定本柳田國男集　別卷第四（新装版）、筑摩書房、1971､4､20（1980.8.30.15刷）

　

(1)　　　炭燒日記

　

(3)　　　自序

　

　炭燒日記が世に出たとなると、古い友だちが必ず思ひ出して、微笑して下さるだらうといふ話題が一つ、自分も實はそれを念頭に置いて、苦しい戰時中の自家用炭を燒き、又今頃その日記を本にして、世に遺す氣にもなつたのである。今から算へると四十五年前、たしか大正の三年といふ頃に、文部省の事業として世に出た俚謠集の大册の中に、我々が炭燒長者と呼ぶことにして居る長篇の物語歌が、福岡縣と廣島縣に、二つまで採録せられて居て、内容はほゞ同じく、一方がこの物語の本家本元である豐後に近く、後者が流傳であつたことが文句からもよく判る。それを詳しく説く根氣も必要も今は無くなつたが、話の頂點といふのは山一ぱいの黄金の中で、少しも此金屬の尊とさを知らずに、炭を燒いて年月を送つて居た豐後の若者の處へ、神の御告げを受けて、都方の姫君が押掛け女房に下つて來られる。まづ里に降りて食物を求めて來たまへと、手渡しせられた小判といふものを、是も小石と心得て路傍の池の鴨に、打ち附けて見たけれどもあたらなかつたと、手を空しくして歸つて來たといふ樣な可笑味を以て、この物語は進められて居るのである。

　果して豐後の元方に於ても、話は斯うした形を以て傳はつたものかどうか、といふことが先づ私たちの問題になつた。それで旅行のついでに廻つて見たことも二度はあり、又伊東東君といふやうな郷土の學者も居られて、教へて貰つたことも多かつたが、少なくともあの内山の觀音さまの信仰區域、三重といふ町の周邊などでは、さういふ笑ひを催すやうな逸話は根をさす餘地も無かつた。炭燒長者は即ち眞野長者家の初代であり、絶世の美女玉世の姫、それを妻問ふとて都の方から、牛飼ひ童に身をやつして、御降りなされた高貴の若君が、宇佐の神祭の頭屋行事に、弓箭の秘傳を御示しなされたといふ中古からの物語と、いとも安らかに繋ぎ合されて居るのであ(4)つた。

　序文にこの樣な長話を持ち出して、始末が附かなくなつたのは拙いが、それは又誰かに補つてもらふとして、こゝで是非とも言つて見たかつたことは、中部日本の廣い區域を飛び越して、日本の北端の六縣にも眞野の長者の物語が傳はり、やはり長者の美しい姫が、都に召されて宮廷の人となられたと語られる他に、更に黄金を池の水鳥に投げ附けて、人に怪まれて始めてそれが至寶であることに心附いたといふ笑話が、十箇所に近くそちこちに散在する。その説話の主人公は、到る處皆炭燒藤太であつた。その藤太は、津輕では藩侯の先祖の一人と謂つたが、他の多くの土地では是を金賣吉次の父だつたやうに傳へて居る。歴史にしようといふ迄の野心が無いので、話は大きく又取留めが無いけれども、ともかくも南北雙方の是ほどの一致は、或は其運搬者の系統が繋がつて居ることを語るものでは無からうかと思ふ。

　そこでなほ一つ、今まで考へて居たことを附添へると、木炭は何の爲に燒くかといふこと、柳田某の如く石炭をあてにして家を建て、それが手に入らなくなつて手あぶり、置ごたつにかじり附くといふ人は、昔も是からも恐らくは稀なことであらう。以前九州の南部をあるいて居た時に、炭燒の技術は大分縣の人から學ぶといふことを聽いたのも、やはりあの鍛冶翁《かぬちのをじ》の末裔が住み付いたといふ宇佐關邊の特技だつたからではあるまいか。武藏相模の近世の風土記を出して見ると、海からやゝ遠ざかつた丘陵沿ひには鐘鑄場・金井神といふ地名が妙に多く、中には又それに近い名の塚もまじつて居て、そこから鉄滓の出た例も稀で無い。察するに鑄物師はもと小さな群を成して移動する必要があり、しかも特殊な物忌をもつて居て、農民の部落に入り交つて止住することを好まなかつた。だから又猿蓑の歌仙の中にも、

　　押合うて寢ては又立つ假枕

　　　たゝらの雲のまだ赤き空

(5)といふやうな奇拔な一聯もあつたわけで、幸田先生などはやゝかはつた解釋をして居られるけれども、金賣と炭燒とが親子のやうだつた關係を考へて見ると、是がむしろ日本のやうな南北に長い島を、氣永に渡つて來た小工藝者群の、常の生活の姿であつたらうと私は思つて居る。

　此本に記録せられた私たちの炭燒事業は、何一つ作品を世に留めず、僅か半月ばかりで中止してしまつたけれども、ともかくも斯ういふ問題を思ひ返す機會にはなつた。ちやうど今住んで居る新らしい小家が、偶然にその昔の職場の跡なので、稀に舊友が集まつて來ると、話は又しても炭燒小五郎から、金賣吉次の方へ進んで行かうとする。しかし一方には同じ系列の説話が、飛んで沖繩本島の山原地帶、更に南しては宮古島の北岸にまで、分布して居るやうな形跡さへ辿られて、若い同學の徒の樂しみはまだ豐かである。出來るものならばさういふ人たちの間にも、なほ若干の讀者を見附けて置きたい。

　

　　　　　昭和三十三年十一月

　

(7)昭和十九年

　

　　昭和十九年一月一日　土よう　雲多し　風立ち雪少し散る　尾長多く庭に飛ぶ

七時に起き八時に膳を祝ふ。

九時、隣の長岡君やゝ醉ひて來る。

橋浦君來、民間傳承十二月號持參。

矢崎源九郎君來、先づかへる。

關君來。椎橋君來、この三人午後まで居る。

小石川松岡の三人兄弟、岡村直木も共に來。

春日氏の「西大寺本金光明經古點研究」とゞく。

森銑三君より新著「月夜車」贈らる、よむ。

京都の岡見君より茶をくれる（これは或は二日か）。

　

　　一月二日　日よう　好晴　けさもヲナガ多く來る

堀二人年禮。

赤星一人にて來る。

大藤君來、此人々と午食を共にす。

(8)三原五人來、食物をくれる。

石田英一郎來、共に夕方までとゞまる。近日蒙疆に向つて立つといふ。

夜鹽月正夫君來。

久しぶりに大阪の舊事誌「浮世の有樣」をよむ。卷一に御蔭參りのことあり。

　

　　一月三日　月よう　晴天　少し風あり

志村義雄君櫛田克己君二人來、後者櫛田民藏君遺子、蒙古を研究すといふ。

隆子來、今夜も堀へおとまり、三原の子も來る。勝は正午に又飛行機で立つといふ。

清彦庭にて遊ぶ。

羽黒の戸川君より原稿とゞく、返事を出す。

　

　　一月四日　火よう　うす日　甚だ寒くはじめて炬燵にかじり付く

矢田部勁吉來。

大島正浩來、大島氏より白米、小豆贈らる。

隆子けふも堀にとまる、こゝへ來て書初め、「ノボルアサ日」と書く。

　

　　一月五日　水よう　曇　うす日さす　夜雪ふぶく

けふ電車の遠足、帝都線から省線、吉祥寺、立川のりかへ、八王子に行つて見る、由木行のバスはもう出なくなつて居る。

(9)横濱線原町田まで、山あひの冬木立はよし、梅の蕾は少し大きくなつて居る、車中明世堂版の「琉球神道記」を讀む。

新原町田から乘車、東生田下車、バスの埃をあびて少しあるく。榎戸などいふ所を通り、登戸の長念寺、丸山教會の前をとほり停車場へ、三時前にかへる。

中河與一君來る。

るす中後藤興善來るといふ。

隆子來り今ばんはこちらに泊る。夜赤星來り、雪の中をかへつて行く。清彦に林檎をもつて來てくれる。

　

　　一月六日　木よう　好晴　うす雪庭をうつくしくす

けふから又寢室にかへつて書を讀む。この正月は本をわづかよむのみ、字をかくひまなし。

雪の庭に尾長鳥あまた下りて遊ぶ。ツルウメモドキの實も食ふか。

前澤雅男君玄關まで來る、その他訪客なし。

爲正茅ヶ崎の家を見に行く、夜かへる。

隆子逗留、清彦と遊ぶ。

　

　　一月七日　金よう　好晴　後雲出づ　さむし

母君十三年忌辰、けふは圓通寺を迎へ少しの人々集まるのみ。姪たち孫たちは四月に呼ぶことにする。あまり寒ければなり、三穗三千手傳に來る。

佐渡中山氏よりカマボコ送り來る、禮のハガキ出す。

(10)松島重君母この一月二日遠行のよし報じ來る。もう一度逢ひたかりし、八十三歳といふ。

おひる矢田部・木越二刀自、堀母、三穗・三千・隆子會食。一時半から圓通寺上人讀經、村上・中山・高木・堀一郎なども來て燒香、いろ／＼の供へ物あり。矢田部林ご、木越くわんづめ。

すし、しるこなど出し、夕方まで話しゝて別れる。赤星より米とうどんと。

欅の木のツルモドキにヲナガドリ二十羽も來てあそぶ、實をくふとおぼし。飛ぶさま繪のやうなり。けふはいやな聲では啼かず。

　

　　一月八日　土よう日　けふこそはよき日和　觀兵式行はせらる

終日二階の寢床に在り字をかく。幸ひに人來ず、孝、三千と共に墓參に行つてくれる。

夕方穗積忠君長男、伊豆から餅をうんともつて來てくれる。昨年四月以來、成城の町に下宿して居るといふことを始めて知る。折口君も知らぬやうなり。

　

　　一月九日　日よう　曇　最も寒し

午後木曜會。二二三次。五來・志村・青木・今一人など來る。三國書房及戸田、生活社鐡村及前田來、堀一郎三昧聖の話をする。

青木君、まんぢゆう手製のものくれる。

大矢君越前の串柿くれる。

瀬川さん越後の良寛の煎べい一枚。

富美子病院に行くとて小石川へ泊りに行く、清彦二階に來てとまる。

　

(11)　　一月十日　月よう　晴

波多野完治君來、子守唄新作につき相談。

女性叢書新出二（山川と宮本）をよみ日をくらす。又川瀬一馬君の書誌學研究をよむ。

　

　　一月十一日　火よう　好晴和日

三原刀自より電話。

午後市河三喜博士へ見まひにゆく、久々にて澁澤元治氏夫人とあふ。

三好氏を訪ふオカタ殿不在。

關口健一郎君を訪ふ、あすが夫人の一週忌日、常はほんの一人で居る。雜炊を煮てくふよし。あはれなることなり。

電車の行かへりに黒田米子刀自にあひかたる。

羽黒の戸川君より駒下駄を送つてくれる。るす中に井上孚麿君來る。

讀賣より電話云々。

　

　　一月十二日　水よう　晴　午後風たつ　土ぼこり

三原夫人來、井上藏書のことに付、上野よりの傳言のこと、鮮魚その他みやげ也。トラピストのバタも。

散歩に出づ。南武線長沼まで。役場のとなりに鑄潰さるべき梵鐘三つ、常樂寺のもあり。この寺の和尚葬式に行くに逢ふ。

百村一見、館の明神さまに詣づ。それから山路をあるき、火工廠のかこひの外をあるき、再び長沼に出でて三時頃か(12)へる。三時間ほどあるく也。るす中三好夫人來、貝のつくだになどみやげ。

　

　　一月十三日　木よう　好晴

午後創元社の岡村君來、原稿の催促なり。

孝東京へ行く。

本田等君來、宮崎縣｜西米良《にしめら》一遊の話、近く駒込に引こすといふ。

白金酒井氏より越前の蟹來。

ロバートソン・スコット曉の夢に來る。彼八十一歳、もう活きて居る筈なし。

　

　　一月十四日　金よう　けふも好晴

ふみ子分院へ行く。

松岡磐木婚宴、學士會館、孝と二人行く。媒妁山梨大將、鳥巣・宮地の二舊友も來てくれる。先方小牧氏も親類多く、にぎやかになる。

夜山梨の自動車にて新宿へ。

るす中放送局の小川君電話。

隣の由本氏へ悦びに行く、長男二年半ぶりにかへり來る、安南・タイ・ビルマ・マライ・にも歴戰、到る所の戰場を見たりといふ。未だ逢はず、母君からきく。

　

(13)　　一月十五日　土よう　曇　寒からず、小豆粥常の如し

小原某女、石田の手紙をもちて本を借りに來る。「獨乙民俗學會誌」十一−十二卷一册貸了。後日やがて返却了。

笹村良紀君來。埼玉縣からこの月二十一日講演のたのみ、ことわり了る。

丸山久子さん來。

　

　　一月十六日　日よう　晴

松岡初子一昨日の挨拶に來る。けふまで大久保の妻木氏に在りきといふ。

その他訪客無し、風を少し引いたやう也。

三穗子來、牛肉（キモ）もつて來てくれる。

　

　　一月十七日　月よう　朝曇午後晴

東寶の村君、甲鳥書林の矢倉君來、三木茂君二人の助手をつれて來て寫眞をあまたとつてくれる。「雪國の民俗」の校正をおいて行く。

矢倉君より京の千枚づけ一桶。

午後小井川君父子來、杉山壽榮男君來、筑土鈴寛君原稿をもつて來てくれる。

小井川君より八戸の食用菊くれる。

テル一昨日より手傳に來り、けふかへる。

ふみ子岡氏へ齒の療治に行く。

　

(14)　　一月十八日　火よう　午後曇

終日引籠り字を寫す、人も來ず。

孝目白訪問。

千津子手紙、太田兩親東京へ移るべきこと、子どものことなど。

けふは一日清彦を見ず。

　

　　一月十九日　水よう　晴風ふく

感冒の用心に半日寢床に居る。戸をあけて日光浴深呼吸。

幸ひにして訪客無し。

野尻抱影君手紙、大島正隆君死去のよし報じ來りびつくりする。三十五歳といふ。此頃久しく消息なくいぶかしく思ひをりし也。

　

　　一月二十日　木よう　晴

けふも一日寢室にて讀書、外の寒さを忘る。訪人電話無し。甲鳥書林より印をとりに來る。「雪國の民俗」試刷をかへす。

孝買もの及赤星へ行く。

永續農家についての談話筆記といふのを農業研究所よりもらひ讀了る。

兒童語彙の整理をおもひ立つ、他のしごとは皆おくる。辻本より度々速達なり。

　

(15)　　一月二十一日　金よう　晴

けふも終日室に在り。「和州祭禮記序」を書き了る。

瀬尾より手紙、返事す。

孝目白へ行く。

仙臺安東氏より腸づめ、但し干魚を加へたもの。

　

　　一月二十二日　土よう　曇ぞく／＼と寒し

今井富士雄君玄關まで來り立話、そのあと竹内長雄君死去の報を得たり。

赤星隆子來てとまる。

午前三千子來、母三原へ行く、夕方かへる。

　

　　一月二十三日　日よう　晴　やゝ曖かし

木曜會二二四、小井川、橋浦、關、瀬川、能田、志村、丸山、池田、大矢、倉田、堀、和歌森、萩原、三千子。

生活社に入つて來た婦人阪本氏來、筑前若松の人。

守隨君死去の電報を倉田君もち來り一同びつくりし嗟歎する、事情全く知れず。

太田丙子郎氏來訪、ちよつと逢ふ、今度錫の會社の社長にたのまれたるよし也。

堀より志州甲賀村の餅をくれる。

三原佐代・吉志二人來り隆子と遊ぶ。

隆子おそく迎へが來てかへる。

(16)能田刀自より南部の雉子をもらふ。

　

　　一月二十四日　月よう　晴

けふも終日家に在り、煙草を吸ふので咽がいつまでもよくならず。

北原白秋遺集「橡」送られ、一日に讀了す。先日は齋藤氏の「のぼり路」をよみ、二人の行き方のちがひよくわかる。

白秋の歌語につき一文を書いて見たくなる。

堀家に謠の競技會あり、孝子參列、但し番組には加はらぬらしい。ふみ子齒科に行く。

　

　　一月二十五日　火よう　小雨久しぶり也

風をひき、昨夜少し熱高く、又よるねられざりし故、午前中床に居る。

夜熱再び八度、ねられず。

　

　　一月二十六日　水よう　曇りがち

終日床に在り。

三穗來、三原老人も風のよし。

岩波の森君來。堀明日立つとていとま乞ひに來る。

　

　　一月二十七日　木よう　好晴風つよし一昨日の雨にて幸ひに埃しづまる

けふは起きて東の座敷に一日在り。

(17)夜一高學生晩餐會によびに來る。二月二日、ことわり了る。

原稿をかく。

夜又熱あり、是からねることにする。

　

　　一月二十八日　金よう　曇　朝のま少し雪

鹿兒島の池田米男君、御幣大根といふ櫻島の干大根をくれる。

「矢島十二頭記」、阿部龍夫氏の「由利の面影」などを讀む。

　

　　一月二十九日　土よう

池田さん、丸山さん來る。

　

　　一月三十日　日よう　曇寒からず

明世堂來。卷煙草二〇、ほし柿及新刊一、逢はずにかへる。

角館の田口秋魚君來、二人とも逢ひ不得（孝一寸赤星へゆきるす也）、こは飯と名物のつけ物くれる。

川島お花さん玄關まで來り、是もなま干しの柿及び卵くれる。けふはノバポン無しに三十七度以下。

　

　　一月三十一日　月よう　好晴

けふは床を上げ室にこもる。山茱萸の珠、やゝ黄になる。ヒタキ來る。

仙臺佐々木廣古君母よりカレヒ一鹽、尤もうまし、龜ノ子節二本來。

(18)三穗子午前來、勝昨日歸宅のよしにて土産の牛肉をもつて來てくれる、夕食にくふ。けふは熱七度、夜もよほどねられる。

　

　　二月一日　火よう　晴　けふは熱なし

東洋堂龜井君來、玄關で逢はずにかへる。新會社の顧問にたのまれるといふ。

丸山さん來、慶應から「永慶軍記」その他を借りて來てくれる、早速よむ、且つ抄す。

備中の江草氏より大和薯、干大根、干柿あまたくれる。

富美子大島氏へ行きとまる、あす病院へ行く都合といふ。

　

　　二月二日　水よう　晴

孝腹をいため寢る。熱あり、夕方中川博士をたのむ。

磯部雪子來、和歌山の河合かつみよりとて七十の祝の品くれる。卷たばこセット。

夜三原勝來、おそくまで熊本のことを話してゆく。いくさのプロスペクト、此人の話をきくといつもたのもしくなるなり。

　

　　二月三日　木よう　雪少し降り寒し

孝けふは熱なし、三穗子見まひに來る。

　

(19)　　二月四日　金よう　夜の間に薄雪一日くもり寒し

午後折口氏加藤杜壯君を伴なひ來る。

伊東の新歌仙の名殘裏の二句を繼ぐ。紀州みかん、八丁味噌のなめもの、くるみ餅、輕便こんろ四品贈らる。

竹内若さん、岩波文庫で出した「毛吹草」送つてくれる、よむ。

坂口一雄君、大島よりのかへり船中より葉書、何か大島のものをくれるといふ。

　

　　二月五日　土よう　立春　終日曇　寒からず　山茱萸の黄球やゝ大きく目だつ

山口壽々榮さん來、「民俗學」三貸す。新田郡に遊びに行きたしといふ。

坂口君より大島の豚肉くれる。

隆子とまりに來る。夜トランプ合戰、四敗一勝。

谷崎の「聞書抄」新刊創元社より送來る、讀む。

　

　　二月六日　日よう　快晴

小栗昌雄君久しぶりに訪來る、小河内のジャガ芋持つて來てくれる。

尾崎正章君來、山水女學校の教員となり、この近くに住む。二年生二人つれ來る。一人は廣島から、一人は小笠原島から來て寄宿舍に居るといふ。

李獻璋君來。

三原吉志・佐代、母と來り庭にて遊ぶ、父は今朝早く熊本に出發すといふ。

夜赤星、隆子を迎へに來る。早くかへる。

　

(20)　　二月七日　月よう　曇　うす日さす　けさも尾長鳥多く來る

花本君より使、三原産のネーブルくれる。

牛後堀一郎來、出雲惠曇村、紀伊粉河寺、奈良東大寺の話などする。一昨夜おそくかへる。

粉河の逸木氏より借るとて、「聖之記」といふもの青寫眞のものを示す。叡山の地理を書けるもの、至�ｺ四年の作といふ、之をよみて夜をふかす。

丸山さん來、慶應の國分君へ本をかへす。

女子大學の生徒、「百科辭典」を見せてくれとて二人來る。

　

　　二月八日　火よう　晴　ナラヒ吹く

爲正風を引いて昨日から寢る。

三千子ちよつと來る、昨日の寫本かへす。原稿をかく。

一昨日よしの家から切餅三つ四つくれる。

折口君より俳諧の手紙、末の花の座、穗積へ送る。

　

　　二月九日　水よう　晴

山口貞夫君母堂來、コニャック一瓶、胡麻一器くれる。

今夕久しぶりに湯に入り早く寢る。

　

(21)　　二月十日　木よう　好晴　霜深し

丸山さん、慶應の圖書館から又本をもつて來てくれる。

　

　　二月十一日　金よう　晴　北風寒し

紀元節、清彦と共に「雲にそびゆる」のラヂオを聽く。

散歩に出ようとして滿員におどろきかへつて來る。

村君へ送る原稿、三千子清書をもつて來てくれる。

孝外出、霞町などへ行く。

池田弘子さん來、昨夜岩手縣からかへるとて、隱し念佛やオシラサマの話をする。土産ワカメにソバ粉。

風が寒さうなので散歩又見合せ。

爲正なほ熱少しあり、けふで四日目なり。

　

　　二月十二日　土よう　うす日さし家のうちは寒し

羽黒の戸川君より又砂糖くれる、小包の表には藥品とあり、孝へ手紙。

孝?町その他へ行く。

爲正熱再び三十八度三分になり、中川さんをたのむ。

　

　　二月十三日　日よう　夜來の雨晴るゝ　和日

宮艮當壯君來、草箒五本くれる、喜ばし。

(22)午後木曜會二二五次、和歌森君話、美保頭屋の話。

橋浦、關、大藤、倉田、大矢、今井、瀬川、丸山、池田、石原、矢部、阪本、山口。東洋堂龜井君も來。

野口君伊豫の小林正熊君を同行し來る。

播州長目村出身といふ陸軍中尉井奧定司君來、素朴なよい青年なり、父七十二歳と　　云々、今科學學校の生徒。

孝赤星の佛事にゆく。

石原さん菓子を燒きもつて來てくれる。

山口壽々榮さん餅とわかめをくれる。

夜村治夫君來。

　

　　二月十四日　月よう　晴　霜無し

武田久吉君來、「農村年中行事」をもつて來てくれる。寫眞のよいもの多し。御禮に女性叢書三册。

山口麻太郎君金をうけとつたといふ手紙。

丸山さん來る、三穗三千來る。

花本へ速達、武田氏に紹介の名刺をおくる。

富美子齒醫から小石川へ行く。野崎氏をたのむ。清ひこ少しせきが出る。

　

　　二月十五日　火よう　薄日さす

午後久しぶりに散歩、氷川神社に詣づ、玉川に面した傾斜の道はあたゝかなり、岩戸に白梅一本咲く。龜田次郎君死去の報養子よりあり。

(23)行きに河崎なつさんを訪ふ、此月八日より學院にとまり切り、月末まで居るといふ。

　

　　二月十六日　水よう　好日　午後曇

九時の江の島行にて柿生まで、多摩郡の一方の端、平尾の杉山社に詣で、坂濱に出て長沼よりかへる。こゝにても新たに合祀せられたる天神社を拜す。寒紅梅小一株、片平にてよく花咲くを見る。土鳩多く又畫眉鳥も飛びかはす、何の鳥かよく囀るをきく。長沼にて電車を待つこと一時間、けふの行程二里を超ゆるか。

孝赤星に行く。

三千築地の病院へ診察をうけに行く。

石城の岩崎君より魚の揚げものあまた送り來る。

田原の山口頼夫君より始めて葉書、本を送つてくれるよし也。

　

　　二月十七日　木よう　雲あり風寒し

爲正けふより出勤、清彦も大分よし。

孝、千枝子の墓まゐりそれより赤星へ行く、隆子しばらく村上氏へ預けられる。

午前中、國民生活學院の本山政雄君來、河崎なつ女史の代理にて。瀬川氏のことを話す。

篠崎利逸君來る、三年ばかり北京の師範大學にあり、あちらの話、又戰の心もとなさなど語る。北京のタオル二つくれる。「方言覺書」を贈り了ぬ。

花本君來、大阪の積善館と合同の話を報告す。備中阿哲の山村の話をする、備後三原のミカン又一籠くれる。

大藤君製本四册もつて來てくれる。論文の話などをする。子供に右のミカンを分つ。

　

(24)　　二月十八日　金よう　曇　夕方雪散りはじむ　寒し

池田さん來、山川氏の論文うつしをもちて。三田の國分君寫本を一册貸してくれる、やがて返さんとす。

孝目白へ行く、爲正おそくかへる、もうよろしと見ゆ。

　

　　二月十九日　土よう日　雪つもり日晴れてうつくし

　寢どこから雪見をする　電線の雪はら／＼と落つ　鳩ほどのとり飛來る

土屋文明君の「萬葉紀行」一昨日もらふ。今朝までによんでしまふ。行つて見たいところ多くなる。トラック敵來襲の新聞、大に心を動かさるゝ。今夜赤星尾去澤へ赴任、孝爲正家まで送りに行く。夜角館の武藤より電報、ビックリする。

　

　　二月二十日　日よう　好晴　雪地上に斑なり

昨日内閣改造、三大臣かはる。石渡、内田、五島入る。

欅の木のツルモドキに目白來て遊ぶ。

武田君の「農村年中行事」を讀み了る。

大島氏、病?よからずと電話、爲正富美子二人行く。エムボリーのよし、爲正はおそくかへる。

澤田瑞穗君、來々月北京へ行くよし。

西脇順三郎氏來、疎開の家をさがしにと也。

小林信治郎氏同行、伊勢津の人。

　

(25)　　二月二十一日　月よう　雲がち　うす日

小林保祥君來、臺灣からとりよせた水牛の角のステッキ、七十歳の祝とて贈らる。

午後雨宮庸藏君印とりに來る、小麥粉一袋贈らる。

折口・加藤二君來訪、伊東月草君同行、俳諧研究委員會に付相談。

ふみ子今夜も大島氏に在り、清彦はおとなしく留守をする。

　

　　二月二十二日　火よう　晴

針貝・川島二夫人來、又干柿をくれる。

花本氏より生魚二種。

松岡文雄來、この二十七日の日ように、父の十年祖父母の五十年の祭をいとなむといふ。酒をのみいろ／＼の話をして行く。

富美子かへり來る。大島氏いよ／＼六つかしい樣子なり。

　

　　二月二十三日　晴　水よう

三穗子來。

午後布田の天神社に詣る。

引かへして市中に入り大學醫院阪口内科に大島氏を見まふ。よく睡つてをられるので夫人娘たちにあひてかへる。

三越に入り刻煙草をさがす。

(26)晩翠軒、文學報國會理事會、是が多分自分には最終、下村氏と逢ひ、共にかへる。

ふみ子大島へ行く、清彦あづかる。

　

　　二月二十四日　本よう　曇小雨

正面の實梅一本、紅くなり今咲かんとす。

東條操君來、國語學會の計畫を話す、自分は加擔せず。

　

　　二月二十五日　金よう　曇　夕方より晴る

午後稗普及會の石田君來。

爲正、成城校の口頭試問にたのまれて行く。

水道の小パイプ破裂して水を吹く、青木を頼みはめ板をはづしてもらつたが、水道屋が來ずこまる。朝見ると滿目のつらゝ也。

久しぶりに入浴。

　

　　二月廿六日　土よう　好日　庭の梅いよいよ咲く　鶯が啼いたやうに思ふ

古澤にゆく。明日の布佐の祭に行かれぬゆゑ、供物料を托す。岡村しげ、加賀美、藤田などにもここであふ。

かへりに白木や丸善などによる、荒涼の感ふかし。

電車の中のあら／＼しさにもあきれる、少女の頭を打つ男あり。

かへりに木下乙市君にあふ。伊豆に開發を始めたよし。

(27)爲正今夜は病院に行きてとまる（そのつもりのところ遲くかへり來る）。

　

　　二月二十七日　日よう　晴

大島氏この朝十一時四十八分つひに長逝。爲正すぐ行く。けふ布佐松岡氏十年祭（一月おくれ）、前代父母君五十年祭、これは一年早めて共に行ふ。家からは誰も行き得ず。此時節まことに止むを得ず。

北京集堂勇之進母八十四歳にて死去のよし、本日報知あり。

木曜會第二百二十六囘目、始めての人島岡隆女、栗栖澄夫二人、會衆は丸山、李、大矢、橋浦、關、倉田、今井、和歌森、萩原、瀬川、石原、山口、阪本女及三千子、丸山さん田螺聟入の話。

孝小石川へおどろき見舞に行く。

　

　　二月二十八日　月よう　好晴　午後風塵

久しぶりコカハラヒワ多く來て啼く。

一時家を出で、駒込の乾氏に行く、夫人に逢ふ。

小石川表町の大島氏に弔問に行く、宇都宮の上野氏その他の人々にあふ。彌永老と共にかへる。るす中花本君校正をもちて來る。

　

　　二月二十九日　閏　火よう　晴　風寒し

終日家に在り。伊波君の沖繩考をよむ。自分には面白いが括弧ばかり多くわかりにくそうな本也。

國語課の編輯官關官市君來、囑託をやめるなといふ勸誘なり。豐後佐賀關の人、父と共に青島に在り、中學校にて仲

(28)原善忠君に學ぶといふ。

大島氏通夜、孝三穗とともに行く、爲正二人はずつと居る。

　

　　三月一日　水よう　午後曇

散歩を見合せる。

名古屋の織田善雄君より漬物一桶鐵道便にて。その織田君やがて訪來る。竹内文書のことなどを話す、この人古神道といふことをいふ。

含笑寺は妹聟に嗣がしめて僧を止めるといふ。

山梨勝之進大將訪來、學習院生徒の勤勞奉仕について來たといふ。戰局の話など意見をきかるゝ。

竹内金太郎君來る。是もめづらし。芳野の春に三十七年つゞけて逢ふこと、又建碑のこと、中の千本の栽繼ぎをしたことなど。

夕三原勝來、今度は濱松の輸送部に勤務といふ。此朝三穗も來る。

爲正小石川よりかへり來る。

澤柳の植木や久しぶりに來る、十七になる男の子を失ひし話をきゝ同情する。

青ぢくの梅咲きはじむ。

　

　　三月二日　木よう　風強く土ぼこり立つ　外へ出て行かれず

大島氏告別式けふなり、咽を惡くして出るのを見合せる。孝もえ行かず。

　

(29)　　三月三日　金よう　朝晴　午後曇

松本烝治君來、久しぶり也。共に中川健藏君の家に見まひに行く。先日母を失ひ又聟赤池君を失ふといふ。但し夫婦とも留守。

松本君とそこらを二十分ほどあるいて別れる。

花本君來、茅ヶ崎の家を借りたしといふこと。原町田の陸川老人への紹介の名刺を渡す。かしこに家を見に行くこと。

白米二升ほど小豆少々、餅及干柿をくれる。後の二つは備中備後、他は筑波のものといふ。

西田直二郎氏の「花園小史」をもらひよむ。

　

　　三月四日　土よう　曇小雨降る

松岡文雄手紙、祭典終り、忌の茶を一包くれる。

熱海の矢田部刀自より小包、銀杏と干海老。

清彦今夜から自分の二階へかへる。

江草進君手紙。

富美子歸り來る。けふ大島氏一七日了。

　

　　三月五日　日よう　曉來雪　終日降る　寒し

鶴岡の佐藤君來、奈良漬土産にくれる。本田等氏父子玄關まで來てかへる。

　

(30)　　三月六日　月よう　曇　うす日　雪八分まで消える

堀一郎來、出雲江角の紫海苔、及び獨活くれる。御坊聖の「明治文書」をよむ。

岡田建文老來、高談。卷紙一本くれる、いろ／＼のめづらしき話あり。

　

　　三月七日　火よう　曇小雨　夕方雷

田窪信夫君妻愛子四つになる子をつれて來訪、お茶をくれる。

大藤ゆき子さん來、序文のたのみ、ことわる。液體のブドウ糖、及び菜。

室澤おとよ菓子をくれる。

堀刀自來訪、餅及清彦への菓子。

三穗來、勝は一昨日各務原へ行くよし。

飯森亥三郎君一昨五日死去のよし報、この人自分と同年、親類といふ以上に知友なり。

加藤隼部隊の試寫案内、孝及爲正のみ行く。

　

　　三月八日　水よう　晴　暖なり

始めて庭に下りて見る。一月にとつて來た卯の花とさるとりいばらの種子を播く。

孝は飯森氏へ弔問にゆく、急なことゝて醫師も間に合はなかつたといふ。佐藤俊龍君、七十七舞鶴にあつて來ず、子息來る云々。

甲鳥書林の土橋利彦來、「南溟の秘密」を持來り示す。

古澤あや追悼録をもち來る。昨日克城三年忌、味噌・小鴨・原稿紙くれる。

　

(31)　　三月九日　木よう　好晴　朝うぐひす　枕元に來てなく

三輪村に遊ぶ。熊野社と杉山社に詣づ、川を隔てゝ都筑郡麻生村、今は横濱市、鳩多し、處々の梅、月讀社に詣で岡を越えて柿生まで。東京に出づ。東京堂、冨山房、三省堂。丸善支店共に本も少なく亂雜なり。澁谷をまはりてかへる。明世堂による。

るす中青木君來。

鹽月氏より酒のかす、みつちやんもつて來てくれる。孝古澤へ行く、又稗をもつてかへつて來る。

　

　　三月十日　金よう　曇小雨終日

紅梅漸く花咲く。尾長鳥あまた來る。その他いくつかの小鳥を見かける。鶯も昨日よりはずつとホーを長く引く。

瀬川女史來る。いよ／＼中學をやめるよし、是からの計畫に付意見をきかんとて也。

午後深水正策君久しぶりに來る。職工の手をそろへる方法などしみ／”＼話し合ふ。

植竹氏の二女熱海にて身まかるよしをきく、二十三歳云々。

孝買物に出て行く。

周防柱島の原安雄君よりイリボシ數多贈り來る。

　

　　三月十一日　土よう　夜來薄雪

早天藤原與一君來、下北郡に行きてのかへり、色々の事を問ひて行く。

午後、小林保祥君訪來。

(32)河竹繁俊君來、長薯及伊那の干柿をくれる。燒柿といふ柿のよし。

豪�ｺ寺の後藤氏より酒の粕。

　

　　三月十二日　日よう　朝晴　曇り寒くなる

木曜會二二七、池田缺席。自分代りて沖繩考の紹介をする。橋浦・瀬川・丸山・倉田・大藤・笹村・大矢・矢部・坂本・今井・堀・和歌森・萩原、納武津氏來り加はる。關君缺。

今井君信州から、ヤショマを取よせてもつて來てくれる。

能田女史缺、使にて南部の蕎麥粉、素?、葡萄汁とゞけてくれる。

「國史と民俗學」漸く出づ、見本一册、用紙ことの外粗惡なり。

　

　　三月十三日　月よう　曇寒し

朝、河崎なつ女史來訪。

「今昔物語」を讀み始む。末からもう卷十三まで。

　

　　三月十四日　火よう　曇小雨

山口壽々榮女史玄關まで來る。不逢、明大魚の子鹽潰くれる。

午後讀賣記者羽中誠來、甲府近郊の人、昨年十月まで二年ほど潜水艦の報道員たり。

孝銀行へ行く。

　

(33)　　三月十五日　水よう　晴風少しあれど暖かなり

　南武線にて南多摩驛まで。大丸のうしろの岡に遊ぶ。晴れたる川うつくしく麓には梅多し。

再び電車にて谷保まで、天神社に詣づ。

梅の園盛りに近し、國立驛に行く。

途中色々の烏、鳩、ツグミ、赤腹、ヒヨ、コガラ、ホホジロなど。鶯もなく。雲雀は少なし。

電車にて西荻窪まで、青樹社書房による。農村語彙を一册かふ。

能田氏による、林檎をもらつて來る。

三月ぶりに髪をつむことを得たり。

るす中、川野啓介君來、再び南海の戰場に行くよし。

朝鮮靈嚴郡の高橋種夫君より小包にて海苔。禮?出す。

　

　　三月十六日　木よう　曇

角田文次君來、もと塚本君なり、文理科大學の肥後氏に紹介す。

夕方清彦を抱きて堀まで行く。又庭に出て梅を見る。白桃の苗木三本、坂出氏よりゆづり受く。馬鈴薯を植ゑる。

鈴木鼓村遺著二册、雨田光平君より送り來る。久しぶりに「耳の趣味」を讀む。又蒲原君の文をよむ、三べ阪の舊居のことをいへり。

　

　　三月十七日　金よう　曇　やゝ晴れて霞む　寒からず

早曉尾長鳥多く來る、紅梅二種咲ききほふ。庭に下りても見ず。

(34)橋浦君來、「民間傳承」は殘置ときまるよし。

孝は目白へ行く、大澤母人病氣入院のよし。

山口由美君へ見まひ?。

　

　　三月十八日　土よう　曇小雨　夕方より雪になる

中西悟堂君來、「野鳥」終刊のことをかたる。方々の山をあるき此頃仙人に近くなりたりといふこと。

孝小石川の太田・松岡へ行く、三千子來。

太田翁より後に電話。

　

　　三月十九日　日よう　晴

夜來又大雪、山茱萸・紅梅など皆枝伏し曲る。やゝ樹氷の如し。そのてつぺんの枝へコガハラヒワとまりてよく囀る。

夕方まで地上の雪はとけず。

橋浦君來る、紙は出來さうだといふ話、又再生會社の水野君より便箋十册あづかり來てくれる。

午後本田等君久々にて來る。

大島正浩挨拶に來る。爲正同行田園調布へゆく。

　

　　三月二十日　月よう　雨ふる寒し

夜燈火管制の演習、火かくしの黒布うすく、注意せられる。

富美子病院にゆき、それより小石川の家にとどまる。清彦父とねる。

(35)池田・丸山さん來。

牧田茂君來、上等兵にて遠からず出て來るやうすなり。

千葉�ｺ爾君來、是はもう中尉、海拉爾に在り。休をもらひかへり來る。かの地の話をする。

　

　　三月二十一日　火よう　春季皇靈祭日　晴　後に雲やゝ出て來る　迎春花《わうばい》盛り

三原の子供來り清彦と庭で遊ぶ。

河崎なつ女史訪來。

　

　　三月二十二日　水よう　晴

十時前家を出で飯森氏へ見まひに行く、電車があまり混み、乘換斷念して三軒茶屋からあるく。思ひの外遠まはりになる。

千枝子を思ひ出して胸痛む。

飯森にていろ／＼故人の遺書などを見る、母子と語る。スヲウの花咲けり。

こゝから散歩して野澤・宮前・衾・柿木坂、ゴルフ場の東南隅の芝生やはらかし。

澁谷へ出で、赤坂の乘かへから又あるく。文學報告會の事務所をたづねまはり、岡喜七郎君にあひ、交友クラブにて路をきく。

文報理事會、此期最終、かたの如き會なり。自分の選集を支那譯するといふ計畫をきく。

四時半こゝを去り新橋から電車、神田橋から又あるく。見切りのわるいことなり。神田橋から出版集會所へ、國民學術協會例會、辰野君話、まづい夕飯なり。市河君等と共にかへり來る。淋しい生活らしい、娘二三目前に結婚、今同(36)居して居る。

不在中村上啓作訪來、八月には止めて來るといふ話。孝もるす。

　

　　三月二十三日　木よう　雲がちなり

雪まだ少し殘る、紅梅盛り。リラの木、先日の雪に折れる。

終日誰も來ず、笹村君入營のよし。

矢崎源九郎君母來。乾海老一袋、孝逢ふ。

　

　　三月二十四日　金よう　曇午後小雨

尾長鳥二十ばかり庭へ來て遊ぶ。

孝目白へ行く、三穗同行、木越氏十三年忌この二十七日。

昨日は湯山清君「リズム論」をくれる。けふ終日よむ。

けふは鳥越君「琉球古代社會の研究」をくれてよむ、右二書けふ讀了る。

　

　　三月二十五日　土よう　風あり寒し

村上ちか子、たか子をつれて來る、先へかへる。夕方祖母送りて行く。

大藤君來。選集計畫のことたのむ。直良氏の「蝙蝠日記」貸してくれる。よむ。

　

(37)　　三月二十六日　日よう　晴風冷か

久しぶりに庭に下りて見る、清彦を相手に。

赤星陸治氏三週忌、二日くり上げ、爲正、孝本願寺和田堀之内齋場に行く、赤星今朝かへり來る。

木曜會二二八、けふは人少なし。大藤、倉田君など缺席、和歌森君河出書房の田邊典夫君を伴なひ來る。今井武志君話、「國民學校の教科書と民俗學」。

水橋卓介君譯の金枝篇中卷送らる、八十頁ほど讀む。

　

　　三月二十七日　月よう　和日　風やゝ冷かなり

小田急にて柿生まで、あまり混んだので鶴川まで乘越し引かへす、能ヶ谷の灸點の話をきく。岡を越えて眞福寺へ。

ヤトをまちがへて王禅寺の梅へは行けず、丘を越えて高石へ出で、西生田からかへる。

るす中福本邦雄君來、和夫君の息子、本をもつて來る。

國際文化振興會の使にて石橋貞吉君來、選集のこと。

清彦と外をあるく、中江・植村二刀自にあふ、一昨日婚姻をしたりとの話。

門の傍の馬醉木盛り、瑞香はまだ蕾、今年は陽氣がおくれて居る、舊三月に閏ありといふ。

　

　　三月二十八日　火よう　小雨終日寒し

大學の時枝誠記氏來、國語學會のこと也。橋浦君來、用紙のこと、大日本印刷に三月號からたのむこと、二三日中に鳥取に行くこと。

三穗子來、勝昨日かへるといふ。三光町で晝食に招きたいといふ話。

　

(38)　　三月二十九日　水よう　曇

天野信太郎といふ人來、茅ヶ崎の地面の片隅を借りたいといふ話。

この人夜又來、藥をもつて來り、又ミカン、リンゴくれる。

　

　　三月三十日　木よう　漸晴　寒し

三千子來。

三穗及吉志子來、菓子カンパンなどくれる。

茅ヶ崎の秋太郎來。

福本邦雄君來、父の爲に「御蔭參り」の資料を借りて行く。

篤農協會の田下武彦君手紙、由木村の宿舍、小倉梅州といふ人に紹介すべしといふこと、禮?を出す。

矢部百合子さん來る、先週福島縣石川郡の親類の村へ行つて來たこと、此頃根津美術研究所へ行つて居るよし。

　

　　三月三十一日　金よう　晴　風つめたし

午前に清彦と外を一まはりする。

三千來る、又伊賀からの餅を分けてくれる。

母刀自花を見に庭へ。

三原の三兒堀へ遊びに來る。煙草、レバーなど屆けてくれる。

大島氏三十五日くり上げ、爲正行く。

(39)山口への小包、けさやつと出す、葉書も。

　

　　四月一日　土よう　晴　夜月よし

北京の山本斌君來、直江君紹介。

學術協會理事會、東洋經濟五階。

八時に歸る。赤星逢ひに來る、コーヒー豆くれる。

孝も町に行く。

ふみ子けふ産室にうつる。

大藤君來。一しよに電車にて話して行く。

　

　　四月二日　日よう　小雨終日降る

午後堀夫婦來る。

川島花子夫婦、次男をつれて來る、先日の禮なり、玉子、さつま芋など色々の食物をくれる。

折口君電話、四月五日の辻川行一行に加はるよし。大阪市役所金丸二郎君電話、六日大曾のすり物送つてくれる、禮?。後藤捷一君より阿波の本又一册、是へも禮?。

爲正は學校の勤勞奉仕の監督にて五時に起きて出て行く、深川の藤倉工場なり、九時頃かへる。

大和の辻本好孝君來、樋口清之氏案内として同行、此人の家に宿するよし。和州祭禮記序文の禮なり、其本四册、鏡餅三重、かたくり粉十袋もらひ、大いに悦ぶ。

　

(40)　　四月三日　月よう　祭日　次第にはれてゆく

木越夫人來、かんぴようくれる。

遠藤二郎氏久しぶりに來る、障子紙贈らる。

川西實三氏來訪、女性叢書二册を贈る。

戸田謙介來、「國史と民俗學」十册もつて來てくれる。

三原母子堀へ遊びに來る。

　

　　四月四日　火よう　晴

レンギヤウ花さく、白い梅散る、清彦と鳥を見に行く。

午後津田敬武君來。

孝きぬ枝の家へ野菜を分けてもらひに行く。

宮艮君よりバクダントウモロコシの種子くれる。

ふみ子再び産室を出たよし。

　

　　四月五日　水よう　薄くもり　風無し

絲櫻蕾赤くなる。けふは神戸の一行辻川へ行く日。

午前散歩、甲州街道に出て煙草を求める、仙川から蘆花公園まであるく。

處々梅咲きみち、麥はのび雲雀よく囀る。

新宿に出て見たれども煙草はなく、たゞ行列の物すごき光景を見てかへる。

(41)古澤へ電話をかけ煙草たのむ。

三千子來。

富美子安産、女子のよし電話かゝる、四時頃か。

　

　　四月六日　木よう　晴　風あれど暖かし

白木蓮咲きはじむ。マンサク、ミヅキなども咲く、植木やおそく來り、椋の枝などを伐り落す。

高藤武馬君、筑摩書房の唐木順三君を同行し來る。

赤星隆とまりに來る。祖母病院のかへり高田馬場まで迎へに行く也。清彦と三人學校の運動場まで散歩に行く。島袋君にあふ。

川島花子洋傘をかへしに來て、林檎をくれる。

瀧川駿君、「小堀遠州」をくれる。

　

　　四月七日　金よう　曇　夕方近くから降り出す

隆子清彦をつれて堀へ行く。

本郷忠夫氏葬儀、孝青山へ行く、又隆子を送りて村上へ行く、ぬれてかへる。

辻川訪問の一行七人より葉書、橋浦君は風邪の爲に見合せたりとあり。

氣仙大島の管原熊治郎氏より手紙。

古澤へ煙草をとりに爲正行つてくれる、あやめ五、さくら十、稗は戸がしまつてあり人は不在といへり。三千來、千津より小包紙くれる。

(42)姶めて「舊事本記」をよむ、それにつゞき「古事記」をよむ。

　

　　四月八日　土よう　なほ曇　午後再び降り出す

木蓮の蕾玉の如し。隣のは既に咲く。越後東蒲原から來たカタクリ花さくもの二株。

大阪の記念講演會、一昨日の新聞に見ゆ。

菊池渙治君來、田名部にかへるといふ、母五十五、輕い中風といふ、あちらに居て學問する方法をたづねる。

増田正雄君來。此家に來たのは始めてか。なほ猶太人史に没頭す。前の著のつゞきのやうな話をする、滿洲の黄寺といふ寺の古文書、濱口憲雄といふ人版にして出した話、祇園はシオンでないかといふ話など。

「松屋筆記」を又くりかへして見る。

　

　　四月九日　日よう　曇少雨

絲ざくらいよ／＼盛り、段々花多くなる、ボケも。

高木正順來、賢所供物の絹分與。

石田助右衛門君、稗白米もちて來てくれる、同味噌少し。

午後木曜會二二九、瀬川・池田・矢部・坂本・山口・萩原・大矢・倉田・關・大藤・堀二人、橋浦君はまだ旅にあり、

和歌森君も來り。金枝篇の譯本について話をする。

　

　　四月十日　月よう　曇　なほ冷なり

みづき花咲く、雪柳も咲く。

(43)中川健藏君來、少し健康をわるくして居る。血色はよし、週に三度注射に銀座まで行くといふ。此春の不幸のことを語る、けふは答禮なり。

孝登戸のをばさん訪問、三穗同行、よめ菜をつみ小松菜を買ひてかへる。

　

　　四月十一日　火よう　けふも曇

早天囀るる鳥あり、よく聽けば鵯なり、尾長も囀るる。

村治夫君來、雪國の校正をもちて來る、海軍飛行隊の若き人々の話をきゝて感動する。

午後渡邊忠壽翁來、宮良君隣人、ふるく山林局の庶務課長、伊賀の名張にて同宿せし昔がたりなどをす、此二人に本を贈る。

孝築地の病院へ行く。赤子八枝子と名づく、けふ七夜なり。

大島氏七七法要くり上げ、爲正行く。

松屋筆記・後松日記・比古婆衣などを讀む。

　

　　四月十二日　水よう　好晴　風あれど暖なり

鵙の囀り雲雀のまねをする。咋朝の鵯の聲も彼のわざか。百舌の名に背かず。

ボケ、杏、蕾まさに綻びんとす、李も雪柳もミヅキも咲く。

電車柿生まで、五反田大澤を通りて平尾から金程、此上に天理教の會堂あり、眺望尤もよし、細山の岡の上を通る。

もと笹谷、堀二人などゝ來たところ、二年前の初夏か。彼岸白桃連翹など多し。山づたひに下れば矢の口の谷戸、妙覺寺の前に出る。南武線にて歸る。

(44)省線になつてしごとぶり最惡なり。八十歳の碁うち同車、あはれなる爺なり。

「骨董集」「烹雜之記」など讀む。

澤田君より葉書、太田君よりは久しく便り無し。

三原勝來、一昨日かへり明後日又行くといふ。砂糖くれる。

　

　　四月十三日　木よう　曇又雨になる

小栗來、ワサビ粕漬くれる。

鹽月氏よりウド、まあちやん持つて來てくれる。

終日家に在り、藤井高尚の「松の落葉」をよみ感心する。

三原吉志子母と來る、手製の菓子くれる。小林存君手紙、昨年東蒲原からもらつたカタクリ二株花咲く。

庭前の杏花さく、吉野作造君の櫻、ことしも少し咲く。

　

　　四月十四日　金よう　漸く晴る

三千子煙草を買つて來てくれる。

清彦を抱き花を見てあるく。四辻のものけふは三分開く、飛行機あまた飛ぶ。

新島のバターとゞく、爲正八丁堀までとりに行く。

　

　　四月十五日　土よう　晴　夕方雲たつ、ふらず

山口淑子昨日死去の報、太田氏へくやみ?出す。

(45)牛後橋浦君來、松江からのひき茶。熊野湯（ノ）川の話など。

折口君電話、明日來るといふ、連句のことなど。

河崎なつ女史、本山君來、學院をやめたる話なり。夕方大藤君來。

　

　　四月十六日　日よう　晴　風冷なり

山つゝじ咲く、隣の吉野櫻も漸う盛り。

午後堀三人來訪、草つみの途なり。

三原三人來、孝一しよに登戸へ行く。

福本邦雄來、父の爲に本をかへし又、「服装語彙」かりて行く。

折口君來、辻川の話など、ふたゝび餅、手製とてもつて來てくれる、俳諧の催しの話。

増田正雄君より「考古學上より觀たアジア」くれる。

　

　　四月十七日　月よう　晴　風つめたし

今野圓輔君病後はじめて來る、著述目録を大成すべしといふ、無益として制止する。

學校の花を見にゆく、清彦をつれて。澤柳の三刀自にあふ。

孝小石川に行く、花本を訪ねる爲に。

けさ折口君へ電話及手紙。

大藏公望君成城へ昨日疎開したりとて挨拶に玄關まで、中川健藏君長男宅隣、細君は姉妹のつゞきのよし。

　

(46)　　四月十八日　火よう　晴けふも風冷なり

花は盛り、山つゝじ、雪柳、ぼけなど。

富美子病院よりかへる。八枝子初入、清彦ふしぎな顔をする。

夕放送局の演藝部土岐俊輔來、昔話を放送する相談なり。此人筑波郡吉沼村に生長すといふ、朗讀のことを説きすゝめる。

　

　　四月十九日　水よう　雨終日　花見る／＼色衰ふ

人來らず書を讀む。鈴木桃野の「反古の裏書」、三度目なり。

　

　　四月二十日　木よう　好晴、午後曇　又はらつく

早朝太田翁電話、この月中に南へ立つとなり。ラバウルからの手紙は、正月以來無しといふ。昨夕三好夫人も電話、

山口氏の消息をきき歎思す。

近藤幸助氏來訪、室は本年一月死亡、三河の郷里に疎開せんとする話など。

午後狛江から玉翠園の境へ行く、孝同行、ツクシ、ノビルをとる、下布田、國領にて電車に乘かへる。

三穗・吉志來、家の玉子二つくれる。

不在中阪口一雄君來、卵くれる。

同上青木直記君來、懷爐の灰をもつて來てくれる。

　

(47)　　四月二十一日　金よう　曇小雨

甲鳥書林の土橋利彦來、「南溟の秘密」再版のことなど。

實業之日本社の内山・石井二君來、「火の昔」三千部初版のこと、卵二十くれる。

鏑木氏夫婦來訪、茅ヶ崎の家を借りた禮に、松薪七束もつて來てくれる。自動車の中に入れて。新著「柳小紋」もくれる。孝目白へ行き不在也。

清彦をつれて又外をあるく。

　

　　四月二十二日　土よう　曇

散歩す、小池翁を音なふ。返事無し。翁は一人ねて居らるゝ樣子なり。

市河氏を訪ふ不在、野上夫人にあひてかへる。ウナネ山谷住宅地の花よし。

堀氏母子産のよろこびに來らる。

今村博士けふも角の空地に來てはたらく。訪客無し、木瓜さかんに咲く。

　

　　四月二十三日　日よう　曇急雨　午後晴

西脇順三郎君來、慶應研究所の計畫を話せらるゝ。

午後備中江草進君來、始めてなり。白米少々贈らる、木曜會に列席。

木曜會第二百三十囘、橋浦君神經痛にて缺。

その他常連十三四人、丸山さん缺席。

堀より菠薐草くれる、小金井のもの。

(48)今井君煙草を買つて來てくれる。

　

　　四月二十四日　月よう　晴　風なほ冷かなり

平塚の小林さん來る。電車むつかしく當分御無沙汰すべきよしいひてかへる。

夕方近所の花を見あるく、やゝ散方になる。

清彦わづか熱ありて外につれて出ず。

三穗來、登戸へ乳を買ひに行く。

折口君へ付句二つ送る。及手紙。俳諧の委員會のことをいひやる。

若月紫蘭君紀行の自版をくれる、禮の葉書を出す。

堀よりも新著「遊幸思想」一册、是は昨日のことだつた。

　

　　四月二十五日　火よう　曇午後降り出す

靖國神社大祭、行幸御親祭の終頃から雨になる。

夕方三原五人來。小豆飯をたく、勝砂糖を少しくれる。

孝銀行に行く、休日にて空しくかへる。

橋浦君の娘使に來る、熊野の夏みかんくれる、七つ。

　

　　四月二十六日　水よう　晴　後又曇

境の驛から上水の櫻を見て小金井橋まで、久々にて靜かな花を見る。教學錬成所に行き堀・萩原・中田などゝ逢ふ、

(49)こゝの飯をくふ。

此邊尾長鳥多く途中雲雀の聲よし。

花は十分を過ぎ、二三本散り始む。井の頭の花もよし。

かへりに西荻窪にて理髪、又青木書店によりてパン飴湯など饗せらる。

折口君の放送をゆくりなくきく。

不在中週刊朝日の渡邊君來。

家の山ざくら、大島櫻もさかり、山吹・海棠咲きはじめ、夕陽ことにうつくし。

　

　　四月二十七日　木よう　晴　七時半起

サンショウクヒ啼く、昨日小金井の梶野橋にてきゝしが初聲なり。「野鳥」二月號來。

週刊朝日の渡邊綱雄君來。

三省堂の學藝課長、阿部李三君來。

爲正金町へ採集に行き小蕪を買つて來る。

　

　　四月二十八日　金よう　雨終日

七時に起きたり。

けふは誰も來ず。

孝銀行をまはり目白へ行く、目白にも疎開の計畫あり、荷物運びがたし云々。

千津子より手紙來、英彦少し咳するよし。

(50)花大方ちり、若緑になり八重が目に立つ。

　

　　四月二十九日　土よう　天長節

一重山吹花さかり　午前急雨、その前後は晴れて早むしあつし。

終日誰も來ず、千津のところへ手紙。

清彦をつれて外をあるく。

　

　　四月三十日　日よう　午前又驟雨　朝と夕とは晴天

蘆谷重常・青木秀男二君來訪。

小石川大島氏を見まふ。

又太田氏に行き舅姑二人にあふ、日野夫婦にもあふ。

三國書房に立ちよる、あられをいつたのを貰つてかへる。

宗像郡野阪の中村澤子、本三册送りくれる。

午後三原四人來、勝は昨日立つといふ。

火がいらぬ位に暖なれどなほ二階にをる。

　

　　五月一日　月よう　うすぐもり　降らず

早天いろ／＼の鳥來る。

終日書を讀む、西田直義の筱舍隨筆尤もおもしろし。

(51)午後堀來、小金井のミツバくれる。薄暮うちつれて近所の花を見あるく。宮本教授の農作姿を見る。

三穗子來、孝子と共に登戸へ牛乳などとりに行く、東奔西走なり。

　

　　五月二日　火よう　急に暖くなる

早朝清彦をつれ散歩す。

午後磯部雪子訪來。

丸山さん來。

くもゐといふ櫻花盛り、躑躅も咲きはじむ。スヲウ・ゆすらなど、日記に記さぬうちに、早色なくなる。

朝山椒の葉をつみて煮る。やはらかにて大によし。

　

　　五月三日　水よう　晴　急にあたゝかくなる

小田急登戸まで、遊園地の西麓を入り、切通しの新路を越えると鴛沼八軒、その向ふの岡を又のぼる。此村海棠多し、又八重ざくら、向岡の字平といふ所遠望よし。木々若緑にやゝ初夏らしき靄かゝる。このをし沼の松本治良といふ家の婆さんと語る。白桃熟する頃には來よといふ。

此邊一圓に川崎市の緑地帶、學校の教材園、會社の農場などになる。來て働く人多し。

向丘の七十三になる老人と立話、岡を越えて再び登戸に出で午少し過ぎかへる。

るす中西脇君來。午後再び來る。方言集を引わたす計畫。

孝小石川に太田を訪ふ、二人とも不在のよし。

　

(52)　　五月四日　木よう　晴　午前大に曇り又晴

古澤あや來、煙草をもつて來てくれる。又鱈の子の鹽漬くれる。

津田敬武君再び來る。

土橋利彦君來、名刺こしらへて來てくれる。

丸山久子さん來、卵あまた千葉よりとてくれる。

三穗子來。朝と夕方庭に出で山椒の葉をつむ。

　

　　五月五日　金よう　晴

ちしほの紅葉漸く色あせる。

慶應義塾の研究所へ方言集類を寄贈することになり、けふ西脇順三郎氏小使二人をつれて取りに來る。大よそ二百種あり、小さいものばかりなれば、本箱の整理にはならず。

大島氏母君來訪、女兄に祝ひの品など、正浩子同行。

よし家にかへりてけふの粽をもつて來てくれる。てるも訪來る。上長澤へ嫁してあり、松澤佐太郎といふよし。

關口君三月一日に新宿にて防空壕に落ちてけがをし、今までねて居たといふ報あり。見まひに本を送らんとす。

三千子夕方に來る、組長の會に出席すといふ。

　

　　五月六日　土よう　好晴

つゝじ盛に咲く、雲井はまだ花、椿も赤し。

大藤君來。序文の催促になり。

(53)隆子來、學校まで祖母迎へに行く。

加賀美父死去のよし、古澤より聞く。くやみ?を出す。

　

　　五月七日　日よう　好晴

けふは節供の代り、人々集まる、三原四人、隆子、堀三人、一しよに食事。此節としては大そうな宴會なり。

岡村しげ子來、八枝子の祝ひになり、下關のわかめくれる。

地ボケ・ユスラ・しだれ櫻など、大へんな毛蟲がつく、新聞紙に火をつけて燒く。

どうだんの花が咲き出す。

　

　　五月八日　月よう　曇　のどかなり

柘榴の若芽うつくしくなる。まだ葉の出ぬものは棗と合歡木、つゝじ色々咲く。

午後折口・加藤・伊東三君來、折口氏塩干鯖二つ。

針貝夫人内玄關まで、逢はず。筍・うどくれらる、先日の禮といふ。

孝市中へ買物に行く。内祝の品何もなしといふ。又登戸へ牛乳をとりに行く。

　

　　五月九日　火よう　晴

終日外へ出ず、庭に下りて少しあるくのみ。

孝目白へ行く、木越近く西荻窪へ合併といふ。

　

(54)　　五月十日　水よう　曇小雨　風立つ

散歩を見合せ終日書を讀む。

文學報國會、伊東月草氏電話。十二日鎌倉行の約束。

夕方堀二人來、躑躅を五六株もつて行く。

あすから諏訪の御柱に行くといへり。

三穗子來、臺灣のあめ玉くれる。勝は筑波のグライダーへ轉役して月曜日朝立つといふ。

　

　　五月十一日　木よう　晴　雲あり

筑摩書房、古田・唐木二君來。

終日本を見るのみ。尾長鳥多く來る。草をむしる。

　

　　五月十二日　金よう　曇

午時早く小田急線にて藤澤、七里濱の電車、海の浪おもしろし。鎌倉着二時、伊東月草君・折口・加藤等四君と落合ひ、扇ヶ谷の奧なる香風園に行く（鎌倉一一四）。高濱君父子及久米君と會同し、連句の規則に付話し合ふ。八時までここに居り横濱をまはりてかへる。

　

　　五月十三日　土よう　和日　草とりをする　清彦と庭へ出る

中央文化聯盟の新井恆易君、安津君を伴なひ來る。是は覇氣あり向學心ある若者なり。同行して東京に出る。三共にてカスカラを買ふ。大東亞館にて學術協會、若月保治・井上芳郎・清水三男（代）の三君を招き表彰式、三君話あり。

(55)新村君も出席、十月ぶりの上京、今度は停車場ホテルに泊るといふ。

金田一・市河の二君と共にかへる、八時半に歸宅。

孝三原へ招かれて遊びに行く。

　

　　五月十四日　日よう　晴

岩手まり咲はじむ。リラはやゝ衰ふ。合歡漸く芽ぐむ。

木曜會二百三十一次、大藤君話あり、自分も隨筆の話をする、橋浦・大藤・關・倉田・今井・大矢・瀬川・能田・池田・石原・阪本・三千・花本。

坂口一雄君久しぶりに來る、卵を又くれる。

橋浦君石城よりかへり、和田文夫君よりの餅をもつて來てくれる。

三四目前花本君より牛肉くれる、今ばんたべる。風呂あり。

千澤より電報、正子入院母に來てくれといふ。大さわぎになる。

けふ午前落合盛吉氏來、十四年ぶりに再び成城の舊居に歸り住むといふ。久我山の電波工業學園の爲に働くよし。

　

　　五月十五日　月よう　晴

孝蘆屋へ行くつもりにて、警察の證明その他、切符を買ふために奔走す。えらい世の中になつたと思ふ。

もう外へ出るのがいやになる。本は毎日讀むが身にならぬやうな氣がする、是も食料難の爲か。

　

(56)　　五月十六日　火よう　晴

國際無線の養成所の講習課長三好君來。以前古田擴君と共に一度來たことありといふ。二十日の土曜日午後話をしに行くことを約す。先祖の話。その仕度にかゝり一日をくらす。孝いよ／＼この夜汽車にて立つ。七時にもう家を出づ。

汽車は十時四十分なり。三千子驛まで行つてくれる。堀母堂ビスケットを燒いてもつて來てくれられる。家を出たあとすぐ太田より電話、正子もう大分よろしきよし也。見合せてもよいやうな話、すぐに驛まで追はせたれど電車の後影を見るのみにて空しくかへる。もう少し早ければと思ふ。

三穗子午前に來る。

　

　　五月十七日　水よう　小雨やゝ冷

散歩を見合せる。

箱根うつぎ咲き始む、その傍なる八重の躑躅、今年は木高く花のいろ尤もうつくし。

厚朴の木八つほど花をもつ。

週刊朝日の渡邊綱雄君來。勝平君の版畫と熊谷元一君のスケッチをもち來る。橋浦君にこの事に付き葉書を出す。

京都の高橋ローザ女史へ返事、獨乙文の著述の推薦?をおくる。

夕方孝より電報、正子經過よしと也。安着のことが是でわかる。

　

　　五月十八日　木よう　終日曇　小雨あり

午後西脇順三郎・佐藤勝熊二君來、又若干の本を渡す、全國昔話記録など。佐藤君は東京生れなれど家は北蒲原郡水原附近の出、國學院の佐藤謙三君の從弟のよし。

(57)三千子朝と夕方と二度來。

赤星より電話、けふ上京、明日は會議、明後日は仙臺に會ありてすぐかへるといふ。

しだれ櫻の毛蟲をとらうとするが、二階からでないとよく見えず。

阪出氏主人、南瓜と藷の苗をくれる。

　

　　五月十九日　金よう　小雨終日甚だ寒し

創元社員佐古純一郎君來、二松學舍、日大夜學出、堀の教子のよしをいふ。

山口貞夫のサンチーブの譯もち來る。

夜田中梅吉君來。四月に京城を引揚げ來る。本の大部分直接に下館へ送る云々、鹿茸強壯水一瓶。

　

　　五月二十日　土よう　けふも雨　時々やむ

本田等君訪來。

石橋貞吉君來、ピーナツバターくれる。

國際電氣通信の講習所にゆき、先生たち二十人ほどに話をする。三好氏迎へに來る。「先祖の話」といふのを半分、十分にはいへなかつたやう也。

るす中に井上芳郎君來。土よう日は居ると言つた爲に失望してかへるといふ。

三穗も來る。例のあめ玉少しくれる。

夜警戒警報發令、雨ふり外はくらし。

　

(58)　　五月二十一日　日よう　けふも曇　夕方漸く日さす　なほ寒し

堀二人來、一郎昨日奈良よりかへり來る。伊賀の奧出氏の餅土産にくれる。よき餅なり。

橋浦君來、週刊朝日の畫のことたのむ。

中西寅雄君二女とし子、津田塾の爲に話をたのみに來る。ことわり、その代りに本を三册贈る。

太田翁電話、今夜いよ／＼南方に出發のよしいとま乞ひなり。二十四日福岡から飛行機といふ。

よし、兄の婚禮にて家にかへる。

　

　　五月二十二日　月よう　晴

堀から甘酒くれる。手製、?は伊賀からもち來るといふ。

佐智子來、警戒警報の爲に學校休みといふ。先に宮城前の草とりに奉仕す。けふも來て庭の草をとる。カリントウをもつて來てくれる。やがて警報とけて三穗子も來る。

孝より手紙及葉書、小包をおくつてくれといふこと。

「黒百合姫物語」の附録の校正を送りかへす。藤原老人へも葉書。

清彦と電車を見物にゆく、庭の草をとる。

　

　　五月二十三日　火よう　晴

三好君土曜日の禮に來る。

午後清彦をつれて散歩す。堀による。ビスケットをもらつて食ふ。

よしの家よりけふの祝のウドン、ニシメなどくれる。

(59)森本來て一日働く、此頃この近所の家に住込むといふ。

　

　　五月二十四日　晴　水よう

銀座のヤマトといふ理髪店に行き、辛うじて髪を苅つてもらふ。朝日の知識君にこゝであふ。電車の中でも久しぶりに富本君夫婦にあひ、今村君の話を聽く。

西荻窪の能田氏宅にて、女の會員五人より御馳走になる。料理手を盡し材料のみ乏し。三千子も相伴に來る、疲れたれば早くかへる。九時大分前なり。日本酒少々、鯉など能田氏から贈られてもち來る。

よしの家からも祝の餅、壽司などいろ／＼、

花本君より小型原稿用紙を澤山くれる。

　

　　五月二十五日　木よう　曇

山口壽々榮夫人來、「民俗學概説」一册携來、又山羊の乳をもつて來てくれる。

大藤君來、明後日圖書館協會の人々に、民俗學文獻の話をするよし。

三千來、一郎教育召集あり、六月入營、代官町の隊にといふ。

夕方と朝と二度、清彦に電車を見せに行く。

孝より手紙、太田母人福岡へ送りて行き、歸られたら立つて歸るよし。

爲正風邪にて早くかへり來る。

　

(60)　　五月二十六日　金よう　曇

終日來人なし、曾我物語をよむ。

草むしり、又電車見物に行く。

　

　　五月二十七日　土よう　小雨終日

石橋貞吉君來。

佐渡中山氏よりわかめとゞく。

下齒の最後の一枚、今朝ぬける。

　

　　五月二十八日　日よう　晴

此頃イチゴ毎日澤山とれる。

赤星再び召集、電話にて話。今朝入京、十一時の汽車にて佐世保に立つ。

孝十日ぶりにかへる。

木曜會二三二次、比嘉君久しぶりに來る。目方四貫匁へるといふ。柴田勝君來、山口壽々榮さん來、常連缺席、橋浦・大藤・瀬川、大矢君の俳諧の話など。

尾長鳥終日庭に來て騷ぐ。

福本の子、本を返しに來る。

　

(61)　　五月二十九日　月よう　大いに曇る　ふらず

豪�ｺ寺の岡氏へ齒の療治にゆく、午前かへる。

高濱年尾君より、「俳諧」舊號揃へて送つてくれる。それを讀む。草むしり。

隣家の七つになる兒、清彦と遊びに來てくれる。

　

　　五月三十日　火よう　けふも曇　冷なり

ハトヤバラもう散り方になる。庭は全く青葉、木の芽ばえ庭に滿つ。

創元社の佐古君來。

いちご盛んにとれる、十分といふほど食べる。

　

　　五月三十一日　水よう

孝誕辰、夕御粥ばかり。

秋元俊吉君來。

村治夫・矢倉年二君來、「雪國の民俗」十日には出ること、義�ｺ社新計畫のことなど。

内藤君の古硯研究、梅原ルノワール記などくれる。

實業之日本社石井君來、「火の昔」校正のこと。

岡氏へ療治に行く、此次は八日に行く約束。

文學報國會連句規則相談會、久米君は缺席、他は十二日の通り、深川正一郎君など、中村武羅夫君にあふ。

かへりに下北澤にて吉村君にあふ。行きに驛にて中川君にあふ。赤池氏の小さい孫なくなりしよし、是はあとにてき(62)く。

關口君葉書、「神道と民俗學」をよんだといふこと。

宮本勢助君子より父の遺文集くれる。「麝香の臍」といふ本なり。

鶴岡の佐藤朔太郎君召集を受け、舞鶴海兵團に入るといふ報、堀一郎と同じく六月十五日入營。

夜堀二人來る。

關屋貞三郎君葉書くれる。

　

　　六月一日　木よう　曇　夕ふる

終日訪人無し、本をよみてくらす。

　

　　六月二日　金よう　好晴終日

三田の研究所の佐藤勝熊君乘、方言の本又十數種わたす。

丸山池田二女來。昔話索引稿整理の相談、疲れてよい考浮ばず。

庭に下り草をとり又いちごをとる。柘榴に少しづつ蕾。

　

　　六月三日　土よう　晴

午後井上芳朗君來、長く話して行く。エルマンの「埃及誌」、民俗語彙（禁、住、葬）贈る。

　

(63)　　六月四日　日よう　曇　朝風あり　夕小雨

紫つゆ草咲く、今年もさつきは花少なし、大に苅込まうと思ふ。

橋浦赤志使にくる。さやえんどうくれる。

山川菊榮女史來、是も野菜と花と佳い苺。

先日の天野信太郎來。茅ヶ崎の地面に斷無しに材木を置いた男なり。

よいや會にゆく、堀三人孝と孫四人同行、二人の小さい子には言葉がよくわからず、大きな二人も事柄がよくわからず。歴史といふことを考へる。けふは池田弘子一行四人も來り一群大いに目に立つ。隆子は村上夫人送つて來てくれし也。

六本木へ孫をつれて本を買ひに行くに、けふは定休日にて大しくじり、隆子一人をつれて銀座に行き番町まで送つて行く。村上正夫君にあひ、少し話しして歸る。植村夫人にもあふ。不在中花本使、「兒やらひ」十册とゞく。

「黒百合姫物語」一册先づとゞく。題箋に柳田著とありしにより訂正を要求し、又藤原氏に向つて詫?をかく。

小石川大島氏百十日埋葬式擧行、爲正ふみ子、清彦三人行く。

　

　　六月五日　月よう　曇　夕方又微雨

丁字かづら花盛り、ことしは殊によく咲く。香高し。家のまはりの蔦伸びすぎたのを短くする。

折口君、加藤君を伴なひ來る。米の粉すこしくれる。藤井春洋君を養子にする屆に、證人になる。

大藤君今度の本をもちて禮に來る。昨日もう屆いて居るので折口君にも贈る。

孝小石川の日野へ行く。十一日姫路入隊のため、七日に青木へ行くといふ。

　

(64)　　六月六日　火よう　曇　夕方雷雨あり

苺全く終る、草いよ／＼茂る。

橋浦君來、繪をもつて來る、朝日へ電話。

慶應の佐藤君來。

三穗子來、玉子一つくれる。

武田明君來。五月月末脚氣にて除隊、再び丸龜の女學校にはたらくべしといふ。讃岐の人たちのうはさをきく。

　

　　六月七日　水よう　朝快晴　午後しばらく曇る

清彦をつれてあるく、信用組合に行く。

午後週刊朝日の渡邊君來。

堀家の小集、神田學士會、孝爲正のみ行く。

由木の高麗彌助氏より葉書、今は村尤も忙しと見えたり。

戸川安章君手紙。

　

　　六月八日　木よう　晴　午後漸くあつくなる

三木茂君養�ｺ社の矢倉君と共に來る。寫眞の原稿を讓つてくれ、又いろ／＼新しいものを見せてくれる。

矢倉君見事な苺をくれる。

深水正策君來。「食習手帖」十册産報へ贈る。

岡氏へ行く、下の入齒出來。

(65)中村金藏翁へ葉がき、繪ハガキを作る爲に種板をもらひたしといふこと。

三原咋日かへりけふ堀へ訪來るといふ。

　

　　六月九日　金よう　曇

早朝河竹繁俊氏、謠曲全集をもつて來てかしてくれられる。ぜんまい、山茱萸の枝などはさみとる。

添島輝彦といふ人、明治天皇の集の歌を書いてくれと頼みに來る。斷り返す。

午後池田・丸山さん來、丸山さん銚子のひものをくれる。

國民學術協會例會、芦田均君の話あり。

市河、長谷川、金田一君と共にかへる。

　

　　六月十日　土よう　晴

早朝岡氏へ行く、入齒のぐあひを見てもらひに。

三穗來、母と共に登戸へ牛乳とりにゆく。

井上三綱君來。二年ごしに出來たといふ「萬葉畫集」持つて來てくれる。こちらからは「南天莊集」を贈る。南天莊翁の墓に參るべしといふ。

河竹繁俊君へ咋日の本を返しにゆく、不在、夫人にあふ。

畑にて働く今村博士と立談す。地震の話、能代の話。又その二百五十年記念式の話（元禄七年五月二十七日能代大震、千三百戸にて三百餘人死云々）。

佐伯有義翁來、昨年十一月まで狹心症にて入院云々。

(66)入浴、けふは庭に出ず。

　

　　六月十一日　日よう　晴

サツキ盛り、卯花もいろ／＼咲く、シモツケ咲く。

午後河竹氏を訪ふ、不在。

木曜會二三三次、大矢君サンチーブの書について話、倉田君缺、和歌森萩原二君も來ず。

柴田君來。

今度校正發送の爲に入つた原孃來。

　

　　六月十二日　月よう　晴

河竹氏より電話、午後こちらから本を借りにゆく、此家の庭靜かにてよし。

夜堀二人をよび共に食事、十五日の朝入營の壯行會なり。

放送局より電話、明日午後一時半から昔話の放送をしたしといふこと。

　

　　六月十三日　火よう　曇

和歌森君助手をつれ來りて雜誌の論文目録をとらせんとす。

夕方孝森本をつれて稗をもらひにゆく。其前にきぬ江の家へ野菜をわけてもらひに、よし女が行く。

一昨日「黒百合」の本二百册とゞく。

ぐみが赤くなる。みな蟲が入つて居る。

(67)ことしも楊桃がすこし實を結んだ。

草はいくら取つても取りつくせず。

食物が足りないので元氣がわるくなる。目方がへつたといふ人多く、有馬大五郎君は十貫目、三原刀自六貫目、比嘉春潮君中河幹子刀自などは四貫目、自分は幸ひにまだ二貫目ぐらゐかと思ふ。

古い本を整理しはじめる。

方言に關するものは一切三田へ。

　

　　六月十四日　水よう　小雨終日

午後堀へ行く、夕食をごちそうになる、餅、こは飯、鮎などあり。入營者への方々からの送りものなり。

明朝は七時半にここを立つといふ。

家の者四人も相ついで行く。

村上・赤星（連三）の二君も堀を訪ねるとて立ちよらるゝ。

赤星平馬は十日の船にて臺灣に向け立つといふ。

　

　　六月十五日　木よう　朝霽　終日曇

堀一郎七時半に出發入營、見送多し。家から四人（清彦とも）、三原も四人。

由木村行きを見合はす、腹のかげん惡い爲、高麗君へ葉書。

練成所の女子、雜誌の目録をとりに來る。

慶應の佐藤君來、本二三册渡す。

(68)紫つゆ草花ざかり、ぐみもうれて落つ。山桃はわづか實になる、柿も。

夕方警戒警報。

孝古澤へ行く、皆不在のよし。

　

　　六月十六日　金よう　薄曇

堀一郎即日歸郷を命ぜられ歸り來る、夕方來てその話をする。

週刊朝日の渡邊君、熊谷元一君を伴なひ來る、寫眞の種二三、及原稿わたす。

　

　　六月十七日　土よう　曇夕方より又降る

山ボウシ花咲く、柘榴漸く盛りなり。

石田英一郎君訪來、數日前歸來、なほ一月ほど居る。蒙古の葡萄酒及びハシの乾葡萄などくれる。

又北京の直江君より砂糖づけ、紙卷煙草及び雜誌、是には「昔話採集手帖」を譯載す。

　

　　六月十八日　日よう　曇午後晴

遠野の佐々木君母より糯米小豆など送つてくれる。

午後河竹さんへ本を返しにゆく。

放送局土岐氏より電話。再び警戒警報。

三原佐智・吉志二人來、五時にかへる。

夜三原勝來、寫眞を見せる、終電まで話して行く。

　

(69)　　六月十九日　月よう　曇

がくあぢさゐ白く花さく、山ぼうしも。

朝日出版部李家氏來、大東亞國民話集のこと。

宮島茂久氏書?。

關口君湯河原より同上、兩君に「黒百合姫」を贈る。

午後警戒警報解除。

　

　　六月二十日　火よう　曇　夕方又降る　梅雨也

奈良君より手紙、鹽鱒一尾小包にて、はじめて本式の魚を食つた氣がする。

丹後の宮島氏より又わかめ。

矢倉年・三木茂二君來「雪國の民俗」初刷一册持參、秩父宮家にも納めしよし。

別所梅之助翁來、よわつてをられる、昔話の本三册など贈る。

町田嘉章君來、關西のとて珠ねぎ・牛蒡など。

民話集刷上り見せらる。昨年見たものを寫眞にしてちゞめたるもの也、藤井清水君死去のときの話。

練成所の女子寫字に來る。

三橋來、母と登戸へ牛乳を買ひに行く。

　

(70)　　六月二十一日　水よう　小雨　夕晴

午後岡氏へ先日の禮に行く。

登戸の尾崎君の家へ行つて見る。近頃原町田へ引移るといふことを隣の女房にきく。それを別所さんへ知らせる。

堀二人來、つゝじの枝を切り、さし木にするともつて行く、又口なしも。

清彦と狛江まで電車を見に行く。

橋浦より子供の使、畫をもつて來る。煎藥や本を渡す。

來週の原稿をとりに週刊朝日から使。

昨日の女の子けふも來る。

　

　　六月二十二日　木よう　晴

村治夫君來、航空母艦にて九州より諸所を廻航せし話。「雪國の民俗」の竟宴の企て、秋田へ旅行することなど。

午後青木直記君來、不用の本を一ふろしき持つて行く、又昔話集二種各十册など。けふ誕生日なりとてごもく壽司一重くれる。

先日遠野の佐々木君より贈られし糯米小豆にて牡丹餅を少々つくる。一人二つ又は一つ、自分のみ三つ。

代田の伊東丑太郎氏二女、稗ミルクの粉をもつて來てくれる、話してゆく。女性叢書三册與へる。

夕小栗昌雄來、奧玉川の山?大きなもの、さやえんどう、山の薯、蕗などもつて來てくれる。此頃意外に食物次々に手に入る、悦びとなす。

倉野憲司君「校訂古事記傳」四（岩波文庫）くれる。

中村金藏翁寫眞引伸し二枚送りくれる、自著三、答禮に送り了ぬ。

　

(71)　　六月二十三日　金よう　晴

紫陽花まだ色つかず。

今泉篤男氏、大下正男君を伴なふ。藤次郎君の子。母は今疎開して青梅に在り。

小林保祥君來、油畫三枚卷いてあづけてゆく。學士院に托してありしもの。

羽黒の戸川君より粉みるくくれる。先日腹病みたれはその見まひ品といふ。

サイパン海上の戰、まだ勝利は半途といへり。

仕事多くたまり疲れて何も出來ず。

草を拔く。夜少し早くねて見ようと思ふ。

　

　　六月二十四日　土よう　うす曇

佐藤勝熊君來。方言集數種渡す、この人藤田圭雄君の竹馬の友といふ。

練成所の寫字生けふも來る。

夕方清彦をつれて電車を見にゆく。

孝三原へ行く。

三千來る。先夜は寒い／＼といつたのが熱、三十九度にもなつたが一晩でなほるといふ。

信州の箱山君より氷豆腐くれる。

新村博士より葉書、之を富木君に見せる。

　

(72)　　六月二十五日　日よう　曇

ガクあぢさゐ段々紅くなる。

木曜會二百三十四囘、橋浦　倉田君缺。

話する人なくて雜談になる。阪口一雄君來、能田さんも。干津上京のよし電話あり、赤ん坊は蘆屋の病院において來る。

疲れてしまつて何もする氣が無し。

吉志子午前ちよつと來る。堀と玉川へ行くとなり。

　

　　六月二十六日　月よう　曇

中平解君來。明後日疎開して伊豫吉田にかへるといふ。父年七十一もと中學校教員云々。

午後萩原正�ｺ君久しぶりに來る。けさ安房より屆きたりといふ大鰹一尾くれる。うまし。

午後散歩清彦同行、電車見物及堀家訪問。

孝小石川太田へ千津母子に逢ひにゆく。

　

　　六月二十七日。火よう　けふはよく晴

けふは早あつし。終日訪人無し。

偶然に古い日記を出して讀みはじめ、一日を是にてくらす。

夕方清彦と外を一まはり。

櫻田君の父死去の報あり、六十七とか。

　

(73)　　六月二十八日　水よう　晴　あつし

中川健藏君死去の報を新聞で見てびつくりする。昨夕電信柱に中川家へ道しるべの紙がはつてあつたのにも思ひあたる。早速弔問、折ふしの讀經に逢ふ。男の子五人皆一家をなす、滿足な生涯と皆いふ。

綾部の磯貝君來。工業學校長のみ百二十人ほど海軍の相模航空隊に、三日見學してのかへりといふ、本を贈る。

三穗まんぢゆうを二つこしらへて來てくれる。母と共に又登戸へ遠征、あすは茅ヶ崎へ行くよし。

夕方堀來、明日から松本に行く。

　

　　六月二十九日　晴　つゆの氣なし

矢倉年君「雪國の民俗」九册もち來る、明後日から村君と秋田へ遊びにゆくといふ。

「實業の日本」の石井君、屆書の印をとりに來り、檢印紙をおいて行く。

橋浦君畫稿をもつて來てくれる、朝日の使來り渡す。

夜一高の學生二人來、七月七日の記念會出席たのみ、辭退する。その一人は鶴舞の人、小兒麻痺にて足わるし、勉學をすゝめる。今一人は六浦といふ、濱松の産のよし。

孝再び太田へ行く。

白鳥先生の「※［草がんむり／佛］森考」を讀む、その研究の精透なるに感動する。高野辰之氏の「幸若研究」を讀む。

　

　　六月三十日　金よう　晴

稗の石田君來、稗二袋もつて來てくれる。今夕立ち角館檜木内へ講習に行くといふ。

(74)練成所の寫字生來。高橋ローザ女史手紙。

丸山久子さん來。武田久吉氏へ葉書。

三千子來。

夜三原勝來り、屏東土産といふボン／＼くれる。また茅ヶ崎の馬鈴薯・卵その他、わけてくれる。

　

　　七月一日　土よう　晴

太田英彦母と共に來る。三原の三兒も午後來りにぎやかに遊ぶ。三千も來る、夕暮皆歸り去る。英彦本式にお辭儀をして行く。

練成所の寫字女生來、けふにておしまひ。

後藤久枝さん來、成城の運動場、飛行機の下りた話をする。

太田朝男君來、昨日除隊して、けふはもう創元社の人となつて來る、「能樂全書」の拔刷三十くれる。

大藤君來。先日の序文の禮とて笹野君の「幸若舞曲集」二册くれる。

關屋貞三郎君珍らしく來る。色々話して行く。この二人に「雪國の民俗」を贈る。一昨日は橋浦君にも一册。

鷲尾三郎君手紙、辻川へ行つた話と畫。

宮木君よりも手紙。

　

　　七月二日　日よう　曇小雨

口なし花咲はじむ、紫陽花もやゝ色づく、尾長鳥終日啼く。

角館の富木君より粽を送つてくれる。

(75)喜多義次君來、本の禮なり、又抜刷などを贈り了ぬ。

吉田山口たつ子より手紙、井上墓石のこと、すぐ返事をする。

數日來新潮社の文學講座をざつとよむ。高野氏幸若史、三田村講談實録の話などをおもしろいと思ふ。

茅ヶ崎の鈴木秋太郎野菜をもつて來てくれる。青木直記君來、又本を少しわたす、昨日の幸若集をもつて來てくれる。

むだになり氣の毒なり、息子の誕生とて強飯くれる。

三千子來る。

　

　　七月三日　月よう　曇やゝ涼し

池田弘子さん野口女史を伴ひ來る、畫帖十餘册持參、週刊の畫をたのむ。

中川深雪來、家のこと相談、約齋先生の遺墨もち來りてくれる。又本門寺前のくづ餅くれる。午後折口君來、トチの實の餡をもつて來てくれる。加藤守雄君岡崎の母のもとに行きたりといふこと、藤井春洋君のこと。

孝澤柳の見まひに行く。代々木八幡驛に近き病院なり。

富美子小石川へ一人にて行く、多賀の祖母上京明日歸國といふ。

又清彦と電車見物に行く、清彦けふから返事をするやうになる。

　

　　七月四日　火よう　終日曇

早朝警戒警報あり、硫黄島敵襲といふ。その爲に終日訪客無し。孝も木越へ行かうとして見合せる。夕方わづかに近所をあるいてみる。朝、國際文化振興會の永井松三氏電話、獨乙より書物を求めに來たこと、いつ頃の申越しか、いくささなかに餘裕のある羨ましいことと思ふ。

　

(76)　　七月五日　昨夜より雨となる　水よう

午後四時頃警戒解く。

人來らず、終日曾我をよむ。

和装本を片づけんとして却りて混雜す。

　

　　七月六日　木よう　小雨、午後やゝ青空

朝堀一郎來、三日夜おそく信州よりかへる、玉子くれる。

伊東月草君來、文報をやめた話、記念に一卷まくことを約す、折口君へ葉書。

孝平井氏へよろこびに行く。長女この日曜に川久保氏へ嫁入なり。

孝又三原へ行く。勝にあひサイパンの悲報をきいて來る。

　

　　七月七日　金よう　晴　暑からず　昨夜は月よし

大藤ゆき子さん男の子をつれて訪ひ來る。玉ねぎ・シロップなどくれる。近年集めたる歌の集を讓ることを約す。

土佐の桂井和雄君來、事ありて土佐山の學校をやめ、今は海員掖濟會に働くといへり。今度その事務の會にて上京云々、本三册與へる。

高崎正秀君久しぶりに訪ひ來る。其著「六歌仙前後」といふをくれる。又山口麻太郎君の壹岐「ヤボサ考」の拔刷五册くれる。是にも「黒百合」を贈る。

孝荻窪の木越姉君を訪ふ。堀母子と共に。

(77)道路の草をとる。よし大部分をとる。

　

　　七月八日　松岡母君の日　四十八年目　土よう日　晴

村君來、秋田の話をす、小泉の奈良本家にて秋田侯及小田野直武の洋畫を見た話など、勝平版畫一、矢橋人形一扇子一くれる。

小栗昌雄來、奧多摩の鮎をもつて來てくれる、家へはもちかへらず特別の志なり。又わさびづけくれる。

孝區役所へゆき、又登戸から麥をもち來る、五升近くのものを下げてくる、怪力おどろくべし。

合歡木花漸く盛なり、今年は少し色が淡いかと思ふ。

朝と夕方と草をとる。

　

　　七月九日　日よう　雲あり　冷氣

木曜會第二百三十五囘、人少なし、橋浦、大藤、關、倉田君共に缺席、堀昨日熱ありて來らず。瀬川氏話、女たちに月の桂の苗などを分つ。

明世堂清水來、「神道と民俗學」第二版印税、本十五册持來る。他に禮金五十圓、卷煙草十くれる。

赤星連三氏、隆子をおくり來る。兩家とも祝の會ありて無人なれば隆子こちらに泊るなり。

きし子も來る、夕方かへる、祖母送りて行く。清彦母と小石川へ行き夕方かへり來る。

早朝本を返しに河竹氏へ行き、少し話してかへる。

　

(78)　　七月十日　月よう　曇

隆子久米川へ行き今日もこちらへ還りてとまる。

夜堀二刀自盆禮、清彦のきもの其他贈りものあり。

紫陽花漸く色づく、「歳時語彙」整理。

けさ伊豆の穗積氏より楊桃一籃とゞく。子息持つて來てくれる。粒小さきもの、堀へ少しわける。

　

　　七月十一日　火よう　曇　むし暑し

隆子を送りて孝又大塚まで行く。

學術協會の謝儀。

藤田圭雄君來、中央公論社取潰されのこと、高崎在へ母及妻子疎開のことなど。

佐藤勝熊君來、又本四五携へかへる。

　

　　七月十二日　水よう　曇　小雨はら／＼

森銑三君來、柴田宵曲君伴なひて始めて來る。

森君に「曲廬日記」四册貸す、自分の外に讀む者の無きを惜みて也。此書七册を存す。享和二年を以て始まり文化八年にて終る。中一二年を脱す。初卷を「樗句藻」といふ。あとにて之を讀む。二君に本を贈る。

「天正日記」をよむ。小宮山南梁の註解よし。此人楓軒先生の孫か。

　

(79)　　七月十三日　木よう　晴　朝は涼し

向岡をこえ鴛鴦沼の松本治藏の家へ桃をかひに行く。孝同行。幾組もの都人ここへ押かけて茄子瓜などかつて行く。

代金むさぼり放題、桃三十箇にて十六圓、昔話となるべし。この家の亭主は氣がふれて居る樣子、それで母と嫁が狂人の如く金をかせぐなり。

午後石橋貞吉君來、子ども百日咳のよし。

るす中六人社より使來る。「國史と民俗學」再版のよしいひ來る。

昨日兵庫縣の鷲尾三郎より、「史料としての傳説」三十部とゞく。

夜三穗子來る。

　

　　七月十四日　金よう　曇小雨　折々雷

終日訪客無し。「曲廬日記」文化五年同七年五月まで讀む。六年の分は見えず。

草をとる、蚊の多きにはよわり切る。

古澤より電話にて布佐の兄嫁どの、終に死去のよし報じ來る。十六日葬式云々。ことし七十九歳なり。井上兄君、仙臺の叔母御も同年、靜かなしつかりとした人なりしが、末期無聊、十分な世話もとゞかざりしは氣の毒なり。夕方森本來、籘のねいすを取下さしむ。此頃職人手間賃三十五圓にもなるなどゝいふ話をせしよし、彼はさういふ仲間ではなき也。

　

　　七月十五日　土よう　曇　雷氣　降らず

千津子母子先祖さま拜みに來る。日野君十七八日頃出陣、やがて入れかはり攝州へ歸るべしといふ。太田翁は十一日(80)臺北より音信あり、歸路なり。

堀二人來る。切符が買へたら三千子も布佐に行くべしといふ。

三原三兒來、夕方まで皆と遊ぶ。

大藤時彦君來、「西域史研究」下卷買ひ求めくれる。また「郷土史研究法」の地人書館刊行のもの。

文學報國會指導部田原忠武來、青森・秋田の講演に行つてくれぬかといふこと、健康に自信なしといふ理由でことわる。

夕方英彦と母歸り去る。

富美子は小石川へ新盆拜みに行く。爲正は當直、夜になりて家靜かなり。

精靈さまを送り出す、庭火はたかず。

けふも「曲廬日記」をよみくらす。文化八年になる此冬爲貞うし身まかりたまふべき年なり。夜月無し、玉簪花咲き、百合の蕾やゝ色づく。山梔子種々咲く。

　

　　七月十六日　日よう　曇　雷鳴　降らず　北澤は降るよし

布佐の葬式に孝爲正、堀三千子行き、夜に入り歸り來る。家にて幕を張り、風通りわるく大汗をかきしよし。

本田等君玄關まで尋ねらる。

白鳥氏の「西域史研究」下を讀む。

　

　　七月十七日　月よう　曇　大に暑し

朝三穗子來。平井夫人より上海の羊かんことづかりて來る。

(81)矢田部正子訪來、燒海苔くれる、二かん。

爲正は三鷹の中島工場へ勤勞生徒を監督に行く。

朝日より電話、サイパンの?況近く發表あるべきにより、それについて何か話してくれとのことなれどことわる。

夕方又清彦の電車見物に御供、池上夫人にあふ。矢澤母刀自逗子に在り、疎開を命ぜられ松本にかへるといふ。

堀昨日は熱三十九度、食あたりといふ。まだ見まひに行かず。

「曲廬日記」文化八年を讀了る。七十七の老人の色々の心痛、委しく書いてあり、浩歎す。

　

　　七月十八日　火よう　曇　けふも中々暑し　夕方ばら／＼　但し田の水にはならず

村治夫、矢倉年二君來、矢倉君、祖父の日記の話をする。又「南勢雜話」といふものを筆記してあるといふ。之には狐つきの話多し。自分も狼の話などをする。下伊那の山村孤屋にて山犬三匹にくはれた爺の話、「曲廬日記」の終に見ゆ。

午後萩原龍夫君來、尾張の津島の御葭流しの神事を見て來たこと、これには深秘のまだあること、又禊祓のことなど話す。

澤柳禮治郎君、夕方門口まで禮に來る。まだ病院へ毎日通つて居るといふ。

靜かにして居ると、朝鮮くちなしが香つて來る。尊き平和なり。

　

　　七月十九日　水よう　けふも曇降らず

野口義惠女史畫をもつて來てくれる。「雪國の民俗」貸して見せしむ。武田年中行事返了。

寫眞を整理す。

(82)午後隣の阪出春彦氏庭から來て縁側で永く話してゆく。

夕方草むしり、清彦の電車見物隨行、日課の如し。

　

　　七月二十日　木よう　午後曇　雨になる　やゝ涼し

内閣總辭職放送せられ、後任まだ決せず。不安やゝ加はる。

三穗子來、さよ子は學校から疎開にて靜岡に行くことになつたといふ。これも氣になる。

終日外に出ず、本を讀みて愁を紛らす。

矢崎源藏君書?、畫をかく長男二月に南海にて死ぬよし、五月十九日かに知りたるよし告げ來る。

孝新宿及霞町にゆく。

河竹氏より本を持たせて貸し與へらる。前の二册かへす。

　

　　七月二十一日　金よう　夕方再び降る　涼し

舊六人社戸田君來、以前一度來た林精二君同行、あれから戰に行きてかへり來る。

山口壽々榮さん來、石見川本に行つて居た話、京都の小早川秋聲といふ畫家の家に居た話。

古今書院から出た貞夫君遺稿くれる。

夜堀三人來。三原夫婦も來る、さよ子疎開の支度の材料をとりに來る。

　

　　七月二十二日　土よう　午前好晴　午後又急雨

木越姉君來訪。蜂みつの土産はうれし。

(83)山ももを又十顆ほど採り得たり、本年も三十ほどはなりし也。

河村五朗君、丸山久子氏につれられて來る。民家の本をくれる。蘆品郡出身といふ、芝浦の高等工藝を出た技師、「居住語彙」一贈る。

週刊朝日より原稿をとりに來る。

内閣いよ／＼更迭、緒方君國務大臣となる。しかし町田忠治氏もまじつてゐる。

「史籍集覽」中の「矢島十二頭記」を校正す。全然群書類從本と一つのもの也。

　

　　七月二十三日　日よう　曇　冷　但し降らず

沖繩の島越より黒砂糖送りくれる。大よろこび也。

木よう會、第二百三十六囘目、橋浦・關君二人缺、大矢君も來ず。椎橋君久しぶりに來る。

倉田君船の眼玉の話あり、大藤君より葡萄糖の錠くれる。

百合の花あまた咲出す。草しげり藪の如し、孝太田及岡村へ行く。

清彦野崎さんへ見てもらひにゆく。アセモの爲にぐり／＼が耳の下に出來て居る也。

　

　　七月二十四日　月よう　曇

草をとる。桔梗花咲く、窓の前に。

横山孝太郎氏夫人、近所へ疎開して來たとて來られる。孝は小石川へ行き不在。

伊東月草君來、家藏の道中記の類、若干册月草文庫へ贈る。

夜鳥越憲三郎君來、沖繩の實?を語る。眞僞心もとなし。

(84)夜町會限りの防空演習、闇になり早く床に入る。

「群書一覽」と西村兼文の續篇をよんでみる。

　

　　七月二十五日　火よう　けふも曇　冷

橋浦君畫をもつて來てくれる。

清彦少し熱あり、三十七度八分ほど。

草をとると蚊にくはれる、入俗、シドメの小枝を切る。

　

　　七月二十六日　水よう　曇　午後　又小雨

菊芋か、黄なる花咲く。

三穗子來、さよ子の疎開につき色々と計畫する、勝は福岡へ行つた由。堀より卷煙草三つ。

夜折口君電話、連句委員會のこと。

孝信用組合へ行く、税思ひの外多くなる。

　

　　七月二十七日　木よう　曇　暑くなる

清彦けふも熱あり、三十七度八分位。タンソリンを飲ませて見る。

橋浦君電話がかゝらぬとて來る。三十日に江戸川へ遊びに行くこと。

孝三好夫人の病を見まふ。

澤柳夫人來、桃・トマトなど贈らる。

(85)白鳥氏の「西域史研究」を半分ほどよむ。「大秦※［草がんむり／佛］菻考」精透を極む。

三千子來る。

　

　　七月二十八日　金よう　曇むしあつし　午後驟雨

山口次郎君上京久しぶりに來る。吉田の墓のこと相談、石を立てることにきめる。金參百圓、この費用に托しておく、

挽茶神戸産のものくれる。

中央公論の西澤秀雄君、帝國圖書會社の重役蒲池君を伴なひ來る。方言集のことなり。

中山書店の加納正吉君來、八雲第三集新刊持參、稿料持來る。

古澤あや子來、七十歳年祝とて原稿用紙三百册、椿の油などくれる。山口君に逢はせる。

放送協會の小川卓君來、「昔話名彙」等の出版につき話あり。

清彦まだ少し熱あり、野崎さんをたのむ。

昨日から石田幹之助君の「欧米に於ける支那研究」を讀む。

午前中野口義惠女史畫をもちて來てくれる。

　

　　七月二十九日　土よう　曇　されど暑し

午前信州大月松二君來、瑞穗校の教員内藤某同行、話をきゝに來る。本三つ與へる。精米一升ばかり、内山紙土産にくれる。

孝小石川太田に行く。岳父一昨日上京云々、けふは不在。

　

(86)　　七月三十日　日よう　終日雨　ふりてはやむ

五時に起き江戸川尻網舟の遊びに行く。橋浦君の催し、爲正同行。澁澤・最上・大藤・戸田兄弟と橋浦父子、江戸川區下今井關口壽太郎網元といふ家、妙見島をまはり川口の一本松のよく見ゆる所まで行く。魚は潮時すぎて、且つ水うす濁りて十分の獲物無し。千葉の漁人より魚及貝を買ふ。あさりとり舟多く海よりかへり來る。水死人ありて岸に人たちあり、五十年前に通運丸にて通りし船路なり。

少し雨にぬれ、バスに行列して七時頃漸うかへり來る。

昨夜は一時半に目がさめ、そのあとよく寢られず。

　

　　七月三十一日　月よう　晴　夜月よし、十一二日

七十年目の誕生日。どうして斯う永く活きたかと思ふ。八枝子が祝ひに出て來る。

午後連句委員會、缺席者多く、準備委員の人々にも折口・加藤缺席、その以外には土岐善麿、眞下喜太郎、佐藤漾人の三人のみ、五時半まで。虚子早くかへる。

るす中矢部百合子來、本を返す。

午前週刊朝日より原稿をとりに來る。是から月よう毎に來る約束。

　

　　八月一日　火よう　晴　夜月よし

家の外の道ばたに防空壕を昨日ほる。成城の生徒來てはたらく。

昨日の爲にけふ赤飯をたく。三原佐代・吉志二人招く、その母も來る。堀三人も招く。

千津子來、野菜もの不足とてとりに來る。

(87)矢部再び來る。今日磐城に立つよし。角田、金澤兩氏へ名刺をかきて與へる。

草をとり、ひどくぶよにくはれる。蚊も草の陰から多く出て來て嚇す、大難儀なり。

この午前室澤とよ女來る、次男昨春か比叡丸にて戰死、孝見まひに行きし禮なり。

　

　　八月二日　水よう　晴

孝赤星へ行く。たか子おたふく風にて休んで居る。段々よろしと也。

「和歌うひまなび」の歌を見る。

夜佐藤勝熊君來、方言集整理のこと話して行く。近日話をするよし。

けふも草むしり、久しぶりに「黒甜些語」をよみ了る。

　

　　八月三日　木よう　晴　よく照る

終日訪客無し。草むしりをする。

三穗子來。清彦アセモになやむ。

「醒睡笑」「昨日はけふの物語」「一休咄」などを讀む。前者はもう五度目なり。

上の棚の本の土用乾しを始める、その爲によむもの多し。

　

　　八月四日　金よう　晴　今宵は舊六月望か

岡田建文老來、二月あまり寢てゐたよし。神の示しにて草を採り食ふ夫婦の話をする。本を買ふ金三十圓をおくる。

遠藤二郎君來る。これも國にかへつてしばらく寢てゐたよし、嶽の温泉の集團疎開兒童の話をする。油くれる。

(88)夜警戒警報出で涼風を斷念する。子どものアセモが氣になる。

　

　　八月五日　土よう　晴

警戒警報解除午後一時頃。

花本君久しぶりに來る。房州白濱より求め來れりとて海老七つ、非常に美味。

清水立夫君來、雜誌の頽廢をなげく。

けふまで三日本の土用乾し、自ら棚を拭く。忘れてゐた本をよむ。

三千子寫字をもち來る。

草を拔く、はきだめのみ山になり、庭はねつからきれいにならず。

朝日より電話、又古い武藤長藏君の原稿を送り來る。之を京都の新村氏へ送る。

　

　　八月六日　日よう　曇　午前小雨　後晴

北京の直江廣治君思ひがけず來る。杏の砂糖漬をみやげ。

「鹽尻」をざつと通讀す。三度目か、天野氏晩年淋しかつたらしいこと。

久しぶりに入浴、薪がもう不足になる。二兒は日なた水にて行水をつかはせる。

　

　　八月七日　月よう　風雨終日

朝日の原稿とりのみ來る。もうやめたくなる。

方言整理をする。「大泉百談」「奧民圖彙」などを讀む。

　

(89)　　八月八日　火よう　雨はら／＼　風あり

形容詞の整理に一日を費す。

三千子寫字の原稿をとりに來る。

色々のことを考へて憂鬱に堪へず。

秋田の佐藤弟助氏より味贈漬くれる。

小山書店より清野氏の二著くれる。木下蔭高翁遺稿、又、東健の遺稿もとゞく。

　

　　八月九日　水よう　晴　ひるまはあつし

平塚の小林さん來る。玉子の新しいのをくれる。

太田英彦母と來り一泊。夜三原勝來。

「大泉百談」四卷了。末卷奇談を集む。

　

　　八月十日　木よう　晴　夜まで暑し

三原母子四人來。三千も來る。

太田母子夕方まで居てかへる。二三日中に青木へかへる由、英彦はかへりたがつて居る。

「莊内物語」をよむ。酒田の志田修理のことなどを知る。矢島のことはよく説明せられず。

三千子登戸から桃を買つて來てくれる。

　

(90)　　八月十一日　金よう　晴

午前村治夫君來、矢倉君頼みの原稿のことなり、近日豐後へゆくよし。

再び和本を日に曝す。その爲に讀書多端なり。

郵便配達の青年來て前の畠に葱苗を植ゑてくれる。

「葬送語彙」追加分整理。

今朝山陰地方に空襲あり、不安やゝ加はる。

三原昨日宇都宮へ一泊がけに出張すといふ、さよ子來り語る。

　

　　八月十二日　土よう　薄曇後晴

赤星隆子來、村上夫人送つて來られる。砂糖、ソバ粉、味のもとなど。又ニシン燻製。

午後石橋貞吉君來、國語改良と文學との話など。

本をほす、色々のものが見たくなり讀む。

よしに勤勞奉仕に出よといふ通知來る。

清彦母と小石川へ遊びに行く。三千子二度來る。

　

　　八月十三日　日よう　曇

岡田建文翁來、月おくりの盆迎に畠の物をさがしに來られたよし、紙色々くれられる。又「わかなみ」といふ昆布製のくすりも。

第二百三十七囘の木曜會、瀬川・和歌森・萩原三君まだ旅行よりかへらず。今井・大矢君も缺。尾高邦雄君來、職業(91)と祭神のことを問ふ。

隆子堀の人々と玉川へ遊びに行く。三原からも四人來、さよ子の送別會といふ。

風呂をたてる。

　

　　八月十四日　月よう　晴

かのこ百合咲きてやゝうつろふ、紫陽花はすがれる。柘榴は二つしか實ならず。

隆子昨夜から熱、けさ中川順助氏の來診を乞ふ。腸を少しわるくして居る。三千子來。

夜三原勝來、臨時召集令?をうけたり。新發田へ行くことになつて居る。砂糖をくれる。

山形の戸川君よりコンデンスミルクくれる。

爲正、飯島と共に箱根に行く。

　

　　八月十五日　火よう　午後雷雨

池田・丸山二女來。丸山さんに「存採叢書」本の「嬉遊笑覽」をゆづる。丸山さん長崎のイリボシくれる。

山口壽々榮さん玄關まで來る、トマトあまた、又三週忌志の茶くれる。

黒澤尻の飯盛喜一君來、痔の療治に上京。針立はいたいものゝよし。糯米少しくれる。

清彦狛江の三隅氏へあそびに行く、夕方かへり來る。

　

　　八月十六日　水よう　晴

終日訪人無し。

(92)よし勤勞挺身隊へむりに取らるゝといふ。この隣組にも女中段々無くなる。

「セレベス紀行」をよむ。又「安齋隨筆」など。

　

　　八月十七日　木よう　曇

終日「安齋隨筆」を抄す、誰も來ず。

孝大藏へ野菜をもらひに行く。小石川より千津子出陣。

外庭の草をとる。例の如くひどい蚊なり。

篁村叢書の「お蔭參り」をよむ。世の中のかはつたのに驚く。

　

　　八月十八日　金よう　曇

午後森銑三君來、「曲廬日記」四册返、のこり四册及歌集貸す、及「蘭山先生日記」。

花本君來、又々房州の海老及びさゞえあまた。

よし歸り去る。勤勞報國陳の爲なり、六年以上居てくれたり。

三穗の三兒來、さよ子二十一日にたつよしいふ。いとま乞なり、三千も來る。

　

　　八日十九日　土よう　曇

終日來る人なし、「曲廬日記」二、享和二年の條をよみつゞける。

庭に下りて枯枝をひろふ。燃料よほど不足になる。伐る人なき爲なり。

隆子三原へ行く、今夜とまるとの電話あり。クリームバタといふものくれる。

(93)薄暮清彦と子供相撲を見に行く。

　

　　八月二十日　日よう　朝と午後曇あつし

蟲の聲漸くしげくなる。けふも訪人無し。

吉志子が隆子を送りて來る。

今日北九州三囘目空襲、白晝と夜深と二度云々。

　

　　八月二十一日　月よう　午後晴

三木茂君、出雲の寫眞あまた持つて來てくれる。隆子堀に行きとまる。

夕方久しぶりに三原訪問、孝同行也。

勝二十五日に新發田の隊へ行く豫定なり。佐代子もその日靜岡へ行くよし。

　

　　八月二十二日　火よう　曇　日折々出る

石橋貞吉君來、漢書二三貸す。「閲微草堂五種」（十册のうち四卷缺）。

清水一雄君夫人死去のよし報あり。

夕三角定雄來、よしは徴用のくじにはづれたれば明後日かへつて來るといふ。

隆子いよ／＼明日は辻堂に行くにつき、けふ三千子に送つてもらつて村上へかへり行く。

森口君の「町の民俗」を昨日よみ了り、けふは今君の「暮しと住居」。

週刊朝日の寄稿を中止することにする。

　

(94)　　八月二十三日　水よう　けふは朝は曇　降らず

終日來る人なし、三原吉志子のみ。

秋田の奈良君より「由利十二頭記」異本等、金浦の小林善七に借りて送り來る。禮?雙方へ出す。其うち一つ、寶暦十三年の寫本三千子にたのみうつしてもらふ。

　

　　八月二十四日　木よう　朝から度々驟雨　畠やうやく濕める

小寺融吉君來。信州豐野のなりといふ桃二つ、林檎三つくれる。

よしちよつと歸り來る。

清彦をつれて夕方堀の縁先まで。

　

　　八月二十五日　金よう　けふも?々降る　前夜大雨、よほど涼しくなる

久しぶりに髪をつみに行く。

誰も來る人無し、「曲廬日記」を讀み終る。解釋を書かうと思ひ立つ。

三原けふ立つ。爲正・堀二人見立てに行く。さよ子も出かけた筈。

　

　　八月二十六日　土よう　曇

三穗來、三千も來る。午後孝柏木へよろこびに行く。

小林武雄君來。角館小林新太郎次男、昨年末までソロモン群島にあり無事にかへる也。

　

(95)　　八月二十七日　日よう　曇あつし

木曜會二百三十八次、橋浦君、池田、丸山さん等來らず。

倉田君八重山大濱の青年、東長田博を伴なひ來る。舟靈御嶽のツカサの家のよし。

霞ヶ關出版會社の上田唯郎君、大矢君に伴なはれて來る。

牧田茂君珍らしく出席、菓子くれる。人々に分つ。

稗の石田君來。よし挺身隊に入れられいよ／＼歸り去る。

　

　　八月二十八日　月よう　うす曇りあつし

橋浦君來、昨夜おそく歸宅といふ、鳥取の話をいろ／＼する。林檎・梨子少し土産。

三穗子登戸から白桃をもつて來てくれる。

三原勝、新發田より葉書。

　

　　八月二十九日　火よう　午後晴　月よし　十一二日位

松岡たつ子訪來、布佐弔問の禮と志の茶。

折口君來、明後日の會の打合せ、叔母御亡くなられしこと、それを知らずに津輕にありしこと、春洋君硫黄島に在るかとおもはるゝこと。

三穗、三千二人來。村上ちか子電話、隆子の學校のこと。

清彦と散歩、晝ハガキの箱をきめる。二三日前からボクといひ始める、發音ブクに近し。

　

(96)　　八月三十日　水よう　晴

服部せつ子さん、久しぶりに訪ひ來る。

又本を少し乾す、きぬえ澤山の野菜をもつて來てくれる。梨も、瓜も。

　

　　八月三十一日　木よう　晴　夜月よし　十三日か

千津子來、牛肉をくれる。熱海からといふ。

丸山久子さん來、愛育會の松山君へ紹介す。

朝日の小池初枝さんより電話。

外庭の垣根へ躑躅、南天など栽ゑる。

　

　　九月一日　金よう　うすぐもり

文學報國會の鳥羽君電話、連句の規則きまつたといふこと。

少しめまひがする。

爲正けふも勤勞隊引率して早天出て行く。三穗及吉志子來。

伊東月草君來、俳句研究を育英書院から出すことゝなつた報告、茄子とトマトと自園のをくれる。

三千子來、和歌森君の兩親病氣、稗をほしがつて居るといふ話。

金子村の郵便夫、立より畠をしてくれる。

山口彌一郎君からもらつたカノカブ四種も播く。

　

(97)　　九月二曰　土よう　晴　日中は中々暑し　夜月清し　舊暦中元の宵なり　蟲の聲滋し

終日誰も來ず。

三穗來、新發田より電報來り今夜行くといふ。

勝も近く出陣と見ゆ。

よし去つて始めて風呂を立てる。

　

　　九月三日　日よう　晴　午から風もやみ中々あつし

太田丙子郎翁來訪、いろ／＼馬來の話をきく。日本人の皆けなげに働いて居ることなど。

青木鼎三來、まだ神經痛になやんで居る。職人皆居なくなるといふ。

登戸の叔母さん物をもつて來てくれる。

清彦の相手をして居て字をかく時間殆となし。

「八丈實記」を日にほし、夕方は木の葉をはき、集めて燒く。大きな月が出る。

　

　　九月四日　月よう　晴　午後小雨

宮本保次君保險料をとりに來る、今年戰時及地震の保險強徴にて倍額以上となる。二百二十五圓。

又踏切まで清彦のともを命ぜらる。

　

(98)　　九月五日　火よう　晴　月は十七日か

約齋先生四十九囘忌辰。追懷無限。

玉川住宅地の羽生氏夫人來訪、西瓜手作のよしくれらる。

桃隆子、里の兄原田君と共に來る。この人セレベスへ司政官になりて行く。管轄ニュウギニアにも及ぶなり。色々話をきく。桃氏テーブルセンターくれる。

　

　　九月六日　水よう　晴

遠藤二郎氏來、本宮にかへりてありし由。チーズ明治製菓製のもの一箱くれる。長男病のよし、本を贈る。

大藤君寫眞をもち來る。本若干與へる。午後丸山久子さん來。

三穗來。昨夜七時過かへる、吉志子同行、途中大混雜のよし。勝はまだどこへ行くともきまらぬよしなり。

よし來る。

喜三二の「古朽木」を、「百萬塔」にて興味ふかく讀む。もうわからぬ箇條少しならずあり。

澤田四郎作君より「千秋萬歳瓦當發掘記」送り來る。

　

　　九月七日　木よう　雨ふり曇る　冷なり　はじめて蚊帳を止む

終日來る人なし。孝區役所などへ行く。

三原勝より葉書、佐代子よりも。

　

(99)　　九月八日　金よう　小雨終日　忽ち秋

清彦誕生日、わづかにあづき飯を炊くのみ。

大島すみ江來る、三千來る。

小林正熊君訪來、伊豫の?況大よそわかる。甘藷増産の話など詳しくする。今まで薯のみの土地にも米を配給すること、薯食でも玖島などは體貿甲、野菜と魚を豐かにくへばなり。

野菜乏しき島は少しこまる。一反三千貫はとれる。作り方、苗床に二ヶ月、障子をかける。

　

　　九月九日　土よう　けふも曇　雨　夕方やゝ霽る　雷鳴あり

鋸を見つけ、庭の木を伐りはじむ。

鹿兒島縣の史跡主事、安田尚義君來、種子島久基贈位の件にて上京すといふ。甘藷傳來を説き、「八丈島年代記」を見て行く。風來山人の「根南志具佐」といふものを始めてよむ。

後藤久枝子遊びに來る。

　

　　九月十日　日よう　晴

木よう會二百三十九囘、久しぶりに比嘉君來る。昨日の安田君、農商省の主事清水茂輔君を伴なひ來る。

柴田勝君、秋田の米と南瓜をくれる。

瀬川氏懷爐の灰くれる。倉田君蚊とり液三瓶くれる。

堀一郎家の卵及び卷煙草くれる。大藤君モヌーメンタニッポニカくれる。

橋浦君オクラをくれる。

(100)野口義惠女史來。

小栗來、逢はずにかへる。

鈴木文史朗君電話、講演のたのみことわる。

　

　　九月十一日　月よう　曇　よほど涼し

終日寫眞の整理にかゝり何もせずしてくらす。

花本君來、備後の梨五つくれる。積善館の内情を話す。彼に東北旅行をすゝめ、羽黒の戸川君へ紹介す。二十四日には行きたきよし。

土田誠一君へ「黒百合姫」をおくる。

鷲尾三郎君手紙、田岡旭香君のために、右同じ書を無心し來る。

　

　　九月十二日　火よう　けふも曇　折々雨

雨宮庸藏君來、中央公論社の近?をきく。同情を深くする。

「佐渡海府方言集」及「農と民俗學」をよむのに一日を費す。

　

　　九月十三日　水よう　早朝晴れて又くもる　降らず

三好夫人來訪、清彦におもちや二種。

友野代三君來、成城の佐山祐二氏同行、明治の文學につき話がきゝたいとのことなり。

　

(101)　　九月十四日　木よう　曇　夕方又ふる

山口壽々榮刀自、「地理と民俗」をもつて來てくれる、及茄子をくれる。

柿沼氏の二人の孫、遊びに來る、もと子五つ、たか夫四つ。

よしの母來る。甘藷、卵など。

孝堀氏へ見まひ、母刀自の叔父になる人遠行のよし、六十三歳といふ。

　

　　九月十五日　金よう　けふも曇　雨折々　都わすれ花さく、萩ちやうど盛り。

池田弘子さん來。大西伍一君久しぶりに來る、本間雅彦君の著書の序文のたのみなり、ことわる。

三原勝來、昨日歸京、澁谷大橋の輜重兵學校に入るといふ。林檎と梨みやげ。

松江の牛尾君より梨（二十世紀）をくれる。

　

　　九月十六日　土よう　けふも曇小雨

花本君香取より買ひ來るとてうなぎ・鷄など持込み來る、久しぶりに滋味にありつく。又「ひかり」五箱くれる。

佐藤君來、本を若干わたす。ゴールチェの「ボ?リスム」を讀まないといふので贈る。

吉田志津子さん久しぶりに來る。米澤産の西洋梨くれる。日本無線といふ工場に働いて居るとて其話をする。

千津子來、森川氏老母死去云々、葬禮のきものを借りに來たの也。

日向の中瀬淳翁手紙、病氣をしたといふこと。

　

(102)　　九月十七日　日よう　朝少しの間晴　又曇　しばらく驟雨　風立つ

安田尚義君いとま乞に來る。三穗ちよつと來る。

「八丈島誌」をよむ、流人のこと詳かなり。又諏訪の記録をよむ、浴湯。

夜停電、何もせずにねる。

　

　　九月十八日　月よう　久しぶりに好晴　午後なほくもる

所々水出のうはさ。

爲正三崎へ行く、二泊のよし。堀來る、二十三日に立つよし。

垣根のこはれをしばる。

夕方又電燈の故障、やがてなほる。

家具屋、戸の把手をなほしに來る。

　

　　九月十九日　火よう　晴

清彦と富士見橋まで遠征。

警戒警報出づ。午時少し前、二時過とける。

西の垣根へ梅・椿を栽ゑて見る、草をとる。

放送局より電話、朗讀資料をくれといふこと。

三千子ちよつと來る。

英彦母子とまりに來る。暗くなつたので迎に出てやる。けふは市中燈火管制の練習なり。

　

(103)　　九月二十日　晴　牛後少しくもる　水よう

太田母子夕方まで遊んで歸る。

三千來、後三穗も乘る。爲正九時頃かへる。

放送局亞洲部員齋藤友治氏電話、次で訪ひ來る。影膳のことを書いてくれといふ、朗讀の料にとなり。

門の戸の把手こはれ、又朝鮮人なほしに來る。

　

　　九月二十一日　木よう　晴　タ三ヶ月

折口君來、又々手製のなめ味噌くれる。

秋田の奈良君來、自作の葡萄・梨子・蓮根などくれる。夜おそくまで話して行く。

食品ノートを整理してくらす。影膳の話の支度なり。

けふ堀より彼岸のぼた餅三種。

　

　　九月二十二日　金よう　晴

橋浦君來。今夕羽黒山へ立つ。堀は明朝、切符を買ふとて三千子新宿まで行く。

池田弘子さん來。苺の苗を植ゑかへてくれる。

岡田建文翁來、後聞、かへりに怪我をしたよし（澁谷にて）。

けふは大いに芝を刈る。杏の木の下四坪ばかり、此速力では十一月にも及ぶべし、しかしはきだめはすぐ山になる。

爲正勤勞奉仕の夜間作業の世話に行く、明朝五時半までのよし。

(104)萩には色のよいのあり、百日紅今年も花無し。

　

　　九月二十三日　土よう　曇

戸田謙介來、「國史と民俗學」の二版印税、五百二十八圓持來。

けふも大いに芝を刈る。

　

　　九月二十四日　日よう　曇がち

先日の友野代三君、青年三人を伴なひ話をきゝに來る。

木曜會第二百四十囘、大藤・倉田・關・瀬川缺席、橋浦・堀・萩原は旅行、今井武志かへり來り、疎開兒童の實?を語る。埼玉縣菖蒲町の吉祥院といふ眞言の寺に四十五人、先生一、寮母二、作業婦二人、菖蒲町の梨の實を土産にくれる。

越後の渡邊行一君來會、この二月ほど東京の經濟刑事へ手傳に來て居る。

牧田茂君來、又菓子をくれる。清彦大いに悦び、此人にのみシェンセイといふ、他の人はダッタなり。

三千來、三穗も來る。牡丹餅をくれる。二つくひ久しぶりに滿腹感を味ひ了。

けふも朝夕少しばかり芝を刈る、現在約五分の一。

　

　　九月二十五日　月よう　雲多し

厚朴の實紅くなる。五つか六つ。

竹垣を木にしばりつける。又芝生を十文字に刈る。放送稿を草す。

(105)矢倉年君來る。養�ｺ文庫に何か出す約束、「女性と民間傳承」を見せる。

孝銀行に行く。税二千圓を超ゆ。

　

　　九月二十六日　火よう　曇　雨寒し

木蓮にも赤い實がなるのを見つける。たつた二つなつた柘榴も色うつくしくなる。

昨夜は二時半から眠らず六時になつてねる。

けふは一日中訪客無し。書齋は清彦の領分となる。

放送稿を清書して出すやうにする。

爲正は昨夜は當直、又研究發表の會、けふも夕方になつてかへり來る。

　

　　九月二十七日　水よう　晴やゝ暑し　夜子供、神輿錢もらひに來て門をこはして行く。

連句委員會第三次、高濱父子、佐藤、深川、久保田、伊原、折口、加藤。

會は平凡なれど行かへりの電車の込むことのみは非常なり。

久保田君と久しぶりにあふ。泉老夫人及里見氏などの消息をきく。

飯田の岩崎清美君この二十二日死去のよし。細君より報あり。近頃まるで逢ふことなかりしも、若い頃からの知人なり。

　

　　九月二十八日　木よう　好晴　夕月よし　十日頃なり

田中梅吉君久しぶりに訪ひ來る。

(106)橋浦君來、昨夜羽黒よりかへる。講演會の會衆は寥々のよし、失敗といふべし。いちごの苗をもちてゆく。

　

　　九月二十九日　金よう　晴

友野代三君再び來る。文學界一號から終號まで買ひたりとて見せる。

小林巖雄君來、十月十五日、神祇院へ來て話してくれといふこと、承諾する。

よし來り甘藷、麥などくれる。これも來月半ばによめ入のよし。

　

　　九月三十日　土よう　曇小雨

柿の落ちたのを拾ひ酢に作らんとす、橋浦君のすゝめ也。

三木茂君來、日向の寫眞を多く持つて來てくれる、大山の祭の寫眞も。

堀昨日かへるとて來り莊内の話をする、卷たばこくれる。

「祭禮語彙」の整理に一日を費し了る。

　

　　十月一日　日よう　昨夜來風あり　小雨　終日曇冷たり

日曜なれども戰勝祈願の連句の爲に、永田町の文學報國會に集まる。高濱、佐藤、伊藤の三君のみ、やゝおくれて折口君來、八句まで進み五時半別れかへる。

るす中本田等君來。

花本君より福島縣より持來るとて苹菓、鷄一羽をくれる、厚志なり。

木犀花處々に薫る、門の脇のミネゾに紅き實多くなる。

(107)るす中に清彦机の引出しを散々荒す。

　

　　十月二日　月よう　夕方より晴るゝ　明月は今夜か

牧田君來、長野に行くことになつたよし、「喜界島昔話集」をやる。

太田英彦母子來、明後日歸るよしにて泊る。

三千子も來る。

芝を刈る、ほゞ半分終る。木せいよくかほる。

芙蓉花さく。

　

　　十月三日　火よう　晴　夕方少しくもる

午過千津英彦かへり去る。

今朝二兒をつれて運動場から小學部まで行きて見る。芝を刈る、六分どほり。

飛行機、空に幾すぢかの白い線を引く、英彦は白墨でかいたかといふ。

栗少し落つ、拾ひて兒どもに與へる。

柿はやゝなつたれども、まだ十分熟せず。

　

　　十月四日　水よう　夜來雨　午後僅かに止む　外に出ざること終日

土橋利彦來、婦女新聞拔刷一揃ひ。

「笑の本願」の原稿假にわたす。

(108)座敷の前の芝生に鳥が一羽落ちて居る。拾ひ上げて見れば杜鵑なり、不思議々々々。

カッコウか筒鳥の幼鳥ならんと内田博士いふ。

神祇院十五日の講演の原稿を草し終る。

　

　　十月五日　木よう　雨終日　寒し

三穗子來、齒をいたむといふ。

大島正浩來、九日出發、豐橋の特別豫備士官學校に入るといふ。いとま乞なり。日の丸の旗に「未來を愛すべきこと」と書いてやる。

久しくゐたりし日立の工場の話をする。

雨中ながら昨日拾ひし栗四十七顆といふ、飯に入れてたべる。

　

　　十月六日　金よう　けふも終日雨

桂花うつろひ去らんとす。雨の小止みに庭に出て栗を拾ふ。忽ちに籠に充つ。

清水一雄氏訪來る。夫人死去の前後の話あり、自身も神經痛、是は日露役の負傷の餘波なりといふ。

實業之日本社使、「火の昔」十五册とゞけ來る。之をよみかへして半日を費す。

大和書院林博君來、本を二三種ゆづり渡す。もと北澤に居た者、十六年開店、それより出征病氣にてかへり來る云々。

　

　　十月七日　土よう　けふも終日ふる　雨にあきる　終日外に出られず

爲正は大島の留別宴に行く。

(109)「火の昔」再版の企畫書に印を乞ひに來る。

　

　　十月八日　日よう　夜來風雨　朝に至つて霽る　夜又くもり降る

泰明小學枚の講堂を借りて記念會、會者六十人ほど、半分は始めての人。

石黒、橋本、石田、小山、武田などの諸君來り、いろ／＼昔のことを話してくれる。折口君座長、十時すぎ始まり午時會食、四時半頃まで話をしてわかれる。よき思出なり。

折口君から白い飯の辨當と魚、石黒氏は足袋などをくれる。

不在中三好道矢君來、

川野啓介君小さい子をつれて來る。

堀と共にかへり來る。「火の昔」を與へる。明後日立ちて、奈良と伊勢とへ調査旅行に行くといふ。

　

　　十月九日　月よう　晴

大いに芝を刈る。

實業之日本社内山・山下・秋葉三人本の禮に來る。再版を此冬出したき話。

夕方池田弘子さん來る、本をやる、丸山さんと二人に。

中川さんといふ夫人、房州の生魚をもつて來る、先日刀を讓つてやつた人なり。

學術協會の會、又缺席。風呂あり。

　

(110)　　十月十日　火よう　曇　小雨折々

防空壕の改良工事に、男の「よし」と今一人來る。平戸某、木更津の産云々。

櫻の木・エゴの木などを切る。

矢部百合子さん母刀自來訪、葉子手製のもの、ソウセージなど持ちて。

石田助右衛門君、稗をもつて來てくれる。信州の蕎麥を粉にひいてくれらる。山田吉彦君の話、番地をきく、八王子より三十分云々。

放送局から電話。

清彦下駄をはく稽古。

　

　　十月十一日　水よう　曇　小雨

柿漸く熟す。朝堀へ清彦と共に行く。

放送局亞洲部齋藤君の代理として女事務員來る。千代田女學枚にて伊波君に教へてもらつた人といふ。「影膳の話」近いうちに放送するといふ。

防空壕の工事なる、百圓とられる。庭の木を多く伐り、薪だけは出來る。

　

　　十月十二日　木よう　終日くもる

訪客なし。芝を刈り、又木を伐る。

宮地博士の「續神祇史」を讀む。

放送局より「影膳の話」明日午後二時放送すべきことを電話で告げ來る。

(111)ふみ子夜になりて小石川へ行く。

　

　　十月十三日　金よう　けふも曇　午後うす日

新らしい植木屋來る。八月に兵から還つた者、用中々多し。

筑摩書房の唐木順三君來、金鵄二つくれる。小林保祥君來。

橋浦君來、八日に間に合はなかつた鷄と栗とをくれる。鷄は下總の篠田君、栗は角館の富木君から送つて來たもの。

石原綏代子さん來る。明日輕井澤（追分）へかへる。リース（Rhys）の「セルトのフォクロァ」上卷を貸す。

芝を刈る、まだ僅かのこる。史料五編の四を再讀す。

　

　　十月十四日　土よう　晴　風あり

植木屋二人來り四つめ垣を結ひ、檜の生垣を苅る。

橋浦君再び來る、北京の電報につき相談なり。折口君の所よりまはりて來る。

河竹氏に本二册返しに行く。

豐川氏を訪ふ、不在。炭燒相談の爲なり。

大島澄江子來りとまる、手傳のため云々。

　

　　十月十五日　日よう　晴　午後やゝ曇

神祇院へ話をたのまれて行く。きく人思ひの外少なし、三十人あまりか。副總裁飯沼氏は大正九年九月、島田の帶祭見物の日案内をしてくれられし郡長なりといふ、奇遇なり。秋風帖を贈ることを約す。近藤喜博君兵隊から還りてあ(112)り。講演は「敬神と祈願」、先づ上出來、その割には感動なしと見ゆ。二三の重要ならぬ質問あり。それから第一ホテルにゆき晝めし、飯沼、又調査課長小林、梅田の三君など。日比谷まで送られかへる。

小石川に大島氏を訪ひ刀自にあふ。

太田にゆく、主人青木にかへりて在らず、るす番の女物のいへぬ女にてあはれなり。

乾君を訪ふ。刀自娘嫁と逢ふ。そのうちに主人もかへり來り久々にて逢ふ。

島中君を訪ふ、不在、原町一二六。

花本による、是も大阪に行きて不在。

かへりに新宿にてえらい雜踏、一時間近くもおくれて歸着。行がけには轉び、是でもうこり／”＼。不在中遠藤二郎氏孫をつれて來訪、五男はけふ相模原へ入營、四男は昨月けふ入營のよし。もち米一升ばかりくれる、新米か。

植木職來り薪をこなす。

　

　　十月十六日　月よう　晴

井上翁の尚像をかいた米田千穎氏來、但馬八鹿の人窮乏を訴ふ、少しのものを合力す。

折口君來、珈琲少し、團子手製のものくれらる、好意うれし。

三穗二度來、夕は牛乳をもつて來てくれる。

三原母堂階子段にて轉び骨いたみ、慶應大學へ入院のよし、主人は先月振興會退職の由。

花本君來、大阪から三原へかへり今朝かへる。松たけ・西條柿・いちゞくを土産。

折口・花本二君に、「火の昔」をおくる。

三千も來る。

(113)海上勝報しきりに傳はる、それもうれしさに堪へず。

　

　　十月十七日　火よう　夕方から曇

豐川君にゆき又その隣の鈴木氏に行く。共に不在なり。去年の炭竈を見ん爲なり。それも毀たれてあらず。

植木屋加賀美父子來りて、木を伐り又防空壕を繕ふ。家の者も畠に出て、草をとり火をたき働く。

豐川君やがて來る、暫らく話をして行く。綜合研究所のことなどを。

週刊朝日の記者小川薫君來、もう一度「村のすがた」を始めてくれといふ話、大よそ承知。

布目夫人（もとの中川さん）房州の鯛をもつて來てくれる。

　

　　十月十八日　水よう　雨は朝やみ　なほ大いに曇

午前中史料五ノ七をよむ、明惠上人の傳などあり。午後チヅといふ名の電報來り家をさわがす。但し發信地はチンタウなり。太田の方へ何のたよりも無し。此頃電話電報の錯亂話にならず。段々足がつめたくさびしくなる。

夜又大いに降る。

　

　　十月十九日　木よう　けふも曇る

太田氏電話、千津からは電報はうたず、又何もかはりは無しといふ。不審なこと也。

三千子來る。

文學報國會の鳥羽君電話、連歌續會の日のこと相談。こちらは自由にしたき由こたへる。

終日來人なし。史料五編八九十を見る。「明月記」・「民經記」の記事多し。後者は傾城をよぶ日記、珍らしきものな(114)り。

清彦を抱いて外を一まはり、その他は家に止まる。

　

　　十月二十日　金よう　午後天氣少しよくなる

家のまはりを清彦と共にあるく。伊藤龜雄君に久しぶりにあふ。胃腸病にて永くねて居たよし、電話をかけるにこまつて居る由。うちのを使ひたまへといふ。

丸山久子さん來、庭のとて柿の枝折くれる。百目柿といふがこれは木さはしなり。弟に嫁を迎へる爲に、母君肥前北松浦の御厨といふ町まで一人で旅行すとの話。

木越刀自久しぶりに來訪、進の手術の話などをきく。宮地氏の「神祇史」をよむ。

橋浦君來、北京行きの話又かはる。折口君一人飛行機、關・橋浦の二君は汽車で行かうかといふ話、平山は故障出來たりと告げ來る由、此頃の交通?態ではまことに心もとなし。

畑に下りて草や芥を燒く。

瀬川氏來、栗をくれる、舊稿を本にしたしとの相談、出版者得にくからんといふことを述べて、あきらめさせたり。

豐川氏へ電話、鈴木氏の炭燒は明日のよし、雨にならねばよいが。

柿少しなれど色つき始め遠くからよく見える。今に盗まれさうな氣がするので、早くから青いのをとりて兒に與へる。

梅モドキ、山査子、南天その他實になり鵯多く來る、尾長は來なくなる。

　

　　十月二十一日　土よう　昨夜又雨　午後漸く霽

つはぶき咲く、虎の尾咲かんとす。

(115)先日の米田千穎二つの油繪で金を貸してくれとて來る。ことわり了。

三穗牛乳をもつて來てくれる、三千も來る。

津輕より林ごとゞく。

畠を片づけ火を焚く。「村のすがた」再興を決す。週刊朝日の小川君再び來る。十一月五日の初稿を草す。

清彦體力査定に喜多見役場に行く。

　

　　十月二十二日　日よう　好晴　夜やゝ寒し

朝は畠にて火を焚く。

清彦と共に鈴木正吾氏に行きて見る。けふも炭を燒かず。

今野圓輔君久しぶりに木曜會へ來る。この十三日歸京、すぐに社へ出て居るといふ。會津の小豆と蕎麥をくれる。

第二百四十一囘木よう會、今野の外和歌森・關・橋浦・池田・瀬川・大藤・倉田・今井・萩原。

大藤君山の芋くれる。橋浦君角館の栗をもち來る。

角川源義君も久しぶりに來る。

文學部學生山根明君來、山根�ｺ太郎君長男、但馬舊七美郡熊次村の出身。

渡邊行一君も來る。

遠藤二郎君訪來、少時話をききてかへる。

朝日へ週刊朝日の原稿第一渡す。

夕方三原玄關まで來る。二見午前中に來る。

　

(116)　　十月二十三日　月よう　雲少しあり

神奈川の磯部夫婦訪ひ來る。一月あまり以前除隊になり、遠州に休養し一昨日歸宅といふ。次郎柿くれる。

文學報國會の鳥羽君電話。

週刊朝日の小川君、小穴隆一氏を伴ひ來訪、小穴氏は義足、おまけに甲州に居てその足を痛めたりといふ。繪のこと相談なり。

堀來る。昨夕おそく歸京、伊賀の餅と柿、家の卵などくれる。奈良の話をする。

清彦つれられて堀へ行く。やがて迎へに行きつれかへる。田山氏の夫人、子をつれて來てあり。けふも百合根を掘る。

家の舊記頬を整理せんとす。刀劍銘の本は三原にたのまれたれど見えず。

平塚の中林君原稿送り來る。勝股といふ文學部學生よりも、岩村の調査を送り來る。

　

　　十月二十四日　火よう　晴　ひるはやゝ曖かし

梅もどき、かまつかその他いろ／＼の木赤い實になる。南天は未だし。家の庭は鳥多しと隣でもいふ。柿を少しとる、

又火を焚く。

清彦と散歩朝夕二度。

訓練警報朝の九時まで、燈管注意をうける。

橋浦・大藤二君來る。支那行きのこと、雜誌のことなど話す。

折口君より電話。

　

(117)　　十月二十五日　水よう　晴後大に曇る

ヒタキの聲きこゆ。つはぶき盛り、火をたき灰を畠に入れる。

高木きぬ子正信來訪、林ごくれる。今一つ何かも。

文報の鳥羽君より電話。

創元社の佐古君出版屆に印をとりに來る、方言覺書三千部再版のよし。

午後乾君、娘（佐藤夫人）をつれて來る、大和の椎蕈くれる。「火の昔」を禮におくる。案内して久しぶりに狛江村へ散歩、國領から玉翠園まで、道に小足立にて白山茶花の咲きたるを見る。コジュケイ（小綬鷄）、モズなどをきく、鳥多く川原に集まる。

　

　　十月二十六日　木よう　晴

大島刀自來訪、後藤久枝同行、堀をまはりて還らるゝ。

夕方關君來る、北京より招請?來り、やはり行くことに三人決定したとの話なり。もう止めないつもり。

箱山君より林檎小包にて。仙北の佐藤君より横手の池の鮒を燒いて。共に禮?を出す。

火をたき、又百合をほり、柿をもいで子供にやる。

　

　　十月二十七日　金よう　朝から寒き雨　終日

二十四日以來比島東海の戰捷傳はる。漸く愁眉を開く。清野久雄君へ手紙。

三穗子稗糠をもつて來てくれる。三千子もちよつと來る。一日外に出ず、明治四十年四十一年の自分の日記をよむ。

週刊朝日より原稿を取りに來る。

　

(118)　　十月二十八日　土よう　晴夜月よし

岩崎敏夫君來、此頃生徒の勤勞隊と共に川崎のマツダ工場に來て居るといふ。白米二升くれる。氏神の調査に付て意見をきかん爲なり。

京都の平山敏次郎君妻女來、丹波の松たけなりとてわざ／＼片瀬から持つて來てくれる。毎年一度親のところまで持つて來るなり。今度はカバンに入れて來るといふ、うつりに「火の昔」を贈る。二人にて京都をさがし手に入らざりしよしなり。

午後大井出石の折口君宅へ行く、穗積君も先着、大森驛まで三人で出迎。

大へんなもてなし、御茶だけでも五種、餅・饅頭の類も色々、腹が張るまで食ふ。もつたいなき限り。歌仙一卷をまく。すんだら曉の四時、わづかまどろみて朝日になる。この連句保存すべし。

　

　　十月二十九日　日よう　出石の折口氏に在り

早天に遠藤二郎氏を訪ふ。もう息子の所へ面會に行きたりとて不在、娘さんにあふ。

午前は穗積君と雜談、なほ色々の御馳走が出たが、あまり疲れたれば晝前辭しかへる。

又二人停車場へ見送り也。

一時前歸宅、ちやうど森銑三君、「曲廬日記」を返しに來る。一時間ばかり話す。

それから床をしいて睡る、夕方起きて食事をして又睡る。

　

(119)　　十月三十日　月よう　朝から雨終日

九時に家を出て文學報國會、連句第二日。高濱氏の外、伊藤・眞子・深川・佐藤・年尾君、折口君やゝおくれて來る。

五時までここに在りて名殘の表第一句まで。折口君能登の藤井氏より屆けて來たといふ乾物一包、十九日發送とて日數かゝりたればあされたり。惜しきこと限無し。六時歸宅、雨で難儀する。行きがけに足を水に突入れて足袋を汚す。

三穗子來、夕食を共にす。

羽黒の戸川君より粉ミルク一罐くれる。大よろこびなり。

週刊朝日の小川君より電話及使。

　

　　十月三十一日　火よう　午後曇　後月になる

柘榴たつた一つ、赤くなる。柿をおとす。

折口君能登一ノ宮の小鯛をもつて來てくれる。春洋君の兄巽君の贈る所、禮?を出す。

少々由本氏へ、又三原へ孝持つて行く。

夜になりて三原勝來、明朝仙臺へ立つといふ。戰果あがりて軍部の人々よろこび居るといふ話。

爲正も明朝は早く勢多郡へ行くべし。

明治大正の交の自分の日記を出して、おもしろく讀む。

　

　　十一月一日　水よう　晴　月よし

爲正寢て居る間に立ちて上州へ行く。

池田弘子さん來、宮城縣の蓴祭菜罐づめくれる。

(120)午後「現代」記者二人訪來る。齋藤章二君、鈴木愼三君、原稿のたのみは斷る。折から空襲の警報あり。とゞまりて話をして行く。幸ひにして早く解けたり。

夜ふみ子小石川の鎌田氏へ使に行く。

三千牛肉をもつて來てくれる。

けふも古日記にかゝつらひて日を銷す。連句の會はさぼり了る。

　

　　十一月二日　木よう　雲多し　月もおぼろ

週刊朝日の小川君原稿をとりに來る。服部有恒君門下の東山魁夷といふ人の挿畫をもち來る、氣に入る。

花本君來、又香取からの鷄をくれる、葱をそへて。

けさは布目氏夫人、刀の代をもち來り、更に禮に安房で主人の釣つて來た鯛を三尾、何だか心つよくなる。その小一尾をきぬえの父の所へ孝もつて行く。

創元社の佐古君來。

八枝子種痘に野崎氏へ行く。

　

　　十一月三日　雨終日　明治節にはめづらし

ひたき連日來り啼く。柘榴の葉黄になる。宮良君から貰つて來た、赤い實のなる蔓草枯れはじめる。終日外に出ず。

午後倉田君來、「分類農村語彙増補」稿成る。東洋堂の意向をきゝに葉書、古い手帖類を貸して讀ましむ。

　

(121)　　十一月四日　土よう　晴　暖　夕又小雨

朝のうち清彦と散歩、所々の新畠に花が美しく光つて居る。

炭竈こしらへに終日骨を折る、手頃のスコップ見失ひ、さがす。

太田母人來訪、昨日入京のよし。千津子姑を手傳ひて下肥くみもしたよしなり。松蕈のみごとなると干魚を一つと贈らる。

大島澄江子來りとまる。

朝はいろ／＼の小鳥が來る。シジフカラ、ヒタキ、その他、黄色の山菊盛んに咲く。躑躅の中に咲くものよし、山茶花も花になる。

柿の實をとる、今年は先づ豐作といふぺし。

　

　　十一月五日　日よう　曇

朝、村君來、九州の話を色々する。煙草サクラ三つ、光二つ、羊かんなどくれる、空襲警報出づ。

鏡味完二君來。東亞研究所に在り、印度のことを擔當すといふ。地名の研究をするといひ、その話をきゝに也、茶一袋くれる。

今井富士雄君來、教學練成所に入りたりといふ。家に困つて居る、小金井にて。小野・井上二君に紹介す、津輕の林ごくれる。

ふみ子二兒をつれ小石川へ泊りに行く。眞の二人きりになる、三千子ちよつと來る。

炭燒支度の穴の土を取る。俳書をよむ。

　

(122)　　十一月六日　月よう　晴　夕陽よし

午前警報發令、但し空襲警報にはならずして解けたり。

炭竈をこしらへる。隣の森氏より石の板を借りて焚口とす、木の葉を多く入れる。

わからぬことありて急ぎ久我山の橋浦君に行く。不在、妻娘に逢ふ。七年ぶりといふ。このあたり大へんきれいになりたり、所々に菊の花咲く。よい散歩なり。あかるい中にかへり來る。

不在中豐川昇君來、本をくれる。自著、ウィンデルバンドの「近世哲學史」一。

週刊朝日より使、「續村のすがた」出はじめておくり來る、三部。

　

　　十一月七日　火よう　好晴

庭の柿皆赤し。さゝ鳴きと蟲の聲と共にきこゆ、ヒタキも來る。

午時少し過ぎ空襲警報、庭に出て飛行機雲の白きを見る。敵はたゞ一機なれど騷ぐ。

この爲に橋浦君も小川君も來ず。炭竈も中止。

夜三原刀自より電話。

富美子朝のほど一人にてちよつとかへり來る。警報前にかへり去る。

　

　　十一月八日　水よう　曇　夕小雨　寒し

東洋堂龜井君來、「農村語彙」出版約束す。

松岡春樹來。卒業論文のことにつき相談、寒地住屋のことを書きたしといふ。本を二つ貸す、「スカンセン案内」及ブリューヌの「人文地理」英譯。

(123)野口義惠女史來、正月の「村のすがた」の畫三つたのみ了。

由本氏の前の大きな松を伐る。夕陽にも月にも忘れがたき松、我家の風情の一つなりし、生者必滅、歎息の外なし。

炭竈うまく行かざれども火を入れんとす、橋浦君來ず、且つ雨の爲に今一日延期し了る。

二三日前から古い日記手帖類を整理して色々思ひ出すことあり。

　

　　十一月九日　木よう　晴

三穗・吉志子母子來、晩方まで遊んで行く。空襲の日の話をする。

文學報國會の武川重太郎來、農村の歌のこと、朗讀文學の計畫のこと、歴史部會のこと。

中川深雪手紙、老母危篤のこと。

午後橋浦君來、炭竈を焚く。火入れ成功せず、雨水浸入して木の葉のしめつた爲か。

小池きぬ芋など車にて持つてくれる。三隅みよ、兄嫁と共に來る。

朝日より原稿とりに來る。

　

　　十一月十日　金よう　雲がち風少し

夏ハゼの實くろくなる。

實業之日本社の内山君、畫家の中村君と共に來る。ヒョウソクの畫についての相談なり。柿を三つづゝ。又炭竈を見せる。

その茨竈けさまでは煙幽かに立ち、段々消えさうになる。午後橋浦君來て築きなほしてくれる。今度は煙元氣よく出る。岡君も來合せ手傳ふ。清彦一行送られてかへり來る。丸五日不在。

(124)「先祖の話」をかき始む、筆すゝまず。

夜何度も炭竈を出て見る。

　

　　十一月十一日　土よう　寒し　曇る

昨日の炭竈は煙が消えて居て失望する。

今度は原因がわからぬ故に改良の方法を考へ得ず。

三千子來る。清彦と火を焚き、甘藷を燒く。又木の葉をかく。

憲兵隊本部の酒井一治來、匿名の惡口按書の中の方言についての相談なり。

大矢眞一君來、明日から水戸へ行き又會へ出られぬからといふ。

駒澤の赤星邸に住んで居る江頭氏來、千枝子の位牌は十分に保護するから安心せよといふ親切。この四月に次男を失ひ、今もあきらめかねて居る。

　

　　十一月十二日　日よう　曇寒し　降りもせず

庭に出て木の葉を掃く、本田等君表を通り花を乞ふ。紅の山茶花二枝おくる。長岡夫人にも。この花けふ盛り。

木曜會第二四二、堀二人、和歌森、瀬川、丸山、矢部、池田、關、倉田、橋浦、比嘉君久しぶりに出席、那覇空襲の話をする。非戰闘員としては、此島の人尤も多く内外にて死んだといふことなど。

山根�ｺ太郎氏來、息明君同行、是は十二月十五日に入營（滿洲二一三部隊）、挽茶及卷煙草みやげ。

瀬川さんから配給の酒、この人に池上への使をたのむ。

平山君來、是も山根君と同じく甲州の學會よりのかへりなり。飯田に行き蕉梧堂に泊りしよし。四月とかに病氣をし(125)てやせ居る。

橋浦君炭竈を見てくれる。復活やゝおぼつかなし、堀より週報の炭竈指南を貸して見せてくれる。

香取の高木邦之助氏より「古城村誌」前篇くれる。

球磨郡の高田素次氏より「球磨」の舊號そろへてくれる。「球磨風土記」も、共に禮?。ドウダンうつくしくなる、木蓮の葉は黄なり。

　

　　十一月十三日　月よう　晴　風さむし

大和書院主來、昔話集等を渡す、古寫本を見せる。

山口すゞえ子さん來、藥をくれる、コキナとかいふ。

海軍研究所とかいふものから電話。

木の葉を集めてやく。清彦と電車を見に行く、内田氏及長岡氏とあふ。

爲正夜に入つてかへり來る、北橘村の今井氏に一夜よばれ、又自分七十の祝ひの品を托せられてもちかへる。

　

　　十一月十四日　火よう　晴　よほど寒し

畑にえん豆をまく、木の葉をはく。橋浦君來ず。

東山魁夷君、週刊朝日の小川君と共に訪來る。美術學校にて映丘につき、又服部有恆君について居る、本を貸す二。

瀬川さん來る。池上の樣子を話してくれる。椎の實、茶の花を土産、伊豫のみかんと林ご一つ。

渡邊濟君昨夜電話、四男の婚姻に招かる、斷わる。悦び?を出す。

上州の今井君へも禮?。

　

(126)　　十一月十五日　水よう　好晴寒し

朝炭竈をたいて見る。煙はよく通ふが火は薪にうつらず。

花本君來、小林君の「パイワヌ寫眞集」三十部持參する。この月末までに夫婦備後三原にかへる由。

代田橋の伊藤氏娘、稗の粉をもつて來てくれる。三千も來る。

土橋利彦君來、先月の創立祝の會の記念品くれる。出版屆二通調印、「山の人生」を貸す、「火の昔」を一册矢倉君へ。

　

　　十一月十六日　木よう　小雨終日

いよ／＼炭竈を見すて二階のコタツへもぐる。橋浦君も來ず、風がわるくなつたか。

三穗子來、雨中ながら柿をとつてやる。みかんも一つ、瀬川氏からもらつたのを。

朝日より原稿をとりに。

五十嵐正己來、會津の人、かねて方言に志あり、「方言覺書」をほしがる故に一册贈る。

　

　　十一月十七日　金よう　晴　風あり

月例警戒訓練、さしたることなし。

終日炭竈に携はる、崩して築きなほす、三時頃漸くのことで燃えつく、夕方白い煙を見て滿足する。もう一度燒くつもり。

石井保君來、しばらく休んで居たよし。

折口君來、北京行き延期した挨拶なり。卷煙草持つて來てくれる。他にマッチ一箱、番茶、ちり紙、なめ味噌など。

(127)昨夜爲正當直。

出版會の岩崎君來、穗積夫人の實家古奈の石橋氏より妻を迎へたる人のよし。

　

　　十一月十八日　土よう　雨終日

紅葉漸くうつくし、ことに山茱萸の下の二本など。

早起よりふり出し、しみ／”＼と寒し、居どころ無くわびし。たゞ炭竈は燃えつゞける、出て見ずして過ぐ。

　

　　十一月十九日　日よう　好晴　暖なり

けさいよ／＼炭竈の穴をふさぐ、火をたき隣の兒と二人に、藷を燒いてやる企て。

清野氏の「日本人種論變遷史」を昨日よりよみつゞける。文獻の紹介はおもしろし。

午後松岡春樹來、卷煙草くれる。資源研究所の某君（地理科昨年の卒業）伴ひ來る。

布目夫人又鯛を三尾持來る。義理につまつて又一本の短刀をゆづり了。

　

　　十一月二十日　月よう　好晴

ぬれ俵をたきわら灰をこしらへ火鉢に入れる。昨日はマテバシヒの枝をきる、けふは表通のスズカケの小枝を。共に燃料にせんとてなり。白山茶花大いに咲く、所々の山茶皆咲く。

布佐の文雄夫婦へはがき。

山口彌一郎君へ同上、カノカブの禮なり、此頃毎日食つて居る。

柿を毎日二つ三つづゝとる。まだ十あまり枝にのこつて居る。

(128)けふも終日庭に在り、夕方清彦と散歩。

東山魁夷君畫をもつて來る。三つ。

放送局の酒井壤君來、二十七−九日放送のこと、持病にてことわる、いろ／＼雜談。けふなど全く本を讀まず、池田さんより電話。

　

　　十一月二十一日　火よう　曇　微雨、午後うす日さす

橋浦來、炭をやきに、成功せりときゝて引返す。佐藤勝熊君來。

信州より林檎とゞく、筑摩書房古田晁君の贈りもの。

　

　　十一月二十二日　水よう　晴

終日外ではたらき寒さを知らず。

炭竈をひらく、半分は灰になり、四分の一は生木、收穫豫定の四分の一、炭取りに五はいあまりなり。

大藤君來り海村手帖を見る。晝辨當をつかふ。手製の炭の初穗にあたらしめる。「埼玉叢書」三卷おくる。先頃中のいろ／＼の本の禮なり。

けふ午後は雜誌の會、戸田君のところにあるよし。連句の會、この三十日にあるといふ電話。

　

　　十一月二十三日　木よう　晴るゝ

二度目の炭竈に火を入れる。どうやら附いたやうなり。夕方清彦と散歩、同じ路ばかり。

爲正は友を訪ふ。

(129)松岡文雄來、近く甲府に在勤することゝなるよし。始めて裕之を伴ひ來る。柏中學校の一年生、「火の昔」をやる。

楓の若木二本の爲に陰になる山茱萸の北の枝を伐る。又エゴの木の下枝もはらふ。北の端とこちらの隅の柿の實をとりつくす。

　

　　十一月二十四日　金よう　晴

けふも終日外にあり、人來ず。

正午少し前空襲、三時前まで。

後に聞く。杉並、本所、品川などに多少の損害ありと。こゝにても高射砲のひゞき硝子戸をふるはす、子供神經過敏になる。

　

　　十一月二十五日　土よう　曇

炭竈の口をふさぐ、あまり低くなりて心もとなし。二三日おくつもり。

コサ豆を拔く。此豆實多く長い蔓になり、さきの方までなる。「うばらがうれにはほ豆の」といふ東歌思ひ出づ。

十一時五十分警戒警報、やがて中途より引かへしたりとの報あり。

臺所の助けに木の枝を小切る。又第三囘の炭竈を計畫す。

朝日週刊少國民の伊東榮之助君來、此誌に「手毬の話」をかゝんと約束す。

清澤洌君はからず來、加藤武雄君同行。二人は懇親のよし、思はず時世をかたる。

三千ちよつと來る。退避壕に來て入り北澤の老醫と孫とのことを話す。

　

(130)　　十一月二十六日　日よう　日照り暖かなり

畠を片付け灰を入れる。落葉あとから、紅葉も大方散り盡す、大盃ひとりよく染めたり。

木曜會二四三、橋浦君先づ來て引返す。他は堀二人、關、柴田、和歌森、丸山六人のみ。

警戒警報、空襲にならずにとける。

　

　　十一月二十七日　月よう　曇小雨寒し

午時又警報、空襲になる。高射砲ひゞく。

炭竈を開く、今度は灰になるものゝやゝ少なきも、炭は皆小さく切れて居る。

けふも空襲警報同じ時刻、雲中盲爆といふ。

夕創元社の秋山孝男君來。「木綿以前」を改版したしといふこと。

夜雨大きくなる。二階少し漏る。

　

　　十一月二十八日　火よう　朝霽　あたたか也

炭がまを片づける。第三次のを支度す、木を伐る。

畠に二うねシュンギクを播いてみる。柿を五つとる。又時無し大根を一うねまく。

けふは警報出ず。風呂を立てる。昨日の空襲に東郷神社、海軍坂などに爆彈落つといふ。

夕方清彦と散歩、月は十四日頃なり。

　

(131)　　十一月二十九日　水よう　曇　夜雨

昨日の晩から風を引いたやう。

一日二階に居る。幸ひに人來ず。

夜三原勝以下四人づれ來る。二十七日かに一寸かへり、明夜又仙臺へ行く。干魚くれる。

夜空襲二度、終夜よくねられず、但し壕には誰も入らず。

　

　　十一月三十日　木よう　雨

一日ねて居る。

加藤繁氏の「支那學雜草」をもらひよむ。

　

　　十二月一日　金よう　けふも小雨寒し

まだ少し熱あり、二階にこもる。

瀬川氏來、越後出湯の話をする、講演會五十人ほどゝいふ。西角井君は來らず、出湯の二瓶氏より餅と小豆をもつて來てくれる、小林・二瓶二人へ「火の昔」を郵送することを瀬川氏にたのむ。

　

　　十二月二日　晴　土よう　風さむし

村治夫君に招かれて、東寶に電撃隊出撃の映畫を見にゆく。孝同行、午後三時かへる、風にさはらず。

　

(132)　　十二月三日　日よう　好晴　霜深し

レイテ島に突撃隊を送りし報（十一月二十六日）新聞にのる。薫部陳といふもの。

一時頃から空襲、三時半まで、空はれて敵機よく見える、折々は此方の空へまはる、始めて防空壕へ入る。

おかげで炭がまの支度にかゝる。風邪は咽と痰のみとなる。

十五機落したりと公報あり（後、二十一といふ）。味方機の落ちたるを見たりといふ話もきく。この區は先づ靜穩、消防自動車の音はたゞの失火らしい。

　

　　十二月四日　月よう　好晴　いてどけ甚し

朝のうち炭竈に土をかける。夕方火を入れるつもり、但し成功せず。

風呂立つ、風の用心に休む。

　

　　十二月五日　火よう　好晴　午後風寒くなる

早天三原母子來、生みたて玉子一つくれる。柿をとつてやる、是が最終のもの、淋しくなる。三千子も來る。

吉田しづさん來、空襲の話つゝましくする。危險を感じて、預つて居た食具のノートを返しに來る、山形縣よりの卷煙草四つ。

改めて炭竈に火を入れる、今度はつく。竈をあたゝめるほど焚き込めばよきなり。團扇は不用のこと、なほ薪をこしらへる。朝日より「ハ」の原稿とりに來る。

　

(133)　　十二月六日　水よう　曇　うす日

柿なくなり淋しいこと。

炭の煙出し夜の間に倒る、生燒け多かるべし、焚口をふさぐ。

けふは木の葉を掃き又焚く。

北海道翼賛支部の小田邦雄君來、沼別の人屯田兵の孫、盛岡出身。

伊東月草君來、俳連歌完成、明後日獻納とのこと是もよし。美濃大井の療養所に行き、梅ヶ香の卷を講じ又表六句をまきしこと。

マッチ五箱、セツゲンといふサッカリン材くれる。

明日は父君の十三囘祥忌。

　

　　十二月七日　木よう　曇

昨夜一時半頃警戒警報、空襲すぐにあり、一二機帝都の上に來るといへり。起き出さず。

堀夫婦けふの讀經に手傳に來てくれる。

幸に警戒出ぬうちに圓通寺上人來てくれらる。國防服に袈裟にて讀經、ことさらに哀しみ深し。

夕方と夜中の二時すぎとに警報出づ、共に偵察の少數機、爲正は當直。

　

　　十二月八日　金よう　雲多く寒し　風も冬

火をたく。第三次の炭がまを開く。火がよくまはらず、生やけと灰と多し、歎息不止。

伊豆の穗積氏の息子、?と餅米をもつて來てくれる。

(134)木下乙市君來る、長く話して行く、「ひかり」を一つくれる。

敵の航空母艦あまた近海に來て居り、決戰近しといふ風聞あるよし。

それかあらぬか午前警戒警報、長くつゞく。但し空襲にはならず、夜中三時十五分又一度あり。

花本君の義妹、香取へ取りに行きたりとてアヒル一羽、ネギ・ゴボウくれる。大悦び、三原の方へ禮?出す、十五日に歸郷したよし。

堀練成所より本を借りてもつて來てくれる。

　

　　十二月九日　土よう　曇　午後晴

松岡達子、子供の洋服をこしらへに來てくれる。

東山魁夷君電話。

小栗昌雄見まひに來る。川崎市へ轉任するよしなり。荻窪邊被害の話をする。

越後の小林存君より鳥の肉小包にてくれる。

梅津敏君始めて來る。吾樂學校卒業生、召集して病を得て除隊になる。風卷君の感化を受けた人といふ。武田君の岩手民謠貸す。

朝から木の葉を掃いて焚く。第三次炭燒の成績最惡し、炭とりに二はいほど。古材木を使ひし爲か。

けふも午前中警戒警報、空襲にならずに解ける。

　

　　十二月十日　日よう　好晴

堀に行き芭蕉水鳥よの卷を講ず。聽者正木・小高根・萩原と三人、色々の御馳走あり。

(135)阪口一雄君訪來。

倉田君來、不逢。

植木屋父子來り木を伐る。ネブ、ムク、ケヤキ三本の太い枝、薪の料なり。半年もせぬと乾かぬよし。

夜二度警報あり、少數機云々。

　

　　十二月十一日　月よう　好晴

落葉を掃きいよ／＼失敗の炭竈を埋める。目白來て啼く。

午後「創造」といふ雜誌の藤井繼男君來、原稿のたのみなれど、ことわる。

薄暮に岩崎敏夫君來、相馬からの歸りがけによるといひ、干柿あまたくれる。又柚子五つ。「聽耳草紙」と「江刺郡昔話」とを貸す。

夜十二時と四時と警報、後者は眠りて知らず。

　

　　十二月十二日　火よう　けふもよい天氣

落葉を掃き、灰を菜畠にやる。藁灰を作らんとす。

蓮佛君より「火の昔」を倉吉で買つたといふ葉書。

薄暮池田弘子さん來、十日には大森山王の家の近くにも燒夷彈あまた、折口君のあたりにも落ちしかといへり。

岩倉君の遺族へ百五十圓、池田さんに托して送る。

この夜警報三度曉には空襲を報ぜずといふ、皆を睡らしめん爲なり、心ありといふべし。

　

(136)　　十二月十三日　水よう　夜來薄雪雨になり　後やゝ日の光　ひよ鳥來る

二階に引こもりコタツを作る、庭の仕事はあら方片つきたれどまだきれいにはならず。

午後又空襲、今度は編隊にて信州まで入込むといふ。東京には三機、煙遠く見ゆ。

夜に入りて又警報、三時少し前、これは房總より東京近くに入りてかへる、一機なり。

近くに高射砲きこえたれど空襲を報ぜず。

　

　　十二月十四日　木よう　好々晴　ひどい霜柱

もう落葉かきも出來ず、わづかにぬれた木の葉を燃す。落葉の堆肥をつくる。もとの炭燒穴に。

宮島幹之助君の逝去を知る。七十三歳。二十二三年前ジェネバの家に同居して居た日を思ひ出す。田中前子爵も二三日前死去の報ありこれは八十二歳か。

堀二人庭まで、エンドウの霜よけの笹をとつて來てくれ、芝の枯れたのを焚つけにもつて行く、わびしい話なり。

淺香幸雄といふ人より手紙、朝鮮に民俗學を盛んにして見たしといふこと。

球磨郡の高田素次君手紙、「後狩詞記」を再版して見たいといふこと。

けふは四時すぎまで警報出ず。子ども庭に嬉戯す、但し風寒し。夜三時十分初めて警報。

日本間の便所のパイプつまり半島人二人來てくれる。一人は好人物の家具師、仕事なくなりこんな方にも働く。

　

　　十二月十五日　金よう　やゝ曇　ひどい凍

庭にて少し働く、人來ず、原稿を少しかく。

この夜は空襲なし。

　

(137)　　十二月十六日　土よう　曇　けさはいてず

わら灰をとる、芝をぬかるみにしく。

朝日出版部の齋藤實君來。

野口義惠女史來、繪をもつて來てくれる、方々の防空の話をきく。

　

　　十二月十七日　日よう　晴れたれど風あり

もう段々庭で働けなくなる。此次は家の中で働かうと思ふ。但しけふは二階に居る。

澤柳禮次郎君乘、家を獨乙大使館の人に貸し、鎌倉へ引移るいとま乞なり。清彦に大きな自動車などくれる。正夫ちやんのものなり。

三穗子來、佐智子靜岡へ一泊にて見まひに行くよしにて、あちらの話をきく。

赤星平馬より久しぶりに手紙、早速葉書をやる。

町田嘉章君來る、「民謠大觀」關東の部出來たりとて、一册持參、いろ／＼近頃のやうすをきく。

午後折口君來、寫眞帖のおもいのを持つて來てくれる。ゼラチン少々、「鳥船」三集七册くれる。越後の出湯へ行き靜養すゝめる、出湯の二瓶と新潟の小林とへ葉書。

夜にかけて原稿をかく。ありぢごくの話なり。

　

　　十二月十八日　月よう　曇

落葉を焚く、霜柱にて苔のめくれることを憎み、もう掃除を中止することにする。朽葉なほ殘る。

(138)朝日出版部の齋藤君來、一昨日の返事なり。

海軍航空本部の囑託、北村孫盛君訪來、戰時勞働問題にていろ／＼相談あり。

この三夜警報無し、けふ正午大きな編隊中部地區に入り大戰闘になる。

夜十一時前空襲一機、一時間ほど警戒のみにて終る。爲正當直。

　

　　十二月十九日　火よう　晴

霜柱ひどくて外庭に出がたし。藁火をたき、芝の上の落葉をはき終りて二階にこもる。

この夜も一時前後警報、但し早くすぎ去る。

かぼちやで飴をこしらへる。

　

　　十二月二十日　水よう　好晴

苅つた芝を畠のぬかるみにしく。

午後創元社秋山君來、「毎日の言葉」の原稿をわたす。

午前中警報、大したことなし、二階にこもる。

隆子とまりに來る。村上ちか子同伴、米持參、見ごとな葡萄を辻堂より、但しこれは二十一日のことだつたか。

同じやうな出來事がつゞき、おくれると日記が書けなくなる。

　

　　十二月二十一日　木よう　晴

けふも落葉をはく。

　

(139)　　十二月二十二日　金よう　晴

けふも落葉をはく。

昨夜も警戒警報のみ。

「松屋外集」三卷了、此本は倉田君におくらんとす。

　

　　十二月二十三日　土よう　好晴　霜どけ甚し

九時までねて居る、昨夜も宵と曉と二度警報、松岡たつ子來。

柴田勝君をたのみ、疎開讀本を手つだつてもらふ相談、「火の昔」及「讀史餘論」木活本を贈る。

學校のパン一つ、清彦にくれる。

小林存君より出湯のことに付葉書。

岩崎敏夫君・小林純一君より返事。

この夜も警報二度、此頃連夜なり。

大間知君より「家と民間傳承」五册、一つは池田君へ、一つは和歌森君へ。

　

　　十二月二十四日　日よう　好晴

十時から堀にて連句講釋、種芋の卷なり。會者正木・小高根・和歌森・萩原、午食出てあと雜談、忘年會のやうな氣がする。

　

(140)　　十二月二十五日　月よう

早天十時和歌森君來、松田の蜜柑くれる。孫のよろこびなり。又煙草光三。

隆子祖母と岡氏へ行き乳齒を拔いてもらふ。

午後村上安一來、主計の曹長になり、今信濃町の近くの學校にあり、範第二一號。

母や妹弟たち牡丹江の官舍へ又行くといふ。

滿洲よりのとて小豆及澱粉くれる。村上配下の某の爲に短册一枚所望。

赤星連三來、久しぶりなり。隆子を見まひに米・砂糖少々・蜜柑・味のもと持參。

比嘉春潮君來、沖繩のあはれな話をする。「火の昔」一册おくる。

澤田四郎作君葉書、今度は朝鮮北大同郡斧山面へうつるといふ。鳥多しといふ話。

「對馬南部方言集」漸く出來、おくり來る。

三千子來、爲正今夜當直、明夕工場。

角館の宮木君より氷餅と百合根來る、正月やゝたのしみになる。禮の葉書出す。

河竹繁俊君宅より里芋。

　

　　十二月二十六日　火よう　青いうつくしい空

昨夜は警報出ず、皆助かる。

朝落葉をはいて焚く。

穗積君の息子又甘酒の料に?と米とをもつて來てくれる。

早天放送協會の伊藤信雄君來、逢はずに返す。

(141)床屋に何度行つて見ても滿員。

少國民文化協會の小林純一君へ、原稿出來て居るといふ通知。

毎日新聞記者久保富美女來り、正月のことを問ふ。この八月入社、速記を知つて居るたくましい女。

小林・富木二君手紙、爲正工場夜業に行き朝かへる。

　

　　十二月二十七日　水よう　けふも青空

年のくれ雨なきはうれし。

警報二夜無し。サイパン一昨夜の襲撃の御蔭か。

落葉のくちかゝるを集めて焚く。垣根の傾けるを小繩で木に結びつける。おぼつかないものなり。

けふも臺所を日南の芝生へうつす。二兒おりて遊ぶ。

花本の妹、又香取の産物いろ／＼、鷄・鮒・野菜など持つて來てくれる。

けふも午時警報、此たびは七編隊六十餘機といふ、少し氣味わるし。空青々として空中の戰よく見える。敵機の落ち行くさまも見つ、日本機の落ちたるを見たりといふ人もあり。三時頃すむ。

柴田勝君來、蟻地獄の一文を寫して持つて來てくれる。これでも五年生ならわかるといふ話にて安心す。但し此夕も一度警報、五機。

　

　　十二月二十八日　木よう　晴　風寒し

大藤君來、庭に出て焚火をして語る。

八戸市の小井川君より菊の花のほしたの。

(142)川崎なる岩崎敏夫君より干魚とゞく、ひらめなり。吉志子遊びに來る。

羽黒の戸川君より手紙。妻を迎へ、此月十一日村の助役になるといふこと。

三時に又警報が出る、その前に一時半頃一機、關東の空を通つたよし也、今日の情報には少しまちがひあり、結局一機の外は友軍といふことになる。

夕方佐智子來、納豆などもつて來てくれる。

夜の警報とけて寢たのが十一時二十分、小さい二人がねたので、寢室をあけわたす。

　

　　十二月二十九日　金よう　午後曇

終日二階にこもり、字を書くと清彦の相手、訪客なし、空襲も夕七時まで無し。

木の葉を焚く、木の葉ももう少なくなる。庭は霜解にて足をふみ入れがたし。七時半過警報出づ、少數機、伊豆から。

　

　　十二月三十日　土よう　晴　午後又曇

朝三穗子來る、吉志子をもう一日とめることにする。焚きつけを風呂しきに包んで行く。一人にて疲れて居るやうす也。

堀一郎歳末禮に來る。一昨日とか官報にて任官發表あり、初敍六等、よき正月なるべし。

庭の松の枝を伐り戸の口に打つける。但しこの松洋松らしく葉やはらかなり、紙でシデを切り結びつける。注連繩一つ一圓五十錢なりといふ、腹が立つて未だ買はず。

雨宮庸藏君來る、會の話をする。會から車代三十圓、ちつとも乘らぬのに。

　

(143)　　十二月三十一日　日よう　晴

朝霜ふかし。

吉志子を送りて三原へ行く、玉子を一つもらひてかへる。

明世堂清水君來、新刊三つ、朝鮮の卷たばこはと〔二字傍点〕一つ、茶一袋くれる。

堀來、パンをもつて來てくれる。登戸の餅をやいてくふ。

庭をはき又書齋をはいて拭く。塵は依然たり。

夕方から二階に上り本をよみ字をかく。

わびしき年暮る。この後警報三度、所々燒く。

　

(144)　　　昭和廿年

　

　　昭和廿年一月一日　月よう　うす日さす

八時半屠蘇あり、雜煮、花本君の鷄肉、角館の百合など。

佐智子・吉志子來、父今夕かへるよし。

塩月正夫君來。

今野圓輔君來る。煙草光五つ屆けくれる。

橋浦君來、久我山に四ヶ所落ちた話など。

岩崎君來、又相馬の干柿をくれる。

椎橋君來、原稿紙もつて來てくれる。

寒けれどもしづかなり。

倉田君來、煙草もつて來てくれる。「對馬方言集」と「松屋外集」四册を贈る。堀一郎來。

夜も警報なし、少し早くねる。

　

　　一月二日　火よう　やゝ曇　風寒し

古澤より昨年の祝の小原稿用紙小包にて六梱とゞく。此頃紙拂底にて一枚七錢などいふよし、今野君話なり。

松岡はつ子・あや子・野口母子三人訪來る。晝の食事をさせ本を七八册與へる。野口はパナイ島に在るよし、林ご三(145)つくれる。

三千子も來る、隆子をつれてかへりとめる。

大藤君來、歌の集いくつか持つて行く。

夜三原勝來、仙臺の話、塩竈の空襲のことなど語る。こよひも關東は空襲なし。

　

　　一月三日　水よう　好晴　寒きこと甚し

今年はじめての焚火、木の葉は大よそなくなり、庭はさしてきれいにはならず、尾なが鳥多く來り、かはいゝ聲にて囀る。

池田弘子さん來、「親すて山」清書持參。

松岡春樹來、道夫はまだ横須賀の研究所、緑は巣鴨とかの工場に。

丸山久子さん來、兩親近く兒玉町に疎開するよし。

島袋盛敏君、ことしも玄關まで年禮。

中河與一君來訪、海苔一帖くれる。

けふ名古屋大阪等空襲、九十機、四十機を傷つけ又は落すといふ。

　

　　一月四日　木よう　曇　寒し

午前から二階へ上がる、清彦と共に。

桂井和雄君、一月十日召集、佐世保にゆくよし報じ來る。

櫻田勝�ｺ君久しぶりに訪ひ來る。漁村語彙の舊稿わたす。わかめ・はるさめ・煙草（ほまれ）などをくれる。

(146)隆子堀に二夜とまりかへり來る。

稗にて甘酒をつくる。めじろ遠くの木にて囀る。

　

　　一月五日　金よう　晴　又火をたく

松島重君久しぶりに來る、いろ／＼家門の?況をかたる。何れも平安のこと、今は西脇合名會社につとめて居る。

午後柴田勝君に來てもらひ、「三角は飛ぶ」を讀んでもらふことにする、岩戸へ三日の午後爆彈の落ちた話をして行く。

石川富士雄君より寒椿の一鉢をくれる。禮?。

吉田志津子さん來、この工場は無事、ふみ止まるべきよしをいふ。タウトの「日本雜記」を貸してよましむ。海苔五帖くれる。

爲正少し風邪、その他の者は無恙、登戸の娘けふより手傳に來る。

九時やゝ前から警戒警報、又若干の燒夷彈を落す。夜あけがた又一度、鹿島より入來る。

　

　　一月六日　土よう　朝好晴　少しくもる

三穗子君來、吉志子あとにのこりとまる。

内山基君來、「親棄て山」の原稿を見せる。

髪を家でつませる。ひげも短くする。いつの間にか眞白になつて居る。

爲正不快にて平臥、午後は當直といふ。

夜八時半又警報出づ。

清彦胃をわるくしたか、少し吐く。

(147)東山魁夷君電話、野口君へ葉書、小川君へも。

　

　　一月七日　日よう　晴　霜雪の如し

二兒けふかへらうとしてまた庭にて遊ぶ、又堀へ行き、叔父叔母伴なひ來る。

増田正雄君見まひに來る。「知識民族としてのスメル族」といふ高橋博士の本をくれる。但しこの人のユデア研究は邪道のやうなり。

村上夫人迎へに來て、隆子正午頃かへり去る。

吉志子も夕方母が迎へに來てかへる、淋しくなる。

堀一郎來。二度目に惠曇村の寫眞を貸してくれる。見失ひてこまつて居る所也。

矢部百合子さん來、サツマ薯少しくれる。

こよひは警報出ず。

　

　　一月八日　月よう　晴

少し腹をこはして引こもる、今度の風邪には腸をいためるもの多しといへり、幸ひにして甘酒少しと、牛乳も久々にて一昨日來る。

夕方今井富士雄君玄關まで來る。郷里の林檎をもつて來てくれる。杉並の新居、爆撃の最も近きは五六町なれども、妻子仰天すといへり。

清彦たび／＼二階へのぼり來る。

　

(148)　　一月九日　火よう　朝曇　後晴

東山魁夷君畫を持ちて訪來る、阿佐ヶ谷居住とて鐵兜を負ひて來る。

少國民文化協會へ「祭のさま／”＼」の原稿を書留にて送る。

一時少しすぎ警報出づ。軒のつるもどきの實に、目白來りて靜かに啄む。一時四十分空襲になる、四十餘機、處々に火災あり。いろ／＼の物落來るといふ、爲正の話、夜亦二度。

朝日出版部の齋藤君より電話、五人の女流の著書のことなり。

信用組合へ小切手二つあづける。

住友銀行の出張所が出來、十日に披露に來る、所長辻某。

　

　　一月十日　水よう　好晴

大いに書齋を掃除する、石川富士雄君の寒椿を日なたへ出す。

終日人來ず、二階にこもり文を草す、清彦七度ほど訪來る。

八時前後又警報、夜中にも二度。

　

　　一月十一日　木よう　朝くもる寒し

放送局伊藤信雄君來、去年九月まで入隊のよし、佛印に在りて病する、放送の原稿を約す。

二階にこもる、けふも清彦しぱ／＼來る。

三千子來、黒田朋信君手紙、塚原恭子夫婦同上。

(149)軒先のツルモドキに目白四つ、又シナイのやうな鳥も。

沖繩の福地君、宇土郡の避難先よりはがき。

新女苑の永倉あい子さん、原稿をたのみに來、逢はず。

腸のぐあひなはよからず、午食を拔き、あまざけをたべる。穗積君からの材料にて咋ばん作つたものなり。

　

　　一月十二日　金よう　晴　夕方風つよくなる

訪客無し、二階に居て文を草す。

世田谷署の巡査、無蔽燈の事實をしらべに來る。警報下で無くとも、赤い火を出さぬ規則ありといふ者あれど、たしかならず。

此頃は郵便も來ぬ日多くなれり、新聞は折々缺ける。

　

　　一月十三日　土よう　晴

終日誰も來ず、B29もこちらへは來ず。

折口君越後出湯より、正月に入り六日に出かけ雪に難儀をするといへり。

伊豆の穗積君へ?をたのみ、小爲替二〇おくる。

鈴木太良君葉書、大竹海兵團第一分隊六。

ツルモドキの僅かなのこりへ、ひえどりしきりに來る。百舌もこの實は食はぬのに來る。

　

(150)　　一月十四日　日よう　晴　もう一月ふらず

少し又風邪を引く、腹の用心に甘酒。

池田さん來、「名歌索引」貸してくれる。昭和十一年に出たもの。

堀の家の會、けふは奧細道の歌仙二、「秣おふ」と「風流の」。のどかに話してかへる。けふは名古屋ならんといふ、果してしかり。六十機餘、外宮齋舘爆破といふ。

大西伍一自轉車にて來る、春帆の畫をもう一度見る。上總の話をきく、鳩多きよし、バッコといふ鳥も。上閉伊のと大よそ同じ。

三原の花本より串柿くれる。

　

　　一月十五日　月よう　晴　夕方小雪　雨まじり

けふも來襲なし。

寒ければ二階でくらし、大分原稿を書く。

誰も來ず、又手紙も無し。

　

　　一月十六日　火よう　朝好晴　風あり

風邪にて下痢二ど、けふは飯をひかへる。

九時半警報。

宮良當壯君來、咋日高松宮に召され、有栖川宮御紀念金をたまはる。市河氏世話。越後三面の音韻の話をして行く、

娘皮膚病にて心配の話など。

(151)橋本教授、記念論文集くれるといふ葉書。

野口女史畫をもつて來てくれる。市河新夫人富士子同行。福島のとて林檎・くるみ。

朝日の使に「村のすがた」十三渡す、夜九時まで警報出ず。

　

　　一月十七日　水よう　けふも晴

昨夜三時前警報少時、一機云々。

腹の養生に稗粥藷入、次に餅・林ご。

瀬川さん來、酒くれる。能田氏より炭團二十、林ご十二、これも瀬川氏持參、五女文集のことを話す。

宮良君來、見まひにとて自作の馬鈴薯、南瓜くれる。

柴田君來、原稿持參、「三角はとぷ」也。又一つわたす「三度の食事」。清彦にむしパン三つくれる。

關口泰君久しぶりに訪來る。昨年は二度まで支那に行き、永く滯在したこと、その間に關口壯吉君の三男三十一歳、ノクトテレ?ジョンの研究中變死、けふ四十九日なりといふ。

放送局の技師、空襲の晩に臺から落ちて死に、放送局葬となるといふ。

この夜十時前後警報。

　

　　一月十八日　木よう　午後くもる

松岡辰男來。この二十三日にたちて北京へ行くいとまごひ、上總の干魚くれる。

戸田謙介君玄關まで、「支那家族研究（牧の）」、又干魚若干くれる。

奧田啓市君久々にて來る。技術團體聯合會にはたらくといふ。永井龜彦翁のことを話す。

(152)大西伍一君葉書、池田さん同上。

　

　　一月十九日　金よう　けふも好晴

誰も來ず、二階に居て「棒の歴史」を書きはじむ。

午前空襲、九時半頃、警戒のみ、二機づゝ二度。阪神地方から濱松迄に八十機、青木のことが氣にかゝる。

昨日飯田の北原氏へ手紙。

又名古屋の井上雅子へも見まひ?。

　

　　一月二十日　土よう　晴

終日事無し。關君訪來。吉志子母と來る。

　

　　一月二十一日　日よう　曇

東山魁夷君畫をもつて訪來る。

大島母堂來訪、すぐかへらるゝ、白米くれる。

太田丙子郎氏訪來、午後まで話してゆく、鯨の肉くれる。

後々電話、青木の宅無事といふ。

角館の富木君より手紙、「百穗手翰」の校正刷おくり來る。之を見て半夜をおくる。

　

(153)　　　　一月二十二日　月よう　晴

　

植木や加賀美來る。此次の冬の爲に庭の木の枝を伐らしむ。わかさぎ數串くれる。

三千子來。

三隅みよ來、餅をもつて來てくれる。

　

　　一月二十三日　火よう　午後うす曇

昨夜警報一度、一機。

矢倉年君訪來、名古屋にて汽車不通になり、長野を廻つて來たといふ。京都の話をきく。

長野の牧田君よりのとゞけもの、林ご五つ。

野口女史畫をもつて來てくれる、玄關よりかへる。豆のもやし一袋くれる。

堀來、辭令を見せる。十一月二十六日附、初敍六等、葉卷一本くれる。

けふも加賀美來、薪をこしらへる。

「百穗手翰」の序を草す。もう一度見ておくるつもり。「村のすがた」十四も。

久しぶりに湯に入る。

　

　　一月二十四日　水よう　曇　寒し

目白ツルモドキに來て囀る。

遠藤二郎翁來、昨年は月々のやうに國と往復すとて色々あちらの話をする。三男も入營、朝鮮にゆくといふ。障子紙十帖贈らる、本二册返禮。

(154)柴田勝君、原稿を清書して持來る。又清彦にパン。

　

　　一月二十五日　木よう　晴　目白來る

けふは他に誰も來ず。

三穗三千の二人は來る。

先日庭に落ちて居た烏の假剥製出來て來た。幼鳥の尾羽ありて少し大ぶりだから筒鳥なるべしといふ。

伊藤信雄君へ電話、原稿のこと。

朝日出版部の山本君より電話。

　

　　一月二十六日　金よう　朝晴　後曇る

右の伊藤君原稿をとりに來る。

午後倉田君來る。少々やせて居る。祭禮のノート二袋貸す。煙草光十もつて來てくれる。

瀬川氏手紙、昨日は能田氏。

太田全齋の「諺苑」刻本を矢倉君から贈つてくれる。

爲正當直、清彦少々風邪。

　

　　一月二十七日　土よう　曇

昨夜は少數機來襲三度。

けふは二時前後五編隊約八十機、空襲警報になる。内二十二機を落すといふ。

(155)週刊朝日の小川君來りかへられず長く居る。パイワヌ畫集二册わたす、「良書抄評」へ。

松岡たつ子來。

　

　　一月二十八日　日よう　晴　土かはき風立つ　水道北のもの皆氷る

堀家の會、正木君來ず、阪本堀來會。

奧細道十の歌仙三、晝のもてなしあり。

野上耀三君來る。るす中にも來り又夕方にも、海軍造兵大尉、豐一郎氏三男、研究所の爲に講演をたのみになり。

「黒百合姫物語」を父君に贈る。

佐智子來、昨日は有樂町の工場に近く色々落つといへり。太田氏の近くにも落つ、古澤より電話、いよ／＼馬喰町を引拂ふ、菊枝は三菱銀行に出ることになる。

きぬえ來、玉子野菜などをもつて來てくれる。

植木屋加賀美魚製ラカンをくれる。

堀から山羊の乳二合くれる。

河崎なつ子さん紹介にて高橋光子といふ女性來、二年ほどマカサルに在り、ブギス其他の土人生活を日記のやうに書いたものを出版したい希望なり。仙臺の人といふに容貌インドネシアンの如し。

　

　　一月二十九日　月よう　晴

伊藤信雄君玄關まで來る。放送局への原稿を取戻す、演藝部の代りなりしよし也。

現代の記者鈴木愼三君來、座談會の計畫に付たのみ也、ことわり了る。

(156)吉田白流君へ手紙。

その他事なし、小林郊人氏手紙、返事。

　

　　一月三十日　火よう　晴

昨日から敵機は大阪方面に行く。

週刊朝日の小川君來、二十七日の慘害をきく、歎息久之。

登戸の叔母さんもちを持來る。

夕方倉田來、ノートの足らず分をとりに。

　

　　一月三十一日　水よう　曇　寒さやゝゆるむ　但しなほ降らず

松岡春樹來、二月四日頃から東北へ研究旅行に出るよし、戸川安章君等に紹介する。卷煙草きんし、ばらで三十本くれる。

橋浦君來、十九日深夜歸宅、風邪を引きてあり。北海道の會の樣子をきく。卷煙草をもつて來てくれる。

新潮社菊池重三郎君來、出版計畫の相談なり、島崎氏のあとのことなど話してゆく。

柴田勝君來、「千駄焚き」と「棒の歴史」の二編査閲をたのむ。

飯島小平君見まひに來る。ホウレンサウくれる。大へんな悲觀を吐いてゆく。

　

　　二月一日　木よう　寒く曇る

午前龜井義雄君來、出版計畫書に調印、「分類農村語彙」増補版二千部、神田と中野との災害の話をして行く。

(157)講談社鈴木君電話、吉田白流君同上。

　

　　二月二日　金よう　夜來雪　朝やむ　午後うす曇り

警報一機。夜九時少し前也。

伊豆穗積君の長男?をとゞけてくれる。先日手紙にて頼んで置いたもの。あがらずに歸つて行く、早速稗を煮てあま酒をしこむ。

登戸のをばさん牛乳をもつて來てくれる。ねがけに餅二つ食ふ。

　

　　二月三日　土よう　晴

終日事なし、今夕節分といふ、豆はまかず。

三穂子來、日比谷の慘話をきく。

三千子山羊の乳一合くれる。

　

　　二月四日　日よう　晴

朝池田さん來、瀧山翁へ七十圓送ること、池田氏へ五十圓渡。

神戸大空襲、太田のことが先づ氣になる。午後三時頃。

小栗昌雄來、山の薯（自然じよ）くれる。秦野のといふ。

山口壽々榮さん來、牛肉くれる、子供に菓子。分家することにきまつたよし、東寶にてはたらくよし。

　

(158)　　二月五曰　月よう　晴

孝、右の拇指の傷いたみて夜寢ず、此朝經堂の早川氏へ見てもらひにゆく。

橋浦氏來、パイワヌ畫譜を贈る。折口君の話をきくといふ、現代の生活會にて。

京都の矢倉君より「ひかり」五つ。

三千子來。

高濱年尾君、穗積忠君より手紙。

毎日新聞から電話、飯田への本の話。

　

　　二月六日　火よう　午後うす曇り

創元社の秋山君、「木綿以前のこと」再版二校もつて來て見せる。一任する。

北京の篠原利逸君來、「日本の事情」に小文を書いてくれといふたのみ引受ける。煙草三つみやげ、北京の生活の骨折なこと。

毎日新聞の記者山口久吉君外一人來る。飯田の通信員が書物の疎開などゝさわぎし爲なり。

朝堀氏夫人玄關まで。

　

　　二月七日　水よう　曇やゝ寒し

岩崎敏夫君本をかりに來る。相馬のなりとて餅及味噌くれる。

柴田勝君原稿持參（千駄焚き）。又子供にパン。

池田さん來る。能田氏よりの贈りもの、酒、炭、たどん、ほしうどん、玉子、わさびなど。池田さんに「三度の食事」(159)あづける。

　

　　二月八日　木よう　朝雪　二日のより少し多し

朝日出版部の齋藤君來、疎開讀本を出すことをきめる。挿畫材料をさがして日をくらす。

孝、外科へ行く、やゝよくなる。

　

　　二月九日　金よう　好晴　雪なほ消えず

水道われて水に不自由をする。

中川さん餅と氷ざとうとをくれる。三千子來。

　

　　二月十日　土よう　好晴

東山魁夷君畫をもちて來る、この人川崎小虎氏の女婿のよし、川崎氏の二十五年前の作品「廢墟の月」を返し見す、

目下甲州落合村に疎開中、今夕上京してあるよし也。空襲の爲に歸り得ず、しばらく止まる。五編隊九十機主として太田を襲ひてにげかへる。

堀來る、生みたて玉子五つくれる。

池田さんへ葉書。

　

　　二月十一日　日よう　紀元節　好日

宮良君の次男來、千歳中學三年十七、今柴崎の小林工場に奉仕、話のよくわかるはき／＼した青年也、黍の粉一鉢く(160)れる。

松岡緑來、東京女子大へ入學、副保證人になつてくれといふこと。春樹四日夕出發、たよりは來ずといふ。林翁は此頃元氣衰へたりといふこと。

二兒堀へ湯に入れてもらひに行く。うちの水道管はわれていつ恢復するかわからぬよし。

けさも警報一囘。

　

　　二月十二日　月よう　やゝ風あり　少し曇る

十時前又警報。

孝、經堂の早川醫院へ行く。

吉志子母と來る、玉子一つ。

牧田茂君來、この一日父をうしなふ、五十五歳、心臓病のよし。ひかり五つ、清彦に無糖菓子小袋、小さなくつなどくれる。

　

　　二月十三日　火よう　曇　寒し

堀の家の會、炭俵の百韻をよむ。午後雜話、母刀自の心入れにて芹のすひものなど出づ、きのふ田に出てとつて來られしもの。

比嘉君堀までたづねて來る。小山書店の爲に本を書いてくれないかといふ申込也。

大西伍一君もるす中に來る。胡麻と紙とをくれる。

宮木君六日、戸川君八日の手紙、共に春樹の來たことはまだ云はず。又こちらの葉書のついたやうすも無し。

　

(161)　　二月十四日　水よう　うす日

今曉三時半と朝十時過と一機づゝ來る。小寺融吉君來、宮尾しげを君を伴なひて、二人の著書くれる。柴田勝君來。

孝、大藏へ野菜をわけてもらひに行く。

富木君より又葉書、春樹秋田より電報をうちしよし、きのふは富美子岩戸へ行く。

　

　　二月十五日　木よう　曇

孝外科へ行く。

瀬川さん「女の本」の原稿を見せに來る。早く朝日へもつて行くやうにすゝめる。能田さんより鳥の肉少し、とろゝこぶ托せらる。

午後空襲、主として中部地區へ六十機、此方へも二三機。

中川さん夫婦刀を見に來る。マヨネーズ一罐、清彦と八枝子におもちやなど。

　

　　二月十六日　金よう　半曇　日うすし

朝七時から警報、翌日まで空襲警報四度、艦載機始めて渡り來る、二百機以上か、或は千機なりともいふ。汽車に故障はないかと氣づかふ。

爲正今夜宿直。

終日訪客無し。放送をきく。山本有三氏の「不惜身命」など。

　

(162)　　二月十七日　土よう　晴

けふも空襲警報三度、午後四時前漸く警戒警報となり、それで夕方までつゞく。

堀見まひに來てくれる。

二かいにて朝八時過、近くへ遁げ來る敵機二を見る。水道の機械こはれ、水が來なくなる。井戸の手押ボンプ損じてつかへず、鈴木の職人來ず。

　

　　二月十八日　日よう　晴

けふは不思議に警報出ず、他へ行つたやうすも無し、如何。

野口女史電話、葉書は見たれど來られぬといふ。池田さんにでもたのむの他なし。朝日からも來ず、原稿を見て居るうちに意に滿たぬ點多くなり、文章も行きなやむ。

第一陸軍病院の修養部より原稿をたのみ來る。

牛込の黒田郁男といふ人より封書、「海南小記」のこと也、この人航空機の技師。

　

　　二月十九日　月よう　晴　うちで髪を剪る

B29又百機五編隊來る。午後のこと也。

朝日出版部の齋藤實君來。

豐川氏玄關まで、冬中青大將の居る話。

羽生氏夫人來、薯をくれらる。

講談社の鈴木君より又電話、大藤君の番地をきく。

　

(163)　　二月二十日　火よう　晴　風呂あり

硫黄島に昨日敵上陸三萬といふ（一萬餘、戰車三百云々）。折口（藤井）春洋君ことばかり考へるも私か。

池田さん來る。疎開讀本の手傳たのむ。改源といふ風の藥くれる。

夜丸山さん同上、明後日は兩親兒玉へ疎開といふ。コーライト（岩手の）くれる。

野口さんよりはがき。

直江君、大原よりはがき。

　

　　二月二十一日　水よう　曇　風あり

吉志子母子來る、玉子三つくれる。

午後警戒警報、一機づゝ三つ、先づ信州に入る、東海より逸出し去る。

風呂を立てゝ入る、今年に入り二度目か、是でこの舊來の式のものを改造するなり。

　

　　二月二十二白　木よう　雪終日　積ること尺餘

訪客無し。

空襲一機あり、硫黄島につき特別放送あり、海上の神風隊やゝ有利。

　

　　二月二十三日　金よう　晴　雪大いに融ける

橋浦君來、田村熊藏氏同行し來る。

　

(164)　　二月二十四日　土よう　晴

週刊朝日の小川君來。

松岡春樹來、一昨日かへりしよしにて秋田の旅の話をする。富木君より餅をくれる。春樹は鵬翼二袋くれる。大藤君來る。太田翁より電話。

堀來る、山羊の乳くれる。松岡たつ子來。

　

　　二月二十五日　日よう　午前より雪　夜に至る

朝七時半から警報、B29、グラマン共に來る。處々燒かれ、四時までつゞく。

爲正日直、雪を犯して出て行く。かへりには大島氏に泊るといふ。堀氏の會は、この故障にて中止とする。

大島氏一週忌、拜みに行くことが出來ず、夜又一機のB29來る。是も投彈して行く。

大島・三好・太田・中山などへ孝から電話をかけてきく、恙無し。

　

　　二月二十六日　月よう　晴

昨日の雪又一尺に近くつもる、北の吹だまり山の如し。

けふは終日誰も來ず、週刊朝日一九・二〇・二一かく。

B29一機午後に來る、わづかの高射砲の音、爲正けふも宿直とて、一寸かへり又出て行く。

　

(165)　　二月二十七日　火よう　晴　雪未だとけず

　

早朝一機又襲ひ來る、孝外科醫へ行く。

折口君に電話にて見まひいひ了。

週刊の小川君來、原稿三つわたす。

牛込の第一病院より使、本を五六册やる。

富美子、清彦と小石川へ行く。一周祭延期なり、爲正もゆく。

朝日出版部の齋藤君より電話、挿畫のこと。

　

　　二月二十八日　水よう　午後曇　雪まだとけず

岩崎君來る。電車に待たせられたりとてすぐ玄關から返る。昔話のノート數袋貸す。玉子及干魚くれる。

夕池田丸山二女來、池田さんは上諏訪に行き一泊したりといふ、丸山さんは親二人の疎開さき兒玉町に行きてかへる。

けふは警報無し。

　

　　三月一日　木よう　うす曇　午後晴

終日家に在り、北京行原稿清書。

警報たゞ一機、その代りに沖繩の方で大空戰あり。

硫黄島切迫、但し敵の損害は非常のものゝよし、公報あり。

早川勇君昨日死去のよし驚き入る、孝見まひに行く。

　

(166)　　三月二日　金よう　曇　小雪雨になる

松岡たつ子來。

比嘉君小山書店主と共に來る。色々新刊くれる。

大間知君の「滿洲民族雜記」をよむ。

先日の空襲に生活社燒け、「民間傳承」の七八月合併號大部分燒けたる由、橋浦君より報あり。古澤の馬喰町の家は百戸ばかりのかたまりにて燒けのこるといふ（此家十日に燒ける）。

井上芳郎君、先月二十二日急逝のよし、娘より報知あり、びつくりする。

但馬の湯村の岸秀太郎といふ人手紙、又下總の岡谷重雄君よりも同上。

　

　　三月三日　土よう　うす日さす

終日來る人無し。

北京よりの「民俗學誌」とゞく。大藤君の書いた日本民俗學史全譯のる、エデル氏譯。

大間知君の「滿洲民族雜記」をよみ了る。

直江・大間知・大藤・橋浦の諸君へはがき。

「火の昔」二版の印税とゞく。

　

　　三月四日　日よう　曇　又雪になる

けふは一日誰も來ず、B29百五十機來、本郷小石川もやける。

三穗子來る。一人で登戸へゆく。

(167)爲正に六つかしいことを言つてきかせる。いはゆる彼岸過ぎての麥の肥なるべし。

別所梅之助氏意逝のよし、朝日に出づ。

　

　　三月五日　月よう　曇

昨夜一機づゝ五六度も襲ひ來る。被害なしといふ如何？　此日午後又一機、市中に入らず。

憲兵隊本部から、先日來た酒井君及他一人來る、又無記名書翰の方言の相談なり。

夜丸山さん來る。池田さんは電車の故障によつて引かへしたりといふ。

三千子來、宇野・長井二教授の宅燒けたりとの話、駒込富士前の附近也。

方々へ電話をかけて見る。知る人の家は今は皆恙無し。

　

　　三月六日　火よう　地久節　雨　咋雪なほ消えず　後やゝ晴るゝ

成城學校の小出校長玄關まで來る。十三日午前話をしに行くことを約束する。

ひる前又一機來る。

清彦しば／＼訪問し來る。何も仕事が出來ず。

爲正當直、その前大藏へ野菜をもらひ抄に行く、又麥粉も。

狛江のみよ來、先日の喪中見まひの禮に、もち米くれるよし。

　

　　三月七日　水よう　曇

關君來、研究所をやめるよし。

　

(168)大藤君來、エデル氏の譯文を一部わたす。

曾我よし鷄をもつて來てくれる。

八枝子初の種痘、吉田醫師へ行く、一度したけれどもつかなかつたから。

　

　　三月八日　木よう　午後曇

吉志子母と來る。此月二十日頃までで駿府へ行くといふ、佐代子明日かへるといふのにいくらも一しよにをられぬ也。

野口義惠女史畫をもつて來てくれる。疎開讀本の挿畫なり。

富美子愛育會の病院に疎開のことをきゝに行く、八枝子を一人やる氣なり。

角館の富木君へ手紙、女中のこと。

　

　　三月九日　金よう　晴午後風立つ

けふは敵機來ず、されど硫黄島の?勢おもしろからず、人氣沈滯す、天祐をまつのみ。

大西伍一君來、「村のすがた」一そろひを托し、片山氏に見せしめ、又自著若干を小出博士の文庫におくり了ぬ。

三千子來。

中川夫人又刀の無心に來るといふ。この人たちの心もちよくわからず。

山口麻太郎君よりスルメ、干大根、薯切千などいろ／＼とゞく。

孝、森氏へ飴をもらひに行く。

今夜夜半過ぎ空襲、全體で百三十機ばかりといふ、東京の空を覆ひしもの五十機、窓をあけて見ると東の方大火、高射砲雷の如し。三時過まで起きてふるへて居る。いつ落ちるかしれぬといふ不安をもちつゝ。

　

(169)　　三月十日、土よう　午後又曇

　

燒出され大へんな數、幸ひに三原は事なし、爲正小石川大島へ見まひにゆく、こゝも先づ無事。しかし燒夷彈落下の個所は中々多きやうなり、東京へ出て見たら驚くことならん、夕七時首相放送あり、慰問の爲。

勿論けふは一人も來ず、「先祖の話」を書いてくらす、ふみ子清彦後藤氏までゆく。

中川さん又刀を讓つてくれとて來る、砂糖や米を代りにくれる。

今朝も亦一機、すぐにかへる。

加賀町の舊居もやけたらしい。赤星の家も附近多く燒け氣づかはし。

右の三つの家は燒けず、されど淺草觀音も、忍ばず辨天も皆やける。

　

　　三月十一日　日よう　晴　風あり

午前十時頃警報一機、午後空襲やがてとける。

爲正日直。

堀の家の會に行く、小高根君一人、他の人は來ず。「ひさご」の話。

諸所の九日の被害をきく、淺草の觀音もやけたといふ。大川兩岸一帶といふ、眞か。

方々へ電話をかけてきく、拂方町にて中山、山口、穗積氏などやけたよし、三好夫人からきく。赤星二家はのこるよし。

久しぶりに書齋を半分掃く。

　

(170)　　三月十二日　月よう　晴　風は冷なれど春

昨日の夜中すぎの名古屋の空襲は大きかつた、百三十機、うち二十二機を墮すといふ、熱田神宮にも災あり。

けふ始めて火無しにて夕方まで。書齋を少し片つける、髪をつましむ。

孝、登戸へ物を預けにゆく、三穗同行。

矢部百合子さん見まひに來る、本郷もひどいことのよし。青梅在調布村へ疎開の計畫など話して行く。

終日清彦の相手をする、關屋へ電話をかけさす。

　

　　三月十三日　火よう　曇　やゝ寒し

十時から成城高等學校にて話、「家と靈魂の話」といふのをする。

午後平野義太郎君訪來、これも學校へ話しに來たかへり、九日の夜の空襲に家半燒、土藏は落つ、手に黄燐がついて怪我をして居る。聖心女學院の隣のよし、酒井も氣づかはし。

佐代子姉妹と共に來る。三千子も來る。

不在中週刊朝日の遠藤美惠子さん來。

　

　　三月十四日　水よう　曇

平野君禮?、長男成城生徒持來る。爲正當直、ふみ子小石川へ行く。三千子來る。

富木君より手紙、又返事、松山義雄よりはがき。

　

(171)　　三月十五日　木よう　曇小雨

けふは空襲なし、なほ終日家に居る。

週刊朝日遠藤美惠子さん原稿をとりに來る。

酒井、高木など近火なれど免れたりときく。

　

　　三月十六日　金よう　晴　後くもる

布目さん夫婦、荷物を少し鶴川へもつて行つてくれる。

ふみ子後藤氏へ相談にゆく。

丸山久子さん手紙。

硫黄島もう一月に近し、いよ／＼あぶなくなる、胸を痛める。

　

　　三月十七日　土よう　曇

午前警報一囘、伊豆まで來て引かへす。

ふみ子後藤氏へ行く。

大藤ゆき子さん訪來、主人召集、昨日出發して小倉へ入隊といふ。因幡へ疎開せんかといつて迷つて居る。

吉志子湯に入りに來て一泊す。母は送つて來てすぐかへる。いよ／＼心もとなくなり、こゝへ同居することに大よそきめる。

老人二人は石見へ引込むべしとのこと也。

　

(172)　　三月十八日　日よう　晴　風あり

警報、一機來、九州には機動部隊の襲來ありて戰はなほつゞくといふ。

池田さん來、鶴川の寺へ勸めて見にやる。

阪口一雄君來、又玉子をくれる。本を幾らか分ける。隣の森氏荷造りの音終日、長野へ疎開のよし。

少しばかり畠の土をほる。馬鈴薯を栽ゑる爲。再び洋服を出して着る。

三穗子來、吉志子をなほ二三日こゝにとめて置かうと思ふ。

交代にて早天から澁谷の疎開事務所の行列に立つ、三穗、ふみ子、爲正、四月三日許可。

　

　　三月十九日　月よう　晴

畠の仕事を少しする。昨日の疲れにて腰少しいたし。

けふ阪口君話、三宅島の木下夏男君、去月十六日のグラマン來襲の日乘船し消息をたつといふこと、嗟。

楠田巖君夫婦、二女と共に震死すといふ。

けふは又阪神地方へ艦載機、名古屋にはB29來て居る。その爲東京のみは靜かなり。

新月七日か六日頃か。

昨日災害地へ聖駕を迎へまつる記事出づ。

闘敬吾君來、妻子を富士郡岩松村へやる。民族學研究所は彦根に疎開すといふ。

村治夫君來、召集せられて津田沼へ行く、年三十六、母と長子は能州高松へやるといふ。

松岡春樹夕方來、父の遺愛の鎧をあづけに來る。此方も不安なれば外を求めよといひ、ともかくも預り了。

掘一郎誕辰なりとて二人招かる。三原吉志子と三人ゆき靜かに話をしてかへる。伊賀の話をきく、行つて住みたくな(173)る。

成城小學枚の小出枚長電話、二十四日講演の約束。

關君に餘部ある本を大分わけてやる。

布目、中川氏けふも荷物を二つ鶴川へもつて行つてくれる。

池田さんより電話、鶴川はだめとのこと。

　

　　三月二十日　火よう　曇

朝日出版部の齋藤君來、本の挿畫二十餘枚わたす。九ポイントにて刷りたしといふこと、好ましからざれど、保存の爲承諾す。

山口壽々榮さん、村君のことづかりもの煙草をもつて來てくれる。三穗子來、牛乳を屆けてくれる。

女子高等師範の雇、半谷さん來る。本郷四丁目にて戰災に逢ふとて、母と共に來て同居せんかといふこと。

けふも中川さん荷物をはこんでくれる。

爲正公用の切符を求めんとして、けふで二日むだ足する。

畠の土を少しばかり掘る。

　

　　三月二十一日　水よう　彼岸中日　好晴

けさ幽かに鶯の谷わたりの聲をきく、梅咲き初む、寒紅梅もさく。

硫黄島の悲報公表せらる。十七日夜のことゝいへり。小磯首相の放送七時。

吉志子堀へとまりにゆく。三千來、佐智子來、畠に終日あり。警報けふは出ず。爲正も手傳ひ、四日目にて十坪餘の(174)處漸く馬鈴薯を栽ゑられるやうになる。

百合をうゑる。小さい根、花咲くや否、心もとなし。

ふみ子荷造り材料をもらひに後藤氏へ行く。

けふで二度むだ足、爲正切符をかひに四度足をはこぶ。

孝一貫目六十圓の水飴を買ひにゆく。

松岡たつ子手紙、岸戰死、楠田夫婦震死のこと公報ありし爲なり。

　

　　三月二十二日　木よう　晴　風終日吹く

馬鈴薯を四畝ほど栽ゑる。

倉田君來、十日曉の空襲に學校にて苦戰した話をする。周圍皆やけたりといふ。

貸した本を返し赤玉ポートワインをくれる。

小樽の早川より甜菜外二色の種子を送つてくれる。禮?を出す。

三穗子來、勝より電報、意味少し不明。

　

　　三月二十三日　金よう　曇　うす日さす

山茱萸盛り、紅梅さきはじむ。

松岡たつ子來る。

畠に甜菜、タイナ、さとう黍などをまく。

由利貞三君、この十一日に死去のよし報じ來る。九段四丁目の家、多分十日曉の空災がさはつたものであらう。

(175)荷物送れず、爲正の切符むだになる。朝日の椎橋に電話にて世話をたのむ。

佐代子來る。吉志子をつれてかへる。爲正黒田原へ行く。

けふも警報なし。

思ひ立ちて「熊谷家傳記」活字本をよむ。「東國民俗記」に次ぎて野武士文學のことが書いて見たくなる。又「先祖の話」も。

　

　　三月二十四日　土よう　晴

午前成城學校講義第二囘、聽手二十五六人、けふで終のよし。

午後折口君久々にて來る。硫黄島のことに付、力を落して居る。「古代感愛集」初刷未製本のものをくれる。今夜よむ。又卷煙草とゞけてくれる。又春洋君に送つたよい煙草の殘りをくれる。

畠に北海道のホウレン草の種をまく、二うねばかり。

三穗子來、三千も。爲正十時頃までまだかへらず。

「熊谷家傳記」細讀す。

　

　　三月二十五日　日よう　午後曇　佐賀の紅梅咲く

乾君訪來、昨年十一月に逢つたまゝ。けふは末子成城中學四年へ編入試驗をうけに來る。

はま子聟佐藤君、八月初にテニヤンにて戰死のこと始めてわかるといふ。

爲正黒田原より三日目にかへり來る。あちらからは殊に切符手に入りにくしといふ。

椎橋好君、黒田原行の切符二枚買ひとゝのへてもつて來てくれる。通用期明日中、大さわぎなり、荷物もつて行ける(176)かどうか。

畠に玉ねぎ、しゆんぎく、小蕪など蒔く。

夜安東幸正久しぶりに來て泊る。

爲正宿直、明朝は九時までにかへり、驛にて荷物發送のこと相談。

乾君玄關まで、二子をつれて歸り又寄る。末男治雄、十六年、細々と背の高いむす子也。

夜中一機來る。睡りて實は知らず。

　

　　三月二十六日　月よう　晴　月は十日頃

荷造りの莚繩をもらひに、爲正夫婦豪�ｺ寺へ二度かよふ。

安東幸正十時前にかへり去る。

佐智子來、植木屋加賀美來、外の垣根きはに躑躅を十五六株栽ゑる。ちさをまく。

　

　　三月二十七日　火よう　晴

植木屋來る。昨夜風邪のやうに感じたればけふは庭へ下りず。

清彦と散歩して、學校の運動場をあるく。清彦は非常によくあるき、自分はやゝ足がよろ／＼する。敵ケラマ島上陸、

北九州空爆二度。

九一色の土橋君手紙。

　

(177)　　三月二十八日　水よう　晴　のどかなり　南風

佐智子手傳に來る。三千も一寸來る。村田氏三原の家へ荷物もち込み。

十二時半、ふみ子二兒と黒田原へ立つ、爲正同行、共にリュックサックにて。三時上野の白河ゆきにのるつもり。

警報出づ、一機、十二時四十六分脱去、解除、篠原利逸君來る。根津上野の慘害の話、來月二日立つよし。北京への原稿わたす。周作人氏へ「雪國の民俗」を托す。

筑土鈴寛君來、十日の空襲に燒け出され、いま川向ふの菅といふ村に居る。字小島万の藥師堂。暖かなるよし。文庫再建の本及び原稿用紙など贈り了。

佐智子及び孝、又驛の行列に立つ、まちがつて三時から九時まで、三千子も加勢にたのまるゝ。又この明方の三時から六時まで。夜半三時前から起き孝行く、自分もよくねず。

　

　　三月二十九日　木よう　晴　午後大風

植木屋來る。三千子折々來てくれる。

つゝじを垣根にうゑる。

永井松三氏電話、振興會に家を貸さぬかといふこと。

爲正五時前かへり來る。昨日は三時すぎの白河行にのり八時すぎ黒田原に安着、途中何のさはりもなし。かへりに黒磯の植竹氏によりてかへるといへり。

吉志子一人來て泊る。

　

(178)　　三月三十日　金よう　朝小雨　土のしめりなつかし

梅盛んに開く。佐須の紅梅も咲く。その他迎春とマンサクも咲く。瑞香・ぼけ・白木蓮なども大きな蕾になる。

折角行列に立つた黒田原行のチェツキ荷物、けふから當分出ぬことになる。來月四日植木屋にもつて行つてもらふことゝする。

三穗朝と晩と二度來る。明日引越といふ。村田氏もけふ引越、丸屋來り荷物を荷造りしてくれる。てんてこまひなり。

植木屋來る。

登戸の新井主人馬鈴薯の種をもつて來て栽ゑてくれる。

窪野進君妻來、此村へ移りたしと家を捜しに來る。柿沼氏古市氏へきゝ合せる。成功せずにかへる。

その古市氏の夫人來る。近く母を守りて長府へかへるといふ。種子島の話をする。此島のツノ卷をこしらへてもつて來てくれる。本を三つ贈る。

野口義惠女史、挿繪を十數枚もつて來てくれる。

小寺融吉急逝のよし新聞に出づ、びつくりする。二月十四日に宮尾君と二人にて訪來りし也、この日も著書をくれる。

はかなきこと也。

森莊介君明朝長野へ疎開すとて來る。その兄も國にかへる。其家を石井柏亭の子借るも立退き、次の借主を求む、條件月賃六百圓、一月分前拂といふ。

　

　　三月三十一日　土よう　うす曇

朝早く三穗・佐智鷄五羽と共に來る。三原老人輕井澤も斷念、今福島をさがして居るよし。

桑木君は松澤の故郷埼玉へ、服部は相州へ行くことにきまるといふ。

(179)鶯盛んに來て啼く、このものゝみは春を忘れず。白木蓮、姫コブシなども咲はじむ。森本の白梅も咲く。

三千來、掃除をしてくれる。警報一機づゝ二度。

吉田志津女の同僚高木さん、本をかへしに來る（タウト）。本を三つほど與へ返す。すんだら人にも見せてやるやうに。

沖繩の砲撃なほつゞく。此方の航空隊等の戰果大なるも、戰局は可なり危急なり。

三原四人、けふからこちらへ移る。家は強制疎開の村田氏に貸すことにする。

　

　　四月一日　日よう　のどかなる春の空

越後のカタコユリ三株咲く。連ぎようも盛んに咲く。彼岸ざくら漸く赤みをもつ。

植木屋來る、庭はもうあついといつてよい位。

けふにて四日、大體防空壕擴張終る。

早天警報一囘、ラジオの眞空管が心もとなくなる。藪つばきの實こぼれの苗を、西の垣根のきはに移植する。垣根の朽ちた時の用意なり。つゝじも小さいもの二十餘株をこゝへうつす。昨日漸く置ゴタツを退ける。

三穗・佐智子北澤へ片付けに行く。今夜牛車にて來る筈、佐代子は疲れて寢てしまふ。

富木君・早川君などより手紙。

沖繩に敵上陸、七時半頃の警報、まちがひとわかる。

　

　　四月二日　月よう　晴　長閑

今曉二時から四時。B29十編隊六十機ほど、馬入から多摩川筋に入る。照明彈といふものを始めて見る。一機の落ちて行くのを見たり。月は十八九日頃、起きてしばらく庭をあるき、非常につかれる。

(180)植木屋小田原からのとて鯖その他の生魚をくれる。久しぶりに新鮮にありつく。

丸山さん來る。片瀬の牛乳をもつて來てくれる。

爲正當直、堀は近々入院手術といふ（ヘルニヤ）。

又椿の苗木を栽ゑシドメの小枝を剪る。みづき花盛り、彼岸櫻も昨日から咲く。

この午前澤柳禮次郎君來る。鎌倉はこの頃やや配給よきよし。「山内作左衛門傳」を返す。

　

　　四月三日　火よう　祭日　晴午後風吹く

爲正が實をまいた辛夷（コブシ）木高くなり二本咲く。

畠の東南隅のしだれ櫻も始めて花さく。雨少なき爲、花は皆色よし。

庭の蔭の萬兩・千兩・くちなしなどを西の垣根にうゑる。植木鉢の木瓜の木もこゝへ。

喜多義次君來、中根岸はこゝより危險なれど本を二三種與へる。

松岡春樹來、羽村にて穀倉の隅を借りたりとて相談に來る。

堀一郎來、けふ夕方入院すといふ。氣づかはしけれど、手術の次の日にはもうあるけるよし也。折口君の長歌集をもつて行かせる。

黒田原の手荷物三つのうち二つ、今日漸く受付けてくれる。三原の荷物は昨日牛車來ず、けさ行きて五日と約束して來るよし也。

天瀬義鑑君東山梨の疎開先より葉書、返事。

此朝後藤晋一君爲正に逢ひに來る。しばらく話して行く、汽車の?況想像に絶す。

三穗五反田にゆく。平井氏は福島縣郡山在鏡岩村の或家の蠶室に疎開す、天井も無く疊もなしといふ。

(181)本田等君見まひに玄關によりてゆく、春日町の役所もやけたといふ。

　

　　四月四日　水よう　久々にて朝から雨　やや冷なり　花のいろうつくし

昨夜一時から四時までの空襲は恐ろしかつた。始めて防空壕にて時を過す。爆彈の數五十に近く電線たえラジオきこえなくなる。

小栗來、電車所々不通といふ。川崎は大分の損害らしい。

乾君子供をつれて來り食事をする。鎌倉へも省線不通といふ、けふ入學式。

伊波君島袋君を件ひ來る。八代郡の甥の所へゆくといふ。沖繩の慘?をかたる。藏書は高本藥學博士の浦和の家へあづけるといふ。

三穗登戸へ行き牛乳をもつて來てくれる。

朝聖路加病院へ電話をかけてきゝ、恙なきよしを堀の家へ知らせる。後に三千來る。

昨夜よく寢ざりし故大につかれたり。白い紙を見つけ塵拂ひをこしらへる。

　

　　四月五日　木よう　曇やゝ冷

杏二三本咲く、木瓜も咲く。

橋浦君娘と二人來る。久しぶりに散歩し喜多見本村にてわかれる。同君は和泉の故中野氏邸へ行く、途中辛夷花さかり。

早川勇君故宅を訪ふ。玄關にて妻女に見まひをいひてかへる。

堀氏により刀自に病院のやうすをきく、順調のよし。三千も家に來てあり。

(182)三穗荷物をつみに佐智と行く。又牛車が來ぬのではないかと案じる。夜中になり到着す。三穗四つ角へ出て待つて居り、之をおろすのに夜明の三時過までかゝる。幸ひにして空襲はなし。夜ねられず疲れたり。

　

　　四月六日　金よう　曇小雨冷

家中三原の荷物で一ぱいになる。午後は三千も手傳に來て片づける。

小石川大島よりトラック出づとて、爲正急ぎの荷物を少し托しに行く。

松岡たつ子來る。

東山魁夷君來、高山に疎開せんといふ。

川崎小虎氏より新作一幅贈らるゝ。禮?出す。

週刊朝日小川君より電話。

あらし山の山櫻うつくしく咲出づ。

　

　　四月七日　土よう　暗雲あり

空襲あり、百二十機、頭の上にて敵味方共落ちて來る。此村でも伊藤氏の庭に落下傘にて降りしものあり、古波津少尉といふ、沖繩人か。

三千子築地に行く、あの邊はあまり騷がしからずといふ。主として上州へ行つたか、名古屋の方へも別に百五十機行くといふ。

土屋次子さん、女高師文科生、小さい時より方々をあるくので方言に興味をもつ。菅原君の名刺にて來る。本を與へる。菅原氏は飯田へ行くといふ。

(183)爲正黒田原へ行く、植木屋加賀美をつれて、五時の白河行にて。切符は三千子がもつて來てくれる。けふは疲れて書けず。

　

　　四月八日　日よう　曇

一機來襲二度。

比嘉君來、沖繩の話をする。又小山書店主の近況をきく。

松岡春樹來、史學の學生黒板君を伴ひ來る。黒板博士の弟の次男で、堀の親類の田川夫人の弟。小石川松岡では小作村の林部といふ人の家に荷物をあづけることゝなれりといふ。

後にきく、此夜林翁死去。

爲正夕になりかへり來る。加賀美は一つ前の汽車にてかへるよしにて來る。

三穗北澤へ行く。三千も手傳に行く。

けさ大西伍一君來、小出博士への本を多く渡す。

　

　　四月九日　月よう　曇　小雨しめやかに降る

けふは自分たちの結婚記念日なれど、話題に上らず。

三兒をつれて蓬をつみに行く、雨になりていそぎかへる。

「八重山語彙」、「南島探訪語彙」などを見る。昨夕は動詞資料を少し整理、カバンに入れておく。

山つゝじ、雪やなぎ、一昨日頃より咲はじむ、李の花も咲く。コカハラヒワの聲處々にきこゆ。昨夕は久しぶりに海軍マーチの大本營發表、けふも戰報はやゝよし。

(184)爲正から借りた置時計こはれる。他の二つの時計ふしぎに動きはじむ。

　

　　四月十日　火よう　雨しづかなり

此村の花みな咲く。三千子來る。

二階に上りて文を草し、又沖繩激戰の報道をきく。三原勝より手紙。

　

　　四月十一日　水よう　昨夜は風つよし

空襲を案じてよく睡られず。

朝になり風少し靜かになる。夕方は北風寒く土ぼこり、小蕪を畠にまく。

午前二兒は双葉へ、吉志子は母と玉川學園へ行く。佐智子・吉志子と散歩、三時から五時頃まで、喜多見の岡の下にて土筆をさがす。

　

　　四月十二日　晴　のどか　木よう

午前十時頃編隊空襲、百數十機、但し東京の上ではあまりあばれず、壕に入らずにすむ位。

佐ち・佐よ學校に居るので心配をする。

先日の蓬にて草もちを作る。孝堀へ見まひにゆく。

週刊朝日の野津甫君來、原稿二五、二六渡了。小川君は又休のよし、山本地榮君への手紙を托す。

野口義惠女史疎開讀本の畫持參、これにて全部也、百圓立替わたし置く。近日強制疎開あるべしといへり、池田弘子さん是から同居のよし。

(185)彌永恭次郎君應召、爲正暇乞にゆく。

　

　　四月十三日　金よう　晴　風吹く

大島櫻二本盛り、一重山吹も咲きはじむ。木蓮は古い花散りて再びうつくしくなる。牡丹ざくらもやつれたれど咲く。

村上ちか子赤星しげ子二人、辻堂へ行きがけとて玄關まで訪問、村上では子供たちを中巨摩郡田富村へやるといふ。

隆子漂零あはれむべし。平馬消息一月末までしかわかつて居ないといふ、但し月給はとゞくといへば安全なりと見ゆ。

連三子も召集、甲州へ入隊のよし。

堀一郎けふ退院、十日目也。孝ちよつと悦びにゆく。三穗は登戸へ牛乳をとりにゆく。

　

　　四月十四日　土よう　晴　かすむ

昨夜夜半前より大空襲、明治神宮火災。双葉の學校もやける。佐代子かへりて語る。

昨日退院の堀一郎挨拶に來る。

大西伍一君來、又小出文庫への本を數十册もつて行つてもらふ。山羊の乳及菠薐草くれる。

丸山久子さん來、珈琲の豆少々くれる。「東國古道記」の清書をもつて來てくれる。

筑土鈴寛君來、用紙類及自分著書など若干贈了、里芋くれる。

夜石橋貞吉君來、松江へ赴任すといふ暇乞。「鳥船」一册贈る。

松岡靜野?、父林信夫七十五歳、八日の日の夜死去のよし、くやみ?出す。

長岡の今井楢三君横濱にて死去のよし、子章彦君より知らせ來る。これもおどろき入る。以前京都大學にて一度逢つたことあり、最近は書信のみ。

(186)小寺君の夫人へもくやみ?を出す。

　

　　四月十五日　日よう　晴和

大島ざくら四本花ざかり、杏も咲く、きのふは土鳩二つ芝の上にてあそぶ。

厚播きに過ぎた體菜をまびく。佐代・吉志手傳、爲正も連日庭の畠に働く。

木間瀬葉書、天王寺小宮町の家燒けたりといふ。

渡邊君信州へ疎開のよし。

隱岐の八幡、倉田、岩崎、笹谷諸君葉書、岩崎は弟戰死し相馬へかへつて居るよし也。

つゝじの小株を垣根のそばへ栽ゑる、三株。子供垣根をこえて山つゝじを採りに入る。

隣へ來て居る宮澤氏に原稿紙などを贈る。もとの家も下宿もともに燒けたといふ。

けさ庭に出て髪をつんでもらふ。

大西伍一君へも葉書。

此夜半大空襲、二百機に近しといふ。京濱沿線火になり。鐵道多く損ず、電氣きえ又復す。

　

　　四月十六日　月よう　晴

今曉一時半漸く警報解除。

八時まで寢て居る。終日字をかゝず。

訪人なし。佐代子の同級横山さん祖母と共に來る。新宿にて罹災、こちらへにげ來る。

一昨日石橋君返却の紀曉嵐の文をよむ。

(187)けふも躑躅移植、爲正は畠にいそしむ。

一重山吹、東の垣根に近きもの尤もうつくしく大なり。

竹の子を買ふ。郵便配達夫賣りに來る。郵便の方は配達なし。

沖繩の消耗戰やゝ氣づかはし、敵四ヶ師團といふ。

　

　　四月十七日　火よう　晴

畠をする。つゝじの栽かへ、次日も又大きな株を一つ移植す、つまみ菜ぬきとる。

爲正當直。宮澤俊義氏夫婦夕方訪來る。今隣の坂出氏に來てある也。

穗積忠彦君表口まで見まひによる。農學部應用化學へ入學といふ。

小田急線制限の爲に來る人少なし。

　

　　四月十八日　水よう　晴　午後風つよし

小田急線にて登戸へ行かうとした三穗・佐代・吉志空しく引かへす。

乾君宅戰災のよし報あり。

花ちる。大島さくらは散るときうつくし。

躑躅の跡地に小蕪をまかんとす。火を焚く、灰をとる爲に。

　

　　四月十九日　木よう　曇小雨　夕に及ぶ

朝P五十一百機ほど來襲、佐智子の行つて居る岩崎工場銃撃せらるといふ。家の近くにも敵機低く飛ぶ。

(188)爲正黒田原へ行く。午後三時の汽車、この外に荷物を送る方法なし。

三好・園田二家も十三日夜燒かれるといふこと、けふ始めて大木氏よりきく。

柴田勝君來、成城の初等部、羽後の増田に疎開するよしにて柴田君其衝に當る。月末に出かけるよし、氷餅くれる。

新に畠を拓き小蕪をまく、一畝は宮重大根、これは出ぬかもしれず。

　

　　四月二十日　金よう　曇

庭しめり少し冷なり、ドウダン、スワウ花さく、雲井櫻も盛り、厚朴芽を出し始む。躑躅漸く花になり、山吹はやゝ衰ふ。

午前B29一機來、情報にて通路をいふやうになり、大月、八王子、松戸、印旛沼上空、九十九里濱まで、此間二十數分。

人來ず、なほ紀曉嵐の文によみ耽る。

杉村武君手紙、雜誌殆と望みなし、疎開讀本もだめか、精進しなければならぬと思ふ。

三千來。

　

　　四月二十一日　土よう　晴　午後又風出づ

堀一郎足ならしにとて庭まで來る。「光」一つくれる。

爲正黒田原よりかへり來る。けさ三時に起きて行列、切符はたゞ五枚しか賣らぬよし。

京都の平山より史林二册、「家老」の論文。

小林英夫君より「言語研究」（譯文集）くれる。

(189)三穗北澤へ荷物をとりに行く。

今、十時少し前まで空襲なし。

「閲微草堂五種」を讀み了る、三度目也。

　

　　四月二十二日　日よう　晴

午前一機警報三度、其間火をたく。

髪をつむ、芝の上に出て。

木曜會は再興せず、たゞこの日を面會日とす、同じこと也。戰禍の話のみして却つて疲れる。和歌森・關・堀・池田・大矢・丸山・瀬川・能田八人來。歸りが中々面倒な樣也。

昨日あたりから、燕家のまはりに多く飛ぶ。

　

　　四月二十三日　月よう　晴　のどかに霞む

午前中警報二囘、いづれも一機。

朝日出版部の齋藤君來、讀本半分だけ早く出すことゝきめる。

松岡道夫久しぶりに來る。林の祖父が死んだといふのに、五月に飾るとて父の鎧をとりに來る、これも世の中のかはり。

庭にて火を焚く、小蕪をまく爲に。

矢部百合子さん家燒け川越へ立退きといふ。見まひの葉がき出す。

　

(190)　　四月二十四日　火よう　晴

早朝百二十機空襲、立川あたりの爆撃なりといへど、家のゆれること地震の如し。

萩原正�ｺ君來、名古屋から三里ほどの所へ立退いて居るといふ。用が片つかぬので出て來たといふ。房州のわかめくれる。

富木隆藏君來、角館より新刊「百穗手翰」三册ことづかり來る。この人百穗の兄善藏氏次男、中島飛行機の濱松工場に在り。病院の藥剤師。なほ富木君より生の煎餅、野びることづかり來る。禮?出す。

畑の一部に小蕪と時無し大根とをまく。けふは中々あつし。

隣の森氏あとに來た松村七郎君夫婦、丹下健三君來る、松村は石井柏亭氏聟のよし。

　

　　四月二十五日　水よう　晴　やゝ冷

塚原義夫君來、夫人の家大島氏は燒け、恭子さん顔に大けがのよし。生死も心もとなしといふ。單身國にかへるとて一度逢ひに來たらしく、此人少しかはりもの、美濃の紙及朝鮮の海苔くれる。

矢部百合子さん來、これも先夜燒ける、その夜の話をする。今川越に居り、是から越前大野へ立退くといふ話也、妹は新庄へ行く。

三原老刀自訪來、明後日福島縣鏡石へ行くといふ。いろ／＼の話をとりまじへてする。豆の粉と鯨の薫製持參。

窪野の嫁女再び來る。立退の家さがしになり。妹をこの際嫁にやるといふ、混雜なこと也り。

成城小學部の柴田君へ電話。

關口健一郎君葉書、これも先日遭難、目下一人友人の家に立のきてあり。

折口君松本の里山邊の湯より葉がき、大阪から能登をまはりて來たといふ。大阪木津の故宅は丸やけのよし也。

(191)三穗、田園調布の學校へ行く。電車の切符が止まり七時半までかへられず。おそくかへりたれど、三原母君と逢ふことを得たり。

川島お花さん更級へ疎開するとて玄關までいとま乞に來る、薯その他くれられる。

　

　　四月二十六日　木よう　曇やゝ冷

躑躅いろ／＼咲く、今年は花少なく緑葉多く、却つて風趣あり。

週刊朝日の野津君來、原稿まに合はず空しくかへる、後に杉村より電話。

大西伍一君本をとりに來る、又數十册わたす。いろ／＼の野菜くれる。

三穗昨日はえ行かず、けふ田園調布へ行く、佐代子學校のことにつきてなり。

赤星隆子手紙、二十六日に甲州へ行くといふ。この子漂零憫むべし。

孝腹を損じて早く寢る、夜中苦しむ。熱三十八度八分まで、朝までつゞく。御つきあひに自分もねず、敵機は九州へ行く。

　

　　四月二十七日　金よう　うす曇　夕雨ふる　雷

早朝に中川順助氏をたのみ診を乞ふ。

三原のもとの隣人清水氏玄關まで來る。

牧田茂君來、今度東京本社へ轉任、又三月妻をめとるといふ。杏のジャム一びんくれる。

「現代」の鈴木愼三君來、五月二日宅にて座談會の約束。

成城學校から先日の禮に來る。

(192)三千子見まひに來る。松岡たつ子來る。夜に入りかへる。

松江法吉村の牛尾三千夫君手紙。

B29九州に百五十機、それ故東京には來ず。

　

　　四月二十八日　土よう　薄ぐもり　夕日うつくし

週刊朝日の小川君來、「續村のすがた」三〇までで打切ることにした。禮をのべて行く。三月妻をめとるといふ。

名古屋の新聞記者寫眞師と共に自動車にて來る。何をいふかと思へば壕の生活のことをきゝたいと也、答へること能はず。

書齋の掃除を半分する。

夕方二兒と共に堀の家に行つて見る。大きな穴を二つも掘つて居る。まことに堀氏の家也。

八重のさくらを植ゑめぐらした家あり、さかんに散つて居る。早川勇君の家を過ぎ、娘さんに聲をかける、今銀行に出て居るといふ。

三原勝へ葉書、今仙臺の安東氏に假寓す。

孝昨夕から三十七度以下、少し粥をたべる。

　

　　四月二十九日　日よう　天長節

此日にふさはしき清い空、昨夕もうつくしき入日を見る。けさはやゝ冷かな風。

筑土鈴寛君來。菅の農家に同居、讀書の室無きよし、本を多く送る能はず、里芋くれる。

石田助右衝門君久しぶりに稗をもつて來てくれる。淺草の試驗所の火を消した話をする。

(193)穀物倉庫は助かり機械はやけたり。是から濱田山の方へ移るべしといふ。駒場の山崎氏に寄寓、この二十五日に八月になる女の子を失ふよし也。

爲正夜勤に出づ。佐代田園調布の校舍へ行く。

庭の端を掘り堆肥を作らんとす。

　

　　四月三十日　月よう　うす曇

午後B29百、P51百來る。此あたりへは少ししか來ず。たゞ大きな響を一つきく。立川の邊か、是が一とんの爆彈か。

乾君の娘、佐藤濱子さん來、駒込の空襲の話を門に立ちてして行く。父は鎌倉に行つて不在、母と弟と三人にて穴をほりかけたが間に合はなかつたといふ。今度代々木の宅へ弟と共に來てすむ。

田上の叔母さん上田へ疎開するとていとま乞に來る。孝見送る。宮澤夫人の松本へ行くと同行といふ。

庭に出て少しはたらく。午後少し違和、引こもる。

　

　　五月一日　火よう　曇

午前警戒警報一度、昨日は午後に三度。

腹を少しいためて庭へ下らず、粥を食ふ。幸に訪客なし。爲正當直。

三穗は大藏へ韮その他をもらひにゆく。

「現代」の鈴木、明日の會を七日にしてくれと電話。

「延喜式」の校訂本をよむ。

　

(194)　　五月二日　水よう　雨　つゝじ・すはう　うつろふ

佐智子休、月に二度第一、第三の水よう電休。

稻岡巖夫婦挨拶に來る。松岡辰男同行、二十日ほど前に所用にてかへる。みち子白米くれる。三穗・田園調布の双葉校立退先に行き、當分學校を引かせることにする。三浦教諭と話。それから成城女學校にゆき熊田君に逢ひ入學のことをたのむ。

小石川大島の刀自、五時の汽車にて那須へ行かるゝ、爲正上野の驛まで見たてに行く。

　

　　五月三日　木よう　曇

ドウダン花さかり　尾長鳥かはゆく囀る。

朝日社會部の水口君より電話、原稿のこと。

松岡たつ子内玄關まで來る。宮良君より通信、長男病二月。中山太郎氏へ見まひ?。

渡邊濟君年やみにて松下の家に立のいて居るよし。

吉志子けふはじめて玉川學園へ、内田といふ六年の子さそひに來てくれる。もう秋山さんがあそびに來る。

庭の草むしり。

丸山さん來る。「先祖の話」清書第一囘八十三枚、その話に、兒玉の疎開先にて松根油の割あてありて、七十二と六十一との父母、人がやとへないので自ら松の根をほつて居る。爲正に召集令?、十五日横須賀海兵團へ、三千子來る。

　

　　五月四日　金よう　晴

庭をはき火を焚く。

(195)柴田勝君來る、五日夜いよ／＼秋田縣へ立つ。煙草キンシ十等くれる。本を四五册もつてゆく。

堀一郎來訪。池田弘子さん來、野口氏の繪をもつて來てくれる。但しもう「村のすがた」の間に合はぬことを通じて置く。

比嘉君來、金城朝永君父子燒け出され同居の由、伊波君熊本行きを見合せるといふ云々。

小山書店三度目の罹災の話、今文化アパートの小室に居る。

夕方三原勝かへり來る。一月二日に行つたまま。驚くほど澤山の卷煙草をもつて來てくれる。その他林檎・餅・干魚・玉子など、米も持參、ラジオきかなくなる。

「先祖の話」を校正す。

　

　　五月五日　土よう　うす曇　やゝ冷

茄子・トマト・胡瓜・南瓜の苗を大藏の小池から三穗子もらつて來る、それを畠に栽ゑる。鷄舍の土を肥料にする、

馬鈴薯は中々成績よし、三千來て手つだふ。

阪口一雄君來、「七島叢書」の原稿、「八丈實記」四册などを預け且つよましむ。筍くれる、わらびもくれる。

大西伍一君本をはこびに來る。十五になる男の子をつれて來る、ホウレンサウ及び馬の肉くれる。

三原五反田へ行く、父君と共に福島へ行く豫定といふ。平井氏より滿洲の卷煙草三つ。

十數年の赤萬年筆折れる、大きによわる。

　

　　五月六日　日よう　曇小雨　夕晴

うの花咲く　世をうの花なり。午前警報三度。

(196)毛蟲を燒かうとして垣根の芝をやき一さわぎ。

室澤おとよ來り、牛込の家がやかれた話をする、親類十數戸、一戸しかのこらずといふ。

彌永恭次郎君來る。

堀の老刀自昨夕ケガ、これも警報の爲。

三原ラジオや下水のパイプを修繕、わづかな滯在中に氣の毒なことなり。

　

　　五月七日　月よう　晴

三原茅ヶ崎へ行く。父を同行して明日立つ豫定にて。孝豪�ｺ寺の時計やに行く。

九時過ぎと十時過ぎと警報。

圓通寺主の消息わかる。被難後、田端圓勝寺に在り、こゝも門前までやけしよし、家眷は會津喜多方へ疎開すといふ。

厚朴木大きな蕾、花七つばかり、窓からも見ゆ、庭の草をとる。

午後大西君來、又いろ／＼の野菜類、マッチなどくれる。約束した「現代」の鈴木氏來らず、ただ話して行く。

爲正堀へよばれて行く、三原の五人も共に行く。その前三穗五反田へ父君にあひに行く。

　

　　五月八日　火よう　曇　風吹く

朝九時半頃警報、P51六十、B29若干、東京は片端のみ、千葉にてあばれる。

三原早く立ちて仙臺へかへる、父を介抱して十一時上野から。

佐代はじめて成城女學校にかよふ、九時半始まりのよし。

堀母子早朝來らる。すでに三原の立つたあと也。

(197)午後小寺健吉・駿吉二君來訪、融吉君の遺物もつて來てくれらるゝ。健吉君には倫敦の松山の家にて逢つたことがあるよしなれど、忘れて居た。

　

　　五月九日　水よう　夜來雨　朝霽

こてまり咲く。喬木の水木も咲く、ほゝの木の花うつろふ。

庭に下りてしめつた木の葉を焚く。

先日來た世田谷の梅津生來る。今は放送樂團にて働くといふ。山形の果汁小瓶くれる。

三穗特別配給の酒をうけとりに行く。爲正黒田原行の切符をかひに行列。

高藤君葉書、今畝傍に在り、海軍經理學校の先生、食物は東京より遙かに惡しといふ。

清彦母と突然かへり來る、八枝はのこして來たといふ。

　

　　五月十日　木よう　好晴

清彦と共に久しぶりに散歩。

佐藤勝熊君來、疎開先信州大町にて父を失ふ。七十七。母は越後に行くといふ、本を渡す、煙草三つくれる。

前澤雅男君玄關まで本を返しに來る。家族は安藝賀茂郡へやり、一人研究所に住むよし、呉から直徑四里云々。

夜中警報一機。

　

　　五月十一日　金よう　曇冷なり

朝日出版部の齋藤君來る、本はまだ組にかゝらず。

(198)爲正鵠沼へ行く。磐木仙臺へ出張中のよし。

本田等君表まで訪來る。これも先頃罹災、駒込驛の近くなり。今民事局長の官舍に同居、妻子は滋賀縣にやるといふ。

一物もとゞめずといふに元氣なり。

丸山久子さん來、「先祖の話」第二囘の淨書たのむ。甘いもの少しくれる。小兒にわかつ。

三穗・三千酒・麥酒の特別配給を受取つて來てくれる。

三穗、佐代子の退學屆をもちて田園調布へ行く。

吉志子も久しぶりに學校へ一人で行く。定期券を失ふといふ。

　

　　五月十二日　土よう　午前雨

岩崎敏夫君、相馬からの歸途とて來る。是から杉田の工場へ移るよし、筍・芹・煮しめ・米などくれる。足がぬれたりとて玄關からかへる。

午後折口君來る。大阪から能登をめぐり二十日ほど居なかつたといふ。又信州の松本にも。能登の千がれひくれる。

煙草を又澤山にくれる、どうしても金をとらず。

家の小宴、堀氏三人を來てもらひ、夜十時まで名殘を惜む。

ラジオが破損して心ぼそくなる。折々なほる。

名古屋の織田善雄氏高濱の轉地先にて死去のよし、妻女より報あり、昨年こゝへ來てゆつくり話したことがある。

　

　　五月十三日　日よう　晴午後又曇

家の面會日、堀・萩原・丸山・池田・橋浦・關・最上の七君來、三千も來り手傳。

(199)此近所の林君來、家のわかれの寫眞をとる。

書齋の雜巾がけをする。

萩原君｜濁活《うど》くれる。

千津子はがき、四月二十三日發のもの二十日かかる。

吉村源太郎君那須へ三人にて疎開のよし、最上君の話、田口未亡人は角館へ行かうとして居る。

　

　　五月十四日　月よう　晴　冷氣

東京にはB29四機、名古屋には同四百機、どうなつてしまつたらうかと思ふほどなり。

しやがの花咲出す、箱根うつぎも蕾。

松岡はつ子訪來る、爲正の爲也、爲正はけふ學校の壯行會ありて夕までかへらず。

楠田親子遭難の話をきく、酸鼻の極なり、母も次で老死、弟は今北京に病みて在りと云。

大倉粂馬翁に續群書類從第三輯貸す。

中山かつ子來、今澁澤氏に寄寓す、當夜の話をする。又大澤佳郎翁死去の原因も十三日の空襲なりしよしなどいふ。

宮良當壯君の末女、十四五歳、顔を見に來たとて來る。この二三日此町の米屋に働きに來て居るよし也。

かつ子もとゞまり夕食に一同會食す、葡萄酒一瓶肉少しなどあり。卷煙草もこまらず、マッチの缺乏のみに苦しむ。

柿沼老夫婦すでに鹿沼へ疎開し去るといふことを孫たちからきく。

隣の末松氏見立てに來らる。先日來、三隅・爲吉・加賀美・登戸の新井などいふ人々より色々の送りものあり。

中山かつ子よりも卵くれる。

犬の子をすてた人あり、吉志子の友だち秋山さん之を拾ひ愛撫す、しかしよわりて死にさう也。三千子來てとまつて(200)くれる。富美子も明日立つといふ。けさ銀行に行き金をもつて行く計畫を相談。清彦と散歩。

　

　　五月十五日　火よう　曇　冷

朝四時半起く、皆は四時前から。五時四十何分にて爲正應召出發、石川と堀來てくれる。三穗東京驛までついて行く。

阪出・柿沼・由本二夫人なども門まで。

松岡靜野訪來、爲正應召のこと今朝みどりがきいて來たといふ。

清彦母と再び歸り去る、淋しくなつてしまふ。

行ちがひに黒田原から電報。

小蕪をぬく。

「文藝」の野田字太郎君來、活氣のある人也。放送局から取戻した原稿を渡す。

後藤晋一君來、爲正應召につきて也。黒田原のことも相談する。

孝堀へ挨拶にゆく。一郎けふは點呼の豫習のよし。

　

　　五月十六日　水よう　夜來強雨　曇

はとやばら盛に咲く。

隣人川崎翁玄關まで、挨拶に來らる。大木氏夫人も同上。

朝日齋藤實君來、原稿七章以下畫添返し來る。前半はすぐに着手するよし也。

中川深雪來、四月十五日夜の遭難の話をする。家は不思議にのこる。母を伴なひ是より由比に行くよし也。又森銑三君も本を燒いた話、是は隣の松村氏夫人よりもきく。

(201)三穗玉川學園に行く。

大西伍一君リヤカーにて本をはこびに來る。是が六囘目、臺灣の「舊慣調査書」十餘册、岡松參太郎氏の事業は是が主たるもの。又野菜品々くれる。

　

　　五月十七日　木よう　午前雨後に晴る　午後又少し

南京豆をまく、十五株分。

小さき穴をほり土火鉢の大一ついける。色々の書類を入れる爲に。

青木の太田、田中の別宅と共に全燒のよし、千津の手紙、十一日の空襲なり。心配して居たところ正に此の如し。小石川にきくと父君は此方だつたよし、見まひ?を神戸へ。

正午のあとさき警報、けふは小型機三十餘、京濱西南方に僅か居てかへる。名古屋には又百機、熱田神宮本殿燒く、幸ひに一部のみ。

　

　　　五月十八日　金よう　好晴

防空壕入口に雨よけを作らんとす。

朝又一機襲來。

堀へラジオを借りにゆく。三千に原稿の淨寫をたのむ。早く複本を作つておきたい爲に。

中村君に逢ふ、この人も燒出され。

高島米峰君同上、三鷹より報じ來る。

牧田茂君來、本を多く持ち行く、新居には何も取よせられずといふ故なり。

(202)夜ラジオを持ちて堀來る、三千も來る。ラジオが出來て夜も心安し。

　

　　五月十九日　土よう　終日曇　あまりに冷かなり　午後又雨

編隊空襲、十時頃より午後少しすぎまで、近くの空を通る。

櫻田君來、久喜の近くへ妻子疎開、自分もそれから二里足らずの道目木といふ村の藥師堂病院といふへ、痔の治療に近々入院するといふ。埼玉の干うどんをくれる。本や手帖をあたへる。母の弟西の宮にて爆死、その子も昨年戰没。

實業之日本社の秋葉君來る。火の昔再版一萬部、燒けてしまつたといふことわりをいひに也。新に又刷るとて印形をもつて行く。

山崎けさ彌氏夫人、近々諏訪の川岸村へ夫婦にて、疎開すとていとま乞に來る。先日はひろ子さんも今夕立つとて來る。十五日にも主人爲正の爲に來訪。

三穗子畠の一隅を稗の爲に起す。昨日か石田の家へ行き種子をもらひ來る。けさは火をたき灰をこしらへて其畠へ入れる。又こさ豆を二十粒ほどまく。

厚朴の木新たに又七八つ咲く、老人あり、昨日ボケの實の名を問ひに入つて來る。

　

　　五月二十日　日よう　曇りて寒し

岩手まり咲く、外に出ず、庭に下りずにしまふ。

小栗昌雄訪來、煙草少し、飴などもつて來てくれる。

孝早川病院に行く、院長旅行、その隣の醫者へ行くといふ。

佐智子冷凍みかんの配給をうけてかへる。

　

(203)　　五月二十一日　月よう　けふも曇冷氣

十時−十一時一機來る。

孝又經堂の醫者へ行く、三穗は大藏の小池へ行く。

池田弘子さん來、金融研究所とかへ轉任する相談、豐田といふ人主任にて民俗學に興味をもつといへり。

乾君よりふとんをくれないかといふ相談。

黒田原より葉書、十五日の旅行は難儀だつたといふ話。

朝のほど稗を畠にまく。

　

　　五月二十二日　火よう　曇小雨

「現代」の鈴木・有木二人、速記者をつれて話をきゝに來る。問ひ方がわるくて思ふやうに話されず、けふは警報出ず。

午後關君來、中央文化聯盟の囑託となり、藝能の調査に携はるといふ。民族學研究所をやめる。

夕方朝日の齋藤君本のことにて來る。

庭に火をたき又トマトの支柱をこしらへる。

けふ湯を立てる、爲正歸り來らず。

　

　　五月二十三日　水よう　けふも曇小雨

「先祖の話」を草し終る、三百四十枚ばかり。

(204)古田晁君へ手紙を出す。

三千子淨寫をもつて來てくれる。

庭へは下りず、足が少しよわくなる。

　

　　五月二十四日　木よう　空晴る　月は十二三日頃

昨夜一時前後から大空襲、家の上を四つ竝んで、幾らともなくB29が來る。二百五十といふが一部は靜岡方面へ行く。

所々に燒夷彈の落つる光景、一生の思ひ出なり。撃墜も見られる。寢たのは四時、夜しら／＼と明け、鷄啼く。

丸山さん來る。寫字持參、母の兒玉にかへるを送り信濃町へ行く、慶應病院が燒けて居るのを見たといふ。夕方の放送によれば、赤十字も、所々の宮樣邸も泉岳寺なども、酒井敏夫の家も燒けたらしい。

午後大西伍一君來、けふにてあらかた本をもつて行く、七囘目か。

本郷から燒出されて、近くの入間本村に來住する理髪師、福井秀勝來る。庭の芝生にて髪をつむ、堀も來り同、又吉志子も。

「分類兒童語彙」を草しはじむ。

夜中に警報は出ないが、情報頻り也。信越から日本海に出で機雷を投下したといふ。

　

　　五月二十五日　金よう　晴　やゝあつし

正午のあとさき、空襲小一時間、P51六十ほど、B29十ほど、折から停電にて詳しいことわからず。

山崎今朝彌氏へ挨拶に行く。近く諏訪へ行くといふので。此家十八年の間入つて見たことなし。

吉志子二三日微熱にて學校を休む。それで却つて心配せずに濟む。

(205)芝を二坪ほどめくりて穴をほる。追々にこゝを畠にするつもりなれど力が出ぬ。

植木やが來ぬので、枯枝をこなし薪をこしらへる。

夜十時少しすぎより大空襲、成城學校やける。堀二人見まひに來る。燒夷彈の落下四方に見ゆ、敵機の墜るも見ゆ。

東京の空久しくあかし、二時前になりてねる。電氣とまる。

　

　　五月二十六日　土よう　曇　小雨

電車全くとまり佐智子あるいて行く。新聞も來ず、交通全く絶える。空襲警報を勝手に出したものあり。誰も來ず。

昨夜の空襲に、御所も大宮御所も、燒けたとわかり長歎する。所々の燒けた話きこえて來る。芝生に畠を二坪足らず開く、火鉢を一つ埋める、堀二度來る。荷物を何處かへ移したくなるといふ。尤ものこと也。自分も動搖する。

小栗へ葉書、千津へ同上。

世田ヶ谷の梅津君來る、あるいて來る。バター半斤くれる。最近別に闇にて四半斤手に入れる。二十圓のよし。

三穗小池へ行く。こゝも昨夜は家財を全部畠へ出したよし。

　

　　五月二十七日　日よう　晴　大分あつくなる

庭の芝生の開墾すゝむ。但し二坪弱、火をたき灰を作る、馬鈴薯の中耕。

薪を少しづゝこなす。

堀來、けふは菅の筑土君のところへ、荷物のこと相談にゆく。玉川にも先夜盛んに落ちたよし。

けふは會日なれど一人も來ず、經堂までの電車すべて不通なれば已むなし、しかし東京の損害段々わかつて來る。慶應も高等師範もやく。新聞は二日來ず、郵便はけふ來る。幸ひに又電氣ガス水道も切れず。

　

(206)　　五月二十八日　月よう　晴すが／＼し

庭に出て薪をこしらへる、三分通り片づく。芝生の開墾に改良いんげんをまく。

大倉粂馬翁、先日貸した「續群書類從」三卷を返し來。使は外孫河野鏡次君、佐智の同級の子のよし。

電車東北澤まで通ず、東京の損害はおもひの外に大なり。中央停車場もやられたかといふ噂。新宿もまた快復せず、新聞は三日來ず。

　

　　五月二十九日　火よう　曇

午前大空襲、B29五百、P51百機といふ。横濱の空煙高くあがる。横須賀も大きわぎのことゝ思ふ。

正午小栗昌雄君來、二十五日の空襲にて燒けたりとて、大穴のあいた靴下にて來る。色々その夜の話をする。

富美、千津二女より手紙。

畠の馬鈴薯、根切蟲にやられはじむ。

薪をこしらへる。

　

　　五月三十日　水よう　晴

けふは警報一度。

橋浦君來、野菜三種、草餅くれる。妻子は二十五日の空襲少し前に立たせて、鳥取縣へ返したよし。

庭に穴を大小二つほる。

つゝじのあとへ南京豆をまく、小豆としきまきになる、どちらが勝つか。

(207)惡童ども竹垣をこえて櫻の實をとりに木登りするのを叱る。

　

　　五月三十一日　木よう　晴　やゝあつし

苗代ぐみ・俵ぐみ赤らむ、夏はぜ花さく。えごの花ちること雪の如し。

小かぶを體菜のあとにまく。

丸山さん來る、二十五日夜いよ／＼燒かれたり。幸ひに隣に小屋を借り、又若干の穴をほりて物を埋むといふ。

赤坂青山の人死は意外なり、石井子爵夫婦も姿見えずといふ。　　麹町にても爆死の人多し、隣の阪出秋彦さん應召、明朝なれど今夜出立、玄關まで互ひに挨拶に行く。

樋口來て水道をなほしてくれる。

　

　　六月一日　金よう　昨日よりは冷か　風呂立つ

小蕪を播く、地面もいそがしい。三穗母子穴をほり炭類を埋む。

宮木友治君の從弟鎌田彌市君、角館よりかへり野菜をとゞけてくれる。ウルヒ、ウド、今一つはホナか。

比嘉春潮君來、伊波君二十五日に燒かれて比嘉氏へ立退き來る。金城と三組六人同居す。「先祖の話」の原稿を見てもらふ。百枚分ほど渡す。

淨寫の爲江川肇男君來、京北實業の生徒なり。

本をやる、比嘉君にも本を贈る。

　

(208)　　六月二日　土よう　小雨寒し　梅雨の如し

終日外に出ず。池田弘子さん來、此月半ば學習院をやめるといふ。學習院の下にB29の墮ちたことなど語る。

　

　　六月三日　日よう　夜來風雨　けさ晴　月は二十一二日頃。

柴田勝君玄關まで來る。學校の罹災に付打合せの爲かへり來る。今夜立つといひ、瀬川氏の消息をきゝによる。

彌永恭次郎君來、二十四日朝の火災に、本家と共にすべてやけたりといふ。但し荷物はさきに若干諏訪へ送るといふ。

一族のすべて米澤村に居る。昨日あちらから還つて來た。今此村の齋藤州司氏に居るといふ。

太田刀自及千津より細書來、十一日の恐ろしかつたことを告げ來る。大島秀夫氏へ手紙出す、三千子原稿の寫しをもつて來てくれる。

富美子一泊がけに子供を置いてかへり來る。小石川大島も燒けたといふ。荷物を別な方法で運びたいといふこと。

三穗牛乳をとりに登戸へ行く。けふはじめて電車にのられるといふ。

池田弘子さんの「下閉伊昔話集稿」一讀。

　

　　六月四日　月よう　晴

書齋の棚を片付けはじめる。澤山のほぐを出す。

栃木縣の西海末吉來。五時の汽車にてかへる富美子を上野まで送り、かへつて來て一泊、荷物をもつて行つてくれる。

大倉粂馬翁來訪、方言集など贈り、伊豫の話を聽いてやる。お民さんといふ婦人を案内につれて來る。野菜（玉ねぎ）くれる。

(209)けふは警報出ず。

小井川君の「オシラサマの話」再讀。奧南新報の切拔也。

　

　　六月五日　火よう　曇

山ホウシ白々と花咲く。さつきは紅白ともに花少なし。

けふも書齋を少し片づける。

皆川　　鐸彦君久しぶりに來る。此頃病氣をして居たといふ。丹波龜岡の舊宅燒亡のよし。

三善君の遺子は蘆屋とかに居る。

さくらんぼを取りに來た少年を叱る。名教中學の生徒といふもをかし。

村治夫君葉書、滿洲に行つて居るのは意外なり。

野村胡堂君輕井澤より消息、玉木幸之介氏のことをいふ。

富木隆藏君手紙。

此朝西海は立ち、三穗は荷物のことで澁谷へゆく。帝都線はまだ使はれず、玉川線もひどいことのよし。

磯部惠三、ゆき子手紙、二十五日發信、二十九日には燒けて居るらしい。

夜後藤晋一君來る。二三日中に黒田原へミシンをもつて行くとて分解して上半分をもつてかへる。此家も二十五日には危險に瀕し、燒夷爆彈四近に落ち、父の家にては便所二つつぶれるといふ。又B29の近くまひ落ちたるを見たといへり。

　

(210)　　六月六日　水よう　曇

澤柳君訪來、ひどくやせて。方々の消息を聽く。桑木も二十五日にやけ、夫人顔に怪我をしたといふ話を小西氏へ來て告げたものあり云々。

午後後藤興善來、子ども四人國へかへし、自分も近く引上げんといふ、いとま乞なり。夜昨夕の後藤晋一氏來、ミシンの殘りをもち、明朝は四時に起きて日返りに黒田原へもつて行くといふ。同行者も來る。

けふは新聞を見ず、ラジオもきかず、阪神地方へ二百五十來たことはどうなつたか、手紙も來ず。千津のところへはがき。

小林保祥君へ手紙、畫のことに付相談。

けふも書齋をかたつける。岩波文庫を下へうつし、二階へ歌集句集を皆あげる。

　

　　六月七日　木よう　曇　午後雨になる　風立つ

十一時過一機川越邊を通る。

植木や加賀美來る、又防空壕の手入れ、半途にてかへる。

伊藤道雄君訪來、此家も四月十三日にやられ、母妻と女の子山中村に行つて居るよし。方々の災害の話、目白の舊宅、矢田部のもまだ殘り居るよし。

平山信氏諏訪川岸村に行きて急死のよし、はかなき話多し。

三穗小石川太田に行き、荷物をあづけて來るといふ。新宿はえらい人にてとても出られぬよし。松岡春樹にあひ、あの家も燒けたことを知るといふ。

夕方彌永恭次郎君玄關まで、爲正の辨當ばこを借りて行く、電車の中にて取られたといふ。

(211)大阪松浦みえより葉書。

千津へ又はがき。

和田文夫君より手紙、返事する。見まひなり。富木君の青物を送るといふ二十八日の葉書、やつとけふとゞく。

　

　　六月八日　金よう　曇　午後小雨　夕方雷鳴

植木屋加賀美來り、退避壕を荷物埋藏所に改造する。

畠へ出て少し草をとり、シュガービートに肥をやり、トマトに手をやる。

石田幹之助君珍らしく來る、新著「南海奇談」贈らる、こちらからも「百穗手翰」・「日本の祭」などを呈す。此人女子三人、長女もう二十四といふ。孝が老人の如く取次ぎしも已むを得ず。東洋文庫などの話をする。

隣の阪出さんかへり來る。爲正はもうどこかへ出て居るといふ。愛知縣かといふ話。この事をふみ子に知らせる。

又中學生が大島櫻の實をとりに來て枝を折る。けふは五人、大に叱る。すみませんといつて飛びかへる。

　

　　六月九日　土よう　晴

けふも午後に一機。

兵器本廠とかの下士官、家を貸さないかといつて來る。

書齋を片付けはじむ、中々片付かず。

三原老人より葉書、平井氏も二十三日燒けた由。矢田部姉君は飯田より葉書、安心する。

夜後藤晋一君來、一昨日黒田原へ行つた報告、前晩一時間ほどしか寢なかつたよし。

三角よしの家も燒け、兄よめ火傷して十五日ほどして死ぬ、昨日とか葬式のよし。けふ孝ゆきてきいてくる。

(212)二兒とゝもにぐみ〔二字傍点〕をとる、殆と全部がカメノコ蟲に食はれて居る、大島ざくらの實は黒くなり最もうつくし。子供のほしがるも無理ならず。

庭の山菊をとり蚊いぶしの支度をする。

柘榴咲きはじむ、さつきも少し咲く。黄色のあやめ、しもつけなど咲く。

　

　　六月十日　日よう　曇

七時警報にて起さる、やがて空襲になり十時過ぎまでつゞく。

けふは會日なれど堀と關と二人のみ、いくさの話のみして別れる。

夕方散歩して堀に行き、いちごを御馳走になる。

狛江の子供四五人サクランボを貰ひに來る。樹に登つて三時間も居る。竝木の大島ざくらは皆枝を折られ、穴をほつた赤土皆道路に積まるゝ。

佐代子小池に行く。

此朝松岡靜野、緑母子來る。二十五日の朝の戰災の話、少しの物を贈り了。

　

　　六月十一日　月よう　曇

吉志子風にて休む。

けふもP51六十來る。

午前中は書齋を片付ける。

午後草をとり、トマトに手をやる手傳ひ。

(213)狛江の子供又來る、女の子もまじりて來る。

ユスラ皆無くなる、是は尾長鳥のわざか。

　

　　六月十二日　火よう　曇　梅雨かたの如し　小雨ふる

午前中書齋を片づけ疲れる。

岩崎敏夫君來、十日の空襲で相馬中學の四年生二人死ぬといふ。あはれな母の話をきく。此月末に多分五年生をつれてかへるよし。

大西君本をとりに來る。又いろ／＼の野菜をくれる。

孝大藏へ野菜をわけてもらひに行く。佐代子自轉車にて同行。孝又夜は堀へ行く。

　

　　六月十三日　水よう　夜來雨　終日くもる　草葉かはかず

朝日出版部齋藤君來、初校すみ、わりつけにかゝるといふ。

羽後増田なる柴田君より米一升くれる。彌富氏娘もつて來てくれる。十七日に又行くよしあちらの話をきく。

爲正姶めての通信、陸前遠田郡大貫村にあり。櫻田君道目木の病院から手紙。

仙臺の安東刀自より手紙、親切なり。

爲正、平井多惠子、西海末吉、仙臺安東へはがき。又増田なる柴田君へも禮?。

　

　　六月十四日　木よう　小雨　外に出ず　誰も來ず

書齋の整理に伴なひ、思ひがけぬ本を讀むこと多し。昨日から矢野玄道の「八十の隈手」をよむ。平田の「靈の直柱」(214)は之に比べると散漫なり、又小寺清之の「皇國神職考」をよむ。けふは來訪者なし。

　

　　六月十五日　金よう　天氣昨日の如し　夕方小雨　ことしは一般に規則正しき天候

けふも來る人なし。

書齋を片づけ又本を讀み了。村岡典嗣氏の「思想史研究」、幽冥道の研究のこと、鈴木雅之、南里有隣のことなど始めて知る。

原敬吾君スマトラよりはがき、西谷勝也君、三田久太郎君など見まひ?。

久しぶりに風呂あり。

吉志子久しぶりに學校へ行く。

岡田翁父子の寫せし「視聽草抄」をよむ。筑後川のカッパの事など。三分の一ほどが亡くなつた娘の字なり、あはれ也。

　

　　六月十六日　土よう　天氣昨日の如し

一機警報、やがてかへる。

女高師の久米教授來訪。爲正の俸給、又先日の寫眞など持つて來てくれられる。親切の至也。此人福生の村に住む。

空襲度々折々徒歩聯絡、電車のこむことは小田急の比に非ずといふ。中西君の消息をきく、再び山形縣へ疎開すとのこと也。學校でもいよ／＼生徒全部通年動員にて出て行き、授業なくなるといふ。

午後丸山久子さん來、寫しもの持參、荷物は罹災者として大部分兒玉へ送りたり、身輕になりたれば大森山王の池田さんに同居するか、又は馬込に行くといふ。

(215)けふも終日書齋を片づける、本が中々入つてしまはず。配給の玄米袋にて、腹をそこなふ故、小池を囘して七本杉とかにて搗いてもらふ。佐代子自轉車にてけふも二度はこぶ。ほゞ一俵に近し。

　

　　六月十七日　日よう　やゝ晴　暑からず

午後又一機。

關口健一郎君來、四月十三日以後の話をする。櫻井氏も同日被災、共に鶴見の守山氏にあり、この家却つて安全、しかしあぶないとて是から桐生に行くことにしたといふ。いとま乞なり。本二册、かうもり傘おくる。

午後比嘉君來、是も本若干もち行く。「先祖の話」清書してくれる。九十枚ほど。次をもちゆく。筑摩書房の話をたのむ。小山次郎君の闘志に感心する。

門前の道、草しげる。又エゴの木など芽生多し、拔くのがまに合はず。

新ジャガ芋をほりてくふ。自分の栽ゑたものとてことにたのしく食ふ。孝登戸へ行く。

夜小林正熊君來、甘藷の本出版の爲に一日前よりこゝに在り、明朝かへるといふ。

堀、信州坂北へノートを預けに行く、一泊にてかへるといふ。

　

　　六月十八日　月よう　曇寒し　庭に下りず　室を大分片つける

松岡辰男來、近日北京にゆくべしといふ。家は信州鹽尻にやりたしといふ。

能田・瀬川二女史來訪、酒と米を能田氏持參。瀬川氏は近日吹上へ引移るよし。

穗積君長男見まひに來る。餅くれる。けさついて持つて來てくれる也。やはり先日の火にあふよしをいふ。

三千來。

　

(216)　　六月十九日　火よう　午後晴　降らず　やゝ冷

庭前に穴を掘り火鉢を入れる。中に埋めるものきまらず、整理にひまどる。

南方熊楠の書翰澤山に出て來る。兄弟たちのもの、ことに靜雄の手紙多數。

比嘉君來、芭蕉の俳諧を寫さうとて借りてゆく。

しもつけの花咲く、つげも花盛り。

　

　　六月二十日　水よう　曇

眞夜中に警報、起き出でず、その時刻靜岡・豐橋・奈良など、又九州へも來る。合せて三百機に近し。午前にも一機。

小林保祥君來、三枚の大畫及原稿をもちかへる。小鮎村に疎開の計畫といふ。

大西伍一君來、藷苗を携へ來り栽ゑてくれる。半分を隣の阪出氏に分つ。

小栗來、二十四日の荷物に行つてくれるよし、まだ西武鐵道へ行くことはきまらぬよし、家のことを頼んでおく。

けふも片づけものをする、中々片付かず。

庭の草、とり盡すこと難し。

筑摩書房の唐木順三君來、「先祖の話」のこと。目録と比嘉君の寫した分を貸す。此書房度々災にかゝるといふこと。

吉田篁　　攻の「近聞寓筆」をよむ。四十年前に買ひし本なり。前田夏蔭の「稻荷神社考」をよむ。

　

　　六月二十一日　木よう　午後晴　月は八日頃

けふは警報出ず。

(217)丸山さん來、淨寫もち來る、自傳もたのむ。

澁澤もやけたよし。

けふも片付けもの、色々のものを讀む。

夜松山の人、眞鍋光治君來、電波兵器の士官となり出征するといひ、短册をもらひに來る。ことわり、「黒百合祭文」二册おくる。

井上圓了「天狗論」など讀む。

　

　　六月二十二日　金よう　やゝあつし

昨夜深更、十機相模灣より入り日本海に行く。それでも起きて一時まで居る、けふは一日庭へ下りず。

伊波・比嘉二君來、高本といふ娘をつれて來る、浦和に住む藥學博士の女、本をあまた與へて歸す。

三千來。

　

　　六月二十三日　土よう　曇　降らず　夜風強し

午前警報、七十五機ほどのP51、茨城縣海岸に來る。

庭に小さき穴をほり、白い手あぶりを埋める。是に入れんとて寫眞を整理す、みんなのもとは若かつたのを見てびつくりする。自分の十三の時の寫眞も出で、それも庭にいける、上に父君の歌あり。

　　　生ひ出る若草見れば故郷のあれし垣根の物おもひもなし

先日は又一枚の短册を見出す、是も同じ年の九月出發の時のもの。

　　　武藏野に咲かせてを見ん小紫庭のをしへの色もみるべく

(218)黒田原へ明日送り出す荷物をこしらへに、丸屋と芳と二人來る。今夜空襲の無いことを念ずるの他に念なし、植竹氏へ葉書。

千津子より久しぶりに葉書あり、昨日こちらよりも出す。

渡邊濟氏夫人札幌より葉書、春香君の所へ行き同居す。再び本土へかへれるかどうかと、心細いことをいつて來る。

此方よりも葉書。

夜又警報、越後へ七磯機。

三原勝かへり來る。十時頃、爲正仙臺へ訪ねて來て逢つたといふ。

　

　　六月二十四日　日よう　風つよく雨ふる

漸く黒田原への荷物を積出す、小栗手傳に來てくれる、大安心。

午後家の會、いくさの話をせぬやうに、炭俵の兼好筵織の一卷を話す。堀・關・和歌森・牧田・池田・丸山の外に比嘉、島袋・高本（學生）、小高根なども來り會す、やゝ疲れる。三千子來て手傳ふ。

堀からバタの裾分け、池田さんそら豆。

　

　　六月二十五日　月よう　曇　あつし　急にあつくなる

昨日小池からくれた甘藷の苗を栽ゑる、三原と三人がゝり也。面積は二坪内外。

自傳の寫しを丸山さんにたのみ、それを大和郡山の水木に見せにやる。

爲正より葉書來る、二度目也。

けふは誰も來ず。

　

(219)　　六月二十六日　火よう　曇　されど雨少なくて困る話あり　柘榴花盛

下の室にて「先祖の話」よみなほし、不滿足の點多くてこまる。けふは人來ず。

三原雨どゆのこはれたのまで直してくれる。

マッチ不足、煙草の火を得るのに苦心する。

なるべく早くねようと思ふ。

　

　　六月二十七日　水よう　曇

毎日きまつてひる頃に一機、けふは又中部へ澤山來る。

唐木君來る。「先祖の話」出したしといふ。一週間後に渡す約束。

玉木幸之助氏手紙、返事。

千津より葉書、目神山へうつるよし。

　

　　六月二十八日　木よう　晴　月

松岡たつ子來、二十六日の空襲のおそろしかりし話をする。隣から燒け出したのを働いてくひとめたりといへり、その他いろ／＼の話、石井子爵のことを思ふ。

朝日出版部の齋藤君來、組をもつて來て見せてくれる。校正をまかせることにする。

夕方又畠の草とり、ジャガ芋をほる。

生活社より三十二頁の「日本叢書」を送つてくれる。自分も一册書いて見る氣になる。

　

(220)　　六月二十九日　金よう　曇　小雨

少數機折々來る、岡山・下關などには大擧來襲といふ。

終日來る人無し。

古い箱を片つけ本居翁の色紙を一つ見つける、之を黒田原の植竹氏へ送らんとす。

北村勝成君門前をとほり立話、十九歳の長女を軍人に縁付けたこと、又齋藤弘氏の近?などを話す。

三原にラジオを直してもらふ、聲がはつきりとなる。堀のを返す。

トマト畠の草をとる。

新見君の文集をよむ、「家族主義の教育」。又二三の神道に關する文章をよむ。

　

　　六月三十日　土よう　夜來雨　田の水を得たり　終日晴れず

昨夜又警報、東京には近づかず、二階にて本をよむ。やゝ疲れて居る、三千來る。

　

　　七月一日　日よう　曇

書物になる文章を整頓す。「十三塚考」と「大白神考」とは當分出版も六つかしければ一つの箱に入れる。どこかへ預けたし。

丸山久子さん來、「村と學童」の校正に付相談なり、夕方岩崎敏夫君來、一旦相馬へ引上げ又後片付けに來り二三日をるといふ。野菜いろ／＼くれる。和田文夫君より卵・蜂蜜を托せられたりとて持來る、本を色々やる、「南天莊集」を伯父さんへ遣る。

(221)夕方草とり、又ジャガ芋を掘る、もう植ゑたものゝ二倍はたしかにとれるといふ。

夜中に敵機いくつか近縣をとほる。

　

　　七月二日　月よう　朝雨

河竹繁俊君來、色々の消息をきく。早稻田の貴重本は山本村に送るといふ。夫人娘孫なども行くといふ。ジャガ芋くれる。

乾君玄關まで、先日のふとんの禮なり。末の娘嫁入によつて病を得、札幌にて入院、母刀自看病にゆかれしことなど。

石田君のくれた南海史料談おもしろく讀み了る、禮?出す。

飯田から來た古い箱に一ぱいの古手紙あり、それを整理しはじむ。惜しいけれども大部分棄てるより他なし、一々目を通すので時がかかる。東助翁の古い日記が又二年分出て來る。

三原夫婦米を小池にもつて行く。

　

　　七月三日　火よう　曇

昨夜も數機日本海へ通る、東京へは不思議に入つて來ず。

佐藤勝熊君、久しぶりに來る、又方言の資料を若干わたす。學校の樣子やゝわかる。本の疎開を方々へして居る。

沖繩の島民は大部分安全なりといふ話。

古い手紙類の整理、いろ／＼珍らしいことを知る。

けふも梅の實を取る、馬鈴薯をほる。先づ大成功。栽ゑた分の四倍ほどになる。

　

(222)　　七月四日　水よう　曇夕小雨

午前P51八十餘機、常陸に來る。

全國にわたり、B29五百以上來るといふ。

終日飯田時代の古い文書を整理してくらす。

唐木順三君來、「先祖の話」原稿一括してわたす。出版會ほほゞ同意する樣子のよし。

穗積忠彦君來、「諸國叢書」十數册を托す、伊豆にもちゆかしむ。

大崎下島の五領田村長から見まひ?、返事。

　

　　七月五日　木よう　曇　あつし

けふも午前小型機百二三十來。

終日人來ず、古反故大かた片つく。けふで三四日丸つぶし。

三千子來。桑木君へ手紙、爲正へはがき。

　

　　七月六日　金よう　晴　あつし

芳と今一人來りて庭に穴をほる、深さ一間ほど、精巧なものなれどあぶなし。

市川市の玉木半之助君訪來、三時前まで話して行く、本を遣る。

大西伍一君來、色々のことをきく、本をもち行く。

　

(223)　　七月七日　土よう　曇冷氣

平井文雄氏珍らしく訪問。龍野氏へ行きてのかへり也。北原十三男君のことなどきく。是へ葉書を出す氣になる。

床屋來りて芝生にて髪をつむ、三原及佐代子も。

比嘉君來、沖繩人の現?を話しなげく。

堀來る。夕方畠の草とり、又桃を取る。

三原三兒の小さい頃の映畫を見る。

　

　　七月八日　日よう　午後晴

午頃又P51大梯團、東京には少しゝか入らず。三木茂君久しぶりに來る。妻子水戸西部の村へ疎開のよし、空挺隊に在りし話をする。鷄の大きいのを一羽くれる。晩にくふ、非常にうまし。

水野成夫君も久しぶりに來る、淺野晃君同行、少年向きよみ物の話、賛成を求める。石鹸と北海道の干鱈をくれる。

午後炭俵の會、秋の空の卷、比嘉君どうしてか來らず、會者堀、和歌森、牧田、島袋、金城、丸山。

喜多義次君罹災して蒐集の大部分をやく。金子の社宅に來て居る。卷煙草朝日一つもつて來てくれる。

飯塚浩二君來、是も滿洲旅行中に宅を燒かるる、二代の集書をやくといふ。但し與瀬に妻子は疎開、自分もそこに居るといふ。

　

　　七月九日　月よう　好晴　暑からず

岡村しげ子來。石田の本、茗荷谷へ持のき皆燒けしよし嘆息す、信州の親類の話、布佐のことなど色々話してゆく、小豆と玉子くれる。

(224)午後倉田一郎君來、五月二十三日夜罹災、久しく穴の中に住み病人出來たよしなど話。本もノートもすつかり燒けたといふこと、その他いろ／＼。

成城中學の林君來。淺舞へ一二年生をつれて行くので、土地の人に紹介してくれといふ。

今村より久々にて葉書。

昨夜もけふも、ちよい／＼と敵機來る。

　

　　七月十日　火よう　晴

朝の五時から警報、小型機一日に千機以上來る、ラジオをきくだけで疲れてしまふ。

終日何も出來ず、庭へも下りず。

喜多義次君來、マッチ、金網二つもつて來てくれる。

田口謙藏君見まひの葉書、返事。

赤星隆子へはがき。

　

　　七月十一日　水よう　雨終日

八時三原かへりゆく、荷物三つ、六貫目もあり。幸ひにして昨夜より空襲警報出ず、警戒警報の中にかへり行く。

ノートを整理し、いろ／＼の神書をよむ。

　

　　七月十二日　木よう　曇雨後に　晴

古澤菊枝とひ來る。久しぶり也、紙と紙入とをくれる。

(225)夕方喜多君、重曹をもつて來てくれる。

けふは警報一度。

　

　　七月十三日　金よう　午後青空となる

池田弘子さん來る、「山岳講座」六册を持ち還らしむ。

比嘉君來、沖繩の佛壇の話をしてくれる。

馬鈴薯を收穫し又草を拔く。

けふ午前に一機、しかし他の地方へは中々來る也。

「神社大觀」により諸社の例祭日のことをしらべる。精靈さまを拜む、今年は何も上げるものなし、淋しい盆なり。

　

　　七月十四日　土よう　曇

艦載機東北へ來る、釜石を艦砲射撃す。

唐木順三君來、「先祖の話」いよ／＼活版に渡すことになる。

名古屋新聞の記者村上光彦君來、玄關から返す、原稿のたのみ也。

三穗二兒をつれ登戸へ行き甘藷苗五十本をもらひ來る、それを畠にふせる手傳。つかれて鍬をつかふことが出來ない。

　

　　七月十五日　日よう　曇　小雨

椎橋君乘る、乾貝をくれる。本をもつて行く。先日の切符買料を返す。

中田邦造君來、文庫疎開の話をして行く、信州高遠がよからうといふ話などをする。加賀豐三郎氏の文庫も引うけた(226)話など、又多くの書庫の燒けたことなど。

橋浦君來、「村のすがた」の稿。和田文夫君同行、見まひ也、メリケン粉をくれる、又高木君より豆をくれる。

堀一郎來、明後日信州へ行く話。

　

　　七月十六日　月よう　曇

穗積君餅をもつて來てくれる。「南方來書」六卷などを托す、雜賀君へ葉書。

伊東月草君來、「俳句研究」三四月號、バター雪印、サッカリン錠くれる。

文學報國會の幹事田邊耕一郎君、兵になつて來る、この近くの病院に在り、近々退院といふ。曹長一人兵長一人同行、前者は仙北郡の農民、後者は芝白金の住人なり、木田孝、病院へ本を若干おくる、「狂言記」三册その他。

夜十一時前より曉三時まで空襲、B29百機、相模沿岸に來る、ちよつと　　　動顯する。朝は非常に疲れて居る。茅ヶ崎、辻堂も燒かれる。馬入の橋落るか。

　

　　七月十七日　火よう　小雨終日止まず

けさも六時前から警報、今度は艦載機、東と南三方の海から、終日つゞけるつもりか。

南瓜、芝生の上にて初花咲く、杏の木の南のもの一株。

終日人來ず、「百錬抄」をよむ、宮崎大門の「幽顯問答抄」をよむ。

北原阿智之助氏、橋浦氏へはがき、昨日は又穗積君へ書信。

口なし多く花咲く。

　

(227)　　七月十八日　水よう　午後晴

「伴信友全集」をよみてくらす。

艦載機數百、相州に入り横須賀を襲ふ、午前と午後と二度、常陸の海にて艦砲射撃。

古川橋の古本屋小川勝藏來、色々の本をもたせてかへす、よき商人と見ゆ。

　

　　七月十九日　曇　木よう　けふもなほ冷なり

わづかに庭に出て草をぬく。

「類聚名物考」一をざつとよむ、主として神祇の部、「古事類苑」神祇部をもたぬことをくやむ。

けふは敵機の來ること少なし、一二機のみ。三穗品川へ疎開の荷物をもつて行く、助役の一人平井氏の知人といふ。

今夜も十一時頃から艦上機あまた、主として常陸の海岸の町へ來る。

　

　　七月二十日　金よう　曇　まだ暑からず

創造社の藤井繼男來、再興に付原稿のたのみなり。

野口孝�ｺ君夫人、子をつれて來る。十二月に生れた女の子も。國の笹まき餅をくれる。

大西伍一君來、もう大抵本は渡し終る。インゲンをくれる。トロロアフヒを畠に植ゑてくれる。

仙臺の三原より手紙、先日の空襲に安東氏も罹災のよし、歎息の至。三原の荷物も燒けるよし。

中田邦造君へ手紙、番地をきく也。小西氏へ電話。

伴信友翁「倭姫命世紀考」讀了、抄了。

　

(228)　　七月二十一日　土よう　午後風雨　がらす窓こはれる

一日家に居る。勝から手紙。

久富氏夫人秋田縣へ疎開すとていとま乞に來る。主人は鹿島に在りて土仕事のよし。永井氏は飯能にあり。

「夫木集」をよむ、又「神宮儀式帳」の類をよむ。

　

　　七月二十二日　日よう　晴あつくなる

喜多義次君來、御茶と卷煙草くれる。

筑土鈴寛君來、いよ／＼藥師堂に入り住むといふ。

家の會、比嘉・高本・關・和歌森・萩原・丸山・堀來。島袋風にて缺席、炭俵の道くだりの卷を講ず。

朝日出版局の鈴木・山本二君珍らしく訪ひ來る。

陸軍病院から雜誌をとりに來る、先日の田邊、兵長木田孝と今一人、荷車をもちて。

「神都名勝誌」をよむ。

　

　　七月二十三日　月よう　けふは又曇りて冷なり

くちなし大小皆咲く、南瓜も芝生の上に花咲く。

熊谷辰治郎・野口孝�ｺ二君久々に來る。青年團解散のあとごた／＼して居る。

唐木順三君來。明後日原稿をもちて長野へゆくよし。

一機づゝ二度三度警報あり、昨夜も來る。

桑木君返書。未にたのしみなしといふこと、個人主義の問題になり六つかしくなる。我としては希望まことに少なし、(229)しかし國としては別なり。

　

　　七月二十四日　火よう　曇冷

佐智子なほ快からず、吉志子はよくなる。

關西へ二千機來襲云々、心痛のこと也。

丸山久子さん來。

阪士佛の、「伊勢大神宮參詣記」を讀む。

夕中田邦造君來、本を疎開する打合、沖繩關係のものを預けることにする。

庭の繁りを苅り込む、但し鋏を以て。

　

　　七月二十五日　水よう　午後晴るゝ　少し暑くなる

大藤ゆき子さん因幡の青谷に疎開したといふ報知。夕方草とり少し。

三穗世田ヶ谷郵便局へ行く、葉書にスタンプのこと。

昨日黒田原より手紙、かへつて來たいといふ、今かへるといふことは考へられず。

　

　　七月二十六日　木よう　曇　あつくなる

昨夜夜半、B29川崎へ襲來。

日比谷圖書館館員、生徒隊をひきいて本をとりに來る。沖繩に關係するもの一切、西洋四國の民俗學會誌、民間傳承の會出版物若干、考古學雜誌一揃ひなどわたす。別れの心細いことは本も人も同じ。

(230)けふ三度警報、皆少數機。

　

　　七月二十七日　金よう　晴

けふも警報一機　晝頃。關口泰君久々に來る　色々話をきく。

齋藤實君來、小川書店の本代五四、七〇持參。

松岡道夫來、緑の教科書を借りに。

倉田君來、あす溝の口へ入營のよし。タバコ、キナコくれる。

三原勝古河の病院より手紙、三穗品川へ荷物を出しに行く。

大藤君より唐津より葉書。

　

　　七月二十八日　土よう　晴

P51數百機襲來、午後まであり、東海地區へも來る。

平野君息子來、手紙と本をもちて。

庭に穴をほる、暑くなりすぐ疲れる。

小さい口なしの花盛んにかをる。

　

　　七月二十九日　日よう　晴

けふも午前警報、一般に數多くなる。

中川深雪來、越後南蒲原郡大西村、土田金作といふ人の家に疎開すといふ。色々の話をして、けふは由比へ父の位牌

(231)を迎へに行く。

日本産業經済新聞の佐藤良邦君來、爲正と横須賀で十日居た人、その時の話をしに也。其後疎開などをしておくれたと也。

喜多義次君本をかへしに來る。

三千子熱たかしとて、孝も三穗も見にゆく。

　

　　七月三十日　月よう　好晴

朝六時から空襲、夜までくりかへす。夕方は横須賀と館山へ、ラジオが聽えなくなりこまる。その爲に人も來ず、終日書をよむ。「群書類從」神祇部、「神社啓蒙」など。

堀一郎來る、夕方に三千又少々熱が出るといふ。孝見にゆく。

　

　　七月三十一口　火よう　晴

姫ゆり咲きはじむ。

牧田茂君社用にて來る、沖繩文庫の計畫をきかする。

早稻田史學科の女學生關根某來、貧乏神のことをきゝに也、本を一册與へてかへす。

午後一機、夜B29四つ來る、ラジオがこはれて非常に不自由をする。

「大神宮雜事記」その他、「群書類從」を若干渉獵。

庭の草とり、風呂あり、三千は熱下る。

三穗小石川へゆく。

(232)明日誕生日なりとて吉志子肖像を書いてくれる。孫たちからの祝ひ、是と煙草。

　

　　八月一日　水よう　好晴　夜月は二十日過

倉田利男君來、「農村語彙」原稿、比嘉君へ渡しかねたりとて持參。今夕富山へ立つよし。ところが夜八時半頃から空襲、途中多分引かゝつたことゝ氣つかはし。

けふ誕生祝の赤飯、滿七十の生日。寂莫無上、滿六十のときと比べて。

翌朝三時まで起きあかす。橋本・相原の方の空に火の手あがり、爆音高し。鶴見・川崎もひどかつた樣子なり。又水戸・長岡など。

　

　　八月二日　木よう　晴　漸くあつし

この爲にけふは人も來ず、又疲れて何もせず、少しく書を抄す。

昨日芝の端に埋めた火鉢を出して見る。中のもの少しもしめらず、よつて原稿用紙などを取出し、家の系圖書類、寫眞などをいける。

　

　　八月三日　金よう　晴あつし

昨夜は幸ひにねられた。けふも小さく來襲。

堀一郎來。「農村語彙」の補修材料を小金井の研究室に托す、家の寫眞を整理す。

陸軍病院の喜多兵長來、本を少しわたす。

午後比嘉君來、煙草くれる。

(233)黒田原の富美子より?、返事す。

比嘉君の貸してくれた「再生紀聞」をよむ、平田の僻説におどろく。

　

　　八月四日　土よう　晴　中々あつし

姫百合方々に咲く。

茅ヶ崎の山田肇君來、鏑木氏より新畫一つくれられる。今戸の雨といふもの。

けふは警報二度、よくもきかず、ラジオこはれて結局のんきになる。

「百二十石」といふ話の本をよむ。伊勢に居た老醫の寛政頃の著、先年買つておいたもの。五册本の一册かけたり。

「古事類苑」神祇部をよむ、「本朝紀略」も。

芝生に物をいける小さな穴をほる。

　

　　八月五日　日よう　晴

佐智子休、これから一つおきの日ようになる。

喜多義次君本を返しに來る、大豆の油をくれる。

水野成夫君より先日の石鹸を末弘氏に托し送つてくれる。一昨日の葉書で無心せし也。

さよ・吉志母と大藏の小池へ行く。

P51百六十機來、ちやうど午時の前後也。

暑くて何もせず、けふも「古事類苑」神祇部をよみてくらす。

　

(234)　　八月六日　月よう　晴

早朝竹内金太郎君來、先々月家をやかれ一人腰越にわび住居、家族は高田に行つて居る。よく／＼弱りつかれて居る。

池田弘子さん來、トイレット紙くれる。諏訪の話、皆びく／＼のよし。

午前空襲警報出づ。「日本紀略」をざつと讀み了る。

　

　　八月七日　火よう　晴

終日書を讀む。「續史愚抄」、伴氏の「神社私考」など。

夜深水正策君來る、よわりつゝもよくかけ巡つて居る、鳥取のもろみ少しくれる。

奈良の高田君より葉書。昨日は太田千津より葉がき、大木つね雄翁越中にかへるとて暇乞ひに來る。

　

　　八月八日　水よう　晴　朝は霧

終日訪客なし、紫陽花々さく、ことしは葉多くかへりてうつくし。

植木鉢の木四五種水きれて枯れさせたり。

午後B29六十機來、境、小金井邊に爆彈。（後記）廣島は原子爆彈でやられた日なり。

三原勝誕生日。

松木時彦翁の「神都百物語」をよむ、又「神社私考」二卷をよむ、伴翁の頭の細かいのには感心する。

　

　　八月九日　木よう　晴　昨日の如し

午後萩原龍夫君、「大神宮叢書」五册をしよつて來てくれる。この人も五部書の成立や祓禊のことなどを研究して居る。

(235)「御巫清直集」を先づよむ。

　

　　八月十日　金よう　けさも霧　後はれてあつし

早朝から艦上機、大型とまじり何度も入つてくる、中部と合せて六百餘機といふ。

　

　　八月十一日　土よう　晴あつし

早朝長岡氏を訪ふ、不在。後向ふから來て時局の迫れる話をきかせらる。夕方又電話あり、いよ／＼働かねばならぬ世になりぬ。

創元社秋山君來る。出版の計畫話、「木綿以前の事」は燒けてしまつたよし。

關口健一郎君九州へ行くよし、櫻井君と共に來りて玄關にて話してゆく。（後記）十一月急死、是が永訣也。

けふも何度か警戒警報、夜しめきつて暑くてたまらず。

「大神宮叢書御巫清直集」所々抄出、「年中行事大成」にて氏神祭山宮祭のことをよむ、又「私幣考辨」、「舊事紀析疑」も。

　

　　八月十二日　日よう　晴あつし

昨夜は警報二度、常陸と伊豆とへ原子ぱく彈なりとて人々さわぐよし、自分たちは知らずに過ぐ。

早朝堀へ行く、出雲寺氏の「神社と祭祀」を借りて來る。

長岡氏へ行きて色々時局の話をきく、てる子さんにあふ。祖師谷の新居から毎朝父を見まひに來るよし。

松岡春樹來、古澤から黒赤のインキをもらひ、もつて來てくれるなり。

(236)家の會、比嘉・島袋・高本・萩原・和歌森・堀・池田・丸山來、始めに「炭俵」ふりうりの卷を講じ、次に伊勢參宮の話をする。（後記）是が第一囘なり。

椎橋君新聞の?勢を知らせてくれる。

萩原君、「大神宮叢書」又三册もつて來てくれる。「御巫清直集」三册もつてかへつてもらふ。いり豆少々くれる。

　

　　八月十三日　月よう　晴

けふは五時半から艦載機の空襲十二時間つゞく。八百機と稱す。

長岡氏へ話をきゝに行く、三度。堀へも行く、中村君の話では東京は平穩なりといふ。

喜多君來、卷煙草及化粧品いろ／＼くれる。

　

　　八月十四日　火よう　晴　月は七日頃

朝々の南瓜の花うつくし、姫百合も咲く。

大西伍一君來、馬鈴薯あとの畠を草きり耕してくれる。大根と人參との種をもつて。

椎橋君來る、海岸からむきみのめざしを買つて來てくれる。

午前B29一機づゝ二度、政治の消息まだ少しもわからず、昨日は盛に空から傳單を撤いたといふ。

「大神宮叢書」の「參拜記大成」、及家藏の御蔭參りの本をよむ。「神風一覽」など、ノートを作る。

牛尾三千夫君、北原十三男君通信、返事、飯田の安東喜美子へ葉書。

　

(237)　　八月十五日　水よう　晴

十二時大詔出づ、感激不止。

午後感冒、八度二分。

　

　　八月十六日　木よう　晴

塚原壽夫妻子をけさ尾張へ送り出したりとて暇乞に來る。しばらく話してゆく。

けふは熱三十七度四分くらゐ。

丸山久子さん來、あす兒玉へ行くとて小包を引受けてくれる。西宮の太田への也。先日は浦和の高本生にたのむ、都外からでないと發送不能なり。

夜堀兩入來。

内閣の辭職は不賛成、阿南陸相の自殺は論外のこと也。士道頽廢といふべきか。

海軍の飛行機もつと戰ひたいといふビラを撤いたといふ。鈴木・平沼邸燒打などのうはさよし女來ての話。

　

　　八月十七日　金よう　朝霧

隣の由本氏息に病症に付孝相談に行く。一ばん氣になるのは尿の出のわるいこと也。

高木正順久々にて來る、家は五月二十五日の空襲にて燒け、家族は今信濃追分に在つて難儀するよし、いろ／＼又宮中の御樣子を承り了。

中山修平君夫婦來、佐渡よりかへりてあちらの話、中山�ｺ太郎翁の傳言いろ／＼。

大西君來て畠に大根人參等をまいてくれる。ほとんと夕方まで、色々野菜くれる。

(238)平野義太郎君來、文化政策について意見を交換す。まだ大きな希望は生れず。

　

　　八月十八日　土よう　晴　朝は霧　夜は月よし　盆の八九日か

敵機なほ空をゆく、軍人反抗のうはさぼつ／＼聞える、諸處に貼紙あり、人心やゝ動搖。

闘君來る、文化聯盟の改革せらるべきやうすを語る。前田多門君文部大臣になる、しかし長岡君などはたゞ氣の毒だといふのみ。

「大神宮叢書」の參詣記類をよみ了る。中世の坊主どもの押のつよいのに、神官の信仰の不精確なりしにはおどろく。

三穗登戸へ乳を買ひに、佐智は靖國へ清掃にゆく。

　

　　八月十九日　日よう　晴　夜月よし

けふは一日庭へ下りず。

隣の由本博士來て見てくれる。膀胱は故障なきやうす、氣管支は病氣といつてよい程度にわるし、藥くれるといふ。

小便の檢査をたのむ。

天瀬義鑑翁甲州曾根の疎開先にて七月十八日永眠のよし、息子金藏より報じ來る。明治二十五年以來の舊友、梅咲く頃一日來るといふ約束果さずしてゆく。

森銑三君訪來、四月十三日の空襲にて一物をのこさず燒けたり。石井鶴三氏は細君の叔父にてそこに同居、その石井夫人は此月七日死去のよし也。本だの原稿紙など送り了。

彌永恭次郎君、爲正はかへつたかと訪ひ來る。江古田で畠をして居る。諏訪の米澤村鹽澤といふ所に妻子をやつてあるよし。

(239)中田邦造君來、先日の本は四千何百圓に買ふといふ。都の役人の一向働かぬといふ話をする。圖書館協會の是からの活躍の話など。

孝齒の治療に經堂の佐々木氏へ、子供たちは夜分堀へマージャンにゆく。

　

　　八月二十日　月よう　晴

齋藤弘君來、五月二十五日翌朝の空襲に燒け、目下京都に在り、陽明文庫の爲に働いて居るといふ。いろ／＼政治の内情を話してくれる。

「神宮年中行事大成」により、荒木田・度會二氏の氏神祭、山宮祭のことを知り得たり。けふは一日抄書してくらす。

床屋福井來。久しぶりに髪をつむ。

三穗會社へゆく。夕は又小池へ行く、電車制限などありて氣をもむ。

　

　　八月二十一日　火よう　晴　あつし

放送局の伊藤信雄君來、放送原稿のたのみ也。

荒木田經雅の「儀式帳解」をざつとよむ。

氏神祭山宮祭のことを考へ始む。

孝再び經堂の佐々木氏へ療治に行く、電車えらい混雜のよし也。

關口健一郎君葉書、八幡市黒崎より。

　

(240)　　八月二十二日　水よう　冷氣　曇雨ふる

三原勝かへり來る、汽車は除隊兵で一ぱいのよし、仙臺安東氏の消息少しもわからず。

　

　　八月二十三日　木よう

連日「大日本史料」十二編をよむ。

夜大風雨、畠の物多く倒れる。

　

　　八月二十四日　金よう

電車制限にて來る人無し。

終日「史料」十二編をよむ。

夜堀二人來る。電氣漸くつく、まだつかぬ家もあり。

　

　　八月二十五日　土よう　朝はれて又雨になる

植木屋加賀美來てすぐにかへる。

吉村源太郎君夫人、この十日に死去のよし報じ來る、嗟歎久之。

水道漸く通ず。敵飛行機安々と空をあるく。

　

　　八月二十六日　日よう　雨折々

中國方面低氣壓。

(241)家の會、「炭俵」雪の松の歌仙の話。島袋君來、比嘉君見えず。御影參りの話をする。堀・和歌森・萩原・關・池田・丸山來。

兵士ぽつぽつかへり來るうはさ、まだ爲正の消息無し。

　

　　八月二十七日　月よう　晴　風あり

吉志子成城の寺小屋に入る、燒殘りの廊下のよし、學校は歸還兵の宿になる。

昨夜野犬四つ鷄舍おそふ。幸ひに害なし、夜あけ方のことゝいふ。

奈良の高田君葉書二つ、八日のこちらの手紙十九日につくよし。今度も六日かゝる。

孝由本氏へ禮にゆく。

大西伍一君來、又野菜三種、卷煙草の紙くれる。色々話をきゝてゆく。此人の郷里、揖保都揖西村南山、姫路より五里といふ。

　

　　八月二十八日　火よう　晴　風つよし

「ミテグラ考」の資料を整理する。

「史料」大阪陣前後をよむ。

佐藤勝熊君來、友人豐田君を伴ひ來る。燒かれて龍野氏の後の家に來てゐる人。

陸軍病院の喜多兵長今一人來る、歌俳句の雜誌、本などを病院へおくる。この人にも本を與へる。卷煙草數十本もつて來てくれる。

玄關の戸が開かなくなつて大騷ぎをする。三原が幸ひに居るので直してくれる。

(242)爲正より久しぶりに葉書、二十日に出したもの、なほ登米町に在り。

孝佐智子をつれて大庫の小池へ行く。戰時中野菜に不自由しなかつたのは此家の爲也。いつか禮に行かねはならず。

　

　　八月二十九日　水よう　晴　あつし

午後丸山さん來、本棚を少し片付けてもらふ。

夕方漸く庭に下りて草をとる、中々取きれず、すでに野となる有さまなり。

　

　　八月三十日　木よう　晴　あつし、風

堀氏へ來て居た中原中尉、けふ夕方伊賀へかへるとて挨拶に來る、二十年以上も航空隊に働いてゐた人なり。農が好きだから歸つて畠を作るといふ。

夕方爲正かへり來る。一昨日仙臺にて除隊、安東氏一家を見まひ、又黒田原によりて一泊し來る。

長岡隆一郎氏、東京からのかへりにより、其後の世情をかたる。地方に少しづゝの動亂あり、島根縣廳の燒けたのも其爲といふ。近衛兵の反抗、師團長殺さるといふ話。

愛宕山にて二十二日かに右傾の徒の自爆せし話。

　

　　八月三十一日　金よう　小雨終日

堀三人相ついで爲正歸宅のよろこびに來る。

太田へ葉書、久しくたより無ければ也。

訪人無し、「大神宮叢書」の隨筆一篇二册出してよむ。大分つかれたり。

　

(243)　　九月一日　土よう　けふも曇小雨冷なり

放送協會の企畫部員井上泰三君來。「傳説名彙」原稿、神田にて空襲の爲に燒けたことをことわりに來る。もう一度こしらへてくれといふたのみ、關君とも相談すべき旨返事。

吉田隆子咋朝死去のよし、きよ子より電報、この人の生涯を囘顧しさびしくなる。

川崎軍治翁、爲正歸宅のよろこびに來られ、話して行かるゝ。

安東ひな子訪來、今大磯に在り。茅崎の家借りたしといふ話。鮮魚をもつてきてくれる。

昨日砂糖の配給あり、一人分二十匁、けふは牡丹餅をつくる。

罐詰配給あり、一人宛て五ポンド十箇、大部分は鮭のよし。

「大神宮叢書」の隨筆類を抄録する。

　

　　九月二日　日よう　曇ふらず

本田等君訪來。

比嘉君來、煙草と紙くれる。「芭蕉前期集」を借す、「冬の日」を謄寫版にする爲。

喜多義次君來、これも卷煙草くれる。「浮世繪解説」外一種を貸す。

降伏條的調印の報をきき浩歎す。大きな歴史なり。

宮本保次、宮本常一、岡見正雄、蓮佛重壽、太田千津その他葉書。

　

(244)　　九月三日　月よう　曇冷　幸ひに風なし

けふは誰も來ず、「民俗學」の支度、自著「研究法」を精讀す。久しぶりにデスクを使ふ、又書齋掃除。

朝七時前吉志子と散歩、この住宅地も久しくあるいて見ず。

　

　　九月四日　火よう　陰冷昨日の如し

午後今野圓輔君、同僚角田某を伴なひ來る。始めて若い記者たちの苦惱に心づく。

由本博士をたのみ、チブスの豫防の注射を一家八人がしてもらふ、三度に分け次は九日夕。

田中楳吉氏の家にて甥になる人この病にて急死といふ。昨日は夫人、けふは主人、お寺のことで相談に來る。

　

　　九月五日　水よう　けふも曇冷かなり　牛後晴

松岡父君の日なり、四十九年目。

訪客無し。「神祇全書」四と五など、祭日のことをしらべる。

四時半頃、吉志子と共に散歩、その父もあとから來る。入間の境の畠にて瀧澤修君の薯畠に働いて居るのを見る。二年ほど前からこゝに來て居るよし也。

　

　　九月六日　木よう　晴　やゝあつし

朝大西君來、いろ／＼話をきゝ筆記して行く。

一昨日三原老人より手紙、けふ返事をかき了。

(245)昨日から議會の樣子をラジオできく、誰の話もそわ／＼して心がゝり。

「旅と傳説」舊號をよみふける。丹後の河の小舟の旅は昭和六年五月なり。

　

　　九月七日　金よう　曇　夕小雨

小林秀雄君始めて來る。雜誌を創元社から出すから助力してくれといふ相談なり。

黒田原から葉書、二兒腹をわるくして居るといふ話なり。

　

　　九月八日　土よう　晴　雲多し

米兵東京進駐の日、色々の飛行機低くとぶ。丸で一昨々年四月十八日のやう也。

誰も來ず、「神祇志料」二册に眼をとほす。

三原除隊の報告に會社へゆく。又庭の芝生を開墾す。

　

　　九月九日　日よう　晴　けふはあつし

宮本保次氏三男達男君來、保險料を取次いでやらうといふ親切なり、二百圓托す。

木曜會比嘉・島袋・關・和歌森・萩原・堀二人、高本・池田・丸山・牧田・橋浦十一人、「冬の日」歌仙を講ず。次に氏神と山宮祭のことを話す。

和歌森君鰺のひもの、橋浦君葡萄くれる。

夕方柴田勝君來、秋田縣疎開先の話をする。白米と林檎をくれる。又マキタバコも。

由本君來、第二囘目の注射をしてくれる。

　

(246)　　九月十日　月よう　曇

高藤武馬君來、畝傍の海軍經理學校解散、しばらく大和に住まうかといふこと、一度國へかへるといへば、花本君に逢つて來るやうにすゝめる。

朝早く門の草をとる、由本翁と立話。

林君咋日生栗をくれる、子供庭に出て燒く。

三原夫婦吉志子と聖母病院へ、たま子伯母さんにあひにゆく。

　

　　九月十一日　火よう　曇夕方から雨

木芙蓉さびしく花咲く。

野口義惠女史來、「百穗手翰」一册貸す。

「特選神名牒」により諸社の祭日のことをしらべる。

吉村源太郎君先月二十一日になくなるよし、娘より報知あり。夫人におくるゝこと一月ばかり、此人の如く不幸な晩年の人も少なし、歎思す。

　

　　九月十二日　水よう　終日曇

三原早立ちして鏡石へ行、二つ泊つてかへるよし。「古今要覽稿」をざつとよむ。又「史料」第四編三卷以下もよむ、

三度目なり。

東條大將昨日囚はれるに先だち自害を試み、重症といふ報あり。けふ三十人ばかりの戰爭貴住着の名發表せらる。橋(247)田・小泉などの他に、品川あたりの捕虜收容所のかゝり員などの話もあり、杉山大將夫婦も自決。

　

　　九月十三日　木よう　曇少雨　冷　ひとへ羽織をきる

放送局伊藤信雄君來。

旺文社の雜誌係林信一君來、雜誌にかくことの依頼、ことわり了る。

夜中田邦造氏來。先日の本の金四千七百圓持つて來てくれる。

爲正けふ午後黒田原へ行く。

　

　　九月十四日　金よう　時々青空へ風吹き暑くなる

米林富男君乘、木曾の妻籠に疎開して居る。そこに印刷所を設けようとする計畫など。桐島氏成城の住宅地に住み、此頃大病、桐島老夫人に同行して先日上京と云々。

小林秀雄君再び來る、神道の研究の話をする。二十三夜の原稿を渡さうとして捜しても見えず、小林勇氏の話をきく。

三原四時頃かへり來る、土産林ご、卷たばこ、下駄。

　

　　九月十五日　土よう　風吹きやゝ暑し

訪客なし、自著「國史と民俗學」を精讀す。

夕方門外の草をとる、自動車一つ門外にのりすてゝあること一晝夜、駐在所に知らせる。駐在所は公衆電話なく三人の巡査、人足よりも惡し、是では心もとなしと思はるゝ。

七時爲正かへり來る。由本博士注射に來てくれられる。

　

(248)　　九月十六日　日よう　曇

篠原利逸君來る、七月に北京から引返して來た話、あの地の樣子もわかる。殘つた人々は難儀して居ることゝ思ふ。

折口君久しぶりに來る。手術後箱根に行つて居た話、穗積君はもうよくなつたよしなど。卷煙草類うんとくれる、但し少しかびくさし。

「古代感愛集」は製本の前燒けてしまつたよし。

丸山久子さん來、再び麻布にかへり來る云々。

晩風呂あり。

「甲子夜話」を久しぶりによむ。

　

　　九月十七日　月よう　曇　小雨

今井武志君久しぶりに來る、菖蒲町の疎開學童の話を詳しく聽く。かの地の梨子あまた持つて來てくれる。口中がはれて難儀する。

　

　　九月十八日　火よう

昨夜來大風雨、全國被害少なからずといふ、歎ずべし。

三原誠訪來、一泊。

彌永恭次郎君來、熱海に引うつりかしこより通勤すべLといふ。

「甲子夜話」五十二卷までつゞけよむ。

　

(249)　　九月十九日　水よう　好晴　既に秋なり

庭の草林の如く、夕方少時之を抽く。蚊の多きに苦しむのみ。

三木茂早朝に牛肉を多量にもつて來てくれる。近く獨立して民俗學と關係ある寫眞を作りたしといふ。

村上康之隊よりたより、今主計少尉なり。羊かんを送つてくれる。末松氏の次男に托してなり。けさ持つて來てくれる。

午後三原歸り去る。

「甲子夜話」第七十四卷まで讀む、抄若干。

　

　　九月二十日　木よう　晴　はや秋なり

終日讀書、「甲子夜話」續二十八卷まで。

庭に下りて草をとる、訪客無し。

グリ／＼少しよくなる、由本博士に電話にて相談了。

　

　　九月二十一日　金よう　雲多し　此夜中秋

けふも終日「甲子夜話」を讀む。續七十三まで。三時過ぎ吉志子と散歩、釣鐘池まで、きし子いなごを捕りてかへる。

三穗子村山へ行く、仙臺安東美榮、本の禮?。

　

(250)　　九月二十二日　土よう　曇　夜雨ふる

大島正浩来、夜とまる。

三原誠來、同上。

「甲子夜話」二百卷よみ了る、何年ぶりか。

　

　　九月二十三日　日よう　秋季皇靈祭日　曇　後雨

木よう會、和歌森・堀・萩原・瀬川・池田・丸山・橋浦・牧田・高本・比嘉也。練成所の宮阪哲文君、石城の和田文夫君來、計十二人、烏柴とミテグラの話をする。又「冬の日」の第二歌仙を講ず、三千も来り世話。

和田君、米の粉、豆のつぶしたもの、煮干、わかめなど持って来てくれる。

「駿河志料」をざっと讀む。昭和五年に求め、そつとしてあったもの也。

三原及三兒聖母病院へ行く。平井喜郎君入院中、三原誠歸り去る、大島は今一ばん泊る。

　

　　九月二十四日　月よう　曇

終日家に在り。「駿河志料」百数十册、目を通し且つ抄しをはる。「淺間神社の歴史」をよむ。

腹を少し損じて氣分わるく、床やを空しくかへす、三原社へ行く、どうやら今度解散せられさうだといふ。爲正學校、けふは七時間講義ありといふ。

　

　　九月二十五日　火よう　晴

関屋貞三郎君訪來、喜多見へ針治にゆく。

(251)いろ／＼現況をきかせてくれる。國民信仰の問題に注意して居り、こちらの話もきゝたいといふ。

　

　　九月二十六日　水よう　好晴

唐木順三君来。

松岡道夫、春樹兄弟來。二人とも昨日卒業、行く先はまだ決せず。岡村敏樹もかへり來りしよし。

庭の草をとる、三原火をたき灰を新畠へ入れてくれる。

「淺間神社の歴史」讀み且つ抄し了る。

　

　　九月二十七日　木よう　曇　夕方から降る

天氣豫報よくあたる、此朝始めて散歩。

「鎌倉志」及「攬勝考」、「近江輿地誌略」に目を通す。

塚崎進君來、憲兵になつて居た。伊豆の女學校をやめ、信州にゆきコーライトをつくるつもりといふ。折口君よりとどけられて鯖のラカンくれる。

庭の草とり。

　

　　九月二十八日　金よう　朝のうち雨止　午後晴

「藝藩通志」をざつと見る。

「寮母」といふ女の雜誌の記者、野路甲子雄君來、原稿のたのみ、ことわる。

爲正黒田原へ行く。

(252)三千子刻煙草をもらひに來る。

はつたけ昨日一つ、二十九日も一つ、庭先に生える。

　

　　九月二十九日　土よう　晴

小鳥多く來て啼く、敵の飛行機も。

「新編相模風土記」、「稻荷神社誌料」などを見る。

もと東京府に居た梅原寅之助氏來る、十年も逢はぬ人なり。成城南に來て昨年から住んで居る。次男の嫁には山本犀藏氏次女をもらふといふ。

　

　　九月三十日　日よう　曇

太田丙子郎翁來、大月君同行、汽車遭難談など。

爲正夕方かへり來る。孫たちはまだ都合にて延期すと。

　

　　十月一日　月よう　半晴　温度高し

六時前に起き散歩す、丘の端は木犀の香高く、百舌すでに所々に啼く、椋鳥も來て居る。

孝吉田氏へ訪問、行きちがひになつて午後清子刀自來訪、母人臨終の話をす。歎思す。

吉村新子來、是も八月中に母と父を失ひし時の話なり。

夜久富君夫妻來訪、夫人は秋田に行き引かへして來る。雄勝郡田代村に在りき。人情の篤い土地といふ。

「紀伊續風土記」及「都名所圖會」をよむ。

　

(253)　　十月二日　火よう　曇小雨

堀二人來、手作りの薯くれる。又さやいんげんも。

放送局矢成政朋君來、「地方文化問題の報告」を十册もつて來てくれる。

「東海道名所圖會」などをよむ。木版の繪のおもしろさを知るによき寫生畫なり。

終日庭に下りず、三原は東京へ二度行く。

　

　　十月三日　水よう　曇折々雨ふる

石田助左衛門氏久しぶりに來る。稗精白せぬのをもつて來てくれる。伊藤氏罹災後なほ奮闘のよしをきく。又ライ麥のことなど。

その他來る人なし。

「攝陽群談」「山州名跡志」「大和志料」を見る。

平井鈴子來りとまる。

　

　　十月四日　木よう　雨　午後強くなる

警報又出づ、下町では水害空襲にも近かるべし。終日訪客なし。

小型ノートを再檢す、數量が多くて中々整理しがたし。

「常陸國志」を讀む。

大藤君先月二十六日に青谷へ歸着との報あり。

　

(254)　　十月五日　金よう　風雨　雨量大なり

低氣壓やゝ遠ざかる。

西村孝次氏來る、創元社雜誌のこと、小林秀雄君從兄のよし、永く話してかへる。

「官國幣社特別神事調」をよむ、又「房總叢書」卷二も。

　

　　十月六日　土よう　風やみ終日くもる　又少し雨

倉田一郎君來。八月十六日除隊越中に行きて在り、三日ほど前にかへる。

關敬吾君來。矢田部達郎久しぶりに來り一泊。床屋も來る。

黒田原の荷物かへり來、雨にかゝり蒲團皆ぬれて大こまり。

　

　　十月七日　日よう　晴　午後曇又雨

植木屋來る、庭を片づける、富士ざくら、山椒その他うゑかへ。

矢田部、午後にかへり去る。大島正浩來。

小林正熊君來る、「甘藷栽培書」漸く出來て持來る、伊豫のみかんくれる。

鹿兒島出身の國文學科文學士澁谷及中島の二名來、澁谷君は練成所所員のよし。

丸山久子さん來、女子會館進駐軍に借りられる。是から兒玉へ行くといふ。比嘉春潮君來。

大西伍一君來、野菜くれる、フスマもつて來てくれる。「地方文化の課題」一册與へる。三原一家四人にて、堀夫婦とともに小金井へ藷をほりにゆく。佐智子のみは學校。

　

(255)　　十月八日　月よう　雨終日

堀二人來。佐智子病院へ見まひに行く。

内閣まだ成立せず、海軍大臣未定といふ。

松本・澁澤君二人は承諾したよし。

「薩隅日地理纂考」、「特殊神事調査」抄了。

「安房志二種」、「西加茂郡誌」、「信達一統志」など讀了。

　

　　十月九日　火よう　終日曇　雨時々ふる

唐木順三君來、校正三日間の約束。

村上康之來、この三日に千葉東金よりかへり來る。父母の消息なほ不明といふ。卷煙草、マッチ、砂糖などくれる、隊のものなり。

矢田部正子玄關に來ていそぎかへる、葡萄をもつて來てくれる。

「駿國雜志」その他をよむ。

三千子來。芝生にうゑた蕎麥花咲く。

　

　　十月十日　水よう　雨終日　なは風雨警報あり

大藤時彦君來、梨子及餅くれる。

對馬、隱岐の「島誌」、「嚴島圖會」、「下野神社沿革誌」などに眼を通す。

　

(256)　　十月十一日　木よう　終日雨寒し

誰も来ず、「甲斐國志」、「滑稽雜話」、「辛丑雜記」などを讀む。

　

　　十月十二日　金よう　朝霧　後終日晴る

筑摩書房の唐木君、臼井吉見君を伴ひ來る。雜誌の計畫を話し援助を乞ふ。

夕方耕地のあたりまで散歩。

抄録ノートを作る。

　

　　十月十三日　土よう　好晴

午後喜多見の方へ散歩、堀同行。針の平方氏の家を見つけ、治療の時間を問ふ。射的場の下をまはりてかへる。堀氏へより、手製の藷の菓子をごちそうになる。

庭の草をとり、庭前の二本の松の下にて、初茸七つほど見つける。

　

　　十月十四日　日よう　晴　夜又大雨

七時に起き、すぐ支度して喜多見の針の先生にゆく。療治二時間もかゝる、十一時少し前にかへる。

午後家の會、山宮の話第二囘、「冬の日」第三の卷を講ず。橋浦・大藤・堀・和歌森・宮阪・萩原・澁谷・中島・小高根・比嘉・瀬川・能田・丸山・池田・野口十五人來、能田さん卷煙草二、瀬川さん山の薯、比嘉君煙草刻卷いろ／＼くれる。

　

(257)　　十月十五日　月よう　好晴

木犀ことしは雨にて早くうつろふ。

ヒメコブシの實赤くなる。茗荷枯れて倒る、茗荷の子花咲きはじむ。

小林正熊君來。汽車路損じてなほ切符を買得ず、近日かへらんとす。大長村の五領田村長の話をする。

畠にて火をたく。

　

　　十月十六日　好晴　冷氣になる

六時半に起きて喜多見の平方針醫に行く、十時かへる。

唐木順三君來。夕方又火をたき、草をとる。

平井夫人來訪、二宮の小魚くれる。

　

　　十月十七日　神嘗祭　水よう　晴

もと東洋經濟に居た門脇君來、大里郡に疎開して居る。文求堂の當王と合同して、出版の計畫ある話などしてゆく。

青木直記君來、久しぶりなり、甥の渡邊某に店を托し上都賀郡に引込む話、六月に母を喪ひし話など。懷爐灰・柿・麻絲などくれる。保谷の人高田彌次郎氏を同行し來る。商科大學を卒業したばかり、武藏野の生活を研究したしといふ。

丸山さん來。

夕方清彦・八枝かへり來る。汽車非常な混雜、大澤一家、木越老母と同車、上野にて始めて知るといふ。二兒あまり大きくなつて居らず、此朝正浩君も荷物をもつて來てくれる。

(258)黒田原より黄しめじ澤山。

　

　　十月十八日　木よう　曇　夕小雨

六時半に起き八時前に喜多見の平方針醫へゆく。往復あるく、堀の前をとほる。練成所いよ／＼閉鎖、新たに教育研究所の所員を命ぜらるゝといふ。

酒井淳吉といふ人來る、群馬の人。用もなささう故、玄關からかへす。

　

　　十月十九日　金よう　終日曇小雨

朝日齋藤君來、本を一萬部出すべしといふこと。

唐木君玄關まで來る、校正をもち去る。

朝日の本の序文を案じ未成。

「拙堂文話」をよむ、泥繩の甚だしきものか。

清彦をつれて女學校のあたりをあるく、野草微々として咲く。

吉田清子訪來、志の茶くれる。澤柳君危篤の話をしてゆく。

爲正三穗と村山へ藷をかひにゆく。

　

　　十月廿日　土よう　曇　小雨

終日誰も來ず、三原勝又鏡石へ行く。

「明清八家文」、臨震川の文をよむ。

(259)先祖の話の序文かく。

　

　　十月二十一日　日よう　雨終日

平方氏へ行くのを見合せる。

終日讀書、「袁隨園文」、「山海名産圖會」をよむ。

喜多野清一君來、久しく病氣をしてゐたよし。信州志賀村の神津猛君の話をきく、三十年も逢つてゐない。

　

　　十月二十二日　月よう　けふも終日小雨　冷なり

野口孝�ｺ君來、御所柿五。

「先祖の話」校正、序文を清書す。

　

　　十月二十三日　火よう　雨漸く止む　未だ晴れず

夕方三原かへる、米卷たばこくれる。

平井氏より米、野菜も多くもちかへる。

夜、堀二人來る。

　

　　十月二十四日　水よう　なほ曇　少しづつ青空

唐木君校正をとりに來る。

佐智子玉川遠足。

(260)こちらは清彦と再び電車見物にゆく。小宮氏にあふ。

　

　　十月二十五日　晴　風北にて寒し

七時に朝食をして平方針醫へ行く。十時にかへる。

訪客なし、「鳳至郡誌」をよむ。又「孟子」を讀みはじむ。

鳥柴考を書きなほす、小紙で三十二三枚。

　

　　十月二十六日　金よう　曇　寒し

けさも平方氏へ行き十時半頃かへる。

午後平野義太郎氏訪來。

朝日の後醍院君來、社の改革の話をきく。

加藤百合子さんの妹來る、本を三册貸す。手製の菓子をくれる。清彦大いに喜ぶ。

手紙方々から、倉田及片口氏からも來る。

ごく小さな山菊、垣根一ぱいに咲く。

畠のさつま芋をほる。

ノートの整理に時間をかける。

　

　　十月二十七日　土よう　好晴　やゝ寒くなる

赤星隆子村上夫人につれられて來る。十日あまり前に甲州よりかへる、まだ父の消息は無し、今夜一晩泊り、明後日(261)から乃木の學校へ行くよし。

川野氏の次男熊本縣にて疫痢でなくなつたといふ。

清彦をつれて散歩、橋を二つわたる。かへりに堀へよる、登戸へ行つてるす。

「能登鹿島郡誌」を讀む、「鳥柴考」をかきつゞける。

　

　　十月二十八日　日よう　晴

けふも早く出て平方氏へ行く、往復徒歩。

山茶花處々に大木花咲く。家のも少し咲く。梅もどきは葉青くて今が最もうつくし。

るす中本田等君來。

喜多義次君來、キンシ三つくれる。

川野啓介君來、隆子をつれて辻堂へ行く。二男を失ひし話をする。女の子生れしよし。ヒカリ五つ及びバタくれる。

木曜會。池谷・高本・中島・今野・和歌森・小高根・萩原・關・大藤・牧田・瀬川・能田・丸山・池田・堀二人來。

能田氏蛤くれる、大藤君鯖をもつて來てくれる。今野君も刻煙草くれる。「祭日考」第二、「冬の日」第四の話をする。

三原一家府中の墓參りにゆく。

蓮佛君より「村のすがた」についての心づき、謄寫版にして送つてくれる。

　

　　十月二十九日　月よう　晴　暖ならず

舊東洋堂龜井君來、「農村語彙」増補版に付相談。

清彦と散歩、小學校のやけあとを始めて見る。阪出國彦君同行。

(262)「鹿島郡誌」抄出、又「靈地考」の支度。

　

　　十月三十日　火よう　午後から曇る

平方氏へゆき十時半かへる。

爲正黒田原へゆく。けふは誰も來ず。

喜多見からの歸りに南正樹氏へより、星野守君の消息をたづねる、臺灣に在りとのみにて、手紙無しといふ。野村氏母子も近くに住むやうす也。小原直君にあふ。

　

　　十月三十一日　水よう　雨午後もやまず

終日家に在り。

木間瀬君手紙、今村夫人この二十一日死去のよし知らせ來る。返事を出し、今村へも手紙。

後藤捷一君、鈴木太良君など、大阪からの手紙多し。「笑の本願」の校正を養�ｺ社より送り來る、夜中見了る。

　

　　十一月一日　木よう　晴あたゝか也　後風吹きくもる

喜多君朝來る。明後日能の會に行くとて、謠の本を借りに來る。重曹若干くれる。

清彦入間の見晴らしまで散歩、かへりに抱かされる。「光」といふ雜誌の記者來る、原稿のたのみ也、ことわる。

佐智子は父と銀座見物にゆく。

「鳥柴考」二十枚までかく。

「先祖の話」の校正、六十章のあたりまで。

　

(263)　　十一月二日　金よう　午後曇

山桑、ドウダンなど色づく。鵯鳥さかんに啼く、又知らぬ鳥も來る、或は百舌の擬聲か。

原稿の整理、「標準語論」など。

「球洲郡誌」をよむ、又「近江神崎郡誌」。

爲正かへり來る。

副島千八君に途上にあふ。三十何年ぶり也。すつかり白くなつた。

清彦の御伴で勞研の近くまで行く。

　

　　十一月三日　土よう　晴　あたゝか也

明治節、昔思ひ出づ。外へ出てみるに國旗を立てた家、まことに少なし。氣がついて見ると我家でも忘れてゐたやうなり、心淋しくなる。

朝日の宗友君來、「農業朝日」といふを出す、原稿のたのみ也。

家の者全部畠に下りて落花生などほる。

清彦と驛の階段をのぼりにゆく、堀へよつて見る、不在。

李獻璋君訪來る、此夕方風呂あり。

　

　　十一月四日　日よう　好晴　ひる間は暖かなり

早朝平方氏、早先客四人、大分またされる。

(264)家内中畠へ出る。さゝやかなる畠に麥をまく、昨日は又さやえんどうをまく。三原の子供は堀の畠へ。

喜多君本をかへしに來る。一しよに散歩に出る、射的場近くよりかへる。

栃木縣より少婢をつれ來る、父が同行して來る。

中田邦造君來、成城に書庫をつくるといふことその他。

　

　　十一月五日　月よう　好晴

けふは一日家に居る。清彦と散歩、堀による。

三原夫婦村山へ藷をとりにゆく。

「邑智郡誌」をよむ、「蕪村句集」を見る。

　

　　十一月六日　火よう　よい秋びより　朝はかなり寒し

露霜といふのが降る、隣では木鋏の音しきり。

平方氏へ行く、足數を算へると二千二百位、二尺として十二町くらゐか。

植木屋加賀美來る、木の移植その他、みかんくれる。

床屋福井來、五人たのむ。内子供二人、午後二時までもかゝる。

澤柳禮次郎君死去の電報來る、長歎久之。

ため子夫人に速達にてくやみ?、電報はまだ許されぬ也。

「展望」の原稿をかく、文部の人に見せたい爲に。

　

(265)　　十一月七日　水よう　午後曇　小雨

唐木君來、校正をおいて行く。

戸田謙介君久々にて來る、阿部正道君同行。鹿野のヤミ寫眞帖くれる、一册百四十圓のもの、又自分の關係する赤青インキ、大瓶各一くれる。

橋浦君來、柿くれる、因幡のか。

けふは一日外へ出ず、「近江宮座」及「對馬島誌」前版のもの讀む。「邑智郡誌」、「雍州府志」抄了。

　

　　十一月八日　木よう　晴　風あり

農政課の若い官吏後藤傳一郎君來、日向油津の人、土よう日に話をたのみたしといふこと、斷る。

木越姉君來たまふ。一泊。先日爲正等と同じ日に黒羽よりかへり、今大澤と同居すといふ。ミカン、チョコレートくれらる。

サツマ芋大配給。

創元社より「二十三夜塔」の原稿料送り來る。

「對馬島誌」抄了。

　

　　十一月九日　金よう　好晴　空の色よし

けさ初霜、柘榴の葉黄になり、鴨脚樹はまだ青し、おそくまでねてゐる。

もと柳氏の研究所にゐたといふ中尾信君來る。米人の日本研究者四五人に逢つてくれといふこと、寒いのでことわる。

「先祖の話」校正了、序文とも。

　

(266)清彦と橋の上へ遊びにゆく。

夜堀三人來訪、木越刀自マージャンの會なり。

　

　　十一月十日　土よう　晴　ひるまはやゝ暖か

木越刀自二泊してかへりたまふ。

安東ひな子六つになる女の子をつれて來る、鹽ものくれる、例によつて玄關からかへる。

成城の學校にいろ／＼の催しものあり、清彦をつれ行きて見る。久しぶりに少年少女の群れて遊ぶを見る。長岡夫人にも途にあふ。

もと興亞日本社の社員、柴田靜男といふ者來る。出版の相談なり、餘力なきよしをのべてことわり了。

「埼玉叢書」一二の卷、「伊那郡神社佛閣記」など見る。

校正了。「耳の文學」の舊稿を出してよむ。「新國學談」の計畫、昨日は花本君へ手紙。

　

　　十一月十一日　日よう　少し雲あり　風吹　夜は弦月うつくし

早天平方氏へ行く、早くすみてかへる。けふは落葉の尤多き日なり。

木曜會、電車制限の日にて人の來ること少なし。澁谷・中島・關・堀・宮本常一君來る、北海道からのかへり、その話をする。堺にて燒かれ、本もノートも丸燒となるといふ。

喜多君籠をもつて來てくれる。ひかり二つくれらる。

今村あはれなる手紙、渡邊濟君よりも心細い手紙。

千津子手紙、是もやゝ弱つて居るよしなり。

　

(267)　　十一月十二日　月よう　晴　風寒し

學校の運動會、寒いので清彦をつれても行かれず。

孝は澤柳氏の埋骨式に谷中へ行く、爲正及堀大刀自同行。

信州の大月松二君來、今の日野村（下高井？）の校長となる、色々迷ふことありとて話をききに上京したといふ。林檎・柿などくれる。

養�ｺ社の編輯掛青木うた女來、もと「民間傳承」にちよつと關係したことありといふ。

大田蜀山の日記（享和二年）及手翰（文化八九年）をよむ。藝林叢書にて。

　

　　十一月十三日　火よう　晴

寒い朝、平方氏へ行く。成城に住む山田氏と話する。引佐郡の人といふ。

筑摩書房から校正を取りに來る、「展望」の原稿も渡す。

小池市松翁先月二十日死去のよし、近所なのに葉書にて報知あり。

「退閑雜記」をよむ。殿樣の文章はいやなものだと思ふ、たゞ此人の讀書の盛んなのは大名にはめづらし。

　

　　十月十四日　曇小雨　水よう

朝のうち庭に下り少し火を焚く、あまり寒いので電氣ストーブを使ふ。

訪客無し、夜風呂あり。

村田了阿の「一枝遺芳」、山崎美成の「名家略傳」などを讀む、是も藝林叢書本。

(268)「鳥柴考」のつゞきを三四枚書く。

關口健一郎君この十一日に亡くなつたよし、櫻井君知らせて來る。腎萎縮とか。浩歎す。

　

　　十一月十五日　木よう　けふも小雨　夕方日かげさす

一日家に居る、きのふから電氣をたく、清彦とあたる、誰も訪來る人無し。

「越前名蹟考」をよみてくらす、又「東伯郡誌」をよむ。光格天皇の御母大江磐代、倉吉の人也、神にまつらるゝこと。

三原宮城縣へ立つ、外食券五日分もちて。

　

　　十一月十六日　金よう　好晴

早朝平方氏へ行く、こゝではけふからストーブ。

鈴木棠三君大いにやせて來る、今諏訪の富士見の山に在り、書物疎開の手傳、内閣文庫の本の中に自分の抄讀の跡を見るといふ。

小池氏の玄關までくやみに行く。老夫人は臥床、養子は赤ん坊が生れてゐる。代は變つて行くことがよくわかる。清彦と祖師谷の「山」まで。

牧田茂君、朝日記者として來る。神祇院のことを問ふ。昨年十月十五日の講演手控を見せる。感慨多し。

筑摩書房の古田君より昨年の林ごをくれる、園主藤澤君持參、不在にてほめることを得ず。

　

　　十一月十七日　土よう　晴　風あり

庭に下り二度火をたく、あぶないのでやめる。

(269)けふは誰も來ず。岩崎敏夫君、「村の生活聞書」を贈り來る。終日之をよむ。「日次記事」をよむ。

　

　　十一月十八日　日よう　好晴

松岡春樹來、みどり學校をやめ、踊をやるとて本を皆返しに來る。

關敬吾君來。今野圓輔君來、葉煙草くれる。「冬の日抄」貸す。

大島すみえ來り一泊。

　

　　十一月十九日　月よう　けふも晴　風なし

庭の楓今がさかりといふべし、夕日にもうつくし。

六人社阿部君來、戸田君の處より鯉二つとゞけてくれる。活きて居る、水に放す。

孝大井町に大澤を訪ふ。沿道荒涼のよし。

清彦と大藏の小池へ行かうとして引返す。電車にはとてものれず、學校の中をあるいてかへる。體操研究所の下も燒かれてゐる。

蓮佛君及び玉木幸之助君より手紙。

「日次記事」及岩崎の報告書を抄し了る。後者には新らしいこと多し。

夜「祭日考」にかゝる。

　

　　十一月二十日　火よう　曇

うちの山茶花も今年は皆よく花がついた。ちやうど此頃が盛り、ひよ鳥盛んに來る。

(270)梅もどきは實少なけれど、葉の蔭ありてうつくし。

終日家に居る。又出て火を焚く。「祭日考」を少しばかり書く。

佐代子柿生へ遠足。

　

　　十一月二十一日　水よう　曇

外に出ず、木の葉を少し掃くのみ。

岩崎萬喜夫君來、妻の里石橋氏を嗣ぎて古奈に住む、乃ち穗積夫人の實家也。今度開成館の顧問となりて本の相談に來る也。

三穗病院へ行く、大島すみ江歸る。

三原かへり來る、鏡石から鷄をもらつて來た。

　

　　十一月二十二日　木よう　夜來雨　午後晴　紅葉ぬれてうつくし

「雍州府志」をよみ了る。

雨後家を出て見る、路わるければすぐかへる。

　

　　十一月二十三日　金よう　新嘗祭日　好晴

「祭日考」の整理、原稿の袋見えず、大さがし、まだ見つからず。

花本君久々に來る。魚・米・餅・柿二種、煙草、パンなどくれる。あちらの樣子をいろ／＼きく、水野成夫君へ紹介す。

(271)圖師君來、今山中村に疎開す。中村君の家も自分の家も共に燒かれたといふこと。

辻村太郎君息子來たよし、逢はず。

「以文會筆記抄」をよむ。

　

　　十一月二十四日　土よう　曇　小雨

紅葉盛んに散る。

筑摩書房の臼井氏來、原稿料持參、一枚三十圓とはえらいこと也。

福士幸次郎君久々に來る。宍戸儀一君同行す、相馬出身の人、詩人のよし。鎌倉書房から生活古典叢書といふ叢書を出すといふ話。

三原誠、兄の所へ訪ひ來る。

「滿濟准后日記」をよむ。又「古事類苑」の人の部を見る、この本の乾燥無味には全くおどろく。

　

　　十一月二十五日　日よう　朝のうち小雨

深水正策君來、所謂産報の末路をかたる。二世なる者の多く日本に來たこと、父一人にて壹岐勝本に歸り住みしことなど語る。

木曜會。比嘉君はけふも來ず、今野・中島・澁谷・和歌森・大藤・能田・丸山・池田・石原・關・橋浦・萩原來會、堀も三千子のみ來る。「冬の日」第五章を講じ、神道史の話は見合せる。三月第二日曜まで休むことに決す、六人社の阿部君來る、池田さん清彦に畫本くれる。

　

(272)　　十一月二十六日　月よう　晴　好日

紅葉すでに散りすぐ、八手の花ざかり。庭に下りて木の葉を燒く、先日の雨にまだしめつて居る。

花本君再び來る、又蜜柑・乾柿をくれる。明日は夕方立ちてかへるよし、水野君に逢つて來た話をする。

夕方福本和夫君の息子來、雜誌に何か書いてくれといふ話、斷り了る。

「滿濟准后日記」をよむ、義持、義教の所行、腹の立つことはマックァーサーもかはらず。

　

　　十一月二十七日　火よう　曇雨すこし降る

木越老刀自來、一泊。

朝日出版部齋藤君、「村と學童」計六十部及印税持來る。

午後柴田勝君來、秋田疎開地の話いろ／＼、もち米一升あまりくれる。

大島正浩氏來る。

「京都坊目誌」及「滿濟准后日記」を見る。

知らぬ鳥來る、マミジロか。

　

　　十一月二十八日　水よう　晴　風さむし

本は昨日のつゞき。

散歩、銀行により割増付の預金をする。

都の社會教育課の齋藤義彦君來、祭のことにつき相談。この人多野郡出身、八戸の中學校に十年居たといふ。

丸山さん來、母中風のことをいふ、小豆をくれる。

(273)木越刀自午後歸らるゝ。

　

　　十一月二十九日　木よう　小雨終日　寒し

終日誰も來ず、外へも出ず、但し三千子來る、昨日の二書をよみつゞけ、又抄出す。

柴田喜八君本をくれといふ手紙。

「展望」の原稿支度にかゝる。

　

　　十一月三十日　金よう　けふも小雨　寒し

紅葉すつかり散つて樹下に枯れてゆく。

富美子一人で黒田原へ行く、食物を見つけに。

「看聞日記」をよむ。

けふも訪客無し、手紙も來ず。

　

　　十二月一日　土よう　晴　夕方から又曇る

先旦福士君と來た宍戸儀一君、鎌倉書房主長谷川君をつれて來る。「栗本鋤雲傳」をくれる、よい本也。昭和十八年出す。

清彦と祖師ヶ谷驛まで散歩、電車にのつてかへる、始めて米兵と同車、柴田君にあふ。

「看聞日記」をよむ。

早天シジフカラ來る。

　

(274)　　十二月二日　日よう　好晴風なし　珍らしい日

産に下りて木の葉をたく、朝と夕との二度。

堀來、研究所のことにつき相談する。

比嘉君來、沖繩人の困つて居ること、殊にフィリッピンから戻つたものが、毎日死んで居ると云ふ。煙草をもつて來てくれたり。

自著「國語の將來」をよむ、原稿はまだ出來ず。

　

　　十二月三日　月よう　けふも好晴　夕方ひえる

終日家に在り、又少し庭を片づける。

富美子かへり來る、六時の汽車といふ。

大西伍一來、手作の蕪くれる、「村と學童」を贈る。此本方々へ郵便にて送る。

産業新聞記者水庭君來、原稿のたのみ、ことわる。

「國語の將來」よみ了る、又「看聞日記」。

　

　　十二月四日　火よう　けふもよい日

終日事なし、手紙も來ず、外にも出ず。

孝三穗と佐々木齒科へ行く。

「看聞御記」讀む、義教の殺される所まで。結城落城、三童首を討たるゝことなど。

(275)庭を掃き火を焚く。

　

　　十二月五日　水よう　けふも好晴　夕方寒くなる

住友の支店長、預金證をもつて來てくれる。

三原誠來、新婦同行、挨拶也。

山川振作君來る、二人の友人同行、一人は板倉一人は關根、關根君は應用化學の人、フアンの一人のよし、「村と學童」を與へる。

火を焚き昨日の灰をエンドウソラ豆にやる。

　

　　十二月六日　木よう　朝雲あり後　晴

中部新聞の社會部長とて安藤春夫君來、原稿の頼み斷り了る。

「潮流」といふ雜誌の編輯者、茂木吉五郎來、もと富岡女學校の音樂の教師といふ。社主は伊勢崎の活版屋の軍部の紙を手に入れた者といふ。卷頭言は自分で書くよし、可恐。

矢崎源九郎君來、大阪外語の教授となり、止めようとしてゐる。ブタ肉くれる。

木越刀自けふは父上の逮夜なりとて來らる、みかんをくれらる。

庭掃除、灰を畠にまく。三原電熱器を求めて來てくれる。

「看聞御記」をよむ、文章が出來ず苦吟。

　

(276)　　十二月七日　金よう　晴あたゝか也

父君十四年忌當日。

筑摩書房原稿催促來。

大島すみえ來。木越刀自歸らる。

平井博士來訪、緒方君のやうすをきく。けふ逮捕?出る、健康氣づかはし、息子は香港より辛うじてかへり來る。

「看聞御記」をよむ。

　

　　十二月八日　土よう　開戰記念日　曇

朝日の「科學朝日」係、村上義保君來、木曾の人、餅の話をしてくれといふ、ことわる。

大島正浩來。三穗茅ヶ崎へ食料をさがしにゆく。

「看聞御記」を抄す、この時代のことが少しわかる。

吉志子等と共に庭を掃く。

津田素彦君那須の三箇といふ村より葉書、こまつて居るらしい、返事す。

　

　　十二月九日　日よう　朝漸く晴

大島正浩君還る。

三原誠來。

小池きぬ大根をあまた持參、畠の端へいけてくれる。

終日訪客なし、「看聞御記」の殘りを見る。

(277)「祭日考」の準備にかゝる、郵便なし。

　

　　十二月十日　月よう　晴

朝をなが鳥多く軒先のツルモドキに來る。

大島すみ枝かへる。

唐木順三君來、「展望」二號の原稿わたす。

午後西ヶ原試驗場技師、福島要一君來、小泉幸一君紹介なり、「農業と技術」といふ雜誌のこと、此人福島甲子三翁孫、久しく北京に在りといふ。

　

　　十二月十一日　火よう　晴

けさもひどい霜なり、火をたく。

富美子黒田原へ食料さがしにゆく。

「日本の子供」といふ雜誌の編輯者某女來、これも原稿のたのみ、ことわり了る。

伴信友翁の「瀬見之小河」及び「驗の杉」をよむ、この人の方法は精密にてよし、結論には同意しがたきもの多し。

　

　　十二月十二日　水よう　晴　風尤も寒し

平山敏次郎君來、久しぶり也、京都の樣子大よそわかる、西田氏第六軍の者どもに、日本の封建時代の西洋のとちがふことを説ききかすといふことなど。

松岡初子手紙、雪子五月の末より床につき、この六日に亡くなるといふしらせ、驚くの他なし。磯部がさぞよわつて(278)居ることゝ思ふ。

矢田部達郎、「動物の思考」といふ本をくれる。

漸く「看聞御記」をよみ了る。是が三度目なり、平山と此話をする、土御門家の神道といふものゝことなども。

三原昨夕福島縣よりかへる、父上上京見合せといふ、又大きな鷄をもつて來てくれる。けふ賞翫す。

　

　　十二月十三日　木よう　晴　ふかい霜　風も寒し

終日人來ず、又手紙も來ず、二階籠城。

「康富記」をよむ、「瀬見小河」抄出。

ふみ子夕方かへり來る、車中米兵の世話になるといひ、チョコレートをもつてかへる。

　

　　十二月十四日　金よう　好晴　あたゝか也　夕方風立つ

今野君來、折口君の煙草をもつて來てくれる、「世相史」を貸す、又採集手帖牧田君の分一册。福井來、庭に出て理髪。

早川昇君手紙、返事す。

　

　　十二月十五日　土よう　晴夜又風

「實業世界」記者青木君來、原稿たのみ、斷了。

午後伊東月草君來、保谷村の?況、俳句研究のこと、その他いろ／＼話して行く。シロゲン一つくれる。

「康富記」をよみ又抄出す。

　

(279)　　十二月十六日　日よう　午後曇ずつと寒くなる

喜多義次君來、光二つくれる、本を貸す。

柴田勝君禮に來る、みのり一つくれる。

香原一勢君來、國民學術協會の主事になつたといふ挨拶、この人戸塚にて爆彈に見まはれ、妻と子とを失ふといへり。

「康富記」をよむ。「展望」初號とゞく、「喜談日録」を出しはじむ。

三原夫人村山へ食物をさがしに行く、富美子も上智大學の神父さんの所へ同上。

　

　　十二月十七日　月よう　くもり寒し

小林保祥君來、七月十三日の空襲の恐ろしかつたことを語る。幸ひにその家は助かる。一族には災厄多しといふ。

「祭日考」續稿。

南天の實ことしは殊によくみのる、鵯未だくはず。

孝佐々木氏へ行く。

　

　　十二月十八日　火よう　晴　風寒し

協同通信田中庸夫君來、神社のことをきゝになり、英國國教の話も出る。

放送局の矢成政朋君來、放送の依頼、ことわり了る、農村の時間調査の大きな報告書一部二十册くれる。

けふも孝は佐々木氏へ、日ぐれにかへる。

「祭日考」十五六枚かく。終日二階にをる、大島すみえ來る。

　

(280)　　十二月十九日　晴　水よう

けふは一日二階に居る。誰も來ず、奈良環之助君手紙。

「祭日考」十四五枚かく。

昨日中川深雪手紙、越後の雪の中の生活のわびしいこと、返事す。

　

　　十二月二十日　木よう　晴

中野泰彦君來、正剛氏遺兒、「我觀」をつゞけるからたのむといふ。

松岡はつ子來。

夕方中田邦造君來、萩山四郎君同行、京城圖書館長を三十何年して居た人、にげてかへる、年六十三。

三原上野氏を訪問。

　

　　十二月二十一日　金よう　好日　寒し

けふが冬至か、一陽來復ときくがうれし。

丸山さん來、正月から此方の仕事をすることになる。

多根茂君久しぶりに來る、よい男なり、大歴堂といふ出版所の常務となる。町田梓樓君の息子が共に働く、其父の家に同居す、「リベラル」といふ雜誌のこと。

海老名に住む小野秀雄といふは、昔官舍に來て居たてつ女の家なり。一昨日新宿にて名のりあひ、けふ孝三穗とともに?油などをもらひに行く。

　

(281)　　十二月二十二日　土よう　やゝ曇る

けふも全く外に出ず。池田弘子さん來、棒炭をしよつて來てくれる。

創元社の佐古君及今一人來、二人とも復員、佐古君は對馬の竹敷に在りきといふ、けふの用は「毎日の言葉」の編集について也。

三原誠來、孝佐々木氏へ行く。

　

　　十二月二十三日　日よう　小雨　雪まじり

朝尾長鳥あまたツルモドキに來る。動いたら飛んで行つた、後姿を見る。

比嘉君來、沖繩のさびしい話をする。煙草「のぞみ」くれる。

爲正の友人小口偉一君來、諏訪の人、神道の話をきゝに來たい人があるといふこと、多くは米軍の手先のみ。

孝けふも佐々木氏へ行き、夜になりかへる。

清彦二階へ來訪、干柿をごちそうする。

　

　　十二月二十四日　月よう　晴

進駐軍士官岩崎ドナルド來る。所謂第二世、父は久留米にありき。地名のことをきゝに來た。舊約を好んでよむといふ。

爲正二人石神井へ薯をもらひに行く。

「祭日考」を了る、百五十枚ほど。

クリスマスの贈りものに子供ら煙草をくれる。

　

(282)　　十二月二十五日　火よう　晴　風さむし

堀母堂、一郎歳末の禮、玉子、志摩のあらめなど。

尾長鳥二十ほど軒に來る。

朝日の後醍院氏來、「祭日考」を書き了る。

　

　　十二月二十六日　水よう　晴

「祭日考」一度通讀了、暮に完了してよかつた、百五十枚になる。

青島の蛯子勝夫婦來、鹿兒島へ上陸いのちから／”＼とのことなり、憂苦いふに忍びず。

有阪與太郎氏始めて來る、讀書人協會の發起人になつてくれといふこと、建設社阪上眞一郎といふ人の爲といふ。

朝日出版の齋藤實君來、「村と學童」の第二刷印税持參。「女の本」のことを話しおく。

　

　　十二月二十七日　木よう　曇　家の中は寒し

孝、帝銀の地下庫へ行く。

石城の和田文夫君來、ほしがき、ほしうどん、木炭少々くれる。十月に結婚したといふ。

狛江の木下乙市氏來、伊豆のミカンをとりよせる話。

長谷川映太郎及宍戸儀一二氏來、長谷川君鎌倉の鮮魚と本二つくれる。「家閑談」の原稿を渡す。

　

(283)　　十二月二十八日　金よう　晴

瀬川清子、丸山久子二人づれで來る、瀬川氏里芋をくれる、埼玉からもつて來たといふ。

大藤時彦氏來、家族を因幡からつれてかへつたといふ。國際文化振興會は當分休止、今進駐軍の國書係を助けてゐるといふ。

關口五郎訪來、十一月半ばにパラオに近き珊瑚礁からかへつて來たといふ、一千三百人ほどの兵員中、四百八十五人榮養失調にて死すといふ。

孝佐々木氏にゆく。

藤原與一氏より手紙、空襲の日のことを報じ來る。

　

　　十二月二十九日　土よう　けふもよい天氣　ひどい霜柱

朝シジフカラ二三羽來る。

唐木順三君來。

「山宮考」を書き姶む。

「窓の燈」の原稿了、本年の文業之にて漸く千枚に達す、此外にも二三未完のものあり。今年は電熱器の御蔭に自分の室のみ暖かなり、又炭もあまり使はず。

孝爲正と堀へ行く、十時までかへらず。

二十三歳の青年が書いたといふ「神々の産」、西藏・緬甸・阿富岸の紀行をよむ、ちやうど二・二六事件を印度できくといへり。

　

(284)　　十二月三十日　日よう　けふも晴　風無し

橋浦君來、協同組合の?況をかたる、賀川の方と別にやつて居る。石黒氏に相談することをすゝめる。

島田謹介君久しぶりに來る、大久保にて罹災し再び祖師ヶ谷の舊居にかへり住む。あの時の子供は十九、一高に在學すといふ、甲州忍野のことを語る。

大西伍一君來、野菜とよき煙草の紙をくれる。ことしはもうこれでもらひ物は終る。數へて見ると百八十六件あり。

　

　　十二月三十一日　月　晴　風ふく

けふも尾長鳥大いに來る。庭はひどい霜。

三原ふぢ子來、午後かへり去る。書齋の棚に雜巾掛をする。蓮佛君手紙。訪客無し。スウユンヘディンの「ゴビ横斷記」を讀む。

「山宮考」を十枚ほど書く。「大神宮叢書」その他の參考書を見る。

こたつに入つて年を淋しく送る。

　

(285)　　　柳田採訪

　

(287)　　四月一日（明治三十九年）、日よう、晴

けふより矢田部雄吉を伴なひて、栃木縣の東部をあるいて見ようとする。八時三十五分上野發の汽車、十一時半に石橋驛に下り、是より東の方に向ふ。

最初に河内郡明治村大字多功を探り得る所無し。次に同村大山の天台宗淨光寺、本尊は運慶の藥師、こゝの和尚と語る。もとは眞言の寺在りし廢址へ、外より渉り來りし寺なり。境内に正和四年の板碑あり。畠の中にては古土器片を拾ふ。

同村上蒲生を過ぐ。蒲生神社あり。

上三川《かみつかは》町には白鷺神社あり。普門寺といふも天台宗、住職に逢ひ話を聽く。寺は文明中の建立、此町の柳田氏は今その檀徒なりといふ。隣に小さな時宗の寺あり。普門寺よりも古しといはるゝも、現在は由緒を知る者無し。上三川家の四騎といふは猪瀬今井柳田、今一つは思ひ出さずといふ。

岡田雄次郎氏を訪ふ。故ありて岡田を稱するも、此家はもと柳田一門の本家なり。維新前までは大した金持にて、曾て此地に領主旗下の某來り一泊したとき、一日でもよいから柳田の身分になりて見たしと言ひしとて、今も語り草なり。元禄年中に中興せし人あり、其以前は甚だ幽かなり。系圖もあれどこしらへ物なりといふ。紋は五三の桐にて、通り名は代々杢之助又は杢十郎なりき。或は下野國誌にも見えたる柳田杢助の後ならんか。

野寺茂平といふ水戸の百姓、上蒲生の代官手代となりて爰に土着せり。其人の話では、佐竹家の臣下にも柳田ありとなり。野寺はよほど心掛よき學者なりしが如し。今その子孫東京に出てありといふも消息を詳かにせず。

上三川を東へ出て鬼怒川を渡る。川より東は芳賀郡なり。丘陵漸く高低し人家少なし。

眞岡の町に入る。常陸風の分子目につく。交通は下館に由るもの多し。二宮翁の櫻町陣屋は是より一里ほど南、物部村物井に在り。眞宗の高田道場にも遠からず。

(288)夜郡長青木浦次郎氏を訪ふ。明治三十四年の十月、栃木の町にての知人なり。其話の一二。芳賀郡には御料地多し。主として人民に貸す。林地としては一反二三十銭、開墾すれば五六十銭の借料なり。地利は少なけれど地租無きが故に餘得あり。御料局も成るべく開墾者に貸さんとす。町村にても特に之を借りて植樹するものあり。平地なれども杉などを栽ゑてあり。

此邊にては田一町畠一町山一町を持つが普通の農家なり。煙草の收入が主たる部分を占む。その裏作は麥なり。煙草の苗床を見るにまだ發生せず。

馬は育成を圭とし、生産は尠なしといへり。

　

　　四月二日、月よう、朝雨少し降り後晴る。昨日よりは寒し。

郡役所より大貫といふ人來る。其案内にて式内｜大前《おほさき》神社に詣づ。東郷といふ大字に在り。境内には眞岡の代官山田薫正の頌�ｺ碑あり。二宮翁の頃の人なり。

大前神社には記録少なし。宋版の般若經ありて少しく缺本あり。又平家物語の天正頃の寫本あり。芳賀家の寄進なり。

芳賀の城址は爰より少し東の方に在りき。後眞岡に移るといふ。

氏子惣代水沼瀧藏氏出て來て語る。社司は柳田某、折から不在にて其家傳を尋ねること能はず。郡書記黒子健太郎は志ある青年なり。水沼氏の話に、山前村須釜の日下田《ひげた》安太郎は舊家にて、日下田大内二家の系圖を藏すといふ。眞岡町の臺町に、舊家柳田貞平といふ人住す。其子息某、今臺灣に奉職せりといふ。此邊には柳といふ苗字は多けれども、柳田は少なし。

那須郡千本村にも柳田といふ舊家ありと。是は大貫君話。益子《ましこ》には陶器を作る家多し。もとは擂鉢水甕の類のみなりしが、今は白いものも作る。價最も安く東京にて賣る。臺所用には益子の産少なからぬよし。陶土は此地に産す。鑛(289)毒地の取棄つべき土を利用せんとして、試みたる者なり。

薪炭は東北地方のもの、本年のみは凶作を救ふが爲に安く運搬するにより、其影響を受け此邊までも價甚だ低く、僅かに川舟の便ありて運賃の少なき場處のみが、その競爭に耐へられる?態なりといへり。

爰にて眞岡の人たちと別れ烏山に向ふ。赤羽・市塙《いちばな》・杉山・文谷《ふみや》・續谷《つゞきや》。此村今は小貝《こかひ》村と謂ふ。即ち小貝川の水源なり。小山を隔てゝ直に、那珂川上流の喜連川《きつれかは》の町に對す。續谷にて眞岡の人力車を返し、徒歩にて岡を越ゆ。頂上の眺望めづらしく大なり。滿目すべてまだ枯草、樹木は少なし。

岡を下りて荒川、一名狐川といふ。是を境に向ふは那須郡向田村、こゝに石器散布地あり。村の郡會議員石川峰吉といふ人、多く之を採集してあり。羽石熊藏といふ人の案内にて石川の家に行きそれを見せてもらひ、なほその裏畠に出て、自分たちでも捜しまはり、石鏃二三・石棒片・土器の把手などを拾ひ得たり。

此村には明治初年に竣工せし開墾地十七町ほどあり。發起者羽石廣右衛門の記念碑、坂の中ほどの梅多き處に立てり。

烏山の町に五時頃に到着、先づ天性寺といふ禅寺に行きで、淨土宗の寺を尋ね、その教へによりて善念寺といふに行きて見る。前年火に遭へりとて燒け殘りたる過去帳少しあり。それを出させて見るに、我家の舊記中の先人たちの名皆録せられあり。年來の望みを達したれば、明朝囘向を頼むことにして歸り來る。墓石は皆無くなりたりといふ。

旅宿は叶屋、夜に入り町を散歩し、歸りて按摩をとらせて寐る。

　

　　四月三日、火よう、曇

早天に再び善念寺に行き、庭内をあるくうちに、ゆくりなく家の墓數基を發見す。代々の住持の墓と接して、かなめ垣にて圍はれてあり。是は元町の關谷、又青木といふ饅頭屋の墓所と心得居たりといふ。我家の先祖烏山を去るに臨み、管理をこの青木家に托せしものと思はれ、その青木は今大に微録せるも、寺に功勞ある家なれば粗末にしてはな(290)らぬと、代々住職の言ひ置きなりといへり。囘向はてゝ後、寺僧の案内にて其家に行き見るに、今は街道ばたの茶店のやうなる小家にて、四十餘りの後家一人住し、娘のみ三人ありて皆他處に行きてあり。此婦人の代も夫婦養子にて、佛壇の位牌も別に今まで改めて見たことが無かつたといふ。言ひ傳へも書き付けも無しとのことなり。先々代は婆一人のところへ來たといへば、よく／＼昔の事が幽かになつて居たものと思はる。

九時にこゝを引上げ喜連川に向ふ。此あたり一體に、漆を掻いた後の古木を、門の柱などに使ふ風習あり。黒い横筋のある木にて最も趣きあり。道々の村に梅多し。けふはちやうど散りの盛りなり。

喜連川からは狹軌道の人車、氏家まで二里、十二時五十八分の上りを待ちて乘る。車中にて縣の福島・豐島兩部長に逢ひ、今囘の旅の目的などを語る。家に歸つたのは五時過ぎ、家は無事なれど不在中訪客郵書は多く、其中には吉凶さま／”＼の事件あり。

　

(291)　　　大正七年日記

　

(293)　　　　　　　　　　　　　　コノ日記ハ政治史ノ一小史料

　　　　　　　　　　　　　　　　　　殘シテオク價値アラム

　

　　大正七年九月十八日（水）　曇、朝の程雨

日記を久しく休んで居て見たが、格別其爲に時間も餘らず、事件は　　　愈々多く、物忘れは追々烈しくなるので困つて居る時、恰も Ed. Morse の Japan day by day の序を見てやはり少しでも後の者に話の種を殘して置く方がよいと感じた、又いつ迄つゞくか自分を試みるのも一の興味である。

文章の稽古にもよいかと思ふ。けふは井上姉君の二十六年の忌日なりしことをおもひ出した。

九時から華族會館に聯合國傷病兵罹災者慰問會の殘金處理方法に付て常務委員の相談會があつた、�ｺ川公（總裁）、島田澁澤兩副總裁、中野早川和田柿沼大橋安田串田、寺田及自分、日本基督教青年會の西比利亞軍隊慰問費に使ふのは目的にちがふと言つて反對す、總裁も偶然同意見であつた爲に、反對を留保して實行させたかつた計畫がくるふ、即ち斷ることになる。

△中野翁に昨晩の日本移民協會有志會の模樣を話し同會の經費をこしらへる策に付尻押をたのむ

△十一時前歸宅、

△關口健一郎君より電話、飛州上寶村の行政訴訟の現在の模樣内聞なり、

△アルゼンチンの公使に來月上旬赴任する中村氏より三十日の晩招かる、一水會員一同ならん同じ晩同人の會がある故にことわる。

(294)△靜雄來る。二十五日頃大阪へ行くべしといふ話と、移民協會のこと用があれば手傳はうといふこと

△移民協會の中村君來、昨晩の經過を話し委員を作ることをすゝめる

△江川俊治來、旅行免?下りたりといふ、二十二日に東京を去り來月七日門司から乘船するといふ、又昨日小野孝太郎君（三菱技師植物學者）に逢つた模樣をかたる、

△本野子爵昨日死去、午後くやみに行く　令弟亨君及び野村子爵等にあふ、燒香してかへる、此から桐ヶ谷へ行かるるよし

△新東洋社に行つて見る　スコット君輕井澤に居り月末でなければかへらぬよし

△内田貢君よりけさ手紙あり　ヰングフイルド君に招かれ馳走をうけたといふ知らせなり、自分が提灯をもつた故に斯の如きか云々とあれども　さうでも無いのなり、

△三時頃歸宅、父上來られ子供と話してをられたり、

△去八日の夕流行會で話した内郷村談の速記の訂正黒田朋信君より催促があつた　書改める方が早いと考へて自分の原稿紙へかく　斟酌があり又短くする爲に色々話したことを省いた、誰も氣をつけて見る人はあるまいと思ふが、それでも一晩中かゝつた

△けさ臺灣の下村君より木村君結婚のことだけ言つて來た、前總督に相すまぬわけだと云ふ

△小嶺磯吉君へ手紙の使、大阪商船の支店長深尾君への紹介のこと

△東京府廳の郷司喜三太といふ人へ江川の旅行免?のことに付禮?

△小野孝太郎君へも同手紙、南洋調査機關のことに付意見をきかうが爲に來てもらはんと思ふ

△田中參謀次長に逢つてチェック軍へ慰問金送るべきや否のこと相談せんと思ふも恰も内閣のさわぎで時間が得にくい由

(295)△夕方萬朝寒河江君より二度も電話、明日大隈侯は御召になつたが他の二元老も同席だらうか否か云々

△夜モルスの日本隨筆を十頁ほど枕頭でよむ

△此頃は新聞を少しづゝ切つて貼ること一つのたのしみとなる

△靈南阪の頂上から北の方を見た景色は東京にはめづらしく自分も始めて故に非常にいゝ心持であつた。

　

　　九月十九日（木）　晴風つよし

△昨日志賀重昂氏より葉書あり　自費出板の外國に關する册子二つ送らる、一昨夕此人の無茶な對外斷念論をきゝ少し激して反對した結果なり、挨拶?を出さねばならぬ

△史學雜誌の今月號に前田太郎君の古代釀酒考が出て居る、よんで置かねばならぬ

△一昨夜深更頃から少し胸がいたいのは煙草の筈であらうと節減の工夫をする、昨日父上の偶然の話、何新聞かに禁煙法の懸賞が出てゐた、一等には上等の強いやつをどつさり買込ならべて置き無暗にめまひのする迄吸ふ　之を三度もくりかへせば見るのもいやになるべしと云々、自分には煙草の智識と趣味があるからそんな法はだめだ

△河井君來り西園寺内閣がだめならば清浦へ行きさうだと云ふ、後に時事の淺村君は來て曰く先づ／＼西園寺にてそれが行かなければ後は未定と云ふの外なしとなり

△木村通君の婚姻に就ての世評、不必要であつたかも知れぬが河井君の耳へも入れておく

△澤田穗束來、太田辯護士と對談の樣子をかたる　辯護士が村の者を威嚇する樣子手にとるやうである。是では田舍のよくなる時代は來さうにも思はれぬ、兎もあれ播磨君とよく話して三筆の別口だけは單獨に取下げることゝしそれを一つの切にして大阪の大林區署へ行つて見ると云ふ、そこで柳澤義一君の處へ長い紹介の手紙をかいて別に郵便で送つてやつた

(296)△志賀重昂へ書物の答禮と同時に移民事業の急須に就てわづかばかり所感を申通じ置く

△午後幸に人來らず、モルスの見聞誌を夜へかけて八十頁ほど讀む、明治十年の頃はまだ髷の男多く今の人には他國の話のやうな事も多いが、一方には此頃の通りのことも少からず誠に親切な物の見方で此位同情があれば何でもよく見えるに相違無いと思ふ

△伊澤多喜男君より電話　先日の國民經濟調査會委員選定の手續にて内々不承知の人もあつたと云ふがどうであつたかといふこと、幸クラブでは仲間の委員たちそれは結構との挨拶であつたが　外に誰か兒玉君の所へぐづりに行つた人もあるよし

△今夜仲秋、清光無翳、小兒等どや／＼樓上へ來る　仲々月見のこゝちもせぬ、電車が如何にも耳ざはりである

△東吉次郎より文旦を送つてくれた、今夜半分食つて見る　味はよいが少し水氣が足らぬやうに思ふ、

　

　　九月二十日（金）　朝の程雨

△杓子考を三四枚書つゞけたり　中々骨の折れる仕事なり

△大野君來る、和蘭文典の校正を持つて來る、中々よく出來て居ると思ふ

△午後本野子爵の葬式、青山にて三時、色々知つた人のえらい人を見る、ゆるりと話した人はなし、

△飛騨の澤田より電話、けふ立ちて大阪へ行くとなり

△夜第三金曜日の會、中央亭にて、小原長谷川桑木菊池岩田田中、飛入は内田君、本の話多く出た　禁書のこと、それから南方氏のうはさ、内田君は毛利より近頃いろ／＼きいたといふ、

　

(297)　　九月二十一日（土）　晴

△海外興業の龍江君より十七日の夜話したアンガウル問題に付て吉田少將に逢ひたいと電話、

△乃ち之を紹介す、白金臺町一ノ七四、吉田増次郎

△同じ問題にて窪田四郎君と逢ふ、正午頃先方より來訪なり、此人はめづらしく鋭い心もちのよい人である

△長谷川一郎君例の饅頭を持つて來訪、今夕の報告會に出る爲なり

△けふは朝からわづかの書拔をした外に何もする暇がなかつた

△土曜日とて二人の少女は加賀町にとまりにゆき靜かなり

△孝井上へ行く

△田口衆議院書記官來る　明日五人の議員についてサイベリヤ軍の慰問に出かけるよし宇品から船にのるといふこと

△河井君の所から青トウガラシを澤山もらふ、

△賀來佐賀太郎君玄關まで來訪、此頃上京とのこと

△佐々木喜善よりハガキ北海道の旅よりかへり來る、此人のこと昨日澤柳博士より會の問題にしたとの告あり

△五時に家を出て新渡戸氏宅の郷土會に出席、來者、長谷川兄弟の外に、草野、石黒、中村、小田内、正木、牧口、今、中桐、此外に今井登志喜、瀬沼寛二、高橋勇の三君傍聽、「都會と農村」の山中省二君も來る、

△報告は依然として雜話なり　少しも學問的に非ざりし、これをまとめて置かうとの説が出た、誰がよむのか、

△夜十一時過まで

　

　　九月二十二日（日）　朝雨、冷なり

△子供はまだ加賀町にとまつて居る

(298)△終日誰も來ぬ故氣樂な抄録などしてくらす、又カードを整理した△木越宛の古手紙文行堂の店に出て居るとて井上から報知あり

△終日電話がかゝらず、只一二新聞の用だけ

△勅選議員七人出來た、水田君はまだ若いからなるまいと思つて居た、

　

　　九月二十三日（月）　終日雨

△早朝靜雄來る　窪田より話のアンガウル計畫のことを傳へる

△長谷川君と速記略符號比較決定の方法に供する用紙のことを話す

△上山君勅選の挨拶に來られたり、少時會談、先刻は又岡田文次君も來られたり

△木村�ｺ衝君より二十六日夕音菊の會の報知あり

△西村公明君來、さしたる話もなし、二十日の夕の會に來るべくして出られざりしことなど

△ラシング、ネフスキーの二氏來り一時間半ばかり話してかへる

△小嶺磯吉君來、今夕大阪へ立つよし、

△赤壁君來る　子供を入院させる爲に入用とて金十圓借りる也

△寒河江君來る

△けふは少しの抄書をするのみ、

△又 Skeat の書を少しよむ

　午前は日蘭文典の校正に一時間半を費す、

　

(299)　　九月二十四　秋季皇靈祭

△宮中御祭、めづらしき光景なり、御代拜なり　宮方御六方か　大臣は陸相のみ

△終日家に居てノートを整理す

△處々の竝木たふれ深川邊水が出たと云ふ、

△夕方雨やみたり

△大久保八朔君來

　

　　九月二十五日（水）　好晴

△朝靜雄來、

△吉田喜佐君來

△長書記官に長濱の學校に居る岡村といふ人のことを調べてもらふ、北原阿智之助たのみなり、同君へ葉書出す、

△龜井陸良君來、内閣の模樣が知りたかつたやうなり

△孝子千枝爲正加賀町へ佛樣をゝがみに行、

△田尻市長より來てくれとのことなれば行く、フロレス方面棉作のことの調なり、靜雄が東京にをらぬかとおもつての話なり

△仍て日蘭會の事務所へ行き此事を靜雄にかたる

△上野の繪を見に行く　電車で斯波男爵にあふ、青山男病氣よろしからぬよしうはさ

△上野では先づ二科會、正宗有島二君にあふ　キュビズムの畫におどろく

△美術院の展覽會、日本畫の只大きいのは昔風にもあらず　殊に小さくて力の入つた洋畫に見くらべて「あそび」の(300)やうな感がする

△かへりに山下にて姉崎君にあふ、此人も何だか疲れてゐるやうなり

△床屋をまはつてかへる

△留守中田村三治君冬樹など來りしよし

△江川より手紙

△下村君へ手紙、開發組と交換すべき書類をおくる

△夜方言に關する二つの小篇をかき了り折口君へおくる

△又都會と農村の原稿をかき始めた、

　

　　九月二十六日（木）　好晴

△小林鐵太郎來、今まで讀書にくらして居たりといへば勝手な時のみ來たとてわるくも思はれぬなり

△夜念吾會、日本橋の音菊にて花井高橋の二君を始め忙しい人なれば話に新しいことはなけれど何も考へずに居るにはよい會なり、木村君が當番なり　河東節一くさり及河東よりとれりといふ清元の助六

△昨日は胡桃澤君より島もの岩魚といふを送つてくれた。

△淺村君及岩瀬君來、

　

　　九月二十七日（金）

△終日隨分ひどい雨、家に居て書を抄す

△母上久々にて來てとまり給ふ

(301)△井上より電話、松崎謙次郎が父のこと、後に靜雄も來て同じことをいふ、直に神奈川の内務部長渡部君へ手紙を書く

△靜雄明日より大阪へ行くといふ

△小林鐵太郎君又來る、けふの模樣にては明日此人のことに付て床次氏へ話してやらずばなるまいと思ふ

△會津舊事雜考をよむ、評判高い本なれども厄介な本である　校正者も只きてうめんな人なり　但し紙の高い時節に此刊行は奇特なことゝ思ふ

△十月一日市來君より精養軒へ招かれた

△宮田君より電話、男爵會にて成瀬君に話をたのみに來たがといふ相談、勿論承知なり

△世間のさわがしい頃は此方は至つて閑靜なり、どういふわけでこんな境遇にばかりまはつて居られるか、運がよいといふべきか

△小田内より電話、明早朝來たいといふこと、

　

　　九月二十八日（土）

△夜はひどい雨、十時頃よりやゝ晴れんとす

△小田内君來、府の事業として府下の生活誌を調べんとする企に付ての相談なり

△森本來、新聞記者なれども政事のもやう何も知らぬなり

△河井君に電話、床次君出るか否かをさぐつてもらふなり、

△玉置實君來、近々南洋へ出かけたしと云ふ　小嶺君及び農商務の高橋君に紹介す、今井といふ藥品でまうけた人の事業に加はるよしをもいふ　又繩田のうはさなどあり、

(302)△日々の記者古賀進來、何だかわからぬことをきく

△木越氏來訪、此官舍へは始めてか、先日の手紙のことをいふ　屑屋へうつたものゝ中にまぎれてゐたとのこと

△大久保高明翁來、木内君の不幸とゝもに移民協會改革の委員をかへねばならぬこと　先づ中野翁に話すことにする

　又海外博覽會のことを話す　後に電話あり　どうか一所にやつて來たしとのこと、

△寒河江君來る、

△モルスの記行を少しよむ

△抄録をする、

△三穗千枝は加賀町へとまりにゆく、

△佐藤功一君より手紙　大によくなつたといふ挨拶?なり

△歴史地理學會より山人考を書いてくれとの依頼?又來　先日もさういつたがあまり熱心でもないのですてゝおいたのなり、

　

　　九月二十九日（日）　少し雨ふる

△朝有松氏を訪ひしばらく話をす、選擧法の問題の新しい見やうに付てどうしても考をかへられねばならぬことなど

　又支那の事など

△島津伯玄關へ名刺、

△寺内伯へ同上

△いよ／＼内閣が出來る、

△朝床次へ小林のことに付手紙有て小林に逢ひ此事を話しておく、此手紙を淺村君見たといふ、中まで見たといふは(303)うそなるべし

△夕方島崎淺村二子大部壯烈な顔をして來る　内閣の將來に付てしばらく話す

△外交官になつて見ようかと思ふ、

△あまり誰も來ず

△三穗千枝夕方かへる、爲正夕飯をくひたくないといふ、

△モールスをよむこと七八十頁、獨り笑ふやうなこと多し

　

　　九月三十日（月）　雲多き朝なり

△午前中よりめづらしく役所に行き諸所を見まはり又圖書などの整理をした、而して役所にて食事

△英國大使館のヰングフィルド君より手紙あり　先日彼國より第二囘目の寄贈書籍着、其事につきてなり、目録と合はぬ本が少くないなり、自分でタイプライターを叩いて返事をかく

今少し文章が早くかけるやうになればよいと思ふ、但し今の處では手と（タイプの）頭と大抵同じ位故たゞ時間がかゝるばかり

△赤壁君先日の金を返しに來る、但し半分

△出かけやうとする所へ島田君來、別に用ではなし、

△又大久保翁も來る、早川氏にあつたことについてなり

△中央亭にて同人會小集　世話人は大野君の外に、小川穗積中村藤浪、其他の會衆は石黒、妹尾、大庭、樋畑、中山、松宮、久保田　内田　林　東儀、高島、竹内などの諸君　おもしろき話多かつた中にも

△穗積君のアルサスの子供畫本、ロンクルアンシーといふ畫家のこと、

(304)樋畑君の楊枝の蒐集と猿屋のこと、

松宮君の鰐を釣つた話

内田君の芥川君の小説にだまされて天草版のレゲンダオーレヤといふものありと信じた話

其他アイヌ談多かりし

　

　　十月一日（火）　終日雨

△朝早川千吉郎君を訪問、用向は日本移民協會の金を作ること、永くまたされたり　但し此間に久々にて山崎直三君とあひ早稻田の樣子、大觀のことなど中々おもしろい話をきく

△十日の三々會を紅葉館で開くつもりにて案内?を三十枚出した

△河井君より電話、研究會の入會者のこと、

△田村君來り永く話して行く

△大久保へ電話

△東郷男へ同上、協會の雜誌をもらひたいこと

△大野君に一週一度づゝ蘭語の譯文筆記をたのむ、けふより始めたり、先づ「外領の勞働者衛生のこと」

△ネフスキー君來

△道のわるいところを電車にて大藏次官の招宴に上野精養軒にゆく、多くは大藏の大官たち、自分も建築局の役員として招かれしなり

　

(305)　　十月二日（水）　終日雨

△掌典部の星野輝興君來る　此頃ヒモロギの事を研究して居る由、「キ」は即藩籬の意味で當初の神境點定を名づけたものと考へて居るよし　郷土研究の第三卷を贈り勸請木考などをよんでもらふことゝする、又日本の神道を説くに神を國神祖神靈神と三つに分ちたしなどゝもいふ

△河井君來、明後日の首相招宴のこと相談、議長の機嫌を今少し考へるやうにといふ話、此事夜ねてから再考へる、永々と生きてはたらくつもりにて無理不自然なる言行をするのも考へものである　又よき頃に靜かな生活もせねばならず所謂配所の月を見ばやの考は自分にも既に起つてをる也

△小嶺磯吉君來り、これから大阪商船に往つて見るといふ、タスマニヤのジャムを澤山くれられた、玉置君のことを頼んでおく

△兒玉亮太郎君來、今度首相秘書官になつた人、これも明後日の招きのことで來たのなり

△永田町の官舍へ首相へ名刺をおきに行く

△それから内閣にゆき高橋新翰長にあひ挨拶、書記官及び原軍需局長及其部下の人々にあふ、首の曲つた「うる通」の安岡君にも。

△杉君にあひ支那經濟學會のことを相談する、此晩の會できくに、根岸佶君は來年になつて出立するつもりのよしなればいそぐ問題に非ず

△自分の入つた頃の調査課員で今も居るのは寺本一人、但し岡崎君は居るなり、

△廊下で久々に小原調度頭にあふ　東宮殿下を御送り申に行くとてゆるりと話すことを得ず、大禮記録のことなどきけり、

△西園寺君にもあふ、此まゝでは國もだめであらうといふ話　今度はそれでも一の轉囘機だといふ話などをして折々(306)は雜談の會に集まらうと約す

△役所へうつつて來て少し書目の整理をする、書記官たちに院規則改正の計畫を話す

△高田弘四郎といふ青年松岡龍太郎の紹介を持つて　るす中に來る、松岡の義弟なりといふ、川崎の技手にて畫をかき文展への出品を持つて上京云々午後尚二度來る　雨ふりで搬入難儀なりとて大きな畫をあづけてゆく、

△午後福良虎雄君來る　木内君のこと大阪朝日訴訟のこと又大浦前子爵の最後のことなど話す

△鎌田勝太郎君來、重任の挨拶なりといふ、此人貴族院二十一年其前衆議院四年縣會六年のよし、自分の爲の議員は殆と一年もせざりし人か

△和蘭公使館のヒュブレキト君來る、近日かの館新通譯官ウェスラ君を紹介すべしとのこと、此人はヰトセル博士の日本語の弟子法律學者なれども社會學にも趣味あるよし、又オランダ語の教科書を貸さうといふこと、先日迄中禅寺にゐた話、モールス日記のことなどかたる

△夜一水會、會者柳生、杉、本莊、龜井、根岸、山根、山成、上泉、宮島、大塚、倉知、細川侯、秋月白岩江口などの諸君、内田新外相も一寸顔を出されたり、別の話題なし、漠然たる話にて終る　大なる刺激はなし

△雨にぬれてかへる

△るす中に小林鐡太郎君來　今朝手紙もありし

△大久保翁來る、不逢、委員のこと及事務所のこと、此移民協會のことに付柳生倉知の二君にも話をして置けり、

　

　　十月三日（木）　降らざれどもいたくゝもれり

△此頃はことに本をよむ閑がない　今晩も會なり

△若王子男爵來る、此は只の挨拶らしかつた、生命保險會社の内?及飯田延太郎君の話などしてゆく

(307)△小嶺君再來、商船支店の深尾君の話をもたらして來る　遞信の方の話をつけぬと新航路のことは考へられぬといふこと

△折口君來、雜誌のことに付ていろ／＼こまかな話をしたり、此人の民譚目録はおもしろき企なり、名目のよいものを擇ぶべきことなど、又「あふむの袖」といふこと

△昨日の高田弘四郎來る、箱をあけて二つの畫の一をもちかへる一つは猶食堂にあり、

△午後大林二郎君來、兄の澤田君を猶こまかな口入をたのみたれども斷りてかへす、碁の話などをする

△佐久間秀雄君來る、別にこれといふ用なし、此人目下本をよまぬ故に雜談しか出來ないのなり

△小林鐵太郎君又來る　存外齒ぎれのわるいことを云つてかへる。今少しからりとして居る方がよいと思ふ

△夜香雪軒の會、建築局の一同にて前長官を招いたり、何もおもしろいことなく唯食ふだけなり

△矢橋君と五目にて碁を一つうちまけたり

　

　　十月四日（金）　まだくもりたり

△米のたかいこと非常なりときく、

△服部教一君より手紙あり、あまり單純なことにて此人の爲にどうかとおもふ、但し自分でも大臣なら使ひたい人物なり

△長谷川一郎君より玉川上流旅行の案内書をくれたり

△正午新首相上院議員の一部を招かる　事務局高等官も招かれたり　まことに形式ばかりのものなれども先方にも多少の安心が出來、此方も蕎麥をくばられたやうな感じがあるやうなり、

△只議員の中の歴々にも下品な人があつてこれには困るなり

(308)△陸軍大臣と慰問會の金のこと相談、一昨夕本庄大佐とも話して置き、今夕は又和田高級副官とも相談したるなり

　又寺田衆議院翰長とも打合せずみ

△十一時頃小澤男來訪、青山男卒去のあとが中々厄介なことなど話せらる

△歸宅後記者二三來る、池田權一、安岡一郎、大久保八朔君など

△大久保老人より電話

△折口君より同上、校正に付ての相談なり

△けふは少しばかり本を書拔く時間があつた

　

　　十月五日（土）　終日曇

△子供二人又加賀町へ行く

△靜雄來、けさ歸つて來ていろ／＼大阪の話をする、るす中たまつた用事をつくす

△午後大森へ行く、松本幹之亮君はまだ鎌倉に在りて逢ふを得ず、乃ち手紙を出す

△松本烝治君を訪ふ、少し話してゐるうちに植村澄三郎氏來ればかへる、此人と植村子爵家のことを語る、南君の仕事のうち又心ぐるしきこと一つをきく

△ヰングフィルト君より手紙、水曜の午食に來よとのこと　返事をして承知するよしをいふ

△スコット君より久々にて手紙　輕井澤からかへつて來てゐる

△三浦周行君より手紙なり　史林に何か書かぬか云々

△夜又カードの整理、

　

(309)　　十月六日（日）　曇夜雨

△和蘭公使館のヒュブレクト博士より讀本類あまた送り來り且つ水曜日の晩食に來いとの手紙なり　行かうと思ふ

△山中省二君洛陽堂の主人河本龜之助君を伴ひ來る　おもしろい出版事業の話をきく　此店でうれる本は高島氏兒童研究、永井博士生命論などなり　又津田君の國文學研究のこと

△午後飯島龜太郎君へ弔問　茅ヶ崎で元氣よく遊んで居た二番目の女の子なくなりけふ築地でとむらひなり

△ひつかけに露國大使館のラミング君へ答訪、又序にプレットナト君を訪ふ、昨日大森にてあふ、鶴見へ來て住んで居る弟血を吐いて急にわるいとて心配して居るなり、昨日からまだ返らぬよし

△新東洋社に行きスコット君宅もとのまゝなりときいて訪問　キース女史のみあり　さそはれて公園に出てスコット夫婦をさがし終に愛宕の上までのぼる十何年ぶりか、古道具店で通辯させられよわり切る、又々箪笥町へ戻つて茶、色々長話あり、雜誌此年末にてやめねばならぬよし　あとは又本をかくといふ、キースは北海道へ遊びに行つたとの事にてスケッチ及物品を多く見せてくれたり

△夜又々抄録及雜書

△三好利八生徒をつれて昨日議院を見に來る　逢はず　今夕かへるとて再び電話にて答禮なり

　

　　十月七日（月）　けふも雨

△河村伯來、相かはらずの雜談なり

△水野梅曉君來、大谷師のことを話す、新疆經營の問題を傳へらる、乃ち本郷中將にあひ印象をきくつもりにて電話をかけたるにまだ演習地に在りてかへらぬよし

△朝靜雄より電話あり、小嶺君をまつたが來なかつたこと及移民協會の話　其小嶺君夫人及義姉を伴ひ議院見物に來(310)る、後來訪　昨日は中野に行つて雨にあひ泊つたとのことなり、まだ四五日は居るとのこと

△末松君來訪、一日上京のよし　華南銀行の話、南洋航路のことなど話して行く

△辰巳豐吉君來、足が惡くて見た所まことに氣の毒なり、

△原首相に小嶺君を紹介する約束をした、乃ち兒玉秘書官へ手紙　後に返事あり　明日午後來いといふ、此事を電話にて小嶺君へ知らせる、此人けふ午前日蘭通交調査會の所在ををしへたのによくわからずして有樂町二丁目三丁目までさがしたといふ

△森本大八郎君來、あふことを得ず

△大久保翁より電話あり。明日逢ふ約束をする。

△アナトールフランスのタイスを英佛兩文にてよみはじめ面白い爲に外のことせず

△「同人」の十月號には自分の文一つ出る、胸算の占ひのことなり、いやみなものなり

　

　　十月八日（火）　少し晴れたれど又曇

△少し早く起きて�ｺ川公の出發を上野に見おくる　紀州侯三田佶氏などにあふ、大谷翁など議長と同行、なつかしげに物をいはるゝ

△中村嶷君の出發見送のつもりなりしがけふは一日延引のよし

△大野君來、蘭語論文の飜譯をはじめしがわからぬところありて見合せたり

△昨日先の流行會での内郷談印刷になりて來る　ふりがな其他おどろくべき間違なり、ひやかして見たくなる　多分相應な名のある男の醜體なるべし

△役所に行きて晝食

(311)△大久保來訪、中村君と待合すべき處おそくなつたとて歸つて行かれたり

△戸川明三君久々ぶりにて訪問　話はこれといふこともなけれど色々と昔をおもひ出す、　ボー?ンドンといふ米人が來たが逢つてくれとのこと

△中村弼氏來合す、事務所引こしのことに苦心中なり、紀州侯へ往つて頼んで見たまへといふ、後再び來り支那經濟學會を南葵文庫附屬建物へ移し其あとへ入る工夫をする　又金をつくる委員の話をした

△日々の社會部記者岩瀬文吉君けふは又別の種にて來る、こんなことで新聞がこしらへられるとおもふやうな話をきく、即ち購和會議地のことなど

△昨日の返事松本幹之亮君より來る、子供病氣細君もぶら／＼にて中々上京の折もなきよし

△内郷の長谷川君來、本を持つて來てかしてくれる、少時話して

△そこへ正木助次郎君も來る　郷土會のことにつき相談なり、此會もどうかして盛にしたいと思ふ、

△夜木間瀬君來、今朝來着のよし　十日の會に來るやうすゝめる　けさ音羽墓參のかへり輝夫を訪ひ畫を見て來たことなどいふ　又大阪の模樣も大分くはしく話をする、世中が改まらうなどゝいふ話、十時半迄話してかへる

△そこでけふは殆と何もせず　ヒュブレキト博士に借りた子供家庭讀本を少しよんでみたばかり

△午前篠原君來、今井五介君のことや何や

　

　　十月九日（水）　曇

△スコットより本をくれるといふ手紙、又秋田雨雀のドラマはメエテルリンクの寫しなどゝいふこと

△岡崎より手紙　三々會に出られさうにも無いこと

△松本忠雄來、支那經濟學會事務所引うつりのことで西山君と相談をしたかと

(312)△靜雄來、ミナハサ事業の引繼方法、銀行のことなど

△井上の姉上來たまふ

△淺村成功君來、支那の償金をこらへてやることや何かをいふ、小川平吉のことなどいふ、宗伯の畫が大に高くなつたことなど

△久保田男より電話で來るといふ　出がけなれば樞密院へ行きて面會、田尻子のこと及服部のことなど

△英大使館内のヰングフィルド君の午餐に招かる、Mr.Par に逢ふ、

△神山君より電話、早く移民協會の爲の委員をこしらへよといふ

△岡喜七郎氏新任の挨拶に來る。

△「土俗と傳説」の三號咋日出來して屆けてくれる　追々早く出るやうになりよろこばし

△三越の笠原健一君へ手紙、話の筆記の印刷物をもらひたいといふ手紙なり、

△バタビヤ領事館の岩越副領事へ手紙、本のこと

△ニウヨークの今村君へ手紙、日本政情を報じやる、

△かまくらの松本君へ返禮、ゑはがきにて

△飯島龜太郎氏答禮に來る

△島田俊雄君より山口のなりといふ松茸をくれたり、今年はじめてなり、半分を又加賀町へ分けたり

△和蘭公使館のヒュブレクト博士に招かれて晩餐、ヰングフィルド氏夫妻、ウエストラ氏夫妻同席　他に二組の蘭人あり　名がおぼえられざりし、英大使館のデビス君もあり、自ら出戎と名をかくなどいふ、和蘭の新聞をかりる

其他にもおもしろさうな本多くあり、サレといふ佛人のかいた日本誌非常に繪が多くておもしろさうで一部かひたいとおもふ、夜おそくかへる

　

(313)　　十月十日（木）　朝晴夕より又雨

△佐藤友右衛門君挨拶に來る、米價問題につき隨分身勝手な議論をする、而も氣がつかずにいふなり

△寒河江君來、

△山田斂君來、議員をよほど大きい仕事とおもつてゐる顔なり。長崎道場再興の話をする

△峰田一歩同行、浪花節で村を感化してあるく人なり　煙草屋で生活し手辨當のよし　おもしろい心持のやうなり

吉田善佐君の紹介なり、先頃も手紙をくれたことあり

△その吉田君も來　これといふ話もせずしてかへる

△大久保翁來、一昨日の用のつゞきなり、メキシコに農場を有すといふ岐阜の人近藤伊祐君を同行し來る　ゆるりと話をしてをるひまなし

△午後松本忠雄君來　事務所引こしのことなり、

△水野盈太郎君來、年とつたる哉、下蛇窪の家のことを話す、勸業月報に遠野物語を分戟せんとする希望はことわつた

△牧山君來、共に紅葉舘に行く

△其前に篠原和市來、海の口の方へ旅行をすゝめ其序に臼田で話をしてくれぬかといふ

△三々會紅葉館、會者十三人おもしろい話あり　諸方へ繪葉書を出す。會者彌永二宮松岡牧山乾伊藤木間瀬木村牛込島田大和田田阪

△三穗子けふ横濱本牧の三溪園へ遠足に行く、

△木越姉上腹病病臥のよし

(314)△大野君來、入會書下書諸方へおくること、

△河井君來て研究會の實?を話してゆく、

△ヰングフィールドより手紙

△スコット氏よりエリスの夢の論をくれたる禮?を出す

　

　　十月十一日（金）　又雨

△午前中誰も來ず、河井君來て昨日のつゞきを話す

△辻川出身の高等師範學生伊藤愼吾より手紙　月曜に來訪したいといふ　返事

△兼常清佐より手紙　民謠蒐集のことにつき相談なり　返事

△スラバヤの倉田より手紙　此手紙同じもの二枚來り前半はなし　それでも氣になることある故　返事を出す、

△葉から芽が出るといふ葉を一枚封じありたり

△甲州の前議員綱藏平輔氏より挨拶と共に葡萄を送るよしいつて來る、返事、

△小田内君來る　大倉君の補助で出來上つた「帝都と近郊」一册くれたり、目次はいかにも平凡なれど寫眞挿畫にはおもしろきもの多し　又説明のし方もよし、金さへかければよい本が出來るなり、此人何故かいつも採用せぬつもりで人の説をきゝに來る

△廣瀬滿正氏挨拶に來り永く話してかへる、九月北海道へ往つた話、北見のハマトンベの海岸のことなど

△雨中に東洋汽船にゆき淺野良三君を訪ふ　不在

△岡警視總監のところへ答禮の名刺をおきに行く

△臺灣總督府出張所へ賀來君をたづねてゆく　蠻地の煙草葉で作つたといふシガア新品なり、

(315)△山崎直三君に又こゝであふ、角源泉君にもあふ

△歸つて來ると清水博士來訪、輝夫へ紹介してくれといふこと、此夏羽後の男鹿へいつて見たいといふ話、「同人」のこと

△けふ大野君訪來るなり

△靜雄より電話、これより茅ヶ崎へ行くといふ

△大久保翁より同上、メキシコと交通を開きたいといふこと、昨日の近藤の來た話のつゞきとおもはる、但し靜雄の方にも似た話あり、

△夜抄録

　

　　十月十二日（土）　曇、やゝ晴れかと

△ポンソンビーより書?、主として香港大學のことなり、田所君へも手紙出したりとて其寫しを添へたり、先日杉君の所へ本を送り來り、杉君之を傳獻したりといふ

△昨日宮内省より式部の某來り大禮記録のことにつき働きし賞とて賜物あり

△森本大八郎來、子供のことのみ考へて居る記者なり

△又書拔にとりかゝる、先日よりヒュブレクト君の讀本を少しづゝよみをるなり、又タイスの佛文をも、これだけ我々はひまあるなり

△折口君來、忙しいのを見て何もいはずにかへる

△大久保來、メキシコ聲援方法についてなり、先日の近藤の中に立つて働いてをる仕事なり　靜雄と相談せんかとおもふ

(316)△水野君來、用は三つ、本郷中將に尚逢つてくれといふこと、支那クラブの創立に盡力してくれといふこと、旅順の方のこと

△午後兒玉伯爵挨拶に來る、大に元氣よし、

△章士※［金＋立刀］一行一時五十分東京驛着を迎へに行く、龜井、寺尾博士、田中收吉君などにあふ

△ヒュブレクト博士の所へ先夜の禮に行く

△るす中山梨新陸軍次官挨拶に見えたり

△十六日郷土會の通知出席の旨新渡戸博士方へ通知

△昨日京都の三浦博士より是非何かかくやうにと又すゝめらる

△赤壁夜おそく來る、今日朝日の社會部へ口が出來たといふこと、

△石黒博士四時半歸朝迎に行き得ず

△細田より電話、明後日來たいといふ

　

　　十月十三日（日）　雲がち、但し雨にはあはず

△八時少し過ぎ二女をつれて内郷行、九時三十分中野發の汽車に電車で行つてのる

△中野にて久しぶりに山方石之助君にあふ　書生と共に散歩にゆくところ、「土俗と傳説」の話などをする

△汽車中で吉村源太郎君にあふ、同行十七人で國分寺の在へ栗をひろひにゆく所

△與瀬でおりて川ぞひの山路を奧畑へ行き鈴木君の家にいこひて晝食、前の山に入りて少し栗をひろひてかへる

△外出してゐた鈴木君幸に歸り來り　かへる時は二人の子と共に與瀬まで送つてくれたり、

△但しこゝで長くまたされ暗くなつて家にかへる

(317)△小嶺君來訪、明日午食に來ぬかといふことなり、水野君との約束あれば半分ことわつておく

△松本の胡桃澤君玄關迄來り栗ときのこの籠をおいてゆく、同じ汽車で來たことかとおもふ、

△綱藏氏の葡萄昨夜おそくつく、けふの遠足にこれを持つてゆく

△昨日大阪の柳澤君より手紙あり先度の返事なり

△けふは殆と何もせず

　

　　十月十四日（月）　稍　　　々晴

△八時過、孝を伴ひて文展招待日を見にゆく

△正木主事に電車で逢ひ話をきく、場内で挨拶をした人至つて多し　ことに議員多し　近衛公松平（頼壽）伯、松平康民子青山子京極子、小野田、坂本荒川古市などの諸老なり、小野田氏末子入選のよし

△木間瀬も來てあり、又農商務省の河合君にあふ、廣東以來なり河野秀男君にも

△輝夫も來てあり清水博士のことを話す、平福君にも

△高橋翰長にあひ自動車にのせてもらつて新橋までくる、

△「日華」といふ支那料理にて支那關係のクラブを作る相談、小村俊三郎水野五百木末永の諸君、耳あたらしい議論を多くきく、末永君これから神戸へ行き莫大の金をこしらへてくるといふうまい話なり

△日蘭通交調査會によつて見る大野君がゐるばかり

△東洋汽船に行き淺野良三君にあふ、移民協會のことについて相談なり

△青山に行き本郷大將を訪ふ　來客中なれど少時談る、海蘭鐵道の問題が主なり、

△前内閣の仕うちのよくないこと段々とわかる、

(318)△歸つて見ると色々の訪客あり　石黒五十二博士の挨拶、此はすでに答禮に行かねばならず　桑田博士、今井五介君、山中笑翁、松本幹之亮君、大林君、結城君

△又章行嚴君

△織田及松岡より電話がかゝつたといふこと、

△大久保翁より電話、メキシコの話は既に間に合はぬよし云々、又事務所は明日引こし得るとのことなり

△昨日るす中に根岸君來たり

△スコットより手紙、十月號の論文を見てくれといふこと、

　

　　十月十五日（火）

△けふより風を引きて二十日の日迄床にあり、其間のことわすれしこと多し

△胡桃澤來

△靜雄來

△青柳幾次郎氏へ電話

△木越姉上來たまふ、

　

　　十月十六日（水）

△松本君來訪、あひ不得

　

(319)　　十月十七日（木）　神嘗祭

△けふはよほどよし、其代りに孝と三穗千枝と熱が出るなり　女中も一人

△父上見まひに來たまふ、加賀町よりあさ手傳に來る

△水野君來

△木越二郎阿波阪東へ赴任するよしにていとま乞に玄關まで來る、（二十二日夕出發）

　

　　十月十八日（金）

△折口君來

△靜雄來

△夜東季彦君來

　

　　十月十九日（土）

　

　　十月二十日（日）

△夜佐々木喜善來

△新村君來

△水野梅曉來

△朝中村修二君來

　

(320)　　十月二十一日（月）　晴、雲多し

△伊藤愼吾來、くりやの過去帳をもち來る

△大野來、同人維持方法の相談

△田中收吉君來、靜雄來、

△午後スコット見舞に來る

△繩田宗三郎來

△福良虎雄來

△章士※［金＋立刀］殷汝耕二氏來る

△ヒュブレクトへ手紙をかく、明後日出帆してかへるといふ、

△高田弘四郎より松たけをくれたり

△中川節次郎君母人死去の報あり

　

　　十月二十二日（火）

△朝山中省二君來、來月號より出る雜誌論文のことに付てなり

△橋本五雄君來、山本實彦其他外務の人々などゝ飯をくふが來ぬかといふ、風の爲にことわりす

△田中舍身佐々木蒙古末永節松村雄之進などいふ浪人大阪朝日をいぢめるから賛成せよといつて來る。此人々の國家論には智慧の分子少しもなし

△宮田君河井君にあふ、

△夜近衛公へ電話、△佐々木來る

(321)△小嶺君來、明日夕來ぬかといふ又ことわる

　

　　十月二十三日（水）　雨さむし

△今和次郎來、民屋圖集第一輯成功、

△松下清足君來、建築のこと相談す

△近衛公來訪　日華クラブのことをすゝめる

△ポンソンビーへ返書

△大阪林知事へ手紙

△中川節次郎母、十七日死去のよし一昨日報あり、悔?をおくる

△昨日蘭公使館のウエストラ博士へ手紙、ヒュブレクトへ屆物をたのむ

△殷汝耕君より電話、章行嚴紹介のことなり、

△筑前八幡市の市會議員匹田入江中村の三氏白仁長官の紹介にて來訪

△此用にて堀口助治君へ手紙、

△大久保翁來

△勸銀の富田達三郎君來尚忘れたり昨日夕方には服部敬一君來、

△根岸佶君來

△ネフスキープレットネル二君見舞に玄關迄

△佐々木君再來る　啓明會のことにてなり、鶴見君に電話をかけて見たれどもまだ歸らず

△神戸横田君より播州の松たけ

(322)△京の田中翁より立派な紀念のまき煙草箱をくれたり

△水越二郎へはがき

　

　　十月二十四日（木）

△森本來

△辰巳君來

△副島伯來訪、月末支那に行かるゝよし　阿片の話をする

△東郷男來、陸軍省臨時調査局の報告もらひたしといふこと、

△押上中將來訪、川口君白川紀行出版の相談なり、

△澤柳博士より手紙、此事を電話にて佐々木へ知らせる

△同じことに付て鶴見君より電話なり、

△杓子考第三章起草す

△小野武夫來

△スコット來る

　

　　十月二十五日（金）

△靜雄來

△多田惠一來

△午後華族會館にて議長と面會、來月七日又々上方へ行かるゝよしなり

(323)△三菱に木村林次郎君を訪ふ　日華會館の建物のことに付赤星陸治君へ相談をたのむ

△臺灣の出張所によりて下村をたづね　不在なり　やはり昨日迄風邪のよし

△井上へより移民協會のことを話す

△大阪の濱崎君へ來月五日行くべきことを報ず、又木間瀬君へも手紙、

△ヒュブレクトより鎌倉より禮?來

　

　　十月二十六日（土）　くもり寒し

△峰田一歩來、

△水野梅曉來、朽葉君のことたのまれ、二十九日星ヶ岡へ行く約束す、

△畫家柄澤清雲來、面會し得ず

△來月二日三々會準備

△朝靜雄より電話、多田のこと會館敷地のことなど

△午後石黒博士を訪ひ歸朝のよろこびを申す、英國の話を一二きく

△山梨陸軍次官の私宅を訪ふ、答禮なり不在

△白岩龍平氏を訪ひクラブの計畫に力になつてくれとたのむ

△外務に小村侯を訪ひクラブのことゝ、海蘭鐵道のことゝを話す、二者共によき返事

△?山と電話、來月二日の會のことなり、

△英大使館のパーレットより來る二十八日夕招かる　斷らんとおもふ、

△昨日八幡市の三君又來一昨夕堀江君より返事ありしことに付てなり、此人々を堀江君へ紹介す、此事に付て長書(324)記官へ電話、

△夜抄書、

△三千子昨日より風引

△十一月二日夜三々會のこと通知　?山君へ電話

　

　　十月二十七日（曰）　雨

△誰も來ず

△水野君へ昨日のこと電話

△靜雄より電話

△匹田氏より電話

△黒田侯より鴨六つをたまふ

△淺田�ｺ則氏より電話、此ことにつきて章士※［金＋立刀］君の所の殷君と電話、來月一日午會見すべしといふことなり

　

　　十月二十八日（月）　好晴

△木村林次郎君來、先日の返事なり、

△其前に堀口助治君來、

△此事に付て匹田一生氏と電話、

△其前に長書記官來

△小村侯の使に中野高一君書類を持ち來り貸す　之をよみ午後を費す

(325)△午後靜雄來、

△高橋内閣書記官長來、三十一日夕招かるゝこと

△服部敬一君來、

△南才三君と電話

△和田維四郎氏より訪書餘録といふ立派な本をおくらるゝ

　

　　十月二十九日（火）　晴

△貴族院午餐、次て吉井、石黒二氏講話、老人で聲が低い爲にまことに感動うすし

△夜は星ヶ岡にて日支國民協會の章唐招宴に列す、色々の心持よき人にあふ、貴州畢節に行つて居る大作理などゝいふ人にもあふ、

△支那人は口ばかり達者でぴたりと話が合はぬ

　

　　十月三十日（水）　曇

△朝吉田喜佐君來、横山氏二議員我々を招きたいといふ話、

△南才三君來仁川の製鐵所がものになつたといふ話

△午後増田正雄君來日露實業會社が二千萬圓に増資することゝ社長がほしいといふこと、

△外務大臣にあひに行く、海蘭鐵道の話をする、先方よりは慰問會の金の話あり

△豐島法務局長を訪ふ　上原芳太郎復權のことを話して見る

△帝國ホテルに章君を訪ふ

(326)△床屋へゆく、こゝにてあひし人　鈴木喜三郎、澁澤元治、鶴見、窪田、

　

　　十月三十一日（木）

　天長節好晴、但し御風氣にて拜賀及び觀兵行幸なしと承る

△八幡市の三委員挨拶に來る　堀江君へ手紙を出しておく

△塙忠雄君來、此人にたのまれ下條記録課長へ電話

△午後二時參賀す

△子供三人をつれて動物園に行く　門前まで行て四時の鈴なり　失望す、それで發明晶展覽會を見てかへる

△夜高橋翰長招宴　木挽町花屋、警視總監、法制局長官、警保局長同席

△荻田元廣君死去の報あり　大におどろくなり

　

　　十一月一日（金）

△水野君口羽義教を伴ひ來る　南方研究所のことを話す

△下村民政長官を訪ふ、

△午後高橋翰長へ禮

△それより高橋藏相へ面會に行く　海蘭線のことを話す

△靜雄來

△るす中牧口常三郎來

△荻田元廣君死去の報あり

　

(327)　　十一月二日（土）　雨

△石黒忠篤君來

△靜雄來、箱根へ行くといふ

△水野君來

△大久保翁より電話、服部よりも同、近日かへるよしなり、

△午前衆議院に聯合軍慰問會あり、出席

△夜三々會　濱町錦水、菊池、河野、兒玉、堀口、?山　諸井、牛込、牧山、木村　小林　島田、自分　伊藤十三人

　

　　十一月三日（日）　好晴

△早天小嶺君來

△小村俊三郎君來

△阿部眞言君來、東方時論の話あり

△近衛公へ手紙、

△昨夕濱崎君より電報あり　返事す、

　夕七時大阪へ出發す

　

(328)　　十一月四日（月）

△曉五時二十分米原下車、彦根より貴生川迄、近江鐵道、

△多賀の谷は正東への山の入、日の少宮の名空しからず、愛知川は此谷より流るゝなり

△八日市の驛、松林の蔦紅葉、貴生川長野の間、犬にひかする人力車、長野は陶器火鉢をおびたゞしく作る、晝喜樂亭

△又朝宮まで車、裏白峠を越ゆ　宇治田原の奧山田といふは今なほ猪垣あり、

△禅定寺に近き長山《オトナヤマ》（大字岩山の内）地形めづらしき村なり、岡の上ながらよき水ありといふ、

△郷之口より宇治迄は見事なる溪山なり、夜に入り紅葉見えず

△宇治橋のたもとより電車にのり八時少し前大阪ホテル着

　

　　十一月五日（火）　微雨、大阪

△内藤久三郎君の店をとふ、又米取引所の樣子を見る、此日午後はさわぎしよし　あとにてきく

△中谷弘吉君にあふ

△府廳に行く、知事以下風にて引込　府視學にあひ香港大學のことを話す

△藤田組に木間瀬を訪ふ　數日前事務所を千船町にうつすとなり

△多くの新聞記者訪來る、其中に齋藤弔花あり　舊知かとおもふ

△南洋貿易協會の役員追々來る　又木間瀬及土屋元作君來、

△伊藤種枝乘、三十何年ぶり

△午時頃より講話、其あと色々の飲食、

　

(329)　　十一月六日（水）　少雨、大阪泊

△早朝電車にて兵庫迄、

△島上町にて由良行の汽船にのる　舶待つ間に港のさまを見る、

△須磨一谷山のみ昔のまゝなり　家多く煙塵みてり、

△淡路岩屋に上陸、道の都合わるくて明石へ引かへす、

△風のさむき日なり、瀬戸の潮の流を見る

△夜大阪の町をあるいて見る、夜に至つて人出すくなし　東京に似ず、天王寺公園、ルナパークに遊ぶ　電氣の光の下に居る猛獣、菊人形とむかひあへり、

　

　　十一月八日（金）　雨、夜汽車

△高濱より小濱の間風景大によし　ことに和田と本郷との間の海曲至つて靜なり、

△小濱より熊川、近江との境は頂上より一里あまり下、家つゞきに榜示を立つ、

△此峠眺望なし、今津は即ち饗庭野の下にてバラックあり、

△船をまつ間に南新保の邊まであるく、

△六時――十時半、大湖丸船上、暗夜にして燈も至つて少し、船木より雉子をあまた獲かへる　京の人二人、

△十一時大津發の汽車、

　

　　十一月九日（土）　晴、歸京

△午後一時過新橋着、

(330)△井上により中原の未の娘失せたるよしをきく、此頃世中靜かならず、多くあはれなる話をきくなり

△寺田健一來、明後日唐紹儀招宴のこと

△靜雄來

　

　　十一月十日（日）

△午前十一時、吉川（中原）の柩を送り東京驛、

△朝の中靜雄再來

　

　　十一月十一日（月）

△前田米藏君招、築地蜻?横田下村二上角堀切吉原小阪など

△午後ウエストラ博士を訪ふ

△又スコットを訪ふ　主人不在、ソマ?ル大佐來會す

　

　　十一月十二日（火）

△篠原東

△スコット來る、エリスの日記をくれたり、

　

　　十一月十三日（水）

△午後一時五十分行幸奉送　内田外相より話あり、

(331)△文部省の展覽會を見る、小原福島伊東の三君と落合ふ

　

　　十一月十四日（木）

△午後會館に行き�ｺ川公に面會

△隣の寺田君を訪ふ、

　

　　十一月十五日（金）

△夜三金會、鐵道協會、津田左右吉君を誘ひ行く、田中山内桑木、長谷川檀野、二上來

△此朝澁澤翁を事務所に訪ふ　慰問會の金のことなり

△午後千枝子七つの宮參市谷の八幡さまなり

△大久保翁來訪、

△朝水野君來、

△靜雄來、

　

　　十一月十六日（土）

△午後小村俊三郎君來

△正午風月に行きて晝食、下村君にあはん爲なり、

△�ｺ富氏を訪ふ、

△海外興業に行き青柳君にあふ

(332)△理髪

　

　　十一月十七日（日）　微雨

△伊藤愼吾來

△阿部眞言三木喜延を伴ひて來る、東方公論寄稿のこと

△水野君へ電話

△三村清三郎君より手紙、返事

　

　　十一月十八日（月）　曇

△慰問會會議

△靜雄來、

△夕信濃通俗大學評議員會、後藤亭にて、會者、澤柳小川、吉田、加藤伊藤白澤稻垣、筧、今村、池上、堀内、近藤新渡戸　小松　横田

△東田秀雄來、

　

　　十一月十九日（火）　好晴

△下村君より電話、

△三村清三郎君來

△十時五十分還幸奉迎

(333)△午後大野君三郎來

△靜堆より電話

△念吾會通知、星野少將をも招く、

△小野來、二上君へ紹介す、

△長谷川一郎手紙、返事す

△夜、家の小宴　父君母君　木越二人　矢田部姉君、喜多のや料理、母上のみ一泊、

△提灯行列來る

　

　　十一月二十日（水）　好晴

△朝下村君門迄來る、立話す、小村侯の話

△參内、陞敍從四位、岡君、郷男にあふ

△西園寺君に逢ひ話す、

△兩院書記官の會議に臨む、

△松本幹之亮君來

△松井大佐講話あり

△根岸佶君來

△朝堀口助治君來、近々赴任のよしをいふ、

△大久保より電話、午後淺野の代りより電話なり、

△倉田より手紙

(334)△大野來、東郷男と話

△多田好問翁見舞金のこと式部の西園寺君より話

　

　　十一月二十一日（木）　雲多し

△七時前より花火あがる　公園に祝捷會ある日なり、

△松岡龍太郎來、一昨々日上京　今夜かへるよし　中富良野東十線なる土器出土地の話などをして行く　紙器製造をやるよしいふ

△營口の河野よりタイプライターの手紙、

△夜近衛公招、華族會館にて小村二氏、白岩と五人、クラブの相談をまとめる、

　

　　十一月二十二日（金）

△午後一時海外興業の青柳君と共に東洋汽船の淺野君のところに相會す、

△四時過より華族會館に昨日の寄合のつゞき末永五百木水野の三氏も來る　一同意見よく一致す、

△移民協會へよる、

　

　　十一月二十三日（土）　好晴

△夕新嘗御祭、五時四十分參入　一時四十分頃退下、夜月至つてよし、時間ありて色々の人と話をすることを得たり、

△午前十一時水野君來、此四時に立ち上海へ行くといふ　下村君約より少しおくれて來る、隨分やかましい相談なり

　

(335)　　十一月二十四日（日）

△午後爲正をつれて三越へ遊びにゆく、人多くしてあるかれぬ程なり、こんな時代では無いにと思ふ、

△歴史地理學會の宮崎君來、

△夜上山君來り十一時半迄話し込んでかへる

　

　　十一月二十五日（月）

△朝喜田博士より電話、電話で議論をする、

△載傳賢君來り、大に形式的の議論をする、

△夜念吾會、柳光亭自分當番なり　佐藤君來ず、あまりおもしろいこともなし

△家のたゝみがへなり、

△喜田君よりはがき

△井上清秀來

△大久保八朔來

△るす中内藤吉之助來

　

　　十一月二十六日（火）　晴

△午後總理大臣官舍に兒玉秘書官を訪ひ木内氏のことを話す

△川村伯來る

△辰巳篠原の二記者來

(336)△靜雄來

△午後議長に官舍にて面會

△正木助次郎君來、郷土會のことに付相談なり、

△大久保翁來る

　

　　十一月二十七日（水）　晴

△吉田善佐來、明夕の横山氏招宴に付相談なり、昨日も電話ありたり

△中川行秀といふ人突然來る、金石文をあつめてあるく人なり、妙なことを言つて金を借りて行く、めづらしい經驗なり

△夕矢橋賢吉君に招かる　木元宮田君など同席、麻布の興津菴、これもめづらしい食物なり

△大野君來

△西園寺侯が講和使節となつて行くことになる、

△寺田君來る、用はしかとわからず、

　

　　十一月二十八日（木）

△夜横山章氏招、やげん堀大又、書記官六人同行亭主側四人、吉田善佐君など

　

　　十一月二十九日（金）

△篠原和市君來

(337)△山中翁訪來

△小澤男同上

△午後四時、子供をつれて銀座へかひものに行く

△夜小田内君來

　

　　十一月三十日（土）　好晴

△青柳君より電話、其用にて淺野へ電話をかけたれど不通、

△朝八時半堀口君出發東京驛へ見送、久々にて市來政敏君にあふ、

△横山氏へ禮に行

△丸善にて本をかふ、

△辰巳君來

△午後久邇宮御新邸拜見に行　山田春三翁案内、大森男、松平康民子など同席

△美の部君を訪ふ　不在

△安東氏を訪ふ

△加賀町にゆく、夕食

△けふ電車にてブリーズ君にあふ、

△るす中小嶺君　大熊君來

　

(338)　　十二月一日（曰）　曇しづかなり

△江木翁より早朝電話

△淺の君への電話通ぜず

△爲正をつれて花月園へあそびにゆく

　

　　十二月二日（月）

△午前十時、交渉委員會

　

　　十二月三日（火）

△建築委員の寄合

△朝鮮銀行支店にゆき秘書役の曾禰君にあふ

△臺灣銀行にゆきて濱野君にあふ

△司法省にゆきて豐島法務局長と話す、

△外務に行き　松田通商局長代行と話、又菊池君にもあふ

　

　　十二月四日（水）

△正午中央亭にて淺野青柳及郵船の伊藤米次郎氏などゝ會合、

△床次氏を内務省に訪ふ、

△一水會、細川山根床次上泉、宮島、小池、杉、根岸、柳生、井出、小村

(339)△こゝにて下村君にあふ　けふは明石將軍女婚姻の宴なり

　

　　十二月五日（木）

△夜渡邊直達君招宴、新喜樂へ高須小原西園寺松根大谷三善山邊等

△午後西園寺君來

　

　　十二月六日（金）

　

　　十二月七日（土）

　

　　十二月八日（日）　好晴、夕風あり

△遠足、中野――下練馬――成増（汽車）新河岸、古谷伊佐沼電車にて大宮よりかへる、

△るす中誰も來ず、

△テーフプルの人類學應用論をよむ

　

　　十二月九日（月）

　

　　十二月十日（火）

　

(340)　　十二月十一日（水）

石黒君邸にて郷土會、英國の田舍の話おもしろかりき

　

　　十二月十二日（木）

吉井石黒二氏招宴紅葉館　議長副議長書記官など一所なり、

　

　　十二月十三日（金）

　

　　十二月十四日（土）

海外興業會社にゆき重役の人々と午食を共にし移民協會のことを相談す

　

　　十二月十五日（日）　好晴

散歩に出づ、蒲田より下車　玉川を上り平間、丸子からしまひに玉川電車の瀬田迄、小犬ついて來りしこと

庚申の繪馬をかひしこと、

　

　　十二月十六日（月）

夜柳光亭小宴、事務局の高等官をよぶ、岡及柴田二君不來

　

(341)　十二月十七日（火）

三十年紀念に關する小委貝の相談會あり、

　

　　十二月十八日（水）

正午帝國ホテルにて慰問會終結の披露、多くの記者を招きたり

渡邊忠吾君と話しす

　

　　十二月十九日（木）

　

　　十二月二十日（金）

夜三金會、鐵道協會にて内田長谷川小原倉辻、菊池、川島田中など

　

　　十二月二十一日（土）

　

　　十二月二十二日（日）

夜濱町トキハにて乾君招宴松本野村樋口唐澤も來る、大に放論す

　

　　十二月二十三日（月）

夜宮田君招、トンボ兩院及大藏の方の人々朝十時又委員會あり

(342)末永一三君勝田銀次郎君を伴ひ來る

　

　　十二月二十四日（火）

午後山内男來、用談、

夜議長議員を招く、築地精養軒

　

　　十二月二十五日（水）

議會招集日、

あとにてより合ひあり　出征海陸軍へ感謝文を決議すること、

正午近衛公招小集、華族會館、神戸の上西君も出で來る

夜念吾會　香雪軒、更に花谷にゆき末永君の招宴に列る　けふ午時の連中なり

　

　　十二月二十六日（木）

午後水野直子爵來

夜圓滿會、上院議長の官舍にて、黒田侯は缺席

　

　　十二月二十七日（金）

開院式、御風氣にて臨幸なし、

夜海軍大臣招宴に列す　山梨大佐の話あり

　

(343)　　十二月二十八日（土）

牛後高橋書記官長來り首相よりの贈り物を傳へらる

　

　　十二月二十九日（日）

腹をやみて一日家に居る

午前水野梅曉君來、夕方上海に向け立つといふ

夕方中山ネフスキー折口岡村四君來、年を惜む、寫眞と夕食とにさそはれたれども得行かず

　

　　十二月三十日（月）

九時半に東京驛に小村龜井二君の立つを送る、春洋丸にて佛國へゆくなり、立博士も同時なり、

永田町の官舍へ禮にゆく、

スコット氏を訪ふ、新しき雜誌を出す計畫をきかさる、日本語がわからぬのを如何にも氣づかはしくおもふ、

加賀町へゆく、父上熱高し、インフルエンザなるべしといふ、

安東氏によりてかへる

　

　　十二月三十一日（火）

午後參内、歳末祝詞　大祓、二時より、原君にあひかへる道々クラブの計畫を話し助勢をたのむ、

けさ母上より電話にて父君病氣の話あり　宮本君をたのまんとせしに同君も病氣なり、西郷博士を電話にてたのむ、(344)夜はおそく迄本をよむ、

一月七日の日の集會の議題を刷りて近衛公始め各發起人へくばる

　

(345)　　　大正十一年日記

　

(347)　　　　　　大正十一年

　　　　　　　　　　　五、七以後外遊

　

　　　　　　　　　　　　　廣島　二、三

　　　　　　　　　　　　　京阪　〃一六

　　　　　　　　　　　　　信州　三、九

　　　　　　　　　　　　　越後　〃二一

　

　　　　　　　　　　　　　　名ありて忘れてしまつた人多し

　　　　　　　　　　　　　此日記は自分には尤もおもしろし　そのわけは

　　　　　　　　　　　　　　變化の多いこと、日本人の多いこと

　　　　　　　　　　　　　　忘れてゐることの多いこと

　　　　　　　　　　　　　　こちらに目的がなかつたこと

　

　　一月一日（日）

夜行にて京都よりかへる、三橋千枝同伴、父上母上は茅ヶ崎

雪ふりて町には人少なし　泰忠輝夫門口までよろこびに來る、

終日家に在り　のどかに葉書などを見る

　

(348)　　一月二日（月）

けふも家に在り　人にあはず　午後木越から三人　矢田部から一人の御客樣、カルタをする

深澤來、スペイン語をやるよし

本山君より長崎の牛皮餅　平戸のやきいか　史料六ノ一八をよむ

　

　　一月三日（火）

安東氏に行く　叔父上と話

桑木に行き永々と話、「文化と改造」をもらつてかへつてよむ　伊藤常夫君にこゝにてあふ　二十八日上京のよし

三穗千枝中村君に誘はれ鶴見へあそびに行きおそくかへる、るす中井上姉君

　

　　一月四日（水）

午前結城來　北原晋來　木越の子たち來

　

　　一月五日（木）

エスペラントの小阪君來

午後輝夫來、村上晴子母子來　山形屋（家具師）來

ジュネブの大澤より手紙　十二月一日出　同上　三枝　十一月末日

　

(349)　一月六日（金）　博文館招、帝劇

木村修三君來　明日夕立ちてドイツに行くよし　船は元のクテイスト

十時頃ネフスキー君來、大阪に行くことゝなつたよし　四月から

博文館招の芝居、「恨の面」三まく　太閤記十段目、操三ばさうなど　桑木君と一所にかへる

　

　　一月七日（土）

七草のかゆの菜を大きく切る

貴族院に行き河井氏にあふ　外務省にて山川君と話す　朝日にゆき名倉にあふ、岡本一平にポンチの本を貸す

風月、二上と話す　鐵道院に行き小阪にあふ

丸善にゆき此萬年筆をかふ

夕風呂あり

　

　　一月八日（日）

午前は家にをる　午後爲正をつれて田山君を訪ふ

ニトベさんのエスペラント報文をよみ了る

　

　　一月九日（月）

小阪君來　午後何盛三君來、アパナ　エスペラント　セルボのことを相談す

川口君より手紙、一月四日佐多の田尻より　松岡より電話　桑島つる子來

　

(350)　　一月十日（火）　夕増田君とあふ約束

夕方迄家に在り　朝日の學藝附録に小正月のことをかく、十七日に出るよし

河村桃枝來

大隈さんけさなくなる

夜スキヤ町加賀屋、大阪の増田君招、市來結城靜雄、石嘉六君同席

　

　　一月十一日（水）　上野圖書館へ行くこと

早天早川君來　共に上野の圖書館に行き本を見る

銀座の郵船の店に行き箱根丸約束　正金に行き兩替　井上兄上に路にあふ

三越丸善かひもの　タイプライターをかふ　路に稻垣博士にあふ　日本金石史買入

　

　　一月十二日（木）

河村にゆき齒の療治

木曜會にゆく、日本クラブ小村廣田の二君にエスペラントのことをたのむ

上山浦之進君を訪ふ

　

　　一月十三日（金）

川村氏にゆき療治

(351)清水博士を訪ふ　門にてあふ　風月にて食事

朝日の社にゆく　安藤君にあふ　末永を訪ふ　不在

父上母上歸り給ふ

　

　　一月十四日（土）　四時半、三々會　赤阪錦水

福良虎雄君訪來　何盛三君同上

ジョンストンのアフリカ記を了る　岡村へ手紙、丸善のこと

窪田より及外務の小林より電話

松本信廣來、共に銀座迄話しながら行く、タイプライタの店

三々會、赤阪錦水　會者十五人　此夜大雪

　

　　一月十五日（曰）

終日家に在り　靜雄二兒をつれて訪來

横井春野來、區會議員に選擧してくれといふこと　竹田武男來

千枝少しく風の氣なり　夜尚雪ふる

　

　　一月十六日（月）　六時　新喜樂　内田伯招

千枝熱三九、四　家にをる

岡村より電話　石卷の毛利より鮭二

(352)小久保氏來診

夜外務大臣招、田中館森佐竹青木田中の諸君と共になり

日比谷には積雪の中にてあすの大隈侯の葬式の支度す

　

　　一月十七日（火）

終日家に在り　爲正三千も少しわるく小久保氏來、千枝はすこしよくなる

木越姉上村上母子來

下伊那の松澤といふ人來る　都立圖書館の寄附のこと　岡村より手紙　すぐ返事す

E.Antoulli：L'Afrique et la paix de V.をよみ了る

　

　　一月十八日（水）　夕、一水會　日本クラブ

午後又大に雪ふる一水會に行き小泉氏の話をきく、自分も委任統治のことを少し話す

兼松君來、法科學生下村信貞を伴ひ來る

松本君へ手紙、アグノエル君を紹介す

　

　　一月十九日（木）

終日家に在り　三千も風なり、三人ねてゐる

かつた本の目録をつくる

　

(353)　　一月二十日（金）

家に在り　何君より手紙、返事す　大澤君より手紙あり

René Brunet：La Société des Nations et la France 了

矢田部姉君來一泊

　

　　一月二十一日（土）

川村氏に行く　療治終　風月、神崎君にたのむことあり　理髪、千津も風なり

銀座にてかひもの　井上による　森田禎太氏死去のよしを聞く　未亡人にあふ

�ｺ川慶久公逝去、十八日に會食せし人なり

國民新聞より電話　國學院の堀江氏來

　

　　一月二十二日（日）

宮良當壯來、夕何君電話　末永一三來

三穗とかつ子まさ子ゆき子のぶ子をつれて帝劇の鸚鵡會の演奏を見に行く、伊藤母子にあふ

夕堀江氏又來、二十八日の話を約束す

鞍智よりはがき、返事す　大澤より手紙、シリヤの抗議書を送來る

母上少しいたみあり

　

(354)　　一月二十三日（月）

午後外務省にゆく　廣田君にあふ　何君も來合されエスペラントセルボのことをたのむ

國際聯盟協會にゆき青木稻垣などの人々にあふ、委員會にて大勢にあふ

　

　　一月二十四日（火）

高橋邦太郎氏より手紙

午後清水博士來訪　松本信廣來　伊藤愼吾來

朝日の人々に招かる　末廣本店　大阪の鎌田島谷二君も來れり

東次吉郎より手紙

　

　　一月二十五日（水）　エスペラントの會　學士會

靜雄より電話、昨夕かへつて來しといふ

午後丸善にゆく　朝日にゆく、旬刊發行の相談をきく

夜エスペラントの會、久しぶりに小野俊一君にあふ

　

　　一月二十六日（木）　國際聯盟協會の話　神田明治會館　夕六時　考古學會　上野三橋亭

日の中は家に在りて話の下書をする

五時半に家をいでゝ約束の話をしにゆく、秋月氏高島氏さむい晩にて風を引さうなり

尾島君より電話、ブカナン氏のこと

　

(355)　　一月二十七日（金）　同人會、工業クラブ　夕六時

終日家に在り

六時前に同人會にゆく、三金會と共同にて　桑木山本岩田などの人も來てゐる　白隱の畫をもらひうけたり　折口君と一所にかへり來る　又桑木君

　

　　一月二十八日（土）　國學院の話　二時頃より

國學院、國際文化事業の將來の話　長屋柴田などの人にもあふ

銀座をまはりてかひもの

　

　　一月二十九日（日）　赤阪錦水にて三々會碁の會のこと

十時から三々會の碁會　赤阪錦水　菊池、志田、高橋　木村　伊藤　島田

夜寫眞を現像す　父上風邪

　

　　一月三十日（月）

井上へゆき目を見てもらふ　南にあふ　風月

三越にて寫眞用具をかふ　本郷の目がねやに行く

貫井をたづねる　不在　四方堂にてエスペラントの本をかふ

　

(356)　　一月三十一日（火）

終日家に在り　何君より電話

胡桃澤より手紙、返事　澤村へ電話、スコットへの紹介?をかく　ラッパールへの返書、

石城の高木よりコロ柿をくれる

大阪朝日より度々の電話あり

　

　　二月一日（水）一水會

午前結城君來　松本信廣君手紙、返事す　松本芳夫君の民謠集を刊行せぬかといふことなり

　

　　二月二日（木）　アメリカの事情談話會　中央亭

中村修二君來

夜南米の會、中央亭にて、少し又話をする

　

　　二月三日（金）

雨ふる

九時三十分にて大阪へ　車中一人も知る人なし　みのぢの山に雪多し

八時二十分大阪　大阪ホテルとまり

キマセ君へ電話

　

(357)　　二月四日

朝木間瀬訪來　正午迄話す　ホテルの食堂にて唐津の河村池田印刷局長などにあふ

社にゆき人々にあふ　つる家に行き早き夕食

夜市民講座の話、二十六日の夕のと同じやうな話

　

　　二月五日（日）

牧野輝智君同宿來話　池田君及中尾印刷社長鈴木正平氏　又河村君とも、同君もけふかへる

一時半大阪を立つ

一時より神戸青年會の爲に話をする、けふも鈴木君一所なり　門成君と一所に　尻池の婦人勞働問題の會にゆく　活動寫眞を見て時をおくる

十時の夜行にのる

　

　　二月六日（月）

八時呉着、越智二郎君迎　工廠に森山中將を訪ふ　一時間ほどにて見物了

呉の婦人會にて話す、千人以上、子供さわぎおちつかず

廣村迄自働車にてゆく　阿賀町の婦人會にて話す　法憧寺といふ寺なり

夜おそく廣島の吉川旅館に來てとまる

　

　　二月七日（火）　ヒロシマニ在り

雨終日なり

(358)集堂來　志賀虎一郎氏來　有田君《通信員》來

夕銀行集會所にゆき人々と食事す、小集の爲に話す　七時から崇�ｺ教舍にて話す

　

　　二月八日（水）

けふは晴

早天志賀氏訪來　有田君來

高等師範にゆき新見君にあふ、小日向君は十五年ぶりか

夜九時四十分にて廣島をたつ、集堂夫妻石原君送來

　

　　二月九日（木）

五時に姫路につく

六時半の汽車にて田原村へ　松岡彌之介にあふ

社に詣で丘にのぼり眺望す　妙�ｺ山にゆき田郷貫二君にあふ　悟眞院の大塚師にあふ

龍野の中原にゆく　丸萬といふ家にゆき食事

謙次郎君來、元郡長藤井氏にもあふ

　

　　二月十日（金）　「七十年」訂正

中原の茶室に坐して靜かに短册などを見る　昨夜の藤井翁訪來　寫眞をとる

自働事にてイカルガを過ぎ網干余子濱中川を訪ふ　四十年來名をきいてゐた人々にあふ

(359)五畤の汽車にて網干から　夜九時京都ホテル投宿

新村君に電話

　

　　二月十一日（土）

嵯峨にゆき渡月をわたり歩して松尾社社務所へ　長屋君逢ふ　子息チブスの由取込なり

上桂村を訪ふ、御靈社に詣る　�ｺ大寺をすぐ　下桂にて橋をわたり川勝寺をへて七條よりかへる

午後新村教授の宅にゆく

一〇、一一、一二、一三、一四京トホテル

　

　　二月十二日（日）

府の圖書館にて讀書、北畠貞顯君　若王子の山にのぼる

三浦博士を訪ふ　橋川正君を訪ふ、下桂桂女文書かる

佛教大學の役宅に妻木君を訪ふ、五六年ぶりなり

夜橋川君訪來、大谷大學の國書館主任某君を伴ひ來る　朝比企元君來

　

　　二月十三日（月）

新村君にゆき本をかへす　大學圖書館にゆきて本を見る　中村直勝君來話

三浦博士の室にて本を見る　内藤原喜田梅原などの人々とあふ

かへりに青年館にてエスペラント會員に話す

(360)夜妻木中村二君訪來會食す

　

　　二月十四日（火）

十時頃博物館に田中勘兵衛翁を訪ふ　不在

大阪にゆく　朝日社にて人々にあふ、社長にも

池松君を訪ふ、少時談話してかへる

夜又京都ホテルにとまり

　

　　二月十五日（水）

九時十五分にて京都發　二時八分濱松着、鞍智君出迎、大米屋にいこふ

三時より奉公會講演に

式場にて　金義鑑君久しぶりにてあふ

六時半にたち靜岡に來る　渡邊君出迎　袋屋にとまる　佐の春といふ家にゆきのむ

　

　　二月十六日（木）　夕工業クラブ　田中君の會

大雨

七時四十五分にて靜岡よりかへり、宅へは一時前　何君より電話

夜東京講話會にゆき話　田中高橋堀内夏秋など知れる人なり

　

(361)　　二月十七日（金）

午前靜雄來、午後目白にゆく、矢田部木越伊藤大石皆るす

小原君同上、根岸佶君を訪ふ、十日にかへりしよし　閑談

電車にて銀座にゆく　讀賣に小柳を訪ふ　不在

かひもの伊東屋　朝日による　名倉君に話

夜電燈きえこまり

　

　　二月十八日（土）

何君より電話　田島達介氏同上、新渡戸博士かへらるまじといふこと

千葉三郎來、ルイジアナ石油坑の奇事を語る

今西より手紙

　

　　二月十九日（日）

好晴、三穗の誕生日を祝ふ

早朝小泉君訪來　關口君を訪ふ、森少將にあふ　折口君により蕎麥をくふ

乾君を訪ふ　電車にて河村善益氏及水谷君にあふ

夕方かへる　若林君及和田三郎君にあふ、千葉三郎君にあふ

中村直勝君より手紙

　

(362)　　二月二十日（月）

曇、家に在り　小村へ電話、田上より同上

午前木下乙市來、朝日の人になりたいといふ話

下村信貞來、本を貸す

夜折口君來、十一時迄話してかへる

風をひく

　

　　二月二十一日（火）

好晴、家に在り、岡村來

今井甚太郎へ電話

郷土誌の校正を始む　三浦博士より手紙

　

　　二月二十二日（水）

松宮春一郎君來　杏林舍の大井信男來

午後外務に行く、伊集院氏にあふ　又菊池君松本君

日蘭協會にゆく　靜雄來てをる

讀賣に小村君を訪ふ　臺銀に田上廉平君を訪ふ

中西や有斐閣にて本をかふ

(363)　　二月二十三日（木）　夕、神道談話會　七時　山上御殿

家に在り　田村千代一來、三木正君の長子なり、法科學生

夜神道談話會にゆき南島神道のことを話す

　

　　二月二十四日（金）　朝田邊氏を訪ふこと　夜同人會　燕樂軒　六時

小雨、夜又ふり來る

田邊尚雄氏を訪ひ、蓄音器の話をきく

風月にゆく、庄司　銀座にて蓄音器及レコード　三越によりかひもの

同人會、本郷四丁目の燕樂軒

田中信良君より手紙

　

　　二月二十五日（土）

朝日により神崎君及名倉君と話す

西園寺を訪ふ　不在　本郷大將を訪ひ閑談

夕松本信廣芳夫二君訪來

　

　　二月二十六日（日）

八重山の岩崎氏へ手紙

寫音機を屆け來り試用す

(364)木村林次郎君訪來　蓄音器をこゝろむ

梅原君佐味田古墳誌をくれる

夕方櫻井秀來

移川君より電話　本山より電話

　

　　二月二十七日（月）

夜來微雪、雨を加ふ、少し寒し

岡村君來　下村信貞來

岡村千馬太八木貞助二氏?

　

　　二月二十八日（火）

　

　　三月一日（水）

午前家に在り

三時頃朝日の社に行く　名倉美土呂二君と共に喜多野やに行き夕飯

朝小池直太郎君來　何盛三君來

　

　　三月二日（木）　夕陶々亭　六時　史料へ行くこと

晴　大學の史料へ本を見にゆく、三時までをる、田山眞鐡にあふ、八代宮地等の人々にも、

(365)處々にて本をかふ、文行堂及丸善

三田地人會の人々に招かれ陶々亭、移川君にあふ

　

　　三月三日（金）

晴、孝と共に三越高島屋などに行きかひもの

第一相互館の七階にて晝めし

唐澤君を訪ふ　不在　安廣氏を訪ふ　同上

夜安東叔父君叔母君來訪

　

　　三月四日（土）　八木君來訪ノ筈

雨

中央佛教社の森田大圭來

岡村より電話、岡へ同上　所々へはがき　信州、宮古島など

夜岡君牧野輝智君と共に喜多野家にて會食　社に行き安藤君にあふ

東須太郎手紙

　

　　三月五日（日）

三穗爲正三千同行　河村氏へ行　三千齒の療治

つるみ花月園にゆきあそぶ　桃太郎公園に上る、鬼の門をくゞりて

(366)木越姉上來給ふ

夜今君來、叔父さんのかゝれた自分の肖像のふち持參

　

　　三月六日（月）

家に在り

岡村君來

　

　　三月七日（火）

夜來雪ふる、寒きこと冬なり

議會のごた／＼を新聞にてよむ　夜石黒君來訪

　

　　三月八日（水）一水會

赤尾洋服店主來

朝日にゆき、安藤君にあふ　又神崎君

一水會、華族會館、會者十七人　小野さんの自働車でかへる

　

　　　三月九日（木）

服部教一君訪來

小原達明君電話、今夕の會は見合せといふこと

(367)矢田部姉上來給ふ

岡村より手紙、返事　安藤君へ手紙　胡桃澤、本山二君より手紙

十一時の汽車にて新宿より

　

　　三月十日（金）

朝富士見の邊より雪

上諏訪にて起きる　八時四十分辰野の電車　途中雨となりまどくもりて何も見えず

西川店主上片桐迄迎ひ來てくれらる　張原へより二十年ぶりに老刀自にあふ　安東に行てとまる

夜岩崎篠田などいふ人來る

　

　　三月十一日（土）　飯田ノ話

伯父君とはてもなく話す　米久保西川來訪

長久寺と來迎寺との墓にまゐる　黒須をとふ

午後二時半から小學校に行き話　聽衆少し　營業中の田中學來會

夜仙鶴樓といふへ招かれてゆく

　

　　三月十二日（日）

十時半の自働車にて飯田を立つ、人々送來る、

小林洋吉あふ、青年會の横前周助なども

(368)十一時四十分上片桐電車　三時の辰野の汽車　六時に福島につく　岩やにとまる

夜小學校の諸君訪來　雜話をする

　

　　三月十三日（月）

朝は木曾の岩屋の二階に水の音をきゝてあり

十時頃より小學校にて話す、午後も亦話

夜小谷の馬場治三郎君等と靜かに話す、小池直太郎君は常に傍に在り

　

　　三月十四日（火）

十時半頃福島をたつ　小池君送來る

一時半に松本着　胡桃澤手塚二君及林八十司君出むかひくれらる

幼稚園の二階にて話をす　それから淺まの月の湯に行きてとまる

松本ホテルにいこふ、午食

菅沼政英益司の二君訪來る

　

　　三月十五日（水）

女子師範學校にゆきて郡教育會の爲に話す　午前十時より三時迄

午時驟雨あり、急にさむくなる

松山まさ子にあふ、十五年前母と四歳に家に訪來りしまゝなり

松本館といふに招かれて行き食事又話をす

　

(369)　　三月十六日（木）

九時に淺間の月の湯を立つ　松本ホテルにより松岡刀自にあふ

吉田昌智翁を訪ひ菅沼安東一族皆あつまり食事及寫眞

一時の汽車にて松本をたつ　胡桃澤君同車おくり來る　長野藤屋とまり

夜おそくなり胡桃澤君かへる　人々訪來る

　

　　三月十七日（金）

朝岡村千馬大君訪來　市教育會の清水君來

江口俊博君訪來　十五六年ぶりにあふ　小山茂市夫婦小布施よりはる／”＼逢ひに來る

午後と夜と二度講話

大本瀬の明照殿にて、夜のは酒の醉ありて十分ならず

　

　　三月十八日（土）

十時の汽車にて長野をたつ　豐能迄小山夫婦同車　關山の雪なほ地を蔽ふ

柏崎にて相原郡長を訪ふ　不在なり

越後鐵道にて彌彦に詣でんとするに西吉田は急雨なり、見合せて新潟に來て篠田に投宿す

　

　　三月十九日（日）

新潟に滯在

(370)山中氏を訪ひ盲　　唖學校に行てあふ　それより圖書館　夕方まで本を讀みてくらす

又本をかりてかへる　夜十二時までよむ

　

　　三月二十日（月）

新潟圖書館に行き　咋日の本をかへす、新市長柴崎雪次郎氏にあふ

十一時の汽車にて立つ　阿賀川の谷の春色淺けれどもなまめかし

郡山わらやに投宿す　十八年前にとまつた家

小田島琢君訪來、病後且長子を失ひ大によわつてゐる

　

　　三月二十一日（火）

七時半にて郡山から平へ

雪ふる、山のこなたは雨少しふる

北神谷の高木誠一君の家に行きて見る、村の山を逍遥し永友の和田甚内氏の宅を訪ふ　草野驛八時の汽車にて平へ引かへす　夜中の二時の汽車にて平をたつ

　

　　三月二十二日（水）

八時上野驛歸着

こたつにあたりひるね　處々へ手紙の返事をかく

喜多野家へ小原君招　賀來島田二君同席

　

(371)　　三月二十三日（木）

松本信廣訪來　下村信貞訪來

井上泰忠來、東京の法科へ入り得たり、越中史料持參

千葉三郎より電話

黒須七郎訪來、五月中旬たつよし

　

　　三月二十四日（金）

關口健一郎君訪來

孝と共に三越にかひものにゆく、上野君にあふ　丸善、十字や、服部など　村井の下の東洋軒にてひる

外務にゆき杉村君にあふ

鈴木にてカバンをかふ

莊司にゆく、朝日に行き濱田鈴木の二君をさそひ赤阪鳴門にゆき夕食

　

　　三月二十五日

風さむし

早川孝太郎君來　千葉三郎同上

伊集院氏より電話

赤尾洋服や來る　蓄音器を直しに鯉沼君來

(372)石垣島の岩崎氏より手紙　先日は喜舍場君同上　岡村より手紙、同上及折口佐々木へ手紙

　

　　三月二十六日（日）

松島重訪來

午後三人の子供をつれて木越にゆきあそぶ、寫眞をとる

市谷八まんに詣で鳩に豆をやる

夜はちく音器をきゝてあそぶ

　

　　三月二十七日（月）

藤原藤一郎君村上貞一といふ人を伴ひ來る

正金に行き兩替

川崎君を島屋に訪ふ　既に返りて在らず　朝日にゆき安藤兼田大山などの人々にあふ

井上を訪ひ夕食迄をる

麻布霞町に齋藤守國君を訪ふ　寫眞のこと

　

　　三月二十八日（火）

ネフスキー君來　岡村君來

「郷士誌論」出來　之をよむ　芳賀博士校訂の今昔下卷來、之をよむ

風大にふき塵たつ

　

(373)　　三月二十九日（水）

毛利八郎訪來　此事に付松岡へ電話

下村氏夫人に電話、七月に神戸着のよし

仙臺の安東氏夫婦來訪　昨夕入京となり

妻木君手紙、原町會のこと高島氏へ

　

　　三月三十日（木）

爲正をつれて博覽會を見にゆく、ほんの水上飛行きにものる、名取にあふ

桑木夫人に萬世ばしにてあふ　かへりに神田にてかひものす

シャツ屋中島來　松山まさ來　一泊し朝早くかへる

　

　　三月三十一日（金）　銀行クラブ　夕五時　田尻の會

雨ふる終日、赤尾來　安東の叔母君

關口の娘昨日嫁入のよしにてけふ新郎とゝもに雨中玄關まで訪來

夜田尻翁の會にゆく　二十二三人集る　八代準君と一所にかへる

　

　　四月一日（土）

好晴清和なり

(374)桑島要來談

午後家に某會あり見る

戸田氏秀氏電話　杉榮三郎君同上

胡桃澤君手紙、返事す

　

　　四月二日（日）

子供四人をつれ布佐へゆく　八時四十五分上野

汽車おくれたれば我孫子の角屋に行き晝食す　それからあるきて三時半湖北より漸く布佐に行くを得たり、六時にて引かへす　墓參す　汽車大混雜、九時半に漸くかへることを得たり　無事

るす中福良虎雄君來

今井幸則君にあはんとするに此朝父死去のよしいふ、おどろきかへる

　

　　四月三日（月）

終日家に在り　琉球國由來記をよむ

木越進來る

　

　　四月四日（火）

夜來靜かなる雨、家に在り

何君より電話　胡桃澤佐々木より手紙、寫聲蓄音器のことにて銀座の店へ電話

(375)成田を招き寫眞をとる　雨の中なり

外務小林君より電話

栃木縣理事官松平外與麿來、十三日話に來てくれといふ

風をひく

ことわる

　

　　四月五日（水）

胡桃澤君より再び手紙

夜牧口常三郎君訪來

毛利八郎へ手紙、松岡へ紹介す

小田島琢君が死んだといふ報

　

　　四月六日（木）　六時　一水會　紅葉館

岡村しげ子、信州の小山女史をともなひ來る

野州新聞社長森下國雄訪來　菊池惠次郎君來

午後父上孝三穗三人と共に朝日の新聞展覽會を見にゆく

安藤、美土路の二氏と話、大阪の高原君來てあり

紅葉館にて一水會、九時かへり來る　電車にて星野君にあふ

　

(376)　　四月七日（金）

雨しづかにふる、家に在り

田村利親翁訪ひ來る　四百五十年來の舊居をうり再び京に入る云々、窪田に紹介す

午後ネフスキー君來る　宮古島の話をす、

夜新潟の松木弘氏夫人來訪、二十二年此方の驚く話をきく、靜雄へ電話

　

　　四月八日（土）

戸田氏秀氏を訪ふ　少談　爲正の學校を參親し小原諸見里の諸君にあふ

安東氏を訪ふ　不在

午後家に在り　毛利八郎訪來　夕方石黒君より電話

桑田氏より手紙、返事す　スコットのこと

今井幸則より手紙　返事

朝小寺融吉來

　

　　四月九日（日）

上山君來訪　閑談

午後石黒君を訪ふ、老人にも面會す　矢田部姉君來給ふ

獨乙の本漸くつく、田中君の宅へとりにやる

相原、手塚、佐喜眞より手紙

　

(377)　　四月十日（月）　九時四十五分迄に東宮御所

東宮御所に參り國際聯盟の話申上　外務省杉村君等にあふ

風月にゆき人々と語る　朝日にゆき名倉君と語る

市役所に後藤男を訪ふ　内務省に荻野清原二君にあふ

本の整理　ラッパール博士返事

　

　　四月十一日（火）　矢田部婚禮なり

桑田博士來訪　何盛三君來

文部に行き幣原松浦の二氏にあふ　尚侯家を訪ひ家扶にあふ

矢田部勁吉婚儀の宴　富士見軒

唐澤を訪ふ、五月末には立つよし、大阪の弟にあふ

ポンソンビー手紙

　

　　四月十二日（水）

佐喜眞興英訪來　フレエザーを貸したり　又ネフスキーの本

孝三穗千枝勝子同行　仙川より牟禮から井之頭迄　水邊の櫻到處によし

夜岡村君訪來、二十一日の會のこと

　

(378)　　四月十三日（木）　午後木下乙市君來るべし

岡村より電話　木下君午後來　田村千代一來、司法官試補となるべしといへり

村澤せん刀自來、三十五年ぶりに實子にあへりとてつれ來る　木越姉上來給ふ

二十一日の會方々へ案内　穗積、河野へ電話

　

　　四月十四日　夜原町會　エンラク軒

仙臺叔父さん夫婦、吉野高野よりかへり來

吉田茂君訪來

外務省情報部にてエスペラントの話をする、朝日にゆき杉村成澤竹中などの人にあふ

夜原町會會者十五人　主として七年ぶりの妻木君の會なり

　

　　四月十五日（土）　午前宅ノ碁會

越前長崎稱念寺の高尾察玄氏訪來　楠田薫來、永井亨君へ電話　松本信廣君來

福良君よりはがき、返事

杉根岸の二君來て碁をうつ、夜迄話してかへる

長野市教育會の清水君外一人先日の禮に來る　朝日の藤田君より電話

　

　　四月十六日（日）　午前、寫眞トリニ來ル　澁澤敬三君可來

日本乾板會社の技師來　子供たちの寫眞をとる

(379)午後澁澤敬三君來　岡村千秋來

　

　　四月十七日（月）　六時　中央亭　下村君會

岩崎喜舍場二君來　沼田才治君來　星野輝興君來　松岡一郎來、榮一の子銀座にゆき本のカードをかふ　外務に行き杉村松本君にあふ　山川局長にあふ

夜中央亭にて下村庄崎二氏の歡迎會

るす中手塚縫藏君來

　

　　四月十八日（火）　流行會なり

九時下村氏を訪ふ　吉田茂君次て來り紹介す

鈴木文四郎君にあふ

外務に行き松本小林君などにあふ　旅費をうけとる　中央亭にて乾君にあふ

三菱銀行、白鳥博士にあふ

天野をとふ、理髪　森下町の井上を訪ひ安東氏にあふ

流行會にて小話

るす中山中翁來

　

　　四月十九日（水）

孝同行　博覽會を見にゆく、一日がゝりなり　矢田部姉上、外山君あふ

(380)文化村の家を見る

尾島より手紙　るす中楠田母子來、

新村よりはがき、上京なし　るす中結城禮一郎來

けふ上野にて澤田穗束來にあふ　咋年子を失ふといへり

　

　　四月二十日（木）　夕方山中翁可來　河内屋會六時

箱根丸出帆のびるといふ　報知

宮良當壯來　山中翁來て、納札はり込帖を見らるゝ

河内屋の會、下村君歡迎　高木角二君催なり、石井君と一所にかへる

　

　　四月二十一日（金）　五時　如水館

荷物をこしらへる、少しづゝ

神田に行き古本屋をあさる

南島談話會、一ッ橋加水館にて、上田白鳥三浦新村幣原五博士、本山波多野、移川中山折口金田一岩崎喜舍場東恩納兩松本星野などの人々

　

　　四月二十二日（土）　五時　工業クラブ　東京講話會

家の碁の會に、上山君來り會す

東京講話會、工業クラブ　小阪君のエスペラントの話あり

　

(381)　　四月二十三日（日）

菊池惠次郎君より電話

關口氏夫人訪來　幣原博士訪來　中山太郎君同上

胡桃澤君より地名カード預りの手紙來る

木越氏來訪、逢不得

　

　　四月二十四日（月）　五時半　錦水　二時　ブカナン氏來

大雨

結城君來　松本信廣君來

孝と共に買ものにゆく　錦繪及三越にてきれ類

江木翼君をとふ　るす、夫人と話してかへる、倉富氏を訪ふ　亦るす

赤阪錦水にて兄弟の會　神吉國手加入

午後ブカナン尾島二君來　約束をわすれし爲空しくかへる

　

　　四月二十五日（火）

藤田志郎君來、本を贈る　兩君來　いろ／＼のことを話してゆく

早朝星野君來　ブカナンへ電話

國學院大學の祭祀研究會にて沖繩の話

(382)船が又一日のびる

高田十郎君手紙返事す

　

　　四月二十六日（水）　早川君よりおとら狐の話（再考）送り來る

楠田薫來

十時前大地震　土藏の壁おちる

慶應に行きビユカナン氏にあふ　戸川君と三人にて東洋軒にて食事

拓殖局にゆき委任統治の話をする　宮内省にゆき關屋三善二君にあふ

るす中喜舍場君來

小田内より電話

　

　　四月二十七日（木）　六時迄　東宮御所御召

高木誠一兄弟訪來、

小田内より手紙

矢田部を訪ひ寫眞をとり了　神田にゆき蓄音機のレコードをかふ

るす中　大信田繁質來

東宮御所御召、大竹少將同席

　

(383)　　四月二十八日（金）

九時前家を出でゝ茅崎に行く　安東氏見まひいとま乞なり

電車にて越前の高尾及遲塚君にあひ、汽車では黒板君とあひ來る、十時二十七分發四時十九分のにてかへる

又停車場にて安樂翁にあふ、

るす中今井甚太郎來

　

　　四月二十九日（土）　午時木越に招かる

外務にゆき　菊池君小村君にあふ、貴族院に行朝日に行　木越にて晝の馳走なり

夜中村茂訪來

けふるす中　久保田米齋君來、扇子自畫　餞別なり

　

　　四月三十日（日）　内郷行

内郷へ遊びにゆく支度　くもり雨ふりやめとなる

胡桃澤君より手紙あり

諸見里朝賢君來、午後話しつくす

安東叔父君來訪

　

　　五月一日（月）　五時　四谷の三河屋

輝夫より電話、金鈴社の陳列見にゆくひまなし

(384)折口君來　小田内通敏君來

高木誠一君來　共に郷土會の送別會にゆく

中桐小此木正木牧口今小野小田内草野　寫眞をとる

　

　　五月二日（火）

宇野鐡代君今朝頓死五十云々

早川孝太郎君來　中桐君來、小此木君來　北原君來　岡村君來

松本信廣君訪來、原稿をわたす

桑木君來

　

　　五月三日（水）

外務省にゆき人々にあふ　陶々亭、木越夫婦矢田部姉上など會食

朝日にゆく、銀行及理髪　井上による

一水會甚だ少人數なり

　

　　五月四日（木）

井上泰忠來　奧平武彦來　石黒君來

木村林次郎君に招かる、赤阪錦水　乾菊池高橋清一君同席

　

(385)　　五月五日（金）

成瀬達君來　河井彌八君來

折口君來訪　夜岡村君來

　

　　五月六日（土）

毛利總七郎君より手紙

井上さだ子來、内玄關迄

金田一京助君來　小田内君訪來　杉村陽太郎君玄關迄來　村上晴子木越子供矢田部刀自來

三穗子齒痛

輝夫來、牧口常三郎君來

　

　　五月七日（日）　二度目ノ渡歐ノ日

吉村源太郎君來　安藤叔父上來　中村茂君來

四時半宅を出づ、母孝四人の子供

東京驛に來てくれた人々　長谷川、波田、外山、金田一、北原、桑木、藤岡夫婦、靜雄輝夫　松島、橋本、井上姉上

矢田部木越

木越男横濱に來て在り

岡村、安藤貞雄、矢田部勁敏

　

(386)　　五月八日（月）

大津邊にて目さむ

大阪にて黒須同車同行船へ　増田、鞍智、中村國包など來る、津田素彦にあふ

豐島三浦田中子、愛久澤君など同じテーブル也　久しぶりに松本君にあふ　加藤氏にも

十一時出帆す、夕陽に鹽飽の島の中をすぐ

　

　　五月九日（火）

朝七時過門司入港　九時過下關の方へ上陸　山口につく、車にて見物

橋本知事にあふ、自動車をかり御堀の氷上山興隆寺、妙見《カ》社圖書館を見る、厨川肇氏にあふ　博物館を見る、依田鍋三郎在り　五時二十四分にて山口を立ち　湯田に來てとまる　松田や　大正四年のまゝの庭なり

　

　　五月十日（水）　周防の山々のつゝじの花

四時半におきて湯に入る

五時四十分の汽車にのる　下關迄田中信良君來

十時船にのらんとして西園寺君にあふ、山陽ホテルの前にて正午の出船おくれて五時少し過ぎになる

夕方に六連をすぐ　壹岐と對馬の間を船とほる　つかれたれば早くいぬ

　

　　五月十一日（木）　雲あり　風さぶし　海はしづか

船は北の方をとほる　濟州島の南の海なりといへど見えず

(387)正午三十二度二十九分迄下りたれど尚さぶし

大阪の人と碁をうちて二度まで負けたり　此人々上海迄

月よし

　

　　五月十二日（金）

十二時上海に入る　大谷氏隨行淵上君迎に來る

村上君の事務所にゆく　同君と三人　會審衙門傍聽　永安公司の樓に上る　大谷光瑞氏の新居を訪ふ

都益處にゆき夕飯　領事館の人々にあふ

村上君のところに泊る　しづかなり

　

　　五月十三日（土）

村上君夫婦と四人ジェスフィルド公園を見にゆく、シャコ盛に鳴く

ケリーワルシユにてピジンインダリシュの本をかふ

十二時十五分出帆　豐島博士と碁、二勝一敗

島の燈臺の火を見る

　

　　五月十四日（日）

地平線上にうすもやあり　夜くらく遠く燈臺の火見ゆ　午後又豐島君と碁

有朋堂文庫の黄表紙十種をよみ了る

(388)安藤今二君へ手紙をかく

　　香港迄五三九哩ハアル

　正午　南イ　二七ノ二九

　　　　東ケイ二二ノ二三

　

　　五月十五日（月）

滿鐡の長尾といふ人と話す　此が調査課長なりといふ　岡田氏のことをいふ

豐島さんと碁　又二敗

エスペラントの稽古　魯菴氏の獏の舌をよむ　夜茶話會、カッパの話をする

　正午　南イ　二三、三五分

　　　　東ケイ一一七、五二分

　　香港へ二三二哩

　

　　五月十六日（火）

香港八時過入港、九時上陸　自働車にて島を一週す

レパルスペーのホテルにいこふ　晝食は清風樓にて、三菱の大久保氏に招かれたり

町に出でゝ雨中かひもの

愛久澤氏と碁をうつ

金陵酒家にて夕食　東京ホテルに泊る、六人一所なり　愛久澤豐島三浦田中阿部

　

(389)　　五月十七日（水）

領事官官舍に郡司君を訪ひ委任統治の話

陶々仙館にて晝食、領事館拂なり

午前浮田刀自の一行と山頂に上る

郡司久我二君送來　午後四時出帆　けふはさして暑からず

　

　　五月十八日（木）

けふは暑くて殆とたまらず　ろくに書もよまずうつ／＼たり

夜デッキにすゞむ、ふけて風室にふき入る

　正午　南イ　一八、四四

　　　　東ケ　一一一、四六

　　新嘉坡へ　一一七一哩、時計八分オクレル

　

　　五月十九日（金）

曇り少しすゞし　船はカムラン灣の山に近くゆく　砂濱見ゆ

理髪、けふよりスヰープ始まる

午後豐島君と碁二敗　村上貞藏君と同上　一勝一敗

（夜トランプ）

(390)　　正午　北イ　一四、一一

　　　　東ケ　一〇九、二五

　　新嘉坡迄　八六八哩

　

　　五月二十日（土）　昨夜は暑くてたまらず　デッキに出てねたり

早天に白雨あり、されどむしあつし　その後度々雨あり、やゝすゞし　エスペラントを勉強す

昨夜南極星を舟のゆくてに見る

燕石雜志よみ了る　家へ手紙をかく、かくことなし

二八〇哩走る

　　新嘉被へ尚五九一哩

　正午　北イ　九度三七

　　　　東ケイ一〇八度四三

　

　　五月二十一日（日）　昨夜は風吹入りてよくねたり　朝早くめさむ

日の光のまばゆさよ

稻岡君と碁三局打てり

風つよし　向ひ風なり　雨もをり／＼、ドミノをしてあそぶ

　正午　北イ　五、五

　　　　東ケイ一〇六、三三

(391)　外に三〇四　新嘉坡へ二九四

　

　　五月二十二日（月）

九時頃より馬來半島の山々見え來る

十二時新嘉坡につく　小栗復吉君此地郵船支店長なり　今ばん行てとまる

愛久澤氏に招かれて星州館にて馬來料理

自動車にて島めぐりす　柔佛國見ゆる所迄

午後白雨

　

　　五月二十三日（火）

百千鳥曉をこめてなく　小栗君の庭花多し　昨夜來尤清涼なり

領事館と三井の横山君をとふ、ハヾナを買ふ

長尾井上加用三君と又郵船の自動車にて島をめぐる

五時出帆、海峽の夕日うつくしきこと限なし

　

　　五月二十四日（水）　昨夜船内すゞし

早天船はすでに滿刺加の沖に在り　二時過までこゝにをる、船長の室にて茶

三浦博士其他若干の人見物上陸、ドリアンの臭滿街のよし

ドミノ、ブリッジをする　英人サーニップ日本將棊を挑み來る

(392)此夜大にあつくねがたかりし

　

　　五月二十五日（木）

早く起きたり　ペナンの島朝食前より見ゆ　午時入港すべしとなり

骨董集（京傳）をよむ

一時半のハシケにて上陸

女の人たちを案内し植物園極樂寺及蛇寺　どこもドリアンマンゴステンの盛り　アボタンと云ふ菓物をくふ

日本ホテルにいこふ　六時頃白雨

　

　　五月二十六日（金）

六時にペナンを立つ　海やゝ荒し

加藤國手と碁をうつ　夜は又トランプ、ドミノ　本を見ること少し

　正午　北イ　五、四〇

　　　　東ケイ九九、一〇

　　コロンボへ　二一〇五

　

　　五月二十七日（土）

けふは昨日よりも更に荒し、雨しば／＼ふる　すこしゑひたり

醍睡笑をよむ　夜早くねる

　

(393)　　五月二十八日（日）

手紙をかく、けふも風つよし

東遊記西遊記をよむ

ドミノトランプ、碁、デッキビリアードいづれも少しづゝやつて見る

夜雷大になる　スポートの催始まる

　正午　北イ　五、五〇

　　　　東ケイ八九、三〇

　　　　　　　　六二五

　

　　五月二十九日（月）

けさは風少し西になる、あつからず

西洋人の子供　菓子をもらひに來る

　　　　　　　五、四六

　　　　　　八四、四三

　　　　　　　　三四〇

　

　　五月三十日（火）

　

(394)　　五月三十一日（水）

デッキビリヤード、及トランプなど

コロンボの港に入れば日はもうくれ／＼の七時なり

人々カンヂーヘ行く、自動車にて九時上陸、ハツシムにて買物、自動車にて闇の町を一めぐり、

東郷商會、首藤不參の日

葉書き十枚ばかり出したり

九時半船長のランチにのり又ハワシクに行きそれより自動車にて町をめぐる　博物館に行きて見る

モントンヰニヤのホテルに行き晝飯、浪打きはの岡なり　日てりて椰子多くみのれり

東郷商會の社宅に行く、二人の支配人の若い細君と子供を見る

いろ／＼の菓實を求めたり

六時半日のくれ／＼に船出づ

北窓瑣談をよむ

　

　　六月一日（木）

朝くもり雨少しふる、風浪さまでならず、昨日の新聞をよむ

キングスコヽナツヽの水をのむ

外人にまじりトランプの勝負　相手は「モルゲンセン」　夜十一時半迄三勝一負なり

　正午　北イ　七、三〇

　　　　東ケイ六、二七

(395)　ポートセード　三一九〇

　

　　六月二日（金）

けふは晴れて浪少し　海の色うつくし

狂言記をよむ、エスペラントも

いろ／＼の競技はじまる　午後碁二敗、豐島、加用　同じく將棊一敗　加藤氏に

何もせずして夕方まで　夜トランプの勝負

　　　　　　　八、三三

　　　　　　七一、三六　　二八八九

　

　　六月三日（土）

海は平なれどうねりあり　風すゞしく室内はあつし

本をよむこと少し

英帝誕辰、祝賀あり　夜デッキにて星の話あり

午後船長の室に行き兒島君の繪を見る　夜は又トランプ

　　　　　　　九、五八

　　　　　　六六、四二

　　スエズへ　二五八六

　

(396)　　六月四日（日）

朝のうち碁を一面　午後デッキゴルフの稽古

夜は又トランプ、うつゝなや

　　　　北　一一、一二

　　　　束　　六二　五八

　　スエズへ　二二九八

　

　　六月五日（月）

波たかし　船大にゆれる

ザメンホフ傳をよむ

夜ゲームにまけること散々　ブリッジのみはかつ

　　　　　　一二、二二

　　　　　　五七、一九

　　　　　　　　二〇一七

　

　　六月六日（火）

プロムナード　デッキ迄浪のしぶき來る

八文字屋本をよむ

　　　　　　一三、二一

(397)　　　　五二、二一

　　　　　　　一七二一

　

　　六月七日（水）

花合せ始まる

　此スヰープにも當りたり

ブリッジの手合に一等を得、相棒はモゲンセン

松本丸とすれちがふ　午後より暑きこと甚し　アデンの燈臺夕方から見ゆ

　

　　六月八日（木）

西鶴文集をよむ

午前から花合せ、大島加用稻岡君など　加藤君と將棊

モゲンセンの御馳走

加用高橋林三君とブリッジ　兒島高橋林三君とデッキゴルフ二

西洋人の群にブックヂンナイといふあり

紅海の島多く、かもめあまた飛び來る

　

　　六月九日（金）

昨夜は曉迄デッキにねたり

(398)ゴルフとトランプにて日をおくる

　　　　　Ｎ一七、五八

　　　　　　四〇、一〇

　　　　　　　　八二五

　

　　六月十日（土）

けふから大分すゞしくなる氣味　初秋に似、海の光うつくし

運動會はじまる　午後はブリッジ　夜は碁の見物

　　　　　Ｎ二一、四七

　　　　　Ｅ三七、三六

　　　　　　　　五五四

　

　　六月十一日（日）

けふは愈々すゞし　理髪　毎日同じやうな生活

江戸名所圖會をよむ

　

(399)　　　書簡

　

(401)　　　田山花袋氏宛

　

一　〔【明治二十九年七月廿五日夜　東京市牛込區喜久井町二十番地田山録彌樣　下總國銚子犬吠曉鷄館にて　松岡國男　封書】〕

拜讀生は二十四五日頃は此地に留るべし　二十二日に稿を終り給はゞ直に來給はずや　荒涼たる大浦の朝夕は流石逸興の湧き來るものも候へども何分一人にて右にも左にも語るに足るべきものもなき譯なれば退屈の方が力を得るやうになり申候　君のしごとの邪魔もすまじければ筆と紙とを持してしばらく來たまふまじや　太田なども誘ふわけには行かぬにや　元々喪中ながらまゐりし程なれば身體の丈夫になるまでをるべく命ぜられたるなれど獨にてはいかにも力なくて時々かへり度なり申候　昨日は銚子の町にまゐり終日遊び候へばよく候ひき

小子もまだ少しかねがほしきがどうすればよからんか御相談申上候　書物もなき處に在りて杜撰なる飜譯をするもいやなり他に書きたき事は多くあれどもあてもなければ取かゝる力もなきなり

うらわか草は如何にすべきにや之も部署さへきまらば病人ながらかき可申候　兄にあひて此話もし度なり　太田加藤などの人々はいかゞなされをるにや　又戸川島崎君などは如何心ぼそきまで消息を得ず候

國民之友の事羨ましき機會に候　君が全力を用ゐ給はむ事は小子が求むる迄もなき事と存候

此二三日の獨居に色々のうれしきフヮンタジーを經申候　太田我に對して坐し逐一之に耳を聳て候はゞたのしき事に候べし　太田といへば後の坐敷へ太田によく似た男昨夕より參り申候　彼と同じ歩き方して今も浦つたひいたせるが道に見え申候

(402)病は追々わすれゆき候へどもまだいたはる所存なり心におぼゆるがまゝをかきつけ候へば熱にうかされし人の語の如くなり申候　御推讀々々々

　

　　　　　　　二　〔【一九二一年十月十二日　東京市外代々木一三二　田山録彌樣　柳田國男　繪はがき】〕

ジュネブの秋色は正に酣に候へ共段々人も去り用も片付候間一度歸朝可仕存居候　此から南フランスに入りドーデーの小篇にかゝれた田舍をあるいて見るか又はリ??　エラからモナコ邊をあるかうかなとおもひをり候　日本には十二月中旬にはかへり着可申候　御平安を折り候

　

　　　　　　　三　〔【一九二一年十月十七日夕　東京市外代々木一三二　田山花袋樣　マルセーユ柳田國男　繪はがき】〕

タルタランで知つてゐたタラスコンと法皇の舊都ア　　ギニオンとがこんなに近いとは知らなかつた　町に出てドーデーのレツトルドモンムーランを買つたが此港ばかりはアフリカのやうな心持でルベロンの羊飼と星の話がもう似つかはしくないやうに感じた

　

(406)　　　南方熊楠氏宛

　

　　　　　　　四　〔【明治四十四年三月十九日　紀伊西牟婁郡田邊町中屋敷　南方熊楠樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

拜啓ヲコゼのことは小生も心がけをり候處今囘の御文を見て欣喜不能禁　まだ御一閲被下ざるかと存候舊稿一御坐右にさし出候　其後心づき候些々たる二三點は來月の會雜誌にかゝげ可申候　中國邊より若干の材料を引出し度ものに候　山神に付き書物より拔出し置候こと五六件有之候　何時にても御用に供し可申も狼との關係はまだ見當り不申候　小生は目下山男に關する記事をあつめをり候　熊野は此話に充ちたるらしく被存候　恐入り候へ共御手傳被下度候

今一つ御願は今年は日本の地名に付ての小研究を公に致度存居候が御地方の地形寫眞エハガキにて其地名のつかりをり候もの有之候はゞ御拾集被下度候　平日深く欽仰の情を懷きをり候處曾て遠野物語御覽被下候よしにて御引用被下候のみならず今又ヲコゼの御説御表示被下候につけて突然ながら一書拜呈仕候　恐々頓首

　

　　　　　　　五　〔【明治四十四年三月二十三日　紀伊西牟婁郡田邊町中屋敷　南方熊楠樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

拜復奇異雜談は多分狩野享吉氏文庫に可有之同氏承諾せられ候はゞ借受さし上可申候　内閣文庫に有之候は寫してさし上可申候　死屍より血出づること今迄注意いたさゞりしも何か見當り候はゞ必可申上候

神社合併過度のことに付御熱心なる御抗議有之候ことは木下友三郎君より承及居候　御意見書内相に御示し被成候共(404)よみ申さゞるべきか　それよりも是非御公表可有之小生紹介の勞は辭する所に非ず候も永く共其まゝ御出し被成候やう願度其掲載に關する紹介は如何ほどにも力め可申候　小生の考は御調査書拜見の上にて可申上候も新令施行の弊と關係者の利慾心と結合していやな結果を生じ候ことは今より想像し得候　御地方にては最早永遠に中止となるべき見込では無之や　もしや又しても此計畫再發するやうならば小生も必ず防止に盡力可仕候　草々

　

　　　　　　　六　〔【明治四十四年四月十六日　紀伊西牟婁郡田邊町中屋敷五十二　南方熊楠樣御返事　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

拜復　過日は卑考に付御親切なる御注意なし被下御禮申上候　又御葉書に依れば神社合祀の弊に付ては思召の如き匡正行はるべき由御滿足拜察仕候　御地方は先々邊土の内故地方の希望の徹底せざる場合も折々可有之其折力及び候はば將來も仲介の勞を辭し不申候　奇異雜談に付ては狩野博士へ手紙にて申入しのみ故まだ返事來ず候　近日自身訪問せざれば埒明かざるべく候　目下は日曜用多く行く能はず候　御待ち可被下候

山男に付ては小生は之を現在も稀々日本に生息する原始人種なるべしと信じ近日之に關する小文を公にし度希望あり　其附録として諸國の山男に關する見聞談二百位を生のまゝにて蒐集し度に候　仍て御事業の山人考は別に何か御公表の方法を御取被下切レ／”＼の話のみをきかせ給はり度候　話の數さへ二百に達し候はゞ今年中にも出版し度考居候《目下百三十程有之》シンドレラの話拜見仕候　今迄に外國と共通の物語に付此迄の御研究ありしとは知らず獨力にてこれからやらねばならぬやうに考居候ひしはまことに遼東の豕に候ひき　此後は何分御指導所仰に候　昨年來小生が捜索致候は御話のものよりは一段廣く分布致居候口碑の類に候　少しく之を分類致し昨年十二月及本年一月の「太陽」に一部分を掲げ置候　もし御手元に其雜誌無之ば買求めさし上可申候間何とぞ御覽被下度候　朝鮮などに根原を有するもの多かるべしと存候も一向研究行屆かず候　御心付の點御申聞被下度候　此後も段々に進み度考へをり候　東洋學藝雜誌にダイダ(405)ラボシの足跡のこと御書被成候よし早速拜見可仕　小生も之に付多少の材料をあつめ居候も他の雜誌に出でたる諸氏の談を見ての上と存じ遷延いたしをり候、恐々頓首

　

　　　　　　　七　〔【明治四十四年四月三十日　紀伊田邊町中屋敷五十二　南方熊楠樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

過日は御多用の處を山中の傳説細々御書送被下御芳志御禮申上候　此方にては御約束のことも未だ果さず申譯なく候　日曜ばかりが讀書の日に候を來客多く甚だ思ふに任せず候　近くは又近縣へ出張致候爲おくれがちなるべく御海恕を乞ふ

七難のソヽ毛のこと小生も注意いたし候のみにて由來を究め不申候　追々しらべ度ものに候

御話被下候話は小生今囘の蒐集の外に屬し候も別に綜合して多少の意見を附け度存居候　熊野はどうしても自ら旅行せねばならずと考はじめ候　山男に關聯してうかゞひ度こと二三あり

一　山中の植物にて人類の食料に適するものは格別貯藏の勞なしに年中不斷に可有之や　もし山男が眞の人類なりとせば食物のサイクルといふやうなことを考へねばならず候

一　狒々と申獣はある者に候や又日本にもをるものにや　本草の記事を見ても半は妖怪のやうにも思はれ申候

ヲコゼのこと雜誌に載せ候後越後の人の話をきゝ候に　米山附近の地にては針千本といふ小さき魚を乾し戸口に掛けて魔除にするよしに候　ギヾもミコ魚と稱することゝ考へ合せられ候　もしや針ある點に於て柊などゝ共通なる機能を有するやうに信ぜられ候には非ずや

考古學雜誌は御取被成候やもし未だ御入會せられず候はゞ是非御加入被下度候　小生はこれからかの雜誌にも段々かき度存居候　來月は「矢を以て境の神を祭ること」をかき申候　尤其折々御目にかけ候は差支なく候も會の爲には御(406)入會を望み候　近頃は大分よろしくなり申候

榎に關する信仰に付きて曾て新聞記者に話せしもの有之候　もし御覽被下候はゞ暫らく御目にかけ可申候が如何にや

　

　　　　　　　八　〔【明治四十四年六月十四日　紀伊田邊町中屋敷五十二　南方熊楠樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

御多用中又々御細書を忝し感佩之至に候　御意見書は決して御節約に及ばず成るべく多くの材料を御具へ給はるべく�ｺ川侯に取次くは最も易々たるのみならず御許容あらば百部でも出版し世に殘し度候　一日も早く拜見仕度候　牟婁新報のは近來稀覯の快文字、熱心拜誦の上切拔保存可仕　此後は御不用の分何新聞雜誌にても皆給はり度候　御意見書の方は頗 Sober のものゝよし可慶候　牟婁新報は惡謔ちと度に過ぎたり　あれにては溜インは下るべきも相手方を死地に陷るものにて到底目的を達するの方法に非ず候　當世は英雄の一喝に摺伏するやうな氣の利いた人間はなくなり候　ことに人も亦保存すべき生物なればあまり之を傷害せられては反抗する者必す多かるべく候　又日本を濟度の出來ぬ俗惡國のやうに痛罵せられ候も面白からぬ人は所謂えらき人の階級のみにて其後にはまだ朱にも紫にも染まぬ可愛い若い者が澤山をり候　彼等は試驗制度の奴隷にて盛春を徒過し氣力を消耗し滔々として俗物第二世第三世となりをり候も　皆いはゞ學問で飯が食へるやうな氣がする爲にて先生の漫罵癖と同じく一種の惡習に感染せんとする者に外ならず

今の内に匡正する必要甚急に候　小生が雜誌と申も微力ながら一適藥のつもりに候も書肆の算盤と如何なる點迄調和するやら又誰か損をして呉れる人があるやらまだとんとわかり申さず候　願はくは是からの生涯を捧げて先生の好感化力の一傳送機たらんと存居候　御身躰は十分御丈夫のやう考られ候　何分御自重御長生被下度候

山男に付ては段々諸方よりの材料もふえ申候處傳説と眞の見聞談との分界成ほど不明白に候　御仰の如くよく／＼判(407)斷せざれば滅多なことはいひがたく候

　一、鬼市に關する御研究により大なる手がゝりを得申候　御序に材料を給はり度候　日光の内山と外山との堺には今も「黙市」有之候が今はこれは單に負販の勞を省く爲のみに候　外日光即ち栗山郷の住民は山男の子孫ではないらしく候も元はわからず候　土佐を旅行せし時路傍に餅、梨、豆などを併べて番人のなき店あり　之は遍參の行者相手のわざに候　甲子夜話には九州地方？にも此事ありしよしを記し候

　一、異民族に接觸すれば病を得といふ迷信は我國にもあり延喜式に蕃客入朝の際障神祭を營むこと一例に候　此爲に山人の一分はいつ迄も同化せられ能はざりしかと存候

　一、岩窟より膳椀器具を借ることに付ては今迄は山男と關係ありとは考へ不申候き　これは諸國に例多く今少したまり候はゞ太陽にかき申度存をり候　これは自分の考にては隱里傳説、打出小槌傳説と同系のものとおもひをり候　鬼市の類とは關係なきかと存候が尚五雜俎今一度見て後可申上候

　一、山神の面《メン》、一向心付不申　もし是が猿田彦の如く鼻高く候はゞ非常に面白きことなるべく候

　一、山神と杓子のこと面白き問題に候　石神問答に少々申置候外二三の材料を得申候　これも巫女の副業の一なりしには非ずやと考へをり候一端を「木地屋の話」の中に掲げおき候

　一、山の神の錫杖のこと　これも未だ手を下し居らず候も伊能氏なども申され候が岩木山には卍字《マンジ》、錫杖と申二の鬼ありき云々、山の名に此二名あるもの多し　奧羽には「バン次郎」といふ山多く關東邊にても伊豆の天城、駿の愛鷹共に萬《バン》次郎、萬三郎といふ峯有之候　紀州には無之候や御注意被下度候

　一、山男になりたる日本人は澤山あり、勾引されて妻又は聟になり其子孫日本語を知りし者の外に山方石之助君談に山形縣のある深山に入りし工夫、夫婦《不平ありて遁世せし者のよし》と子供のハダカにて小屋に住むを見たり　女房は亭主の如く頑固ならず工夫と物を言ひしに亭主怒りて大に之を折檻せりとのことに候　又近世アイヌが日本人をいとひ山に入り野獣の(408)如き生活を爲せる者ありといふこと蝦夷風俗彙纂に見え、此等は決して看過致さず候も蠻民ことにアイヌが悉く北海に退却せりとは認めがたき爲其子孫は如何になりしかといふことを研究して此邊迄まゐりし次第に候　勿論大半は里に下り同化したるなるべきも一部の保守黨の敢て出降らざるものありしことは想像するに難からず候

一、Gomme 氏の著書は御持被成候はゞ一寸拜見致し度候 Notes ＆ Queries も今の仕事を片付次第少なくも先生の御著作の分だけは是非拜見し置度候　小生目下全國町村小字集を大學よりかり通覽中にて根から外の方へ注意向かず候　地名の研究によりて巫女生活の一瞥見は得られ申候　草木の名なども此中より見出し得るもの有之べきかと存候も目下それ迄は手屆き不申候　恐々不一

白井光太郎氏は篤學にて趣味廣く且よき人に候　御音信被成候はゞ御紹介可申上候が如何　尤も手紙を書くも大事業に付時間を惜み給はゞ御すゝめも不申上候

　

　　　　　　　九　〔【明治四十四年六月二十一日　紀伊田邊町中屋敷五十二　南方熊楠樣侍史　内閣記録課　柳田國男　封書】〕

新聞二括拜受　昨夕は之を拜讀し且頂戴せしものと速斷して切拔帖を作り申候　御了承被下度候　此後も御稿掲載の分は直接御送付を煩し度毛利氏へ御話置被下度候　東京の雜誌へも追々御書被下度新聞よりは比較的消え去ること遲く候　考古學雜誌は名ばかり立派にて材料に乏しく候故是非御論文を載せ度會長幹事希望いたし候　手始として塚本博士のキリン考御批評は如何にや　又會費は時々の少しの原稿料を以て御拂込《此例はいくらも有之候》あるものとして御入會なし被下度小生紹介者として獨斷ながら記入致置候

兵生物語は此際是非御起稿有之度東京にて刊行致させ度候　小生も佐渡の民談を飜刻する計畫有之候

過日の御意見書は一日も早く御おくり被下度待居候　來月にならば旅行致候故其前にとねがひ候

(409)佛教史學と申雜誌三册御目にかけ候　御覽ずみの上いつにても御返し被下度いそぎ不申候　新刊書など御入用候はゞ何にてもさがしさし上可申候　恐々不一

　

　　　　　　　一〇　〔【明治四十四年七月二日　紀伊西牟婁郡田邊町　南方熊楠樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

和歌山新報一括御送被下拜受仕候　殊に其一部は御自用のを無理をして御送被下候よし有がたく候　本社よりは十一、十二、十三迄まゐり候　此くらひの所業は怠慢とも可申何とそ掲載差止の刑は執行猶豫にねがひ度候　阿多和の楠に付ては小生能ふ限の心配を致候もなほ其にても中止の形勢なくば更に運動可致御注意なしをられ度候　燕石考掲載のこと別に問合す迄の必要はなく候へ共御自身校正のことゝ共に編緝者の都合をきゝ可申上候

いづれは御多忙なる梅雨期を過てのことなるべければ小生は其前一寸美濃越前の方へ旅行いたし候　御用あらば十三日迄ならば福井市佐佳枝町池松時和氏方宛にて御申聞被下べく候」子安神は女陰をまつることに付來月の考古學雜誌に小篇を出し候　もし幸に御覽被下候ならばさし上申度候　小生は御考とはちがひ出來るだけ自分の痕跡を此世に印し度候なれども物によりては内々にて研究すべき問題もあるべきこと御尤に候　早く御ひま出來折々純一に一問題に付ての御細書を頂戴するやうにし度ものに候　此秋は「カッパ」に關する論を致し度候　前以て御蘊蓄を傾けたまはらば小生が消化しうる限は之を利用し度存居候　小生は澤山の水虎遭遇談を見候へ共未だ此物實在せりと信ずること能はず候　馬櫪神の信仰と水神の信仰との混和したるものゝやうに考へをり候

　意見書は東京にて出版し給ふがよろしく候　小生奔走且校正可致候

　

(410)　　　　　　　十一　〔【明治四十四年七月五日　紀伊田邊町中屋敷　南方熊楠樣侍史　東京　柳田國男　封書】〕

和歌山新聞（十）以下はつゞきてまゐりたり　其以前の分は多分途中紛失ならん　之に對する制裁としては掲載中止は過酷と存候　印刷になつてをればこそ我々も容易に御説をきくを得るわけ故是非御繼續被下度候

考古學雜誌も校正等御指示に從ふべく申來候に付燕石考は成るべく御ひま出來次第御寄稿被下度宛先わかり申さずば生へ御渡し被下度候

日本の學問も追々よき?をとり來り候折柄故我々後進の爲に可成日本文にても澤山御かき被下度候　小生の如きも役人としては何も書かぬ方が却つて世間體に候へば全く虚名などの爲に勞作するに非す過去忘却が一切の社會害惡の根原と存候に付青年の趣味を此方面によびよせんとするばかりに候　しかし貴下の如き聲高の力強の學者に非ざれば感化の效少なかるべしと存候に付頻に俗界へ引出し申さんとするなり　餘計な世話燒とは思召被下まじく候　小生が雜誌計畫も目下一頓挫の姿に候が遠からず是非物にし度存居候　何か村落の好學青年をして注目せしむるやうなよき「名稱」は有之まじくや　碌々たる雜誌の爲に殆とあらゆるよき名を占領せられし姿有之候

過日さし上し小生が文のうち御批正被下候御つもりならば何とぞ「榎」を先にねがひ度、境の榎にて山姥の杖を立てたるは生つきしなりといふものある其「杖」は矢立、榜示の類にてやがては此木が境の神と關係あることを示すものと存じ　近日「杖立」のことをかゝんと存居候

常陸の潮來《イタコ》は倡女の住地にて　しかも地名は「イタカ」即ち巫女に關係ありと存候　古風土記には此驛の西部に榎の林ありしことを記し候へば古くよりの慣習らしく候　榎の境に栽ゑらるゝは果して小生假想の如く此木ホコの材料たりし爲に可有之や貴兄如何承度ものに候　出發近づき細書に不能候　草々不一

　

(411)　　　　　　　十二　〔【明治四十四年七月二日　紀伊西牟婁郡田邊町　南方熊楠樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

二十六日歸京仕候　三週間の旅行に美濃越前境上の山村を經廻し更に西京の北山大原、伊賀の名張などに遊び申候

主たる目的は山民の生活を知るに在りしも別に「カハタ」「サンカ」などの特殊部落に付て若干の智議を加へ得申候

三重縣の感化院長竹柴寅一郎氏は穢多救濟を終生の事業とする人にて此問題に付縱横に觀察を下しをり其言尤も聽くべく覺え申候エタの女が生殖器の構造異なれりなど申候　彼等が陰毛は極めて長く後方より之を見得るを常とすと申候など七難のソヽ毛を聯想せざる能はず候き　昔の巫女は皆此徒より出でたりといふことを立證し得ば彼難問題も解きうる望有之候　次に又々厄介なる御相談ながら蒙古人及滿人などの信仰たるオボ（堆石）の築造に付て記述したる西人の書御心附の限御聞せ被下まじくや　十三塚のこと年來攷究して此頃鳥居君の蒙古紀行を見彼土にも十三オボなるものゝあるを知り急に此事に立入たくなり申候　さしあたり此事をねがひ出候也　恐々不一

　

　　　　　　　十三　〔【明治四十四年八月九日　紀伊西牟婁郡田邊町　南方熊楠樣拜答　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

御手紙拜承仕候　保安林は縣廳より申立の後三十日間の告示を要するに付枯魚の肆に求めねばならず候　新森林法を御覽被成候は明に候がかゝる場合には縣の伐木禁止處分一度此處分を受けながら之を犯したりとせば其禁止尤有效にて且縣としては即坐になし得ることに候も此方より申遣候は如何にも穩ならず何とか其地にて方法をめぐらし給ふべく候　併し事情は早速山林局長の耳へ入れ且新聞切拔も見せ置候が如何に致くれ可申か一寸中央より手を出すことは面倒に候べし　松村氏は旅行中に候はんも令息瞭氏へ手書を飛し給ふべく大學より縣へ頼まるゝは必有效に候はんと存候　忌憚なく申さば夫子獨高狷介に過るが故に却て群小をかりて惡を遂げしむるの嫌あり　今囘の如き川上相良の(412)徒と喧嘩さへしてゐ給はずは先生の一手書を以て容易に決すべき事件なりしに候　此頃交迭したる地方官との間柄は小生力めて融和させ申度存居候　三重の方は知事人がよく候爲當路者の注意を容れたるにて決して小生の勢力の如くは思召被下まじく候　併し御褒美の品々は一日も早く頂戴まち上候也　恐々不一

　

　　　　　　　十四　〔【明治四十四年八月九日　和歌山縣田邊町中屋敷五十二　南方熊楠先生侍史　内閣法制局　柳田國男　封書】〕

當局の話にも縣が伐木の禁止を爲せしにも拘らず名を下草刈取に假りて樹木を取らば是れ命令の違反なれば警察の力にて之を罰するの外さしあたりの手段なしとの事に候

縣は命令を出しながら其行はれざるを放任すべき道理なく候へ共萬一其實あらば警察權の發動を促すの外なく候　此爲には大學の手より注意さするなどは最好手段に候　已むなくは誰か一人でもよろしく官學の徒に言はせ給ふべく候

若し又從前の禁止處分が寛に失し或は著大なる樹木の伐採をのみ禁ぜしものならば更に進みて一切の草木土石の採取を禁ずるやう再度の命令を出してもらふの必要有之候べきか

保安林（魚附林としての）編入の申請は利害關係ある者より之を爲すことを得るなれば一方何とかして當分の伐採を抑へ置き　漁業者の方より其申請を爲さしめられ可然か

今度和歌山の技師に赴任せし藤江再吉氏は曾て木曾山中の旅伴に候き　此人へ注意してもよろしけれど新任早々なればまごつかせては氣の毒故今暫く形勢を見可申候

此手紙は田邊警察署長に御見せ被下候ても差支無之候　緊急の防止は到底警察官の力に依るの他なく候故　十分辭を低くして協力を御求め可被成候　恐々頓首

　

(413)　　　　　　　十五　〔【明治四十四年九月十五日　紀州田邊町　南方熊楠樣御返　東京　柳田國男　封書】〕

御手紙ありがたく候　御多用中狼の話御抄出被下御辛勞拜謝仕候　日本にてもかゝるためしを見出ねばならず候　オボに關しても有益なる御注意被下候　他日此問題に付世に殘すべき論文出來候はゞ半は御功績に可有之候　土岐氏の爲に御示被成候佛教論とかは小生も是非見て置度存候　日本の巫女教はよほど根底深きものゝやうに段々感じ申候

例へば歸化人大藏家の如き最初より巫道の家なりし如くに候　大赦は明石の地名のよしなれど彼地々形といひクラは祭壇のことなることを考ふるも當時彼地に住し所謂防鎭の祭を朝家の爲に奉仕せしなるべく　又豐後日田の大藏氏には古傳説と共に系圖あり祖先は代々鬼の字を名に附しをり候よし　此家後に狂言の家となりしも亦神事なるべく候

其隣人なる大｜神《ミハ》阿蘇など九國には特種神道多く今日迄存し候　又小生研究方法に關し精細なる御議論の手紙給はるべきよし待遠に存じ候　踊の説はあの通の未成品且近頃の事故まだどこが惡いとも考へ不得候も石神問答に付ては方法論旨共悔べき點段々有之候　小生は夜深しが下手にて外國の參考書迄手を屆かす時間なく御刺激の下に大分あせりをり候

過日の書留の二長文は自分はたしかに拜見且松村氏等の手に此まゝわたせばよくも讀まずに仕舞つて置くならんと想像すべき理由ありし故　秀英舍が近ければあれを二三十部活版に付し二三日の中に自分知れる限の稍氣概ある徒に見せることにいたし候　且折角の御注文ながら小生は彼の老人と事を共にすることを欲せず候　此序に申候　木なり山なり個人の所有に陷りし上は保安林法以外に之を伐らせぬ手段なく保安林は條件概して今の場合に合はず　故に法律の力よりも社會的制裁の力を假る方早手まはしに候　輿論は迂なるが如きもたしかに今年の議會よりは早く效あるべし　從つてあの手紙よりは今一段根本的の意見書あらば一日も早く發表なさるべく且新地方官等を寛假し彼等の力を輿論擴張の上に十分御利用被成候はゞ即ち御研究の妨をなせる修羅道より脱却し給ふ手段に可有之候　草々

　

(414)　　　　　　　十六　〔【明治四十四年九月二十日　紀伊田邊町　南方熊楠樣御返事　東京　柳田國男　封書】〕

御手紙拜見　白井氏へは早速屆け置候　御手紙の活版は一部だけさし上候　固有名詞其他一二誤れる所あり御訂正を乞ふ　且此手紙は紀州にては原形のまゝにては御發表被成ぬ方可然、そは本日川村新知事に一部を送り此の如く複製したるにより不安を感ずると氣の毒故在京少數の友人の外には之を頒布せずと約し置候故也　尤僅に三四十部なればやたらに頒布するには不足なり　松村、白井、岡村、三好、牧野の五氏には送り候　�ｺ川侯にも送り候　其爲に「侯は無學ナレド〔五字右○〕云々」とある五字を改めたり　其他は一字も増減せず　實際御文はあまり複雜にて活版にしても常人には消化六つかし　故に川村氏への御手紙などもへたをすると反古にせられ徒勞となる虞あり何とかし給ふべく候

此頃は小生も傳説をあつめたる本を書かんと企てをり候　依てさしあたり

　　川童のこと

　　神馬のこと

　　馬蹄石のこと

にて御心付の事はあまり御手數の掛らぬ範圍に於て御知せ被下度候　先月より或一老人をして貴下の手紙を淨寫せしめをり候處此頃漸く御癖を知り歐文さへ書込めば別に一副本をつくりたる事となり候　これを片はしより篤志の二三子に見せ大に感心させをり候　少くも小生の方面に向つては御勞は徒爾ならず候　草々不一

　

(415)　　　　　　　十七　〔【明治四十四年十月一日　紀伊田邊町中屋敷五二　南方熊楠樣拜答　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

御多用の折から長文特に御譯出被下御芳志千萬御禮申上候　早速拜見仕候に思ひかけぬ廣き分布、亡羊驚歎の外なく候　小生のは日本ばかりの研究故之と幸に重複する箇所少く候に付馬蹄傳説のアトへ殆と全部を附録として頂戴致度候　清書の際不審可伺出候

右の如く假令日本文明史だけの研究としても材料はあとより／＼出來り終止する所を知らず候へ共性急の所へ此節氣苦勞多く之を自ら慰めん爲今迄の蒐集だけに多少の考を附して本にし度今日二三十枚着手いたし候　いつ頃物になり候はんやも知れざるに序の代にすべき長歌なども出來いやはや空想澤山にてよき御笑草に候　順序はほゞ太陽に掲げ候總目により「傳説十七種」といふ書名のつもりに候

　　川童駒引

　　神馬の蹄

　　ダイダ法師

　　姥神　　　　山姥ノコトナド

　　榎の杖　　　杖ヲサシテ樹生長スルコトナド

　　八百比丘尼

　　長者榮花

　　長者歿落

　　朝日夕日

　　金の鷄

(416)　　隱レ里

　　椀貸

　　打出小槌

　　手紙ノ使　　鬼ヨリ手紙ヲ托セラレタルニ其中ニ自分ヲ殺セトカキテアリシ話ナド

　　意志誕生

　　石生長

　　硯ノ水

これだけを略相互の聯路をとり近世の話三百内外あつめ置くつもりに候　いづれ多くは佛經を中間にして西洋にも行わたりをる話に候はんが小生は專ら日本にて如何なる變形を閲せしかを明にし度考をり候　實は文藝委員會の芳賀博士門生をして會の爲に傳説を蒐集せしめらるゝよし來年早々位文部省の名を以て世に出可申、やり方によりては却つて此學問の趣味をも殺ぐの虞ある故別に一遊軍を提げて突出せん考に候　御心付の事も候はゞ此上とも御示教被下度候　印刷物は三宅雄、秀二氏へは送り候　あとに二三部有之小生の手に一部殘しあとは皆送り可申候　福本氏へは送つてしまひ申候　山岳會へは宛名を某博士とせよといふ條件を以て轉載を諾し候　但御地にては小生手より出ぬことにして置かれ度候（他日顯はれてもちつとも構ひ不申）　感じのせいか大分手ごたへありしやうに候　神島も保安林となり　那智の惡黨も縛られたれば他日再蹶起し給ふ必要ある迄何とぞ十分御休息被成度候　又今後同じ場合起らば早速太陽、新日本又は日本人への御寄稿として小生迄御書送被下度　急を要すれば新聞でもとにかく東京にて發表被成候方迂に似て然らず（但し神跡考の用紙位で五枚位につめ給ふべきこと）毛利氏は政治家なれば御用心被成今後は利用せられ給ふべからず萬人欣聽すべき議論が彼人の口又筆を請ふ爲に一半の反對者を作ることゝなり申が損に候へば也（コレ小生カク申タリト仰ラレテモ苦シカラズ候）　小生が如く虚名を求め給はぬは敬歎ながら口を開けば世人(417)が謹聽するやうにするには多少早くから世人を馴らせて置く必要有之候　小生は此意味に於て提灯を持居候

御寫眞今到着　稻成村の寫眞中に見えたる和服の貴下はこれより大分年とられたるやうに見え候　酒は御止めとも承居候に四升五合は聞ても肝ちゞみ候　御令閨の難澁拜察する所に候　御口寫の手紙は共に稀世の珍、學問の上の御交まことに御うらやましく拜見仕候　小生のやせ切つたる寫眞も序の折さし上可申候

和歌山新報は落手せず候

此序に中上候　白井教授は寡黙の人なれども内部火の如き感情の人にて　先年獨逸にて父君の訃をきゝ發狂せられしことあり　今度の手紙《ワザヽヽ小生を訪はれしなり》もよほど大なる刺激らしく候故何とぞ御通信の折は御手加減なし被下度候

　

　　　　　　　十八　〔【明治四十四年十月四日　和歌山縣田邊町中屋敷五十二　南方熊楠樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

十月二日の貴翰ト行ちがひに此方よりも申上置候　刊本ハ小生ハモタズトモヨロシケレバ今二部アリ　但シ田中氏ハアマリ老人ニテ細字ヲヨマスモ氣ノ毒ナレバオクラズ　其他ハ御申越ノモノ皆オクリタリ、東京ニモ大分ノ影響アリ

遠カラズ浮華ナラザル一ノムーブメント起り可申候、次ニ御安産ノヤウスメデタク存候　小生三歳ノ女子一人アルノミナレド親ノ情?活動ヲ妨ゲ候

サテ此ヨリ折々新ナル問題ニテ御話ヲウカヾヒ候　燕石考ハ待遠ナレド色々御都合モアルベケレバ御催促セズ、但シ早ク承リ度コトアノ中ニ一アリ、熊野比丘尼ガ郎君子ヲ諸國ニ賣アルキシトイフコトハ何ノ書ニテ御覽被成候ヤ或ハ耳ヨリ御キヽ被成候ヤ　御示教ヲ得度候　小生ノ考ニテハ此者ノ始終ハ日本文明史ノ大ナル鍵ナリ　全體比丘尼ハ清淨ノモノナルベキニ熊野、箱根ナドニテ比丘尼トイフモノハ修驗ヲ夫トシテ之ト同居シ且諸國ヲアルキテ?ヲウルコト久シ、ソレデ此者ガ頭ヲ圓ク剃リヲリシコトハ膝栗毛ナドニアレド古クハ切下ゲカ何カニハアラザリシカト思ヒ(418)古キ畫ノ中ヨリ頭巾ヲカブラヌモノヲ求メヲリ候　又此者ガ雉子（山鳥？）ノ尾ヲ持チテ地獄畫ナドノ畫トキヲスルコト隨筆類ニ見ユレド右ノ類例ハ外國ニハナキモノニヤ、御考ヘ被下度候

首切馬ノコトニツキテハ阿波ノ笠井君ヨホド久シクシラベヲリ候ヒシ、遠野物語ニモ一ツ有之候　コレニ關聯スル御調ベ發表被下候ハヾ大ナル幸ニ御坐候

道祖神ヲ關東ニテドウロク神ト申スコトニ付テハ何カ御考アリヤ　小生ノ想像ニテハコレハ燈籠木《トウロギ》ナラント思フ、此神ノ祭ニ柱ヲタテ色々ノカザリヲツクルコト、又所謂柱松ノ行事ナドアマタノ例曾テアツメ候キ、高卒塔婆トイフモノ、風習丹波ナドニアルコト濱木綿日記ニ見エ候、トウロギ〔四字傍線〕トイフ地名多シ、

弓ノ的ノ※［三重○］此形ナルコトハ日本バカリニ候ヤ又日本ニテハ何時頃ヨリト思召候ヤ、楊弓秘傳抄ナドニ蚩尤ノ眼ニカタドルトイフ近代ノ俗説出候ガ何カ此以外ニ仔細アルモノニハ候マジクヤ　コレニ付テ申上度ハ小生久シク諸國ノ地名ヲ蒐集セシニ東ハ奧羽ヨリ西ハ周防長門アタリマデ「ハマイバ」トイフ地名數百分布ス　濱井場トカクガ普通ナレド破魔射場トカクモ中々多シ　「イバ」ノ射場ナルコトハ先ヅハ疑ナシ　射場ノ　　　此《タワ》ナドイヒ峠ニテ矢ヲ射タル慣習ハヒロクアリ（或ハ齋庭《ユバ》ナリトモイハン、結果ニ於テハ相近シ、ユミ〔二字傍線〕ハ即チ潔齋ノ義ナルベケレバ）　然ルニ御承知ノ如ク男兒ノ初ノ祝ニハマ弓ハマ矢〔六字傍線〕ヲカザル風ハ今日迄現存ス、此ハマ〔二字傍線〕ハ◎此ノ如キ形ノ木ニテ之ヲ遠クヨリナゲ横合ヨリ細キ竹ヲナゲテ之ヲトムル遊戯　下總ナドニアリ　小生モ之ニ加ハリシコトアリ（請書記事甚多シ）ソレガ二百年前ノ風俗畫ニテハ童兒ブリ／＼〔四字傍線〕ヲ用ヒ又ハ小弓〔二字右○〕ヲ以テ之ヲ横ヨリ射トムル圖アリ、ソレデハマイバ〔四字傍線〕ハ此ハマ〔二字二重傍線〕◎ヲ射ル場所トイフ義ナラントオモヘリ　シカシコレガ弘ク地名トナルニハ單ニ子供ノアソビデハナクモツト眞面目ナル行事ニテハアラザリシカトオモフ　コレモ今囘ノ傳説集中ニ一寸カキ殘スツモリナルガ山城風土記ノ稻荷ノ秦氏ガ餅ヲ的ニシテ弓ヲ射タルニ神怒リ鳥トナリテ飛ビサルトイフ古傳（類型二三アリ）ト因縁アルナルベキカトオモヒ候、仍テ此ハマ〔二字二重傍線〕トイフ語ノ本原ノ捜索ニ苦心シツヽアリ、何カヨキ御考アラバ承度候

(419)所謂「股ノ權利」ノコトニ付テハ今迄考ヘシコトナシ、コレヨリ注意スベク候、併シ何カ馬鹿ゲタ本ニテ　日本ニモ昔花嫁ヲ父が先ヅ試ムルノ蠻習アル地方アルコトヲ記セシヲ見シカト思フ、其書ハ忘レタリ　小生ハ此頃或老人ニタノミ貴簡ヲ清書セシメ始メタリ、コレニヨリテ項目ヲ整理シオキ追々ト思ヒ出スニ從ヒ卑見高批ヲ仰グベク候　草々頓首

　

　　　　　　　十九　〔【明治四十四年十月八日　和歌山縣田邊町中屋敷五十二　南方熊楠樣侍史　東京　柳田國男　封書】〕

あの事顯れても小生の迷惑は大ならず候　只幾分川村知事が此問題に倦むべき期日を早めたるの害ありきと申すべきのみ、實際小生の如き新人物が局に當りたりとしても　とても一本杉事件の如きものに全力をそゝぐ能はず一度ならばとにかく一月又は二ヶ月に一囘位のわりにて抗議書の類來襲すとせば久しからずして冷淡になり可申　又度々反省を促されては普通の人ならきつと癪にさはり　多少のアンチパシーを抱くに至るべく候か、仍て案ずるに白井氏は心配し昨日るす中手紙を持て來られたれど　今囘は過の功名としてあの新聞記事が多少の效果あるやうなら抗議書は次の必要の時の用に殘しおかれては如何　同じ人は迚も二度迄（貴下の如く）抗議書に署名せず候（無論蔭ではわいわいと申且それは多少の效果あるべきも）保勝會長はあの後氣をもみ内務省へもわざ／＼出掛けられしやう也　されど中々西洋人の如く「我々は抗議す云々」といふやうなきび／＼した宣言をするだけコムパクトな會には非ず候　兎に角明日は白井氏と電話にてよく相談すべく候

考古學會へとの御仰なれど猫の話は太陽の方がよろしくは無之や　併し太陽は校正の事思ふにまかせずばやはり考古學會の方へ出し小生御勞に代り可申候　面白きものを八百部ばかりの雜誌へ出すのが少々をしき故申上候　「己が命の早使ひ」は勿論芳示に從ひ可申此頃山東考古録をよみ泰山に此話あるを知り候處今夕アイヌ語研究者｜金田一《キンダイチ》氏來訪(420)彼土古謠にも亦有之よしをきゝ申候　「チヤクラ」のこと大に啓發致候

神跡考はあまり材料多く却りて向う人にはわかりにくゝなりをしきものに候　小生のものならかうも書いて見たいと思ふ所多く候　小生が愚稿は匿名にて新聞に連載する謀を考へをり候　もしさうなり候はゞ是非御覽被下度、直に本になるやうだときつとまとまるのと本になるのと同時にて前以て草稿御覽を乞ふのいとまなかるべきかと恐れ候

此度も伺度事有之候　支那唐代などの椀は果して我國今日の「エニズ」「エンジュ」に候べきや　之を?上路側に栽うといふにつけて或は我々の所謂エノキには非ざりしかと思ひ候　木扁に鬼は必ず意味可有之全體日本にて古くよりエノキに榎を當るに至りしこと　又之を境の木とすることわかり申さず候

「チヤクラ」の條を寫せし日　電車中にて印度人三人を見る　手に金屬の環をつけをり其?羅漢などゝ同じく候がこれも同樣輪寶より出候ものにや　日本にて「タマキ」といひ「クシロ」といふもの古く見え近頃土中より出づる石製陶製等の圓環を以て即ち是といふ説適論に候がどうして手にさすか一寸分らず（其標本二三、博物館にたのみ寫眞しあり）　或はこれも前囘のハマと關係あるかなどおもひをり候、ハマ〔二字二重傍線〕は同じき金田一氏の言に「カリプ」などアイヌは申候て此｜遊《アソビ》あり　中には空中へ投上げて突刺す戯もあるよしに候　稻荷の秦氏の餅の話も鳥になりたりといへば空中へ投上げて射たるには非ざるかとおもひをり候　投上ぐるは固形のもの適せり

傳説十七種に因ある話は一つ二つにても今の内に御聞せ被下候はゞ好都合に候　小生今迄渉獵せし部分は甚しく貴下のと方面を異にすれば重複してむだとなり可申こと甚少く候と存候

終に又申上候　近野の村長がどうしても知事の聲がゝりなくは埒明かずといひ又此次當分在京篤志者を煩す用向なかるべしとの御見込ならば一囘は白井氏一派より知事へ手紙出してもらふこと難からず　但し小生は相變らず黒幕のつもり也　御承知被下べく候　恐々不一

　

(421)　　　　　　　二〇　〔【明治四十四年十二月二十日　紀伊西牟婁郡田邊町　南方熊楠樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

十日の御手紙家人不注意の爲本日始めて拜見仕候　白井君には早速申通し申べく　勿論貴下の御志に對しては誰とても寸分の批を打ち候者は無之　唯方法に關する意見の相違故御中止被成候事既に過分に候　又假令今後先頭に立ちて力戰し給ふことなく共此問題に付ては何時迄も商山四皓として大なる效果を間接に收め給ふを得べく　且又此迄さして注意せざりし國中の篤志者から御論に激勵せられて奮起するに至らば一隅に失ひ給ふ所のものは優に償ひ得べく候

唯返々非凡の天分をもちて生れ給ひし貴下が小黠の徒に飜弄せられ給ふやうのことありて其爲に本然の仕事に邪ま出來候ては口惜しき限に付其點のみは御用心被下度候

東洋學藝雜誌其他貴下が御筆被成候分の雜誌類此際しばらく拜借仕度候が御許容被下まじくや　東京朝日新聞には昨日始めて傳説出はじめ候　取あつめて時々御目にかけ可申　又國内の旅行御始め被成候ならば日向に限らず小生知れる限手紙にて御案内申上候

　

　　　　　　　二一　〔【大正三年四月十日　紀州田邊町中屋敷五二　南方熊楠樣　東京市牛込區加賀町二丁目六番地　柳田國男　封書】〕

御葉書拜承　雜誌も落手仕候　此後は重複致候ともわざ／＼御返送には及不申候　考古學雜誌御稿のこと拜承　小生は評議員の一人なれども編輯は五人の幹事中の二人に權限を與へをり候こと故責任は負ひ不得候　但し古谷には次號掲載し得ずば其理由をきゝ度旨申入置候　單に編輯の都合に由るの外よもや後暗き握潰しは致すまじと存候も萬一彼誌上に出すこと遲延致候はゞ少分の御書改を乞ひて「東洋學報」へ掲載して貰ふか或は「郷土研究」の中篇欄に掲載仕るべく候　正月にも一寸申候如く古谷君は青年にて貴下と角逐すべき人に非ず　見物は相撲として之を遇しをらず候

(422)假に幾分立合がきたなく共御寛容被下べく候

郷土研究のこと高木君段々弱り當初の約束の如く働きくれず過日内職が忙しいと云ふ理由にて編輯を斷り來る　無責任な話なれども其爲續刊を見合す決心つかず小生大多忙の中にて今後やつて行かふと存じ候　此上は一層の御援助を仰ぎ候　其箇條

　○記事の目先を新にする爲御論文の方は大小共一篇毎に切放し得るやう題目等御支度被下度、小篇欄は今迄の貴稿の如く前號の記事に關聯したる異考補正批評等を多くし度希望に候

　○報告の方は如何やうの體裁にてもよろしく候も紙面の都合による分載を御許容被下度候

　○中學卒業生が解し得る程度に振假名を爲し被下度（但し強ひてと申すには非ず候）さすれば校正者の誤も少なく小生の勞も大に助かり申候

　○地誌未刊書目は今三ヶ月位にて一旦終り候　其次は紀行解題を小生執筆可仕候もそれと一號まぜ位に外國人の郷土學上の名著毎囘一二部づゝ解題を御出し被下候はゞ幸に候

　○フォクロアの研究法とでも云ふべきものを御書き被下まじくや　此は地方の後進に對し大なる誘掖にて兼て此學問を盛ならしむる所以かと存候

　○此までの誌上は幾分一方に偏重する感あり仍て從前注意の洩れたる部分を寄稿者に心づける必要あり　これも何か新なる御考も候はゞ御指摘被下度候

北蝦夷古謠遺篇は大遲延の後愈明日あたり出來可申筈に候　早速郵送可仕候　其後附廣告に兎に角燕石考を掲げおき候　別に期日を限るわけでなく出來次第是非頂戴し度爲にて其前雜誌へ御出し被成候は御隨意に候

錦城館の勘定殘小生へは終に何共申來らず愈貴下御尻ぬぐひと存じ候　嘸々馬鹿げた御感じなるべく小生も甚よき心持には有らず候　何かの方法にて御返禮可申上候也　恐々不一

　

(423)　　　　　　　二二　〔【大正三年四月二十一日　紀州西牟婁郡田邊町　南方熊楠樣侍史　東京市牛込區加賀町二丁目六番地　柳田國男　封書】〕

東京の農科大學にて兼て御話の貴下の標本類を讓受けたしと申候　小生は第三者として考ふるに　大學たる者は能ふ限の力を以て此贈與に對する謝意を表せざるべからずと存候　仍て此希望を取次候と共に大學の會計より支出し得る限の額ならば御承知可有之や或は又或額迄の御要求有之や否御内意を伺上候　如何なる御返事にても小生限と思召御申聞被下度候

考古學雜誌の貴稿は小生御預り申居候

民俗學の入門は御思立被成度再度御すゝめ申候　恐々不一

　

　　　　　　　二三　〔【大正三年四月二十七日　紀州田邊町　南方熊楠樣御答　東京貴族院官舍　柳田國男　封書】〕

拜答　本買入は少々日數かゝり可申兎に角二十圓御送附　原稿に付ての御申入承知致候　貴文中の餘談は愛敬あり且つ眞似する人もなければ大抵は出すつもりに候も今後は適不適御自身にて判斷可被下候

「民俗」は二月以降へこたれをり多分もう出まじきかと申候　別にあの雜誌と張合ふてもをらぬに度々我々の敵愾心を利用せらるゝやうの口氣あるは迷惑に候　雜誌に刊行月を入るゝことは先々月の御注意もあり四月號より既に實行いたしをり候　草々

　

(424)　　　　　　　二四　〔【大正四年七月三日　和歌山縣西牟婁郡田邊町中屋敷五十二　南方熊楠樣御答　柳田國男　封書】〕

龍燈説長篇御起稿被下萬々忝く存申候　八月號は旅行をするつもりにて早目に取まとめ既に行數勘定もすみたる上なれば貴文は九月十月二號本欄に分載可致候　掲載はおくれ候とも歡迎の情微なるものとは思召被下まじく候　貴兄に從ひて訂正しがたき點有之候はゞ其上にて再度敲を請ふべく候　雜誌二年來讀者の數些の増減なく報告も追々新方面よりあり侯事御覽の通なるも猶一層蒐集を試み度趣旨にて先頃肥前五島、阿波の木頭《キトウ》、岩代の南會津等の小學校長に依頼?を送り候が多少の效驗可有之と信じ候　唯閉口なるは本欄と小篇とに書く人甚少なく小生が奮發も限あることにて何とも單調に落ち易く我ながら面白からず諸名流の口ばかりの同情にはふつとあきれ候に付來年二月迄の形勢に徴し全然報告を主とする雜誌に變形するか又は當分休業するか何れとも此卷一杯にて決するつもりに候

財政の方も少々苦しく相成候　小生最初のつもりだけは夙く使ひ切り申し其後の金主見つかり不申兎角よい事は骨の折れるものと感じ候につけても貴下の不斷の御聲援を感激する他なく候　草々不一

　

　　　　　　　二五　〔【大正四年八月十四日　紀伊田邊町中屋敷　南方熊楠樣御返事　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

　　松村博士は在京のよし

　　宿所は本郷區駒込曙町十三

御手紙二及葉書共拜見仕候　過日の新聞は夫々有效に配布致且能ふ限輿論を喚起し置候　此後も小生及ぶだけは盡力可仕候に付一半御抛擲何とぞ學問の爲其御精力を利用なし被下度候　田舍の記者は皆善人ならんも其他にも先生の孫悟空性を利用し一騷動を起させ見て樂しまんとする惡少年共少かるまじく候　もしこれが爲　盛年を消耗し給ふが如(425)きことあらば其惜愛すべきこと決して神島の靈木の比に非ず候　小生も孤憤無告なる點に於て頗先生と境涯を同じくしをり侯者決して老成じみたる御忠告をするではなけれど　偶貴簡によりて言ふべからざる心痛を抱き候まゝかく申上候　夫に付ても一日も早くかの意見書を御發表被成根本的に輿論を改造するの必要有之候　箇々の問題で修羅を燒し給ふは如何にも精力の不經濟に候　其爲には小生の方の問題は後まはしになりてもよろしく候　いつその事彼意見書發表に關する一切の事務を小生へ御任し被成ては如何

又々兵主へ御出掛のよし此點尤羨むべく候「ヘウスエ」と云ふ地名はよほどおもしろく候　河童の故事ある肥前の兵揃村の外に關東にも「ヒツスヘ」「筆添《ヒツソヘ》」などいふ地名多く候　假令兵主神とは因由なしとするも必ず共通なる意味あるべしと考へをり候」

ソヽ毛の長きことは外國にては未だ御聞及無之よしに候が　生理上處女の此物が長くなるとか又は何かの方法にて之を長くし得る理有るものにや　曾て貴下も御書被成候和泉式部の頼みたる巫女など陰を露すの秘法あるにつけて之を以て祈?の有がたみをつけしには非ずやと考へ候が如何」

エタが普通民をハク〔二字二重傍線〕といふは　白の義にて近頃の語のやう申候が小生は然らずと思ひ候　之と野白《ノハク》、山白《サンパク》、天白《テンバク》などといふ神の名とは關係あるまじくや如何」

中古の「クヾツ」は今日の「サンカ」と生活?態よく似たりとおもひ候が此徒の中に今日も小道巫術を以て利を射る者あり其策例の熊野比丘尼と似たり

「サンカ」四種

　　一、セブリ、又オゲ、ノアヒ〔五字傍線〕

　　二、アガリ

　　三、ジリヤウジ

(426)　　四、ブリウチ

第三の者は神佛に假托して詐僞取財を爲すを定業と致し　第四の者もやゝ之と似たるよしに侯」小生は後繼者もなく且病氣なれば所得の意見々解は苟も一文にまとまる限材料不十分にても之を公にする考に候　御思召は恥かしく候へ共是非もなく候　併し山人のこと及鬼市に關する御示教ある迄はどうしても待可申存居候　恐々頓首

　

　　　　　　　二六　〔【大正四年九月三十日　紀州田邊町　南方熊楠樣侍史　東京　柳田國男　封書】〕

本日四國山陰の旅を終り歸京仕侯　御多忙中又々長文の原稿を給はり忝く候　掲載の節は能ふ限御希望に添ひ可申も前の龍燈説に尚一囘分の組殘りあり其次に妻木君の赤山神考などあり其爲に尚二三月おくれ可申候　仍而早く世に出で候はん爲に外へ御廻し被成る思召あらば此方より轉送しても御歸し申してもよろしく候　小篇の欄にてもよろしからんも夫では四囘にも五囘にもわたり興味を殺ぐの虞あり　拙者の考にては成るべく二度に分載して本欄に入れ度候御意向承り得候はゞ何れとも決し可申候也　草々不一

　

　　　　　　　二七　〔【大正五年十二月二十七日　紀州田邊町　南方熊楠樣　柳田國男　封書】〕

御多煩の折柄細々御示教忝く候　小生も忙中ながら一應御答申上候

○龍燈は不知火一味の水邊の怪火を漢譯せしものとは小生の説に有之勿論貴所の言に非ず候　何と手紙に書きでさる御誤解を招きしやらんいぶかしく候

小生は貴所の強記を信じ論點を再掲するの面倒をさけしも要するに

(427)　龍燈と云ふ文字の輸入よりも前々から今ならば龍燈と名づくべき怪火は日本人が注意して居た

と小生は言はんとし貴所は

　龍燈と云ふ字を用ゐ始めた頃の人（多分僧徒）が此奇瑞を言ひ出した如く説かれ小生が

　此火出現の定期と云ふなるは火祭風習の記憶の殘存には非ざるか

と申せしを貴所非認せられし故小生立證の責任を感ずるは　先づ日本で〔三字右○〕龍燈と言つて居るのは景行紀以來の不知火と同類といふことを論じ度それには誰あたりが龍燈の字を輸入したかを知度爲五山文學など捜査せんと言ひし迄に候

萬一此差別が小生の誤解にて此點別に御異存なきならば大に助かり候わけに侯　支那にも寵燈といふ文字さがせば外にも有之べし　小生は決して「漢土の古書に見えず」と云ふ名物考の説を信ぜず　併し曾て貴所も申されし如く漢字輸入者は必しも正しい宛字のみはせず故に日本で龍燈と呼ぶものは別種の怪火かも知れぬ道理に候　日本では海上又は池心より出でゝ大木の梢に止るを龍神の獻ずる火と見て此名を附したるが元らしく小生は今尚考をり候

京の耳塚の起立に付ては秀吉譜も固より一史料殊に日用集の啓白文は小生の説に對し有力なる一反證に有之候　其爲折角の論文が徒勞に歸し落膽致候　他の地方の耳塚も此より類推して事實耳を埋めし塚なりと言ひ得さうなれば也

併し小生が有名な京の耳塚を假りて説かんとせし主題は「生牲の耳を截りし慣習の存在」にして　獅子の喧嘩には無之獅子の耳はやはり後世訛傳の一例として引きたるのみ誤解被下まじく候　而して耳塚が事實敵人の耳供養の爲であつても之と獨立して依然鹿や馬の耳を切つて神に供へた慣習のありしことは主張し得られ候　書改め可申候　唯後世訛傳の一好適例を失ひしを惜むのみに候　片目の魚も生贄の爲に目を抉りおきしものなるらしきことを次號に記し度存居候　小生は假定説の毀れることを學問の進兆と考へをり候に付未練に固執する氣の無きことは是までの雜誌編輯にて證しをり候つもり也　何か片意地に無茶でも言ふやう御想像被成候は不本意なことに候

(428)山男に付ての御話は面白く存候に付あのまゝ二月の雜誌へ出し度候　但し一言申度は小生が山人又は山男と申候ものは一卷一號にあら／＼申候通

　○先住民の敗殘して山に入りし者の子孫

　○今も存す

　○子孫永續の爲｜新來民《即ち我々》の子女を勾引す　故に血混じ語式は通ず

　○其一部は死に絶え、其一部は邑を作り貫籍を有し混同によりて消滅す

　○此以外の非人間的現象は誇張誤解による浮説

かく考へをり候も勿論十分なる證據論據は提供せしに非ず寧ろ材料を排列し之に空なる假定を添へたる遊戯文字に候ひし也（學間上有害ならぬやう注意はしてあるつもり）　小生等が定義によれば縞の着物をきて米買ひに來る山男があつても不思議には非ず　唯貴下の示されし三四の例の如きは山男には非ず佐々木君などの話の中には夫よりも今一層山男ばなれのしたのも有之候も　それは山中の獨生も不可能には非ざる一證、又山男も終には平野に降り來る者あるべきの一論據として出したのにて　是悉く山男とは申さず　「山男の家庭に就て〔三字傍点〕」とある一文の如き筆者もこれを山男なりとは斷ぜず　編者も他日體格測定などの方面に研究する人々の注意を要する意味に於て之を採録せしに候」

貴所の文多枝多葉にして折々は本流を辿る能はざらしむる嫌あるは事實なれども　小生を始め後代熱心の學徒にして精讀を敢てする者には萬々誤解せらるゝ患なし　述作をせらるゝからには同國人を益するやうに日本語にて書かれたし　植物とか化學とか數學とか云ふ世界的の學問なら兎に角　民俗學のやうなナショナルな學問に外國文を用ゐたまふは詮も無きことにて　例へば英文とすれば迚も英人と角逐して英國の材料を博捜しつゞける能はず　然らば日本支那の話を披露すとすれば言はゞ倫敦の博覽會にアイノをつれ行きし如く一種好奇的歡迎を受くる迄にて仲間入は出來ず　而も折角の努力が學問全體の進運には貢獻し不得　斷片的に折々利用せられるやうでは何だかこんな事も知つて(429)居たと云ふことを人に認めさせるだけが目的のやうに相成可申候　現世では俗輩と惡闘せらるゝ迄もせめては後代のよき心掛の者の爲には御なり被威候やう御力め被成ずては義理が惡からうと存候　何かと云ふと英文々々と言はるゝは一度は小生にこんな事を言はしめんとての御策略かととも存じ候へ共恰も舊年の總勘定に際し平素の不平をさらけ出し置候　一遍は御立腹被成候はんかと豫め御わび申置候也　草々不一

　

　　　　　　　二八　〔【大正六年一月十六日　紀州田邊町　南方熊楠樣侍史　柳田國男　封書】〕

川上氏宿所は

　熊本市木戸組町四十九ノ二　川上　漸

新聞記者かとおぼしく候　但しかの文章は小生書改めたるものに付「川村が虚誕と言つた云々」には同氏責任を負ふべからず候　實際川村は一切の木よりわく酒の話を眞實に非ずと考へをりしにてかの話をきゝびつくり致候　「日本人」の前觸にては前囘の貴信中に御引用ありし「日本及日本人」大塊一塵の記事を意味し固より酒後の輕口に候　目下何も御援助を乞ふのには無之候　草々

　

　　　　　　　二九　〔【大正十二年十二月二十一日　紀州田邊町　南方熊楠樣御答　柳田國男　封書】〕

拜答　郷土研究は論説の題目あまり單調にて新方面を拓かんにも餘暇を不得候爲二年又は三年休刊の考に候　耳塚考はきつと何か御説あるべしと内々待つて居りしことなるも殘二月三月の間に貴稿を掲ぐることは困難に候　但し此節は何方にても御文章は歡迎可致又面白き題目故可成は他にて御發表を乞候も幸に小生へ御托し被下候ならば又悦んで(430)次の折迄保管可仕候　龍燈は不知火の漢譯なりと申候説今少々五山の文學でも渉獵せねば立派な御答はしにくきも海から（龍神から）奉つた燈火なりといふ信仰からこの文字は起りしものと信じをり候　丸々負けてをるものとは御考へ被下まじく候　草々

　久しく音問を怠り候も當節は御家庭御平安にや御令室へよろしく御傳へ被下度候

　

(431)　　　佐々木喜善氏宛

　

　　　　　　　三〇〔【明治四十一年十一月二十六日　小石川區武島町三古川方　佐々木繁樣　柳田國男　繪はがき】〕

御葉書ありがたく候　今月も二日の日に御出ねがひ度候　來月も二日の夜にねがひ上候　もしさし支出來候はゞ此方よりも遠慮なく申上へく候

　

　　　　　　　三一〔【明治四十三年三月十二日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

久し振の御書面なつかしく拜見殊ニ數々の御話につけて更ニ又六角牛早地峯の山の姿を想ひ浮へ候　ザシキワラシに似たる歐羅巴の神々調へ候はゞ限なき興味ニ可有之候へとも小生ハ今以て其餘暇無之候　先年 Yeats の Celtic Twilght を一讀せしこと有之愛蘭のフェアリーズにはザシキワラシに似たるものもありしかと存居候　遠野物語は早く清書して此夏迄には公にし度願に候へ共何分目下は石神のこと中途にて打棄てがたく夜分一二時間の暇は專ら此爲に費しをり候次第に候　來内村の女神が伊豆權現なりとのことは小生も伊能先生より承りしこと有之候き　此神は武藏にもあり信濃伊勢大和にも少からす人は本社伊豆國に在るかと思ひ候へ共全く此國とは關係なきが如く又飯綱山とも關係なきかも知れす候　祭神に付ても殆一定の説なきかと記憶致をり候　成ほどアイヌ語にて eta,echi は物の尖端又ハ人の鼻を意味し現在北海道の地名にも何々エツといふもの甚多く伊豆の半島も亦此語ニ基くものなりといふこと(432)殆疑を容れす候　併し何か故に諸國にエツといふ小祠あるかは未た十分了解し能はず候　御地方にてはあまり聞かぬ所に候へ共神田三崎町に在りし三崎神社を始め東京より西にはミサキと云ふ小社無數に有之候　阿波志の如きは漢文なるが故ニ之を岬祠と記しをり而も海に遠き山中にも有之候　伊豆權現と三崎社と果して關係ありや否やは斷言しかね候へ共鼻と言ひ猿田と言ひサイの神と言ふもの凡て猿田彦神に關係有之候へは事によると右のアイヌ語に基くとおぼしき伊豆社も此神なるかも知れす候　猶御心付給はり度候　オシラ樣のアイヌの神なることは松前志等に見え候由其記事に依ればアイヌのオシラ樣は馬頭ならぬやうに候　桑の木にて造りたる男女二體の神にて神靈人に着きて吉凶を言ふよしに候　オシラの語義はアイヌ語にても不明なれと近代内地より渡り行きしものとも考へられす候に付恐くは蝦夷の神の殘留せしものなるへく候

神樣の子供と遊ふことを好まるゝといふ傳説は諸國に有之候　此事は近日遠野物語刊行の折に書添申度と存居候　何日頃迄其地ニ御出被成候にや　猶あとより伺上度事いろ／＼有之候　伊能先生によろしく願上候　御母君　北川君にもよろしく　草々不一

　

　　　　　　　三二　〔【明治四十三年四月三日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

拜啓其後又々御手紙被下候はんかと日々相待居候　御地も平地は雪既ニ解け候や　東京ハ日々の春雨梅散り柳正ニ?かに候　さて過日申上候伊豆權現のこと伊豆國ニ無しと申候ハ誤にて相模國との境なる伊豆山走湯權現ハ又伊豆權現とも申候　其神ハ天忍穗耳命栲幡千々姫の二柱を祭るとも又ハ彦火々瓊々杵尊なりとも申ことに候へ共是皆後の説にて以前僧侶の奉仕せし時代ニハ走湯山縁起にも見ゆる如く神體ハ海上出現の圓鏡なりといひ三韓を經て渡來せし異國の神なりと申候て種々奇怪の説を爲せしやうに候　思ふこ此地方ハ早くより温泉を以て人ニ知られし處なれハ多分ハ(433)藥湯の靈�ｺを渇仰して祀り始めたる地神なるへく候　東鑑を見ても知らるゝごとく箱根權現と共ニ鎌倉幕府の崇敬厚かりし社に候へは頼朝か奧州征伐の頃なとより始りて段々御地方ニ傳播せしものかも知れず候　奧州ニては猶外の地方にてあまり聞かぬ神々あまたおはし候　遠野郷にては御見當り被成候こと無之や　其一はウンナミ權現稻荷又ハ宇賀神と申す説あれとも名義明ならず　其二ハ勝善又ハ想善　これは京都附近の十禅師と同しきや否考へ中ニ有之候　但し御地ニハ又小神子と申す神稀ニ有之候　其三ハ藍婆權現これは神體の御姿なとに基ける名にや　出來るならハ御調へ被下度候　其四ハホウリヤウ權現　其五ハニワタリ權現に候　ニワタリ權現ハ又オニワタリともミワタリとも申候

鷄の神かとも存候へ共常にニワタリと言ひ鷄足又ハ庭渡なとゝ書き候　本來ハ山頂ニ祭る神にや　白河附近にてハ山の名にもありて其地を本　　涼のやうに申す説ありしかと記憶致候　總體我邦ニハ鷄ニ因む傳説多く候　京以西にてハ少しく不思議なる塚又ハ巖窟には?々金鷄の口碑有之候　或ハ靈鷄出てゝ鳴くと言ひ或ハ黄金を以て鷄を鑄たるを埋めたりとも申候　東北ニては之を山の神と結合せしめ候にや　陸前栗原郡金田村字畠の鷄坂と言ふ地ニハ昔金賣吉次黄金を以てこの鷄を作り之を金山澤の東西に埋め以て山神を祭りたりと申候よし　これなとハ鑛山の山神に候　又中尊寺には鷄足洞あり稀には中央部にても遠州掛川在の曾我と申地ニ鷄足山正法寺と稱する曹洞宗の寺あるなど其例なきニ非す候　友人稻葉君の話ニ金鷄傳説ハ泰山の信仰ニ基くとのことなれと或ハ又日天子大日如來などに因縁するかも知れす候　大日は塚にて祭り高山にて祀りしこともあるかと存し候　兎ニ角鷄ハ早くより日本の宗教の中ニ入來れるもの故必すしも泰山の神を以て説明するを要せす候はんか　草々

　

　　　　　　　三三　〔【明治四十三年十月二十六日　盛岡市岩手病院にて　佐々木繁樣　柳田國男　繪はがき】〕

早くさふくならぬ前に御全快なされかしと祈り候　一度見舞に行度存居候　此頃非常に事件多けれども少閑を以て(434)「山人」の話を集めをり候　御話の中に此種あらば一日もはやくきゝ度ものに候　三百に達せば又出版するつもりに候

　　ひまもなく　木の葉ちるといふ　もり岡の秋の夕は　いかにさびしき

　

　　　　　　　三四　〔【明治四十三年十二月四日　仙臺市南町芭蕉館　佐々木繁樣御返事　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

仙臺ハなるほど寒く候ハン　東京の如き刺激なくして東京より暖き海岸でも御求め被成てハ如何　旅行に堪へらるゝなら海岸を一日二日つゝさがして南下せらるゝも可ならんか何かよき便宜あれかしと冥じ居候　冬中よほど御いとひ可被成候　太陽の文章御覽被下御細評なし給はり御芳志御禮申上候　山人傳ハあの後一向あつまり不申又蒐集ニ用ふべき時間もなく心せきをり候　御旅行中御聞及のことハ御書とめ被下度候　遠野物語第二の原稿御作中のよし一日も早く拜見仕度まち居候　あの本はうれざりし割には評判たかく人ハよく貴兄のことを小生ニたつね申侯　清水と言ふ人にはあの後御逢被成候や　あれニ刺激せられ自分も集めて見ようとも致さず候や　遠野以外にもかゝる計畫起りさうなものなれと昔話は消散すへき運命を有するものゝ如く新しき生活とハまことニ兩立不致候　かへすがへす御大事に被成早く御快復被成候ことを專と御力め可被成候　草々

　

　　　　　　　三五　〔【明治四十四年三月十九日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣御返事　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

拜復　其後ハ御見舞も怠り居申譯なしと存居候折柄御手紙を頂き有がたく候　先以御病氣御平復萬々奉賀候　今年ハ年と共ニ御運も開け可申力めて思想上の新境涯を御開き可被成　小生が考ニては御地ハ最冥想ニ適する所と存し候ニ付十分御修養被成光るやうな頭をもちて御遊京可然候　山神の長壽も心が大空の如く朗々たらされバ何の效なき事に(435)か　是ニハ何でも術あるべしとハ存候が是非下腹に力を入れて居ることを忘れず且鼻にて呼吸し給ふべく候

山人傳はその後僅に十二三を加へ候のみに候　まだこれにては出版を企つるに足らず候に付目下段々方法を講しをり候

遠野談追々新増し愉快に存候　貴稿續篇ハ是非筆を取り給ふべく候　遠野物語刊行後之に伴ひて記録しおくへきこと小生の方にても殖え申候ニ付行々は貴兄と協力して廣遠野物語とでも題すべき袖珍ポイント字の美しき册子を作り置度存居候　逃石の話は極めて面白く候　今年は石ニ關する傳説を今少しあつめたく候ニ付○○のガロの○○の名御聞置被下度候　出來るなら其地の寫眞がほしく候　ガロは箱根のゴウラ又ハ中國のゴーロと共ニ石原といふことに候

白髪水のことは伊能先生及秋田人の山方石之助氏などあつめをられ候　御申開の異聞ハ其中の重要なる一節となり可申候　これも追てまとめて發表可仕候　昨年九月の學生文藝ニ「山の神とヲコゼ」のことを書きしに本月の人類學雜誌ニ植物學者南方熊楠氏のヲコゼ研究あり（伊能氏の所ニて御覽を乞ふ）御地にてもヲコゼ魚ニ關する傳説ありや御たづね給はるへく小生も來月の同雜誌に二三件發表致すべく候

木地屋といふ部落のことハ御地ニハ何か知れ居り不申や　「イタコ」と申巫女やうのものハ御地にもをり候や　之に關する話が知り度候　鱒澤ニ關する話ハ是非速ニ御聞せ被下度候　陸中邊の地名にて所々に

　　府金　　　　フカネ

　　石名坂　　　イシナザカ

　　登米　　　　トウマイ　トヨマ

　　小繋　　　　コツナギ

　　磯鷄　曾慶　ソケイ

　　小友　　　　オトモ

(436)有之此等ハ小著日本地名談中に入れ度候　何にても之に關する御聞及のことハ御報被下度候

御母堂及北川君ニよろしく御傳へ被下度候　東京ニ御用あらは何ニても御申聞被下可く候　御遠慮なく仰らるへく候

東京も此五六日の間ニ三度迄みぞれふりさふく候　併し鶯及鳩なき申候　草々不一

　

　　　　　　　三六　〔【明治四十四年四月二十三日夜　陸中上閉伊郡土淵村　佐々木繁樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】鯛相和針離僻鯛月虹計だ競加帶感喪淵綱吉〕

近來ハなみの丈夫な御躰に御復し被成候や　愈カッコの鳴く時節も近づき山の香　野のにほひ最生き甲斐のある時なれバ一日も御憂鬱の日の無からんことを切望致候　先日來返書をさし上度ても寸閑なく大ニ御無沙汰仕候　遠野古事記ハ伊能先生へも申置候ニ付先生御淨寫の後御引取貴下御手より御返送被下度小生ハさしあたり入用なく候　卷の中も送り申置候　下卷ハ寫させ中に候

山人のことは阿波の笠井高三郎と云ふもと早稻田に居た人及熊野ニ隱れ住める南方熊楠といふ植物學者目下熱心ニ蒐集してくれられ候　美濃越前等白山附近の話がほしく彼邊ニ同志者をさがしをり候　イタコのことハ早く御聞合せ給はり度候　目下之ニ關する論文を草しかゝりをり候　もし當分遠野ニ御住被成候やうならバ人類學會へ御入會被下ましきや　毎號伊能先生の論文ある外小生も此から毎月必ずかく決心をいたし候　考古學會へも御入被下候はゝ更ニ幸に候　本にすることハ困難故これより大に雜誌ニかくつもりに候

水野君より勸業銀行の雜誌をくれられしにより御熱心に廣遠野譚を御あつめのことを知り候　小生も今度ハ餘程研究的の本にして見度おもひをり候　山崎直方氏過日遠野町に旅行しゑはかきを呉れられ御地にもハガキが盛に出來候ことを知り候　道路又ハ村落の?況の見えるもの又ハ山の形のわかるもの御集めおき被下度候　種板が利用出來れハ更ニ結構に候　祖母君　母君によろしくねがひ上候　小生又行度もよく／＼いそがしく候

(437)　　天雲のもの遠野の里も

　　　　　ゆめに見えず

　　　　春の夜風の　松にのみ吹く

　

　　　　　　　三七　〔【明治四十四年五月十六日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣　柳田國男　繪はがき】〕

御手紙細々御示御禮申上候　イタコとオシラサマとの關係わかり候はゝ大なる發見に候　是非御しらへ被下度　御申聞の雜誌等さがし出し候はゝすぐさし上可申候　過日ハ繪葉書あまた御送被下有がたく拜見仕候　考古學雜誌今月號先祭のこと御覽被下度候

十二日から十五日迄甲斐より相模へ流出つる道志川の溪谷を下り旅行をこゝろみ今歸宅した所に候　此山には山男居らぬやうに候

　

　　　　　　　三八　〔【明治四十四年八月九日夜　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣御返事　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

美濃越前の山中へ三週日の旅行を試み先月末歸京本年は夏中も些も閑なく市中ニ在りて苦勞致居候際とて久々の御手紙ことにゆかしく拜見仕候　此間中は又熱が出候よし御こまりのことゝ存候

かの馬は非常に意味のあるものニて小生か目下頻ニ其由來を明ニせんとしつゝある題目の一に候　駒形神の信仰ハ箱根が本原なるが如く被存候　この神の信仰の佛教以外に出つることは略疑なく候　馬の蹄のあとゝ竈の崇拜とは關係あるらしく候ことハ曾ても申上候かと存候　之を門神ニ祭るに至てハ殊ニ珍しく候　目下神馬傳説の蒐集ニ熱中致居(438)候へは早晩之に關する一小篇を公ニ仕るへく其折ハ此貴重なる材料を利用すべく候

ウマコツナギと云ふ名も考へねバならず候　相馬氏の紋が繋馬なるハ何か由來あるべく關係の及ふ所頗大ニ候やうにて趣味無限に候　御地方を始め東國にハ繋《ツナギ》、綱木、小繋《コツナギ》などいふ地名多く候　關係あるかも知れず候　サウゼン神ハ東京附近にも大分痕跡有之五月末下野東南部にて勝善神と刻したる立石を見たり　馬の神ニて月　　々祭るよしをきゝ候

別封御送申上候小册子ハ�ｺ島女子師範學校の前教員笠井氏が生徒と共ニ蒐集せし阿波一國の傳説集にて遠野物語の感化を受けたるものニ付御目にかけ候　何とそ五六日位にて御返し被下度候　其中ニ首切馬の傳説ハ笠井君も東北の一隅ニ同型存するを知り大ニ驚きをられ候

遠野譚の増補ハ早く御まとめ被下度　跡から出た分ハ第三版に出し可申故出來るなら來年早々位に世に公にせぬとあの面白味を人が忘れ可申　イタコのこと其後何か得る所無之哉　兎に角來月位の人類學雜誌ニ現在材料だけニて一篇を出し可申積なれば御覽被下度候　小生考ニてハイタコハ巫女ニして娼を兼しことありと信するなれと現今のイタコが之を見て侮辱を感ぜねばよいがと思ひ候

佐渡の奇談を集めて公にする計畫もあれど慌しき爲におくれをり候

山男の話ハ今少し考究し度點生じ候故發表を躊躇しをり候　南方君の話ニ人間が山ニ入り狼ニ養ハれて居る者あるらしければ之を調へて見よとのことニ付目下其事の明になるをまちをり候　又山中こて見知らぬ人と交易する慣習（鬼市）ありとのことに候　之も山人傳ニハ重要事項故今少々しらべ申候

兎に角誰も來て耕し蒔かさる廣野ニ獨立ちてをりながら荷物が多くて手が働かし得られぬやうな感じ有之候　今囘の旅行にてハ「サンカ」と稱する一種の漂泊民族ニ付多少しらべ申候　中世の「クヾツ」と言ふ者之と同じきやうニ考へられ候　川魚を捕り籠《カゴ》サヽラ箒の類を作りて賣り又｜箕《ミ》を直すを業とし一所不住ニて布の天幕を作り家族共々諸所を移住しあるくもの御地方こてハ「テンバ」又は「テンボ」、「テンマ」と申かと存候　遠野附近にも居るかも知れず　伊能(439)先生が早池峯山中に穴居せし者と言ハれしハ是なるべく相馬附近ニて今も年々山腹の穴の中に來て住むよしに候　御地にても御聞合被下度候　九月五六日頃ニハもし都合つかば山形縣の新庄邊より陸中へ越え度存居候　もしそんな事あらば鬼首の温泉邊ニて兄と一夕會合したきものに候　御祖母君　御母君によろしくねかひ上候　此手紙をかきなから頻ニ山口のクルミの林をおもひうかへをり候

　

　　　　　　　三九　〔【明治四十五年四月二十二日　岩手縣……（濡れたためか不明）　東京……　柳……　封書】〕

過日は御葉書有りがたく候　小生此頃は本業も怠るほど讀書をして居り候故貴兄及伊能先生へも御無沙汰ばかりいたし居候　其代には近々面白き本を御目にかけ可申候　何ごとでも深く入込むと出て來られなくなるものにてよきが樣にせんと思へどもケムブリッジのフレエーザー教授の如きは二十二年前に「黄金の枝」といふ傳説に關する一書を出し十二年前の再版に之を倍に迄増補し一昨年の第三版にてはそれが菊板の五百頁など細字の本七册と成れり　之をよむに我々が日本ばかりと思ふ習俗傳説ギリシャにもシリヤにもエジプトにもあること多くもとは單に一小篇の遠野物語も十年二十年の中には如何に成長するかも知れず傳説の中にては石さへ盛に成長するに付カッパを猿といふこと貴兄は不承知なれど傳説と云ふものは其やうに成長して行くのが普通にて始ハ三百年程前迄のカッパといふ文字すら日本になかりしものが今日ではこれを猿だといふても人が信ぜぬやうに日本に固定したる也　此事は小生の著書此原稿紙にて四十餘枚之を論じ且つ證してあるなり　早く刊行したけれどまことに暇少なく殘念に候　御地方のオソウゼンさまのことを明日の夕、神道談話會にて講演し其草稿を來月の考古學雜誌に出すつもりに候　これもカッパと深き關係あり　小生は之を馬蹄石傳説と名つけ申候　イタコのこと其後又いろ／＼わかりたり　ポツ／＼雜誌へかくつもりに候

　

(440)　　　　　　　四〇　〔【大正二年一月十四日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁君　柳田國男　繪はがき】〕

ゑはがきを澤山ありがたく候　此三月より我　　々の學問專門の雜誌を出さんとす　大に東北文明を研究するつもりに候

御ひまには近方各地御旅行なし被下度候　横濱の一英人遠野物語を飜譯出版したしと申來り候　露西亞語御研究御つつけ被成候ては如何　本は御送可申上候か。

（繪）この神さまハ四五年前江戸川々口の洲上に漁夫の兒によつて祠られ目下大流行に候　此寫眞ハ其假建築の?況に候

　

　　　　　　　四一　〔【大正二年一月十四日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣　柳田國男　繪はがき】〕

遠野古事記三册御返送正ニ落手仕候　御序に伊能氏へも御無沙汰のこと御わび被下度候　御地のかくれたる學者の地誌又ハ隨筆類記念の爲一部うつし置たく候　何か御撰定且つ御周旋被下度候

（繪）本年ハ御地ハ雪さぞふかきことゝ存上候　東京も暮の二十九日ニふりし雪小生の庭なとハまだ澤山のこりをり候　一月十四日　國男　此地へハ御出なかりしならん　此森が有名なる喜多院也　住職天狗となる云々

　

　　　　　　　四二　〔【大正二年五月二十三日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき〕

御送付被下候原稿ハ一旦雜誌にのせて共有物といたし置候　遠野物語の續は中　　々近きうちニハ出さうにもなき故なり

遠野物語を英譯せんとする英人あることハ前にも申上しことと存候　近頃御健康ハ如何伺上候

　

(441)　　　　　　　四三　〔【大正二年六月六日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣　繪はがき】〕

あかるい夏になり申候　此間のおもしろき原稿ハ今月號に載せ不得と高木君申候　併しあと／＼も御連載切望仕候　柳田國男

　

　　　　　　四四　〔【大正三年六月七日　盛岡市鍛冶町若狹屋方　佐々木繁樣侍史　東京都?町區内幸町二丁目貴族院官舍　柳田國男　封書】〕

引移り等の爲延引致候が先日の御手紙に御答へ申候　御近況を承り候　兎に角御健康にて職業の必要を感せられ候を幸とすべく候　堤知事へ手紙を出し置候　同氏は年來の知人なれば出來るものなら心配してくれらるべく一度御訪問被成べく候　第二には高等農林學校の木村農學士を御紹介致候　同氏は昨今の赴任にて直接の助力は六つかしきも新しき友人として相互に力になるかも知れず試ニ御逢被成べく候

奧州古譚の蒐集ハ百五十位にて一册の本に被成候てハ如何　何册もあとから／＼出るのがよろしかるべく原稿御遣し被成候はゞ先づ若干の金になるや否やを試み金にならすハ甲寅叢書の方へ入るやうに力め可申候　カッパを猿だといつた小生の不埒な本も目下校正中七月上旬には出て可申其點ハとにかく他の部分是非とも御覽被成べき本に候

出來たら（以下切斷切取、何行か不明）　草々不一

　木村氏宿所ハ　盛岡市川原小路一條方と記憶す　郷土會々員にて雜誌の同情者に候

　

(442)　　　　　　　四五　〔【大正三年六月九日　盛岡市鍛冶町若狹屋方　佐々木繁樣御返事　東京都?町區内幸町二丁目貴族院官舍　柳田國男　封書】〕

先日の御手紙ニ對し延引ながら御返事さし上候あとへ第二の御?に接し候　此上とも何なりと御遠慮なく御相談被下へく此方ニハ淺く心を用ゐ讀書其他にて靈魂をたのしましめ給ふべく候

宮古古事記稗貫古事記共ニ非常に見たく候　本の主にことわりて又貸をなし被下候か　又ハ御地にて筆耕に托し一本御寫させ被下度御世話ねがひ上候　切支丹のことをかきたる本も是非よみ度候が　貴兄今の御感しを以て「郷土研究」に御書き被下ましくや御相談申上候　此よりも奧羽の學者と成るへく多く交を結ひ大に北方文明を研究し度存居候　早々不一

　繪はがきハ多少とも御贈與を乞ひ度候

　

　　　　　　　四六　〔【大正｜四《？》年三月十六日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣御答　東京都?町區内幸町二丁目貴族院官舍　柳田國男　封書】〕

ヲコゼハ南方氏にたのみやり候　但し手に入るや否やたしかならず候　小生雜誌の爲苦勞すること甚しく讀書意に任せず　御書き被成候童話集本屋の何とも答へ來らぬまゝに今にあのまゝに致しをり候

文章の要訣を論ずる資格ハ小生には無之も恐くは「最も容易ニ人に理解せしむる」と言ふ他ハあるましく而も貴文ハ普通人にはわかるまじと思ふ點ありしより手を入れ度と申せしのみに候　故ニ別ニ斯く／＼言ふ箇條書も出來不申も

　一、假名遣ひを中央標準語に依ること

　一、叙述の文は東京辯に依ること（會話ハとにかく）

　一、担來るだけ短かく書くこと

(443)此三點ハ是非御すゝめ申度殊ニ第三の點ハ古語採集上の鐡則に有之かと存候　雜誌に新しい題目を持込むことハ中々六つかしくよわりをり候　南方氏始め人が言出して始めて書くといふ風にてどうしても柳田趣味を脱する能はす候　草々不一

　六月頃ニハ秋田の仙北より陸中膽澤和賀邊をあるいて見たしと存居候　曾て申上候「マタギ」といふ狩專門の部落と貴下の恩�ｺの青年とハ必す關係あるべしと存候

　

　　　　　　　四七　〔【大正四年十月十七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣　東京　柳田國男　繪はがき】〕

久しく御樣子うけ給はらす候處此度ハ懇書忝く候　御見せ被下候盛岡の新聞ハ樂しミて拜見可仕候　御察しの如く意外の多忙にて雜誌の爲には一方ならぬ苦勞を致し候

　

　　　　　　　四八　〔【大正四年十二月二十三日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣　貴族院官舍　柳田國男　繪はがき】〕

南方熊楠氏舊約を忘れず　山ノ神ヲコゼを二尾買入乾燥しつゝあるよし申來候　但し大きハ五寸ほどのもの此邊では專らこれを用ゐ一寸以下なることを必要とせぬよしに候　それでもよいか否か佐々木君に問うてくれと申候　貴兄直接に禮?を御出し可然候　番地は

　　紀州田邊町中屋敷五十二に候

　

(444)　　　　　　　四九　〔【大正五年十月二十八日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣侍史　柳田國男　封書】〕

今一度と存じしに御歸り被成殘念存候　御縣知事には此地ニて逢ふ折あらバ可申若し無くハ御出かけの前書面御紹介申可候　昔話集たしかニ御預り申候　此次も勉強して追々ニ御書き被成べく候　君の事業として世に遺し度の希望ハ自分も同樣に候　唯今度の方がたしかニ昔話らしく見え候も自分が欲するハ此でも未だに候　更に考ふるに貴兄ハ今岐路に在り貴君を現はす爲ニ此文章で突進せらるゝか柳田が趣味にまけて化せらるゝかの二つより一を擇び給へ

自分の希望を言へば後者なること勿論也　然すればやはり瘤取の如く全然貴意に反するものとなるべきか。名前を君の名にするは些かも異存なきも彼の如くかはつてハあまり張合なからんかと考出し今一度御思案を乞ひ候　何れにしても御存じの限の話を筆にし且つ小生に見せらるゝことハ切望いたし候　鬼が笑ふか知らぬが來年は話をきゝに三四日土淵へまゐり度存居候　草々不一

　少し暇をつくり御草稿の全部を心讀し度存居候

　アラビアンナイトの露譯又はグリムの集を一度ざつと御讀被成テハ如何かと存候

　

　　　　　　　五〇　〔【大正五年十一月二十九日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣御答　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

過日は御芳札拜見仕候　御骨折には候はんがある限の話御聞あつめ置被下度小生ハ幸に最近參上の機會あるにしても童話の方には手を伸すを要せぬことニ付御遠慮なくある限御かき集可被下候　之に就ての心づきハ後ほど追々に可申出候　自分としては些少の地方的特色も極めて意味深く感し候事なれども第二囘分の中には上方にても行ハれをるもの相應に多く有之又一二ハ本から出たらしきもの有之候　それは追々に可申出も要するニ(445)

(445)　一、奧州童話として公刊し得るもの

　二、童話の奧州に於ける現?として學者の觀察資料に供すべきもの

との二種に分つべく前者はよミものとして坊間に發賣し得べきもの後者ハ周到なる比較研究の後始めて甲寅叢書にでも出し得べき一册の研究書の材料に止り可申と存候　本屋の方は先頃小生が交渉を試みし時にも色々の條件を持出し一寸いやがらせ申候　又假ニ引受くるにしても其間に永き日數を要し到底目下の御必要に對する手段に成まじと存候

尤も御友人などの方から或は其樣な事情を本屋に試ミる道あるかも知れず候　其折ハ拙者保管の原稿を何方へでも送り可申候　草々不一

　

　　　　　　　五一　〔【大正七年六月十五日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣御答　東京　柳田國男　封書】〕

拜答　愈々御健勝悦しく存候　偖御尋の奧淨るりのことは小生は却て貴所より聞たるやうに記憶す　自分より御話申せしハ十三四歳の頃從兄なる者が奧州本の義經記と申を見せたりと申ことにて其原本上野圖書館にあるらしいこと迄御話せしかと存候　仰の如く座頭の淨瑠璃は北地民譚を研究するものには最必要の參考書ニ有之可くもし見あたり候はゞ勿論御目ニかけ可申も今も淺草の淺倉屋書店ニ聞合せしも見た事なしと申仍て今後心かけらるゝやう頼置候　刊本はなきやうなればもし手に入つたら十分校訂して出版して置度ものに候　仙臺圖書館には或ハ無之哉

　　仙臺市土樋九八　常磐雄五郎君

ニ小生の友人なる旨御書添の上調査方御依頼被成可然と存候

（欄外）福士君には久しく逢ハす候が童話集は如何被成候に哉

　

(446)　　　　　　　五二　〔【大正七年十月六日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣御返　柳田國男　封書】〕

先日の御返事に基き案を立て早速關係者に送り置候　遠からす委員會ある筈故問題として考究すべしとの挨拶を先月二十日に澤柳博士より承申候　萬一此度は成立せす共時運既に熟し居り候事なれバ早晩ハ必物になり可申存候　御話のやうに早急に右とか左とか決定するが如き運命的のものにハ非ずと存候　右御答まで　草々

　

　　　　　　　五三　〔【大正七年十一月九日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御答　東京　柳田國男　封書】〕

本日關西よりかへり申候　啓明會ハまだ決定せぬ樣子に候　勸業の月報ハ俗なる雜誌なれども活字にして置けば殘りやすく又多少なりとも收入となるなら御書被成てもよろしからんか　但シあの雜誌は後日求めても得られぬ故保存用として五部か七部ハ必ず送るやう御話被成べく候　それを面倒がるやうなら御書き被成ても學問の爲ニハならず候

水野君の字の旨いのには一寸おどろき申候　御保存可然と存じ御返し申上候　あの後北川君久々にて來られ候　フロックコートなどを着て以前共々附馬牛へ往つた人とは別のやうになつて見えられ候　御逢の折ハよろしく　草々不一

（欄外）尚今後幸に會の資金で蒐集するやうになつたら其分ハ勸業月報には御出し被成ぬやういたし度候

　

　　　　　　　五四　〔【大正七年十一月二十五日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御答　柳田國男　封書】〕

御手紙拜見仕候　先日澤柳氏に逢ひ聞候ニ評議員に差支多くして未た開會せぬよしに候　拙者ハ多分出來ることゝ期(447)待しをり候　右御答迄　其他御申聞の旨何れも承知仕候　早々不一

　

　　　　　　　五五　〔【大正八年一月二十一日　陸中上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣侍史　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

寒さの折　御障も不被爲入候哉伺上候　偖別紙啓明會よりの返答ハ咋暮に受取たるものに候も正月早々なれば少々御報知を延引致置候　申迄も無く此事業ハ殆と小生自分のものゝ如く感しをり候次第に付今後もあらゆる方法を盡し此會又ハ別の團體ニて是非成立するやう力め可申今暫く時節を御待被成へく候　澤柳先生も大ニ尻押せらるゝ筈ニ有之侯　草々不一

　

　　　　　　　五六　〔【大正八年二月五日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣御答　柳田國男　封書】〕

兩度の御?拜見御芳情奉謝候　小生も色々心つかひに有之候へ共幸に心身共ニ人なミにて家ニも大なる煩ハ無く候ニ付御安堵給はり度候　但し一般ニ流行の風と外國の變局により人心は大に動搖致居やうに存申候　此よりハ御同前ニ修行とも名づくべき強い生活を續けねばなるましと存申候　水野君の雜誌ハ御覽被成候や　先日たのまれ少々「長者の話」を致置候　坐敷ワラシの事ハ細心御蒐集の上一卷の書となす御考ニて御進み被下度候　西洋にても似たる俗信多きことハ近頃一讀のベーリンググールドの書にも見え居候　心得量子其他追々ニ御參考となるへきことを可申送又此迄雜誌なとニ出し材料も出來るたけ御標出なし置かれ度候　瓢の話はまだ數囘つゞき終ニ瓜子姫譚ニ歸着するやう致度と存居候　啓明會の模樣をきくに些しも絶望にあらす半年も立たぬうちに必す先方より何とか申來るべく存せられ候　今少時御忍耐ねがはしく候　北川君ハあの後一度も見え不申從て小生ハ交渉無之候

(448)　　二月五日　立春日　 草々不一

　東京には珍しい大雪昨日の雨にてすつかり消え書齋の東にある梅ハ紅白ともに蕾ハ大きくなり申候

　

　　　　　　　五七　〔【大正八年三月十二日夕　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御答　東京　柳田國男　封書】〕

御親切ニ御尋被下有がたく存候　小生ハ引つゞき丈夫にて日夜讀書の暇を求めをり殊ニ此頃ハ南洋の研究の爲に和蘭語ニ熱心いたしをり色々の面白き話柄も有之候　「奉公」と申雜誌近々さし上候やう發行者に申置候　此から一年ほとハつゝけて南洋のことをかくつもりに候　又「東方時論」と申雜誌にも二月より同し問題こて筆を執りをり候　「土俗と傳説」愈々出ぬときまらは又新聞にでも書き可申存居候　「都會と農村」も今月より休刊少々淋しくなり申候　御示しの書物の遠野記　遠野舊事記の二つだけは是非寫し置度候　先日拜借の本も寫字生怠慢の爲まだ御返不申候へ共此上なから御世話を乞度候　目下大多忙其うちニ緩り可申上候也　草々不一

　

　　　　　　　五八　〔【大正八年三月二十三日夕　陸中上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣侍史　東京内幸町　柳田國男　封書】〕

遠野記外一册御貸與被下御書?と共ニ有かたく拜受仕候　持主の方へも可然御挨拶ねがひ上候　今二三日にて閑を得可申少く落付たる心持になりて勉強を致度存居候　啓明會の第二囘の發表にも我々の注文は又洩れたれども理事者たち逢ふ度ニ言分けをする所を見ればいづれ承諾するつもりと思しく候　「土俗と傳説」は出なくなつても少しづゝ仕事をして置くが可なりと存候ニ付先つ兼々御話のザシキワラシの話を出來るだけ弘く集められ候やう願度候　是ハたしかに一箇の研究事項とする價値有之と存候ニ付又々遠野物語的に取まとめ自費出版を試ミ世人を刺激し度存候　就(449)てハ右物語及石神問答の如く各所ニ散在せる材料もなるだけ御まとめ置被下度候　「奉公」は濱松市元城中村修二君へ御請求被成候はゞ一月號より御送申へく早くないと出盡す虞有之候（僅ニ九百部印刷）此より一年ほとハつゝき可申侯　草々

　

　　　　　　　五九　〔【大正八年三月末日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御答　柳田國男　封書】〕

朝鮮ハ目下大分のごた／＼にて此類の新事業着手おほつかなく又それよりも前に啓明會の方か出來さう也　且つ貴君としても奧羽調査の如く此方に適任なりと推稱する能はす從つて多くの候補者の競爭ニ勝たねハならす候ニ付先つ六かしきものと存候　草々

　

　　　　　　　六〇　〔【大正八年四月十七日　陸中上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御答　東京内幸町　柳田國男　封書】〕

拜答　小生洋行の噂あるハ誤報ニ有之候　山立由來記御見せ被下有難く存候　必ず面白きものニ有之へくと存候ニ付御手數ながら御暇の折半紙ニ御寫し被下御送付を乞度必す大きな研究の一端ニ可相成と信し候　座敷ワラシの話ハ早く御集め被下度出來次第何ともして東京で出版可致候　但し是と共ニ御記憶の限今迄世ニ出でたる此問題の記事御集めを乞度候　御風邪のよしぶり返さぬやう御用心なされ度候　草々不一

　

(450)　　　　　　　六一　〔【大正八年四月三十日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　柳田國男　封書】〕

山立由來記御急ぎ御寫し被下御辛勞奉謝候　是ハ日光山縁起の系統を帶びたるものにて小生の意外に思ふ點二あり　會津ニハ至つて盛なり

　一、は分布の御地ニ迄も及べること、秋田のマタギの藏するものも此と同じならハ更ニ妙と可申

　二、は秀郷又ハ猿丸太夫の名にて傳ハれる「神を援けた話」御地にてハ萬三郎になりをること

萬次萬三郎の話は前ニ「郷土研究」第二卷中ニ書きしことあり御覽被下べく候　此發見たけニても一卷の書とするに十分なりと雖猶之ニ繋聯する事項御注意なし置かれ度候　小生ハ明一日出發十日ほと肥前地方へ旅行いたし候　草々　不一

　

　　　　　　　六二　〔【大正八年五月十八日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣侍史　柳田國男　封書】〕

鳥の話は水野君へ早速送りおき候　材料は乏しくともやはり御地方のものゝみを集めそろへ給ふがよろしく候　如何に目前の人なりとも他人が書きたる遠方の話を合併してハ御地方の話はよむ人の頭に入らす學問上の價値大に低く候　此後は此の如き混淆は單なる遊戯事業としても御見合せ被成度存候　ザシキワラシの話ハ假令不完全ても早く御まとめ被成へく候　今ならは出版して而も僅々なれとも報酬を受くる道有之候

　

(451)　　　　　　　六三　〔【大正八年六月十九日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御御答　東京　柳田國男　封書】〕

御書面の趣備さに拜承仕候　御同送貴稿も亦既ニ大半を讀了感歎止む能ハす候　此種の研究は正しく前蹤なきハ申に不及今後亦永く追隨者を豫期し能ふましと存候　但前信には委曲を盡さゞりしも貴稿を世に公にせんとするに際し小生か書店と約したる個條ハ

　イ、爐邊叢書と題し

　ロ、此迄此學問の眞の味を知らぬ青年を動かすべく

　ハ、成るだけ興味多き研究又ハ記述を一册一題目とし

　ニ、集めて數十卷となるべき家庭讀物〔二字右○〕を出さんとせしこと

純然たる學術報告の部分の精々各册の末ニ六頁か八頁か添へるたけニて滿足せねハならぬわけニ候　此第一期刊行としてハザシキワラシの如き新題目にして且まとまりたる者の適當なるハ申迄もなけれと殘念ながら貴下及び伊能氏の論斷ハ未だ堂々と可否を世に問ふ底のものに非す　要するに此の如き難解微妙なる社會相ハ或程度迄ハ外國民族中に最も近接せる事例なき哉否　若し有とすれは學者ハ之を如何に判斷せりやを明らめずハならず要するに目下の功績ハ不周到なる推斷よりも忠誠なる記述を多とせさるへからす　貴兄が蒐集ハ此意味ニ於て極めて貴重なれは之を世に提供したる勞苦を以て一旦は滿足せらるへきものと存候　（小生石神問答の輕薄且つ無責任なりしことは自分先つ大に之を悔い居候）　然るニ貴君の筆には咏歎の文章多く更ニ各地の通信に至つても消極的の答多くして内容盡充實せす一本を寫して家ニ存するには適するも之を以てフォクロアの眞意義を人ニ説くにはあまりニ甘く候　就てハ貴君許さ

るるならは此夏中に小生筆をとり（勿論貴兄の名を以て）力めて貴兄が調査の方法のまゝにて

　一、子供の時の記憶

(452)　二、近頃耳できいた話　實話として傳ふるもの

　　　　　　　　　　　　　　　物語化したるもの

　三、手紙こて答へられたるもの

　　　　　　　　　　　　　あるといふ地方の分

　　　　　　　　　　　　　無いといふ地方の分

　四、關係あるかとおもはるゝ事項

　五、今後の注意及研究方針

といふ順序ニて　又必要ならハ二と三との中間ニ書物雜誌に出て居ることを一節とし、各條の末又ハ本の終ニ若干の説明を加へ（折角の原材料なれとも暑い寒いの面倒な文言多く煩しけれは力めて此等書?に近い文章ニて第三人稱に變更し）、聲を出しても讀めるやうな讀ミ本にして見度と存候　尤も第一回には

　　　　神を助けた話

　　　　おとら狐の話（早川）

　　　　橋姫の話（舊稿訂正）

の三種と合せ四つ揃つてから出す約束故出來上つたものを檢査し且つ新材料の添付又ハ訂正の時日十分あり、文章は「である」の口語體とせねばならぬがと存候　山島民譚の文體ハつゞけにくゝ今後悔中なり　又標題ハやはり片假名で　奧州のザシキワラシ　とするが尤も感じよろしきやう存候が貴兄は如何　「坐數童衆」ハ原の語ニハ近からんも標題としてハ理窟くさく六七歳の紅顔垂髪の神物を思ひ浮ばしめ不得やう存候　猶前以て御相談し度ハ

　一、文中の人名は何れの點まで保存すべきや報告者の氏名は各條の末に括弧内にしてゞも入れた方がよきか　又ハ原書?等の著者の手に保存しありて確かなりといふことを受合ふ迄でよきか如何　今坐右ニあるカムベルの西(453)北ハイランド民譚集には大部分〔三字右○〕話者又ハ採集人の名を録す

　二、ワラシの居る家の所在氏名は後日の調査の爲是非公表し度ものなり　是は既ニ退轉した家ハ勿論現在のものも大部分迷惑には思はざるべしと考ふるが如何　但し出來た書物ハ隨分岩手縣其他にも澤山賣れるなるべし　君の迷惑にならぬやうにし度候

　三、前にも度々申せしが貴下の遠野雜記ハ勿論、伊能氏其他の報文にして雜誌新聞に出たものハ洩れたるもの無之哉　君の分ハ此中に混して可也　他にハうそをつく人もある故なるべくは何雜誌ニかく出て居るとして引く方可なるへし

　四、拙者編纂の序ニ心づきたる點あらバ跋として四頁ほど將來研究者の參考を書殘したし差支なきや　おとら狐の如きは早川君不在不明にして増補し得ぬ爲に本文ハ二三十頁之ニ伴ふ小生の説ハ百頁ニ近からんとす　之ニ反し川口君の「鳥の話」ニは何もかゝぬつもり也

ザシキワラシに尤も似たりと申せしハ心得童子《コヽロエドウジ》に候　此ハ後世の「福の神」の基礎を爲す思想にして打出の小槌やかくれ簑笠なとの如く福分ある長者の有する寶の一つと考へられ現ニ田原藤太か龍宮より貰つて來たといふ寶物の中ニも加へたる一傳承あり其名を「龍次龍三郎」といふなとの説郷土研究椀貸の話の序ニ江森君之を報じ又小生も此思想の發達を同誌第二卷中の「護法童子」の論の中ニ一寸申おけり　今日ニてハ護法ハ守護神にして之を祀りをれとも名僧の傳の中ニハ不思議の童兒現實ニ來り仕へしことを説くもの二三なり　但し此は個人的にしてザシキワラシの如く家に屬せず此方は寧ろ歐羅巴に多き家の神（例へば白衣婦人　彩衣童兒）の方ニ近し　恐くは大昔の風習に家を建てる時小兒を殺戮して主柱の下なとニ埋め其靈をして建物を守らしめし結果古い家には童形の神住ミて大事件の起らんとする前ニ發現するなどと信するに至りしかとゴンム氏などハ説明しをり候　更ニ日本として考ふべきは竈の崇拜と火神の信仰なり　琉球なとでは現ニ今でも火の神を以て家全部の神なりとして拜し居り候　但し其形は老女など多き(454)やう存候　之を要するに貴兄が此擧の如く全國各地の材料を追々集め次ニ附近の民族ニ於て共通の特長あるや否を檢せされハ伊能氏の如くあまり似もせぬ手近の一二材料ニ澤山の推測を加ふるなと結局後の研究者の熱心を殺ぐことに歸し去るべく候　何とぞ今後オクナイ樣なりオシラなりの場合にも忠實なる記述ニ重きを置き素人輩の獨斷ハよくよく後まはしニせられ度候

「話の世界」と申す雜誌ハ一册送り來る貴兄の「話を買つた話」が出て居候　○○ハだめな男に候　來たら怒り可申も終ニ不來　此樣な人ニ貴兄が大切な原稿を托せしを後悔しをり候　猶心つき次第後より可申上候　草々不一

　尚差あたり金にならぬ仕事なれは此に打込ミて家事を怠り母君に心配をかけられぬやうにねがひ度機會あり次第學問と職業と一致し得らるゝやうニハ小生も盡力可致も其迄ハあまり村の人にわるく思はれぬやう被成度候

　

　　　　　　　六四　〔【大正八年八月十七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

先日玄文社の理事來り爐邊叢書は十二月に出すとしても九月末迄ニ三册分十月中ニ同二册分の原稿をもらはぬと活版間に合はすと云ふ　ザシキワラシハ小生ニ興味もあること故之を書直すハ勞に非されとも目下の忙しさでは右の期日に出來るか否至つて疑はし仍て貴兄先日の打合せに從ひ九月中に出來るつもりにて今一度筆を取られ度候が如何　貴稿ハ日々机の上に置きありてまだ片付かぬハ中々肩の張る感じなり故ニ今一度御相談申上候　文章ハ「である」の方成るべく筆を省くこと話をするやうな態度耳で聞いた話を先ニする　但し昔話に化したものハ別又枕返し、逆柱、劍舞なども後に敍述する方可ならんか

文體の御參考には郷土研究四卷六、七の「おとら狐」を見られ度　此も第一期の四册に入れるつもり也

山島民譚集のつゞきは口語體ニ變へる爲に此叢書に編入することを決心致候　これのミニても三四十編あるへきか

(455)一冊ハ「二百五十字」の原稿用紙で百二十枚以上少々の印税（多分一册五六十圓）ハさし出す由なれハ次ニハ「オクナイサマ」も計畫せられ度其うちニハ兼ての調査費出來可申かと存侯　紙の端になり缺禮候

　此他ハあまり御差圖申度なし　但し若干の訂正を許し給ふべく候

　

　　　　　　　六五　〔【大正八年八月十八日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御答　柳田國男　封書】〕

御手紙有がたく存候　小生等一家内共幸ニ皆恙なく氣力充滿まだ大に働き可申候

前信申殘し候がかの本ハ文章は青年が大聲を上げてよむものとして御書被下度　廿行二十字にて七八枚を一囘分として切を御つけ被下へく候

伊能先生は善人なれども議論には一も耳を傾くべきものなし　其ザシキワラシに關する書信の如き殊ニ然り　斷じて迷ひ給ふことなく自分の〔三字右○〕見聞より以上餘分な想像などを書き給ふへからず　それは後世の學者のすへきことなり　蒐集者の任務ハ全然其外に在り　念佛童子の話なとは好參考品なり　編末ニ此類のザシキワラシの名を帶びぬものゝ例を取あつめ給はゞ愈忠實ならんか　西洋にては此問題のみの研究に一代を費す人も少からす呉々も一隅の事例を以て「隱し妻」なとの想像説を立て給ふへからす　實ハ色の白い嫁娘を我地方でハ「ザシキワラシ見たやうな」といふ、其「ザシキワラシ」は本來はこんなものだといふ話がある。云々といふ風にて話してもらひ度存候　草々不一

　

　　　　　　　六六　〔【大正八年八月二十日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣侍史　柳田國男　封書】〕

遠野記及同舊事記永々借用恭く存候　本日書留小包を以て返上仕候　現所有者ニ厚く御禮御申傳へ被下度候　遠野記(456)の方は殊ニ有益ニ拜見仕候　獨り御話の馬盗人の事のみならす何れも實事談の興味の遙ニ小説に勝るものあるを感じ候　單ニ記憶のよき人といふだけでなくよほど物のわかつた人の筆らしく此點殊ニ愉快ニ存申候　但し此樣なる書體文章は追々之を解する人少くなり可申と存候　楷書こて誤なく一本を寫し置度ものと存候　誰もよき寫しのあることを知らぬやうなら一本人に托し寫さしめ度ものと存候　自分ならば先づ殘らず讀解きうるやうに存申候

　

　　　　　　　六七　〔【大正八年八月二十二日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木繁樣　柳田國男　繪はがき】〕

小笠原氏の宿所を御知らせ被下たし　鷹の話を九月ニ出しますから送り度候　ザシキワラシの話をなるだけ多く集めていたゞきたいのです　外の地方にもあるか否かをさぐる爲ニも必要です　大なる問題です　御健康ハ此頃如何　小生はどこへも行くを得ず　八月二十二日

　

　　　　　　　六八　〔【大正八年八月二十七日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

拜答　先輩の言を後へまはしても失禮には有之まじく、殊ニ先輩だから後にまはすに非ず貴下即ち筆者に最近き見聞の方が價値多き爲なり　差支あるましく候　「無い」といふ各地の返事も亦一材料なり　仍て「左の諸君に手紙で聞いたが知らぬといふ返事であつた」と書き（或ハ人名のミハ略し）其次に列記せらるへく候

高野山の話に付ての南方氏の手紙も全部出す必要勿論なし　森口君の方ハ御隨意　序に申す「ザシキチゴ」のことは中山の話に大阪の「新社會」といふ雜誌に出て居たとのことに候　本には無くとも實際の話なるへし　字數ハ一定の罫紙ならハよろしく二百五十字ハ假定に有之候

(457)讀よくする爲に山島集の如き細字ハ入れぬ方可然其爲に自分のとる方法は其所だけ「コンマ」又ハ、。の代りに小さな一、二、三の數字を（二、三）の如く挿ミ卷末に四頁でも八頁でも其番號順に例へば

　（二三）何野何者君話、何月何日夜　同君ハ誰々よりきくといふ

といふ風に集めて載せるつもりに候　要するに爐邊叢書は舊日本人と新日本人とを爐邊ニ於て融和せしむる趣旨なれば是非共若い者すら／＼とよめるやうに書いて置かねバならす候　取急き　草々

　

　　　　　　　六九　〔【大正八年九月二十六日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣御返事　柳田國男　封書】〕

原稿正に落手候　汲々の御辛勞學問の爲感謝に堪へす候　小生も既に「山立由來記」の研究たる「神を助けた話」を終り今「狐の話」をかきをり候　少なくも此十二月初には此三種ハ世に出可申候

「民譚集二」と題することハ叢書としてハ體を爲さず候ニ付跋文中ニ小生書込むことゝ致すへく其他今囘ハ書店の希望も入れる必要あり原意害せさる範圍の訂正を御我慢被成度候　草々

　

　　　　　　　七〇　〔【大正八年十月四日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣侍史　柳田國男　封書】〕

御骨折の原稿は小生第一の讀者として本日迄に拜見仕候ところ勿論大問題の解決ハ些も望なけれども「赤子を家の内ニ埋める風習」は尤注意すべきことのやうに存申候　此事はフレエザーも研究し又三十餘年前ゴンムも主として英國の舊習の中に此風曾て存せしかを論じをり候

而して其が家の神となりし道筋も他の類例より推測し得へく候　ゴンムの著は新渡戸氏より借りて見る　フレエザー(458)のみは手元に在り近々閑を生じ東北を見に行く頃には之を携行き特に貴兄の爲之を講讀すべく候　小生も偶然第四册目ニ「赤子塚」の話をかき赤子の魂のことを些しく説かんとす　但し是ハ屋外のものゝみに候　此書出候はゝ御地の好青年等に此事を御説示被成蒐集事業の決して馬鹿にすべからざることを解せしめられ度　又小笠原村長の如き新時代の人にして且多忙なる地方人士が久しく此類の題目を記憶せらりしは敬服する所なりと御傳へ被下度候　御文章にはまだ／＼不用に六かしい文字まじりをり候ニ付高等小學校の女生徒位を目當にして直し置候　又此度全フリガナを附するニ付別紙の疑はしい箇條御明示被下度候　二三日中ニ四頁ほどの跋文をかき活版所ニ渡すつもりニ候も目下何方もサボタージュにて出來上りは此暮ならば上々と存居候　御待遠樣と存候　前の原稿は記念として頂戴いたし置度候　草々不一

　

　　　　　　　七一　〔【大正八年　《？》月七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　東京　柳田國男　繪はがき】〕

山立由來記の所在及之と同種のものを所持するらしき人の名御知らせ被下度候　吾妻昔物語ハネフスキー君へ一寸見せ申候　同君より御かへし可申非常におもしろい本にて引つゞいて御地方のことをしらべ度なり申候　小原柳鴨君の親類小田島家ニハ非常ニ澤山の舊記あるよし　近日まゐり度存候

　

　　　　　　　七二　〔【大正八年十月廿四日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣侍史　柳田國男　封書】〕

鈴木氏等が蒐集事業は殊ニ遠野なるが故ニ一層愉快に承り候　貴君も定めて謙遜なる態度を以て平生の所信を此事業の爲に表せらるゝならんと存候　松本の胡桃澤君とは是非御交通被成今後互ニ御助勢有之度候　年中行事には日を〔二字右○〕示(459)して問ふ方法尤も便宜かと存候ニ付試ニ小生の分類を申上れハ

　（三元）　正月十五日　七月十五日（又ハ八月）十月十五日（又ハ十一月）

　節供　　正月七日　三月三日　五月五日　七月七日　九月九日

　オコト　二月八日　十二月八日

　月の朔日殊ニ　六月一日　十二月一日

　其他の日　三月十八日　四月八日　五月二十八日　六月二十三日等

此等の日ニ何か常と異なりたる所作ありや否又特殊の名稱ありや否如此問ふときは答案を集積して直ニ報告書を作ることを得　又

　道祖神　山ノ神　稻荷ハ何日ニ祭リマスカ　其祭り方如何

と問ふのも一方法ニ可有之と存候　爐邊叢書三册分まとまり送りおき候　今年末迄ニハ出ることゝ樂ミ存居候　草々不一

　

　　　　　　　七三　〔【大正八年十二月一日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣親展　東京麹町區内幸町二丁目貴族院官舍　柳田國男　封書】〕〕

大ニ寒く相成候が御一同御恙も無之哉　さてザシキワラシは校正終り候も他の三篇未了の爲本年中の發行ハ六かしく見え申候　此方より差當り五十圓位の收入あるつもりなりしも間ニ合はず候場合には或ハ御差支かと存候ニ付兎ニ角百圓だけ御用立申候　幸にして無用となり候場合には他日の爲御地ニて保管なし被下へく候　先ハ用事のミ申上候　草々不一

　

(460)　　　　　　　七四　〔【大正九年二月二十一日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御返事　東京　柳田國男　封書】〕

本は半月も前に校正四册とも終りたれとも印刷上のサボタージュよりまだ中々出で不申候　月末には出可申候　委任?は

　　著書出版ニ關する一切の事務を拙者に委任

せられるやう記入可仕候　二千部（百部別）四十錢賣の一割

印税ハ七十六圓收入候　幸にして二版出で候はゝ若干御送金をなし得べく今囘の分は十二月末御立替申候分ニ充て可申候　小生は目下至つて靜平ニ讀書の日を送りをり候　御夢は曾て合ひたることなし　此後ハ心にかけ給ふことなかれ　草々不一

　

　　　　　　　七五　〔【大正九年七月三十日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

松本君は二十八日に東京發最早御逢被下候かと存候　小生も八月は早々出發仙臺石卷氣仙沼盛を經て釜石に參るへく同地より多分日返りに御訪可申上候　ネフスキー君も（十日頃）其頃迄には六かしきも一度ハ此夏是非御たつね申やう申居候　貴兄が御計畫には些しでも便宜のやうニ色々考へをり候處ニ付あまり惡い夢を御覽被成ぬやう願度ものに候　實業日本社の有本君と申人來る　貴君舊知のよし申候　東奧童話集刊行のことすゝめ申置候ニ付貴所からも御相談御かけ被成候ては如何　萬ハ拜見を期し候也　草々不一

　

(461)　　　　　　　七六　〔【大正九年八月三日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　仙臺　菊平方　柳田國男　繪はがき】〕

八月二日東京發明四日松島を經て石卷にむかひ候も又來ること六かしき地方なれはなるべくゆる／＼と見物し度　從つて釜石へ出る迄には十日位ハかゝり可申と存候　十五日頃に御宅へはうかゝひ可申候　尚道　　々可申上郵便物參り候はゞ御預り置被下度候

　

　　　　　　　七七　《【大正九年八月十六日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　ニコライ・ネフスキー樣　盛町にて　柳田國男　繪はがき】〕

佐々木君幸に御都合つき御同行被下候　留守にネフスキー君がもし來られたら御氣毒のことゝ感候　希望あれば後より追付得るやう大略日程申上置候

　八月二十一日夜　大槌　　八月二十六日　　久慈

　〃　二十二日〃　山田　　　〃二十七・八日夜八戸邊？

　〃　二十三日〃　宮古　　　〃三十日　　　淺蟲？

　〃　二十四日〃　小本

　〃　二十五日　　？

　

(462)　　　　　　　七八　〔【大正九年十月六日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

東磐井郡奧玉村太田漸君（舊家の息子　小學校教員）より附近の村にも「ザシキワラシ」の話有之又オシラ樣の話も若干あるよし申來る　御通信被成候やう希望いたし候　歸京後處　　々にて講演し大分效果有之候

　

　　　　　　　七九　〔【大正九年十一月五日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　大阪土佐堀佐々木旅館　柳田國男　繪はがき】〕

小生又旅に在り　此より紀淡阿讃備藝の諸州を經て一旦歸京可仕それハ月末なり　秋風帖は御讀被下候ことゝ存候

折口君ハぐず／＼するが　御想像の如き人に非ず　大方面倒くさいためなるへく候

　

　　　　　　　八〇　〔【大正九年十二月二十三日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　日向海上　繪はがき】〕

もう風はよくなりましたか　御不幸があつたことも知らず御無沙汰仕候　今度は九州の東部海岸を彳みつゝあるきをり候　佐伯は梅多く咲きてあり大に暖なり　今夜は延岡泊

　

　　　　　　　八一　〔【大正十年一月三十日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣親展　東京牛込區加賀町二ノ十六　柳田國男　封書】〕

郷土館立派に出來上り悦しき次第に候　畫葉書御贈り給り御禮申上候、先日ハ御細書拜受　今尚机上に在り度々拜見仕候も御返事六かしく遲延に及ひ候　色々の御事情充分諒解いたし候へ共小生君の御境遇に在りとすれば先づ先づ親(463)御の合點せられざる變更は斷行せさるへしと考へ申候がどういふものなるへきか　兎に角本年外國へ又行かぬと決し候はゝも一度御地方に遊び御訪可申今少し現?を御つゞけ被成てハ如何に哉　本を少し御送申度英語のものにてもよろしくや　又ハ佛獨何れかの方が御望に哉　葉書にて御申越下さるへく候　草々不一

　

　　　　　　　八二〔【大正九年十二月二十三日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　長崎　柳田國男　繪はがき】〕

御手紙三つ久留米に於て一時に拜見仕候　「炭燒」には澤山の餘談あり他日必ず一册子となすつもりに候　其他にもあたまが一杯になるほどの感慨と興味とあり早く人の來ぬ一小室に退きて少し考へて見たく候　けふは長崎にて「舟上生活者の群」の話をする筈。

　

　　　　　　　八三〔【大正｜十《？》年二月二十三日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣親展　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

今ちやうど手紙を上げようとしてゐた所です　江刺郡數日の御旅行は御羨しく存候　就てハ岡村君の所へ御送被成候原稿ハ拜見せしも此ハどうしても江刺郡舊話集とか古語集とか名づけ一郡を一册子の御方針を御とり被成候方可然と存候　今度ハ多分話の數も増加したことなるべけれハ至急増訂せられてハ如何にや此方の都合をいへハ四月五日頃印刷所ニ渡したけれとも止むなくハ今一ヶ月の後にてもよろしく候　又まとまつたる話で無く切れ／＼之御手帖に入つたことも江刺郡の分たけ話集の後へ御附加被成候はゝ面白かるべく全體のまとまらぬ内から題「奧州の云々」と題するハ我々の書册としてハよき感じ致さず候　啓明會もあまり待たせる故に何か別の方策を講ずることゝ致すべく　さしあたり寫音器一つ寫眞器一つは御用に立たば御送可申支度中に有之候

(464)尚原稿は御希望によりてハ此方にて合併整理してもよろしく候ニ付印象の新しい内に急き江刺の分を御まとめ可被下標題の名ハ御自身もよく御考へ定められ度候

　此方にてハ百頁以内のものにてもよろしきがあまり小さくてもこまるならハ二部づゝ位にても可然か　地圖を始につける必要可有之岡村君とよく御相談被下度候　集の字は無くとも可　但し古話といふ語も耳なれず　或ハ「陸中江刺郡昔話」などハ如何

　「昔話」ハ復活させ度よき音也

　金が御入用なら些し位ハ融通し得るが如何にや

　

　　　　　　　八四　〔【大正十年三月十八日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京牛込區加賀町二ノ十六　柳田國男　封書】〕

御手紙を有がたう　五月の初にたち多分十一月には一度かへつて來ます　さうして來年の春迄はをります。爐邊叢書ハ愈續刊することにしました　今度は郷土研究社の事業として岡村君が助けてくれます。君ハ先づ此夏までニ江刺郡童話集をまとめて出されたらよからうと思ひます。文章を極度ニ簡潔ニ成さることをすゝめます。（僕の文章ハ惡い癖が多くて獨りて苦しんでゐます）　簡單な學問上の履歴書（學校旅行主なる研究の發表六、七其他）を一通書いて折口君の處へ送つて下さい。今度は大抵啓明會か自ら啓明しさうです。但し折口君ハ急がすとだめなんだから催促してはいけません。炭燒長者譚ハ新聞が多くの地方版に載せなかつた故ニ能ふべくは出發前書改めて叢書へ出します。仍て御手元の材料を成るたけ多くまとめて送つて下さい。

沖繩の紀行ハ又朝日ニ書きます、其他

　　與那國噺ハ　太陽四月ニ

(465)　　島の清水ハ　「國粹」四月

　　八重山咄ハ　女性日本人　五月

に出します。廣告に見えたら買つて見て下さい。御希望かあるなら二三の參考書を（英文）貸して上げます。遠慮なく言つて來て下さい。母君　奧方によろしく御傳へを乞ふ　草々

　

　　　　　　　八五　〔【大正十年六月七日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

此四角の邊が尤も雜踏す　午食時は事務室の男女悉く外に出る爲毎日祭禮の如し　自働車の煙のくさいこと　大書店ブレンタノ前は五番町にて二十七町目の角也

　明朝フランスに向ふ（紐育）

　

　　　　　　　八六　〔【大正十年七月十六日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣 Hôtel Beau-Séjour,Genève】〕

こんな遠いところへ來てしまいました　併しジュネブは畫よりももつとうつくしく宿屋は人の來ぬ公園です　小説にあるやうな露國の零落した婦人にフランス語を學んでゐます、アナトルフランスの本をよんでもらつて居る　遠野の諸友によろしく　御返事を乞ふ

　

(466)　　　　　　　八七　〔【大正十年九月一日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　パリ　柳田國男　繪はがき】〕

方々の國をまはり再び瑞西にかへらうとして巴里まで來ました。御宅では何事もありませんか　自分ハかへりがおそくなるかもしれぬので本を家におくらせました　松本君に整理をたのむことにしてある　目録を見て見たい本があつたら取よせて御覽可被成候　信州の松本から來てくれといつて來たら胡桃澤君をたつねていつてやつて下さい

　旅中でおもしろい本を見た　岡村君に譯してもらひたいとおもつてゐます。

　十年來の埃及學ハ古文研究から更に數歩進ミ出て宗教問題をおもしろがつてゐます。此を皆さんに見せて下さい

　たつねてわからぬものは世の中にない證據に候

　

　　　　　　　八八　〔【大正十年九月十八日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　ジュネブ・オテルドラペイパリ　柳田國男　繪はがき】〕

同じうそをつくなら美しくつきたいといふやうな人々も若干は此大事業にまじりをり候　日本の人ハ多くはそれさへも出來不申　歐羅巴人は依然として日本のことは何も知不申候　エスペラントの運動を起すの必要あるかと存申候

秋田君とでも相談し君も是非書けるやうになり置かれんことをのそミ申候　遠野の有志に H.G.Wells の Outline of History を御すゝめ申度候（繪）ジュネブは今が一ばんうつくしい時に候　此のホテルの一室に在りてけふは君のうわさをし且坐敷ワラシの話をいたし候　いつれも日本にそんな學問あるを知らぬ人々なれと大にうこかされ申候

　

(467)　　　　　　　八九　〔【大正｜十《？》年十二月十五日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　柳田國男男　繪はがき】〕

電報をありがたう　そちらはもう塞いでLやう　どなたも御達者ですか　セルバン（瑞西のザシキワラシ）のことをかいた本はもつてかへりました、よんでから上げたいとおもふと中々早く送ることが出來ません　御希望なら先づ御目にかけましやうか、貴君の童話集には茫漠たる標題をつけてハ損です　藤澤の本見たやうな感じがするから

　

　　　　　　　九〇　〔【大正｜十年十二月二十一日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

寒さの折柄皆さん御かはりも無之哉　小生かへつてから一月あまり引こんで靜かに本を見てをり申候　「土」の御文章追々に拜見しをり候　黄金の牛などことにおもしろく存候　又かの老媼夜譚一册にまとまりをり候はゞ御見せ被下度候　冬中折々こちらにても集り可申其席上で人々によみきかせ可申ニ付何か出來たら御遣し被下度候

　

　　　　　　　九一　〔【大正十一年三月十日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

御手紙及地圖拜受　地圖はもつとこまかく入用の地名を御指示被下度候　山立秘傳書有がたく候　日向山中にて得たもの（後狩詞記附録）とあまりよく似てゐるのでびつくりしてゐる所です　寫音機ハうけとり被下候哉　寫眞器の方ハあまり複雜なものでもないがそちらに誰か機械のわかる人がゐますか　ゐるなら若干のフィルムパックと共に小包にて送可申も實ハこわれるのを心配してをる所ニ候

此から小生十日ほど信州にゆく所ニ候

　

(468)　　　　　　　九二　〔【大正十年三月二十五日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

皆さん御風のよし御難澁を遠察候　「江刺郡昔話」はどうか出發前に見て行かるゝものと樂ミニいたしをり候ひしも色々な故障にて其望不達是非もなく候　岡村も我々も皆辛苦致居候こと故少々の不滿足ハ御我慢被下可成小生不在中も此共同の目的の爲に御寄與被下度候　寫聲機御試被下候哉　使用法ニ付てハ幾度にても店の方へ御問合被下へく候

　　京橋區コク町四　日本寫聲蓄音機商會

?盤ハこわれ易きものニ付取扱方御注意被下度又愈々永久ニ保管するとなれは之を普通のレコードに移す方法も有之候　郡教育會等の利用方御勸誘被下度候　寫眞機ハ『フィルムパック』多分御地にては手に入りにくかるへしと存じ昨日三越ニ參り候へ共此は歐大陸製にて寸法少しくちがひ大に失望仕候　此れの店を聞合せどうしても日本にてフィルム手に入りかね候はゞ何とか方法を講じ可申候　それ迄御待被下度候尚御母公御家内樣にもよろしく御傳へ被下度候　小生は幸にして非常に丈夫に候　草々不一

　

　　　　　　　九三　〔【大正十年四月二十三日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

江刺昔話御完成よろこはしく候　地圖ハ此方にて作らしめ可申候ニ付五萬分一四枚ヲ上に大體御腹案の如く朱書し地名の加除を明にし岡村君迄御還し被下へく候

五月五日の夕　多分出發可仕候　草々

　

(469)　　　　　　　九四　〔【大正十一年五月三十一日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　コロンボ　ハコネ丸にて　柳田國男　繪はがき】〕

又こんな國にやつて來ました　花のいろ／＼鳥のこゑ／＼夢よりも尚珍しい感じです　淋しくさへなければよい旅だとおもつてゐます

　

　　　　　九五　〔【大正十一年六月二十八日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　ジュネブより　繪はがき】〕

靜かなヰラをさがして此町に落付度おもひ　けふは町をあるきまはり申候　日中は中々あつけれども四山に猶雪あり空青く燕高く飛ひ日本のこひしきこと非常なものなり、本をよむより他の忘憂法は無之候　何か珍しき日本のものを見たく候　早く君の本の出ることをのぞむ

母君内君によろしく

　

　　　　　　　九六　〔【大正十一年八月七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　ジュネブより　繪はがき】〕

兩度の御手紙巴里をまはりて到着拜見、御芳情有がたく存候　小生は巴里の日本人はきらひなればあそこへ御發信ハ御無用にねがひ上候（多分行くことなかるへく候）　此家も今日引こし可申候へ共いつでも手紙は à la Délégation du Japon,Genève あてにねがひ度候

目下會議あり　日々心を勞しをり候　皆さんによろしく

　こゝからはずつと引込んだ牛込のやうな所に家をかりて住んでゐます　庭には大木のマロニエー蔭をなし其下に泉(470)あり窓をあけておくと水の音がきこえ申候　本と煙草を唯一の友といたしをり候

　

　　　　　　　九七　〔【大正十｜一《？》年八月十四日　日本岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　ゴルウトルグラットクルムホテル　柳田國男　繪はがき】〕

八月十四日朝　咋ばん此山の上にとまりました　こゝは海拔一萬三百尺です　うしろの峯はマッテルホルンです　一萬五千三百尺あります　氷河はみな目の下にあります　咋ばんの夕日とけさの日出はわすれることができません　氷河の底をながれる水の音がします

　

　　　　　　　九八　〔【大正十一年九月十六日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　繪はがき】〕

一週間ほど和蘭と獨乙へ行つて來て昨日かへり御手紙を見ました　?あの樣な雜談の多く書込まれた手紙を下さい　此から段々淋しい冬籠りになるのだらう、江刺昔話が早く見たい　けふは珍しく晴天で山が美しい色をしてゐます、田舍家風の此新居には出來るだけ永く居たいとおもつてゐます

　

　　　　　　　九九　〔【大正十一年九月二十七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　繪はがき】〕

九月の末にはジュネブはもう落葉がしきりです　江刺話かとゞきおもしろくよみふけり候　末段蘇民引の記事ハ殊になつかしく存候　話は話手の爲か少しく地方色を薄くした感有之又六つかしい文字を用ゐられたか爲と存候　此次ハ御工夫を乞度且つ分類排列につきても若干批評有之候　但し君の勞苦は決して没すへからず候

　

(471)　　　　　　　一〇〇　〔【大正十一年十月十九日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

毎々御手紙ありがたく存候　併し巴里には當分來ぬつもり故巴里宛又御出し被下候ことハ必す御見合せ被下度候　屆かぬこと毎々有之候　今夕ジュネブに引かへし申候　もう此十二月迄ハとこへもまゐらぬつもり　小生は至つて丈夫に候　御家内御一同へよろしく

　

　　　　　　　一〇一　〔【大正十一年十一月八日　陸中上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　繪はがき】〕

ジュネバはもう冬になりました　雪の中から折々見えるフランス境の山々は皆もう深い雪です　さびしい郊外の家で一人こつ／＼と本を見てゐますエスペラントももう四五日前から始めて見ました　いゝ字引が手に入つたら江刺話の二三節を譯して見やうとおもつてゐます。早く次の本にとりかゝり給へ　寫眞は今にあげます

　もう御健康はすつかり元の通りですか

　

　　　　　　　一〇二　〔【大正十一年十二月九日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　封書】〕

十一月三日の御手紙を拜見しました　土淵村からジュネブへ三十七日目に着きました　それは私が今年もし日本へ還るのならば知ることの出來ぬやうな内容でハ有りません我々は精確な學問をせねばならぬやうに精確に生活して見ねバならぬのですから考へ考へた感想よりも直接の御經驗の方が一層近く君を知り得ることになつて悦しい」といふ我(472)々の同情ハいつも物遠い適切でない好意のミですが兎に角手紙が通へばこそこんな異國の煙草の煙の外に相手の無いやうな一つ星でも暫く君の家の中と同じ空氣がたゝよふのです。フォクロアの學問ほど人間味の豐かな學問は無いと思つてゐます　細君の信心までも抑へねばならぬほと君ハ矛盾を苦しんでゐるのですか　僕ハ今でも惡いことゝ思はすに時々思ひ出すのは十七八年前に家内が腸チブスで青山さんにも見放された時、枕元にじつとしてゐて、昔の人ハこんな時にどうしたらうかと考へ神佛に祈願も出來ぬやうな生活を情なく思つたことがあります　それから二三年して九州を旅行してゐた時今まで何度も流産をした家内か又妊娠をしてゐることを聞いて思はす願掛をしたのが日向の霧島神宮でした　その時御蔭ニ安産をしたのが十四になる長女で、此が又何度と無く大病をする　此も九州の旅で懇意になつた阿蘇神宮の神官竹下君ハ折角生れなさつた御子だが二つの年には神樣が御呼戻しなさるなどと言ふのでどの位心痛をしたか知れません　そんな折にいつも何といふ理由の無く時々霧島神宮へ供物をさし出すので後にはそんな教育を些しも受けぬ妻迄が暗黙の内に賛成共同するやうになりました

郷里の村では私ほどウブスナ樣をなつかしがる者は外に有るまいと思つてゐます、此社は先年建替へたので子供の時と樣子がちがつたが老いたる楊櫻の木あり、駒犬も元の物なり松などにも馴染があり、稚い時に迷子になつて神樣に助けられたかと思ふやうな、今ハ誰も記憶してゐる人ハ居ないが、そんな幽な記憶が殘つてをり、さうで無くても名前を忘れた七代八代の前からこゝへ參つて拜んだのだからといふ心持は人間に頼りになる友人の少くなるにつれて一段と縋る心を強くさせます　墓場でもさうです　先祖の墓を大切にする者に大きな不幸ハ無い筈と今でも心のどこかで信じてゐるやうに思ひます

自然宗教の起り方を比較したり、僧徒神官の説明の無理を批判したりする者がどうしてそんな事をするかと人に問はれたら多分赤い顔をせねハなるまいが其がいやさに中心の欣を僞るのは尚よくないと思ひます。君が病氣で一家が途方にくれた時、油然として細君の心持に起つた信心は「生活力」見たやうなもので平凡な智識よりハ何倍か尊いもの(473)だとおもひ十日もかゝつて之を中止させた君の考へ方ハ寧ろ不自然だと思ふ　僕の養母ハ洗禮迄うけたクリスチャンの癖に今でも毎日佛壇に御膳を上げてゐる　併も死んでからはどうなつて行くかまだ知らぬ　僕はこんな矛盾ハ嘲笑することが出來ぬ　それよりも外に笑ひ飛ハさねハならぬものがいくらもある。歐羅巴へ來てからもカトリックの古い御寺に入つて見ると何かにもたれて少しく黙念したいやうな心持がいつでも起る　あまり今迄の生活が平凡だつた爲に持つてゐる宗教心が萌えもせす花も咲かすにしまつたことは不幸だつたとおもつてゐます　又こんな事も心から考へてゐます　私は國の爲にこんな不似合な仕事の爲に三年越の大切な月日を何もせすにこゝでくらしてゐる　此だけの分は何が何でも定命より長生をさせて賞ハねハならぬ　神佛に容れられる祈願といふのはこんなのであらうと思ひ身内なり友人なりが徒に「御健康を祈る」などと手紙に書く代りに實際祈つてくれられることを期してゐる　先日も此宅にとめてゐた若い日本人が肺病と見えて血を吐き、しかも少しも食器などに注意してくれぬので、非常な不安を感じましたが、その折も自分の發願といへば日本に還つて少くも三十册の爐邊叢書を書かうといふことであり、今の時節に村の人々の心持をよく理解する事業ハ今も日本の神々（地藏さま觀音さまも入れて）の許さるゝ事業のやうに思ひました、だから遠野物語時代の君の心境に忠實でをられることをすゝめます、どんなに我々の信仰の起源が明白になつても親が堅く信じてゐたといふ事實ハ我々の信心の基礎になつてくれるとおもひます　日本人の美しい處は此邊にしかないやうにおもひ始めました、西洋のことしかわからぬ新日本人はどうしても心にひけがあるやうです。眞似しか出來ぬやうです。

　土耳古人のすなほなことをほめたピエルロチの本を朝日に紹介せられたのを見た頃ニローザンヌの町に行つて私は L'Ame Nègre といふ小さな本を買ひました。土人は只憫むへきものといふ歐人の態度をかへさせるのが實ハ日本人の大事業なのですが、却つて相手の方から先つ始めてくれます、キリスト教の傳道師たちも友だちにならうといふ心持を起しはしめました、私が短い琉球諸島の旅で今迄の平等主義の手前勝手をよく解し、委任統治の委員會に出るこ(474)とを因縁のやうに感じたのは既に大分時おくれであつたのです

フォークローアの學問には日本人に限り特別の使命があるやうに私はおもつてゐます　此意味で君の「村」に住むことを賀してゐるのです、東京人ハ横濱人の隣人ですからね」ジュネブなどもさうです、ジュネブは地理學からは上サボアの町ですが、町の中だけは紐育も同しです、只其中へ赤い金巾の切れで頭をつゝミ、白い金巾の着物を着た在所の女たちが、市日ごとに來るのです、こんな人の伯父や從兄の家にあのセルバンは住んでゐて不在中の家を番したり、茶碗類を洗つてくれたり又時ニハ豚を寢床の上にねかせておくやうな惡戯もするのかと思ふと山上の雪や雲迄も親しくおもはれます、耶蘇教もウブナ形で行はれてゐるやうです、巴里カブレの人見たやうニ罪惡の興味をもつやうになつてはもうだめです、長い日本の内地の旅が因縁となつて私には幸に如何なる場合にも日本を愛せすにはゐられません、少々の政治家たちを以て我邦を代表してゐるものとハどうあつても認め得られませんから、憎むことが出來ぬのです　只其爲に早くかへりたくてたまらぬやうになつて來ました　早く何か君たちの道案内になるやうな本を出したくてたまりません　此頃フランス語に熱心になつて、若い洪牙利生れの猶太婦人を相談相手に「嫁の田」の話を書いてゐますが肝腎な點で西の人と感じのちがふことを毎度發見します、エスペラントでも大に自由になる迄ハ當分丸でわからぬかも知れません　だから日本内で先つ盛に研究して行くより他ハ無いのです

雪ハ四度か五度ふりました、庭のはすぐ消えますがもう山々は眞白です、朝日のさす日は眞に靜かな氣持がします

早く伊太利の暖い方へ行かうとおもひつゝ正月迄の約束の此ヰラに別を惜んでゐます

もう止めやうと思つたがもう一枚だけつまらぬことを書きましやう、いつも君からのミ長い手紙をもらふから今度ハ少しこちらの世間話をしましやう　みなに讀んで聞かせて下さい

ジェネバの町ハ明日から祭が始ります、他の町のカルネバルと同じやうですが、こゝでは特にエスカラードと申してゐます、エスカラードは梯子《ハシゴ》のことです、昔此町が獨立して度々サボアの殿樣から攻められた頃、ある夜ふけニ城壁(475)に梯子をかけて忍び込まうとした敵兵を偶然にある婆さんが見出し熱いソップを鍋のまゝ打かけて追下し夜討の難を免れた、其記念といつて今でも小さな鍋を賣ります　中はチョコレートが入つてゐます　又どの店でも色々おどけた面を數日前から賣り出しました　之を被つて町中を三四日の間踊りぬくのです、日本人も若い人ハ踊がすきだから出るでしやう（×城壁は今大學の外郭になつてゐます、上は市役所です）エスペラントのザメンホフ誕生記念日も此十五日です、十六日の土曜日に集會があります、こゝには三百人ほど居ります　私《わたくし》が入つてゐる、ステロ（星）といふのが中心です、何十ヶ國の人が集つて如何な電車の中でも必ず他國語をきくやうな土地では效果ハてき面なのですが其割には盛でありません　殊に戰後の御客は御國自慢の英米人のミで、上品なものでもフランス語をひけらかすだけですから勢力にならぬのでしやう　ステロの會員には貧乏な人が多く、多くは又婦人です、私の先生はシニヨリノウマンスキ、オデッサ生れの露人です　フランス語と兩方の教授で生活して來た人です、年ハ私くらゐで文章ハ中々上手です　其他にフランス語の先生がハンガリー人、昨年の先生ハ露人に嫁したボエミヤ人、女中もボエ人を置いてゐます、純粹のジェヌボアは佛人とよく似て附合を好まず、たまたま近よつて來る人ハ多くは氣の毒なイスラエリットです　此中に日本人が三十人ばかりをります　但し七八人は子供、又七八人は女性です、此ばかりの間にも色々の出來事は起りまして皆てんでに自分のことばかり考へ利害が障突してゐます、のんびりと來て話をするやうな人は昨年はありましたが今年はもうなくなりました。自國人の交際をコロニーといつてゐますが、日本のコロニーはもうありません　此中に顔は日本人で名の外國人が二人あります一人は米人の一人は佛人の未亡人です　どちらも夫がたよりであつたらしい人で語も心持も丸で日本のまゝで併も境遇は全然別なのです、淋しさうですがどうすることも出來ません、外の國の人にも氣の毒なのが澤山ありさうです、例の失業者はこゝにもうんとあつてそれが外國人だと中々次の仕事に近つけないやうです、私の家ハ一軒屋である爲に色々な無心合力がやつて來ます　成るたけ助けやうとおもつてゐます、先日も町でだしぬけに子供が二スーくれないかといつたのでびつくりしました　夕方などハよく此土(476)をかたづけさせてくれの庭をはかせてくれのといつて來ます、此寒いのに丸　　々火の無い家も大分あるやうです　犬が三千ゐるさうです、年に十二圓ほどの税を拂はされます、此頃も増税の問題が議會に出ました、淋しい人が多い證據で子供の無い人ハ犬の方がいゝなどといつてゐます、旅行中ハ下宿をさせますと一匹が月に十五六圓ださうです、子供ハ實に嘗きれいです、ハナを出してゐる子ハ一人も有りません　不シギなやうです　もうこんな話ははてが無いから止めとし早く膽澤郡の昔話を出して下さい、叢書も進行がにぷいので不安でたまりません　此次の便に本を一箱宅へおくります　その中へヂュネブの傳説發達論も入れておきましたがそれよりも先日英國で買つた

　　Macculloch；Childhood of Fictions

　　Clonstor；Popular Tales and Fictions

の方が實例の説明が豐かで有益です

　

　　　　　　一〇三　〔【大正十二年一月七日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　柳田國男　封書】〕

けさ御手紙拜見、四月住んでゐたミルモン町六番地の七間の家を昨日去つて近所の此ホテルに入りました、寢臺と同居で丸で病院みたやうですが久しく味はなかつた氣樂な心持に立戻つて一寸妙です　正月になつてから却つて暖です、毎日霧がありますが折々うつくしい日がさして散歩の興をそゝります、昨日も引こしを朝のうちにすまして午後ハ佛蘭西領の上サボアドウヴェヌといふ村迄電車で行き八キロ（二里）ほどあるき暮になつてかへつて來ました。國境の夜ハ淋しいものでした　室ハ上手に暖めてあります、君たちニ羨まれてもよい位です、此で本が澤山もつて來られたらこゝでも本はかけますがそれが不可能です　及川氏は小生も久しく名を知り且尊敬してゐますが、あの切拔のやうな著述ですと其儘爐邊叢書の一册にはしにくいやうです　其理由は、地方的の研究としてハ一般の話が多分にまじり、(477)總括的研究としてハ獨創が少なさうだからです　といふのは、讀者が近所の人であるだけに我々の知つてゐることでも詳しく説き教へねばならぬ爲でしやう　あれを氣仙一郡の土地制、又ハ家族制に限り、つまり我々位の者ニ説く態度に改められたら勿論良き一册でありましやう、永い問題として考へておきましやう、それよりも御地の考古學的調査の記録は殘さねハなりません、是非とも印刷にして置き、何の爲にほりくりかへしたか無意味にならぬやうにしたいものです

　此趣旨ハ今に叢書が四五十册も出ることゝなれば自然に及川君にもわかります　特別の研究ハ必ず人に役立てねハなりません

　　　　　　　　　　×

エスペラントで物がかけるやうに早く御なりなさい、單に文法のミならず此語に於てハ「簡單」、「明瞭」且つ「よい響」といふことを非常に重ずるやうです　重ずるといふよりも之を規則にしてゐるやうです　私の尤も敬服してゐる文章ハジュネブの若い學者「プリベ」といふ人のザメンホフ傳です　日本で手に入らぬやうなら今に送つてあげましやう　私は「エスペラント」の方から日本の文章道をも改良し得るとさへおもつてゐます

　

　　　　　　　一〇四　〔【大正十二年三月十七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　ジュネブ　K.Yanaghita, Hôtel Beau-Séjour,Genève 封書】〕

けふハ又君が權現樣に參つたのでは無いか　先から頻に遠野郷のことが考へ出される　瑞西の冬は永いばかりで格別の寒さでなくそろそろ青い空が見えるやうになつた　花の咲くのも近しであらう　それに私は二月の間暖い國をあるいて來て春と一所にこゝへ還つて來たのです　併しローマの郊外では牧場の緑が正に濃かに杏李の花が小雨と共に其上に散つてゐたのに反し瑞西に入ると山々はまだ雪の衣で里も冬木立です、只色々の鳥が來て一日鳴いてゐるのでこ(478)の閑靜なホテルの生活が樂ミです　こゝには六十日以前に私が見た人たちばかり十組ほど泊つてゐて老人も子供もそれそれの生活を呑氣にしてゐる、大戰爭で一人息子を失つた巴里の紙店の老主人は今私のわきに犬と二人で坐してゐるがもう四年に近く泊つてゐ、其間に大へん年をとりました　私も靜にしてゐるとじり／＼、年をとるのがわかるやうにも感じ早く還つて今少し働きたくてたまらない　本居先生の日記を今よんでしまつた處ですが此人なども七十一か二まで生きてゐたけれとも日記か本になると五六時間でよんでしまひ子供や孫が其一行分で生れ親や兄弟從兄弟が其一頁で死し且つ悲しまれてゐる　數千年の未來の爲に數萬年の過去を研究しておく學問が、この間に成立つことハ全く時間を超脱した念力のやうなものゝ力です　伊太利では古いもの美しいものを澤山に見ることが出來ました　殊に私の深く動かされたのは今日に至る迄起原の明白にはなつてゐないエトルリヤ人の藝術です　此民族は畫や彫刻の外に手頃の神や人やの形を陶器で作るのが特技でした、紀元前六七百年の頃の物といふ土偶の中に日本の子安神、キリスト教でいへば聖母神子の像と全く同じものが何百となく掘出されてゐるのには驚きました、それが日本でよく見る子安觀音なとゝ同じく腰かけて膝の上に裸の幼子を立たせた像で、フロレンスの博物館にあるチマブエ其他十四世紀末頃の畫家のマリヤ像と位置も構へも少しもかはりません　つまりは所謂文藝復興期などといふ時代の天才の頭の中にも二千何百年來傳はり來つたものが隱然として根をとゞめ、たまたま世界の春にあつて美しく芽をさしたものだといふことがわかりました

羅馬は元より大小の古い町の古い建築物には入口正面に長方形の額面見たやうなものがきつとあり　それが近頃ハ政府の徽章國旗などの形になつてゐますが、其形を段　　々に比べ且つ辿つて行くと牛の首の骨を其まゝに引かけた昔がわかります、日本では主として馬の首ですが共に神に供へて犧牲の名殘をおもはせます　こんなことがいくらでもあつて、せめては一年も一つ所を見てゐたいやうに思ふが何をいふにも命の限あることが徒に及ばぬ願を歎せしめるばかりでした、輕薄な學風ではこんな類似の二三をあげてすぐに人種の關係を證しやうとするかもしれませんが其爲に入(479)用な材料はまだ十の一二も土の中から取出されてゐないのです　只學びたいのは政府を始め國の有力者たちの考古學を粗末にせぬことで伊太利は自分の國自慢乃至は旅客誘引の元手のやうにいふ人があるか知らぬか現に他國の研究の爲で今日のやうな貧乏なフランスが小亞細亞の委任領の豫算を十分一以下に減削しながら尚發掘研究の經費を殘してあるなどハ感心しました、それか分つた所で國の爲には何もならぬといひさうな人が我々の國には多いので失敗の害を恐れて私ハ當分何もいひ出さぬつもりだが大體に金持などに活きた公益を心がけさせることはやはり一つの學問だとおもひました　博物館ハなくて珍しいものを富豪がしまひ込む間は日本では考古學は起りますまい　東北大學の文科の主任になりさうな阿部次郎君と幸に伊太利で度々あひましたから此大學には是非歸納的に文明史を講ずる一科目をおきアイヌを中心とするやうにすゝめておきました　語學の方から金田一君を頼んではどうかといふことも申しておきました　アイヌ語だけではあまりせまければ弘く北亞細亞の文明史を目的にしてもよからうとも申しておきました　爐邊叢書が今の速力で百册も重ねる頃にはちつとは目鼻がつくかもしれぬ　「祭禮と世間」については宮城の新聞が少しハ注意しましたか　只日下部さんをひやかしたのミではあまりに張合が無い　松本芳夫君の熊野民譚集は民謠ばやりの時代だから少々は世間から注意せられるでしやう　あなたの方面にも偶然にこんな點に力を入れてゐる人があつたら此流行の潮先を利用してまとめて出すやうに助力をしてやつて下さい　膽澤郡の昔話は今どの位の程度ですか、森口君の材料の表現方法はどうです、私の考では話した人の話した通りといふことは日本ではよほど六かしく、又聞手の書現はしとするならば説明になりがちで危險だとおもひますが結局は後者の外なしとすれば力めて省筆をしてむだの入つて誤解を起すをさけべきだとおもひます　嫁の田の話をフランス語で書くことは中止してしまひました、とうしても日本の心持が出て來ませんから、還つたら爐邊叢書の中に出したいとおもひます　神木篇も叢書だと五六册にはなるかもしれませんが是非此中へ出して見たい　手まり歌の研究もおもしろいからやりたいとおもつてゐます、「諸國のいひならわし」もフォルクロアの研究方法の一例として女と關係のある分だけでも寫したいとおもひます

(480)遠い所にゐてこんなむだなことばかり考へてゐるのです、何でも丈夫で此冬はかへつて行かねばなりません、さよなら

　

　　　　　　　一〇五　〔【大正十二年三月二十七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

又ジュネブを出かけて今「瑞西」の中をあるいてゐます、此から伊太利の北の方へも一度入る考です　ベルンの美術館にはベックリンの人魚の戯があります、又此畫ハホドラーといふ大戰中迄ゐた人の作で考へさせられる畫です　ヰーラーといふ人の二つの彩色畫ハメーテルリンクをよむやうです

　

　　　　　　　一〇六　〔【大正十二年三月二十八日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　ルツェルンシュワイツェルホーフ　柳田國男　繪はがき】〕

まだルツェルンの附近の山が眞白ですが牧場は既にうつくしい緑になり「ユニシダ」に似た黄な花の木が咲いてゐます　湖水の落口の川に二つの屋根のある大橋が架つてゐます　其中程には小さな石の御堂があり橋の處々には尊い中世の彩色繪がのこつてゐます

　

　　　　　　　一〇七　〔【大正十二年四月三日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

ヴェネチヤのエスペラントの會を傍聽に來ました、遠い小さい國々の人と話してゐます　伯林の書店が出張してゐましたから三四種の本を送らせます　不用になつたら皆同志者に分けてやつて下さい　ヴェネチヤは何ともいはれぬ昔(481)なつかしい所です　此寺も内外すべて大理石と金碧のモザイクです、出來たばかりの時の人の心持が想像し得られます

（繪）此三本の柱は朱ぬりの旗竿、左右に國旗中央に市の旗をあける　此右手にドージの屋形あり　それからすぐに海　寺ハ西に向ひ夕日はうつくし　鴿多し

　

　　　　　　　一〇八　〔【大正十二年四月十九日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

北伊太利には千五六百年前のモザイクがそのまゝ殘つてゐます　ヴェネチヤよりも私にはこのラヴェンナの方がなつかしかつた、遠野の城下より小さい町が古い美しいもので滿ちてゐます

ヰーンとミユンヘンとの畫も見て來ました　つかれてかへつて來ました

毎度おもしろい手紙を有がとう　お婆さんの話はそれだけで一册にしたら爐邊叢書に入れる値があるでしやう、鹽の引臼の話などが偶然に在つても之を古い輸入品かと推定することは危險であり且蒐集者の任務ではないとおもひます

　

　　　　　　　一〇九　〔【大正十二年六月十六日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　K.Yanaghita, (Hôtel Beau-Séjour,Genève) 封書】〕

寫眞を取るのが大儀だから之をあげます　宅にある外には之が一枚しか無いのです　四月の四日にヴェネチヤでうつしました、場所は世界でも尤もうつくしいサンマルコ大寺の門前で仲間は皆エスペランチストです　右の大きいのがチェツコスロバキヤの人ロマダ他の二青年はハンガリヤ人、二人の姉妹は此町の娘です、エスペラント大會の特志案内役でした　今になつては夢のやうな記念です

(482)九月の始頃にはこゝを引上げます　日本につくのはやはり十二月でしやう

　

　　　　　　　一一〇　〔【大正十三年二月十二日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

土佐から昨日かへつて來て御手紙拜見いたし候　別送小包の中ゲネツの三册のミは御覽の上御返し被下度候　他のものは前に送つた本と共に進呈いたし候に付御自由に御書入なさるべく候　けふより「朝日」にかよひをり候　併し當分何もかき不申考に候》

　

　　　　　　　一一一　〔【大正十三年三月三日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

「朝日」の學藝欄に二回にわたり「蒐集の興味」を實例を以てかいて下さい、外によい例がなければ再び「オトタツ」にてもよろしく四百字の紙八枚位迄にねがひ候　大分機運を生じ候に付今少し同志を作り度存候　私の名は引合ひに出さぬ方感じよろしく文章は Naive なるがよろしく候　センテンスを短かくすればよからんか

　

　　　　　　　一一二　〔大正十三年三月十八日　繪はがき〕

此はラベンナのモザイックの一つです、本物のうつくしさはもつともつとです　原稿たしかに拜受　なるほど始の方がちと説教めいて新聞には重くるしく我々の宣傳にも損ですね、「私は今こんな事をしてゐる」といふやうに輕く出せませんか　暫くあつけて置いて下さるなら私が之によつて書いて見てもよろしい、ザシキワラシの本の時のやうに村(483)の名を只ならべることも係の人がちと好まぬでしやう

　

　　　　　　　一一三　〔【大正十三年四月五日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

三田評論に御のせ被成候話はいつれも炭燒長者の話の好參考にて有益に拜見いたし候　宮古島にある西銘の嘉波の親の話が全部陸中にあるはおどろくばかりに候　此外にも類話あらば御續稿を掲げられ度候

今月十七、八日頃盛岡にまゐり度存候

　

　　　　　　　一一四　〔【大正十三年七月十日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京　柳田國男　封書】〕

御近?如何　紫波郡昔話ハなるだけ早く出して見たいと思ふ　早くまとめて御遣し被下度候　其次に遠野物語の増訂を企てられてハ如何　前の本の文章を書かへて口語體にし成るたけ多く同じやうな話を一ところにあつめて書いて見てハどうです、此ハ賣れるならとこかの本屋に引うけさせるつもりにて今考へ中　私か時間が乏しいから多分の勞力を君に引うけてもらはねハならぬが少しハ金になるかもしらぬ　岩手縣廳の學務課長（理事官）關壯二君には君の話をよくしておき申候　川口孫次郎君の友人也　本其他で何か頼むことがあらば通信をして見被成べく候

とにかく早く紫波郡昔話御完成を乞申候　草々不一

（欄外）遠野で私に講演をやつてくれと朝日の人はいふ　そちらにはそんな企てがありますか　如何

　

(484)　　　　　　　一一五　〔大正十三年八月十日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき〕

拜復　昨日山梨から還つて來ました　月末迄には又北海道へゆくことゝなり　御地の方への計畫はおくれます　「童話研究」はまだ見てゐません　手に入つたら御目にかけましやう　紫波郡昔話まつてゐます

　

　　　　　　　一一六　〔【大正十三年九月十日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善君　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

松本信廣君から君に送つてくれといつて小さい本をおくつて來ました　大へんおもしろさうだから皆によんできかせて被下度　もし時間が都合し得るなら譯して見てはどうですか

　

　　　　　　　一一七　〔【大正十三年十月十一日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京朝日　柳田國男　封書】〕

拜啓　膽澤郡昔話の方でもよろしけれと早く出來ないともう叢書が出せなくなるかも知れない　紫波郡の方を二分して飛ダの鳥のやうにして出してハ如何、此分け方はクラウストンのやうに「驚くべき《マーベラス》話」と「世間風」とに分けるのもおもしろいと思ひます　白髪水のことはかりで無くとも若衆組の舊慣習なども青年の方へ知らせてもらひたいと同志の諸君に話して下さい。能美郡民謠集の爲に今序文をかいてゐる所です　御家内皆さんによろしく　國男

　

(485)　　　　　　　一一八　〔【大正十四年八月十四日　上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　宮古　菊池氏別莊　柳田國男　繪はがき】〕

十七日歸途小國から今一度遠野に入つて見ようかとも思つてゐます、たしかなことハ其日遠野の警察にきいて下さい、土岐君ハ明十五日もとの道をかへります、關君ハ來てゐませんが何か方法を考へて見ましよう　八月十四日

　

　　　　　　　一一九　〔【大正十四年九月五日　上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

紫波郡昔話の稿たしかに落手、口碑の部は續篇をなす覺悟で先づ此分を出板の支度を致候に付序文を半月位のうちにお遣し被下度　中學は盛岡では御都合が惡いことは無之哉

　けふは父の三十一年忌に候　午後啓明會に行き南島研究の態度を公演することに相成居候　近頃の我々の學問の機運ハ意外にもはか行き申候

　

　　　　　　　一二〇　〔【大正十四年九月十三日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京牛込加賀町　柳田國男　封書】〕

紫波郡昔話全部拜見の上愈　　々本日活版所へ渡し候に付十日位の間に序文御遣し下さるべく候　江刺郡昔話よりもまとまりよろしく且半分ほどは殆と蒐集の模範とも爲すべき完全なるものに有之候も他の數十篇は大に劣り候やう存侯　其中最も賛成しがたきもの一つ即ち學者と狐の話を拔き去り申候　是ハ近頃の作り話なるに、それを小説風に書かれしは甚だしく氣持わるく候ひし也、又末の二小篇はあまり無内容なりし故削り申候　あれも民話なりや否や疑はしく候、今一つ中程で三代目、四代目といふ話　此も變なものなれとも何か古い話の破片なるべしと存し殘し置候

(486)全體に文字の使ひ方精確ならず　漢字に誤甚だ多く候　此次ハ必ず言海を座右に置き少しでも疑はしき字は御參照被成べく、さうで無いと世間ハ小生の如く貴兄の爲に忠なる者のみに非ざれハ必ず一度ハ失敗なさるべくと存候　次に會話を土地の詞にせられしは非常にうれしいことなり又學問の爲にも價値あることなれともさうすれば他の部分にも土地の普通人が決して使はぬやうな詞を避けねばならぬのに、「何々である」といふ類の演説口調がまじりをり氣になつてたまらず、それを一々訂正してなるべく村の人の口から出たことばに近いやうにいたし置候　其樣な干渉はあまりに越權のやうなれとも永く殘るべき書物として少しでも美しくして置き度ばかりに候　尚初校一度御覽被下候　正誤解の訂正なきや否や御一檢被下候はゞ幸に候　但し此上多分の改修は印刷所の方に氣の毒なれば、誤りで無い限はもう直さぬやうに願ひ度　もし直すとならば字數を之と同じくして二頁以上に亙りて組換へにならぬやう御注意被下度候　しかも一日も早く此本の世に出で候ことを願ふハ自分が最も切なるのみならず他の郡のも引つゞき早く御取かかり被下候やう希望いたし候　「民族」いよ／＼十一月一日に出可申候　草々

（欄外）決して氣のまゝの沙汰に非す　實ハ多忙中非常に迷惑な仕事に候

　

　　　　　　　一二一　〔【大正十四年九月二十六日　陸中花卷町星病院にて　佐々木喜善樣親展　東京牛込加賀町　柳田國男　封書】〕

又病院からの御手紙御病人尚惡くて御出候哉心配に存候　御難儀御察し申候　「民族」の準備にて夜もおそく迄働きをり候　紫波昔話ハ愉快な著作として永く殘り可申うれしく候

　

(487)　　　　　　　一二二　〔【大正十五年三月十八日　仙臺市本櫓町七十三松田氏方　佐々木喜善樣　東京牛込加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

春になつたらもう段々よろしく御成被遊候ことゝ存候　御手紙及原稿拜讀おもしろき材料多く候　又氣のむひた折に書いて御遣しなさるべく整理はどうせ此方にて可致候　紫波昔話正誤既に着手しをり候ニ付小笠原君の正誤表至急御遣し被下度候

　

　　　　　　　一二三　〔【大正十五年七月二十五日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

其後御樣子如何　先日御手紙給はり候もまだ返事も不申上候處廿九日には遠野高善へ可參存居候　但しひまあり次第見物旁御近所へ參るべく候ニ付無理には御出かけ被成ぬやう願候也

　

　　　　　　　一二四　〔【大正十五年七月二十七日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

先日は御手紙ありがたく存候　咋二十三日東京發子供をつれ今日ハ吹浦の湯田温泉にとまり居候　二十九日午後には遠野に着すべく自働車さへあれば見物かた／”＼此方より御訪可申ニ付無理には御出かけなされぬやうねがひ候

　

　　　　　　　一二五　〔【昭和二年五月二十九日　仙臺市北三番町七十一大山氏方　佐々木喜善樣御返事　東京牛込加賀町二ノ十六　柳田國男　封書】〕

其後御病?如何に哉　今度は十分御靜養所希に候　遠野物語は前刊の形を保存しそれに新なる自分の部分を追加する(488)考に候　故に殘部の材料も一切早く御見せ給はり度　之によりて自分執筆の興味を刺戟し度候　老媼夜譚の方ハ可成貴兄の特色を出し度　單に誤字をのみ訂正するやう岡村に申置候　夏中には出版してもらひ度希望なれども今の出版界景氣にてハ果して如何可有之哉と危みをり候　本年は色　　々の方面に於て我　　々の果實熟し可申と存居候に付力めて快活の精神を養ひ一人なりとも熱心なる同志者を御作り被成度　實際活きるといふことも奉仕事業に有之世を歎くなどの時間は無之やうに存申候

　

　　　　　　　一二六　〔【昭和二年六月七日　仙臺市北三番町七十一大山方　佐々木喜善樣　東京牛込　柳田國男　繪はがき】〕

二度目の原稿もたしかに御預り申候　近　々旅行に持つて出で一日も早く整理いたすへく候　包紙の御手跡より判じて段々御快方とよろこばしく存候

　

　　　　　　　一二七　〔【昭和二年八月二十四日　盛岡市大澤川原玉盛館方　佐々木喜善樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

先日ハ御手紙ありがたく存候　それでも永い講習に御出かけが出來る程ならば結構のことゝ存候　自分ハ眼が少しよわり小字の本を見ること難儀に相成候　原稿も非常に大きな字をかき申侯　此秋は講演集を一册出すつもりに候　方言の本も近く出來申候　題は「小さき者の聲」　明日より書齋を郊外砧村にうつし申候　始めて本と一所にくらし申ことゝなり申候　但し宅はもとのまゝに候

　

(489)　　　　　　　一二八　〔【昭和二年九月十二日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣侍史　東京府下北多摩郡砧村喜多見原成城學園　柳田國男　封書】〕

昨夜ハ郊外の新居に岡村、折口、中山、早川等の諸君集まり來りて月を賞し新刊の老媼夜譚を會讀いたし候　寫眞ハ尤も感深く候　文章ハ今少しく野趣を存し度ことに自分のミハ考へ申候　遠野物語はあまりつゞくも如何なれは半年位の後にまとめ可申諸君に意見もありて完全に前書の體裁を保存し後篇も亦略其順序を逐ひて排列することゝいたし候　材料ハまだあと／＼御送り被下度希望いたし候　今度の家ハ本と爲正との爲に建てたやうなものにて自分は約半分位こゝに寢食いたし候も本宅は元のまゝに有之御通信ハ加賀町宛の方が早く屆き可申候　三年前迄はクヌギ原なりし地にて悉く根笹草の類を拔とり只萩のミ五六枚を保存いたし候　南の庭に日よけ用として何か蔓ものを栽ゑ度候　もし出來るならば遠野の山からコクハ、アケビの類御買求め御送り被下まじくや試に御相談申上候　二三本もあれはよろしく候　庭の一端には今一棟今に小さいものを建て添へ可申其上の折ニ保養の爲に御上京被成候ても御宿出來可申今に寫眞をとりて御目にかけ可申候　尚例の寫眞機は一應此方にて手入をいたし度候ニ付近日御郵送下され度　又御入用ならハ御貸可申候　草々不一

　

　　　　　　　一二九　〔【昭和二年九月十九日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣　繪はがき】〕

○○君は色　　々よくないことをしたので在京の仲間から見放されて居る人なるに何故そんな人と協同せられ候や心もとなく候

　

(490)　　　　　　　一三〇　〔【昭和二年十月三十日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御返　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

永年心がけて居たコクワの實をけふ始めて味つて見て再び乙寺の猿の物語をおもひ出しました　栗茸は明朝味噌汁にしたいとおもつてゐます　御好意厚く御禮申上ます　但しコクワの實ハ日數の爲に大へんに痛みました　それにつけても早く其樹を栽ゑたいと毎日待つて居るのです　二つの中の小さい方をすぐにも送つて下さい　來年までハ待つて居られません

　信州の小谷へ話に行つて昨夕かへりました　年内御上京が六つかしくて殘念です

　

　　　　　　　一三一　〔【昭和二年十二月｜十《？》日　岩手縣上閉伊郡土淵村　佐々木喜善樣御返　東京橘……（蟲くひ）　柳田國男……（蟲くひ）繪はがき】〕

コクワアケビ本日無事到着　四たび迄御求め被下候よし殊にありがたく存候　今日ハ雨やミ候により明朝栽ゑしめ可申候　御上京の折ハ一應朝日へ御出被下度　午後四時頃ハ大抵毎日在社いた……（蟲くひ）

　

　　　　　　　一三二　〔【昭和三年二月十一日　岩手縣上閉伊郡土淵村山口　佐々木喜善樣侍史　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

中　　々靜かに休養せられる折が無いのを御氣の毒におもひます、さうして御娘御は此頃はどんなですか御家内もさぞ心配なことゝおもひます　「雪國の春」といふ本を書いて見ました　その中には「豆手帖から」が入るから是だけは上げたいと思つて居ます、三四日の中には出さうです、それでも讀んでとにかく力を付けて下さい　私も隨分よく働いたからもう休んでもいゝと思ふ　けれとも親があつたり子が小さかつたり兄弟のことが氣になつたりしてよく／＼生活(491)が重荷です、老媼夜譚を細かく研究して見ようかと考へてゐる所です　出來たら君を慰める爲に何かで發表しましよう　神職の練習に東京に來る方がよいといふ意見ハ誤りです　神職はほん當の收入は少しのもので其中に御賽錢の多いものが全國十社内外あるのみでそんな地位ハ縁故の無いものには明いて居ません、又もし閑だつたら子供の教育は出來ないでしよう

（赤インキで、前文の行間に次の文書込みあり）

　遠野物語追加も整理して見ました　今淵氏のことハ承知しました　以前の本ハあの形を動かすまいかとおもつてゐました、あの條の固有名詞を××にしたゞけでハ如何　民族には「山の人生」に引いた御産と山ノ神のことを出しておきました　昔話に付てハ何といつても君の功勞ハ大きい　やはり生れて來てよかつたと考へなけれハいけません。

　

　　　　　　　一三三　〔【昭和五年三月十五日　仙臺市川内大工町七四　佐々木喜善樣　東京市外砧喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

大正八九年の「話の世界」合本御手元にあるなら御貸し被下度　但しそのうち臼の話ある大正九年六月號のみ當方に有之候

　

　　　　　　　一三四　〔【昭和｜五《？》年八月二十日　仙臺市川内大工町七十二　佐々木喜善樣　東京府北多摩郡砧村喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

人類學雜誌二十九卷一號（三百二十一號）の冬期行事には別に誤謬の訂正増補すべきものなきや一度新たに御目を通し被下度候　小さい人たちによろしく

　

(492)　　　　　　　一三五　〔【昭和七年三月十二日　仙臺市成田町一一六　佐々木喜善樣　東京府下北多摩郡砧村喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

此頃御不快のよし早く本復をいのり候　雜誌は今少しく文字わかりよく文章よみ易くなり候はゞ維持し得べしと存候

小生も近日「昔話の分類」について書き可申候　遠野の筆記は必ずまちがひ多かるぺく訂正甚だ迷惑に候　令息文字達者にてたのもしく存候

　

　　　　　　　一三六　〔【昭和｜八《？》年六月廿八日　仙臺市川内大工町七十四　佐々木喜善樣御返事　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

其後御樣子如何と存じをり候處當節は少しはのび／＼と被成候日も有之やとおほえよろこばしく候　日本傳説集は別製本近日出來の上御送り可申御待被下へく候　遠野の松田君などにも送り度候が如何にや　遠慮なく二人でも三人でも御申越被下べく候

放送ハ少し氣進まず候　第一には大學の人に對し何か徒黨でも組むやうに風説する者ありてハ本意に非ず　次ニ御地方の民俗學はまだあまりに道樂味多く我　　々の仲間といふやうに世間から見らるゝを迷惑に感じ候　出來ることならば自分は孤立し度候　其上に實ハ宮城縣は感激の乏しい土地にて前年教育會の講演の時にももう再び行かぬ氣になり申候　併しことわつた爲に貴兄が非常に困らるゝなら致し方無之もかの題目では　一つも氣が向き不申候　放送局の人が參り候はゞよく話して斷念せしめ可申と存居候も是非やれとならハ「東北と西南」といふ題にて方言のことにても可申候　但し八月を望ミ候

　奧樣によろしく、今夕信州よりかへり來候

　

(493)　　　　　　　一三七　〔【昭和八年九月三十日　仙臺市清水沼通五　佐々木喜善樣御遺族中　東京市外砧村　柳田國男　封書】〕

突然の電報にて驚きました　今月の初には放送をなされ其前月には御手紙を下され又早川にも御逢なされし話をきゝ段　　々よく御成のことのみ思つて居ました　斯ういふ思ひかけない事で皆さんの御悲歎御當惑はさぞと思ひます　私も力を落しました　それよりも御本人が一ばんに御氣の毒だと思つてこちらでも皆悲しんで居ます　御香典を心ばかり封入いたします

　

(494)　　　胡桃澤勘内氏宛

　

　　　　　　　一三八　〔【大正二年　《？》月十九日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

大池君には後日第六の餘部を呈すべく候に付曩に北蝦夷手塚氏の方へ御廻し被下度やう御話試み被下度候　先は右のみ草々

　

　　　　　　　一三九　〔【大正三年四月二十二日　信州東筑摩郡島内村　胡桃澤勘内樣　東京市牛込區加賀町二丁目十六番地　柳田國男　はがき】〕

叢書に付段々御同情被下御禮申上候　東京にても幸に評判よろしく目下既に百册をうり候へば本年千圓にて六編を刊行せんとせしもの或は十編にも及び得可申候　しかし妖異考は上下二卷、民譚集は八卷、西學史は三卷にて他にまだ澤山の著述申込あり心せき申候

　過日一册と仰せられ候は御送可申や如何

　

　　　　　　　一四〇　〔【大正三年七月二十日　長野縣東筑摩郡島内村　胡桃澤勘内樣　東京麹町區内幸町二丁目貴族院官舍　柳田國男　繪はがき】〕

御地の大太法師のこと御記載被下候はゞ大なる幸に候　又出稼入稼のことに付面白き御見聞は無之や伺上候

　

(495)　　　　　　　一四一　〔【大正三年八月二十二日　信州東筑摩郡島内村　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

雜誌に對し段々の御同情岡村よりも承り悉く存候　御申聞の旨拜承　一年二年の長さを御かけ被成候はゞ定めておもしろきもの出來候はんかと存候　小生此といふ定見もなく候も幸郷土研究來月號より引つゞき多少御參考となるべき論文出可申候　御覽の上御異議あらば十分御討究被下度候

　

　　　　　　　一四二　〔【大正三年九月四日　信州松本在島内村　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

御蔭にて誌面段々にぎやかに相成御禮申上候　貴稿は全部利用可仕候も組合せの爲或は掲載おくれ候てもあとをどしどし御作り被下度ねがひ上候　何れもおもしろく拜見仕候

　

　　　　　　　一四三　〔【大正四年三月十一日　松本市新橋　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

御著書有がたく存候　餘程此迄の案内書とはかはりをり候やう感じ申候　甲寅叢書代金落手候　小生一人の外書記事務員もなきこと故今後御送金は可成銀行に行かずともすむやう振替に被成度候

　

(496)　　　　　　　一四四　〔【大正五年六月六日　信州東筑摩郡島内村　胡桃澤勘内樣侍史　柳田國男　封書】〕

拜呈　毎度よき原稿を給はり且は感謝し且は敬服致居候　偖此度小生諏訪行に付是非松本へも來て話せと御懇に仰被下候よしに候處實は小生にも澤山種あるに非ず　よい位雜誌に出し盡し迚も頼まれて支度する力は無之もたつた一つ此から始めて見度題目有之候を諏訪へは持參する次第に候

今月は東北へ旅行して二三日前歸京七月號を此からこしらへる所に付諏訪の口の準備もあやしく候まゝ何分御辭退の他なく候　そんなら何でもと仰せられ候ても丸々心つもり無之候に付どうか又よき折迄御待被下度松本位ならわざわざ行つても序でも小生には殆と大差なく候　尤御地には小生外親菅沼氏の墓所有之老人も望み候に付今度參詣しやうかと思ひ候　そんな時御同志御來訪被下文字通りの茶話をしやうとの事ならばそれは幸の事に候　參上の日を豫報可申上候　草々不一

　

　　　　　　　一四五　〔【大正五年六月二十日　信州松本市新橋　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

今度の小册子も實は貴作にや　氣のきいた本にて會社の爲よろこばしく候　前の案内記の如く利益不少事とたのしみに存候　小生スハでは七月一二兩日話することゝ致候　二十九日にシノヽヰ線にて御地へはまゐり度能ふべくは大町迄乘つて見度候

　

(497)　　　　　　　一四六　〔【大正五年八月六日　信州松本市新橋　胡桃澤勘内樣侍史　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

御病床とありしは只今如何　さて食料のことに付て如何にも過分なる御心配を相かけ何共恐入候　御自身御話被下候上尚先方へ御掛合ひに御出被下候旨承る　萬一わざ／＼に候はゞ必御見合せ被下度　假令其爲惡いもの參り又は丸々屆かず候ともよろしく候

猶幸にその高田と申人より荷屆き侯はゞ早速代物送り申度に付直接申くれ候やう此だけはまだならば一寸御申添被下度候　小生此夏はまだ一日より外出致さず月末にでもなり候はゞ一寸富士見へ今一度行度存候　かの立澤と申高みの村へ偶然にも英人スコットの一族參ることに相成是非來て何かを説明してくれよと申候故英語の練習旁行かんと存候次第に候

雜誌は骨の折れること非常なものに候　草々不一

　

　　　　　　　一四七　〔【大正六年一月十五日　松本市新橋　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

御書札忝く存候　此度の「あめ」は無難にてまゐり昨夜既に拜味御禮申上候　どうして保存せんかと目下子供と相談中に有之候

　大火御障も無之ことゝ存候

　

(498)　　　　　　　一四八　〔【大正六年六月十日　松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣御答　柳田國男　封書】〕

拜答　七月二十一日頃十中八九迄差支無之と存候　半月も前になり愈可申上候　別に何等の注文も無之地圖を一枚あらあらと御調製を可乞是も來月可申上候

南京を中心として如何にも榾火《夏向如何？》の傍でするやうな話を試み度と考居候　從つて女學生の來聽も厭ふ所に無之候　愉快な仕事にて義務を果し得るをのみ幸のことに存居候　草々不一

　

　　　　　　　一四九　〔【大正六年六月十五日　松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣御答　東京　柳田國男　封書】〕

南京で三四時間の中に感じたことを出來るだけ自分に近い處迄聽衆に感ぜしめて見たいと云ふのが今度の話の興味に有之候へば　一日にて澤山のやうに存申候　二日となると又新な題目を持込まねばならず候　どうしても二日にせらるゝか御相談を乞ふ　暑い頃故淡泊なる感興を必要とするやうに存候　二十一二日頃はことによると二十八日又は〔二字右○〕九日として頂くかも知れぬやうに候

地國は掛圖に候　一つと申し候が出來るなら二つねがひ度　一つは南京城地形《（丙圖）》、出來るだけ單簡なものがよろしく候も　城壁はよくわかるやうに頼入候　第二には出來るなら南京と長江、津浦鐵道、大運河、竝に上海杭州寧波等との關係を明かにし度目的に有之　甲乙二圖を參照して如何やうにも御試み被下度、共に學校などに存置し給ふに宜しく候に付全然むだのものとも存不申候、原圖の英字は全然不要漢字にてわかりやすくおもな所のみ御入被下度其裁量は一切御任せ申候　本日迄に新聞記者にちよい／＼聞かれ候は除き　流行會にて廣東の話を致候外まだどこでもしやべり不申候　明十六日夕は經濟學研究會にてやゝ眞面目な話をいたし候

(499)來月參り候折は何とぞごく／＼靜かな且氣樂な場所でねられ候やう御心配ねがひ上候　此前のやうな「入營を祝す」風は閉口に有之候　草々不一

　

　　　　　　　一五〇　〔【大正六年七月十六日夜　長野縣松本市東町　胡桃澤勘内樣侍史　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

御手札拜見仕候　有のまゝを御答申せば自分は二十二日で無いとよほど貴方の御都合惡きものと考へ　二十日夜又は二十一日朝出發の準備を致し又今井伍助氏に逢ひし折にも此やうに申置候ひしも閉會後の職務少々ありて少し忙しき上に二十二日では引つゞいて旅の空に向ふ能はず　一旦歸京して色々片付ける必要も有之候　此點よりいへば二十九日便なるも　一つ考慮すべきことは　先帝樣御五年祭に召さるゝとすれば桃山にしても東京にしても二十九日夕迄松本に居ては少々間に合はず宮内省に就きて聞いて見てもまだ召さるゝか否發表無之此爲に一寸躊躇致し候　就ては　二十二日にせらるゝか　二十九日にせらるゝか　或は二十八日等他の日にせらるゝか　一切御任せ可申に付此手紙御見の上可成早く電報にて御指定被下度候

桃山行さへ無いならば　自分は二十七八日の交出發し義務を盡して後夏季大學の?況を一寸見て後どこか低さうな山を越えて御隣國の方へ行つて見たりして四五日旅をし度に候　つまらぬ話を御聞せ申ばかり色々の御手數をかけ偖々心苦しき次第に候　ともかくも萬は御目にかゝり可申上候　草々不一

　

(500)　　　　　　　一五一　〔【大正六年十月十一日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣御答　東京　柳田國男　封書】〕

御手札忝く存候　郡誌を二分して乙篇貴所御引受候はゞ尤望ましきことに有之　幸にして教育會の諸君功程を急がるること無く後々の成績を期せられ候はゞ必ず海内に光を放つ如き好記録を世に傳へ得可申候　當初岡村君が諏訪郡をやらんとせし時小生提出せし案は今以て適當と信じをり　追々之を他地方にもすゝめをり候に付大略左に可申述候

　一、各村に一人（能ふべくは一部落に一人）の調査員を置くこと、教員尤可なるべし

　一、調査員は校長（村長も同意すれば更に可）の推薦に任せ、有報酬、但し調査書一件毎に定額を給す

　一、調査事項は毎月二囘又は三囘、問題を出し一定期間に答へしむ、

　　《（缺損）》樣式書込方法を一定し之を取重ねたゞけでも問題別資料とするに足るを期す

　一、成るべく簡單に答へらるゝことより始め、一面研究者養成を圖ること

　　　其問題案若干小生　　《（缺損）》有之又貴所御列記の如き事項を出來るだけ答へよいやうに間ふなり

　一、目で見、耳できくことを主とし

　一、書物記録類は最初に之を別扱と　　《（缺損）》其拔萃を混入せしめぬこと

　一、五十以上の男女に約三十年前の?況を話させることに力を入るゝこと

　一、地圖（五萬分一、二萬分一）を見てわかる部分　《（缺損）》成るだけ之により、無用の勞を其方面から節約し來ること

　一、役場にある統計類に付ても同上

右の如くすれば經費の見込も立やすく、勞　《（缺損）》に一々の問の出しかたにのみ集注することを得、萬一中途政變の爲停止となつても既了の部分だけが十分立派有益なる書物又は資料となるべく候に付是非此方法を試みられ度　さ候はば及ばずながら書面にて又々意見可申出候

(501)一目小僧の尻切は小生病身となりし爲に候　あの後材料又あつまりしに付何とか計畫致すべく候　草々

　

　　　　　　　一五二　〔【大正六年十月十七日夕　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣御答　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

拜答　明後日の御會議の爲に材料を調ずるは六つかしきことに候　郷土會にても六月以降村誌調査項目の選定に從事しをり而も今以て僅少だも決了せず候　前信も申上候如く愈々はまり込被成候はゞ跡から／＼と追々によき思付の調査問題が現れ來可申　最初より章節を分つが如き演繹的の方法にては結果乙編とはならず甲編第二卷とのみ相成候に付　其を見せなければ話が纏まらぬやうなり　矢張時運未だ到らぬものと御あきらめ被成可然かと存候　但全然無責任のことを云ふのでなきことを證する爲思ひ浮びたる一二點を申候はゞ小生は研究の中心を郡民〔二字右○〕が「如何に生活し來りしか」と云ふ點に置く考なり　但し

　（過去土着當時の生活要件

　　現在及最近迄の生活要件

二者は多分は同一ならざるべし　其場合には目前に變現しつゝある分は急いで記録せずとも消えてしまはず　又少々づゝは誰も理解しをる故專ら力を村の起つた當時からの事情（即ち古くさい方）を明にするに注ぎ度也

第二に教育會が此方面に協力せんとする氣運は多分ウドンゲの花なるべく候に付

　古記録書籍の比較研究と編輯

　統計文書類の整理

の如き一人の篤學者あれば十分なる事項はあと廻しとし　多數の力を須つに限る仕事のみに勞力經費を集注したきに候

(502)其結果として新しい事項だけを拾ふことになる、例へば郡方言集の蒐録なき郡では方言を集めるが　東筑ではそれは不急又は不用となるべし

斯く拾ひ上げると事項目録は目録だけ見れば統一もなく缺漏も多きものとなるべく、之を先づ提出して笑はるゝは不利なり

次には村々の調査員には練習の要あり、時と費を節する爲に仕事をさせつゝ養成すとすれば地誌の目録に似つかはしき順序を以て調査事項を付與する能はず

愈々以て十月十九日に要項の提出を不可能ならしむる理由に候

よく考へたら今少し妙案もあるか知れぬが小生の希望では、第一囘に今までやらざりし新調査として村の起立史料の集むべきものは

　「苗字及屋號」なり

之は書込むに簡便なる表を付與し一苗字毎に

　イ、戸數

　ロ、紋

　ハ、宗旨

　ニ、氏神

　ホ、碑牌過去帳中の最古き年代

　ヘ、居住地の小字名

　ト、本家の有無

　チ、其他口で傳はるだけの一黨の歴史

(503)　リ、殊に明治五年に新製したものであるか否か

の如き、家の榮辱と成るべく關係少き客觀材料を記入せしむることゝせば其答案だけを集めても東筑摩郡は學問上新なる試をしたことになるなり　小生餘生あらば、之を郡地圖の上に按排し隣邦隣縣の着族舊姓との關係を考へ一部民族移動史の研究をまとめ得るやうに思ふ

次に小地名の蒐集比較、是は益田郡阪田郡其他で企てたことあり　御郡はまだならばやつて見られたし　之に伴ふ注意は

　イ、地形圖に對照し得るやうにすること

　ロ、同名類名の比較

　ハ、字より更に小さき地名

　　即ち臺帳に無きものをも拾ふこと

小生は曾て地學協會で地名の話をせしことあり　其筆記あり　又遠からず之に關し小さき本をかくつもりなるが　其總論を更に要約すれば

　一、地名は悉く人の附けたものなる故悉く意味あり

　一、命名の目的は要するに區別の爲なれど、命名者の地位より見て細別すれば交通の目的、狩獵、伐木、其他の必要に分れて名にも外から付けたのと内からつけたのとあり　便宜上之を

　　非耕作用（第一次地名）

　　耕作用　（第二次地名）

　に分ち得、即ち

　（一）昔からあつた地名を其まゝ耕地の字にするもの

(504)　（二）新開に際し新に命名したもの

　にして後者は開發前一望變化なき野又は川原なり

一、此分類の利益は

　前者が多ければ久しく狩漁又は林鑛等にて生活せし人が多かつたことなり

　後者が多ければふいと來て開いた村、即ち稍遠方からの移住に始まつたことになる

　（勿論是は確定論に非ず）

一、地名の繁きは人口の繁さと多少の關係あるべし　從つて地名二種に分けて見る利益は直に土着の歴史の上に顯はるべし

一、而して開發後につけた地名は至つてわかりやすく而も時代々々の田制につれて變化せり　例へば

　新田

　　請、繩受

　　別所、一色、別名

　　新莊、新保

　　新居

　など云ふ語にはそれ／”＼時代あり　古き地名か新しきものかの推測つくなり

一、第二の副産物は第一次地名の中から多くの死んだ日本語を復活させ得、更に前代異民種の言語を拾ひ出し考古學の役に立つことあり

一、地名と家名との關係は　もと「斯民」に少々書きしこと有之候　ウソもまじるならんが正しき部分は苗字に地名をつくは鎌倉時代（多分元寇役後）が終なり、其以後は苗字を帶びてどこへでも移住せり　從つて(505)貴郡中郡内にしか無い地名を苗字にする家は原則として舊家なり　此種の家多き地方は原則として古くから開け且つ亂離移動の少なかりし地方なりといふことになる

此意味から小地名を地圖の上に出來る限集め且他の郡誌の如く集めたのみで棄てゝ置かぬやうにしたし。

此二項目の如きは忠實なる調査員にとりてはさして難事項に非ざるのみか忽ち此種の事に趣味をもつ小郷土史家を多く作るに便ならんと考ふ

次に御地方なら面白からんと思ふは例の出稼入稼の問題なり　此は人種等の數量的觀察が困難ならんも品質の方から列擧して勞力の消長を察する外に尤も古い尤も自然なる人の交通路を明にし得べし

今一つやり度は

　地方商品目録なり

此は食物、衣料等にわけて現在

　　賣る品　何々

　　買ふ品　何々

の色目を盡して見度、此などは行政の方にも直に利用し得る有益なる資料にして村に居る調査員には調査さして困難ならず

此類の事項は選定の權限を心ある三五人の委員に付與しおけばいくらもあとから思浮ぶなるべし　我々の道樂の事項の如きは三四月も立ちて後折々そつと出して見れば目先かはりて氣乘りもすべく勞少なくして色々の有益なるものを得べし　其項目の如きは貴下も十分御得意ならん

最初は地圖を與へて書込ませる位の所から始める方がよいかも知れず　但し貴郡三十七村百八九十大字に各一人の青年通信員を置き毎月三囘一囘五十錢以内の報酬を拂ひ二年繼續すとせば七千圓ほどの仕事なり　少しかゝり過ぎると(506)の評ありて或は立消となるべきか　小生も張合に乏しき爲さう迄打込んで物を考へる能はずそれに今夕は疲れたり　これにて御免被下べく候なり　草々不一

　

　　　　　　　一五三　〔【大正六年十二月五日　信濃東筑摩郡役所内郡教育部會氣付　胡桃澤勘内樣御答　東京内幸町二ノ一丁目官舍　柳田國男　封書】〕

御手紙夕方につきたる故明日の間に合ふや否やを危み候　家名表式既に御印刷の上ならば特に改むるにも及ぶまじけれども

○名乘用字の欄と下の居住地の欄と取かへ度ものに候、前者は種類多かるまじく後者は時として七つ八つも可有之候

○最古の過去記録云々は文句わかりにくゝ候

　「家と關係ある最も古き年號年月日」は如何

○言傳へと特殊俗信は二つに分つ方可然候　例示

　（言傳へ）、「甲州浪人ノ末トイフ説アリ」「何々神社ハ此一統ノ祖先勸請ストイフ」

　（特殊俗信）「正月二日ニハ必ズ蕎麥ヲ食フモノアリ」「赤毛ノ猫ヲ飼フヲ忌ム家アリ」の類にて常に一括するの必要なく且混亂不明を生ず、

○宗旨ノ欄を大きくし「寺名」を入れる方可ならん

○墓所は或は不用か、

○氏神の特殊と云ふは一村内に二三社ありて家により氏神を異にする場合を示さん爲なりし

○「祝ひ殿」は屋敷神なれば別なり、是も書込ましめ得ば甚面白く候

○「本家」の欄を少し狹くし「特殊氏神」を墓所の所又は宗旨の上方へやり　屋敷神（祝ひ殿）の欄を廣くし祭日祭式(507)などを書かしめては如何

○其他目下増すべき項目を心付かず候

○姓、寶物、古文書の類は用なかるべく候

○欄外に注意書を刷る必要はなきや　然らざれば例示を朱書にして見せる必要は無之や

○寄留者も出來る限「表」に載せ何村又は何郡何縣の人職務何々を「言傳へ」欄に記入せしめ可然、役場の取扱はぬやうな女工按マの類は是非に不及

○非戸主でも別に住めば一戸に數へる外有之まじく候

此頃上總上永吉村といふ七十八戸ある村の安永八天明六兩年度の人別帳を見て村の變遷を考へてをり候が　分家にはあやしきもの至つて多く候　甲の家の分家が本家衰へて後　乙の家の被管となり後自ら乙の分家なるが如く信ずるもの多く又女房の筋より實際乙の方へ移管するものも多さうに候　然れば現在といふことに重きをおき大勢を知るを詮とするの他は有之まじくと存候

　

　　　　　　　一五四　〔【大正六年十二月十一日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣御返　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

一種に一枚づゝは大業なれども御示の如き形式ならば大體徹底的のもの得らるべく候　微細な點の一利一害は何とも豫言致かね候へ共必ず大なる後悔は無之事と信じ候　但この例示は煩に失し青年を迷はしむべく候

「例へば」として此三分一ばかりを御出し被成べく候　又同苗字にても全然別系の者同村中に有らば出來る限は之を區別し二枚でも三枚でも分けて出す方可然、戸數が各別に勘定し難くば其だけは最も大なる家の下へ理由を添へて記入する迄も單に偶然の同苗（例へば東京の鈴木小林中村の類）を一紙に總括するは却つて不便と存候、紋は多分よほ(508)ど厄介なるべく候　既に例示中にすら紋帳の用例とちがふ點二つ迄有之候　丸と申ても絲輸コクモチ中輸大わなど可有之候　併し半分だけでも分明し又推し得らるればよしとすべきに候

家號を本家の項又は言傳へ中にでも採集し度ものに候

言傳へ俗信の下の括弧中の文字は今少しよくわかるやうに有度候　草々不一

　例へば甲、「先祖に關する口碑」

　　　　乙、「此一家に限られたる慣例」　と言ふやうなことは如何

　

　　　　　　　一五五　〔【大正七年二月二十日　松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣侍史　柳田國男　封書】〕

時々の御音信により非常に興味を増加し殆と御一所に働いて居るやうな心持がいたし候　但し此頃最多忙の爲委しき御返答に不能只一つ書にして申上候

一、小地名五十音順分類は必ず有效ならんもあまり勞多ければ今後の用の爲に村名大字名に番號を御打被成ては如何

　即ち

　　　いノはノ三五

　　　（東筑、里山邊村大字新井字何）

　といふが如し、村大字の順序は公簿上一定しをり候故一枚刷に番號表を作りおけば暗記にも難からず

一、姥懷の異訓は小生もかねて心づきをり候

　地方によりては

　　　ウバガシ

(509)　　　ウバガイ

　　　ウマカヒトコ

　などいふも有之、至つて面白き由來を含むものゝ如く候

一、地名蒐集の後、引つゞき其意味の比較研究をせられ候も必ず有益ならんか　更に第三次の調査題目も今より考へおかれ度或は方面の全くちがつたもの　例へば

　　飲料水採取方法

　　行商種類

　　野生食用植物

　の如きものに手を御つけ被成ては如何

一、五月上旬頃參上何か調査員諸君に話をすること大體さしつかへ無之候

一、隱里の話は今朝（二月二十日）の東京日々〔四字右○〕に出をり候　多分大阪も近々出るかと存候

　押川氏が死なれたり　政治の尤も生眞面目になりたる頃しも斯樣なものを出され苦々しく候　草々

　

　　　　　　　一五六　〔【大正七年三月十三日　松本市東町二丁目　胡桃澤勘内殿親展　東京　柳田國男】〕

別紙は既に御覽かとも存じ候へ共試に御まはし申候　御すみの上は又御返し被下度候

足柄下郡にても折口君盡力にて我々の計畫の一部を實行しはじめしものとおもはれ候　草々

　「ゼンダナ」は本來椀かし傳説とは關係なき筈ながら文字の聯想より記憶せられ易かりし迄と存じ候　此地名ある地を御さがし被成候迄も無之と存居候

　

(510)　　　　　　　一五七　〔【大正七年四月二十六日　松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣侍史　東京　柳田國男　封書】〕

四月中に片付可申事務まだ三分一もすみ不申今の處にてはいつ頃にならば上方の方へ行かるゝや見込殆と無之候　從つて其行がけに御地に廻るといふことは望み難く候も既に半約束の事に付此まゝにも致しがたきやう考へ申候　十分御遠慮なき御地の御希望を承りて後夜行で一日往復になりとも參ることを企て可申候　尤も此頃はをかしい程用多く三夜に一夜位しか家に居て書を讀む暇無之日中は全部訪問者と電話と自分の訪問にて費すやうな形に付必しも御注文通りの日に飛出し得るとは限らず候へ共　來月中には自分の必要からも二三度地方へ出ねばならずと考へをり候に付兎に角目下どう豫想として居られ候哉を御申聞被下度候　草々不一

　此月十七日の郷土會にて東筑郡誌事業の話を紹介し大に會員諸士の敬歎を得申候

　

　　　　　　　一五八　〔【大正七年五月三日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣侍史　東京　柳田國男　封書】〕

拜答　十一十二は甲州へ旅行することに相成候に付其足にて御地へは參可申何とぞ十四日午前といふことに御豫定なし置かれ度但し急用の起り候折は不惡思召被下べく候

　

　　　　　　　一五九　〔【大正七年六月一日夜　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

其後御左右如何　毎度同人集合の折は隨分筆まめの方の貴君よりちつとも消息なきは又御病人の御心配か或は何か煩(511)しき用件でもある爲だらうと申居今にわかると考へつゝ御尋も不申候　東京も此騷ぎなり小生も塵魔多く決して呑氣ならず候も書卷は寧ろ疲と老とを忘れしめ候　友として勉強從事しをり候　成績もまだはか／＼しからず候　貴君病ならば是非なし　幸に健康ならば少し局面を轉ずる爲一度東京に遊び被成ては如何　小生も方々へ旅行はしながら妙に信州には縁なく候　此月は七八九、十三日乃至十八日位東北にまゐりあとは在宅に候　爐邊叢書に地名考を書いて見やうかなとも考へ居候　先頃のカード一箱は今御手元に在りやよき便にて東京へ送り下さるゝこと出來申哉御相談申候　小池直太郎君も久しく消息を知らず小生も淋しく感じ申候に付何となき手紙なりとも折々入手し度願に候　先は御樣子うかゞひ度如此に候　草々

　

　　　　　　　一六〇　〔【大正七年七月一日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣侍史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

先日は御忙しき中を有難く存候　「盆正月行事」三日前よりいよ／＼一見候處中々感動多く候に付此序に一いきに編纂してしまひ度と存居候　就ては御相談は

　一、原稿で諸君に御目にかけても中々半年などには目を通して訂正し給ふこと難かるべく最初から若干の思ひちがひ又は誤字あるを覺悟して二版訂正版をきつと出すことゝし此度は此まゝ活字に付しては如何　大池小林二君と御相談の上御同意被下度、其代り事情をよく斷り責任を負ひ且つ後日訂正増補のしやすいやうに編輯しおくべく候

　一、標題の

　　　東筑盆正月行事

　　もちと變にして且長く候に付

(512)　　東筑摩郡風俗誌

　とし度が如何、勿論第一卷〔三字右○〕の意味にて候、習俗誌とし度なれど後の民族誌とひゞきさしあひ候　後者を家名集とか家號誌とか（或はもつと感じのいゝ名に）改められるならば　此方は習俗誌としたいと思ひ申候

一、ごくはつきりとした盆正月行事の寫眞（たとへば三九郎物作などの）があるなら二枚でも三枚でも出したいと存候

一、出版は林視學と打合せの如くいたして郡教育會にては今でもさし支無之哉即ち

　　三百部を教育會の名で印行し卷頭に餘部は爐邊叢書の一卷として一般に頒布させると書いておくことに候

　金のことになるから他日の不愉快をさくる爲今よりはつきり申候　叢書は從來著者に五十部をさし出す以外少しも金銀の禮をせず仍て今囘も計算は之に由り、幾らかゝるか知らぬが書肆に渡す値段の（八〇％）二百五十部代にて三百部を御引取被下度、それだけ一時に賣れることは叢書の仕合せ故　表紙其他に大きな御希望さへ無くは別に特製の表紙の入費などは要求せず活版所さへ承知するなら郡教育會の三百册だけは四六版にしてもよろしくと存居候　其金額は多分三百にて百六十圓以内かと存居候（個人は八十錢に賣る計算）　小生への勞銀は御計算に及ばず、今度の仕事も自分の爲に有益に有之　先月は御禮を受け之を叢書の基金に付與し候へば叢書としても郡教育會は恩人に有之、どうか模範的の本を出し少くも近隣を感化し度ものと存居候

先は當用のみ惡紙御容赦所希に候

　

　　　　　　　一六一　〔【大正七年八月七日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣侍史　東京内幸町二ノ一　柳田國男　封書】〕

御手紙拜承　御下聞の件目安にて御答申候　(一)（二）は共に村の歴史としては重要なる或物を語り居るも　郡を研究の單(513)位とする場合には只保存せられ置可然か　少なくとも第一次の書拔には用なきかと存候　但し愈進みて土地占有又は共用の慣行（一）、或は村境の問題（二）などの調査に及び候節は此點に大注意を拂ふ要有之候に付　單に「かゝる地名多きこと」のみは最初より御掲げ置可然か

（三）に就いては一々申述ること六かしく候へ共少なくとも左の點は御すゝめ申度

　甲、假令意味の全然不明なるものにても澤山（タトヘバ郡内ニ五十六十以上）散在するものは別に抽出し置くこと

　　意明白なるものは（貴兄が見て）何百あつても多い理由だけで殘すには及ばず

　乙、又意味は略｜別《わか》つても色々の宛て字又は書き方あるものは語學上の材料として成るべくは別にぬき出しおかれ度

　丙、此材料は何度も何人もの目にて見通す必要あるべく　又目的の大小により固より整理の方法も一定せざる筈なれど、どう見ても不用なるは御示しの例にて言はゞ

　　　田中、田畔、山ノ上、宮前、橋場、出口の如き命名の趣旨理由の明なるもの

　　　北方、南村の如き方位のみを示すもの

　　　人名を以て表するものは人名に注意すべきもの無き限　樹名を以て表するものも同上　共に不用かと存候

　　但し村誌〔二字右○〕としては是迄入立つべきは勿論に候

　丁、五月拜芝の折申候は　左の三點を第一着手とすべき趣旨なりしやう記憶す

　　イ、忘れられたる地形語の採取

　　　例へば「ハヾ」といふ地名あるは斯々の地形なり「ホド」又は「フト」と言ふは岡の入込なりといふ類の證明

　　ロ、昔行はれし制度の推定

　　　例へば「郷藏」といふ地名多くの大字に在り「代官原」といふ地名各所にありといふの類、但しこの代官は後世の郡奉行の如き大身には非ず　土地世話人のことに候

(514)　　ハ、地方的信仰の?態を知ること

　　例へば最も多きは「諏訪」とか山村と平場との境附近に「月夜兎」の類分布するといふの類

　最初はやはりこの三つを主として御拾ひ被成且つ必しも脱漏あるを意とせられず候はゞさ迄大辛苦をし給ふにも及ぶまじきか　小生に時間ありて此蒐集を一見し得ば道樂的に更に左の二點を見度おもひ候

　イ、「何田」といふ地名の分類

　　　是には幾通りも有之

　　　　所在、「川原田」「沖田」「向井田」

　　　　特長、「砂田」「廣田」など

　　　　所屬、「常念田」

　　　　分配方法、「八丁田」

　　　此分け方の可否は別として少なくも一部分には必ず面白き結果可有之と存候

　ロ、「何の木」と云ふ地名　同上

　　　湯ノ木は齋木なるべく　御前ノ木なども同上か

　是等が共に久しき以前より少しづゝ始めをることに有之候

（四）小地名書込の必要あるは前掲「丁」ノ「イ」のみに有之候

　是は結局二十種内外もあらば結構と存候に付番號でなく名のまゝに記入しそれを能ふべくは二萬分一陸軍圖の上にあてゝ見度ものに候

何れにしても第一次成績は早く發表し「こりすぎた道樂」といふ冷評を除斥するが急務かと存候

金井義雄君に關する透視者實驗は丸々無價値なることの證據上り申候　同君日記の御蔭にてよき研究を致候

(515)この十五日より相州津久井郡の一村へ調査旅行を致候　同行十人餘　是亦本年の重要現象の一に候　二十五日迄多分神奈川縣津久井郡内郷村　正覺寺

にをり可申候》

　

　　　　　　　一六二　〔【大正七年十二月二十七日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣侍史　東京内幸町　柳田國男　封書】〕

年末にて氣屈しをり候折柄御送被下候印刷物「土俗と傳説」一月號と同時に着　爲に元氣を振起し申候　「都會と農村」は今數月たまりて後御目にかけ可申と存居候處に早くも御引用御推奨被下單に面起しといふ際の悦にては無之候　新しい機運々々と申候輩も一向することは月竝にて是はどうぢやと思ふことのみ多い時節に御郡の諸君の如く自分の判斷を以てどし／＼物を取捨せらるゝは正しく都人を愧死せしむるに足り候　學問より外に國の塗炭を濟ひ得るものなしと小生は愈々信じ且勵みをり候所に候　恐々不一

　去頃御不幸の折には御見舞怠り申譯なく候　然らざるも本年より年賀?は何方へもさし上ぬことに決し候に付御諒知給はり度候

　

　　　　　　　一六三　〔【大正八年八月十五日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣御答　柳田國男　封書】〕

拜答　支那の道教の事を書いた本は前年上海の三井か何かの人小幡君一册子を著はせしことあり　又東洋學報の二年目位に京都の妻木直良君二囘ほどに亙りて研究を出せしを記憶す　前の者は終に見ず　後者も大に探さねば出て來ず候　但し貴兄の所謂道教は北方の分にて系統も内容も相異なり多分右二書を參考とする能はざるべし（支那の書にて(516)は色々あり　御望みならば太平廣記今手元に有之）

全體此宗旨は眞言などよりも一層地方的俗信を混同すること多く　本尊呪文等に地方的特色の研究に値するものあれども至つての大事業に候　試に白鳥博士より借りたる小册子「朝鮮の宗教」を御目にかけ可申候　是と異同如何を御一檢可被成候

小生は滿蒙より北西伯利亞に分布せる薩滿教（シヤマニズム）の事を書いた本を此頃少しくよみをり候　神憑歌舞すべて我邦の巫女道に近し　非常に浩瀚なる文獻あり主としてネフスキー君の領分にして手が屆かず而も北人の道教といふものには多分のシヤマン道を含めりと覺し　江南の道教などはよほど之と異なり而も所謂道書は此方の産に候

爐邊叢書の企は既に申上候ひしが如何　十二月に四册

　　ザシキワラシ　　佐々木

　　オトラ狐　　　　（早川　柳田

　　神を助けた話　　〃

　　赤子塚の話　　　〃

出るつもりにてまだ三枚しか書き居り不申　此夏は御地でいふトテモ忙しく夜になると疲れて綿の如し　草々不一

　一事申殘候　小生兄井上通泰が一人子泰忠松本の高等學校に入ることゝ相成　母親心配にして今からねられず　何とぞ今後御力添を乞度本人其うちに參上せしめ可申候　草々不一

　

(517)　　　　　　　一六四　〔【大正八年十月二十六日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

山島民譚集をつゞける見込無くなり候に付ては一つ殘つて居るのをかの小林君に贈呈せんとおもひ候　同君の名を忘る　宿所と共に一寸御報を煩し度候　泰忠常に御世話に相成よし一同感謝罷在候

　目下「夜啼石」のことを書きをり候

　

　　　　　　　一六五　〔【大正八年十一月二日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　東京内幸町二ノ一　柳田國男　繪はがき】〕

小林君に損をかけ候は氣毒なりしも季札が劍なればやはり送り可申　大池君にもどうかして一組おくり可申上存居候　山島民譚集はあの文體時世にあはずと考へ形をかへ候にて爐邊叢書のつゞく限は皆書盡し可申候

　

福間三九郎のことこま／”＼御報有がたく存候　此まゝに致難き問題のやう存申候　此序を以て爐邊叢書の一卷として御書き被下ては如何　此叢書は玄文社と申より發賣するつもりなれど引合はぬやうなら自費刊行の覺悟に有之候　夜啼石も其中に有之「赤子塚の話」と題し一二〇頁位のもの

　

　　　　　　　一六六　〔【大正八年十一月七日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣侍史　東京　柳田國男　封書】〕

大池君に贈り度と捜し候へ共山島民譚一は離れたもの最早無之候　但しまだ何とか方法有之べく候　「同人」は兄も弟も書き候爲小生は少々控へをり候　大野君病氣且印刷費三倍となり繼續見込乏しきよし申候　此際に於て巨大なる(518)郡誌刊行せられ利仁將軍に薯粥を食はされた五位の如く殆氣を失ひ申候　再夕顔の卷に見えたる五條の行商のやうに「田舍わたらひ」をせねばならぬ時世になり申候やうに候　小生此窓より世中の道を眺むること五年半になり申候が最近の一年にて何か著しくかはり候やうに見え來り候　少なくも風無き日に土埃は植木よりも高く自働車の掘くぼめた穴はあばたのやうに相成時々影のやうなる人夫少しづゝ砂利を持つて來てうめて行くさま迄今の政治のシンボルかと感ぜられ申候

爐邊叢書は此間に在つて認め候點だけでも生涯の好記念なる上に一寸朝驅の如き快味ありて自分のみは存外油が乘り申候　どうか是だけは無事にすら／＼と印刷せられ候やうにと指をり待をり候　就ては三九郎問題は貴兄例の如き凝滯せざる態度を以て手帖の通に御發表被下度殊に小生の希望するは大正九年に於ける松本平セエノカミの

　　行事　　　時刻

　　名目

　　唱詞、歌

　　執行の動機

等を世に留め置き藁で髪結ふた炭燒小五郎の言の如く

　　こんな小石が寶とならば

　　おらが炭やく後の山に

　　凡小　　笊に十ほどござる

云々と唱へて各地のウブなる青年等が此學問の興味を感じ高祖とはどんな人、昔とはどんな國といふことに幾分なりとも心を傾けるやうに相成候ことを望み候　アナトールフランス「白い石の上に」といふ漫筆をよみしこと曾て有之未來といふものを洞見する能力は昔をよく理解して始て生ずるものゝやうに説いてあつたかと記憶す　殊に小生が尤(519)意味深く感じ候事は命の惜しさ、子の可愛さの如き武士道よりも王政復古よりも更に古く且更に強いものを忘れたままで次の代に入込まうとする人々が第一番に我々の凡人史を必要とするなるべしといふことに候

どうして此やうな事を申すことになりしかわからなくなり申候へ共兎に角に書肆が第五册以下を求め來り候場合には

　　貴下の福間三九郎　川口君の飛州鳥日記

　　金田一君の山の殿濱の殿

　　【ネフスキー佐々木君】合著のオシラ神

などゝ共に小生の

　　雷神の子

　　金賣吉次

　　流され王　武藏野の話

の如きものゝ一をも出し度存じをり候　別篇郡誌の方は何とかして年に一項づゝ位整頓公表せられ候やう致度ものに候

小生は目下三度目に武藏風土記稿をよみをりどうかして近まはりの村々を心靜かに見てまはり度ものと工夫致居候

直接の御手助は六かしく共得る所あらばぼつ／＼御報告可申候　一寸閑有之候まゝに雜話のやうな手紙を認め試み申候　草々不一

　

(520)　　　　　　　一六七　〔【大正九年五月十七日　松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　柳田國男　はがき】〕

其後御障も無之哉伺上候　さて申かね候へ共田中子爵より尋ねられ候小池直太郎君御宿所わかり候はゞ一寸同氏へ御一報給はり度候　願上候

　

　　　　　　　一六八　〔【大正九年八月十日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　一關清水屋　柳田國男　繪はがき】〕

過日は泰忠への御傳言もありたれど此旅行の爲に貴需に應ずる能はず殘念に候　目下の計畫は左の如くなれど如何あるべきや

　　八月九月　　南部津輕　羽後

　　十月十一月　駿遠濃勢　大和熊野

　　十二月一月　宇和島、日向、沖繩など

猶途次可申上、九月末は一寸かへり候

本月々初東京發　石卷より北上の沿岸を縫ひつゝ此地迄參り候に連日の雨次第に大水となり市中も物さわがしく　郷土研究によく書いた鳥畑君の在所も、一里の對岸なれど行く能はず　遠野にも花卷迄損傷の爲入ること叶はず終日軒に雨の簾をかけ、寂寞として書をよみをり候　晴れ候はゞ海傳ひに北にすゝむべく候

　

　　　　　　　一六九〔【大正九年九月二十九日　長野縣松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

岡村より昨夕承申候　御内君御重症のよし御心痛嘸々御同情申上候　昨今は御容子如何哉　一日も早く御快方望まし(521)く候　小生方も六月以來殆ど一日も醫師の來ぬ日無きやうな病人つゞきにて旅行計畫?々打こはされこまりをり候

　

　　　　　　　一七〇〔【大正十年二月二十三日　信濃松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　長崎市客舍　柳田國男　繪はがき】〕

冬中御健康如何　時々如何かと思出をり候　小生は幸に無恙一月半の南島の旅を終り歸途新聞の爲に二三地方の講演を致居候

　二十一日　久留米　ビロウの話

　二十三日　長崎　　海士部のこと

　二十四日　同地　　國諸研究の要

など、東京より折々飛電あり歸心を促し候

　

　　　　　　　一七一　〔【大正十年四月十六日　長野縣松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

春來御起居如何　東京はほこり多けれども一度御上京被成ては如何　小生は五月八日迄をり申候　曾て郷土研究に御地の「クダキツネ」と同じといひし人あり、今度渡瀬博士よりきゝ候に學名は Mustela vulgaris にて山の神のオコジョも亦此のよし　其習性及人民との交渉に付今後御聞及のことあらば御知せ被下度候

　

(522)　　　　　　　一七二　〔【大正十年六月　《？》日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　繪はがき】〕

此頃は御健康如何　愈御清安のことゝ存上候　東京を出てやつと一月日々の苦勞言ふべからず候　何れの日か再び閑窓に書を讀み文を論じ悠々可致得かと獨天涯の雲を望むばかりです　アメリカの若葉は今正にうつくしく候　煙草とクリームと菓實はよろしく候

　

　　　　　　　一七三〔【大正十年十月六日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　ジュネブにて　柳田　繪はがき】〕

此が多分エデルワイスといふアルプスで有名な《△もう此頃は皆さん御丈夫のことゝおもひます》山草です、此山村には色々の民譚がありザシキワラシもゐます、其本をかつて返ります　私の會は一昨日から始まり生涯の思出といふやうな心持で今働いて居ます　此冬はなるべく歸朝したいとおもひます、但し四月頃迄ゐて又來るのです、其間に一度聯盟の話をしに行たいものです

　

　　　　　　　一七四　〔【大正十年十二月二十三日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

十日ばかり前にかへつて來ました　御近況承度いづれ行くつもりですが寒からうとおもつて勇氣が出ません　暮には子供二人をつれて志州へ行つて見やうとおもひます　御大事にくらし被成べく候

　

(523)　　　　　　　一七五　〔【大正十一年一月三十一日　長野縣松本市葵馬場町　胡桃澤勘内樣　東京　柳田國男　封書】〕

先日から一度御樣子伺度存候のみにて徒に日を經候に御書を給はり追々皆樣御平復のよし御報よろこばしく存候　小池君の災難は岡村より既に承をりながら此亦今尚無沙汰申をり候　紛失の御本は些も御心配無之共々に此上は補充を計り可申物により御融通も出來可申候に付品數御申越被下べく候　それよりも寫本類に惜むべきもの多かりしならんと遺憾無此上候

三月始頃御地にて話を可致候に付今より又は中頃御準備被下度旨手塚兄へなりとも御話置被下度又東京朝日御地通信員わかつた人に候はゞ共に奔走しくれらるゝやう御話合被下度、小生此より大阪神戸へ話にまゐり五月々初には早再出船に有之候

　

　　　　　　　一七六　〔【大正十一年二月二十五日　信州松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

拜啓　飯田で十一日に朝日の爲に話をすることにきめました　松本は十三日又は十五日にと教育會の方へ御話を乞ひます、其前夜の話のことも承知しました、汽車の時間をよく見てからきめて下さい

　

　　　　　　　一七七　〔【大正十一年三月八日　信州松本市東町二丁目　胡桃澤勘内樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

三月一日漸く歸京　如何被成候かと?心つかひ申居候所に候　追々暖くもならば勿論平復可被成都合つかばしばらく海近く御出被成候わけにはあらずや　小生も五月には一寸又出かけ申候　いつも結構なる品澤山たまはり恐入候　御(524)禮申上候　早く御元氣に御成なされ三九郎を御まとめ被下度候

　

　　　　　　　一七八　〔【大正十一年四月一日　松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣御答史　東京牛込區加賀町　柳田國男　封書】〕

あれから御風のよし無理にも御とめ申べかりしにと存候　寫聲蓄音機はまだ屆かずや　まだならば催促を致度ものに候　使用方法は十分御研究の上何度にても店へ御質問被下度其うちに人を出さしめ可申候　家名表のこと中々の大仕事と感じ申候　之に就き地圖御作成のこと或は小生の意見御誤解ありしかと恐れ候に付くりかへし申候　小生は

　郡〔右◎〕地圖を作り

　最多數の家名四つか五つ位

　其郡内〔二字右○〕分布の模樣を圖示せしめ度

と申せしにて村毎に圖を作るは（村の調査としては面白からんも）郡誌としてはあまり細に失するかと存じ候　只御參考の爲に申入候

其他用件

　山島民譚集は一部見つかり候　御送可申

　地名研究のカード一箱整頓しおき候　非常に大切のものにて甚しく散佚を恐れをり候

　泰忠五月初に參るべくと申に付此に托すべきかと存候

　スペンスの神話學入門は代は小生拂ひ有之此は寧ろ手塚君に進呈仕度候　郡教育會に在つても役なからん

　福間三九郎は此年中には出し度候　ジェネバにて樂みによみ可申

　爐邊叢書は中々成立ちにくゝ第一今のまゝにては五六册も出ると置場にも苦勞仕候

(525)　なるだけ分布に御助力被下度候

　南方先生が東京へ出てをるさうなれど逢ひ得ず候

　

　　　　　　　一七九　〔【大正十一年四月三十日　信州松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京牛込區加賀町　柳田國男　繪はがき】〕

芳?忝く拜見仕候　此間より心あはたゞしくいろ／＼の片付物手につかず　本志に反し候　船は五月八日神戸發と相成申候　六日迄は在京のつもりに候も書齋も何も散らかつたまゝに有之候　澤山仕事をのこして出かけ申候　御健康に御くらし被成べく候

　

　　　　　　　一八〇　〔【大正十一年五月十五日　松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　（香港）柳田國男　繪はがき】〕

それでは又往つて來ます　立つて見れば二年もすぐだらうとおもつてゐます、元氣よく御暮しなされ度　岡村君はどうか助けて下さい　「祭禮と世間」を本にします、私の憤からではありません　我々の態度の宣傳です

　

　　　　　　　一八一　〔【大正十一年八月二十六日　信州松本市葵馬場町　胡桃澤勘内樣　ルガノ湖岸にて　柳田國男　繪はがき】〕

其後御健康はどうです　氣力を御養ひなさらんといけませんよ、同志諸君も丈夫ですか　小生は日本で旅をしてゐた御蔭にこちらへ來ても語の不十分の割には思切つた途をあるいてゐます、ローヌ川の氷河を見に行き、それで此川だけは全長を見たことになりました

　

(526)　　　　　　　一八二　〔【大正十一年　《？》月　《？》日　松本市東二丁目　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

九月一日ロンドンから戻つて來て巴里に立ちより御手紙をうけとり申候　何よりもうれしいのは御醫者の縁の切れたことです　小生宅では子供折々まだ病氣いたし心配をさせ申候　僕の歸期は段々延び申候へ共一日も早く歸つて色々の御話をし度存候　學問の方はどの國でも通俗は冷淡なものに候へ共設備だけは羨しくしてあります、日本では我々だけが苦勞をするので　はかゞゆきません

　

　　　　　　　一八三　〔【大正十一年十二月九日　松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　（ジュネブ）　柳田國男　繪はがき】〕

此頃はどういふ御樣子ですか　冬ごもりに入ると瑞西も中々淋しいので却つてじつとして本がよめません　正月に入つたら旅行をはじめやうとおもつてゐます、春はこゝもよさゝうです　又葉書をあげましやう

　

　　　　　　　一八四　〔【大正十四年五月二十五日　市外世田ヶ谷町太子堂三三二井澤氏方　胡桃澤勘内樣　柳田國男　繪はがき】〕

火曜日は十二時迄、水曜日は二時迄をります　折口氏は

　　下澁谷一八五　赤十字表門の前の邊です

　

(527)　　　　　　　一八五　〔【昭和二年十月十七日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣侍史　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

御近?如何に候哉伺上候　さて先日願上候小柿はいよ／＼時節になり候が手に入候見込有之候哉　新居は庭を大部分芝原にいたし一隅に遠江の次郎柿と此邊の禅師丸と信濃柿とを合せて栽ゑたく考へをり候　野澤生の郷里へも聞合せをり候へ共返事まゐらず或は汽車輸送六つかしきにやと存候が如何　頭を切り短かくしてならばありさうなものと存候　どちらでも早い方をとねがひをり候

ケンポナシは小さきもの一二本何とかして御見付被下度ねがひ上候

それから門を石にて積みし爲そのてつぺんに栽ゑる木が何かほしく成申候　ミネゾなど申候赤き實のなる針葉樹本名は何と申や不知　あれは御地の植木屋にて五六本手に入るゝ見込無之哉、おもしろければ生垣にもして見度存居候　成木なければ實蒔にしてもよろしくと存居候

今度は自分の事ばかり申上御許容被下度候　昨月初より此所に引うつり始めて十分の野外秋色を味ひ候と共に始めて是が老境と申ものなることを意識いたし候　若い諸君の來つて書を讀むもの折々有之又同人とも名くべきもの日曜には澤山集まり自由なる話をいたしをり候が何分男世帶にてをかしきことのみ多く候　一度此樣子御目にかけ度存候　今一棟だけ小家を建て自由に貴兄のやうな方々の御來宿の出來るやうに致度本意なれども　ともすれば財政紊亂し未だ政策を實現する能はず候　草々不一

　

　　　　　　　一八六　〔【昭和二年十一月三日早朝　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣御次　東京市外砧村喜多見　柳田國男　封書】〕

先日は御多用の中を段々御手間缺かせ申恐入候　御手數御禮申上候　ミネゾは御?に先ちて到着早速栽ゑしめ候に植(528)木屋もう三四本あらば尚格好よしと申候

此次波多より若木參り候折　其中のやゝ大なるものを選拔せんかとも存じ候が果してそれ程大きいのが有之候や否

矢島麟太郎君よりはまだ消息無之候が二重になる心配なくはどうか池上氏を御煩し申度ものと存居候　小柿は早速コヅケ置候も四分の一ほどは生付覺束なきもの有之候　さうした處が四五十年の後には此邊一帶の小柿林と相成かと今から想像しておもしろく存居候　大柿は本日栽ゑるつもりにて支度いたし候處栽木屋來らず折角の第一次明治節の好記念を逸し申候　四五日前老人のわざ／＼安行《アンギヲウ》へ買出しに行きしものに候　此秋中には尚二三種も木を入れ可申　過日はカハヤナギを門のわきに栽ゑ申候　少し生ひ付候はゞ家と共に寫眞にとり御目にかくべく候

　

　　　　　　　一八七　〔【昭和三年九月十日　松本市葵馬場町　胡桃澤勘内樣　繪はがき】〕

袖山君に御托しの御手札拜誦候　又々結構なる御贈物何共恐入候　厚く御禮申上候　誰が考へても好機會を逸したといふ評は免れず候に或は當方の便宜の爲に招くやうにも考をりしかと殘念に存居候

　

　　　　　　　一八八　〔【昭和四年四月七日夕　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

先日は御芳章を給はりうれしく拜見仕候　其後御健康いよ／＼舊の如く御快復被成候や伺上候

さて小生二三日旅行いたしをり候處不在中橋浦泰雄君來訪別紙の如き置手紙有之候　もし御聞合被下同君所在わかり候をりは何分よろしく願上候　或は警察の眼が八かましきことならば寧ろ自由に靜かなる藝術に遊ばしめられ度旨署長御懇意ならば御頼被下度ねがひ上候

　

(529)　　　　　　　一八九　〔【昭和四年五月十八日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣侍史　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

御手紙三たび迄細々御報を給はり恐入候　仰にしたがひ可成二十四日朝の汽車にて出發可仕淺間にては今度はずつと奧の方の高い處に在る宿を御約束被下度候　一度はちがつた印象を得て見度候　阪下の校長原才三郎氏より問合來り候はゞ　二十六日早朝松本を立つよし御答被下度　話題は新規のものを見つけ難く候へ共可成綜合の興味を説く爲　文化傳播論でも試み可申かと存居候　名字の話ももう一度して見度候　草々

　

　　　　　　　一九〇　〔【昭和四年六月十九日夕　長野縣松本市葵馬場町　胡桃澤勘内樣親展　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

早川孝太郎君等の盡力にていよ／＼眞澄遊覽記を借出し明日より寫眞に着手仕候　紙數四十三枚、挿畫七箇｜計算書《ミツモリ》は萩原より直接さし上ることゝ存候も　一册必ず一圓二十錢を越えざる筈に候　内閣の本は秋田明�ｺ館《今佐竹侯家にあり》の自筆本を專門の書家に影寫〔二字右○〕せしめしかとおもはるゝものにて　小生が見たる自筆本《天樹院老公（義和）へ獻上せしものなり》よりは少し立派に候へ共著者自ら校訂を了せしものなれば間違はなく候　自筆本借出しが厄介に付之を用ゐ候　其代り體裁は出來る限り自筆本に近く美濃版半切和装とし表紙も原物に近く致させ可申候　文字中々讀みにくゝ候に付活字本の原稿は小生自ら作りふり假名をも附し可申これは松本にて印刷を乞ひ別に四六版にて三百部だけ實費にて三元社の方へ御分讓被下候やう今より御依頼申上候　三元社はそれを添へて多分二圓位に賣り可申それを利得とし又名歟ともし度やうに申し候に付承認いたし置候　それには序文も小生かき可申候

尚「伊奈中路」も又と申しては中々六つかしく候に付同時に借出し寫眞にとり候やうに是は小生取はからひ申し置候

(530)引つゞき是も購讀者御勸誘被下度第一册さへうまく出來たら是は決して六つかしき事にはあるまじと存じ小生責任にて決行いたし置候

「我心」も歌ばかりと申候は誤にて前半は記事文畫も共に面白く候に付是も同樣にいたし置候　此方は約二十枚、中路は四十枚餘りに有之候　全體で先づ四圓位になり可申か　但しこの方は押賣にならぬ程度にて御周旋を願ふのみに候

一昨日は南佐久にあり「方言」に關する講演をいたし翌日念場原を越えて甲州へ馬にて下り候　久しぶりにて郭公の聲雨の如き野路をあるき旅情を味ひ申候　其際臼田人にきゝ候に伊那町にて八木貞助君の友人たち眞澄遊覽記を例の小池本より複成し頒布する計畫ありとのことに付早速一書を飛ばしてこれを止め松本の計畫と共同するやうすゝめ置候　出來るならば貴兄よりもあの趣意書若干を御送付被下度さすれば「中路」の方も容易に成立すべきかと存候

次に發行人屆出のこと雙方の爲に小生自ら刊行會を代表することゝ致候ては如何に哉、さうで無いと印形など手數なるよしに候間此點だけにて御會の役員に割込み度希望仕候

家名誌の序文短かきものを書くつもりにてつひ／＼五十枚以上のわかりにくきものとなり候へ共七度迄稿を改め漸く成りしものにて棄てにくゝ候故其まゝ大池君へ送り置候ところ之を出し度と申來り候　其爲に幾分印刷費高くなり可申笑止千萬に候　尚爐邊叢書は岡村の心得ちがひにて殆ど經營の見込立たなくなり小生も落膽して中絶せんと決心いたしをり候も此書は兼約なれば勿論出し可申但し直接教育會より岡村と御交渉を乞ひ度小生はもはや出版には參與せず候　日本傳説集（兒童文庫）別製本若干部手元に有之候　入用の諸君には呈上すべく御申越被下べく候

　昨秋秋田にての講演は三日を費して清書し送りしに此頃になり紛失したるよし申來候　馬鹿々々しくてたまらず候もひかへ無之候

　

(531)　　　　　　　一九一　〔【昭和四年九月七日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京市外砧村　柳田國男　封書】〕

今度は非常の御骨折御疲れ被成候ことゝ存上候　併し珍らしき成績にて張合のあることに候　上田の花月翁より別紙書?參り候　少しは無理な處も可有之も是も反響の一つとして「信濃教育」にでも出し候か又は此次の出版物に添へ度ものと存候　よろしくねがひ上候　草々不一

　今朝大町の一志君來訪　半日話しかへられ候　かの地にても家名調査をすゝめ置候

　

　　　　　　　一九二　〔【昭和四年九月十五日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣御侍史　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

第二囘も好況にて御煩務ながら張合あることゝ存候　北海道の方にても續刊希望し來り候　最も頼もしきは函館市立圖書館長岡田健藏氏に候　御通信被下度候　小生は先づ「蝦夷の手振」を出され候やうすゝめ置候　尚平福百穗君の助力あらば佐竹侯家の自筆本も借り得る見込も立ち申候　内閣本を引出す前に此事がわかつたらと存じをり候　秋田人は大體爲す無しと存候も秋田縣の分は横取りするも如何と存じ候に付此次企つるならば中道君と縁の深き「奧の手振」即ち以下南部の分を試み候やう三元社には話し置候　尚竟宴の意味にて信州にて一會合との御企ても承り候へ共小生は少し仕事が多くて弱りをり候に付或は參上し難きかも知れず候　次の何かの新計畫の機會と一所にして可然かと存じ候が如何にや　「民俗學」などゝいふ大それた名の雜誌を作り混亂を企て候者有之候により　小生は是非とも總論的の著述をしなければならぬことに相成申候

　

八木貞助君より別紙參り候に付御參考に御目にかけ候　地名は二三各地の出身者を委員にして地圖と比定する方法(532)は立ち申すまじくや御一考被下度候　此次は小生も注意致すべく候　活版は東京にて組上げ御地にて校正被成候やうには出來不申候や　少なくとも今度のやうに寫眞版の方より十日もおくれ　人が待ちかねて半分だけ取りに來るやうではまづいかと存候　御一考被下度候　再白

　

　　　　　　　一九三　〔【昭和四年十月五日夕　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京府北多摩郡砧村喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

活字本三〇早速御送り被下又御懇の御?により其後の事情わかり悦存候　本日萩原君寫眞版すり上がり持參是より書改めに着手可仕候　委員諸君によろしくねがひ上候

　

　　　　　　　一九四　〔【昭和四年十月十三日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京府北多摩郡砧村喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

アルスの方で再板引うけくるゝことに相成候に付御自由に引札御くばり被下度若干訂正もし度候へ共ひまも無く又先方にも氣の毒に付あのまゝ出すことゝいたし候

　

　　　　　　　一九五　〔【昭和四年十月二十九日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京市外砧村喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

小包はけふもまだ到着せず候　菴の春秋の見付かりしことは尤愉快に候　自筆といふこと確かならば更に第三次の寫眞版に着手すべきかと存候　伊那の中路別本ある以上は不審の點是非校合すべく候に付未了の分しばらく御待たせ被下度候　傳説集再版三百二十部近日中御手元迄送らしめ候

　

(533)　　　　　　　一九六　〔【昭和四年十月三十日夜　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣急　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

小包本日到着　早速一讀仕候　言はん樣も無くなつかしきものにて「自筆」は十中九迄疑なく候　但し菴の春秋は日記といはんよりも作文にて只其中に洗馬村の年中行事を可なり具體的に記述せるを珍とすべく候　「諏訪の海」斷篇は「筆のまゝ」の始終に約七八葉有之或は是も今一册もつと完成したものが出はしないかとさへ考へ申候　秋田縣大館の栗盛教育財團文庫に故｜眞崎《マサキ》勇助翁所藏の眞澄翁隨筆「筆のまに／＼」といふもの數十册有之由　それは單なる書拔樣のものとのみ想像いたし候處此「筆のまゝ」を見ると翁には手稿の片紙を綴り合せて保存する習慣古くからありしかとおぼえ候故あれもまた大に有望なる傳記資料と相成申候　兎に角に今度發見の四卷の寫本にて明かになりたることは此人の湛念なる性質から後になりて文にも歌にも手を入れ整頓したといふことにて是は行く先々にて世累無く閑暇多かりし爲も可有之と現在の自分に引比べ羨ましくも存申候　何にもせよ今度の

　　筆のまゝ（一部分）

　　科野路旅寢濃記

　　伊奈之中路

の三册はすべて今囘覆刻の「伊那乃中路」の材料〔二字右○〕とも可申候ものにて　百數十年後の今日此樣に二つを見比べらるゝことなどは絶對に豫期せざりしことならんと存ぜられ且つは若干のユーモアをさへ感じ申候　併し事實には寸分の修飾無之は歎賞に値し候のみならず刻本の疑點が之によりて明らかになること少なからぬやうに候故　至急此まゝ御手元へ御返し申上候　仍て少々は日が延びても活字本の方と御引くらべ被下無用の想像説だけなりとも御削定被下度　尚菴の春秋と「筆のまゝ」の一部（日記）とを記念の爲に寫眞版に付せらるゝことは賛成に有之又其序に「伊奈の中(534)路」中最も刪定の多き部分を見本として附載するも興味あるべしと存じ候　「政員日記」も面白いことは今度の本に附録とするが面白けれども洗馬人の記念としては或は是も寫眞版にしてもよろしからんか、萩原君の話にては文字だけの寫眞版ならば存外安價のよしに候　尚其場合には吉例により小生活字譯（こんな新語もおもしろく候）をしてもよろしく候

最後に小生として何か傳記の資料を得ることを期しをり候も是は失望に終り候　只一條安永十年に淨瑠璃御前六百囘忌追善の歌誹を募りし引札やうのもの別筆にて源秀超と署名しある紙が「筆のまゝ」の中に綴込みあるは珍とすべく候

話は長くなり候へ共例の豐橋の植田七三郎君宅の藏書に「東風俗」と題する東歌の譜の如きもの有之其奧書に、眞淵、宣長、田中道麿ありて第四番目に安永｜七《？》年「白井秀超｜寫《？》」とありしことに候（「秀規」と記憶せしも誤に候ひき）其本の表紙裏に一寸ほどの押紙あり、義方翁の手にて白井幾代二主より贈らるとありしやう存候　是は此筆者と同じとすれば英二秀雄の父（又は兄）にて　是亦文藝に遊びし人といふことだけは明かになり申候　この安永十年は天明元年なればそれを携へて居たのをこゝに綴ぢ込みしものとおもはれ候　さうして此淨瑠璃御前のことは先年來早川君等と共に小生が調査しようとして居る一題目にて多分鳳莱寺山麓の村に一種の歌比丘尼の居住して居た證據かと存じ候も是は中々手紙には書盡し難く　此次の集まりにでも御話可申存居候

和泉式部の傳説に關係のあることにて自分のみには可なり面白く存居候　大池中村の二君には簡單な受取?を出し可申に付御序に此手紙も御示し被下度　高津才次郎氏よりも本日手紙まゐり候　是は三河の人のよしにておまけに令兄が花田に居られ候よしなれば或は調査の便宜を得べきかと存候　聟入考といふもの拔刷貴兄の爲に殘し有之候　いつか御一讀被下度候　楮餘重ねて可申出候　草々

　

(535)　　　　　　　一九七　〔【昭和四年十一月八日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣侍史　東京市外砧村喜多見　柳田國男　封書】〕

談話會よりの御通信うれしく拜見仕候

　　△政員の日記も近日一見御返し可申もし活字本が御入被成候やうならば御申越被下度候

傳説集册數はアルスにては間違なく三百四十なりと申候　あの箱は百册入にてやゝ無理をして三箱に四十册だけ多くつめたと申候

北安へは別に送つてあると申候

次に伊那の中路跋文のこと、考へて見ると別に書くことも無之候

貴兄の説明書の中に二十歳前後に一度來て多く僧侶及文士を知つたといふことは彼の傳記としては注意すべきことだと一言書添被下候はゞ十分に候　中々思ふやうな文が出來不申候に付今度は中止いたし候　此まゝにて御進行被下度候

　

　　　　　　　一九八　〔【昭和四年　《？》月　《？》日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京府北多摩郡砧村喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

アルスが｜果して増刷を承知してくれる《これは少し六つかしいことなのです》か否かはまだ少しも交渉してないのです　一志君に話したのとは順序が逆です、あの勸誘?は發送を御見合せ下さるやうに

　

(536)　　　　　　　一九九　〔【昭和四年十二月十一日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣侍史　東京市外砧村喜多見　柳田國男　封書】〕

御送給はり候金入手仕候　大町よりも全部まゐり候　此次のは振替東京二七一一一（小生名）口座へ御拂込給はるべく候

國學院の分は此方より渡し可申に付そちらの殘りは御保管被下べく候　佐々木君の手紙御目にかけ候　御返し被下べく候

秋田大館に在る「筆のまに／＼」九册は全部民俗誌料なるよし此頃うけ給はり申候　「ひなの一ふし」も其中に在るよしに候　「わがこゝろ」大におくれ會員に氣の毒に存候

　「奧の手ぶり」は殊になつかしきものに候　此調子にてはやがて全部世に出で可申候

　

　　　　　　　二〇〇　〔【昭和四年十二月十五日　長野縣松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣侍史　東京市外砧村成城學園前　柳田國男　封書】〕

栗盛文庫の筆のまに／＼九册はいつになつたら版になるとも見込たゝず候故　「ひなの一ふし」を出さるゝは差支なきのみならず望ましきことに候　但し池上氏にも申候通り　挿畫もなき本なれば校訂活刷にて小生は十分なりと信じ候　それを寫眞版にすることは趣味事業にて常に、時間の餘裕無きを苦しむ小生が是にまき込まるゝは非常に迷惑に候　仍てこの際は手別けをして此方は諸君未見の二三册を活版にいたすべく候　「ひなの一ふし」は全部そちらで御引受被下度注を書いたら面白からうと存候も　是には又若干時日を必要とし其間には興味を殺ぐべしと存候に付此方と獨立して御着手御すゝめ申候

(537)傳説集殘九册とあるは折口氏行きの分のことにや　折口君には此方にて渡すことにいたし候も　其以外中箕輪校の清水義穗君より三十ほどほしいと申來候に付一寸伺上候

　

　　　　　　　二〇一　〔【昭和五年五月二十二日　松本市葵馬場　胡桃澤勘内樣　東京府下北多摩郡砧村喜多見　柳田國男　繪はがき】〕

ヘイ竹の筍昨日到着結構に頂戴いたし候　やはりうでた方がよろしく候　前年北津輕にても試しこと有之あの地にてはヂダケ〔三字傍線〕と申し候　袖山中村二君の寫し出來候よしあれをもとゝし肉をつけて今に一册にいたすべく候

　

　　　　　　　二〇二　〔【昭和五年十月十日　松本市二の丸町　胡桃澤勘内樣　東京府北多摩郡砧村成城北　柳田國男　繪はがき】〕

御手紙有がたく存候　御新居御住心地如何　橋浦君よりも色々話うけ給はり申候　秋田の講演は此方へも二部しか送り來不申けしからぬ者共に候　昔話集はそのやうに澤山は無之他にもやり度人多く候故三十迄なら貴兄へ進呈可致　本屋にわたすことは不承知に候

　

　　　　　　　二〇三　〔【昭和五年十二月三十一日　長の縣松本市二ノ丸　胡桃澤勘内樣　東京市外砧村　柳田國男　繪はがき】〕

よいお正月を御迎へ被成るゝことゝ存ます　十月の末頃から實にえらい目にあつてゐました本が、やつと此大晦日に片付きました　世相篇といふ題でちようど彰風會の話を長くしたやうなものです、分册の希望者があつたら社の方へ紹介します　貴兄には上げたいとおもつてゐます

　

(538)　　　　　　　二〇四　〔【昭和五年　《？》月　《？》日　長野縣松本市葵の馬場町　胡桃澤勘内樣　東京朝日新聞　柳田國男　繪はがき】〕

橋浦君の畫にはいろ／＼御盡力何共恐入候　東京の分まだ一向うれ不申もとにかく近日送金可仕存居候　もし幸にまだ望み手候はゞ一寸小生迄御申聞ねがひ上候　岡君には御逢被下候ことゝ存候　何とか方法立候ことを祈入候

　

　　　　　　　二〇五　〔【昭和五年　《？》月　《？》日　長野縣松本市二ノ丸町　胡桃澤勘内樣　東京市外砧村　柳田國男　繪はがき】〕

御手紙有がたく拜見しました　奇峰翁の御放送までが固くて、がつかりです　再擧を策しましよう　和鷄はなつかしく又宅の芝生としては蟲退治が必要ですが今度は不眠の夜を考へて首をかしげて居ます　南島談話が非常に盛況です

　ソヨゴはつきました　鳥が少しづゝ來ます　池上君によろしく

　

　　　　　　　二〇六　〔【昭和六年一月十九日　長の縣松本市二ノ丸町　胡桃澤勘内樣　東京市外砧村　柳田國男　繪はがき】〕

「世相篇」漸く出來一册御目にかけ候　誤植多く文章も不明確の點不少候に付　分册は第二版改訂の際まで延引いたし度候　必ず二版は出で可申候