(8)唯イエスを信ず。
 我は今は自己を責めず、責むるも益なければなり、我は唯イエスを信じ、彼に由て救はれんと欲す、而して聖書は此態度に出る我を慰めて言ふ、是故にイエスキリストに在る者は罪せらるる事なしと(羅馬書八章一節)。
 
(9)     人の善と神の善
                         大正3年7月10日
                         『聖書之研究』168号
                         署名なし
 
 今や人に善を為すと云へば彼の境遇を善くする事である、彼の収入を増す事である、彼の家庭を幸福にする事である、彼の肉体を健康にする事である、彼の智識を進むる事である、一言もて之を言へば彼の社会に於ける地位を高むる事である、米国の如きに在りては今や基督信者までが「基督教他なし、人の境遇を善く為るにあり」と言ふに至つた。
 然しながら神は斯くの如くにして人に善を為し給はないのである、東の西より遠きが如く神の途は人の途と違ふのである、神は人に善を為さんと欲して屡々其境遇を悪しく為し給ふのである、彼の収入を減じ給ふのである、時には彼の職を奪ひ給ふのである、彼の家庭を破壊し給ふのである、彼に疾病を降し給ふのである、彼の教育の途を塞ぎ給ふのである、彼をして世の侮視《さげす》む所とならしめて世の汚穢《あくた》また万の物の塵垢《あか》と為し給ふのである、神は人に善を為し給ふに方て今の人が、然り今の基督信者が、善の正反対と見做す事を為し給ふのである。
 而して其理由は明白である、人は外の貌を見、エホバは心を視たまふからである(撒母耳前書十六章七節)、人は外なる人の善を謀るに神は内なる人の善を計り給ふからである、彼は彼の心の中にキリストの成らんことを欲し給ふからである(加拉太書四章十九節)、彼をしてキリストの死の状《さま》に等からしめて亦其|復生《よみがへり》にも等しからしめんた(10)めである(羅馬書六章五節)、神が人の眼より視て屡々甚だ無慈悲に見えるのは是れがためである、彼は今の基督信者が理想とするやうなる善人又は慈善家ではない。
 人の施す善は暫時的であつて、神の施し給ふ善は永久的である、キリスト我心の中に成りて我は永久に幸福なる者と成るのである。
  是故に人キリストに在る時は新たに造られたる者なり、旧きは去りて皆新らしく作《な》るなり
とある(哥林多後書五章十七節)、神より此創造の恩恵に与りて、我は宇宙第一人と成るのである、社会に於ける地位を高められたのではない、宇宙に於ける地位を高くせられたのである、我等此事を知るが故にパウロと共に「キリストの為めに懦弱《よわき》と凌辱《はづかしめ》と空乏《ともしき》と迫害《せめ》と患難《なやみ》に遭ふ」を楽とするのである(仝十二章十節)。
 
(11)     悔改の意義
                         大正3年7月10日
                         『聖書之研究』168号
                         署名 内村鑑三
 
 悔改とは止《たゞ》に前非を悔ゆることではない、断然意を決して旧き生涯を去て新らしき生涯に入らんと欲することではない、悔悟悔悛と称して新約聖書の悔改の何たる乎を示すに足りない、悔改は勿論善き事である、併し乍ら効果の至て尠き事である、而してキリストは人を救ふに方て悔改と称するが如き浅薄にして微弱なる途に由り給はない。
 悔改、新約聖書に在りては之をメタノイア 〓 と云ふ、思意の変転の意である、止に行為の悔悛ではない、又品性の改善ではない、思意の一転である、意識の根本的改革である、人生の意義の新解釈である、自我の改造である、聖書は種々の言辞を以てメタノイア(悔改)の何たる乎を示して居る、今其二三を挙げんに、馬太伝十六章二十四節に曰く、
  イエス其弟子に曰ひけるは、若し我に従はんと欲はゞ己を棄て其十字架を負ひて我に従へ
と、茲に「己を棄て」とあるは「己れを無き者として」との意である、単に此罪彼科を悔いてゞはない、自己の存在其物を棄てイエスに従へとの意である、人は罪を犯したに止まらがい、罪の中に生れたのである、彼に在りては罪は偶然の出来事ではない、彼の固有性である、故に彼は罪を悔いて之を除くことは出来ない、彼は自己の(12)罪性を是認して、其改造を神に祈求《もと》むべきである、「己を棄つる」と云ふは此事である、自己は生れながらにして罪人なることを認むる事である、己れで己れを救ふ能はざる憐れむべき者であることを覚ることである、而して斯かる悔改、即ち中心の改造に十字架の伴ふは言ふまでもない、人はキリストの要求し給ふ悔改を実行して、此世の属でなくなるのである、而して此世の人は此世に死したる者を其内に置くに堪えず、故に挙つて彼を窘《くる》しむるのである、茲に於てか迫害は必ず真の悔改に伴ふのである。
 哥羅西書三章九節に曰く、
  汝等旧人と其行を脱ぎて新人を衣るべし、此新人は愈新たになり、人を造りし者の像に従ひて知識に至るべし
と、茲に旧人と新人と云ふは、単に比較的の変化を云ふのではない、旧き我れが悔改めて新しき我と成つたと云ふのではない、是れ此世の道徳家の言ふ所であつて、基督教は斯かる浅薄なる悔改を以て満足しないのである。旧人は「我れ」である、新人はキリストである、我はアダムの裔であつて、地より出し者であれば地的であり、キリストは神の子であつて、天より降りたる者であれば天的である、而して我は悔改めて、即ち我が生来の罪性を是認して、己を棄て、己れに死して、キリストを我家に迎へて、彼をして己れに代りて生かしむべきである、新人とは我の改まりたる者ではない、我れ以外の聖者である、我はいくら改むるとも旧《もと》の罪の我れである、故に我は自己に死して我れ以外の聖者、即ち新人キリストを迎へ、彼をして我が家に宿りて我が主たらしむべきである、悔改は自己の改築でない、自己の明渡しである、主人公の替代《たいたい》である、神の子イエスキリストが我に代りて我を占領し給ふ事である。
(13) 哥林後書五章十七節に曰く、
  是故に人、キリストに在るときは新たに造られたる者なり、旧きは去りて皆新らしく成るなり
と、是は悔改の何なる乎と合せて其結果を示したる言辞である、悔改は新造(創造)である、我等に在りて霊的造化が新たに行はるゝことである、茲に天より新動力が臨み、新生命が降り、聖霊が処女マリヤに降りてキリストの生れ給ひしが如くに、我等の裏に神の人なる新人が生るゝことである、而して其結果として我等に取り、旧きは尽く去りて万事は新らしくなるのである 宇宙は一変するのである、人生は全く新らしき意味を有つに至るのである、事物の価値は転倒し、今日まで貴しと思ひし者が卑しくなり、卑しと思ひし者が貴くなるのである、神を拒否する人世の価値は全く失せて、其富も名誉も何の誘引力なきに至るのである、是れ実《まこと》にメタノイアである、恩恵の変転である、意識の根本的変更である、行為は勿論のこと、思想も、嗜好も、趣味も、意志も全く一変することである、更生の一語が以て此内的大変動を言表はすに足りるのである。
 如恁くにして基督教の教ゆる悔改は前非の悔改ではない、新生涯の決心ではない、キリストの仰迎である、我れ以外の聖者、天来の新人なる彼を我が自我として迎へ奉ることである、而して此事のみが実際的に有効なる悔俊である、キリストを仰ぎ彼を我が主として迎へてのみ我は罪を其根柢より憎み、斥け、之を夷《たいら》ぐるに至るのである、キリスト無しの悔改は有終の悔改でない、是れは民の傷を浅く癒すことであつて、平和なきに平和平和と言ふことである、自省鞭撻、日も亦足らずと雖も、キリストを仰がず、彼を我が霊魂の奥殿に迎へまつらずして、真個の、根本的の、徹底的の悔改なるものは無いのである。
(14) 個人に於て爾うである、社会又は国家に於て爾うである、社会は自分で自分を改良することは出来ない、国家は自体で自体を廓清することは出来ない、社会はキリストを納けた丈け其れ丈け根本的に改良さるゝのである、国家はキリストを迎へた丈け其れ丈け実質的に廓清さるゝのである、キリスト無しの社会改良と国家廓清とは実は名のみにして実なき者である、社会の罪悪を摘発し、国家の罪人を筆誅すれば、其れで改良と廓清とが行はるゝと思ふ新聞記者等は未だ改良廓清の何たる乎を知らない者である、国家も個人と等しく悔改を要するのである、過去に於て犯したる罪を悔ゆるに止まらず、更らに進んで己れを棄て、自体に何の善きものゝ存せざるを知覚して、十字架を負ふてキリストに従ふべきである、所謂国家の神聖を唱へて、国家自体に何にか絶対的に聖善なる者の存するが如くに思ふは大なる間違である、罪人の集合体たるに過ぎざる国家は罪悪の綜合たるに過ぎない 国家も亦個人と等しく自己を潔むるに人以上の者の降臨を要するのである、神聖の所在を自体に於て求めて国家は終に滅びざるを得ない、其実例は羅馬である、アッシリヤ、バビロニヤ、ペルシヤ等の東洋諸邦である、所謂 Deification of the Nation(国家の神化)と称して、神ならぬ国家を神聖視するに至て、国家は終に神聖ならざるに至るのである。
 仰ぎ瞻よ然らば救はれん、ダビデの裔なるナザレのイエスを主と崇めよ、然らば実に潔められん。個人も、国家も、世界も。
 
(15)     復活と其状態
  去る五月中三回に渉り柏木聖書講堂に於て為せる講演の大意
                        大正3年7月10日
                        『聖書之研究』168号
                        署名 内村鑑三
 
     イエスキリストの復活
 
 イエスキリストの復活である、パウロの復活ではない、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ等の復活ではない、勿論我が復活ではない、此世の誰彼の復活ではない、我等が信ずると云ふのはイエスキリストの復活である、罪の子なる人の復活ではない、罪を知らざりし神の子イエスキリストの復活である、我等は人が復活せりと信じて不道理を信ずるのである、然し乍ら、曾て一回も罪を犯せしことなく、其敵人に向つて
  汝等の中誰か我を罪に定め得る者ある乎
と言ふを得し、純聖無垢の人なりしイエスキリストが死より復活せりと信じて我等は不道理を信ずるのではない(約翰伝八章四六節)、罪の価は死なりと云ひ、死の刺《はり》は罪なりと云へば、罪に生れし人の死するは当然であり又自然である 之に反して死の原因たる罪を知らざりしイエスキリストが死して其儘失せたりと云ふは不当であり又不自然である、我等は人の死するを聞いて驚かない、蓋彼の罪の人であるを知るからである、然し乍ら、茲に(16)曾て一回も罪を犯せしことなく、使徒ペテロの言葉を以て言へば、
  彼れ罪を犯さず、又その口に詭譎《いつはり》なかりき、彼れ※[言+后]《のゝし》られて※[言+后]らず、苦められて激語《はげしきことば》を出さず、只義を以て鞫く者に之を託《まか》せたり
と謂ふ完全《まつた》き人なるイエスが死して朽果しと聞いて我等は大に訝《あやし》まざるを得ないのである、我等が知る人はすべて罪の人なるが故に我等は其死を聞いて怪まないのである、然し乍ら、イエスは人の中に在りて一人罪を知らない者である 如何なる批評家も彼を罪に定めることは出来ないのである、彼に道徳的欠点を認め得る者とては古今東西一人も無いのである、彼が行ひしと云ふ奇蹟の業は無いとして、彼が道徳的に完全無欠の人でありしことは何人も是認せざるを得ないのである、而かして斯かる人が−而して斯かる人は世が始まつて以来唯一人あつたのみである−斯かる人が死より甦へりて昇天したと云ふのである、我等基督者は斯事を信じて敢て不道理を信ずるのではないのである。
 復活はまことに大なる奇蹟である、然し乍ら、品性の純聖は更らに大なる奇蹟である、而して此の奇蹟があつて彼の奇蹟は奇蹟でないのである、イエスの在りし事が既に奇蹟中の最大奇蹟である、道徳の法廷に於て一点の指《ゆびさ》す所の無き人の在りし事、其事が最大の奇蹟である、而して復活は此人に在つた事である、之を自然の結果と見て誤らないのである、我等はイエスは人なりと云ひ、而して人なるが故にすべての人の如くに死して朽果つべき者なりと思ふのである 然し乍ら、イエスは人であつて人でないのである、己を虚うし僕の貌を取り人の如き形状《ありさま》にて現はれ給ひし其意味に於ては人であつたが、罪を犯さず、罪を識らず、内にも外にも欠くる所なき者なりし其事実に於ては彼は人でなかつた 而して内が外に現はれんがために、体が霊に応《かな》はんがために、彼の場合に(17)於ては、生は死に勝て彼は死してより高き形状に於て復活したのである。
 健かなる身体に健かなる精神宿るとの諺は精神と肉体との深い関係を謂ふたる言辞である、同じ様に健かなる身体は健かなる靖神の結果であるとも謂ふことが出来る、精神と肉体との関係は相互的である、一は他に感化を及さゞるを得ない、而して罪の痕跡だも留めざる精神の肉体に及ぼす感化力の如何なる乎は、我等は其実例を人の中に見る能はざるが故に之を量り知ることが出来ないのである、而して唯一人、イエスキリストの場合に於て其感化力の如何なる乎が示されたのである、変貌の山に於ける彼の容貌の変化は彼の精神が彼の活ける肉体に及ぼしたる感化を現はしたるものである、
 其容貌変り、其|面《かほ》日の如く輝き、其衣は白く光れり
とあるは(馬太伝十七章二節)所謂神の栄の光輝《かゞやき》其質の真像《かた》が彼の活ける肉体を聖化せし其状態を謂ふたのである、而して復活は同じ精神がイエスの死せる肉体に及ぼしたる感化を現はしたるものである、罪を識らざる純聖の精神は生体は之を変貌の山に於けるが如くに光化し、死体は之をアリマテヤのヨセフの墓に於けるが如くに復活すとは、新約聖書がイエスの場合に於ける精神と肉体との関係に就て語る所である。
       *     *     *     *
 イエスキリストの復活、復活はイエスキリストの場合に於ては当然である、自然的である、肯《うけが》ふべくある、信ずべくある、罪の子なる人の場合に於ては在るべき事にあらずと雖も、神の子なる聖きイエスキリストの場合に於ては当然起るべき事である。
 
(18)     信者の復活
 
 イエスキリストは死より復活し給ふた、彼に在りては復活は当然であつた、自然的であつた、ペテロが言ひし如く彼は死に繋がれ在るべき者ではなかつた(行伝二章二十四節)、罪の子なる人に在りては信じ難き復活は神の子なるイエスキリストに在りては無かるべからざる事である 然らば信者の復活の希望は何に拠るのである乎 彼も亦人であつて、復活は彼に取りては不自然ではない乎、信者はキリストの復活を信ずるに止つて、之を自己に望むことは出来ないのである乎。
 然り、信者に復活の希望がある、之がなくして彼は信者ではない、兎にも角にも死たる者の甦に与からんことをとは使徒パウロの希求であつて、又信者各自の希求である(腓立比書三章十一節)、信者の希望と称ふは実に此復活の希望である、彼は唯漠然として未来の希望を懐くのではない、彼はキリストの如くに甦へりて永遠の栄光《さかえ》に入らんと欲するのである。
 而して信者の復活の希望は自己に由るのではない、主イエスキリストに由るのである、信者は人として復活せんと欲するのではない、是れ彼れが望んで能はざる所である、彼は主イエスキリストに在りて復活するのである、語を換へて言へばキリスト彼に在りて復活を繰返へし給ふのである、信者はキリストの宿り給ふ所の者である、而して我は復活《よみがへり》也|生命《いのち》也と言ひ給ひし彼は信者の体に宿りて又之をしも復活し給ふのである(約翰伝十一章廿五節)、イエスの霊の在る所には必ず復活がある、イエスの霊を接《う》けて復活は之を自然の結果と見ることが出来る、人は自分で復活することは出来ない、神は又人に自分で復活するの能力を賜はない、然れども
(19)  夫れ父は自ら生命を有ち給へり、其如く子にも賜ひて自から生命を有たせ給へり
とありて(同五章廿六節)、キリストは自から生命を有ち給ふ、即ち復活するの能力を御自身に具備へ給ふ、而して御自身の欲《この》む所に宿りて其処に復活を行ひ給ふ、キリストの在さゞる所に復活はない、然れども彼の在し給ふ所に死は終に生に勝つことは出釆ない、キリスト内在の特権に与りて信者は彼と偕に復活せざるを得ないのである。
 而て以上の事実を明白に言表はしたのが羅馬書八章十、十一節に於ける使徒パウロの言である。
  若しキリスト汝等に在さば(汝等の)身体は(性来《うまれつき》の)罪に縁りて死す、(然れども汝等の)霊魂は(彼の)義に縁りて生きん、而して若しイエスを死より甦らしゝ者の霊汝等に住まばキリストを死より甦らしゝ者は、其汝等に住む所の霊を以て汝等が死べき身体をも活かすべし。
 イエスの宿り給ふ信者と雖も其肉体は性来《うまれながら》の罪の故に死する者である、然れども、イエスは信者に宿り給ふに方て其霊魂に宿り給ふが故に霊魂はイエスの義の故に生く、自己の罪の故に肉体は死し、イエスの義の故に霊魂は生く、信者に在りては復活は彼の霊魂を以て初まるのである、然れども信者の復活は彼の霊魂を以て止まる者ではない、イエスの霊の宿る所となりて復活は霊魂より更らに肉体に及ぶのである、人は霊魂のみではない、又肉体のみではない、霊魂と肉体とである、霊肉は彼の実在の両方面である、故に霊魂に初まりし復活は肉体にまで及ばざるを得ないのである、之を果実に譬へて言はん乎、霊魂は其核心であつて、肉体は核殻、果肉、其他の部分である、而して生命一たび核心に臨んで終に果実全体にまで及ばざるを得ずと言ふと同じである、パウロの言に依れば信者は現世《このよ》に於て「霊の質《かた》」を神より賜はるのである(哥林多後書一章廿二節、同五章五節)、霊とは(20)勿論聖霊であつてキリストの霊即ち生命の霊である、「質」とは商業上の言辞であつて、手附金又は証拠金の意である、
  彼(神)また我等に印し、質として霊を我等の心に賜へり
とあるは生命の霊の一部を賜ひて信者をして今現世に在りて既に前以て復活永生を味はしめ給ふとの事である、信者の場合に於てはイエスの場合と異なり、復活は死して後直に行はるゝ事ではない、後いかん未だ露れずである、信者に在ては復活は現世の終末に行はるゝ事である、然れども彼は今と雖も既に復活の能力を実験するのである、今は霊の質を賜はりしに止て、其全額を賜はるに至らずと雖も、既に受取りし証拠金に由て全額払渡を証明せられ、又証拠金の品質に由て彼が最後に受取るべき義の生涯の報賞の贋金ならぬ純金の正貨なることを知るのである、斯くて信者が復活を待望むは、目的なき根拠なき者を望むのではない、既にキリストの霊を接け、彼の心の深き所に復活の能力を実験するが故に、其終に彼の死すべき肉体をも活かすに至るべきを望み且つ信ずるのである、信者は信仰を以てイエスを己が霊に迎へて、イエスは信者に在りて己が肉体をもて復活し給ひしが如くに、又彼(信者)の肉体をもて復活し給ふのである、曾ては同じく罪の子なりし信者が復活するのではない、彼は罪に縁りて死ぬるのである、然り、信者が復活するのではない、彼の衷に住み給ふイエスが復活し給ふのである、彼は義に縁りて生き給ふのである、而してイエスは信者の衷に在りて復活し給ふて信者と共に復活し給ふのである、信者はイエスの復活の同伴に与かるのである、彼と偕に挙げらるゝのである、我れ生くれば汝等も生くべしと彼が言ひ給ひしは此事である(約翰伝十四章十九節) 斯くて信者の復活に敢て不思議なる所はないのである、イエスの復活が当然であり、自然であるが如くに信者の復活も亦当然であり又自然であるのである。
 
(21)     復活の状態
 
 復活はあるとして、イエスキリストは復活し給ひしとして、信者は彼と共に復活するとして、其復活体なる物は如何なる物である乎、医学者が之を解剖した事はない、組織学者が之を顕微鏡の下に見た例はない、新約聖書が記す所のイエスの復活体なる者は天然界に見ることの出来ない者ではない乎、而して斯かる物があると言ひて信者は夢を語るのではない乎。
 或ひは然らん、然れども敢て問ふ、人類は既に天然を知り悉した乎、人類が天然に就て知る所は唯其僅少ばかりではない乎、医師が知る疾病の種類は多くして其療法の確実に知られたる者何ぞ尠きや、生理学上の問題にして解決されたる者幾許ありや、筋肉緊縮の原因すら未だ不明の事実に属するにあらずや、人は学術の進歩を口にするなれども、其進歩たる実は僅かに天然の表皮を掻きしに止まるにあらずや、人類の生活状態を一変せしと云ふ蒸気電気の発見は僅々過去一百年間の発見にあらずや、X《エツキス》光線の発見、ラヂユムの発見は孰れも世界を震駭せしめしに非ずや、宇宙のエネルギーは既に悉く発見されたりと思ふや、元素は既に悉く化学の精査を受けしと思ふや、太陽の光面に瓦斯体にて存在すると云ふ元素ヘリユムは亦何かの状態にて地上にも存在せざる乎、而して若し瓦斯体の元素ありと云ふならば更らに稀薄なる依的児《エーテル》体の元素なしとも未だ断言する能はざるに非ずや、言ふを休めよ、人類は天然を知悉せりと、明日又如何なる新元素の発見ありて、吾人の宇宙観を一変する耶、未だ知るべからざる也。
 縦し又新元素の発見なしとするも、動力の適用如何に由りては旧元素も亦新形態を取りて新物体として現はる(22)ゝにあらずや、重き粗雑なる綿糸と雖も製法如何に由りては経き精巧なる織羅となりて天使の衣を織るにあらずや、粘土より酸素を去りたる者が銀に似て銀よりも軽きアルミニユムに非ずや、変質は物体の一特質である、元素元素に非ず、元素は同一物の変体である、銅は金に化し、鉛は銀に化し、路傍の砂礫すらラヂユムに化するの時至らんとは新化学の唱ふる所である。
 事実如斯しであれば新約聖書の唱ふる肉体の復活は今より全然之を否定することは出来ない、吾人が今日有する肉体のみが霊魂を宿すに足るの唯一の機関であると言ふことは出来ない、血肉は神の国を嗣ぐこと能はずと云ふは、神の国に入りて其市民たるの特権に与かる者は血肉以外の更らに巧妙なる身体を具へたる者ならざるべからずとの意ではあるまい乎、パウロの言へるが如く、凡《すべて》の肉同じ肉に非ず、人の肉あり、獣の肉あり、鳥の肉あり、魚の肉あり、然らば其他に更らに天使の肉あり、霊体を構成する救はれし信者の肉ありと言ふを得ざる乎、神の能は吾人の肉眼に触るゝ所の造化を以て尽きたりと言ふ事は出来ない、彼が或ひは吾人が今日尚ほ知らざる所の元素を以て、或ひは今尚ほ人に知られざる所の動力を以て、此肉体より更らに精巧なる身体を以てイエスに由て贖はれし信者の霊魂を装ひ給ふとは信じ難い事ではない。
 
(23)     友誼の高価
                         大正3年7月10日
                         『聖書之研究』168号
                         署名なし
 
 友誼は貴くある、友誼は楽しくある、故に友誼は高価である、而して友誼の価値《ねうち》は友誼其物である、我等は時と場合に於ては友誼を犠牲に供するの覚悟がなければ之を享け之を楽しむことは出来ない、我がための友誼ではない、友のための友誼である、故に友の永久の(霊魂の)利益を計りて時には友に棄てらるゝの覚悟を以て彼のために尽さなければならない、彼の怨恨《うらみ》を買ひ、彼の憤怒を買ひ、彼の擯斥を買ふと雖も、彼のために真理を語り、彼の永久の利益を計らなければならない、友誼は貴くある、友誼は楽しくある、然し其代価は、甚だ高くある。
 人は利己主義を嫌ふ、然し此罪の世に在りては取りて最も安全なるは利己主義である、利己主義は此世の律法である、キリストの愛の律法とは正反対である、而して利己主義に由て行ふて我等は甚だ安全なるのである、慧《かしこ》き利己主義に友誼犠牲の苦るしき経験はない、友誼は之を己がために保存せんと欲すれば容易に之を保存することが出来る、然し斯く為して友誼は既に其根柢より破れたのである、友誼は到底此世で報ゐらるゝものではない、真正の友誼は天国に至て始めて実得することが出来、又正格に報ゐらるゝ者である。
 
(24)     安心立命の途
         或る日曜日の午後、求道に熱心なる或る老人に語りし所
                         大正3年7月10日
                         『聖書之研究』168号
                         署名 内村鑑三
 
 自分から聖くなりて其報賞として神に納けらるゝのではない、罪の身此儘を神に捧げて、神に聖く為していたゞいて、彼の聖旨に合ふ者となるのである、此の事は幾回も繰返すの必要があるのである、そは儒教に由て養はれ来りし我等日本人は何麼しても罪の潔清《きよめ》までも之を神に委ねる事が出来ないからである、我等は思ふのである我等の信仰にして熱烈ならん乎、然らば我は我が罪科を悉く※[火+毀]尽《やきつく》すを得、循つて聖者となりて神の子と称へらるゝに耻かしからざる者と成るを得べしと、然し事実は決して爾うではないのである、我は※[火+毀]かるゝために我身を与ふるとも罪なき者と成る事が出来ないのである、我等が神に対して為し得る事は唯一つある、即ち、神がキリストを以て我等に降し給ひし赦免の事実を信じ、罪の身此儘、不信の心此儘を彼に捧げまつる事である、而して一たび彼に捧げまつりし以上は、再び自分の事に就て苦慮することなく、唯神の羔なるイエスを仰瞻て我等の一生を終るべきである、我れ罪の勢力の復興して我が心霊を襲ひ来るを見んか、我はイエスを仰瞻るべきである、我れ不信の悪魔の我が主に対する熱心を毀たんとて我に迫るを感ぜん乎、我はイエスを仰瞻るべきである。
  汝等は神に由りてキリストイエスに在り、イエスは神に立られて汝等の智また義また聖また贖《しよく》となり給へり(25)とある(哥林多前書一章三十節)。信者はイエスに在るのである。而してイエスが(信者自身ではない)、信者の義また望また贖(完成)であり給ふのである、我等神に由りてイエスに在る者、即ち生命の根拠を自分より自分以外の者なるイエスに移せし者は、義も聖も贖も之を己が衷に求めずして、神が立て我等の義また聖また贖となし給ひしイエスに於て求むべきである、即ち己に省みると称して、益なき内省に耽りて、不可能る清潔を己が衷に求むべきでない、眼を衷より外に転じ、我が罪のために十字架に釘けられ、我を父の前に義とし給ひて甦りて今は父の右に座し給ふ救主イエスキリストを仰ぎ瞻るべきである、所謂基督教道徳なる者は煎じ詰《つむ》れば此一事に帰するのである、希臘語で人のことをアンスロポスと謂ひて「上を見る者」との意であると云ふが、基督信者は真正の意味に於ての人であつて、常に在天の父の右に在すイエスを仰ぎ瞻る者である。
       *     *     *     *
 余は常に思ふ支那人は東洋の英人であつて、英人(米人をも含む)は西洋の支那人であると、二者の特徴は実際を貴ぶに在る、支那人も英米人も物の実際に現はれたる結果を見るにあらざれば其価値を認めないのである、
  汝等休徴と異能《ふしぎなるわざ》とを見ずば信ぜじ
とはイエスが曾て其子の病を癒されんと欲して彼の下に来りし王の大臣に言ひ給ひし所であるが、然し、是れ彼が今日と雖も支那人や英米人の如くに、物の実際的結果を見るにあらざれば其価値を認めざる者に対つて言はんと欲し給ふ所であると思ふ、即ちイエスの福音の価値を認むるに方て英米の基督信者は頻りに其効果を見んと欲するのである、社会に在りては福音の社会的効果を、個人に在りては其行為、品性に現はれたる著るしき奇跡的変化を見んと欲するのである、彼等は真理なるが故に真理を信じ、信仰なるが故に信仰に頼るの能力に甚だ乏し(26)くある、即ち彼等も亦イエス在世当時のユダヤ、ガリラヤの人々の如くに「休徴と異能と」を見ざれば信じないのである、彼等が神癒と称して祈祷を以て肉体の疾病の癒さるゝことに重きを置くも彼等の此性癖に因るのである、彼等はキリストに在りて人類の憂患《わづらひ》の既に悉く取除かれしことを信ずる能はず、故に救済の事実を肉体の疾病《やまい》の治癒に於て認めんと欲するのである、彼等は又キリストの再来と称して、彼が其目に見ゆる復活体を以て地上に降臨し給ふことを望んで止まないのである、其他、信仰の証明と称して、一種の信仰の自慢談を繰返し、其身に現はれたる神の恩恵を述べて、以て彼の栄を顕はさんと努むるのである、即ち英米基督信者はイエスが十字架上に於て成就げ給ひし功績《いさほし》以外の事に於て信仰の確証を得んと欲するのである、彼等はイエスを信ずる其事に於てすべての満足すべての平和を発見することが出来ないのである、彼等はイエス御自身が信者すべての義また聖また贖であることが解らないのである、而して偶々彼等の間に斯かる信仰を懐く者があれば夢想家、神秘家の名を附して彼等を軽視むのである、英米人は勿論偉大なる国民である、産業の事に於て、商売の事に於て、工業の事に於て、すべて此世と肉との事に於て彼等が偉大なる国民であることは何人も疑はない、併し乍ら、神の事に於て、信仰の事に於て彼等が優等の民でないことは是れ亦世界の輿論である、英米人は信仰其物の真価を知らない、彼等は信仰が社会又は個人道徳の上に現はれたる効果を離れて、其物自身にて救霊の能力を具備《そな》ふる者であることが解らない、故に英米人の宗教は自から事業教、道徳教、社会改良教と成り了るのである。
       *     *     *     *
 我等日本人は支那人より儒教を学んで既に支那人化せられたのである、而して今や其上に西洋の支那人と称すべき英人より彼等特有の基督教を受けて、現実的の上に更らに現実的に成りつゝあるのである、我等は今や基督(27)教までも支那流の治国平天下的に解釈せんと試みつゝあるのである、我等の支那眼は英米人のそれと同じく「休徴《しるし》と異能とを見」んと欲して止まないのである、我等は見んと欲する、※[手偏+門]《さは》らんと欲する、感ぜんと欲する、奇跡を以て信仰を証明せられんと欲する、我等も亦今や我等の英米の教師に化せられ、信仰を信ずるの能力を失ひつゝある、是れ我等に取り大なる損失である、余は常に思ふ、英米人を宗教の教師として持つたことは日本の基督信者の大不幸であると。
       *     *     *     *
 言ふまでもなく信仰が救霊唯一の能力である、
  汝等我を仰ぎ瞻よ、然らば救はれん
とある(以賽亜書四十五章廿二節)、又
  モーセ野に蛇を挙げし如く人の子も挙げらるべし、是れ凡て之を信ずる者に亡ぶることなくして窮《かぎり》なき生命を受けしめんがためなり
と(約翰伝二章十四、十五節)、又
  汝等恩恵に由り信仰に由りて救はる
と(以弗所書二章八節)、又
  我等をして世に勝たしむる者は我等が信なり 誰か能く世に勝たん、イエスを神の子として信ずる者に非ずや
と(約翰第一章五章四、五節)、其他此種の聖語は数限りないのである、信、信、信と、安心も立命も信を措いて(28)他に無いのである、信仰の結果ではない、信仰其物である、信仰に由て疾病が癒る乎も知らない、又癒らない乎も知らない、然し癒らないとて信仰は其救霊の価値を失はないのである、信仰に由て必ずしも人が道徳的に完全になるとは定《きま》らない、然し彼に猶ほ旧時の多くの欠点が存《のこ》り居るとも、其れが故に信仰は救霊唯一の能力たるを失はないのである、人は信仰に由て救はると云ふは、信仰の結果に由て救はると云ふのではない、信仰其物が既に彼の完全なる救拯であると云ふのである、神の子イエスが我等の罪を担ふて十字架上に完全なる罪祭を神に献げてよりは、我等が救はるゝの途とては信仰を以て之を仰ぎ瞻るより他に無いのである、而して之を仰ぎ瞻るを得て、我等は其時完全なる救拯に与かるを得たのである、若しイエスの十字架に此異能がないならば彼の死は徒然《いたづら》なる業であつたのである(加拉太書二の廿一)。
       *     *     *     *
 然らば我等救はるゝために何を為すべき乎と問ふに、唯イエスを仰ぎ瞻んのみと答ふるまでゞある、祈祷が聴かるゝも聴かれざるも、災害《わざはひ》が臨むも臨まざるも、罪が潔めらるゝも潔められざるも唯イエスを仰ぎ瞻るべきである、基督者の信仰は儒者のそれの如くに内省的であつてはならない、仰瞻的《ぎやうたんてき》でなくてはならない、汚れたる自己を日に三度ならで、百度《もゝたび》千度省みたればとて、其れで自己《おのれ》が潔まりやう筈はない、
   我れ山にむかひて目を挙ぐ、
   我が扶助は何処より来るや、
   我が扶助は天地《あめつち》を造り給へるヱホバより来る
とある(詩篇百二十一篇一、二節)、高き天の山にむかひて信仰の目を挙ぐることである、我が扶助かる途は之を(29)措いて他にないのである、而して天の高き所に向て常に此仰瞻的態度に立て、我等は常に救はれし態度に立つのである。
       *     *     *     *
 イエスを仰ぎ瞻るに由て我等が自づと信仰の果《み》を結ぶに至るは言ふまでもない、信仰の結果が霊肉の健康であり、品性の向上であることは言はずして明かである、然し乍ら信仰を其結果と同視してはならない、信仰は信仰丈けにて救霊唯一の能力である、我等の目を信仰の結果に注いで我等は失望せざらんと欲するも得ない、信仰の結果は決して完全なる者ではない、若し人の救はるゝは其信仰の結果に由るならば、彼が救はるゝの希望とては全く無いと云ふことが出来る、若し信仰其物が救済の確証でないならば、信者に無礙《むがい》の平和とてはないのである。
       *     *     *     *
 英米流の基督教は頻りに信者より信仰の証明《あかし》なる者を要求する、彼等は信者をして人の前に主が己れに為し給ひし様々の驚くべき業を述べしめ其れに由て人をも救ひ兼ねて主の栄《みさかへ》をも顕はさしめんとする、是れ勿論決して悪いことではない、我が救はれしも確かに主の不思議なる業《みわざ》の一つであれば、我は之を己れに秘して我れ独り之を楽しむべきではない、併し乍ら、信者の信仰の証明なる者の尚ほ他に在ることを忘れてはならない、其れは言ふまでもなく主キリストの受難並に復活である、信者は何よりも先きに、何よりも多く、何よりも力を籠めて此証明を為すべきである、神が己れに為し給ひし業は頌《ほ》むべきであるが、然し是れ彼が其独子に於て就げ給ひし大なる業の余波たるに過ぎない、奇蹟中の大奇蹟はイエスの十字架と其復活である、恩恵中の大恩恵も亦是れである、此大奇蹟大恩恵を除いて、神が我等誰彼に施し給ひし奇蹟も恩恵も九牛の一毛である、大海の一滴である、
(30)  イエスは我等が罪のために附され、又我等が義とせられんがために甦へらされたり
とある(羅馬書四章廿五節)、福音のすべては聖書の此一節に籠つて居る、信者が世に立つはイエスの死と復活とを証明せんがためである、伝道とは畢竟此事に過ぎないのである、パウロがガラテヤ人の中に行ひし伝道は是れであつた、
  愚かなる哉、既にイエスキリストの十字架に釘けられし事を明かに著されたるガラテヤ人よ
と彼は言ふた(加拉太書三章一節)、彼は又コリント人に書贈つて言ふた、
  我れイエスキリストと彼の十字架に釘けられし事の外は汝等の中に在りて何をも知るまじと意《こゝろ》を定めたり
と(哥林多前書二章二節)、パウロが万国の民に対つて証明した事は唯此一事であつた、他の事は彼に取りては甚だ小事であつた。
 我等に取りても亦爾うでなくてはならない、我等も亦証明すべきである、イエスの十字架に釘けられし事と死して後に甦りし事を証明すべきである、此証明を除いて人の霊魂を救ふに足るの証明はない、神が我等の祈祷に応へて我等の疾病を癒し給ひたりとの証明は以て罪人の心を翻へして彼を聖父の膝下《ひざもと》に携帰《つれかへ》るに足りない、其他誰が悔改めたとか、誰が監獄に繋がれし囚徒の身より転じて熱心なる伝道師となりたりと云ふが如き事は、証明は証明である乎も知らないが、然かし大なる証明、人の霊魂を活き復へらしむる証明ではない、信者の証明は唯一つである、能力ある証明は唯一つである、イエスキリストの十字架に釘けられし事と、彼が聖父の能力に由りて復活せし事、余は繰返して言ふ、我等此証明を為すべし、時を得るも時を得ざるも、人を択ばず、場所を問はず、繰返し、繰返して此証明を為すべしと。
 
(31)     附言
 
  余は茲に英米の基督教の性質を述て、敢へて之を露仏又は独墺のそれに対照して言ふのではない、英米浅くして独仏深しと言ふのではない、キリストの福音を選むに方て国択《くにえらみ》を為すの必要はない、余が茲に英米の基督教の短所を挙ぐるは、我邦の基督教の過半以上がそれであるからである、余自身が主に英米人より基督教を聞いた者である、今の優に進行くならば日本国の基督教は英米二国のそれの此国に移植されたる者に過ぎないであらう。
  英米勿論敬すべきである、併し乍ら福音の主型は之を英米又は独仏に於て探ぐるべきでなくして、新約聖書其物に於て索むべきであるは言ふまでもない、我等日本人は生命の道は直に之をキリストより学ぶべきである、少くとも彼の直弟子なるパウロ、ヨハネ等より学ぶべきである、而して信仰の事に於ては英米人の決して優秀の民でない事は彼等自身の認むる所である、英米人は実際の民である、蒸気と電気の民である、工業と商業の民である、西洋の支那人である、現代の猶太亜《ジユース》人である、彼等が理想の民でなく、信仰の民でない事は万国均しく認むる所である、故に余は英米人の信仰を非難して敢て彼等を排斥するのではない、世に完全無欠の民はない、英米人は他の事に於て優秀である、然れども信仰の事に於ては物質的であつて、粗雑であつて、自《おのづ》から浅薄であると謂はざるを得ない。
  日本に留ること、或は十年、或は二十年、而して日本語を語る能はず、勿論日本文を読む能はず、英米宣教師の多数は此状態に於て在る、彼等が我等日本人を解りやう筈はない。
 
(32)     人なる先生
                         大正3年7月10日
                         『聖書之研究』168号
                         署名 柏木生
 
 人は余を先生と称ぶ、然り、余は彼等の或者よりも先きに生れし者であつて、其意味に於て余は正確に彼等の先生である、然し乍ら其他の意味に於て余は彼等の先生ではない、余は彼等に対つて余を彼等の生涯の模範と為よと言ふことは出来ない、余は彼等と偕に神の道を辿らんと欲する者たるに過ぎない、余は彼等の友人である、兄弟である、余はイエスが救済《すくひ》の君である 其意味に於て人の先生たる者ではない。
 余は神の器具《うつは》となりて福音の言葉を宣《のぶ》ることは出来る、然し乍ら神に代りて人を罪より救ふことは出来ない、生命は神にのみ在て存す、余は如何に努むるとも生命を人に供給することは出来ない、言葉を代へて言へば、余は如何に努むるとも人を信者に為すことは出来ない、彼に罪の悔改《くひあらため》を起すことは出来ない、彼に聖霊の聖潔を行ふことは出来ない、勿論彼の罪を贖ひて彼をして神の前に汚《しみ》なき疵なき者と為すことは出来ない、余が人の先生として彼等のために為し得る事は極めて僅少である、人は余を先生と称びて余が人として為す能はざる事を余より要求してはならない。
 人は直に神に由て救はれるのである、「人よりに非ず、又人に由らず、イエスキリストと彼を死より甦らしゝ父なる神に由る」と使徒パウロは言ふて居る、救済の貴きは是れがためである、神が直接に人に施し給ふ事であ(33)るからである。然るに此事を忘れて人なる先生に救つて貰はんと欲するは大なる間違である。人は何人も神の子であれば他の人を経ずして直に父なる神の膝下に到るべきである、神に祈求《もと》むべき事を人に要求めて、彼は失望せざらんと欲するも得ない、霊魂の満足は之を神に於てのみ得ることが出来る、之を人に於て得んと欲して、縦令パウロたり、ペテロたり、ヨハネたりと雖も、之に応ずることは出来ない、人物崇拝は信仰上の大妨害である、我等は人に頼るを廃めて直に神に依頼《よりたの》むべきである。
 
(34)     基督的生涯とは何ぞ
                         大正3年7月10日
                         『聖書之研究』168号
                         署名なし
 
 基督的生涯とはキリストを真似る生涯を云ふのではない、基督的生涯とは自分は死してキリストが自分の衷に在りて行ひ給ふ生涯を云ふのである、キリストの生涯である、キリストである、自分の衷に活き給ふキリスト御自身である。
 此事は明白であるべきである、而かも今や基督教会内に於てすら其事は甚だ漠然として居る、其外面に於て、又は其精神に於てキリストに似て居る者はすべて基督者として認めらるゝのである、或る米国宣教師が故桂公爵を称して基督者なりと云ひしが如き、又近頃或る他の米国宣教師が大隈伯を称して彼は「其心に於ては基督者なり」と云ひし如きは其類である、若し此筆法を以て論ずるならばソクラテスもプラトーも、モハメツトもゾロアストルも、孔子も孟子も、正成も義貞も皆な基督者となるのである、然れども斯かる論定の背理的なるは言はずして明かである。
 凡の善人は基督者《クリスチヤン》ではない、基督者は単にキリストの感化を受けたる者ではない、基督者は自分は死んでキリストが自分に代て活き給ふ者である、即ちキリストの分身である、キリストは葡萄樹《ぶだうのき》であつて基督者《クリスチヤン》は其枝である、二者の間に有機的の関係が無くして基督者は無いのである、キリストと我れとの間に「彼れ我れに在り、我(35)れ彼れに在り」と云ふ二者同体の関係が成立して我は真正《まこと》の意味に於ての基督者となるのである。
 
(36)     WHAT IS CHRISTIANITY? 基督教とは何んである乎
                         大正3年8月10日
                         『聖書之研究』169号
                         署名なし
     WHAT IS CHRISTIANITY?
 
 Christianity is not a ninstitution,a Church,Or Churches;neither is it creed,nor dogma,nqr theology;neither is it a book,the bible,nor even the words of Christ.Christianity is a person,a living person,Lord Jesus Christ,“the same yesterday,tOday,and forever.”If Christianity is not this,the ever-present living HE,it is nothing.I go directly to Him,and not through churches and popes and bishops and other useful and useless officers.“I in them,and they in Me,”−so says He of His disciples.When Christianity ceases to be History,−andit is not History,−then the need of authoritative churches disappears.
 
     基督教とは何んである乎
 
 基督教は制度ではない、教会ではない、夫れは又信仰箇条ではない、教義ではない、神学ではない、夫れは又書物ではない、聖書ではない、キリストの言辞でもない、基督教は人である、活きたる人である、昨日も今日も(37)永遠《いつまで》も変らざる主イエスキリストである。基督教が若し是れでないならば、恒に在す括きたる彼でないならば、是れ何でも無い者である、余は直に彼に往く、教会、法王、監督、其他有象無象の役僧を通うして往かない、「我れ彼等に在り、彼等我に在り」と彼は己が弟子に就て言ひ給ふた、基督教が歴史たらざるに至る時――而して基督教は歴史ではない――教権を有する教会なる者は消て了ふのである。
 
(38)     救済の能力
                         大正3年8月10日
                         『聖書之研究』169号
                         署名なし
 
 人間に可能る事がある、人間に可能ない事がある、人間に可能る事は人間が自ら進んで為すべきである、為さないのは怠慢であつて罪である、然し乍ら人間に可能ない事は神に為していたゞく可きである、可能ない事を為さんとするは僭越であつて是れ又罪である。
 人間に可能ない事の一ツは彼が自己を救ふ事である、是れ可能さうに見えて実は全く彼の能力以外の事である、神と離絶せし人間は自分で自分を救ふの能力を失つた、彼に理想は存つて居る、然し理想を行ふの能力は失せた、彼は自分で自分を救ふべきであると信じて居る、而して道徳と称し宗教と称して種々の方法を講じて自分で自分を救はんとして居る、然し可能ないのである、人間に多くの迷想があるが、然し彼が自分で自分を救ふことが可能ると思ふ程の大なる迷想《まよひ》はないのである、人間は天然に打勝つことが可能る、哲理を発見することが可能る、制度を定め、文物を進める事は可能る、然し自分で自分を救ふことは可能ない、世に憐れむべき者とて実は人間の如きはないのである。
 茲に於てか天啓の必要があるのである、人間の救済に関し神が設け給ひし手段方法の啓示の必要があるのである、神はキリストを以て人間の為すことの可能ない救済の途を備へ給ふたのである、即ちイエスキリストが人間(39)の救済であるのである。人間の側より見て信仰を以て彼に依頼むより他に救はるゝの途はないのである。
  汝等は神に由りてキリストイエスに在り、イエスは神に立られて汝等の智また義また聖また贖となり給へり
とあるは此事である(哥林多前一の三十)、イエスキリストに在りて神は完全に人間を救ひ給ふたのである、又人間は彼に在りてのみ完全に救はるゝのである、是れ大なる奥義である、是れ道義的のユダヤ人には礙《つまづ》きの石、哲理的のギリシヤ人には愚かなる思想《かんがへ》である、然し之に由て救済を実験せし者にはまことに神の大能又神の智慧(哲学)である(同廿三節)。 救はるるとは何んである乎、言ふまでもなく罪より救はるゝ事である、罪は汝等に主たらざるに至るべしとのパウロの言辞の実現を我身に於て実見する事である(羅馬書六の十四)、自分で輙《たやす》く自分を制御し得るに至る事である、理想が単に理想として存らずに、其実現を見るに至ることである(縦令幾部分なりとも)、慾より完全に離れ得ることである、人の名誉を求めずして、神の嘉納を以て無上の満足を感ずる事である、真正《まことたゞ》しき意味に於て神の子となる事である、生き甲斐のある生涯に入ることである、一言もて之を言へば生命を獲ることである、而してイエスの十字架のみが此最上の恩賜《たまもの》を我等に与ふるのである、実に不思議である、然し事実である、人間が実験し得る事の中で最も確実なる事実である。
 茲に於てか智者と学者とは言ふのである、人間は何故に自己の学究と修養と努力とに由て其理想に達し得ざる乎、何故にイエスの十字架と称するが如き自己の努力に何等の関係なき事に由て理想の実現を見るのである乎と、何故か、説明は附かないのである、然れども事実は蔽ふべからずである、過去千九百年間の人類の実験が「天の下の人の中に我等の依頼みて救はるべき他の名を賜はざる也」との使徒ペテロの言を立証し来つたのである。
(40)       *     *     *     *
 此世の道徳に在りては人間は自分で自分を救ふ能はずと言ふは大なる異端である、之に反して基督教に在りては人間は自分で自分を救ひ能ふと言ふは大なる異端である、両者の間に氷炭相容れざるの相違がある、道徳は自分の力を恃み、基督教は神の力に頼る、而して基督教が此世の信用を得んと欲して自分の力を恃むに至て、大なる堕落を免かれないのである、基督教は最高道徳なりと称する者は斯教根柢の意義を誤まる者である、基督教は純福音である、人間の救済に関しては神の絶対的大能に併せて人間の絶対的無能を唱ふる者である。 然り、人間は山を動かすことが出来る、陸《くが》を変じて海となす事が出来る、然し乍ら、彼は自分で自分の霊魂を救ふ事は出来ない、全能の神のみが彼の霊魂を救ふ事が出来る、而して神はキリストを以て此奇蹟を行ひ給ふのである。
 
(41)     患難と其結果
         羅馬書五章三節四節の解釈
         六月廿一日横浜に於て、同廿八日柏木に於て我愛する教友に語りし所の大意である
                         大正3年8月10日
                         『聖書之研究』169号
                         署名 内村鑑三
 
  歓喜は信者日常の生活状態である、彼は端座道を講ずるのほか何事をも為さゞる儒者の如き者ではない、又悲憤慷慨、日も亦足らざる所謂憂国の士ではない、歓喜は信者の生命である、汝等常に主に在りて喜ぶべし、我れ重ねて言ふ、汝等喜ぶべしとはパウロの言辞であつて、又信者が相互に対して言ふ所の言辞である、心の深き所に禁《た》え難き歓喜を貯へない者は基督信者であると言ふことは出来ない(腓立比書四の四)。
 信者は常に喜ぶ者である、喜ぶべき時に喜ぶに止まらない、患難《なやみ》の時にも喜ぶ者である、信者は歓喜を以て患難に勝つ者である、単に患難に耐《たゆ》るに止まらない、患難を喜ぶのである、患難を諦めるのではない、其由て来りし深き理由を探りて之を利用し、之に由りて神に近づき自己を完成うするのである、信者は患難を損害なりとは意はない、大なる利得なりと思ふ、患難は信者を潰さない、彼を深くする、患難を不幸と称する者は不信者である、信者は患難を喜ぶ、そは神の最大の恩恵は患難に由りて彼に臨み、人生最大の幸福は患難に由りて彼に来るからである。
(42)  蓋患難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず
とパウロは言ふた、患難、忍耐、練達、希望、……孰れもパウロ独特の辞である、之には孰れも独特の意味がある、其意味を探つて、パウロの此言の深き意味を味ふことが出来る。
 患難(〓)は単に苦難《くるしみ》ではない、痛いこと又は辛《つ》らいことではない、パウロの謂ふ患難は「事物《もの》の行詰り」である、前後左右に途の塞がることである、進退維れ谷ることである、如何ともする能はざる状態に陥ることである、而してパウロの生涯に於て斯かる場合は幾回《いくたび》もあつたのである、彼がピリピに於てシラスと共に桎《あしかせ》を掛けられて獄《ひとや》に投入れられし時に彼は此状態に在つた(行伝十六章十二節以下)、彼がダマスコに於てアレタ王に属ける邑宰《まちつかさ》(市長)の執ふる所となり、筐《かご》を以て※[片+(戸/甫)]《まど》より石垣に添ひて釣下されて其手を脱《まぬか》るゝを得し時に彼はまた此状態に在つた(哥林多後書十一章三十二節)、彼れ自身の言を以て言へば
  我等四方より患難を受くれども窮せず、詮方尽くれども希望を失はず、迫害《せめ》らるれども棄られず、跌倒《たふさ》るれども亡びず、我等|何処《いづく》に往くにも常にイエスの死を身に負へり
と云ふ窮迫の状態に彼は幾回となく陥つたのである、而して是れがパウロの謂ふ所の患難である、八方塞り、行路の行詰《ゆきつま》り、人力を以て如何ともする能はざる状態、……パウロの謂ふ所の患難とは此事である、深き谷底に落ちて、岩の隙間《はざま》に挟まれて、運動の自由を失ひし状態……パウロの謂ふ所の患難とは此事である。 
 然らば忍耐とは何んである乎、忍耐は単に「耐ゆる事」又は「我慢する事」ではない、単に「患難に遇ふて倒れない」と云ふ事ではない、希臘語の〓之を英語に訳すれば Remain under である、日本語に直訳すれば「下に止まる」である、落つる丈け落ちて其れ以下に落ちずして其処に止まることである、建築師が砂又は泥土《どろ》(43)の上に家を築かんとして、地を掘下げて岩石又は硬土に達し、其処に土台を据えることである、動かざる基礎に達して其処に止まることである、……忍耐、下に止まる、夢の浮世より振落されて、千代経し堅き岩に達し、其処に止まり、新たに土台を築くことである、而して患難は忍耐を生ずと云ふは此事である、患難の我等に臨むは我等が頼るべからざる者に頼るからである、我等自己に頼る時に、世に頼る時に、勢力に頼る時に、智慧に頼る時に、患難は我等を見舞ひて、我等を我等が拠て守る脆き城廓より攻落すのである、而して攻落されて我等は自己《おのれ》に帰り、頼るべき者に頼るべく余儀なくせられ、終に永遠の岩に達し、其れに縋り、其上に止まり、其処に新たに生涯の基礎を据えて、朽ざる、壊れざる、窮《かぎり》なく有《たも》つ所の「天より賜ふ我等が屋」の建築に取かゝるのである(哥林多後書四章一、二節)、患難は壊される事である、而して忍耐は壊されて止まるべき所に止まることである、改築のための患難である、而して忍耐は改築第一歩である、永遠に壊《やぶ》れざる土台の据附である、人に頼ることを廃めて神に頼りて生涯の行程に就くことである、イエスの言を以て言へば
  雨降り、大水出で、風吹きて其家を撞《うて》ども倒ることなし、是れ磐を基礎《いしずゑ》となしたれば也
とある、其家を築かんがために、霊魂の深き所に神に求め、其処に新たなる生涯の基礎を定むることである、忍耐と云ひて、忍従的不屈ではない、建設的活動である。
 忍耐は練達を生ずと云ふ、練達と訳せられし希臘語の〓《ドキメー》は広き意味の詞である、之を熟練とも、実験とも、実行とも亦実現とも訳することが出来る、隠れたる者が事実となりて,外に現はるゝ事である、而して此場合に於ては患難に由て毀たれ、忍耐に由て新たに基礎を据たる信仰が実験となりて行為に現はるゝ事であると思ふ、故に練達と訳せずして実行と訳するならば意味が更らに明瞭になるであらふと思ふ(英訳の experience を参考せ(44)よ)、而して「忍耐は実行を生ず」と読んでパウロの此言の意味が一層深く味はれ得るのである、患難に由て一たび我が誤まれる立場を失ひ、忍耐に由て我が立つべき永遠の磐に達し、此所に新たに基礎を定めて、新生涯の実行を試むるに至る、破壊の目的は再建に在る、神が其愛する者に患難を降し給ふは震はるべき者を震ひ落して震はれざる者を築かんためである(希伯来書十二章廿七節)、故に患難の結果が忍耐を歴て実行となりて現はるゝは当然の順序である、患難のための患難ではない、破壊のための破壊ではない、再び毀つこと能はざる信仰の城廓の築かれんために降されし患難の鉄槌《てつすゐ》であつたのである。
 患難に由て毀たれ、忍耐に由て支え、実行に由て再築し、美はしき義の果を結ぶに至る、然れども事は茲に止まらないのである、練達(実行)は希望を生ずとある、希望とは勿論復活永生の希望である、信者は信仰の生涯を実行して此世に神の恩恵を楽しむに止まらないのである、信仰の実行は直に彼をして上天を仰がしむるのである、彼は信仰の生涯に成功して更らに永生を恋慕ふに至るのである、患難に由て彼に臨みし墜落《すゐらく》は忍耐に由て永遠の磐に達して止まり、茲に勢力を盛返して、新生涯を実現するに至るや、彼は地上の勝利を以て満足する能はず、終に天上の栄光を望むに至るとのことである、「已に上に昇れりと云へば先づ地の下に降りしに非ずや、降りし者は即ち諸の天の上に昇りし者なり」とあるが如し、今図を以て此順序を表さんには左の如くに成るのである、
 患難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ずと云ふ、故に患難にも欣喜《よろこび》をなせりと云ふ、パウロは彼の信仰の生涯の実験として此驚くべき言を発したのである、而して我等東方の日本に於て、彼より千九百年後の今日に於て、彼の此言の亦適切に我等の実験を語る者であることを知るのである、使徒パウロと生涯の実験を共にする我等は実に福なる者であると言はざるを得ない。
(45)〔図略〕
 
(46)     イエスの血と肉
         約翰伝六章五三−五五節の研究
         七月十二日、今井館附属柏木聖書講堂に於ける講演の要点                         大正3年8月10日
                         『聖書之研究』169号
                         署名 内村鑑三
 
 イエスの血は彼の死である、「其子イエスキリストの血すべて罪より我等を潔む」とある其血である、又「我等敵たりし時に其子の死によりて神に和ぐことを得たり」とある其死である、「血を流すこと有らざれば赦さるゝことなし」とありて血と云へば血を流すこと而ち死である、犠牲の死である、天然的に自づから来たる死でない、他者の罪のために強暴的に受くる死である、故にイエスキリストの血と云へば彼が人類の罪のために強暴的に受け給ひし十字架上の死を指して謂ふのである、而して「其血を飲まざれば汝等に生命なし」と云ふは「イエスの受け給ひし死を我受くべき死として認むるにあらざれば我に生命あるなし」と云ふことである、我が罪のために我が流すべき血をイエスが我に代りて流し給ひしことを覚認する事である、而して此覚認なくして罪の赦免あることなく、又其結果として永遠の生命の我衷に臨むことは無い、己が罪を自覚して鹿の渓水を慕ひ喘ぐが如くに神の義を慕ふ者に取りてはイエスの血は真の飲料である、故に彼は言ひ給ふたのである
  人もし渇かば我に来りて飲め
(47)と(七章三十七節)、霊魂の渇を癒す者にして実にイエスの血に如く者は無いのである、「血を飲む」と云へば如何にも血腥く感ずるなれども、然れども信者の霊的実験を言表はす言辞にして之よりも適切なる者は無いのである、基督者は実に時々刻々イエスの血を飲む者である。
 イエスの肉は彼の生命である、肉と云ふは体といふと同じである、而して体は生命の体現である、故に肉と云ふは又生命と云ふと同じである、而して人の生命は彼れ自身であるから、己が肉を与ふると云ふは自己を棄つると云ふと同じである、斯く解してイエスの左の言辞の意味が判明るのである、
  我は天より降りし生ける(生命を与ふる)パンなり、若し人此パンを食はゞ窮なく生くべし、我が与ふるパンは我肉なり(我が生命なり、我れ自身なり)、我れ世の生命のために之を与へん、
 而して彼の聴衆が彼の言辞を誤解せざらんがために、イエスは之に附加へて言ひ給ふたのである、
  生命を与ふる者は霊(聖霊)なり、肉は益なし、我が汝等に語りし言は霊なり、生命なり(霊に就て語りしなり、生命に就て語りしなり)
 如此してイエスの肉を食ふと云ふことは彼の生命を摂取することである、聖霊の恩賜に与ることである、「彼れ我に居り、我れ彼に居る」と云ふ密接なる関係に入ることである、而して信者がイエスと此関係に入ることを得るは、イエスが自から進んで自己を棄て、其肉を十字架に釘け給ひしに因るが故に、其意味に於ても信者はイエスの肉を食ふの必要があるのである。
 イエスの血と彼の肉、…………イエスの血に由て罪を洗らはれ、彼の肉を以て生命を供せらる、先づ罪を赦るされ、然る後に生命を賜はる、洗滌と堅信、……完全に救はれんがためには此二箇の径路に由らざるを得ないので(48)ある、イエスの血を飲まずして、直に彼の肉を食ふことは出来ない、然ればとて、血を飲みた丈けで彼の救済に与かる事は出来ない、血を飲むの実験を経て後に肉を食ふて始めて真正しき彼の救済に与かる事が出来るのである、神がイエスを以て我等のために備へ給ひし救済に入るの途として希伯来書記者は左の如くに言ふて居る、
  是故に兄弟よ、我等イエスの血に由りて其の我等のために開き給まへる新らしき生ける路《みち》(生命に入るの途)より(神と人との間に張られたる)幔《まく》なる其肉体を通り、憚らずして至聖所《いときよきところ》に入る事を得べし
と(十章十九節)、即ち至聖所、即ち神の宝座の在る所、即ち天国に入らんと欲せば、イエスの血に由り、其肉体を通過せざるべからずとの事である、言辞にユダヤ的臭味ありと雖も、救済の実験を語る言辞として深き真理を語る者である。
 「我が血を飲み我が肉を食はざれば汝等に生命なし」とイエスは明白に言ひ給ふたのである、我が十字架の血に由て汝等の罪を赦され、我に由りて赦されし者に我が降す聖霊を身に受けずして、汝等は我が救済に与かる能はずと言ひ給ふた、罪の赦免と聖霊の恩賜、救済の二大要件は此の二個である、其一を欠いて救済は無いのである、イエスは此言辞を発して彼の福音の特徴を示し給ふたのである。
 此世の宗教の或者は罪の赦免を欠き、或者は生命の供給を欠いて居る、仏教の如き甚だ貴き宗教であるに相違ないが、然し其喚起する罪の観念たる、実に微弱なりと言はざるを得ない、其浄土門の如き如来の慈悲を説いて余ます所なしと雖も、人をして其罪を自覚せしめ、自己の汚穢に堪え得ずして、至聖者の前に平伏して、
  我れ自己を忌み嫌ひ、灰を被りて汝の前に悔ふ
と言ふが如き深き悔恨の声を揚げしむる事は出来ないと思ふ、勿論悔恨其物は救済ではない、然し乍ら、救済の(49)深浅は悔恨のそれに由て定まるのである、深く罪を悔ひてのみ深く救済の恩恵を感じ得るのである。
 而して此世の宗教の特質として罪を責むること甚だ寛大である、人は何人も己が罪を曝露さることを嫌ふが故に、神に遣されざる宗教家は厳く罪を追究せずして彼を救済に導かんとする、故に此世の宗教に在りては罪の芟除《さんじよ》の設備が甚だ不完全であるのである、而して基督教に在りても亦、世の歓迎を望んで其趣味に会はんと欲するや、必ずキリストの十字架を以て表現されたる罪の義罰の事実を隠蔽し、十字架|除《ぬ》きの福音を説いて却て広量を誇るに至る、所謂人情的基督教の力説する所は「生命、生命」である、彼等は如何にも生命は神より直に何人の心にも降り来るやうに説く、彼等は神と人との間に罪と云ふ大なる障害物の存する事を説かない、彼等は人は生れながらにして神の愛子であると云ふ、彼等は神は御自身無限の苦痛を嘗めて人の罪を取除き給ひし事を語らない、彼等は人に「イエスの血を飲ません」と為ない、彼等は斯かる言葉を以て迷信の極なりと嘲笑ふ。
 然し基督教の貴きは茲に在るのである、人にイエスの血と合せて其肉を供ふるに在るのである、罪の贖の血と合せて復活の体の素因となるべき肉即ち生命を与ふるにある、人は実にイエスの血を飲まず其肉を食はずしては救はれないのである、人は死して(血)復活へりし(肉)イエスを実得し(飲み又食ひ)てのみ真の生命に入ることが出来るのである。
 イエスの血と彼の肉……彼の血は真の飲料《のみもの》である、彼の肉は真の食物である、福音の真髄は今も尚ほ是れである。
 
(50)     哲学と宗教
                         大正3年8月10日
                         『聖書之研究』169号
                         署名なし
 
 哲学の目的は自己を識るにある、宗教の目的は神を崇むるにある、而して人は神を崇めてのみ能く自己を識る事が出来る、宗教は哲学の淵源である。
 
(51)     聖名の濫用
                         大正3年8月10日
                         『聖書之研究』169号
                         署名なし
 
 神の名を神のために用ふるは可なり、自己のために用ふるは不可なり、神の名を自己のために用ふる、此を称して神名の濫用とは云ふなり、自己の行為を弁護せんために、自己の事業を称揚せんために、神の名を口に上げて我等は十誡第三条の禁を犯すなり、神の名を日常の事に用ひて其尊厳は鈍り、其神聖は涜されざるを得ず、慎むべきは聖名の習慣的使用なりとす。
 
(52)     夏の午後
        『教へられし所の確実』
                         大正3年8月10曰
                         『聖書之研究』169号
                         署名 内村鑑三
 
  是は炎熱灼くが如き夏の午後、或る旧き友人の訪問を受けて彼に余の今日の信仰状態を打明かさんとして述べし所である。
 余は基督教を信じてより今年で三十六年に成る、然し乍ら未だ全く基督教が解つたと云ふことは出来ない、基督教に今猶ほ未決の問題が多くある、キリストは何人である乎、聖書は如何にして成りし乎、約翰伝は果して使徒ヨハネの著作である乎、聖書は如何なる意味に於て神の言葉である乎、贖罪は単にユダヤ思想としてのみ見るべきである乎、其他基督教の諸問題にして学者の異議なき一致を見る能はざる者は挙げて数ふべからずである、此時に方り余が拠て以て信仰の基礎とすべき者は有る耶無い耶、又若し有るとすれば、其は何んである耶、其事を定むるのは最も大切である、余は或時は思ふ、余が三十六年間の基督教の研究に由て贏ち得し所は何物である乎と、余は之を思ふて読書研究の労多くして功尠きことを歎ぜざるを得ない、数年に渉る研究の結果として余の作り上げし学説は他の研究者の一撃に遭ふて打壊され、築いては毀たれ、建ては崩され、希望と失望とを続けて今日に至りしを思へば自分ながら無益の労を憐まざるを得ない、然し乍ら、余は正直なる研究の決して無益でな(53)かつた事を信ぜざるを得ないのである。余の半生の研究は余に何にか一つ永遠の真理を供したであらふと思ふ、余は無益に数百千冊の書物を繙読したのではないと思ふ、余の作りし学説は悉く夢であつて、余の築きし教義は悉く幻でありしとするも、余は研学の苦業を重ねつゝありし間に何にか一つ永遠的の、宇宙的の、万有の基礎として見るに足るべき真理を獲得したのではあるまい乎と思ふ。
 而して斯かる真理の一は確かに神は愛であると云ふ事である、此事たる言ふに至て容易《やす》くして信ずるに甚だ難くある、神が愛でない証拠として挙ぐるに足るの事実は決して尠くない、天然を見ても、歴史を調べても、余一
個の生涯の実験に照らして見ても神は愛に非ずと唱へて差支の無い事実は無いではない、然し乍ら天然と人生との研究を続ければ継くる程神は愛に非ずとの提議を維持する事の益々困難なるを覚るのである、万物の赴く所は愛、万物の竟《おは》る所は愛、万物を支配する所の法則は愛……天然と人生との研究の結果は終に茲所に帰着せざるを得ないのである。
 神は愛である、而して愛の行為は犠牲である、愛は犠牲として現はれざるを得ない、而して神は最高の愛であるが故に彼は最大の犠牲を払ひ給ふ、彼は人類の罪悪に対するに義罰を以てし給はない、御自身其罪を負ひて彼等に代て苦しみ給ふ、彼は如何なる方法に由て人類の罪を負ひ給ひし乎、其事は判明らないとして、神が愛である以上は、彼は何かの手段に由りて、御自身我等の罪を負ひ、我等に代て苦しみ給ひて我等の科を除き給ふとは是れ亦神に関する思想として動かすべからざる者として認めざるを得ない。
 神は愛である、其行為は犠牲である、余の信仰を煎詰むれば残る所は是れに過ぎないであらふ、然し乍ら是れ実に莫大なる残物である、是れ丈け残れば実は他の物は要らないのである、是れ万巻の書を読破して求むるの価(54)値ある真理である、余の半生の研学の結果として是れ丈けが判明りしならば余の労苦《くるしみ》は充分に償はれたと言はざるを得ない、我等は死んで我等の愛読した書籍を背負ふて彼所に往くのではない、我等の把持せし学説の果して永久の真理である乎、是れ何人も断言することの出来る事でない、我等はたゞ一個か又は二個の大真理を心裡に収めて此世の土産として彼所に往くのである、余も亦幸にして少しく文字を解するを得、少しく螢雪の功を積むを得、光明《ひかり》欲しさに泣くを得て、是れ丈けの真理を余の有と做すを得しならば、余は余の研究の結果を充分に収め得たりと云ふて差支がないだらふと思ふ。
  一、神は在る。
  一、其神は愛である。
  一、愛の行為は犠牲である。
 他の事は悉く過誤《あやまり》であつても、此事だけは真理である、宗教哲学の諸問題は悉く不明に終るとも此事だけは確実である、余は此事を余の信仰として維持する事が出来る、是れ余の「教へられし所の確実」である(路加伝一章四節)、今日余の所有する書籍が悉く焼失しても此事だけは余と共に残るであらふ、縦し近世の聖書学者の研究の結果として聖書の天啓説が悉く打壊きるゝとも此事だけは聖書が余に教へて呉れし無限の真理として永遠に余を離れまいと信ずる、而して余は他の事を唱へざるも此事は之を唱へざるを得ない、余の伝道なる者は実は此単純なる真理の宣伝に過ぎないのである、永生と云ひ、天国と云ひ、救済と云ひ、此真理の実現に過ぎないのである。
 然らば人は言ふであらふ、是れ単純なる真理なり、誰か之に対して異義を挟む者あらんやと。
 然り、之に対して異議を挟む者は無い乎も知らない、然し乍ら、之を信じて之を行ふ者は尠ない、神が在ると(55)信じて之に基ゐて実行して此|虚偽《いつはり》の世界に大革命が起らざるを得ないのである。
  汝、神は唯一なりと信ず、如此信ずるは善し、悪魔も亦如此信じて戦慄《をのゝけ》り
と使徒ヤコブは言ふた、神は在りと信じて行ふ事、其事が真の信仰である、我等は信仰問題と称して種々の込入《こみいり》たる問題に没頭し、冥想し、讃嘆するを以て信仰的生涯を送ると称するを廃めて、簡単にして明瞭なる此真理の実現に努むるならば、我等の信仰は更らに明瞭となるに加へて更に深遠になるであらふ、今や余の生涯も既に子午線を過ぎて、蔭影の少しく傾くに到りし頃、余は益々信仰の単純を求めて止まないのである。
 今や全世界は修羅の巷と化しつゝある、然し神は愛である、万事悉く善に終らざるを得ない。
 
(56)     THE EUROPEAN CONFLAGRATION.
                       大正3年8月11日
                       『万朝報』
                       署名 Kanzo Uchimura.
 
 Whatis the Western Civilization after all? They say it is the Christian Civilization.But,is it? Is it a Civilization based upon the Crucified One? Certainly it is not.It is a civilization based upon the Crucifying One,the Devil,“a murderer from the beginnlng.”War,War,−War,upon the slightest pretext,−that is a cry and inborn propensity.To say that their civilization is based upon the Gospel of Peace is the grossest falsehood.The present conflagration of Europe is the veriest evidence,Written with hell-fire upon the face of the sky,that theirs is a sham civilization,beautiful upon the surface,but,within,dead vacuity.And war is nothing but the meeting of vacuity with vacuity.Like a thunder-storm in a summer afternoon,the two poles of humam wrath come to crash to spend itself,to leave the sky clear for the better and beautiful thing.
“Rejoice greatly,O daughter of Zion;shout,O daughter of Jerusalem;behold thy King cometh unto thee:he is just and having salvation;lowly,and riding upon an ass,…………And he shall speak peace unto the(European)heathen:and his dominion shall be from sea even to sea,and from the river even to the ends of the earth.”
 I am confident that after all,the good time,yea,the golden time,is comlng.
                 Aug.9,1914・Kashiwagi,Tokyo.
 
(57)     WHO SHALL SURVIVE?
                        大正3年8月14日
                        『万朝報』
                        署名 Kanzo Uchimura.
 
 At this time of universal destruction,the important question is:Who shall survive? Not certainly the strongest,for all fighters shll be destroyed,the strongest as well as the weakest.THE MEEK SHALL INHERIT THE EARTH.The unarmed,non-resistant,probably the Jew or the Chinese,or a small Christian nation which is Christian in the true sense of the term,――it shall survive and inherit the earth.All the others shall be destroyed,the nations that“trust upon horses and chariots,”be they the strongest,or the bravest,or the wisest.And happy is that nation which shall keep itself aloof from the maelstrom of general destruction.Which that nation shall be? Oh,may it be mine!Oh may the mine be wise to be foolish at this moment,and be brave to control itself and be quiet!The Almighty took the cup of fury,and caused all the nations to drink it.They drank,and are now mad.only the lowly and humble shall be sober at this moment,and remainlng quiet when the cyclone is blowlng,shall find itself the inheritor of the earth,When the fury shall have passed away.
                 Aug.12,1914.Kashiwagi,Tokyo.
 
(58)     秋と読書
                         大正3年9月10日
                         『聖書之研究』170号
                         署名なし
 
 秋は来ました、秋は読書の好時節であります、我等は此時節に於て一年を支ゆるに足るの思想の糧《かて》を得べきであります、殊に今年の秋の如く、全世界が戦乱の巷と化し去つた時に於きましては、我等は高き深き思想に接して空間時間を超越して永遠の静寂に達すべきであります、戦時は特に沈思黙考の時であります、我等が世と共に動揺せざらんがために、我等は真理の巌《いは》を探り、之に縋りて不動の域に在るべきであります。
 私供は斯かる永遠的の大真理を読者諸君に供給し得やうとは思ひません、然しながら私供の最善は左の諸書に於て在ると信じます、若し諸君が秋の読書を撰まんとせらるゝに方り、又は友人に之を薦め又は贈られんとするに方り、之を御撰らみ被下るれば大なる幸福であります。
 
(59)     WARS AND HOPE.戦乱と希望
                         大正3年9月10日
                         『聖書之研究』170号
                         署名なし
 
      WARS AND HOPE.
 
 The end of the world is comlng;or rather it is approaching.The words of the prophecy are being fulfilled:Nation shall rise against nation,and kingdom against kingdom:and there shall be great quakings, and in divers places famines and pestilences;and there shall be terrors and greatsigns from heaven.It is fearful.But to the believer,these wars and rumours of wars are signs of hope.They are the sound of trumpets heralding the coming of the King.So,he is not afraid.Like Luther he finds his strength“in quietness and confidence;”and with the Psalmist,he slngs:
 Therefore will we not fear,though the earth be removed;and though the mountains be carried into the midst of the sea;
 Though the waters thereof roar and troubled,though the mountains shake with the swelling thereof.Ps.XL,2,3
 
(60)     戦乱と希望
 
 世の終末は来りつゝある、其時は近寄りつゝある、預言の言辞は成就されつゝある、民は民と戦ひ、国は国と争ひ、各処に大なる震動、饑饉、疫病起り、且つ恐るべき事と大なる休徴《しるし》天より現はるべしと(路加伝廿一章十節十一節)、実に怖ろしくある、然れども信者に取りては戦争と戦争の風声《うはさ》とは希望の休徴である、是れ王の降臨を報ずる喇叭の音響《ひびき》である、故に彼は怖れないのである、彼はルーテルの如くに静かにして待望んで能力を得るのである、彼はまた詩人と共に唱ふるのである、
   然れば地は変り、山は海の中央に移るとも我等は恐れじ。
   縦し其水は鳴轟きて騒ぎ、その溢れ来るに由りて山は動《ゆる》ぐとも。(詩四六篇二、三節)
 
(61)     〔偉人の戦争観 他〕
                         大正3年9月10日
                         『聖書之研究』170号
                         署名なし
 
    偉人の戦争観
 
 ベンジャミン・フランクリン曰く
  世に未だ曾て善き戦争ありしことなし、又曾て悪しき平和ありしことなしと、即ち戦争は如何なる名誉を以て終るとも悪しきものである、平和は如何なる恥辱の下に結ばるるとも善き者であるとの意である、若しフランクリンをして今日に在らしめ、今回の欧洲大戦争を評せしめしならば彼は言ふたであらふ「是れ世が始まつてよりありし幾多の戦争の中で、最も悪しき者である」と。
 ウイリヤム・ロイド・ガリソン曰く
  余の国は全世界なり、余の国人は全人類なり
と、必しも全人類と言はず、すべての開明人種、少なくともすべての基督教国々民が彼れガリソンの此思想を懐くに至る時に、神の造り給ひし此美はしき地の上より戦争は絶対的に絶ゆるのである。
(62) ナポレオン・ボナパート曰く
  余は人世を学べば学ぶほど此一事の余の確信となりて起るを見る、即ち人は戦争に由て永久的に価値ある何事をも為す能はざるを
と、即ち彼れ那翁の確信に由るも、戦争に由て永久的の平和は来らず、其他永久的と称すべき善事の、其何たるを問はず決して此世に臨まずとの事である。
 哲学者カント曰く
  戦争に由りて、縦し夫れは勝利に終るとも、正義の問題は解決せられず
と、即ち正義を世に行ふが目的であるならば戦争は無益の労であるとの事である、若し彼れカントをして今日世に在らしめしならば、彼は今の世に猶ほ義戦を唱ふる者あるを聞いて其不道理に驚くであらふ。
       ――――――――――
 
    イエスの過激
 
 イエスは誠実であつた、故に時と場合に依ては過激であつた、彼は穏和一方の人ではなかつた、彼は時には怒りもし、罵りもした、人をして彼は狂ひ居らずやと思はしめし程までに過激であつた。
 彼は彼の聖父《ちゝ》の家の商人《あきうど》に涜《けが》さるゝを見て憤怒《いきどほり》に堪えず、縄をもて鞭を作り、其金を散し其|案《だい》を倒し、彼等を(63)逐出《おひいだ》して聖父の聖殿《みや》を聖め給ふた、斯くて聖殿潔清のためとあれば、彼は暴力に訴ふることをさへ辞し給はなつた。 彼は又偽書者を罵るに方て特に柔和の風を装ひ給はなかつた、彼は烏は之を烏と呼び、鷺は之を鷺と称び給ふた、「噫汝等禍ひなる哉偽善なる学者とパリサイの人よ」と、又「蛇蝮《まむし》の類よ、汝等いかで地獄の刑罰を免かるゝを得ん乎」と、人を罵る言にして是よりも過激なるはない、然かもイエスは時には斯かる言を発して少しも憚かり給はなかつた、彼は能く愛し給ひしが故に時には能く憎み給ふた、ヱホバの家の熱心彼を蝕《くら》へりとありて、彼は時には憤怒の焔を以て己が身を焦し給ふた。
 怒らず、慣らず、時と場合に依ては過激ならざる人は其内心に於て不実なる冷淡なる人である、人の誠実は彼が稀に発する激怒に由て現はるゝのである、余輩の知る範囲に於て、すべて偉人は過激であつた、ルーテルも過激であつた、コロムウエルも過激であつた、柔和を以て称せられしワシントンすら時には過激の言を発して彼の副官を震駭せしめたとの事である、況んや人類の王なるイエスに於てをや。
 信者はイエスの弟子である、故に彼は常識円満を唱へて当らず※[手偏+門]《さわ》らずの生涯をのみ送ることは出来ない、彼は時には怒らざるを得ない、過激ならざるを得ない、縄を以てせざるも舌を以て或ひは筆を以て強き鞭撻を虚偽の此世に加へざるを得ない、過激を恐れて常に平静をのみ維れ勉むる者はイエスの忠実なる僕ではない。
――――――――――
 
(64)    意力の統一
 
 凡て自から相争ふ国は亡び、凡て自から相争ふ邑や家は立つべからずとある(馬太伝十二章廿五節)、勢力を殺ぎ能力を減ずる者にして、自己の分離の如きはない、国は外寇に由て衰へずして内乱に由て亡ぶ、合一は勢力であり、分離は孱弱である、勢力増進の秘訣は合一の一事に在る。
 国が爾うである、邑が爾うである、家が爾うである、而して又人が爾うである、若し人にして其天賦の勢力を統一するを得ん乎、其勢力に当るべからざる者がある、意志薄弱と云ふは意力の不足を云ふのではない、其散乱を云ふのである、其統一の無きを云ふのである、自己分離の結果として意力を千々に分たざるを得ざるが故に、有り余るの意力を有しながら意志薄弱を歎ぜざるを得ないのである。
 人生は複雑である、其関係は多種多様である、人は神より人より、自己より社会より、家より、義務責任を要求せらるゝのである、彼は君に対しては忠ならざるべからず、父母に対しては孝ならざるべからず、国家に対しては誠ならざるべからず、友人に対して信ならざるべからず、而して自己と神明とを欺くべからず、忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず、神を歓ばせんと欲すれば人に喜ばれず、人に喜ばれんと欲すれば神に逆ふ者となる、「若し我れ人の心を得んことを求《ねが》はゞキリストの僕に非ざるべし」とパウロは言ふた、神に事へん乎、人に服はん乎、又自己の良心に叛いてまでも君父の命に従はん乎、人生に患難《なやみ》多しと雖も、義務の衝突より来る自己分離の苦痛の如きはない、人は二人の主に事ふること能はずとあるも、実際の彼は二人ならで、数人又は数十人の主に同時に事へんとしつゝあるのである、斯くて彼の勢力は分たれざるを得ないのである、(65)意志薄弱は当然の結果である、彼はマルタの如くに饗応《もてなし》の事多くして心|紛擾《いりみだ》れ何事をも完全に為し得ないのである(路加伝十章四十一節)。
 然らば如何にせん乎、如何にして意力の統一を計らん乎、如何にして勢力の散乱を防がん乎、如何にして意志薄弱を歎ぜざるに到らん乎、此問題を解決するを得て、人生の最大問題を解決するを得るのである、意力の統一問題は是れである、其実際的解決如何に?
 然りキリストである、人は自己に死し、キリストに生きて其すべての義務を完全に果たし得るのである、キリストに在りて生活して彼は神に歓ばれ、他人と自己とを欺くことなく、真正の意味に於て国を愛し、忠たり孝たり信たり友たるに於て愆《あやま》らないのである、彼は心を尽し、精神を尽し、意を尽して神の遺し給へる其独子を愛して、彼が人たるの義務を尽して愆らないのである、彼れ孝を要求されん乎、彼はキリストを仰ぐべきである、彼れ忠を要求されん乎、彼はキリストを仰ぐべきである、彼れ愛国を要求されん乎、彼はキリストを仰ぐべきである、彼れ純清の友誼を要求されん乎、彼はキリストを仰ぐべきである、然ればキリストは彼に在り、彼をして彼の応ずべきすべての要求に完全に応ずるを得しめ給ふ、汝等我を仰ぎ瞻よ、然らば救はれんとは此事を謂ふのである、キリストは万全の主である、人は意力を彼に集注して、全力を以て万事に当ることが出来るのである。
 
(66)     約翰伝は何を教ゆる乎
                 大正3年9月10日・10月10日・12月10日
                 『聖書之研究』170・171・173号
                 署名 内村鑑三
 
  是れは神奈川県大津に於て開かれし第二十四回基督教夏期学校に於て講演せんとて成りし腹案である、其或る部分はこの通りに述べた、或る他の部分は省いた。
 
     一、約翰伝の著作問題
 
 約翰伝は何人《たれ》の作である乎、何時書かれし乎、是れ聖書学上の大問題である、約翰伝とあるから使徒約翰の書いた者であると謂ふが、是れ教会の伝説に由て爾う謂ふのであつて、近世の聖書学者は容易に此説を容れないのである、実に約翰伝の著作問題は之を聖書研究の関ケ原と称することが出来る、之に約翰伝は使徒ヨハネの作に非ずと唱ふる西軍があれば、之に対して約翰伝は使徒ヨハネの作なりと唱ふる東軍があるのである、教会の宣教師に由て基督教を学びし我国の基督信者の眼から見て、約翰伝は使徒ヨハネの作に非ずと唱ふる聖書学者が有ると聞いて甚だ不思議に思はるゝなれども、然かも事実は爾うであるのである、約翰伝の非ヨハネ説を唱ふる西軍の中に、小西行長、大谷吉隆、浮田秀家ならで、近世聖書学者の中に錚々の名声ある驍将があるのである、其中に近世聖書学の元祖と唱へらるゝチュービンゲン大学の神学教授フェルヂナンド・クリスチヤン・バウルがある、(67)(Ferdinad Christian Baur)、彼は科学界に於てダルウインが有する地位を神学界に於て有する者である、一千八百三十五年に彼の大著『使徒保羅』が出て神学界は震動したのである、教会の監督と牧師とは言ふ、バウルの学説は既に破棄せられたりと、然り、其一部分は既に破棄せられたに相違ない、然れども其根本は動かないのである、ダルウイン出ずして今日の科学の無かつたやうにバウル出ずして今日の聖書研究はなかつたのである、バウルの学説を其儘受くると受けないとは各自の自由である、然れどもバウル其人に対しては何人も深き尊敬を払はざるを得ない、教会の宣教師が聖書学界の此偉人を我等に紹介しないのは、彼等の偏狭に由るにあらざれば彼等の無学に由ると言はざるを得ない、而して神学界の此革命者は大胆に且つ明白に約翰伝の非ヨハネ説を唱へたのである。
 バウルに次いでカイム(Theodor Keim)があつた、カイムの『ナザレのイエス』といへば第十九世紀に於て顕はれし最大の基督伝である、博識、敬虔全世紀に冠たりと称せらるゝは此書である 而してカイムも亦其師バウルと共に約翰伝の非ヨハネ説を唱へたのである、此人にして此説ありて、西軍の威力の侮るべからざる事が判明る。其他にヴァイツゼッケル(Weizsacker)がある、ショルテン(Scholten)がある、ホルツマン(Holtzmann)がある、ルナン(Renan)がある、サバテイエー(Sabatier)がある、ハーゼ(Hase)がある、孰れも第一流の聖書学者である、而して彼等は筆を揃へて、約翰伝の非ヨハネ説を唱へたのである、我等は所謂|正統教会《オルソドツクス》の宣教師に効つて西軍振はず、非ヨハネ説採るに足らずなど唱へてはならない、余一個人の見る所を以てするならば、若し学識を以て言ふならば、優勢は西軍に在て東軍に無いと思ふ、殊に東軍に教会の後援あるに対して、西軍に是れ無きのみならず、却て其反対あるに徴して見て、西軍の勢力の更らに尊敬すべきを認むるのである。
(68) 実に東軍に教会の後援あるは大なる弱点であると言はざるを得ない、教会に権力があり又金力がある、其賛成を得て権力阿従の嫌疑を蒙らざるを得ない、故に公平なる学者の忌むべくして避くべきは教会の賛成である、彼は教会を離れて彼の学究に従事すべきである、殊に彼の唱ふる学説が不幸にして教会の伝説に符合する場合に於て然るのである、教会は学問の大なる誘惑者である、其捕ふる所となりて学問の独立を維持するは甚だ困難である。
 然し乍ら約翰伝のヨハネ説を維持する者、必しも教会の被傭者《やとはれびと》ではない、世には純粋の学問の立場よりして約翰伝のヨハネ説を唱ふ者が尠くないのである、殊にユニテリアン主義の学者にして此主張を唱へし者あるは注意すべき事実である、米国は学者の乏しき国であるが、然し其エズラ・アボット(Ezra Abbot)は世界的の聖書学者であつた、彼はユニテリアン主義の人であつてハーヴァード大学の教授であつた、而して此人が約翰伝ヨハネ説の熱心なる主張者であつたのである、(彼の著作 The Authorship of the Fourth Gospel を看よ)、ユニテリアンたりし彼は教会に遠慮する所はなかつた、彼の信仰としは非ヨハネ説こそ最も都合が好かつたに相違ない、然かも彼は公平なる学者として約翰伝のヨハネ著作説を固く執つたのである。
 英国に在りても亦、ユニテリヤン主義の碩学ジエームス・ヅラモンド(James Drummond)は、約翰伝ヨハネ著作説を唱へたのである、彼と併んで牛津《オクスフホード》大学教授ウィリヤム・サンデーの此説を唱ふるがある、欧洲大陸に在りてはルートハート(Luthardt)、バイシュラーグ(Beyschlag)、エヴハルト(Ewald)、ブンセン(Bunsen)、ネアンデル(Neander)、ゲッス(Gess)、ゴーデー(Godet)、シュラッテル(Schlattel)等の雄将は皆東軍に与する者であつて、該博なる智識と深遠なる信仰とを以て約翰伝ヨハネ説を維持する者である、ヨハネ説必しも教会の要求する信仰箇(69)条の一つではない、之に又深き固き論拠がある、我等は異端を以て非ヨハネ説を待遇《あしら》ふてはならないと同時に、また迷信なりと称してヨハネ説を斥けてはならない、茲に勝敗の未だ決せざる聖書学上の関ケ原があるのである、我等は虚心平気、キリスト的学者の態度を以て、論戦の成行を目撃すると同時に又、各自相応の信仰と智識とを以て、東西孰れなりと、其捧ぐる所の旗幟を鮮明にすべきである。
 
     二、約翰伝の価値
 
 約翰伝は其名の通り使徒ヨハネの著作であるとの教会の伝説は今や多くの正直にして博学なる学者の否認する所となつた、然らば其為に此書の価値が減じた乎と謂ふに決して爾うではない 書物の価値は其著者の何人なる乎に由て定まらない、「読む人しらず」とある日本歌の中に多くの名吟秀句の有ることは我等の善く知る所である、聖書の中に在ても著者が不明にして、著作の偉大なる者は幾許《いくつ》もある、我等は約百記の著者の誰なる乎を知らない、然かもカーライルは此書に就て言ふた「是れ人の手を以て記かれし最大の書である」と、我等は以賽亜書四十章以下の何人の作なる乎を知らない、然し乍ら、予言中の最大予言は著者不明の所謂以賽亜書の後半部に於て在るのである、我等は又希伯来書の何人の筆に成りし者なる乎を知らない、其のパウロの作でない事は早くより判明つて居つた、然かも此書の新約聖書中、羅馬書と併んで双璧の観あるは何人も認むる所である、著者に由て著作の価値を定むるは俗人の為す所である、著作の価値は其れ自身の価値を以て定むべきである、必しも使徒ヨハネが書いたから貴いのではない、約翰伝其物が貴重の作であるが故に貴いのである、我等は其著者の何人である乎を問ふ前に先づ誠実もて著作其物を読むべきである、約翰伝其物が其れ自身に関はる最上の信任状であ(70)る。
 故に約翰伝のヨハネ的起源を疑ふ者と雖も其最上の価値を疑はない、彼等は言ふ「著者は不明である、然し此著を為せし者は無名の偉人である」と、カイムの如き、非ヨハネ説の驍将たるに関はらず、此書の善と美と優とを讃へて止まない、余は正直なる学者にして未だ曾て一人も「約翰伝は詰らない書である」と云ふ人のありし事を聞かない、如何なる点より見るも約翰伝は偉著である、誠実を以て此書を研究して、其偉大、荘美、深遠に驚かない者は無い筈である。
 余自身としては余は東軍の一兵卒を以て自から任ずる者である、余は約翰伝を使徒ヨハネの作と見るより外に其起源を説明するの途は無いと思ふ、余は教会が此著を使徒ヨハネの作なりと唱へて自己に対して重傷を負はせるのではあるまい乎と思ふ、余の見る所を以てすれば約翰伝ほど純心霊的の書は聖書の中に無いのである、約翰伝は水の洗礼を教へない、其三章五節に「水と霊と」ある其水なる文字は取除くべき者であると云ふ(ブルキツト著 The Gospel History and Its Transmission 第二百二十六頁を見よ)、又約翰伝の伝ふる晩餐式は儀式ではなくして、普通の晩餐である、約翰伝は恰かも其著作時代に於て普通教会に於て既に行はれし所謂「二大礼典」の迷信と弊害とを矯めんがために記《か》かれし書なるが如くに見える、約翰伝に拠りて余は無教会主義を唱ふるに難くない、約翰伝は使徒ヨハネの著作なりと唱ふるは決して教会の利益ではない。
 然し乍ら若し約翰伝が使徒ヨハネの作でないと謂ふならば其事は何を教ふる乎、其事は重要なる事を我等に教ふるのである、即ち、使徒以外、使徒死してより七十年或ひは百年の後に、人に知られざる、多分教会の外に於て、キリストの心を最も善く了解せし偉大なるクリスチヤンの在つた事を教ふるのである、而して是れ決して有(71)り得べからざる事ではないのである、キリストの心を最も善く了解せし者が彼の直弟子に限らない事は使徒パウロの場合に由て見ても判明るのである、彼れパウロは多分肉に於てはイエスを見しことなかりしも、主の十二弟子にも優さりてより深く且つより鮮かに彼の性格と使命とを認めたのである、使徒以外、教会以外の信者にして、彼等にも優さりて、善く心霊的の教主をナザレのイエスに於て発見せし者ありたればとて決して怪しむに足りないのである。
  生命《いのち》を賜はる者は(聖)霊なり、肉は益なし、我が汝等に言ひし言は、是れ霊なり、生命なり
との言を伝へし約翰伝著者は必しも肉に於てイエスに接せし者であると言ふの必要はない、著者はパウロの如くに肉に在りてイエスの教訓に与らざりしが故に却て深くイエスの内的生命に接し、其霊を受けたのではあるまい乎、而して教会は斯かる大著作の自己以外より出でしを見て不安に堪えず、終に之に附するに「約翰伝」の名を以てし、是を使徒ヨハネの老年の作なりと称して紹介し、以て自己の権能を維持せんと試みたのではあるまい乎、而して悲むべき事には、教会は爾来幾回となく之に類したる事を敢てしたのである、異端は圧し得る限りは之を圧せんとし、而して終に其の圧し難きを見るや之を納れて自己に同化し去らんとするは教会が自己以外の者の功績に対して取り来りし常手段である 使徒時代に在りても、所謂「約翰伝」の著者の如き、使徒にも優さりて深くキリストを了解せし信者の教会以外に在りしを聞いて余輩は昔も今も変らざる至上者の深慮に驚かざるを得ないのである、依て知る、若しバウル、カイム、ホルツマン等の持説が真理であつて、「約翰伝」は使徒ヨハネの著作でない事が事実であるならば、此書の価値は之れがために高まることはあるとも、決して減ずることはないと思ふ、若し厳密なる研究を外にして、余輩の傾向に従はんと欲するならば余輩も亦西軍に与みして約翰伝非ヨハ(72)ネ説を維持したく欲ふのである、余輩はより深き劇詩《ドラマ》的興味を非ヨハネ説の中に認めざるを得ないのである。
 
     三、約翰伝の教訓 必しも愛一方の書に非ず
 
 約翰伝の何人の著作なる乎は判明らない、然し乍ら其の何を教ゆるの書なる乎は明白である、是れ学者の説明を待たずして何人にも解かる事である、著者と時代との問題は之を後廻しになして宜しい、我等の先づ第一に求むべきは其明かに伝ふる所の教訓である、約翰伝は如何なる大真理を我等に伝へんとする乎、我等は先づ第一に此仕事に取掛るべきである。
 約翰伝は何を教ゆる乎との問ひに対して普通与へらるゝ所の答へは「神は愛なりと教ゆ」と言ふにある、使徒パウロは厳しき人であつて人の救拯を信仰に於て求めしに反して、使徒ヨハネは優さしき人であつて、特に神と人との愛を説いたとは我等が普通に聞かさるゝ所である、然し事実は決して爾うでないのである、使徒パウロも愛を説き、使徒ヨハネも信仰を説いたのである、パウロの説きたる神はヨハネの説きたる神に劣らざる優さしき神である、
  頌美《ほむ》べきかな我等の神、即ち我等の主イエスキリストの父、慈悲の父、すべての安慰《なぐさめ》を賜ふの神
とパウロは言ふて居る(哥林多後書一の三)、是れ「神は愛なり」と言ふよりも更らに優さしき神を紹介する言辞である、哥林多前書十三章が愛の讃美歌であり、路加伝第十五章に於ける放蕩|児《むすこ》の譬談《たとへばなし》が愛の神を伝ふることは何人も能く知る所である、「神は愛なり」との言葉は約翰書(約翰伝ではない)に於てのみ見ることが出来るが、「神は愛なり」との事実は新約聖書全体の伝ふる所である。
(73) 而已ならず、バウロが信仰を高調したるに対してヨハネは愛を力説したと言ふも亦大なる間違である、信は約翰伝に於ける最も顕著なる言葉である、  彼を受け、其名を信ぜし者は権能《ちから》を賜ひて此れを神の子と為せり
と其始めにある(一章十二節)、而して其終りに方りて其の著はされし目的を述べて言ふて居る
  此書を録《しる》せるは汝等をしてイエスの神の子にしてキリストなる事を信ぜしめ、之を信じ其名に由りて生命を得させんが為めなり
と(二十章三十一節)、即ち約翰伝は信を以て始まり信を以て終つて居る、其録せるイエスの奇蹟なる者はすべて人に信を起さんがためであつた、若し信なる文字の使用されし度数より言ふならば約翰伝こそ特に信仰の書と称《とな》へらるべきである、而して約翰書に於て
  我等をして世に勝たしむる者は我等が信なり
と言ひて著者の決して信仰を軽んじた人でない事が判明るのである(第一書五章四節)、パウロは信仰の使徒であつて、ヨハネは愛の使徒であつたと言ふは、パウロ、ヨハネ両人ながらを誤解するより起る言葉であると思ふ。
 而して約翰伝の決して優さしい愛を説く書でないことは之を一読して見て明かである、約翰伝の伝ふるイエスの伝道が所謂「聖殿《みや》の洗清《きよめ》」を以て始まりし事は注意すべき事実である、
  イエス、エルサレムに上り、聖殿にて牛、羊、鳩を売る者と両替する者の坐せるを見、縄をもて鞭を作り、彼等及び羊牛を聖殿より逐出し、両替する者の金を散らし、其|案《》だいを倒し、鳩を売る者に言ひけるは、此れを取りて往け、我が父の家を商売の家となす勿れと、(二章十三−十五節)、
(74) 是れ決して優さしいイエスを伝ふる言葉ではない、恐るべきイエスを伝ふるものである、洵に約翰伝全体に亘りて伝へらるゝイエスは最も威権ある厳格な人である、「彼れ涕を流し給へり」との文字はあるが、彼がユダヤ人の不信を憤り給ひし言葉は殆んど全篇に亘りて充ち盈ちて居ると言ふことが出来る、実に約翰伝は救主としてのイエスと同時に審判主としての彼を伝ふるの書である、之れは是れ黙示録と相併はせて読むべき書である、火と煙と、其中に輝く愛の慈光とを伝ふるの書である。 〔以上、9・10〕
 
 約翰伝は二箇《ふたつ》或ひは三箇《みつつ》の大切なる事を教ゆる、其第一は神の子の自顕《じげん》である、其第二は世の之に対する態度である、而して神の子の自顧に対する態度に二箇ある、其第一が不信である、其第二が信仰である、故に約翰伝全体は三箇の大切なる事を教ゆると云ふ事が出来る、即ち
  第一、神の子の自顕
  第二、不信と其結果
  第三、信仰と其結果
 其|冒頭《はじめ》より末尾に至るまで約翰伝は此三箇の重要なる事に就て教えるのであると思ふ。
 以上の約翰伝三大教旨とも称すべき者は之を其冒頭の序文に於て見ることが出来る、其第一節より第十四節までに於て著者は全篇の要略を掲げて居るのである、(一)神の子は初めに宇宙の原理(道《ロゴス》)であつた、彼は神と偕に在りて素より神であつた、彼はすべての人を照らす真の光であつた、彼は肉体を取りて人類の間に宿つた、彼に実に聖父の生み給へる一子の栄光《さかえ》が輝いて居つた、(二)然るに世は光を認めなかつた、彼は己の国に来りしに、(75)其民は彼を接けなかつた、(三)然し世のすべてが彼を斥けたのではない、世には少数の彼を信じ彼を接くる者があつた、而して斯かる者に神は権能を賜いて之を己が子と為し給ふたと、以上が第一章一節より十四節に至るまでの約翰伝序文の大意である、序文と謂はんよりは寧ろ摘要である、全篇の縮写である、約翰伝の教ゆる所は是れである、イエスの何者たる、彼は世に在りて何を為し給へる、世は如何にして彼を接けたる、不信の世に少数の信者の在りたる、是れ約翰伝が特に教えんと欲する所である、著者は末尾に更らに明白に此書の目的を示して言ふて居る、
  此書を録せるは汝等をしてイエスの神の子キリストなる事を信ぜしめ、之を信じ其名に由りて生命を得させんが為なり
と(二十章三十一節)。
 如斯くにして約翰伝が教えんと欲する所は簡単である、然し乍ら簡単であると同時に深大である、イエスは人の子ではない、神の子であると云ふ、神が肉体を取りて人の間に宿りし者であると云ふ、宇宙は彼に由て造られ、万物は彼の命に服ひたりと云ふ、事実か、奇談か、歴史か、物語か、若し事実であり、歴史であるとならば全宇宙に之よりも重大なる問題はないのである、神は果して人と成りて世に降りし乎、イエスは果して神の子キリストなる乎、問題中の問題、全宇宙の最大問題は是れである、而かも約翰伝は此問題を捕へ来りて簡単に明白に大胆に確信を以て語るのである、約翰伝が崇高の書なるは其題目が崇高なるからである、神の子と其栄光とに就て語りし此書が其終尾に於て左の一言を載せて居るのは敢て怪しむに足りないのである
  イエスの為しゝ事は此等の外に尚ほ許多あり、若し之を一々録しなば其|書《ふみ》此世に載尽すこと能はじと思ふ(76)と(末章末節)、是れ如何なる人に就ても言ふことの出来ない言辞である、如何なる英雄も如何なる聖人も「此世に載尽すこと能はず」と思はるゝ事蹟を遺したる者はない、宇宙唯|一者《ひとり》、神の子のみ、約翰伝著者の此|終尾《おはり》の一言を其儘、其生涯の事蹟に適用して誇大の言として見做されないのである。
 而して神の子に対する人類の態度、是れ亦大問題である、人類は正義を貴ぶと云ふが、果して爾うである乎、人類は正義の実現者なる神の子の出現に遭ふて、之に対して如何なる態度に出しか、奉迎か、排斥か、問題は単にイエス対当時のユダヤ人のそれではない、神対人類のそれである、人類全体に関はる問題である、其天然性に関する問題である、若し沙翁の劇詩が能く人情を穿つが故に世界的大著作であると云ふならば、約翰伝は能く人類の本然性を穿つが故に宇宙的大著述であると云ふことが出来る、
  罪の定まる所以は是れなり、光、世に臨りしに人(人類)は光を愛せずして反《かへり》て暗《くらき》を愛したり、是れ其行為の悪しきに由る
と、イエスの此言に由て、人類の本然性は闡明せられ、其罪は断定せられたのである(三章二十節)、人は生れながらにして神の味方ではない、其敵である、人の性は悪であると云ふに止まらない、預言者ヱレミヤの言を以てすれば絶望的に悪である(耶利米亜記十七章九節)、約翰伝は神の子の自顕に就て語りて神の性を闡明にすると同時に、神の子に対する人類の態度に就て述べて人の性を闡明にする、故に此書は高遠窮なき書であると同時にまた深淵量るべからざる書である、神を其愛の高きに於て示し、人を其罪の深きに於て露はす書である、其著者の如何を問はず、其歴史的価値の程度を問はず、約翰伝の宏遠絶大の書なることは敬虔以て之を研究する者の何人も疑はんと欲して疑ふ能はざる所である。(77)約翰伝の二大要目は神の子の自顕と之に対する世の態度とである、而して自顕は一時に行はれなかつた、徐々として順序的に行はれた、之に発展的進歩があつた、イエスは順序的に其権能と恩恵とを世に顕はし給ふた、而して自顕の程度に従ひ之に対する世の態度にも亦変化があつた、イエスが自己を顕はし給へば給ふ程、世の彼に対する反対(不信)は激烈になつた、又少数の彼に対する欣慕(信仰)は深厚になつた、恰かも太陽が其|和※[(日+句)/れっか]《あたゝまり》を放てば放つ程、固くなるべき粘土《ねばつち》は益々固くなり、柔かになるべき蜜蝋《ろう》は益々柔かくなると同じである、神の子の自顕は単に自顕として止まらなかつた、必ず之に対する相当の世の反応があつた、暗は光の前に散じなかつた、其反対が事実であつた、光が増せば増す程、暗は益々暗くなつた、真理の出顕は罪の此世に在りては必ず此結果を生ずるのである、而して此事を最も明白に示したる者が約翰伝である。
 イエスは自己を世に顕はし給ふ前に先づ其愛と恩恵と権能とを彼の母と彼に従ひし少数の弟子とに顕はし給ふた、彼はガリラヤのカナに於ける婚筵の席に於て水を化して葡萄酒となして、彼の何たると、彼の事業の何たるとを彼の近親の者に示し給ふた、彼は歓喜の主である、彼の建設せんとする神の国は王の饗宴《ふるまひ》であるとは此奇蹟の示す所である(二章一節以下)、是れ彼が行《な》し給へる休徴《しるし》の始であつて「彼れ其栄を顕はせり」とある、是れ神の子の自顕の序幕とも称すべき者である、勿論此自顕に対して別に反対は起らなかつた、そはイエスの母と弟子とを除いて他に茲に大なる奇蹟の行はれし事を知らなかつたからである、筵《ふるまひ》を司る者を始めとして、来客一同、唯葡萄酒の旨きを味ひしに止まり、其如何にして成りし乎、如何なる意味の其中に籠りし乎に少しも気が附かなかつたからである、説教と訓誡の伴はない奇蹟に対して此世の人々は何等の反対をも試みない、イエスにして若(78)し是れ以上に自己を顕はし給はざりしならば、彼は社会の寵児として存し、十字架の苦杯を味ふことなくして彼の一生を終り給ふたであらふ。
 
 イエスは第一にヱルサレムの聖都《みやこ》に於て神の聖殿を潔め給ひて、公然と神の子の権能を顕はし給ふた(二章十三節以下)、而して彼の此傍若無人の行為に対し驚駭《けいがく》と不平の声は揚らざるを得なかつた、
  汝、此等の事を為すからには我等に何の休徴を示すや
とユダヤ人はイエスに対して言ふた(二章十八節)、即ち「汝、何の権威を以て此事を為すや」とのことであつた(馬太伝廿一章廿三節)、茲にイエスとユダヤ人との間に最初の衝突があつたのである、衝突は呟きの声に過ぎなかつた、然し遠雷轟て、暴雨の襲来を告ぐるが如くに、茲に始めてイエスに対して揚りし呟きの声は軈て反対の霹靂となりて彼の頭上に臨むべくあつた、イエスは縄をもて鞭を作り、神の聖殿より売僧偽預言者の類を逐ひ給ひしに由り茲に始めて隠密の敵を作り給ふた、ユダヤ教会の教職連は爾来|猜疑《うたがひ》の眼を以て彼を見るに至つた、イエスは政略としては此事を為すべからずであつた、然し神の子として彼は此事を為さゞるを得なかつた、彼は敵を作らざるを得なかつた、故に教職の不興を冒して大胆に此事を為し給ふた。
 茲にイエスに対して不平の声が揚つた、彼に対する不信の徴候《きざし》が現はれた、然し不信と同時に信仰が現はれた、ユダヤ人の宰《つかさ》にてパリサイ派の教師なるニコデモと云へる者、夜、密かにイエスの許を訪ふて彼に対する深き尊敬の意《おもひ》を表した、彼れニコデモに起りし信仰は決して完全なるものでなかつた、彼は終りまで公然とイエスを彼の救主として仰ぎ得なかつた(十九章三十九節)、然し弱きながらも信仰は信仰であつた、彼の同僚が悉くイエ(79)スを排斥した時に彼は独り立て彼のために弁護した、聖殿廓清の勇行に由りイエスは少くとも一人の信者を作り給ふた、ユダヤ教会全体の怨を買ひ給ふと同時に、一人の密に彼を慕ふ者を獲たまふた、友を獲る実に難しである、百人千人の敵を作るにあらざれば一人の友を獲ることは出来ない、ヱルサレムの聖都に神の聖殿を潔め給ふに由りて、イエスはユダヤ教会の不興に触れて、同時に又一人の敬慕者を獲たまふた。
 斯くて神の子の権能の自顕は不信の発端を惹起《おこ》せしと同時に又信仰の萌芽を促した、約翰伝三章ニコデモ物語は世のイエスに対する此関係に於て解すべきである。
 イエスはヱルサレムに上り、聖殿を潔め、其腐敗を除きて、心密かにユダヤ教会全体の歓迎を予期し給ふた、然し事実は全く彼の予想に反した、国民信仰の府たる教会は彼に対して隠れたる而かも深き反対を表した、而して聖都の市民は彼に対して反対を表せざれば全然冷淡であつた、「彼れ己の国に来りしに其民之を接けざりき」であつた(一章十一節)、彼は失望し給ふた、真の信仰は神の選民の間に看出されなかつた、唯一人のニコデモを除いてはヱルサレム全部は彼れ神の子に対して反対にあらざれば冷淡であつた、此状態を見たまひし彼は
  子を信ずる者は窮なき生命を得、子に従はざる者は生命を見ることを得ず、神の怒その上に留まらん
との一言を遺し一たびヱルサレムを去り給ふた(三章三十五節)、而して去つて北方ガリラヤに到らんとし、伝道の失望と旅行《たび》の疲倦《つかれ》とに由り、途中ヤコブの井《ゐど》の傍に坐し給ひし時に、茲に計らずも、思はざる所に、思はざる人の間に真の信仰の表現を目撃し給ふて、斜ならず歓び且つ自から慰め給ふたのである、彼が出会ひし者はユダヤ人が常に賤みて止まざりし所のサマリヤ人であつた、而かも其婦人であつた、婦人も婦人、五人の夫を持つたと云ふ淫婦であつた、其|行為《おこない》は嫌ふべく、其罪は摘指すべく且つ詰責すべくあつた、然し乍ら彼女の霊魂に貴む(80)べき信仰の胚種《たね》があつた、彼女はユダヤ教会の教職等と異なり救はるべき霊性を具備へて居つた、故にイエスは茲に御自身の疲労と飢渇とを忘れ給ひて、此一婦人、而かも異邦サマリヤの婦人、而かも姦淫の婦に対ひて彼が曾て為し給ひし所の最も高遠なる説教を為し給ふたのである、場所はサマリヤのスカルの邑、ヤコブの井の傍、教師は神の子、聴衆は唯一人、異邦の婦人、而かも淫婦、題は神と彼に近寄りまつるの途、
  夫れ神は霊なれば拝する者も亦霊と真実《まこと》をもて之を拝すべき也と(四章二十四節)、茲にイエス御自身に由て異邦伝道の初幕が演ぜられたのである、而して其初穂は婦人、而かも堕落婦人であつたのである、神の選民に失望し給ひしイエスは茲に此罪ある婦人に於て、神の子となるの権能を賦与するに足るの信仰を看出し給ふたのである、之を看て歓びに堪えず、彼は身の飢渇《きかつ》を忘れて彼の弟子等に言ひ給ふた、
  我に汝等の知らざる食物あり、………我を遣はしゝ者の旨に随ひ其業を成就ること、是れ我が食物なり
と(三十二、三十四節)、彼の満足想ふべしである、茲にイスラエルの師たりしニコデモに優さるの信仰があつた、彼はアリマテヤのヨセフと同じくユダヤ人を懼れて隠《ひそか》にイエスを信ぜしに止まりしも、彼女は明白に彼を信じ、往きて彼女の邑に到り、村民を招きて彼の許に携来《つれきた》り、彼の訓諭《さとし》に与からしめた、
 彼女の託せし言に因りて其邑のサマリヤ人多くイエスを信ぜり
とある(三十九節)、茲にユダヤ人とサマリヤ人、選民と異邦人、義人と罪人との善き対照がある、イエスの聖殿廓清に遭ひて、唯一人のニコデモを除くの外は、選民の彼を彼として迎ふるなきに対し、異邦のサマリヤは歓んで彼を迎へ、彼に聴き、彼の救済に与からんとした、イエスはアブラハムの子孫を以て自から任ぜしユダヤ人に(81)迎へられずして異邦のサマリヤ人に迎へられ給ふた、彼はヱルサレムに駐り得ざりしも、スカルの民の乞ひに応じて二日の間、彼等の間に滞留り給ふた、イエスの自顕の結果は斯くの如くにして現はれた、選民の冷遇、異邦人の歓迎、教師の半信、罪人の篤信、
  彼れ己の国に来りしに其民之を接けざりき、然れども彼を接け、その名を信ぜし者には権能を賜ひて之を神の子と為せり、
 サマリヤ人の無学も、婦人の過去の汚穢も彼等が神の子たるの権能を賜はるための障碍とならなかつた、彼等は信仰の故を以て選民の与かり得ざる権能の附与に与かるを得た。
 斯くて神の子の自顕に遭ふて世は真に鞫れた、選民は反て棄られ、異邦の人は反て選まれた、茲に於てか
  我れ憐まざりし者を憐み、我民ならざりし者に対ひて「汝は我民なり」と言はん、彼等は我にむかひて「汝は我神なり」と言はん
との預言者の言が事実となりて現はれたのである(何西阿書二章二十三節)、実に神の自顕は世の審判である、神が自己を顕はし給ふ時に、信者は反て不信者として顕はれ、不信者は反て信者として顕はれるのである、二千年前のユダヤとサマリヤとに於て爾うであつた、今日の英国と米国と日本と、其他のすべての所謂基督教国又は君子国に於て爾うである、ハレルヤ、アーメン、主よ臨り給へである。
 
 自顕第一回は斯の如くにして終つた、イエスは更らに進んで自己を世に顕はし給ふた、彼はユダヤ人の或る節筵《いはひ》の時に(多分プリムの節筵であつたらふ)再たびヱルサレムに上り給ふた、而して其羊門の辺なるベテスダの池(82)に於て三十八年間病みたる者を癒し給ふた(第五章)、是れ前回に優さる彼の栄の哀顕であつた、鞭を以て聖殿を潔めたのではない、恩恵を以て癒し難き患者を癒し給ふたのである、彼は今や権威を以て選民に臨み給はなかつた、恩恵を以て臨み給ふた、彼は心の中に密かに想ひ給ふたのであらふ、今こそは我国民は我が使命を解し、我を信じ我を接くるであらふと、然し乍ら事実は又彼の予想に反した、常に猜疑《うたがひ》の眼を以て彼を監視せしユダヤ人等は彼の施し給ひし恩恵を讃めずして、彼が安息日に治癒《いやし》を施したりとの故を以て律法違反の罪を以て彼を責めた、
  茲に於てユダヤ人イエスを窘迫て彼を殺さんと謀る、そは彼が此事を行せしは安息日なりければ也
とある(十六節)、治癒の仁恵には目を注がずして、教則違反の罪に彼を問ふた、彼等の不明や実に驚くに堪えたりである、而かも是れ身は教職に在りて、民の指導を以て自から任ずる僧侶階級が、神の人に対して執る常手段である、人の救済は彼等の敢て問ふ所でない、教則の厳守、教権の維持、彼等の宗教なる者は主として茲に在るのである、故にパリサイ派の教師等はイエスの病者を癒し給ひしを見て、其苦痛の除かれしを喜ばずして、彼等が設けし教則の破られしを怒かつたのである、世に無慈悲なる者にして実は教職の如きはないのである、人は彼等の目的でない、寺院である教会である、彼等に取りては人は教会維持、教勢拡張の機械たるに過ぎない、故に人を救ひたればとて彼等の賞讃を得ることは出来ない、否な、教会本位の彼等に取りては教会を離れて直に人を救ふことは大なる悪事である、彼等は斯かる行為に対して否認の声を揚げざるを得ない、而して今や彼等の目前に於て、彼等の免許を得ることなくして、恵仁《めぐみ》の業《わざ》が行はれたのである、愛の発意《ほつい》に出しイエスの此奇蹟は、教職の立場を毀たんとする大なる打撃の如くに感ぜられたのである、パリサイ派の教師等がイエスを殺さんと欲せ(83)しまでに怒りし理由は、彼の此行為を以て教権侵害と認めたからである。
 而して彼等は彼等の感覚に於て誤らなかつたのである、此所に彼等の前に大なる裁判人が立つたのである、彼の行為其物が明かに彼等を審判いたのである、イエスは其栄を顕はし給ひて、彼を信ぜし病人は癒され、彼を信ぜざりしユダヤ人は審判かれたのである、イエス御自身は人を審判き給はない、彼の語り給ひし言と彼の行し給ひし事とが人を審判いて誤らないのである。
 斯くて自顕第二も亦審判を以て終つた、信仰は義とせられ、不信は審判かれた、而かも自顕の進歩に伴ひ、世の之に対する態度にも発展があつた、隠れたる不平は公けなる反対となりて現はれた、イエスを殺さんとするの心は此時既に彼の教敵の中に起つた、神の子は自己を顕はし給ふに方り、人を救ひつゝあると同時に又敵を作りつゝあり給ふのである。
 
 イエスは既に二回ヱルサレムに於て自己を国人に顕はし給ふた、而して二回は二回とも、自顕は其効を奏しなかつた、ユダヤに信仰は起らなかつた、其反対に国民全体は反対の態度に立つた、殊に彼を殺さんとする徴候《きざし》さへ現はれた、神の子は善事を選民の間に行なつて其嫌ふ所となつた。
 茲に於てかイエスは再たび聖都を去つて、ガリラヤの僻陬《いなか》に退かれた、而して民の間に働らいて彼等の間に真の信仰を起さんとし給ふた、彼も亦都会伝道に失望して田舎伝道に転じ給ふたのである、彼は想ひ給ふたのである、都会人士は其受けし教化のために反て彼を接くる能はず、教法師の感化より遠かれる質樸の田舎人士こそ反て信仰を起すならんと、神の子も亦人と成りし以上、我等人間と同じく失敗に由て智慧を学び給ふのである。
(84) 時は踰越の節筵《いはひ》に邇く、所はテベリヤの湖の対岸である、ヘルモンの巓《いたゞき》が湖水の面《おも》に映り、草青くして天然の絨氈《じうたん》を以て野を敷きつめし所に、許多《あまた》のガリラヤ人はイエスの許へと集ひ来つた、此群衆を見給ひし彼は茲に又彼等の前に神の栄を顕はさゞるを得なかつた、彼は茲に踰越の祝節《いはひ》の筵を設け給ふた、大麦のパン五片と小さき魚|二尾《ふたつ》とを以て其所に集まれる五千の群衆を饗応《もてな》し給ふて、彼等をして飽き足らしめ給ふた、事は大なる奇蹟である、神の子を待て始めて見ることの出来る奇蹟である、全く彼の愛より出たる奇蹟であつて、敢て群衆の驚愕《けいがく》を惹かんが為めではなかつた、イエスは茲に自己の生命のパンなることを彼等に示さんがために、此不思議なる事《わざ》を行ひ給ふたのである(第六章)然るに其結果は如何? 質撲なるガリラヤ湖畔の民はイエスの此奇蹟の訓示《おしへ》を受けし乎、彼等は彼等に供へられし朽《くつ》るパンの朽ちざるパンの表号《しるし》なるを了りし乎、否な、彼等も亦霊感に鈍き肉の子供であつた、彼等はイエスを執りて彼等の王に為さんとした(十五節)、彼を霊魂の救主として迎へずして、パンの供給者として戴かんとした(二十六節)、彼等はユダヤ人の如くに彼に対して反対を表はさなかつた、然し乍ら全く彼の天職を誤解して、大なる慈善家として彼を迎へんとした、此状態を見てイエスは甚く欺き給ふた、
  イエス答へて曰ひけるは、誠に実に汝等に告げん、汝等の我を尋ぬるは休徴を見し故に非ず、唯パンを食して飽きたるが故なり、汝等|朽《くち》る糧のために労かずして、永生に至る糧、即ち人の子の与ふる糧のために労くべし、
と言ひ給ふて彼の失望の意を表し給ふた(十五、十六節)教会の要求むる者は教権、社会の要求むる者はパン、宗教家にあらざれば政治家、都会人士も田舎人士も其要求むる所は多く異ならないのである、真の福音を要求め(85)ず、神の人を迎へざるの点に於ては都鄙孰れも同一である、都会に激烈なる反対あり、田舎に際立ちたる反対なきを見て、田舎は都会に優さりて伝道的に有望であると云ふことは出来ない、唯だ両者の趣味が違ふまでゞある、人の誉を貴び、霊の糧を軽んじて肉の糧を重んずるの点に於て田舎は都会と少しも異ならないのである、而して崇むべきイエスも亦彼の実験に由りて此悲むべき事実を発見し給ふたのである、彼はエルサレムの市民に失望し給ひしと同じくガリラヤの農夫と漁夫とに失望し給ふたのである、彼はガリラヤ湖畔に於てパンと魚との増殖の奇蹟を行ひ給ふて、更らに人の子等の根本的に神より離れたる者なることを覚り給ふたのである。
 斯くてイエスの第三回の自顕に由て世の彼に対する態度は益々瞭かになつたのである、都会に在りては冷遇にあらざれば反対、地方に在りては肉慾的歓迎、孰れも彼の心を傷ましむるに止まつて、彼に満足を与へなかつた、彼は此時既に人の子となりて天より降り来りし神の子に、地上枕する所なきを益々深く感じ給ふたであらふ、今やガリラヤの田舎も亦信仰興起の所として望を嘱するに足りなかつた、然らば如何にせん、民は悉くヱホバを棄去り、其霊は鈍りて、光の降臨も之を覚ますに足らざれば、今よりは更らに三次《みたび》、或ひは四次《よたび》、ヱルサレムに上り、其所に語るべき丈けを語り、顕はすべき丈けを顕はし、而して終に地より挙げられ、万民を引きて自己に就《きたら》せんにはとは(十二章三十二節)、蓋し此時に於けるイエスの覚悟であつたであらう。 〔以上、10・10〕
 
 イエスは既に三回、自己を世に顕はし給ふた、聖殿を廓清《きよ》むる事に由て彼の正義を顕はし給ふた、病者を癒す事に由て彼の仁慈を顕はし給ふた、而して群衆を養ふ事に由て彼が生命に至る真のパン(糧)なる事を顕はし給ふた、而して自顕の綜果は常に多数の反対と少数の信仰とであつた、イエスは彼の善行に由て益々世の反対を招く(86)と同時に、少数の信者の信仰を強め給ふた。
 イエスは人の霊魂を養ふ真のパンである、彼は又すべての人を照らす真の光である、彼は今は人の光として自己を顕はすべくあつた。
 イエスは三たびヱルサレムに上り給ふた、時はユダヤ人の構盧節《かりほずまひのいはひ》であつた、彼れ其|市街《まち》を歩行み給ひつゝありし時に一人の瞽目《めしい》の乞食《こつじき》を見たまふた、「イエス行く時生れつきなる瞽目を見しが」とある(九章一節)、「見しが」とは「見つめしが」との意である、彼は特別の注意を払ひ給へりとの意である、彼は選民の中に茲に彼の恩恵を受納るるに足る一個《ひとつ》の器を発見し給ふたのである、而して其人は祭司でも無く、民の宰《つかさ》でも無く、生来《うまれつき》の瞽《めしい》であつて乞食であつたとの事である、実に神は人を偏視《かたよりみ》る者に非ずである、前《さき》には異邦の婦人に、而かも淫婦に、自己を顕はし給ひし彼は、今は茲に瞽の乞食に大なる能力を以て顕はれ給ふた、簡単なる方法と一言の命令とに由て瞽の眼は開かれた(六、七節)茲に又大なる奇蹟は行はれて、イエスは更らに其栄を顕はし給ふたのである。
 而して其結果は前と同然であつた、信仰は益々進み、反対は益々其激烈の度を加へたのである 眼を開かれし乞食は始めにイエスを預言者の一人として解したりしが(十七節)、ユダヤ人の詰問と迫害とに由り、イエスに関する彼の思意《おもひ》は益々|闡明《あきらか》にせられ、彼の信仰の故を以て、ユダヤ教会の逐ふ所となるや、彼は終に「主よ我れ信ずと曰ひて彼を拝せり」とありて、彼はイエスを拝すべき神の子として信ずるに至つた(三十八節)、而して信ぜし乞食の信仰の進歩に伴ひてユダヤ人の不信の発展も亦|著明《いちじる》くあつた、ユダヤ教会の役員等は今やイエスを「罪人」と呼ぶに躊躇しなかつた(二十四節)、イエスは茲に既に二回安息日を破りてモーセの律法を犯したのである、曩には安息日に三十八年病みたる者を癒し、茲には又同じく安息日に生来の瞽の眼を開き給ふた、彼の罪や赦す(87)べからずである、「彼等イエスを執へんとしたりしが、彼れ其手を脱れて去れり」とありて、茲にユダヤ人の反対は公然と彼に手を下すに至つた。
 
 然しイエスは恐れ給はなかつた、彼は今は彼の善行を以て彼の国人を済度することの出来ないことを覚り給ふた、然ればとて彼は彼の衷に在るすべてを世に顕はさずしては止み給はなかつた、彼は最後に彼の最善を世に顕はし給ふた、而して其結果として彼は彼の生命を捐《すつ》るに至つた。
 而して斯かる機会は彼の友人なるベタニヤのラザロの死に由て供へられた(約翰伝第十一章)、彼れ其姉妹より「主の愛する者病めり」との報知を受けし時に、茲に最後の顕栄の機会の彼に与へられしことを知覚し給ふた、
  イエス之を聞きて曰ひけるは、此は死ぬる病に非ず、神の栄のためなり、神の子をして之に由りて栄を得しめんが為なり、
とある(四節)、而して是れ彼に取り大なる危険の伴ふ機会でありしことは、彼も亦彼の弟子も能く知つて居つた、故に弟子の引留むるにも拘はらず、強いてベタニヤに行かんとし給ひしや弟子の一人なるトマスは曰ふた、
  我等も亦往きて彼(イエス)と偕に死すべし
と(十六節)、イエスは茲に死を決してベタニヤに往き給ふたのである。
 前《さき》にはガリラヤのカナに於て、婚筵の席に於て水を葡萄酒に化して彼の栄を顕はし給ひしイエスは、今茲にヱルサレムに近きベタニヤに於て友人を死より甦らして彼が神の子たるの最大の証拠を供し給ふた、カナの奇蹟を以て始まりベタニヤの奇蹟を以て終つた、始めに万物の造主として自己を顕はし給ひ、終りに生命の主として(88)其大能を示し給ふた、
  我は復活なり生命なり
と(二十五節)、ラザロの復活の意味は茲に在つたのである、万物の造主たりし彼(カナの奇蹟の意味)、神の正義の体得者たりし彼(聖殿廓清の意味)、神の慈愛の実現者たりし彼(病者治癒の意味)、生命のパンたりし彼(群衆給養の意味)、世の光たりし彼(瞽者開眼の意味)は、凡ての生命の源にして永遠に生くるが故に、永遠に生くるの能力を人に賜ふ者であるとのことが茲に明かに示されたのである、ベタニヤに於ける死者の復活はイエスが行ひ給ひし最大の奇蹟であつた、イエスは是れ以上に自己を世に顕はすことが出来なかつた、人は又是れ以上の神の啓示《いめし》を要求しない、死者は死して死せず、イエスを信ずるに由りて死より甦りて永遠に生くることを得べしと啓示されて、人が神に就て知らんと欲する全部が彼に示されたのである。
 ラザロの復活は勿論友人の死を悲むより出たるラザロ一人のための復活ではなかつた、一時死を免かるゝは大なる恩恵であるに相違ないが、然し最大の恩恵でない事は瞭である、イエスはラザロを甦らして、彼れラザロと、彼の二人の姉妹なる。マルタとマリヤと、彼に従ひし彼の弟子等と、茲処に集まりし多くのユダヤ人と、而して彼等を通うして全世界の人々に、彼れイエスに復活の能力と永遠の生命との存《あ》ることを示さんがために此奇蹟を行ひ給ふたのである、即ち此奇蹟も亦他の奇蹟と等しく単に不思議なる事ではなくして、意味の存る休徴である、イエスはラザロを甦らして彼が末日《おはりのひ》にすべて彼を信ずる者を甦らし給ふ其能力と事実とを示し給ふたのである、
  凡て我を信ずる者は永遠《いつまで》も死ることなし
と(二十六節)、是れが此奇蹟を以てせられし大説教の主題であつた。
(89) 而して此|啓示《しめし》に接してユダヤ人の反対は其絶頂に達したのである、
  是に於て祭司長《さいしのをさ》等とパリサイの人等会議を開き曰ひけるは、我等如何にすべき乎、此人多くの奇蹟《ふしぎ》を行へり、若し彼を此儘に棄置ば人皆な彼を信ずるに至らん…………此日よりして彼等イエスを殺さんと共に譲る(四十七−五十三節)。
 斯して神の子の自顕が其極に達した時に、世の彼に対する憎悪も亦其極に達したのである、イエスに在りてはラザロの死は彼の最大最高の能力を顕はすの樣会となつたが、彼の敵に在りては是れが彼を殺すの機会となつたのである、ベタニヤの奇蹟はゴルゴタの悲劇と相関聯して解すべき者である、前者は後者の直接の原因となつたのである、イエスは彼の友人を甦らし給ひしに因て祭司パリサイの人等の執ふる所となり終に彼等の殺す所となり給ふたのである。
 是を不思議と云へば不思議である、然し神の何たる乎と世人《ひと》の何たる乎を知て此事は決して不思議でないのである、正義は最後の勝利者なりと云ふが、然し正義は輿論の賛成を得るが故に最後の勝利者なりと云ふのでない、世人の輿論は常に正義に反き不義に与するのである、若しイエスとバラバと孰れを択ぶ乎と問はるゝならば、輿論は常に「此人に非ずバラバを釈《ゆる》せ」と叫ぶのである(十八章四十節)、而して「バラバは盗賊《ぬすびと》なる也」とある、神に反きし此世の人は寧ろ盗賊を釈すも神の子は之を許さないのである、耶蘇《イエス》の名は信者に取りては神と等しき名である、然れども不信者に取りては国賊、親不孝、すべての悪事を綜合したる名称である、我等は此日此国に於ても此事の事実なるを知つて居る。
(90) 斯の如くにしてイエスは前後五回に亘りて自己を世に示し給ふた、而して其結果は世人全体の反対と少数の信者の敬仰とであつた、彼の自顕は彼に死を持来した、約翰伝記者は此事を書き終て自己の観察を述べて曰ふた、
  イエス彼等(世人、殊にユダヤ教会の役員と信者等)の前に斯く多くの休徴(深き意味を含める奇蹟)を行ひ給へり、然れども彼等は尚ほ彼を信ぜざりき、是れ預言者イザヤが曰ひし言に
    我等の告げし言《こと》を信ぜし者は誰ぞや、主の手は誰に顕はれし乎
  とあるに応《かな》へり、イザヤは復曰へり
    彼等目にて見、心にて悟り、改めて医さるゝことを得ざらんが為めに彼れ(神)その目を瞽《くら》くし、其心を頑梗《かたくな》にせり
  と、此故に彼等は信ずること能はざりし也、イザヤは彼(イエス)の栄を(予め)見しにより彼に就て斯く語りしなり、然れど有司等《つかさたち》(政治家、宗教家、所謂上流社会の人等)の中に多く彼を信ぜし者ありしかども彼等はパリサイの人(教権を有する宗教家)を恐れて明《あらは》に彼を信ずと言はざりき、其会堂より黜《しりぞ》けられんことを恐れたるに因りてなり、是れ等の人々は神の栄誉《ほまれ》よりも人の栄誉を喜べるに因るなり
と(十二章三十七節より四十三節まで)、貴きイエスの三十三年の此世の御生涯は約翰伝記者の此言を以て尽きて居るのである、大多数の反対極めて少数の信仰、有司等の中に信者は起らざりしにあらずと雖も、人を恐れて隠密《ひそか》に彼を信ぜしに過ぎず、彼を信じ憚らずして彼を世に紹介せし者は異邦の婦人、而かも堕落婦人にあらざれば、瞽目の乞食等であつた、此世の政治家宗教家等は極く少数を除いては挙つて彼に反対し、罪人として彼を政府に訴へ、彼を絶滅せずしては止まなかつた、約翰伝が明白に我等に教ゆる所は此事である、此書が一種のさびしみ(91)を帯びて居る事は何人も認むる所である、「光は暗に照り、暗は之を暁らざりき」、「彼れ己れの国に来たりしに其民之を接けざりき」、「茲に於て人々彼を撃んと石を取れり」、「此日よりして彼等イエスを殺さんとて共に議る」、「世もし汝等を悪む時は汝等よりも先に我を悪むと知れ」云々、約翰伝の記せるイエスの生涯は決して幸福の生涯、成功の生涯、名誉の生涯でなかつたことは何よりも明かである、イエス対此世は乖離、衝突、決闘に終つた、而して勝ちし者は勿論此世であつて、負けし者は勿論イエスであつた。
 
 イエスの一生の顕栄と伝道とに由て彼が得し者は僅かに十二人であつた、其他に少数の信者はありしも、是れ彼の福音を委ぬるに足る者ではなかつた、而して十二人は悉く真の信者ではなかつた、其中の一人は悪魔であつた(第六章七十節)、第十三章以下十七章に至るまでは、イエスが此小なる信者の一群を教へ且つ慰め給ひし記事である、
  踰越節の前にイエス此世を去りて父に帰るべき時到れるを知り、世に在りて己の民(弟子を指して云ふ)を愛したれば終りまで之を愛せり
とある(十三章一節)、十二人は少数である(而かも其中の一人は悪魔である)、而かも此少数こそ彼の一生の労働《はたらき》に由て収穫《かりい》れ給ひし者、故に彼に取ては目の瞳の如くに貴くあつた、故に彼が今や彼等と相別れんとするに方て、彼等を教へ慰むるの言辞は慇懃を極めた、人の筆を以て書かれし言辞の中に約翰伝第十三章以下のイエスの弟子に対する離別の言辞よりも剴且つ切なる者はない、此処に愛の生粋がある、イエスは彼を信ぜざりしユダヤ人に向つては謎を以て語り、譬を以て諭し給ひしと雖も、彼を信ずる弟子に向つては明白に事実其まゝを語り給ふた、(92)此状を見て取りし弟子の一人は彼に曰ふた、
  爾今明かに言ひ給ふ、譬喩《たとへ》を言ひ給はず
と(十六章廿九節)、我等は十三章以前に於てイエスが此世に対して取り給ひし態度を見、十三章以下に於て彼が彼の愛する弟子に対して取り給ひし態度を見るのである、世に対しては雲霧の捕捉し難き所がある、然し弟子に対しては日光の明白なるが如くに明白である、誠実は不信に対して其実体を示すことは出来ない、唯信仰に対してのみ赤裸々の真美を示すのである。
 而してイエスは彼の真美を顕はし給ふに先だち最後の清洗を行ひ給ふた、悪魔のユダは弟子の仲間を去るべくあつた、彼れ其中に在てイエスは己が真美を顕はすことは出来なかつた、不信の前に誠実は冷却せざるを得ない、不信は信仰発展の大なる妨害である、ユダにして去らざる限りはイエスは弟子等に向つて彼の最善最美を語り得なかつた、
  彼(ユダ)は一撮《ひとつかみ》の食物を受けて直に出行けり、時は既に夜なりき、彼の出し後に、イエス曰ひけるは今、人の子栄を受く云々
と(十三章三十、三十一節)、世はイエスを棄、イエス御自身はいま世の最後の分子を彼の身辺より斥け給ひて、彼は生れて始めて茲に神と神を愛する者とのみ立ち給ふたのである、広き世界に自己を合せて僅かに十二人、是れが当時のイエスの仲間である、地上の天国である、世の麪酵《ぱんだね》を混合《まぜ》ざる無酵麪《たねいれぬぱん》である、神の子の降世と彼の三十三年の貧しき生涯とは此小群を作らんがためであつた、貴いかな神の教会、教会とは如斯き者である、如斯くにして作り、如斯くにして成立する者である、我等と雖も斯かる意味に於ての教会は之を排斥しない。
(93) 而して此小なる羊群を率ひてイエスは此世と最後の衝突を為し給ふたのである、約翰伝第十八章以下はイエス対此世の最後の決戦を記した者である、暗黒は政権と教権と背信者の嚮導を得て光明に向つて攻寄せた、光明軍中に大なる動揺があつた、兵卒は其君主を一人残して皆な逃げ去つた、(憐むべき弱卒よ)、然し救拯の主《きみ》は独り立つて益々強くあつた、彼は一人、敵の強塁を冒し、其拠て立つ所の基礎を粉砕した、然し彼れ自身は敵鋒の滴となつて消えた、世人《ひと》の眼より見て、戦闘《たゝかひ》は全然神の子の敗北を以て終つた、暗黒軍は凱歌を揚げて喜んだ、彼等は彼の屍をアリマタヤのヨセフの墓に葬つた、思へらく「我等は斯くてナザレ人の狂的福音を封込みたり、今や我等に永久の平和|臨《きた》れり」と。
 然れども視よ、一婦人のイエスの復活を告ぐる者があつた、逃去りし彼の弟子等は復たぴヱルサレムに帰り来つた、茲に此世の理論を以てしては到底解くことの出来ない不思議なる大運動が始まつた、而して半百年を経ざるにイエスを殺した者は悉く亡ぼされて、殺されしイエスの福音は全地に宣伝さるゝに至つた、イエスの生涯は失敗に終つた、然し、其終極は死ではなくして死の反対の生であつた、イエスは世に棄られた、然しイエスは世を棄ずして徐々として之を自己に収め給ひつゝある、現世に在りては大失敗、後世に在りては大成功、世に憎まれて世に勝つ、是れが約翰伝が我等に教ゆるイエスの生涯の貴き教訓である。
 
 偉大なる哉約翰伝!、然れども現今《いま》の基督教会は如何に? 現今の基督教育年会は如何に? イエスの如くに世に憎まれずして、反て世の歓迎する所たるを求め、且つ之を喜び、且つ之を誇りとなす、イエスは彼の一生の間に十一人の信者を収め給ひしに過ぎざるに、現今の教会と青年会とは一回の説教会に何十百人の信者を獲たり(94)と言ひて喜ぶ、イエスは有司の中に一人の公的信者を有せざりしに、現代の所謂基督信者等は公爵、伯爵の賛成援助とあれば天地の賛同を得しが如くに喜ぶ、貴むべき哉約翰伝の伝ふるイエス、卑むべきかな現代の教会の監督と牧師と伝道師とよ、彼等は聖書を学び約翰伝を頌讃しながら、其明白なる教訓に反きつゝあるのである、余輩は茲に新たに約翰伝を彼等に薦めて彼等の改悛を促さざるを得ない、余輩は斯く言ひて自身彼等を呪うのではないと信ずる、或る他の者が余輩の背後に立て余輩をして此事を彼等に言はしむるのであると信ずる。 〔以上、12・10〕
 
(95)     ヤイロの女《むすめ》
                         大正3年9月10日
                         『聖書之研究』170号
                         署名 内村鑑三
 
 イエスは会堂の宰《つかさ》ヤイロの信仰を愛で給ひて其女を死より甦らし給ふた(馬可伝五章二十二節以下)、此事を聞く世の父母にして其女を失ひし者はヤイロの幸福を羨みて止まない、「我にも亦ヤイロ夫婦に降りし恩恵あれかし」とは彼等各自の心に起る禁《とゞ》め難き祈求《ねがひ》である。
 而して事は羨望に止まらないのである、羨望に伴ふて懐疑が起らざるを得ないのである、神はヤイロの女を復活《いか》し給ひて何故に我女を復活し給はないのである乎、彼は既に奇蹟を行ふの能力を失ひ給ふたのである乎、或ひは又我が信仰の薄きが故に我に此恩恵が降らないのである乎 或ひは又我に何にか隠れたる罪悪の存するが故に我が祈求が聴かれないのである乎、更らに進んで、或ひは神なる者は実は無いのであつて、奇蹟なる者は有るのでなく、随つてヤイロの談の如きは人を欺くための虚談ではあるまい乎と 斯かる疑問は簇々《ぞく/\》として子を失ふの不幸に遭ひし信者の心を襲はざるを得ないのである。
 洵に若しイエスが特にヤイロのために彼の死せる女を復活し給ひしならば彼の愛は偏愛であると言はざるを得ない、世にはヤイロの信仰に劣らざる信仰を有ちし人にして其子を失ひし者は尠くないに相違ない、又イエス御自身の立場に立ちて考へて、信仰の有無に由て此恩恵を人に施し、又之を施し給はずとは雨を善人の上にも降し(96)悪人の上にも降し給ふ天に在ます父なる神の子の行為として受納れ難い事である、若し死者が其愛する者の祈祷に由て甦へらさるゝ者であるならば世に死と云ふことは無い筈である、又神の無限の憐愍を以てして、人の祈祷を待つまでもなく、死者は悉く直に甦らさるべきである。
 故にヤイロの女の場合は是れ決して特に彼に降りし恩恵を示すための者でないに相違ない、是れ特にヤイロのために施されし奇蹟でないに相違ない、神の行し給ひしことであれば是れすべて信ずる者のために行はれし奇蹟であるに相違ない、即ち、神はヤイロの女を以て、すべて信ずる者の女は終に斯くの如くにして甦らさるべしとの事を示さんと欲し給ひしに相違ない、即ち、ヤイロの女の復活はすべて信ずる者の終末《をはり》の復活の質《かた》であるに相違ない、イエスは曰ひ給ふた、
  我は復活なり生命なり、我を信ずる者は死ぬるとも生くべし
と(約翰伝十一章廿五節)、是れすべての信者に当箝《あてはま》るべき言辞である、ヤイロと其女とにのみ限らるべき者ではない、イエスは又言ひ給ふた、
  汝等すべて我名に託りて祈求ふ所の事は我れすべて之を行はん……若し汝等何事にても我名に託りて祈求はゞ我れ之を行はん
と(仝十四季十三、十四節)、是れ祈祷の法則とも称すべき者であつて、一般に渉る信仰上の真理である、故に真にイエスを信ずる者はすべてヤイロの地位に在る者であつて、ヤイロが受けし恩恵に与かるの資格を与へられたる者である。
 イエスはヤイロの女を死より甦らし給ひて之をその歎ける父母に還し給ふた、其如く末《をはり》の日に於て彼はすべて(97)彼を信ずる者の祈求に応して、其の曾て失ひし女を復活し給ふて、之を再び彼等の手に還し、彼等の心を歓ばし給ふのである、すべての真のクリスチャンは喜ぶべき末の日に於てヤイロが実験せしが如き堪え難き程なる歓喜を実験するのである、
  女は死るに非ずたゞ寝ねたる耳
と、すべての信ずる者の女は此通りであるのである、
  イエス女の手を執りて之に言ひけるはタリタクミ、之を訳《と》けば女よ起きよとの義なり
と、信者はすべて自から何時か一度、イエスの此喜ばしき声を聴き、彼の能力ある此|聖事《みわざ》を拝見するのである。
 神は偏視《かたよ》る者に非ずである、彼は決してヤイロの祈祷にのみ其の耳を傾け給ひて、其他の者を顧み給はない筈はない、彼はヤイロの祈祷を聴き給ひしが如くにすべて彼を信ずる者の祈祷を聴き給ふに相違ない、故にヤイロの場合はすべての信者の場合を代表する者に過ぎないに相違ない、すべて真心を以てイエスを信ぜし者にして其愛子を失ひし者は、神の命じ給ふ時に於て、ヤイロが恵まれしが如くに恵まるゝに相違ない。
 依て知る、ヤイロの女に行はれし奇蹟は是れ決して彼女と彼女の父母のためにのみ行はれし奇蹟に非ざることを、而して此奇蹟に止まらない、すべての奇蹟が爾うである、ラザロの復活《よみがへ》らされしは特に彼と彼の姉妹なるマルタとマリヤのためにではない、すべて信じて死し者のためである、凡て信ずる者は其の愛する兄を失ひ、弟を失ひ、姉を失ひ妹を失ふとも、末の日に至ればラザロが復活《いか》されしが如くに復活されて、再び其の愛する者の手に渡さるべしとの事を示さんがために、ベタニヤの村に於ける此大奇蹟は行はれたのである(約翰伝十一章)、又ナインの邑《まち》に於てイエスが※[釐の里が女]《やもめ》の独子を死より甦らし給ひし目的も亦茲に在つたのである(路加伝七章十一節以下)、
(98)  主、※[釐の里が女]《やもめ》を見て憫み、泣く勿れと曰ひて云々とある、イエスはすべての※[釐の里が女]を憫み給ふ、ナインの※[釐の里が女]に限らない、すべての※[釐の里が女]を憫み給ふ、而して彼を信ずるすべての※[釐の里が女]は、末の日に於てナインの※[釐の里が女]の如くにイエスに取扱はるゝのである
  イエス曰ひけるは起きよ、我れ汝に命ず起きよと、死たる者起きて且つ言《ものい》ひ始む、イエス之を其母に予《わた》し給へり
と、今や戦雲欧洲全土を蓋ひ、英一端を東洋に於てまで見るに及んで、多くの※[釐の里が女]は其独子を戦場に失ひて悲歎の涙に暮るゝであらふ、而して政治家は国威の宣揚を唱へ、新聞記者は其声に和して、※[釐の里が女]の涙の如きは敢て之を顧みずと雖も、イエスは今猶ほ「※[釐の里が女]を見て憫み、泣く勿れ」と言ひ給ひつゝあるのである、而して草の薙倒さるゝが如くに壮者が戦場に斃るゝあるも、政府と国家とは之を如何ともする能はざるのである、※[釐の里が女]は戦場に其独子を失ひて唯泣くばかりである 然れども「主、※[釐の里が女]を見て憫み泣く勿れと言ひ給ふ」とある、而して来るべき末の日に於て主イエスは戦場に斃れしすべての※[釐の里が女]の独子を復活《いか》して之を彼等の手に予し給ふのである。
       *     *     *     *
 然り、神に奇蹟を行ふの能力が絶えたからではない、又我等の信仰が足らないからではない、又我等に隠れたる罪があるからではない、若し人の完全が神の恩恵を招くための必要条件であるならば之に与かり得る者は世に一人もない筈である、我等に今、復活の奇蹟の行はれないのは、今は復活の時でないからである、又此朽つべき肉体の復活の永久の救済でないからである、神はより大なる復活を我等のために備へ給ふのである、彼が末の日に行ひ給ふ復活はヤイロの女やラザロの復活と異なり、復たび死なざるの復活である、「復た死あらず、哀《かなし》み哭《なげ》き(99)痛み有ることなし」と云ふ復活である、而して神はキリストを以て末の日に此の大なる復活を我等と我等の愛する者との上に行ひ給ふのである、ヤイロの女の復活の如きは此復活に較べて見て表号に過ぎないのである、我等の死たる女が復たび我等に予さるゝ時には、我等は復たび之を失はないのである、復と死別の無い会合、之に優さりて歓ばしきことは此世に無いのである。
  今や泣く者は哭《なげ》くべからず
   其愛する者は失せしとも
  再た会ふ日の歓喜の光に
   其曇りし眼《め》は晴れん
      (『独過小歌《ライラ、ゼルマニカ》』の一節より訳す)
 
(100)     〔イエスの弟子 他〕
                         大正3年9月10日
                         『聖書之研究』170号
                         署名なし
 
    イエスの弟子
 
 イエスを誉むる者必ずしも彼の弟子ではない、イエスと共に苦しむを得て初めて彼の弟子となるのである、我等イエスの※[言+后]※[言+卒]《そしり》を負ひて営《かこひ》の外に出で、其処に彼と共に門の外に苦《くるしみ》を受けて彼の弟子たるの特権に与かるのである、我等身にイエスの印記《しるし》なる迫害の傷痕を負はずして、自から彼の弟子たることを証明することは出来ない、信者に取り最大の名誉は此世の政府と教会とが賦与する勲章博士の号にあらずして、イエスの聖名のために蒙りし窘迫汚辱の痕である。
             希伯来書十三章十二、十三節。
 
    間接の労働
 
 余は田圃《はたけ》を耕さない、然れども田圃を耕す者にキリストの福音を伝へて彼等をして余に代て田圃を耕して貰う。
 余は物を製造らない、然れども物を製造る人に天国の福音を説いて彼等をして余に代て物を製造つて貰う。
(101) 余は船を運転《まは》さない、然れども船を運転する人に救主の福音を語りて彼等をして余に代りて船を運転して貰う。
 余は今は不幸にして労働の人でない、然れども労働の人にイエスの福音を伝へて彼等をして余に代て労働して貰う、余の理想は労働にある、而して今や不幸にして直接に労働する能はず、故に労働に従事する余の信仰の友を通うして間接に労働しつゝある。
 
    誤らざる生涯 自分の実験
 
 余の為すべき事はすべて成功なりし、余の為すべからざる事はすべて失敗なりし、余が余の為すべからざる事を為さんとせしや、神は悪人を送りて之を毀たしめ、或ひは疾病を送りて之を妨げ給へり、之に反して余が為すべき事を為さんとせしや、神は友を送りて之を外より助けしめ能力を加へて衷より之を補ひ給へり、如斯くにして過去に於ける余の生涯は其行路に於て誤らざりし、其如く将来に於ても、余の運命は彼の掌中に存して、彼が余の為めに設け給ひし軌道を脱することなきを信ず。
 
(102)     WHAT I READ.
                        大正3年10月10日
                        『聖書之研究』171号
                        署名 Kanzo Uchimura.
 
 I read Dr.Frederic Godet of Neuchatel,Switzerland;I read the old Dr.William Milligan of Aberdeen,Scotland;I read the late Dr.Alexander Maclaren of Manchester,England.(Maclaren is a Scotch name.)I read mostly continental authors;and of British authors,I read mostly Scotch.Among Anglican scholars,I use only Lightfoot and Westcott.Of American authors,I read scarcely any,except perhaps Prof.Henry S.Nash of Cambridge,Massachusetts.Elisha Mulford,John Fiske,and Julius H.Seelye are gone;and I fail to find depth and profundity in the American thinking and piety of to-day.For deep,clear,refreshing spiritual drinks,I go to streams that stream down from the Swiss Alps,Or from the gentle slopes of the Grampian Hills.
 
(103)     〔独逸国は亡びても 他〕
                         大正3年10月10日
                         『聖書之研究』171号
                         署名なし
 
    独逸国は亡びても
 
 独逸国は亡びても独逸語は亡びない、又独逸国が生んだ宗教と哲学とは亡びない、ルーテルとメランクトンとの新教《プロテスタンチズム》は亡びない、ネアンデル、シュライエルマッヘル、トルーク、オールスハウゼン等の神学は亡びない、カント、ヘーゲル、オイケン等の哲学は亡びない、然り陸軍的並に海軍的独通が亡びて後に是等の宗教と哲学とは更らに一層の光を放つであらふ、神が独逸国を以て行ひ給ひし信仰的並に思想的世界感化は既往の事実である、而して霊的に偉大なる国民の腕力的に偉大なるは大なる弊害の之に伴ふあるが故に、神は今回大なる打撃を独逸国民に加へ給ひて之を懲治《こら》し給ひつゝあるのである乎も計られない。
 
    富源の価値
 
 富源、富源と言ふ、我が秋田県には一日二万石を噴出する石油礪があると云ひ、阿弗利加には直径五哩に渉る結晶曹達の池がありて全世界の曹達の需要を充たすに足ると云ひ、南米ボリビヤの錫礪《せきくわう》は是れ亦全世界の錫の(104)需要に応じて猶ほ余りあると云ふ、其他アラスカの富、濠斯太刺利亜《アウスタラリヤ》の富、挙げて数ふべからずであると云ふ。
 然し乍ら人には何人にも全世界の富源を以てするも自己を慰むる能はざる時が来るのである、其時には曹達湖採掘の権利を有するも何の用も無いのである、其時には一人で南米大陸の富源を専有するも何の益も無いのである、彼の霊魂が肉体を離れ、独り全能者と相対して立たざるを得ざる時に、アラスカの金礦も濠斯太刺利亜の羊群も彼に一縷の希望をも供へないのである、其時には聖書の一句はボリビヤの錫礪よりも貴く、キリストの一言、パウロの隻語は南阿の金剛石礪よりも愈優さりて貴くあるのである、
  母の其子を慰むる如く我れヱホバも亦汝等を慰めん(以賽亜書六十六章十三節)。
  ヱホバは患難の日に其|天蓋《おほひ》の中に我を潜ませ、その幕屋の奥に我を蔵《かく》し、巌の上に我を堅く立たしめ給ふ(詩篇二十七篇五節)。  神は我等の避所、患難《なやみ》の時の最《いと》近き助なり(同四十六篇一節)。
  我が心と我が身とは衰ふ、然れど神は我が心の磐、我が永遠《とこしへ》の嗣業《ゆづり》なり(同七十三篇二十六節)。
  汝、水の中を過る時、我れ汝と偕に在らん、河の中を過ぐる時、水汝の上に溢れじ、汝火の中を往く時|焚《やか》るゝことなく、火焔《ほのほ》もまた燃つかじ(以賽亜書四十三章二節)。
  頌美《ほむ》べきかな神、即ち我等の主イエスキリストの父、慈悲の父、すべての慰安《なぐさめ》を賜ふの神、神は我等の諸の患難の中に我等を慰め給ふ、是我等をして神の我等を慰め給ふ其慰安を以て、また諸の患難に居る者を慰むることを得しめんため也(哥林多後書一章三節四節)。
 人の生涯には、縦令三井の生涯なりと雖も、又は岩崎の生涯なりと雖も、ロックフエラーも、グールドも、ロ(105)ートシルトも、以上の聖書の一句を心解し得んがためには其全財産を抛つも惜からずと思ふ時があるのである、今や国家が其陸軍を動かし、海軍を送りて獲得せんとする大陸の富源も以て一人の乞丐《こつじき》を慰むるに足らぬ時があるのである、此事を思ふて此世の政治、其経済、軍備、殖産の如何に価値なき者である乎が判明るのである。
 然り、神の言辞も亦確かに大なる富源である、之をオフルの金に較ぶるも愈《いや》優りて貴き財である、富源、富源と叫びて其獲得を国家の最大幸福と思ふ此世の智者等は自己の霊魂の要求に顧みて茲に一考すべきである。
       ――――――――――
 
    独逸に関する祈求《ねがひ》
 
 独逸国民は生存《のこ》れよかし、カイゼル主義は滅亡びよかし、ルーテルの信仰と、カントの哲学と、ネアンデルの神学と、シルレル、レツシングの文学とは生存れよかし、之に対してビスマルクの政略と、モルトケの軍国主義と、シュタインの国家主義とは滅亡びよかし、而して滅亡ぶべき是等の者が其本家本元たる独逸に於て滅亡ぶると同時に全世界に於て滅亡びよかし、然り、我が愛する日本国に於て滅亡びよかし、祈求ふ、神よ、書き独逸を生存し、悪しき独逸を滅亡ぼし給ひて地球の表面を一変し給はんことを。
 
(106)     信仰
                         大正3年10月10日
                         『聖書之研究』171号
                         署名なし
 
 信仰は信念ではない、実見である、実物の実得である、神は思想ではない、実在者である、キリストは理想ではない、活ける救主である、霊的実在者を霊的に感得すること、其事が信仰である、恁の如くにして、信仰は迷信でないのは勿論のこと、思索でない、固より智性の事ではない、霊性の事である、信仰は自己の中心の実験であつて最も確実なる事である。
 
(107)     日本の基督教会
                         大正3年10月10日
                         『聖書之研究』171号
                         署名なし
 
 日本今日基督教会なる者は日本人の教会に非ずのて、欧米(殊に英米)の基督教会の出張所である、其の、日本人の霊魂を救ふに能力の至て微弱なるは敢て怪むに足りないのである。
 
(108)     宣教師と余輩
                         大正3年10月10日
                         『聖書之研究』171号
                         署名 柏木生
 
 余輩は憚らずして曰ふ余輩は宣教師を好まないと、彼等の中に多くの良き人がある、然し余輩は二三の人を除いては未だ彼等の間に広き人を見た事がない、即ち正直なる信仰とあれば孰の信仰なりと雖も心の奥底より之を尊敬する人を見た事がない、宣教師と云へば大抵はキリストの基督教の宣教師ではなくして、或る教会即ち教派の宣教師である、彼等は各自己が所属の教会より遣られて其俸給を受けて我等の間に宣教するものである故に彼等が自《おの》づから真理のためを思ふよりも己が教会のためを思ひ、我等を之に引き入れんと努むるは人情として敢て怪しむに足りない、彼等に取りては人が罪を悔いて基督信者となることは左程に欣ぶべきことではない、彼等に取りて最も大切なる事は我等が基督信者となりて彼等の教会に入る事である。
 余輩は勿論自由を重んずる、而して自分の自由を重ずる者は他人の自由をも重ずるのである、然るに余輩の遭遇せし宣教師の多数は自由の此A・B・Cをさへ知らないのである、余輩は幾回《いくたび》か余輩の面前に於て余輩の信仰を嘲る宣教師を見た。
 故に余輩は明白に言ふ、余輩は終生宣教師の仲間に入らざらんと欲する、而して余輩の子供も亦之を彼等の手に委ねざらんと欲する、余輩に若し二十人の子があるとするも余輩は其一人をも宣教師学校に送らざらんと欲す(109)る、余輩は自由なるキリストの福音の為に宣教師に対し此態度を取るのである。
 
(110)     戦争と伝道
                         大正3年10月10日
                         『聖書之研究』171号
                         署名なし
 
 戦争は罪の此世に在りては避け難き悪事であります、是れ人がいくら努力しても廃めることの出来ない事であります、平和協会をいくつ設けやうが、カーネギーのやうな大慈善家がありて其億万の富を擲ちて其の廃止を努めやうが、戦争は依然として行はれます、而已ならず、世が進むに随て益々盛に行はれるやうに見えます、去らば戦争は廃まない乎と云ふに必ず廃みます 主イエスキリストが栄光を以て天より顕はれ給ふ時に廃みます、而して基督教の伝道なる者は此時に応ずるための準備であります、此世の改良ではありません、人をしてキリスト降臨の時に備えしめんがためであります、而して戦争はキリスト再顕の確かなる徴候であります、故に私供はすべての方法を尽くして、此時に方りて世の人にキリストの福音を伝へなければなりません。
 
(111)     MY PEACE AND JOY.我が平和と歓喜
                         大正3年11月10日
                         『聖書之研究』172号
                         署名 K.U.
 
     MY PEACE AND JOY.
 
 My peace and joy are not in the success of my works;are not in the ever-new attainment of knowledge;are not in the satisfaction of my conscience.My peace and joy are in Christ and His Cross.By looking at the Cross and waiting upon Him,there are in me peace and joy that pass all understanding.They who think I am a man of works,they who think I am a man of thought,and they who treat me as a moralist,――they are they who know not the Redeemer who is at the foundation of my very being.
 
     我が平和と歓喜
 
 我が平和と歓喜とは事業の成功に於て在らず、智識の上進に於て在らず、良心の満足に於て在らず、キリストと彼の十字架とに於て在り、彼を待望み之を仰瞻て我に人のすべて思ふ所に過ぐる平和と歓喜とは有るなり、我を事業家と想ふ人、思想家と看る人、道徳家として扱ふ人は、我が存在の根柢たる我が贖主を知らざる者なり。
 
(112)     〔平和とは何ぞ 他〕
                         大正3年11月10日
                         『聖書之研究』172号
                         署名なし
 
    平和とは何ぞ
 
 平和とは何ぞ? 永遠変らざる事業に従事することである、陰府《よみ》の門を以てするも毀つこと能はざる事業に我が一生を委ぬることである、此世の勢力に由て毀たるべき事業に従事して我に真個の平和は無い、平和の反対は恐怖である、而して恐怖は立場の安固ならざるに起因す、草は枯れ其花は凋むも、我が一生の事業を永へに変らざる神の言の上に築いて、我に真個の平和があるのである、平和は政治にない、実業にない、唯永遠の磐なるキリストの福音に於てのみ在る、我が事業を此磐の上に築いて我に世の知らざる深き平和があるのである、求むべく慕ふべきは此平和である。
 
    幸福とは何ぞ
 
 幸福とは何ぞ? 幸福を求めざる事である、不幸の中に在るを反て幸福と思ふ事である、自己に死するを得て、自己に何物をも要求せざる事である、哲人Rothe《ローテ》の言を以て曰ふならば「自己と取引を為さゞる事」である、神(113)あり他《ひと》あるを知覚して自己あるを忘るゝ事である、幸福の人とは斯かる思意《こゝろ》の状態に在り得る者である。義務は快楽と化し、道徳は道楽と成り、幸福てふ文字其物をさへ彼の念頭より去るを得て、彼は真正の意味に於ける幸福の人と成るのである。
 
    我等の救済法
 
 我等は人の境遇を改善せんとは為ない、其の霊魂を救済はんと為る、彼を神に結付けんとする、而して彼をして神に頼《よ》り独り自から其境遇を改善せしめんとする、我等は之を除いて他人を救済ふの途を知らない、所謂社会政策又は生活問題の解決の如きは我等の干与する所でない。
 
    聖書之鍵
 
 旧約は新約を以て解すべし、新約は其羅馬書を以て解すべし、羅馬書は其第三章二十一節より三十一節までを以て解すべし、神の黙示に由り羅馬書第三章二十一節より三十一節までを解し得し者は全聖書を解し得るの貴き鍵を神より授けられし者なりと信ず。
 
    自由の基礎
 
 英国有名の法理学者|士爵《サー》ジェームス・マッキントッシュ曰く、『民権自由の基礎は「人は信仰に由て義とせらる」と云ふ基督教の教義に存す』と、泰西今日の自由民権なる者の第十六世紀の宗教改革を以て始まりし事は明白な(114)る歴史的事実なり、近世の自由思想なる者は千九百年前タルソのパウロに由て姶めて世に唱へられし者なり、知らず我国|許多《あまた》の政治家は此事実を知るや否や。
 
(115)     贖罪と復活
         是れは「基督教とは何ぞや」との題目の下に、過る夏、基督教育年会夏期学校に於て為せし講演の草稿である。
                         大正3年11月10日
                         『聖書之研究』172号
                         署名 内村鑑三
 
  イエスは我等が罪のために附され、又我等が義のために(「義とせられんが為め」に非ず)甦らされたり(羅馬書四章廿五節)。
 パウロの遺した言辞の中に一言にして基督教の全部を言尽した者は尠くない、羅鳥書の此一節の如きは確に其一つである、能く此一節を解した者が基督教を解し得た者であると思ふ。
 イエスは其敵人の手に附され彼等の殺す所となつた、其事は明白なる歴史的事実である、然し彼は御自分の罪のために此屈辱を嘗《あじは》ひ給ふたのではない、彼は我等のために、全人類のために、特に我等彼を信ずる者のために此苦き杯を飲み乾し給ふたのである、実に彼は我等の愆《とが》のために傷けられ我等の不義のために砕かれ給ふたのである(以賽亜書五十三章五節)、神はイエスに在りて我等の罪を罰し、彼を信ずる我等を義として尚ほ御自身義たらんが為めの途を設け給ふたのである(羅馬書三章廿六節)、イエスは十字架に上りて我等に代りて罰せられ給ふたのである、彼の苦痛に由りて我等の己往《すぎこしかた》の罪は赦されたのである、是れ旧き福音である、現代の牧師、神学者、(116)教会信者等の嘲ける所の福音である、而かも此福音なくして患難める良心は癒されないのである。
  御自身《みづから》懲罰《こらしめ》を受けて我等に平安を与へ給へり 彼の打たれし傷によりて我等は癒されたり
と(以賽亜書五十三章五節)、我が為すを得る善行によりてゞはない、我が努力に由る心霊の清浄によりてゞはない、イエスが我が罪のために罰せられ給ひしに由り、我は神の前に立ちて潔きを得、我が罪の消滅を信じて疑はないのである、我は我が心霊の実験に由りて其子イエスキリストの血すべて罪より我等を潔むとの使徒ヨハネの言を文字通りに解釈して憚ないのである(約翰一書一の七)。
 イエスは我等の罪のために敵人に附され其殺す所となり給ふた、然し其れが万事の終結《をはり》ではなかつた、彼は死に繋れ在《を》るべき者ではなかつた、彼は甦り給ふた、神は彼を甦らし給ふた、然し我等のために死たまひし彼は惟《ひと》り御自身のためにのみ甦り給ふたのではない、神はイエスの偉徳を愛《めで》たまひて、彼れ一人に復活の恩恵を降し給ふたのではない、イエスの死は我等のためでありしが如く、彼の復活も亦我等のためであつた、日本訳聖書に「我等が義とせられんが為に」とあるは確に誤訳である、原語の〓の儘に「我等の義の為めに」と訳すべきである、イエスは我等の罪のために附され、我等の義の為めに甦らされたのである、神はイエスの死を以て我等の罪を罰し、彼の復活を以て我等を義とし給ふたのである、イエスの惨死は我等の罪の証拠である、其の如く、彼の復活は我等の義の(既に義とせられし)証拠である、我等の罪の恐ろしさを見んと欲する乎、之をイエスの十字架に於て見るべきである、我等の義(附与せられし)の美はしさを見んと欲する乎、之を彼の復活に於て見るべきである、イエスは人類、殊に信者の代表者である、故に彼の死が代表的であり、亦彼の復活も代表的であつた、神はイエスに在りて人類を罰し給ひて、亦彼に在りて人類を義とし給ふたのである、イエスの死は(117)人類の審判である、彼の復活は人類の彰栄《しやうえい》である、神は既にイエスに在りて人類の罪を赦し、而して罪を赦したに止まらず、彼に在りて既に彼等に栄光を着せ給ふたのである、人類の受刑は既に彼に在りて済み、彼等の栄光も亦既に彼に在りて獲得せられたのである。
 斯くて神の側に在りては人類の罪は既に全く除かれ、人類は既に栄光を被せられたのである、今は唯人類が神の此恩恵の配与に応ずるや否や、其問題が残つて居るまでゞある、而して此問題の解決たるや至て容易であるのである、人は何人も信仰を以て神の此配与に応じて、今、即時に、神がイエスを以て人類に下し給ひしすべての福祉《さいはひ》を己が有《もの》となすことが出来るのである、人類は今は既に救はるべき状態に於て在るのである、而して信者は信仰を以て神の招命《みまねき》に応じて此祝すべき状態に入つた者である、イエスに在りて人類の救済は既に成就《とげ》られたのである、実に救済は人類が己が理想を逐ふて終に到達するを得る佳境ではない、神が既にイエスに在りて下し給ひし人類既得の特権である。
 
 我罪の赦免は? 我は之をイエスの十字架に於て見る、我は日に三たび自己《おのれ》に省みて汚れたる我を自から潔くせんと為ない、我は我が潔清《きよめ》を道徳の履行に於て求めない、唯イエスの十字架を仰瞻る、彼所《かしこ》に我罪は除かれ、我が潔清は行はれたのである、イエスは我に代りて其血によりてすべて罪より我を潔め給ふた。
 我が復活は? 是れ亦既にイエスに在りて行はれたのである、我は今や復活の有無に就て議論を闘はすの必要はない、我は既にイエスに在りて甦りたのである、神は我を義とし給ひしが故にイエスを甦らし給ふたのである、イエスの復活は彼れ御一人のための復活ではない、人類のための復活であつて、すべて信ずる者の復活である、(118)人類が罪を犯したるが故に、其代表者たるイエスは死に附されたのである、而して人類の罪が赦されしが故に、其代表者たるイエスは死の繋《つなぎ》より釈かれ、復活昇天し給ふたのである、人類に臨むべき事は善悪共に其代表者たるイエスに臨んだのである、我等は人類の運命をイエスの伝記に於て読むのである、而してイエスの甦らされしを見て、人類の罪、殊に信者の罪、然り、我が罪の既に除かれ、我は既に神の子たる自由に予定されたる者であることを識るのである。
 
 イエスは我等の罪のために附され、我等の義のために(義とせられしがために)甦らされたり、是れが福音である、人に向て「汝等努力奮闘して完全の域に達せよ」と説くのではない、汝等は既に救はれ既に贖はれたれば信じて其救と贖とを己が有とせよと説くのである、我等は今は既に贖はれし時代に於て生存して居るのである、人世はイエスの死と復活とに由て既に一変したのである、救済は人類が之に到達する前に神より既に人類に臨んだのである、故に福音の宣伝者は預言者の言を以て叫ぶのである、
   汝等の神ヱホバは言ひ給はく、
   慰めよ、汝等我が民を慰めよ、
   懇切《ねんごろ》にヱルサレムに語りて之に耳語《さゝやき》て告げよ   その服役の期既に終り、
   その科既に赦されたり、
と(以賽亜書四十章一、二節)、人類の救済はキリストの死と復活とに由りて既に成就《なしとげ》られたる事と見るのが新約(119)聖書の説く基督教である、所謂現代人の基督教が其理論の立派なるに拘はらず実際に人を救ふの力の無いのは此単純なる真理を認めないからであると思ふ。
 
(120)     信仰の勝利
         戦はずして勝ちし実例  歴代志略下第二十章解訳 聖書を以てする聖書の解釈
                         大正3年11月10日
                         『聖書之研究』172号
                         署名 内村鑑三
 
 我等をして世に勝たしむる者は我等が信なり。約翰第一書五章四節。
 
  諸の民は騒ぎ立ち、諸の国は動きたり、
  神、その声を出し給へば地はやがて融けぬ。
       *     *     *     *
  来りてヱホバの事跡《みわざ》を看よ、彼は懼るべき事を地に為し給へり、
  ヱホバは地の極までも戦闘を廃めしめ、弓を折り、戈を断ち、戦車《いくさぐるま》を火にて焼き給へり。
  汝等静まりて我の神たるを知れ、我は諸の国の中に崇められ、全地に高く挙げらるべし(とヱホバ曰ひ給ふ)。
   万軍のヱホバは我等の神なり、ヤコブの神は我等の高き楼《やぐら》なり。(詩篇四十六篇六節以下)
 此後モアブ人、アンモン人、及びマオニ人等ユダの王ヨシヤパテと戦はんとて攻来れり、時に或人来りてヨシ(121)ヤパテに告げて曰く「海の彼方スリヤより大衆汝に攻来る、視よ今ハザゾンタマルに在り」と、(ハザゾンタマルは死海の西岸エンゲデなり)、茲に於てヨシヤパテ懼れ面をヱホバに向けて其|救拯《たすけ》を祈求めたり、又ユダ全国に断食を布達しければ、全国挙り集り、ヱホバの救拯を祈求めたり、即ちユダの一切《すべて》の市邑《まち/\》より人々ヱルサレムに来りてヱホパの救拯を祈求む 時にヨシヤパテ、ヱホバの聖殿の内なる新たに設けられし中庭の前に於てユダとヱルサレムの会衆の中に立ちて曰ひけるは、
  我等の先祖の神ヱホバよ、爾は天の神にましますに非ずや、異邦人の諸国を統たまふに非ずや、爾の手には能力あり、権威ありて、何人も爾に抵抗《さから》ふこと能はざるに非ずや、我等の神よ、爾は此国の民を爾の民イスラエルの前より駆逐たまひて、爾の友アブラハムの子孫に之を永く与へ給ひしに非ずや、彼等は此に住み、爾の聖名《みな》のために此に聖所を建て言へり「刑罰の剣《つるぎ》、疫病、饑饉等の災禍《わざはひ》我等に臨まん時は、我等此|殿《みや》の前に立ちて爾の前に居り、我等の苦難の中にて呼号《よば》はらん、然らば爾聴きて救拯け給はん、そは爾此殿に在《いま》ばなり」と、今アンモン、モアブ、及びセイル山の民等《たみども》を視たまへ、往昔イスラエル、エジプトの国より出来れる時、爾、イスラエルに命じて此民を侵さしめ給はざりしかば、彼等(イスラエル)は之を離れて滅さゞりしなり、然るに今彼等が我等に酬る所を視たまへ、彼等は仇を以て恩《めぐみ》に酬ゐんとす、彼等は爾が我等に有たしめ給へる爾の領土より我等を逐攘はんとす、我等の神よ、爾、彼等を鞫き給はざるや、我等は此の斯く攻寄せ来れる大衆に当る能力なく、又為す所を知らず、唯爾を仰ぎ瞻るのみ、
と、王、斯く祈りし間に、ユダの人々は其幼者及び妻子と共に皆々ヱホバの前に立ち居れり。時に会衆の中にてヱホバの霊、アサフの族《やから》なるレビ人ヤハジエルに臨めり、(ヤハジエルはゼカリヤの子にして、ゼカリヤはベナ(122)ヤの子、ベナヤはヱイエルの子、ヱイエルはマツタニヤの子なり)、ヤハジエル即ち曰ひけるは、
  ユダの人々及びヱルサレムの市民、並にヨシヤパテ王よ、聴け、ヱホバ斯く汝等に言ひ給ふ、汝等此大衆の故に懼ること勿れ、慄《おのゝ》く勿れ、そは是れ汝等の戦《たゝかひ》に非ず、ヱホバの戦なればなり、汝等明日彼等の所に下るべし、彼等はヂツの坂より上り来る、汝等ヱルエルの野の前なる谷の口にて之に遇はん、此|戦闘《たゝかひ》には汝等戦ふに及ばず、ユダ及びヱルサレムよ、汝等は唯進みて立つべし、汝等と偕に在すヱホ木バの汝等に施し給ふ救拯を見よ、懼るゝ勿れ、慄く勿れ、明日彼等に対ひて進むべし、ヱホバ汝等と偕に在せばなり、
と、茲に於てヨシヤパテ首《かうべ》を下げて地に俯伏《ひれふ》せり、ユダの人々及びヱルサレムの市民も亦ヱホパの前に俯伏してヱホバを拝す、時にコハテの族《やから》及びコラの族なるレビ人等、起立りて声を高く揚げてイスラエルの神ヱホバを讃美せり。
 斯くて彼等皆な朝早く起きてテコアの野に出往《いでゆけ》り、其の出るに当りて、ヨシヤパテ立て曰ひけるは、
  ユダの人々及びヱルサレムの民等よ、我に聴け、汝等の神ヱホバを信ぜよ、然《さ》らば汝等固く立つを得ん、その預言者を信ぜよ、然らば我等栄ゆるを得ん、
と、彼れ又民と議《はか》りて人を選び、彼等をして聖服を着け群衆の前に進ましめ、ヱホバに向ひて歌を唱へ且つ彼を讃美せしめて曰く、
   ヱホバに感謝せよ、
   そは其恩恵は世々限りなければ也
と、而して彼等が歌を歌ひ、讃美を始むるに当りてヱホバ伏《ふく》を設けてユダに攻来れるアンモン、モアブ、セイル山(123)の民等を苦しめ給ひければ、彼等は撃破《うちやぶ》られたり、即ちアンモンとモアブの民等起ちてセイル山の民に対ひ、悉く之を殺し尽したり、而してセイルの民を殺し尽して後、彼等は相互に滅しあへり。
 斯くてユダの人々荒野の望楼《ものみやぐら》に到りて敵の群衆を見たりければ、唯地に倒れたる死屍《しかばね》のみにして一人だに逃れ去りし者なかりき、茲に於てヨシヤパテ及び其民、彼等の物を獲んとて来り見るに、その死屍の間に財宝、衣服、及び珠玉等夥しく在りたれば、各自之を剥とりけるが余りに多くして携へ去ること能はざる程なりき、分捕物多かりしに因りて之を採集むるに三日を費せり、第四日に民皆なベラカの谷に集まり、其処にてヱホバに感謝せり、此故に其処を今も尚ほベラカ即ち「感謝」の谷と称ふ、而してユダとヱルサレムの人々皆な帰来り、ヨシヤパテ彼等を導きてヱルサレムに凱旋せり、そはヱホバ彼等をして其敵を滅して歓喜《よろこび》を得させ給ひたればなり、即ち彼等|瑟《ひつ》と琴と喇叭を合奏してヱルサレムに往きてヱホバの聖殿に到れり、神を畏るるの恐怖、隣邦の民等に臨めり、そは彼等ヱホバがイスラエルの敵に対ひて戦ひ給ひしことを聞きたればなり、斯くて其後、ヨシヤパテの国は平穏《おだやか》なりき、そは神、其四方に於て之に安息を賜ひたればなり。(第一節より第三十節まで)
 
     梗概
 
 ユダの東南に墳を接する三国アンモンとモアブとマオニ、同盟してヱルサレムに攻上る、ユダの王ヨシヤパテ衆寡敵せず、抵抗の力なきを覚り、民に祈祷と断食とを布達し、其代表者を送りて彼等をして王と偕にヱルサレムの聖殿に於てヱホバの救拯を祈求めしむ、王、国民に代り、熱祷をヱホバに捧ぐ、ヱホバ其|叫号《さけび》の声を聴き、群衆の間に一人の予言者を起し、彼をしてヱホバの聖旨を彼等に告げしめ給ふ、曰く、是れ汝等の戦に非ず、ヱ(124)ホバの戦なりと、時に救拯の確信、民の心に起り、彼等未だ救拯に与からざるに、楽人をして声を揚げてヱホバを讃美せしめたり。
 イスラエルはヱホバの命に従ひ、矛を携へずして敵軍に対ひて進む、彼等は戦はんと欲せず、ヱホバの彼等に代りて戦ひ給ふを拝見せんと欲す、故に彼等は軍楽を奏せず、讃美の歌を唱ふ、曰く「ヱホバに感謝せよ、そは其恩恵は世々限りなければ也」と、而して讃美の声未だ息まざるに、彼等は敵軍の間に大なる擾乱の起るを見たり、敵は何等かの誤錯よりして相互を殺し尽すに至れり、始めにアンモンとモアブとは一隊となりてセイルの軍に打懸りて之を殲滅し、後にアンモンとモアブとは相互を屠れり、斯くしてイスラエルは其手に血塗ずして其敵を滅し尽せり、イスラエルはたゞ戦場に下りて自から斃れし敵の死屍《かばね》より、其携帯せし武器財宝を剥取るに過ぎざりき。
 斯くて戦闘は祈祷を以て始まり讃美を以て終りたり、而して四隣の国民はヱホバが其民のために戦ひ給ふを見て、敢て其境を侵す者なく、ヨシヤパテの国は其後平穏なるを得たり。
  註 マオニ人はセイル山の民なりとあればエドム人なるべし。
 
     教訓
 
〇非戦主義といふは必しも絶対的に戦はないと云ふ事ではない、自分で戦はないと云ふ事である、若し戦ふの必要がある場合には、神をして自分に代て戦つていたゞくと云ふ事である、「仇を復すは我に在り」と彼は言ひ給ふた、実に「戦争は汝等の事に非ず、ヱホバの事なり」である、戦争の事を全然神に任かし奉る時に、茲に初めて(125)真の意味に於ける非戦主義が行はるゝのである。
〇而して神は戦ひ給ふに当りて敢て自から聖手を下し給はないのである、彼は敵をして自から己れを滅さしめ給ふのである、アンモンとモアブとをしてセイルを打たしめ、而して後にアンモンとモアブをして相互を滅さしめ姶ふ、悪人の相結ぶは勿論相愛するがためではない、同一の敵があるからである、其敵にして取除かれん乎、彼等は必ず相互を屠るに至る、聖書に「悪に抗する勿れ」とあるは之れが為めである、悪人は抗すれば相合し、抗せざれば」互に相食む者である、無抵抗は悪人を斃すための最良の方法である、我等は神に傚ひ、悪に抗せずして、悪をして自滅せしむべきである。
〇若し我等に敵を斃すための武器があるとすれば、それは楽器である、而かも敵愾心を鼓舞するための楽器ではない、神を讃美するための楽器である、瑟と琴と喇叭とである、「ヱホバに感謝せよ、そは彼の恩恵に限りなければ也」と声を揚げて歌ふ時に、其声を助くるための楽器である、信者は鬨の声を揚げて敵に向ふべきでない、神を讃美しながら進むべきである、敵の要塞を壊つに当りても、ヨシユアがヱリコの邑を陥れし時の如くに、唯ヨベルの喇叭を吹きながら神が其石垣を壊ち給ふ其時を待つべきである(約書亜記第六章を見よ)。〇自から剣を抜いて敵に向ふ者は基督教国ではない、若し真の意味に於ての基督教国があるとならば、それはヘザキヤ王の下のユダ国(以賽亜書三十六章三十七章)の如き者、又我等が茲に学びしヨシヤパテ王の下のユダ国の如き者でなくてはならない、独逸民族の文化を護るために剣を抜いたと云ふ独逸国は勿論基督教国ではない、又欧洲の自由を護るために剣を抜いたと云ふ英国も露国も基督教国ではない、殊に自から剣を抜きながら神に戦勝を祈るに至つては言語道断と言ふより外は無い、英独露墺、皆な悉く大なる偽善国である、明白なる非基督教国(126)である。
 
(127)     牧師の指導
                         大正3年11月10日
                         『聖書之研究』172号
                         署名なし
 
 キェルケゴール曰く「何よりも先づ牧師の指導を避けよ」と、牧師とは教会の監督、長老、牧師、伝道師等を言ふ、彼等は患難の真理に関しては何の知る所なしと言ふ、実に然り、余輩も実験に由り能く此事を知る。
 
(128)     欧洲の戦乱と基督教
         十月四日夜、東京角筈レバノン教会に於ける講演の要点
                         大正3年11月10日
                         『聖書之研究』172号
                         署名 内村鑑三
 
  ヱホバかく言ひ給ふ、ユダは三の罪あり四の罪あれば我れ必ず之を罰して赦さず、即ち彼等はヱホバの律法を転んじ、其|法度《のり》を守らず、其先祖等が従ひし偽物《いつはりのもの》に惑はさる、我れユダに火を遣《おく》りヱルサレムのすべての殿を焚《やか》ん。亜麼士書二章五節。
  地の諸の族の中にて我れ特に汝等を知れり、故に我れ汝等の諸の罪のために罰せん。同三章二節。
〇戦争は悪事であると同時に刑罰である、負ける戦争ばかりではない、勝つ戦争も亦刑罰である、国家は戦争に従事して、負けるも勝つも神の刑罰を蒙りつゝあるのである。
〇日清日露の二大戦争は日本の側より見れば、三百年前の太閤秀吉の朝鮮征伐の刑罰として日本国民に臨みし者であるとの或る朝鮮通の言は其中に深い真理を宿す者であると思ふ。
〇今回の欧洲大戦争は欧洲人の上に臨みし神の厳罰と見るが適当であると思ふ、若し交戦国目下の状態を具に観察するならば、斯かる刑罰の彼等の上に臨むは決して不当でない事が判明ると思ふ、独逸の罪悪、墺地利の罪悪は言ふまでもない、露国の罪悪を始めとして、白耳義の罪悪、仏国の罪悪、然り、英国の罪悪に至るまで若し神(129)の立場より之を観るならば、其中に多くの赦すべからざる者のあるは明瞭《あきらか》である。実に愛の神は忍ぶ丈け忍び給ふて終に止むを得ず今回の大刑罰を欧洲人の上に下し給ふたのであると思ふ。〇人は「独逸国は基督国でありながら」と云ふ、然り、独逸国は名義上基督教国である、然し実際の独逸国は決して真正の意味に於ての基督教国の名を値する者ではない、無神論の最も盛なるは独逸である、我国に輸入せられて我国多くの学者に由て懐抱せらるゝ所のヘッケルの無神進化論は独逸の産物である、カール・マックスの社会主義も亦独逸の産物である、而して独逸流の社会主義の反基督教的なるは人の能く知る所である、其他「神の死」を唱へて基督教を嘲けりしニイチェの哲学も独逸の産物である、若し主義の実際上の勢力より云ふならば独逸国は基督教国と称ふよりは寧ろ社会主義国と称ふが適当であると思ふ、若し今回独逸が起せし戦争を、基督教が起したと云ふならば、同じ意味に於て、無神哲学が之を起した、社会主義が之を起したと云ふことが出来る、独逸国に多くの基督教の教会堂があり神学校があるが故に、彼国は信仰の燃えたる基督教国であると思ふ人があるならば、其人は実際の独逸を知らない人である。
〇若し夫れ独逸国の社会の腐敗に至ては、余輩の言を俟たずして、彼国に留学せし我国多数の学者並に官吏等の証明及び実験に由て明かである、伯林、ライプチッヒ、ミュンヘン等に於ける悪魔の勢力は到底余輩の予想だもする事の出来ない所である、多数の日本人は独逸国に留学して、天国の福音を学ばずして、地獄の毒気に触れたのである、独逸国が決してキリストに忠実なる国でないことの実証を我等は我等の中に於て見るのである、日本人にして独逸に於て医学又は哲学又は政治学を修めし者等が、我等の中に帰り来りて、彼等の言辞と実行とを以て、独逸国に見るに足るべきの基督教の無いことを、明かに我等に示すのである。
(130)〇独逸がさうである、墺地利がさうである、墺国の首府維也納《ヴイエンナ》は世界中で私生児の最も多き所であると云ふ。
〇若し夫れ露国に至ては余輩の茲に言ふまでもない、露国の腐敗、堕落、圧制、野蛮に就ては、茲に余輩の言を俟つまでもない、モスコー、ペートルスブルグに遊びし我国の識者は皆な露人の卑陋なるに驚かざるを得ないのである、殊に露国が犯せし国家的罪悪に就ては、神人共に怒らざるを得ないのである。
〇然らば小なる白耳義は如何と云ふに、其罪悪たる決して独逸又は露国に劣らないのである、「彼等は金のために義者を売り、貧者を鞋一足のために売る」との預言者アモスの言は商業本位の今日の白耳義人に適用して誤りなき者であると思ふ、白耳義が富を作らんがために阿弗利加大陸のコンゴーに於て犯した罪は人類が未だ曾て犯したことのない極悪なるものであると言ふ、此一の罪丈けでも、白耳義が今回戦争より蒙りし災禍を彼等の上に招くに足ると思ふ。
〇然らば仏国は如何にと云ふに、是れ又有名なる不信者国である、今や我国に於て舶来の社会的罪悪と云へば之を「巴里《パリー》土産」と云ふに徴して見て、彼国の堕落が察せらるゝのである、若し巴里が基督教国の首府と称ばるゝならば、東京又は名古屋、又は大坂を斯く称へて少しも差支が無いと思ふ、仏国の過去と現在とは、其、主イエスキリストとは縁の甚だ遠い国であることを証明して余りあると思ふ。
〇然らば最後に英国は如何に? と問ふならば、是れ又決して基督教的紳士国で無いことは英国人自身が充分に証明する所である、余輩は茲に英国の社会的欠点に就て語らない、唯、今回の戦乱の原因となりし墺領ボスニヤ、ヘルゼゴビナの処分に就て、英国は大なる責任を負ふべき者であるとの歴史上明白なる事実を茲に摘指せざるを得ない。
(131)○今回の戦争の遠い原因は千八百七十八年に開かれし有名なる伯林会議に於てあるのである。此所に当時の世界四大政治家、即ち独逸のビスマルク、墺洪国のアンドラッシー、英国のヂスレーリ、霧国のゴルチャコフの外交的大戦争が闘はれたのである、而して其結果が所謂伯林条約であつて、之に由てバルカン半島並に小亜細亜の地図が外交家の折衝に由てテーブルの上で決定められたのである、ボスニヤとへルゼゴビナとは其民が勇敢に自由と独立のために戦ひしに関はらず、二州の独立は認められずして、ビスマークの方寸の下に墺洪国に渡されたのである、是れ明白なる人権の侵害であつて、自由を愛する者の到底《とて》も忍ぶ能はざる所である、然かも事は既にビスマルクとアンドラッシーとの間に決定せられし事であつて、独墺の勢力を以て之を強られし以上は小なるセルビヤとモンテネグロは何んとも抗言することが出来なかつたのである、斯くして此処に明白なる国土の強奪《きやうだつ》が行はれたのである、強奪と云はんよりは寧ろ詐取と云ふが適当であらふ、独逸は其宰相ビスマルクを以て正当にセルプ人種に属すべき者を奪て之を墺地利に与へたのである。
〇然し乍ら此場合に於て怪訝《かいが》に堪えいのは英国の態度であつた、世界自由の保護者を以て自から任ずる英国が此時に方り異議を提出した乎と云ふに、決して為なかつた、英国は其前に既に土耳古より無代価にてシプラス島を得た、而して列国が其獲得権を承認せんことを欲し、此処に墺国のボスニヤ、ヘルゼゴビナの保護(実は合併)に承認を与へて、独墺をして自己のシプラス島の占領を承認せしめたのである、是れ明かに強奪共謀の罪であつて、外交の事は普通道徳を以て律すべからずとするも、英国が国家として、独墺と共に茲に国家的大罪悪を犯したことは何人が見ても明かである、而して英国の輿論が此時起て此恥づべき条約に調印せし宰相ヂスレーリを責めたかと云ふに、責めた所ではない、此条約を以て彼れヂスレーリの外交的大成功と見做し、彼の伯林より倫敦に帰(132)り来るや大歓迎を以て彼を迎へたのである、斯くて英国は罪の上に更らに罪を重ねたのである、其宰相は墺独の罪に裏書きして明白なる罪を犯し、英国民は此裏書きの罪に裏書きして更らに罪を犯したのである、若し英国の基督信者が常に唱道するが如く、英国の基礎は基督教の聖書に在るとならば、其基督教の聖書が英国を鞠鞫きて偽善国、反基督教国と判定するのである。
〇斯くの如くにして、欧洲全体が罰せらるべき者である、単に独逸と墺地利ばかりではない、露国は勿論のこと、仏国も白耳義も、英国も、神に罰せられて一言の申訳なき者である、
  自から欺く勿れ、神は慢《あなど》るべき者に非ず、そは人の播く所の者は亦其|穫《か》る所となれば也
との使徒パウロの言は基督教国全体に当箝るべき者である(加拉太書六章七節)、独逸も英国も、其他の欧洲諸国も、皆な神を信ずると称しながら、明かに神の律法に反き、聖書を嘲けり、キリストを度外視して、公然と神を慢り来つたのである、若し神は実に在る者であつて、彼の律法は壊《やぶ》るべからざる者であるならば、是等の偽善国は何時までも其罪に放任して置かるべきではない、必ずや今回の如き大戦乱の彼等の上に臨み来りて、彼等をして罪の罪たるを覚らしめて、宇宙に神の律法の冒すべからざる者の在ることを認めしむるの必要があるのである、今回の欧洲大戦争を、神が欧洲人を懲治さんがために、彼等の間に遣《おく》り給ひし者と見るのが、其最も好き説明であると思ふ。
〇戦争は刑罰である、而して刑罰は懲治である、今回の大戦争は愛の神が欧洲人を再び天の光に導かんとして降し給へる恩恵の鞭である、不信者は曰ふ「基督教国でありながら此戦争を起すとは」と、然れども余輩は曰ふのである「基督教国であればこそ此大戦乱が彼等の上に臨んだのである」と、不信者は思ふ、基督信者とは神の寵(133)児であつて、彼等は如何なる罪を犯すとも、神は決して彼等を罰せざるべしと、然し是れ大なる誤謬《あやまり》である、信者は神の愛児であるが故に、神は彼が罪を犯す場合には、不信者を罰し給ふよりもより厳酷く信者を罰し給ふのである、我等信者が時に神より受くる刑罰は不信者の予想だもすることの出来ない所である、其如く、基督教国は非基督数国よりも遥かに厳酷く神に罰せらるゝのである、
  地の詔の族の中にて我れたゞ汝等而已を知れり、この故に我れ汝等の諸の罪のために汝等を罰せんとの予言者アモスがイスラエルの民に向ひて宣べし言は其儘今の基督教国に当箝るべき者である(亜麼士書三章二節)、基督教国は特に神に恵まれたる国である、故に神は特に彼等の諸の罪のために彼等を罰し給ふのである、若し独逸又は英国が神を知らず聖書を学ばず、神の諸の恩恵に与からざりし国であるならば今回の如き大災害は彼等の上に臨まないであらう、然しながら神は特別に彼等を愛し給ふが故に、特別に彼等の罪を問ひ給ふのである、信者の何たる乎を能く解する者は、今回の欧洲の大戦争に於て愛の神の大なる聖手《みて》の活動を認めざるを得ないのである。
〇而して其証拠は此戦争が終つて後に益々明瞭かになるのである、開闢以来の此大戦争も必ず終る時があるのである、而して終て後に神の栄光は益々是等交戦国の上に輝くに至るのである、独逸国の歴史を調べて見て、其民の信仰復興が常に国力衰退の時に在つたことを知るのである、「我れ弱き時に強し」とは個人の信者にのみ限る言ではない、基督教的国家も亦其通りであるのである、国家が其全注意を国威宣揚、国力発展にのみ奪はれつゝある間に其霊的発展は行はれないのである、過去二十年間に於ける独逸の如くに、其富力の増進には驚くべき者ありと雖も、其れと同時に其信仰的堕落にも亦驚くべく、歎ずべき者が甚だ多くあるのである、国家も個人と同(134)じくパンのみを以て生くる者ではない、神の口より出づるすべての言辞を以て生くる者である、而して今回の大戦争に由て、外なる欧洲が大衰退を来たすと同時に内なる欧洲に信仰的大復興の臨むことは余輩の信じて疑はない所である。
〇不信者は曰ふ、基督教国の衰退と同時に基督教は衰退し、仏教或ひは其他の宗教が之に代りて世界を支配するに至るべしと、然し乍ら彼等の此期待の失望に終るべきは何よりも明かである、真の基督教は偽の基督教の敗頽の後に起るのである、今や神は基督教国を鞫きて偽の基督教を滅し給ひつゝあるのである、過去に於て爾うであつた、現在に於て爾うである、基督教は基督教国以上である、基督教は基督教国の滅亡を以て亡びない、然り、基督教が真の光を放つに至るの時は所謂基督教国より、此世の権力が悉く取り去られて後に在る、キリストの基督教はカイゼルの独逸国や露帝《ツアー》の露国と運命を共にする者ではない。
〇故に神の子供は今回の此大戦争を見て反て神に感謝すべきである、是れ多量の恩恵の雨を含む黒き雲である、茲に栄光の新時代は人類に近づきつつあるのである、キリストの福音が地に最上の権威を持たんがために、人の作りし海の権威と陸の権威とが戦場に衝突して相互を滅亡しつゝあるのである。
〇殊に独立信者は歓ぶべきである、茲に西洋の基督教なる者の内容が曝露されて我等は益々之に頼るの愚を教えられつゝあるのである、学ぶべきは独逸の基督教ではない、英国の基督教ではない、主イエスキリストの基督教である、我等は今より後、益々人の基督教、ルーテル教会の基督教、英国聖公会の基督教、其他欧米人のすべて浅き、表面的の、偽の基督教を学び且つ之に頼るを廃めて、直に神の道なるイエスキリストの基督教を求め、是を我等の有となすべきである、欧洲今回の大戦争は我等今日の日本の基督信者に信仰の独立を促す雷霆の声であ(135)ると思ふ。
 
(136)     〔文明=砲煙 他〕
                         大正3年11月10日
                         『聖書之研究』172号
                         署名なし
 
    文明=砲煙
 
 人類の最善、之を称して文明と謂ふ、曰く政治、経済、殖産、工業と、而して其竟る所は戦争なり、国民は文明に進むと称して実は孜々として戦争の準備を為しつゝあるに過ぎず、神を目的とせざる労働の結果はすべて斯の如し、空の空なり、砲煙となりて消失《きえう》す、文明を最善と称するは誤称なり、徒労と称すべし、文明は人を欺く砂漠の蜃気楼たるに過ぎず。
 
    基督教と文明
 
 基督教は文明を幇助《たす》くと称して基督教を称讃す、是れ欧米流の基督教たるなり、然れども真の基督教は文明を幇助けず、之れに反対す、シオンよ、我れ汝の人々を起してギリシャの人々を攻めしむとヱホバは言ひ給へり(撒加利亜書九章十三節)、シオンは福音を代表し、ギリシヤは文明を代表す、福音は終に起て文明を攻むべき者なり、而して今や神御自身は起ちて文明を攻め給ひつゝあり、神を目的とせざる美術と工芸、偶像崇拝に等しき所謂「基(137)督教」……神は今や起て是等を毀ち給ひつゝあり、我等の神は焼尽す火なり、彼の忿怒の※[陷の旁+炎]は今や歐洲文明と称する虚偽の傀儡を焼尽しつゝあり、ヱホバの聖名は讃美すべきかな。
 
(138)     THE GOSPEL THAT SAVES THE WORLD.世を救ふの福音
                        大正3年12月10日
                        『聖書之研究』173号
                        署名なし
 
     THE GOSPEL THAT SAVES THE WORLD.
 
 Not the gospel of social reform;not the gospel of the Higher Criticism;not the gospel of arts and sciences;not the gospel of pure morality;but the old,simple gospel of Christ and His Cross,――that is the gospel that saves the world.And this gospel is still,as of yore,foolishness to the intellectual Greeks,and a stumblinghlock to the papistical,Pharisaical,ethical,ecclesiastical Jews;but unto them that believe,the veritahle power of God unto salvation.And when,as at present,the civilized world is steeped in blood, because of its vaunted civilization,Shall we not with increased zeal,preach the old,simple gospel of Christ and His Cross,and so save the world through its(the gospe's)“foolishness”?
 
     世を救ふの福音
 
 社会改良の福音に非ず、高等批評の福音に非ず、美術と学術の福音に非ず、又純道徳の福音に非ず、旧き単純(139)なるキリストと彼の十字架の福音なり、之を除きて他に世を救ふの福音あるなし、然かも此福音たる、今も尚ほ昔時の如く、智識的のギリシヤ人には愚かなる者、法王主義、パリサイ主義、倫理主義、教会主義等のユダヤ人には礙きの石たるなり、然れども信ずる者には救済に到る神の真実の能力たるなり、而して今や文明世界が其誇りたる文明の故を以て血に浸りつゝある時に方て、吾等は一層の熱心を以て旧き単純なるキリストと彼の十字架の福音を説き、其「愚」を以て世を救はざらん耶。
 
(140)     〔永生と不滅 他〕
                         大正3年12月10日
                         『聖書之研究』173号
                         署名なし
 
    永生と不滅
 
 人は生れながらにして神の子であるのではない、彼はキリストを信ずるに由て神の子と為らるゝのである。約翰伝一章十二節。
 人は固より不滅であるのではない、彼はキリストより永生を受けて不滅と成るのである、我れ生くれば汝等も生きんと彼は言ひ給ふた。同十四章十九節。 人は無である、神は有である、而して人の無限に貴きは、彼は自己の無なるを覚り得て、神に在りて有たることを得るからである。
 
    幸福
 
 幸福《さいはひ》とは何である乎。
 幸福とは美《よ》き妻を迎へて幸福なる家庭を作ることではない、又は高き位に昇りて人の名誉を博することではな(141)い、又は巨万の富を蓄へて安逸の生涯を送ることではない、又は広く学海に棹して宇宙の真理を楽むことではない、又は修養を積んで俯仰天地に耻ざる君子となることではない。
 幸福とは我が罪を赦さるゝことである、
  其不法を赦され其罪を蔽はるゝ者は福なり、
  主が罪を負はし給はざる人は福なり、
と(羅馬書四の七、八。詩篇三十二の一)、人、其罪を赦されて神と彼との間に存する隔絶《へだて》が取除かれ、神の恩恵は何等の故障なくして彼に臨むに至るのである。
 而して神は斯かる絶大の恩恵をイエスキリストの十字架に於て供へ給ふたのである、而して人はたゞ之を信ずるに由て其恩恵を彼の有となすことが出来るのである、人が人として有つことの出来る最大の特権は最も簡単なる方法に由て之を得ることが出来るのである、此事を覚りて人は何人もパウロと共に叫ばざるを得ないのである、
  その言尽されぬ神の賜物に就て我れ神に感謝する也
と(哥林多後書九章十五節)。
       ――――――――――
 
    過去の完全
 
 基督教は既に済んだ事である、未だ済まざる事ではない、成就られたる救済である、追求すべき理想ではない、我れ既に世に勝てりと主は言ひ給ふた(約翰伝十六章三十三節)、事竟りぬとは彼の最後の言葉であつた(同十九章(142)三十節)、人の為すべき事は彼が既に為し給ふたのである、今や人の為すべきことは神の遣はし給ひし者を信ずることである(同六章二十九節)、理想を追求すると称して完全を遠き未来に期すべきではない、理想は既に人なるイエスキリストに由て実行せられたのである、而して我等信仰を以て彼の行績を我有となして今時此所《いまここ》に完全に救はるゝのである、若し世にかゝる事は無いと云ふならば宗教なるものは無いのである、宗教は道徳ではない、道徳は完全を未来に期するに対して宗教は之を過去に求むるのである、而して基督教は人類の完全をナザレのイエスの人格並に行為に於て提示し、人をして之に頼りて己が完全を獲得せしむ、パウロは人の義とせらるゝは信仰に由る、律法の行為に由らずと言ひて宗教上の此原理を述べたのである(羅馬書三章廿八節)、「義とせらるゝ」とは神の前に完全なる者として認めらるゝことである、而して是れ信仰に由るとの事である、即ち信仰に由りてイエスの完全を我が完全となすとの事である、「律法の行為に由らず」とは道徳的行為に由らずと云ふと同じである、若し此事が背理であると云ふならば宗教は背理であるのである、而して多くの所謂近代人は言ふ「宗教は背理である、人を救ふ者は宗教に非ずして道徳である」と。
  モーセ野に蛇を挙げし如く人の子も挙げらるべし、すべて之を信ずる者に亡ること無くして、永生を受けしめんが為なり(約翰伝三章十四、十五節)。  イエス答へて曰ひけるは………我れ若し地より挙げられなば万民を引きて我に就《きた》らせん(同十二章三十二節)、
  汝等我を仰瞻よ然らば救はれん(以賽亜書四十五章廿二節)。
 若し基督教の提供する人類の救済がイエスの十字架に於て無いならば、其他何処にも無いのである、若し基督教は人類が進歩の極、竟に到達し得る理想であると云ふならば基督教は福音ではないのである、洵にパウロの言(143)ひしが如く若し義とせらるゝこと律法(道徳)に由るならばキリストの死は徒然なる業なりである(加拉太書二章廿一節)。現代の人が道徳以下に落ちし結果として道徳を強説して、信仰の道なる宗教を解せざるは歎ずべき事である.       ――――――――――
 
    戦争又戦争
                                    日清戦争があつた、日露戦争があつた、今や日独戦争がある、而して永き将来に於て日英戦争がないとも限らない、戦争又戦争である、此世の歴史は戦争の歴史である、唯神に在りてのみ永久の平和があるのである、神は御自身で人類の罪を担ひて彼等に平和を申出たまふた、人は今は神の此申出にさへ応ずればそれで永久の平和が得られるのである、敵の科《とが》を責めんとすればこそ戦争があるのである、我等神に傚ひて自から敵の科を担ひて、そこに真個の平和があるのである。
 
    基督者《クリスチヤン》は誰か
 
 基督者は思想の人ではない、然らばとて亦実行の人でない、基督者は聖霊の人である、聖霊に由て神の智慧と大能とを実得するを得し人である、詩人哲学者の如くに純思想の人でない、然ればとて商人実業家の如くに実行専一の人ではない、聖霊に由て神の深き事を探り、聖霊に由て神の大能を以て動く者である、基督者は神の人である、キリストに在りて自己に死して神に活くる者である。
 
(144)     王の誕生
                         大正3年12月10日
                         『聖書之研究』173号
                         署名 内村鑑三
 
    馬太伝二章一−十二節
  夫れイエスはヘロデ王の時ユダヤのベツレヘムに生れ給ひしが、其時博士|等《たち》東方《ひがしのかた》よりエルサレムに来りて曰ひけるは
   ユダヤ人の王として生れ給へる者は何処に在《いま》すか、我等東方にて其星を見たれば彼を拝せんために来れり
と、ヘロデ王之を聞て痛む、又ヱルサレムの民も皆な然り、ヘロデ王すべての祭司と民の学者を集めて問ひけるは
   キリストの生まるべき処は何処なる乎
と、彼等答へけるは
   ユダヤのベツレヘムなり、そは予言者に由りて記されたる言に曰く、ユダヤの地なるベツレヘムよ、汝はユダヤの邑《まち》の中にて至《いと》小き者に非ず、そは我がイスラエルの民を牧《やしな》ふべき君、汝の中より出づべければ也とあればなり
  と、茲に於てヘロデ密に博士を召し、星の現はれし時を詳かに問ひ、彼等をベツレヘムに遣はして曰ひけるは、
(145)   汝等往きて嬰児の事を細さに尋ね、之に遇はゞ来りて我に告げよ、我も亦往きて拝すべし
  と、彼等王の命を聴きて往けり、而して前《さき》に東方にて見たりし星、彼等に先ちて嬰児の居る所に到り其上に止まりぬ、彼等此星を見て甚く喜びたり、既に室《いへ》に入りければ嬰児の其母マリヤと偕に居るを見、平伏《ひれふ》して嬰児《をさなご》を拝し、宝の盒《はこ》を開きて黄金乳香没薬など供物《そなへもの》を彼に献げたり、斯くて後、博士等夢に「ヘロデに還る勿れ」との黙示《つげ》に接しければ他《ほか》の途より其国に帰れり。
〇茲に二人の王が在つた、二人のユダヤの王が在つた、偽の王と真の王とがあつた、偽の王をヘロデと称ふた、真の王をイエスと称ふた、而して其境遇に天地の差があつた。
〇偽の王は首都のヱルサレムに住んで居つた、彼を円繞《とりま》くに多くの侍臣《けらい》と侍女《こしもと》とがあつた、彼を護るに強き軍隊があつた、すべての祭司と神学者までも彼の命を聴いた、彼はソロモン以来の大王として、イスラエルの民の尊崇を受けた。
〇然れども彼れヘロデは真の王ではなかつた、彼の祖先はエドム人であつた、而してエドムはイスラエルの歴代の敵であつた、エドム人がイスラエルの王位に座る、其事自身が既に僭越であつた、ダビデの裔の座るべき位にエドム人ヘロデが座つたのである、而かも神の命に由るにあらずして、羅馬人の後援を得て、兵力政略両つながらに由りて僅かに之を贏ち得たのであつた、ヘロデは偽の王たるに止まらなかつた、彼は王位の簒奪者であつた、然れども一たび位に即きし以上は、何人も彼の王位を争はなかつた、民の祭司と学者までも聖書に循ひて彼の位を弁護した。
〇偽の王ヘロデに対して真の王イエスがあつた、彼は純正のイスラエル人であつてダビデの正統の裔であつた、(146)彼はイスラエルを牧ふべき真の君であつた、然れども彼れ生れしや、ヱルサレムの宮殿に於て生れなかつた、僻邑のベツレヘムに於て、而かも其客舍に於て、而かも其牛舎に於て生れた、槽《うまぶね》は彼のために供へられし揺籃であつた、一人の侍女も彼に侍《かしづ》かなつた、彼は牛と羊とが唸る所に彼の呱々の声を挙げた。
〇而して彼を始めて訪ね来りし者は誰でありし乎、彼を始めてユダヤ人の王として認めし者は誰でありし乎、聖書に精通せる祭司と民の学者でありし乎、否な、彼等は聖書に精しくあつた、彼等はヘロデ王の質問に接して直に聖書の言を引いて答へた、彼等は米迦書五章二節を引き、之に撒母耳後書五章二節の一句を加へて答へた、彼等は聖書を操縦するに甚だ巧妙であつた、彼等は聖書学者として申分がなかつた、然し乍ら夫れ丈けであつた、彼等は聖書が明かにイスラエルの真の王のベツレヘムに生るべきを録《しる》しをるを知りしと雖も、然かも自から往きて其処に彼を訪ねんと為さなかつた、彼等に聖書知識があつた、然し乍らキリストを認むるの勇気がなかつた、彼等は王の怒と民衆の不人望とを恐れたれば、単に聖書の言を引いた丈けであつて、自から起てイスラエルの王を尋ねんとは為なかつた、彼等は実に世の所謂宗教家の好き標本であつた、世の迎ふる者を迎へ、世の斥くる者を斥けた、宗教家の為す所は概ね此通りである、古今東西変る所なしである、仏教も儒教も猶太教も基督教も、此点に於て異なる所はない、「祭司と民の学者」とあるを「監督と神学者」と書直して今日の事実有の儘である。
〇ベツレヘムの客舎の槽の中に初めて呱々の声を挙げしマリヤの子イエスをユダヤ人の真の王として認めし者はユダヤ教会の祭司と神学者とではなくして、東方の博士であつた、「東方」とはアラビヤ以東の国を指して云ふのであつて、多分波斯、印度、支那等を指して云ふのであらう、「博士」と訳せられし原語のMAGl《マガイ》は波斯の占易学者《ほしうらなひ》の称《こと》であれば、茲に謂ふ所の博士はゾロアストルの故国なるメヂヤ又はペルシャより来りし者と見て間(147)違はあるまい。併し乍ら単にマガイの徒は波斯人なりしとの故を以て、イエスを訪ね来りし者を以て波斯の学者にのみ限るべきではない、東方とは東洋全体を謂ひ、博士とは識者全体を称ふのであると思ふ、ヨルダン河以東の諸邦《くに/”\》の識者数名、或ひは数十名が列を為して、茲にマリヤの子に敬崇を払はんとして遥々と訪ね来りたりとの意であると思ふ、基督教会の伝説に従へば、来訪の博士は三人でありしとの事であるが、然し聖書は三人と数を限て居らない、数人であつたらふ、或ひは数十人であつたらふ、ヘロデとヱルサレムの全市民とを驚かした丈けの数と権威《オーソリチー》を有つた者であつた。
〇ユダヤ教会の祭司と学者とは其神学と聖書知識とを以てイエスをユダヤ人の王として認むることが出来なかつた、或ひは出来ても、往て彼を拝するの勇気がなかつた、然るに茲に東方の識者の来りて彼を拝する者があつた、選民必しも選民ならず、異教徒必しも異教徒ならずである、イエスは後年其説教に於て  我れ汝等に告げん、多くの人々、東より西より来りてアブラハム、イサク、ヤコブと共に天国に座し、国の諸子《こども》(選民)は外の幽暗《くらき》に逐出《おひいだ》され、其処にて哀哭切歯《かなしみはがみ》することあらん
と言ひ給ひしが、其事は既に彼が始めて此世に臨み給ひし時に事実となりて現はれたのである(馬太伝十一の十一、十二)、イエスを始めて承認せし者は所謂「国の諸子」即ち正統教会の当局者ではなくして、異教国の識者でありしことを知つて、イエスの如何なる者でありし乎、又彼の唱へし福音の如何なる性質の者でありし乎を知るに難くない、イエスは初めより異教徒に迎へられ給ひし者である、イエスの眼中に今の基督教国の民の称するヒーズン(異教徒)なる者はなかつた、イエスはサマリア人を愛し給ふた、カナン人を恵み給ふた、イエスは特に異邦人の救主である。
(148)〇祭司と学者たちは聖書に依てイエスを救主として認むることが出来なかつた、然るに東方の博士たちは天の星に導かれてイエスの所に来つた、聖書が神学者の手に附され、其文字が攻究せられ、其章節が暗記され、神学論が闘はれ、教会論が争はれ、聖書が全く聖書たるの用をなさゞるに至る時に、神は聖書に依らずして、天然を以て人を直に御自身に導き給ふのである、イエスが曾て言ひ給ひしが如くに、
  此|輩《ともがら》もし黙止《もだし》なば石|号呼《さけ》ぶべし
である(路加伝十九の四十)、若し人がイエスを認めないならば路傍の石が認むるであらふ、聖書が教会の専有に帰して、其明自なる黙示《しめし》が人をイエスを導かざるに至るならば、神は天の星を使つて其|聖旨《みこゝろ》を遂げ給ふであらふ、聖書は貴くある、神が人類に賜ひし者の中で聖書は最も貴き者である、然し乍ら神は聖書を以て其|行動《はたらき》を限られ給はない、彼は聖書なくとも人に光明を与へ給ふ、聖書に由らずして異邦の民を其聖子に導き給ふ、実に
  彼は風を其|使者《つかひ》となし、火を其役者となし給ふ(希伯来書一の七)、
 ユダヤの祭司と学者等が聖書を専有し、之をして神の光を放たしめざりしが故に、神は聖書を棄《すて》て、空天《そら》の星を以て、東方の識者を彼の聖子の許に携れ来り給ふたのである。
〇而して天然は実に聖書に劣らざる神の黙示であるのである、聖書、聖書と云ひ、天啓、天啓と云ひて、天然の価値を貶《おと》す者は、神の黙示としての天然の価値を知らない者である、天然は単に肉慾の要求に応ずるための者ではない、天然は詩歌である、哲学である、預言である、深く天然を探りて神の深事《ふかきこと》を究むることが出来る、然り、読む眼を以て之を読めば天然其物が聖書である、人は星学を究めて、又は動植物学に由りてイエスキリストに顕はれたる神の心を知ることが出来る、必しも神なる文字を用ひない乎も知らない、イエスキリストの名を称へな(149)い乎も知らない、或ひは信者の立場よりは無神論者、偏理論者を以て目せらるゝ乎も知らない、其れにも係はらず、彼等は多くの監督、牧師、伝道師にまさるの基督者である乎も知らない、ユダヤ教会の祭司と神学者とは聖書に由りてイエスを認めなかつた、之に反して東方の博士は星に由て、遠方より来りてイエスを拝した、祝すべき星よ、汝に声なし、音響なし、然れども汝の言辞は時には地の極《はて》にまで及ぶ、我等汝の声に聴て誤らざるなり、冬天、空澄みて汝の光燦然たる時、我等をして、汝の唱ふる福音に吾等の静かなる心の耳を傾けしめよ。
〇近世の大説教師はスポルジオンでありしと云ふ、ロバートソンでありしと云ふ、ムーデーでありしと云ふ、然り、我等は其事を疑はない、然れども神は尚ほ其他に多くの大説教師を遣はし給ふた、十九世紀の星学の泰斗ハーシェル父子、ノルマン・ロックヤー、グスタブ・キルショーフ等も亦大なる福音の宣伝者であつた、近世天然学の始祖と称《よば》るゝハムボルト男爵も亦神の預言者の一人として敬ふべきである、而して進化論の唱道者チヤールス・ダーウヰンを呼んで基督教の敵と云ふ者は何人《たれ》である乎、我等は米国の思想家ジョン・フィスクの註解に由てダーウヰンの進化説の基督教の善き説明者であることを教へられたではない乎、神は初めに天の星を以て東方の博士を嬰児イエスの許に携れ来り給ふた、其如く今も尚ほ、或ひは天の星を以て、或ひは地の獣を以て、或ひは海の魚を以て、同じ伝道を試み給ひつゝある、神はイエスの誕生と同時に天然学(科学)を祝福し給ふた、科学が宗教の敵であるのではない、教会の敵であるのである、神の聖書を濫用し、之に由て誤謬を世に唱へつゝるある近世の祭司と学者|等《たち》との敵であるのである。
〇而してユダヤの祭司と神学者等が王の威厳を恐れて、惟々諾々たるに対して、異教国の博士等の独立的行為に省みよ、博士等は王の命なればとて拒むべきは之を拒んだ、
(150)  博士等夢に「ヘロデに還る勿れ」との黙示に接しければ他の道より其国に帰れり
とある、神命、王命よりも重しである、真理は伝説よりも貴しである、博士等は嬰児イエスに於て真の王を認めたれば、王の安全を計らんがために偽の王に復命しなかつた。
〇而して今も尚ほ多くの場合に於て科学者は宗教家よりも真理の唱道に於て遥に勇敢である、宗教家の教会の権威を恐れて伝説に反ひて何をも唱へ得ざるに対して、科学者は純科学の立場よりして其確信を述べて憚らない、ガリレオ、ブルーノ、ケプラー等が科学的の真理のために受けし迫害の苦難は往昔の事であるとして、今日と雖も科学者の勇気は宗教家のそれに優越ると言はざるを得ない、今や大胆に非戦論を唱ふる者は基督教会の教師に非ずして、常に教会の忌嫌ふ所たる社会主義者並に不可思議論者の徒である、今や純科学の立場よりして、人類の自由平等と戦争の廃止とは忍耐と勇気とを以て教会以外の人士に由て高唱せられつゝある、「義のために迫害《せめ》らるゝ」と云ふ祝福は今や教会には降らずして、教会が其敵と見做す人々の上に裕《ゆたか》に臨みつゝあるは事実である。
〇神の子が初めて世に降り給ひし時に爾うであつた、彼が再たび世に臨み給ふ時に又爾うであると思ふ、再来のイエスを認むる者も亦「祭司と民の学者」ではなくして「東方の博士」、即ち基督教会以外の識者であると思ふ、教会が聖書に於て「此は何の日、如何なる時」なる乎と推究《おしたづ》ね、議論を闘はしつゝある間に、神は宇宙の大事実を以て顕著《あきらか》にキリスト再臨の時と所とを教会以外に在る識者に示し給ひて、彼等を導きて彼の所に至らしめ、其処に黄金、乳香、没薬ならぬ近世の科学的製造品の中より最善最美の物を彼に献げしめ給ふであらふ、「人の子臨らん時信を世に見んや」とイエスは曾て言ひ給ふた、然り、彼を主よ主よと称びまつる教会の中に之を見たま(151)はないであらふ、然し神は教会以外に彼を信ずる者を備へ給ひて、或ひは星を以て、或ひは其他の天然的現象を以て、彼等を彼の許に導き給ふであらう。
〇而して其時に博士等は再たび「平伏して嬰児を拝し」奉るであらふ、イエスの神性は教会の教義ではない、宇宙の大真理である、是れ単に「聖徒に一たび伝へられし信仰の道」ではない(猶太書三節)、天地に内存する宇宙固有の真理である、万物進化の終極、人類進歩の極致はイエスを万物の主として崇め奉るにある、
  万物は彼に由つて造られ、且つその造られたるは彼の為めなり、彼は万物より前にありたり、而して万物は彼に由りて存《たも》つことを得るなり、
とは旧い聖書の言であるが、然し、単に教会の信仰箇条としてのみ見るべき者ではない(哥羅西書一章十六、十七節)、義の太陽なるイエスは又宇宙の中心であることは、深き奥義であると同時に又大なる真理である、ニーブルの如き哲学的歴史家、エ※[ワに濁点]ルトの如き歴史的哲学者、マッキントッシュの如き哲学的法理学者は此真理を認めて疑はなかつた、東方のMAGI《マガイ》のみならず、全世界の科学者と哲学者と法理学者とが「平伏して嬰児イエスを拝」するに至る時は必ず来るべきである、而して神の子再び世に臨み給ふ時に吾等は此偉観を目撃するのであらふ。
〇茲に三箇の面白き対照がある、其第一は偽の王ヘロデに対する真の王イエスの対照である、其第二はユダヤ教会の祭司と学者等に対する異教国の識者等の対照である、其第三は聖書智識に対する天然学の対照である、孰れも驚くべき対照である、而して教会の祭司と学者とが聖書を以て偽の王に事へし時に、異教の博士が天然物に導かれて真の王の許を尋ねて、平伏して彼を拝したりとの事である、新約聖書は斯かる意外千万なる記事を以て始まつて居るのである、吾等は聖書は教会の書であると聞いたが、然し事実は其正反対である、世に聖書ほど非教(152)会的の書はないのである、又聖書ほど天真の宇宙に重きを置くの書はないのである、又聖書ほど異教信者に同情するの書はないのである、聖書は其始めより終りに至るまで、教会と称する信仰の化石体に対し、経典と称する思想の沈澱物に対し、又信者と称する神の子の閥族に対し、徹頭徹尾、激甚の反対を表するのである、実にイエスの誕生を以て革命の火は此沈滞せる人の世に投ぜられたのである、静かなる冬の夕、ベツレヘムの空に異様の星の輝きし時に幽暗《くらき》に居る民は大なる光を見、死地《しのち》と死蔭《しのかげ》に坐する者の上に光は現はれたのである(馬太伝四章十六節)吾等は茲に復たび旧き聖書を読み、読み慣れたる其旧き記事を読みて、天の父が供へ給ひし、世界の広きが如く広き、天然の新らしきが如く新らしき、人の自由に就て読んで、歓喜と感謝と讃美とに堪えないのである。
       ――――――――――
 
     附言
 
 第三節に「ヘロデ之を聞て痛む」とある、「痛む」では足りない、原語の意味は「驚駭《おどろ》く」である 偽の王は真の王の誕生を聞て周章狼狽したのである、洵に左もあるべきである、然し不思議なるは「又ヱルサレムの民も皆な然り」とある事である、「ヱルサレムの全都ユダヤ人の王の誕生を聞て震動せり」との事である、ダビデの邑なるヱルサレムはダビデの裔の誕生を聞て欣ぶべきである、然るに其反対に、其偽の王と共に之を聞て驚駭震動したりと云ふ、而して其理由は明白である、ヱルサレムに神の子を迎ふるの準備がなかつたからである、其民は世の権門に阿従し、安逸維れ求め、幸福維れ追ひ、聖き神の聖き治世は反て甚だしく之を厭ふたのである、故に彼等は彼等を治むべき真の王の誕生を聞いて驚き且つ震へたのである、人類に臨みし最大の恩恵は最大の刑罰(153)として彼等に臨んだのである、メシヤ(キリスト)の降世は彼等の信仰箇条であつたに係はらず彼等は其事実を聞いて震へたのである、嗚呼今若しキリストが再来し給ふたならば如何に? 教会は之を聞いて欣ぷであらふ乎、駭くであらふ乎、基督教国の君主と称する多くのヘロデ等が震へると同時に、其首府と称せらるゝ数多のヱルサレムの民等も皆な同じく震駭するのではあるまい乎。
 アーメン、主イエスよ来り給へ、速かに来り給へ、而して汝の聖殿なる此全地を聖め給へ。黙示録廿二章廿節。
       *     *     *     *
 天然の星に導かれて嬰児《をさなご》イエスを訪ねし東方の博士たちは黄金乳香没薬を供物として彼に献げたりと云ふ、三者共に天然の産物に非ずして、当時の最高の化学製造品である、黄金は冶金術の産、乳香は精製の香料、没薬は製薬学の産である、茲に当時の科学者が最上の科学的製産物を嬰児イエスに献げたのである、科学が茲に其最高の製作物を以て敬崇をイエスに表したのである、而して天国が此世に臨む時に再たび此種の献納が行はるゝのである、即ち、高貴なるラヂウムとヘリウムと世界最大の金剛石とが科学者の手によつて、人類の罪の贖主にして万物の造主なるキリストイエスに献げらるゝのである。
 
(154)     紳士に非ず
                         大正3年12月10日
                         『聖書之研究』173号
                         署名なし
 
 我等は紳士ではない、イエスの弟子である、紳士は軟かき服を着たる人であつて王の宮《いへ》に在る、イエスは紳士ではなかつた 彼は木匠の子であつた、而して弟子は其師に優る能はずとあれば我等はイエス以上の生活を営むべきではない、イエスは人に役《つか》へられんとせずして人に役へんとし給ふた、故に我等も亦人に侍《かしづ》かれんとせずして独りで己が事を行すべきである、労働を恥ぢ、力行を厭ふ者はイエスの弟子ではない。
 
(155)     今年の仕事
                         大正3年12月10日
                         『聖書之研究』173号
                         署名 内村生
 
 例年の通り、今年も亦十二回、即ち一回も欠かすことなく雑誌を発行した、其れがために半紙七百枚余の原稿を書いた、外に『宗教と現世』と『感想十年』と合せて一千頁余の編纂と校正とを為した、凡そ五十回程の講演を為した、四五百本の手紙を書いた、五千頁程の書を読んだ、其他は雑事と残務に逐はれた、旅行は多く為さなかつた、春に金沢に行つたのと、秋に日光に遊んだのみであつた、大抵は机に対して働らいた、高壇に立つことは段々に嫌に成つて来た、読書と散歩が唯一の快楽である。
 我が今年の仕事は之に過ぎない、実に慚愧の至りである、労働の主に向ひて「益なき僕を赦し給へ」と祈るまでゞある、然し亦、幾許《いくら》働きたればとて其れで事が済むのではない、働いて自分が救はるゝのではない、働らいて他人が救はるゝのではない、人生最大の賚賜は働くに非ずして、信じて獲らるゝのである、故に信者に取りては労働は労働ではない、道楽である、労働は最大の快楽であつて、最上の遊戯である、我等は働くことを許されて神に感謝するのである。
 此誌を発行してより茲に十五年、すべて必要なるものは何人にも哀を乞ふ事なくして、正当に与へられ、読者との関係は歳と共に益々厚く、過去十年間曾て一回も広告とては為したる事なきも、読者の数は増すとも、減ず(156)ることはなく仕事其物は益々楽しくして、何時之を廃めん乎との思考も起らない、若し余輩に尚は百年の生命が与へらるゝならば此楽しき仕事を継続するまでのことである、聖書の聖書たる所以は歳と共に其意味が益々瞭かに成つて来るにある、余は今日に至て始めて馬太伝五章の初めの十二節が解つたやうに感ぜられる、余は聖書を読むこと茲に三十五年であるが、今日程深き興味を以て之を読んだ事はない、今日之を繙いて見て章として智識の鉱山で無いものはない、殊に四福音書、羅馬書の如きに至ては其一節が真珠であり、金剛石であり、ラヂウムである、斯かる書を与へられて、余は他の書を読むの趣味を失つた、政治、経済、戯曲、小説等、聖書に較べて見て、無味淡白なる事玉子の蛋白《しろみ》の如くである、「淡き物あに塩なくして食ふを得んや」である。
 余は事に今年も亦此楽しき業に従事することが出来て神に感謝する、余は明年も亦、然り余の筆が余の手より落つる時まで此業に従事せんことを祈求ふ、此楽しき業に従事するに方て余は教会や宣教師の奨励や援助は要らない、事業其物が最大の奨励である、余は斯かる自動的の事業を余の生涯の事業(life-work)として与へられし事を深く深く神に感謝する。
 
(157)     『感想十年』
                         大正3年12月15日
                         単行本
                         署名 内村鑑三 著
 
〔画像略〕初版表紙189×126mm
 
(158)     緒言
 
 曩に『所感十年』を出し、次で『研究十年』を出し、今又茲に『感想十年』を出す、既に汗牛充棟の重荷に苦しむ読書界に更らに又此一書を加へて、過拳を敢てせしにあらずやとの感なくんばあらず。
 真理を論理の方面より探らんと欲して研究あり、感情の方面より観んと欲して感想あり、此の書は明治三十三年より同四十三年に至るまでの十年間に於ける著者の事物の情的観察を蒐めて一書と為せしものなり。
 願ふ読者が前二著に対せられしと同一の寛容を以て此旧稿の集輯を迎へられんことを。
  千九百十四年十二月五日       東京市外柏木に於て 内村鑑三
 
     〔目次〕
明治三十四年度(一九〇一年)
国の為めに祈る
真正の忠孝
今の基督信者
孤独
敵と味方
灯下独想
聖貧
我等の確信
クリスマス雑感
 
(159)明治三十五年度(一九〇二年)
聖霊の要求
海浜の祈祷
聖書を棄てよと云ふ忠告に対して
伝道を勧む
聖書雑感
最も有為なる学問
正義を唱へよ
晴空録
余の基督教
基督教的ホーム
教界近時の弊害
 
明治三十六年度(一九〇三年)
神の裁判巻
労役後の感謝
信仰の意義
評判的基督教
純伝道の必要
奮起を促がす
余の感謝と祈祷
祈祷の決心
神の存在の確証
クリスマス述懐
 
明治三十七年度(一九〇四年)
基督教と基督信者
懐疑
負けるは勝つの記
完全なるキリスト
日本人と基督教
必要なるもの二つ
 
明治三十八年度(一九〇五年)
銭魔を斥くるの辞
平和主義の意義
慾の上進
(160)真正の宗教
余の今日の祈祷
力と真理
秋冷雑話
不法の貯蓄
 
明治三十九年度(一九〇六年)
余の基督教
病中の快楽
見神の有無
偉大なる神
天災と刑罰
家庭問題
最も恐るべき傲慢
伝道の情念
イエスと余と
キリストの賜
神と我と
夏過ぎて感あり
基督教と兄弟主義
ヱホバの熱心
嬉しき時
学生の信仰
善人が悪人を懼るゝ理由
 
明治四十年度(一九〇七年)
イエスキリストを懐ふ
平々凡々の理
信仰の報賞
我主イエスキリスト
今昔の感
大なる小児の祈祷
キリストの愛
忿怒の神
罪の人
罪人の友
愛の進歩
最大幸福
(161)時感三則
 
明治四十一年度(一九〇八年)
読むべきもの、学ぷべきもの、為すべきこと
回顧と前進
教会の今昔
キリストの賜物
多数と単独
読史余瀝
 
明治四十二年度(一九〇九年)
余輩を縛る縄
キリストの僕たる余
我が矛盾
「凡そ事信じ」
単独の称讃
最も辛らき事
 
明治四十三年度(一九一○年)
春の到来
世々の磐
信者不信者
奮闘の必要
 
   我主イエスキリスト
 
其一 喚求
其二 イエスの誕生
其三 イエスの教育
其四 イエスの自覚
其五 イエスの出顕
其六 イエスの試誘
其七 イエスの弟子
其八 イエスの教訓
(162)二種の道徳
迷信と信仰の区別
道徳と宗教
順逆の二途
宗教と道徳と経済
非難者に告ぐ
律法と福音
異端と真道
修養と祈祷
倫理学書を読んで
道徳と信仰
我等の道徳
道徳と経済
道徳と信用と富
希臘の三大偉人
 
   現世に関する所感
 
不信者の実力
警世の任務
警世の理由
世に憎まるゝ者
世の要求(応ずべからず)
世の要求(応ずべし)
改革の精神
我が社会改良法
煽動と救拯
福音と社会
輿論の勢力
迫害の精神
交際の苦痛
我の政治
廉価なる同情
斯世に於ける我等
斯世に王たるの途
(163)沈黙の勝利
所謂『基督教国』を信ぜず
偽の預言者
現世の価値
輿論と神意
国家と国家
強国の祝賀
キリストの三敵
信者より見たる不信者
小学者と小商人
宗教以上の人
社会主義
負けるは勝つ
キリストと娼妓
墓地たる此地
進歩と苦痛
政変と草花
近世の偶像
罪の脱却
完全なる此世
什麼な世
不完全の感謝
我等の敵=全世界
日本国と基督教
領土と霊魂
 
   教会に関する所感
 
無教会
悪魔の特性
洗礼の迷信
教会と信仰
アルフハ(始)とオメガ(終)
教会信者
亜米利加的基督教
軟弱なる信仰の養成
信仰の解
奇異なる現象
日米両国の組合教会
(164)科学の嘲笑者
禁酒と戦争
現世的基督教
教会対社会
最新の教会
宣教師の大軍
集会と運動
死魚の類
予想と事実
教会と信仰
教会員と基督信者
見捨られたる教会
近世の二名士
教会と信仰
宗教と教会
神意と人意
武士道と宣教師
外国伝道
十字架の濫用
制度の排斥
無情の宣教師
偶像の交換
預言者の迫害者=教会
イエスと教会
福音と基督教
満全の幸福
教会と国家
悪魔を斃すの途
式又式又式
明白なる一事
教会の本性
キリストと教会
精神と制度
無教会主義の利害
無教会主義の証明者
無教会信者の勃興
教会信者
諸聖と教会
 
(165)   歴史及文学に関する所感
 
美文と名論
ダニュープ両岸の民
東西両洋の別
無益の文学
犬を慎めよ
思想の軽蔑
文を得るの法
歴史の中枢
人の怒と神の義
文明と基督教
基督教国
国家間の戯嬉
支那の破壊者
ピユーリタンの消滅
文士と神学者
大詩人に聴け
思想の由来
国威と貧困
神の日本国
幸福なる朝鮮国
詩人
多読の害
文明の解
読書と智識
批評家と思想家
詩作
 
   雑感
 
余の望む所
名実の関係
批評家
罵詈の危険
神僕
憤怒の害
悪人の真性
日本
(166)皮相
師弟の関係
我の証明者
余を毀ち見よ
無理の要求
偽はりの教師
大悪人
無勢力の効力
我を憎む者
最大の異端
弁解の無効
浅薄の確証
一致の困難
キリストと武士
殖財の福音
我の大敵
最善と最悪
雷霆の声
戦争の意義
最も恐るべき刑罰
我誌の創設者
真理の贋売り
悪魔に対するの途
基督信者の不落
読者に問ふ
養老の快楽
ウエスレーとカント
盗難に罹りて感あり
『聖書之研究』の名と別る
理想の発見
魔言の使用者
深切の取戻し
外交の重責
人類の二種
沈黙と絶叫
平民の友
露国と米国
今の批評
(167)福音の進歩
ゼントルマンの為さざること
利己的信仰
我と労働者
余輩の同志者
真面目なる偽善者
思想の昇進
国のために祈る
最善の思想
説の進歩
余輩の賛成者
カーライルの葬式
人たるの特権
君子と戦士
我が信ぜざる事
感化の功績
最後の一円
福音の反証
坊主根性
注文の謝絶
日本国の祈求
トルストイ翁を弔ふ
希望と長命
 
一九一五年(大正四年)一月―一〇月 五五歳
 
(171)     誤錯の恐怖
         無用なり
                        大正4年1月10日
                        『聖書之研究』174号
                        署名なし
 
 人は何人も誤錯(あやまり)を恐れる、彼は一回も践外《ふみはづ》すことなくして安全に人生の行路を渡らんと欲する。
 然し乍ら紛雑せる此世に在りて誤錯は全然免がれないことである、而して又誤錯は敢て恐るゝに足りないのである、誤錯の無い生涯とてはない、而して誤錯に陥りつゝも清浄き高貴《とうと》き生涯を送ることが出来るのである。
 誤錯は手段の事である、方法の事である、行為の事である、精神の事でない、意志のことでない、信仰の事でない、誤錯は智慧と能力の不足より起る事である、神ならぬ人に誤錯は免がれない。
 誤錯は止むを得ない、誤錯は恐るゝに足りない 神に導かれて誤錯は決して誤錯に終らない、我等は誤錯に由りて自己を知り又神を識る、誤錯に由りて得し智識のみ実に貴き智識である、神は誤錯の故を以て我等を罰し給はない、彼の求め給ふものは悔ひし砕けたる心である、人は信仰に由て救はるゝのである、即ち其内心の傾向に由て救はるゝのである、外面に現はるゝ行為に由て救はるゝのでない、神に対する正しき信仰を以て行はん乎、誤錯は却て益をなすに至るのである、凡の事は神の旨に依りて召されたる神を愛する者のために悉く動《はたら》きて益をなすと我等は知れりとパウロの言ひしは此事を言ふたのである(羅馬書八の二十八)。
(172) 誤錯は敢て恐るゝに足りない、誤錯を恐れて人生は戦々兢々として薄氷を践むが如き者である、然し乍ら誤錯は神を識り人生を知るための必要手段の一であるを知りて、我等は雄々しく大胆に人生の大路を闊歩することが出来るのである、基督者《クリスチヤン》は円満なる君子ではない、神を信じて世と闘ふ戦士である、パウロの如き、ルーテルの如き、欠点多くして多くの誤錯に陥りし人がキリストに最も近き人でありしことを知て、吾等は吾等が陥り易き人生の誤錯に裁て多く心を配らざるに至るのである。
 実に神に導かるゝ者に取りては罪其物が恩恵である、我等は罪を犯して却てより深く神の愛に接するのである、罪の増す所には恩恵もいや増せりとある、罪の苦き杯《さかづき》も贖罪の奇跡に由りて甘き感謝の露と化するのである、我等の心の中に書き工《わざ》を始め給ひし者は之を主イエスキリストの日までに全うし給はざれば止み給はないのである、我等は安心して彼の救済に与るべきである。羅馬書五章二十節。
 
(173)     戦争の止む時
                         大正4年1月10日
                         『聖書之研究』174号
                         署名 内村鑑三
 
    以賽亜書二章一−五節。
  ユダとヱルサレムに関しアモツの子イザヤが示されし所の言は左の如し。  未の日至らん時には此事あらん、即ち、ヱホバの家の山は諸の山の巓に堅く立ち、諸の嶺に越えて高く聳え、而して万国は河の如く之に流れ帰せん。
  衆多《おほく》の民は来り言はん、去来《いざ》我等ヱホバの山に登り、ヤコブの神の家に行かん、ヱホバ其道を我等に教へ給はん、我等その道に歩むべしと、そは律法はシオンより出で、ヱホバの言はヱルサレム上り出づべければ也。
  ヱホバは諸の国の間を鞫き、多くの民を和らげん、斯くて彼等はその剣《つるぎ》を鋤に打ちかへ、その鎗を鎌に打ちかへん、国と国とは剣を挙げて相攻めず、また重ねて戦争を習はじ。
  あゝヤコブの家よ、来れ、我等ヱホバの光に歩まん。
〇戦争廃止は人類の理想である、而して始めて此理想を伝へた者は預言者イザヤである、彼は今より二千六百年前の昔、腕力が世を治むるための唯一の能力と認められし時に此理想を伝へたのである、而して爾来幾多の大戦(174)争は闘はれ戦争廃止の如きは痴人の夢として取扱はれしこと其幾回なる乎を知らずと雖も、而かも此理想は今尚ほ人類の脳裏を去らないのである、曰く彼等はその剣を鋤に打ちかへ、その鎗を鎌に打ちかへん、国と国とは剣を挙げて相攻めず、また重ねて戦争を習はじと、然り、星霜更らに三千年、国は興り国は亡ぶとも、アモツの子イザヤがヱホバに示されて伝へし此理想は終に事実となりて現はれずば止まないのである。
〇然し注意して読むべきは神の預言者に由て伝へられし戦争廃止の必要条件である、イザヤは唯単に戦争廃止の理想を述べたのではない、唯だ単に人類の進歩に由て戦争は止むべし平和は臨むべしと宣たのではない、彼は或る特別の場合に於ける戦争廃止を宣伝したのである、此事を弁へずして、イザヤを目するに平和詩人の一人を以てし、単に人類の理想を宣べたる者と見做すは、彼に対する大なる誤解である、「剣を打かへて鋤となし」云々の言辞は其前後の関係を離れて単独に解釈すべき者ではない、イザヤはヱホバの預言者であつたのである、唯単に世界の理想家であつたのではない、此事を心に留めずして預言者の此辞を鰐する事は出来ない。
〇戦争は終に廃むに定《きま》つて居る、然し何時如何なる場合に廃むのであらう乎、イザヤは言ふたのである、
  ヱホパの山は諸の山の巓に堅く立ち云々
と、即ち「ヱホバが全地に於て最上の地位を占め給ふ時に」との意である、人類の間にヱホバよりも高き者あるなく、又ヱホバと位を争ふ者なく、全世界がヱホパの配下に属し、彼が最上の位に挙げらるる時に、万国平和の理想が事実となりて現はるべしとのことである、而して此事たる、キリスト降世後千九百年の今日と雖も決して爾うでない事は明かである、即ち今日と雖もヱホバは人類の間に在りて最上の位地を占め給はないのである、今やキリストの御父なるヱホバの神と勢力を争ふ者は幾多《あまた》あるのである、哲学がある、芸術がある、政治がある、(175)殖産がある、是等は孰れも迷へる人類に由て、ヱホバと同等の者にあらざれば、ヱホバよりも更らに優勢の者として認められて居るのである、今や自称基督教国に在りてもヱホバの家の山は諸の山の巓に堅く立つては居らないのである、今やヱホバの家の山よりも高い山が多くあるのである、否らず、多くの自称文明人士はヱホバの存在をすら認めないのである、而して斯かる場合の下に戦争廃止の実行を見ることは到底出来ないのである、預言者イザヤは世の所謂文明進歩の結果としての戦争廃止を唱へなかつたのである、彼は斯かる背理を唱ふるやうな、そんな浅見者ではなかつたのである、彼は戦争廃止の必要的前提としてヱホバを知るの知識が水の大洋を覆ふが如くに全地を覆ひ、ヱホバの家の山が諸の嶺に越えて高く聳ゆる事を以てしたのである。
〇律法はシオンより出で、ヱホバの首はヱルサレムより出でんと、是れ戦争廃止の必要条件の第二である、ヱホバが人類の間に最上の位地を占め、すべての律法がヱホバの在まし給ふヱルサレムとシオンとより出づる時に、其時に戦争廃止は事実となりて現はるべしとの事である、エルサレムとシオンと云ふは、何にも世界の未来の首府はパレスチナのヱルサレムに移さるべしとの事ではない、ヱルサレムは何処に在ても可いのである、現今の東京でも倫敦でも可いのである、唯ヱホバが其内に宿り給ふが故に真のヱルサレムとなり、其の内より神の真の律法が出づるに至れば、其れで事は済むのである、世界の首府を土耳古領スリヤのヱルサレムに移したればとて其れで平和が来るのではない、預言者の言は単に地理学的に解釈しては解らない、心霊的に解釈すべきである。
〇律法がヱホバの在し給ふエルサレムとシオンより出るに至る時に万国平和は行はるべしと云ふ、而して二十世紀の今日は爾うでないのである、今や律法はヱホバを知らない議員が大多数を占むる議会より出るのである、而して此事たる単に日本国の議会に止まらないのである、英国に於ても、米国に於ても、仏国に於ても、独逸に於(176)ても、彼等の議会と称する者は決してヱホバの在し給ふシオンの聖山ではないのである、無神論者、社会主義者、其他ヱホバを識ると称するも実は無神論者よりもヱホバの事に就て暗らき僧侶党又教会流の人々が議席を占むる所である、而して斯かる所より律法が出て其結果として戦争が終に止むに至るであらうなどと、そんな無稽の事を預言者イザヤは唱へなかつたのである、イザヤは明白に言ふたのである、律法がシオンより出る時、其時に剣を鋤に打かへ云々と、イザヤは議院制度の進歩に由て戦争は終に止むならんと云ふが如き、そんな平凡を唱へたのではない。
〇茲に於て吾人はイザヤの平和思想の、多くの近世思想と其根本を異にすることを見るのである、民主政治の進歩に由て戦争は終に廃止せらるゝであらうとは哲学者カントが始めて唱へた所であつて、今尚此世の多くの識者の唱ふる所である、今日の米国の平和主義者の多数は、其基督信者と称する者までが此説を採る者である、彼等は若し欧亜の諸邦が北米合衆国に傚ひ、純然たる民主政治を行ふに至るならば、其時には戦争は絶え、イザヤの預言が事実として此地に現はるゝであらふと言ふ、ハーバード大学前綜理エリオット氏の如きも此説を唱ふる者の一人である、平和宮の寄附者なるカーネギー氏の如きも亦此民主制度崇拝者の一人である、其他|高等基督教雑誌《ハイクラスクリスチヤンジヤーナル》を以て自ら任ずる『紐育インデペンデント』の如きも盛んに此説を主張して居るのである。
〇然し乍ら吾等は知るのである、戦争の廃止は民主政治の普及に由て来らないことを、最も残虐なる内国戦争は民主政治の本家なる米国に於て闘はれたのである、日本は議院制度を採用して後に、開闢以来の大戦争に従事したのである、議院制度の元祖なる英国は南阿の二共和国に向つて戦を宣し、之を圧服せざれば止まなかつたのである、戦争は民主政治の採用並に普及に由て止む者でない事の証拠は他に幾干《いくら》でもある、カントは大哲学者で(177)あり、エリオット氏は大教育家であるが、然し戦争廃止の事に就ては彼等が真理を教ふる者であるとは余輩は信じない、而して預言者イザヤも亦彼等が唱ふるが如き事を唱へなかつたのである。
〇民主政治の普及に由て戦争は止まない、茲に於てか社会主義者は起て言ふ、社会主義にして広く採用せらるゝに至らば戦争は立どころに止むべしと、然し果して爾うであらう乎、社会主義は果して非戦の精神であらう乎、余輩は爾か信ずることが出来ない、社会主義は非国家主義である、故に之に由て国際的戦争を絶つことが出来る乎も知らない、然し乍ら社会主義は愛の精神ではない、是は一階扱が他の階級に対して懐く敵愾の精神である、社会主義に由て国と国とは戦はざるに至るべけれども、階級と階級との間の争闘は絶えない、社会主義に由て戦争は其区域を変へるまでゞある、然し乍ら戦争其物は依然として存《のこ》るのである。
〇美術と工芸とは平和の大手段であると云ふ、実に美術と工芸とは戦術と製艦とに優さるの平和手段である、然し戦争が美術と工芸とに由て止まうとは何人も信じない、人類の戦争慾は美術と工芸とを以て制抑するには余りに強くある、美術と工芸とは民を女性化して軟弱にするかも知らない、然し乍ら、之に由て平和と称ふ男性的の美徳は来らない。
〇而して預言者イザヤの唱へし戦争廃止の恩恵は以上孰れの方法に由るも来らないのである、イザヤは此事に関しては所謂現代人と全然所信を異にするのである、イザヤは言ふのである、ヱホバの家の山が諸の嶺の上に高く聳ゆる時に而して律法がヱホバの在し給ふシオンの殿より出る時に、而してヱホバが諸の国の間を鞫き多くの民の間を和らげ給はん時に、ヱホバが、然りヱホバ御自身が全人類の立法部となり、又行政部となり、又国際的最高法院となり給ふ時、其時に、彼等は剣を鋤に打ちかへ、鎗を鎌に打かへて云々と言ふたのである、預言者イザ(178)ヤの唱へし戦争廃止の幸福は民主政治に由て来るのではない、ヱホバの政治に由て来るのである、社会主義に由て来るのではない、福音主義に由て来るのである、美術工芸に由て来るのではない、イエスキリストの福音の宣伝と其信仰とに由て来るのである、ヱホバ、ヱホバ、ヱホバとヱホバを離れて戦争は止まないのである、ヱホバを離れて世界の平和は来らないのである、イザヤは現代の思想家のやうに、ヱホバを離れたる非戦論や平和主義を唱へなかつたのである。
〇イザヤの預言は爾うであつたとして、イエスキリストの御父なるヱホバの神が万国を鞫き給ふと云ふ事は実際に有るべき事であらう乎、此問に対して聖書は創世記より黙示録に至るまで「有る」と答ふるのである、而して此事に関してはイザヤに限らない、預言者と云ふ預言者は異口同音に「有る」と答ふるのである、而してイエス御自身も亦此事あるを教へ給ひ、彼の使徒等も悉く之を唱へたのである、旧約に在りては「ヱホバの降臨」と云ひ、新約に在りては「キリストの再来」と云ひて、此事を取除いて聖書は無いのである、ヱホバの統治、神の国の建設、聖書が与ふる人類の理想は此一言を以て尽きて居るのである、若し此事が無いならば聖書は虚偽《いつはり》を語るのである、聖書記者は其すべての信用を賭して言ふのである、ヱホバは必ず人類を統治《すべおさ》め給ふべしと。
〇而して人類の理想も亦実は茲に在るのである 詩人の夢と云ひ、美術家の理想と云ひ、実は之に外ならないのである、神が最後に人類の間に降り給ひて之を統治め給ふにあらざれば人生は絶望であるのである、人類は自己の能力に由りて完全の域に達し得べしとは、彼等が静かに且つ真面目に考ふる時に如何しても思はないのである、何時如何なる方法に由るか、其事は解らない、然し何時か或る方法に由りて、人類の努力が尽く失敗に終りし後に、神御自身が人類の理想を事実として出現し給ふべしとは人類の心の底に深く沈んで居る所の理想であると(179)余輩は信ずる、二千六百年前西方亜細亜の一小邦ユダヤの一預言者の宣べたる万国平和の預言が今尚ほ忘れられずして全人類の理想として唱へらるゝを見ても、此理想の人類固有のものであつて、決して跡なき夢でない事が判明るのである。
〇戦争の廃止、其事を実現するための手段はイエスキリストの福音の宣伝である、ヱホバの聖名を挙ぐることである、彼の家の山を諸の山の嶺に堅く立つることである、イエスキリストの御父なる愛の神に最上の権威と栄光とを奉る事である……之を除いて他に戦争廃止の実行を見る途は無いのである、而してイザヤは明かに此事を預言したのである、彼はキリストの弟子ならぬ政治家を会頭に戴く平和協会の運動に由て戦争廃止が行はれやうとは説かなかつたのである、イエスキリストの十字架の福音、ヱホバ御自身が彼に反きし人類に提供し給ひし和解《やわらぎ》の福音、希臘人には愚かなる事、猶太亜人には躓きの石、哲学者が嘲けり、宗教家が疑を挟《さしは》さむ此単純なる福音こそ最後に国をして兵備を解かしめ、民をして剣を打かへて鋤となし、鎗を打かへて鎌となさしむる最大唯一の勢力である、故に預言者は更らに此勢力を讃へて言ふたのである、
  歓喜《よろこび》の音信《おとづれ》を伝へ、平和を告げ、善き音信(福音)を伝へ、救を告げ、シオンに向ひて汝の神は統治め給ふと言ふ者の足は山の上に在りて如何に美はしきかな、
と(以賽亜書第五十二章七節、羅馬書第十章十五節)。
 
(180)     修羅の巷
                         大正4年1月10日
                         『聖書之研究』174号
                         署名なし
 
 我も罪人、彼も罪人、彼れ責任の地位に立てば我れ彼を責め、我れ彼に代りて責任の地位に立てば彼の責むる所となる、如斯くにして罪は罪を攻め、血は血を洗ふ、而して地は依然として修羅の巷たる也、依て知る、文明も憲法も地を化して天となすこと能はざるを。
 
(181)     告白
                         大正4年1月10日
                         『聖書之研究』174号
                         署名 内村生
 
 余はキリストの僕である、「基督教界」の人ではない、又「教役者」の一人ではない、余は宣教師の間に一人の友人を有たないい又有たふとも欲しない、余は重ねて茲に此事を告白する。
 
(182)     文明の最後
         去年十一月四日、東京柏木聖書講堂に於ける講演の大意
                         大正4年1月10日
                         『聖書之研究』174号
                         署名 内村鑑三
 
    創世記十一章一−九節
  全地は一の言語、一の音《おん》のみなりき、茲に人々東方に移りてシナルの地に平野《ひらの》を得て其処に住めり、彼等互に言ひけるは「去来《いざ》我等|甎《かはら》を作り之を善く焼かん」と、遂に石の代りに甎を獲、灰沙《しつくひ》の代りに石漆《ちやん》を獲たり、又言ひけるは「去来我等邑と塔とを建て其塔の頂を天に到らしめん、斯くして我等名を揚げて全地の表面に散ることを免がれん」と。
  ヱホバ降りてかの人々の建つる邑と塔とを見たまへり、ヱホバ言ひ給ひけるは「視よ、民は一にして皆な一の言語を用ふ、今既に之を為し始めたり、然れば凡て其の為さんと図る事は禁止《とゞ》め得られざるべし、去来我等降り彼処にて彼等の言語を淆し、互に言語を通ずることを得ざらしめん」と、ヱホバ遂に彼等を彼処より全地の表面《おもて》に散らし給ひければ、彼等邑を建つることを罷めたり、是故に英名はバベル(淆乱《みだれ》)と称ばる、是はヱホバ彼処に全地の言語を淆し給ひしに由りてなり。
〇人類が神の援助に依らずして自分の智慧と能力とに由りて自分の安全と幸福とを計る事、其事が文明である、東洋文明と(183)云ひ、西洋文明と云ひ、希臘文明と云ひ、日本文明と云ひ、其の動機に至ては孰れの文明も少しも異なる所はない、文明は無神主義とまでは往かざるも必ず人間主義である、地的であつて天的でない、神を利用することあるも、自己を捐て神に従はんと欲する者ではない。
〇文明は何処に創始まりし乎、其事はよくは判明らない、或ひは埃及でありしと云ひ、或ひはバビロニヤでありしと云ひ、或ひは支那でありしと云ふ、或は同時に三処に突発したる者である乎も知れない、而して創世記の茲所に記《かい》てある所の文明の世界最旧のものゝ一でありしことは敢て疑ふべきでない、「シナルの地の平野」と云ふは今の所謂メソボタミヤの南部であつて、チグリス、ユフラテの両大河が相合するの辺を謂ふたのである、茲所にセム人種の最初の文明が起つたのである、創世記第十一章はセム文明濫觴の記事と見て差閊が無いのである。
〇時はノアの大洪水の後であつた、其災厄に罹りしノアの子孫《こら》は甚《いた》く生活の危険を感じたのである、如何にして再度の災厄を免がれん乎とは彼等各自の心の中に起りし大問題であつた、茲に於てか彼等は同心協力して将来に於ける彼等の安全を計つたのである。
  彼等互に云ひけるは、去来我等甎を作り之を善く焼かん……又言ひけるは去来我等邑と塔とを建て其塔の頂をして天に達せしめん、斯くして我等名を揚げて地の表面《おもて》に散ることを免がれんと。
 斯くして彼等は相共に謀りて大洪水の再襲に備へ、合せて勢力を得て威を四方に張らんとしたのである、邑を作りしは団結のためであつた、塔を建てしは安全のためであつた、彼等は如斯くにして神の援助を仰ぐことなくして、彼等自身の力を以で勢力の扶殖と生活の安全とを計つたのである、彼等は今日の米国人の如くに相互を励まして言ふたであらう、「団結は勢力なり」(Union is strength)と、又「智識は能力なり」(Knowledge is power)(184)と、彼等は神の能力を除外して、人間の団結と智識とに由て社会の鞏固と生命財産の安全とを計つたのである。
〇然し乍ら神は此事を許し給はないのである、人は神の子であれば彼は神の親権を認めずして存在し得べき者でない、又神は人を全然放棄せんとし給ふにあらざれば、人の斯かる計画を観過するこは出来ない、神のためではない、人のために神は人の斯かる計画を禁止《とゞ》めざるを得ないのである、若し人が神に依ることなくして固く相互に結ぶことが出来、又神に頼むことなくして永久に安全なるを得るならば、是は神と人との間に存する神聖なる親子の関係の破壊である、神の悲歎、人の不幸、之に勝るものはない、故に神は人の神を離れたる安全策、即ち文明の成功に干渉せざるを得ないのである、神は御自身の愛に強いられて人の文明を失敗に終らしめ給ふのである。
〇バビロニヤの平原に起りしセム人種の文明を※[戀の心が目]《みそな》はして天の神は言ひ給ふたのである、
  視よ、民は一にして皆な一の言語を用ふ(神を離れて身の安全幸福を計らんとする民の心は一にして其言ふ所は一なり)、今既に之を為し始めたり(彼等は無謀にも其実行に着手したり)、然れば凡て其の為さんと図る事は禁止め得られざるべし(今や説諭を以てして其計画を中止すること難かるべし)、去来我等降り彼処にて彼等の言語を淆《みだ》し(然れば三位の神は彼等不虔の人類の中に降り、彼等の思想《おもひ》を淆し、彼等の団結を破り)、互に言語《ことば》を通ずることを得ざらしめん(彼等の間に誤解を起し、彼等をして相互を解し得ざるに至らしめん)と、(六、七節)、
 此場合に於て「言語」は「思想」と解すべきである、アラビヤ語とか、ヒブライ語とか云ひて言語が一であつたのではない、彼等の思ふ所が一であつたのである、神を離れて人間相互の協力一致に由て、即ち今日の言辞《ことば》を(185)以て言ふならば、完全なる社会組織の効果に由て安全幸福を計らんとする、其|思考《かんがへ》に至てはバベルの塔の下に集まり来りし凡ての民は一致したのである、而して此思想たる嘉すべきやうであつて実は甚だ賤しむべき者である、此思想を破壊せずして真個の社会を人類の間に見ることは出来ないのである、而して神は人類を愛する其愛に強いられて、人類の此「言語」、即ち神の眼より視たる危険思想を「淆し」、即ち破壊し給ふのである。
〇神は人類の社会組織完成の計画を打破し給ふた、
  ヱホバ遂に彼等を彼処より全地の表面に散らし給ひければ彼等邑を建つることを罷めたり(思想淆乱の結果は相互に対する誤解となりて現はれ、茲に神を中心とせざる団結は心の衷より破れ、彼等は離散して全地に散乱するに至りければ都邑の建設、即ち社会組織完成の企図は茲に罷みたり)、是故に其名はバベル(淆乱)と称せらる(八、九節)。
 神は人類の団結を破るに当て此世の圧制者が採る途を採り給はない、彼はシナルの地にセム人が築きし塔を壊ちて彼等を散乱せしめ給はなかつた、彼は彼等の心を動かし、其思想を淆し、彼等をして相互を誤解するに至らしめ.以て彼等をして離散せざるを得ざるに至らしめ給ふた、神は霊である、故に主《おも》に霊を以て働らき給ふ、又霊を以て働らき給ふに方て彼は特別に悪霊を人に送り給ふ必要はないのである、「ヱホバ言ひ給ひけるは、我霊永く人と争はじ、其好む所肉なればなり」とある(創世記六章三節)、神が英霊を人より撤回し給ふ時に、其時に人の思想は混乱し、彼等は相互を疑ひ、相互に争ひ、団結は破れて分争が起るのである、茲に於てか
  爾の聖き霊を我より取り給ふ勿れ
とのダビデの祈祷の意味が明瞭になるのである(詩篇五十一の十一)、神が其霊を人より取り給へば其時に団結は(186)絶え、平和は破れ、誤解は生じ、遂に戦争が起るに至るのである。
〇如斯くにしてシナルの地の平野、即ちバビロニヤ平原に起りし人類最初の文明は全然失敗に終つたのである、勿論文明の程度は甚だ低くあつた、彼等の建築術なる者は「石の代りに甎を獲|灰沙《しつくひ》の代りに石漆《ちやん》を獲る」に過ぎなかつた(三節)、而して又洪水の災害を免がるゝの方法としても彼等は其高さ天に達するの塔を築くより他の方法に思ひ当らなかつた、然し乍ら人類が自分の智慧と能力とに由て安全幸福を計りし点に於て此初代の文明は其後に起りし文明と何の異なる所はなかつた、然り、其点に於ては人類が今日誇りとする西洋文明又は所謂基督教文明と雖も、最初のバビロニヤ文明と何の異なる所はないのである、今に到るも人類は神に頼らずして自分の智慧と能力とに由りて安全幸福を計りつゝあるのである、彼等は種々の発明をなして、洪水のみならず、凡ての天変地異に備えんとしつゝあるのである、彼等は又社会組織を完成して、人類は人類だけで完全ならんと努めつゝあるのである、人類が常に求めつゝある者は神を省いたる安全と幸福とである、彼等は勿論宗教の必要を口にすることありと雖も、※[開の門がまえなし]《そ》は宗教を自分のために利用せんとするに止て、之に万物《すべて》を献げんと欲するのでない、人類は今尚ほ自分中心であつて、其文明なる者は自己奉仕に外ならないのである。
〇而して其結果たるや如何?、バビロニヤ平原に起りし最初の文明の迹を逐ふに止まるのである、即ち淆乱である、失敗である、社会組織の破壊である、人類相互の離反である、大戦争である、バベル即ち淆乱の名を以て呼ぶべきはシナルの平野に起りしセム人種の文明ばかりではない、独逸の平野に起りし独逸文明も爾か称すべきである、英国の島嶼《しまじま》に起りしアングロサクソン文明も爾か称すべきである、ミシシツピ平原に起りし米国文明も爾か称すべきである、仏蘭西文明も墺地利文明も、露西亜文明も、然り、日本文明も爾か称せざるを得ない、文明(187)の名は立派である、然れども其実は淆乱である、凡てバベルの塔である、人類の大耻辱である、誇るべき者ではない、恥づべき者である、遅かれ早かれ大失敗に終るべき者である。
〇而して廿世紀の始めに方て、人類が作り上げし最大最高の文明は、今や地上に臨みし最大の淆乱となりて文明の本家本元たる欧洲の地に於て実現されつゝあるのである、人道は声高く唱へられ、美術と文芸とは広く耕され、社会と国家とは科学的に建設され、人類幸福の増進は其極に達した如くに言はやされつゝありし間に忽焉として大破壊は来り、人道は化して獣道となり、美術は破棄せられ、文芸は嘲けられ、社会組織は其根柢より顛覆されんとしつゝある、曾ては異人種に対して一家族でありし乎の如くに唱へられし白人種は今や二個の陣営に分かれ、其一方が他方を憎むの憎悪は激甚を極むと言ひて尚ほ足りないのである、茲に彼等の文化の塔は倒れ、社会の邑は亡びんとしつゝあるのである、彼等が苦心計営せし鉄道事業も、電気事業も、商業も工業も悉く罷んで、唯戦争の悪魔のみ得意然として全地を横行しつゝあるのである。
〇第二十世紀の欧洲文明は四千年前のバビロニヤ文明と同じく人間本位なるが故に茲に大破壊に終りつゝあるのである、神が其聖き霊を英国人又は独逸人の心より撤回《とりかへ》し給ひしが故に、彼等は「同一の言語、同一の音韻」の民たるに係はらず、「互に言語を通ずることを得ざる」に至り、血族相反きて相互の絶滅を計るに至つたのである、独逸人は其文化(Kultur)のために戦ふと云ひ、英国人は其自由のために闘ふと云ふ、而かも文化も自由(政治的)も神とは直接何の関係も無いものである、二者共に所謂文明の果実であつて、エデンの園に人類の始祖を誘ひし善悪を知るの樹の果実の如くに食ふに善く見るに美麗《うるはし》くあると雖も、之を食ひて国民は終に神の聖前より逐はれざるを得ないのである、彼等は之を称して文明のための戦争であると云ふ、然り、文明のための戦争である(188)と同時に文明の故の戦争である、彼等の大数会堂、大劇場、大宮殿、大賭博場等を以て代表せらるゝ彼等の文明即ちバベルの塔が神の鞫く所となりて今や崩壊しつゝあるのである。
〇実に国の救済は文明に在りと思ふたのが大なる間違であつたのである、文明は国を救はない、却て之を滅す、国を救ふ者は文明以外に他に在る、其れは神の正義である、神が其独子を以て世に示し給ひし正義である、之を除いて他に国をも人をも救ふ者は無い。
  義は国を高くす
と云ふ其義である(箴言十四章三十四節)、又預言者イザヤが言ひしが如く
  爾(ヱホバ)に事へざる国と民とは滅び、其国々は全く荒廃《あれすた》るべし、
 国家の隆興を文明に頼んで国民は失望に終らざるを得ない(以賽亜書六十章十二節)。
〇誠に此地球は文明の墓場である、一たび興きて終に滅びし文明は挙げて算ふべからずである、ユフラテス河畔にはパビロニヤ文明が埋まつて居る、チグリス河畔にはアッシリヤ文明が埋つて居る、ナイル河畔には埃及文明が埋まつて居る、バルカン半島には希臘文明が埋まつて居る、伊太利半島には羅馬文明が埋まつて居る、其他小亜細亜にはヒッタイト文明が、伊蘭高原には波斯文明が、戈壁《ゴビ》の砂漠には蒙古文明が、南米アンデス山中には秘露《ペルー》文明が、墨西哥高原には古代のメキシコ文明が孰れも埋葬されてあるのである、文明、文明と唱へて、文明は世界最大の物である、幸福の源である、光栄の極であるかの如くに思ふ者は是等の文明の墓石に接して感慨の念に堪えぬであらふ。
〇余は繰返して云ふ、文明に非ず福音なりと、我等今や目前に人類が産出せし其最大文明が鞫かれつゝあるを見(189)て、人の築き上げしバベルの邑を去て、神の造り給ひし都なる聖きヱルサレムへと昇り往くべきである。
 
(190)     愛女の墓に葬る
                        大正4年1月10日
                        『聖書之研究』174号
                        署名 彼女の父記す
 
  今より丁度三年前埋葬当時に書いたものである、之を読んで或人は笑ふであらふ、然し或る他の人は何か学ぶ所があるであらふ、余は笑ふ人の嘲笑を省みず茲に余の同情者のために之を掲ぐることゝした。
 余は余に残りしすべての野心をルツ子の亡躯《なきがら》と共に彼女の墓に葬つた、余は其れ以前に既に大抵の野心は之を葬つた積りである、政治的野心、文学的野心、科学的野心、社交的野心は業に已に之を葬り去つたつもりである、然し余にまだ野心が残つて居つた、宗教的野心、聖書的野心、伝道的野心、善行的野心とも称すべき者が残つて居つた、日本国に使徒時代の純潔無垢の基督教を供し呉れんとか、最も完全なる日本訳聖書を後世に遺さんとか、更らに大善を行つて多くの人を救はんとか云ふ野心はまだ確かに余の心に残つて居つた、余は尠からず是等の野心に由て余の心を悩まされた、余に此世の野心は無かつたつもりであつたが、然し余は決して全く幸福なる者ではなかつた。
 然しルツ子の永眠に由て余の心に残りし是等の野心は全然取去られた、余は全く無野心の者と成つた、余の野心の腰の骨は折られた、余は野心家の立場より見て無我無心の者となつた、何の意気なき者となつた、而してただ自己を神の前に投出した、余は彼に言ふた、
(191)  主よ、私を如何やうになりと貴神《あなた》の欲するが儘に為し給へ、私に今は何を為したいと云ふ心はありません、私は何を為して可いのか判明りません、故に私は今、自己を貴神の前に差出します、如何なりと御随意に私を使つて下さい
と、余は今は意志的には水母の如き者となつた、余は今神に使はれんと欲するより他に意志もなければ野心もない、計画もなければ大図もない、余の友人の或者は今後に於ける余の事業の大発展を語ると雖も、余には其麼希望もなければ欲望もない、余は余の愛女と共に墓に葬むられしやうに感ずる、而して此感たる決して悪い感ではないと信ずる、是は確かに神が彼女の永眠を以て余に下し給ひし最も貴重なる感であると信ずる、余は今に至つて始めてパウロの左の言の深き意味を真正に解し得るに至つたやうに感ずる、
  今我れ肉体に在りて生くるは我を愛して我が為めに己を捨し者即ち神の子を信ずるに由て生くるなり(加拉太書二章二十節)、
 今より後、余の身より何にか少しなりと真実に神の聖旨《みこゝろ》に叶ふ事業が出るのであると思ふ。
 
(192)     歳末と歳始
                         大正4年1月10日
                         『聖書之研究』174号
                         署名 主筆
 
 今年(旧年)も亦クリスマスは非常に楽しくあつた、余は此佳節のめぐり来る毎に余の価値なき事を益々悟る者である、多くの友人は種々の方法を以て余を記憶《おぼ》え又|犒《ねぎら》つて呉れる、乍然、余は斯かる恩恵に与るの価値なき者であることを能く知つて居る、友人に記憶せらるゝは喜ばしくあるが、然し自分の無価値《つまらな》き事を想出さしめるゝは辛くある、クリスマスは其意味に於ても亦、楽しき辛らき時である。
 今年も亦数百通の年賀状が余等を見舞つて呉れた、其内の代表的と称すべき者の四五通を左に掲載する、神戸の或る貧しき労働者は左の如くに書贈つて呉れた。
  貧しき内に労働と涙と祈りを以て味ひたる「聖書之研究」は意味深くあります、キリストでなくては活て居る事の出来ぬ私には「聖書之研究」を求めずには居れません、今の私には「聖書之研究」程解り善く又生命となる書を他に知りません、貧しきヱス、労働をした姿、祈り給ふた精神、光り輝く真理の一生涯、詛ふ者を祝し虐遇《しいたげ》迫害《せむる》ものゝ為に祈る愛の働き 弟子の足を洗ひ給ひし謙遜の態度、十字架のキリストを求め慕ふて神の子の英姿を示し与へられつゝある私に「聖書之研究」が生命となりて力を加へし事を神と主ヱスに感謝すると共に聖書研究社に感謝致します。
(193)  去年は多く恵まれて神とヱスを見る眼を与へられ尚神に従て歩む決心を鞏固にしせられしを心底より感謝しました 今年は更に奥深く進み真に祝福されしを誠心以て感謝致します。一ケ年を恵み給ひし神よ、迎ふる一ケ年を祝福したまへ。アーメン。
  父よ「聖書之研究」により迎ふる年に善き働をなさしめて暗黒なる日本を光に導き給へ。アーメン。
 「聖書之研究」は学者のために書かるゝ雑誌であると云ふ人があると聞いたが、斯かる人は此一労働者の証明に由て、其の決して然る雑誌でない事を知るであらう。山口県の或る読者よりの年賀状の中に左の一節があつた、
  謹啓 歳始に際して先生に御礼を申上げます、私は今年(旧年)始めて「聖書之研究」を知つて直ぐ読者になつた者であります、私が浮き浮きした場合、普通の人達から歓迎せらるゝ場合には「聖書之研究」はちつとも面白くありませんでした、私がはんとの意味に於て哀んでゐる場合に「聖書之研究」は一番面白く拝読してゐます。
 「聖書之研究」が解らないと云ふのは文字が困難いからではない、読者に信仰の準備がないからである、嬰児心《をさなごゝろ》がないからである、天の父の前に罪の赦免を乞ふ者には何人にも解る筈である。同じ山口県の或る他の読者より左の言辞が達した、
  新年を迎ふるに就きまして「神に帰れ」との教訓を受けました、新年とて殊更に奇妙な年ではありません、只だ年の始めに還つたのみであります、我等も帰らねばなりません、旧き聖書と旧き信仰に帰らねばなりません、救はれたとは奇蹟的に現はるゝやうに思ふのは全く誤りであります、救ひとは只だ罪人たる我々が神の恩恵によりイェスの十字架に由りて贖はれ神の膝下に帰るのであります、放蕩息子が慈父の膝下に帰り来(194)つたやうに。
 是は洵に常識の言辞であると思ふ、「聖書之研究」を能く咀嚼して呉れた読者は斯かる信仰を懐くに至るであらふと思ふ。
 最も嬉しかつたのは左の書簡である、婦人の筆蹟である、姓名も住所も分明らない、只だ茨城県某所の消印があつたのみである、
  謹みて申上候。
  「聖書之研究」によりて聖書の幾分なり解し得申し候事感謝の極めに御座候。
  先生の命長からん御事祈り上候、この金誠に聊ながらクリスマスを祝ひ申し度、主にさゝげまつり申候、御落手賜はり候はゞ難有ぞんじ候。
 斯かる聖き贈物に接して筆執る者の心は燃るのである、「我れ何を以て之に報ひん乎」との心が起るのである。
 最後に東北の或る山地に在て殆んど二十年の長き間余等と信仰的友誼の交換を続けられし愛する兄弟より、新刊「感想十年」に就て其所感を伝へられし一節を掲ぐ、
  書中「我主イエスキリスト」、是れ研究誌中余が最も愛読せしもの、而して我等主にあるものゝすべての祈、又喚呼、今や一書となりて出づる、是只に余の喜びのみにあらずしてすべて主にあるものゝ喜びたるべく候、今やクリスマスを迎ふるに当り之によりて主を記念するの情更に一層の深きを加へ可申候、実に主の降誕するや天地も為めに喜び震ひき、茲に主に関する一書の成る又天使の祝する妙なる喜びの我耳に響くを感じ甲候。
(195) 著者たる余に取りては如何なる文士の如何なる批評も之にまさりて有難くはない、余は余の友人の一人に此歓喜を供せしだけにて余が此書のために費せしすべての労力は尽く償はれしやうに感ずる。
 感謝、感謝、如斯くにして旧年を送つて新年を迎へた、而して如斯くにして一生を送り、終に光りの聖国に迎へらるゝのであらふ、信者の生涯は一言以て之を言尽すことが出来る、即ち感謝の連続と。
 
(196)     新年のいのり
                         大正4年l月10日
                         『聖書之研究』174号
                         署名なし
 
 祈る我は神の寵児たらざらんことを、求ふ我は彼の奴僕たらんことを、祈る我は神に愛撫せられざらんことを、求ふ我は彼に使役せられんことを、祈る我が意志の通らざらんことを、求ふ神の聖意の我に在りて成らんことを、而して我は我が願望成就の満足を抛棄して労役服従の幸福を充分に味ふことを得んことを。
 
(197)     PERSECUTION AND CHRISTIANITY.迫害と基督教
                         大正4年2月10日
                         『聖書之研究』175号
                         署名なし
 
     PERSECUTION AND CHRISTIANITY.
 
 This one fact is certain,that no man, not even the Archbishop of Canterbury,Can know who Christ was and what Christianity is,Without experiencing in his body,persecution for His name's sake. Persecution is the key to Christianity. Without it,not even the Archbishop of Canterbury,with all his erudition in theology and wisdom in church-government,can know and understand who Christ was and what Christianity is. We might almost say,that a man who was never persecuted for his Christian faith,whatever be his titles,and ecclesiastical and academic and political honours,is no Christian at all.
 
     迫害と基督教
 
 此一事は確実である、即ち、何人たりと雖も、縦令大英国の大僧正と雖も、貴き聖名の故に迫害を其身に受くることなくして、キリストの誰なりし乎、又基督教の何たる乎を知ることは出来ない、実に迫害は基督教を解せ(198)んがための惟一の鍵である、之に由らずして、縦令大英国の大僧正と雖も、彼の有するすべての神学上の博識と教会政治上の手腕とを以てするも、キリストの誰なりし乎、基督教の何たる乎を知り且つ了《さと》ることは出来ない、実に吾人は斯う言ふて誤らないであらう、即ち、曾て一回も其信仰の故を以て迫害せられしことなき人は、彼の肩書は何であれ、彼の教職、学位、官職の何たるに拘はらず、其人は決して基督信者に非ずと。
 
(199)     〔人の貴尊 他〕
                         大正4年2月10日
                         『聖書之研究』175号
                         署名なし
    人の貴尊
 
 人は人類として貴くある、人種として貴くある 国民として貴くある、家族として貴くある、個人として貴くある、帝王として貴くある、乞食として貴くある、代数式を以て現はさん乎
   人類=∞
   一人=∞
  ∴一人=人類
である、故に無限的に貴重なる人のために尽さんと欲して一国の大臣となるも一人の傅輔となるも其職責の軽重に於て些少も差違はない、己が生みし児女を育る母は一国の教化を主宰る文部大臣だけ其れ丈け重要なる地位に在る者である、一人の白痴童児は一人又は数人の大教育家の全精力を注いで之を教育する丈けの充分の価値があるのである、実に一人の罪人の悔改むる時に天に於て大なる歓喜ありと云ふは決して過言ではないのである、無限的に価値ある一人の罪人が滅びずして救はれし時に、大字宙が破壊されずして完成されし時に於けるが如き歓(200)吾《よろこび》が神と天使との間に在るのである。
 然り、主イエスキリストを信じて村吏となるは総理大臣となる丈け其れ丈け貴くある、小学校の教師となるは大学校の教授となる丈け其れ丈け貴くある、幼稚園の保姆となるは女子大学の講師となる丈け其れ丈け貴くある、生蕃人の伝道師となるは大教会の大監督となる丈け其れ丈け貴くある、然り、ナザレのイエスの弟子となりて我等は此世と此世の教会とが大なりと称する者を棄て小なりと称する者に就かんとする、我等は勿論小成に安ぜんとはしない、我等は至美《すぐれ》たる賜を慕ふべきである(哥林多前書十二の卅一)、然れども智者を愧しめんとて世の愚なる者を選び、強者《つよきもの》を愧しめんとて世の弱者を選び給ふ聖父《ちゝ》の心に傚ひて(仝一の廿七)、此世の小と弱とに於て彼の大と強とを全うする事を以て歓喜とする。
 
    信者の真偽
 
 信者は先づ第一に自己のために基督教を信ずる者である、自己の罪の赦されんがために、自己の霊魂の救はれんがために、自己が神の前に義とせられんがためにキリストの福音を信ずる者である、噫我れ困苦《なやめ》る者なる哉、此死の体より我を救はん者は誰ぞやとの叫号の声を揚げたことのない者は真個の基督信者ではない(羅馬書七章廿四節)、社会救済のために、国家経綸のために、衆生済度のために基督教を信じた者は皆な虚偽《うそ》の信者である、斯かる人には基督教は解らない、随つて彼等は斯《この》教《おしへ》を以て社会又は国家又は衆生を救ふことは出来ない、然かも余輩の出会ひし所謂基督信者にして、信仰の基礎を自己の霊魂の深き経験の上に置かない者は決して秒くないのである、教会の教師にして其の政治的野心を基督教に移したまでの人は決して尠くないのである、基督教界の名士に(201)して社会改良に熱心なるの外、自己の霊の救済に関しては未だ曾て苦悶の経験を嘗めたことのない人は決して尠くないのである、外国宣教師にして、ジ∃ン・バンヤンの所謂「悪魔との経験を有たざる者」は決して尠くないのである。
 基督教は先づ第一に個人的である、然る後に国家的又は社会的である、国家の衰退を憂へ、社会の腐敗を歎きて、基督信者となりし者は、其人は如何に有力なる人であるにもせよ、彼は甚だ疑はしき信者である、大抵の場合に於ては斯かる人はキリストとは縁の甚だ遠い人であつて、基督信者を以て自から称すべからざる人である。
 
    基督教の真価
 
 若し基督教が何物かであるならば、其れは之を信ずる者に取りて凡の物に優りて貴いものでなくてはならない、故にキリストは言ひ給ふたのである、
  我よりも其父母を愛する者は我に協はざる者なり、我よりも其子女を愛する者は我に協はざる者なり、其の十字架を任《お》ひて我に従はざる者は我に協はざる者なり、
と(馬太伝十の三七、三八)、キリストと彼の福音とは之を信ずる者に取りては父母よりも貴きものである、妻子よりも貴き者である、然り生命よりも貴きものである、故に勿論自分の職業よりも、専門よりも、地位よりも、名誉よりも貴きものである、若し基督教が何物かであるならば、其れは之を信ずる者に取りては、此世に有りと有らゆる凡の物よりも貴き者であるべきである。
 然れども事実は如何に? 今時《いま》の所謂基督信者に取りキリストと彼の福音とは何物よりも貴き者である乎、キ(202)リストのための自分である乎、自分のためのキリストである乎、幸福なる家庭を作るための基督教、高潔なる思想を得るための基督教、社会の信用を博するための基督教、自分本位の基督教、自分の商売のための基督教、自分の専門を助くるための基督教、自分の地位を高め且つ固めるための基督教……今時の所謂基督教、教会の基督教、外国宣教師に由て伝へられし基督教は斯かる基督教でなき乎、余輩は「である」と答ふるより他に言辞を有たないのである。
 世に多くの基督信者はあると云ふ、然るにキリストの聖名は微々として揚らないのである、而して其理由は知るに難くないのである、基督信者と称する者がキリストの利用者であつて、彼の奴僕でないからである、自分に利益である時にのみ彼の聖名を唱へて、少しなりと自分に不利益である時には謹で口を噤みて語らず、常に沈黙の得策を唱へ十字架を避けんとするからである、言ふまでもなく斯かる基督信者に由てキリストの聖名は少しも揚らないのである、其正反対にキリストの福音は彼等に由て尠からず涜さるゝのである、キリストは彼等に対つて言ひ給ふのである、
  汝等も亦何故に去らざる
と(約翰伝六章六十七節改訳)、主は御自身のためには彼等が彼を棄去らんことを却て望み給ふのである。
 
(203)     信仰の強弱
                         大正4年2月10日
                         『聖書之研究』175号
                         署名 内村鑑三
      去年十二月廿七日、横浜なる友人某氏方に於て為せる講話の要点
 
    羅馬書三章従廿一節至廿八節
  今律法を離れて神の義は顕れて律法と預言者は其証明をなせり、即ち凡て信ずる者に及ぶイエスキリストを信ずるに由る 神の義是れなり、之に区別あるなし、そは人は皆な罪を犯したれば神の栄に与るに足らず、唯イエスキリストの贖に由りて、神の恩恵に因り、功績《いさほし》なくして義とせらるれば也、神は予めイエスを立て其血によりて信ずる者の宥和《なだめ》の供物となし給へり、是れ神の忍耐を以てする己往の罪の赦免に関し今の時に彼の義を彰さんため也、即ちイエスを信ずる者を義とし給ふに方て、御自身も尚ほ義たらんため也、然らば誇る所|安《いづこ》に在るや、在ることなし、何の原理に由る乎、行為の原理に由る乎、非ず、信仰の原理に由るなり、此故に我は論定す、人は律法の行為を離れて信仰に由て義とせらるゝなりと。  (自訳)
 信仰に弱いのと強いのとがある、薄いのと深いのとがある、弱い薄い信仰とは結果を見ざれば信ずることの出来ない信仰である、強い深い信仰とは結果の有無に拘はらず信ずべきを信ずる信仰である。
 社会を改むるが故に信ずると云ふ、国家を済ふが故に信ずると云ふ、自己を潔むるが故に信ずると云ふ、功績(204)を見るが故に信ずると云ふ、是れ皆な弱い薄い信仰である、而かも最も普通なる信仰である、基督教は西洋文明を産出したが故に能力ある宗教として信ずべきであると云ひ、社会の改良は之に俟たざるべからざるが故に信ずべきであると云ひ、之を信じて疾病を癒すことが出来るが故に信ずべきであると云ひ、之に由て罪を滅し、身と心とを潔くすることが出来るが故に之を信ずべしと云ふ、斯く云ふは勿論悪くはない、斯かる信仰は勿論悪い信仰ではない、樹は其果を以て知らると云ひ、神の国は言《ことば》に非ず能《ちから》に在りと云ひ、神の旨は汝等の潔めらるゝ事に在りと云へば、斯かる信仰は能く聖書の教旨《おしへ》に合ふ信仰である、余は之を薄弱なりと称して之を排斥せんとするのではない、善き果を結ばざる信仰は真の信仰ではない、善行を生ぜざる信仰は死せる信仰である。
 然し乍ら信仰は元来意志の動作《はたらき》であつて結果の有無に由るものではない、信ずべきは結果の有無に拘はらず信じ、信ずべからざるは縦令天地が壊《くづ》るゝとも信じないと云ふ信仰、其信仰が真正の信仰である、故に信仰は目を其結果に注がないのである、我等見る所に憑らず信仰に憑りて歩む也とパウロの言ひしは此事である、目を結果に注ぐに至て信仰は信仰でなくなるのである、純信仰は信仰の信仰である、結果を見ることなく、結果を俟つことなく、信ずべきを信じ、之を信じて充足《みちたれ》る事、其事が真の信仰である。
 基督信者に唯一の信仰の目的物がある、其れはキリストと其の十字架である、是れあれば彼は足りるのである、是れなくして彼は貧弱、世に此《たぐひ》なき者である、信者のすべてはイエスと其の十字架とに於てある、彼の義も潔も贖もすべて其中に在るのである、パウロは汝等の生命はキリストと偕に神の中に蔵れ在るなりと云ひて信者の生涯の全部《すべて》を言悉したのである(哥羅西書三の三)、信者はキリストと其の十字架以外に何物をも求めないのである、然り、求むべからずである、彼は全注意を之に鍾めて他を顧みないのである、人の彼に彼の信仰の理由を問ふ者(205)あらん乎、彼は十字架を指して答ふるのである「視よ」と、彼の基督教証拠論なるものは十字架を除いて他にないのである、基督教と文明? 彼は文明史上基督教の功績を見て之を信じたのではない、若し彼の信仰が斯かる脆弱なる根拠の上に立つ者であるならば、其は遠からずして壊《くづ》れて了ふものである、基督教と国家? 是れ亦信仰の理由としては何等の価値の無いものである、基督教と社会? 社会と称するが如き人生の表面に信仰の基礎を置く者の如きは砂の上に家を建つる者よりも愚かなる者である、然らば自己の心霊的実験を以て信仰の基礎となすを得べき乎と云ふに、是れ亦頼むに足らざる信仰の建設であると謂はざるを得ない、心霊は自我である、主観である、心霊的実験と称するも自分で自分に感じたまでの事であつて、其の果して普遍的事実である乎否やは自分一人で決定める事は出来ない、潔められたりと思ふ事は必しも潔められたる事ではない、救はれたりと感ずる者が必しも救はれるのではない、永遠の事実は感情以外である、救済は感情の事ではない、道理の事である、道理を信ずる意志の事である、故に恒星と共に動かざる者である、巌の如くに其根柢を宇宙の真理に根ざす者である、最も広き意味に於ての客観的事実である、故に自我以外に在る事でなくてはならない、世界の歴史として、宇宙の現象として在つた事でなくてはならない。
 実に預言者ヱレミヤの言ひしが如くに心はすべての物よりも偽る者なりである(耶利米亜記十七の九)、人は自己《おのれ》の心に頼りて自己を知ることは出来ない、自己の見たる自己は決して真個の自己ではない、自己が善く見ゆる時に必しも善くあるのではない、悪しく見ゆる時に必しも悪しくあるのではない、此心理的事実を能く弁へたるパウロは言ふたのである、
  我れ自から省るに過失あるを覚えず、然れども此に因りて義とせられず、我を審判く者は主なり
(206)と(哥林多前書四章四節)。
 
 国家社会に現はれたる基督教の効果ではない、又自己の心霊に施されたりと感ずる其感化力ではない、是は以て信者の信仰の基礎となすに足りない、神が予め供へ給ひし宥和《なだめ》の供物たる十字架上のイエスである、是れのみが我が全身全霊を傾けて信頼するに足る者である、其上に信仰を築きて雨降り大水出で風吹きて之を撞《う》つとも傾覆《たほ》れないのである、信者の義は其中に在るのである、其れが公義となりて社会に現はれ、善行となりて世の賞讃を招くに至るを待つの必要はないのである、イエスの十字架其物が凡て信ずる者に及ぶ神の義である、信者は是れ以外に義をも善行をも求むるの必要がないのである、故に彼は唯之を信ずれば足りるのである、善行を急ぐの必要はないのである、社会事業を焦心《あせ》るの必要はないのである、必しも悪念悉く絶え、自から清浄潔白俯仰天地に恥ぢざる人となるの必要はないのである、罪の身此儘、悪の世其儘の内に在りて、信者は神が予め彼のために供へ給ひし宥和、即ち贖罪の供物なる十字架上のイエスを仰瞻て神の前に善且つ義且つ聖たるを得るのである、是れ難き信仰である、而かも強き信仰である、此世の倫理学者には到底も判解らない信仰である、而かも人を救ふて永遠の生命に入らしむる信仰とて之を除いて他に無いのである、斯の信仰を懐きたればこそパウロは世界の伝道師と成つたのである、斯の信仰が彼をして其の言尽されぬ神の賜物に就て我れ彼に感謝する也と言はしめたのである(哥林多後書九の十五)、彼は此感謝の叫号を発するまでに福音の効果を試すの必要はなかつたのである、彼は又既に全く潔められしが故に此声を発したのではない、彼は十字架上のイエスに於て既に完成されたる義と聖と贖とを発見したれば歓喜に耐えずして此声を発したのである、而してパウロ一人に止まらず、すべてイエスに(207)於て完全なる救済を発見したる者は歓喜満足のあまり此声を発するのである、救済は既に我がためにイエスに在りて遂げられたのである、我が之を信じ得る限りは我は永遠に安全であるのである、而して我より困難しき事業を要求せらるるに非ず、又不可能なる心の清浄潔白を要求せらるるに非ず、唯我罪の贖として、又我生命の泉としてイエスを信ずることを要求せらるるにあれば、我が永遠の救済はイエスの十字架に由て保証せられたりと言ひて我は誤らないのである。
 単純なる信仰、信仰のみの信仰、結果に目を注がざる信仰、信仰のみを以て満足する信仰、……此信仰が有つて信者に始めて真の平和が有るのである、主イエスが我れ汝に平和を与へんと言ひ給ひしは此平和である、人のすべて意ふ所に過《すぐ》る平和とパウロが言ひしは此平和である、是は深い信仰である、強い信仰である、堅い信仰である、此信仰が有つてこそ信者は世に勝つことが出来るのである、律法の行為を離れて顕はれたる神の義の信仰、此信仰に由てのみ大なる事業は成就げらるゝのである、大文学は出づるのである、大美術は現はるゝのである、大国家は起りて大政治は行はるゝのである、社会は其根柢より改めらるゝのである、欧洲人が第十六世紀の宗教改革に由て使徒パウロの此単純なる信仰に還りてより以来《このかた》、過去四百年間に於ける西洋文明の驚天動地的の進歩があづたのである、有名なる法理学者ジェームス・マッキントッシが言ひしが如くに、近世の自由政治なる者は素々「人の義とせらるゝは行為に由らず信仰に由る」との使徒パウロの信仰より出たのである、ルーテルの此信仰に由てヘーゲル、カント、ゲーテを産みし新たなる独逸国が起つたのである、カルビンの此信仰に由りてコロムウェルを起せし英国とワシントンを生みし米国が起つたのである、人が其全注意をイエスキリストと彼の十字架に集むるに至て、彼の思想は統一せられ、彼の心霊は自由を得て復活し、彼は全身の翼を張りて宇宙に闊歩するに(208)至るのである。
 然るに今の基督教は如何に? 今の基督教会は如何に? 今の所謂基督信者は如何に? 彼等は皆な事業の奴隷である、彼等はパリサイの徒の如くに休徴と異能《ことなるわざ》とを見ざれば信じないのである、彼等は事業《ワーク》、事業《ワーク》、事業《ワーク》と叫ぶ、曰く伝道事業、曰く救済事業、曰く教勢の拡張、曰く青年会館の建築と、彼等の基督教は今や一種の社会教と化しつゝある、彼等は今やキリストに事へんとせずして社会に事へんとしつゝある、彼等の信仰は今や殆んど社会的奉仕《ソシヤルサービス》の一語を以て尽きて居るのである、而して如斯くに事業に熱注して彼等の事業は挙るかと云ふに甚だ挙らないのである、彼等の教会は年毎に衰ふるのである、彼等が奉仕《つか》へんとする社会は彼等より離れて、益々彼等より遠かるのである、半政治家と化せし彼等宗教家は宗教にも政治にも用なき者と成るのである、世に無用の者多しと雖も此世の事業に携はるを以て信仰の要務と見做す基督信者、殊に基督教の教師の如きはない。
 栄光《さかえ》の主なるイエスキリストの信仰は此世の事業ではない、然ればとて亦自己の聖化でもない、信者は自分が神に聖くせられし実験を基礎としてキリストを信じ其の救済に与かるのではない、トマス・カーライルがメソヂスト流の基督信者を嫌ひし理由は「彼等が余りに自己の臍《へそ》に注目する」からであつたと謂ふ、自省はイエスに到る途として必要である、然れども一度彼を認めし以上は自省は害有て益が無い、我等は聖められてイエスに至るのではない、罪の此儘彼に到りて彼に聖めらるゝのである、「聖め」は我が為す事ではない、神がイエスを以て為し給ふ事である、故に聖めらるゝと否なとは我が信仰に何の関係も無い事である、我れ聖められん乎、我は唯十字架上のイエスを仰ぐべきである、我れ未だ聖められざらん乎、我は唯十字架上のイエスを仰ぐべきである、イエスを我が義、我が聖と認めし以上は自省は我に無用である、我は神の恩恵を確めんために我が臍を見詰むるの(209)必要は更らに無いのである、上を俯《む》いて十字架上のイエスを仰ぐべきである」下を瞰《み》て自己を探るべきではない、自己は何処までも罪の自己である、自己の探究其|極《はて》にまで及ぶも我等は其内に罪の外何物をも発見することが出来ないのである。
 実に聖められんと欲する乎、自己を視る勿れ、自己を忘れよ、唯十字架上のイエスを仰瞻よ、然《さ》らば自《みづ》から求めざるに自《おの》づから聖めらるべし、使徒パウロの言ひしが如し
  我等すべて※[巾+白]子《かほおほひ》なくして鏡の如くに主の栄を映しまつらん、然らば我等は栄より栄へと同じ像《かたち》に化《かは》るを得ん
と(哥林多後三の十八)、英米両国に於て今や盛に行はるゝ所の所謂聖化運動なる者は、是れ余輩の称する「浅き信仰」の一であつて、結果を先きにして原因を後にする所の、キリストの福音を転倒したるものと謂はざるを得ない。
       *     *     *     *
 実に欲しき者は此信仰である、キリストと彼の十字架の外に信仰の理由を求めざる信仰である、之れのみを以て足れりとする信仰である、其証明を此世の事業の成功に於て求めざる信仰である、之を自己の聖成《きよめ》に於て求めざる信仰である、単純なる信仰である、大胆なる信仰である、此世の倫理学者又は教会者流の眼より見て冒険極まる信仰である、イエスキリストと彼の十字架の外、社会事業も我が道徳も要らないと道ふ信仰である、恰かもコロムブスが天の星に頼るの外、陸上何物をも標的《めじるし》として有つことなくして大洋に乗出《のりいで》し時のやうなる信仰である、而して此信仰があつてこそ、我等は大字宙に逍※[行人偏+羊]し、人を恐れず、罪を恐れず、大声疾呼して、新大陸ならぬ新エルサレムへと我等の船を乗出すことが出来るのである。
(210)  キリスト我等の罪のために死たまへり(哥林多前書十五章三節)。
  是故にイエスキリストに在る者は罪に定めらるゝことなし(羅馬書八章一節)。
 然らば何をか恐れん、此世の道徳家も、教会の監督、牧師、伝道師等も、神がキリストに在りて我等に賜ひし此自由を我等より奪回《とりかへ》すことは出来ないのである。
       *     *     *     *
 イエスは我等が罪のために(死に)附され、我等が義とせられしが故に(日本訳の「義とせられんが為に」に非ず)甦へらされたり(羅馬書四章廿五節)、我等の悔改に由て我等の罪が赦さるゝのではない、我等が赦されたりと感ずるが故に赦さるゝのではない、イエスが我等の罪のために十字架上の死を遂げ給ひしが故に我等は赦されたのである、我等の罪の赦免《ゆるし》の確証は我が衷に在るのではなくして、我が外なる髑髏山上に立てられし十字架に於てあるのである、我が義とせらるゝも亦同じである、是れ亦我が衷の事ではなくして我が外の事である、我は既に義とせられしが故にキリストは我に代りて甦り給ふたのである、神は我が聖まるを待て我を義とし給ふのではない、彼は既にキリストに在りて我を義とし給ふたのである、我が義とせられし証拠を求めんと欲する乎、神に聖められし我心の状態ではない、我に在りて行はれし神癒の奇蹟ではない、又神が我を以て行ひ給ひし多少の善行ではない、イエスキリストの復活である、我が義とせられし証拠、我が既に聖者として彼に認められし証拠は我に於て在らずして彼に於て在るのである、我は何の奇蹟をも我肉と霊とに於て認むることなくして、唯キリストの復活を信じて我が聖化と永生とを信ずるのである。
       *     *    *     *
(211) 或ひは信仰の理由を社会事業に求め、或ひは之を自己の心理状態に於て求む、是れ現実主義の亜米利加教である、休徴と異能とを見るにあらざれば信ずる能はざる英民族の信仰である、悪い信仰ではないと言ひ得るも浅い信仰である、弱い信仰である、小さい信仰である、信仰は理想的《アイデイアリスチツク》ならざるを得ない、感得し得る者を信ずるは信仰ではない、実験、実験と唱へて、実験し能はざる者を信ぜざるに至る時に、宗教は科学と成り、信仰は実見と化し、希望は絶え詩歌は失せ、人生は平々淡々たる味なき意義なき者となるのである、而して亜米利加教は正統教の名の下に我等を此死的精神状態に導きつゝあるのである。
       *     *    *     *
 信仰は偉大なるを要す、而して我等何人も祈りて信仰的に偉大なることが出来るのである、事業に由ることなく、事業の統計に由ることなく、唯イエスキリストと其の十字架に由る信仰、
  我れイエスキリストと彼の十字架に釘けられし事の外は何をも知るまじと意《こゝろ》を定めたり
とパウロが謂ひし其信仰(哥林多前書二の二)……実に祈求むべきは此信仰である、人生の根柢に達し之を化して活ける神の聖殿となす者は此信仰である、大なる冒険を要する信仰である、故に最も男らしき信仰である、哲学者カントが賞讃して止まざりし信仰である、彼は言ふた
  人は信仰を得んために冒険せざるべからず、彼は信仰を維持せんがために冒険を継続せざるべからず、冒険に由らずして信仰は信仰たらざるに至るべし、
と、教会の監督ならざりし彼れカントは信仰の何たる乎を能く解したる人であると思ふ。
 
(212)     再嫁の教訓
         一月十二日モアブ婦人会の例会に於て柏木聖書講堂に於て述べし所の要点である。
                         大正4年2月10日
                         『聖書之研究』175号
                         署名 内村鑑三
 
 日本訳聖書の哥林多前書第七章第三十九節は左の如くに読まれる、
  夫|生《いけ》る間《うち》は妻|法《おきて》に繁るゝなり、然《され》ど夫もし死ば随意《こゝろのまゝ》に嫁《よめいり》する事を許さる、惟主にある者にのみ適べし
と、若し此一節を前後の関係より離して読めば其意味は左の如くに執れるのである、
  夫婦の関係は素是れ法律的なり、故に其関係たるや一方の死に由て解かる、妻たる者の場合に於て彼女は夫の生存中は法律を以て彼に繋がるゝと雖も、彼れ死ば彼女は勝手(随意)に彼女の択む所の男子に再び嫁することを神に許さる、但し彼女は不信者に嫁すべからず、必ず信者に嫁すべし。
と、而して如斯くに解釈して聖書の此教訓の「貞女二夫に見えず」との日本道徳に全然背馳することを観るのである、殊に夫婦の関係を主に律法的に解し、一方の死を以て直に消滅する者と観るは、此関係を愛情的に解する東洋思想と全然相納れざることは何人が見ても明かである、而して所謂基督教国に於て聖書の此一節が社会的律法と化し、夫妻一方の死後に於て再婚が大なる特権の如くに思はるゝに至りしことは是れ又疑なき事実である。
 然し乍らパウロの此言は果して斯かる意味を通ずる者であらふ乎、彼は果して今時の基督教国民−殊に英米人(213)−が解するやうな意味に於て此言辞をコリント人に書贈つたのであらふ乎、是れ頗る重要なる研究的問題である、パゥロは自身結婚の事に重きを置かざりしが故に、此事に関する彼の意見は余りに重要視するに及ばずと言ふ者あらんも、然かも彼の信仰と常識とを てして、彼が斯かる人情に薄き、且つ常識を脱《はな》れたる言辞を遺したらふとは什《ど》うしても思はれないのである。
 勿論此一節とても其前後の関係より離して正当に解釈することは出来ないのである、前後の関係(context)を知ることは聖書研究上の必要条件である、此一節も亦此条件に循つて解釈しなければならない。
 哥林多前書第七章全体が結婚問題に関するパウロの意見発表である、我等は之を読んで無妻主義の彼れパウロの此問題に関する彼の深き穎智《さとり》に驚かざるを得ないのである、彼は自身結婚を重んじなかつた、然し他人に彼の無妻主義を強いなかつた、彼は言ふた、
  我はすべての人の我が如く為らんこと(瀬要主義を実行せんこと)を願ふ、然れど人は各自神より己の賚賜《たまもの》を受けたり、此は此の如し、彼は彼の如し(何人も欲《ねが》ふて此主義を実行する能はず、神より之に耐え得るの特別の能力を賜はりし者のみ能く之を実行するを得べし)
と(第七節)、結婚は主に事へんと欲する者に取りては障碍《さまたげ》である、故に為し得べくんば男女共に之を避くべきである、然れども娶るとも罪を犯すに非ず、嫁するとも罪を犯すに非ず、結婚するは胸を熾すに愈る、淫行を免かるゝ為に男は各自其妻を有ち、女は各自其夫を有つべしとはパウロの結婚問題に関する大体の意見である。
 然らば童女(娘)は之を如何に処分せん乎との質問に対してパウロは答へて言ふたのである、童女は之を父の意見に循ひて(随意)に処分すべし、若し父にして嫁するを可《よし》と見ん乎、嫁するも可なり、若し嫁せざるを可と見(214)ん乎、嫁せざるも可なり、童女の結婚問題は彼女の父、之を決すべし、彼女は独り之を決するを得ずと(全然東洋的思想である、英米人の自由結婚思想と全然背馳す)。
 而して童女の処分に就て述べ終つて(三六−三八節)パウロは序に一言未亡人の結婚問題に就て述べたのである、而して其一言が余輩が茲に研究しつゝある所の此一節を作したのである、パウロは言ふたのである、
  童女は以上の如くに処分すべし、然れども一たび人の妻となりし者の場合は少しく之と異なる、彼女は夫の生存中他人に嫁するを得ず、是れ律法の禁ずる所なり、然れども彼女の夫の死し場合には彼女は自分の意見を以て他人に嫁するの自由を有す、然れども此自由たる之を濫用すべからず、主に在りて用ゆべし
と、「随意に」とあるは勿論「勝手次第に己が択む者に」との意ではない、彼女の保護者たりし父の意見に由らずして、自分の意見を以て此事を決行するを得るとの意である、又「嫁する事を許さる」とある「許さる」なる言辞は之を原語に於て見ることは出来ないのである、「許さる」ではない、「自由なり」又は「自由を有す」である、第九章一節に「我は自主に非ずや」とある其言辞である、未亡人は童女と異なり、父の意見に由ることなくして、自から其身の処分を決するの自由を有すと云ふ、既に一家の主婦となりし者の自由を認めしパウロに応はしき言辭である。殊に日本訳の「惟主にある者にのみ適べし」とあるは是れ訳者の意訳又は想像訳に過ぎないのである、パウロは斯くも明白に再嫁の範囲を局限して居ないのである、「主に在る者にのみ適べし」とは「信者とのみ結婚すべし」との意であらふ、若し然りとすれば不信者との結婚は禁ぜられたのであつて、多くの場合に於ては結婚は不可能となるのである、殊に信者不信者を区別するに甚だ困難なる我国今日の如き場合に於て此禁制を実行するの困難は推測するに難くないのである、信者とは洗礼を受けて教会に入りし者、不信者とは洗礼を受けず又教(215)会に教籍を置かざる者であると云ふならば、若し信者の中に悪人があり(而して多くの悪人が所謂信者の中に在ることは争ふべからざる事実である)、不信者の中に信者以上の善人がある場合には(而して斯かる場合は決して尠くないのである)、信者の婦人は信者に嫁すべき乎不信者に嫁すべき乎、是れ問はずして明瞭なを問題である、信者と不信者とは洗礼を受けしと受けざりしとに由て区別することは出来ない、主は己に属ける者を知り給ふである(提摩太後書二の十九)、人は何人が信者であつて、何人が不信者である乎、判然と判定することは出来ない、而して若しパウロが未亡人再嫁の条件として斯かる制限を設けたりとするならば彼は実に平々凡々の教会者であつて、人類の教師として仰ぐに足りない者である。
 然し乍らパウロは斯かる言辞を発しなかつたのである、彼は.たゞ言ふたのである「惟主に在りて」と、即ち、未亡人は自己の意見に循ひて再嫁するの自由を有す、但し其自由は之を主に在りてのみ用ゆべしと言ふたのである、パウロは同事《おなじこと》を加拉太書五章十三節に於て言ふて居るのである、
  兄弟よ、汝等は聖召《めし》を蒙りて自由を得たる者なり、然れど其自由を得しを機会として肉に循ふ勿れ、惟愛を以て互に事ふることを為せよ
と、「惟主に在りて」と言ふは「惟愛を以て互に事ふることを為よ」と云ふと同じである、「自由は之を主キリストの心を以て使用せよ」とのことである、「惟主に在る者(信者)にのみ適べし」と云ふが如き狭隘にして浅薄なる事ではない、未亡人は再嫁の自由を有するなれども其自由を得しを機会として肉の欲するがまゝに行ふべからず、惟キリストの心を以て愛を以て行ふべしとの事である、信者に取りては結婚も亦自分一人の快楽のためではない、第一に神のためである、第二に人のためである、未亡人は彼女が得し再嫁の自由を聖き愛の範囲の内に行使すべ(216)しとのことである。
 斯の如くに解してパウロの此教訓の決して我等日本人の固有の思想に背馳する者でないことが判明るのである、パウロは未亡人の結婚を禁じなかつた、彼は又充分に彼女の自由を重じた、然し自由を限るに愛の法を以てした、愛は自由であつて又束縛である、愛は自分で自分の頸に懸ける軛である、信者の未亡人は再嫁の自由を有つて又之を有たないのである。
 パウロは教会者でなかつた、故に汝は何人に嫁すべし、何人に嫁すべからずと云ふが如き教会法を設けなかつた、彼は単に言ふたのである「主に在りて行ふべし」と、狭いやうで広く、曖昧なるやうで最も明白なるは此法則である、パウロは之を称してキリストの律法と云ふた(加拉大書六の二)、使徒ヤコブは之を自由なる全《まつた》き律法と名づけた(雅各書一の二十五)、堅き規則ではない、然ればとて気儘勝手ではない、日本訳聖書に謂ふ所の「随意」ではない、祈祷を以てする聖意の実行である、而して其実行の誤りし乎、誤らざりし乎を判決する者は必しも教会の教師又は役人ではない、霊を弁へる能力を上より賜はりたる者である(哥林多前書十二の十)、智憲は智慧の子に義と為らるゝ也である(馬太伝十二の十九)、信者の行為の正邪を糺明すことの出来る者は唯信仰の人のみである。
       *     *     *     *
余輩は聖書の此一節に就て今茲に是れ以上を言ふことを好まない、読者にして外国語の理解力を有する者はマイヤー、ロベルトソン、フィンドレー等の諸大家の註解書に就て古今の註解者が此一節に就て懐きし種々なる見解を参照すべきである。
(217) 本文の「惟主に在りて」の辞句を余輩が茲に解せしが如くに解せし者の中にクリソストム、カルビン、レッケルト、ネアンデル、エ※[ワに濁点]ルト等の諸大家がある、彼等は一様にパウロの此言は「キリストの精神を以て」とか、又は「信者たるに応《ふさ》はしきやうに」と云ふが如き意味に於て解釈すべきであると言ふて居る。
 
(218)     奇異なる信仰
                         大正4年2月10日
                         『聖書之研究』175号
                         署名なし
 
 我が事業は信者を作る事ではない、亦聖書を講ずる事でもない、亦霊魂を救ふ事でもない、我が事業はイエスを信ずる事である、彼に在りて我が事業は既に済んだのである、我が安らかに人生を楽しみ得るは之がためである、我が事業に焦心らないのも亦之がためである、事業、事業と焦心る米国流の基督教は余の全然堪え得ない所である。
 
(219)     様々の批評
                         大正4年2月10日
                         『聖書之研究』175号
                         署名 柏木生
 
     (一)
 
 「聖書之研究」は四分の味方を作り六分の敵を作ると或人が云ふたさうである、乍然余輩は味方を作るためにも亦敵を作るためにも本誌を作らない、余輩は神の真理を――余輩が神の真理なりと信ずるものを――余輩の友人に配《わか》たんがために本誌を作るのである、人が余輩に対して如何なる態度を取らふとも其人の勝手である、余輩は人に眼を配らない、神を仰瞻る、聖書の言を以て言ふならば
  我等は福音を託《ゆだ》ぬるに足る者として神に認められし以上は、人を悦ばせんがために語らず我が心を観たまふ神を悦ばせんがために語るなり
 ある(テサロニケ前書二の二自訳)故に余輩は味方が出来たとて悦ばない、又敵が出来たとて悲まない、余輩は何時か一度は惟一人神の前に立たなければならない者であるから、其時に申訳の立つやうに、今から心がけて居るつもりである。
(220) 余輩は批評家に問はんと欲す、宇宙広しと雖も其内に敵を作らざるが如き真理ありやと、イエスキリストは敵を作り給はざりし乎、パウロとルーテルとは敵を作らざりし乎、余輩が若し敵を作らざりしならば、それこそ余輩が偽善者である何よりも善き証拠である、余輩は敵を作ると云ふ、余輩の栄誉此上なしである。
 
     (二)
 
  内村先生も後継者の為めには心配せらるゝならん、誌上に現はるゝ諸氏の文を見るも、先生を真に解する者は周囲になき様なり、先生亡き時は「聖書之研究」は廃刊乎……
 是れ本誌の愛読者の一人が語りし所であると云ふ、然し全く無益の心配であると思ふ、余輩と雖もキリストの弟子である以上は神と偕に働く者である、我れ生くれば汝等も生くと彼は言ひ給ふた、故に余輩が仆れたればとて、余輩の事業は仆れやう筈はない、神は幾干《いくら》でも後継者を有ち給ふ、彼は余輩を葬りて後に余輩に優る多くの有力なる労働者を起し給ふ、殊に本誌の廃刊の如き如何でも可い事である、是は神の器具に過ない、而して器具は什麼なつても可いのである、余輩は余輩の事業の継続を計りて教会を立てんとはしない、余輩の事業は之を神に託《まか》し奉る、而して神は必ず之を保存し之を継続し給ふ、教会を作りて事業の継続を計る者の如きは神に信頼するの薄き者である、余輩は余輩の小なる事業を彼の大なる御手に託ね奉りて安心して此世を去ることが出来ると思ふ。
 
(221)     植樹の福音
                         大正4年2月10日
                         『聖書之研究』175号
                         署名なし
 
 国を救はんと欲する乎、第一にキリストの福音を伝へよ、第二に樹木を植えよ、キリストは生命の樹である(黙示録二の七、同廿二の二)、樹木は国の生命である、人のすべて善き事はキリストより来り、国のすべて善き事は樹木より来る、人の心にキリストが宿り給ひ、国の表面に樹木が茂りて天国は地上に臨むのである。
 近頃余輩の手元に達せし最も喜ばしき音信は左の如き者である、発信者は東北の或る旧い読者である。
  前略……大正二年と思ひます、御発行の「丁抹《デンマルク》国の話」と云ふ小形の本数十冊を購ひ之を〇〇郡二十町村の教員村長有志家に無代配附致し、又大正三年一月二十六日には東北救済会総裁やら、会長やら、内務大臣、農商務大臣、山林会やらに、東北の救済は山林の改良に依りて凶荒を救済するにあると云ふ事を書いて出しましたのも丁抹国の御話が素因であります。
  〇〇郡模範青年会長〇〇〇〇〇君は深く感じ、大正三年より此青年会の一大事業として殖林を起し数千本の植附を始めました、而して数十年間に亘り植附を継続する計画であります、又〇〇郡第一の山持で資産家なる(山林方四里の所有主)〇〇村〇〇〇〇君は既に数万本を植附けて足れりとして居りしに、先生御発行の「デンマルクの話」一冊と僕の東北救済策を呈しました所、大に感動せられ、然かも「ダルガスは余と同年(222)である、是れ決して後れたるに非ず、是れより引き続き数百万本を植附けます」と同君は言はれまして既に苗木を準備せられました、霊の感動は実地に東北の山野に働き出しました、実に貴くして感謝を陳べ尽すの言なきことを茲に証言致します、アーメン。
 預言者の言に、神の国が地上に実現する時に
  河の傍其岸の此方彼方に食はるゝ果を結ぶ諸の樹|生長《おひそだ》たん、其葉は枯れず其実は絶えず、月々に新しき果を結ぶべし……其果は食となり其葉は薬とならん
とある(以西結書四十七章十二節)、余輩の小なる伝道が天に在りてのみならず又地に在りて多少の効果を収めつゝあるを報ぜられて、余輩も亦「感謝を陳べ尽すの言なきこと」を茲に証言せざるを得ないのである。
 
(223)     OUR CHOICE.余輩の選択
                         大正4年3月10日
                         『聖書之研究』176号
                         署名なし
 
     OUR CHOICE.
 
∴“Work,Work,”says the modern Christianity,especially the modem American Christianity.“BELIEVE,”says Jesus;“from faith unto faith,”says Paul. And we believe in the peace-bestowing,power-producing Christianity of the New Testament,and not in the peace-disturbing,power-robbing Christianity of the“modern men.”
∴“Woe is unto me,if I preach not the gospel,”said the Apostle Paul.Yes,woe is unto us if we preach instead,international relations,social reforms,and the Western Civilization.Yet,alas to see so many preachers who would preach the latter, and not the former,−the unpopular yet indispensable gospel of “Christ and Him crucified ”!
 
     余輩の選択
 
 『事業、事業、事業』と近代の基督教は言ふ、殊に近代の米国の基督教は言ふ、然れどもイエスは言ひ給ふ(224)『信ぜよ』と、パウロは言ふ『信仰より信仰に到る』と、而して余輩は平和を給《あた》へ能力を起す新約聖書の基督教を信ず、平和を妨げ能力を奪ふ所謂近代人の基督教を信ぜず。
       *     *     *     *
 『我れ若し福音を伝へずば禍なる哉』とパウロは言へり、然り、我等若し之に代へて外交と社会改良と西洋文明とを伝へなば禍なる哉、然れども嗚呼後者を伝へんと欲する者多くして前者を伝へんと欲する者の尠き事の悲しさよ、世に迎へられざるも然かも必要欠くべからざるキリストと彼の十字架に打けられし事を伝ふる者の尠き事の歎はしさよ。
 
(225)     〔惟一人 他〕
                         大正4年3月10日
                         『聖書之研究』176号
                         署名なし
 
    惟一人
 
 アブラハムは惟一人ヱホバの命に由りハランの地を出《いで》た、其妻サライと甥ロトとが彼に伴ひしと雖も彼等は勿論彼の友と称すべき者ではなかつた、汝の国を出で汝の親族に別れ汝の父の家を離れて我が汝に示さん其地に至るべしとはヱホバの彼に対する言であつた、此|聖言《みことば》に接してアブラハムは飄然独り起て知らざる国へと旅立したのである(創世記第十二章)。 モーセは惟一人エジプトを去りてミデアンの地に遁れ(出埃及記第二章)、惟一人聖山に登りて神に律法を授かり(同第十九章)、而して終に惟一人ネボの山に登りピスガの巓《いたゞき》に到り、其処に独りモアブの地に死んだ(申命記第三十四章)。
 サムソンは惟一人ペリシテ人の間に下り、驢馬の腮骨《あぎとぼね》を以て彼等一千人を撃殺した(士師記第十五章)、彼は又惟一人イスラエルの敵に執へられ、ダゴンの殿《みや》に牽かれし時に、異能を現はし一挙に敵の群伯を殲《つく》して、故国に数十年に渉る自由と平和とを供《あた》へた(同十六章)。
(226) ダビデは惟一人イスラエルの勁敵ガテのゴリアテに対し、礫《つぶて》一個《ひとつ》を以て巨人を拉《ひし》ぎ、茲に味方の全軍を以てするも討つ能はざる敵を殪《たを》して、敵国をして再び故国を覗ふこと能はざらしめた(撒母耳前書第十七章)。
 エリヤは惟一人カルメルの巓にバアルの預言者四百人と信仰の真偽を争ひ、天より火を招き海より雨を起して、ヱホバの諸の神に勝りて惟一の神なることを衆人に示した(列王記略上第十八章)。
 新約時代に至りてヨハネは惟一人ヨルダン河の辺《ほとり》に起て民に改悔のバプテスマを施した、パウロは惟一人十二使徒を離れて欧亜の間に十字架の福音を伝へた、而して我等の救主イエスキリストは惟一人全人類の罪を己が身に任《お》ひ給ひて十字架の苦痛を嘗め給ふた。
 如斯くにして神の人はすべて惟一人、人の援助を藉ることなくして大なる事を為した、彼等は信仰に由り、惟一人にて
  諸国を服し、義を行ひ、約束の物を獲、獅子の口を箝《つぐ》み、火勢《ひのいきほひ》を消し、剣の刃を避《のが》れ、荏弱《よわき》よりして剛強《つよく》せられ、戦争《たゝかひ》に於て勇ましく異邦人の陣を退かせたり(希伯来書十一章卅三、卅四節)。
 彼等は神の能を己に仰ぐの外、人の援助を求むるの必要を感じなかつた、彼等は現時の人が為すが如くに、然り、現時《いま》の基督信者が為すが如くに、多数の勢力に由りて事を為さんとは為なかつた、彼等は祈祷を為した、『運動』を為なかつた、彼等は一人で動いた、多数と共に群動しなかつた、彼等は惟一人神に頼りて全世界よりも強くなることを知つて居つた。
 
(227)    純福音
 
 純福音とは何である乎。
 純福音とは聖書其儘ではない、聖書の中に福音でない事が多くある、モーセの律法は福音でない、新約聖書の中にすら福音でない事がある、山上の垂訓の如き、之を文字通りに解釈して純福音と称することは出来ない。
 教会の教義の、其の孰もが福音でない事は言ふまでもない、福音が福音である間は教会を作らない、福音が福音以外の者となるに及んで教会が出来るのである、教会の存在其物が其内に純福音のない最も善き証拠である。
 純福音は純恩恵である、律法の痕跡だも混ざる神の恩恵の宣言である、神はイエスに在りて罪を滅し給ひて律法を廃し給ふたのである、茲にイエスを以てして律法を要せざる救済の途が設けられたのである、イエスを信ずる者には『為すべし』『為すべからず』と云ふが如き命令は必要なきに至つたのである、イエスの十字架を以てして倫理道徳と称する者は無能力になつたのである、茲に律法は恩恵と化し、道徳は信仰と成つたのである、而して此事を伝ふるのが福音である、道徳の大革命である、モーセの律法のみならず、孔子の仁義、カントの無上命法《カテゴリカルイムペレチーブ》までを其根柢より取除き、之に代ふるに神の無窮の恩恵を以てしたのである。
  是故にイエスキリストに在る者は罪せらるゝ事なし
と云ふ(羅馬書八章一節)、キリストの福音に刑罰なる者はないとの言《こと》である。
  彼(イエス)は律法の中に命ずる所の法を其肉体にて廃せり
とある(以弗所書二章十五節)、イエスは十字架上の死を以て律法を無効ならしめたりとの言《こと》である。
(228)  人は唯キリストイエスの贖に由りて神の恩恵を受け、功績なくして義とせらるゝ也
とある(羅馬書三章二十四節)、茲に功績(善行)に由らずして義人たるの途が設けられたのである。
 如斯くにし純福音は此世の倫理又は宗教の立場より見て大異端である、道徳に頼らないと云ふのである、法則は要らないと云ふのである、誡律《いましめ》と称するが如き者を無視するのである、刑罰を認めないのである、すべての道義とすべての訓誡とすべての善行とをイエスキリストを以て顕はれたる神の恩恵と之に対する人の信仰とに帰するのである、恩恵と信仰、是れ以外に道徳もなければ宗教もないのである、単純無比とは此事である、実に純福音である、単純なる福音である、僅かに五字を以て言尽すことの出来る福音である、而かも宇宙の広きを以てするも此単純なる福音を抱容することは出来ないのである。
 此単純なる福音は使徒等に由り、殊に使徒パウロに由り千九百年の昔時《むかし》に唱へられたのである 然るに世が未だ之を解せざるのみならず、基督教会と称する者が未だ之を解し得ないのである 又縦し多少解し得たとするも、大胆に之を唱へ得ないのである、彼等は律法より全然離るゝの危険を唱へて止まないのである、故に福音を伝ふると称して実は律法を伝へつゝあるのである 彼等の基督教なる者はより高き道徳(律法)に過ぎないのである、彼等は今尚ほ※[手偏+門]《さわ》る勿れ、嘗《あぢは》ふ勿れ、触《ふる》る勿れと唱へて、厳格なる律法の下に自由を世に提供せんと努めつゝあるのである、(哥羅西書二章廿一節)、而して彼等の教会なる者は斯かる誡律の実現に過ぎないのである、其内に監督職あり、教会法あり、教会裁判あるは基督教を律法と見るの結果が彼等をして茲に至らしめたのである。
 純福音、律法の痕跡だも混へざる神の恩恵の宣言、監督制度、長老制度、其他すべての教会制度の反対、余輩が斯かる福音を唱ふるに方て教会者は余輩に対つて言ふであらふ乎、
(229)  然らば恩恵の増さん為に罪に居るべき乎
と、余輩はパウロの言を以て彼等に答へて言ふであらふ、
  否な非《しから》ず、決して非ず、我等罪に死せし者、争で尚ほ其中に生くるを得んや
と(羅馬書六章一、二節)、信仰の此秘訣を知らない者は未だ共に福音を語るに足りない、律法の痕跡だも混へざる福音こそ律法を完全に守らしむるに至るの途であることを知らない者はキリストの福音を託《ゆだ》ねらるゝの資格を具へない者であると思ふ。
       ――――――――――
 
    神の法貨
 
 神の法貨《リーガル、テンダー》は聖霊である、彼は之を以て彼のすべての約束を果たし給ふ、彼は己を愛する者に此世の財貨《たから》又は名誉《ほまれ》又は幸福《さいはひ》を約束し給はない、聖霊を約束し給ふ、彼は彼を信じて勇敢的に行ふ者に必ず此賜物を下し給ふ、神を見るの眼を下し給ふ、人生を解するの心を下し給ふ、死して死せざるの生命を下し給ふ、神は信者の祈祷に耳を傾け給はざるが如くに見ゆることありと雖も、然れども必ず聖霊を彼等に下し給ひて彼の在すことゝ、彼等の祈祷の彼に達せしことゝを証明し給ふ。
 
(230)     祈祷の模範 最善の賜物
                         大正4年3月10曰
                         『聖書之研究』176号
                         署名 内村鑑三
 
     祈祷の模範 路加伝十一章一−四節
 イエスが或る所にて祈祷り給ひし時に其畢るを俟て弟子の一人彼の許に来りて言ひけるには「主よ、ヨハネが其弟子に教へしが如くに我等にも祈ることを教へ給へ」と、イエス、其乞に応じて左の祈祷の模範を供し給ひぬ、
  父よ、爾名《みな》の聖められんことを、
  爾国《みくに》の臨らんことを、
  我等の日用の糧《かて》を日毎に与へ給へ、
  我等の罪を赦し給へ、我等も亦我等に負ふ者をすべて免せば、
  我等を試誘《こゝろみ》に附し給ふ勿れ。
   (自訳、英訳聖書、ネスレー氏編纂希臘語新約聖書等参照)
甚だ簡単なる祈祷である、馬太伝に記されし所のものよりも更らに簡単である、然れども簡単なる丈け夫れ丈け意味深長である、洵に祈祷の模範として奉戴すべき者である。
(231) 神に喚求むるに止《ただ》「父よ」と叫ぶ、是にて充分である、日本訳の「天に在す我儕の」の文字は多分省くべき者であらう、今日の宗教家が為すが如くに「宇宙万物を造り給ひし天に在す真の神よ」と叫びて地の低きより天の高きに向て絶叫すべきでない、「父よ」で充分である、「我が側《かたはら》に在し給ふ父よ」である、「我れ祈求はざる前にすべて我が祈求《ねがひ》を知り給ふ父よ」である、「懐しき慕はしき父よ」である、神を単に「父よ」と呼ぶを得て、我等は憚らずして彼の膝下に近づくを得、其処に我がすべての祈願《ねがひ》を披瀝することが出来るのである。
 「名」は性格である、「爾名」は神が人に啓示し給ひし所の御自身の性格である、聖書の示す所であつて、殊にイエスキリストの顕はし給ひたる所である、「爾名の望められんことを」とは「イエスキリストの御父なる真の神の何たる乎が人の心に明瞭《あきらか》に成らんことを」との祈求である、神が真に人に知られん事と、人が真に神を知るに至らん事とである、世に之に勝りて願はしき事はないのである、イエスが此事を祈祷の第一位に置き給ひしは故あるのである、而かも人は神の子イエスに依らずして如何で斯かる祈求を思附き得んやである、而してキリスト降世千九百年後の今日、此祈求は今猶ほ最も必要であるのである、人は未だ神の御性格を知らないのである、基督教国の民と称する者までが未だイエスキリストの御父なる真の神の御性格に就て多くの誤解を懐《いだ》いて居るのである、彼の御性格の何たる乎を知つて自から基督教国を以て称へながら他国に向て戦争を宣告するが如きは到底出来ない筈である、然り、爾名の聖められんことを、神に関して人の懐く思想の聖められんことを、人が真に神を了解するに至らんことを、彼は武力の神に非ず、智略の神に非ず、愛の神なることを覚らんことを、自から人類の罪を担ひて十字架に釘けられ給ひしイエスこそ最も完全に神を顕はす者なることを知るに至らんことを伝道の目的は之に外ならないのである、人類の進歩は彼等が神に就て懐く観念の進歩に外ならないのである、然り、(232)爾名の聖められんことを 人類が一日も早く神の真に何たる乎に就て真に知覚《さと》るに至らんことを。
 祈願第一は神の聖名の聖められんことである、即ち人の心に神に関する真《まこと》正《ただ》しき思念の懐かれんことである、祈願第二は爾国の臨らんことである、即ち心に懐かれし聖き思念の事実となりて現はれんことである、 第一は内に聖められんことである、第二は外に聖められんことである、霊に於て神を宿し奉らんことである、肉を以て彼を現はし奉らんことである、爾国の臨らんことをとの祈祷の中に、我が行為の改まらんことを、社会に正義の行はれんことを、世界に平和の臨まんことを等の祈願が含まれてあるのである、 此地が化して天国と成らん事と、内に始まりし聖霊の感化が外に及ばんことをとの祈願である 而して是れ亦我等の切なる祈願であることは言ふまでもない、夫れ受造物《つくられたるもの》の切なる望は神の諸子《こたち》の顕はれんこと也(羅馬書八章十九節)、救済は人の心霊にのみ限らない、彼の肉体、社会国家、全世界、全宇宙にまで及ぶべきものである、爾国の臨らんことを、肉体の復活せんことを、万物の復興せんことを、宇宙の改造せられんことを、此世の諸《もろ/\の》国は我等の主キリストの属となり、キリスト世々|窮《かぎり》なく之を治め給はんことをとの祈願《いのり》である(黙示録十一章十五節)、実に偉大なる、荘美なる、宏遠なる祈願である、此世と万物とに関はる祈願ではあるが、然し、現世的ならざる、物質的ならざる、肉慾的ならざる祈願である、而して此祈願が今日猶ほ非常に必要なるは言ふまでもない、第二十世紀の世界は決してキリストの治め給ふ世界ではないのである、其内に多くの非キリスト的の宗教と道徳とが行はるゝのみならず、其基督教会と称する者、並に基督教国と称する者までが今猶ほ甚だ非キリスト的又は反キリスト的であるのである、彼等は主よ主よと呼びまつりて彼を拝するなれども彼の聖旨《みこゝろ》を知らず、之を行はないのである、彼等は此世の賞讃を喜び、此世の精神に循ひてすべての事を為すのである、故に「爾国を臨らせ給(233)へ」との祈願は「教会の勢力を世に及ぼさせ給へ」との祈願ではない、先づ第一に爾名を以て称へらるゝ教会の中に爾国を臨らせ給へとの祈願である、其俗気を掃ひ給へ、其理想とする所を更へ給へ、其の世に阿ねることなくして之に反抗して之に勝つことを得んことをとの祈願《ねがひ》である、爾国の臨らんことを、新天地の旧天地に代らんことを、新らしきヱルサレムの備整ひて神の所を出で天より降らんことを 主イエスよ臨り給へと……敗壊《やぶれ》の中に在りて復活の曙光《あけぼの》を俟望む信者の祈願にして之よりも切なる者は無いのである。
 第一は神に就ての祈願である、第二は受造物、即ち人類と宇宙万物に就ての祈願である、而して第三以下が我等自身に就ての祈願である、而かも我に就ての祈願ではない、我等に就ての祈願である、我を恵み給へと言ふのではない、我等を恵み給へと言ふのである、我等全体を恵み給へと言ふのである、信者(真の信者)全体を代表しての祈願である、我が一身のため、我が家族のため、我が救済のためと言ひて、我れ一人のための祈願ではない、総てイエスを愛し彼の顕はれんことを俟望む者のための祈願である、聖父の聖旨に適ふ祈願は私慾を全然脱したる祈願でなくてはならない。
 而して信者の祈願は信者自身のための祈願ではない、聖名と聖国とのための祈願である、我等の日用の糧を与へ給へとの祈願は我等をして生存を続けて人生を楽しませ給へとの祈願ではない、日毎の糧を賜はりて聖名と聖国とのために働かしめ給へとの祈願である、信者に取りては生命の貴きは是がためである、神に使はれんがため、其聖業を扶けまつらんがために生命は無窮に尊いのである、而して信者の此祈願に応へて神が降し給ふ糧は単《たゞ》の糧ではないのである、体を養ふ糧であつて同時に又霊を活かす糧である、天国建設のための兵糧である、米の飯、麦のパンではあるが、之を食ふ者をして永生に至らしむる糧である、而して父は信者の此祈願に応へて豊に之を(234)賜はざらんやである、食物の欠乏は之を自己のために消費せんと欲する者にのみ有るのである、此身の聖国建設のために扶持せられんことを欲ふ者に食を絶たるゝの憂あるべけんやである、誰か軍《いくさ》に出て己の財を費す者あらんやである(哥林多前書九章七節)、神の軍に出でんと欲する者は神より糧の供給を受くるのである、神より糧の供給を祈りて之を獲ないのは之を自己のために消費せんとするからである 聖名と聖国のために起ちて糧食の供給は確実である、教会の補助を俟つの必要はない、神は教会又は宣教師の手を経ずして直に之を我等に与へ給ふ。
 我等の日用の糧《かて》を日毎に与へ給へ、今日は今日の糧を与へ給へ、明日は明日の糧を与へ給へ、月給として与へ給ふを要せず、年俸として与へ給ふを要せず、労働者が日毎に貸銀を与へらるるが如くに、我等聖名と聖国のために働らく者に日用の糧を日毎に与へ給へ、但爾が我等に賜ふ糧の天より降りしマナの如くに聖からんことを、其の此世の政府が政略のために与ふる汚穢《けがれ》の糧にあらざらんことを、又は教会が教勢拡張のために与ふる偽善のパンにあらざらんことを 若し聖旨に適ふならば、其の、我等自身が額に汗して稼ぎ得たる労働のパンならんことを、若し然らずば純粋の愛の贈物ならんことを、我等は悪魔のパンを食ふて神の聖業に従事する能はず、我等が食ふパンの性質はやがて我等が従事する事業に感染せざらんと欲するも能はず、我等は聖き事業に従事して之に成功せんがためには断じて不潔のパンを斥けざるを得ず。
 実に地の産する食物の量は多くある、然れども聖き食物の量は多くない、我等を養ふ少量の食物たりと雖も、聖き物を獲んと欲してその困難たるや実に大なりである、茲に於てか我等の日用の糧を日毎に与へ給へとの祈願の必要が切に感ぜらるるのである、「如何なる糧なるも可なり」と言ふのではない、神の僕を養ふに適したる糧を与へ給へと言ふのである、而して是れ決して獲るに容易い糧ではない、此の罪の世に在りて汚点《しみ》なき糧を獲るの(235)困難は曠野に在りて黴《かび》ざるパンを獲る丈け夫れ丈け困難である、故に我等は聖き福音のために働かんと欲するに方て食物充足の今日の社会に在るも、天より降りて生命を人に与ふるマナを祈求《もと》めて止まないのである、我等は交渉を重ねて政府又は教会より獲るこの出来る糧とパンとは要らないのである、我等は神の聖手より出て直に我等の手に達する奇跡のマナを要求するのである。
 我等の日曜の糧を日毎に与へ給へ、然り、ミシシピの平原には麦は黄金の波を揚げ、牛と豚とは大群をなして山と丘とに彷徨ふ、然れども是れ聖き神の聖き事業《みしごと》に従事せんと欲する者を養ふに適したる食物ではない、神の人は今も猶ほ昔の如くに、或ひはシナイの山麓に朝毎に降りしマナを以て、或ひはケリテの川辺に鴉の運びしパンと肉とを以て養はるべき者である(列王紀略上十七章)、単に糧の祈求ではない、獲るに難き聖き糧の祈求である、故にイエスは此祈求を第三の祈求として教へ給ふたのである。
 我等即ち信者に関はる第一の祈祷は聖き糧の日毎に与へられんことである、而して第二の祈祷は我等の罪の赦されんことである、我等の罪を赦し給へと、是れ第一の祈願と同じく自己本位の祈願ではない、我等の罪を赦し我等に閏はる爾の怒を除き爾の恵を我等に降し給へと言ふ意味の祈願ではない、信者の祈祷はすべて神本位でなくてはならない、爾名の望《きよ》められん事をと言ふ祈願を以て始まりし祈祷は終りまで神のための祈祷でなくてはならい、我等の罪を赦し給へと言ふは我等を望め給へと言ふと同じである疵なき汚《しみ》なき小羊となし給へと言ふと同じである、而して斯くなして我等を聖名のために、又聖国のために善き器として使ひ給へと言ふのである、聖名に応はしき僕と成らんがために、我等は我等の罪を赦るされ、聖き者と為らるゝの必要があるのである、聖軍は聖兵を要す、罪に汚《けが》れし我等は此身此儘にして聖国建設の聖業に就く能はず、故に我等の罪を赦し、我等を洗(236)ひ清め、我等をして聖職に就かしめんために、其の資格を我等に与へ給へと言ふ祈祷である、而して此精神を以てするにあらざれば此祈祷は聴かれないのである、神の怒を避けんがために、自から聖人となりて永遠の幸福に与からんがために罪の赦免を祈求めて其祈願は聴かれないのである。
 聖国建設の聖業に就かんと欲する者は先づ第一に神に自己の罪を赦されざるべからず、然る後に相互の罪を赦さゞるべからず、赦されざる罪と赦さゞる罪とありて我等は聖軍の聖兵と成ることは出来ない、罪は※[螢の虫が糸]《まと》へる重負《おもに》である、之を除かずして我等は前に置かれたる馳場《はせば》を趨《はし》ることが出来ない(希伯来書十二の一)、故に言ふ我等の罪を赦し給へ、我等も亦我等に負ふ者をすべて免せばと、罪は人の神に対する負債である、而して此負債を免除されて、彼は他《ひと》の己に対する負債を免除せざるを得ないのである(馬太伝六章十二節参考)、赦すと赦さるゝとは同時に行はるゝのである、赦されて赦すのである、赦す心がありて赦さるゝのである、而して赦しまた赦されて、我等は自身神の聖兵となり、又堅き愛の団体となることを得て、悪魔を戦場より駆逐することが出来るのである、信者の活動を妨ぐる者にして相互に赦さゞる罪の如きは無いのである、宥恕の徳の欠乏よりして信者は敵と相対して屡次《しば/\》見苦しき敗北を取るのである、神に我が罪を赦された丈では足りない、我も亦他の罪を赦すを得て我はイスラエルの勇者と成りて、一人にて千人を逐ひ、二人にて万人を破ることが出来るのである(申命記三十二章三十節)、寛仁大度は勇者の特性である、聖軍の聖兵は此特性を欠いてはならない、イエスが祈祷の模範を其の弟子等に示し給ふに方て、此祈願を其中に加へ給ひし理由は茲に在つたのであると思ふ。
 罪を赦され罪を赦して茲に神の聖兵となるを得て、信者は更らに自己の荏弱を感じ、再び罪に陥るの危険を感ぜざるを得ないのである、茲に於てか彼は続いて祈らざるを得ないのである
(237)  我等を試誘《こゝろみ》に附し給ふ勿れ
と、茲に言ふ「試誘」は「試練」ではない、試練は善事《よきこと》である、信仰を鍛ふるために必要である、故に言ふ、神アブラハムを試み給へりと(創世記廿二章一節)、之に反して「試誘」は悪事である、故に言ふ神は人を試み給はずと(雅各書一章十三節、英訳参照)、故に日本訳に循ひ
  我等を試探《こゝろみ》に遇はし給ふ勿れ
と読んで其意味を解するに難くなる、試練は之を避くべきでない、進で之に当るべきである、神は決して試誘を遣《おく》り給はない、故に彼の我等をして之に遇はしめ給はざらんことを祈るの必要はないのである、然らば我等は何を祈るべき乎と言ふに、我等を悪魔の試誘に附されざらんことを祈るべきである、我等が恐れても尚ほ懼るべき事は我等が罪に附されんことである。
  是故に神は彼等(異邦人)を其心の慾を縦肆《ほしいまゝ》にするに任せて互に其身を辱かしむる汚穢に附せり
とある(羅馬書一の廿四)、而して神が人を罪に附し給ふとは御自身手づから附し給ふと言ふことではない、恩恵の聖手を引き給ふて人の彼を棄去ることを止め給はないと云ふ事である、故に我等を試誘に附し給ふ勿れと言ふは、恩恵の肆手を放し給ふ勿れと言ふと同じである、ダビデの懺悔の歌に
   我を聖前《みまへ》より棄たまふ勿れ、
   爾の聖き霊《みたま》を我より取り給ふ勿れ、
とあるは此事を言ふたのである(詩五十一篇十一節)、罪は人を神より離す者である、而して人は神を離れて罪に陥らざるを得ないのである、彼は神と悪魔との間に立て中立を維持することは出来ないのである、神を離れんか、(238)悪魔に属くのである、神に牽かれん乎、悪魔を離れざるを得ないのである、人は斯くも弱い者である、彼は一度罪を赦されて信者となるを得ると雖も亦再たび罪を繰返して元の彼に帰り易き者である、故に彼は終末《おはり》まで我等を試誘《こゝろみ》に附し給ふ勿れと祈るの必要があるのである、危険は永久に絶えないと言へば甚だ不安であるが、然し此危険を自覚して此祈祷を継続けて永久に此危険より免かるゝことが出来るのである、神は我等の父であり、我等は彼の子供である、而して我等が絶対に彼より独立して彼の援助を要せざるに至る時とては無いのである、是れ不幸の如く見えて不幸でない、否な、大なる幸福である、そは斯くありてこそ神と我等との父子の関係が永久に絶えないからである。
 「父よ」と呼掛けて始まりし祈祷は永久《いつまで》も我を去り給ふ勿れとの祈願を以て終る、模範的祈祷の題目はすべて五ケ条、前の二ケ条は神に関はる祈願、後の三ケ条は神の子供全体に関はる祈願 而して一言も自己の幸福安全に就て述る所なし 爾名の聖められんことをと祈りて人の心に神を知るの真の智識の植附られんことを祈願ひ、爾国の臨らんことをと祈りて斯く植附けられし真の智識の事実となりて現はれんことを祈願ふ、而して信者全体のために祈るに方ても、彼等自身の利益のために祈ることなく、聖名の揚らんために、聖国の臨《きた》らんために彼等の使役せられんことと、其使命を全うせんがために適当なる能力と資格との供せられんことを祈る、曰く、聖者を養ふに足るの聖き糧を日毎に我等に与へ給へと、曰く、我等の罪を赦し又我等をして相互の罪を赦すを得しめ給ひて、我等をして聖名宣揚、聖国建設の聖職に堪ふる者と成らしめ給へと、曰く、我等は我等の荏弱を知れば我等を永久に聖手に保留《とゞ》めて悪魔の試誘に附与《わた》し給ふ勿れと、私慾の痕跡をだも留めざる祈祷である、神を前《さき》にして入を後にする祈祷である 自分一個人の事に思ひ及ばざる祈祷である、神と宇宙とに全心を籠めたる祈祷で(239)ある、実に模範的祈祷である、イエスの弟子は斯かる祈祷を日に日に神に捧げ得る者でなくてはならない、「爾の殿《いへ》の為の熱心我を蝕はん」と云ふ底の者でなくてはならない(約翰伝二の十七)、而して斯かる祈祷を棒げ得る者に聖父は彼等が祈求めざるものまでを尽く与へ給ふのである、即ち家宅、兄弟、柿妹、母、児女《こども》、田畑を迫害と共に与へ給ふのである、而して又後の世に於ては窮なき生命を与へ給ふのである(馬可伝十章三十節)。
 
     最善の賜物
 
 路加伝十一章十三節はイエスの言として伝へて曰ふ
  汝等|悪《あしき》者なるに善賜《よきもの》を汝等の児等に与ふるを知る、況んや天に在す汝等の父は求むる者に聖霊を与へざらんや
と、此一節の重要なる部分は其後半部である、而して註解者は之を左の如くに解訳するを常とする、即ち
  況んや天に在す汝等の父は聖霊を求むる者に之を与へざらんや
と、然し乍ら、是れイエスの言はんと欲し給ひし所でないことは前節との関係より見て明かである、此世の父さへも其児等に善《よき》物を与ふるを知る、況んや天に在す汝等の父は求むる者に彼の最善の物なる聖霊を与へざらんや
とのことである、聖霊を祈求むる者に之を与ふとのことではない、父に祈求むる者に対しては、彼は最善の賜物なる聖霊を以て応へ給ふとのことである。
 今試に茲に聖父に此世の幸福を祈求る者ありとせん乎、或ひは家宅、或ひは田疇《たはた》、或ひは事業、或ひは健康を彼に祈求むる者ありとせん乎、聖父は時には之を与へ給ふと雖も、亦時には之を与へ給はないのである、聖父は(240)祈求むる者には何物なりともすべて之を与へ給ふべしとは約束し給はないのである、然れども彼は祈祷を以て彼の宝座《みくらゐ》に近づく者をば決して空手《からて》にては還し給はずと約束し給ふたのである、而して人の祈求に応ずる神の賜物は神相応のものであつて、其れは聖霊であるとの事である、此世の父は元来神の前には罪人であり、罪の中に生長し、罪を其特性となす者なりと雖も其子がパンを求むる時に石を与へず、魚を求むる時に蛇を与へず、卵を求むる時に蝎《さそり》を与へず、必ず其子の求むる物を与ふ、増して況んや御自身愛と光と真とにて在《ましま》し、光を衣の如くに纏ひ(詩篇百四の二)、愛を其旗印となし給ふ天に在す汝等の父は汝等に云々との事である(雅歌二の四)、天の父を世の父に比べて、神は人の如しと言ふたのではない、人なる父にして其子の求むる物を与ふとならば、増して況んや天の父は其子の求むる物より以上の物を賜はざらんやと、イエスは茲に教へ給ふたのである。
  増して況んや天に在す汝等の父は求むる者に聖霊を与へざらんや。
 聖父に祈求めん乎、彼は祈求むる者の要求以上の物を以て其の祈求に応じ給ふのである、即ち聖霊を以て之に応じ給ふのである、當を求むる者に富を与へ給はない乎も知れず、然れども聖父を愛し彼を信じて彼に祈求むる所ある者には其の祈求むる富を与へ給はざるも、此世の富よりも遥かに貴き生命の原なる聖霊を与へ給ふ、或ひは智識を祈求めて智識を得ず、或ひは平安を祈求めて平安を得ず、或ひは健康を祈求めて健康を得ず、否な、其正反対に、富を祈求めし時に貧来り、平安を祈求めし時に悲痛来り、健康を祈求めし時に疾病の来る場合ありと雖も、然れども是れ愛なる父が一概に其子等の祈願を拒絶して彼等を斥け給ふからではない、否な、彼は彼等の祈願以上に彼等を恵み、聖霊を彼等に賜ひて、彼等を喜ばし給ふのである。
 実に我等は何を祈求むべき乎を知らないのである、唯目前の要求に迫られ、彼れ是れと欲するが儘に祈求むる(241)のである、然れども天に在す我等の父は精確に我等の要求を知り給ふのである、彼は我等の生命よりもより善き物のあることを知り給ふのである、其れは彼れ御自身である、生命の霊である、聖霊である、窮りなく生くる霊であつて、之を賜はりて人は此世よりして不滅の域に入るのである、実に
  神の己を愛する者のために備へ給ひしものは目未だ見ず、耳未だ聞かず、人の心未だ念はざる者なり
である(哥林多前書二の九)、神は己を愛する者に意外の賜物を下し給ひて彼を驚かし給ふのである、彼は信者に聖霊を賜ひて彼をして予期以上に、然り、遥かに予期以上に、満足せしめ給ふのである。
 然れば祈祷が聴かれずとて何をか悲まんである 神は祈る其心を嘉し給ひて之に報ゆるに彼が神として与へ給ふ最大の賜物なる聖霊を以てし給ふのである、神に恵まるゝと恵まれざるとは此賜物の有無に由て判明るのである、富める者必しも恵まれたる者に非ず、貧しき者必しも恵まれざる者に非ず、聖霊を賜はりし者が恵まれし者であつて、之を賜はらざりし者が恵まれざる者である、世には科学と哲学との知識に足りて聖霊を受けざりしが故に神の事に就ては全く闇き者がある、然り、神学に深くして信仰に浅き基督信者も亦尠くない、然り、聖霊の賜物に比べて見て生命其物も之に優りて貴くない、縦し我等の愛する者が我等の切なる祈願に反して、疾病に斃れて死に就くとも、若し其最期の際に其顔に天使の光を映し、聖霊の確かに其心に降りし事を証するならば、我等は彼の場合に於て死の生に優さるの恩恵であることを信ぜざるを得ないのである、神に祈りて聴かれたりとて喜ぶ者は如何に聴かれし乎、其事に就て深く考ふべきである、事業の成功を祈りて成功せしが故に喜ぶ者、疾病の快復を祈りて快復せしが故に喜ぶ者、生涯の平安を祈りて平安を得しが故に喜ぶ者は、其子の栄達をイエスに祈りしゼベダイの子等の母の如くに祈求る所を知らざる者である(馬太伝二十章二十節以下)、而して若し天に(242)在す我等の父は其子の祈るが儘を聴き給ふ者であるとならば、彼は洵に最も無慈悲なる父であつて、父として仰ぐに足りない者である。
 然し乍ら祝《さいは》ひなるかなイエスキリストの御父なる我等の神、彼は祈求むる者には聖霊を賜ふとの事である、罪を潔むるの霊、神を識るの霊、死に勝つの霊、窮りなく愛するの霊を賜ふとの事である、而して真心を以て神に従ひし者にして此賜物を逸した者は無いのである、神を信じて必しも富貴は臨らないのである、大抵の場合に於ては其正反対の貧と賤《いやしき》とが臨るのである、神を信ずるの報は必しも家庭の幸福、事業の成功、此世の称揚ではないのである、多くの場合に於ては其正反対の不幸の連続、事業の失敗、此世の擯斥が信仰の結果として我等の身に臨むのである、然り、信仰は必しも疾病を癒さないのである、生命を延さないのである、信者は是等の物を祈求めて其一つをも得ない場合があるのである、然らば彼の祈祷は無益であつた乎と云ふに、決して爾うでは無いのである、神は聖霊の賜物を以て彼のすべての祈求に応じ給ふのである、彼の祈祷は聴かれざる間に益々聴かれつつあるのである、聖霊は彼の心に降りつゝあるのである、彼の心の眼は徐々と開かれつゝあるのである、彼は地の物を失ひつゝある間に天の物を獲つゝあるのである、彼は此世の友より離れつゝある間に神とキリストとに近づきつゝあるのである 彼は人に嫌はれつゝある間に聖父に愛せられつゝあるのである、彼の肉が壊ちつゝある間に彼の霊は生れつゝあるのである、神は己に祈求むる者に聖霊を賜ひつゝあるのである、而して此事に於て彼は決して錯り給はないのである、聖霊の獲得は信仰必然の報賞《むくひ》なりと見て決して誤らないのである。
 茲に於てかイエスが屡次弟子等に祈祷に忍耐の必要なるを説き給ひし其の理由が判明るのである、同じ路加伝の第十一章五節以下八節までが此教訓の一である、同第十八章一節以下八節までが其二である、
(243)  我れ汝等に告げん、其友なるに由りて起て与へざれども、ひたすらに請ふが故に其|要求《もとめ》に従ひ起き与ふべし
とある、又
  神は昼夜祈る所の彼の選びたる者を久しく忍ぷとも終に之を救はざらんやとある、「与ふべし」とは「聖霊を与ふべし」とのことである、「救はざらんや」とは「其|祈祷《いのり》に聴きて聖霊を降して其すべての要求を充たさゞらんや」とのことである、神は能く人のすべての要求を充たすの途を知り給ふのである、而して人は神より聖霊を賜はりて始めて真の意味に於ての満足の何たる乎を知るのである、全世界を我有となすとも獲る能はざるの満足を彼は聖霊を賜はりて始めて知るのである、詩人ゲーテの才能と蓄積とを以てすら常に心の空虚を歎いて止まざりしに対して、キリストの無学なる僕の一人は心に聖霊の恩賜を受けて充溢るゝの歓喜と満足とを感ずるのである。
 然らば祈らんかな、弛まず、沮喪《きをおと》さず、悪魔と世と薄信者とに笑はれながらも祈らんかな。
       *     *     *     *
 人は祈りて富者と成ることは出来ない、又祈りて学者と成ることは出来ない、又祈りて権者と成ることは出来ない、又祈りて勇士と成ることは出来ない、然れども彼は祈りて基督者《クリスチヤン》と成ることが出来る、神より聖霊を賜はりて神の子と成ることが出来る、祈祷の特別の効力は茲に在るのである、聖霊を賜はらんと欲せずして、其他のものを祈求めて我等は失望せざるを得ないのである、而して教会は我等をして聖霊以外のものを祈求めしめて、幾回か我等を信仰の危地に陥いれたのである。
 
(244)     馨《かんば》しき生涯
                         大正4年3月10日
                         『聖書之研究』176号
                         署名なし
 
   限ありて根にかへるとも梅の花
       匂ひを枝にとゞめましかば(古歌)
評 馨しき愛の生渡を送りて縦し霊魂は不滅ならざるも恨まず。
 
(245)     ウヲルヅヲスの詩に就て
         畔上君の新著を紹介しながら
                         大正4年3月10日
                         『聖書之研究』176号
                         署名 内村生
 
 ウヲルヅヲスは天然詩人である、天然其儘を歌つた者ではない、天然の心を歌つた者である。天然は元来何者である乎、善である乎、悪である乎、争闘である乎、平和である乎、此問題に対して天然学者と称ばれしダーウイン、ヘツケル等は答へて曰ふた、生存競争である、優勝劣敗であると、而して詩人ウヲルヅヲスは答へて曰ふた、非ず、謙遜である、従順である、歓喜である、満足である、希望である、永生であると 二者孰れが真理なるか何人《たれ》にも解らない、天然彼女自身は無言である、唯他人が種々《いろ/\》と彼女の心を推測するまでゞある。
 善か悪か余輩も知らない、然し乍ら唯一事は明瞭である、即ち天然学者なればとてダーウインの天然観、必しも正当なりと言ふを得ず、天然詩人なればとてウヲルヅヲスの天然観、必しも冥想に過ぎずと言ふ能はずとのこと是れである、而して学者は物の外形を尋ぬるに精細《くわし》くして、詩人は其心を視るに鋭敏《さとく》あるが故に、詩人の天然観こそ却て真理を穿ちたるものなれと言ふを得ん、詩人ゲーテ言へるあり、曰く、悪は外に現はれて浅し、善は内に隠れて深し、と、天然を善に解せしウヲルヅヲスはダーウインよりもより深く天然を解せし者なりと余は思ふ。
(246) 物質的の、算盤的の、散文的の、今の時に方て普通の天然を美的に解し、其中に神と霊魂と永生とを認むるの必要あるは余の言を俟たずして明かである、大哲学|何処《いづこ》に在る? 路傍の雛菊にありとウヲルヅヲスは答へた、大満足何処に在る? 岩間の桜草に在りと彼は教へた、霊魂不滅の証拠何処に在る? 小児を見よと彼は弁じた、彼に導かれて春の山野に彷徨はん乎
   山と岡とは声を放ちて歌ひ、
   野に在る樹は皆な手を拍て歓び、
 草も木も、鳥も獣も、川も谷も、皆な大説師となりて我等を迎へ、平凡なる世界は再び元の楽園と化し、我等は其中に日の清涼《すずし》き時分《ころ》歩み給ふ神の声を聞くを得ん(創世記三章八節)。
 
(247)     THE TIME OF BELIEF.信仰の時
                         大正4年4月10日
                         『聖書之研究』177号
                         署名なし
 
     THE TIME OF BELIEF.
 
 God is Love.But He does not appear to be Love.Yet we believe Him to be Love. And when Christ shall appear,it will be made manifest that He is Love. Now is the time of belief. Now is the time of patience and waiting. Now is the time of believing Him to be Love,When He does not appear to be Love,and of waiting for the realisation of that belief. O Lord Jesus,come quickly!
 
     信仰の時
 
 神は愛である、然し彼は今は愛で無いやうに見える、然し我等は彼は愛であると信ずる、而してキリストの顕はれ給はん時に彼が愛であることが明白になるのである、今は信仰の時である、待望の時である、忍耐の時である、愛ならざるが如くに見ゆる神を愛なりと信じて、其信念の実現を待望む時である、主イエスよ速く臨り給へ(黙示録廿二の廿)。
 
(248)     春の曙
                         大正4年4月10日
                         『聖書之研究』177号
                         署名なし
 
   天地も揺ぐラツパの一声に
         更生へるらむ春の曙
         (テサロニケ前書四章十六節)
 
(249)     〔変らざる基督教 他〕
                         大正4年4月10日
                         『聖書之研究』177号
                         署名なし
 
    変らざる基督教
 
 基督教はキリストである、基督教神学ではない、基督教会ではない、英国、米国、露国、独逸国等を以て代表せらるゝ基督教国ではない、全世界に有ると云ふ三億万人の所謂基督教信者ではない、監督でない、長老でない、牧師伝道師等でない、勿論我一人でない、是等は什麼なるともキリストなる基督教は在るのである、キリストは国家や教会と浮沈盛衰を共にする者ではない、キリスト死より甦りて復た死なず死は再び彼に主たる能はざる也である(羅馬書六の九)、基督教はキリストに在りて既に完成されたる者である、所謂基督教国の盛衰を見て基督教の盛衰を語る者の如きは其の何たる乎を知らない者である。
 
    信仰の成功
 
 蓄財に成功する人がある、学問に成功する人がある、而して又信仰に成功する人がある、而して第三の場合に於けるも、第一又は第二の場合に於けるが如く、すべての事が成功を助けるのである、歓喜《よろこび》も悲痛《かなしみ》も利益も損失(250)も、敵も味方も、人世の万事が悉く益を為して彼の信仰を進むるのである、蓄財の成功は一時の成功である、学問の成功は一部の成功に過ぎない、惟り信仰の成功のみ永遠に渉る完全の成功である、祈るべく求むべきは信仰の成功である。
 
    祈願二ツ
 
 願ふ我が研究誌の雑誌と成らざらんことを、何部刷る何部売れると称ばるゝ売品の雑誌と成らざらんことを、其の常に神の機関として存し、彼の聖言を学び之を世に伝ふる彼の器具として存せんことを。
 願ふ我が集会の教会と成らざらんことを、信徒の増加を欲ひ、教勢の拡張を計る普通の教会と成らざらんことを、其の常にイエスキリストの宰り給ふ愛の家庭として存し、彼の聖旨を受けて之を相互の間に行ふ彼の家族として存せんことを。
 神よ、願くば我が此|二箇《ふたつ》の祈願を納れ給へ、アーメン。
       ――――――――――
 
    偉人以上のイエス
 
 イエスは偉人であると云ふ、然し乍ら新約聖書の示す所のイエスは人を以て議《はか》ることの出来る者ではない、バプテスマのヨハネに就ては
  茲に人あり、神より遺されたり、其名をヨハネと云へり
(251)と記せし約翰伝はイエスに就ては述べて云へり
  夫れ道《ことば》肉体と成りて我等の間に寄《やど》れり、我等その栄光を見しに洵に父の生み給へる独子の栄光にして恩恵と真実に充《みて》り
と(一章六節及び十四節)、茲にイエスはヨハネと類を異にしたる者として示されたのである、ヨハネの偉人なるは何人も疑はない、然し乍らイエスはヨハネ以上であつて偉人以上である。又云ふ洵に約翰伝は神なるイエスを伝ふるなれども共観福音書は人なるイエスを伝ふと、果して然る乎、馬太伝はイエスの言として伝へて云ふ、
  凡て疲れたる者又|重荷《おもき》を負へる者は我に来れ、我れ汝等を息ません云々
と(十一章廿八節以下)、是れ果して人の発し得る言なる乎、偉人と称せらるゝ哲学者カントは斯く語りし乎、文豪ゲーテは斯く語りし乎、偉人グラッドストンは斯く語りし乎、彼等が若し斯く語りたりと云ふならば彼等は偉人ではなくして狂人であつたのである、凡て疲れたる者は我に来れ我れ汝等を息ませんと云ふ、自家尊重も茲に到りて其極に達せりである、常識ある人(而して偉人はすべて常識に富める人であつた)は決して斯かる言を発しない、彼等は自己の実力を識る、自己で自己をすら息ますることの出来ない者であることを識る、況して他人をや、況して凡て疲れたる人をや、凡て疲れたる人、重荷を負へる人を自己に招いて之に休息を保証せる人は狂人でなければ愚人である、是は智者の為す所でない、而かもイエスは此事を為したのである、而してイエスは此言を発して憚らなかつたのである、而して人はイエスの此言を信じて彼に詣《いた》りて失望しなかつたのである、真実の休息は彼に於て在るのである、彼に於てのみあるのである、ペテロが彼に言ひしが如く
  主よ、我等爾を離れて誰に往かんや、爾は永生を有し給へり
(252)である(約翰伝六章六八節)、齢三十を越ゆる二ツか三ツの青年にして、全世界の貧者病者孤児寡婦を自己に招いて之に平安を約束し、而して其約束を充たして今日に至りし者は単に偉人を以て評すべき者ではない、彼は偉人以上である、然り、人以上である、神と偕にありし道《ことば》の肉体と成りて人類の間に寄《やど》りし者、即ち神である。又云ふ、イエスは神なりとの言は之をパウロの言の中に発見する能はず、パウロは明かにイエスはダビデの裔より生れたりと言ひて彼の人なるを証明せりと(羅馬書一章三節)、果して然る乎、之を哥林多前書八章六節に於て見よ、
  我等に於ては惟一の神あり、即ち父なり、万物之より生り我等も亦之に帰す、又惟一の主あり即ちイエスキリストなり、万物之に由り、我等も亦之に由る。
 是はユニテリヤン主義者が其所謂惟一主義を主張するに方て常に引用するパウロの辞である、然れども何ぞ知らん、此辞こそユニテリヤン主義を反証否定する辞であることを、パウロは茲に万物の起原なる惟一の神の外に万物の造者なる惟一の主を認めたのである、万物は父なる神より生り、主なるイエスキリストに由りて成れりと言ふて居るのである、イエスは万物の起原であるとは言はないが、万物はイエスに由れり、即ち彼に由りて成れりと言ふて居るのである、パウロの此言たるや全然約翰伝記者のそれと一致して居るのである、即ち、
  万物之に由りて造らる、造られたる者にして一として之に由らで造られざるは無し
と(約翰伝一章三節)、イエス造物説は約翰伝記者を以て始まりたる者なりとの説は成立しないのである。
  我等信者に取りては惟一の主あり、即ちイエスキリストなり、宇宙万物は彼に由りて成り、我等も亦彼に由りて新たに造られて、基督者《クリスチヤン》たるを得たり
との事である、何等の言ぞ、是は何人も人に就て言ひ得る言ではない、万物は孔子に由りて造られたりと言ひ得(253)る人ある乎、縦令子路顔回の孔子崇拝を以てするも斯くは言ひ得なかつたのである、宇宙はソクラテスに由りて成れりと言ひ得る人ある乎、縦令プラトーのソクラテス崇拝を以てするも斯くは言ひ得なかつたのである、然るにパウロは其師イエスに就て斯く言ひて憚らなかつたのである、而して後世は斯く言ひ放ちしパウロを以て狂人と見做さなかつたのである、孔子は賢人である、ソクラテスは偉人である、然れどもイエスは万物の造者である、孔孟釈基と称してキリストを単に世界の大教師の一人と見做す者は未だ新約聖書の彼に関する言明に深き注意を払つたことの無い者である。
 勿論イエスの神たることに関する新約聖書の証明は以上の言を以て尽きない、注意して此書を読む者は思はざる所にイエス崇拝の跡を認むるのである、他人はいざ知らず、新約聖書を作りし人等はイエスを人としては認めなかつたのである、彼等に取りてはイエスは神の子、宇宙の造者、万物の中心であつた、詩人テニソンの言を以て云ふならば「権力《ちから》ある神の子、不朽の愛」であつたのである。
 而して此事たる単に新約聖書記者等の持説に止まらないのである、イエスの神たることは今日の我等に取り重大なる関係のある事である、イエスが若し単に大教師の一人であるならば世界も我等も今猶ほ失望暗夜に沈淪するのである、人類は道徳を以てしては之を救ふ事が出来ないのである、世界は之を救ふに強き大なる救者《すくひて》を要するのである、道を伝ふるのみならず、之を全人類全世界の上に行ひ得る能力ある救者を要するのである、小は我一人の霊魂より大は国家人類に至るまで、神なる救者に由るにあらずして其救済を完成《まつと》うすることは望めないのである、而して世に現はれしすべての人の中に惟りイエスのみ此人類の要求に応ずるの資格を具へたのである、万物の造者なる救者を待てのみ万物の改造を望むことが出来るのである、我霊魂の造者のみ能く罪に沈める我を(254)活かし瑕なき汚なき者となして我を聖父の聖前に献ぐることが出来るのである、イエスが若し人であるならば我が救済は失望である、社会改造、天国建設の如き、単に詩人の夢想として取扱ふより他に途はない、世界人類の希望は一に懸りて神の素性と実力とを有し給ふ活けるイエスキリストに在りて存するのである、イエスの神性を単に神学説の一として見做す者は極く浅薄に聖書を解し、又極く浅薄に人生を観る者であると思ふ。
 
(255)     罪と義
        (約翰伝十六章九、十節)
                        大正4年4月10日
                        『聖書之研究』177号
                        署名なし
 
 罪に就てと云へるは我を信ぜざるに因りてなり。
 罪とは神の子キリストを信ぜざる事である、凡ての罪を総括すれば此事になるのである、神を離れて罪はない、罪は反逆である、神に対する反逆である、人が神に反きしが故に彼は神に対してのみならず、又自己に対し他人に対し罪を犯すに至つたのである、故に人の罪を絶たんと欲すれば神に対する彼の反逆を癒さなければならない、救済他なし、帰順である、而してキリストは人を神に帰順《かへ》らせんがために神に遣はされし惟一人の使者《つかひ》である、然るに此人を信ぜず、此人を斥け、此人を鞭ち、此人を殺す、是れ反逆に反逆を重ぬる事であつて、罪に罪を加ふる事である(馬太伝二十一章三十三節以下参考)、キリストは罪の贖主であつて同時に又其発顕者である、彼に由て罪は除かれ、又彼に由て罪は顕はるゝのである、人は何人もキリストと相対して立て其善悪を定められざるを得ないのである、彼を接《う》け彼を信ぜんか、其人は神より権《ちから》を賜ひて神の子となるのである(約翰伝一章十二節)、之に反して彼を斥け彼を信ぜざらん乎、其人は罪に定められて滅《きえ》ざる火へと進み往くのである、キリストの聖顔《みかほ》に輝く神の栄光に照らされて人の永遠の運命は定まるのである。
(256) 義に就てと云へる我れ我が父に往くによりて也。
 人の罪はキリストを信ぜざるに在る、而して彼の義はキリストの復活と昇天とに在る、「我れ我が父に往く」とは此事である、キリストを十字架に釘けしものは彼の罪ではなくして、我等人類の罪であつた、其如く、キリストを甦らせしものは彼の義でなくして我等人類の義であつた、キリストは人類の代表者として神の前に立つ者である、故に神はキリストに於て人類を罰し、又キリストに於て人類を赦し又之を義とし給ふのである、而して我等はキリストの既に復活し給ひしを見て、我等の既に赦され又義とせられし確実なる証拠を見るのである、神の子キリストは永遠に聖き者にて在せば御自身としては勿論罰せらるゝの必要もなければ亦義とせらるゝの必要も無いのであそ、乍然、自己を虚うし人の如き形状にて現はれ、人類の代表者として神の前に立ち給ひしが故に人類に加はるべき刑罰は彼の上に加はり、又彼が死に至るまで従順ひ給ひし彼の功績は人類の功績として神に納けらるゝに至つたのである(腓立比書二章六−八節参考)、人類の罪は之を自己に担ひ給ひ、自己の功績は之を人類に帰し給ふ、而して父なる神はキリストの此謙譲を納れ給ひて、キリストの功績を人類の属として認め、茲に人類を赦し之を義とし給ひし証拠として其代表者なるキリストを死より甦らせ、終に彼をして昇天せしめ給ふたのである、故にキリストの復活とは云ふものゝ実は人類の復活である、キリストの昇天とは云ふものゝ実は人類の昇天である、人類は其代表者なるキリストに在りて既に復活昇天したのである、而かも自分の功績に由らずして、他者の功績に由りて、神御自身が供へ給ひし人なるイエスキリストの功績に由りて!(提摩太前書二章五節)。
 茲に於てか我等は人の義はキリストの復活と昇天とに在ると云ふ聖書の言辞の深き意味を少しく了解すること(257)が出来るのである、我が義は我が行ふ義ではない、キリストが既に我に代りて就し給ひし義である、而して其義たるや我が行ふ微弱なる不完全なる義ではなくして、神の子の聖《きよき》と能《ちから》とを以て成就げ給ひし義であるが故に、之は死者を甦らすに足るの義であつた、実に強大なる完全なる義であつて、永生を贏ち得るに足るの義であつた、而して我等は信仰に由りて斯かる義を我義となすことが出来るのである、此罪の世が認めて以て義と做すやうな※[開の門構えなし]麼弱い義ではない、又は倫理学者が誉めてくれるやうな※[開の門構えなし]麼浅い義ではない、死者を甦らすに足る強き活きたる義である、キリストの唱へ給ふ義は斯かる義である、信者が求むべき義も亦斯かる義である、キリストが「義に就て」と云ひ給ひしは此世と此世の道徳家の唱ふるが如き義に就て云ひ給ふたのではない、キリストをして死より甦らし昇りて聖父に往かしめし其強大なる義に就て言ひ給ふたのである、文字は同じ「義」である、然し乍らキリストの義と此世の義との間に天地も啻ならざる相違があるのである(本誌第百七十二号「贖罪と復活」の篇を参考せよ)。
 
(258)     信仰の統一
                         大正4年4月10日
                         『聖書之研究』177号
                         署名 内村鑑三
 
  主「信仰「バプテスマ一(以弗所書四章五節)
 主一 汝等は皆な兄弟なり汝等の師は一人、即ちキリストなり(馬太伝二十三の八)、我等に於ては惟一の神即ち父あるのみ、又惟一の主即ちイエスキリストあるのみ(哥林多前書八の五)、キリストは数多に分かるゝ者ならん乎(同一の十三)、一人の師に学び、一人の主に事ふ、故に信者の間に分争あるべからず、党派あるべからず、勿論宗派あるべからず、信者は皆な主キリストに在りて一体であるべきである、然し今は一体ではない、日本に於てすら六十有余派の基督教の宣教師がありて其個々別々の宗義を伝へつゝある、英国倫敦に於ては六百余派の基督教があると云ふ、此点に於ても聖書の明白なる教訓と基督教国の現在の事実とは全然矛盾して居る。
 信仰一 「信仰箇条一」と云ふことではない、以弗所吾が書かれし当時には今日の基督教会にあるが如き信仰箇条なる者はなかつた、又当時と雖も信仰の方式並に細目に至ては使徒各々之を異にした、其事は路加伝と馬太伝とを比べて見れば解かる、又パウロの書翰とヨハネのそれとを比べて見れば解かる、然し乍ら彼等の信仰は一であつたのである、彼等はキリスト以外に主を求めなかつた事に於て一であつた、循て彼等はすべてを彼に献げまつる事に於て一であつた、又死して後に彼の下に到らんと欲する其燃ゆるが如き希望に於て一であつた、頭脳《あたま》(259)の信仰に於ては多少|異《ちが》つて居つた。然し心霊の信仰に於ては一であつた、自己を全然キリストに献げし事に於ては一であつた。而して茲に一致があつて、他の事に於て相違があつても平和は破れないのである、今の基督教会に一致のないのは其内に心霊の一致がないからである、キリストに対する奉仕の念が足りないからである、キリストの足下に集まりて神の国を作らんとする希望が鮮《あざやか》でないからである、一言以て之を言へばキリストに忠実でないからである、赤穂の義士ですら其旧主に対しで忠誠ならんと欲して四十七人が同心一体となつたのである、此事を知らないで羅馬天主教会や英国聖公会が信仰箇条の一致を以て信者の一致を計らんとするは不可能を企つるものと言はざるを得ない、人は説に於て一致する者ではない(而して教会の信仰箇条は説に過ぎないのである)、然し心に於て一致することが出来る、而して信仰は心の事であつて思索の事でない、「信仰一」と言ふたのは此意味に於ての信仰、即ち真《まこと》正き信仰の一致を言ふたのである。
 バプテスマ一 バプテスマ(洗礼)の方法の一なるを言ふたのではない、バプテスマは其方法に由て効力を異にしない、或ひは振りかけるも、或ひは浸《しづ》むるも、洗礼の効力に差は無いのである、又バプテスマは之を施す人に由て差《ちが》はないのである、正統教会の監督が施しても、異端教会の牧師が施しても、バプテスマは同じバプテスマである、要するにバプテスマは式ではないのである、是は神と人との間に成立せし新関係の認識である、人が父と子と聖霊の性格(馬太伝廿八章十九節に「名」とあるは此事である)を認識として三位の神と父子又は主従又は師弟の関係に入る時に茲にバプテスマが行はるゝのである(「名に入れて弟子となし」とあるは此事である)、日本訳に「バプテスマを施し」とありて、或る一定の式が行はるゝやうに思はるゝが、原文には単に「バプテスマし」とあるのみであつて、「施し」なる文字は無いのである、バプテスマに式(簡単なる)が伴ふことがあつた、(260)又伴はない事があつた、然しながら式の有無に拘はらず真のバプテスマのありし所にはバプテスマは行はれ有つたのである、友《フレンド》会の名士ジヨン ブライト又はジヨン・ウールマン等はバプテスマの式に由らずして(友会に於てはバプテスマの式を施さないのである)キリストの真の弟子となつたのである、而して人を基督者《クリスチヤン》となす其バプテスマは一であつて、一つ以上はないのである、キリストの紹介と聖霊の祐助《たすけ》とに由り罪の子が神の子と成る其バプテスマは東西惟一、古今無二である、人(教会)の定めしバプテスマは種々雑多である、然し乍ら神が権能《ちから》を賜ひて人を彼の子と為し給ふ其バプテスマは神が一なるが如くに一である(約翰伝一の十二)、而して此貴きバプテスマを受けし者は同じ父に由て生れし兄弟姉妹である、バプテスマの式を一にして信者の統一を計らんとする宗教的政治家の提案の如きは、霊なる神に霊と真を以て事へんとする信者の耳には実に無意味に響くのである。
 
(261)     不信者と其生涯
                        大正4年4月10日
                        『聖書之研究』177号
                        署名なし
 
 不信者はまことに不信者である、彼等は神を信ぜざるのみならず人をも信じない、自分をも信じない、彼等は交雑《まじり》なき善意のあることを信じない、彼等は善の背後に必ず慾が隠れてあると信ずる、故に注意して善に近よらざらんとする、彼等は報賞を要求せざる愛のあることを聞くも決して之を信じないのである、彼等は疑の眼を以てすべての人と物とを見る、彼等は人はすべて偽善者であると思ふ、故に人の言辞の有の儘を信ぜずして必ず其裏を信ずる、彼等の生涯は懐疑《うたがい》の生涯である、友を疑ひ、妻を疑ひ、夫を疑ひ、隣人を疑ひ、自分を疑ひ、以て一生を終るのである、神を信ぜざるの結果が彼等をして茲に至らしむるのである、人は神を信じてのみ人と自己とを信じ得るに至るのである、信任の無い所は地獄である、而して不信者はすべての人と物とを疑つて、此楽しかるべき生涯を地獄の生涯となしつゝあるのである。
 
(262)     教会信者
                         大正4年4月10日
                         『聖書之研究』177号
                         署名なし
 
 教会信者は真理は何である乎と問はない、事業は如何にして挙る乎と尋ぬる、彼等に取りては真理のための事業ではない、事業のための真理である、故に彼等は甚だ俗に流れ易い、然り、彼等の為す所は全然俗的である、余輩は如何しても彼等と共に歩行くことは出来ない。
 
(263)     ステパノの演説
         使徒行伝六章八節より七章末節まで
                         大正4年4月10日
                         『聖書之研究』177号
                         署名 内村鑑三
 
 八ステパノ恩恵と能力とに満ち民の間に大なる奇跡と休徴《しるし》とを行へり 九然るにりベルチンと称ふる会堂、クレネ人の会堂、アレキサンドリヤ人の会堂、キリヤ人及びアジヤ人の会堂の者等起てステパノと論争す 十而かも彼等彼の智慧と彼が由て語りし霊とに敵すること能はざりき 十一彼等遂に人をして偽証して言はしめけるは「我等彼がモーセに対し又神に対し謗※[言+賣+言]《ばうとく》の言を語るを聞けり」と 十二彼等又民及び長老並に学者等の心を動かし、突然来りて彼を執へ、集議所に曳来り 十三偽《いつはり》の証人を立てゝ言はしめけるは「此者は此聖所と律法とに対し謗※[言+賣+言]の言を発して止まず 十四そは我等彼が此ナザレのイエスなる者此所を壊ち且つモーセの我等に授けし所の慣例《ならはし》を易ふべしと言へるを聞けり」と 十五茲に於て集議所に坐せる者皆な目を彼に注ぎたりしに、彼の面の恰かも天使の面の如くなりしを見たり。
 一時に祭司の長《をさ》言ひけるは「此事洵に然る乎」と 二彼れ言ひけるは(264)兄弟及び父等よ、聴け、栄光の神、我等の先祖アブラハムが未だカランに住まざりし前、彼れ猶ほメソポタミヤに在りし時、彼に現はれて言ひ給ひけるは 三「汝の国を出《いで》、汝の親族を離れ、我が汝に示さん地に到るべし」と 四斯くて彼れカルデヤ人の地を出てカランに住めり、彼の父死し後、神は彼を彼処《かしこ》より此地に移し給へり、是れ汝等が今住む所の地なり 五而かも神は此地に於て彼に何の嗣業《ゆづり》をも与へ給はず、否な、足を立るほどなる地をも与へ給はざりき、且つ彼に未だ子あらざりしに此地を所有として彼と彼の後に生れん子孫とに与ふべしと約束し給へり 六神はまた斯く言ひ給へり、即ち、彼の裔は他国に寄寓《やど》らん、而して其国の民は彼等を奴隷となし四百年の間彼等を苦しめんと 七神はまた言ひ給へり、彼等が奴隷として繋がるゝ国民を我れ鞫くべし、而して後彼等英国を出て此処に於て我に事へんと 八神は又彼に割礼の契約を与へ給へり、斯くてアブラハム、イサクを生み、第八日に之に割礼を行へり、而してイサク、ヤコブを生み、ヤコブ十二の先祖等を生めり、九而して先祖等ヨセフに対し嫉妬を以て燃え、彼をエジプトに売れり、然れど神は彼と偕に在し 十すべての患難より彼を救出《すくひいだ》し、エジプト王パロの前に於て恩恵と智慧とを賜へり、斯くて彼(パロ)は彼をしてエジプトと彼の全家とを宰らしめたり 十一茲にエジプトとカナンの全地に饑饉ありて大なる困難《なやみ》ありたり、我等の先祖等は食物を獲るを得ざりき 十二然るにヤコブ、エジプトに穀物あるを聞き先づ我等の先祖等を遣はせり 十三再度《ふたゝび》彼等を遣はしてゝ時ヨセフその兄弟の識る所となれり、而してヨセフの血族はパロに明らかになれり 十四茲に於てヨセフ人を遣はして其父及び彼の全家七十五人を己の許に招寄《よびよ》せたり 十五斯くてヤコブ、エジプトに下れり、彼は死せり、我等の先祖等も亦死せり 十六彼等は遠くスケムに運搬《はこ》ばれ、其処にてアブラハムがスケムに於けるエンモルの子等より銀をもて買求めし墓に(265)葬られたり。
十七然るに神がアブラハムに示し給ひし約束の期近づくに従ひ民は蕃殖してエジプトに増加せり 十八斯くてヨセフの事を知らざる他の王の起りてエジプトを治むるに至れり 十九彼|譎計《いつはり》を以て我等の血属を待《あしら》ひ我等の先祖等を困しめ、其|嬰児《をさなご》の存せざらんがために之を棄んことを命じたり 二十其時モーセ生れたり、彼は甚だ美しかりき、彼は其の父の家に三ケ月間養はれたり 廿一而して彼れ棄られし時パロの女《むすめ》彼を拾ひあげ己が子として彼を育たり 廿二斯くてモーセはエジプト人のすべての智識を授けられたり、彼は又言語と行為《おこなひ》とに於て大なりき 廿三然るに彼れ凡そ四十歳に及びし頃彼の心に其兄弟なるイスラエルの子等を見舞はんとの念《おもひ》起れり 廿四時に彼等の中の一人の侮辱せらるゝを見しかば之を防護りてエジプト人を撃て虐げられし者の仇を報いたり 廿五彼れ密に思へらく彼の兄弟等は神が彼の手を以て彼等に救拯を施し給ひつゝあるを覚りしならんと、然れども彼等は覚らざりき 廿六翌日彼等相争ひつゝありければ彼れ彼等に現はれ、彼等を相和げんとして曰ひけるは「人々よ、汝等は兄弟なるに何故に相ひ害ふや」と 廿七其隣人を害ひし者彼を卻《しりぞ》けて曰ひけるは「誰が汝を立て我等の有司《つかさ》又|判官《さばきびと》と為《なし》しや 廿八汝、昨日エジプト人を殺しゝ如くまた我をも殺さんとするか」と 廿九モーセ此言によりて逃れ、ミデアンの地に寄寓者《やどれるもの》となり、彼処に二人の男子を生めり 三〇此より四十年を経し後、天使シナイ山の曠野に於て棘《しば》の中に火焔《ほのほ》の中に彼に現はれたり 三一モーセ之を見て奇《あやし》み、更らに凝視《みつ》めんとて近よれる時、主の声あり曰く 三二「我は汝の先祖等の神、即ちアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神なり」と、モーセ恐怖れで敢て凝視めざりき 三三主また彼に曰ひ給ひけるは「汝の足の履《くつ》を脱《と》け、汝が今立つ処は聖地なり 三四我れ正さにエジプトに在る我が民の苦(266)難《なやみ》を見、其|悲歎《なげき》を聞けり、而して今彼等を救はんがために降れり、いざ来れ、我れ汝をエジプトに遣さん」と 三五夫れ彼等が拒みし此モーセ、誰が汝を立て有司又判官と為しやと言ひて拒みし此モーセを、神は棘の中に現はれし天使《つかひ》の手を以て有司又|救者《すくひて》として遣し給へり 三六此人彼等を導き出し、エジプト及び紅海及び曠野に於て四十年の間奇跡《ふしぎなるわざ》と休徴《しるし》とを行ひたり 三七イエスラエルの子等に語りて「神は汝等の中より、我が如き一人の預言者を汝等のために起し給ふべし」と言ひしは此モーセなり 三八曠野の集会の中に在り、シナイ山に彼に語りし天使と偕に在り、又我等の祖先等と偕に在りて我等に授けんがために生ける言を受けし者は此人なり 三九此人に我等の先祖等は順ふことを欲せず、反て我等の間より彼を卻け、其心すでにエジプトに還り 四〇アロンに語つて「我等を導くべき神を我等のために造れよ、そは我等をエジプトの地より導き出しゝ彼のモーセは、我等彼の如何になりし乎を知らざれば也」と 四一斯くて彼等は其時犢を作り、その像に犠牲を献げ、己が手の所作《わざ》を喜べり 四二然るに神は彼等より其|聖面《みかほ》を反け給ひて、彼等が天の星を祭るに任し給へり、即ち預言者の書に記されしが如し、
  イスラエルの族《やから》よ、汝等四十年の間
  曠野に於て犠牲と祭物《そなへもの》を我に献げしや
四三汝等はモロクの幕屋を携へたり
  レバンの神の星を携へたり、
  汝等が拝せんために作りたる彼等の像を携へたり。
  よし我れ汝等をバビロンの彼方に徙さん
(267)四四我等の先祖等は曠野にて証明《あかし》の幕屋を有り、此はモーセに語れる者、彼が見し所の式に準《したが》ひて之を作るべしと命ぜし如くに作れる者なり 四五我等の先祖等之を承けて、彼等がヨシユアと偕に神が我等の先祖等の前より逐攘《おひはら》ひ給ひし異邦人の地に入来りし時に之を携来りてダビデの時に到れり 四六彼れダビデ神の前に恩《めぐみ》を蒙りてヤコブの神のために居所《ゐどころ》を設けんと欲《ねが》へり 四七然るにソロモンは彼のために殿を建たり 四八然れども至《いと》高き神は手にて作れる所に居たまはず、預言者の言へるが如し、
四九主曰ひ給はく、天は我が座位《くらゐ》なり
  地は我が足※[登/几]《あしだい》なり
  汝等我が為に如何なる家を建んとする乎
  又我が息む所は何処なるや
五〇我手は此等凡ての物を造りしに非ずや
五一頑強にして心と耳とに割礼を受けざる者よ、汝等は常に聖霊に逆らひ汝等の先祖等の如くに汝等も行ふなり 五二孰の預言者をか汝等の先祖等は迫害せざりし、彼等は義者の来らんことを預じめ語り、汝等は今その義者を附し之を殺す者となれり 五三汝等は天使《つかひ》に由りて律法を受けながら猶ほ之を守らざる也
 
五四彼等是等の言を聞きて心を刺され切歯《はがみ》して彼に向へり 五五然るに彼は聖霊に満たされ天を凝視め、神の栄光と神の右に立つ所のイエスを見たり、彼れ曰ひけるは 五六「視よ、我れ天開けて神の右に人の子の立てるを見る」と 五七然るに彼等大声を以て呼はり、耳を掩ひ、一団となりて彼に向て突進し 五八彼を邑より逐出し、(268)石をもて彼を撃たり、而して証人等は其|衣服《ころも》をサウロといへる壮者の足下に置けり 五九彼等が石をもてステパノを撃《うて》る時、彼れ主を※[龠+頁]《よ》びまつりて曰ひけるは「主イエスよ、我霊を納け給へ」と 六〇又脆きて大声にて呼ばりけるは「主よ、此罪を彼等に負はしむる勿れ」と、斯く言ひて彼は眠れり。
 
    略註
 
〇此は有名なるステパノの大演説である、之に由て基督教は公然と猶太教より離れたのである、是は殊にパウロの自由福音の先駆である、異邦伝道の暁の鐘の響である、モーセを弁護してモーセの律法を打破せし鉄槌である、無教会主義の最初の叫号である、人類の信仰史上、新紀元を劃する至要の言である。
〇大演説である、然し乍ら大雄弁ではない、ステパノはアポロの如き巧妙《たくみ》なる言辞の使用者ではなかつた、能弁術の標準より評して此演説に多くの批難すべき点がある、其中に多くの無駄の言がある、又思想の連結が甚だ漠然である、モーセに就て説き終てダビデに移るの辺は甚だ曖昧である(四十五節)、簡潔は能弁の秘訣であるに、ステパノは知れ渡りたる猶太亜歴史の事実を縷述《るじつ》して彼の聴衆に尠からぬ倦怠の念を起したであらふ、後の聖書の註解者等が此演説の解釈に苦みし理由の一は確かに其修辞上の欠点を認めなかつたからであると思ふ、縦令聖ステパノの言であると雖も欠点は確かに欠点である、彼の特技は能弁術以外、別に在つたのである、彼は茲に善き演説を為さなかつた、然し力強き演説を為した、彼の言辞は粗雑であつた、彼の思想は貧弱であつた、然し彼の精神は熱烈であつた、彼の信仰は燃えて居つた。
〇此演説の試みられし時と場合とは六章八節以下末節に至るまでに於て明かである、ステパノの新信仰に対して(269)旧信仰の激烈なる反対が起つたのである、其当時にヱルサレムに多くの猶太教の教会があつた、リベルチン教会と称して猶太人にして一時異邦に奴隷たりし者の再び自由を得て旧都に還来りし者の相集りて組織せし教会があ
つた、埃及アレキサンドリヤ出生の猶太人にしてヱルサレム在住者の組織せし教会があつた、其他皆な此類である、彼等は常に相互に教義を闘はし、教勢を争ひしも茲に彼等共通の敵の現はれしを見て、一致団結して之に当つたのである、彼等がステパノの罪状としで数へし者は主として左の二箇条であつた、
  第一、ヱルサレムの神殿に対する謗※[言+賣+言]
  第二、モーセと彼の律法に対する謗※[言+賣+言]
 彼等は以上の二箇条を提げて謗※[言+賣+言]罪《ばうとくざい》を以て彼を当時の高等法院なる集議所即ちサンヘードリムに訴へたのである。
〇茲にステパノは独り民及び祭司の長、長老並に学者等の前に立つた、彼は彼の主イエスが審判かれしが如くに審判かれたのである、二者の罪状も同じである、審判人も同じである(馬太伝二十六章を見よ)、弟子は其師に優る能はずである、ステパノはイエスの如くに審判かれて彼の実にイエスの弟子なることを識つたのである、是れ実にパウロの所謂キリストの死の状に循ひて彼の苦難に与かることであつて、ステパノに取り名誉此上なしである(腓立比書二章十節)。
〇茲に審判は開かれた、ステパノの面は天使の面の如くであつた、彼は勿論彼の放免されざるを識つた、彼は彼の前に讎敵《しうてき》を控へたのである、然し彼はイエスの弟子であつた、故に敵人の前に曳れて彼は彼等を憎まずして却て彼等を愛した、愛は此際彼を離れなかつた、彼の言は慇懃であつた、彼の態度は平静であつた、今や屠所(270)に牽かるゝ羊の如くなりし彼は虔《つゝし》みて狂暴《あら》き言を放たなかつた。
〇「兄弟及び父等よ」と彼は口を啓いて言ふた、彼の生命を狙ひし敵も彼に取りては敵ではない、兄弟である、父老である、開口一番、彼の唇より洩れし此一言に万斛の情味なくんばあらずである、演説は言ではない、真情である、親愛に充てる此冒頭の一言にステパノは既に聴衆の心思を奪ふたのである(一節)。
〇敵人の告訴に対しステパノは自己を弁護せずして、之に代へてイスラエルの歴史を述べたのである、是は最も奇態なる弁護法である、然し彼に取りては最も有力なる弁護法であつた、彼は聖殿と律法とを謗※[言+賣+言]《けが》すものとして訴へられたのである、而して聖殿と律法とはイスラエルの歴史の真髄である、故に歴史的に二者の何たる乎を述べて、最も有効的に自己の立場を弁明することが出来たのである、自己の弁明を議論に取らずして歴史に取りし彼の智慧は、是れ此際|上天《うへ》より彼に賜はりし智慧であつたと言はざるを碍ない(馬可伝十三章十一節参考)。
〇彼は先づアブラハムの歴史を以て始めた、其教うる所は何ぞ、アブラハムは勿論モーセの律法に何の関はる所はない、故にステパノは彼の罪状第二条に就て自己を弁明するに方てアブラハムを引用するの必要はなかつた、然し乍ら聖殿謗※[言+賣+言]の誣告に対てはイスラエルの始祖アブラハムの事跡に之を弁明するに足る多くの者があつた、聖殿抑々何物ぞ、聖殿の尊きは其内に神の在すに由る、然りと雖も神は其存在をヱルサレムの聖殿に限り給ふ者に非ず、神は屡々聖殿以外に於て人と語り給へり、アブラハム未だカランに住まざりし前、猶ほ未だ異邦のメソポタミヤに在りし時、神は彼処に彼に現はれ、彼の往くべき所を示し給へり、依て知る神の聖殿の世界の広きが如くに広きことを、神あり、又之に応ふるの信仰ありて世界何れの処か聖殿ならざる、視よ、神、アブラハムに伴ひ給ひて彼が到る所に彼に現はれ彼に語り給ひしことを、アブラハムの歴史は神人交通の歴史と称して誤らな(271)いのである、神はアブラハムを其友と呼び給ふた(歴代史略下二十の七)、而してアブラハムは曾て一回もヱルサレムの聖殿に神を拝した事はないのである、アブラハムの生涯は聖殿に些しも関係が無つた、神は彼に子孫繁栄の約束を為し給ふに方て(五節)彼を聖殿に召び給はずして、彼を野外に携《つれ》だし天の星を指して誓ひて言ひ給ふた「汝の子孫は是の如くなるべし」と(創世記十五章五節)、アブラハムに取りては彼の足跡の印する所が悉く聖殿であつた、モレの※[木+解]樹《かしのき》(同十一章九節)、マクペラの洞穴《ほらあな》(同廿三章九節)、彼に取りては悉く「聖所」であつた、故に若しヱルサレムの聖殿以外に神を求め之に事ふるのが謗※[言+賣+言]罪であるならば第一に此罪に当るべき者はイスラェルの始祖アブラハムである、而してステパノは其師イエスに傚ひ、ヱルサレムの聖殿以外、世界到る処に神の聖殿を認めて(約翰伝四章廿一節)始祖アブラハムの跡を逐ひつゝあるのである、祭司、長老、学者等は先づアブラハムを罪と定めて然る後にステパノを罰すべきであると、是れアブラハムの歴史がステパノの弁護となつた理由である(二節以下八節まで)。
〇ステパノはアブラハムの子イサク並にイサクの子ヤコブの歴史に就て述る所がなかつた、然しヤコブの子ヨセフの経歴に就て一言語らざるを得なかつた、ヨセフの十一人の兄弟等(「先祖等」とあるは彼等である、イスラエルの十二の支派《わかれ》の先祖を指して言ふたのである)…ヨセフの十一人の兄弟等は彼に対して嫉妬を以て燃え、父に隠して彼をエジプトに売つた、然るに彼等の棄し者を神は拾ひ給ふた、神は彼と偕に在して、すべての患難より彼を救出し給ふた、而已ならず、神は大に彼を恵み給ひ、彼を以てエジプトとパロの家とを宰らしめ、又終に彼を以て其父ヤコブと其全家とを饑餓より救ひ給ふた、ヨセフの場合に於ても亦「工匠《いへつくり》の棄たる石は家の隅の首石《をやいし》となれり」との古き諺は事実となりて現はれたのである、而してステパノと彼の主なるイエスを鞫かんと欲す(272)る祭司、長老、学者等は考、再考すべきである、彼等も亦彼等の先祖等に傚ひ茲に無辜を鞫きつゝあるのではない乎、彼等が異端視する者は亦ヨセフの如くに神の前に特殊の恩恵を蒙る者ではない乎、彼等はヨセフの経歴に省みて大に自己を謹むべきではない乎と、ステパノは此処に彼の国人の熟知したるヨセフの事跡を反覆して暗々裡に自己を鞫く者を鞫いたのである(九節以下十六節まで)。
〇次項《つぎ》はモーセである、前に述べしやうに、ステパノは二箇の罪状を以て訴へられたのである、其第一は聖殿に対するの罪であつた、第二はモーセと其の律法に対するの罪であつた、而して彼はアブラハムの経歴を述べて罪状第一に対する自己の弁護を述べた、第二に対しても亦同じである、ステパノは茲に自己を弁護するに方てモーセの経歴を述ぶれば足りたのである、彼は言ふたのである「汝等は余はモーセに叛き其の律法を犯したりと吉ふ、然らばモーセ自身をして語らしめよ、彼れモーセは余の弁護者たらん、而已ならず、彼は余を免訴して反て汝等を告訴せん」と。
〇抑々モーセに叛きし者は誰なる乎、彼が未だパロの女に養はれてエジプトに在りし時に、彼は彼の骨肉の兄弟なるイスラエルの民を救はんと念ひて起てり、然るに民は却て彼を卻け、彼をしてエジプトの地を遁れざるを得ざるに至らしめた、斯くてモーセに対する叛逆はステパノを以て始まつたのではない、今や彼を審判きつゝある者の祖先等を以て始つたのである、然りイスラエルの歴史はモーセに対する叛逆を以て始まつたのである、奇なる哉イスラエルの祭司と学者等がモーセに対する叛逆を理由として他人を審判かんとすとは、叛逆人、叛逆の罪を審判くを得る乎(十七節以下二十九節まで)。
〇イスラエルの民はモーセを逐へり、然れども神は彼を護り給ひて彼の流竄の地なるミデアンの地に於て彼に平(273)和の家庭を供へ給へり、而して選民救出の時期到来するや、神は曠野の棘の中に彼に現はれ、彼をエジプトに遣はし給へり、モーセの場合に於てもアプラハムの場合に於けるが如く、神は聖殿ならでシナイの曠野に於て彼に現はれ給へり、神は人が其友に言《ものい》ふ如にモーセと面を合せて言ひ給へり(出埃及記三十三章十一節)、神がモーセに向いて「汝の足の履を脱げ、汝が今立つ処の地は聖地なり」と言ひ給ひし其地はエルサレムの聖所にはあらずして、シナイ半島曠野野の一点なりき、聖殿以外又聖殿のあるあり、モーセ自身が聖殿以外に於て神を拝せり、モーセに傚ふて地上到る処に神の自顕に与からんと欲す、豈、之を称して聖殿謗※[言+賣+言]と云ふを得んや(三十節以下三十四節まで)。
〇イスラエルの民が拒みし此モーセ、神は此モーセを以てイスラエルを救ひ給ふたのである、此モーセが彼等をエジプトより救出し、四十年の間曠野に彼等を教へ導いたのである、イスラエルの民は彼等の恩人、彼等の教導者なるモーセに対して決して忠実ではなかつた、否な、其正反対が事実であつた、彼等は幾回か彼に叛いた、幾回か彼の心を傷ましめた、時には彼をして
  嗚呼此民の罪は大なり、彼等は自己のために金の神を作れり、然れども若し聖旨にかなはば彼等の罪を赦し給へ、然かせずば願くは爾の生命の書より我名を銷《けづ》り給へ
との悲歎の声を揚げしめた(出埃及記三十二章三一、三二節)、イスラエルの歴史こそモーセに対する叛逆の歴史であるのである、モーセに叛き其律法を破りし者はイエスと其弟子等にあらずして、不忠不虔の故を以て彼等を迫害し彼等を殺せしイスラエルの民彼等自身である、奇異なる哉、叛逆人の子孫に由て叛逆の理由を以て鞫かるゝとは(三十五節より四十三節まで)。
(274)〇再び聖殿に就て言はん乎、聖殿は元始《はじめ》より在つたのではない、神がモーセに命じて作らしめ給ひし者は聖殿と称するが如き荘厳なる大建築ではなかつた、唯単に「証明《あかし》の幕屋」であつた、ヱホバが民の間に在《いま》して彼等を教へ給ふ所であつた、而してモーセ眠りてヨシユア彼に代りて民の教導者となるや、彼は此幕屋を携へて約束の地に入り、其処に再び之を張りて其師モーセの準《かた》に従ひ、単純なる曠野の礼拝を続けてダビデの時にまで至つたのである、而して神恩裕かにダビデの身に加はりしかば、彼は報恩の記念として、ヤコブの神が永久に在し給ふ永久的神殿を作り、以て一時的の幕屋に代へんとした、然るに彼は躊躇して此事を決行せずして眠つた、而してソロモンに至て其父ダビデの此下心が大規模に実行されたのである、而して神は之を歓び給ひし乎と言ふに、決して爾うではなかつた、彼は言ひ給ふた、
  天は我が座位《くらゐ》なり、地は我が足※[登/几]なり、汝等我がために如何なる家を建んとする乎、又我が息む所は何処なるや、汝等知らずや、我手は此等すべての物を造りしことを
と、斯くて神はソロモンの此大聖殿を嘉納し給はなかつた、其事は其後のソロモンの経歴に由りて明かである、モーセの定めし単純なる天幕礼拝を廃して之に代ふるに荘厳なる聖殿祭事を以てせしソロモンは堕落より堕落に沈み、終にはイスラエルの神ヱホバを棄て異邦の神に事ふるに至つたのである、而して事は茲に止まらなかつた、神はイスラエルを離れ給ふた、ソロモン以後のイスラエルの歴史は背信、分離、滅亡のそれであつた、ソロモンは荘厳なる神殿を築きて、神をイスラエルの間に召請せずして却て之を遠けたのである(四十四節より五十節まで)。
〇頑強にして、身に割礼を受くるが故にアブラハムの子なりと誇るも、心と耳とに割礼を受けざる者等よ、汝等(275)こそ真の叛逆人である、汝等はモーセと其律法に従ふと称して常に聖霊に逆らひつゝあるのである。汝等は汝等の先祖が行ひしが如くに行ひつゝあるのである、預言者にして汝等の先祖等の迫害を蒙らざりし者ある乎、子は能く其父に似たり、汝等は祖先の行為に傚ひ、預言者等が其出現を預言せし大預言者イエスを殺せり、汝等こそ律法の破壊者なり、汝等は天使の手より承たりと誇る其律法を守らないのである(五十一節より五十三節まで)。
       *     *     *     *
〇ステパノの弁護演説は茲に終つた、鞫かるゝ者は鞫かれずして却て鞫く者を鞫いた、知れ渡りたるイスラエルの歴史は新しき意味を以て民と祭司と学者等の前に提示された、而してイエスの福音は歴史的に最も有力に弁護された、審判の座に坐りし者は今や答ふるに言葉が無つた 彼等は唯威力を以て答弁に代ふるのみであつた、彼等は怒つた、切歯した、叫んだ、終に一同石を取て無援のステパノを目懸けて進んだ、一斉に彼を打つた、而して彼が抵抗するかと思ひしに、彼は唯天を仰いで坐した、彼の静かなる眼には憤怒に駆られし敵は見えずして神の右に坐せるイエスが見えた、不幸なるは今や石に撃たれて死せんとする彼ではない、彼を殺さんとする彼等である、茲に於てか彼は今生の最後の祈祷として声を励まして言ふた
  主よ、此罪を彼等に負はしむる勿れ
と、而して此一言を発して生気《いき》絶えた、而して此暴行の煽動者をタルソのサウロと称ふた、彼はステパノの此死状と最後の一言を聞いた、彼は心安からずして家に帰つた、茲に彼れサウロの心の中に大煩悶が始まつた、此サウロを後にパウロと称ふた、彼は福音の大伝道者となつた、彼に由て世界と人類とは一変した、而して彼の感化は今猶ほ尽きない、ステパノはパウロを以て世界にイエスの福音を伝へたのである(五十四節より六十節まで)。
 
(276)     NUMBERS OR QUALITY. 数乎質乎
                        大正4年5月10日
                        『聖書之研究』178号
                        署名な し
 
     NUMBERS OR QUALITY.
 
 DR.JOHN R.MOTT,the well-known missionary-statesman,is quoted for his latest utterance as follows:“In the light of my morer ecent journeys, I am constrained to shift the emphasis entirely from numbers to quality,and especially to the spiritual aspect of the life and activity of the workers.”How sad that he ever emphasized numbers! The whole mission-field,Japan included,suffered greatly from his mistaken emphasis for the last twenty years and more. And we who worked contrary to his world-wide authority,and emphasized quality all these years,are to be congratulated at this late hour. Even the greatest missionary is not a Sure guide to follow in matters concernlng the eternal welfare of one's own countrymen.
 
     数乎質乎
 
 数にあらず質なりと宗教的大政治家ジヨン・R・モツト君今に至りて言ふ、君、数を高調すること茲に二十有(277)余年、今に至りて改む、余輩は君に従はずして數を排し質を力説して今日に至りしことを神に感謝す。
 
(278)     〔我社の感謝 他〕
                        大正4年5月10日
                        『聖書之研究』178号
                        署名なし
 
    我社の感謝
 
 咋大正三年(一九二四年)中欧米基督教諸国に於て外国伝道のために募集せし金額は六千四百万円以上(三二、一三一、二三四弗)なりと云ふ、而して聖書研究社は其一銭をも受けざりしことを神に感謝す。
 
    真正の教会
 
 第十二世紀の宗教改革者ブレスキヤのアルノルド曰く「何れの時代に於ても真正の教会は現在の教会より放逐せられし者の間に在り」と、至言と謂ふべし。
 
    寧ろステパノたらむ
 
 パウロとなれずとも可い、ピリボとなれずとも可い、ステパノたるを得ば大なる幸福である 若し我血を以て福音を印するを得ば大なる光栄である、又縦し此光栄に与り得ずとするも若し窮乏と不遇と屈辱の中にイエスの(279)福音を証明しながら一生を終るを得ば我事は足りるのである 我が生涯に由て福音が一歩なりと進めば其れで我が世に生れし甲斐は充分にあるのである、希ふ我が血はイエスのために灑がれんことを、我が骨は彼のために挫かれんことを、我に由て一人なりともイエスの証明者の起らんことを、我が名は消え、我が裔は絶たるゝも彼の栄光の揚らんことを。
 
(280)     変化の弁明
         旧友に告ぐ
                         大正4年5月10日
                         『聖書之研究』178号
                         署名 内村生
 
 余は余ではない、余は今尚ほ生きて居る、然かも日に日に死つゝある、而して余以外の或者が日に日に余の衷に在りて生長しつゝある、彼は必ず盛になり、我は必ず衰ふべしである(約翰伝三章三十節)、而して余が全く死して被が全く生くるに至て余は永生に入るのである、寔に我が外なる人は壊るゝとも内なる人は日に日に新たなりである(哥林多後書四章十六節)、余は今は外なる人であつて、彼は内なる人である、旧き余が新たになつたのではない、旧き余は日に日に壊《やぶ》れつゝあるのである、新人が余の衷に入来つて余を征服しつゝあるのである、新人は天より降れる神の子イエスキリストである、彼に征服せられ、占領せられし者、其者を称して基督者と云ふのである、自由を失つて自由を得し者、独立を失つて独立を得し者である。
 余は余ではない或る他の者に征服せられし者である、故に余は余の自由独立を失ひしと同時に余の総を失つたのである、余は余の趣味を失つて彼の趣味が今や余の趣味となりつゝある、余は余の友人を失つて彼の友人が今や余の友人となりつゝある、余は余の人生の目的を失つて彼の目的が今や余の月的となりつゝある、彼に征服せられて余の此世に於ける関係はすべて一変した、余の縁戚も友人も事業も野心も悉く一変した、人は余の変化(281)を怪しむも寔に止むを得ないのである、余は欲《この》んで変つたのではない、変らしめられたのである、人あり若し変化の故を以て余を責むるならば、其人ほ余を責めずして、余の征服者を責むべきである。
 寔に止むを得ないのである、余の幼《いとけな》き時に余は自ら帯し、余の意に任かして遊行《ある》いたのである、然るに彼の捕《とら》ふる所となりてよりは彼は余を束《くく》り余の欲せざる所に余を曳き往くのである(紛翰伝廿一章十八節)、「嗚呼禍ひなる哉」とも言ふことが出来る、同時に又「嗚呼福ひなる哉」とも言ふことが出来る、基督信者とは斯かる者を称ふのである、キリストの縛る所となりて彼に曳き廻されざる者は彼の属ではないのである。
 嗚呼余の旧き友よ、余の変化を免せよ、君等の旧き友なる余は既に死して今は纔に其微かなる残骸を留むるのである、彼の形体は今尚ほ存し、彼の惰性は昔に変らざれども、而かも彼の生命の根本は変つたのである、彼は今、昔に還らんと欲して能はないのである、君等は再び彼を召還《よびかへ》さんと欲して能はないのである、而して君等が若し再び彼を友と為さんと欲するならば君等自身が彼を征服せし強き征服者に征服せらるべきである、余は今君等の所に帰ることは出来ない、君等は宜しく余の所に来るべきである、余は君等に偏狂を以て笑はるゝを厭はない、却て君等が偏狂を以て此世と此世の教会との笑ふ所とならざるを悲しむ、余は君等が余と同行を拒むならば君等を離れて独り往かんのみである、余は君等と交際を続けんがために社会と称するが如き、又は教会と称するが如き「虚栄の市《ヴハニチーフエヤー》」に永く留まることは出来ない。
 
(282)     主を讃えよ
                         大正4年5月10日
                         『聖書之研究』178号
                         署名なし
 
 キリストを忘れたる今の信者は若し信者に善き行迹があれば彼を誉めて止まない、然し乍ら信者の善行は彼の善行ではない、彼の内にありて働らき給ふキリストの善行である、故に彼を誉めずしてキリストを讃むべきである、信者はキリストのほか何人をも誉むべきでない。
 
(283)     ピリボの伝道
         使徒行伝第八章の研究  四月廿五日柏木聖書講堂に於ける講演の大意
                         大正4年5月10日
                         『聖書之研究』178号
                         署名 内村鑑三
 
 神は如何にして其子イエスキリストの福音を昔時の文明世界なる羅馬帝国に伝へ給ひし乎、其事を伝へたのが使徒行伝である、人の計画に由らず、其の所謂大挙伝道に由らず、神御自身が人の方法と運動とに由らずして、広き羅馬帝国を福音化し給ひし其径路を伝へたのが使徒行伝である、余輩は此書に於て、人の……殊に教会の……政略的伝道に対する神の霊的伝道の如何なる者なる乎に就て教へらるゝのである。
 神は十二使徒を離れてステパノを択み給ひ、彼をして民の学者と長老等(当時の宗教家)の前に於てイエスの福音を弁ぜしめ給ひ、終に殉教の死を遂げしめ給ひし事は余輩が前号に於て述べた通りである、ステパノを以て伝道の中心は十二使徒と称ばれし最初の教役者団を離れて平信徒に移つたのである、福音は今や狭き猶太国の境を越へて広き世界に乗出《のりいだ》さんとしつゝあつたのである、而して「イスラエルの家の迷へる羊」の間に福音を伝ふる任を負はせられし十二使徒等は世界教化の任に当り得なかつたのである、新伝道は新人物を要したのである、而して神の要求し給ひし是等新人物の先鋒がステパノであつたのである、彼は殉教の血を以て新伝道の端緒を開いたのである、彼につゞいて新人物は続々として現出たのである、而してステパノに亜で異邦伝道の任に当つた者(284)が彼と同輩の一人なるピリポであつた。
  此日エルサレムに在る所の教会に対し大なる迫害起り、使徒等を除くの外は皆ユダとサマリヤの地に散じたり、敬虔《つゝしみ》ある人々ステパノを葬り、彼がために大なる哀哭《なげき》を為せり(一、二節)。
 茲に注意すべき二つの事がある、其の第一は信者は悉く迫害を避けて地方に散ぜしに、使徒等のみヱルサレムに残りたりとの事である、其第二は信者ならで「敬虔ある人々」がステパノを葬りて彼がために哀哭の声を揚げたりとの事である。
 十二使徒等のみエルサレムに残りたりと云ふのは彼等が特に信仰厚く勇気に富みたるが故ではない、信仰と勇気の点に於てはステパノと彼の同輩とは使徒等に優さる所ありしも劣る所はなかつた、使徒等がヱルサレムに残りしは迫害は彼等の身には臨み来らなかつたからである、彼等は熱き基督信者ではあつたが、猶太風の信者であつた、即ちキリストを信ずると同時にモーセの律法を守り、聖殿に詣り、聖式に遵ひ、敢て猶太国民の感情に触るゝが如き事を為さなかつた、故に国民は彼等を許し、彼等がイエスを信ずるが故に彼等を窘迫《くるし》むるが如き事を為さなかつた、十二使徒等はイエスをモーセの律法の完成者として見たのである、故にイエスに従ふと同時にモーセと離るゝの必要を認めなかつたのである。
 然し乍らステパノを以て代表されたる信徒の団体は十二使徒等とは大に其の信仰の趣きを異にしたのである、彼等はヱルサレムの聖殿の特別の神聖を認めなかつたのである、彼等は又イエスの福音を信ずるに由てモーセの律法を守るの必要なきを唱へたのである、彼等は斯くの如くにして聖殿と律法とに超越したのである、故に彼等は二者を謗※[言+賣+言]《けが》す者として認められたのである、是れ彼等が猶太国民の感情を害せし主なる理由であつて、彼等に(285)対して劇烈なる迫害の起りし源因であつた、ステパノと彼の仲間とは単に彼等がイエスを信ぜしが故に迫害されたのではない、彼等がイエスを信ずると同時に聖殿と律法とを疎ぜしが故に迫害されたのである、若し彼等の信仰が十二使徒等の信仰の如くであつたならば、彼等は迫害を免かるゝを得て、使徒等と共にヱルサレムに留まることを許されたのである。
 此説明に由て大なる迫害のエルサレムに於ける信者に臨みしに関はらず使徒等は都に残りし其理由が解明るのである、又敬虔ある人々がステパノの遺骸を葬り、彼がために大なる哀哭を為したりと云ふ其理由が解明るのである、茲に「敬虔ある人」とあるは信仰ある人、即ち基督信者と云ふ事ではない、「敬虔ある人」とは外国人にして猶太数に入つた者である、二章五節に「時に敬虔ある人々天下の諸国より来りてヱルサレムに留まれる者ありき」とあるは此種の人々を指して云ふたのである(日本訳聖書には「敬虔あるユダヤ人」とあるが、原文には「敬虔ある人即ちユダヤ人」とある、或る聖書学者は「ユダヤ人」なる文字は省くべき者であると言ふ、若し之を保存するとすれば「敬虔ある異邦人にして猶太教を信ぜし人」と解すべきであると思ふ)。
 ステパノは福音のために生命を棄たのである、然るに彼の遺骸を葬りし者は十二使徒等にあらずして、却て教会以外の人でありしと云ふ、即ちステパノに対する同情は使徒等の配下に属する教会に於てあらずして、教会以外、異邦人にしてイスラエルの神を信ぜし人々の間に在つたのである、以て知る使徒等とステパノとの間に信仰上大なる相違のありしことを、使徒等はステパノの受難に際して敢て干渉を試みなかつたのである、ステパノはイエスの福音のために立て迫害の鋒先を独り其身に引受けたのである、ヱルサレムの教会は此信仰の士を見殺にしたのである、ステパノは敵に悪まれ味方に疎まれて独り殉教の死に就いたのである。
(286) 実にステパノの信仰は使徒等とヱルサレム教会に取りては旧き革嚢に盛れたる新らしき葡萄酒であつたのである、嚢は張り裂けて葡萄酒は漏れ出たのである、イエスの福音は今やステパノを以てヱルサレム教会の狭き境涯を越へて羅馬帝国の広き海へと横溢したのである、世に教会ほど保守に傾き易き者は無いのである、イエスが昇天し給ひて未だ幾干もならざるに使徒等の教会は既に保守的団体と化し、茲に世界教化の任を他に譲らざるを得ざるに至つたのである。
 ステパノは教会を離れて独り名誉の死を遂げた 而して彼に亜《つゞ》いて起し者は彼の同僚の一人なるピリポであつた。
  ピリポ サマリヤの邑に下りて彼等にキリストを宣伝へたり、群衆 ピリポが行せる奇跡を見且つ聞きて心を同うして彼が語れる言辞を聴けり……之に因りてかの邑に大なる歓喜ありき(五、六、八節)。
 此所にいふピリポは「ピリポ、バルトロマイ」とある十二使徒の一人ではない(馬太十の三)、ステパノ及びピリポ、プロコロ云々とある七執事の一人である(行伝六の五)、後に伝道者ピリポと称ばれし者であつて、カイザリヤに住ひ、パウロの一行を其家に迎へし者である(同廿一章八節)、即ち「此ピリポは七人の一人なり」とある其人である、故に彼はステパノと共に当時のヱルサム教会に在りて平信徒の一人であつたのである、使徒等が「我等神の道《ことば》を棄て飲食の事に仕ふるは意に適はず」と言ひて寡婦給養の事を任かせし七人の平信徒《ひらしんと》中の一人であつた(六章十二節)、然るに神の見る所は人の見る所と異なり、飲食の事を委ねられし此等の七人は(少くとも其中の二人は)神の道《ことば》を取扱ふに最も能力ある人であつた、彼等は十二使徒以上にキリストの福音の深意を了辞した人であつた、寡婦に食物を分つことにあらずして、異邦人に神の道《ことば》を運ぶために定められたる人であつた、キ(287)リストの福音は素々平民の福音である、是は平民の心を以てするにあらざれば解らない教である、漁夫のペテロとヨハネとに解かる教である、使徒のペテロとヨハネとには解らない教である、漁夫が使徒と化せし時に神は其手より世界教化の大任を奪ひ給ひて之を平人のステパノとピリポとに託《ゆだ》ね給ふた。
 キリストの福音は今やユダヤの境を越へて世界に拡まらんとしつゝあつた、而してユダヤに接してサマリヤが在つた、而してユダヤを逐はれて自由の福音は先づ北境サマリヤの納《うく》る所とつた、福音は地理的径路に徇ふて進んだ、信者は聖霊の能力を受け、ヱルサレム、ユダヤ全国、サマリヤ及び地の極にまでイエスの証人《あかしびと》となるべしとの事であつた(一章八節)、而して世界征服の首途に立ち第一着のサマリヤ伝道は十二使徒の一人ならで、平信徒のピリポに由て顕著《いちじるし》き成功を以て行はれたのである。
 サマリヤ伝道成功の報に接してヱルサレム教会は甚く驚いた、使徒等は之を承認せざるを得なかつた、故にペテロとヨハネとを送り、ピリポの事業を批准し以て教会の権威を新伝道地の上に及ぼさんとした、事業は之を他人に為さしめ、自己は教権を其上に布かんとする、教会の為す所は常に斯の如しである、憐むべし初代のヱルサレム教会も亦此数に洩れなかつたのである(十四節より廿五節まで)。
 サマリヤはヱルサレム教会の勢力範囲に帰した 人間の眼より視てピリポは其事業を十二使徒等に奪はれたのである、然し神はピリポに更らに大なる事業を与へ給ふた、喜んでサマリヤをヱルサレム教会に譲りしピリポは阿弗利加大陸を与へられたのである、ステパノを以て始めて唱へられ、ピリポを以て始めて異邦に伝へられ、パウロを以て全世界に播《う》えられし自由の福音は其中に膨脹の性を具へたる者であれば、是は一地方に屈伏して止者ではない、ユダヤを去てサマリヤに入り、サマリヤを去て阿弗利加に入る、何者ぞ他人の領域を奪ひ以て愉快《こゝろよし》(288)とする者は、我は主の福音を携へて地の極にまで及ばむ(羅馬書十五章二十節参考)。
 福音は今やピリポを以て他の方面に向て発展すべくあつた、主の使者《つかひ》は彼に臨んで彼の為すべき事を示した、彼は独り起て南の方、ヱルサレムよりガザに下る路に往くべく命ぜられた、場所は曠野である、彼は其処にエテオピヤ人にして、エテオピヤ国の女王カンデケの大臣なる寺人にて女王の財宝を司る者の、礼拝のためにヱルサレムに来り、今や帰国の途に在るに会するであらふとの事であつた、ピリポは命ぜられしが儘に往いた、往いて其処に至れば彼は大臣が車の中に在りて高声に以賽亜書を読みつゝあるを見た、彼は聖霊に励まされ、車に近づき、大臣に言葉を懸けて曰ふた、
  閣下は今読みつゝある所の事を解し給ふや
と、此不意の質問に対して大臣は謙遜に答へて曰ふた、
  何人か余を導きくるにあらざれば余は之を解する能はず、
と、斯く曰ひて大臣はピリポを車内に請じて同座して彼の聖書の解釈を聞いた、箇所は恰かも宜し以賽亜書五十三章七節と八節とであつた、
   彼は羊の屠場《ほふりば》に牽るゝ如くに牽かれ
   又羔の毛を剪《き》る者の前に黙《もだ》すが如くに
   彼は其の口を開かざりき、
   彼れ屈辱の中に居りて義き裁判《さばき》を奪はる、
   誰か能く当時《そのとき》の状を述べ得んや、
(289)   そは彼の生命地より取去られたれば也。
 大臣はピリポに此聖語の解釈を求めた、ピリポは之に応じて答へた、是れ神が特別に此場合に於て彼に供へ給ひし聖語《みことば》である、彼は此聖語に基きてキリストを説いた、大臣は能く解つた、時に潺々として路傍に流るゝ小川があつた、二人は車を降り水に臨み、エテオピヤ国の大臣は無名の一信徒より悔改のバプテスマを受けた、二人は感謝を以て別れた、大臣は南へ、ピリポは北へ、彼等は此所に相会して此世に於て再び相見なかつた、然し乍ら茲に大なる伝道が行はれた、大臣はピリポにキリストの福音を伝へられて、国に帰つて之を彼の国人に伝へた、昔時のエテオピヤは阿弗利加大陸の東北隅に方りナイル河上流一帯の地を指して云ふたのであつて今日《いま》のニユビヤ、アビシニヤに当るのである、伝へ言ふ今のアビシニヤ王メネリクは大王ソロモンの後胤であつて、大王がヱルサレムに栄華を極めし時に遥々と彼を見舞ひしシバの女王の胎より生れし者の其子孫の連綿として今日に至りし者であると云ふ(列王紀略上第十章を見よ)而してアビシニヤ国が阿弗利加諸邦の中に在りて今日に至るも猶は基督教国たるは其最初の伝道を女王カンダケの大臣にして伝道者ピリポより福音を伝へられし者より受けしに由ると云ふ事ほ口碑に属し歴史的事実としては稽ふべからずと雖も、而かもナイル上流諸邦に.夙くより基督教の伝はり居りし事は疑ふべからざる事実である、何れにしろ大臣の信仰が彼れ一人に止まらざりしことは察するに難くない、昔時の専制政治の下に、大臣の感化が全国民に及びし事は他にも多くの実例の有ることである。
 斯くの如くにして茲にピリポに由りて大なる伝道は行はれたのである、而かも神に依りて行はれし伝道であるが故に最《いと》も静かに且つ単独に行はれたのである、
   語らず吉はず其声聞えざるに
(290)   其|音響《ひゞき》は全地に遍く、
   其言辞は地の極にまで及ぶ、
 人に遣《おく》られずして神に遣られ、隊を成さずして独り往く、教会の大挙伝道ではない、一信徒の個人伝道である、貴顕を饗宴に招くにあらずして、大臣に車中に請《まね》かれて彼と相対して福音を語る、神は聖語を賜ひ、天然の小川にバプテスマの水を供へ給ふ、斯くしてピリポ一人はヱルサレムの使徒教会が総掛となりて為さんと欲して能はざりし大伝道を成就げたのである、実に神に導かれて一人の平信徒は、百数会が協同し、天幕を張り、自働車を駆り、新聞紙に広告し、貴顕招待会を開いて為さんと欲するも為す能はざる大なる且つ確実なる且つ永久的の伝道を為すことを得るのである、静かに、且つ単独で、聖書に由て、聖霊に導かれて、野の道に、小川の辺《ほとり》に、最も効能《ちから》ある伝道は行はるゝのである。
 殊に注意すべきはピリポが大臣を怖れなかつた事である、彼は礼を失しなかつた、然し乍ら大臣なればとて明かに彼に主イエスキリストを説くことを憚らなかつた、而して大臣は喜んで伝道者の言に聴き、イエスを信じて数多《あまた》の従者の目前に於て悔改のバプテスマを受けたのである 而して後「寺人喜びて其路を往けり」とある(三十九節)、大臣とても人である、其心の深所に於て言ひ難きの寂寞を感じ神を求むる人の子である、彼とても真の福音を聞かされて喜ばざるを得ないのである、然るに今の信者は、殊に教会信者は、大臣の賛成を求むるを努めて之に福音を説くことを為さないのである、彼等は実際大臣をキリスト以上の者と見做し、彼に福音の保護を求めて、罪の悔改を迫らないのである、故に大臣は福音を賤視《いやし》めて止まず、彼は又終生救済の恩恵に与かることが出来ないのである、是れ神に対するの不忠であつて、又大臣に対する不実である、今の宗教家は大臣に媚びて神(291)に反き人を辱かしむるのである。
 此喜ばしき伝道を終りし後に「主の霊《みたま》ピリポを引去る」とある、「引去る」とは「攫去《つかみさ》る」の意である、鷲が其獲物を攫去るの状をいふのである、ピリポは多分聖霊に強いられて大臣と離れざるを得ざるに至つたのであらふ、大臣は多分彼に同伴を乞ふたのであらう、ピリポも亦斯かる改信者を得て、彼と偕に往いて阿弗利加伝道を試みたく欲ふたであらう、然し乍ら聖霊は此事を許さなかつたのである、「神は御自身に属する者の気附《きつけ》を取り給ふ」(God will take care of His own)、大臣とエテオピヤ国とは神の御手の中に在つた、ピリポは其救済に就て心を配るに及ばなかつた、故に主の霊ピリポを無理無体に攫去つたのであらう、無慈悲なる恩恵深き霊よ!
  アシドドにてピリ戎に遇る者あり、彼れすべての邑郷《むらざと》を経て福音を宣伝へてカイザリヤに至れり
とある(四十節)、ガザの附近に於てエテオピヤ国の大臣に離れて後のピリポの行動に就て誰も知る人はなかつた、唯北の方アシドドの邑に於て彼に遇ひし者があつた、歓喜に満ちてピリポは独り静かに到る所に彼れ独特の福音を宣伝へた、而して使徒教会の所在地なるヱルサレムに帰らずして、薔薇の花咲くシヤロンの平野の北に尽くる辺に海に臨んで建てられしカイザリヤの市《まち》に彼の居を定めた、彼は此所に静かなる家庭を作り、彼に預言する四人の女《むすめ》ありて、彼の楽しき伝道を授けた(行伝廿一章九節)、是れなん後年パウロがコリントよりヱルサレムに上らんとて船をカイザリヤに附けし時、数日の間|旅行《たび》の疲労を休めし所である、ピリポはステパノの如くに血を以て福音を証明しなかつた、又パウロの如くに広く世界を跋渉して到る所にイエスの御旗を翻へさなかつた、然し乍ら両者の間に立て、ユダヤ国以外に一歩十字架の旗章《しるし》を進めた、実に異邦伝道先登第一の功績は之を伝道者ピリポに帰すべきである。
 
(292)     罪の赦とバプテスマ
                         大正4年5月10日
                         『聖書之研究』178号
                         署名 内村鑑三
 
 和訳聖書使徒行伝第二章三十八節に、ペンテコステの日にペテロがヱルサレムの公衆に語りし言辞として左の如き者が載せてある、
  爾曹おの/\悔改めて罪の赦を得んがためにイエスキリストの名に託りてバプテスマを受けよ、然らば爾曹も聖霊の賜を受くべし、         と、是に由て観ればバプテスマ(洗礼)は悔改めて罪の赦免を得んがために必要であつて、又之を受けてのみ人は聖霊の恩賜に与かることが出来るやうに思はれる。
 ペテロは果して斯かる事を言ふたのであらふ乎 今此一節を原語の儘に直訳すれば左の如くに成るのである、
  改心せよ、而して又バプテスマせられよ、汝等各自、イエスキリストの名の根柢の上に(〓)、罪の赦免を目的として(〓)、然らば汝等、受くべし、聖霊の賜を。
 是に由て観れば此一節の主題はバプテスマではなくして罪の赦免である、茲にバプテスマは罪の赦免を得んがための一手段として提示されたのである、而して又此目的を達せんがためにはバプテスマ丈けでは足りないのである、之に亦改心が必要であるのである、改心し而してバプテスマせられて、罪の赦免に与かることが出来るの(293)である、而して又改心は単に悔改を以て尽きないのである、改心は人の内的状態全部の改換である、其行為と思想との改更である、新生である、人格の改築である、之に伴ふにバプテスマを以てして人は其罪を赦さるとの事である 而して又罪の赦免を得るための改心はイエスキリストの名の上に行はれたる者でなくてはならないのである、バプテスマも亦同じである、キリストを基礎としての改心とバプテスマとに由るにあらざれば罪の赦免は得られないのである。
 名は単に「名称」ではない、名は性格が行為となりて現はれたるものである、イエスキリストの名は彼の美はしき生涯である、其の意味深き受難である、復活である、昇天である、而して人は此等の事実を根柢として、其全生涯に革新を起して神より罪の赦免に与ることが出来るのである、単に過去を悔ひたる悔改では足りない、単にイエスキリストと称ふ名を以て施されたるバプテスマでは足りない、キリストの功績《いさほし》を基礎として行はれたる
改心とバプテスマとに由りて人は罪の赦免に与かることが出来るのである。
 「パブテスマせられよ」 納《うけ》られて弟子とせられよとの意である、其表徴として水を用ゐると否とは瑣細の問題である、水に霊魂を救ふの効力はない、救済は意志《こゝろ》と行為《おこなひ》の事である、儀文と礼法の事でない、汝もし口にて主イエスを認《いひあらは》し、又心にて彼を信ぜば救はるべしとある(羅馬書十の九)、而してバプテスマは此事である、イエスの名を恥とせず、彼と栄辱を共にし、彼の弟子を以て自ら任じ、人の前に彼を認《いひあらは》はして憚らざることである、是れ其一面である、バプテスマは又弟子としてイエスに納らるゝ事である、我れ彼に到り(改心)、彼れ我を納け給ひて(彼にバプテスマせられて)我は我が罪を赦され、救済の門に入ることが出釆るのである。
 「罪の赦免を得んがために、イエスの名に託りて改心せよ 又バプテスマせられよ、然らば汝等云々」とのこ(294)とである、「然らば」とは必しも「其結果として」との意ではない、「之に併せて」とか又は「之と同時に」とか謂ふ意味に之を解することが出来る(英語の and《エンド》にも是等の種々の意味がある)、聖霊の賜は罪の赦免の結果として臨むのではない、之と同時に臨むのである、赦免其物が既に聖霊の賜である、人は改心してイエスの弟子と成るを得て其罪の赦免を得ると同時に聖霊の賜を受くるのである。
 「聖霊の賜を受くべし」とは「聖霊を賜として受くべし」との意である、哥林多前書十二章に示されたる「望霊の賜ふ賜物(霊の賜)を受くべし」とのことではない。
 斯くてペテロは茲にバプテスマの効能を述べたのではない、罪の赦免と聖霊の恩賜に与からんがための途として改心とバプテスマとを勧めたのである、バプテスマのみにては足りない、之に改心の伴ふ必要がある、人が自から改め、神にバプテスマせられて(子として又は弟子として納《うけ》られて)彼は罪の赦を得べく又聖霊の賜を受くべしとのことである、使徒行伝の此一節をバプテスマ(洗礼)奨励の言と解するのは大なる誤謬である、而して人に此誤謬を懐《いだ》かしむるに方て訳文の不完全が与りて力ありしことは是れ又疑なき所である。
 
(295)     〔不深切なる教師 他〕
                         大正4年5月10日
                         『聖書之研究』178号
                         署名なし
 
    不深切なる教師
 
 〇〇伯〇〇伯といひて或る有名なる政治家の家に出入する基督教の教師が沢山ある、余輩は曾て其一人なる〇〇〇〇君に問ふて言ふた「君は屡々伯の家を訪はるゝなれども曾て一回たりとも伯に罪の悔改《くひあらため》を勧めしことありや」と、時に君は答へて曰く「未だ無し」と、余輩は更らに君に問ふて曰ふた、「君は伯に対して甚だ不深切ならずや、君は此世の事業に就て多く伯の賛成を仰ぎながら伯に罪と審判と悔改に就て説いて彼の永遠の幸福を計らざるは是れ伯に対する大なる不深切ならずや」と、時に其数師は黙して余輩に対して答ふる所が無つた、「何れ熟考の上答ふる所あるべし」と言ひて余輩の許を去りしも、数年後の今日未だ彼より此事に関する何等の返答に接しない、余輩は伯の家に出入するを以て大なる名誉と信ずる多くの基督教会の教師の中に、一人たりとも心より伯の霊魂を愛し、憚らずして伯をキリストの謙遜なる弟子の一人と為さんとして試むる者のあらんことを望む。
――――――――――
 
(296)    信者不信者の区別
 
 洗礼を受けた受けないの区別ではない、教会に入つた入らないの区別ではない、必しも酒を飲む飲まないの区別ではない、人の罪を赦す赦さないの区別である、信者は罪を赦す、不信者は罪を赦さない、信者は永く怨恨《うらみ》を懐かない、不信者は何時までも怨恨を懐いて之を霽さんとする、怨恨は心の毒である、之を衷に蔵して人は不快ならざるを得ない、赦免は毒素の排除である。
 
    信仰の欠乏 歎くに足らず
 
 信仰が足らぬとて又は無いとて歎く信者が多くある、然し斯かる信者は基督教の信仰の何である乎を知らないのである、基督教の信仰は確信であるとか、信力であるとか云ふ自分の力ではないのである、基督教の信仰は信頼である、自分以外の或者に頼ることである、彼の義、彼の聖、彼の贖を仰いで以て我が有となすことである、故に我が信仰は有てはならないのである、我が信仰は無い方が宜いのである、我は無一物無能力になりて彼に依てのみ生きんと欲して我は真の信仰の生涯に入るのである、故に我に信仰の無いのを歎くべきではない、無いのを却て喜ぶべきである、無いから止むを得ず頼るのである、而して頼て真の信仰を得るのである、信仰の此秘訣を識て我等は信仰の欠乏をすら歎かざるに至るのである。
 
(297)     福音と来世
         去る三月廿一日茨城県高浜町に於ける本誌読者の会合に於て余の感想として述べし所である。
                        大正4年5月10日
                        『聖書之研究』178号
                        署名 内村鑑三
 
    福音対道徳
 
 基督教即ちキリストの福音は何でありましても律法又は道徳ではありません、此事を善く弁へるのは基督教を学ぷ上に於て最も大切であります、然るに事実は什麼であるかと云ひまするに、大抵の場合に於ては基督教は最高の道徳として認められて居るのであります、モーセの律法の更らに進化したる者、儒教の更らに高き者、其れが基督教であるとは、私が度々信者の口より聞く所であります、而して基督教に就て斯かを思考《かんがへ》を抱きまするが故に信仰が少しも進まないのであります、若し基督教が律法又は道徳でありまするならば是は守るに最も困難い者であります、基督教は単に姦姪する勿れと教へません、邪念を以て婦人を視し者は其心に於て既に姦姪を犯せし也と教へます、基督教は単に人を愛すべしと教へません、兄弟を憎む者は之を殺す者なりと教へます、而して斯かる厳格なる訓誡《いましめ》に接して人は何人も自己に省みて不安に堪えないのであります、彼が若し道徳的に此理想に達しやうと致しまするならば彼は終に絶望せざるを得ないのであります、洵にヨブが言ひましたやうに彼は言(298)はざるを得ないのであります、
  我れ雪水《ゆきみづ》を以て身を洗ひ、灰汁を以て手を潔むるとも、爾、我を汚らはしき穴の中に陥いれ給ふ、而して我衣も亦我を厭ふなり。
  誰か清き者を汚れたる者の中より出し得る者あらんや、一人も無し。
と(約百記九章三十節並に十四章四節)、キリストの教訓に自己を照らして見て自己は罪の塊であります、私共自分に鞭撻に鞭撻を加へましてもやつばり元の我であります、基督教を高き清き道徳と見まして是は人を活かす者ではなくして却て之を殺す者であります。
 而して事は茲に止まりません、自己を責めて止まない者は又他を責めて止まないのであります、自己の詰責は他人の批難と同時に行はれるのであります、自己の不浄に堪えずして他人の不浄を摘指して多少自己を慰めんとするのであります、是れ基督教会に於て相互の批難攻撃が盛んに行はるゝ理由であります、愛の家庭たるべき今の基督教会は罪悪摘指の地獄であります、無慈悲残酷の批評の行はるゝ所とて今の基督教会の如きはありません、其れがために教師の威厳は失せ、信者の愛の冷却するのは言ふまでもありません、然し乍ら其理由は之を探るに難くないのであります、教会の教師と信者とが基督教を律法又は道徳と解するからであります、トルストイ伯の如くに山上の垂訓が基督教の中心であると思ふからであります、所謂キリストの純道徳を以て自己を正し他人を矯めんと欲するからであります、而して斯くも自他の矯正に熱心であるが故に彼等は其目的を達する乎と云ふに決して爾うではないのであります、彼等は往昔のユダヤ人の如くに自己の負ふ能はざる軛を他人の頸に置くのであります(行伝十五の十)、而して人の前に天国を閉て自己も入らず又入らんとする者の入るを許さないのであ(299)ります(馬太伝廿三の十三)、イエスをモーセの更らに大なる者なりと思ひ、福音を更らに高き清き律法なりと思ふ者は終に此に至らざるを得ないのであります、恐るべく慎むべきは福音の誤解であります。
 然しながらキリストの福音は律法又は道徳ではないのであります、二者は全く性質を異にしたる者であります、道徳は何処までも道徳であります、福音は何処までも福音であります、私供は福音を信じて低き道徳より高き道徳に達したのではありません、全く道徳の範囲を離れたのであります、勿論道徳以下に落ちたのではありません、道徳を超越したのであります、自己の努力で超越したのではありません、キリストが其御身を以て之を滅《ほろぼ》し、我等を招き、我等の衷に在りて、我等をして律法道徳の束縛を離脱して恩恵の自由に入るを得しめ給ふたのであります。
 実にキリストの福音は罪の赦免の福音であります、神に自己の罪を赦され、同時にまた他人の罪を赦すの途であります、神に在りては恩恵を以て人に臨み、人に在りては信仰を以て之に対するの途であります、恩恵と信仰、基督教は之で尽きて居るのであります、律法も訓誡もすべて其中に這入つて了つたのであります、私供はキリストを信じてよりもはや内省に心を苦しめないのであります、其代りに私供は彼の十字架を仰瞻るのであります、又他人の罪を責めないのであります、彼に十字架を示すのであります、私供が若し道徳を説きまするならば自分で之を守り又他人をして独力《ひとり》で之を守らしめんとて之を説くのでありません、キリストを紹介せんために説くのであります、道徳の用は人をキリストに逐やるにあります、而して人は高き清き道徳に依りてキリストに逐ひやられて、彼に在りて之を守り得るに至るのであります、先づ自から己を潔うして神を心に迎へまつるのではありません、是は律法の教うる所であります、罪の此儘我心の戸を開いて、キリストをして入て之を潔めていたゞく(300)のであります、故に福音に修養と云ふが如き者は無いのであります、随て自分で仕上げた品性と云ふが如き者は無いのであります、唯信仰があるのみであります、信仰、信仰、信仰であります、罪が有る故の信仰、罪を犯せしが故の信仰、赦されんがための信仰、潔められんがための信仰であります、キリストは潔められし罪人に向つて「汝の修養汝を潔めり」とは言ひ給ひませんでした、「汝の信仰汝を癒せり」と言ひ給ひました、福音と道徳とは其根柢を全く異にするのであります。
 而して自分で自分を潔めたのではなく、単《たゞ》信ずるに由て神に潔められたのでありまするが故に我に何の誇る所は無いのであります、茲に於てか真正《ほんとう》の謙遜が起るのであります、聖成《きよめ》が感謝の原因となるのであります、随て私供は他人の罪を責めんと欲するも能はなくなるのであります、茲に他人の非難攻撃は其根を絶たるゝのであります、所謂批評の精神は失せて了ふのであります、福音を福音として解して批評の地獄は宥恕の天国と化するのであります、私供キリストの福音を信ずる者は其真意を誤まることなく、福音を信ずると称しながら道徳の奉戴に後返《あとがへ》りすることなく、神の恩恵の福音に全身を委ねまつりて愛の行働《はたらき》を完成うしたきものであります。
 
    今世対来世
 
 私は今日より三日後即ち本年の三月二十四日を以て満五十四歳になります、而して此年月に於て私が学び得ました最も大切なる事の一は今世の価値なき事に対する来世の価値ある事であります、即ちパウロの言を以て曰ひまするならば
  そは見ゆる所の者は暫時《しばらく》にして見えざる所の者は永遠《かぎりなけ》れば也
(301)と云ふ事であります(哥林多後書四の十八)、私は歳が邁《すゝ》むに循ひて此感が益々強くなります、此広き豊なる世界、此人類の活動の舞台、此美はしき愛の園、是れが詰らない価値のない所であると云ひまするならば如何にも厭世的に聞えまするが、然し事実は掩ふべからずでありまして、是は実に詰らない価値のない世界であります、此所に何事も時の間であるのであります、何事も変りつゝあるのであります、此所に永久的なる者は何にも無いのであります、完全なる者は無いのであります、何物も逐へば消え、使用へば尽果るのであります、而して万物《すべてのもの》の終る所が死であります、最も幸福なる生涯も覚れば片時の夢であります、政治と云ひ経済と云ひ殖産と云へば洵に立派に聞えまするが、然し百年ならずして朽《くつ》る肉体を養ふためのものであると知れば少しも貴くはありません、大戦争の目的が僅かに領土拡張に在ると聞いて人命の如何に安価《やす》きかが判明るのであります、而して此間に処して国家を調理する者が大政治であると知りて永遠者の立場より見て国家は小児の玩具であり、政治は其の遊戯であることが判明るのであります、此世の主に眩惑せられて西走東奔に自己を忘れて居る間は此明白なる事実に気が附きませんが、一朝夢覚めて実在を其真相に於て認めまする時に、何人も伝道者の言を藉りて覚醒の声を放たざるを得ないのであります、
  空の空、空の空なる哉、都て空なり、日の下に人の労して為す所の動作はその身に何の益かあらん
と(伝道之書一章二、三節)。
 然し乍ら是は人生の半面であります、而して神に由らずして人は他の半面を見ることが出来ないのであります、今世は実に夢世であります、然し夢は現実の影であります、而して我等は今世に於て永遠の来世の射影図を見るのであります、恰かも大洋の深淵の面《おも》に波と泡とが立つ如き者であります、而して薄き幕一枚が今世を来世より(302)劃《わか》つのであります、幕の彼方に永遠の真実の来世が在るのであります、此方に暫時の仮りの今世が在るのであります、而して神はキリストを幕の彼方より此方に遣はし給ひて、我等をして希望を悉く彼方に移して此方に留めざるやう我等に教へ給ふたのであります。
 而して信仰の進歩と共に今世は益々軽くなりて来世は益々重くなるのであります、身は今尚ほ幕の此方に留まりまするが、心は既に彼方に移りて其栄光を感ずるのであります、而して彼方に厚くなればなる程此方に薄くなるのであります、此栄光の国の我がために備えられしを知りて私供は此世の欲望が日々に薄らいで来るのであります、而して耳に微かに其音楽を聞き、眼に微かに其燿輝《かゞやき》を望みて私供の心は飛立つのであります、然り、幕一枚であります、而してすべての誘惑《こゝろみ》は終るのであります、すべての涙は拭はるゝのであります、イエスを面前《まのあたり》拝し奉るのであります、愛する者に再会するのであります、すべての疑問が解けるのであります、すべての誤解が氷解するのであります、而して新らしき自由の生涯に入るのであります、人は人生が短いとて歎きまするが基督者は其長からざるを感謝するのであります、栄光の国は今や目前に横たはるのであります、歓びても尚ほ喜ぶべきではありません乎。
 而して永遠の来世が確実になるに至りまして、価値の無い今世に真個の価値が附いて来るのであります、先づ第一に私供は世を厭はなくなるのであります、此世の苦痛は来世の希望を以て慰め得て余りあるのであります、今世は又来世に入るの準備の場所として無上の価値を有するに至ります、其物自身のためには何の価値もない此世は来世と相関聯して必要欠くべからざる者となるのであります、日々の生計《なりはひ》の業の如き、其物自身のためには心思を労する程の価値なきやうに思はれますが、然し之に由て来世獲得の途が開かるゝを知て、小事が小事でな(303)くなるのであります、実に来世に存在の根柢を置かずして今世は全然無意味であります、然し乍ら一たび之を握るの特権を賦与せられまして、此無意味の今世が意味深長の者となるのであります。 世には来世を知るの必要は無いと云ふ人があります、斯かる人が今や基督信者と称せらるゝ人の中にさへ多いと云ふ事は実に驚き入つたる次第であります、所謂現世的宗教は宗教ではありません、来世を明かにするが故に宗教は殊に人生に必要なるのであります、殊に此事を明かにするが故に基督教は殊に必要なるのであります、
  キリスト死を廃《ほろぼ》し福音を以て(永遠の)生命と壊《くち》ざる事とを明かにせり
とあります(提摩太後書一の十)、キリストに由りて来世は明かになつたのであります、彼に由て私供彼の弟子等は今此世に在て猶ほ希望の内に私供の戦關《たゝかい》を続けて居るのであります、而かもキリストは決して私供より遠く離れて在ますのではありません、唯幕一枚であります、彼は幕の彼方に在りて私供の祈祷を聴き、最《いと》近き援助《たすけ》として在し給ふのであります、私は今日此歓喜を此地に於て私の愛する兄弟姉妹方に頒つことの出来るのを神に感謝致します。
 
(304)     WHAT IS CHRISTIANITY? 簡短なる基督教
                        大正4年6月10日
                        『聖書之研究』179号
                        署名なし
 
     WHAT IS CHRISTIANITY?
 
 Christianity,We understand,is a very simple thing. We might almost say,it is simplicity itself. Negatively,it is not morality. It is not social reforms;neither is it“ethical evangelism,”nor“international ethicism,”nor any other of those high-sounding modern isms. Christianity is God's grace to be appropriated by man's faith. GRACE AND FAITH almost exhaust Christianity. It is simple enough to be understood even by a child. Indeed,only children can understand it. Certainly that English missionary was greatly mistaken who stated that no present-day Japanese could possibly understand Christianity,seeing that Japan had had this religion for only fifty years! A year, a month,a day,an hour,yea a moment is enough to understand GRACE AND FAITH.
 
     簡短なる基督教
 
 基督教は至て簡短である、一言以て之を言尽すことが可能る、人の信仰を以て神の恩恵を収得することである、是(305)れ童子《わらべ》と雖も解し得ることである、然り、童子にあらざれば解することの出来ない事である、基督教を解するに永き研究は要らない、恩恵と信仰とを解するに一時間あれば沢山である、然り、一瞬間に之を了解することが可能る。
 
(306)     〔基督教国と基督教 他〕
                         大正4年6月10日
                         『聖書之研究』179号
                         署名なし
 
    基督教国と基督教
 
 小国の中立を侵せし独逸を見よ、同盟国の弱きに乗じて同盟を破棄して之に向て戦を宣せし伊国を見よ、而して中立侵害を憤ると称して戦を宣しながら同盟破棄を歓呼する英国を見よ、然かも彼等は自ら基督教国なりと称す、今や基督教国に基督教あるなし、我等は之を彼等に学ばずして、直に神より授かるべきなり。
 
    善悪の大小
 
 悪人に大小があり、善人にも亦大小がある、小なる悪人は悪人なるが故に悪人として世に認めらるゝ者である、大なる悪人は悪人なるに善人として此世と教会とに認めらるゝ者である、其の如く、小なる善人は善人なるが故に善人として世に認めらるゝ者である、大なる善人は善人なるに此世と教会とに悪人として認めらるゝ者である、而して我等の主イエスキリストが第四種の人であつて其模範でありしことは言はずして明かである、而して又彼の忠実なる弟子は総て「大なる善人」の階級に属すべき者なるは是れ又言はずして明かである、主は曰ひ給ふた、
(307)  弟子は其師の如く、僕《しもべ》は其主人の如くならば足りぬべし、人若し主人を呼びてベルゼブル(悪魔の王)と云へば況して其家の者をや
と(馬太伝十章廿四節)、願ふ我等小なりと雖も亦イエスの弟子を以て称せらるゝ者、我等の師イエスキリストに傚ひて此世と教会とに乱臣、国賊、異端、偽善者と呼ばるゝ真の善人たらんことを。
       ――――――――――
 
    自由福音の解
 
 何故に自由福音と称ふ?
 人の之を信ずるも信ぜざるも彼の自由なるが故に爾か称ふに非ず、又之を信ずる者をして自由気儘の人たらしむるが故に爾か称ふに非ず、又自由研究と称して拘束せられざる学究に由て其真理を発見し得るが故に爾か称ふに非ず。
 自由福音と称ふは教会、教職、教義と称するが如き人の定めし権威に対しての自由を称ふなり 律法、神学、信条と称ふが如き機械制度に対しての自由を称ふなり、すべての教権と儀文と規則とに対しての自由を称ふなり。
 福音は素より神の善き聖意より出し者なり、然り、福音は善なる神の聖意其物なり、故に之に与かるの途として唯人の善意あるのみ、神の善意之を恩恵と称ひ、人の善意之を信仰と称ふ、神の恩恵に対するに人の信仰を以てす、福音の要求は之に他ならず、教会、教職、教義、律法、信条等に由らず、唯鹿の渓水を慕ひ喘ぐが如く砕けたる悔ひし心を以て聖父を慕ふ、神と人との聞に直通の途を備へし者、之をば称して自由福音といふなり、監(308)督、牧師、宣教師等の干渉を受けざるが故に自由たるなり、儀式、教則、信条等の拘束を受けざるが故に自由たるなり、律法、道義、戒律等に由らざるが故に自由たるなり、人よりに非ず又人に由らず直にイエスキリストと彼を死より甦らしゝ父なる神に由るが故に自由たるなり、単に信仰の途なるが故に自由たるなり、自己献納の途なるが故に自由たるなり、他人を経ざる父子接近の途なるが故に自由たるなり、人と制度と教権とを全然排斥して直に神の懐に入るの途なるが故に自由たるなり。
 自由の福音なり、故に万民の福音なり、単に信仰を以て神の恩恵に応ぜんと欲す、之に人種、階級、学派、教派の別あるべからざるは勿論なり、人は何人も、信仰に由り、今日直に、修養に由らず、行為に由らず、儀式に由らず、教会教職等の援助を藉りずして、神の聖召《みまねき》に応じて直に彼の救済に与かるを得るなり。
 貴き哉自由の福音、讃むべき哉此福音を賜ひし神!「此の言尽されぬ神の賜物によりて我れ神に感謝する也」である(哥林多後書九の十五)。
 
(309)     僕の信仰
                        大正4年6月10日
                        『聖書之研究』179号
                        署名 内村生
 
  愛すべき三人の青年の今年帝国大学を卒業したれば彼等を祝せんとて晩餐を共にし、其席に於て語りし所の一節。
 僕の信仰は至て簡短である、是は十語《テンワーズ》以下を以て言表はすことが出来る、神、愛、恩恵、信仰……神は愛である、故に罪人に対するに恩恵を以てし給ふ、而して人は信仰を以て此恩恵を己が有として享受することが出来る……僕の信仰は是れ丈けである、君等が猶ほ二十年又は三十年僕の説教を聴かふが、君等は同事の繰返を聴くまでゞある、問題の方面は違ふであらふ、其例証は異なるであらふ、然し乍ら主題は同一である、同事を何時も方法を異にして語るまでゞある、神の恩恵に対する人の信仰、恩恵と信仰、僕の宗教も哲学も是れで尽きて居るのである。
 若し全宇宙に愛より大なる者があるならば僕の信仰は立たないのである、若し人生に信仰より貴い者があるならば僕の宗教は壊れて了ふのである、然し乍ら僕は斯かる者の無いことを信ずるのである、僕は宇宙は愛を中心として成立する者であると信ずるのである、而して己を宇宙の此中心点に置き、之と調和し、之を達観せんと欲すれば信仰に依るより他に途は無いと信ずるのである、而して基督教は斯くの如くにして宇宙を観、斯の如くに(310)して人生を解するが故に、僕に取りて最も貴いのである、君等の能く知る通り僕は教会、僧侶、監督、牧師、宣教師等は大嫌ひである、僕は所謂宗教として基督教を信ずるのではない、僕は教会の宗教としての基督教を心の奥底より嫌ふ、若し僕の好悪を謂ふならば、僕は教会の汚濁に染まざらんがために基督教を棄たく欲《おも》ふ者である。
 然し乍ら聖書に現はれたる神性観と人生観、是れ僕に取りては無上に貴い者である、僕は何物を棄ても之を棄つることは出来ない、其単純にして深遠なる真理、十語《テンワーズ》以下を以て言表はすことの出来る真理、僕は死すとも之を棄ることは出来ない、之を信じ之を語ることは僕の生命である、僕は今日まで三十五年間之を説き来つた、僕は死ぬるまで之を説く決心である、君等が今日まで之を聴いて呉れて僕は深く君等に感謝する、僕は更らに他の人々に、殊に他の青年等に、僕の此説教を継続くるであらう、神の愛に対する諸君の信仰を以てせよと、僕は斯く説いて、宇宙が僕に共鳴し、人類が僕に賛同するやうに感ずるのである。
 僕は君等がいつまでも此簡短なる信仰を保たれ、いつまでも学生《スチユーデンツ》として又|男童《ボーイズ》として存《のこ》らんことを望まざるを得ない、人を早老せしむる者は複雑なる信仰である、我等は単純なる信仰を懐いて永久に小児である事が出来る。
 
(311)     約翰伝第六章大意
                         大正4年6月10日
                         『聖書之研究』179号
                         署名 内村鑑三
 
 約翰伝解釈の鍵鑰《かぎ》は其序文即ち一章一節より五節までに於て在る、  太初《はじめ》に道《ことば》ありき、道は神と相対して在りき、道は即ち神なりき。
  此道は神と相対して在りき、万物彼に由りて造られたり、造られたる者にして一として彼に由らで造られしは無かりき。
  彼に生《いのち》ありき、此生は人の光なりき、光は暗《くらき》に照る、而かも暗は之を暁らざりき。
 「道」は万物の霊である、故に宇宙の在りし前に神と相対して在りし者であつて、彼れ自身が神である、此霊に由て万物は造られ、万有一として彼に由らずして造られたるはない、此霊が肉体を取りて現はれたる者がナザレのイエスである、彼は生命の源であつた、実に生命其物であつた、生命であつて又光であつた、其光が暗らき此世を照らしたのである、而して今猶ほ照らしつゝあるのである、而かも悲しむべき事には暗に沈む此罪の世は光を光として認めなかつたのであると、約翰伝が語らんと欲する事は此事である、更らに之を約めて言へばイエスに就て左の三大事実を述べんとしたのである、
  第一、イエスは神であつて万物の造者《つくりて》でありし事。
(312)  第二、彼は生命であり又光である事。
  第三、彼の体現に会ふて世は彼を接けずして却て彼を斥けし事。
 注意して約翰伝を読む者は其各章に渉りて以上の三大事実の実証を見るのである。
 常に難解を以て称せらるゝ約翰伝第六章も此事を心に止めて読めば解するに難くないのである、即ち、著者が目的とするイエスに関する以上の三大事実を表明する者と見て其意味を探ることは難くないのである、約翰伝は新約聖書中にありて最も組織だちたる書である、一定の趣向は其全篇を通うして貫徹して居るのである、其第六章も亦此趣向の表現に過ぎないのである。
 イエスは万物の造者であることは此章に記されたる二箇《ふたつ》(或ひは三箇《みつつ》)の奇跡に由て示されたのである、イエスは少量《すこしばかり》のパンと魚とを倍増し之を以て約そ五千人を養ひしことに由て彼が明かに万物の造者であることを現はし給ふたのである、「万物彼に由て造られ、被造物にして一つとして彼に由らで造られしは無し」との事は此奇跡に由て能く証明されたのである、イエスは茲に彼が万物の造者たるの資格と実力とを表明されたのである、此奇跡たる是れ太初より神と相対して在り、即ち神なるものにあらざれば行す事の出来ないものである、然し乍ら神なるイエスに取りては易々たる業であつたに相違ない、
  イエス パンを取り祝謝《いの》りて弟子に予へ弟子之を坐《すわり》し人々に予ふ、
とある(十一節)、其間に何の騒がしき所はない、仰々しき所はない、驚くべき奇跡は静かに易々《やす/\》と何の努力をも要せざるが如くに行はれたのである、而して神が万物を造り給ひし時は如斯《かう》であつたに相違ない、彼れ言ひ給へば成れりとある(詩卅三篇九節)、人が物を造る時に騒音《さわぎ》が多い、製造場の煙《けぶり》が揚る、其器械が運転《まは》る、製造人は汗(313)を流して働く、盛に製品を広告する、喧々囂々、人は声を立るにあらざれば何事をも為し得ないのである、之に反して御自身の衷にすべての能力を保有し給ふ神は物を造らんと欲して直に之を造り給ふのである、彼は天然の順序を遂ふの必要は無いのである、恰かも人が語らんと欲して語るが如くに神は造らんと欲して造り給ふのである、「イエスパンを取り祝謝り弟子に予へ」とある、実に神らしき行為である、人の立場より見れば驚くべき奇跡である、然し乍ら神としては当然の行為である、而してイエスは此所に此行為に出たまふて彼の実に神なることを現し給ふたのである。
 パンを造り又魚を造りて彼が万物の造者なることを証し給ひて後はイエスは更らに水上に歩を運び船を行りて彼が宇宙の主宰者なることを示し給ふたのである、「一里十町ばかり漕出せる時イエスの海を行《あゆ》み船に近づくを見る」とあり(十九節)、又「彼れ船に登りければ(船は)直に其往かんとする所の地に着きぬ」とある(廿一節)、天然の主は天然の法則に縛られずして之を支配し給ふのである、彼は水の上を歩行みて其呑む所とならないのである、彼は風と梶とに依ることなくして船を行ることが出来るのである、不思議といへば不思議である、然れども「万物彼に由りて造らる」と言はれし其者の行為としては決して不思議ではないのである、斯かる行為を目撃したればこそ約翰伝の記者は言ふたのである、
  夫れ道肉体と成りて我等の間に寄《やど》れり、我等その栄を見るに実に父の生み給へる一子《ひとりご》の栄にして恩恵と真理《まこと》とに充てりと(一章十四章)、イエスの行ひ給へる奇跡は彼が神の子たるの証拠であつた、其栄の表現であつた、太初に神と相対して在し、万物を造り給ひし者が人類の救主として世に現はれ給ひし休徴として是等の奇跡を行ひ給ふた(314)のである。
 イエスは万物の造者である、宇宙の主宰者である、是れ約翰伝の言はんと欲する第一である、而して其第六章に於ては此事は二箇の奇跡を以て示されたのである、パンと魚との倍増の奇跡と、水上歩行、短艇着岸の奇跡とを以て示されたのである、次ぎに示さるべきはイエスの生命と光なる事である、而して茲には彼が生命である事が殊に示されたのである、彼が光なる事は別の奇跡に伴ふて別の所に於て示されたのである。(約翰伝第九章が其れである)
  神のパンは天より降りて生命を世に与ふる者也(卅三節)。
  イエス曰ひけるは我は生命のパン也と(卅五節)。
  我は天より降りしパン也(四十一節)。
  我は生命のパン也(四十八節)。
  イエス曰ひけるは誠に実に汝等に告げん、若し人の子の肉を食はず其血を飲まざれば汝等に生命なく、我肉を食ひ我血を飲む者は永生あり、我れ末《をはり》の日に之を甦らすべし(五十三、五十四節)。
 斯の如くにしてイエスは生命であるとの事が幾多の方面より叙述されたのである、生命はイエスに於て在るのである、彼を離れて生命は無いのである、彼は神のパンである、生命のパンである、天より降りしパンである、而して彼を食ふことに由て永生がある、復活は彼に由てのみ行はるゝことであると、事は殆んど諄々《くだ/\》しと思はるゝ程までに綿密に述べられたのである、然れども其中に無益の重複とては一言も無いのである、真の生命はすべての方面より截然《さいぜん》として叙説されたのである、殊に生命の頂点とも称すべき復活に就て叙説されたのである、我(315)れ末日に之を甦らすべしと、イエスは三度重ねて茲に述べ給ふたのである、生命の源なる彼であればこそ斯く明確《はつきり》と此事に就て述ぶることが出来たのである、人の復活はイエス独特の事業である、是れ彼を離れて行はるゝ事ではない、人は天然的に復活するのではない、イエスに由て復活せしめらるゝのである、故に言ふ
  我れ末の日に之を甦らすべし
と、「彼に生命あり」と言はれし彼れイエスが、彼が甦らすべしとの事である、復活を自然的現象と解して之を解することは出来ない、復活は生命の新供給である、其新発展である、故に生命の源なる神の子イエスに由てのみ行はるゝ事である、「我れ末の日に之を甦らすべし」と云ふ、人の言としては妄言の極である、然れども生命の源なる神の子の言としては当然の言である、イエスは天より降りし生命のパンである、彼を食ひて人は生長して終に永生に達するのである、パンと魚との倍増の奇跡を機会としてイエスは茲に彼れ御自身が生命であり給ふ其事を叙説し又力説し給ふたのである。
 斯の如くにして「万物彼に由て造られたり」と云ふ事に続いて「彼に生命あり」と云ふ事が述べられたのである、而して之に続いて「光は暗に照り、暗は之を暁《さと》らざりき」と云ふ事に就て述べられるべき順序である、而して其事が六十節以下に於て述べられてあるのである、
  弟子等の中、多くの人、之を聞き曰ひけるは 此は甚だしき言なり、誰か能く之を聴かんや
と(六十節)、是れ懐疑の始である、
  此後その弟子多く返往てイエスと偕に行《あゆ》まざりき
と(六十六節)、是れ懐疑の実現である、心中の疑惑は茲に背叛の実行となりて現はれたのである、
(316)  彼(イスカリオテのユダ)は十二の一人にしてイエスを売らんとする者なり
と(七十七節)、是は背叛の極点である、茲にイエスの直弟子の一人は彼の敵と結んで彼を十字架の上に曝し、彼をして屈辱の死を遂げしめたのである、実に「暗は之を暁らざりき」である、世人は万物の造者、宇宙の主宰者、生命と光の保有者の体現に会して、之を栄光の主として仰がざりしのみならず、却て之を辱かしめ、之を殺し、之を人類の記憶より葬り去らんとしたのである、罪の罪、悪の悪とは此事である、世の罪の深さは其の斥けし光の如何に由て定めらるゝのである、世は生命其物を拒み、光其物を斥けたのである、彼等が罪せらるべきは当然であつた、イエスは後に曰ひ給ふた、
  我れ若し来りて語らざりしならば彼等罪なからん、然れども今は其罪弁明《いひひら》くべきやうなし(十五章二十二節)、
  我れ若し他《ほか》の人の行《な》さゞりし事を彼等の間に行さゞりしならば彼等罪なからん、然れど彼等は既に我れと我父とを見て之を悪めり(同廿四節)、
 茲にユダヤ人はイエスの奇跡を見、言辞を聞て彼を信じなかつたのである、彼等の罪や実に大なりである。
       *     *     *     *
 今や基督信者と称する者までがイエスの奇跡を疑ひ又は否認するのが普通である、殊に此章に記されたる奇跡の如き、事実として之を信ずる者は識者を以て自から任ずる者の中に甚だ稀である、然し乍ら、他の場合はさて措き、此場合に於てイエスが行ひしと云ふ奇跡を否認して全章の構成を壊たざるを得ないのである、問題は科学上又は歴史上のそれでは無いのである、信仰上のそれである、イエスが奇跡を行ひ得ざりしとならば彼が救主たるの資格は消滅するのである、彼は生命の源であつて永生の供給者であるとのことである、信者は彼より復活を(317)要望し、霊魂を彼に委ねて死に就くのである、然るに若し此イエスが奇跡を行ふ能力を有ないと云ふならば信者の癸卯は全く徒然《むなしく》なるのである、信者は末日に彼より最大の奇跡の施されんことを望みて死に就くのである、信者が「主に在りて眠る」と云ふは此事である、而して最大の奇跡なる復活を行ふ者は地上に在りてより小なる奇跡を行ひ得ざる理由は無いのである、信者の復活に比べて見てパンと魚との倍増は小なる奇跡である、此のより小なる奇跡を易々と行ひ得し者であるが故に、信者はイエスを崇めて救主となし、彼に霊魂を委ねまつり、彼の復活の約束を信じ、彼に在りて安き眠に就くのである。
 若しイエスが此章の始めに記せるが如き奇跡を行はざりしならば、彼は後に至りて「我れ末日に之を甦らさん」と幾度繰返して言ふとも何の効力も無いのである、パンと魚とをさへ造ることの可能《でき》ざりし者が死者を復活し得るの理あらんやである、イエスに奇跡を行ふの能力が無くして、彼は人類の救主では無いのである、善き道徳の教師だけでは人を永遠に救ふことは可能ないのである、救済は霊の事である又体の事である、人に完全なる霊を与へて之に加ふるに永久朽ざる完全なる体を以てして救済は完成せらるゝのである、而して此完全なる救済を施すべき者は万物の造者以下の者であつてはならないのである、而してイエスは自由に奇跡を行ひて彼が人類の要求する完全なる救主であることを示し給ふたのである。
 奇跡を否定するは学者らしく見える、勿論意味の無い奇跡は悉く否定すべきである、然し乍らイエスの奇跡は意味の無い奇跡ではない、之に人類の永遠の希望が繋がるのである、彼に此能力があつたからこそ、而して今猶有ると信ずるからこそ死は万事の終焉《おはり》で無い事が信ぜらるるのである、我等は奇跡を行ふことの可能ないやうな、そんな弱き救主を信ずるのではない 我等が信頼《たよ》る救主は強者である、彼は万物を己が掌中に握り給ふ者であ(318)る、而して此権能を有するが故に彼は言ひて憚り給はなかつたのである「凡て父の我に賜ひし者は我れ1をも之を失はず、末日に之を甦らすべし」と(三十九節)。
 
(319)     政党と教会
                        大正4年6月10日
                         『聖書之研究』179号
                         署名なし
 
 党の為めに計る政党はある、国の為めに計る政党はない、国は政党の犠牲となりつゝある、恁くして政党は亡ぶるであらふ、而して国も亦終に亡びざるを得ないのである。
 教会の為めに計る教会はある、福音の為めに計る教会はない、福音は教会の勢力維持のために使用されつゝある、恁くして教会は消て了ふであらふ、而して福音も亦民の間に衰へざるを得ないのである。
 愛国者よ、党のために計る政党を賛《たす》くる勿れ、基督者よ、教会の為めに計る教会に何の干与《かゝは》る所ある勿れ。
 
(320)     完全の途
         五月八日モアブ婦人会の席上に於て語りし所
                         大正4年6月10日
                         『聖書之研究』179号
                         署名 内村鑑三
 
 人を完全に為すのが基督教の目的であります、イエスは其の弟子等に告げて曰ひ給ひました、
  是故に天に在す汝等の父の完全《まつたき》が如く汝等も完全かるべし
と(馬太伝五章四十八節)、即ち神の完全なるが如く彼等も完全なるべしとの事であります、然るに世には完全き人とては一人も無いのであります、「義人なし、一人もあるなし」であります、完全は人の理想ならんも人の達する能はざる所であるとは誰しも曰ひて憚らないところであります。
 然るに基督教は大胆に宣べて憚らないのであります「天に在す汝等の父の完全きが如く汝等も完全かるべし」と、是れ人に無理を強ふるのでありますまい乎、単に義人となれ仁者となれと言ふに止まりません、完全になれと言ふのであります、古の聖人君子と雖も達するを得ざりし完全に達せよと言ふのであります、私共凡夫に向て完全無欠の人となれと言ふのであります、是は無理な要求であつて、私供肉を具へたる人間の到底応ずることの出来ない要求ではありますまい乎。
 誠に基督教を除いて他に斯かる要求を為す宗教はないのであります、そは為すも無益であることを知るからで(321)あります、此世の宗教はすべて罪を蔽ふための宗教であります、荏弱を庇ふための宗教であります、正義に代ふるに儀式を以てする宗教であります、然るに神の道のみは完全を以て人に迫るのであります、
  我れ潔ければ汝等も潔くすべし
とヱホバは其民に宣べ給ふのであります(利未記廿章七節、彼得前書一章十六節)、純潔を文字通りに彼等より要求し給ふのであります、誠に厳格極まる要求であります、人が始めて基督教に接して之を避けんとするは是がためであります、彼等は到底其要求に応ずることの出来ないことを知るからであります、或る人が仏耶両教を此べて仏教は慈母の如し耶蘇教は厳父の如しと言ふたのは能く二者の真意を穿つた言葉であると思ひます。
 然し乍ら神の這である以上は此要求を為さなければなりません、人より完全を要求しない宗教は之を神の道と称ふことは出来ません、人は不完全ながらにして神の子たるを得べしと言ふは神を蔑にする言であります、神に似たる者のみ神の子であります、而して神の子とならずして彼の国に入りて其栄光に与かることは出来ません、救済とは他の事ではありません、完全者と成ることであります、パウロの言を以て曰ひますれば「汚点なく皺なく聖にして瑕なき栄ある」者と成ることであります(以弗所書五章廿七節)。
 而して神は人より完全を要求し給ひて之に達するの途を設けずには置き給はないのであります、神は神らしき要求を為し給ふと同時に又神らしく人を完全に導き給ふのであります、即ち神ならでは為すを得ざる要求に対して神ならでは設くる能はざる途が設けられたのであります、人を完全にすること、其事は神に応はしき事業であります、是れ神ならでは為すを得ざる事業であります、而して神はキリストを以て此事を為し給ふて、彼が真に神なることを顕はし給ふたのであります。
(322) 完全、神の完全なるが如き完全、不完全極まる我等凡夫が此完全に達するの途、是れが基督教であります、基督教は世の所謂宗教道楽が教理を弄ぶ玄妙不思議の奥義ではありません、監督、主教など云ふ世の所謂宗教家が教権を揮ふための器械ではありません、基督教は人を道徳的に完全にするの途であります、神が其最大の犠牲を払ひ給ふて、我等罪人を己が子と為さんとて設け給ひし天下唯一の途であります。
 而して神は如何して人を完全に為し給ふのであります乎、彼は先づ第一に完全の人を世に遺はし給ひました、「義人なし一人もなし」ではありません、唯一人ありました、義なるイエスキリストであります(約翰第壱書二章一節)、彼は疵なき汚《しみ》なき羔であります(彼得前書一章十九節)、彼は罪と云ふことを知り給ひませんでした、彼の敵も味方も彼に在りて欠点を看出すことが出来ませんでした、彼の弟子は彼と偕に在りて
  我等其栄を見るに実に父の生みたまへる独子の栄にして恩寵《めぐみ》と真理《まこと》にて充り
と言はざるを得ませんでした(約翰伝一章十四節)、人間の中に彼のみが己が反対者に向つて
  汝等のうち誰か我を罪に定むる者あらんや
と断言し得るの資格を持ちました(同八章四十六節)、茲に人類の長き歴史に於て唯一回、何人も道徳的に非難することの出来ない人が現はれたのであります、イエスキリストのみは実に天に在す父の完全きが如き完全き人でありました、彼れのみは人類が「人の子」即ち人類の模範として神の前に献げて恥しからざる者であります。
 斯くして茲に一人の完全者がありました、而して彼れの完全は彼れ一人に止まるべきではありませんでした、彼を接けその名を信ずる者には能力を賜ひて之を神の子と為せりとありますやうに、此完全者を接け、彼の生涯に現はれたる事蹟を信じ、信仰を以て之を己が有と為さんと欲して、人は何人も竟に彼の完全なりしが如く完全になる(323)を得るのであります、茲に人の側《かわ》よりすれば信仰を以てして完全に達するの途が設けられたのであります、神はイエスに信頼る者を未だ完全ならざるに既に彼れイエスの如く完全なる者として納《う》け給ふのであります、而して神に完全者として取扱はれて人は竟に完全なるに至るのであります、是を称して信仰の途と云ひます、道徳の途とは全く違ひます、努力以て不完全より完全の巓へと攀登るのではありません、是れ到底|不可能事《できないこと》であります、我等は信仰を以て神の援助に由り其愛子の国に遷《うつ》さるゝのであります(哥羅西書一の十三)、而して其処に遷されて竟に彼れ愛子に似るに至るのであります、実に驚くべき聖業であります、然し疑ふべからざる事実であります、イエスを救主と仰いだ数多の人の実験したる事実であります、イエスに対する信仰は単に信仰として止まらないのであります、是は必ず改心を起し善行として現はるゝのであります、
  神の旨は是なり、即ち汝等の潔められんことなり
とあります(テサロニケ前書四の三)、我等は神の子イエスを信じて竟には彼の潔きが如く潔くならざるを得ないのであります、勿論|瞬間《またゝくま》には成れません、パウロの曰ひましたやうに
  我等鏡に対して見るが如く主の栄を見、栄より栄へと其同じ像《かたち》に化《かは》る也
であります(哥林多後書三の十八)、徐々と化るのであります、日に日に新たに成るのであります、栄より栄へと少しづゝ栄の主の像に化るのであります、而かも其変化たる曖昧ではないのであります、確実であるのであります、我等主イエスを仰げば仰ぐほど其|聖像《みかたち》が我等の身に感染《うつ》るのであります。
 何んと貴い事ではありません乎、天に在す父の完全きが如く竟に完全くなることが出来るのであります、実に実質的に神の子と成ることが出来るのであります、其途がキリストの福音に於て備へられてあるのであります、(324)聖人も君子も到底達することの出来ないと諦めし完全の域に達することが出来るのであります、人世の快事何者か之に若かんやであります、而して其途たる決して難くはないのであります、我等はもはや白楽天と共に
  行路難、水に在らず山に在らず
と長大息するの必要は無いのであります、唯神の遣はし給ひし完全者イエスを信じ彼を仰瞻て竟に彼の完全を以て我が完全となすことが出来るのであります。
 斯く考へて見て「天に在す汝等の父の完全きが如く汝等も完全かるべし」との主キリストの要求の決して無理の要求でないことが解るのであります、神は天の高きに立ち給ひて弱き人間に向ひて「汝等は此処まで登り来るべし」と唯叫び給ふのではありません、彼は人が彼に到る其途を具へ給ひました、ヤコブが夢に梯の地に立ちゐて其巓の天に達《いた》れるを見たりとありまする、其の天と地と、神と人間とを繋ぐ梯がイエスキリストを以て具へられたのであります(創世記二十八章十二節)。
 道徳道徳と言ひます、道徳は実に貴くあります、道徳は行状を直します、高き精神を供します、道徳は厳格なる人を作ります、然し乍ら道徳は意志を直しません、道徳は罪を潔めません、道徳に由て人の生来《うまれつき》の性質は変りません、而して完全とは単に外部の完全を云ふのでありません、完全なる人は内部より完全なる人であります、悪を為さないばかりでなく悪を思はない人であります、人の心身全部の改革であります、愛を唯一の動機となすことであります、さうして道徳はこの事を為さんと欲して為し得ません、道徳は外の力であります、之に人を其心の根柢より改造するの力はありません。
 誠に私供御互は私供の欠点を指されたればとて完全無欠の人となることは出来ません、人間|相互《あいたがひ》の場合に於(325)きましても、愛は人を完成する唯一の力であります、若し茲に愛に富める友人がありまして、私供が不完全なるに関はらず、完全なる者として私供を取扱つて呉れ、私供の欠点は之を眼に留めず、些《すこし》ばかりの美点にのみ目を注いで私供を信任して呉れまするならば、私供は竟に彼の愛に感じて稍や彼が私供に就て思ふて呉れるやうなる人と成ることが出来るのであります、西洋の諺に「人を盗人《どろぼう》と呼べよ、其人は竟に盗人と成るべし」と云ふことがあります、其反対に又、人を善人と呼べば英人は又竟に善人と成るのであります、今日の教会や新聞紙が為すやうに、批評と攻撃と詰責とに由て人を改めんとするは、反て其人を悪くする途であります。
 神は人を救ひ給ふに方て人間の此心理に依り給ふのであります。神はイエスを信ずる私供を、私供としてゞはなく、イエスとして見て下さるのであります、彼は不完全なる私供罪の子を、私供が彼の独子完全なる人イエスを信ずるの故を以て、イエスの完全なるが如く完全なる者として扱ふて下さるのであります、聖書の言葉を以て言ひまするならば、私供はイエスを信ずるに由て、今は律法《おきて》の下に在らずして恩恵の下に置かるゝのであります、而して其結果として私供は衷心よりイエスに化せられて、竟には彼の完全なるが如く完全に成るを得るに至るのであります、聖書に
  我等(信者)皆な彼(イエス)に充満《みち》たる其中より受けて恩寵《めぐみ》に恩寵を加へらる
とあるのは此事を云ふのであります(約翰伝一の十六)、懲供は奮闘努力して自から完全なるを得て完全者として扱はるゝのではありません、若しさうならば私供の努力は無益であります、私供は未だ不完全なるに完全者イエスを信ずる一事のために完全者として扱はるゝのであります、而して其結果として私供は竟に彼の完全なるが如く完全に成るに至るのであります、実に些少《わづか》の差違《ちがひ》のやうに見えます、然し其間に天地の差違があります、道徳(326)の途は律法の途でありまして其|竟《おは》る所は死であります、之に反して福音の途は恩恵の途でありまして、其竟る所は生命であります、完全に化して完全に成るのではありません、完全と認められて完全に成るのであります、実に神は愛であります、彼は其独子を世に遣り給ひて人力の及ばざる此大事を成就《とげ》たまふたのであります。
 世に愛すべき賞すべき技術は沢山にありまするが、性格を完成するに優さるの技術はありません、是は最上の美術であります、而して私供何人も欲《この》んで画家となることは出来ず、彫刻者と成ることは出来ず、又音楽家と成ることは出来ませんが、然しイエスを信ずるに由て、何人も竟に完全者と成ることが出来ます、是れ実に実の絶頂、技術の終極でありまして、之に達するの特権が私供各自に与へられたることを知りまして、御互の生涯の決して意味のない、興味のない者でないことを覚るのであります。
 
(327)     聴講録(一)
                  大正4年6月10日
                  『聖書之研究』179号
                  署名 内村鑑三口述 中田信蔵筆記
 
  内村生曰ふ、余は今と雖も語ることの書くことよりも多きことを悲しむ、余の口は余の筆よりも走ることより速くある、随て余は余の語りしことを悉く筆に表はすことが出来ない、依て余は教友中田信蔵君に乞ひ、余の講演の大意を筆記し、之を本誌の読者に提示することにした、諸君の此事を諒とせられんことを乞ふ。
       ――――――――――
 
     神の慈愛に関する比喩 路加伝第十五章(三月廿日茨城県高浜町に於て)
 イエスが税吏《みつぎとり》と罪あるもの則ち俗人《ぞくにん》に接近し給ひしを見て、パリサイ人と学者則ち宗教家等が頻りに之を攻撃せしに対してイエスは敢て弁護もされず議論もされずして三つの譬話《たとへばなし》を語られた。是が有名なる路加伝十五章であつて、或人が聖書が悉く失するとも若し此一章が存するならば基督教は失せずと嘆賞したのも尤もで、実に驚く可き教が此内に述べられてある。三つの譬話は神の御心の三方面を示されたものであつて、吾等はこれを聞きてアバ父よと呼びて彼に縋り寄らざるを得ない。其第一は神の憐愍《れんみん》の御心を示されたものにて、人が神を離れたる時(328)に神はこれがために堪え難き憐愍の御心を持ちて尋ね求めさせ給ふとの事である。人或は思ふであらう、渺たる吾一個人が碑を信ずるとも信ぜざるとも天地主宰の神に於て何かあらんと。而も何ぞ知らん神は恰も牧羊者が其群の中の一を失ひし時に全群を野におきて心を痛め手を尽して其一を尋ね求むる如く、不信者のためには限りなき憐愍の御心を以て仮令名もなき一賤民と雖も其の御許に復るまではすべて手段を尽して之れを尋ねさせ給ふとは誠に恐入つたる事である。吾等は神の聖浄に就いて知り其純潔を知り其権威を知つた。而も万物を創造し天地を主宰し給ふ神がその衷心に於て斯かる憐愍を湛え給ふと聞いては驚かざるを得ないのである。牧羊者の心を以て、或は子を持つ親の心を以て、僅かに推了し得る深き教である。
 イエスは第一の譬話を以て此深き神の憐愍の御心を吾等人類に伝へ給ふた。第二は神は如何なる御心を以て神を離れたるものを求め給ふかを示されしものにて貧しき婦の銀貨を以て譬へられた。貧しき婦が節約に節約して永年苦心の結果辛く貯えたる銀貨十枚は実に尊きものにて、猶太の古代に於ては母より娘にと代々譲り伝へしと言へば、一層深き情緒が偲ばれるのである。斯くも大切なる銀貨の一を失ふ事あらんか、心を痛め家中を掃除し手を尽して尋ね求め、其尋ね得るや、隣の人々を召集めて喜ぶと言ふも尤もである。驚く可きは天地主宰の神が此痛切なる御心を以て信仰を矢ひしものを痛ませ給ふとの事である。啻に憐愍に止らず御心を痛めて悲ませ給ふのであつて、神はこれがためには大宇宙を掃除し有ゆる手段を尽して求め給ふ、或は聖書を与へ或は義人を起す等は其一手段である。名もなき吾等一人の不信は単に吾等自身の不幸たり損害たるに止まらず天に於ては神の堪え難き苦痛であるのである。不良少年を子に持ちし親の心を以て稍推察し得可き所であらう。不良児自身は案外平気に暮し居らんも親に於ては堪え難き苦痛である。不信者自身は或はそれにてよからんも神に於ては堪え難き苦痛で(329)あれば飽くまで捜索の手を尽されるのである。吾等の身に臨む艱難不幸は畢竟神が吾等を探り求むるために行ひ給ふ掃除である。今や空前の大戦争は世に臨み、戦慄に堪えざる惨劇は演ぜられつゝありて而も其原因の知られざる事は誠に奇態の事であるが、然し信者は能く其原因を知り得るのである。世を挙りて只管に所謂文明のみを追求して神を忘れんとせしため、人類をして神に復らしめんための慈悲深き神の掃除が今や行はれつゝあるのではあるまい乎。婦は失はれたる銀貨を求めて家中を掃除し、神は失はれたる人を尋ねて宇宙を掃除し給ふのである。
 神が不信者に対する情は一は憐愍であり、一は御自身の苦痛である。イエスは茲に人を羊に譬へ又銀貨に譬へて猶足らず第三の譬話に於ては人を人に譬へて言ひ給ふたのである。これ前二者の続きにあらざれば補遺であつて、此譬話の好き解釈は前の二つの譬話であれば更に之を繰り返すには及ばない。放蕩息子は歓楽の夢淡く覚めて窮余再び父を慕ひ悄然として怖々父の許に復り来れば父は怒りもせず叱責もせず門前遠く趨り往き其頸を抱て接吻し喜び迎えて美衣美食を与え、猶肥えたる犢を宰《ほふ》りて祝宴を開き舞楽を奏して楽んだと言ふのである。此祝宴は子のために非ずして失はれたる児を得し父自身の喜びのためである。誠に地上に於て只一人が悔改せし事によりて天に於ては神の祝宴が開かれ宇宙が音楽を以て鳴ると言ふのである。世の真の親たり師たるものに在りても其子其門生の苦楽は直ちに自身の苦楽である。子たり門生たるものが、吾ために憂へ吾ために喜ぶ親あり師あるを思ふの時漫然としては居られず各其業に励むは常なるに、茲に天地万物の主宰者たる神が吾等と苦楽を共にし給ふとあつては一刻も躊躇しては居られぬ、直ちに其御許に復りて御心を安んぜねばならぬ。迷児自身は或は案外安く何れの所にか日を送らんも父母は明け暮れ安否如何と噂を絶たず心痛に身も痩せるのである。吾等自身或は(330)神を離れて安き生を送り得んも神を苦め奉るは忍びぬ事である。イエスは此の三つの譬を以て神の深き慈愛を示された、世に斯くまで慈愛深き教が基督教の外にあるであろうか。
 イエスは茲に三つの譬を語られた、これにて事は済みしならんもこれはパリサイ人と学者の攻撃に対して語り給ふた所であるが故に、最後に放蕩児の兄の事があるのである。誠に至れり尽せりである。此心冷たき兄は田より帰り我家に聞ゆる舞楽の音を怪み而も直ちに其父に問ふ事はせで僕の一人より委細を聞き怒つて家に入らず父に対して怨みを述べ、帰り来りし弟を呼ぶに「汝が子」と言ひて「吾弟」とは言はず、父が其子の帰りたるを祝するに対して不平満々である。よくも画き出されたる兄の性情、吾等も亦動もすれば此兄の位置に立たんとするものであれば深く注意せねばならぬ。信者の間に於て、殊に教会の教役者間に於て多くの此兄を見るのは慨《なげか》はしき事である。誠に父が其子の死て復生れ失いて復得たるを喜び祝ふは当然の事なるに、之を妬ましく思ふは浅ましき人情の弱点である。基督教は神と人類との当然の関係を教ゆる者であつて、道徳の更に高き教の謂ではない、倫理の根本を説く教の謂ではない。道徳倫理は如何によくともそれに人を救ふの何等の力がない、吾等が真に神が人類に対して持ち給ふ御心が如何計り慈愛深きものであるかを知つたならば吾等の生涯は一変せざるを得ないのである、今日迄吾等が神の御心を痛め奉つた事は如何計りであらう、地上に渺たる吾一身が悔改て神に帰るの時、天に於ては大祝宴が開かれ、宇宙は喜びの舞楽を以て鳴り響くのである。之が真の福音であつて之を伝ふるのが伝道である。而して此一事を伝ふる事によりて世界は一変するのである。
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(331)     復活の記事 馬太伝二十八章(四月四日柏木に於て)
 
 今や復活祭を迎えて欧米基督教諸国に於ては盛に之を祝へども、而かもこれ唯古来の慣習たるに止まりて、聖書の示す基督の復活を信ずる者の如きは極めて稀であつて、斯の如きは近代の哲学文学を学ばないものゝ間に僅かに信ぜらるゝ憐む可き迷信とされて居る有様である。乍然、聖書に由れば復活なくして基督教はないのである。余は今日茲に復活の有無と其理論を説かんとするのではない、復活はあるものとして馬太伝が伝ふる復活の記事に就いて述べて見たく思ふのである。
 記事は第二十七章六十二節より姶つてゐる。世間普通に考へらるゝ所に由れば基督の復活には、天よりは天使の降るあり、地には大なる地震ありて、墓|展《ひら》け、而して基督が復活し給ふたのであるとの事である。然るに馬太伝の記す所に於ては天使と地震とは復活には何等の関係がなく、これは単に二人の婦人に関係あるのみである。甚だ意外の如くなれども実は左もある可き事である。復活とは単なる生き返りではない、復活は肉体の聖化である、故に復活体は時と場所との制限を受けるものではない、故に墓よりの出入の如きは元より自由であつて、地震にて墓を展け天使の石を転ばすを待つまでもない、キリストの復活は神御自身の大なる能力を以てなされたのである。故に馬太伝の記者は復活の状態に就いては少しも記す所なく唯其前と後との状況に就いて記したに止まる。復活前に於ては祭司の長とパリサイの人等がイエスの弟子が来りて窃み去らん事を恐れ石にて墓を封印し守兵をして之を固守《かため》しめた事を記し、其後に於ては大なる地震のありし事、主の使者《つかい》の天より降りて墓の門より石を転ばせし事を委細に記し、而して其間に於て最も驚く可き大秘事のあつた事を一句も記さないのである。誠に(332)静粛裏《せいしゆくのうち》に行はれたる神聖重大なる大事実であつて語らず筆せずして信じたいのである。凡そ極めて神秘なるものは語を恐れ筆にするを恐れるのである。説明は却つて神秘を害ふが故である。牽牛花が開く瞬間に於ける、美術家が天地の絶景に恍惚たる時の状、或は愛する者が息を引取る刹那の感等はこれである。神聖の極たる基督の復活の如きは説明す可きものではない、是に対して吾等が生理学者となりて考ふる時已に神聖は蹂躙され復活は失せるのである。此消息に熟通して常識的信仰に富みたる福音記者は復活の説明に一字一句を用ゐず唯其の前後の状況を記して而かも大事実を伝へたのである。此記されざる大記事を読まない信者の多いのは誠に不思議である。少しも記されない此記事に勝りて大なる記事が又と世にあらふか、実に復活の大事実大神聖事を記すの方法は此外にはないのである。如何なる筆を以てしても書いたでは破壊さるゝ恐がある、筆にし或は口にするには余りに大事実であり余りに神聖事である、驚く可き書かざる大記事を此所に見るのである。
 次に天使の記事を復活と全く離して考ふる時に如何に人の思考以外の事を教ゆるかが知られて大なる慰藉を得るのである。何のために天使降りて石を転ばせしか、これ復活のためではなく、篤心なる婦二人の信仰を助けんために外ならぬ。婦人の地位の卑められし当時にありて僅か婦二人のために態々天使降りて是を助くる如き事は此世の考にてはあり得可からざる事であるが、神は人を視給はずして信仰を視給ふのであつて王公将相の地位は何でもなく、卑しき婦の胸に蔵せる信仰は大切であつて天使の降りて助くるに価するのである。当時の人は多く婦人を弟子とするを恥ぢしもイエスは婦人の弟子を持ち給ふたのである。婦は決して劣等のものでない、其優しき心情はよき信仰を得るに適し此の両マリアの如き最もよくイエスを解したのである。天使は最初聖母マリアに降りて懐孕《かいたい》を告げ、次にはベツレヘム郊外の牧者に現れて主の降誕を知らせ、今又此二人の婦の信仰を助けんが(333)ために降つたのである。今試みに繊《かよわ》き婦が此大事実に接せんために一人の腕力《ちから》強き男子が来りて石を転ばしてやつたと考へたならば、其事は天使降臨の説明とはならなくとも其状景が少しく解るであらふ。
 実に復活は大なる事実なれども此世の事を以て説き得可き事ではない、説けば此記事を破壊して終了のである。去れば単なる事実として之を脳裏に蔵し、今考ふる事の出来ないものは後日何れの時か、その解る時が来るであらう故に、其時を待つの外はないのである、余は此事に就て是れ以上を説くを好まない。
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     殉教者ステパノ 使徒行伝第六章(四月十一日柏木に於て)
 
 使徒行伝は四福音書に続き聖霊の指導に由る福音|伝播《でんぱん》の実際を記したものである。而してステパノは最初の殉教者であつて彼の勇敢なる行動に由りて今日の基督教あるを得、引いては吾等の運命までが直接に其影響を受けて居るのである、誠にステパノの生涯は吾等に縁の遠いものではない。而かも彼は当時の使徒として選まれたものではなく、使徒等をして伝道に力を専らにせしむるために※[釐の里が女]《やもめ》に施済《ほどこし》をなす役目に選まれたる七人の執事の中の一人たるに止まり、表面に立ちて伝道の責任を負ふたものではなかつた。此の如き人に由りて基督教は一大変化を生じ猶太的範囲より出で世界的宗教となつたのである。神の事は常に人の意表の外であつて些々たる事が大事の種となるのである。彼れ若し当時自ら卑下して渺たる一身何の関する所かあらんとて利害を打算し危きを逃れて安きに就き敢て争ふ事をせなんだならば如何であらふ、保羅の起る事もなかるべく、従つて今日の基督教はなかつたであらふ。当時に於ては何でもない俗務の為に選まれたる一執事ステパノの身には実に世界永遠の運命が(334)懸つて居つたのである。戦場に於て一兵卒の行動が往々にして全軍の勝敗に関係する如く、ステパノの行動は全世界の歴史を一変せしめ、人類は之に由りて永遠の幸福を得たのである。一平信徒ではあれども是に神の特別の力の加はるや伝道の先鋒に立ち基督を代表して大なる死を遂げたのである。普通世間の事であるならば此大任務は勿論使徒の上に降るべきであらふが神の事に於ては地位職分の如きは問はれないので、これが聖書を一貫したる精神である。 茲に注意す可きはステパノと争つた諸会堂のものは当時広く世界的空気に接触したるギリシヤ方言《ことば》のユダヤ人であつた事である(第一節を見よ)。ステパノは思つたであらふ、真理に立つ吾主張、之を狭隘なるヘブル方言の国人に伝ふとも多分功なかる可く、是を広く世界的智識に触れたるものに訴へたならば容れらるゝであらふと、而かも事は意外にも全く反対であつて便《たより》とせし人々に謗※[言+賣+言]罪《ばうとくざい》を以て訴へられたのである。
 斯の如きは今日に於ても常に見る現象であつて、世界的思想は必ずしも広く世界の空気に接触せしものが得るのではなくて、仮令国外一歩を出でざるも深く世界の精神に接触したるものが得るのである。広かる可くして狭かつたギリシャ方言のユダヤ人は流石にステパノの議論の鋒先に堪えずして遂に卑怯にも不敬罪を以て彼を訴へ当時の最高法衙たる集議所即ちサンヘードリムに引致したのである。聖所と律法を謗※[言+賣+言]せしとの罪これ実にイエスと同罪であつて彼れステパノの名誉にして之に優るものはない。集議所に立ちたる彼の面は天使の如くあつたとは記者の簡潔なる形容であるが誠にさもありぬ可く、之より彼は有名なる大演説をなしたのである。死を目前に控へたる集議所に於ての悠揚迫らざる彼の大演説は千九百年後の今日の吾等をして奮起せしむるの力あるものである。此所よりして使徒行伝の記事は猶太的なるより一変して世界的となつて居る。如何にして此困難き世界(335)に基督教が伝播《ひろめ》られしか、神は人の道を選まずして神御自身の道を取り給ふたのである。今や教役者と称する者が基督教を拡めんとして人間の総ての手段方法を尽しつゝあるが使徒行伝の教ゆる所は其正反対であつて毫《すこし》も人間の智慧と手段とを含まない。ステパノを選みし如きも人間的に考ふる時は最上策ではなかつたであらふが、誠に神の愚は人の智に勝るにて、神御自身が働き給ふ時羅馬政府の下にも猶ほステパノを出し保羅を起して全世界に福音を伝播《でんぱ》せしめ給ふた。当時の羅馬に福音を伝ふる事の困難なりし状態を思へば今日吾日本国に之を伝ふる如きは猶ほ容易の事である。
  編輯者曰ふ、此篇に次いで第百七拾七号所載『ステパノの演説』を読むべし。
 
(336)     “I LOOK UNTO JESUS.”イエスを仰ぎ望む
                         大正4年7月10日
                         『聖書之研究』180号
                         署名 K.U.
 
     “I LOOK UNTO JESUS.”
 
 They say I am a sinner. I know I am.I LOOK UNTO JESUS.
 They say I am a hypocrite. I may be. I LOOX UNTO JESUS/
 They say I am ugly,am badly brought up, insolent,proud,“too independent.”I am sorry I am.
It is not all my fault. I LOOK UNTO JESUS.
I LOOK UNTO JESUS. He is I and I am He. Let men and churches say whatever they like about me.I am no more myself.“The life which I now live in the flesh I live by the faith of the Son of God,who loved me,and gave himself for me.”And because I quote the Scripture for my defence,churches say that I am a hypocrite.I look away from cburcbes,andLOOK UNTO JESUS.−Micah,Z,7.
 
     イエスを仰ぎ望む
 
 彼等は曰ふ、我は罪人なりと、我は誠に罪人なり、我はイエスを仰ぎ望む。
(337) 彼等は曰ふ、我は偽善者なりと、或は然らん、我はイエスを仰ぎ望む。
 彼等は曰ふ、我は見るに醜し、交《まじは》るに快からず 無礼なり、傲慢なり、過度に独立なりと、我は爾あるを悲む、是れ悉く我が過失《あやまち》に非ず、我はイエスを仰ぎ望む。
 我はイエスを仰ぎ望む、彼は我なり、我は彼なり、世人《ひと》と教会とをして我に就て其の言はんと欲する所を言はしめよ、我は最早我に非ず、「今我れ肉体に在りて生けるは我を愛して我がために己を捨し者即ち神の子を信ずるに由りて生ける也」、而して我れ聖書の言を引いて自己を弁明するが故に世人と教会とは我は誠に偽善者なりと言ふ、我は面《かほ》を教会より背けてイエスを仰ぎ望む也。(米迦書七章七節)
 
(338)     〔空の空 他〕
                         大正4年7月10日
                         『聖書之研究』180号
                         署名なし
 
    空の空 伝道之書第一章
 
 伝道者曰く空の空、空の空なる哉、都て空なりと、実に此世の事はすべて空である、財貨も空である、智識も空である、名誉も空である、最も成功多き生涯を送りし人と雖も一度は必ず此歎声を発せざるを得ないのである、財貸は腐れ智識は古び、名誉は損はる、「浪花の事は夢の世の中」、豊太閤の栄華の一生も、伊藤博文公の幸運の連続も其終る所は空である。
 空の空、空の空なる哉、すべて空なり、此事を思ふて何人も世を厭はぬ者は無いのである、ニユートンの引力説も今は疑はれ、スペンサーの進化哲学も今は顧られず、日本国の博士も英数殆んど千に達して博士たる必ずしも学海の権威たらざるに至つた、伝道者は曰ふた、
  我は多くの智識を得たり、我心は智慧と智識とを多く得たり、我れ心を尽くして智慧を知らんとし、狂妄と愚痴を知らんとせしが、是も亦風を捕ふる如くなるを知れり
と(十六、十七節)、富者たらんと欲する事のみが狂妄と痴愚ではない、学者たらんと欲する者も同じである、政(339)治家たらんと欲する者も同じである、此世の事にして一つとして永久に心霊を満足さする者は無い、有る思ふは迷信である、人は悪魔に訝《たぶら》かされて、影を逐ひつゝ世を渡るのである。
 然り、富貴は空である、学識は空である、位階勲章悉く空である、美術は空である、芸術は空である、事業のための事業と云ひ、学問のための学問と云ひ、芸術のための芸術と云ふ、其事業と学問と芸術とは悉く空である、是等は人が死せんとする時に彼の霊魂に満足を与ふることが出来ない。
 然らば人生は絶対的に失望すべきであるか、世は全然之を厭ふべきである乎、然らずである、万物悉く空であるが、唯一つ空で無い者がある キリストと其十字架である、アイザツク・ワツトが歌ひし如く
   In the Cross of Christ I glory,
   Towering o'er the wrecks of Time.
   時の残壊の上に聳ゆる
   キリストの十字架に我は誇らめ
である、茲に永久の宝がある、永久の智慧がある、永久の栄光がある、之に携はりて人は其永久性の分与に与らざるを得ないのである、而して此事たる迷信ではない、教会の強うる教義ではない、過去一千九百年間の人類の実験である 聖書に
  視よ我れ躓《つまづく》石また礙《さまたぐる》磐をシオンに置かん、凡て之を信ずる者は辱しめられじ
とあるは是れである(羅馬書九の卅三)、此世が見て以て躓石即ち大疑問となす者、其れが万世|動《ゆる》がざる磐であつて之に信頼する者は最後の審判の日に於て辱しめられず即ち耻辱《はぢ》を取らずとの事である、シオンに植えられし(340)イエスキリストと彼の十字架のみ不朽不動であつて、彼に信頼りてのみ永生は有るのである、人が空を脱がれんと欲して唯此一途あるのみである。
 空の空、空の空なる哉、都て空なり、然れども唯一つ空でない者がある、唯一つ永久に実在する者がある、愛の神がある、イエスキリストは神の体現であつて、十字架は其愛の表号である 神の愛、イエスキリストの十字架、……万物は敗壊に帰する時に是れのみは存《のこ》るのである。
       ――――――――――
    「生の哲学」と十字架の福音 (病中の三並良君の暗示に因る)
 
 現今流行の哲学は所謂「生の哲学」である、曰く生、生、生と、曰く活動と、曰く収得と、曰く他人の物を奪て己が生を助長せよと、而して此主義をあからさまに言表はして憚らない者がニィーチェ哲学である、而して其実現が目下の欧洲大戦争である。
 ニィーチェ哲学は其本国の独逸国民の歓び且つ迎ふる所であるばかりではない、英国民も米国民も、然り、日本人も、すべて進取膨脹を標榜する国民は此主義に拠て立つのである、他人又は他国を犠牲に供して自己又は自国の膨脹を計ることは今は罪悪として認められない、否な、斯くするは生の要求であつて義務であると此種の哲学者は言ふのである。
 而して惟り世人と政党と国家とに限らない、信者も教会も今や「世の哲学」に拠て働くのである、彼等が大挙伝道を称してキャムペイン(campaign 戦役的運動の意)といふは之に因るのである、彼等の見る所を以てすれば(341)伝道は他人の領域を侵すことである、仏教を仆して基督教を起すことである、旧教の信者を捕へて新教の信者となすことである、他教会の信者を奪て自教会の信者となすことである、伝道は信仰的侵略である、独逸が自耳義に侵入せしやうに、他宗教他教会に侵入して其権威を毀ち、其信者を奪ひ、以て我が宗教我が教会の勢力拡張を計ることである、教会はニィーチェの名を嫌ふと雖も其従事する伝道に於てニィーチェ哲学に則りつゝあるのである。
 現今流行の哲学は「生の哲学」である、然し乍らキリストの福音は一名之を十字架の福音と称して「死の哲学」である、曰く、
  汝等キリストイエスの心を以て心とすべし、彼は神の本体にていませしかども自から其の神と匹《ひとし》くある所のことを棄難きことゝ思はず、反て己を虚うし、僕《しもべ》の貌《かたち》をとりて人の如くなれり、而して既に人の如き状態《ありさま》にて現はれ給ひたれば己れを卑《ひく》うして死に至るまで順《したが》ひ、十字架の死をさへ受くるに至れり
と(腓立比書二章五−八節)、是れ生の主張ではない、死の唱道である、奪《と》れよ、満ちよとの教ではない、与へよ、虚うせよとの教である、「汝を訟へて裏衣《したぎ》を取らんとする者には外衣をも亦とらせよ……汝に求むる者には与へ、借らんとする者を斥くる勿れ」とはイエスの明白なる教訓である、教会が信仰の証明として何物よりも重く視る所の其バプテスマの式なる者は死の標象に他ならないのである、
  イエスキリストに合んとてパブテスマを受けし者は其死に合はんとて之を受けしなることを汝等知らざる乎
とある(羅馬書六章三節)、誠にキリストの福音はニィーチェ哲学の正反対である、宜なり、ニィーチェが基督教を罵りて「奴隷の道穂」と曰ひしは。
(342) 而して平和と満足と愛と幸福とは「生の哲学」に於て非ずして十字架の福音に於てあるのである、生は生を獲んと欲して得らるゝ者ではない 生は生を棄てのみ得らるゝ者である、即ちキリストの言ひ給ひしが如し、
  凡そ其生命を救けんとする者は之を失ひ、若し其生命を失はん者は之を保存つを得べし
と(路加伝十七章三十三節)、死は生に入るための唯一の門である、我等日々に生きんと欲すればパウロの如くに日々に死るの必要があるのである、現今の「生の哲学」は其根本に於て誤つて居る、第二十世紀の不安と困苦と、其「有史以来の最大戦争」は此誤りたる哲学の結果に他ならないのである。
 生きんと欲する乎、死せよ、奪らんと欲する乎 与へよ、人に主たらんと欲する乎、其僕となりて役へよ、競争は相互《あいたがひ》に善を為さんと欲する時にのみ行へよ、他国を侵す国家は亡ぶべし、他宗を※[言+后]《のゝし》る宗教は衰ふべし、之を称して「キリストの律法」といふ(加拉太書六章二節)、然るに嗚呼今の基督教国は! 其独逸は! 其英国は! プッシュ、プッシュ(前へ、前へ)と云ひて物質の収得を人生唯一の目的とする其米国は! 而して是等偽はりの基督教国に傚はんとする日本は! 彼等は「生の哲学」に拠りて自から死を招きつゝあるのである、而して基督教会と称する者までが今や此誤りたる哲学に由て歩みつゝあるのである。
 「生の哲学」に対する十字架の福音……我等の今日唱ふべき者は此福音である(哥林多前書二章二節)。
       ――――――――――
 
    我が信仰の友 源信と法然と親鸞
 
 我が信仰の友は惟り独逸のルーテルに限らない、英国のウェスレーに止まらない、米国のムーディーを以て尽(343)きない、我国の源信僧都、法然上人、親鸞上人も亦我が善き信仰の友である、
  世の住憂きは厭《いた》ふ便りなり、信心浅けれども本願深き故に往生疑ひなし、妄念は本来凡夫の地体なれば妄念の外に心はなきなり、臨終の時までに一向妄念の凡夫にて有るなりと思ふて念仏すれば浄土に参るべし
と言ひ、また
   浦やましいかなる空の月なれば
     こゝろのまゝに西へ行くらむ
との一首に其本懐を言表はせし源信は確かに我が信仰の兄弟である、彼の言を聖書の言に訳して、之を我が信仰の表白となすことが出来る。
 有名なる法然上人の一枚起請文は古今東西を問はず、すべて信仰に由る救済を信ずる者の取て以て信仰告白文となすに足る者である、曰く
  念仏を信ぜん人はたとひ一代の法《のり》を能々学すとも、一文不知の愚鈍の身になして、尼入道の無智のともがらに同じて、智者のふるまいを為《せ》ずして只一かうに念仏すべし
と、是れ
  智者安くにある、学者安くにある、此世の論者安くにある、神は此世の智慧をして愚かならしむるに非ずや、世人は己の智慧を恃みて神を知らず、是れ神の智慧に適へるなり、是故に神は伝道(キリストの福音)の愚かなるを以て信ずる者を救ふを善しと為し給へり
とある聖書の言に類する者である(哥林多前書一章廿、廿一節)、若し法然をして今日に在らしめば彼は禁じ難き(344)の渇仰《かつかう》を以て新約聖書を迎へたであらふ。
 誰か信仰の自由を愛する者にして親鸞上人を愛せざる者あらんやである、彼は常に曰ふた「親鸞は弟子一人も有たず」と、其故如何となれば
  如来の教法を十方衆生に説聞しむる時、たゞ如来の御代官《おだいくわん》を申しつるばかりなり、更らに親鸞めづらしき法を広めず、如来の教法を我も信じ他にも教へ聞かしむるばかりなり、其ほか何を教へて弟子といはんぞ
 故に彼は彼の弟子を呼ぶに御《おん》同朋 御同行《おんどうぎやう》の敬称を以てしたとの事である、「弟子」の称たる、是れ堕落せる寺院と教会との用ゐる所であつて、パウロであれ、親鸞であれ、真に信仰の何である乎を知りし人の諱《ゐ》んで用ゐざりし辞である、「我はたゞ如来の御代官を申しつるばかりなり」との親鸞の言に比べて
  我等召されてキリストの使者となれり……我等キリストに代りて汝等が神に和《やは》らがんことを汝等に求《ねが》ふ
との使徒パウロの言を読んで、我等は二者が各自其救主に対し同一の態度に出し者なることを認めざるを得ない。
       *     *     *     *
 言辞を共にする者が我が信仰の友ではない、信仰の目的物に対し心の態度を同うする者、其者が我が信仰の友である、神と称び、キリストと唱へ、天国と云ふ者にして、我が信仰の敵が尠くない、之に反して弥陀と称び、如来と唱へ、浄土と云ふ者の中に、我は我が信仰の友を見るのである、我は勿論今に至て我がキリストの福音を去て仏教に帰せんとはしない、然れども我は基督信者なるの故を以て、神が我国に遣り給ひし多くの信仰の戦士を認めざらんと欲するも能はず、我は日本人である、故に情に於てはルーテル、ウェスレー、ムーディーに対するよりも、源信、法然、親鸞に対しより近く感ずるは止むを得ない、我は彼等が弥陀を慕ひし其心を以て我主イエス(345)キリストを慕ふ者である。
   夏ころもひとへに西を思ふかな
       うらなく弥陀を頼む身なれば
の源信僧都の一首は、移して以て我がキリストを頼むの心を歌ふに足る、我は我が国人の中に斯くも懐《ゆ》かしき信仰を抱きし人の多く有りしことを歓び且つ感謝せざるを得ない。
 
     寧ろ儒者に傚ふべし
 
 我等キリストの福音を此国に伝ふるに方て必しも外国宣教師に傚ふに及ばない、即ち教会の雇ふ所となり、其俸給を仰ぎ、監督となり、牧師となり、伝道師となりて、信者を作りて之を己が教会に収容し以て其隆盛を計るに及ばない、是れ泰西の所謂基督教国に於て行はるゝ所にして、其遣りし宣教師に由て我国に輸入せられし方法なりと雖も、我等直接にキリストの弟子たる者は必しも是等宣教師の迹を趁《お》ひ其の取る方法に傚ふに及ばない、福音は神の真理である、手段ではない、方法ではない、自由なるべき真理は一定の方法に由りてのみ伝へらるべき者ではない。
 東洋に儒者なる者があつた、今も猶ほ全く其後を絶たない、彼は士《さむらい》の一種である、道を以て立つ者である、彼は人民の教師である、故に不羈独立である、僧侶に寺院あり、神主に神社ありしも、儒者に彼の書斎のほかに彼の本尊を安置する所はなかつた、儒者の模範は孔子であつた 晏嬰曾て彼に就て曰ふた
  夫れ儒者は滑稽にして法に軌《したが》ふ可らず、倨傲にして自から順へり、以て下と為すべからず
(346)と、恰かもチェルシーの哲人トマス・カーライルを見るが如しである、孔子は王公を教へて彼等を恐れなかつた、「魯を去り、斉に斥けられ、宋衛に逐はれ、陳葵の間た困めらる」と云ふ、儒者たる孔子は身を諸侯に売りて徳を唱へなかつた、「天、我に徳を生《なせ》り」と曰ひて彼は己が財産の何である乎を知つて居つた、徳を天に受けし者は富者の上の富者である、帝王の上の帝王である、而して儒者とは素より斯かる者であつた。
 而して我国にも亦真儒なる者があつた、石川丈山、中江藤樹、山崎闇斎、伊藤仁斎等、皆な自由独立の人民の教師であつた、身は貧に在りながら諸侯の招聘を受けて「侯道を問はんと欲せば則ち先づ来り見るべし」と答へた闇斎は誠に教師らしき教師であつた、肥後侯禄千石を以て招きしと雖も之を辞し京都の堀川に私塾を開き、天下の学生を集め、生涯処士を以て終りし仁斎はサクソン大公の保護の下にヴィテンベルグ大学に神学を講ぜしルーテル以上の独立の士であつた、湖西の小川村に一村夫子として光を天下に放ちし藤樹は、西走東奔に日も亦足らず、旅程の長きを伝道会社に報告して其賞讃に与からんとする、今の所謂福音士をして慚死せしむるに足るではない乎。
 儒者は儒教を以て立つた、其経典は所謂四書五経であつた、彼等は之を以て身を修め国を治めんとした、恁くして彼等も亦書籍の人であつた 寺院を造らず、祭壇を飾らず、唯経書にのみ頼り、之を以て民を救はんとした、而して彼等は彼等相応に其事業に於て成功したのである。
 キリストの福音を以て立ち、聖書の研究に身を委ね、其の伝播を以て業とする我等も亦書籍の人であつて、儒者と階級を同うする者ではない乎、然らば我等は何故に儒者に傚ひて我等の目的を達することが出来ない乎、儒者は東洋人の教師である、而して東洋人にキリストの福音を伝へんと欲する我等は福音的儒者として立つべきで(347)はない乎、我等は仁斎の堀川黌に傚ひ、教会に由らざる自立の聖書学校を起すべきではない乎、我等は藤樹に傚ひ、教会、伝道会社等の俸給を受くることなくして純乎たる独立の村落伝道者たるべきではない乎、我等聖書に在りてキリストに頼る者、何故に此世の権者に対し闇斎の如くに毅然たり得ざる乎、誠に儒者に傚ふは宣教師に傚ふよりも遥かに高貴《ノーブル》である、我等基督信者と成りたればとて西洋人と成るの必要はない、伝道者となりたればとて宣教師に真似るに及ばない、我等は儒者が経書に依て立ちしが如くに聖書に依て立つべきである、儒者が寺院と神社とに頼らざりしが如くに我等も亦教会に頼るべからずである、儒者は其書斎に籠りて天下を教へた、我等は何故に我等の聖なる密室(sanctum)に籠りて聖書と祈祷とを以て国民を導き得ないのである乎、米国のビル・サンデーは米国人の教師として適切であらふ、其モット博士は米国青年の教導者として有力であらふ、乍然我等日本人は彼等に傚ふに及ばない、我等は聖められたる儒者として、仁斎藤樹の迹を践み、剛毅、独立、能く空乏に堪へ、富豪の門に出入せず、権者の援を藉りず、自から信者を作らんとせずして人の我が信仰を求めて我に来るを待ち、士としての品性を維持しつゝ神の栄光を顕はすべきである。
       *     *     *     *
 宣教師と云へば如何にも尊くある、然れども彼等の素を尋ぬれば彼等の多くは教師たるの素養無き者である、或ひは商店の売子である、或ひは製造場の職工である、或ひは農園の耕手である、彼等が信仰を起せしが故に教会の按手礼を受けて東洋人の教師として我等の間に遣《おく》られたのである、彼等の信仰たるや軽んずべきでない 人は人として貴き者なるが故に我等は彼等の素性に由て彼等の価値を定めない、我等は公卿某が儒者林羅山を※[言+后]《のゝし》りしやうに、「今や匹夫にして師道の尊きに居る」と曰はない、家康は彼れ羅山を弁護して「匹夫にして道を唱ふ、(348)実に嘉尚すべし」と云ふたさうである、然し乍ら、教師たるに、殊に日本人の教師たるに、教師たるの品格が必要である、縦令「高貴なる英民族」と雖も其売子根性を放棄せずして我等の教師となることは出来ない、我等は幸にして多くの高貴なる教師を有つた、※[立心偏+星]※[穴/堝の旁]、羅山、蕃山、益軒等、皆な徳を以て立つ士であつた、基督教の教師たる者は少くとも是等碩儒に劣らざる者でなくてはならない、先づ豊富なる運動費を備へ、政権の賛成を得、然る後に大挙伝道に従事する宣教師と彼等の随従者等は遥かに儒者に劣る教師であつて、日本人の師道として仰ぐの価値なき者と言はざるを得ない。
       *     *     *     *
 信仰の性質は之を源信、法然、親鸞と共にし、伝道の方法は之を仁斎、藤樹、益軒等に習ひ、以て外国人に頼ることなくして、此国に在りてキリストを信じて彼の福音を伝ふべきである。
 
     信者の護衛
 
 我は独り此世に在りて世界を相手に戦ふのではない、神が我と偕に在し、キリストが我に伴ひ給ふのみならず、千万の僚軍は我を繞囲《げうゐ》し、我に応援し、我と偕に戦ふのである、我は許多《おほく》の見証人《ものみびと》に囲まれて我の前に置かれたる信仰の馳場《はせば》を趨《はし》るのである(希伯来書十一章一節)、預言者エリシヤ曾て単独《ひとり》大敵と相対して立つ、彼の従者之を見て怖る、彼れ声を励まして曰く、「懼るゝ勿れ、我等と偕に在る者は彼等と偕に在る者よりも多し」と、而して
(349)  エリシヤ祈りて「願くばヱホバ彼の眼を開きて見させ給へ」と言ひければ、ヱホバその従者の眼を開き給へり、彼れ即ち見るに火の馬と火の車山に盈《みち》てエリシヤの四面に在り
とある(列王紀略下六章十五節以下)、神の人エリシヤに於て然り、我等に於ても亦然らざらんや、信眼一たぴ開けて我等の周囲を見るを得ん乎、天使の大軍火の馬に乗り、火の車を駆りて我等と偕に戦ふを見ん、主イエス難に臨みて其弟子に告げて曰ひ給はく
  我れ今我父に請ふて十二軍余の天使を受くること能はずと汝等思ふ乎
と(馬太伝廿六章五三節)、信者は大軍の護衛の下に戦陣に臨む者なるを忘れてはならない。
 
     ジヨン・ハツスを懐ふ
 
 千四百十五年七月六日、即ち今を去ること五百年前、ボヘミヤ国の愛国者にして宗教改革者なるジョン・ハツスは彼の浄き信仰と進歩せる思想の故を以て当時の政府と教会との焚殺す所となつた、彼れ死に臨んで刑吏に告げて曰ふた、
  汝等今此ハツスを殺すを得べし、然れども我が後に千百のハツス起りて我が事業を成就《なす》べく、而して汝等は彼等を殺す能はざるべし
と、而して彼の予言は文字通りに的中し、許多《あまた》のハツスは起りて政府と教会とは其暴虐の爪牙を折られ、世はハツスを崇めて、彼を死に附せし帝王と監督とを賤視《さげす》むに至つた。
 而してハツスは今猶ほ起らざるべからず、而してハツスは今猶ほ政府と教会との忌む所たるなり、而して世は(350)常に政府と教会とに与してハツスを斥くるなり、而かもハツスは起て止まざるなり、起てよ千百のハツス!
 
(351)     日英問答
                         大正4年7月10日
                         『聖書之研究』180号
                         署名 内村鑑三
 
  或る知名の英国紳士と余輩との間に交されし問答である、彼の誠実と広量と寛容とは余輩の敬服して止まざる所である。
 英国人 貴下は基督教を信じ之を他人に伝ふると仰せられます、貴下は果してキリストの復活又彼の処女マリヤより生れたりと云ふやうな事をお信じになるのでありますか、彼《か》の「ガリラヤの私生児」が全世界に感化を及ぼして今日に至つたのは彼の卓越せる道徳に因るのであります、私は貴下がキリストの道徳を信じ之を世に伝へらるゝと聞いて怪みません、乍然、基督教を信じて之を伝へらるゝと聞いて甚だ訝しく思ふのであります。
 日本人 英国の紳士なる貴下より斯る質問を受けまして私も驚かざるを得ないのであります、貴下は基督教と云へば既に時代後れの者、識者の信ずべからざる者のやうに申されますが、抑も貴下をして貴下の祖父の宗教なる斯教に対して斯る偏見を懐《いだ》かしむるに至らしめし其理由は何でありませう乎、夫れは貴下は基督教を教会の権威の下に学ばしめられたから今日に至て之に対して斯かる侮蔑の念を懐かるゝのではありますまい乎、復活又は奇跡的出生と云ふやうな事を教義として教権を以て強いられます時は何人も之に対して反抗せざるを得ません、自分が任意的に受くるのではなく、外から権威を以て敲き込まれまして、如何なる貴き真理も大なる圧制として(352)感ぜらるゝのであります、貴下方英国人の多数が基督教に対して悪感を懐かるゝ理由は全く茲に在ると思ひます、然し乍ら私供は爾う云ふやうにして基督教を学ばないのであります、私供は之を学ぶに方て何の圧迫をも加へられないのであります、又圧迫の加へらるゝことを許さないのであります、私供は基督教を教会の教義として受けないのであります、私供の実験として之を受くるのであります、又之を他人に伝ふるに方ても同じであります、私供は何等の権威の下にも之を他人に強いないのであります、私供は他人に対ひ「是れ神の真理なり、之を信ずれば可し、信ぜざれば地獄に堕つべし」とは言ひません、私供は私供が真理と信ずることを他人の前に提供します、而して彼が之を信ずると否とは全く之を彼の自由選択に任かします、私供は教会の教権を用ひざるは勿論……幸にして私供には教会なる者はありません……其他の権威をも用ひません、信仰の事に関して私供は親としても親権を用ひません、主人としても主権を用ひません、縦し、神の福音に神権が附随して居るとしましても、私供は之を用ひんとは致しません、世に権能を用ひて宗教を伝へんとするに勝さるの害毒はありません、其の必然の結果は懐疑であります、不信であります、背信であります、私供は欧米諸国に於て到る処に此害毒を目撃するのであります、故に前車の覆轍に省み後車の之に傚はざらんやう努むるのであります。
 英国人 其れは爾うと致しまして貴下は果して基督教で説く所の奇跡をお信じになるのであります乎。
 日本人 爾うであります、若し教会の教義として盲目的に之を信ずるのではなくして、私供自身の実験として之を信じまして何の悪い所があります乎、監督や宣教師の機嫌を取らんがためではありません、又は教会の補助に与からんがためではありません、又貴下の御国に於けるが如く之に由て社交的便宜を得んがためではありません、私供自身の深き心霊的実験に由て之を真理として信ずるに至りましたならば如何ですか、貴下は自由を愛す(353)る英国人として私供に信仰の此自由を拒むことは出来ないと思ひます、仮令如何なる真理と雖も之を教権の下に教義として受くれば大なる誤謬として感ぜられます、真理は真理として之を味ふに完全なる自由を要します、私は他《ほか》の事に於ては英国人を羨んで止みません、然し乍ら基督教の信仰の事に於ては英国人は甚だ気の毒なる地位に於てあると思ひます、英国人の誇る其の大教会が信仰の大なる妨害であると思ひます、基督教が社会に有する其の大なる勢力が信仰の大なる邪魔であると思ひます、何の利益にも誘はれずして其反対に多くの不利益を冒して、之を信ずることでありますれば、基督教は英国に於てよりは日本に於て遥かに健全なる状態に於て在ると思ひます。
 英国人 貴下は多く基督教の功績に就て述べられます、然し貴下の述べらるゝ基督教の功績なる者は是れ純道徳の功績に過ぎません、貴下が個人の向上又は社会の改善に関するすべての功績を基督教に帰せらるゝのが私には解らないのであります。
 日本人 貴下は明確《はつきり》と基督教と道徳とを区別なさりまして、基督教がなくとも道徳があるやうに仰せられますが、私の貴下に伺ひたきことは貴下の謂はるゝ道徳は元来何処から来た者でありますか、其事を伺ひたいのであります、貴下方英国人の道徳は是れ英民族が生れながらにして有て居たものではないと思ひます、是は又貴下方が拉典文学又は希臘哲学から獲られたものではありません、是れはやはり貴下方が古い希伯来人の聖書から獲られた者ではありません乎、貴下方英国人の唱へらるゝ道徳なる者は是れ世界何れの処にも在る者ではありません、是は人類の固有性では無いと思ひます、是れには明白なる出所があるのであります、今でこそ貴下方は「古い聖書《バイブル》」と呼びて塵埃《ほこり》の下に蔵《かく》し置かるゝなれども、貴下方が基督教よりも貴い者と唱へらるゝ其の道徳なる者は是(354)れ此古い聖書より来た者ではありますまい乎、失礼ながら貴下方は道徳を重んじ基督教を軽んじて貴下方の老いたる母を軽んじて居らるゝのではありますまい乎。
 英国人 爾《さ》う承たまはりますと私にも思附くことがあります、私は日本に来りまして以来私に解し難い一つの事があるのであります、私は多くの立派なる日本紳士と交際しまして、何やら彼等と私との間に疏通しない所があるのを見ます、現に先日或る日本紳士に招かれまして、鄭重なる饗応を受けましたが其席に芸者が居りまして、私供を楽まして呉れましたが、主人公の芸者に対する態度を見まするに少しも是等の憐むべき少女等の将来に関し心配さるゝやうなる容子が見えませんでした、唯彼等をして客を楽ましめ、其他に彼等に就て何の顧慮する所がないやうに見えました、然し私は芸者の接待を受けまして、甚だ喜びましたが、翻つて彼等の将来を思へば一種の恐慄《ホロー》(horror)を感ぜざるを得ませんでした、然るに私を招いて呉れた日本紳士には此の恐慄《ホロー》の痕跡だも無いやうでありました、私には如何しても此事が解からないのであります。
 日本人 去ればです、其恐慄であります、己《おの》が金を出して聘び来りし芸者の将来に就て懐く其恐慄であります、貴下は其貴い恐慄を何処から得られたのであります乎、何が貴下をして辜《つみ》なき少女の将来に就て慮《おも》はしめ、之を慮ふて恐慄を感ぜしめます乎、又教育ある日本紳士は……彼は何故に此恐慄を感じないのであります乎、何が貴下に人は人として価値のあることを教へました乎、貴国の詩人バーンスの歌ひし
  Man's man for a' that
の言葉は何処から来たのであります乎、悪を憎み善を喜ぶの心を起すの能力は是は之れ何れの宗教又何れの道徳にも在る者ではないと思ひます、而して貴下は英国人特種の道徳を唱へて基督教道徳を唱へて居らるゝのである(355)と思ひます。貴下は貴下の道徳を基督教より受けながら其の基督教を不要視せらるゝのであります、甚だ失礼なる申分ではありますが、貴下は斯の如くに基督教を扱はれて貴下御自身のお母様を足にて蹴て居らるゝのではありますまい乎(Are you not thus kicking your own mother ? )。
 英国人 或ひは爾うかも知れません、然し英国に在ては教職《クラージー》(clergy)なる者は実に役に立たない者であります、彼等の多くは自分の信ぜざる教義を信ずる振りをして説くのであります、私が滅多に教会に出席しないのは是れがためであります、私は彼等の明白なる偽善に堪えられないからであります、又是等の教職は常に進歩の妨害者であります、議会に提出せらるゝ社会の進歩改善を目的とする議案にして未だ曾て一回も是等教職輩の反対を受けない者はありませんでした、然し社会は彼等の妨害あるに関はらず段々として進むのであります、故に我等は今は彼等を措いて顧みないのであります、社会は彼等を置去にして行くのであります、彼等は棄て置けば終に自から滅ぶるのでありませう、而して我英国に於て不用になりし彼等を我等は宣教師として日本に送るのであります、実にお気の毒であります。
 日本人 私はキリストの福音の弁護者(apologist)であります、教職又は宣教師の弁護者ではありません、彼等に対する私の態度は私の敵も味方も能く知つて居ます、私自身が福音の宣伝者でありますが私は教職ではありません、私は教職(Rev.)この称号を嫌ひます、私は是は褻涜的の称号(blasphemous title)であると思ひます、私は教職の中にありて自分は外国人であるやうに感じます(I feel as a stranger among them)若し私の同情を言ひますならば、私は教職に対してよりは寧ろ偏理主義者(Rationalists)又は倫理主義者(Ethicists)に対してより深い同情を持ちます、若し貴下が英国の監督《ビシヨツプ》又は宣教師でありましたならば、私に斯くも自由に語ることを決して許し(356)て呉れません、彼等は教権を以て私供日本人にも臨みます、彼等を嫌ふ点に於ては私は貴下に譲りません、然し英国に於て既に不用になりし彼等教職を宣教師として日本に送らるゝのは、其れは余り御親切なる仕方ではないと思ひます、英国に不用なる者は日本にも不用であります、私は彼等が日本に来りて又日本を英国のやうなる「基督教国」と為さざらんことを望みます、私は曾て貴下のやうに基督教に対し冷淡になりし私の友人なる英国人某に言ふたことがあります「若し私が英国に生れたならば私も多分|偏理主義者《ラシヨナリスト》か又はチヤールス・ブラッドローのやうなる無神論者と成つたでありませう、然し幸にして日本に生れて基智者《クリスチヤン》となるを得まして此|災害《わざはひ》より免かれました」と。
 英国人 其れは爾うと致しまして、私の基督教に対する首要なる異議《オブジエクシヨン》は、其れが人をして来世の事をのみ思はしめて此世の事を怠らしむる事であります、人は来世の有無に心を配らずして、活社会の活問題に其力を注ぐべきであります。
 日本人 御同意であります、然し乍ら貴下をして斯かる異議を提出せしむる理由は貴下が英国々教会の教権の下に偏頗なる基督教を学ばれたからであると思ひます、真の基督教は人をして斯かる偏頗心を起さしめまいと思ひます、単純なるキリストの福音は人の全性に愬《うつた》へまして、彼の一部に触れません、彼をして来世を望ましめます、同時に又此世の利益を思はしめます、私は社会改良を目的としてキリストの福音を伝へませんが、然し、其の実に人に受けられし場合に於て、其結果が直に健全なる社会的事業として現はれざる場合を見たことはありません、私は福音の宣伝と社会事業とを相離して見ることは出来ません、若し私供の説く福音が真の福音でありますならば、其れは最上最大の社会的勢力であります。
(357) 英国人 私には如何《どう》しても其事が解りません、私は貴下が言はるゝ社会事業は道徳を説いて挙げる事が出来ると思ひます。
 日本人 貴下が若し強いて爾う仰せられますならば私は反対致しません、
然し私は茲に貴下と賭を為したく欲ひます、今より二十年間貴下が此日本国に居られて只の道徳を以て日本人の社会改良を計つて御覧なさい、私は之に対して同年月の間に古い旧いキリストの福音を伝へまして、貴下と競争して見ませう、多分二十年の後には勝利は私に帰しまして賭金は私の手に落ちるだらふと思ひます、如何です、貴下は私と此賭を為る気はありません乎。
 英国人 私は今年中に私の英国に帰らなくてはなりません、故に貴下と其賭を為ることは出来ません、残念です。
 日本人 其れは困りました、然し私は今日までの私の経験に由りまして、社会改良の最大勢力はキリストの福音なることを信ぜざるを得ません、私は其の証拠を幾箇《いくつ》でも挙ぐることが出来ます、若し其実例を貴下にお話し致しますならば、十日間も貴下とお話を続けなければなりません、実に驚くべきであります、人の霊魂を救ふキリストの福音が彼の肉体をも救ふのであります、天国に入るの資格を与ふる基督教が地上の生活を改むるのであります、私は信じます、真の基督教は人の全部の救済であります。文明進歩の今日と雖も貴下の御先祖|等《たち》が死を以て学ばれし古い旧い福音が国民を救ふ唯一の力であります。
  我等の議論は茲に一時終結を告げた、然し翌朝に至りて再び開始された、彼は道徳を維持し、余輩は福音を弁明した、日英所を換へての論戦であつて、興味湧て竭《つき》ずであつた、共に在ること三十六時問、我等は相互(358)に対する厚き敬愛と温かき握手とを以て別れた。
 
(359)     徒労
                         大正4年7月10日
                         『聖書之研究』180号
                         署名なし
 
 男爵文学博士加藤弘之氏は其八十歳の賀宴に於て述べて曰く「予は元来の宗教嫌ひなり、宗教の中にては耶蘇教は最も嫌ひなり、之は我国に害ありて益なし、予は之を退治せんと年来努力せり」と、余輩は博士の終生の努力空しくして、福音の我邦人中に益々普きを見て氏の為に悲まずんばあらず。
 
(360)     聴講録(二)
                  大正4年7月10日
                  『聖書之研究』180号
                  署名 内村鑑三口述 中田信蔵筆記
 
    伝道と聖書の研究 四月十五日夜、茨城県那珂湊開会友会年会席上に於て
 
 今や福音宣伝の方法が盛んに講ぜられつゝあるが聖書を伝ふるの外に道はないのである。如何なる伝道法にも勝りて効果のある方法は聖書其儘を伝ふる事である。これ甚だ古い方法ではあるなれども「伝道の最良法は如何」と百度び問はるれば百度これを以て答へんのみである。余は聖書を手にしてより三十六年、専ら其の研究に従事してより十八ケ年、人に聖書を伝ふるの外曾て伝道方法に就いて考へた事はない、而して今や聖書に由て堅き信仰は至る所に起りつゝある。然るに今日に於ては伝道の此最良方法は実行されずして唯「如何にして伝道す可きか」、更に下つては「如何にして吾教会員を増加するを得可きか」の声をのみ聞くのは歎はしき事である。多くの基督教雑誌中、或は基督教と家庭改良の関係を説き、或は基督教と平和と言ひ、或は基督教と文学又は哲学と、盛に現代的の事は論ぜらるゝが、而も馬太伝は何を教ゆるか、約翰伝の精神は如何と説くものはなく、斯の如きは恰も門外漢の説かの如き観あるのは奇怪の現象である。吾等が日夕聖書に親む時はそれによりて驚く可き能力を得るのである、論孟の中にもよき教訓は多くあるなれども此力を得る事は聖書の外にはない、何故か其(361)の理論は知らざれども事実然うである。余は近頃重症患者看護の良法として病床に聖書中の或一句を掲げ、患者が暗誦するに従つて之を代ふる事を発見した。病に犯されて肉は日に日に衰ふるも聖句を暗んずる事によりて霊性次第に発達して希望を生じ平安に此世を辞するを得るのである。世の如何なる名論卓説にも曾て感動された事のないものが不斗目に触れたる聖書の一句のために翻然として悔悟した者の例は余の屡目撃せし所である。之を見ても聖書が如何に能《ちから》の書であるかゞ知られる。彼の廃娼運動や禁酒運動や、或は平和運動と言ふ如きものが何れも聖書を離れて所謂「運動」として行はれて居る間は其の功果の揚らざるは当然である。世には往々にして富豪カーネギーが巨資を投じ方法手段を尽して運動すれば聖書を離れ基督に拠らずとも世界の平和は成就するかの如く思ふものあるが、聖書は明瞭に然らずと教へて居る。而して基督信者は聖書の指示する所に従はねばならぬ。聖書中の一句一句を引いたならば或は主戦論も成立しやうが、然れども聖書全体の精神を解するものは自《おのづか》ら非戦主義者となるは当然である。大隈伯を平和協会の会長に戴きて平和の為に運動するも或は人々多少戦争を厭ふには至らんも、聖書に親むものは衷心より戦争を憎むに至るのである、茲に彼と是との間に大なる相違がある。単に社会改良或は家庭改良乃至伝道を盛んならしむるの良法としても聖書に拠る事が最良の道たるにも係はらず、今の日本に於ては此事が殆んど全く忘れられて居るは悲しむ可き事である。
 近時朝鮮伝道の成功を告ぐるものゝ言ふ所を聞くに、是れは全く彼地の宣教師が聖書を土台として伝道し、努めて聖書知識の普及を計りしに由るとの事である。朝鮮人中信仰の堅固なる実に感歎す可きものを度々見るは是に由るのであらふ。日本の教会に於ては聖書以外のものが多く説かれて、肝要なる聖書の研究が怠られて居る様である。而して聖書の研究法にも種々あれば訳書の撰択も注意す可き事であるが、兎に角誠心誠意を以て熱心に(362)読み返し又読み返しすれば此憐れなる日本訳に由ると雖も大体の精神は解し得らるゝのである。真に聖書に親みしものは聖書有の儘を信ずるのであつて学者の哲理的に或は論理的に之を信ずると言ふが如きではない。去れば極めて浅学のものにも聖書の深き精神が解さるゝのである、余の知れる某青年は其数育は極めて浅きものなるにも係はらず学者鴻儒も解釈に苦む黙示録を愛読し之を人に講じて多く誤らないのである。願くば聖書が諸君の唯一の書とならんことを、其精神を解し得れば之を人に伝へざらんと欲するも能はず、自ら語に出で又日常の行為に現はるゝのであつて、是が真の伝道である。万事に於て聖書が基となるの時に友会は振ひ、一県一地方に止まらずして日本又全世界を動かすであらふ。伝道の方法を講ずるもよいが而かも聖書の研究は尽されて居るのであらふか、伝道に欠点があるならばそれは方法の不備ではなくて祈祷と聖書研究の不足である。聖書が各自に熱心に研究さるゝ時伝道は振はざるを得ず、品性は高まらざるを得ず、信仰は燃えざるを得ない、日本を基督に捧ぐる最上の愛国的行為はこれである。日本に聖書を与ふるに勝る愛国的行為はない。聖書が独逸に於て又は英米に於て受けられたる如くに日本に於て受けらるゝに至るまでは日本国に真の生命は臨まない。願くば諸君各自が聖書をして吾国民の書となすの聖望を以て進まれんことを。
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     保羅の改信 使徒行伝第九章(五月二日柏木に於て)
 
 保羅が激烈なる基督教徒迫害者より忽ち変じて熱心なる使徒となつた事に就て聖書の記事を照合するに其間に明かなる矛盾がある、茲に於てか吾等は聖書の記事に対して徹頭徹尾これを言葉なりに取るの要なく、又細事に(363)於て矛盾撞着のある事は毫《すこし》も全体の精神に対して疑を抱くの理由とはならない事を知るのである。使徒行伝九章に於て疑はしき点は第一にアナニアの記事である、吾等は神が人を導き給ふに当りて如何なる方法を以てせらるゝもそれに就て神の能力を疑ふものではないが、さりとて本章の記事の如く、保羅が教徒迫害の途上異象に接して驚駭《けいがい》し明を失しデマスコに援け入れられ仮の宿に主命を待つの時、アナニアに主が幻の如く現はれて一々指命され、アナニアは是に従つて保羅を尋ね、主の命を告げてバプテスマを授け、保羅は忽ち明を復し会堂に入りて説教し聴衆を騒かしたとありては余りに小説化されたる有り難き事にて信じられぬ節がある。或信仰家は一事一物ある毎に夢又は幻を以てする主の特別の指導ありと言ふが、此の種の信仰は勿論感ず可き点もあれども大体に於て健全なる信仰とは言ひ難い。去れば吾等は保羅が悔改の事実に就ては使徒行伝の記事に拠らずして彼自らの書簡に信を置きたいと思ふ、勿論行伝の記事を否認す可き証拠もないが吾等の信仰を養ふ上には此方がよいのである。凡そ斯る誇大の記事は斯る場合に於て極めて有り勝ちの事にて、我国の宗祖上人の伝記には必ずこれが伴ふので恰も劇作者の想像其儘を実現せしめた如き比々皆然りである。恐らくは保羅を尊敬するの余りに生ぜし人の想像の加へられたるものであらふ、これ明敏なる史的頭脳を有する者の直ちに解し得る所である。而かもこれがために全然事実を否認せんとするは是れ又甚しき誤りである、斯る記事のある事は其事実の存在を一層確めこそすれ否認の材料とはならぬ、世間に此種の記事は夥多にあるのである。然らば九章中のどれだけが疑のなき点であらふか。それは熱心なる愛国者にして激烈なる基督教反対者たる保羅が教徒迫害の最中に於て何ものにか抑えられ俄然一変して其信徒となつた事、単に基督教に対する態度のみでなく其生涯が全く変りし事だけは動かす可らざる歴史的事実である。而して其間に如何なる事があつたか、彼が主キリストに会ひし事が或は想像であら(364)ふか、真実であらふか何人も窺ひ知る事は出来ぬ、彼自身の外に証人はないのである、然し彼の改信せし事だけは事実である。若し是をも疑ふならば独り基督教を解する事が出来ぬのみならずして世界の歴史を解する事が出来ぬ。此章に於て教へらるゝ点は神が如何にして羅馬帝国に福音を伝播せしめ給ひしかである、神は御自身直接の能力を以てせられて人の手段を少しも借り給はず強敵保羅を抑へて伝道せしめ給ふたのである。人の意表に出る痛快事にして斯の如きはない、保羅は確かに基督自身に執へられたるものである。凡そ世の信者と言ふ信者は何れも皆何かに由りて、或事情のため、生涯の或時に於て、或は病患に由りてか、或は又愛するものゝ死に由りてか、或は事業の失敗とか、其事は何であらふとも何ものかに由りて基督に執へられたるものである、然り、或意味に於て実に止むを得ないのである。若し然らずして吾自身の力により又は考によりて信者となつたのであるならば今日の信者は明日は忽ち信仰を捨るであらふ。或人は信仰が斯の如きものであるならば吾は之を如何ともする能はず唯神の御意のまゝにて致し方なしと歎ずるものもあらんが、事実はこれであれば止むを得ないのである。各自が其生涯に顧みて此感が多い事であらふ、去れば吾等は世に基督に対する反対者が如何に多くともそれが又如何に有力であらふとも毫も失望するには及ばぬ、神の御心のある時は如何なる人も之を信ずるに至る、これ人間の関する所でなく神御自身のなさる所でありて、今日に於ても多くの良き信者は斯くして神御自身に執へられつゝあるのである。而して保羅が改信して直ちにダマスコに入りて説教せしと言ふ本章の記事にては余りに保羅が浅薄になる、これはやはり彼自身の書簡加拉太書に拠るが宜しからん、同書に由れば彼は改信後直ちにアラビヤに去りシナイ山の南方に於て三年間を思考に費し、タルソに帰りて猶十五年間静かなる生涯を送り機運の到来を待つてアンテオケに往きヱルサレムに上りて伝道の声を上げたのであるが、これが保羅の真面目である、(365)此保羅にして始めて彼の大伝道があつたのである。使徒行伝の歴史的価値は其始めに於ては少くして其終りに於て多いとは研究者の一般に認むる所であれば、保羅改信の記事の場合に於ても事実は此書に由らずして彼の書簡に由るがよろしからん、而し乍ら此矛盾此疑は大切なる事には少しも接触せぬのである、保羅が神直接の聖召《みまねき》に由りて改信せし事は確かなる大事実であつて、吾等が使徒行伝の此章より学ぶ可き点は此所にあると思ふ。
 
     教会と聖書 朝鮮人に聖書研究を勧むるの辞 五月三十日夜東京朝鮮基督教青年会に於ける講演大要
 
 諸君の今ま歌はれし讃美歌も読まれし聖書の語も私には少しも解らぬが而し乍ら其精神はよく解る、これ同じくキリストを信じ生命の根源を同じくするからである。先頃米国の一新聞記者にして日米政治関係を調査するために日本に来り朝野の名士を歴訪すると言ふ人が来りて私にも亦日米平和持続の方法に付いての意見を聞きたしとの事であつた。元来斯る向の人は私には用事のなき筈にて又私に問ふの必要もないのである。彼の先に訪ひし大隈伯や其他の政治家に於ては種々の意見もあらんが私には三十余年来私が研究に従事して居る所の聖書を提供するの外には道はないと答へた。日米両国共に軍人なるものあり、彼等の目的とする所は戦争であつて恰も吾等が平和に付いて考へ又聖書に就て究むるが如くに彼等は常に戦争に付いて議しつゝあるので、職業柄戦争を主張するは当然の事にて両国に軍人のある間は必ず開戦論はあるのであらふ。而して日米両国間の平和維持の唯一の道は米人が今の浅薄なる基督教の信仰より進んで更に善き基督者となり、日本人も亦良き基督者となる事である。其他の方法を以てしては或は一時の平和は成らんも時ありては又忽ち破るるのである。困難なる日米問題解決の道は両国民が善良なる基督者となるたつた一つがあるのみである。而して問題は単に日米人の間の事に止まらず(366)して吾国に於ては同胞間に同一問題にして更に困難なる問題がある、それは日鮮人の真の合同融和である。今や朝鮮は政治的には日本に併合されて同一治下に在りと雖どもこれ唯外面のみにて心中に於ては毫も従前と異なる所はないのである、実にこれ大なる難問題であつて其解決法は亦日米問題の解決と同一方法たる日鮮人相方共に善き基督者となる事の一つがあるのみである。此事は総理大臣や外務大臣や総督が如何に大なる勢力を擁してなさんとするも出来る事ではなく、これが出来るものは主キリストあるのみである。此所に居る金君が屡々余の宅に来られ、君の不完全なる半解の日本語を以て語らるゝも余はよく其心の最も深き所が解るが、これは我等二人が同じキリストに於てあるからである。日本人も朝鮮人も共に此キリストとの深き関係に入りて真の合同は成るのである。此道に由らずしては仮令同じ国旗の下に在りて同じ貨幣を用ゐ同じ郵券を使用し、其所にも此所にも合併を祝するの大宴会が如何に盛んに催されて酒杯が交換さるゝともこれたゞ外面の合併たるに止まりて真の合併は永久に成らないのである。実に此単純なる福音によりてキリストに至る事は多くの難問題を解決する最良唯一の道であるのである。
 凡そ基督教は之を二つの方面より観る事が出来る。其一は教会であつて、他の一は聖書である。実際上基督教は此の二つを離しては説く事が出来ぬのであつて、教会なければ聖書なし、聖書なければ教会なしである。基督教の歴史を見るに大抵此両者は併行せずして或時は教会の勢力が盛んにして聖書は疎んぜられ、或時は聖書が重んぜられて教会が衰へると言ふ有様にて両者共に弊害を免れぬ。此間に聖書が埋れて教会の勢力が盛であつた時の方が長く、其時は異教の文明が入来て基督教は教会となつた時であつた 中古時代の終り迄は教会独り基督教を代表して居たのである、斯の如き時に基督教は必ず堕落するのである、唯名だけがキリストの教会であつて其(367)実は希臘教会であり又羅馬教会であつたのである。これ教会独り重んぜられて聖書が軽んぜられた結果である。十六世紀半ばに至り時代はルーテルを起して教会は聖書に由りて立つ可きを主張し、其結果として全欧洲を震撼する戦争は起つたのであるが、要は聖書を取るか、教会を取るかの二つであつたのである。英国独逸の如きは聖書を撰み、仏蘭西、伊太利、葡萄牙、西班牙の如きは教会を撰んだのであつて茲に新教旧教の別が生じたのである。新教中にも又教会を重んずるあり、聖書を重んずるものありて其程度を異にし、英国の国教派即ち聖公会の如きは教会を重んじ、非国教派は聖書を重んずるのである。聖書と教会、問題は極めて簡単なれども実際は大問題であつて、基督教のある所には何所にても必ず此問題は起り、諸君も亦何時かはこれに遭遇するのである。而して其可否論は別として余自身は勿論聖書を取るものである。教会を絶対に無用とは言はないが、聖書をよく学べば教会は自ら盛んになるのであつて聖書を学ぶ事が衰ふれば教会は骸骨たるに過ぎないのである、斯る意見に対して外国には多くの賛成者があるが、外国より我国に派遣されし宣教師の中には賛成する者尠く、彼等には教会なくして基督教が伝播《でんぱん》され聖書が行き渡る事の如きは解し得られないのである。而も事実は教会はなくとも聖書によりて基督教は伝播され国は改めらるゝのである。此事を解るには吾等東洋人は特殊の便宜を有する事は感謝す可きである。余の家の如き元来儒教の家にて父は儒者であり余も亦少時より孔孟の書を学び、今も猶諳誦し得る章句があるのである。斯くして孔子の会堂を建つる事はせなかつたが其書を学ぶ事によりて其精神はよく吾等を支配し、吾等は孔子のよき弟子であつたのである。今は孔子が去つて基督が之に代つたのである。日本に於ける儒教の感化は偉大なるものにてこれなくば或は国は已に滅びし事であらふ。日本のみでなく支那朝鮮は元より儒教国であつたのである。讃美歌なく会堂なく唯経書に就いて学ぶ事によりて斯かる偉大なる感化力を得た(368)のである。
 茲に於てか吾等は西洋人に言ふ、支那の経書は斯くして多くの人を支配し国を支配せしに、何故に生命の書たる聖書に由りて主が吾等を支配し給ふに至らざるかと。已に書籍によりて儒教に養はれ来りし吾等が聖書を学ぶ事によりて何故に善き基督者となり得ざるかは此経験を有せざる欧米人には解らないのである。誠にこれは東洋人特有の道であつて、吾等は聖書を学ぶ事によりて善き基督者となり得るの確信を有つ者である。支那も日本も進んでは聖書国となることが出来る。世界の中の聖書国は蘇格蘭である、同地の田舎に於て教師が説教をなし、若し其引用の聖句に違いがあれば老媼《ろうおん》は聴衆の中より立ちて是を正すのである、而して彼国は古来最も多くの偉人を出したのである、余輩及ばず乍ら聖書国建設に志してより茲に三十余年にして今日に於ては多数の聖書信者を生じた事を知るのである。已に経書によりて儒者となり得た吾等が生命の書たる聖書によりて基督者となり得ない訳がない。若しも朝鮮人が曾て孔孟の書に接せしが如くに聖書に接するに至らば朝鮮は怖る可き国となるであらふ、日本亦斯の如きを得ば実に偉大なる国となるであらふ。若し然らずして聖書は唯教会へ行きて時々見るに止まり徒に洗礼式に列し晩餐式に与るを以て能事となし、単に社会事業家たり慈善家たるに止らば或は基督者たるの名は保ち得んも其実はないのである。余は切に諸君に対して聖書の研究を勧むのである、是に博き学問を要し深き経験を要するなれども又何人と雖も其精神を解するは難くない。実に聖書の深き事は経書の比に非ず、勿論又西洋哲学のオイケンやベルグソンの比ではない。諸君願くは之を浅薄に考ふる事なく、深き研究に志して自身の信仰を養ふと同時に此生命の泉を以て朝鮮を救ひ、日本を救ひ世界を救ふの大志を抱かれよ、之に勝るの大事業はない。一身の運命、家庭の運命、国家人類の運命は悉く懸つて此中に在るのである。如何にして朝鮮(369)を救ふ可きか、元より種々の道はあらんも之を根本より救ふの道は聖書に頼るの外はない、世上一切万事の根本は聖書の深き研究の上に立つ可きである。先頃宣教師某が日本と朝鮮とに於ける基督教の状態を比較して記したるものゝ中に、朝鮮の基督教は聖書的であつて、日本の基督教は社会的であるとの事があつたが、是れ朝鮮のためには賀す可く、日本のためには悲む可き事である。日本の信者は誠によく社会を知り、政治を知り慈善事業を知るが而も聖書を知らない、平信徒のみでなく按手礼を受けし教師にして猶驚く計り聖書に冷淡なるを見るのである。これ実に日本の基督教の弱点である、余は朝鮮の基督教が聖書的であると言ふ事を聞きて之に多大の望を属するのである、諸君は願くは蝕くまで聖書的であらん事を望む。
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     伝道之書一章 六月五日故今井樟太郎氏第九回紀念日芝区白金猿町なる同家にての親睦会に於て
 
 開巻第一に空の空、都て空なりと言ふ伝道者の言は甚だしく厭世的であつて現世の富に頼り智識に憧れつゝある今の人の聞くを好まぬ所なれども而かも常に耳に響く言である。是れ古代に於ては栄華の極に在りしソロモン王も、近く日本に於て成功の権化と歌はれた故伊藤公と雖ども桂公と雖ども言はざるを得ぬ語であつて、何人も一度びは発する所であつて又最後に発する所の言である。然らば人は遂に生れざるをよしとし、已に生れたるものは早く死ぬるをよしとす可きかと言ふに然うではなくて、此世に於ける富も位地も、事業も智識も、何れも皆な遂に空なれども唯一つ空ならざるものがあつて人はこれがために生きこれがために働くのである。而して此事は此書には述べられずして聖書の他の所にて補はれて居る、此書の書かれたる所以は此意を示すためである。先頃(370)日光に東照公の三百年祭を観、彼の陽明門の前に立ち神々しき杉並木の下に神輿の通御を待ちつゝ友人と語つたのであるが、初代徳川家に於て之を建つた時は徳川家始め何人も徳川家の栄華は永久に続き万代に栄ゆる事と思つたであらう。而も僅に三百年後の今日に於ては如何、幸ひにして徳川家は亡ぶる事はなかりしも当時の栄華は跡なく去りて今や霊廟の維持は徳川家一門の堪え難き負担であつて、維持のために世間に広く資を募る等種々の方法は講ぜらるゝも猶修理行き届かずして昔日の美観は大に害はれてある、思ふに四百年祭を挙行するの頃は更に落漠たる者ありて今日芝増上寺二代将軍の霊廟を見る如くになるのであらふ。当時栄華の中に在りては世事決して空ならずして、只管に斯る栄華の永続を思ひ、先祖の墓の維持に苦むの日が来らんとは何人も思はなんだであらう。徳川家然り其の他一般社会に興る家あり、倒るゝ家あり、昨日は栄え今日は衰ふと言ふ栄枯盛衰の実物をお互毎日目撃するのである。智識亦然りにて新智識として盛んに迎え囃さるゝものは直ちに又古くなりて嘲り捨てらるゝのである。ヘロデ王の神殿は日光廟に幾倍勝れる宏荘華魔のものであつたらふがキリストは「此処に一の石も石の上に※[土+己]《くづ》れずしては遺らじ」と仰せられた、誠に此世の事一として空ならざるはない、然り而しながら空ならざるものが一つある。ヘロデ王の神殿は壊れ徳川家の栄華は失せたが永久に失せないものが一つある、これを忘れてはならぬ。此世の事都て空なれども吾等は是を棄てずしてそれ/”\の職務に力を致すが而も其のためではない、他の空ならざるものゝためである。此世に千種万様の事が営まれつゝありて其最も大切とさるゝ所が何れも空なる事である、学生の語る所は所謂成功であり、実業家は只管に産をなす事にのみ熱注して他を思ふの遑なく挙世滔々として空の事にのみ奔走し居るのであるが、吾等は空の事もなせども空ならざる事に為す所がなくてはならぬ、吾等にしてこれがなければ啻に人に忘れらるゝのみでなく神に忘らるゝ悲惨の日が来るのであ(371)る。教師の地位に在る余が之を言へば故意に吾為す所を貴しとし我田引水の観あれどもこれは吾仕事ではなくて吾の撰みし仕事である。諸君にして若し最上の興味を万事は消えても消えざる唯一の事に持たざれば諸君各自が消えて了ふのである。
 此今井家は幾多の艱難の中に在りしも恵みの下に今日在るを得て、世に多少の善事をもなし空ならざる事のために尽す所があつたのは余の深く神に感謝する所である。ソロモン亡び徳川家も衰へ幾多豪家も倒るゝ世に在りて此家の繁栄も永遠に続く可しとの予言は何人と雖ども出来ぬ所であるが空ならざる方面の事は永久に遺るである、これが大切なる事である。若し然らずして世の所謂成功に憧れたならば如何に成功するとも知れたものにして仮令日本の富を悉く得るとも計り知る可きである。願くは此家は消えざる事のために永く存せん事を祈る、此事のために尽して家も亦亡ぶる事はないのであるが、よしや亡ぶるとも花が果実を遺して散る如く消えざる事のために遺す所あれば恨みはないのである。諸君も亦心を留めてソロモンは亡び徳川家の栄華は夢と消え、明治の文明は滅び失せるとも永遠亡びざるものゝために尽されん事を望む。
 
(372)     癒されし者に告げし辞
                         大正4年7月10日
                         『聖書之研究』180号
                         署名 内村生
 
 生と死と何れか祝すべきである乎と問ひますれば勿論普通の人情として生を祝し死を呪ふのは言ふまでもありません。然し乍ら基督信者の立場から言ひますれば必ずしも爾うとは限らないのであります、而して斯かる場合に立ちし使徒パウロは左の如くに言ふたのであります、
  我が生るはキリストの為なり、而して死るは我が益なり、然れど肉体に在りて生ること若し我が働きの果を結ぶ根本となるべくば何を選ぶべきか我れ之を知ず、我れ此の二の間に介まれたり、我が願ふ所は世を逝りてキリストと共に在らんことなり、是れ最も美《よ》き事なり、然れど我が肉体に止まるは汝等のために更らに必要なり、
と(腓立比書一章廿一−廿四節)、即ちパウロは言ふたのであります、生と死と其|何《いづれ》を選らんで可《よ》きや我れ知らず、若し我をして我自身の願を言はしむるならば我は死を願ふなり、然れども生は更らに此世に止まりてキリストのために働らくために必要なり、キリストに在りて汝等信者のために尽さんがために我れ猶ほ此世に止めらるゝも辞する所にあらずとの事でありました。
 即ち永生の確認を賜《あた》へられし者に取りましては死は生に勝さるの恩恵であります、是れ最も美き事なりとパウロ(373)は言ひました、然し信者は自から生を忌みて死を急ぎません、死の恩恵は大なりであります。是れ「キリストと共に在ること」であります、然し乍ら生には生の恩恵が伴ふて居ます、聖き労働であります、主の名に由りて善事を為すことであります、生命の言を伝ふることであります、天国の倉庫に救はれたる霊魂を収穫することであります、生は此故に貴いのであります、神は彼を愛する者に唯単に生を楽まんために之を賜へ給ひません、之に由て此暗らき世に在りて光の事業を為さんがために賜《あた》へ給ひます、生は恩恵であります、責任の伴ふたる恩恵であります、肉の生命を楽まんための生ではありません、失はれたる霊魂を救はんための生であります。
 斯かる次第でありますれば信者は世人の所謂「病気全快祝ひ」を為しません、祝ひではありません、感謝であります、感謝ではありまん、祈祷であります、再び賜へられたる健康を濫用せずして之を聖用せんがための祈祷であります、神は疾病を癒して其|聖栄《みさかへ》を顕はし給ひました、私供は神の聖意に副ひまつりて更らに聖栄を顕はすべきであります、生くるも主のためであります、茲に新たに賜へられたる生を全く主に献げまつりて之を全然主のために用ふべきであります。
 
(374)     AMERICAN CHRISTIANITY.米国流の基督教
                         大正4年8月10日
                         『聖書之研究』181号
                         署名なし
 
     AMERICAN CHRISTIANITY.
 
A friend of ours was recently in Chicago. One Sundav mornlng,he attended a Christian church there,and the sermon he heard from its pulpit on that day was on this topic:How to Make Success in Business! Remarkable! But it is essentially a modern American Christianity! We on our part would rather be Buddbists of Honen and Shinran type, than be Christians who make so much of this world and so little of the other world.We confess,we are entirely disgusted with the“social”,“ethical”,this-worldly,business-like Christianity of modern American Christians.
 
     米国流の基督教
 
 余輩の友人の一人、近頃米国シカゴ市に在りき、或る日曜日の朝、彼は該地の或る基督数々会堂に出席せり、其日彼が其会堂の高項より聴きし所の説教は『如何にして商売に成功せん乎』といふ題目に就てにてありき、驚くべし! 然れども是れ能く現代の米国流の基督教を代表する者なり、余輩の欲する所を言はしめん乎、余輩は(375)寧ろ法然又は親鸞流の仏教信者たらんことを欲す、現世を思ふ斯くも厚く来世を念ふ斯くも薄き基督教信者たらざらんと欲す、余輩は表白して憚らず、余輩は現代の米国基督教信者の、所謂『社交的』にして『倫理的』なる現世的商売風の基督教に厭き果たりと。
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 厭離穢土、欣求浄土(仏教)
 汝等既にキリストと偕に甦りたれば天に在るものを求むべし……地に在るものを念ふべからず(基督教)
 
(376)     〔『爾国を臨らせ給へ』 他〕
                         大正4年8月10日
                         『聖書之研究』181号
                         署名なし
 
    『爾国《みくに》を臨《きた》らせ給へ』
 
 『南国を臨らせ給へ』とは我等に由りて爾国を臨らせ給へと云ふことではない、信者又は教会又は基督教国の努力に由りて天国を地上に実現し給へと云ふことではない、人類の進歩に伴ふ所謂基督教文明の完成に由り此地を化して天国と成し給へと云ふことではない、『爾国を臨らせ給へ』とは、爾国の臨らんことをと云ふことである、人の努力を待たずして天国の地上に臨まんことをと云ふことである、即ち聖き城《まち》なるヱルサレム、新婦《はなよめ》がその新郎《はなむこ》を迎へんために修飾《かざり》たるが如く備《そなへ》整ひて神の所を出て天より降らんことをとの事である、即ち『爾国を臨らせ給へ』と祈るは、『主イエスよ来り給へ』と祈ると同じである、教会が其伝道的大運動に由て天国の降臨を授けんと欲するは大なる誤謬である。
 『爾国を臨らせ給へ』、人類は其努力に由りて永久的なる何等の善をも為し得ざれば、爾《なんぢ》御自身御降臨ましまして我等の間に聖国《みくに》を建設し給へ、人類は文明と称して、唯肉の快楽の増進をのみ是れ努め居れば、願くは爾|雷《いかづち》と火と煙とを以て臨み給ひて、其汚穢《けがれ》を焼払ひ、此地を化してキリストの国と成し給へ、此世の政治と其軍備、(377)其文芸と宗教との、造物主の栄光を揚ぐる者に非ずして被造物の虚栄を計る者なれば、願はくは神よ、人類の間に降り給ひて、御自身其統率の任に当り給へと、是れキリストの真の僕の日夜祈る所である。
 而して神は彼を愛する者の此切なる祈祷に応へ給ひて今や著く臨り給ひつゝあるのである、欧洲の大乱なる者は之を其一面より見れば大惨事である、然し乍ら他面より見れば神の降臨である、今や所謂基督教国の偽はりの文明と偽はりの宗教とが毀《こぼた》れて、之に代りて神の治世が臨りつゝあるのである、英国が独逸に優り、独逸が英国に優るとの問題ではない、英も独も露も仏も墺も伊も皆な神の真理を易へて虚偽《いつはり》となし、造物主よりも受造物を崇めしが故に、神は彼等が邪僻《よこしま》なる心を懐きて行《な》すまじき相互の殺戮を行すに任かし給ふのである(羅馬書一章廿五−廿八節)、欧洲大戦争は所謂基督教国の大審判である、人間本位の文明の崩壊であつて、同時に又神の聖国《みくに》の降臨である、今や神の怒を盛《もれ》る七の金椀《かなまり》は傾けられて地の文明を※[火+毀]尽《やきつく》しつゝある 之に次いで臨る者が新らしきヱルサレムの実現である、神はたしかに其僕の祈祷を聴き給ひつゝある、聖国はたしかに臨りつゝある、神は今や欧羅巴文明と称するバベルの塔を毀ち給ひつゝ、其聖国を以て此疲れたる踏荒されたる地球に臨り給ひつゝあるのである、感謝すべき哉。
 
    何でもない
 
 戦争が始つても何でもない、神は愛である、戦争は歇んでも何でもない、神は愛である、国は興きても何でもない、神は愛である、国は亡びても何でもない、神は愛である、然り縦し全宇宙は消失せても何でもない、神は愛である、純信仰の立場より見て歴史と科学とは何でもない、神は愛である。
 
(378)     如何にして復活する乎
                         大正4年8月10日
                         『聖書之研究』181号
                         署名 内村鑑三
 
 基督者《クリスチヤン》は復活する者である、彼が若し復活する者でないならば、彼は衆《すべて》の人の中にて最も憐むべき者である、『飲めよ食へよ、我等明日死ぬべければ也』である(哥前十五の十九、三十三)。然し基督者は如何にして復活するのであろう乎 彼はキリストが復活し給ひしやうに復活するのであろう乎、即ちキリストが其身其儘にて墓より上がり給ひしやうに、信者も墓より出来《いできた》るのであろう乎、信者の復活はキリストのそれに傚ふとは聖書の示す所であるやうに思はれる、
  若し我等彼(キリスト)の死の状《さま》に等しからば亦彼の復活にも等しかるべし(羅馬書六章五節)。
  今キリスト死より甦りて寝《ねぶ》りたる者の復活の首《はじめ》となれり(哥林多前書十五章廿節)。
  又(神は)イエスキリストに在る我等を彼と偕に(等しく)甦らせ、共に天の処に坐せしめ給へり(以弗所書二章六節)。
 即ち主が号令と天使の長の声と神の※[竹/孤]を以て自ら天より降り給はん其時に、キリストに在りて死し信者は彼(キリスト)が甦り給ひしが如くに甦りて携へられて空中に於て主に遇ひまつり、斯くていつまでも天の処に於て主と偕に居らんとは信者一般の信ずる所であるやうに思はれる(帖撒羅尼迦前書四章十三節以下参考)。
(379) 然し乍ら是れ果して聖書の教ゆる所であろう乎 又若しキリストの復活が信者すべての復活の標式《かた》であるならば、キリストと埋葬の状を異にしたる者の復活は如何になるのであろう乎、死して第三日ならずして三年、三十年、三百年を経て其肉は再び土に化せし者は如何になるのであろう乎、海に沈みて魚腹に葬られし者は如何になるのであろう乎、或ひは火葬せられて其の肉体は灰と瓦斯とに分解せし者は如何に成るのであろう乎、勿論神に在りては為し能はざる所なきが故に、一たび散乱せし分子と雖も再び之を集めて素《もと》の体を造り得ない理由《わけ》はない、
  我が民の屍は起きん、塵に臥す者よ、覚て歌ふべし、……地は亡き霊《たま》を出さん
とあれば、すべての死者を奇跡的に復生らすことは神に於て不可能い事ではない(以賽亜書廿六章十九節)。
 然し乍ら問題は斯かる奇跡を行ふの必要あり耶否耶のそれである、神は止むを得ざる場合にあらざれば奇跡を行ひ給はない、天然は神が事を行し給ふ通常の途である、而して神は成るべく奇跡を避けて天然に循ひ給ふのである、殊に信者の復活の如き一般的の事柄に於て彼が一々奇跡を行ひ給ふとは信ずるに甚だ難くある、我等は生の法則を知る、而して復活は生の増進に他ならざれば、其の、生の法則に循ふて行はるべきものであるは言はずして明かである。
       *     *     *     *
 信者はイエスに傚ふて復活するのではない、イエスに在りて既に復活したのである、信者の復活は未来の事ではない、過去の事である、神はイエスを甦らしてすべて彼を信ずる者を甦らし給ふたのである、是れ聖書の明白に示す所であつて、又天然の法則の要求する所である。
 イエスは我等が罪のために(敵に)附され又我等が義とせられしがために(邦訳の『為られんがため』に非ず)甦らされ(380)たりとある(羅馬書四章廿五節)、イエスに在りて信者は既に義とせられ、其報賞として彼(イエス)に在りて彼等は既に甦らされたのである。
 始の人アダムは生命ある魂となり、終のアダムは生命を予ふる霊となれりとある(哥林多前書十五章四十五節) 魂(Psyche)は肉体の精であつて霊(Pneuma)は霊体即ち復活体の精である、アダムを以て肉体が始まりしやうにキリストを以て霊体が始まつたのである、キリストを以て新人類は創造られたのである。
 主は即ちかの霊なりとある(哥林多後書三章十七節)、主キリストは特別の霊である、『人の衷には霊魂のあるあり』と云ふその霊ではない、新生命の根源なる其霊である、霊体の精たる其霊である、神の種其衷に在りとある新生命の胚珠である(約翰第一章三章九節)、此種が人の衷に宿て茲に霊体の発育が始まり、終に復活昇天の道程を経て永生状態に入るのである、主が我は復活なり生命(永生)なりと言ひ給ひしは此事を言ひ給ふたのである(約翰伝十一章廿五節)、信者の復活はイエスを離れてあるのではない、復活はイエスに於て在るのであつて、彼に於てのみ在るのである、復活はイエスの属性である、彼に限りてのみ在ることである。
 パウロの所謂霊の質《かた》とは信者の復活体の元始《はじめ》であつて其核心とも称すべき者である、信者は之を受けて既に復活体の元質を受けたのである、『霊の質』の成長発達したる者、それが復活体である、復活体は死後に於て奇跡的に上より被《き》せらるゝ者ではない、その元質は信者が信仰状態に入りし其時に既に与へられし者であつて、死後に其完成に達する者である、斯くして信者の復活は半ば未来の希望に属し、半ば既成の事実である、信者は既に復活の元質を握る者にして同時に又主と共に其栄光を以て顕はれんことを俟つ者である、復活は希望であるといひて現世に其根拠を置かざるものではない、信者は其の肉体に於て既に復活体の種子と其核心とを有つ者である、(381)彼は今既に復活されつゝある者である、而して死後に於ける復活の完成を俟つ者である。パウロ曰く『既に汝等キリストと偕に甦りたれば天に在るものを求むべし……地に在るものを念ふ勿れ……我等の生命なるキリストの顕はれん時我等も之と偕に栄光の中に顕はるゝ也』と(哥羅西書三章一−三節)。
 
(382)     此世と我等と基督
                         大正4年8月10日
                         『聖書之研究』181号
                         署名なし
 
 キリストは今この世に隠れてゐて知られない、その通り基督者も亦この世にあつては隠れてゐて知られない、使徒パウロは哥羅西書第三章に於て曰ふてゐる「汝等の生命はイエスキリストと共に神の中に隠れあるなり」と、それ故に此世は我等を知らぬ、ましてや我等の中に宿るキリストを認るなど云ふことは全然ない、然し此世と我等とは容易く別れ得る、彼等(此世の人々)は我等を一向構はない、我等も彼等を一向構はない、彼等は彼等の富を以て勝手に行つて行くが宜い、そして我等を我等の思念と行ひのまゝに放任するが宜い。
 イエスキリスト共に在る時我等の幸福と富は無量である、其時我等は世の人の地位や名声や富などを何とも思はぬ、然し時々我等はキリストを見失ふ、そして彼が我等に在り我等が彼にあり、彼は我等のものであり、我等は彼のものであることを忘れる、斯く暫時彼の隠るゝ時はあるが、我等は「我は世の終末まで汝等と共に日々在るなり」との彼の約束によりて慰められる、これが我等の最大の宝である(ルーテル)
 
(383)     約百記の研究
                    大正4年8月10日
                    『聖書之研究』181号
                    署名 内村鑑三述 坂田祐筆記
 
     第一回(五月三十日柏木聖書講堂に於て)
 
 今日から約百記の御話をしやうと思ひます、之を思ひ付たのは先頃から本誌に出て居るゴーデー先生の雅歌の研究によるのです、之は偉い研究であります、読者に取ては実に大なる福音であります、多分来月号で終りになりますから今度は私がゴーデー先生に代て之を述べたいと思ひます、茲に注意すべきは雅歌を了解するには先づ約百記の了解が大切であることであります、喜びに在て如何に処すべきかを教ふるものは雅歌であります、困苦にありて如何に処すべきかを教ふるものは約百記であります、日本の今日の如き困難の状態にあつては約百記を要するのであります、併かしかゝる困難の中にも偶々得意の境遇にある人があります、かゝる人には雅歌が大切であります。
 約百記は四十二章あります、聖書中最も長き書の一であります、之を詳はしく了解するには大に学問が要ります、然れども約百記が教へます主要な点は誰にでも解ります、学問がなくとも老人でも少年でも男でも女でも解ります、細部に渡りましては私にも解からぬ所が沢山ありますが然かし主要な点は諸君に伝ふることが出来ると(384)思ひます、諸君は仮令解らぬ所はありましても努めて毎日二三章づゝ読んで来て下さい。
 約百記は偉大なる書であることは云ふ迄もありません、世界の最大著述といへばダンテの神曲、セーキスピーアの劇作、ゲーテの『フアウスト』でありませう、然かし此等の最大の書以上の書で価値を付くることが出来ないほど無限に貴重なる書は約百記であります、世界に之に比ぶる書はありません、而して約百記は其要点は誰にでも解ります、大著述の特徴は其書の主要なる点は誰にでも解かるといふことであります。此無限に貴い約百記は実に偉大なる書であります、作者は誰であるかわかりませんが人類がある問決して亡びざる貴い書であります。
 ヨブが絶大の困苦と災厄にあふて如何に身を処したか如何に之を耐へ忍んだか其艱難を如何に了解したか彼の心の最も深き所を言ひ表はしたものであります、私はダンテとセーキスピーアの書を読みました、ゲーテの『フアウスト』も読みました、読んで其の偉大なるに驚嘆しました、然かし約百記を読んで之に比ぶれば約百記は遥かに上であります、即ち第一等の著であります、諸君は今之をよく了解出来んでも漸次に齢が進み経験が加はるに従てよく解かつて来ます、ます/\此書の価値を認むるに至ります、カーライルが或人に世界最大の書は何んであるかと問はれたときに聖書であると答へ、聖書の中で最大なるものは約百記であると答へたそうです、そこで彼は友人の請に応じて約百記を朗読したそうです、その時あの気六ケしのカーライルは知らず/\書中の人となり音吐朗々自らヨブの如き気分になり、聴者は恍惚として恰もヨブ自身が語てる様に感じたそうです、而してカーライル自身何処迄読んだかわからなかつたといふことです。
 約百記の著者は明かでありません、かゝる著述を為す人は世界に二人とありませんから、多分モーゼが書いたらうといふ人があります、此書の内容には古代の種々なことがあります、鉱山の事冶金の事があります、若し人(385)が鉱山や冶金の歴史を書かうとしたら多分此書から材料を取りませう、モーゼが書いたといふ説は傾聴に値するも証拠がありません、此が雅歌と並んで読むべき書であるといふことから考へますれば矢張りソロモン時代の偉らい人が書いたものでせう、かゝる大著述は仮令著者が不明であつても之によつて当時の社会を知ることが出来ます 兎に角此書は人生の最も深刻なることを表はして居ます、又た人類のいろ/\な事を記るして居ます、此書がよく解かれば現代の劇などは到底比べものになりません、恰も児戯に類して居ます、富士山をヒマラヤ山に比ぶる様なものであります。
 約百記は単に著者の想像から出来たものではありません、一の事実を基礎として書いたのであります、恰も忠臣蔵の作者が之を書くに方て吉良上野之介と浅野内匠頭の事実を基礎とした様なものであります、多分ヨブといふ人が在て其人の経歴を骨子として作者が自分の心底を書いたものでありませう、ですから之を全部文字通りに事実として解釈するときは誤ります。
 第一(シ)章一−五 之は序幕でヨブの家庭の有様であります、此記事を見ればヨブの家は最もうるはしい繁昌の家であつたことが解かります、ウヅといふ処は何処にあつたか不明でありますが多分アラビアにありましたらう、子の数は男女適当の数であります、家畜も沢山あります、即ち最も裕福な家であります、燔祭を献げたとありますから彼は信仰の篤い人であつたことが解かります。
 六−十二 幕が変て天上の場となります、神の子等がヱホバの前に来て立て居ます、サタンも来て評定に加て居ます、此記事は事実であるか何うかは解かりませんが、人生の事は此世計りでなく又た天上に於てもあるのです、即ち舞台の上計りでなく楽屋の内にもあるのです、ヨブの事は正にそうであつたのです、ヨブが地上にあつて天(386)上の事は何も知らないのに、天上では神の子等がヱホバの前でヨブを賞めて居たのです、而して其中に一人の悪いもの即ちサタンがあつてヨブを誣告して居たのです。
 此世に於ても我々の間にかゝることが屡々演ぜられるのです、少しく政治に通ずる人は此のサタンのやる様なことをよくやる人を見るのです、サタンとは何んであります乎、人に真善なるものは無いと信ずる者であります、彼は善も義も皆な利益を目的として為さるゝ者であると信ずるのであります、ある紳士が曾て私に問ふて『君今迄宗教をやつて幾何溜まつたか』と言ふたことがあります、其人はかゝる問を発することを別に無礼とも思はないのであります、か様な考を持て居るものは世間に沢山あります、サタンはかゝるものゝ頭《かしら》であります、彼等のやることは皆算盤づくめであります。皆利益の打算であります、今日世界の国際間の事も亦皆利益問題が主となるのです。
 ヱホバはサタンの請を容れてヨブの処置を彼に委せました、今日の語で言ひますればヨブは真のクリスチヤンであるか否かを試めされたのです、即ち神とサタンの賭け事であります、此世で信者と不信者とは其数甚だ異つて居ますが我々が若し信者不信者を試めす場合には矢張りこんな方法を取るのであります、サタンは神と賭をして地上に降りました。
 十三−二十二 ヨブの家に臨んだ悲劇の場であります、一日の中に四の災禍が起りました、人生に於て斯様な事は珍らしいことであるが不運が続く時は続くもので之に類した事はあるのです、一年の中に数人の子を失なつた人の例もあります、併かしヨブは己を全く神に献げてあるから此の連続せる凶変にあふて却て神を讃めました、ヨプの信仰は之によりて少しも動揺しません、神に向つて一言も愚かな事をいひません、是に於いてサタンが負(387)けてヱホバが勝ちました。
 第二章一−六 再び天上の場であります、サタンがヱホバに向て人間の最も大切な物は生命である、生命を損はれても不平を言はず信仰を維持する者はない、如何にヨブと雖も生命に危害を加へらるれば不平を言はずに居ない、必ず神を諷はん、乞ふ試みよと言ひました、此処に『皮をもて皮に換る』といふ事は如何なる意味であるか能く解かりませんが、多分昔の諺であつて、人間は自分の命の為めには何物をも犠牲にするといふ意味でありませう。
 七−十 幕は変てサタンはヱホバの許を得て再び地上に現はれてヨブを打ちました、此時ヨブに臨んだ病気は或医師の言によれば癩病の一種で白象病といふいやな病気であつたらうといふことであります、ヨブは乾いた灰の中に坐て身を掻いて居ます、之を見てヨブの妻は耐えきれなくなつたのです、ヨブに向て神を詛ふて死ねといひました、妻は第一番に負けたのです、然かしヨブは屈しませんでした、疾病も神の恩恵であるといひました、彼は唇では神を詛ひませんけれども心の中には大戦争が始まつたのであります。
 十一−十三 ヨブの三人の友人が彼の災禍を聞いて見舞に来ました、第一の友は老人で経験を語ります、第二の友は学者で学問を語ります 第三は青年で元気を表はします、一同衣を裂いて悲歎を表はしました、ヨブは今日迄は友人が居ませんでしたから、黙まつて耐えることが出来たのです、然かるに今面のあたり同情してくれる友を見ては耐えきれなくなつたのです、之れ人情であります、我々はたゞ一人の場合には悲みを忍ぶことが出来るものです、ヨブは今迄は裕福で安楽な家庭にあつて友人を慰める地位にあつたのです、然るに今反対に彼等から慰めを受ける境遇に変たのですから一層悲歎に陥たのであります。
(388) 茲に問題となるのは此世の人生観は果して人間の苦痛を慰むることが出来るかどうかといふことであります、ヨブに臨んだ様な苦痛は連続して来ないにせよ、何人にも或種類の苦痛は必ず来るのであります、此場合に何故にかゝる苦痛が臨むのであるかとの疑問が起るのであります、作者は天にあつた事の結果として地上のヨブに災禍が臨んだことは知つてゐるけれども、ヨブには天上のことは解からないのであります 我々の苦痛の原因が天にあることを知ればどんな苦痛でも耐え忍ぶことが出来ますが、それを知らないから奮闘が起るのです、恰も学生が問題を与へられて其解答に苦んでると同様であります、先生が解答を与へてくるれば成る程と直ぐ合点がゆきますが、そうでないと中々苦しむのです、人間と神との関係も同じであります、幕が開らけて苦痛の源因が天にあつた事が解つた時には、我々の終生の奮闘努力が之を解く為めであつた事を初めて悟るのであります、教授の良法は学生をして自分で問題を解くに努力せしむる事であります、神は人生の問題を解く方法を初めから教へ給はないのであります、茲に於てヨブ記は実に人生大問題の解釈を教ふる最も偉大なる書であることが解ります。
 
     第弐回(六月六日)
 
 約百記は長編であるから普通に講義せば二年も三年もかゝります、併し此度は研究と云ふよりも寧ろ大体の御話であります、大体の要点が解かればあとは諸君が独りで読んでも了解が出来ると思ひます。
 四十二章よりなる長篇でありますけれども其内容にははつきりとした区別があります、前にも申しました通り之は一の劇《ドラマ》と見ることが出来ます、ドラマの文体であると云ふことを念頭に置いて読めば大に了解し易いのです、劇としては登場人物は甚だ少ないのですから誰にでも直ぐ解かります、劇としては其外形に於ては極くつまらな(389)いものです、約百記の尊うとい所は人の心中にある劇であります、先日或人が私に向て約百記は劇であるといふから之を芝居にして演つて見たらどうですかと問ひました、私は約百記の芝居を演る様な偉らい役者がないと答へました、此芝居を演にはカーライルの様な人が役者とならなければ出来ません、之を見る人も亦之に相当した人でなければ中々見るに堪へないと思ひます、約百記は劇的には出来て居ますけれども昔から未だ演ぜられたことはありません、近頃サロメと云ふ劇があります、私は之を見ませんけれども、其人物は多分ヘロデ王、サロメ、其母なる王妃ヘロデヤ、バプテスマのヨハネ等でありませう、サロメ劇は此世の普通の事柄を演ずる者でありますから、解かり易いですが、約百記は余り心霊的で之をはつきり解かる様に舞台に上ぐることが出来ません。
 約百記の内容を区分すれば次の様になります。
  第一章−第二章    緒言
  第三章−第廿六章   ヨブ対三友人
  第廿七章−第卅一章  ヨブ独語
  第卅二章−第卅七章  ヨブ対エリフ
  第卅八章−第四十一章 ヨブ対ヱホバ
  第四十二章−結論   
 第一は序幕でありまして前にも申しました通り天上の場と地上の場即ちヨブに臨んだ災厄の光景が見えます、之は prologue《プロローグ》とでも云ひませう、次はヨブと三人の友人との議論であります 之は第三章より第廿六章まで全篇の半分以上を占めて居ます、之が済めば次はヨブの独語(monologue)であります、時に少年エリフなるものが(390)あつて一部始終を聞いて居ましたが、両方に誤りがありますことを認めましたから憤慨して一方にはヨブを戒め他方には三人を戒めて仲裁を試みたが結末がつきません、エリフの言も不完全で効果がありませんから最後には神御自身が語り給ひました、即ち『ヨブ対ヱホバ』であります、此処で漸く結末がついて其結果は第四十二章に明瞭に記るして居ます、此書は長篇でありますけれども次の如く一言にいふことが出来ます。
  一、ヨブ自身の場合
  二、三人の友人とヨブとの議論
  三、ヨブが議論に勝て独言すること
  四、少年エリフがヨブの言も三人の友人の言も誤れることを認めたから仲裁の為め飛入りしたこと
  五、ヱホバ自身語り給ふこと
  六、結末がついてヨブは前よりも幸福な人となつたこと
 約百記の内容は右の如くでありますが其主要な点はヨブと三友との議論であります、即ち第三章より第廿六章までゞあります、此部分は全体如何なる事を教へて居るかゞ解かれば約百記の大体が解り、随て貴下方各自が単独《ひとり》で読んでも約百記全体が解かる様になります。
 ヨブを慰めに来た三人の立場を考へて見れば彼等は年齢と学才と境遇とが各々異なつて居ます、併し彼等は共通の人生観を持て居ました、それ故に一緒にヨブを慰めるために来たのです されど三人の友人の立場とヨブの立場とが異なつて居ますから茲にヨブと三友との間に思想の大衝突があつたのです、故に第一に此等の人々の立場を知ることが大切であります、第二章の終りに三人の友がヨブの惨状を目撃して声をあげて泣いたとあります(391)が、之は我々日本人には一寸了解に苦む所であります、そは我々は声をあげで泣くなどといふことは誠にざまの悪るいことで人に笑はれるのです、此点に於て日本人は西洋人と大にちがつて居ます、西洋人は悲しい時には声を出して泣きます、彼等は其真情を表はすのです、之はまことに美はしいことであると思ひます。
 第三章 七日七夜悲歎の沈黙にくれて居ましたが遂にヨブは耐えきれないで声を出しました 其声の出し方が変つて居ます、神を詛はない又た自分の身を詛はない、併かし何か詛はざるを得ませんでした、茲に於て何の咎もなき自分の誕生日を詛ひました、其詛ひ方は実に猛烈であります(こゝにレビヤタン云々のことがありますがこの解釈は他日に譲ります)ヨブの詛の言葉は一々説明せば説明出来ますが要するに生れた日と母の胎に宿りし日を繰返して詛つたのです、何事でも言葉を反覆して言へば意味が強くなるものです、ヨブは言葉の許す限り強く詛つたのです、五十歳以上になつて進退維れ谷まり死を求ふ様な逆境に遭遇しない人は滅多に無いと思ひます、ヨブの場合は実に逆境以上の非常なる逆境であります、彼がかやうな詛の言葉を発するのは無理のないことであります、基督者《クリスチヤン》の最も悲しいことは自分の唯一の信頼《たより》としてゐる神が見えなくなることであります、神が見えなくなると自分が何の為めに此世に生れて来たか其事が解からなくなるのです、人生には必ず懐疑があります、之が解決出来ないで華厳の滝に飛込んだ者もあります。
 併かしクリスチヤンの懐疑は之とちがひます 今迄照らして居た光りが見えなくなつたとき即ち今迄頼りにして居た神が見えなくなつた時に彼の懐疑が来るのです、金満家や身分のある人が零落したほど憐なものはありません、其の如くにクリスチヤンが神が見えなくなつた時ほど悲しいことはありません、これほど憐れなことはないのです、ヨブは即ちこの最も憐な場合に遭遇したのです、彼の詛の言葉歎げきの声は茲に書いてある言葉丈け(392)で説明してもよく了解が出来ません、若し諸君の中で少しにてもヨブの如き境遇に会つた人は其経験から顧みて、ヨブが自己の命を苦痛に感じた様に其生命即ち活きてるといふことを苦痛に感ずるでありませう、神を愛するクリスチヤンにもかゝる災禍が臨むのであります、併かしクリスチヤンには之は恩恵として来るのです、私にも自分が活きてゐることが苦痛になつたほどの災が臨んだことがありました、その時私は苦痛に堪へませんから或る牧師に相談に行きましたら、其牧師は私に向て『君は便通がないからそんなに苦しむのだらう』といひました、かゝる苦痛を実験したことのない人には解らないのです、少しでも悪魔に打たれた経験を持てるクリスチヤンにはヨブの経験は解かるのです、世間の多くの人には解らないのです、我々は此世の人に容れられない為に歎げきません 我々クリスチヤンには我々の歎きがあるのです、それは我々の唯一の頼りである神が見えなくなつた時であります、我々には之れより大きい歎げきはないのです、青年諸君は多くはかゝる苦痛を了解出来ないでせう、併かし諸君は他日経験を積むに従て之を了解することが出来る様になります。 第四章 テマン人ユリパズの言であります、此人は三人の中の老練家であります、即ち彼等の代表者であります。之に依て三人の人生観と彼等のヨブに対する態度が解かります、テマンといふところは何処であつたかは聖書の他の処より解かります、即ちエドムといふ国で死海の南にある商業上大切な処でありました、商業上繁盛な処でありましたから此地に居た学者も商売上の感化を受けて所謂商売的人生観を持て居たのです、即ちテマン主義とも称すべき一種の人生観を持て居たのです、単にエリパズ一人の人生観ではないのです。
 二節以下 『さきに汝は衆多の人を誨へ諭せり』……ヨブは之をいはれたときは一言もなかつたのです、曾ては人を慰めた身がかゝることをいはれては堪まらなくなつたのです、併かしエリパズの言ふた様なことは人生の艱(393)難を備さに嘗めた人は言はないのです、エリパズは老練家であつたけれども未だ人生の真の艱苦を嘗めたことのない人です、彼は未だ艱難の学校を卒業しないのです、約百記の作者は人生の艱苦を備さに味ふた人であることが解かります、エリパズの言は慰めのための言であつたけれども最初に先づ一針をヨブに喰はしたのです。
 十節以下 こゝには獅子の種類をあげて居ます、要するに獅子の様な猛きものでも神にあへば直ぐに亡ぶ況んや弱い人間に於てをやと、ヨブにあてこすつたのです、之れヨブに与へた第二針であります、人の盛衰は皆其所業の結果による、罪なくして亡ぶる者はない、ヨブに臨んだ災も皆其罪の結果であると言てヨブを責めたのです、私にも此様なことがありました、私が非常な逆境にあつた時に、キリストの深いことを知らない残忍無慈悲なる教会信者が来てそれは『貴下の罪の結果である』といふて責めました、かくいはれた時には私は一言もないのですエリパズの此多くの言はヨブには慰めとならないで却て苦痛となつたのです、非常なる歎げきの上に又た歎きが加はつたのです。
 十二節以下 之は有名なるヨブ記の幽霊談で文学的価値のあるものです、如何なる文学にもか程に慄然《ぞつと》する幽霊の話はないのです、セーキスピアのマクベス劇の幽霊も之には如かないのです、併かし訳文ではそんなに怖ろしく表はれて居ません、幽霊の話は我々は始終聞く話であるから此処の記事も至て平凡に聞えます。
 併かし平凡に聞えますけれども其中に深い真理があります、人生蜉蝣の如しとか、空の空なるかなといふやうなことは常套語であるからそんなに強く響きませんが、併かし唯一人寝て居る時に而かも幽霊が出て之を言ふときは誰か感じないものがありませう、深い印象が骨身にしみ渡るのです、場合によりて単純なる真理も深く印象を与ふるものでありますから茲に幽霊の話を以て人生観を語つたのでありませう。
(394) 人生蜉蝣の如く何人も必ず亡びるといふことは此場合ヨブには大分慰めとなつたのでせう、三人の友人の立場はエリパズの此言葉で解かります、義人には幸福が来たり悪人には不幸が来たるとは彼等の人生観であります、故に彼等は不幸が臨んだ人は其人は隠れて悪事をした結果であると主張したのです、是に於てヨブは自分の事を解することが出来なかつたのです、是迄ヨブも亦テマン人と同様の人生観を持て居たのです忠実に神に仕へて居れば幸福が来たり罪を犯せば不幸が来ると考へて居たのです、然かるに自分は罪を犯した覚がないのにかゝる不幸が臨んで来たから自分で自分の事が解らなくなつたのです、茲にヨブの弱味は彼は三人と同様の人生観を持て居るから即ち自分で自分と三人とに反対しなければならないことです、平常の健康なる場合には三人の友人の反対に対することが出来ますが、今は彼は悲惨に陥つて居て一方には唯一の望みである神が見えなくなり即ち神が彼を棄てたかの如く思はれ、他方には自己の申分は三人の友と共に自分を裏切て居るのですから彼の苦痛の程は実に察するに余りあるのです。
 彼等三人の友人はヨブが始終彼等に話して居た言葉を捕へて彼を責めたのです、而してエリパズは経験を以て、ビルダデは学問を以て、ゾパルは元気を以てヨブを責めたのです、汝は何か隠れて罪悪を犯したに違ひないから今其れを言ひ表はして謝せよ、さすれば再び元の幸福にならんとは彼等が等しく主張する所であります。
 私は或知人が姦婬罪を犯したと云ふ嫌疑を受けて其教会の老牧師より白状せよと手ひどく詰責せられた事を聞いたことがあります、其人は全く覚えのないことでありますから随分苦しい目にあつたといふことです、かゝることは教会には珍らしくないのです、ヨブの場合も亦その通りです、彼は犯罪の覚えがないから彼れにのぞんだ不幸の解決がつかないのです、茲に劇的価値があります、神が我等に災難を与へるのは我々が不善を為した為で(395)はありません、何か他に深い目的があつて我々に災禍を下さらるゝのです、災難の大小によりて我々の罪悪の大小を判別することが出来ないのです、ヨブの三人の友人にはそれが解からなかつたのです、之れヨブの苦痛が大なる訳であります、茲に起る問題は神は不公平ではないかの問題であります、我々は天道是乎非乎と叫ぶことがあります、かゝる場合に解決を与へる者は約百記であります。
 
     第参回(六月十三日) 第三章−第三十一章
 
 前述の如く約百記は六の部分に明かに区分することが出来ます、今日述ぶる所は第二及び第三の部分であります、即ちヨブ対三友人の議論とヨブの独語とであります、ヨブと三友人は交番《かはりばん》に三回宛議論しました、恰も法廷に於ける原告と被告の弁論の様なものであります、弁論はヨブから始まつて而してヨブは三友人の各々に答へたから都合九度したことになります、第三回目にはエリパズのみ極端に論じビルダデは僅かに一言をなしゾパルは一言をもなし得ざるに至りました、是に於てヨブは戦場を全く我ものにして長い独語をしたのであります、前にも申しました通り三人の友人の言ふ趣意は明白であります、神は正義の神であるから正義には幸福を以て報ひ不義には不幸を以て報ゆること、さればヨブに不幸が臨んだのはヨブが不義を犯した明白なる報であること、依て元の幸福なる境遇に帰るにはヨブは悔改めて神と彼等の前に謝罪することであります、彼等三友人はさすが教育ある人々でありますから最初から明らさまにヨブに向て『汝は悪人である』とは言ひません、ヨブが自ら自分の罪を悟る様に言ひかけました、我々の場合に於てもさうであります、初めから強くは言はないものであります、然るにヨブには彼等の第一回の言は了解出来ませんでしたから彼等は第二回目に強く言ひ放つたのであります、それ(396)でもヨブは悔改めませんから第三回目に老人のエリパズは思切てヨブは罪悪を犯したと鋭く攻撃したのであります、彼等の考によればヨブに臨みし災難は彼が罪悪を犯した何よりの証拠であるのです、然しヨブは罪悪を犯した覚は少しもありませんからエリパズの極端なる攻撃に対して少しも屈しません、第廿二章はエリパズの最後の言でありますが実に深刻を極はめて居ます、第五節からは強き言ひ方であります、之を見ればヨブは無慈悲な事をした明白な証拠となるのであります、今日の裁判法から見れば何の取る所もありませんけれども、当時の因果応報を信ずる人には唯一の証拠となるのであります、私し自身も亦かゝる経験を持てる友人を知て居ます、かの神癒を信ずる人の病気の解釈は多くは此れであります、人の病気に罹かるのは罪悪の結果であるから之を癒す最良の方法は其罪悪を発見して之を除くことである 罪が潔まれば病気は癒ると信ずるのであります 天理教なども亦さうであります、天理教信者の考には何病気でも癒ほらぬことはない、病気は神の刑罰であるから罪を悔いて天理王の命に献物をすれば癒ると信じて居ます、ある盗賊は重い病気に罹て非常に苦んで居る時に天理教の御利益をきいて罪滅ぼしの為めに今迄盗んだ沢山の金を天理王の命に献げたら病気は直ぐに癒つたといふことであります。
 ヨブが三友人に対する答を研究すれば非常に興味あることであります、三友の議論は堂々たるものであります、正義には幸福が来たり不義には不幸が来るといふ因果応報の理を自由に振り廻はして居ます、故に議論ではヨブは負くるのであります、論理からいへばヨブの議論は支離滅裂であります、三友人は曾てヨブが健康の日に彼等に語つた言を捕へ来て主張しますからヨブには一言も弁解の余地はないのであります、然かしヨブには之れぞといふ思ひ当たる罪悪の覚えがありませんからエリパズが沢山に並べた罪悪に対しては其誣告を大に怒からざるを(397)得ないのであります、ヨブは神は正義には幸福、不義には災禍《わざはひ》を以て報ゆることは大体に於て信ずるも、かくも大なる災禍が臨んだことは全く神に対する不義の結果であると信ずることは出来ないのであります、ヨブの言は多くは感情に走て居ますから或時は友人を罵り或時は神に不平を言ひ、議論としては筋目は立て居ません、然し約百記の作者は能く人生を知てる人であります、議論の勝利は筋目が立てるか立てゐないかにあるのではないのです、論者の深い経験は勝利を与ふるものであります、この作者は之をよく知て居ます、多分此作者は大に人生の経験に富み、加ふるに大なる天才であつたことが察せられます、議論の立場としては論理上の事は敵に凡てを与へ自分はたゞ経験といふ一事を握て居るに過ぎないのであります、人の深き良心の声は犯すべからざるものであります、人を議論でやりこめたことは勝利にはなりません、吾人には論理で圧服することができないものがあるのです、ルーテルは羅馬法王から派遣せられた当時第一の神学者エックと対立して議論したときに、論理では立派にエックの為にやりこめられました、然かしルーテルは負けたけれども勝ました、之れルーテルは論理を以て侵すことの出来ない信仰の実験を深く内心に持て居たからであります、かくの如くヨブも議論では負けたけれども実験で勝つたのであります、猶太人は元来律法主義論理主義であるから羅馬書や加拉太書にあるパウロの議論を見て論理上甚だ価値がないものとして冷笑して居ます、論理上より見れば左もあることであります、パウロの議論には整然たる論理がありませんけれども彼には論理を超越した実験があるのであります、その実験が彼をして最後に勝たしめたのであります 今日の語で云へばヨブは実験家で三友人は神学者であります、我こそは第一流の神学者であるとの自信を有する舶来の神学博士は議論では実に堂々たるもので精神界の事は解決出来ないものはないと信じて居るのです、若し試みに悲哀に打沈める老婆が来つて精神上の煩悶を打明けその解決を求め(398)まするときには、彼神学博士は贖罪の原理は何うの神の摂理は何うの、ルーテル曰く、アウガスチン曰く……と其煩悶の原因を堂々と論ずるも、其老婆には恰も雲をつかむ様なもので何の解決にもならないのであります 然し信仰の実験家は此老婆に鮮決を与ふることが出来るのであります、学校に学んだ人と実験家とはかやうな区別があるのです、実験は学問以上であります、諸君の中の極く年の少い人でも世界の大学者も解からぬ大真理を実験することがあります、エリパズの極端な攻撃は彼をして遂にヨブに対しては『汝は悪人である』と言ひ放たしめました、今の宣教師は悪意を以て横暴を極はむるのでありませんが、其神学をたよりそれで万事を解決せんとするのであります、『一寸の虫にも五分の魂あり』境遇を異にし生活を異にする日本人には、彼等宣教師が解釈の出来ざる事があるのであります、西洋の宣教師が何百人未て居るも日本人を教ふることが出来ないのは彼等は我等のやうなる内心の実験を解することが出来ないからであります、実に前に申しました通り三友人は当時の神学者でヨブは実験家であります、ヨブの言葉の中で私の好む所の者を諸君に紹介しませう。
 第六章十四−廿節 之は有名な言葉であります、日本の文章では意味はよく表はれませんが英文で読めば尚ほよく解かります、パレスチナやアラビヤに於ては川に水のあるのは春の雪融の時節丈けであります、故に旅人に取て最も慕はしいのは水であります、今旅人は雪融けして未だ間もないから、あそこに見ゆる渓川には必ず水があるに違ひないと信じて行て見れば水は絶え果てゝないから旅人の失望思ふべきであります、(茲に『テマの旅人』といひましたのは多分テマン人エリパズに当て付けて言ふたのでありませう)、ヨブは彼等三友人を渓川の水の様に慕ふたのであります、即ちヨブは彼等から慰を得やうとしましたが遭ふて見れば沙漠の川のやうで何の慰めにもならないのであります、私自身も亦時には諸君に左様に思はるゝことがあるかも知れません!
(399) 第十六章二節 此日本訳も不完金であります 日本訳で読めば汝等は我を慰めんとして却て我を困まらせるものであるとの意味でありますが之れでは余まり意味がなさすぎます、英訳で読めば更に強く深く響びきます。
 第十七章二十節 之れ実に心臓を抉ぐらるゝ様な言葉であります、而して何んとも言ひ得ない情がこもつてゐます、ヨブは彼等に絶望して涙を以て神に向つたのであります。
 第十九章 此章はヨブの思想の絶頂であります、彼は友人を罵て居る斗りでなく廿一節では友の同情を呼び求めたのであります、『我が此苦痛は人が我を打た為ではない神が打たのだから同情して呉れ、無益な議論などは止して同情して呉れ』といふ深刻なる叫びであります、之を以て見ればヨブの友人に対する態度は始終変て行くのがわかります、之れ冷静な学者から見れば冷笑に値するに過ぎません、然かし慰安を得んとするの真情は茲にあるのです、批評家の立場は議論でありますけれどもヨブは茲に議論するのでありません、ヨブは感情に訴へますから恰も川が洪水を漲てゐる様なものであります ヨブはかく変て行く間に益々神に近づきつゝあり、また彼の思想は愈々聖められつゝあるのです、彼は責めらるれば責めらるゝ程神に近づいてゐるのであります、苦痛にあふ程、責められる程光明に向ひつゝあるのであります、之れ実に動かすことの出来ない実験の結果であります 側方《わき》から見ればヨブは寄る所の港のない船の様に見えますけれども実はさうでないのであります、彼は益々安全な港に向て進みつゝあるのであります、愈々近く光明に向て居るのであります、十三節にある様に不幸連続し終に最も厭ふべき癩病に罹かつた時は誰れでもこんな考になるのでありませう、廿三節−廿四節の『我言の書き留められ鉄の筆と鉛とをもて……』はヨブが苦痛の絶頂に達して何にたとへん様もないから自然に出た言葉であります、ヨブは苦痛の此の絶頂に達して神の光に接したのであります、神は確かに現はれてヨブの為に弁護して下(400)さる 仮令此肉の身は朽果てゝも自分は神を見奉ることが出来る、神を友人として見ることが出来る 神を救主として仰ぐことが出来るとの確信に達したのであります、是を以て見ればヨブはキリストより千年も前でありますけれども自らキリストを望んだことがわかります、信仰はキリストに至て絶頂に達するのであります、信仰の進歩は非常に値《あたひ》貴くあります、信仰の進歩には貴とき代価を払はなければなりません、ヨブが信仰の極致に達したのは実に言語に絶した苦痛の代価を払ふたからであります、ヨブは先生から教へられたのではありません、苦痛の絶頂に達し自分自身弁護することが出釆なくなつたからどうしてもキリストの様なお方が出でゝ彼を弁護して下さるといふ信仰に達したのであります 彼等友人には之が解からなかつたのであります、ヨブはもう信仰の絶頂に達して或る都を見たのであります、此後は彼は安心したのであります、友人の攻撃に対しても苦痛を感じないのであります、第十九章は約百記の絶頂で真に荘絶美大の所であります、神が新らしく見えたからヨブは勝利を得たのであります、議論でなく実験で勝つたのであります、神が見えたから安心が出来たのであります、未だ完全な安心といふことは出来ませんけれども、彼は彼の苦痛に耐へることが出来る様になつたのであります。
 第二十九章 此はエリパズの乱暴な言に対するヨブの答であります、直接の答ではありませんがヨブが前の健康な時、幸福な時の有様を追想して彼は決して無慈悲な事はしなかつたと言ふことを述べたのであります。
 
     第四回(六月二十日) 第三十二章−第四十一章
 
 第三十二章−第三十七章 之はエリフの言であります、ある点から云へば約百記の中で最も興味のない所であると思ひます、ヘブライ語で読んでも面白くないと云ふことであります、言語の使用法も劣等であるし第三十二(401)章前にある様な偉大なものでありません、私は自分で読んで見て余りくど/\しく感じます、でありますから或人はエリフの言は約百記の記者が書いたものでない、前の章と比べて余りに変化が著しいから多分後の人が書き加へたものであらうと言ひます、併かし私は之は約百記の中で矢張り大切な部分を占めて居ると思ひます、他の所に比較せば極めて平凡でありますけれども、よく熟読せば中々大切であることが解かります。
 エリフは青年であります、ヨブ対三友の議論を立ち聴きして居たのです、三友がとう/\ヨブにやり込められヨブは議論の戦場を独占してるのを見てエリフは大に憤慨したのです、両方共に言ふべき事があるのに沈黙したのは心得がたしと感じて所謂飛入演説をしたのであります 第三十二章四節は大に東洋流であります、第八節は有名な言であります、第九節はあてこすつた言でありますが此場合には適切であります、『私はつまらない一青年であるけれども神より智慧を貰らへば言ふことが出来る』といふ謙遜な態度であります、そうしてエリフの言ひ方は三人の友とは異《ち》がつて居ます、エリフはヨブに同情をもつて話しました、三友はヨブを烈しく攻撃して彼に同情がありませんでした、エリフの言葉も強くはありますが然かし其内に同情があります、彼は何処までもヨブの弁護者を以て任じたのであります、無名の一青年にかゝる同情心を持たせた約百記々者の神学はよく解ります、三人の友は神は正義の神であるから悪人には不幸を下し善人には幸福を与へる、換言せば不幸が臨めば其人は悪人であるといふ何よりの証拠であるからヨブは確かに悪人である罪を犯したに相違ないと主張したのであります、エリフは之に反対して言ひました、人に災難の臨むは悪人を罰する為め計りではない、他にも目的があるのである、それは神は人に災難を下して其人の弱きことを悟らしめ、又たより大なる不幸が臨まない様に警戒せしむる為である、不幸は罰としてのみ来るものでない、人は傲慢にならんとした時に神は其人に苦難を下して其(402)不遜を悟らしめるのである、其人の傲慢を其儘に打棄てをけばそれが為めに終には霊魂までも失ふに至るから彼を警戒する為めに災難を下さるゝのである、三友の言は短刀直入でありますがエリフの言はそうではありません、善人にも災難が来る。然かしそれは彼により大なる災難が来ない為めであると、之れ実に大なる神学思想であります、同情はより善き知識の源であります 若し私が非常な災難に遭ふて困まつて居るときに三人の教会の神学者が私を慰める為めに来たと仮定せば、是等の神学者は三人の友がヨブに対した様に私をやり込めなければ止まないでありませう、そうして彼等の言ふことは私には何の慰めにもならないのであります、然かし私の家に居る女中か書生でありましても私に対する大なる同情を以て語りまするならば、其言ふ所は神学者以上の言をいふのであります、エリフの言ふ人に災難の臨むはより大なる災難が臨まない為めであるとは大なる真理であります、私共が盗難に遭ふたときに、之に警告を加へられてそれよりもより大なる盗難を免かるゝことが出来たことを感ずることが屡々あるのであります、病気に罹かつ時などもさうであります、吾人に取て最大の災難不幸は神を見失ひ永遠の生命の信仰を失ひ、それに対する欲求さへもなくなる事であります、吾人に之よりも大災禍はありません、我々はかく神を見失ふ様な大不幸が来ない様に常に祈るのであります、以上はエリフの思想の第一であります。第二は災難を右の様に考へてそれでも解決がつかないときは、人は凡て神を解決することが出来ないものであるから神の命令は之を解することが出来んでも絶対に彼に服従しなければならないといふことであります、エリフの長い言葉の中で有名なるは第三十三章十三節−三十節であります、以上述べました二つの事を念頭に置いて読めば了解することが出来ます、其第十三節はエリフの第二の思想であります、人生は余まり困難しく込み入て居るから吾人に起る凡ての事の理由を残らず見出すことが出来ないのであります、信仰の浅い人は吾人に起(403)る事を直に説明します、あの人はかく/\の悪事をしたからあの不幸が臨んだ、かの人はかく/\の善事をなしたからかの幸福が臨んだと。
 第三十三章二十三、二十四節は半分解かつて半分解からない様な予言であります、之神が肉体となつて我々人間の間に下り給ふ即ちキリストの現はれ給ふ予言でありませう、デリツチ氏の如きはさう言ふて居ます、私もさう思ひます、一の仲保者が神と人との間に立ちて二者の和合を計かり人の神に対し奉るべき態度を教へて下さるならば神は人を赦して下さると言ふのであります、吾人と神との間にかゝる友人が来て二者の和合を計かるならば吾人に真の平和が臨むのであります、然かしかゝる仲保の役を務むるのは人間では出来ないのであります、真の仲保者は神御自身でなければなりません、エリフは茲に彼れ自身以上即ち神なる仲保者の事に就て言ひ得ることは明であります、吾人の煩悶の最後の解決は人間同志では出来ません、イエスキリストは最後の解決を与へて下さいます、実はヨブに臨める苦難はキリストに臨める苦難を代表せるに過ぎないのであります、ヨブに臨める苦難の説明はキリストに臨める更に大なる苦難の説明であります、神は仲保者によりて吾人を贖ひ幸福を奪回《とりかへ》して下さるのであります、然かし此場合吾人の肉体が健康になり財産はもとの様に沢山になつたとて幸福が奪回されたといふことは出来ません、仲保者によりて神より赦されたときは健康以外財産以外に吾人に幸福が来たるときであります、要するに苦難はより大なる苦難に対する警告であります、さうして其事の解釈が出来なくとも神のなし給ふことであるから服従せよといふ是れがエリフの言の大意であります、最後の解決は神が我々に与へ給ふのであります、今一の比喩《たとへ》を以て御話ししませう 茲に一人の父に五人の子があります、第四男は孝行者で家の誇であります、然るに何ういふ訳ですか分かりませんが父は突然其子を打擲してひどい目にあはせたのです、(404)其理由は誰にも解かりません、無論其の子に解かりません、又た兄弟達にも解かりません、そこで三人の兄は其打たれた弟の許に往いてお前がお父さんから打たれたのは何か悪るいことをした為めであるから其の悪事を白状しろ、そうすればお父さんはきつと赦るして下さる、さあ白状せよといふて責むるのです、然かし其弟には悪事をした覚えはないから益々解からなくなります、大に煩悶します、兄等からは攻められるし其理由は解からないし、悲歎やるせなく大に困まつて居る時に、季の弟が来て打たれた兄に同情して慰めます、其時に彼は少しは慰められましたけれども全然満足せられませんから沈黙して居ます、その時に父自身が現はれます、さきに打擲した理由は別に説明しませんけれども温顔以て其子に接します、すると其子には理由は聞かんでも父の温顔を見た丈けで煩悶は解決します、再び精神に平和が来ます、之と同様に第三十八章に於て神御自身が現はれてヨブに答へ給ふたのであります、此の言は実に偉大な言であります、ヱホバのヨブに対する言の大意は二あります、一、汝は宇宙人生の事は皆了解出来ると思ふや 二、よし了解出来るとしても我れ汝に宇宙万物の支配を委ねんに汝は之れに堪え能ふや(無論出来ませんと言はしむる為めである)神にかく言はれました為めにヨブは一言もなく沈黙したのであります、私は青年時代に約百記を読んで思ひました、三友人の説明は説明にならず、エリフの説明は半説明である、されば最後に神御自身が完全に説明せらるゝことであらふと、然るに神御自身の言は読んでも説明にならないと思ひまして、失望したことがありました、諸君も之を読まれたならばその様に感ぜらるゝでせう。
 第四十章三−五 ヱホバはヨプの此服従の言をきゝ再び空中より語たり給ふたのであります 而してヨブは遂に面のあたりヱホバを仰ぎ見たのであります(第四十二章一−五)、ヨブの悔改と服従と而してヨブが最後に眼で(405)ヱホバを見たことが万事を解決したのであります、前述の父に打たれた第四子が最後に父の威厳あり愛のある顔を見て解決が出来たと同様であります、私は諸君に如何に完全なる説明を与へても諸君の煩悶疑問に解決を与ふることが出来ません、諸君自身が心霊の眼に神を見ることが出来た時に諸君の大問題の解決が出来るのであります、吾人信仰生活に於て最も大切なることは霊眼を以て神を視ることであります、神を視ることが出来たときに吾人の大問題が解決せらるゝのであります。
 
     第五回(六月二十七日) 第四十二章
 
 前回に述べました通りヨブの三友の言に一面の真理はありますけれども、之れ丈けでヨブに臨んだ災難の総てを解決することは出来ません、是に於て青年エリフは飛入り演説をしましたが之れとてもヨブの心を平和にせしむることが出来ません、でありますから最後にヱホバ御自身が大風の中より語り給ひました、諸君は此ヱホバの言を読んでヨブはどうして満足することが出来たかを疑はざるを得ないでせう、第四十章十五節以下に河馬のことがあります、ヘブライ語のベヘモスといふ語を河馬と訳したのです、第四十一章に至て河馬のことを措いて鰐のことを述べて居ます、これは前にありましたレビヤタンを鰐と訳したのです、河馬も鰐も獰猛でありますから当時の人の考にては人間に支配することが出来ないとして居たのであります、尤も今日では河馬も鰐も動物園に飼養して居ますから其支配は容易であります、併かしヨブの時代は今より三千年も前でありますからかゝる獰猛な動物は人間には支配が出来ないと思はれたのは無理ないことであります、兎に角宇宙万物は人間が支配する事が出来ないといふ事を示したのであります、艱難が臨んだ理由を如何に哲学的に解釈が出来ましても真の平和が(406)来ないのであります、たゞ神の愛の御顔を拝し得声をきいて始めて総ての疑問が氷解し真の平和が来るのであります、ヨブには神の言が解釈が出来ませんでも其愛の御顔を見た計りで総てが解決し真に満足することが出来たのであります、若し之れが仏教の書であるならばヨブに艱難の臨んだ総ての理由を悉く説明して然かる後に神が現はれ来るでありませう、基督教は之と異なります、神自身が現はれて直接に語り給ふのであります、そうしてそれで万事の解決がつくのであります。
 第四十二章一−六 ヨブより此言を聞かんが為めにヨブにかゝる大災難が臨んだのです、此言を以て結着がついたのであります、第七節以下は人情ありのまゝを表はして居ます、正義の報として苦難が去り幸福が来るといふ此世的の応報をよく表はして居ます、こゝには汝の友を『怒る』とありますが之は『悦ばず』といふ位の意味であります、『一ケセタ』は幾何にあたりますかよく解かりません、三人の女の名は第一は鳩 第二は情実、第三は富裕繁昌の意味であります かくしてヨブは旧に倍した幸福を得て所謂此世的にめでたし/\の終りを完うしたのであります。
 ヨブの災難は罪の結果であると詰問した三友の言は雄大であります、エリフの言に至ては大に低下する様に思れますが、併かし其中にも亦真理の真珠があります、ヱホバの言に至ては別に深遠なる真理と称すべき者はありません、ヨブに宇宙万物の支配が出来るや否やを問はれたのであります、ヨブは自分に臨んだ災禍の説明を与へられませんでしたけれども神御自身の御顔を見たので解決が出来たのであります、故に若し此吾が信仰の書であるならば第四十二章六節にて終りになることを望むのであります、或人は第七節以下を見ては宗教の書としては不適当であるといひます、私も左様に思ひます、ヨブは第七節以下の如く倍旧の幸福な身になつたとせば、果し(407)て三友の言の如く災難は神の刑罰として臨み幸福は神の報として来るといふことに帰着します、此僅か十節ばかりの記事にて約百記が毀《こは》される様な感がします。
 此終りの記事を誤解して居る信者が多くあります、約百記の読者が途中を急いで早く結末を知りたがるのは無理ないことであります、此記事よりして或人は不幸に沈んでる人を慰むるに『あなたが今苦痛に悩やんで居るのはたゞ暫らくの間です、やがてヨブの様に再び幸福になります、しかも旧に倍した幸福が来ます』と言ひます、併かしかゝることを言ふのは宜敷ありません、こういふことを聞かされる人は実に不幸であります、約百記は第四十二章六節で終て居れば害はないのです、私自身でさへも災難に出会したときはヨブの様に最後には楽になると思ふたことがあります、されどパウロやペテロやルーテルなどの終りは之と異がひます、彼等はヨブの最後の様に幸福にはなりませんでした、全く反対でありました、かゝる点から考へて見ますれば此記事は後世の附加物であると思はるゝも当然であります、でありますから諸君は約百記を読まるゝ時は第四十二章六節で終てるものと思はれんことを望みます、ヨブが果して真に信仰の人であつたならば第四十二章六節の状態は彼に取りては幸福の絶頂であつたにちがひありません、其後の数字上の幸福はヨブに取りては最大なるものではありません、単に附け加へられた幸福に過ぎないのです、ヨブは此最後の数字上の報を以て幸福であると考へたならば彼は徒に苦難の遣損をしたのであります。
 此最後の記事はかく有害である様に思はれますが、併かし我々は此部分を必ずしも約百記から取り除かないでも宜しいと思ひます、旧約聖書には来世の観念は甚だ少ないのであります、神の事を説明するには舞台が余り狭まくあります、ですから神が人間の正義に報ひらるゝことを説明せんには何処かに其場所を見出ださなければな(408)らんのであります、第十二節にヱホバかくの如くヨブを『めぐみて』とありますが、此『めぐみて』は『報ひて』とは意味が大に異がひます、若し『報ひて』とあれば三友の言の如くになるのです、『めぐんだ』とあればヨブが神の子として父なる神に対し為すべきことをなした故に、神の方でも父なる神として其為すべきことをなしたのであります、我々が自分の子に対してもさうであります、子が父に対して為した善事に対し父は義理づくめにそれに報ふるのではなく父として恵んでやるのであります、ヨブが沈黙を守り、子として絶対的服従の態度に帰つたときに神は父としての恩恵の態度に帰つたのであります、前に述べました通り旧約には来世の観念が甚だ微弱であつた故に此世の事を以て来世の事を言ひ表はさなければならなかつたのであります、であるからヨブは綿羊一万四千匹、駱駝六千匹……等の数字上倍旧の財産及び子女を与へられ、又た此世の長寿を得て子孫四代までも見ることが出来たともあるのであります、西洋文学ではかゝる言ひ表はし方を Poetic justice《ポツチツクヂヤスチス》といひます、事実は苦難を以て終てもそれでは気休にならんから何かめでたし/\の句切りをつけなければならないのであります、ヨブの此最後の事は事実であるか否かは不明でありますが、之はたとひ事実であつたとしてもヨブに取ては大事な事ではなかつたのであります、諸君がゲーテの『フアウスト』を読まるゝならば其結末の之に彷彿して居る事を見ます、之れフアウストの此世の苦難の生涯を句切りよくせん為であります、之と同様にヨブに取ては神を見た事が最大の幸福であつたのであります、ヨブが信仰の人であつた以上彼は神を見ないで此最後の幸福丈で満足が出釆なかつたことは明かであります、どんなに家が繁昌しどんなに子孫が殖えたとて一旦失つた子が帰つて来なければ真の幸福にはならないのであります、私し自身の実験から考へてもさうであります、故にヨブは綿羊一万四千匹……得たにせよ其等はヨブの心全体を慰むる根源とならないことは明らかであります、約百記の最(409)大の目的はヨブに神を示すことであります、人間の最大の幸福は神を見ることであります、第四十二章六節は人間最大幸福の絶頂であります、我々は最愛の妻子を失たにせよ若し神を見ることが出来れば、其神は自分から取り給ふた妻子をば決して悪しくは取扱ひ給はないことがわかるのであります、私は一年の中に五人の実子を失つた人が尚ほ神は愛なりと言ふたことを聞いて居ます、又た或人が信者なる癩病人に向て若し神が真に愛であるならば君の癩病を取り去り給ふにあらずや、然るに君が癒えないで益々悪しくなるのは何ういふわけであるかと問ひました、時に其癩病人は『私は現世の此不幸を歎げかない、復活の時には美しい小児のやうな肉体を以て生れるから』と答へたそうです、信仰は事実に勝ちます、五人の子を失ふても尚ほ神を讃美します、癩病に罹かつても神を詛はずに来世の希望に輝やいて居ます、ヨブに於てもさうであります、此最後の記事は約百記の記者に必要であつたのでヨブには必要ではありませんでした。
 次に注意すべきことは約百記の記者はヨブの災難の説明を最後まで為ないことであります、約百記を終り迄読んでも何処に其説明があるか分かりません、併かしよく注意せば其の説明が最初にあることが解かります、之に由て約百記の記者が非常なる大文学者であつたことがわかります、ヨブに臨みし災難は悪魔の所為の結果であるのです、最初天上に於て悪魔はヱホバに向ひ『善といひ義といふももと/\勘定づくの事である、ヨブが義しくあるも矢張り勘定づくである、それが虚偽《うそ》なら試めして御覧なさい』と言ふたのであります、而してサタンとヱホバとの議論の結果、ヨブに大災難が臨んだのであります、而して其結果は神の勝利に帰したのであります、之が即ち説明であります、我々に起る事は此世で説明はつきませんでも天に於て確実なる説明があるのであります、天に於ける何かの理由で我々に災難が臨むのであります、之を説明するによき例があります。
(410) 英国の一陸軍大将がある時客を晩餐に招待して食事中ふと気が付いて客に向ていひまするには、『私は今夕ロンドン橋上に於て私の子と会ふことを約束してあつたことを思ひ出しましたから、時間が経て居ますけれども今から往て会て来ます』といひますると、客は既に時間が経てるから今から往てもだめでせうから止しなさいと止めました、すると大将は我が子には軍隊的精神を以て命令を厳守すべきことを教へてあるからキツト待て居るに相違ない、と言て馬車を駆て往て見れば果して子は橋上に待て居たそうです、父なる大将は之を見て大に悦び、抱いて馬車に乗せて帰て其客に誇つたといふことであります、そうして其子は父の遅くなつたのは自分には解からないが何か理由があるに相違ない、自分には其理由が解からないでもお父さんは遅くとも必ず来るに相違ないと信じて待て居たそうであります。
 ヨブの場合も之に類したものであります、神の事は吾人には解かりません、けれども神は我々を決して悪るくはなさらない、必ず父の善き心を以てなさるに相違ありません、此大将は客に対してどんなに誇こりであつたでせう、之れと同様に神はサタンに対してヨブを誇たのであります、而して此宇宙に善の為に善を為し義の為に義を為すといふ信仰を有する人があることを神が誇り給ふでありませう、此事に就て約百記は明かに説明しては居ませんけれども最初の二章を読めば之を知ることが出来ます。
 以上で約百記の梗概を終はりました、まだ述べたい事は沢山ありますけれども之れで一先づ止めてをきます、此書の偉大なることはお解かりになつたと思ひます、終りの第四十二章を誤解せぬ様御注意を願ひます。
 
(411)     日本紳士と基督教
                         大正4年8月10日
                         『聖書之研究』181号
                         署名なし
 
 基督教的文明は歓んで之を迎ふ、基督教的哲学は興味を以て之を研究す、基督教的美術に対しては大なる趣味を有す、基督教的家庭は最も安全なる所なり、然れども基督教其物は、イエスキリストは、殊にキリストの十字架は、我は之を奉ずる能はず、我は基督教の結果を愛す、然れども之を信じ之を表白し之れがために闘ふの責任は免かんと欲すと。
 日本紳士が、其博士と学士とが、其政治家と実業家とが、其識者と称せらるゝ人士がキリストと基督教とに対して取る態度は概ね斯くの如し 而して其結果として彼等の採用せし西洋文明なる者は仮装文明なり、彼等は西洋哲学を解すると称して其皮想を解するに過ぎず、彼等は西洋美術を嗜むと称して僅かに之を弄ぶに止まる、神聖なるクリスチヤンホームの如きは彼等が望んで到底得る能はざる者なり。
 自ら欺く勿れ、神は慢《あなど》るべき者に非ず、そは人の種く所の者は亦その穫《か》る所となるなりと聖書は明白に斯かる人等に対して言ふ(加拉太書六章七節)、キリストの十字架を担はずして基督教文明の利益に与からんと欲するは木に縁りて魚を索むるよりも難し。
 
(412)     HONEN'S THREE UTAS.法然上人の信仰歌三首
                         大正4年9月10日
                         『聖書之研究』182号
                         署名なし
 
     HONEN'S THREE UTAS.(TRANSLATED)
 
 Our lives like dew-drops
  May vanish here and there;
 But know that our hearts are one
  On the petals of the same flower.
――――――――――
 Fleecy clouds that gather
  At my thatch'd door,morn and eve,−
 Oh,When shall I see them
  In Paradise's purple colours?
――――――――――
 A spot there is none
  Which Moon's beam does not reach;
(413) But it dwells only in him
  Who to the light looks up.
 
     法然上人の信仰歌三首
 
 露の身はこゝかしこにて消えぬとも
     心は同じ花の台ぞ
 
 柴の戸に明暮かゝる白雲を
     いつ紫の色に見なさむ
 
 月影のいたらぬ里はなけれども
     ながむる人の心にぞすむ
 
(414)     〔信者の祈祷 他〕
                         大正4年9月10日
                         『聖書之研究』182号
                         署名なし
 
    信者の祈祷
 
 我が祈祷が聴かるゝのではない、神が我を以て祈り給ふ祈祷が聴かるゝのである、信者に在りては祈祷《いのり》は祈願《ねがひ》ではない、預言である、神が神に求め給ふ祈祷《いのり》であれば必ず遂行せらるべきものである、信者の祈祷は必ず聴かると云ふは此事である、神が為さんと欲し給ふ事を預め我をして彼に求めしめ給ふ、其事が祈祷である、故に謂ふ我等は祈るべき所を知らず、然れども聖霊|自《みづ》から言ひ難きの慨歎《なげき》(熱心)を以て我等のために祈ると(羅馬書八章廿六節)。
 
    キリストの愛
 
 キリトは我等の猶ほ罪人たる時我等のために死たまへり、彼は我等を救はんと欲して我等が悔改めて善人となるを待ち給はなかつた、我等が猶ほ彼の敵たりし時に我等を愛し、我等のために死して我等の罪を除き給ふた、義人を愛し、其ために生命を捐《すつ》るは人の愛である、悪人が未だ其悪を認めざる時に彼を愛し彼のために十字架の死を(415)さへ受け給ひしと云ふ、それがキリストの愛であつて実に神の愛である(羅馬書五章八節)。
 夫れ神は其生み給へる独子を賜ふほどに世を愛し給へりといふ(約翰伝三章十六節)、また神キリストに在りて世を己と和がしめ、其罪を之に負はせ給はずといふ(哥林多後書五章十九節)、世といふは人類全体である、仏法でいふ衆生である、神はキリストに在りて全人類を己に和らがしめ給ふたと云ふ、己が同胞を愛し、己が国家のために尽し、己が人種のために殉ずるは人の愛である、然れども全人類を愛し、其罪を担ひ、其受くべき刑罰を己れに受けて其救済を果し給ひしと云ふ、是れ実に神の愛であつてキリストの愛である、罪人を愛する彼の愛はまた全人類を愛するの愛である、其深さに於て無限である、又其広さに於て無限である、彼の救済の聖手は陰府の底に達し、又全宇宙を抱有す。
 然れば我れ何をか恐れん、我は罪人なりと雖も亦一個の人である、而して世のために自己を捐給ひしキリストは亦我がためにも死たまふたのである、世の罪を担ひ給ひし彼れ神の羔は亦我が罪をも担ひ給ふたのである、我は人として彼の施し給ひし救済の圏内《くわんない》に在るのである、彼は亦我が罪人たりし時、我がために死たまふたのである、我が罪は我れが彼の救済に与かるための障害とはならないのである、実に我は今彼の救済の圏内より遁れんと欲して遁るゝことが出来ないのである、神は今やキリストに在りて全人類と之に添えて全宇宙を己に和がしめ給ひて我を救はれし宇宙の中に置き給ふのである、我は今や既に救はれし人類の一員として既に贖はれし宇宙に棲息するのである、実に詩人の歌ひしが如く
  我れ何処《いづこ》に行きて爾の聖霊《みたま》を離れんや、我れ何処に往きて爾の聖前を遁れんや、我れ天に昇るとも爾|彼処《かしこ》に在し、我れ我が榻《とこ》を陰府に設くるとも、視よ爾彼処に在す、我れ曙の巽をかりて海の涯に住むとも、彼処に(416)て尚ほ爾の聖手我を導き、汝の右手《みぎのて》我を保ち給はん(詩篇百三十九篇七−十節)。
 今や我を逐ふ者は恚怒《いかり》の神ではない、恩恵の神である、既に贖はれし宇宙に棲息する我は離れんと欲して愛の聖神《みかみ》の聖霊を離るゝことが出来ないのである、遁れんと欲して救済の聖神の聖前を遁るゝことが出来ないのである、神は今や其愛を以て我を捕虜となし給ふたのである、此事を聞き、此事を覚りて我は復又パウロの言を繰返さゞるを得ないのである
  そは或ひは死、或ひは生、或ひは天使、或ひは執政《つかさ》、或ひは権能、或ひは今在る者、或ひは後在らん者、或ひは高き、或ひは深き、また他の受造物は、我等を我主イエスキリストに由れる神の愛より絶《はな》らすること能はざるを我は信ず
と(羅馬書八章三十八、三十九節)。
 
    神を識るの途=苦痛
 
 人生の目的は神を識るにある、而して神とは他の者ではないイエスキリストである、神はキリストを識るに由て識ることが出来るのである、永生とは即ち是れなり、独一《ひとり》の真の神なる爾と共遣はしゝイエスキリストを識ることなりとある(約翰伝十七章三節)、而してキリストを識るの途はキリストと偕に苦しむにある、その死の状に循ひて彼の苦《くるしみ》に与りとあるは此事である(腓立比書三章十節)、我等は苦めば苦む丈けキリストを深く識ることが出来るのである、茲に於てか苦痛《くるしみ》の価値が領解《わか》るのである、苦みてキリストを識り、キリストを識りて神を識り、而して神を識ること是れ永生である、実に人生の幸福にして苦痛に優さる者はないのである、他の宇宙に於てはいざ知(417)らず、我等の棲息する此宇宙に於ては十字架の途を除いて他に神を識り永生に到るの途はないのである。
 苦痛は天罰であると云ふ者は誰である乎、前世の報であると云ふ者は誰である乎、我等信者に取りては苦痛は最大の恩恵である、キリストを識るの唯一の途である、彼と同情を交すの唯一の方法である、苦痛の楷段を辿りてこそ我等は父の聖国に入る事が出来るのである、然れば来れよ苦痛、我は汝を歓迎せんである。
 
    患難と神の愛
 
 患難とは他人に責めらるゝ事ではない、骨肉に攻めらるゝ事である、然かもキリストに現はれたる神の愛は之に勝ち得て余りがある。
 苦痛とは異教の徒に迫害らるゝことではない、同信の友に嫌悪、異端視せらるゝことである、然かもキリストに現はれたる神の愛は之にも亦勝ち得て余りがある。
 神の愛である、神の愛である、是れありて骨肉の叛逆も教会の嫌厭も容易く之に堪ゆることが出来る、所謂基督教会の賛成同情は信仰維持には何の必要もないのである。
 
(418)     如何にして救はるゝ乎
                         大正4年9月10日
                         『聖書之研究』182号
                         署名なし
 
 自分で救はれんと欲して救はるゝのではない、努力奮闘して道徳的に完全なる者と成りて救はるゝのではない、既に救はれたる者である事を自覚して救はるゝのである、万物の造主にして人類の父なる真の神は我等が自分で自分を救ふまで待ち給ふが如き神ではない、彼は我等の弱きを知り給ふ、我等が自分の努力を以てして自分を救ふ能はざる事を知り給ふ、故に我等の尚ほ弱かりし時に我等の努力に先だちて我等を救ひ給ふたのである、而して我等は今は我等のために施されし其救済を覚認《みとむ》れば、それで救はるゝのである、救済の恩恵は既に備へられて、我等の前に置かるゝのである、我等は今それを信受すれば、それで我等は救はるゝのである、既に救はれてあるのに救はれんと欲して悶ゆる人間の憐れさよ、而して福音とは其|音信《おとづれ》である、
  汝等の神言ひ給はく、慰めよ、汝等我が民を慰さめよ、懇に彼等に語り、之に呼はり告げよ、その服役の期《とき》既に終り、その科《とが》既に赦され、その諸の罪の故にエホバの手より受けし所は倍して報ゐられたり
との音信である(以賽亜書四十章)、既にである 既にである、当さにではない、救済の恩恵は当さに臨みつゝあるのではない、キリストの死と復活と昇天とに由りて既に臨んだのである、福音は既に果遂《とげ》られたる救済の提供である、道徳的完全を条件として賦与せられんとする救済の約束ではない、キリストの福音はバプテスマのヨハ(419)ネの説教とは其根本を異にする、キリストは我等を呼びて「蝮の裔よ」とは称ひ給はない、彼は我等の悔改に先だちて我等を救ひ給ふた、彼が十字架の上に「事竟りぬ」と言ひ給ひし時に我等は業に既に救はれたのである、此事を知らずして福音は福音でなくるのである。
 
(420)     我が信仰の祖先
                         大正4年9月10日
                         『聖書之研究』182号
                         署名なし
 
 日本にも大なる信仰家が在つた、法然の如き親鸞の如き正さに其人であつた、彼等が仏教徒であつたのは、彼等の時代に仏教を除いて他に宗教がなかつた故である、吾等は彼等が仏教徒なりしとの故を以て彼等を軽視すべきでない。 信仰の何たる乎を知りしことに於て彼等は現今の欧米の基督信者よりも遥かに深くあつた、彼等が弥陀に頼りし心は、以て基督者がキリストに癩るべき心の模範となすことが出来る、彼等は絶対的他力を信じた、則ち恩恵の無限の能力を信じた、彼等は全然自己の義(self-righteousness)を排して弥陀の無限の慈悲に頼つた。
  本願を信ぜんには他の善も要にあらず、念仏(信頼)にまさるべき善なきゆえに悪をもおそるべからず、弥陀の本願を妨たぐるほどの悪なきがゆえに。 親賛の此の信仰に勝さる信仰はあるべからずである、ルーテルは之を聞いて喜んだであらふ、「アーメン、実に然り」と彼は言ふたであらふ、而して今の欧米の基督信者は斯くまで大胆に言ひ断《き》るの勇気を持たないのである、彼等は神を余りに恩恵ある者と見るの結果として人が憚からずして悪を為すに至らんことを恐れるのである 乍然、是れ無益の心配であることは人類の信仰史の証明する所である、神の恩恵が人の罪悪に勝つてのみ真の(421)救済はあるのである、親鸞は此大胆の言を放つて信仰の奥義を語つたのである。
 日本国に既に此信仰が在つた、我等は信仰の事に関しては必しも之を欧米人に学ぶの必要はない、吾等は法然の『撰択集』に於て、親鸞の『歎異紗』に於て、又は覚如の著なりとして伝へらるゝ『安心決定鈔』に於て、深き貴き信仰の原理を見るのである。
 斯く言ひて我等は寺院化せる、化石せる、「死者を葬る死者」と化せる我国今日の仏教に帰依せんと欲するのではない、我等は今や此国に於て仏教を見ずして仏教の死骸を見るのである、然し乍ら死骸の残存《のこ》るは其内に曾て一度は溌剌たる生命の働いて居たる何よりも良き証拠である、歴史は其れ自身を繰返すと云ふ、同じ生命を供して同じ活動を起し得ない理由はない、法然親鸞の信仰に蹶起せし日本国民は今と雖も同一の信仰に覚醒しない理由はない、而かも更らに剛健なる、更らに刺戟的なる、更らに合理的なる、而して明らかに歴史的なる信仰を以てして彼等が奮起勃躍しない理由はない。
 然り、信仰なる哉、而して日本人は七百年前の往昔より既に此の貴き信仰を有つたのである。
 
(422)     危険と安心
                         大正4年9月10日
                         『聖書之研究』182号
                         署名なし
 
 人生に危険が多い、之を思ふて万事不安に堪へない、然し唯一事は安心である、我が事業の成るまでは我が死なざる事、其事は確実である、神が我に委ね給ひし事業を妨ぐる程の災難は決して我身に臨まない、我が快楽は奪はらるゝであらふ、我が家庭は壊たるゝであらふ、或ひは盗難、或ひは火難、或ひは水難、或ひは偽はりの兄弟の難と踵を接して来るであらふ、然れども是等孰れも神が我に委ね給ひし事業の進行を妨ぐる程のものでない事は確実であある、実にリビングストンの言ひしが如く「人は其天職を終了るまでは不滅なるが如し」である、故に縦令千危万難我身を囲むとも我は安心して我が人生の航路を取るべきである。
 
(423)     恩恵としての苦難
                         大正4年9月10日
                         『聖書之研究』182号
                         署名なし
 
 苦難は災禍《わざはひ》なりと不信者は言ふ、苦難は刑罰なりと教会信者は言ふ、而して苦難は恩恵なりと基督信者は言ふ、苦難は神が信者を御自身に追窮《おひつ》め給ふ方便である(余は此仏語を用ゆるに躊躇しない)、苦難に由て我等は神の示現者なるイエスキリストを識るに至るのである、旧約の詩人は言ふた「我れ苦しまざる前《さき》には迷ひ出でぬ、然れど今は我れ聖言《みことば》を守る」と(詩篇百十九の六七)。
 
(424)     約百記の概要
                    大正4年9月10日
                    『聖書之研究』182号
                    署名 内村鑑三述 中田信蔵記
 
     約百記一、二章(五月三十日)
  内村生曰ふ、此稿は前号に掲げし約百記研究の講演を別人の手を以て筆記した者である、約百記の如き大著述を学ばんと欲するに方ては、之を幾回繰返し、幾多の方面より之を観るも損失は無いのである、中田君の筆記に由りて余は読者が新たに大に得る所あるを疑はない。
 聖書中人が歓喜《よろこび》に在りて如何に処す可きかを教えたるものが雅歌であつて、艱苦に在りて如何に処す可きかを教ゆるのが約百記である。而して人の多くは艱難の中に在るものなれば殊に約百記は人類に切要なる書である、然し乍ら人の生涯には失意の時あり亦得意の折もあれば雅歌の研究も亦疎かにしてはならぬ、昼夜明暗の両面を学ぶの要は何人にもある。約百記の解釈は甚だ困難であつて是に該博なる智識と深き経験とを要するも、其教へんとする精神は老若男女、博学の人も無学の人も何人も之を解し得るのである。凡て世界の大著述として伝へらるゝものにダンテの神曲あり、ゲーテの『ファウスト』あり、沙翁の劇作ありて喧伝さるゝと雖ども、而もこれ碁将棋に於ける八段の格であつてそれ以上所謂名人に当るものを求むれば実に聖書であつてこれは大著述以上(425)の大著述である。就中約百記の如きは真に比す可きものなき大著述であつて、一度び是に接しては沙翁もゲーテもダンテも吾等の最上の感興を引くには足らぬ。而かも此著述は何人にも解し得らるゝので、これが大著述たるの確証である、『ファウスト』も『神曲』も一部の人に解さるゝに止まりて万人の書ではないが、吾約百記は天下万民の書である。ヨブが如何に深き所にて人生に臨む艱難を解して之に耐えしかは此書が示す所であつて、年少者が之に接して其意の存する所を解するを得ざれば二十年を待ち、二十年にして得ざれば三十年を待ち、齢四十歳五十歳乃至六七十歳に至らば遂に解し得るの日が来るであらふ。カーライル或時友人の家に招かれたる席上に於て世界の大著述は何かとの問に答ふるに約百記を以てし試に彼自ら是を朗読せしに一坐何れもヨブを眼前に髣髴して感興に魅せられ章節の進むを覚えざりしとの事である。此書に接して智識経験の深き人は深きだけに、浅き人は浅きだけに分に応じて其精神を解し得るのである。
 而して此大著述の著者は何人であるかは今日に至りて猶不明である。ヨブ自身の自伝なりと言ひ或はソロモンの作と言ひ、ヱレミヤの自白なりと言ふ、書中モーセ的記述の多き所より見れば或はモーセの心霊的実験録なりと言ふに信を置く可きかとも思はれ、何れとも判明されないのであるが、何れにしても非常に該博なる智識を有する人が深き敬虔の念を以て書いたものである事は其内容の豊富深遠なる事が証明して居る。之に接して独り人生の極めて深き所に触れるのみでなく最古の有らゆる学術技芸に関して知る事が出来る。科学、文芸、医術、冶金に至るまで凡そ人類に関係せし事にして約百記に記載されないものはないと言ひ得る程である。思ふにソロモン時代の偉人の手に成りしものならんか、斯る大著述を出せし著者の名の不明であつた当時の時代が如何に偉大にして多くの偉人を有せしかゞ偲ばれるのである。偉人は単独に生ずるものでなく偉人を輩出せし時代は必ず特(426)殊偉大の時代である。如何なる劇も文学も約百記に比しては児戯に等しきものである。これ決して世の大著述を貶する傲慢の言ではなく、ヒマラヤ山と富士山との高さの比較が何人にも出来るが如く唯灯較したまでゞある、如何なる讃嘆の辞を聯ぬるとも吾等の語を以てして此書の価値を言い表はす事は出来ぬ。
 扨約百記はヨブの生涯を骨子として作者の精神を述べたるものにて、吾国の忠臣蔵が作者の理想を画きたものであるが而も架空の事ではなく事実のあつた事でありしが如く、約百記も亦事実を書いたものではあるが然し歴史ではない。義人ヨブはウヅの地(多分亜刺此亜地方)に於て繁栄富裕にして信仰的の生活を営んで居た。其富は莫大にして七男三女は健かに育ち、今は各一家を有し、各自の誕生日には兄弟姉妹|宴筵《ふるまい》を設けて歓を共にして和楽堂に充ち、宴筵終ればヨブは必ず燔祭を献げて彼等のために潔清《きよめ》の祭りをなしたと言ふ、一族の繁栄あり、信仰あり、誠に彼は古代の美しき家長の模範であつた。これは地上に於けるヨブの恵まれたる生活状態であつた。
 茲に天上に於ては会議が開かれ、神とサタンの問答があつた。これが事実であるや否やは別問題として、要は此世は此世のみに非ずして、宇宙間に人間以上の実在物ありて世を支配する事を知るにある。神はサタンに対してヨブの行動の正しきと信仰の深きを称揚せられた、人の善に付いて聴く事を好まざるサタンはヨブの信仰を以て神の恵み豊かにして繁栄極まりなきによるものとして争ひ、遂に神の許を受け地上に降りてヨブを試むる事になつた。サタン抑も何者であるかは他日に譲るとして此言は現世に於て何れの代にも放たれる所である。人が利慾の計算を離れて善事をなす如き事のある可き筈なしとは常にサタンの言ふ所であつて之に道理がある。文化の進みたる今日に於て国と国とのなす所皆悉く利慾を標準としてゞある。サタンは神の前に立ち戦慄く事なく是を言つたのである。真の基督者たるものゝ世にあり様筈がない、金銭のため又は名誉のため乃至は天国を望む(427)慾心よりの信者に非ずして神の恵みを離れて猶ほ彼を愛し慕ふの人ありや否やと、斯て神とサタンとの間に賭が設けられた。而して地上に於てヨブの身辺に頻々たる災厄が襲ふた。栄えに栄えて和楽に湛えられし彼の家に霹靂一声大変災の報を齎したる使者は野外より馳せ帰つた。彼の夥しき牛と牝驢馬とはシバ人の襲靂《しうげき》に会ふて掠め去られ少者《わかもの》は殺されたとの報である、報告の言は猶終らざるに第二の使者は来りて羊と少者とが雷火に撃たれて死せるを報じ、続いて第三、第四の使者は駱駝のカルデヤ人に掠められ、彼の子女は長兄の家にて宴飲中大風に襲はれて尽く変死せるを報じ来つた。富豪ヨブは悠忽《たちまち》にして無一物となり剰へ其七男三女をまで尽く失ふた、実に激しき災厄であつた。如斯きは人生の実験に徴して屡々見る所にて一日の中に非ずとも災難は多く踵を接して来るのである。ヨブたるもの悲み且つ喪神せざるを得ない、神の厚き加護を謝しつゝありし者が斯る災厄に会ふては或は神を詛ふに至るであらふ、これサタンの期せし所であつた。而し乍らヨブは詛ふ事をせず感謝して言ふた、
  ヱホバ与へヱホバ取り給ふ、ヱホバの御名は讃《ほむ》べきかな、
と、災厄に会ふて全く罪を犯さず愚かなる事を言はずして神を讃美した、偉なる哉ヨブ、サタンは第一戦に於いて遂に敗北した。
 
       第二章
 
 神との賭の第一戦に敗れたるサタンは猶も執念く神の前に立て我見を述べた。凡そ人の信仰の終局の目的は身命の保存にあり、彼は之れがためには時に骨肉を犠牲に供するを辞せぬ、されば如何にヨブの信仰にして堅固な(428)りとも一度其身命に脅迫を加ふるに於ては必ず神を詛ひて之を捨てんと。此所に再びサタンはヱホバの許を受けてヨブを試むる事となつた。其結果としてヨブは不治の天刑病に罹つた、別けても悪質にて今日の所謂白象病の徴であるとの事である。産は奪はれ子女は変死し、今や彼自身又恥づ可き不治の病に犯され灰の中に坐し土瓦《やきもの》の砕片《くだけ》にて身を掻きつゝある憐む可きものとなつた。搗《か》てゝ加へて唯一人の親近者であつた彼の妻も亦背き「神を詛ひて死るに如かず」と彼を譏りて去るに至つた。而も彼は妻の言ふ所を愚なる婦の言として卻け、
  我ら神より福祉《さいはい》を受くるなれば災禍《わざわい》も亦受けざるを得んや、
と毅然として動かなかつた。然し「ヨブ全く其の唇を以て罪を犯さゞりき」の一句の裏には心中に限りなき苦しき戦のあつた事が想像される。
 此所に彼の友エリパズ、ビルダデ、ゾパルの三人は彼の不幸を聞いて同情に堪えず之を慰めんとて、其住居は各速く隔りしが言ひ合せて同じく彼の許に来りて見れば昔日富家の主人たりし面影は更になく、見識り難き程の痛ましき姿であつた。斉しく声を挙て泣き遠来の友相会して七日七夜一語を発し得なんだとの惨たる状況が髣髴される。友情真に謝す可し路の遠きを厭はずして窮厄の底に難《なや》める友を慰めんとて来る。而し乍らヨブの苦痛は之がために幾倍されし事ぞ、妻去り近親遠かる零落の極にありては孤独猶忍ぶ可きも同情者に接しては堪え難きは人情の常である、万感胸に狂いし事であらふ。三人の中エリパズは年長者にして人生の経験に富み、ビルダデは学深くして智識に富み、ゾパルは年少にして元気に充つ、此三人の者は各共有する所の物を以て不幸なるヨブを慰めんとて来たのである。世は常に此三つのものを以て人の不幸を慰めんとするのであるが、現世の人生観は果して苦痛を慰むるに足るであらふか、ヨブの生涯は之に答を供したものである。作者は天上の事を熟知して之(429)を書きしなるもヨブは天上に於て如何なる事がありしか少しも知らずして斯く処したのである。一、二章は約百記の発端なれども実は此二章にて完きものである。吾等若し天上の会議を拝聴するを得しならば艱難辛苦或は耐え難き事に非らんも、地上に在りて之を窺ひ知るを得ないのであつて、災厄を我儕の身に下す神の御心を推察し得るものは唯信仰あるのである。或は斯の如くして我儕を苦しき試誘《こゝろみ》に会せ給ふ神の無慈悲を怨むの念兆す事もあらふが、これ世の良教師が学生に問題を与へて、彼等が幾昼夜の苦心思索を以ての解答を待ち敢て易々と解答を示して生徒の労を省き一時の労を除きて永久の損失をなさしむる如き不親切をなさぬと同じ事である、神は斯くして吾等の完成を只管に待ち給ふ大慈悲者である。人生の問題は難解なれども神の恵みによりて遂には解き得るのである。吾等は之が解決に五十年七十年の生涯を費し尽すも又惜む可きではない。聞く独逸皇帝が未だ東宮にて在せし頃一教師が難解なる試験問題が彼を苦ましめん事を恐れて予め私かに是を明かせしに資質英邁の彼は翌日衆生徒の前に出て本日の試験問題は斯々と黒板に大書して教師を赧顔せしめしと云ふ。良教師は斯の如き事をなさず、神亦慈愛に富み給ふが故に斯の如き事はなさずして吾等自身の解決を待ち給ふのである。
 
    約百記三、四章(六月六日)
 
 約百記は全体の結構より之を一の劇として観る事が出来る、而も此劇たるや外面の劇でなくて内側の劇である。未だ之を劇に演じたる者あるを聞かぬが、思ふに如何なる名優と雖どもヨブを演じ得る程のものはあるまじく、之を演じ得る程の人物たらば恐らく俳優にはなるまい、又余りに霊的であつて是に興を持つ事の出来る観客があるまじければ旁た未だ曾て劇として演ぜられた事はないが、組織は劇的であつて全部四十二章中明かなる区分が(430)ある。第一は一、二章の緒言であつてヨブの場合を記し、第二はヨブ対三友人の問答であつて三章より二十六章に至り約百記の大部分を占めて居る、第三はヨブが三人との議論に勝ちて後の独語にて二十七章より三十一章に至り、第四は三十二章より三十七章に至るヨブ対エリフの記事にて、エリフは傍に在りてヨブと三人のものとの議論が結末が付かぬため仲裁に出で、一方にはヨブを戒め又一方には三人のものを戒めたのである、第五はヨブ対ヱホバの記事である、エリフの言ふ所も亦不完全であつたゝめに遂にヱホバ御自身顕はれてヨブと語り給ふたので、これが三十八章より四十一章に及ぶ、而して第六が最後の四十二章にて元の緒論に返りて簡短明瞭にヨブは元に勝る幸福を以て恵まれたりとの結末の記事である。
 約百記の主要部は第二のヨプ対三人者の記事であつて之が誨へんとする所は何であるかを知つて他は講議や註釈を待たずして各々自身にて解り、約百記は諸君の最もおもしろき読み物となるのである。三人のものゝ立場は如何、三人各自、経験、智識、年齢を異にするため勿論多少の相違はあれども大体に於ては同じ人生観を持つて居たのである。
 七日七夜唯声を挙げて泣くのみにて一語をも発する事が出来なんだが、ヨブは遂に堪え兼ねて火山の噂火の如くに発言した。ヨブ語を発して神を詛ひしか、人を怨みしか将た己れを責めしか、これ共にヨブには出来なんだ、而も此苦みの中に在りて何ものかを詛はずしては居られぬ、茲にヨブは己の誕生の日を詛つたのである。神を詛ふ能はず、人を怨み又自己を責むる能はずして己が誕生の日を詛ふ、誠に無意味の如くであつて而も吾等何人も遭遇する実験である。種々の語を以て繰り返して誕生の日を詛ひ、胎にやどりし夜を詛ふ、要は「生れざりせば」の意を許す限りの語を以て痛切に言ひ表はさんとしたのである、何故に斯く迄激しき艱難がヨブの身に臨んだの(431)であらふか、彼は神を探る者の立場として最も辛らき所に立つのである。人には何人にも多少の苦しみの経験はあれどもヨブは更に更に深き苦みを持つたのである。普通の懐疑ではなく、艱難の底に陥りて神を見失つて一点の光もなくなつた深刻なる苦みである。世の極貧者は猶最も憐む可きものでない、曾て富み栄えたる者の一躓《いつてつ》して極貧者となりしものが最も憐む可きであつて、栄華の味を知れるだけに一入の苦痛があるのである。基督者《クリスチヤン》が光を失ひし苦痛はこれであり、ヨブの詛はこれがためである。ヨブに於て最も善きは生れない事にて、次は生れて直ちに気息《いき》の絶える事であり、其次ぎは育てられない事である。人生が無意味となりし時の歎きは実に斯くも切なるものである。ヨブの此歎きの語が如何に力あるものであるかは説明は出来ぬが、仮令ヨブ程でなくとも艱難に遭遇して訴ふるに所なく独り悶え苦みし経験を有するものは之を読みて最もよく解り、繰り返されたる語の中に一も冗漫の言語なく、深き苦痛を発表せるものである事が知らるゝであらふ、此経験なきものに対しては説明損である。世の多くの人は基督者の歓喜を知らないと同時に又其苦痛を知らないのである。吾等には吾等特別の歎きがある、富のなき事ではない、事業の失敗ではない、一家の不幸事の如き事ではない、深き々々心霊の奥の歎きである。年少者にして此消息の解らぬものは須く他日を待つて解る可きである。憐む可き哉ヨブ、神を見失ひ光に離れて悶ゆる彼は蔵れたる宝を索《たづぬ》るよりも切なる思を以て死を望み、墳墓《はか》の彼方の休息こそ今は唯一の慕はしきものであつた。
 正直なる老人テマン人エリパズは口を開かざるを得なかつた、己が人生観を説いてヨブの苦痛を癒さんとした。テマンは死海南方に位する当時商業上枢要の大都会であつて学者をも多く出し一種の人生哲学を有つて居つたので、エリパズは之を代表した者と見る事が出来る。而して其説く所はヨブには何の慰とはならずして正に傷所に(432)針の痛みであつた。「汝は曾て人に誨え之に力を与えしも今汝の身に艱難臨めばおぢまどふではないか」とはエリパズが発したる最初の語であつた。彼は学者ではあつたが未だ苦痛の学校に入つたことのない世に多くある所の友人たるに過ぎなんだため艱難に在るものを慰むるの道を知らなかつた。彼は更に語を続けて言ふた、「人は各其播く所のものを穫る、罪なくして亡び義しくして絶たれしものは古より曾てない、猛獣獅子の群も一朝神の気吹に遭へば脆く四散す」と、畢竟人の栄枯盛衰は自己の行為の結果に由るとするものにして今や艱難の極に在るヨブにはこれ己の不義を責めらるゝの言であつて、傷所に刺さるゝ第二針、歎きの上の歎き、実に堪え難き痛棒である、誠に無慈悲なる慰である。十二節(四章)以下は世界文学に有名なるエリパズの幽霊談と称せらるゝものにして或人は沙翁のマクベス劇の幽霊も斯くまで凄くはないと云つた程である、「人いかで神より正義からんや」、今日の吾等には已に屡々之を聞きしが故に至つて平凡の語ではあるが、人生の奥義を斯る物凄き時に聞かされて生涯深く心魂に入るのである、同じ真理も之を聞く場合によりて深く心に徹するのである。此語ヨブには稍慰となるも又神に対して呟くの資格なしとの伏線になるのである。要するにエリパズの根本精神は不義には必ず禍あり、義者には必ず幸福が報ゐらるゝと言ふにあるのである。ヨブも亦曾ては斯く信ぜしも今や自身が此災難に遭ふては解からなくなつた、勿論ヨブは自己を以て完全なるものとは思はぬがさりとて己が行為の罰として斯る災難が臨まふとは思はれぬ。単に友人に責めらるゝのみに非ずして自己の半分と友人とに責めらるゝのである、外には友人に責められ内に自己の謀叛があるのである、友人に対するは寧ろ易けれども内なる自己の征服が至難である。曾ては三人のものと同じ信仰を語つた事であらふが今は境遇一変して信仰も亦同からず、三人のものはそれ/”\の経験と学識と元気とにより各方面より好意を以てヨブに迫り、其身に臨みし災難を以て罪の(433)確証となして懺悔を強ゐんとするのである。ヨブは今大難の中に在りて神は見へず藁一筋の扶けにも縋る恰も繊き少女が骨肉親戚の迫害の中に危く所信を保つが如きつらき場合である。ヨブにして此所に己が罪を懺悔して神に謝すれば友人と説は合ふなれどもヨブにはそれは出来ない、ヨブの信ずる所は災難は神が不義の罰として下すものではなくて原因は他に有るのである、此所に劇的の興味がある。ヨブは今言ひ難き苦痛の中に其原因を知る能はずして苦んで居るが、神は彼を憎むためではなくて之を救はんとして秘密の中に災難を与え給ふのである。神は不公平なるものであらふ乎、或は人を翻弄さるゝのであらふ乎、天道果して是耶非耶の疑問を抱くもの多き時に茲に約百記のあるありて吾等に大なる慰を供するのである。
 
     約百記従三章至三十一章(六月十三日)
 
 ヨブ対三人の議論は三回繰り返されて居る、ヨブ語りエリパズ答へ、ヨブ語りビルダデ論じ、ヨブ論ずればゾパル答へ、ヨブ述ぶる毎に友人は交はる/”\語る、斯くして友人は三回宛、ヨブは九回に亘りて論議した。ヨブの議論は漸次に強烈となりて流石の三人も遂には辞なきに至り、最後にはビルダデが第二十五章に於ける短かき答へをなせし外答ふる事が出来なくなつた、答へざれば負けとなる故に止むを得ず答へたのである。ヨブは猶も之に答へて友人の言を待ちしも遂に何等の答がなかつたゝめ二十七章以下の感情有りのまゝの独語をなした、これヨブ対三人及ヨブの独語の大意である。論ずる所は長けれども其主意は明瞭である、三友人は神は義しきが故に不義者を罰するには不幸を以てし、義しきものには幸福を恵むものなればヨブの身に臨みし痛ましき災難を以て彼自身の不義悪行の招く所となし、之を隠さず言ひ表はして神の赦を受けよと言ふのである。流石に教育あり(434)情誼に厚き友なれば初めには是を露骨に述べず、神学を述べ歴史を語りてヨブの悟るを待つた。然るにヨブは悟る所なく此艱難を以て罰せらるべき己が罪を認めなんだ故に第二回目は攻撃が強くなりて肉迫したるも猶ほ罪を言い表はさなかつたゝめ最後に老人エリパズは思ひ切つて単刀直入「なんぢの悪大なるに非ずや、汝の罪はきはまり無し」(二十二章五節以下)云々と正面より其罪を数へ上げて悔改を迫つたのである、無慈悲極まる語なれども初めより之を言つたのではなく最後に止むを得ずして言つたのである、而も好意を以てゞある、世間に此種の友人多く吾等も亦経験せし所である。ヨブの身に臨みし艱難を以て罪の確証となして責むる事は今日の裁判法よりしては容す可らざる所なれども神の賞罰を斯の如く信ずるものゝ立場としては当然である。神癒を信ずるものゝ如きも又此類であつて、疾病は不義を懲すための刑罰なれば不義ありて其身に疾病あり、不義を改むれば病癒ゆと言ふので極めて簡短に説明は付くと雖ども、人生は然く簡短に説き去り得可きものではない、艱難には更らに深遠なる意味があるとは約百記の記者の言いたき所であつて、ヨブの答に深き味があるのである。三人の言ふ所は条理整然主義一貫、議論としては堂々たるものなるに反して、ヨブの言ふ所は支離滅裂、感情に走りて或は友人を責め、神を責め、或は己が罪を歎くかと思へば又罪を犯さずと言ひ、友を憤るかと思へば之に頼るが如き語をなし論旨の乱れたる到底三人の議論堂々たるに比す可くもない、而かも此価値なき議論が万世に伝はりて力ある事は吾等に何を教ゆるであらふか。此世に於て条理の整つた議論に最も力があるのではなく、議論に勝つ事は必ずしも最後の勝利ではない、議論は立たず対者に説き伏せられて散々に敗らるゝとも而も負けない場合があるのである。十六世紀の中頃ルーテルに由りて唱へられし宗教改革の気運が漸く盛んならんとするや羅馬教会にては博学強記の雄弁家エツクをしてライプチヒ議場にルーテルを論破せしめ、以て事は終つたと思ふた、然る(435)に何ぞ計らん、真理と良心の上に立ちしルーテルは議論に負けても信仰には負けなかつた、勝利は遂にルーテルに帰した、博学や雄弁や茲に於てか誠に憐む可き者である。約百記の記者はよく此事を解したる劇的技倆に富みし者であつた事が思はれる。パウロが猶太教を駁せし羅馬書や加拉太書に於ける議論も殆んど議論にはならぬ者であるとは斯る事に熟達せる頭脳を有つたる人の等しく云ふ所なれども世界は之に由りて動きパウロは大なる捷利を博したのである。我等は斯る事実をヨブ対三人の議論に照して見て一入深き興味を覚ゆるのである。今日の語を以て言へばヨブは実験家にて三人は神学者である、ヨブは精神を語り、三人は智識を語つたのである。今日の神学者が端然と構へて宗教家を以て自から任じ、若し深き苦痛に堪え兼ねたる老翁又は老媼ありて彼等を訪ふて教を乞ふあれば彼等は言ふであらう、アウガスチン曰く、カント曰く、聖書に斯くありと、而かも彼等は少しも其苦痛を慰める事が出来ないのである、学校にて学びし神学は以て人生の深き疑問を解くには足りないのである。此席に在る一少年と雖ども猶オツクスフオード大学にてもケンブリツヂ大学にても学ぶ事の出来ない事を人生の実験によりて学ぶのである、去れば如何なる神学者にても吾智識以外のものは世にないと言ふ事は出来ない、殊に人と神との関係に至りては彼等の解し得ない事が多い、これ神学を修めないものゝ力とする所にて、神学者の大に慎む可き所である。今日吾国に送られし外国宣教師の如き、彼等の多数は或は神学には通ずる所あらんも人生の実験に学ぶ所極めて浅きが故に、今日の日本のヨブの心になれない、随て歴史を異にし、生育情性を異にする日本人の教化が、彼等に出来やう筈がないのである。エリパズ、ビルダデ、ゾパルは神学者にてヨブは平信徒である、平信徒たるヨブは救を神学者に求めんとすればあはれ砂漠に於ける渓川の流の如く(六章十五節)空しく消へて何の慰藉をも得ずして失望あるのみである、「誠に汝等はみな憐れなる慰人《なぐさめびと》なるかな」(十六章二(436)節)と言はざるを得ない。「わが朋友は我を嘲けれども我目は神にむかひて涙を注ぐ」(同二十節)汝等に訴へずして神に訴ふるの意「千万無量の想を述べたる一語である、「わが友よ汝等我を恤《あは》れめ、我を恤れめ、神の手われを撃てり」(十九章二十一節)我を責むる友に対して憤り詈るのみに非ずして同情を要求するもこれ又友人には解らぬ事にて彼等は「汝は宜しく悔改めよ」と言ふの外はないのである、論理家は矛盾せる語を執つて「汝の態度を鮮明にせよ」と言いたいであらふが、併しこれ真人ヨブの詐らざる告白である。神学者の言ふ所は条理立ちてよく神学に応ふては居るけれども同一事を繰り返すに止まりて霊性に些《すこし》の進歩がなく依然として陳腐である。ヨブは大河の如く迂余曲折時に右に寄り左に曲る観はあれども、愈々流れて愈々清く次第に神に近づき、責めらるれば責めらるゝ程光明に向ふ、暗黒の波に漂ふ時にも前途に光明を失はない、茲にも知識の人と実験の人の対照が見らるゝのである。艱難の中に友に責められ苦み論じつゝ漸く光明を認めて議論は十九章に至りて其絶頂に達するのである、世に第十九章は約百記の分水嶺と唱へらる、これより後のヨブの生涯は苦しき中にも判然と光明を認め、連続せる勝利の進軍である、都を遥かに望み七の旅行である。
  我れ知る我を贖ふものは活く、後の日に彼かならず地の上に立たん、わがこの皮この身の朽はてん後我れ肉を離れて神を見ん(十九章二十五、六節)
 彼はキリスト前千余年のものなれども既に明かにキリストを望み見しものである、彼の生涯は仮令艱難の中に終るとも彼は不幸の者ではない。実に信仰の進歩には高き価を要する、よき書物を読みて美はしき感情は得らるゝも信仰は書籍よりは得られない。ヨブは殆んど堪え難き代価を払ふて此所に一段信仰の進歩を得たのである。今は解するに難き吾身に臨みし艱難に付ても何れの日か肉を離れて神を見奉り神御自身が説明して下さる時があ(437)るであらふと。ヨプは激しき苦痛の実験によりて止むを得ずして此結論に達したのである、此確信が実に非常の力である、此確信に達して艱難も苦痛も堪ゆる事の出来ないものではない。彼の三人の友人は立派なる議論を繰り返すに止まりて此信仰に達する事は出来なんだ。ヨブは最早彼等の慰藉を要さない、議論に勝ちしに非ず、神を認めて勝つたのである。此精神の高潮に達したる約百記第十九章は実に荘美絶大の大文章である。此所に峠を越へて後の約百記の文章は一段の美はしさを加へた、第二十九章のエリパズの攻撃に対して間接に答ふるヨブの独語の如き別けても美はしくある。
 
     約百記従三十二章至四十一章(六月二十日)
 
 エリフの言(三十二章より三十七章)は約百記中最も興味なしと称せらるゝものであつて、其中に三四の貴き言語《ことば》がないではないが、然し約百記全体が荘厳優雅の言語を以て充たされて居るに比較して如何にも平凡であり、其前後との関係が薄くして其懸隔が甚しい事より推して或人はこれは約百記々者の筆に成つたのではなく後人の加へたものであると言ふ。然しながら此中に約百記中の大切なるものがあるのである。エリフは抑も如何なる人であるか、彼は名もなき一青年であつて今までヨブと三人との議論を立ち聞きして居つたが、三人がヨブに言いまくられて答ふる事が出来なくなり、ヨブが論壇を独占せるを見て黙視するに堪えず飛び入り演説とも言ふ可きものをなしたのであつて、此事其れ自身が既に大なる興味のある事である。彼は今の人が老人を軽蔑する如きでなく老年者に対し大なる尊敬を払ひ、己れ年少の故を以て彼等の議論には満腹の不満を抱きつゝも謙遜して今まで沈黙を守り居りしも、ヨブが己を正義《ただ》しとして下らず、三人のものはヨブの災難を証拠として理不尽に彼を責(438)むるを見て不平抑え難く遂に沈黙は破れて言ふたのである。
  我れ意へらく日を重ねたるもの宜しく言を出すべし、年を積みたる者宜しく智慧を教ふべしと、但し人の衷には霊あり、全能者の気息人に聡明を与ふ、大なる人すべて智慧あるに非ず、老たる者すべて道理に明白なるに非ず云々(三十二章七節以下)
と、而して其述る所の他の三人者と異なる所は彼が徹頭徹尾ヨブに対して同情を持ち其弁護者を以て自から任じて居る事である、三人の人生観は誤れるもので災難は決して彼等の言ふが如くに解す可きではなく、これ神が人をして其弱きを知らしめ、心に傲慢《たかぶり》の生ずる時に之を除かんための神の警告であるとはエリフの言ふ所であつた、人は動もすれば己の弱きを忘れて自己に頼り自己に誇らんとするものにて之を放任すれば遂にその霊魂を失ふに至る、故に神は先づ災難を以て警告を下し給ふのである。三人の者は此意味深き災難を余りに簡短に説き去りて貴き真理を過するものである。善人にも亦災難はあるのである。是れ更に大なる災難を免れしめんための警告であれば善人たる事は災難の予防とはならないのである。深く学を修めたとも思はれぬ未だ経験浅き無名の一青年に此考を起さしめたる事は実に味ある事にて、同情といふものが人に最上の智識を与ふる事が知らるゝのである、学者の探り得ざる真理は屡々同情に富みたる無名のつまらなきものによつて発見さるゝのである。エリフは元より学者でもなく実験家でもないが同情の心よりして此浄き真理を酌み得たのである。約百記の記者が此真理を神学者に言はしめずして無名の青年エリフに言はしめた事は偶ま以て記者の思想を窺ひ知る可きである。吾等が盗難に遭ふや実に不快にて一の不幸事には相違ないが、僅かのものを盗み去られし事が更に大なる財産を盗まれざらんための警告と解すれば自から慰むるを得るのである、疾病亦無益の入費と時とを費して苦む事誠に好もしか(439)らぬ事であるが、これ亦生命を失はざらん為の警告となりて摂生に注意するに至らば疾病も亦感謝す可きである。凡そ人の不幸中の最大不幸、災難中の最大災難は実に神を不必要に思ふ考の起る事である、人生是に勝さる災難はない、而して此世の総ての災難といふ災難は実に此大なる災難に遭はざらんための警告である。
 以上はエリフが災難に対する第一の解釈である、而して第二の解釈は第一の如くに解釈が出来なくも吾等人間は神のなさる事を総て知り尽す事は出来ぬと言ふのである。
  彼その行ふところの理由《ことはり》を示したまはずとて汝かれにむかひて弁争《いひあら》そふは何ぞや、まことに神は一度二度と告示したまふなれど人これを暁らざるなり(三十三章十三、四節)
 以下同章末節に至るまではエリフの有名なる語であつて読者は宜しく反覆誦読して深く其意味を味ふ可きである。人は多く現世の幸と不幸との理由を直ちに知らんとして、永遠者の折角の深意を余りに簡短に浅薄に解き去らんとするのである。エリフの語は予言的であつて半分は解るやうで半分は又解らぬやうであるが、是をキリスト出現の予言と見て解するに難くないのである。一箇の使者(三十三章二十三節)ありて(彼自身に擬へて言つたのであらふ)神と人との間に立ち仲保者となりて両者の間の平和を計らんには人の心に平和生じ、神の憐憫《あはれみ》によりて神と人とが和ぐ事が出来るであらふ、然し乍ら実はこれ人間には出来ない事にて真の仲保者は神でなければならぬと。エリフは茲に自身を語りつゝ心霊の奥に囁《さゝや》く他の仲保者を予告するものである。人煩悶に陥るや如何なる道理も哲学も之を如何ともする事が出来ず、是を解くものはキリストの外にはない。ヨブの苦痛を解釈せんために全世界の智識を要するなれどもキリストは更に大なる苦痛を嘗められたのである、一箇《ひとり》の使者と云ふは実に彼である、畢竟ヨブの苦痛を解釈せんとするはキリストの更に大なる苦痛を解釈せんとすることになる、然れ(440)ば吾等はヨブの苦痛が解らずしてキリストの苦痛を解る事は出来ず、キリストの苦痛が解りてヨブの苦痛を解るに難くないのである。
 斯くてエリフは茲に彼の言ふ能はざる所を語りつゝあるのである。要するに苦痛の第一の理由は更に大なる苦痛を免るゝためにて、第二は神のなさる所を総て知り尽す事は出来ない事を知るためである。是を容易く解るために一の例を以てせんに、此所に一人の父の許に五人の兄弟ありとせん乎、其第四子は殊に父の寵愛を受けつゝありしが或日父は突然彼を激しく折檻した、何の理由に由てゞあるか解らぬ、三兄は共に弟を責めて平素特別に寵愛されし父に斯く折檻さるゝには彼が何か悪い事をなしたためであらふ故に早く之を謝して父の許を受けよと交も言ふて彼を諭せしも、本人は身に欠点ありといへばあれども斯く折檻さるゝ程の悪事を為したる覚えなきが故に己れの無罪を弁じて止まざりしかば、兄たちは父より折檻された事を証拠として承知せなかつた、そこで年若き末弟が出て小兄に対する大なる同情を以て之を弁護した、彼は言ふたのである、父の折檻は小兄が悪事をなしたためではなくて彼が父の愛に心を許し油断して悪事を犯す様の事のなからんためであらふ又仮令そうでないにしても父の心の程は尽く知る事は出来ない、故に之を以て直ちに小兄が悪事をなしたと云ふ証拠とする事は出来ないと、斯くて末弟は年は若けれども其言ふ所誠に同情ある語にて長兄等の言ふ所よりは遥かに真理に近く、随て稍小兄を慰むるを得しと雖ども猶ほ父の折檻の悉く説明がついた訳ではなく、故に彼れ小兄は止むを得ず沈黙はせしものゝ元より満足は出来なかつたのである。此所に於て父自身現はれ五人のものを並べて殊に第四子(ヨブ)に向つて言ひ給ふたのである(三十八章)、これ実に偉大の言である、父は言ふたのである、我れ第一に汝に問はん、汝は人生宇宙万事が尽く解ると思ふか、第二に仮令これが解るとしても汝に宇宙万物の主宰を委(441)任せばこれに当ることが出来ると思ふかと。而して神御自身より斯く言はれてヨブは全く閉口して一語もなかつた。余は青年時代に幾度か約百記を繰り返し読んで思つた、ヨブの友人の説明は全く説明とはならぬ、エリフの説明は半説明に過ぎぬ、故に、最後に神御自身が現はれて悉く説明して下される事であらうと、然るに神は少しも説明して下されずこれ又空しき渓川の流であつた。然しヨブは神の説明に満足したのではない、目を以て神を見(四十二章五節)て満足したのである。三兄の言ふ所には少しも服せず、末弟の同情あり真理に近き言には稍服せしも勿論満足は出来なかつたが、最後に父が現はれて説明はしないが其威厳ある顔を見せ給ひしに由りそれで満足したのである。然り目に見る事である、これでなければ諸君の患難を如何に説明せんとするとも到底説明する事は出来ない、説明には……或説明には服するも或説明には服さないが、十字架の上に敵のために祈り給ひしイエスを神と知るならば万事は解りて又言はじである。これ基督教の基督教たる所以である、若し仏教であつたならば斯くは結ばないことであらう、仏陀出でゝ微に入り細に亘りて説明を加へて結ぶであらふ、基督教にては結ぶに説明を以てせずして信仰を以てするのである。
 神学者は其豊富なる神学を以て愈々ヨブを苦め、エリフは同情を以て少しく彼を慰むるを得しと雖も、神は最後に御自身を示し給ひて彼を満足せしめ給ふた。若し説明ありとすれば最初の一、二章にあるのである。これは天上にあつた事にて地上の吾等は其由を窺ひ知る事は出来ぬ。神は説明を以て人類の苦痛を除かんとはされない、説明は如何に巧妙を極め委曲を尽すとも遂に説明であつて人の苦痛を如何ともする事は出来ない、人生苦痛の解釈はイエスキリストに由りて神に接する事の唯一あるのみである。
 
(442)     約百記四十二章(六月二十七日)
 
 ヱホバは大風の中よりヨブに対し或は獰猛強力なる河馬の御し難きを以て、或は鰐の怖る可き等の例を以て種々語を尽して宇宙の荘厳を説き彼をして其統御の困難を知らしめんとした。勿論河馬も鰐も動物園内に児女の観覧に供され、其革は袋に製せられて婦人の手に提げらるゝ今日に於ては滑稽の観あれどもこれは三千年若しくは四千年前の事なれば神はヨブの智識に相当せる例を以て語られたのである。ヨブは如何にして斯る説明に満足する事が出来たであらふか。然り、ヨブは説明に満足したのではなく、神を見た事によりて満足したのである。神は「汝に問はん答へよ」との冒頭を以て言はれたれどヨブは何も答ふる所なく唯黙して総てを神に委ね奉るに至つた、彼は言ふた「我れ自から了解らざる事を言ひ自から知らざる測り難き事を述べたり、……我れ爾の事を耳にて聞ゐたりしが今は眼をもて爾を見たてまつる、是をもて我れ自から恨み、塵灰《ちりはい》の中にて悔ゆ、と(三−五節)、神はヨブに是を言はせたさに今まで忍んで彼を苦め給ふたのである。
 神は更に三人の友人の言つた所を喜ばれずして彼等を詰責され、ヨブに由りて彼等のために燔祭を献げて罪を謝す可きを命じ給ふた。茲にヨブ三人の友のために祈れる時ヱホバ彼の艱難《なやみ》をときて旧《もと》に復し彼の所有物《もちもの》を二倍に増し給ふた。繁栄彼に復れば艱難の中には去つて顧みなかつた兄弟姉妹旧知の面々贈物を携へて来り祝ふといふ(十一節)、人情有りのまゝにて昔も今も異ならないのである、雄偉荘厳の記事を続け来りし記者は此所に普通の人情を語りつゝある。ヨブの産は増され再び七男三女を挙げて別けても其女は全国に類なき美はしさであつたとの事にて、彼は二百余歳の長寿を保ち其子其孫四代の繁栄を見て安らかに世を終つた、誠に芽出度々々々しの(443)大団円である。
 ヨブ対三人の記事は実に偉大であり、エリフの記事は少しく劣れる如く観らるゝも其中には又深き真理を蔵し、最後にヱホバ御自身現はれて宇宙の荘厳を説き、ヨブは之に満足して彼の最後の生涯は大なる栄華を以て恵まると言ふにて、ヘブライ人の立場より見て艱難の解釈はついたのであるが、又思ふに若しこれが真に信仰の書であるならば約百記は宜しく四十二章六節「塵灰の中にて悔ゆ」にて終る可きである。然るに後の繁栄ありて約百記は全く破壊されて終うやうに見える、これにては信仰の書ではなくて普通の小説と何の撰ぷ所はない、悪魔が神に向つて言つた如く信仰は利益のためのものとされても是非なき事となり、結局三人の友人の言ふ所に帰る訳にて、僅々十節余の記事は折角のヨブ記の精神を破壊しヨブは骨を折りて三人を説きしも最後に自身再び三人の所説を繰り返す事になるのである。世の多くの読者亦此末節のために誤られて艱難を慰むるに暫らく辛棒せよ最後は必ずよろしからんといふ、斯る人等は約百記を開きて艱難の条を精読するを厭ひ早く最後の章を読んで喜ばんとするのである。然し乍ら世の事実は必ずしも斯の如くではない、ペテロの最後は然うでなかつた、パウロの最後、ヨハネの最後は然うでなかつた。されば約百記の研究者中に四十二章七節以下は後人の附加せしものであるとの説をなすものが多い、吾等各自の信仰のためには約百記は宜しく之を其第四十二章六節にて打ち切る方がよい。人生最大の幸福は第六節に在りて其後に示されたる繁栄富貴に於て在るのではない、ヨブが真に信仰の人であるならば後の綿羊一万四千匹、駱駝六千匹、牛一千※[藕の草がんむり無し]《くびき》、牝驢馬幾何、子女幾人はどうでもよいので、これは彼の最大の幸福ではない、若し然うでないならば彼は艱難の為し損《そこなひ》をしたのである。
 然し乍ら又必ずしも六節以下を約百記より取り離すを要せず、吾等はこれを読んで如何にも此書が旧約聖書で(444)あつて新約聖書でない事を知るのである。来世を認めない旧約時代に於ては艱難の結果を短かき一生涯に於て現はさなければならなかつたのである。而して又神はヨブに応報をなしたのではなく恵み給ふたのである事を忘れてはならぬ、「ヱホバ斯くの如くヨブを恵みて」とある(十二節)、ヨブが子としての総てを尽した故に神は父としての恵みを下し給ふたのである、父は報ゆるの義務はないが恵みを施したくなるので、これ愛の働きである。
 ヨブは艱難に遭ひし時既に七十歳前後にて、其後更に百四十年生存せしといへば二百十年生きた事になる、多分これは事実ではあるまい、神の恵みを来世に待つ事の出来ないヘブライ人は無理にヨブをして異常の長寿を保たしめて一代の内に恵みの結果を見る事となしたのであらふ。斯くてヨブの結末は約百記の記者には必要であつたがヨブ自身には必要はなかつたであらふ。ヨブの最大の幸福は神を見た事である、これを除いては他の何者を以てしても彼を慰め彼が一度受けたる胸の痛みを癒す事は出来なかつたに相違ない、子を失ひしものは知つて居るが、如何なる栄華と多数の子女を得たればとて子を失ひたるより受けし心の傷は失ひたる子を取り戻すに非ざれば何物を以ても消す事は出来ない、綿羊何万牛何千も子女十人もヨブの心の根柢の痛みを慰むる事の出来なかつたのは明かである。約百記が示さんと欲する所の艱難の目的は神を見るにありて、ヨブの幸福の絶頂は神を見た事である、これがためには如何なる犠牲を払ふも価の高きを思はないのである。神を見た事、それ丈にて充分である、神が万事を善きに計ひ給ふ事は必然である、綿羊何万牛何千と結果を見るには及ばぬ、約百記最後の十余節はなくもがなである。曾て篤信なる或る癩患者があつた、一宣教師が彼を見舞ひて慰諭し神の恩恵下りて難病の癒ゆる日もあらんと言ひしに、彼は此身此儘にて癒へずとも神が明瞭になつたからには充分である、来る可き世に於ては吾も亦嬰児の肉の如き柔かき肉を賜るは必定であると云ひて腐爛せる肉に何の怨みも持たなんだと(445)の事である。書等が約百記より学ぶ可きは神を見奉る事である、此世に於ける最後の幸福を待つは約百記の読み損いである。
 神は呶々の説明をせず御自身を示して説明され、それにてヨブは満足した、去れど又説明はどこかにないであらうか、然り説明は巻頭の一二章に書かれてある、此所にも記者の文学的手腕の非凡なる事が見らるゝのである。初めに悪魔ありて神に向ひ世に自己のためならずして神を愛し正義を行ふものあるなしと主張した、神は斯かる純正義、純信仰の有無に関して悪魔と賭を為し給ふた、此事たる艱難がヨブに臨みし説明であると云へば説明である。此事たる人の身に臨む艱難を此世に於て悉く説明は出来ないが天に於て何かの理由のある事を示すものである、故に其理由が示されずとて呟いてはならぬ、強ゐて之を知らんとするは、万事に於て神の奥義に達せんとする人の非望である、人は柔順に神のなさる所を待つ可きである。
 英国の名高き某大将の逸話として伝へらるゝものに、一夕客を招じて会食中彼は不図当日午后三時|倫敦橋《ロンドンブリツヂ》に彼の子息を待つの約を忘れ居りしを思ひ出し、粗忽を悔ゐ、客に其旨を陳じ席を辞して迎へに赴かんとせしに、客は之を留めて已に約束の時を遠く過ぎし今に於て其地に行かるゝ事は恐らく徒労の事ならんと言ひしに、大将は毅然として、軍人の家庭に於て約束は必ず守らる、仮令時間は後るゝも彼は必ず約束の地に待ち居る可ければ行かざる可らずとて、急ぎ馬車を駆つて行きしに、果して子息は其所に在り、父は失念の粗忽を謝すれば子息《むすこ》は平気にて時間の後るゝは父に何か差支の生ぜし故ならんも来る可き事は必定なれば何時間と雖ども待つ心算なりと言ひしと、携へ帰りし父が客に対しての得意の情や思ふ可しである。同じ理由にて吾等は神を信じて待つ可きである。艱難の理由は解らずとも真の神の子たらば呟く事なく神の処置を待つべきである、此事は客たる悪魔に(446)は解らぬ故に彼は嘲弄的の態度を以て神を挑むのである。大将の誇りは則ち神の誇りである。神はヨブの如き例を以て世に算盤以外利益以外の信者あるを悪魔と全宇宙に向つて誇り給ふのである。吾等の短き生涯に於て必ず現世的《このよてき》の報賞《むくゐ》に与るならば栄華富貴を欲するための信仰と言はれても止むを得ない事になる、実際今日の吾国には或は語学を学ばんためにか、或は外国の学校に入て学問せんためにか、或は此世の地位を得んがために信者となり、之を得るや直ちに去つて又信仰を口にせないと言ふ所謂基督信者が尠くない。吾等人に嫌はれ宣教師に忌まれつゝも神は神なるが故に信じ彼を人に示すべきである。此所に信者に臨む艱難の説明がある、勿論全部の説明ではないが一部は説明さるゝのである、艱難を斯くの如くに解して聊か之に耐ゆるの援助となるのである。
 神を嘲り人を詈る悪魔は遠き昔の唯一人に止まらずして今も猶ほ吾等の周囲に充満して吾等を挑みつゝあるも、吾等は善は善のために愛し、悪は悪のために憎み、神は神なるが故に信じて彼等魔族の挑戦に応ずべきである。此事を教ゆる約百記が如何に深くして偉大なる書であるかをよく味はれん事、殊に其最後の十余節を読み損ふ事のない様に余は諸君に望むのである。
 
(447)     〔神を見ること 他〕
                         大正4年9月10日
                         『聖書之研究』182号
                         署名なし
 
    神を見ること
 
 神を見るとは夢幻《ゆめまぼろし》に彼を見ると云ふ事ではない、亦神秘的に彼を感ずると云ふ事でもない、神を見るとはイエスキリストを真の神として認むることである、彼の最も不幸なる人、彼の罪人として十字架に懸けられ、エリエリラマサバクタニの声を発しながら気息絶えし人、彼の人を神と認むるを得て、人生の凡の問題の解決はつくのである、神を見るとは実に神を見ることである、我が罪を担ふて我に代はりて屈辱の死を遂げ給ひし人なるイエスキリストを神として認むることである。
 
    悪評の幸福
 
 人に善く思はるゝは危険である、彼に悪しく思はるゝ時が来るからである、人に悪しく思はるゝは安全である、我は彼が思ふよりおも善くなることが出来るからである、凡の人汝を称揚《いひはや》さば汝は禍ひなる哉(路加伝六章廿六節)、最も安全にして最も幸福なることは凡の人の悪評の下に謙遜なる生涯を送ることである。
 
(448)     恩寵記に序す
                           大正4年9月20日
                           『恩寵之記』
                           署名 内村鑑三
 
 人間に臨む患難は余に多くある、故に信なき者は歎じて言ふ、天道是耶非耶と。
 然し乍ら天道は非なるが如くに見えて実は最も是であるのである 患難の多き此世にすべての患難に打勝ちて猶ほ余りある能力が具備えられてあるのである、人が唯此余力を認めないまでのことである、然し宇宙を作り給ひし者は人間に患難を下しながら、之に打勝つの能力を具備え給はざるが如き無慈悲なる者ではないのである。
 然らば幸福なる者は何人である乎、神に恵まれたる者は何人である乎。富める人なる乎、権力ある人なる乎、否な、否な、患難に遭ふて之に打勝つの能力を賜はりたる者である、神の殊遇に与りたる人といふは斯人である、信なき此世と此世の教会とは斯人の幸福を知らない、然れども神と天使とは斯人を称して慶《めで》たし恵まれる者よといふのである。
 加々美安信君は斯人である、世に貴族あり、富豪あり、高位高官、高僧の類ありて幸福の者なりと称へらるゝと雖も斯人には及ばないのである、余は日本国に、而かも其山梨県に君ありしを知りて神を讃美する者である。
  千九百十五年八月廿六日     日光に於て 内村鑑三
 
(449)     AMERICANS AS TEACHERS.
                         大正4年10月10日
                         『聖書之研究』183号
                         署名なし
 
 In matters of electricity,dentistry,cattle-breeding,horse-raising and swine-keeping,We can and may learn from Americans;but not in matters of fine art,high philosophy and spiritual religion.Did America ever produced a sculptor like our Unkei,a Painter like our Kiyonaga,and a man of faith like our Shinran or Kakunyo? Having had such ancestors, is it not a shame to modern Japanese to be taught and led in matters of faith and religion by essentially materialistic,this-worldly Americans? Woe is Japan if she be ever converted by Americans to their“social,”“ethical,”political, psychological,“international”Christianity.
 
(450)     イエスに頼る
                         大正4年10月10日
                         『聖書之研究』183号
                         署名 柏木生
 
 余の国人は相挙つて余は乱臣国賊なりと云ひて余を攻めた、余は其時にイエスに頼つた。
 余の粁肉は相揃ふて余は親不孝なりと云ひて余を責めた、余は其時にイエスに頼つた。
 余の弟子は相合して余は偽善者なりと云ひて余を社会に訴へた、余は其時にイエスに頼つた。
 教会と宣教師とは余は狂人なり、異端なり、信仰の破壊者なりと云ひて余に就て言ひふらした、余は其時にイエスに頼つた。
 イエスは余の兄弟である、余の弁護者である、余の隠場処である、彼に頼つて余は何と謂はれても何であつても宜いのである、余を義とする者は余の言行ではない、又余の性格ではない、余を義とする者は彼である、「我等の義なるイエス」と彼を称し奉る、故に彼に頼る余を打つ手は彼を打つのである、彼は余に代つて余を防ぎ給ふ、何故か余は知らざれども、彼は余をして彼に頼らしめて、余を彼の分身として扱ひ給ふのである。
 余はイエスに頼つて今日に至つた、余は何時までも彼に頼るであらう、然り、此世の人が余を攻むる時に止まらず、神の台前に審判かるゝ時にも余は亦彼に頼るであらう。
 
(451)     恩恵と罪
                         大正4年10月10日
                         『聖書之研究』183号
                         署名 柏木生
 
 余に一つ為す能はざる事がある、余は神の愛の抱擁より免かるゝ事能はずである、彼に救はれし人類の一員として生れ、彼に贖はれし宇宙に棲息して余は彼の救拯の圏外に出んと欲するも能はずである。
 然らば余は勝手に罪を犯すであらう乎、然り、若し犯したくば犯すであらう、然れども余は今は罪を犯したくないのである、而して神の恩恵を知れば知る程、罪に対する余の慾念は減少して、余は益々罪を嫌厭《きら》ふに至るのである、道義に強ゐられ、社会の制裁を恐れ、律法の威権に服して罪を犯さないのではない、罪が厭になりしが故に之を犯さないのである、而してキリストは我が衷に宿り給ひて我をして罪に対する此厭味を起さしめ給ふのである、罪を廃めて救拯に入るのではない、救はれて、即ち神の施し給ひし救拯を認めて、罪を犯さゞるやうに成るのである、道徳は一時的のものである、神の救拯を認むるに至るまでの工夫に過ぎない、而して救拯を認めて後に道徳は不要に帰するのである。
 然らば我等何を言はんや、恩《めぐみ》の増さんために罪に居るべき乎、非らず、我等罪に死し者なるに、何で尚ほ其中に於て生きん乎(羅馬書六章一、二節)
 
(452)     〔高価なる基督教 他〕
                         大正4年10月10日
                         『聖書之研究』183号
                         署名なし
 
    高価なる基督教
 
 基督教に高価なると安価なるとがある。
 先づ安価なる者に就て言はん乎、外国宣教師に附き、其補給を仰ぎながら神学枚に入り、神学書を読みて学び得し基督教、是れ安価なる基督教である、縦し之に神学博士の称号が伴ふと雖も、以て霊魂を救ひ、神と人との間に立ちて永遠に二者の合一を計ることの出来ない、浅薄なる無能の基督教である。
 信仰獲得のために劬《くるし》み、多く憂へ、多く泣き、幾回か神を恨み、彼を疑ひ、幾回かエリエリラマサバクタニの声を揚げ、血と涙とを以て得し基督教、是れ高価なる基督教である、斯かる基督教は之を神学校に獲ることは出来ない、之に教会の名誉と保護とは伴はない、其反対に度々監督、宣教師、牧師、伝道師等の嘲弄、迫害、擯斥する所となる、然れども人の霊魂を救ふ上に於て力強く、キリストの苦痛の足らざる所を補ふて、世に仲保の職を全うして休む時なし、然り、貧と饑と孤独と侮辱とは高価なる基督教に伴ふ、実に然り、苦痛を以て購ふより他に獲る途なきが故に高価たるなり。
(453) 願ふ我も亦教会と宣教師と神学校と神学書との与ふる能はざる高価なる真珠の如き基督教の所有者たらんことを。
 
    教会と戦争
 
 基督教が基督教会と化成せる時必ず戦争を賛成する、教会と可戦論とは附随物である、而して基督教が元の無教会主義に還る時に必ず戦争に反対する、無教会主義と非戦論とは同じく又附随物である。
 戦争賛成の一事に就てはすべての教会が一致する、羅馬天主教会、露国正教会、英国聖公会、独逸ルーテル教会、英米のメソヂスト教会、長老教会、組合教会、バプチスト教会、其他六百有余の語教会は悉く可戦論者である、而して非戦論者たるべきクエーカー派さへ今や戦争に対しては昔時の如くに明白なる反対を唱へざるに至つた、見渡す限り所謂基督教界なる者は一般に戦争の賛成者であつて、多くの場合に於ては其の謳歌者である、而して明白に非戦論を唱ふる者は無教会主義者にあらざれば、基督教会に対し常に反抗の態度に出る社会主義者並に主理論者《ラシヨナリスト》である、非戦論は教会の内に於ては唱へられない、其外に於て唱へらる、監督は軍旗を祝福し、神学者は聖書の言を引いて戦争を弁明する、非戦論の可否は余輩の茲に論ぜんと欲する所でない、然れども其の教会に関係なき者にして主として教会以外に於て唱へらるゝ所の者たるは何人も認むる所である。
 非戦論を採らん乎、教会を離るべし、而して余輩は教会に忠実なる者にして非戦論に熱心なる者のあるを知らず、又非戦主義を確守する者にして安閑として教会に止まる者のあるを知らないのである。
 
(454)    基督者《クリスチヤン》のたのみ
 
 道徳家は意志をもて苦痛を平らげんとし、芸術家は芸術をもて苦痛を忘れんとし、基督者《クリスチヤン》は聖霊によりて苦痛に克たんとする、基督者は道徳家でない、彼は強き意志をもて自己に克たんとしない、彼は美術家でない、彼は美はしき思想と技芸とをもて自己を慰めんとしない、彼は自己をより強き者に任し奉り、その聖き霊に由りて歩行まんとする、汝等聖霊に由りて行《あゆ》むべし、然らば肉の慾を為すこと莫らんと、基督者の唯一の信頼《たのみ》は自己以外の能力なる聖霊である。
 
    旧式耶新式耶
 
〇余輩の聖書研究はデリツチ、ゴーデー等ノに傚ふ者であつて旧式である、新式に改めよと注意して呉れる人がある、注意は良に有難くある、然し今直に採用することは出来ない。
〇余輩とても所謂新式の聖書研究を全然省みないではない、余輩の小なる書斎にも亦独のフホン ゾーデン、英のキャノン ドライバー、米のジヨージ スチープンス等の著書を留めないではない、余輩も亦余輩不相応の金と時間とを此種の研究に費した者である、而かも余輩は其中に人の霊魂を養ふに足る生命のパンを看出し得ないのである、教会を嫌ふ余輩のことなれば、教会の嫌ふ所たる所謂高等批評は余輩の歓迎すべき筈の者なれども、而かも此一事に対しては余輩は教会と態度を共にする者である、所謂新式の聖書研究は希望を充たさゞる沙漠の渓川である、テマの隊客旅《くみたびびと》之を望みて愧恥《はぢ》を取り、彼処《かしこ》に至りてその面《かほ》を赧《あか》くすである(約百記六章十五節以下)、所(455)謂新式の聖書研究は文法である、哲学である、歴史である、然れども信仰でない、彼等は宗教を智識として解せんと欲するが故に全く宗教を過誤《あやま》るのである、言までもなく宗教は信仰である、信仰を根柢として立たずして宗教は領解《わか》らない、宗教の書たる聖書は解らない。
〇此点に於てデリツチとゴーデーとは遥に新式の聖書学者に優ると思ふ、髑髏山上に植えられし十字架の下に於て読むにあらざれば以賽亜書第五十三章は解らないと言ひしデリツチは確かに以賽亜書解釈の解鍵《キー》を握つた人であると思ふ、ヨブの患難をキリストの患難の象徴として見し彼は約百記の中心的真理を握つた人であつて彼より此書の大註解の出たのは敢て怪しむに足りないのである、ゴーデーに於ても同じである、彼の研究の旧い事は余輩と雖もよく知つて居る、然れども彼は大聖書学者でありしと同時に亦深き実験の人であつた、彼は講堂と書斎とに於て聖書を学ぶ前に深く親しくキリストを実験した人であつた、故に彼の聖書研究は総て悉く生きて居るのである、ウレーデやフホン ゾーデンを読んで余輩は知識的に多く得る所がないではないが、然し信仰的には何の得る所がないのである、余輩は未だゴーデーの羅馬書註解に優さる此書の註解を知らないのである、英国人が誇りとするサンデー、ヘッドラム二氏共著の羅馬註解と雖も霊的生命の供給者としては遥かにゴーデー(彼は瑞西人である)の著書に及ばないのである、而して信仰の書たる聖書は信仰を以てせずしては領解らないのである、信仰は聖書研究の第一要素である、而して深き信仰に博き学問を加へたるデリッチ、ゴーデー両氏の如き聖書学者は滅多に世に出ないのである、余輩が二氏に私淑するは全く是れがためである、二氏の学問が旧式なるからではない、二氏に於て信仰と学問とが善く配合したからである、余輩は所謂新式の聖書学者の中に二氏の如くに均斉的なる者のあるを知らない、若しあるならば示されんことを乞ふ。
(456)〇今や我国に於て計りでない、西洋諸国に於ても、信仰智識両つながら片輪的である、智識のない信仰と、信仰のない智識、宗教界は是等二種を以て充たされて居る、信仰は無学を誇り、学問は信仰を嘲ける、如斯くにして宗教界は盲と聾との集合である、此時に方て余輩はデリッチ、ゴーデー二氏の如き調和せる学者、均斉せる信者の出現を望んで止まないのである、旧でも可い、新でも可い、要は信仰と智識との調和である、深く信じて博く知るの調和である、而して神はその定め給ひし時期に於て新式のデリツチ氏と新式のゴーデー氏とを続々と産出し給ふであらう、而して余輩は其中の幾人かが我日本より出んことを祈つて止まないのである。
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    義人と患難
 
 義人は患難多し、然れどヱホバは皆なその中より救出し給ふ(詩三十四篇、十九節)。
 義人 世の所謂義人ではない、神の義人である、神に義とせられし者である、神と義しき関係に於て在る者である、信仰の人である、真正の意味に於ての基督信者である。
 患難 人に臨むすべての患難である、肉体の疾病である、事業の失敗である、肉親の叛逆である、世の誤解である、教会の嫌悪である、而して之に加へて信者独特の患難がある、信仰のための迫害である、悪魔の襲撃である、疑問の簇出《ぞくしつ》である、神が見えなくなる事である、患難と云ふ患難は悉く信者に臨むと云ふ事である。
 多し 人は基督信者となりて患難が無くなると云ふのではない、又患難が減ずると云ふのではない、却て増すと云ふのである、「患難多し」と云ふ、特に多しと云ふのである、世には基督教を信ぜしが故に商売に成功して財(457)産を作りたりと曰ふ者がある、学問を修めて声名を博したりと曰ふ者がある、幸福なる家庭、社会と教会との名誉は基督教の信仰に伴ふとは余輩が度々教会の説教に於て聞いた所である、然し乍ら真の基督教は斯かる結果を持来さない、キリストを知ることに由て人の患難は増すのである、其れは其の筈である、人は天と地と両所に於て財を積むことは出来ない、天国の冠冕《かんむり》には必ず棘《いばら》が伴ふのである、基督信者はキリストの一部分である、而してキリストは患難の人であつた、患難を知らずしてキリストを知ることが出来ない、而してキリストを知て彼に臨みしすべての患難が臨まざるを得ないのである、基督信者たるの確証は教会のバプテスマを受くることではない、其聖餐式に与かることではない、キリストと苦難を偕にすることである、此明白なる証拠がありて、縦令大教会の大監督と雖も其人の真の信者たることを否むことが出来ないのである。(加拉太書六章十七節参考)
 救出し給へり 義人に患難多し、彼は神を信ぜしが故に患難を免かるゝ能はず、患難は信仰に伴ふて来る、信仰の進歩と共に増加す、患難の伴はざる信仰は虚偽の信仰である、然れども「ヱホバは其のすべての患難より救出し給ふ」と云ふ、患難は信者に臨み彼の身を去らずと雖も、彼の霊魂に危害を与ふるに至らず、「救出し給ふ」とは此事である、患難は信者を神より絶《はな》らすること能はず、彼の生命(霊魂の)を奪ふ能はずと云ふ事である、ヨブの場合の如きは是れである、パウロの場合の如きも亦是れである、患難はいくら多く、いくら強くとも我等を我主イエスキリストに頼《よ》れる神の愛より絶らすること能はずと云ふ事である(羅馬書八章末節)、患難より救出し給ふと云ふは患難を逐攘《おひはら》ひ給ふと云ふことではない、患難は依然として存すれども其霊的悪結果を信者の霊魂に及ぼさしめ給はずと云ふことである。
 而して若し此事を保証さるゝならば我等は如何なる患難をも恐れないのである、我等の恐るゝ者は身を殺すと(458)共に霊魂を殺す者である、而して如何なる患難と雖も信者の霊魂を殺す能はずと聞いて我等は安心するのである、而して此事たる単に神の約束に止まらないのである、是れ信者の実験である、信者はまことに此事の事実なるを知るのである、信者は患難に由て益々深く神を知るのである、益々多く光明の頒与にあづかるのである、神は確かに彼に頼る者をすべての患難より救ひ出し給ふのである。
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    山上の垂訓の読方
 
 信者に取りては神とは他の者ではない、キリストである、天国とは他の者ではない、キリストである、キリストを見た者は神を見たのである、神を識ること是れ永生である、而して神を識るとはキリストを識ることである、世の罪のために十字架に釘けられしキリストが信者の神であつて又天国である、信者の最上の幸福は彼れキリストを己が救主として仰ぎ瞻ることである、而して此心を以て山上の垂訓を読んで其意味が一層深く味はれるのである。
 心の貧しき者は福ひなり、天国は即ち其人の有なれば也、即ち自己の衷に何の善きものを認めず、自己に何の頼る所なく、又何の誇る所なく、心霊的に癒し難き空乏を感ずる者は福なり、キリストは即ち其人の有なれば也、彼はキリストを己が救主として有つことを得べければ也。
 心の活き者は福ひなり、其人は神を見ることを得べければ也、即ち正直にして偽はらざる者、罪は罪として認め、不義は不義として告白し、直道《ちよくだう》を歩むを以て何よりも幸福なりと做す者は福ひなり、其人はキリストに在りて神を(459)見ることを得べければ也、自己の不浄を覚認するの結果、終に神の備へ給へし義また聖なるキリストを仰ぎ瞻ることを得べければ也。
 平和《やわらぎ》を求むる者は福ひなり、其人は神の子と称へらるべければ也、神と離絶せる罪の状態に在るに堪えずして彼と和らがんと欲して止まず、ヨブの如くに仲保者の出現を絶叫して止まざる者は福ひなり、其人はキリストの弟妹《けうだい》となるを得て、彼と等しく神の子と称へらるべければ也。 義のために責めらるゝ者は福ひなり、天国は即ち其の人の有なれば也、正道を践むが故に此世と此世の教会とに責めらるゝ者は福ひなり、殊に神の義たるキリストの聖名のために責めらるゝ者は福ひなり、キリストは益々固く其人の有となるべければ也、衷に己が心霊的空乏を感じて天国即ちキリストを己が有となすを得、斯くて得しキリストを信得するが故に外より世の責むる所となりて益々固く彼を己が有とすることが出来るのである。
 キリストである、キリストである、キリストは信者の神である天国である、又信者の安慰、飽満(飽くこと)、富貴(地を嗣ぐこと)、衿恤《あはれみ》とてキリストを除いて他の者ではないのである、聖書は特にキリストに就て記す書である、馬太伝五章とても勿論爾うである、我等は偶像信者や教会信者に傚ひ幸福の所在をキリスト以外に於て求めてはならない。
 
(460)     福音大観
         約翰伝三章十六節の註釈
                         大正4年10月10日
                         『聖書之研究』183号
                         署名 内村鑑三
 
 神 驚くべき名である、我等は彼に頼りて生き又動き又存ることを得るなりと云ふ其神である(行伝十七の廿八)、
万世の王即ち朽ず見えざる一の神と云ふ其神である(提摩太前書一章十七節)、万物は彼より出、彼に倚り、彼に帰ると云ふ其神である(羅馬書十一の卅六)、万物の起元にして其終局、万物を支え之を充たす者、宇宙が倚て立つ其根柢、それが神である。
 愛し給へり 此神は単に統治《おさむ》る者でない、単に審判く者でない、全智全能であると同時に亦愛する者である、愛は彼の特性である、故に神は愛なりと云ふ、彼は聖くある、義しくある、永遠の光である、然れども特に愛であつて人に近づき給ふ者である、神は愛し給ふと云ふ、是れ既に大なる福音である、人類はキリストに由りて初めて明白《あきらか》に此事を聞いたのである。
 世 此罪に沈める世と其中に在るすべての人、誰れ彼れの差別はない、全世界の人を神は愛し給へり又今猶ほ愛し給ふと云ふ、神は善人を愛して悪人を憎み給ふと云ふのではない、彼は又義人を近づけて罪人を斥け給ふと云ふのではない、彼は世を愛し給ふたと云ふ、衆生、全人類、全世界のすべての人を愛し給ふと云ふ、神の愛は(461)普遍的である、彼の愛に善人悪人の区別はない、白人、黄人、黒人の差別はない、神は世を愛し給へりと云ふ、即ち全人類を其愛の中に抱《つゝ》み給へりと云ふ、世に一人も神の愛に漏るゝ者はないのである、神は世を愛し給へりと聞いて亦我をも愛し給へりと言ふことが出来る、万人救済の真理は斯くて明白に聖書に示されてあるのである。
 其生たまへる独子を賜ふほどに 神は愛なり、彼は全世界全人類を愛し給へり而して其の愛の程度たるや其生たまへる独子を賜ふ程に之を愛し給へりと云ふ、我等が知る愛の中に人が英子を愛するに優るの愛はない、人は自分よりも其子を愛するのである、縦し彼に二十人の子があるとするも彼は其各々を自分よりも愛するのである、而も神が世を愛し給ふ愛は其一人子を捐ても猶ほ惜しと思ひ給はざりし程の愛であると云ふ、全宇宙に之よりも切なる、之よりも深き愛はないのである、神は其生み給へる一人子を愛し給ふ愛を以て世を愛し給へりと云ふのではない、其一人子を捐るも之れを惜み給はざりし程に之を愛し給へりと云ふのである、嗚呼、如何ばかりの愛ぞ、我等は是れ以上の愛に就て思惟することは出来ない、無限大の神が罪に沈める世を無限に愛し給へりと云ふ、驚くべき福音とは此事である、神は何故に斯くまで世を愛し給ふのである乎、世に若し不思議があれば此事である、神は其生み給へる一人子を賜ふ程に世を愛し給へりと云ふ、而して我も亦一人の人として彼の此愛を蒙れりと云ふ、若しキリスト以外の者が此事を告ぐるならば、何人も之を信じないであらう、然れども聖子《みこ》御自身が此事を告げ給ふが故に、我等は喜ばしくも恐れ慄くことなくして憚らずして之を信ぜんと欲するのである。
 斯くて神の側《かわ》に在りては彼は極度の愛を以て全人類を彼の愛の懐に蔵め給ふたのである、神の立場より見て今や詛うべき罪に定むべき人とては一人もないのである、神は既に其極度の愛を以て世を己れと和がしめ給ふたのである、然し乍ら和平《やわらぎ》のことに於ては神と雖も唯一方の愛を以てしては之を成就することは出来ないのである、(462)人の側より神の愛に応ずるの必要があるのである、神は既に全人類を愛し給ひたれば人は其愛を認めずとも其恩化に浴することが出来ると思ふのは、愛の性質を解せざるより起る誤謬である、愛は相互的である、愛し愛せられて愛は成立するのである、神は其生み給へる独子を世に賜ふて、世人何人にも愛せらるべき態度に御自身を置き給ふたのである、平和は神より申出されて、彼は人の之に応ずるのを待ち給ふのである。
 約翰伝第三章十六節は其上半節に於て神が人に対するの態度を示し、下半節に於て人が神に対して採るべきの途を示すのである、神は彼の側に於て其極度の愛を以てすべての人に臨み給ひたれば、人は其信を以て神の愛に応じて滅亡を免かれて永生に入るべしとの事である。
 凡て 何人であれ、聖人であれ、俗人であれ、義人であれ、罪人であれ、ユダヤ人であれ、ギリシヤ人であれ、モーセの律法を守るユダヤ人であれ、之を守らざる異邦人であれ、人と云ふ云ふ人は何人であれ。
 彼を 此驚くべき愛を現はして世を御自身に和らがしめ給ひし神を。其生み給へる独子を賜ふ程に此罪の世を愛し給ひしイエスキリストの御父なる真の神を。
 信ずる者 神の此極度の愛を信ずる者。道徳的に完全に成れる者ではない、或る一定の儀式を欠けなく守る者ではない、バプテスマを受けて教会に入りし者ではない、神の此愛を信ずる者には云々とのことである、神の愛に対する人の信である、神は其愛を以て世に臨みたれば人は其信を以て之に応じて永生に入るべしとのことである、信は神が人より要求し給ふ永生獲得の唯一の条件である、先づ行為を改めて然る後に信ぜよと云ふのではない、バプテスマの式に与り教会に入りて信を表はすべしと云ふのではない、信に前提はないのである、信は単純である、只信ずることである、儀式にも道徳にも何の顧る所なくして信ずることである、然らば亡ることなく(463)して永生を受くべしとのことである、実に簡短である、実に平易である、而して亦何人も為し得る所である、信ぜよ、然らば救はるべしとのことである、神の御申出の余りに偉大なるが故に、人の之に対する応酬は余りに輕微である、神は其生み給へる独子を賜ふ程に汝を愛し給ひたれば汝は只其愛を信じて救はれよと云ふのである、愛は実に相互的である、然れども神と人との間に在りては神に重くして人に軽くなる、神は責任の全部を荷ひ給ひて、人は之に対して只応諾(信)を与ふれば済むのである、愛、愛、神の愛、キリストの愛、愛なるが故に人より或物を要求し給ふ、然り、単に信を要求し給ふ、応諾を要求し給ふ、而して責任の全部は神御自身之を荷ひ給ふ、世に斯くも「割りの善い」取引があるであらう乎、而かも是れ神が人を救ひて彼に永生を賜ふ途である、驚くべき哉。
 亡ぶること無くして 其生命を喪ふことなくして、人として固より有すべき不滅の生を棄ることなくして。
 永生を受けしめんが為なり キリストと偕に甦へり、その万物を己に服はせ得る能に由りて此卑しき体を化へて其栄光の体に象らされて、神の子として達し得べきすべての完全に達せしめんが為なりとのことである、一言に約めて云へば、救済を完成せんがためである。
 実にキリストの福音のすべては約翰伝の此一節の中に含まれてある、天の高きも地の低きも之には及ばない、驚くべき神の愛とは此事である、我等がすべて求ひ又思ふ所に過ぎて貴きは此福音である。
 神は 愛し給へり 此世を 其生み給へる独子を賜ふ程に
 凡て 彼を 信ずる者に 亡ぶることなくして 永生を受けしめんが為に。一字一句に純金の重量《おもみ》がある、冗漫の文字は一字もない、上下の二半に分かれ、上なる者は神の行為を示し、