和辻哲郎全集第十巻、岩波書店、660頁、3200円、1962.08.01(77.08.16.2p)

倫理学 上

     総目次

倫理学上…………………………………………………………一
  序論
  本論
   第一章 人間存在の根本構造
   第二章 人間存在の空間的・時間的構造
   第三章 人倫的組織
   付説  徳の諸相

倫理学上

(3)     序言

 この書は著者の前著『人間の学としての倫理学』において述べた立場に立って人間存在の理法たる倫理を体系的に叙述しようと試みたものである。著者の乏しい思索の力が右の意図をどれほど達成し得たかは、ただ識者の厳正な批判にまつほかはない。著者の望むところは、倫理の具体的な把捉に自ら努力せらるる人々に対して、この書が幾分かでも参考となり、あるいは幸福な場合にはよき伴侶とならむことである。
 が、在来の日本の倫理学書を見慣れた人々にとっては、この書の内容は倫理学書としてはなはだ異様に見えるかも知れない。ここに一言その点を釈明しておきたいと思う。著者自身は、すでに『人間の学としての倫理学』において述べたようにアリストテレスやカントやヘーゲルなどと同じような仕方で「倫理」を学的に取り扱おうとしているのであって、別に異様な倫理学を企てているのではない。もしそれが異様に見えるとすれば、その原因は著者が意識的に在来の倫理学書の弊風を避けようとしたことにあるのではないかと思う。その弊風というのは、いたずらに既成の倫理学書の定義や概念を並べ立ててその整理をもって能事おわれりとすることである。さらにはなはだしい場合には、右のような概念整理の書の|紹介〔付ごま圏点〕をもって能事おわれりとするものさえもある。しかし倫理学の任務は|倫理そのものの把捉〔付ごま圏点〕であって、だれがどう考えたかということの穿鑿ではないのである。倫理は我々の日常の存在を貫ぬいている理法であって、何人もがその脚下から見いだすことのできるものである。この生きた倫理をよそにしてただ倫理学書の内にのみ倫理の概念を求めるのは、自ら倫理を把捉するゆえんではない。我々は我々の存在自身からその理法を捉え、(4)それを自ら概念にもたらさねばならぬ。だからここにも「事実そのものに帰れ」(zur Sache selbst)という標語は必要なのである。もちろん我々はそれによって古来の倫理学を顧みる必要がないなどと主張するのではない。我々は倫理の把捉というごとき仕事に入り込むと同時に、すでにかかる努力の潮流の中に没入するのである。いかに我々が新しく始めようとしても古来の大力量の士がすでに指し示した道はなかなか脱却し得られるものではない。だから我々はできるだけ忠実にその思索の跡をもたどってみなくてはならぬ。しかしこのことは古来の学者の与えた定義や概念を覚え込むとか、あるいはその思索の成果を何々説として類別するとかというだけであってはならないのである。古来の学者もまた、真の倫理学者である限り、倫理そのものの把捉を目ざして努力したのであって、その思索の成果はただこの努力の指標に過ぎぬ。我々は彼らと目ざすところを等しくするがゆえに、彼らの努力によって導かれ、教えられ、また新しい道を示唆されるのである。もし彼らの思索の成果をのみ見て、そこに表現せられた倫理そのものへの探求の勢力を見失うならば、彼らとともに探求に努めることはできず、従ってその導きを受けることもできない。してみれば、我々は単に古来の学者の思想を学び知ることによってでなく、あくまでも倫理そのものを追求することによって、かえってよく彼らの導きをも受け得るのである。
 著者は右のごとき見解の下に人をしてできるだけ倫理そのものへ眼を向けしめるように努力した。倫理そのものは倫理学書の中にではなくして人間の存在自身の内にある。倫理学はかかる倫理を自覚する努力にほかならない。道は邇《ちか》きに在《あ》りとは誠に至言である。
   昭和十二年四月
                            著者
(5)     序言

 最初この倫理学は上下二巻をもって完結する予定であったが、上巻(二八ページ以下)に述べた第三の問題を展開して行く内に、それまで簡単に考えていたいくつかの問題が簡単ではすまされなくなり、またそれまで疑問を抱くことなく認容していたいくつかの見解を新たに考えなおす必要も生じ、漸次叙述を拡大して、ついにこの第三の問題のみをもって中巻を構成するのやむなきに至った。特に著者にとって困難であったのは、問題の性質上ちょうどこの個所において、社会哲学、経済哲学、文化哲学、国家哲学、さらに立ち入っては技術哲学、言語哲学、芸術哲学、知識哲学、宗教哲学等の諸問題に触れざるを得なかったことである。これらはただその一つのみを取っても相当に詳細な論述を必要とするものであるが、ここではただその根本問題をのみ取り上げ、上巻において展開した人間存在の原理をこれらの領域に貫徹しようと努めた。
 本書においては最後に国家の問題を取り扱っているが、しかしこの章では問題はなお一般的であって、わが国の国体や、世界におけるわが国の使命などに論及してはいない。これらの問題は下巻において、人間存在の原理をさらに風土哲学、歴史哲学に展開した後に、詳細に取り扱われるはずである。
   昭和十七年三月

 今度第四刷りを印行するにあたり、著者はところどころに修正の手を加えた。誤謬の訂正や、表現を正確にするた(6)めの変更のほかに、最後の第七節の後半にはやや長い修正が加えられている。目下の未曾有の大転換期に際して深刻な反省を促されたためである。国家の人倫的組織としての意義が今ほど痛切な問題となって来た時はないと思う。
   昭和二十一年三月
                           著者

(7)     上巻目次

 序言………………………………………………………………………三
序論…………………………………………………………………………一一
 第一節 人間の学としての倫理学の意義……………………………一一
 第二節 人間の学としての倫理学の方法……………………………三一
本論…………………………………………………………………………五一
 第一章 人間存在の根本構造…………………………………………五一
  第一節 出発点としての日常的事実………………………………五一
  第二節 人間存在における個人的契機……………………………六二
  第三節 人間存在における全体的契機……………………………九二
  第四節 人間存在の否定的構造……………………………………一〇六
  第五節 人間存在の根本理法(倫理学の根本原理)……………一二五
 第二章 人間存在の空間的・時間的構造……………………………一五二
  第一節 私的存在と公共的存在……………………………………一五二
(8)  第二節 人間存在の空間性………………………………………一六二
  第三節 人間存在の時間性…………………………………………一八九
  第四節 空間性時間性の相即………………………………………二三五
  第五節 人間の行為…………………………………………………二四六
  第六節 信頼と真実…………………………………………………二七八
  第七節 人間の善悪 罪責と良心…………………………………二九八
 第三草 人倫的組織……………………………………………………三三〇
  第一節 公共性の欠如態としての私的存在………………………三三〇
  第二節 家族…………………………………………………………三三六
    一 二人共同体 性愛と夫婦…………………………………三三六
    二 三人共同体 血縁と親子…………………………………三八二
    三 同胞共同体 兄弟姉妹……………………………………四〇三
    四 家族の構造とその人倫的意義……………………………四一一
  第三節 親族…………………………………………………………四三五
  第四節 地縁共同体(隣人共同体より郷土共同体へ)…………四四四
  第五節 経済的組織(付 打算社会の問題)……………………四六九
  第六節 文化共同体(友人共同体より民族へ)…………………五一九
(9)  第七節 国家………………………………………………………五九二
  付説 徳の諸相………………………………………………………六二七

(11)    序論

       第一節 人間の学としての倫理学の意義

 倫理学を「人間」の学として規定しようとする試みの第一の意義は、倫理を単に個人意識の問題とする近世の誤謬から脱却することである。この誤謬は近世の個人主義的人間観に基づいている。個人の把握はそれ自身としては近代精神の功績であり、また我々が忘れ去ってはならない重大な意義を帯びるのであるが、しかし個人主義は、人間存在の一つの契機に過ぎない個人を取って人間全体に代わらせようとした。この抽象性があらゆる誤謬のもととなるのである。近世哲学の出発点たる孤立的自我の立場もまさにその一つの例にほかならない。自我の立場が客体的なる自然の観照の問題に己れを限る限りにおいては、誤謬はさほどに顕著でない。なぜなら自然観照の立場はすでに具体的な人間存在を一歩遊離したものであり、そうして各人が標本的に「対象を観る者」すなわち主観として通用し得る場面だからである。しかるに人間存在の問題、実践的行為的連関の問題にとっては、右のような孤立的主観は本来かかわりがないのである。しかも人と人との行為的連関を捨象した孤立的主観の立場がここでは強いて倫理問題にまで適用せられる。そこで倫理問題の場所もまた|主観と自然との関係〔付ごま圏点〕に限定せられ、その中で認識の問題に対立する意志の問題としての己れの領域を与えられる。従って自然に対する自己の独立とか自己の自己自身に対する支配とか、自己の(12)欲望の充足とかというごときことが倫理問題の中心に置かれる。しかしどの方向に理論を導こうとこの立場でのみ問題を解決することはできない。結局|超個人的〔付ごま圏点〕なる自己、あるいは|社会〔付ごま圏点〕の幸福、|人類〔付ごま圏点〕の福祉というごときことを持ち出さなくては、原理は立てられないのである。そうしてこのことはまさに倫理問題が個人意識のみの問題でないことを示している。
 倫理問題の場所は孤立的個人の意識にではなくしてまさに|人と人との間柄〔付ごま圏点〕にある。だから倫理学は人間の学なのである。人と人との間柄の問題としてでなくては行為の善悪も義務も責任も徳も真に解くことができない。しかも我々はこのことを最も手近に、今ここで我々が問題としている「倫理」という概念自身において明らかにすることができるのである。
 倫理という概念は倫理という言葉によって言い現わされている。ところで言葉というものは人間の作り出したものの内の最も不思議なものの一つである。いかなる人も自ら言葉を作り出したと言い得る者はない。しかも言葉は何人にとっても自分の言葉である。このような言葉の性格は、言葉が人間の主体的連関をノエーマ的な意味に転化する溶炉だということに起因する。それは他の語で言えば意識以前の存在の意識化である。ところでこの存在は、あくまでも対象的たり得ない主体的現実であるとともに、すでに実践的行為的な連関である。だからそれが意識化せられたときには、個人的意識の内容であるにもかかわらず個人的存在をのみ根源とするものでない、という構造を持つのである。この意味で言葉もまた人間の主体的存在の表現であり、従って我々に主体的存在への通路を提供する。倫理の概念を明らかにしようとするに当たってまず言葉を手づるとするのは右のごとき理由に基づくのである。
 さて倫理という言葉は、「倫」「理」の二語から成っている。倫は「なかま」を意味する。「なかま」とは一定の人々(13)の関係体系としての団体であるとともに、この団体によって規定せられた個々の人々である。シナの古代においては父子、君臣、夫婦、長幼、朋友などが「人の大倫」であった。すなわち最も重要な「なかま」であった。父子関係は「倫」である、一つの「なかま」である。ところで父と子とが別々にまずあってそれが後に関係を作るというわけではない。この関係の中で初めて父は父としての、子は子としての資格を得るのである。すなわち彼らは「一人のなかま」であることによって父となり子となる。しかし何ゆえに甲の「なかま」がそのなかまの一人一人を父及び子として規定するのに対し、乙の「なかま」はそれを友人として規定するのであろうか。それは「なかま」が|一定の連関の仕方〔付ごま圏点〕にほかならぬからである。従って「倫」は「なかま」を意味するとともにまた人間存在における一定の|行為的連関の仕方〔付ごま圏点〕をも意味する。そこからして倫は人間存在における「きまり」「かた」すなわち「秩序」を意味することになる。それが人間の道と考えられるものである。
 右のごとき行為的連関の|仕方〔付ごま圏点〕は行為的連関と離れてそれ自身にあるのではない。それはあくまでも人間における行為の|仕方〔付ごま圏点〕として、行為的連関に即しでのみ存在する。しかし動的な人間存在が絶えず繰り返して|一定の仕方〔付ごま圏点〕において実現せられて行くとき、人はこの|常に〔付ごま圏点〕現われる仕方をその動的存在の地盤から引き離して把捉することができる。それがノエーマ的な意味に化せられた「倫」あるいは「五倫五常」というごときものである。倫と結合せられている「理」という言葉は、「ことわり」「すじ道」を意味し、主として右のごとき行為の仕方、秩序を強めて言い現わすために付加せられた。だから倫理は人間の共同的存在をそれとしてあらしめるところの秩序、道にほかならぬのである。言いかえれば倫理とは社会存在の理法である。
 しからば倫理はすでに実現せられているのであって当為としての意味を持たないのであろうか。そうでもあり、そ(14)うでもない。朋友有信と言われているように、朋友としての一つの団体が実現せられている限りにおいては、行為的連関の仕方としての「信」はすでにその根柢に有るのである。信なくば朋友は成立しない。しかし団体は静的なる有ではなくして、動的に、行為的連関において存在するものである。前に一定の仕方によって行為せられたということは、後にこの仕方をはずれることを不可能にするものではない。従って共同存在はあらゆる瞬間にその破滅の危険を蔵している。しかも人間存在は、人間存在であるがゆえに、無限に共同存在の実現に向かっている。そこからしてすでに実現せられた行為的連関の仕方が、それにもかかわらずなお当《まさ》に為《な》さるべき仕方としても働くのである。だから倫理は単なる当為でなくしてすでに有るとともに、また単なる有の法則ではなくして無限に実現せらるべきものなのである。
 我々は右のごとくして倫理という言葉の意味から倫理の概念を明らかにすることができる。もちろんこの言葉はシナの古代の思想史を背負っているものであり、そうしてこの思想史はシナ古代の社会形態を宗教社会学的に考察すればするほど興味深い意義を発揮し来たるものである。しかし我々はシナ古代の社会形態に基づいた人倫のイデオロギーをそのまま活かそうとするのではない。ここではただ倫理があくまでも人と人との間柄の問題であるという我々の主張のために、人間関係における道としての倫理の意義を蘇生せしめようと試みるだけなのである。
 が、かく倫理の概念が明らかにせられるとともに、それを明らかにしたのが人と人との間柄、人間存在、行為的連関というごとき概念にほかならなかったということも明白である。倫とは「なかま」である、さらになかまとしての行為的連関の仕方である、かく言われた。しかし一体その「なかま」とは、人間とは、何であろうか。それは自明のことではない。倫理を問うことは畢竟人間の存在の仕方を、従って人間を問うことにほかならぬ。すなわち倫理学は(15)人間の学である。
 そこで我々はこれまで漫然と用いた人間の概念をも明らかにしておかなくてはならぬ。特にそれは近ごろ流行する哲学的アントロポロギーとの区別のためにも必要である。哲学的アントロポロギーは、たとえばシェーラー(Scheler,Die Stellung des Nenschen im Kosmos.S.30)においては生の衝迫と精神との統一としての「人」を把捉しようとしている。それは「人」を心身の統一という視点からのみ見る問題域の中での一つの新見解に過ぎない。彼が古来のアントロポロギーの諸類型としてあげているものも(Philosophische Weltauschauung,“Mensch und Geschichte.”1929)すべてこの問題域に属する。(一)キリスト教的信仰における人の観念。すなわち初めに人格神によって作られ、堕罪によって罪にあずかり、キリストによって救われるところの人である。それは霊と肉の問題を中心とするアントロポロギーの出発点となっている。(二)理性あるものとしての人(homo sapiens)。(イ)人は精神すなわち理性を持っている。(ロ)この精神は世界を世界として形成する。(ハ)精神すなわち理性は感性を待たずしてそれ自身に活動的である。(ニ)歴史的民族的に変わるところがない。(この最後の点のみはヘーゲルによって克服された。)このアントロポロギーがギリシア人の発明に過ぎぬことを見破ったのは、ディルタイとニーツシェである。(三)働くもの、技術者としての人(homo faber)。前者への反立である。人と獣との間に本質的な差別はない。ただ言語や道具を作り、脳髄が特に発達している獣として他の獣類と区別せられる。自然主義実証主義の立場におけるアントロポロギーがこれである。(四)精神を持つがゆえに病衰せる人。これはホモ・サピエンスへの新しい反抗である。(五)超人。人の自己意識を高揚する偉大な人格のアントロポロギーである。以上五つの類型はいずれも人を社会的団体から抽象し、自立せるものとして取り扱う。従って人の問題はいつも精神か肉体か自己かである。だからアントロポロギーが身体論として「人類学」に発展したのに対(16)抗し、それへの区別から|哲学的アントロボロギー〔付ごま圏点〕として唱道せられるとしても、人の本質を個人においてのみ見ようとする根本の態度は変わらないのである。
 この傾向は思うに anthro※[記号あり]pos,homo,man,Mensch などという言葉が個体的な人をしか意味し得ないに基づくと思われる。かかる立場に立てば人と人との間柄、共同存在、社会というごときものは、何らか人から区別せられた言葉によって現わさねばならぬ。しかし人が本来社会的動物であるのならば、間柄とか社会とかというものは人から引き離さるべきでない。人は個体的にあり得るとともにまた社会的であるところのものでなくてはならぬ。そうしてこのような二重性格を最もよく言い現わしているのが「人間」という言葉なのである。だから「人間」の立場に立てば「人の学」(アントロポロギー)と「社会の学」とを何らか別個のものとして立てるということは具体的な人間からその契機を抽象的に取り出して独立させるということにほかならぬ。もし人間をその具体性において考察すべきであるならば、それは一つの人間の学でなくてはならぬ。が、それとともに人間の学は人の学と社会の学とを漫然結合したものではなくして、両者から根本的に異なったものとならねばならぬ。なぜなら、人と社会とを人間の二重性格として把捉し、そこに人間の最も深い本質を見いだすということは、人と社会との一義的な区別を前提とする立場においては全然問題とせられ得ないからである。
 それでは人間という言葉はいかにして右のごとき二重性梅を意味し得るか。日常の用法においては人間は man や Mensch の同義語であり、また人間学はアントロポロギーの訳語ではないか。確かにそうである。人間という言葉はそのような意味をも背負っている。しかしそれだけではない。人間という字面そのものが示しているように、それはまた人の間、すなわち「よのなか」「世間」を意味する言葉でもあった。しかもそれがこの語の本来の意味なのである。(17)日本人が取り入れたシナの文芸においても仏教の経典においても、人間は常に「よのなか」「世間」の意に用いられている。しかも日本人はその永い歴史生活の間にこの語を個体的な人の意味に転用したのである。かかる転用を媒介したものは、輪廻的人間観を描く仏教経典のシナ訳の訳語の用法であった。そこで|畜生界〔付ごま圏点〕を意味するインドの言葉が便宜上|畜生〔付ごま圏点〕と訳され、人間という言葉と絶えず並べて用いられたがために、人間は畜生との区別という視点から人類を意味しさらに人を意味するに至ったのである。しかし重大なのはこの偶然事ではなくして、いかなる媒介によるにもしろ、「よのなか」を意味する人間という言葉が「人」の意味を担い得たという歴史的事実である。人間について立言せられるさまざまの詩句、金言、格言の類は、シナから伝えられて日本人の間に膾炙せられた。それらにおいては人間はいつも「よのなか」を意味している。|しかも「よのなか」について言われることはすべてその中に住むところの人に通用する〔付ごま圏点〕。かかる体験が言葉の転用として表現せられたのである。
 かかる事実を眼中に置きつつ、人間の全体と部分とを言い現わす他の言葉を考察してみるがよい。「なかま」は団体である、しかも|一人の〔付ごま圏点〕なかまと言われる。郎党もまた団体である、しかもそれに属する個人が郎党と呼ばれる。ともだち、兵隊、若衆、連中等すべてそうである。人間の存在において、部分に全体があり、全体において部分があるということを、これらの用法は露骨に示している。だから人の全体性としての「よのなか」を意味する人間という言葉がその世の中における人を意味するに至ったところで、決して特異な例ではないのである。
 我々はかくも意義深い「人間」という言葉を所有する。この語義の上に我々は人間の概念を作ったのである。人間とは「世の中」で|ある〔付ごま圏点〕とともにその世の中における「人」で|ある〔付ごま圏点〕。だからそれは単なる「人」では|ない〔付ごま圏点〕とともにまた単なる「社会」でも|ない〔付ごま圏点〕。ここに人間の二重性格の弁証法的統一が見られる。人間が人で|ある〔付ごま圏点〕限りそれは個別人とし(18)てあくまでも社会と異なる。それは社会|でない〔付ごま圏点〕から個別人|である〔付ごま圏点〕のである。従ってまた個別人は他の個別人と全然共同的でない。自他は絶対に他者である。しかも人間は世の中である限りあくまでも人と人との共同態であり社会であって孤立的な人ではない。それは孤立的な人|でない〔付ごま圏点〕からこそ人間なのである。従って相互に絶対に他者であるところの自他がそれにもかかわらず共同的存在において一つになる。社会と根本的に異なる個別人が、しかも社会の中に消える。人間はかくのごとき対立的なるものの統一である。この弁証法的な構造を見ずしては人間の本質は理解せられない。
 この構造を吉田静致博士が同円異中心の此喩によって示されたことははなはだ興味深いことであるが、しかし同円にして多数の異なった中心を持つことは矛盾の統一としてでなくては可能でない。有限の円にあってはかかることは不可能であるから、博士はこの円の半径を無限とされた。個々の中心は人格の個別性を示し、無限半径の円は人格の無限性を示すというのである。無限性においてはあらゆる差別相は同に帰する。ところでこの同異円満はいわば|個人〔付ごま圏点〕と|無限者〔付ごま圏点〕との関係であって、右にいうごとき個人と社会との関係ではない。社会はいかなる形態のものにしろ有限な人間存在であって、此喩的に言えば|有限半径〔付ごま圏点〕の円である。かかる円においても同円異中心が言い得られなければ、我々の場合にとって適当な此喩とはならない。そこで我々は半径の有限な円が半径の無限な円の限定である場合を想定する。半径の無限が否定せられて有限となった時、無限円の実現としての有限円が成り立つ。無限円における同円具中心の関係は有限円において実現せられている。かかることは幾何学的には不可能であろうが、人間存在はまさにかかる構造を持つのである。そこで無限円に裏打ちされた有限円がちょうど社会を示すことになる。中心点は|点としては〔付ごま圏点〕円の否定であり個々別々でありながら、|中心としては〔付ごま圏点〕同一円の中心である。かかる構造を言い現わしたものとして(19)のみ同円異中心という比喩はその意義を持ち得るのである。
 さて人間の概念は、アントローポスとは異なり、「世の中」にして「人」という二重性格において規定せられた。しかるにその際我々は「世の中」「世間」と言われるものを直ちに共同存在或は社会に置き代えて理解した。それははたして正しかったであろうか。かく問うことによって我々は現代哲学の一つの中心問題すなわち「世の中」の意義の考察に接近する。
 ハイデッガーが人の存在を「世の中に有ること」として規定したとき、彼がその飛び台として用いたものは現象学の|志向性〔付ごま圏点〕の考えである。彼はこの構造を一歩深く存在の中に移し、道具との交渉というごときものとして理解した。だから「世の中」と言われるものの|主体的〔付ごま圏点〕な意義を開示した点においては実に模範的なものである。しかし彼においては、人と人との交渉は人と道具との交渉の陰に隠れている。彼自身それを無視するのでないと力説するにもかかわらず、それが閑却せられていることは明白な事実である。そこで彼の弟子のレェヴィト(K.Lo※[ウムラウトあり]with)がこの陰に隠されたものを表に出し、世の中をば主として人と人との交渉の側から開明しようと試みた(Das Individuum in der Rolle des Mitmenschen,1928)。ハイデッガーの研究は一般的現象学的オントロギーであるが、レェヴィトはそこから離れてアントロポロギーに移るのである。しかしこのアントロポロギーは個別的な「人」を取り扱うのではなくして、自他の間柄を、すなわち人の相互のかかわりを取り扱う。従って人は「ともにある人」であり、世界は「ともにある世界」すなわち世間であり、「世の中に有ること」は「互いにかかわり合うこと」である。そこでこのアントロポロギーは倫理問題の基礎づけとならざるを得ない。なぜなら人が相互にふるまい合う態度を取るのが生の関係であり、そうしてこのふるまい、態度は人の根本態度、|根本的身持ち〔付ごま圏点〕、すなわち Ethos をふくむからである。だから人の相互存在の研(20)究は倫理学になる。かかる見地から世の中を人の間柄として分析するのが彼の仕事であった。
 このレェヴィトの見るところによれば、ドイツ語の Welt には|人間的な意味〔付ごま圏点〕がある。(その意味は我々から見れば日本語の世間に当たるものである。)Ein Mann von Welt(世慣れた人)、weltkundig(世間通)、weltfremd(世間知らず)、weltflu※[ウムラウトあり]chtig(人ぎらい、世間に出るを好まぬ)、weltlich gesinnt(交際好き、世間向き)、weltvera※[ウムラウトあり]chter(世間を白眼視する人)、alle Welt(世間)、その他 Ma※[ウムラウトあり]nnerWelt,Frauenwelt,vornehme Welt,Halbwelt などはそれぞれ一定の社会圏を意味している。つまり Welt は自然界ではなくして人と人とのかかわり合い、すなわち共同存在、社会なのである。In-der-Welt-sein の分析は共同生活の分析とならねばならぬ。
 かく Welt について言われることは「世の中」「世間」についてはいっそう顕著に言われ得るのである。Welt という語が本来「世代」及び「人の集団」を意味したと同じく、「世」もまた「世代」及び「社会」を意味する。すなわち世は時間的に推移するものであるとともに、またそこから遁《のが》れ出るその中を渉り歩くというごとき何らか場所的なものである。しかるにさらに「世間」「世の中」と言われる時には、単に「世」すなわち Welt であるのでなく、間、中というごとき語と結合せられている。すなわち In-der-Welt となっている。しかもこの間、中という語が、in とは異なって、単に空間的な意味のみならずまたハイデッガーにおけるごとき道具との交渉関係のみならず、さらにきわめて明白に|人間関係〔付ごま圏点〕を言い現わすのである。男女の間、夫婦のなか、間を距てる、仲違いする等の用法がそれを示している。ところでこのような人間関係は、空間的な物と物との関係のごとく主観の統一において成り立つところの客観的関係なのではない。それは|主体的に〔付ごま圏点〕相互にかかわり合うところの「交わり」「交通」というごとき、人と人との間の|行為的連関〔付ごま圏点〕で*ある。人は主体的に行為することなしにはいかなる間、仲にも存在し得ぬとともに、また何らかの間、(21)仲においてでなければ行為することもできない。だから間、仲は主体的行為的連関としての生ける動的な間である。世間、世の中という言葉は、このような間、仲と、時間的場所的な世という言葉との結合から成っている。そうして|世間〔付ごま圏点〕に知られる、|世の中〔付ごま圏点〕を騒がせるというごとく、何らか一つの主体的なるものをさす言葉として用いられているのである。ここに世間、世の中が|主体としての社会あるいは共同存在〔付ごま圏点〕を意味していることは明らかであろう。二三の友人が知っているだけでは世間が知っているのではない。一二の人が騒ぐだけでは世間が騒ぐのではない。知る主体、騒ぐ主体としての世間は、人と人との間の行為的連関でありつつしかもこの連関における個別的主体を超えた|共同的な主体〔付ごま圏点〕、すなわち主体的共同存在にほかならぬのである。
 * 行為と言わるるものの本来の意義は、この主体的な、従って対象的たり得ない者の間の相互連関に存する。在来はこの人格的連関を無視して、人と自然との関係においてのみ行為を見ようとした。そこで行為は(1)明らかな目的観念あるいは動機を有し、(2)思慮、選択、決心を経て、(3)それを自覚的に実現せんとする、(4)人の身体運動だと言われた。しかし、それだけならばただ人の活動であって、必ずしも人格的動作あるいは人の「行ない」とはならぬ。たとえば広い河原とか海岸とかで、ある目標を目がけて石を投げる場合など。ところで同じ動作を学校内で窓ガラスを目がけてやれば行為になる。なぜか。ここでは目的観念が他の人格あるいは団体との連関を含んで来る。思慮、選択、決心などが右の連関における己れの態度決定を意味する。すなわち目的観念、思慮、選択、決定などが主体的な相互連関の上で動いている。そこに「行ない」としての意義が生じてくるのである。この事は第二章において詳細に取り扱う。

 このような世間、世の中の概念が Welt の概念に対して持っている優越性は、それが主体的共同存在の時間的・空間的な性格を共に把捉しているという点である。Welt は前に言ったように「世代」及び人がそれにおいてある場所と(22)しての「人の集団」「人の総体」を意味した。しかし時とともにこのような時間的場所的な意味は脱落し去り、ついには客体的自然物の総体としての世界の意味に片寄って行った。しかるに世間、世の中の場合にあっては、絶えず移り変わるものでありつつ何らか主体的にひろがったものとしての意味が強く保存せられている。だから世間の概念においては人間存在の歴史的・風土的・社会的な構造がすでに含まれているのである。言い換えれば、世間、世の中とは、歴史的・風土的・社会的なる人間存在である。
 そこで我々は、「世の中」にして「人」であるところの人間において、右のごとき「世の中」としての性格を|人間の世間性〔付ごま圏点〕あるいは|社会性〔付ごま圏点〕と名づけ、それに対して「人」としての性格を|人間の個人性〔付ごま圏点〕と名づける。人間を単に「人」と見るのは個人性の側面からのみ人間を見るのであって、方法的抽象としては許されるが、それだけでは具体的に人間を把捉するゆえんでない。我々はあくまでも人間を右の両性格の統一として把捉しなければならぬ。
 ところで我々は右のごとき構造を持つ人間をあくまでも|主体的なるもの〔付ごま圏点〕として規定した。それは行為的連関として主体的な共同存在でありつつ、しかもその連関において行為するところの個人なのである。この主体的動的な構造は、人間を一つの「もの」あるいは「実体」と解することを拒む。人間は絶えず動き行く行為的連関なしには人間でない。それは絶えず個人を生産しつつその個人を全体の中に没せしめる。このような人間の|有り方〔付ごま圏点〕、否厳密に言えば有から無へ、無から有への転変、従って人間の|成り方〔付ごま圏点〕、それを我々は「存在」という概念によって現わそうとするのである。従って我々の「存在」の概念は Sein,einai,esse などに当たるものではない。また我々の存在の学は Ontologie に当たるものではない。
 存在という言葉が Sein の同義語として用いられている現代において、何ゆえことさらに異を立てて存在の概念を(23) Sein から引き離そうとするのか。それは存在という言葉の意味があまりにもはなはだしく Sein の意味と異なっているからである。Sein が哲学の中心問題どして背負わされていた特殊の意義はほとんど存在の語には見いだされない。フィヒテ哲学の出発点においては Sein は「措定」である。A ist A の Sein である。ヘーゲルの論理学の出発点たる Sein も直接無限定の「である」であって存在ではない。これらの Sein が意味においては形式論理学の繋辞(copula)と同じであること、しかも繋辞として働く Sein が他面において「がある」をも意味すること、そこに Sein の問題の急所があるのである。逆に言えば、物|がある〔付ごま圏点〕ことを意味する「あり」が他面において繋辞「である」として働いているという事実からして、思惟と有との連関の問題が発生した。すでにアリストテレスにおいて einai は関係自体を表現すると言われている。ホッブスに至っては、est は単に結合のしるしたるにとどまらず、結合の根拠 causa を示すということが力説せられる。すなわち est は essentia を示すのであって existentia を示すのではない。空が青くあると言われるとき、空と青との結合の根拠たる同一のものが est によって現わされるのである。これに対してジェ・エス・ミルは est が existentia をも現わすということを主張する。コプラはなるほどホッブスの言うように主辞へ賓辞を結合するしるしである。それ以上にコプラの est が existentia を現わすとの考えは神秘主義に過ぎぬ。人馬セントールは詩人の想像の産物|である〔付ごま圏点〕と言っても、セントールがあるということは毫も意味せられていない。しかし est はコプラとして働くばかりでない。est は他面において existentia を現わしている。言いかえれば est は「である」でもあれば「がある」でもある。ところでこのような essentia と existentia との問題こそ、アリストテレスに基づくところの中世オントロギーの中心問題なのである。しかしこれら一切の問題において、est を存在という言葉に置きかえたらどうなるであろうか。「存在」がコプラとして働いたり、あるいは essentia を現わしたりすることができるので(24)あろうか。否、決して。それならば Sein を存在と訳するのは、Sein の問題についての盲目を表示すると言われても仕方があるまい。
 それでは存在という言葉は本来何を意味しているのか。
 「存」の本来の意義は|主体的な自己保持〔付ごま圏点〕である。忘失に対する把持、亡失に対する生存である。が、主体の保持する自己は、客観化せられて観念的あるいは物的な志向対象になる。存身、存生、存命、存録などと言わるる場合には、自己を身体、生命、記録等の形において存するのである。ところでかく|存せられるもの〔付ごま圏点〕は、それによって有り続けることができるゆえに、また自ら存することにもなる。主休が|身体を存する〔付ごま圏点〕場合にはまた|身体が存する〔付ごま圏点〕のである。かくして一般に|物が存する〔付ごま圏点〕という用法が生じてくる。しかしこの場合にも存は亡失に対している。自己|を存する〔付ごま圏点〕にしろ物|が存する〔付ごま圏点〕にしろ、「存」はあらゆる瞬間に「亡」に転じ得るもの、すなわち時間的性格を本質的規定とするところの、|存亡の存〔付ごま圏点〕である。
 「在」の本来の意義は|主体がある場所にいる〔付ごま圏点〕ことである。だから在は「去」に対すると言われる。去るのは|自ら去り得るものが〔付ごま圏点〕ある場所から他に移り行くことである。従って自ら去来し得るもののみがある場所にいることができる。在荷、在宅、在郷、在世などの用法は皆これを示している。ところで主体のいる場所は、宿、宅、郷、世などの|社会的な場所〔付ごま圏点〕である。言いかえれば家族、村、町、世間というごとき人間関係である。従って在は主体的に行動する者が何らかの人間関係のなかを去来しつつその関係においてあることにほかならない。もちろん在は物についても言われるが、しかし物は自ら去り得るものではない。かかる物が|ある場所にある〔付ごま圏点〕というのはもとは擬人的な言い現わしであったのである。場所の限定は人間の仕事であり、従って物がある場所にあることは人間がその物を場所的に限定して(25)有つことに過ぎない。
 以上のごとく「存」が主体の自己把持であり、「在」が人間関係においてあることにほかならぬとすれば、「存在」とはまさに|間柄としての主体の自己把持〔付ごま圏点〕、すなわち「|人間」が己れ自身を有つこと〔付ごま圏点〕である。我々はさらに簡単に、存在とは「人間の行為的連関」であると言い得るであろう。従って存在とは厳密な意味においてはただ「人間存在」である。物の存在は人間存在から派生して来る「物の有」を擬人的に言い現わしたに過ぎない。
 我々は右のごとき言葉の意味に即して存在の概念を作ったのである。しからばそれが Sein に当たらないということは当然の話である。が、まさにそのゆえに我々ほ人間の主体的実践的動的な構造を言い現わすに存在の概念をもってすることができるのである。
 以上によって我々は、倫理、人間、世間、存在という四つの根本概念を規定した。倫理とは人間を人間たらしめる行為的連関の仕方である。すなわち人間の存在の仕方である。従って倫理学は人間存在の学として人間の学である。かくのごとき学は、「有」や「当為の意識」などの実践的根源を追究する学であるがゆえに、また「有の学」や「当為意識の学」に対して基礎的地位を要求する。人間存在が根本的に解明せられることによって、そこから客体的な有がいかにして成立し来たるか、あるいはそれぞれの時代にいかに当為の|意識〔付ごま圏点〕が発生し来たるか、などの問題が解かれ得るのである。そこでこのような基礎的地盤の解明が、一切の自然的なる有や観念的なる当為に先立つものとして、あくまでも|主体的実践的なる存在の層〔付ごま圏点〕においてなされねばならぬ。
 このような主体的存在の解明が|いかにしてなされ得るか〔付ごま圏点〕は、次節において考究すべき|方法の問題〔付ごま圏点〕である。もしそれがなされ得るとすれば、そこに人間の存在構造がその固有な|二重性からして〔付ごま圏点〕解かれるであろう。我々は人間の学とし(26)ての倫理学の問題をあらかじめ見透しておくために、人間存在のこの二重構造がいかなる問題を含んでいるかを、ただ輪郭的に指示してみようと思う。
 まず第一は、人間存在の二重構造そのものである。我々は人間の日常的存在のどこを捕えても、そこからして直ちにこの二重構造に入り込んで行くことができる。ところでこの二重構造は、それを詳細に把捉してみると、まさしく否定の運動にほかならぬのである。一方において行為する「個人」の立場は何らかの人間の全体性の否定としてのみ成立する。否定の意味を有しない個人、すなわち本質的に独立自存の個人は仮構物に過ぎない。しかるに他方においては、人間の全体性はいずれも個別性の否定において成立する。個人を否定的に含むのでない全体者もまた仮構物に過ぎない。この|二つの否定〔付ごま圏点〕が人間の二重性を構成する。しかもそれらは|一つの運動〔付ごま圏点〕なのである。個人は全体性の否定であるというまさにその理由によって、本質的には全体性にほかならぬ。そうすればこの否定はまた全体性の自覚である。従って否定において個人となるとき、そこにその個人を否定して全体性を実現する道が開かれる。個人の行為とは全体性の回復の運動である。否定は否定の否定に発展する。それが否定の運動なのである。ところで人間存在が根源的に否定の運動であるということは、人間存在の根源が|否定そのもの〔付ごま圏点〕、すなわち|絶対的否定性〔付ごま圏点〕であることにほかならない。個人も全体もその真相においては「空」であり、そうしてその空が|絶対的全体性〔付ごま圏点〕なのである。この根源からして、すなわち空が空ずるがゆえに、否定の運動として人間存在が展開する。否定の否定は絶対的全体性の自己還帰的な実現運動であり、そうしてそれがまさに人倫なのである。だから|人倫の根本原理〔付ごま圏点〕は、個人(すなわち全体性の否定)を通じてさらにその全体性が実現せられること(すなわち否定の否定)にほかならない。それが畢竟本来的な絶対的全体性の自己実現の運動なのである。かく見れば人倫の根本原理が二つの契機を蔵することは明らかであろう。一(27)は全体に対する|他者〔付ごま圏点〕としての|個人〔付ごま圏点〕の確立である。ここに自覚の第一歩がある。個人の自覚がなければ人倫はない。他は全体の中への個人の棄却である。超個人的意志あるいは全体意志の強要と呼ばれたものも実はこれであった。この棄却のないところにも人倫はない。
 かくのごとく人倫の根本原理が把捉せられるならば、良心、自由、善悪などと呼ばれる倫理学の根本問題が|皆この原理の内に含まれている〔付ごま圏点〕こともまた明らかになる。良心は本来の全体性の呼び声であり、自由は否定の運動の否定性そのものにほかならず、善悪はこの運動の還帰的方向と背反的方向とである。しかし、この原理の範囲内ではこれらの問題はまだ具体的な中味を得ることができない。なぜなら、そこでは人間の|個と全との二重性〔付ごま圏点〕が着目せられたのみであって、|多数の個を含む全体性の構造〔付ごま圏点〕に立ち入っていないからである。全体は個人の否定において成り立つと言われるが、しかしただ一人の個人の否定からは出て来ない。個人は多数であり、その多数の個人が個別性を捨てて一となるところに共同存在としての全体が成り立つのである。しかし、いかなる全体においても個別性が消滅し尽くすということはない。否定された個人はすぐにまた全体を否定して個人となり、そうしてまた新しく否定の運動をくり返す。この|運動においてのみ〔付ごま圏点〕全体は存するのである。そうしてみれば|多数の個人への分裂〔付ごま圏点〕と|その共同〔付ごま圏点〕という動的な構造が全体性を成り立たせていることになる。人間存在はただに個と全との間の否定の運動たるにとどまらず、さらに自他分裂において対立する無数の個人を通じての全体性の回復でなくてはならない。
 第二の問題はこのような人間存在の構造を取り上げる。主体的な人間存在がいかに自他の個人に分裂するか。そもそも主体の分裂とは何であるか。またこの分裂が否定せられて一に帰するとはいかなることであるか。ここに最も根源的な空間性・時間性の問題が現われてくる。主体の分裂、分裂せる主体の合一、この分裂と合一との運動が根源的(28)に空間的・時間的なのであって、あらゆるノエーマ的な空間時間、あるいは自然対象成立の制約としての形式的時間空間などは、すべてこの基底から派生し来たるのである。一言に言えば、空間時間は|人間存在から〔付ごま圏点〕出てくるのであって、逆に人間が時間空間の中にあるのではない。
 このような根源的空間性時間性が明らかにせられる時に、初めて実践的行為的連関はその具体的な構造を示してくる。すなわち|人間の行為〔付ごま圏点〕はここに至ってその充分なる規定を得ることができるのである。そこでこの行為の立場において、|信頼〔付ごま圏点〕及び|真実〔付ごま圏点〕と呼ばれる人間の道が、真によく把捉せられる。なぜなら人間の行為において人間存在の真理が|起こり〔付ごま圏点〕あるいは|起こらなぃ〔付ごま圏点〕のであり、そうしてそれがまさに信頼や真実のあり場所なのだからである。そこでこのような背景の下に、|善悪〔付ごま圏点〕と|良心、自由〔付ごま圏点〕と|正義〔付ごま圏点〕というごとき問題が、さらに具体的に解明し得られることになる。空間的時間的に|起こる〔付ごま圏点〕ところの人間存在の理法が、そのそれぞれの契機をかかる問題として示しているのである。
 ところでこのような理法において行為的に連関する人間存在は、まさにさまざまの人倫的組織にほかならない。人間の道が行為せられて、しかも人倫的組織のないところは、全然存しない。しかし、人倫的組織は決して単一なものではない。そこで我々はその種々の形態と、その特殊な理法とに眼を向けねばならぬ。
 第三の問題は、かかる人倫的組織における連帯性の構造である。我々はそれをまず|存在の共同〔付ごま圏点〕という点から捕える。それは二人結合というごとき単純な存在共同から、国民的結合というごとき複推な存在共同に至るまで、|層階的に〔付ごま圏点〕たどることができる。これらの各階はそれぞれ異なった連帯性の構造を持ち、そうしてこれらの構造はそれぞれ人間存在の理法の特殊形態を示している。信頼や真実自由や正義は、それぞれ特殊な形と名とをもってここに現われる。人人が一定の persona としての資格を得、|責任〔付ごま圏点〕や|義務〔付ごま圏点〕を具体的に荷なうに至るのは、まさにこの連帯性においてである。(29)ところでこのような連帯性の諸形態が層階的に重なっているということは、またそれぞれの存在共同がヨリ公共的なる共同に対して常に|私的性格〔付ごま圏点〕を帯びるということを意味する。有限な共同存在は、それが有限であるゆえをもって、この「私」を脱することができぬ。存在の共同が緊密であればあるほど「私」もまた濃厚である。かく「私」は一面において人倫的合一を媒介するものであるが、しかしそれによって「私」たることをやめはしない。それは他面において人間の真実を起こらざらしめる。人間存在が|連帯性の欠如態〔付ごま圏点〕において現われるのはそのゆえである。ここに|利益社会〔付ごま圏点〕あるいは利己的結合社会と言われるものが成立する。それは共同的組織を存在の共同から学びつつしかも存在を共同にせざるものである。そこには信頼、誠実、奉仕、責任、義務などが形式的に用いられつつ、しかも実質を持たない。すなわちそれは、|人倫的組織ならざる人倫的組織〔付ごま圏点〕である。だからそれは|人倫の喪失態〔付ごま圏点〕とも呼ばれる。しかし、この欠如態はかえって強く連帯性を自覚せしめるものである。存在の共同という視点においては人間存在の空間的・時間的構造のゆえに、共同性の濃淡のムラを生ぜざるを得なかった。今やその実質の捨象によって連帯性の形式が自覚せられるとともに、共同性は濃淡のムラなき一様に緊密な組織になる。法的人倫組織としての国家がそれである。そこにおいてはそれぞれの連帯性の構造が|法律的〔付ごま圏点〕に表現せられ、責任や義務が強制的に課せられる。全体性の権威はここでは国家として働き、人倫の破壊は権力によって防衛せられる。しかし、具体的な国家は|その実賃として〔付ごま圏点〕存在の共同や利益社会を含むのであって、単に法律的形成体に過ぎぬものではない。法律的に表現せられた連帯性はその裏に存在共同としての連帯性を控えていなければ、人間の道の表現とはならない。
 ところで以上のごとき連帯的構造を持った人間存在は、もともと空間的・時間的なものである。それはある場所においてある時に人倫的魁織を形成する。国土や時代を持たない人倫的組織は抽象に過ぎない。テニエスの言ったごと(30)く、家族的結合は「家」において、隣人的結合は「村」において、友愛的結合は「町」において行なわれる。そうしてその家や村や町は歴史的伝統を負い、また日々に新しく歴史を作り行くものである。というよりも、家族的・隣人的・友愛的等の結合そのものがこの歴史の内容である。してみれば、人間存在の空間的・時間的構造は、人倫的組織として実現せられる時、すでに人間存在の風土的・歴史的構造でなくてはならぬのである。
 第四の問題は右のごとき風土的・歴史的構造である。ここで人間存在は充分な意味において具体的存在になる。一般的なる人間存在というごときものは現実には存しない。在来ヨーロッパ人によって普遍人間的と言われていたものは、きわめて顕著にヨーロッパ人的であった。そうしてそれでよいのである。世界史の意義は人間の道が風土的・歴史的なるさまざまの類型において実現せられるところに存する。普遍が特殊においてのみ普遍であり得るごとく人間存在もまたその特殊的存在を通じてのみ普遍的人間存在たり得る。かくしてそれぞれの歴史的国民が、その特殊性において全体性の形成を努めるところにのみ、真実の意味における inter-national の間柄もまた可能になる。national であることを飛び超えて inter-national たらむとするがごときは抽象的妄想以外の何物でもない。
 この最後の課題は我々を国民道徳論に連れて行く。この間題は|原理的研究〔付ごま圏点〕と|歴史的研究〔付ごま圏点〕との二面を持っている。前者は倫理学の体系の一部門としての国民道徳論であり、後者はある国民の道徳史、従って特に日本道徳史の研究である。この両者は混同せられてはならぬ。しかし原理的研究といえども、歴史の問題と全然切り離されることはできない。前に説いたごとくここでは人間の風土的・歴史的存在が問題なのである。人間の全体性が何らか特殊なる類型においてのみ形成せられるところに「国民」の意義がある。従って「国民」は風土的歴史的なる形成物として、その根源から開明せられねばならぬ。「国民」についての考察が常に対外的なる戦争との連関において行なわれるというこ(31)と自身がすでに風土的歴史的なる制約に基づくのである。カトリックの統一的世界の地盤から分裂的な過程によって生成した国民的共同体と、かつて国民的統一以上の統一に達しなかった国民的共同体とは、同じく国民と呼ばれるにしても、その風土的歴史的構造を異にしている。これらのさまざまな形態において国民とは何であるかを究明すること、従って国民的全体性の実現が自他分裂を通じて本来性に帰来するところの人倫の運動においていかなる地位を占むるかを開明すること、それがここでの課題なのである。あらゆる人倫的諸形態の於いてある場所が国民的全体性であることを考えれば、この問題の重要性はおのずから明らかとなるであろう。
 我々は以上のごとき諸問題を人間存在の根本構造から解くことが人間の学としての倫理学の仕事であると考える。

       第二節 人間の学としての倫理学の方法

 我々は人間の学としての倫理学の意義を明らかにすることによって、それがおよそいかなる問題を解くぺきであるかを考察した。しかしその際に主体的実践的なる人間存在というごときものが|いかにして〔付ごま圏点〕解明され得るかは後の問題として残しておいた。今や我々はその問題を取り上げねばならない。
 方法の問題において我々がまず顧慮しておかなくてはならないことは、総じて学問すなわち「問うこと」がすでに|人間の存在〔付ごま圏点〕に属することである。元来「学」とは「まねぶこと」「模倣すること」を意味した。すなわちすでに為し得る|他の人についてその仕方を習得する〔付ごま圏点〕ことである。それは第一に作用、行為であってノエーマ的な知識ではない。第二にそれは他の人との間に行なわれるのであって孤立人の観照ではない。学が特に知識に関する場合でも、すでにできあがった知識を単に受け取って覚え込むのは学ぶことではない。学ぶのは|考え方〔付ごま圏点〕を習得して自ら考え得るに至るこ(32)とである。だからこの際ノエーマ的契機を抜き去ってノエーシス的契機にのみ即するならば、学とは|人と人との間の面授面受の関係〔付ごま圏点〕であるとも言い得られる。同様にまた「問う」とは訪《とぶらい》いたずねることである。¥人を〔付ごま圏点〕訪《たず》ねる、|人を〔付ごま圏点〕訪《と》う、というごとき行為的連関において、|その人に安香を〔付ごま圏点〕問うというごときことが行なわれる。安否を問うのはその人の存在の有りさまを問うのであり、従って|その人を〔付ごま圏点〕問うことにほかならぬ。このような|間柄の表現〔付ごま圏点〕が問いの根源的な意味である。間柄においては相互の気分が共同の関心事であり、従って相互の間柄そのものが両者の間に置かれるのである。さらに共同の関心は間柄において見いださるるさまざまの道具に向かう。従って道具について|何事かが〔付ごま圏点〕問われる。その「こと」は問う者と問われる者との間にある。従って問いは間柄において共同に存在する。ことの意味を問うに至っても依然として同じである。かく見れば学問も問いも「人間」の行動であって孤立人の観照ではない。学問とは探求的な間柄である。探求せられる「こと」は人間の間柄に公共的に存する。すなわち問いは根本的に「人間の問い」なのである。
 この主張は「我れ思う」から出発する近代哲学の確信と合致しない。しかし前節の初めに言ったように、この確信は実は個人主義的抽象の立場を表明するに過ぎぬ。そこでは人は孤立的自我として自然に対立する。そうしてこのよラな人と自然との関係が問いの場面として取り上げられる。それも一応はもっともである。人は人間関係を離れてただ孤《ひと》り書斎において自然対象を問題とすることができる。しかし彼は、これもまた畢竟人間の問いであるという事態からいかにして脱し得るであろうか。彼がその間題を他の探求者とともに論ずる時には、彼はすでにその間いを共同の問いとして人間に置いているのである。いかに極端な孤立的自我の主張といえども、それが友人に向かって、あるいは教場において、共通の言語によって主張せちれる限りはすでに人々の問に置かれた人間の問いである。哲学史上(33)の自我の問題のごときは、場所と時代との制約を超えた人間共同の問題であって、決して孤立的な我れのみの問題ではあり得ない。たとい人が己れの問いを心に秘めて絶対に他と語り合わない場合でも、その問いがすでに言葉や記号によって形成せられている限りにおいては、本質的にはすでに共同の問いである。そうして人は言葉や記号によらずしては考えることができず、従って問いを持つこともできない。これは|人の意識〔付ごま圏点〕が元来|人間の意識〔付ごま圏点〕だということに過ぎぬ。(このことは意識が本来社会的意識であるという意味ではない。なるほど意識は社会的に生起するものであって純粋に個人的な意識などというものはあり得ない。が、その社会的意識は同時にまた個人的意識でもあるのである。この二重性に着臼するがゆえに我々はあえて|人間の意識〔付ごま圏点〕と呼ぶのである。)だから人は|ただ孤りで〔付ごま圏点〕考えることはできるが、しかしそれは|共同の問題〔付ごま圏点〕をびとりで考えているのである。己れの問題を「心に秘める」という現象がすでにその事を語っている。他と共通でない、己れのみのものであるならば、秘める必要は毫もない。人は猫の前では安んじて己れの秘密を語り得るであろう。
 以上のごとく問いはすべて「人間の問い」である。すなわち|個人の問い〔付ごま圏点〕であると同時に|共同の問い〔付ごま圏点〕である。問いのこの二重性格は、問いが人間存在に属するということによって容易に理解せられる。ところで問いがすべて人間の問いであるということは、まず第一に個人的主観対客観という図式を学問的認識の出発点として認めないことである。客観は個人意識において見いだされるのではなく、|人間の意識〔付ごま圏点〕において見いだされる。従って客観に対立する主観そのものが二重構造を持ち、内に連関を含んでいる。そこで第二に問いの地盤が実践的行為的連関であるということになる。主観は単に鏡のように対象を観照するだけの静的なものでなく、自他の連関を含むものである。そうして自他の連関は観照に先立って主体的実践的に行なわれる。だから問いの分析から出発して個人存在に到達するのは間違っ(34)ている。問いが導いて行くのは問い問われる人間関係である。実践的行為的な連関である。従ってまた倫理である。
 ところで我々の問いは「倫理とは何であるか」という問いでありそうしてそれは人間存在の根本的構造を問うことにほかならなかった。しからば我々はこの問いにおいて|問いというものの本来の地盤に還る〔付ごま圏点〕のである。問いは人間存在に属する。その人間存在がここで根本的にあらわにせられねばならぬ。問いはここでは己れ自身の根源に帰る。そこで倫理学の方法を決定する第一の特徴は、問うことと問われているものとが一つであるという点に帰着する。
 このことは直ちに第二の重要な特徴と連絡する。ここに問われているものは人間であり、また人間存在である。それはあくまでも実践的行為的主体であり、また主体的な連関である。しからばこの間いにおいては実践的主体としての人間があくまでも|主体的に把捉〔付ごま圏点〕せられねばならぬ。すなわち|問われている者の主体性〔付ごま圏点〕が、倫理学の方法を決定する第二の点である。ところでこのことは二つの面から考察せられねばならぬ。一は問われている者の「主体性」の問題であり、他はこの主体が「人間」であることである。
 倫理学において問われている者が主体であることを特に明白に力説したのはカントであった。彼においては主観と客観とが対立する「認識」の問題は|理論的〔付ごま圏点〕な理性使用に属する。それは観照的に客体及びその関係を前に置いてながめる立場である。従って観照の主体はこの観照の視野に入り得ない。しかるに倫理学の問題は|実践的〔付ごま圏点〕な理性使用に属する。ここでは実践する主体のみが取り扱われ、しかもこの主体があくまでも主体として規定せられる。それは理論的な認識の視野に入り得なかったもの、すなわち可想体である。しかし可想体は単なる思惟の|対象〔付ごま圏点〕というごときものではなくして実践の主体である。カントがその倫理学の中心問題とした「人の全体的規定」は、人をば経験的及び可想的なる(従って客体的及び主体的なる)二重性格の統一として把捉することであった。かくして倫理学は|実践的なる(35)主体の学〔付ごま圏点〕として理論的なる客体の学から峻別せられる。これはカントの没すべからざる功績である。
 ところでこの主体が「人間」であることをカントは果たして把捉していたであろうか。カントが意識的に立っていた立場はデカルトのコギトの立場でありまた十八世紀の個人主義の立場である。だから主体はいつも自我であった。にもかかわらず、その自我が経験的可想的なる二重性格において規定せられるに当たり、おのずから超個人的なる全体性が首を出さざるを得なかった。彼が Menschheit あるいは Perso※[ウムラウトあり]nlichkeit と呼ぶものは、あらゆる個別人を人たらしめる|ただ一つの〔付ごま圏点〕性格である。この性格においては人は|本体人〔付ごま圏点〕であって|差別を含むことができない〔付ごま圏点〕。しかもこの無差別者は経験的性格における差別人の本質をなしている。その限り本体人は個としても現われる。従って経験的・可想的なる二重性格の裏には、差別的・無差別的、個別的・全体的な人間の構造が、すでにひそかに捕えられていたのである。デュルケムのように、カントにおける超個人的なるものは実は人間の共同態であったと主張するのも決して行き過ぎではないであろう。
 カントが自ら覚ることなしに捕えていたこの主体の構造こそ、倫理学にとっては特に重大な中心問題である。倫理学は主体の学であるのみならず、さらに|実践的行為的連関としての主体〔付ごま圏点〕の学である。このことが自覚せられるとともにカントの倫理学の方法は不充分とならざるを得ない。カントは|個人〔付ごま圏点〕における|直接意識の事実〔付ごま圏点〕から出発してそこに|実践的〔付ごま圏点〕にあらわになっている主体の自己規定を求めた。しかし実践的行為的連関は個人の義務意識というごときものよりもさらに根源的に主体間の相互了解を含んでいる。義務意識の生ずるのはかかる主体的連関の地盤においてである。しかもそれは一定の間柄すなわち人倫関係が形成せられていることに基づきこの間柄における行為の仕方の自覚として生じて来るのである。だから個人の当為意識から出発するということはその地盤たる人間関係を閑却して倫理学を(36)主観的意識の学に堕せしめるという危険を伴なっている。
 この危険は現象学においても同様に認められる。志向性は個人意識の構造であって人と人との間柄を律することはできない。従って志向性の立場において倫理学を諭ずる者は価値意識の構造を分析するにとどまる。シェーラーのごとくさらに一歩を進めて|志向作用の中心〔付ごま圏点〕たる人格に目を向けるとしても、かかる人格と人格との連関や個別人格と全体人格との関係のごときは、志向性によっては明らかにされ得ない。彼は|志向作用の共同〔付ごま圏点〕を説く点において種々の洞察を示してはいるが、人と人との間柄が志向作用以上のものであることを洞察してはいない。志向作用は決して志向せられないものであるが、間柄においては志向的な働きはすでに|志向せられる〔付ごま圏点〕ことによって規定せられている。たとえば見るという志向作用は見られる物から逆に見られるということはない。しかし間柄において見るのは相手から逆に見られるということに規定されて見るのである。互いに相手に規定せられつつ働き合うのである。相見る、見つめる、にらみつける、ちらっと見る、おどおど見る、見ないふりして見る、見とれる、等々の「見方」は、すべて見る作用がすでに相手の見る作用によって限定せられていることを示している。それは単に一方的な作用でなくして相互の作用の連関であり、また単に一種の作用なのではなくして人格の行為なのである。我々は具体的には|見るという行為〔付ごま圏点〕をするのであって、単なる志向作用をするのではない。志向作用といわるるものは行為から間柄的な契機を排除し、個人的意識の作用として抽象化したものに過ぎない。
 かく考えれば個人的意識の分析から倫理学を取り扱うすべての立場は、倫理学が実践的行為的連関としての主体の学であるということに適しない。行為は個人的意識の種々の作用から組み立てられるものではなく、自と他とに別るる主体が自他不二において間柄を形成するという運動そのものなのである。従って行為には自他の間の実践的連関、(37)実践的了解が初めより含まれている。このような自他連関的な行為は個人的意識からではなくして実践的行為的連関そのものから理解せられねばならぬ。我々の倫理学の方法はこの要求を充たすものでなくてはならないのである。
 しかしながら倫理学は「学」である、「理論」である。倫理とは「何であるか」と問うことにおいて、この間われている者を「何々である」として明らかにしなくてはならないのである。それがこの間いにおいて「問われていること」なのである。実践的行為的連関そのものはただ|行為すること〔付ごま圏点〕においてのみあらわにせられる。それは実践的な実現であって理論的な把捉ではない。倫理学は学として右のごとき実践を一定の「であること」に翻訳しなければならぬ。言いかえれば主体をあくまでも主体的に取り扱いながらしかもそれを一定の意味に転換しなければならぬ。これが倫理学の方法を規定する第三の点である。
 しかし主体的な連関がノエーマ的な意味の連関としての「であること」に転換せられるというごときことはいかにして可能であるか。倫理学は学としてかかることを為し得るのであろうか。我々はしかりと答えることができぬ。理論はあくまでも意味的対象を取り扱うのであって、主体を主体として直接に把捉するというごときことをなし得るのではない。従って倫理学が実践的連関を「であること」に翻訳し得るためにはすでに先立って一定の準備がなされていなくてはならない。それは実践的行為的な連関そのものの内部においてすでに|実践的に「わけ」がわかっている〔付ごま圏点〕ということである。このような実践的了解を媒介としてのみ倫理学は主体的なるものを意味に化し得るのである。
 我々は間柄を志向作用から区別するに当たって、見るというごとき|行為〔付ごま圏点〕が決して一方的なものでなく相互の連関に規定せられていることを言った。しからば盗み見るというような見方はすでに相手の一定の態度についての了解を含んでいるのである。しかしこの際に、相手の態度はしかじかであるという意識が明白に成立しているとは限らない。(38)我々は意識する前にすでに動いている。しかもその動きは決して盲目的ではなく、一定の間柄を形成するように動いているのである。かかる意味において我々は実践的行為的な連関がすでに実践的了解を含むということを主張する。そうしてこのことは間柄そのものがすでに実践的な「わけ」であるということにほかならない。間柄とは自と他とに分かれつつしかもかく分かれたものが合一することである。分かれ得るためにはそれはもと一者であったのであり、合一し得るためにはそれは絶対に分裂していなくてはならぬ。従って実践的行為的連関としての間柄は、統一・分離・結合の連関であるということができる。これが実践的な「わけ」である。そうしてそれが実践的に|分かっている〔付ごま圏点〕限りにおいて間柄が存立する。このような間柄が意識や言語の発生する地盤なのである。人はあるいはこのような実践的了解を「本能」というごとき漠然とした概念の中に包み込もうとするかも知れない。しかし「動物は何物とも間柄を結ばない」というマルクスの言葉はまことに正しい。動物の本能は我々のいう実践的な了解ではない。後者は意識や言語として表現せられ、またその表現において発展するところの了解なのである。だから間柄は、表現によって初めて成立するのでないにかかわらず、しかもそれ自身の内に無限の表現を含んでいる。身ぶり、表情、動作などより、言語、風習、生活様式などに至るまで、すべて間柄の表現でありつつまた間柄を構成する契機となっているのである。
 そこで次のように言うことができる。実践的行為的な連関は、実践的な「わけ」として、|すでに実践の範囲内において〔付ごま圏点〕、さまざまの形に表現せられている。特にそれは言語によって最も精細に「言い現わされ」ている。しかもそれは初次的には|行為的連関の契機〔付ごま圏点〕としてであって、理論的陳述としてではない。だから主体的な連関が言語におけるノエーマ的な表現に到達するのはすでに実践の領域内でのことであって、理論的立場を待つには及ばないのである。
(39) 理論の立場にとってはすでにこのような言語的表現が与えられている。すなわち主体的なるものはすでに己れを客観化している。だからこそ我々は|理論的反省〔付ごま圏点〕において主体的なるものを主体的に把捉し得るのである。反省とは我々自身が直接に我々自身に向かうことではない。我々自身があくまでも主体であって対象でない限り、かかることは不可能である。主体が己れを客観化して他者となるがゆえに、その他者に突き当たることによって己れに還るのが反省である。このような反省において我々は、実践的に産み出された言語的表現を介して、主体的連関を「であること」としての意味に転換し得るのである。
 この転換は言語的表現がすでに実践的行為的連関としての人間存在の表現であるということによって必然にひき起こされて来る。言語的表現とは「言い現わし」すなわち|陳述〔付ごま圏点〕である。それは人間存在を言葉において|のべひろげて〔付ごま圏点〕言い現わす。すなわち現わすべきことをさまざまの|こと〔付ごま圏点〕(言)に|分け〔付ごま圏点〕、その分けられたことを|結合〔付ごま圏点〕する。「SはPである」という言い現わしがそれである。この陳述の形式は通例独立に存するSとPとを「である」によって結合するのだと考えられている。しかしSとPとが元来独立のものであるならばそこに「である」を置いても両者が結びつくというはずはない。結びつくのは両者が本来一つであったからである。従ってSとPとが結びつけられる前にSとPとへの分裂がなくてはならぬ。ここに「分かる」という言葉の根源的な意味がある。言い現わさるべき一つのことがいくつかのことに|分けられた〔付ごま圏点〕時に、そのことが「分かった」、すなわち理解せられたと言われるのである。だから陳述においては結合よりも分離が重大だと見られねばならぬ。分離は|本来の統一〔付ごま圏点〕の|否定〔付ごま圏点〕であるとともにその自覚である。「分かる」ことにおいて統一が自覚せられるのである。だから分かるとともにその分けられたものが「である」によって結合せられる。「である」は|分離において自覚せられた統一の表示〔付ごま圏点〕にほかならない。しからば陳述とは、|統一・分離・結(40)合の連関〔付ごま圏点〕において人間存在の自覚を現わしたものである。ところで人間存在そのものは、統一・分離・結合の連関において本来の統一を実現する運動なのである。従って|陳述の構造〔付ごま圏点〕は|人間存在の構造〔付ごま圏点〕をそのまま言語において表現したものと言ってよい。このことは陳述が人間存在の表現であるというちょうどそのことなのである。
 ここに至って我々は主体的な連関が意味連関としての「であること」に転換せられ得るゆえんを充分に理解し得ると思う。人間存在はあくまでも主体的であるが、しかもそれは「である」において顕示せられる。人間存在の理論はこの顕示を捕えてそれを概念に仕上げようとする。その取り扱うのが意味の連関であるにかかわらずしかも主体的連関を主体的に把捉すると言われるゆえんである。他の学においては意味の連関が主体的な連関の顕示であることを忘れてよい。従って意味の根源、実践的了解というごときものにさかのぼるを要しない。しかし倫理学は主体的な人間存在の学として|この根源的連絡を離れることができぬ〔付ごま圏点〕。いかなる「意味」も実践的了解から出たものとしての出生状を検せられねばならぬ。ここにいわゆる|現実学〔付ごま圏点〕対|ロゴス学〔付ごま圏点〕の問題の解かるる契機が存する。倫理学は単にノエーマ的対象の客観的意味内容をのみ扱う学ではなくして|人間的現実〔付ごま圏点〕を扱う学である。しかし学である限りそれは理論であって実践的現実そのものではない。すなわち|人間的現実をロゴスに化する〔付ごま圏点〕ことにおいてのみそれは学たり得る。ただこの際には学の対象たるロゴス的なるものがあくまでも|対象的ならぬ主体的現実の表示〔付ごま圏点〕であることを忘れてはならぬのである。
 以上のごとき倫理学の学的性格は、必然に我々を人間存在の表現の問題に導いて行く。主体的現実としての人間存在と、その学的把捉との間を媒介するものは、すでに実践の領域内において行なわれる存在の表現である。表現は間柄の表現であるがゆえにすでにその了解を含んでいる。このような表現と了解とを通路としてのみ倫理学は主体的現(41)実を把捉し得る。これが倫理学の方法を決定する第四の重要な点である。
 倫理学が主体的なる|人間〔付ごま圏点〕存在をあくまでも主体的に把捉しようとするのでなかったならば、このような通路の必要はないのである。たとえば経験的対象としての風習、道徳、社会制度というごときものが倫理学の対象であるならば、我々は通路を待つまでもなく、材料を集め、此較し、整理し、それらを一定の関係において統一することができる。またかかる経験的立場を斥けて倫理学を|主体の学〔付ごま圏点〕として遂行しようとする場合でも、もしその主体が「人間」ではなくして単に「自我」に過ぎないならば、そこでもまた res cogitans としての自我から、従って自我の意識からのみ出発することができる。表現を通路として求める必要はない。もっともカントが出発点として選んだような日常的常識的な義務意識というごときものは、すでに一つの表現であると見ることもできるであろう。なぜなら倫理の根源たる本体我は、考察の対象たり得る意識のごときものでないにかかわらず、しかもそれが常識的な義務意識に現われているからである。しかしカント自身はそれを表現とは解しなかった。だからカントは実践哲学において通路を問題とはしておらないのである。
 その同じカントは、理論哲学においては、数学自然科学等の|学の事実〔付ごま圏点〕を媒介として認識の|根源〔付ごま圏点〕を探ろうとした。この方法に批判哲学の中心的な意義を認めた新カント派は、それを実践哲学にも押しひろげ、|法律学、社会科学等の学的事実〔付ごま圏点〕を媒介として倫理学の根源にさかのぼろうとする。ここには通路の問題が明らかに取り上げられているように見える。しかしこの通路は実は学の事実からして学の|基礎概念〔付ごま圏点〕に到達するがためのものであった。従ってコーヘンにおいては|人の概念〔付ごま圏点〕が、ゲールラントにおいては|共同態の概念〔付ごま圏点〕が、根源として把捉せられる。かかる概念が有を産出するのであって、概念に先立つ人間存在などはここでは問題にならない。この点においては、実践の法則はあくまでも(42)実践自身から見いださるべきであるとしたナートルプの見解が正しい。
 そうなると実践哲学の出発点を|常識の事実〔付ごま圏点〕に求めたカントの態度にはすこぶる尊重すべきものがあるということになる。ただそれが常識的な個人意識ではなくして学の事実と同じく|客観的な意味を持った常識の事実〔付ごま圏点〕であればよかったのである。理論の領域においては常識はいつも誤謬を犯しているであろう。しかし実践の領域においては常識はまさに人間存在の表現と理解とを含んだものである。知人が出逢えば天候の挨拶をする。それは|人間の〔付ごま圏点〕常識である。彼らは|何ゆえに天候を云為するか〔付ごま圏点〕を反省しはしない。しかし天候を云為した時に彼らは天候についての認識にかかわっているのではなくして相互の間柄がそこに表現せられたのであることを、すなわちそれが挨拶であることを理解している。そうでなければその人は非常識である。ところでこのような常識的事実としての天候の挨拶が|人間存在の表現として捕えられるとき、そこに主体的な存在への通路が開かれる。|何ゆえに人々は天候の挨拶をするか〔付ごま圏点〕、――天候とは主体的な存在の様態、すなわち「機嫌」にほかならぬからである。しかもそれがシェーラーのいうごとき共同性なき感覚なのではなくして、通例は、|共同的な〔付ごま圏点〕存在の様態なのだからである。そこで人間存在の風土的性格がたぐり出されることになる。要は人間の日常的常識的な事実が「表現」として捕えられるという点に存する。
 かかる見地に立って見れば人間の日常経験と言われるものほど豊富な鉱坑はない。町を歩けば多種多様な商品が見せ棚に並んでいる。常識はその種別、用法、買い方などをすでに|心得て〔付ごま圏点〕いるのである。しかもこれらの商品のただ一つといえども、何らか人間存在を表現せぬものはない。ただ常識の立場においてはこれらの表現を介して存在の構造へさかのぼってみようとせぬだけである。それをしさえすれば、ただ一つの商品からでも人間存在の利益社会的構造がたぐり出せる。しかも町を歩いて我々の接するのはただ商品のみではない。そこには電車・自動車のごとき交通機(43)関があり、郵便箱・自働電話のごとき通信機関があり、またラジオ、ポスター、新聞等々の報道あるいは宣伝機関がある。これらは特に強く人間存在を表現せるものである。さらに我々はそこにおいて知人、友人、親戚等々に逢うこともある。そこで前に言ったような挨拶や、あるいはさらに進んでさまざまの話が行なわれる。これらが人間存在の表現であることは言うまでもないであろう。
 つまり我々が|日常生活〔付ごま圏点〕と呼んでいるもの、それがことごとく「表現」として人間存在への通路を提供するのである。だから我々は最も素朴な、最も常識的な意味における「事実」から出発することができる。我々が前に倫理学の課題として列挙したところは著しく形而上学的な色彩を帯びるように感ぜられるかも知れぬが、しかしそこへ入り込んで行く通路は最も家常茶飯的な事実なのである。かかる意味において我々の倫理学は密接に|事実に即する〔付ごま圏点〕。ここには方法的懐疑などを容れる余地はない。我々が偽りを真と間違えていようと、あるいはまっしぐらに真理を追いかけていようと、とにかく我々が道を歩き電車に乗ってしかじかの所へ行きしかじかの仕事をしているという|日常の事実〔付ごま圏点〕は、何人も疑うことができぬ。その事実の|真相〔付ごま圏点〕が何であるかは探求の後にわかることである。学問的に確実なことを最初に措定して出発しようとするのは事実に即するゆえんでない。
 以上によって我々は倫理学の方法を四つの点から規定した。倫理学は人間の問いとして問う人間自身に帰る。従ってそれは主体的人間を主体的に把捉しなくてはならぬ。しかも学の対象は意味的連関である。従って主体的把捉は、主体的人間を意味的連関に転換する溶炉、すなわち「人間存在の表現」を媒介とせねばならぬ。この四つの点から当然に帰結せられる方法は、表現を通じて主体的なるものを理解し出だすところの|解釈学的方法〔付ごま圏点〕である。
 解釈学を持ち出すとき、人はしばしば「解釈」という概念についての奇妙な連想をそれに結びつける。「哲学者たち(14)は世界をただ種々に|解釈〔付ごま圏点〕して来ただけだ。世界を|変化〔付ごま圏点〕することが問題であろうに」という命題が一時人口に膾炙したからである。しかるに、ここに interpretieren と言われていることは、思弁哲学の立場において現実の人間や世界を観念、表象、概念などから説明することであって、表現を媒介とする主体的なるものの理解ではないのである。従ってここに斥けられているのは、観念、思想、概念が人間の現実の生活を生産し、規定し、支配するという立場であって、逆に人間存在が表現を通じて概念にもたらされるという立場ではない。かかる解釈学的な方法はそのころの哲学者の全然気づかないところであった。すなわち哲学者たちは人間存在の主体的把捉がその独特の方法を要求することを充分目覚してはいなかった。むしろマルクス自身が、「|商品」を媒介として〔付ごま圏点〕資本主義的社会の存在構造を把捉するというごとき、本質においては解釈学的な方法を無自覚的ながらも実現し始めたのである。イデオロギー論というごときものも、その根柢においては意識や観念を人間存在の表現と見る立場にほかならない。「解釈」の立場を斥けたと思われているその立場が実はすでに著しく解釈学的なのである。
 解釈学的方法の主要点は、直接に学的対象とすることのできない主体的なるものを、表現の媒介によって学的対象に化するということである。そこでそれは|思惟にょって〔付ごま圏点〕直接に概念を取り扱うのではなく、まず表現の理解を先立たしめねばならない。ここに|思惟〔付ごま圏点〕に対立する|理解〔付ごま圏点〕の問題が現われてくる。理解とは果たして何であるか。それは思惟のごとき客観性を要求し得るものであろうか。思惟の王国である哲学の中へいかなる権利をもってそれははいり込むことができたのであるか。
 確かに「理解」は哲学の国においては新しい市民である。それはもと文学の国の支配者であった。詩を味わうことは学ではないが、しかしかく味わわれた詩の美しさの特性や様式や意義を認識することは学である。ところでこのよ(45)うな認識は|思惟〔付ごま圏点〕にょっては達せられない。それはただ|理解〔付ごま圏点〕せられるのである。だからベェクは哲学的認識すなわち思惟に対立するものとして|文学的認識〔付ごま圏点〕を理解と名づけ、思惟の理論すなわち論理学に対立するものとして|理解の理論〔付ごま圏点〕すなわち|解釈学〔付ごま圏点〕を作ろうとした。それは彼にあっては文学の基礎理論であると同時にまた|歴史的認識〔付ごま圏点〕の基礎理論でもあった。ところで前世紀の後半に、カントの復興、方法論の隆盛に伴ない、ちょうどカントにおいて欠けていたもの、すなわち|歴史的認識の方法論〔付ごま圏点〕が人々の注意を喚起するに従って、右のごとき|理解の理論〔付ごま圏点〕が哲学の中へ呼び込まれることになったのである。そこで解釈学的方法は精神科学・歴史科学の基礎理論として唱道せられるに至った。その先達はディルタイである。
 この経路は解釈学的方法がいかなる権利をもって思惟の王国に入り込んで来たかを示している。思惟は歴史的現実、従って精神科学的領域を遺憾なく把捉し得るものではない。なぜなら、歴史的現実は決してすみからすみまで合理的なものではなく、無限に深い非合理的な根を持っている。それを論理的な思惟によって捕え尽くそうとするのは思惟の僭越である。そこで歴史的現実の把捉は、非合理的な深みをも把捉し得る「理解」の力に待たねばならぬ。非合理的なる生の深みは思惟の網にかかるよりも前に己れを表現する。この表現を通じて、意識せられない生の深みに接するのが、理解である。だから歴史的現実に関する限りにおいては思惟は理解にその場所を譲り、論理的方法は解釈学的方法に代わられねばならぬ。
 しかしもし解釈学的方法が論理的方法と同じき客観性を要求し得なければ右の権利の主張もまた僭越である。理解、解釈というごときことにも果たして思惟に匹敵するごとき必然性が存するであろうか。ディルタイはそれを解釈学の歴史によって立証しようとしている。なるほど解釈は個人的な技術である。しかしすべての技術は一定の規則に向か(46)って動いて行く。思惟といえども初めは技術であり、その技術の規則が論理学として自覚せられたのである。それと同じように解釈の技術もまたその規則の自覚として解釈学を生み出したのであった。だから理解、解釈などは決して無規則なのではない。ただそれが一般に生の表現の理解の問題として正当な取り扱いを受けていなかっただけなのである。ここに今まで取り残されていた歴史認識論の任務がある。それは自然認識の論理学に対抗して、歴史的世界の|生ける連関〔付ごま圏点〕についての|知識の可能性〔付ごま圏点〕、及び|その実現の手段〔付ごま圏点〕を明らかにするところの、解釈学とならねばならぬのである。そこで思惟の法則と同じき客観性を有する|理解の法則〔付ごま圏点〕が、生・表現・理解の連関における「生の範疇」や「生の作用連関」として立てられることになる。解釈は論理に対峙して普遍妥当性を持ち得るものとなったのである。
 倫理学が主体的人間を主体的に把捉し得るがために表現を媒介とせねばならぬのであるならば、右のごとき解釈学的方法こそまさに唯一の方法として選び取らるべきであろう。しかしながらディルタイがこの方法を説く時には、その眼中にただ芸術や哲学や人生観などの|歴史的認識〔付ごま圏点〕のみがあって、倫理の認識は問題でなかった。表現とはまず何よりも偉大な芸術家・哲学者の作品であり、理解とはこれらの表現の追体験における生の深みの把捉であった。しかし表現はそのような偉大な作品として結晶する以前にすでに日常的なる人間存在の欠くべからざる契機であり、また理解はかかる作品による生の深みの把捉であるよりもさらに直接に日常的なる身ぶりや会話の了解である。すなわちそれは芸術的哲学的等の表現と理解とであるよりも前に|実践的行為的連関の契機としての表現と了解〔付ごま圏点〕である。従って理解は一つの|認識の仕方〔付ごま圏点〕であるよりも前に実践的了解として間柄的な|存在の仕方〔付ごま圏点〕なのである。このような実践的表現実践的了解の地盤に立つことなくしては、芸術の作品・哲学の著作というごとき特殊の表現は発生し来たることができない。そうしてこの地盤にさかのぼって考察するとともに、歴史的|認識〔付ごま圏点〕の問題はさらに歴史的|実現〔付ごま圏点〕の問題に、従っ(47)て倫理の問題に転ぜざるを得ないのである。この点に我々はディルタイの方法との区別を自覚しなければならない。解釈学的方法を倫理学に採用するというとき、その方法はすでにディルタイから離れているのである。
 かかる分離の必然性はディルタイにおける「生」がいまだ充分に人間存在として把捉せられていないという点に存する。なるほど彼は「生」をば「人的・社会的・歴史的現実」として力説してはいる。しかし彼が生・表現・理解の根本的連関を説くに際して用いている「生」の概念は決して自他の分裂や合一を含むところの主体的な間柄を把捉しているものではない。社会は彼にとっても結局外的組織であり、従って対象的な社会であって主体的な人間存在ではない。このような「生」は個人的体験(Erleben)をモデルとして考えられた Leben に過ぎない。しかし個人的体験というごときものは間柄において生きるという地盤においてのみ起こるのである。何人ともともにすることのできない唯一の体験と考えられるものでも、共同性の欠如態としてでなくては可能でない。でなければそれが表現に達するということはあり得ない。表現せられるということは本質的には了解せられるということと同義だからである。だから右のごとき「生」はさらに実践的行為的連関としての人間存在にまで溯源せられねばならぬ。そうして「生」が実は人間存在であると知られたとき、生を生自身から理解しようとする努力は、たちまち倫理学としての面目を示してくる。生・表現・了解の連関は根源的には実践的行為的連関にほかならぬからである。
 そこで倫理学の方法としての解釈学的方法は、最も日常的なる人間存在の表現を通じて人間存在の動的構造を把捉するにある。日常的なる人間存在は、実践的なる生・表現・了解の連関において絶えず己れを表現しつつ、しかもそれを表現としては自覚しておらない。従ってそれを表現として自覚することは、解釈学的方法として、一つの哲学的行動なのである。かかる人間存在の理解の上に初めて歴史的認識というごときこともその正しい基礎を持つことがで(48)きる。さまざまの優れた文化産物が特に代表的な表現として選ばれ、それを媒介としてある時代の精神が把捉せられるというようなことは、右のごとき解釈学的な方法を特殊の実証的材料に適用し、従って人間存在の特殊形態を把捉することにほかならない。我々はかかることのなされ得る地盤としての、最も基礎的な表現から出発しようとするのである。
 最も日常的な人間存在の表現とは、前に言ったように、素朴な、常識的な、自然的態度における「事実」のことなのである。我々はあらゆる学問的定立を離れてこの素朴な「事実」から出発する。しかし我々はかかる事実を事実として取り扱い、その事実の間の関係、法則というごときものを見いだそうとするのではない。かかることは事実をただ|対象的〔付ごま圏点〕に取り扱う立場の仕事に過ぎない。我々は|主体的〔付ごま圏点〕な人間を捕えるためにこの事実を通路として用いるのである。従って日常的なる事実を|主体的なるものの表現として取り扱う〔付ごま圏点〕ということがこの方法の第一の重大な契機になる。かかる事がいかにして可能であるかは問うを要しない。我々は、たとい無自覚的にもしろ、|日常的に〔付ごま圏点〕すべてのものを表現として取り扱っているのである。金ボタンの黒い服は|制服〔付ごま圏点〕であり、机の並んだ室は|教場〔付ごま圏点〕である。我々は判断や推理を待つまでもなく、いきなり制服や教場と交渉している。解釈学的方法はこの事実の上に立ち、日常的な事実を捕えるとともにその|表現的性格に注意を集める〔付ごま圏点〕。それは表現の了解において動いて行く実践的行為的連関から一歩離れることである。そこでその表現から表現せられたものへ、すなわち|人間存在へ還って行く〔付ごま圏点〕。人間存在のただ中にあって自ら動いていればその存在は見えない。一歩そこから離れ、表現を表現として|見留める〔付ごま圏点〕とともに、人間存在があらわにされてくる。これをもし還元と言い得るならば、ここに解釈学的還元があるのである。
 しかしこの還元はただ消極的に人間存在へ注意を導くというに過ぎない。人間存在が何であるかに答え得るために(49)は、さらに人間存在の構造が把捉せられなくてはならない。その構造は動的な構造であるゆえに、ここには|積極的な行動〔付ごま圏点〕が必要である。そこで日常的に表現を取り扱う場合の実践的な了解が、|自覚的に繰り返されねばならない〔付ごま圏点〕。ここでは実践的行為的連関から一歩離れるのではなく、むしろ全然離脱するのである。しかもその離脱の立場において実践的な表現了解の連関を自ら生きてみるのである。かくすることによって人間存在の動的構造が自覚せられた意味連関として|構成せられる〔付ごま圏点〕。だからそれは論理的な構成ではなくして解釈学的な構成となるのである。
 この解釈学的構成は表現から人間存在へ還ることによって行なわれる。出発点は表現である。しかるに表現は歴史的風土的に限定せられている。木造の一軒立日本家屋と煉瓦の重層長屋とが同じでないように、あるいは日本の家族生活と西洋の家族生活とが同じでないように、日常生活の表現は時と処とによって著しく異なる。従って解釈学的方法はいかに根本的に新しく始めようとしても歴史的風土的負荷を脱し得るものでない。そこで真に根源的であるためにはこの歴史的風土的限定の|破壊〔付ごま圏点〕が行なわれなくてはならない。すなわち日常的表現における|伝承的なるもの〔付ごま圏点〕をその作られた源泉に返し、批判的に掘り起こさなくてはならない。そこには恐らくまず人間存在の特殊性が見いだされるであろう。しかし特殊性の自覚こそ特殊性を超える唯一の道である。それによってかえって解釈学的方法の歴史的風土的制約が打ち克たれるのである。なぜなら、歴史的風土的に限定せられた表現から出発しつつ、しかも直ちに普遍的な人間存在の構造を解釈し出だしたと自信するとき、この方法は歴史的風土的制約のただ中に陥ってしまうからである。そこで解釈学的な破壊は伝統を発掘することによってかえってそれぞれの特殊性を正しく把捉し、またそれによってかえって根源的に人間存在の構造を構成し得るのである。
 以上のごとき解釈学的な還元構成破壊の方法によって、我々は前にあげた倫理学の方法の四つの要求を充たし得る。

(51)   本論

     第一章 人間存在の根本構造

       第一節 出発点としての日常的事実

 我々は人間存在への通路を最も常識的な日常生活の事実に見いだした。そこにはすでに人間存在の表現と了解とが豊富に存すると言った。そこで我々はこの日常生活の中から我々に最も手近な人間存在の仕方を選び取り、それを通路としてまっすぐに人間存在の根本構造まで掘り下げてみたいと思う。
 哲学的考察にふけるものは通例ただ一人で書斎に閉じこもるとかあるいは静かな道を漫歩するとかする。そこで最も手近な存在を問題にする場合には、机、紙、筆、インキ壺、書物、窓、表の通り、あるいは野、山、森などが出てくる。そういうものが自分の外にあって、おのおのその一つの面を示している。自分はそれを知覚し、あるいはそれらを使用する。それが何らの思想的加工をも施さない「自然的立場」での|事実〔付ごま圏点〕であると考えられる。そこで「我れの意識」であるとか、「世界の中に有ること」であるとかと呼ばれるものが考案の出発点になる。が、それは果たして最(52)も手近な事実であろうか。自分も今同じようにひとり書斎にあってこの文章を|書いて〔付ごま圏点〕いる。それは他の哲学者がその書斎において我れの明証について|書いた〔付ごま圏点〕と同じ情況である。しかし、彼らは我れの明証について|書きながら〔付ごま圏点〕しかも他我の明証を同時に認めようとしないという不思議な態度を取っている。一体書くということが読む相手なしに発達して来たとでも考えられているのであろうか。「我れのみが確実である」と|書く〔付ごま圏点〕のはそれ自身矛盾である。書くのは言葉の文字的表現であり、言葉はただともに生き、ともに語る相手を待ってのみ発達して来たものだからである。たとい言葉が独語として語られ、何人にも読ませない文章として書かれるとしても、それはただ語る相手の欠如態に過ぎないのであって、言葉が本来語る相手なしに成立したことを示すのではない。そうしてみれば書物を読み文章を書くということはすでに他人と相語っていることなのである。いかに我れの意識のみを問題にしても、問題にすること自体がすでに我れの意識を超えて他者と連関していることを意味する。いかなる哲学者もかかる連関なしに問題を提出し得たものはなかった。
 このことを同様に我々は読者について言うことができる。自分はこの文章を誰が読むかは知らない。あるいは一人も読む人がないかも知れぬ。しかし読む人があれば、その人にとってはこの文章を読むことが|現前の事実〔付ごま圏点〕である。その人は書斎にただ独りでいるにしても、読むことにおいてすでに筆者の言葉に接している。また最も手近な人間存在は何であるかを問題にすることにおいてすでに自他の連関の中に立っている。そうすれば読者にとっての最も手近な事実が他人との連関であることも当然認めてよい。人がすでに「読む」という態度を取る限り、真に自我のみの立場に立つことはできない。
 以上のことは「文字」が「音」と同じく言葉の表現であることを考えればきわめて当然の事実に過ぎない。我々の(53)言葉は本質的に「声」と結びついたものではない。それは同様の権能をもって視覚的形象に表現され得る。我々は同一の「こと」を声でもって言い現わすこともできればまた文字でもって書き現わすこともできる。従って「読む」ことは「聞く」ことと同じく他者との連関である。一人が|語り〔付ごま圏点〕他の一人が|聞く〔付ごま圏点〕のと、一人が|書き〔付ごま圏点〕他の一人が|読む〔付ごま圏点〕のとは、人間関係として何ら異なるところがない。
 そこで我々は、同一の問題を、ともに考え合うのである。我々はこの自他の連関を互いに認め合い、それを疑おうとせぬ。もしそれが疑い得られるものならば、すなわちかかる文章が何人にも通じ得ぬと考え得られるならば、自分は書くことをやめるであろう。読者もまた読もうとはせぬであろう。従ってかかる文章が書かれまた読まれるということは、互いに文字による自他の連関を|確実な事実〔付ごま圏点〕として認め合っている証拠である。
 そうなると、最も手近な日常の事実を問題としている我々は、我々の現前の事実として、「書き手」と「読み手」との連関の中に立っている。このことは自我の明証のみを説いた論文を読む場合でも同じである。我れ以外のあらゆるものは疑い得るという方法そのものが疑い得られない「著者と読者との連関」の上に立っている。ここにどれほど自我の孤立を力説しようとも、すでに書いた以上は読者との連関の外に出ることはできない。同様にどれほど自我の孤立を考えている読者でも、すでに読み始めた以上は著者との連関の外に出ることはできない。これは自我について|書いた〔付ごま圏点〕あらゆる哲学者の免れ得なかった運命である。
 かくして我々は最も手近な事実として、否応なしに著者と読者との間の関係を認めさせられる。それが差し当たり我々の現前の人間存在である。ところでこの手近な事実が「我れの意識」ではなくして「著者と読者との関係」であるということは、我々にとって重大な意義を持っている。なぜなら、それは我々の出発点を、我れの志向的意識とし(54)てでなくまさに「間柄」としてさし示しているからである。間柄の本質は、我れの志向がすでに初めより相手によって規定せられ、また逆に相手の志向をも規定している、ということであった。人は|書く時に〔付ごま圏点〕すでに読む者によってその書き方を規定せられている。それを最も顕著に示しているものは手紙であるが、しかしたとい読む者が不定であってもこの規定は変わらないのである。公表される文章と草案・覚え書きなどとが区別せられるのはそれに基づく。後者は「いまだ読まるぺき段階に達していない言葉」あるいは「読まるべき言葉への準備」として|消極的に〔付ごま圏点〕読む者から規定せられている。この規定がなくば草稿とか覚え書きとかという性格そのものが成り立たないのである。いわんや読まるべきものとして書かれた文章においては|積極的に〔付ごま圏点〕読む者からの規定が含まれてくる。読者を顧慮した種々の身ぶりはいうまでもないが、かかる顧慮を全然排除してただ淡々と事柄自身を展開するという態度さえも、かえって前者よりは強く読む者に規定せられているのである。なぜなら、前者は読む者を顧慮するという形において実は己れ自身を顧慮しているのであるが、後者は|己れ自身を空しゅうして〔付ごま圏点〕ただ事柄自体を読む者の前に露出せしめようとしているのだからである。文章の極致は透明な窓ガラスとなることにある。読む者はあたかもそこにガラスがないかのごとくに外を見ることができる。その時書き手は完全に読み手に奉仕し得たのである。言いかえればこの文章は極度に読む者から規定せられているのである。同様にまた人は|読む時に〔付ごま圏点〕すでに書き手によってその読み方を規定せられている。新聞記事のごとく書き手が読者にとって不明である場合であっても、読者は書き手の規定した通りに読むほかはない。その規定に従い得ない時には、彼は読むことをやめる。すなわち読者ではなくなる。読者である限り彼は書き手の指定した通りの順序で表象の系列を追い思索の糸をたどるのである。
 これが我々の目前の事実としての「間柄」である。書き手は読み手に規定せられることによって書き手であり、読(55)み手は書き手に規定せられることによって読み手である。かかる相互限定を本質とせずしては、たとい一時的偶然的な関係にもせよ、成り立ち得ない。そうしてみると、我々は、この目前の事実においてもすでに人間関係の二重的性格を見いだすことができるのである。「著者と読者との関係」と言われるものは、著者と読者とが|相寄って作る〔付ごま圏点〕ところの関係にほかならない。しかもこの関係よりも先に著者と読者とがあるわけではない。著者は読者に規定せられることによって、すなわち読者との関係によって、初めて著者であり、読者もまた著者との関係によって初めて読者である。この関係が著者を著者たらしめ読者を読者たらしめるのである。と言って著者と読者よりも先にその関係があるわけではない。関係はあくまでも読者と著者との間に作られるのである。いずれもそれ自身独立に先立って存することはできぬ。ただ相依って立ち得るのである。
 右のごとき事情は言葉が文字に書かれるのではなく声でもって言われる時には一層明白になる。その時には|語る人〔付ごま圏点〕と|聞く人〔付ごま圏点〕とが相対して現在し、従って不定であることができぬ。そこに語られる「こと」が「自我」であっても、この自我はすでに|語る人〔付ごま圏点〕と|聞く人〔付ごま圏点〕との間に置かれている。フィヒテは人を自我の問題に導くために言った。「諸君、この壁を考えたまえ。そうしてこの壁を考えている者を考えたまえ。それが自我なのである。」ところでかく自我へ人々の注視を集めようとするフィヒテは|語り手〔付ごま圏点〕であり、諸君と呼びかけられた人々は|聞き手〔付ごま圏点〕である。自我の問題に先立ってこの聞き手と語り手との間柄の存していることは、自我の問題に人を導き入れようとするフィヒテ自身の言葉が何よりも確かな証拠である。
 フィヒテは右の言葉を|教師〔付ごま圏点〕として言ったのであるが我々もまた教壇に立っている場合には前述の事態を次のごとく言うことができるであろう。――諸君、最も手近にあるのは我々の現前の事実である。我々はここに倫理学の問題を(56)考え合うために集まっている。我々はそれを常識的に認め合い、それに対して疑いを抱かない。そうではなくしてもしこの事実に根本的な疑いを抱くとすれば、我々はこうして集まっていることはできないであろう。たとえば、ここで倫理学の講義をし、あるいは聞くということは何かの迷いではなかろうか。誤ってそう思い込んでいるのではなかろうか。かく疑い始めれば自分は講義はできない、諸君も聞くことはできないであろう。だからこうして講義が実際に行なわれるということは、互いにこの集会を疑いのない事実として認め合っている証拠である。もちろんこの事実はある仕方で覆され得るかも知れない。諸君の内のある人々が倫理学の問題をともに考えるためにでなくこの時間をある運動に利用するために集まっているというようなこともあるかも知れない。しかしそういう事があり得るのは、この時間に諸君が倫理学の問題を考え合うためにここに集まるということを信じて疑わないからである。もしそれを根本的に疑うならばそれを利用しようというような企てが行なわれるはずはない。
 そこで我々が倫理学の問題を考え合うためにここに集まっているという事実は、我々の間には疑いのない事実として認められている。そうすると諸君が「学生」であり、自分が「教師」であるということも、常識的に疑いのないところである。もし諸君が学生であるか否かを自ら疑っているとすれば、あるいは自分が教師であるか否かに迷っているとすれば、この教場にはいって来ることはできない。我々はここに疑いもなく学生と教師として相対し相連関している。しからばここに|学生と教師との間柄〔付ごま圏点〕があるということはわかり切ったことである。そこで我々は現前の事実として、「学生」と「教師」とが相寄って一定の間柄を作るということを、確立しておくことができる。任意に人々が集まっても、かかる間柄は成立しない。学校と呼ばれるものはかかる間柄の複合体である。それは一定の建物や設備によって表示せられているが、しかし建物設備が学校そのものなのではない。学校が廃止せられても建物は依然として(57)残ることができ、また建物なくしても学校は創立せられ得る。学校とはこれらのものによって表現せられている一つの人間関係である。そうしてこの人間関係における基礎的な契機が、学生と教師との間柄なのである。
 かくのごとく我々は学生と教師とが相集まって一定の間柄を作るということを認め合っている。しかるにまた我々は学生教師というごとき「資格」を定めるものが我々自身ではなくして学校であるということをも充分に承知しているのである。諸君はこの学校の学生たるためにはこの学校に入学しなければならなかった。自分もこの学校への就職によって諸君に対する教師の資格を得るのである。諸君はその資格を制服によって表示するのみならず、さらに明白な証示を必要とする際には学校から発行した学生票とか証明書とかを用いる。学校が諸君の資格を規定しているという事実はそこに露骨に現われている。諸君は日常的にこの資格において行動し、従ってこの資格に伴なう待遇を受けている。その限り諸君の存在は学校と呼ばれる人間関係から限定せられる。そうしてその人間関係は学生と教師との間柄から成っている。しからば学生と教師とが相集まって作るはずの間柄が、すでに先立って学生数師というごとき資格を限定する地盤となっているのである。
 我々は現前の事実の内に以上のごとき二つの関係を見いだすことができる。学生と教師とがなければ学校という一種の団体は成り立たない。しかもその学生と教師は学校にはいることによって初めて学生教師たり得る。この|相依関係〔付ごま圏点〕は常識的に理解せられまた運用せられている事実である。人はあるいはこの関係を時間的な先後の関係において解こうとするかも知れない。しかしこの場合にはそれは不可能である。諸君はすでに存立せる学校にはいることによって学生としての資格を得る。諸君に即して言えば学校が先である。しかし問題はその既存の学校なのである。それは諸君が入学すると否とを問わずすでに学生と教師との間柄である。時間的先後のどの段階を捕えてもそこにすでに前(58)述の相依関係が成り立っている。それは学校の創立時にさかのぼっても同じである。最初の学生が入学する以前には学生はいまだなかった、しかも入学し得るためにはすでに学校があるではないか、と人はいうかも知れない。しかし最初の学生を募集する学校は、それが学校として設立されたものである限り、すでに初めより|学生や教師の定員〔付ごま圏点〕を定め、それに従って一定の設備が計画されているのである。その際にはいまだ学生も教師も現実的に存しない学校が、ただ法制上あるいは名目上成立していることもある。すなわちそれは|観念上〔付ごま圏点〕の学校であっていまだ現実的な学問の団体ではない。しかもその観念上の学校はすでに|観念上において学生と教師とを有する〔付ごま圏点〕のである。最初の学生の募集や最初の教師の任命は、観念上のそれを現実化することにほかならない。しからば最初の学生が入学する以前にもすでに学校は学生を有しているのである。学生のない学校などというものを誰も考えたことはなかったし、また考えることもできぬ。
 我々は現前の事実から取りあえず如上の相依関係を見いだした。ところで現前の事実はそれには尽きない。我々はここに倫理学の問題を考えるために|集まって来た〔付ごま圏点〕。では|どこから〔付ごま圏点〕か。これも常識的にわかり切ったことである。ある人々はその家庭から、他の人々は下宿屋あるいは寄宿舎から。恐らく何人も自分がここへどこから来たか確実でないと主張する人はないであろう。しからばここに学校と異なった人間関係が密接な連関を持つことは当然である。諸君はその家庭においては息子であり兄であり弟である。そこには学生と異なった資格があり、そうしてその資格は家族という団体から規定せられている。諸君はその資格を必ず|一定の態度〔付ごま圏点〕によって表示する。息子として両親に対し、兄として弟妹に対し、弟として兄姉に対する場合、諸君はその関係に応じて表情、口のきき方、配慮の仕方を異にする。諸君がそのような態度を意識的に定めたのでないにかかわらず、それぞれの態度は明白に区別され、決して混同せら(59)れることがない。だから一方においては諸君は初めより|家族に規定せられた資格〔付ごま圏点〕において動いている。しかも他方においては、諸君が|親兄弟と共に家族という間柄を形成している〔付ごま圏点〕のである。しからばここにも相依関係がある。親子兄弟という資格は家族の間柄から規定せられるのであるが、家族の間柄は親子兄弟の間に作られるのである。この関係はすでに常識的にわかり切ったこととして取り扱われている。たとえば、子を持たないものは決して親と呼ばれることがない。「親」とはただ「子の親」としてのみ親である。同様に「子」もまたただ「親の子」としてのみ子であって、真に親のない子はかつて考えられたこともない。あるのはただ親を失った子である。だから親と子とはただ間柄からしてのみ親と子とであり得るのであって、任意に大人と子供とを寄せ集めても決して親と子とにはならない。しかも親子の間柄はあくまでも親と子との間に作られるのである。親子がそれぞれ別人として対立しないところに親子の間柄などというものが認められるはずもない。この相依関係もまた同時に成立するのであって、時間的の前後から説くことはできぬ。
 ところで諸君が下宿屋とか寄宿舎とかにいる時には、子とか兄弟とかの資格において行動しているのではない。諸君は|一定の契約の下に〔付ごま圏点〕一室を使用する下宿人であるか、あるいは|一定の規則の下に〔付ごま圏点〕監督者の統制に服する寄宿生である。下宿人としての資格は主人との間の|一定の利益関係から〔付ごま圏点〕規定せられている。だから一定の宿料を払い、他の下宿人に迷惑をかけない以上は、主人や同宿者に対していかなる態度をとることも自由である。家族内におけるごとく資格に従って態度が定まっているわけでない。かかる資格において諸君は自由にこの家に出入りし、その室に居住することができるのである。この資格は契約によって任意に作り出されたものであるゆえに、また任意に捨てることもできる軽い意味のものであるが、しかもこの資格なくしてこの家に勝手に入り込めばそれは一つの犯罪になる。かかる(60)点から見てこの資格が主人との|関係〔付ごま圏点〕から規定せられていることは明白であるが、しかしまた逆にその関係は主人と下宿人|との間の〔付ごま圏点〕関係であって、下宿人なきところに下宿関係は存しない。この関係が|一定の契約の下に〔付ごま圏点〕成り立っていることはすでに明白にそれが両者の間の関係であることを示しているのである。ここに見いだされるのは家族とははなはだしく異なった人間関係であるが、しかしその関係と関係を作る成員との間の相依関係はここにも同様に存立しているのである。
 諸君が寄宿生としての資格を持つ場合には、そこにまた前者と異なった人間関係がある。この資格を規定している寄宿舎は、あるいは郷里を同じくし、あるいは信仰を同じくするというごとき条件の下に、一定の規則に基づいて作られた団体である。時には単に郷里を同じくするというに留まらず、元の同藩に属したというごとき伝統に従って、あるいは宗教的な修行をともにするというごとき目的に従って、作られていることもある。その限りここには種々の意味における存在の共同が見られ、同宿者相互の間に友情的結合が起こりやすい。寄宿生としての資格はかかる団体によって規定せられているとともに、またこの団体は寄宿生によって形成せられているのである。ここにも同様の相依関係が見られる。
 我々はなおそのほかにも諸君の担っているさまざまの資格を数え得るであろう。たとえば諸君は誰かの|友人〔付ごま圏点〕である。全然友人を持たないというごとき人はまずなかろうと思われる。ところで友人という資格にも親友、知人、幼な友だち、遊び友だち、同志《タワーリシチ》、同胞《きようだい》などさまざまの種類があり、それに従ってさまざまの交友団体がある。諸君の日常生活はそのいずれかの仲間として行なわれている。かかる交友団体は諸君が友人たちとの間において作るのであるが、しかし友人という資格は信頼し合う間柄からして規定せられるのである。信頼し得ぬもの、憎み合うものは友人たり(61)得ない。これらのことは我々の間に常識的に認められたことであり、何人も疑おうとしないところである。デカルトといえどもそれを疑うよりも前に逃げて回った。その現実性を認めないものの前に逃げる必要はないのである。
 そこで我々は、わかり切った日常の事実として、我々が常に|何らかの資格において〔付ごま圏点〕動いていること、その資格は|何らか全体的なるものに規定せられて〔付ごま圏点〕いること、しかもその全体的なるものは一定の資格における我々が作り出すところの|間柄〔付ごま圏点〕であること、などを確定することができる。簡単に言えば、我々は日常的に間柄的存在においてあるのである。しかもこの間柄的存在はすでに常識の立場において二つの視点から把捉せられている。一は|間柄が個々の人々の「間」「仲」において形成せられる〔付ごま圏点〕ということである。この方面からは、間柄に先立ってそれを形成する個々の成員がなくてはならぬ。他は|間柄を作る個々の成員が間柄自身からその成員として限定せられる〔付ごま圏点〕ということである。この方面から見れば、個々の成員に先立ってそれを規定する間柄がなくてはならない。この二つの関係は互いに矛盾する。しかもその矛盾する関係が常識の事実として認められているのである。
 我々はかくのごとき矛盾的統一としての「間柄」を捕えてそこから出発する。かかる間柄は人間関係以外の諸関係、すなわち対象と対象|との間の〔付ごま圏点〕関係や項と項|との間の〔付ごま圏点〕関係として考えられるものとは、根本的に区別されねばならぬ。それは間柄であるがしかもその成員に否定的に対立するものである。かかる間柄の構造が後節の分析において徐々に明らかにされるであろう。
 学者はしばしば常識を軽蔑する。しかし実践的常識がすでに無反省的に心得ているこの矛盾の関係を、学問は果たして充分に解いているであろうか。否、学問は永い間この矛盾の関係に気づかずにさえいたのではなかろうか。でなければ矛盾律に基づく論理を人間存在に適用しようなどと考えるはずはなかったのである。十九世紀以来発達した社(62)会学はちょうどこの間柄的存在を取り扱うように見えるが、しかしそこで個人と社会との関係は果たして実践的常識が心得ている以上のところまで追究せられたであろうか。我々は遺憾ながらしかりと答えることができないのである。社会学が個人の問題を離れて「社会」をのみ取り扱い得るかのごとくふるまうところにすでに右のごとき矛盾関係からの回避がある。社会存在の論理がさらに新しく反省されなくてはならないゆえんもそこに存する。しかし社会的存在の仕方は実は「論理」ではなくして「倫理」なのである。我々はその出発点を右のごとき相依関係において認める。

       第二節 人間存在における個人的契機

 日常生活の立場は一面において間柄が個々の人々の間の連関として形成せられることを認めている。この方面から個々の人の存在がわかり切ったこととして承認せられているのは言うまでもない。しかしその個々の人とはどんなものであろうか。
 常識的に.は一つの肉体を持ちそれを衣服で覆い自らここかしこに去来している人が|個々の人〔付ごま圏点〕である。そこで個々の人は自我の意識とその肉体とから規定せられることになる。それに基づいて人は心理学や生理学を作ることになつた。そうしてこのような学問の知識が逆にまた常識を作りかえた。しかし我々の日常生活は実際にそのような個々の人において行なわれているのであろうか。
 最も単純な考えから始めるために、まず個々の肉体を取って考察してみよう。この肉体が生理学の説くごとき一つの有機体であることは我々の間に反対のない点であろう。生理学がすでに肉体の秘密を解きおわったというのではない。肉体を生理学的対象として取り扱うことに反対しないというのである。その証拠は我々が病気にかかった時に医(63)者にかかるという事実によって示されている。では我々は日常的存在において実際上我々の肉体を生理学的肉体として取り扱っているであろうか。友人に逢って会釈をかわしたとき相手の会釈を生理学的肉体の運動として理解したのであろうか。自分を呼びながら駆けてくる友人を見てそこに筋肉の激しい運動や声帯の振動というごときことを見ているのであろうか。そうでないことは何人も承知しているところである。我々は肉体の動き、すなわち身ぶりにおいて、生理学的対象をでなく、|行為の主体の表現〔付ごま圏点〕を見ているのである。従って日常生活における身体の有り方は、生理学的過程であるよりも実践的連関の表現である。就職口を頼みに行った相手が首を縦に振るか横に振るかは生理学的には無意味であっても実践的には重大な意味を持っている。これらの連関においては肉体はそのまま個々の「人」であって単なる生物的有機体ではない。
 このことを拡大して示しているのは、肉体を純粋に生理学的対象として取り扱う場合の手続きである。医者は手術台においてかかる取り扱いをする。もしそうでなければ手術は冷静に行なわれ得ないのである。しかしそのためにはあらかじめ「手術」という境位が作られていなくてはならない。人の身体にメスを加えることは、他の場合には犯罪的行為であるが、この場合には為すべきことになる。なぜなら、メスを加える人は医者であり、加えられる人は患者である。治療の目的のために必要とあらば医者は遅疑するところなく手術を加えねばならぬ。が、それは彼が医者としての資格において行為しているからである。そうして医者としての資格は永い間の学習を経てでなければ与えられるものではない。しかもこの際においてさえ医者は勝手に手術を行なうのではない。まず患者自身、あるいはその家族、あるいはその友人に手術の必要なゆえんを説明し、その同意を得なくてはならぬ。かくして社会や身近の者の承認の下に一定の時間を限ってこの患者の肉体が純粋に生理学的な対象として取り扱われ得るのである。しかしその取(64)り扱いは医者の立場に限るのであって、家族や友人はその取り扱いを医者に許したというに留まる。家族にとっては「親」とか「子」とかが手術を受けているのであり、従って単なる肉体がメスを受けているのではない。だから手術に立ち合った家族はしばしば卒倒する。医者自身さえもその時間が過ぎたあとではその患者をそれぞれの資格における人として取り扱う。
 この事実によってもわかるように人を単なる生理学的肉体として取り扱うためにはその人から|さまざまの資格を取り除き一つの抽象的な境位を作らなくてはならぬ〔付ごま圏点〕。この抽象は観念的には容易であっても実践的にはすこぶるめんどうなのである。他人の肉体を単に生理的な肉体と考え、それを肉体的欲望の対象とするというようなことも、観念的にはさほど困難ではないが、実践的にはめんどうな設備を要する。この設備なくして肉体的に関係すればそれは決して単なる肉体的接触であることはできぬ。単に手と手とが触れただけであってもそれは一定の資格における人と人との接触である。そこであらゆる資格を抜き去り肉体的接触を人的関係から遊離させる設備が社会的に設けられる。かかる設備を欲すること、またかかる設備に入り込むことは、人を単に動物的に取り扱う傾向の表示として、倫理的な非難を受けなくてはならぬが、その設備の内部においては、肉体的接触が当然意味すべき人間的結合、従ってそれに伴なう義務や責任を捨象し去ることができる。しかしこのような設備といえども実際はその意図の通りに行なわれるものではない。なぜなら、単なる肉体というごときものは人工的抽象に過ぎないからである。そこに非人間的な強制を加えない以上この抽象は厳密に保たれ得るものでない。人々はその中から人間的な結合を作り、またそれのなし得られないところでは心中する。心中とは人が単なる肉体であるとの考えに対する実践的な反駁である。
 かくのごとく肉体がすでに資格を持つとすれば、肉体の個別性を見いだすことはますます容易でなくなる。一体、(65)人としての肉体の個別性とは何であろうか。生理学的な肉体についてならば、個々の肉体ということは個々の樹木というごとく容易に言い得られるであろう。しかし主体的なるものの表現、具体的資格における人としての肉体は、それと同じではない。母親と嬰児とは全然独立な二つの個体と考えることができぬ。嬰児は肉体的に母親を求め、母親の乳房は嬰児に向かって張ってくる。もし両者を引き離せば猛烈な勢いで互いに相手を求める。このような肉体を二つに引き離してしまうことを古来「生木を裂く」という言葉によって言い現わしている。それによって見ても母親の体と嬰児の体とはつながっているのである。その綱が細胞でないから両者の間につながりがないと主張するのは、ただ生理学的な肉体についてのことであって、主体的な肉体には関しない。母親とか子とかという資格はその肉体の資格でもある。子にとっては母親の肉体はあらゆる他の肉体と異なった独特のものであり、母親にとっても子の肉体は唯一な特殊な肉体である。このような肉体的連関において両者を独立の個体と認め難いことは当然ではなかろうか。嬰児を家に置いて外出した母親は絶えず嬰児から引かれている。嬰児もまた母親の帰りを待ちこがれる。かかる引力は物理的引力ではないにしても、しかも両者を結びつける現実的な引力である。原子核とその囲りを回る陰電子とが別々の個体ではなくして|一つの〔付ごま圏点〕原子であると考え得られるならば、母親の肉体と子の肉体ともまた|一つの〔付ごま圏点〕ものであると考えられてよいであろう。それを別々のものに分離するためにはここに破壊がはいって来なくてはならぬ。すなわちそのつながりよりも強い力によってその結合を否足しなくてはならぬ。しからざる限りここには肉体の独立性はないのである。
 このような肉体的連関は、その結合の仕方の相違こそあれ、間柄のあるところに必ず見いだされるのである。男女夫婦の間は言うまでもなく、友人の間といえども明白に認められるであろう。友人に逢いたくなるということは肉体(66)的にそばに行こうとすることである。そのため電車に乗って一定の距離を逢いに行くとすれば、自分の肉体が引力に引かれて動いて行くのである。その際友人の肉体がそこにいないとわかっていればこの引力は働かない。休みに友人が散らばってさびしいということは友人の肉体が遠くへ離れて接近が欠如しているということである。もし友人的結合が全然肉体的つながりを持たないものであるならば、これらの現象は理解し得られないであろう。
 しかし肉体に関してはしばしば肉体的感覚の非共同性が説かれている。他人が痛みを感じているとき、その心的な苦しみはともにすることができても、痛みそのものをまでともにすることはできぬというのである。なるほど他人の足の痛みは自分の足の痛みではない。一般に他人の肉体的感覚は自分の肉体において感ずることのできないものである。しかしそれだからといって肉体的感覚をともにするということが全然ないというのはうそである。たとえば我々がともに炎天の下に立っている時には我々はともに熱さを感ずる。我々がともに寒風に吹かれていれば我々はともに寒い。だから|労働をともにする〔付ごま圏点〕生活においては、肉体的感覚をも常にともにしているのである。かかる時我々は相手の表情を介してその肉体的な感覚を類推する、(すなわち己れの同様な表情と感覚との連関と比較して比論的に同一であると推論する)というごとき回りくどいことをやっているのではない。|同一の〔付ごま圏点〕肉体的感覚を|ともに感じて〔付ごま圏点〕いるのである。だから熱さをともに感じている人々は、|同時に〔付ごま圏点〕、熱いと言い出すこともできる。あるいは一人が熱いと言った時に即座に他の人も熱いと応ずることもできる。熱さ寒さの挨拶というごときこともこの感覚の共同がなければ起こり得るものではない。|肉体的感覚の相違〔付ごま圏点〕は、かくのごとき共同性の地盤において、その|限定として〔付ごま圏点〕のみ見いだされ得るのである。そうではなくして肉体的感覚が全然非共同的なものであるならば、いかにしてそれを言い現わす|共通の言葉〔付ごま圏点〕が発生し得るであろうか。他人が顔をしかめたのを見て、それが痛みのゆえであるとか熱さのゆえであるとか(67)と推論し得るのは、すでに痛みや熱さを共同にしているからである。この共同性を欠けば表情は表情としての意味を失ってしまう。表情さえも通用しないところで言葉が発生するわけはない。だから肉体的感覚を言い現わす共通の言葉があるということはすでにこの共同性の顕著な証跡なのである。他人の足が痛んでいる時に自分の足は痛まない、だから自分は|他人の〔付ごま圏点〕足の痛みをともに感ずることはできぬ、しかし二人が同時に石に足を打たれれば二人は同じ痛みをともにするのである。この共同性の欠如態として痛みの非共同が現われるのであって、痛みが本質的に非共同的なものなのではない。従って肉体的感覚の非共同性をもって肉体的な連関を反駁することはできぬ。
 しかし、人は言うであろう。汝が肉体と肉体との間のつながりと称しているものは実は|心理的関係〔付ごま圏点〕ではないか。母子の間とか友人の間とかの引力は|心理的〔付ごま圏点〕なものであって物理的なものではない。肉体の間につながりがあると言い得るためには、心理的でない|肉体的な引力〔付ごま圏点〕が立証されねばならぬ。しかるに肉体は物体である。物体と物体との間の引力は物理的であるほかはない。そうしてかかる物理的な引力は肉体の間には容易に見いだすことができぬのである、と。この反駁はきわめて有力である。なぜなら、肉体を|物体〔付ごま圏点〕とし、それを動かす力を非物体的な|心〔付ごま圏点〕と考え、この両者の間の関係を取り扱うのが、永い間アントロポロギーの主題であったのだからである。しかしこの立場が正当であるためには、肉体が|単なる物体〔付ごま圏点〕であることを確立しておかねばならぬ。そうしてこのことは実践的な現実においては決して容易でないのである。我々は前に手術台上の肉体においてそれを見いだした。しかし手術台上の肉体が単に物体であるのは、治療の手段としての一時的な仮構に過ぎない。具体的な一人の「人」の命を救うという目的なしにはこの取り扱いは行なわれないのである。しかも肉体を単なる物体と見るという立場が非常に有力であったのは、実践的な立場を離れて単に|ただながめる〔付ごま圏点〕という態度において肉体を把捉し得るかのごとくに考えられたからである。|単にな(68)がめられた肉体〔付ごま圏点〕は、その坐せる椅子と同じように、空間的にひろがれる物に過ぎぬ。椅子とはその形が異なるというならば、彫刻あるいは人形をそばに並べて考えてもよい。それは同じ形を持った「物体」ではないか。その一方が生ける人であり他が人形であるというごとき区別はただ推論によってのみ認識せられることであって、直接の所与ではない。このような見方は言うまでもなく|実践的態度を絶縁した立場〔付ごま圏点〕でのみ起こることであって、現実に即したものではない。銅像のそばで待ち合わせている友人を見いだしたとき、我々は直接の所与として銅像と同じ形を持った物体を見いだしたりなどはしない。最初から|友人を見つける〔付ごま圏点〕のである。その友人と握手するとすれば、まず物体としての手に触れ、その物体が友人の心によって動かされていることを判断推論によって知るのではなく、最初から友人その人に触れるのである。そこには肉体が単なる物体として見られる瞬間は一つもない。(M.Scheler,Wesen u.Formen d.Sympathie,S.6.我々は赤面において羞恥を知覚する、笑いにおいて喜びを知覚する。「まず単なる物体が与えられている」という言葉は全然誤りである。ただ医者や自然研究家にのみ、すなわち全然原初的に与えられている表現現象を人工的に捨象した人にのみ、物体というごときものが与えられるのである。)他人の肉体をなぐっておいて、その理由はこの物体の形が少しく気に食わないからである、それに宿っている心に対しては何ら侮辱を加える意志がない、などと言えるであろうか。のみならず単にただながめる立場に即して言っても、このながめるという作用が主体的にすでに肉体の契機を含んでいるのである。物を見ているのは認識の主体であるかも知れない。しかし主体のこの作用は|肉眼において〔付ごま圏点〕行なわれているのである。観察の必要上指先で物に触れるとすれば、その時その|指先において〔付ごま圏点〕観察者自身がその物に触れている。単に観察する立場においてさえもそうである。いわんや実践的行動の立場においては、主体が動くとは肉体が動くことであって、主体と肉体との間に全然距たりがない。従って肉体は、理論的と実践(69)的とを問わず、主体の活動の契機として、あくまでも主体的である。
 肉体を|単なる物体〔付ごま圏点〕と見る立場は、客体的なる肉体をのみ見て|主体的肉体〔付ごま圏点〕を問題としなかった。だからそこで取り扱われるのは、主体我対客体肉体の関係か、あるいは客体我対客体肉体の関係か、いずれかに過ぎない。これが古来肉体についての正しい把捉を不可能ならしめたのである。しかし現代の哲学はこの伝統的な立場を脱して事実そのものへ還ることを要求する。(たとえば Max Scheler,Der Formalismus u.s.w.,S.413 ff. シェーラーはそこで肉体をば「何かの意識」の|対象域〔付ごま圏点〕として扱いつつ、しかも肉体が個々の感官感覚や個々の外的知覚と独立に、またそれらよりも先に、全然統一的な現象的事実として、のみならず Subjekt eines So-u.Andersbefindens として与えられると説く。だから肉体は Leibsseele や Ko※[ウムラウトあり]rperleib の所与性を基底づける。かかる「基底的な根本現象」が厳密な意味の肉体である。)肉体の出来事を全然伴なわない心理的なものや体験と全然結合しない肉体的過程が、心身の対立として、おのおの独立に存するなどということは、具体的な事実ではない。(Theodor Litt,Individuum u.Gemeinschaft,S.51 ff.)心に何か感ずるとき、その体験の中にはすでに肉体が契機として存している。また肉体を動かすときには、その運動の中にすでに心の動きが契機として存する。たとえば喜びを感じてほほえむということは、喜びの体験の中にすでに感じ動く肉体が含まれており、それが微笑という肉体の運動に発展することである。従って微笑という肉体の動きは喜びおどる心に充たされている。「喜びに心がおどる」という言い現わしそのものがすでに肉体と心との不可分性を示しているのである。これらのことは肉体を主体的に把捉しさえすれば直ちに明らかとなることであり、また実践的連関においてすでに日常的に了解せられているところである。
 そうしてみると肉体と肉体との連関が体験の契機を含み従って心理的関係となっていることは当然なのである。し(70)かしそのゆえにそれが肉体と肉体との連関でなくして|単なる〔付ごま圏点〕心理関係であると見るのは明白な誤りである。いかに心的契機を含むにもせよ、肉体は|肉体として〔付ごま圏点〕相引き相連関しているのである。そのつながりは単に物理的でもなければ単に心理的でもなく、また両者の結合でもない。総じてそれは|客体的な〔付ごま圏点〕つながりではなくして、肉体における|主体的な〔付ごま圏点〕つながりなのである。
 かく見れば肉体は、おのずからにして個別的に独立したものではない。それを独立な個体とするためには、|他の肉体とのつながりを絶ち切り〔付ごま圏点〕、他との間の引力を絶縁しなくてはならぬ。すなわち肉体と肉体との間のつながりを|破壊・否定することによってのみ肉体の独立性が得られる。それは同時に肉体の背負っている|資格を破壊する〔付ごま圏点〕ことであり、この資格の破壊は|間柄的存在からの背反〔付ごま圏点〕によってのみ得られる。母親の肉体は、親子関係からそむき、母親としての肉体的資格――たとえば乳房が子に向かって張るというごとき――を脱却したときに、初めて子の肉体から独立することができる。同様に夫婦は離縁することによって肉体的なつながりを絶ち切り、友人は喧嘩することによってそばへ行きたくなくなる。間柄の破壊によって肉体的にも嫌悪、回避、反撥というごとき反対の傾向が生ずるのである。
 しかしこれらの場合には肉体はただ相対的に独立するのみであって、絶対的に独立な個体となるのではない。従って肉体の個別的独立性を得るためには、あらゆる間柄からの背反、あらゆる資格の破壊がなくてはならぬ。男性として女性に引かれるというごとき資格からさえも脱却しなくてはならぬ。かかる極端においては二つの場合が考えられる。一は肉体がもはや人でないところの単なる物体に転ずることである。親でもなく子でもなく男でもなく女でもない肉体はもはや「人」ではあり得ない。しからばそれは個別的物体ではあっても|人間の個別性〔付ごま圏点〕を示しているものではない。個別的物体は決して間柄を作りはしない。しかるに我々は間柄を作るところの個々の人を求めているのである。(71)だからそれが間柄的資格をはぎ取った物体において求め得られぬことは当然であろう。他の極端は肉体が|その主体性の方に徹底しつつ〔付ごま圏点〕あらゆる資格を脱却することである。それは男でもなく女でもないばかりでなく、さらに教団に属する|一人の信者〔付ごま圏点〕であることもできぬ。信者もまた間柄的存在に規定せられる一つの資格であり、従って信者の肉体は教団的なつながりを持っているのである。それでは最後に残るものは、|神に創られたもの〔付ごま圏点〕としての神の前における一つの肉体であろうか。あらゆるつながりを離れてただ一人祈る人といえども、ひざまずき合掌し声を出すところの肉体を持っている。しかしこれこそまさに|神とつながれた肉体〔付ごま圏点〕であって、その祈祷の表情そのものがこのつながりを露骨に示している。それは絶対的に独立せる肉体ではなくして、|絶対的に従属的な肉体〔付ごま圏点〕である。すなわち肉体の個別的独立性を求める極端において我々は|個別的独立性の消滅〔付ごま圏点〕に到達するのである。このことはまた他の方面において「身心脱落」という言葉に言い現わされている。絶対境に到達しようとしてあらゆる人間的資格を放擲した仏徒がその教団的資格をも脱却するために仏祖をさえ切る覚悟をもってまっしぐらに道に没頭して行くとき、彼らの入り込むところはきわめて肉体的な打坐である。そうして彼らがそれを突きぬけた時には、|肉体は全然空になる〔付ごま圏点〕。すなわち主体的な肉体はその個別の極端において絶対空に帰する。これが肉体の個別性の真相なのである。
 そこで我々は結論することができる。間柄を作り得る限りにおいては肉体は他の肉体とつながったものであり、他とのつながりを破壊し尽くした限りにおいては|間柄を作り得ない物体〔付ごま圏点〕か、あるいは|絶対空〔付ごま圏点〕に帰する。肉体において個個の人を求める限りかかる結果に到達せざるを得ぬのである。

 しからば自我の意識において人間の個別性が求め得られるであろうか。
(72) 近代哲学は自我の意識から出発し自我の意識においてその絶頂に達した。現代の哲学においても、現象学にしろ基礎的有論にしろ、畢竟問題は自我の意識をめぐっているのである。それをここで簡単に考察することは容易でない。が、ここに掲げた問題に連関した限りにおいては、事情はきわめて明白である。というのは、自我意識の明証から出発する立場にとっては、|この間題は存しない〔付ごま圏点〕のである。我れ意識するがゆえに我れは有る、しかし|他の我れ〔付ごま圏点〕が有るか否かは確実ではない。しからば確実に有るのは|自我のみ〔付ごま圏点〕であり、一切の他人の存在はこの自我の思惟に媒介せられるほかはない。|自我は初めより独立のものである〔付ごま圏点〕。自我の意識において個別的独立性が認められるかというごとき問いはここでは全然意味を持たない。それよりもこの唯一の自我のほかに他の自我があるということはいかにして認識せられ得るであろうか、という問いの方が、この立場に取っては重大なのである。この問題がいまだ解かれていないことは哲学の恥だとカントも言った。現代の哲学にとってもなおそれは係争問題の一つである。(たとえば Max Scheler,Wesen und Formen der Sympathie,C.Vom fremden Ich を見よ。そこにはこの問題の持つ六つの意義が詳細に考察せられ、その解決の鍵としての「汝の明証」が主張せられている。シェーラーが自分の味方としてあげているのはただ一人フォルケルトである。それも結論が似ているので、方法は違う。)しかるに我々は日常の現実が人と人との間の実践的連関であるという所から出発したのである。主体と主体との連関は我々にとっての直接の明証であって、そこに疑いを容れる余地がない。そこで我々はこのような間柄を形成する個々の人が何であるかを問い、その個別性が自我の意識に認められるかという点にまで達したのである。前者にとって容易に解くぺからざる問題であったものが我々にとっては直接の明証であり、前者にとって疑いの余地のない自我の独立性がここでは問題として取り上げられる。問題の立て方が全然逆なのである。この相違は前者が人と自然との関係にのみ関心を向けて人と人との関係を(73)見洩らしていたのに対し、我々はまず何よりも人と人との関係から出発しようとするのに起因する。言いかえれば前者は|客体観照の立場〔付ごま圏点〕に立てこもり、我々は|主体的実践の立場〔付ごま圏点〕に即して考察を始めようとするのである。
 そこで我々は日常の実践的な連関において「我れ意識す」とは何であるかを考察する。我れ意識すとは、デカルトも言っているように、我れが見、触れ、想像し、疑い、洞察し、肯定し、否定し、欲し、欲せず、愛し、憎む等々の働きをすることである。このような働きと|引き離した〔付ごま圏点〕我れというものがあってそれがかかる働きをするというわけではない。我れは意識することにおいて我れなのである。ところで我れの意識は「意識せられるもの」と引き離すことができない。|何かを〔付ごま圏点〕見るのでなくして見るということなく、何かを愛するのでなくして愛するということはない。だから精確には「我れ何ものかを意識す」と言い現わされなくてはならない。しかるに日常的には我れ|汝を〔付ごま圏点〕見、|汝を〔付ごま圏点〕疑い、あるいは|汝を〔付ごま圏点〕愛する。すなわち「我れ|汝を〔付ごま圏点〕意識する」のである。この場合には|汝を見る〔付ごま圏点〕働きがすでに|汝の見る〔付ごま圏点〕働きに規定され、|汝を愛する〔付ごま圏点〕働きがすでに|汝の愛する〔付ごま圏点〕働きに規定せられている。従って|我れが汝を意識することは汝が我れを意識することとからみ合って来る〔付ごま圏点〕。これを我々は意識の志向作用から区別して「間柄」と名づけた。我れの意識の作用は決して我れのみから規定せられずして、他人から規定せられる。それは一方的な意識作用が交互に行なわれるという意味での「交互作用」なのではなくして、いずれの一つの作用もが自他の双方から規定せられているのである。従って間柄的存在においては互いの意識は|浸透し合っている〔付ごま圏点〕ということができる。汝が怒るときには我れの意識は全面的にその怒りによって色づけられ、我れが悲しむときには汝の意識もまたそれに影響せられる。かかる自我の意識が独立であることはできないのである。
 もとより「我れ汝を意識す」ということは間柄的意識を最も簡単化した図式に過ぎぬのであるが、しかし最も親密(74)な我れ汝関係から電車の乗合客というごとき一時的な間柄に至るまで、程度の相違こそあれ、意識の浸透を脱することはできない。電車内に他の多くの乗合客があることは電車内における我れの意識を全面的に規定している。たとい我れの意識が他の人々に全然向けられていないとしても、他の人々とともにありながらしかも|その人々に連関しない〔付ごま圏点〕という一つの意識の仕方が、すでにその人々によって規定せられているのである。そこでは我々は親しい人々とともにある時と全然異なった意識の仕方を持っている。たとい漠然とした意識であるにもしろ、我々はこの区別を確実に心得ているのである。だからこそ電車の乗合客は乗合客としての一定の態度を取り、電車内の社会はかかる社会としての特殊の性格を帯びてくるのである。
 以上のごとき自他の意識の浸透は特に感情的側面において著しい。(この間題を詳細に取り扱ったものとして Scheler,Wesen u.Formen der Sympathie,2.Aufl.をあげることができる。)自他の間柄がきわめて親密であり、存在の共同が強度に実現せられているところでは、我れは同一の感情を他と共にする。子を持つ両親にとっては子への関心は全然共同的である。だから子を失った悲しみは両親にとって共同の悲しみである。彼らは|同一の悲しみ〔付ごま圏点〕をともに感ずる。父と母とは互いの体験に注意を向けることなくしてすでに初めより同一の悲しみを悲しんでいると知っているのである。なお他に心酔せる師を失った弟子たちの場合、身命をささげた指導者(親分)を失った子分たちの場合、等をあげることもできる。かかる場合には自我の意識の独立は最も完全に失われている。
 通例同情と呼ばれているものは右のごとき共同感情ではない。愛子を失った両親が互いに同情し合うなどということはない。同情とは他の人の感情体験を|追感して〔付ごま圏点〕それをともにすることである。子を失った友人の悲しみをともに悲しむというごときである。この際の悲しみは明白に子を失った悲しみそのものではない。しかし悲しみであることを(75)失わない。自分自身としては何ら悲しむ理由なく、むしろ非常に喜ばしい境位にある場合でも、友人の悲しみを感ずることによって意識全体が湿りを帯び、うわついた調子を出すのがはばかられるのみならず、自分の今の幸福が友人に対して済まないことのようにさえも感ぜられる。かかる場合に自我の意識が友人の悲しみに浸透せられていることはいうまでもないであろう。
 しかし以上のように親密な間柄でもなくまた追感するというごとき心的関係のない場合でも、なお明白に意識の浸透が行なわれる。それは|感情伝染〔付ごま圏点〕である。疲労のために憂欝な気持ちになっている人が、陽気にばか話をしている知人の仲間に|はい〔付ごま圏点〕って行って、しばらく話し合っている内に晴れ晴れとした気持ちになる、というごときがそれである。ヨーロッパに発達した社交的な仲間やクラブ生活はかかる感情伝染をねらっているのである。人々は己れのくしゃくしゃした気持ちをのがれるためにそこへ行って陽気な顔を見、笑い話を聞こうとする。誰もがそこで自分の苦しみや悲しみに触れようとせず、従って互いに同情し合うのでなく、ただ互いに気分を陽気にしようとするだけなのである。しかもその気分が他の意識の浸透によって引き起こされるということはきわめて顕著である。群集心理というものはしばしばこの感情伝染によって動かされて行く。伝染が幾度も回帰することによって群集の感情が異様に高められることもある。かかる場合その中で動いている自我の意識が独立であるなどとは誰も考えないであろう。
 シェーラーはこのような感情伝染の極限として|合一感〔付ごま圏点〕を説いている。我れと他我とがここでは全然同一化せられてしまうのである。シェーラーの説いた合一感の理想型の内には、必ずしも存在の共同に基づかない意識の浸透、たとえば催眠術者と被催眠者との間、病理的合一感、遊びにおけるあるいは芝居に見恍れる小児の心理、物に魅かれた心的状態などもあげられているが、特に顕著に合一感の理想型と見られているものは、密接な存在の共同と結合した高(76)度の感情伝染である。たとえばトーテミズムにおける原始人の自他同一意識、古代宗教の密儀における Extasis,親密な恋愛関係における性交、母子の間におけるごとき自他合一の愛などである。これらはいわば自我の意識の消滅する境地なのである。
 以上のごとく我れの意識が他の人を志向するものとして把捉せらるる限り、それは単なる志向ではなくして間柄であり、従って意識の相互浸透が認められねばならぬ。しかし我れの意識は対人関係を離れて「物」や「事」をも志向する。かかる意識作用は一方的志向であって相手から規定せられはしない。ここに|我れのみの意識〔付ごま圏点〕が見られはしないであろうか。
 しかしこの場合といえども、自他の連関が他面に存する以上、自我の意識は独立して来ない。我れが人とともにある物を見るときには、|ともに見る〔付ごま圏点〕のであって我れのみが見るのではない。だからここでも前にあげたような|共感〔付ごま圏点〕が行なわれている。我れが絵の美しさを感ずる意識と汝が同じ絵に対する意識とは全然独立のものではあり得ない。我々は同じ美しさをともに感ずるのである。二人の感じ方の相違ということもこの共感の地盤においてのみ比較され得る。かかる共感の顕著な例としてたとえば大地震の際の驚きの感情というごときものをあげることもできよう。かかる際には我々の意識は地震に向かっているのであって人に向かっているのではない。しかも他の人の体験を顧みる暇もなく我々は|ともに〔付ごま圏点〕驚いているのである。人々がともに何らか突発的な事件に逢う時には、その意識はいつもかかる共同的性格を帯びている。たとえば電車が爆音を発して火を吹いたとき、同時に立ち上がる乗客たちは同じ驚きを|ともに感じて〔付ごま圏点〕いる。同時に立ち上がるということがこの共感の表現である。
 このことは|自我を意識する〔付ごま圏点〕意識についても同様である。すでに前にも言及したが、フィヒテは人に自我の概念の明(77)確な理解を教える最も容易な仕方として次のようなことを言っている。(Fichte,Das System der Sittenlehre.1798.S.22.)「自分はその人に向かって言う、君、何か対象を考えたまえ、たとえば、君の前の壁とか、君の机とかを。君は疑いもなくこの思惟に対して『思惟する者』を認めている。この思惟する者が君自身である。君はこの思惟において直接に君の思惟を意識している。」ところでこの時、教える我れと教えられる汝とは|ともに〔付ごま圏点〕壁を考え、|ともに〔付ごま圏点〕壁を考える我れを考えている。もしこの共同性がなければこの言葉の意味は全然通ぜず、従って自我の概念の理解を教えることもできない。それが教え得られるのは自我の問題が共同に意識せられているからである。従って自我を意識することさえも、自他の連関のあるところでは、我れのみの意識であることができぬ。
 そこで我れの意識の独立を求めるためには、意識をともにするような他人のいない、ただひとりの立場を作り出さねばならぬ。たとえば自分の書斎でただ独り壁を見、壁を見る己れを考えるというごときである。しかしもしこの際|壁を壁として〔付ごま圏点〕意識するならば、そこにすでに社会的意識の浸透がある。壁とは社会が一定の道具として(すなわち家の一部分として)土とか砂とかに印刻した「形」である。この形は我れの意識のみのものではなく、この道具に交渉するあらゆる人々に|共通の意味〔付ごま圏点〕を現わしている。従って壁を壁として見ることはこの物における表現的な意味を意識しているのであり、その限りすでに共同の意識の圏内に入り込んでいるのである。そこで独立の意識を求めるためには、壁を壁として見ないような|原始的な意識〔付ごま圏点〕にさかのぼらねばならぬ。すなわち壁の代わりにある色のひろがりの感覚というごとき物が置かれ、この感覚を持つ者が自我だということになる。我れの意識は感覚の集合としてその独立性を得たのである。
 しかしこの結果は事実に合わない。我々が日常的に持っている意識は決して単なる感覚の集合ではない。たといた(78)だ独りで書斎にいる時でも、我々は壁を壁として、机を机として、書物を書物として意識している。まず色の感覚や触覚を持ち、それを統一して一定の物に仕上げるというごとき手続きをやっているわけではない。書物を探すときにはそれを知覚する前にすでに一定の書物を目ざしているのであり、机を見るときにはすでにその上で字を書くために見るのである。すなわち我々は初めより道具と交渉するのであって、それよりも原始的な意識はない。感覚への還元は一定の心理学的視点から人工的抽象的にのみ行なわれ得るのである。
 以上のごとく考えれば我れの意識の個別的独立性は容易に把捉し得られないものである。タルドが言ったように、自然現象といえども我々は感覚から出発して意識するのではない。我々は初めからすでに一定の解釈を通じた自然現象を知覚するのである。最も一般的にはすでに|母国語によって名づけられている〔付ごま圏点〕現象を直接に知覚する。たとえば、夜明け、太陽、晴天、雨、風、夕暮れ、夜等々のごとく。これらの現象の知覚においては我々はすでに共同的な同一内容を意識している。言葉と連関してその時代の|常識〔付ごま圏点〕や|科学的学説〔付ごま圏点〕もまたプリズムの作用を勤める。太陽崇拝の行なわれている社会においては個々人は太陽を神的なるものとして知覚した。自然科学的常識の下にあっては太陽が天体として知覚せられる。いずれも初めからかかるものが知覚せられるのであって、判断や推理の仕方だけが異なるのではない。太陽崇拝者は単なる光りの感覚などを持ちはしなかった。人々は自ら判断し推理し得る以前に子供の時以来すでに社会的意識を植えつけられている。人間の欲望そのものがすでにそうである。それはすでに一定の社会的形態を持っている。たとえば食欲はその場所に特有なパンとか飯とか肉料理とか魚料理とかに対する欲望として現われてくる。一定の料理の様式があるということはすでに食欲が単に我れの食欲でなくして|共同の食欲〔付ごま圏点〕であるということの証左である。また食欲の共同性なくしては一般に飲食店、食料品店、八百屋、魚屋、さらに農業、漁業、畜産業等の(79)経済活動も成り立たない。同様に衣、住、性の欲もすでに社会的に規定された、共同意識に基づくものなのである。
 このような共同意識を特に拡大して示しているのが「流行」の現象である。それはすでに時代的国民的に一定している衣食住の様式の内部で、さらに細かな|共通の好み〔付ごま圏点〕となって現われる。個々人は本来己れの好みとして意識し始めたのでないにかかわらず、共通の好みを己れの好みとして感ずる。そうしてその好みにはずれたものをあるいは滑稽にあるいは醜く感ずる。これは言葉や思想についても同様である。人々は流行語が自分の|独自の〔付ごま圏点〕意識を表現し得ないと感ずるのではなく、逆によりよく表現し得ると考える。一つの考え方が流行すれば、それが多数者の考え方であるというその理由で優れたものとせられ、それに反するものを無価値なものと感ずる。これほど我れの意識の独立性を捨て去った立場はない。
 それでは我れの意識の独立性はどこに求むべきであろうか。その一つは前に肉体に関して述べたと同じ肉体的感覚、あるいは感覚的感情である。共同感情を力説するシェーラーが個別的独立性を求めた場所の一つはこれであった。彼においては肉体的感情のすぺてが共感を許さぬのではない。肉体の一定の部分に位置づけられた|感覚的感情〔付ごま圏点〕と、体における|生命感情〔付ごま圏点〕とは区別せられねばならぬ。(Scheler,Der Formalismus etc.,S.340 ff.)前者は種々の痛みや快感、たとえば食物、飲料、肌ざわり、色欲などの感覚に現われ、後者は健康感、病衰感、酒気、疲労というごとき|生の感じ〔付ごま圏点〕である。人は痛みを感じつつ同時に活気や力強さを感ずることもできる。また逆に快感を感じつつ同時に疲労を感ずることもできる。だから両者は別の層位を形成する。特に重大なのは、生の上昇と下降、その健やかさと衰えというごときものは己れの生についてのみならず他の生についても感ずることができ、従ってその共感追感が可能であるにかかわらず、肉体の局所に感ぜられる痛みや快感は、追感も共感もできないという点である。従って食物の味や衣の(80)肌ざわりはあくまでも個別的なものであって共同性を許さない。共感の可能な感情に対応する財は人々を結びつけるが、食物や衣服は人々に分割せられねばならず、従って人々を引き離す。これが身体的感覚の特徴である。
 しかしもしこの見方が当たっているとすれば、共同の食事や衣服の流行は解き難いものとなるであろう。なるほど我々は一つの絵を|ともに味わう〔付ごま圏点〕に対して食物は|分けて味わう〔付ごま圏点〕。その味は各人の舌にある。が、その味は|別々の味〔付ごま圏点〕なのであろうか。砂糖を分けて味わった場合に我々は|同一の甘さ〔付ごま圏点〕を味わっているのではないであろゝつか。もし一人が砂糖を苦《にが》く感ずるとすれば、我々は直ちにこの人を病気として手当する。すなわち同一の甘さを味わい得るにかかわらず、一時的にその能力を欠いたものとして取り扱う。このような、|同一の味をともに味わう〔付ごま圏点〕という現象に基づいて、古来「共同の食事」が社会的に重大な役目を勤めて来たのである。トーテミズムの時代の共同的犠牲食から始めて、古代の「饗宴」やキリストの肉と血とにあずかる聖餐、さらには現代におけるさまざまの晩餐会、それらはともに食事することを結合の表現として用いている。身体的感覚が人々を引き離すものであるならばかかる事はあり得ないのである。一家団欒が食事に結びつき、「同じ釜の飯を食う」ことが親友の表現であるごときも、同様に味覚が共同態の意識を基礎づけることを示している。もちろんこれらの共同態は味覚の共同|にのみ〔付ごま圏点〕基づいているのではない。しかしもし味覚の共同が重要な契機でないのならば、総じて共同の食事というごとき現象がかくばかり大きい社会的風習となるわけはないのである。前に食欲の共同性について考えたことはすべてここにもあてはまる。衣服に連関して肌ざわりの共同性もまた同様に考察せられ得ようし、なお他の肉体的感覚について同様なことが言われ得る。社会の経済的活動は心的感情の共同性よりもむしろ一層多く肉体的感覚の共同性に基づくと見てよいであろう。
 かく見れば感覚的感情に意識の個別性を求めても無駄である。そこであとにはただ一つ、意識作用の中心、すなわ(81)ち人格に個別性を求める道のみが残る。これはまた「意識の統一」、「個性点」などとも呼ばれている。我々は味覚をともにし、見る作用をともにし、考える作用をまでともにしているかも知れない。しかしこの|作用を行なう者〔付ごま圏点〕は同一ではない。我れは我れ、汝は汝として作用しているのである。だから家族、友人、職業、社会、国家などから規定せられるあらゆる資格を洗い去っても、なお作用を行なう者としての我れが残ってくる。これは何人もともにすることのできない深い個性点である。それを最もよく示している者は|今の連続〔付ごま圏点〕としての我れの意識であろう。いわゆる|把持意識〔付ごま圏点〕において把持せられているのは我れのみに属する意識である。我れが他人の意識を把持することはできない。従って把持的統一は全然個性的である。父と母とが愛児の死をともに悲しんでいるとしても、悲しみというごとき一つの体験を成立せしめているものは個々の意識における把持である。愛児の生と死、愛児と己れとの交渉における一切の経過が、一つの意識において統一的に把持せられていなければ、悲しみというごときものは生じて来ない。一切の共同性の底には非共同的な意識の統一が見いだされねばならぬ。
 この主張はしかし意識作用を一方的な志向作用として前提した上でのことである。その場合にはかかる作用の統一的把持者は個性的であるかも知れない。しかし個々の作用がすでに他者の作用によって規定せられたものであったならばどうであろうか。この場合には|間柄的把持〔付ごま圏点〕が問われねばならぬ。互いに浸透せる意識の把持は実際に共同的たり得るのである。たとえば我れと汝との親密な間柄において何事か重大な事が話されるとする。我れはその言葉の系列を聞くとき、それをまず音の連続、今の連続として体験するのでは決してない。汝の言葉とともに汝との間柄がいかに進展するかを把握するのである。汝の言う「こと」は汝の我れに対するかかわり方を示すとともに我れの汝に対するかかわり方を引き出してくる。だからもし重大なことを語りつつ途中で言葉が途切れるとすれば、我れは|音の連続(82)の中断〔付ごま圏点〕を感ずるのではなくして、|強い緊張〔付ごま圏点〕を、すなわち次の言葉との間の|異常な連続jを感ずるのである。またもし語られることの中に我れに|激動〔付ごま圏点〕を与える一つのことが混じっていれば、言葉は次々へと流れて行くにしても、我れはその一つのことのそばに立ち留まる。連続はそこで中断せられるのである。かかる場合我れの聞くのは音の連続ではなくして汝と我れとの間柄を表現する「こと」である。たといそれが汝によって声をもって語られているとしても、その「こと」自身は汝と我れとの間に共同に把持せられている。かかる共同把持においてのみ汝と我れとの間柄が一つの歴史的展開を持つ全体として成立するのである。だから実践的現実における言葉の系列は、原初的には間柄の表現であって|単なる音の連続〔付ごま圏点〕ではない。言葉がかかるものとなるためには主体的な間柄が捨離せられなくてはならない。親密な間柄において相手が何かを話しかけた時にはそこに必ず用事とか感情の表現とかがある。その意味を聞かずにただ音の連続のみを聞くことはできぬ。何かに気を取られて相手の言うことを聞いていない場合にはまた音の連続をも聞いてはいないのである。そこでそういう密接なかかわりのない境位を捕える。たとえば電車の偶然な乗合客として他の人々の対話を聞くというごとき場合である。その時に我々はただ音の連続をのみ聞き得るであろうか。否、決してそうではない。その対話の意味が我々に理解せられる限り、我々はそこに展開されて行く他の人々の間柄を体験している。その対話が仲のよい友情の表現である場合と喧嘩である場合とでは我々の心の調子もまた変わってくる。単なる音の連続ならばかかる事はないのである。もし乗合客として聞く言菓が全然自分の理解し得ない外国語であるならば、その時初めて単なる音の連続が聞こえてくるだろう。自国語の響きが我々にとって外国語の響きほど判然としないのはかかる事情に基づくと言ってよい。だから把持意識の考察において言葉の系列を単なる音の連続として取り扱うのは、実験的な態度の下に人工的に言葉の意味を捨象しているにほかならない。しからば把持意識と考えられ(83)るものは人工的抽象的な意識に過ぎぬのである。
 言葉のみではない。我々が一つの|旋律〔付ごま圏点〕を聞く場合でも、我々は決して単なる音の連続などを聞きはしない。我々は直接に、音によって語られる意味を受け取る。もっと簡単な例として火事の三つ半のごときを捕えてもよいであろう。それは明白に三つの音の連続である。しかし我々はそれを三つの音の連続として聞くのではなくして、初めより「三つ半」として、すなわち火事の警告として、聞くのである。そうして聞くとともに立ち上がって戸をあける、あるいは即座に飛び出して行く。なぜならそれは三つ半として社会的な表現なのだからである。そうしてそれが一つの表現であるということは、三つの半鐘の晋の連続を把持することが単に個人意識における把持ではなくして|共同意識における把持である〔付ごま圏点〕ということに基づく。共同把持がなければそれは表現として成り立つことができない。
 把持の作用はさまざまの作用を統一する作用として最も個人的と考えられる。しかもそれが個人的であるのはまず初めに個人意識を抽離して考えるからであって、把持作用そのものが本質的に個人のものであるのではない。作用の統一者、作用の遂行者というも同様である。それらは共同的作用の共同的統一者、共同的遂行者であることもできる。それを|初めより〔付ごま圏点〕個人の作用、個人的統一者として取り扱う時にのみ、作用の統一者は個人たらざるを得なくなる。従って個人は前提であって、見いだされたものではない。シェーラーのように共同感情を説きつつしかも人格の非共同性を主張する人は、あらゆる共同性を洗い去って作用の統一者に到達したように見える。しかし彼においては精神共同感(教会、国民)としての|全体人格〔付ごま圏点〕もまた個人的であるという意味においての個人に到達したに過ぎない。かかる全体人格は精神的な作用中心の統一である。従って全体人格も一人格としての作用を行なう。が、この全体人格の作用において個別人格はいかに参与しているのであろうか。個別人格の共同作用としてでなくしていかなる全体的作用が(84)行なわれ得るのであろうか。シェーラーはこの点には答えておらぬのである。しいて彼の解答を求めればそれは個別人格及び全体人椿における|社会的範囲〔付ごま圏点〕と|秘奥範囲〔付ごま圏点〕との別であろう。(Formalismus etc., S.585 f.)個別人格が何らか全体人格の|成員〔付ごま圏点〕である限りにおいてはそれは社会的人格であり、|固有の自己性〔付ごま圏点〕においては秘奥人格と呼ばれる。全体人格もまたより大きい全体人格の成員たる限り社会的人格であり、孤立的なるものとしては秘奥人格である。しかし全体人格はそれ自身秘奥人格である場合でもその成員の秘奥人格に対しては秘密的ではない。従って|絶対的な秘奥人格〔付ごま圏点〕はただ個別人格においてのみ見られる。ここに|絶対的な孤独性〔付ごま圏点〕が存するのである。かくシェーラーは考えている。しかし人格を作用の統一、作用の遂行者としてのみ規定した場合に、この社会的と秘奥的との区別は一体どこから来るであろうか。社会的たる限り作用の遂行は共同性を持ち得るのである。従って作用の遂行者であるというだけではその孤独性は極まって来ない。そこで彼は、絶対的孤独性が|有限的人格の間のどうしても取り除くことのできない否定的本質関係〔付ごま圏点〕であるという。それならば人格は作用の中心であるがゆえに個別的なのではなくして、|共同性を否定するがゆえに個別的となる〔付ごま圏点〕のである。個別性の本質は共同性の否定である。
 シェーラーはこの否定の意味を充分把捉することができなかった。しかし我れの意識の個別的独立性を求めて到達し得るところは、実はこの|共同性の否定〔付ごま圏点〕ということのほかにはないのである。我々の意識のどの相を捕えてもそれが本質的に独立であると言い得られるものはない。ただそれを他との連関から切り離して孤立させることによってのみ独立せる我れの意識になる。だから個人の把持蕃識というごときものが一切の間柄的契機を洗い落とすことによって抽象的に取り出され得るごとく、固有の自己性というごときものもあらゆる間柄を拾離した極点においてのみ認められ得るのである。本質においては共同的なるものが、しかもその|共同性なき様態〔付ごま圏点〕において現われる。それが個別性な(85)のである。従って個別性自身は独立に存立しないい |その本質は否定であり空である〔付ごま圏点〕。
 このことは個人の絶対的独立性を考える試みにおいて明白に現われている。近代の個人主義哲学者は個人の|個別的実在性〔付ごま圏点〕をあくまでも追究して行った。が、この方向において人々はどこへ到達したであろうか。ここでは個人は「唯一者」である。個人のみが唯一の現実であり、個人の自己的存在のみが本来の存在である。しかるにたとえばキェルケゴールにおいては、かかる唯一者は人的自己として己れ自身から可能になるのではなく、ただ|神の前に立つこと〔付ごま圏点〕においてのみ個人となるのである。なるほど個人は一切の他との間柄を遮断して|ただ己れ自身にのみ関わること〔付ごま圏点〕に成立する、しかしこの己れ自身への関わりそのものが|神との間柄において〔付ごま圏点〕でなければ成り立たない。すなわち個人が孤立者であるのはただ世人に対してのみであって、神に対してではない。神は唯一者の存在のすみずみにまで参与し、神から独立なただの一点をも残さない。そうしてみればこの唯一者は最も完全に|唯一者でないもの〔付ごま圏点〕である。|個人の独立性は完全に神の中に解消してしまう〔付ごま圏点〕。前に云ったシェーラーの絶対的孤独性というものもちょうどこれであった。個別的秘奥人格はただ|神においてのみ〔付ごま圏点〕孤独なのである。孤独なのはただ人に対してであって、神に対してではない。秘奥人格の存在は全然神に基づいているのである。ところでこのような個人性の解消は、神を否定するニーツシェの個人主義においても同様に現われてくる。彼が「自己」と呼ぶものは宇宙の生命としての権力意志であり、彼の超人は人類の努力の目標たるべきものであった。従って一切の他人を征服し服属せしめようとする自己はその真相において全人類的世界史的な巨大な自己なのである。個人のみを唯一の実在とする立場はその個人を宇宙的な生に解消してしまう。
 ここに神とか宇宙的自己とかとして考えられるものが何であるかは後の問題である。とにかく個人の絶対的独立性(86)を求めて到達するところが実は|個人でなくして絶対者である〔付ごま圏点〕ということはここに明白に示されている。|個人はその固有の実在を失ってしまう〔付ごま圏点〕のである。この点を特に鋭く捕えたのは弁証法的神学者であると思う。そこでもし個人の独立性を確保しようと思うならば、個人を世間的な共同性から引き離すのみならず、さらに根本的に|この絶対者からも引き離さねばならぬ〔付ごま圏点〕。しかし絶対者は個人と対立すればもはや絶対者ではない。従って個人が絶対者から分離するということは不可能である。信仰の言葉で言えば個人はどんなことをも神から隠すことはできない。そこで個人が独立し得る唯一の可能性は、|絶対者の中にありながらしかもそれにそむく〔付ごま圏点〕ということである。弁証法的神学者の表現をかれば、|不従属という仕方で従属する〔付ごま圏点〕ことである。これは従属の否定もまた一つの従属の仕方であることを示している。だから個人はどれほど絶対者に背《そむ》いても絶対者の外に出ることはできない。絶対者|でない〔付ごま圏点〕ものもまた絶対者の現われでなくてはならない。しからば個人の独立性は、|独立でない〔付ごま圏点〕という地盤においてのみ可能なのである。従ってここでは個人の独立性が|否定〔付ごま圏点〕の方向にのみ求められることになる。
 このことは個人の独立性が|共同性の欠如態〔付ごま圏点〕であることを意味する。それは絶対者におけるごとき絶対的共同性についてのみならず、間柄的存在におけるそれぞれの共同性について言えることである。それを顕著に示しているものは「孤独」の現象であろう。人は己れの意志により、あるいは他人の意志により、あるいは運命の動きによって、人間関係から脱出し、引き放され、「孤独」の境地に身を置くことができる。これは何らかの共同性の否定である。家族的な存在の否定あるいは友人的、社交的、職業的等々の共同存在の否定はそれぞれの意味で人を孤独ならしめる。しかし人はこの孤独において真に独立するであろうか。否、孤独とはまさに独立でない独立のことである。まず第一に否定せられた存在は孤独の人にとって全然無縁なものに化したのではない。|家族を失って〔付ごま圏点〕孤独となった者は、ちょうど(87)その個所において|欠けた〔付ごま圏点〕存在の仕方をする。しかるに|欠けた〔付ごま圏点〕ものはかえって強くその存在を現わすのである。たとえば子を失った者ほど子の存在を強く感ずる者はない。子は|無くなる〔付ごま圏点〕ことによってかえって|あらゆる事物に己れを現わしてくる〔付ごま圏点〕。子の残して行ったものがすべて子の存在をさし示すのみならず、子の生きていた時には子と関係があるとも思わなかった物までが、たとえば電車、自動車、雪、雨、犬、馬等々、総じてその子が興味を持ちその子の存在に関与していたすべてのものが、その子を思い出させる種になる。しからば家族を失って孤独となったものは|最も強く〔付ごま圏点〕その家族的存在を感ずる者となるであろう。このことは自らの意志によって家族|を捨てた〔付ごま圏点〕孤独においても同様である。彼は家族的存在を捨離することによって自らの存在に積極的な意義を獲得する。彼の存在は|否定を実現した存在〔付ごま圏点〕になる。だからこそ古来「出家」ということが重大な意味を持ち得たのである。このように孤独が欠如態として欠けたものをかえって強く現わすとすれば、第二に、「孤独」が「寂しさ」と同義であるゆえんは直ちに明らかとなるであろう。寂しさとは|欠如感〔付ごま圏点〕である。従ってここでは欠如せるものに対する強烈な欲求が起こって来る。「出家」の場合は家族的存在を自ら捨てるとともにここに欠如せるものを一層深い存在によって、結局は絶対者によって、充たそうとする欲求に動いている。しからば孤独の現象は、個人の本質の個別的独立性を示すのではなくして、まさにその正反対である。それは共同性の欠如態として、人が孤立的独立的な存在を欲しないということを示している。
 この点についてきわめて鋭い洞察を示しているのはヘーゲルである。彼は「家族」の規定として「愛」を説くに当たって、(Hegel,Philosophie des Rechts,§ 158.)一般に人間の共同性に通用するような矛盾的構造を取り出している。彼によれば、愛とは一般に「自他の統一」の意識である。従って人間は(すなわちヘーゲルにおいては|人倫的〔付ごま圏点〕な関係を結んでいる限りの我々人々は)、その自然的直接的な段階においても、単なる孤立的独立的な我れではない。我れはた(88)だ|独立して有ることを棄却する〔付ごま圏点〕ことにおいてのみ、|我れの自覚〔付ごま圏点〕を得るのである。また己れを自と他との統一、他と自との統一として知ることによってのみ、我れを自覚するのである。だから愛における第一の契機は、|我れが独立独自の人格たるを欲せない〔付ごま圏点〕ということである。すなわち孤独の場合に我れは己れを物足りなく不満足に感ずるということである。それに対して第二の契機は、|我れが他の人格において己れを獲得する〔付ごま圏点〕ということである。他人もまた我れにおいて己れを獲得する。してみると愛は、己れを捨てることが己れを獲ることであるという矛盾にほかならぬ。晩年のヘーゲルはこのことを家族に即して言うのであるが、しかし若い頃にはここに一般に人倫の根柢を見いだそうとしたのであった。人倫においては我れは孤立的独立的|でない〔付ごま圏点〕ことにおいてのみ我れたり得るのである。
 以上のごとく身心のいずれの側から考察しても個人の本質的独立性は消滅してしまう。もちろん我々はそれによって個人が存在しないなどと言うのではない。ただ我々が日常存在において個人と考えているものを真に個別的なるものとして把捉しょうとすればそれが空無に帰してしまうというのである。従って我々の間柄的存在は、個人と個人との間に存するにもかかわらず、その個人を間柄に先立つ個別者として立てることができない。

 この考察によって我々は当然十七・八世紀の個人主義的人間観を斥け得るのである。デカルトと同じ時代に、同じように個人主義的な立場から人間の共同存在を説こうとしたのがホップスであった。彼は我々の求めて得なかった|孤立的独立的な個人〔付ごま圏点〕を、確実な事実として前提する。このような純粋の個人的存在が人間の|原始状態〔付ごま圏点〕あるいは|自然状態〔付ごま圏点〕なのである。そこでは人はことごとく互いに仇敵であり、互いに相戦う。人と人との間には恐怖のみが支配する。しかし孤立的個人はこの|堪え難い〔付ごま圏点〕状態を脱するために「契約」を結んで国家を創設する。それによって生命の保証、秩(89)序、法(権利)などが作られたのである。だから国家はアトム的な個人の|単なる集合〔付ごま圏点〕であり、その結合は|意識的に、利害打算的に、作られた〔付ごま圏点〕ものに過ぎぬ。以上のホップスの考えは個人主義的社会観の最も類型的なものである。しかしここに前提とせられる|絶対的個人は一体どこに見いだされるのであろうか。それは歴史的にも民族学的にも見いだされ得ない。ただ自我の明証に基づいて独断的に想定するほかはないのである。しかし実践的存在を考慮に入れるとともに、汝の明証は自我の明証よりも根源的になる。人の社会的存在を問題にしつつ我れの明証からのみ出発するのは誤りである。従って絶対的個人の想定は何ら根拠なき空想に過ぎぬのである。
 この点を最も鋭く指摘したのはマルクスであった。彼は右のごとき孤立的個人が|空想の産物〔付ごま圏点〕に過ぎないのみならず、さらに一定の歴史的社会的状勢に従って|考え出された〔付ごま圏点〕ものであることを明らかにした。彼によれば、人は、古代にさかのぼればさかのぼるほど、「大きい全体」に属している。家族、部族、ポリス、――どこにも孤立人は存しない。封建的社会においてもそうである。しかるに十六世紀以来ブルジョワ社会が、すなわち|自由競争の社会〔付ごま圏点〕が発展し始めるとともに、初めて孤立せる個人が想定せられることになった。ルソーなど十八世紀の思想家はこの歴史を逆倒して考えている。|本性上独立なる個人〔付ごま圏点〕が|契約〔付ごま圏点〕によって社会関係を作るなどとはまるで事実の逆である。|一定の社会関係〔付ごま圏点〕から初めて独立な個人の|立場〔付ごま圏点〕が生じたのである。だから「人は言葉どおりに社会的動物(zo※[記号あり]ion politikon)である。単に社交的動物であるばかりでなく、|社会においてのみ孤立し得る〔付ごま圏点〕動物である。社会の外で孤立的個人が生産するということは、なるほどまれには、|偶然に〔付ごま圏点〕無人境へほり出された文明人に起こり得ることであるが、しかしかかる人といえども、すでに己れの内には動力として社会の力を持っている。だから真に孤立せる個人の生産なるものは、ともに生き、ともに語る相手なしに言葉が発達するというと同じき無意義なことである。」(K.Marx,Zur Kr.p.Oe., hrg.v.Kau(90)tzky,S.]W.)
 この批評は主として|歴史的立場〔付ごま圏点〕から行なわれたものであるが、その限りにおいて誠に正当である。絶対的個人などというものはかつて歴史的に存在したことはない。だから契約によって社会を作る個人あるいは一般に|間柄的存在に先立つ個人〔付ごま圏点〕は、事実ではなくして仮構である。それだけはすでに一般的に東認せられていると考えてよい。
 しかしながら個人の絶対的独立性が求め得られないということは、個人がいかなる意味においても独立しないということではないのである。個人はその本質において個別的でないにかかわらず、しかも個人として社会に対立する。|個人は共同性の否定として共同態に対して否定的な関係に立っている〔付ごま圏点〕。この点を鋭く洞察したのはほかならぬホッブスであった。彼においては社会と個人とは別々のものである。人は本性上共同生活に逆らう。社会的目的と個人的目的とは相対抗する。従って個人を社会に従わせるためには「強制」が行なわれねばならない。この強制の組織・制度において社会が働くのである。個人は己れに対立し己れを支配するところの強制的な力を見いだす。ホッブスはこの強制的な機構を|孤立人が人工的に作り出した〔付ごま圏点〕とする点において明白な誤りに陥ったのであるがしかし「強制」において個人と社会との間の否定的関係を洞察したことは、充分に尊重せられねばならぬ。この点に関しては、ホッブスの誤謬を指摘したマルクスのほうが、逆に誤謬に陥っているのである。マルクスの「社会」、すなわちヘーゲルのいわゆる「欲望の体系」としての社会においては、個人は単に機械論的な一つの歯車であって、社会に対立し、従って社会の強制を受けるという|否定的な契機〔付ごま圏点〕を持たない。唯物史観における個人はただ社会の実質的な動きを反映する木偶坊《でくのぼう》に過ぎぬのである。ここにおのずからにして、個人をただその一細胞とするような、有機体的な社会があるかどうかが問われることになる。
(91) この問題を拡大して示すものはグムプロヴィッチ(Ludwig Gunplowicz.Grundens der S  〔未記入あり〕  Neue Ausgabe.hrg.von Salomon.1926.)の社会的団体説であろう。彼は十八世紀の個人主義的社会観を排撃するとともに十九世紀の有機体説をも真正面から攻撃する。孤立的個人が空想であると同じく「人類社会」が一つの有機体だなどと考えるのも全くの空想である。真理はその中問にある。社会的世界は原初より以来常に|団体的〔付ごま圏点〕にのみ行動した。社会的団体(soziale Gruppe)とは|共同の利害・関心によって結合せる人の群れ〔付ごま圏点〕である。そこには、生活、血縁、職業、言語、宗教、風習、歴史的運命などの共同性がある。だから原始的な群《ホルデ》が社会的団体であると共に、戦闘的なプロレタリア階叔も一つの社会的団体なのである。このような|個々の〔付ごま圏点〕社会的団体が「社会」なのであって、これらを包括せる一つの人類社会などという抽象物は現実的には存しない。ところでこの社会的団体なるものが、実は、個人をば単なる一細胞とする有機体に過ぎぬのである。彼はきわめて率直に次のごとくいう、個人主義的心理学の最大の誤謬は、|人が思惟する〔付ごま圏点〕(der Mensch denkt)という想定である。この誤謬のゆえに、|思惟の根源が個人のうちに〔付ごま圏点〕求められた。しかし人において思惟する者は、決して「彼」ではなくして、彼の社会的共同体である。個人ではなくして|社会的団体が思惟し.感じ.味わうところの主体なのである〔付ごま圏点〕。個人は社会的団体が遠い昔から積みかさねて来た思想や感情を己れのものとして考え感ずるに過ぎぬ。従って個人の意識は社会的環境の産物、社会意識の反映である。個人の独立、個人の自由などというものはどこにもない。個人はただ社会的団体のさし示す通りに考え感じ行為する。だからグムプロヴィッチにとっては、道徳は単なる|必然〔付ごま圏点〕であって|当為〔付ごま圏点〕ではない。社会的団体は全然|強制〔付ごま圏点〕の意味を持たず、個人は全然社会に背き得ぬ。現実的に動いているのはただ社会的団体のみである。
 ここに我々は新しい問題に直面する。人の社会を把捉しようとする学者が、「我れ思う」からの出発を斥け、個人的(92)意識の根源を社会的団体に求めようとすることはいかにももっともであるが、しかし個人の独立性を消し去るとともに直ちにそれに代わる社会的団体の独立性を主張するのは正しいであろうか。|個人に対立するのでない社会〔付ごま圏点〕、個人に先立って自ら思惟し意欲するところの主体としての社会、そういうものが果たして現実に存在するであろうか。Der Mensch denkt |の代わりに〔付ごま圏点〕 die Gruppe denkt があるという。このような「人でない」団体とはいかなるものであろうか。個人の独立性を見いだそうとする場合に我々がいつも突き当たった|共同性〔付ごま圏点〕は、果たしてこのような団体なのであろうか。

       第三節 人間存在における全体的契機

 我々は間柄を形成する|個々の人〔付ごま圏点〕を突き留めようとして、それが結局共同性のうちに消えてしまうことを見て来た。それでは間柄を作る個々の成員をそれとして規定する|全体的なるもの〔付ごま圏点〕を突き留めることができるであろうか。個人を個人として現われしめる地盤としての社会、あるいは社会的団体というごときものが、それ自身において把捉せられ得るであろうか。
 社会学者が社会あるいは団体をいかに解するにもせよ、あるいはまた学説が多岐にわたって|一定の社会概念が存しない〔付ごま圏点〕にもせよ、実践の領域においては何らか社会的なるもの団体的なるものが活動し作用している。そうしてこの活動の中にある人々の常識にとっては、家族、友人仲間、職業仲間、村、町、会社、学校、政党、国等々がそういうものとして理解せられている。しからばこれらのものは個人と独立にそれ自身において存立しているのであろうか。
 最も手近な社会として「家族」を取って考えてみる。それは言葉自身が示しているように「家」において表現せら(93)れている。屋根と壁とをもって仕切った一定の空間のなかに、竈を中心とした台所、食卓を中心とした茶の間、夜具を敷きあるいは寝床を備えた寝間、床の間に書画を飾った客間等々が区分せられ、そこでおのおの共同の料理、食事、休息、あるいは客の接待(すなわち家の外交)などが行なわれる。ここに家族と呼ばれる一つの「全体」が己れを現わしているのである。個々の成員はこの「全体」からして主人、主婦、あるいは夫妻、父母、子供等の資格を賦与せられ、そのおのおのの役目において家の全体を現わす。ちょうど身体において手が手として働くのは全体が手において働いているのであるように、父が父として行為するのは家の全体が父において働いているのである。が、家においては成員は生けるもののみに限らない。古い風習によれば家には祖先を祀る仏壇があり、親の命日には一家が「精進」しなくてはならなかった。一家の内に生ける親も、死せる親の前には子としてふるまわなくてはならない。この見地においては一家の主人は絶対的に主人なのではない。主人は己れの恣意によって一家の運命を決することができない。彼は祖先の支配の下に立ち、祖先伝来の「家」を今守っているに過ぎない。彼はそれを傷つけることなく子孫に伝えねばならぬ。そうしてみれば一つの家の全体性は個々の成員を超えたものであるのみならず、また現在の成員全体を超えた歴史的なものでもあったのである。
 このような家の全体性は個々の成員がその成員としての行為の仕方を逸脱する時に強くその存在を現わしてくる。たとえば父の放蕩とか子の背反とかというごときことは、家族全体を苦悩に陥れ、全体の圧力をその成員の上に集中してくる。それは全体から脱し去ろうとする成員を全体の方からつなぎ留める力である。在来の風習においてはこの力は祖先の名によって、あるいは家名の権威の下に、成員を束縛し得るものであった。
 しかし、それならばこの全体を、個々の成員に先立てるものとして、|それ自身において〔付ごま圏点〕捕えることができるであろ(94)うか。個々の成員をそれとして規定するものは家の全体に相違ないが、しかしその全体は|個々の成員を離れてもなお〔付ごま圏点〕存立し得るであろうか。明らかにそうでない。歴史的全体としての家であっても、あとを継ぐものがなければ|絶える〔付ごま圏点〕のである。死せる者のみによって成り立つ家はない。死せる者が家を支配するのは、生ける者が家を成り立たしめ、そうしてその家において先祖を祀っている限りにおいてである。しからば個々の成員が死に絶えた時に、あるいはたとい生き続けるとしても|その成員としての資格を破壊し去ったときに〔付ごま圏点〕、家族の全体性は消滅してしまう。そうしてみると家族の全体性はただその成員にのみ依存し、|それ自身においては存しない〔付ごま圏点〕。
 そこで家族を一つの有機体として考える必要が生じてくる。家の全体はその成員に依存するが、しかしそれは単なる成員の集合ではなくして、|有機的な組織〔付ごま圏点〕である。そこに個々の成員をそれとして規定する全体の契機がある。個々の成員は全体が部分として現われることによって初めて個々の成員となるのである。従って家の全体とは個々の成員に現われつつそれを一つに統一する者にほかならぬ。アリストテレスが身体の比喩をもって語ったように、個々の Glied(肢、成員)をそれとして生かしているのは全体であり、そうして全体はかかる Glied から成るのである。しかし家族がかかるものとして有るならば、家族の成員は|必然的に〔付ごま圏点〕全体に服属するものであって、一定の行為の仕方が成員に|強制的に〔付ごま圏点〕課せられるというごときことは起こり得ない。しかるに家族は、いかに原始的な段階にさかのぼってみても、すでに一定の行為の仕方を強制として含んでいるのである。親は親として、子は子として、兄妹は兄妹として、それぞれに|為すべからざること〔付ごま圏点〕を持っている。それはこれらの成員が為すかも知れずあるいは為し得ることに対する|禁止〔付ごま圏点〕である。この禁止を守る限りにおいてそれぞれの成員が|家族の成員〔付ごま圏点〕たり得るのである。もし親が子と相通ずるならば、そこに親としての、及び子としての資格は消滅する。現代の家族においても、親子夫婦はそれぞれに守るべき(95)ふるまい方を持っている。もし親が親として、子が子として、妻が妻として、夫が夫としてふるまわなくなれば、家族は解消するのである。家族の成員はその意味で|家族からの独立の可能性〔付ごま圏点〕を持っている。しかもこのようにして家族が解消した際にも、かつて家族の成員であった人々が、再び新しい家族の成員となることもできるのである。してみると、家族の成員は、|この〔付ごま圏点〕成員たることを超えてもなお存在し、家族の全体性は成員を失うとともに存在を失う。かかることは有機体の全体と部分においては全然見ることができぬのである。
 そこで我々は家族の全体性を有機体的に考えることをも控えねばならぬ。なるほど家族の成員は|全体を現わすこと〔付ごま圏点〕において成員となるには違いない。しかしその全体の現わし方は、身体の部分たる手が全体を現わすことにおいて手であるという場合とは全然異なっている。手は手であって|手以外のものであることはできぬが〔付ごま圏点〕、家族の成員は他の者でもあることのできる人〔付ごま圏点〕がこの時定の資格に限定せられているのである。たとえば「父」は|父でない〔付ごま圏点〕他の者、すなわち会社員、官吏、商人、軍人、遊蕩児、詐欺師等々であり得る。これらの者として行為する時彼は|父として〔付ごま圏点〕行為しているのではない。同様に母もまた職業婦人、娘、恋人等々であり得る。かかる人々を|子に対する父〔付ごま圏点〕あるいは|母〔付ごま圏点〕として限定したとき、この|資格において家族の全体が現われる〔付ごま圏点〕のである。だから家族の成員である限りにおいては、それ以外の者として行為してはならない。子に対する母である限り彼女は他の男の恋人であってはならぬ。あるいは職業婦人としてのふるまい方はそのまま子に対する態度であることはできない。しからば|家族の全体性とは個々の人のさまざまの可能性を否定して一定のふるまい方に制限する力〔付ごま圏点〕である。この制限によって人々は家族の成員となり、成員の間の|存在の共同〔付ごま圏点〕が実現せられる。それが人間存在における|家族的共同態〔付ごま圏点〕なのである。
 かく見れば家族的共同態は|人間の存在様態〔付ごま圏点〕であって、実体的なる一つのものなのではない。従って家族を一つの(96)「全体」と見る場合にも、かかる全体的なる「一つの者」|がある〔付ごま圏点〕というわけではない。ただに客体的にないのみならず|主体的にもない〔付ごま圏点〕のである。グムプロヴィッチが「社会的団体が考える」のだと言ったような意味で、「家族が考え欲し感ずる」ということはできない。家族としての共同意識は、他の成員と共同的でない意識をも持ち得る個々の人が、|この家族の成員として制限せられた意識を〔付ごま圏点〕、他の成員とともにするにほかならぬ。だからこの制限への服従の度合いによって、逆に言えば全体性からの背反の度合いによって、|家族的共同態はさまざまの度合いを持つことができる〔付ごま圏点〕。そうしてこの度合いは家族における実践的行為的な連関によって実現せられるものであり、従って日々に新しく変え得られるものである。かくして家族は、一身同体と言わるべきような緊碑な共同態から、仇敵の同居と見らるべきような稀薄な共同態に至るまで、さまざまの度合いにおいて実現せられている。かかる家族が|一つの主体〔付ごま圏点〕として働くのでないことは明らかであろう。
 以上のごとく我々は、手近な社会としての家族において全体的なるものを求めようとしてかえってそれを構成する|個人的な契機〔付ごま圏点〕に突き当たるのである。全体性はこの個人を制限する力にほかならなかった。しからば全体的なるものは|それ自身においては〔付ごま圏点〕無いと言われねばならぬ。しかしこの結果は家族を例として取ったがために出て来たものではなかろうか。|家族は一つの入格ではない〔付ごま圏点〕、という事はしばしば主張せられている所である。全体的なる者を把捉しようと思うならば、一つの人格として働き得るような社会的成態を考察せねばならぬ。ではそのような社会的形成物においては全体者が|それ自身において〔付ごま圏点〕存しているであろうか。
 ここでも我々は手近な例として「会社」を取ることができる。会社は「法人」として現実的に商行為を行なっている|社会的団体〔付ごま圏点〕である。それは人間の団体ではあるが、しかし|一つの〔付ごま圏点〕法律主体として、|個々の組成員を離れて独立して(97)いる〔付ごま圏点〕と考えられる。従って一般に法人がそうであるように、会社もまた|それ自身の〔付ごま圏点〕「住所」を持ち、|それ自身の〔付ごま圏点〕意志を表現し、|それ自身の〔付ごま圏点〕事業を行ない、|それ自身の〔付ごま圏点〕権利と義務を持つ。このような会社の自性は特に「秩式会社」において顕著に現われている。珠式会社は株主の結合組織せる社団である。しかし珠主は会社自身の住所に一度も足を踏み入れないこともできる。また会社の意志は総会の決議によって成立する|全体意志〔付ごま圏点〕であって個々の株主の意志を超えたものである。会社の行なう巨大な事業はしばしば個々の株主の理解能力を超えている。会社の巨大な債権と債務はしばしば個々の株主の具体的体験を絶した数字によって示される。かかる「法人」が|一つの全体者〔付ごま圏点〕として個々の成員を超えて|それ自身に〔付ごま圏点〕存立していることは疑いを容れない現実ではないであろうか。
 しかしながら会社は本来|共同企業〔付ごま圏点〕のために|人為的に設立〔付ごま圏点〕せられた団体であり、従ってまた|人為的に解散〔付ごま圏点〕せられ得るものである。従ってその全体性は、一定の定款の下に法律的に作り出されるものに過ぎない。現実においては合名会社のごときは家族的あるいは親族的な紐帯の上に築かれているのであるが、しかし会社としての本質はかかる紐帯を含まないのである。だから会社は最も典型的には株式会社において見られる。ここにはいわば「契約による社会」が模範的に示されている。七人以上の発起人が集まって定款を作り、株式を引き受ければ、それで会社は成立する。あるいは広く株主を募集し、株金を払い込ませ、創立総会を開けば、その終結とともに会社は成立する。明らかに個人が相集まって一定の契約の下に一つの「法人」を作るのである。しかもこの場合の個人は「一定の金額の出資者」という以外の何者でもない。個人が担い得るあらゆる他の資格はここでは捨象し去られている。そうすれば「株主」とは具体的な「人」ではなくして一定の金額を擬人化したものに過ぎない。株主の意志とは一定の金額の発言権なのである。だから珠主は一株につき一個の議決権を有すると言われる。もし最初にこれを制限する約束が作られていなけ(98)れば、千株の所有者は一株の所有者に対して千倍の力を持つ意志の所有者なのである。総会の決議によって成立する|全体意志〔付ごま圏点〕とは、かくのごとく株数によって定まる意志に過ぎない。従って過半数の株式の所有者は|己れ一個の意志〔付ごま圏点〕を全体意志たらしめ得るのである。かかるものは真実の意味において社会的なる全体者であることはできない。株主総会とか決議とかと言われるものは、一株を一人の個人に見立てた擬制的な表現にほかならぬ。会社の真相は|資本の集積〔付ごま圏点〕であって|人の集団〔付ごま圏点〕ではないのである。
 しかし会社は現実において個人企業と異なった共同企業を営んでいるではないか、と人は言うかも知れぬ。ここに我々は会社の事業を現実に遂行している社員たち(すなわち会社の使用人)と、共同企業者としての株主とを区別しなくてはならぬ。株主の共同企業とはただ出資者であるというだけのことである。そうして法人を形成しているのはこの株主たちなのである。日々の業務においては取締役が株主の共同意志を代行し、使用人たる社員を率いて活動する。しかも株主の共同意志とは一定の配当を要求するというに過ぎない。従って事業が必要とするさまざまの決断、努力、折衝というごときことは、主として使用人委せなのである。かかる点からしてしばしば会社の実権は使用人の手に移っていると言われる。法人としての会社はこれらの使用人を活動せしめる「資本」の別名にほかならない。
 そうしてみれば会社の全体性とは個々の人のあらゆる人間的な資格を捨象してただ一定金額の出資者としてのみこれを制限する力である。人はただこの出資者の資格においてのみ会社の組成貞になる。だから組成員と組成員との間には、その出資金の利潤という一点のほかには全然存在の共同がない。人としては相互に全然分離している。我々はこのような「社会的団体」を一つの人間的全体と認めることはできない。それは利潤を欲する個人が、利潤を得る手段として、資本を合同させる関係である。すなわち|個人の間の利益関係〔付ごま圏点〕である。法人の擬制はこの関係に確実性と持(99)続性とを与えるに過ぎぬ。この結果は我々が家族について得たものと同様である。
 それでは全体人格と称せられているものはどうであろうか。ここでは我々は常識が認めて全体人格となすものを取り扱うことができぬ。なぜなら常識はそういうものを知らないからである。従って我々は学者が全体人格として把捉したものを考察するほかはない。たとえばシェーラー(Scheler,Formalismus usw., S.544.)における|全体人格〔付ごま圏点〕あるいは|団体人格〔付ごま圏点〕(Verbandsperson)は、個別人格を集合してできるものでもなければまた個別人格の単なる相互作用の成果でもない。それは|体験せられた実在性〔付ごま圏点〕として、人格と等しく根源的である。かかる全体人格は個別人格のそれと異なった|独立の志向的意識〔付ごま圏点〕を持っている。しかし全体人格は個別人格を超越したものではなく、多くの個別人格を成員人格として含むものなのである。だから全体人格は多くの人格の相互体験として構成せられ、これらの人格が|一人格として〔付ごま圏点〕この|相互体験における体験〔付ごま圏点〕の具体的作用中心となるのである。このような全体人格の作用は、ある可能的な共同態においてのみ充実を見いだし得る|社会的作用〔付ごま圏点〕にほかならぬ。(同上、五四二−三ページ)たとえば支配と服従、命令、約束、賞讃、共感、さまざまの種類の愛、などが、全体人格を|有らしめる〔付ごま圏点〕社会的作用なのである。従って全体人格の作用は|成員人格の共同作用〔付ごま圏点〕なのであって、成員人格を離れたものではない。しかも成員人格は全体人格の体験の全内容を包み得ない。全体人格は常に成員人格よりも持続、中味、活動範囲において優れたものである。成員人格が死とかその他の仕方でその成員としての地位を脱しても全体人格は変わらない。とともにまた個別人格はさまざまの全体人格に属することもできる。
 以上のごとき全体人格は、|事実的には〔付ごま圏点〕、国民、文化圏及び教会において認められている。従ってそれは法人のごとき擬制ではなくして、その実在性を体験し積る具体的な作用遂行者なのである。ところでこのような全体人格と個別(100)人格との連関、従って成員人格との連関における全体人格の構造を追究して行くと、シェーラー自身においてさえも全体人格の全体性が捕え難きものになって来るのである。彼によれば(同上、五四三ページ)|個別人格としての〔付ごま圏点〕人格の 有は、自己意識、自敬、自愛、|良心の検察《ゲヴイツセンスプリユーフング》というごとき個別化的自己作用において、|一人格の内部に〔付ごま圏点〕構成せられる。そのように|全体人格としての〔付ごま圏点〕人格の有も、社会的作用において、すなわち共同体験の主体として、|一人格の内に〔付ごま圏点〕構成せられるのである。だから|あらゆる有限な人格〔付ごま圏点〕には個別人格と全体人格とが属していると言われる。両者は|人格の具体的全体〔付ごま圏点〕の本質必然的な両面なのである。|人格自身の内部において〔付ごま圏点〕個別人格と全体人格とが分離し、それが相互に関係させられるのであって、いずれかが他の根柢となるというわけではない。しかしそれならば右の両者を含むような「人格」とは何であろうか。彼における人格の一般的規定は「作用中心」、「作用を行なう者」であった。すなわち対象たり得ぬ|作用の側に〔付ごま圏点〕求められた統一であった。今やこの作用が個別化的作用と社会的作用との二種に分かたれ、それに応じて二種の作用中心が区別せられる。しかも彼はこの区別を|一人格の内部〔付ごま圏点〕に見いだしているのである。だから彼は「|いずれ〔付ごま圏点〕の有限人格にも」個別人格と全体人格とが属するという。この説き方から見れば彼は|個々の人格の内に〔付ごま圏点〕右の両面を考えているのである。彼が同じ事を言い換えて、「いずれの有限入格も同時に個別人格たるとともに|全体人格の成員である〔付ごま圏点〕」(同上、五五五ページ)と言っているのは、この消息を明白に示していると見られるであろう。そうすれば人格自身の内部において個別人格と全体人格とが分離するということは、個々の人格の内に個別的なる側面と|全体の成員としての側面〔付ごま圏点〕とがあるというに過ぎぬ。そこに見いだされたのは全体人格自身ではなくして|個々の人格の成員性〔付ごま圏点〕なのである。それは社会学者のいう社会的自我と異なるものではない。全体人格の全体性はそこには把捉せられ得ないのである。
(101) しかし、もし人格が個別人格としてのみ|個々の人格〔付ごま圏点〕であると言い得られるならば、個別人格と全体人格とをその両面とする人格は直ちに|個々の人格〔付ごま圏点〕であることはできない。全体人格としての人格が|共同体験の主体〔付ごま圏点〕とせられる限り、その主体は共同的主体であって個々の人格ではないはずである。かかる点から見れば人格は jede endliche Person としてでなく die Person として取り扱わるべきであった。(Formalismus usw., S.544.In der Person selbst also scheidet sich Einzelperson und Gesamtperson.)それは|作用の側の統一〔付ごま圏点〕である。しかし統一は個々の人格としての統一に限るわけではない。|個別的統一たると同時に全体的統一であるような重層的統一〔付ごま圏点〕、それが die Person としての作用の統一でなくてはならない。このような人格の構造をシェーラーは明白に説いてはいないが、しかし die Person が個別人格と全体人格との両面を持つと考える限り、当然ここに到達せざるを得ぬのである。また彼が全体人格の構造を説くに当たっては、暗々裏にこのことを承認しているのである。|全体人格とは個別人格でもあり得る人格が全体性において己れを現わしたもの〔付ごま圏点〕にほかならぬ。だから人格を全体人格の面より捕えればそこに成員人格としての|多くの人格が一人格として統一せられている〔付ごま圏点〕ことを見いださざるを得ぬ。すなわち人格は多人格たるとともに一人格なのである。全体人格の全体性は|多人格の統一〔付ごま圏点〕をほかにしてはあり得ない。多人格はおのおの一つの作用中心として独立性、個性を有するが、かく相互に独立せる人格がそれにもかかわらず|一つになる。この独立性の否定〔付ごま圏点〕にこそ全体性の意義が存するのである。
 シェーラーはこの「独立性の否定」の意義を充分に認めなかったために、全体人格を人格共同体として説くに際してかなりの混乱に陥っている。彼は人格共同体を「独立的精神的個性的全体人格|の中での〔付ごま圏点〕独立的精神的個性的個別人格の|統一(Formalismus usw., S.555.Die Einheit selbsta※[ウムラウトあり]ndiger,geistiger,individueller Einzelpersonen)in(einer(102)Selbsta※[ウムラウトあり]ndigen,geistigen,individuellen Gesamtperson.)として規定した。ここに彼は全体人格及び個別人格の独立性を強調しつつ、しかも両者の連関を示そうとしたのである。ところでこの独立せる多数の個別人格は、全体入港|の中にあって〔付ごま圏点〕「統一」を形成しているのであるから、この「統一」と全体人格とは別のものであるはずがない。そうして統一せられた多数の個別人格は、|一つとなっている限りその独立性を失っているはずである〔付ごま圏点〕。しかも彼はこの独立性の否定を看過しつつ、独立的個別人格と全体人格との間の連関を説こうとする。そこで独立的な個別人格と独立的な全体人格とが相対せしめられ、個別人格の間の統一の問題は背後に押しやられてしまう。人格共同体における連帯性の構造がそれである。そこでは個別人格の間の連帯性よりも、|個別人格と全体人格との間の〔付ごま圏点〕連帯関係が中心になる。両者はおのおの自己責任を負いつつ、同時に相互に、すなわち個別人格は全体人格に対し、全体人格はその成員に対して、共同責任を持つのである。個別人格が他の個別人格に対して共同責任を負うのは、他の個別人格がすべて全体人格の中にあり、そうしてその全体人格に対してはすでに共同貴任を負っているからに過ぎぬ。言いかえれば個別人格の間の統一は|全体人格を媒介として〔付ごま圏点〕成り立つかのごとくに説かれるのである。しかし|個別人格の統一でない全体人格〔付ごま圏点〕とはいかなるものであろうか。彼自身も成員人格を含まない全体人格などは認めておらない。その限り全体人格はあくまでも多数人格の統一である。従って|全体人格の自己責任〔付ごま圏点〕はすでに初めより|多数人格の共同責任〔付ごま圏点〕でなくてはならなかったはずである。しからば個別人格と全体人格との間の共同責任というごときことも空語に過ぎない。全体人格が責任を負うとき成員としての人格はすでにその責任にあずかっているのである。その全体人格が|成員に対して〔付ごま圏点〕共同責任を負うとは意味なきことではなかろうか。すべてこれらの考察においてシェーラーは、全体人格が独立的個性的な一人格であるという|前提〔付ごま圏点〕に支配せちれている。しかも他面において全体人格が成員人格を含むことをも否認するこ(103)とはできない。そこに不斉合が存するのである。だから彼は一方において、人格|共同体〔付ごま圏点〕が個別人格対全体人格の責任関係において成立するとしながら、他方ではこの人格共同体をそのまま全体人格と呼ぶのである。個別人格に対立する全体人格がいかにしてこの両者の連関を含む全体人格たり得るのであろうか。それは両者の間の|異にして同である〔付ごま圏点〕という関係によるほかはない。しかもシェーラーはかかる同異円満を認めないのである。
 以上のごときシェーラーの全体人格の考えは、それが結局「無限にして完全な精神人格」(同上、四一一ページ)すなわち人格的なる神、あるいは神の人格、に基づくことを理解すれば、おのずからにしてその真相を呈露するであろう。彼にとっては神こそ|人格のなかの人格〔付ごま圏点〕(Person der Personen)なのである。個人的人格の間の本質的共同性はすべてこれらの|個人的人格と神との間の共同性〔付ごま圏点〕に基礎づけられている。(同上、四一三ページ)だから人格と人格との間のいかなる関係も|無限人格たる神に媒介〔付ごま圏点〕せられるのである。たとえば人間の愛は|神への愛〔付ごま圏点〕に基づき、神への愛は有限人格が無限人格たる神の愛を|ともに愛する〔付ごま圏点〕ことなのである。(同上、五一八ページ)あらゆる人格はかかる|無限人格〔付ごま圏点〕の理念に照らされて初めて最高の価値を担うものになる。全体人格といえどもそうである。個別人格と全体人格との別は有限人格に存するのであるが、有限人格は無限人格からその人格性を得るのであり、従って有限人格における全体人格は無限人格の理念に服属する。そうであってみれば、全体人格がいかに成員人格を含んでいようとも、また多数人格の「統一」であろうとも、「人格のなかの人格」の理念の下に立つ限り、あくまでも一人格であって、単なる個別的独立性の否定であることはできないのである。
 しからば我々は全体人格の根柢たる「無限なるもの」が果たして「人格のなかの人格」でなくてはならないかどうかを問題とせねばならぬ。「無限なるもの」が人格とせられる限り、いかに大きい全体者を考えてもそれは常に個性的(104)独立的な人格であるほかはない。現にシェーラーにおける全体人格は、|本質的には〔付ごま圏点〕、決して完結することなき全体性なのである。(同上、五四二ページ)いかなる全体人格も|より大きい全体人格〔付ごま圏点〕の成員たり得る。そうしてこの大きさをいかに広げて行っても、それは常に|有限人格〔付ごま圏点〕として個性的独立的な一人格なのである。しかし、全体者をあくまでも一人格たらしめる無限なる人格は、決して哲学によって見いだされたものではない。シェーラーにおいても人格的なる神の理念を現実的に定立することは哲学の仕事ではなかった。それはかかる理念に相応する者(すなわち人格神)と|直接〔付ごま圏点〕に交通せる具体的人格が言い出したことなのである。従って神の現実性はただ具体的人格における積極的な|神の啓示〔付ごま圏点〕にのみ基づいている。(同上、四一二ページ)哲学はかかる宗教の神を理念として受け容れたに過ぎぬ。しかしもしそうであるならば具体的人格における啓示が|人格的な絶対者〔付ごま圏点〕をあらわにせずして|人格的とも限定せられない絶対者〔付ごま圏点〕を顕わにした場合にはどうなるであろうか。哲学者は同じ権利をもってかかる絶対者の理念をも受け容れてよいではなかろうか。もしまた既成宗教の間に選択を行なうことが哲学を偏狭にすると言い得られるならば、総じて既成宗教に根ざした絶対者の理念を|前提として〔付ごま圏点〕受け容れることをやめ、哲学自身の立場において絶対者の理念に到達すべきではなかろうか。人間の全体性を考察するに当たって、我々はこの全体性の構造自身の内にその根柢を探ることができる。それを初めより人格神の理念の下に全体人格として規定する要はない。全体的なるものが一つの人格であるか否かは全体性の構造の方から極められなくてはならない。そこで中心問題となるのは、多数個別人格が|いかにして一つの全体を形成しているか〔付ごま圏点〕という点である。そうしてそれは、すでに見て来たごとく、|個別人格の独立性の否定〔付ごま圏点〕においてのみ可能であったのである。
 個別人格の個別的独立性が究極において捕え難きものであることは前節において明らかにした所であった。また(105)「人格」とは本来何であるかという問題は、後に詳細に考察せられねばならぬ。ここではただシェーラーの個別人格の考えに連関して、個々の作用中心、特に|個々の実践的主体〔付ごま圏点〕を個別人格と呼んでおく。かかる個別人格の独立性の否定とは、個別人格が単に消滅することではない。|独立的なるものが同時に独立しないこと〔付ごま圏点〕、従って差別的(異)なるものがそれにもかかわらず、無差別的(同)となることである。単に差別性にとどまるとすればそこに何らの共同性もなく、従って全体をいうことはできぬ。が、また単に無差別性であるならばここにも「ともにする」という契機なく、従って内容を持った全体は見いだされない。共同とは異なるものが同ずることであり、全体とは同となれる異である。だから人格共同態としての一つの全体は、個別的なる多数人格がその個別性を超えて無差別を実現したものでなくてはならぬ。かかる全体における全体性は、|差別の止揚、無差別の実現にほかならぬ〔付ごま圏点〕のである。この実現の度合いによってここにもまたさまざまの度合いの人格共同態を見いだすことができる。原始キリスト教団におけるような緊密な共同態から社交クラブに過ぎないような因襲的な教会に至るまで、さまざまの度合いをもって「教会」は己れを実現する。それは神における無差別を実現している限り、いずれも「教会」と呼ばれてよいのである。
 全体性が以上のごとく差別の否定にほかならぬとすれば、有限相対の全体性を超えた「絶対的全体性」は絶対的なる差別の否定である。それは絶対的であるゆえに、差別と無差別との差別をも否定する無差別でなくてはならぬ。従って絶対的全体性は絶対的否定性であり、絶対空である。すべての有限なる全体性の根柢に存する無限なるものはかかる絶対空でなくてはならぬ。そこでまた逆に、かかる絶対空を根柢とするがゆえに、すべての有限なる全体性における|異にして同〔付ごま圏点〕の統一が可能となるのである。従ってあらゆる人間の共同態、人間における全体的なるものは、|個々の人々の間に空を実現している限りにおいて形成せられる〔付ごま圏点〕ということができる。
(106) 以上の結果は、人間におけるすべての全体的なるものの究極の真相が「空」であること、従って全体的なるものは|それ自身において〔付ごま圏点〕は存しないこと、ただ個別的なるものの制限、否定としてのみ己れを現わすこと、などを示している。個人に先立ち、個人を個人として規定する全体者、「大きい全体」というごときものは、真実には存しない。社会的団体の独立の存在を主張することは正しいとは言えぬ。我々はむしろ全体者を捕えようとして逆に制限し否定せられるところの個別人を突き出したのである。

       第四節 人間存在の否定的構造

 我々は間柄を形成する個々の人を突き留めようとして、それが結局共同性のうちに消え去るのを見た。個々の人はそれ自身においては|存しない〔付ごま圏点〕のである。しかるに今やその共同的なるもの全体的なるものを突き留めようとして、逆にそれが個人の独立性の否定にほかならぬことを見いだした。全体者もまたそれ自身においては|存しない〔付ごま圏点〕のである。しかも全体者が個人の独立性の否定において成り立つというとき、そこには否定し制限せられる個人の独立性が認められている。従って個々の人は全体性との連関においては|存している〔付ごま圏点〕のである。同様に個人の独立性が共同性の否定において成り立つというとき、そこには否定し背反せられる全体性が認められている。従って全体者もまた個人の独立性との連関においては|存している〔付ごま圏点〕と見られねばならぬ。そうすれば個人と全体者とは、いずれも|それ自身において存せず、ただ他者との連関においてのみ存する〔付ごま圏点〕のである。
 ところでこの他者との連関は、いずれも|否定的関係〔付ごま圏点〕であった。個人の独立性は全体者に背《そむ》くところにあり、全体者の全体性は個人の独立を否定するところにある。従って個人とは、全体者が成り立つためにその個別性を否定せらる(107)ぺきものにほかならず、全体者とは個人が成り立つためにそこから背き出るぺき地盤である。他者との連関において存在するということは、|他者を否定するとともに他者から否定せられる〔付ごま圏点〕ことにおいて存在するというにほかならない。
 人間の間柄的存在とはかかる|相互否定において個人と社会とを成り立たしむる存在〔付ごま圏点〕なのである。だから人間存在においては、まず個人を立して|その間に〔付ごま圏点〕社会関係の成立を説くこともできなければ、またまず社会を立して|そこから〔付ごま圏点〕個人の生成を説くこともできない。いずれも「先」であることはできぬのである。一を見いだした時、それはすでに他を否定し、また他からの否定を受けたものとして、立っている。だから|先なるものはただこの否定のみである〔付ごま圏点〕と言ってよい。しかしその否定は常に個人と社会との成立|において〔付ごま圏点〕見られるのであって、両者を離れたものではない。いわばこの|否定その者が個人及び社会として己れを現わしてくる〔付ごま圏点〕のである。すでに個人と社会とが成立している限りにおいては、社会は|個人の間の〔付ごま圏点〕関係であり、個人は|社会における〔付ごま圏点〕個人である。だから社会を相互作用あるいは人間関係と見るのも、あるいは個人を超えた主体的な団体と見るのも、それぞれ人間の|間柄的存在の一面〔付ごま圏点〕を捕えたものと言ってよい。それらがおのおのの立場において間柄的存在を|根源的に捕えた〔付ごま圏点〕と主張しさえしなければ、すべて是認せられてよいのである。|根源的には〔付ごま圏点〕これらの両面はすべて否定において成り立っている。だから相互作用も主体的団体も否定においてのみその真相を呈露し得るのである。
 我々は前二節の考察からして人間の間柄的存在の|否定的構造〔付ごま圏点〕に到達した。我々はさらに進んでこの構造を詳細に規足しなければならぬ。そのためには再び表現の媒介をたどる必要がある。|社会的事実〔付ごま圏点〕としての間柄がそれである。

 社会的事実として客体的に表現せられた間柄はすでに久しく社会学者の取り扱ったところである。特に社会をかか(108)る「間柄」として力説した顕著な学者は、タルドであろう。彼は周期的振動的運動を理法とする物理的世界、遺伝を理法とする生物的世界に対して、「模倣」を理法とする社会的世界を区別した。社会は模倣であり、社会の社会性は模倣性にほかならぬ。社会的団体とは、直接間接に相互に模倣する関係を持った存在者の集合である。(Tarde,Laws of Imitation,transl.by Parsons.p.14,68,70,74.Les lois de l'imitation,6.e※[記号あり]d., p.15-16,73,75,85.)この社会が自然と同じく「客体」であることは明らかであろう。それが自然と異なるのは、自然の理法が社会の理法に依存しないのに対し、社会の理法が自然のそれに依存していること、及び模倣が心理学的現象、すなわち|個人的意識の相互関係〔付ごま圏点〕であるという点であった。この相互関係は個人心理学においては取り扱われ得ない。従ってここには|脳髄の内〔付ごま圏点〕(intrace※[記号あり]re※[記号あり]brale)の心理学ではなくして脳髄の間(inter-ce※[記号あり]re※[記号あり]brale)の心理学、すなわち|多数個人間の意識関係〔付ごま圏点〕の研究が行なわれねばならぬ。(Tarde,Les lois sociales,5.e※[記号あり]d.,p.28 ff.タルドの社会学原理、風見訳、二八ページ以下)かかる研究は個人的自我の意識からではなくして、|主体と主体との間の関係から〔付ごま圏点〕、すなわち「意識の意識」の明証から出発する。それが社会学なのである。
 そこで社会は、個人意識と独立な実体ではなくして、|個人の意識と意識との間の心理的関係〔付ごま圏点〕、すなわち模倣だということになる。心理学が個人心理を対象的に扱うごとく、社会学もこの模倣関係を対象的に取り扱う。かかる対象的な関係をタルドは|ただ二人の個人の関係〔付ごま圏点〕、特に|大人と子供との関係〔付ごま圏点〕にまで導き返している。子供は身近にいる大人が話し・考え・行なうごとくに話し・考え・行ない始める。その大人がすでに久しい間社会生活を送って来た人であり、従ってその話・考え・行ないなどがすでに模倣において成り立っているとしても、子供にとっては直接に|この個人〔付ごま圏点〕がモデルなのであって、この個人と独立な社会的集団がモデルとなるのではない。だから子供の模倣は傍の大人の|個人(109)的発動〔付ごま圏点〕によって起こり、そうして|この模倣において初めて子供は大人との社会に入り込む〔付ごま圏点〕のである。その前には子供は一つの生物ではあっても|社会における個人〔付ごま圏点〕ではない。ところでこの関係は大人自身がかつて経て来たものである。彼が子供に教える言葉は前に彼が他の大人を模倣して覚えたものにほかならない。この模倣の糸をたどって行けば結局言葉を発明した最初の人に到達する。これがタルドのいう「創始者からの模倣の放射」なのである。子供は|大人を通して〔付ごま圏点〕模倣の放射を受ける。従って|子供にとっては〔付ごま圏点〕大人は|創始者の役目〔付ごま圏点〕をつとめている。しかし大人自身は模倣の放射の伝達者に過ぎない。彼は子供に対して模倣射線を、すなわち|社会を代表している〔付ごま圏点〕のである。そこで子供が身近の個人を模倣することにおいて初めて個人となるということは、|社会が個人を〔付ごま圏点〕作るということにほかならない。人は社会的であり始めると同時に個人的であり始めるのである。
 タルドはこの関係を大きい社会の基礎的事実と認めている。社会生活とは無数の模倣射線の交叉するところである。古《いにし》えの社会において人々が予言者・政治的指導者・祖先などに操られている人形であったように、現代の民主的な社会においても民衆は発明家・創案者・革新家などの模倣射線を受けて動いているのである。ただ模倣の傾向が昔よりも一層強いために――なぜなら文明の進歩とは相互の模倣が一層迅速容易になることにほかならないから――かえってその模倣に気づかなくなっているに過ぎない。
 このタルドの優れた観察は社会的事実の一面を非常に鮮やかに我々に示してくれる。しかし彼はこの事実と密接に関連している他の重大な事実を見ようとしない。子供は模倣を始めるとともに社会における個人になるというが、しかしその個人の個別性はいかにして模倣から出てくるであろうか。個人の意識が模倣によって形成せられているのならば、その意識が「個人の」意識として独立するゆえんは理解し難い。子供が|大人の通りに〔付ごま圏点〕話し・考え・行なうとす(110)れば、それは彼自身のいうごとく、大人に「操られている人形」であって、|大人と異なった〔付ごま圏点〕子供ではない。そうすれば大人の意識と子供の意識|との間の〔付ごま圏点〕関係ということすら言うことができないのである。模倣は意識の共同化であって個別化ではない。だから彼が「模倣を始めるとともに社会における個人になる」と言ったときには、彼はすでに模倣以前の、すなわち社会以前の、個体を前提とし、この個体が模倣とともに社会の中に入り込むことを考えているのである。かかる個体は彼においては|生物的個体〔付ごま圏点〕であり、それはすでに生得の|模倣傾向〔付ごま圏点〕を持っているのである。従って社会における個人の根柢には生物的世界が据えられている。個人の個別性はただ生物的世界からのみ来るのであって、社会は意識の共同化以外の何物でもない。そうなれば模倣を始める以前の子供とその母親との関係は社会関係ではない。また大人が子供を強制し、しかり、しつけるというごとき教育関係もまた社会的事実から閉め出さねばならぬ。子供の意識が大人への模倣の集積に過ぎない場合に、それを否定して他の一定の考え方、行ない方を強制するということはあり得ないからである。しかしこれはあまりにも事実を曲げるものではないであろうか。
 このような一面性は社会を間柄として把捉しようとする社会学者に一般に認められると言ってよい。たとえばジンメルである。彼はタルドが個人の間の意識関係をことごとく|模倣〔付ごま圏点〕に帰せしめようとしたに対して、かかる心理的相互作用が単に模倣の現象においてのみならず、上下の服属関係、競争、分業、党派の形成、代表、等々の関係形式に現われることを明らかにしようとした。また、タルドが社会学を意識間の|心理学〔付ごま圏点〕と考えたのに対して、彼は相互作用という「心理現象」が|心理学的にでなく社会学的〔付ごま圏点〕に取り扱わるべきことを主張した。というのは個々人の間の相互作用や関係からその|心理的な実質〔付ごま圏点〕を抜き去って、ただ|関係形式、相互作用の仕方〔付ごま圏点〕だけを把捉せねばならぬという意味である。ここにタルドよりも広い眼界が得られ、社会学の独立が確保せられたように見える。しかしここに取り扱われる(111)相互作用の形式が|アトム的な個人の問の結合形式〔付ごま圏点〕であり、(G・Simmel,Soziologie,14 f.…des…interindividuellen.Lebens…zwischen den Atomen der Gesellschaft)従って社会は|ただ関係づけであって強制でなく〔付ごま圏点〕、社会と個人との間に否定的な関係が認められておらぬ、という点は同じなのである。
 ジンメルによれば、「社会は|多くの個人〔付ごま圏点〕が相互作用に入るところに存在する」というのが、「定義の争いをできるだけ避けている」社会の表象である。(同上、四ページ)だから相互作用に先立つ個人はここに明白に前提とせられている。個人における愛・信仰・社交などの衝動、防御.攻撃.遊戯.営利などの目的に基づいて、その個人たちは一所になり、互いに行為し合い、ある間柄を作る。すなわち多くの個人からして一つの「統一」が、「社会」が作られてくる。それが相互作用なのである。だから彼においては社会は社会的結合(Vergesellschaftung)にほかならない。彼はこの社会的結合からして個人の衝動・関心・目的・傾向性・心理的状態というごとき|実質〔付ごま圏点〕を捨象し、社会的結合の|形式〔付ごま圏点〕のみを捕えようとする。それは|個人の孤立的並在を共同存在.相互存在にまとめ上げる結合形式〔付ごま圏点〕である。現実の社会はこの形式によって社会たらしめられているのである。この関係は木製の球と幾何学的な球形との関係に等しい。
 しかし孤立的な個人の並在がどうして共同存在にまとめ上げられるのであろうか。彼は社会的結合が相互作用の|仕方〔付ごま圏点〕や|範囲〔付ごま圏点〕に従って種々の程度を持つことを言っている。偶然逢って散歩をともにするというごとき結合から家族の結合に至るまで、あるいはホテルに泊まり合わせたというごとき一時的な社交的結合から中世のギルドのごとき固い結合に至るまで、さまざまの程度が分かれるのである。ところでかかる結合における相互作用の|仕方〔付ごま圏点〕は|個人の行為を一定の仕方に限定する〔付ごま圏点〕という意味を持たないであろうか。偶然散歩をともにするという結合においては、人はあまりに慣れ慣れしくしてはならない。友人に対するごとき態度を取ってはならない。相互に参与し合う存在を現前の一局部(112)に限らなくてはならない。かかる制限を破れば散歩をともにすることはできぬのである。いわんや家族、ギルドのごとき固い結合においては、行為の仕方は厳密な制限を意味する。しかるにジンメルはかくのごとき制限、強制を抜きにして相互作用の仕方を考えている。そういう仕方が|いかにして〔付ごま圏点〕衝動を異にする個人を|一つの統一にまとめ得るのであろうか〔付ごま圏点〕。
 この間題はジンメルにとっては社会学の問題ではなくして|社会哲学〔付ごま圏点〕のそれであった。社会学はすでに成立せる社会の関係形式を見いだせばよい。「いかにして社会が可能であるか」の問いは、「いかにして|自然〔付ごま圏点〕は可能であるか」というカントの問いと同じく、|社会の認識論〔付ごま圏点〕に属する。(同上、二一ページ以下)そこでカントが自然を成立せしめるアプリオリの条件を探求したように、ジンメルは|社会を成立せしめるアプリオリの条件〔付ごま圏点〕を求める。前者における直観の形式・悟性概念というごとき主観の形式に当たるものが、後者においては相互作用の形式である。すなわち|個人と個人とを関係させる形式〔付ごま圏点〕である。この場合両者の間に存する相違は、前者における実質が|感覚的所与〔付ごま圏点〕であるに対して、後者のそれが|個人的要素〔付ごま圏点〕だという点である。従って前者の形式は主観に存して実質には存しない。しかるに後者の形式は実質たる|個人の心の内に〔付ごま圏点〕ある。|個人の内にアプリオリに存する心的過程が〔付ごま圏点〕社会を可能ならしむる条件なのである。
 そうするとおのおのの個人は、相互作用において実現すべきような社会形式を、すなわち共同化同一化の形式を、己れの内に持つことになる。かかる個人が孤立的に並在するとはいかにして言えるのであろうか。アプリオリに内に持つ共同化の形式を否定せざる限り、個人は孤立的なものにはならないはずである。だからジンメルにとっては個人の孤立的並在は初めから認められている前提なのである。彼はいう、「あらゆる人は深い個性点を己れの内に持っており、個性点の質的に異なる他の人からは内的に学び知ることができないように見える。」(同上、二四ページ)かかる(113)個人に共同化の形式が付着しているのである。だから個人の個別性は個性点に基づき、|社会形式はただ個人の普遍化の側面をのみ引き受ける〔付ごま圏点〕ことになる。うかがい知る事のできぬ個性点を持つ個人が、しかも他人との関係に入り得るのは、個性的な心を普遍化して見るからにほかならない。我々は人をその個性において見るのではなく、|普遍的な類型〔付ごま圏点〕において見るのである。他人が友人・同僚・同志であるのは、すなわち同じ団体の中にともに住むものとして認められるのは、すべてこの普遍化である。
 以上によって見れば、社会形式が個人を一つの統一にまとめ得るゆえんは、それが普遍化だからである。個人の内にはアプリオリにこの普遍化の功能がある。従って個人はその個別性を否定制限することなく、単に普遍化の側面を働かせることによって相互作用に入り得るのである。ジンメルが相互作用の「仕方」と考えるものは、行為の限定としての「仕方」なのではなく、|普遍化の程度〔付ごま圏点〕に応じてそれぞれに異なる|相互作用の種類〔付ごま圏点〕にほかならない。そういう普遍化の種別がアプリオリとして認められるのである。しかも彼はこの普遍化の程度を個性点との相関において考えようとしている。個性点は個人存在における|一定の〔付ごま圏点〕秘奥範囲なのではなく、それぞれの相互作用において普遍化されぬもの、すなわち|その社会の外に〔付ごま圏点〕あるものである。だから愛情や友情における個人はその個性点(すなわち社会外的要素)をほとんど零に近きまで減少し、従って存在のほとんど全部を普遍化することができる。これは普遍化が最も大きい場合の相互作用である。それに反して近代の貨幣経済的文明の産み出した経済人にあっては、個人は経済機構の一の歯車としてのみ普遍化せられ、それ以外のあらゆる生活を社会外に置くことができる。これは普遍化の最も少ない場合の相互作用である。そういうふうに普遍化の程度が相互作用の仕方を決定するのである。
 かくして行為の仕方の強制的性格を考えることなく、社会の可能性が説かれた。しかし強制の契機を容れずして個