内村鑑三全集29、岩波書店、571頁、4700円、1983.3.24

 

一九二五年(大正一四年)一月より一九二六年(大正一五年)六月まで

 

凡例………………………………………… 1

一九二五年(大正一四年)

文化の基礎…………………………………… 3
No Imitation.何人をも真似ず …………… 5
近代人の神…………………………………… 7
加拉太書の研究……………………………… 9
  第一回 加拉太書を紹介す(九)

  第二回 信仰の自由独立(一四)

  第三回 教義の大要(一九)

  第四回 ガラテヤ人の変信(二四)

  第五回 血肉と謀らずアラビヤに往く(三〇)

  第六回 テトスの場合(三六)

  第七回 アンテオケに於けるペテロ(四一)

  第八回 基督信者の生涯(四四)

  第九回 信仰と聖霊(四七)

  第十回 福音と律法(五二)

  第十一回 基督信者の単一(五五)

  第十二回 子か奴隷か(五八)

  第十三回 肉の行動と霊の結果(六一)

  第十四回 愛の表顕(六三)

批評と信仰……………………………………67
新年を迎ふ……………………………………69
The Cross as Philosophy.人生哲学としての十字架……70
近代人と基督信者 他………………………72
近代人と基督信者
偉人たるの途
柏木の改善……………………………………74
青木庄蔵著『世界をめぐりて』序言………75
Modernism and Americanism.現代主義とアメリカ主義……77
何の為の伝道か………………………………79
Darkness and Hope.暗黒と希望……………81
基督教を解するの途…………………………83
パウロの欠点に就て…………………………85
Faith.真の信仰に就て………………………96
基督教会の現状………………………………98
十字架の道………………………………… 100
  第一回 イエスの都入り(一〇〇)

  第二回 イエスの殿潔《みやきよ》め(一〇四)

  第三回 詛はれし無花果樹(一〇七)

  第四回 イエスの教権問題(一一〇)

  第五回 悪しき農夫の譬(一一三)

  第六回 王の婚筵の譬(一一五)

  第七回 カイザルの物と神の物(一一七)

  第八回 復括に関する論戦(一二〇)

  第九回 第一の誡(一二三)

  第十回 ダビデの主(一二六)

  第十一回 パリサイ人と基督教会(一二九)

  第十二回 羔の怒(一三三)

  第十三回 「禍なる哉」七回(一三六)

  第十四回 イエスの愛国心(一三九)

  第十五回 エルサレムの覆滅(一四五)

  第十六回 十人の童女の譬話(一五〇)

  第十七回 タラントの譬話(一五五)

  第十八回 山羊と羊の比喩(一六〇)

  第十九回 大悲劇の序幕(一六四)

  第二十回 離叛の第一歩(一六九)

  第二十一回 最後の晩餐(一七四)

  第二十二回 ゲツセマネの苦祷(一七八)

  第二十三回 イエスの逮捕(一八四)

  第二十四回 祭司の前に立てるイエス(一八八)

  第二十五回 ピラトの前のキリスト(一九二)

  第二十六回 神の子の受難(一九六)

  第二十七回 エリエリラマサバクタニ(二〇〇)

  第二十八回 死して葬られ(二〇五)

  第二十九回 キリストの復括(二〇九)

  第三十回 罪の赦しの福音(二一四)

近代人の愛と基督信者の愛……………… 219
God and Hope.神と希望 ………………… 225
今昔の感…………………………………… 227
復活の実現………………………………… 229
霊魂の貴尊………………………………… 233
神の存在の証拠…………………………… 239
The Three Hundredth Number.第三百号…… 245
ユニテリヤン的信仰に就て……………… 247
自力と他力………………………………… 249
貧者の祝福………………………………… 254
聖書之研究の過去並に現在……………… 259
A Christian Barber.基督信者の理髪師…… 263
ハートは先づ之をイエスへ……………… 265
伝道と政治家……………………………… 267
祈祷………………………………………… 269
日本国と基督教…………………………… 271
『ガリラヤの道』〔序文・目次のみ本巻収録〕…… 279
序詞……………………………………… 280
Activity and Passivity.活動性と受動性…… 283
安心と勝利………………………………… 285
私はクリスチヤンである………………… 287
頌栄の辞…………………………………… 290
牧師の批評に答ふ………………………… 298
Modern Christianity.近代の基督教…… 301
私は上州人である………………………… 303
境遇と信仰………………………………… 304
祈祷………………………………………… 305
神本位の宗教……………………………… 307
Fall and Salvation.堕落と救拯 ……… 314
自分の為に弁ず…………………………… 316
水を化へて葡萄酒と成し給ふ…………… 318
世に勝つの途……………………………… 321
結婚式の辞………………………………… 326
晩秋所感…………………………………… 328
Be a Hero! 勇者たれ ………………… 329
私の趣味に就て…………………………… 331
堕落の教義………………………………… 333
クリスマス夜話=私の信仰の先生……… 341
クリスマスの朝…………………………… 346
一九二六年(大正一五年)月―
Abhorrence of Self.自己の嫌悪 ……… 349
私の愛国に就て…………………………… 351
ヱレミヤ伝研究…………………………… 353
  第一回 祭司の子ヱレミヤ(三五三)

  第二回 ヱレミヤの時代(三五六)

  第三回 ヱレミヤの聖召(三六一)

  第四回 預言第一課(三六六)

  第五回 万国の預言者(三七〇)

  第六回 耶利米亜記第二章後半(三七七)

  第七回 耶利米亜記第三章(三八〇)

  第八回 耶利米亜記第四章(三八四)

  第九回 耶利米亜記第五章(三八八)

  第十回 耶利米亜記第八章四節以下(三九三)

  第十一回 耶利米亜記第九章(三九七)

修養大意…………………………………… 404
偉大性の養成……………………………… 410
A New Enterprise.新年の新計画 ……… 411
命令と実行………………………………… 413
接木の理…………………………………… 415
The Name, etc.…………………………… 421
The Name
Japan's Best
Why “Christian”?
A Confession of an Optimist ………… 427
Who and What We Are …………………… 429
A Dried‐Up Spring ……………………… 432
A Christian Library …………………… 434
God and Nation.神と国民 ……………… 435
大小の祈祷………………………………… 436
不用人間…………………………………… 437
不幸の転用………………………………… 439
井上伊之助著『生蕃記』序……………… 445
A New Civilization……………………… 446
To Young Missionaries.………………… 452
Buddha and Christ ……………………… 456
『加拉太書の精神』〔序文・目次のみ収録〕…… 457
自序……………………………………… 458
Summum Bonum.至高善 …………………… 460
知識と信仰………………………………… 461
芸術と宗教………………………………… 462
キリストに在りて………………………… 464
預言入門…………………………………… 470
Japanese Christianity ………………… 476
Negation and Affirmation. …………… 479
Love of Money …………………………… 481
Our Baby…………………………………… 483
Japan as a Fishery Nation …………… 485
The World and Japan …………………… 487
Christian America and Heathen Japan, etc.…… 489
Christian America and Heathen Japan
Christian Belief among Well‐Educated Japanese Women
A Hint to Missionaries
“Ethicalization of Politics”
Jubilee of Sugamo Church
Geology and Genesis.地質学と創世記… 494
妥協する勿れ……………………………… 495
罪の赦し…………………………………… 496
『商売成功の秘訣 商人と宗教』〔表紙〕…… 498
Belief as Work…………………………… 499
Duty of Inaction:with a Meditation on the American Practice of “The Drive”…… 501
Love of Common Things ………………… 503
Editorial “I” ………………………… 505
To a Bavarian Friend…………………… 506
Knowledge of God.神に関する知識 …… 509
信者と広告 他…………………………… 510
信者と広告
虚偽の世
大なる野心………………………………… 513
別篇
付言………………………………………… 515
社告・通知………………………………… 523
参考………………………………………… 532
独立基督教について
By Way of Introduction

一九二五年(大正一四年)一月二月 六五歳


(3)     文化の基礎

                         大正14年1月1日

                         『文化の基礎』5巻〔1号〕

                         署名 内村鑑三

 

〇文化の基礎は何である乎。政治である乎、経済である乎、文学である乎、芸術である乎。さうでないと思ふ。是等は文化の諸方面であつて、其基礎でない。文化の基礎は文化を生む者でなくてはならぬ。樹があつて果があるのである。文化は果であつて之を結ぶ樹ではない。

〇|文化の基礎は宗教である〔付○圏点〕。宗教は見えざる神に対する人の霊魂の態度である。そして人の為す凡ての事は此態度に由て定まるのである。希臘人の神の見方に由て希臘文明が起つたのである。基督教の信仰があつて基督教文明が生れたのである。其他埃及文明、バビロン文明、ペルシヤ文明、印度文明、支那文明、日本文明、一として然らざるはなし。深い強い宗教の無い所に大文化の起つた例《ためし》はない。無神論と物質主義は何を作り得ても文明丈けは産じ得ない。

〇|薩長藩閥政府の政治家等に由て築かれし明治大正の日本文明なる者は宗教の基礎の上に立たざるが故に、文明と称すべからざる文明である〔付△圏点〕。是れは何時壊るゝ乎知れざる、砂の上に立てられたる家の如き、危険極まる文明(4)である。永久性を有せざる日本今日の文明は潰倒に瀕して居る。土台を据ずして建たる家である。今にして土台を据えなければならぬのである。困難は茲に在る。所謂維新の元老は自身無宗教の人等でありしが故に、信仰の基礎の上に新社会を作り得なかつたのである。

 

(5)     NO IMITATION.何人をも真似ず

                           大正14年1月10日

                           『聖書之研究』294号

                           署名なし

 

     NO IMITATION.

 

  I do not imitate St.Augustine,or Luther,or Knox,or Wesley,or Carlyle,or Moody,or any other man of past and present. I am myself;God made me for a specialpurpose,placed me in a special position,and appointed for mea special work.God leadeth me in special ways,because I am His special instrument. They who compare me to this and that man in Europe and America,misrepresent me and misunderstand God's design concernlng me. God maketh no two men the same,and every man is His special handiwork. In that I was specially made,and am specially led by my God,am I a free and independent man. I look unto Him for His special guidance day-by-day,in ways which He specially cut out for me. I am alone, but not alone,for God graciously walketh with me.

 

     何人をも真似ず

 

 私は何人をも真似ない。アウガスチンをも、ルーテルをも、ノックスをも、ウェスレーをもムーデーをも、其(6)他過去現在の何人をも真似ない。|私は私自身である〔付○圏点〕。神は私を特別の目的を以て造り、私を特別の位地に置き、私に特別の仕事を、当がひ給うた。私は神の特別の器《うつは》であるが故に、彼は私を特別の途に導き給ふ。其れ故に私を欧洲人又は米国人中の此人又は彼人に較ぶる者は私を誤表し又私に関はる神の御計画を誤解する者である。神は同一に二人の人を造り給はない。人は各自神の特別の聖手《みて》の業《わざ》である。私は神に特別に造られたる者であるが故に自由独立の人である。私は日に日に彼の特別の指導に与からんとて彼の聖顔《みかほ》を仰ぎまつる。彼が私の為に特別に鑿開《きりひら》き給ひし途に私をして歩ましめ給はんとて私を導き給ふ其の聖手に私は縋りまつる。私は単独である、然し単独でない。神が私と偕に歩んで下さるからである。

 

(7)     近代人の神

                           大正14年1月10日

                           『聖書之研究』294号

                           署名 内村鑑三

 

〇余輩の見る所に依れば、近代人が神を信ずると称するのは、大抵の場合は神を信ずるのではなくして自己を信ずるのである。彼等は神の名を藉りて自己の意見を押通さんとするのである。故に自己の意見に反せざる限りは神を信ずと称するが、一朝神の聖旨《みこゝろ》が自己の意見と合はざるを示さるゝや、彼等は憤然として起つて神に反く乎、然らざれば神の教を曲げて自己の意見に適合せしめんとする。

〇近頃、或る宣教師学校《ミツシヨン、スクール》に於て近代式の高等教育を受けたる或る若き婦人が、其為す所が悉く基督教の神と其聖書の教ゆる所に反く事を示さるゝや、彼女は答へて曰うた、「若し然ならば私は他《ほか》に神を求めます、又聖書以外に聖書を作ります。私は私の為す所を尽く是認して呉れる神と聖書とを発見せずしては止みません」と。言は甚だ矯激なりと雖も近代人の心理状態を表明して誤らざる者である。|自己を是認して呉れる神と聖書〔付△圏点〕、是が近代人最大の要求物である。

〇|近代人他なし、自己を神として仰ぐ者である〔付△圏点〕。道徳の標準を自己に求むる者である。極端の主観主義者である。神を白己の上に認め、道を自己の外に求むるは彼等の為し得ない所である。神に自己を砕いて戴くとか、自己を殺して神の聖旨に服《したが》ふと云ふが如きは、近代人が決して為さゞる、又為し得ない事である。然し乍ら神は近代人(8)と雖も己が自由にする事の出来る者でない。神は|大我〔付○圏点〕と称して大なる我ではない。我れ以外の、我れ以上の、我に絶対的服従を要求する者である。人は神に対して土塊《つちくれ》の陶人《すゑものし》に対するが如き者であつて、我より彼に要求を以て臨む事の出来る者でない。今や多くの求道者又は信者と称する者が神の命令者であつて服従者でない事は慨すべき事である。余輩伝道者は近代人の此横暴を許さない。彼等が他に神と聖書を求むるは彼等の勝手である。彼等は唯神は彼等の玩具に非ざる事を知るべきである。

 

(9)     加拉太書の研究

                         大正14年1月10日-5月10日

                         『聖書之研究』294-298号

                         署名 内村鑑三

 

     第一回 加拉太書を紹介す 加拉太書全部の通読を要す

 

〇基督教は如何なる教である乎、其中心的真理は如何、人は如何にして基督信者と成る乎、彼が歩むべき道如何、斯かる根本問題に就て明白に簡短に知るの必要がある。我等の研究が精細に渉るの結果として、我等が全体を看《み》遁す虞がある。キリスト伝を研究して主の御生涯を学ぶと同時に、我等は其御生涯の意味を知らねばならぬ。茲に於てか我等が屡々研究の方面を転じて、我等の信仰を新たにするの必要が起るのである。

〇|我等が知らんと欲するものは原始的基督教である〔付○圏点〕。基督教は如何にして起つた乎、其事を知つて我等は屡々自分の信仰を作直す事が出来る。そして其の為には書簡の研究が必要である。一寸見た所では福音書が原始的基督教を伝ふる者であつて、書簡は其説明である乎のやうに思はれるが、事実は其反対である。書かれし順序より言ふも、書簡が前に書かれて福音書は後に書かれたのである。前にキリストに対する信仰が起つて、後に彼の御生涯に就て知らんと欲する欲求が起り、|信仰の立場より見たるキリスト伝即ち福音書〔付ごま圏点〕が著はされたのである。イエスを知つて彼を信ずるに至る場合もないではないが、然し最も多き場合は初めに彼を信じて然る後に彼を知りて(10)信仰を強うせんと欲するの場合である。人なるイエスを知つて神なるキリストを信ずるは信者が実際に取る途でない。初めに神なるキリストに引附けられて、後に人として現はれ給ひし彼を知らんと欲するのが普通である。近代人が批判的にイエスを研究して信仰の道に入らんと欲して常に失敗に終るは克く此事を示すのである。

〇新約聖書の書かれし順序を尋ぬるならば、第一に書かれし者がテサロニケ書翰であつたらう。其次ぎに書かれし者はコリント書翰にあらざれば加拉太書であつたらう。四福音書の如き、早きは其れよりも十年、遅きは四十年後に書かれた者である。そして|最も簡明に初代信者の信仰を伝ふる者は加拉太書である〔付○圏点〕。此書に現はれたる信仰を以て基督教は起つたのである。極めて簡短である、而して深遠である。一度聞いた丈けで解る者には解る信仰である。敢て深い学問に依ると云ふに非ず、又委しくイエスの生涯に就て知ると云ふにも非ず、唯「イエスキリストの十字架に釘けられし事を明かに其の目前《めのまへ》に著はされたる」に由て信じたと云ふのである(三章一節)。其簡短明瞭なる信仰を伝ふる者が加拉太書である。夫故に実に貴き書である。此書に由りて複雑なる思想の裡に迷ふ信者が信仰の単純に帰る事が出来るのである。

〇斯かる書である故に加拉太書は今日まで世界の信仰歴史に於て幾回《いくたび》も人類の信仰を復興するの役目を務めた。他の例は措いて問はずとして、十六世紀に於けるルーテルを以て始まりし欧洲の宗教改革は此書を以つて始つた者である。ルーテルの手に在りて加拉太書は欧洲人を使徒時代の活ける信仰に引戻《ひきもど》すの機関となつた。人間は儀式に由て救はるゝに非ず、哲学神学其他込入りたる思想に由て救はるゝに非ず、又罪滅の為にする難業苦行に由て救はるゝに非ず、唯「我が為に己を捨し者即ち神の子を信ずるに由て」救はると云ふのが此書の主張である。パウロの此主張に接してルーテルは復活したのである。そして彼に聞きて欧洲全体が目醒めたのである。過去四(11)百年間の欧米の進歩繁栄は其源をルーテルの此信仰に発したのである。|加拉太書ルーテルを以て欧洲を改造せり〔付○圏点〕と称して少しも過言でないのである。まことに人を悩ます病的思想の蛛網《くものす》を払ふ者にしてパウロの此書簡の如きはない。単純なる信仰の前に儀式も教権も、教会の課する信仰箇条も、教会を弁護する煩瑣哲学も瓦礫の如くに砕かれた。神はまことにパウロを以て善き武器を信者に遺し給うた。信者は之に由て時代の迷想より脱する事が出来、自己を潔め、又社会と教会とを其根抵より作直《つくりなほ》す事が出来るのである。

〇加拉太書は羅馬書の縮図とも亦大要とも称する事が出来る。其量に於て前者は後者の殆ど三分の一である。羅馬書が十六章四百三十三節であるに対して加拉太書は六章百四十九節である。加拉太書は羅馬書の如くに議論の細密に渉らない。其要点を示すに止まる。随て簡潔である、峻烈である。羅馬書を読んで其中心的真理を逸し易くあるが、加拉太書を読んで其の何たる乎は一目瞭然である。故に加拉太書は羅馬書の手引として用ひる事が出来る。又其復習の用に供する事が出来る。説く所は同一である。|人の救はるゝは信仰に由る、行為に由らずと云ふのである〔付○圏点〕。然れども説方《ときかた》が異ふ。そして加拉太書は短刀直入的に聖霊の剣《つるぎ》を以て人の霊魂の真髄に達せんとするのである。

〇加拉太書は僅に六章である。之を一時間にて読み了る事が出来る。之を二章づゝの三部に別つ。第一部はパウロの自己弁明である。第一章第二章がそれである。其精神を表明するものが有名なる発端の言葉である。

  人よりに非ず又人に由らず、イエスキリストと彼を死より甦らしゝ父なる神に由りて立られたる使徒パウロ

と(一章一節)。此はパウロの自己紹介であつて同時に又加拉太書翰全体の紹介である。パウロは如此き人、加拉(12)太書は如此き書である。本当の著述は著者であると云ふが、|加拉太書はパウロである〔付○圏点〕と云ひて聞違ないのである。

〇第二部はパウロが宣伝へし福音の基礎的真理の宣言である。第三章第四章がそれである。其真髄は羅馬書に於けるが如くに預言者ハバククの言である、曰く「義人は信仰に由て生くべし」と(三章十一節)。そして此要義をパウロの体験を以て敷衍説明せし者が有名なる二章二十節の言である。曰く

  我れキリストと共に十字架に釘けられたり。最早我れ生けるに非ず、キリスト我に在りて生けるなり。今我れ肉体に在りて生けるは我を愛して我が為に己を捨てし者即ち神の子を信ずるに由りて生けるなり。

私を角筈の家に訪ひし仏蘭西の神学者某君が曰うた、「基督教神学は加拉太書二章二十節に確実不動の基礎を有す」と。

〇第三部は第五章第六章より成りて基督教道徳の闡明である。羅馬書第十二章以下に匹敵すべき者である。其要旨を語る者が五章十六節の言である、曰く

  我れ言ふ汝等|霊《みたま》に由りて行《あゆ》むべし、然らば肉の慾を為すこと莫からん。

而して第十七節以下が此根本義の敷衍註解である。基督教道徳は如此き者、此世の道徳とは其根本の精神を異にする。

〇此くして加拉太書は簡短なる書である。而うして簡短なる所に其能力が存す。|基督者たるは人に由らず神に由る。彼が救はるゝは信仰に因る。彼の善行は彼の信仰に応じて神より賜はる所の聖霊に因る〔付○圏点〕と云ふのである。簡短此上なしである。是れ何人も受け得る信仰である。聞いて直に信じ得る信仰である。殊更に研究を積む必要はない。「次の日にパウロ、パルナバと共にデルベに.往けり、其|邑《まち》に福音を伝へ多の人を弟子となせり」とある(行(13)伝十四章廿、廿一節)。即ち使徒等は一日の間に多の信者を作つたのである。福音が簡短ならざれば此効果を奏する事は出来ない。使徒等は加拉太書に掲げらるゝが如き簡短なる信仰を伝へたるが故に短時日の間に羅馬帝国全体に渉り許多《あまた》の信者を起し、有力なる教会を建設する事が出来たのである。

〇加拉太書はガラテヤ人に贈れる書簡である。ガラテヤ(Galatia)のガラ(Gala)は仏蘭西古代の民の名なるガリ(Galli)又はガウル(Gaul)と同じである。愛蘭人を以て代表せらるゝケルト人種に属する民であつた。其一派が紀元前二百三十年頃、今の小亜細亜即ち土耳古本国の中部に移住した。今の土耳古政府をアンゴラ政府と云ふ其アンゴラは昔のアンタラ(Ancyra)であつて、ガラテヤ人の都であつた。ケルト人種の気質は今も昔と異らない。快活で、気早《きばや》で、新思想を受くるに易く又棄るに易くある。進取の気性に富み、保守の能力に乏しく、故に突撃の勇気に富むも、些少《わづか》の妨害《さまたげ》に遭うて挫け易くある。今の愛蘭人がさうである。昔のガラテヤ人がさうであつた。一章六節に於てパウロが「キリストの恩恵をもて汝等を召したる者を汝等が此く速かに離れて異なる福音に遷りし事を我は怪しむ」と曰ひし其言がケルト民族の気質を言表はして間違はない。彼等が初めてパウロに聴きし時に彼を熱愛景慕して止まず、「自身《みづから》の目を抉りて我に予へんとまで願へり」と彼をして言はしめし程であつた。然るに些少《わづか》の理由の故に此熱心は忽にして去り、彼等はパウロを離れ、彼より受けし福音を棄たのである。パウロの失望言はん方なく、此失望に激せられて書かれし者が此加拉太書である。ガラテヤ人の離叛が如何にパウロの心を痛めし乎は、此書簡以外に於て彼が一言も彼等に就て言はざるに由て判明る。又彼の友なるルカに由て記されし使徒行伝がガラテヤに就て記す所の甚だ貧弱なるに由ても読める。然れども神の摂理は万事を支配し、ガラテヤ人の離坂とパウロの失望とが原因動機となりて加拉太書が成り、人類は其信仰更新に関する大経(14)典を予へられたのである。ガラテヤ人の恥辱、パウロの名誉、人類の幸福である。|此くして背教者までが神の栄光を揚ぐるの器として用ひらるゝのである〔付△圏点〕。有難い事である。

〇そして我等日本人に亦ガラテヤ人の弱点なき乎。心の変り易きほ亦日本人の特質である。朝に信じて夕に棄つ。「我が生命は我に生命の光を伝へ給ひし先生に献ぐ」と誓ひし日本人にして早く既に私を離れ私の伝へしキリストの福音を棄去りし日本人、殊に日本の青年男女は挙げて数ふべからずである。而已ならず単純なる信仰に止まり難き点に於ても日本人は克くガラテヤ人に似て居る。日本人はケルト人の血を混《まじ》へたる仏蘭西人に似て、宗教を芸術化せんと欲す。此くて何れの点より見るも加拉太書の研究は日本の信者に取り特に必要である。(十月五日)

 

     第二回 信仰の自由独立 加拉太書一章一、二節 。五章十三節 ○六章十七節

 

〇自由とは気儘勝手を云ふのではない。独立とは何者にも依らず絶対的に独り立つと云ふ事ではない。自由とは神に支配せられて人に支配せられざる事である。独立とは頼るべき者に頼りて頼るべからざる者に頼らざる事である。文字丈けでは文字は解らない。何れの文字も其意味を言表はすに人類の実験が必要である。此事を最も明かに示す者が加拉太書である。此書を研究せずして我等は自由独立を口にすべからずである。

〇第一章第一節。「人よりに非ず又人に由らずイエスキリストと彼を死より甦らしゝ父なる神に由りて立られたる使徒パウロ」。書翰の言出の言葉としては著しき言葉である。此く言ふには何か必要があつたに相違ない。そして其必要は確かに之を認むる事が出来る。ガラテヤ教会にパウロの使徒たるを否認したる者があつた。彼等は(15)曰うた「パウロは自から使徒なりと称すと雖も、彼は直に主イエスに就いて教を受けたる者でない。彼は亦主の直弟子たりし十二使徒より使徒たるの職権を授からなかつた。故に彼が自から使徒と称するは僭越である。随て彼の伝へし福音は正統の福音でない」と。そして此非難攻撃に対して書かれし者が加拉太書であつた。随つて其調子文体は発端《はじめ》より弁護的反駁的たらざるを得なかつた。今原文に従ひ第一節第二節を少しく解し易く訳するならば左の如くに成るであらう。

  使徒パウロ=其使徒たるの使命は人より出しに非ず、又人を通うして授かりしに非ず、イエスキリストを通うして、又彼を死より甦らし給へる父なる神より出しなり=我れ使徒パウロ、我と偕に在る諸兄弟、ガラテヤの諸数会に書を贈る。

謂ふ意《こゝろ》は、「我は使徒たり、而して我が使徒たるの職権は人とは何等の干与《かゝはり》あるなし。此は教会の首長と称するが如き或る一人の有力者(単数)より出しに非ず。又其下に立つ人の団体(複数)を経て伝はりしに非ず、我は此事に就ては直接にも間接にも人には何の負ふ所なし。我が使徒たるの権能は若し間接と称せんにはイエスキリストを通うして伝はりしものにして、直接には父なる神より授かりしものなり。而して父はイエスを甦らし給ひしが故に、我は甦へれるキリストより我が使徒職を授かりし者なり。此職権を有する我れパウロ、我と偕に在るすべての兄弟と共にガラテヤの諸教会に此書を贈る」と云ふのである。

〇実に大胆不敵なる言である。ヱルサレム教会を無視し、其首長にしてイエスの兄弟たりしヤコブ並にペテロ、ヨハネ、マタイ、ピリピ等十二使徒を眼中に置かざるが如き言である。此言を発せしパウロは不遜、傲慢、矯激の故を以て責めらるゝも返すに言葉が無かつたではあるまい乎。然し乍ら是れパウロの確信でありたるを如何せ(16)ん。彼は空想を述るのではない、事実を語るのである。事は使徒行伝第九章並に二十二章に詳かである。就て見るべし。

〇然し問題は是れパウロ一人に限る事である乎、其れである。凡ての基督信者、殊に福音の使者は同じ様に神より使命を受くる者ではあるまい乎。パウロ以外に、旧約の預言者等はすべて直接に、人を経ずして、神より使命を受けたる者である。アモスはベテルの祭司アマジヤの詰問に答へて曰うた、「我は預言者に非ず亦預言者の子にも非ず、我は牧者なり、桑の樹を作る者なり、然るにヱホバ羊に従ふ所より我を取り、往きて我民イスラエルに預言せよと我に宣べ給へり」と(アモス書七章十四)。其他イザヤ、ヱレミヤ等の例は皆な同じである。彼等はパウロと同じく孰れも人よりに非ず、人に由らず、神より直に預言者として召されたのである。そして昔の預言者而已に非ず、孰れの時代に於ても大教師として世に遣されし者は、すべて明かに此実験を有せられた。即ち人を経ずして直に神に招かれし実験を有せられた。ルーテル、ウェスレー、ブレナード、リビングストン 悉く然りである。彼等が教会を敬ひしも、或る大切なる事に於て教会の命に従はざりしは是が為であつた。彼等は神か教会か、孰れかを択ばざる場合に立ちし時にはペテロと共に曰うた「人に従ふより神に従ふは為すべき事なり」と(行伝五章二九節)。彼等は人の組織する教会以上の権能を認めた。故に堅くして強くあつた。そして教会を革め又世を改めた。

○バウロは此く高く己を見て己を欺いたのではあるまい乎。多くの基督信者ならざる基督信者が、直に神に接したとか、又は神の声を聞いたとか云うた。パウロも彼等と類を同うする者ではあるまい乎。此事の可否を証明するものは議論ではない事実である。|パウロの為した事〔付○圏点〕が彼が確かに直接に神に召されたる者である事を証明する。(17)ムーデーが常に曰うた、「聖書が神のインスピレーシヨンたるの証拠は、其れが我をインスパヤするに在り」と。加拉太書其物が其発端の言の偽はらざる証拠である。此は決して狂人又は空想家の書いた者ではない。其内に熱信に燃ると同時に常識に富み、論理整然として動かすべからざる者がある。而してパウロ自身が彼が迷想家に非ざる証拠を挙げて居る。彼は言はんと欲する所を言ひ終つて最後に言うて居る、「今より後誰も我を擾《わづら》はす勿れ、そは我れ身にイエスの印記《しるし》を佩びたれば也」と(六章十七節)。彼は身にキリスト直伝の使徒たるの確実の烙印《やきいん》を押されて居るとの事である。其は如何なるものなりし乎とは古来多くの註解者の才能を試みし問題であつた。聖フランシスは其行為の益々潔まると同時に其身に十字架の印記《しるし》が痣《あざ》の如くに現はれたと云ふ。パウロの身に佩びたる印記も亦如此きものであつたのではあるまい乎。然しそんな奇蹟的のものでなかつたと信ずる。|此は彼が信仰の故に受けし迫害の傷痕であつたと思ふ〔付○圏点〕。「我は五たびユダヤ人に四十に一を減じたる鞭を受け、三たび条《えだ》にて撲れ、一たび石にて撃れ」と曰うて居る(哥林多後書十一章廿四、廿五節)。多分彼の身体《からだ》には彼が如此くにして受けたる幾箇《いくつか》の傷痕が残つて居たのであらう。そして彼は之を称して「イエスの印記《しるし》と云ひ、之を指して彼が間違なきイエスの使徒でありし事を証《あかし》したのであらう。彼が人に依らずして直に神の召しに与りたりとは、自身の外に知る人なき彼の霊的実験であつた。然し内なる実験は外に現はれざるを得なかつた。彼は其れが為に迫害を受けた、其迫害の痕《あと》が傷《きず》として残つた。此が彼が間違なきキリストの使徒たるの証拠であると云ふ。そして何人も彼の此証明を否認する事が出来ない。

〇そして使徒又は大教師に限らない、凡ての真の基督信者に神との此接触がある。彼等は孰れも「人よりに非ず、人に由らず、キリストを甦らし給へる父なる神」に召されて信者となつたのである。此に基督信者の自由がある、(18)又独立がある。神と人との関係は直接である間接でない。法王も監督も、亦如何なる権威ある教会も二者の間に立入りて此神聖なる関係を些少《すこし》なりとも妨ぐる事は出来ない。仲介者は唯一人、神の定め給へる中保即ちキリストである(テモテ前書二章五節)。此実験なくして基督信者たる事は出来ない。そして加拉太書は劈頭第一に此言を揚げて、信仰自由のラツパの声を揚げたのである。人の霊魂が人の作つた制度や、考へた思想や、人物崇拝や、其他有りと凡《あら》ゆる此世の束縛に悩む時に、加拉太書は援助《たすけ》の天使として彼に臨むのである。而かも其供する自由たるや気儘勝手の自由に非ずして神の聖旨を行ふ自由である。曰く「兄弟よ汝等は召を蒙りて自由を得たる者なれば、其自由を得しを機会として肉に循《したが》ふ勿れ、惟愛を以て互に事《つか》ふることを為よ」と(五章十三節)。加拉太書の供する自由は、健全なる、聖き、力強き自由である。

       *   *   *   *

〇私自身に取り加拉太書第一章第一節は殊に貴くある。此は私の信仰の砦塞《とりで》と称する者である。若し私が私の立場を守る事が出来るならばパウロの此言葉に依てゞある。諸君の知るが如くに私は何れの教会にも属しない。私を信者として認めた教権は何処にもない。随て私は何人よりも伝道の許可を得ない。「人よりに非ず、人に由らず」と。私の場合に於ては文字通りに然りである。故に聖公会の如きに於ては私の基督信者たる事を認めない。其宣教師の或者の如きは私を不信者扱ひにして少しも憚らない。勿論私は彼等に対して強《しい》て私の立場を弁明しない。私は彼等に信者として認めて貰ひたくは少しもない。然れども若し彼等が、パウロの教敵がガラテヤに於て為したが如くに、私に由て信者と成りし人々の信仰を擾《みだ》すならば、私も亦私の信仰と立場とを弁明せざるを得ない。私は果して信者でない乎。私の伝道は果して無効である乎。此質問に対して私も亦パウロと同じく二の事に(19)愬《うつた》ふるのである。其第一は神が私を以て為し給ひし事業である。其第二は私が身に佩ぶるイエスの印記《しるし》である。之を除いて他に私は人又は人を以て組織せらるゝ教会より受けたる何等の証明を持たないのである。

〇私は信者に成つて今年で四十六年である。私の功績と云ふのではないが、然し何百又は何千と云ふ人が私を通うして神とキリストとを信ずるに到り、其内多くの人が信仰を棄てたが亦尠からざる人は今猶其信仰を持耐《もちこた》えて居る。著述何十種、信仰雑誌を継続する事二十五年、此は神に招かれない者の為し得る事であらう乎。此かる事は私が人に向つて私の信仰を弁明する為に必要である計りでない、其れよりも遥か以上に|私が私の信仰に就て疑ひを起す時に〔付○圏点〕、自分で自分を説服する為に必要である。

〇第二に私も亦身にイエスの印記を佩びて居る。私も亦イエスの名の故に多くの辱《はづかしめ》を受けた。私の愛する国に在つて二十年余り枕する所がなかつた。其他骨肉より、同信の人達より随分と辛い扱ひを受けた。印記と云ふて肉体に傷痕《きづあと》は存《のこ》つて居ない。然し私の心には拭はんと欲して拭ふ能はざる傷が存つて居る。私も亦パウロと同じく私の反対者に向つて「今より後誰も我を擾《わづら》はす莫れ、そは我は身にイエスの印記を佩ぶれば也」と曰ふ事が出来る。是れ誰も否認する能はざる私の生涯の実験である。(十月十二日)

 

     第三回 教義の大要 加拉太書一章一-五節の研究

 

〇加拉太書一章一-五節は此書翰の挨拶の言葉である。そして其内に全書の意味が籠つて居る。パウロが神に召されたる使徒たる事は第一節を以て言明せられた。そして彼が伝ふべく命ぜられし福音の何たる乎、其大要が是等数節の内に明記せらる。我等は之を読んで意外に感ずる。而かも其意外なる所に福音の福音たる所以が存する(20)と信ずる。

〇私は「教義の大要」と云ふ。教義とは教会が教権を以て信者に課する信仰箇条ではない。|信者の信仰を簡単明瞭なる文字を以て言表はしたる者、其れが教義である〔付○圏点〕。故に教義は悪い者でない。其反対に信者の立場を明かにする為に最も必要なる者である。我等の信仰は曖昧であつてはならない。一目瞭然であらねばならぬ。世が之を如何に思ふ乎は我等の意に介する所でない。「然り然り、否な否な、之より過るは悪より出るなり」である。教義を掲ぐるは狭しと云ふ者は未だ信仰の単純性を知らざる者である。

〇そしてパウロが取つて動かざりし教義の一は|キリストの復活〔付○圏点〕であつた。「キリストを甦らしゝ父」と云ふ。パウロは地上に生存せるナザレのイエスを通うして使徒たるの使命を受けたのではない。死より甦りし主キリストよりダマスコ途上に於て異邦伝道の職を授かつたのである。復活の何たる乎は別問題として、パウロはキリストは死して甦り、今は天に在りて地上の万事を指揮し給ふ事を毛頭疑はなかつた。彼は死せるイエスの遺訓に由て動く其崇拝者ではなかつた。活きたる救主に事ふる其従者であつた。父なる神は甦へれるイエスキリストを以て彼に使徒たるの職を授け給へりと云ふ。此世の智者は曰ふであらう、是れ荒唐無稽の言なりと。然れども此意外なる言の内にパウロの福音の勢力が宿るのであつて、是れなくして彼の伝道はなく、又当時の文明世界を救ひし基督教は無かつたのである。哥林多前書十五章一節より十一節までを見るべし。

〇キリストは死より甦り今は活きて父と偕に万物を宰《つかさど》り給ふ。其事が教義第一である。パウロは更に次いで曰ふ「汝等願くは父なる神及び我等の主イエスキリストより恩寵《めぐみ》と平康《やすき》を受けよ」と(第三節)。是れ亦意外なる言である。|キリストは父なる神と並び称すべき同等の方〔付○圏点〕であると云ふのである。如何なる人か此地位に立ち得べき。(21)世に聖人は在つたが、神と同等の聖人はなかった。釈迦の弟子も孔子の弟子も其師を神としては崇めなかつた。然るに人に神の栄光を帰する事を最も厭ひしヘブル人の一人なるパウロは茲に恩寵と平康の出処としてイエスキリストを仰いだのである。狂か迷か。何れにしろパウロがキリストを神として拝した事は確かである。殊更に基督神性論を唱へたのではない、然れども彼がキリストを人として扱はずして、神として之に仕へし事は是れ亦疑ひなき事実である。

〇第三にキリストは「我等の罪の為に身を捨たまへり」と云ふ。茲には「我等に代りて死たまへり」とは云はない。然れども「我等の罪の為に死たまへり」と云ふ。|我等の罪が彼の死の原因たりしは明かである〔付○圏点〕。彼は御自分の為に死たまうたのではない、又は御自分の主義を守る為に死ぬべく余儀なくせられたのではない。|我等の罪が彼を十字架の死に逐ひおやつたのである〔付ごま圏点〕。縦し贖罪の死でなかつたとするも、身代りの死であつた事は確かである。彼に在りて「彼は我等の愆《とが》の為に傷けられ、我等の不義の為に砕かれ、自から懲罰《こらしめ》を受けて我等に平康を予ふ、その撲《うた》れし痍《きず》によりて我等は癒されたり」とある預言者の言が実現したのである。そしてキリストの此死が贖罪の死であつた事は聖書の他の箇所に由て明かである。人は自分で自分の罪を除く事は出来ない。神は其独子をして人の罪を担はしめ、人に代つて贖罪の死を遂げしめ給へりとはパウロが他の使徒等と共に唱へし所である。福音の福音たるは茲に在る。初代の信者は「キリスト我等の罪の為に身を捨たまへり」と聞いて其何を意味する乎を克く解したのである。パウロは今日の多くの基督教会の教師等が為すが如くに、社会改造又は道徳的努力を称して福音とは云はなかつたのである。「我等弱かりし時にキリスト定りたる日に及びて罪人の為に死たまへり」とは彼の福音の根柢であつた(ロマ書五章六節)。|罪の赦しの必要条件としてキリストの十字架上の死を認めざる(22)所にパウロは福音を認めなかつた〔付△圏点〕。

〇第四は「今の悪世《あしきよ》より我等を救出さん」為の死であつたと云ふ事である。「今の悪世」とはパウロ在世当時の世を称して云うたのではない。現世全躰を指して云うたのである。是れ亦近代人の意外とする所である。若し此世が悪しき世であるとならば善き世とは何処に在る乎。此世に悪の在るは疑はないが、然し善くする事の出来ない世であつて実質的に悪しき世であるとは近代人並に此世の人等の全然|諾《うけが》はざる所である。然れどもパウロは爾う信じた。イエスも亦爾う教へ給うた。イエス並に使徒等は所謂楽天主義者でなかつた。人類は罪の手に売られたる者、世は神の呪ひの下に在る者である。悪魔は「此世の主《ぬし》」であつて、此世は根本的に悪い世であるとは聖書の教示《をしへ》である。故に云ふ「此世或は此世に在る物を愛する勿れ、人もし此世を愛せば父を愛するの愛その衷に在るなし」と。此世は人の施す教化運動位ゐで善く成る者でない。此は神の改造を待つにあらざれば到底善く成るの見込なき者である。

〇茲に於てか第五の教義が起るのである。即ち人は此世より救出さるゝの必要がある、|救済他なし救出である〔付○圏点〕との教義である。信者は此世を改造して神の国と成さんとするのではない、彼は此世を否認して、即ち根本的に悪しき世なりと認めて、其内に在りて神の義を証《あかし》するのである。此世はソドムとゴモラ、信者はロトの如くに神に導かれて其内より脱出すべき者である。厭世主義と云へば其れまでゞある、然れども其れが聖書の人生観たるを如何せん。基督教は決して此世を善き世とは認めない、又其れが進化して終に天国と成るべしとは教へない。基督教は悪は悪也と称し、人に偽りの希望を供して彼を欺かない。パウロは明白に「キリストは神の旨に循ひ、今の悪しき世より我等を救出さんとて我等の罪の為に身を捨たまへり」と云ひて、彼の福音の何たる乎を明かに示(23)した。贖罪、救拯、キリストの再臨、万物の復興等の教義が此一節の内に含まれてあるのである。

 以上は加拉太書翰の挨拶の語の内に含まれたるパウロ唱道の教義の大要である。而して問題は是れ我が奉ずる教義である乎、其れである。今や基督敦と云へば愛の教であると云ふ。然れども其愛たるやキリストの復活、彼の神性、贖罪、救出の教義に現はれたる愛である事を知らねばならぬ。基督教を浅く容易《たやす》く解して我は基督教を了解せりと称する者多きを悲む。斯かる人は加拉太書を読んで其発端の語に躓くのである。殊に此世を称して悪しき世と云ひ、救拯《すくひ》は此世を善くなす事に非ずして、其内より救出さるゝ事であると聞いて、彼等は意外の感に打たれ、自身福音の信者にあらざる事を認むるか、然らざればパウロの信仰を非難し、此は猶太教の感化より脱出する能はざりしパウロ独特の人生観であつて、キリストのそれに非ずと断定し、以て自己の不信を弁護せんとする。斯かる人には加拉太書は興味至つて尠き書である。唯パウロ研究の良き資料として、又宗教歴史の好き材料として珍重せらるゝに止まる。今や第十六世紀の大改革を起せし此書が、基督教会に於て必要欠くべからざる書として重んぜられざるは教勢衰退の何よりも好き証拠である。

〇今の人は曰ふであらう、キリストは甦へらうが甦るまいが、人であらうが神であらうが、そは実際生活に何の干与《かゝはり》なき問題である。人は唯キリストの如き人格を具ふれば足る。其他の神学問題の如き吾人は之を不問に附して可なり。殊に宇宙並に人生に関しては吾人は近代の進歩せる科学並に哲学に学ぶべし。旧き昔のパウロに学ぶの要なし。若し斯かる事にまで吾人は聖書に聴かざるべからずと云ふならば、吾人に知識の進歩もなく、活動の自由もなきに至るであらう。神学問題の攻究や古代神話の穿鑿は之を閑人に委ねて可なりと。

〇然らずである。我等の救主は死して甦へれる神と等しき者であらねばならぬ。然らざれば彼は弱き罪人なる我(24)等に救主たるの用を為さない。基督信者は死せる聖者の跡を辿りて己が完成を計る者でない。活ける救主に身を委ねて神に肖ん事を期する者である。基督信者はキリストを模範として歩む者でない、彼に直に導かるゝ者である。故にパウロが曰へるが如く、「キリスト若し甦へらざりしならば我等の信仰は空しく、我等は尚罪に居る」のである(哥林多前書十五章十七節)。キリスト復活の信仰は基督信者に取り実際上最も必要である。

〇此世は悪しき世なるは間違なき事実である。此は説でもなければ神学でもない。人生を深く味ひし者の何人も認むる所の事実である。世は学術の進歩と共に漸々と善く成ると云ふは事実でない、其反対が事実である。世は漸々と悪くなりつゝある。イエスが教へ給ひし通り、パウロが茲に述べし通り此世は根本的に悪い世である。此事を認めずして此世を善くなさんと欲するが故に、我等は限りなく間違を行ふのである。敵を知らずして敵に勝つ事は出来ない。病を知らずして病を癒す事は出来ない。不治の病人を癒さんと欲するが故に無益の努力を為すのである。此世は人力を以てしては到底救ふ能はざるまでに腐れたる世である。故に全能の神の改造を要する世である。そして我等は自己を全然神に御引渡し申し、彼の御器《おんうつは》となりて其聖業に参加するを許さるゝのである。

〇亡ぶべく定められたる世である、故に世の属《もの》として存《のこ》る間は自分も救はれず世をも救ふ事は出来ない。人は聖められねばならぬ。即ち神の属《もの》たらんが為に世より離され(聖別)ねばならぬ。此世の人でありながら神の救ひに与らんと欲するは無理である。基督信者は世人の眼より見て|変人〔付○圏点〕たるは止むを得ない。(十月十九日) 〔以上、1・10〕

 

     第四回 ガラテヤ人の変信 加拉太書一章六十節

 

(25)〇ガラテヤ人は一度は熱心にパウロの説いた福音を信じた。然るにパウロの後に来り、彼と信仰を異にする伝道師の伝道を受けて忽ちにして前者を棄て後者に就いた。彼等の場合に於て、彼等は元の偶像教に還つたのではない。一の基督敦より他の基督敦に移つたのである。パウロの時に已に数箇《いくつか》の基督教があつた。人間の在る間は宗派は絶えぬであらう。然し宗派は在るべき筈の者でない。そして熱誠焼くが如きパウロの如き人に取りては世に一つ以上の福音ありとは堪へられぬ矛盾であつた。故にガラテヤ人に変信ありしことを聞きし彼は彼の驚きを発表して曰うた。

  我は驚く此くも速に汝等がキリストの恩寵《めぐみ》をもて汝等を召したる者を離れて異なる福音に遷りし事を。此は「異なる」と称して福音に非ず、或人たゞ汝等を擾《みだ》しキリストの福音を更《かへ》んとする也。実《まこと》にたとへ我等にもせよ又天よりの使者にもせよ、若し我等が汝等に伝へし所に逆ふ福音を汝等に伝ふるならば其人は詛はるべし。云々

と(一章六節以下)。パウロの驚きは二重であつた。彼等の変信の速かなるが其一であつた。彼等が恩寵の福音を去つたのが其二であつた。如何に変り易きが彼等の国民性なればとて、斯くも速かに彼等が変りたりとはパウロに取り意外であつた。殊に六ケ敷き教義や複雑なる儀礼を棄しに非ずして、キリストの恩寵《めぐみ》を説きし単純にして明白なる福音を棄し事、其事に就きパウロは驚いたのである。之に対してガラテヤ人は曰うた、「我等は福音を棄しに非ず、一の福音を離れて他の、而かも|より〔付ごま圏点〕善き福音に遷りしに過ず」と。パウロは之に答へて曰うた、「福音は唯一である、我が伝へしキリストの恩恵の福音である。之を除いて他に福音はない。若し有ると云ふならば其れは福音ならざる福音である。若し我れ自身たりと雖も、我が伝へし福音以外の福音を伝ふるならば、我(26)はアナテマとして神より絶たるべし」と。

〇若し斯かる事が今在つたとするならば、批評家はガラテヤ人を責むる前に先づパウロを責むるであらう。曰く「ガラテヤ人は果して能くパウロの福音を解したのであらう乎。斯くも速に之を棄しを見れば、彼等は初めより其心髄に入らなかつたのであらう。未だ解せざりしに解したりと速断せしパウロも亦幾分か彼等の変信の責任を担はねばならぬ。殊に取るも捨るも各自の自由である。ガラテヤ人が若し|より〔付ごま圏点〕善き福音を発見したりと思はゞ、此を捨て彼を取りたればとて、彼等に何の咎むべき所はない。殊に又自分の福音に反対する福音を福音に非ずと称し、之をアナテマ呼はりするは偏狭と云はざるを得ず。パウロの熱心は賞すべしとするも、其狭隘は讃むべきに非ず。近代人は注意して彼の此言を読むべきである」と。

〇然れども彼等批評家自身がパウロの福音を解し得ないのであると私は信ずる。彼が後に至りて此書に於て説くが如くに、彼の福音は簡短明瞭なる者にして、之に誤解の余地はないのである。|受くる乎受けざる乎〔付○圏点〕、福音に対して我等の取るべき途は之を除いて他に無いのである。此事に関しパウロは後に曰はざるを得なかつた。

  愚《おろか》なる哉ガラテヤ人よ、誰が汝等を誑《たぶら》かしゝ乎、十字架に釘けられしイエスキリストは汝等の目前に現然《あらはに》示されしに非ずや。

と(三章一節)。十字架に釘けられしイエスキリスト、福音の全部は茲に在る。之を信ずる乎信ぜざる乎、問題は簡短の極である。而してガラテヤ人は一度は之を信じて恩恵《めぐみ》と歓喜《よろこび》の生涯に入つたのである。然るに之に飽き足らずして、キリストの十字架以外に何物かを要求して信仰の途を践外《ふみはず》したのである。世に父の愛を知るに信以外に途のありやう筈がない。父母を信じて彼等に関し凡てが明瞭である。彼等を信ぜずし万事が混乱である。使徒(27)ヨハネの言を以つて云ふならば

  其れ神は其の生み給へる独子《ひとりご》を賜ふ程に世の人を愛し給へり、此は凡て彼を信ずる者に亡る事無くして窮りなき生命《いのち》を受けしめん為也

と云ふのであつて、福音は之を以て尽きて居るのである(ヨハネ伝三章十六節)。「彼を|信ずる〔付○圏点〕者に」である。「彼を哲学的に解する者に」ではない。「己が義を以て彼を喜ばし奉らんと欲す者に」ではない。神に近づくは父母に近づくと同じである。唯信仰を以てゞある。そして信仰の途を棄てゝ、神に近づき其恩恵に与かる途は絶えたのである。

〇如此くにしてパウロがガラテヤ人の変信を聞いて驚いたのは不思議でない。又彼れが彼の伝へし福音以外に福音なしと言うたのも無理でない。「|神の恩恵に応ずるに人の信仰を以てす〔付○圏点〕」、福音は是れで尽きて居る。然るにガラテヤ人は之を以て満足せずして信仰以外に神の恩恵に与かる途の必要を感じ、之を発見せりと思うたのである。パウロの驚き歎きは茲に在つた。狭いも広いも在つた者でない。|キリストの十字架に顕はれたる神の愛を以て満足する能はずして……実は其愛の深さを探り得ずして……之を補ふに他の途を以てせんとしたのである〔付ごま圏点〕。パウロは驚き、然り呆れざるを得なかつたのである。

〇そして其他の途とは何んであつた乎と云ふに旧いモーセの律法であつた。割札を受くる事であつた。月と日と節と歳とを守る事であつた(四章十節)。即ちキリストの福音を補ふにモーセの律法を以てせんとする事であつた。然れども是れ信仰の逆行《あともどり》である。|信仰丈けを以て充分とする、其れが信仰の道である〔付○圏点〕。之に不足を感じて、之を補ふに、実は之に代るに、儀式又は条令又は苦行を以てせんとす。其所に信仰の堕落がある。パウロほ此事をガ(28)ラテヤ人に於て見て歎じて曰うたのである、「汝等何ぞ弱き賤しき小学に返りて復び其の奴隷たらんことを欲《ねが》ふや」と(四章九節)。

〇而して此はガラテヤ人に限つた事でない、世界何れの民族にもあることである。罪の人に取り信ずる程難い事はない。彼は何を為し得ても信ずる事丈けは為し得ないのである。彼は神を思索《しさく》する、壮厳なる儀式を設ける、神を祭る、又は難業苦行して神に恵まるゝの資格を作らんとする。然れども唯単に神の愛を信じて、然り信じた丈けで恵まれんとするは、彼の為し得ない事である。故に動《やゝ》ともすれば彼は信仰の途を離れ、其他の途を択ぶのである。大抵の場合は儀式に走るのである。洗礼を受け、聖餐式に与かれば、其れで救はるゝと思ふのである。此は何人も為し得る所、又単なる信仰と異り現実的であつて具体的である乎のやうに見えるが故に、多くの人は此道に走るのである。言あり曰く「人は生れながらにして羅馬天主教徒なり」と。即ち人は生れながらにして儀式の宗教を好むとの意である。今や日本に於ても羅馬天主教会が多くの帰依者を得るに至りし其理由の一は確に茲に在るのである。殊に宗教を芸術視せんと欲する今日の日本人に取り羅馬天主教会が憧憬《あこがれ》の目的《まと》と成れるは怪しむに足りない。我が柏木の連中の内よりすら天主教会に走つた者がある。而かも彼等はガラテヤ人がパウロの福音を離れしやうに我が柏木の信仰を離れしことに気附かないのである。其事を目撃する我が心の苦しさよ。

〇然れども福音の離反は儀式の選択に限らない。或者は規則を愛し、制度を愛し、組織されたる教会を愛す。彼は単なる信仰にては物足らず感じ、或る定限されたる団体を要求し、之を作らんとし、又之に入らんとする。是れ世に許多《あまた》の宗教団体の在る所以であつて、人情の弱きが故なりと云へば止むを得ない次第である。然れども制度は全然無用なりと云ふ能はずと雖も、信仰は制度以上の勢力である事は確実《たしか》である。而して信仰よりも制度が(29)重んぜらるゝ所に信仰の堕落があり、又制度の廃頽がある。|信仰熾烈の時に際しては人は制度の必要を感じない。信者が制度の必要を感じ出した時は、彼の信仰冷却の始つた時である〔付△圏点〕。

〇然れども近代に至つて信仰離反は新らしき形を取つた。其れは|社会事業の選択〔付○圏点〕である。今や社会事業が信仰の代用を為すに至つた。甚だしきに至つては基督教即ち社会事業なりとさへ思はるゝに至つた。而して此途を取りし者はヤコブ書二章十四節以下に於ける使徒ヤコブの言を楯に取るのである。曰く

  我が兄弟よ、人自から信仰ありと言ひて若し行なくば何の益あらん乎、その信仰いかで彼を救ひ得んや。若し兄弟或は姉妹|裸躰《はだか》にて日用の糧《かて》に乏しからんに、汝等の内或人之に曰ひて「安然にして往け、願くば汝等温かにして飽くことを得ん」と、而して其身体に無くてならぬ物を之に与へずば何の益あらんや。此くの如く信仰もし行なき時は死ぬるなり。

実に|尤も〔付ごま圏点〕の言であって何人も之に反対することは出来ない。そして今や許多《あまた》の人は、殆んど教会全体が、使徒ヤコブの此声を聞いて、使徒パウロのイエスキリストの恩恵の福音は措いて顧みざるに至つた。今や社会事業は教会唯一の事業である。メソヂスト教会又はバプチスト教会等、特殊の福音教会も其全注意を社会事業に払ふに至つた。茲に於てかパウロの「我れ思ふに人の救はるゝは律法の行ひに由らず信仰に由る」との言明の如きは基督教会内に於て重きを為さゞるに至つた。社会事業を為さゞる教会は何も為さゞる教会である乎のやうに思はるゝに至つた。

〇然れどもパウロ果して誤れる乎。然らずと私は答へる。|社会事業は決して信仰の代用を為さない〔付△圏点〕。社会事業は人の霊魂に平康《やすき》を与へない。社会事業に由て人のすべて思ふ所に過ぐる平安は我等の心に臨まない。而已ならず、(30)信仰を軽んじたる社会事業は忽ちにして行詰りの状態に陥つた。信仰は自《おのづ》から社会事業を生む、然れども社会事業は信仰を生まない。今日の基督教会が其の最も好き証拠である。教会は十字架の信仰を棄て社会事業に入つて、活ける水の源を去つて、壊《やぶ》れたる水を保たざる水溜《みづだめ》を堀つたのである(ヱレミヤ記二章十三節)(十月廿六日)。

 

     第五回 血肉と謀らずアラビヤに往く 加拉太書一章十一節以下の研究

 

〇パウロは自由独立の伝道師であるとは彼が此書翰の劈頭第一に宣べし所である。彼の伝へし福音も亦自由独立の福音であるとは彼が今より述べんと欲する所である。即ち使徒たる彼れ自身の職分と彼の宣伝ふる福音とは、同じく人より出しに非ず又人を経て授けられしに非ず、神より出て直に神の子を以て彼に授けられたる者であるとの事である。即ち|自由独立の人に由て自由独立の福音がガラテヤ人に伝へられたとの事である〔付○圏点〕。甚だ諄《くど》い繰返しのやうであるが、此際パウロの立場を弁明するに方て必要欠くべからざる仕方であつた。

〇パウロは茲に前と略ぼ同じ様なる口調を以て言ふ。

  兄弟よ我れ改めて汝等に示す、我が曾て汝等に伝へし所の福音は人に依る者に非ず、そは我れ之を人より受けず亦教へられず、惟イエスキリストの黙示に由りて受けたれば也。

と(十一、十二節)。「我れ改めて汝等に示す」と云ふ。此はパウロがガラテヤ人と共に在りし時屡々彼等に告げし所であつた。而して今や彼等の変信に際して|改めて〔付○圏点〕復た告げざるを得ずとの意である。此はパウロに取り重要問題である。彼に此事を認めずして彼が使徒たるの権威を認むる事は出来ない。「我が福音は人に依る者に非ず」と云ふ。原語の kata anthropon は「人に準ぜず」との意である。|人的に非ず神的である〔付△圏点〕との意である。故に「我(31)が福音は世の流儀に傚ふ者に非ず」と訳して間違ないと思ふ。即ちパウロの伝へし福音は其内容実質に於ては勿論のこと、其受授の方法に至るまで世間的でないとのことである。若し今日の言葉を以て曰ふならば「兄弟よ、我れ改めて汝等に示す、我が曾て汝等に伝へし所の福音は|世間的に非ず〔付△圏点〕」と云ひて最も善くパウロの意を通ずるであらうと思ふ。パウロの福音は何であつたにせよ世間的ではなかつた。此は全然非世間的であつた。此世の人等の眼を以てしては到底之を解する事が出来ない。そしてガラテヤ人は霊の人たるを止めて再び元の肉の人即ち此世の人に還つたが故にパウロと其福音とを誤解するに至つたのである。

〇内容は後に譲り先づ受授の方法に就て言ふ。「我れ之を人より受けず亦教へられず、イエスキリストの黙示に由りて受けたり」と云ふ。人を経て伝へられず、又人に教へられずと云ふ。其点に於て既に非世間的である。福音の根本的真理を伝ふるに就てパウロに此世の先生はなかつた。彼は其事に於て全然自由であり独立であつた。彼は福音をエルサレムの母教会より受けず、又ペテロ、ヨハネ等の使徒等に教へられず直ちに之を人に非ずして神の子なるイエスキリストより受けた。而かも諄々として教へられずして、直覚的に、啓示《しめし》に由て受けたりと云ふ。実に大胆極まる告白である。若し真実《まこと》にあらざれば最大の虚偽《いつはり》である。如此き事は絶対的に在り得べからずと彼の反対者は言うたに相違ない。之に対してパウロは事実有の儘を述べて彼の此言の妄言に非ずして真実であることを証明した。「今我れ汝等に書贈る所は神の前に※〔言+荒〕《いつは》らず」とは彼が己が良心に訴へて屡々繰返して言うた言葉であらう(二十節)。

〇そして事実は一章十三節より二章末節に至るまでの通りであつた。此はパウロの改信並に其後の事情に関する彼の自叙伝であつて、彼の生涯を知るに方て最も貴重なる記事である。使徒行伝はパウロの生涯に就て記す所最(32)も多しと雖も、其正確なる事に於ては彼の遺《のこ》せる書翰に及ばない。そして書翰の内にて最も写実的なるは此加拉太書である。人を知る者は其人自身である。殊にパウロの如き内的実験を叙述するに秀でたる人の自己描写は伝記文学の経典と称して可なる者である。文字其物が※〔言+荒〕《いつは》らざる事実の証明である。若し有つた事のない事を斯くも如実的に叙述し得る人があるならば其人は実に欺偽師の首《かしら》である。而かも世に未だ曾てパウロの真実を疑つた者はない。

〇パウロは世に所謂インテンスキヤラクターであつた。即ち何事を為すにも徹底せざれば止まぬ性格の人であつた。彼はユダヤ教に在りてはユダヤ教に徹底し、基督教に反対する時は徹底的に反対し、過誤《あやまち》を改むる時には徹底的に改めた。ラオデキヤ教会の信者の如くに冷かにも有らず熱くも有らざる事は彼の耐へ得ない所であつた。故に彼れ一たび彼の旧信仰の誤れるを示さるゝや、彼は、「直に血肉と謀ることをせず」絶対的に神の命に服したりと云ふ。「血肉」とは父母兄弟等血縁をのみ云ふのでない、情実又は利益等、身に関はるすべての苦楽又は利害をも指して云ふのである。「血肉と謀らず」とは何人とも謀らず又我が利害をも省みず一意専心神の啓示《しめし》に従つて行動せりとの事である。徹底の人である、独立の人である、勇敢の人である。過激の人であると云へば云へぬことはないが、然し神の声を聞きし時に、此勇気決心がなくして神と人とに対して忠実なる能はずである。若しパウロが此等血肉と謀つたならば如何? 若し彼が父母兄弟に相談したならば彼等は勿論彼に反対したであらう。若し自己に謀つたならば如何? 彼れ自身の利害観念が彼をして斯かる無謀の事業に入ることを許さなかつたであらう。若しヱルサレム教会の十二使徒の許に走つたならば如何? 彼等は先づ第一に彼の誠意を疑ひ、彼に訊《たゞ》すに多くの質問を以てし、彼の熱心を冷し、彼の勇気を挫き、又多くの猶太的思想を課して、彼が直接に神(33)より授かりし啓示《しめし》の自由を妨げたであらう。人は彼の気儘勝手を責むるならんも、彼には彼が守るべき聖なる秘密があつた。斯かる場合には血肉は其すべての形に於て省みざるが智慧であり又義務である。|人に諮らず、自己に省みず、更に直に神に教へられんが為にパウロはアラビヤに往いた〔付△圏点〕、曰く

  神、其聖心に於て善とし給ひし時に、即ち我が母の胎に在りし時より我を簡《えら》び置き、その恩恵《めぐみ》をもて我を召し給へる者、我をして異邦人に宣伝へしめんが為に其御子を我が衷に顕はし給ふを善とし給ひし其時、我れ直に血肉と謀ることをせず、又我より先きに使徒となりてヱルサレムに在る所の者にも上らずして、去りてアラビヤに往けり、而して復たダマスコに返へれり。

と(十五-十七節》。「ヱルサレムに上らずして其反対にアラビヤに下れり」との事である。即ち人に教へられんとて教理の所在地なるヱルサレムに往かずして、神に教へられんが為に無人の地なるアラビヤに往けりとの事である。

〇言あり曰く「英国人の歴史は海を離れて語るべからざるが如くにイスラエル人の歴史は砂漠を離れて語る能はず」と。イスラエル人は其最善のものをすべて砂漠に於て獲た。モーセはエジプト人より遁れてメヂアンの地に往き其所に神御自身の教育に与かつた。エリヤも亦ホレブの山に往き其所に神の細き静かなる声を聞いた。バプテスマのヨハネも亦ユダの山地の曠野《あらの》に栖《す》んで其所に主の前に道を備へまつるための準備を為した。而して今やパウロは其心に神の子を示されて異邦人の使徒たるの職に就かんとして人なる教師の許に走らずして人なきアラビヤの砂漠に往いた。砂漠はモーセ、エリヤ、ヨハネ、パウロ等偉大なる神の人等を教育せし神の設け給ひし最良の学校であつた。|言ふ勿れ砂漠は経済的に無価値なるが故に人類に用なしと、人類にモーセの律法とパウロの(34)福音とを供した丈けで一千二百万方哩のアラビヤ砂漠の存在の理由は充分に認めらるゝではない乎〔付○圏点〕。神が地球面上に多くの不毛の地を存《のこ》し給ふは故なきに非ずである。地は悉く農園たり工業地たるべきでない。「人はパンのみにて生くる者に非ず、神の口より出づる凡ての言に因る」とあれば、人なき砂漠磽角の地も亦人の為に必要である。|砂漠の無き所に神の人は起らない〔付○圏点〕。又砂漠を求めざる人に神の霊は臨まない。人の生命なる神の言に接する為に砂漠は必ず無くてはならぬものである。

〇パウロの此実験が文字通り今の人に繰返へされやうとは思はない。然し乍ら其根本の精神に於て凡ての基督信者は彼の跡を践む者である。基督信者に人なる教師は無いではないが、其心に神の子を顕はす者は人でなくして神である。「人は聖霊に由るに非ればイエスを主と称ぶ能はず」とパウロが言ひしは其事である。イザヤは今の時に就て預言して曰うた「汝の子等は皆なヱホバに教へられん」と(イザヤ書五十四章十三節)。人には人の到底教ふることの出来ない事がある。福音の真理の如き其れである。是れ「目未だ見ず耳未だ聞かず人の心未だ念はざる者」である。是れ神が其聖子を以つて直に人の霊に示し給ふ者であつて、此示しに与かる実験に於てパウロも今の日本の基督信者も少しも異なる所はない。此事に就ては私もパウロと同じやうに諸君に向つて曰ふ事が出来る、「兄弟よ、私は今改めて諸君に曰ふ、私が今日まで諸君に伝へし所の福音は人に依る者に非ず、何故なれば私は之を人より受けず亦教へられず惟イエスキリストの黙示に由りて受けたからである」と。私はクラーク先生、シーリー先生等から教を受けたが、キリストを私の心に顕はした者は是等の先生ではなくして神御自身であつた。そして諸君自身も亦同じ事を言ひ得るのである。言ひ得ずばならないのである。

〇そして私にも亦アラビヤが有つた。或は砂地の砂漠ではなかつた乎も知れぬ。然し人無き淋しい所であつた事(35)は事実である。私も亦私の生涯の或時にアラビヤ砂漠に逐ひやられて其所に直に神の御声に接したと信ずる。そして日本の如き人口稠密の国に於ては砂漠は砂の砂漠でなくして、無情無慈悲の砂漠である。冷酷なる今の社会、然り宗教界、是れ砂漠ならずして何ぞである。そして人の無情が.我等を其所に逐ひやる時に我等は其所に神の御声を聞くのである。真の基督信者は真の基督教を神学校に於て学ばない、又教会の講壇より聞かない、アラビヤの砂漠に於て学ぶ、其所に響く神の細き静かなる声より聴く。斯くて我等はすべて神に教へられて真の兄弟姉妹たり得るのである。真個の孤独を味うた人のみが真個に一致する事が出来るのである。(十一月二日)

       ――――――――

 

       「アラビヤ」の解

〇パウロが往きたりと云ふアラビヤは何処であつた乎と云ふ問題に就ては種々《いろいろ》の異説がある。アラビヤは国と云ふよりも寧ろ大陸と称すべき地域であつて、単にアラビヤと云うた丈けでは其の何れの地なる乎は判明らない。パウロは此時に、或人が唱ふるが如くに、彼の最初の伝道を試みんが為にアラビヤに往いたのでない。沈思黙考して福音の真理を授からんが為に隠匿したのである。そして広いアラビヤ大陸の内で、彼の此目的に最も好く適うたる所は言ふまでもなくシナイ半島である。此処はモーセがエジプトより遁れて四十年間の沈黙的生涯を送つた所である。此処に彼はヱホバの啓示《しめし》に接し、後日イスラエルの民を率ゐて此処に滞り、山の巓に於てヱホバの法《のり》(十誡)を授かつた。故に真実なるイスラエル人にして暫時の隠匿を企つる者は此の思出多き地を択んだに相違ない。預言者エリヤが女王ヱゼベルの怒を避けしも此所であつて、彼が神の細き静かなる声を聞きたりと云ふは、此シナイ半島ホレブの山に於てゞあつた(列王妃略上第十九章)。而してパウロも亦今や人生の岐路に立ち、(36)彼の信仰の基礎を定め、神に仕ふるの途を明に示さるゝの必要を感ずるに至り、地理学者の称するアラビヤ・ペトラ(岩石のアラビヤ)の地を択み、此処に三年間祈祷と研究との生涯を送りたると見るは最も適当なる見方であると思ふ。故に一章十七節に「アラビヤに往き」とあるは、シナイ半島山岳の地に往けりと解すべきであると思ふ。

〇斯くしてモーセの律法と同じくパウロの福音がシナイ半島に於て神より人に授けられしと思へば、此砂漠の地の貴さが知らるゝのである。

 

     第六回 テトスの場合 加拉太書二章一-十節

 

〇パウロは独立の人であつた。彼は死を以てしても自己の独立を維持せんとした。彼は曰うた「我が誇る所を人に空しくせられんよりは寧ろ死ぬるは我に善き事なり」と(哥林多前書九章十五節)。彼は己と己に託《ゆだ》ねられし福音の自由を維持せんが為めには敵に一歩も譲らなかつた。「福音の真理の汝等と偕に在らんが為に我等は彼等に一時も服せざりき」と曰うた(二章五節)。然れども斯くも自己の独立を守るに熱心なりし彼は同時に亦平和の人であつた。「為し得べき限りは力を竭《つく》して人々と睦み親しむべし」と言ひて他《ひと》を教へし言を彼は文字通りに自から守つた(羅馬書十二章十八節)。彼はキリストの僕として意地を張らなかつた。彼は自分一人が使徒であると思はなかつた。彼は聖徒の交際《まじはり》を厚うした。信仰の一致を守らんと努めた。是れ基督信者として当然為すべき事である。加拉太書二章は此事を教ゆる記事である。之を単にパウロ対ペテロ衝突の記録として見てはならない。

〇「十四年の後」とは多分第一回のヱルサレム往きの後であつたらう。斯くてパウロは彼の改信後十六七年の間(37)独立伝道に従事したのである。此長き年月の間、彼はヱルサレム教会とは何の関係もなかつた。彼に彼が直に神より受けし福音があつた。彼は福音の事に就て十二使徒等に教へらるゝの必要を感じなかつた。然し乍ら彼は信仰の一致を守るの必要を感じた。是れ彼れ自身の為に必要であつたのではない、福音の為に、之を受くる信者全体の為に、而して又後世の為に必要であつた。而して此目的を達せんが為に彼は再びヱルサレムに上り、殊更に使徒等を訪《おとづ》れたのであると私は思ふ。此心を以て二章一節を読んで其意味は明白になると思ふ。

  十四年の後、我れバルナバと偕にテトスを伴ひて復たヱルサレムに上れり。而して我が上りしは啓示《しめし》に循《したが》へるなり。而して我は我が異邦人の中に宣伝へし所の福音を彼等に告げたり。また名ある人等には私かに之を告げたり。是れ我が勤むること、又既に勤めし事の徒然《むなし》からざらん為なり。

是れパウロに取り深く計画されたる対ヱルサレム教会の平和運動であつた。バルナバと同行せしは彼をしてパウロと十二使徒等との間を取持たしめん為であつた。テトスを伴ひしはパウロの異邦伝道の実例を示さんが為であつた。而してヱルサレム教会の了解を得てキリストに在るユダヤ人並に異邦人の間に信仰の一致を確立せんが為であつた。まことにパウロに取り面倒なるデリケートなる仕事であつた。一歩践み誤れば返て平和を擾《みだ》し一致を破るの虞れがあつた。為さねばならぬ運動である、然し危険の伴ふ運動である。信仰の事に世人の予想する能はざる困難がある。愛と信仰とに関はる事であつて行《や》りにくい事である。パウロは此事を敢てして多くの辛らい目に遭うたであらう。

〇困難い問題は果して起つた、|其れはテトスの割礼問題であつた〔付○圏点〕。彼は異邦人であつた、而して割礼を受けずして、|只キリストを信じた丈けで〔付△圏点〕基督信者と成つたと云ふ。是れ果して許すべき事である乎とヱルサレム教会の多(38)くの信者は言うた。パウロは勿論割礼を受くるの必要なしと言うた。之に対して使徒教会の多数は必要なりと唱へた。斯くして平和の為のパウロ一行のヱルサレム往きは反て争闘《あらそひ》を起す因《もと》となつた。而して平和を愛するパウロは愛と平和の為に此瑣細なる割礼の一事を譲るべきでない乎。譲れば万事が平和である。全世界に単一の福音が唱へらるゝのである。キリストの体《からだ》に分離あるべけんやである。パウロたるべき者は此際宏量大度を示して、テトスをして割礼を受けしめてヱルサレム教会の信用承認を獲べきでない乎。

〇他の人ならば此際譲つたであらう。然しパウロは譲らなかつた。此は福音の大事である。「人の義とせらるゝは信仰に由る、律法の行に由らず」と云ふのがパウロの説きし福音の根本である。即ち信仰丈けで充分である、割礼と云ふが如き律法の行は不要であると云ふのである。然るに今テトスの場合に於て割札を授かるの必要ありと云ふならば、福音は其根柢より壊《くづ》れるのである。平和か真理か、パウロは今は二者の内一を択ばねばならなかつた。而して彼は平和と一致とを犠牲に供して福音の真理を択らんだ。パウロは福音の真理がガラテヤ人其他の異邦人の間に存せんが為にテトスの割礼を拒んだ。教会の政治家等はパウロの此行動を見て笑つたであらう。「狭い哉パウロよ」と彼等は言うたであらう。而して此事が原因となりて今や基督教会が二つに割れ、ユダヤ派とパウロ派とは世界到る処に於て争はざるを得ざるに至つた。悲しと云へば悲しくなる。然れども|真理は平和よりも貴くある〔付△圏点〕。パウロは此時割礼を排して、キリストの福音を世の終末《ぉはり》に至るまで擁護したのである。愛すべきパウロよ!

〇パウロのヱルサレム訪問は事実上失敗に終つた。教会内に強力なる反パウロ派が起つた。其後彼等は到る処にパウロの跡を逐ふて彼の伝道を妨げ、彼の事業を壊《こは》した。ガラテヤ教会の離反の如き此妨害運動の一であつた。(39)斯くてパウロは異邦人とユダヤ人との外に更に亦新たなる敵を作つた。其れは即ち基督教会内の敵であつた。而して此敵が彼に取り最悪の敵であつた。是れが彼が云ふ「偽りの兄弟」であつた。河の難、盗賊の難、同族の難、異邦人の難、偽の兄弟の難と云ふ、其最も辛らき難を彼に加ふる者であつた。世に宗教程|執拗《しつこ》い者はない。宗教に在りては近い程反対が多くして激烈である。パウロがヱルサレムの使徒団を離れて独立伝道を始めてより以来《このかた》、所謂教会歴史は仇恨、争闘、※〔女+戸〕忌、結党の連続であづた。或人は此罪をパウロに帰する。然し此は彼の罪でなかつた事は明かである。其証拠として彼は茲にヤコブ、ケパ、ヨハネの教会の柱と称ばれし三人の彼に対せし態度を記して居る。

〇さすがは原始教会の長老であつた、彼等はパウロに降りし特別の恩寵を認めた。

  我に賜ひし所の恩寵を知りしに由り(教会の)柱と意《おも》はるゝヤコブ、ケパ(ペテロ)、ヨハネは其右手を与へて我とバルナバとに交際を表明せり……彼等は唯我等が彼等の内に在る貧者を顧みんことを欲《ねが》へり、而して其事たる素《もと》より我等が進んで為さんと欲する所なりき(九、十節)。

長老等の此申出をパウロは如何に喜んだであらう。彼は到る所に彼等の此協調的態度を吹聴した。而して彼が此時彼等に約束せしヱルサレム教会内の貧者救済の事を履行せんとして努力した。事は哥林多後書九章に於て明かである、就いて見るべし。

〇斯くてパウロはすべての事に於て譲つた。然し唯一事に於て譲らなかつた、然り譲り得なかつた。即ち福音の真理が異邦の信者と偕に在らんが為には彼は万事を賭して争つた。「イエスキリストの十字架に釘けられし事」、唯此事を信ずるに由て義とせらるゝ事、其他に救の途なき事「若し義とせらるゝ事律法に由らばキリストの死は(40)徒然《いたづら》なる業《わざ》なり」とまで彼は断言して憚らなかつた。そしてパウロは此信仰を守つて基督教の為に、又人類の為めに大事を為したのである。彼が若し之を譲つたならば福音は其根本に於て亡びたのである。此は教会の一致と平和とを賭しても守るの必要がある。福音が亡びて教会が存《のこ》るも何の要もない。福音と教会と孰れが必要なりやと問はゞパウロは勿論「福音」と答へたのである。パウロの平和愛好は常識に適《かな》ふ愛好であつた。「今我れ人の親しみを得ん事を要《もと》むるや、神の親しみを得ん事を要むるや……若し我れ人の心を得んことを求《ねが》はゞキリストの僕に非ざる也」との彼の主張を彼は終生執つて動かなかつた(一章十節)。

〇此事に関しパウロは此後アンテオケに於て面の当りペテロを詰責した。此事に関しては彼の眼中に人はなかつた。教権何者ぞ、唯明白なる此真理を守る者に非ずや。広いも狭いも論ずるに足らず、|我等の罪の為に己が身を十字架に釘け給ひし者、唯信仰を以て彼を仰瞻ることに由て救はる〔付○圏点〕。此信仰に由て我等は合ひもする離れもする。其他の事を問はない。加拉太書の問題は此間題である、基督教の問題は唯一つ此問題である。

〇第二十世紀の今日に於ても基督信者の合同一致は未決の問題である。世に容易に成りさうで成るに最も困難なる事は基督信者の合同である。合同は最も望ましくある、然れども唯一の条件の下にのみ可能である。信者各自がパウロと同じくキリストの十字架の下に立ち、彼を仰ぎ彼に於て、然り|唯彼に於てのみ〔付○圏点〕其義また聖また贖を認むる時に彼等は主に在りて一体であつて相互に対して骨の骨、肉の肉である。然れども十字架以外に於て一致せんとし、又は十字架に加へて他の条件を要求する時に合同一致は永久に不可能である。羅馬天主教会は法王を首とする教会の承認を必要条件とするが故に之に依る信者の合同は到底行はれない。英国聖公会は所謂「聖壇の神聖」を唱へて信仰の中心は聖餐に在りと主張するが故に、之れ亦信者の合同を実現する事が出来ない。今や基督(41)教国に六百有余の教派ありと称せられ、其各自が特殊の教義を取つて動かない。然れども教義は有るも可なり無きも可なり、唯無くてならぬ者は十字架の信仰である。之れ有るを以つて足れりとし、之れ以外に何者をも要求せずして茲に初めて信者の合同一致が成るのである。此信仰なくして、或は社会国家の為に、或は経費節減の為に、或は能率増進の為に、合同一致を唱ふるが如き、福音の真理の何たる乎を弁へざる人の為す事であると云はざるを得ない。

〇斯くして神がパウロをして唱へしめ給ひし福音は簡短明瞭である。此は何人も看誤《みあやま》るべくも無い。我が罪の為に十字架に釘けられ給ひし神の子イエスキリスト。之を瞻て我等に関はる神の善き聖旨《みこゝろ》の全部が我等に在りて行はるゝのである。故に信者の歩むべき途は明瞭である。神がモーセの律法に就てヨシュアに告げ給ひし言が、パウロの福音に就て我等各自に告げ給ふ所である。

  汝惟心を強くして且つ勇み励げんで我僕モーセ(パウロ)が汝に伝へし福音を守りて行ふべし、之を離れて右にも左にも曲る勿れ、然らば汝何処に往くも福祉《さいはひ》を得、汝必ず勝利を得べし……汝の神エホバ偕に在せば懼るゝ勿れ、戦慄《おのゝ》く勿れ。

と(約書亜記一章六節以下)。(十一月九日) 〔以上、2・10〕

 

     第七回 アンテオケに於けるペテロ 加拉太書二章十一-十五節

 

〇初代の基督教に二大中心があつた。其一は勿論ヱルサレムであつた。此は十二使徒の本拠の地であつて、福音の発祥地であつた。其他の者はアンテオケであつた。此は所謂異邦的基督敦の根拠であつて、異邦伝道の発足地(42)であつた。アンテオケはヱルサレムを北に距る凡そ三百五十哩、其間に殆んど東京と大阪との距離があつた。ヱルサレムが山上の城邑でありしに対してアンテオケは大河に臨み、地中海より僅かに二十哩、殆んど臨海の都市であつた。其地位に於て、人種に於て、制度文物に於て二都は全く別世界の観を呈した。而かもキリストの福音の適応的なる、ヱルサレムに始まりし斯《この》教《をしへ》は忽にしてアンテオケに深き根を下した。事は使徒行伝十一章十九節以下に於て審かである。其内特に注意すべきは、イエスの弟子等がクリステアンと呼ばれしはアンテオケに始りし事である。希臘語の Christianos は Chrestianos の転訛であつて、クレスチアノスは「善良の人」即ち「お人良し」なる半ば嘲けりの辞《ことば》であつたらうとの事である。何れにしろ福音が異邦人の都会なるアンテオケに根拠を据てより其性質が一変したのである。其時までは基督敦と云へばユダヤ人か、然らざればユダヤ教に入りし異邦人に依てのみ信ぜられし教が、今はユダヤ教を通らずして直に異邦人の受納《うけい》るゝ所となつたのである。茲に於てか基督教に明白なる二大派があるに至つた。即ちヱルサレムを本拠とするユダヤ派と、アンテオケに新たに起りし異邦人派とが其れであつた。此二大派の関係、折衝、協力等を知るは初代基督敦の真相を知る上に於て最も必要である。そして加拉太書二章後半部の如きは其一である。

〇パウロはヱルサレムに往いて福音の真理に就ては十二使徒等より何等教へらるゝ所がなかつた。そしてアンテオケに於ては使徒団の首長たるペテロの誤謬を正し、面前《まのあたり》彼を責めた。神の前にユダヤ人と異邦人との差別なき事を示されて之を実行した者はペテロである。其ペテロがアンテオケに来りて、人種的差別を其行動を以て示したのである。是れ許すべからざる事であつて、若し此事を不問に附せんか、福音を其根柢に於て覆へすの虞れがあつた。故にパウロは茲に衆人の前に於てペテロを|まのあたり〔付ごま圏点〕責めざるを得なかつたのである。

(43)〇人種的差別の悪い事であるは今や何人も認むる所である。然し是れ容易に取除く事の出来る事でない。ユダヤ人が今猶ほ依然として之を実行するのみならず、国民として或る程度に於て之を実行せざる者はない。印度人の如きは他国民に向つて之を実行するのみならず、固き階級制度を設けて同胞相互に対して之を励行する。白人種は有色人種を排斥する。白人種は亦相互を排斥する。此世は排斥の世である。或る米国の政論家が近頃彼国の排日法を論じて曰うた、「凡ての人種は平等であるとは神の聖旨であらうが、此事に於て丈けは吾人は神に反対し奉る事を許して戴かなければならぬ」と。実に人種差別の止む時が国際的戦争の止む時である。

〇人は人種差別の撤廃は容易《たやす》い事であると思ひ人が差別の悪事たるを知つて平等を実行すれば其れで事は成ると思ふ。然し世に実は斯んな困難い事はないのである。人種的差別の根拠は自己尊重に在る。自己が特に尊いと思ふが故に他が卑しく見えて之を排斥するのである。自己の価値を知るまでは人は他を尊敬しない。そして自己の価値を自己に由て定むる間は人は自己を高く見て止まない。日本人が日本人である間は支那人や朝鮮人を低く見て止まない。日本人が日本人たるを止め、自己以外に自己を発見する時に、彼はすべての国民を自己と同等に見る事が出来るのである。ユダヤ人がユダヤを標準とし、異邦人が異邦人を標準とする間は彼等の融合は不可能である。二者が自己以外に同一の標準を発見し、其内に自己を投ずる時に彼等は自《おのづ》から一体となりて相互を尊敬するのである。米国人が神の子キリストを信ずる時に、即ち己が義に頼らずして神の子の義を己が義とする時に、茲に米国人として誇らずして、キリストを以て誇りとするのである。そして日本人も亦同事を為して茲に真の日米融合が成立するのである。人が信仰に由て義とせらると云ふは自己以外の者の義に由て義とせらると云ふ事である。万国の民がキリストを信ずる時に、即ちキリストの価値を己が価値として神に認めらるゝ時に人種的差別(44)は其根柢に於て除かるゝのである。

〇アンテオケに於けるパウロ対ペテロの問題は此間題であつた。人の価値は自己に在る乎自己以外に在る乎、其問題であつた。ユダヤ人の価値はユダヤ人たるに在りとペテロ並にユダヤ派の信者は曰うた。然らずユダヤ人にも異邦人にも在らず、神の子キリストに在りとパウロは主張した。問題は実に世界的人類的最大問題であつた。パウロは後世万民の為に彼の主張を取つて動かなかつた。偉大なるパウロよ。アンテオケに於けるパウロ対ペテロの論争は人類の歴史に於て関ケ原ウオータールー以上の大決戦であつた。(十一月十六日)

 

     第八回 基督信者の生涯 加拉太書二章二十節

 

〇此はパウロに由て発せられし最も著るしき言の一である。基督信者の生涯の何たる乎は最も簡短に、而かも最も徹底的に茲に言表《いひあら》はされたのである。信者の生涯を約て云へば是である。是れ以外に信者の生涯はないのである。

〇「我れ既にキリストと偕に十字架に釘けられたり」。信者の生涯はキリストの生涯である。信者はキリストの御生涯に於て自分の生涯を見るのである。信者はキリストと偕に苦しみ、偕に十字架に釘けられ、偕に甦り、偕に栄光を以て顕はるゝのである。苦しみを偕にし、喜びを偕にし、耻辱を偕にし、栄光を偕にす。勿論患難ばかりではない、歓喜もある。然れども歓喜相応の患難がある。「我等もしキリストと偕に死なば又彼と偕に生きん事を信ず」とパウロが他の所に於て曰へるが如し(羅馬》書六章八節)。

〇「我れ|既に〔付○圏点〕キリストと偕に十字架に釘けられたり」である。キリストが死に給ひし時に信者は既に死んだので(45)ある。一度肉に死んで再び復生《いきかへ》らないのである。我は死んだのである、然し死《しな》ないのである。「キリスト我に在りて生ける也」である。一の生命が去つて他の生命が入り来つたのである。我は死してキリストが我に代りて我が衷に生き給ふのである。|基督信者は基督である〔付○圏点〕。キリストが信者に代つて其生命を営み給ふ者、其者が基督信者である。

〇理想的には然りである。実際的には未だ全く然らずである。我は既に死し者であるが然し未だ全く死したのではない。我は今猶ほ肉体に在りて生きて居る。我は未だ復活せず、栄化せず罪の汚す所となりし肉体に在りて生きて居る。即ち我は未だ全く死せず、キリストは未だ全く我を占領し給はない。然らば我は如何にすべき乎、失望すべき乎。然らず。我に今為すべき事がある。其れは「我を愛して我が為に己を捨し者即ち神の子を|信ずる〔付○圏点〕」事である。我が今日の生命は信仰である。我が救は完成されたのではない、完成の途上に於て在るのである。而して完成を待望みつゝある今日、我は信仰を以て生くるのである。「我は既に死んだ、キリスト我に代りて我が衷に生き給ふ」。其は信者の生涯であつてやがて事実となりて現はるべき事である。然れども其事の実現するまでは、我は神の子を信じて生くるのである。即ち我を愛して我が為に己を捨て給ひし彼は必ず我に在りて、我を化して己が属と為し給ふ事を信じて生くるのである。即ち使徒ヨハネが曰うた通りである、「愛する者よ、我等今既に神の子たり。後いかん未だ露はれず、彼れ現はれ給はん時には必ず神に肖ん事を知る」と(ヨハネ第一書三章二節)。ヨハネの「知る」はパウロの「信ず」である。今は見ずして信ずるのである。握らざるに知るのである。

〇加拉太書の此一節に信仰上の三大事実が含まれてある。之を左の如くに判別する事が出来る。

(46)  一、我れ既にキリストと偕に十字架に釘けられたり(根本的事実)。|過去〔付○圏点〕

  二、最早《もはや》我れ生けるに非ず、キリスト我に在りて生ける也(理想的事実)。|未来〔付○圏点〕

  三、今我れ肉体に在りて生けるは我を愛して我が為に己を捨し者即ち神の子を信ずるに由りて生ける也(実際的事実)。|現在〔付○圏点〕

即ち|死-生-信〔付○圏点〕である。死が始である、生が終である、信が途《みち》である。そして信者は初めてキリストを救主と認めし時に(バプテスマを受けし時とも云ふ事が出来る)己れに死し、今や復活栄光を目指して進みつゝ信仰の生涯を営む者である。

〇理想と云ひ実際と云ふ、人に在りては二者は互に相反する言辞《ことば》である。理想とは到底達し得ざる事、実際とは罪の人が常に為す事である。然し神に在りては然らず。神に在りては理想は実際である。彼は想ふ事は必ず之を遂げ給ふ。

パウロが彼を称して dynamenos「得る者」と云ひしは之が故である。|理想を実現し得る者〔付○圏点〕、神は其れである。「汝等の心の中に善き工《はたらき》を始めし者、之をイエスキリストの日にまで完うすべし」とあるに由ても判《わか》る(ピリピ書一章六節)。そして信仰は神の理想実現の信仰である。キリストは我を愛し、我が罪の赦されんが為に、赦されて窮りなき生命の恵みに与らんが為に、己が身を捨て十字架の死を遂げ給へり。我は其愛と愛の故に受け給ひし苦難《くるしみ》とを信ず。其信仰が救の完成を待望む我が今日の生涯である。そして此信仰は空しからず、必ず実現せらるゝを信ず。故に信仰の生涯なりと雖も実現の生涯に異ならず。故に人のすべて思ふ所に過ぐる平安があるのである。

〇実に簡短にして徹底せる生涯である。「神の子を信ずるに由て生く」。是で充分である。凡ての善事《よきこと》は彼に在り(47)て存す。我に除くべき罪あらん乎、彼を信ずれば除かる。我に達すべき徳あらん乎、彼を信ずれば達せらる。「神の子を信ず」我が宗教、我が道徳、我が生涯の全部は此一事に存す。故に「若し義とせらるゝ事|律法《おきて》に由らばキリストの死は徒《いたづ》らなる業《わざ》なり」である。即ちキリストは死ぬに及ばなかつたのである。即ち人は信仰に由らずして救はるゝのである。然れども是れ不可能である。キリストの死は我等が救はれんが為に必要にして欠くべからざる者であつたのである。(十一月廿三日)

 

     第九回 信仰と聖霊 加拉太書三章一-十四節

 

〇以上がパウロがガラテヤ人に伝へし福音である。人よりに非ず又人に由らず、神より直に其聖子を通うして彼に伝へられし福音である。自由の福音である。独立の福音である。|人は何人も唯イエスキリストを信ずるに由て、何の儀式にも与ることなく、此世の資格如何に関はらずして、神に義とせられて〔付○圏点〕恩恵|の生涯に入る事が出来ると云ふ福音である〔付○圏点〕。之を約《つゞ》めて曰へば「我れ既にキリストと共に十字架に釘《つ》けられたり。最早我れ生けるに非ず、キリスト我に在りて生ける也、今我れ肉体に在りて生けるは神の子を信ずるに由りて生ける也」と云ふ福音である。自分は既に死し、キリスト我に代つて生き、我が余生は唯信仰を以て之を送るに過ぎずと云ふ福音である。簡単にして明瞭、而かも深遠、解し易くして、而かも其内に無限の智慧と知識とを包蔵する福音である。

〇然るに驚くべしガラテヤ人は斯かる福音を棄てゝ他の福音即ち福音ならざる福音に移つたのである。故にパウロは前に曰うたのである「我は怪しむ汝等が如此速に我福音を離れて異なる福音に遷りし事を」と(一章六節)。而して今茲に続けて曰うのである、

(48)  あゝ愚なる哉ガラテヤ人よ、誰が汝等を誑かしゝ乎、イエスキリストは十字架に釘けられし者として汝等の目の前に明かに示されしに非ずや、

と。「愚人よ」とは嘲りの言葉ではない、憐みの言葉である。我子の過失を悲しむの言葉である。|より〔付ごま圏点〕善き物を棄て|より〔付ごま圏点〕悪しき物を取る。福音を棄てゝ律法に還る。預言者ヱレミヤの言を以て曰ふならば、ガラテヤ人は「活ける水の源なるキリストの福音を棄てゝ、水を保たざる壊《やぶ》れたる水溜」なる旧き律法に戻《もど》つたのである(ヱレミヤ記二章十三節)。愚である、無智である、考へざる仕方である。我子は斯かる事を為しやう筈はない、誰かゞ彼等を誑《たぶら》かしたに相違ない、誰である乎我に告げよと、パウロは茲に憾《うら》みの声を発したのである。誰かゞ我子を誑かしたのである。即ち|窃に〔付○圏点〕欺いて彼等を異なる福音へと誘うたのである。然れどもパウロは彼の福音を窃《ひそか》にガラテヤ人に伝へなかつた。彼は日本武士の如くにすべて内証《ないしやう》の事、後暗《うしろくら》い事を憎んだ。彼はコリント人に書贈て曰うた、「恥べき隠れたる事を棄て悪しき巧みを行はず、神の道を混《みだ》さず、真理を顕はして神の前に己れをすべての人の良心に質《たゞ》す也」と(コリント後書四章二節)。彼はガラテヤ人の内に在つても亦此途を取つた。イエスキリストは十字架に釘けられし者として彼等の目前に公々然として示されたのである。即ちローマ書一章十六、十七節に言へるが如くに、彼はキリストの十字架の福音を恥としなかつた。何故となれば|神の義〔付○圏点〕が之に顕はれたからである。十字架は迷信でない。呪《まじない》でない、|神の義〔付○圏点〕の現れである。故に之を唱ふるに陰険手段は禁物である。同時に又之を壊つに公々然と義に訟へて壊つことは出来ない。信者を誑かすより他に途がない。即ち義に訴へずして利に訟ふるより他に方法がない。而してガラテヤ人は魔術師の乗ずる所となり、其|譎計《たくらみ》の罠に罹つたのである。

〇解釈を進むる前に私は諸君に問はんと欲する、諸君も亦ガラテヤ人と共に同じ災禍《わざはひ》に罹らざりし乎と。十字架(49)の福音が何やら馬鹿らしく見え、モツト合理的なる、実用的なる福音を求めて、いつの間にか十字架の福音を棄つるに至らざりし乎。信仰の堕落は常に茲に始まるのである。言あり曰く|宗教に二あり二以上あるなし、人より神に到らんと欲する宗教と、神より人に臨まんと欲し給ふ宗教と是れであると〔付ごま圏点〕。そして此世のすべての宗教は第一種に属する者であつて、キリストの福音のみ第二種に属す。律法の宗教、儀式の宗教、道徳の宗教、社会奉仕の宗教はすべて人より神に到らんと欲する宗教である。即ち自から努め、神の子たるの資格を作りて、彼に受けられんと欲するのである。キリストの福音は然らず。此は聖き神が罪の人に臨み給ふ道であつて、人は唯信ずるに由て神に受けらるゝのである。故に是れのみが福音である。他は異なる福音であつて、福音と称すべからざる福音である。「攀ぢ登る麓の道は多けれど、同じ高根の月を見るかな」。此は此世のすべての宗教を唱へたる歌である。然れどもキリストの福音は其部類に属しない。|基督信者は攀ぢ登らんとしないのである〔付△圏点〕。唯信ずるのである、そして信仰に由り神の翼に乗せられて其|御許《みもと》へと運ばるゝのである。そして此信仰の道を棄てゝ律法の行為《おこなひ》に遷る時に信仰の堕落があるのである。中古時代の欧羅巴が是れであつた。今日のアメリカが是れである。そして宗教の事に就ては主《おも》にアメリカに傚ふ今日の日本の基督教界が是れである。即ち信者が或者に誑らかされて十字架に釘けられしイエスキリストを仰瞻ることを止めて、己が手の業《わざ》に重きを置くに到りしが故に、此信仰の衰退が臨んだのである。そして事は他人の事ではない、我等の事である。柏木に来つて私の講義を聞くことが何かの功徳であると思ふ時、自分が為した少し斗りの慈善又は伝道事業が何かの価値を自分に附けたりと思ふ時、聖書研究の必要を教へられて聖書道楽に耽けるに至りし時、キリストの十字架に頼らずして、自分の手か脳か心かの状態に頼るに至りし時に、我等は真の福音を離れて異なりたる福音に遷るのである。願ふ羅馬天主教会又は英(50)国々教会の儀式家も、独逸又は米国の高等批評家も、亦殊に米国の社会運動家も、我等を誑かして、我等をして単純なる十字架の福音を離れて、近代流の福音ならざる福音に遷ること無からしめん事を。

〇福音を離れし悪結果は数々ある。而して其内主なる者にして最も顕著なるものは|聖霊を失ふ事〔付○圏点〕である。故にパウロは曰うたのである。

  我たゞ此事を汝等より聞かんと欲す、汝等が霊《みたま》を受けしは律法を行ふに由るか、将た聞きて信ぜしに由る乎(第二節)

と。ガラテヤ人も亦一度は聖霊を受けた。然るに今は之を失つた。此は何に由る乎。彼等は一度は霊の力に充ち、奇《ふしぎ》なる業を行はしめられた。然れども今は其力を失つて唯努力一方の人と成つた。其理由は何乎。信仰を棄てゝ行為に入つたからである。キリストを仰がずして、自分の力に頼り始めたからである。聖霊は人の信仰に応ずる神の賜物である。信仰の無い所に聖霊は降らない。故に曰ふ

  それ汝等に霊を賜ひ又奇なる業を行はしめ給ふ者の如此なすは汝等が律法を行ふに由てなる乎又聞きて信ぜしに由てなる乎

と(五節)。事は最も明白である。ガラテヤ人は自己の経験に由て自己の誤りを正す事が出来る。努力の宗教は機械的である。之に東奔西走の快楽なきに非ずと雖も、常に充実する力はない。「ヱホバを俟望む者は新たなる力を得ん、また鷲の如くに翼を張りて昇らん、走れども疲れず、歩めども倦まざるべし」と謂ふが如き福ひなる状態はない(イザヤ書四十章三一節)。

〇信仰と聖霊、二者は附物である。信仰なき所に聖霊なく、聖霊なき所に信仰はない。試に此章の一節より十四(51)節までを見んに、「信ずる」又は「信仰」と云ふ文字が十回用ゐられ、霊即ち聖霊と云ふ文字が五回練返さる。信仰の在る所に聖霊が降り、聖霊の降る所に能力が充ち、奇なる業が行はる。アブラハムが神に義とせられて祝福を受けたるは全く此途に由る。故に人は何人も此途に従ひてアブラハムの子と成ることが出来る。彼より血統を引くの必要はない、又割礼を受けてイスラエル人として認めらるゝに及ばず、唯アブラハムの如くに信じて、彼の如くに神に祝福されて彼の子と成ることが出来る。アブラハムの商《すゑ》と称せらると云ひ、又アブラハムと偕に福を受くべしと云ふは此事である。

  キリスト我等の為に詛はるゝ者となりて我等を贖ひ我等をして律法の詛ひより脱《はな》れしめ給へり、……是れアブラハムに下りし恩恵イエスキリストに由りて異邦人にまで及ばん為なり、我等が信仰に由りて約束の霊を受けん為なり(第十三、十四節)。

キリストの十字架の目的は茲に在る。之を以て我等の罪を除き、我等をして信仰を以て神に近づくを得て聖霊恩賜の恵みに与からしめん為である。罪は信仰を妨ぐる者である、而して信仰なき所に聖霊は下らない。故に先づ罪を除いて信仰の途を開き、而して信仰に応じて聖霊を下さんとするのが、神が其独子を我等の為に十字架に釘け給ひし理由である。いか計りの愛ぞ。

〇以上が明白なる福音の真理であり、又明白なる信仰の事実である。然れども我等日本の基督信者の多数に取りては此の信仰の実験が欠けて居るではない乎と思ふ。問題は福音を離れしや否やのそれでなくして、福音を握りしや否やのそれである。キリストの福音と云へば|より〔付ごま圏点〕高き道徳か或は|より〔付ごま圏点〕聖き道と心得て、神が我等に信仰を促さん為に設け給ひし罪を除くの途である事に心附かない者が多いと思ふ。随て聖霊に関する思考《かんがへ》が至つて浅く、(52)人に汝は信者と成りし時聖霊を受けしやと尋ねらるれば、答へて曰ふであらう「我等は聖霊の有る事だに聞かざりき」と(行伝十九章二節)。即ち聖霊を受けし乎否乎の問題を離れて聖霊の有ることをすら知らざる信者がある。然れども聖霊なくして信仰的生涯はないのである。信者の生涯は自から己が身を潔うして神に仕へんとする生涯でない、神より聖霊を賜はりて、肉と霊とを潔められて彼の善き器となることである。「最早我れ生けるに非ず、キリスト我に在りて生けるなり」とある生涯である。そしてキリストは聖霊を以て我に在りて生き給ふのである。

〇聖霊の何たる乎に就ては他日特に語らんと欲する。今は唯その決して不可解なる、不合理なる霊に非ること丈けを述べて置く。聖霊は第一に罪の罪たるを覚らしむ。第二にキリストの十字架の意義を明かにする。第三に罪の赦しを感ぜしめて真の平和を与へる。第四に新なる愛を起して他《ひと》の罪を赦し其為に尽さんとする心を旺《さかん》にする。第五に患難に堪へしめ忍んで挫けざらしむ。第六に希望を生みて常に喜ばしむ。(十一月三十日並に十二月七日の二回に渉りて) 〔以上、3・10〕

 

     第十回 福音と律法 加拉太書三章十五節以下

 

〇福音は神が人を救はんと欲し給ふ途である。律法は人が神に救はれんと欲する途である。而して二者何れが先きなりし乎と云ふに、福音が先きであつて律法は後に臨んだ者である。「律法はモーセに由りて伝はり、恩寵と真理はイエスキリストに由りて来れり」とあるが故に(ヨハネ伝一章十七節)、律法が先きにして福音が後であるやうに思はるれども、事実は然らずとパウロは茲に曰ふのである。神が約束を以てアブラハムと其裔とに嗣業《よつぎ》を誓ひ給ひし時に福音は世に臨んだのである。律法がモーセに由りて伝はりしは其後四百三十年の事であつて、此(53)は福音に代る為に予へられたのでない事は明かである。そは縦へ人間の場合に於ても一たび定められし約束は文字通りに実行さるべきであつて、何人も之に改削《かいさく》を加ふる事が出来ないからである。キリストの福音はモーセの律法の進化した者でない。アブラハムに臨みし神の契約の継続である。故にアブラハムに到らんと欲すればモーセの律法に由らずしてキリストの福音に由るべきである。割札を受けてモーセの弟子と成りたればとてアブラハムの裔と成ることは出来ない。「若し汝等福音を信ずるに由りてキリストに属する者と成るならば、汝等はアブラハムの裔即ち約束に循ひて嗣子《よつぎ》たる也」とあるが如しである(二九節)。

〇斯くて福音に対しては律法は侵入者である。福音はアブラハムよりキリストまで連綿として継続するに、其間に律法が挿まれたのである。是れ何の為め乎、罪の為である。人が罪の為に福音を信ぜざるに至りしが故に、彼等に罪の罪たるを知らしめんが為に、神はモーセを以て律法を下し給うたのである。福音は目的であつて律法は手段である。「律法は我等をして信仰に由りて義とせらるゝ事を得しめんが為に我等をキリストに導く師傅《しふ》となれり」とあるは此事である。律法は我等を福音へと追ひやる鞭の如き者である。我等は律法の要求に堪へずして終に福音へと走るのである。律法の用は茲に在る。律法は我等を罪に定めて、罪の赦しの福音へと我等を追ひやるのである。

〇斯くて福音は|より〔付ごま圏点〕完全なる律法ではない。今日の言葉を以て曰ふならば基督敦は|より〔付ごま圏点〕高き道徳ではない。旧約聖書が進化して新約聖書を生んだのではない。福音と道徳とは其根本の精神を異にする。而して福音は初めに在りし者にして今在る者である。道徳は福音の附たりである。福音は永久的の者、律法は暫時的の者である。之を「永遠の福音」と云ふは之が為である(黙示録十四章六節)。然るに今の人は此事を忘れて、永久的なるは道徳で(54)あつて、福音は其一時的変態であると思ふ。是れ福音が廃《すた》れて道徳までが衰退する理由である。又多くの人は福音と道徳とを区別する能はず、福音とは愛の教であつて|より〔付ごま圏点〕高き道徳であると思ふ。然らずである。福音は信仰の途であつて道徳は行為《おこなひ》の道である。人は道徳に由て罪に定められて福音に由て義とせらるゝのである。殺す為の道徳である。道徳を以て足れりとする者は常に自己を責め、他を責めて止まない。福音を信ずるを得て初めて自己に平和があり、又容易く他を赦す事が出来るのである。

〇而して感謝すべきは福音が永遠の道であることである。世に律法の無い時は在つたが、福音の無い時はないのである。「創始《はじめ》に神天地を造り給へり」其時に福音は在つたのである。言葉を代へて言へば、世に神の愛の無い時は無いのである。怒を含む律法又は道徳は境遇の必要に応じて止むを得ず現はれた者である。そして其目的たる人を元の愛に引返す為である。神がアダムとエバとをエデンの園に置き給ひし時に愛の福音があつたのみで誡の律法はなかつた。「神曰ひ給ひけるは、生めよ繁殖《ふえ》よ地に満盈《みて》よ、之を服従《したがへ》よ、又た海の魚と天空の鳥と地に動く所のすべての生物を治めよ、視よ我れ全地の面に在るすべての草とすべての樹とを汝等に与ふ。是れ汝等の食物たるべし」と。此は最初の福音であつた(創世記一章二八、二九節)。然るに彼等が神の命に反いて罪を犯せし時に誡に伴ふ呪ひが降つた。それが最初の律法であつた。而して今に至るも尚ほ人は神に対して反逆を継続するが故に彼等は律法あるを知つて福音あるを知らない。彼等は神は怖《こわ》い者、道徳は行ふに難い者而かも道徳以外に神の子たるの途は無しと思ひ、恐怖《おそれ》と戦慄《おのゝき》とを以て人生の峻《けは》しき坂を登りつゝある。然れども此は神が人より要求し給ふ道でない。神の喜び給ふ道は福音であつて、律法でない。反ける子を福音に呼戻《よびもど》さん為の律法である。我等は神の聖旨《みこころ》に従ひ、寸刻も早く律法を離れて福音に就くべきである。

(55)〇アブラハム、イザヤ、ヱレミヤ、イエス、パウロ、アウガスチン、ルーテル、是が信仰の系統である。我等は今キリストを信じて直にアブラハムの子と成ることが出来る。

 

     第十一回 基督信者の単一 加拉太書三章二十八節

 

  斯かる者の中にはユダヤ人又ギリシヤ人、或は奴隷或は自主、或は男或は女の別なし、蓋《そは》汝等皆基督イエスに在りて一なれば也(旧訳)。

  今はユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自主もなく、男も女もなし、汝等は皆キリストイエスに在りて一体なり(改訳)。

之に類したる言がコロサイ書三章十一節である。

  此くの如きに至りてはギリシヤ人とユダヤ人、或は割礼ある者と割札なき者、或は夷狄或はスクテヤ人、或は奴隷或は自主の別なし、夫れキリストは万物の上に在り又万物の中に在り(旧訳)。

〇信者は皆信仰に由りて神の子と成つたのである、キリストイエスに在りて神の子と成りたのである(廿六節)。其故如何と云ふに、キリストにまでバプテスマせられ(浸《しづめ》られ)し者はキリストを衣たる者であるからである(廿七節)。斯かる者には人種又文化、境遇又社会上の地位、更に又性の区別だになし。何故なれば、彼等は悉くキリストに在りて一体であるからであると云ふのが大意である。

〇以上を前後の関係より離して読めば「人間無差別」と云ふ事になる。人種の差別なし、地位の差別なし、男女の差別なしと云ふ事になる。露西亜人の共産主義其まゝであつて、実に恐ろしい教になる。そして或人は如此く(56)に基督教を解する。基督教は人種、上下、老若、男女の差別を認めず、四海同胞を教ふる宗教であると思ふ。然れども基督教は斯かる事を教へない、また斯かる事は有り得ない、|差別はある〔付△圏点〕。差別は神の定め給ひしものである。之を認めて、之に従ひて行ふが義務である。故にパウロは他の所に於て教へて曰ふ、妻なる者よ夫に服《したが)ふべし、夫なる者よ妻を愛すべし。僕なる者よ主人に服ふべし、主人なる者よ僕を労り導くべしと(エペソ書五章六節)。基督教会を無礼講の一種と見做す者は極めて浅く之を解する者である。父父たり子子たり、君君たり臣臣たりは儒教に於けると同じく基督教に於ても亦人の践むべき道である。パウロは又人種国民の差別あるを教へて居る。使徒行伝十七章廿六節に曰く「また此神は凡ての民を一の血より造り、悉く地の全面に|住ませ、預じめ其時と住む所の界とを定め給へり〔付○圏点〕」と。「一の血より造り給へり」。其意味に於ては四海同胞である。「其時と住む所の界を定め給へり」。其意味に於て人種国家の差別がある。万民に共通なる所がある、又相異する所がある。此事を看遁す事は出来ない。

〇然らば何に由て差別を取除くことが出来る乎。「キリストに在りて」である。パウロは単に汝等ユダヤ人またギリシヤ人、夷狄《えびす》またスクテヤ人、奴隷また主人は皆一なりとは曰はない。汝等は|皆キリストイエスに在りて〔付○圏点〕一なりと云ふ。此は大切なる条件である。人として生れた丈けで無差別であると云ふのではない。キリストを信じ彼に在りて一体であると云ふのである。パウロは茲に|人間無差別〔付○圏点〕を教ふるのではない、|基督信者一体〔付◎圏点〕を示すのである。彼《かれ》と此《これ》とは全く別問題である。

〇信者はキリストに在りて神に結ばれ、又相互に結ばれるのである。信者の生命はキリストである。彼は自己に死してキリスト彼に在りて生き給ふのである。故に彼れなる者は徐々に失せて、キリストは彼に在りて日に日に(57)生長し給ふのである。そして凡ての信者がさうであるが故に、彼等はキリストに在りて一ならざるを得ない。私は私でなくしてキリストである。拉典人のアウガスチンも、独逸人のルーテルも、米国人のムーデーも其点に於ては変りはない。古今東西の凡ての基督信者がさうである。故に彼等は一である。彼等の間に人種、国家、教会等の差別はない。差別を認むるは信仰の浅き証拠である。我等がキリストの内に深く自己を按ずれば按ずる程、自己が失せてキリストが我等に現はれ給ふのである。生命は唯一つ、キリストである。其生命に依て生きて、ユダヤ人なし、ギリシヤ人なし、奴隷なし、主人なし、男なし、女なしである。

〇キリストに在りて一又は一体なりでは足りない。原語に在りては「一人」である。英語の one man を参照せよ。信者は凡てキリストに在りて|一人〔付○圏点〕である。古今を通うじて全世界の信者が一人と成ると云ふのである。実に雄大なる思想である。然し空想ではない事実である。教会と訳されたるエクレジヤは是である。キリストは新郎《はなむこ》、エクレジヤは新婦《ほなよめ)、そして新婦は唯一人そして彼女は全世界の民の内より択まれたる信者より成るとの事である。

〇故に加拉太書の此一節を以て人種的差別の撤廃を唱ふる事は出来ない。其れと是れとは全く別問題である。其れは政治問題又は文化問題である、そして是は信仰問題である。前者は未決問題である、後者は既決問題である。私は基督信者と成りたればとて欧米人に兄弟として扱はれんと欲するのではない。欧米は名のみの基督教国であつて、実《まこと)の基督教国でない事は誰も知つて居る。然し乍ら信仰を以てキリストに在りて生くる以上、私も亦全世界の信者と共に同一の生命に生くる事は争ふ事は出来ない。

〇聖誕節の深い意味は茲に在る。キリストが生れ給ひし時に私が生れたのである。貴下《あなた)が生れたのである。エクレジヤと称する美はしき世界人が生れたのである。此はキリスト以前に在つた者でない、亦キリスト以外に在る(58)者でない。此は処女マリヤより生れし者を以て始めて世に臨んだ者である。|聖誕節の意味が解るには自分が確実にキリストの生命の分与にあづからねばならぬ〔付○圏点〕。此は聖書の文字や歴史を知つた丈けでは解らない、又科学哲学を以て説明する事の出来る事でない。自分に其生命が降りて之を実験して解る事である。そして此生命は血肉を通うして授かる生命でない。「斯る人は血脈に由るに非ず、情慾に由るに非ず、人の意《こゝろ)に由るに非ず唯神に由りて生れし也」とある。此実験を有して福音書に於けるイエス降誕の記事を読んで我等は少しも怪しまないのである。(十二月廿一日)

 

     第十二回 子か奴隷か 加拉太書第四章

 

〇問題は是れである、即ち信者は子として神を信ずべきである乎、又は奴隷(僕)として神に事ふべきである乎。パウロは前者を主張し、彼の反対者は後者を唱道した。福音とは神を愛して彼を信ずるの道、律法とは神を怖れて彼に仕ふるの道である。律法は勿論悪しきに非ず、然れども福音の遥に優さるは言ふまでもない。「汝等が受けし霊は奴隷たる者の如く復たび懼を懐く霊に非ず、アバ父よと呼ぶ子たる者の霊なり」とあるが如し(ロマ書八章十五節)。故に律法は未丁年者に於ける後見人の如き者、彼が丁年に達すれば無効に帰する者である。人は福音を信じて信仰的に成人《おとな》になるのである。律法は小学、福音は大学、故に一たび大学に入れば小学に帰るの必要は更になし。彼は信仰より信仰へと、益々信仰の道に進むべきである。

〇然るにガラテヤ人は或る人々に誑されて此の愚かなる途を取つた。即ち一度信仰に入つて復び律法に帰つたのである。割礼を受けたのである。日と月と季節と年とを守るに至つたのである。子として唯神を信じて其恩恵(59)に与からんとせずして、僕として自ら神に受けらるゝの資格を作らんとしたのである。是れ信仰の逆行である。彼等は如此くになしてパウロが彼等に施せし労力を無効に帰せしめんとした。パウロの悲歎《なげき》は茲に在つた。故に彼は曰うたのである、「小《をさな》子よ我れ汝等の心にキリストの状《かたち》成るまでは復び汝等の為に産の劬労《くるしみ》をなす」と(十九節)。

〇そして是れガラテヤ人の為した事であつて亦多くの信者の為す事である。福音は余りに簡単である。神が我等に為し給ふ事が余りに多くして、我等が神に為す事が余りに尠くなる。我等は信じて恵まるゝ丈けでは物足らなく感ずる。故に自から恵まるゝの資格を作ると同時に神の御仕事を幾分なりとも御手伝ひまうさんとの心を起す。而して此時我等は悪魔に誘はれ、福音を離れて律法に帰るのである。信仰の堕落は恒に此途を取る。中古時代に於ける羅馬教会の堕落、近代に於ける米国基督教の堕落は凡て此途に由つた。即ち福音は神が人に臨み給ふ途であるに、人は自から進んで神に達せんとする。事は心霊の機微に関はる事なりと雖も、其結果たるや遠大である。自由か束縛か、進歩か退歩か救拯か滅亡かは此一事に由て定まるのである。パウロが茲に彼の心血を瀝《そゝ》いで争ふは故なきに非ずである。

〇そして解しやうに由ては新約聖書の教を律法の一種と解し得ないではない。パウロ自身が教へて曰うた「我が愛する者よ汝等常に服《したが)へる如く畏懼戦慄《おそれをのゝき》て己が救を全うせよ」と(ピリピ書二章十二節)。唯安心して神の恩恵に倚《たよつ)てはならぬ、畏れ戦慄《をのゝ》きて己が救はれんことを努めよと解する事が出来る。殊にイエスは山上の垂訓に於て「我れ律法を廃《すつ》る為に来れりと意ふ勿れ、成就せん為なり、我れ誠に汝等に告げん、天地の尽ざる中に律法の一点一画も遂《とげ》つくさずして廃たることなし」と(マタイ伝五章十七、十八節)。イエスはモーセ以 の厳格なる立法(60)者、福音はモーセの律法以上の律法と見えない事はない。そして過去千九百年間の歴史に於て基督教は其信者に由て幾度か如此くに解釈せられた。聖書の内に羅馬書加拉太書の如き書のあるに関はらず、福音は|より〔付ごま圏点〕高き|より〔付ごま圏点〕厳しき律法なるが故に福音と称せらると多くの人に思はれた。

〇然し此は甚だしき誤解である。福音は律法を超越したる者であつて、二者は其根本の精神を異にする。福音は神の子たるの道、律法は其僕たるの道である。福音は信仰に因り、律法は行為に因る。福音は唯十字架に釘けられし神の子を信じ其功績《いさほし》に依て救はるゝ事、律法は神の命令を文字通りに守り、自から己を潔うして救はれんと欲する事である。|仰ぎ瞻るの道と、攀ぢ登るの道〔付○圏点〕、両者の差別は一目瞭然である。

〇然し人は神の子と成らんと欲する丈で成り得る者でない。神の子と成るに神の定め給ひし途がある。神は唯命令を下し給うた丈けで律法をして無効ならしめ給はなかつた。律法は神の定め給ひし者、故に神聖である。故に律法に依らずして之を廃《すつ》る事は出来ない。茲にパウロの律法廃止論に強い固い根拠がある。加拉太書四章五節六節にパウロは曰うた。

  期《とき》満るに及びて神その子を遣はし給へり。彼は女より生れ、律法の下に生れたり。是れ律法の下に在る者を贖ひ、我等をして子たる事を得しめん為なり。

|律法を廃するに律法に依る〔付○圏点〕。「己の子を罪の肉の形《かたち》となして罪の為に遣はし、肉に於て罪を罰しぬ。是れ律法の義の我等に在りて成就せんが為なり」とあるが如し(ロマ書八章四節)。是が律法を廃する本当の途である。是れ以外の律法廃止は信ずる事が出来ない。キリストは完全に律法を実行して律法をして不用ならしめ給うた。我等は彼を信じ、彼の義を我が義となして、律法の命令に依らず、愛の衝動に由りて自《おのづ》から律法の義を実行し得る(61)

に至る。|信者はキリストを信ずるに因り義人たらんと努めずして義を行ひ得る者である〔付○圏点〕。(一月十一日) 〔以上、4・10〕

 

     第十三回 肉の行動と霊の結果 加拉太書五章十六-廿四節

 

〇人は其心の衷に於て二大勢力の競争地である。其一が肉であつて、其他の者が霊である。肉とは肉を本拠として働く悪の霊であつて、霊とは霊に宿り給ふ神の霊である。斯くて肉は霊に逆ひ、霊は肉に反し、二者は互に相|敵《もと》りて其間に平和はないのである。そして人は二者の間に介して、其一に従はなければならない。肉に従はん乎、彼は悪人である。霊に従はん乎、彼は善人である。彼は道徳家であると称して其行為を一々自由意志の選択に由て定むるのではない。彼は或は肉に与みして其の慾を為す乎、或は霊に与みして其欲する所に従ふ乎、二者何れをか択ぶのである。政治界に於ける所謂「陣笠」の如き者であつて、自己の欲する所を為すに非ずして、其所属の政党の政策に従つて行動するのである。彼の自由意志は己が身を投ずべき政党選択の際に用ひらるゝのであつて、其他の事に於ては凡て己が身を委ねし政党即ち勢力に従つて動くのである。故に言ふ「是れ汝等の欲する所を汝等が為し得ざらんが為なり」と。人は一々己が欲する所を為すのではない。肉に従ふ者は肉の欲する所を為し、霊に従ふ者は霊の欲する所を為す。憐むべきかな人は自主に非ずして奴隷である。肉の奴隷に非れば霊の奴霊である。然れども肉か霊か、悪魔か神か、巳が身を任かすべき主人を択むに方り、其選択の自由は之を己に保有するのである。

〇其れ故に若し肉の慾を為さゞらんと欲せば如何に為すべき乎と云ふに、汝等霊に由りて行ふべし」とパウロは(62)教ふるのである。霊に与みすべし、其の勢力に己を委ぬべし、然らば肉の慾を為すこと莫らんと。又曰ふ「汝等もし霊に導かるゝならば汝等は律法の下に在らざるなり」と。肉の慾を為さゞるの途、即ち律法の支配を免かるゝの途は霊に従ひて其の導く所となる事である。人は自由意志と称して、自分一個の力を以て悪を離れて善に就くのではない。霊なる勢力に与みして、其導く所となりて、罪に対して自由たるを得るのである。

〇「夫れ肉の行動《おこなひ》は顕著《あらは》なり」である。外部に顕はれて何人も之を見るを得べしと云ふ。即ち淫行、汚穢、好色等十六罪である。行動(希臘語の TA ERGA 英語の works であつて複数名詞である)は外部に顕はるゝ統一なき種々雑多の行動である。淫行以下三は自己に対する罪、偶像崇拝と巫術とは神に対する罪、仇恨以下兇殺まで九は隣人に対する罪、酔酒放蕩は以上を総括して自暴自棄の罪と称して可ならん。自制なきが肉の行動の特性である。故に統一がない、勝手放題である。己を汚し、神を涜し、隣人を傷く。自己存在の破壊である。肉の勢力は之を目的に働くのである。そして斯かる勢力に己を委ねし者の神の国を嗣ぐこと能はざるは言はずして明瞭《あきらか》である。

〇肉の行動に対して霊の結ぶ果がある。果は希臘語の HO KARPOS 英語の fruit であつて単数名詞である。謂ふ意は靈の結ぶ果は肉の行動と異なり惟一である。唯其の現はれの方面が異《ちが》ふのみである。之を総称して愛と云ふ。自己に在りては歓喜と平和である。隣人に対しては忍耐又慈悲又良善である。忍耐は隣人の欠点に対し、慈悲は其窮乏に対し、良善は彼等隣人に対する全体の態度である。而して彼の性格は忠信柔和であつて、万事に於て節制である。凡ての点に於て肉の行動と正反対である。肉は人を破壊に誘ひ、霊は保全に導く。肉の終りは放蕩である。霊の終りは節制である。自己破壊と自己保全。「己が肉の為に種《ま》く者は肉より敗壊を穫《か》りとり、霊の(63)為に種く者は窮りなき生命を穫りとるべし」とあるが如し(六章八節)。

〇其の善行は果《み》である行動《はたらき》でない。自然に結ぶものであつて、努力して成るものでない。故に「為すべし、為す勿れ」と命ずる律法の支配の外に成るものである。(一月十八日)

 

     第十四回 愛の表顕 加拉太書第六章

 

〇加拉太書の主要問題は律法と福音とである。之を具体的に云へば割礼と無割礼とである。パウロの主張は、人の救はるは神の子を信ずるに因る、律法を行ふに因らず、故に割札は受くるに及ばずと云ふのであつた。一見して如何にも無益の宗教論であるやうに見える。然し乍ら其根柢には深い道徳上の理由があるのである。目的は神の前に義たるにある。人間に対して云ふならば完全なる人と成るにある。そして律法は人を完全に成す道に非ず、福音こそ其の道であると云ふのがパウロの主張であつた。パウロは模範的ユダヤ人として決して夢想家でなかつた。彼は健全なる実際家であつた。彼が高い理想を述べしは、完全なる行為を産まんが為であつた。如斯くにして加拉太書も亦羅馬書の如くに高遠なる実際道徳の提唱を以て終らざるを得なかつた。

。五章五節六節に於て彼は教義を去つて道徳に移つた。先づ第一に教義、然るに後に教義の結果たる道徳、パウロの論法は常に此順序に由る。

  我等は霊《みたま》に由り、信仰に由り、義とせらるゝことの希望の充たさるゝ時を待つなり。夫れイエスキリストに在りては割礼を受くるも益なく、受けざるも益なく、惟愛に由りて動《はたら》く所の信仰のみ益あり。

茲にパウロ道徳の凡てが明記されてあると云ふ事が出来る。第一に信仰、其|報賞《むくひ》として霊を賜はり、霊は義の果(64)を結ぶ。而して霊が信者の裡に在りて義を行ふが故に、信者は義の現はるゝを望み待つ。彼は霊の器《うつは》と化したのであつて、自分で義を行ふに非ずして、霊が自分を以て義を行ひ給ふ時を俟望むと云ふ。実に廻り遠い途であるが、然かも謙遜にして確実なる途である。そして霊《みたま》は信者が俟つまでもなく、彼を以て直に完全なる義を行ひ給ふ。直接道徳に非ずして間接道徳であると云へば間怠《まだる》い微温《なまぬる》い道徳のやうに聞えるが、然し実際的には最も敏活なる最も熱烈なる道徳である。

〇律法正しき乎、福音正しからざる乎、最後の決定は其結果に依るのである。イエスキリストに在りては割札も無益、割礼なきも無益、|惟愛を以て働く所の信仰のみ益あり〔付○圏点〕と云ふ。テストは茲に在る。たゞの信仰ではない、|愛を以て働く所の信仰〔付○圏点〕、此信仰の働く所に真理は在り、神は在まし給ふ。律法にして若し此嘉すべき結果を生じ得ん乎、律法可なり。福音が神の真理たるの証明も亦之を除いて他に求むべからず。人生最後の問題は|やはり〔付ごま圏点〕実際問題である。樹は其果に由て知らる。愛を以て働く所の信仰を結ぶ樹は善樹《よきき》である、結ばざる樹は悪樹《あしきき》である。我は我が反対論者と此点を以て争はんと欲すとパウロは曰ふのである。最大の弁論家は茲に実際道徳の主張者と化したのである。

〇そしてパウロは茲に其実例を挙げて居るのである。六章一節より五節までが夫れである。

  兄弟よ、若し計らずも過《あやまち》に陥る者あらば(若し過に逐ひつかるゝ人あらば)、霊の感化の下に在る汝等は柔和なる心を以て斯かる者を取戻《とりもど》すべし。各《おの/\》自己に省みよ。自己《みづから》も亦誘はるゝ事あらん。相互の重荷を担ふべし、而してキリストの律法を完成《まつとう》すべし。人もし有《いう》ならざるに自から有なりとせば是れ自《みづ》から欺くなり、云々。

(65)茲に愛を以て働く所の信仰の実例がある。真の信仰とは如斯きもの、真の愛とは如斯きものであらねばならぬ。兄弟が罪に陥りし場合、或は罪に逐はれて其逐ひつく所となりし場合に、汝等聖霊を賜はりて其支配の下に在る者は、柔和なる心を以て斯かる者を労《いた》はり、其の回復を計るべきである。汝等は相互の重荷を担はねばならぬ。相互の責任を頒《わか》たねばならぬ。彼が罪を己が罪として感ぜねばならぬ。そして柔和なる心を以て、彼の罪を責めずして、自分で自分の罪を処分するの心を以て、彼を元の状態に取戻《とりもど》さねばならぬ。是がキリストの愛である。キリストは我等の罪を御自分の罪と見なし給ひて、我等に代つて神の怒を御自分の身に受け給うた。我等も亦キリストの此御心を以て相互の罪を担はねばならぬ。斯くなすのがキリストの律法である。モーセの律法とは異なり、兄弟を愛し其罪の責任を頒ちて神に仕へ奉るの途である。

〇他人の罪の責任を頒つと云ふが如き事は、是れ到底我が為す能はざる所なりと云ふ者ある乎。斯かる人は自から己に省みよ。人もし価値なきに自から価値ありとせば是れ己れを欺くのである。汝等各自己が行を検視《しらべみ》よ、然らば己が無価値なるを知らん。縦し一二の誇るべき行為あるを見んも、そは当然為すべき者たるに過ずして、殊更に他人に優《まさ》り彼等に比べて独り誇り得べき者に非ず。人は各自罪の重荷を負ふ。故に凡ての罪人に同情すべきである。「凡て人に為られんと欲《おも》ふ事は汝等も亦人にも其の如くせよ」と主が命じ給ひしが如くに、我等各自自分の重荷を人に頒ちて貰ひたく欲ふが如くに、自分も亦他人の罪の重荷を頒つべきである。

〇第四節第五節は難句である。私は正確の解釈を与へた乎否乎を知らない。然れどもパウロが言はんと欲する所の要点は明白である。キリストの愛の唱道である。愛にも種々《いろ/\》ある。而してキリストの愛は特別の愛である。|自分が他人に代つて苦しむの愛である〔付○圏点〕。「キリスト既に我等の為に詛はるゝ者となりて我等を贖ひ律法の詛ひより(66)脱《はな》れしめ給へり」とあるは此事である(三章十三節)。自分は清浄の身を以て他人の罪に与からず、其罪を責めて責任を頒たずして罪人を救ふ事は出来ない。キリストは斯かる冷淡なる無責任なる方法を以てして我等を贖ひ給はなかつた。彼は我等の為に詛はれ給うた。我等の罪を御自身の罪として受けて甘んじて木に懸り給うた。其処に神の愛が現はれた。基督信者たる者は此特殊の愛を現はす者でなくてはならぬ。

〇|神に在りては独子の提供、人に在りては信仰の服従、而して信仰に応ずる聖霊の恩賜、其結果はキリストの愛の実現、基督敦の大意は是である。而して此の事を述べた者が加拉太書である〔付○圏点〕。(一月廿五日) 〔以上、5・10〕

 

(67)     批評と信仰

                           大正14年1月10日

                           『聖書之研究』294号

                           署名 内村

 

○自分は或る人等が思ふやうなる根本的悪人である乎も知らない。若しさうならば彼等の悪評は適当であつて、自分の不幸此上なしである。然し若し自分が善人であつたとするも、悪評は免かれないのである。そは真の善人が悪人として扱はるゝは此世の常例であるからである。「凡ての人汝等を誉なば汝等禍ひなる哉」とイエスは曰い給うた。鬼の王ベルゼブルと称ばれ給ひし者の弟子が悪しざまに人に評せらるゝは当然の事である。悪人なれば悪しく云はれ、善人なるも悪しく云はる。人は何人も此世に於て悪評は到底免かれないのである。

〇然れども何ぞ恐れんである。クリスチヤンは自分でない。彼は善なるにせよ悪なるにせよ、自分は既に死んだ者である。「我れキリストと共に十字架に釘けられたり。もはや我れ生けるに非ず、キリスト我に在りて生けるなり、今我れ肉体に在りて生けるは我を愛して我が為に己を捨し者、即ち神の子を信ずるに由りて生けるなり」とある。此が丈字通りにクリスチヤンの生涯である(加拉太書二章二十節)。「神の子を|信ずる〔付○圏点〕に由りて生く」。信仰が彼の生命である。道徳でも、品性でも、人格でもない、|信仰である〔付○圏点〕。信仰があれば信者である。信仰が無ければ他に何物があつても信者でない。信者を鞫くに信仰を以てせずして、信仰以外のものを以てするは、誤つたる鞫きと称せざるを得ない。

(68)〇自分は度々思ふ、ルーテル、カルビンのプロテスタント(新教)運動は失敗であつたと。そして其事を思ふてプロテスタント主義までを疑はざるを得なくなる。然し乍ら新教《プロテスタント》主義が間違つて居るのではない。其名のみが存して、其実は消えて了つたのである。独逸も米国も新教国であると云ふが、実は夫でないのである。道徳や人格に由て生きず信仰に由て生くと云ふ点に於て、独逸も米国も新教国でないのである。彼等は実は彼等が棄し元の羅馬天主教に還つたのである。即ち主の十字架を仰がずして、己に省るの「此世の小学」に還つたのである。今の米国宣教師の伝ふる基督敦は其実質に於て概ね旧い羅馬天主教である。彼等は完全なる人を要求する、故に自己を鞫き亦他人を鞫くのである。本当の新教徒は完全を人に求めず、キリストに於て発見する。故に自己を鞫かず他人をも鞫かないのである。新教徒が自他を鞫き始めし時に、彼れ独特の信仰を棄たのである。望ましきは宗教改革初代の純信仰である。

 

(69)     新年を迎ふ

                           大正14年1月10日

                           『聖書之研究』294号

                           署名 内村

 

〇大正十四年は如何なる年である乎、我等は勿論其事を知らない。唯一事は確かである。其れが世人の所謂善き年であらうが悪き年であらうが、我等主を信ずる者に取りては引続き恩恵の年である事は確かである。我等に自分の計画はない。自分で自分の事業を進めようとは為ない。自分は全部之を主に御引渡し申し、彼の御心の儘に動かんとする。故に安心である。怖い人も物もない。我が敵は主が破つて下さる。我が障害は主が除いて下さる。全能の主が我が弱き信仰に応じ、其聖霊を以て我が衷に降り、我に代りて信者たるの生涯を営んで下さる。実に有難い事である。

〇今年七月を以て本誌は其第三百号に達する筈である。我等は其時に至りて又復エペネゼルを歌ふであらう。「ヱホバ是まで我等を助け給へりと云ひて其名をエベネゼル(助けの石)と呼ぶ」とある(サムエル前書七章十二節)。敵は内外に多かつた、而して今尚絶えない。然るに神は我等に代りて悉く彼等を撃退し給うた。戦闘《たゝかひ》は|彼に在りて〔付◎圏点〕全勝利であつた。神は活きて働き給ふ。我等は其事を疑ふ事は出来ない。故に人なる援助を求むるの必要は無い。又|いかゞはしき〔付ごま圏点〕手段を取るの必要は毫《すこし》も無い 唯前に置かれし栄光を望んで勇進するのみである。永い年月我等を導き給ひし主が最後に我等を棄給ふ筈はない。


(70)     THE CROSS AS PHILOSOPHY.人生哲学としての十字架

                           大正14年2月10日

                           『聖書之研究』295号

                           署名なし

     THE CROSS AS PHILOSOPHY.

 

 The enigma of life is as insoluble as ever.No philosophy of life has ever succeeded in solving it.Good things come to bad men,and bad things come to good men. True men are rejected as hypocrites,and false men are hailed as saints.The strangest of all things is the life we live in this world.But one thing settles all questions;and that is the Cross of Jesus Christ.The Cross solves the enigma of life,and makes all things clear and comprehensible. The Cross is God's philosophy of life;it is the key to the satisfactory solution of all the knotty problems of life.Walking in the light of the Cross,we stagger not,though confronted with the biggest inconsistencies of life.


     人生哲学としての十字架

 

 人生の謎は今に至るも猶ほ依然として不可解である。如何なる人生哲学と雖も未だ曾て其解釈に成功した事はない。善事は悪人に来り、悪事は善人に来る。真の人は偽善者として斥けられ、偽の人は聖人として迎へらる。(71)全宇宙に我等が現世に於て送る生涯の如くに不思議なる者はない。然れども茲に凡ての問題を解決する一つの物がある、其れはイエスキリストの十字架である。十字架が人生の謎を解釈する。万事が之に由て明白になり、解し易くなる。十字架は神の人生哲学である、人生の凡ての難問題の満足なる解決に我等を導く鑰である。十字架の光に歩行《あゆ》みて我等は人生の最大の矛盾に遭遇することあるとも、少しも蹣跚《よろめ》かないのである。

 博士A・M・フエヤベインが其名著『基督教哲学』に於て曰うたことがある「キリストは其|釘《くぎ》つけられたる掌《てのひら》の中に宇宙の秘密を握り給ふ」と。実に其通りである。宇宙の秘密は人生のそれと同じくキリストの十字架に於て在る。彼が其上にエリ、エリ、ラマ、サバクタニの声を発し給ひし時に人生の謎は解けたのである。其事の解つた者が基督信者である。


(72)     〔近代人と基督信者 他〕

                           大正14年2月10日

                           『聖書之研究』295号

                           署名なし

 

     近代人と基督信者

 

〇「自己に覚めよ」と近代人は云ふ。而して彼等は自己に覚めて何を発見せしやと問ふに、自己の価値ある事、自己に権利ある事、自己の自由なる事、無限に発展して宇宙を我有とするの資格ある事を発見したりと答ふ。

〇基督信者も亦白己に覚めたる者である。然れども彼は近代人の如くに覚めたる者ではない。基督信者は自己に覚めて自己の罪人なるを発見する。彼はパウロと共に曰ふ「善なる者は我れ即ち我肉(生れながらの我)に在らざるを知る」と。基督信者に取り自己に覚むるは悲しき事であつた、然れども其悲しみに追はれて彼はキリストに走つた、そして自己に於てに非ずして、キリストに於て、満足と歓喜とを発見した。

〇斯くして似て非なる者にして近代人と基督信者との如きはない。近代人は自己主張者であるに対して基督信者は自己抛棄者である。自己に生んとする者と自己に死せんとする者とである。二者は全然別人である。

 

     偉人たるの途

 

(73)〇偉人とは大事を為す人であると思ふは大なる間違である。偉人とは小事に忠実なる人である。小事に忠実なるが故に其小事が積りて彼をして大ならしむるのである。小人他なし、虚偽《いつはり》の人である。万事を誤魔化す人である。何事をも完全に為さんと欲して其事を努めざる人である。故に彼は生涯を費して一事をも成就し得ないのである。

〇偉人たらんと欲する乎? 甚だ容易である。凡て汝の手に来る事は力を尽くして之を為すべしである(箴言九章十節)。誠実其事が偉大である。誠実を以て万事に当て何人も偉大たらざらんと欲するも得ない。世に未だ曾て誠実ならずして偉大なりし人の在つた事はない。


(74)     柏木の改善

                             大正14年2月

                             『柏木通信』2号

                             署名 内村鑑三

 

〇柏木の集会は段々と善くなりつゝあると信じます。其重なる原因は新会員の入会を断つて旧会員の緊縮を計つたからであると思ひます。柏木の大欠点は会員の多過ぎるにあります。故に内が常に纏らずして、芝居か寄席の状態を持継けて来たのであります。求道者であると云へば成るべく迎へて其指導の任に当らうと思うたのであります。

〇然し乍ら人には何人にも力の限りがあります。会員が六百人もあつて、其上に毎月何十人と云ふ新会員を加へて行いて、健全なる会を作り得やう筈はありません。依て今回大に意を決し、内の固まるまでは新会員を入れない事に致しました。其結果は誠に好良でありまして、茲に初めて会らしい会を持ち得るに至りました。

〇私は世に所謂教会を有ちたくありません。即ち世に勢力を張り、彼を斃しても我を張らんと欲するやうな団体は決して有ちたくありません。然し乍らイエスキリストを中心に相繋がれる信仰の兄弟姉妹の組成する霊的ホームは切に有ちたくあります。そして今後之を目的に進みたくあります。会員諸君に於ても私の此意に賛成して柏木に於て温かい、居心の好いホームの現はるゝやう御尽力下さらんことを願ひます。

 

(75)     〔青木庄蔵著『世界をめぐりて』〕序言

                            大正14年3月10日

                            『世界をめぐりて』

                            署名 内村鑑三

 

 飲酒其事は悪事であると言ふことは出来ない、然し乍ら多くの悪事が飲酒に伴ふ、是れ飲酒をして悪事たらしむる所以である。飲酒に由て亡びし人と家とは挙げて算ふべからず、飲酒に由て滅びし国家も亦尠からず。飲酒は小事なるが如くに見えて実は大事である。人生の失敗、家庭の不和、社会の紊乱、国家の廃頽、孰れも其の因を探れば多くは飲酒に在るを知つて、誰か飲酒の害毒に対して義憤を発せざる者あらんや。殊に我国の如き、飲酒を一種の礼儀である乎の如くに思ひ、杯を把らざるを以て礼に※〔女+閑〕《なら》はざるが如くに看做す国に於て、飲酒の全廃を計るは大なる愛国的行為と称せざるを得ない。日本は外敵の為に亡ぶるの虞なしと雖も飲酒の為に亡ぶるの危険は甚だ多い。六千万の同胞が一年間に酒の為に消費する金額が拾七億円に達すると聞いて誰か戦慄せざる者があらう。飲酒を小事と看做し、禁酒論者を嘲ける人は、国家の安否を念とせざる反逆者と見て不可なからうと思ふ。

 私の親友青木庄蔵君は我国に於ける飲酒習慣の全廃を以て其一生の事業とせらるる人である。君が先般企てられし世界旅行は此目的を以て行はれし者である。君は同志を広く世界に求めて、君の事業は今や世界的ならんとしつゝある。此書は蓋し日本国を世界の禁酒同盟に誘導する者として有力なるべし。茲に一言を加へて著者に対(76〕する厚き友情を表する次第である。

   大正十三年十二月十一日          内村鑑三

 

(77)     MODERNISM AND AMERICANISM.現代主義とアメリカ主義

                           大正14年3月10日

                           『聖書之研究』296号

                           署名なし

 

     MODERNISM AND AMERICANISM.

 

 Modernism in all its phases is nothing but love of pleasure rather than love of God. It is an attempt to get the greatest amount of pleasure out of this globe of only eight thousand miles in diameter,in a span of life of only three score years and ten. Instead of saylng:the earth is the Lord's and fulness thereof, Modernism says:earth is man's,and fulness thereof.It exhausts one source of resources after another,and never gives thanks to the Creator;and in its eagerness to enjoy the present life,it pays no attention to the welfare of the fuhre generation. And Americanism is the most developed form of Modernism,and in the name of science and progress, it is leading the whole world into swift destruction.May God deliver us from Modernism and Americanism!

 

     現代主義とアメリカ主義

 

 現代主義他なし、之を其すべての方面より見て、神よりも佚《たのしみ》を愛することである。此は直経僅に八千哩の(78)此地球より、僅に七十年の此の短き生涯の間に、最大の快楽を得んと欲する努力である。聖詩人と共に「全地と其内の凡ての物はヱホバの有なり」と言はずして、現代人は曰ふ「全地と其内の凡ての物は人類の有なり」と。現代人は跡から跡へと地の資源を使ひ尽して顧みず、又之が為に造物主に感謝しない。又彼等は現代に於て楽まんと欲する熱心よりして、子孫未来の幸福に注意を払はない。現代主義の最も発達せる者はアメリカ主義である。アメリカ主義は科学と進歩との美名の下に全世界を急速の破滅へと導きつゝある。祈る神が現代主義とアメリカ主義との二つの有害有毒の主義より我等を救出し給はんことを。(テモテ後書三章四節参考)

 

(79)     何の為の伝道か

                           大正14年3月10日

                           『聖書之研究』296号

                           署名なし

 

〇伝道は何の為に為す乎、是れ伝道者に屡々起る問題である。人に道を伝へて其人が之を信じて其の信者に成ることは滅多にない。召さるゝ者は多くして選まるゝ者は稀である。労力に此して効果の尠き事にして伝道の如きはない。故に多くの伝道者は伝道を廃して政治又は実業又ほ其他の事業に入る。文豪ルナンが使徒パウロを評して、彼れパウロが其生涯の終りに於て、伝道に従事したるを悔ひ、其青年時代に於て契を交せし愛人にして故郷タルソに遺せし者を想ひ、痛恨の涙に咽んだであらうと云ひしは、単に空想とのみ見るべきではあるまい。

〇まことに若し伝道が此世限りの事であるならば、今日直に之を廃するが智恵である。伝道に依て人は容易に信者にならず、社会は改まらず、国は救はれない。然し伝道は此世限りの事でない。「夫れ審判《さばき》は神イエスキリストをもて我が福音に循《よ》りて人の隠れたる事を鞫き給はん日に成るべし」とあれば(羅馬書二章十六節)福音は終末《おはり》の審判の日に於て、神が凡ての人を鞫き給はん時に、神に取りても亦人に取りても必要であるであらう。キリストの福音を称して之を「永遠の福音」と云ふも亦是が為であらう(黙示録十四章六節)。即ち福音は此世限りの者に非ず、永遠に有用なる者なりとの事であらう。

〇人には何人にも自己に覚むる時が来る。若し此世に於て来らざれば来世《つぎのよ》に於て来る。そして其時は恐ろしい時(80)である。自己の罪を認めしめられて神の前に裸※〔衣+呈〕《はだか》で立つ時である。其時彼は援助を何処に求めん耶。「キリストの血、すべての罪より我等を潔む」とは斯かる場合に処して真の福音である。福音は眠れる霊魂に取りては何の必要もない。然れども其の一たび覚めて独り義を以て鞫き給ふ神の前に立つや、キリストの十字架を除いて他に隠場《かくれば》とてはないのである。其時福音は実に福音である。是れありて拯《たすか》り、是れなくして亡ぶるのである。福音は人が自己の罪に覚むる時に、必要にして欠くべからざる者である。

〇其時の為に我等は今福音を説きつゝあるのである。我等は今社会国家の無用物として賤視《いやし》めらるゝと雖も其時に到りて我等の辛労は認めらるゝであらう。其時多くの背教者は我等に感謝するであらう。其時彼等は再び救拯《すくひ》の磐《いは》を発見して安全なるを得るであらう。そして我等も亦其時を望んで、今は「世の汚穢《あくた》又|万物《よろづのもの》の塵垢《あか》」として扱はるゝも忍んで伝道を継くるであらう。

 

(81)     DARKNESS AND HOPE.暗黒と希望

                           大正14年4月10日

                           『聖書之研究』297号

                           署名なし

 

     DARKNESS AND HOPE.

 

 With all the progress in science and art of living,never was the world darker than at present. And churches and governments with all their means ofenlightenment seem to be totally incompetent to dispel the darkness.But we are not discouraged.Yea more,our confidence grows by the very darkness.The prophecy and promise is:The darkness shall cover the earth,and gross darkness the peoples:but the Lord sball arise upon thee,and his glory shall be seen upon thee.――Isaiah 60:2.Not by evolution,nor by efforts of men,but by the power of God shall the world and mankind be perfected.The Word of God standeth sure:It shall not return unto Him void.Hallelujah to the Highest!

 

     暗黒と希望

 

 科学と生活術との凡ての進歩を以てして、全世界が今日程暗黒に鎖された事は未だ曾て無い事である。そして(82)教会も政府も其 する凡ての機関を以てして此暗黒を遂攘するの能力には全然欠けて居るやうに見える。然れども我等は落胆しない。我等は神と其大能とに信頼する。然り其れ以上に、我等の信頼は暗黒其物に由て増大する。預言と契約とは下の通りである、曰く「暗黒《くらき》は地を覆ひ、其聞《やみ》は諸の民を覆はん、然れど汝の上にはヱホバ照出で給ひて、その栄光汝の上に顕はるべし」と(以賽亜書六十章二節)。万物の進化に由てに非ず、人間の努力に由てに非ず、神の御力に由て世界と人類とは完全に成るであらう。神の御言《みことば》は立ちて動かず、「我口より出る言は空しくは我に還らず。我が喜ぶ所を成し、我が命じ遣りし事を果たさん」と彼は宣たまうた(同五十五章十一節)。万民は宜しく声を揚げて至上者を讃美すべしである。

 

(83)     基督教を解するの途

                           大正14年4月10日

                           『聖書之研究』297号

                           署名なし

 

〇基督教を組織的に解釈せんとして努むる者がある。そして解釈したりとて喜ぶ者がある。然し乍ら基督教は哲学に非ず科学に非ざるが故に組織的に解する事の出来る者でない。基督教を解したりと思ふ人は未だ解せざる人であつて、其人の解釈は自己をも他人をも満足せしめざる者である。基督教を解するの途は唯一ある。其命ずる所に従つて之を行ふにある。此くしてのみ基督教を知る事が出来る。論よりも証拠である。哲学的に、言語学的に基督教を研究した人で、之を以つて飽足《あきた》りて他に何物をも要求せざる祝すべき状態に入つた者の在るを知らない。基督教の研究は研究の不満足を知覚する為に必要である。滴足其物は研究に由て得られない。満足は信じて従つて行ふに由て得らる。基督教を解する途は至つて簡短である。

〇若し円満なる哲学として見るならば仏教はたしかに基督教以上である。基督教に多くの思想上の矛盾がある。神は愛すると共に怒り給ふと云ふが其一である。基督教は自力教でもなければ亦他力教でもない。厳格なる道徳を要求すると共に信仰に依る罪の絶対的赦免を宣言する。基督敦を一貫せる倫理組織として見ることは出来ない。哲学的に見たる基督教は甚だ不完全なる宗教であると云はざるを得ない。

〇然らば基督教の価値は何に於て在る乎と云ふに其|能力《ちから》に於て在る。基督信者は仏教信者と議論を闘はして多分(84)負けるであらう。然れどもキリストに学びし者に仏陀に学びし者に無いものがある。人類に対する熱愛がある。世を避けずして之と闘つて勝たんとするの勇気がある。彼は事物に対して冷静なること能はず、悪を憎んで善と親しむ。彼に打消す能はざる希望がある。彼は罪の此世が神の能力に由り化して天国と成るを信じて疑はない。故に彼の口に讃美の歌が絶えない。彼は何でなくとも活動の人である。彼は人として生れ来りしを喜ぶ。彼は墓の彼方に永遠の生命を認める。何故かは知らざれども、彼は死と消滅とは彼の運命にあらざるを知る。

〇如何にして此くなるを得し乎と云ふに、研究の結果完全に基督教を解したからではない。キリストを信じ彼の命令に服従して彼れ御自身に接したからである。学んで知つたのではない、行つて知らしめられたのである。基督教は高度の生命である。生命は思想的に統一する事の出来る者でない。生命は自《みづ》から生きて知る事が出来る。基督教を知る途も唯其れである。

 

(85)     パウロの欠点に就て

                           大正14年4月10日

                           『聖書之研究』297号

                           署名 内村鑑三

 

  二月十二日日本バプチスト教会教役者修養会に於て為せる講演の一部。

 

〇パウロは理想の人ではない。彼に多くの欠点があつた。彼は私の良き教師であり、信仰の兄弟であり又友人である。然れども彼は私の救主でない。私はパウロを、トマスがイエスを呼んだやうに「我主よ我神よ」と呼ぶ事は出来ない。私はイエスを崇拝するが、パウロを敬愛する。パウロは私をキリストに導いて呉れた 然し彼はキリストでない。「噫我れ困苦《なやめ》る人なる哉、此の死の体より我を救はん者は誰ぞや」と叫びしパウロは矢張り罪の人であつて、完全なる神の子ではなかつた。

〇パウロに多くの欠点があつた。其事は使徒行伝に依るも、亦彼が遺せし書簡に依るも明かである。然し乍ら彼に欠点の在つた事が彼に対し私の|なつかし〔付ごま圏点〕味を起す。私は之に由て彼が私の兄弟である事を知る。而して又彼を救うた道が私を救ふ道である事を知る。而已ならず、人の短所は返て其長所を示す。諺に言ふ通り「人の過失《あやまち》を見て其仁を知る」である。人の欠点は偶ま以て其美点を窺ふの途となる。パウロの欠点を知るは彼を知るの最も好き途の一である。そして事実を伝へて誤らざる聖書は、パウロに就ても亦尠からざる欠点を伝へて居るの(86)である。

〇其明自なる者の一はコリント前書九章十五節に録されたる彼の言である。彼は福音を宣伝ふる者は福音に由て生活するの権利あるを長々と述べた後に言うた。

  然れど我は此等の事(権利)は一つをも用ゐず、又此くの如くせられん為に之を書送るに非ず、|そは我が誇る所を人に空しくせられんよりは寧ろ死ぬるは我に善事なれば也〔付△圏点〕

と。此は随分思ひ切つたる言である。若し今の伝道師が此かる言を発したなれば、彼は少くとも過激極端を以て評せらるゝであらう。パウロは茲に曰うたのである「伝道師に伝道に由て生活するの権利がある、穀物を碾《こな》す牛さへも口籠《くつご》をかけられずして碾しながら穀物を食ふの自由を予へらるではない乎、況して伝道師に於てをや。然れども我は此権利を用ゐない。我は独り働いて、生活の事に於ては人を煩はさない。我は生活の事に於ては独立伝道師である。我れ福音を宣伝ふるに人をして費《つひへ》なくキリストの福音を得しむ、是れ我が賞《むくひ》又|誇《ほこり》である。而して我が此誇を人に空しくせられんよりは死ぬるは寧ろ我に善事《よきこと》なり」と曰うたのである。短かき言を以て言替へれば、「我が独立を失はんよりは我は寧ろ死なん事を欲す」と云ふのである。此は果して謙遜にして従順なるべき基督信者の曰ふべき言であらう乎。生活の独立は左程に貴きものであらう乎。パウロ自身が直《す》ぐ前に伝道師は伝道に由て生活するの権利ありと主張したではない乎。然るに己が主張した事を直に壊《こぼ》ち 自分丈は此権利を用ゐずと云ひ、剰《あまつさ》へ此権利を用ゐんよりは寧ろ死を択むと云ふ。是れ大なる自家撞着であつて、人の教師たるべき者の決して口にすべからざる言であるやうに見える。恰かも日本武士が「耻をかくよりは死するに如かず」と云ふが如くであつて、縦し其意地は賞すべきであるとするも、其態度たるや決して誉むべき者でない。

(87)〇誠に自家撞着である。パウロは茲に彼の|駄々ツ児性〔付ごま圏点〕を現はして居ると云ふ事が出来る。此言を以て現はれたる使徒パウロは決して温良円満なる君子でなかつた。然し彼の人成《ひとゝなり》が窺はれるではない乎。パウロは如此き人であつたのである。他人の権利は熱心に之を弁護したが自分としては之を利用する事を憚つたのである。権利は権利である。然れども之を用ゐるも自由、用ゐざるも自由である。人には凡ての権利の上に自由の権利がある。受くべき者を受けざるも亦貴き権利である。而して羅馬市民権を有し、独立を誇りしタルソのパウロは、彼の伝道生活に於ても依頼生活には堪へられなかつたのである。彼は依頼よりは寧ろ死を欲したのである。彼がキリストの愛に強いられて伝道に従事すべく余儀なくせられし時に、彼は服従と共に祈願を述べて言うたであらう。

  主よ私は伝道に従事します、然し唯一つの事を許して下さい。生活の事に就ては私に独立を許して下さい。伝道に由て生活するの権利丈けは之をアナタに奉還する事を許して下さい。

と。斯くて彼は終生自活伝道を実行した。時には勿論信者よりの愛の贈物を受けて言尽せぬ感謝を表したが然し生活の事に於ては彼は終りまで独立伝道師であつた。彼がエペソの信者に別を告ぐる時に曰うた。

  我れ人の金銀衣服を貪りしことなし。我が此手が我れ及び我と偕に在りし者の必要物を供へしことは汝等が知る所なり(行伝二十章三三、三四節)

と。自分の手を伸ばして「此手が」と云うた。此手に依て生活して伝道したのである。そして此独立の名誉を傷けられんよりは死ぬるは寧ろ我に善き事なりと彼は曰うた。「高貴なるパウロよ、我は汝を愛す」と私は言ひたくなる。独立を過重するは欠点であると言ひ得やうが、世には依頼に満足する伝道師が多きに過ぎて之が為に福音が幾回《いくたび》となく汚されし事を思ふ時に、パウロの独立過重の決して悪事でない事が判る。此は欠点としても、愛(88)すべき善き欠点であると思ふ。

〇パウロの欠点の第二はコリント前書十六章八、九節に現はれて居る、曰く、

  我れベンテコステまでエペソに居らん、そは広く且有効なる門戸開けて我前に在り、|また敵する者多ければなり〔付△圏点〕

と。此は普通の人より見て不思議の言分《いひぶん》である。「我は猶暫らくエペソに留らん、そは広くして成功を齎らすべき見込ある門戸我前に開けたれば也」と云ふは何人にも解る。然れども「敵多きが故に去らず」と云ふは不思議である。此はパウロの|意地ツ張《いぢつぱ》りと云ふより他に途がない。イエスは弟子等に教へて曰ひ給うた、「此邑にて人、汝等を責めなば他の邑に逃れよ」と(馬太伝十章二三節)。敵は之を避くべしと云ふのである。然るにパウロは此に「敵多きが故に我はエペソを去らず」と云ふのである。基督信者の従順性を欠くやうに見えて、今の宜教師達の眼より見て、甚だ|おとなしく〔付ごま圏点〕ないのである。

〇然し乍ら是がパウロのパウロたる所以であると私は思ふ。独立を愛した彼は又或る程度の抵抗を愛した。彼は場合に依ては退却するが|敵の前に退却するを好まなつた〔付○圏点〕。羅馬の市民権を有した彼に羅馬人の武士気質があつた。羅馬の武士は曰うた Vivere est militare(生くるは闘ふ事なり)と。パウロも亦或種の戦闘を愛した。「敵多きが故に去らず」である。今日の多くの伝道師が為すが如くに、「敵多きが故に去る」ではない。敵が絶えた後には去る、然れども敵の在る間は去らないと云ふのである。実に勇ましい言分である。欠点と云へば欠点である。然れども独立過重と同じやうに貴むべき愛すべき欠点である。パウロはキリストの福音を委ねられて羅馬帝国に伝道して少しも|引け〔付ごま圏点〕を取らなかつたのである。|彼は自分一人の方が羅馬全帝国よりも強いと信じたのである〔付○圏点〕。故に敵(89)の多いのを返つて喜んだのである。大胆不敵のパウロよと言ひたくなる。此元気ありしが故に彼は終生戦つて疲れなかつたのである。彼は今日見るやうな女々《めめ》しい伝道師ではなかつた。彼は敢て鉄拳を以て敵に対しなかつたが、敵の前に北《にげ》るやうな事は為なかつた。彼は athetic preacher(運動家の伝道師)であつた。私は彼に此欠点ありしが故に彼を愛せざるを得ない。

〇パウロの第三の欠点は之を使徒行伝十六章十二節以下に於て見ることが出来る。彼はシラスと共にピリピの市《まち》に於て獄舎に投ぜられ、多くの堪え難き凌辱を受けた。然し神の奇跡に由て救はれ、終に自由の身たるを得た。然し乍ら彼は直にビリピを去らなかつた。去る前に彼は一の悪戯《いたづら》を為した。彼は彼の有する羅馬市民権を振廻はして市長を困らせ、彼をして全市を代表して謝罪せしめ、然る後に悠々として立去つた。三七節以下に曰く、

  パウロ彼等(獄吏等)に曰ひけるは、我等ロマ人なるに罪を定めずして公然我等を杖《むちう》ち且獄に入れたり、而して今窃かに我等を出さんとする乎。宜しからず彼等(上官等)自から来りて我等を引出すべしと。下吏《したやく》此言を上官等に告げければ、彼等そのロマ人なるを聞きて懼れ、来りて彼等に此より出んことを願ひ終に彼等を引出してその市《まち》を去らんことを請へり。二人の者獄を出てルデヤの家に入り、兄弟等に会ひ之に勧めをなして出去りぬ。

と。此は福音の伝道師として為さずとも宜い事である悪を以て悪に報ゆる勿れであつて、ピリピの官吏等の侮辱に対して唯愛を以て之に報ひ、彼等の為に祈りて静かに出往けば宜いのである。然れどもパウロは其れでは不足を感じた。彼は少し官吏等を因《いぢ》めてやりたかつた。故に彼の有するロマの市民権を振まはして=彼は多分身に携帯せし証書を取出して示したのであらう=役人等を困らせたのである。而して彼等をして彼の前に跪きて謝罪《あやまら》(90)せ、然る後に大手を揮つて獄舎の門を出行いたのである。|人の悪いパウロである〔付△圏点〕。彼は基督教の伝道師としては為すまじき事を為したと多くの人は曰ふであらう。私は思ふ、彼は此時会心の笑《ゑみ》を湛え同伴のシラスを顧みて「痛快」を三呼したであらうと。

〇此はたしかに悪戯である、然し害の無い悪戯である。若しパウロが杖を以て撃たるゝ前に彼のロマ市民権を示したならば、彼の非基督数的行為を責めても可いであらうが、然れども撃つ丈けは撃たせて置いて然る後に彼の権利を主張したのであれば、其点に就て彼の為した事に非難すべき所はない。唯少し官吏を困らせた所に非難すれば非難すべき所がある。然し是は無害の悪戯《いたづら》であつて、伝道師も時には是れ位ゐの悪戯を為しても可いと思ふ。伝道は真面目の事業であるが然し時には諧謔を以て少しく之を緩和するの必要がある。人に必要なるはヒユーモアである。|世に貴い者とて真面目なる人の深い笑の如きはない〔付○圏点〕。誠実が解けて笑となりて現はれた者、其れがヒユーモアである。凡ての偉人にヒユーモアがあつた。クロムウエルに在つた。リンカーンに在り過ぎる程あつた。ジョンソンやカアライルに沢山にあつた。パウロに無い訳はない。そして在つたと私は信ずる。ピリピに於て彼が為したる事が其一であつたと思ふ。私は之にパウロの人間味を見て喜ぶ。私は|聖〔付○圏点〕パウロの外に|人〔付○圏点〕パウロを知りたい。そして彼が為した害なき悪戯《いたづら》に之を見て非常に喜ぶ。パウロは私の近づき得ない人ではなかつた。私はシラスに代つて彼の伝道旅行に同伴したく欲《おも》ふ。

〇パウロはピリピに於て為した悪戯よりも少し質《たち》の悪い悪戯をヱルサレムに於て為した。其れは彼が信仰の故を以てサンヒードロン(議会)に審判かれた時であつた。事は使徒行伝二十三章一-一〇節に於て審かである。パウロは彼を審判く者の半ばサドカイ派の人にして半ばパリサイ派の人なるを見て取りしや、彼は議会の中に呼は(91)りて曰うた、

  人々兄弟よ、我はパリサイの人なり、又パリサイ人の子なり、死たる者の甦ることを望むに因りて我は今審判《さばか》る。

と。彼が此く言ひし時に彼の審判人の間に大なる争論が起つた。そはサドカイ人は復活を信ぜず、パリサイ人は之を信じたからである。之が為に審判は止んでパウロはロマの軍隊に引渡されて無事なるを得た。

〇此場合に於てパウロは能く気転《きてん》を利《きか》したと云ふことが出来る。反対者の分争を利用して自分の安全を計つたのである。普通の人が為したとすれば何の咎むべき所はない。然し乍ら福音の宣伝者の行為としては非難すべき所なきに非ずである。殊に彼が議会を欺いた節なきに非ず。彼は「我はパリサイ人なり」と云うたが其事は文字通りに事実でない。彼はパリサイ人であつた、然れども今はクリスチヤンである。故にパリサイ人であると言うたのは嘘《うそ》であると云ふ事が出来る。何れにしろ此場合に於てパウロは使徒らしくなかつたと云ひて云ひ得ない事はない。

〇厳格に云へばパウロは茲に嘘《うそ》を吐《つ》いたのである。敵を誤つて自分の安全を計つたのである。然し乍らパウロも一人の人間であつた。彼は福音の伝達者として人に瞞《だま》さるべきでない。彼は罪を犯さゞるに茲に罪人として審判かれんとして居るのである。故に敵の内訌を利用して災厄を免かれたのは悪事として見る事は出来ない。彼は之が為に別に審判人《さばきびと》に害を加へたのではない。彼は彼等が常時繰返しつゝありし争論を利用して一時の難を避けたのである。機に臨んで気転を利かしたのである。彼が斯かる場合に於て従容として迫らざるを示し、彼の措置に敬服せざるを得ない。之に由て見るもパウロは決して世の所謂「お人善し」ではなかつた。事が済んだ後にサド(92)カイ人とパリサイ人とは互に相語つて言うたであらう、「彼れパウロは仲々喰へない奴《やつ》である。我等の分争を利用して我等を打破つた。我等イスラエルの智者等は彼れ一人に甘く一本やられた」と。而してパウロはロマ人の兵営に送られて後、独房に在りて独り快笑に耽つたであらう。

〇全体、伝道は義務であると同時に又大なる快楽である。何事に拘はらず快楽の伴はざる事は永続しない。パウロが一生を通じて伝道に従事して倦まざりし理由の一は確かに彼が之に大なる快楽を覚えたからであるに相違ない。そして快楽の在る所に笑ひは自づから禁じ得ない。パウロは天然を愛し、美術を嗜む人でなかつた。故に其方面に於て彼に快楽はなかつたが、人事に於ては彼に充分の了解が有り、随つて其観察に大なる趣味を有つた。|彼は人間の起笑的方面を看逃さなかつたと思ふ〔付△圏点〕。不幸にして吾人はルーテルの逸話集を有つが如くにパウロのそれを有たない。若しルカが後世の為にパウロの逸話集を遺して呉れたならば、吾人は如何に幸福であつたらう。然し吾人の今日有する記録の中に、少しなりとも彼のヒユーモア的一面を窺ふを得て大なる感謝である。

〇以上はパウロの欠点であるとするも、小なる軽い欠点である。然れども此の外に別に大なる重い欠点と見るべき者がある。|それは彼が敵を罵りし言〔付○圏点〕である。「悪を以て悪に報ゆる勿れ……我が愛する者よ、仇を報ゆる勿れ、退きて主の怒を待つべし」と自から教へしパウロ自身が反対者に対して随分と激しい言を発した。若し日本の基督教界に於て、私の反対者に対して、パウロが発したやうな言を私が発したならば、人々は決して私を赦さないであらう。米国宣教師の如きは、必ずや私を責むるに「非基督教的」の言を以てしたであらう。然れども事実は蓋ふべからずである。私は其最も著明なる者を茲に掲げる。

〇腓立比書三章二節に於て彼はピリピに於ける信者に注意を促して曰うた、

(93)  |汝等犬を慎めよ〔付○圏点〕、悪を行ふ者を慎めよ、割礼を行ふ者を慎めよ。

と。此は思び切つたる悪口である。割礼を行ふ者とはモーセの律法の実行を必要と認むる基督信者であつてパウロの教義上の反対者である。其者を呼んで悪を行ふ者と云ひ、更に「犬」と云ふ。此は無礼であり、粗暴であり、野鄙である。如何に見ても基督的紳士の発せし言とは思はれない。然し彼は之を以て満足せず、更に甚だしき言を発した。其れは加粒太書五章十二節である。其意味は明白であつて、希臘語を以て聖書を読む者は能く其の何たる乎を知る。然れども余りに醜悪なるが故に成るべく之を薇はんとし、之を外語に訳するに方ては、全然原意を示さゞるが恒である。旧い日本訳に依れば「汝等を乱す者の|自から汝等より離れんこと〔付○圏点〕を願ふ」とありて、其内に何の忌はしき事なしと雖も、其の忠実なる訳字でない事は明かである。故に改正訳に於ては少しく原文の意味を示さんと努めて左の如くに訳した、

  願くは汝らを乱す者どもの自己《みづから》を不具〔付△圏点〕にせんことを

と。然し是丈けでは足りない。パウロはそんな弱い言を発したのではない。彼は明らさまに曰うたのである「割礼を汝等に強いて汝等の信仰を乱す者の更に進んで陽を其根より断たんことを」と。|即ち割礼とは陽の皮を切ることであるが、其事が救霊に必要であると云ふならば、更に進んで陽を其根より断たんことを勧む〔付△圏点〕と言うたのである。割礼を嘲けつた言にして是よりも激烈なるものはない。パウロは此過激の言を発するに方て申命記二十三章一節を心の中に持つたであらう。

〇基督教の伝道師たる者が、斯かる過激なる、而かも野卑なる言を発して敵を罵つて可いであらう乎。此は如何に見てもパウロの欠点であつて、此事に就て彼を弁護するは不可能であると言はざるを得まい。然し乍ら欠点は(94)美点を示す一助であつて、此欠点に由てパウロの心中、深き所を窺ふ事が出来る。即ち彼が熱烈の人であつた事である。彼は善く愛すると同時に善く憎む人であつた。博士ジヨンソンは善く憎む人に非れば彼の倶楽部員たる事を許さなかつたと云ふが、実に善く憎み得ない者は善く愛し得ないのである。誠実の人は中途半途たる事が出来ない。愛せざれば憎み、憎まざれば愛す。そしてパウロはキリストの愛に励まされて、愛の区域を広め又深めたるは事実であるが、其れと同時に又、此愛を蹂躙する者に対し堪へ難き忿恚《いかり》を懐くに至りしことも亦否むことは出来ない。言ふまでもなくパウロに預言者性がタツプリ在つた。彼は焼尽す火の如き預言者がキリストの僕になつた者である。そして人の天性は容易に脱《ぬけ》るものでない。恰かも日本武士が基督信者に成りて終生武士気質を存すると同じである。そして預言者は随分思ひ切つたる言葉を使つた。パウロは旧約の預言書に於て、彼が加拉太書に於て使つたやうな言葉の模範を見た。耶利米亜記二章二四節の如き其一である。緩慢なる日本訳にても少しく其原意を窺ふ事が出来る。以西結書十六章廿六節の如き、到底原語其儘を訳出して之を今日の紳士淑女に示すことは出来ない。然し熱誠に燃えし預言者等は其義憤を露はすに方て言葉の選択に留意するの暇がなかつたのである。礼儀も無礼もあつたものに非ず、民の不義不信を改むるに方て、彼等は如何に激烈なる言辞《ことば》を用ひるも尚ほ不足を感じたのである。礼儀の人必しも善人に非ず。多くの悪人が礼儀正しき人であつた。此場合に於けるパウロの「無礼」の如き、会々《たま/\》以て彼の中心の熱誠を露はす者であると思ふ。

〇其他数へ来ればパウロの欠点は尚ほ他にも在る。哥林多後書の如き、決して温厚篤実なる君子の心情の露出とは思へない。然れども是れあるが故に我等はパウロの人成を能く解することが出来る。哥林多後書は其れが為に特に価値あるとの事である。我等はパウロは欠点の多い人であつたと断言して誤らないと思ふ。而かも其欠点あ(95)るが故に彼に現はれし神の恩恵が一層明かに我等に示され、我等は之に励まされて、我等の欠点に眼を注がずして、神の恩恵を仰ぎ見て、我等の救の完成を計る事が出来るのである。パウロの欠点に躓《つまづ》く者は未だキリストの完全と其能力とを知らざる者である。キリストは救者であつて、パウロは救はれし者である。救はれし者が完全でありやう筈はない。自から称して「罪人の首」云ひし者がキリストの福音に接して急に完全に成る訳はない。そしてパウロ自身が彼の生涯の終りに近づいて完全に達するに未だ遠きを明かに述べて居る。腓立比書三章十二節に於て彼は曰うた、

  我れ此等の望を既に得たりと言ふに非ず。亦既に完全せられたりと言ふに非ず。或は取ることあらんとて我はたゞ之を追求む

と。完全を追求むる点に於てパウロも我等も異なる所はない。主は弟子等に曰ひ給うた「汝等の師は一人、即ちキリストなり、汝等は皆な兄弟なり」と(馬太伝廿三章八節)。パウロは我等の師に非ず、我等の兄弟である。偉らい兄弟であるに相違ないが、然し神の子に非ずして人の子である。救はれし罪人であつて、罪を知らざる聖子ではなかつた。故に懐《なつか》しくある。私は私の最善最大の長兄としてタルソのパウロを愛せざるを得ない。彼は笑ひ又怒つた。彼に預言者の粗野なる所があつた。同時に又婦人の如き繊美《デリケート》なる所があつた。キリストを通うして彼に近づいて、彼は最も親しみ易き人であつた。


(96)     FAITH.真の信仰に就て

                           大正14年5月10日

                           『聖書之研究』298号

                           署名なし

 

     FAITH.

 

 Faith in the West,especially in the Anglo-Saxon part of it,is mostly speaking,preaching,printing into print,propaganda. At most it is doing,“social service”they call it,keeping oneself always busy. But Faith in the true Christian sense is trusting,to be one with God,by dying to self,and living in Him. But they of the West have no faith in such a faith;they call it mysticism,because undefinable and unworkable.But Faith is too deep to be adequately uttered,too mysterious to be formed into a creed,and too sacred to be made a show even from upon the pulpit. Yet,though unutterable,Faith is a perennial spring of strength,as was declared by Isaiah the prophet:In quietness and in confidence shall be your strength.――Isaiah 30:15.


     真の信仰に就て

 

 信仰と云へば、西洋に於ては、殊に英民族勢力範囲内の諸国に於ては、信仰と云へば語ることである、説教す(97)ることである、印刷に附することである、一言で云へば宣伝である。彼等の間に在つては、信仰は其最上の者が行動である。彼等は之を称して社会奉仕と云ふ。常に忙《せは》しく立廻ることである。然れども真の基督教の教ゆる所に従へば信仰は信頼である。自己に死し神に生きて彼と一に成ることである。然れども西洋人は斯る信仰には信用を置かない。彼等は之を称して神秘主義と云ふ。之に定義を附することが出来ず、又実際に働かすことが出来ないからである。然れども真の基督教は定義を附するには余りに深くある。信仰箇条に現はすには余りに不可思議である。そして見世物とするには縦令教壇の上よりするも余りに神聖である。然れども縦令言葉を以て完全に言表はすこと能はずと雖も、真の信仰は永久に流れて尽きざる能力の泉である。預言者イザヤに由て伝へられしが如し。

  静かにして倚頼《よりたの》まば汝等能力を得べし

と(以賽亜書三十章十五節)。


(98》     基督教会の現状

                           大正14年5月10日

                           『聖書之研究』298号

                           署名なし

 

〇余輩は基督教会なる者は在ると信ずる。其れはキリストを信ずる者が自然(おのづ》と作る団体であつて、人はキリストを信ぜし時に、自然と教会員と成つたのである。「斯《かゝ》る者の中にはユダヤ人またギリシヤ人、或は奴隷或は自主、或は男或は女の別なし、そは汝等皆なキリストイエスに在りて一(一人)なれば也」とあるが如し(加拉太書四章二八節)。全世界の信者は、唯キリストを信ずるが故に、一体即ち一人であると云ふ。此意味に於ての教会の実在は余輩と雖も否定する事は出来ない。

〇そして基督教会とは如何なる者である乎と云ふに、内に対しても外に対してもキリストの心を以て行ふ者である。即ち自分の事を後《あと》にして他人の事を先《さき》にし、凡て他人に為《せ》られんと欲《おも》ふことは自分より進んで他人に為さんとする者である。基督教会の精神は明かに、キリストが其弟子に授け給ひし教訓に於て現はる。

  異邦人の王は其民を支配す、又其上に権を秉《と》る者は恩を施す者と称へらる。然れども汝等は如此《かく》すべからず。汝等の内大なる者は幼者の如く、首《かしら》たる者は役《つか》ふる者の如くなるべし(路加伝廿二章廿五、六節)

と。相互に対し、他人に対し、他教会に対し僕《しもべ》の態度に出る者、其れが基督教会である。そして此精神の無き所に基督教会は無いのである。

(99)〇今在る夥《あまた》の基督教会なる者の斯かる教会で無い事は教会自身と雖も疑ふ事は出来ない。今の教会は異邦人の王の如くに民衆又は他教会を支配せんとする。此世の国家に傚ひ、他宗教又は他教会を斃して其上に権を揮はんとする。其伝道なる者は奉仕ではなくして勢力拡張である。今や教会は弱きを耻ぢて強きを誇る。人の首《かしら》たらんと欲して、其|役者《つかへびと》たらんと欲しない。教会相互が「彼等の中にて長《をさ》たる者は誰なる乎と云ひて互に相争ふ」。斯くて何れの点より見るも、今の教会は基督教会と称する資格なき者である。

〇英国マンチエスター大学総長 L・P・ジャツクス曰く「今や基督信者の心は教職《クラージー》より離れたり」と。即ち真の基督信者は教会の外に出たりと。教会が教会でなくなりしが故に信者は其外に出たのである。キリストは依然として在《いま》し給ふ、基督信者は依然として絶えない。然れども教会が異邦人の王に傚ふに至りしが故にキリストと信者とは其内を去つたのである。然れども教会は消えて消えないのである。二人三人主の名に託《よ》りて集まる所に、其処に主は在して新らしき真の教会が起りつゝある。感謝すべきである。


(100)     十字架の道

                       大正14年5月10日-15年7月10日

                       『聖書之研究』298-312号

                       署名 内村鑑三

 

     第一回 イエスの都入り 馬太伝二十一章一-十一節

 

〇イエスの伝道的御生涯は之を三部に分つことが出来る。其第一はガリラヤ伝道、第二は異邦伝道、第三はヱルサレム伝道である。第三は伝道と称するよりも寧ろ殉教と云ふべきである。イエスは民を教ふる為にヱルサレムに登り給ひしに非ずして、死ぬる為に往き給うたのである。馬太伝二十章十七節以下に曰く

  イエス、ヱルサルムに上る時、途上にて人を離れ、十二弟子を伴ひて彼等に曰ひけるは、我等ヱルサレムに上り、人の子は祭司の長《をさ》と学者等に売《わた》されん、彼等彼を死罪に定めん、また凌辱《なぶり》、鞭ち、十字架に釘けん為に異邦人に附《わた》すべしと。

死はイエスの覚悟し給へる所であつた。然れども「預言者はヱルサレムの外に殺さるることなし」と彼が言ひ給ひしが如く、彼はヱルサレムに於て死すべく心を定め給うた(ルカ伝十三章三三節)。故に彼はガリラヤ並に異邦の伝道を終へた後に、殊更に自ら求めてヱルサレムに上り給うたのである。ルカはイエスの此決心を記して曰うた「イエス天に挙げらるゝ時満ちんとしたれば、御顔《みかほ》を堅くヱルサレムに向けて進まし給へり」と(同九章五一節(101)改訳)。常人の心を以てして解し難きはイエスの此都上りである。彼は自から死を求め給うたのである。聖都ヱルサレムに於て死するの必要を感じ給うたのである。何の為に然る乎。肉の人は今に至るも其理由を知らない。然れども霊の人は克く之を知る。イエス御自身が明かに其理由を示して曰ひ給うた、

  人の子の来るは入を役《つか》ふ為に非ず、反つて人に投はれ、|又多くの人に代りて生命を予へ、其〔付○圏点〕贖|とならん為なり〔付○圏点〕

と(馬太伝二十章二八節)。人類の歴史に於て、イエスの都上り程意味深長なるはない。其記事のドラマ的なるは之が為である。人生の悲劇喜劇を総合したる者が、ヱルサレムに於けるイエス最後の一週間である。

〇馬太伝に循へばイエスの都入りは左の如くであつた(二十一章一-十一節)。

  彼等ヱルサレムに近づき、橄欖山のベテパゲに至りし時、イエス二人の弟子を遣さんとして彼等に曰ひけるは、汝等向ふの村に往け、直に繋ぎたる驢馬の其仔と共に在るに遇はん。之を解きて我に牽き来れ。若し汝等に何か言ふ者あらば「主の用なり」と言へ、然らば之を遣すべし。此くなせるは預言者の言に応《かな》はせん為なり、即ち

   シオンの女に告げよ

   汝の王汝に来り給ふ

   彼は柔和にして驢馬に乗り給ふ

   荷を負ふ驢馬の仔に乗り給ふ。

  弟子往きてイエスの命ぜし如くなし、驢馬と其仔を牽き来り、その上に己が衣を置きければ、イエス之に乗(102)り給へり。群衆の多数は其衣を途に布けり、又或者は樹の枝を斫《き》りて之を途に布けり。而して前に行ける群衆と後に従ふ群衆とは叫んで言へり

   ホザナ、ダビデの子に、

   福ひなり主の名に託りて来る者は、

   ホザナ、いと高き処に。

  斯くて彼れヱルサレムに入り給ひける時、全都挙りて騒立《さわぎた》ち、曰ひけるは「此人は誰なる乎」と。群衆答へけるは「彼は預言者イエスなり、ガリラヤのナザレの人なり」と。

〇以上はイエスの凱旋的入城式と見る事が出来ないではない。群衆が衣を布き、青葉を撒《ま》いてホザナ(万歳)を歓呼して彼を迎へたのである。彼の得意思ふべしである。山地将軍や乃木将軍が陥落せる旅順城に乗込んだ時も此くあつたのではあるまいか。イエスは今やダビデの裔として、王都ヱルサレム受取の為に入城式を行ひ給うたと云ふ事が出来る。

〇然し乍ら是れ此世の君等の入城式でなかつた事は明かである。イエス御自身が是れ死を迎ふる為の都上りである事を知り給うた。且又彼は群衆の歓迎を欣ぶやうな方ではない。世人の所謂公的承認は彼が最も嫌ひ給ふ所であつた。故に此場合に於ける群衆の歓迎はイエスが期待し給ひし所でなかつたに相違ない。彼に若し入城式執行の意志がありしならば、其れは彼の少数の弟子等と共に、粛々と行はるべき者であつたらう。然るに意外にも群衆の加はる所となりて彼は尠からず聖意《みこころ》を痛め給うたであらう。実に聖者の目より見て群衆の万歳の如く厭《いや》らしき者はないのである。

(103)〇イエスの入城式であつた。正統の王は其都を受取るべく進み給うた。然れども一剣を腰に佩ぶるなく、一兵の彼の身を守るなく、平和の君は故意《ことさら》に馬に乗らずして驢馬に乗り給うた。「彼は柔和にして驢馬に乗り給ふ」と預言者が曰うた通りである。実に美はしき崇むべき王である。彼に比べて此世の王等は顔色なしである。

〇イエスの入城式である。凡ての基督信者は彼に倣ふべきである。勝つて甲の緒を締めるでは足りない。|勝たんが為に負けるのである〔付○圏点〕。威権を繕ひて敵を嚇さないのである。反つて謙遜《へりくだ》りて弱きを示して恐れないのである。イエスはヱルサレム入都の際、柔和にして驢馬に乗り給うた。其処に神の子の姿が現はれた。(二月一日)

       ――――――――

     |福音書に於ける受難週間〔ゴシック〕

〇イエスの御生涯の内に、最後の一週間は其の最も大切なる部分であつた。其事は福音書記者が其大部分を其の記事に供して居るので判《わか》る。馬太伝は二十八章であつて其内八章は所謂受難週間の記事である。簡潔なる馬可伝は十六章の内六章即ち三割七分を之に与へて居る。路加伝は二十四章であつて、其内六章は受難週間の記事である。約翰伝の如きは二十一章の内九章即ち四割三分を之に割宛てゐる。依て知る福音書記者等の眼に映じたるイエスの受難は如何に重大でありし乎を。イエスは誠に死ぬる為に世に来り給うたのである。「人の子の来るは……多くの人に代りて生命を予へ、其贖とならん為なり」と彼れ御自身が曰ひ給ひし通りである。 〔以上、5・10〕


(104》     第二回 イエスの殿潔《みやきよ》め  【馬太伝廿一章十二-十七節。馬可伝十一章十五-十八節。路加伝十九章四五-四六節。約翰伝二章十三-廿二節。】

 

〇四福音書に依ればイエスは二度殿潔めを行ひ給うた。伝道の初めと其終りとに於て之を行ひ給うた。前者を記《しる》す者が約翰伝である。後者は三福音書に依て記さる。二度であるか一度であるか能くは判明らない。然し二度と見て差支《さしつかえ》ないと思ふ。馬太伝に依ればイエスは都上りの当日に之を行ひ給うたとあり、馬可伝に依れば翌日行ひ給うたとある。即ち当日は調査に止め、翌日決行し給へりとの事である。故に一時の怒りに依て為した事に非ず、深慮の結果為し給へりとの事である。神殿の俗用を深く憤り給うたからである。四つの記事の内で最も活気あるは約翰伝のそれである。「縄《なわ》をもて鞭《むち》を作り云々」とある。実に「爾の家の為の熱心我を蝕」との慨があつた。

〇何人も茲に看遁《みのが》すことの出来ない事はイエスは決して「優《やさ》しいイエス様」でなかつた事である。茲に所謂「羔の怒」が遺憾なく発揮せられた(黙示録六章十六節)。イエスは羔であつた。然れども此羔に怒があつた。彼は救主であると同時に審判人《さばきびと》である。彼の眼は明白なる不義を容すには余りに聖くあつた。凡て誠実なる人は怒る。怒らざる人は不実の人である。カーライルの英雄崇拝論にモハメツトの「額の青筋」の一条がある。モハメツトの誠実は之に現はれたりと云ふ。況んや神の子に於てをや。|真の愛は怒る〔付○圏点〕。路加伝に従へば殿潔めは「噫》ヱルサレムよ、ヱルサレムよ」の歎声を発し給ひし後に行はれたりとある。「既に近づける時、城中を見て之が為に哭《な》き曰ひけるは」とある(十九章四一節)。此愛がありて此怒があつたのである。

〇殿潔めほ単に殿潔めでなかつた、神殿の奪還又は其の占領であつた。イエスは茲に神の正子として父の家を要(105)求し給うたのである。「|我が家〔付○圏点〕は祈祷の家と称へらるべし」と云ひ(馬太)、「|我が父〔付○圏点〕の家を貿易の家とする勿れ」と云ふ(約翰)。|我が父の家〔付○圏点〕である、故に|我が家〔付○圏点〕であると云ふが彼の主張であつた。イエスは茲に彼が神の子たるの権利を主張し給うたのである。而して此権利を主張し得る者は天上天下、彼を除いて他に一人もない。故に彼が為した如くに殿潔めを為し得る者は他に一人もない筈である。羔ならざる我等は「羔の怒」其儘を繰返してはならない。

〇イエスの要求は納れられなかつた。祭司と学者とは神殿を私用してイエスは彼等の除く所となつた。然し乍ら彼は彼の神聖にして正当なる要求を撤回し給はない。彼は再び殿《みや》に現はれ給ふ、而して之を御自身の手に収め給ふ。彼の再臨が其時である。

〇旧約馬拉基書三章に曰く、

  汝等が求むる所の主は

  忽然その殿に来らん。

  汝等が喜ぶ所の契約の主は、

  視よ彼は来り給はんと、

  万軍のヱホバ言ひ給ふ。

  彼れ来る日に誰か堪へ得んや、

  彼れ顕はるゝ日に誰か立ち得んや。

  彼は金を吹きわくる火の如し、

(106)  又布晒の使ふ灰汁の如し。

  彼は銀を吹分け之を潔むる者の如く坐せん

  彼はレビの子等を潔めん

  金銀の如くに彼等を浄めん。

  斯くして彼等はヱホバに献ぐるに至らん

  義をもて献物《さゝげもの》を献ぐるに至らん。

  其時ユダとヱルサレムとの献物は

  ヱホバの悦び給ふ所とならん。

  古き日に於けるが如く、

  先きの年に在りしが如く、

  ヱホバの悦び給ふ所とならん。

〇イエスは如此くして再び現はれて徹底的に殿を潔め給ふ。而して彼の初めの殿潔めは此終りの殿潔めを予表して為された者である。預言は成就されずしては止まない。神の殿は必ず神の子に依て潔めらるゝに定まつて居る。

〇|殿潔めは今日の言葉を以て言へば教会改革である。教会は神の殿であつて、此は地上に在つては神の子に属する者である。而かも其内に在りて彼の聖名のみが称へられて、彼の聖旨は行はれない。教会は大体に於て今猶ほ盗賊《ぬすびと》の巣であり、又貿易の家である。之を潔むるの困難は昔のヱルサレムの殿を潔むるの困難と同じである。そ(107)して幾回か教会改革の声は挙つたが、其徹底的実行は今猶ほ行はれない。ハツス、サボナローラ、ウイクリフ等が之を試みて教会の焼殺す所となつた。教会改革は今の時代に於てもイエスの殿潔丈け其れ丈け無効である。然し教会改革が徹底的に完全に行はるゝ時がある。其れは契約の使者即ちキリストが忽然その殿に来り給ふ其時である。教会改革はキリストの再臨を待つて行はるゝのである。我等は其時まで俟てば可いのである。但しイエスに傚ひ生命を賭して福音の真理の証明《あかし》を為す事を怠つてはならない。(二月八日)

 

     第三回 詛はれし無花果樹 【馬可伝十一章十二-十四節。同十九-二六節。馬太伝廿一章十八-二二節。】

 

〇此奇跡はイエスが為し給ひし他の奇跡に比べて大に異なる点がある。第一にイエスの奇跡は大体に於て生かす奇跡であるに対して此は殺す奇跡である。第二に春まだ早くして無花果樹《いちじく》の実るべき時に非ざるに果《み》を要求して之を与へざればとて詛ひしと云ふは、是れ無理の要求であつて、神の子の行為としては受取り難き節がある。此の二の点より考へて此奇跡は解するに最も難い者である。

〇然し乍ら難解の主《おも》なる理由は之を単に奇跡として見るからである。此は奇跡であるよりは寧ろ比喩である。簡短なる奇跡を以て示されたる比喩である。|葉あるも果なき樹は棄らる〔付○圏点〕との事実を以てして、表白するも実行なき信仰は斥けらるとの教訓を伝へんとの比喩である。所謂 acted parable である。演ぜられたる比喩である。旧約聖書には此種の比喩が許多載せられてある。アガポスと云ふ予言者ありてユダヤよりカイザリヤに来り、パウロの帯を取り己の手足を縛りて、如此ヱルサレムに在るユダヤ人は此帯の持主即ちパウロを縛りて異邦人の手に渡さんと曰ひたりとあるは、此種の比喩である(使徒行伝廿一章十一節)。最も力強き言方である。言葉を以てす(108》るよりも遥に強い言方である。イエスは茲に予言者として、此演ぜられたる比喩を以てヱルサレムの近き将来に就て予言し給うたのである。

〇当時イエスの目前に横たはりしヱルサレムは実に葉ありて果なき無花果樹であつた。即ち信仰の外形は盛であつたが全然其内容を欠く状態であつた。神殿は高く天に聳え、儀式は厳格に日々行はる。然れども神を敬ふの敬虔《つゝしみ》なく、人を愛するの愛がなかつた。白く塗りたる墓の如くに、外は美はしく見ゆれども内は骸骨と様々の汚穢《けがれ》に充ちて居た(馬太廿三章廿七節)。学者とパリサイの人等とは口には盛に信仰を唱へ、伝道と称して教勢拡張には熱心であつたが、信仰の根本たる愛と謙遜と慈悲とには全然欠けてゐた。神は凡ての燔祭と礼物よりも愈《まさ》りて己れの如く隣を愛することを好み給ふとは知りつゝも、ヱルサレムの宗教家等は神を祭るに忙はしくして隣人相互を愛することを忘れた。即ち彼等は葉は繁れども果を留めざる無花果樹であつた。斯かる者は長く地を塞ぐべきでなかつた。斫《き》つて棄られ火にて焼かるべきであつた。葉は繁りて偽はりの希望を人に与へ、近づいて之に到れば一物の身を養ふ滋し。言葉と儀式と教義と制度とは完備し且つ美はしくあるも実行を欠ける宗教は如此し。此は斫《き》つて直に焼かるべき者、而してヱルサレムは葉は繁りて果を留めざる無花果樹である。故に神は之を詛ひ給ふと言はんと欲してイエスは茲に此小にして而かも意味深遠なる奇跡を行ひ給うたのである。

〇斯く見れば樹一本枯らしたればとて決して悪い事でない。人生の大真理を教へん為に無花果樹一本を失ひたりとて少しも惜むべきでない。勿論樹の罪を罰せん為ではない、樹を以て信仰の大真理を教へん為である。此奇跡の故を以てイエスを責むる者の如き、信仰の初歩だも知らざる者であると謂はざるを得ない。

〇ペテロを以て代表されたる弟子等は此時未だ此奇跡の意味を解せずして、イエスの不思議なる能力《ちから》に驚いた。(109)一言を以て樹を枯らすことの出来るイエスの大なる能力に驚いた。主は此時弟子等の見解の浅きを責め給はなかつた。唯彼等の疑問に応じて祈祷の効力に就て教へ給うた。信じて祈れば必ず聴かる。聴かれんと欲せば|既に聴かれたりと信じて〔付○圏点〕祈らざるべからずとの事であつた。真《まこと》の祈祷は預言である。神の聖旨に由り必ず成る事を神に向つて訴ふる事である。故に聴かるゝのである。聴かれざるを得ないのである。

〇而して|真の祈祷に愛が必要である〔付○圏点〕。愛に欠けて祈祷は聴かれない。故にイエスは教へて曰ひ給うた。

  又汝等立ちて祈祷《いのり》するとき、若し人を恨むことあらば之を赦すべし。そは天に在す汝等の父に汝等も亦その愆《とが》を赦されん為なり。

是れが効力《きゝめ》ある祈祷の必要条件である。此条件に欠けて祈祷は神に受けられないのである。先づ心より他《ひと》の我に対して犯せる罪を赦す事である。而して其心を以て神の台前に立ちて祈る時に祈求《ねがひ》は必ず受納《うけい》れらると云ふのである。而して事実は其通りである。イエスの祈祷に大能の伴ひしは是が為である。而して注意すべきは|ユダヤ人を詛ひしイエスの此奇跡も亦彼等を愛するの愛より出し事である〔付○圏点〕。イエスは祭司並にパリサイの人等を怒り又責め給ひしも彼等を悪み給はなかつた。「父よ彼等を赦し給へ、彼等は何を為せし乎を知らざればなり」とは彼が十字架の上より発し給ひし言葉であつた。我等が主が教敵を詛ひ給へりと読んで我等の敵を詛ふてはならない。公義の為に悪人は悪人として扱はざるを得ずと雖も、彼等に対し「恨み」即ち悪意を懐いてはならない。為すに難い事である。然れども為さねばならぬ事である。(二月十五日)


(110)     第四回 イエスの教権問題 【馬太伝廿一章廿三-廿七節。馬可伝十一章廿七-卅三説。路加伝廿章一-八節。】

 

〇イエスはヱルサレムに上りて大に教権を揮ひ給うた。第一に殿を潔めて之を「我が父の家」又は「我が家」と称し給うた。又殿に入りて祭司、学者、長老輩より何の許可をも受けずして公然公衆を教へ給うた。茲に於てか、教職の側より彼に対して「何の権威を以て此事を為すや」との質問が起らざるを得なかつた。茲に云ふ「権威」とは人より来る権能である。昔も今と異なることなく、教職は凡て教会が授けた者であつて、教会の許可なき者は伝道の権能なき者と思はれた。然るにイエスに此教会の許可がなかつた。彼は僻陬ナザレの大工の子であつて、規則立ちたる宗教々育を受けず、循つて正当の教会より伝道免許を受けざる者であつた。然るに斯かる者が田舎に在りて伝道に従事するに止まらず、信仰の本山に来りて、其腐敗を詰り、神殿に坐して民を教ゆるに至つては、教職たる者は起つて之を責めざるを得ない。彼等がイエスの教権の出所を問ひしは誠に当然の事である。

〇「何の権威を以て此事を為すや、誰が此権威を汝に予へしや」との教職の問に対しイエスは「我は神の子たるの権威を以て此事を為す。天に在ます我父は我に此権威を予へ給へり」と答ふれば事は至つて簡短であつて、問題は直に解決されるやうに見える。然れどもイエスは斯かる道を取り給はなかつた。彼は質問に答ふるに質問を以てし給うた。此は勿論確答を避けんが為でなかつた。其反対に|最も徹底せる答を為さんがためであつた〔付○圏点〕。第一にイエスは神の子であつたが故に謙遜の人であつた。故に自分で自分を弁明するを好み給はなかつた。自分は他人を讃めもすれば弁護もする。然し乍ら自分の資格又は権能を述る事は出来ない。第二に、此場合に於て斯かる陳述を為すも全く無益である。祭司と長老等とは既にイエスを排斥せんと心を定めて居たのであつて、如何なる(111)弁明も彼等を動かす事は出来なかつた。此事を克く知り給ひしイエスは御自身の何たるを打明けて彼等を説伏せんと為し給はなかつた。法は人に循《よつ》て説くと云ふ。イエスは単《たゞ》に善人でなかつた。彼は智者であつた。彼は敵に答ふるに其途を以てし給うた。

〇「ヨハネのバプテスマは如何。此は天よりか人よりか」と彼は彼等に問ひ給うた。此は彼等に取り大なるヂレムマ的質問であつた。「天より」と答ふれば「何故に従はざる」と云ひて責められ、「人より」と答ふれば輿論の反対する所となる。神をも恐れ人をも恐るゝ是等の宗教家は、イエスの此質問に対し明答を予ふる事が出来なかつた。故に「我等知らず」と答へた。イエスは彼等に対し「我も亦何の権威を以て之を為す乎|知らず〔付○圏点〕」とは答へ給はなかつた。「汝等に|語らず〔付○圏点〕」と答へ給うた。即ち汝等がヨハネの権能の由来を究めざる間は、我が事を語るも解す能はざるが故に語らずとの意である。

〇自分の立場を弁護するに、能く知れ渡りたる他人の場合を以てする。イエスが茲に取り給ひしは此論法である。此は反対者を窮地に逐込めて彼等を言籠《いひこめ》ん為ではない。彼等に我が立場を明かに示さん為である。教権の事に就てはイエスの立場はヨハネの立場と同じであつた。ヨハネにも亦人より出で、又人に由て来りし教権はなかつた。然れども彼の行為が彼が神に遣されし預言者たる事を証明して誤らなかつた。彼が殉教の死を遂げて以来、ユダヤ全国は挙りて彼が真の預言者たる事を認めた。而かも彼れヨハネはヱルサレム本山より預言の免許を受けた者でなかつた。彼は普通の人であつた。宗教家ならざる信仰家であつた。そして若しヨハネにして彼の教権を揮ひ得たならば、何故にイエスも亦己が教権を揮ひ得ないか。殊に此神の人はイエスを神の羔、我よりも大なる者として世に紹介したではない乎。故に若しヨハネを信ずるならばイエスをも信ずべきである。教職等がヨハネを(112)尊崇すると称してイエスを排斥せんとするは明白なる矛盾でない乎と、彼は茲に曰ひ給ふのである。

〇イエスは茲に又教職等が人を恐るゝの弱点を曝露し給うた。彼等は自己の確信に由て歩まずして、民の輿論に従つて行つた。斯くして彼等は自己の教権を涜して居る。「我等民を畏る、そは皆なヨハネを預言者とすれば也」と彼等は心の中に言うた。斯かる者は他の教権を云為《うんい》する権能なき者である。イエスは曾て彼等に対して曰ひ給うた、「汝等は互に人の栄《あがめ》を受けて神より出る栄を求めざる者なるに、何《いか》で能く信ずることを得んや」と(ヨハネ伝六章四四節)。説教伝道を此世の栄職と思ひ、教会は之を教師に授け、教師は之を教会より受く。如斯き者が何で信仰の事を知らんや。|教権は人が直に神より授かる者である〔付○圏点〕。ヨハネは如此くにして授かり、イエスも亦同じである。「人よりに非ず又人に由らず」と云ひてパウロも如此くにして神より直に使徒職を授かつた。そして大なる信仰家は凡て教会に由らずして直に神に遣された者である。古い事は措いて問はずして、比較的に新らしい時代に於て、其の信仰を人類に吹入れた者は大抵は教会に由らず、又は教会に排斥された者である。新教は旧教を離れて起り、メソヂスト教会は英国聖公会より分離して成つた。其他組合教会、バプチスト教会等、其|起原《おこり》を尋ぬれば何れも今日で云ふ無教会であつたのである。而して新たなる信仰の現はるゝ毎に旧い教会は之に対して問ふて曰ふのである「汝は何の権威を以て此事を為すや、誰が此の権威を汝に与へしや」と。然れども如此くに他を詰問する教会は自己に問ふべきである、「我が教会は如何にして起りし乎」と。凡ての教会は旧い教権を離れて起つた者である。基督教其物が此如くにして起つた者である。殊にプロテスタント主義の諸教会は然りである。

〇教権は神が人に賜ふ者であつて、人が授け得る者でない。然らば人は如何にして教権を認識し得る乎と云ふに、(113)其|行動《はたらき》に由てゞある。|神の〔付○圏点〕業|を為す者が神が遣し給へる人である〔付○圏点〕。神は其遣し給へる人に能力を賜ひ、彼をして其聖旨を行はしめて彼の教権を証明し給ふ。(二月廿二日) 〔以上、6・10〕

 

     第五回 悪しき農夫の譬 【馬太伝廿一章三三-四六節 〇馬可伝十二章一-一二節 〇路加伝二十章九-一八節 〇以賽亜書第五章。】

 

〇祭司の長及び民の長老等の「汝は何の権威を以て此事を為すや、誰が此権威を汝に予へしや」との問に対し、イエスは直接の答を予へ給はなかつた。唯問を以て問に応じて彼等の反省を促し給うた。然し乍ら彼は他の方法を以て彼の何者たる乎、如何なる権能の所有者なる乎を示し給うた。彼は間接に譬話を以て彼等の問に答へ給うた。此は此場合に於て最も慧《かしこ》き方法であつた。又彼の答の意義を看遁すことは出来なかつた。彼等は是が故に直に手を彼に触れることは出来なかつた。同時に大敵を前に控へてイエスが取り給ひし途は凡適切であつた。死に臨んで余裕綽々たる彼の態度に人間の到底及ばざる所がある。

〇教会は葡萄園《ぶどうぞの》、神は其持主、教職は之を借受けし農夫である。而して時を経《へ》れども農夫は持主に借料を払はざるが故に、彼は屡々僕を遣して之を要求した。然るに農夫等は此正当なる要求を拒み、僕の一人を鞭ち、一人を殺し、一人を石にて撃ち、又後に遣されし多くの僕等に対し同一の態度に出た。最後の手段として持主は彼の嗣子たる一子を遣した。然るに農夫等は之を機会に嗣子を除いて全財産を己が手に収めんとし、終に彼を園より逐出して殺した。そして是れがイスラエルの歴史を語る者でない乎。僕は預言者、子はイエスである。而してヱルサレム教会の教職等は今や悪しき農夫に傚ひ、神の最後の使者たる其一子を殺さんとして居る。「汝等の何たる乎、我の何たる乎、又汝等が今我に何を為さんとしてゐる乎、此譬に由て明なるべし」と、イエスは茲に祭司の(114)長及び民の長老等に告げ給うたのである。如何なる答も之に勝さりて深刻なる能はず。

〇第一に学ぶべきは|持主の寛大〔付○圏点〕なる事である。彼は「葡萄園を作り、籬を環《めぐら》し、其中に酒搾《さかぶね》を掘り、塔を建て農夫に貸して他の国へ往けり」と云ふ。彼は用意周到に成れる完備せる田園を農夫の一団に貸渡し、彼等を信頼し彼等の行為に干渉せざらんが為に故意に土地を離れて他国に往いた。以為へらく、彼等は彼の意気に感じ、克く田園を耕し、喜んで納貢の義務に応ずるであらうと。然るに其結果は正反対であつた。農夫等は持主の寛大を彼の軟弱と解し、彼を愚弄し、彼に対し勝手放題を為した。而して終に彼の嗣子を殺して田園全部を横領せんとした。然れども彼等は全然彼を誤解したのであつた。彼は愛の故に寛大であつたのであつて、軟弱の故に寛大であつたのではない。彼の寛大は義を以て制限せらる。寛大なる条件に加ふるに寛大なる手段を以てするも、猶ほ正当の要求に応ぜざれば、余すは義の審判である。「此等の悪人を甚《いた》く討滅し、期《とき》に及びてその果《み》を納《をさ》むる他の農夫に葡萄園を貸し予ふ」までゞある。

〇第二に学ぶべきは農夫等の|づうづう〔付ごま圏点〕しさ加減である。彼等は持主の愛に狎れ、其寛大を利用し、安心して不義を継続した。彼等は思うた、持主は他国に往いて帰らず、多分永久に帰らぬであらう。而して葡萄園は名は貸与なるも実は贈与に異らず。故に持主の名に由て納貢を要求するが如き、是れ僭越と称すべきである。率《いざ》我等其使者なりと称する者を殺して其産業を我等の有とすべしと、彼等は互に斯く言ひて其如く行つた。彼等は其心に自己の罪を感じないではなかつた。然れども一には慾に駆られ、二には持主を侮るの余り、浅薄なる理由を附して、自己が欲する儘を為した。彼等は持主の「愛」を唱へた。此は如何なる場合に於ても決して怒らざる絶対無限の愛であると思うた。彼等は自己が欲するが如くに主人を解し、勝手放題に彼を扱ひて少しも自己の心を咎めなか(115)つた。

〇イスラエルは其主人なるヱホバと彼の使者に対して如此くに行つた。而して終に其一子を十字架に釘けて万事己が欲《おも》ふやうに成ると思うた。然れども神も亦其聖旨を遂げ給うた。聖書に録せるが如くに「工匠《いへつくり》の棄たる石は家の隅の首石《おやいし》と成」つた(詩篇百十八篇二三節)。イエスは殺されて実は殺されなかつた。彼はイスラエルに棄られて、新らしきイスラエルの家長と成つた。そして彼を棄てし者は棄られ、「甚《いた》く討滅され」、「壊《やぶ》れ」、又砕かれた。「是れ皆な主の為し給へる事にして、我等の目に奇《くすし》とする所なり」である。

〇イスラエルの歴史は人類の歴史である。ヱルサレムの教職等はイスラエルを代表して神と其使者とに此く行ひし如くに、イスラエルは人類を代表して神と其一子とに対して此く行うたのである。他人の事は措いて問はずとして、日本人が神とキリストとに対して為せるも亦此譬の通りである。神を慢《あなど》り、キリストを蔑視《さげす》む事に於て日本人はイスラエルに異ならない。日本人も亦神を慢り、キリストを嘲りて今日に至つた。其事に於てイスラエルと同じ報を受けざるを得ないのである。三月一日

 

     第六回 王の婚筵の譬 馬太伝廿二章一-一四節。路加伝十四章一五-二四節参照。

 

〇祭司の長及び民の長老の詰問に対し、イエスは三の譬を以て間接に之に答へ給うた。第一は二人の子の譬、第二は悪しき農夫の譬、第三は王の婚筵の譬である。第一はバプテスマのヨハネに就て、第二は聖子御自身に就て、第三は使徒等に就ての譬であつた。而して又第一第二が天国を正義の道と見ての譬であるに対して(廿一章三二節「夫れヨハネは義しき道を以て来りし云々」を参照せよ)、第三は天国又は福音を饗宴と見ての譬である。福(116)音に審判の一面はあるが、其他の一面は確かに饗宴《ふるまひ》である。キリストの福音は神が賜ふ大なる御馳走である。正義の要求に応ぜざるが罪であると同時に、好意の提供を斥くるも亦罪である。そしてユダヤ人は神の正当の要求に応ぜざりしのみならず、其慈愛の招待を斥けたのである。彼等が終に神に棄られ、国を奪はれ、市《まち》を焼かるゝに至るは当然であると、イエスは是等三つの譬を以て教へ給うたのである。

〇何人の家に取りても婚姻は家の慶事である。故に自《みづか》ら喜び人に喜びを共にして貰ひたきは自然の情である。故に何れの国に於ても婚姻は祝賀の絶頂として認めらるゝが、殊にユダヤ並に近東諸国全体に於て然りである。人は其産を尽して婚姻に伴ふ饗宴を盛にする。況して酋長又は王に於てをや。彼は彼が招きし人等の全部が彼の招きに応じて来つて彼が供ふる饗延に与からんことを欲す。此場合に於て招待を辞するは無礼である。重き理由なきに婚筵の招待を辞する事程、人の感情を傷くるものはない。イエスは茲に言葉を以て人間の此情を画《ゑが》いて神とユダヤ人との関係を明かにし給うたのである。

〇神は其僕なる使徒等を以てユダヤ人を其子の福音に招き給うた。然るに彼等は※〔滿/心〕《つまら》ない理由の故に之を辞した。辞して或者は田畑《はたけ》に往いた、或る他の者は商売に往いた。是れ既に大なる侮辱である。然るに或者は更に進んで王の使者等を執らへ、辱かしめ又殺した。ユダヤ人等は天国の福音を至つて軽い※〔滿/心〕《つま》らない者として取扱つた。斯くて彼等は神の怒に触れざるを得なかつた。「王之を聞きて怒り、軍勢を遣はして使者を殺せる者を亡し、又其邑を焼けり」とある通りの運命に遭うた。民の不幸、王の失望、此上なしであつた。

〇然し婚筵の準備は既に成つた、何人か之に招かれざるべからず。然れども招かれし者が辞したれば、招かれざる者が招かれざるべからず。ユダヤ人が辞したれば異邦人が彼等に代つて招かれたのである。即ち羅馬書九章廿(117)五節に於てパウロが述べし

  神、ホセヤの書《ふみ》に「我は我民ならざりし者を我民と称《とな》へ、愛せざりし者を愛する者と称へん」、又「汝等我民ならずと言はれたりし其処の彼等も活ける神の子と称へらるべし」と言へるが如し

との言が事実となりて現はれたのである。三月八日

 

     第七回 カイザルの物と神の物 【馬可伝十二章十三-十七節。馬太伝廿二章十五-廿二節。路加伝廿章廿-廿六節。】

 

〇パリサイ派は国権主義の独立党であつた。羅馬政府の保護の下に存立するヘロデ王朝に反対し、「国をイスラエルに還さん」と称し、ユダヤ国の独立を期待したる者であつた。ヘロデ党は其正反対であつて、羅馬皇帝の権威に頼りてヘロデ王朝を維持せんと欲する者であつた。故に不断は氷炭相容れざる党派であつたが、イエスに対しては二党が結合したのである。此の世の党派は凡て如此し。彼等は利益の為に相争ふが故に、利益の為には容易に一致する。イエスは両派に取り共同の敵であつた。其当時の人に取りて、パリサイの人とヘロデの党《ともがら》とが提携したりとは、今日の日本に於て憲政会と政友会とが提携したりと云ふ以上の奇観であつたらう。然し怪しむに足らず。此世の人等が聖書の主なるキリストに対する時は、常に此途を取るのである。

〇「貢《みつぎ》をカイザルに納むるは善きや否や」と。実に陰険極まる質問である。イエスを苦める為の質問として之れ以上の者はない。「善し」と答ふれば独立を熱望する民を怒らせ「悪し」と答ふれば坂逆の故を以て政府に訴へらる。民の敵か政府の敵か、イエスは其態度を明かにすべく迫られたのである。恰かも我国の官吏教育家等が基督信者を苦しめんとて「基督教と我国々体との関係如何」との質問を屡々提出すると同じく悪意より出たる質問(118)であつた。神の子ならざる我等は此質問を懸けられて如何に苦しめられし乎を知つて、イエスの此場合に於ける困難を推量る事が出来る。

〇然しイエスは我等と異なり立派に之に応ずるの途を知り給うた。彼は質問者に向ひ、彼等が納税用として使用すべく命ぜられし羅馬政府鋳造の銀貨デナリを持来るべく彼等に要求した。而して彼等に之を示して其貨幣に打込まれし像と其週囲の文字との誰を現はす乎を反問し給うた。而して「カイザルなり」との答を得て之に対して答へ給うた。

  カイザルの物はカイザルに返し、神の物は神に返すべし

と。実に驚くべき言葉であつた。反対者は之に対し一言も返す言葉がなかつた。

〇デナリは羅馬皇帝勅命の下に鋳造せられし貨幣であつて、帝国に納むる諸税は凡て此貨幣を以て為された。是れカイザルの物をカイザルに返すのであつて、帝国の統治を受くる者の何人も為すべき事であつた。納税は臣民第一の義務である。故に納税と称して貢を献納するのではない。借りし物を返へすと同然である。カイザルが受くべき物を彼に返すのである。服従独立の問題に非ず、義務実行の問題である。カイザルは秩序を供し、民は之に対して貢として税を払ふ。貸借関係の実行である。質問者の dounai domen(納む、予ふる)に対し、イエスは apodote(返へせ、払へ)を以て答へ給うた。

〇カイザルの物に対し神の物があつた。当時のユダヤ人の間に二種の銀貨が流通した。一はデナリであつて、羅馬政府に納税の為に用ゐられた。其他の者はシケルであつて、是は神殿に献金の為に用ゐられた。其意味に於てデナリは皇帝の物、シケルは神の物であつた。イエスは茲に「デナリは之を政府に納めよ、シケルは之を神殿に(119)献ぜよ」と言ひ給ひたりと解して多く誤らないのである。故に或人はイエスは茲に政教分離を教へ給うたのであると解するが、其意味も或は其内に含まれてある乎も知れぬ。イエスが茲に教へ給し事を更に精細に伝へし者が羅馬書十三章六-八節に於てパウロが述べし言である。曰く

  汝等貢を納めよ。彼等(有司《つかさびと》)は神の用人にして常に此職を司れり。汝等負債は何人にも之を返すべし。貢を受くべき者には貢を、税を受くべき者には税を、畏を受くべき者には畏を、敬を受くべき者には敬を返すべし。汝等互に愛を負ふ外は何人にも何物をも負ふ勿れ

と。そして人に対してのみならず神に対しても負債は之を償却せざるべからず。神も亦我等より要求し給ふ所の物がある。神は我等に凡てを賜びたれば、我等は彼に凡てを償却せざるべからず。神に対して我等は此は「我有なり」と称すべき一物をも有しない。故に凡てを献ぜざるべからず。而して先づ第一に我がハートを献ぜざるべからず。我が所有は勿論、我れ自身が汝の有なりと称して、彼の聖前に全心全霊を献げざるべからず。実にパウロが曰へるが如く、此身を神の意《こゝろ》に適ふ聖き活ける祭物《そなへもの》として彼に献げまつるは「是れ当然の祭なり」である(羅馬書十二章一節)。カイザルの物はカイザルに、神の物は神に、此正当の要求に応じ得る者は何処に在る乎。パリサイ派とヘロデ党の者等はイエスに此質問を発して、自己等の傷を指摘せられたのである。故に「彼等は之を奇《あやし》とせり」とありて、イエスの智慧と権威と洞察とに駭いたのである。国体問題を以て我等に迫る我国の偽忠臣と偽愛国者に対しても我等は同一の筆法を以て彼等を説服すべきである。三月十五日


(120)     第八回 復活に関する論戦 【馬太伝廿二章二三-三三節。馬可伝十二章一八-二七節 路加伝廿章二七-四〇節。】

〇パリサイ派とヘロデ党の人等は納税問題をイエスに持掛けて撃退せられければ、次ぎにサドカイ派の人が彼等に代りて彼に論戦を試みた。サドカイ派の主張の一は復活の否定であつた。彼等は復活に関する難問題を提示してイエスを沈黙せしめんとした。問題は申命記廿五章五-十節に掲げられたるモーセ律の一ケ条に関する者であつた。若し復活が実際にあるとすれば、死後に於て有妻者が無妻者とならねばならぬと云ふ仮定的場合である。当時の神学者は斯かる問題を闘はして楽んだのである。後世に於ても之に類する者があつた。小児が豚の鼻に縄を穿《とう》して引く、豚は縄に引かるゝ乎将た又小児に牽かるゝ乎との中古時代の煩瑣神学者の提出せる問題の如きが其一である。真剣に答ふるの必要なき問題である。若し私であつたならば、余りに馬鹿らしき問題であるが故に、之に取合はなかつたであらう。

〇然しイエスは親切《カインド》であり給うた。そして彼を苦しめんとするサドカイ派の人々の為のみならず、其処に居合はせし他の人々の為に、殊に又後世の我等の為に、此馬鹿らしき問題を捉へて、之に深き有意義の説明を与へて彼等と我等とを教へ給うた。イエスに触れて何物も大数訓の題目とならざるはなかつた。実に無比の大教師である。仮令大哲ソクラテスと雖も、此ナザレ人には及ばなかつた。

〇イエスは答へて曰ひび給うた、サドカイ派の学者等が此の愚かなる質問を提出するは、彼等が「聖書をも神の能力をも知らざるに由る」と。神学者聖書を知らずと大工の子に教へらる。斯かる神学者は何時の世にもある。時には聖書を知らざるのみならず、聖書を軽蔑し、之を度外視する神学者さへある。故に彼等は信仰の深い事を解(121)しないのである。旧新聖書を深く究めた者は復活を疑はない。パウロがコリント前書十五章に於て述べし如くである。

  |聖書に応ひて〔付○圏点〕キリスト我等の罪のために死し|聖書に応ひて〔付○圏点〕葬られ、第三日に甦り(第三、四節)……|聖書に〔付○圏点〕録して死は勝に呑まれんと有るに|応へり〔付○圏点〕(第五四節)。

ナザレのイエスはヱルサレムの神学者以上の聖書学者であつた。而して多くの平信徒が神学博士以上の聖書学者である。

〇イエスは是等の神学者に教へて曰ひ給うた。復活とは彼等が思ふが如き、此身此儘が生き返へる事でない。さう思ふが故に斯かる馬鹿らしき問題が起るのである。復活 ANASTASIS は|甦り〔付ごま圏点〕(陰府《よみ》より帰る)に非らずして|新たに造らるゝ事〔付○圏点〕である。人は来世に於て今世の生涯を継けるのではない、神より新たなる体を賜はりて全然別種の生活状態に入るのである。故に復活を解するに聖書知識と共に神の能力を知るの知識が要る。パウロはコリントに於て信者の復活の信仰を転覆せんと計る者を指して「汝等の内に神を知らざる者あり」と云うた(コリント前書十五章三四節)。神を知らず、聖書を知らず故に復活が解らないのである。今も猶ほ然りである。

〇人は神の能力に由り復活状態に入つて娶《めと》らず又|嫁《とつ》がず又死ぬる事なし、「そは天の使者と等しく復活の子にして神の子なれば也」とあるが如し(ルカ伝二十章三六節)。生殖の必要なきに至つて性的差別の必要なきに至り、為に結婚生活の必要なきに至ると云ふのである。而して然うなくてはならない。我等は来世に於て今世の継続を願はない。我等は今世には既に厭々《あきあき》したのである。我等は新らしき天と新らしき地とを望む、そして之に応ふ新らしき生活を望む。二世を契ると称して今世に於て懐ける恋愛を来世に於てまで楽まんと欲するが如き、其れこ(122)そ愚の極、迷信の極である。

〇馬可伝に依れば、イエスは此質問に対し最後に左の如くに答へ給へりと云ふ。

  死し者の甦る事に就きてはモーセの書|棘中《しば》の篇《まき》に、神彼に語りて「我はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神なり」と曰ひ給びしを汝等読まざる乎。神は死し者の神に非ず生ける者の神なり。|汝等大に謬れり〔付△圏点〕。

と。「棘中の篇」とは出埃及記第三章である。是れ神学者等の何人も暗誦《そらん》ぜる所、然れども其真の意味を彼等は知らなかったのである。「我はアブラハムの神云々」とヱホバがモーセに告げ給へりと云ふは、今も猶ほ多くの基督信者が思ふが如くに、我は曾てアブラハムを守り導き恵みし神なりと云ふ事ではない。若し然うであるならば「我はアブラハムの神|たりき〔付○圏点〕」と云ふが本当である。ヱホバは茲に「|我は在る〔付○圏点〕アブラハムの神で」と言ひ給うたのである。高調して読むべきは「我在」の二字である。EGO ElMI 我は在る。「神モーセに言ひ給ひけるは|我は有りて在る者なり〔付○圏点〕」とある其事である(出埃及記三章十四節)。「|我は在る〔付○圏点〕アブラハムの神で、又イサクの神で、又ヤコブの神で」と。其事は何を示す乎と云ふに是等の列祖は神に在りて今生きて居ると云ふ事を示す。列祖が生きて居ると云ふは神が生きて在し給ふ証拠になるが、其れよりも更に強い論法は神が生き給ふが故に、彼に倚頼《よりたの》みし列祖は生きて居らねばならぬと云ふ事である。イエスが別れに臨んで弟子等に曰ひ給ひしと同じである、曰く「我れ生くれば汝等も生くべし」と(ヨハネ伝十四章十九節)。

〇神は言ひ給うた「我は在る」と。彼は有て在る者即ち永遠の実在者である。故に彼に頼り、又彼に在りて生くる者は、彼に肖て生くる者でなくてはならぬ。如斯き者が妻を争ふと云ふが如きは背理の極である。実に「汝等大に謬れり」である。此明噺深酷なる解答に接して「人々之を聞きて其|訓《をしへ》を驚けり」と云ひ(馬太伝)、「学者等(123)答へて曰ひけるは師よ善く言へり、此後敢てイエスに問ふ者なかりき」と云ふ(路加伝)。イスラエルの学者にして如此くに聖書を解した者はなかつた。今日で言へばイエスは最大の exegete《エキゼジート》(註解者)であつた。ヱルサレムを挙げて此人に当るべき学者はなかつた。「先生善く言はれました」と、其れ以上彼等は言ひ得なかつた。実に気持の好い論戦であつた。三月二十二日 〔以上、7・10〕

 

     第九回 第一の誡 【馬太伝廿二章三四-四十節。馬可伝十二章二八-三四節。路加伝十章二五-三七節参考。】

 

〇パリサイ派の人等はヘロデ党の人等と与みして納税問題を以てイエスに逼りて、その撃退する所となつた。次いでサドカイ派の学者等は復活問題を以て彼を試みて、返つてその啓発する所となつた。最後にパリサイ派の学者等は首《かうべ》を鳩《あつ》めて凝議する所あり、終に彼等の一人をして更にイエスに問ふ所あらしめた、曰く「師よ律法の内何れの誡か大なる」と。是れ彼等に取り難問題の一であつて、之をイエスに問掛《とひか》けて彼を苦しめんとした。聖書に六百有余の訓誡《いましめ》ありて、其内何れか大なるとは、当時の神学者等の頭脳を悩ませし議題であつた。ナザレの預言者は此間題に対し如何なる解答を与ふるであらう乎。

〇然し乍ら問題は至つて明白である。実は之を問題となすに足りない。パリサイ派の人等自身が毎朝毎夕繰返して言ふではない乎、

  イスラエルよ聴け、我等の神ヱホバは惟一のヱホバなり、汝心を尽し力を尽して汝の神ヱホバを愛すべし

と(申命記六章四、五節)。是が第一にして大なる誡である。第二も亦之に同じである、

  己の如く汝の隣を愛すべし

(124)と(利未記十九章十八節)。そして以上は律法部類に属するが、律法に止まらず預言も亦之に繋《かゝ》はる。即ち旧約全体が以上二ケ条の誡に依て立つのであると。

〇まことに明々白々である。敢て問題となすに足りない。之を問題となすは彼等の心が曲つて居るからである。偽なき純正の人は斯かる明白なる問題に対し何の疑義をも挟《さしは》さまない。そして斯かる問題に対して「言ふは答ふる」である。鷺《さぎ》は鷺、鴉《からす》は鴉と言へば問題は解決するのである。世の中に自明の真理を問題となすが如き愚かなる事はない。然れども人ほ往々にして此|過誤《あやまち》に陥るのである。神を離るゝの結果として心狂ひて其判断までが狂ふのである。「律法の内何れの誡か大なる」と。愚問である。問ふ者の愚を露はして誤りないのである。

〇問題は明白である、同時に又深遠である。「神は一なり」と云ふは単に神は一位なりと云ふ事ではない、|神は一体であつて、其内に分離矛盾あるなしと云ふ事である〔付○圏点〕。単に多神教に対して一神教を唱へたのではない。不完全なる神に対して完全なる神を唱へたのである。私は一人であるが一つでない。私に内心の分離がある。罪の人は凡て二重人格又は三重人格である。然れども神は一である。神は完全に調和せる一体として働き給ふ。斉一である。神は一なりと云ふ事の内に我等の凡ての希望が籠つて居る。彼は一なるが故に其唯一の目的、即ち全世界に於ける義の完全なる実現に達せずしては止み給はないのである。

〇此神は|愛すべき者である〔付○圏点〕。「主なる汝の神を|愛すべし〔付○圏点〕」である。神は単に畏るべきでない。研究して探り求むべきでない。祭事《まつり》をもて仕ふべきでない。愛すべきである。子が恩愛の父母を愛するが如くに愛すべきである。神の大なるに怖《おぢ》て彼より遠かりてはならない。或は彼の聖なるを懼れて彼を祭り上げてはならない。万物の造主なる真の神を父として、最尊の友として愛すべきである。実に深い美はしい貴い誡である。而して此神を愛する(125)に全身全霊全力を竭くして愛すべきである。馬可伝に従へば「心を尽し精神を尽し意《こゝろばせ》を尽し力を尽して愛すべし」とのことである。或人曰く、心は heart であつて人の内的能力の全部を指し、精神は soul であつて情性を、意 mind は知能を、力 strength は意志又は意力を指して云ふと。或はさうである乎も知れない。|神の一体なるに対し人も亦一体となりて彼を愛すべし〔付○圏点〕とのことである。愛が忌む者にして弐心の如きはない。心丈けで愛して頭脳《あたま》は之を承知せざるが如きは本統の愛でない。智情意合致して愛する愛こそ真の愛である。そして神は如此くにして愛すべき者である。全身全力を籠めて愛すべき者である。詩人が彼を讃めまつる時の心の状態も亦それである。

  我が霊魂《たましひ》よヱホバを讃めまつれ、

  我衷なる凡てのものよ其聖き名《みな》を讃めまつれ

と(詩篇百三篇一節)。統一せる心理状態を以て神に仕へよと云ふのである。

〇第一の誡はそれである。之を示して答は済んだのである。然るにイエスは之に第二を加へ給うた。「己の如く汝の隣を愛すべし」と。彼は茲に問はれし以上を答へて、反対者をして立つに処なからしめ給うた。第二は第一に依つて立つのであつて、其れよりも局限せられたる誡である。神は全身全力を挙げて愛すべし、即ち自己以上に愛すべし、隣は己の如くに愛すべしと云ふのである。己を棄て隣を愛すべしと云ふに非ず、己を愛するが如くに愛すべしと云ふのである。神は人が自己を愛することを許し給うた。自愛は罪ではない。然れども自己を愛するの愛を以て隣を愛すべきである。イエスは茲に彼が伝道の初めに於て教へ給ひし事を繰返し給うたのである。即ち黄金律と称せらるゝ山上之垂訓の一節である。

(126)  是故に凡て人に為られんと欲ふ事は汝等も亦其如く人に為よ、是れ律法と預言者なる也。

|第一の誡は宗教、第二の誡は道徳〔付○圏点〕。第二は実は第一の一部である。然れども第一が実際的に現はるゝ時に必ず第二の形を取る。道徳は宗教ではないが、真の宗教は必ず道徳と成りて現る。

〇全身全力を挙げて神を愛すべし、己の如くに隣を愛すべし。是で基督教は尽きて居る。然るに事実如何? 今日の基督教界に於ても昔のパリサイ人の内に於ての如くに愛神愛人は決して第一の誡でない。彼等は他の問題を以て争ふ。彼等は人が神を信じ他を愛する丈けで喜ばない。自分の教会に入り、自分と同じ意見を懐いて同じ儀式に与るを見て初めて満足する。然し真の基督教は一目瞭然である。神を愛する事が第一、隣を愛する事が第二である。其他は如何《どう》でも可い問題である。三月廿九日

 

     第十回 ダビデの主 【馬太伝廿二章四一-四六節。馬可伝十二章三五-三七節。路加伝廿章四一-四四節。】

 

〇イエスは今までは彼の反対者に対して守勢に出で給うた。彼等をして彼に対し質問を発せしめ、徹底的に之に答へて、彼等を教へ給うた。而して彼等が此上更に質問の矢を放つの勇気なきを看て取り給ふや、彼は守勢より攻勢に転じ給うた。彼は今より自から質問を発して彼等をして彼に対し答へしめ給うた。而して答ふるの言なきを看たまふや、彼等を責め、彼等の虚偽を曝露し、彼等の滅亡を宣告し、彼等をして彼に対し暴力を以つて争ふより他に途なきに至らしめ給うた。衝突は終に此に至らざるを得なかつた。光明と暗黒との衝突であつた。そして暗黒は光明を呑み去つた。然れども光明は消ゆるが如くに見えて、再び暗黒の裡より生れ出た。論争は十字架を紹介する為の序幕であつた。必然の死を前に控へての論争であつた。其処に其重みと深みとがある。人の将さ(127)に死なんとす其の言ふや善しと云ふが、神の子が将さに死なんとして発し給ひし言でありしが故に、悉く真を穿ち、底に徹したのである。

〇質問戦は「汝は何の権威を以て此事を為すや」との問を以て始つた。イエスは直接に之に答へ給はずして間接に答へ給うた。然れども更に明白に之に答ふるの必要があつた。イエスに属《つけ》る権能の何たる乎を知らんと欲せば彼の何者なる乎を知らざるべからず。然れども今直に「我はキリストなり」と言ひ給ふと雖も、彼等は之を受納る事が出来ない。故に茲に質問を発して彼等の反省を促し給うた。「汝等キリストに就て如何に思ふや、彼は誰の子なる乎」と。「ダビデの子なり」と彼等は答へた。「然れども聖書はダビデがキリストを呼んで主と云つて居るではない乎、詩篇第百十篇を見よ、ダビデが主として崇めし者が何《いか》で其子たり得んや、如何?」とイエスは反問し給うた。此問に対し学者並にパリサイの人等に答ふるの言葉がなかつた。

〇イエスは反対者を苦しめる為に此問を発し給うたのではない。彼等をしてキリストの誰なる乎、而して彼れ御自身がキリストなる事を教へん為に此く彼等に問ひ給うたのである。キリストはダビデの裔として生るべしとは聖書が示す所であつて、其点に就てイエスは学者等と争ひ給はなかつた。ダビデの子であるが更に其れ以上である。|ダビデの主である〔付○圏点〕。恰かもマリヤの子である以上に彼女の主であると同じである。其事が解らずしてキリストの誰なる乎は解らない。学者等は聖書を暗誦《そらんじ》ながら此事が解らなかつたのである。随つてナザレ人イエスがキリストなる事に到底気附き得なかつたのである。

〇キリストは大王ダビデが主として崇めし者である。そして我は其者なりとイエスは言はんと欲し給うたのである。聖か狂か。曾て中江藤樹が釈迦の「惟我独尊」の言を評して、此言を発せし人は最も傲慢なる者なりと云ひ(128)たりとの事であるが、自己を大王の主なりと称《とな》へしイエスも亦此批評に当る者ではあるまい乎。近代人はイエスの此問に対し、反つてパリサイの学者等に同情して、此かる難問を発して彼等を困《こま》らせしイエスに対し窃かに反対を懐くであらう。

〇人は曰ふ、聖書の内にイエスが明白に「我は神なり」と曰ひ給ひし言はないと。然れど彼は茲にキリストは大王の主なりと明言し給うた。そして他の箇所に於て我はキリストなりと明言し給うた。聖か狂かは別問題としてイエスが自から神の子キリストなりと信じ給ひし事は疑ふ事が出来ない。そして事は信仰又思想問題でない、実際問題である。ダビデが彼の裔として生るべきキリストを己が主として崇めしに止まらず、「汝等の先祖アブラハムは我日を見んことを喜び、且之を見て楽しめり」とイエスが言ひ給へりとあるが如くに、アブラハムも亦彼を主として仰いだのである(ヨハネ伝八章五六節)。そしてイエスが此驚くべき言を発し給ひし以来千九百年、多くの国王、大帝、大学者、大美術家、大と称せられし凡ての階級の人等が彼を主として崇めたのである。アルフレッド大王、クロムウェル、ヴイクトリヤ女王、彼等も亦ダビデ王同様にイエスを主として崇めたのである。そしてヨセフの子イエスを主として崇むる事は恥辱ではなくして無上の光栄である。迷信ではなくして最上の智慧である。まことに国家人類の運命はイエスに対する其態度に依て定まるのである。神は預言者イザヤを以て此人に関して宜べ給うた、

  汝に事《つか》へざる国は亡び

  その国々は全く荒れ癈《すた》るべし

と(以賽亜書六十草十二節)。「神の子キリストなるイエスに事へざる国は亡ぶべし」と云ふのである。不道理千(129)万であると人は言ふであらう。然れども土耳古を見よ、埃及を見よ、印度を見よ、波斯を見よ、思ひ半ばに過ぐるであらう。敢て所謂基督敦国がキリストの聖旨に適ふ完全なる国であると云ふのではない。然れども不完全極まり乍らもイエスに主として事ふるの点に於ては|より〔付ごま圏点〕善き国と称せざるを得ない。|国の興るも亡るも〔付△圏点〕畢竟《つま》|る所ナザレ人イエスに対する其態度に由て定まるとは不思議なる、而かも争ふべからざる事実である〔付△圏点〕。

〇イエスは如何にもして祭司の長並に民の学者等をして御自身に関する此事を知らしめんと欲し給うた。然れどもイエスと雖も御自分の事は語るに甚だ難くあつた。故に間接に、遠廻《とうまわ》しに此事に就て語り給うた。福音書の此箇所は此心を以つて読まねばならぬ。

  夫れダビデ聖霊に由りて自《みづか》ら言ふ、「主我が主に曰ひけるは云々」、此くダビデ自《みづか》ら彼を主と称へたり、然れば如何で其《その》裔《こ》ならんや

と(馬可伝十二章三六、三七節)。是れ反対者を苦しめん為のコナンドラム(謎)ではない、彼等の平康に関はる大問題である。詩篇第百十篇の意味の解つた者が己れと己が属する国家民族との救ひに関はる大問題の解つた者である。「爾の遣はし給ひし者を識るは是れ窮りなき生命なり」である。「汝等キリストに就て如何に思ふ乎」と。主は今日も我等に此質問を発し給ひつつある。我等は之に対し如何に答へつつある乎。

 

     第十一回 パリサイ人と基督教会 【馬太伝二十三章一-十二節の研究。馬可伝十二章三八-四〇節参考。】

 

〇イエスと教職との衝突に於て彼は最後まで忍耐の態度を取り給うた。彼等の責問に遭ふて彼は飽まで説明誘導の途に出で給うた。彼は彼等の亡びんことを欲し給はなかつた。故に如何にかして彼等をして彼の誰なる乎を知(130》らしめて終に神の子を十字架に釘けるの大罪を犯すこと莫からしめんと努め給うた。然れどもイエスの努力は無効であつた。彼と教職との間には了解の橋を架することの出来ない深い広い溝《みぞ》が横はつた。問答は終に破裂に達せざるを得なかつた。而して十字架は歩一歩と近づいて来た。

〇而して破裂に先立つて注意があつた。最早教職に注意するの必要はなかつた。学者とパリサイの人等に就てイエスの弟子等に注意するの必要があつた。人が其罪を悔改めざる場合には、彼に鑑みて其罪を避くるの必要がある。「汝等パリサイの ※〔麥+丐〕酵《ぱんだね》を慎めよ是れ偽善なり」との教訓《をしへ》は此事である(路加伝十二章一節)。学者とパリサイの人に傚ふ勿れ。イエスの弟子たる者は彼等と全然其行動を異にしなければならない。

〇第一の注意は|偽はりの教師を排斥せざる事である〔付△圏点〕。

  学者とパリサイの人とはモーセの位に坐す。故に凡て彼等が汝等に言ふ所を守りて行ふべし。然れども彼等が行ふ所を為す勿れ。そは彼等は言ふのみにして行はぎれば也

と。教職は教職として尊敬すべきである。モーセの権威を以て語る者にモーセに対すると同じ尊敬を以て対せざるべからず。神の言は何人を通うして臨むも神の言である。故に謹んで之に服従すべきである。然れども教師の行為に傚ふと否とは我等の自由である。而して偽はりの教師の場合に於ては、彼が伝ふる神の言は守りて其行為は傚ふべからずとの教である。真に深い智慧のある教である。教師の行為を以て其教を判断してはならない。イエスの此教にして服膺せられん乎、夥《あまた》の教会騒動はなくして済むのである。多くの場合に於て最も悪い教師が最も善き教を伝へる。水を運ぶ管《くだ》を飲むのではない、|生命の水を飲むのである。管の善悪に由て水の善悪を審いてはならない〔付△圏点〕。

(131)〇然し乍ら行動《おこなひ》は別である。人は何人も神の言を受けて之を行動として現はさなければならない。そして行動に於て我等はパリサイの人に傚ふてはならない。彼等は重く且つ負ひ難き荷を人に負はしめて、己は指一本を以て之を動かさんと為ない。即ち誡律を下すのみにして之を行ふの能力《ちから》を供《あた》へない。為すべし為すべからずと命じて善を為し悪を避くるの動機を伝へない。然れどもイエスは斯かる教師でなかつた。彼の誡令《いましめ》は厳格であつたが、彼は其れと共に之を行ふの能力を賜うた。彼れ御自身が我等の罪を負ひ給ひて、我等をして彼の御足の跡に従ふ事を得しめ給うた。約《つゞ》めて言へばパリサイの人の教は律法であつて福音でなかつた。恩恵の伴はざる道徳であつた。彼等自身すらも担ふ能はざる重荷であつた。我等は彼等の跡を践んで十字架の伴はざる山上之垂訓を説いてはならない。

〇所謂パリサイ宗とは人に見られん為の宗教、社会に認められんが為の宗教、教師と云はれ、師父と云はれ、博士として崇められん為の宗教であつた。即ち全然俗化せる宗教であつた。そしてイエスは焼尽《やきつく》すの熱心を以て此宗教を排斥し給うた。彼は学者とパリサイの人の宗教と、御自分の宗教とを較べて、御弟子等に教へて曰ひ給うた、

  汝等の内大なる者は汝等の僕《しもべ》たるべし。凡そ自己を高うする者は低くせられ、自己を低くする者は高くせらるべし

と。意味は最も明瞭であつて、何人も之を誤解すべきに非ず。佩経《ふだ》とは聖書の句を記いて之を守札の如くに額《ひたひ》又は腕に結んだ者である。

〇解し難きはイエスの御言廣の意味でなくして彼の弟子なりと称する者等が、此の明白なる彼の御言葉に文字通(132)りに背いて今日に至つた事である。今日と雖も基督教国に於て、基督教会に於て、而してやゝともすれば我等の間に在りてパリサイ宗が文字通りに実現するのである。教会は何よりも人に見られん事を欲する。社会に認めらるゝを以て勢力を得たりと言ひて喜ぶ。日本基督教会と、組合数会と、日本メソヂスト教会と、日本聖公会とが日本の四大教会であつて、宗教的日本の天下は彼等の間に四分さるべき者であると公言して憚らない。「汝等はラビの称を受くる勿れ」とイエスは明かに教へ給ひしに拘はらず、教会は神学士、神学博士、監督、長老等の称を設け、そして教師等は之を受けて喜び又誇るのである。「地に在る者を父と称ふる勿れ」との明訓あるに拘はらず、羅馬天主教会は其首長を称してパパ又はポープと云ふ。「法王」は意訳であつて、「父」と云ふが其字訳である。イエスは人を父と称ぶ勿れと教へ給ひしに対して、天主教会は「否な我等は我等の教会の首長を父と呼ぶ」と明《あから》さまに反対を表して居る。イエスは明かに「導師の称を受くる勿れ」と誡め給ひしに拘はらず、凡ての基督教会は恰かも主の此御誡命に正反対を表するが如き態度を以て其教師を呼ぶに Reverend の敬称を以つてする。如此くにして馬太伝二十三章五節以下十一節までの主イエスの御言葉は全部一々彼の聖名を以て称へらるゝ教会に由て破られて居る。世に不思議なる事とて如此き事はない。

〇斯くあらぬが基督教会の特徴であらねばならぬ。そして斯くあらしむるは単に教師の罪でない、所謂平信徒も亦大に与かりて力あるのである。彼等は福音の真意を解せずして、自身直にキリストに導かれんとせずして教師に倚るが故に教師は自から「学者又はパリサイの人」と成るのである。キリストの教会に於ては師は一人即ちキリストである。而して信者は皆な同等の兄弟姉妹である。此事の解らない者は基督信者でない。故に教会に列なる資格の無い者である。|人の弱きを唱へて教職制度の必要を唱ふる者は未だ福音は人の弱きに勝つの能力なるを(133)知らざる者である。(四月十二日) 〔以上、8・10〕

 

     第十二回 羔の怒 馬太伝廿三章一三-三六節。路加伝十一章三九-五二節参考。

 

〇黙示録六章に「羔の怒」と云ふ事がある。其十七節に曰く「羔の怒の大なる日すでに至れり。誰か之に抵《あた》ることを得んや」と。羔の怒とは稀態な言方である。柔和なるが羔の特性である。「世の罪を任ふ神の羔を観よ」とバプテスマのヨハネはイエスを指して曰うた(ヨハネ伝一章二九節)。「彼れ※〔言+后〕《のゝしら》れて※〔言+后〕らず、苦しめられて激しき言を出さず……彼れ木の上に懸りて我等の罪を自ら己が身に任ひ給へり」とペテロは彼に就て曰うた(彼得前書二章廿三、廿四節)。如此き者に怒があるとは矛盾のやうに聞える。無限の愛に怒が在りやう筈はない。神の羔に怒があつてはならないと多くの人は曰ふ。然れども聖書は明かに「羔の怒」と云ふ文字を載せ、而して馬太伝廿三章に其実例を示して居る。イエスは怒り給へりとは福音書に二三回録してあるが、此所には彼が|非常に怒り〔付○圏点〕給ひし事実が詳細に記載される。「噫汝等禍ひなる哉偽善なる学者とパリサイの人よ」と七回繰返されて在る。人の口より出たる最も激烈なる呪詛《のろひ》の言である。此言がイエスの口より出たのである。此は果して「柔和なるイエス様」の言として受取る事が出来やう乎。然れども事実は掩ふべからずである。愛の源なる神は怒つてはならないとは人が勝手に定《きめ》た事であつて、事実はさうで無いのである。縦し聖書の此言が道理に合はないとするとも、神は時々雷霆《いかづち》となりて轟き、地震となりて篩《ふる》ひ給ふのである。神は人の意見に従ひて行ひ給はない。彼は怒るべき時には怒り給ふ。そして神の羔が怒る時に誰か之に抵ることを得んや。神の義憤の現はれである。其れ故に恐ろしくある。神を慢て止まざれば終に此怒に触れるのである。

(134)〇イエスは此時まで忍びに忍び給うた。祭司の長《をさ》及び民の長老《としより》たちの質問に対し柔和に且親切に答へ給うた。彼は此時まで未だ曾て一回も既成教会に対し攻撃的態度を取り給はなかつた。然れども彼の愛が悉く蹂躙せられ、彼の忍耐が悉く嘲弄せらるゝを看て取り給ひしや、彼の聖憤は終に発せざるを得なかつた。此はまことに羔《こひつじ》の怒である。怒の為の怒でない、愛の為の怒である。愛が執拗なる抵抗に会ふて熱《ねつ》して火と成つた者である。故に徹底的に怒り得たのである。|聖く怒るは聖く愛する丈け其れ丈け〔付○圏点〕困難|くある〔付○圏点〕。聖書はイエスに就て録して曰ふ「未だ此人の如く言ひし人あらず」と(ヨハネ伝七章四六節)。又「如何ばかり之を愛する者ぞ」と(同十一章三六節)。未だイエスの如く語りし人なし、又未だ彼の如く愛せし人なし、而して又、|未だ彼の如く怒りし人なし〔付△圏点〕。我等はイエスに於て愛の模範を見るのみならず又怒の模範を見るのである。馬太伝第二十三章は怒の模範を示す者として貴くある。人は怒る時に如此くに怒るべきである。

〇「噫禍ひなる哉汝等偽善なる学者とパリサイの人よ」。原語を直訳すれば左の如くに成らう。

  ウーアイ汝等に

  学者とパリサイ人よ

  偽善者等よ

「ウーアイ」とは災禍《わざはひ》とか苦難《くるしみ》とか云ふべき言である。英語の Woe と同じく意義の外に感情を現はす言である。オノマトープ即ち擬声辞の一である。「噫禍災汝等に到らんとす」と訳して真意を通ずるであらう。禍災汝等に|あれかし〔付○圏点〕と云》ふ呪詛ではない。|到らんとす〔付○圏点〕と云ふ預言である。彼等の罪を挙げて其必然の結果として彼等に臨まんとする災禍を指したのである。「ウーアイ、噫我れ之を言ふに忍びず、災禍汝等に臨まんとす」とイエスは茲に(135)言ひ給うたのである。

〇「学者とパリサイ人」。|職業的聖書学者と職業的宗教家、今日で云へば神学者と牧師伝道師、宗教学と伝道牧会を職業とする者である〔付△圏点〕。故に其内に祭司もあれば教法師もある。宗教を職業として扱ふ者の総称である。そしてイエスが嫌ひ給ひし者にして宗教業者の如き者はなかつた 学者と教法師とほ聖書の文字と誡律《いましめ》とを、祭司とパリサイ人とは祭事と信仰とを弄《もてあそ》ぶ者である。彼等は孰れも神の聖事を軽く扱ふ者であつて其罪は最も重くある。彼等は活ける神の活ける言を死せる文字又は機械に化する者である。「それ儀文は殺し霊は生かす」とあるが如くに、彼等は儀文を以て人の霊魂を殺しつゝある。之を見て神の志は怒らざるを得なかつた。|学者とパリサイ人は今も在る〔付△圏点〕。聖書を言語学と考古学と文学的批評の材料として使ふの外、之を用ふるの途を知らざる者、今日の欧米諸大学に設けられたる聖書学講座が取扱ふ問題は概ね是である。そしてパリサイ人! 彼等は自己拡張の為に宗教を用ふる者である。宗教界に於ける帝国主義の応用者である。他《ひと》の教会を倒して己が教会を興さんとする。伝道と称して水陸《うみやま》を歴巡《へめぐ》りて一人をも己が教会に引入れんとする。己に従ふ者が信者、従はざる者が異教徒。誠実もなければ親切もない。彼等の伝道の唯一の目的は己が後従者を作るにある。彼等は信仰箇条とバプテスマと聖餐式とを之が為に利用する。彼等自身が地獄の子であつて、彼等に由て所謂信者に成りし者は、彼等よりも倍したる地獄の子とせらる。政治家の圧制は憎むべしとするも、宗教家のそれは優《はるか》に其れ以上である。彼等は神と来世とを利用して己が勢力を張らんとする。

〇「偽善者よ」。神と人とを偽はる者なるが故に此く称す。ギリシヤ語のヒポクリテスは俳優の意《こと》であると云ふ。舞台の上に善人を演ずる者である。偽善者必しも根本的の悪人でない。世には無意識の偽善者がある。自身偽善(136)者なりと識らずして偽善を行ふ者がある。然し乍ら偽善者は偽善者であつて、神は之を嫌ひ給ふ。偽善者は白く塗りたる墓である。外は美はしく見ゆれども内は骸骨と様々の汚穢《けがれ》にて充つ(二七節)。内と外とが全く異《ちが》ふ。※〔(未+攵)/雁垂/女〕《やもめ》の家を呑みながら偽はりて長き祈祷を為す(十四節)。其信仰はすべて言葉と習慣と思想との信仰である。四月十九日

 

     第十三回 「禍なる哉」七回 馬太伝廿三章十三節以下。路加伝十一章三七節以下。

 

〇|禍なる哉第一〔ゴシック〕。人の教師たらんと欲する者は先づ自から救はれざるべからず。自から救はるゝは人を救ひ得る資格の第一である。然るに多くの教師は自から救はれし実験を有せざるに人の救拯《すくひ》に従事す。斯くて彼等は天国を人の前に閉ぢて自から入らず、且入らんとする者の入るを許さないのである。自から救はれざるは大なる禍《わざはひ》である。然れども人の救はるゝを妨ぐるは禍の極である。そして自から救はれし確実なる実験を有せざる者が伝道に従事して此禍に陥ゐるのである。自身平安を獲る能はず、故に人に平安を与へ得ざるは勿論、彼が平安に入るを喜ばず、更に進んで平安に入るの途を塞いで彼をして入る能はざらしむ。

〇|禍なる哉第二〔ゴシック〕。人を平安に導く能はず、故に己が党派を樹てゝ一人なりとも己に肖たる者を作らんとす。其目的を達せんが為には編く水陸を歴巡り一人をも己が宗旨に引入れんす、而して既に引入るれば之を己に倍したる地獄の子と為す。世に嫌ふべき者にして党人の如きはない。而して其内最も嫌ふべき者は|宗教的党人〔付△圏点〕である。信仰なき伝道は所謂改宗勧誘運動に化し易くある。何時《いつ》の世に於ても斯かる運動が伝道の名の下に行はれた。人の霊魂を救はんとするに非ず、我が教会の勢力を張らんとす。此目的に由て成りし所謂信者は天国の民に非ずして(137)地獄の子である。其熱心は神と真理とに対する熱心に非ずして、己が属する教会に対する熱心である。斯くして宗派戦を起して、信者相互を誹り、罵り、呪ひ、殺して、神に奉仕したりと思ふ。若し主イエスが彼の聖名を以て称へらるゝ今日の教会を看たまひしならば彼は如何に怒り給ふであらう。偽善なる学者とパリサイの人に対し羔の怒を発し給ひし彼は、必ずや其れ以上の怒を発して彼の教会内に行はるゝ偽善を焼尽し給ふであらう。

〇|禍なる哉第三〔ゴシック〕。誠実の人は誓約を慎む。彼の言葉其物に誓約の価値があるからである。殿《みや》を指し、祭壇を指し、天を指して誓はざるを得ざるに至りしは彼の誠実が減退せし何よりも好き証拠である。誓約に区別を為し、其間に有無軽重を認むるに至りて誠実は地を払ふに至れりと謂ふべし。恰かも今日の社会に於て証文の益々煩雑を加ふるが如き類である。印鑑を要し、証券印紙を要し、証人の連印を要し、更に進んで公正証書と為すを要す、而して尚ほ安心する能はず。誠実を欠いて約束の履行を誓約に求むる時に、事の茲に至るは当然の順序である。「然り然り否な否な、此より過るは悪より出る也」である。単純なるイエスは複雑なるパリサイ人の教に堪へなかつた。

〇|禍なる哉第四〔ゴシック〕。偽善なる学者とパリサイの人は小事に厳にして大事に寛であつた。彼等は律法の言に従ひ薄荷《はつか》、茴香、馬芹《まきん》と云ふが如き小なる野菜に什一の税を課して、義と仁と信と云ふが如き大事は之を省みなかつた。「是れ行ふべし、彼も亦廃すべからず」である。小事は之を行ふべし、然れども大事は之を廃すべからずである。仁義を怠りて小事に如何に忠実なりと雖も神に対し人に対し忠実なる能はず。小事は為し易し、大事は為し難し。日曜日に代へて土曜日を以て安息日となすが如き何人も為し得る所である。然れども正義に依て動かず、全国を相手に福音の為に闘ふが如き、是れ真の勇者にあらざれば為す能はざる所である。学者とパリサイの人は小人で(138)あつた。故に小善に忠実であり得て大善に忠実であり得なかつた。而して悪事に対しては其反対に、小悪を避けて大悪を犯した。孑孑を漉出《こしいだ》して駱駝を呑んだ。小なる負債は之を償還して大なる負債は之を践倒《ふみたを》した。而して偽善者の為す所、今日も猶(〔な〕)ほ然りである。

〇|禍なる哉第五〔ゴシック〕。偽善者は外を潔めて内を怠る。器に注意して内容を顧ず。食器の清潔ならん事に心を用ひて之に盛る飲食物の性質如何を問はず。惟ふ器にして清からん乎、内容も自から潔まるべしと。瞽者《めしひ》よ、其反対が真理である。先づ内容を潔めよ、然らば器も亦潔まるべし。会堂の壮厳なるに依て信者を潔めんとするも能はず。信者を潔めん乎、会堂は自から潔まるべし。器を重大視して之を使用する精神を軽視するが偽善者の特性である。制度、方法、組織、団体、是等は皆な器たるに過ぎず。即ち杯と盤《さら》とである。之に充たすに貪欲《むさぼり》と淫欲(放縦)とを以てして、如何なる用器も聖潔なる能はず。

〇|禍なる哉第六〔ゴシック〕。偽善者は外を飾り内を慎まず。白く塗りたる墓に似て外は美はしく見ゆれども内は骸骨と様々の汚穢とにて充つ。此世の聖人君子は凡て此類である。彼等は努めて外を飾るに止まる、内は不平、倣慢、嫉妬にて充つ。所謂修養は修飾に過ず。人の努力は自己を改むるに足らず。先づ己が汚穢を認め、神の大能を以て我衷に新たなる心を造り、彼に自己を潔めて戴くより他に潔くせらるゝの途あるなし。学者とパリサイの人とは、今の多くの道徳家又宗教家と同じく神の子の贖罪の恩恵に与らんとせざりしが故に、彼等の偽善状態より脱出することが出来なかつたのである。

〇|禍なる哉第七〔ゴシック〕。偽善者は建碑の民である。己が義を義人の墓碑に現はして自己《みづから》は義に背きて怪まず、曰ふ「我等若し先祖の時に在らば予言者の血を流すことに与せざりしものを」と。然れども若し予言者に直面せん乎、彼(139)等は之を殺して|予言者殺し〔付ごま圏点〕の裔なることを証す。イエスの前に立ちし学者とパリサイの人とが其人であつた。而して古への聖人、義人、殉教者に対しては賞讃の辞を重ねて惜まざる人も、真の聖人の己が前に立つあれば、之を讒謗罵詈して止まざるが常である。「蛇蝮の類よ、汝等いかで地獄の罰を免れんや」とイエスは彼等に対して曰ひ給ふ。邪智に富めるが故に蛇である、毒を蔵するが故に蝮である。而して蛇と蝮とが叢を焼尽す火にて焼かるゝが如くに、是等の偽善者等は地獄の刑罰に会ふであらう。然り会ふが当然である。

〇茲に「禍なる哉」が七回線返された。始めの三回は其教の誤りたるが故に、終りの三回は行の悪しきが故に、而して中の一回は教と行とが二つながら悪しきが故に。四月二十六日 〔以上、9・10〕

 

     第十四回 イエスの愛国心 【馬太伝廿三章三七-三九節。路加伝十三章三四、三五節。同十九章四一-四四節。】

 

〇イエスに愛国心があつた。彼は唯の個人主義者でなかつた。彼は個人さへ救はるれば国は如何でも可いと云ふ個人主義者でなかつた。彼は国を国として愛し給うた。彼はイスラエルに関はる神の聖旨を信じ給うた。「救はユダヤ人より出づ」と云ひて、ユダヤ国の天職を信じ給うた。世にイエスの愛国心に優さる聖き正しき愛国心はなかつた。我等は凡ての事に就て彼より学ばねばならぬが、愛国心に就ても彼より学ばねばならぬ。我等はイエスがイスラエルを愛し給ひし心を以て日本国を愛さねばならぬ。

〇そしてイエスの愛国心は彼の凡ての行為に於て現はれたが、殊に彼が国都ヱルサレムに到りし時に現はれた。凡てのイスラエル人はヱルサレムを愛した。ヱルサレムは彼等の愛国の目標であつた。予言者は凡て熱烈にヱルサレムを愛した。イザヤ、ヱレミヤ、エゼキエル、ダニエル等の四大予言者殊に然りである。彼等に取りイスラ(140)エルと云へばヱルサレムであつた。単に中央集権と云うた丈けでは足りない、中央生命である。ヱルサレムはイスラエルの目の瞳《ひとみ》であつた。神の聖殿の所在地であつた。「ヱホバは其聖殿に在ます」と云ひて、ヱルサレムはヱホバが其民の間に宿り給ふ時の地上最も聖き一点であつた。

〇イスラエルが如何にヱルサレムを愛した乎、其情熱を歌つた者が詩篇第百三十七篇である。多分世界文学の内で愛国の至情を述べた言葉で之よりも痛切なる者はあるまい。

   ヱルサレムよ若し我れ汝を忘れなば

   我が右の手に其巧を忘れしめよ。

   若し我れ汝を思ひ出ず

   我れ汝を我が凡ての歓喜の極となさずば

   我が舌を我が※〔月+愕の旁〕《あご》につかしめよ。

そして此情が福音化されて基督信者の讃美歌となりて現はれし者が「噫母なるヱルサレムよ」の一篇である。

     O mother dear Jerusalem.

     When Shall I come to thee?

     When shall my sorrows have an end,

     Thy joys when shall I see?

   噫|懐《なつ》かしき母ヱルサレムよ、

   何時《いつ》我れ汝に到るを得ん。

(141)   何時我が悲しみに別れを告げて、

    汝の供《そな》ふる喜びを見ん。

イスラエル人の慕ひしヱルサレムが基督信者の望む天国の型《かた》と成つた。「我れ聖き城《まち》なるヱルサレムの備整《そなへとゝの》ひて神の所を出て天より降るを見たり云々」の言葉がそれである。予言者が慕ひしヱルサレム、イエスが愛して涙を灑《そゝ》ぎ給ひしヱルサレム、基督信者が待望むヱルサレム、古今東西を通うして人類の希望を継ぐヱルサレムである、イエスはヱルサレムを愛して国を愛し又世界を愛し給うたのである。

〇「噫ヱルサレムよヱルサレムよ、予言者を殺し、汝に遣さるゝ者を石にて撃つ者よ」と云ふ(三六節)。聖き城は盗賊の巣となつた。神の城《まち》は悪魔の占領する所となつた。神殿《みや》は存し、祭儀《まつり》は行はれ、祭司と民の長老等は教を説くと雖も、ヱホバの神は聖山を去り給ひて、今や遣されし其一子をさへ殺さんとして居る。之を見てイエスは泣かざらんと欲するも能はなかつた。|悲劇は危機に臨むも危機を覚らざる事である〔付△圏点〕。神殿あり、礼拝あり、教職あり、神学あるが故に、神の恩寵は絶えず、信者は安全なりと思ふ事である。祭司の眼に栄光が輝きし時に、イエス御一人の御眼には滅亡が鮮《あざや》かに映つた。涙は衆人と共に流す時は左程に辛らくないが、一人で流す時に堪へ難く辛らくある。滅亡は確に目前に横たはる、然るに宗教家は政治家に和して曰ふ「康《やす》し康し」と。此内に在りて神の子は独り胸を打ちて叫び給ふ「噫ヱルサレムよ、ヱルサレムよ」と。天下の憂に先《さきん》じて憂ふ位ではない、天下が憂へざる先きに泣くのである。都人は彼を見て嘲けつたであらう「泣虫《なきむし》よ」と。曾て私の愛国心が今よりも遥かに熱烈なりし時に、故大隈重信侯が私を評して曰うたとの事である、「内村と云ふ奴《やつ》は多分|御※〔食+善〕《ごぜん》に茶を注《かけ》る代りに涙を注《かけ》て食ふのであらう」と。そして今より二十年前の私の涙ですら如此くに嘲けられたのであるが故(142)に、イエスの聖き御涙が当時のヱルサレムの政治家等に如何に譏《そし》られ笑はれし乎が推量される。民は楽天家を愛して悲観者を嫌ふ。イエスは予言者ヱレミヤの後を受けてヱルサレムの滅亡を予言し給うた。是が彼の十字架に釘けらるゝ主なる原因となつた。そして二人の場合に於て滅亡は排斥の後に来つた。

〇「母鶏《めんどり》の雛を翼の下に集むる如く我れ汝の赤子を集めんとせしこと幾次《いくたび》ぞや、然れども汝等は欲せざりき」。イエスは他の所に於て曰ひ給うた「我と偕ならざる者は我に背き、我と偕に集めざる者は散らす也」と(馬太十二章三十節)。イエスと偕に集まりてのみ其個《ほんとう》の結合があり、結合に伴ふ救拯がある。イエスが民を其翼の下に集めんと欲し給ふ其御目的は茲に在る。故に彼は幾次《いくたび》かヱルサレムに上り(約翰伝が此事を記す)其民を御翼の下に集めんとした。集めんと|欲して〔付○圏点〕努力し給うた。然れども彼等は|欲しなかつた〔付○圏点〕(原語は特に ehthelehsa ehthelehsate を用ゆ)。主は欲し給うた、民は欲しなかつた。両者の意志に根本的相違があつた。故に主の努力は無効に帰して民は往くべき所に往いた。イエスは救はんと欲し、民は救はれんと欲しなかつた。そは見る眼が異つたからである。イエスは信仰を以て見、民は肉眼を以つて見たからである。是非もなき次第である。然れども悲歎《かなしみ》の極みである。

〇「視よ汝等の家は荒地となりて遺されん」。「|汝等に〔付○圏点〕遺されん」と読むべし。「家」とは神殿、宮殿、市街全部を含む都城である。「視よ汝等の家は汝等に遺されて荒地と成らん」と読むことが出来る。「汝等に遺さる」。汝等の自由に委《まか》せらる。神は汝等の為す事に関渉せざるべしと。実に恐ろしい宣告である。神に警められ、鞭打たるゝ間は希望がある。然し乍ら神に見放され、我が思ふがまゝに為すべく放任されて我は滅亡に定められたのである。斯かる場合に於て地が荒地となるは自然の成行である。其場合に神が特別に罪を罰し給ふのではない、彼(143)が聖手を引き給ひし結果として荒廃が自《おのづ》から臨むのである。「汝等の家は汝等に遺されん」と。罪人は曰ふであらう「誠に結構である、我は我が欲《おも》ふ通りに為さん」と。そして其通が滅亡である。神を求めず、神を斥くる国が亡び、家が傾き、身が亡ぶるのは是が為である。

。三九節。主が最後に都に上り給ひし時に、群衆は弟子等と共に叫んで曰うた「ダビデの裔よホザナ、主の名に託りて来る者は福なり」と(廿一章九節)。そして祭司、学者、民の長老等はイエスに対する民の此歓迎を嫌ひ、如何にかして之を打消さんと計つた。彼等は正当の王を拒否しつゝある。覆滅之が為に彼等の上に臨まんとして居る。然し乍ら彼等がイエスを歓迎するべく余儀せらるゝ時が来るであらう。彼等も亦貧しき群衆と共に彼に対して「主の名に託りて来る者は福なり」と云はざるを得ざる時が来るであらう。其れは何時である乎。|主の再臨の時である〔付○圏点〕。其時彼を十字架に釘けし者までが彼を崇めざるを得ざるに至るであらう。黙示録一章七節に言へるが如し。

  彼は雲に乗りて来る、衆《すべて》の目彼を見ん、彼を刺したる者も之を見るべし、且地の諸族之が為に哀哭《なげか》ん。

と。イエスは敗北の後に勝利を期し給うた。そして彼の再臨は審判の時でなく赦免の時であるであらう。ヱルサレムの滅亡は復興と成りて現はるゝであらう。「地の諸族之が為に哀哭《なげか》ん」とありて、彼等は再臨のイエスを拝して己が罪を悔いて彼を栄光の主として迎へまつるであらう。恩恵の主は滅亡の黒雲の彼方に悔改復興の光を認め給うた。

〇イエスは情の人であつて熱烈なる愛国者であり給うた。彼は神の子でありたればとて冷静なる審判人《さばきびと》ではなかつた。彼は凡ての偉人を代表して泣くことを恥とし給はなかつた。「既にヱルサレムに近づける時、イエス城中(144)を見て之が為に哭き言ひけるは云々」と路加伝十九章四一節以下は記す。人生に言葉を以てしては到底言表はすことの出来ない悲歎がある。其時に涙が之を言表はすのである。禽獣に涙はない。涙は言語と共に人の特有である。涙なき者は人に非ず。イエス泣き給へりと云ひて、彼は女々しい人であつたと云ふのではない、人らしき人であつたと云ふのである。そして人生に貴き者とて勇者の涙に優さる者はない。

〇イエスは人類の救主である。故に彼の愛は抱世界的であつて、是は彼を生んだ国に限らるべき者でない。自国に対して厚くして他国に対して薄きが如きは、人類の王たるべき者の取るべき態度でないと云ふ者がある。然し事実はさうでなかつた。イエスは特にイスラエルと其民を愛し給うた。

  イエス十二人を遣さんとして命じ曰ひけるは異邦の途に往く勿れ、又サマリヤ人の邑にも入る勿れ、惟イスラエルの家の迷へる羊に往け、往きて天国近きに在りと宣伝へよ(馬太十章五-七節)。

と。此言に表はれたるイエスは確かに自国に厚くして他国に薄かつた。彼はイスラエル人として特にイスラエルを愛し給うた。そして其情が迸《ほとばし》りて出た者が「噫ヱルサレムよヱルサレムよ」との呻《うめき》である。愛国は人の至情である。是れあるが故に人は人であるのである。人の愛国心は少しも彼の人類愛を減じない。其反対に人類愛に燃えし人は凡て愛国心の強い人であつた。イエスはヱルサレムに注ぎし愛を以て万国の民を愛し給うたのである。

〇視よ強く伊太利を愛せしダンテが人類愛の模型でありしことを。同じ事をミルトン、コロムウエル等に就ても言ふことが出来る。日本今日の博士、学士、学生の如くに愛国心の殆んど消滅せし人等より愛と云ふ愛を其如何なる形に於ても望むことは出来ない。(五月三十一日)

 

(145)     第十五回 ヱルサレムの覆滅 馬太伝廿四章、馬可伝十三章、路加伝廿一章。

 

〇イエス都に上り、祭司の長およひ民の長老等と衝突し、彼等の質問に答へ、進んで彼等の偽善を責め、又彼等の為に泣き、彼等の最後の救に就て希望を述べ給うた。彼は御一人、彼等は多数、彼は田舎の一平民、彼等は都会の貴族、学者等であつた。此世の勢力を比較して、彼と彼等とは到底|敵手《あひて》にならなかつた。然れども論場に於て相対してイエスは常に勝者の地位に立ち給うた。「誰一人彼に答ふること能はず、此日より敢て又問ふ者なかりき」とありて、彼等はイエス一人に沈黙の裡に封じ込められたのである(馬太廿二章四六節)。茲に一人の権威ある者が此世の権者の内に立つた。ヱルサレムを挙げて一人の彼に対抗し得る者がなかつた。茲に霊が全く肉を圧伏した。予言者と祭司とが相対した場合は前にもあつたが、然しイエスの場合に於けるが如き予言者の全勝を見たことはない。若し議論が万事を決するならば、イエスは茲にユダヤ人の王として立ち給うたのである。

〇然し「今は汝等の時、暗黒が勢力を揮ふ代なり」とイエスが曰ひ給ひしが如くに、今は道理と言葉が勝を制する時代でない。イエスはやがて負けて、彼の敵が将さに勝を制せんとしてゐた。弟子等も亦彼の大胆なるに驚いた。イエスの眼中、教職なく、神殿なきが如くであつた。今日の言葉を以つて言ふならば、イエスは既成教会に対して戦を挑んだのであつた。彼の大胆さ加減に常人の想像し能はざる所があつた。彼は曾て神殿を指して「汝等此|殿《みや》を毀て、我れ三日にて之を建ん」とまで極言し給うたとの事である(約翰伝二章十九節)。蟷螂の斧を振つて竜車に向ふとは此事ではあるまい乎。そして此場合を記したる者が馬太伝廿四章一節、二節である。即ちイエスが学者とパリサイの人等を詰責して後に殿《みや》より出で来れる時に、弟子等は進みて殿の構造を指してイエスに曰(146)うたのである。

  先生、御覧なさい、此荘大なる神の殿を、之は建つるに四十六年かゝつた者であります。そして其内に在りて教ゆる祭司、学者、民の長老等は古き制度に由て其権能を保護せらるゝ者であります。然るに貴師《あなた》は之等を有つて無きが如き者として扱ひ、御自身滅亡を招き給うのではありません乎

と。イエスの偉大は充分に之を認めしも、之を神殿の荘大なるに対して見て、弟子等に心配なき能はずであつた。

〇然るに彼は彼等の心配を打消して言うた。

  汝等すべて此等を見ざる乎、我れまことに汝等に告げん、此処に一つの石も石の上に※〔土+已〕《くづ》されずして遺《のこ》ることあらじ

と。謂ふ意は「心配に及ばず、亡ぶる者は我に非ず、此殿なり、そして殿に附属する教職階級なり。国民が依つて頼《たよ》る此殿は、此教会堂は、壊《くづ》れ崩れて、一つの石も他の石の上に※〔土+已〕れずしては遺《のこ》る事あらじ」との事であつた。確信乎狂気乎、之を聞いて弟子等は驚愕仰天せざるを得なかつた。斯かる事は果して有り得べき乎と、彼等は自己に問ひ、相互に語り合うたに相違ない。

〇此疑問を心に懐いて、弟子等はイエスの許《もと》に来り、彼が今や橄欖山に坐し、谷を隔《へだ》てゝヱルサレムの神殿を眺めつゝあり給ひし時に、彼に尋ねて曰うた。

  其時は何時《いつ》ですか、永遠無朽と思はれし此神殿が崩るゝ時は何時です乎、其れは恐るべき時、世の終末《をはり》として見るべき時であります、そして其れは又貴師がイスラエルを審判き給ふ時、貴師の勝利の時であります、其時は何時来ります乎、又其の来る前兆は如何であります乎

(147)と。恰かも大予言者に日本国の滅亡を予言されて、日本人が恐懼して質問を以て予言者に迫るが如き状態であつて、冷静に、哲学的に考ふべき場合でない。馬太伝二十四章、馬可伝十三章路加伝二十一章を研究せんとするに方て、此緊張せる心の状態を見遁してはならない。此は非常の場合である。熱したる質問に対し熱したる言を以て答へたる場合である。聖書学者が此章の註解に困難を感ずるは、イエスと弟子等の此時の心理状態に自己を置く事が出来ないからであると思ふ。此は書斎に於て、字典と文典と註解書とを以てする問題ではない。国の滅亡を前に控へ、事変の到来と、其意義とに係はる重大問題である。|愛国者が血の涙を流しながら読むにあらざれば解らない章である〔付○圏点〕と思ふ。

〇此章の主要問題は是である、即ち神の子は此世の勢力と衝突して其殺す所となる、然れども其れが為に敗れない。彼は政府よりも教会よりも、ピラトよりも、カヤパスよりも大である。ヱルサレムは一度神の子を十字架に釘けるが、神の子は再び来りてヱルサレムを審判き、彼が行はんと欲する凡ての義を行ひ給ふ。彼は神殿よりも大である。実《まこと》に彼が真《まこと》の神殿である。神は彼に在りて人の間に宿り給ふ。故に弟子等はイエスが敵の亡す所となりたればとて失望してはならない。彼は暫時世を去るのであつて、再び来りて世を治め給ふ。勝利は永久に彼の有である。彼は天地の主である、人類の王である。彼の手に天然の力がある、歴史は彼の意志の実行に過ぎない。彼は弱い人の子ではない、強い神の子である。ヱルサレムの神殿の荘大なるは彼の荘厳なるに較ぶべきもないとの事である。即ち馬太伝二十四章の所謂「イエスの終末的説教」は特に彼の終末観を述べた者でない、彼の敗滅に遭ふて失望せんとする弟子等を力附けん為に為されたる説教である。其点に於て約翰伝十四章以下と目的を共にする者である。故に其要点は既に馬太伝十六章二一節以下に於て示されたる者である。

(148)  此時よりイエス其弟子に己のヱルサレムに往きて長老、祭司の長、学者等より多くの苦難《くるしみ》を受け、且殺され、第三日に甦る事等を示し始む(二一節)。それ人の子は父の栄光を以て其使者等と偕に来らん、其時各自の行に由りて報ゆべし(二七節)。

以上を敷衍したる者が第二十四章である。難解と云へば難解である。然れどもイエスを神の子と信じて読む以上、解するに難い所はない。彼が神の子である以上、斯くあるのが当然である、神の子を亡すの能力は何処《どこ》にもない。「此石の上に墜《おつ》る者は壊《やぶ》れ、此石の上に墜れば其者粉砕さるべし」とは彼が前に御自身に就て言ひ給へる所である(廿一章四四節)。長老、祭司の長、学者等は神がシオンに据え給ひし永遠の磐の上に墜ちて将さに粉砕されんとして居る。其事を述べた者が第二十四章である。

〇そして単にヱルサレムに止まらない。如何なる民族、如何なる国家、如何なる制度、如何なる階級でも神の子に逆らひて同一の運命に遭遇せざるを得ない。イエスを蔑《ないがしろ》にし、其福音を斥けて国も民も安全なる事は出来ない。彼等はヱルサレムが滅びしと同様に滅び、長老祭司等が審判かれしと同様に審判かる。キリストは人類の救主であると同時に其|審判主《さばきぬし》である。彼を審判し者は審判かれずしては止まない。其点に於て我日本も例外なる事は出来ない。イエスは日本国よりも、亦其政治家軍人等よりも強くある。彼等は幸徳秋水をして『イエス撲滅論』を著はさしめしが、イエスは暫時《しばらく》は撲滅されしが、再び来りて彼等を撲滅し給ふ(若し彼等が悔改めざれば)。其処に再来の意味がある。キリストの再臨は教義上の議題ではない、実際上の問題である。キリストは生きて在し給ふ。彼は宇宙の主宰である。彼を慢《あなど》り、彼を侮辱して何者も其恐るべき報を受けざるを得ない。

〇そして全世界がキリストに反く以上、是も亦ヱルササムと同様に滅びざるを得ない。故に|反けるヱルサレムの(149)滅亡は反むける全世界の滅亡の縮図と見て差支ない〔付△圏点〕。同一の法則が万事を支配する。故にイエスが茲にヱルサレムの滅亡を語り給ひつゝある間に全世界の滅亡を語り給ひつゝあるは少しも怪しむに足りない。彼の御眼より見て二者が同一の事であるからである。凡て神の子に逆ふ者は亡ぶ。ユダヤでも、羅馬でも、日本でも、米国でも、全世界でも。「それ神には偏視《かたよりみ》なければ也」である。そして既に在つた事は復た在るのである。キリストを十字架に釘けてヱルサレムが彼が予言し給ひしやうに亡びしが如く、凡て彼を辱かしめし国も人も同じやうに亡びたのである。而して又亡ぶるのである。天罰又は天譴なる者はある事なしと|言ひたればとて〔付△圏点〕其れまでゞある。|在るを如何せん〔付△圏点〕。神は評論家の論説に遠慮し給はない。

〇斥けられしキリストは不意に来り給ふであらう。人々無事平安を祝し、飲み、食ひ、嫁《とつ》ぎ娶《めと》りつゝある時に来り給ふであらう。其時|屋上《やねのうへ》に在る者は其家の物を取らんとて下る暇《ひま》もないであらう。盗人《ぬすびと》が意《おも》はざる時に来るが如くに主は来り給ふであらう。其日は前以て定かに知る能はず、然れども其来るは必然である。

〇主は来り給ふ時に秘密に来らずして公然と来り給ふ。彼は「此処《ここ》に在り彼処《かしこ》に在り」と云ひて探り求むべき状態に於て顕はれ給はない。初臨の時と異なり彼は野に在り給はず又家に宿り給はない。電《いなづま》の東より出て西に閃くが如く彼は全地に臨み給ふ。彼の再来は世界的大事件である。其小再臨と称すべき者も国家的大事件であつた。ヱルサレムの滅亡がさうであつた。見る眼を以て見れば東京の震災がさうであつた。そして全人類がキリストに対して其反逆を継続して、大規模の再臨を見んとしで居るのである。

〇再臨は急激に行はる、然れども之に前兆がある。其一面は暗黒の増加である。罪が熟して審判が来る。暗黒其極に達して滅亡到る。多くの偽予言者起りて多くの人を欺き、また不法充つるに因りて多くの人の愛情失す。其(150)時に主は臨り給ふ。其他の一面は福音の普及である。「天国の此福音を万民に証しせん為に普く世界に宣伝へらるべし」然る後に末期《おはり》至るべし」とある。一面に於ては暗黒の増加、他の一面に於ては光明の増加、然る後にキリストの再臨ありて、暗黒は失せて、光明は世に充つるのである。危機は急激に臨むが之に到るの途は緩慢である。恰かも慢性病が急変して死に至るが如しである。而かも新生命を招来する為の死である。再臨の光明的半面を忘れてはならない。(六月十四日) 〔以上、10・10〕

 

     第十六回 十人の童女の譬話 馬太伝二十五章一-一三節。路加伝十二章三五-三八節参考。

 

〇イエスは此の世の政府又は教会の殺す所とならんとして居たまうた。然れども彼は之が為に滅ぶるのではない。彼は死して甦り、去りて再び来りて彼が為さんと欲する所を為し給ふべしとは彼の預言又確信であつた。そして|彼は人の〔付○圏点〕意|はざる時に、不意に来り給ふべし〔付○圏点〕との事であつた。盗賊《ぬすびと》の来るが如くに人々の預知せざる時に来り給ふべしとの事であつた。そして其事を比喩《たとへ》を以て教へ給ひし者が有名なる十人の童女《むすめ》の譬話《たとへばなし》である。

〇場面はイエスが好み給ひし婚筵のそれである。新郎は新婦を迎へん為に彼女の家に行き、今や彼女を携へて己が家に帰らんとしてゐた。彼の家に在りては彼と彼女とを迎へん為の準備成り、彼等の到着を待ちて大饗筵が開かれんとして居た。そして饗筵の第一幕は新婦を携へ帰へれる新郎の歓迎であつた。此任に当る者が花恥かしき乙女《をとめ》であつて、多分新郎の親戚友人の内より選まれた者であらう。是れ晴れの役目《やくめ》であつて、少女は凡て之に当らんと欲し、之に選まるゝを大なる名誉と感じたであらう。然し乍ら名誉に伴ふ義務は重くあつた。克く役目を果たさゞれば家に耻辱を招くの虞があつた。少女等は怠らず、一生懸命に其任を果たすべきであつた。

(151)〇選まれし少女は十人であつた。然るに何れの国にもあるが如くに、其内の或者は智《かしこ》く、或者は愚であつた。此場合に於て半数は智く、半数は愚であつた。智者は準備を怠らず、燈《ともしび》に充分の油を注ぎ、何時新郎が帰り来るも彼と彼の一行とを迎ふるの用意があつた。愚者は然らず、委ねられし任務を軽く見て、油は僅かに少量を備ふるに過ぎず、其れも宵《よい》の内に使ひ尽して、|いざ〔付ごま圏点〕と云ふ場合には既に剰《あま》す所がなかつた。用意周到の少女等と何事にも浅墓なる少女等とであつた。前者は真面目に新郎新婦出迎の任に就き、後者は遊び半分に之に当つた。前者は責任を知る者、後者は責任を知らざる者であつた。|世に責任感に欠けたる者にして少女の如きはない〔付ごま圏点〕。彼等は責任を担はざるを以つて少女たるの特権であると思ふ。若い時は再び来らず、花か蝶の如くに、面白く可笑《をかし》く月日を送るが彼女の権利であると思ふ。

〇然るに彼等の気質を試《ため》す時が来た。新郎到着の時が遅れた。宵の感興は既に過ぎて夜半の静粛の時と成つた。少女等は待ちくたびれて彼等の内の愚者は眠に就いた。彼等に取り、此は多分初めての経験でありしが故に、彼等は此くなすも別に悪事であるとは思はなかつたのであらう。新郎は多分新婦の家に夜を過《すご》して翌朝家に帰るのであらう。真面目に夜中に迎へんとせしが間違《まちがゐ》であつたのであらう。何れにしろ少女である。重き責任を問はるべきでないと思ひ、彼等は乙女心《をとめごゝろ》に安き微睡《まどろみ》に就いたのであらう。

〇然るに夜半声あり曰く「新郎《はなむこ》帰り来る」と。之を聞いて予ねて此くあるべしと信じ、用意怠らざりし少女等は、燈を携へしまゝ出て新郎新婦を迎へた。然るに此くあらざるべしと思ひて眠りし少女等は声を聞いて覚め、周章狼狽《あはてふためき》、燈を採りて出迎へんとせしも油は既に尽きて光なく、其間に新郎の一行は家に入り、戸は閉されて饗筵は内に開かれしも、浅墓なる少女等は内に入る能はずして、戸外に立ちて己が浅慮を悔ゐたりとの話である。

(152)〇此譬話に於て言ふまでもなく新郎はキリストである。新婦は記載されざるも彼に選まれたる信者の一団即ちエクレージヤ(教会)である。新郎と其一行を迎ふべく選まれし十人の少女は一定の数に達して此世に存《のこ》れる信者である。其内の或者は智《かしこ》く、或者は愚《おろか》である。智き者はキリストの再臨を信じて疑はず、常に之を迎ふるの準備を為した。愚かなる者は一たびは聞いて信ぜしも、久しからずして之を忘れ、今は再来は無きものと思ひ、在ると信ずるはユダヤ的思想である、信ぜざるが合理的であると唱へて、再臨の事に就いては安き眠に就いた。然れどもキリストは彼が約束し給ひしが如くに来り給ひて、智き者は歓び迎へ、愚かなる者は周章狼狽、天国の饗筵に列なるの幸福を失つたとの事である。意味は誠に明瞭である。再臨を信ずる者に取りて一言一句悉く警告に満ちたる福音たらざるはない。

〇此譬話に於て意味あるが如くに見ゆるは|燈と之を維持する油〔付○圏点〕とである。油とはオリーブ製の油であつて、日本の菜種油《たねあぶら》の如くに燈火用に使はれし者である。そして信者は乙女の如くに各自燈を掲ぐる者である。

  汝等は世の光なり。山の上に建られたる城は隠るゝことを得ず。燈を燃《とも》して斗《ます》の下に置く者なし、燭台の上に置きて家に在る凡ての物を照さん。此の如く人々の前に汝等の光を輝かせよ、然れば人々汝等の善行を見て天に在す汝等の父を崇めん。

と、イエスが教へ給ひしが如くである(馬太伝五章十四-十六節)。そして燈火を維持するに油が必要である。油が絶えて燈火は消滅するのである。そして基督信者の生涯に於て油は何に当る乎と云ふに、|信仰に当る〔付○圏点〕。信者に取り燈火は善行であつて、之を養ふ者は信仰である。信仰が絶えて善行は止むのである。そして信仰の油は或は神の賜物として賜はり、或は自己の実験として獲るのである。信者に取り信仰は恩恵の実験であつて、之に由て(153》彼の霊的生命は維持せらるゝのである。そして|智き信者は常に信仰の油の尽きざらんことを努め、他の物に於ては乏しきも信仰の油に於て丈けは豊かならんと欲す〔付ごま圏点〕。故に有るが上にも貯へて万一の用に備へんと努む。愚かなる信者は然らず、彼等は光は欲するも油を貯へんとしない。彼等は輝かんと欲するに急にして、油の貯蔵を顧みる暇《ひま》がない。故に油が常に欠乏して、其放つ光が常に弱くなる。殊にキリスト再臨を忘れし結果として、其霊的生命は緊張を欠き、万事に怠慢多くして信仰の油を貯へんと欲するの熱心も慾求も起らない。故に率《いざ》再臨と云ふ場合には周章狼狽して為す所を知らないのである。信者の場合に於ては、智《かしこ》きとは勿論信仰的に智きであつて、愚《おろか》とは信仰的に愚かである。然るに此世の智慧に捉はれたる愚かなる信者は、キリストの再臨を信ずるに愚かであり、信ぜざるが智くあると思ふのである。故に信仰の油を貯ふるが如きは彼等の眼には愚かなる業《わざ》と見えるのである。

〇斯く説明した所で、人は云ふであらう、再臨なる者果して在る乎と。再臨は初代の信者が思うた如くになかつたではない乎。再臨の為に準備すると云ふは、無き事の為に準備すると同然で、無益此上なしではない乎。其れよりも実際の善行を努めて、再臨あるも無きも唯単へに人に仕へ神を喜ばし奉るべきでない乎と。寔に道理ある申分の如くに聞える。

〇キリストの再臨は果して無い乎? 成程大再臨即ち最後の再臨は今日まで無つた。然れども大再臨の前兆たる小再臨は今日まで既に幾度もあつた。ヱルサレムの覆滅が其の最も著るしき者であつた。其他羅馬帝国の壊倒、仏国革命、近くは世界大戦争、是等は皆なキリストの再臨ではなかつた乎? 即ち此の世の智慧が審判かれ、神の道が義とせらるゝ出来事ではなかつた乎。又大正十二年来、我国に続発せる不幸災難は之をキリストの再臨と(154)して見ることが出来ない乎? 有島事件と虎之門事件とは日本道徳の破壊を示す大なる事実ではなかつた乎? 大震災は其間に挿《はさ》まりて強く邦人の良心を衝いたではない乎? そして其後の社会状態、経済状態は悔改めざる日本人に向ひ覚醒を促す為の痛き鞭ではない乎。日本には日本の道徳がある、外教の基督敦の如き之を信ずるの必要少しも無しと唱へし日本の道徳は今や如何なる権威を揮ひつゝある乎? |日本は今や道徳的破滅に瀕して居るでは無い乎〔付△圏点〕? ヤソを迎ふるの必要なしと云ひて侮辱を加へてイエスを斥けし国に、今やイエスは帰り来り給びつゝあるではない乎? 日々の新聞紙が明かに此事を示すではない乎? そして日本人の間に信仰の油が欠乏して此の再臨に応ずる事が出来ないではない乎? 万事が行語りであると誰人も云ふ。然し乍ら之を打開する途》を誰が知つて居る乎? 日本人は今や愚かなる少女の如くに信仰の油なきが故に周章狼狽《あわてふため》いて居るではない乎?

〇而して又キリスト再臨の信仰を嘲けりし我国基督教会の現状如何? 是れ亦行詰りの状態に於て在るではない乎? 大会堂は建築されしも之に集りて教を聞かんと欲する人は尠く、教壇は空しくして之を充たすの教師は無いではない乎? 彼等は倍加運動、教化運動と称して走り廻れども功果は少しも挙らないではない乎? 之に反してキリスト再臨の信仰に由て立つ少数の基督教団体は少しも衰退することなく、信仰は常に燃え、会堂は常に充ちて、歓喜と希望に充ちて此暗黒の世に在る事が出来るではない乎? キリスト再臨なしと云ふは誤謬《あやまり》である。最後の大再臨は今尚ほ未来の出来事として存すると雖も、之に達する為の小再臨は明かに我等の目前に行はれつゝある。

〇そして我等各自にキリスト再臨は行はれんとしつゝある。死は何時我等に臨むか判らない。死は盗賊《ぬすびと》が来るが(155)如く意《おも》はざる時に来る。其時に臨んで信仰の油の欠乏を歎くも抑も遅くある。「汝等之を知るべし、若し家の主人盗賊何れの時に来るかを知らば其家を守りて破らせまじ、然れば汝等も預め備へせよ、思はざる時に人の子来らんとすれば也」と。主の此御警告を用なしと言ひ得る者は何処に在る乎(路加伝十二章三九、四〇節)。

〇基督教の信仰はキリスト再臨の信仰である。彼の来り給ふを待望む信仰である。故に信仰と称するよりも寧ろ警誡と称すべき者である。信者に平安はあるが此世の人の求むる安楽はない。基督信者の平安はキリスト再臨に遭ふて驚かざる平安である。基督教道徳は実は再臨に備ふる為の道徳である。此世は何時終る乎知らないと云ふ其危機を前に見て行ふべき道徳である。(六月二十日)

 

     第十七回 タラントの譬話 馬太伝二十五章一四-三〇節。路加伝十九章二-二七節参考。

 

〇「主は再び来り給ふ」。キリスト最後の説教の主題は是であつた。前の十人の童女の譬話が其一面を語る者であつた。即ち信者各自は再臨に備へて怠る勿れとの教訓であつた。タラントの譬が其二であり、羊と山羊との譬が其三であつた。馬太伝に依ればキリストは是等の三つの譬を以て御自身の再臨に関する三大真理を述べ給うたのである。

〇再臨はある、何時あるか判明らない、故に常に備へて怠る勿れとは第一の譬の示す所である。再臨はある、然れども直に行はれず、その行はるゝまでに時間がある。之を有益に用ゆべし、空費すべからずとは第二の譬の教ゆる所である。|再臨を望んでの警誡と勤勉〔付○圏点〕、警誡を教ゆる者が十人の童女の譬、勤勉を教ゆる者がタラントの譬である。

(156)〇「或人遠く旅立せんとして其僕どもを呼び云々」とあり(十四節)、「久しうして後この僕どもの主人来りて云々」とある(十九節)。|旅行は遠く、時間は長し〔付○圏点〕と云ふのである。再臨は切迫せりと云ひて心騒ぎて無為に年月を送つてはならない。再臨は無しと云ひて之が為に備へざるは間違《まちがゐ》であるが、さりとて目前に逼れりとて万事を抛擲して唯天を望んで待つは、是れ再臨に備ふる途に非ずと云ふのである。斯くして再臨の見方に二つある。「主人思はぬ日、知らぬ時に来る」と云ふのが其一である。「久しうして後、主人来る」と云ふのが其二である。矛盾の如くに見えて矛盾でない。「待つ人遅し」と云ふ譬がある。|働いて待つ〔付○圏点〕が真の待方である。唯安閑として待つのではない、騒いで再臨を早めんと欲するのではない。神と偕に働いて、再臨の条件を充たして其時期を早めるのである。同じ事が早くも見え、遅くも見える。再臨に|あこがれ〔付ごま圏点〕て為す所を知らざる状態に於て在る信者に、之に備ふるの途を教へし者が此タラントの比喩である。

〇銀一タラントは其百十七封度弱であつて、英貸凡そ二百四十磅に当ると云ふ。そして主人は旅立せんとするに方り、其僕どもを呼出し、各自の能力に循ひ、或者には五タラント、或者には二タラント、又或者には一タラントを預けて出発せりと云ふ。そして其結果は如何なりし乎と云ふに、五タラントを預けられし者と二タラントを預けられし者とは、之を働かせて他に同額の銀を得て、之を帰り来りし主人に渡せるに対し、一タラントを預けられし者は地を堀り、銀を蔵《かく》して、其儘之を主人に返したりと云ふ。而して主人は前の二人を讃めたりしに反し、後の一人を責め、其行為を怒り、終に彼を外の暗黒《くらき》に逐出したれば、其処にて哀哭《なげき》、切歯《はがみ》したりと云ふ。

〇主人はキリスト、彼れ遠き国なる天父の許にまで旅立ち給ふに方り、信者なる彼の僕《しもべ》婢《しもめ》等に、各自の能力に循ひタラントを預け給うた。其タラントは比喩に言へるが如くに或は此世の富でらう。或は英語でタレントは材(157)能を意味するが如くに、天才、材能、智慧であらう。孰れも能力の資本であつて、主は一度び此世を去るに臨み、其の僕どもに、各自の分に応じ之を預け給うた。然り|預け〔付○圏点〕給うたのである |与へ〔付○圏点〕給うたのではない。そして|信者は主の不在中如何に之を使用する乎〔付○圏点〕、それが問題である。主の有《もの》を我が有と思ひ、之を私用濫費する者は問ふまでもない、斯かる者は名は信者でも実は不信者である。信者に我有と称すべきものは無い、無い筈である。凡てが神よりの聖き貴き委託物である。其使用の途に就ては神に復命するの義務がある。そして自分の有に非ずして神の有なるが故に最も有利的に使用し利に利を加へて之を神に返上する者が「善かつ忠なる僕」である。而して自分の有ならずして神の有なるが故に之を損失して詰責せられんことを恐れて、地を堀りて之を蔵し、預けられし儘のものを主に返上する者が「悪しく且つ懶れる僕」である。委ねられしタラント即ち財貨又は才能の使用法如何に由て、僕は或は受けられ、或は斥けらるゝのである。

〇|茲注意すべきは、委ねられしタラントの使用法を誤りし者の、最少額を委ねられし者であつた事である〔付○圏点〕。五タラントを委ねられし者と二タラントを委ねられし者とは能く其委託の任務を果せしと雖も、一タラントを委ねられし者は之を怠りて主の怒り給ふ所となつた。即ち|少額なりと思うて之を軽じ、其使用の途を誤つたのである〔付△圏点〕。大財産又は大才能は天の賜物として神聖に之を使用するも、無一物に等しき所有、又は万人通有の凡夫の才を委ねられし者は、之を見ること軽く、之を有利的に使用せざればとて、神も社会も何の失ふ所なしと思ひ、之を蔵して働かせず、受けし儘を神に返上するが最も安全なる策、また心配を要せざる最も平易なる途であると思ふ。然れども義務を怠りし点より見て彼は確かに「悪しき僕」である。勤勉ならざる「懶《おこた》れる」僕である、即ち「懶《なま》けもの」である。|より〔付ごま圏点〕大なる責任を委ねらるゝの資格なき者である。主の歓喜《よろこび》に入りて、彼と偕に永遠の福祉《さひはひ》に(158)与り得ざる者である。|才能の多少は問ふ所でない、唯之を正当に使用すれば足る〔付○圏点〕。一タラントと雖も、神聖に之を使用すれば、五タラント同様、「宜いかな善かつ忠なる僕、汝は僅かなる物に忠なりき。我れ汝に多くの物を掌《つかさ》どらせん、汝の主人の歓喜《よろこび》に入れ」との主の御賞言葉《おほめことば》に接するのである。

〇更に又注意すべきは一タラントの所有者の神に関する思想である。

  主よ、我は汝の厳《きび》しき人にて、播かぬ処より刈り、散らさぬ処より斂《あつ》むるを知る。故に懼れて往き、汝のタラントを地に蔵し置けり。視よ、汝は汝の物を得たり

と。神に関する此の誤りたる思想を有ちたるが故に、かの誤りたるタラントの使用法が行はれたのである。「神は厳しき主人」、さう見て見えないことはない。神はまことに厳格である。徹底的に義《たゞし》いからである。然し乍ら厳しい其裏に無限の愛がある。其愛が見えずして其厳しさのみが見える、凡夫の悲しさは茲に在る。神を懼れて彼より匿れんと欲す。成るべく彼に近倚《ちかよ》らざらんと欲す。曰く「接《さは》らぬ神に祟りなし」と。神より普通の恩恵を受くるの外に、彼と深き親密の関係に入らざらんと欲す。斯かる者が神のものを一切に思はず、彼との関係を普通一般の関係に止め、当らず障《さわ》らず、唯遠くより彼を拝せんとするは少しも怪しむに足りない。そして如此くに神を敬遠する者を神も亦敬遠し給ふ。|神を他人扱ひにする者を神も亦他人扱ひに為し給ふ〔付△圏点〕。

 彼のタラントを取りて十タラントを有てる人に与へよ。凡て有てる人は与へられて愈々豊かならん、然れど有たぬ者は、その有てる物をも取らるべし、而して此の無益なる僕を云々。

此は無慈悲ではない、神の御心であつて天然の法則である。天の宝も地の宝も同じく、「有てる人は与へられて愈々豊かならん、然れど有たぬ者は、その有たざる物をも取らるべし」である。信仰の上に信仰を加へよ、信仰は(159)愈々豊かならん。愛の上に愛を加へよ、愛は愈々強くならん。神を疑ひ、彼を単に厳しき主人とのみ見て、有てる僅か斗りの信仰は失せ、懐ける僅か斗りの愛の消ゆるは少しも不思議でない。近代人は斯かる愛を称して真の愛に非ずと言ふであらう。然れども真か偽かは論ずるに及ばない。|斯くあるを如何せん〔付△圏点〕。ダビデがヱホバを讃えし言葉に曰く、

   汝、憐憫ある者には憐憫ある者となり

   完全き者には完全き者となり

   潔き者には潔き者となり

   僻《ひが》む者には僻む者となり給ふ

とある(詩篇十八篇二五、二六節)。同じ歌を載せたるサムエル後書二二章二七節には

   邪曲《まがれ》る者には汝|厳刻《きびし》き者の如く為し給ふ

とある。西洋の諺に曰く「神は人が彼に裁て思ふが如くに成る」と。愛の神と雖も僻《ひが》む者には愛の神として現はれ能はないのである。

〇信者の生涯は待望の生涯であると同時に活動奉仕の生涯である。彼は此世に在りては再来の主を待ちつゝある間に働く。働くは義務であり又最大の快楽である。而して再臨ありて彼の働きは止むのでない。「汝は僅かなる物に忠なりき我れ汝に多くの物を掌らせん」とありて、小なる責任を善く果せし報賞《むくひ》として更に大なる責任が授けらる。天国は休息所ではなくして活動場《はたらきば》である。「汝の主人の|休息〔付△圏点〕に入れよ」と言ひ給はずして、「汝の主人の歓喜《よろこび》に入れよ」と言ひ給ふ。神の喜びは人を援け導くの喜びである。信者はキリストの国に入りて此の聖き喜び(160)に入るのである。|愛の働らきが無窮に行はるゝ所、其処が天国である〔付○圏点〕。そして此世に於て善く働きし賞報《むくひ》として父と偕に永久に働く愛の国に移さるゝと云ふのである。美はしき者にして基督教の天国観の如きはない。。懶け者の往く所に非ず、活動家の往く所である。更に大なる責任を担ひて神と人との為に働く所である。

〇キリストの再臨は何時《いつ》ある乎判明らない。然し再臨のあるまでに我等各自の為すべき仕事がある。我等は之に勤《いそし》みつゝ再臨を待つべきである。我等は委ねられし物の少きが故に職務を怠つてはならない。物の多少ではない、心の善悪である。神を愛の父として受くる乎、又は厳しき主人として受くる乎である。そして小なる責任を忠実に果たして、大なる責任を委ねらるゝのである。|楽しき活動は此世に始つて彼世に於て継続せらる〔付○圏点〕。キリストの再臨は信者の最大希望である。然れども其時までに大なる任務の果たすべき者あれば、信者は特別に其早からん事を希はない。患難烈しき時は「主イエスよ来り給へ」と祈る。然れども職務を怠らない。我等の主は国を得んとて遠き国へと旅立し給うたのである。信者は再臨の遅きを見て失望しない。主は其|速かに〔付○圏点〕、即に|不意〔付○圏点〕に起るを示し給ひしと同時に、其長き年月を要する事をも予言し給うた。タラントの譬は再臨遅延に対する信者の焦慮を矯める為の教である。イエスの弟子等が再臨の遅きに失望して終に再臨の信仰をまで抛棄するに至れりとの、近代の聖書学者の説は立たない。使徒等は最後までキリストの再臨を信じて疑はなかつた。(十月四日) 〔以上、11・10〕

 

     第十八回 山羊と羊の比喩 馬太伝二十五章三一-四六節

 

〇キリストは再び来りて人を審《さば》き給ふ。信者を審き給ふ、不信者を審き給ふ。「神、キリストイエスによりて人々(161)の隠れたる事を審き給ふ」とあるが如し(ロマ書二章一六節)。彼が如何に|信者〔付○圏点〕を審き給ふ乎、其事を示したものが十人の童女の比喩とタラントの譬話である。彼が如何に|不信の世〔付○圏点〕を審き給ふ乎、其事を示したものが山羊と羊の比喩である。最後の比喩は比喩の境を越えて事実の叙述である。事の余りに厳粛なるが故に、比喩は転じて写実となつたのである。

〇「その前に諸々の国人あつめられん」とある。異邦の国民である。「僕」と云ふが如き王の従属ではない。支那人、印度人、土耳古人と云ふが如きキリストを信ぜざる異教の民である。神はキリストを以て彼等をも審き給ふとは聖書の明かに示す所である。そして異教の民は尽く滅ぼさるゝのではない。或者は拯《たす》かり、或者は滅ぶと云ふ。然らば審判の標準は何かと云ふに、|神の子キリストに対する各自の態度である〔付○圏点〕。キリストを接くる者は拯かり、接けざる者は亡ぶと云ふ。事は甚だ明白である。其事業を問はるゝに非ず、又其宗教を糺《たゞ》さるるに非ず、|キリストを如何に扱ひし乎〔付○圏点〕、それに由て運命が定まるのである。

〇然れども異教の民はキリストの誰なる乎を知らない。其名さへをも知らない。如何にして彼に対する態度を定むるを得んや。故に彼等の或者が審判の主に其善行を認められ、賞讃の辞に与かるや、彼等は驚いて云ふ。

  主よ、何時爾の飢えしを見て食はせ、渇きしを見て飲ませし? 何時爾の旅人なりしを見て宿らせ、裸《はだか》なりしを見て衣せし? 何時爾の病み、また獄《ひとや》に在りしを見て爾に至りし?

と。彼等はキリストに対し何の善き事を為せし乎、其事に思ひ当らないであらう。其時王なるキリストは答へて言ひ給ふであらう。

  誠に汝等に告ぐ、我が兄弟なる此等のいと小さき者の一人になしたるは、即ち我に為したるなり
(162)と。此の世に賤しめられ、斥けられ、虐らるゝ我が兄弟即ち弟子、此世に在りては最も小なる者として塵埃《ちりあくた》の如くに扱はるゝ真のクリスチヤン、即ち政府は勿論、教会にまで認められざる最徴者、此者を接けし者はキリストを接けしのであつて、斯かる者は賞報《むくひ》を失はずとの事である。キリストは茲に御自分を信者と同一視し給ふのである。茲に云ふ「いと小さき者」とは小児を指して云ふのではない、又貧者を指して云ふのではない。児童を救ひ、貧者を助けし者が特に審判の主に接けられると云ふのではない。児童教育、貧民救助の必要は言ふまでもないが、それに因りて人が義とせらると云ふのではない。|キリストと同一視せらるゝ者は真のクリスチヤンである〔付○圏点〕。此世に在りては何の価値をも認められざる者である。パウロの所謂「世の汚穢《あくた》また万の物の塵垢《あか》」である。真の信者は実に如此き者として此世に在るのである。大教師として政府や社会に尊まれ、大博士大監督として教会に崇めらるゝ者はキリストの兄弟ではない。今日の基督教国の使節や教師を迎へたればとて其事は少しもキリストに接けらるゝ功徳とはならない。真の信者は昔も今も此世の勢力には認められざる者である。彼等は飢ゑ、渇き、宿るに家なく、着るに衣なき者である。此世の流浪者である。国家にも、社会にも、教会にも其存在を認められざる者である。中古時代のアルビゼンシス又ワルデンシスの徒の如くに、政府と教会とに猟立《かりたて》られて、纔かに其生存を続け来りし者である。そして斯かる者を接けし者が拯り接けざる者は亡ぶとのことである。誠に正確なるテストである。信者不信者と云うて、教会に入りし者が信者であり、入らざる者が不信者であると思ふは大なる聞違である。キリストの如き者がクリスチヤンである。そしてキリストは此世に在りし間は飢ゑし者、渇きし者、枕するに所なかりし者、政府と教会とには虐げられて彼等に由て十字架に釘けられし者であつた。

〇キリストを接けて救はる、斥けて亡ぶ。そしてキリストを接くるは彼の兄弟なる此世の最微者《いとちいさきもの》を接くることで(163)ある。そして真《まこと》のクリスチヤンがそれである。救はるゝと救はれざるとは此一事に由て定まると云ふのが山羊と羊の比喩の教である。まことに簡単なる教である。然し乍ら簡単であつて深遠である。今日の基督信者と雖も未だ此簡単なる教を解しない。彼等の多数は人の救はるゝはバプテスマを受け、教会に入り其の制定せる儀式に与かるに由ると信ずる。彼等は又所謂信者と成らずして死する者は永久に滅さると唱ふ。然し乍らイエスは此かる不合理なる条件を設け給はなかつた。|此世の最微者を以て代表せらるゝ彼を接くる乎接けざる乎、救はるゝと否とは此一事に由て定まる〔付△圏点〕。然り此一事である。如何なる儀式に与る乎、如何なる教義を信ずる乎、それではない。キリストの代表者を接くる乎、此一事である。キリストを接くる乎接けざる乎。そしてキリストは多くの貧しき者、弱き者、勢力なき者として常に此世に宿り給ふ。我等は時に知らずしてキリストを接待するのである。そしてアブラハムが知らずして天の使者を接待《もてなせ》るが如くに、又多くの場合に於てキリストを我門より逐ひ払ふのである。願ふ聖霊常に我等と偕に在まし、我等の許を訪れ給ふキリストを看遁《みのが》すことなからんことを。

〇キリストを接けざる者に対して彼が発し給ひし言は峻刻を極む。

  詛はれたる者よ、我を離れて悪魔とその使者等とのために備へられたる永久の火に入れ云々(四一節)

と。永久の刑罰に附せらるべしとの事である。永久の火とは必しも永久の苦みではあるまい。然れども永久に滅《きへ》ざる火であつて、凡ての坂逆者を焼尽す火であることは明かである。而して愛なる神が斯かる火を備へ給ふ理なしと云ふは当らない。茲にキリストがたしかに発し給ひし言として此言がある、即ち「汝、永久の火に入れ」と。我等は謹んで此言を受け、之を信じ、自身其火に入らざるやう警戒すべきである。そしてキリストに会うて之を接けざる者の、斯かる刑罰を値ひする其理由を知るに難くない。キリストを接けないと云ふは教会に反対し、監(164)督、牧師、宣教師に従はないと云ふことではない。|慈悲の心を断つことである〔付△圏点〕。キリストは曰ひ給うた「我れ憐憫を好みて犠牲《いけにへ》を好まず」と。神が好み給ふものにして憐憫の如きはない。彼はまことに慈悲の神である。其反対に彼が憎み給ふものにして無慈悲の心の如きはない。其点に於てヱホバの心と武士の心と克く肖てゐる。弱者を見て之を憐まず、反て之を苦しむるを以て喜びとなすが如きは、武士の堪ゆる能はざる所であるが如くに、又神の赦し給はざる所である。世に真のクリスチヤン程弱い者はない。彼に政府又は教会の保護はない。彼は愛を唱へ、無抵抗主義を標榜する。イエス御自身が此くあり給うた。彼の真の弟子即ち兄弟が凡て此くあるのである。そして此かる者を苦しめて喜ぶ者は如何なる刑罰に処せらるゝも言遁るべき途がない |世に罪悪多しと雖もキリストを苦しめるに勝さる罪悪はない〔付△圏点〕。そは是れ小児を苦しめる罪悪と同じであるからである。神の最も嫌ひ給ふ此罪悪である。之を犯したる者に対して、「詛はれたる者よ、我を離れて悪魔と其使者等のために備へられたる永久の火に入れよ」と言ひ給ひたればとて少しも不思議はない。

〇「斯くて是等の者は去りて永久の刑罰に入り、正しき者は永遠の生命に入らん」と主は終りに曰ひ給うた。審判は判別である。善悪を|裁き別つこと〔付ごま圏点〕である。麦と毒麦と、羊と山羊とが判然と別たるゝ事である。そして人はキリストと相対して自づから審判かるゝのである。彼を受くる時に神の属《もの》として現はれ、彼を斥くる時に神の敵として定めらる。そしてキリストの弟子は到る処に此意味に於ての裁判官の役を務むるのである。(十月十八日)

 

     第十九回 大悲劇の序幕 【馬太伝廿六章一-五節 〇馬可伝十四章一、二節 〇使徒行伝二章廿三節。】

 

〇馬太伝に在りては十字架の大悲劇は第二十六章を以て始まる。悲劇と云ひて劇作ではない。有つた事であつて(165)事実である。然れども事実の余りに劇的なるが故に仮《かり》に劇と云ふのである。之に仕組《しくみ》があつて、万事が終局の目的を達成する所は全然劇的である。諺に「事実に勝さる小説なし」と云ふが如くに歴史に勝さる劇作はない。そして世界歴史の頂点と称すべきキリストの十字架の出来事が最大の劇たるは当然である。沙翁の『ハムレツト』も、ゲーテの『フハウスト』も到底之には及ばないのである。

〇馬太伝廿六章一節に「偖イエスこの諸《すべて》の言を言竟《いひをは》りて其弟子に曰ひけるは」とある。前章を以てイエスの言は終つたのである。イエスは既に言葉を以て教ゆべきは既に教え給うた。即ち言葉を以てする教訓は終りを告げた。然れども彼の聖業《みわざ》は説教を以て終らなかつた。彼にまだ為すべき大事業が残つてゐた。彼は今より贖罪の死を遂ぐべくあつた。彼の伝へ給ひし教訓に彼の御血を以て署名すべくあつた。イエスの死は彼の御生涯に於て最も肝要なる出来事であつた。彼の教訓は彼の死を離れて考ふることが出来ない。山上之垂訓は尊しと雖も、十字架の死は更らに貴い。若し福音の中心を探らんと欲せば、之を馬太伝五章以下の三章に於てせずして廿六章以下の三章に於て為すべきである。近代の神学者はイエスの教訓に重きを置いて、彼の死を顧みること尠きが故に、彼を解すること浅いのである。「偖イエス是等の凡ての言を言ひ終りて」である。然り凡ての教を伝へ終りて後に為すべきの大事業があつた。|馬太伝廿六章以下が基督敦の中心であり、頂点であり、焦点である〔付○圏点〕。茲に福音の聖劇はその最後の幕を開いたのである。

〇第二節の意味は左の如くであると思ふ。

  今より二日の後は汝等の知るが如くに逾越節である。其時に諸国のユダヤ人はヱルサレムに集ひ来る。其時に、衆人注視の前に、我れ人の子は十字架に釘けられん為に其弟子に売られるであらう。

(166)イエスは聖書に由り御自身の死の意味と其方法とを克く知り給うた。故に確信を以て其事に就て預言し給うた。然し乍ら是れ弟子等の意外とする所であつた。イエスの死が公然に行はれ、而して其原因が弟子の裏切りと云ふが如き意外の事柄に於て在るとは彼等の到底受納る能はざる所であつた。イエスは此時までに幾回も御自身の死に就て予告し給うた。

  彼等ガリラヤに居る時に、イエス彼等に曰ひけるは、「人の子は人の手に附され、人々は彼を殺さん、而して後、三日めに甦るべし」と。弟子之を聞いて甚だ悲めり

とある(馬太伝十七章二二節)。彼は其後、更に明確に彼等に告げて曰ひ給うた。

  我等ヱルサレムに上り、人の子は祭司の長と学者等に附されん、彼等は彼を死罪に定め、又凌辱め、鞭ち、十字架に釘けん為に異邦人に附すべし

と(二十章十八、十九節)。然れども弟子等は何回之を聞かさるゝも怪んで之を信じなかつた。彼等は其師たる聖なるイエスに斯かる事は決して臨まざるべしと信じた。

〇イエスが弟子等に御自身の死に就て斯く明白に告げ給ひつゝありし間に、他の所に於て、彼の敵は彼の死に就て謀議を凝しつゝあつた。

  丁度此時、祭司の長並に民の長老等カヤパと云へる祭司の長の邸の中庭に集り、詭計《たばかり》を以てイエスを執らへ、窃に殺さんと計れり。然れども彼等は曰へり「祭の間に行ふべからず恐らくは民の中に騒乱起らん」

とある(三、四節)。茲に教職と長老とはイエスが預言し給ひしとは全然異なりたる死の方法を計画しつゝあつた。彼等は彼を窃に執らへ、窃に殺さんとした。彼等は民の騒乱を恐れて祭の日を避けんとした。ヘロデがバプテス(167)マのヨハネを殺せしが如くに、人に知られざる所に於て窃にイエスを殺さんとした。

〇茲に神の御計画と人の計画とが提示された。二者孰れが成るのであらう乎。イエス御一人の言が成るのであらう乎、或は祭司の長と民の長老等の言が成るのであらう乎。イエスは田舎の一平信徒、彼に対して首都《みやこ》の教権政権が一致して彼の死方《しにかた》に就て議決したのである。茲に教会の議決は神の人の預言を覆へすが如くに見えた。イエスは単に田舎人《いなかびと》の教師として終らんとしつゝあつた。彼の死は最も公的のものであつて、之に依て万民の罪が贖はるゝと云ふが如きは痴漢一場の夢として消去らんとしつゝあつた。

〇然るに事実は如何と云ふに、|イエスの預言が文字通りに行はれて、人の計画は一も行はれなかつた〔付○圏点〕。イエスはやはり「人の子は己に就て録さるゝ如くに逝かん」と後に曰ひ給ひしが如くに逝いた(二四節)。即ちイエスの死は境遇上止むを得ずして彼に臨んだものでない。彼は明かに之を予知し、自から択らんで之を受け給うたのである。即ちヨハネ伝十章十八節に録さるゝが如し。

  我より之(我が生命)を奪ふ者なし。我れ自《みづ》から之を捐《すつ》るなり、我れ之を捐るの権能《ちから》あり 亦能く之を得るの権能あり、我父より我れ此の命令を受けたり

と。|イエスは彼に関はる神の聖旨が成らんが為に、神の定め給ひし方法に従ひ、彼の敵をして御自身を殺さしめ給うたのである〔付○圏点〕。即ち、信仰の立場より見て、イエスの死は人が彼に課せし死に非ずして、神が彼に負はせ給ひし苦難《くるしみ》である。悪人に由て彼に加へられし苦難なりと雖も而かも神の聖旨より出て、彼の定め給ひし方法に由て行はれし死である。即ち後日に至り、ペテロが使徒団を代表してイスラエルの人々に告げし言が此事を説明して余りあるのである。

(168)  此人は(イエスを指して云ふ)神の定め給ひし旨と預め知り給ふ所に応《かな》ひて附《わた》さる。而して汝等は不法の手をもて之を捕らへ、十字架に釘けて殺せり

と(行伝二章二三節)。イエスを殺せし者はイスラエル人にして、彼等は自から其罪を担はざるを得ずと雖も、神は彼等に由りて其聖旨を行ひ給うた。世に「自然の成行」と称する者ありと雖も、其上に又之を通うして神の聖旨が行はる。人の自由と神の聖意とに関はる大問題であつて之を論理的に説明するは難しと雖も、事実は明かにして廠ふべからずである。「人の怒は神の義を行はず」と云ふは一面の真理であると同時に又局限されたる真理である(ヤコブ書一章二十節)。神は人の怒を以て其(神の)義を行心給ふ場合がある。十字架の悲劇が其の最も著るしきものである。此場合に於ても、他の多くの場合に於けるが如くに、知らず識らずの間に神の聖旨が人の行為を通うして行はれたのである。|人類の歴史は神の摂理である〔付○圏点〕と云ふは此事である。

〇馬太伝二十六章一-五節の要点は左の如し。

  第一節。イエスの教訓は終り、彼は今より贖罪の行為に入り給ふ。

  第二節。イエスその死の順序を預言し給ふ。

  第三-五節。祭司と民の長老たちイエスの死を計画す。即ち|たばかり〔付ごま圏点〕て彼を捕へ、窃かに彼を殺さんと謀る。

  第五節以下。イエスの預言に現はれたる神の聖旨は順を逐うて開展し、癩病のシモンの家に於ける受膏を以て始まり、ユダの裏切り、ゲスセマネの苫闘を経て、ゴルゴタ丘上の十字架に到り、復活、昇天に達して完成せらる。斯くして人の計画は尽く破れて神の御計画が完然に成つたと云ふが、第二十章以下、巻末に到るまでの筋書《すぢがき》である。

(169)〇我等は之に由て何を学ぶ乎と云ふに、我等にも亦神の御計画が成るのであつて、人の計画が成るのでない事を学ぶ。神の善き聖旨は日常の人事に於て行はれつゝある。我等各自にも亦、同情者のマリヤもあれば叛逆者のユダもある。然れども「凡ての事は神の旨に依りて召されたる神を愛する者の為に悉く働きて益をなす」とあるが如くに、我等にも亦、味方も敵も悉く働きて益を為すのである。我等は神を信じて少しも懼るゝに及ばないのである。(十一月一日) 〔以上、12・20〕

 

     第二十回 離坂の第一歩 【馬太伝廿六章六-一三節 〇馬可伝十四章三-九節 ○約翰伝十二章一-一一節。】

 

〇馬太馬可両伝の記事は約翰伝の記事と併せ読むべきである。約翰伝に由れば、癩病人シモンの家に於けるイエスの招待会に於て、マルタ、マリヤ、ラザロの兄弟姉妹の在つた事、又イエスに膏《あぶら》を注ぎし者のマリヤでありし事、又此事に関しイエスに対する弟子等の不平の主唱者がイスカリオテのユダでありし事が明かである。又香油は三百デナリの価値あるものであつたとの事であつて、今日の時価に積りて九百円程の品であつたらう。婦人の嫁入支度として其両親より受けし最大価額の品であつて、之を此際マリヤがイエスに注ぎしは、彼女として為し得る最大の奉仕であつたのである。まことに在つた事実の有の儘の記事であつて、之に疑を挟《さしはさ》むの余地がない。

〇茲に注意すべきは、|イエスに対する不平を漏らせしはユダ一人に非ずして、弟子等の多数又は全体であつた事である〔付△圏点〕。不平はユダに由て醸されし者ならんも、之を感ぜし者は彼れ一人に止まらなかつた。イエスは茲に弟子等全体の不平を受けたのであつて、其不平は彼の死ぬる時まで続いた。其意味に於てイエスに叛きし者ほユダ一人に止まらなかつた。弟子全体が反逆者であつた。「弟子等之を見て怒を含み」とある。彼等はマリヤの行為に(170)就て憤慨した。然し乍ら実はマリヤの行為を憤つたのではなくして、彼女に之を為さしめしイエスの行為を憤つたのである。弟子等はイエスに対する不平を弱きマリヤに向つて発したのである。

〇而して憤慨の理由はまことに尤もらしくあつた。「若し之を売らば多くの金を得て貧者に施すことを得ん」と云ふのであつた。自分等が得んと欲するのではない、貧者に施さんと欲するのであると。彼等が貧者を思ふの情はまことに切なりと謂ふべしである。然し乍ら是れイエスに対する大なる侮辱であつた。イエスは貧者の為を思び給はざりし乎。彼は此時までに幾度か貧者を顧み給うたではない乎。貧民救助の事に就て彼は弟子等の教を受くるの必要は少しもなかつた。然るに其心に於て既に其師より遠かりし弟子等は茲に此事に関しイエスに欠点ありと思うた。憐むべし彼等は福音の真理を解せざりしが故に、名はイエスの弟子たりと雖も、実は彼の教師となり其批評家となつた。イエスは高い厳しい道徳を説き給ひしと雖も道徳の教師でなかつた。彼が聖い道徳を説き給ひしは罪の赦しの福音を説くが為であつた。弟子等はイエスに従ふ三年にして此事を充分に解し得た筈である。然るに悪魔は先づユダの心に入りて彼を欺き、彼を通うして弟子全体を欺いた。福音の信者たるべき弟子等は道徳家に成つた。是れ彼等に取り明白なる堕落であつた。そして道徳家に成つた彼等の眼にはイエスの欠点が見え出した。然り欠点ならざるものが欠点として見ゆるに至つた。道徳は善きものであるが福音は道徳よりも善きものである。福音信者が道徳家に成りし時に、彼は堕落の第一階段を降つたのである。そして多くの場合に於て之を第一歩として堕落の|どん〔付ごま圏点〕底にまで降るのである。ユダの場合がそれである。私は私の生涯に於て同じ実例を多くの我国の基督信者に於て見た。恐るべきは此堕落の第一歩である。イエスの十字架を仰ぐを止めて、道徳、倫理、貧民救助、社会改良に重きを置くに至つて、信者は堕落を始めて其底止する所を知らないのである。主は曰(171)ひ給うた、

  我れ憐憫《あはれみ》を好みて祭祀《まつり》を好まず、

と(馬太九章一三節)。憐憫は福音である、祭祀は律法であり、道徳である。神の好み給ふ所のものは罪の赦しの福音である。人としては自己の罪を赦されん事に併せて他の罪を赦さんと欲するの意志気分である。然るに今や弟子等に此気分が失せて、彼等は律法の人、即ち審判く人批評家と成つたのである。此事を見て取り給ひしイエスは如何ばかり心に歎き給ひし事であらう。彼等は彼を離れし前に既に福音を離れたのである。

〇然るに茲に弟子等の内に一人のイエスを解せし者があつた。それはヨハネでもなく、ペテロでもなく、婦人のマリヤであつた。彼女に婦人特有の人の心を読む本能があつた。彼女は幽《かすか》ながらもイエスの誰なる乎を知つた。又今や彼は何を為さんとし給ひつゝある乎を知つた。彼女は貧民に施すよりも主イエスを愛するの大事なるを知つた。故に茲に彼に対する彼女の聖愛の極を表さん為に|油注ぎ〔付ごま圏点〕の行為に出たのである。是れ婦人として彼女が為し得る最大の奉仕であつた。彼女は親譲りの貴きナルド油の一罎を持来りて、其口を割りて内容の全部を彼の体に注いだ。其高き香は室に充ち、何人も快感を覚えざるを得なかつた。イエスは甚く彼女の此愛の奉仕を喜び給うた。同時に之に深き意味あるを認め給うた。「我が葬儀は近づけり」と彼は独り心に念じ給うた。何れにしろ縦令一人たりとも彼を真に了解する者あるを知りて喜び給うた。十二弟子等は全部彼を離れしと雖も、唯一人マリヤが彼の真の弟子であるを知り給うた。マリヤの名誉である、婦人の名誉である。|同情推察の技術に於ては男子は到底女子に及ばない〔付○圏点〕。

〇茲に於てかイエスは彼が何人に就ても発し給ひしことなき言葉をマリヤに就て発し給うた。

(172)  我れ誠に汝等に告げん、世界何処にても此福音の宣伝へらるゝ処に此婦人の為しゝ事は、その紀念の為に言伝へらるべし

と。イエスは如此き有難き言葉を、ペテロに就てもヨハネに就ても発し給はなかつた。他の弟子等が悉くイエスを離れし時にマリヤ一人は彼に縋がつた。男子の感謝の涙は斯かる場合に注がるゝのである。我等と情を同うし給ひしイエスは、此場合此婦人の行為に対し感謝の涙を禁じ得なかつたであらう。

〇勿論此場合に於けるマリヤに対するイエスの好感は個人的のものでなかつた。彼と彼女との間に恋愛関係があつたと云ふ者は未だ神の子の喜びの何たる乎を知らざる者である。喜びは公的であつて私的でなかつた。神の国の為の喜びであつて、我れ彼れの喜びでなかつた。イエスの此場合に於ける喜びは、彼が前に曾て現はし給ひし喜びと同じ性質のものであつた。

  其時イエス答へて曰ひけるは、天地の主なる父よ、此事を智《かしこ》き者|慧《さと》き者に隠して赤子に顕はし給ふを感謝す、父よ然り、如此きは聖旨に適へるなり。

とあるが如し(馬太十一章二五、二六節)。マリヤを愛しての言ではない、彼女が為せし行を愛しての言である。若しイスカリオテのユダが同じ行為に出しならば、イエスは同じ言を発し給ひしに相違ない。

〇|福音か慈善か、イエスと貧民と何れを先きに愛すべき乎〔付○圏点〕、問題は是である。弟子等は貧民をイエスの前に置いた、マリヤはイエス第一の行為に出た。そしてイエス御自身はマリヤの行為を是とし、弟子等の態度を非とし給うた。マリヤは福音の真髄を解したるに対し(少くとも感知したるに対し)弟子等は未だ普通道徳の範囲を脱し得なかつた。是が故に彼等は彼に就て躓いた。問題は小なるが如くに見えて実は重大である。|福音か非福音かの問(173)題である〔付○圏点〕。イエスは茲にマリヤに賛成し弟子等に反対して、未来永劫に至るまで福音の真理を証明し給うたのである。

〇イエスがマリヤを賞讃し給ひしを見て弟子等の不平は一層高かまつたのである。不平の主唱者ユダは茲に|裏切り〔付ごま圏点〕を決心し、祭司の長の許へと走つた。小事が大事を起すの原因となつた。然れども人世の事は常に如斯くにして起る。十字架の大悲劇は癩病人シモンの家に於けるマリヤの膏抽注《あぶらそゝぎ》を以て始つたのである。

〇信仰か社会事業か。マリヤかユダか。今日の基督信者は二者孰れを択びつつある乎。米国流の基督教は後者を択らんで前者を賤めつゝあるではない乎。今や基督教と謂へば主として社会事業を謂ふではない乎。教会の事業、青年会の事業と謂へば主として社会事業ではない乎。「若し香油を売らば銀三百デナリを得て貧しき者に施すことを得ん」と。今日の教会と青年会とはユダの此主唱に対し大賛成を表するではあるまい乎。私は然う思ふ。今やマリヤは教会の内に甚だ稀であると思ふ。そして今も昔と異なることなく、彼女並に彼女と信仰を共にする者は、教会の嘲けり疎んずる所となると思ふ。|基督教の社会化〔付ごま圏点〕を喜ぶ今日の基督教会はユダの途を取つてゐるに気附かねばならぬ。

〇私の此所説に対し教会とユダの族とは言ふであらう「若し然らば信者は貧者を顧ずとも可いの乎、信者は唯イエスをさへ仰いで居らばそれで可いの乎」と。然り然らずである。社会事業を第一事業となす者は社会事業に厭き之を怠り、終に之を廃するに至る。貧者は貧者の為に愛する能はず、|キリストの為にのみ〔付○圏点〕愛する事が出来る。イエスを愛する愛より出たる貧民救助にあらざれば救助の目的を達しない。是れ此世の多くの慈善事業が害を為すこと多くして、益を為すこと尠き理由である。先づ第一にイエスを愛し、其愛に励まされて自《おの》づから行ふ慈善(174)事業のみが永久に人を救ふ慈善事業である。「貧者は常に汝等と偕に在り」とイエスが言ひ給ひしが如くに、世に貧者の絶ゆる時とてはない。社会事業に由て社会は改まらず、貧困は絶えない。唯神の子イエスキリストを信ずるに由て、人の凡て思ふ所に過ぎる平安が人の心に臨む。マリヤは此場合に於ても「亦善き業を撰ら」んだ(路加伝十章四二節)。此は彼女より奪ふべからざる者であつて、主イエスに対する此愛があつて彼女は亦貧者に対し、終生熱い深い愛を表し得たに相違ない。聖書は別に記《しる》さゞれども、マリヤの生涯は、貧者に対し終生渝らざる善行連続の生涯であつたことを疑ふ事は出来ない。

〇福音書の此箇処に於けるイエスのマリヤ賞讃の辞の如き、明かにイエスとパウロとの一致を示す者である。イエスは善行を唱道しパウロは信仰を高調したりと言ひて二者の相違を唱ふる人は福音書の根本精神を解せざる者であると言はざるを得ない。(十一月十五日)

 

     第廿一回 最後の晩餐 【馬太廿六章一七-二九節 〇馬可十四章一二-二五節 〇路加廿二章七-二三節 〇約翰十三章一-三十節 〇寄林多前十一章二三-二六節。】

 

〇以上がキリストの最後の晩餐に関はる重なる記事である。基督教会に於て行はるゝ聖餐式の聖書的基礎であるが故に其解釈は甚だ困難である。各教会が其解釈を異にする。教会の分離は主として以上の記事に関する解釈の相違に因る。イエスは茲に|聖餐式を制定し給へり〔付○圏点〕と云ふが教会全体の意見である。教会に取り聖餐式の無い基督教は無いのである。殊に羅馬天主教会、英国聖公会、独逸ルーテル教会に於ては聖餐式は彼等の奉ずる基督教の基礎であり中心であり終極である。彼等に取り我等無教会信者の如き、勿論基督信者でない。聖餐式に列らざる者、之に由て供せらるゝパンと葡萄酒とを摂取せざる者が争《いか》で基督信者であり得んやとは彼等が憚らずして唱ふ(175)る所である。そして聖餐式を行はざる無教会信者を排斥する彼等教会信者が聖餐式の事に就て一致する乎と云ふに決してさうではない。新教全体は天主教会の聖餐式を嘲笑して止まない。彼等は此は迷信の極であると云ふ。そして天主教に似て而かも己が独尊を唱へて譲らざる英国聖公会も亦、英独特の聖餐式を守ること厳密である。聖公会は他教会の信者が其聖餐式に列なることを許さない。ルーテル教会も亦羅馬天主教会に叛きながら、聖餐式の事に就てはカルビン教会又はツヰングリ教会と合はず、己が意見を厳守することに於ては羅馬英国の両教会に譲らない。聖餐式のパンはパンに非ず、キリストの聖体其物であると云ふのが羅馬数会の信仰である。聖体其物には非ずと雖も、キリスト御自身が其内に在し給ふと云ふのが英国教会の意見である。パンと葡萄酒とはキリストの肉にも血にも非ず、其シムボル(表号)なりと云ふのが新教多数の意見である。聖餐式は之を守るに及ばず、三度の食事が是れ聖餐なりと唱るのが、フレンド教会の主張である。誠に種々様々である。孰れが是、孰れが非と定むることが出来ない。

〇斯かる次第であれば、私の解釈が教会の人々を説伏し又彼等に満足を与へやうとは思はない。然し乍ら私も亦私の解釈を試むる権利を有つと信ずる。そして|私の解釈は教会の論争を離れての解釈である〔付○圏点〕。私はイエスの最後の晩餐を単なる会食と解する。或る特別の儀式を制定する為の晩餐で無かつたと信ずる。イエスは茲に弟子等と共に最後の訣別の会食を試み給うたのである。「イエス彼等に曰ひけるは、我れ苦難《くるしみ》を受くる先に汝等と共に此|逾越《すぎこし》を食することを大いに願へり」とあるが如し(路加伝廿二章一五節)。普通の会食であつた、然し乍らイエスに由て設けられし会食であつた、故に普通が普通でなかつたのである。イエスの御生涯の最後に於て、彼が其弟子等と共に為し給ひし会食であつた。故に之に何か深い意味のあつたは当然である。其意味は何であつた乎、そ(176)れを探るが最も肝要である。

〇約翰伝第十三章一節に、「逾越の節の前にイエス此世を去りて父に帰るべき時到りしを知る、世に在りし己の民を既に愛し、終りに至るまで之を愛せり」とある。愛はイエスの特性であつた、そして彼れ今世を去らんとして彼は最大の愛を現はし給うたのである。そして彼の愛は己を愛する者に対して現はれた、亦己に敵する者に対して現はれた。|愛餐〔付○圏点〕(Love-feast)たりし此の最後の晩餐に於て、イエスの愛は最も著るしく現はれた。|そして何人に対してよりも、最も著るしく、今や御自分を敵に売らんとしつゝありし所のイスカリオテのユダに対して現はれたのである〔付○圏点〕。

〇イエスは勿論、御自分を売る者の誰なる乎を克く知り給うた。然し乍ら|あからさま〔付ごま圏点〕に彼を指して言ひ給はなかつた。「我れ誠に汝等に告げん汝等の内一人我を売るなり」と。又曰ひ給うた、「我と偕に手を皿に着《つく》る者は即ち我を売る者なり」と。そして又、ユダ自身が彼に対ひ「先生、私です乎」と問ひし時に、「然り」とは答へ給はずして、「汝は言へり」と曰ひ給うた。それは抑々|如何《どう》いふ訳《わけ》であつた乎。謀叛人の誰なる乎を明白に知りながらも、何故に之を打明け給はざりし乎。此時ユダを除けば身の危険は去つたではない乎。解し難いのは此場合に於けるユダに対するイエスの態度である。

〇イエスは御自身の運命を知り給うた。「人の子は己に就いて録されたる如く逝かん、然れど人の子を売る者は禍ひなる哉、其人生れざりしならば反つて幸なりしならん」と曰ひ給うた。ユダの叛逆に由て人の子は十字架に釘けらるべくあつた。ユダの運命も亦定つてゐた。|然し乍ら運命は宿命に非ず〔付○圏点〕。ユダは自から改めて此運命を避くる事が出来る。イエスの眼中に、神の摂理の器《うつは》として定められしユダと、自由意志を具へたる人なるユダと(177)の区別があつた。彼は彼が一人の人として見たまひしユダに対し憐憫の情の禁じ難きものがあつた。イエスは今や御自分の危険を忘れて、御自分を敵に売らんとするユダの危険を思ひ給うた。|如何にもして彼を救はんと努力し給うた〔付○圏点〕。今や残るは暫時である、其時にして過ぎん乎、ユダは永遠の滅亡《ほろぴ》に行かねばならぬ。之を思ふてイエスは堪へられなかつた。故に幾回も曖昧の言を発してユダに悔改を促し給うたのである。|凡てがユダ一人に聴かれんが為の言であつた〔付△圏点〕。イエスの御心中は大略左の如くであつたと推測し奉る。

  ユダよ、我は汝が今我に就き何を計画《たくら》みつゝある乎を克く知つて居る。汝は今や将さに地獄に落ちんとして居る。汝の其手、皿の内にて我手に触れし汝の其手、其手は今や汝を大罪悪へと導かんとして居る。噫ユダよ、汝悔改めよ、今! 今!

然るに憐むべしユダにはイエスの此御心が解らなかつた。彼は既に叛逆を決心して居た。之を知り給ひしイエスの御心は張裂けんとした。彼は終に叛逆者に向ひ「汝が為さんとする事は速かに為せ」と曰ひ給はざるを得なかつた(約翰十三章二七節)。茲に神の愛の失敗が演ぜられた。ユダの叛逆を喰止めんとの神の子の努力……世に斯かる愛の再《また》と在るべきや。

〇イエスの此行為に対して人は言ふであらう、「神の摂理を信じながら摂理の実現を喰止《くひと》めんとす、矛盾も亦甚しからずや」と。然り矛盾である。たしかに矛盾である。然し|愛の矛盾〔付○圏点〕であつて、最も尊き矛盾である。矛盾せざる愛は何処に在る乎。親は其子に対し毎日矛盾を演じつゝあるではない乎。人の罪を定めつゝも之を赦さんと欲す、それが真の愛であつて矛盾である。此矛盾は神に在る矛盾であつて、それが人に現はれて、或は親心と成り、或はキリストの心と成るのである。此場合に若しユダが悔改めたならば神は如何にして人の罪を贖ひ給うた(178)であらうとは問ふ必要のなき問題である。医師に見放されたる子を親は最後まで見放さないのである。其如くに哲学者其他の此世の論者が矛盾と見做す事を、神とキリストとクリスチヤンとは為すのである。|イエスは最後の晩餐に於てユダを救はんと努力し給ひて、彼が神の子たるの栄光を顕はし給へりと信ずる〔付○圏点〕。

〇ユダ去りて後にイエスが残りの十一人に対し其愛を現はし給へるは言ふまでもない。此は徹頭徹尾愛の会食であつた。そしてイエスは斯かる会食の弟子等に由て彼の死後に於て繰返されんことを欲し給うた。彼が彼等に「我を記《おぼ》えん為に此を為せ」と言ひ給へりとは|命令〔付ごま圏点〕にも|希望〔付ごま圏点〕にも解し得られる。「為すべし」と云へば命令である。「為さんことを欲す」と云へば希望である。そして命令動詞は二者孰れにも解する事が出来る。そして愛は命令を避けて希望を述ぶ。そして愛する者の希望に命令以上の効力がある。イエスが茲に「聖餐式を制定し給へり」と云ふは彼を立法者として見ての言ひ方である。而かも彼は茲に特別に愛の表現者として現はれ給うた。「式」とか「制定」とか云ふ詞は此愛餐の場合には最も不適当である。何れにせよ聖餐の事に就て争ふ者は其真意を全然没却する者である。イエスは此時最後までユダを救はんとて努力し給うた。聖餐に列なる者は此愛を懐くべきである。(十一月二十九日)。 〔以上、大正15・1・10〕

 

     第廿二回 ゲツセマネの苦祷 馬太伝廿六章三六-四六節。希伯来書五章七-九節。

 

〇晩餐の座を離れ橄欖山に行かんとする途中にイエスは弟子等に言ひ給うた、「今夜汝等皆な我に就いて礙《つまづ》かん」と。其時ペテロは答へて曰うた「たとへ皆汝に就いて礙くとも我は礙かじ」と。イエスはペテロの此自信を打消して曰ひ給うた、「我れ誠に汝に告げん、今夜鶏鳴かざる前に汝は三たび我を知らずと言はん」と。然るにペ(179)テロは更らに己が自信を確証して曰うた「縦し我ほ汝と偕に死ぬるとも汝を知らずと言はじ」と。そして「弟子皆な如此言へり」とある(三十-三五節)。

〇自信、決心、確信、世に当《あて》にならぬ者とて人の決心の如きはない。ペテロと其兄弟弟子等の此固き決心は忽ちにして裏切られたのである。人は自己に頼る時に必ず失敗する。我が決心は鉄よりも堅しと言ひたればとて、其決心は軽石《かるいし》よりも脆くある。「心は凡ての物よりも偽はる者なり」とヱレミヤが言うた通りである。そして注意すべきは|弟子等の自信強きに対してイエスの自信弱き事である〔付ごま圏点〕。イエスは自信を示さずして祈祷に赴き給うた。彼れ御自身が自己の弱きを知り給うた。故に死に臨んで神に強められんが為にゲツセマネの園に入り給うた。「我は死すとも汝を去らず」と誓ひし弟子等と、「我心いたく憂へて死ぬるばかりなり」と哭《なげ》き給ひしイエスと、其間に天地の差がある。然し誓ひし者は反き、哭きし者は立つた。自己に頼りし者は敗れて神に頼りし者は勝つた。死は恐怖の王である。之を恐れるが当然である。死を恐れざるは勇気の如きに見えて然らず。死に勝つの能力は惟り生命の源なる神より来る。

〇ゲツセマネの園に於けるイエスの実験を最も簡潔に、又最も切実に言表はした言は希伯来書五章七-九節である。彼れ肉体に在りし時、哀《かな》しみ哭《さけ》び、「涕を流して死より己を救ひ得る者に祈り且|懇求《ねが》へり」とある。言ふまでもなくイエスは茲に死を怖れ、之を眼前に見て慄《ふる》へ給うたのである。何が彼をして此くも死を怖れしめた乎、他人は之を知悉《しりつく》す事は出来ない。然しイエスの場合に於ては死に伴ふ普通の恐怖の外に、人類の代表者として世の罪を担ふ其任務に属する恐怖があつたに相違ない。「罪の価は死なり」である(ロマ書六章二三節)。イエスは茲に万人に代りて死なんとし給ひつゝあるのである。故に之に伴ふ苦痛は非常であつて恐怖も亦非常であつた。(180)「我心いたく(非常に)憂へて死ぬるばかり也」と言ひ給ひしは尤もあるべきである。神は人類の罪に対する大なる怒を以て其代表者に臨み給うた。此怒に触れて人の子は戦慄《ふる》へ給うたのである。「父よ、若し聖意《みこゝろ》に適《かな》はゞ此杯を我より離《はな》ち給へ」と。是れ此際人の子としてイエスより発《おこ》るべき当然の祈りである。是れあるが故に彼は我等の兄弟である。「そは我等の弱きを思ひやること能はざる祭司の長は我等に有らず、彼はすべての事に於て我等の如くに誘はれ給へり、然れども罪を犯さず」とあるが如し(希伯来書四章十五節)。彼は苦杯を避けんと欲するの欲求《ねがひ》を懐き給うた。然し「若し聖意に適はゞ」の条件を附してゞある。彼は更に此条件を強めて曰ひ給うた「我心の儘を為さんと欲する非ず聖意に任せ給へ」と。まことに斯かる場合に於ける完全の祈りである。祈願に服従を交へたる祈りである。

〇以上は第一の祈りであつた。暫らく経《たつ》て後にイエスは再び祈り給うた、「父よ若し我れに此杯を飲まさで離《はな》つを能はずば聖意に任せ給へ」と。此は更に進歩せる祈りであつた。「此杯を我より離ち給へ」と云ふに非ずして、「此杯を飲まざるを得ずとのことならば」と云ふのである。第一の祈りに対して「汝は之を飲まざるべからず」との応答《こたへ》が父より彼に達したのである。之に対してイエスは不満を懐くことなく、従順して第二の祈りを発し給うたのである。そして第三の祈りは第二と同じであつた。此場合に於て繰返《くりかへし》は従順の度の更らに進めるを示し、彼は茲に父の聖意に全然服従するの意を表し給うたのである。イエスに在りては反抗拒絶は全然無つた。唯従順の程度に於て少しく不足する所があつた。而かも此不足すらも忽ち補はれて彼は全然服従するに至つた。ゲツセマネの苦祷はイエスに取りては従順性の完成であつた。此消息を洩らせる者が希伯来書記者の言である。

  彼れ肉体に在りし時、哀み叫び、涕を流して死より己を救ひ得る者に祈れり、而して其|恭敬《うやうや》しきによりて聴(181)かれ給へり。彼れ子たれども受けし所の苦難《くるしみ》によりて従順を学び、既に完成《まつとう》せられたれば凡て彼に順ふ者の永遠の救の原《もと》となれり(五章七-九節)。

即ち

 

|イエスは其祈りを聴かれたりとの事である〔付○圏点〕。「此杯を我より離ち給へ」との祈りは聴かれなかつた。然れども祈りは其目的を達して、彼は従順を学び、且其従順性を完成せられ給うた。「其恭敬しきに由りて聴かれ給へり」とあるは此事である。そして彼れ神の子の場合に於ても、彼は苦難《くるしみ》に由りて従順を学び給うたのである。苦難の用は茲に在る。之に由りて信者は完成せらるゝのである。彼の意志が神の聖意と合致するに至る。是れが幸福の極である。茲に至るが人生終極の目的である。人は何人も茲に達して完成せらるゝのである。イエスは如此くにして苦難に由りて完成せられたれば、凡て順ふ者の永遠の救の原《もと》となれりと云ふ。救ひは人の方面より考ふれば完全なる従順の状態に入ることである。「我」なる者が其痕跡だも無きに至つて彼は完全の域に達して神の救ひに与かるのである。イエスは苦難に由りて完全に従順を会得《えとく》し給ひて、凡て彼に傚ひて父の聖意に従ふ者の救ひの原と成り給うたのである。

〇如此くに完成せられ給ひしイエスに今や恐怖は絶えた。完全なる従順と共に完全なる平静と歓喜と勇気とが彼に臨んだ。今や十字架は恐るゝに足らず、それが反つて喜びに化した。

  彼は其前に置かれし所の喜《よろこび》の故に恥をも厭はず、{十字架を忍びて神の宝座《みくらゐ》の右に坐しぬ。

とあるは此ことである(希伯来書十二章二節)。イエスの完全なる服従に由りて苦祷は完全なる勝利に終つた。彼に今や弟子等の同情に訴ふるの必要はなく、ユダの裏切りも反つて之を歓迎するに至り給うた。彼は三たび眠れる弟子等の所に来りて曰ひ給うた。

(182)  今や寝《いね》て休むべし。醒めて我が祈りを助くるの必要なし。受難の時は近づけり。人の子は罪人の手に附《わた》されんとす。起よ、我等往くべし。我を裏切る者近づけり。

茲に主イエスは全然死の恐怖を脱して死を歓迎する勇者と成り給うた。

〇ゲツセマネの苦祷は其一面に於ては神の子が人類の代表者として其罪を担ひ給ひし苦がき経験であつた。他の一面に於ては、彼の完全なる従順に由て先づ御自身を完成せられ、其結果として人類が彼に由て救はるゝ其資格を作り給うた。此は実にイエスの御生涯に於て其危機とも称すべく、又其絶頂とも謂ふべきである。詩人ミルトンは「楽園の回復」は「野の試み」に於て行はれたと言うたが、私は之はゲツセマネの園の苦祷を以て行はれたと云ひたい。彼の精神上の十字架は此所に在つたのであつて、之に較べてカルバリー山上の十字架は肉体の十字架に過ぎなかつたのである。イエスは其私慾をゲツセマネに於て殺し、其肉体をカルバリーに於て殺し給うたのである。ゲツセマネを経過し給ひて後に、カルバリーは彼に取り至つて容易であつたのである。

〇我等にも亦各自相応のゲツセマネがある。我等も亦我等に供へられし杯の我等より離れんことを祈る。そして信仰の薄き我等は、その離れざるを見て神の存在を疑ひ、或は彼を恨み奉る。然し乍ら此かる場合に於て我等も亦主と同じく|より〔付ごま圏点〕高き意味に於て我等の祈願《いのり》の聴かれんことを祈るべきである。|我が意志の神の聖意に合致せんこと〔付○圏点〕、人生実は之に優さるの幸福はないのである。そして縦し第一の祈りは聴かれざるも第二の祈りは聴かれて、我等も亦主と偕に喜んで十字架を担ひ得るのである。目指す所完全なる服従に在りである。此獲物を得て他は顧みるに足りない。「聖意をして成らしめ給へ、全地に於て、我れ自身に於て」……信者に実は是れ以外の祈りが在つてはならない。ゲツセマネは信者の生涯の縮図であつて、又其頂点である。(十二月十三日)

 

(183)       附言〔ゴシック〕

 

〇イエスは何故に此祈祷にペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人を伴ひし乎と考ふるに、此は此場合に彼等の同情を求めての故であると思ふ。彼の人たるの弱きが彼をして之を為さしめたのであつて、此くあるのが当然である。彼は喜びの時にも悲しみの時にも彼の弟子を伴ひ給うた。カナの婚姻の筵《むしろ》にも、変貌の山の栄化の時にも彼等を伴ひ給うた、殊に是等の三人を伴ひ給うた。彼の人たるの情性が彼をして此事を為さしめた。此事に何の不思議もないのである。然し乍ら何れの場合に於ても得る者は弟子等であつて失ふ者は主であつた。変貌の山に於けるが如くゲツセマネの園に於ても弟子等は主の栄光を示された。そして之を後世の我等に伝へて我等を益すること甚大である。然し彼等は主に其求め給ふ慰安同情を供ふる事が出来なかつた。彼等が「寝《いね》たり」とは多分快眠を貪つたと云ふのではあるまい。馬可伝十四章四十節に言へるが如くに「彼等の目|倦《つか》れたるなり、イエスに何を答ふ可きやを知らざりき」とあるが事実であらう。主は彼等より同情を求め給ひしと雖も、主の行動の余りに意外なりしが故に、彼等は彼に同情せんと欲せしも能はなかつた。人の師たるの苦痛は茲に在る。彼は弟子たる者の同情を要求して之を得ることが出来ない。弟子が師の跡に従ひ得ざるは止むを得ずと雖も、師たる者の単独寂寥は察するに余りがある。

〇共観三福音書中、ゲツセマネに関する記事の最も精細なるは馬可伝であり、深刻なるは路加伝であり、平凡なるが如くに見えて克く真意を悉せるは馬太伝である。路加伝は天使が現はれて主に能力を添えし事、又彼れ祈り給ひし時に其汗は血の滴《したゝり》の如く地に落ちたりとの感動的事実を伝ふ。然れどもイエスの祈祷に進歩ありしこと、又彼が服従に由て完全に苦難に打勝ち給ひし事を、最も明瞭に記したる者は馬太伝である。僅々十節を以て此霊(184)的大実験を遺漏なく述べつくせし記者の手腕は驚くに堪へたりと謂つべし。是ぞ洵に此書の神の啓示《しめし》たる証拠なれ。 〔以上、大正15・2・10〕

 

     第二十三回 イエスの逮捕 【馬太廿六章四七-五六節 ○馬可十四章四三-五二節 〇路加廿二章四七-五三節 〇約翰十八章一-一一節。】

 

〇イスカリオテのユダが最後に其師イエスに対して為した事は残忍冷酷を極めた。ユダはイエスの祈祷の場所を知つて、其処にイエスの敵を案内して彼を逮捕せしめたのである。「我が接吻する者は夫なり」と叛逆者は曰うた。接吻を以て其師を敵に売つたのである。背信も茲に至つて其極に達せりと謂ふべし。ユダの離反は悪意に出たるに非ず善意に出たりとの説は立たない。ユダは茲に極悪の人と成つたのである。彼の行為が明かに其事を示す。彼は自己を欺き、友を偽はり、冷血的に彼の師を其敵に売つたのである。

〇茲に問題が起るのである。|ユダの如くに少くとも三年間、イエスの直接の指導を受けし者が斯くまで堕落する事が出来る乎〔付△圏点〕。義人の感化は深遠である。ユダはイエスに随従して其感化に浴せし者である。彼れいかで此《こゝ》まで堕落せんやとは人の言はんと欲する所である。然れども事実は然らず。堕落は高き丈けそれ丈け甚しくある。ユダはイエスに接近せしが故に、彼れ堕落せしや絶下にまで堕落したのである。凡ての登昇に此危険が伴ふ。山に登る者、位の高き者、富を増す者、学に秀ずる者、徳に進む者、何れも落つるの危険がある。そして高ければ高き程、堕落の程度が甚だしいのである。キリストに接したことの無い者はユダの如くに堕落しない。|世に最悪最醜の著は堕落信者である〔付△圏点〕。ユダは堕落信者の最も好き模型《タイプ》である。今日と雖もイエスキリストを最も激烈に悪む者は日本の如き非基督敦国に於て在らずして、英国米国の如き基督教国に於て在る。基督教国に於て、殊に基督(185)教会に於て、夥多《あまた》のユダは偽はりの接吻を以つてキリストを其敵に売りつつある。

〇此くしてユダの離叛は彼れ一人に限つた事でない。凡ての信者がユダの堕落に陥るの危険がある。信者は登り詰める丈け登らざればユダの如くに落つるの危険がある。ユダは|もう〔付ごま圏点〕少しと云ふ所まで達して、其れ以上に登らざりしが故に落ちたのである。即ち律法の途程を卒へて、今一歩にして福音に達せんとして達せざりしが故に落ちたのである。律法が嫌ふ者にして福音の如きはない。ユダのキリストに対する離坂は律法の福音に対する離叛である。ユダの離れ得ざりし律法の立場より見て、イエスは|つまらない〔付ごま圏点〕卑しき者しして見えた。こんな者は如何《どう》扱つても可いと思ふに至つた。故に出来得る丈けの侮辱を彼に加へ、教会が異端論者を扱ふと同様に、偽はるも欺くも可なりと信じて福音の実現者なるイエスを、祭司の長及び民の長老等、即ち律法の代表者に附《わた》したのである。

〇私は私の生涯に於てユダの如き人を見た。彼は全体に義《たゞ》しき人であつた。彼が私に就て教を受けんとしたのは、更らに義しき人と成りて大に邦家の為に尽さんが為であつた。然るに或る事より彼は急に私の敵に変じた。其時まで彼の眼に理想の人として映ぜし私は、其時より最もつまらない人の如くに見え出した。故に彼は私を扱ふに手段を択ばざるに至つた。彼は私を欺いた、嘲弄した、唾棄した。そして私の秘密を私の敵に発いて、私が苦しむのを見て大なる満足を感じた。私には如何《どう》しても彼の為す事が解《わか》らなかつた。彼の如くに義を慕ふ人が、何故に斯くも無慈悲に私を取扱ふの乎解らなかつた。勿論私の場合に於てはイエスの場合と異なり多くの欠点があつた。然れども一たび師として事へし者を斯くも冷酷に取扱ふは不信者の間に在りても無い事である。私は彼が私に対して取りし態度に迷はざるを得なかつた。

(186)〇然し乍ら事は基督教の歴史に於て屡々起ることである。律法が福音に当つて起る失望である。律法の義即ち道徳を求めて得ざる場合に使徒ユダは坂逆者ユダに成るのである。福音の宣伝者の免かれ難き災難である。人世の最大悲劇は此場合に演ぜらるゝのである。即ち正義の追求者が己が求むる義に非ずして|神の義〔付○圏点〕即ち福音を提供せらるゝ時に起るのである。ユダは失望家であつた、失恋者であつた。ナザレのイエスに己が理想を求めて得る能はざりしが故に、失望の結果、師に叛き、彼を辱かしめ、敵に附《わた》したのである。そしてイエスより福音を求めざる者は凡て彼に就て躓くのである。イエスを理想の義人と見る者は凡てユダと共に彼に叛くのである。パウロ曰く、

  義を追求めしイスラエル人は義の律法に追及ばざりき。此は如何なる故ぞ。彼等は信仰に由らず行に由りて追求めしが故に躓石に蹶《つまづ》きたる也。

  視よ我れ躓石《つまづくいし》又|礙岩《さまたぐるいは》をシオンに置かん、凡そ之を信ずる者は辱かしめられずと録《しる》されたるが如し。

と(ロマ書九章三一-三三節)。ユダは不信のイスラエルを代表してイエスを其敵に附《わた》したのである。|福音の宣伝者に取り危険なる者とて正義を求めて罪の赦しの福音を求めざる所謂信者又は求道者の如きはない〔付△圏点〕。彼等は何時ユダに化する乎が判明らない。そして彼等が一たび明白《あからさま》に福音に叛くや、彼等の行為は残忍酷薄を極む。実に恐ろしい事である。

〇そして叛けるユダと祭司長老等に対するイエスの態度はまことに神らしくあつた。彼に寸毫の恐怖はなかつた。ヨハネ伝十八章の記事が克く此事を示す。彼は茲に完全に無抵抗主義を現はし給うた。そして彼の無抵抗は抵抗(187》するの能力なきを見て取りての無抵抗でなかつた。抵抗するの充分の能力ありての無抵抗であつた。是れが本当の無抵抗である。イエスが此際ペテロを誡めての言に曰く、

  汝の剣を鞘に収めよ。凡て剣を採る者は剣にて亡ぶべし。我れ今十二軍余の天使を我父に請ふて受くる能はずと汝等思ふや

と。イエスは此時より少し前に逃げる事も出来た、亦弟子等と共に防ぎ戦ふことも出来た。然れども此際自己を敵に附すが神の聖意なりと信ぜしが故に静かに附し給うたのである。此は真個《ほんとう》の勇者にあらざれば為す能はざる所である。

〇イエスは亦此場合に於てもユダを忘れ給はなかつた。御自分を接吻して敵に附さんとせし彼に対して曰ひ給うた、「友よ何とて来る」と(改訳に依る)。友(仲間)と呼びて敵と称び給はなかつた。「何とて来る」、「何の目的を以て来りし乎」、「此悪事を為さんとて世に生れ出し乎、憐むべき汝よ」との意義であると思ふ。言葉は簡短であつた、然し意味は深長である。

  礙く事は必ず来らん、然れど礙きを来らす者は禍ひなる哉、斯かる者は磨石《ひきうす》をその頸に懸られて海の深みに沈められん方なほ益なるべし(馬太十八章七節)

と彼が曾て曰ひ給ひし言を約《つゞ》めたるものであると思ふ。イエスは此場合に於てすら御自身を忘れて叛逆者ユダの不幸を憐み給うた。此くまで愛し給ひし師を此くまで悩まし奉りしユダの罪は深い哉。

〇約翰伝に依れば、イエスは御自分を捕へんとして来りし者等に向ひ、「若し我を尋ぬるならば此輩を容《ゆる》して去らしめよ」と曰ひ給うたとの事である。「此輩」とは弟子等を指して曰ひ給へるにて、「我を捕ふるも手を我が弟(188)子に触るゝ勿れ」との意である。敵を愛して其傷を医し、坂逆者の不幸を憫み、弟子等の安全を計り給うた。死に面して余裕綽々たりとは此事である。御自身の安全は少しも問題でない。敵と従者との安全が唯一の気がゝりであつた。如此き人が又と復び世に在り得よう乎?

〇ユダは堕落の絶下を示し、イエスは向上の最高を現はす。イエス逮捕の場面に於て地獄と天国とが相対して現はれた。暗黒は光明を其敵に附した。然れども光明の前に暗黒は目眩《めくら》んだ。ユダの悔恨は此時に始つたのであらう。然し憐むべし律法観念に強く捕はれしユダはイエスの愛を解し得なかつた。故に彼の行先きは罪の悔改めに非ずして自殺であつた。ユダは福音の磐に当て破滅したのである。(一月十日) 〔以上、大正15・3・10〕

 

     第二十四回 祭司の前に立てるイエス 【馬太廿六章五七-六八節 〇馬可十四章五三-六八節 〇路加廿二章五四-六五節 〇約翰十八章一九-二四節。】

 

〇イエスは敵に執らえられてより三人の前に引立られ給うた。其第一はカヤパであり、第二はピラトであり、第三はヘロデ・アンチパスであつた。カヤパは当時の祭司の長であつて、ユダヤ教会の首長であつた。ピラトは羅馬政府より遣《おく》られしユダヤの総督であつた。ピラトはガリラヤの分封の君であつて、イエスに取りては国主であつた。イエスは交々《かはる/\》に是等三人の此世の権者の前に引立られ給うた。そして其場合に於て彼が如何に振舞ひ給ひし乎、それが我等の研究せんと欲する所である。

〇以上三人は孰れも侮辱嘲弄を以つてイエスを迎へた。然れども其内に在りて最も深く彼を憎みし者は祭司の長と其同僚とであつた。「学者」とは今日で云ふ神学者であり、「長老」は教会の長老、「議員」はサン ヘードロン即ち教会議会の議員であつた。そしてイエスは初めに斯かる人等の前に引立られ給うたのである。そして世に(189)宗教家を憎む者にして宗教家の如きはない。世に商売|がたき〔付ごま圏点〕と云ふ事があるが、其内で最も醜悪なる者が宗教家の宗教家に対する敵意、憎悪、悪感である。宗教家は誰を許しても宗教家を許さない。彼は其|宗敵〔付△圏点〕であつて、最も嫌ふべき、憎むべき、唾棄しても尚ほ足らざる仇敵である。若し世に宗敵心に較ぶべき者があれば、それは婦人が其恋|がたき〔付ごま圏点〕に対して懐く敵意である。婦人が其恋|がたき〔付ごま圏点〕を赦さないやうに宗教家は其宗敵を赦さない。敵人に対して執念深き事に於て宗教家は婦人と同一である。祭司アマジヤが預言者アモスに対せし時、又同じく祭司のパシユールがヱレミヤに対せし時、此宗敵心が現はれた。其他、西洋に在りてはネストリウス、クリソストム、アタナシウスの諸聖、我国に在りては親鸞、法然、日蓮、孰れも此災厄に遭うた。カルビンの如き、他の事に於ては寛大、謙遜、殆んど理想的基督信者であつたが、彼の宗敵セルヴエートスに対して丈けは彼の低き人間性の発露を禁じ得なかつた。カルビンのセルヴエートス焼殺承認は彼の生涯の拭ふべからざる汚点である。カルビンの如何なる弁護者と雖も此点丈けは弁護する事が出来ない。さすがの、カルビンすら其宗敵丈けは赦し得なかつた。実に惜むべき事である。其他旧教徒は新教徒を憎み、新教徒は旧教徒を憎んだ。而して又新教徒は相互を憎んだ。今の組合信者の祖先たる新英洲の清教徒までが、自己の教権を認めざる者を追窮迫害した例は決して尠くない。実に苦々《にが/\》しき次第である。|我等福音を信じても宗教家に成りたくない〔付△圏点〕。そして真に宗教を信じて宗教家を敵に持つことを免かるゝことが出来ない。イエスに沢山の敵があつたが、彼を最も強く且つ深く憎みし者は祭司の長カヤパを以つて代表されたる当時のユダヤ教会の学者、長老、議員等であつた。

〇そしてイエスは斯かる人等の前に引立られたのである。彼等は初めより彼を殺さんとした。「祭司の長及び長老、凡ての議員、共にイエスを殺さんとして偽はりの証を求むれども得ず」とあるが如し(五九節)。既に死を決(190)議した教会裁判であればイエスの赦されやう筈がなかつた。然し乍ら如何に無法なる教会裁判なればとて何の理由なしに彼に死を宣告する事が出来なかつた。故に彼等は証拠を求めた、然し乍ら得られなかつた。唯一つ証拠らしきものがあつた、それは左の如き者であつた(六一節)

  此人曩に言へることあり、即ち我れ克く神の殿《みや》を毀《こぼ》ちて三日の内に之を建て得べし

と。イエスは之に類したる事を言ひ給うた、然し乍ら此うは言び給はなかつた。彼は神殿の破毀を預言し給ひしも、御自身之を毀ち給ふとは言ひ給はなかつた。又三日にて之を建て得べしと言ひ給ひしは別に意味のあつた事であるは約翰伝が伝ふる如くである(第二章十九節)。故に此は曲解である妄証である。之に由てイエスを死に定むる事は出来ない。そして妄証に対して彼は全然沈黙を守り給うた。殊に既に死を決議せる裁判に対して弁明は全然不用である。沈黙は此場合に取るべき唯一の途であつた。茲に於てか裁判長のカヤパは他の途を取つた。彼はイエスに問を設けて曰うた

  汝はキリスト、神の子なるか、我れ汝を活ける神に誓はせて之を言はしめん

と。此問に対してイエスは沈黙を守る事は出来なかつた。此は彼に取り死活の問題であつた。彼の唱へ給ひし福音の根本問題であつた。馬可伝に従へば彼は左の如くに答へ給へりといふ(十四章六二節)、

  我はそれなり、汝等人の子の全能者(大権)の右に坐し、天の雲の中に在りて(雲と共に)来るを見ん

と。多分此場合馬可伝の伝ふる所が馬太伝のそれよりも正確であつたと思ふ。

〇勿論カヤパにはイエスの此言の意味は解《わか》らなかつた。イエスは彼の敵に解られん為に此言を発し給うたのではない。後世の為に、殊に後世彼を信ずる者の為に発し給うたのである。然し乍ら不信のカヤパには其表面の意味(191)丈けが解つた。イエスは自から神の子であると言ひたる以上、彼は褻涜《せつとく》の罪を犯したのである。そして自己を神と等しき者と言ふは死刑に価ひすべき罪であるとはモーセの律法の明記する所である。そして会衆一同イエスの口より此言を聞きたる以上は最早遅疑するに及ばない、彼等が既に議決せし通りに彼を死刑に処すべきである。茲に彼等は死刑宣告に関する律法上の理由を捉らへて喜んだ事であらう。故に祭司の長は形式に循ひ、彼の衣の端を裂いてイエスの褻涜罪に対する彼の戦慄を表した。まことに|見せかけ〔付ごま圏点〕裁判であつて笑ふに絶えたりと雖も、然れども茲に裁判は律法の文面通りに成立してイエスは死刑囚として定められたのである。

〇ナザレの預言者は茲に褻涜の罪の故を以てユダヤ教会の有司等に死刑を宣告せられた。聖者が罪人! 此んな面白い事はない。今は打つも、|たゝく〔付ごま圏点〕も勝手である。聖人とて少しも恐るゝに足りない。その面に唾《つばき》し、拳《こぶし》にて撃つ。何んと面白い事よ。あゝ先生、どうです。何んと貴下《あなた》は人を教へながら今の態《ざま》は如何です。あゝ愉快! 聖人の化《ば》けの皮が剥《は》がれた。斯んな者を聖人と思ひし我が愚かさよ。チヨット先生失敬、今アナタに目匿《めかくし》してアナタを撃ちます。アナタは預言者ですから今、誰がアナタを撃つた乎当てゝ御覧なさい。あゝ愉快、是れで胸が下がつた、ナザレの偽善者又|偽《にせ》預言者! あゝ自分の方が遥かに彼れ以上の人物である。預言者とは実は此んな者だ。面白いナー、実は世に聖人とか預言者とか云ふ者はないのである。……斯く言ひて会衆と衆愚とは喜んだのである。教会万歳! ナザレ党全滅である!

〇此かる事は決して有り得ない事ではない。多くの神の人がイエスがユダヤ教会に裁判かれ給ひしやうに裁判かれた。若しイエスの場合が単独であつたならば我等は容易に此記事を信じないであらう。然し乍らイエスの此場合は多くの他の場合に於て繰返へされた。教権に在る宗教家が真の信仰家を裁判く時は常に如此しである。イエ(192)スは茲に彼の随従者に実行を以つて斯かる場合に処すべき途を示し給うたのである。即ち、|沈黙である、無抵抗である〔付○圏点〕。然れども信仰の根本を問はれたる時は臆せず明白に答ふべきである。教権者の手に附されたる時に信者は侮辱嘲弄虐待を免かるゝ事は出来ない。信者は其場合に主イエスを憶ふべきである。そして主が行ひ給ひしやうに行ふべきである。

〇教会裁判! 実は世に此んな当にならぬ者はない。凡ての大信仰、大思想は教会に死刑を宣告せられて始つた着である。カヤパは何れの世にも在る。彼は神の人に或る意味の死刑を宣告し神の聖業《みしごと》を賛《たす》け奉る。カヤパなくして神の子の贖罪の犠牲は行はれなかつた。有難い事である。(一月廿四日)

 

     第二十五回 ビラトの前のキリスト 【馬太廿七章十一-廿六節 〇馬可十五章一-十五節 ○路加廿三章一-廿五節 〇約翰十八章廿八-四十節、同十九章一-十六節。】

 

〇祭司の長と民の長老等はイエスを死刑に定め、彼を縛りて羅馬の代官ポンテオ・ピラトの所に牽いて往いた。そは彼等は死刑執行の権を有せず、之を代官に求めずばならなかつたからである(約翰十八章三一節参考)。そしてイエスはピラトの前に立ちて祭司の長カヤパの前に立ちし時よりも遥に慰安を感じ給うた。彼と祭司との間に唯悪意があつたのみである。祭司等は始めよりイエスを殺さんと欲し、故にイエスは彼等に対し自己を弁明するの全然無益なるを知り給うた。然れどもピラトに対しては然らずであつた。二者の間に了解又は同情は無かつた。同時に亦悪意は無かつた。カヤパはイエスの讐敵でありしに対してピラトは単《たゞ》に無頓着であつた。カヤパは宗教家ピラトは政治家であつた。そして信仰家を悪む点に於て宗教家は遥に政治家以上である。信仰家は政治家より(193)了解同情を望むことは出来ないが、然し宗教家が彼に対して懐くが如き悪意仇恨は之を政治家に於て見ない。|カヤパに比べて見てピラトはイエスに対し遥に寛大であつた〔付ごま圏点〕。

〇イエスはピラトの前に立つた。ピラト、イエスに問ふて曰ひけるは「汝がユダヤ人の王なる乎」と。即ち「汝が噂さに聞きしユダヤ人の王キリストなる乎」と。ピラトは初めてイエスに会ふて驚いたのである。ユダヤ人の王と云へば王たるの風采威厳を具へたる者であると思ひしに、会ふて見ればガリラヤの一平民、彼に王たるの何等の徴候が無かつた。之が噂さに聞く所謂「ユダヤ人の王」である乎と思ふて、彼は安心し又一笑を禁じ得なかつたのであらう。そして彼れピラトに即座に起りし感覚は、此人の決して死に当るべき罪人にあらざる事であつた。故に如何にもして彼を釈さんと計つた。彼に直に判明つた事はユダヤ人が「※〔女+冒〕嫉《ねたみ》に由りてイエスを解《わた》したり」との事であつた(十八節)。故に政治家の立場として、如何にしてもイエスを死刑に処する事は出来なかつた。故に第一に、逾越節に代官より民の願に任かせて一人の囚人を釈すの例を利用してイエスを釈さんと計つた。然るに民衆は祭司の教唆に従ひ、殺人犯のバラバを釈されんことを欲し、イエスは之を十字架に釘けよと叫びたれば、代官の此提議は無効に終つた。茲に於てかピラトは第二の方法を試みた。イエスがガリラヤ人なりしを知りしが故に、彼を当時恰かもヱルサレムに滞在中なりしガリラヤ分封の君なるヘロデの許に送つた。是れヘロデをして其管内の民の一人なるナザレのイエスを処分せしめんと欲してゞある。然るにヘロデにイエスを見るの明なく、イエスが奇跡を行はんことを求めたりしも応ぜざりしが故に直に復たび彼をピラトの許に還へした(路加廿三章六-十二節)。茲に於てかピラトは第三即ち最後の策として水を取り群衆の前に手を洗ひて曰うた「此義人の前に我は罪なし、汝等自から之に当れ」と。此く為して彼は明白にイエスの無罪を宣告し、群衆をして自己(194)に省みて暴挙に出づることなからしめんとした。然れども斯かる微弱なる手段の成功しやう筈はなく、群衆は益々声を励まして曰うた

  彼を十字架に釘けよ、十字架に釘けよ、其血は我等と我等の子孫に係《かゝ》はるべし

と。茲に於てか策の施すべくなくして、代官ピラトは群衆の意を納れて、イエスを鞭ちて之を十字架に釘くべく命じ、群衆の手に彼を附《わた》した。憐むべし薄志弱行の政治家ピラトに無辜を最後まで保護するの勇気が無かつた。

〇ピラトの態度たるや、責むべきと同時に憐むべきである。彼は羅馬政府の普通の官吏であつた。そして官吏の常として普通一般の凡人であつた。彼にイエスの神聖を見るの明の有りやう筈なく、又正義の為に己が身を棄てんと欲するが如き勇気も誠実もなかつた。彼が第一に欲せしものは己が身の安全であつた、そして己が安全を保証する為の長官の信任と群衆の人望とであつた。彼は公平ならんと欲するも其公平は己が地位の安全を危うせざる範囲に於ての公平であつた。ピラトは明かにイエスの無罪を認めたが、然し群衆の人望を賭してまで之を主張するの勇気を持たなかつた。又群衆に「若し之を釈さば皇帝《カイザル》に忠ならず、凡て自己を王となす者は皇帝に叛く者なり」と言はれて、彼は己が地位の危きに気が附いた(約翰十九章十二節)。高《たか》が一人の田舎者《いなかもの》である、其生命を犠牲に供したればとて、民の間に乱が起りて秩序の乱るゝの害に及ぶべくもないと。斯く見て取りしピラトは己が良心に反むきながらも、罪なきイエスに死刑を宣告して、之を其敵の手に渡したのである。

〇そして寛大なるイエスは此場合に於てもまた御自身を忘れてピラトに同情し給うた。彼は祭司等に対して絶対的沈黙を守り給ひしに代へて、ピラトに対しては大に語る所があり給うた。約翰伝十八章二八節以下、同十九章十四節までに於て我等はイエス対ピラトの対話を示さるゝのである。ピラトが{我れ汝を十字架に釘くる権あり(195)亦汝を釈す権あり」と曰ひしに対しイエスは答へて曰ひ給うた

  汝、上(神)より権を賜はらずば我に向ひて権あるなし、是故に我を汝に解《わた》しゝ者の罪最も大なり

と。茲にイエスは己が死に関するピラトの責任を明かにし給うた。彼に責任なきに非ずと雖も、祭司等に彼れ以上の責任ありと宣べ給うた。自己に死刑を宣告せし人たりとも、彼は之に責任以上の責任を帰し給はなかつた。ピラトが自己を弁護する前にイエスは彼の為に弁護し給うた。然れどもイエスは政治家ピラトより何も期待し給はなかつた。己が身の安全を第一とする政治家である。之より完全なる公平を望むを得ざることを彼は克く知り給うた。|政治家は政治家、全然無用の人物に非ずと雖も、然れども神の事、義の事に就き頼むに足らざる人物である事は古今東西変りなしである〔付△圏点〕。政府が任命せし公吏であるとの故を以て、正義の事に於て政治家を信頼する事の誤れるは世界周知の事実である。

〇まことにピラトは幸福の政治家であり、又不幸の政治家であつた。広き羅馬帝国内に彼れ程の政治家は何人もあつた。然れども彼等の名は悉く忘れられて、彼れピラトの名のみ永く歴史に存して忘れられない。其意味に於て彼は幸福の人であつた。然し乍ら彼は不幸の政治家であつた。神の子に死刑を宣告するの立場に置かれた。是れ大政治家と雖も裁くに最も難き事件であつた。如何なる明判事と雖もピラトの立場に置かれて、其職責を全うするは実に困難である。実に千九百二十四年、米国議会が排日法案を通過せし時の大統領クーリツヂの立場の如きものであつて、署名するは罪悪、署名せざれば自己並に国民の目前の不利は明かであつて、判決に就て迷ひ、終に難きを棄て易きに就いたのである。薄志弱行を責むれば責むるものゝ、亦彼等に対し一片の同情なき能はずである。まことにピラトは政治家の好き模範である。|政治家と云へば総理大臣より代議士まで、又下々の官吏公(196)職に至るまで、千中九百九十九まではピラトの類である〔付△圏点〕。彼等は神を知らず、キリストを解せず、正義公平は之を口にするも、其実行の勇気に至つては小児のそれ丈けも持たざる者である。茲に於てか政治家に頼り、福音の宣伝を計り、教勢の拡張を企つる事の如何に愚なる乎が判明る。|キリストに死刑を宣告せしピラトに頼みて伝道の便宜を計らんと欲して〔付△圏点〕、政治家の許に走り其援助を藉りて教勢を張らんとせし宗教界の多数の人達ほ大に己に省みる所があるであらう。

〇ピラトの前のキリストに非ず、キリストの前のピラトである。ビラトはキリストを裁判かずしてキリストはピラトを裁判き給うた。歴史は明かに茲にピラトは世の凡ての政治家を代表してキリストに裁判かれし事を示す。此事を最も如実的に画きし者が有名なるムンカツキーの大作である。如何なる註解と雖も之れ以上に此事を説明する者はない(二月七日)。 〔以上、大正15・4・10〕

 

     

     第二十六回 神の子の受難 【ヱレミヤ哀歌一章十二節 〇馬太伝廿七章二六-五十節 〇馬可伝十五章一-四一節 〇路加伝廿三章二四-四九節 〇約翰伝十九章一五-三十節。】

 

〇人の死は何人のそれも厳粛である。之に超自然的なる神秘的なる所がある。人は死に臨んで単《たゞ》の動物でない、又知能的機械でない。如何に冷静なる人と雖も死に面しては霊的である、感情的たらざるを得ない。人は死に臨んで無限の世界に直面する。自己は死して死せざる者なるを直感する。人の死ほど厳粛なる、神聖なる、畏れ多きものはない。我等愛する者の死の床に侍りて霊の世界に在りて神の前に立てるが如くに感ずる。「人の将さに死なんとする其言ふや善し」に止まらない、其|状《さま》や聖《きよ》しである。人の息《いき》の絶ゆる所に神は其天使を率ゐて臨在し(197)給ふ。浮薄極まる人の世も死が見舞ふ所だけは厳粛である、神聖である。

〇凡ての人の死がさうである。義人の死は殊にさうである。義人が死する時に天は開け、地は輝くのである。コロムウエルの死は実に荘大であつた。預言者エリヤが火の車に乗つて天に昇るが如くであつた。ドクトル・ジヨンソンの死は哀切であつた。かの正直なる人が何よりも地獄に落ちんことを恐れたと聞いて彼に対し友愛の情の禁じ難きものがある。そして人類の歴史に於て偉大なる死として二つが算《かぞ》へらる。其一は希臘の哲人ソクラテスの死である。其詳細が彼の弟子の一人なるプラトーに由て「クリトー篇」を以て伝へられた。之を読みて感激せられない人とてはない。ソクラテスに死の恐怖は寸毫《すこし》もなかつた。彼は正義に立ち国法を重んじ、最後まで人として又|雅典《アテンス》人としての義務を尽して死んだ。彼の死はまことに真理探究者の模範的の死であつた。人は凡てソクラテスのやうに死んで欲しい。学者は殊に然りである。最後の一瞬間まで人に未来生命の在るや無きやの問題を攻究したと云ふのである。同じ希臘人のアルキメデスが、己が頸《くび》に当てられし刃《やいば》の下に於てすら物理問題を考へたと云ふと相似て、勇ましくもあり、慕はしくもある。之を読みて我も亦人として生れし以上、茲まで達せねばならぬとの感を起さしめらる。

〇然れどもキリストの死は遥かにソクラテスの死以上である。実にナポレオンが言ひたりと伝へらるゝ如くに「若しソクラテスは人として死《しに》しならばキリストは神として死たまうた」のである。四福音書に記されたるキリストの死の状《さま》は、此は他に類のなきものであつて、之を「神の子の死」と称するより他に言葉がない。「此人の如く語りし人あらず」と或人がイエスを評して言うたが、同じ様に我等は「此人の如くに死せし人あらず」と言ふ事が出来る(約翰伝七章四六節)。Never a man died like this man. キリストの如くに死んだ人はない。四福音(198)書に記されたる彼の死の状を謹読精読して見て、茲にたしかに神が人として現はれ給ひしことを疑ふ事は出来ない。

〇記事は明細である明瞭である。之を解するに殆んど註解を要しない。之を説明して反つて其意義を逸するの虞がある。斯かる神聖なる記事は説明せざるが之を正解するの途である。此事に関しては哲学的詩人のゲーテが真理を伝へて居る。彼は言うた、「キリスト受難の記事は、身|自《みづ》から悲哀を味ひし者が悲哀の聖殿に在りてのみ之を解する事が出来る」と。実に其通りである。|キリストの十字架は自から十字架を負ひし経験の有る者のみ解する事が出来る〔付△圏点〕。此は神学者輩の取扱ふべき問題でない。殊に今日の所謂基督教国の監督、牧師、伝道師等、又彼等の補給を受けて伝道の職に在る我国の教師等、|未だ曾て迫害の血の一滴だも流した事の無き者は〔付△圏点〕、其神学上の知識は如何に該博なるも、神の子の死に関する此記事を解するの能力もなければ資格もない。此事に関しては彼等は宜しく沈黙を守るべきである。|悲哀の殿堂に在りて悲哀の人のみが読むべき此記事〔付○圏点〕……嗚呼人よ汝に臨みし苦難に就て感謝せよ。そは此の神聖なる記事の一節を味解し得る栄光は教会の大監督又は大神学博士たるに数等勝さるの大栄光であるからである。

〇十字架の処刑は羅馬人が自己以外の民に加へしものであつた。我国の礫刑《はりつけ》に似て残忍酷薄を極めたる刑であつた。イエスは十字架に釘けられて、異邦人が其奴隷に行ふ刑に処せられ給うたのである。礫刑の場合に於ては罪人は槍を以て突殺《つきころ》されたのであるが、十字架の場合に於ては彼は其まま木の上に曝らされたのであつて、死するに数日かゝつたのである。手は釘にて横木《よこぎ》に打つけられ、傷の痛みと、刻々と加はる渇《かわき》と、灼《や》く日光と鷲鷹の襲来とに悩まされて、終に悶死するが常であつた。そしてイエスは此刑に処せられたのであつて、人として死するに(199)最も苦しい死方《しにかた》であつた。弟子に裏切られ、友に棄られ教会に斥けられ、政府に罪に定められて、終に最も重き刑に処せられ給うたのである。

〇然し乍ら神の子は十字架に釘けられても神の子であつた。彼は没薬を葡萄酒に和《まじ》へたるものを供《あた》へられしも拒んで之を飲み給はなかつた(馬可伝十五章二三節)。是は当時の麻痺薬であつて、罪人に之を飲ましめて幾分なりとも死の苦痛を減ぜんとしたのである。そしてイエスが拒んで之を飲み給はざりしに深き理由があつた。彼に十字架上に猶ほ為すべきの事があつた。彼は此時と雖も正気《しようき》であらねばならぬ。精神を麻痺して意識を失つてはならぬ。彼に猶ほ尽すべきの義務が残つてゐた。救ふべきの人があつた。苦痛を減ずる為の麻痺薬は此場合、彼には妨害であつた。

〇イエスは己が体《からだ》を十字架に釘《くぎ》もて打附けつゝありし兵卒どもの為に祈りて曰ひ給うた、

  父よ彼等を赦し給へ、彼等は其為す所を知らざるが故なり

と(路加伝廿三章三四節)。イエスは死刑の下手人《げしゆにん》たる羅馬の兵卒等に罪なきを知り給うた。故に彼等の為に此|祈祷《いのり》を発せざるを得たまはなかつた。又彼と共に十字架に釘けられし殺人犯の罪人の一人が死に際して悔改《くひあらため》を表して曰うた「主よ爾国《みくに》に来らん時我を憶ひ給へ」と。此喜びの音信《おとづれ》に接して、同じく死に瀕せし神の子は慰藉《なぐさめ》の声を発せざるを得なかつた。

  まことに我れ汝に告げん、今日汝は我と偕にパラダイスに在るべし

と(同四三節)。イエスの伝道は十字架の上にまで継続せられた。彼は死の間際《まぎは》まで救拯の業《わざ》に従事し給うた。而して更に猶ほ一つの義務が残つて居た。|それは彼の生みの母の処分であつた〔付○圏点〕。彼女の身の安全を確かむるまで彼(200)は死ぬる事が出来なかつた。十字架の近くに彼の臨終を眺めつゝありし彼の母と愛する弟子の一人(多分使徒ヨハネなりしならん)とに声を掛けて曰ひ給うた

  此は汝の子なり……此は汝の母なり

と(約翰伝十九章二六、二七節)。母を弟子に委ね、彼が彼女の手を引きて十字架の側を立去るを見て、イエスは己が渇けるを自覚し給ひ海綿に漬《ひた》されたる醋を啜りて後に曰ひ給うた「事竟りぬ」と。是れで万事が済んだのである。|基督教に孝道なしと言ふ者は誰である乎〔付△圏点〕。神の子の心に最後に残りし事は其母の安全であつた。彼女を弟子に託し終つて後に彼の「事竟りぬ」であつた。イエスは孝子の模範でありし事を誰が疑ふ事が出来る乎。

〇イエスは十字架に釘けられてより六時間にて息が絶えた。此は普通の場合に比べて余りに早く死が臨んだのではない乎。槍にて刺されしに非ず、唯曝された丈けである。苦痛は如何に劇《はげし》かりしと雖も、六時間は死に至るまでには余りに短かくある。之に依て観るに|イエスは多分過度の心痛の結果、心臓破裂にて絶息し給うたのであらう〔付○圏点〕。其事は彼の死を確実ならしむる為に、兵卒の一人が、彼の絶息後に「戈《ほこ》にて其|脅《あばら》を刺《さし》ければ直に血と水と流れ出たり」と記されたるに由て判明る(約翰十九章三三節)。神の子は人の子の無情を悲しみて心臓破裂《ハートブレーキ》にて死んだのである。(二月二十一日)

 

     第二十七回 エリエリラマサバクタニ 【詩篇第二十二篇 〇馬太伝廿七章四五-五十節 〇馬可伝十五章三三-三七節。】

 

〇エリエリラマサバクタニ。是はアラミ語である。イエスが気息《いき》絶えんとして此語を発し給ひしに由りて、アラミ語が彼の母語でありしことが解《わか》る。人が将さに死なんとするに方りて、彼が母の懐《ふところ》に在りて学びし語を以て語(201)るは自然である。イエスは当時のシリヤ地方の通用語たりし新ギリシヤ語を解し給うたであらう。又教会に於て旧いヘブル語を以て読まるゝ聖書を解し給うたであらう。然し乍ら彼の日常の使用語はアラミ語であつた。故に感謝が自然と彼の唇より洩るゝ時は彼はアラミを用ひ給うたのである。ヤイロの娘を癒せし時に彼が発し給ひし「タリタクミ」は同じアラミ語であつた(馬可六章四一節)。イエスは彼の母の口より覚え給ひしアラミ語の詩篇第廿二篇一節を誦《そらん》じつゝ瞑目し給うたのである。まことに人間らしき死方である。

〇「エリ、エリ、ラマ、サバクタニ、之を訳《と》けば我神、我神、何故に我を棄たまふ乎」とある。神の子は死に際して何故に斯かる言を発し給うたのである乎。神が彼を棄たまふ理由《わけ》はない。然るに「何故に我を棄たまふ乎」と云ふは是れ神を疑ふのであつて無神論に近き懐疑である。縦令苦痛は其極に達したりと雖も、神を信ずる事非常に厚かりしイエスの言としては最も不似合であると云ふ事が出来る。イエスは死に臨んで終に神の愛を疑うたのであらう乎。彼の生涯は信仰に始まつて、懐疑を以て終つたのであらう乎、エリエリラマサバクタニ、是がイエスの最後の言であるとすれば彼も亦無神論者の一人として数へらるべきではあるまい乎。イエスも亦多くの義人と均しく、人生の事実の余りに悲惨なるを体験して終に無神論者として其一生を終り給うたのであらう乎。さう解し得ない事はない。

〇イエスの此最後の一言に関し多くの聖書学者に由て多くの註解が試みられた。其一に曰く、イエスは茲に御自身の不信を語り給うたのでない、人類を代表して、その罪に苦しむ苦痛《くるしみ》を表現し給うたのである。即ち彼の此|叫号《さけび》も亦贖罪の代価の一部分であつて、神の子が神の愛を疑はざるを得ざる程の苦痛を嘗むるにあらざれば人の罪を贖ひ得なかつたのであると。是れたしかに説明の一であるに相違ない。其二に曰く、イエスは茲に此声を(202)発して我等信仰弱き者が神の愛を疑ふことあるも彼より離れざるの道を設け給うたのである。イエスは其全生涯を通うして唯の一回此言を発し給ひしに止まると雖も、我等は数回之を発するのである。我等の祈祷《いのり》が聴かれずして苦痛が我等に臨むたび毎に、我等は「我神我神、何故に我を棄たまふ乎」との悲鳴を挙ぐるのである。人生の苦がき経験は屡々我等を懐疑者、又は更らに進んで無神論者に成すのである。此は実に信仰の危機であつて、之に遭ふて我等はやゝともすれば元の神の敵に化するのである。然るに我等の救の君の既に此試練に会ふて之に勝ち給ひし実例あるを知りて、我等は容易《たやす》く此危機より免かるゝ事が出来る。イエス御自身が神に棄られしにはあらざる乎との感を起す程の苦痛を嘗め給うた。然るに神に棄られしに非ずして反つて其の高揚《あが》むる所となつた。我等と雖も亦同様であらねばならぬ。|我等若し懐疑の友を求めんと欲するならば主イエスが其人である〔付○圏点〕。我れ若し神を離るともイエスを離れることは出来ない。そしてイエスと偕に在る間は彼は我を復たび神に伴れ帰り給ふ。イエスは不信の時の我の同情者である。彼は自から懐疑に陥りて、陥り易き我等を救ひ出し給ふ。神の子のエリエリラマサバクタニは我等薄信の徒を懐疑の穴より救ひ出す能力《ちから》であると、斯く解することも出来る。

〇以上は二つながら慰藉に富む解釈であるが、然し完全なる解釈であると云ふ事は出来ない。そして最も明白なる解釈が他に在ると私は思ふ。|其れは詩篇第二十二篇全篇である〔付○圏点〕。エリエリラマサバクタニは其第一節である。イエスは之を誦《そ》らんじて其全篇を誦らんぜんと欲し給うたのであると思ふ。彼は幾度となく此篇を誦んじ給うたに相違ない。此は彼の特愛の詩であつて、彼は之に彼の御生涯の予言を読み、幾度となく之に就て沈思黙考し給うたであらう。そして今や其予言の大部分が文字通りに彼の実験として実現するを見て、彼は茲に之を復誦せざるを得なかつたのであらう。若し通常の場合であつたならば彼は言ひ給うたであらう、

(203)  詩篇第二十二篇、此は我が生涯を語るものである。我が一生は其言に現はる。我に臨みし此苦しみは凡て其予言に応ひてゞある。我に又之に応ひて栄光現はるべし。我友よ、之を読みて慰むべし。我が敵よ、之を読んで畏れよ。詩篇第二十二篇、第二十二篇!

と。然れども今は斯かる言を発すべき場合でない。今は唯其第一節、又は其半分を言へば充分である、即ち

  エリ、エリ、ラマ、サバクタニ

と。即ち|イエスは詩篇第二十二篇を心に念じつゝ、彼の友と敵とに、そして又彼等を通うして全世界に、彼の遺言として之を〔付○圏点〕遺|して世を去り給うたのである〔付○圏点〕。

〇今試みに甚だ不完全なる日本訳を以て此篇を読んで見るならば、其全篇が十字架上に於ける神の子の御心の状態として如何に適切なりし乎が判明るであらう。詩篇其物がイエスの此言に対する最も完全なる註訳である。

   我神《エリ》、我神《エリ》、何んぞ《ラマ》我を《サバ》棄たまふや《クタニ》、何《いか》なれば遠く離れて我を救はず我が歎きの声を聴き給はざる乎。

以上並に第二節は彼の目下の悲歎を語る。第三節より第五節までは選民の歴史を顧みて希望を語る。第七節より第十八節までが、彼の目前の苦痛の詳細を語る。

   犬我を繞り、悪者の群我を囲み

   我が手及び我が足を刺し貫《つらぬ》けり。

   彼等互に我が衣を分ち、我が下衣《したぎ》を鬮にす。

数百年前に記されし預言が、今や事実となりて其詳細に至るまで現はれたのである。第十九節より廿一節までが(204)祈祷である。そして祈祷は感謝に終つたのである。第廿一節が全篇の転句とも称すべき者である。

  我を獅《しゝ》の口、又野牛の角より救ひ出し給へ、……|爾我に応へ給へ〔付○圏点〕

と。即ち祈祷は聴かれたりと云ふのである。「何故に我を棄たまふや、何故に我が歎きの声を聴き給はざるや」との懐疑に均しき声を以て始まりし此哀訴は「爾我に応《こた》へ給へり」との感謝の言を以て終つたのである。そして以下が感謝の連続である。

   我れ爾の聖名《みな》を我が兄弟に宣伝《のべつた》へ、

   爾を集会《つどひ》の中にて讃《ほ》めたたへん。

   ヱホバを懼るゝ者よヱホバを讃めたゝへよ。

   ヤコブの諸々《もろ/\》の裔《すゑ》よヱホバを崇めよ。

   イスラエルの諸々《もろ/\》の裔よヱホバを畏《かしこ》め。

と。此は大讃美である。其内に悲調は痕跡だもない。すべては勝利と感謝に終つた。「神、我を棄たまへり」ではない。其正反対に「彼れ我を拯《たす》け給へり、我を高く揚げ給へり」である。

〇廿二節より廿六節までが感謝と讃美である。第二十七節以下が後世に及ぼす感化の預言である。受難は受難者に取り勝利に終りしに止まらず、後世を善導恩化するに至るとの預言である。無意味無益の苦難《くるしみ》ではない、意味深長、効果無窮の苦難であると云ふことである。

   地の極《はて》は皆な思出してヱホバに帰り、

   諸々《の国の族《やから》は皆な聖前《みまへ》に伏拝《ふしおが》むべし。

(205)   国はヱホバの所有《もの》なればなり。

   ヱホバは諸々の国人《くにびと》を統治《すべおさ》め給ふ。

   …………………………………………

   彼等来りて「此はヱホバの行為《みわざ》なり」と云ひてその義を後に生まるゝ民に宣伝《のべつた》へん。

実に偉大なる歌である。そしてイエスは此歌を口にしつゝ世を逝《さ》り給うたのである。其最初の一句のみを以て彼の最後の御心中を忖度することは出来ない。最初の一句は全篇を紹介するの言であつた。詩篇第二十二篇が十字架上に於ける彼の実験、又慰藉であつた。彼は神の愛を疑ふて死に就き給うたのではない。(二月廿八日) 〔以上、大正15・5・10〕

 

     第二十八回 死して葬られ 【馬太伝廿七章五十-六一節 〇約翰伝十九章三一-四二節 〇希伯来書二章八-一八節。】

 

〇イエスは詩篇第二十二篇の第一節を口にしつゝ気息《いき》絶《た》え給うた。それと同時に三つの具象が現はれたと云ふ。「殿《みや》の幔《まく》上より下まで裂けて二つとなり」と云ふが其一である。「地震ひ磐裂け」と云ふが其二である。「墓開けて多くの聖徒甦りたり」と云ふが其三である。孰れも洪大なる奇跡であつて、斯かる事は到底在り得べからずと云へば其れまでゞある。然し乍ら信者は此事ありしを信じ得るのである。此は単に人を驚かす為の奇跡ではない、信者を教へ導く為の具象である。孰れも意味ある、イエスの死の意義を表明せる奇跡である。万物を支配し給ふ全能の神が此刹那に於て特に行ひ給ひし奇跡である。

〇「殿の幔《まく》上より下まで裂けて二となり」たりと云ふ。聖所と至聖所とを分かつ此幔が裂けて、二所の区別が無(206)くなつたのである。即ち|聖所が至聖所丈けそれ丈け聖くなつたのである〔付○圏点〕。祭司の長が年に一回、贖罪の小羊の血を齎らして入ることを得し至聖所の幔が裂けて、何人も今や直に神に近づき得るに至つたのである(希伯来書第九章参照)。そして是れ主イエスキリストが彼の贖罪の死に由て実際に成就し給へる事である。キリストの死に由て殿の幔は裂けて、信者は誰でも人なる祭司、即ち法王、監督、牧師と云ふが如き人の定めし教職に由らずして直に神の宝座《みくらゐ》に近づき得るに至つたのである。|信者の自由は髑髏山上に於けるキリストの死に由て獲得せられたのである〔付○圏点〕。此事を表号するに最も適切なる出来事は聖所と至聖所とを区分する殿の幔の分断されし事である。此事を克く説明する者が希伯来書の九章と十章とである。其十章十九節以下に曰く

  是故に兄弟よ、我等イエスの血に由り、その肉体たる幔を経て我等に開き給へる新らしき活ける路より憚らずして至聖所に入ることを得、かつ神の家を治むる大なる祭司を得たれば、心は濯《すゝ》がれて良心の咎《とがめ》を去り、身は清き水にて洗はれ、其の心と全き信仰とを以て神に近づくべし(改訳)

と。|キリストの十字架上の死に因りて殿と教職と儀式とは無用に帰したのである〔付△圏点〕。信者は自から求めて自由を擅《ほしいまゝ》にするのではない、神が其子の死を以て彼に与へ給ひし自由を拝受して喜ぶのである。神は御自身の手を以て殿の幔を裂き給ひて我等を招いて曰ひ給ふのである「我が汝等の為に備へし小芋の血に由り、憚らずして我が膝下に近づけ、我れ直に汝等を恵まん」と。

〇此他に大地震と死者の復活があつたと云ふ。此は世の終末《おはり》に於て現はるべきキリストの十字架の死の結果を示すのでぁる。十字架に由て世は審判かれ、信者は救はるゝのである。そして地震は審判を表し、復活は救ひを示す。「我等皆なラツパの鳴らん時、忽ち瞬間《またゝくま》に化せん、そはラツパ鳴らん時死し人甦りて壊《くち》ず、我等も亦化すべ(207)ければ也」とパウロが曰ひしが如くに成るのである(哥林多前書十五章五二節)。此事を予表せし此の二つの奇跡である。小奇跡を以てせる大奇跡の予表であつた。即ちキリストの死は宇宙的意義のある出来事であるとの事を示した奇跡であつた。そして事実さうなくてはならないのである。此は単に一人の義人が主義を守つて死んだと云ふ事ではない、万有の主なる聖き神が罪を鞫き死を滅し給うたと云ふ事である。故に其結果たるや実に無限大である。之に由て造化の根本に変化が来たのである。新造化が始つたのである。神の子がヱルサレム城外、髑髏ケ丘に罪人の刺《させ》し戈《ほこ》に気息絶えし時に、全地が揺《ゆる》ぎ、死者が甦りたりとて少しも不思議はないのである。斯くあるのが当然である。人の心が其肉体に現はるゝが如くに、神の御心が万物に現はるゝのである。

  凡そ十二時頃より三時に至るまで遍く地の上暗黒となり、日光くらみ、殿《みや》の内の幔真中《まなか》より裂けたり(路加伝廿四章四五節)

神の御心は如此に事物に現はれたのである。凄《すご》くある、又尊くある。

〇キリストは確かに死し給うた。彼の死は想像ではなかつた。又神の子は死を嘗めずして昇天し、人なるイエスだけが死したりとの一派の人等の説は立たない(基督幻影説)。キリストの死に関しては確実なる証人がある。ガリラヤより彼に従ひ事へし者等の内に、マグダラのマリヤとヤコブとヨセフとの母マリヤ及びゼベダイの子等の母などは遥かに離れてキリストの死を目撃した。約翰伝の記者も亦その目撃者の一人であつた。彼は力を籠めて記して曰うた

  一人の兵卒、鎗てその脅《わき》をつきたれば、直ちに血と水と流れ出づ。之を見し者|証《あかし》をなす、其証は真なり、彼はその言ふ所の真なるを知る、是れ汝等にも信ぜしめん為なり

(208)と(十九章三四、三五節)。キリストの死を確かむるは、其一面に於ては贖罪を確かむる為に必要である。他の一面に於ては復活を確かむる為に必要である。|キリストは死なねばならぬ〔付○圏点〕。彼の確実なる死がなくして確実なる救拯はない。キリストの死は福音の基礎を成すものである。

〇キリストは死んだ、死して墓に葬られた。葬は死を証明する。ユダヤ人にしてアリマタヤのヨセフと云ふ人があつた。彼は最高裁判所《サンヘードロン》の議員であつて、富者であり又貴人であつた。彼はニコデモと同じく世評を憚りて隠《ひそか》にイエスの弟子と成れる者であつた。彼は彼の権威を利用してピラトに往きイエスの屍《しかばね》を乞ひ、之を受取りて、布にて裹み、未だ人を葬りし事なき、新たに岩石に鑿し墓の内に納めた(路加伝二十三章五十-五三節、約翰伝十九章三八節)。斯くしてイエスは罪人として殺されしも、富者の墓に葬られ給うた。茲に於てか神の僕にかゝはる預言者の言が文字通りに実現したのである。

  その墓は悪しき者と共に設けられたれど

  死ぬる時は富める者と偕になれり

とある(以賽亜書五十三章九節)。悪人と共に死し彼等と共に同じ墓に葬むらるべかりしに、貴人の墓に葬られ給うた。境遇が然らしめたのであつた。然れども神が境遇を宰《つかさど》りて預言を実現せしめ給うたと見ることが出来る。事は瑣細のやうに見えるが瑣細でない、其内に深い意味が籠つてゐる。富者必しも悪人でない。イエスは貧者の友であり給ひしが、去りとて又富者の敵でなかつた。彼は人類の救主であつて、王侯貴族も亦彼に由て救はるべくあつた。そしてアリマタヤのヨセフは所謂上流社会を代表して茲にイエスの屍に対し鄭重《ていちよう》なる葬儀を奉つたのである。まことに適当なる奉仕であつて、神は之を嘉みし給ひしに相違ない。又た言ふまでもなくイエス御自身(209)が貴人である。彼は彼の地上の生涯を貧者として送り給ひしと雖も、彼の屍だけなりとも貴人として扱はるゝは最も相当《ふさ》はしき事である。神の子は肉体を以て地上に現はれ、唯の一回、而かも死後に、其屍だけが貴人としての礼遇を受けたりと云ふ。何たる諷刺ぞ、然れども人生は如斯き者である。

〇使徒信条の一節に曰く「彼はポンテオピラトの下に苦難《くるしみ》を受け、死して葬られ」と。此は初代教会の重要なる信仰箇条であつた。然し茲に止まらなかつた。之に次いで曰うた「第三日に甦り」と。彼等がキリストの死を確かめしは彼の甦りを確かめん為であつた。「死して葬られ」と。普通の人に就て此事を確かむるの必要はない。人は必ず死する者、死したりとて何も不思議はない。然し乍らキリストは死すべからざる者であつた。然るに彼が確かに死したりと云ふ。其処に福音が在るのである。|世に宗教多しと雖も其祖師の死を信仰箇条となす者はない〔付○圏点〕。試みに釈迦は死したりと唱へて其証拠を挙げん乎、何人も之を怪まざるを得ない。死は何人にも当然である、然れどもキリストには当然でなかつた。神は「その聖者を朽果《くちはて》しめず」とありて、彼れのみは死を味ふべき者でなかつた。キリストは唯義人とし聖者としてのみ其一生を終つたのであらう乎。我等は彼の聖き生涯に於てのみ神の子を仰ぎ見るのであらう乎。若し然らば基督教は道徳たるに止まつて福音でない。キリストの死に我等の永遠の生命に関し深い意味がなくてはならない。キリスト若し死たまはずば罪の除かるゝ希望はないのである。(三月七日)

 

     第二十九回 キリストの復活 【馬太伝廿八章 〇馬可伝十六章一-八節 〇路加伝廿四章一-四九節 〇約翰伝二十章 〇哥林多前書一-一一節。】

 

〇キリストは死して第三日に甦りたりと云ふのが基督信者の信仰である。彼は貴人アリマテヤのヨセフの墓に葬(210)られしが、一週の首《はじめ》の日、即ち日曜日の昧爽《よあけ》に彼の屍は見えずなり、墓は空虚になりたりと云ふが基督教の唱道である。若し此事が虚偽であつたならば基督教は立たず、福音は失すると云ふのである。実に重大なる問題である。

〇そして是れ近代人が信ずるに最も難しとする所なるは言ふまでもない。「死し者如何に起るや如何なる体《からだ》にて来る乎」とは昔も今も学者が問うて止まざる所である(哥前十五章三五節)。科学は其絶対的不可能なるを唱道する。真に死し者が甦りやう筈がない。是れ迷信にあらざれば誤伝である。キリストは真《まこと》に死んだのではない、半死の状態に在つた者が癒えて姿を隠くしたのである。復活と云ふが如きは科学的知識の範囲より取去らるべきものである。若し基督教はキリストの復活の上に立つと云ふならば、之を真面目の真理として受取らざるまでゞあると。

〇此他に猶ほ批評的困難と称すべき者がある。四福音書の記事を比較するに其間に大なる相違がある。馬太伝に依れば復活せるイエスは弟子等にガリラヤに於て顕はれたりと云ひ、路加伝に依ればヱルサレム並に其附近に於て顕はれたりと云ふ。二者孰れが真《まこと》である乎。又初めにマグダラのマリヤ一人に顕はれたりと云ひ、或は彼女の外に二三の同伴の婦人があつて彼等に同時に顕はれたりと云ふ。其他墓に現はれし天使の数並に位地等に就ても記事は区々《まち/\》である。是れ復活の事実の信頼すべからざる証拠として見るべきである乎。信じ難き事実を記《しる》すに齟齬錯雑せる記事を以てす。キリストの復活を信ずるの困難は益々大なりと言はざるを得ない。

〇若し強て説明を試みんと欲するならば左の如くに弁明し得ないでもない。

  第一。生者必ず死し、死者復た還らずとは凡ての生物に就て云ふ事の出来る真理であるが、然し乍ら罪識(211)らず罪を犯した事なき人に当嵌《あては》まるべき真理であるや稲やは未決問題に属する。罪の価は死なりと云ふのであつて、罪の無き所に死はないと云ふのが聖書の唱道である。そして凡ての人が死するは凡ての人が罪を犯すが故である。然るに茲に罪を犯したことの無い人があつた。其人は死の真際《まぎは》まで、而かも人の嘲弄譏謗の内に死せりと雖も、未だ曾て一回も怨嗟の声を発せず、終りまで憎まれて終りまで愛して死んだ。死は斯かる人にも臨まねばならぬ乎、是れ疑問として存するに充分の理由がある。キリストの復活は唯の人が復活したと云ふのではない、絶対的に完全なる人が復活したと云ふのである。事は腓立比書二章六-十一節に於てパウロが言うた通りである。復活昇天は完全なる謙逐従順に対する報《むくひ》であると云ふ。そして精神と物質との間に何か我等未知の深い関係があるとすれば、キリストの復活も亦理智的に解釈し得ないではない。

  第二。記事の齟齬は其性質に因ると見ることが出来る。如何なる記事にも不合は免かれない。百人百種であつて、百人が百人揃うて同一の事を同一に伝へた例は未だ曾て無い。普通一般の事でも其報告は区々である。そして|事柄が普通と異なれば異なる程其報告に相違が多くなる〔付△圏点〕。そして復活と云ふが如き人類の経験に於て唯一回あつた計りの事柄に就て、其報告に相違多きは少しも怪しむに足りない。さうあるのが寧ろ当然である。復活せるイエスに遭うて弟子等は誰も冷静なることは出来なかつた。彼等は孰れも大なる感動の内に彼を迎へた。そして其感動せる実験を伝へし記事は自《おの》づから区々《まち/\》であつた。勿論此心理学的見解を以て顕現の場所の相違を説明することは出来ない。註解者は此点に就き種々の解釈を試みた。今茲に之を挙ぐることは出来ない。註解書に就いて見るべしである。

〇以上は復活の説明に過ぎない。そして説明に由て信仰は起らない。信仰を起さん為に試みられし説明は凡て無(212)効に終つた。イエスがトマスに曰ひ給うた通りである「汝我を見しに由て信ず見ずして信ずる者は福なり」と」(約翰伝廿章二九節)。信ずる者は説明なくして信じ、信ぜざる者は説明あるも信ぜず。説明は信仰を助ける、然れども説明は信仰を作らない。そしてキリストの復活は神と其義を信ずるより起る信仰である、故に是は寧ろ道徳論に属する問題であつて、科学又は批判学に属する問題でない。キリストの復活は人が神に其罪を赦されて義とせらるゝ為に必要である。羅馬書四章廿五節並に其註解を見るべし。

〇信者がキリストの復活せ了解せんとするに方りて之を考究する時の心の状態が肝要である。此は何時読んでも判明る記事ではない。之を判明るに適当なる時機がある。それは|信者が死に直面せる時である〔付○圏点〕。彼が彼の愛する者を葬りし時に、殊に其愛する者が潔き義しき者でありし場合に、此時に復活を思ひて彼は大に思ひ当る所があるのである。死は凡ての生物には自然であるが人に丈けは不自然であるやうに思はれる。ロングフエローの詩に言へるが如くに

   Life is real! Life is earnest!

    And the grave is not its goal:

   人生は真《まこと》なり、人生は真面目《まじめ》なり

   墓は其終極にあらざるなり

である。又テニソンが言へるが如くに

   凡てが墓に終るとならば

   人の世に在る何故か

(213)である。科学は絶対に否定するも、人の霊は科学に逆らひて立ちて復活を要求するのである。そしてキリストが復活し給へりと聞いて躍り立つて歓ぶのである。|キリスト復活の記事は愛する者を墓に納めて淋しく家に帰る其途上に読んで判明るのである〔付○圏点〕。冷静なる頭脳《あたま》のみが真理を知るの器《うつは》ではない。深き真理に達せんと欲して特殊の心理的状態が必要である。新たに作られし愛する者の墓の側《かたはら》に佇《たゝず》んで考へて、復活が慰藉に富める深い真理であるのである。

〇人は霊丈けで人でない。人が完全なる人たらんが為には霊の外に体が必要である。霊は体を以て外に表はれて相互に交通する。故に体なき霊は表現の器を奪はれ、交通機関を絶たれたる霊であつて、其生命を営むことが出来ない。パウロが死を恐れて復活を要望したる理由は茲に在る。哥林多後書五章二節以下に曰へるが如し

  我等此幕屋に居りて歎《なげ》き天より賜ふ我等が屋《いへ》を衣の如く着ん事を深く欲《ねが》へり。まことに着ることを得ば裸になること無からん。我等此幕屋に居り重荷を負ひて歎くなり、之を衣の如く脱《ぬが》んことを欲《ねが》はず、衣の如く着ん事を欲《ねが》ふ。是れ生命に死が呑まれん為なり

と。不滅の希望は其内に体《からだ》の復活の希望を含む。朽《くち》ざる新たなる体を与へらるゝの希望なくして永世不滅の希望は空しき希望である。霊は肉を古き衣の如くに脱棄《ぬぎすて》て欣然去つて天上へ昇り行くに非ず。再び霊化されたる体として之を賜はるの希望を以て暫時之と別るゝのである。此意味に於て「キリストは死を廃《ほろぼ》し福音を以て生命《いのち》と壊《くち》ざる事(不滅)とを明かにせり」である(テモテ後書一章十節)。基督教は唯物論に反対するが其れと同時に|唯霊論〔付△圏点〕に反対する。キリストの復活に由り完全なる生命観が世に提供せられたのである。即ち神の子の生命を受くるに由り、人は完全なる霊を賜はると共に、之に相当したる体を賜はつて永久に生くるを得べしとの事である。霊に(214)止まらず体までが救はれて完全なる救ひに与るのである。

〇キリスト復活の記事の内で、最も生々《いき/\》したる、写実的なるは路加伝記載にかゝるエマオに於けるキリスト顕現の記事である。記事其物がその|作り話し〔付ごま圏点〕に非ざるを保証する。実際に有つた事を録《しる》すに非ずして斯くも真を穿ちたる記事を綴ることは出来ない。そして此場合に於てキリストが名ある使徒達に現はれしに非ずして名なき平信徒に顕はれ給ひし事が殊に懐《なつか》しくある。|主は最も〔付○圏点〕確然《はつきり》|と平信徒に顕はれ給うたのである〔付○圏点〕。(三月十四日) 〔以上、大正15・6・10〕

 

     第三十回 罪の赦しの福音

 

〇イエスは自己《おのれ》を十字架に釘けて面前《まのあたり》に自己を嘲けり罵る人等の為に祈つて曰ひ給うた、

  父よ彼等を赦し給へ、その為す所を知らざるが故なり

(路加伝廿三章三四節)。曾てペテロが彼の許に来りて、「幾次《いくたび》まで人の我に罪を犯すを赦すべき乎、七次《なゝたび》まで乎」と問ひし時に、彼は答へて曰ひび給うた「汝に七次とは曰はず、七次を七十倍せよ」と。即ち|無限に赦すべし〔付○圏点〕との事であつた。そしてパウロが異邦の信者に基督教の大意を述ぶるに方て、彼は左の如くに曰うた

  汝等凡ての苦き、恚憾《いきどほり》、忿怒《いかり》、喧噪《さわぎ》、誹謗《そしり》、また凡ての悪を己より去るべし、互に慈愛と憐憫あるべし。|キリストに在りて神汝等を赦し給へる如く汝等も互に赦すべし〔付○圏点〕

と《以弗所書四章三一節以下)。使徒等は福音を特に「罪の赦しの福音」と称んだ。人の罪を赦すのがキリスト降世の主なる月約であつた。信者は毎日{我等に罪を犯す者を我等が赦す如くに我等の罪を赦し給へ」と祈りつゝ(215)ある。

〇神に罪を赦されざるべからず、罪を赦されずして神の恩恵は降らない。我等は恩恵の世界に棲息するのである。それにも拘はらず我等は悲歎憂愁の間に一生を送るのである。何が故に然る乎と云ふに、我等の犯せし罪が恩恵下賜を妨ぐるからである。聖《きよ》き義《たゞし》き神は己が罪を認めずして其内に浸《ひた》る人を恵まんと欲するも能はず。罪を其儘に存して恩恵を施すは神たるの資格に反くのである。故に如何にかして人の罪を除かざるべからず。そして人は己が罪を除く能はざるが故に神御自身が其芟除の任に当り給うたのである。|基督教他なし罪の芟除である〔付○圏点〕。我が罪を神に赦され、其結果として人の我に犯せし凡ての罪を赦すこと、此事がなくして基督教はない。基督信者たるの証拠は茲に在る。神に罪を赦されしの実験なく、又人の罪を赦し得るの能力なくして、他に何があつても其人は基督信者に非ず。罪の赦しは基督信者たる唯一の印記《しるし》である。

〇然るに事実は如何。所謂教会歴史は罪の赦しの歴史であつた乎と云ふに決して然らずである。使徒時代が終つて後に教会内に異端征伐が始つた。教会はいくつかの党派に別れて相互の異端を攻めた。彼等は誰を赦しても異端論者丈けは赦さなかつた。キリストは神と|一体〔付○圏点〕なりと唱ふる一派と|同体〔付○圏点〕なりと唱ふる一派とは数十年に渉りて鎬を削て戦つた。モンタヌスの歴史、クリソストムの歴史、ネストリウスの歴史は悉く罪を赦さゞるの歴史であつた。そして斯かる耻づべき歴史が使徒以後三百年又は四百年を以つて終つた乎と云ふに決して然らずである。基督教会千九百年の歴史は、其最初の百年を除いては大体に於て異端征伐の歴史であつた。旧教は新教を攻め、新教は旧教を攻め、新教諸教会は又相互を攻めて今日に至つた。独逸のルーテル信者が瑞蘭のカルビン信者を忌み嫌ふことは彼等が二者共同の教敵なる羅馬天主教信者を憎むよりも遥に甚だしくある。そしてカルビン信(216)者も亦相互を攻むること甚だしく、彼等の間に罪の赦しの福音は実際に行はれないのである。英米の聖公会の如き其聖壇を守るに於ては熱心を失はずと雖も、自己と主義信仰を異にする信者に対して彼等は不信者を扱ふ以下の行為に出づるも敢て自己を咎めないのである。彼等は教会者(Churchmen)なるを以て無上の栄光特権なりと信じ、我等無教会信者に対しては如何なる不信非礼を行ふとも悪事なりとは思はないのである。彼等は不信者の罪は赦すが彼等の教会に反対する信者は赦さない。彼等は使徒信経を維持するには熱心であるが、自身の罪を神に赦されて他人の罪を赦さんとは為ない。彼等の信仰箇条には罪の赦しの要求は無いのである。

〇斯くて今日までの基督教会に於て使徒パウロの要求訓誡は全然無視されたのである。「汝等凡ての苦き、恚憾、忿怒、喧噪、誹謗を己より去るべし」との教は教会に於ては全く顧みられない。読者が若し私の此言を疑ふならば教会の年会に出席して其実況を窺ふべきである。彼等が兄弟相互を誹り、憤り、怒り、噪ぐ状態はパウロの此訓誡を全然裏切る者である。「互に慈愛と憐憫あるべし」。今の基督教会に之が有るとは誰も信じない。「キリストに在りて神汝等を赦し給へる如く汝等も互に赦すべし」。此は今日の基督信者の間に在りては無きに等しき誡めである。私の如き殆んど半百年間不束ながらも信仰の生涯を続け来りし者は、教会、殊に其教師より寛大忍恕と云ふが如き美徳を求めやうとは毛頭思はない。而し此世の何処かに私の罪欠点を書留めて置く所があるならば、それは教会であると私は知つて居る。若し私の悪事を言ひふらして悦ぶ人があるならば、それは教会の牧師其他の役人であると私は知つて居る。キリストの教会は人の罪を赦すべき所であるが、今の基督教会は罪を赦さない所である事を私は克く知つて居る。他人の罪の摘指は是等の人達の食物である。彼等は之れなくして一日も生存することが出来ない。|罪の赦しの福音の恩恵に与りし者の堪ゆる能はざる所の者は、兄弟の誹謗に甚大の快楽を(217)貪る是等教師達の会合の席である〔付△圏点〕。私は私の実験に由り偽はらずして此事を記す。

〇私は斯く云ひて教会の人達に対し私の不平を洩らすのではないと思ふ。此は誰れ彼れの欠点ではなくして教会全体の欠点である。第二十世紀に於て見る此欠点を第三世紀に於て見るのである。教会はクリソストムやネストリウスを苦しめし同じ手段方法を以て今尚ほ相互を苦しめるのである。之には何か根本的の欠陥がなくてはならぬ。其れは基督教根本の事実の見落《みおとし》であらねばならぬ。基督教は理論でない実験である。キリストを如何に説明する乎との理論上の問題でない、我は果して我が罪を神に赦されし乎との実験上の問題である。そして神に赦されし何よりも明かなる証拠は人の罪を赦し得る事である。神に己が罪を赦されし者は人の罪を赦さずしては止まない。兄弟の欠点を挙げて悦ぶ人は自から罪を赦されざる何よりも好き証拠を挙げつゝあるのである。

〇キリストの降世、生涯、受難、十字架の死は凡て人類の罪の赦されんが為であつた。|私の罪の赦されんが為であつた〔付△圏点〕。私の罪の赦されんが為には神の側《かわ》に在りては是れ程の努力又苦痛が必要であつたのである。そして如此くにして私の罪を赦して頂いて、私は人の罪を赦さずして可《よか》らう乎。問題は至つて簡単である。キリスト伝研究の目的は主として茲に在る。単に高き道徳を学ぶ為ではない、神と宇宙と人生とに関し深き思想に接せん為ではない、我が罪を赦されて神と我との間に横たはる牆壁が取除かれ、宇宙人生に充溢する神の恩恵が何の故障もなくして我に注がれんが為である。此目的を達せずしてキリスト伝の研究は実際上我に何の益あるなしである。基督教に閃し凡てが判明《わか》つても、自己の罪が取除かれずして基督教が判明つたのでない。パウロが「キリストに在りて神汝等を赦し給ひしが如く汝等互に赦すべし」と言ひて、彼は実際的に基督教の何である乎を表明したのである。罪の赦しの無い所に基督教は無い。

(218)〇「|罪の赦し〔付△圏点〕」是の在る所にのみ神の国は在る。罪の赦しの行はるゝ教会にのみキリストは在し給ふ。罪の赦しが行はれて初めて国際的戦争は止む。罪の赦しを行はざる者にバプテスマを施して之を教会に収容するが故に教会は忽ちに腐敗するのである。敵国を憎んで止まざる国は他に如何に善き事があつても其国は基督教国でない。其点に於て独逸も英国も米国も基督教国たるの資格を完全に放棄したのである。|交戦国の間に燃えしかの熾烈なる憎みの心〔付△圏点〕、是れありて他に何がありても是等の諸国の基督教国でない何よりも好き証拠が挙つたのである。

〇誰が信者で、誰が不信者である乎。神に己の罪を赦され、快く人の罪を赦し得る者である。人にバプテスマを授くるに当りて之を第一の必要条件と成すべきである。特別なる教義の信奉の如き之に較べて至つて軽きものである。信者たるに信仰の確証を要す、そして信仰の確証は罪の赦しである。そして兄弟の罪を赦し得ない者は未だ神の赦しに与からざる者である。(三月二十一日) 〔以上、大正15・7・10〕

 

(219)     近代人の愛と基督信者の愛

                           大正14年5月10日

                           『聖書之研究』298号

                           署名 内村鑑三

 

〇面白い者は近代人である。余は大なる興味を以て彼等の常性と思想とを研究する。此は勿論決して気持の好い研究ではない。然し乍ら研究は研究であつて、興味の之に伴はざるはない。恰かも天然物の研究に興味があると同然である。冷静に近代人を研究して学ぶ所が甚だ多い。

〇殊に面白いのは近代人の愛の観念である。彼等も基督信者に真似《まね》て愛を高調する。然れども其愛たるや最も不思議なる者である。|第一に近代人の愛は愛する事に非ずして愛せらるゝ事である〔付△圏点〕。故に彼等に愛を説けば彼等は曰ふ、「実に然り、|其如く我を愛せよ〔付△圏点〕」と。而して愛せられざれば彼等は怒る。彼等は愛は愛する事(active)であつて愛せらるゝ事(passive)でない事を知らない。然し彼等が斯く思ふは当然である。|近代人他なし、大なる駄々ツ児である〔付△圏点〕。彼等は馴致されざる野馬の如き者である。彼等は人間に義務と称する大なる束縛の在るを知らない。基督信者の見る所に由れば|愛は最大最上の義務である〔付○圏点〕。然し乍ら近代人に取りては「義務としての愛」と云ふが如きは自己矛盾の絶頂である。茲に於てか基督信者は近代人を解せず、近代人は基督信者を解しないのである。

〇基督信者の愛は本来|神に対する愛〔付○圏点〕である。先づ神を愛して然る後に人を愛するのである。近代人の愛は全く之と異なる。近代人は神と称するが如き第三者を経ずして直に人を愛せんとする。所謂「直接行動」である。或る(220)愛すべき人に対して「我れ汝を愛する」と云ふ。故に彼等の愛は熱烈であつて遠慮がない。之に義務もなければ責任もない。「愛は自躰の法則に従ふ」と彼等は曰ふ。彼等に取り正しい愛と正しからざる愛との差別はない。近代人に取りては愛とは愛する者を愛する愛であつて、此は絶対的に自由である。愛を抑ゆると云ふが如き、或る他の要求に由て愛を支配せらると云ふが如きは、彼等に取りては罪悪であり、偽善である。何者の支配をも受けざる愛、彼等は之を称して「純愛」と云ふ。此は実に前代未聞の愛であつて、近代人は反て其新らしきを誇るのである。

〇殊に注意すべきは|近代人の愛は婦人に対する愛である事である〔付△圏点〕。彼等の愛は神に対する愛でなきは勿論、国に対し、人類に対し、国家に対する愛でない。一言以て之を云へば、|近代人の愛は恋愛である〔付△圏点〕。此は人間独特の愛ではなくして、禽《とり》にも獣《けだもの》にも在る愛である。そして近代人は此愛即ち恋愛を至上善と見做すのである。故に彼等はソクラテスの如くに正義を愛する愛を以て燃えない。又ダンテ、ミルトンの如くに国を愛する愛を以て熱しない。近代人は凡て他の事に就ては至つて冷淡であつて、|唯恋愛の事にのみ熱心である〔付△圏点〕。正義が蹂躙せらるればとて怒らず、国家が滅亡に瀕すればとて悲しまず、師友が辱しめらるればとて敢て憤りを発せず。然れども|彼等の恋愛にして妨げられん乎、彼等の憤怒は火山の如くに破裂す〔付△圏点〕。彼等は恋愛の為には万事万物を犠牲に供して惜まない。彼等は己が愛する婦人の為にするを以て人生最大の美事なりと信ず。愛国者は国の為に死し、哲学者は真理の為に死し、基督信者は信仰の為に死す、而して近代人は己が愛する婦人の為に、或は彼女と共に、死して人生の目的を達したりと信ず。而して近代人の特徴は国と哲学と宗教とを挙げて之を恋愛の弁護、立証、奨励の用に供するにある。彼等の人生観に寸毫の自己矛盾はない。彼等の哲学は完全に始終一貫して居る。「我が意中の(221)婦人」、彼女に満足を与ふるが人生の目的であると彼等は主張する。

〇|更に又不思議なるは近代人の愛の、男子の婦人に対する愛であつて、必しも婦人の男子に対する愛でない事である〔付△圏点〕。普通の愛は相互的であるが近代人の愛は片務的である。近代人の内に在りては婦人は男子より絶対的の愛を要求するが、男子は婦人より斯かる愛を要求しない。婦人は男子に対つて曰ふ「汝は我が他の男子を愛するとも喜んで其愛を許す丈け、それ丈け深く、純に我を愛せざるべからず。我が汝を愛するが故に汝が我を愛すると云ふは、是れ純の無我の愛に非ず、愛せられざるに愛す、是れ真実の愛である。汝は我に対し、此純然無垢の無我の愛を抱かざるべからず」と。而して男子は之を聞いて然りと答ふるのである。而して斯かる愛を婦人に供して絶対無我の境涯に入りたりと信じて無上の満足を覚ゆるのである。昔時の婦人道徳の正反対である。昔は男子が放蕩して女子が喜んで之に耐えたるが如くに、今は女子が乱倫して男子が喜んで之に服従するのである。近代人の内に在りては女子が男子を棄るは罪悪に非ずして、男子が女子を棄るは最大の罪悪である。女子は自由勝手たるも可なり、然れども男子は永久に忍耐せざるべからず。実に予言者ヱレミヤが予言せし時代が臨んだのである、曰く

  反《そむ》ける女よ、汝いつまで流蕩《さまよ》ふや、ヱホバ新しき事を創造《つく》らん、女は男を抱くべし

と(耶利米亜記卅一章二二節)。「女は男を抱くべし」、包囲せん、捕虜となして己が自由にすべしと。実に不思議なる時代である。そして今が其時代である。男子が神に背ける結果として女子の捉ふる所となつたのである。|何よりも奴隷を嫌ふ近代人は女の奴隷と成つたのである〔付△圏点〕。まことに彼等が受くべき適当の刑罰である。「ヱホバ新らしき事を創造らん」とありて、此は絶対的新現象である。未だ曾て有らざりし事である。ヱホバが創め給へり(222)とある。彼が此くある事を許し給へりとの意である。アモス書三章六節に「邑に災禍の起るはヱホバの之を降し給ふならずや」と云ふと同じである。

〇以上は近代人の愛である。然れども基督信者の愛は全く之と異なる。|第一に基督信者の愛は義務であつて情でない〔付○圏点〕。「我れ新しき訓誡《いましめ》を汝等に与ふ、汝等互に相愛すべしとの訓誡是なり」と主が教へ給ひしが如し。信者に取りては愛は神の訓誡《いましめ》即ち命令である。之に従ふは彼の義務である。勿論父の命令であるが故に従ふは難からずと雖も、義務は依然として義務である。故に信者は愛すべき者を愛するに止まらず、愛すべからざる者をも愛するのである。真の愛は愛を以て報いられんことを欲《ねが》はない。聖父の命を奉じて愛するのが義務であり、名誉であり、歓喜である。止むに止まれぬ愛と称して情に駆られて愛するのではない。愛するの道理を示されて、愛するの気分なきにも拘はらず愛するのである。故に基督信者は自分で愛の目的物を択まないのである。アダムがエバを与へられしが如くに、信者は愛すべき者を神より与へらるゝのである。リビングストンは阿弗利加の黒人を与へられて熱愛を以て之を愛した。露国宣教師ニコライは日本人を与へられて、意中の愛人を棄て、日本に其一生を終つた。近代人の愛と基督信者の愛は斯くも其根本に於て相異なる。

〇|基督信者の愛は近代人のそれと異なり、間接的であつて、直接的でない〔付○圏点〕。信者は「我は汝を愛す」と言ひて相互に愛さないのである。彼は先づ神を愛する、|キリストに在りて神を愛する〔付◎圏点〕。而して|キリストに在りて〔付◎圏点〕相互を愛する。神に繋《つな》がるにキリストを通うして、人に繋がるにもキリストを通うしてである。故に近代人の愛の如くに熾烈ならずと雖も、堅固にして深遠である。我れキリストを愛し、彼れ亦キリストを愛し、其愛を以て互に相結(223)ぶ、それが信者の愛である。故に愛の継続に就て信者に取り何よりも必要なるは祈祷である。夫婦相共に祈り、親子相共に祈る。一家団欒はキリストを中心として祈祷を以て成立し又継続せらる。若き男女は祈祷を以て婚約し、祈祷を以て結婚し、祈祷を以て偕老の契を完うす。而してキリストを通うしての間接的の愛なるが故に、冷たき、律法的の、非ローマンチツクの愛ならんと人は思ふなれども決して然らず。愛に伴ふ凡ての幸福は如此くにして得らるゝのである。人は「蜜の如き愛」を語ると雖も、永久にして蜜よりも甘き愛はキリストに在りてのみ得らるゝのである。直接的ならずして間接的なるの点に於て基督信者の愛は近代人のそれと全く異《ちが》うのである。

〇第三に信者の愛は言ふまでもなく相対的である。男は男として女を愛し、女は女として男を愛す。而して男は女の首《かしら》であるが故に、指導発意の任は男に在つて女にない。女は男に服《したが》はざるべからずと云ふは、是れ神の定め給ひし順序《オーダー》であつて、人の定めし法則ではない。服ふべき者に服ふは名誉であり、特権である。而して男は神聖なる服従として女のそれを受け、之に報ゆるに信頼と誠実とを以てする。サラがアブラハムに彼女のバール(主人)として事へしは決して彼女の恥辱でない。此は彼女の為すべき事であつて、彼女は之に由て神に恵まれ、彼女の夫と共に聖き契約の祝福に与つたのである。真の夫婦関係に於て夫は妻より愛を要求するの必要なく、又妻も亦夫に愛を迫るの必要はない。若し斯かる必要の起る場合には、夫婦は相互に各自のキリストに対する愛を要求すべきである。夫婦の愛情の冷へる場合には暫く相離れて祈祷に従事し、各自キリストと接近して再び相会する時に、愛は聖められ又強められて、前よりも更に楽しきホームの実現を見るのである。コリント前書七章五節を読むべし。

〇畢竟するに|愛に必要なるは尊敬である〔付○圏点〕。近代人の愛は尊敬の無い愛である。故に熱きが如くに見ゆれども、基(224)礎なきが故に破れ易いのである。男女は夫婦である以上に敬友でなければならぬ。相互の衷に何か尊むべく敬ふべき物を発見するまでは結婚せざるに如かず。愛情は強いやうで実は脆い者である。尊敬に根ざすにあらざれば愛は真の愛たる能はず。相互尊敬は愛の礎《いしづゑ》である。相互の衷に何かノーブルなる、男らしい又は女らしい所を発見して、愛は情の故に崩れないのである。近代人に此厳粛味が無き故に、其愛は単に快楽の為の愛であつて、奉仕、献身の愛でないのである。其意味に於て昔の日本武士の家庭は近代人のそれよりも遥に健全であり、幸福であつた。唯幸福をのみ愛の標準と認むる近代人の愛は実に下等なる愛である。愛する者の為に自己を棄つ。|神の為、国の為、義務の為に愛其物をすら犠牲に供する事〔付○圏点〕、それが本当の愛である。

 

(225)     GOD AND HOPE.神と希望

                           大正14年6月10日

                           『聖書之研究』299号

                           署名なし

     GOD AND HOPE.

 

 For God spell Hope. With a Being who is almighty in power,and infinite in wisdom and love,all good things are possible. With Him there are no desperate cases,as there are so many with us. When I look at men and the world,at the so-called Christian nations and Christian churches,despair takes hold of me,and I get blue and despondent. But when I look at God,hope revives in me. I look beyond the overhanging clouds of coming disasters,into the bright throne-Chamber of God,where angels sit in council to consider ways and means of fulfilling the brigbtes thopes of mankind. God commands me to walk by faith and not by sight;i.e.to walk by looking at Him,and not by looking at men. Glory be to Him!

 

     神と希望

 

〇神と云ふ字は之を希望と綴るべし。能力《ちから》は全能にして、智慧と愛とは無限なる実在者に在りては、善事として(226)為す能はざるはない。神に在りては我等人間に多く在るが如き「絶望の場合」はない。私が人間と世界とを見る時に、所謂基督教国と基督教会とを見る時に、私は失望の捉ふる所となりて、気は鬱し心は沈む。然れども私が神を見る時に希望は私の衷に復活する。私は来らんとする大患難を孕む所の黒雲の彼方に、神の宝座が玉殿の内に設けらるゝを見る。そして其処に天使等が、人類の懐ける凡ての希望を充たさんとて手段方法を講ぜんが為に開かれつゝある謀議に参与するを見る。神は私に見ゆる所に依らずして見えざる所に依つて歩まんことを要め給ふ。即ち信仰に由て歩まんことを要め給ふ。是れ神を見て人を見ずして歩むべしとの誡命《いましめ》である。栄光願くは彼に帰せんことをである。

 

(227)     今昔の感

                           大正14年6月10日

                           『聖書之研究』299号

                           署名 主筆

 

〇私は今より四十八年前、明治の十一年に基督信者に成つた。其時日本中に信者は僅かに五千人であつた。基督教は国民全体に嫌はれた。故に信仰を維持するは容易の事でなかつた。縦し私の如き信仰の事に於ては外国人には頼らじ、日本の教化は日本人自身之に当るべしと堅く心に誓ひし者に取ても、我国に於て基督敦を信ずるは身を最も不利益なる地位に置く事であつた。日本人は|善い加減〔付ごま圏点〕の信仰は許して呉れたけれども、一生懸命の信仰は許して呉れなかつた。彼等は言うた「信ずるならば心の内に内証《ないしよう》に信ぜよ、公けに明白《あからさま》に信ずる勿れ、殊に此国を化して基督教国と成さんと欲するが如き、之を国賊的行為と見做さゞるを得ず」と。

〇そして如此き状態が長の間続いたのである。基督教は日本国に必要なき者として認められたのである。故に基督教は|外教〔付△圏点〕即ち外国宣教師の宗教として取扱はれたのである。此間に在つて基督教の信仰、殊に外国人に頼らざる信仰を維持し、維持するに止まらず、進んで其宣伝に従事するは容易の事でなかつた。然り今より回顧すれば殆んど不可能の事であつた。而かも此の最も困難なる時代を兎にも角にも無事に通過するを得しは大能者の能力に依ると言ふ外はない。其の長き間に千人は我右に斃れ万人は我左に斃れた。然れども禍災《わざわひ》は我霊魂に及ばなかつた事を思ふて私はダビデと共に叫ばざるを得ない「主ヱホバよ、我は誰《たれ》、我が家は何なれば爾此くまで我を導(228)き給ひしや」と(撒母耳後書七章十八節)。此は神の特別の恩恵に依るにあらざれば為す能はざる事であつた。

〇然るに時代は一変した。日本国は今や嫌々ながら基督教を迎へんとしつゝある。基督信者たるの故を以て世に排斥せらるゝ時は既に過去つた。然し乍ら振回りて思ふ|今日までが信仰の黄金時代でありし事〔付○圏点〕を。世に嫌がらるゝ間に信ずるが信仰の華である。今や冬は去つて春が来りて花は珍らしくなく咲くも亦難くない。思へば私は善き時に信仰を起し、善き時代に之を持続けたのである。斯んな時代は復と再び此国に臨まないであらう。私は今に至り信仰の故を以て私を苦しめた人達に感謝せざるを得ない。本誌も亦次号に於て其百年の四分の一の存続期間を経て第三百号に達せんとして、私に同一の感を深からしむるのである。「|日本国をキリストへ、然かも外国人の手を藉らずして、日本人自身の手と資力を以てして〔付○圏点〕)」との私の青年時代の祈願が幾分なりと応《かな》はせられて感謝である。

 

(229)     復活の実現

                           大正14年6月10日

                           『聖書之研究』299号

                           署名 内村鑑三

 

    以賽亜書六十章一、二節。

  起よ光を放てよ汝の光来り

  ヱホバの栄光汝の上に照出づればなり。

  視よ暗は地を覆ひ暗黒《やみ》は諸の民を覆はん

  然れど汝の上にはヱホバ照出たまひ

  その栄光汝の上に顕はるべし。

〇|キリストの復活は神の新たなる能力が人の間に臨みて、彼が人類を代表して死に勝ちて窮りなき生命に入り給ひし事である〔付○圏点〕。新生命の注入は此記念すべき出来事を以て始まつたのである。そして此事はキリスト御一人に有つた事ではない。彼を以て人類の上に行はれた事であつて凡ての人の上に行はれた事である。人類はキリストを以て復活したのである。諸君も私も彼を以て復活したのである。キリストの復活を|我が事、我が今日の事〔付○圏点〕と見て其意味が明白に成るのである。我等は復活の意味を実験的に解らなければならない。

〇「起よ光れよ」と主は我等に命じ給ふ。然れども能力なき我等は如何で起き得んや。暗き我等は如何で光り得(230)んや。我等は失望の淵に沈む者、躄者《いざり》同様に起たんと欲して起つ能はざる者である。罪の塊《かたまり》なる我等は放つべき光を有せず。我等は世を照すべき責任を有し乍ら自身暗体の裡に在りて光《ひかり》欲《ほ》しさに泣く者である。

〇然れども「暗黒淵の面にありし時に神光あれと言ひ給ひければ光ありき」とある(創世記一章二、三節)。其如くに「汝の光来り、ヱホバの栄光汝の上に照出づべし」とある。「光れ」との命令に「汝の光来るべし」との約束が伴ふ。我等は神の光を受けて光るべしとの事である。神は光の源である。神光あれと言ひ給はざれば我等は自己を打ても敲いても光は我等より出来《いできた》らない。

〇そして光は神より来りつゝある。其証拠は何処《どこ》に在る乎と問ふに、キリストの復活に在る。神はキリストを復活せしめ給ひて生命は死以上の努力であり、光りは終に暗黒を呑み去るべき者である事を明かに示し給うた。そしてキリストの復活ありて以来、人類は人生につき、宇宙につき失望せざるに至つた。此証拠を供せられて以来、人類は全体として自己の運命に就て失望せざるに至つた。ヱホバは言ひ給うた、

  視よ暗《くらき》は地を覆ひ、晴黒《やみ》は諸の民を覆はん。

と。世界と人類とは度々此状態に陥つた。そして今日は其最も甚だしき者である。第二十世紀の今日程、暗が地を覆ひ、暗黒が諸の民を覆うた事はない。政治家も宗教家も此暗黒を取除く事は出来ない。世界は今や破滅に瀕して居る。日本も米国と共に暗黒の淵へと急ぎつゝある。

〇然れど、然り、然れど

  然れど汝の上にヱホバ照出たまひ、

  その栄光汝の上に顕はるべし

(231)と云ふ。「然れど」、「大なる然れど」である。世が暗黒の極に達する時に神の光は汝の上に照出づべしと云ふ。「汝」とは誰か。神に召されし者、其福音に接せし者、其者に先づ光照出づべしと。恰かも太平洋より指し昇る太陽が先づ富士の高根を照らすが如くに、暗黒の裡に世界を照さんとする神の光は先づ真のクリスチャンを照らすのである。斯くてキリストの復活は今や大規模に全人類の上に行はれんとしてゐる。そして主が甦へりし以上、此事は必ず事実として現はれねばならぬ。

〇而して斯かる復活は将さに行はれんとして居る。暗は社会を覆ひ、暗黒は教会を覆ひつゝあるも、社会にも教会にも認められざる所にヱホバの栄光は顕はれつゝある。|人類は今や復活の暁に面して居る〔付○圏点〕。今暫らくである。来る者必ず来らん。それが聖書に示す所のキリストの再臨である乎否乎、其事は判らない。然れども復活に始つて再臨に終る所の神の光の現はれである事は確実である。何れにしろ人の運動や努力に由て臨む光ではない。神御自身が其善き聖意に循ひて遣《おく》り給ふ光である。人の罪と世の暗黒とに伴ふて現はれんとする神の光である。其時が本当の復活祭である。其期日は暦《こよみ》に記載されずと雖も、来ること確実である。

〇キリストが復活し給ひし以上、死は万物の終りでない。必ずや死の後に前の生命以上の生命が現はれねばならぬ。死は生命に達するの途である。破壊は建設の前程である。世界大戦争に由て欧洲文明は壊《くず》れた。然し今や復活の生命は人類の衷に働いて旧文明以上の文明が起りつゝある。キリストを甦らし給ひし神の統御し給ふ此世界に於て破壊が最後の成行でありやう筈がない。復活の朝は一段近づいた。余輩は此事を欧洲大陸現時の状態に於て見る。清き信仰の泉はアルプス山の麓に開けて、ルーテル、カルビン以上の宗教革命が今や欧洲人の間に芽《きざ》しつゝある。余輩は遠からずして前代未聞の大リバイバルを見るであらう。其れは米国流のヒステリー的リバイバ(232)ルに非ずして、キリスト再臨を予想せしむるに足る世界人類大改造であるであらう。(四月十二日復活祭の夜青年に語りしもの)

 

(233)     霊魂の貴尊

                           大正14年6月10日

                           『聖書之研究』299号

                           署名 内村鑑三

 

〇聖書を読んで見ますと霊魂の貴い事に就て沢山に書いてあります。イエスは曰ひ給ひました。

  人もし全世界を得るとも其霊魂(希臘語の Psyche 生命)を失はゞ何の益あらん乎、又人は何を以て其霊魂に易へんや(馬太伝十六章廿六節)。

と。即ち人の霊魂は全世界よりも貴いとの事であります。彼は又曰ひ給ひました。

  身を殺して霊魂(Psyche)を殺すこと能はざる者を懼るゝ勿れ、唯汝等霊魂と身とを地獄に滅《ほろぼ》し得る者を懼れよ。二羽の雀は一銭にて售《う》るに非ずや。然るに汝等の父の許なくば其一羽も地に隕《おつ》ること無し。汝等の頭《かしら》の髪また皆かぞへらる。故に懼るゝ勿れ、汝等は多くの雀よりも優れり(同十章二八-三一節)。

と。使徒ペテロは曰ひました。

  汝等イエスを見ざれども之を愛し、今見ずと雖も信じて喜ぶ、其|快楽《よろこび》は言ひ難く栄えあり、そは汝等信仰の効《しるし》即ち霊魂の救を得るに因る。

と(彼得前書一章八、九節)。其他之に類する言葉が許多《あまた》あります。

〇私供が今知らんと欲する事は霊魂とは何である乎、其事であります。「霊魂と身躰《からだ》」と称ひて、霊魂とは身躰(234)のやうに形のある者ではありません。故に霊魂とて別に在るのでなく、身躰の一部分であると云ふ学者さへあります。霊魂の実在を証明せよと云はれて、私供は之を供する事は出来ません。然し乍ら人は自《おのづ》から霊魂の在ることを知つて居ます。其れは人間の精でありまして、其れあるが故に禽獣に非ずして人間であることを知つて居ます。故に「人もし全世界を得るとも其霊魂を失はゞ何の益あらん乎」と教へられて、人は何人も然り然りと答へます。霊魂に寸法もなく、構造もありませんが、其何たる乎は私供各自が能く知つて居ます。

〇|霊魂は第一に生命であります〔付○圏点〕。人の生命であります。生命にも種々の程度がありまして、霊魂は其最高の者であります。鉱物の上に植物があり、植物の上に動物があり、動物の上に霊魂があるのであります。凡ての生命が同じ生命でありません。或る意味から云へば鉱物も死んだ物ではありません。生きた者で生命の現れであります。然れども植物に比べて鉱物は死物であります。同じ様に動物は植物以上の生命でありまして、若し動物が植物に堕落しまするならば、其時は死んで居るのである。其如く霊魂は動物以上の生命であります。そして人間に此最高の生命があるのであります。そして植物が鉱物を化して生物となし、動物が植物を化して動物鉢となすやうに、霊魂は動物を化して其生命と成すのであります。|より〔付ごま圏点〕上の生命が|より〔付ごま圏点〕下の生命を自己《おのれ》に同化するのであります。此くして万物の向上が行はるゝのであります。人間は霊魂の持主として万物霊化の任に当る者であります。

〇人間は肉体と霊魂とより成ります。此は誠に不幸なる組合せであると云はざるを得ません。彼は単純性に非ずして二重性であります。彼の不幸困難は凡て之に因ります。「肉は霊に逆ひ、霊は肉に逆ひ、此の二つのもの互に相|敵《もと》る」と云ふのが彼の憐むべき状態であります。人間が若し肉のみである乎、又は霊のみであるならば、「噫我れ苦《なや》める者なる哉、此の死の体《からだ》より我を救はん者は誰ぞや」とのパウロの歎声《なげき》は発《おこ》らないのであります。(235)人生の目的は幸福を得るにありと云ふ者は、人間の此根本的事実に眼を注がざる者であります。肉体と霊魂との組合せより成る人間は幸福であり得やう筈はないのであります。戦ひは彼の生れつきの性質であります。彼は戦ふ為に造られたのであります。霊魂が肉体に呑まれん乎、彼の生涯は失敗であります。肉体が霊魂に同化されん乎、彼の生涯は成功であります。万物の霊化が彼の天職であります。其れが為に彼は肉体と霊魂と云ふ二つの矛盾性の組合せとして造られたのであります。簡短なる人生の此事実に気が附かずして、私供の生涯を誤らざるを得ません。

〇|霊魂は肉に勝つて共生命を全うするのであります〔付○圏点〕。勿論肉に負けるのではありません、其れは霊魂の死であります。又肉と調和するのでありません、其れは霊魂の堕落であります。肉に勝つて日に日に成長して神に近づくのであります。霊魂には霊魂の法則があります。そして私供は肉をして此法則を侵害せしめてはなりません。そして止むを得ざる場合に於ては、肉に死しても霊に生くるの覚悟を以て戦はなければなりません。霊魂の救ひとは是れ以外の事ではありません。イエスは御自身の肉を十字架に釘けて霊を全うし給うたのであります。而して私供に霊に生くるの途を示し給うたのであります。自力も他力もあつた者ではありません。自力に因るも他力に依るも、霊は肉を征服せざるを得ません。人の生命は肉の征服に在るのであります。そして神は其聖霊を以つて私供肉を征服して霊に生きんと欲する者を助け給ふのであります。神が霊魂を肉体に結附《むすびつ》け給ひし理由は茲に在ると思ひます。肉に勝つ度び毎に自己を其れ丈け全うせんが為めであります。又自己の弱きを知りて、神に倚りて、神の能力を知り、其|援助《たすけ》を仰いで強くならんが為であります。霊魂の為を思ひて肉体に結附けられし事は最も善き事であります。此不釣合の結婚なくして霊魂の発達完成は期せられないのであります。

(236)〇|第二に霊魂は最高の生命であるが故に特殊の生命であります〔付○圏点〕。此は個々別々特別の性質目的を具へたる生命であります。凡ての霊魂は同じ霊魂でありません。万物孰れも同一の物は二つは無いのでありますが、其事は殊に霊魂に於て然りであります。霊魂は各自其性質を異にして又目的を異にします。其れ故に霊魂は貴いのであります。私と云ふ者は私の外に無いのであります。私に多少肖た者はありませう、然し乍ら私の半身とか、第二の私とか称して、全然私に肖て、精確に私の代用を為し得る者は宇宙永遠に渉り一人もないのであります。今日の言葉で之を称してペルソナリチーと云ひます。之を「人格」と訳しますが、「人格」では甚だ足りません。霊魂と云ひ人格と云ひ孰れも基督敦国に於て発達した思想を言表《いひあら》はすには足りません。之には特別の意味があつて、其事実を実験せずして、之を言表はす為に用ひられたる文字の意味は りません。

〇霊魂はペルソンであります、其人一人に限つた者であります。故に最高の生命であります。私は全宇宙に二人とは無いのであります。故に私が私の職責を充たさずして私に代つて之を充たす者は無いのであります。故に私は貴いのであります。神も亦私を貴く見たまふのであります。私は人として人たるの責任を充たした丈けでは足りません。|私は私として私の責任を充たさねばなりません〔付ごま圏点〕。其処に私の価値があるのであります。そして此事は決して自負でも妄想でもありません。最も確実なる事実であります。そして私一人に限りません。アナタ方各自がさうであります。アナタも亦人である以上、霊魂の持主である以上、ペルソナリチーの所有者である以上、斯くも貴い者であります。神が特別の愛を以てアナタと私とを顧み給ふ理由は茲に在ります。即ち私供各自を以て彼の特別の聖旨を遂げんが為に私供を造り給うたからであります。世に「私は居らなくとも宇宙の運行に何の差支も無い、故に私は自から死して世にも人にも何の損害をも掛けない」と云ふ者は、自己《おのれ》が霊魂の持主たる人で(237)あることを忘れた者であります。生命尊重の念は此から起るのであります。自分の生命は之が為に貴いのであります。他人の生命も亦之が為に貴いのであります。我も他《ひと》も特別の職責を充たすべく造られたる者であるが故に無上に貴いのであります。

〇世に自殺者の多いのは此事が解らないからであります。自分の生命は自分の有であると思ひ、又自分は死んでも神にも人にも何の損をも懸けないと思ふからであります。自殺は人生の戦場に於ける敗北であります。敵の攻撃に耐えずして己に委ねられし防禦の地位を抛棄する事であつて、全軍を危地に陥らしむる事であります。|故に神の軍法会議に於ては自殺者は脱走者の罪を以つて罰せらるべき者であります〔付△圏点〕。自殺は又聖物の破壊であります。神の御眼から見て掛替の無い器の破壊であります。私は私として貴いのであります。世に私よりも強い者、智《かしこ》い者、凡ての点に於て優《すぐ》れたる者の在ることを私は克く知つて居ます。然し其事は私の価値を少しも減じません。私は今日の日本に於て、私の地位に在りて、私独特の仕事を為すに於て、宇宙第一人者であります。私は人類進化の途程に在る一節の中継《なかつぎ》者ではありません。私は私自身として価値ある者であります。故に自分を無視して自から滅ぼしてなりません。私がさうであります。何人もさうであります。人が人として生れし以上、何人にも特別の価値が附いて居ます。そして人がキリストの救に与つた時に何人も此事を発見します。其点に於て基督教の供する覚《さとり》は仏教の供する者と全然|異《ちが》います。仏教で大悟徹底したる者は万物尽く空、我も亦空と覚りますが、基督教で自己に覚めた者は、万物の真価と我が真価とを認めます。基督教は自殺を禁ずるに止まりません、霊魂の貴さを明かにして、如何なる境遇に在るも、之に耐えて神の聖旨を行ふべき途を示します。

〇自分がさうであります、他人も亦さうであります。人は何人も神に象《かたど》られて造られたのであります。故に如何(238)に劣等なる人でも永久的に貴くあります。劣等人種であると云ひ、貧弱者であると云ひ、小児であると云ひて、之を動物又は器具同様に扱ふ者は神の聖物を涜す者であります。我が子であると云ふは、我が馬であると云ひ、又我が所有の器具又は財産であると云ふとは全然異います。|我の為に〔付△圏点〕掛替のない子ではありません。|神の為に〔付○圏点〕掛替の無い子であります。神は彼の如き者を唯一人造り給うたのであります。故に之を委ねられし私供は、彼に此神聖なる永久的価値を認めて、彼を教へ導き、彼をして彼に関はる神の聖旨を果たさしめねばなりません。(五月十日)

 

(239)     神の存在の証拠

                           大正14年6月10日

                           『聖書之研究』299号

                           署名 内村鑑三

 

  永遠《とこしへ》の神は汝の住所《すみか》なり、汝の下には永遠の腕ありて汝を支え給ふ(申命記三十三章二七節)。

  汝等ヱホバの恩恵深きを嘗《あぢは》ひ知れ、ヱホバに倚頼む者は福なり(詩三十四篇八節)。

  我等は彼(神)に頼りて生きまた動きまた存《あ》ることを得るなり(使徒行伝十七章二八節)。

  其良心之が証をなして其|思念《おもひ》たがひに或は貶《せ》め或は褒《ほむ》ることを為せり(羅馬書二章十五節)。

〇神の存在は宗教の第一義であります。神在りての宗教でありまして、神なくして宗教も信仰も無いのであります。イクラ聖書を博く研究し、宗教の奥義に達したりとて、神の在まし給ふ事がハツキリと解らない場合には、聖書知識は何の用をも為さないのであります。然るに実際は如何である乎と云ふに、私供は時々神を見失ふのであります。聖書を学び又教へつゝある間に神が見えなくなるのであります。随つて信仰の興味が消えて、自分は何を為しつゝある乎を疑ふのであります。神相手の信仰であります。然るに其相手の神様の御姿が薄らいで、信仰が空に成るのであります。其れ故に私供は度々元の問題に立帰り、「神は在る乎」の問題に就いて考へねばなりません。

〇|神の在る第一の証拠は私供各自に霊魂の在る事であります〔付○圏点〕。私供各自は道理に従ひ、一定の意志を以て第一に(240)自分の身体を、其次ぎに自分に属する凡ての物を処理して行くではありません乎。霊魂の無い所に統一はありません。統一の在る所に私供は中心的生命の存在を認めます。そして宇宙全体に統一の行はるゝを見て、私供は其中心に之を統御し指導する生命即ち神の在ることを認めます。勿論世に多少の混乱は無いではありません。然れども混乱は暫時の出来事であつて、整理は全般の法則であります。「神は混乱《みだれ》の神に非ず和平《やはらぎ》(調和)の神なり」とパウロがコリント前書第十四章三三節に於て言うたのは真理であります。日月星辰の運行を見た丈けで神は調和の神である事が判明ります。此完備せる音楽の如き宇宙の中心に、私供が神と称し奉る大霊魂が存在しないとは如何しても思はれません。

〇|神が在る第二の証拠は人に良心の有ることであります〔付○圏点〕。良心は人の衷に響く声でありますが、彼の声ではありません。人の衷に響いて人以外の者の声であります。之は彼を賞めます又彼を責めます。大なる権威を以つて彼を審判きます。是は誰の声でありませう乎。或る学者は良心進化説を唱へて、良心は元来社会制裁の声であつた者が、終に人の性に化して良心と成つたのであると云ひます。然し若しさうであるならば、何故に異つた社会に異つた良心が発達しないのであります乎。何故に東洋西洋と云ひて全く異つた社会に於て東洋人の良心と西洋人の良心と全く異つた良心が出来なかつたのであります乎。然るに事実如何と云ふに、良心は大体に於て世界人類共通であります。良心の事に於て丈けは東西両洋を始めとして、アフリカ人、アウストラリヤ人、アイノ、エスキモー、アメリヵ土人に至るまで共通であります。人に良心がある故に、今日まで全く交通のなかつた民族が、新たに交際を始めて、相互を知り、相互に接近する事が出来るのであります。実に不思議であります。私が悪いと思ふ事はシベリヤ内地の土人も、南米南端のパタゴニヤ人も悪いと思ふのであります。此事は何を示します乎。(241)人類を治め給ふ者があつて、其命令は万民に遍く行渡り、彼は同一の声を以て或は賞め或は責め給ふと云ふ事を示します。人が良心の苛責に過ふて苦しむと云ふは実に不思議であります。彼は何故之を圧伏し得ないのであります乎。自分で自分の声を抑へ得ない理由は無いではありません乎。然るに事実抑へ得ないのであります。良心は彼の衷に響いて、彼をして其オーソリチーより免かるゝ事能はざらしむるのであります。良心は人の衷に響く神の声であると云ふのが、良心に関する最も善き説明であります。人は未だ曾て神の声を聞いた事はないと云ふのは間違であります。人は毎日毎時神の声を聞きつゝあります。「神は御自身を証し給はざりし事なし」とパウロは異邦人に説いたと使徒行伝十四章十七節に記いてありますが、実に神は常に御自身の存在、権能を私供各自に証し給ひつゝあります。私供は良心の声を聞くたび毎に聖き神の声を聞くのであります。実に荘厳《おごそか》なる事であります。

〇|神が在る第三の証拠は正義が世に行はるゝと云ふ事であります〔付○圏点〕。此は考へて見れば実に不思議の事であります。世界は挙つて正義に反対します。「不義は此所にも彼所《かしこ》にも」とテニソンの詩に在りますやうに、不義は大なる勢力を以て世界到る所に行はれます。若し政府が為すがまゝに存《のこ》して置きますならば何れの国家も数年ならずして亡びて了ひます。国民の利益を以て利益とすべき大会社の内幕を調べて見ますると、其内に身の毛の弥立《よだ》つやうなる大悪事の行はれつゝあるを聞くのであります。若し人類以外に何か大偉力がありて、其行動を支配するにあらざれば世界の破滅は明白の成行きであります。然るに世も国も破滅せざる而已ならず、徐々に、而かも確実に正義を実現しつゝあります。会社の重役は不義を計画し、内閣諸大臣は軽薄を行ひつゝあるに拘はらず、新光明は国民全体に臨みつゝあります。此事は何を示します乎。神は其造り給ひし世界を人の手にのみ任かし給はず、(242)人が全体 彼に反きまつりしに拘はらず、世界と人類とに係はる其聖旨を行ひ給ふ事を示すではありません乎。此世の万事は国民の輿論を以てしては行はれません。輿論の上に神の聖旨があります。そして最後に此聖旨が行はるゝのであります。世界が今日あるを得しは軍人や政治家の能力に依つてゞはありません。人の眼より見て或る不思議なる能力がありて、不義は之を去り、正義は之を保存奨励したからであります。之を称して「正義を目的として働く能力」と云ひます。そして斯かる能力は慥かに在ります。歴史を読んで何人も認めざるを得ないのは此能力であります。天然も人類も自分自身の力で発達するのではありません。|或る他の力〔付◎圏点〕が之を導きつつあるのであります。人が全体に摂理を信ずるのは之が為であります。凡ての偉人は摂理の在ることを信じました。彼等は自分の力で自分の運命を切開いたのではない、或る他の力が自分の為に道を備へ、自分を其道に伴《つ》れて行いて呉れたのであると信じました。神は良心として私供各自を内に導き給ひ、摂理として外に導き給ふのであります。

〇|神の在る第四の証拠は人の祈りが聴かるゝ事であります〔付○圏点〕。多くの人は此事は神の在る証拠にならない、其反対に無い証拠に成ると云ひます。即ち彼等が為した祈りは大抵聴かれなかつたから神は在る者でないと云ひます。私自身の経験に依つて考へて見ても斯かる場合は無いではありません。私にも多くの聴かれざる祈りがありました。私はそれが為に神の存在を疑うた事のあるを告白します。然し乍ら克く考へて見ますれば、私が聴かれないと思ふ祈りは凡て私自身の利害に係はる祈りであります。此は神の御眼より見て小なる祈願でありまして、聴かるゝの必要なき祈りでありましたらう。之に対して私の大なる祈りは凡て聴かれたと信じます。又聴かれつゝあると信じます。そして此は聴かるゝに最も困難なる祈りでありました。殆んど無理な祈願と思はるゝ程の祈願で(243)ありました。私に私の実験を申上ぐることを許して戴きます。私は青年時代に一つの大胆な、そして其時の場合から考へて見ますれば無謀なる祈りを神に捧げました。それは「神様私に日本全国を下さい」と云ふ祈りでありました。其意味は勿論太閤秀吉のやうなる日本国の領主として下さいとの祈りではありませんでした。日本全国にキリストの福音を説く事の出来るやうにして下さいとの祈りでありました。今より四十年前に一個の日本青年が為した祈りとして大胆極まる祈りでありました。私は北海道に在りて此祈りを捧げました。米国に在りし間此祈りを続けました。そして日本に帰つて後に、幾度も祈りの精神を挫かれましたけれども兎にも角にも此祈りを続けました。そして事実は皆様御承知の通りであります。凡ての事が共に働いて此結果を持来したのであります。此間に在りて勿論私自身も或る事を為しました。然し乍ら私以外の凡ての事が手伝つて私をして今日あるを得しめました。私の友人は勿論の事、私の敵までが凡て此事に就て私を手伝つて呉れました。此事に就ては伊藤博文公、山県有朋公、大隈重信侯が皆な私の協力者でありました。日清戦争、日露戦争、日独戦争、終には昨年の米国の排日行為までが私の願望成就を助けて呉れました。実に不思議であります。私自信が私の祈りの聴かれし事を信ずるに困難を感ずる程に不思議であります。

〇そして如此き事は私一人に限る事ではありません。新田義貞が比叡山の日吉神社に熱誠を籠めて捧げし祈りが徳川家の日本統一の因を為したのであると日本の歴史家が云ひますが、実に世に不思議なる者とて自分に利益の無き人の祈祷の如きはありません。此は確かに聴かるゝ者でありまして、此世の凡ての善事は斯かる祈祷に応じて成つた者ではありますまい乎。コロムウエルが英国の為に祈りて今日の英国があり、ワシントンが米国の為に祈りて今日の米国があつたのであると信じます。神が定め給ひし条件に循つて祈りて祈祷は必ず聴かれます。其(244)事の困難は問題ではありません。此山に対ひて動けと命ずれば動くのであります。其処に人たるの名誉と特権とがあります。彼は祈りを以て宇宙の主宰者を動かす事が出来るのであります。

〇最後に神の存在は人類の輿論であります。縦し一派の学者や思想家は之を否定しましても、人類全体は神の実在を信じて疑ひません。而已ならず人類の内で最上最善の者は凡て神の存在の堅き信者であります。ソクラテスよりカントに至るまで第一流の哲学者は一人も残らず堅き信者でありました。神は在りと信じて万事を為すが最上の智慧であります。(五月十七日)


(245)     THE THREE HUNDREDTH NUMBER.第三百号

                           大正14年7月10日

                           『聖書之研究』300号

                           署名なし

 

     THE THREE HUNDREDTH NUMBER.

 

 This is the three hundredth number of this magazine. It has been an organ of the old evangelical faith,and an avowed enemy of ecclesiasticism,Unitarianism,New Theology,and all sorts of Modern Man's religion. Withal also,it has been a strictly independent magazine,and in its existence of a quarter of a century,it has never received even a cent of help from churches and missionaries. It claims to be a mouthpiece of Japanese Christianity,in opposition to all forms of Westernized Christianity. That such a Christian periodical has had a rather prosperous existence for twenty-five years in this country,may be taken as a sure indication that Christianity is now deeply rooted in its soil. Looking back over the years crowded with mercies,the Editor cannot hold himself from bursting into a song of gratitude,in the words of an old hymn:

                                “Here I'll raise my Ebenezer,

                 Hither by Thy belp I'm come.”


(246)     第三百号

 

 是れは此雑誌の第三百号である。此雑誌は旧い福音主義の信仰を唱ふる機関であつた。そして教会主義、ユニテリヤン主義、新神学、及び近代人の凡ての宗教に対し公然の反対者であつた。同時に亦此雑誌は厳格に独立の雑誌であつた。百年の四分の一に渉る其生存の期間に於て此雑誌は未だ曾て一回も教会又は宣教師より縦令一銭たりとも補助を受けたる事はない。此雑誌は日本的基督敦の代弁者を以て自から任じ、西洋化したる基督教の凡ての形に対して反対の態度を取つた。斯かる基督教の雑誌が二十五年間も此国に於て稍や成功せる存在を続くるを得しは、基督教が其国土に深く根づきし確《たしか》なる証拠として見る事が出来る。恩恵を以て充たされたる過去の年月を顧みて、本誌の主筆は旧き讃美歌の言を以てする感恩の歌の、彼の口より迸るを禁ずるを得ない。曰く、

  我は此所に助けの石を築く、

  爾の助けに由り我は此所まで来るを得たり。

と。(讃美歌第百六十五番、サムエル前書七章十二節に依る)

 

(247)     ユニテリヤン的信仰に就て

                           大正14年7月10日

                           『聖書之研究』300号

                           署名なし

 

〇ユニテリヤン的信仰を文字通りに解すれば、是れ神の単一を唱へて其三位を打消す所の信仰である。ツリニテリヤン(三位)的信仰があつて、之に対してユニテリアン(一位)的信仰があるのである。問題は教義的であつて、実際的には何の影響もないやうに見える。

〇然し乍ら事実はさうでないのである。神は一位であると云へば、キリストは人であつて神でなくなるのである。そして神なる救主を要求せざる信仰は罪の贖ひを要求せざる信仰である。信者がツリニテリヤンであるとユニテリヤンであるとは、畢竟するに彼の罪の実感の軽重如何に由るのである。己が罪を軽く感ずる者がユニテリヤンであつて、重く感ずる者がツリニテリヤンである。我れ救はれんが為に何を為すべき乎と叫びしピリピの獄吏は到底ユニテリヤンであり得なかつたのである(行伝十六章三〇節)。

〇神は一なり、人類は凡て兄弟なり、信仰は是で尽きて居るとユテリヤン信者は云ふ。寔に簡短明瞭である。贖罪とかキリスト神性とか云ふ問題に就いて議論を闘はすの必要は更になく、斯かる問題の討議に用ふる時間は、之を有益に人類の向上、社会改良の為に使ふべしと云ふのがユニテリヤン信者の主張である。然し乍ら主張は別にして実際に於て簡短なる信仰箇条が果して有効なる乎は大なる疑問である。人生其物が複雑であつて、是(248)は簡短に言表はす事の出来る者でない。人生に神秘的方面がある。如何なる哲学も之を説明することが出来ない。信仰を以て補はざる人生観は凡て浅い無力な人生観である。ユニテリヤン教は信ずるに易しと雖も、人生の奥義に徹底せざる教である。故にユニテリヤン信者は其主張をすら実行する事が出来ない。人類は兄弟であると云ふも彼等は愛の実行に於て三位一躰信者に到底及ばないのである。ユニテリヤン信者の世界伝道に見るに足るべき者はない。彼等の社会改良は声のみ高くして、其実は甚だ低くある。ユニテリヤン教は罪を除く能はざるが故に、罪の結果たる世の弊害を改むる事が出来ない。

〇今やユニテリヤン主義が基督教界全体に行渡つて居る。余輩の知る多くのメソヂスト教会、バプテスト教会、殊に組合教会は明かにユニテリヤン教会である。樹は其果を以て知らる。罪の贖ひ、キリストの神たる事を無視し来りし是等の諸教会の現状が其根柢の如何に浅き乎を示すのである。ユニテリヤン主義は米国主義である。我等の内より全然排斥すべき主義である。

 

(249)     自力と他力

                            大正14年7月10日

                            『聖書之研究』300号                            署名 内村鑑三

 

  汝等は恩恵により、信仰によりて救はれたり、是れ己れに由るに非ず、神の賜物なり。行為《おこなひ》に由るにあらず、これ誇る者のなからん為なり(エペソ書二章八、九節)。

  されば我が愛する者よ、汝等常に服《したが》ひし如く、我が居る時のみならず、我が居らぬ今も益々服ひ、畏れ戦きて己が救を全うせよ。神は御意《みこゝろ》をなさんために汝等の衷に働き、汝等をして志を立て、業《わざ》を為さしめ給へばなり(ピリピ書二章十二、十三節)。

外に、ヤコブ書二章十四-廿六節を見よ。

〇元始的仏教に神なく、霊魂なく、随つて己を救ふに自力の他に何ものもなしとは、モニエー・ウイリヤムス、リス・デピツズ等の仏教学者が我々に示す所である。然るに其仏教の内に浄土宗真宗の如き所謂他力宗の現はれた事は大なる不思議と云はざるを得ない。そして仏教の深き感化を受けた日本人は宗教と聞けば自力か他力かと訊いて、其宗教の如何なる者なる乎を知らんと欲する。仏教内に在りて禅宗は自力であり、真宗は他力であるから、基督敦は自力他力孰れである乎と問ふのである。考へて見れば実に愚かなる質問である。基督教は仏教の一派でない、故に仏教の内に起つた宗派の区別に由て、其の何れに属する乎を問はるべき筈はない。

(250)〇故に此質問に対して私は答へて曰ふ、基督教は基督教であつて、自力宗でもなければ他力宗でもない。基督教は神の義を行ふ為の宗教である、故に神に頼るは勿論、自分にも頼る。「神は自己を助くる者を助く」であつて、自力他力の別を立てゝ、只一方に偏せんとしないと。

〇聖書は明かに他力と思はるゝが如き教を伝へる。茲に掲げしエペソ書二章の言の如きがそれである。そしてパウロの信仰全部が他力である乎のやうに見ゆる節がないではない。然し乍らパウロ自身が決して絶対他力の人でなかつた。彼に明白なる、而かも強烈なる自力方面があつた。「|汝等畏れ戦きて己が救を全うせよ〔付○圏点〕」と云ふが如きは確かに自力である。殊にコリント前書九章二四節以下に於ける彼の言を見よ、曰く

  汝等知らずや、馳場《はせば》に趨《はし》る者は皆な趨れども褒美を得る者は唯一人なるを。汝等も得ん為に趨るべし。凡て勝を競ふ者は何事をも節《ひか》へ謹むなり。彼等は壊《やぶ》れ易き冕《かんむり》を得んが為に行ひ、我等は壊れざる冕を得んが為めに之を行ふなり。然れば我が趨るは定向《さだめ》なきが如きに非ず、我が戦は空《くう》を撃つが如きに非ず。己の体を撃ちて之を服せしむ。そは他の人を教へて自ら棄られん事を恐るれば也。

此はたしかに自力である。パウロは決して己が救を全部神に任せ奉りて安閑として居た者でない。

〇如此くにして基督教は他力にして他力に非ず、自力にして自力に非ず、自力他力の両勢力を以つて己が救を全うする道である。其救拯観が円満を欠いて不徹底であると云はば其れまでゞある。円満なる人生観必しも真理でない。矛盾多きが人生である。之を円満に解決したる哲学又は宗教ありと聞いて我等は却て其真実を疑ふのである。仏教の欠点は其処に在ると思ふ。仏教は人生の万事を説明する。深く仏教を究めて人生に不思議は無くなるのである。そして是れ仏教の長所なるが如くに見えて実は其短所である。人生は不可思議である。そして其興(251)味は不可思議なる所に在る。知らざるを知らずとせよである。調和なき所に強て調和を求むべきでない。基督教は仏教に比べて哲学として不完全であらうが、人生の事実を表明する点に於ては遥かに仏教以上である。

〇人に意志がある。故に自から計つて自から為さんと欲する。彼は道義の念に駆られ、其命に服《したが》ひて己が職責を完うせんとする。人たるの価値と使命とを知つて人は何人も努力尽瘁せざるを得ない。そして此努力は終生続くのである。パウロの如き信仰に長けたる人ですら「我が戦は空を撃つが如くに非ず。己が体を撃ちて之を服せしむ。そは他人を教へて自ら棄られん事を恐る」と云ふて居る。信仰生活に努力の一面あるは止むを得ない。努力の止む時は生命の絶ゆる時であつて、信仰其物の止む時である。真個の平安は戦闘中の平安であるとは矛盾多き人生の否むべからざる事実である。

〇然し乍ら人は人であつて神でない。彼は努力だけで己が職責を充たす事が出来ない。彼は己が衷に根絶《ねたや》す事の出来ない罪を発見する。又己が外《そと》に打勝つ事の出来ざる種々雑多の勢力に逢著する。歩むべきの道は知るも之を行ふの力が欠乏する。茲に於てか彼は己れ以上の力に倚らんとする。然り倚るが当然である。己れの弱きを知る時に彼は聖詩人と共に云ふ

   我が心くづほるゝ時地の極《はて》より爾を呼奉《よびまつ》る、爾我を導きて我が及び難き程の高き磐に登らせ給へ

と(詩六十一篇二節)。患難《なやみ》の洪水全地を覆ふ時に、我は神に祈願《ねが》ひて我が力を以てしては到底及び難き高き安全なる磐へと携《つ》れ行かれねばならぬ。又云ふ

   誠や雀は窩《やどり》を得、燕子《つばくらめ》はその雛を容るゝ巣を得たり

   万軍のヱホバ我王我神よ、是れ汝の祭壇なり

(252)と(同八十四篇三節)。神の大に較べて人は雀である、燕子である。神の祭壇に隠れてのみ彼等は安全なるを得るのである。茲に信頼の必要がある。何人も真剣に人生に面して此信頼が起らざるを得ない。

〇然らば何時己に頼り何時神に頼るべきである乎。|恒に〔付○圏点〕神に頼るべきである。然れども神の佑助《たすけ》を仰ぐに方て我が外なる佑助をのみ仰いではならない。|主として衷なる佑助を仰ぐべきである〔付○圏点〕。神が我が衷に働き給ひて我が霊魂を強くし、我をして我力を以て人生の戦に勝ち得しめ給ふやう恒に祈るべきである。人が人に供し得る最善の援助《たすけ》は自己援助《セルフヘルプ》である。神が人を援け給ふ最善の途も亦同じである。即ち彼が我等各自に自己を援くるの力を賜はん事である。而して神は我等の祈求《ねがひ》に応じて斯かる援助を下し給ふのである。此事を知つて前に引きたるピリピ書に於けるパウロの言の意味が解るのである。「畏れ戦きて己が救を全うせよ」とは自力を勧むる言である。之に次いで「神は御意《みこゝろ》を成さんために汝等の衷に働き、汝等をして志を立て、業《わざ》を為さしめ給へば也」とは他力を示す言である。然れども他力とは云へ、自己の外に働く他力でない。「汝等の衷に働き」といひて、衷に働く他力である。即ち自力と成りて働く他力である。聖書の言を以て云へば、|聖霊〔付○圏点〕である。我等をして志を立て業《わざ》を為さしむる力である。神は善き父母か教師の如くに人を助くるに方て彼をして己を助けしめ給ふ。|援くるが如くに見えずして援け給ふ〔付○圏点〕。人に聖き強き意志を与ふる事、是れが最善の賜物であつて最大の援助である。「天に在す汝等の父は求むる者に聖霊を予へざらんや」とイエスが言ひ給ひしは此事である(路加伝十一章十三節)。神の最上の賜物は聖霊である。そは聖霊は人の霊を同化して、彼の霊と成りて働くからである。即ち神の御助けに由り、私自身がより善き者となりて彼の御意《みこゝろ》を成す事が出来るからである。仏教の言葉を以つて云ふならば他力が自力となりて働くからである。

(253)〇以上は説明であつて説明でない、基督信者の実験である。一の霊は如此くにして他の霊を助くるのである。其理由は之を知ることが出来ない。「風は己がまゝに吹く、汝其声を聞けども何処より来り何処へ往くを知らず、凡て霊に由て生まるゝ者は如此し」とある通りである(ヨハネ伝三章八節)。物には内外《うちそと》の別があるが霊には其別が無いのである。悪魔の霊の憑く所となる時に人が悪人と成るが如くに、神の聖霊の宿る所となりて人は善人と成るのである。不思議である、然れども事実である。霊の交際に於て自他の別は無い。

〇斯くて基督教は自力教に非ず又他力教に非ず、聖霊教である。人に努力を要求すると同時に上よりの援助を約束する者である。「救を全うせんとして努めよ、神汝を助け給へば也」と教ゆる者である。故に信者は己が努力に於て神の援助を認むるのである。私が神を求め、私の罪に泣き、神の前に聖からんと欲し、私の努力の足らざるを歎くは、是れ私が為すことであつて、実は神が私に在りて為し給ふ事である。「聖霊自ら言ひがたき慨歎《なげき》を以て我等の為に祈りぬ」とあるが如し(ロマ書八章二六節)。聖霊の慨歎が私の慨歎として神に達するのである。故に斯かる場合に於て私は私に言ひ難きの慨歎あるを神に感謝すべきである。多くの場合に於て私が私自身に就て不満を懐く其事が、神が聖霊を以て私の衷に働き給ひつゝある証拠である。

〇自力でも可い、他力でも可い。或は自から努め、或は神に助けられて、兎にも角にも救はれて死たる者の甦に与からんことを(ピリピ書三章十一節)。五月廿四日


(254)     貧者の祝福

                           大正14年7月10日

                           『聖書之研究』300号

                           署名 内村鑑三

 

  イエス曰ひけるは……汝等|貧者《まづしきもの》は福ひなり、神の国は即ち汝等の所有なれば也(路加伝六章二十節)。

〇基督教は如何見ても貧者の宗教であります。聖書が貧者を福ひして富者を詛ふ言は数限りありません。旧約は措て問はず、新約丈けに就て見まして此事の事実なるを知ります。其の主なるもの三四を挙げますれば、

  心の(或は|心より〔付ごま圏点〕)貧しき者は福ひなり、天国は即ち其人の有なれば也(馬太伝五章三節)。

  富者の神の国に入るよりは駱駝の針の孔を穿《とほ》るは却て易し(仝十九章二十四節)。

  兄弟よ召《めし》を蒙れみ汝等を見よ。肉に循《よ》れる智慧ある者多からず、能力ある者多からず、貴き者多からざる也。神は智者を愧《はづか》しめんとて世の愚なる者を選び、強者を愧しめんとて世の弱者を選び給へり(歌林多前書一章廿六、廿七節。此所に云ふ愚者は知識的の貧者、弱者は権力的の貧者であります)。

  我が愛する兄弟よ、聴け、神は此世の貧者を選びて信仰に富ませ、己を愛する者に約束し給ひし所の国を嗣ぐべき者とならしめ給ふに非ずや(雅各書二章五節)。

  富者よ、汝等の上に来らんとする禍害《わざはひ》を思ひて突叫《なきさけ》ぶべし。汝等の財《たから》は朽ち、汝等の衣は蠹《しみく》ひ、汝等の金銀

(255)は銹腐《さびくさ》れり、此銹は証《あかし》を為して汝等を攻め、且火の如く汝等の肉を蝕《く》はん。汝等は此末の日に在りて尚ほ財を蓄ふる事をなせり。……汝等地に在りて奢り楽しみ、屠《ほふら》るゝ日に在りて尚ほ其心を悦ばせり(仝五章一-一五節)。

〇以上は尽く強い言葉であります。そして之に類する言葉は旧約にも沢山あります。斯くて基督教は何所までも貧者の味方であつて富者の敵であります。基督教が富者に味方して貧者に反対する時に、基督教は何時でも衰へるのであります。

〇何故さうでありませう乎。基督敦は勿論貧者と称して懶惰の結果、貧を己に招いた者に対して同情を表しません。「手を懶《ものう》くして働く者は貧しくなり、勤め働く者の手は富を得」と教へます。「富者の資財《たから》はその堅き城なり、貧者の欠乏《ともしき》はその滅亡《ほろび》なり」とも教へます(箴言十章四節、十五節)。懶惰の結果としての貧を斥けます、勤勉の結果としての富を賞めます。然し乍ら大躰に於て貧に同情して富に反対します。何故でせう乎。

〇此神に反きたる不自然なる社会に在りて富は大抵の場合に於て不自然であり不当であるからであります。大抵の富は其所有者が作つた者ではなく、社会即ち多数即ち貧者が作つた者であります。此罪の世に在りては少数の所謂「廻り合せの善い者」が富者になるのでありまして、本当に自分の力で富を作り出したと云ふは滅多に無いのであります。富は神が人類に賜ふ賜物であります。故に若し世が神の聖旨《みこゝろ》に合ふ世でありますならば貧者も富者も無い筈であります。斯かる世に在りては「多く斂《あつ》むる者も余りあらず、少く斂むる者も足らざる事なし」と聖書にあるのが普通の状態であります(歌林多後書八章十五節)。然るに今の世の状態に於ては「余りある者」と「足らざる者」とが普通であります。斯かる場合に於て、キリストが言ひ給ひしが如くに、財《たから》は「不義の財」で(256)あります(路加伝十六章九節)。縦し世の法律には反かずと雖も、神の御目の前には「不義の財」であります。不自然なる、不道理なる分配に由て得た富でありまして、決して福ひなる者ではありません。

〇故に斯かる不当の分配に由て得た富は災害《わざはひ》の種でありまして、幸福の基《もとゐ》ではありません。縦し世の法律は之を罰しませんでも神の怒は之に伴ひます。聖《きよ》められざる富と、悔改《くゐあらた》めざる富者とは実に禍ひなる者であります。勿論世には己れが求めざるに富者に成つた者があります。富家に生れた者があります。世の所謂幸運の人と称して、己れ富を逐はざるに富の逐ふ所と成つた者があります。斯かる場合に於て富は罪であると言ふ事は出来ません。個人的に罪ではありません、然し乍ら|不幸〔付△圏点〕たるは免かれません。世の謂ふ幸福は神の御眼から見て不幸であります。而して亦人の道理から考へて見ても不幸であります。|富は不幸、富者は不幸、其事は聖書に訴ふるまでもありません〔付△圏点〕、人類の実験が充分に之を証明します。

〇然らば何故に貧者は幸であります乎。神の賜物の|より〔付ごま圏点〕少き分配に与つた者であるからであります。富者は|より〔付ごま圏点〕多き分配に与つた者でありますから後に其余分を徴発さるゝの憂があります。之に反して貧者は|より〔付ごま圏点〕少く受けたのでありますから後に其不足を補はるゝの喜びがあります。故に使徒ヤコブは言うたのであります「富者よ汝等の上に来らんとする禍害《わざはひ》を思ひて突叫《なきさけ》ぶべし」と。又「(貧しき)兄弟よ、忍びて主の臨《きた》るを待つべし」と(七節)。大体に於て、富者の生涯は心配の生涯であるに比《くら》べて貧者の生涯は希望の生涯であります。「貧者に福音を伝へん事」が神が其子を世に遣はし給ひし第一の目的でありし事を知つて貧者は喜ばざるを得ません(路加伝四章十八節)。

〇而して亦貧者の幸福は未来に於てあるばかりではありません、現在に於てもあります。彼は神に倚頼ります、(257)倚頼らざるを得ません。彼は心より「我等の日用の糧《かて》を今日も与へ給へ」と祈ります。彼は「汝等|天空《そら》の鳥を見よ、播くことなく、穫《か》ることをせず倉に蓄ふることなし、然るに汝等の天の父を之を養ひ給へり、汝等之よりも大に勝《すぐ》るる者ならず乎」とのイエスの御言葉を聞いて自分の事のやうに感じます。又希伯来書十三章に「汝等世を渡るに貪る事をせず有る所を以て足れりとせよ、蓋《そは》我れ汝を去らず更に汝を棄じと言ひ給ひたれば也。然れば我等|毅然《はばからず》して言ふべし、主我を助くる者なれば恐怖《おそれ》なし、人我に何をか為さんやと」の言を読んで其偉大の力を感じます。毎日神に養はるゝの奇蹟を実験して彼は天父の実在を疑はんと欲するも得ません。神と偕に生くるの幸福は貧者が殊に実験する所であります。

〇労働の快楽も亦貧者特有のものであります。世に不幸なる者とて働かない者、働かずして済む人の如きはありません。労働の快楽は最も確実なる快楽であります。縦し適当の報酬の之に伴はないとしても労働に「我は今日も何か為したり」と云ふ満足があります。西洋の諺に「最大の罪悪は何事をも為さゞる事なり」と云ふ事がありますが実に其通りであります。人は労働に由て人生の苦痛を忘れるのであります。娯楽機関は一時の鎮痛剤に過ぎません。一生懸命に働く時に人は何人も小児の如くにイノセント(辜《つみ》なき者)となるのであります。

〇貧は緊張の生涯であります。而して緊張の内に信仰も起り、愛も希望も生じます。|貧は殊に主イエスの地上の生涯でありました〔付○圏点〕。私供貧に居つて彼を最も深く知る事が出来ます。「彼は富める者なりしが汝等の為に貧しき者となれり、是れ汝等が彼の窮乏《ともしき》に由りて富める者と成らんが為なり」とあります(歌林多後書八章九節)。イエスと偕なるを得た事丈けが最大の富であります。基督信者は是れ以上の富を要求しません。

〇然らば貧者は己が貧を誇つて富者を嘲けるべきでありませう乎。勿論さうでありません。貧は信者に取りては(258)|より〔付ごま圏点〕善き境遇として感謝すべきであります。而して富者に対し深き同情を表し、彼が富の誘ふ所とならずして、信仰の幸福に入らんことを祈るべきであります。(一九二二年の夏、軽井沢に在りし此世の富者等に対して語りし所のものである)。

 

(259)     聖書之研究の過去並に現在

                           大正14年7月10日

                           『聖書之研究』300号

                           署名 内村鑑三

 

〇聖書の研究! 世に斯んなツマラない仕事はない。何を為しても斯んな事は為さずとも宜いとは、明治三十三年頃の日本の識者全体の意見であつた。政治家、学者、社会改良家等が馬鹿にした計りでない、宗教家、殊に基督教の牧師、宣教師までが馬鹿にした。故田中正造君が度々私の面前に於て曰うた、「聖書の研究なんて、そん事を早く止めて、鉱毒事件に従事しなさい」と。田中翁は此仕事を一の道楽《どうらく》と見たのである。曾て或る所に於て有名なる高橋五郎君に会うた事がある。同君は私に英語学校を起さんことを勧めた。私は『聖書之研究』と云ふ雑誌を発行して居るから他の事業に就くことは出来ないと答へたに対し、同君は曰はれた「能くそんなに書く事がありますねー、聖書一冊に就いてそんなに書く事があります乎」と。ヘボンやブラウンに従《つい》て基督教を学ばれし同君に此言ありしを聞いて私は非常に驚いた。私の知つて居る基督教界の先輩で、聖書研究の必要を認めて私を奨励して呉れた人は一人もない。諸君は皆んな伝道並に教会建設に多忙であつて、聖書知識の普及などを顧るの暇はなかつた。諸君は全躰に聖書研究を閑人《ひまじん》の仕事として見た。天下国家を双肩に担はれし諸君には、聖書を一字一句と研究して其内に潜む真理を探り之を同胞に頒たんとするが如き|そんな小事〔付△圏点〕に携る暇も意《こゝろ》も無かつた。

〇明治三十三年は日清戦争後の五年であつた。日本国は日の出の勢であつて、其後更に五年を経て日露戦争が起(260)り、是れ又大勝利を以つて終つた。此時に方つて何にも外国の旧い書などを学ぶの必要は少しもなかつた。日本には日本の道徳がある。此道徳があるからこそ大国を取拉《とりひし》ぐ事が出来たのである。日本道徳と西洋物質科学的知識、是れさへあれば日本は世界に主たる事が出来る。聖書知識の必要? そんな必要は少しも無い。然し害の無い事である。為したければ為すが可い。然し愛国的事業としての聖書の研究と称するが如き」そんな馬鹿を聞く耳を持たないと、日本の識者全体が言うた。

〇斯くして年は経《た》つた。然し私は識者の声に耳を傾けなかつた。私は独りで聖書の研究を続けた。彼等は彼等、私は私であつた。キリスト一人を友とするは日本人五千万を同情者として持つよりも福ひであると思うた。そして殆んど二十年間、独りで少数の読者を相手に此事業を続くる事の如何に幸なりしよ。我妻と二人の子供、地方の忠実なる読者、東京人には忘れられて我が存在をさへ疑はれし程の孤独! 嗚呼思へば実に幸なる時であつた。世の趣味は転々と変り行きしも私の趣味は変らなかつた。聖書、聖書、又聖書、歳が来ても聖書、歳が去つても聖書、アブラハム、モーセ、サムエル、ダビデ、イザヤ、ヱレミヤ、ダニエル、アモス、救主イエスキリスト、パウロ、ヤコブ、ヨハネ、ペテロ、而して又時にはダンテ、サボナローラ、ルーテル、カルビン、ノツクス、ジヨナサン・エドワード、是等が私の教師であり、兄弟であり、友人であつた。彼等と偕に在りて私は日本に伊藤博文公、山県有朋公、桂太郎公、大隈重信侯の英雄あるを忘れた。彼等は私を知らなかつたが、私も亦彼等を知るの必要がなかつた。聖書は実に偉らい書である。私のやうなる小さな者をもして、斯かる偉らい人達をも有つて無きが如きに思はしめした。そんな書が外に何処に在る乎。日本を益した乎否乎を知らざれども、独り聖書の研究に従事して自分が益せられた事は宏大無辺である。

(261)〇そして今日は如何? 支那に勝ち、露西亜に勝ち、独逸に勝ち、終に世界三大勢力の一に数へらるゝに至りし日本の今日は如何? |行詰り、万事行詰り〔付△圏点〕、百年を経ざる内に新日本が行詰つたと? 伊藤博文公よ、墓より起き上り給へ、貴公《あなた》の作つた日本が行詰つたとの事であります。陸軍は今や世界第一番ではありません乎。海軍は第三番ではありません乎。日本道徳は四十年間に渉り充分に鼓吹されたでありません乎。西洋の科学知識は沢山に輸入されたではありません乎。それで行詰りとは判りません。

〇そして今に至つて精神作興! 嗚呼もう遅くあります。今までに国民の精神を神の言を以つて養つて置くべきでありました。然うすれば今頃は政府の補助を受けずとも精神は興つて居たのであります。|行詰りとは他の事ではありません、国民の霊魂が餓えたのであります〔付△圏点〕。貴公方は凡ての事を為されましたが、国民の霊魂を養ふ事丈けは為されませんでした。故に日本国が今日行詰つたのであります。若し貴公方の嫌ひな預言者アモスが日本に起つたならば、彼は彼の言を繰返して曰うたでありませう。

  主ヱホバ言ひ給ふ、視よ日至らんとす、其時我れ饑饉を此国に送らん、是はパンに乏しきに非ず、水に渇くに非ず、ヱホバの言を聴くことの饑饉なり。彼等は海より海へと彷徨《さまよ》ひ歩るき、北より東へと奔《は》せまはりてヱホバの言を求めん、然れども之を得ざるべし。その日には美くしき処女《をとめ》も、若き男も共に渇きの為に絶えいらん。

と(アモス書八章十一-十三節)。そして預言者の言が適中して今や事実となりて日本に現はれたのである。日本人は今や目覚めて海より海へと、北より東へと、生命の言を求めて居る。そして之を得る能はずして失望し、情死自殺は頻々と行はるゝに至つた。「美くしき処女と若き男とは共に渇きの為に絶えいらん」とは文字通りに事(262)実となりて現はれて、今や日本の青年男女は真理欲しさに絶え入らんとして居る。然るに内閣も文部省も此要求に応ずる事が出来ないのである。

〇聖書は要らない? 否な否な、要る、要る、要る、是れ無くしては国が亡ぶる。而かも明治大正の日本政府も教育家も、然り宗教家までが之を与へなかつた。其結果として今日の「饑饉」即ち行詰りが来たのである。そして此国民に必要欠くべからざる物を、私の如きツマラない者が独りで日本に供給して来た乎と思ふと何やら自分で自分を信ずる事が出来ない。然し誰が供給しても宜しい。日本国に誰か一人其事業に当つた者の有りしことを神に感謝する。私が其任に当りたりと云ひて私は高ぶらない。|私が為したのではない、神が私を以つて為し給うたのである〔付○圏点〕。栄光はすべて神に帰し奉るべきである。願ふ全能の神が今日と雖も日本を見棄たまはず、其政治家、教育家、宗教家等の罪を赦し、茲に日本国に精神的大作興を行ひ給ひ、国を其根柢より作り直し給はんことを。

      アーメン又アーメン。

(263)     A CHRISTIAN BARBER.基督信者の理髪師

                           大正14年8月10日

                           『聖書之研究』301号

                           署名なし

 

     A CHRISTIAN BARBER.

 

 HIRABAYASHI TOKUZO was  abarber in Kobui,an obscure village in Hokkaido. He was the only Christian in a district where the only religion is Buddhism,and the most influential persons are Buddhist priests. But his Christian faith was manifested in multitudes of good works which he did for the district. When he died last spring,the customary question of burial came up for discussion,when the Buddbist priests as usual interfered for his being buried with a Christian ceremony. But in Hirabayashi's case,his villagers stood up for him,and openly declared that one who did so much for the village as a Christian ought to be given a Christian burial;and that if the priest of the village insisit on having a buddhist ceremony over this man, he the priest must leave the village. So the man was buried as a Christian by his Buddbist villagers,in open recognition of the good works which he did in the name of Jesus Christ his Saviour.Honour to the man who so overcame the darkness around him by his pure,holy life! And he was a faithful reader of this magazine for,I think,over twenty years!

 

(264)     基督信者の理髪師

 

 平林徳蔵君は北海道亀田郡|古武井《こぶゐ》村の理髪師であつた。彼の信仰は主として『聖書之研究』を以て養はれたとの事である。昨春彼が死んだ時に、土地の仏教僧侶は例に依て彼が基督教式を以て葬られん事を拒んだ。然るに古武井村の村民は之に反対した。彼等は曰うた、「平林君は基督信者として多く我等の為に尽くして呉れたのである。彼が基督教式を以て葬らるべきは当然である。|若し僧侶が飽くまで之に反対するならば、彼は宜しく此村を去るべしである〔付△圏点〕」と。斯くて平林君は村民の主張に依り、公然と基督教式を以て葬られたのである。君の感化の偉大なりし事は察するに余りがある。君の名誉、君に此名誉を与へし村民の名誉、又君の愛読する所となりし本誌の名誉である。

 

(265)     ハートは先づ之をイエスへ

                           大正14年8月10日

                           『聖書之研究』301号

                           署名なし

 

〇今や多くの若い青年男女は誰に己がハートを与へん乎と思ひて悶《もだ》えて居ます。そしてその与へし愛を裏切られて、堪え切れぬ苦痛《くるしみ》に沈んで居ます。失恋の悲劇の演ぜられない日とては一日もありません。之に対して私ほ皆様に申上げたくあります。貴下方《あなたがた)各自のハートを先づイエス様にお献《さゝ》げなさい。彼は決して貴下方の愛を裏切りません。彼は決して貴下方《あなたがた》のハートを蹂躙《ふみにじ》りません。彼は何時《いつ》までも貴下方に忠実であります。私自身が十六歳の時に私のハートをイエス様に献げました。そして彼は六十四歳の今日まで私を守つて下さいました。人なる友が私を跡から跡へと棄ました時に、イエス様は私の忠実なる友として存《のこ》つて下さいました。そして齢《とし》が邁《すゝ》めば邁む程私に近くなつて下さいます。そして私が独りで死の河を渡る時に、私の手を取つて下さるのであると信じます。「仮令我れ死の影の谷を歩むとも禍害《わざわひ》を懼れじ、汝、我と偕に在せばなり、汝の笞《しもと》、汝の杖、我を慰む」と詩篇第二十三篇の言を以て私は彼に就て言ふことが出来ます。

〇そして又イエス様に私供のハートを献げて私供は之を価値《ねうち》のない人に与へずして済むのであります。人は自分で自分の生涯の伴侶《とも》を択むことは出来ません。誰か他《ほか》の人に択んで貰はなければなりません。そしてイエス様に私供のハートを献げて置けば、彼は之を守りて与ふべき者に之を与ふるやうに私供を導いて下さいます。世に(266)間違多き恋愛とて自由恋愛程間違の多い者はありません。|ハートは先づ之をイエス樣に献げ、而して後に、彼に導かれて与ふべき者に之を与ふるに至るのであります〔付○圏点〕。それが本当の恋愛であります。聖愛であります。故に永久に変らざる愛であります。男女の愛と雖も神の子イエスに在りて繋がるゝにあらざれば頼むに足りません。

〇「汝の若き日にヱホバを求めよ」と云ふのであります。若い時は肉の愛を楽んで、老ひてヱホバを求めよと云ふのではありません。|若い其時、熱い其情、温かい其血〔付△圏点〕、其れを神の子イエスに献げよと云ふのであります。イエスに繋がる最も好き時期は、男女が相互を求むる時であります。その相互を求むる心を先づ第一にイエスに献げよと云ふのであります。さうすれば何人も人生に失望しないのであります。失恋はないのであります、有つても容易《たやす》く之に打勝つ事が出来ます。(六月六日青山会館に於て)

 

(267)     伝道と政治家

                           大正14年8月10日

                           『聖書之研究』301号

                           署名 内村

 

〇世に愚かなる事は沢山にあるが、日本今日の政治家や又は政府の役人に頼つて基督教の伝播を計らんと欲するが如き、そんな愚かなる事はない。彼等は悪人でないとして、純の純なる俗人である。即ち純然たる此世の人である。若し彼等が俗人でないならば彼等は政治家にも役人にもならないのである。故に若し世に基督教が解らない者があるならば、それは是等の政治家又は役人である。神の事、天国の事、霊魂の事、是等の重大問題に関し彼等は何の了解をも有せず、又趣味をも持たないのである。斯かる者の賛成又は奨励を得てキリストの福音の伝播を計らんと欲す、福音に取り斯んな恥辱はないのである。又斯んな失敗はないのである。神と財神《マムモン》と何の関係《かゝはり》なきが如くに、基督教と日本今日の政治家又は役人と何の関係なしである。

〇余輩は斯く云いて是等の人等を憎み嫌ふのではない。彼等は彼等として甚だ有用なるのであつて、彼等に依るにあらざれば此俗世界を支配する事は出来ない。然れども神の国の福音に関しては彼等は全然無智無能である。神の智慧に関しては彼等は純然たる小児である。斯かる者に就いて福音の事を計るは、小児に就いて政治の事を謀ると同じである。論より証拠である。政治家又は役人の援助を仰いで成した基督教の伝道にして成功した例《ためし》は一つもない。それは其筈である。天の神が之を祝福し給はないからである。聖霊は斯かる伝道の上に降らない。(268)其失敗は的確である。

〇然るに事実如何と云ふに、我国に於て多くの基督教の伝道者等が此愚かなる途を取つた、そして今尚ほ取りつつある。彼等は政治家に賛成される事が伝道上大なる事であると思ふ。彼等は政治家は此世の事に於て権力者であるが故に、神の国の事に於ても亦権力者であると思ふ。然し事実は其正反対である。神の国の事に就て無能なる者とて、是等の政治家又は役人の如きはない。|彼等が先づ第一に悔改を要する者である。伝道の首途に方て先づ伝道を施すべきは是等の政治家又役人である〔付△圏点〕。然るに彼等を救はんとせずして彼等に助けられんと欲す。まことに政治家を伝道に利用するは彼等に対し不親切此上なしである。彼等は聖なる事業に利用せらるゝを見て、自分が神の前に罪人なるを覚らずして一生を終るのである。未来の世界に於て彼等は彼等を利用せし伝道師に対し永久に憤怨を懐いて止まぬであらう。

 

(269)     祈祷

         四月五日講演の後に

                           大正14年8月10日

                           『聖書之研究』301号

                           署名なし

 

〇我等の主イエスキリストの御父なる真の神様、御恵みに依り今日も亦変ることなく此処に集まることが出来、アナタの尊き御言葉を賜はり誠に有難く存じ奉ります。アナタとアナタの遣し給ひし御子を識るは真の生命であります。諸の天はアナタの栄光を現はし、蒼穹《おほぞら》は聖手《みて》の工《わざ》を示しますが、御子のみがアナタの御心を伝へ、其御言のみがアナタの愛を示します。彼を識ることが窮りなき生命であります。願くは私供をして彼の何者《たれ》なる乎を明かに知るを得しめ給へ。血肉は私供に此事を示しません。天に在す私供の父なるアナタのみ彼を私供の心に顕はし給ひます。願くばマリヤの子として生れ、ヨセフの子として世に認められし彼が、まことに主の主、王の王であることを明かに解かることの出来るやう私供を助け給へ。願くば私供が此世の人と共にイエスを人の子の最も大なる者、最も聖き者として受くるに止まらず、彼をキリスト、活ける神の御子として信じ得るやう助け給へ。願くば彼が私供の霊魂の救主、末《おはり》の日に私供を甦らす者、地上の友にして天上に父の前に私供の為めに執成《とりな》し給ふ者であることを確実に認むる事を得しめ給へ。

〇願くは又我等の愛する此国を恵み給へ。此国が彼に事へて亡ぶること莫らしめ給へ。主イエスキリストが日本(270)人の霊魂を支配するに至る其時を早め給へ。如何なる良き法律が立られ、好き制度が布かれましても、彼が国民の良心を治め給ふにあらざれば、国は引続き暗黒の巷であります。彼を主として崇めざる文明は国を壊ち民を亡す者であります。私供日本人は今やアナタが民の救主と定め給ひし御子を主として認めざる此世の文明に呪はれつゝあります。願くは暗きは地を覆ひ、闇は諸の民を覆ひつつある此時に方り、アナタの光をして此国の上に照出《てりいで》、其栄光をして私供の上に顕はれしめ給へ。

〇願くは又私供の家庭を恵み、之をして亦御子の宰《つかさど》り給ふ所の者とならしめ給へ。殊に幼《いとけ》なき者どもを憐み給ひて彼等をして其若き時に於てアナタを探らしめ給へ。アヽ神様、今や不信は世に盈ちます。アナタを識るの機会は甚だ稀れであります。此|状態《ありさま》にして続けば私供はソドムの如くに、ゴモラの如くに成ります。願くばアナタの大なる能力を顕はし、アナタの救拯《たすけ》を私供の上に施し給へ。尊き我等の主イエスキリストの聖名に由りて聴き上げ給へ。アーメン

 

(271)     日本国と基督教

         (六月六日青山会館に於て、当日日記参照)

                           大正14年8月10日

                           『聖書之研究』301号

                           署名 内村鑑三

 

  義は国を高くし、罪は民を辱かしむ(箴言十四章三四節)。

  汝に事へざる国と民とは滅ぶべしその国は全く荒廃《あれはて》るべし(イザヤ書六十章十二節)。

  ヱホバの栄光《さかへ》を認むるの知識地に充ちて、あたかも水が海を掩ふ如くならん(ハバクク書二章十四節)。

  神は凡ての民を一の血より造り悉く地の全面に住ませ、預め其時と住む所の界とを定め給へり、此は人をして神を求めしめ、彼等が或は探求むることあらん為なり(使徒行伝十七章二六、二七節)。

〇日本には日本の宗教と道徳とがある、別に外国の宗教なる基督教を要せずと云ふは既に過去の事に属します。日本は今や世界の勢力であります、そして|基督教は世界の宗教であります〔付○圏点〕。若し日本に宗教の要なしと云ふならば其れまででありますが、既に宗教の要ありと認めし以上は、|基督教は日本に必要であります〔付○圏点〕。基督教は欧羅巴の宗教であります、北亜米利加の宗教であります、南亜米利加の宗教であります、阿弗利加大陸の最も開明せる部分の宗教であります、濠太利亜の宗教であります、そして今や其発祥の地たる亜細亜大陸をも其領土に加へんとして居ます。仏教は大なる宗教でありまして、私は之に対して深い尊敬を表せざるを得ません、然し乍ら仏教(272)は世界の宗教に非ずして亜細亜の宗教であります。而かも天山以東其一部の宗教であります。又モハメツト教は強い宗教でありますが是は主として熱帯地方の宗教でありまして、赤道の南北三十度以外の地に於ては栄えない宗教であると云はれて居ます。故に文明人の宗教と云へば基督教であります。宗教の必要なしと云へば其れまでであります、然れども必要ありと云へば基督教であります。是れ七十年前にトマス・カーライルが云うた事でありまして、私は今日之を諸君の前に繰返して憚りません。

〇|第二に基督教は世界の偉人多数の宗教であります〔付○圏点〕。シエークスピヤ、ダンテ、ミルトンの宗教であります、デカート、ライブニツツ、カントの宗教であります、ハイデン、モザート、ベートウベンの宗教であります、コロムウエル、リンカン、グラツドストンの宗教であります。我等日本人は今や活動の諸方面に於て是等の人々に学ばんとしつゝあるのであります。人の宗教は其人の根本であります、其人の宗教を知らずして、其思想、芸術、作品は解りません。今日の日本文明に何となく不完全にして不徹底なる所の在るは是が為であると思ひます。即ち|西洋文明を採用して其根本の精神なる基督教を信じないからであります〔付△圏点〕。ベートウベンの信仰に入らずして其音楽を究めんとして、故久能久子女史は彼女の大天才を以て悲惨の終りを遂げたのであります。基督教抜きの西洋思想の研究のやうな|つまない〔付ごま圏点〕者はありません。我生命を語る者としてダンテの神曲を読んでこそ其深い味が味はるゝのであります。哲学最後の目的は神と自由と永生とを獲るに在りと云はれて居ます。然るに其神と自由と永生とを獲んと欲する熱心なき者に、西洋哲学に何の興味がありませうか私には解りません。日本人中に未だ一人もアベマリヤを本当に歌ひ得る人がないと聞きましたが、多分それは本当であらうと思ひます。|マリヤの子イエスを知らずして、アベマリヤは本当に歌へません〔付ごま圏点〕。

(273)〇|第三に基督敦は特に青年の宗教であります〔付○圏点〕。キリストは新郎《はなむこ》に、基督信者は新婦《はなよめ》に譬へられます。基督教は若き人に向く宗教、又老いたる人を若くする宗教であります。其点に於て基督教は仏教儒教其他の宗教と異《ちが》います。イエスは教へて曰ひ給ひました、

  地に泰平《おだやか)を出さん為に我れ来れりと思ふ勿れ、泰平を出さんとに非ず、刃《やいば》を出さん為に来れり、夫れ我が来るは人を其父に背《そむ》かせ、娘を其母に背かせ、※〔女+息〕《よめ》を其|姑《しうとめ》に背かせん為なり(馬太伝十章三四、三五節)

と。老人道徳の立場より見て実に恐ろしい教であります。然れども事実なるを如何せんであります。青年の宗教なる基督教を信じて、子は其父に背き、娘は其母に、※〔女+息〕は其姑に背くと云ふのであります、即ち若き者が老ひたる者に背くと云ふのであります。背くと云ひて何にも近代人が長者に背くやうに、気儘勝手を唱へて長者に対して反旗を翻へすのではありません。新らしき真理を植附けられて、旧き真理に堪へられなくなるのであります。即ちイエスが他《ほか》の譬を以て教へ給ひしが如くに新らしき葡萄酒を旧き革嚢《かはぶくろ》に盛りて、嚢は張裂くるのであります。キリストの福音の説かるゝ所には、何所にも此新旧の衝突が起ります。そして他の場合に於ては旧が勝つて新が負けますが、基督教の場合に於ては新が勝つて旧が負けるが恒であります。「日々に新にして又日々に新たなり」とは儒教の理想でありますが、此理想を実現する者は儒教に非ずして基督教であります。基督教は最も容易《たやす》く青年に受納れらるゝ者、青年の心を以てするにあらざれば信ずることの出来ない宗教であります。本当にキリストの福音を信じて老人に成ることは出来ません。私自身が今より四十八年前、十六歳の時に基督信者に成りました、そして六十四歳の今日、青年時代と変ることなく、然りそれ以上に、希望に燃え、智識慾旺盛に、撃たれても、倒れても前を望んで進んで行くことの出来るのは全く此教のお影に依るのであると信じます。

(274)〇|第四に基督教は亜細亜に起つた宗教でありまして、特に亜細亜人に適する宗教であります〔付○圏点〕。亜細亜は起原的大陸でありまして、大宗教は凡て亜細亜に起りました。|宗教は亜細亜の特産物であります、そして基督教は其最大の産物であります〔付ごま圏点〕。基督教を西洋の宗教と云ふ程間違つたることはありません。基督教は西洋に入つて西洋を化して今日あるを得しめたのであります。|西洋が基督教を作つたのではありません、基督教が西洋を作つたのであります〔付△圏点〕。そして今や西洋の征服を終つて再び元の亜細亜に帰つて来たのであります。其明白なる歴史上の事を知らずして、西洋人は己が宗教として基督教を宣伝し、亜細亜人は西洋人の宗教として之を排斥するとは、愚も亦甚だしいではありません乎。基督教が西洋人の宗教でない事は一目瞭然であります。西洋人の内で最も克く基督教を解する者は誰であります乎。チユートン民族の独逸人であります、スラーブ民族の露西亜人であります。即ち其心の性質に於て最も亜細亜人に近い人種であります。そして亜細亜から遠《とうざ》かれば遠かる程、彼等の基督教の了解が薄らいで来るのであります。英国人の基督教の了解が独逸人のそれに較べて遥に浅い事は何人が見ても明かであります。|そして亜細亜より最も遠く離れたる米国人の基督教の了解に至りては最も浅い者であるだらうと思ひます〔付△圏点〕。斯う云ふて私は英米人は取るに足らざる国民であると云ふのではありません。或る事に於て彼等は偉大なる国民であります。そして基督教が彼等の偉大たるを助けたのであります。然れども彼等の内で克く自己を知る者は公言して憚りません「宗教は英民族のジニヤスに非ず」と。英米人は肉の事、地の事、政治の事、経済の事には秀でゝ居ます、然れども霊の事、天の事、哲学の事、信仰の事には暗らくあります。故に彼等の宗教運動なる者は恒に彼等の内に始まらずして、彼等以外の国民の内に始まるが常であります。其一例がメソヂスト教会の始祖なるウエスレーの宗教運動であります。其起源は英国に在つたのではなくして、独逸に在つたのであり(275)ます。フランケー、スペーネル等を生んだ独逸のピーチズム運動に在つたのであります。独逸人に在るやうな深い信仰心は英国人にはありません。勿論米国人には在りません。

〇其れは抑々どう云ふ訳であります乎。亜細亜人に最も豊富に具へられたる霊性が、西洋人中独逸人に最も克く発達して居るからであります。(多分同じ事が露西亜人に就ても言ひ得やうと思ひます)。独逸の哲学者又は神学者の書いた者を読んで直接に感じます事は其霊性の濃厚なる事であります。此事はカント、ヤコービー、ヘーゲル等の冷静なる哲学者に接して判明ります。独逸人の哲学が全体に理想主義的《アイデヤリスチツク》なるは彼等の此国民性に由るのであると思ひます。彼等は心とか、自己とか云ふ内的生命に力を置きます。人間を特に意志の実在者として見ます。外に頼ること尠くして内に待つこと多き者と見ます。故に信仰が自《おのづ》から内的になり、霊的に成るのであります。之に反して英米人の宗教は外に頼ること多くして内に待つこと尠くあります。英米人は先づ第一に算数《ナンバー》に重きを置きます。統計《スタチスチツクス》は彼等の真理証明の基礎であります。彼等に取り最も成功せる宗教が最も善き宗教であります。彼等の信仰は直に運動に表はれます。唯信じて楽しむ信仰は彼等は賤しみ、之を神秘《ミスチシズム》と称して斥けます。彼等は信仰の事に於ても金銭の力に由らずしては大なる事は為し得ないと信じます。彼等は境遇を重く見て意志を軽く見ます。感化感化と唱へて、境遇を改むるにあらざれば人の心を改むる事能はずと思ひます。彼等の人生観は実物主義であります。其点に於て独逸人とは非常に違ひます。

〇私は斯く云ひて独逸人を讃めて英米人を貶《おと》すのではありません。私自身が英米人には負ふ所甚だ多い者でありまして私は彼等の長所を克く知つて居ると思ひます。私が独逸人と英米人とを較べますのは、独逸人に在る濃厚なる亜細亜的霊性を明かにせんとするからであります。エマソンは恒に彼の妻を呼んで「亜細亜」と云ひました。(276)其れは彼女が克く彼の霊的方面を代表したからであります。代表的米国人たりしエマソンは克く自己の霊性に於て不足する事を知つて居ました。米国人は決して霊的国民でないとは自覚せる米国人自らが克く知る所であります。|宗教は米国人の長所でない事は米国人自身が充分に認むる所であると思ひます。

〇基督教は霊的宗教であります。「人若し全世界を得るとも其霊魂を失はゞ何の益あらんや」とイエスは曰ひ給ひました。誠に然りであります。かの莫大の富、自働車、飛行機、ラヂオ、太平洋を圧する大海軍、身を漂《たゞよ》はすやうな黄金の海、凡て是れあるも若し霊魂を失はゞ何の益あらんやとキリストは教へ給ふのであります。米国人はイエスの此言を真面目に信じ得るでありませう乎。昨年の事でありました、米国の或る有名なる評論家が、かの厭ふべき排日法案を弁護して曰ひました「若し人種平等が神の聖旨《みこゝろ》であるならば、我々は其事に於て丈けは神に反対する事を許して戴かなければならない」と。其れは全く米国式であります、霊的信仰ではありません。「若し全世界を得るとも其霊魂を失はゞ何の益あらんや」と云ふのが本当の基督教であります、そして亜細亜の精神は声高らかに之に答へて曰ひます、「アーメン主よ、聖旨をして成らしめ給へ」と。

       *   *   *   *

〇諸君、私供は新たに世界的勢力と成りし日本国の市民であります。そして今や世界思想の最善最美のものを吸収せんとして居ます。そして諸君は青年でありまして、新らしき生命に生き新らしき国を作らんとして居ます。そして私供は亜細亜人でありまして、キリストと生れし大陸を共にし、具はりし天性を同じうして居ます。此時に際し、此立場に立つ私供はキリストを私供の霊魂の救主、我国の光、人類の王として受くべきではありません乎。|キリストが日本に臨み給ひしは外国人が我国に攻来つたのではありません〔付○圏点〕。「彼れ己の国に来りしに其民之(277)を接《う》けざりき」とあるが如くに、キリストは日本に来りて己が国に来り給うたのであります。日本人は西洋人よりも、殊に英米人よりも、|より〔付ごま圏点〕善く、|よく〔付ごま圏点〕深く彼を解し奉るの資格を具へられたのであります。故に私供は今日喜んで彼を迎へ、彼を殊に|日本人の救主〔付◎圏点〕として仰ぐべきであります。是れ彼の喜び給ふ所であるのみならず、又基督教国全体の喜ぶ所であります。|基督教は日本人を待つて其完全に達するのであると思ひます〔付○圏点〕。基督教に就て西洋人の解らない点がまだ沢山にあります。それを闡明するが日本人の天職であります。殊に基督教の事業として残つてゐる事が沢山にあります。|其一が信者の一致であります〔付△圏点〕。西洋に於て基督教は分離して今や六百有余派に別れて居ます。如何にして元の一致に帰らん乎とは西洋の基督信者を悩ます最大問題であります。そして彼等は一致せんと欲して一致し得ないのであります。旧新両大教は今尚始めの仇恨《うらみ》を継続します。そして新教に数百の派がありまして、是れ亦各自信ずる所に拠つて動きません。「聖き父よ、汝の我に賜ひし者を汝に居らしめ、之を守りて汝と我と一なるが如くに彼等をも一になし給へ」とのイエスの弟子等に関はる祈祷は弟子等の分離に由て今尚ほ事実となつて現はれないのであれます。西洋人の大欠点は差違《ちがい》を高調するにあります。小異を捨て大同に拠るは彼等の為し得ない所であります。彼等は人が自分と全然一致するまでは満足しません。自分が信ずるが如くに信じて自分の教会に入りて其会員と成るまでは満足しません。それ故に彼等の間に在りて宗派心が非常に強くあります。組合教会とバプチスト教会とは極く近い教会でありますが、彼等は教義上些細の相違がある為に今日に至るも合同する事が出来ません。ホリネス教会、プリマスブラゼルン、末世の福音等外部から見れば同一の信仰であるやうに見えますが、其和合一致を見ることは到底望まれません。然れども我等日本の基督信者はカトリツクでもなければプロテスタントでもありません。メソヂストでもなければバプチストでもありません。(278)日本に今五十有余の基督教の教派がありますが、それは日本には有らずもがなであります。日本に於ては人がクリスチヤンであれば夫)れで足りるのであります。そしてクリスチヤンたるの特徴は愛であります。「愛なき者は神を識らず」とあるが如しであります。最大の異端は教義上の異端でありません、兄弟を愛せざる事であります。「汝等もし互に相愛せば之に由りて人々汝等の我が弟子なることを知るべし」とイエスは曰ひ給ひました(ヨハネ伝十三章三五節)。そして私供日本の基督信者は此の簡短なる教を実行して、茲に基督教会千八百年間の理想たる基督信者の一致を実現したくあります。是れ西洋に於ては到底為す能はざる所である、故に日本に於て行つて貰ひたしと、私は多くの西洋の信者が云ふを聞きました。私供は「西洋の信者の為し得ない事を我等日本の信者は到底為す能はず」と云ひて責任を避けてはなりません。哲学者カントの絶対命令が此時私供を励ますべきであります、曰く「我等為さゞるべからず故に我等為すを得べし」と。然り為すを得べし、そは我等自身の力に因らず、神其聖霊を以て我等を助け給へばなりであります。

〇然れば諸君、私供今日茲に此身を神の聖意に適ふ聖き活ける祭物《そなへもの》となして神に献げやうではありません乎。我等はキリストを要求します、キリストは我等を要求し給ひます。日本国と亜細亜大陸と全世界と全人類とは日本人が、殊に日本の青年が、今日茲に罪に死しキリストに生きんことを要求します。栄光限りなく父、子、聖霊の三位の神に帰せんことを。アーメン

  此日堂に集まりし者、青年男女三千人であつた。余が此国に於て見た最大の基督教的会合であつた。此大衆が声を合せて主イエスの聖名を讃へたのである。日本国は既に基督敦国と成りし観があつた。

 

(279)     『ガリラヤの道』

                              大正14年9月1日

                              単行本

                              署名 内村鑑三

 

〔画像略〕初版表紙192×126mm


(280)     序詞

 

 人は何人と雖もキリスト伝を書くことは出来ない。キリスト御自身のみ能くキリスト伝を書くことが出来る。そして彼は既に聖霊を降して之を書かしめ給うた。馬太伝、馬可伝、路加伝、約翰伝がそれである。後世に成りし如何なるキリスト伝と雖も是等の最初の伝記に改良を加ふる事が出来ない。我等は新たにキリスト伝を編まんと欲して単《たゞ》に最初のキリスト伝に註釈を加ふるまでゞある。

 此書はキリスト伝の一部にして、キリストのガリラヤ伝道の記事である。史家カイムの所謂「ガリラヤの春期《はるどき》」の記事である。ガリラヤ湖面に未だ十字架の影は映らず、ヘルモンの巓より恩恵の露が渥《あつ》く其|畔《ほとり》を潤せし時の記録である。四福音書の本文に著者の観察と黙想と体験とを加へたるものである。滾々として流れて尽きざる生命の泉に読者を導くための手引に過ずと雖も、為さゞるに勝さる試みであると思ひ、之を世に提供したる次第である。

 神の祝福の之に伴はんことを祈る。

  一九二五年七月十六日               内村鑑三

 

〔目次〕

第一回 福音の始

第二回 先駆者ヨハネ

(281)第三回 イエスの受洗

第四回 野の試誘(上)

第五回 野の試誘(中)

第六回 野の試誘(下)

第七回 伝道の開始

第八回 弟子の選択

第九回ガリラヤ湖畔の一日 

第十回 伝道と奇跡

第十一回 赦しと癒し

第十二回 税吏マタイの聖召

第十三回 旧き人と新しき人

第十四回 安息日問題

第十五回 山上の垂訓

第十六回 祝福の辞(上)

第十七回 同(中)

第十八回 同(下)

第十九回 塩と光

第二十回 キリスト復活の実証

第二十一回 基督教対旧道徳

第二十二回 隠れたる宗教

第二十三回 空の鳥と野の百合花

第二十四回 基督信者の簡易生活

第二十五回 審く勿れ

第二十六回 豚に真珠

第二十七回 黄金律

第二十八回 生命に入るの門

第二十九回 偽りの預言者

第三十回 言表と実行

第三十一回 イエスの奇蹟と其模範

第三十二回 軍人の信仰

第三十三回 家事の祝福

第三十四回 宇宙の制御

第三十五回 ガダラの出来事

第三十六回 ヤイロの娘

第三十七回 眼を開かれ舌を釈かる

第三十八回 ミッションの開始

第三十九回 十二使徒の選任

第四十回 伝道師と其責任
(282)第四十一回 迫害の道

第四十二回 懼るゝ勿れ

第四十三回 愛の衝突

第四十四回 冷水一杯

第四十五回 イエス、バプテスマのヨハネに疑はれ給ふ

第四十六回 イエス、ヨハネを弁護し給ふ


(283)     ACTIVITY AND PASSIVITY.活動性と受動性

                           大正14年9月10日

                           『聖書之研究』302号

                           署名なし

 

     ACTIVITY AND PASSIVITY.

 

 The West is active and the East is passive. If the former is man,the latter is woman. But Christianity is neither exclusively active nor exclusively passive;it is active-pa5Sive,or rather passive-active.Its essence is obedience,and is therefore passive. The Christian faith is faith in active God,and faith vitalized by God begets noble deeds. But faith is always passive;else it ceases to be faith. The so-called“active-faith”of the Westerners is an anomaly;it isl ike a manly woman,the ugliest thing under the sun. Faith the most womanly woman reposing upon Christ the most manly man,――that is the ideal of human conduct.Herein,I think,is the perfect reconcilement of faith and work.The West should learn faith from the East,and the East should realize the ideal of the West by believing in Jesus,the Strong Son of God.

(284)     活動性と受動性

 

 西洋は活動的である、東洋は受動的である。若し西洋が男性ならば東洋は女性である。然し乍ら基督教は全然活動的でもなければ亦全然受動的でもない。基督教の真髄は信仰である。そして信仰の真髄は服従である。故に受動的である。基督教の信仰は活動の神を信ずる事である。そして信仰が神に由て活気附けらるゝ時に高貴なる行為が生る。然れども信仰は何処《どこ》までも受動的である。信仰が受動的ならざる時に信仰でなくなる。西洋人の所謂「活動的信仰」なる者は変態である。是は男性的女性の如き者であつて、天が下に最も醜き者である。最も女らしき女なる信仰が最も男らしき男なるキリストに凭《より》かゝる事が人間行為の理想である。私は思ふ茲に信仰と行為との完全なる調和があると。西洋は東洋より信仰を学ぶべきである。而して東洋は詩人の所謂「強き神の子」なるイエスを信じて西洋の理想を実現すべきである。

 

(285)     安心と勝利

                           大正14年9月10日

                           『聖書之研究』302号

                           署名なし

 

〇基督教は安心を得るの道であると思ふは大なる間違である。|基督教は安心を得るの道でない、世と闘つて之に勝つ道である〔付△圏点〕。之を十字架の道と称するに由て其事が判る。人若し安心を欲するならば彼は基督教に来らずして宜しく仏教に往くべしである。仏教は世を避くるの道を教へる、故に之に安心がある。基督教は然らず、基督教は世を※〔しんにょう+激の旁〕《むか》へ、之と闘ひ、之を征服して、神の義に化せんとする、故に苦戦奮闘を免がれない。基督教は世を諦《あきら》めない、之を化して神の国と為し能ふと信ずる。基督教に安心を求めて失望するは当然である。イエス御自身が明かに宣告し給うたではない乎、「我に従はんと欲する者は己れを棄《すて》、其十字架を負ひて我に従へ」と。血をも涙をも流さずして、唯安全に天国に入るの道を探る者は、之を基督教に求む可らず。

〇勿論信者は自分の力で世に勝つのではない、神の御力に由て勝つのである。然れども神は自分を離れて戦ひ給はず、|自分を以て〔付○圏点〕闘ひ給ふ。信者は単に勝利の目撃者に非ずして、其当事者である。彼は自己を完成《まつとう》する為に、又神の能力《ちから》を顕はす為に戦場に立たしめらる。故に人は基督信者と成りて戦を辞してはならない、然り辞する事が出来ない。そは彼は神に与して、神に逆ふ世の敵となつた者であるからである。

〇信者の患難《なやみ》は信仰と同時に始まる。そして信仰が進めば進む程患難は激烈に成る。然れども歓喜《よろこび》其内に在りで(286)ある。神の霊が其衷に働くからである。世に勝つ機会が与へられて凱旋近きに在るからである。信者に人の凡て思ふ所に過ぐる平安ありと云ふは此|信仰の平安〔付○圏点〕である。無為泰平の平安でない、神に頼り、世と戦つて勝つことが出来ると信ずる信仰(確信)の平安である。ヘブライ語のサローム(平康)は|健康〔付○圏点〕の意であると云ふ。|強健にして敵に勝ち得べしと信ずる確信より起る安心である〔付○圏点〕。勇者が戦に臨んで懐く安心である。懦者が己が煩悶を癒されんと欲して追求する安心でない。

 

(287)     私はクリスチヤンである

                           大正14年9月10日

                           『聖書之研究』302号

                           署名 内村鑑三

 

〇私はクリスチヤンである。其事は私は完全の人であると云ふ事でほない。私は自分に多くの欠点のあるを認むる。人も亦私の甚だ不完全なる者であるを知る。其れであるに関はらず私は自分がクリスチヤンであると云ふて慣らない。其れは抑どう云ふ訳である乎。

〇クリスチヤンは完全の人ではない、所謂高徳の人ではない。修養を積んで人生を悟りし人ではない。斯く言ひて彼は勿論不徳を誇るのではない、又完全を追求しないではない。然れども彼は自分がクリスチヤンたるの理由を自分の修養や徳行に於て見ない。若し完全なるを待つてクリスチヤンたるを得るならば彼は終生待つもクリスチヤンたり得ないのである。彼がクリスチヤンたるの理由は他に在る。それは何んであるか。

〇彼はクリストを見たのである。或はクリストを見せしめられたのである。加拉太書一章十六節に於て、パウロが「神、其聖旨に善としてクリストを我心に示し給へる其時云々」と記しゝが如くに、クリスチヤンは其心にクリストを示されたる者である。其時自分は死んで(死に始めて)キリストが自分に在りて生き始め給うたのである。此危機(クライシス)を経過した者がクリスチヤンであつて、経過せざる者はまだクリスチヤンではないのである。勿論詞は意味の附けやう次第であつて、クリスチヤンと云ふ詞も種々《いろ/\》に解釈する事が出来るが、新約聖書が我等(288)に示す所のクリスチヤンは是れ以外の者でないと信ずる。

〇そして幸か不幸かは別問題として私も此危機を経過したと信ずる。私も或る時、クリストを見るべく余儀なくせられて、彼に於て私の新生命を発見した事を告白する。然し乍ら是れ私の実験であつて、他人が之を観察したのではない。私の父も母も、兄弟も親友も私と偕に此実験に与つたのではない。是は私独りの実験であつて、神と私とのみが其事を知つて居る。故に自身此経験を有つた事の無い人等は私が自分に就て此事を語るも私を信じない。「そんな事の有りやう筈はない」と彼等は言ふ。彼等は又各自相応の理由を附して之を説明せんとする。然れどもクリスチヤンは信じて疑はない。彼はパウロと共に曰ふ

  我れクリストと偕に十字架に釘けられたり。もはや我れ生けるに非ず、クリスト我に在りて生ける也。今我れ肉体に在りて生けるは我を愛して我が為に己を捨し者、即ち神の子を信ずるに由りて生ける也

と(加拉太書二章二十節)。私がクリスチヤンたるの理由は茲に在る、他にない。私は私の主義や主張や行為や品性を見ずして、私を愛し私の為に御自身を捨たまひし者、即ち神の子を信ずるが故に、クリスチヤンなりと称して憚らないのである。

〇此事を知るは自分の信仰を言表はすにも、亦他人の信仰を批評するにも必要である。若しクリスチヤンたるは完全なる人、高徳の人、尊敬すべき紳士又は淑女たるを意味するならば、謙遜の人で「私はクリスチヤンである」と断言し得る者は一人もない。而して事実如何と云ふに、今や斯く断言する者は滅多にないのである。今や自からクリスチヤンなりと称するは不遜にあらざれば非常識である。又他人の信仰を批評するに方て、彼を褒め或は貶すに方て、此事を克く心に留めて置かねばならぬ。今や欧米の所謂基督教国に於て、基督教は主として品行(289)の事又は社交の事である。クリスチヤンであると云ふと、尊敬すべき紳士淑女であると云ふとの間に差《ちがゐ》はないのである。そして欧米の宣教師より基督教を学びし我国の基督信者も亦、基督教に対し同一の見解を懐くに至り、今や我国に於ても西洋流の温厚篤実の人でさへあれば、其人の信仰如何に関はらずクリスチヤンとして崇めらるゝのである。基督教は日本に於ても欧米に於けるが如くに、既に社交化して、極めて浅い、|つまらない〔付ごま圏点〕物に成つたのである。

〇私はクリスチヤンである。私は或時此世よりクリストの国に移された。其時旧い私は去つて新らしい私が出来た。其時以前の私と以後の私との間に根本的の差違《ちがゐ》がある。私に取り其時は私の生涯に於ける関ケ原であつた。私の心の天下が一変したのである。勿論私の身体《からだ》は依然として旧い身体である。気質も亦旧い気質である。故に私の骨肉や旧い友人は私はやはり旧い私であると思ひ、新らしき私を知らずして、克く私を解し得ると思ふ。然し乍ら私は今は既に私の霊的生命の根柢に於て全く一変した者である。「人、クリストに在る時は新たに造られたる者なり、旧きは去りて皆な新しく成るなり」である。此「新造」の実験を経たことのない者にクリスチヤンは判明らない。普通の道徳的標準を以てして彼は判明らない。クリスチヤンは単に「立派なる紳士」ではない、又は人類愛に燃ゆる者ではない、又神を語り、キリストを口にする者ではない。パウロ、アウガスチン、ルーテルと共に再生の実験を経過したる者である。人類中の New species である。(七月二十九日沓掛に於て)


(290)     頌栄の辞

         一九二五年七月十二日『聖書之研究』第三百号感謝紀念会の席上に於て述ぶ。

                           大正14年9月10日

                           『聖書之研究』302号

                           署名 内村鑑三

 

〇『聖書之研究』は本月を以て第二十五年の第三百号に達しました。神の大なる恩恵と称せざるを得ません。本誌の如き所謂「堅い」雑誌にして二十五年間続く者は日本に於ても外国に於ても稀れであります。殊に|同一の記者に由りて二十五年間継続せられし雑誌〔付○圏点〕は甚だ稀れであります。本誌が初めて世に現はれし当時に在りし雑誌にして今尚ほ存《のこ》つて居る者は、私の知る範囲に於て二三に過ぎません。それも皆な持主が変り記者が変つたのでありまして存るは只名だけであります。神の恩恵に由り『聖書之研究』は名と共に持主も主筆も主義も信仰も存つたのであります。其点に於て独特であると謂ひて宜からうと思ひます。多分我国に於て此名誉に与りし者は『東京経済雑誌』の故田口宇吉君と私と丈けであると思ひます。而かも田口君は経済、私は聖書であります。日本人に|受け〔付ごま圏点〕の悪い事に於ては私は遥に田口君の上であります。それで私が田口君に追附き終に君を追越すことの出来たのは、此世の人の眼から見て不思議と称せざるを得ますまい。

〇私が『聖書之研究』と云ふ雑誌を出して見たいと欲ふ心を起したのは、今から三十九年前、私がアマスト大学在学中の事でありました。其時私は当時の数鼓ジユリヤス・H・シイリー先生に接して新たに信仰を起され、福(29)音の歓喜に躍りました。丁度其頃、後にシカゴ大学教頭として名を揚げし W・R・ハーパー氏に由て The Old Testament Studies『旧約聖書研究』と題する小なる聖書研究雑誌が出まして、尠からず私の心を動かしました。其頃は聖書雑誌は米国に於ても novlety(新奇の企)でありまして、其雑誌も至つて困難であつたらしく、私供学生までが其購読を勧誘されたのでありました。然るに私自身は大なる感興を以て之を迎へ大なるインテレストを以て之を愛読しました。私の歴史の先生なるアンソン・S・モース氏が「政治家としてのモーセ」と題する一篇を之に寄贈して大なる注意を惹きし事を記臆します。其時私に起つたのは、私も亦日本に還つて斯う云ふ雑誌を出したい、そして其名は『聖書之研究』と云ふであらうと、私は既に其時に私の心に定めたのであります。そしてアマスト大学の校庭の青草の上に寝転びながら独り夢みし夢が事実となりて現はれて終に今日に至つたのであります。私の一生も亦私の青年時代の田園詩《アイヂル》の実現であつたのであります。之を思ふて感謝に堪へません。

〇日本に於て斯かる雑誌を経営するの困難は云ふまでもありません。社会には無用視せられ、教会には不可能視せられ、独立事業としては殆ど成功の見込の無い事業でありました。殊に私には文才なく、事業経営の才能に至つてはコンマ以下であります。斯かる者が斯かる事業を企てたのでありますが故に、親や親友が非常に心配して呉れたのも無理はありません。|然るに私には一つの必要欠くべからざる者がありました、それは私の心に溢れる歓喜でありました〔付○圏点〕。私は福音の歓びを有ちました。之は深い強い堅い歓びでありまして、私の生命丈けそれ丈け強い者でありました。此歓びがありて凡ての欠点は補はるゝのでありまして、之が私の唯一の信頼又資本又才能でありました。即ちパウロがコリント後書五章十八節以下に於て述べし歓喜、確信、熱心であります。

  一切《すべて》のもの神より出づ。彼れキリストに依り我等をして己と和《やわら》がしめ、且その和がしむる職《つとめ》を我等に授け給(292)へり。即ち神、キリストに在りて世を己と和がしめ、其罪を之に負はせず、且和がしむる言を我等に委ね給へり。是故に我等召されてキリストの使者となれり。即ち神、我等に託《よ》りて汝等を勧め給ふが如し。我等キリストに代りて汝等に求《ねが》ふ、汝等が神に和がんことを。神、罪を識らざる者を我等に代りて罪人となせり。是れ我等をして彼に在りて神の義となることを得しめん為なり。

と。此歓び、此信念があつて凡ての困難に打勝つことが出来るのであります。そして神の恩恵に依り、パウロに有つた此歓びが私にも亦在りしが故に、此雑誌を出し、経営し継続して今日に至ることが出来たのであります。

〇私は勿論私の名を揚げ、私の党派を作らんが為に此雑誌を起しませんでした。肉の野心は大勢力であるを疑ひませんが、それは日本に於ける聖書の研究と云ふやうな、そんな人好きのしない事業を以て現はれません。然らば私に何か独特の主義主張があつて斯んな仕事を始めたのである乎と云ふに、さうではないのであります。主義主張は強い者でありますけれども、それは長つゞきのしない者であります。殊に私の如き感情の強い、苦痛に堪へ得ない者の長く続け得る事の出来ない者であります。人は私を評して主義の人と云ひますが、私自身はそれで無い事を知つて居ます。主義に依て、我慢して事は成る者ではありません。|成功の秘訣は歓びに在ります〔付○圏点〕。深い強い歓びの在る所に文章は自ら成り、途は自から開けます。之を打消すに足る困難も反対も失望もありません。悲みは常に歌に変じて其歌に運ばれて私供は前へ前へと進むのであります。

〇そして如何なる歓びか福音の歓びに較ぶべけんやであります。人が神と和らぐ事が出来ると云ふのであります。そして其和らぎの道を神御自身が備へ給うたと云ふのであります。即ち神、罪を識らざる御子イエスキリストを我等に代りて罪人と成し、彼を以て我等の罪を罰し、我等をして彼を信ずるに由りて神の前に義人と成ることを(293)得しめ給ふと云ふのであります。無限の宇宙に斯んな歓ばしい事は何処に在りますか。是は人類の幸福の極であります。此事が判つて何人も静然《じつと》して居ることは出来ないのであります。此事が判つてパウロは起つたのでありまして、彼が万難を排して彼の一生を福音宣伝に献げたと云ふは少しも不思議でありません。そして私も亦|微《かすか》ながら其歓びに入つたのでありまして、其歓びに駆られて今日に至つたのであります。人は献身犠牲であるとか又は意志鞏固であるとか云ひますけれども、実は犠牲でも意志でもないのでありまして全身に滲渉《しみわた》る宇宙的歓喜であります。此歓喜を宜べ伝ふるが『聖書之研究』の事業であつたのでありまして、是れありしが故に内外の凡ての困難を打越える事が出来たのであります。|私はキリストに在りて聖き神に近づきまつる事が出来る、神はキリストに在りて私を受け給ひて、キリストの聖きを見て私の〔付○圏点〕穢《きたな》|きを見たまはないと云ふのであります〔付○圏点〕。此事を聖書六十六巻を以て説くのであります。斯んな楽しい事は何処にもありません。社会が如何ならうと、教会が何を為さうと、そんな問題ではないのであります。神御自身が其子を以て世を己と和らがしめ給うたと云ふのであります。其歓びは言ひ難く、其|真理《まこと》は尽きないのであります。そして斯かる歓びを伝ふるのでありますれば二十五年は至つて短いのでありまして、五十年百年を是が為に費したればとて長きを感じないのであります。之を称して「永遠の福音」と云ひますが(黙示録十四章六節)、実に其通りで、其れが為に三百号は愚か、三千号でも、三万号でも、其栄えを現はすに足りないのであります。

〇故に私は今日茲に過去を顧みて私が出会ひおし凡ての困難、私が贏ち得し凡ての勝利に就て語ることを好みません。是は徒らに感慨の涙を呼び起し、懐旧の情を刺激するに過ぎません。私は唯神がパウロに授け給ひしと同じ職《つとめ》、即ち十字架の福音を以て世を神に和らがしむる職を私にも授け給ひし事を感謝せんと欲します。此貴き職を(294)授かりて、私に在つた事は善きも悪しきも当然の事でありまして、善きは凡て之を神に帰し奉り、悪しきは凡て私が担ひて、之に就いて神の赦しを獲れば宜いのであります。

〇私供は使徒行伝を読みて初代の信者の事業に多くの奇蹟の伴うた事を読みます。そして私供自身が彼等と同じ事業に従事して、彼等に臨みしと同じ事が私供の生涯にも臨むことを実験します。即ち奇蹟と云ふは此世の人等の眼を以て見る奇蹟であつて、信者の眼から見て奇蹟は決して奇蹟ではないのであります。『聖書之研究』の主撃としての私の生涯に於て多くの不思議なる業《わざ》が現はれました。第一に私の身体は決して強い者ではない、病に甚だ犯され易い者でありますが、過去二十五年間に渡り唯一回熱を患ひて他人の手を借りた計りでありまして、其他は凡て自分で書き自分で編輯し自分で校正する事が出来ました。是れ私の健康状態を知る者の不思議に思ふ所でありまして、奇蹟の部類に属すべき者であると思ひます。其他母の死、父の死、娘の死に会ひて非常に私の仕事を妨げられましたが、然しそれが為に本誌の発行を廃した事は一回もなく、|娘が死なんとして妻が彼女を看護しつゝありし室の隣室に在りて原稿を作つて編輯日に間に合はせた事さへあります。如何にも天の神様が私の手を取つて働き給うたやうに見えまして、之を神様の御事業と見るより外に見方はありません。

〇又其維持に就て見ましても、是れ亦不思議と称せざるを得ません。絶対的独立は私が信仰の初めより心に定めた事でありまして、私は|独立を廃する時は伝道を廃する時である〔付△圏点〕と初めより神にも己にも誓ひました。そして此不信国に於て聖書の研究と称するが如き不人望極まる事業を為すのでありますが故に経済的独立は不可能なるが如くに思はれ、幾回も行詰つた事もありましたが、然し乍ら不思議にも道が開かれ、凡ての責任に応ずる事が出来たのは是れ又奇蹟と称せざるをを得ません。旧『東京独立雑誌』の廃刊に由て生ぜし七百余円(其時分には随分(295)の大金でありました》の負債は本誌初めの三号の売上げに由て償却されました。又母が重病に罹りて入院し其入費の支出に苦しんで居つた時に新潟県の或る読者で、其時は未知の友であつた人が、何を思ふてか、思ひ切つて、それも私が困難に在るを知らずして、金千円を送つて呉れて、それで無難に其場を切り抜ける事が出来ました。又明治三十七年の冬でありました、日露戦争が始まり、私は非戦論を唱へ新聞紙の記者たるを止めて収入の途が全く絶え、生活は三ケ月にして尽きんとし、本誌の発行も其れと同時に止めざるを得ざるに至りし場合に、折りも折り、丁度独逸に於て私の『余は如何にして基督信徒と成りし乎』の独逸訳が出版され、それが戦争の故に独逸人の注意を惹き、初版三千部が忽ちに売れ、其印税として凡そ一千馬克がスツツトガートの書肆より私の手に達したのであります。それに由て力を得て、終に都合が附いて本誌は廃刊の厄を免かれました。以上は二三の例に過ぎません。其の他に神は思ひがけなき所に多くの後援者を起し、私より何の乞求むる所なくして、私をして金銭の事に於ては何の欠くる所なからしめ給ひました。

〇初代の信者に多くの恩恵《めぐみ》が降つたと同時に又多くの患難《なやみ》が伴ひました。そして恩恵も特別のものでありしが如くに患難も亦特別のものでありました。此《これ》はパウロがテモテ後書一章八節に於て云ふ所の信者が「福音の為に共に受くる患難」でありました。福音を授けられ、之を世に宜べんとするに方つて、此特別の患難は免かれ得ないのであります。そして『聖書之研究』にも又此不思議の患難が伴うたのであります。それは外より来る息難に非ずして内より起る患難でありました。|多分『聖書之研究』程内部の分離のあつた雑誌は有りますまい〔付△圏点〕。其初めの起りが分離に由つたのでありまして私に対して前の同志の激烈なる反対が起り、反対雑誌が特別に発行され、十ケ月に渉り連続的攻撃が私と私の雑誌に対して加へられたのであります。そして其後と雖も同じ患難が再三臨ん(296)だのでありまして、現に最近一二年前にも私は同じ患難《なやみ》に悩まされたのであります。事は小事のやうに見えて実は大事であります。敵が外より攻むるのでありません、友が叛いて内より覆《くつが》へさんとするのであります。恰かも爆弾が家の床下より爆発したやうなものでありまして、家の破壊は免かれないのであります。そして『聖書之研究』が幾回も此災難に遭ふて弊れなかつた事は実に不思議であります。私の反対者は私は大先生であつて非常に強い者であると思ひ思ふ存分に私を攻撃しました。然し私は決して強い者ではありません。政府の保護あるではなく教会の後援あるではなく、頼るものは只少数の友人の信用であります。其信用さへ打壊せば私は弊れるのであります。そして数年間私の膝下に在りて私に接近せし者が、私を離れて私に対し攻撃の矢を放つのでありまして私に取り斯んな痛手はないのであります。そして私は幾回も斯かる攻撃に遭ひて、時には詩人と共に神に訴へて曰ひました。

   我が恃みし所、我が糧を食ひし所の我が親しき友は我に叛きてその踵《くびす》をあげたり。然かはあれどヱホバよ、汝願くは我を憐み、我を助けて起し給へ。されば我れ彼等に報ゆることを得ん。

と(詩四十一篇九、十節)。又時にはパウロの言を以て信仰の友に訴へました。

  兄弟よ、我が遇ひし所の患難を汝等が知らざるを欲まず、即ち攻めらるゝこと甚しくして勢ひ当り難く生命(存在)を保たん望をも失ふに至れり。且我れ心の中に必死を定めたり。是故に己を恃まずして死し者を甦らする神を恃めり。

と(コリント後書一章八、九節)。私は幾回も私の反対者が私に対して声を揚ぐるを聞きました、曰く「彼を社会より葬れよ」と。そして斯かる声が私の肉の兄弟又は信仰の友の口より揚りしを知りて私は実に「心の中に必死(297)を定め」ました。此くして『聖書之研究』は幾回も社会より葬られんとしました。然るに今尚ほ生きて健在なるは実に不思議であります。

〇誠に私の反対者は私の実力を誤算したのであると思ひます。彼等は私をさへ弊せば私の事業が弊れるであらうと思ひました。彼等は私の事業は私の勢力、私の信用、私の声名に由て成る者であると思ひました。それが彼等の根本的誤謬であります。前に申上げました通り『聖書之研究』は神の和らぎの福音を伝ふる為に成つた者でありまして、此の福音の弊れざる限り此事業は弊れないのであります。そして私も亦身を此福音に委ぬる間は、人がいくら私の欠点を揚げて私を傷けても私は弊れないのであります。私は『聖書之研究』を守る為に私自身を弁護する必要は少しも無いのであります。|私が唱へ来りし福音は私の功績の上に立つのではなくして、神の子イエスキリストの功績の上に立つのであります〔付○圏点〕。其れ故に人は私を攻撃して福音に倚《たよ》る私を弊す事が出来ず、又私の事業を壊つことが出来ないのであります。神は活きて在して御自身の福音を護り給ひます。そして其事が私の反対者が私に加へし攻撃に由て明かに現はれたのであります。

〇如此くして『聖書之研究』の四半世紀の歴史も亦使徒行伝の一節であつたのであります。キリストの福音の働く所に此患難と慰安《なぐさみ》とが在るのであります。讃むべく崇《あが》むべきは彼であつて私供ではありません。私は今日諸君に私と共に父、子、聖霊の三位の神を讃めたたへて戴きたいのであります。


(298)     牧師の批評に答ふ

                           大正14年9月10日

                           『聖書之研究』302号

                           署名 内村鑑三

 

〇或曰、東京の或る日本基督教会の牧師某氏が二人の米国宣教師を伴ひ、大手町日本衛生会の講堂に於て開かれつゝありし所の私の聖書研究会を訪《おとづ》れました。是等の宣教師は東京に於ける教勢を視察しつゝあつたのでありまして、彼等は私の集会に来る前に既に幾箇《いくつか》の他の教会を見舞うたのであります。そして他の教会に於ては空席の甚だ多かりしに比べて、私の集会が聴衆を以て充満するを見て、彼等は案内の牧師に問ふて聞きました、「何故《なぜ》他の教会に於ては出席者の尠きに比べて、此集会は聴衆を以て溢れます乎」と。牧師は之に答へて曰ひました、「|それは指導者の内村君が二つの事を唱ふるからであります、其一つは教会攻撃で、其他の一は基督再臨であります〔付△圏点〕」と。時を経て後に二人の米国宣教師の内の一人が自身私を柏木の家に訪れ、此事を私に語りて、事実果して然る乎と尋ねました。私は驚きました。私は彼れ米国宣教師に答へて曰ひました。

  それは間違であります。私は滅多に教会を攻撃しません。其事は私の聴衆が克く知つて居ます。又私は近頃キリストの再臨に就ては余り多く語りません。私は聖書全体を講ずるものであります。信仰の一箇条を唱ふるのではありません。又|何《ど》んな人でも、教会攻撃とキリスト再臨と云ふが如き限られたる問題を以て聴衆を幾年も繋ぐことは出来ません。私は此研究会を始めてから既に五六年に成りますが、唯二つの主要問題を以(299)て斯くも長く此会を率ゐ来つたとすれば私は余程の天才《ジニアス》でなければなりません。若し出来るならば貴君《あなた》御自身|行《や》つて御覧なさい、到底出来る事ではありません、云々。

と曰ひました所、其宣教師は「尤もである」と言ひて、其れ以来私は彼と懇親を続けて居ます。人が私より教会攻撃とキリスト再臨を聞かん為に私の所に集ひ来ると思ふは理由なき誤解であります。そんな事の有り得やう筈はありません。

〇日本メソヂスト教会の牧師某君が其教会に於て、私に就ての彼の観察を述べての言であると云ふを聞くに大略左の通りであつたとの事であります。

  彼は詩人である、愛国者である、天然学者である、故に彼は多くの人を己に引き附けるのである

と。是は全然不親切なる批評ではありません。私は詩を好み、天然を愛し、日本国を愛するは事実であります。然し乍ら其れが故に私の聖書の研究会が栄ゆると云ふのは是れ又間違であります。私が取扱ふ問題は聖書でありまして、文学又は国家又は天然ではありません。私が若し幾分なりとも聖書に精通せず、其根本的真理を弁《わきま》へませんでしたならば、私は聖書を講ずるの資格なく、又聴衆は長く私より聖書を学ばんと欲しないだらうと思ひます。詩又は愛国又は天然は聖書知識を飾るかも知れませんが、聖書知識其物の代用を致しません。私が装飾を以て人を惹き、又人が装飾に引かれて私に来ると云ふは、私と私の聴衆とを余りに皮相的に見た見方であると思ひます。

〇竟《つま》る所、公衆は莫迦《ばか》のやうに見えて決して莫迦でありません。彼等は欺くに甚だ困難であります。彼等は人の誠実を見透《みとう》す非常の能力《ちから》を有します。彼等を半年や一年、騙《だま》す事は出来ませうが、三年も四年も然り十年も二十(300)年も騙す事は出来ません。公衆の心を繋ぐ為の唯一の秘訣は「単純なる誠実」であります。是れなくして如何なる雄弁も学識も強く長く彼等を引附ける事は出来ません。若し出来るならば誰でも行つて見るが宜しう厶います。|世に苦しい事とて偽善を以て公衆に臨む事の如きはありません〔付△圏点〕。一人を欺くさへ困難くあります、況んや五百人、六百人と云ふ人を何年も続いて欺かんとするのであります。若しそんな事の出来る人があるならば、私は其人を知りたくあります。

〇或るホリネス教会の牧師が其会員なる婦人某に常に言ふ所なりと云ふを聞きますと左の通りであります。

  アナタは『聖書之研究』を読むことを廃めなければいけません。『聖書之研究』を廃めなければ純福音の真理は解りません

と。私は此事を此勧告を受けし婦人から直に聞きました。依て私は彼女に左の通りに答へました。

  それはアナタの御随意であります。然し乍ら『聖書之研究』を廃めた丈けで事が済みませう乎。私は其主筆として、アウガスチン、ルーテル、カルビン、ベンゲル、ガウセン、ゴーデー等の大家の聖書研究の結果を日本人に紹介して居るのであります。そして私を排斥せらるゝ牧師の方は是等の大家を排斥するの確信を有たるゝのでありませう乎。

と。多くの教会の人達は私が私独特の信仰を唱へて居ると思ふが故に間違ゐます。私は過去千九百年間の第一流の基督信者の信仰を伝へんと努めて居るのであります。故に『聖書の研究』を読むことを廃めた丈けで異端に迷はさるゝ凡ての危険が取除かるゝと思ふは余りに狭い思考《かんがへ》であると思ひます。


(301)     MODERN CHRISTIANITY.近代の基督教

                           大正14年10月10日

                           『聖書之研究』303号

                           署名なし

 

     MODERN CHRISTIANITY.

 

 There is much activity in social and domestic betterment;much study in philology,archaeology,philosophy and comparative religions;muCh deliberation in international affairs;but where,oh where is the gospel,the gospelwhich delivers me from sin and guilt,and brings me reconcilement between God and me? Is Christianity after all Morality,right relation of man to man,a way to live happiIy in this world,an ethic,a political economy,and at its best,a high philosophy of life? No. I was taught entirely otherwise.In the Cross of Jesus Christ,God reconciled the world to Himself:――a stupendous fact,full of deep infinite meanings,sweetly reasonable,transparently clear,tO be made my own by faith,the Christian's sole philosophy. Oh,aWay then with Modern Christianity!

 

     近代の基督教

 

〇今や基督教と云へば社会改良、生活改善に奔走努力する事である。或は言語学、考古学、哲学、比較宗教と称(302)し、研究に研究を積んで、聖書の意味を瞭らかにし、基教発達の由来を示す事である。或は万国会議を開いて人類幸福の増進を計る事である。然れども、噫然れども福音は何処に在る乎。我を罪と其呵責とより救ふ福音は何処に在る乎。神と我との間に和らぎを齎らす福音は何処に在る乎。基督教は畢竟するに人と人との関係を明かにする道徳たるに過ぎない乎。此世に在りて幸福の生涯を送るの道である乎。倫理説か、経済論か、其極致に達した所で高貴なる人生哲学に過ぎざる教である乎。否な然らず、我が伝へられし基督教は全然之と異なる。「神、キリストに在りて世を御自身と和らがしめ、其罪を之に負はせず」とある其福音である。此驚くべき事実、深遠無窮の真理にて充てる事実、合理的にして美はしき真理、透き通る程明白なる真理、而して信仰に由て我有とすることの出来る真理、基督信者の唯一の哲学、我が伝へられしは此福音である。而して此福音を伝へざる近代の基督教に対しては、唯拒否の態度あるのみである。

 

(303)     私は上州人である

                           大正14年10月10日

                           『聖書之研究』303号

                           署名 内村

 

〇私は上州人である。故に腹の中に在ることを隠すことが出来ない。上州人に秘密はない、秘密は有り得ない。其点に於て上州人は他《ほか》の日本人、殊に中国人などとは全く異《ちが》ふ。

〇然し私の場合に於て、私は上州人である上に基督信者である、故に基督信者としての深い信仰上の経験を有す。そして此の経験は口外したくも余りに深く、余りに聖《きよ》くして口外することが出来ない。又口外した所で此世の人等には少しも解らない。故に|さすが〔付ごま圏点〕の上州人でも此事だけは口外することが出来ない。私は私の信仰の事に就ては止むを得ず沈黙を守る。然し稀れには私の信仰を解し得る者に出会ふ。そして斯かる人には私の信仰を包まず語る。然し斯かる人は甚だ稀れである。故に私の信仰を語る機会は甚だ尠くある。故に信仰の事に就ては大抵の場合は沈黙を守る。実に有難い事である。語りたくも語ることの出来ない事を有つとは実に有難い事である。

〇上州人は日本人の内で最も劣等なる者である。然るに神の恩恵に由て私は少しく神の深い事を知るを得て感謝である。|キリストの十字架の下に立ちて、己が罪の為に泣いたことの無い人は私の心の底を窺ひ知ることが出来〔付○圏点〕ない。


(304)     境遇と信仰

                           大正14年10月10日

                           『聖書之研究』303号

                           署名 内村

 

〇私は度々《たび/\》自分を顧みて世に私程淋しい者の無い事を知る。私は日本人であるけれども日本人の内に私を解《わか》つて呉れる者は殆》んどない。又基督信者であるけれども、教会殊に教職の中に一人の親友を有たない。其事を思ふて私は時には自分は人に棄られ神に呪はれたる者ではない乎と思ふ。私は私の境遇に於て私が特に神に恵まれたる者であるとの証拠を一つも見ることが出来ない。「世の汚穢《あくた》また万《よろづ》の物の塵垢《あか》の如し」とのパウロの言其儘である(コリント前書四章十三節)。

〇然れども何故《なぜ》私はキリストの十字架を慕ふのである乎。何故神と聖書とを棄てないのである乎。天の神が其の量り知られざる御欲召《おぼしめし》に由つて其の御器《おんうつは》の一として私を予め定め給うたからではない乎。私は私の過去四十八年間の信仰の生涯を顧みて、私が神に呪はれたる者であるとは如何《どうし》ても思ふ事が出来ない。|私が神の〔付○圏点〕属《もの》|たるの証拠は私の境遇に於て在らずして私の信仰に於て在る〔付○圏点〕。「聖霊|自《みづ》から我等の霊と偕に我等が神の子たるを証《あかし》す」である(ロマ書八章十六節)。

 

(305)     祈祷

                           大正14年10月10日

                           『聖書之研究』303号

                           署名なし

 

〇天地の造主にして我等の霊魂の父なる其の神様、御恵みに由り今日も亦青葉繁れる此美はしき安息日を賜ひて、主に由りて繋がるゝ是等多くの兄弟姉妹と共に此堂に集まる事が出来、共に貴神《あなた》を讃美し奉り、又貴神の善き聖旨に就て学ぶ此貴き時を御与へ下されまして誠に有難く存じ奉ります。私供此罪の世に宿り、私供の心また罪に汚され、故に常に貴神の御導きに与りつゝあるにも係はらず、私供の思念《おもひ》、計画、行為が悉く此世に傚ひ易く、為に貴神の御意を痛め、己が霊魂を禍《わざは》ひすることが多くあります。願くは私供の弱きを憐み、貴神の御慈愛の故に私供の是等の過誤《あやまち》を赦し給へ。そして私供の罪多きに関はらず貴神の御恩恵の故に貴神の属《もの》として私供を教へ導き、私供をして貴神の聖旨を成すに足る器となして之を使ひ給へ。神様、私供は自分達の義務責任を感じます。而かも之を充たすの力なくして悶《もだ》えます。若し貴神に責任を以て糺《たゞ》さるならば誠に申訳の無き者であります。然し貴神は私供の弱きを知り給ひます。願くは貴神の弱き子供として私供を取上げ、私供の罪を赦し給ふと同時に、私供の霊に貴神の霊を注ぎ、私供をして貴神に肖たる者と成らしめ給へ。私供が貴神の誡命《いましめ》を守るに止まらず、貴神の聖意《みこころ》を我が意《こゝろ》となし、貴神の如く忍び、貴神の如く計り、貴神の如く愛する者たらしめ給へ。貴神は私供が心の中より聖からん事を求め給ひます。然れども是れ私供が努めて成る能はざる所であります。願くは貴神の(306)聖霊を注ぎ、私供を新たに造り、私供の心と意と志《こゝろざし》とが悉く貴神の聖旨に適ふに至らしめ給へ。神様、私供は凡ての事に於て貴神に助けて戴かねばなりません。そして私供は常に貴神より外《そと》なる援助《たすけ》を仰いで衷《うち》なる援助を仰ぎません。然れども主よ、私供が貴神より仰がねばならぬ最大の援助は衷なる援助であります。貴神は真実《まこと》を心の衷にまで求め給ひます。願くは貴神の御援助に由り私供が貴神の此御要求に応ずることの出来るやう私供を助け給へ。私供を心の源に於て聖め、其内より清き味美《あぢよ》き生命《いのち》の水をいつまでも注出すことを得しめ給へ。殊に萎《なへ》たる私供の心に強き愛を起し給へ。私供は疑ふに慣れて神をも人をも信ずる事が出来ません。願くは此冷たき頑《かたくな》なる心を砕き、貴神が惜みなく私供を愛し給ふやうに相互を愛する事を得しめ給へ。

〇願くは此切なる祈祷を主イエスの聖名《みな》に由りて聴き上げ給へ、アーメン。(五月二十四日朝)

 

(307)     神本位の宗教

                           大正14年10月10日

                           『聖書之研究』303号

                           署名 内村鑑三

 

  詩篇第九十篇。

  路加伝十七章五-十節。

〇聖書を研究せんとするに方て先づ第一に|聖書は誰の為に書かれたる書であるか、其事を定めて置く必要がある。言葉を代へて言へば基督教は誰の為に説かれたる教である乎、其事を明かに知つて置く必要がある。問題を更に明白に、更に簡潔にするならば、|基督教は人の為の教なる乎、或は神の為の教なる乎〔付○圏点〕、問題は終に其処に決着するのである。そして此は重要なる根本的の問題であつて、之を明かにせずして聖書も基督教も解らないのである。

〇斯う聞いて多くの人は驚くであらう。問題は設くるまでもない、聖書は人に神の聖旨《みこゝろ》を伝ふる為の書であつて、勿論人の為に書かれたる書である。基督教は人を救ふ為に説かれたる教であつて勿論人の為の教である。人を救はんと欲するが神の聖意《みこゝろ》であつて、其聖意を伝へた者が聖書である。其事は聖書が明かに示す所であつて、其事に関し一点の疑の挟《さしはさ》むべき所はないと。何人もさう言ふのである。

  神は共生み給へる独子を賜ふ程に世の人を愛し給へり、此は凡て彼を信ずる者に亡ぶること無くして窮りなき生命を受けしめん為なり(ヨハネ伝三章十六節)。

(308)  万人救を受け真理《まこと》を暁《さと》るに至るは神の望み給ふ所なり(テモテ前書二章四節)。

  婦《をんな》その乳児《ちのみご》を忘れて己が胎《はら》の子を憐まざることあらんや、縦ひ彼等忘るゝことありとも我は汝を忘るゝことなし(イザヤ書四十九章十五節)。

以上の如き聖語《みことば》を読む時に我等に対する神の愛が推量《おしはか》られて、神が我等を救はんが為には何物をも惜み給はざることが判明るのである。即ち神は我等人類を愛する其愛に由て驚くべき救を施し給うたのであつて、其愛を示した者が聖書であり、其愛を説いた者が基督教であるとは何人も唱ふる所である。

〇然し果して爾うである乎、それが問題である。人はそれ程愛すべき者であつて、神は人を愛せんが為に其の凡ての愛を注ぎ給うたのである乎。宇宙は果して神が人の為に造り給ひし者である乎。万物の中心は果して人である乎。キリストを以て施されし救は果して人の為の救でありし乎。|爾うでないと聖書は明かに示し、爾うでないと大自然も亦我等に教ゆ〔付△圏点〕。|神は人の為に人を愛し給ふのでない、神御自身の為に人を愛し給ふのである。救の目的は神の愛を現はすにあつて、人を救ふ為に非ずとは、意外にも聖書が我等に明かに示す所である〔付○圏点〕。

〇人が自己を大切に思ふは其自然性である。彼は生れながらにして自己中心である。故に神が救を施し給へりと聞けば先づ第一に自分が其救に与からんと欲する。自分が救はれて最も強く神の愛を感じ、自分が神の寵児であると思ひて神に感謝し、其愛に励まされて他に愛を施すといふが普通の順序である。そして自分の要求する愛を自分の家族と国家とに要求し、終には之を人類全体に要求するに至る。要するに人は受くる者であつて神は施す者、そして神は無限に施すことを好み給ふに対して人は無限に施さるゝの資格を有す。施すは神の義務であつて、施さるゝは人の特権であると思ふ。故に何事の価値を定むるにも、其の人類に及す結果を以てす。人類を益する(309)者が価値ある者、益せざる者が価値なき者である。竟《つま》る所|人間本位である〔付△圏点〕。人類が宇宙の主人公であつて、神御自までが、彼を慰め、助け、窮りなき生命までをも与へねばならぬと云ふのである。故に神が恵んで下されば彼を讃美し、恵んで下されざれば呟《つぶや》く。人類に降る恩恵の数々を掲げて神の存在を証明せんとする学者が在ると思へば、其反対に人生に苦痛の多きを示して神の存在を否定せんとする学者もある。|神は人を恵むべき者〔付○圏点〕、恵まざる者は神に非ずと云ふが論鋒である。神は父である、人は愛子である。子を愛せざる者は父にして父であらざるが如くに、人を恵まざる者は神にして神に非ずと云ふのである。

〇然し乍ら聖書の示す神は斯かる神でない。|聖書は神本位であつて人本位でない〔付○圏点〕、イエスキリストの御父なる真の神は人に構《かま》はず其|聖旨《みこゝろ》を行ひ給ふ。其意味に於て彼は独裁君主である。彼は御自身の御計画に従ひ万物を造り給ひ、人を造りて其御計画を実行せしめ給ふ。神の為の人であつて人の為の神でない。天と地と其内に在る凡ての物は神の為に造られたのであつて、人の為に造られたのでない。故に人の生涯も亦神の御計画を成遂《なしと》ぐる為に価値あるのであつて、幸福を楽しむが為のものではない。私が若し本当に私の存在の意義を暁るならば、私が恵まるゝと恵まれざるとは問題でない。私の生涯に由て神の聖意《みこゝろ》が幾分なりと成ればそれで私の世に遣されし目的が達したのである。私はどう成つても宜いのである。神の御事業が成れば宜いのである。そして私の生涯が其御事業達成の為に幾分なりとも御役に立つならば、私の光栄此上なしである。私に慾があつてはならない。或は私の慾は唯一つにならねばならぬ、即ち神の聖意が成つて欲しいとの慾、それである。

〇問題は|人は神の子である乎或は僕である乎〔付○圏点〕のそれである。神に由て造られたるが故に子であると云ふならば夫れまでゞあるが、然し乍ら神に恵まれん為に造られたのではなくして、彼に事へん為に造られたのである。夫故(310)に|人は神の子であるよりは寧ろ其僕である〔付△圏点〕。先づ僕たるを自覚せざる者は子たる事が出来ない。そして神の僕たる事、然り其奴隷たる事は決して耻辱に非ずして反つて無上の名誉である。自分に何の求むる所なくして、単へに神の御事業の成らんことを欲《ねが》ふ。是れ「善き忠実なる僕」の為す事であつて、斯かる僕に対してこそ「汝の主人の歓楽《よろこび》に入れよ」との御声が主なる神よりかゝるのである(馬太伝廿五章廿一節)。自から神の子なりと称して子たるの恩寵に与らんと欲する者は之に与るの資格なき者である。「我は爾の子と称ふるに足らざる者なり、爾の傭人《やとひゞと》(僕)の一人の如く我を為し給へ」と言ひて神の前に平伏《ひれふ》して初めて彼に受納れらるゝのである(路加伝十五章十九節)。然り|僕である、子でない〔付△圏点〕。モーセが神の全家を宰《つかさど》りて忠義なる僕でありしが如くに、人は何人も先づ神の忠義なる僕《しもべ》婢《しもめ》であらねばならぬ。イエス御自身さへも、神の独子でありしに拘はらず、「己を虚《むなし》うし僕《しもべ》の貌《かたち》をとり死に至るまで順ひ」とある(ピリピ書二章七、八節)。パウロは自己を「イエスキリストの僕」と称んだ。神の子にしてキリストの兄弟とは称ばなかつた。彼はキリストを信ずるに由て神の子と為られし事を身分不相応の恩恵なりと思ふて感謝した。キリストの僕である、故に如何に扱はれても呟《つぶや》かない。「生るにも死るにもキリストをして我が身に由りて尊《あが》められしめんことを」とは彼の切なる祈願《ねがひ》であつた(ピリピ書一章二十節)。彼が使徒たるの生涯は全然僕たるの生涯であつた。彼に己に対するの要求はなかつた。唯神を代表するキリストの命維れ従はんと欲するのみであつた。

〇キリストが御自分と弟子等との関係を述べ給ひし言葉は左の如くである。

  誰か汝等の中に或は耕し或は畜《けもの》を牧ふ僕あらんに、彼れ田より帰りたる時、直に往きて食に就けと言ふ者あらん乎。反つて曰はずや、我食を備へ、我が飲食を終るまで帯を束《し》めて我に事へよ、而して後、汝飲食すべ(311)しと。僕、主人に従へばとて主人は彼に謝すべき乎、然らじと我は思ふ。斯かれば汝等も亦命ぜられし事を皆な為したる時、我等は無益の僕、為すべき事を為したるなりと謂ふべし(路加伝十七章七-十節)。

イエスの弟子とは斯くあるべき者、基督信者とは斯くあらねばならぬ者である。

〇然らば信者は自分の恵まるゝ事又救はるゝ事を望んではならぬ乎と言ふに、決して爾うではない。|救はるゝとは斯かる徹底したる僕婢となる事である〔付○圏点〕。自分に何の要求する所なく、只神の命維れ従はんと欲する絶対的無私無欲の心、是が最大の賜物であつて、我等は神より、何よりも先きに此心を賜はらんことを祈るべきである。救はるゝとは斯かる心の持主となる事であつて、此心なくして他に何が有つても神の子たることは出来ない。即ち神の忠義なる僕たる事が彼の愛子たることである。信者が神より仰ぐべき恩恵は、我と我が家族とに係るこの幸福、かの幸福ではない。|神の聖旨の成らん事である〔付○圏点〕。そして我も亦その為に使役せられんと欲する事である。茲に於てか、基督信者の祈祷は主の祈祷以外になきに至るのである。「爾の聖旨を成させ給へ」と、基督信者の祈祷は此一事を以て尽きるのである。

〇そして信者の信仰が進めば終に茲に達するのである。此世の事に就て恵まるれば神を讃美し、恵まれざれば神の存在をさへ疑ふは、信仰の極く幼稚なるを示す。信仰の燃ゆる時信者は自分の身の幸不幸を顧みない。神の聖旨の成らんが為に自分の幸福を忘れて働く。実に人類の歴史に於て、其偉大なる時代と云ふは、人が此心を以つて動いた時であつた。聖書は斯かる人達の事蹟の記録であると云ふことが出来る。而して近代史に於て第十六世紀が斯かる時代であつた。和蘭に於けるカルビン主義者の活動、英国米国に於ける清教徒の運動は皆な此心より成つた者である。即ち人が自分の慾と祈願とを全く去つて、只神の聖意の成らん事のみを欲して事を為した時代(312)である。小なる和蘭に自由国が起り、それが模範となつて英国が改造され、北米合衆国が建設せられたのは全く此高貴なる信仰に依つたのである。清教徒は経済的繁栄を計つて故郷を後《あと》にして新大陸に活動の地を求めたのではない。それは彼等より後の人等の為した事であつて、清教徒自身はそんな低い動機より此大冒険を行はなかつた。「聖国《みくに》を臨《きた》らせ、聖意《みこゝろ》の天に成る如く地に成させん」為の移住建国であつた故に、如何なる患難辛苦も彼等の志を挫かなかつた。彼等の指導者の一人ウイリヤム・ブラッドフホード(William Bradford)は殖民地探険隊の長として其任務を終へ、海岸近くに碇泊せしメーフラワー号に帰り来れば、彼の不在中に彼の愛する妻が誤つて海に落ちて死せしを聞いた。神を信じ、大洋を横ぎり、蕃地に神の国の建設を期せし此聖徒に此不幸が臨んだのである。若し神を恨むの理由ある人があるとすれば此場合に於ける彼れ W・ブラツドフホードであつた。然るに彼は何を為した乎。彼は頭を低《た》れた。唯一人の生涯の伴侶《とも》を、此際此時に失つたのである。然し神の聖意である。彼は今自己の悲しみの為に悲しむべきでない。聖国の事業は彼の活動を要求した。彼は主なる神に事へんが為に自己の不幸を忘るべきである。彼は涙を拭つて起つた。而して翌日又陸上探険の任務に就いたとの事である。是は清教徒の精神である。冷淡と云へば冷淡である。然れども高貴《ノーブル》である、荘厳《サブライム》である。自分の小なる情を大なる天地の主人公の為に忘るゝのである。近代人の到底忍び及ばざる精神である。恋愛の至情、家庭の幸福を全く神の祭壇の上に献げたる精神である。此精神が在つたが故に清教徒に由て地球の表面は一変したのである。

〇諸君、私供の生涯にも多くの苦難《くるしみ》と悲哀《かなしみ》とがあります。私供が臨んで欲しくない事が臨み、臨んで欲しい事が臨みません。私供の祈祷の多分は充たされない祈祷《ねがひ》として消へて了ひます。其事を思ふ時に神の存在が疑はれ、私供は何故に基督信者に成つたのである乎、其理由を知るに迷ひます。然しながら聖書は明かに私供に示します、(313)それは私供に取り実は如何《どう》でも宜い事でありますと。神の聖意さへ成ればそれで宜いのであります。私供が世に遣されたのは幸福を楽まん為ではありません。神の大なる事業に参加せん為であります。そして其為には幸不幸は択ぶ所でありません。若し死が其為に必要でありますならば「アーメン主を讃美せよ」であります。不幸患難辞するに及びません。|然り最大の幸福、最大の恩恵は自分の為に何の求むる所なくして、唯神の聖意の成らんことをのみ維れ希ふ其心であります〔付○圏点〕。曾て清教徒の一人が言うた事があります、「若し私が地獄に墜つる事に由て神の御栄が揚るならば、私は喜んで地獄に往く」と。言は極端の言方ではありますが、其内に大なる真理が含まれて居ます。我が幸福を求めず、神の命に従はんと欲すと云ふのであります。そして言ふまでもありません、此心を持つことが幸福の絶頂であります。(九月二十日、秋の初めの安息日に述べし所)


(314)     FALL AND SALVATION.堕落と救拯

                           大正14年11月10日

                           『聖書之研究』304号

                           署名なし

 

     FALL AND SALVATION.

 

 Man is a fallen creature,-that is what the Bible plainly teacbes.The so-Called natural man is an unnatural man;an abnormal,not a normal man. How he fell is difficult to explain;not perhaps exactly as is told in the Book of Genesis;but in some such way must be have fallen,and have become a God-forsaken,Self-centric man. By his fall man became a helpless creature,unable by his own effort to become what he ought to become. Only by the sovereign grace of the Almighty can he now become a child of God. And the Gospel is the pronouncement of such a grace;and  so it meets the deepest need of man.We are saved only because“GOD WILLETH that all men should be saved,and come to the knowledge of the(Gospel――)truth。”I Tim.2:4.


     堕落と救拯

 

 人類は堕落者であるとは聖書が明かに示す所である。所謂自然の人は不自然の人である。彼は常識の人に非ず(315)して変態の人である。彼は如何にして堕落せし乎、其途を究むるは困難くある。彼は多分創世記の記事其儘の如くに堕落したのではあるまい。然し何か之に似寄りたる途に由りて堕落し、今日の如き神に棄られたる、自己中心の人と成つたに相違ない。人類は其堕落に由て助けなき者と成つた。己が努力に由て彼が成るべき者に成ることが出来なくなつた。彼は今や唯全能者の至上権より出る恩恵に由てのみ神の子と成ることが出来る。そして福音は斯かる恩恵の宣示である、故に人類の最も深き要求に応ずるのである。我等が今、救はるゝは「凡ての人が救はれて(福音の)真理を知るに至らんことは神の聖意なり」とある、其聖意にのみ由るのである(テモテ前書二章四節)。


(316)     自分の為に弁ず

                           大正14年11月10日

                           『聖書之研究』304号

                           署名 内村

 

〇人は私を称して、厳《きび》しい人、怖《こわ》い先生なりと云ふ。私は彼等が私を如此くに見るを非常に悲しむ。そは私は彼等が思ふが如き怖い厳しい人でないからである。私は天性厳しい人である乎も知らない。然し乍ら其厳しみは神に由て微塵に打挫《うちくだ》かれたのである。私は神に私の罪を赦して戴くために、人の凡ての罪を赦すべく余儀なくせられた。そして此経験を持つた者は人に対して厳酷ならんと欲するも能はない。私は私の心の裡に於てキリストに優《やさ》しくせられた。「傷《いた》める葦を折ることなく、煙《けぶ》れる麻を熄《け》すことなし」とは、凡て神に其|我《が》を挫かれたる者の特質である。

〇然らば何故に私は或る場合に於ては人に対して厳しくある乎と云ふに、それは私が自分を神に明渡《あけわた》した結果として彼が私を占領し、私の裡に在りて働き給ふからである。神は不義を許容《ゆる》し給はない、故に私は彼に制せられて私が不義と信ずる事に反対するのである。是れ私自身としては非常に辛らい事である。私は人を責むる時に、自分が責めらるゝよりも遥かに辛らくある。然し止むを得ないのである。私は神に代つて責めざるを得ないのである。まことに辛らい職務である。然し神に負はせられたる職務であつて避けんと欲して避くる事が出来ない。私は度々《たび/\》思ふ、私が若し不義を見遁《みのが》すことが出来たならば如何に幸福《さいはひ》であらうと。然れども神は私に此事を許し(317)給はない。誠に私の喜ぶことにして正義を正義として認むることの如きはない。誉むるは楽しくある、責むるは辛らくある。そして私は度々賞讃の幸福に与るを得て神と偕に喜ぶ者である。

〇人を責むる私は勿論|より〔付ごま圏点〕厳しく私自身を責める。私は或る時は幾日も幾日も連続的に私自身を責めて赦さない。私は一度人を責むるに対して十度自身を責むると思ふ。私は亦最も辛らく私自身に当る積りである。そして私が私の罪を認めて神の|御赦免《ゆるし》を乞ふ時に、彼は直に私を赦して下さるが故に、人が其罪を認めて悔改《くひあらため》を表する時に、私は直に彼を赦し、彼を慰め、彼を労《いた》はり、彼の友となりて、彼と苦難《くるしみ》を頒《わか》たんとする。私の怒と詰責《せめ》とは私の悪意より出るのではないと信ずる。私の神が怒るに遅く、赦すに早くあるが故に、私は彼に傚ひ奉らんとする。私を怖い厳しい人と思ふ人は未だ深く神を知らない人であると思ふ。キリストの御父なる真の神は、最も優さしい方であるが故に、不義に対しては焼尽す火であり給ふのである。私も亦彼の如くに優さしい厳しい人であらねばならぬ。


(318)     水を化へて葡萄酒と成し給ふ

                           大正14年11月10日

                           『聖書之研究』304号

                           署名 内村鑑三

 

  約翰伝二章一-十一節

 

〇イエスはカナの婚筵の席に於て水を化へて葡萄酒と成し、一面に於ては主人を其窮状より拯出《たすけだ》し、他の一面に於ては弟子達に御自身の誰である乎を示し給うた。「此は休徴《しるし》の始にして其|栄《さかえ》を顕はせり、弟子彼を信ず」とあるが如し(十一節)。此はイエスが行ひ給ひし第一の奇跡であつて、或る意味から言へば模範的の奇跡であつたと云ふ事が出来る。彼は歓びの人であつて他と歓びを共にする事を好み給うた。彼は能力の人であつて、彼の為す事は凡て静かに行はれた。彼は又平民であつて彼の行動は平民の境を越えなかつた。|世に最も有りふれたる水を化して之を甘き葡萄酒と成したと云ふのである〔付○圏点〕。イエスの御性格を最も善く現はしたる奇跡である。

〇水は地上最も有ふれたる者、其味淡々として然かも無くてならぬ者である。その沢山にあつて然かも無味なる者を化して、濃き甘《うま》き葡萄酒と成し給へりと云ふ。誠にイエスに応《ふさ》はしき奇跡である。何の興味も無き平民の生涯を興味に充てるものと成し給ふ者は彼れである。常人の日々の生業《なりはひ》、年月と共に変らざる家業、之をして詩歌たらしめ、音楽たらしめ、芸術たらしむる者は彼である。神の子イエスに在りては普通の物が決して普通でなか(319)つた。水は葡萄酒であつた。礫《こいし》は宝石であつた。雑草は牡丹芍薬に勝さる珍花であつた。彼が世に降り給ひし目的の一は確かに人が普通と呼ぶものを化して価値あるものと成すにあつた。そしてイエスの御事業の此一面を示したるものが、ガリラヤのカナに於て彼が為し給へる此奇跡であつた。

〇そして是は婚姻の席に於て行はれし最も応はしき奇跡であつたと思ふ。婚姻は人生幸福の絶頂であると云ふが、同時に又平凡の生涯に入るの首途である。人生の韻文は婚姻を以て終つて、其散文は婚姻を以て始まると云ふ事が出来る。今より※〔滿/心〕《つま》らない仕事が始まるのである。夫は生業に、妻は台所に、各自その無意味なるが如くに思はるゝ生涯へと入るのである。人は人生は悲劇である喜劇であると云ふと雖も、それは文士とか天才とか称せらるゝ人の生涯を云ふのであつて、大抵の人の生涯は悲劇でも喜劇でもなく、平々淡々水の如き生涯である。之に詩もなければ歌もない。只働いて生くるのみである。誠に無味淡白の生涯であつて時には生くるの甲斐なき者の如くに思はる。然れども一たびイエスの之に臨み給ふや、水の如き生涯は化して葡萄酒の如き生涯と成るのである。日常の労働に深き意味が加はるのである。※〔滿/心〕らない物が面白くなるのである。別に人に賞めらるゝにはあらざれども、又政府又は社会又は教会に価値を認めらるゝにあらざれども、生きてゐる事其事が幸福なる事と成るのである。そしてイエスのみが此奇跡を行ひ給ふのである。イエスに会ひ奉りて農夫は田園に在りて満足し、商人は店頭に在りて満足し、工人は工場に在りて満足するに至るのである。淡味なる平民の生涯に意味と興味とを加ふる点に於てイエスの感化力は独特である。

〇近代人は何よりも快楽を求める。彼等は短き此一生を最も幸福に送らんと欲する。故に彼等は凡ての娯楽機関を要する。音楽、劇場、舞踏、漫遊と、彼等は是なくして幸福なる能はず。文化生活と称して人生を最大限度に(320)楽しまんと欲する。然れども人生は元是れ水である。淡水にあらざれば鹹水である。如何に人力を尽すと雖も之を歓楽の水たる葡萄酒に化する事は出来ない。故に近代人の凡ての努力も亦空くして彼等の生涯と雖も亦苦痛心配の連続である。|全能の神のみ水を化して甘き葡萄酒と成すことが出来る〔付○圏点〕。そしてイエスがカナの婚姻に於て水を化して葡萄酒と成し給ひしが如くに、彼は今日も猶ほ平民の普通の生涯を化して、意味ある楽しき生涯と成し給ひつゝある。而已ならず、イエスに由て化せられし生涯は、終りに近づくに従ひ其味益々高く、其恩化に与りし者をして饗筵《ふるまひ》を司りし者の言を己に繰返さしむ、曰く

  人は先づ旨《よ》き酒を進《いだ》し、酒酣なるに及びて魯《あし》き酒を進《いだ》す。然るに汝は旨き酒を今(終り)まで留置けりと(十節)。イエスに化せられて普通平凡の生涯も歓楽尽きざる生涯と成り終に無窮の生命に入るのである。

〇如此くにして、静かなる、人の目に立たざる、而かも幸福なる、効果の挙る生涯が、今日まで幾千万の其の基督信者に依て営まれたのである。幸不幸の別は、単にイエスを主として仰ぐ、仰がざるに由て定まるのである。茲に真の幸福の基本がある。我等は幸福を求めんとて職業を変へ、地位を更ふるの要はない。今置かれし地位に在りて、与へられし職業に従事して、イエスを招き奉りて、最も確実なる幸福を来しむ事が出来る。此事を知りてコリント前書七章廿四節に於けるパウロの言の意味を了る事が出来る、曰く

  兄弟よ各々召されし時に在りし所の分に止まりて神と共に居るべし

と。(六月二十五日、函館時任家の結婚式に於て)

 

(321)     世に勝つの途

                           大正14年11月10日

                           『聖書之研究』304号

                           署名 内村鑑三

 

  凡そ神に由りて生まるゝ者は世に勝つ。我等をして世に勝たしむる者は我等が信なり。誰か能く世に勝たん。イエスを神の子と信ずる者に非ずや(約翰第一書五章五節)。

〇「世」とは広い意味の詞であります。|世界〔付ごま圏点〕と云ひ、|社会〔付ごま圏点〕と云ひ、|世間〔付ごま圏点〕と云ふは凡て此事であります。親類関係と云ひ、処世問題と云ひ、成功、立身、事業等の諸問題は凡て「世」に関する問題であります。世是れ人生なりと云ひて多く間違はありません。時には誠に|うるさい〔付ごま圏点〕問題であります。然し人生の凡ての幸福は凡て世に繋《つな》がるものと思はれて居ますが故に、世を離れて人生は無いものと見て多く間違はありません。

〇|そして人の人たる所以は此世に勝つにあります〔付○圏点〕。人は此世に生れ来りて、其内に成長して、終に之に勝たねばなりません。世の者でありながら世に勝たねばならないのであります。誠に大なる矛盾であるやうに見えますが、事実は明かにして否む事が出来ません。まことに人の大小は彼が世に勝つ程度如何に依つて定まります。アレキサンダー、シーザー、成吉干《ヂンギスカン》、ナポレオン、太閤秀吉と云ふが如き人々は全世界を征服せんとした人でありまして、此世の所謂偉人であります。其他政治界の偉人と云ひ、事業界の偉人と云ふ人達は各自其活動の世界に於て他を己に征服して勝利を博した人であります。人は何人も世に生れて戦場に送られたのでありまして、勝つか負(322)けるか、其内孰れかを選ばないではならないのであります。

〇そして問題は「誰か能く世に勝たん」とのそれであります。歴山王は当時の世界を征服しましたが、己の慾を征服し得ずして、三十三歳を一期として失せました。太閤秀吉は日本を平定し、三韓を己が掌中に握りましたが、「浪花の事は夢の世の中」の一句を遺して失意失望の生涯を終りました。三菱王国の建設者なる岩崎弥太郎の最期も亦勝利凱旋のそれではなくして、其反対に憂愁多恨の最期であつたと聞きました。天下の兵を動かし、世界の富を支配し得て、世に勝つことは出来ないのであります。世に勝つとは他に勝つのではなくして己に勝つのであります。|己が衷にある世に勝つ〔付○圏点〕のであります。短かく云へば霊を以て肉に勝つのでありまして、然《さう》すれば全世界に勝つことが出来るのであります。即ち世の力を以て世に勝つに非ずして、世以外の力を以て之に勝つのであります。

〇世は兵力を以て勝つ能はず、金力を以て勝つ能はず、智力を以て勝つ能はず、然らば何を以て勝つことが出来るかと云ふに、|信を以てであります〔付○圏点〕。信は此世以外の力であります。

  それ信仰は望む所を疑はず、未だ見ざる所を憑拠《まこと》とするもの也

と希伯来書第十一章一節にあるが如くであります。又

  我等が顧みる所は見ゆる所の者に非ず、見えざる所のものなり、そは見ゆる所の者は暫時にして見えざる所の者は永遠なれば也

と云ひ、又

  我等は見る所に由らず、信仰に由りて歩むなり

(323)とパウロが曰うた通りであります(コリント後書四章十八節並に五章七節)。即ち世は|信仰を以て勝つことが出来る〔付○圏点〕と云ふのであります。

〇「信」も亦「世」と同じく広い意味の詞であります。信は|マコト〔付ごま圏点〕であります、信実と云ふが其れであります。又|マカス〔付ごま圏点〕であります、信頼と云ふが其れであります。未だ見ざるに確かに在ると認むる事であります。又証明以上に真理として受取る事であります。孰れにしろ心の働きでありまして、感覚が示す以上に真理と認め之に頼ることであります。信の概念は如何にして来りしかは心理学上の問題であるとして、その何人に取りても大なる力であることは疑ふ事は出来ません。

〇そして世は信を以て勝つことが出来ると云ふのであります。単にマコトの意味に於てするも、世は誠実を以てのみ勝つことが出来ます。世に虚偽《いつはり》多しと雖も、虚偽を以て之に勝つことは出来ません。正義はやはり最後の勝利者であります。世を欺いて一時は之に勝つた人でないではありませんが、それは暫時の勝利に止まります。ビスマークの作つた独逸帝国が五十年|経《たゝ》ずして壊れしが如き、薩長藩閥の政治家等が築き上げし新日本が今日の行詰り状態に陥りしが如き、凡て虚偽を以て世に勝ちし者は、凡てまた世の勝つ所となりました。世は誠実を以てのみ勝つことが出来ます。今日の如き道徳無能の世に在りましても、誠実が最後の勝利者であるは不思議であります。

〇然し信の本質は神を信ずることであります。見えざる神が在ると信じ、此信念を以て見ゆる世に対する事であります。それが信仰であります。そして如此くにして世に勝つことが出来ると云ふのであります。そして凡ての偉人は此如くにして世に勝つたのであります。世は大勢力であります。人は自分で之に勝つことが出来ません、(324)世以上並に自己以上の者に頼らざれば之に勝つことが出来ません。そして神は此かる勢力であります。神に頼りて弱き人も強くせられて強き世に勝つことが出来るのであります。「神を信ずるの能力」、世に之に勝るの勢力はありません。人類の歴史に於て、人が神を信じて世に勝つた事程壮大なる事はありません。其事を記す者が希伯来書第十一章であります。

〇そして其れは偉人に限つた事ではありません。御互何人も神を信じて世に勝つことが出来るのであります。偉人とは他の者ではありません、まことに神を信じた者であります。|生れながらの偉人ではありません、信じて偉人に成つたのであります〔付ごま圏点〕。信じて大なる強き世に勝つことが出来るのであります。

〇神を信ずる者が世に勝つことが出来ます。イエスを神の子と信ずる者が世に勝つことが出来るのであります。子は父を表はします。|神はイエスの如き者である〔付○圏点〕との事であります。神は単に聖き者、義しき者、強き者ではありません。愛する者、慈悲深き者、同情する者、罪を悔ゆる者を赦し給ふ者であります。神はイエスの如き者である事が判明り、彼を信じてイエスが世に勝ち給ひしが如くに我等も世に勝つ事が出来ます。

〇神は又聖霊を下して我等の弱きを助け給ひます。我等は実は自分で世に勝つに非ずして、神に由て世に勝たしめらるゝのであります。信仰は思想のことではなく、心の事であります。人の全体にかゝはる事であります。人が信仰に入る時に彼の全生涯が変るのであります。之には自分以上の神の能力が要ります。本当の信仰は自分の努力で得た信仰でなくして、神に由て与へられた信仰であります。即ち神が人に賜ふ最大の賜物であります。そして此賜物を授つた者のみが完全に自己に勝ち、其結果として完全に世に勝つことが出来るのであります。そして此の賜物を授つた者が「イエスを神の子と信ずる者」であります。|世に棄てられしイエスが神の子であると信(325)ずる事が出来るやうに成るのであります〔付△圏点〕。其信仰が起つた時に、如何なる不幸患難も我等を苦しめないのであります。神の子は今の世に在りては最も不幸なる者、人に棄られ世に蔑視《さげす》まるゝ者であるとの事が判明つて我等は慾を離れて自己に死する事が出来るのであります。是れが完全なる解脱《げだつ》であります。「イエスを神の子と信ずる事」がそれであります。如斯くにして 「イエスを神の子と信ずる事」は思想問題ではなくして実際問題であります。単に信念を以て世に勝つのではありません。「イエスを神の子と信じて」勝つのであります。(八月十六日沓掛に於て)


(326)     結婚式の辞

                           大正14年11月10日

                           『聖書之研究』304号

                           署名なし

 

  我等の内己の為に生き己の為に死る者なし、そは我等生くるも主の為に生き死るも主の為に死ぬれば也。故に或は生き或は死るも我等は主のもの也(ロマ書十四章七、八節)。

〇此は実に厳粛なる言であります。或は結婚式の言としては余りに厳粛に過ぐると云ふ人もある乎も知れません。然し乍らさうではないと信じます。人の一生に於て最も厳粛なるべき結婚式は此言を以て現はれたる精神を以て行はるべきであると信じます。

〇今や結婚は至つて軽い事のやうに思はれます。結婚は若い男女が幸福の生涯に入るの首途であるやうに思はれます。私供が彼等の幸福を願ふは云ふまでもありません。然し乍ら|真の幸福は如何にして得られる乎〔付○圏点〕、其れが問題であります。そして|幸福は幸福を目的として得られないのであります。幸福は義務を目的として得られるのであります〔付○圏点〕。今の人は幸福第一に考へますが故に、其得る幸福は至つて浅くあります。

〇結婚は人生の最大事として幸福のみを目的として行はるべきではありません。幸福以外の、そして幸福以上の或る物を目的として行はるべきであります。此点に於て日本の武士道の教ゆる所が基督教の教ゆる所と合致します。武士の家に在りては結婚は第一に君の為でありました、第二に家の為でありました、そして第三に当人の為(327)でありました。まことに個人の権利を無視するやうに聞えますが、然し之が為に比較的に潔い固い夫婦の縁が結ばれたのであります。そして|其根本の精神に於て基督教は武士道と異なりません〔付○圏点〕。基督敦に在りては人生の万事は之を神の為に行ひます。|神第一であります〔付○圏点〕。そして神と云ふ言葉の内にすべての義務が籠つて居ます。国に対する義務、社会人類に対する義務、親戚友人に対する義務、すべてが其内に籠つて居ます。故に言ふのであります、「我等信者の内に己れの為めに生くる者は一人もない、生くるはすべて神の為である」と。そして結婚も亦此精神を以て行ひます。男女二人が幸福を得る為ではありません。神の為に、国の為に、人類の為に、関係者一同の為に行ひます。其処に結婚の重大なる意義があるのであります。

〇|礼義の欠けたる所に深い交際の無いやうに、義務の欠けたる所〔付△圏点〕に深い愛情はありません。昔の武士は君の為に結婚して堅い潔い家庭を作つたのであります。基督信者も亦神に在りて神の為に結婚して堅い潔い家庭を作るのであります。


(328)     晩秋所感

                           大正14年11月10日

                           『聖書之研究』304号

                           署名 主筆

 

〇今年は善きクリスマスと静かなる年末を持ちたくあります。それが為には成るべく肉に係はる事を減じて霊に係はる事を増したくあります。此世の習慣なる物品の贈答を廃し(小児は別)全き心の休みを持ちたくあります。今年と云ふ今年こそ、ベツレヘムの静けさを我家に於て実験したくあります。友人諸君の御賛成を願ひます。

〇此世の人たちは己が意見を押通すを以て勝利であると思ひます。然し乍ら基督信者は成るべく人の意見を通うして上げたく欲《おも》ひます。信者は負けるを勝つと称し、勝つを負けると唱へます。最大の幸福は人に負けたと言はれながら心に少しも不快を感ぜざる事であります。秋の夕、四辺寂として声なき時に、我心に永久の平静の宿るを覚ゆるに優さるの幸福はありません。「何人に対しても悪意を懐かず、凡ての人に対して善意を表す」と云ふ心の状態に於て在ることが地上の天国であります。

〇世に幸福は数々ありますが、神が活きて在し給ふ事を信ずるを得しに勝さる幸福はありません。彼れ在すが故に万事は働いて益を為します。唯頼つて、祈つて、待つてゐさへすれば可いのであります。それで戦は全勝利に終るのであります。「此故に汝等の確信を投棄る勿れ」とあります(ヘブル書十章三五節)。天然と人間とを越へて神が支配し給ふとの確信を投棄てはなりません。


(329)     BE A HERO! 勇者たれ

                                                      大正14年12月20日

                                                       『聖書之研究』305号

                                                      署名なし

 

     BE A HERO!

 

 Above all things,be a hero. Say Nay when you must say Nay and Yea when you must say Yea. Be not afraid of the faces of men. They can never be stronger than God;and if they crush you, God will crush them.The strongest of men is a shadow,soon to pass away and be no more. You are afraid of ghosts when you are afraid of men;and are you not veritable cowards,you who sbrink from speaking plain truth before them? Be specially heroic in confessing Jesus Christ before heathens and unbelievers.Know that after all Jesus is the Conqueror,and that His adversaries,be they philosophers,statesmen or plutocrats,are like bats and moles hiding in the clefts of rocks“when He ariseth to shake terribly the earth.”Isaiah 2:21.

 

     勇者たれ

 

 何は兎もあれ勇者たれ。否なと言はざるべからざる場合には否なと言ふべし。然りと言はざるべからざる場合(330)には然りと言ふべし。人の面を恐るゝ勿れ。人は神より強かる能はず。彼等が若し汝を庄潰《おしつぶ》すならば神は彼等を圧潰し給ふであらう。最も強き人と雖も速に消えて跡なき蔭影たるに過ず。汝が人を恐るゝは幽霊を恐るゝのである。故に人を恐れて其前に明白なる真理を語る能はざる者は紛《まぎれ》も無き臆病者である。殊に異教徒と不信者との前にイエスキリストを認《いひあら》はすことを恐るゝ勿れ。畢竟するにイエスは最後の勝利者である。そして彼の敵は、縦しそれが学者又は政治家又は金権者であるにせよ、「ヱホバの起ちて地を震ひ動かし給ふ席には、岩の隙《はざま》に匿るゝ※〔鼠+晏〕鼠《むぐらもち》又は蝙蝠《かはほり》」の類なることを忘るゝ勿れ。イザヤ書二章廿一節。

 

(331)     私の趣味に就て

                           大正14年12月20日

                           『聖書之研究』305号

                           署名 内村

 

〇世に趣味の無い者とて私の如き者は有るまい。私に趣味と云ふ趣味は何もない。音楽の趣味がない。絵画彫刻、骨董の趣味がない。文芸の趣味が無い。野球、庭球、其他の競技の趣味がない。私の学生時代に於て私の同窓が私に与へた綽名の一は「不意気」であつた。「不意気なる無趣味の内村」と云ふが彼等が私を称ぶ時の名であつた。

〇然し乍ら無意味なる私にも亦或る種の趣味がある。それは趣味と称すべからざる趣味であるが、然し私自身に取りては趣味なるを失はない。|私の趣味第一は労働である〔付○圏点〕。私は遊ぶ事が大嫌ひで働く事が大好きである。必しも高壇に立つとか、ペンを執るとか云ふ教師の従事すべき労働に限らない。庭掃除、溝浚《どぶさら》ひ、塵埃焼《ごみや》き、悉く可なりである。地球の表面を少しなりと締麗にする事、下女下男の仕事を少しなりと軽減する事、犬馬の労を惜まざる事、私は何れも大好きである。人生に快楽多しと雖も、有益なる労働を了へた後の快楽に優さるものはない。此快楽ありて音楽劇場に耳目を喜ばすの必要は少しもない。働く丈けで私に取り人生は至つて幸福である。

〇|第二に私に研究の趣味がある〔付○圏点〕。私は深い真理を探る事を好む。私は哲学を好み、科学を好み、宗教を好む。天文、地理、歴史、動物、植物、言語学、人類学、悉く可なりである。私は小説と劇作の外は何でも読む。そして読んで之に無限の興味を感ずる。私は文学者と政治家との外は何にでも成りたくある。真理は何れの方面に探る(332)も面白くある。フイクション(小説、演劇の類)は悉く|つまらな〔付ごま圏点〕くある。フハクト(歴史、科学の類)は悉く面白くある。そして人生と天然の事実《フハクト》に接して私は毎日愉快に日を送る者である。

〇|第三に私に趣味と云ふよりも寧ろ道楽と称すべきものがある〔付○圏点〕。それは人類救済の道楽である。世界伝道である。貧民救助である。斯く云ひて私は勿論慈善家を気取るのではない。是は自分のために為す事であつて他人のために為す事でなきが故に、私は其ために、神よりも人よりも賞讃に与る資格がない。然し乍ら実際の所、自分に何等の利害関係の無き者の為に尽すは最も楽しくある。それが為に自分が何やら自分でなくなり、循つて此世の利慾愛慾より悉く離れて、此世からして天国の福祉《さいはひ》に与る事が出来る。私は善行としての慈善を誇る事は出来ない、然し乍ら道楽としての慈善は常に少しづゝ楽しみつつある事を告白する。

 

(333)     堕落の教義

                           大正14年12月20日

                           『聖書之研究』305号

                           署名 内村鑑三

 

  羅馬書七章十五節以下 〇以賽亜書一章二-六節 〇耶利米亜記十三章二三節 〇以西結書十六章三節。

〇基督教に堕落の教義と云ふものがある。それは人類は根本的に堕落した者であつて、自分で自分を救ふの能力を有たない者であると云ふことである。即ち人類の状態は|常態〔付○圏点〕ではなくして|変態〔付○圏点〕である。外部の状態は如何に発達しても其内部に於ては癒すべからざる腐敗がある。人類の進化は其極に達するも、其進化は根本的の者でない。人は生れながらにして悪人である。自己中心の動物である。白く塗りたる墓であつて、外は美くして見ゆれども内は骸骨と諸々の汚穢《けがれ》にて充つと云ふのが彼の本当の状態である。

〇人類を如此くに見るは、人類全体殊に近代人の喜ばざるは言ふまでもない。彼等は人類を尊き者として見んと欲する。生物進化の最後の産物であつて、更に無限の進化を遂ぐるの能力を有する者なりと信ずる。彼等は基督教の人類堕落の教義を、人類を侮辱すること最も甚だしき者なりと唱へる。彼等と雖も人類の欠点は之を認めざるを得ずと雖ども、是れ進化の途中に在る人類に当然在るべき現象であつて、進化の上進と共に自《おの》づから除かるべき者と信ずる。近代人は基督教の原罪の教義は既に廃《すた》れたる教義として之を顧みず、之に代ふるに人類無限進(334)化説を以てし、以て自己を慰め進歩を奨励せんとする。

〇然れども聖書が近代人と其人生観を異にするは一目瞭然である。|聖書の人生観は明かに悲観的である〔付△圏点〕。そして聖書に忠実なる基督信者は世に容れられんと欲して、人類に係はる楽観説を唱へない。聖書は全巻を通うして人類の堕落を高唱する。此事を第一に表示する者は創世記第三章の人類の始祖堕落に関する記事である。然し堕落の教義は此記事に由て起つた者でない。此記事は其一であつて、堕落の教義は創世記の記事なくとも起るべき者である。有名なるヱレミヤ記十三章二三節の言の如き明かに堕落を示す者である。

  エテオピヤ人その膚を変へ得る乎、豹その斑駁《まだら》を変へ得る乎、若し之を為し得ば悪に慣れたる汝等も善を為し得べし

と。善行不可能説を唱へたる言にして之よりも強い者はない。悪を為すに慣れたる人間が善を為すは、アフリカ人が其膚を白くし、又豹が其斑駁を除く丈け難くある、即ち不可能であるとのことである。預言者エゼキエルが当時のユダヤ人を罵りたる言に曰く

  汝の起本《おこり》、汝の誕生《うまれ》はカナンの地なり、汝の父はアモリ人、汝の母はヘテ人なり

と(以西結書十六章三節)。即ち神の選民と称せらるゝユダヤ人も、其生れつきの性如何と尋ぬれば、其起本は異邦のカナン、其父は異教のアモリ人、其母は同じくヘテ人なりとの事である。イエスも亦彼れ御在世当時の国人を呼ぶに「蝮の裔」との過激の言を以てし給うた。パウロは自己は罪に売られたる者であると公言して憚らなかつた。イザヤも亦己が国人を評して「悪を為す者の裔、足の趾《うら》より首《かうべ》まで全き所なし」と云うた。其他人類堕落に関する聖書の言は数限りなしである。人は生れながらにして善き着であつて、発達進化に由て完全に達すると(335)は、聖書の何処《どこ》を見ても記《かい》てない。「汝等悪しき者ながら善き物を其子に与ふるを知る」と曰ひ給ひて、人に多少の善心あるを認め給ひしと雖も、其本性の悪なるをイエスは明白に示し給うた。人は悪人神に叛ける者、故に滅亡に定められたる者なりとは聖書全体の教である。之を緊約したる者が羅馬書三章十節以下に於てパウロが引用せる旧約聖書の言である。

  義人なし一人も有ることなし。暁《さと》れる者なし、神を求むる者なし。皆な曲りて邪《よこしま》と成れり。善を為す者なし、一人も有るなし。その喉は破れし墓なり、その舌は詭詐《いつはり》を言ひ、其唇には蝮の毒を蔵《かく》す。其口は詛ひと苦きとにて満ち、其足は血を流さん為に疾《はや》し。残害《やぶれ》と苦難《わざはい》とは其途に遺れり。彼等は平和の道を知らず、その目前《めのまへ》に神を畏るゝの懼あることなし

と。強い言葉である。そしてパウロは人類全体に就て此く言ひて少しも憚らなかつたのである。

〇そして人生の事実が聖書の此主張を証明して余りがある。人類全体の歴史が流血の歴史である。それは野蛮時代の歴史に限らない、文明人種の歴史も亦それである。然り、文明が進歩すればする程流血が甚だしいのである。僅々十年前に、人類が在つてより未だ曾つて在つた事のない最も悲惨なる戦争が闘はれたのである。そして未だ曾つて在つた事のない残害苦難を見たのである。「其足は血を流すに疾し」とは英国人、米国人、仏国人、独逸人、日本人に 悉く当箝まる言葉である。文明の進歩は少しも彼等の殺伐の性を減じない、否な益々之を増進する。武器の精巧なる今日の如きはない。而して年と共に益々精巧に成りつゝある。そして又戦争が熄んだとは何人も信じない。より大なる大戦争が近き将来に於て起るだらうとは何人も期待する所である。「其足は血を流すに疾し」。戦時となれば牧師も伝道師も衆愚に雷同して戦争を謳歌する。彼等は勝手に聖書の言を曲げて軍旗を祝福(336)し、敵国を呪詛する。其時福音も平和もあつたものでない。彼等の平和主張は常に戦争終つて後に行はれ、戦争最中は彼等の主なる事業は平和論者の呪詛である。我等は此事を世界戦争最中に日本の牧師に於て見た。そして米国に在りては其事が日本よりも遥に甚だしかつた。米国の宗教家が敵国独逸を呪ふの激烈なりしは実に前代未聞であつた。そして基督教の教師に於て然り、其他は推して知るべしである。「其足は血を流すに疾し」。是れ人類全体の特性であることは火を見るよりも明かである。

  その喉は破れし墓なり

  その舌は詭詐を云ひ

  その唇には蝮の毒を蔵す。

此事も亦充分に世界大戦争中に事実を以つて証明された。英米人が敵国に対して盛んに行つた宣伝は何んである乎。今や宣伝とは一の術語であつて「詭詐の宣伝」を云ふ。無い事を有ると称して之を宣伝する、それが今日の所謂「宣伝」である。|そして宣伝の術に於て最も巧みなる者は、宗教のことに於て最も進歩せると称せらるゝ英米人である、殊に米属人である〔付△圏点〕。英米人が独逸に勝つたのは勇気と戦術に由つてよりは寧ろ宣伝に由つてである。彼等は敵国に関する有る事と無き事とを広く巧みに宣伝して、世界の同情を敵国より奪つて之を自己に収めたのである。そして宣伝を以つて殆んど独墺を殺した米国は、同じく亦宣伝を以つて日本を傷けた。米国人の排日に成功せるは、是れ亦宣伝に由るのであつて、日本人に関はる詭詐を広く巧みに宣伝して彼等米国人は其友邦日本に永久の傷を負はせたのである。宣伝と云へば無害のやうに聞えるが、詭詐の伝播、蝮の毒の注射と云へば其害毒の程度が推量される。

(337)〇最も進歩せる国民と称せらるゝ英米人がそれであるを知つて人類全体がまことに蝮の裔であることが判明《わか》る。勿論世には比較的に善い国と人とが無いではない。然し単に比較的である、絶対的でない。而して此事に就て国家、人類、他人の事を論究する必要はない、自分を顧みれば克く判明る。自分は罪の人でない乎。何故に自分は善を為すに難くして悪を為すに易い乎。何故に多くの場合に於て簡単なる善事さへも為し得ない乎。何故に小なる事に就いて怒る乎。何故に他人の小瑕を責むるに厳にして自分の大過を赦すに寛なる乎。悪い友には親しみ易く、良い友には近づき難い乎。悪い癖には染まり易く、善き習慣をば作り難い乎。自分自身を深く研究して見て、自分は罪に売られたる滅亡《ほろび》の子であることが明白に解るではない乎。

〇如此くにして聖書と人生の事実とは人類全体が全然堕落せるを示す。然らば我等は失望すべき乎。然り若し人以外に頼むべき者がないならば失望は当然である。人は自分で自分を救ふ事が出来ない。勿論人は国家又は人類を救ふ事が出来ない。大政治家が出でゝ国家を救うた例があると云ふは、是れ又比較的又は暫時的の事であつて、決して絶対的又は永久的の事でない。縦し暫時的たりとも救うたとして、彼は自分で救うたのではない、自分以外の或る力に頼みてゞある。コロムウエル、ワシントンと云ふやうな大政治家は皆な克く此事を知つた。我は我が国を救ひたりと言ふやうな政治家は碌な政治家でない。大政治家は凡て自己を知つた人であつた。即ち自己は価値なき者であつた、或る他の力が自己を使つて大なる事を為さしめたのであると信ずる者であつた。そして是は決して彼等の偽はりの謙遜でない。堅い真の確信である。大政治家の伝記を読んで此事に気の附かざる者は歴史を読むの眼を有たない者である。

〇人は国家人類は勿論のこと、自己をさへ救ふことが出来ない。然らば絶望すべき乎。然らずである。|神が在し(338)給ふ。罪人をさへ愛し給ふ神が在し給ふ。神は人の為めに非ず御自身の為に堕落せる人類を救ひ給ふ〔付◎圏点〕。此事も亦聖書が明かに示す所である。

  主ヱホバ斯く言ひ給ふ、イスラエルの家よ、我れ汝等の為に之を為すに非ず、汝等がその至れる国々に於て汚《けが》せし我が聖き名の為に為すなり、……我れ清き水を汝等に注ぎて汝等を清くならしめ云々

とある(以西結書三六章二二節以下)。イスラエル人に救はるべき資格があるが故に彼等は救はるゝのではない。其反対に彼等が到る所に汚せし主エホバの聖名の故に、即ち愛を以て憎に報ひ給ふヱホバ神の故に彼等は救はるべしとの事である。|神は恩を以て怨に報いん為に叛ける民を救ひ給ふとの事である〔付△圏点〕。そして聖書の到る処に同じ事が言ふてある。

  懼るゝ勿れ我れ汝と偕に在り

  驚く勿れ|我〔付○圏点〕は汝の神なり

  |我〔付○圏点〕れ汝を強くせん汝を助けん

  |我が義き右手汝を支えん

とある(以賽亜書四一章一〇節)。「我れ」である、凡ての善き事は「我れ」ヱホバより出づと云ふのである。「ヱホバの熱心之を為し給ふべし」とある(同九章七節)。人の神に対する熱心ではない、神の人に対する熱心に由て善事は行はるべしと云ふのである。「一切《すべて》のもの神より出づ」とパウロが曰ひしは此事である(コリント後書五章一八節)。

  一切のもの神より出づ、彼れキリストに由り我等をして己れと和《やわら》がしめ云々

(339)とある。我等より進んで神と和らぐのではない。和らぎたくも和らぐことが出来ない、又和らぎの心も起らない。|彼れキリストに由りて〔付○圏点〕我等をして己れと和らがしめ給ふのである。基督教の提供する救條は如此くにして成る者である。人より出るに非ず、神より出るのである。救ひの動機も神より出、其方法も神に由る。「神、キリストに由りて」である。人を除いての救ひである。神に出、神に由り、神に終る救ひである。

〇以上は救拯に関はる聖書の指示《しめし》であつて、亦信者の実験である。自己の何たる乎を明かに示されたる後に神の救拯に与つた者は、何人も其救拯の自己に因るに非ずして全然神の恩恵に因る事を知るのである。

  善なる者は我れ、即ち我肉に在らざるを知る。

  噫我れ悩める人なる哉、此の死の体《からだ》より我を救はん者は誰ぞや。

  是れ我等の主イエス基督なるが故に神に感謝す。

是れパウロの実験であつて凡ての信者の実験である。先づ第一に自己の堕落を示され(善なる者我に在らず)第二に悲惨なる状態に在るを自覚し(噫我れ悩める人なる哉)、第三に上よりの恩恵に由りて救はれしを感謝する。之をば称して「救ひの三階段」と云ふべけれ。アウガスチンも、ルーテルも、コロムウエルも、真の信者は凡て尽く此階段を経過したのである。信者が救はれて最後に発する言葉は詩百十五篇一節のそれである。

  ヱホバよ我等に帰する勿れ我等に帰する勿れ

  栄光は之を唯爾にのみ帰し給へ

  爾の憐愍《あはれみ》と真実《まこと》との故に由りて

と。我等は信仰に由りて救はるゝのであるが、其信仰までが神の賜物であることを知るのである。「汝等の信ず(340)るは神の大なる能の感動《はたらき》に由るなり」と以弗所書一章一九節に云へるが如し。

〇如此くにして|堕落の教義は救拯の基礎を作るのである〔付○圏点〕。神がキリストを以て施し給へる救拯の何たる乎は人類堕落の事実を知らずしては解らない。神は愛なりと云ふも、其愛の深さは罪の深さを知らずしては推量られない。「キリストは我等の尚ほ罪人たりし時に我等の為に死たまへり。神は之に由りて其愛を彰《あら》はし給ふ」とあるが如し(羅馬書五章八節)。(十月二十五日)

 

(341)     クリスマス夜話=私の信仰の先生

                            大正14年12月20日

                            『聖書之研兇』305号                            署名 内村鑑三

 

〇私が今の北海道大学の前身、旧札幌農学校の出身であるが故に、私を以て其最初の校長たりし米国人故ウイリヤム・S・クラーク先生の弟子の一人に算ふる者が多い。然し乍ら其れは事実でない。私が初めて札幌に行いたのは明治十年の秋であつて、其時にはクラーク先生は既に米国に帰つて札幌に居らなかつた。故に私は一度も先生より教を受けた事はなく、先生と私との間に師弟の関係は一度も成立しなかつた。勿論私は初めて札幌農学校在学中に信者に成つたのであるが故に先生の間接の感化の私に及んだ事は言ふまでもない。私の手に初めて渡りし英語の聖書はクラーク先生が携へ来りし有名なる五十冊の内の一冊であった。私はまた先生が起草せし有名なる「イエスの信者の盟約」に署名せし者の一人であつた。私は日本国の初代の基督信者中、クラーク系に属する者であることを承認し、其事を大なる誇りとする。

〇斯くて私は日本に於てはクラーク先生に接しなかつた。然れども米国に在る間に一二回、先生を其家に訪問した。其時私は先生より多くの興味ある先生の実験談を聞いた。然れども信仰の事に就ては教へられなかつた。先生は私の訪問を喜んで呉れた。然し乍ら御自身に私を教へた事のなき先生は、教師の態度を以つて私に臨まなかつた。私は米国在留中、心窃に先生の援助を期したりと雖も、先生は其時既に援助を他に供し得る地位に於て(342)なかつた。反つて私より先生に奉仕せねばならぬ境遇に於て在られた。先生は私の米国在留中に永眠せられた。然かも先生の旧友中、一人も公然立て先生の功績を述べて遺族を慰むる者がなかつた。私は堪え難く思ひ、廻らぬペンを執り、日本に於ける先生の事業を列記し、之を『アウトルツク』誌に投書して米国の社会に先生の為に弁護する所があつた。然るに何ぞ計らん私は読者より激烈なる反対を受け、其答弁に困みし程であつた。先生が其終焉に際し、米国に於て如何に失意の地位に在りし乎は、此一事に由て見て明かである。実にお気の毒の次第であつた。

〇斯くて私はクラーク先生より聖書を授かり(間接に)基督教を紹介されしも(間接に)、信仰を授けらるゝの機会を得なかつた。|私は告白して憚らない、信仰の事に於ては私は直接にも間接にもクラーク先生の弟子ではないと〔付△圏点〕。私の信仰の先生は他に在る。其人はクラーク先生の同窓の友たりし|アマスト大学総長ジユリアスH・シイリー先生である〔付○圏点〕。私に明かにキリストを示して呉れた人はクラーク先生ではなくして、シイリー先生であつた。聞く両先生は其青年時代に於て同時にアマスト大学に学び、同時に信仰を起したのであると。而して神の驚くべき摂理に由り、其一人に由て私の心に播かられし福音の種は、他の一人に由て生気をつけられて、死せる私はキリストの生命の分与にあづかる事が出来たのである。斯くて両先生何れよりするも、私の信仰はピユリタン主義の本場たる新英洲より来りたる事は確実である。私は肉体の父として日本武士を有し、霊魂の父として、排日法を布く以前の、生粋の米国人を有ちし事を誇りとする。

〇私が札幌に於て学んだ基督教は教会普通の基督教であつた。即ち聖い道徳と強い活動を教ふる基督教であつた。そして其れが日本在来の宗教道徳に優つた事は言ふまでもない。私の若い生涯がクラーク先生に由て札幌に遺さ(343)れし基督教に由て一変せられしことは明である。然し乍ら私にまだ霊魂の平和はなかつた。私は孜々として品性の完成を計る熱心なる修養者であつた。私は自から己を潔うして神の子と成らんと欲した、そして修養を積むに循つて私は随分善き基督信者であると思うた。然し乍ら私の心の底に深い平和と歓喜とはなかつた。私は善行の功績を挙げて私が基督信者たるの実を世に示さんと欲した。私の当時の理想は慈善家と成る事であつた。貧民救助、醜業婦救済が私の生涯の目的であつた。私は此目的を懐いて私の理想の国たりし米国に行いた、そして専ら慈善事業の視察並に練習に従事した。人は私の熱信を褒めた。私も亦救主の御足の跡を践みつゝあると思つた。然し乍ら私の霊魂の深い処に歓喜と満足とはなかつた。私は義務の念に駆られ自己に鞭ちつゝ慈善事業を学んだ。私は苦しい基督信者であつた。

〇恰かも此時である、私はシイリー先生の所に送られた。私は先生に於て私の理想の基督信者を見んと欲した。然るに何ぞ計らん先生は私の理想とは全然異つた人であつた。先生に於て見るべきは学識でも威厳でも活動でもなかつた。|嬰児の如き謙遜であつた〔付○圏点〕。先生は神学と哲学とに於て偉大であつたが、其偉大は少しも外に現はれなかつた。先生が其偉大なる人格と学識とを全部主イエスキリストに献げて居るを見た。之を見し私の基督教観は一変した。私は其時新たに初めて基督教に接したやうに感じた。シイリー先生は一日私を呼んで教へて呉れた。

内村、君は君の衷をのみ見るから可《いけ》ない。君は君の外を見なければいけない。何故己に省みる事を止めて十字架の上に君の罪を贖ひ給ひしイエスを仰ぎ瞻ないのか。君の為す所は、小児が植木を鉢に植えて其成長を確定《たしか》めんと欲して毎日其根を抜いて見ると同然である。何故に之を神と日光とに委ね奉り、安心して君の成長を待たぬのか。
(344)先生の此忠告に私の霊魂は醒めたのである。私は此時初めて信仰の何たる乎を教へられた。信仰は読んで字の如く信ずる事であつて働く事でない。私は修養又は善行に由て救はるゝのでない、神の子を信ずるに由て救はるゝのであるとは、シイリー先生が|はつきり〔付ごま圏点〕と私に教へて呉れた事である。斯くて先生は福音を以て私を生んで呉れた。先生は私の霊魂の父である。

〇私がシイリー先生より此教を受けたのは一八八六年であつて今より三十九年前である。其時より今日に至るまで私の信仰は変らない。私に先生の感化が無つたならば、私は唯堅い厳しい基督信者であつたであらう。或は自己の厳粛に堪えずして信仰を棄てゝ素《もと》の不信者と成つた乎も判らない。シイリー先生にキリストの十字架を示されずして、私に殆んど四十年間に渉る信仰の生涯は無つたと思ふ。

〇私はシイリー先生より信仰を学び、併せて信仰に伴ふ学問を学んだ。先生は私に凡ての知識の源としての主イエスキリストを紹介して呉れた。先生に依りて私は安心して信仰と共に学問を続ける事が出来た。知識の伴はざる信仰の甚だ危き事を先生は私に教へて呉れた。先生は私が伝道の熱心に駆られて、充分の準備を為すことなくして伝道を開始せんことを虞れた。「学問はいくら有つても足りぬ。沢山に学び置けよ、ユツクリ」と先生は度々私に忠告して呉れた。先生自身が独逸仕上げの深い学者であつた。而かも先生の学問は悉くキリストの祭壇に捧げられた。故に潔められたる学問であつて、深い丈け美くしくあつた。

〇私は年を経るもシイリー先生を忘れる事が出来ない。先生に日本に於ける私の事業の報告を為すべしとは、私が別れに臨んで先生に約束した所である。そして私は主の国に於て先生と再び相見ゆる時に、先づ第一に先生に私の伝道報告を為さんと欲する。私の取つた方法に或は先生の賛成を得る能はざる所があるかも知らない。然し(345)乍ら私の説いた福音は先生直伝の福音であつて、其事に就ては私ほ先生の満腔の賞讃を博することを期待して居る。


(346)     クリスマスの朝

                           大正14年12月20日

                           『聖書之研究』305号

                           署名 内村

 

〇此日全世界に散在する多数の友人を憶ひます。彼等は日本各地は勿論、支那、印度、英国、独逸、仏国、瑞西、に在ります。南米と北米とに在ります、濠洲と馬来半島とに在ります。私供の世界は狭いやうで広くあります。無教会信者である丈け教派の別なく、天主教の信者よりクエーカー派の人までが私供を其友人の内に算へて呉れます。クリスマスが到る毎に私供の心は世界的に又人類的に拡張します。

〇今年も亦多くの心配のあつた歳でありました。随分と厭な事がありました。然し乍ら不相変ず進歩の歳でありました。雑誌は遂々《とう/\》三百号に達しました。日曜日毎の聖書研究会は整理せられて、今は東京第一の宗教的集会であると称はれて居ます。又永年の間私供に対して懐かれし此世の誤解は解けて、今や思ひ掛けない所に於てまで私供の信仰が迎へらるゝに至りました。進歩発展の点に於て、大正十四年は私供に取り特別大書すべき歳であります。此日本国に於て、キリストの十字架の福音を懐いて、社会に闊歩し得やうとは私供は夢にも想ひませんでした。「我眼は驚くべき物を視たり」と言ふより外ありません。

○茲に私供の幸福を思ふと同時に、独り不幸に泣く此世の多くの人達に対し私供の同情を寄せます。私供は彼等の涙を拭ふ為に最大の努力を続けたく思ひます。クリスマス到る毎に私供の心ほ感謝と悲哀とに溢れます。

 

 一九二六年(大正一五年)一月-六月 六六歳


(349)     ABHORRENCE OF SELF.自己の嫌悪

                           大正15年1月10日

                           『聖書之研究』306号

                           署名なし

 

     ABHORRENCE OF SELF.

 

 Job said:I abhor myself.Tbat is the sign of true repentance. Not abhorrence of the evil world;not abhorrence of the fallen humanity;not abhorrence of this and that person;but firstly and chiefly abhorrence of one's own self;-that is the only condition of acceptance in the sight of God. Self is the seat of sin,and sin is selfishness.God abhors self;and a man,in order to be one with God,must abhor himself more than all other things. May I then abbor myself and repent in dust and ashes in the beginning Of the year and at all times;so may God's grace dwell in me,and I befound in the loveliness of Him who loved me and gave Himself for me.


     自己の嫌悪

 

〇ヨブは曰うた「我れ自己《みづから》を嫌ふ」と(ヨブ記四十二章六節)。此が真個の悔改の徴候である。罪悪の世界を嫌ふ事でない、堕落せる人類を嫌ふ事でない、此人彼人を嫌ふ事でない、先づ第一に主として我れ自身を嫌ふ事であ(350)る。これが神に受納らるゝ為の唯一の条件である。罪の所在は自我である。罪とは他の事でない、自己中心である。故に神は何よりも自我を嫌ひ給ふ。そして人が若し神と合致せんと欲すれば何よりも先づ自己を嫌はねばならぬ。願ふ新年の初頭に方りて私は自己を嫌ひて塵と灰とを被りて悔いんことを、そして常に此状態に於て在らんことを。斯くして神の恩恵は常に私の衷に宿り、嫌ふべき私は、私を愛して私の為に御自身を捨給ひし者の愛すべきに由て蔽はれ、神が私を見給ふ時に私を見給はずして、私を蔽ひ給ふ私の救主を見給はんことを。

 

(351)     私の愛国心に就て

                           大正15年1月10日

                           『聖書之研究』305号

                           署名 内村

 

〇私に愛国心が有ると思ふ。私は幾回《いくたび》も思うた、日本人にして愛国心の無い者はない、私が有つて居る丈けの愛国心は日本人たる者は誰でも有つて居ると。然るに事実は私の此想像を裏切つた。私は今日までに私が有つて居る丈けの愛国心を有たない日本人に沢山に会うた。殊に教育ある日本人にして、其官立学校に学び卒業して後に官禄に由て生活する人等にして、日本国を思ふ事至つて薄く、其利益と幸福との事に就て謀るも応ぜざる者を沢山に見た。私は今日に至つて、私は日本人中決して愛国心の不足する者でない事を発見した。然り或る時は、日本人中に私丈け日本を愛する者の他に在る耶を疑はせらるゝことがある。

〇私は青年時代に於て常に私の外国の友人に告げて曰うた、私に愛する二個のJ《ジエー》がある、其一はイエス(Jesus)であつて、其他の者は日本(Japan)であると。イエスと日本とを較べて見て、私は孰を|より〔付ごま圏点〕多く愛するか、私には解らない。其内の一を欠けば私には生きて居る甲斐がなくなる。私の一生は二者に仕へんとの熱心に励されて今日に至つた者である。私は何故に然るかを知らない。日本は決してイエスが私を愛して呉れたやうに愛して呉れなかつた。それに係はらず私は今尚日本を愛する。止むに止まれぬ愛とは此愛であらう。

〇私が日本を愛する愛は普通此国に行はるゝ国を愛する愛ではない。私の愛国心は軍国主義を以て現はれない。(352)所謂国利民福は多くの場合に於て私の愛国の心に訴へない。日本を世界第一の国と成さんと欲するのが私の祈願《ねがひ》であるが、然し乍ら武力を以て世界を統御し金力を以て之を支配せんと欲するが如き祈願は私の心に起らない。|私は日本を正義に於て世界第一の国と成さんと欲する〔付○圏点〕。「義ほ国を高くし、罪は民を辱かしむ」とあるが如くに、私は日本が義を以て起ち、義を以て世界を率ゐん事を欲する。如斯くにして私の愛国心はイザヤ、ヱレミヤ、エゼキエル、イエス、パウロ、ダンテ、ミルトン等に由て養はれた愛国心である。今日の日本に有振《ありふ》れた愛国心ではないが、然し最も高い又最も強い愛国心であると思ふ。日本の為に日本を愛するに非ずして義の為に日本を愛するのであると言ふならば多くの日本人は怒り或は笑ふであらう。然し乍ら此愛国心のみが永久に国を益し世界を益する愛国心であると信ずる。私は愛国的行為として伝道に従事する。私はミルトンが英国を救はんと欲したやうな心持を以て日本を救はんと欲する。

 

(353)     ヱレミヤ伝研究

                         大正15年1月10日-7月10日

                         『聖書之研究』306-312号

                         署名 内村鑑三述

 

     第一回 祭司の子ヱレミヤ 耶利米亜記一章一節

 

〇ヱレミヤはユダヤが産んだ最大の預言者である。彼の外に数多《あまた》の預言者があつたが、預言は彼に於て其絶頂に達したと云ふ事が出来る。ヱレミヤの偉らさは彼の時代に照合《てらしあは》して彼の預言を読んで見て判明る。ヱレミヤが解らずして聖書は解らない。又イエスキリストは解らない、随つて基督教は解らない。宗教は儀式でない、道徳である、信仰である、服従であるとは特別に彼が高調した所である。|耶利米亜〔付△圏点〕記|五十二章を通うして、ヱレミヤに由りて唯の一回たりとも奇跡が行はれりと云ふ記事はない〔付△圏点〕。又祭事礼拝に関する儀式の示されし例《ためし》は一もない。凡てが厳格なる正義の唱道である。そして預言者彼れ自身が其厳格なる実行者であつた。

  万軍のヱホバ、イスラエルの神此く言ひ給ふ、汝等の犠牲《いけにへ》に燔祭《はんさい》の物を合はせて肉を食らへ、そは我れ汝等の先祖をエジプトより導き出だせし日に、燔祭と犠牲とに就て語りしことなく又命ぜしことなし。惟我れ此事を彼等に命じたり、即ち汝等我が声を聴かば我れ汝等の神となり、汝等我が民とならん。且我が汝等に命ぜし凡ての道を行《あゆ》みて福祉《さいはひ》を享くべしと言へり(七章二一-二三節)。

(354)  ユダの人々とヱルサレムに住める者よ、汝等自から割札を行ひてヱホバに属《つ》き、己れの心の前の皮を去るべし。然らざれば汝等の悪行のために我が怒の火の如くに発して燃《もえ》ん、之を滅《け》す者なかるべし(四章四節)。

凡てが此類である。儀式を無視した言で之よりも強い者はない。若しヱレミヤが今日の羅馬天主教会又は英国聖公会又は独逸ルーテル教会の内に現はれたならば、彼等は一日も彼の彼等の間に留まる事を許さないであらう。如何なる無教会信者と雖も、預言者ヱレミヤが教会を攻撃した言よりも強い言を発した者はない。実に耶利米亜記が聖書の内に存《のこ》る間は無数金主義は基督信者の間より絶えない。

〇然るに不思議なる事には、此くも激烈に儀式と之を司りし祭司階級とを攻撃せるヱレミヤが自身祭司の子であつたのである。

  此はベニヤミンの地アナトテの祭司の一人なるヒルキヤの子ヱレミヤの言なり

とある(一章一節)。即ち祭司の子が祭司を責めたのである。恰かも僧侶の子が僧侶を責め、神官の子が神官を撃つたと同然である。然し怪しむに足りない。僧侶の弊害を最も克く知る者は僧侶である。祭司の子として生れしヱレミヤは最も克く祭司の欠点を知つた。故に彼は神の為に、然り祭司階級其物の為に祭司と祭事とを潔めんとした。而かも彼は長老教会の牧師の子として生れしロバート・インガーソルが教会を離れ信仰を棄てゝ教会を攻撃したとは全く異なり、信仰の中心に入りて、其疾病として外に現はれし害毒を去らんとしたのである。預言者アモスが農夫として教会の外より之を潔めんとせしが如くに、預言者ヱレミヤは祭司の子として其の内より之を矯めんとしたのである。

〇アナトテはヱルサレムの東北三哩に在る邑《まち》である。初めよりアロンの子孫に割当《わりあて》られし邑であつて「祭司村」(355)であつた(ヨシユア記二十一章十八節を見よ)。|ヱレミヤは祭司村に生れし祭司の子であつたのである〔付○圏点〕。彼の父をヒルキヤと云うた。ヒルキヤの名は祭司の名として普通の者であつたらしくある。歴代志略上六章四五、四六節、同廿六章十一節、ネヘミヤ記十二章七節、殊に列王紀略下廿二章四-一四節を見るべし。其内最も有名なるはヨシヤ王の時の祭司の長なるヒルキヤであつて、王と協力して宗教改革を行うた人である。そして此人がヱレミヤと同時代の人でありしが故に、或る学者は預言者を祭司の長の子と見做すのである。勿論然らずとの証拠を看出すこと能はずと雖も、而かも耶利米亜記の内に此事に関する記事なきに由て、其の然らざるを認むるが当然である。即ち預言者ヱレミヤは祭司の長ヒルキヤの子に非ずして、アナトテの祭司村に住ゐし他の祭司ヒルキヤの子として見るが当然である。

〇然れども以上の引証に由りヱレミヤの祭司関係の密接なりし事は明かである。彼ほ生粋《きつすゐ》の祭司であつた。彼の血管には最も濃厚なる祭司の血が流れて居た。而して祭司たるは耻辱に非ずして、其反対に名誉の極である。神と人との間に立ちて、神を人に紹介し、人を神に執成の聖き職に在る者である。坊主、僧侶の名が賤めらるゝに至りしは、其職の余りに高きが故に、之を涜す者の多きに因る。ヱレミヤは祭司の子として生れて聖職の家に生れたのである。彼に在りてイスラエルの神職は殆んど其理想に達したのである。米国学生間の諺に曰く「最も不品行なる学生は牧師の子なり」と。然れども事実は其然らざるを示して余りがある。最も有名なる牧師ジョナサン・エドワードの子孫は其高徳を以て名高く、彼の血統を引く米国人にして、社会各階級に渉りて枢要の地位を占むる者は数百を以つて算へらるとの事である。ビーチヤー家アボツト家ドワイト家等は孰れも牧師の家を以て有名である。而して是等の家に生れし男女にして米国の道徳的威権を維持して力ありし者の多かりしは人の克(356)く知る所である。祭司の家に生れしことを耻づる勿れ。祭司たるの理想を実現して、家を興し、国に尽す所あるべし。

〇ヱレミヤは祭司の子として生れ、イスラエルの信仰を、人として達し得る最高点にまで進めた。彼は祭司に反き、祭司は彼を攻めつゝありし間に、祭司の理想は彼に由りて実現された。驚くべき神の摂理に由りて旧約の教はアナトテの祭司ヒルキヤの子ヱレミヤに由りて其発達の極に達し、之を土台として新約は起り、福音完成の途が開かれた。|旧約の人物にして新約のイエスに最も近き者はヱレミヤであつた〔付○圏点〕》。若しイエスの前例があつたとすれば、それは預言者ヱレミヤであつた。耶利米亜記研究の興味と必要は此点に於て在る。ヱレミヤを解らずして基督教が解らないと云ふは是が為である。(九月廿七日) 〔以上、1・10〕

 

     第二回 ヱレミヤの時代

 

〇イスラエルの預言者の中に於てヱレミヤは最も著しきまた特異なる地位を占むる者である。彼に於て預言の精神は其の最高調に達したのである。旧約に顕はれたる最も深き信仰を味はんと欲せば是非とも彼を研究するの必要がある。殊に又彼の異常なる苦難殉教の生涯は、彼の後に顕はるべきナザレ人イエスを思はしむるのである。彼は生涯を通じてイザヤの所謂「悲哀の人」であつた。新約にイエスの福音を解せんと欲せば何人もヱレミヤの研究を怠つてはならない。

 先づヱレミヤの預言と信仰とを研究するに当つて必要なるは彼の生存せし年代と其の歴史的背景である。ヱレミヤは果たして何時の時代に活動せる人物である乎。之を探ぐるに当りて或確実なる年代を定むる事が必要であ(357)る。そしてバビロンの歴史、ギリシヤの史家ヘロドタスの記録及び聖書の記事等より多くの学者の永き間の研究の結果今日に於てはほゞ之を発見する事が出来た。|それは即ちヱルサレムがバビロン王ネブカドネザルに依て亡ぼされし年である。此年が西暦紀元前五八七年に相当する事は殆んど凡ての学者の一致する所である〔付○圏点〕。

 若し第一回の此のヱルサレム滅亡(イスラエルの歴史に於てヱルサレムは二度の滅亡に遭ふた。一度はバビロンにより二度目はローマによる紀元七十年なり)の年が定まれば、ヱレミヤが当時都にありて預言者として活動せる事が聖書によりて明であるから、彼の生存せる年代を明に知る事が出来るのである。紀元前五八七年は今より数へて二千五百十二年、我国神武天皇建国の第七十四年に当るのである。若し我国の歴史の年代に約六百余年の違算があるとすれば、これ実に神武天皇以前六百年となるのである。

〇馬太伝一章十一節に、「バビロンに移さるゝ頃、ヨシヤ、エコニヤと其の兄弟らとを生めり」とある。ヱルサレム滅亡に先ちヱレミヤの時代に於て四人又は五人の王がユダヤを治めたのである。即ちヨシヤ位につきてヱルサレムにて三十一年世を治め、其子ヱホアハズ之に代り僅かに三ケ月王位に在り、彼れエジプト王ネコの廃す所となり、其兄弟エリヤキム(改めてヱホアキム)立てられて十一年世を治め、次いで其子ヱホイアキン(エコニヤ)三ケ月ユダヤを支配した。此時バビロン王の軍政め来り王と民とを捕へて之をバビロンに移し、ヱホイアキンの兄弟ゼデヤキをヱルサレムに残して王たらしめたのである。彼れ世を治むること十一年、バビロンに叛せしによつて、ネブカドネザル王親ら大軍を率ゐて来りヱルサレムを包囲し遂に火を以て都城を焼きヱルサレムは茲に全く滅ぼされてしまつた(列王下二二章-二五章、歴代下三四-三六章)。故にヨシヤの即位よりヱルサレムの滅亡まで総べて五十三年六ケ月である。然るにヱレミヤの聖召がヨシヤ王の十三年とあれば、国都滅亡の時ヱレミ(358)ヤは少なくとも四十年間は預言者たるの生涯を送つて居たのである。彼は此の永き間絶えず王と民との罪を責めヱルサレムの滅亡を預言しつゝヱホバに帰向すべきをすゝめ来つたのである。次にヱレミヤが預言者としての聖召を蒙りしは何歳であつたか。之は聖書には記されて居ないけれども、ヱレミヤ記一章六節の言に依てほゞ推察する事が出来る。茲に「幼少によりて」とある原語(nahr)とは「青年」の意なりと云ふ。此の青年期を今かりに十六七歳より廿五六歳の間とすれば、先づ二十歳前後と思へば大差はないであらう。

〇ヱレミヤは斯かる弱少の身を以て神に召され万民の上と万国の上に起てられて預言者たるべき命を受けたのである。彼の聖召を二十歳の時とすればヱルサレムの滅亡はその六十歳の頃である。此時に至るまでの彼の生涯は実に不断の戦闘又患難の連続であつた。然し乍ら彼にとりての最大の失望と打撃は勿論ヱルサレムの滅亡であつた。然かも彼の悲しみは茲に終らず、ヱレミヤは敗残せる亡国の民と共に荒れたる国に留りて尚ほも神の言を宣べざるを得なかつた。そして最後に敗余の民と共に異邦エジプトの地に曳き往かれ、其処におそらく彼の殉教的生涯を終つたのであらう。

〇斯くの如き悲痛なる境遇にありてもヱレミヤの勇気と信仰は少しも挫けず、彼の精神は老年に至るに及んで益々鋭くなつた。凡ての迫害の中にも彼は神の正義を唱へて少しも譲らず、己が受けし預言者の使命を最後まで守り通した。我等は今日彼の死後二千五百余年聖書に於て彼の言を読み我等の良心を覚醒せしめられるのである。人類の文明史に於ける二千五百年は実に長年月である。斯かる遠き昔に、ヱレミヤの如き偉大なる思想と深遠なる信仰ありしを思ふて、我等は只驚嘆するほかはない。ギリシヤにソクラテス、プラトーの出でしは之より遥かに後の事に属する。バビロン、エジプトは勿論、今日二十世紀の文明世界に我等は果たして一人のヱレミヤの如(359)き人物を発見し得ようか。最も進歩せる世界思想に照らしてもヱレミヤの言は少しも劣らざるのみならず、依然として我等の信仰の大教師、人類の先達者たるの位置を失はないのである。斯かる人物を有しかゝる言を記せる聖書こそ何よりもよき神の言たるの実証ではないか。

〇次に注意すべきは滅亡前五十三年間のユダヤの有様である。此間は王政衰退、国内不振の時期であつた。其中で善き王はヨシヤ一人であつて、他は悉く悪しき王であつた。国乱れ民堕落せるは当然の結果である。加ふるに当時北方にアツシリヤ国ありて猛威を逞うし、南にエジプトの勢力の強烈なるありて、互に相睥睨してゐた。此の二大強国の間に挟まれたるユダヤ国は常に両軍の戦闘地であつた。ユダヤの存在が常に危機に瀕せるは誠に止むを得ざる所であつた。此時に位につきしがヨシヤである。彼は其性英邁にしてよく心を国政に用ひた。即位十八年即ち彼二十六歳の時に有名なる大改革を実行した。偶像崇拝を廃し其の壇を毀ち、民の間に漲る弊風を一掃した。ヱホバの家に「モーセの律法《ふみ》」が祭司ヒルキヤによりて発見せられたのも此時であつた。預言者ヱレミヤも当時アナトテにありて此の改革を喜んだ事であらう。「彼の如く心をつくし精神をつくし力を尽してモーセの律法に全く従ひ、ヱホバに帰向せし王はヨシヤの先にはあらざりき。また彼の後にも彼の如きものなし」と列王記々者は讃へてゐる。然し乍らヨシヤはまた余りに気に逸る王であつた。茲にエジプト王ネコはアツスリヤの後を継ぎしバビロンを攻略せんとて其国境なるユフラテ河をさして進み来つた。是れアツシリヤとシリヤの境ユフラテ河畔なるカルケミシの渡しを占領し、シリヤ一帯をエジプトの勢力範囲に納めんとの野心に由るのであつた。然るにヨシヤ王は進んでバビロン軍に応じ、ネコに反抗してエジプト軍をメギドンに※〔しんにょう+激の旁〕《よう》撃せんとして不幸戦死を遂げてしまつたのである。斯くて中興の業中途にして敗れ、之よりユダヤの滅亡は初まつたのである。彼に(360)代つて王たりしヱホアハズは悪しき無能なる王であつた。彼は忽ちエジプト王に廃されヱホアキムが立てられた。彼は亦悪しき王であつて神にも時勢にも逆ひバビロンに通じ之に臣服しやがて亦叛き遂にバビロンに捕へられた。次に立ちしヱホイアキン亦暗愚にして神に従はず三ケ月にしてバビロン王に攻められ民と共に異邦に捕へ移されてしまつた。最後にヱルサレムに王たりしゼデキヤ亦悪しく遂に彼の治世第十一年に最後の没落が到来したのである。

〇斯かる対外関係を有するユダヤ国の取るべき態度は実に至難の事であつた。如何にして南北にある両強国の間に己が方針を定むべきか。是れはまことにユダヤの独立に係はる最大問題であつた。此時に当つて国内の輿論はバビロンに頼るべしと主張するバビロン派とエジプトに属《つ》くべしと云ふエジプト派に分裂し、彼等は常に相反目して争を続けてゐたのである。然し乍ら此の国家の危機に際してユダヤ国の執るべき唯一の正当なる方針を教へんとせるがイザヤ、ヱレミヤの二予言者であつた。彼等の主張する所は極めて簡単明瞭であつた。

〇ユダヤは神の選民である。故にバビロンにも頼るべからず、エジプトにも頼るべからず。彼等は神を知らざる不信の民ではないか。我等の拠所は万軍の主なるヱホバの神ではないか。我等はたゞヱホバにのみ帰向し、是等両国の紛争の上に超然として断然神聖なる独立を守るべし、然らば神我等を助け給ふであらうと。然るに王達も民も此の言葉に従はず、或はバビロンにたのみ或はエジプトに通じた。そして国内に統一せる根本の方針なく国の滅亡は次第に明かになつた。殊にヱレミヤの時に至りてはユダヤは全く混乱に陥つてしまつた。此の間に彼は独り起つて徹底的に神の言葉を叫び通した。彼は最後に止むを得ざる政略としてバビロンに服従すべきを勧めた。其れが為に彼はエジプト派より国賊として迫害せられた。誰かヱレミヤの如く愛国の至情に燃ゆる者ぞ。然かも(361)ユダヤ国人の中に一人の同志をも発見せず、民は彼を国賊と呼んだのである。斯くて王も牧伯《つかさ》も祭司も民も少しも彼の警告に耳を傾けるものがなかつた。

〇此の有様を継続せるユダヤの滅亡は今は火を賭るよりも明であつた。之を憶ふて愛国者ヱレミヤの心中実に堪え難きものがあつた。あゝヱルサレムよ、ヱルサレムよとは幾度彼の心臓より出でし悲痛なる叫びであつたらう。彼は凡ての力を尽して悔改めをすゝめた。然し之等の総ての努力は全く無益に終つた。彼の最も切なる祈祷と希望に反して歴史は滅亡へと急ぎつゝあつた。之を見てヱレミヤの心には既に神の刑罰の日来り荒廃たる都の姿が明かに映じたのである。

  「嗚呼わが腸よ我が腸よ、痛苦《いたみ》心の底におよび、わが心胸《むね》とどろく。われ黙しがたし。我が霊魂よ、汝|※〔竹/孤〕《ラッパ》の声と軍の鬨を聞くなり。敗滅に敗滅のしらせあり。この地は皆荒され、わが幕屋は頃刻《にはか》にやぶれ我が幕は忽ち破られたり」。(ヱレミヤ記四章一九、二〇)(十月十一日。石原筆記)

 

     第三回 ヱレミヤの聖召 耶利米亜記一章四-十節

 

〇預言者ヱレミヤは祭司の家に祭司ヒルキヤの子としてヱルサレムの近邑アナトテの地に生れた。彼が生れし時はユダヤ国滅亡に先つ凡そ六十余年、実に内外多端の時であつた。此時彼は其の齢未だ漸く二十、遂に神に召されて神の預言者として此の多難の時代に処すべく余儀なくせられたのである。一章四節以下は彼の聖召を記す最も有名なる記録である。彼は此時、また斯くの如くにして神の聖召を蒙つた。今日の言葉を以て之を言へば、是れ彼が神の預言者たるべき|就任式〔付○圏点〕であつた。勿論是れ以前に於ても彼は深く神と交はり、己が未来の使命に関(362)してもまた或る予感を懐きし事であらう。然し乍ら彼は此時始めて或る疑ふ可からざる神の声をきゝ、確実なる経験を通して己が神に選ばれし器たるを自覚したのである。

〇彼は如何にして此の大任を授けられた乎。視よ、今万国の上に立てらるべき預言者、彼は未だ僅かに二十歳前後の一青年である。召し給ふ者は万軍の主たるヱホバの神である。彼の授かるべき職分は万国の運命に関はつてゐる。然かも其処に居る者はたゞヱレミヤと神のみ。荘厳盛大なる儀式あるに非ず、文武百官の参列するにあらず、大僧正大監督の立合あるにあらず。彼はたゞ独りヱホバの神に対ひて立ち、此の大命を授けられたのである。何と簡単なる親任式ではない乎。

〇然し乍ら其の意味の深遠なる、其の事実の重大なる之を憶へば憶ふ程実に驚くばかりである。二十歳の青年が神に代りて、「万国の上と万民の上に立てられ、或は抜き或は毀ち、或は滅ぼし或は覆《たふ》し、或は建て或は植え」る可き権能を授つたのである。彼は神によりてユダヤ一国のみならず万国の興敗までも預言すべき命を受けたのである。若し此の事が事実でないならば、是は将さに狂気の沙汰である。

〇狂気か妄想か、問題は事実に由つて定められねばならぬ。ヱレミヤの預言の言葉と、彼の生涯と人物とそして世界歴史とは此の事の事実なるを証明して余りがある。先づ此の絶大なる使命を受けし時のヱレミヤの心事を見よ。其処に最も人間らしき心情の発露が見える。彼は誇大妄想狂でなかつた。彼は自己が到底かゝる重任に堪ふる器でない事をよく自覚してゐた。自己の齢と経験と信仰が此の職分に対して余りに無力なるを知つてゐた。彼は神に対つて答へざるを得なかつた。「噫主ヱホバよ。視よ、我は幼少《をさなき》によりて語ることを知らず」。是れ彼の心より湧きし最も自然の感じであつた。そして此の言葉こそヱレミヤの人間性を示すものである。彼が決して己が(363)力を過信し、徒らに妄想に耽る人物に非ずして、最も常識と謙譲とを備へたる人らしき者であつた事を証拠だてゝ居るのである。

〇然し乍ら彼に関するヱホバの御意は動かず、再びその言はヱレミヤに臨んだ。「汝われは幼少《をさなし》どいふ勿れ」と。神は充分彼の躊躇の当然なるを知り給ふた。故に其の恐怖と躊躇に打勝つ可き理由を示し給ふた。即ちヱレミヤが自己の力によつて此の大任に当るのではない。神御自身が彼を遺はし、彼が語るべきの言葉を授け給ふのである。ヱレミヤは唯神の遣はし給ふ所に往き、其の命じ給ふ言を語りさへすればよいのである。働き給ふは神である。神が凡ての力を以て彼と偕に在し彼を救ひ給ふのである。此の言をきゝ彼は始めて信仰の磐を発見した。斯くて彼は全く神に余儀なくせられて遂に起ち、神の命じ給ふ如く其の任務を受くるに至つたのである。

〇茲に又真の預言者と偽の預言者との区別がある。前者は神の言に接し其の召を蒙り、到底己が其の器にあらざるを自覚し出来る限り之を辞せんとするのである。然かも神の御意の動かすべからざるを知り、遂に神に強ひられて止むを得ず起つて神の言を述ぶるに至るのである。之に反して偽の預言者は、未だ神の言をうけざるに自ら神の召をうけしと思ひ、我こそ真の預言者、我は之を以て起ち国を救ひ世を改めんとし、我によらずしては社会も国民も改革されずと考ふるの輩である。

〇此の事実は単にヱレミヤ一人の場合に限らない。出埃及記三章四章に於ける神の人モーセの聖召、イザヤ書六章に於ける預言者イザヤの場合、また使徒パウロの伝道の動機等を思ひみれば、彼等が神に選ばれし真の預言者であつた事が明になるのである。モーセはミデアンの祭司ヱテロの羊を牧ひ居りし時神の山ホレブにヱホバの栄光を見、神の民の救済を命ぜられた。然るに彼は到底己が其の器に非ざるを知り幾度か之を拒んだ、「我は如(364)何なる者ぞや」と。イザヤも亦聖なる聖なるヱホバ万軍の王を見まつつて、自己の穢れに堪え得なかつたのである。然し乍らそれにも拘らず遂には神に余儀なくせられて、神の言に応じ、万事を神に委ねまつつて神の預言者となつたのである。

〇神に選ばれし真の預言者は皆斯くの如くにして起つた。勿論神の命を辞するのがよいのではない。あくまで之を斥け拒む時は、却つて神の怒をまねく。斯かる者は神より授かりし最大の栄誉と幸福とを放棄し、遂に自ら神を離れて永遠の悔を己にまねくに至るのである。聖なる神の前に召されて何人も己の穢れと無力を知る。然し乍ら其時には神の御言と御力に万事をまかせて、我等は意を決して神の召に応ずべきである。

〇以上は神とヱレミヤとの間に行はれし交渉であつた。然し是は決してヱレミヤ一人に限らるゝ問題ではない。凡ての預言者、また使徒、また福音の役者、神に召さるゝ凡ての聖徒に於ても同然である。真の基督者は何人もヱレミヤの如くに神に召さるゝのである。即ち一生涯の或る時唯一人神の前に召され自己の態度を決定せしめらるゝのである。其の方法と場合と使命は異なるであらう。然し神の召は同じである。其時何人も断然意を決して此の選択を行はねばならぬ、歴史上に出でし凡ての聖徒等は皆一度此の神聖にして厳粛なる神との交渉を行へる人々である。之なくして真の生涯は無い。問題は人物の大小、能力の多寡、使命の高下ではない。たゞ我々各自が神より直接に授けられし聖召に応ずるや否やである。

〇最後に預定の問題に就て一言する必要がある。ヱレミヤの信仰に由れば、彼の預言者たるは神の預定に由ると云ふ。即ち「われ汝を腹に造らざりし先に汝を知り、汝が胎を出でざりし先に汝を聖め、汝をたてゝ万国の預言者となせり」と。彼が預言者たるは自己の選びに由らず、自己の願に由らず、之は神が予め定め、彼の免れざ(365)る先より神の御意の中に存せるものであるとの信仰である。之は歴史上神学上の大問題であつて是を主張する者、反対する者、其の論争は今日に至りても尚尽きない問題である。然し乍ら此の預定の教義は聖書の明かに主張する教であり、また我等信者の実験に照らして見て充分に証明出来る信仰である。

〇然し今其の大問題の論争は別として、少しく之を深く考ふる時は是れ決して不合理の事でない事は明かである。ヱレミヤ未だ母の胎に造られざる先に、彼が預言者たるべき事が予め神の御意の中に存在せざりしと誰か断定し得る乎。ミケランゼロが一塊の大理石の前に立ちし時、既に予め造らるべきモーセ又はダビデの像の理想が彼の心中に存在せざりしと誰が断言し得る乎。彫刻家に於てすでに然り、況して天地万物の創造者に在す全能者の御意の中に、やがて造らるべき預言者の姿の先在せし事は正に当然の事と言はざるを得ない。

〇斯くの如く預定の信仰は決して信じ難き教義に非ず、否却つて我等の信仰を強むる最も大切なる真理となるのである。此の信仰あればこそ信仰弱き我等も奮ひ起る事が出来るのである。之ありて始めて人生に意味がある。即ち我は偶然に目的なく此世に存在するに非ず、我が生れしは予め神の定めし大なる御計劃の結果にして、従つて我が生涯は或る明確なる目的を果たすべき者なるを覚るのである。我は浜の真砂の一粒ではない。我は真の個人であり我に代りて我が役目を果すべき者は他にない。我は神の大なる御計劃の一部を充たさねばならぬ。我にして之を充たさずばそれだけ造化は完くない。我は是非とも神に定められし其の目的を遂げねばならない。其れが我が生涯の最大の目的また意義である。然かも我のみではない。何人もかゝる使命をもつて生るゝのである。此の信仰を懐いて何人も真剣になるのである。

〇故に器の大小ではない、使命の高下ではない。要は神の選びに応ずるにある。勿論我等は器の出来る限り完全(366)ならん事を努むべきである。然れども更に大切なるは聖召に応じ身を神にさゝぐる事である。神は或る器を貴く或る器を卑しく造り給ふ。之は神の御意に由る。神は各自の器に随ひて其の仕事を授け給ふ。器に就ては神御自身が責任を負ひ給ふのである。只我等にとり必要なるはパウロの言へる如く、家宰《いへつかさ》が自己の務に忠実ならん事である(哥林多前四の一)。我等も亦我に定められし使命に応じ生涯を通じて忠実に之を果たさねばならぬ。(十月廿五日。石原筆記) 〔以上、2・10〕

 

     第四回 預言第一課 耶利米亜記第一章十一-十四節

 

〇ヱレミヤは齢凡そ二十の若き身を以て神に召され、万国の預言者たるべしとの聖旨を受けた。斯る大任を受けて彼は己に顧み、到底自ら其の器に非ざるを感じた。彼は偏へに之を避けんと欲した、然し其時神より彼に与へられし答は明白であつた。汝は己の力によりて預言者たるに非ず、汝はたゞ神の命ずる言を其のまゝに語ればよいのである。其の言を守り之を行ひ、之を以て万国を審くは神御自身の大能の中に存する、故に人の面を恐れずして神の言を語れとの事であつた。斯くて彼は止むを得ず神の命に従つたのである。

〇彼が此の聖召を受くるや直ちに二の異象が示された。「巴旦杏《はたんきやう》の枝」と「沸騰せる※〔金+の旁〕《なべ》」が即ちそれである。是の黙示は彼に預言の何たるか、又何を預言すべきかを教ゆる最も大切なる者であつた。ヱレミヤは之によりて預言の性質に関する神の実物教育にあづかつたのである。

 此研究に入るに先ち、預言者は如何にして神の言を受けし乎、其方法に就て一言する必要がある。之は預言者の特別の心理に属する事であり、此間題に就ては容易く我等の独断を許さない。或は一種無我の状態に於て、然(367)かも夢に於けるが如く全然自覚を失はずして示されしものであらう。勿論此点に就ては議論の余地があり、事実多くの意見が提出されてゐる。然し乍ら其の方法は何れでもよいのである、又預言者に由ても異なるであらう。|要はたゞそれが其の預言であればよい〔付○圏点〕。たゞ茲に注意すべきは、彼等が或る確かな実験を通して神の黙示を受けし事であつて、之は単なる人間の心の作用、又は自己の推理や理想と混同すべからざる事である。而して其の預言は常に道義に随ひ、真理に合するものであつて、其の真偽は、其預言に関する後世の事実の裁決を以て定まるのである。

〇扨てヱレミヤの場合は如何。彼の場合に於ても、之が夢に於てか、或は一種の無我の状態に於てか、或は実際に天然物に由て神の言を示されたか、其の方法に就ては断言出来ない。私の考ふる所に由れば、ヱレミヤは恐らく庭園又は野外に在りて実際に巴且香の樹を目前に視たのであらう。又煮え立ちたる※〔金+の旁〕を見、其の口の烟が北よりなびく事実を目撃したのであらう。そして此等の天然的事実の中に、神の黙示に由りて或る明白なる預言の意味を読んだのであると思ふ。そして斯くの如く彼の黙示を説明するは、其の預言の確実性に少しも変りはない。又彼の説かんとする真理其物は些少の害をも蒙らないのである。

〇ヱレミヤに神の大命の降りし後、彼は一日脚を戸外に運んだ。彼の心は神とユダヤ国、また万国の運命を思ひつゝ、自己の使命の重きに圧せられた。語るに友なく訴ふるに師なく、唯独り悩める心を懐いて人なき所を逍遥したであらう。時は厳冬未だ去らず樹々の梢枯れ百花又固き冬眠に就てゐた。其時ふと彼の眼に触れしは巴旦杏の小枝であつた。之を見て若き預言者の霊眼には明に神の聖意が読めたのである。巴旦杏は日本の梅の如く春未だ至らざるに百花に先ちて花を開く者である。故にヘブル文学に於ては之を Skaked(目醒め花)と称んでゐた。(368)「ヱレミヤよ汝何を見るや」との問に対して彼は直ちに答へた、シヤーケード然り神は醒めてゐ給ふ。神は|醒めて〔付○圏点〕ゐ給ふて(Shoked)彼の言を行び給ふなりと。(邦訳|速かに〔付○圏点〕Shoked は Shaked と同義で寧ろ|醒めて〔付○圏点〕とすべし)。ヱレミヤは茲に預言の性質を知つた。神の言は暫らく行はれずとも恐れてはならない。神は常に醒めゐ給ふて、必ず速やかに之を行ひ給ふのである。其の審判は意外に早く行はれる。故にたとへ暫らくヱレミヤの預言が行はれずとも決して之に失望すべきに非ず。此黙示はヱレミヤにとり実に重要なる又最も適切なる教であつた。何となれば預言者の生涯に於て彼の預言が当らずして度々世の嘲る所となり、又自己に顧みて己が預言の或は空言に非ざりしかとの不安と失望に苦しめらるゝ事あるがためである。此時に於て斯の如き黙示は実に大なる力を与るものである。預言者ハバククの如きも亦斯くの如くヱホバの黙示を受けて心に平安を得たのである。

  「此の黙示はなほ定まれる時を俟ちてその終を急ぐなり、偽ならず、若し遅くあらば待つべし。必ず臨むべし、渋滞《とどこほ》りはせじ」と。(吟巴谷書二章三節)

〇ヱレミヤならざるヱレミヤも或る意味に於て小預言者の役目を果さねばならない、我等基督信者にも神の言が命ぜられる、我等は自己に与へられし力量に応じて神の言を証明し真理を語らなければならない。そして勿論神をもキリストをも信ぜざる不信の此世は滅多に我等の言に耳を傾けず我等の証明を嘲けるのである。預言者は常に直ちに神の言をきゝ之を人に語る。故に彼等の言は此世の智慧と異なり、常に独創的である。然るに凡てを形式と習慣を以て行ふ此世は容易に其の独創の言をきかず、只自己の好む安易なる因襲に耽りて却て預言者を斥けるのである。クリスチヤンも亦或意味に於て真の預言者である、彼も又直ちに神の言を受けて之を世に証しする者である。故に此世は常に我等を憎み又我等の語る所に耳を傾けず、屡々我等の預言が当らず、福音の真理が直(369)ちに行はれざる事あらんか、彼等は力を尽して我等を批難攻撃するのである。此時が基督信者の辛き時である。殊にヱレミヤの如く、神を代表して国民の運命に関する大預言を述べし時に、屡々其の言が当らず、預言は成就せられざる時の責任と苦痛とは我等の想像以上である。斯る至難の職に就くに先ちてヱホバより此の貴き預言の第一教訓を与へられたるは誠に当然の事である。

〇ヱレミヤは巴旦杏の黙示によつて預言の性質に関する重大なる教を学んだ。之は勿論ヱレミヤに限らず凡ての預言者又聖徒に共通なる預言の性質である。然し第二に彼に示されたる黙示は之と異なり、ヱレミヤに特に命ぜられたる預言の題目であつた。即ち彼の見たる沸騰せる※〔金+獲の旁〕は神の怒を示し、其の口の烟が北より南に向へるは神の刑罰の臨むべき方向を示したのである。即ち神は背けるユダヤを罰せんが為めに北方の民を起して彼等を攻めんとするのである。※〔金+獲の旁〕はユダヤ人の通常の家具である。神に背ける選民の不義を見て心を痛めたる愛国的預言者の眼には、此の平凡なる通常の家具に於ても祖国の運命を直感したのである。

〇災北より来らんとす。神背ける民を罰し給はんとす。ヱレミヤの預言は殆んど生涯を通じて此の預言に集中してゐた。然し民は勿論かゝる預言を信じなかつた。然らず、若し災来るならば北よりに非ずして寧ろ南方エヂプトである。アラビヤの砂漠を挟んで遠きバビロンより外敵の襲来するが如き事は考ふる能はずと云うた。然しヱレミヤは神の言を疑はなかつた。災は容易に北より来らなかつた。然し彼は少しも恐れず、徹頭徹尾、災北来の預言を叫び通した。そしてヱレミヤの言は暫らく、二十年三十年は行はれなかつた。けれども遂には彼の言通りにユダヤは滅びてしまつた。然かもエヂプトに由らずして北より来れるバビロンの手に亡びた。四十年待つて彼の預言は文字通りに成就されたのである。斯くて此の二の黙示はヱレミヤの生涯の中心的事実となつた。彼に起(370)りし多くの事件は此の二つの黙示を以て説明する事が出来る。彼の生涯は実に簡単明瞭であつた。彼は一生涯同じ事を繰返して語り通した。神の命ぜし言を其儘に語る事、之が彼の生涯の事業であつた。(十一月八日、石原筆記)

 

     第五回 万国の預言者 耶利米亜記一章十五-二章十三節

 

〇 汝腰に帯して起ち、わが汝に命ずるすべての事を彼等に告げよ、その面を畏るゝ勿れ(十七節)。

  視よわれ今日この全国とユダの王と、その牧伯《つかさ》とその祭司と、その地の民の前に、汝を堅き城、鉄の柱、銅《あかがね》の牆《かき》となせり(十八節)。

 預言者とは如何なる者である乎。彼は神に選ばれ、神の召を受けて神に代つて神の言を語る者である。故に彼は何よりも先づ神のもの、神の僕である。彼の語るはたゞ神の言、彼の行ふはたゞ神の命ずる事である。彼は如何なる境遇に於ても常に神の言を忠実に宣べ、人が之を聞くも聞かざるも、神の命ずる所を明白に卒直に大胆に語らねばならない。彼は人の面を畏れてはならない。人の甘心を求めてはならない、世の批評を顧みてはならない、故に彼に属すべき何等の教会また党派また権勢の如きものはないのである。彼はたゞ神の声を聞き神と偕にあつて独り堅く立ち、凡ての人に向つて神の命ずる凡ての事を語るのである。

〇然かも彼の敵とする所は必ずしも一般人民に限らない。彼は王侯また貴族また祭司また政治家、而して又国民全体を敵として持つのである。罪は何人が行ふても罪であり、不義暴虐はたとへ王者の行ふ所であつても彼の眼には宥すべからざる悪事である。彼は世の罪を責むるに決して地位の高下、身分の貴賤を区別しない。責むべき(371)罪悪を責むるに当り、何人をも憚らないのである。彼は神がエゼキエルに語り給ひし如く、此世の諸ての不義に対する時は、其の額を金剛石の如くし、磐《いは》よりも堅くして立つのである(エゼキエル書三ノ九)。アナトテの僻村に住みし祭司の子、名もなきヱレミヤも亦斯かゝる者として神より遣はされたのである。然し彼は齢未だ成年に達した計り、頼るべき教会もなく、宗派もなく、未だ世に認められざる一青年たるのみ。けれども彼には頼るべきものが唯一つある。万軍のヱホバ彼御自身である。彼より預言者たるべき大命は授けられた。彼は最早や弱き一個の青年でない。彼は万国と万民の上に、同時に王と祭司と牧伯《つかさ》と国民全体との前に立つ預言者となつたのである。そして王も祭司も牧伯も、又国民全体が彼に逆ひ立つも、決して彼に勝つ事が出来ないといふのである。何となれば神の言が彼に在るからである。神御自身が彼の味方となり、彼と偕に戦ひ給ふからである。たとへ彼等が彼を殺すとも、彼の語りし言は却つて彼等を滅ぼし彼等を征服するに至るのである。彼は実に神に由りて、堅き城、鉄の柱、銅の牆の如く強くなつたのである。

〇預言者は斯くの如く、諸ての階級に亘り、また諸べての種類の罪悪を責めたのである。殊に寡婦又は孤児に対する不公平、或は貧者に対する圧制の如きは、最も強く彼等の義憤を呼び起した。アモス、イザヤの如きは其の最もよき代表者であつた。そして何時の代に於ても同じく、貴族、祭司、牧伯等相共に謀りて無力無権の寡婦、孤児をかすめ、貧者の生血を搾りて自己は安き倚子に臥し、籠に鳥の盈《み》つるが如く不義の財を以て其家をみたし、民の憂を顧みなかつた有様を見て如何に預言者が大いなる憤りを現し、彼等に詛ひの言葉を発せるかは誠に当然の事である。

 然し乍ら今日の我等にとりて不思議に感ずること、そして到底充分に之を理解する事の出来ないのは、|偶像崇(372)拝〔付○圏点〕に対する彼等の怒りである。彼等は他の如何なる罪を赦しても此の罪のみは赦すことが出来なかつた。彼等は如何なる不義、罪悪よりも、否、それ等凡ての罪の首として又源泉として、此の偶像崇拝を攻撃した。之に対する彼等の怒と詛ひとは到底我等の想像する能はざる事である。活ける真のヱホバの神を拝せず、木や石を以て彫める偶像を拝する事、また之に神殿を建て、祭壇を築き、国民|挙《こぞ》りて其の前に平伏して拝する有様、彼等は之を見るに堪えなかつたのである。ヱホバの礼拝と偶像崇拝、此の二者には寸毫の共存の地歩がなかつた。彼等は凡ての力を尽して之と戦ひ之を責めたのである。

  我れ彼等の凡ての悪事のために我が鞫《さばき》を彼等につげん、こは彼等我をすてゝ別《ほか》の神に香を焚《た》き、おのれの手にて作りし物を拝するにょる(一章十六節)

と。是が神の怒の源、イスラエルに神の刑罰の臨む理由であつたのである。何となれば真の神を離るゝ事が凡ての悪と罪との本であるからである。また曰く、

  わが民は二つの悪事を為せり、即ち活ける水の源なる我(神)をすてて自ら水溜《みづため》を堀れり、すなはち壊《やぶ》れたる水溜にして水を有《たも》たざる者なり(二章十三節)

と。是が預言者の戦の中心点であつたのである。そして之が亦凡ての預言者が常に国民全体の最も激烈なる反対と迫害を受けた理由であつた。ヱレミヤ記二章一節以下十三節の如きは、斯る預言の代表的の箇所であつて、之を研究して我等は、預言の中心問題、彼等の目標は何処に存したかを窺ひ知る事が出来る。

〇預言者は|偶像〔付○圏点〕を呼ぶに当て特別の名称を用ひた。二章五節には|虚しき者〔付○圏点〕、或は二章八、十一節に|益なき者〔付○圏点〕、又は一章十六、二章十一節に|別の神、神にあらざる者〔付○圏点〕とあるは皆之を指した言である。即ち偶像とは手にて作れる(373)者、虚しきもの、益なきもの、死せる者、何事をも行ひ得ざるものとの意である。(此事を最も適切に記すはイザヤ書四十四章九節以下である。偶像の如何なるものか、又偶像崇拝の如何に愚かなる業なるかを学ぶに此れ以上のよき箇所は他に無い)。而してイスラエルの民の凡ての堕落は茲に始まつたのである。彼等の不幸と罪悪とは此の源より流れ出した。彼等が若き時にヱホバに対して真実を持ち、ヱホバの神と愛の契を結び、また曠野にて彼に従つた時は、彼等の黄金時代であつた。然るに彼等は園の如き地に導かれ、其の地の佳《よ》き物を食はしめられし時に、其地に於て神々に心を移し、遂に真のヱホバの神を離るゝに至つたのである。之れヱホバに対する大いなる姦淫である。彼は之を以て神の地を汚し、其産業を憎むべき者となした。然かも祭司はヱホバに聴く事をせず、律法を扱ふ学者たちは神を知らず、牧者は彼に背き、預言者は真の神によらず、却てバアルによりて預言し、益なき偶像を拝し民も皆之を悦んだ。斯くて上下挙つて滔々と偶像崇拝に陥れる有様を見て、真の預言者ヱレミヤの心は熱せざるを得なかつた。

  汝等キツテムの諸島にわたりて見よ、また使者をケダルに遣はして斯の如き事あるや否やを詳細に察せしめよ。その神を神にあらざる者に易《か》へたる国ありや。然るに我が民はその栄を益なき物にかへたり。天よこの事を驚け、慄《おのゝ》け、いたく怖れよとヱホバ云ひ給ふ(二章十-十二節)。

何を以てイスラエルの民の愚かを形容せんか、世界の何処にかゝる愚かなる事を行へる国があらうか、彼等は真の神をかへて益なき物に其の栄を易へたのである。キツテムは今日のキプロス島(Cyprus)である。ケダルとはアラビヤ半島の東北地方、パレスチナの東方一帯を称ぶ言葉でアラビヤ人をも指すのである。(之はイシマエルの子ケダルの名より起り、彼等の子孫の住みし地方であることは創世記二十五章十三節又は十六章十二節等によつ(374)て知る事が出来る)。即ち東は遠くアラビヤの砂漠を隔てたるケダルの土地、アラビヤ人の住む所に使を遣はして問ひ、西は地中海の一島なるキプロス島にまでも渡り往きて察せしめよ、果して此の民の如き愚かをなせる国、己が神を換へ、然も栄を益なき者に易へたる民が何処にあるか、天地も此の事をきゝて驚けとヱレミヤは訴ふるのである。

〇以上はヱレミヤが二千五百年以前にユダヤに於て語りし言である。然し若し試みに今日の日本に於て、殊に此の帝都たる東京の街にヱレミヤが臨んだとせば如何であらう。此の都に満ち充ちたる幾千の神社仏閣と大小様々の社祠、その中に祭れる偶像の数々、そして之を中心として行はるゝ実に殷盛なる祭事、偶像的の儀式を彼が見たならば、如何なる言葉を発したであらうか。彼は勿論、昔ユダヤ国を責めしと同じ峻烈なる口調を以て神の怒を宣べ罪の刑罰を宣告したであらう。日本にして若し斯かる事を廃することなくば神は必ず大なる怒を以て之を焼き尽し給ふであらう。此の立派なる我が東京の市は悉く外敵の手に奪はれるであらうと。我等は斯の如きヱレミヤの言葉を聴いて黙するであらうか。否々、決して斯くの如き不吉なる暴言を赦さないであらう。此の金甌無欠の我国が亡ぶるとは何事ぞ、殊に之が外敵の手に奪はるゝ等とは途方もなき暴言、我等は到底かゝる言を吐く人を許す能はずとて彼を責むるであらう。そして又神社仏閣を拝する事が何故悪いか、汝がヱホバを拝するも、我が鬼子母神、成田山を信仰するも同然でないか。のみならず幾百万人の善男善女が帰依する貴き神信心に何の害があるか、否之あればこそ世の腐敗堕落も多少なりと防止せられ、民心の思想をも善導し得るのではないかと言ふて猛然と反対を申出づるであらう。

〇今日の我等に解し難きは此の種の予言者の怒である。彼等は諸ての悪事の源泉、諸の堕落の根本を此の偶像に(375)おいたのである。真の神を拝せず、虚しき益なき像を拝する所より、諸の悪しき事が生れ、之ありて国も社会も個人も遂に滅ぶるのであると云ふて、彼等は常に此点を最も大胆に宣べたのである。彼等が常に王者、祭司、国民全体より烈しき迫害と非難を受けたのは実に之が為めであつた。若し今日に於て此のヱレミヤの如き立場に立ち、彼の如くヱホバの言を授けられたらば如何。彼は実に至難の立場に立つ者である。そして必ず国民全体の反対不人望の中に戦ひ、遂には生命までも奪はるゝに至るであらう。

 勿論我等は今日必ずしもヱレミヤの方法を取らないであらう。然し乍ら其の精神は少しも変る所がない。我等も常に唯一の真の神を潔く拝し、他の凡ゆる偶像を排し之と戦はねばならないのである。ヘーゲルの言に、人間の誤の中にて神に関する誤謬ほど大なるものはない。人は神に就て謬つて、道徳に於て謬り、また政治、社会、教育、其他一切の事柄に於て誤に陥るのであると。哲学者の言として真に相応はしき言である。茲に亦我等の信仰の戦の本拠がある。此思想は二十世紀の言語を以てヱレミヤの精神を発表したに過ぎない。其の根本原理に於て両者の間に何等の相違はない。|真の神を正しく拝する事〔付◎圏点〕、之が諸の善事、また幸福の源であり、此点を誤りて我等は凡ての事に於て誤まらざるを得ないのである。予言者達が寸毫の仮借もなく偶像崇拝を攻撃せるは全く之が為めであつた。

〇扨て最後に残るは我等自身の問題である。我等は果たして此の標準に照らして如何、我等は現今の状態を此の儘に継続して果たして存在を保ち得るやの問題である。茲に世界歴史上の大問題がある。即ち諸ての方面に進歩せる文明を有し、また世界の最大強国と伍して地球上に活躍せんとする国家、然かも神を信ずるの信仰なき国民の運命如何である。若しヱレミヤの言を以て之を測らば問題は一目瞭然、只滅亡あるのみ。何となれば神なき(376)文明-其の軍備、政治、経済、教育機関は如何に完備せるも-之結局に於て零《ゼロ》である。ヱレミヤの所謂虚|しき者、又益なき者〔付○圏点〕であるからである。されば此の儘にて進まんか、其の行先は明白、其の命数は既に判定せられたりと言ふの外はないのである。

 故に国民の最大問題は学問に非ず、政治に非ず、軍備に非ず、或は経済問題に非ず、教育制度に非ず、|国民は神に関して如何なる観念を懐くか、是こそ存亡に係はる中心問題である〔付△圏点〕。而してこは世界万民にとりての最大問題である。ヱレミヤにとりて是は何よりも明白なる事実であつた。彼は此の尺度を以て万国の運命を測つた。ユダヤは如何、イスラエルは如何、エドムは如何、バビロン、エジプトは如何と。そして彼は明白に答へて言ふた。否、否、否と。然らば何が残るのであるか。彼は答へて言ふた。神を信ぜざる文明国は滅び、また神を棄てしユダヤ国も滅亡をまぬかれず。然し乍らユダヤの中にありて、神に選ばれ、神を信ずる少数の者が残るであらう、そして其の後が永く栄えるのであると。実に大胆極まる宣言である。かの大国バビロン、エジプトが滅亡し、かの猫額に等しき弱少のユダヤ国が存続すとの預言である。誰か彼の言を信ずる者ぞ。然かも の預言は狂妄か、真理か、二者に一である。そして此の千古の大問題を何が解決するのであるか。|歴史である〔付○圏点〕。事実である。バビロンは滅びた。エジプトは滅びた。後に幾つかの大国が起り栄えやがて衰滅に帰した。そして神を信ぜし小国民のユダヤ人は二千五百年後の今日猶世界の大勢力である。事実はヱレミヤの預言の如くに展開し来つた。驚く可き事実ではないか。此の意味に於て彼は真に万国の預言者であつた。(十一月二十二日、石原筆記) 〔以上、3・10〕

 

(377)     第六回 耶利米亜記第二章後半

 

〇ヱレミヤの時代に於てユダヤ国の周囲に種々の民族が住《すま》つた。彼等は各々己が民族の神を有し之を拝した。ユダヤの神は言ふまでもなくヱホバの神であつた。そして彼等は皆常に自己の神を拝し、如何なる事があつても其の神を変じなかつた。然るに茲に驚く可き事は神の選民と称ばれしイスラエルが自己の神を棄て他の神に心を移したことである。然かもたゞに己の神を易へたと云ふに止らず、其の活ける神を益なき偶像に易へ、其の栄光を虚《むな》しき者に易へたと云ふのである。茲に至つてはイスラエル人の背信は全く異邦人以上である。誰か其の愚かに呆れざるを得んやと。之がヱレミヤの主張であつた。神が斯くもアブラハムの子孫を祝し、限りなき恩恵を以て導き、多くの驚く可き御業《みわざ》を現はし給ひし選民が何故にかゝる愚かなる迷信に堕落せしかを思ふて何人も之を怪まざるを得ない。

〇然し乍ら今日の我等、所謂基督信者と称する者は如何。我等は此の事をイスラエルの愚かとして傍観する事が出来るか。我等も亦此の悪むべき愚かなる偶像崇拝に陥らなかつたか。世界の基督教国と称するものが果たして往時のイスラエルの如く、或は其れ以上の背信迷妄に陥らなかつたと云ふ事が出来るか。例を遠く外国に求むる迄もない。今日我等の間に我等は之を多く発見する事が出来るのである。世の所謂背教者とは何であるか。彼等もイスラエル人と同じく一度は真の神を信ぜし者である。然かも彼等の信ぜし基督教にはイスラエルの有たざる多くの歴史の証明があつた。又幾百万の貴き聖徒の血を以てせる実験があつた。なほ其ればかりではない。彼等自らも亦「一度は其の魂を照されて天よりの賜物を味ひ、聖霊に与ものとなり、神の善き言と来世の能力を(378)味ひ」、十字架の下に救の実験を持つた者である(ヘブル書六章四、五)。斯くも多くの神の恩恵を受けし後に堕落せる背教者は、実に愚かなる事を行ふ者ではないか。彼等は活ける水の源なる真の神と、神の子の福音とを棄て、全く益なきものに走つたのである。彼等の神を棄つるの理由は何であるか。或は学問、或は事業、或は政治、或は利慾、或は恋愛と云ふ低きつまらなき理由の為めに、ヱホバの神を離れ去つたのである。神なくして凡ての事業も政治も学問も虚《むな》しい。之等は皆益なき偶像に過ぎない。ヱレミヤは之等の堕落信者に向つて同じ言葉を繰返すであらう。「天よこの事を驚け、慄《おのゝ》けいたく怖れよ。そは彼 は二つの悪事をなせり、即ち活ける水の源なる神をすてゝ、自ら水溜《みづため》を掘れり、すなはち壊《やぶ》れたる水溜にして水を有《たも》たざる者なり」と。

 ヱレミヤは預言者であると同時に詩人であつた。彼の眼は平々凡々の光景の中にも深き美はしき真理を観る事が出来た。ユダヤの野に働らく農夫の生活を見て彼は其処に神とイスラエルとの深き関係を読んだ。活ける水の源なるヱホバを棄つる事、其事が凡ての悪事の根、そして神に帰る事が凡ての善事の本、ヱレミヤの唱ふる所はたゞ此の真理、実に簡単明瞭である。然し乍ら其の言は深遠、其の及ぶ所は宏大無辺である。之は最も根本的の福音的真理である。新約の教ふる福音も之れ以外の者ではない。太陽の如く明かにして青空の如く深きは斯かる真理である。

〇二十節以下はイスラエルの堕落の順序を示し亦其の結果を描《えが》いてゐる。

  「汝昔よりの軛《くびき》ををり汝の縄を截《た》ちて言ひけるは、我は事《つか》ふることをせじ」と(二十節)。

之れ凡ての神を離れ神を棄つる者の為す所である。即ち神の定むる凡ての律法に逆ふのである。彼等は凡ての束縛を破つて自己の慾を遂げんと欲するのである。何者も彼等を止むる事が出来ない。彼等自身の悪が彼等を懲ら(379)しめ、神を棄つる結果が如何に悪く且つ苦《にが》きかを自ら覚るを待つより外はないのである(十九節)。而して神を棄てし結果として、如何に怖るべき堕落に陥るかは二十節以下に明である。偶像崇拝に常に不潔極まる習慣の伴ふは古今東西変る所がない。ヱレミヤは茲に神を離れて自己の慾に動かさる民の醜状を指摘して余す所がない。彼等は神を祭ると称して実は自己の肉慾を充すに過ぎないのである。茲に偶像崇拝の勢力が在る。多くの人がキリスト教の厳格なる教を嫌ひて、自づと偶像崇拝に走らんとする傾向を示すは決して理由無き事ではない。彼等は峻厳なるキリスト教の男女道徳に堪え得ずして、安易なる偶像崇拝の下に匿れて、自己の情慾を行はん事を欲するのである。イスラエルの民が幾度か神の懲罰を蒙り乍らも、折あらばヱホバを去つて他の神々に移つたのは何であつたか、即ち「焼《や》き尽す火」なる神、「聖なる聖なる聖なる万軍のヱホバ」の栄光に自己の穢れたる暗き心を照される事を好まなかつたからである。(羅馬書一章廿節以下参照)

〇 たとひ曹達《そうだ》をもて自ら洗ひ、また多くの灰汁《あく》を加ふるとも汝の悪はわが前に汚《けが》れたりと主ヱホバいひ給ふ(二十二節)。

偶像崇拝に必ず伴ふは盛んなる儀式祭事である。彼等には宗教は道徳に非ずして儀式である。彼等は如何なる不潔を行ふも顧みない。然し凡ての祭礼の儀式は悉く之を行ふのである。罪の洗浄は只形式の事のみである。そして自己の罪を匿さんがために益々盛んに熱心に凡ての潔めの儀式を行ふのである。彼等は自己の身を洗ふに曹達を用ひ又灰汁を加へる。然し彼等は決して不潔なる行を廃めないのである。(曹達は此の地方より産出する洗濯材料である。エジプトにも亦有名なる産地がある。彼等は之を以て石鹸に代用した。斯る言葉は此書が砂漠に近き地方にて書かれし事を示してゐる)。斯くの如く外側の洗浄に重きを置くは凡ての偽善者に共通の心理であ(380)る。中世の羅馬教会の堕落も亦全く之であつた。

〇二十三、四節は決して読むに麗はしき言葉ではない。然し乍らヱレミヤが如何によく動物の習性を観察してゐたかを我等は之に由て知る。彼は天然人事百般の事に対して常に慎重犀利なる観察を怠らなかつた。彼の預言を読みて大なる興味の起るは一は之が為である。イスラエルの民が高き山の上、青木の下に妓女《あそびめ》の如く身をかゞめて偶像を拝し、之に合せて実に猥褻》極る習慣に耽る有様を見てヱレミヤは憤激せざるを得なかつた。彼は民を動物に譬へ、殊に性慾の為に風にあへぐ牝驢馬《めろば》、また牝駱駝に擬する事を躊躇しなかつたのである。

〇而して之等凡ての堕落は何処より来たか。勿論ヱホバを棄てしが故なりとヱレミヤは答へた。彼等が若し悔いてヱホバに立帰らば、彼等の罪は緋の如くなるも雪の如くになる事を得るのである。彼等が如何に自ら曹達を以て身を洗ひ、灰汁を以て之を潔むるとも、其の行為によつて彼等の悪と汚れとはヱホバの前に潔くならない。|たゞヱホバに帰る事〔付○圏点〕、罪のままにて神に来り罪を悔いて神と和ぐ事、其事が凡ての善事の始めである。之なくして他の如何なる工夫も努力も無効である。茲に信仰と道徳との根本的の区別がある。宗教は儀式ではない、道徳である。勿論である。けれども如何にして其清き道徳を行ひ得るか。信仰の道である。ヱホバに帰り来る事である。然るに明治大正の日本に於けるが如く、道徳々々と云ひて、日も夜も足らざる程道徳が唱へられ乍ら、今日見るが如き反対の結果を産みしは此事実を最もよく証明する者である。|汝先づ神と義しき関係に入れ〔付○圏点〕、さらば汝は凡ての事に於て義しくある事が出来るであらう。(十二月六日、石原筆記)

 

     第七回 耶利米亜記第三章

 

〇神とイスラエルとの関係を説くに、ヱレミヤは之を父と子と言はずして、|夫と妻との関係に譬へた〔付○圏点〕。然し乍ら此の夫婦関係たる、勿論今日欧米諸国、殊に米国に行はるゝが如き、一種変態の夫婦関係を指すものでない。聖書に示す所のものは厳密の意味に於て、対等よりは寧ろ主従の関係に近きものであつて、却つて東洋に於けるものに近き者である。譬へば創世記にある如く、サラが夫なるアブラハムを我が主と呼びしが如きものである。

〇即ち|神は夫、民は其の妻である〔付○圏点〕。故に神は民の主たるべき者、民は神の従であらねばならぬ。そしてヱホバの神は己が選民となせる妻なるイスラエルに対して常に最も忠実に違はざるの夫であつた。彼は其民イスラエルを凡ての仇より守り、凡ての恩恵を施して之を愛し給うた。然るに此の信実なる夫に対する妻たるイスラエルの執り来りし態度はどうであつたか。彼女は常に其の夫なるヱホバに背き、之に報ゆるに不信、不実、不貞を以てした。彼女は幾度か偶像に心を奪はれて其の夫を棄て偶像と姦淫を行うたのである。然かも恩恵と忍耐とに富み給ふヱホバは之を棄てず、其の不義の妻たる民の罪を赦し、彼女を再び神のものとして娶らん事を望み給うた。斯くて預言者に由りて彼等に悔改を促し給うたのである。

  汝はおほくの者と姦淫を行へり、されど汝我に皈《かへ》れよとヱホバ言ひ給ふ(一節)。

と。是れ実に大いなる愛の申出である。然し乍ら愚かにして迷へる民は此の恵みの言に聴かなかつた。彼等は依然として己が真の夫ヱホバを顧みず、異邦の神々に往き、凡ての高き山に登り、凡ての青樹の下にて姦淫を行うたのである(六節)。彼等は決して其の悪しき行を悔いんことを求めなかつた。茲に於て神は止むを得ず彼等に離縁状をわたして之を出し給うた。然かも神は永遠に彼等の悔改を待ちつゝ居給ふのである。

。一度は義の為めに不義なる妻を出し給ひし神は、彼が第一の妻として召し給うたイスラエルを忘れる事が出来(382)なかつた。彼等の離反と共に神の愛は益々深刻になつた。彼は如何にもして之を最初の愛に戻さんと欲し給うた。かくて又幾度か預言者を送り、彼女の悔改めをすゝめ給うた。然かも神は其の不義の妻に何の償ひも要求し給はなかつた。たゞ罪のまゝにてヱホバに帰ればよい。然らば前の凡ての不義をいやし、罪を悉く赦し、再び最初の愛の関係に入らしむべきを説いたのである。此点を最も切実に語りしものは預言者ホゼアであつた。彼はイスラエルの罪と帰順に就ての神の御心を民に告げんが為めに、自ら神の命によつて淫行の婦人を娶つた(ホゼア書一章参照)。彼の家庭的悲劇を通して彼は離反せるイスラエルに対する愛なる神の御心を示したのである。

  イスラエルよ、我れいかで汝をわたさんや、我れいかで汝をアデマのごとくせんや、争で汝をゼボイムのごとくせんや、我が心わが衷に変りて、我の愛憐こと/”\く燃おこれり(ホゼア書十一章八節)。

ヱレミヤも亦之と同じき神の愛心を以てイスラエルに悔改めをすゝむるのである。

  ヱホバ言ひたまふ、背ける衆子《こどもら》よ、我にかへれ、そはわれ汝等を娶ればなり(十四節)。

〇八節「イスラエルと其の悖《もと》れる姉妹なるユダ」 之に就て一言するの必要がある。パレスチナは元来地中海に沿へる甚だ狭き一地帯であつて、南北に長く約百四十哩、東西は平均四十哩内外、其の面積は略日本の関八州に福島県を加へたるものに等しく、或は英国ウエールス位の大さの土地である。イスラエル民族は茲に発展し、遂にダビデ、ソロモン時代に至つて王国が建設せられた。然るにソロモン王の死後、其子レホボアムの治世に北方諸族の離叛によりて遂に王国は南北の二つに分裂し、北方をイスラエル、南方をユダと呼び、今日に至つたのである。茲に「イスラエルと其の悖れる姉妹なるユダ」とは即ち之を云ふのである。神は先づ北方イスラエルに対して預言者を遣はし、彼等の罪を責め、ヱホバへの帰順を命じ給うた。然るに其の効を奏せず。イスラエルはユ(383)ダヤに先だつ約百五十年、遂にアツスリヤによりて滅亡したのである。茲に於て神は更に南方のユダに対して其の預言者を送り、之に悔改をすゝめ給うたのである。イスラエルの滅亡に鑑みて、ユダは之を懼れて神に帰るならんと思はれた。然しイスラエルに対する刑罰は少しもユダに益とならなかつた。「その悖れる姉妹なるユダは懼れずして往きて姦淫を行ふ、我之を見る」と神は預言者に由て語り給うた(八-十節)。斯くてユダヤも亦神に帰らずして遂にバビロンに由て滅亡の悲運に遭ふのである。現今世界に所謂ユダヤ人とは此ユダヤ人の後裔であつて先きに滅びしイスラエル人の残余は果たして如何に成りしやは未だ歴史上の問題である。いづれにしろ此のユダヤ人とイスラエル人とが最後に一となりて帰り来るとは聖書の所々に示されたる思想であつて、其の実現如何は未来の歴史に関する興味深き又重要なる問題である。

〇 ヱホバ言ひ給ふ、背けるイスラエルよ、帰れ、我れ怒の面を汝らに向けじ、我は矜恤《あはれみ》あるものなり、限りなく怒を含み居ることあらじ。汝ただ汝の罪を認《いひあら》せ(十二、十三節)。

之はヱホバに背き罪を重ねたる民に対する恩恵の約束である。無条件の罪の赦しである。たゞ己の罪を認めて、罪のままにて帰り来れとの愛の召《まね》きである。然るに彼等は此の愛の言に応じない。彼は妻の誓に反《そむ》きてその夫を棄つるが如くヱホバに背いたのである。茲に於てヱレミヤは神の愛の深さと、民の叛逆の頑迷とを思ふて、或は泣き或は憤り、彼等の悔攻を望んだのである。二十一節以下の言葉は彼が未だ悔いざる民が既に悔いしが如くにして彼等に代りて言うた言である。

  「声山の上に聞ゆ、是はイスラエルの民の悲み祈るなり」

と。二十二節の前半は神の声、後半は民の声である。茲に神の声と人の声と合してヱホバに悦ばしき言葉となつ(384)たのである。二十三節はエホバに対する信頼の言、二十四節は民が己の過去の罪と恥とを認めし事を予想せるヱレミヤの言葉である。彼が神に向ひ民を代表して祈る切々たる悔改の言葉である。

〇斯くも深き愛を以て神は民の悔改め、ヱホバへの帰順を要め給うた。然かも斯くの如く神の憐憫に酔ひたる預言者の声も、遂に彼等を其の離反、不信より引戻す事が出来なかつた。最後に神は其の独子を遣はし民を己に帰らしめんと欲し給うた。然るにあくまで頑迷なる人の子は之をも受けず、自らの傷を癒され、救はれんが為めに其の光に来る事を拒んだ。神の絶大の愛も恩みも遂に背けるユダヤ人を其の不信より立帰らしむる機会とならず、彼等は却て神の子を嘲り迫害しそして最後に之を十字架に釘けて殺してしまつたのである。実に人類の歴史に此れ以上の悲痛なる事実はなかつた。神の選民の歴史は一面是れ叛逆の歴史である。

〇彼等イスラエルは何故に帰る事が出来なかつたか。第一に彼等はヱホバの神よりもカナンの偶像を愛したからである。然しそればかりではない。第二に彼等は先づ己を潔くし、神に受けらるゝの資格を作りて然る後に神に帰らんとしたからである。彼等は罪のまゝヱホバに帰る事、其事が全く罪を赦され、神に受けらるゝの唯一の途なる事を信じ得なかつたのである。神の無限の愛を信じ得なかつたからである。罪のまゝにて大胆に恩恵の座に帰る事、之が最善の途、福音の道である。(二月二十日、石原筆記) 〔以上、5・10〕

 

     第八回 耶利米亜記第四章

 

〇此章に記されたヱレミヤの預言は、預言文学として最も代表的であると同時に、最も著しくヱレミヤの特性を発揮せるものである。前に第一章に記されたる「沸騰《にえたつ》たる※〔金+獲の旁〕《なべ》」の黙示は、茲に於て更に其意味が明白となり、予(385)感としてヱレミヤの心を襲つた北方の災禍は今や世界歴史の大変動に由て事実となつて臨みつゝあるに至つた。北方民族の移動と之に伴ふ戦乱の惨劇の噂さが、早くも若き予言者の心に来るべきヱホバの怒を直感せしめたのである。

〇扨て此の章を通読して何人も直ちに感ずる事は、第一に|之が特に青年の言なる事、然かも最も鋭敏なる感情を備へたる青年の口より出でしものなる事である〔付○圏点〕。其言が熱烈で感情的で、万事を極言し、断定を恐れざるが其の特徴である。次に彼の道義的観念が非常に鞏固なりし事、及び彼の良心が特別に鋭敏なりし事である。彼は一般の人々には感ぜざる罪を感じ、歴史的変動の中に神の審判を読む事が出来た。第三に彼が最も優れたる詩的情想の発達せる人でありし事も疑ふの余地がない。而して最後に彼が実に高貴にして熱烈なる愛国者であつたことである。彼れ以上に清く深く其の祖国を愛せし人を他に求むる事は出来ない。十九、廿節の如きは彼の至純なる愛国心が自国の滅亡に瀕せるを見て、最も悲壮なる言として彼の腸より迸つたものである。

  嗚呼わが腸《はらわた》よ我が腸よ、痛み心の底に及び、我が心胸《むね》とゞろく。我れ黙しがたし。我が霊魂よ、汝※〔竹/孤〕の声と軍の鬨《さわぎ》をきくなり、敗滅《ほろび》に敗滅《ほろび》のしらせあり、此地は皆荒され、我が幕屋は頃刻《にはか》に敗られ、我が幕は忽ち破られたり。

と。(八章廿二節、九章一節等を参照)

〇斯くの如き預言を呼び起せる直接の原因、外的事情は抑も何であつた乎。此事を知るは彼の言を解する上に最も必要である。其の事は今に於て確実に之を知ることは不可能としても大略次の事は歴史の上に明である。即ち、当時西方亜細亜一帯に亘つて民族的一大変動が行はれつゝあつた。紀元前六百四十一年アツシリヤ王が之を平定(386)して以来暫らく続いた政治組織は紀元前六百二十五年頃、メヂヤ人のアツシリヤに叛旗を翩すに至つて一派瀾が起された。此の背叛は直接成功しなかつたが、其年アツシリヤ王アツシユルバニパルの死と共に、政権は次第にバビロンの将ナボポラサルに移り、続いてメヂヤは之と同盟して再三アツシリヤを攻略し遂に之を滅ぼすに至つた。然るに茲に更に北方より恐るべき一民族が現はれ、南下してメヂヤ其他の西方の諸国を襲うたのである。之等の政治的動揺の中に此の北方民族の出現は大なる恐怖の的《まと》となつた。

〇此の北方の民族をギリシヤの歴史家はスクテヤ人(Scythians)と称した。スクテヤ人は始め黒海の北岸、今のロシヤの南部の草原に住し、極めて勇壮剽悍なる遊牧の民であつた。彼等は一定の住所なく漂浪の生活を営み時に掠奪を行うた。彼等が何故に南下せるかは明かならず、或は飢饉の為めか、又は単に掠奪のためか、或はメヂヤに通じてアツシリヤを攻むる為めか、兎に角彼等は黒海沿岸をめぐり、比較的肥沃なる西方亜細亜の平地へと侵入したのである。彼等は皆馬に乗り、投鎗を善く用ひ、其の行動は敏速で、其の惨虐は猛烈を極めた。其の侵入をうけた国々は彼等の強暴に戦慄したのである。今ヱレミヤの聖召を紀元前六百二十六七年とすれば、彼が「北方の民」、また「北方より来る災」と云ひしは、此章に録されし記事と対照してて此のスクテヤ人であつた事が推定される。「獅子は其の森より出でゝ上り」とか、「其車は颶風《はやて》の如くにして其の馬は鷲よりも疾《はや》し」とある言は確かに彼等の習性を写せるものである。

〇今や恐るべき北方の民族の襲来するとの噂がユダヤ全国に響き亘つた。彼等は兼ねてきける是等の残虐の民の為に早くも気を喪はんとしたのである。此の恐怖に襲はれつゝある民に向つて、ヱレミヤは此言を発したのである。之等の事情を想像して此の章を読むに非ざれば充分に其の意味を探る事が出来ない。曰く、

(387)  汝等ユダに告げヱレサレムに示して言へ、※〔竹/孤〕を国の中に吹け!  シオンに指示《しめ》す合図《あひづ》の旗をたてよ。

  逃げよ、留まる勿れ、我れ北より災と大なる敗壊《ほろび》を来らすればなり。

  獅子は其森より出で上り、国々を滅す者は進み来る、彼れ汝の国を荒さんとして既に其処を出でたり。

と(六節、七節)。黒雲空を蔽ふて暴風は来らんとするのである。※〔竹/孤〕を吹き旗をかゝげて、其の襲来を警告せよといふのである。斯る言葉を以てヱレミヤは徒らに民の恐怖心を増さんとするのではない。彼には明白なる目的があつた。此の来らんとする大災禍は、民の罪に対する神の刑罰を示すものであつた。「此の災を呼べるは即ち汝の罪なり」と彼は言ふのである。若し民にして速かに其罪を悔いずば、彼等の悪行の為に神の怒は火の如く焼え、之を消すものなしと言ふのである。ヱレミヤの目的は民の悔改にあつた。故に災の来るを告ぐると同時に之を避くるの途を示した。

  この故に汝等麻の衣を身にまとjひて悲しみ哭《なげ》け、そはヱホバの烈しき怒いまだ我等を離れざればなり。

と(八節)。また十四節に曰ふ、

  ヱルサレムよ汝の心の悪をあらひ潔めよ、然らば救はれん、汝の悪き念いつまで汝のうちにあるや。

と。然かし民に悔攻の徴候は見えない。神の刑罰の到底免る能はざるを知るヱレミヤには、此の外敵の襲来とユダヤ国の滅亡とヱレサレムの破壊は最早や事実として彼の心を見へたのである。

  われ地を見るに形なくして空くあり、天を仰ぐに其処に光なし、我れ山を見るに皆震へ、また諸《すべ》ての丘も動(388)けり、我れ見るに人あることなし、天空《そら》の鳥も皆飛びされり(二十三-二十五節)。

斯くて彼の言葉は絶望の悲調をつゞける。「あゝ我は禍なる哉、我が霊魂、殺す者のために疲れはてぬ」と。

〇以上はヱレミヤの預言であつた。然し乍ら果たして此の預言は実現されたであらうか。世界歴史上の事実は此の言の如く成就したであらうか。|此の預言は遂にヱレミヤの言葉通りには実現されなかつた〔付○圏点〕。ユダヤを襲はんとする低気圧は中途にして其方向を転じ、何かの理由の為めにスクテヤ人は遂にユダヤに侵入せずに過ぎた。斯くて事実はヱレミヤの預言に相違してユダヤは彼等の惨虐を蒙むる事を免かれたのである。

〇茲に於て世の批評家等は預言者を嘲つ言ふであらう。ヱレミヤは斯くも極端なる言葉を以てユダヤの刑罰を預言せしも遂に彼の言は当らなかつたではないか。故に彼の熱心には尊敬を表するも然し彼の言は必しも神の直接の霊感に由るものではない。よし又直接彼が神の言葉に接したとするも、あれ程までに過激に罪を責めずとも他に方法があつたでないか。彼は神の真理よりも己の感情に支配されたのではないかと。

〇ヱレミヤの預言は此場合たしかに適中しなかつた。然しそれにも拘らず彼は彼の預言を廃めなかつた。彼は益々大胆に神の言を唱へた。然かも彼の過激なる調子、一生懸命の態度は依然として変らなかつた。彼は一生涯言を尽して神の正義を宣べて屈しなかつた。(一月十七日 石原記)

 

     第九回 耶利米亜記第五章

 

〇此章は大体に於て前章の続きである。前章に於てヱレミヤはユダヤが北より来る災禍《わざわひ》によりて滅《ほろ》ぶべき事を預言した。然し其の北方の民スクテヤ人は遂にユダヤに侵入せずして災禍の暴風は過ぎヱレミヤの預言は失敗に終(389)つた。然し乍ら其為めに彼は少しも預言を廃する事なく最後まで民の罪に対するヱホバの怒とユダヤの滅亡を唱へて止まなかつた。そして彼の預言は一時暫らくは成就せられなかつたけれども、遂に其の言が文字通りに行はれてヱレサレムは滅びて荒地となり、民は或は殺され或は遠き国に捕囚の運命を味ふの時期が到来したのである。

○ 汝等ヱレサレムの邑をめぐりて視且つ察《さと》り、其の街を尋ねよ、汝等若し一人の公義を行ひ真理を求むる者に逢はゞ我れヱルサレムを赦すべし(一節)。

とある。ヱレミヤはヱルサレムに神の正しき刑罰の来るべきを思ひ、如何にもして其中に神の赦を乞ふの理由を発見せんと努めた。たとへ少数なりとも真にヱホバを畏れ公義を行ふ者があるかと考へて見た。然し彼の此の期待は裏切られた。彼等は「ヱホバは活く」と言ひて口にヱホバの名を称《とな》ふると雖も実は偽りであつた。誠実を顧み給ふ神の前には斯の如きは全く無益の業である。「彼等は幾度神の刑罰を受くるも其の痛苦《いたみ》をおぼえず、滅ぼさるゝも懲治《いましめ》を受けず、其の面を磐よりも硬くして帰る事を拒んだ」(二、三節)。茲に於てヱレミヤは思うた。彼等が斯くも愚かにして神の懲治を受けず、神の教に耳を傾けざるは、彼等が皆卑しき民衆なるが故ではないかと。故に彼は再び眼を転じて身分卑しからざる上流貴族階級を見た。其処には真に神を畏れ神の鞫《さばき》を悟る者が在るではないかと思うた。けれども之また空しき希望であつた。彼等も亦皆神の軛を折り、ヱホバの縛を断ちて迷ひ出でし者であつた。(四、五節)

〇遂にヱレミヤは貴賤上下を通じて其の何処にも一人の真にヱホバを畏れ正義を行ふ者を発見し得なかつたのである。昔し神の使者がソドムとゴモラを滅ぼさんと出で来りし時、アブラハムはソドムの民の為めに神に乞ふて、若し其処に五十人、或は三十人、或は二十人、或は十人の、義しき者あらば其者の為めにソドムを赦されん事を(390)願つた。然し乍らソドムには遂に其の十人の義人を発見する事能はずして、其邑は天より降りし硫黄と火の為めに焼き滅ぼされた。ヱレミヤは今此のヱレサレムの都に対して到底神の刑罰の避く可からざるを認めたのである。

  故に林より出る獅子は彼等を殺し、アラバの狼は彼等を滅ぼし、豹は其の邑をねらふ、此処り出る者は皆裂かるべし、そは其罪おほく、その背違甚だしければなり(六節)

と。或は曰く

  我これらの事の為めに彼等を罰せざらんや、我心は斯くの如き民に仇を復さざらんや(九節及廿九節)。視よ我れ汝の口にある我言を火となし此民を薪となさん。其火彼等を焚き尽すべし(十四節)。

斯くてヱレミヤの言は殆んど絶望的であつた。彼の前にはたゞ暗黒が横はつて居た。たゞ其の暗き中に唯一の光を投ぐるは十節十八節である。

  されど其時我れこと/”\くは汝を滅ぼさじとヱホバいひ給ふ。

此の言のみが真暗な絶望の夜に希望の光として輝くのである。(イザヤ六章十三節参照)

〇ヱレミヤの此等の言を読みて、我等は之を極端なりとして斥くる事を慎まねばならぬ。「一人の公義を行ひ真理を求むる者なし」と。如何にも思切つた極端の言であるが如く聞ゆる。然し静かに之を考へて見ねばならぬ。若しかりにヱレミヤが今日我国の東京なり大阪なり又札幌なりに来て見た事を想像するならば、之れ決して過激にもあらず誇張にも非ずして、最も事実の真相を穿てる宣言なることを知るのである。勿論我等の如きものが之を見るのではない、ヱレミヤの如き予言者、神が特別に潔め選び遣はし給ひし神の人が之を観るのである。斯かる潔き神の人の眼に曝《さら》されて、果たして我等は一人の真に公義を行ひ真理を求むる人を此等の都市より見出し得(391)るであらうか。何処に斯かる人が居るか、労働者の中にか、官吏の間にか、商人の中にか、学者、貴族の中にか、又日比谷に集まるかの多数の政治家の中にか、また教会、其の監督、牧師の間に於てか、否々、我等は斯く考へ来つてヱレミヤの此の言が決して事実を誤らざるを覚るのである。

〇然しユダヤには少なくもヱレミヤが居つた。我国に於ては彼も居らないのである。義人一人もあるなしとてヱホバの怒を以て民を責めたヱレミヤを持つたユダヤは其点に於て我国に優る幾許であるか知れない。之に反して我国にあるは無宗教の民衆である。其の民衆に選挙されし政治家である。其の政治家に支配さるゝ国民である。斯くて我等は皆上下を通じて悪より悪へと進むのみである。斯かる民が若しヱホバの怒によりて滅ぼさるゝとも、そは少しも不思議の事ではない。ヱレミヤは亦我等に対しても言ふのである。

  我民の中に悪しき者あり、網を張る者の如くに身をかがめてうかがひ、罠《わな》を置きて人を捕ふ、籠に鳥の盈《み》つる如く不義の財彼等の家に充つ。斯の故に彼等は大なる者となり、富める者となる、彼等は肥えて光沢《つや》あり、其の悪しき行甚だし(二六、二七節)。

と。毎日の新聞紙によりて報道せらるゝ我国今日の現状が最も適切に斯かる言葉を説明するのである。然かるに此の社会に対して一人の義憤を発する者が無いのである。誰も自ら起つて此の如き民に神の怒を告げ其の刑罰を警告する者が居ない。誰も彼等の罪を責めて其の良心に正義の威厳を恢復せんと企つる者がない。神の僕たるべき信者の間よりすら此の声を聞かないのである。かつては英国に於て斯る熱心なる叫びを民の中より聞く事が出来た。旧き清教徒の米国に於て之があつた。其時には国の基礎は鞏固なるを得た。其社会は比較的に清くある事が出来た。然るに今や英米に於ても之を聞く事が出来ない。今は妥協の世、姦淫の世となつたのである。

(392) 斯る時代にあつて勢力を振ふ者は所謂偽りの預言者、偽りの教師である。彼等は不義の民の心を迎へんがために偽りて預言し、祭司は又彼等の言に随つて民を治むるのである。而して民は亦斯かる事を愛するのである(三十節)。|偽りの預言者と偽りの祭司と偽りの民〔付△圏点〕と、茲に至つて国は最早や滅亡したのである。国を毒する者は偽りの預言者である、而して偽りの信者である。彼等は共同して実に国を毒し、民を紊し地を荒す最も甚だしき者である。今日の我国の有様は如何、偽の預言者とは誰か、偽りの祭司とは誰か、神に頼らずして此世の権者、富者に頼り、彼等を特に貴び彼等を其の教会に引入れ、彼等の助けを仰がんとするものではないか。彼等の反対を恐れ、専ら彼等の甘心を得んがために、少しも彼等に罪の悔改めを説かず、真理の光を常に匿して、只社会奉仕をのみ説くではないか。

  此地に驚くべき憎むべき事行はる、

  預言者は偽はりて預言し、

  祭司は彼等の手に依りて治む、

  而して我が民は斯《かゝ》る事を愛す。

  されば汝等終に何を為さんとするや。

此はヱレミヤの言である。偽りの教師と、偽りの牧師と偽りの信者と、是等三つが揃《そろ》うて教会は廃れ国は亡ぶのである。教師ばかりの罪でない、民が偽りの教師を愛するからである。(一月三十日、石原記) 〔以上、6・10〕

 

(393)  編者曰ふ。筆者に止み難き事情あり、第六第七章の講演筆記は之を廃棄する事とせり。依て第八章以下の分を第十回以下の筆記として掲載せり。読者の之を諒とせられん事を願ふ。

 

     第十回 耶利米亜記第八章四節以下

 

〇此の章を一読して感ずる事は、其の全体に亘つて実にヱレミヤ的の語調と思想に満ち溢るゝ事である。一言一句彼の心臓より迸流する言は深く我等の心を撞つのである。然し乍ら其中には又多く聖書を読まざる人々にまで知れわたれる二三の有名なる言葉がある。第七節、十一節、廿二節の如きは其の代表的のものである。

  天空《そら》の鶴はその定期《とき》を知り、斑鳩《やまばと》と燕と雁はその来る時を守る。然れども我民はヱホバの律法を知らざるなり(七)。

此言を読みて何人も其の崇高なる愛国の情と豊かなる詩的情操を感嘆せざるを得ない。又第十一節にある有名なる言葉は、米国独立戦争に於ける、愛国的熱弁家パトリツク・ヘンリーの引用によつて世界的に知れわたつてゐる。

  彼等我民の女の傷を浅くいやし、平康《やす》からざるに平康《やすし》平康《やすし》といへり(peace,peace;when there is no peace,)(十一)。

と。彼の義憤は民を欺く偽りの預言者に向つて燃ゆるのである。また廿二節は九章一節の言葉と相俟つて、最も深刻なる大預言者の悲嘆を吐露せる言である。

  ギレアデに乳香あるにあらずや。彼処に医者あるにあらずや、如何して我民の女《むすめ》は医されざるや(廿二)。

(394)〇第八章は大体に於て前章の継続である。国人の罪を怒り且つ悲む言、悔改を勧むるの声、偽の教師を憤る言、虚しき物に走りて己が傷を医さるゝ事を求めざる憫むべき民に対する無限の憂愁である。其の言は遂に九章一節に到りて其最高調に達するのである。重複と云へば重複である。然し言は次第に深刻を増す。今試みに四節以下を読めば、其処にはたゞ絶望のみがある。即ち彼等は本能的に罪を犯すのであつて、宛も戦場に馳入る軍馬が唯前進するを知つて帰るを知らざるが如く、彼等は罪に走るを知つて、ヱホバに立帰る事を知らないのである。空の鶴、斑鳩、燕等は定まれる時に帰るを知ると雖も、ヱホバの律法に来る事を知らない。然り彼等は罪を己が本性とするに至つたのである。茲に至つて最早や真の途に立帰るの希望はないのである。然かもヱルサレムの民は其の事を少しも悲まず、却て之を楽むのである。彼等は己が傷の医されん事をすら求めないのである。斯る憫むべき状態を見てヱレミヤの心には怒と悲しみとが洪水の如くに押寄するのである。

〇此言に接して人は言ふであらう、そは余りに感情的なる言ひ方である、余りに悲観的であると。果たしてヱレミヤは感情に圧せられて正当なる判断を越えて過激の言を発したのであるか。決してさうではない。人はユダヤ人に限らず、凡て生れ乍らにして罪の子であつて、彼の好む所は悪、彼の憎む所は善である。人は生れ乍らにして神を愛し正義を愛する者なりとは、たとへそれが我等の心を歓ばする思想ではあつても、決して事実の上に立つ事柄ではない。我等は事実に反対して如何ともする事が出来ないのである。

〇其事は遠く例をユダヤにとるに及ばず、今日我国に於て、又我等各自を顧みれば充分に判明る。我が政治家と実業家と官吏とは如何。彼等は正義を行はず賄賂を喜ぶが本態ではないか。商人は嘘言を以て商売の常道として少しも恥ぢないではないか。其他相互に悪事を責め合ひ、陥し合ひつゝある。社会全般の有様を見れば、たとへ(395)其中に少数の善人の存するは之を認むると雖も、全体より見て善が彼等の不自然性なりと云ひて、少しも誤らないのである。

〇然し乍ら人は容易に此事を認めない。彼は自己の悪を指摘せられて却て自己を弁護して言ふのである。人が 然悪に向へる者なりとは余りに人生の暗黒面をのみ観ての言葉である。たとへ社会に多くの罪悪はあるとも人の性は元来善であつて、彼は神の子たるの素質を具へた者である。其中に多少の欠点あるは発達の途程にある不完全に過ぎずと。然し問題は事実如何である。我等は如何に人を理想化しても悪は悪であつて之を如何ともする事が出来ない。ヱレミヤの如く人生を深く究めし者は皆其処に絶望を発見せざるを得ないのである。

〇ヱレミヤは遂に民の罪に絶望せざるを得なかつた。此事を知つて彼の悲しみは実に無限であつた。彼の言葉が自ら激越になり悲調を帯ぶるは当然の事である。人は彼の言を以て若き感情家の熱情と評するであらう。然し彼は徒らに自己の感情に走つて失望を心に画いて、大言壮語し、又は悲憤憤慨を好む者ではない。彼の悲しみは彼の全心全存在の根柢に基く人類的の嘆きであつたのである。故に彼は年が進むに従つても決して其の悲痛なる調子を変へなかつた。彼は最後まで之を主張したのである。然らば凡てが絶望であるか。然り凡てが失望である。今日と雖も同様である。希望は何処にもない。東京に於てない、大阪に於てない。ニユーヨークにない、パリーにない、ロンドンにない。此のヱレミヤの言はたゞ昔のヱルサレムに限らないのである。人類が常に空しき希望を懐き罪を悔いずして世界に神の王国を建てんとする時、神は幾度か預言者を送りて彼等の頼る者を其根本より破壊し、また相互の破壊を以て之を罰し、人をして自己の罪悪を認めしむるのである。彼の言は今日世界の民に適用して少しも誤らないのである。試みに十節の如きを見よ。

(396)  彼等は小さき者より大なる者にいたるまで、皆|貪《むさぼ》る者なり、また預言者より祭司にいたるまで皆|詭詐《いつはり》をなす者なればなり。

小は小売商人より大は大銀行の総裁、大会社の重役に至るまで、彼等が貪婪《むさぼる》者なる事は何れも明かなことである。実業家と云へば立派であるが、其の心を卒直に言へば只「儲ける、金が欲しい」それだけである。其点に於ては浅野も三菱も住友も安田も区別はない。利慾を離れて彼等の生活はない。而して之等の世の富豪権力家に出入し、彼等の賛成を求め其の援助を仰がんとする教師、牧師、伝道師、彼等は皆詭詐の預言者、祭司ではないか。彼等は正義の為めに世の有力者の罪を少しも責めない。彼等の求むるは身の利益と安全であつて、其の為めには民の罪を浅く医し、健康なきに健康、健康といふ。未だ一度たりとも真剣に其の罪の悔改をすゝめた事がないのである。

〇斯くの如く我等は社会の何処にも希望を発見する事が出来ない。政治家、実業家、医者、教育家皆我等の頼りとするに足らず、政府、社会その者が然りである。然らば何に頼り得るのであるか。自分自身であるか。否、我も亦一人の人間に過ぎない。然り人と云ふ人、個人も社会も、即ち人類其物の間に希望がないのである。茲に於てか我等は最早や人類の中に希望を求むる事を止めて、全く之以外に希望を求めざるを得ざるに至るのである。此の最大の要求に応ぜんが為めに神は聖書を以て救の道を示し給ふたのである。|人類の全然的絶望を教ふるが神の聖書であると同時に、其の絶望より脱るゝの途を示すも等しく此の聖書である〔付○圏点〕。聖書の偉大なる全く之が為めである。我等が本能的に罪人であつて此儘にては全く絶望なる事を示さるゝが救の第一歩である。斯くて我等は自己と此世に頼る事を止めて偏に全能の神に頼らんと欲するに至る。然かも神は既に世を救はんが為めには其(397)の独子を十字架にかけて救の基を成就し給ふたのである。我等も亦彼と偕に十字架に自己の罪を釘け、自己に死して神に生くるに至る。茲に始めて新しき造化が行はれ、罪は最早や我等の本能たらずして、却つて義が我等の本能と化するのである。三月十四日。(石原記)

 

     第十一回 耶利米亜記第九章

 

○一-三節。「あゝ我わが首《かうべ》を水となし我目を涙の泉となす事を得んものを」と。是れ大預言者ヱレミヤの悲嘆の声である。愛国者の慟哭である。世界の何処にまた誰か斯くも深刻なる嘆きを以て自己の国の為めに泣いた者があるか。然かも我が不幸を嘆ずるが故に非ず我が希望の遂げられざるが為めに非ず、或は己が事業が失敗し己が愛が裏切られて嘆くのではない。己が国民の罪の為めに、其の滅亡の心配の為めに万事を忘れて嘆き悲しむのである。我等は未だ国の為めに、正義の為めに、神の為めに、斯かる悲嘆を発した事がない。我等は失恋者の告白と煩悶を読んで同情の涙にくれる、家庭小説の悲劇を読んで泣く。然し乍ら我国目前の此の滅亡の危険を見ても憂へまた泣く事をしない。遠き昔のユダヤ国の事ではない。今日我が国の有様である。日々の新聞紙を以て報道せられる罪悪と悲劇を見て、我等はむしろ之に興味を覚え、或は話の題目とする。然し乍ら之は笑ひ事、噂の種ではないのである。我国の存亡に関はる大問題である。曾て故大隈重信侯は私の文章を読んで冷評して言ふたさうである。「内村と云ふ奴は恐らく毎日飯に涙をかけて食つてゐるのだらう」と。若し私が幾分にても真剣に国の為めに泣き、涙を以て食する事を得しならば私の名誉此上なしである。

〇ヱレミヤは何が故に斯る悲嘆を発したのであるか。民の不信、民の罪の絶望的状態を見たからである。彼等は(398)皆姦淫する者、悖《もと》れる者の族《やから》である。彼等は弓を援《ひ》く如くに偽を射る者、正義と真実の為に強からずして、悪に強き者、己の利益の為め、反対党を撃つ時には実に強烈を極むると雖も、正義を行はんが為めには弱者を助けんが為めには、社会の弊害を改善せんが為めには、彼等は全く無力である。是れ皆彼等がヱホバを識らざるが為めである。そしてヱレミヤのユダヤ国の為めに嘆きし此の言葉の最も適切なる、同時に最も悲しむべき実例を我等は今日我国の有様に於て発見するのである。

〇此の民の絶望的状態に堪えかねてヱレミヤは切に彼等を離れて独り在らん事を求めざるを得なかつたのである。「嗚呼われ曠野《あれの》に旅人《たびゞと》の寓所《やどり》を得んものを、我民を離れて去りゆかん」と。此言を読んで我等は之を東洋流の遁世と思ふてはならない。之はたゞ浮世の罪を忌んで独り俗界を避け、奥山に方丈の庵をむすんで清風光月を楽まんとする所謂世捨人の言ではない。之は戦場に激戦に疲れ傷きたる勇士が暫しの休憩を求むるが如く、民の悪と戦ひて身も魂も傷き疲れたる神の人が暫らく世と離れて神の懐に憩はんとの切なる望である。世を去るは神と偕に在らんが為めである。神と偕にあるは更に大なる力を与へられて神の為めに戦はんが為めである。彼は永く神の許に憩む事が出来ない。世の罪が彼に迫り、ヱホバの声の彼に臨む時は、彼は再び現はれて不義の世に神の言を宣べなければならない。

〇四-九節。是れ亦著しき言である。過激と言へば真に過激の言方である。然し問題は事実如何である。我等は今日の日本の状態より考へて此のヱレミヤの言を否定が出来るであらうか。勿論我国の田舎に於ては此言と違ひ、多少の信用と人々相互の厚意に由て日々の生活が営まれてゐると言ふ事が出来る。然し之を東京に就て考ふるならば、我等は決して隣人に対して我等の心を開く事が出来ない。我等は誰を信用して可きやに苦しむ。昨日の友(399)は今日の敵となる。彼等は利害に由りては掌を反す如くに信義を棄てゝ顧みないのである。又「何れの兄弟をも信ずる勿れ」と。殊に其の兄弟たるべき基督教会内に於さへ、我等は此言の事実なるを知るのである。教会は其意味に於て最も恐しき所である。教会の人達が相互を偽はり、相互を陥しいれ、相互を讒る事の甚だしき事は、彼等自身が最もよく之を知つてゐるのである。我等は斯くて全く詭譎《いつはり》と不信の空気の中に偽を呼吸して生存するのである。堕落は茲まで来るのである。

〇ヱレミヤの言葉は過激であるかも知れない。然し若し社会なり教会なりの堕落と腐敗とが改められる者ならば、斯る言葉を以て改められるのである。彼は罪の中心に入りて之を最も明白に語る事を恐れなかつた。罪を罪と言はずして罪より免かるゝ事は出来ない。其事は今日と雖も少しも変らない。若し教会を改革せんと欲せば其の悪を明白に責めねばならない。然し乍ら今の日本に斯くの如く教会の為めに教会を責める教師があるか、日本を責める預言者があるか。堕落したとは言へユダヤには斯の如き偉人が輩出した。ユダヤが他の国民に優れるは此為めであつた。我等も亦小さき乍らも、之に倣つて国民に真の罪の悔改を説かねばならない。

〇十節以下はいづれも驚く可き言葉である。民の罪に対するヱホバの刑罰の宣告である。神の刑罰によりて滅亡せるユダヤまたヱルサレムの惨状である。また其の滅亡を慟哭する預言者の悲嘆である。「われ山のために泣き叫び野の牧場のために悲む」と。之等は皆大預言者の言として一々我等の研究黙想に価するものである。然し乍ら其の中心と言ふべき言葉、全章の要点を示すは二十三節以下である。

〇 ヱホバ斯く云ひ給ふ、智慧ある者はその智慧に誇る勿れ。力ある者は其の力に誇るなかれ。富者は其の富に誇る勿れ。(二十三節)

(400)実に偉大なる言と云はざるを得ない。世の人は何よりも先づ第一に智慧に誇るのである。哲学である、文学である、科学である、殊に智識以上に価値ある者の存在を知らざる日本に於ては智識は最上の誇りまた権威である。故に彼等の尊ぶものは何よりも明晰なる頭脳である。鋭敏なる才能である。学生は常に、「彼は頭がよい」の一言で凡ての人を評価してしまふのである。頭のよい事、他の事はどうであつても宜敷い、たゞ此事が最も得意のこと、また羨望の的である。勿論頭脳の明噺なる事、智慧のある事其れ自身が悪いのではない。譬へクリスチヤンであればとて頭の良き事は追ひ求むべきである。然し乍ら其事に誇る事が惑いと言ふのである。智慧其物の中には却て其の人を破壊する危険性を備へて居るのである。

〇次には力である。第一に腕力である、兵力である、権力である。英国の海軍は幾何。日本の陸軍は如何。仏国、米国の飛行機は如何と。今や全世界を通じて此の暴力を誇りとしないものは無いのである。軍備ありての国威である、正義である、独立である。之なくして国防の基何処にありやと。第三に世の人の誇るものは金である。金無くて何が出来るか。凡ての生活また幸福の基礎は金である、金無くて政治も教育も文化もあつたものに非ずと彼等は言ふのである。然り阿弥陀も教会も金で光る世の中である。

〇斯る状態を知つてヱレミヤの言を読んで其の如何に驚く可き言であるかが解る。試みに今日日本の社会に於て、或は大学の校門に於て、兵営の前に於て、大会社の門前に立て此の言を発したらば如何。勿論彼等は大なる嘲笑を以て之を葬るであらう。智識なくて何が出来るか。力が無くて何が出来るか。殊に金が無くて何が出来るかと。教育家も政治家も宗教家も、道徳の重んずべき事、精神の尊むべき事は之を唱へる。然し口にこそ言はねども心底に於ては、智識と金がなくては到底何事も行ひ得ざる事を皆確信してゐるのである。然し乍らエレミヤは明白(401)に言ふのである。智識誇るに足らず、力誇るに足らず、富力誇るに足らずと。我等クリスチヤンも亦同じき事を主張する者である。然かも口に於て之を言ふのではない。心に確信して之を唱ふるのである。キリストの前に立つには、何人も我は俊才なり、我は金持なり、我は権者なりとの後楯を以て彼の許に行く事は出来ない。基督教は徹頭徹尾智第一、金第一、富第一の教ではない。然し多くの人が此事を知らない。基督信者と称する者までが、知らず識らずの間に此等の者を頼りとしてゐるのである。実に心外の至りである。

〇知識も力も富も誇るに足らずとせば、誇るべきものは何であるか。ヱレミヤは之に答へて言ふ、

  誇る者は之を以て誇るべし、即ち明哲《さとく》して我(神)を識る事と、我がヱホバにして地に仁恵と公道と公義とを|行ふ者〔付○圏点〕なるを知る事是なり(二十四節)。

誇るに足るものがあるとすれば、それは第一に明哲くしてヱホバの神を知る事である。真にヱホバを畏るゝは知識の本なりである。第二には、神が仁恵と公道と公義とを世に|行ふ者〔付○圏点〕なる事を知る事である。而して神を知る事と神が正義を世に行ひ給ふ事を知る事とが如何に大いなる智慧と力と富とであるかは、人類の歴史に於て充分に証明された事である。人類の達せる最高の学問、また世界を根本的に改革せる最大の勢力、また人類に降れる最大の福祉は悉く此の信仰の賜物と云ふ事が出来るのである。此事は何人と雖も少しく心を平静にして深く考へれば解ることである。此世の富や知識や権力の決して頼るに足らざる事は明白である。之に頼つてバビロンもエヂプトも羅馬も希臘も滅亡したのである。今日の日本に於ても知識のみに頼りて身を滅ぼせる幾千の俊才、富に頼りて最も悲惨なる境遇に沈む幾万の家庭のあるを思へば、之に頼る事の如何に愚かなるかゞ明になるのである。此事をさとるが真の智慧である。エレミヤの言ふ明哲とは即ち之である。

(402)〇然し乍ら更に大切なるは神が正義の実行者であることを知る事である。即ちヱホバが単に仁恵にとみ、公道と公義とに富み給ふといふのではない。ヱホバは之を地上に|実行し給ふ所の神である事〔付○圏点〕、之を知る事が最大の知慧であると言ふのである。ヱホバは果たして地に仁恵と公道と公義を|行ひ給ふや〔付○圏点〕、其事が大切なる問題である。多くの人は悪人の行為を見て言ふ「彼等の行は悪けれども其の心には好い所が沢山ある」と。斯くて自己の悪行をまで弁護せんと欲する。然し乍ら我等は之に迷はされてはならない。結局悪を|行ふ者〔付○圏点〕は悪人であつて、義を|行ふ者〔付○圏点〕は義人である。神はたゞ仁恵《めぐみ》ある者、義を愛し給ふ者と言ふのでは足りない。彼は之を|行ひ給ふ者〔付○圏点〕でなくてはならない。果たして然るか。然り神は之を世に行ひ給ふ者である。世界歴史が其の証明である。神の正義は世の凡の出来事の上に行はれ来つた。部分的に一時的に之を見れば神の義は無きが如くに見ゆる事が少なくない。然し其は表面上のことであつて、視る眼を以てすれば、不義が倒れて正義が勝利を得つゝある事は何よりも明白なる事実である。此世界は結局、愛と正義の神の支配し給ふものである。我等が人生に処するに此の事を知る事は最も必要なことである。我等は皆之を知り、自らも亦其の実行者とならなくてはならない。斯る思想を懐いて我等の世界観は其の根柢より変らざるを得ない。ヱレミヤの此の言は之を深く考へれば考へる程実に革命的である。神の言とは常に斯くあるものである。

〇前節と相並んで廿五、六節も亦著しき言である。茲に於てヱレミヤは神の審判の前には外面の儀式は何の益をもなさぬ事を主張するのである。即ち割礼あるイスラエル人も割礼なき異邦人も等しく公平なる神の審判によりて罰せらるゝとの言である。割礼は元来アラビヤエジプト地方に住むセミチツク人種の間に生理的必要よりして一般に行はれたもの、後に之が宗教的儀式となつたのである。又彼等の間には男子は鬚を剃らざるが通例であつ(403)たが或人種は其の鬚を剃つた。イスラエル人は割礼を受けたが異邦人(ギリシヤ人等)は之を受けなかつた。即ち茲にヱレミヤの言はんとするは割礼あるイスラエル人も、之なき異邦人も、鬚を剃る国民も剃らざる人種も、其等一切の外面の宗教的儀式の如何に拘らず、神は正義を以て彼等凡てを罰し給ふとの事である。

〇即ち若し之を今日の言葉に翻訳して言ふならば、水の洗礼を受けたる英国人も独逸人も仏蘭西人も米国人も、また日本の教会の信者も、又た之を受けざる日本人も支那人も、其の人種の習慣を問はず、宗教の宗派を問はず、悉く神が之を一様に罰し給ふと言ふのである。水の洗礼を受けて教会に加はれる大多数の欧米人は、其の洗礼によりて救はれず、そは彼等は其の心に割礼をうけず、真の霊の洗礼なきが故に不信者と等しく罰せらるゝと言ふのである。論より証拠である、かの欧洲大戦争の如き、全く之れ水の洗礼のみありて真の悔改なき欧米人の受けし最大の刑罰なるは何よりも明白の事実である。心の変革の伴はざる宗教的儀式の全然無効なる最もよき証拠である。

〇要之、彼の主眼は次の二点に存する。即ち外面の知識、力、富は誇るに足らず、同時に宗教的の儀式も亦頼るに足らず、両者共に神の救に与るの資格を与へず。頼るべきは|霊と真とを以て神を拝し、神が仁恵と公道と公義を行ふ者なるを知りて、我等も亦之に傚つて正義を行ひ憐憫を愛し謙遜りて神と共に歩む事である。(ミカ書六の八)。(四月十一日及十八日)(石原記) 〔以上、7・10〕


(404)     修養大意

                           大正15年1月10日

                           『聖書之研究』305号

                           署名 内村鑑三

 

〇今や何人も修養の必要を唱へる。然れども何人も修養の何たる乎を明かにしない。唯漠然と修養を高調するのみであつて、確然《はつきり》と修養の何たる乎を示して、人に修養を施さんと為ない。

〇聞く曾て帝国大学総長某が学生に向ひ修養の必要を唱へし時に、学生の一人が総長に向ひ、

  閣下よ、私供は如何《どう》したらば修養が遂《とげ》られます乎。

と尋ねし所、総長は答へて曰うたとの事である、

  それは諸君各自が工夫《くふう》して為すべきである

と。即ち修養の事に就ては学生は教師に教を仰ぐことなく、銘々各自可とする所に従ひ之を行ふべしとの事である。言《ことば》を替へて曰へば、大学は学問を授くるが、修養は之を学生の自由に一任する。総長始め、教授も修養の必要を認むるも、其方法目的等を教へないとの事である。如此くにして日本の学生は学校より学問を得るに止まり、修養は全然之を受けないのである。

〇然し乍ら是れ最も不親切なる教育である。修養は教育の中心であつて、修養なき所に実は教育はないのである。如何程学問の蘊奥に達すると雖も、修養を欠きて学者は学者でないのである。故に若し教師が学生に施すべき教(405)育があれば其第一は修養である。又学生が教師より授らんと欲する者の、其第一は修養である。然るに学問は之を授くる修養は之を授けずと云ふは是れ教育は之を施さずと云ふと同然である。試みに此間題を以て昔時の日本の大教師に到らん乎、彼等は何れも私が茲に言ふが如くに答へるであらう。伊藤仁斎、中江藤樹、熊沢蕃山、藤田東湖等は、何れも先づ第一に修養の教師であつて然る後に学問の教師であつた。天下の学生が笈を負ふて遠きを厭はず彼等の下に走りしは、彼等より人たるの道を学び、真人間《まにんげん》に成らんが為であつた。昔の日本に修養抜きの教育はなかつた。今の日本の教育は日本に在りても異例である。日本今日の教育の如きは外国に無きのみならず、旧い日本にもなかつた。|文学、法学、理学、工学、医学は授くる然れども修養は之を教へないと云ふ新日本の教育は、明治大正の日本を除くの外、世界に於て未だ曾て行はれたことの無い教育である〔付△圏点〕。

〇修養を施す前に先づ修養の何たる乎を定めて置くの必要がある。修養とは唯単に、漠然と、身を修るとか胆を練るとか、精神を養ふとか云ふ事ではない。修養に確然たる目的がある、随つて之を行ふに採用すべき途がある。修養は確かに明白なる学科である。|修養は自己の確立である〔付◎圏点〕。自己の何たる乎を知つて其価値を認め、之を増進し、之より至上の満足を得る事である。即ち他の学問は自己以外の事を究め、其闡明を計るを目的とするに対し、修養は自己を究め、其発展上進を計る事である。|修養が取扱ふ問題は自己である〔付○圏点〕。恰かも政治学が国家を取扱ひ、天文学が天体を取扱ひ、医学が人体を取扱ふが如くに、修養は自己を取扱ふのである。修養の主題は一目瞭然である。

〇自己は何か? 其可能性如何? 義務、改善、聖化、発展、永続、是れ皆な修養の問題である。其一面ほ哲学上の問題である、然れども修養は哲学でない。其他の一面は宗教である、然れども修養を宗教に限ることは出来(406)ない。修養は道徳であると云ふならば、広い深い意味に於ての道徳である。修養は自己を中心とする宇宙人生全般の見方である。又之に対する態度実行である。修養は実に深い広い学問である。多分諸学の女王《クヰーン》と称すべきであらう。まことに人に応《ふさ》はしき学問である。何人も怠りてはならぬ学問である。人は何人も政治学を修むるに及ばず、法律を究むるに及ばず、理学、医学、文学に精通するに及ばずと雖も、修養は何人も之を積まざるべからず。そは彼は人間であるからである。自己を有たぬ人とては一人も無いからである。人は何人も「道徳的動物」であるからである。故に修養を怠つて人は人に非ず。修養なき政治家は悪しき政治家である。修養なき医師に頼るは危険である。修養なき工学士に工事を委ぬべからず。修養なき人は顧客を欺くの虞れあり。修養なき軍人に其の勇気なし。修養なき学校教師は学生の一生を誤る。其他凡て如此しである。人は「我は政治を知らず」と曰ひても済むが、「我に修養なし」と曰ひては済まない。自己を磨かざる人は人にして人に非ず。必しも専門の宗教家又は倫理学者たるに及ばず、然れども人たるの道を弁へ、人たるの価値と、其意義、デスチニー(行先)とを知らずして、満足なる人生を送ることは出来ない。

〇其れ故に凡ての偉人は、其本職の何たるに関はらず深い修養の人であつた。人類の運命を支配せし大政治家、大軍人、大実業家、大発明家、大理学者、大哲学者、大宗教家は勿論のこと、凡て悉く深い修養の人であつた。クロムウエル、ワシントン、リンカンの如き、何れも其政治的能力に於てよりも其人格即ち修養に於て偉大であつた。ニユートン、ハーシエル、ケルビン卿の如き、其理学的才能よりも、其美はしき紳士的品性に於て卓越した。グラント将軍の如き、其偉らさは、敵軍を敗りし時よりも、敵将の降参を迎へて謙遜なりし時に現はれた。自己に於て偉大ならずして真に偉大なる人はない。そして修養は他人の頌揚を待ずして自己に於て偉大なる道を(407)教ゆるものである。

〇英国の名士キングスレーが言ひし事がある。

  To me, my mind a kingdom is.

  私に取り私の心は一個の王国である。

と。まことに自己の心を養ひて之を王国となすことが出来る。何も外国を攻略して之を我が領土となすに及ばない。又社会を征服して之に我が勢力を扶植するに及ばない。我は我心だけにて王侯たり権者たることが出来る。心は大なる財産である。無尽の宝庫でぁる。之を開拓し、耕し改良して千里の沃野と成すことが由来る。神は人間各自に心を賜ふて最大の賜物を賜うたのである。人世の不公平を唱ふるの必要はない。心を有つ丈けで人は何人も富者たり王者たり得るのである。そして心を耕すのが修養の目的である。若し土地を耕すが農学の目的であり、勢力を耕すが政治学の目的であるならば、我が心を耕すが修養の目的である。そして土地は得るに難く、勢力は握るに易からざるに反し、心は既に我有である。之を耕さずして可ならんやである。然るに人は得難き者を得んと欲して労苦し既に与へられたる者を軽んじて顧みないのである。外なる富を得るに汲々として内なる富を得んと努めない。愚も亦甚しからずやである。而かも日本今日の教育は此愚を演じつゝある。天と地とに関する凡ての知識を求めて自己に関する知識を顧みない。凡ての学術は之を授くるも、修養は各自勝手に之を施せよと云ふ。若しソクラテスが前に述べし大学総長の言を聞いたならば何んと云うたであらう乎。「ノンセンス(意味なし)、総長の椅子を去れよ」と云うたに相違ない。

〇修養を施し之を遂げて我国今日の社会に瀰漫する大不平を癒すことが出来る。人が其満足を自己以外に求むる(408)間は、彼は不平家たらざるを得ない。富も位も皆な自己以外の獲物である。之を獲たりとて喜び、獲ざればとて悲むは、自己の内に大満足を有たないからである。而して憐むべし国家も政府も人の勤労善行を励ますに、位階勲章と称するが如き此世の栄誉を供する以外に、他に途を知らないのである。然れども旧い聖書に示すが如くに

  人の裡には霊魂の在るより

  全能者の気息之に暁得《さとり》を与ふ

である。人には人たるの価値がある。大政府も此価値を増すことも出来なければ亦減ずることも出来ない。人は自己を耕す丈けで、政府又は社会の力を藉りずして自己に充足ることが出来る。何の報酬も表彰も要らない。無位無官、唯体一貫に心を宿す丈けで大満足大歓喜の人たることが出来る。修養の効果は茲に在る。

〇修養の方法は様々であるが、其主なる者は三つである。其第一は言ふまでもなく|読書〔付○圏点〕である。然れども凡ての読書が修養と成るのでない。殊に現代の書は多くは修養に害ありて利益に成らない。修養の書の主なるものは古い書である。大抵は千年以上の書である。其理由は旧きが故に善いのでない。年代に由て淘汰せられて今日に至つたからである。書の善悪は人のそれと同じく年代を経なければ判らない。極めて価値ある書にあらざれば千年の年月を経て今日に至らない。其点に於て西洋の聖書、東洋の経書は世界無比である。時代は其著書を葬ると云ふに、茲に何千年を経ても死なざる書がある。是れ吾人に死なざる生命を与ふる書であつて、吾人が精読敬読すべき書である。聖書一頁を読むは新刊千頁を読むよりも修養に益がある。殊に避くべきは多く広告せらるゝ新刊である。是等は火花と同じく現はれて忽ち消ゆる者である。縦令「忽ち何百版」と称するも之に目を注ぐ勿れ。

|大著述の特性の一は現代人に歓ばれざる事である〔付△圏点〕。大なる疑を以つて凡ての新刊物を見よ。安心して読むべき者(409)は旧い古い書である。私自身が修養の書として用ひし者は二千七百年前に書かれしヨブ記、二千六百年前に書かれし預言書、千九百年前に書かれし新約聖書である。之を補ふに世界最大の学者に由て記されし註解書を以てした。日本現時の文士の筆に成る所謂「創作」の如き、孰れも人を地獄に落す書と見て間違ないと思ふ。

〇第二は|黙想〔付△圏点〕である。人は単独である時に最も深く自己に就て知る。所謂交際場裡に在りて彼は益々浅薄に成る計りである。政治家が大抵浅薄の人である理由は茲に在る。彼等は社会国家の事を知りて(知ると称して)自己に就ては何も知らない。修養上無価値に近い者とて日本今日の政治家の如き者はあるまい。

〇第三は|実行〔付△圏点〕である。善と知る事は利害を顧みずして実行する事である。之に由て自己の真価が判り、之を改め、潔め、完成する事が出来る。殊に必要なるは小善の実行である。早起き早寝の習慣の如き、負債返還の義務の如き、約束時間厳守の規則の如き、勇敢的に実行すべきである。修養と称して特別の聖人君子と成る事ではない、当り前の人と成る事である。而して先づ当り前の人たらざれば偉人聖人たる事が出来ない。


(410)     偉大性の養成

                           大正15年1月10日

                           『聖書之研究』308号

                           署名 内村生

 

〇日本人程自国の真価を知らざる国民は無いと思ふ。彼等は彼等の間に法然上人や二宮金次郎の如き世界的偉人の在りし事に永らく気附かずして、余輩の如き者をして彼等の偉大さを世界に向つて紹介せしめた。日本人は西洋人が認めて呉れるまでは自己の偉大さを認めない。現に北斎の如き美術家は日本に於てよりは西洋に於て|より〔付ごま圏点〕多くの敬慕者を有する。日本人の多数は今猶彼れ北斎がレムプラント、デーレル等と対比すべき世界的大美術家なりしことを知らない。同胞相互を軽蔑する国民にして多分日本人の如きはあるまい。其点に於て日本人は克く昔のユダヤ人に似て居る。パウロをして「我は今より汝等を去りて異邦人に適《ゆか》ん」と言はしめしが如くに、日本人は多くの有為なる同胞をして、故国に愛想を尽かして其面を外国人に向けしむる。

〇其れには深い理由がある。日本人は未だ偉大と云ふ事を教へられないのである。故に偶々《たま/\》偉大なる者が其内に起つても之を認むる事が出来ない。実に情ない次第である。今日の日本人を相手にして居れば人は段々と小さくなる計りである。願ふ日本人各自が偉大性の源なる神の言に到り、深く之に飲みて自から偉大性を養ひ、偉人を認め、偉人を友とし、思ふ事、為す事、凡て偉大性を帯びるに至らんことを。我等日本人は、昔の希臘、今の丁抹の如く小国たりと雖も偉大国たり得ることを忘れてはならない。


(4121)     A NEW ENTERPRISE.新年の新計画

                           大正15年2月10日

                           『聖書之研究』307号

                           署名なし

 

     A NEW ENTERPRISE.

 

 God permitting, I propose to publish from the next month(March)a magazine written entirely in English,in association with my old friend in journalism,Mr.Isoh Yamagata. To foreign readers;his name is well known as an able editor of the Seoul Pressb for many years;and his experience in journalism is second to none in this country. We have been friends now for nearly thirty years;and though little too late in my life,I cannot miss this opportunity of entering into copartnership with him in giving an English organ to the public. The new publication will go under the name of the Japan Christian intelligencer. It will be Christian in its view of things,though not strictly a religious paper.Price per copy,50 sen;5 yen a year, in advance;$2.50 in U.S.A.;and 10 shillings or its equivalents in Europe;postage included. Naturally,there will be no English article in this magazine from the next issue.――Kanzo Uchimura.


(412)     新年の新計画

 

 神若し許し給はゞ私は来三月より新たに英文雑誌を発行せんとする。私の共同者は新聞雑誌事業に於ける私の旧友山県五十雄君である。外国人中には同君の名は朝鮮京城スール・プレツスの有力なる記者として克く知られて居る。そして雑誌事業に於ける経験に於て同君の右に出づる人を今日の日本に於て見ることは出来ない。同君と私とは殆ど三十年間の友人である。そして私に取りては新事業を始むるには少しく遅れたるの感なき能はず雖も、私は同君と共に英文雑誌を世に供するの此好機会を逸することは出来ない。新刊姓誌は THE《ゼ》 JAPAN《ジヤパン》 CHRHSTIAN《クリスチヤン》 INTELLIGENCER《インテリジエソサー》の名の下に発行せらるゝであらう。厳密なる意味に於ての宗教雑誌にあらずと雖も、基督教の立場より万事を評論するであらう。定価一冊金五十銭、一年分前金五円。米国二弗半、欧洲十志、郵税不要である。自然の結果として本誌の英文欄は次号より廃止せらるゝであらう。

  以上発行所は東京市内九段坂向山堂であります。御注文は凡て同所へ御申込ありたし。聖書研究社でも取次ぎます。

 

(413)     命令と実行

                           大正15年2月10日

                           『聖書之研究』307号

                           署名 内村

 

〇世に不思議なる事がある。酒を飲む勿れ、酒を沽る勿れ、酒を造くる勿れと厳格に命ずる仏教の信者の間に在りては飲酒も造酒も盛に行はれ、其僧侶までが飲酒に耽けりて恥としない。然るに飲酒のことに就ては特別に禁止を命ずるに非ず、時には「恒に水を飲むこと勿れ、少しく葡萄酒を用ふべし」と云ふが如き教を伝ふる基督教の信者の間に在りては禁酒は全体に行はれ、之を国家的法令を以て実行するを見る。厳格に禁ずる宗教に在つては禁酒が行はれずして、禁酒に就て多く語らざる宗教に在りては反つて其れが実行さるとは実に不思議である。其れは抑々如何いふ訳である乎。

〇其理由は探るに難くないと思ふ。基督教は罪を其根本に於て征服せんとするに対し、他の宗教にありては僅かに其発露を防止せんとするに止まるからである。酒を飲む勿れと命じた丈けで飲酒は止まない。心を聖めて飲酒を厭ふに至らしめて禁酒は自から行はるゝのである。禁酒を命じた丈けで禁酒は行はれない。人の内に聖き望を起し、悪しき慾を絶ちて、罪悪は自づと止むのである。酒を飲む勿れ、沽る勿れ、造る勿れと如何に厳格に命ずるとも、飲酒の慾を除かざる間は禁酒が徹底的に行はれやう筈がない。

〇そして事は禁酒に止まらない、忠孝又愛国又其他のことに於ても同じである。基督教の聖書に忠愛を説くこと(414)甚だ尠しと云びて之を攻撃する者ありと雖も、命令の乏しきは必しも其実行の貧弱なるを証明しない。之を愛国の事に就て見るも、愛国を喧しく説く国が愛国の精神に燃ゆる国でない。愛国は余り多く説かざるも神と人とに対する義務を高調し、「義は国を高くし、罪は民を辱かしむ」と教ゆる教は、殊更らに愛国を説かずして、反つて多くの熱烈なる愛国者を起すのである(箴言十四章三四節)。愛国は人の自然の情であるが故に、人を其根本に於て聖めて彼は真の愛国者と成らざらんと欲するも得ない。君に対して忠、父母に対して孝なるも亦同じである。先づ人たる者に対して真の尊敬の念が起らずして、高遠にして合理的なる忠孝は行はれない。君と父母とを歓ばす為の忠孝でない。彼等の永遠の利益幸福を計る為の忠孝である。故に多くの場合に於て真の忠孝が不忠不孝の如くに見ゆるのである。儒教は忠孝に於て教ふる事多くして基督教は尠きが故に、忠臣孝子は基督教に由て起らずと言ふは、人生を極めて浅く見る者の言である。

 

(415)     接木の理

                           大正15年2月10日

                           『聖書之研究』307号

                           署名なし

 

  羅馬書十一章一三-二四節 〇加粒太書二章二十節 〇雅各書一章廿一節。

 

〇基督信者の生涯を最も善く説明する者は接木《つぎき》の理である。接木は悪樹に善樹を接ぎて善果を穫る方法である。聖書に「凡て善樹《よきき》は善果《よきみ》を結び、悪樹《あしきき》は悪果を結ぶ、菩樹は悪果を結ばず、悪樹は善果を結ぶ能はざる也」とあるが(馬太七章一七、一八節)、接木の法に由りて悪樹をして善果を結ばしむる事が出来る。即ち悪樹を台木として、其上に善樹の芽を接穂《つぎほ》として接ぐ時は、之に実る果は悪しき台木の果に非ずして善き接穂の果である。此は天然の法則であつて、果樹栽培家は此法則を利用して、|確実に、急速に、多量〔付○圏点〕の善果を収穫するのである。渋柿を台木として之に甘柿を接げば之に成る果は渋柿に非ずして甘柿である。林檎、梨、桃、橄欖等、凡て此法に由て栽培せらる。接木の法に由らずして、果樹栽培は成功の見込なき事実である。

〇そして福音の宣伝を果樹栽培の一種として見る事がある。此場合に於て台木となるは生れつきの罪の人である、そして之に接がるゝのが神の子キリストである。そして之に実るのが罪の人の悪しき果に非ずして、神の子の善き果である。不思議と云へば不思議である。然れども園芸師に由て一般に行はるゝ接木の法則が人間に於て現は(416)れたまでの事である。善き人なるキリストが悪しき人なる罪の子に接がれて、之を台木として生長して善き果を結ぶに至るのである。我等は斯かる法則が天然界に行はれ、我等も亦其法則に支配せらるゝ事を神に感謝するまでゞある。

〇信者の生涯に於て接木の理を明かに言表はす者は加拉太書二章二十節に於けるパウロの言である。

  我れキリストと偕に十字架に釘けられたり。もはや我れ生けるに非ず、キリスト我に在りて生ける也。今我れ肉体に在りて生《いく》るは、我を愛して我が為に己を捨し者、即ち神の子を信ずるに由りて生る也。

人はキリストを信じて死し又死せざるのである。己が目的を達せんとする其慾は之を十字架に釘けて殺す、其意味に於て彼は死したりと雖も、キリストを己が衷に宿しまつり、彼をして己を通して、其聖業を為さしめまつる意味に於ては彼は死せずして生存するのである。神なる園芸師に由て幹を根本より断たれ、其上に神の子の生命を接がれし時に、彼は「キリストと偕に十字架に釘けられた」のである。此手術を行はれて彼は「もはや我れ生けるに非ず」である。今や台木の供給する樹液は尽く接穂の吸収する所となり、其の実際の結果に於て信者は死してキリストが彼に在りて生き給ふのである。然し前に述べし通り、信者は接木の手術を行はれて死んだのではない。彼は尚ほ「肉体に在りて生くる」のである。然し生くるとは云ふものの自己の生活を営む為に生くるのではない、彼を愛して彼の為に其生命を捨し者に自己の生命を献ぐる為に生くるのである。即ち二個の生命が一になり、神の子は己を虚《むなし》うし僕の貌を取りて人の如くなりて人に接がれ、罪の子は己が生長の慾を断ちて、神の子をして己に在りて、其生長結実を遂げしむ。神の子の犠牲に対する罪の子の犠牲である。此相互的犠牲に由りて悪樹が善果を結ぶと云ふ大奇跡が実現するのである。

(417)〇斯くして基督信者は接木の理法に由て成れる両性樹の如き者である。其根は罪の人なる悪しき樹である。其幹と枝は神の子なる善き樹である、そして之に生《な》る果《み》は神の子の結ぶ善き果である。罪の人の肉体に在りて神の子の霊が生長して霊の果を結ぶ、其れが基督信者である。まことに奇異なる生物である。人に非ず神に非ず人に在りて生くる神の生命である。批評家が信者を評する時に其二重人格を摘指するが常であるが信者は実際に二重人格者である。パウロは其の肉体にキリストが在りて生き給ひし者であつて二重人格者であつた。批評家が標準とする徹底せる単一の人格者は神に非れば人である。信者は神と人との合体物であつて二重人格は彼の特性である。神らしくない者は信者に非ず、人らしくない者も亦信者に非ず。基督信者は人の肉体に神の霊が接がれた者である。

〇事実如此してあれば、基督信者たると否なとは、其人の生れつきの性の善悪に由て定まらないのである。台木に求むる所は唯其強健なる事である。其質の良否は問ふ所でない。果を結ぶ者は之に接がれし接穂《つぎほ》である。其如く人が人である以上は、キリストを受接《うけつ》ぐに足る。彼が果を結ぶのではない、彼の肉体に宿り給ふキリストが彼を通して彼を用ひて善き果を結ぶのである。斯くして或る時は最も悪しき人が最も善き基督信者と為されて最も善き果を結ぶのである。茲に於てか遺伝又は天性の如何に由て信者の良否を判定するの不合理なるが判明るのである。野生の石梨《いしなし》に舶来最上の梨の樹を接いで、之に生る果は石梨に非ずして、最良の梨子である。タルソのパウロにキリストを接いだ者が使徒パウロである。放蕩児アウガスチンに神の子を接いだ者が聖アウガスチンである。信者の価値を定むるに方りキリスト接受以前の彼の性格を以て判断してはならない。園芸師は台木の如何に由て接木の価値を定めない。其如く我等も亦人の性格如何に由て信者としての彼の価値を定めてはならない。

(418)〇接木の理は信者に大なる注意を促す。即ち彼の生命全部が彼に植附けられしキリストの霊に摂取せられん事である。接木の場合に於て、若し台木の根元より芽の出るありて、花を咲かせ、果を結ぶに至らん乎、其花と果は悪しき樹のそれであつて、悪花であり又悪果である。同じ一本の樹なりと雖も、根は悪しくして幹は善くある。故に根の結ぶ果は悪しくして、幹の結ぶ果は善くある。故に努むべきは根が芽を出さざらん事である。所謂根芽にして繁茂せん乎、樹液は全然之に吸収せられて、幹と枝とは衰へて終には全然善き果を結ばざるに至る。基督信者に在りても亦如此し。所謂「肉の肢《えだ》」にして繁茂せん乎、彼は全然霊の果を結ばざるに至る。信者の肉は台木の根と同じく全然死んだのではない、まだ生きて彼に内在し給ふキリストの霊に生命の液汁を供給しつゝある。故に信者の努むべきは肉をして其|肢《えだ》を生ぜしめず、霊をして其生命の全部を使用せしむべくある。加拉太書五章十九節に、「肉の行は顕著なり、苟合、汚穢、仇恨、争闘云々」とあるは此事である。又同廿二節に「霊の結ぶ所の果は仁愛、喜楽、平和、忍耐云々」とあるも亦同じである。信者はやゝともすると霊の果を結ばずして、肉の行を為すのである。謹みても尚ほ慎むべきである。

〇羅馬書十一章に記されたる野の橄欖を嘉き橄欖に接ぎたる例は普通の接木とは其日的を異にする。此場合に於ては悪しき樹より善き果を得んと欲する接木に非ずして、弱き老木に強き若木を接いで其勢力を増す為の接木である。此接木法は地中海沿岸の橄欖樹園に於て盛に行はるゝと云ふ。悪しき樹より善き果を得んと欲する場合に於ても、亦老いたる樹を若返らさんと欲する場合に於ても接木法は有利有益である。そして人間の場合に於ても悪人が善人と成らんと欲し、老人が青年に返らんと欲せば、接木の法則に依るを可《よし》とす。生れつきの性を変へることは出来ない、然れども人として生れ給ひし神の子を迎へて、己が衷に宿つて戴くことが出来る。是れが信仰(419)の道であつて、罪に生れし人が神の業《わざ》を成さんと欲するに方つては、之を除いて他に途がない。約翰六章二八節に曰く

  彼等言ふ「我等神の業を行はんには何を為すべき乎」と。イエス答へて言ひ給ふ「神の業はその遺し給へる者を信ずる是れなり」と(改訳)。

接木の理に照らして見て此語の意味を克く解する事が出来る。(十一月廿二日)


(420)           大正15年3月5日

             The Japan Christian imntelligencer. Vol.Ⅰ,No.1.

             署名なし


創刊号 223×151mm

画像略〕表紙と第1頁

 

     〔THE NAME,etc.〕

 

      THE NAME

 

 THE JAPAN CHRISTIAN INTELLIGENCER,a rather long name,too long for this busy world!“Japan”because published in Japan and edited by Japanese;“Christian”because the editors are Christians,and their view of life,and the universe cannot but be Christian;“Intelligenncer”,because it aims tobring intelligences,chiefly of things Japanese,to the outside world. And an English name,because written in English,though by Japanese.A very bold attempt,you may say. Bold,but necessary in our case,we think,because very few foreigners can read Japanese,and if we wish to address them,we cannot but use one of their languages. Not because we believe we can handle perfect English――who under beaven ever handled, that difficult,composite language perfectly?――but because it is the only European language that we can handle with any degree of intelligibility,and to express in English is,we believe,better than to express in Japanese,if we wish to make ourselves known to the outside world. Then,there is a growing number of our own countrymen,who like rather to be addressed in English than in their own language. As there are many things which we(422) can better express in Chinese than in Japanese,so there are many oher things which we can better express in English than in Chinese orJapanese. Curious it may seem to foreigners,Japanese are now beginning to think,sing,speculate,argue,murmur,even dream in European languages,especially in English. So,to send forth a monthly magazine in English is not merely to reach the English-speaking peoples. Fortunately.English is becoming a world-language, already a kind o flingua franca of the Far East;and for Japanese editors to publish an English magazipe,is no new attempt after all.Already,our managing editor has had a long experience in English journalism in Japan Proper and Korea for many years;and his senior associate,though a user of very barbarous English,has had an audacity to publish two books in English,thougb never liked by Americans,and much despised by Englishmen. So,English-writing is no new experience with both of us;and we may be expected to do a little service by the use of this difficult language.

 

      JAPAN'S BEST

 

 THE JAPAN CHRISTIAN INTELLIGENCER is an attempt to make known to the world what we consider to be the best in Japan, and so to make a little contribution to the world-thought and the world-progress. And what nation is there which is without some good in it? The very fact that it is a nation is a proof that there is something specially good in it;else it can never be a nation.That does not mean tbat it is the best of nations;there is no best,that is,all-perfect nation in the world,and Japan certainly is no such nation. But there is good that is specially hers;and it is her duty to recognize it,and to give it to the world,and receive back in return the bestin other(423) nations. In attempting to make known to the world what is best in us,we claim no superiority to others;we only claim our independence,and equality with others,and recognlze in our individuality a right to be recognized as individuals, and a duty to serve others,as we wish to be served by them. We believe in the perfectibility of the world by tbe contribution of the best in every people. However insignificant our own contribution may be, the world is not complete without it. The world without Japan is an imperfect world;as it is an imperfect world without England or Germany. An idea to make the world Japan's is as foolish as an idea to make it England's or Germany's. It is an intolerable world,――a world entirely Japanized or Anglicized or Americanized.

  “All right and good, so far”,the reader will say;“Show me at once what is the best in Japan”.But we cannot show it at once,even for the one purpose of getting his subscription to this magazine before we show it. We assure him,however,that tbere is such a best,and he will get it bye-and-bye. Are not Sakura the most beautiful flower in the worig, Ayu(Plecoglossus altivelis)the most delicious fish(so the highest authority in Ichthyology tells us);Hokusai,the compeer of Rembrandt and Durer in the world's art,and Bushido,the Stoicism of the East,and has produced its Senecas and Epictetuses. Who says Japan is good-for-nothing,With only Yoshiwara and degraded Buddhism to sbow to the world! To say that Japan's best is only in its army and navy is entirely to falsify her. Man's best-need we tell it?――is not in his might,nor in his possessions,nor in his physical constitution,but in himself. We seek Japan's best not among its warriors,nor among its politicians, neither among its successful financial magnates;but among its poets,artists,teachers,villagers,(424)wives,mothers,honest sons and daughters of toil,and quiet seekers after God. We believe the world has not yet seen Japan's best,or Japanese themselves have not yet shown it to the world. The world was shown Prince Ito as Japan's Bismarck,Marquis Okuma as Japan's Grand Old Man,and Marshal Yamagata as Japan's Moltke, but we do not consider them as Japan's best,for the simple reason that they were either warriors or statesmen,“decorated noblemen”,Who had their reward already in this world. The best must be hidden,undecorated,and waiting to be discovered by some such organ as THE INTELLIGENCER!

 

     WHY“CHRISTIAN”?

 

 Why“Christian”then? Is not the best of Japan in its Buddbism or Confucianism? To be a Christian is a drawback rather than an advantage in making known its best to the world.

  “Christian”,firstly because the Editors are Christians. A man cannot conceal himself;and a Christian cannot but give his Christian views of things if he is true to himself. We will not give our Christian wares to the world in other garbs than in our own. Whether we are right or wrong,is another question;the editors must be true to themselves,――that is the first essential of the editorship;and we call our organ Christian because we are Christians. Our readers can make no mistake about us,whether they like us or not.

  “Christian”,secondly because we believe the true Christianity to be always the finder of the true and the beautiful wherever they exist.“Whatsoever things are true,whatsoever things are honorable,whatsoever things are just,whatsoever things are pure,whatsoever things are lovely,whatsoever(425) things are of good report;if there be any virtue and if there be any praise,think on these things”.This is its teaching and its spirit. It cannot be otherwise. The fault-finder can never be a Christian. He is bound to be a truth-hunterin everybody and in everything. Those representatives of the Christian Religion who take deligbt in finding darkness in other religions than in thei rown,are very poor representatives of their religion. The Christian is glad when he meets goodness,in Buddhism,confucianism,Taoism,anywhere. His eyes are sharpened to detect ligbt;and he is loathe to look at darkness.Therefore,when Christianity shines with its genuine light,it is the discoverer of what is best in the world.And the editors of this magazine have tried to prpove themselves to walk in this light-finding capacity of the Christian Religion. One of us was the first,we believe, who introduced to the world, the world-greatness of some of the representative men of Japan. Years before others of his countrymen recognized the greatness of Ninomlya Sontoku or Nichiren Shonin,he introduced these Japanese worthies to the world as wortby to be counted among the greatest teachers of mankind.Our Christianity has never made us traitors to our country. If it did so,we would have renounced it long ago.

 To be a Christian magazine does not mean to be a missionary-organ. We confess we do not belong to any church. We are simply Christians,hated by our countrymen for our Christianity,and disliked by Christian missionaries for our“too much independence”.But no matter. Hate and dislike insure our independence;and if patronized by none,we can be fair to all.

 such then our magazine,and its editors. Japanese in editorship and management;Christian in confession;universal in scope;fair to everybody. May it thus recommend itself to“a fit audience,(426)though few”!

 

(427)     A CONFESSION OF AN OPTIMIST

              大正15年3月5日

                 The Japan Christian Intelligencer.Vol.Ⅰ,No.1.

                         署名 K.U.

 

  in the beginning, God created the heaven and the earth: a very deep truth;perhaps the deepest of all truths.

 The heaven and the earth did not create themselves;they did not evolve themselves;Something or Somebody else did create them, myself included;they and I are creatures and not creators.

 Will and not Force was the source of all things.Will is purposive;it works not by chance;and judging by my own will which must have come from the Original Will,the Will that called forth the universe into being must be a merciful,loving will.And what other name better fits this will than the Father's Will,a strong,righteous,loving will!“Like as a father pitieth his children,so the Lord pitieth them that fear him”.Some such will must have created the heaven and the earth.

 As Good Will created the universe,the end tbereof must be perfection.Ruin and destruction cannot be the end of Life and Existence.Though it appears so sometimes,it can not be so.To believe in the ultimate coming of the new heaven and the new earth wherein dwelleth righteousness,is as reasonable as to believe that Good Will and not Blind Force was the beglnner of all things. The believer in God,the good Will-Source of all things,Cannot be a pessimist. On the very face of (428)the universe,he reads hope,and perfection waiting all things.

 Say you that this is poetry and not science? But what made science so sad? Was it not the sad mood of the scientist who likes to read sadness in all things? A man's mood is his prepossession;his acquired knowledge does not give him his mood. Given a glad scientist,he reads gladness in all things. An Agassiz,a Herschel,a William Thomson,were such scientists;they read gladness in the heaven and the earth.One need not be a Nietzsche in order to be a philosopber.We can all be glad scientists and glad philosophers;and so,better able to know the secret of Nature,than sad,suicidal seekers after sad truth.

 “In the beginning,God created the heaven and 七be earh”.“There shall be no more curse;there shall be no night there;God shall wlpe away all tears from their eyes”. Between this beginning and this end,I like to read all history,botb natural and human. In a word,I like to be a Christian in my view of the universe. I am an optimist,yea an incorrigible optimist!

 

(429)     WHO AND WHAT WE ARE

              大正15年3月5日

                            The Japan Christian Intelligencer. Vol.Ⅰ.No.1

                            署名 K.U.

 

 My name is KANZO UCHIMURA. A Japanese,a son of samurai,an independent Christian;in profession,a book-writer,a magazine-editor,a teacherin the Christian Bible. Was born in Tokio,on the 23rd of March,1861,according to the Gregorian calendar,eighty ears after Commodore Perry ancbored in the Bay of Yedo. Began to study English at the age of 14;but never mastered it. Sent to the Foreign Language Scbool,to prepare for the Kaiselgakko,now the Tokio Imperial University;but was induced to enter the Sapporo Agrlcultural College,then started by the Colonial Department under the presidency of Wm.S.Clark,Ph.D.,LL.D.of Amherst,Mass.,U.S.A. Graduated from that college in 1881. Served in the Agricultural Department for 3 years. Went to America in 1884, mainly to learn methods of practical philanthropy. Came under the guidance of Isaac N.Kerlin,M.D.the superintendent of the Pennsylvania Institute for Feeble-minded Children,at Elwyn,Delaware County of that state.While there,met James B.Richards,a veteran teacher of the mental defectives.Was introduced to President Julius H.Seelye of Amherst College, Mass.by Mr.Joseph H.Neejima.Joined the junior year of the class of 1887,and stayed there until graduation. The great president opened my eyes to the evangelical truth in Christianity. He is my father in faith. For (430)forty years,Since then,I preached the faith taught me by that venerable teacher. On my return to Japan in 1888,I made several attempts to put my educational ideas to practice,but always faild. Missionaries nicknamed me a“school-breaker”,because wherever I taught,troubles arose, and schools were put in jeopardy.My fortunes in Government scbools were worse.My refusal to bow to the Imperial Rescript on Education,not only deprivVed me of my situation in the Dai IchiKoto-gakko, but sent me out into Japanese society as a vagabond,wherein for some 20 years,I had not a place where to lay my head on. But I was more successful in book-writing and journalism. Durlng the last 30 years I wrote about 30 books,Which though not“good-sellers”,were some of them,good survivors,and are still read after the expiration of the copy-right.I joined the editorial staff of the Yorodzu Choho in 1895[1897],and there met the managing editor of this magazine,and I have kept up friendship with him till this time. After three years,I started my own paper,the tokyo Independent, which was succeeded by the Biblical Studies in 1900,which is continued to this day.Then I did much of preaching,lecturing,and Bible-expositions,the most notable of which was a large Bible-class in the Hygienic Hall,in front of the Home Department,not far from the Imperial Castle. I started the class in 1918,till it was interrupted by the earthquake ravage five years afterward;but now resumed in my own precinct,though on somewhat smaller scale.I am a free-lance in my religious standing;join no church,never“licenced”to preach by any ecclesiastical authority;entirely independent. My two books which I wrote in English were translated into several European languages,enabling me to find many friends in the continental Europe. The books failed in America;Englishmen never liked them.I pass for a rabid yaso(follower of Jesus)among my countrymen,and a heretic (431)and dangerous man among missionaries and their converts in this country. Still I seem to have not a few friends in this wide world;for my magazine,――the Bible-magazine,written in my own language,――has quite a large circulation, and my books translated into German are still being read in Europe. I on my own part,take,or try to take,all honest,sincere men and women,as my friends and allies;and though some of the mmay dislike me,that is no reason why I should dislike them in return. I am a Japanese by birth,and a Christian in faith;and my Christianity made me a“burgher der Welt”,a world-citizen,a brotber to humanity. With the managing editor,I am an advocate of peace. Both of us are haters of war. We take comparatively little interest in politics. But we love God,th eworld, the soul.With this self-introduction,may I find favour with the readers in the wide,wide world!


(432)     A DRIED-UP SPRING

         A prose-poem translated from Japanewse.

                大正15年3月5日

             The Japan Dhristian Intelligencer.Vol.Ⅰ,No.1.

             署名 Kanzo Uchimura

 

I wanted to write a very deep truth,

A truth whicb like dynamite,

Might break the rotten society,

And bring in a Golden Rule of Right.

 

But no words were coming;

I was like a spring in hot summer,

Its sources all dried up,

And no life and light were forthcoming.

 

Then a kind voice said within me:

“Why try to write a truth not in thee?

Write that thy heart is empty and athirst,

(433)Like every other heart under heaven”.

 

I did so;and the confession

Was a welcome truth to the thirsty world;

'Tis humility and unworthiness confessed,

That will bring in the Golden Rule of Right.


(434)     A CHRISTIAN LIBRARY

             大正15年3月5日

             The Japan Christian Intelligencer.Vol.Ⅰ,No.1.

             署名なし

 

 On January 3 last the opening ceremony of a Cbristian library founded at Tsuyama,a twn in Okayama Prefecture,was held in the presence of more than two hundred guests. This library is housed in a splendid building erected at the cost of more than 120,000 yen,which has been donated by Mr.Keizo Morimoto,a Christian gentleman of the town. Tsuyama happens to be the birthplace of Honen,founder of the Jodo sect of Buddhism and one of the greatest religious leaders Japan has ever produced. So let us hope that the new library will help towards the appearance of a Christian Honen some day in the future.

 

(435)     GOD AND NATION.神と国民

                           大正15年3月10日

                           『聖書之研究』308号

                           署名なし

 

     GOD AND NATION.

 

 “A nation which has a false or bad conception of God has also a bad state,bad government,and bad laws.”-Hegel in his Philosophy pf Religion.


     神と国民

 

 哲学者ヘーゲルは其宗教哲学論に於て曰うた「神に関し誤りたる又は悪しき観念を懐く国民は其結果として悪しき国家制度と悪しき政府と悪しき法律を有す」と実に其通りである。其神がある如くに其国がある。如何なる神を信ずる乎は国民に取り其最大問題である。


(436)     大小の祈祷

                           大正15年3月10日

                           『聖書之研究』308号

                           署名なし

 

〇祈梼は大小に関はらず凡べて聴かれる。其大なる者が先きに聴かれて小なる者が後に聴かれる。世界人類に関はる祈梼が第一に聴かれ、其次ぎに国家社会に関はる祈梼が聴かれ、終りに我家と我身とに関はる祈梼が聴かれる。其れは其の訳である。小は大の内に含まるゝからである。先づ春が来て然る後に花が咲くのである、花が咲いて春が来るのではない。先づ神の国が世界に臨んで神を信ずる我が栄光が顕はるゝのである。我れ独り福祉《さいはひ》に与りて国家人類が恵まるゝのではない。自身は最後に恩恵に与かるが順当である。故に信者は先づ第一に世界人類の為に、第二に国家社会の為に、最後に自家自身の為に祈るべきである。

〇そして我れ自身の経験に由るも祈梼は此順序に従ひて聴かれた。世界の事は別として我国の事に関し、我が祈梼以上が聴かれた。五十年を経ざる内にキリストの福音が今日の如くに斯くも広く又熱心に日本人に受けられやうとは夢想だもしなかつた。我眼は我肉が墓に下らざる前に此の国に於て神の大なる聖業を見た。之を見せしめられし以上は我身は如何に終つても宜い。然るに我身にまで福祉の春が臨んだ。大感謝である。

 

(437)     不用人間

                           大正15年3月10日

                           『聖書之研究』308号

                           署名 主筆

 

〇世に不用人間がある、それは「坊ちやん」である、「お嬢さん」である、「奥さん」である、「旦那様」である。彼等は上品である外に何の価値も取所もない者である。彼等の一人を上品になし置かんが為に多くの人は労働し、多くの子供と婦人とは其受べき人生の必需物《なくてならぬもの》を奪はるゝのである。国家の勢力を減じ、社会の進歩を妨ぐる者にして是等上流の不用人間の如きはない。

〇「坊ちやん」と「お嬢さん」と「奥さん」と「旦那様」とは唯|侍《かしづ》からるゝ事を知つて奉仕することを知らない。彼等は一物を生産せずして、唯他人の労働に由て生存する。彼等は遊ぶことの外、何事をも為し得ない。趣味と云ひ、芸術と云へば立派に聞ゆれども、実は働かずして遊ぶ事である。彼等は品の好き遊び人であつて、其実質に於ては博徒、浮浪人と少しも異ならない。彼等無きと雖も社会は少しも損失を感じない。彼等は実に存在の理由なき者である。

〇神を信じて尚ほ不用人間たるは彼を漬涜す者であると云ひて差支ない。「人もし働くことを欲せずば食すべからず」である(テサロニケ後書三章十節)。何人も然りである。華族のお嬢さんも、富豪の坊ちやんも「働くことを欲せずば食すべからず」である。彼等が餓死すればとて国家も悲まず、社会も惜まない。彼等は床間の置物と同(438)然、社会の贅沢物《ぜいたくぶつ》たるに過ぎない。見るに少しく美はしき外に、何の価値もなき者である。神の子御自身が曰ひ給うた、「我父は今に至るまで働き給ふ、我も亦働くなり」と(ヨハネ伝五章十七節)。神は造主《つくりぬし》であつて働く者である。其子たる者が働かずして可ならんや。自身は働かずして依然として懶族の一人であつて、其人が神の子たる基督信者であり得やう筈がない。西洋の諺に曰く「何も為さゞるは悪を為すなり」と。華族、豪族、其他上流社会の人たるを以て誇りとなす人達は悪を為すの族《やから》たるを忘れてはならない。此く言ふは社会主義でもなければ過激思想でもない、当然の真理である。働かざる者は終に其存在の理由を失ひて亡びるのである。

〇神は自然淘汰の法則に由て懶族の彼等を滅し給ふ。王統が絶え、豪族が失するは之が為である。働かざるが故に健康は衰へ、精神は疲れて、働く者の取つて代る所となる。世に不幸なる事とて懶惰の如きはない。又無慈悲なる事とて子女を不用人間として育つる事の如きは無い。然るに罪の世の悲しさに、多数の人が働くを下品と思ひ、働かざるを上品と信ずるのである。嗚呼。

 

(439)     不幸の転用

                           大正15年3月10日

                           『聖書之研究』308号

                           署名 内村鑑三

 

  羅馬書八章二八節。哥林多後書十二章一-十節。

 

〇何人にも不幸が臨みます、不幸の臨まない人とてはありません。不幸は之を避けることは出来ません。故に問題は|如何にして不幸に処せん乎〔付○圏点〕、それであります。言を替へて曰へば、不幸に勝つ乎負ける乎、それであります。負ければ不幸は本当に不幸であります。勝てば不幸は幸福であります。不幸をして不幸として終らしめず、之を化して幸福と成すの道、……何人も知らねばならぬ道は此道であります。そして神は此道を私供に与へ給うたと信じます。基督敦は私供をして不幸に勝ちて之を幸福と成さしむる道であると信じます。

〇此事に就て其理由を探るの必要はありません。許多《あまた》の実例を挙ぐる丈けで充分であります。其の内で最も著るしいのが|使徒パウロの生涯であります〔付○圏点〕。彼は決して此世で云ふ幸福の人ではありませんでした。彼は彼の身に臨みし不幸は如何なる者でありし乎、其事を|あからさま〔付ごま圏点〕には述べて居りませんが、然し乍ら私供彼の遺せし書翰を読んで見て、彼が不幸の人でありしことを推測するのであります。彼は曾て一回も彼の父母兄弟等に就て述べたことはありません。彼は唯、福音宣伝の命の神より彼に臨みし時に、「其時我れ直に血肉と謀ることをせず」と(440)云ひて、彼は早く彼の血肉と絶つに至りしことを示してゐます。パウロの如き熱情の人が、父母兄弟等に就て強く思はざりし訳《わけ》はありません。彼に姉妹の在つたことは、私供は之を使徒行伝廿三章十六節に由て知るのであります。曰く「パウロの姉妹の子此|謀計《はかりごと》を聞き云々」と。然るにパウロ自身は此姉妹に就ては一回も述べません。彼は又克く異性の愛に就て知つて居ました。然るに私供は彼に愛人ありしを知りません。之には何にか深い理由があつたのではない乎とは、私供に起らざるを得ない問題であります。そして此問題に就て私供に消息を伝ふる者は哥林多後書十二章七節以下の彼の言であります。

  また我に賜はりし多くの黙示の故に我が傲《たかぶ》ることなからん為に一の刺《とげ》を我が肉体に与へ給へり、即ち我が傲ることなからん為に我を撃つサタンの使者なり、我れ之が為に三たび主に求めたり、之を我より取去らんことを。然るに彼は言ひ給へり「我が恩恵汝に足れり、そは我が能《ちから》は弱《よわき》に由て全うせらるれば也」と。此故に我は寧ろ欣びて自己の弱きを誇らん、是れキリストの能《ちから》我に寓《やど》らん為なり。

茲に云ふ「肉体の刺《とげ》」とは何であつた乎とは多数の註解者の臆測を促した問題であります。或人は之は多分悪疾の一種であつて、パウロは之が為に到る処に悩まされ、伝道上至大の妨害を感じたであらうとの事であります。或はさうであつた乎も知れません。然れども之を彼の身に臨みし或る人生の大不幸と見る方が、彼の生涯の大体を解する上に於て、|もつと〔付ごま圏点〕深い、且つ総合的の見方ではありますまい乎。何れにしろパウロの生涯の裏面には何か彼に取り堪え難き苦痛の潜《ひそ》んで居た事を疑ふ事は出来ません。之は実に彼に取り一生身に纏《まと》ひし刺《とげ》であつて、彼は之を思ふたび毎に堪えられず思ひ、幾たびか(たゞに三たびに非ず)其の取除かれんことを主に願つたに相違ありません。然るに主はその取除かれざらんことを却つて善き事と御欲召し給ひ、之を其儘に存して、恩恵を以(441)て優に之を償ひ給うたとの事であります。パウロの生涯は其|患難《なやみ》を離れては解りません。彼は其主に似て「悲哀の人」でありました。彼の裏面を知つた人は言うたでありませう「彼の伝道何ものぞ、彼の苦難《くるしみ》を隠す為の事業である、之に何の高貴なる所はない」と。然し乍ら兎にも角にも彼の大事業は成つたのであります。彼に由て人類の歴史は一変したのであります。そして若し彼の身に臨みし不幸患難が彼をして此大事業を為さしむるの機会を作りしならば、私供は彼に此不幸の臨みし事を善き事として認めなければなりません。彼の事業は決して不幸に由てのみ成つたのではありません。神の恩恵が彼をして之を為さしめたのであります。然し乍ら不幸は恩恵を招くの機会と成りました。其意味に於て不幸は彼に在りて善き働きを為しました。パウロは神の恩恵に由りて不幸に勝ちました。勝ちしに止まらず、之を自己に取り人類に取り大幸福を齎《もた》らすの機会と成しました。まことに彼が言うた通りであります。

  彼(キリスト)と其復活の能力を知り、その死の状《さま》に循ひて彼の苦難に与り、兎にも角にも死たる者の 甦ることを得んことを

と(腓立比書三章十一、十二節)。彼にキリストの復活の能力が臨みしが故に、彼はキリストに臨みし凡ての苦難に打勝ち、此世ながらに復活の生涯を送り得たのであります。其れ故に彼はまた言うたのであります。

  之に因りて我れキリストの為に懦弱《よわき》と凌辱《はづかしめ》と空乏《ともしき》と迫害《せめ》と患難《なやみ》に遭ふ事を楽みとせり、そは我れ弱き時に強ければ也(哥林多後書十二章十節)

と。「意とせず」ではありません、「楽みとせり」であります。患難に堪えたのではありません、勝ち得て余りあつたのであります。

(442)〇そして此事はパウロ一人に止まりません。凡ての基督信者は之を実験するのであります。信者には凡てパウロに臨みしと同じやうに「キリストの復活の能力」が臨むのであります。彼等は之に由りて不幸を転じて幸福と成すのであります。其歴史は長い基督教の歴史であります。|キリスト降世以後の人類の歴史に於て、大事業と云ふ大事業は凡て不幸が化して幸福と成つたものであると云ふ事が出来ます〔付○圏点〕。十字架は苦痛のシンボル(表号)でありまして、人類は十字架に由て救はれつゝあるのであります。

〇第十八世紀の英国にジヨン・ハワードと云ふ人がありました。彼は監獄改良を以つて有名なる人であります。英国を始めとして欧洲諸国の監獄は彼の終生の努力に由りて著るしき改良を施されました。我国今日の監獄と雖も此人に負ふ所が甚だ多くあります。彼は基督数的慈善家の好模範であります。彼に由て慈善事業は其凡ての方面に於て著るしき改良進歩を見たのであります。然るに此人は世にも稀れなる不幸の人でありました。彼は裕福の家に生れましたが、幸福は彼の身に伴ひませんでした。彼は早く最愛の妻を失ひました。そして彼女に由て一人の男子を得ましたが、其子がまた世にも稀れなる不良児でありました。此人にして此子ありとは誰も信ずる事が出来ない程でありました。ハワードは一生此児に苦しめられました。彼の一生の祈りは此児が其身を改めんことでありました。然し彼は改めませんでした。斯くてハワードは多くの他人の子を改めつゝありし間に自分の子を改め得ませんでした。彼に取り如何に辛らい事でありましたらう。彼も度々パウロと共に言うたでありませう。

  神は一の刺《とげ》を我が肉体に与へ給へり、即ち我を撃たん為のサタンの使者なり、我れ之が為に幾度も神に祈りたり、此刺を我より取除き給はんことをと、然れども彼は之を取除き給はずして、唯我に告げて曰ひ給へり、「我が恩恵汝に足れり」と。

(443)ハワードは此重荷を担ひつゝ彼の一生を終りました。唯彼が彼の使命を果しつゝありし間に、南露西亜ケルソンに於て疫病に罹り、将さに死なんとする時に、偶然英国より彼の愛児が少しく改善の兆を呈したとの吉報に接しました。其時永き眠に就かんとする大慈善家は彼の面に微笑を湛えて言うたとの事であります、「其れは死なんとする父に取り吉き報知ではありません乎」と。此一言を洩らして彼は天父の国へ召されたのであります。全世界の囚人の父として呼ばるゝ人の終焉《をはり》として悲惨の極と言はざるを得ません。

〇此世の人等は言ふでありませう、「斯かる人に斯かる不幸は臨むべからず、若し臨んだとすれば神は直に之を取除くべきである、斯かる事の有る事が神の無い最もたしかなる証拠である」と。然し乍らハワード自身は決してさうは思ひませんでした。彼は身の不幸の為に神を捨ませんでした。反つて益々厚く神を信じ、其指導の下に彼の事業を進めました。而已ならず不幸は彼に取り反つて善き事でありました。之に由て彼は心の傲慢《たかぶり》を矯められ、彼の慈善の真純を保ちました。彼は又之に由て世の許多《あまた》の不良児を有てる親達に対し深厚なる同情を懐くを得ました。之は又彼をして常に謙遜ならしめて、彼に断えず神に近づくの機会を供しました。彼の生涯の実験を積むに循ひび、彼は此不幸の彼の身より取除かれない深き理由を覚つたであらうと思ひます。神が之を彼より取除き得なかつたのではありません、充足《みちた》れる恩恵を彼に降して彼をして之に勝つて余りあらしめ給うたのであります。「我が恩恵汝に足れり」であります。不幸を除いて頂くばかりが途でありません、之に勝つの能力を授けらるれば不幸を除いて頂く以上の幸福であります。

〇そしてハワードの如き場合はいくらでもあります。身の不幸が反つて自分を益し他を益するの機会と成つた場合は|いくら〔付ごま圏点〕でもあります。米国太平洋岸、桑港より程遠からぬ所にあるスタンフホード大学は、其新式なる(444)と設備の完全なる事に於て世界第一と称せられますが、それも亦不幸の産たる事は人の克く知る所であります。其建設者は加州選出の米国上院議員スタンフホードでありまして、彼は其一人息子を喪ひ、堪え難き悲哀を癒すの途として茲に彼の全財産を投じて此大学を建設するに至つたのであります。そして之に類する事業は他に幾個《いくつ》もあります。多くの病院は如此くにして建られました。多くの孤児院が子を得んと欲して得られざりし結果として現はれました。私は信じて疑ひません、若し神が其の愛し給ふ者に不幸患難を降し給はざりしならば、此世に在る慈善事業の大半は無かつたことを。

〇茲に不滅の生命があります。其不滅なるを知るに来世まで待つ必要はありません。復活の力は之を充分に今世に於て実験することが出来ます。大不幸に遭ふて斃れず之を化して自他の幸福と成すの力であります。之は今日まで多数の人に由て試めされた力であります。何人も有たねばならぬ力であります。(十二月六日)

 

(445)     〔井上伊之助著『生蕃記』〕序

                             大正15年3月20日

                             『生者記』

                             署名 内村鑑三

 

 私は本書の著者井上伊之助君に対し厚き同情を表する者である。私の知る範囲に於て君は台湾生蕃の霊魂救済を其生涯の事業として居る唯一の日本人である。君の父君は台湾で製脳業に従事中生蕃人の殺す所となつた、そして君は日本人として父の仇を報ゆるの心を以て生番人救済に其一生を委ねられたのである。まことに基督信者らしき復讐の方法であつて、此くあつてこそ救霊の効果は挙るのである。此世の人等は救霊と聞いて雲を掴むが如き業なりと思ふ、然れども救霊に始まらざる統治も開拓も意味を為さない。救霊は人格の|基礎附け〔付ごま圏点〕である、蕃人を化して文明人と為すの途は之を除いて他にない。救霊を怠りて徒らに文明を教ふるは蕃人をして蕃人以上の蕃人たらしむ。井上君の事業の如き、領土統治の上より見て必要かくべからざるものである。若し日本人中永遠を見るの明ある者があるならば、彼等は必ず私と同じく井上君と君の従事しつゝある事業とに対し甚大の同情を禁じ得ないであらう。台湾生蕃人全体は井上君を通して、日本全国に向ひ「来て我等の霊魂を救ひ給へ」と叫びつゝあるのである。

  大正十五年三月六日               内村鑑三


(446)     A NEW CIVILIZATION

             大正15年4月5日

                        The Japan Christian Intelleigencer.Vol.Ⅰ,No.2.

                         署名 Kanzo Uchimura

 

 They speak of the amalgamation of the two civilizations of the East and the West,that they might have a perfect civilization;as if to imagine that the West is a perfect man,and the East a perfect woman,and the union of the two will make a perfect home,and will beget perfect children. A beautiful dream,but never to be realized.The West has never been a perfect man,and the East never a perfect woman;and their marriage,even if possible,will never make a perfect home. No less an authority than Spengler says that the Western civiioization is already a decadent civilization,doomed to die in the near future.As for the Eastern civilization,we know it to be an already dead civilization,a thing of the past,buried in the valley of the Ganges or on the banks of the Hoangho.Can a happy home be made by the marriage of a half dead man and an already dead woman? But this is what it amounts to,I think,-this idea of the amalgamation of the two civilizations of the West and of the East.

 And what a sad history the West has had! Who ever wishes to have it repeated? The end of it all was this World-War,the height of brutality,the acme of foolishness,the bankruptcy of the Western civilization.What woman is there in the whole world who wishes to be married to a ruined (447)bankrupt man? But such is Europe,and civilizationally considered, America also.

 The idea of resuscitation of the Western civilization is an absurdity. Let the dead bury its dead. A thing that died,let it remain in death. The Western civilization,like the Eastern,may now sleep where it once arose and prospered,as a thing of the past,to be studied as a history,and draw lessons from it,as we do from the Egyptian or the Assyrian civilization.

 And if the Eastern civilization has been dead for centuries,and the Western only recently died,what civilization shall we adopt? As old civilizations are all dead,We are to make a new civilization for ourselves.We must not and cannot look to the West or to the East in this matter of civilization;we must look to ourselves,if we are to live as civilized men and nations. And let us not imagine such an ambition beyond our power of attainment. The type has already been given us on the mount;it is simple as it is majestic;it is old because it bas been known from the hoary antiquity;and it is new because it has never been tried. It is an old-new civilization,which we must make it a reality that we may live as children of God.

 And need I tell what this oid-ew civilization is? Twenty-six centuries ago,a Jew by the name of Isaiah,the son of Amoz,showed it to his countrymen. His vision has been handed down in the book which Christendom has professed to accept as the veritable Word of God, but has never tried to make it an actuality,derisively calling it a“vision,”a dream of a dreamer,never intended to be seriously put into practice. And these Westerners,calling themselves the rightful heirs of the prophets and the apostles,did exactly contrary to the vision,and imagined that they built up a Christians civilization which will endure for ever,a thing to be preached to heathens by their missjonaries and (448)extolled as the greatest of all gifts to mankind. But it was anotber tower of Babel. God sent a spirit of confusion among its upholders,and while we of the East were looking on with amazement, the huge structure came down, there to remain in perpetual desolation,never to rise again to bless mankind.

 The vision of the Jew Isaiah was as follows:

       And He shall judge between the nations,and shall decide form any peoples;

       And they shall beat their swords into plow-shares,and their spears into pruning-hooks;

       Nation shall not lift up sword against nation,neitber shall they learn war no more.

                                                

       And the wolf shall dwell with the lamb,and the leopard shall lie down with the kid;

       And the calf and the young lion and the fatling together;

       And a little child shall lead them.

       They shall not hurt nor destroy in all My holy mountain;

       For the earth shall be full of the knowledge of the Lord,as the waters cover the sea.

 The vision was that of a warless world. Civilization,if it means anything,must be this warless state of the world. The Russian Bear,the British Lion and the American Eagle must all disappear,that there may appear a true civilization upon the face of the earth. Civilization which exists only under the aegis of the squadrons and army corps is an anomaly. It is not a civilization;it is barbarism pure and simple. The Western civilization which existed only by and under the protection (449)of strong armament could never be a civilization. And such a pseudo-civilization proved its own destruction.The beast which presumed to protect it,devoured it,and now reigns supreme in its naked animalism.

 “An impracticable vision”do you say? But was your armed civilization a practicability? Did it not prove its own impracticability? Is not the unarmed peace the only possible peace? The old Japanese samurai thought himself very unsafe when he was deprived of his swords by an Imperial decree;but once deprived of his weapon of offence and defence,he found himself safer than ever before.Denmark by reduciug her armament to the strength(or rather weakness)of mere police never thinks to have put herself in danger of losing herindependence. Denmark in her martial weakness and rural strength is now per capita the richest country in the world,and essentially the strongest. The Bull and the Bear have not yet learned the strength of the martial weakness because they have not tried it;and the Eagle,led astray by the successful sbows of the Bull-and-Dog,is now arming itself at this late hour.Does not the Christian Bible plainly teach that“My(God's)strength is made perfect in weakness”? And you who by sending us missionaries taught us all these years to receive the Bible and follow its teachings,we teach you now out of the same Bible to do the same,and know to your satisfaction that what your Bible teaches is very,very true,if you yoursel fput it to practice in your state-policy as in your private conduct.

 Alas for my dear country,that under its young,inexperienced politicians of the Meiji Era,she accepted this Western civilization which is no civilization,in its entirety! That the first thing that Japan learned from Europe was its army and navy is greatly to be deplored. True,Japan by her (450)adoption of the Western methods of warfare,has won her place among the Great Powers of the world within less than a century;but what has she lost? Forty years ago,she was the most beloved nation in the world;the whole world was open to her children;they were welcomed everywhere.But how different now! By three successive victorious wars,she gained Formosa,Korea and South Sea Islands;but with them,She lost the love of the whole world.Now the whole world is closed against her;her children are feared and disliked everywhere.Japan Westernized herself;and the West disowned her. Hers is a case of a foolish young man who went after a harlot;and the great Harlot,-Europe-America is her name,-deceived him,and now bids him be gone!

 Now is the time for Japan to awake from sleep.This Western civilization with its big budget for fgighting machinery is to be completely disowned. She is to start a new civilization, a civilization which is civilization indeed,-a warless civilization, Denmark on a bigger scale,an army and navy on police-standing,an empire founded on the goodwill of the world,a secure, industrious,peaceful nation,the leader of“Christian”Europe and America,in the divine policy announced by God's prophet,twenty-six centuries ago.

 And what need is there of waiting till these so-called“Christian”nations adopt this distinctly Christian policy? No number of Disarmament Conferences will bring about the desired disarmament.The thing must be done by somebody,without“conferring with flesh and blood”.What a day will it be when my own Japan,by its sovereign decree,will decree the disarmament of the nation,as it decreed the disarming of samurais fifty years ago,and so bring in the new civilization to the whole world.As I pen these words,another oracle of the Jew Isaiah comes to my lips and makes me write;

(451)     O house of Jacob(Japan)come ye,and let us walk,

     In the light of the Lord.(Isaiah II,5.)


(452)     TO YOUNG MISSIONARIES.

            大正15年4月5日

                        The Japan Christian Intelleigencer.Vol.Ⅰ,No.2.

                         署名 Kanzo Uchimura

 

 Oh,teach them in Christianity,in the simple gospel,in the fundamental truths of Christianity,like the following:

  “Except a man be born anew(or from above),he cannot see the kingdom of God.”

  “God soloved the world,that he gave his only begotten son,that whosoever believeth on him,should not perish,but have eternal life.”

  “God was in Christ reconciling the world unto himself,not reCkoning unto them their trespasses,and having committed unto us(all true believers)the word of reconciliation.”

        Etc.,etc.,etc.

Preach these simple truths,and their effects will be far-reaching.If they are truly presented and truly accepted and believed in,they work wonders.They reform individuals,they reform societies,and everything that is called good in life will result from their workings.

  I say,teach them in Christianity,not in Christian civilization.Do not teacb them in Christian philosophy,Christian sociology,Christian philanthropy,and many other things which come under the name of Christian civilization. It is good by itself,I do not doubt it;but it can be taught by others.(453)We need no missionaries in the management of Y.M.C.A.'s as they are now managed.Athletics,swimmings,bowlings,ways and methods of social gatherings,English compositions,book-keepings,commercial correspondence,all these can be taught by other than Christian missionaries. Even Theology can be taught by somebody else than missionaries.Japan and the whole world need the pure simple gospelof the Lord Jesus Christt And remarkable to say,so little is taught by Christian missionaries in the gospel,and so much is taught in other things than the gospel. As I see it,Japanese Christians are already suffering from dearth of the gospel,While they were given Christian civilization more than they can very well manage. Missionaries thus far have given most of their energy to introducing Christian civilization to this country;and as a result,many were“converted” into Christianity,who really knew very little about Christianity itself.I know many Japanese Christians,Whose idea of Christianity is mostly betterment of the world, and not the new creation of the soul.

  I think it is a very mistaken idea that influences can make a Christian. Given a Christian surrounding,-Christian home,Christian education,Christian society,Christian music,Christian literature,-and we imaglne we can make Christians.But it is not so.All true Christians know that influences do not make Christians.The worst of atheists came from Christian homes,and the best of Christians rose out of the filthiest surroundings.It is God Himself with His Word,who makes Christians;and men with all their ways and means,philosophies,sciences,arts and letters,cannot make a single Christian. That is a commonsense in Christian Religion.But that common sense is often neglected;and as it is easier to offer influences than the true simple gospel,missionaries are tempted to offer (454)Christian civilization to heathens in place of Christianity itself.

  By saying this,I do not mean that missionaries must not teach civilization.Itself is a fruit of Christianity,and all Christians cannot withhold it,when opportunity is offered to present it to those who have it not. All true missionaries are pioneers in civilization, and they cannot be otherwise. But civilization is not their special sphere of action. It is the gospel which they are to carry to the world,though to the Greek it may be foolishness,and to the Jew a stumbling block. The Gospel,and not civilization,is the power of God unto salvation,-unto salvation in all its forms. Even social salvation,if it is to be solid and permanent,is not possible without the gospel as its foundation.

 Then,preach the gospel. Preach it of course with intelligence. Find out the best equiovalences in the native language for the gospel terms and expressions. Then do not fail to find in the native literature and religion,cases Of very close approach to the gospel truth. Christianity is a human experience,and something like it is found in thoughts and beliefs of all peoples;else it will never be accepted.As far as Japan is concerned,there are many things in Bushido and Buddhism which come very close to Christianity;and by judicious use of these, preaching of Christianity in this country is made very mucb easier. There is no need of presenting Christianity as a strange religion to my countrymen. As far as my own experience goes,I have had very little occasion of coming into sharp conflict with the representatives of the old religions. I try to find the common ground on which we stand,and then try to present my beliefs in their own words. I am not afraid of persecution;but offences I try to avoid,as much as I can.

 Yes,preach tbe word in season and out of season. Try not to Christianize Japan;but to evangelize (455)it;i.e. to flood it with God's word,and that will be the best and most effectual way of Christianizing it,-after all!

  I do not say,of course,that Christian Mission in Japan was a failure;but that it was not a great success even missionaries themselves will admit.And that it did not succeed as was expected at first must be due mainly to the fact that too little gospel was preached and too much civilization was taught by Christian missionaries. The scarcity of the Biblical knowledge of Japanese Christians is remarkable.In some cases,even rudimentary knowledge of the evangelical truth is lacking in Christians of high standing in Churcbes. I met a Christian lady of twenty years's tanding in her church, who firmly maintained that the Old Testament is for the Jews only,and it is not obligatory on Christians to study it;and when I asked her,who taught her so,she as firmly replied:“My pastor.”Her case may be exceptional;but taken with other cases where their knowledge of the Christian truth is at all proportionate to their high standings in their cburcbes,it may be taken as an indication of the kind of teaching Japanese Christians in general have received from their missionaryteachers.Had missionaries taught the Bible more,and civilization less,Christianity in Japan would have been atthis moment  amore vital power in social and national uplifting of the country than it is now.


(456)     BUDDHA AND CHRIST

             大正15年4月5日

                        The Japan Christian Intelleigencer.Vol.Ⅰ,No.2.

                         署名 K.U.

 

Buddha is tbe Moon;Cbrist is the Sun.

Buddha is the Mother;Christ is the Father.

Buddha is Mercy:Christ is Righteousness.

Buddha retires to the mountain to keep himself spotless and pure;Christ goes forth to th eworld to fight the battles of faith.

Buddha weeps for the sins of the world;Christ fights to redress the wrong.

I love and admire Buddha;but I worsbip Christ,一worship Him not with rosaries and prayerbooks,but with heroic deeds He claims from His worshippers.

“God made two great lights;the greater ligbt to rule the day,and the lesser light to rule the nigbt.”-Genesis l:16.

I love the moon and I love the night;but as the night is far spent and the day is at hand,I now love the Sun more than I love the Moon;and I know that the love of the Moon is included in the love of the Sun,and that he who loves the Sun loves the Moon also.

 

(457)     『加拉太書の精神』

大正15年4月10日

単行本

署名 内村鑑三 著

 

〔画像略〕初版表紙190×133mm


(458)    自序

 

〇ルーテルは加拉書を称して「是れ我が書なり」と言うた。私も亦彼に傚うて言ふ事が出来る「是れ私の書である」と。然し乍ら私が加粒太書に負ふ所はルーテル以上であると思ふ。そはルーテルは羅馬天主教会に反対した後に自己の教会を作り終に法王以上の法王たるに至つたが、私は凡ての教会に反対して終生無教会的信仰を継続したからである。若し法王や監督が私に向jひ「汝の無教会主義の聖書的基礎は何処に在る乎」と問ふならば私断然答へて曰ふ「|パウロのガラテヤ書翰に於て在る〔付○圏点〕」と。加拉太書はまことに信者の信仰自由を確保せる書である。聖書に此書が在《のこ》る間は反教会的精神は泯《ほろ》びず、法王、監督、其他の教職等は信者の自由と独立とを奪ふことは出来ない。私は今日と雖も私の自由を窺はんとする是等教職の面にパウロの言を突きつけて言ふ

  今より後何人も我を擾《わづら》はす勿れ、そは我れ身にイエスの印記《しるし》を佩《お》びたればなり。

と(六章十七節)。ルーテルが此書翰を以て腐敗せる中古時代の羅馬教会を壊《こぼ》ちしが如くに、我等も亦神の御助けに由り此加拉太書を以つて、腐敗せる今日の英国教会又米国教会を壊つであらう。|まことに米国教会は現代の羅馬教会である〔付△圏点〕。彼等は十字架の福音を忘れて社会奉仕を説く。彼等は信仰に由らず|事業〔付○圏点〕に由りて救はれんと欲す。然り、彼等は自己《おのれ》は救はれんと欲せず、唯他を救はんと欲す、而して所謂救済事業に多忙なるを称して基督敦の信仰なりと云ふ。まことにパウロの説きし福音を誤まる者にして今日の米国教会の如きはない。而して物質的に強大なる此「第二十世紀の羅馬教会」に当らんと欲して、我等の採るべき最良の武器は加拉太書である。人は「今後世界を滅す者は米国主義である」と言ふが、然し此強大なる米国主義に打勝つて尚ほ余りある者は、加拉(459)太書に明記されたるパウロの福音である。

〇此書は加拉太書の精神を伝へんと努めし者に過ぎず。然れども詳細に渉りて註解を試みんよりは、簡単に精神を述ぶるの優されるを思ひ、此小著述を読者に提供せる次第である。

一九二六年三月十七日             内村鑑三

第一回 加拉太書を紹介す

第二回 信仰の自由独立

第三回 教義の大要

第四回 ガラテヤ人の変信

第五回 血肉と謀らずアラビヤに往く

第六回 テトスの場合

第七回 アンテオケに於けるペテロ

第八回 基督信者の生涯

第九回 信仰と聖霊

第十回 福音と律法

第十一回 基督信者の単一

第十二回 子か奴隷か

第十三回 肉の行動と霊の結果

第十四回 愛の表顕

(460)     SUMMUM BONUM.至高善

                           大正15年4月10日

                           『聖書之研究』309号

                           署名なし


 Nothing can possibly be conceived in the world,or even out of it,which can be called good,Without qualification,except a Good Will‥‥‥A good will is good not because of what it performs or effect,not by its aptness for the attainment of some proposed end,but simply by virtue of the volition,that is,it is good in itself.-Kant in Metaphysic of Morals.


 哲学者カント曰く、此世に在りても此世以外に在りても絶対的に善なる物とて善き意志を除いて他に在るなし。善き意志は善き事を為すが故に非ず、善き結果を生ずるが故に非ず、或る目的を達する為に適するが故に非ず、単に善を欲するが故に菩なるのである、即ち他に依る事なく其れ自体にて善なるのである。


(461)     知識と信仰

                           大正15年4月10日

                           『聖書之研究』309号

                           署名なし


〇近代人は信仰を知識の上に築かんと欲す。其事其れ自身が背理的である。故に失敗に終るは当然である。知識を以て解し得ないから信ずるのである、解し得る事を倍ずるの必要は毫《すこし》もない。パウロが曰ひし通りである「我等が救を得るは望に由る、然れど望を見ば望なし、既に見る所の者は何ぞ尚ほ之を望まんや」と。既に知る所の者は何ぞ之を信ぜんやである。
〇人は神に非ず、故に彼が解し得ない事が沢山に在る。故に彼は信ずるのである。信ぜざる者は人に非ず神である。そして自己を神に擬する人は知り得る丈けも知り得ないのである。人は信じて知識の新領土を開かるゝのである。信じて新たに能力を加へられ、信じて自己を基礎づけらる。近代人が信仰を拒んで知識に走りて何の得る所なくして迷ふは怪しむに足りない。故に信ずべきである。最も恐るべきは無知の迷信に非ず識者の疑惑である。近代人を見よ。


(462)     芸術と宗教

                           大正15年4月10日

                           『聖書之研究』309号

                           著名 主筆


〇芸術は宗教に非ず、宗教は芸術に非らず、芸術は宗教の代用を為さない。勿論芸術と宗教との間に類似点なきに非ず。二者同じく感情的であつて同時に亦脱俗的である。故に多くの人は宗教に於て求むべきものを芸術に於て探る、そして芸術の秘密に達して宗教の奥殿に入りたりと思ふ。
〇然し乍ら芸術と宗教とは全然其本領を異にする。芸術の本領は美であつて宗教の本領は義である。芸術は感情を宰《つかさど》り宗教は良心を支配する。芸術は自然的人間的であつて、宗教は超自然的神的である。宗教に較べて芸術は浅く、芸術に比べて宗教は冷くある。芸術は技芸の部類に属し、宗教は道徳の基礎である。
〇論より証拠である、宗教に深き者は大体に於て芸術に浅くある。世界第一の宗教的国民なりしユダヤ人は決して芸術的国民でなかつた。之に反してギリシヤ人は芸術に於て秀《ひいで》し丈けそれ丈け義の宗教に於て劣つてゐた。国民の宗教的復興は必しも芸術的復興と伴はない。而已ならず多くの場合に於て宗教的熱心はイコノクラズム即ち芸術破壊を惹起した。多くの場合に於て宗教は芸術の敵として起つた、そして多くの場合に於て芸術は其信仰の妨害物である。ピユーリタン党は全体に芸術を賤めた。クエーカー派はその礼拝に於て芸術の使用を許さなかつた。
(463)〇而して又、芸術の盛なる時は宗教の衰へる時であつた。人が美の神を拝する時は義の神より遠かる時であつた。芸術の人の必しも義の人でない事は世に能く知れ渡りたる事実である。芸術の人は感情の人であり易く、随つて自己本位の人、過度に主観的の人、自己を支配し得ざる人であり易くある。所謂天才の人は何よりも束縛を憎む。彼等は神を讃美せんとするも神に服従せんとしない。大体に於て芸術家と宗教家とは其生れつきの素質を異にする。
〇模範的宗教家はイザヤ、ヱレミヤ、エゼキエル、パウロ、ヨハネである。彼等は何んであつても芸術家でなかつた。大天才のゲーテには芸術は解つても宗教は解らなかつた。時にはハンデル、ハイドン、メンデルゾーンと云ふが如き信仰的大芸術家が無かつたではない。然れども彼等の場合に於ては彼等は信仰を先きにして芸術を後にした。彼等は芸術を宗教の侍女《ハンドメード》として使つた。彼等の芸術の偉大なりし理由は其処に在つた。それは義は美以上であつて、美は義に事ふべき者であるからである。


(464)     キリストに在りて

                           大正15年4月10日

                           『聖書之研究』309号

                           署名 内村鑑三

 

  エペソ書一章一-十四節。

 

〇基督教の袖珍書と称せらるゝエペソ書は其発端の十四節に於て、斯教の根本的真理と称すべきものを数回繰返して記載して居る。それは「キリストに在りて」との短句である。「キリストの中に」とか、「キリストに由りて」とか訳せられてあるが、「キリストに在りて」が其字訳である。ギリシヤ語のエン・トウ・キリストである。エンは英語の in であつて「其中に在りて」の意である。文法家の所謂エン・ローカルである。「位地を示す en」である。「キリストに於て」又は「キリストに在りて」ゞある。今一章一節より十四節に至るまでの此短句の使用法を示すならば左の如くである。

  第一節。信者は|キリストに在りて〔付○圏点〕忠実なる者。

  第三節。神は|キリストに在りて〔付○圏点〕我等を祝福し給へり。

  第四節。神は|キリストに在りて〔付○圏点〕我等を択び給へり。

  第六節。その愛《いつく》しみ給ふ者(|キリスト)に在りて〔付○圏点〕恩恵を下し給へり。

(465)  第七節。我等は|彼(キリスト)に在りて〔付○圏点〕罪の赦しを得たり。

  第十節。神は|キリストに在りて〔付○圏点〕万物を一に帰せしめ給ふ。

  第十一節。我等は|キリストに在りて〔付○圏点〕神の産業とせられたり。

  第十三節。汝等は|キリストに在りて〔付○圏点〕福音を聞き、約束の聖霊にて印せられたり。

以上八回に渉り「キリストに在りて」と云ふ短句が用ひられてある。之には何か深い意味がなくてはならない。

〇基督敦の目的は神と人との和合に於てある。人に臨む凡ての不幸は彼が神より離れたからである。故に若し何かの方法に由り人が再び神と和らぐことが出来るならば、凡ての幸福は再び彼に臨むのである。人生問題の難点《クルツクス》は茲に在る。若し人を神に結附ける事が出来るならば凡ての問題は解決せられるのである。そして人は凡ての方法を講じて神と和らがんとした。宗教は人類の此の努力の現はれであると云ふ事が出来る。如何にもして神に肖たる者となりて彼に接近して其恩恵に与らんことをと。人類の要求にして之よりも切なる者はない。彼等は何を為すことをも厭はない、唯天の父に愛せられんと欲す。ピリポが曰ひし如く「我等に父を示し給へ、然らば足れり」である(約翰伝十四章八節)。父を知らんが為に哲学は起り神学は始つた。神に近づかん為の儀式である、難行苦業である。罪に穢れたる人が聖き天の神に近づき其愛に浴するを得ば、それで人生の凡ての問題は完全に解決せらるゝのである。然し乍ら此事たる人生の至上善であると同時に至大難である。望んで到底達し得ざるは此事である。人類に無限の要求があるが、煎じ詰むれば此一事に帰着するのである、即ち「|我は我が失ひし父を得んと欲す、其愛に浴せんと欲す〔付○圏点〕」と。

〇そして人類が求めて得る能はざりし解決を神は完全に与へ給うたのである。而かも解決と称して神は之を論理(466)的に之を証明し給うたのではない。又何か困難《むつかし》い方法を設けて人をして之に由て御自身に近づけしめ給うたのでない。神の人生問題の解決は至つて簡短であつた。まことに簡短の極と称すべきであつた。彼は其独子を遣つて此大問題を完全に解決し給うた。パウロの言葉を以つて言ふならば

  時期すでに至るに及びて神は其子を遣はし給へり。彼は女より生れ律法の下に生れたり。これ律法の下に在る者を贖ひ我等をして子たることを得しめん為なり(ガラテヤ書四章四、五節)。