和辻哲郎全集第十巻、岩波書店、660頁、3200円、1962.08.01(77.08.16.2p)
倫理学 上
総目次
倫理学上…………………………………………………………一
序論
本論
第一章 人間存在の根本構造
第二章 人間存在の空間的・時間的構造
第三章 人倫的組織
付説 徳の諸相
倫理学上
(3) 序言
この書は著者の前著『人間の学としての倫理学』において述べた立場に立って人間存在の理法たる倫理を体系的に叙述しようと試みたものである。著者の乏しい思索の力が右の意図をどれほど達成し得たかは、ただ識者の厳正な批判にまつほかはない。著者の望むところは、倫理の具体的な把捉に自ら努力せらるる人々に対して、この書が幾分かでも参考となり、あるいは幸福な場合にはよき伴侶とならむことである。
が、在来の日本の倫理学書を見慣れた人々にとっては、この書の内容は倫理学書としてはなはだ異様に見えるかも知れない。ここに一言その点を釈明しておきたいと思う。著者自身は、すでに『人間の学としての倫理学』において述べたようにアリストテレスやカントやヘーゲルなどと同じような仕方で「倫理」を学的に取り扱おうとしているのであって、別に異様な倫理学を企てているのではない。もしそれが異様に見えるとすれば、その原因は著者が意識的に在来の倫理学書の弊風を避けようとしたことにあるのではないかと思う。その弊風というのは、いたずらに既成の倫理学書の定義や概念を並べ立ててその整理をもって能事おわれりとすることである。さらにはなはだしい場合には、右のような概念整理の書の|紹介〔付ごま圏点〕をもって能事おわれりとするものさえもある。しかし倫理学の任務は|倫理そのものの把捉〔付ごま圏点〕であって、だれがどう考えたかということの穿鑿ではないのである。倫理は我々の日常の存在を貫ぬいている理法であって、何人もがその脚下から見いだすことのできるものである。この生きた倫理をよそにしてただ倫理学書の内にのみ倫理の概念を求めるのは、自ら倫理を把捉するゆえんではない。我々は我々の存在自身からその理法を捉え、(4)それを自ら概念にもたらさねばならぬ。だからここにも「事実そのものに帰れ」(zur Sache selbst)という標語は必要なのである。もちろん我々はそれによって古来の倫理学を顧みる必要がないなどと主張するのではない。我々は倫理の把捉というごとき仕事に入り込むと同時に、すでにかかる努力の潮流の中に没入するのである。いかに我々が新しく始めようとしても古来の大力量の士がすでに指し示した道はなかなか脱却し得られるものではない。だから我々はできるだけ忠実にその思索の跡をもたどってみなくてはならぬ。しかしこのことは古来の学者の与えた定義や概念を覚え込むとか、あるいはその思索の成果を何々説として類別するとかというだけであってはならないのである。古来の学者もまた、真の倫理学者である限り、倫理そのものの把捉を目ざして努力したのであって、その思索の成果はただこの努力の指標に過ぎぬ。我々は彼らと目ざすところを等しくするがゆえに、彼らの努力によって導かれ、教えられ、また新しい道を示唆されるのである。もし彼らの思索の成果をのみ見て、そこに表現せられた倫理そのものへの探求の勢力を見失うならば、彼らとともに探求に努めることはできず、従ってその導きを受けることもできない。してみれば、我々は単に古来の学者の思想を学び知ることによってでなく、あくまでも倫理そのものを追求することによって、かえってよく彼らの導きをも受け得るのである。
著者は右のごとき見解の下に人をしてできるだけ倫理そのものへ眼を向けしめるように努力した。倫理そのものは倫理学書の中にではなくして人間の存在自身の内にある。倫理学はかかる倫理を自覚する努力にほかならない。道は邇《ちか》きに在《あ》りとは誠に至言である。
昭和十二年四月
著者
(5) 序言
最初この倫理学は上下二巻をもって完結する予定であったが、上巻(二八ページ以下)に述べた第三の問題を展開して行く内に、それまで簡単に考えていたいくつかの問題が簡単ではすまされなくなり、またそれまで疑問を抱くことなく認容していたいくつかの見解を新たに考えなおす必要も生じ、漸次叙述を拡大して、ついにこの第三の問題のみをもって中巻を構成するのやむなきに至った。特に著者にとって困難であったのは、問題の性質上ちょうどこの個所において、社会哲学、経済哲学、文化哲学、国家哲学、さらに立ち入っては技術哲学、言語哲学、芸術哲学、知識哲学、宗教哲学等の諸問題に触れざるを得なかったことである。これらはただその一つのみを取っても相当に詳細な論述を必要とするものであるが、ここではただその根本問題をのみ取り上げ、上巻において展開した人間存在の原理をこれらの領域に貫徹しようと努めた。
本書においては最後に国家の問題を取り扱っているが、しかしこの章では問題はなお一般的であって、わが国の国体や、世界におけるわが国の使命などに論及してはいない。これらの問題は下巻において、人間存在の原理をさらに風土哲学、歴史哲学に展開した後に、詳細に取り扱われるはずである。
昭和十七年三月
今度第四刷りを印行するにあたり、著者はところどころに修正の手を加えた。誤謬の訂正や、表現を正確にするた(6)めの変更のほかに、最後の第七節の後半にはやや長い修正が加えられている。目下の未曾有の大転換期に際して深刻な反省を促されたためである。国家の人倫的組織としての意義が今ほど痛切な問題となって来た時はないと思う。
昭和二十一年三月
著者
(7) 上巻目次
序言………………………………………………………………………三
序論…………………………………………………………………………一一
第一節 人間の学としての倫理学の意義……………………………一一
第二節 人間の学としての倫理学の方法……………………………三一
本論…………………………………………………………………………五一
第一章 人間存在の根本構造…………………………………………五一
第一節 出発点としての日常的事実………………………………五一
第二節 人間存在における個人的契機……………………………六二
第三節 人間存在における全体的契機……………………………九二
第四節 人間存在の否定的構造……………………………………一〇六
第五節 人間存在の根本理法(倫理学の根本原理)……………一二五
第二章 人間存在の空間的・時間的構造……………………………一五二
第一節 私的存在と公共的存在……………………………………一五二
(8) 第二節 人間存在の空間性………………………………………一六二
第三節 人間存在の時間性…………………………………………一八九
第四節 空間性時間性の相即………………………………………二三五
第五節 人間の行為…………………………………………………二四六
第六節 信頼と真実…………………………………………………二七八
第七節 人間の善悪 罪責と良心…………………………………二九八
第三草 人倫的組織……………………………………………………三三〇
第一節 公共性の欠如態としての私的存在………………………三三〇
第二節 家族…………………………………………………………三三六
一 二人共同体 性愛と夫婦…………………………………三三六
二 三人共同体 血縁と親子…………………………………三八二
三 同胞共同体 兄弟姉妹……………………………………四〇三
四 家族の構造とその人倫的意義……………………………四一一
第三節 親族…………………………………………………………四三五
第四節 地縁共同体(隣人共同体より郷土共同体へ)…………四四四
第五節 経済的組織(付 打算社会の問題)……………………四六九
第六節 文化共同体(友人共同体より民族へ)…………………五一九
(9) 第七節 国家………………………………………………………五九二
付説 徳の諸相………………………………………………………六二七
(11) 序論
第一節 人間の学としての倫理学の意義
倫理学を「人間」の学として規定しようとする試みの第一の意義は、倫理を単に個人意識の問題とする近世の誤謬から脱却することである。この誤謬は近世の個人主義的人間観に基づいている。個人の把握はそれ自身としては近代精神の功績であり、また我々が忘れ去ってはならない重大な意義を帯びるのであるが、しかし個人主義は、人間存在の一つの契機に過ぎない個人を取って人間全体に代わらせようとした。この抽象性があらゆる誤謬のもととなるのである。近世哲学の出発点たる孤立的自我の立場もまさにその一つの例にほかならない。自我の立場が客体的なる自然の観照の問題に己れを限る限りにおいては、誤謬はさほどに顕著でない。なぜなら自然観照の立場はすでに具体的な人間存在を一歩遊離したものであり、そうして各人が標本的に「対象を観る者」すなわち主観として通用し得る場面だからである。しかるに人間存在の問題、実践的行為的連関の問題にとっては、右のような孤立的主観は本来かかわりがないのである。しかも人と人との行為的連関を捨象した孤立的主観の立場がここでは強いて倫理問題にまで適用せられる。そこで倫理問題の場所もまた|主観と自然との関係〔付ごま圏点〕に限定せられ、その中で認識の問題に対立する意志の問題としての己れの領域を与えられる。従って自然に対する自己の独立とか自己の自己自身に対する支配とか、自己の(12)欲望の充足とかというごときことが倫理問題の中心に置かれる。しかしどの方向に理論を導こうとこの立場でのみ問題を解決することはできない。結局|超個人的〔付ごま圏点〕なる自己、あるいは|社会〔付ごま圏点〕の幸福、|人類〔付ごま圏点〕の福祉というごときことを持ち出さなくては、原理は立てられないのである。そうしてこのことはまさに倫理問題が個人意識のみの問題でないことを示している。
倫理問題の場所は孤立的個人の意識にではなくしてまさに|人と人との間柄〔付ごま圏点〕にある。だから倫理学は人間の学なのである。人と人との間柄の問題としてでなくては行為の善悪も義務も責任も徳も真に解くことができない。しかも我々はこのことを最も手近に、今ここで我々が問題としている「倫理」という概念自身において明らかにすることができるのである。
倫理という概念は倫理という言葉によって言い現わされている。ところで言葉というものは人間の作り出したものの内の最も不思議なものの一つである。いかなる人も自ら言葉を作り出したと言い得る者はない。しかも言葉は何人にとっても自分の言葉である。このような言葉の性格は、言葉が人間の主体的連関をノエーマ的な意味に転化する溶炉だということに起因する。それは他の語で言えば意識以前の存在の意識化である。ところでこの存在は、あくまでも対象的たり得ない主体的現実であるとともに、すでに実践的行為的な連関である。だからそれが意識化せられたときには、個人的意識の内容であるにもかかわらず個人的存在をのみ根源とするものでない、という構造を持つのである。この意味で言葉もまた人間の主体的存在の表現であり、従って我々に主体的存在への通路を提供する。倫理の概念を明らかにしようとするに当たってまず言葉を手づるとするのは右のごとき理由に基づくのである。
さて倫理という言葉は、「倫」「理」の二語から成っている。倫は「なかま」を意味する。「なかま」とは一定の人々(13)の関係体系としての団体であるとともに、この団体によって規定せられた個々の人々である。シナの古代においては父子、君臣、夫婦、長幼、朋友などが「人の大倫」であった。すなわち最も重要な「なかま」であった。父子関係は「倫」である、一つの「なかま」である。ところで父と子とが別々にまずあってそれが後に関係を作るというわけではない。この関係の中で初めて父は父としての、子は子としての資格を得るのである。すなわち彼らは「一人のなかま」であることによって父となり子となる。しかし何ゆえに甲の「なかま」がそのなかまの一人一人を父及び子として規定するのに対し、乙の「なかま」はそれを友人として規定するのであろうか。それは「なかま」が|一定の連関の仕方〔付ごま圏点〕にほかならぬからである。従って「倫」は「なかま」を意味するとともにまた人間存在における一定の|行為的連関の仕方〔付ごま圏点〕をも意味する。そこからして倫は人間存在における「きまり」「かた」すなわち「秩序」を意味することになる。それが人間の道と考えられるものである。
右のごとき行為的連関の|仕方〔付ごま圏点〕は行為的連関と離れてそれ自身にあるのではない。それはあくまでも人間における行為の|仕方〔付ごま圏点〕として、行為的連関に即しでのみ存在する。しかし動的な人間存在が絶えず繰り返して|一定の仕方〔付ごま圏点〕において実現せられて行くとき、人はこの|常に〔付ごま圏点〕現われる仕方をその動的存在の地盤から引き離して把捉することができる。それがノエーマ的な意味に化せられた「倫」あるいは「五倫五常」というごときものである。倫と結合せられている「理」という言葉は、「ことわり」「すじ道」を意味し、主として右のごとき行為の仕方、秩序を強めて言い現わすために付加せられた。だから倫理は人間の共同的存在をそれとしてあらしめるところの秩序、道にほかならぬのである。言いかえれば倫理とは社会存在の理法である。
しからば倫理はすでに実現せられているのであって当為としての意味を持たないのであろうか。そうでもあり、そ(14)うでもない。朋友有信と言われているように、朋友としての一つの団体が実現せられている限りにおいては、行為的連関の仕方としての「信」はすでにその根柢に有るのである。信なくば朋友は成立しない。しかし団体は静的なる有ではなくして、動的に、行為的連関において存在するものである。前に一定の仕方によって行為せられたということは、後にこの仕方をはずれることを不可能にするものではない。従って共同存在はあらゆる瞬間にその破滅の危険を蔵している。しかも人間存在は、人間存在であるがゆえに、無限に共同存在の実現に向かっている。そこからしてすでに実現せられた行為的連関の仕方が、それにもかかわらずなお当《まさ》に為《な》さるべき仕方としても働くのである。だから倫理は単なる当為でなくしてすでに有るとともに、また単なる有の法則ではなくして無限に実現せらるべきものなのである。
我々は右のごとくして倫理という言葉の意味から倫理の概念を明らかにすることができる。もちろんこの言葉はシナの古代の思想史を背負っているものであり、そうしてこの思想史はシナ古代の社会形態を宗教社会学的に考察すればするほど興味深い意義を発揮し来たるものである。しかし我々はシナ古代の社会形態に基づいた人倫のイデオロギーをそのまま活かそうとするのではない。ここではただ倫理があくまでも人と人との間柄の問題であるという我々の主張のために、人間関係における道としての倫理の意義を蘇生せしめようと試みるだけなのである。
が、かく倫理の概念が明らかにせられるとともに、それを明らかにしたのが人と人との間柄、人間存在、行為的連関というごとき概念にほかならなかったということも明白である。倫とは「なかま」である、さらになかまとしての行為的連関の仕方である、かく言われた。しかし一体その「なかま」とは、人間とは、何であろうか。それは自明のことではない。倫理を問うことは畢竟人間の存在の仕方を、従って人間を問うことにほかならぬ。すなわち倫理学は(15)人間の学である。
そこで我々はこれまで漫然と用いた人間の概念をも明らかにしておかなくてはならぬ。特にそれは近ごろ流行する哲学的アントロポロギーとの区別のためにも必要である。哲学的アントロポロギーは、たとえばシェーラー(Scheler,Die Stellung des Nenschen im Kosmos.S.30)においては生の衝迫と精神との統一としての「人」を把捉しようとしている。それは「人」を心身の統一という視点からのみ見る問題域の中での一つの新見解に過ぎない。彼が古来のアントロポロギーの諸類型としてあげているものも(Philosophische Weltauschauung,“Mensch und Geschichte.”1929)すべてこの問題域に属する。(一)キリスト教的信仰における人の観念。すなわち初めに人格神によって作られ、堕罪によって罪にあずかり、キリストによって救われるところの人である。それは霊と肉の問題を中心とするアントロポロギーの出発点となっている。(二)理性あるものとしての人(homo sapiens)。(イ)人は精神すなわち理性を持っている。(ロ)この精神は世界を世界として形成する。(ハ)精神すなわち理性は感性を待たずしてそれ自身に活動的である。(ニ)歴史的民族的に変わるところがない。(この最後の点のみはヘーゲルによって克服された。)このアントロポロギーがギリシア人の発明に過ぎぬことを見破ったのは、ディルタイとニーツシェである。(三)働くもの、技術者としての人(homo faber)。前者への反立である。人と獣との間に本質的な差別はない。ただ言語や道具を作り、脳髄が特に発達している獣として他の獣類と区別せられる。自然主義実証主義の立場におけるアントロポロギーがこれである。(四)精神を持つがゆえに病衰せる人。これはホモ・サピエンスへの新しい反抗である。(五)超人。人の自己意識を高揚する偉大な人格のアントロポロギーである。以上五つの類型はいずれも人を社会的団体から抽象し、自立せるものとして取り扱う。従って人の問題はいつも精神か肉体か自己かである。だからアントロポロギーが身体論として「人類学」に発展したのに対(16)抗し、それへの区別から|哲学的アントロボロギー〔付ごま圏点〕として唱道せられるとしても、人の本質を個人においてのみ見ようとする根本の態度は変わらないのである。
この傾向は思うに anthro※[記号あり]pos,homo,man,Mensch などという言葉が個体的な人をしか意味し得ないに基づくと思われる。かかる立場に立てば人と人との間柄、共同存在、社会というごときものは、何らか人から区別せられた言葉によって現わさねばならぬ。しかし人が本来社会的動物であるのならば、間柄とか社会とかというものは人から引き離さるべきでない。人は個体的にあり得るとともにまた社会的であるところのものでなくてはならぬ。そうしてこのような二重性格を最もよく言い現わしているのが「人間」という言葉なのである。だから「人間」の立場に立てば「人の学」(アントロポロギー)と「社会の学」とを何らか別個のものとして立てるということは具体的な人間からその契機を抽象的に取り出して独立させるということにほかならぬ。もし人間をその具体性において考察すべきであるならば、それは一つの人間の学でなくてはならぬ。が、それとともに人間の学は人の学と社会の学とを漫然結合したものではなくして、両者から根本的に異なったものとならねばならぬ。なぜなら、人と社会とを人間の二重性格として把捉し、そこに人間の最も深い本質を見いだすということは、人と社会との一義的な区別を前提とする立場においては全然問題とせられ得ないからである。
それでは人間という言葉はいかにして右のごとき二重性梅を意味し得るか。日常の用法においては人間は man や Mensch の同義語であり、また人間学はアントロポロギーの訳語ではないか。確かにそうである。人間という言葉はそのような意味をも背負っている。しかしそれだけではない。人間という字面そのものが示しているように、それはまた人の間、すなわち「よのなか」「世間」を意味する言葉でもあった。しかもそれがこの語の本来の意味なのである。(17)日本人が取り入れたシナの文芸においても仏教の経典においても、人間は常に「よのなか」「世間」の意に用いられている。しかも日本人はその永い歴史生活の間にこの語を個体的な人の意味に転用したのである。かかる転用を媒介したものは、輪廻的人間観を描く仏教経典のシナ訳の訳語の用法であった。そこで|畜生界〔付ごま圏点〕を意味するインドの言葉が便宜上|畜生〔付ごま圏点〕と訳され、人間という言葉と絶えず並べて用いられたがために、人間は畜生との区別という視点から人類を意味しさらに人を意味するに至ったのである。しかし重大なのはこの偶然事ではなくして、いかなる媒介によるにもしろ、「よのなか」を意味する人間という言葉が「人」の意味を担い得たという歴史的事実である。人間について立言せられるさまざまの詩句、金言、格言の類は、シナから伝えられて日本人の間に膾炙せられた。それらにおいては人間はいつも「よのなか」を意味している。|しかも「よのなか」について言われることはすべてその中に住むところの人に通用する〔付ごま圏点〕。かかる体験が言葉の転用として表現せられたのである。
かかる事実を眼中に置きつつ、人間の全体と部分とを言い現わす他の言葉を考察してみるがよい。「なかま」は団体である、しかも|一人の〔付ごま圏点〕なかまと言われる。郎党もまた団体である、しかもそれに属する個人が郎党と呼ばれる。ともだち、兵隊、若衆、連中等すべてそうである。人間の存在において、部分に全体があり、全体において部分があるということを、これらの用法は露骨に示している。だから人の全体性としての「よのなか」を意味する人間という言葉がその世の中における人を意味するに至ったところで、決して特異な例ではないのである。
我々はかくも意義深い「人間」という言葉を所有する。この語義の上に我々は人間の概念を作ったのである。人間とは「世の中」で|ある〔付ごま圏点〕とともにその世の中における「人」で|ある〔付ごま圏点〕。だからそれは単なる「人」では|ない〔付ごま圏点〕とともにまた単なる「社会」でも|ない〔付ごま圏点〕。ここに人間の二重性格の弁証法的統一が見られる。人間が人で|ある〔付ごま圏点〕限りそれは個別人とし(18)てあくまでも社会と異なる。それは社会|でない〔付ごま圏点〕から個別人|である〔付ごま圏点〕のである。従ってまた個別人は他の個別人と全然共同的でない。自他は絶対に他者である。しかも人間は世の中である限りあくまでも人と人との共同態であり社会であって孤立的な人ではない。それは孤立的な人|でない〔付ごま圏点〕からこそ人間なのである。従って相互に絶対に他者であるところの自他がそれにもかかわらず共同的存在において一つになる。社会と根本的に異なる個別人が、しかも社会の中に消える。人間はかくのごとき対立的なるものの統一である。この弁証法的な構造を見ずしては人間の本質は理解せられない。
この構造を吉田静致博士が同円異中心の此喩によって示されたことははなはだ興味深いことであるが、しかし同円にして多数の異なった中心を持つことは矛盾の統一としてでなくては可能でない。有限の円にあってはかかることは不可能であるから、博士はこの円の半径を無限とされた。個々の中心は人格の個別性を示し、無限半径の円は人格の無限性を示すというのである。無限性においてはあらゆる差別相は同に帰する。ところでこの同異円満はいわば|個人〔付ごま圏点〕と|無限者〔付ごま圏点〕との関係であって、右にいうごとき個人と社会との関係ではない。社会はいかなる形態のものにしろ有限な人間存在であって、此喩的に言えば|有限半径〔付ごま圏点〕の円である。かかる円においても同円異中心が言い得られなければ、我々の場合にとって適当な此喩とはならない。そこで我々は半径の有限な円が半径の無限な円の限定である場合を想定する。半径の無限が否定せられて有限となった時、無限円の実現としての有限円が成り立つ。無限円における同円具中心の関係は有限円において実現せられている。かかることは幾何学的には不可能であろうが、人間存在はまさにかかる構造を持つのである。そこで無限円に裏打ちされた有限円がちょうど社会を示すことになる。中心点は|点としては〔付ごま圏点〕円の否定であり個々別々でありながら、|中心としては〔付ごま圏点〕同一円の中心である。かかる構造を言い現わしたものとして(19)のみ同円異中心という比喩はその意義を持ち得るのである。
さて人間の概念は、アントローポスとは異なり、「世の中」にして「人」という二重性格において規定せられた。しかるにその際我々は「世の中」「世間」と言われるものを直ちに共同存在或は社会に置き代えて理解した。それははたして正しかったであろうか。かく問うことによって我々は現代哲学の一つの中心問題すなわち「世の中」の意義の考察に接近する。
ハイデッガーが人の存在を「世の中に有ること」として規定したとき、彼がその飛び台として用いたものは現象学の|志向性〔付ごま圏点〕の考えである。彼はこの構造を一歩深く存在の中に移し、道具との交渉というごときものとして理解した。だから「世の中」と言われるものの|主体的〔付ごま圏点〕な意義を開示した点においては実に模範的なものである。しかし彼においては、人と人との交渉は人と道具との交渉の陰に隠れている。彼自身それを無視するのでないと力説するにもかかわらず、それが閑却せられていることは明白な事実である。そこで彼の弟子のレェヴィト(K.Lo※[ウムラウトあり]with)がこの陰に隠されたものを表に出し、世の中をば主として人と人との交渉の側から開明しようと試みた(Das Individuum in der Rolle des Mitmenschen,1928)。ハイデッガーの研究は一般的現象学的オントロギーであるが、レェヴィトはそこから離れてアントロポロギーに移るのである。しかしこのアントロポロギーは個別的な「人」を取り扱うのではなくして、自他の間柄を、すなわち人の相互のかかわりを取り扱う。従って人は「ともにある人」であり、世界は「ともにある世界」すなわち世間であり、「世の中に有ること」は「互いにかかわり合うこと」である。そこでこのアントロポロギーは倫理問題の基礎づけとならざるを得ない。なぜなら人が相互にふるまい合う態度を取るのが生の関係であり、そうしてこのふるまい、態度は人の根本態度、|根本的身持ち〔付ごま圏点〕、すなわち Ethos をふくむからである。だから人の相互存在の研(20)究は倫理学になる。かかる見地から世の中を人の間柄として分析するのが彼の仕事であった。
このレェヴィトの見るところによれば、ドイツ語の Welt には|人間的な意味〔付ごま圏点〕がある。(その意味は我々から見れば日本語の世間に当たるものである。)Ein Mann von Welt(世慣れた人)、weltkundig(世間通)、weltfremd(世間知らず)、weltflu※[ウムラウトあり]chtig(人ぎらい、世間に出るを好まぬ)、weltlich gesinnt(交際好き、世間向き)、weltvera※[ウムラウトあり]chter(世間を白眼視する人)、alle Welt(世間)、その他 Ma※[ウムラウトあり]nnerWelt,Frauenwelt,vornehme Welt,Halbwelt などはそれぞれ一定の社会圏を意味している。つまり Welt は自然界ではなくして人と人とのかかわり合い、すなわち共同存在、社会なのである。In-der-Welt-sein の分析は共同生活の分析とならねばならぬ。
かく Welt について言われることは「世の中」「世間」についてはいっそう顕著に言われ得るのである。Welt という語が本来「世代」及び「人の集団」を意味したと同じく、「世」もまた「世代」及び「社会」を意味する。すなわち世は時間的に推移するものであるとともに、またそこから遁《のが》れ出るその中を渉り歩くというごとき何らか場所的なものである。しかるにさらに「世間」「世の中」と言われる時には、単に「世」すなわち Welt であるのでなく、間、中というごとき語と結合せられている。すなわち In-der-Welt となっている。しかもこの間、中という語が、in とは異なって、単に空間的な意味のみならずまたハイデッガーにおけるごとき道具との交渉関係のみならず、さらにきわめて明白に|人間関係〔付ごま圏点〕を言い現わすのである。男女の間、夫婦のなか、間を距てる、仲違いする等の用法がそれを示している。ところでこのような人間関係は、空間的な物と物との関係のごとく主観の統一において成り立つところの客観的関係なのではない。それは|主体的に〔付ごま圏点〕相互にかかわり合うところの「交わり」「交通」というごとき、人と人との間の|行為的連関〔付ごま圏点〕で*ある。人は主体的に行為することなしにはいかなる間、仲にも存在し得ぬとともに、また何らかの間、(21)仲においてでなければ行為することもできない。だから間、仲は主体的行為的連関としての生ける動的な間である。世間、世の中という言葉は、このような間、仲と、時間的場所的な世という言葉との結合から成っている。そうして|世間〔付ごま圏点〕に知られる、|世の中〔付ごま圏点〕を騒がせるというごとく、何らか一つの主体的なるものをさす言葉として用いられているのである。ここに世間、世の中が|主体としての社会あるいは共同存在〔付ごま圏点〕を意味していることは明らかであろう。二三の友人が知っているだけでは世間が知っているのではない。一二の人が騒ぐだけでは世間が騒ぐのではない。知る主体、騒ぐ主体としての世間は、人と人との間の行為的連関でありつつしかもこの連関における個別的主体を超えた|共同的な主体〔付ごま圏点〕、すなわち主体的共同存在にほかならぬのである。
* 行為と言わるるものの本来の意義は、この主体的な、従って対象的たり得ない者の間の相互連関に存する。在来はこの人格的連関を無視して、人と自然との関係においてのみ行為を見ようとした。そこで行為は(1)明らかな目的観念あるいは動機を有し、(2)思慮、選択、決心を経て、(3)それを自覚的に実現せんとする、(4)人の身体運動だと言われた。しかし、それだけならばただ人の活動であって、必ずしも人格的動作あるいは人の「行ない」とはならぬ。たとえば広い河原とか海岸とかで、ある目標を目がけて石を投げる場合など。ところで同じ動作を学校内で窓ガラスを目がけてやれば行為になる。なぜか。ここでは目的観念が他の人格あるいは団体との連関を含んで来る。思慮、選択、決心などが右の連関における己れの態度決定を意味する。すなわち目的観念、思慮、選択、決定などが主体的な相互連関の上で動いている。そこに「行ない」としての意義が生じてくるのである。この事は第二章において詳細に取り扱う。
このような世間、世の中の概念が Welt の概念に対して持っている優越性は、それが主体的共同存在の時間的・空間的な性格を共に把捉しているという点である。Welt は前に言ったように「世代」及び人がそれにおいてある場所と(22)しての「人の集団」「人の総体」を意味した。しかし時とともにこのような時間的場所的な意味は脱落し去り、ついには客体的自然物の総体としての世界の意味に片寄って行った。しかるに世間、世の中の場合にあっては、絶えず移り変わるものでありつつ何らか主体的にひろがったものとしての意味が強く保存せられている。だから世間の概念においては人間存在の歴史的・風土的・社会的な構造がすでに含まれているのである。言い換えれば、世間、世の中とは、歴史的・風土的・社会的なる人間存在である。
そこで我々は、「世の中」にして「人」であるところの人間において、右のごとき「世の中」としての性格を|人間の世間性〔付ごま圏点〕あるいは|社会性〔付ごま圏点〕と名づけ、それに対して「人」としての性格を|人間の個人性〔付ごま圏点〕と名づける。人間を単に「人」と見るのは個人性の側面からのみ人間を見るのであって、方法的抽象としては許されるが、それだけでは具体的に人間を把捉するゆえんでない。我々はあくまでも人間を右の両性格の統一として把捉しなければならぬ。
ところで我々は右のごとき構造を持つ人間をあくまでも|主体的なるもの〔付ごま圏点〕として規定した。それは行為的連関として主体的な共同存在でありつつ、しかもその連関において行為するところの個人なのである。この主体的動的な構造は、人間を一つの「もの」あるいは「実体」と解することを拒む。人間は絶えず動き行く行為的連関なしには人間でない。それは絶えず個人を生産しつつその個人を全体の中に没せしめる。このような人間の|有り方〔付ごま圏点〕、否厳密に言えば有から無へ、無から有への転変、従って人間の|成り方〔付ごま圏点〕、それを我々は「存在」という概念によって現わそうとするのである。従って我々の「存在」の概念は Sein,einai,esse などに当たるものではない。また我々の存在の学は Ontologie に当たるものではない。
存在という言葉が Sein の同義語として用いられている現代において、何ゆえことさらに異を立てて存在の概念を(23) Sein から引き離そうとするのか。それは存在という言葉の意味があまりにもはなはだしく Sein の意味と異なっているからである。Sein が哲学の中心問題どして背負わされていた特殊の意義はほとんど存在の語には見いだされない。フィヒテ哲学の出発点においては Sein は「措定」である。A ist A の Sein である。ヘーゲルの論理学の出発点たる Sein も直接無限定の「である」であって存在ではない。これらの Sein が意味においては形式論理学の繋辞(copula)と同じであること、しかも繋辞として働く Sein が他面において「がある」をも意味すること、そこに Sein の問題の急所があるのである。逆に言えば、物|がある〔付ごま圏点〕ことを意味する「あり」が他面において繋辞「である」として働いているという事実からして、思惟と有との連関の問題が発生した。すでにアリストテレスにおいて einai は関係自体を表現すると言われている。ホッブスに至っては、est は単に結合のしるしたるにとどまらず、結合の根拠 causa を示すということが力説せられる。すなわち est は essentia を示すのであって existentia を示すのではない。空が青くあると言われるとき、空と青との結合の根拠たる同一のものが est によって現わされるのである。これに対してジェ・エス・ミルは est が existentia をも現わすということを主張する。コプラはなるほどホッブスの言うように主辞へ賓辞を結合するしるしである。それ以上にコプラの est が existentia を現わすとの考えは神秘主義に過ぎぬ。人馬セントールは詩人の想像の産物|である〔付ごま圏点〕と言っても、セントールがあるということは毫も意味せられていない。しかし est はコプラとして働くばかりでない。est は他面において existentia を現わしている。言いかえれば est は「である」でもあれば「がある」でもある。ところでこのような essentia と existentia との問題こそ、アリストテレスに基づくところの中世オントロギーの中心問題なのである。しかしこれら一切の問題において、est を存在という言葉に置きかえたらどうなるであろうか。「存在」がコプラとして働いたり、あるいは essentia を現わしたりすることができるので(24)あろうか。否、決して。それならば Sein を存在と訳するのは、Sein の問題についての盲目を表示すると言われても仕方があるまい。
それでは存在という言葉は本来何を意味しているのか。
「存」の本来の意義は|主体的な自己保持〔付ごま圏点〕である。忘失に対する把持、亡失に対する生存である。が、主体の保持する自己は、客観化せられて観念的あるいは物的な志向対象になる。存身、存生、存命、存録などと言わるる場合には、自己を身体、生命、記録等の形において存するのである。ところでかく|存せられるもの〔付ごま圏点〕は、それによって有り続けることができるゆえに、また自ら存することにもなる。主休が|身体を存する〔付ごま圏点〕場合にはまた|身体が存する〔付ごま圏点〕のである。かくして一般に|物が存する〔付ごま圏点〕という用法が生じてくる。しかしこの場合にも存は亡失に対している。自己|を存する〔付ごま圏点〕にしろ物|が存する〔付ごま圏点〕にしろ、「存」はあらゆる瞬間に「亡」に転じ得るもの、すなわち時間的性格を本質的規定とするところの、|存亡の存〔付ごま圏点〕である。
「在」の本来の意義は|主体がある場所にいる〔付ごま圏点〕ことである。だから在は「去」に対すると言われる。去るのは|自ら去り得るものが〔付ごま圏点〕ある場所から他に移り行くことである。従って自ら去来し得るもののみがある場所にいることができる。在荷、在宅、在郷、在世などの用法は皆これを示している。ところで主体のいる場所は、宿、宅、郷、世などの|社会的な場所〔付ごま圏点〕である。言いかえれば家族、村、町、世間というごとき人間関係である。従って在は主体的に行動する者が何らかの人間関係のなかを去来しつつその関係においてあることにほかならない。もちろん在は物についても言われるが、しかし物は自ら去り得るものではない。かかる物が|ある場所にある〔付ごま圏点〕というのはもとは擬人的な言い現わしであったのである。場所の限定は人間の仕事であり、従って物がある場所にあることは人間がその物を場所的に限定して(25)有つことに過ぎない。
以上のごとく「存」が主体の自己把持であり、「在」が人間関係においてあることにほかならぬとすれば、「存在」とはまさに|間柄としての主体の自己把持〔付ごま圏点〕、すなわち「|人間」が己れ自身を有つこと〔付ごま圏点〕である。我々はさらに簡単に、存在とは「人間の行為的連関」であると言い得るであろう。従って存在とは厳密な意味においてはただ「人間存在」である。物の存在は人間存在から派生して来る「物の有」を擬人的に言い現わしたに過ぎない。
我々は右のごとき言葉の意味に即して存在の概念を作ったのである。しからばそれが Sein に当たらないということは当然の話である。が、まさにそのゆえに我々ほ人間の主体的実践的動的な構造を言い現わすに存在の概念をもってすることができるのである。
以上によって我々は、倫理、人間、世間、存在という四つの根本概念を規定した。倫理とは人間を人間たらしめる行為的連関の仕方である。すなわち人間の存在の仕方である。従って倫理学は人間存在の学として人間の学である。かくのごとき学は、「有」や「当為の意識」などの実践的根源を追究する学であるがゆえに、また「有の学」や「当為意識の学」に対して基礎的地位を要求する。人間存在が根本的に解明せられることによって、そこから客体的な有がいかにして成立し来たるか、あるいはそれぞれの時代にいかに当為の|意識〔付ごま圏点〕が発生し来たるか、などの問題が解かれ得るのである。そこでこのような基礎的地盤の解明が、一切の自然的なる有や観念的なる当為に先立つものとして、あくまでも|主体的実践的なる存在の層〔付ごま圏点〕においてなされねばならぬ。
このような主体的存在の解明が|いかにしてなされ得るか〔付ごま圏点〕は、次節において考究すべき|方法の問題〔付ごま圏点〕である。もしそれがなされ得るとすれば、そこに人間の存在構造がその固有な|二重性からして〔付ごま圏点〕解かれるであろう。我々は人間の学とし(26)ての倫理学の問題をあらかじめ見透しておくために、人間存在のこの二重構造がいかなる問題を含んでいるかを、ただ輪郭的に指示してみようと思う。
まず第一は、人間存在の二重構造そのものである。我々は人間の日常的存在のどこを捕えても、そこからして直ちにこの二重構造に入り込んで行くことができる。ところでこの二重構造は、それを詳細に把捉してみると、まさしく否定の運動にほかならぬのである。一方において行為する「個人」の立場は何らかの人間の全体性の否定としてのみ成立する。否定の意味を有しない個人、すなわち本質的に独立自存の個人は仮構物に過ぎない。しかるに他方においては、人間の全体性はいずれも個別性の否定において成立する。個人を否定的に含むのでない全体者もまた仮構物に過ぎない。この|二つの否定〔付ごま圏点〕が人間の二重性を構成する。しかもそれらは|一つの運動〔付ごま圏点〕なのである。個人は全体性の否定であるというまさにその理由によって、本質的には全体性にほかならぬ。そうすればこの否定はまた全体性の自覚である。従って否定において個人となるとき、そこにその個人を否定して全体性を実現する道が開かれる。個人の行為とは全体性の回復の運動である。否定は否定の否定に発展する。それが否定の運動なのである。ところで人間存在が根源的に否定の運動であるということは、人間存在の根源が|否定そのもの〔付ごま圏点〕、すなわち|絶対的否定性〔付ごま圏点〕であることにほかならない。個人も全体もその真相においては「空」であり、そうしてその空が|絶対的全体性〔付ごま圏点〕なのである。この根源からして、すなわち空が空ずるがゆえに、否定の運動として人間存在が展開する。否定の否定は絶対的全体性の自己還帰的な実現運動であり、そうしてそれがまさに人倫なのである。だから|人倫の根本原理〔付ごま圏点〕は、個人(すなわち全体性の否定)を通じてさらにその全体性が実現せられること(すなわち否定の否定)にほかならない。それが畢竟本来的な絶対的全体性の自己実現の運動なのである。かく見れば人倫の根本原理が二つの契機を蔵することは明らかであろう。一(27)は全体に対する|他者〔付ごま圏点〕としての|個人〔付ごま圏点〕の確立である。ここに自覚の第一歩がある。個人の自覚がなければ人倫はない。他は全体の中への個人の棄却である。超個人的意志あるいは全体意志の強要と呼ばれたものも実はこれであった。この棄却のないところにも人倫はない。
かくのごとく人倫の根本原理が把捉せられるならば、良心、自由、善悪などと呼ばれる倫理学の根本問題が|皆この原理の内に含まれている〔付ごま圏点〕こともまた明らかになる。良心は本来の全体性の呼び声であり、自由は否定の運動の否定性そのものにほかならず、善悪はこの運動の還帰的方向と背反的方向とである。しかし、この原理の範囲内ではこれらの問題はまだ具体的な中味を得ることができない。なぜなら、そこでは人間の|個と全との二重性〔付ごま圏点〕が着目せられたのみであって、|多数の個を含む全体性の構造〔付ごま圏点〕に立ち入っていないからである。全体は個人の否定において成り立つと言われるが、しかしただ一人の個人の否定からは出て来ない。個人は多数であり、その多数の個人が個別性を捨てて一となるところに共同存在としての全体が成り立つのである。しかし、いかなる全体においても個別性が消滅し尽くすということはない。否定された個人はすぐにまた全体を否定して個人となり、そうしてまた新しく否定の運動をくり返す。この|運動においてのみ〔付ごま圏点〕全体は存するのである。そうしてみれば|多数の個人への分裂〔付ごま圏点〕と|その共同〔付ごま圏点〕という動的な構造が全体性を成り立たせていることになる。人間存在はただに個と全との間の否定の運動たるにとどまらず、さらに自他分裂において対立する無数の個人を通じての全体性の回復でなくてはならない。
第二の問題はこのような人間存在の構造を取り上げる。主体的な人間存在がいかに自他の個人に分裂するか。そもそも主体の分裂とは何であるか。またこの分裂が否定せられて一に帰するとはいかなることであるか。ここに最も根源的な空間性・時間性の問題が現われてくる。主体の分裂、分裂せる主体の合一、この分裂と合一との運動が根源的(28)に空間的・時間的なのであって、あらゆるノエーマ的な空間時間、あるいは自然対象成立の制約としての形式的時間空間などは、すべてこの基底から派生し来たるのである。一言に言えば、空間時間は|人間存在から〔付ごま圏点〕出てくるのであって、逆に人間が時間空間の中にあるのではない。
このような根源的空間性時間性が明らかにせられる時に、初めて実践的行為的連関はその具体的な構造を示してくる。すなわち|人間の行為〔付ごま圏点〕はここに至ってその充分なる規定を得ることができるのである。そこでこの行為の立場において、|信頼〔付ごま圏点〕及び|真実〔付ごま圏点〕と呼ばれる人間の道が、真によく把捉せられる。なぜなら人間の行為において人間存在の真理が|起こり〔付ごま圏点〕あるいは|起こらなぃ〔付ごま圏点〕のであり、そうしてそれがまさに信頼や真実のあり場所なのだからである。そこでこのような背景の下に、|善悪〔付ごま圏点〕と|良心、自由〔付ごま圏点〕と|正義〔付ごま圏点〕というごとき問題が、さらに具体的に解明し得られることになる。空間的時間的に|起こる〔付ごま圏点〕ところの人間存在の理法が、そのそれぞれの契機をかかる問題として示しているのである。
ところでこのような理法において行為的に連関する人間存在は、まさにさまざまの人倫的組織にほかならない。人間の道が行為せられて、しかも人倫的組織のないところは、全然存しない。しかし、人倫的組織は決して単一なものではない。そこで我々はその種々の形態と、その特殊な理法とに眼を向けねばならぬ。
第三の問題は、かかる人倫的組織における連帯性の構造である。我々はそれをまず|存在の共同〔付ごま圏点〕という点から捕える。それは二人結合というごとき単純な存在共同から、国民的結合というごとき複推な存在共同に至るまで、|層階的に〔付ごま圏点〕たどることができる。これらの各階はそれぞれ異なった連帯性の構造を持ち、そうしてこれらの構造はそれぞれ人間存在の理法の特殊形態を示している。信頼や真実自由や正義は、それぞれ特殊な形と名とをもってここに現われる。人人が一定の persona としての資格を得、|責任〔付ごま圏点〕や|義務〔付ごま圏点〕を具体的に荷なうに至るのは、まさにこの連帯性においてである。(29)ところでこのような連帯性の諸形態が層階的に重なっているということは、またそれぞれの存在共同がヨリ公共的なる共同に対して常に|私的性格〔付ごま圏点〕を帯びるということを意味する。有限な共同存在は、それが有限であるゆえをもって、この「私」を脱することができぬ。存在の共同が緊密であればあるほど「私」もまた濃厚である。かく「私」は一面において人倫的合一を媒介するものであるが、しかしそれによって「私」たることをやめはしない。それは他面において人間の真実を起こらざらしめる。人間存在が|連帯性の欠如態〔付ごま圏点〕において現われるのはそのゆえである。ここに|利益社会〔付ごま圏点〕あるいは利己的結合社会と言われるものが成立する。それは共同的組織を存在の共同から学びつつしかも存在を共同にせざるものである。そこには信頼、誠実、奉仕、責任、義務などが形式的に用いられつつ、しかも実質を持たない。すなわちそれは、|人倫的組織ならざる人倫的組織〔付ごま圏点〕である。だからそれは|人倫の喪失態〔付ごま圏点〕とも呼ばれる。しかし、この欠如態はかえって強く連帯性を自覚せしめるものである。存在の共同という視点においては人間存在の空間的・時間的構造のゆえに、共同性の濃淡のムラを生ぜざるを得なかった。今やその実質の捨象によって連帯性の形式が自覚せられるとともに、共同性は濃淡のムラなき一様に緊密な組織になる。法的人倫組織としての国家がそれである。そこにおいてはそれぞれの連帯性の構造が|法律的〔付ごま圏点〕に表現せられ、責任や義務が強制的に課せられる。全体性の権威はここでは国家として働き、人倫の破壊は権力によって防衛せられる。しかし、具体的な国家は|その実賃として〔付ごま圏点〕存在の共同や利益社会を含むのであって、単に法律的形成体に過ぎぬものではない。法律的に表現せられた連帯性はその裏に存在共同としての連帯性を控えていなければ、人間の道の表現とはならない。
ところで以上のごとき連帯的構造を持った人間存在は、もともと空間的・時間的なものである。それはある場所においてある時に人倫的魁織を形成する。国土や時代を持たない人倫的組織は抽象に過ぎない。テニエスの言ったごと(30)く、家族的結合は「家」において、隣人的結合は「村」において、友愛的結合は「町」において行なわれる。そうしてその家や村や町は歴史的伝統を負い、また日々に新しく歴史を作り行くものである。というよりも、家族的・隣人的・友愛的等の結合そのものがこの歴史の内容である。してみれば、人間存在の空間的・時間的構造は、人倫的組織として実現せられる時、すでに人間存在の風土的・歴史的構造でなくてはならぬのである。
第四の問題は右のごとき風土的・歴史的構造である。ここで人間存在は充分な意味において具体的存在になる。一般的なる人間存在というごときものは現実には存しない。在来ヨーロッパ人によって普遍人間的と言われていたものは、きわめて顕著にヨーロッパ人的であった。そうしてそれでよいのである。世界史の意義は人間の道が風土的・歴史的なるさまざまの類型において実現せられるところに存する。普遍が特殊においてのみ普遍であり得るごとく人間存在もまたその特殊的存在を通じてのみ普遍的人間存在たり得る。かくしてそれぞれの歴史的国民が、その特殊性において全体性の形成を努めるところにのみ、真実の意味における inter-national の間柄もまた可能になる。national であることを飛び超えて inter-national たらむとするがごときは抽象的妄想以外の何物でもない。
この最後の課題は我々を国民道徳論に連れて行く。この間題は|原理的研究〔付ごま圏点〕と|歴史的研究〔付ごま圏点〕との二面を持っている。前者は倫理学の体系の一部門としての国民道徳論であり、後者はある国民の道徳史、従って特に日本道徳史の研究である。この両者は混同せられてはならぬ。しかし原理的研究といえども、歴史の問題と全然切り離されることはできない。前に説いたごとくここでは人間の風土的・歴史的存在が問題なのである。人間の全体性が何らか特殊なる類型においてのみ形成せられるところに「国民」の意義がある。従って「国民」は風土的歴史的なる形成物として、その根源から開明せられねばならぬ。「国民」についての考察が常に対外的なる戦争との連関において行なわれるというこ(31)と自身がすでに風土的歴史的なる制約に基づくのである。カトリックの統一的世界の地盤から分裂的な過程によって生成した国民的共同体と、かつて国民的統一以上の統一に達しなかった国民的共同体とは、同じく国民と呼ばれるにしても、その風土的歴史的構造を異にしている。これらのさまざまな形態において国民とは何であるかを究明すること、従って国民的全体性の実現が自他分裂を通じて本来性に帰来するところの人倫の運動においていかなる地位を占むるかを開明すること、それがここでの課題なのである。あらゆる人倫的諸形態の於いてある場所が国民的全体性であることを考えれば、この問題の重要性はおのずから明らかとなるであろう。
我々は以上のごとき諸問題を人間存在の根本構造から解くことが人間の学としての倫理学の仕事であると考える。
第二節 人間の学としての倫理学の方法
我々は人間の学としての倫理学の意義を明らかにすることによって、それがおよそいかなる問題を解くぺきであるかを考察した。しかしその際に主体的実践的なる人間存在というごときものが|いかにして〔付ごま圏点〕解明され得るかは後の問題として残しておいた。今や我々はその問題を取り上げねばならない。
方法の問題において我々がまず顧慮しておかなくてはならないことは、総じて学問すなわち「問うこと」がすでに|人間の存在〔付ごま圏点〕に属することである。元来「学」とは「まねぶこと」「模倣すること」を意味した。すなわちすでに為し得る|他の人についてその仕方を習得する〔付ごま圏点〕ことである。それは第一に作用、行為であってノエーマ的な知識ではない。第二にそれは他の人との間に行なわれるのであって孤立人の観照ではない。学が特に知識に関する場合でも、すでにできあがった知識を単に受け取って覚え込むのは学ぶことではない。学ぶのは|考え方〔付ごま圏点〕を習得して自ら考え得るに至るこ(32)とである。だからこの際ノエーマ的契機を抜き去ってノエーシス的契機にのみ即するならば、学とは|人と人との間の面授面受の関係〔付ごま圏点〕であるとも言い得られる。同様にまた「問う」とは訪《とぶらい》いたずねることである。¥人を〔付ごま圏点〕訪《たず》ねる、|人を〔付ごま圏点〕訪《と》う、というごとき行為的連関において、|その人に安香を〔付ごま圏点〕問うというごときことが行なわれる。安否を問うのはその人の存在の有りさまを問うのであり、従って|その人を〔付ごま圏点〕問うことにほかならぬ。このような|間柄の表現〔付ごま圏点〕が問いの根源的な意味である。間柄においては相互の気分が共同の関心事であり、従って相互の間柄そのものが両者の間に置かれるのである。さらに共同の関心は間柄において見いださるるさまざまの道具に向かう。従って道具について|何事かが〔付ごま圏点〕問われる。その「こと」は問う者と問われる者との間にある。従って問いは間柄において共同に存在する。ことの意味を問うに至っても依然として同じである。かく見れば学問も問いも「人間」の行動であって孤立人の観照ではない。学問とは探求的な間柄である。探求せられる「こと」は人間の間柄に公共的に存する。すなわち問いは根本的に「人間の問い」なのである。
この主張は「我れ思う」から出発する近代哲学の確信と合致しない。しかし前節の初めに言ったように、この確信は実は個人主義的抽象の立場を表明するに過ぎぬ。そこでは人は孤立的自我として自然に対立する。そうしてこのよラな人と自然との関係が問いの場面として取り上げられる。それも一応はもっともである。人は人間関係を離れてただ孤《ひと》り書斎において自然対象を問題とすることができる。しかし彼は、これもまた畢竟人間の問いであるという事態からいかにして脱し得るであろうか。彼がその間題を他の探求者とともに論ずる時には、彼はすでにその間いを共同の問いとして人間に置いているのである。いかに極端な孤立的自我の主張といえども、それが友人に向かって、あるいは教場において、共通の言語によって主張せちれる限りはすでに人々の問に置かれた人間の問いである。哲学史上(33)の自我の問題のごときは、場所と時代との制約を超えた人間共同の問題であって、決して孤立的な我れのみの問題ではあり得ない。たとい人が己れの問いを心に秘めて絶対に他と語り合わない場合でも、その問いがすでに言葉や記号によって形成せられている限りにおいては、本質的にはすでに共同の問いである。そうして人は言葉や記号によらずしては考えることができず、従って問いを持つこともできない。これは|人の意識〔付ごま圏点〕が元来|人間の意識〔付ごま圏点〕だということに過ぎぬ。(このことは意識が本来社会的意識であるという意味ではない。なるほど意識は社会的に生起するものであって純粋に個人的な意識などというものはあり得ない。が、その社会的意識は同時にまた個人的意識でもあるのである。この二重性に着臼するがゆえに我々はあえて|人間の意識〔付ごま圏点〕と呼ぶのである。)だから人は|ただ孤りで〔付ごま圏点〕考えることはできるが、しかしそれは|共同の問題〔付ごま圏点〕をびとりで考えているのである。己れの問題を「心に秘める」という現象がすでにその事を語っている。他と共通でない、己れのみのものであるならば、秘める必要は毫もない。人は猫の前では安んじて己れの秘密を語り得るであろう。
以上のごとく問いはすべて「人間の問い」である。すなわち|個人の問い〔付ごま圏点〕であると同時に|共同の問い〔付ごま圏点〕である。問いのこの二重性格は、問いが人間存在に属するということによって容易に理解せられる。ところで問いがすべて人間の問いであるということは、まず第一に個人的主観対客観という図式を学問的認識の出発点として認めないことである。客観は個人意識において見いだされるのではなく、|人間の意識〔付ごま圏点〕において見いだされる。従って客観に対立する主観そのものが二重構造を持ち、内に連関を含んでいる。そこで第二に問いの地盤が実践的行為的連関であるということになる。主観は単に鏡のように対象を観照するだけの静的なものでなく、自他の連関を含むものである。そうして自他の連関は観照に先立って主体的実践的に行なわれる。だから問いの分析から出発して個人存在に到達するのは間違っ(34)ている。問いが導いて行くのは問い問われる人間関係である。実践的行為的な連関である。従ってまた倫理である。
ところで我々の問いは「倫理とは何であるか」という問いでありそうしてそれは人間存在の根本的構造を問うことにほかならなかった。しからば我々はこの問いにおいて|問いというものの本来の地盤に還る〔付ごま圏点〕のである。問いは人間存在に属する。その人間存在がここで根本的にあらわにせられねばならぬ。問いはここでは己れ自身の根源に帰る。そこで倫理学の方法を決定する第一の特徴は、問うことと問われているものとが一つであるという点に帰着する。
このことは直ちに第二の重要な特徴と連絡する。ここに問われているものは人間であり、また人間存在である。それはあくまでも実践的行為的主体であり、また主体的な連関である。しからばこの間いにおいては実践的主体としての人間があくまでも|主体的に把捉〔付ごま圏点〕せられねばならぬ。すなわち|問われている者の主体性〔付ごま圏点〕が、倫理学の方法を決定する第二の点である。ところでこのことは二つの面から考察せられねばならぬ。一は問われている者の「主体性」の問題であり、他はこの主体が「人間」であることである。
倫理学において問われている者が主体であることを特に明白に力説したのはカントであった。彼においては主観と客観とが対立する「認識」の問題は|理論的〔付ごま圏点〕な理性使用に属する。それは観照的に客体及びその関係を前に置いてながめる立場である。従って観照の主体はこの観照の視野に入り得ない。しかるに倫理学の問題は|実践的〔付ごま圏点〕な理性使用に属する。ここでは実践する主体のみが取り扱われ、しかもこの主体があくまでも主体として規定せられる。それは理論的な認識の視野に入り得なかったもの、すなわち可想体である。しかし可想体は単なる思惟の|対象〔付ごま圏点〕というごときものではなくして実践の主体である。カントがその倫理学の中心問題とした「人の全体的規定」は、人をば経験的及び可想的なる(従って客体的及び主体的なる)二重性格の統一として把捉することであった。かくして倫理学は|実践的なる(35)主体の学〔付ごま圏点〕として理論的なる客体の学から峻別せられる。これはカントの没すべからざる功績である。
ところでこの主体が「人間」であることをカントは果たして把捉していたであろうか。カントが意識的に立っていた立場はデカルトのコギトの立場でありまた十八世紀の個人主義の立場である。だから主体はいつも自我であった。にもかかわらず、その自我が経験的可想的なる二重性格において規定せられるに当たり、おのずから超個人的なる全体性が首を出さざるを得なかった。彼が Menschheit あるいは Perso※[ウムラウトあり]nlichkeit と呼ぶものは、あらゆる個別人を人たらしめる|ただ一つの〔付ごま圏点〕性格である。この性格においては人は|本体人〔付ごま圏点〕であって|差別を含むことができない〔付ごま圏点〕。しかもこの無差別者は経験的性格における差別人の本質をなしている。その限り本体人は個としても現われる。従って経験的・可想的なる二重性格の裏には、差別的・無差別的、個別的・全体的な人間の構造が、すでにひそかに捕えられていたのである。デュルケムのように、カントにおける超個人的なるものは実は人間の共同態であったと主張するのも決して行き過ぎではないであろう。
カントが自ら覚ることなしに捕えていたこの主体の構造こそ、倫理学にとっては特に重大な中心問題である。倫理学は主体の学であるのみならず、さらに|実践的行為的連関としての主体〔付ごま圏点〕の学である。このことが自覚せられるとともにカントの倫理学の方法は不充分とならざるを得ない。カントは|個人〔付ごま圏点〕における|直接意識の事実〔付ごま圏点〕から出発してそこに|実践的〔付ごま圏点〕にあらわになっている主体の自己規定を求めた。しかし実践的行為的連関は個人の義務意識というごときものよりもさらに根源的に主体間の相互了解を含んでいる。義務意識の生ずるのはかかる主体的連関の地盤においてである。しかもそれは一定の間柄すなわち人倫関係が形成せられていることに基づきこの間柄における行為の仕方の自覚として生じて来るのである。だから個人の当為意識から出発するということはその地盤たる人間関係を閑却して倫理学を(36)主観的意識の学に堕せしめるという危険を伴なっている。
この危険は現象学においても同様に認められる。志向性は個人意識の構造であって人と人との間柄を律することはできない。従って志向性の立場において倫理学を諭ずる者は価値意識の構造を分析するにとどまる。シェーラーのごとくさらに一歩を進めて|志向作用の中心〔付ごま圏点〕たる人格に目を向けるとしても、かかる人格と人格との連関や個別人格と全体人格との関係のごときは、志向性によっては明らかにされ得ない。彼は|志向作用の共同〔付ごま圏点〕を説く点において種々の洞察を示してはいるが、人と人との間柄が志向作用以上のものであることを洞察してはいない。志向作用は決して志向せられないものであるが、間柄においては志向的な働きはすでに|志向せられる〔付ごま圏点〕ことによって規定せられている。たとえば見るという志向作用は見られる物から逆に見られるということはない。しかし間柄において見るのは相手から逆に見られるということに規定されて見るのである。互いに相手に規定せられつつ働き合うのである。相見る、見つめる、にらみつける、ちらっと見る、おどおど見る、見ないふりして見る、見とれる、等々の「見方」は、すべて見る作用がすでに相手の見る作用によって限定せられていることを示している。それは単に一方的な作用でなくして相互の作用の連関であり、また単に一種の作用なのではなくして人格の行為なのである。我々は具体的には|見るという行為〔付ごま圏点〕をするのであって、単なる志向作用をするのではない。志向作用といわるるものは行為から間柄的な契機を排除し、個人的意識の作用として抽象化したものに過ぎない。
かく考えれば個人的意識の分析から倫理学を取り扱うすべての立場は、倫理学が実践的行為的連関としての主体の学であるということに適しない。行為は個人的意識の種々の作用から組み立てられるものではなく、自と他とに別るる主体が自他不二において間柄を形成するという運動そのものなのである。従って行為には自他の間の実践的連関、(37)実践的了解が初めより含まれている。このような自他連関的な行為は個人的意識からではなくして実践的行為的連関そのものから理解せられねばならぬ。我々の倫理学の方法はこの要求を充たすものでなくてはならないのである。
しかしながら倫理学は「学」である、「理論」である。倫理とは「何であるか」と問うことにおいて、この間われている者を「何々である」として明らかにしなくてはならないのである。それがこの間いにおいて「問われていること」なのである。実践的行為的連関そのものはただ|行為すること〔付ごま圏点〕においてのみあらわにせられる。それは実践的な実現であって理論的な把捉ではない。倫理学は学として右のごとき実践を一定の「であること」に翻訳しなければならぬ。言いかえれば主体をあくまでも主体的に取り扱いながらしかもそれを一定の意味に転換しなければならぬ。これが倫理学の方法を規定する第三の点である。
しかし主体的な連関がノエーマ的な意味の連関としての「であること」に転換せられるというごときことはいかにして可能であるか。倫理学は学としてかかることを為し得るのであろうか。我々はしかりと答えることができぬ。理論はあくまでも意味的対象を取り扱うのであって、主体を主体として直接に把捉するというごときことをなし得るのではない。従って倫理学が実践的連関を「であること」に翻訳し得るためにはすでに先立って一定の準備がなされていなくてはならない。それは実践的行為的な連関そのものの内部においてすでに|実践的に「わけ」がわかっている〔付ごま圏点〕ということである。このような実践的了解を媒介としてのみ倫理学は主体的なるものを意味に化し得るのである。
我々は間柄を志向作用から区別するに当たって、見るというごとき|行為〔付ごま圏点〕が決して一方的なものでなく相互の連関に規定せられていることを言った。しからば盗み見るというような見方はすでに相手の一定の態度についての了解を含んでいるのである。しかしこの際に、相手の態度はしかじかであるという意識が明白に成立しているとは限らない。(38)我々は意識する前にすでに動いている。しかもその動きは決して盲目的ではなく、一定の間柄を形成するように動いているのである。かかる意味において我々は実践的行為的な連関がすでに実践的了解を含むということを主張する。そうしてこのことは間柄そのものがすでに実践的な「わけ」であるということにほかならない。間柄とは自と他とに分かれつつしかもかく分かれたものが合一することである。分かれ得るためにはそれはもと一者であったのであり、合一し得るためにはそれは絶対に分裂していなくてはならぬ。従って実践的行為的連関としての間柄は、統一・分離・結合の連関であるということができる。これが実践的な「わけ」である。そうしてそれが実践的に|分かっている〔付ごま圏点〕限りにおいて間柄が存立する。このような間柄が意識や言語の発生する地盤なのである。人はあるいはこのような実践的了解を「本能」というごとき漠然とした概念の中に包み込もうとするかも知れない。しかし「動物は何物とも間柄を結ばない」というマルクスの言葉はまことに正しい。動物の本能は我々のいう実践的な了解ではない。後者は意識や言語として表現せられ、またその表現において発展するところの了解なのである。だから間柄は、表現によって初めて成立するのでないにかかわらず、しかもそれ自身の内に無限の表現を含んでいる。身ぶり、表情、動作などより、言語、風習、生活様式などに至るまで、すべて間柄の表現でありつつまた間柄を構成する契機となっているのである。
そこで次のように言うことができる。実践的行為的な連関は、実践的な「わけ」として、|すでに実践の範囲内において〔付ごま圏点〕、さまざまの形に表現せられている。特にそれは言語によって最も精細に「言い現わされ」ている。しかもそれは初次的には|行為的連関の契機〔付ごま圏点〕としてであって、理論的陳述としてではない。だから主体的な連関が言語におけるノエーマ的な表現に到達するのはすでに実践の領域内でのことであって、理論的立場を待つには及ばないのである。
(39) 理論の立場にとってはすでにこのような言語的表現が与えられている。すなわち主体的なるものはすでに己れを客観化している。だからこそ我々は|理論的反省〔付ごま圏点〕において主体的なるものを主体的に把捉し得るのである。反省とは我々自身が直接に我々自身に向かうことではない。我々自身があくまでも主体であって対象でない限り、かかることは不可能である。主体が己れを客観化して他者となるがゆえに、その他者に突き当たることによって己れに還るのが反省である。このような反省において我々は、実践的に産み出された言語的表現を介して、主体的連関を「であること」としての意味に転換し得るのである。
この転換は言語的表現がすでに実践的行為的連関としての人間存在の表現であるということによって必然にひき起こされて来る。言語的表現とは「言い現わし」すなわち|陳述〔付ごま圏点〕である。それは人間存在を言葉において|のべひろげて〔付ごま圏点〕言い現わす。すなわち現わすべきことをさまざまの|こと〔付ごま圏点〕(言)に|分け〔付ごま圏点〕、その分けられたことを|結合〔付ごま圏点〕する。「SはPである」という言い現わしがそれである。この陳述の形式は通例独立に存するSとPとを「である」によって結合するのだと考えられている。しかしSとPとが元来独立のものであるならばそこに「である」を置いても両者が結びつくというはずはない。結びつくのは両者が本来一つであったからである。従ってSとPとが結びつけられる前にSとPとへの分裂がなくてはならぬ。ここに「分かる」という言葉の根源的な意味がある。言い現わさるべき一つのことがいくつかのことに|分けられた〔付ごま圏点〕時に、そのことが「分かった」、すなわち理解せられたと言われるのである。だから陳述においては結合よりも分離が重大だと見られねばならぬ。分離は|本来の統一〔付ごま圏点〕の|否定〔付ごま圏点〕であるとともにその自覚である。「分かる」ことにおいて統一が自覚せられるのである。だから分かるとともにその分けられたものが「である」によって結合せられる。「である」は|分離において自覚せられた統一の表示〔付ごま圏点〕にほかならない。しからば陳述とは、|統一・分離・結(40)合の連関〔付ごま圏点〕において人間存在の自覚を現わしたものである。ところで人間存在そのものは、統一・分離・結合の連関において本来の統一を実現する運動なのである。従って|陳述の構造〔付ごま圏点〕は|人間存在の構造〔付ごま圏点〕をそのまま言語において表現したものと言ってよい。このことは陳述が人間存在の表現であるというちょうどそのことなのである。
ここに至って我々は主体的な連関が意味連関としての「であること」に転換せられ得るゆえんを充分に理解し得ると思う。人間存在はあくまでも主体的であるが、しかもそれは「である」において顕示せられる。人間存在の理論はこの顕示を捕えてそれを概念に仕上げようとする。その取り扱うのが意味の連関であるにかかわらずしかも主体的連関を主体的に把捉すると言われるゆえんである。他の学においては意味の連関が主体的な連関の顕示であることを忘れてよい。従って意味の根源、実践的了解というごときものにさかのぼるを要しない。しかし倫理学は主体的な人間存在の学として|この根源的連絡を離れることができぬ〔付ごま圏点〕。いかなる「意味」も実践的了解から出たものとしての出生状を検せられねばならぬ。ここにいわゆる|現実学〔付ごま圏点〕対|ロゴス学〔付ごま圏点〕の問題の解かるる契機が存する。倫理学は単にノエーマ的対象の客観的意味内容をのみ扱う学ではなくして|人間的現実〔付ごま圏点〕を扱う学である。しかし学である限りそれは理論であって実践的現実そのものではない。すなわち|人間的現実をロゴスに化する〔付ごま圏点〕ことにおいてのみそれは学たり得る。ただこの際には学の対象たるロゴス的なるものがあくまでも|対象的ならぬ主体的現実の表示〔付ごま圏点〕であることを忘れてはならぬのである。
以上のごとき倫理学の学的性格は、必然に我々を人間存在の表現の問題に導いて行く。主体的現実としての人間存在と、その学的把捉との間を媒介するものは、すでに実践の領域内において行なわれる存在の表現である。表現は間柄の表現であるがゆえにすでにその了解を含んでいる。このような表現と了解とを通路としてのみ倫理学は主体的現(41)実を把捉し得る。これが倫理学の方法を決定する第四の重要な点である。
倫理学が主体的なる|人間〔付ごま圏点〕存在をあくまでも主体的に把捉しようとするのでなかったならば、このような通路の必要はないのである。たとえば経験的対象としての風習、道徳、社会制度というごときものが倫理学の対象であるならば、我々は通路を待つまでもなく、材料を集め、此較し、整理し、それらを一定の関係において統一することができる。またかかる経験的立場を斥けて倫理学を|主体の学〔付ごま圏点〕として遂行しようとする場合でも、もしその主体が「人間」ではなくして単に「自我」に過ぎないならば、そこでもまた res cogitans としての自我から、従って自我の意識からのみ出発することができる。表現を通路として求める必要はない。もっともカントが出発点として選んだような日常的常識的な義務意識というごときものは、すでに一つの表現であると見ることもできるであろう。なぜなら倫理の根源たる本体我は、考察の対象たり得る意識のごときものでないにかかわらず、しかもそれが常識的な義務意識に現われているからである。しかしカント自身はそれを表現とは解しなかった。だからカントは実践哲学において通路を問題とはしておらないのである。
その同じカントは、理論哲学においては、数学自然科学等の|学の事実〔付ごま圏点〕を媒介として認識の|根源〔付ごま圏点〕を探ろうとした。この方法に批判哲学の中心的な意義を認めた新カント派は、それを実践哲学にも押しひろげ、|法律学、社会科学等の学的事実〔付ごま圏点〕を媒介として倫理学の根源にさかのぼろうとする。ここには通路の問題が明らかに取り上げられているように見える。しかしこの通路は実は学の事実からして学の|基礎概念〔付ごま圏点〕に到達するがためのものであった。従ってコーヘンにおいては|人の概念〔付ごま圏点〕が、ゲールラントにおいては|共同態の概念〔付ごま圏点〕が、根源として把捉せられる。かかる概念が有を産出するのであって、概念に先立つ人間存在などはここでは問題にならない。この点においては、実践の法則はあくまでも(42)実践自身から見いださるべきであるとしたナートルプの見解が正しい。
そうなると実践哲学の出発点を|常識の事実〔付ごま圏点〕に求めたカントの態度にはすこぶる尊重すべきものがあるということになる。ただそれが常識的な個人意識ではなくして学の事実と同じく|客観的な意味を持った常識の事実〔付ごま圏点〕であればよかったのである。理論の領域においては常識はいつも誤謬を犯しているであろう。しかし実践の領域においては常識はまさに人間存在の表現と理解とを含んだものである。知人が出逢えば天候の挨拶をする。それは|人間の〔付ごま圏点〕常識である。彼らは|何ゆえに天候を云為するか〔付ごま圏点〕を反省しはしない。しかし天候を云為した時に彼らは天候についての認識にかかわっているのではなくして相互の間柄がそこに表現せられたのであることを、すなわちそれが挨拶であることを理解している。そうでなければその人は非常識である。ところでこのような常識的事実としての天候の挨拶が|人間存在の表現として捕えられるとき、そこに主体的な存在への通路が開かれる。|何ゆえに人々は天候の挨拶をするか〔付ごま圏点〕、――天候とは主体的な存在の様態、すなわち「機嫌」にほかならぬからである。しかもそれがシェーラーのいうごとき共同性なき感覚なのではなくして、通例は、|共同的な〔付ごま圏点〕存在の様態なのだからである。そこで人間存在の風土的性格がたぐり出されることになる。要は人間の日常的常識的な事実が「表現」として捕えられるという点に存する。
かかる見地に立って見れば人間の日常経験と言われるものほど豊富な鉱坑はない。町を歩けば多種多様な商品が見せ棚に並んでいる。常識はその種別、用法、買い方などをすでに|心得て〔付ごま圏点〕いるのである。しかもこれらの商品のただ一つといえども、何らか人間存在を表現せぬものはない。ただ常識の立場においてはこれらの表現を介して存在の構造へさかのぼってみようとせぬだけである。それをしさえすれば、ただ一つの商品からでも人間存在の利益社会的構造がたぐり出せる。しかも町を歩いて我々の接するのはただ商品のみではない。そこには電車・自動車のごとき交通機(43)関があり、郵便箱・自働電話のごとき通信機関があり、またラジオ、ポスター、新聞等々の報道あるいは宣伝機関がある。これらは特に強く人間存在を表現せるものである。さらに我々はそこにおいて知人、友人、親戚等々に逢うこともある。そこで前に言ったような挨拶や、あるいはさらに進んでさまざまの話が行なわれる。これらが人間存在の表現であることは言うまでもないであろう。
つまり我々が|日常生活〔付ごま圏点〕と呼んでいるもの、それがことごとく「表現」として人間存在への通路を提供するのである。だから我々は最も素朴な、最も常識的な意味における「事実」から出発することができる。我々が前に倫理学の課題として列挙したところは著しく形而上学的な色彩を帯びるように感ぜられるかも知れぬが、しかしそこへ入り込んで行く通路は最も家常茶飯的な事実なのである。かかる意味において我々の倫理学は密接に|事実に即する〔付ごま圏点〕。ここには方法的懐疑などを容れる余地はない。我々が偽りを真と間違えていようと、あるいはまっしぐらに真理を追いかけていようと、とにかく我々が道を歩き電車に乗ってしかじかの所へ行きしかじかの仕事をしているという|日常の事実〔付ごま圏点〕は、何人も疑うことができぬ。その事実の|真相〔付ごま圏点〕が何であるかは探求の後にわかることである。学問的に確実なことを最初に措定して出発しようとするのは事実に即するゆえんでない。
以上によって我々は倫理学の方法を四つの点から規定した。倫理学は人間の問いとして問う人間自身に帰る。従ってそれは主体的人間を主体的に把捉しなくてはならぬ。しかも学の対象は意味的連関である。従って主体的把捉は、主体的人間を意味的連関に転換する溶炉、すなわち「人間存在の表現」を媒介とせねばならぬ。この四つの点から当然に帰結せられる方法は、表現を通じて主体的なるものを理解し出だすところの|解釈学的方法〔付ごま圏点〕である。
解釈学を持ち出すとき、人はしばしば「解釈」という概念についての奇妙な連想をそれに結びつける。「哲学者たち(14)は世界をただ種々に|解釈〔付ごま圏点〕して来ただけだ。世界を|変化〔付ごま圏点〕することが問題であろうに」という命題が一時人口に膾炙したからである。しかるに、ここに interpretieren と言われていることは、思弁哲学の立場において現実の人間や世界を観念、表象、概念などから説明することであって、表現を媒介とする主体的なるものの理解ではないのである。従ってここに斥けられているのは、観念、思想、概念が人間の現実の生活を生産し、規定し、支配するという立場であって、逆に人間存在が表現を通じて概念にもたらされるという立場ではない。かかる解釈学的な方法はそのころの哲学者の全然気づかないところであった。すなわち哲学者たちは人間存在の主体的把捉がその独特の方法を要求することを充分目覚してはいなかった。むしろマルクス自身が、「|商品」を媒介として〔付ごま圏点〕資本主義的社会の存在構造を把捉するというごとき、本質においては解釈学的な方法を無自覚的ながらも実現し始めたのである。イデオロギー論というごときものも、その根柢においては意識や観念を人間存在の表現と見る立場にほかならない。「解釈」の立場を斥けたと思われているその立場が実はすでに著しく解釈学的なのである。
解釈学的方法の主要点は、直接に学的対象とすることのできない主体的なるものを、表現の媒介によって学的対象に化するということである。そこでそれは|思惟にょって〔付ごま圏点〕直接に概念を取り扱うのではなく、まず表現の理解を先立たしめねばならない。ここに|思惟〔付ごま圏点〕に対立する|理解〔付ごま圏点〕の問題が現われてくる。理解とは果たして何であるか。それは思惟のごとき客観性を要求し得るものであろうか。思惟の王国である哲学の中へいかなる権利をもってそれははいり込むことができたのであるか。
確かに「理解」は哲学の国においては新しい市民である。それはもと文学の国の支配者であった。詩を味わうことは学ではないが、しかしかく味わわれた詩の美しさの特性や様式や意義を認識することは学である。ところでこのよ(45)うな認識は|思惟〔付ごま圏点〕にょっては達せられない。それはただ|理解〔付ごま圏点〕せられるのである。だからベェクは哲学的認識すなわち思惟に対立するものとして|文学的認識〔付ごま圏点〕を理解と名づけ、思惟の理論すなわち論理学に対立するものとして|理解の理論〔付ごま圏点〕すなわち|解釈学〔付ごま圏点〕を作ろうとした。それは彼にあっては文学の基礎理論であると同時にまた|歴史的認識〔付ごま圏点〕の基礎理論でもあった。ところで前世紀の後半に、カントの復興、方法論の隆盛に伴ない、ちょうどカントにおいて欠けていたもの、すなわち|歴史的認識の方法論〔付ごま圏点〕が人々の注意を喚起するに従って、右のごとき|理解の理論〔付ごま圏点〕が哲学の中へ呼び込まれることになったのである。そこで解釈学的方法は精神科学・歴史科学の基礎理論として唱道せられるに至った。その先達はディルタイである。
この経路は解釈学的方法がいかなる権利をもって思惟の王国に入り込んで来たかを示している。思惟は歴史的現実、従って精神科学的領域を遺憾なく把捉し得るものではない。なぜなら、歴史的現実は決してすみからすみまで合理的なものではなく、無限に深い非合理的な根を持っている。それを論理的な思惟によって捕え尽くそうとするのは思惟の僭越である。そこで歴史的現実の把捉は、非合理的な深みをも把捉し得る「理解」の力に待たねばならぬ。非合理的なる生の深みは思惟の網にかかるよりも前に己れを表現する。この表現を通じて、意識せられない生の深みに接するのが、理解である。だから歴史的現実に関する限りにおいては思惟は理解にその場所を譲り、論理的方法は解釈学的方法に代わられねばならぬ。
しかしもし解釈学的方法が論理的方法と同じき客観性を要求し得なければ右の権利の主張もまた僭越である。理解、解釈というごときことにも果たして思惟に匹敵するごとき必然性が存するであろうか。ディルタイはそれを解釈学の歴史によって立証しようとしている。なるほど解釈は個人的な技術である。しかしすべての技術は一定の規則に向か(46)って動いて行く。思惟といえども初めは技術であり、その技術の規則が論理学として自覚せられたのである。それと同じように解釈の技術もまたその規則の自覚として解釈学を生み出したのであった。だから理解、解釈などは決して無規則なのではない。ただそれが一般に生の表現の理解の問題として正当な取り扱いを受けていなかっただけなのである。ここに今まで取り残されていた歴史認識論の任務がある。それは自然認識の論理学に対抗して、歴史的世界の|生ける連関〔付ごま圏点〕についての|知識の可能性〔付ごま圏点〕、及び|その実現の手段〔付ごま圏点〕を明らかにするところの、解釈学とならねばならぬのである。そこで思惟の法則と同じき客観性を有する|理解の法則〔付ごま圏点〕が、生・表現・理解の連関における「生の範疇」や「生の作用連関」として立てられることになる。解釈は論理に対峙して普遍妥当性を持ち得るものとなったのである。
倫理学が主体的人間を主体的に把捉し得るがために表現を媒介とせねばならぬのであるならば、右のごとき解釈学的方法こそまさに唯一の方法として選び取らるべきであろう。しかしながらディルタイがこの方法を説く時には、その眼中にただ芸術や哲学や人生観などの|歴史的認識〔付ごま圏点〕のみがあって、倫理の認識は問題でなかった。表現とはまず何よりも偉大な芸術家・哲学者の作品であり、理解とはこれらの表現の追体験における生の深みの把捉であった。しかし表現はそのような偉大な作品として結晶する以前にすでに日常的なる人間存在の欠くべからざる契機であり、また理解はかかる作品による生の深みの把捉であるよりもさらに直接に日常的なる身ぶりや会話の了解である。すなわちそれは芸術的哲学的等の表現と理解とであるよりも前に|実践的行為的連関の契機としての表現と了解〔付ごま圏点〕である。従って理解は一つの|認識の仕方〔付ごま圏点〕であるよりも前に実践的了解として間柄的な|存在の仕方〔付ごま圏点〕なのである。このような実践的表現実践的了解の地盤に立つことなくしては、芸術の作品・哲学の著作というごとき特殊の表現は発生し来たることができない。そうしてこの地盤にさかのぼって考察するとともに、歴史的|認識〔付ごま圏点〕の問題はさらに歴史的|実現〔付ごま圏点〕の問題に、従っ(47)て倫理の問題に転ぜざるを得ないのである。この点に我々はディルタイの方法との区別を自覚しなければならない。解釈学的方法を倫理学に採用するというとき、その方法はすでにディルタイから離れているのである。
かかる分離の必然性はディルタイにおける「生」がいまだ充分に人間存在として把捉せられていないという点に存する。なるほど彼は「生」をば「人的・社会的・歴史的現実」として力説してはいる。しかし彼が生・表現・理解の根本的連関を説くに際して用いている「生」の概念は決して自他の分裂や合一を含むところの主体的な間柄を把捉しているものではない。社会は彼にとっても結局外的組織であり、従って対象的な社会であって主体的な人間存在ではない。このような「生」は個人的体験(Erleben)をモデルとして考えられた Leben に過ぎない。しかし個人的体験というごときものは間柄において生きるという地盤においてのみ起こるのである。何人ともともにすることのできない唯一の体験と考えられるものでも、共同性の欠如態としてでなくては可能でない。でなければそれが表現に達するということはあり得ない。表現せられるということは本質的には了解せられるということと同義だからである。だから右のごとき「生」はさらに実践的行為的連関としての人間存在にまで溯源せられねばならぬ。そうして「生」が実は人間存在であると知られたとき、生を生自身から理解しようとする努力は、たちまち倫理学としての面目を示してくる。生・表現・了解の連関は根源的には実践的行為的連関にほかならぬからである。
そこで倫理学の方法としての解釈学的方法は、最も日常的なる人間存在の表現を通じて人間存在の動的構造を把捉するにある。日常的なる人間存在は、実践的なる生・表現・了解の連関において絶えず己れを表現しつつ、しかもそれを表現としては自覚しておらない。従ってそれを表現として自覚することは、解釈学的方法として、一つの哲学的行動なのである。かかる人間存在の理解の上に初めて歴史的認識というごときこともその正しい基礎を持つことがで(48)きる。さまざまの優れた文化産物が特に代表的な表現として選ばれ、それを媒介としてある時代の精神が把捉せられるというようなことは、右のごとき解釈学的な方法を特殊の実証的材料に適用し、従って人間存在の特殊形態を把捉することにほかならない。我々はかかることのなされ得る地盤としての、最も基礎的な表現から出発しようとするのである。
最も日常的な人間存在の表現とは、前に言ったように、素朴な、常識的な、自然的態度における「事実」のことなのである。我々はあらゆる学問的定立を離れてこの素朴な「事実」から出発する。しかし我々はかかる事実を事実として取り扱い、その事実の間の関係、法則というごときものを見いだそうとするのではない。かかることは事実をただ|対象的〔付ごま圏点〕に取り扱う立場の仕事に過ぎない。我々は|主体的〔付ごま圏点〕な人間を捕えるためにこの事実を通路として用いるのである。従って日常的なる事実を|主体的なるものの表現として取り扱う〔付ごま圏点〕ということがこの方法の第一の重大な契機になる。かかる事がいかにして可能であるかは問うを要しない。我々は、たとい無自覚的にもしろ、|日常的に〔付ごま圏点〕すべてのものを表現として取り扱っているのである。金ボタンの黒い服は|制服〔付ごま圏点〕であり、机の並んだ室は|教場〔付ごま圏点〕である。我々は判断や推理を待つまでもなく、いきなり制服や教場と交渉している。解釈学的方法はこの事実の上に立ち、日常的な事実を捕えるとともにその|表現的性格に注意を集める〔付ごま圏点〕。それは表現の了解において動いて行く実践的行為的連関から一歩離れることである。そこでその表現から表現せられたものへ、すなわち|人間存在へ還って行く〔付ごま圏点〕。人間存在のただ中にあって自ら動いていればその存在は見えない。一歩そこから離れ、表現を表現として|見留める〔付ごま圏点〕とともに、人間存在があらわにされてくる。これをもし還元と言い得るならば、ここに解釈学的還元があるのである。
しかしこの還元はただ消極的に人間存在へ注意を導くというに過ぎない。人間存在が何であるかに答え得るために(49)は、さらに人間存在の構造が把捉せられなくてはならない。その構造は動的な構造であるゆえに、ここには|積極的な行動〔付ごま圏点〕が必要である。そこで日常的に表現を取り扱う場合の実践的な了解が、|自覚的に繰り返されねばならない〔付ごま圏点〕。ここでは実践的行為的連関から一歩離れるのではなく、むしろ全然離脱するのである。しかもその離脱の立場において実践的な表現了解の連関を自ら生きてみるのである。かくすることによって人間存在の動的構造が自覚せられた意味連関として|構成せられる〔付ごま圏点〕。だからそれは論理的な構成ではなくして解釈学的な構成となるのである。
この解釈学的構成は表現から人間存在へ還ることによって行なわれる。出発点は表現である。しかるに表現は歴史的風土的に限定せられている。木造の一軒立日本家屋と煉瓦の重層長屋とが同じでないように、あるいは日本の家族生活と西洋の家族生活とが同じでないように、日常生活の表現は時と処とによって著しく異なる。従って解釈学的方法はいかに根本的に新しく始めようとしても歴史的風土的負荷を脱し得るものでない。そこで真に根源的であるためにはこの歴史的風土的限定の|破壊〔付ごま圏点〕が行なわれなくてはならない。すなわち日常的表現における|伝承的なるもの〔付ごま圏点〕をその作られた源泉に返し、批判的に掘り起こさなくてはならない。そこには恐らくまず人間存在の特殊性が見いだされるであろう。しかし特殊性の自覚こそ特殊性を超える唯一の道である。それによってかえって解釈学的方法の歴史的風土的制約が打ち克たれるのである。なぜなら、歴史的風土的に限定せられた表現から出発しつつ、しかも直ちに普遍的な人間存在の構造を解釈し出だしたと自信するとき、この方法は歴史的風土的制約のただ中に陥ってしまうからである。そこで解釈学的な破壊は伝統を発掘することによってかえってそれぞれの特殊性を正しく把捉し、またそれによってかえって根源的に人間存在の構造を構成し得るのである。
以上のごとき解釈学的な還元構成破壊の方法によって、我々は前にあげた倫理学の方法の四つの要求を充たし得る。
(51) 本論
第一章 人間存在の根本構造
第一節 出発点としての日常的事実
我々は人間存在への通路を最も常識的な日常生活の事実に見いだした。そこにはすでに人間存在の表現と了解とが豊富に存すると言った。そこで我々はこの日常生活の中から我々に最も手近な人間存在の仕方を選び取り、それを通路としてまっすぐに人間存在の根本構造まで掘り下げてみたいと思う。
哲学的考察にふけるものは通例ただ一人で書斎に閉じこもるとかあるいは静かな道を漫歩するとかする。そこで最も手近な存在を問題にする場合には、机、紙、筆、インキ壺、書物、窓、表の通り、あるいは野、山、森などが出てくる。そういうものが自分の外にあって、おのおのその一つの面を示している。自分はそれを知覚し、あるいはそれらを使用する。それが何らの思想的加工をも施さない「自然的立場」での|事実〔付ごま圏点〕であると考えられる。そこで「我れの意識」であるとか、「世界の中に有ること」であるとかと呼ばれるものが考案の出発点になる。が、それは果たして最(52)も手近な事実であろうか。自分も今同じようにひとり書斎にあってこの文章を|書いて〔付ごま圏点〕いる。それは他の哲学者がその書斎において我れの明証について|書いた〔付ごま圏点〕と同じ情況である。しかし、彼らは我れの明証について|書きながら〔付ごま圏点〕しかも他我の明証を同時に認めようとしないという不思議な態度を取っている。一体書くということが読む相手なしに発達して来たとでも考えられているのであろうか。「我れのみが確実である」と|書く〔付ごま圏点〕のはそれ自身矛盾である。書くのは言葉の文字的表現であり、言葉はただともに生き、ともに語る相手を待ってのみ発達して来たものだからである。たとい言葉が独語として語られ、何人にも読ませない文章として書かれるとしても、それはただ語る相手の欠如態に過ぎないのであって、言葉が本来語る相手なしに成立したことを示すのではない。そうしてみれば書物を読み文章を書くということはすでに他人と相語っていることなのである。いかに我れの意識のみを問題にしても、問題にすること自体がすでに我れの意識を超えて他者と連関していることを意味する。いかなる哲学者もかかる連関なしに問題を提出し得たものはなかった。
このことを同様に我々は読者について言うことができる。自分はこの文章を誰が読むかは知らない。あるいは一人も読む人がないかも知れぬ。しかし読む人があれば、その人にとってはこの文章を読むことが|現前の事実〔付ごま圏点〕である。その人は書斎にただ独りでいるにしても、読むことにおいてすでに筆者の言葉に接している。また最も手近な人間存在は何であるかを問題にすることにおいてすでに自他の連関の中に立っている。そうすれば読者にとっての最も手近な事実が他人との連関であることも当然認めてよい。人がすでに「読む」という態度を取る限り、真に自我のみの立場に立つことはできない。
以上のことは「文字」が「音」と同じく言葉の表現であることを考えればきわめて当然の事実に過ぎない。我々の(53)言葉は本質的に「声」と結びついたものではない。それは同様の権能をもって視覚的形象に表現され得る。我々は同一の「こと」を声でもって言い現わすこともできればまた文字でもって書き現わすこともできる。従って「読む」ことは「聞く」ことと同じく他者との連関である。一人が|語り〔付ごま圏点〕他の一人が|聞く〔付ごま圏点〕のと、一人が|書き〔付ごま圏点〕他の一人が|読む〔付ごま圏点〕のとは、人間関係として何ら異なるところがない。
そこで我々は、同一の問題を、ともに考え合うのである。我々はこの自他の連関を互いに認め合い、それを疑おうとせぬ。もしそれが疑い得られるものならば、すなわちかかる文章が何人にも通じ得ぬと考え得られるならば、自分は書くことをやめるであろう。読者もまた読もうとはせぬであろう。従ってかかる文章が書かれまた読まれるということは、互いに文字による自他の連関を|確実な事実〔付ごま圏点〕として認め合っている証拠である。
そうなると、最も手近な日常の事実を問題としている我々は、我々の現前の事実として、「書き手」と「読み手」との連関の中に立っている。このことは自我の明証のみを説いた論文を読む場合でも同じである。我れ以外のあらゆるものは疑い得るという方法そのものが疑い得られない「著者と読者との連関」の上に立っている。ここにどれほど自我の孤立を力説しようとも、すでに書いた以上は読者との連関の外に出ることはできない。同様にどれほど自我の孤立を考えている読者でも、すでに読み始めた以上は著者との連関の外に出ることはできない。これは自我について|書いた〔付ごま圏点〕あらゆる哲学者の免れ得なかった運命である。
かくして我々は最も手近な事実として、否応なしに著者と読者との間の関係を認めさせられる。それが差し当たり我々の現前の人間存在である。ところでこの手近な事実が「我れの意識」ではなくして「著者と読者との関係」であるということは、我々にとって重大な意義を持っている。なぜなら、それは我々の出発点を、我れの志向的意識とし(54)てでなくまさに「間柄」としてさし示しているからである。間柄の本質は、我れの志向がすでに初めより相手によって規定せられ、また逆に相手の志向をも規定している、ということであった。人は|書く時に〔付ごま圏点〕すでに読む者によってその書き方を規定せられている。それを最も顕著に示しているものは手紙であるが、しかしたとい読む者が不定であってもこの規定は変わらないのである。公表される文章と草案・覚え書きなどとが区別せられるのはそれに基づく。後者は「いまだ読まるぺき段階に達していない言葉」あるいは「読まるべき言葉への準備」として|消極的に〔付ごま圏点〕読む者から規定せられている。この規定がなくば草稿とか覚え書きとかという性格そのものが成り立たないのである。いわんや読まるべきものとして書かれた文章においては|積極的に〔付ごま圏点〕読む者からの規定が含まれてくる。読者を顧慮した種々の身ぶりはいうまでもないが、かかる顧慮を全然排除してただ淡々と事柄自身を展開するという態度さえも、かえって前者よりは強く読む者に規定せられているのである。なぜなら、前者は読む者を顧慮するという形において実は己れ自身を顧慮しているのであるが、後者は|己れ自身を空しゅうして〔付ごま圏点〕ただ事柄自体を読む者の前に露出せしめようとしているのだからである。文章の極致は透明な窓ガラスとなることにある。読む者はあたかもそこにガラスがないかのごとくに外を見ることができる。その時書き手は完全に読み手に奉仕し得たのである。言いかえればこの文章は極度に読む者から規定せられているのである。同様にまた人は|読む時に〔付ごま圏点〕すでに書き手によってその読み方を規定せられている。新聞記事のごとく書き手が読者にとって不明である場合であっても、読者は書き手の規定した通りに読むほかはない。その規定に従い得ない時には、彼は読むことをやめる。すなわち読者ではなくなる。読者である限り彼は書き手の指定した通りの順序で表象の系列を追い思索の糸をたどるのである。
これが我々の目前の事実としての「間柄」である。書き手は読み手に規定せられることによって書き手であり、読(55)み手は書き手に規定せられることによって読み手である。かかる相互限定を本質とせずしては、たとい一時的偶然的な関係にもせよ、成り立ち得ない。そうしてみると、我々は、この目前の事実においてもすでに人間関係の二重的性格を見いだすことができるのである。「著者と読者との関係」と言われるものは、著者と読者とが|相寄って作る〔付ごま圏点〕ところの関係にほかならない。しかもこの関係よりも先に著者と読者とがあるわけではない。著者は読者に規定せられることによって、すなわち読者との関係によって、初めて著者であり、読者もまた著者との関係によって初めて読者である。この関係が著者を著者たらしめ読者を読者たらしめるのである。と言って著者と読者よりも先にその関係があるわけではない。関係はあくまでも読者と著者との間に作られるのである。いずれもそれ自身独立に先立って存することはできぬ。ただ相依って立ち得るのである。
右のごとき事情は言葉が文字に書かれるのではなく声でもって言われる時には一層明白になる。その時には|語る人〔付ごま圏点〕と|聞く人〔付ごま圏点〕とが相対して現在し、従って不定であることができぬ。そこに語られる「こと」が「自我」であっても、この自我はすでに|語る人〔付ごま圏点〕と|聞く人〔付ごま圏点〕との間に置かれている。フィヒテは人を自我の問題に導くために言った。「諸君、この壁を考えたまえ。そうしてこの壁を考えている者を考えたまえ。それが自我なのである。」ところでかく自我へ人々の注視を集めようとするフィヒテは|語り手〔付ごま圏点〕であり、諸君と呼びかけられた人々は|聞き手〔付ごま圏点〕である。自我の問題に先立ってこの聞き手と語り手との間柄の存していることは、自我の問題に人を導き入れようとするフィヒテ自身の言葉が何よりも確かな証拠である。
フィヒテは右の言葉を|教師〔付ごま圏点〕として言ったのであるが我々もまた教壇に立っている場合には前述の事態を次のごとく言うことができるであろう。――諸君、最も手近にあるのは我々の現前の事実である。我々はここに倫理学の問題を(56)考え合うために集まっている。我々はそれを常識的に認め合い、それに対して疑いを抱かない。そうではなくしてもしこの事実に根本的な疑いを抱くとすれば、我々はこうして集まっていることはできないであろう。たとえば、ここで倫理学の講義をし、あるいは聞くということは何かの迷いではなかろうか。誤ってそう思い込んでいるのではなかろうか。かく疑い始めれば自分は講義はできない、諸君も聞くことはできないであろう。だからこうして講義が実際に行なわれるということは、互いにこの集会を疑いのない事実として認め合っている証拠である。もちろんこの事実はある仕方で覆され得るかも知れない。諸君の内のある人々が倫理学の問題をともに考えるためにでなくこの時間をある運動に利用するために集まっているというようなこともあるかも知れない。しかしそういう事があり得るのは、この時間に諸君が倫理学の問題を考え合うためにここに集まるということを信じて疑わないからである。もしそれを根本的に疑うならばそれを利用しようというような企てが行なわれるはずはない。
そこで我々が倫理学の問題を考え合うためにここに集まっているという事実は、我々の間には疑いのない事実として認められている。そうすると諸君が「学生」であり、自分が「教師」であるということも、常識的に疑いのないところである。もし諸君が学生であるか否かを自ら疑っているとすれば、あるいは自分が教師であるか否かに迷っているとすれば、この教場にはいって来ることはできない。我々はここに疑いもなく学生と教師として相対し相連関している。しからばここに|学生と教師との間柄〔付ごま圏点〕があるということはわかり切ったことである。そこで我々は現前の事実として、「学生」と「教師」とが相寄って一定の間柄を作るということを、確立しておくことができる。任意に人々が集まっても、かかる間柄は成立しない。学校と呼ばれるものはかかる間柄の複合体である。それは一定の建物や設備によって表示せられているが、しかし建物設備が学校そのものなのではない。学校が廃止せられても建物は依然として(57)残ることができ、また建物なくしても学校は創立せられ得る。学校とはこれらのものによって表現せられている一つの人間関係である。そうしてこの人間関係における基礎的な契機が、学生と教師との間柄なのである。
かくのごとく我々は学生と教師とが相集まって一定の間柄を作るということを認め合っている。しかるにまた我々は学生教師というごとき「資格」を定めるものが我々自身ではなくして学校であるということをも充分に承知しているのである。諸君はこの学校の学生たるためにはこの学校に入学しなければならなかった。自分もこの学校への就職によって諸君に対する教師の資格を得るのである。諸君はその資格を制服によって表示するのみならず、さらに明白な証示を必要とする際には学校から発行した学生票とか証明書とかを用いる。学校が諸君の資格を規定しているという事実はそこに露骨に現われている。諸君は日常的にこの資格において行動し、従ってこの資格に伴なう待遇を受けている。その限り諸君の存在は学校と呼ばれる人間関係から限定せられる。そうしてその人間関係は学生と教師との間柄から成っている。しからば学生と教師とが相集まって作るはずの間柄が、すでに先立って学生数師というごとき資格を限定する地盤となっているのである。
我々は現前の事実の内に以上のごとき二つの関係を見いだすことができる。学生と教師とがなければ学校という一種の団体は成り立たない。しかもその学生と教師は学校にはいることによって初めて学生教師たり得る。この|相依関係〔付ごま圏点〕は常識的に理解せられまた運用せられている事実である。人はあるいはこの関係を時間的な先後の関係において解こうとするかも知れない。しかしこの場合にはそれは不可能である。諸君はすでに存立せる学校にはいることによって学生としての資格を得る。諸君に即して言えば学校が先である。しかし問題はその既存の学校なのである。それは諸君が入学すると否とを問わずすでに学生と教師との間柄である。時間的先後のどの段階を捕えてもそこにすでに前(58)述の相依関係が成り立っている。それは学校の創立時にさかのぼっても同じである。最初の学生が入学する以前には学生はいまだなかった、しかも入学し得るためにはすでに学校があるではないか、と人はいうかも知れない。しかし最初の学生を募集する学校は、それが学校として設立されたものである限り、すでに初めより|学生や教師の定員〔付ごま圏点〕を定め、それに従って一定の設備が計画されているのである。その際にはいまだ学生も教師も現実的に存しない学校が、ただ法制上あるいは名目上成立していることもある。すなわちそれは|観念上〔付ごま圏点〕の学校であっていまだ現実的な学問の団体ではない。しかもその観念上の学校はすでに|観念上において学生と教師とを有する〔付ごま圏点〕のである。最初の学生の募集や最初の教師の任命は、観念上のそれを現実化することにほかならない。しからば最初の学生が入学する以前にもすでに学校は学生を有しているのである。学生のない学校などというものを誰も考えたことはなかったし、また考えることもできぬ。
我々は現前の事実から取りあえず如上の相依関係を見いだした。ところで現前の事実はそれには尽きない。我々はここに倫理学の問題を考えるために|集まって来た〔付ごま圏点〕。では|どこから〔付ごま圏点〕か。これも常識的にわかり切ったことである。ある人々はその家庭から、他の人々は下宿屋あるいは寄宿舎から。恐らく何人も自分がここへどこから来たか確実でないと主張する人はないであろう。しからばここに学校と異なった人間関係が密接な連関を持つことは当然である。諸君はその家庭においては息子であり兄であり弟である。そこには学生と異なった資格があり、そうしてその資格は家族という団体から規定せられている。諸君はその資格を必ず|一定の態度〔付ごま圏点〕によって表示する。息子として両親に対し、兄として弟妹に対し、弟として兄姉に対する場合、諸君はその関係に応じて表情、口のきき方、配慮の仕方を異にする。諸君がそのような態度を意識的に定めたのでないにかかわらず、それぞれの態度は明白に区別され、決して混同せら(59)れることがない。だから一方においては諸君は初めより|家族に規定せられた資格〔付ごま圏点〕において動いている。しかも他方においては、諸君が|親兄弟と共に家族という間柄を形成している〔付ごま圏点〕のである。しからばここにも相依関係がある。親子兄弟という資格は家族の間柄から規定せられるのであるが、家族の間柄は親子兄弟の間に作られるのである。この関係はすでに常識的にわかり切ったこととして取り扱われている。たとえば、子を持たないものは決して親と呼ばれることがない。「親」とはただ「子の親」としてのみ親である。同様に「子」もまたただ「親の子」としてのみ子であって、真に親のない子はかつて考えられたこともない。あるのはただ親を失った子である。だから親と子とはただ間柄からしてのみ親と子とであり得るのであって、任意に大人と子供とを寄せ集めても決して親と子とにはならない。しかも親子の間柄はあくまでも親と子との間に作られるのである。親子がそれぞれ別人として対立しないところに親子の間柄などというものが認められるはずもない。この相依関係もまた同時に成立するのであって、時間的の前後から説くことはできぬ。
ところで諸君が下宿屋とか寄宿舎とかにいる時には、子とか兄弟とかの資格において行動しているのではない。諸君は|一定の契約の下に〔付ごま圏点〕一室を使用する下宿人であるか、あるいは|一定の規則の下に〔付ごま圏点〕監督者の統制に服する寄宿生である。下宿人としての資格は主人との間の|一定の利益関係から〔付ごま圏点〕規定せられている。だから一定の宿料を払い、他の下宿人に迷惑をかけない以上は、主人や同宿者に対していかなる態度をとることも自由である。家族内におけるごとく資格に従って態度が定まっているわけでない。かかる資格において諸君は自由にこの家に出入りし、その室に居住することができるのである。この資格は契約によって任意に作り出されたものであるゆえに、また任意に捨てることもできる軽い意味のものであるが、しかもこの資格なくしてこの家に勝手に入り込めばそれは一つの犯罪になる。かかる(60)点から見てこの資格が主人との|関係〔付ごま圏点〕から規定せられていることは明白であるが、しかしまた逆にその関係は主人と下宿人|との間の〔付ごま圏点〕関係であって、下宿人なきところに下宿関係は存しない。この関係が|一定の契約の下に〔付ごま圏点〕成り立っていることはすでに明白にそれが両者の間の関係であることを示しているのである。ここに見いだされるのは家族とははなはだしく異なった人間関係であるが、しかしその関係と関係を作る成員との間の相依関係はここにも同様に存立しているのである。
諸君が寄宿生としての資格を持つ場合には、そこにまた前者と異なった人間関係がある。この資格を規定している寄宿舎は、あるいは郷里を同じくし、あるいは信仰を同じくするというごとき条件の下に、一定の規則に基づいて作られた団体である。時には単に郷里を同じくするというに留まらず、元の同藩に属したというごとき伝統に従って、あるいは宗教的な修行をともにするというごとき目的に従って、作られていることもある。その限りここには種々の意味における存在の共同が見られ、同宿者相互の間に友情的結合が起こりやすい。寄宿生としての資格はかかる団体によって規定せられているとともに、またこの団体は寄宿生によって形成せられているのである。ここにも同様の相依関係が見られる。
我々はなおそのほかにも諸君の担っているさまざまの資格を数え得るであろう。たとえば諸君は誰かの|友人〔付ごま圏点〕である。全然友人を持たないというごとき人はまずなかろうと思われる。ところで友人という資格にも親友、知人、幼な友だち、遊び友だち、同志《タワーリシチ》、同胞《きようだい》などさまざまの種類があり、それに従ってさまざまの交友団体がある。諸君の日常生活はそのいずれかの仲間として行なわれている。かかる交友団体は諸君が友人たちとの間において作るのであるが、しかし友人という資格は信頼し合う間柄からして規定せられるのである。信頼し得ぬもの、憎み合うものは友人たり(61)得ない。これらのことは我々の間に常識的に認められたことであり、何人も疑おうとしないところである。デカルトといえどもそれを疑うよりも前に逃げて回った。その現実性を認めないものの前に逃げる必要はないのである。
そこで我々は、わかり切った日常の事実として、我々が常に|何らかの資格において〔付ごま圏点〕動いていること、その資格は|何らか全体的なるものに規定せられて〔付ごま圏点〕いること、しかもその全体的なるものは一定の資格における我々が作り出すところの|間柄〔付ごま圏点〕であること、などを確定することができる。簡単に言えば、我々は日常的に間柄的存在においてあるのである。しかもこの間柄的存在はすでに常識の立場において二つの視点から把捉せられている。一は|間柄が個々の人々の「間」「仲」において形成せられる〔付ごま圏点〕ということである。この方面からは、間柄に先立ってそれを形成する個々の成員がなくてはならぬ。他は|間柄を作る個々の成員が間柄自身からその成員として限定せられる〔付ごま圏点〕ということである。この方面から見れば、個々の成員に先立ってそれを規定する間柄がなくてはならない。この二つの関係は互いに矛盾する。しかもその矛盾する関係が常識の事実として認められているのである。
我々はかくのごとき矛盾的統一としての「間柄」を捕えてそこから出発する。かかる間柄は人間関係以外の諸関係、すなわち対象と対象|との間の〔付ごま圏点〕関係や項と項|との間の〔付ごま圏点〕関係として考えられるものとは、根本的に区別されねばならぬ。それは間柄であるがしかもその成員に否定的に対立するものである。かかる間柄の構造が後節の分析において徐々に明らかにされるであろう。
学者はしばしば常識を軽蔑する。しかし実践的常識がすでに無反省的に心得ているこの矛盾の関係を、学問は果たして充分に解いているであろうか。否、学問は永い間この矛盾の関係に気づかずにさえいたのではなかろうか。でなければ矛盾律に基づく論理を人間存在に適用しようなどと考えるはずはなかったのである。十九世紀以来発達した社(62)会学はちょうどこの間柄的存在を取り扱うように見えるが、しかしそこで個人と社会との関係は果たして実践的常識が心得ている以上のところまで追究せられたであろうか。我々は遺憾ながらしかりと答えることができないのである。社会学が個人の問題を離れて「社会」をのみ取り扱い得るかのごとくふるまうところにすでに右のごとき矛盾関係からの回避がある。社会存在の論理がさらに新しく反省されなくてはならないゆえんもそこに存する。しかし社会的存在の仕方は実は「論理」ではなくして「倫理」なのである。我々はその出発点を右のごとき相依関係において認める。
第二節 人間存在における個人的契機
日常生活の立場は一面において間柄が個々の人々の間の連関として形成せられることを認めている。この方面から個々の人の存在がわかり切ったこととして承認せられているのは言うまでもない。しかしその個々の人とはどんなものであろうか。
常識的に.は一つの肉体を持ちそれを衣服で覆い自らここかしこに去来している人が|個々の人〔付ごま圏点〕である。そこで個々の人は自我の意識とその肉体とから規定せられることになる。それに基づいて人は心理学や生理学を作ることになつた。そうしてこのような学問の知識が逆にまた常識を作りかえた。しかし我々の日常生活は実際にそのような個々の人において行なわれているのであろうか。
最も単純な考えから始めるために、まず個々の肉体を取って考察してみよう。この肉体が生理学の説くごとき一つの有機体であることは我々の間に反対のない点であろう。生理学がすでに肉体の秘密を解きおわったというのではない。肉体を生理学的対象として取り扱うことに反対しないというのである。その証拠は我々が病気にかかった時に医(63)者にかかるという事実によって示されている。では我々は日常的存在において実際上我々の肉体を生理学的肉体として取り扱っているであろうか。友人に逢って会釈をかわしたとき相手の会釈を生理学的肉体の運動として理解したのであろうか。自分を呼びながら駆けてくる友人を見てそこに筋肉の激しい運動や声帯の振動というごときことを見ているのであろうか。そうでないことは何人も承知しているところである。我々は肉体の動き、すなわち身ぶりにおいて、生理学的対象をでなく、|行為の主体の表現〔付ごま圏点〕を見ているのである。従って日常生活における身体の有り方は、生理学的過程であるよりも実践的連関の表現である。就職口を頼みに行った相手が首を縦に振るか横に振るかは生理学的には無意味であっても実践的には重大な意味を持っている。これらの連関においては肉体はそのまま個々の「人」であって単なる生物的有機体ではない。
このことを拡大して示しているのは、肉体を純粋に生理学的対象として取り扱う場合の手続きである。医者は手術台においてかかる取り扱いをする。もしそうでなければ手術は冷静に行なわれ得ないのである。しかしそのためにはあらかじめ「手術」という境位が作られていなくてはならない。人の身体にメスを加えることは、他の場合には犯罪的行為であるが、この場合には為すべきことになる。なぜなら、メスを加える人は医者であり、加えられる人は患者である。治療の目的のために必要とあらば医者は遅疑するところなく手術を加えねばならぬ。が、それは彼が医者としての資格において行為しているからである。そうして医者としての資格は永い間の学習を経てでなければ与えられるものではない。しかもこの際においてさえ医者は勝手に手術を行なうのではない。まず患者自身、あるいはその家族、あるいはその友人に手術の必要なゆえんを説明し、その同意を得なくてはならぬ。かくして社会や身近の者の承認の下に一定の時間を限ってこの患者の肉体が純粋に生理学的な対象として取り扱われ得るのである。しかしその取(64)り扱いは医者の立場に限るのであって、家族や友人はその取り扱いを医者に許したというに留まる。家族にとっては「親」とか「子」とかが手術を受けているのであり、従って単なる肉体がメスを受けているのではない。だから手術に立ち合った家族はしばしば卒倒する。医者自身さえもその時間が過ぎたあとではその患者をそれぞれの資格における人として取り扱う。
この事実によってもわかるように人を単なる生理学的肉体として取り扱うためにはその人から|さまざまの資格を取り除き一つの抽象的な境位を作らなくてはならぬ〔付ごま圏点〕。この抽象は観念的には容易であっても実践的にはすこぶるめんどうなのである。他人の肉体を単に生理的な肉体と考え、それを肉体的欲望の対象とするというようなことも、観念的にはさほど困難ではないが、実践的にはめんどうな設備を要する。この設備なくして肉体的に関係すればそれは決して単なる肉体的接触であることはできぬ。単に手と手とが触れただけであってもそれは一定の資格における人と人との接触である。そこであらゆる資格を抜き去り肉体的接触を人的関係から遊離させる設備が社会的に設けられる。かかる設備を欲すること、またかかる設備に入り込むことは、人を単に動物的に取り扱う傾向の表示として、倫理的な非難を受けなくてはならぬが、その設備の内部においては、肉体的接触が当然意味すべき人間的結合、従ってそれに伴なう義務や責任を捨象し去ることができる。しかしこのような設備といえども実際はその意図の通りに行なわれるものではない。なぜなら、単なる肉体というごときものは人工的抽象に過ぎないからである。そこに非人間的な強制を加えない以上この抽象は厳密に保たれ得るものでない。人々はその中から人間的な結合を作り、またそれのなし得られないところでは心中する。心中とは人が単なる肉体であるとの考えに対する実践的な反駁である。
かくのごとく肉体がすでに資格を持つとすれば、肉体の個別性を見いだすことはますます容易でなくなる。一体、(65)人としての肉体の個別性とは何であろうか。生理学的な肉体についてならば、個々の肉体ということは個々の樹木というごとく容易に言い得られるであろう。しかし主体的なるものの表現、具体的資格における人としての肉体は、それと同じではない。母親と嬰児とは全然独立な二つの個体と考えることができぬ。嬰児は肉体的に母親を求め、母親の乳房は嬰児に向かって張ってくる。もし両者を引き離せば猛烈な勢いで互いに相手を求める。このような肉体を二つに引き離してしまうことを古来「生木を裂く」という言葉によって言い現わしている。それによって見ても母親の体と嬰児の体とはつながっているのである。その綱が細胞でないから両者の間につながりがないと主張するのは、ただ生理学的な肉体についてのことであって、主体的な肉体には関しない。母親とか子とかという資格はその肉体の資格でもある。子にとっては母親の肉体はあらゆる他の肉体と異なった独特のものであり、母親にとっても子の肉体は唯一な特殊な肉体である。このような肉体的連関において両者を独立の個体と認め難いことは当然ではなかろうか。嬰児を家に置いて外出した母親は絶えず嬰児から引かれている。嬰児もまた母親の帰りを待ちこがれる。かかる引力は物理的引力ではないにしても、しかも両者を結びつける現実的な引力である。原子核とその囲りを回る陰電子とが別々の個体ではなくして|一つの〔付ごま圏点〕原子であると考え得られるならば、母親の肉体と子の肉体ともまた|一つの〔付ごま圏点〕ものであると考えられてよいであろう。それを別々のものに分離するためにはここに破壊がはいって来なくてはならぬ。すなわちそのつながりよりも強い力によってその結合を否足しなくてはならぬ。しからざる限りここには肉体の独立性はないのである。
このような肉体的連関は、その結合の仕方の相違こそあれ、間柄のあるところに必ず見いだされるのである。男女夫婦の間は言うまでもなく、友人の間といえども明白に認められるであろう。友人に逢いたくなるということは肉体(66)的にそばに行こうとすることである。そのため電車に乗って一定の距離を逢いに行くとすれば、自分の肉体が引力に引かれて動いて行くのである。その際友人の肉体がそこにいないとわかっていればこの引力は働かない。休みに友人が散らばってさびしいということは友人の肉体が遠くへ離れて接近が欠如しているということである。もし友人的結合が全然肉体的つながりを持たないものであるならば、これらの現象は理解し得られないであろう。
しかし肉体に関してはしばしば肉体的感覚の非共同性が説かれている。他人が痛みを感じているとき、その心的な苦しみはともにすることができても、痛みそのものをまでともにすることはできぬというのである。なるほど他人の足の痛みは自分の足の痛みではない。一般に他人の肉体的感覚は自分の肉体において感ずることのできないものである。しかしそれだからといって肉体的感覚をともにするということが全然ないというのはうそである。たとえば我々がともに炎天の下に立っている時には我々はともに熱さを感ずる。我々がともに寒風に吹かれていれば我々はともに寒い。だから|労働をともにする〔付ごま圏点〕生活においては、肉体的感覚をも常にともにしているのである。かかる時我々は相手の表情を介してその肉体的な感覚を類推する、(すなわち己れの同様な表情と感覚との連関と比較して比論的に同一であると推論する)というごとき回りくどいことをやっているのではない。|同一の〔付ごま圏点〕肉体的感覚を|ともに感じて〔付ごま圏点〕いるのである。だから熱さをともに感じている人々は、|同時に〔付ごま圏点〕、熱いと言い出すこともできる。あるいは一人が熱いと言った時に即座に他の人も熱いと応ずることもできる。熱さ寒さの挨拶というごときこともこの感覚の共同がなければ起こり得るものではない。|肉体的感覚の相違〔付ごま圏点〕は、かくのごとき共同性の地盤において、その|限定として〔付ごま圏点〕のみ見いだされ得るのである。そうではなくして肉体的感覚が全然非共同的なものであるならば、いかにしてそれを言い現わす|共通の言葉〔付ごま圏点〕が発生し得るであろうか。他人が顔をしかめたのを見て、それが痛みのゆえであるとか熱さのゆえであるとか(67)と推論し得るのは、すでに痛みや熱さを共同にしているからである。この共同性を欠けば表情は表情としての意味を失ってしまう。表情さえも通用しないところで言葉が発生するわけはない。だから肉体的感覚を言い現わす共通の言葉があるということはすでにこの共同性の顕著な証跡なのである。他人の足が痛んでいる時に自分の足は痛まない、だから自分は|他人の〔付ごま圏点〕足の痛みをともに感ずることはできぬ、しかし二人が同時に石に足を打たれれば二人は同じ痛みをともにするのである。この共同性の欠如態として痛みの非共同が現われるのであって、痛みが本質的に非共同的なものなのではない。従って肉体的感覚の非共同性をもって肉体的な連関を反駁することはできぬ。
しかし、人は言うであろう。汝が肉体と肉体との間のつながりと称しているものは実は|心理的関係〔付ごま圏点〕ではないか。母子の間とか友人の間とかの引力は|心理的〔付ごま圏点〕なものであって物理的なものではない。肉体の間につながりがあると言い得るためには、心理的でない|肉体的な引力〔付ごま圏点〕が立証されねばならぬ。しかるに肉体は物体である。物体と物体との間の引力は物理的であるほかはない。そうしてかかる物理的な引力は肉体の間には容易に見いだすことができぬのである、と。この反駁はきわめて有力である。なぜなら、肉体を|物体〔付ごま圏点〕とし、それを動かす力を非物体的な|心〔付ごま圏点〕と考え、この両者の間の関係を取り扱うのが、永い間アントロポロギーの主題であったのだからである。しかしこの立場が正当であるためには、肉体が|単なる物体〔付ごま圏点〕であることを確立しておかねばならぬ。そうしてこのことは実践的な現実においては決して容易でないのである。我々は前に手術台上の肉体においてそれを見いだした。しかし手術台上の肉体が単に物体であるのは、治療の手段としての一時的な仮構に過ぎない。具体的な一人の「人」の命を救うという目的なしにはこの取り扱いは行なわれないのである。しかも肉体を単なる物体と見るという立場が非常に有力であったのは、実践的な立場を離れて単に|ただながめる〔付ごま圏点〕という態度において肉体を把捉し得るかのごとくに考えられたからである。|単にな(68)がめられた肉体〔付ごま圏点〕は、その坐せる椅子と同じように、空間的にひろがれる物に過ぎぬ。椅子とはその形が異なるというならば、彫刻あるいは人形をそばに並べて考えてもよい。それは同じ形を持った「物体」ではないか。その一方が生ける人であり他が人形であるというごとき区別はただ推論によってのみ認識せられることであって、直接の所与ではない。このような見方は言うまでもなく|実践的態度を絶縁した立場〔付ごま圏点〕でのみ起こることであって、現実に即したものではない。銅像のそばで待ち合わせている友人を見いだしたとき、我々は直接の所与として銅像と同じ形を持った物体を見いだしたりなどはしない。最初から|友人を見つける〔付ごま圏点〕のである。その友人と握手するとすれば、まず物体としての手に触れ、その物体が友人の心によって動かされていることを判断推論によって知るのではなく、最初から友人その人に触れるのである。そこには肉体が単なる物体として見られる瞬間は一つもない。(M.Scheler,Wesen u.Formen d.Sympathie,S.6.我々は赤面において羞恥を知覚する、笑いにおいて喜びを知覚する。「まず単なる物体が与えられている」という言葉は全然誤りである。ただ医者や自然研究家にのみ、すなわち全然原初的に与えられている表現現象を人工的に捨象した人にのみ、物体というごときものが与えられるのである。)他人の肉体をなぐっておいて、その理由はこの物体の形が少しく気に食わないからである、それに宿っている心に対しては何ら侮辱を加える意志がない、などと言えるであろうか。のみならず単にただながめる立場に即して言っても、このながめるという作用が主体的にすでに肉体の契機を含んでいるのである。物を見ているのは認識の主体であるかも知れない。しかし主体のこの作用は|肉眼において〔付ごま圏点〕行なわれているのである。観察の必要上指先で物に触れるとすれば、その時その|指先において〔付ごま圏点〕観察者自身がその物に触れている。単に観察する立場においてさえもそうである。いわんや実践的行動の立場においては、主体が動くとは肉体が動くことであって、主体と肉体との間に全然距たりがない。従って肉体は、理論的と実践(69)的とを問わず、主体の活動の契機として、あくまでも主体的である。
肉体を|単なる物体〔付ごま圏点〕と見る立場は、客体的なる肉体をのみ見て|主体的肉体〔付ごま圏点〕を問題としなかった。だからそこで取り扱われるのは、主体我対客体肉体の関係か、あるいは客体我対客体肉体の関係か、いずれかに過ぎない。これが古来肉体についての正しい把捉を不可能ならしめたのである。しかし現代の哲学はこの伝統的な立場を脱して事実そのものへ還ることを要求する。(たとえば Max Scheler,Der Formalismus u.s.w.,S.413 ff. シェーラーはそこで肉体をば「何かの意識」の|対象域〔付ごま圏点〕として扱いつつ、しかも肉体が個々の感官感覚や個々の外的知覚と独立に、またそれらよりも先に、全然統一的な現象的事実として、のみならず Subjekt eines So-u.Andersbefindens として与えられると説く。だから肉体は Leibsseele や Ko※[ウムラウトあり]rperleib の所与性を基底づける。かかる「基底的な根本現象」が厳密な意味の肉体である。)肉体の出来事を全然伴なわない心理的なものや体験と全然結合しない肉体的過程が、心身の対立として、おのおの独立に存するなどということは、具体的な事実ではない。(Theodor Litt,Individuum u.Gemeinschaft,S.51 ff.)心に何か感ずるとき、その体験の中にはすでに肉体が契機として存している。また肉体を動かすときには、その運動の中にすでに心の動きが契機として存する。たとえば喜びを感じてほほえむということは、喜びの体験の中にすでに感じ動く肉体が含まれており、それが微笑という肉体の運動に発展することである。従って微笑という肉体の動きは喜びおどる心に充たされている。「喜びに心がおどる」という言い現わしそのものがすでに肉体と心との不可分性を示しているのである。これらのことは肉体を主体的に把捉しさえすれば直ちに明らかとなることであり、また実践的連関においてすでに日常的に了解せられているところである。
そうしてみると肉体と肉体との連関が体験の契機を含み従って心理的関係となっていることは当然なのである。し(70)かしそのゆえにそれが肉体と肉体との連関でなくして|単なる〔付ごま圏点〕心理関係であると見るのは明白な誤りである。いかに心的契機を含むにもせよ、肉体は|肉体として〔付ごま圏点〕相引き相連関しているのである。そのつながりは単に物理的でもなければ単に心理的でもなく、また両者の結合でもない。総じてそれは|客体的な〔付ごま圏点〕つながりではなくして、肉体における|主体的な〔付ごま圏点〕つながりなのである。
かく見れば肉体は、おのずからにして個別的に独立したものではない。それを独立な個体とするためには、|他の肉体とのつながりを絶ち切り〔付ごま圏点〕、他との間の引力を絶縁しなくてはならぬ。すなわち肉体と肉体との間のつながりを|破壊・否定することによってのみ肉体の独立性が得られる。それは同時に肉体の背負っている|資格を破壊する〔付ごま圏点〕ことであり、この資格の破壊は|間柄的存在からの背反〔付ごま圏点〕によってのみ得られる。母親の肉体は、親子関係からそむき、母親としての肉体的資格――たとえば乳房が子に向かって張るというごとき――を脱却したときに、初めて子の肉体から独立することができる。同様に夫婦は離縁することによって肉体的なつながりを絶ち切り、友人は喧嘩することによってそばへ行きたくなくなる。間柄の破壊によって肉体的にも嫌悪、回避、反撥というごとき反対の傾向が生ずるのである。
しかしこれらの場合には肉体はただ相対的に独立するのみであって、絶対的に独立な個体となるのではない。従って肉体の個別的独立性を得るためには、あらゆる間柄からの背反、あらゆる資格の破壊がなくてはならぬ。男性として女性に引かれるというごとき資格からさえも脱却しなくてはならぬ。かかる極端においては二つの場合が考えられる。一は肉体がもはや人でないところの単なる物体に転ずることである。親でもなく子でもなく男でもなく女でもない肉体はもはや「人」ではあり得ない。しからばそれは個別的物体ではあっても|人間の個別性〔付ごま圏点〕を示しているものではない。個別的物体は決して間柄を作りはしない。しかるに我々は間柄を作るところの個々の人を求めているのである。(71)だからそれが間柄的資格をはぎ取った物体において求め得られぬことは当然であろう。他の極端は肉体が|その主体性の方に徹底しつつ〔付ごま圏点〕あらゆる資格を脱却することである。それは男でもなく女でもないばかりでなく、さらに教団に属する|一人の信者〔付ごま圏点〕であることもできぬ。信者もまた間柄的存在に規定せられる一つの資格であり、従って信者の肉体は教団的なつながりを持っているのである。それでは最後に残るものは、|神に創られたもの〔付ごま圏点〕としての神の前における一つの肉体であろうか。あらゆるつながりを離れてただ一人祈る人といえども、ひざまずき合掌し声を出すところの肉体を持っている。しかしこれこそまさに|神とつながれた肉体〔付ごま圏点〕であって、その祈祷の表情そのものがこのつながりを露骨に示している。それは絶対的に独立せる肉体ではなくして、|絶対的に従属的な肉体〔付ごま圏点〕である。すなわち肉体の個別的独立性を求める極端において我々は|個別的独立性の消滅〔付ごま圏点〕に到達するのである。このことはまた他の方面において「身心脱落」という言葉に言い現わされている。絶対境に到達しようとしてあらゆる人間的資格を放擲した仏徒がその教団的資格をも脱却するために仏祖をさえ切る覚悟をもってまっしぐらに道に没頭して行くとき、彼らの入り込むところはきわめて肉体的な打坐である。そうして彼らがそれを突きぬけた時には、|肉体は全然空になる〔付ごま圏点〕。すなわち主体的な肉体はその個別の極端において絶対空に帰する。これが肉体の個別性の真相なのである。
そこで我々は結論することができる。間柄を作り得る限りにおいては肉体は他の肉体とつながったものであり、他とのつながりを破壊し尽くした限りにおいては|間柄を作り得ない物体〔付ごま圏点〕か、あるいは|絶対空〔付ごま圏点〕に帰する。肉体において個個の人を求める限りかかる結果に到達せざるを得ぬのである。
しからば自我の意識において人間の個別性が求め得られるであろうか。